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[19940] 【十二国記】一般人の王様(更新なし)【驍宗憑依】【完結】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:56
以前投稿していた物を見つけたので再投稿してみます。
更新等ありません。申し訳ありません。





 目が覚めたら知らない天井だった。
 なにこのやたら豪華な天井。
 起きて部屋を見回す。

「ここは…」

 声を出して自分の物ではない事に驚く。

「蝕が!蝕が!」

 周りでうるさく声が聞こえる。
 手。浅黒い。

「主上!大丈夫でしたでしょうか」

 ばたりと戸があいて中華風の男が現れる。

「大丈夫じゃない。悪いが俺の名前を言ってくれないか」

 明らかに俺は俺じゃない。それに、この雰囲気。デザイン。
 どことなく見覚えがあった。

「乍驍宗様ですが…どうしたのですか!?」

 十二国記の驍宗か!!かなり酷い死亡フラグを持っている奴じゃねーか!
 十二国記というのは、十二の国を人から選ばれ神になった王が治めるという話で、王様が失敗をすると失道といって国に天変地異がおき、妖魔にあふれ、王を選んだ麒麟が死に、選ばれた王も死ぬという死亡フラグ満載のきつい世界だ。
 驍宗は早くに王になり、失策でもなんでもなく、ライバルを取られたくない複雑な思いっぽいもので反乱を起こされる王だ。
反乱が起きた時に行方不明、でも生きているという状態で10年近くの状態になる。
 この国の王で、ワンマン主義者の天才。
 天才過ぎて周囲の理解が中々得られず、いつも一人で突っ走りすぎて周囲を不安にさせていた王。
 このままじゃ信じる信じないで騒いでる間に殺されるか監禁コースだ。
 戴だって、滅ぶ寸前まで行く。続きが書いてないから知らないが、あのままじゃ滅ぶだろ。
 夢でも何でもいいからひとまず対処しなくては。

「泰麒を呼んできてくれ。すぐに」

 俺はまず泰麒を呼ぶことにした。泰麒は驍宗を選んだ麒麟で、いつも自分の力不足に悩んでいる子供だ。
 従えた妖魔を指令というのだが、泰麒は二つしか指令を持っていない代わりに、饕餮という強力な妖魔を従えている。
 また、本人は気づいていないがかなりタフで頼りになる麒麟だと俺は思ってる。

「泰麒は…」

 従僕?だろうか?男が言いよどんだ。

「使節として出ていて、後半月は戻っては来ないではないですか」

 思い切ったように男が言う。いぶかしげな顔をされた。
 そこまで話が進んでるのか。泰麒が外へ出されていると言う事は、
 今、官の粛清の真っ最中。その間、優しい泰麒に隠す為に一月出掛けさせていたはずだ。
 確か反乱ってこの後じゃね?
 もう阿選…反乱を起こす驍宗の元ライバルなんだが…準備を終えてるんじゃね?
 ここから死亡フラグ回避は不可能だろう。
 俺はこの場をなんとか出来そうな人間を大急ぎで考える。
 玉葉だ!王を選ぶ麒麟を育てる蓬山の長!彼女なら何とかしてくれる!何せ神!
 俺も神だけど!

「俺は今から蓬山に重要な相談に行く! 体調が悪いので李斎に連れて行って欲しい」

 李斎とは驍宗と仲のいい女性で、女の将軍だ。
 恋愛関係にはないと思う。というか驍宗に恋人はいないと思う。
 そんな暇があったら忙しく働いているような人だ。
 李斎を選んだのは、一緒に蓬山に行った事があるからだった。

「どうなされたのですか、主上!体調が悪いとは、確かにご様子が…」

 従僕が、俺の様子に焦ったように声を出した。

「大切な用だ。玉葉様に会ってから全て話す。驍宗の危機だといって泰麒を急いで蓬山に連れて来る様に。それと延期が憑依物って言葉を知っていたら一緒に来るように言ってくれ」

 人生で一番頭を使った。
 ナイス俺。
 俺は心配する李斎に抱えられて、蓬山へと向かった。
 本当は高い空が少し怖かったのだが、李斎には体調が悪いで済ませられた。
 良かった良かった。
 しかし、憑依したのが神仙と言う事が嬉しくて悔しい。
 俺は大学で通訳になる為の勉強をしていて、この間念願の10ヶ国語を達成した所だった。
 ただの10ヶ国語話せる奴なんか腐るほどいるが、俺の場合は違う。
 日常会話どころか、各種専門用語も勉強し、人生をこれにかけていたと言っても過言ではない。でも神仙は、人の言語は全て理解できる。
 それも、自分の母国語として聞こえてしまうから勉強の余地がない。
 書き言葉なんかも、発音が覚える際の重要な要素になってくる以上、難しいだろう。
 しかし、神仙でなかったら数ヶ月は言葉で困ったはずだ。
 いかん、そう考えたら本当にぐったりしてきた。
 俺は慌てる李斎に寄りかかり、蓬山につくまでの間ずっと沈んでいるのだった。


 蓬山についた。俺は家に帰れるかもしれないと元気を取り戻す。
 李斎は柔軟な方ではなかった様に感じた。
 余計な事を聞かれても困る。
 とりあえず李斎を置いてきて、おれは単身玉葉の所へ向かった。

「戴王どの、このような所にいかがした。妙な蝕が戴のほうで起こったと聞いているが…」

 玉葉が出迎える。さすが、反応が早い。俺が来る事を早期に察知していたのだろう。

「ああ、玉葉様。賓満をご存知ですか」

 賓満。死体を操る妖魔だ。多分、それを例に出すのが一番わかりやすい。

「王が私に様などとつけるとは。もちろん知っておるが…」

 戸惑ったように玉葉が答える。

「あれと同じように、驍宗様に取り付いてしまいました。本人の意識がどこいったんだか見つかりません。なんで普通の人間の俺が驍宗様に取り付いたのかもわかりません。とりあえず元の体に返してください」

 玉葉が止まった。俺の額に触れる。

「正気かの?」

玉葉は何事かを調べているようだった。

「泰麒に聞いてみてください。多分王気無いと思うから。何より、驍宗様にお会いになった事があるでしょう? お会いになった事があれば、わかるはずです」

 起きてから出発まで実に20分程だったが、従僕達周囲のものも皆強い違和感を示していた。
 そこへ、黒麒がやってきた。
 転変して、俺に縋りつく。麒麟は、人の姿と麒麟の姿の両方になれるのだ。

「驍宗様!一大事って…あれ…?王気が…なんでしょう、これは…中身が無い…?」

 王気がないならともかく、中身がないという言葉に俺は驚く。
 王気とは、体の才能も込みなのだろうか。

「やっぱり無いのか中身。どうにかして探せないか」

 俺が泰麒に聞くが、泰麒が泣きそうな顔になった。

「中身とはどういう事でしょう。王気が途中で途切れているのは感じます」

「ど、どういう事じゃ、詳しく説明してたもれ!」

 玉葉が叫ぶ。
 慌しい説明が終わると、玉葉は苦々しい顔で言った。

「あの蝕が蓬莱とは違う異界へと繋がる蝕だったかも知れない以上、戴王殿を探すのは至難の業…しかし、偽王を王に据えるわけには…。前例がない……」
 
 玉葉はしばらく悩んだ後、蓬山の奥に消えた。
 その後、俺を階段の元に案内する。

「この階段を上れば全てが解決するはずじゃ」

 蓬莱とは現代社会のことだ。もちろん俺の世界じゃないが。
 蓬莱に麒麟の子が流される時があり、その時でさえ探すのは大変そうだった。
 不安だった俺は、全てが解決すると聞いてほっとする。
「驍宗様」と名を呼びながら泣きじゃくる泰麒を置いて、示された階段を、俺は登った。

「良かった良かった、これで帰れる」



[19940] 一般人の王様 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 00:30

 無理でした。
 ていうか俺禅譲させられかけてたのかよ!
 階段って禅譲の為の階段だったよ
 禅譲ってのは、王が自分で王様を辞める事な。
 この場合俺は死ぬ。
 酷いよ玉葉!俺は盛大に詰ったが、この国の王はマジで国民全員の命を背負う。
 王様が駄目だと、国に妖魔があふれ、天変地異が起きて酷い事になる。
 諭されると、俺は何も言えなくなった。へたれな俺が悔しい。
 なんていうか、俺は本当に半分驍宗らしい。
 禅譲しても判定は戴王健在。泰麒は王を探せない。
 簒奪しても判定は戴王健在。泰麒は王を探せない。
 あ、簒奪って反乱起こして殺すって事な。
 俺が道を踏み外した場合は…どうなるかわからない。
 原作のように、行方不明で明らかに役目を果たせていなくて国は荒れるのに、王の咎ではないとして泰麒が失道しない酷い事態に陥るかもしれない。
 俺は、驍宗は玉にでも閉じ込められてるんじゃないかと思ってる。
 この世界には、玉泉という種をつけておけば玉になる泉がある。
 神様だから死なないが、間違ってもそんな目に会いたくない。
 最も、原作の泰麒は力の元の角を失ってたから、天からの失道の命令を受け取れなかった可能性もあるけど。
 この辺りは、原作からははっきりしていない。
 俺の王気がどっか虚空に不自然に途切れてるらしいので戻れる希望はある。
 驍宗の体と中身は、未だ繋がっているのだ。
 また妙な蝕が起きたら、王気を辿って俺を見つけられるかもしれない。
 どうにもならなくて、王を変えたい時はもう泰麒を殺すしか……。



「という玉葉様からの診断を貰ったから賢い人なんとかして!」

 阿鼻叫喚の朝議の様子を目の前にして、俺は言った。

「本当に主上ではないのですか?」

 誰かが出した驚愕の声に、俺は答える。

「驍宗がこんな冗談を言う性格か?とりあえず粛清は予定通りにやるから!驍宗が予定してた事は全部やるから!泰麒はとりあえず俺の護衛。ずっと引っ付いててくれ。むしろ驍宗を呼び戻してきてくれ」

 これが最重要事項だ。俺は泰麒の手を握る。泰麒だけが俺の生命線だ。

「ぼく、ぼくどうしたらいいか…王気はここにあるんです!でも足りない…。足りない部分が、どこにも感じ取れないんです!」

 騒ぎがいっそう大きくなる。俺は、泰麒の手の温もりに力を得て、一喝した。

「お前ら驍宗の配下だろ!賢いんだろ!驍宗が帰ってきた時どうするんだよ!」

 その言葉に騒ぎが止まる。

「貴方が驍宗様を連れ帰ればいいんです」

 英章。驍宗の腹心の部下だ。柔軟性は無かった気がする。
 後、割と血の気が多いので要注意だ。
 英章の言葉に、俺は胸を張って答えた。

「一般人にそんな事できるか!とりあえず阿選!俺が判子を押す書類のチェック頼む」

 阿選が放っとくと一番怖いので阿選と泰麒を確保する。

「チェックとは?まあ、大体予想はつきますが」

「書類を見て間違いがないか確認してくれ」

 言葉が通じるからと、うっかりしてた。通訳として情けない。
 阿選が聞くのに答える。饕餮がいれば何が起ころうが問題ないだろ。
 それと皆から引き離す事で議論の誘導を行えないようにする。
 阿選がいないと、堂々巡りの議論になりそうで少し怖いんだが…。

「それと、これが驍宗の策というのは絶対にない!蝕のせいで起きた完全な事故だ。またあの妙な蝕、蓬莱じゃない異世界に繋がる蝕が起これば、泰麒が王気を辿って連れ帰れるかもしれない。お前達の役目は、希望を捨てず、それまで戴を守る事だ」

 驍宗の策ではない事を念押ししておく。

「戻らなかったら、国が荒れたらどうすればいいのですか!」

 俺は、その言葉に息を呑んだ。言いたくない。言いたくないけど言わなくちゃならない。

「決まってる。麒麟が育つ10年分くらいの食料かそれを買う金を備蓄して、泰麒を殺す」

 その言葉に、冷たい空気が流れる。

「俺も死にたくない。妖魔が多く現れるようになるまでは、様子を見てくれないか」

 そして俺は席を立った。
 背後でまた騒ぎが起きる。
 粛清がドサクサのうちに泰麒に知れる事になったが、原作では必要だったと書いてあるように思えたので気にしない。
 ただし、夜は魘されないように俺も一緒に寝てやる事にする。
 断じて俺が粛清の話を聞いて夜魘されるからではない。

 うん、正直に言おう。夜魘された。
 俺が魘されている間、英章たちもまた一晩中会議をしていたらしい。
 疲れた顔をして、俺に奏上した。

「粛清は予定通りにしました。ただし、その他の予定については変更します。驍宗様がいないと、手順がわからないんです」

 困ったように英章が言った。
 ちなみに状況は全文官・武官に通達してある。
 やけをおこすものが出るかもしれないと、俺と泰麒の護衛は常に10人以上がついていた。

「本当ワンマンだったんだな。いいよ、俺一般人だから何も知らないし、賢い文官に任せるよ。冢宰は詠仲だったな。こんな時の為の冢宰だろ? 驍宗が帰ってくるまで、よろしくな」

 俺が言うと、英章がワンマンとは、と聞いてくる。

「蓬莱の言葉で、一人が何でもかんでも決めてたって意味だよ。その一人がいないと、何もできなくなっちまう」

 英章が、唇を噛む。

「驍宗様は、私達に相談してくれました。決して独断では…」

 過程はそうでも、結果は違っただろ。
 そう思いつつ、悩んでいる英章を置いておいて、俺は詠仲に頭を下げた。詠仲は冢宰だ。驍宗が任命したからには、優秀なはずだ。詠仲には頑張ってもらわねばならない。
 しかし、詠仲は戸惑っているようだった。

「しかし、私では驍宗様のようには…」

「とりあえず泰麒が失道しなきゃなんでもいいんだよ。俺に王の資格は無いんだから、俺が政治に関わって今すぐ失道させるよりいいだろ? とにかく驍宗が帰ってきたときに失道さえしてなきゃ、どんな状態でも驍宗がなんとかしてくれるよ。あの人は天才だから。体は驍宗だから儀式や判子押しはするけど、書類は驍宗の右腕だった阿選に全部チェックさせるからさ」

 俺は関わらない事を強調して安心させる。

「失道しなきゃなんでもいい、一般人がやるよりはマシ、ですか…」

 詠仲が、自分に言い聞かせるように言う。

「そうだよ。そんな事より、今年の作物は俺が考えていいか? 俺も被害者なんだから、それくらいの特典は良いだろ? ちゃんとこの国の為に、いい作物を考えるからさ」

 俺は王のする儀式についての話に移った。
 さて、判子押しの仕事である。

「では、これに判子を」

 阿選が差し出した書類に、読みもせずに判子を押し続ける。

「確認はしないのですか?」

「お前がなんかやってたら、俺なんかにわかるはずないだろ」

 俺は判子を押し続ける。

「ほう。私が叛意を持っていると?」

 面白そうに聞く阿選に、俺は答えた。

「叛意って言うか、驍宗に勝ちたいって思ってる。勝てば良いじゃないか。驍宗が留守の間にこの国をもっといい国にしてさ。驍宗が国を収めている間、皆が不安そうにしてたのは阿選も感じてたろ? 留守中に無理なくいい国にしてしまえば、勝ったことになるさ。滅ぼすのは無しな。それすっごく簡単だから勝った事にならないよ」

 これは原作を読んだ俺の予想。勝ちたいと思ったか、置いていかれると思って焦りと寂しさを感じたか。単純な憎しみなんかじゃ、絶対にないと思っている。あってるかどうかはわからないけれど。

「簡単ですか…この国を滅ぼすのが」

「簡単だろ?ただ驍宗がいなくなっただけでもうどうしていいかわからない」

「確かに」

 俺と阿選の会話に、泰麒が震えた。

「阿選……?」

「心配するな、泰麒。お前には饕餮がいる。頼りにしてる」

 俺が安心させるように言うと、阿選も笑った。

「それで私を傍から放さないのですか。いや、一般人とは謙遜を」

 ひとしきり笑いあうが胃が痛くなってくるなこれ。

「阿選、お前、まさか……」

 正頼が、顔色を悪くして言った。 
 正頼は、傅相だ。麒麟も領地を持つ為、未だ幼い泰麒の補佐をしている。
 英章とも仲がいい。これは英章とぶつかるかもな。

「起こしてもいない反乱の事で責めるな、正頼。英章にもそう言っとけ。今のはただの冗談だ」

「そうですよ正頼。ところでこの案件なのですが、誤りが…」

「一度も失敗しないって却って躓いた時危ないんだよな。あえて間違わせて勉強させるってあり?出来そう?ちょっと不測の事態に慣れさせた方が良いぞ」

 俺が言うと、阿選が目を見張る。

「そんな事、考えた事もありませんでした。それに不測の事態といえば、最大のものは貴方でしょう。わかりました、この誤りはこのままにして見守りましょう」

 そんな感じで判子を押していくと、あっという間に昼になる。
 午後からは泰麒の仕事を見守った。
 俺なんかよりはよっぽどしっかりとしている。
 俺も一緒に質問しつつ、その日をすごした。
 詠仲はどうしているかなと風呂ついでに見に行ったら、ずっと重臣と会議だそうだ。
 まだ方針決まらないんかい。
 傍にいる従僕に言う。

「とりあえず、差し迫ったものをどうするかだけ決めてくれればいいと伝えてくれ」

 後は風呂に入って寝るだけだ。やれやれ。
 ところで、せっかく憑依物なんだからなんかしようか。
 カマクラの知識とか炬燵の知識って需要あるだろうか。
 専門用語の訳し方は覚えたが、きちんとした理系知識を持っているわけではない。
 輪作も出来ないし、俺が出来るのはそれくらいだ。
 俺は考えつつ、泰麒と眠りに付いた。






[19940] 一般人の王様 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 00:37


 朝議の席で、詠仲が俺に奏上する。

「驍宗様には申し訳ありませんが、じっくりと足場を固めていこうと思います」

「武官ばっかりの朝にしちゃ珍しい決断だな。でもそれでいいんじゃないか?今まで急ぎすぎたんだよ。とりあえず国が滅びなきゃいいからさ」

 詠仲は驍宗の改革に戸惑っていたものの一人だ。
 不安そうなものの、どこかほっとした空気を感じた。
 それはそうだ。今まで驍宗を追いかけるのに全速力で走らねばならなくなった。
 今度は自分が先頭になってしまったが、その代わり歩いてもいいのだ。
 その後も国の決定が次々と奏上されたが、俺はわからないので聞き流す。
 次は阿選と仕事だ。あの人何故か俺の前では腹黒さを隠さないから苦手なんだよな。
 俺は楽しい事を考える事にする。
 そろそろ儀式の時期だ。悩んだが、原作どおり荊柏を祈る事にする。
 荊柏とは、言ってしまえば簡単に取れる薪だ。
 戴にとって重要なのは、食材と暖房器具なのだ。
 荊柏の次がサツマイモと思ったが、寒いところではジャガイモが強いんだっけ?
 ジャガイモが3月から4月ごろから6月、サツマイモが6月ごろから9月、10月か。
 なんとか間に合うかな。
 雪下人参てあったっけ。7月頃に植えて三月四月に収穫する奴。
 9月頃に白菜、キャベツ、人参か。
 切羽詰ったら雪掘りして食べられるかも。
 雪が凄すぎて無理かな。輪作には気をつけないと。
 こちらにそれがあるのかはわからないが、それは農業の発達した国から先生を呼んでよく聞こう。全部祈るまで何年も掛かるな。
 その前に、ドラえもんでみた暖かくていろんな食事がなる木。
 あれを植えてみたい。
 なんて言ったっけ、あれ。まあいいやレストランの木で。
 荊柏については、本物を知ってないといけないかもしれないので、一応本物も用意させてじっくり観察するつもりだ。
 実際に燃やして見たり、種を見たり。様々な面で観察をする予定。
 皆の気持ちが落ち着いたら、散歩に行こう。
 十二国記の世界を堪能したい。
 ぼんやり考えている間に、朝議は終わった。
 ぺったんぺったんと判子を押しながら、俺は泰麒に聞く。

「驍宗のもう片方は感じ取れたかー?」

「いいえ…全く…」

 泰麒は落ち込んでいる。また、自分は駄目な麒麟だと思い込んでいるのだろう。
 その一方で、泰麒以上に質問をしては呆れられる俺を見て、自分がしっかりしないとと、決意していたようだった。

「まあ、次あの変な蝕が起きた時が好機だ。がんばれよー。それより、子供なのに常に麒麟としての仕事をさせて、ごめんなー」

 本当はチャンスと言いたかったが自重した。
 俺も元は通訳だ。これぐらいの配慮は出来る。
 それと、今日から判子を押す前に読み上げる事にする。
 泰麒にも仕事の内容を教える為だ。
 麒麟が仕事できれば王様いなくても問題ないじゃない。
 粛清だって我慢できたんだし、強い子だ、泰麒は。
 昨晩、泰麒の扱いの注意点を書いた迷子札を首からかけさせて、誰にも知らせないように、常に身に着けるように教えておいた。
 これで原作通りの事が起こってもまあ前よりマシだろう。

「そうですよ、泰麒の為に休暇をあげてください。ずっと働かせっぱなしじゃないですか」

 正頼が言う。
 まったり会話する外では、驍宗様の仇―!とか、国の為だ堪えてくれ!という声が聞こえてくる。
 李斎の声が聞こえてくるが気にしない。
 李斎は驍宗を敬愛していたから、辛いだろう。
 こんな状況で、唯一信頼できる慈悲の生き物…。
 饕餮という強い指令を持っていて、俺の事を許してくれている泰麒を手放せるわけがない。
 反乱を起こした奴等は、一律で頭が冷えるまで牢に入れるだけにしてある。
 何度でも襲撃に来る奴もいるだろうが、俺は饕餮が傍にいるから大丈夫だし、そういう奴は驍宗の腹心なので俺は手を出せない。

「俺、泰麒がいないと生き残る自信ないわー。お前も憎んでるだろ?」

「もちろんでございます、偽主上」

 正頼が答える。

「一番憎んでるのは阿選だろうな」

「そうですね」

「いいえ、私ですよ」

「私です」

「私です」

 阿選に続いて、次々と護衛から名乗りを上げられる。
 最初は遠慮していたが、二日でこれだ。さすが武官ばかりの朝。図太いな。

「違うんです、偽驍宗様は巻き込まれただけでっ」

「いいんだよ泰麒。これ、驍宗の体だからな。間違えるなよ。俺も大事に扱うから」

「当然ですよ、偽驍宗様」

 朝の判子押しを終えると、訓練の時間になる。
 俺は嫌だって言ったが、驍宗様の体がなまると言われてしまった。
 素振りをするが、さすが驍宗、体がよく覚えてる。
 それでもいつもの主上に及ばないとか主上の体にへんな癖をつけるなと言われてしまった。
 その時、騶虞が降りてきた。

「大変な事になったと聞いたぞ」

 延王と延麒だ。延王は雁国の王、500年も続く王朝の王で、出身が蓬莱だ。
 元から武家の若殿様で、考え方が柔軟で蓬莱に詳しい。

「延王様、ご機嫌麗しく」

 俺は軽く頭を下げた。

「お前が蓬莱ではない所から来たとは本当か?憑依物とはなんだ?」

 延王が聞いてくる。好奇心が強いというより、用意周到な王だと俺は思ってる。
 延王は単体で出かける事も多いし、無茶をする事も多い。だから、同意してくれる人は少ないだろうが、延王は様々な情報を集め、それを役立てようと分析している。今回も、情報を集めにいち早くやってきた。

「有名人物に憑依しちゃったら、っていう物語の事ですよ。俺の住んでる所は蓬莱に似た所で、そこの小説です。普通はありえない事ですが」

「何故蓬莱を知っている?」

 延王の鋭い質問に、俺ははぐらかす事にした。

「何故か知識が断片的にあるんですよ。でないとこれほど落ち着いていられません」

 未だ、景には予王がある。予王とは、原作で麒麟に恋慕して失道した王だ。
 大勢の人が死ぬ。失道の理由もわかっている。
 今動けば、なんとかなるかもしれない。
 しかし、景には次王の陽子が必要だと俺は思っている。
 陽子もまた、蓬莱出身の王だ。
 何度も死にかけ、苦労した陽子は内気な女子高生から賢王へと変わる。
 だから、俺は景に干渉するつもりは無かった。

