チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[16004] ― 閃光の後継者 ― 【ギアス一期再構成】
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:036eeae2
Date: 2010/04/10 23:09
 普段は前書きは書かない主義だったんですが、以前の連載時に注意書きが欲しいとのコメを頂いたので、今回は書いてみました。
 今作はコードギアス ―反逆のルルーシュ― の一期の再構成です。

 タイトルの意味が明かされるのはStage,05なので、せっかちさんはちょっと覗くのもいいかもしれません。
 もちろんネタばれなので普通は最初から読んでいただきたいですが。

 では。
 皆さまのコメントが力に成りますのでぜひ感想を!!

 是非! 助けると思って!! 



 ≪この作品の注意点≫
 ・ 半オリキャラを主人公に据えてみました。
 ・ ナナリーがまるで別人です。
 ・ スザクさんもかなり性格が違います。
 ・ 繰り返します。ナナリーがまるで別人です。
 ・ スザルル的要素はありません。

 では、参りましょう。
 歴史は、ほんの僅かな出来事に左右される。
 たった一言。たった一点を違え、変化した物語。
 
 



[16004] Stage,01 『ランスロット』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:036eeae2
Date: 2010/02/09 01:37
 旧日本、現在は神聖ブリタニア帝国が支配する第11植民地『エリア11』
 その中心地、東京租界の外縁部にあるシンジュクゲットーにて、あり得ないことが起こっていた。

「誰だ。私は、誰と戦っているのだ……」

 声を失った司令室に、総司令官の唖然とした声だけが響く。
 彼はブリタニア帝国第三皇子、クロヴィス・ラ・ブリタニア。このエリア11の総督である。
 つい先ほどまでは本陣であるG-1ベース内に設けられた玉座に優雅に座っていた彼だったが、戦況が悪化したとみるや、戦況を映し出すパネルの前に立ち自ら指示を飛ばした。

「こいつ、まさか藤堂よりも……」

 しかしそれでも戦況は良くなる所か、むしろ悪くなる一方だ。
 相手はテロリストなのだ。
 脆弱な装備しか持たず、ましてやブリタニア人ですらない猿どものはずなのだ。
 しかし実際問題として自軍の人型自在戦闘装甲騎『ナイトメアフレーム』、通称『ナイトメア』は次々と撃破されていく。
 そしてついに今、敵の姦計にかかり多数のナイトメアが一斉に撃破された。
 もはや戦略的撤退を考えなければならないほどの被害。しかしそれは己のプライドが赦さない。
 自軍の機体を奪われ使用されているとしても、この状況はあり得ないとしか言えない。
 目の前で展開されている事実にクロヴィスは底知れぬ恐怖を覚えた。

「ロイド!!」

「はぁ、はい?」

 そしてこの状況を打破すべく、クロヴィスは声を荒らげる。
 声は司令室から、前面に設けられた戦術パネルの向こうにある技術部の主任へ。
 だがしかし、それに答えたのはあまりに緊張感に欠ける声だった。

「勝てるか? お前のオモチャなら?」

「殿下、ランスロットとお呼び下さい」

 クロヴィスの呼びかけに応え、正面のディスプレイに現れたのは銀髪の男性。ロイド・アスプルンド伯爵だった。
 第二王子ジュナイゼルの指揮下にある特別派遣嚮導技術部、通称『特派』の主任で、第七世代ナイトメアの研究開発を行っている男である。
 研究一筋を通り越し、研究さえできれば他に何もいらないと言い切るような変人だが、これで中々機を見るに敏で駆け引きもできる。油断ならない男だ。

「つきましては、例の件。お願いいたしまぁ~す」

「解っている。書類等の手続きはこちらにまわせ。
 で、誰が欲しい? 誰をそのランスロットとやらに乗せる気だ?」

 そして彼が完成させた兵器に、世界で唯一の第七世代ナイトメアフレーム『ランスロット』がある。
 しかし、これにはひとつだけ悩みのタネがあった。あまりにも高スペックに作りすぎたために、乗りこなせる者が極めて限られるのだ。
 通常の研究員ではまず無理。熟練のナイトメア乗りでも振り回される有様である。
 一時はハイスペックを追求しすぎたと嘆く者もいただけに、そんなランスロットを相手にシュミレーターとはいえ適合率91%という驚異的な数字を叩き出した者が出た時には技術部は歓喜と驚愕に包まれた。
 次点が現在最年少のナイトメアパイロットであるアーニャ・アールストレイムで、その次となると80%代はおろか70%代もいないのだから、この数字がいかに突出しているかが解るというものだ。
 特派の技術者たちはひそかに、是が非でもそのパイロットを確保しようと動いていた。そしてそのまたと無いチャンスが、今である。

「では、リリーシャ・ゴットバルト准尉でお願いしまぁす」

 ロイドはおどけた様子で、そのパイロットの名を告げた。







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,01 『ランスロット』









『ごめんねリリーシャちゃん。非番なのに出撃してもらっちゃって』

「気にしないで下さい、セシルさん。私もこの機体は好きなので」

 耳につけた戦闘用のイヤホンマイクから声が聞こえる。
 声の主はセシル・クルーミー。特派の副主任である青い髪をした穏やかそうな女性である。
 一方のその声にリリーシャと呼ばれたのは、腰まであるアッシュブロンドの髪をうなじの上までしっかりと三つ編みにした少女だった。
 ほとんどの髪を後ろで編上げ、すこし色の入った眼鏡にかかる程度に残した前髪にもストレートパーマを当てた形跡があることから、彼女はよほどこの髪型に拘りがあるのだと解る。
 専用の白いパイロットスーツを纏うその身体は華奢で、どう見ても年齢は14~15歳にしか見えない。
 だが侮るなかれ。彼女こそがランスロットとの適合率91%を叩き出した人物だった。
 彼女は、今日は た ま た ま 非番だったので、特派で仲のいいセシルとロイドのところにナイトメアについて学びに来ていた。まだ若いからか、 な ぜ か 彼女の所には緊急出動の命令は来ていない。
 戦場まで着いて来てしまったのは成り行きである。たぶん。

『そう言ってくれると助かるわ。
 これまでに実験段階では何度か乗ってもらってるけど、何か不安はある?』

「いいえ、大丈夫です。
 何かあっても、あとは実地で何とかしますから」

『ふふ、流石ね。我が軍でもトップクラスなだけはあるわ』

 セシルはリリーシャの物言いに、怪訝な顔をすることもなくむしろ感心した声を漏らす。
 そう、彼女は紛れもない天才だった。
 エリア11に駐留するブリタニア軍の中で、『純血派』と呼ばれる派閥のリーダーであるジェレミア・ゴッドバルト辺境伯を兄に持ち、自身も対テロリスト戦において目覚ましい戦課をあげている。
 彼女は若干16歳でありながら、一人前のナイトメアパイロットとして認められているのだ。
 気の早いものなど、かつて凄まじいまでの武功をあげた女性騎士にして后妃、『閃光のマリアンヌ』の後継者だと言うほどだった。
 現在はまだこのエリア11に来たばかりで配属も本決まりではないため、特派からの要請でテストパイロットとして何度か開発中の機体に乗っている。

『そういえば、この間お兄さんを見たわよ。
 ナイトメアパイロットとしての腕はリリーシャさんと同じく一流だったけれど、顔はあんまり似てなかったわね』

「母が違うんです。
 ――――というかセシルさん。少し緊張はしていますけど、大丈夫ですよ。
 スクランブル出動の経験もありますから」

『……そう。ならいいんだけど、あんまり無茶しないでね。
 新システムで脱出機能が外されている実験機に近い仕様だから』

 緊張をほぐそうとセシルは日常の話題を振ったのだが、どうやらこの小さな天才は殊のほか冷静だったようだ。
 彼女は初めて身につけるスーツの各部をチェックしながら、待機していた特派のトレーラーから一旦出て、ランスロットの下へ向かう。
 それを待っていたかのように、濃灰色の保護布ごとパレットに固定していた圧空式のアームが外された。

「これが……」

『そう、私たち特別派遣嚮導技術部による試作嚮導兵器Z-01ランスロット。
 世界で唯一の、第七世代ナイトメアフレームよ。
 そういえば、リリーシャちゃんは完成形を見るのは初めてだったわね』

 吹き抜ける風が巨大な保護布を外し、ランスロットがその全貌を現した。
 白と金でカラーリングされた、より騎士に近い洗練されたフォルムは、一目で機動性を重視したとわかるようなシャープさを持つ。
 グラスゴーやサザーランドのような胸部の張り出しは少なく、それらでは顔に収納されていた大型の探知機『ファクトスフィア』をその部分に二機保有していた。
 そのために顔はほぼカメラのみの構成になり、造詣もヒトのそれに近い。
 これまで開発されてきたどのナイトメアとも違う、鮮烈な形をしたナイトメアだった。

「んじゃあリリーシャくん。そろそろ初期起動に入ろうか」

 この機体の開発責任者であるロイドの一声で、ランスロットの起動が開始される。
 パレットを経由して操縦席に乗り込こんだリリーシャは、パイロットの個体識別情報の登録し、システムの安定を待って起動キーを差し込んだ。
 シイィ……という制御システムの活動音と共にパイロットとナイトメアを繋ぐマン-マシーンインターフェイスが起動。
 予め教えられていたパスワードをテンキーで打ち込むと、ランスロットが起動しリリーシャの入力に反応して命を宿す。
 各関節を駆動させ、待機姿勢から出動姿勢に姿勢を変化させるランスロットの背中からケーブルがパージされる。
 そして足に設けられた走行用の車輪、『ランドスピナー』がパレットの射出台を捉えた。

「準備完了。ランスロット、行きます」

 己を切り替える一言を呟き、附していた視線をまっすぐ前に向ける。

『ランスロット、発進!!』

 セシルの合図吐と共に、リリーシャはランドスピナーをフルスロットルで起動する。
 レーシングカーさながらの白煙を上げて弾かれる様に出撃したランスロットは、滑るように地面を駆け抜けた。

「ハハハハッ、いきなりフルスロットルか」

 予想外のフルスロットルの反動で尻餅をつかされたロイドだったが、その顔も声も、これ以上ないくらいに嬉しそうだった。








「あ? なんだありゃ。
 サザーランドにしちゃあ―――――う、うわぁ!!?」

 一撃。
 戦場で唯一の第七世代の戦闘力は理不尽に過ぎた。
 圧倒的な機動性と旋回能力。各種装備も第四世代、第五世代と一線を画し、しかも初見。
 もはや無双という言葉が最も相応しい有様だった。
 たった一騎ながら、正しく当千の勢いでテロリストたちを圧倒していく。
 戦況はたった一人の白騎士によって覆る。それは神話の再現かもしれない。

「流石はロイドさんとセシルさん。完全に趣味に走りましたね。
 これじゃあ確かにこのエリアじゃあ私やアーニャぐらいしか乗れないでしょうに―――――あっ!!」

 ランスロットのファクトスフィアが倒壊したビルの内部に敵影を発見する。
 状況から考えてあれが司令官の可能性が高いと判断したリリーシャは、腕のスラッシュハーケンを目標へと放つ。
 ナイトメアの真骨頂である、スラッシュハーケンによる跳躍と立体移動。
 ランスロットそのものの性能もあって、リリーシャとランスロットは一足で敵の真正面へと躍り出た。

「やあぁぁ!!」

 着地と同時に慣性を利用して敵ナイトメア、恐らくは鹵獲された純血派のサザーランドに右ストレートを叩き込む。
 とても今までと同じナイトメアとは思えない、驚くべき機動性能とパワー。
 ランスロットはリリーシャの暴挙とも言えるような要求にも応える。
 第五世代のサザーランドが両腕で受け止めているにも関わらず、一方的に押し切れるその能力に、むしろ彼女でも振り回されそうな勢いだ。

