後継者問題:金正雲から金正銀に改名か
「改名は後継作業用」との見方も
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の三男、キム・ジョンウン氏が後継者として急浮上する中、金正雲(キム・ジョンウン)の「雲」が「銀」へと変更され、金正銀(キム・ジョンウン)に改名されたという見方が提起された。
大統領府で情報秘書官を務めた韓中大学校のキム・ジョンボン碩座(せきざ)教授(寄付金によって研究活動を行えるよう大学の指定を受けた教授)=53=は、今月発行される自由民主研究学会の学会誌寄稿文で、上記の内容について発表した。その上で、「改名が行われたのは2009年1月8日、ジョンウン氏の誕生日を前後した時期で、このころ後継者の指名について党や軍の幹部にも伝えられたはずだ」との見方を明らかにした。キム教授は、金総書記の料理人として10年以上にわたり北朝鮮に滞在した藤本健二氏が、ジョンウン氏を「ジョンウン王子」と呼んでいた事実や、韓国政府が「北朝鮮の後継者の氏名もまともに把握できない」という批判に対して何もしなかった点などから、「金総書記の健康状態が悪化するまで、金正雲だったことは間違いない」と語る。キム教授は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下でNSC(国家安全保障会議)情報管理室長、国家情報院第1政策判断官などを務めた人物だ。
改名の理由についてキム教授は、「金総書記の業績を暗くする“雲”の字よりも、光を発する“銀”の方が、三代世襲には有利に作用すると判断したのだろう」と語る。とりわけジョンウン氏の実母・高英姫(コ・ヨンヒ)氏(2004年死亡)は生前、四柱推命や東洋哲学などに強い関心を示し、ロイヤルファミリーの周囲にいわゆる「超能力者」を数多く置いていたと言われている。「超能力者のアドバイスに従い、金正雲よりも金正銀の方が、姓名学的に見て北朝鮮の指導者となるのに有利、というアドバイスを受けた可能性がある」と、キム教授は言及している。
金教授によると、金日成(キム・イルソン)主席も金総書記も、権力を握る過程で、政治的な理由から改名したという。金日成主席の本名は金聖柱(キム・ソンジュ)だが、1930年代に抗日の英雄として尊敬を受けながら戦死したキム・イルソンという名前を、後に自らのものとした。ただし、当初は同じ読み方の金一星(キム・イルソン)という漢字を使っていたという。
旧ソ連で生まれた金総書記の幼名は「ユラ」だったが、解放後、北朝鮮に戻って金正一(キム・ジョンイル)と名乗った。韓国では一般的に、兄弟の名前には同じ漢字を使うため、弟の金平一(キム・ピョンイル)、金英一(キム・ヨンイル)と同じく、“一”という字を使っていた。その後、1980年10月の第6次党大会で後継者として公式に指名された際、金日成の“日”を取って、漢字を金正日に変更し、「金日成の後継者」という象徴性を持たせようとした。
金総書記は年齢も詐称している。1980年まではあらゆる文書に1941年生まれと記録されていたが、北朝鮮で正式に後継者とされてからは、出生年が1942年に変わった。「金日成主席(1912年生まれ)との年齢差を30年とすることで、“次世代の指導者”という点を強調する意図があった」と分析されている。
そのためジョンウン氏も近く年齢が変わる可能性が高いとみられている。キム教授によると、高英姫氏の3人の子供のうち、正哲(ジョンチョル)氏は1980年9月24日生まれ、ジョンウン氏は1984年1月8日生まれ、妹のヨジョン氏は1987年9月26日生まれだ。キム教授は、「北朝鮮では2012年に金日成生誕100周年、金正日70歳、金正銀30歳とするため、ジョンウン氏の出生年を1984年から1982年に変更するかもしれない」と予想した。
アン・ヨンヒョン記者