「しかし、大変な事になったな。王が交代するにはちびが死ぬしかないんだって?そんな事にはならないよな?」

 延麒が心配して泰麒の手を握る。

「国が傾かない限りは大丈夫かと」

「随分と落ち着いた男だな……」

 延王は、感心したように言った。
 そのまま立ち話もなんなので、お茶に誘う。
 現代化的な意味で、延王に色々意見を聞いて見た。
 掘り炬燵はなんとか出来そうだが、現代化は中々難しいようだ。
 そもそもそれが可能なら、延国はとっくにビルが立ち並んでいる。
 ついでだ、儀式の事について質問する。
 レストランの木もとい飯屋の木は可能か、と聞いたら、延王と延麒が茶を吹いた。

「あはははははっおもしろい!戴に実験などする余裕はなかろう、俺が試す」

「面白い奴だなお前って」

 そうこうしている内に、泰麒の執政の時間が来た。

「ごめん、そろそろ泰麒に仕事してもらわないと」

「ああ、悪い悪い。長居しすぎた。困った事があったら言ってくれ。出来るだけ助けになろう。面白い事を聞いた礼だ」

 延王が帰ると、俺は泰麒と一緒に仕事場に行く。
 泰麒が質問し、その内容にそれどういう意味?と俺が聞く。
 それを泰麒が説明する。そんな情けない政務姿に、武官達が影ながら涙を流す。
 こうして、俺は日常を過ごしていった。



[19940] 閑話 泰麒の苦悩
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 00:48
 泰麒は転変していた。
 広く広がる雲海に、下界がうっすらと見える。
 その雲海で、泳いでいる者がいた。
 それが彼の偽の主、偽驍宗だった
 浅黒い肌、灰白色の髪と紅玉の眼。
 全てが驍宗と同じなのに、雰囲気は全く変わっていた。
 空っぽな王気。中身は、本物の驍宗はどこにいるのか。
 驍宗を恋しく思う一方で、幸せを感じる自分に罪悪感を泰麒は感じていた。
 偽驍宗に会ったあの日、一大事と聞く一日二日前から泰麒は落ち着かなかった。
 何か、悪い事が起きるような気がしてならなかった。
 青鳥からの連絡が届くや否や、動揺する正頼や阿選を置き去り、転変して蓬山に向かった。
 そこにいたのは、中身が別人の偽驍宗だった。
 李斎が事情を説明に走り、偽驍宗は様々な調べを受けた。
 帰ってすぐ、玉葉様の診断を偽驍宗は公開した。
 李斎の言葉と驍宗の様子に、まさかと困惑していた官達は、
 『賢い人なんとかして』という一言に、大混乱になった。
 お前達でなんとかしてくれ、と言われてるも同然だったからだ。
 混乱の内に、粛清の事を知った。
 阿選からはこっそり聞いていたけど、断言されたそれに、僕は眼を見開いた。
 泰麒にも指示は出された。王を探さなくては。
 しかし、虚空で途切れた王気は辿り様が無く、集中して見ても中身の無い覇気のようなものは驍宗からしか感じ取れなかった。
 混乱する官を一喝して、なんでもない事の様に片付ける様に、全然似てないのに何故か驍宗を感じた。
 驍宗と、大きく変わった所が偽驍宗にはあった。
 泰麒は以前、自分は役立たずだと感じていた。
 だが、偽驍宗は、泰麒を最も頼りにしてくれた。
 常に傍に置き、夜は魘されて泰麒の手を握った。
 偽驍宗は優しかった。驍宗を慕って、自分を襲ってくるもの達を出来るだけ盾と棒でのみ抑えさせた。泰麒にも、指令を使って手伝わせ、できるだけ双方に怪我がないよう計らった。そうして3日牢屋に入れろと命じた。それだけだった。
 李斎も、驍宗の命を狙ったものの一人だった。

『主上を奪ったあの者を、泰麒は許しておけるのですか!』

 泣きながら李斎は言った。

『李斎、落ち着け。体は驍宗様のものだ。それに、泰麒を殺すおつもりか』

 正頼に諭され、李斎は泣き崩れていた。
 混乱は収まって、今は様子をみようという考えが広まるまで、半月掛かった。
 牢は、一時期驍宗の配下達で埋まった。
 泰麒の肩には、期待が掛かっている。今一度、驍宗様を見つけてくださいと。
 あの妙な蝕が、もう一度起こったらその時王気を辿って驍宗を連れてくるのが泰麒の新たな役目だ。
 そして、偽驍宗を守ること。
 偽驍宗を助ける事。
 一つ目は自信がないけれど、二つ目と三つ目はきちんと果たしている。
 主上を奪われたと憎むものは多いし、偽驍宗は泰麒以上に物を知らない。

「やっぱり水が冷たいなぁ。でも、さっぱりした。行くぞ」

 偽驍宗様は、僕の背に手をかけた。

「よいしょ。重くないか?」

「大丈夫です。偽驍宗様」

 驍宗様と泰麒は、いつも一緒だ。そして泰麒は役立っているといつも感じていた。
 半分の王気が、泰麒を喜ばせる。
 泰麒は、罪悪感に溺れていった。

「偽主上!何をなさっているのです!そのようなお姿、誰かに見られたら!泳いでおられたのですか?万が一下界に落ちたらどうするのです、それは主上の体です!」

 阿選と正頼が話しながらやってきて、眼を見開いて駆けてきた。
 謀反を考えてたって言ってたから、本当は悪い人なのかと思った。
 でも、阿選は主上が好きなんだと今は知っている。きっと今の主上も好きだ。
 今もああして気遣っている。憎んでいて、でも好きになり始めている。
 多分、これは皆に言える事だと思う。
 驍宗の顔だからというだけではなく、全ての悩みが大したことはないのだ、という空気を偽驍宗は持っていた。まるで、日向のように暖かく、鷹揚に。
 偽驍宗の近くにいると、皆ペースを狂わされる。

「おやおや、これは偽主上ごと吊るさなくてはならなくなりましたな」

 正頼が笑う。最初は怒りに震えて怒鳴っていただけだったけど、今は躊躇なく驍宗を木に吊るすようになっていた。

「ちょっと水遊びしただけじゃないか。泰麒がいるんだし、大丈夫」

 その一言に、泰麒は溺れた。
 驍宗の帰りが恋しい。それは確かだ。
 でも、それは偽驍宗がいなくなる事を意味するかもしれない。
 泰麒は、その日が待ち遠しくて怖かった。



[19940] 一般人の王様 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 00:55

 結論を言おう。飯屋の木の種がなった。
 育てるのは難しいらしいがまあそれは仕方ないだろう。
 今、延の農業のプロ達が試行錯誤しているらしい。
 成果が出るのは数年後か。
 その点、荊柏は育てるのが簡単だ。
 驍宗の考えていた事だと教えると、皆驍宗に感動していた。
 それとついに戦争が起きた。
 原作的に王ゆかりの地だから俺が行かないといけないっぽい。
 俺は雲海で泳いだ髪を雑に拭いて着替えると、朝議に出席した。
 冷たい水に浸かって、覚悟は出来た。
 泰麒が戦場から戻って雲海の水に浸かる時も、どんなに寒くても冷たくても俺も泰麒と一緒に雲海の水で体を洗うつもりだ。

「阿選。泰麒。着いて来い。後は付いて来たい奴」

 俺はそれだけ言った。
 朝廷は大騒ぎになった。

「麒麟を戦場へ!?」

「お待ちください!阿選は叛意を持っていたとの噂が…」

「偽驍宗様は引っ込んでいてください。ここは我らの領分です!」

 英章の言葉に、俺は頷いた。

「うん、後ろで大人しくしてる。それでも俺が行かないとならない。驍宗ならそうしてたから。出来るだけ戦わずにすむよう、説得よろしく」

「偽驍宗様……」

 その時、搾り出すような声が聞こえた。

「驍宗様だって、間違う時があります!」

 その声の主はわからない。だけどそれを俺は進歩だと感じた。
 それでも、力尽くでも止められない所が、官吏達の限界なんだろうな。

「間違いだと知ってる。それでも行く。だから、饕餮を持つ泰麒を連れて行く。泰麒。頼めるな?」

 俺は泰麒の手を強く握った。

「ハイ、偽驍宗様!僕、倒れないように頑張ります!」

 泰麒は、力強く答えてくれる。泰麒は反乱が起きた時、角を折られ、麒麟にとって毒である肉を食わされ、暴走した指令の起こした血なまぐさい事件の只中にいた。それでも耐え切った麒麟だ。俺は信じている。

「前の驍宗と同じ手で行く。俺は驍宗じゃないから、駄目だったら剣に切り替える。阿選。任せるからうまく『説得』してくれ」

 阿選はその言葉に込められたニュアンスに、一瞬こちらを見た。
 俺は素知らぬ振りをする
 そうして俺は進軍した。
 まるで麒麟を盾とした様な説得に和解がなったのはすぐの事。
 うん、多分阿選が隠し持ってた洗脳の力も大活躍だった事だろう。
 阿選は、詳細は原作では書かれなかったが、洗脳の力によって反乱を成功させている。
 ただし、驍宗に「血を流さない為なら手段は選ばない」なんて噂が立ってしまった。
 もうしわけない。
 何はともあれ、最大の死亡フラグは回避した。
 後は驍宗が戻ってくるのを待つだけだ。
 ジャガイモ、さつまいも、にんじん、大根、キャベツ、白菜、飯屋の木…。
 俺が願いたいものは多い。
 毎年の作物の儀式が一番の楽しみだ。
 朝廷は、時々躓きつつもうまくやっている。
 もう心配はないかと、俺は目を細めた。


 そして数年がたって、朝廷もようやく落ち着いてきた。
 泰麒とは未だに一緒に寝ている。
 体が驍宗だからだろうか、泰麒といると安心できた。
 王様の生活は贅沢だが、正直言って帰りたい。
 未だに胃は痛むし、魘される。
 見知った顔の処刑なんて、一般人の俺には普通に無理だ。
 陽子は、凄い。俺と同じ一般人なのに、きちんと判断できて。
 俺は、判断すらしないのに、これだけ心労が募るのに。
 いや、判断はしたか。
 俺は陽子とは比べ物にならないほど人を殺してる。
 景国を助けなかった。予王は、崩御した。
 国が荒れれば、信じられないほどの人が死ぬ。
 乱も何度も起きる。
 だが、それを乗り越えて、陽子はいい王になる。
 長期的に見て、どちらがいいのかわからない。
 多分、予王と陽子は同じタイプだったのだ。
 才能は奥深くに隠れていて、それを掘り出さないといけなかった。掘り出すのは至難の業だ。
 俺は予王にそれをする自信がない。
 知ったら、景国の民には恨まれるだろう。巧国の民にも。
 それは俺の罪だった。
 功国は荒れる。間違いなく荒れる。
 原作では麒麟に異変がある事を匂わせている。
 やはり、介入した方が良かったか。いや、功王どのみち潰れていた。
 目を瞑って考え込んでいたら、起きる時間を過ぎてしまった。
 起きると、泰麒の笑顔が横にある。

「おはようございます、驍宗様」

 安心させる為の笑いだと知っている。泰麒には本当に苦労をかける。
 泰麒と遊ぶ時はあったが、俺は本当に泰麒を離さなかった。
 いつでも一緒だ。食事も寝る時も仕事の時もずっと。
 幸い、俺がいた当時はぽつぽつと出ていた妖魔も大分減ってきて、俺は受け入れられている。それでも、油断するつもりはない。
 俺は泰麒に笑い返して、起き上がった。
 朝食を食べようかという時に、延王が駆け込んできた。
 延王は元々遠慮がないが、朝食時に来るとは。

「朝食に間に合ったか。飯屋の木の実がなったぞ!」

 見ると、腕には大きな木の実をいくつも抱えている。

「本当か!?」

 叫んで俺は延王の所へ駆け寄った。
 飯屋の木はこっちでも既に植えてある。
 しかし、木である上に延より成長がゆっくりで、後数年は掛かると言われていた。
 冬に実がなるようにしたのが、条件の更にきつくなった理由だろう。
 手入れも丁寧にしないといけない。
 この木の手入れで、民に負担をかけてしまっている。
 実を割ると、そこには昔風のご飯がお弁当形式で入っていた。

「これは……」

 延王が、恐る恐る箸をつける。
 しばし、目を閉じた。

「驚いたな。今でも思い出せるとは。確かにこの味だ。俺の城で出ていた朝餉だ」

 延王は、しばし食事を味わった後、俺に深々と礼をした。

「ありがとう、偽驍宗。いや、こんな時は偽などという言葉でなく、きちんと名を言いたい。教えてくれ」

 延王が頼んだが、俺は断った。

「どうせいなくなる人間だからいいって言ってるだろ。戻れるって願掛けなんだから、我慢してくれ」

「そうか……。しかし、王気のないものでも案外政治はうまくいくものだな。ここに来る途中の村々を見たが、問題なく見えた」

「驍宗が形を整えていて、彼がいつか戻ってくるって希望があるからだよ。俺は政治の判断はしていない」

「俺よりもよほどやっている、恥ずかしくないのかと、官がうるさくて仕方がないぞ」

 俺は笑った。延王はきちんと仕事をしている。
 十二国を見回り、出来るだけ手助けするという仕事を。
 そういえば、延王と陽子のぶつかる機会を潰してしまった。
 あれはあれで貴重だったろうに。
 仕方ない、同じ時期に案を出そう。
 あれは陽子が王になって3、4年後だったか。
 俺も飯屋の木の実を貰い、懐かしい味を食べる。
 質素だが、お袋の味という感じで懐かしい。
 食べ終わったら、また仕事の時間だ。
 延王を見送って、食卓を出た。


「最近思うのですよ。驍宗様が帰ってきたとき焼け野原だったらどう思うのかと」

 阿選が、言う。

「帰ってこなかったら骨折り損のくたびれもうけだな」

 俺が言い返す。うう、胃が痛い。
 最近は正頼も慣れてきた。

「なにかするなら偽驍宗様個人にやってくださいよ、驍宗様に支障が出ない程度に。例えば毒を盛ってみるとか」

「ああ、それはいいですね」

 英章が賛同する。
 もはや軽口のように謀反の話が出る。
 冬器使用禁止の、前代未聞のお遊びのような乱が毎年あった。
 泰麒は、思い出すように言った。

「驍宗様、どうしてますでしょうか…」

 城の増強と官の避難訓練は済んである。
 後は蝕が起きたら急いで官が避難して、泰麒が蝕に突っ込むだけだ。
 一応、半分王だからそのまま来ても大丈夫とのお墨付きも得ている。
 なんとか体に戻ってもらって、俺が帰る時が大変だが、まあ海を活用しよう。
 そんな話をしていたからだろうか。

「蝕だ!泰麒様!!」

 急にそんな声が飛び込んできた。

「泰麒!!」

「王気が繋がった…!!!行って来ます!」

 泰麒が転変する。
 王が来た後の蝕は、酷い事になる。

「俺達は避難するぞ!急げ!!」

 護衛に守られながら、広い庭園に出る。
 避難訓練のかいあって、すぐに避難が開始された。
 泰麒が、天へと昇っていく。
 急に姿が揺らいで消えた。
 そして、黒髪にすっかり日焼けした肌の白衣姿の男が、
泰麒に跨って来て…。
 その姿が揺らいで、ファンシーなウサギ姿へと変わった。

「えええええええええ!?」

 びっくりである。どれほどびっくりかというと、間近の建物が倒壊しても一向に気にならないほどびっくりである。
 とにかく、引き合うものを感じる。
 俺は驍宗(?)なウサギに近づいた。泰麒はまた天へ駆け上っていく。
 いくつか荷物を運んだ後、蝕が小さくなって、ウサギが声をかけた。

「泰麒、ありがとう。もういい…大きくなったな」

「驍宗様!……会いたかった!凄く会いたかったです!!」

 泰麒が驍宗を抱き締める。
 驍宗であることが確定した。
 俺も驍宗に触れようとする。するとウサギが待ったをかけた。

「待て!悪い、この体もう少し貸してくれ。本が読めなくなる」

「どういうことですか驍宗様!」

 英章が驍宗ウサギに問い詰める。

「ああ、英章。私は蓬莱とはまた別の、蓬莱に似た場所に行っていたのだ。そこには役立つ知識が数多くあった。また、この男は頭が良くてな。そのお陰で、どんな文字で書かれた本もたちどころに意味がわかるのだ。私はこの知識で戴を救ってみせる!とりあえず翻訳だ。冬官庁の所に行くぞ! ここ数年の話はそこで聞く」

 驍宗がテキパキと動き始めた。

「お待ちください驍宗様!!」

「災害救助の方が先だろ!?」

 俺に言われて、はっとする。

「そうだな、英章!阿選!状況を調べろ!にげ遅れたものはいないか!」

 ウサギ姿で驍宗は指示をする。
 俺は呆然としてそれを見送った。
 あ。阿選反乱どうするんだろう。



[19940] 一般人の王様 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 01:16

 怪我人はいるが、死亡者はいない事と、テントを張り巡らせて落ち着いた時。
 驍宗は、俺を呼んで二人きりになった。

「本当にすまない」

 結局俺は帰れる機会を逃してしまった。
 驍宗ウサギはプライドが高いと原作で書かれていたのに、頭を下げて謝罪してくれた。
 俺はというと、自分が半獣だという事にまだ動揺が収まらず、おざなりに答えた。

「俺は胎果だったんだ。仕方ないよ」

 仕方なくなんかない。おれはまだ帰りたかった。
 それでも俺は、半獣だった絶望からそう答えていた。

「いや、蒿里を信じてはいたが、私とて不安だったし帰りたいと思っていた。普通の民であるお前はなおさらだと思う。しかし、それでも、まだ力を貸して欲しい」

 俺は、驍宗ウサギを見つめた。

「蓬莱化……だっけ。5年もいたら字を覚えないか?頭良いんだろ、驍宗って」

「いや、未だに本を読む度に、何かを考えるたびに、頭の置くから知識が沸いて出てくる。しかし、それだけではない。この朝は……うまく行っている、阿選の反乱が起きていない」

 俺はその場で固まった。そうだ、向こうには十二国記がある。

「作者には……恐ろしくて、結局会えなかった」

 驍宗ウサギは耳をたらした。

「私は、急ぎすぎて周囲が見えていなかったのだ。自覚していなかったが、それでもまだ足りなかった。阿選は憎んだが、その後ずっとどうしてか考えた。どうして阿選は反乱を起こしたのか」

 俺は沈黙した。

「そうだ、景は…景はどうした。芳は」

 芳については思い浮かばなかった。盲点だったな。

「原作どおりに」

「そうか…私もその罪、共に背負おう」

 驍宗ウサギは、しばらく沈黙した。

「私は、冬官府にしばらく篭りたい。ここ数年の様子を見ながら。その間、この国を頼みたい。最後になったが、ここ数年どうだった? うまく行っていた事は、聞く必要もないようだが」

 俺は今までの話をした。

「泰麒には苦労をかけたな……」

「驍宗は…驍宗はどうだった?」

「蝕が、というのは聞こえた気がする。気がつけばあちらだった。必要な知識は全て、頭の中にあった」

 そういえば、俺も名前を聞いていないのにアニメの人物が誰かわかっていた。
 あまりにも自然で、気づきもしなかった、体が…脳が覚えてるってやつか。

「状況を認識するまで一週間は掛かった。それから私は勉強して工学部に編入した。戴でも使える技術を身につける為に。この体は、元の体より学びやすいように感じた」

 待て。

「卒業論文を書いている時だったかな、十二国記を友人から進められたのは。驚いた。そこには未来の歴史があった。暗黒の未来の」

 俺はそこで言いかけた言葉が止まってしまった。

「私は自分の失策を知った。戴を心配する一方、私さえいなければ阿選は反乱を起こさず、泰麒を生かすと思った。賭けは成功した。泰麒が私をすぐに王とわからなかったのは、私が王に相応しくないからかもしれないな…。お前は、本当に良くやっているようだ」

「その後、私は十二国記でも使える理論を実証する為に、アフリカに飛んだ。アフリカの田舎での生活を、少しでも良くするのが目的だった。
寒冷地のロシアの片田舎に、とでも思ったが、そちらは研究の誘いを断るのが大変でな」

 アフリカって危険地帯じゃないか。

「そこでの生活は大変だった。技術向上もそうだが、襲撃も良くあったからな」

 人の体で何を。俺は大事に扱ってたのに。

「いつ泰麒が来てもいいよう、常に荷物は纏めていた。寿命が来るまでに見つけてくれるか心配だったが、泰麒はたった数年でやってくれた」

「俺の心配は無しか。お前なんて阿選に反乱されてしまえ」

 俺の文学部卒業はどうした。というかアフリカってお前俺の貯金使っただろ。
 俺の体は無事なのか。たぎる思いに、思わず本音が溢れ出る。

「責任は取る。仙にして、次の蝕があれば玉と共に返そう。ここに滞在する間も、丁重に迎える事を約束する」

 真摯に言われて、俺は口ごもる。

「約束してくれたら、良いぜ」

「何をだ?」

「阿選を殺すな。それと泰麒といてやってくれ」

 阿選は、あれでもずっと一緒に仕事をしてきた仲間だった。
 例え、反乱を起こしたであろう人間であったとしても。

「それが私の王に相応しくなる為の試練なのだろうな。陽子と同じように。阿選は、罰さない」

「ならいい。……早く、体返してくれよ」

 俺が言うと、興味深そうに驍宗ウサギが俺を見た、

「自分の姿を見るというのも不思議なものだな」

「そうだ、転変できないのか?」

「泰麒の気持ちがよくわかった。その力が備わっている事はわかっているのに、感覚がわからない。半獣の教師でも呼ぶか」

 驍宗ウサギが言う。それで、話は終わった。
 驍宗ウサギが出て行くと、驍宗ウサギの元に人が集まる。
 泣きながら縋りついて来る人多数。驍宗ウサギは大変そうだった。

「皆、聞いてくれ。ここの復興が終わったら、私は冬官府へ篭ろうと思う。私は以前、あまりにも急ぎすぎていた。一度周囲をじっくりと眺めたい。決済をした書類は、一度冬官府に持ってきてくれ。それで皆がどう決定を下し、どうこの国を守ってきたか見たい」

 官は皆、ここ数年の、間違えても良いから自分のペースでやるという方式が身についている。その言葉に、次々と頷いた。
 間違えても、今度は驍宗が確認してくれるのだ。
 ペースも変えなくていいし、安心だろう。
 そうして俺達は復興作業に移ったのだった。




 あれから数年がたった。驍宗は建築業の知識も仕入れており、急ピッチの復興で既に主だった建物は復活していた。
 政治ではないし急を要することだからと、遠慮なく突っ走る驍宗に、冬官達が右往左往する間、他の官はほっとした顔で執政をしていた。
 効率や結果は段違いに驍宗の方がいいが、
 驍宗についていくより俺の方が楽だというのは冬官が証明しているので、官達は今の時間を噛み締めて執政を行っている。
 驍宗は人の姿になれる様になった。
 白い髪に赤い目、俺のこちらでの姿は、まさしくウサギのようだった、あれは俺なのに、別人のように感じる。
 驍宗は、何かをこらえるように書類を眺めていた。
 実際こらえていたのだろう。指示を出すのを。