「いけ、る!?」

 直後、コックピットに響くアラーム音。
 元々、ヒビでも入っていたのだろうか。倒壊し風化したビルの床はナイトメア同士の戦闘に耐えられるものではなかった。
 二体分の重量で床が崩壊。
 ランスロットは敵ナイトメアはそのまま落下し、下の階の床もブチ抜いてもう一階分落ちて止まる。

「―――ッ、そこか!!」

 突然の衝撃も、このランスロットにかかれば何てことはない。
 悪魔的な機動から搭乗者を守る機構も、もちろん第五世代とは一線を画す。
 最もそれをもってもなお、普通のパイロットではシュミレーターですら胃の内容物を戻してしまうくらいの衝撃を伝えるのだが。
 ともかく、いち早く落下の衝撃から立ち直ったリリーシャはセンサーに視線を走らせ、敵ナイトメアの位置を確認。
 舞い上がった土埃の向こうに紫の機影を視認した瞬間、もはや反射に近い速度で両腕のスラッシュハーケンを射出する。
 ハーケンは残念ながら敵を捉える事は無かったが、敵の両サイドに着弾し相手の動き封じた。

「覚悟!」

 これを好機とみたリリーシャはハーケンを巻き上げる力も利用して一気に目標に迫る。
 同時に両足のランドスピナーも高速回転。
 タイミングを見計らってスラッシュハーケンのロックを解除し、同時にランドスピナーを急加速させ、両膝のバネで一気に跳ぶ。
 ある先輩ナイトメアパイロットに習った、ムエタイファイター顔負けの飛び膝蹴りがガードするサザーランドの両腕に突き刺さり、左腕を破壊して本体を軽々と吹き飛ばした。

「投降しなさい。今なら―――――」

 地に伏した敵ナイトメアを見下ろしながら軍人として投降を促そうとし、突然、横間から赤が飛び込んでくる。
 ガクンと揺れるコックピットと、通信機から響くロイドの悲鳴。貰ったのは右ストレートだろうか。
 だが全くの不意打ちというわけではなく、ランスロットのセンサーでは捉えていた。
 それを見落としたことに舌を打ち、思ったよりも冷静で無い自分に気付いてリリーシャは己を叱責し相手を見る。
 これまで仕留めてきたテロリストが使っていたブリタニア軍のサザーランドではなく、くすんだ赤い塗装のグラスゴー。どうやら左腕がパージされているらく、欠損している。
 なるほど、これは事件のはじめからかかわっているテロリスト側のナイトメアか。ならば。

「貴方も重要参考人ですね。捕縛します」

 捉える必要性があると判断したリリーシャがその赤いグラスゴーと向かい合う。
 再び振りかぶられた右腕が降りきられる前にそれを掴んで止めた。しかしそれは相手の狙い通り。
 密着状態からのスラッシュハーケンの射出が真の狙いだったらしく、リリーシャはヒヤリと肝を冷やした。
 この距離では、ハーケンがランスロットのコアルミナスを貫けば相手も爆発に巻き込まれる。
 そんなリスクを度返しした攻め一辺倒の一手に対応できたのは、このランスロットだからこそ。昨日まで彼女が乗っていたサザーランドでは、まず間違いなく死んでいた。
 今、ランスロットの右手にはグラスゴーから発射されたスラッシュハーケンのワイヤーが握られている。
 それと相手の右腕を強くひいて脇腹に膝蹴りを見舞ったところで、グラスゴーは腰を捻って緊急脱出機構を作動させ、コックピットを弾き出した。
 赤いコックピットブロック―――インジェクション・シート―――がジェット噴射でランスロットの下から空へと逃れ、逃げ去った。

「いいパイロットですね。やられました」

 あと数秒遅ければ、腰のスラッシュハーケンを打ち込んで脱出を阻んでいた。
 両腕を塞がっているあの状況なら、必ず蹴りが来ると読んだような動き。片足ではハーケンの狙いがつけられないのも事実だ。
 あるいかただの勘かもしれないが、どちらにしても侮れない相手らしい。
 そう考えるとますます、あのパイロットを確保したかったのだが仕方が無い。

「さあ、次です!」

 終わったことはしょうがないとリリーシャは素早く意識を切り替える。
 彼女の乗るランスロットは胸のファクトスフィアを作動させて、この場から逃れたあのサザーランドを追った。








「待ちなさい!」

 意味が無いとは解っていても叫ぶのが人の性だろう。
 ランスロットとサザーランドでは根本的な速力が違うために、直ぐに敵を視認できるまでに接近し、敵ナイトメアが乱射してきた銃弾を左右に動いて躱す。
 単純な掃射では当らないと判断した相手は今度その銃口を周囲のビルに向け、降り注ぐコンクリート片で妨害を図るが、ランスロットの機動性はその上を行った。
 頭上から降り注ぎ、刻々と変化するコンクリートの立体迷路の法則性を展開されたファクトスフィアが読み切り、瓦礫の位置と落下速度を精密に計算してデータをランスロットのコックピットと駆動系へと送り込む。
 それを受け止めたランスロットとリリーシャが息の合った機動で白騎士の手足を動かし、滑るようにその間をすり抜けた。

「やっぱテロリストは嫌いです。
 同じイレブンの住むゲットーを、こんなに簡単に破壊できるなんて!」

 実は敵ナイトメアに乗っているのは日本人イレブンではないのだが、それはリリーシャには解らない。
 軍人として敵を殺すことへの躊躇いはもう無いが、民間人を巻き込む事を嫌悪できるだけの人間性はまだ残していた。
 彼女がテロリストを嫌うのは、この地を奪回すると言う大義名分を振りかざしてに非戦闘員に被害を出すからだ。
 亡国を想う気持ちが解らないわけではないが、だから無関係な一般人を巻き込んでいいという理屈にはならない。
 それはブリタニア人だからとか、イレブンだからとかは関係が無い。自分が斬られる覚悟も無しに、相手を斬る者を彼女は赦さない。

「よし、これでチェックよ!!」

 ランドスピナーをフルスロットルしながら、右腕のスラッシュハーケンを前に突き出す。
 別に他のナイトメア相手に積極的にコックピットを狙ったわけでは無いけれど、ランスロットの性能もあってここまで死者は最小に抑え込めたはず。
 そしてこの司令官だけは必ず生きて捉え、取調べをしなければならない。
 戦闘は下の下。エリアの平定を成すのは、警察力と政治力というのが彼女の持論だった。
 リリーシャはこのエリアのテロリズム根絶のため、慎重にサザーランドの腰を照準し――――

「――――ッ!」

 ランスロットが発した警戒警報に反応して後ろに飛びのいた。
 刹那遅れ、ほんの数秒前まで彼女が居た場所にスラッシュハーケンが突き刺さる。
 そしてそれに引っ張られる様に、白一色でカラーリングされたナイトメアが二騎の間に割り込んだ。

「増援!?」

 その機体の放つただならぬ気配に反応して、リリーシャは臨戦態勢を取る。
 たしかこの機体の名前は『無頼』、だっけ? 確かイレブンの技術者が作り上げたグラスゴーのコピー機だったはず。
 けれど先程の紫のサザーランドもまた足を止めて警戒している事から、単なる敵の増援でもないようだが。

『そこのサザーランドのパイロット、聞こえるか?』

「オープンチャンネル?
 やっぱりテロリストの仲間じゃないのかしら」

 白い無頼は専用回線ではなく、共通回線で紫のサザーランドに呼びかける。
 やはりテロリストの仲間ではない。しかしその機体が『無頼』という事は……

「もしかして日本解放戦線? 何故こんな所に?」

 日本解放戦線とは、このエリア11最大の抵抗勢力。
 コピー機とはいえ自分達でナイトメアの設計製作が出来るのは、あの組織くらいのものだ。
 このシンジュクゲットーで彼らの動きがあるというのは聞いていないから、外部からの助っ人だろう。

『オイ、お前は何者だ?』

『誰でもいい、とにかく逃げろ。ここは俺が引き受けた!』

 やはり仲間ではないようだが、白い無頼のパイロットは敵テロリストに協力するつもりらしい。
 数秒の逡巡のあとサザーランドはこの場から逃げ去り、後にはランスロットと無頼だけが残される。

『そこの無頼のパイロットに告げます。
 これは公務執行妨害です。直ちに武装解除して道を空けなさい』

 ともあれ、敵の司令官をみすみす逃すわけには行かない。
 無駄とは知りつつも、リリーシャは規則通りにまずは警告を発する。

『女の子!?』

『何か問題でもありますか?』

 だが返って来たのは驚きの声。
 まぁこれほどのナイトメアを撃破した機体のパイロットが、リリーシャのような少女なら無理も無いだろう。

『ああゴメン、ビックリしただけだから。だけど道は譲れない』

『相手は無差別に民間人を狙うテロリストですよ?』

『けど俺たちと志を同じくする同士だ。
 他の相手ならともかく、ブリタニア相手なら道を空けるつもりはない!』


 何が同士だ。テロリストも日本開放戦線も言っている事とやっている事が滅茶苦茶なくせに。
 寡兵戦術の基本は一撃必殺。それも知らず、ダラダラと意味のない破壊を振り撒いて!

『そうですか。ならば私は貴方を捕縛します。覚悟してください!』

 よし、と自分に気合を入れる。声からして相手も若い男性。なら経験の差を考慮する必要は余り無い。
 このランスロットの性能なら押し切れると判断したリリーシャは、ランドスピナーを回転させる。

「それっ!」

 間合いに入ったとみるや、一瞬ランドスピナーに急ブレーキをかけて同時に突き出した左腕からスラッシュハーケンを射出した。
 移動エネルギーを上乗せすることで更に加速されたスラッシュハーケンが空気を切り裂く。
 普通のグラスゴーとパイロットなら反応も出来ずに破壊されるはずだが、

「躱された? いや読まれたのかな」

 どうやら予想通り、相手は“普通”では無いらしい。
 伊達に特別なカラーを許されている訳ではないということだろう。
 リリーシャは相手を一兵卒からエースパイロット級であると認識を修正した。

『ふっ!』

「な、刀!?」

 このランスロットを相手に、まさかの接近戦を挑まれたことにリリーシャは驚く。
 現在、こちらにはスラッシュハーケンくらいしか遠距離武装がないのだ。
 てっきりライフル等で足止めを狙ってくると思ったのだが。

「そう、あくまで仕留めに来るんですね。望むところです!」

 さらに今までも見た事と無い武装にさらに驚いた。
 袈裟に振りぬかれたチェーンソーのような片刃の剣。試作型の廻転刃刀を躱し、その懐に潜り込む。
 そのまま右腕をくの字にまげて斜め下からスラッシュハーケンを打ち出そうとしたが、一瞬早く無頼の左腕で払われた。

「なんて反応速度、グラスゴーの理論限界を超えているんじゃない? でも、」

 実際のところこの無頼は、外部形状こそそのままだが中身はまるで違う機体だった。
 位置づけも現在開発中の新型のデータ収集用実験機である。
 そのため非常にピーキーな設定がなされており、解放戦線側でも現在のパイロット以外には藤堂か四聖剣くらいしか乗りこなせない機体になっていた。

「このランスロットの前には無意味です!!」

 しかしそれならこのランスロットも同様だ。
 それも第七世代のワンオフ試作機。悪いけれど、第四世代のコピー機をベースにしている機体とは根本的な部分で違う。
 ならば小手先よりも王道で攻めるべしと、機体性能をフルに使ったパワープレイで攻め立てる。

