まるでスパイ小説のよう…と驚きつつも、面白がっているわけでは決してなく
国際ニュースの話題をご紹介するこのコラム、今週は「まるで冷戦スパイ小説」と欧米メディアを騒がせている、ロシアのスパイ大作戦(かどうかはまだ分からないし、ロシアは否定しているし、今後も否定し続けるだろう)的な事件についてです。「さすが国の首相が元KGB幹部なだけのことはある」という思いのほかに、「それにしても相変わらず古典的な手法が活きているのだなあ」という思いなど。面白がっていい話題では全くないのですが。(gooニュース 加藤祐子)
○「スパイ」と聞くとつい反応
いきなり告白しますが、実は私はスパイ…………小説が好きです。小説だけでなく、実際の国際政治の諜報活動に関するあれこれにも、「好き」というと語弊があるので、とても興味があります。自分が物心ついて最初に「スパイ」というものを知ったのはおそらく、『Get Smart(それゆけ、スマート)』という、アメリカのTVコメディドラマの再放送。小学校低学年でした。007映画のパロディだったこのコメディが好きになってから、本末転倒でショーン・コネリーのジェイムズ・ボンドが好きになり。中学でスパイもののマンガを読み、そして高校生くらいで生意気にも、ジョン・ル・カレの色々な小説に夢中になりました。以来、「ル・カレ」と「ジョージ・スマイリー」というのは、私にとって特別な名前です。さらにル・カレ経由でイギリスの悪名高い「フィルビー=マクリーン事件」を知り、大学では国際政治を学び、CIAやKGBやSISについてあれこれ本を読み……。
要するに「スパイ」とか「情報機関」とか「intelligence(機密情報、諜報)」とか「espionage(諜報)」などの言葉に、ついピクッと反応するようになってしまっているわけです。なので米連邦捜査局(FBI)が「ロシアのスパイだ」として米国内在住の11人を逮捕した今回の事件は、面白いと言ってしまっては不謹慎極まりないのですが、実に面白い。「funny」の面白いではなく、「interesting」の面白いです。
イギリスの情報機関に実際に関わっていたル・カレの小説を読みあさり、映像化された『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』などを観まくったせいで、自分にはすっかりおなじみとなっていた諜報活動の「基本」が色々あります。偽造パスポートとか尾行とか盗聴とか。忠臣蔵の「山!」「川!」みたいな符牒とか。死人の名義を盗んで不動産を買ったり。あらかじめ指定の場所を使って情報や物を受け渡しする「ドロップ」とか。敵にマークされていない「セーフ・ハウス(安全な隠れ場所)」とか。アルカイダ関連の言葉としても使われるようになった「スリーパー」(敵国にあらかじめ潜入させて、その国で一般市民生活させておき、いざ作戦実行となるまで「眠らせて」おく工作員のこと)とか。「ケース・オフィサー」とか(情報機関の人間で、現地の工作員を指揮する。『鬼平犯科帳』で言うところの「密偵」たちに対する「同心」です……って、説明になってないか)。
報道によると、FBIが「米政策決定関係者たちの輪に侵入しようとした」として今回摘発・訴追した11人は、10年以上も前からそれぞれに米東部の郊外に家を買い、一般市民としてごくごく普通に暮らし、ごくごく普通に子供を育て、庭仕事をし、犬を散歩し……。ただひとつ普通でなかったのは、奥様はスパイだったのです……って、どうしても60年代アメリカTVドラマ的なノリから離れられないのは、それだけ話題が冷戦ど真ん中なアナクロニズムだからかもしれません。
アナクロといえば、使っていた手法も、ル・カレ的な冷戦スパイはおろか、『鬼平犯科帳』的と言ってしまってもおかしくない、古典的なものが中心でした。何といったって、現金を地中に埋めていたというのですから! あとは、混雑する地下鉄の階段ですれ違いざまに、同じ形のオレンジ色のバッグを交換するとか。同じような手口がそういえば、ル・カレの小説でも使われていました。なんて古典的なんだ。
もちろんさすがに江戸時代でも60年代イギリスでもなく、21世紀のアメリカなので、すれ違いざまに情報端末同士で暗号情報を通信したり、(アルカイダのように)暗号化されたインターネットのページを使ったりもしていたそうですが。それでも人里離れた野原の土の中に大量の現金を埋めていた時点で、なんとまあアナクロな……と。もちろんデジタル情報は足跡がつきますから、アナログであればあるほど実は情報は守り易いというのも、かねてから言われていることですが。諜報用語でいうと、技術力を駆使して傍受・収集するいわゆる電子情報(Signal Intelligence = SIGINT、シギント)も大事だが、人間が人間臭く集めてくる人間ならではの情報(human intelligence = humint、ヒューミント)も相変わらず大事だということです。