「このミスは、わざと見逃したんだな?」

「失策に対する予算は用意してあります。月一の反省会で教えますし」

 阿選が答える。

「失敗しても柔軟に動けるようになって来たんだぜ」

 俺も教える。失敗した場合を考え、すぐフォローできる策を考えるようになってきた。
 反省会で指摘されないようにと、チェック機能も向上した。

「この毎年のようにある反乱、というのは…」

「驍宗を奪われた怒りを表す儀式だよ。冬器は使わないから死人は出ない。成功したらピコピコハンマーやハリセンで袋叩きにされたり、驍宗の真似をやらされたり。驍宗が帰ってくるのか不安で仕方ないとか、普段言えない事も言ってくれるから、役に立つ面もあるぜ。官の不安を相談する、カウンセラーも設置したんだ」

 お陰で反乱に対する対応が飛躍的に向上した。
 効率的な反乱の技術も飛躍的に向上した。
 反乱前の不安を察知する施設を作ったから、プラスマイナスでプラスだといいんだが。
 ただ、この施設は密告にも使えるから、慎重に扱わないといけない。

「面白いな。勝ったら褒美を出す事にして、今後も続けよう。ただし年に一度」

「続けるのか。反乱の振りに紛れて本当に反乱起こされたらどうするんだ」

「十分に注意する」

 驍宗はやっぱり自信家だ。
 泰麒は、驍宗にべったりくっついて一緒に書類を見ている。
 泰麒は午前は俺と驍宗のどちらかと一緒にいて、
 午後になると、3人で泰麒の仕事を手伝い、夜になると川の字になって寝る。
 驍宗が帰ってきて、初日に別々の行動をしようとしたら泰麒が寂しそうな顔をしたので、今までの労いの意味を込めて一緒にいることにした。
 泰麒もそろそろ大きくなったから、一年でやめるつもりだ。
 驍宗の実験地にもなってるので、泰麒の直轄地は、発展が著しい。

「驍宗様、ここはどうしたらいいでしょう」

「最初の案の方が良いな。その手順についてだが…」

 泰麒の執務室で驍宗が本を翻訳しつつ、泰麒の相談に答える。
 驍宗が相談に乗るので、直轄地だけ驍宗の色も濃い。
 官たちは、いずれ俺と驍宗が交代した時の為に備え、
 この地の執政の情報集めに余念がない。
 いきなりの改革に自信がない部署、州は、自分なりの数年に及ぶ行動計画を既に届出をさせている。
 それで問題がなければ、その計画を認可して、まず勉強期間を設けさせる。
 そして、数年遅れで改革を実地していく予定だ。

「後少しで体を返せそうだ。すまなかったな。そうだな、一月後に返す」

 驍宗が書類の束を置いて、一息ついた。

「体を交代したら、大使館の設置か。丁度飯屋の木の実がなったから、
それを話のきっかけにしよう」

 飯屋の木の実の内容は様々だった。俺が向こうで食べていたもの、戴の家庭料理、戴の軍で食べる料理。俺が向こうで食べていたものは、体を元に戻せば食べられなくなるだろう。
 この木のおかげで、餓死者が減った。
 そろそろ、原作では泰麒が戻ってくる頃だ。
 柳に関しては悩んでいる。状況がわからないし、一度起こらなければ
誰も気づかないであろう前例だからだ。
 功についても心配だが、今は自分の国だけで精一杯だった。




[19940] 一般人の王様 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 05:26

「驍宗様、井戸掘りとポンプの技術に関してはもう流して頂けませんか?」

「ああ、そろそろ交代しても良いな。全部署、全洲から留学生を出させるように」

「驍宗様、では、ついに……!」

 英章が、喜びに声を震わせた。

「ああ、体を返して私が執政する」

 ようやく体を返してもらえるのか、
 仙にはなっていたから年齢は20代前半だが、実際年齢は30になる。

「気が変わらないうちに、行くぞ」

 俺は、驍宗に手を伸ばす、驍宗がその手を取る。
 その瞬間、あるべきものがあるべき場所に戻ったのを感じる。
 久々の体は重かった。頭の中に溢れる知識。
 これが驍宗の10年間。
 一方驍宗も固まっていた。

「私は、阿選のこんな顔を見た事がなかった……。阿選だけではない、私の部下皆…」

 俺はいつのまにかウサギの姿になっていた。
 驍宗の知識で人の姿にどうにか変異する。

「お帰りなさいませ、驍宗様」

 英章が驍宗に傅き、泰麒が泣きながら驍宗に抱きついていた。

「ついでだ、驍宗。仙の登録を消してくれ。通訳として、一度この国の言語を通訳して見たい」

 そして、手引きを作るのだ。日本語、中国語、英語の3ヶ国語で。

「わかった。そうしよう」

 驍宗の、真の意味での帰還は瞬く間に朝廷に広がった。
 次の日、朝議に驍宗が出ると、官達がざわめく。

「今だ!」

 阿選の言葉に、皆がピコピコハンマーを取り出した。

「驍宗様、捕まえた!」

 泰麒がぎゅっと驍宗を抱き締め、容疑に出席した官全員に縛りあげられる。

「主上、謀反の演習が成功したので褒美をください」

 俺の記憶で知ってはいたが、実際に経験するのは初めてだった驍宗は、あっさりとやられた自分と官全員に謀反に参加された事に苦笑しながら言った。

「何が欲しい、言って見ろ」

 阿選は言う。

「二度といなくならないでください」

「承知した。縄を解け」

 縄は解かれ、官たちは怒られないかビクビクしていた。
 阿選は、確かに約束しましたからな、と念を押している。

「いなくならない。置いていかない。約束だ」

 泰麒の頭に、ぽんと手を載せた。官達が、主上、主上と連呼する。
 官達の思いを、受け止め、驍宗は自らの存在の重みを実感していた。
 原作を知り、自分などいない方がいいのでは、そう思った事がないわけではない。
 あの者は、私よりよほど朝をうまく纏めているではないかと、嫉妬しなかったわけではない。
 しかし、官達は私を求めてくれていた。阿選も、また。
 騒ぎが静まった後、今まで驍宗だったウサギが声を出した。

「長谷川隆です。隆と呼んでください。今度、蓬莱と崑崙とこちらの世界の通訳の手引きを作成をする事になりました。私はもう仙ではないです。わからない言葉があったらすみません」

 その言葉はほんの少しぎこちない。
 驍宗の知識を使って、自分で通訳して話しているのだ。

「隆、隆には本当に感謝している。私の体を奪ったと恨んでいる者もいるようだが、私の執政は無理が出ていた。これも天帝の導きだったのだ。彼は客人として丁重に扱ってくれ」

 名を明かした俺に、驍宗が改めて礼を言う。
 官達が、驍宗の言葉に傅いた。

「さあ、朝議に入ろう。建築技術と、井戸の掘削技術、水の浄化方法と
病の防ぎ方、農業全般の手引書を作った。泰麒の直轄地で演習をやるから、技術者を呼んでくれ。特にポンプとペチカは全里で作るから、そのつもりでいろ。ポンプとペチカは便利に使える道具の名前だ。これから先、午後はずっと研修の時間に当てる。決済は午前だけで済むよう、出来るだけ絞ってくれ。十分な知識を得た所から、その技術を導入していく。それと、数年後には、新しい建築物は全てペチカをつけるように。ペチカ分の予算は国が補助する。技術者を呼ぶスケジュールは配った資料にある。この作業には冬官を総動員する。大学でも同様だ。私が向こうで身につけた知識は、余さず身につけてもらう。教科書は作ったし冬官に教師役を何人か用意してある。まずはこれだけだな」

「まずはこれだけ、ですか……」

 英章が苦笑いした。置いていかないと言ったばかりではないか。

「やる事がいっぱいあって不安だろうが、私自らが毎日、午後の教師をする。数年かけて、じっくりやるつもりだ。後は、国家間で助け合えるよう、国連を設立する。これは延に頼むつもりだ。各国に大使を送り、国家間の友好を取り持つ」

 これは大綱に引っかからないようにしなくてはならない。
 外国の者がその国の者が入れない場所を作ったら、それは大綱に触れ、王は死ぬ事になる。違う意味で、責任重大になるだろう。
 蓬山でどこまでが許されるかよく相談せねばならない。
 大分低い所にルールを設けて、規律を徹底させるつもりだ。
 国連に関しては、王と麒麟が話し合い、助けが必要な国には手を差し伸べるというようにしたい。
 さし当たっての問題は、柳、功、景、芳の援助。
 余裕のある国が難民の受け入れをする。
 戴はここ数年、ほんの少しだけ玉の出が良くなっていた。
 驍宗が戻ったから、玉は前のようにきちんと出るようになるだろう。
 そうしたら戴も援助する。今はそのまま援助する事は不可能だ。
 国連では、戴が技術演習の参加を呼びかける予定だ。
 有料にして、収益は全て功の難民救助に使う。
 驍宗は朝議を終えると、青鳥に延王への報せを送った。
 一緒に蓬山に行こうとも。
 しばし考えて、青鳥をもう一羽飛ばす。飛ばす先は、柳国。

「一緒に騶虞を捕まえに行かないか」

 これは隆の案だった。まずは柳王の気を引く事が大事だと。
 警察組織についても作っておきたいので、十二国で最も法に長けた柳を参考にするのは理にかなっている。
 そうして驍宗は、仕事に戻った。
 青鳥の返事はすぐに来た。

「国連か……難しいが、技術の提供を代償にするなら呼びかけてみよう。功の難民援助代も出すから、ただで技術を開放してしまえ。各国の王を呼ぶきっかけになる」

 もう一羽の青鳥も。

「行ってもいい。国連は行かない」

 それは二言だけの返事だった。
 助露峰。元は地方官吏だった王。
 やはり彼は、玉座にいる事に飽いているのかもしれない。

「騶虞を狩りに行く。数ヶ月留守にするから、英章はついてきてくれ。大丈夫だ。戻ってくる。その間の教師役は長谷川に頼む」

「驍宗様、もういなくならないと…」

「だから阿選と泰麒を連れて行く。柳の大事だ。留守は任せた」

 留守を詠仲に任せる為、色々と手続きを済ませている間に国連の時は来た。開催国は延だ。


「5年に一度と即位、崩御の時か…。あたしは構わないわよ」

 珠晶が飯屋の木のハンバーグを食べながら言う。

「戴王が元に戻ったのはめでたい事だけど、これが食べられなくなるのは寂しいわね」

「こちらでも作れるよう、出来るだけ作り方を思い出してみます、供王」

 俺は供王に向かって伏礼する。他国の王には当然、礼儀を払わなくてはならない。

「良いわよ、伏礼しなくても。あんたも一度は王だったんでしょ、戴の威信が下がるわよ」

 俺は立ち上がった。

「ありがとうございます、供王」

「いつもの口調で良いわ」

「ありがとう、供王」

「何故、相談してくれなかった。水臭い。技術の件は、優先的に流してくれるのであろうな」

 氾王藍滌が驍宗を詰った。

「もちろん、優先的に流させてもらう。すまなかった。氾王には必要な道具の作成に関して大分頼らせてもらうことになると思う」

「隆さん、会えて嬉しい。通訳の勉強をされていたとか。力を貸してもらえないだろうか」

「既に通訳の手引きに取り掛かっています。海客、山客に会ったら、という手引きを作ったんです。少学で使ってもらえないでしょうか」

 俺は向こうの世界の事を簡単に説明し、役所へ連れて行く為に必要とされる会話を書いた手引書を見せた。ついでに半獣についても書いてある。延王が興味を示す。

「面白い、こちらでもやってみようか」

「技術提供の代わりかしら。やってみてもいいわよ」

「面白そうね」

 黄姑が、穏やかに笑う。
 驍宗は、手引きも入れた技術書の束を各国王に渡した。

「この中から使えるものは使ってくれ。実際に見ないとわからない事もあるだろうから、このスケジュールで授業を開いているので、戴に留学生を送ってくれ。大使の受け入れについては大丈夫だろうか?」

「大丈夫よ。扱いの差についてもめると困るから、それは予め決めておきましょう」

「質素な方がいいと思う。国が財政難の時もあるし、11人もいるから。大綱に引っかからないよう、人数は常に一人で、人手は現地人を雇う事にしよう」

「大使を出すのも受け入れるのも互いに了解を取ってからという事で」

 話し合いが順調に進んでいく。かなり小規模なものになりそうだが、外交チャンネルを開く事が出来たのは快挙だ。
 来ていない国もあるし、全ての国で手引書が採用される事はなかったが。
 延国と景国で使ってもらえるだけでも十分だ。

「手引書については、公に井戸の技術の代わりに受け入れさせられたと
言ってしまって下さい」

「それならわが国は何年か遅れて取り入れよう。他の国で便利さが話題になった頃にな」

「通訳の本に関しては、優先的に回してくれ。そう都合よく通訳の技術者が流れてくる事はないからな」

「戴王の記憶がありますからね。ニュアンスまでばっちり通訳できますよ。最高の辞書を作って見せます」

 俺が約束したのを最後に、話題は援助の話に移った。
 ちなみに、延が冬官を大使にする事を言い出して、なし崩しに他の国も冬官が大使になってしまった。11人のみとはいえ、人手が足りないのに。
 最後にピコピコハンマーを使った反乱や雲海で泳いだ事が話題となり、会議は終わった。
 有意義な会議だった。




 延にピコピコハンマーとハリセンが飛ぶように売れている。
 あれは意外と作るのが面倒なので、下請けを範にしたら喜ばれた。
 延は多少高くても商品を買ってくれるのでお得意様だ。
 ポンプなど作るのが面倒なものも、作り方を模索する班は作ったが、実際の量産は範に任せた。
 農業に対する改革は俺の方でも出来る部分はやっていたし、戴の民の生活は少しずつ良くなっている。俺の目が行き届いてなくて搾取されている州もあったが、それもここ数年のうちに驍宗が発見・摘発させている。なので、丁度土台を固めきった後で改革へと進む形になった。
 昨日までは驍宗が直々に指導していたので人がいっぱいだが、今日は少し少なめだ。俺は少し安心し、少しでも目立つようにウサギ姿になる。
 始めに冬官に紹介される。
 王の恩人の半獣の胎果で、賢人であると褒め称えられる。
 また、人手が多いので目立つ為にウサギ姿になる事を許して欲しいとも。少し恥ずかしいが、これには、半獣に対する反感を減らす意味もある。俺は半獣なので、半獣差別は少ないほうが嬉しい。
 驍宗は今日、劉王露峰と共に旅立った。
 帰ってくるのは数ヶ月先だ。きっと騶虞を二、三匹は連れて来るだろう。
 泰麒も指令を増やしてくるといいのだが。 
 驍宗が予想したとおり、俺の中には驍宗の学んだ知識がしっかり入っていた。
 教科書を開くと、専門外の事のはずなのに良く理解できる。
 俺は丁寧にポンプとその作り方を説明し、
 一通り戴でも作れるように研究は続けているが、大量生産については範に頼んでいる事を説明した。
 皆ポンプに大いに驚き、しきりに触って説明を求めてくる。
 自分で水を汲むと、驚いた声を上げた。
 井戸は、場所を移動して実際に上総掘りをしてみせた。
 多角形の踏み車に乗って実際に走って見る。
 ヒゴが巻き取られていくのを見て、周囲から感嘆の声が上がった。
 かわいいなどという声を聞いて、ガッツポーズをとる。
 原作では、半獣を可愛いと思っているのは陽子だけのようだったので、不安だったのだ。これで半獣に対する嫌悪感が薄れたらと思う。
 設計図と手順書を配り、一つ一つ説明していく。
 自分自身の知識ではないので、完璧とは行かず、一緒に来てくれた冬官の助けを借りた。
 これがあればずっと便利になる。
 始めは半獣などと、と訝しげな顔をした人達も、最後には認めてくれた。
 最初に帰ってしまった人とかはどうしようもないが、そういう人は驍宗が帰ってきた時改めて学べばいい。

 次の日は、建築技術の話。
 これはもう俺にはどうしようもない。
 その道の専門家ばかりだし、借り物の知識で複雑な応用は出来ない。
 俺は教科書を読み、実際に新しい手法で作られた王宮と、未だ修理を続けている所の所々を案内し、指し示し、後は冬官に説明を任せた。
 専門用語が飛び交い。実際に器具を使って何かしているのを眺める。
 その後ペチカが出てきて、夏だが使って見た。
 お湯が出てくるのを見て、感嘆する。
 暖炉の前で、横になって見る。どうだ、ウサギさんの可愛い姿攻撃!
 ちょっと効いていた。

 次の日は、農業。
 保存していた飯屋の木の実をご馳走する。
 飯屋の木の実を知らなかった者は皆驚嘆していた。
 それぞれ木の実をあけて、驚いたり喜んだり珍しがったりしている。
 
「これは王の故郷の料理が出るようです。驍宗様にとっての故郷の味は、やはり軍食なのですね」

 解説すると、なるほどという声が上がる。
 どのような祈り方をして天帝から実を頂いたのか、聞かれたので細かく説明した。
 そして農業の授業に移る。
 実際に農具を見せて回りながら、何をどう使うのか説明する。
 ここでもコミカルな動きを心がける。

 次の日は大学。
 ちゃっかり蓬莱と崑崙の説明をして、手引きを配った後に高等な数学、物理を勉強する。
 生徒達の後ろにはもちろん留学生が控えている。
 数学には多少は馴染みがあったので、スムーズに進んだ。
 眼鏡をかけてインテリを演出してみる。
 そうして黒板を指し示す為の棒をブンブン振って見る。
 ふふふ懐柔されてきたな。

 次の日は、夏官長と秋官長を招き、
「蓬莱の警察制度の戴国での運営」について討論した。
 留学生の者達も加わり、長い討論になった。
 戴国の為に改良した案を書き出していく。
 これは驍宗が帰ってきた時、目を通す事になる。実行は大分先の話だ。

 午前はずっと文法の学び方や辞書などを作り、午後はこうして外に出る。
 仕事が忙しい事この上ない。
 もちろん、俺や驍宗が顔を出していない間も、冬官によって授業は続けられている。
 驍宗の場合は、専門家なので熟練者に対する質問タイムと言った使い方だったが、
 俺の場合はパフォーマンスの意味合いが大きい。
 戴は本気で改革をするという意思表示であり、強制的にゆっくり改革する為の方法であり、置いていかないとアピールする為の方法でもある。
 午後はこれに全て使われるので、驍宗の執政はほとんど進まないし、任せる部分が多い。
 しかし、ほとんど進まないぐらいで、皆には丁度いいのだ。
 次の行動の意味を、十分に理解する時間があるから。
 まあ、今は出かけてしまったから完全に執政が止まっているのだが。
 そういう時は、詠仲が朝を預かる。
 しかし、今までは驍宗に良く似た考え方をする阿選が補佐をしてくれたが、今はいない。
 今度はたった数ヶ月とはいえ、中々大変そうだった。

 数ヶ月たって、俺は日本人の為の簡単な手引きを書き上げた。
 これで自分の状況と、理解すべき必要最低限の事は子供でもわかるはずだ。
 必要そうな簡単な会話も載せてある。
 ポイントは、十二国の言葉で注釈がつけてある事だ。
 書いてある内容がわかるから、どの言葉が理解できてどの言葉が理解できないかわかる。
 後は同じ内容で中国版、英語版を作って各里に配置する。
 辞書とか本格的な日常会話の教科書は首都である鴻基の役場と王宮の資料室のみにおいておけば良いだろう。
 そこには、十二国人の日本語、中国語、英語辞書も置くつもりだ。
 それが終わったら仙人用の書き言葉の教科書。
 何年かかるかわからないが、俺の通訳魂が燃え盛る。
 これが俺の生きる道だ!決して客寄せパンダではない。ファンクラブできたけど。
 俺が通訳魂に燃え盛っていた頃、驍宗は、なんと会話しようものか悩んでいた。
 露峰は、騶虞に乗って黙々とついてくる。

「劉王殿。緊張はしていないか?」

 驍宗が問いかけると、露峰から返答が帰ってきた。

「大丈夫です。どうせ私に何かあっても問題ないですし。そのように柳の法は出来ています」

 いきなり入った本題に、驍宗は考えながら答える。

「しかし、国は傾いている」

「……私は自分が王である意味が感じられません。あの法は、私の作ったものではないのです。それに、あの法があれば王は要らないはず。あの状態で私が何かすれば却って問題が出るでしょう」

「自分がいない方がうまくいく?」

「そうですね。そんな所です」

 驍宗の問いかけに露峰が頷く。

「私もそう思ったときがあった。いや、実際そうだった」

「驍宗様!」

 泰麒が声を上げる。阿選は、じっと聞いていた。

「体を蓬莱の者と交換する羽目になった話を聞いているか。その時、私は一人で先を行くばかりに、官は戸惑い迷っていた。あの時は気づかなかったが、大規模な反乱の兆しがあった。一般人の蓬莱の若者が、全て御して見せた。私が戻ったとき見たのは、その一般人…長谷川に心を許した部下達の姿だった。戴の王として選ばれたのは私なのに」

 露峰は、黙って話を聞いている。

「それでも、私は必要とされているのだ。この国に。泰麒に。民に。そうして、国を治めていかねばならない。たとえ、他に王に相応しいのではないかと言う者が傍にいても」

「それは言いすぎです。全ては主上の威信のあっての事。あの者が只者ではない事は確かですが、そこまでの器はありません」

 阿選が言う。

「そうです、驍宗様。僕は驍宗様がいいんです」

 泰麒に後押しされて、驍宗は言った。

「露峰。やる事がないなら、見守ってやればいい。何も、全てを国と民に捧げる必要はない。空いた時間で楽しい事を探せ。もう長生き自体が嫌だと思ってしまったなら…出来れば、禅譲して欲しい。それでも、麒麟は悲しむと思うが」

「禅譲か簒奪か失道か……。王の死に様は嫌なものです。実は、既に禅譲したのですよ。理由が認められず、拒否されました」

 苦笑して語られた言葉に、驍宗たちは一瞬声を失った。

「そうか………露峰。辛い事を話させたな。騶虞を探そう。思い切り楽しんだ後、改めて見の振りを考えればよい」

「いや、戴王にも辛い事を話して頂いた。たまに、青鳥をやりとりしませんか。他の者にうまく国を治められてしまった者同士、と言う事で」

「いずれ、もっと良い国にしてやる。今、改革を行っている最中だ」

「今度は急ぎすぎませぬように」

 戴王と劉王は笑った。
 どこからか、麒麟の影が降りてきて、露峰は驚きに目を丸くしながら言った。

「私もまた、少なくとも麒麟には必要とされているようです」

 こうして、会談は成功した。

「これは何だ。何故私を縛る、阿選」
 
 騶虞を得てすぐ縛られた驍宗が聞く。

「何って、餌ですよ餌。主上を餌にして妖魔をおびき寄せるんです。饕餮を手に入れた際の話は聞きました。頑張ってください、泰麒」

 阿選はにっこりと泰麒に話しかけた。

「頑張ります、驍宗様!」

「いや、その…一応私は王なんだが…」

「大丈夫です。泰麒はきっと良い王を見つけてくれます。私とか」

「それは凄い。歴史上最短時間の即位ですね。蓬山も近いですし」

 露峰が、蓬山を指差して言った。
 結果、泰麒の、指令獲得も成功した。



[19940] 一般人の王様 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 05:37

 ざぶざぶざぶ。
 劉王と俺は競泳した。
 泰麒にいち早くたどり着いた方が勝ちだ。
 雲海で泳ぐのは勇気がいる。
 誤って沈んだら、下界まで真っ逆さまだ。
 それでも俺達は冷たい海を泳いでいた。