『くっ!』

 ナイトメアの動きは此処までヒトに近づいたかと思わせるような、滑らかな動き。
 第四世代では決して不可能な機動を敵に回しても敵の無頼は何度か剣を当ててくるが、装甲の表面が削られるだけ。刃筋は立たせない。
 冷静に相手の剣を盾と腕で裁きつつ、一瞬の隙をついて単発の左ロングフックにストレートを繋ぎ、間合いが開いた刹那を右ハイキックが奔らせる。
 さらにそこから変化したサイドキックを左腕を振り払い、無頼のパイロットは一か八の賭けに出た。

『はぁっ!』

 腕を振り切った動作から胴体のスラッシュハーケンが射出し、それを回収せずに突きに移行。
 前に踏み出し、スラッシュハーケンを躱したところに刃を合せる。
 間合いの最短距離を奔る平突きがランスロットに迫るが、それをリリーシャは前にある左足のランドスピナーを起点に、右足のランドスピナーを急速後退させる事によって回避した。

「終わりです!」

 まるでコンパスのようにして接近しつつ体を入れ替えたランスロットは、その線上にある右腕を振り抜く。
 バックハンドブローは寸分違わず無頼を捉え、腕に装備したまま敵を切り裂くメーサーモードに変形させたスラッシュハーケンが頭部を切り裂く
 更にそのまま右脚に無理をさせて跳びかかり、ラグビーボールを保持するように身体ごと脱出機構の発動した無頼のコックピット上部を掴みとる。
 ジェット噴射で暴れるそれを、身体で押さえつけるようにして地面に組みふせた。

「私の勝ちです。大人しく投降して下さい!」

 コックピットが沈黙したのを確認して、リリーシャも力を抜いた。
 もうあの司令官を追うのは無理だ。
 ならばこちらだけでもとパイロットを引きずり出そうとしたが、このままのほうが運びやすいと考え直してハッチの開閉口を指で潰すに留める。

『セシルさん、敵ナイトメアのパイロットを捕縛しました。
 状況からしてテロリストの一味では無いようですが、どう処置いたしましょう』

『解ったわ。じゃあ悪いんだけど、こっちまで運んでくれるかしら。
 人をやろうにも、ナイトメアは出払っちゃってるのよ』

『イエス、マイロード』

 セシルからの返答を受けて、リリーシャは捕虜を連れて特派のヘッドトレーラーへと向かった。
 その途上で、総司令官であるクロヴィスの停戦命令を聞いたのである。

「停戦命令?
 クロヴィス殿下らしくないんじゃないかしら?」

 疑問は残るものの、わざわざ命令に逆らってまで戦闘を続行する理由も無い。
 リリーシャは、捕虜をコックピットごと軍に引き渡して特派のヘッドトレーラーに引き上げた。
 この時、もし無頼のパイロットが誰であるかを確認していれば、彼女の運命は少し変わったかもしれない。





 / / / / / / / / /





「イレブン、名前は何と言う」

「………」

 G-1ベース内に用意された部屋で捕虜に対する尋問が行われていた。

「だんまりか。
 だが生憎キサマは有名人だ。調べれば直ぐに解ったぞ」

 ニヤつく取調官は椅子に拘束された茶髪の青年を見据え、ゆったりと椅子に座りなおす。

「このエリア11。
 いや日本の最後の首相、枢木ゲンブの嫡子。枢木スザクくん?」




[16004] Stage,02 『黒い仮面』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:3b0ac260
Date: 2010/02/13 22:33
「く、枢木スザク!?」

「あは~、やっぱり驚いた?」

 翌日、勤務中に特派のトレーラーに呼ばれ、昨日捉えた捕虜の名前を聞いたリリーシャは驚きを露にした。
 思わず口をつけていたコーヒーをこぼしてしまったくらいだ。

「枢木スザクって、あの枢木スザクですよね?」

「そうだよ。日本最後の首相、枢木ゲンブの息子。大戦果だねぇ」

 ロイドはいつものように大げさなリアクションでリリーシャと話をしている。
 必要以上に身体をうねうねさせる仕草はふざけているのかとも思われるが、これが彼の素なのだ。大事なのは慣れだと思う。
 だが隣に居たセシルが机に零れたコーヒーを拭く布を取るために部屋から出た時、彼は急に真剣な顔になってリリーシャに顔を近づけた。
 これだから、油断できない。

「君にとっても浅くない縁がある人でしょお?
 どうする? 彼、今日にも再逮捕されるよ。君のお兄さんに関係の無い罪を擦り付けられて?」

 そのひと言で、リリーシャの眉が跳ねた。

「どういう、ことですか?」

「昨日クロヴィス殿下が殺されたのは知ってるよね?
 その犯人にされちゃったのさ」

「……っ!!」

 リリーシャは絶句した。口を半開きにしたまま、眼を見開く。
 彼との縁について口を噤んでいた自分の責任なのかもしれないが、彼が無実だということは自分が一番良く知っている。
 なにせクロヴィスが殺されたと思われる時間、彼は自分の乗るランスロットの手の上にいたのだ。

「お知らせ下さって、ありがとうございます」

 リリーシャは両手を強く握り、眼を伏せた。
 とにかく兄に掛け合ってみなければ。もしかしたらまだ間に合うかもしれない。
 即座に携帯電話を取り出し兄を呼そうとするが、繋がらない。
 この時間は……
 そこまで考え、リリーシャは舌を打った。
 確か演習中の筈だ、今は。個人的な連絡など取り合えるはずがない。

「あらリリーシャちゃん。どうしたの?」

「え? あ、いいえ、何でもないです。セシルさん」

 不意に、ではなく彼女が気付かなかっただけだが、声のした方を見るといつの間にかセシルがキッチンペーパーと書類を持って立っていた。
 あわてて携帯電話を閉じて軍服のポケットにしまうリリーシャにセシルはは首を傾げながら、彼女は机を拭きいてロイドに促されて机の上に書類を並べる。

「さて、お~め~で~と~。君は今日から特派に移籍だよ」

「え? ええっ!?」

「正確には軍から特派への出向扱いだけどね。
 これからはランスロットはリリーシャちゃん専用のKMFになるわ」

 いつものようにおどけた声で投下された爆弾に、リリーシャは思わずランスロットのほうを見る。
 専用KMFと技術チーム。それはナイトメアパイロットの憧れだ。
 現在それを持っている者など、それこそ皇帝直属のナイトオブラウンズくらいのものだろう。
 ランスロットに初めて乗った瞬間から、彼女は自分に割り当てられていたサザーランドに不満を感じていた。
 この機体の圧倒的な反応の前には、自身のサザーランドがひどく鈍重に思えてしまう。
 もし自分だけの為に調整された機体があったら……そう思うのは当然だろう。

「ランスロットが、私の?」

「ええ、これからよろしくね。リリーシャちゃん」







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,02 『黒い仮面』








 結局、リリーシャの訴えは届かなかった。
 クロヴィスを護れなかったことで、彼の部下であるバトレー将軍は失脚。クロヴィスの亡骸を押さえ、軍を掌握したジェレミアは、即座に行動を起こす。
 彼女がロイドから話を聞いていた時には、すでに兄のジェレミアは枢木スザクをクロヴィス殺害の犯人だと発表してしまっていた。
 もう彼女の言葉ではどうしようもないくらい、状況は進行してしまっていたのだ。
 リリーシャは自分の力のなさに歯噛みしながらも、ただ見守るしかなかった。

 そうこうしている内に、スザクが軍事法廷に護送される時が来てしまう。
 法廷までの護送は、ジェレミア自らが担当する。言うまでもなく、これはエリア11の軍部を掌握したというアピールだ。
 その兄の眼に彼女は狂気のようなものを感じ、必死に忠告するも聞き入れられはせず。
 それどころか本来は兄に付き従ってスザク護送の警備をするは任からも外されて休暇を言い渡されてしまった。実質の謹慎処分である。

「どうして、こんな事に……」

 夕刻。リリーシャは自室で電気もつけずに、スザクが護送されていくのをテレビで見ていた。無力感が瞼を震わせる。
 兄は皇室への忠誠という美酒に酔わされ、真実を捻じ曲げようとしている。
 自分にも軍での立場が固まり次第純血派に加盟して欲しいと言われていたが、もう今の自分には無理だ。
 彼は、一体どこに向かおうというのだろうか。
 彼女なら……そんな考えまで浮かんでしまう。所詮、自分は――――――――

 リリーシャは悔し涙を堪えながら、じっとテレビを見ていた。
 真実を知らない沿道の人々からは、容赦の無い罵声がスザクに浴びせられる。
 それらの声はまるで自分を責めているように彼女の胸に突き刺さった。

「え?」

 不意に、テレビの中の護送車の動きが止まる。
 あんなところで止まるのは予定にないとアナウンサーたちがざわつく中、それは現れた。
 白い、あまりにも不敬な車。

『こ、これは、クロヴィス殿下専用の御料車です』

 アナウンサーの慌てた声がテレビから吐き出される。
 その御料車は良く見ればつぎはぎだらけのハリボテなのだが、テレビ越しではそれも解らない。
 一体何が起こっているのかと、リリーシャは食い入るようにテレビを見つめていた。

『出て来い。殿下の御料車を穢す不届き者が!!』

 サザーランドから身を乗り出し、銃を構えたジェレミアが謎の御料車を問い詰める。
 それに反応して燃え上がった御料車のデッキから、犯人が姿を見せた。

『私の名は、ゼロ』

 黒。そう比喩するのが最も相応しい男だった。
 どうしようもない怖気をもたらすのに、しかし惹きつけられるような雰囲気を醸し出すその男は、紺と金を基調にした服を身に着け、黒いマントを羽織っていた。
 顔の仮面はサングラスのように黒くのっぺりとした無機質なもので、強烈な印象を見るものに与える。
 彼は自分の価値を理解し、装飾するのに余念がない。
 まるでSFの中から抜け出してきたような、ひどく現実味の無い人物だった。

『もういいだろう、ゼロ。
 君のショウタイムはお仕舞いだ』

 絶妙のタイミングで、この場を取り仕切るジェレミアが声と共に銃を発射した。
 それを合図に、路上に四騎のサザーランドが輸送機から降り立ち、ゼロと名乗った人物の周囲を取り囲む。
 完璧な演出と布陣。これでまた兄への声望は高まるだろう。この時まで、リリーシャは確かにそう思っていた。
 同時に、恐らくこのまま兄は自分の声の届かない所に言ってしまうだろうと。
 だが事態は、思わぬ方向に進展し始める。

『さぁ、まずはその仮面から外して貰おうか』

 サザーランドに特大の銃口を向けられるゼロに、ジェレミアは見下した声で言い放つ。
 だがゼロは一瞬外すようなそぶりを見せると、そのまま腕を高く掲げ、指を弾いた。
 直後に彼の背中側で御料車が割れ、中からなにか不気味な形のカプセルが出現する。
 緑色の、どこかウニのようなそれは、非生物であるはずなのに有機的なナニかを連想させる不気味さを持っていた。
 何か、とてつもなく良くないものを封じたかのようなそれを見た瞬間、ジェレミアの顔に驚愕が奔る。
 同様に彼の部下であるヴィレッタも、慌てた様子で何事か彼に声をかける。

『テレビの前の皆さん、見えますでしょうか?
 何らかの機械と思われますが、目的は不明です。
 テロリストと思われる人物の声明を待ちますので、しばらくお待ち下さい』

