この小説のタイトルはまだ未定です。
なので「二次創作小説」とだけ記載してあります。




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ラ・ピュセル†ラグナロック 二次創作小説 イントロダクション












 

「えっ、ここは……?」

ふと気がつけばアルエットは聖女会礼拝堂に立っていた。
だがそこは見慣れたいつもの光景ではない。
一切の色彩はなく、寒々しい灰色で形作られたモノクロの世界。
壁はあちこちがひび割れ、窓もステンドグラスもほとんどが割れ落ち、
そこら中に砕けた長椅子の木片が散乱している。

「ああ、この惨状はあの時の……」

かけがえのない友人が嫉妬に狂い、力を求め、魔に身を堕としたあの日。
変わり果てた彼女は最愛の弟を、敬愛する師を、
そして信頼する仲間たちを瞬く間になぎ倒し、この礼拝堂を破壊し尽くした。
あれから一ヶ月……、聖女会、パプリカ王家、
そしてポトフの街の人たちの尽力により、
教会は目を見張る早さで修復され、元の姿を取り戻しつつある。
今では閉鎖も解け、ふたたび人々の安らぎの場としての役割を果たしていた。
だが今、目の前に広がるこの光景は、皆が地に倒れ伏し、
絶望の涙に暮れたあの時のままだ。
そしてこの命の輝きが消えた灰色の世界には見覚えがある。

「これは……心の闇……?」
「フフフ、さすがに察しが早いわね。
 そうよね、人の心を覗き見るのはあんたの奇跡の十八番だものね」
「そ……その声!」

あわてて声の方向に振り返ると、祭壇の前に懐かしい友人の姿があった。

「プリエ!」
「久しぶりね、アルエット。会いたかったわ。元気にしてた?」

ずっと探し求めていた親友。
だがその頭にはねじくれた山羊の角が生え、
背中にはコウモリのような大きな翼をしょっている。
露出度の高い扇情的な衣装によって殊更に強調された豊満な体からは、
以前見たときとは比較にならない膨大な魔力が溢れ出していた。
プリエはやはり人間の姿に戻ってはいなかった。
それは人を堕落へといざなう者。
それは神に弓引き、仇なす者。
ラ・ピュセルたちが最も憎み、最も恐れる悪魔と呼ばれる者たちの姿。
そして彼女はそれら神の敵対者の頂点に立つ大魔王なのである。
だが、光の聖女であるアルエットの体さえすくませる、
圧倒的な闇の力を放ちながらも、その朗らかな笑顔は以前となにも変わらない、
周囲の人間を明るく元気づけてくれるあの頃のプリエのままだ。

「プリエ。あなたのほうこそ、一体何処に行っていたの? キュロット君も、
 サラド神父も、エクレール王女様も、もちろんわたしも……、
 みんなずっとあなたのことを心配して探し回っていたのよ?」
「あはは、ゴメンゴメン。ちょっとね、しばらく魔界に籠もってたのよ。
 名のある魔王を片っ端からぶちのめして、子分にしていたの。
 今では統一大魔王なんて呼ばれてるのよ。すっごい偉いんだから」
「とっ、統一!? あ、あなたって人は……」

統一大魔王とはなんともナンセンスで罰当たりな異名だが、
そら恐ろしい所行に反してプリエの口調はどこまでも明るい。
その無邪気さにアルエットの緊張もすっかり解きほぐされて、
彼女はこめかみを押さえながら苦笑してみせる。
そんな微笑ましいやり取りは、アルエットが悪魔祓いの教育係として、
見習いのプリエを監督していた頃に、何度も交わされた懐かしいものだ。
魔王として異形の姿に変わってしまったプリエだが、
その中身は今も変わっていない。
アルエットにとってそのことは何よりも嬉しく感じられた。

プリエの茶目っ気溢れる仕草にひとしきり笑ったアルエットだったが、
すぐに顔を引き締めると、大事なことを確認する。

「プリエ。それで、あの……クロワさんはどうしたの?
 あなたがいなくなってから、闇の王子の気配が感じ取れなくなって、
 この辺一帯の闇の地場も浄化された。
 ノワールも姿を消して、聖母神教会もパプリカ王家によって解体させられたわ。
 あなたが、いえ、あなたたちが世界を救ってくれたのでしょう?」
「そうね……」