「私の勝ちですね!」

 泰麒に触れて、劉王が笑う。
 失道の病気は快方に向かいつつあるが、未だに劉王はこういう事をしたがった。
 ピコピコハンマーの内乱訓練も始めたようだ。
 通訳の仕事が滞っていた俺は、劉王に付き合って思い切り泳いでいた。
 その上、飯屋の木の実から良い食料が出なくなった事で、何も知らない民から苦情が出まくっている。
 食べ物の事で、やはり長谷川の方が良い王なのだろうか。などと驍宗に落ち込まれてはたまらない。カウンセラーからも驍宗についていけないと苦情が出つつある。
 冬が近づき受け持つ講義が減った為、驍宗が執政に専念できるようになったのだ。
 以前は泰麒が重りになっていたが、もう泰麒は驍宗の仕事についていけるので重りになれない。
 仕方なく、教科書の仕事を手伝ってもらうが驍宗は頭が良すぎて理解の遅いものに配慮が出来ない。
 通訳の教科書は、子供も大人も読めるものでなくてはならない。
 俺も饕餮に捕まって冷たい雲海の海から上がり、風呂へと向かう。
 向かう途中で、ピコピコハンマーを持った官吏が走っていった。
 あ。謀反。
 劉王がそれを見て自分もピコピコハンマーを持っていった。
 お前は早く国へ帰れ。
 真面目だった劉王がこんなのになってしまって、柳から苦情が来ている。
 官に示しがつかないとか。
 仕方ないから有給制度を作って有効に活用するよう法を変えたそうだ。
 凄い時には一年休んで旅行に行ける。
 一時的に仙をやめて旅行に出る事も可能になった。
 柳は本当に官の為の国になりつつある。
 海客山客に渡す各国の言葉で書かれた手引書は里へ配備したし、他の国にも配った。
 後は仙のいる役所でどうするか判断すればいい事になっている。
 だが、日常会話の教科書と辞書作成が難しい。
 やはり仙と人とで違う教科書を使う事は必須になった。
 翻訳の仕方が個々で違うのだ。仙の為の手引書はそこを念頭において
やらなければならない。
 その上、陽子への無理解が激しいから、陽子の半生を題材として、仙に対する日本と日本語を学べる本を先に作る事にした。
 頼み込んで、陽子から話を聞きだす。知らない事になってるから。
 今度の冬中に景に行って書ききるつもりだった。
 陽子の半生を書くなら、祥瓊のフォローもうまくしなければならない。
 劉王も来たがるだろうが、二番目に読ませる事を約束してこの冬は仕事をさせる。
 俺は決意をすると、風呂に入った。
 風呂から上がったら、驍宗と官の慰安旅行が決まっていた。
 剣や騎獣などの褒美ではなく、要求が通ったと言う事は謀反側が勝ったな。
 祭祀はどうしたと聞いたら、旅行先は鴻基で一週間だから問題ないそうだ。
 必要な作物も、以前の数年で祈った為に全て揃っているらしい。
 建築技術を駆使して温泉ランドを作ったので、視察がてらに行くと言う。
 保存食やジャガイモを使った蒸留酒も試してみるらしく、楽しそうだった。
 これは劉王も行くだろう。俺は諦めのため息を吐き、身支度を整えて
景へと向かった。

「隆君、これは……私は……」

「俺はこれを写本して景の官吏に読んでもらいたいと思ってる。官吏だって、もっと歩み寄ってもいいはずだ。陽子、お願いだ。君の助けになりたい」

「隆君……わかった」


 それは、ある日突然嘘海を渡った狂った王に仙にされ、功国に放り出され、延王に保護され、景国の王に仕える事になる一人の蓬莱人の物語として書かれた。
 しかし、少し考えて見ればそれが景王の物語である事は明らかだった。
 所々真実を隠す為脚色はされていたりぼかされてはいたものの、それは陽子の物語だった。
 それは、陽子が王になる困難さと、異国の文化を学ぶ困難さの両方を示した。
 書庫に何十冊も置かれた本は常に貸出中になった。
 次に、陽子と日本語と蓬莱語の違いを聞いたり、日本の事を聞くものが出てきた。
 こんな事もわからないのか、という言葉が減った。女と侮る声が減った。
 代わりに、日本の事など忘れてしまえ、景の事を一番に考えてくれという不満も増えた。
 実際に来て、わかった。
 景には、不安が充満している。景の女王は胎果だから、
 景の民を一番には考えてくれないのではないか。
 見捨てられないか不安なのだ。それを加速させてしまった。
 陽子に伝えると、苦笑いする。

「私は精一杯景を愛しているつもりなんだがな……。それと、女官達の同情の視線が痛くてしょうがない」

「俺も陽子の景への愛情はたっぷり描写したつもりだけど」

 ここから先は、陽子が少しずつ信頼を勝ち取らなくてはいけない。
 そこまでは、俺の出る幕じゃなかった。

「謀反には気をつけろよ。景麒を近くから離すな」

「わかってる」

 民の陽子への人気は原作よりも高い。
 他国の技術を取り入れて生活を楽にし、飯屋の木の実で珍しい豪華な食事をくれた。
 しかし、全ては官にはこう移る。景王は、慶より他の国や母国の方が好きなのだと。
 これだけ慶の王になって苦労したのだ、恨んでいないはずはないと。
 前途は多難だ。しかし、陽子には良い王になってもらわなければならない。
 延王に続く光となってもらわなければならない。
 その為に、功と慶と芳を見捨てたのだから。
 功果の情報は、まだ入ってきていない。
 戴に戻ると、建築技術の講習が再開されていた。
 天才である驍宗が数年で目一杯詰め込んだ知識を教え込むには、まだまだ時間が掛かる。
 しかし、範では既にポンプの量産でフル稼働中だ。
 設置費用はこちらに入るので戴も潤っている。
 驍宗の技術の結晶である温泉ランドは中々官たちに評判が良かったらしい。
 驍宗がウォータースライダーなど盛りだくさんのアトラクションを作るとは夢にも思わなかった。
 現在、研修材料として遊園地も建設中である。
 ただし、こちらは安全管理を厳密にしないといけない。
 これは延からの王命で留学生が一杯来た。
 それと今年は餓死者が出なかった。快挙である。
 劉王の麒麟も病気が治ったそうだ。良かった。
 こちらも温泉ランドの設計図を根こそぎと冬官を連れて行った。
 戴からの大使が、教師の働き口や飯屋の木の実の注文を仲介してくれるようになり、玉以外の収入が増えていく。
 技術が浸透すればそれもなくなるだろうが、
 その頃には戴自体も改革を終わらせて力を蓄えている。
 驍宗は温泉で官達と親睦を深めたらしく、官に任せると言う事が多くなった。

「まあ、技術講習が終わるまでの間だしな」

 などという声は断じて聞いていない。
 戴と柳が持ち直し、自力で立ち直ってきてるので、延王は慶と功に注意を払っている。
 こちらは通訳業に専念する。
 問題なのは、本だけで日常会話が出来るようにする事だ。
 海客も山客も珍しい。その為だけの教師を作るわけには行かない。
 それに、言葉だって、時が立てば変わっていく。
 海客と山客のネットワークを作り、10年毎に更新するシステムを考える。
 これは次の十二国会議でする事か。
 ならば急がなければならない。
 俺は資料を持って部屋に閉じこもり、食事を届けてくれるよう頼む。
 そして、3年で人向けの教科書完成、仙になって2年で仙向けの教科書を完成させた。
 丁度、驍宗が活版印刷を完成させていたので活用させてもらう。
 数年たって部屋から出てみたら、大分鴻基が発展していた。

「おお。戴はもう大丈夫だな」

 俺がいうと、驍宗は笑った。

「そうだな。技術の普及に関しては大体済んだ。私の手を離れたと言っていいだろう」

「頑張ったな、驍宗。やる事なくなって劉王みたいになるなよ?」

「何を言っているんだ長谷川。これでようやく執政できるんじゃないか。警察機構の研究も大分進んできたしな」

 そうかまたピコピコハンマーの出番か。

「何回反乱軍に勝たれたんだお前は。少しは反省しろ」

 俺が言うと、驍宗が言い難そうに言い訳した。

「たまには護衛軍も勝つのだぞ」

「たまには勝つって言えるほど反乱起こされてんのかよ」

「ちゃんと反乱が起きれば一週間は執政しないようにしてる」

 俺の突っ込みに、答えにならない答え。
 こりゃ阿選が反乱してなくても、反乱は起こってたろうな…。

「そんなんで解決するわけないだろう。泰麒の小さい頃みたいに子供入れれば?」

「ほぅ?」

 驍宗は興味を持ったように聞いてきた。

「で、説明してわかってもらえないようならもう一回官の意見も聞いて考え直せば?」

「それは面白いな。大学から人を呼ぶか」

 子供っていっただろ。しかし、こんな所に子供呼ぶのも確かにあれだ。

「優等生は呼ぶなよー。そうだ、十二国会議は?」

「戴で開催される事になった。夏だしな。遊園地のコーヒーカップに決まった」

 それではゆっくり話せない。どう考えても真面目に話し合うつもりはない。

「マジで?」

「操作しなければゆっくり回るしな。議題の内容も大体決まってるので気楽なものだ」

 軽い驍宗の言葉。

「芳と功の援助か。芳はそろそろ王様探せるんじゃないか?」

「もう見つかった。麒麟が大変に活発でな。黄海の外にもよく抜け出していたのだが、その先が月渓だったというわけだ。本当に簒奪になってしまったと苦しんでいるそうだ」

 つまり月渓の元気付けか。思いっきり逆効果な気がするが……。











「じゃあ、語学の各種教科書書いたんで持って帰ってください」

「わかったわかった。芳は食糧援助、功は難民を迎える船を出すわ」

「じゃあ、それで今回の会議は終わりですね。ジェットコースター行きましょう」

「それはいいわね!ほら、月渓も落ち込んでないで行くわよ!!」

 皆さん酷いです。俺の5年の努力と月渓の苦悩は一体…。
 思いつつ、俺は一人コーヒーカップでくるりんくるりんと回っているのだった。
 ……って、まーだ功果の情報わかんないのか!?

「俺、蓬山にちょっと出かけてくるわ」

 遊園地につけてある俺に驍宗が送ってくれた騶虞に乗って、蓬山に行く。

「功果なんですけど、ちょっと見せてもらえますか。いい加減心配なんです」

「事前に連絡もせず、なんと無礼な!」

 女仙に怒られたので謝るが、様子は見に行くからな。

「すみませんでした。でも功を助けたいんです」

「よい。占いにはそなたが来るのは吉兆とあった」

 功果の場所に案内される。大きな実。いるはずのお供の指令がいない。
 俺はウサギになって実にそっと触れた。
 その方がよりそっと触れる気がしたからだ。
 その瞬間、俺は生まれた。
 よろよろとふらつくが何とかたって、初めて空気に触れてぽろぽろと流れる涙を瞬きでなんとかしようとする。
 目の前に、ウサギな俺が倒れていた。
 俺を、ちょこっと突っついてみる。
 その時、俺はウサギな俺になっていた。
 目の前に功麒が倒れている。
 周りで女仙が騒いでいた。どうしろと。
 とりあえず、功麒が、と大変な取り乱しようだったので俺は功麒に触れた。
 功麒な俺が、ふらふらと立ち上がる。泣いて安心した女仙に連れてかれた。
 ウサギの俺が置き去りで。どうしろと。



[19940] 一般人の王様 8話 第一部完
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 05:47


「困った事になったのぅ……」

「とりあえず女怪の方にも触れてみるか?」

 玉葉はため息をついた、

「女怪はならなかったのだ」

 俺は、言葉を失う。女怪もなく中身のない麒麟、これが功の受けた罰。
 俺が見捨てた。

「俺の体はどうしよう。毎日交互で使うか」

「そうしてくれ。苦労をかけるの」

 こうして、俺は蓬山での暮らしを余儀なくされた。
 泰麒に手紙を送り、饕餮で功に手紙を届けてもらう。
 麒麟が今、どのようなじょうたいなのかと、それが王の罪の為であることを。俺が半獣である事もしっかり書いた。功が俺の協力を得るなら、半獣を受け入れざるを得ないと。
 とにかく、功の麒麟を育てなくてはならない。
 俺は女怪の乳の変わりにヤギの乳を飲み、獣として過ごした。
 驍宗たちや延王が見舞いに来てくれた。
 峯王の精神状態がやばいらしい。だって、ねぇ……。
 史実どおり陽子は元気付けに行ってくれたんだけど。
 そうそう、慶は、じっくり立て直していく感じだ。
 俺の教科書は官と陽子両方に喜ばれた。
 官の方も、日本語を勉強して、それから陽子に物を教えるようになったのだ。
 陽子が一度、そうしてくれた官に感動し、深く礼をして以来らしい。
そうそう、泰麒は既に完全にこっちの人だし、原作に関わらないようにと、慶とは接触しないよう最初に気を配ったのが未だに尾を引いていて、原作のようには仲良くならなかった。
 数ヶ月たって、芳麒がやってきた。
 その時俺は麒麟で、歓迎のために尻尾を振る。
 その時、芳麒が言った。

「ウサギの姿に戻ってくれないか」

 泣きながら芳麒がいう。
 言われるままに、俺はウサギの体の所に案内し、ウサギに触れた。
 ……嫌な、予感がした。

「御前を離れず、勅命に背かず、忠誠を誓うと制約する」

 俺は仙になったし、戴の国民じゃなかったのか。
 それより、月渓は。民の支持はあったはずだ。

「ゆる、す」

 何かが自分に刻まれていく。全てが終わった後で、俺は聞いた。

「月渓は」

「禅譲が認められず、自害しました」

 それは、許されない事だ。
 決して、許されない事だ。

「救えなくて、すまない」

「俺も救えませんでした」

 違うんだ、芳麒。俺は……。
 陽子がそんなに大事だったのだろうか。
 芳を捨て、慶を捨て、功を捨てるほどのものだったのだろうか。
 とにかく、功麒をつれて芳に行かねばならない。
 妖魔が出るだろう。天変地異が起こるだろう。
 俺が、なんとかしなくてはならない。
 玉葉が言う。

「……困った事になりましたな」

「功麒は連れて行くから。向こうで養育する。王は探すけど、芳で過ごすから。塙王には一人で頑張ってもらう」

 玉葉はその言葉に、仕方ないと頷いた。
 ついた芳は、葬儀の真っ最中だった。
 皆悲しみに明け暮れている。俺が半獣である事を責めるものは誰もいなかったが、
 俺を視界に入れるものも誰もいなかった。

「今は民の事を第一に考えろ。目の前の仕事から片付けて行こう」

 俺は必死に叫ぶが、官達の嘆きは消えず、民もまた絶望に悲しんだ。
 妖魔が襲う、天変地異が襲う、それを各国の助けを借りながらなんとかしのぐ。
 王としての知識は、持ってる。ずっと仕事してたし、驍宗の記憶もある。
 しかし、その執政が芳に合ってるかはわからない。
 今妖魔が襲っているのは、月渓の罪か、俺の罪か。
 月渓の罪ならいつまで続くのか。俺はため息をついた。
 数ヵ月後、延王がきた。

「遅れてすまん、まさかこんな事になってるとは…お前は戴国民のはずなのだが…」

「赤ちゃんの頃にでも体交換してたのかね。今の王気、半分だったりして」

 乾いた笑いが起こる。

「功麒はどうしてる」

「凄く小さな意思を感じる。もう少し育ってくれば自我を持てるかも」

「それは良かった!」

 延王の笑みにほっとする。笑みを見たのは何ヶ月ぶりだろう。
 功麒の意思は、ウサギへは移動しない。
 俺と共に、ずっとある。
 俺はそれに何かと心の中で話しかけながら、執政をした。
 妖魔が出て危ないと言うのに、泰麒が、驍宗が、阿選が、正頼が、延王が、陽子が、延麒が手紙を送ったり遊びに来たりしてくれる。
 女怪も、遅れてやってきた。
 これで指令が一つはある事になる。俺はほっとした。
 数年が立って、功麒は一人で行動できるようになった。
 泰麒に頼んで、直接功麒を連れて王探しの旅に出てもらう。
 功に余裕がないのもそうだが、功麒に対する風当たりが異様に厳しい。
 功に余裕がないのだからとか、王は何をやったのだとか、麒麟を殺すべきだとか。
 もうえり好みしている場合ではないと思うのだが、これで半獣が王になれば大変だろう。
 そして、俺は半獣の王か胎果こそが王になると思っている。
 功は本当に荒れてしまう。泰麒に助けてやって欲しかった。
 そろそろ十二国会議である。会場は柳の温泉ランドに決まった。
 一つの地域に固まりすぎで不公平だと言う事で、次は範に決まった。楽しみだ。
 功麒の心はまだ小さく、よく俺に縋りついて来るので入れ替わりっぷりが激しい。
 おまけに、俺がいるのに俺とぴったりくっつけないと泣くので功麒は置いておく事にした。
 小庸、芳の冢宰に頼む。
 そして俺は柳の温泉ランドへと出発した。
 温泉ランドでは、全員が水着の上に薄い上着を着て、湯船に浸かる。
 水着ではあまりにも破廉恥だ、という事でこちらでは薄い上着を羽織る事になったのだ。
 盆に酒とつまみを載せ、のんびりと話す。

「各国はどんな感じですか?前回は適当すぎましたから今回はじっくり話しましょう」

「戴は月一でピコピコの乱が起こってしまってな。どうも私は急ぎすぎるらしい」

 驍宗が口火を切った。頻度増えてないか?

「10年前から言ってるじゃない。改めなさいよ。ピコピコとはいえ乱は乱なんだから」

 供王、珠晶が忠告する。

「少しずつ改めているのだがな。最近は、休暇が欲しい時にもするようになった。この前など泰麒が主導して乱を起こしてな。黄海の旅数ヶ月の贅沢をする事に…」

 それに驍宗が首を振っていう。

「それ、官皆で行ったの!?言われる前に休暇与えなさいよ!」

「もちろん太綱に引っかからないよう、留守のものに一度役職を変えてだな。休暇は形式上はあるのだが中々忙しくて休ませてやれなくてな…」

 数ヶ月休む暇があるのに日々の休暇が取れない戴のシステムにため息が出る。
 驍宗が動くと皆フル回転で働かされるのだ。

「太綱変えたということは州公もつれて遊びに行ったのか。饕餮がいるとはいえ、豪勢な旅だなおい」

 俺が突っ込むと、驍宗は否定した。

「費用はさほど掛かっていないぞ。民の税を無駄遣いなど。餌の玉は使ったが、捕まえた妖獣は軍で使うのだし。まあ、旅行に出ていても問題ないほど民の生活にも余裕が出てきたな。井戸の水を汲むのが減った手間で飯屋の木の実の世話をして、冬はそれで凌いでいる。餓死者が出ないのが普通になった。温泉や遊園地と娯楽も増えたから、余剰の食料を貯めてから旅行する民が現れたな。保存食が発達したから、一般でも二年三年と食料を貯める事が可能になったからな。それと内乱もピコピコになった」

 たったの15年での凄い変容に驚く。
 内乱もピコピコて……。王宮のやり方が広まったのだろうが…。
 ピコピコの振りして剣を持ってこられたらどうするんだ。
 驍宗の事だから準備はしてるんだろうが。

「延でのピコピコの乱での要求は仕事をしろだな。ハリセンでスパスパ叩かれてかなわんぞ。輸出禁止にしてくれ。輸入禁止は反対にあって出来ないんだ」

 「それはよろしいが、範でも売り始めましたから無駄かと思われますが」

 延王はそれを聞いて嫌な顔をした。酒をぐっと飲む。

「藍滌は輸出禁止なんてしてくれないだろうな…」

「我が何故国の益を手放さねばならぬ」

 すかさず藍滌が肯定する。

「他の様子はどうですか」

 俺が聞くと、延王の顔が笑顔になった。

「延では戴からの技術を全面的に取り入れてる。農業に関する事も建築も海客についても延の得意分野だからな。教科書はいままでのもあったが、今度のはわかりやすいと評判だよ。調子に乗って実験したから、食料が余り気味だ。困るのは難民だが…国連大使はよくやってる。お陰で難民がきちんと一箇所に集まってくれてる」

 延王が酒を飲みながら上機嫌に言う。

「慶はなんとか食べていけるようになりましたから、少しずつ難民を呼び戻したいと思っています。その為に食料をわけて頂けませんか」

 陽子が言った。

「ああ、芳の方はどうだ」

「苦労してるって聞いたけど、大丈夫?」

 延王と陽子に気遣われ、俺は苦笑した。

「未だに喪に服してる感じだな。官達は。月渓が最後のより所だったんだ。立ち直るには大分掛かると思う。毎年悪いが、俺の所にも食料を頼む、功麒は、順調に自我が育ってる。今はお喋りに夢中だ。それで、泰麒の力を借りたい。功は、俺が麒麟を育ててた事で嫌悪感を抱いてる。
これで王が胎果とか半獣ならかなりやばいが、その可能性は高いと思う。しばらく泰麒が一緒にいて守ってやって欲しい。王を探して、見つけた王が完全に功麒を受け入れるまででいい」

「わかった。泰麒に話してみよう」

 驍宗の承諾に、俺はほっとした。

「慶の方はどうだ、陽子?」

「未だ他国の技術を取り入れる事に対する反発はあるな…。なかなか難しいが、少しずつ土台を固めている。変に同情されるのが、少しやりにくいな…。女官達が、未だにお可愛そうに、って言うんだ。それと民の間で私のやってきた事の劇をする事がはやってな。人気が上がると共に、近頃は民まで帰らないか不安そうにしてる。民の生活は良くなってるよ。飯屋の木の実が盗まれるのが問題化してるけど」

 それを聞いて、俺は申し訳なく言った。

「あの本、出版しない方が良かったかな……」

「鈴と祥瓊には泣かれたしな。でも、私をずっと理解してもらえるようになった、今までの苦労を、認めてくれた。だからこそ、見捨てられないか不安がってるんだが。この前の会議の時、鈴と祥瓊に、遊園地で楽しんできた事を話すと、とても辛そうな顔をするんだ。帰りたいかって。いつか慶が豊かになったら、我国にも立てようって手を握ったよ。
そうすると、ようやく安心して笑うんだ。たまにこれだから野育ちの王は、とか本当は売春宿で乱暴を受けたんじゃないかって陰口も叩かれるが、すぐに他の者が諌めてくれるし。一番驚いたのが、景麒があれを読んで反省してくれた事かな。実を言うと、景麒は頼りないから自分達が麒麟の分も私を支えないとって言われてる」

 やはり余計な苦労をかけてしまっているようだった。
 あの本を見れば、陽子がどれほど帰りたいと思っていたかわかる。
 豊かで平和な蓬莱の国。それを、陽子は慶の民の為に捨てた。

「時間はたっぷりある。いつか信じてもらえるさ」

「うん、そうだといいな。教科書は役立っているぞ。「仙でもわかる日本語講座」を皆読んでる。私に媚を売ろうと、日本語の手紙を送る輩が現れてな。目的は知っていても、やはり嬉しい。海客も何人か現れたが、辞書のお陰で助かっていると言っている。発音出来なくても指し示せばいいからな。それに、海客の扱いがずっと良くなった」

「ああ、海客にあったらの手引きのお陰で確実に助けられるようになったな」

 陽子が言えば、延王が補足する。

「戴景延の三国は胎果が上層部にいるから、海客に優しいよな」

 俺がつまみを食べながら言うと、珠晶が否定した。

「あら、私の所でも手引きは配ってるわよ。ポンプの技術が広がって、
海客を保護すれば何か新しい技術を得られるかもしれないって意欲的よ。教科書は望めば誰でも買えるしね。山客が一人来たけど、辞書のお陰で心の傷が癒えた後はすぐに里で働けてたわそれと、こっちも保存食のお陰で食料には余裕が出来たわね。こちらも冬は寒いから、温泉ランドは出来るかもしれないわ」

「範も同じじゃ。ポンプの製造でかなり稼がせてもらったからの。注文が多くてようやく自国のポンプの普及に乗り出したところじゃ。代わりに最低限の海客、山客の保護を約束したと言ったら喜んで受け入れたわ」

 一際美しい上着を羽織った氾王が言った。

「代わりに、食料が安くなっちゃいましたね。食べ物には不自由しなくなりましたが、そこがちょっと問題かな。俺も作った農作物が安く買い叩かれちゃって」

 廉王が言うと、王達は苦笑した。

「ポンプは我国でも使わせてもらってるよ。便利だからね。ピコピコハンマーがやけに売れてるのは気になるけど、今の所問題はないね。あるとすれば難民問題と食料の値下がりかな」