 アナウンサーはそれでも必死で実況を続けるが、そんな事は見ればわかるのだ。
 兄も突きつけていた銃を下げて話を聞かざる終えない状況らしい。それほどの代物とは、一体何だ?
 いや、それよりも。
 問題はアレがどうやら兄の足を止めるような代物で、それを出す事で場の主導権をゼロという人物に奪われてしまった事だった。

「マズイ。ジェレミア兄さん……」

 リリーシャはこの後のことを考えて真っ青になる。
 本当にマズイ事態だった。彼女の予想に違わず、ゼロはそのカプセルとスザクの交換を持ちかけた。
 応じればテロリストに屈したとしてブリタニアの権威は地に堕ちるし、応じなければ何かとんでもないことが起こる。
 つう、と冷や汗が頬を伝う中で、彼女は更なる驚愕を味わう。

『笑止。この男はクロヴィス殿下を殺めた大逆の徒。引き渡せる訳が無い』

『違うな。間違っているぞジェレミア。犯人はソイツじゃあない』

 カメラクルーが頑張ったのか急に映像が切り替わり、望遠からゼロのアップに切り替わった。
 その瞬間を待っていたかのように、ゼロの口からとんでもない一言が発せられる。

『クロヴィスを殺したのは、この私だ!!』

「な―――――」

 テレビを掴んだ姿勢のまま、リリーシャは彫刻化した。
 何てことだ、まさか皇族殺しの真犯人が自ら名乗って出るとは。
 アナウンサーもこの極度の混乱状態にありながら、しかしプロとしての矜持からこの状況を必死に分析する。
 そうだ。確かにあの仮面の人物が真犯人なら、スザクは無実だという証明になる。
 けれどそれは同時に、ジェレミアが誤認逮捕をしたという失態を浮き彫りにしてしまう。なのにこんなにも大々的な事をやってしまった。
 実際、冤罪なのだから弁明の仕様も無い。

『イレブン一匹で、尊いブリタニア人の命が大勢救えるんだ。悪くない取引だと思うがな』

「く、やはりそんな代物ですか……」

 思わず口をついたのはそんな言葉。
 リリーシャもまた知らずにゼロのペースに巻き込まれながら、考えていた。
 毒か、病原菌か。あの男は何らかの大量殺戮兵器をもって、あの場にいる聴衆全てを盾とした。
 悪くない? 冗談じゃない。不当な脅迫に屈するなど赦されない事だ。
 この取引を受ければ、ジェレミア兄さんは終わり。代理執政官としてテロリストに屈したことに責任を問われ、さらに相手が本当に約束を守るかもわからない。
 いや、守るわけがない。素顔も曝せないようなテロリストが!

『こやつは狂っている。
 殿下の御料車を偽装し、愚弄した罪。あながうがいい!!』

 だから兄としては、ゼロを殺してこの茶番自体を破壊してしまわなければ。
 リリーシャとしても、それが正しい判断だと思った。
 ひとまず事態が収束しそうな様子を見せたことで、何とか心の安定が図られつつあったが―――――


『いいのか、公表するぞ? “オレンジ”を』


 一瞬、リリーシャは唖然となる。
 画面の向こうの兄も同様だ。

「オ、オレンジ?」

 オレンジって、何ですか? この国のワカヤマやエヒメでとれる柑橘類のこと? いやいや、アレは蜜柑です。
 オレンジならカリフォルニアが……ってそうじゃない!
 混乱から立ち直りテレビを再度食い入るように見つめるが、言った本人は確信を持った様子で車を前に進める。

『私が死んだら公開される事になっている。
 そうされたくなければ……』

『何の事だ。何を言っている!?』

 全くもって同感だった。
 “オレンジ”など、公開されて困るような秘密など……まさか!
 ハッとしてリリーシャは立ち尽くす。
 この男は、もしかして、私の秘密を!?

『私たちを全力で見逃せ、そっちの男もだ!』

 近づきながら、ゼロは確信を持った声でジェレミアに告げた。
 もし仮にオレンジがあの事を指していたとしても、彼は到底受け入れる訳がないというのに。
 だが事態は、リリーシャの思ったようには進まない。

『ふん、解った。その男をくれてやれ』

「ジェレミア兄さん!!?」

 リリーシャが驚愕に眼を見開く。
 何かの間違いだと耳を澄ますが、テレビの中の兄は重ねて告げるどころか、問いただすキューエル卿を強権を発動してでも止めようとする。
 あまりの事態にリリーシャは唖然となった。
 もしあの場に居たならば、部下ではなく妹という立場から無理やりにでも兄を止めたのだろうが、現場から遠く離れた自室に居る彼女にはそれも出来ない。
 リリーシャは兄の突然の乱心にも、指を咥えてみていることしか出来ないのだ。

 沿道の人々がざわめく中、解放されたスザクはゼロの元に歩み寄る。
 何か言葉を発したようだが、枷を嵌められて声にはならない。その時不意にカメラが動き、兄の後方に控えていたヴィレッタがサザーランドを動かそうとした。
 余りに隙のなさすぎるカメラワークだが、それを考える余裕はリリーシャには無い。
 彼女はとにかく早く兄を止めてと祈るが、それよりもはやくあのカプセルが紫の煙を吹いた。
 リリーシャ同様に、あの禍々しい機械への忌避を感じていた人々から悲鳴が上がり、危険を感じた沿道の人々が一斉に避難する。
 パニック状態。その混乱に乗じて逃走を図ろうとするゼロたちを阻止しようとヴィレッタのサザーランドが動いたが、そこに思わぬ邪魔が入った。

「ジェレミア兄さん、何を!?」

 アンタ何をしてるのかわかってるのー! と柄にもなく叫びだしたい気分だった。
 リリーシャも自分のキャラを忘れるくらい混乱している。なんとジェレミアは、ヴィレッタのサザーランドを突き飛ばしたのだ。
 そうこうしている内にゼロはスザクもろとも道路から下に飛び降り、それにいち早く反応したサザーランドもやはり兄が止めたのだろう。
 一向にゼロ捕縛の一報は流れず、放送は混乱を残したまま終了する。
 後には唖然とする人々と、最後には武力でもってテロリストを逃がすという大失態を演じたジェレミアだけが残った。


「ジェレミア兄さん、どうして……」


 一切蚊帳の外に置かれながら、信じられない兄の行動の一部始終を見せ付けられ、リリーシャはただ立ち尽くすしかなかった。





 / / / / / / / / /





「それにしても、そうとう手荒な扱いを受けたようだな、枢木スザク」

 戦争によって破壊された新宿ゲットーにある劇場の中で、ゼロは救出したスザクと会話をしていた。
 初めは瓦礫の上から見下ろすようにして語りかけていたが、スザクが何度も「降りて来い。何様だ!」と喚いて話が進まないのでしぶしぶ同じ高さまで降りてきていた。
 なんだか計画が狂い始めているのを感じるゼロだった。

「まあね。あっちとしては、どうしても俺をクロヴィス殺害の犯人として処分したかったみたいだから。
 だから助かったよ、感謝する、ゼロ」

 白い拘束衣を着せられたスザクが、すい、と右手を差し出す。
 ブリタニアの支配をよしとせず地下にもぐった日本国最後の首相、枢木ゲンブの息子は、友との決意を秘めた翡翠の眼でゼロを射抜く。
 『ブリタニアをぶっ壊す』
 そう言った友の言葉も声も、口調も、一時だって忘れた事はない。
 だから――――

「気にするな。先日の借りを―――――」

 握手を求めたスザクにゼロが応じた瞬間、彼はゼロの身体を強く引いた。
 流れるような動きで背後を取る。
 もともと武術などに詳しくないゼロと、日本武道に精通したスザクの差は歴然で、彼はなすすべなく動きを拘束された。

「な、これはジュウジュツ!? お前、何を」

「えっと、コレどうやって開くんだ?」

「よ、よせスザク!」

「お、反応あり。ポチっとな」

「っ! ふざけ―――」

 日本の古典的(?)アクションでスザクはゼロの仮面を開くタッチパネルを押した。
 どうやって彼がこの絶対に知られてはならない仮面の秘密を探り当てたかと言われれば、動物的な勘としか言いようがない。
 そうこうしている内に、彼は腕の中で暴れるゼロから仮面をひょいと取り上げた。

「やっぱりルルーシュかぁ。
 声とか仕草とかからして、そうじゃないかと思ってたんだ」

「お前、気づいて……」

「当ったり前だろ? 親友じゃないか、俺たち」

 スザクはゼロの正体を確かめると、拘束を解いて仮面をルルーシュに帰した。
 ルルーシュは戸惑いながらもそれを再び身につけ、彼に向き直る。

「それにしてもかさ。その仮面、趣味悪くない?
 何それ、黒いチューリップ?」

「馬鹿もの、どう見ても黒のキングだろうが!!」

「え~~?」

 その間抜けなやり取りをレジスタンスの者たちに見られれば、築き始めた関係を崩壊……
 いやかえって人間味あふれる漫才に親近感がわくかもしれないが、ともかく。


「スザク、いったいどうやって気付いた?」

「いや、だから仕草とか声とか? 確証を持ったのは、君が俺を抱えて道路から飛んだ時だよ。
 体臭ってなかなか変わらないものだし、ルルーシュ。今、普段と同じ香水使ってないかい?」

「ぐ、犬かお前は」

 とはいえ、同じ香水をつけていた事は事実だった。
 クラブハウスを出る前に一度シャワーを浴びていたのだが、髪にでも残っていたのだろうか。
 目の前のスザク自身もいろいろ規格外なので、犬並みの嗅覚を持っていると言われても納得してしまうが、などとルルーシュは意味のない事を考えていた。
 ともかく、これからは気をつけようと心に誓う。

「犬か、は酷いな。
 何年も会ってないならともかく、春休みにあったばかりじゃないか?」

 そうなのだ。ブリタニアの皇子と日本最後の首相の息子など、戦後離れ離れになってもおかしくない。
 けれど大切な人を次々と失い、空爆で焼け野原になった枢木邸で失意のどん底にいた彼を、結局スザクは放っておけなかった。

 あの時点でスザクにも、東京にある反りの合わない親類の下に行くくらいしか選択肢が無かったのも大きい。
 なにより彼ら兄弟には、彼は己の心を救ってもらった。
 ルルーシュの妹であるナナリーをゲンブが始末しようとした時、それを察知したスザクが父のもとに向かおうとするのを止めたのが当のナナリーだった。
 彼の只ならぬ気配を感じ取った彼女は、見えぬ目で必死に縋りついて彼の足を止めさせたのだ。
 そしてその隙にこのころからその類稀な知略の片鱗を見せ始めていたルルーシュが藤堂という軍人と連絡を取り合い、とっさの機転でそれを防いだという経緯がある。

 だからスザクは、絶望の淵にあったそんな恩人を親友として支える事を決意した。
 ルルーシュと一緒に誘拐されて、死を装い共にアッシュフォードを訪れる。
 もちろんいい顔はされなかったが、同年代で頭首の孫娘であるミレイに認められた事もあって、何とか消極的に認められるに至った。
 彼のおかげで一時は深刻な人間不信に落ちついたルルーシュも徐々に落ち着きを取り戻し、彼がアッシュフォード学園の中等部に進むのを契機に彼とは別れたが、今でも交流は続いていた。

「それにしても、あのナイトメアはお前の専用機か?」

「うん? ああ、あのときのサザーランドは君だったのか。
 じゃあ、あの騒ぎも君が?」

 ナイトメア、といわれてスザクは思い至った。
 先日、なし崩し的に巻き込まれた戦闘で、ブリタニアの新型ナイトメアに追われるサザーランドを見て思わず手を貸したのだ。
 あの新型がG-1ベースの方角から急行した様子を見ていただけに、敵味方の区別は容易だった。
 結局その事がもとでブリタニアに捉えられてしまったわけだが。