プリエは静かに天を仰ぎ見た。

「クロワは死んだわ。あたしが殺したの」
「……っ!」

なんとなくわかっていた。
光の聖女の自分が闇の王子であるクロワの気配を見失うということは考えられない。
そして何よりの証拠は自分の生存。
完全に覚醒し、増大する闇の王子の力は、
同時に光の聖女であるアルエットの力を奪い、その体をも徐々に蝕んでいた。
強大な奇跡を何度も行使し、
弱り切ったアルエットの命はもはや風前の灯火だったのだ。
闇の王子が直接手を下さなくても、高まった闇の地場の影響にさえ抗しきれない。
闇の力が光の聖女に及ぼす負荷は通常の人間とは
比べものにならないぐらいに高まる。
衰えた自分はあと1日生きられるかどうかという状態だったはずなのだ。
しかしプリエたちが姿を消して以来、この地を覆っていた闇の力は霧散し、
アルエットの体もすっかり快復していた。

「わかってるでしょう? 闇の王子と光の聖女は表裏一体。
 あんたが生きてるって事はクロワは生きちゃいないのよ。
 この身を魔族に堕としてまで力を求めたけど、結局あたしは無力だった。
 愛する人を救うことが出来なかった。
 救うどころか、この手で……、この爪で……、引き裂いてしまったのよ!」
「プ……プリエ……」
「確かにあたしは世界を救った。
 でもね、あたしは世界なんか滅んでもいいと思ってた。
 世界よりもクロワの命のほうがずっとずっと大切だった。
 アルエット! あんたのことは好きだけど、
 あんたの命よりもクロワの命のほうが、あたしにとっては何倍も大事だった!
 あんたの命なんか助けたくなかったのよ!」

鬼気迫る糾弾にアルエットの体ががたがたと震える。
激高するプリエの体からおぞましいほどの邪気が膨れあがる。
憎しみと悲しみに凝り固まった冷たい気が、
黒い炎のようにプリエの背後に広がっていく。

「こ、こんな深い闇……。闇の王子を遙かに上回る……。
 やっぱりこの心の闇はあなたの……」

だが、その言葉にプリエは眉をひそめる。

「なにか勘違いしてるみたいね。ここがあたしの心の闇ですって?
 あたしが今更この礼拝堂になんの感慨を抱くって言うの?
 ここはあんたの心の闇よ、アルエット」
「えっ!?」
「心の闇に潜ることが光の聖女にしか出来ない奇跡だと思った?
 それとも聖女の自分に心の闇なんてあるわけないって考えてたのかしら?
 ま、両方なんでしょうね。本当、ムカつくわ、あんたのそういう自信過剰なとこ」
「そ……そんなばかな……。わたしの心に闇が……」

その時、背後から声が聞こえた。

「世界を救ってかっこよく死ぬはずだったのに、のうのうと生き残ったばかりか、
 親友のプリエを闇に墜としてしまった。
 無力な光の聖女。友情を裏切る光の聖女。願いを叶えられない光の聖女。
 それがわたしの闇……。わたしたちに芽生えた黒い心……」
「あ……ああ……まさか……」

そこにはアルエットが立っていた。
白黒の世界の中で一層映える、膝下まで延びた長い金髪。
ピンと張った背筋。シミひとつない白い肌。涼しげな微笑み。
その美しい顔立ちは紛れもなく見慣れた彼女自身のものだ。
だが唯一瞳の色だけが異なっている。
アルエットの穏やかで透き通るような碧眼に対して、
目の前の人間の瞳は炎のような真紅に彩られている。
そして彼女のトレードマークとも言える純白のコートは真っ黒に染め抜かれ、
イヤリングや袖に施された十字架の意匠がハート型のシンボルに変わっていた。
何よりも全身から放たれている自分とは真逆の性質のオーラ。
その正体は考えるまでもない。
あのエクレール姫と同じように、アルエットの心の闇が具現化した姿……。