「私のほうも何も問題はないわね。ポンプは普及したけれど。ピコピコハンマーは私の所では売れてないわ。やっぱり私がおばあちゃんだから気遣ってくれているのね」

 奏王と采王がいい、最後に劉王が言った。

「今は官の息抜きの為の政策を考えてます。他は何も問題がないですから。ポンプ設置の際に少し手間が出来たけど……僕の国では全ての民が
官吏を目指してますよ」

 俺は十二国の様子に目を細めた。いずれ、全ての国が平和になるだろう。
 功だって、王さえ見つかれば他の国から全面的な援助が得られる。
 幸せになれるのだ。
 その為にも、俺は頑張らなくては。
のぼせた体を横たえて扇風機に掛かりながら、俺は、決意を新たにした。
 国へ帰ると、小庸が顔色を青くして来ていた。
 後ろでは、功麒が泣いて縋りついている。

「違うんです、長谷川は、最終的に十二国を幸せにする為に!予王も、塙王も、峯王も、どうやって救えたと言うんです!今、王が見つかって、僕も生まれて、戴も柳も救われてるじゃないですか!最終的には、全ての国が幸せになるよう取り計らってくれたじゃないですか!」

「そうして自分は王となるか。数え切れぬ死体の上に…簒奪者め……。峯王と、月渓殿の仇、今討ちます」

 小庸の顔は暗い。
 冬器の刀が、振るわれた。
 危ないと思ったとき、脳裏に時計が見えた。

 チッチッチッチッチッチ

 不安を感じさせる速さで、刻まれる時計。俺は……。




[19940] 一般人の王様 9話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 05:51

 知っている天井だ。
 ここは戴の……。功麒が戴に連れて行ってくれたのだろうか。
 俺は自分の傷を見ようと下を見る。浅黒い肌。
 驍宗の体か。
 まずいな、あの状態で入れ替わったか。
 その時、外から声が聞こえた。

「蝕が、蝕が!!」

 俺はその言葉に目を見張る。

「主上!大丈夫でしたでしょうか」

 現れた男は、大分前に部署を変わったはずの男だった。

「………蓬山に、大切な用事が出来た。泰麒には文を送り、一大事だからと蓬山に直接向かうよう伝えろ」

 俺は、噛み締めるように言う。
 とにかく、玉葉と言う名の権威が必要だ。

「大切な用事とは……?」

「後で話す。俺も蓬山へ行かねばならぬ」

 俺は着替えをして、蓬山へと向かった。
 騶虞にはもう、一人で乗れる。
 共のものを、と言われたが断った。
 騶虞の背に乗って考える。
 俺は戴の民だった。何故、柳の王に選ばれたのだろう。
 何故、時を越えて戻ってきてしまったのだろう。
 簒奪者と言われた。
 どうせ二度目だ、改変してしまおうか。
 小庸の言葉が耳に残っていた。どうなっても、知らないぞ。
 慶王も、功王も、芳王も、きっと正しい道などわかっていたのだ。
 わかっていて、踏み外してしまった。
 諫言を受けていないはずがない、いや、受けるほどに壊れていったと
言っていたではないか。
 驍宗を見ろ、反乱が何度起こった。それでも改められていないではないか。
 それでも、救わないとループは終わらないとでも言うのだろうか。
 ループしてしまった理由もわからず、またループするかもわからない。
 危機的状況に陥ると発動する俺の隠された能力…?だとしても戻りすぎだ。
 しかし、また阿選を説得するのかと思うとうんざりする。
 人間関係が、全てリセットされてしまった。
 積み上げてきた信頼が消え、あるのは好かれているはずだという危険な無意識のみ。
 最たるものが阿選だろう。しょっちゅうスパスパ驍宗の頭をハリセンで叩く阿選は、もういない。いるのは、本物の反乱を企んでいる状態の阿選なのだ。
 どうするかな…。俺はため息を吐いた。
 蓬山が見えた。このまま雲隠れしてしまおうか。
 雲海を降りて、黄海に行って。
 駄目か。泰麒がいる限り、追いかけてこられる。
 いや、泰麒を説得してしまえば。
 またループしてしまったらそうしよう。
 俺はそう心に決めて、蓬山に入る。
 あの時と同じように、玉葉が直々に出迎えてくれた。

「どうなされた、戴王。蝕があったようだが…」

 玉葉が訝しげに俺を見る。

「俺は驍宗ではありません。蓬莱でも崑崙でもない、異界の人間です。驍宗の体と心が交換されてしまった為に、ここに来ました」

 俺は、傅いていった。

「驍宗ではない?」

「玉葉様がお調べになればわかるはずです。直に泰麒が来ます。泰麒もまた、王気の中身がない事に気づくでしょう」

 そこへ、黒麒がやってきた。転変して、俺に縋りつく。

「驍宗様!一大事って…あれ…?王気が…なんでしょう、これは…中身が無い…?」

「俺の中身は驍宗ではないんだ、泰麒。今、驍宗は取り付かれている状態なんだよ。大丈夫。戻る方法はある。またあの蝕が起こった時に、途切れた王気を追えばいい。俺の体さえ見つかれば、また体を交換できる。泰麒にしか出来ない仕事だ」

 俺は泰麒に言い聞かせる。

「驍宗様……!?」

「俺の事は、不思議の国のアリスのウサギと呼んでくれ。長ければ、アリスとでもウサギとでも」

 どこの国でもない国の、時計を携えたウサギ。
 それが今の俺に対するイメージだった。
 もはや自分を人と思わない。

「アリスは女のウサギさんなのかしら…?」

「違うよ」

 俺は泰麒に優しく言い聞かせる。

「こんな、こんな事が……!」

「禅譲も簒奪も悲劇を呼ぶと診断書を書いてください。驍宗は必ず戻ってくるはずだとも。でなくば驍宗の仇を討たれてしまいます。実際に蝕さえ起これば、泰麒さえいれば、驍宗は戻ってこられます」

 錯乱する玉葉に言い聞かせ、調べてもらった後に診断書を貰う。
 調べてもらっている間に手紙を送り、官達に心の準備をさせる。
 朝議の時間丁度に帰って、俺はそのまま朝議に出席し、驍宗の診断書を述べた。
 
「という玉葉様からの診断を貰ったから賢い人なんとかして!」



[19940] 一般人の王様 10話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 06:01

 やり直しと言うのは辛い。今日のやり取りは印象深かったから大体覚えてるけど、日常生活なんて覚えてないぞ。阿選をどうするか…。
 俺はため息をつきつつ、阿鼻叫喚の朝議を見つめた。

「本当に主上ではないのですか?」

 誰かが出した驚愕の声に、俺は答える。

「驍宗がこんな冗談を言う性格か?とりあえず粛清は予定通りにやるから!継続中の仕事はそのまま続行!差し迫った仕事は詠仲が判断を下してくれ。それ以外の事は官達でよく相談して決めて欲しい。泰麒はとりあえず俺の護衛。ずっと引っ付いててくれ。あの蝕が起こったら、すぐに驍宗を迎えに行くんだぞ」

 これが最重要事項だ。俺は泰麒の手を握る。チャンスは一度だけだった。

「ぼく、ぼくどうしたらいいか…」

「蝕だって声が聞こえたら、俺から繋がる王気を辿ればいい」

 俺は、泰麒の手の温もりに力を得て、一喝した。

「お前ら驍宗の配下だろ!賢いんだろ!驍宗が帰ってきた時どうするんだよ!」

 その言葉に騒ぎが止まる。

「貴方が驍宗様を連れ帰ればいいんです。貴方が驍宗様を浚ったんでしょう」

 英章がいう。その言葉はおぼろげな記憶と違った。
 英章の言葉に、俺は胸を張って答えた。

「俺も被害者だ!とりあえず阿選!俺が判子を押す書類の確認を頼む」

 阿選と泰麒の確保は必須だ。

「何故私に?」

「驍宗の記憶で切れ者でライバルとあるからだ」

 ライバル、との言葉に阿選が目を細めた。
 あ、やばい。競争心に火をつけたかも。まあ、饕餮がいれば何が起ころうが問題ないだろ。

「それと、これが驍宗の策というのは絶対にない!蝕のせいで起きた完全な事故だ。またあの妙な蝕、蓬莱じゃない異世界に繋がる蝕が起これば、泰麒が王気を辿って連れ帰れる。お前達の役目は、希望を捨てず、それまで戴を守る事だ」

 驍宗の策ではない事を念押ししておく。絶対戻れるとは言わない。
 阿選が驍宗が帰ってくるのに間に合うように国滅ぼすから。

「戻らなかったら、国が荒れたらどうすればいいのですか!」

 その言葉に俺は冷静に答える。一度大丈夫だったんだ、今回も大丈夫。
 それに、もう一度ループをするのか試すいい機会になる。
 自分の命が天秤にかけられるが。

「決まってる。麒麟が育つ10年分くらいの食料かそれを買う金を備蓄して、泰麒を殺す」

 思ったより冷たい声が出た。冷たい空気が流れる。

「俺も死にたくない。妖魔が多く現れるようになるまでは、様子を見てくれないか。言っておくが、今俺を殺せば泰麒も殺さないと次の王が探せない。今の戴に麒麟が新たに生まれて王を見つけるのを待つ余裕がない」

 そして俺は席を立った。
 背後でまた騒ぎが起きる。
 粛清がドサクサのうちに泰麒に知れる事になったが、泰麒は前回耐えたので気にしない。
 最後に反乱を起こした奴は絶対殺さないように厳命し、護衛に盾と棒を用意させ、捕まえたら牢の中に三日間監禁するように言う。
 夜は魘されないように、俺も泰麒と一緒に寝てやる事にする。
 俺はもう慣れた。








 うん、でも夜魘された。ループなんて怖すぎるだろ。全部やり直しなんだぞ。
 小庸の言葉がぐるぐると俺の頭の中を回る。先行き不安だ。
 翌朝、一晩中会議をしていた詠仲は疲れた顔をして、俺に奏上した。

「仰ったとおりにする事が一番いいようです。驍宗様の留守を、なんとか守り通して見せます」

 詠仲の言葉に、俺は頷いた。
 ちなみに状況は全文官・武官に通達した。
 前回、やけをおこすものが出たので、俺と泰麒の護衛は常に30人以上つけていた。

「任せるよ。驍宗はやり方が変わっててついていくのが大変だったんだろ?驍宗が帰ってくるまで国が傾かなきゃいいんだから、自分の一番やりやすいやり方でいい。よろしくな」

 俺が言うと、詠仲は戸惑った。

「しかし、それでは…」

「とりあえず泰麒が失道しなきゃなんでもいいんだよ。俺に王の資格は無いんだから、俺が政治に関わって今すぐ失道させるよりいいだろ? とにかく驍宗が帰ってきたときに失道さえしてなきゃ、どんな状態でも驍宗がなんとかしてくれるよ。あの人は天才だから。体は驍宗だから儀式や判子押しはするけど、書類は驍宗の右腕だった阿選に全部確認させるからさ」

 俺は関わらない事を強調して安心させる。

「失道しなきゃなんでもいい、一般人がやるよりはマシ、ですか…」

 詠仲が、自分に言い聞かせるように言う。

「そうだよ。そんな事より、例年の作物は俺が考えていいか?俺も被害者なんだから、それくらいの特典は良いだろ?最初の作物は、驍宗が考えていた作物にするからさ」

 俺は王のする儀式についての話に移った。
 さて、判子押しの仕事である。

「では、これに判子を」

 阿選が差し出した書類に、さっと目を通しながら判子を押す。

「わかるのですか?」

「あんまり。でも驍宗の記憶があるからな。あ、阿選、反乱は驍宗が戻ってきてからにしろよ」

 俺は判子を押し続ける。

「ほう。主上の記憶に私が叛意を持っているとありますか?」

 面白そうに聞く阿選に、俺は答えた。

「叛意って言うか、驍宗に勝ちたいって思ってる。この国を滅ぼすことで。俺はもっと良いやり方があると思うけどな。驍宗が留守の間にこの国をもっといい国にするとかさ。驍宗が国を収めている間、皆が不安そうにしてたのは阿選も感じてたろ? 留守中に無理なくいい国にしてしまえば、勝ったことになるさ。滅ぼすのは無しな。それすっごく簡単だから勝った事にならないよ。やるとしても俺が安全圏に逃げてからにしてくれ」

 俺はスパッと言ってしまう。確かこれで何とかなったはずだ。

「簡単ですか…この国を滅ぼすのが」

「簡単だろ?ただ驍宗がいなくなっただけでもうどうしていいかわからない。誰かに指示してもらわないと駄目な奴ばかりだ」

「確かに。しかし今は貴方がいる。主上の記憶を持った貴方が」

「俺を頭数に数えんなよ」

 俺と阿選の会話に、泰麒が震えた。

「阿選……?」

「心配するな、泰麒。お前には饕餮がいる。頼りにしてる」

 俺が安心させるように言うと、阿選も笑った。

「それで私を傍から放さないのですか。いや、貴方に勝ちたくなってきました」

「あ、そう?じゃあこの書類裁可取り消しな。反乱の準備だろこれ」

「いえいえまさかそんな。しかし不安なら訂正させましょう」

「ああ、頼む」

 ひとしきり笑いあう。伊達に王様やってない。
 政務をしようと思えばできるんだが、驍宗についていけるように戴の官吏達を育てないといけない。
 なので自ら出す指示は最低限にしよう。
 しかし、これで徹井の反乱は消えたな。良かった。

「阿選、お前、まさか……」

 正頼が、顔色を悪くして言った。

「起こしてもいない反乱の事で責めるな、正頼。英章にもそう言っとけ。今のはただの冗談だ」

「そうですよ正頼。ところでこの案件なのですが、誤りが…」

「それは放っておいてくれ。一度も失敗しないって却って躓いた時危ないんだよな。ちょっと不測の事態に慣れさせた方が良いぞ。問題が起きた時に教えるから覚えておいてくれ」

 俺が言うと、阿選が目を見張る。

「そんな事、考えた事もありませんでした。それに不測の事態といえば、最大のものは貴方でしょう。わかりました、この誤りはこのままにして見守りましょう」

 そんな感じで判子を押していくと、あっという間に昼になる。
 午後からは泰麒の仕事を横目で見ながら景国の物語を執筆。景麒は二度と笑う事はなくなったとか色々付け加える。
 陽子の気持ちを考えてやって欲しいとも。
 昇山は王の素質のあるものの才を引き出す為にあるのかもしれないとか、予王にも陽子のような才能はある、埋もれているだけだと書き添えて。
 書きあがったら、景に送るつもりだ。
 詠仲はどうしているかなと風呂ついでに見に行ったら、ずっと重臣と会議だそうだ。
 また方針決まらないんかい。あれだけ指示出したのに。
 傍にいる従僕に言う。

「とりあえず、差し迫ったものをどうするか聞いてきてくれ」

 景の件は時間との勝負。今日は徹夜だ。やれやれ。
 次の日、朝議の席で、詠仲が俺に奏上する。

「驍宗様のお帰りを信じて、差し迫ったものから片付けていこうかと思います」

「おいおい、それが驍宗の部下の言う事か? ずっとその場しのぎを続けるつもりか?驍宗の為に、地盤は固めとけよ。じっくりな」

 今度の詠仲は自ら立つと言う気概がないな。

「間違ったら阿選がサポートしてくれるはずだから、とにかく詠仲のやり方で朝を運営してくれ。詠仲が冢宰なんだから」

 詠仲がなんとか自分で立つよう、応援する。
 次は阿選と仕事だ。以前に増して腹黒さ全開だからどうするかね。
 護衛が皆引いている。まあ、明らかになった時点で謀反の可能性は減るからいいか。
 荊柏祈ったら次は飯屋の木を祈ってしまおう。
 手入れが粗雑でも多少はなるはずだ。
 朝議を終えて判子押しをしたら、景国に手紙を出さないと。
 徹夜しただけあって、今日書きあがりそうだ。予知夢として送ろう。
 ぺったんぺったんと判子を押しながら、俺は泰麒に聞く。

「驍宗のもう片方は感じ取れたかー?」

「いいえ…全く…」

 泰麒は落ち込んでいる。また、自分は駄目な麒麟だと思い込んでいるのだろう。

「まあ、次あの変な蝕が起きた時が好機だ。がんばれよー。それより、子供なのに常に麒麟としての仕事をさせて、ごめんなー」

 前よりいっそう忙しくなるから、泰麒の遊ぶ時間を作るのは難しそうだった。
 書類を読み上げながら、どういうものか一言付け加えて判子を押していく。
 泰麒にも仕事の内容を教える為だ。
 後に驍宗の右腕にのし上がった麒麟だ、遠慮の必要はない。
 秋官に適切な指示を出せる麒麟は至上初だろう。
 今回も、泰麒の扱いの注意点を書いた迷子札を首からかけさせて、誰にも知らせないように、常に身に着けるように教えておいた。
 阿選が前より黒いので反乱起こりそうなんだよな。

「そうですよ、泰麒の為に休暇をあげてください。ずっと働かせっぱなしじゃないですか。貴方は泰麒を大人として扱っているが、泰麒はまだお小さいのですよ。このような謀略の真っ只中に放り込むなど論外です」

 正頼が言う。
 まったり会話する外では、驍宗様の仇―!とか、国の為だ堪えてくれ!
 という声が聞こえてくる。
 また李斎反乱起こしたのか。今回は英章もいるな。
 こんな状況で、唯一信頼できる慈悲の生き物…。
 饕餮という強い指令を持っていて、俺の事を許してくれている泰麒を手放せるわけがない。
 3日後にはまた奴ら攻めて来るんだから。
 あの時は、二度目から棒に持ち替えてたけど。

「俺、泰麒がいないと生き残る自信ないわー。お前も憎んでるだろ?」

「もちろんでございます、偽主上」

 正頼が答える。

「一番憎んでるのは阿選だろうな」

「そうですね、でも貴方の事も気に入ってますよ私は。複雑な所です」

「では、アリスを一番憎んでいるのは私ですね」

「この簒奪者」

「驍宗様が戻ったら覚えてろ」

 阿選に続いて、次々と護衛から名乗りを上げられる。
 簒奪者というのが耳に痛い。小庸の言葉が蘇る。
 ちなみに、アリスは初め皆が漢字読みにしようとしたが、俺が止めた。
 公式な史書にもアリスとカタカナで書かれている。

「違うんです、偽驍宗様は巻き込まれただけでっ」

 泰麒は今回も庇ってくれた。半分王気を持ってるから、泰麒にとって俺は大好きな主上なんだよな。半分だけ。

「いいんだよ泰麒。これ、驍宗の体だからな。間違えるなよ。俺も大事に扱うから」

「当然ですよ、偽驍宗様」

 朝の判子押しを終えると、訓練の時間になる。
 俺は嫌だって言ったが、驍宗様の体がなまると言われてしまった。
 素振りをして、体を温める。手合わせを願われたので、戦ってやった。
 当然負けた。主上の体で負けるなと、凄い怒られた。
 その後は泰麒が政務をする横で手紙を書く。
 青鳥に託して、冬官の人に手紙を渡すように言う。
 丕緒の鳥で陽子に見せた綺麗な鳥を、予王にも見てもらいたい。
 せっかく声が送れるのだが、景麒が驍宗の声を知ってるのでやめておく。
 次は芳への手紙を出す。
 芳への手紙は、割合短く済んだ。
 奥さんの事をちくったり祥瓊の苦労っぷり、世間知らずっぷりを暴露し、真水に魚は住めないとか、お前は人殺しじゃないのかとか、色々言って見る。
 月渓最後王様になって自殺したから芳が大変な事になったよ、
 次の王得体の知れない胎果な上に皆沈んでどうしようもなくて、
 簒奪まで起きちゃったよと書いておく。
 あんたが止まれない事、信念が曲げられない事はわかってる。
 それでも、あの国あんたがしっかりしないとやってけないんだよ、人材あんたが殺しまくったからと最後に書いて送る。
 やれやれ、明日は冬官長を呼び出して、上総掘りとポンプの説明か。
 設計図は功にも一応送っとこう。
 予知したって塙王にも原作送って、予王は失道させないって約束して、延王が普通の胎果じゃなくて、蓬莱の王族の家系で生まれた時から
王様になるべく育てられてる事を暴露する。
 それでも、こっちだって海客の知識を使えば追い越す事も夢じゃない、
 100年かければなんとかなるさと応援する。
 飯屋の木の実の説明もして。
 あ、差出人は不思議の国のアリスのウサギにした。
 こんな手紙戴王の名で送ったらいかんだろ。
 ああ、武官の気持ちが落ち着いた時に冬官にピコハンとハリセン作らせて、武器庫に並べておかなきゃな。
 ついでに無双シリーズのトンでも武器も開発できそうなのだけ置いとくか。
 心配なのは、王達が次代の王や忠臣を殺さない事だ。
 大丈夫なのだろうか。とりあえず俺は頑張った。
 後はまた小庸に殺されない事を祈るだけである。




[19940] 一般人の王様 11話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 06:11

 武器庫にちょこちょこと手を加えていると、従僕から慌てた声がする。

「アリス殿っアリス殿っ景王がいらっしゃいました」

 予王が直接来たか。俺は両手で頬を叩いて予王の下に向かった。
 それはごく普通の女性に見えた。
 俺は自分の身だしなみを確認し、対面する。
 ウサ耳帽子のパーカーにスーツ。
 胸には冬官に作らせた大きな懐中時計。
 顔は見えないよう深く帽子を被る。
 俺なりの預言者としての正装だ。

「不思議の国のアリスのウサギ…と申したかの。そなたか」

「そうですよ景王様…いえ、予王様。先の事を少し知っているものです。そして戴王の体を乗っ取ったもの」

 俺はにこりと笑って言った。

「送り名で呼ぶか。嫌味な奴よの」

「混乱してしまうからそう言っただけですよ」

「そうか…お前の言っていた事、確かめられる事は全て確かめた。お前の言葉は全てあっていた」

 予王は静かに言う。

「では…」

「だが!ではどうしろというのだ!妾は景麒が好きじゃ、殺しとうない!なのに、次の王は女だという!他の者にとられるくらいならいっそ…!」

「貴方と違って決して逃げられないようにされ、貴方と違って昇山と同じほどの苦労を背負った人です。陽子とて、決して王にはなりたくなかった。でも、自分と同じ飢えた人間を出さない為に、王になった。ご心配なく。景麒はいつもどおりです。王がいる場所に王軍を向かわせるのを止められないように。唯一信用できる人間を処刑させるのに強く反対しない程度に」

「景麒はそのような者ではない!ちゃんと諫言してくれる」

「例えば服装とか?背には乗るなとか?戦時の最中に指令を汚すなとか?」

 パシンッ
 嘲って見せれば、俺は平手打ちされていた。

「景麒も貴方を失って変わってしまったのかもしれませんね。未来の景麒は笑いません。無愛想です。とりあえず女の追い出しさえ防げば、失道は防げる。有能な人材のありかもわかっている。失道しなければ、貴方は景麒とずっと一緒にいられる」

「既に宰相を変えてきた」

 俺は予王の言葉に目を見張った。

「確認したといったであろ。妾のせいで多くの者が死んだ事も確認済みだ。宰相は陽子と同じにして、思うとおりの人選をさせた」

 俺は予王の言葉に声を失った。
 こんなにも簡単だったのか、未来を変えるのは。

「妾は、昇山したいと思う。今度は余が景麒を迎えにいく。お前もついて来い」

「それが貴方が王としてたつ儀式なら喜んで。でも門が開くまでは待ってください」

「アリス殿!どういう事ですか、それにそれは驍宗様の体ですぞ!」

「泰麒を連れて行く。饕餮がいれば安全だろう」

 後、黄朱の民も連れて行く。それで万全だろう。
 理性的な予王に驚く。もっと気持ちは煮詰まっていると思っていた。
 次の朝の朝議で、予王が景で部屋をめちゃくちゃにして連日のように暴れまくった後、姿を消したかと思ったら大幅な人事変更をし、再度姿を消した事が判明した。
 王を探す青鳥が各国へ飛んでいたのだ。