「ああそうだ。ブリタニアは腐っている。
 あの日の誓いを、今こそ俺は、ブリタニアをぶっ壊す。スザク、俺の手伝いをしてくれないか?」

 全てを失ったあの日、ルルーシュは誓った。
 自分を捨てた、自分から全てを奪ったあの国をぶっ壊すと。

「その前にひとつ聞かせてくれ。
 本当に君がクロヴィスを殺したのか?」

「これは戦争だ。
 敵将を討ち取るのに、理由がいるか?」

 沈黙。
 キッパリと断言したゼロを、スザクは真っ直ぐに見つめて、ふうと息を吐いた。
 腰に手を当て、一度うつむいた顔があげられる。その顔にあるのは、晴れ晴れとした笑顔。
 彼の決意のこもった一言で、スザクはルルーシュの『兄殺し』という事実から眼をそらすことに決めた。

「いいや、要らないね。まいったな、流石はルルーシュだ。
 俺や藤堂さんにもそんな事は出来ないのに、大したものだ」

 やられたよ、といいながら清々しい顔でスザクは腰に手をやった。
 もしかしたら彼も隙あらばと狙っていたのかもしれない。

「スザク、俺と一緒に戦ってくれ」

 そういって差し出された右手を、スザクは躊躇いながらも取る事はしない。

「ゴメン、ルルーシュ。悪いけれどそれは出来ないんだ。
 俺はもう日本解放戦線の一員で、今度新たに創られるナイトメア小隊の隊長も任される事になっている。
 向こうには恩も責任もあるから、そう簡単に放り出すわけにはいかないよ」

 スザクは迷いを見せながらも、ルルーシュの誘いを断った。
 てっきりこちらに付いてくれると思っていた彼は、目論見が外れたことに唖然とする。
 同時に、彼が日本開放戦線に取り込まれた事にも驚いた。

「けど、約束するよ。
 ピンチの時は呼んでくれ。出来る限り、協力することを誓う!」

 そんなゼロを無視して、スザクは一拍置いて彼の手を握った。

「スザク……」

「所属する組織は違っても、俺たちは親友だ。日本開放の為に、共に頑張ろう!」

「ああ、よろしく頼む」

 そう言って二人は分かれた。
 ここでルルーシュが無理やりにでも彼を引き込まなかった事が、吉とでるのか凶と出るのか。それは誰にも解らない。
 ただ彼と後に彼が率いるであろう組織に、強力なパートナーが出来た事は事実だった。
 ルルーシュ・ヴィ・ヴリタニアと枢木スザク。
 ともすれば別れ、すれ違いの果てに刃を交える彼らの道は、今たしかに並んでいる。





[16004] Stage,03 『おてんば皇女』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:3b0ac260
Date: 2010/02/26 01:05

「フクシマ、コウチ、ヒロシマ。
 これで七件目ですね。あのゼロが現れてから」

「ゼロに続けって、他のグループが頑張っちゃってるみたいだねぇ」

 租界のブリタニア政庁にある特派の研究室で、ロイドとセシルが雑談していた。
 あの枢木スザク強奪事件、通称『オレンジ事件』以降、鮮烈なデビューを果たしたゼロに触発された各地の抵抗勢力が、自分達の組織の力を誇示すべく活動を活発化させている。
 彼が救い出したのが、いまだに抵抗を続ける日本最後の首相の息子というのがまた問題だった。
 これで彼は、人種も思想も国籍も、そもそも性別すら定かではないのに、たったひとつの行動でイレブンに自分たちの側に立つ人間だと認識させてしまった。
 事件の顛末が表だってニュースとして流される事はないが、インターネットの普及した世の中ではもはや情報を規制することは不可能だ。

「ジェレミア代理執政官は、例のオレンジ疑惑で統率力を失っているし……」

「器じゃなかったんだよ。
 お陰で警察や行政との連携もボロボロ。コッチもいい迷惑だ。
 ボクとしては、彼じゃなくてリリーシャ君のほうがよかったねぇ」

「え? それ、どういう意味ですか?」

 言葉尻に付け足された言葉に、セシルが首を捻る。
 ロイドが意味不明な事を言うのはいつもの事だが、この男はいい加減なことは言わない男だ。
 ましてロイドの地位は伯爵で、しかも第二王子シュナイゼル直属の部下。
 色々とブリタニア内情を知っていてもおかしくはない。

「それで、そのリリーシャちゃんは?
 引き継ぎも終わって、今日からはこっちで仕事のはずだよねぇ?」

「はぁ……それはそうなんですけど。あの子、やっぱり凄いショックを受けてるみたいで。
 見るからに具合が悪そうだったので、今日はお休みしてもらいました」

 感情が抜け落ちたような顔で出勤してきたリリーシャに、セシルは居たたまれなくなって帰るように促した。
 たぶん引継ぎの最中にでもさんざん嫌味を言われたのだろう。
 天才パイロットという7文字は、羨望の的であると同時に嫉妬の対象にもなりうる。
 これまでは純血派を纏めるジェレミアという後ろ盾があり、いずれは軍の中枢へと食い込むだけの資質を持っていたからこそ陰口だけで済んでいたが、その彼の失脚により、同僚や上司の悪意が表面化した形になる。
 特に、軍内の女性士官のそれは最悪だ。セシルも何度か偶然耳にした事があるが、16歳の少女によくそこまでと言えると呆れて怒りまで込み上げてきた。
 彼女たちは一様に上昇志向が強いこともそれに拍車をかけている。
 おかげで普段から明るい中にどこか影にある子だったが、今朝はその影が全面に出てきていた。

「ふ~ん、けどいいのかなぁ。
 まぁいいか。セシル君。
 いつ彼女から連絡があってもいいように、ランスロットだけは直ぐに出せるようにしておいてくれる?」

「は? 何故でしょうか?」

 いつもの事ながら、このロイドは過程をすっ飛ばして結論をしゃべる。
 確かに整備は終わっているが、何故非番のパイロットの為に緊急発進の用意をする必要があるのだろうとセシルは首をかしげた。

「実はねぇ~。今度、新しくコーネリア皇女殿下が総督として赴任してこられるでしょお?
 その前に、ジェレミア卿を粛清しようという動きが純血派の中にあるんだ」

「な、ロイドさんそれは!」

「うん。まだ疑惑の段階なんだけどね。
 もしかしたら、って事も、あるかも知れないからさぁ」

「解りました。準備しておきます」

 ロイドの口から聞かされた可能性に、セシルは驚く。
 だがそれなら納得だ。
 それが起これば、間違いなくリリーシャは兄を救出する為に動くだろう。
 念のためにその事を彼女に伝えておこうと、セシルは携帯電話を取り出した。







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,03『おてんば皇女』








 空は青く晴れ渡り、真白い雲が渡っている。
 整えられた街並みと木々の緑。
 天高くから降り注ぎ、またはビルの透明なガラス反射した光に照らされる、明るさに満ちた開放的で近代的な街。
 それが今のエリア11、トウキョウ租界の情景だった。

「はぁ……」

 しかし、そんな春の明るさとは裏腹に、リリーシャの心には分厚くどす黒い雲で覆われていた。
 憂鬱だった。出口が見えないのだ。ちょっとでも気を抜けば大雨になりそうで、それをぐっと堪えている。
 兄の大失態を止められなかった自責の念と、これからどうなるのかという将来への不安がリリーシャの心を押しつぶしそうになっていた。

「はぁ……」

「リリ、駄目。
 ため息をつくと幸せが逃げる」

 ここ数日間。職場に満ちるのは何事か囁く声と、不躾な視線。普段なら気にも留めないそれらも、過敏になった精神と昔の経験からよく音を拾う耳は逃しはしない。
 お陰でどんどん鬱になる。
 引継ぎなどで仕事に顔は出しつつも、リリーシャは定時で逃げるように部屋に帰っていた。帰ったあとは部屋から一切出ず、食事もロクにとらない様な有様だ。
 そんな彼女を見かねて、リリーシャの親友が強引に彼女を街に連れ出したのだ。

 ちなみに服装はもちろん私服。活発な、少なくともそうあろうとする彼女は、少女らしさよりもむしろ動きやすい服装を好む。
 今日の彼女は、淡い緑のパーカーに白いプリントシャツとジーンズというボーイッシュな出で立ちだった。胸元で、ピンクのハート型ロケットが揺れている。

「あ、うん。でも……」

「でも、じゃない。
 部屋に居たらどんどん気持ちが暗くなるだけ。
 だからリリ、笑って?」

 ぎゅっと手を握って、少女はリリーシャの眼をじっと見つめる。
 彼女は出発から全く彼女の手を離さなかった。逃がすつもりはない、という意思表示だろうか。
 髪の色と合せたピンクと白のワンピースが眩しい。丈の短いスカートから延びる少女の細い脚には、淡紅色と白のストライプ模様のタイツを穿いていた。

「行こう。政庁の近くに美味しいアイスクリーム屋さんがある」

「わっ、ちょっと、アーニャ!」

 言うが早いか、彼女はリリーシャの手を握ったまま駆け出す。
 走る弾みで、後頭部でふたふさに分けてアップにされた桃色の髪が揺れた。

 アーニャ・アールストレイム卿。
 小さく華奢な少女だが、彼女はこれでも史上最年少のナイトメアパイロットとして有名だった。
 名門貴族に生まれた彼女は、行儀見習いで訪れたアリエス宮でマリアンヌ王妃と出会い、彼女への憧れから両親の反対を押し切ってブリタニアの士官学校に進学する。
 そしてメキメキと頭角を現し、それまでリリーシャの持っていた最年少記録を更新したもうひとりの天才である。
 リリーシャとはその記録更新が元で知り合い、同じような境遇からすぐに意気投合。
 彼女と同じくその天才的な操縦技術を評価され、未だ士官学校に通う年齢にも関わらず、飛び級のような形でこのエリア11に赴いていた。
 大人ばかりのエリア11駐屯部隊の中で、ふたりは互いに心許せる数少ない友人だった。
 あまり感情を表情に出さない彼女だが、今の彼女からは必死に親友を励まそうとする気持ちが伝わってくる。


「どいてくださ~い! 危な~~~い!!」

「わっ」

「えっ? ほわぁ!?」


 その時、不意に、リリーシャの頭上からトラブルが落ちてきた。









「う、大丈夫?」

「いっ、たたたた……。すいません」

「そうじゃなくて、下」

「え? わっ、だ、大丈夫ですか!!?」

「きゅう……」

 道路側にいたアーニャは咄嗟に身を引いて無事だったが、ちょうど真下にいたリリーシャが直撃を受けてしまった。
 俯いて下を向いていたから、反応が遅れてしまうのも当たり前。それでも彼女は持ち前の反射神経で受け止めようとしたのだ。
 そして結果的に自分がクッションになったことで相手は無事だった。リリーシャ自身は気絶してしまったけれど。
 一方のアーニャは直撃よりも僅かに早く彼女の存在には気づいていたのだが、運悪く手は繋がれたままだったので、アーニャ自身もアスファルトに引き倒されたような格好になる。
 転んだ拍子に打った膝をさすりながら、彼女はぐいっと落ちてきた少女をどかしてリリーシャの顔を覗き見た。