○犠牲になるのは子供たちか
こちらの『ニューヨーク・タイムズ』記事が、逮捕・起訴された11人がアメリカ社会にとけ込むため使っていた手口を色々と紹介しています(ちなみに起訴罪状は「espionage(諜報活動)」ではなく、外国政府の工作員として登録しなかったことです。つまり「外交官」として登録しなかったのに、ロシア政府のために働いていたことが罪とされています)。
記事いわく、「1人は、ロシア語なまりの自分の英語について『私はベルギー人だから』と周囲に説明していた」とか、「1人は、マンハッタンのコーヒーショップでパソコンを立ち上げて時間をつぶしていた。ただし、近くを通り過ぎた怪しいトラックに、メッセージを通信していたのが、普通のニューヨーカーとは違っていた」とか。この女性が携帯電話を買った時には、住所を「Fake Street(偽物通り)」と登録していたとか。
さらに、「若くて美人だ」ということで米英メディアが最も注目している「アナ・チャプマン」ことアーニャ・クーシェンコ被告については、Facebookなど色々なソーシャルメディアにプロフィールを載せたり、ロンドンやニューヨークで「何をしているかよく分からないけど、いわゆる社交界の大きなパーティーによく顔を出していた」ため、いわゆる色仕掛け担当の「femme fatale(悪女)」スパイだったのではないかと報道されています。しかも一部報道によると、彼女の父はロシア外務省の現役職員なのだとか。
そのほか、前述の『ニューヨーク・タイムズ』記事によると、「マーフィー」というアイルランド系の名字を名乗ってニュージャージーに住んでいたカップルは、「妻」が「金融関係の仕事をしている」とご近所に語り、毎朝マンハッタン行きのバスに乗り、「夫」が小学生の娘たちを毎朝スクールバスのバス停に連れて行っていた。「夫妻」がFBIに逮捕された時、1人の娘は家にいて、1人はお友だちの家でお泊まりをしていたそうです。
この2人の幼い女の子たちが本当に「娘」だったのか。その後どうなっているのか。誰に保護されているのか、激しく気になります。2人どころか、こちらの『ワシントン・ポスト』記事によると、逮捕された11人の間には夫妻が4組いて、アメリカ生まれの子供が7人もいるのだとか。「子供たちはどうなるのか?」という見出しのこの記事は、「両親が逮捕された児童は通常、親類や友人家族、さもなければ地元の児童福祉局が保護するのだが」と書いていますが、まだ現段階では子供たちが実際にどういう扱いを受けるのかは不明だとしています。仮に両親がスパイだったとしても、子供たちがスパイだったわけではないし、幼い子供たちに自分たちがスパイだと親が明かしていたはずもありません(子供の口から秘密が漏れるのを防ぐために)。ということは、今回の逮捕で最大の衝撃を受けているのは、子供たちのはずです。
繰り返しますが、冷戦時代のようなスパイ大作戦(と言われている事件)を面白がっているわけではありません。ル・カレが繰り返し繰り返し書いているように、国家同士の諜報戦に踏みしだかれていくのは、常に、こういう罪なき個人だからです。
◇本日の言葉いろいろ
・intelligence = 情報、機密情報、諜報
・espionage = 諜報、スパイ活動
・femme fatale = 悪女、毒婦
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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊や爆笑問題と同い年。実は奥田民生とも。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学修士課程修了。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラム、フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
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