「よ、予王?」

「何か文句があるかえ?」

 何も言えなくなった俺は、腕を振りながら黒アリを熱唱してみる。

「な、なんじゃそれは!」

「予王への応援歌」

「苦労させられる私達への応援歌はないのですか?」

 阿選に言われ、俺は演歌を熱唱してみる。
 朝議はそれで終わった。
 上総掘りは冬なのでまだ出来ないが、武器庫の入れ替えは段々と進んでいる。
 こっそり使い始める官も出始めている。
 最近の反乱はめっきり冬器が使われなくなり、棒になった。
 たまに無双武器を使ってくる者もいて、ピコハンの乱は遠のいたような気がしてきた。
 朝議で黒アリと演歌が大分受けたので、楽師に覚えてもらった。
 戴の楽師はマジ凄い。楽譜がないのに俺のへたくそな説明だけで完璧に再現しやがった。
 予王は午前は黒アリを聞きながら機織をして、
 午後は泰麒と一緒に勉強をするようになった。
 俺が海客の手引き書いたり、冬官と無双武器作ったりするとそれも覗いて来る。
 景にはこれなんていいだろうと上総掘りの模型とポンプをプレゼントすると、元村娘だけにその便利さにとても喜ばれた。
 慶が王自ら昇山すると言われて大騒ぎしている中、ゆったりと時間は過ぎていく。
 ある日予王とピコピコハンマーを作っていると、芳王がやってきた。

「アリス殿、アリス殿はいらっしゃるか」

「芳王、どうしましたかこんな所で。私がアリスですが」

「月渓に王位を譲ってきた。私は自分の信念を曲げられない。失道するしかないのだ。月渓をどうしたらいい」

「どうにもなりませんよあれ。芳王に忠誠を誓っているので王位継承は無理です」

「だろうな……。少し頭を冷やしたい。泊まらせてもらえないだろうか。他に予知があるなら教えて欲しい」

「いいですよ」

 次の日の朝議で、月渓を殴り飛ばして王位を譲るといって消えた為に芳国が大騒ぎになっている事が明らかになった。
 とにかく、月渓と芳王のどちらかを説得せねばならない。
 芳国の王に、自分だって紙とか硯とか贅沢してるじゃないかと、必死に説得する。
 説得するが、何も聞こえません状態で冬官に作らせた無双武器や道具を見ている。
 上総掘りやポンプと荊柏の事を説明すると喜ばれ、儀式の時だけ帰っていった。
 ペチカとかちょっと作りが複雑なのは、驍宗が戻ってこないと作れない。
 ピコピコハンマーを二人で作っていると、青鳥が飛んできた。

『いい加減、お戻りください!第一、なんなのですか何があっても生きろとか!刑を緩める事をお許し下さった事、皆感謝して帰りを待ちわびております。祥瓊様も官となる為の勉学を頑張っておられます。どうか、どうか国へお戻りください』

「月渓にとにかく任せるから好きなようにやってみろ。わしは止まる事ができん。ならば別人に国を任せるまでだ。月渓、きっとお前は次の王になる。その時、くれぐれも簒奪だと思うなよ。わしから託されたと思うのだ」

 青鳥とのやりとりを聞いてため息をつく。
 もう何度も同じやり取りをしている。
 次には月渓は、託されたなどと言わないでくれ、ずっと王でいてくれと絶望的な声で呻くのだ。
 どうするよこれ。いや、麒麟は快方に向かっているけどな。
 奥さんは罪が明らかにされて軟禁されているらしい。
 芳王も辛かったろう。辛かったろうが、これ他の人がやったら死刑だったよなと言ってみる。芳王の表情が歪んだ。

「皆同じ気持ちだったと思うよ。いや、もっと軽い罪の人ならずっと……」

 芳王は苦しんでいるようだった。

「無理だったんだよ、完全に綺麗な世界なんて」

 悩む芳王の気を紛らわせる為に、冬官の所での作業の時間を割いて
小説を執筆する。芳王に合わせて、勧善懲悪の話とか、どちらが正義とか悪とか言えない話とか、一生懸命思い出す。
 全然労わってないな俺。小庸に殺されかけたから、俺も必死だ。
 芳王が本に嵌ってくれた。芳王が考え込む時間が増えた。
 塙王の方は順調である。
 しばらくは悩んでいたようだが、技術のやり取りを始めてくれた。
 今、功ではあちこちで井戸が作られ、ポンプが設置されている。
 ちなみに、ポンプは塙王が設計図を範へ送って量産を頼んである。
が、延王の過去をばらしてしまった事が延王に知れてしまったらしい。
 丁度門が開く時期だったので、延王に謝罪の手紙を書き、冬官に井戸の事を託して出発する。
 数ヶ月する頃には延王も忘れているだろう。
 こちらも範に注文を出したので、ポンプについては問題ない。
 後、馬車はある…車輪は使ってるのにカートがないので、売り出してみた。土地が平らなら、水を汲む時便利だろう。
 俺は予王と泰麒と阿選と雇った剛氏10人を連れて、黄海へ旅立った。
 楽すると意味ないので、騶虞は連れて行かないことにする。
 黄海へ行くのは初めてだ。帰りに剛氏と一緒に狩りができたらいいな。




[19940] 一般人の王様 12話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:12



 なんか女性を放っとけないとかで後で芳王がやってきた。
 月渓の絶叫する様が目に浮かぶ。
 ここはジャンピング土下座の出番か。
 剛氏達は麒麟がいると知って遠慮していたが、
 剛氏が適正人数なのと倍額の報酬を支払ってお願いした。
 先行きはさすがに辛く、予王が真っ先に音を上げた。

「妾はもう歩きとうない」

 予王は地面にしゃがみこんでしまう。

「貴方の景麒への思いはその程度のものだったのですか」

 俺がそういうと、予王は黙って立ち上がった。
 俺達は徒歩で歩いている。今回は試練として来ているからだ。
 とは言っても、万が一怪我をしたら大変な為、饕餮と騶虞の守護はある。

「こうしていると、昇山の様子を思い出すな……。あの時は、この辺りで死者がもう10人は出ていた」

 塙王がしみじみと話してくれる。
 水の争い。妖魔の出現。馬車を捨てて行った事。
 それに剛氏が、色々補足してくれた。
 王が3人揃っているから、妖魔はほとんど出てこない。
 それでも、剛氏の話を聞いて俺と予王は肩を震わせた。
 そこに、大きな鳥が現れた。

「グアァっ」

「妖魔だ!」

 剛氏が叫ぶ。

「泰麒、饕餮を!」

 俺が叫ぶが、塙王は違った。

「指令を捕まえろ!」

 俺はそれを聞いてハッとする。

「そうだ、泰麒。いいチャンスだ。指令を捉えまくれ!」

「驍宗様!」

 泰麒は、思わず驍宗の名を呼び、鳥を睨み付けた。
 その直後、指令は下っていた。
 阿選が、泰麒の様子を見ながらいう。

「これは、反乱が難しくなりましたな」

「帰ってきたら反乱起きてましたとか言わないでくれよ」

 俺が内心不安だった事を言うと、阿選は楽しそうに笑った。
 反乱の兆しはなんとか潰そうと、頑張っているのだが。

「さてどうでしょうな。準備をことごとく叩き潰されましたからな」

 阿選が勝ち誇った顔で笑っている。
 ああ、終わった…。こいつは準備を終えている。
 ピコピコの乱だといいなぁ。

「俺、饕餮の上に乗って逃げるからな」

「大丈夫です、僕がお守りします!」

 泰麒が元気一杯に言う。うん、泰麒はいい子だ。
 その後も俺が囮になる形で泰麒が指令を得つつ、
 剛氏から講習を受けながら、俺達は蓬山についた。

 ぼろぼろになった予王が、勅命で蓬山にて待つように伝えたという景麒に会いに行く。
 よろよろと、走り出すその姿は感動を誘った。
 景王を見送り、俺達はそのまま帰る。蓬山に二度上ってはならないからだ。
 さあ帰るかと背を向けたところで、芳王が捕まった。
 芳麟だった。

「こんな所で何をしているのです、主上!黄海におられるとしって、
どれほど心配した事か!アリスとは一体何者なのですか」

「俺はアリス。ほんの少し未来を知るものだ。よろしく」

 片方ウサ耳がとれてしまったパーカーにスーツ姿、胸に懐中時計をぶら下げた俺が言う。

「貴方は……?」

 奇妙な格好の俺に気圧されたらしく、芳麟は言った。

「芳王は自分は止まれないと仰っている。次の王の月渓は簒奪者になりたくないと自害する。俺はそれを止めたいんだ」

 あえてどうでもよさそうに騶虞に乗って足をぶらぶらさせる。

「私の王はこの方です!月渓殿ではありません!!また私に、王との離別の悲しみを味あわせるおつもりですか!私はもう王を変えたくありません。私の王は貴方です!」

「うん、君、王と共に死ぬからそれは間違いじゃないよ」

 にこりと芳麟の絶叫に答えて見せると、芳麟は絶句した。

「止めたいって言っても、俺にできるのは伝える事だけ。後は芳王と月渓が決める事だ」

 静かに俺が言うと、芳王は答えた。

「すまぬな、私は止まれない。結論を出すか、月渓を説得するまで時間が欲しい。わしはまだ戴に滞在する」

「主上!私は王たる器ではありません、もう帰りましょう!止まれなくてもいい、帰りましょう、主上!」

 そこに月渓が駆け込んできた。止まれなくていいって…煮詰まってるな。
 止まれはしないが、自分が間違っている事はわかっている芳王は眉をしかめた。

「わしはそこにある平和を認められない。国へ行けば、罪を犯すだろう。些細な罪を犯したものを死罪にしていくだろう」

「私がお留めします!」

 その結果を、芳王も俺も知っていた。
 俺は戯れに言ってみた。

「時間がない時間がない。急がないと」

 芳王と月渓が黙る。しばらくして、芳王が言った。

「そうだな、政治を投げ出せばそれもまた失道。時間が迫っている」

「私には簒奪者になるなど!」

 引き裂かれるような月渓の叫び。

「まあ月渓冢宰において芳王が我慢すれば全て解決するんだけどね? 芳王は自分を曲げるつもりはないよねー」

 俺が言うと、芳王は辛そうに頷いた。
 他国へ行って見て見ぬ振りをするのが彼の精一杯なのだ。

「仕事を投げ出したものは死罪です!貴方は自分の作った法をお忘れですか! なんでもいいから、帰りましょう」

 月渓は芳麟と共に芳王を捕獲する。芳王は連れて行かれてしまった。
 丁度その時、どこか遠くで平手打ちの音が響いた。
 言い争う男女の声。

「アリス!アリス!妾も連れて行ってくれ、戴へ戻る!」

 景王が泣きながらこちらへとやってくるのを、景麒が引き止めた。

「貴方が新たな妖魔、アリスですか…。景王に手出しすれば…」

 景麒が指令を出す。いつになく積極的だな。

「アリスは悪くないのだ!悪いのは…わかった、帰ろう」

 悪いのはといいかけて、きゅっと唇を噛む景王。
 こうして俺は剛氏10人と泰麒と阿選で帰る事になったのだった。
 他国の王さえいれば反乱も小規模になりそうなのに…はっ!
 横を見ると阿選がにたりと笑っていた。
 二人の王が帰るように仕向けたのはこいつか。さすが阿選。
 本気になったら見張りをつけてもどうにもならん!
 ジャンピング土下座して芳王を説得するって月渓に言って引きとめればよかった。
 なんであそこで挑発する事を選んだ俺。
 俺は上機嫌の阿選と、指令を増やせて喜ぶ泰麒に囲まれて、剛氏10人を引き連れてふらふらと帰ったのだった。
 あ、泰麒の狩りと一緒に剛氏の狩りもした。
 剛氏が手伝ってもらえて喜んでいた。
 なんにせよ、皆に喜んでもらえてよかった。
 門が開いてさあ行くかと足を進めようとすると、
 笑顔の無双武器装備の英章がいた。



[19940] 一般人の王様 13話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:21


 俺がくるりと後ろを向くと、ロケットパンチのようなもので捕獲されて引き寄せられた。

「アリス殿っ一体驍宗様の体でなんて格好でなんて事をしているのです!真面目に戴の事を考えていると思ったから妙な言動も多めに見ていたのに…!!」

 怒った英章はさすが武人だけあって恐ろしい。

「もう怒りました。謀反です謀反!皆!!」

 門の周りにいた皆がざっとピコピコハンマーやハリセンを取り出した。
 ああ、ピコピコの乱は健在でした。

「皆、これなら驍宗様のお体を傷つける事はない!思う存分殴れ!!」

「「「「「おうっ」」」」」

 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ……………。

 隣には上機嫌で笑っている阿選がいて、困惑する泰麒がいた。

「アリス殿、簡単な事というのも面白いものですな。一度滅ぼして終わりより、こちらの方がずっといい。今度は驍宗にこれを食らわせてやります」

 そうですか。阿選が前と同じかそれ以上にいい方向に向かったのはいいが、延々とピコピコされるのは辛い。
 ああ、しかしほっとした。
 これで戴は安泰だ。

「いや、しかしアリスは最低ですな。景と延と芳を敵に回すとは」

「ええ!?」

「そういう事になるようにしておきました。他国に逃げられては困りますからね」

 阿選が笑う。

「すいません、僕もちょっと協力しちゃいました。アリスさん、ずっとどこかに行きたがってたように見えたから…」

 どこかって言われても…そりゃ帰りたいとは思ってたけど。
 前の世界とか、元の世界とか………元の世界は帰れるんじゃね?
 驍宗の荷物運びやめさせれば。俺帰れるんじゃね?
 俺って頭いい!俺は笑みを必死に堪え、ピコピコの乱を耐え切った。

 戴に帰ると驍宗の服装が変わってました。
 俺が考えたかっこいい服的なものに。
 何?この数ヶ月の間に何が起こったの?

「アリス殿は、予め必要な指示や謀反の前兆を書き残していきました」

「その中にはこんなものなかったぞ?」

「アリス殿の予知は素晴らしい。そこで、冬官に預けてあるという資料を見せてもらったのです。本には、様々な道具や服装や言葉が書かれていたのです。それを全て調べて取り入れてみました。ポンプは延王への謝罪の為全て予約を譲ったので来年からですが」

 全て調べたのか、全て取り入れたのかというのは激しく聞きたい。
 残していったのは、無双シリーズの絵柄と技を書いた本と、
 ピコピコハンマーとハリセンと、海客の手引きと、無双武器……。
 これくらいか。
 海客の手引きは日本語、英語、中国語、十二国記語、絵柄を駆使して
世界の違いと仙の役人に会う為の簡単な会話を書いたものである。
 これはとりいれても問題がないだろう。
 無双武器と無双服がまずかったか。
 完全に戴で流行ってしまっている。

「お前ら戴は貧しいのに大事な予算を使うんじゃない」

 俺が諫言すると、英章はさらりと言った。

「海客の手引きが延王に高値で売れました」

 売れたのは嬉しいが、それじゃタダで配れなくなるだろう。
 俺は困ったように言った。

「本当か?まずいな、全国に配る予定だったのに」

 正頼が、困ったように言った。

「全国…ですか?一応全ての里には配りましたが……。他の国にも、とは」

 その言葉に俺は驚いた。もう全ての里に配備?

「有能なんだなお前達。しかし、本を売っただけじゃ予算が足りないだろう」

 いくらお金持ちの延でも一冊の本にそんなには出さないと思うので、俺は聞く。

「服のデザインも範に売らせました。各国に井戸の設計図とポンプの知識も。足りない分は、アリスに借金をさせるように言いました。予知と技術で返すと」

 阿選が言った。

「俺は何でもわかるわけじゃないんだが…。それに、予知はこの体に入った瞬間出来たものだから、新しい予知はできないぞ」

「それでは技術で返していくしかありませんね」

 阿選の言葉に、俺はため息をついた。
 辞書作成は寝る前で我慢して、農業に本腰を入れるか。
 これは俺が試行錯誤していた事もあり、驍宗の知識の中で最も馴染んだ部分だ。
 奏に流下式の塩田作成法売るか。
 輪作についての知識は、気候や土壌ごとに違うからなぁ……。
 まあいいや。わかる所を書いていこう。そして本にして売ろう。
 そうだ、景と交換留学生を行おう。楽師で。きっと喜ぶはずだ。
 そして俺は戴での日常へと戻ったのだった。
 戻ってすぐの事、朝議を終えて政務につく直前に青鳥が連れられてくる。
 これは塙王からだな。

『延が、延が卑怯なのだ!こっちが先に始めたのに、あっちは財力であっという間にポンプを全里に配備しおった!やはりわしは延には勝てぬのか……。皆が言うのだ。延はさすがに仕事が速い。比べて功はと…』

「ごめんなー。留守の間に官が技術書売りやがったんだよ。ますます延が発展するかも…。タダで技術書送るから、頑張ってくれ。海客の手引きを送るから、里に配備して技術者が来るのを待つって手もあるぞ。それと、誰にも真似できない功なりの特色を考えてみたらどうだ? 何百年もそれ一点で頑張れば、さすがに追いつけなくなるさ。ところで、楽俊は見つかったか?半獣は嫌いだろうけど、あいつは次の王にはなれない。その上、後に景王を助け、延王の良き配下となる天才だぞ。
とりあえず楽俊が年頃になったら仙にして時間止めといて、半獣差別を少しずつ無くしていって、自分の配下に加えてしまえ。今はまだ接触するな。俺が知ってるのはあくまでも苦労して優しくなった楽俊だからな」

 功からの青鳥と会話して、塙王の愚痴を聞いてやる。
 すると次の青鳥が入ってくる。

『聞いてちょうだい!景麒ったら黒アリ駄目なのよ。口ずさむと顔色青くするのよ。麒麟だからしょうがないけど、ここまで趣味が合わないなんて。なんだか不安になってきたわ…。あ、でも、他の女の子には好評なの。考えてみたら、景麒がそう簡単に心を動かされるはずがないわね。景麒への接触は禁じたけど、女の追放はいいわ、もう。景麒って、最近ずっと私の傍にいるのよ。黒アリ歌っても、顔色青くして、我慢して…。歌が歌えなくなっちゃうわ。困ったわね』

 既に村娘としての地が出てしまっている。黄海での悪い成果だ。

「気に入ってもらえたようでなによりだ。楽師で交換留学生をしよう。それと、楽譜というものを知っているか?それを読めばどんな曲かわかる書物だ。概念は戴の楽師に教えて置いた。いずれ、いろんな曲をそちらに送れるようになる。音楽を聴きながら仕事するなら、文句も出ないだろ。頑張ってくれ」

 俺もざっくばらんな口調で答えた。予王はもう友達だった。
 しかし、頻繁に文通すると青鳥の餌の銀の粒の消費が激しいな……。
 電話とかなんとか作れないものだろうか。 
 冬官に頼んでみよう。
 特色で思いついたが、無双服無双武器で武術大会を開くか。ネタで。
 驍宗が来たら会場を作ろう。
 それまでは余裕を作る事が大事だ。官が無駄遣いしたから。
 俺はポンプも手引きもゆっくり広めていくつもりだったのだ。

「アリス殿っ!芳王がまた来ました!」

「またか!」

 俺が叫ぶと芳王がドスドスと遠慮なく歩いてきた。

「ええい、しつこいから勅命を出してきた。お前の理想の国を見せてみよ。それが気に入ったら戻ってやっても良いと」

 それ、王位を譲るのと変わらないだろう……。
 明らかに時間稼ぎだった。
 しかし月渓はそれで納得したらしい。その間に王の価値観変えないと。
 ああもう、忙しいな本当に。

「滞在費分くらいは手伝えよ?あと儀式はやって来い」

 芳王の為の絵本や小説に、景王の為の楽譜に、売り払う為の農業の教科書に、ポンプの設置は春だからいいとして、農業を広める準備はしておかないとな。本当にこの冬は忙しい。
 俺はため息を吐いたのだった。


 春。農業の教科書を売り払う。範からポンプの納入をして、農業の指導をする。
 予知者の名前がここで強く働いた。皆がよく言う事を聞いてくれる。
 飯屋の木の実が育つのに10年ほどかかると聞いた時は渋い顔をしたが、なんとか頷いてくれた。
 芳王は大分やわらかくなった、というか興味がそれた。
 本に興味を持つようになり、執筆をするようになった。
 芳に戻り、そのまま王としての最低限の仕事をしつつ本の執筆をする。
 立派な現実逃避である。
 だが、少しずつコミュニケーションは取っているらしい。
 ついでに祥瓊にも本を贈ることにする。
 景王はよく頑張っているようだった。浩瀚は怜悧だが、物腰は穏やかだ。
 景麒と仕事をするよりは、よほどやりやすいだろう。
 無茶をする王と認識されているらしく、気遣ってくれるらしい。
 とりあえず景王は放置でいいな。文通は続けるが。
 恋着が落ち着いて浩瀚がいるのだから、すぐには沈まないはず。
 塙王が慰めるのが大変で困る。
 というか誰が塙王にこんな酷い事吹き込むんだ。
 比べられてばかりで塙王は大変だ。
 驍宗が来るまで待とうと思ったが、思い出せる限りの技術を功に流していく。が、延の吸収が早い早い。思わず俺も一緒に落ち込んだ。
 三国のフォローはこんな感じだ。
 一番大変なのが意外と功かもしれない。
 戴の方では、民が飢え死にしないよう食料を買う為に、朝議に無双服と無双武器の開発一時禁止の勅命を出してピコピコと無双の乱を起こされた。
 官が自費を寄付してやってる事だから負担はほとんど掛かっていないのだが、質素な気持ちというのを持たなければならないと思ったんだ。失敗したけど。
 くそう。俺の代から成功率高いな。前のループの時は多少は乱を阻止できたのに。
 なんか着服を指摘した奴が扇の無双武器を…冬器じゃないから死なないんだが。
 それ以前に峰打ちというか面で叩かれているだけだし。
罰しなかったんだからいいじゃないかー。
 ピコピコやられていると、笑い声が聞こえる。

「ははははは。アリスは面白いな。なんだ?その服は」

「延王………。申し訳ありませんでした!」

 俺がジャンピング土下座を披露すると、延王はビクッと動揺したようだった。

「なんなのだ、それは?」

 延王が聞くと、俺は答える。

「ジャンピング土下座という高度な謝罪の方法です。謝るので過去をばらした事は許して食料売ってください。開発と贅沢にお金を使いすぎちゃったんです」

 無双については実際には官はほとんど自費を出してやっているから、俺の責任が大きい。
 俺がやってる分に関しては税金が使われているからだ。
 開発で大金を使ったのは井戸やポンプ、農業、海客の手引きの配布だ。

「そ、そうか……過去をばらした事に関してはもうよい。お前は面白い。延の予知もしたか?」

 言われて俺は正直に言った。

「景と功と戴と芳が倒れて柳が危なくなって景は助かったけどまだおぼつかなくて、難民とか援助とかでもう大変な事に…」

「戴は倒れたのですか」

 阿選がそっけなく言った。当然のような、どこか落胆したような。

「倒れたよ。それで今、色々援助を、な…。塙王はいつも延と比べられて陰口を叩かれているんだ。それが原因で自ら隣国の王を暗殺しようとしてしまった」

 俺もそっけなく答えて、すぐに話題を変える。

「暗殺だと!?」

 延王が、さすがに厳しい顔をした。

「それで、どうにか比べてもしょうがないって思わせるか、延を追い越させたかったんだ」

「それは、対抗して開発を進めてしまって悪かったな。しかし、俺の国と功を比べるとはな……」

 10倍も年数が違うのだから、追いつけないのは当たり前だ。
 これは比べるほうがおかしい。

「塙王って普通だろ?俺は真面目でいい王だと思うけど……。悪い所がない代わりに、褒める所もないんだよな。ちゃんと朝を維持している事が既に凄い事なんだけど…。誰もそれを評価してくれない。50年って長いのに」