「う~~」

 確認。外傷も特にないようだし、無事でほっとしたとアーニャは胸をなでおろす。

「リリのあんなすっとんきょうな声、初めて聞いた」

「あの、本当にごめんなさい。
 まさか下に人がいるとは思わなくて」

 とりあえず気絶したリリーシャを近くの木陰に運び込んで、アーニャはその赤みの強い眼でじっと落ちて来た少女を見つめた。
 簡素ながら上質な真っ白いブラウスにベージュのロングスカートを穿いている。
 自分とは少し違う桃色の、ゆるくウェーブした長い髪。淡い赤紫の瞳と、年齢も一致。たぶん間違いない。

「今度からは思って。危ないから。……次やったら、怒る」

 けど関係あるものか。リリーシャを傷付けるなら、許さない。
 もともと感情の起伏に乏しいアーニャだが、自身が興味のあるもの、大切に思っている人に対する思い入れは人一倍強い。
 少女もそんなアーニャの無表情の奥にある怒気を感じたのか、もう一度頭を下げた。
 その時、少女の膝で眠っていたリリーシャが眼を覚ます。

「ユフィ……」

 ぼんやりと網膜に映った長いピンクの髪となつかしい香りに、普段なら絶対に言わない言葉が口をつく。
 その単語にハッとした表情で、少女は思わずリリーシャの口に手を当てた。

「気がつきましたか?」

「ふぁあ! え、あれ、なに、どうしたんですか!?」

「リリの上に人が降ってきたの。憶えてない?」

 素早い行動と話題そらしで事なきを得たと少女はほっとする。実はあまり意味がなかったりするが。
 一方のリリーシャはアーニャそうに言われ、ぼんやりとした頭を元気にしながら気絶する前にあったことを思いだす。
 あ~、そういえば上から声がして……

「ほんっ~とうにゴメンなさい。
 お怪我はありませんでしたか??」

「えっと、あ、はい。大丈夫です」

 そんなリリーシャの後ろに目尻に涙を浮べながら必死に謝っている少女がいた。
 彼女に見覚えがあったリリーシャは思わず息を飲み、彼女こそ怪我がなくてよかったと思い直す。

「失礼しました。ユーフェミア皇女……」

 乱れた髪を直し、眼鏡をかけ直したリリーシャがそこまで言ったところで、少女に再び口を塞がれた。

「駄目ですよ。
 ここではユフィです。そう呼んで下さい」

 どうやら自分の事を知っているらしいリリーシャの口をにっこりとした笑顔で塞ぎ、ユーフェミアはちらりとアーニャの方を見る。
 けれど後宮に娘を行儀見習いとして送れる程の名家の一員であるアーニャは、ちゃんとユーフェミアの事を知っているのだからあまり意味の無いことだった。
 彼女はユーフェミアの気持ちを汲んで、気付かないふりをすることに決めたらしい。

「えっと、じゃあ、ユフィさん?」

「はい!」

 アーニャの方針を悟ったリリーシャも言われたとおりの略称でユーフェミアに呼びかけると、花が咲いたような笑顔で手を握られた。
 親族ならともかくブリタニア人が、それも皇族に仕えるべき軍人が皇女を略称でよぶなど不敬罪ものだ。勘弁して欲しい。
 こんな街中でなければ、気持ちだけ受け取っておきますと言って固辞する場面だろう。

「あの、実は私、悪い人たちに追われてるんです。
 だから助けて頂けませんか?」

 そう言ってふんわりとした笑顔で見つめてくるユーフェミア。
 ふと見上げた先に在ったのは、政庁に隣接する建物――――の開いた窓と窓から延びるカーテンを繋いだロープ。
 リリーシャの額と背中を生温かい汗が伝う。
 間違いない。逃げてきたのですね、皇女様。

 彼女の身分を知っているリリーシャとしては、「それ、もしかしなくても護衛の方々ですよね!?」とツッコミたい気持ちで一杯になったがグッと我慢する。
 はい、とも、いいえ、とも言えずに助けを求めてアーニャの方を見ると、彼女はユーフェミアの視界の外で携帯を打っていた。
 程なくして鳴ったメール着信音で携帯を見ると、そこには連絡はしましたの文字。
 ユーフェミアの気持ちを汲んで、お忍びでSPをつけてくれるという旨が記されていた。

『アーニャ~、余計なことを~~』

 とは、リリーシャの心の声。
 ユーフェミアのエスコート役を押し付けられたことに涙目になりそうな彼女だったが、こうなっては仕方がない。
 どうやら今日はアーニャと共に、この破天荒な皇女さまの休日に付き合う義務があるようだ。
 気絶している間に入っていたセシルさんからの着信履歴も気になったが、まさか皇女殿下の前で電話をかけるわけにもいかないので後回しにしよう。
 軍からのスクランブルなら、携帯電話ではなく専用の端末が鳴るはずだし。

「そろそろ行こう。リリ、ユフィ。
 アイスクリーム屋さんが移動しちゃう」

 アーニャが座ったまま会話をしていたリリーシャとユーフェミアを引き起こす。
 視界の端でイヤホンとピンマイクを着けた黒髪の女性の申し訳なさそうな顔を見つつ、リリーシャも二人に付いて歩き出した。







「おいしい。エリア11の人って器用なんですね」

 政庁近くの公園にある屋台でアイスクリームを買い、歩きながら食べる。
 移動型の店舗で商売をしているのは名誉ブリタニア人―――――市民権を認めれらた旧日本人だった。
 露天とは思えないくらい丁寧に作られたそれは、租界のブリタニア人を唸らせるに十分な味に仕上がっている。値段も安い。

「よくこの国の名誉ブリタニア人の方々を見下す人がいますけれど、それは間違いだと思います。
 私もまだ数ヶ月しかこのエリアにいませんけど、みんな真面目だし手先も器用なんですよ」

 イチゴ味のアイスを食べながら、アーニャもそれに頷いた。
 スイーツならば、大味なブリタニア人の作ったものよりも路上で店を出しているイレブンの物の方が美味しいことが多い。
 もちろん、本国出身の一流パティシエのものならまた別だけれど。
 なんといったかな? ひと手間かける美味しさ? ともかくそんなもの。
 このエリアの人はものづくりに真剣で繊細なのだ。

「ユフィが望むなら、他にもいい店を知ってる。今度行こう」

「はい、是非!」

 ユーフェミアは弾けるような笑顔でアーニャの提案に応えた。普段は無表情なアーニャも、この時ばかりは表情を崩す。
 そんな歳相応の柔らかい会話を楽しみながらも、さり気なくユーフェミアを真ん中にして案内役のアーニャは一歩前、リリーシャは一歩後ろを歩き、警戒しながら進む。
 二人とも要人警護の経験などないが、士官学校で基礎くらいは教わっていた。
 あとは物陰にひそんでいるだろうSP達が何とかしてくれるだろう。

「それにしても、こうしているとブリタニアにいるのと変わりませんね」

 周りを見回し、素直な意見をユーフェミア口にする。

「それは当然。この街は本国をモデルに造られた」

 少なくともここだけは、と付け加えようとする衝動を、リリーシャは呑み込んだ。
 相変わらず、旧首都圏を含む旧日本の国土は荒廃したままだ。
 イレブン側の抵抗活動が激しいというのも原因なのだろうが、シンジュクなどのビル群はいまだに瓦礫の山で、『ゲットー』というスラムを形成している。
 そこに、かつで世界有数の経済大国だった頃の面影はない。

「本国の企業もたくさんこの街に支店を置いているんです。
 ユフィはエリア11は始めてですか?」

「はい。先週までは学生でしたから。
 今日が最後の休日で、だから見ておきたかったんです。エリア11を。
 どんなところなのかなぁって」

 そう言って、彼女は少しだけ寂しげにまつ毛を揺らす。

「先週までって……まさか、コー――――ん、今度来られる新しい総督とこのエリアに?」

「はい。これからはお姉様の下で働くことになりました。
 リリーシャさんやアーニャさんも軍におられるんですか?」

 お姉様というのは、コーネリア第二皇女の事だろう。
 コーネリア・リ・ブリタニア。先日もエリア18の設立に貢献したと聞く。
 彼女たちにも次の総督が彼女であるとは聞いていたが、まさかユーフェミアまでこのエリアに来る事になるとは。
 流石にそこまで聞いていなかった二人は驚いた。

「はい。私もアーニャも軍に身を置いています。
 これでも二人ともナイトメアに乗っているんですよ」

「まぁ、そうなんですか!?
 ――――ああ、思い出しました。お名前を伺った時から何か引っかかっていたんです。
 アーニャ・アールストレイムさんといえば、確か現在最年少のナイトメアパイロットですよね?
 そしてその前の最年少ナイトメアパイロットが、リリーシャ・ゴッドバルトさん」

「はい。ご存知頂いて光栄です」

 二人とも若くして力を認められ、パイロットに抜擢されたことを誇りに思っている。
 それを未来の上官、それも皇女殿下に褒められれば嬉しくないはずがない。

「ですが、学校などには?」

「私はこれでも16歳なので、士官学校は卒業しました。今は任務の合間に、基地内の教育機関に通っています」

「私はまだ中等教育が終わってないから、任務以外は学校」

 二人とも、エリア11のトウキョウ租界にある軍の教育機関の生徒である。
 実力主義のブリタニア軍内においては、就学年齢でありながら実務に従事している者は少ないながら存在する。
 流石にアーニャのような15歳未満は例外的ではあるけれど。ちなみに彼女には実家から家庭教師も同行しているようだ。

「そうでしたか。じゃあ私も時々お世話になりますね」

「ええ、歓迎します」

 内心、マズいんじゃないでしょうか? と思うリリーシャだが、善意100%な皇女さまの提案を無碍には出来ない。
 まあ彼女が来たら同級生の男子たちが俄然張り切りそうだからまぁいいかとスルーする事にした。
 その際の教師陣と教育係の心労は考えない。心の平穏の為に。今度差し入れに何か持っていこう。クッキーと胃薬がいいだろうか?

「そんなお二方が傍にいれば安心ですね。
 私、もっと色々なものを見てみたいんです。付き合っていただけませんか?」

「はい。喜んでお供します」

「行こう、ユフィ」

 アーニャに連れられてやってきたのはゲームセンターだった。
 リリーシャもよくアーニャと来る休日の定番コースにある店である。

「観てて」

 店に入るなり、財布からコイン二枚取り出して筐体に入れる。
 拳銃型のコントローラで操作するシューティングゲーム。アーニャが最も得意なタイプのゲームだった。

「すごい。全然外しませんね」

 禁断の二丁拳銃スタイル。ルール的な意味ではなく、金銭的な意味で。
 アーニャは両手にそれぞれ銃を構えるなり、画面上で次々と出てくる標的を撃ち抜いていく。
 感の眼、つまり此処の標的ではなくディスプレイ全体を俯瞰して動きの中で標的を設定し打ち抜く様は、彼女の無表情と相まって薄ら寒い。
 密かにこのゲームセンターの常連の中で『ガンスリンガー・ガール』というあだ名を貰っているのは内緒である。本人も知らない。
 結局ハイスコアでゲームを終えた彼女には、いつの間にか出来たギャラリーから惜しみない拍手が降り注いだ。

「ん……」

「やりすぎ、アーニャ」

 少し顔を赤らめる彼女を引っ張って、リリーシャは強引に人ごみから彼女を連れ出した。
 その後ろでは彼女の記録を破ってやると筐体に人が群がっている。

「リリーシャは何かやらないんですか?」

「え。私ですか? えっと、一応格闘ゲームた得意ですが、あまり見ても面白いものではないですよ?
 それよりユフィ、これをやって見ませんか? 私のお勧めです」

 リリーシャが指差したのは、最近流行のペンタブを使った頭脳系のゲームだった。
 これなら、普段ゲームに触れない人でも十分に楽しめる。

「わぁ、面白そうですね。あら?」

 ふと、大きな音がしてユーフェミアは顔を上げた。
 様々な筐体から出る音で賑やかな店内で、ひときわ大きな打撃音と歓声。
 どうやら誰かがパンチングマシーンでハイスコアを叩き出したらしい。
 見れば、どこかの学校の制服を身につけた赤い髪の女の人が拳を振るっている。