「さしずめダークアルエットと言ったところかしら。
 あんたの心に潜ってみたら、すぐに彼女が出迎えてくれたわ。
 泣きじゃくって詫びてくれてね。心の内を全部話してくれたの。
 信じられる? あんたが顔をぐしゃぐしゃにして、許して下さい。
 殺して下さいって、このあたしに泣きすがってくるのよ?
 正直、あんたのことが憎かったし、殺してやろうと思ってたけど、
彼女の話を聞いているうちに、そんな気持ちはなくなったわ」
「プリエ……。わ……わたしのことを許してくれるの?」
「ええ、許してあげる。だってやっぱりあたしはあんたのこと、大好きだから」

“大好き”その言葉を聞いた瞬間、アルエットの決壊は崩れた。
みるみる視界が滲み、鼻の奥がつーんと詰まる。
慌てて袖で目元を拭うが、拭った端から溢れる涙は頬に幾筋も線を引いていた。

「……あ……ありがっ……ひくっ……。ううっ……」

感謝の言葉を伝えたいのに声が詰まってうまく喋れない。

「ふふふ、こんな時まで体面を気にしているのですね。
 わたしのように泣きたいときは思いっきり泣けばいいのに」

後ろからダークアルエットが揶揄してくるが、
感極まっているアルエットにその声に反論する余裕はない。

しばらくすすり泣き、ようやく落ち着いたところで、
アルエットはあらためて告悔をはじめた。

「ありがとう……。プリエ……。そこにいるわたしは紛れもなくわたしだわ。
 だってわたしもあなたに謝りたかった。
 わたしを殺すことであなたの恨みが少しでも晴れるなら、
 喜んで命を差し出そうとずっと思っていたの」
「ふふふ、馬鹿ね。さっきも言ったとおりあんたを殺す気なんかないわ。
 それどころかあたしはあんたの願いを叶え、救ってあげるために来たのよ?」
「えっ、わたしの……願い?」

その時、ダークアルエットが後ろから優しく腕を絡め、抱き締めてきた。

「ふふふ、そうですよ、アルエット。
 あなたの本当の望みはそんなことではないでしょう?
 親友を魔に堕とし、彼女の恋人の命を代償に生き延びたあなたの罪は重い。
 言葉だけで償えるものではないことは、あなた自身が誰よりも理解しているはず。
 もちろん死んで償えるものでもないわ。
 自殺は女神様にも禁じられているでしょう?」
「う……。そ、それじゃあわたしはどうすれば……」

戸惑うアルエットの耳元に、黒い分身はそっと答えを囁く。

「贖罪よ。プリエに……。いえ、偉大なる魔王プリエ様に心から懺悔し、
 これまでの自分の過ちを認め、そして永遠の忠誠を誓いなさい。
 魔王様に身も心も捧げ、魔王様のために一生懸命働くのです。
 そうすることではじめて贖罪は成されるのよ」
「な……なんですって!?」
「ウフフフ、”大好き”なアルエットですもの。
 これからは愛玩奴隷(ペット)として飼ってあげるわ。
 いっぱい可愛がってあげるわよ」
「プリエ、あ……あなた。そこまで堕ちて……」
「勘違いしないでよね。これはそこにいるもう一人のあんたが望んだこと。
 つまり正真正銘、アルエット自身の内に秘めた願望なのよ。
 エクレールやあたしの心を好き勝手に弄くった、あんたならわかっているでしょう?」
「わかっています。誰でも光と闇、二つの心を持っています。
 それは光の聖女であるわたしとて例外ではありません。
 でもエクレール王女様が自分の心の闇を受け入れ、なお強く立ち上がったように、
 人は自分の醜い部分と向き合い、なお乗り越えていく強さを持っています。
 そのことをプリエ、わたしはあなたに教わったのよ。だからっ!」
「きゃっ!」

突然アルエットの体がまばゆく輝き、
背中に抱きついていたダークアルエットを後方に吹き飛ばす。
入り口の扉に叩きつけられたダークアルエットは、そのまま倒れて動かなくなった。

「わたしも自分に打ち勝ちます! そしてプリエ、あなたの光の心を取り戻すわ!」