 いつのまにか俺の言葉から敬語が消えていた。
 やれやれ、通訳目指してるのに礼儀がなってないなんて最低だな俺。

「功を救う為というなら仕方ないな。景や芳も救われれば延が助かる。お前の知識を流すというなら、食料を譲ろう。しかし、戴も変わったものだな。なんだその服装や武器は?」

 延王が、興味深そうに俺達の服装を見る。

「俺がふざけて置いていった遊びの服や武器が何故か流行っちゃって……」

 阿選に視線を送る。
 お前面白がって洗脳使ったろ。
 阿選はそっぽを向いて黙っている。
 原作では正頼がいい性格のように書かれていたが、実際に無茶をやるのは阿選だった。
 俺を出し抜く為ならどんな無茶も押し通す。
 俺が無双服からインスピレーションを得た官が考えたかっこいい服を
着せられているときの笑いっぷりはない。
 よほど反乱を潰されたのが気に食わなかったのか。

「面白い、いくつか売ってくれ」

 延王が言ったので、俺は承諾した。

「喜んで」
 
 こうして、忙しい春と辞書製作に精を出す冬は過ぎていった。





[19940] 一般人の王様 14話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:28



 春。官がポンプの設置を一気にやりやがったので、井戸はもう問題ない。
 冬にポンプが凍った時用に、となりにきちんと井戸を用意しているのだからいう事がない。
 範では冬官が凍結しないポンプを研究しているようだが、それは豊かになったらの話だ。
 冬には輪作に適した作物を祈ったし、後は農作業の指導をしていくだけである。
 しっかり覚えている知識の方から、順に活用していく。
 農業用の道具を作り、ついでにスキーも作っていく。冬はこれの講習だな。
 手押し一輪車、箱ゾリ、カートのようなものを作って売らせていく。
 国直営の店を各町に作り、ここで城で思いついた農具やピコピコハンマーやハリセンや無双服を売るのだ。
 そして、俺はアリス。不思議の国といえば茶会だ。
 余裕が出来たので、俺は氾王と延王と塙王と芳王と景王と劉王を私的に呼んだ。
 三度目の春なので、ちょうど折り返し地点だし。
 劉王は周辺国の王を呼ぶのでついでだ。たしか今は一山越えて10年あたり。
 失道の前例については預言者効果で王位投げ出して柳は滅ぶよ、ですみそうなので
 ここで持ち直しても問題ない。
 俺は早速青鳥を各国に飛ばした。

『皆さんにお知らせがあります。一ヵ月後は私の誕生日ではないのです!なんでもない日万歳!ささやかなお祝いとして、茶会を開くのでどうぞご参加下さい』
 
 急ピッチで作った建物ばりに大きな机と椅子。その上に、茶会会場を作った。

 全て木で作ったとはいえ、ちょっとした贅沢である。
 これを作る段階で建物が倒壊する事を思い出したので、資材を分解して売りまくって費用を貯める。
 予言だからと、貴重品の移動もさせた。
 これは残り時間、お金を稼ぐ事に集中しないと大変である。
 騶虞に乗った王達が、茶会会場に下りてくる。
 それぞれ、驚いた顔をしていた。

「なんでもない日万歳!予王、今日はハンサムな人のエスコートつきか」

 俺が紅茶を掲げると、予王が笑って答えてくれた。

「浩瀚よ。宰相をしてくれているの。今日はどうしても来たいって」

 騶虞が降りると、予王を支えるように騎乗していた浩瀚が降りた。

「貴方ですか、主上を送り名で呼ぶ預言者は」

 絶対零度の空気が襲ってくる。

「今日は変な事は吹き込まないでしょうね。黒アリなど…」

 うちの泰麒は平気なんだが。黒アリ最高じゃないか。

「ただの音楽じゃないか。楽しんでくれるように、色々服を用意したから着てみてくれ」

 そうして、この日の為に作った奇妙、奇抜を売りにした服を並べていく。
 俺は預言者としての姿だ。
 この世界では、スーツもウサ耳も懐中時計も十分奇妙だから。

「この服、似合うかな…」

「駄目です。そんな破廉恥な」

「こちらの服はいかがですか?」

 チャイナドレスを見て景王が聞き、景麒が反対し、浩瀚が裾の長いドレスを薦める。
 浩瀚自身は熊のキグルミを選び、景麒は予王に進められてスーツを選んだ。
 芳王が、その隣に降りてくる。

「随分楽しそうだな。私もスーツにしようか」

「主上、この茶会が終わればお帰りになってくださるんですよね?」

「わかっている。お前の作る国はわしには受け入れられないが、幸せな国だと思う」

「主上…」

 天使の服を与えられながら、月渓は嬉しいような悲しいような、複雑な表情をした。
 劉王が、単騎で現れた。

「預言者アリス、でしたか。何故私にお誘いを?」

「周辺の国全部呼んじゃったから、呼ばないとまずいかと」

 その言葉に、劉王は目を丸くした。

「それは、気を使って下さってありがとうございます。てっきり失道の知らせかと」

「ああ、それは10年後だからまだ先まだ先。今はお茶会しよう」

 軽く答えると、場の空気が凍った。その空気を、劉王の笑いが破る。

「あははははっ まだ先ですか。しかし、困ったな。失道の理由は?」 

 笑う劉王に、俺は答える。

「多分さぼり。まあ、官達の規律は大分乱れてたみたいだけどな。監視しないと法がいくらしっかりしててもうまく働かないみたいだぜ? 罪になるほど国が荒れてたわけじゃないから、さぼると駄目なんだな」

 俺は信長風マントつき鎧を劉王に押し付けた。

「なんじゃ、遅れてしまったか」

 既に着替えた氾王が範麟と共に降りてくる。氾王だけ趣向と服のデザインを先に知らせておいたのだ。
 氾王達は、十二単を着ていた。ただし、こちらが用意した安物よりずっと材料が良い。
 塙王も、単騎で降りてきた。

「面白そうな事をやっているではないか。特色か……。こういった事もそれに入るのかもな」

「全然違う文化の発展をしたら、比べようがなくなるな」

 塙王の言葉に答える。それに塙王は頷き、考え込んだ。

「俺が最後のようだな」

「遊びに来たぜ!」

 延王と延麒が降り立って、お茶会は始まった。
 議題は農業やポンプの事に自然と集中した。
 そんな技術を生み出す海客を大事にしないか、と海客の手引きを差し出す。
 景王が喜んで受け取り、劉王が興味深げに見つめた。
 巨大な椅子の上では、無双武器の無双服で武官が試合を行っている。
 それを眺めながら、景王がぽつりともらした。

「陽子みたいに、師がほしい。遠甫にそんな大層な者ではないと、断られてしまった。私は、遠甫の心を掴めなかった」

 遠甫の所に行ったのか。景王は落ち込んだ顔をしていた。

「いいって言うまで何度でも行けよ。街を見て回った、昇山もした、勉強もしてる、それでもどうにもならない、師がほしいって。遠甫のいる地域が地域だから、予王には良い感情持ってないだろうけど…。予王は正したんだし、昇山までして頑張ってたのは知らないだろ。浩瀚に勉強を教えてもらうのでも十分だと思うけど…。そうだ。この前、ピコピコの乱があってな」

 俺は必死で慰めようと、ピコピコの乱の話をした。
 そういえば、景王に話をするのは始めてかも。
 景王と劉王は、目を丸くして驚いていた。

「私も、国に余裕が出来たら買ってみようかしら。ピコピコハンマー」

「絶対ハンマーに紛れて武器を使わないって信頼か、麒麟が何があっても守るって信頼がないと使えないぞ」

 景王が聞いて、俺が答える。

「あの服、普段も着てるんですか?」

 劉王の言葉に、思い出した。こいつはこういうのが好きなんだ。

「たまには気晴らしするのもいいんじゃないか?趣味を持つのはいい事だ。よかったら服とかピコピコハンマーのデザイン送るよ」

 俺は劉王を後押しする。

「趣味、か……。祥瓊に言われた。逃げるのはおやめ下さい、私と一緒に罪と戦ってまいりましょうと」

「祥瓊様が…」

 芳王が言って、月渓が感銘を受けたように言った。
 祥瓊にも予知を話してみた所、実際に色々調べてショックを受けたらしい。
 知識だけで実際に知らない、と何度も言われて腹を立てて、
 里で一冬過ごしてきたというから驚きだ。
 暗殺騒ぎが、何度も起こったという。

「恭には挨拶しておいた。禅譲を…」

「主上!いけません!!」

 芳王が言いかけ、月渓が遮る。
 恭には心底同情する。さぞハラハラしているだろう。

「月渓、お前はうまくやれている。問題は、わしを乗り越えていけるかだ」

 塙王がかっこよく言う。

「無理です!!」

 間髪いれずに言葉が帰ってくる。
 なんか原作よりも月渓が頼りないので、本当に無理かもしれない。
 俺と芳王はため息をついた。

「どっちかでいいから、なんとかならないかなぁ…」

「今更なんだ、月渓。わしはもう戻れない所まで来てしまった。功を頼む。自害などしたら、功が大変な事になる。月渓にしか託せぬのだ」

 空気を変えるように、延王が言った。

「俺も戦おう。無双武器とやらの使い方を練習してきたんだ」

「どうぞ。冬器ではありませんから、ご安心を」

 俺が進めて、延麒が席を立った。
 氾王がわずかに芳王から目を逸らす。
 王であるからこそ、塙王の気持ちが揺るがない事がわかるのだ。
 皆で延王を応援して、それでお茶会は終わった。
 その後、青鳥が届いた。

『禅譲したら駄目だしされた。わしはもう駄目だ。もうやけだ。「失道するには」を書いてやる。戴で失道した時の資料寄越せ』

「ついでに「失道されたら」と「王になったら」と「新王が立ったら」と「王と官の役割」も書こうぜ。王と官の役割はどこまで官に任せて大丈夫なのかって本な」

 俺は青鳥に伝言を寄越し、内史に連絡を取る。
 歴史書と共に、長くいる官に詳しい資料を送らせた。
 塙王からも、手紙が届く。

『息子と娘にどうしたら独自の文化を歩めるのか相談した。とりあえず全国民に半獣のキグルミを着せてみるのはどうだと言ったら、医者を呼ばれた挙句これほど悩んでいたとは知らなかったと泣かれた。頑張りすぎだから少し休めといわれたよ。それと、半獣差別の法を撤回した。功は発展の為あらゆるものを取り入れる、半獣もだと言ったら皆驚いていたな』

 そういえば、半獣の手引きは書いてないな。
 半獣になるという事は、得だという事を書いて里に配ろう。
 熊はかっこいいしねずみやウサギは可愛いぞ、ウサギ最高と。
 これは数日で終わりそうだな。終わったら功に送ろう。
 辞書も贈りたいが、まだまだ時間が掛かる。
 よくわかる日常会話の方を先に書くか。

「なあ塙王、俺の所にはクリスマスとかバレンタインデーとか色々祭りがあってだな。その祭り毎にプレゼントを渡しあうんだ。どんな祭りか書いて送るよ。その祭りに必要な植物を祈ればいい。光る実とかも、案外祈れば天帝も下さるんじゃないか? 発光する植物は実際にあるんだし。もちろん、光を反射するだけの弱い光だけど、きっと綺麗だぜ。特別育ちにくいものにしろよ。国が荒れたとき、村に光源があったら妖魔に対するいい材料になる。飯屋の木が大丈夫だったわけだし、やるだけやってみよう。そうだ、青鳥の餌代が高くてさ。冬官に頼んだらいいもの作ってくれたんだ。蓄音の実って言ってさ。俺がいろんな実を祈るから、木の実型にしたらしい。二つセットの果物みたいでさ、割ると周囲の音がもう片方に伝わって録音されるんだ。録音された実は色が変わって、それを割れば聞ける。割った実は元に戻して一月待てば力が溜まる。一つ渡すよ。設計図もつける。一月に一度は連絡くれよ?」

 伝言を持たせて、青鳥を帰らせた。
 農作業の指導、スキーの指導、やる事は一杯ある。
 本業の通訳仕事も。
 俺はそうして日常へと戻った。
 そして、月日がたつ。



[19940] 一般人の王様 15話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:39

 塙王の所に飯屋の木の実がなった。
 育つまでの期間は塙王も延王と同じか。
 飯屋の木の実は好評だったようだ。
 噂を聞いて、戴の飯屋の木を見守る武官が多い。


「蝕だっ蝕だっ」

 判子押しをしていたある時、待望の蝕が来た。

「泰麒!必ず驍宗を連れて来い!」

「はいっ!!」

 泰麒が転変して駆けて行く。
 俺は急いで皆を避難させた。
 広場に出て、皆で地面に伏せる。
 神仙でないものは、特別丈夫な建物を作ってそこに避難させた。
 建物を構成していた木材が巻き上げられて突き刺さる。
 泰麒が指令を駆使して皆を守ってくれて、俺はほっとした。
 自分のせいで怪我人が増えたなんて真っ平だ。
 木材に降られた仙達は皆怪我をしたが、木材だったので致命傷にはならなかった。
 空を見ると、こちらに向かってくる泰麒がいた。
 そして、黒髪にすっかり日焼けした肌の白衣姿の男と、似通った顔立ちのスーツ姿の男が、泰麒に跨って来て…。
 その姿が揺らいで、二人ともファンシーなウサギ姿へと変わった。

「えええええええええ!?」

 父さんも!父さんも胎果なのか!いや、そもそも違う生き物なのか。

「父さん!?どうしてここへ、いや、とにかく戻ろう!泰麒!」

「ごめんなさい、アリス様」

 泰麒に謝られた。阿選が、俺の体を捉えている。

「この世界も、悪くはないでしょう?それに、戴の滅び方を私はまだ聞いていない。蝕が終われば開放します」

「帰るチャンスはこれしかないんだ!」

 俺が叫ぶと、ファンシーなウサギの一人が言った。

「いや、そんな事はない。落ち着け隆」

「父さん、どういう事なんだこれは!」

 俺が問い詰めると、父さんは言った。

「不思議の国のアリス、毎晩読み聞かせたね? あれは実話が混じっているんだよ。本当は父さんは不思議の国の出でね。哀れな子羊を迷い込ませる仕事をしていたんだ。辛い仕事だった…。私は異端でね。皆と違って、私だけ現代世界の常識を持っていたのだよ。狂った世界、狂った生き物。私は現代世界に憧れていた。そして、ある日お前の母さんを迷い込ませた時に一目ぼれして、駆け落ちを…。しかし、お前は才能があるようだ。この空気!お前がこれを作り出したのだろう!? 感じたよ、我が家に伝わるウサギの秘技を使った事を! だから私は急にどこかへ行ってしまったお前…驍宗と行動を共にした! その間、お前の様子は驍宗を通して感じる事ができたよ。心の奥底に潜む狂気や疑念と、不可思議を受け入れる心と、異様に浮かれたこの様子! さあ、父さんの変わりに不思議の国に行ってくれ」

「嫌だ」

 俺はいきなり頭のおかしい事を言い出した父さんの願いを、即断った。
 狂った世界、狂った生き物、そんな場所に行きたいはずがない。
 大体哀れな子羊を迷い込ませるって何だ。誘拐か。悪人の家族だったのか。

「何でだね!気がついているはずだ、もう現代に戻っても物足りないと!」

 心の隅で感じていた思いを指摘されて俺は固まる。
 通訳の仕事はできなくなっちまったけど、景王、芳王、塙王…ここには俺を必要としている人達がいる。
 王様としての、愉快で贅沢な生活。国を良くしていく喜び。
 帰れるって聞いてその可能性に飛びついたけど、俺ってこっちでも幸せなんじゃないか?
 どっちに行っても帰りたいって思うなら……。

「俺、ここで幸せなんで」

「アリス……それでいい」

 ちょっと目を光らせた阿選が頷いた。
 こ、これは洗脳の術? はっと周囲を見るともう蝕は終わっていた。
 納得いかない。凄く納得いかない。

「隆…どうしてもここで生きていくのか?」

 父が、沈痛な面持ちで言う。

「うん、ここで暮らしていくよ」

 それに俺は答えた。納得は出来ないけど、いてやるよ。
 なんか力を極めれば現代にも戻れそうな感じするしな。

「そうか…小さな不思議の国を作り出すか……さすが隆だ」

 父は感慨を込めて言う

「いや、作らないって」

 あいつらが無双服に走ったのは俺のせいじゃない。阿選の洗脳のせいだ。
 そうだと思いたい。

「そこまで言うなら私には何も言えない。下手に力を使って女王様に捕まらないよう、頑張れよ」

 人の話を全く聞かない父は、懐中時計を持って急がなくちゃ、と言った。
 父の眼前に黒い穴が開き、父はそこに飛び込んでゆく。

「あ、色々説明していけよ!」

 どうやら、不思議な力というのは乱用しない方が良さそうだ。
 狂った世界、狂った生き物ってなんなんだよ。
 俺は一般人なんだ。
 そんな事に関わりたくない。

「隆殿……私にはやらなければならない事がある。頼む。連れて行かないでくれ」

 もう一人のファンシーウサギがちょっと耳を項垂れさせて言う。

「いや、驍宗にも何もしないって。俺は一般人として生きてきて、今も一般人なの!」

 驍宗ウサギの耳が、ピョコンと立った。

「本当か!?ありがたい。貴殿の活躍は見ていた。戴の空気が少し妙な事になってしまったが、滅ぶよりはずっといい。景も、芳も、功も助けてくれたのだな。礼を言う」

 深々と驍宗ウサギに礼をされて、俺は首を振った。

「いいよ。それに体も数年貸してやる。ただし!技術指導は功が一番先だぞ」

「隆殿…すまない」

「アリスって呼び捨ててくれ」

 俺は驍宗ウサギとがっちりと握手した。
 あ。体戻った。

「しまった!私とした事がうっかりと!もう一度戻せないか!?」

 慌てる驍宗に、こっちも慌てて謝る。

「マジでごめん驍宗。訳す、訳すから。俺がループしたの知ってるだろ? 知識もおぼろげながらにあるし、大丈夫…多分」

 自信なく俺が言うと、驍宗は自分の記憶を探るべく黙った。

「あ…本当だ。ループした記憶が…ああ……」

 驍宗は俯いてじっと黙った。

「本当にすまなかった」

 再度、俺に言う。

「あれは仕方ねーよ。楽しい人生だったぜ。今度もそうしよう」

 それから、俺達は泰麒達にもみくちゃにされた。
 とにかく二人とも留まるのだとわかったのだ。
 喜んでくれるのはいいが、時折ピコピコハンマーで叩いている奴は誰だ。
 その後、慌しく怪我人の看護をして、驍宗は冬官を率いて建物を建築し始めた。
 驍宗は、初めのループで質問された事に重点を置いて新たな建築技術を伝授していく。
 協力し合ってサラサラと設計図を書き始めている。
 俺はその横で、組み立て式の木の家を運び入れていた。
 驍宗の力の篭った建物建築は数年掛かるので、しばらくはこの簡易の家が宿となる。
 家を組み立てて、そこにまず怪我人を入れる。
 驍宗の執務用の家には、泰麒の持ってきた資料を置いた。

「先を見据える驍宗様と、すぐ目の前を見つめるアリス殿。戴は万全ですな」

 阿選が言う。

「おいおい、俺の役目は終わったよ。これからは海客の手引きに力を入れるから。その前に戻ったって挨拶しなきゃな」

 青鳥に、伝言を伝えて送る。ついでに、茶会をしようとも。
 功にはそれとは別に、技術者や冬官を送るように言っておいた。
 無論、建築技術を取り入れる為である。
 組み立て式の家の配備は、元気なもの全員でやった事もあり、一日で終わった。
 次の日、驍宗が冬官にピコピコの乱を起こされていた。早いって。
 予算は大分用意してあったので、驍宗に鴻基に闘技場の建設をお願いする。
 阿選と泰麒は、俺が帰らないとわかるやいなや驍宗に引っ付いている。

「私は一年で井戸とポンプを配備させましたぞ。しかし主上が同じ事をしたら乱を起こされるのだからゆっくりなさって下さい」

「く……ならば私は、2年でペチカを配備してみせる」

 ペチカの事と簡単な作りは冬官に話してある。
 ただ、驍宗が戻って来れないと作れないだろうといっておいた。
 驍宗がペチカの説明もして、官達がわからなかった所を補完していく。
 国中が建て直しだ。俺の借金は返したし、予算は貯めて置いたが、さすがに足りないだろう。大丈夫なのだろうか。
 農業関係の知識は大体覚えていたので、もう売れない。
 一番高く買ってもらえたのが、その知識だった。
 国営店の売上は、他国からの買い付けもあり、徐々に伸びているが……。
 ああ、以前のループでは留学生を受け入れてそれでお金を得たのか。

「まあいいや。お茶会お茶会」

 難しい事は驍宗に任せる事にして、俺はお茶会の準備をする事にした。
 幸い衣装は、貴重品倉庫に入れてあるので問題ない。
 何か塙王が本の執筆が終わったらしいし、俺も日常会話英語版が出来たので、十二国全部に招待状を出す事にした。
 今回の手引きは、仙の為に、とか海客山客の為に、民の為に、とかはない。
 さすがに面倒くさくなってきたので、文の簡単な構成を互いの言語で載せた後は、
 両方の言語で絵つきで会話文や単語を書いた。もちろん発音記号も。
 会話文は、互いの文化を説明する形にしてある。
 英語が出来るなら、これ一冊で問題ない。
 次は同じ内容で日本語、中国語を書こうと思ってる。
 全く同じ内容だから、一年もせず書きあがるだろう。その次は辞書だ。
 俺は、せっせと衣装を取り出すのだった。

 なんか全員自前で衣装を用意してきた。
 海客のドレス、スーツスタイルだ。がっかりしたがまあ皆目の保養になってるので問題ない。

「ようやく呼んで貰えたわ。酷いわよ、芳は私にも関係あるのに」

 可愛らしい黄色のドレスの供王が言った。

「あ、そうか。ごめんな、供王」

 供王が俺の言葉に、ぐっと胸をそらした。

「話には聞いてたけど、貴方ってとっても不敬なのね」

「ごめんな。敬語苦手なんだよ」

「もう、いいわ。驚いたんだからね。芳王から禅譲するって聞いた時はともかく、「失道するには」を執筆するって!「失道されたら」とか、「新王がたったら」とか「王になったら」はいいと思うけどね。個人個人で向いてる方法は違うから完全に頼れるってわけじゃないけど、まあ読むと落ち着くでしょうし、心構えも出来るでしょうし」