「はぁ、女性なのに凄いですね」

「カレンはここでは有名だから。たぶん影で鍛えてる。リリ?」

「え? 私!?」

 いつものように猫をダース単位で被り直した赤い髪の少女が去った後、唖然としているユーフェミアを尻目にアーニャはリリーシャに話を振った。

「私はさっき見せた。
 今日はリリは何もやってない」

「いや、でも絶対――――」
「まぁ、是非お願いします!」
「――――はい……」

 断ろうとして、満面の笑みの皇女殿下に押し切られました、マル
 ともあれ、リリーシャも女性とはいえ軍人。
 標準女性から比べればそれなり以上に鍛えているし、筋力トレーニングなどはナイトメアの操縦には欠かせない。
 ただでさえ人より余計に動き回るのだ。身体にかかるGも半端ではない。

「ふぅ……」

 観念したリリーシャはパーカーを脱ぐと、コインをいれてパンチングマシーンの前に立った。
 赤髪の少女の次は三つ編み眼鏡っ娘の登場に、周囲が斜め上方向にいっそう盛り上がる。
 それらへの対応とか文句とかを一切合財をまとめて放り投げて、彼女は両腕を曲げて構えた。

「やっ!」

 蹴り足と共に軽く踏み込み、同時に左手を内側に締めながら右拳を突き出す。
 腰の回転を重視した、惚れ惚れするような右ストレート。
 破壊力はそれほどでもないが、基本に忠実でこれ以上なく正確に打ち込まれた拳は無類の貫通力を発揮し、ミットの中心を真っ直ぐ打ち抜いた。
 パァン、という乾いた音。
 ほどなくしてファンファーレと共にスコアとランキングは発表される。
 ダインキングは、女性・本日5位。歴代ランクは無しだった。

「まあまあ?」

「ううん、上出来。一応自己ベストまであと2kgだから」

「それでも凄いことです。
 5位って出てますけど、この記録は残るんですか?」

 平淡な顔で預けていた荷物を渡してくれるアーニャの隣で、ユーフェミアが無邪気にはしゃいでいる。
 無理もないのかもしれない。
 彼女のような地位の人間なら、パンチングマシーンはおろかゲームセンターも初めてだろう。

「ん~、たぶん無理じゃないでしょうか。
 歴代記録はずっと上ですし、こういう所は夜が本番なので」

 渡された上着を着なおしながら、ユーフェミアの質問に答える。
 ちなみに本日の女性の歴代ランキング1位は『KAREN』。歴代トップは『MARIA』だった。一方男性の総合一位は……

「あ、総合一位が変ってる」

 この間までは確か『HARRY』というブリタニア軍人が持っていたハズだが、彼は二位に落ちて、その上に『SUZAKU』という名前が上がっている。
 しかも結構ぶっちぎりだった。

「その人なら知ってる。
 カラテの右ストレートで記録を出してたって」

 リリーシャはくらりと来るのを必死に抑えた。ぐりぐりと眉間を親指で揉み解す。
 何をやってるんだろう、あの人は。
 もしかしなくても『SUZAKU』は彼だろう。テロリストがこんな所でそんな事をしていてでいいのだろうか?

「あら? 『SUZAKU』ってあの―――――」

 横から覗き込んだユーフェミアが何かに気付きそうだったので、あわてて名前の入力画面を開く。
 あまり時間も無いことだし、リリーシャは少し悩んだか結局いつもの名前を打ち込んだ。

「『NUNNA(ナナ)』ですか?
 確かにLILECIA(リリーシャ)では入りきらないようですが、それなら『LILY』でいいのでは?」

「『NUNNA』はリリのあだ名。
 私たちは一応軍属だから、こういう所で本名は使わないほうがいいって。私もそうしてる。
 ハリー中尉は堂々と使ってるみたいだけど」

「まぁ、そうでしたか」

 手をポンと合わせて納得したという表情のユーフェミアに、リリーシャはあいまいな笑顔を返す。
 彼女の気を逸らそうとあわてて慌てて打ち込んだが、ちょっと軽率だったかもしれない。

「じゃあ、次に行こう。ユフィ。
 今日しかないんでしょ?」

 そこへすかさずアーニャが声をかけ、ゲームセンターからユーフェミアを連れ出した。
 一声かけて周りに潜むSPに知らせるあたりはそつがない。
 いつもより退参が速めなのは、平日で人が少ないとはいえ流石にこの場所はマズイと気づいたのだろう。
 もっと早めに気付いてほしかった、とはリリーシャとSP共通の心の声である。



『 RRR―――――♪ 』



 ゲームセンターを出た後、適当な通りでウィンドウショッピングをした後、近くのファストフード店で休憩をしていた。
 普段は決して体験できないオープンカフェスタイルに、ユーフェミアは嬉しそうにホットコーヒーを飲んでいる。
 邪念のかけらもないないその様子を見ていると、こちらまで幸せな気分になってしまうのはなぜだろうか。
 リリーシャの携帯が鳴ったのは、そんな時だった。

「はい。どうしましたヴィレッタさん?」

 電話の相手は純血派のヴィレッタ・ヌゥだった。
 兄に紹介されて何度か会ったことがあるが、それだけの仲のはずだ。
 まあ、その、兄とは個人的な親交があるようだけれども……

『緊急事態だ。単刀直入に言う。
 君の兄上、ジェレミア卿のお命が狙われている!』




[16004] Stage,04 『粛清』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:82a3a2ca
Date: 2010/02/09 00:59

「ああ、わかった。私も向かう。
 いい妹を持たれて幸せだな。ジェレミア卿は」

 眼の前の壁に設置されたディスプレイ以外にまともな光源のない薄暗い部屋に、携帯を閉じる音が反響した。
 指令室で純血派の情報官ふたりにサーベルを突き付けたまま、ヴィレッタは携帯電話をしまい込むと、途端に、その表情が厳しくなる。
 氷でも押し当てられたかのような殺気に、情報官はゾクリと背中を震わせた。

「ヴィレッタ卿……」

「貴様らはここで大人しくしていろ。これ以上勝手は許さん」

 そう言い放つと手近なもので情報官を拘束し、指令室を出た。
 騎士候であるヴィレッタにとって、純血派は立身出世のための踏み台にすぎないが、だからこそ内ゲバなどでその権威を失墜させる事などあってはならない。
 折角ジェレミア卿の信頼を勝ち得たというのに、それを無駄にされてしまった事への怒りはあるが、この道が一筋縄ではいかない事は承知している。

「全く、馬鹿な事を」

 純血派の事を優先するなら、それこそジェレミア卿を殺してはお終いだ。
 粛清などしては、今度は純血派全体として何か後ろ暗い事でもあるのかと疑われる可能性がある。
 こちらにそんな物はないのだから、たとえ困難でもジェレミア卿と純血派関係ないと結論付けた上で処分を上層部に求めなければならない。
 だというのに、さらなる失態を重ねてどうするというのか!

「ゼロが現れたという報告を受けたので、私もジェレミア卿の援護に向かう。
 私のサザーランドの出撃準備、大至急だ!!」







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,04『粛清』









「ユーフェミア皇女殿下。
 申し訳ありません。緊急事態ですので、ここで失礼させて頂きます。
 アーニャ、あとはお願い」

 ヴィレッタから事情を聞き、リリーシャは有無を言わさぬ口調でユーフェミアに暇を告げる。
 ユーフェミアは電話を切ってこちらを向いた彼女の変わりように驚き声もだせない。
 突然の言葉に唖然とする彼女の隣で、彼女の身に何かただならぬ事が起こったことを察したアーニャが頷いた。

「わかった、任せて。
 ユフィ、リリーシャはこれから仕事。だから私だけで我慢して」

 そう言われては、お願いしたのはこちらなのだからとユーフェミアは顔を綻ばせてそれを承諾した。
 突飛な発言で周囲を困らせるのが得意な彼女だが、それくらいの分別はある。
 何か、よくない事が起こった。いや、起ころうとしているのだろう。

「わかりました。
 では今日はありがとうございました、リリーシャさん。とても楽しかったです」

 食べかけのポテトを残したまま椅子から立ち上がり、礼をする。
 心臓を蹴っ飛ばす焦りを貴族、ゴットバルト家のリリーシャの名で黙らせ、皇女への礼儀を通す。
 ユーフェミアに恐縮しつ、自分の非礼を詫びて席を立ったリリーシャは、すぐに近くの物陰に駆け込んだ。
 同時に握りしめていた携帯電話を開き、着信履歴から即座にセシルの番号を呼び出す。
 迂闊だった、今朝の電話はこの事だったのだと知るが後の祭り。ともかく今は、一刻も早く純血派の暴挙を止めなければ。
 これ以上、家族を失うのは耐えられない。

「セシルさん、リリーシャです!
 今すぐランスロットをお貸りしたいのですが、出来ますか!?」

『えっ!?
 ちょっと、リリーシャちゃん。落ち着いて!』


 とはいえ、既に事情はこっちでも把握している。朝聞いた時も驚いたが、まさかそれが現実のものになってしまうとは。
 流石にどこで行われているかまでは解らないが、ロイドの油断ならない情報網で、特派も今日明日には事が起こるだろう事まではつきとめていた。
 電話ごしでもリリーシャが焦りに焦っているのが分かったセシルは、まず彼女を落ち着かせようと流れを切りにかかった。

「答えてください! ランスロットが必要なんです!!」

 そんなセシルの気遣いを一言でぶった切る。
 時間が惜しい。否と言われれば、単身でもたどり着く。
 速やかに脳内にかつての愛機であるサザーランドがある場所を描き、その強奪方法をシュミレートする。
 まずはキーを、いやパスコードが先か。ならエリンスに駆け会えば。くそう、アイツこの間チュウブに転属になったんだっけ。
 なら贅沢は言わない。グラスゴーなら、もっと簡単に―――――

『お~め~で~と~。
 もう準備出来てるよ。僕らも近くにいるから』

 しかし、突然の、理由も状況説明もすっ飛ばした用件だけの嘆願に帰ってきたのは、そんな素っ頓狂な声だった。
 彼の性格を知っているから、この声音は別にふざけてやっているのではないと知ってはいるが、それでも今回ばかりは怒りが突き抜けた!!