「芳王もお辛かったんですよ」

「わかってるわよ、それと、戴王。ご帰還おめでとうございます」

 俺と会話していた供王が戴王を祝う。

「ああ、ありがとう供王」

 驍宗は、苦笑して礼を受け取った。

「「「「「「「「「「ご帰還、おめでとうございます」」」」」」」」」」

 紅茶を挙げ、声をそろえて言う。

「ありがとう、皆」

「本当に良かったです」

 泰麒が、驍宗の隣でニコニコと笑っている。

「いや、しかし立て直しが早いね。更地になってたった二ヶ月だろう?」

 利広がいい、建築中の建物に目を向けた。
 今日は奏王が来ていない。忙しいらしく、代わりに利広が来たのだ。

「驍宗が指揮しているからな」

「聞けば、蓬莱じゃないところに行ったんだって?ここの国営店の商品は面白いよ」

 驍宗は話しかけられ、利広と詳しく向こうの話をしだす。
 そこで芳王が、大きな4冊の本を11セット出した。

「わしが書いた本だ」

「ああ、せっかく書いたのだから貰っておこう」

「危機対策にいいかもね」

 延王と供王が手を伸ばす。
 塙王が、思いついたように言った。

「珍しく海客が来てな。新しい手引きはあるか」

「英語版ならあるぜ。日本語版も、途中までだけど」

 書きかけだが、塙王の為なのでそのまま渡してしまう。

「助かる。活版印刷に成功したから、量産してほしい本があったら功に申し出てくれ」

「活版印刷のみに留めて欲しいものよの。猿が挑発するから功が加工業にまで発展して困るわ」

 氾王が、ため息をついて言う。功の技術の発展は目覚しい。

「ところで、海客ってどんな?」

 景王が聞いた。

「陽子と言ってな」

 塙王の言葉に、紅茶がこぼれた。

「陽子…景の次の王。景麒の次の主…」

 景王の手が震える。俺はその手をそっと握った。

「今の主はお前だ。これからの主もずっとずっとお前だ。それと安心しろ、景麒と陽子の相性は多分悪い」

「次の王がわかっているというのは便利かと思ったが、意外にやっかいだな」

 延王が静かに言った。

「手紙、延期に頼んで出させてあげてくれませんか。他の海客、山客も…一回に限り、手紙を出す事を許す、と」

「そうだな。一回に限るのなら受付時に一緒にしてしまってもいいかもしれない」

「わしもそれはやってやろう」

 俺が延王に頼むと、延王だけでなく塙王も了承してくれた。

「そうだ劉王、これから黄海に狩りに行かれないだろうか。阿選と泰麒と」

「驍宗様!?」

 驍宗の提案に、泰麒が驚いて声を上げた。

「私も劉王の悩みを予知にて知ってる。二人、狩をしながら悩みを話し合うのもいいと思ってな」

「面白そうですね、いいですよ。こちらにも少し滞在させてください」

 劉王の返事に、驍宗は訝しげに劉王を見た。

「予知よりずっといい顔をしておられる。何かあったか?」

 劉王は、笑っていった。

「この国に遊びに来るのはいい気晴らしになりましたから。スキー、楽しかったですよ。ピコピコハンマーも使ってます。こう、悪い事をした官がいたらピコっと」

 それに驍宗は笑顔になる。

「それはいい。それでは、私の悩み相談だけして頂けますかな?」

「もちろんです」

 劉王が笑って承諾した。
 塙王が、思いついたように言う。

「そういえば、この前わしを慰める日を息子と娘が作ってな。家に飾りや光の実を飾って、半獣か海客か山客の格好をするのだ。食事は飯屋の木の実でな。その日だけは、決してわしの陰口を叩かず、わしをほめねばならんのだ。なにか恥ずかしいし情けないが、命令で嫌々やってるとわかっていても褒められるのは嬉しくてな」

 それに、俺と劉王と廉王が反応した。

「いついつ?来年は俺を呼んでくれよ」

「興味深いですね」

「飯屋の木はどうやって祈ったんだい?」

 その言葉に、何人もの王が我も我もと反応する。

「わしの故郷の食事の入っている実でな、祈り方は戴に聞いた。戴の実は後5年でなるらしいな」

「なんだ、教えてくれないとはずるいぞ」

 塙王の言葉に、延王が俺に文句を言う。
 俺は王達に祈り方を教えた。

「それにしても、十二国全部が安定するなんていい時代ね」

 黄姑がしみじみと言う。

「ずっとこのまま安定していて欲しいわ、ね、延王」

 しっかりと延王に釘をさす黄姑。

「興味本位だ。失道対策にもなるかもしれないではないか」

 延王は、「失道するには」を撫でて言った。
 だが、危ないのはむしろ景だ。
 そこで俺は思いついた。

「景王、男の王様候補育てちゃえば? 実力で選んでるんだから、可能だろ。王様候補といえば、そろそろ楽俊がいい頃合じゃないか? 延の大学に留学してもらって、宰相となるべく勉強してもらって来いよ」

「うう、やはり功では駄目なのか…」

 塙王がへこみかけたので俺はフォローする。

「功だと半獣差別まだ酷いじゃねーか。衣装は広まったらしいけど。楽俊が大学で勉強している間に、朝廷での半獣差別の撤廃を頑張るんだな。でも、塙王は頑張ってるよ。足の速い騎獣祈って、郵便制度を作ったのは塙王だろ? 税制を優遇して商人を入りやすくしたり、あちこちに留学生を送って技術を取り入れたりさ。今はまだ無理だけど、いずれは一番栄えた国になれるかも」

「王様候補を育てるか…いいわね、それ。駄目だったら補佐にすれば、次の王様が官じゃなくてもずっと楽になるし」

 供王が、王候補を作るという意見に賛同する。

「王にしかなれないようなのは作らないようにしないとな。胎果とか一般人が王になる可能性も事前にしっかり教えとかないと。それと補佐が王の才能潰さないようにも気をつけないとな」

 俺が補足をすると、延王が付け加える。

「冢宰か太保をそう教育すればいいんじゃないか?それなら問題ないだろう。いつか王が倒れた時、次の王が現れるまでこの国を支えないといけないと言って置けば余計な野望も持たないで済むだろう。太傅も誰が王になっても対応できるような教育をした方がいいな」

 更に俺が言う。

「国が荒れたら、命を落とす危険性も大きいから、王の身近にいない官に失道中の三公、冢宰を予め任命しておいて、教育してもらう事にするか」

「それ、出世の為に簒奪が起きないか?」

 驍宗が横から口を出して、俺達はその可能性にあっと声を上げた。
 話題はいくつもあって、尽きる事がない。
 茶会は、日が落ちるまで続けられたのだった。
 翌日太保見習いにされた。簒奪が起きないか?って言ったのは驍宗だろが。



[19940] 一般人の王様 16話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:45


「で、闘技場はいつ頃できるんだ?」

 俺が驍宗に聞くと、驍宗は笑って答えた。

「王宮の再建にあわせるから数年後だ。私も練習しないとな」

 驍宗の仕事は相変わらず速いな。前回のループでも、あんな大工事を数年で終わらせた。

「冬器の無双武器も作られ始めたから気をつけろよ」

「ああ、わかっている」

 驍宗と泰麒は執務、俺は日本語版の再執筆をしながらの言葉である。簡易の組み立て式で作った家は、驍宗と泰麒が二人で仕事できるようにしてある。
 泰麒は前回のループよりは執務能力が落ちているが、雑学は今回の方が覚えている。
 午後は驍宗を手伝って建築現場を走り回っていた。
 劉王は、無双武器で武官と特訓中である。
 時々邪魔をしに遊びに来るが、驍宗は暖かく迎え入れている。
 一ヶ月ほどして準備が終わると、泰麒と阿選と正頼と劉王で黄海に出発した。
 その間俺は官の相談を受けつつ執筆作業である。日本語版が出来次第、前回の手引きと共に各国に送ったが、その時塙王と延王から返事が来た。

『日本語版をありがとう、陽子は懸命に言葉を学んでいる。延王が仙籍にいれたら、と言ったのだが、景王は認めていない。陽子と景麒はあんなに仲が悪いのにな。……予王が倒れたらどうするんだろうあの二人。
陽子は予王に憧れを持っているようだ。自分に素直だとかでな。確かに陽子は人の顔色を伺いすぎる。わしと同じだな。陽子には実家に、術具を一つと着ていた服を送ることを許した。映像が保存できる奴だ。それと手紙を送らせたら、大分陽子に感謝されたぞ。海客に親切にするというのもいいものだ。海客は未来の王の陽子が来た事で差別が消えつつあるが、半獣はまだだな。猫耳カチューシャはするくせに。仕方ないから延の大学に送った。それと、わしが失道したさいに昇山させる官を募って、その官の王教育をする事にしたら驚かれた。「失道されたら」を凄い勢いで奪い取ってな。どこからこのようなものを、と。最近は王が頑張りすぎだ、との陰口が聞こえるようになってきた。驍宗のように乱を起こされるのは困るが、前よりは、ずっといい』

 いいのか証拠品送って。しかし、大分喜ばれているようで良かった。
 塙王からの伝言は以上か。次は延王。

『日本語版をありがとう。中国語版も急いでくれ。あれで海客も延の商人も互いの言葉がわかるようになって、大分スムーズに国に溶け込んでくれるようになった。大分活発に動くようになって、電池とやらを作り始めたぞ』

 これはこれで大きなニュースだ。
 景王からの手紙も欲しかったが、無理というものだ。
 今頃官が必死で本を勉強して、次に備えているだろう。
 それを景王はきっと感じ取る羽目になる。次の王の為の準備が進むのを。
 心中、穏やかなはずはない。それでも、景に手引きは必要だった。
 そして次は中国版に移る。しかし仙籍に入っても十二国語の発音記号覚えてる俺すげぇ。
 今年の収穫高は、驍宗が戻った為か例年より高かったので特に注意する事もない。
 俺は安心して中国語版に取り掛かった。
 中国語版を書き終わった頃、驍宗達が戻ってきた。

「更夜を連れてきたぞ」

 驍宗の声は心なしか沈んでいる。泰麒が、何度も謝っていて、阿選は満足げだった。
 劉王は、少し咎めるように俺を見た。
 何があった。

「よく連れてこれたな」

 俺は更夜を迎え入れる。
 更夜は更夜で自分の生き方を決めていたはずだが……。

「観光だって言って無理やり連れて来られてね。ところでその服装は…」

 言われて、自分達の服装を見る。今は夏の終わり。まだ無双服だった。

「無双服―。じゃあ、今は無双武器での戦いを見て、冬はスキーをして、スキーも出来ないほど寒くなったら功国で塙王様の日に仮装して、飯屋の木の実を食って、最後に延で春の発明会に出ようか。観光と言ったらこの線で決まりだろ。驍宗は仕事があるだろうから、俺が連れて行くよ。泰麒を借りていくな」

「うむ、みなアリスの方がいいというかもしれないがな…」

 思わずでる驍宗の言葉に、泰麒は顔色を青くした。

「驍宗様、決してそんな事は!」

「この国の王は驍宗だけだよ。俺は芳の王だっての」

「ああ、そういえば…そうだったな、王だったのだな。そうか…いや、それでも…私は矜持が高くていかんな」

 俺の言葉に、驍宗は目を見開いた後、考え込むようにした。

「俺がいない間、王様業、頑張れよ」

 驍宗が頷く。

「芳の王…?芳の王が半獣という話は…」

 更夜は、首をかしげた

「俺は予知能力者なんだよ。俺は次の次の王。天の怒りの只中で立つ王。そして殺される王」

「芳はそんなに短期間で潰れるのかい?」

「せっかく予知したのに放って置く手はないだろ?手は打った」

 俺は言って、更夜に手をさし伸ばした。
 無双装備は中々に奇抜で面白かったらしく、戦いは楽しんでもらえた。
 武官達全員の装備を紹介したら、もう冬である。

「こ、こう?うわわわわ」

 更夜がスキーでよろよろと滑る。

「そうそう」

 俺は八の字でゆっくりと滑った。俺もスキーは得意じゃない。
 里の子供はスイスイと滑っている。
 更夜の妖魔は泰麒がいるので特に反応がなかった。
 餌をあげた時はちょっと引かれたが。
 その後ペチカで温まる。
 この辺は泰麒の領地なので、他より開発が進んでいる。
 次に功国に渡る。
 様々な服を着て歩く人々の様子に更夜が目を丸くする。
 夜のイルミネーションが美しい。
 更夜が聞く。

「しばらく見ない間に、皆こんな国に?」

 泰麒は妖魔の為、獣形でついてきている。

「いや、今日だけ特別」

 俺が更夜の考えを訂正する。

「塙王様万歳!」

「塙王様万歳!」

 所々で声が木霊する。
 俺達も声をそろえていった。

「「塙王様万歳!」」

 妖魔にも飯屋の木の実を食べてもらう。
 功の家庭料理という感じで、中々おいしい。
 功王の宮殿によると、喜んで迎えてくれた。

「ウサギの格好はおやめ下さい」

 見下された目で言われる。
 ウサ耳野郎に言われたくないが、おとなしく着替えた。

「よく来てくれたな。お陰で功の評判が数年前よりずっと良くなった。延にはよくアイデアを取られてしまうがな、あの大国に真似される国だと。そうそう、楽俊は良く頑張っている。人型になるようにも言ってある。人型でい続けるなら宰相でも何とかなりそうだ」

 塙王は楽しげに言った。完全に立ち直ったようである。
 塙王に色々な獣や果物、野菜をみせてもらう。
 他にも、冬官の説明付きで今取り入れようとする技術を教えてもらう。
 独自の技術を見せ始めており、見せてもらった図書館は圧巻だった。
 国営の売店で、いくつか服を買う。本も並んでいた。
 「失道するには」を見て、更夜が驚く。
 そして最後は延だ。
 海客達が集まって、皆で発明品を作っているというのだ。
 皆、俺の作った手引きを持っていた。
 ボールペン、自転車、豆電球、無線、ラジオなど冬官の力も借りて頑張ったようである。
 皆、時々見る故郷の物に似た品に、なんとしても現代のような場所に、と決心したようである。
 妖魔を見ると、物珍しげにわっと寄って来た。

「すごいな!」

「アニメやゲームみたいだ」

 それに更夜が苦笑していると、後ろから声がした。

「そろそろ、延に来ないか。もう500年もたった。頃合だ」

 延王だった。

「今の僕には、守護するべき地があります。でも…ありがとう」

「いつでも延に遊びに来てくれ」

「………はい!」

 延麒が、更夜に抱きつく。

「更夜!お前、絶対遊びに来いよ!」

 こうして、俺の小旅行が終わった。

 その間、現代では大変な騒ぎが起きていた。



[19940] 一般人の王様 17話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:49

 帰ったらピコピコの乱と驍宗の禅譲騒ぎで大変な事になっていた。

「アリスともう一度お変わり下さい」

「それは出来ない。だが、アリスはどこの国の王にでもなれるぞ」

 と売り言葉に買い言葉だったらしい。しかし禅譲軽いなー。芳王もしたし。
 泰麒と阿選に物凄い勢いで説教されている。
 本当に王として相応しくないと思ったら、とっくに乱を起こしている、とは阿選の言。
 アリスよりも驍宗の方がずっと好きだというのは泰麒の言。
 二人の説得と自らの軽率な発言に、驍宗は反省しているようだった。
 阿選もまた、言い過ぎを反省したようだった。

「なぁ、王に選ばれるのは一番王に相応しい奴だろ? それだったら執務能力と泰麒の相性で阿選が選ばれると思うんだが」

 その言葉に阿選は、軽く眉を上げた。

「そんなに私達は似ていると?」

「景王と陽子程度には。俺も誰かに忠誠誓ったら月渓みたいになるのかな。案外陽子に忠誠誓ってたのかな?今は違うけど」

 俺が言うと、阿選は呆れ顔で言った。

「それならどの官も言うでしょう、主上の方が良いと。死ななくては王位は移動できないのですし、私の意志は政権に強く反映されています。
損失が増えるだけですから。それに、主上は今でも人気は高いのですよ、本当に」

 阿選は驍宗を宥めていく。
 驍宗も悩む事があるのか。ちょっと意外だった。
 驍宗でこれだから、景王はもっと悩んでいるだろう。
 なので、景王にいい気晴らしの提案をする事にした。

『なあ、柳、延、景、芳、功、戴、恭、範、芳でぐるっと黄海に道作ろうぜ。黄朱の民に依頼してさ。今のって城塞で小規模じゃないか? こっちだと他国で固まっていちゃいけないとか面倒な決まりがあるしさ。令艮門前に仲の良い国で寄り集まって色々出来る場所を作ろう。恭から始めれば、延で受け入れできるから4ヶ月交代ですむし。どうせ食料あまり気味になってきたし、黄海開拓に使っちゃおう。基本的に延と功の援助があればなんとかなると思うんだ。それと、陽子の事は気にするな。良い王になったのは、景王がやってきた事をやった陽子だ。今の気弱な女の子じゃない。景麒とも仲悪いんだろ?陽子だって塙王と友達みたいだし、功大好きだし、問題ないって。じゃあ、門の返事来たらまた手紙送るよ』

 青鳥を出し、今挙げた国に手紙を送る。
 待っている間に、辞書作成に戻る。
 こちらの方はまだ中々進んでいない。
 それと、戴にも念願の海客が来たので、手紙を出させてやった。 
 普通の学生で、ちょっと知識が役に立たなかったので、手引きを渡して、里に行って貰う。
 手紙を泰麒に持っていってもらうと、ポストに異世界人へと書かれた袋があったので
 泰麒が持ってきてくれる。
 手引き書いてる俺といるから、泰麒は向こうの文字がわかる。
 最も、泰麒は賢かったから、あの幼さでもう「異世界人」くらい読めただろうが。
 手紙には、被害者がどうしても帰れないなら、映像と手紙の交流を続けさせて
 欲しいとあった。他にも、海客、山客に対する手紙が一杯入っていた。
 全てのポストの前に置いただろうに、手紙は手書きだった。
 その思いに答え、手紙を届ける事にする。
 まずは海客山客の住所録作成、と。
 俺は、海客、山客の名前と住所を書いて送るよう各国にお願いする手紙を書いた。
 両方とも色よい返事を得たので、戴、延、範の力を総動員して通路建設計画を作る。
 恭と功が騎獣を提供、柳、芳が共通の法律を提案してくれて、景では景麒が黄朱の民の守護に出張してくれるという。
 海客、山客の住所録も届き、泰麒に頼んで蓬莱に送る。
 すると、向こうから手紙で頼まれたらしい物資を押し付けてきたので持って来た。
 パソコンとか、充電器とか、色々。
 辞書作成、道路作成、やる事は一杯ある。
 俺は中々に充実した日々を過ごすのだった。



[19940] 一般人の王様 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:53
 あれから100年がたった。
 辞書作成の更新は、蓬莱からの協力で進んでいる。
 黄海の街道は最終的にほとんどの国が参加する事になり、ぐるりと一周回る形で街道が出来た。
 蓬山までの街道を要請する声もあったが、それは王になる為の試練なので却下した。
 門と門の間には街があり、様々な国の人間が集まっている。
 その中の一つは海客、山客の町で、妖魔と戦いながらも現代化を進めている。
 妖魔対策に天井は必須だが、天井を作ったら高層ビルが作れないのだ。
 海客、山客の町にこちらから用意したルールは三つ。
 勝手に他の町に攻め入ったり開拓したりして町を増やす事は禁止、言葉をきちんと覚える事、環境破壊をしない事。
 環境破壊をしない事が少し怪しいが、手紙を送る事と引き換えなので頑張っている。
 海客、山客を見つけたらその町へ送るのが共通したルールとなった。
 幸いな事に、どこの国も倒れてはいない。
「失道するには」を王が読んでいるのが見つかって大騒ぎになったりしたが、失道するにはを読んでいるうちに段々怖くなる、失道した気になるなど、一定の効果を挙げていた。
 どの国も長く倒れていないという事は、対策が忘れ去られるという事なので、他の3冊も各国で丁重に保管、冢宰になる為に読んでいなければならない必須の本となった。
 最も、失道に悩んだ王が気分転換の為に一年出奔すると言う事が増えた為、失道が起こっても案外大丈夫かもしれない。
 向こうの世界とも良い関係を築いている。
 少量の物資しか送れないというのが、良い方向に働いたみたいだ。
 黄海の街ではオリンピック、官僚のクイズ大会など数々の催し物が開かれている。

 柳では、前回のループどおり官の気晴らしがしやすい制度を作り、温泉ランドを作った。
 一年に一度ピコピコの乱と、無双の二軍に分かれての演習があり、それを気晴らしとしている。

 芳では、月渓と祥瓊が結婚した。
 それを機に、芳王は執政へと戻った。
 月渓と祥瓊に支えられ、一生懸命仕事を頑張っている。
 もう、芳王を恨むものはいない。
 芳王は今も執筆を続けている。「王と官の役割2」は官志望の人間に良く売れている。
 内容は、王が駄目になってしまっても、官が支えれば国は倒れないという本だ。
 実体験に基づいているので、大いに官のやる気を刺激する本となっている。
 今の官も、もちろん所有している。思い出の一冊だ。

 恭では、様々な獣が祈られる事となった。
 恭の牧場を見る為に、恭に行く者もいるほどだ。
 また供王はピコピコハンマーやハリセンを持ち歩くようになっている。

 範は加工技術が更に上がり、様々な道具の下請けとなっている。
 最近は蓬莱からも品物の依頼が来る。

 才、奏、漣は普通に国力を上げてきている。
 無双服やピコピコハンマーの輸入は今の所ない。
 利広は黄海によく遊びに行くようになった。
 舜は未だに鎖国をしているが、麒麟がならないから問題はないのだろう。

 功は、もはや不思議の国。
 様々な道具や、獣や、服にあふれている。
 夕方になると、「なんでもない日万歳!」と乾杯の音が聞こえてくる。
 陽子が太保、楽俊が宰相となって働いている。
 そこにはもはや海客、半獣差別はない。

 景は黒アリなど音楽が流行っており、街中ではラジオからは音楽が流れている。
 景では簡単な電子機器が売り出され始めている。
 女王は景で受け入れられ始めている。
 昨年、温泉ランドの着工に入った。

 延では遊園地が作られている。
 建築技術はいっそう進んでいる。
 王を追いかけて、ピコピコハンマーやハリセンを持って、街中を官が走り回る姿が見える。

 戴では、闘技場が人気だ。
 冬器を使わないというルールと、仙しか出れないルールはあるが、大変に盛り上がっている。

 もちろん、それぞれの国では飯屋の木の実が植えられている。
 それは王の生い立ちを示し、十二国で人気の品だ。
 時々、蓬莱にも送られている。

 俺は、平和になった十二国を一年かけてゆっくりと見て回った。
 100年もすれば飢える者のどこの国でもなくなった。
 平和で同じ毎日という空虚を、俺は埋め続ける。
 新しき知識、考えの風となる事で。
 帰ってくると、泰麒が笑顔で迎えてくれる。
 阿選が、そんなに国をあけるなと不機嫌そうに仕事を押し付けてきた。
 幸せだなぁ、と思って俺は仕事を持って執務室に向かった。
 驍宗の所に挨拶に行くと、驍宗は笑顔で言ってくれた。

「よく帰った、アリス」



[19940] 一般人の王様 エピローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/07/01 12:55

「暇だなぁ…。ここまで平和だと、国を支える為に必死だったあの頃が懐かしい」

 延王が言うと、王達が同意した。
 それはお茶会の日だった。

「確かに暇かもな」

 俺が言うと、急に時計が現れ、針が回転する。

「すみません、平和大好きです、ごめんなさい」

 平謝りする俺の前に、芳国へのゲートと、その向こうにあの日のナイフを振りかざした小庸が現れた。その足に縋りついていた塙麒が叫ぶ。

 「王気が!!何故長谷川から王気が!?」

 「主上!恵候!」

 小庸がナイフを取り落とす。
 そこで俺は、事情を話した。一度見捨てた事を話すのは辛い。
 芳王が月渓に一言、言う。

「月渓。行ってくれるか。私は国を守らねばならぬ」

 祥瓊は連れて行けない。一つの世界に同じ人間が二人になってしまうから。
 月渓は、祥瓊と視線を交わし、頷きあった。

「その言葉が聞けただけで十分です」

 どうやら俺は、どの国の王にもなれるらしい。
 王の資質を持つ人間がいない場合に限り。
 これは堂々と公表しよう。そうして王を育てよう。功の民は必死で頑張るだろう。

「功を頼むぞ。巧を荒らしたのはワシだ。ワシが行けたらいいのだが…」

 塙王は即興で俺の紹介状を書いて渡してくれた。
 その時、俺と塙王の体が入れ替わる。

「行ける様だな」

「「王気の持ち主が二人!?」」

 塙麟が駆けて来るが、間に合わない。
 塙麒は、塙王ウサギに向かい手を伸ばす。
 小庸は月渓と芳王を抱き締め泣いている。
 小庸を連れ月渓と塙王ウサギはゲートを潜った。
 俺は呆然とした塙麟に言う。

「新しく就任した塙王アリスだ、よろしくな」

 荒れた国は、きっと立ち直るだろう。
 驍宗の証言によれば俺を通して向こうの塙王と会話が出来るはずだ。
 1000年の永きを平和で満たした者達の力は、並ではないのだから。


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