「ふざけるな!!」

『ロイドさん!』

『無駄だってセシル君。
 リリーシャちゃんも、大好きなお兄さんのピンチなんだから、冷静になんかなれないでしょお?』

 最も、まだまだ子供な彼女の激情など、魑魅魍魎が蠢くブリタニアで好きな事を押し通す彼に通じる訳がない。
 彼女の大声をするっとスルーして、ロイドは諌めようとするセシルを一言で黙らせ、話の矛先をリリーシャへと戻す。
 いや、うん。別に兄さんに特別な感情がある訳ではないのだけれど。兄さんにはヴィレッタさんが居るし。
 一方、兄への好意に言及されたリリーシャは、んな感じで程よく混乱し、勢いを殺がれた所へすかさずロイドが声を割り込ませる。

『じゃあすぐに行くから、そこから動かないでね』

「――――っ!?
 いいんですか、ロイドさん!」

『いいのいいの。他ならぬ君の頼みだもの。
 それに君は優秀なデヴァイサーだからさぁ。今回もいいデータを期待してるよ』

 言うが早いか、特派のトレーラーが目の前の道路の対向車線を横切った。
 近くの交差点で地面にタイヤマークを刻みながらUターンをし、目の前に止まる。
 駆けだした勢いのまま、リリーシャがそれに飛び込むと、トレーラーはランスロットが出撃できる広い場所まで全速力でアクセルを吹かした。





 / / / / / / / / /





「キューエル、話せばわかる!!」

『裏切り者の言葉など、聞く耳もたん!』

 ゲットーにある球技場跡地で、ジェレミアのサザーランドは4騎のサザーランドに囲まれていた。
 それらを率いるのは彼と同じ純血派のキューエル・ソレイシィ。
 彼は『不穏分子の粛清』という大義名分を掲げ、実際には疑わしき者は罰せよという理念でジェレミアを亡き者にしようと動いている。
 あるいは今回の件はジェレミアの独断での行動であり、彼の口を塞ぐことで純血派への批判を躱そうとしているのかもしれない。

「くそぅ、四人がかりとは……」

 彼らの気持ちも解る。
 自分が取り返しのつかない事をしたことは理解しているが、その動機が理解できない。覚えていない。
 何故自分があんな事をしたのか、後で話を聞き吐き気を覚えた。
 誰よりも忠義篤くと誓った己が皇族殺しを見逃し、あまつさえ同僚に不当に銃を向けたのだ。
 その想いが、負い目が彼の動きを鈍らせる。
 キューエルの言い分は一方的なものだが、ジェレミアはそう言われるだけの行動を実際にしてしまっているだけにどうしようもない。
 自分もなぜこんな事をしたのかと、記録映像を見ながら自問自答すのだが、いかんせんその時の記憶が無いのだ。
 リリーシャからの度重なる詰問にも答える言葉を持たず、自然と彼女を遠ざけてしまっている。

「だが死ねぬ。諦めぬ。キューエル、私の話を――――

 4人がかりで一人を追い詰める。むろん卑怯な行為だ。だがこれは大義に基づく行為だと己を鼓舞し、キューエルが突っかけた。
 己をごまかせず迷うジェレミアと、欺瞞ながら己を貫けるキューエル達ならば、軍配はキューエル達に上がった。
 正面から突っ込んできたキューエルのランスにジェレミアはバランスを崩し、アサルトライフルを取り落とす。
 キューエルはすかさず穂先を突きこんで爆散させ、さらに逆手で跳ね上げて脇腹を抉る。

「黙れと言っている、オレンジ!!」

「くっ、卑怯者!!」

 槍を振り上げ、さらなる加撃、いや止めを試みたキューエルのランスを、ジェレミア膝立ちのままスタントンファの付け根で受け止めるという曲芸をやってのけた。
 卓越した操縦で完璧な拮抗を作り出したことで、ランスとの接触点から稲妻状の電流が迸る。
 ジェレミアとて、歴戦の勇。その弛まぬ努力で磨き上げられたナイトメア操縦技術は、純血派でも群を抜いている。
 しかし1対4では、流石に分が悪すぎた。

「ぐっ……」

 ガンガン、と断続的にコックピットに響く衝撃。
 最も遠い位置にいたサザーランドがアサルトライフルを発射し、動けないジェレミアを嬲った。
 幸い、遠すぎるせいで左腕だけで急所はカバーできたが、それで完全に動きを封じられた。

『案ずるなジェレミア。
 戦死扱いにしてやる。家の名に傷はつかん』

 仲間の援護を期にキューエルはそう言い捨て、押し切るのは無理と判断したのか後退した。
 それに入れ替わるように別の機体がジェレミアにせまり、膝をついていた右足をランスで貫く。
 ランドスピナーごと脚部を破壊され、これで立つことすらままならなくなった。着々と己の分身の身体を削られ、ジェレミアの額に恐怖が伝う。

「っぅ! 本気か、本気なのか。本気でこの私を――――――キューエル!!」

 脚部をやられたことでバランスを崩しながら、ジェレミアは左手のスタントンファを展開して背後のサザーランドを追い払った。
 このままでは、このままでは忠義を果たせなくなる。
 マリアンヌ様を喪い、クロヴィス殿下を護れず、そしてあの御方も。私は、また……
『黙れオレンジ!
 我らは何の為に存在している。皇室の為であろう!!』

「ふざけるなぁ!!」

 一方的な断罪に怨嗟が口から零れる。
 憎悪で奥歯を噛みしめ、眼を見開いてディスプレイの向こう殺意を飛ばす。
 貴様に、何が解る!
 あの行動は、たとえ自覚が無くとも己がしでかした失態。それは認めよう。私は、コーネリア総督が着任され次第、獄を抱く事になるだろう。
 しかし、貴様らは何だ。
 皇族方の為と言いながら、その実、忠義を免罪符として自分にとって邪魔なものを排除しようとしているだけではないか!
 それの何処が、忠節か!



『オール ハイル ブリタァァァニアーーーーーッッ!!』



 ブリタニアへの忠誠を誓う言葉を紛い者達が叫びながら、四方向から突撃をしてくる。
 ランスを構えたサザーランドの十字突撃。
 よく訓練された、乱れもない槍撃だが、ジェレミアにとってもそれはよく馴染んだ陣形だったために、右のサザーランドがわずかに遅い事に気づいた。
 すかざず片足だけになったランドスピナーを操作して反転しながら左斜め前に飛び込み、同時にスラッシュハーケンを左から来たサザーランドの足元に打ち込む。
 さらに遅れたサザーランドの一撃を左腕一本を犠牲にして躱した。

「よし、これで!」

 だが、そこまでだった。
 陣形が崩された事を悟った瞬間に動いたキューエルがランスを突き出し、ランドスピナーを全開にして突っ込んで来る。
 スラッシュハーケンを巧みに使い、行動を縫いとめられた。どこに動こうとも、貫かれる。これは、躱せない。

「くぅぅ。マリアンヌ様、ナナリー様、申し訳ありませ―――――」

 観念し、己の敬愛するマリアンヌ王妃に、そしてナナリー皇女に護れず逝くことへの非礼を詫びた。
 しかしその刹那、目の前に朱塗りのスラッシュハーケンが着弾する。
 ハーケンはキューエルの足下を深々とえぐり、不意の一撃で純血派たちの動きを止めた。

『キューエル卿!
 ジェレミア兄さんを粛清しようとするとは、どういうつもりですか!!』





 / / / / / / / / /





「キューエル卿!
 ジェレミア兄さんを粛清しようとするとは、どういうつもりですか!!」

 強烈な怒気をはらんだ声が球場跡に木霊する。
 激怒で心を満たしながらも、何とか間に合ったことに安堵した彼女は、声とともにスラッシュハーケンを撃ち、同時に飛ぶ。
 観客席の最上段からの滑降を行い、老朽化し色あせた緑のシートを、ランスロットの脚が粉々に吹き飛ばす。
 そして地面に着くや、ランドスピナーをフルスロットルで廻し、土埃を盛大に巻き上げた。
 それが収まった時、リリーシャのランスロットはジェレミアとキューエルの間に間に割り込んでいる。

「キューエル卿、説明してもらえますか」

 劫火の問い。
 彼女の背中に青白い焔が見えるようだ。

『その声はリリーシャくんか。退きたまえ!
 邪魔するというのなら、皇室の為にも一緒に消えてもらおう!!』

 だが彼はそれを、肉親の情ゆえと判断した。
 なまじジェレミアの肉親であるだけに、例のオレンジ疑惑では彼女にも疑惑の目は向けられている。
 だからここでジェレミアとともに彼女を葬っても、何とか言い訳はつくと判断したキューエルはリリーシャに槍を向けた。
 言い訳、が必要な状態に在る事には気付かない。

『ま、待てキューエル!! この―――――』

 対して何やら今までにない焦った声でジェレミアは制止を試みるが、それは当のリリーシャに止められた。

「ならば私は、リリーシャ・ゴットバルトとして、私とジェレミア兄さんの為に貴方を止めさせて頂きます!」

 余計な事は言うなと、意識的に言葉を切り、言い放つ。
 同時にリリーシャは、ランスロットのコクピットブロックの左右に装備された剣のうち、右の剣を抜いた。
 騎士として剣の心得があるとはいえ、残念ながらリリーシャに二刀流は荷が重いので二本目は予備。
 白い刀身を持つその剣は、構えと同時に刀身の中央が収納されて一回り細くなり、振動で真っ赤に発光する。

『MVS、実用化されていたのか!?』

 彼が驚くのも無理はない。
 この剣は刀身の高周波振動で対象を切り裂くナイトメア用の新型武装、Maser Vibration Sword(MVS)である。
 いまだ試験段階ながら高い性能を誇ると聞いていた兵器が目の前にあるのだから。

『だが、今さら退けぬ!!』

 しかしここで退いては、今度は自分たちが罰せられると判断したキューエルは止まらない。
 新型ナイトメアに乗っているとはいえ、所詮相手は小娘。士官学校を出たばかりのひよっこに何が出来るとタカを括り、気を吐く。
 オレンジもろとも始末してやるとランドスピナーを唸らせ、ランスロットに迫った。
 それを援護するために、残る機体がスラッシュハーケンを放つ。

「こんなもの!」

 しかしそれらはこと悉くMVSに打ち落とされ、簡単に両断された。
 閃光のような一閃でハーケン本体、または機体と繋がっているケーブルを切る。
 さらにその勢いのまま、キューエルのランスの穂先を切り裂くと同時に右足で無防備になったコックピットブロックの出っ張った部分をつま先で蹴りあげる。
 驚異的な機動力をもつランスロットと、と反則級の切れ味を持つMVSの組み合わせだからこそ可能な機動。
 破壊こそ免れたものの、コクピットブロックを強打された衝撃で軽い脳震盪を起こしたキューエルと入れ替わるように、別のサザーランドが突っ込んで来る。

「舐めないで下さい!」

 そのサザーランドの突きだしたランスの下に潜り込んだランスロットは、そのまま脚部を蹴りつけて相手の態勢を崩し、倒れたところでその足を切断した。
 背中から地面に伏したことで脱出機構が働かないサザーランド内ではパイロットが恐慌状態に陥ったが、リリーシャは止めは不要と背を向ける。
 さらに右から襲ってきたサザーランドの槍を左手のブレイズルミナスで跳ね上げ、バンザイの形になったその両腕を横一文字に斬り飛ばす。

『ぐ……ならば、オレンジだけでも!』

 ルーキーと決めつけていたリリーシャと、試作機と侮っていたランスロットの性能を眼にして焦りを生んだキューエルが動く。
 いまだにガンガンする頭を押さえながら、キューエルが部下に命令を飛ばした。
 オレンジを消せばひとまず安心だという心理は部下にも伝播し、ランスロットが残る一体を無力化している隙をついた最後の一隊が動けないジェレミアのサザーランドに迫る。

『ジェレミア卿!』

 その彼への助けは意外なところから。球場のスタンドの淵を蹴り、さらなるサザーランドが乱入する。
 キューエルに従う最後の一体も、残る腕を犠牲に槍を受け止められている隙に、全くの無防備な頭部に飛び膝蹴りを受けて吹っ飛んだ。
 コックピットブロックがホームランさながらにバックスクリーンに飛び込んだので、パイロットは無事だろう。

『ヴィレッタか、スマン!』

 リリーシャに連絡を入れた後、急発進したヴィレッタが、ジェレミアの危機に間一髪のところで間に合ったのだ。
 そのままヴィレッタはジェレミアを護るように立ちはだかり、アサルトライフルを構える。
 リリーシャのランスロットもMVSを構えて、その前に立ち塞がる。負傷したジェレミアという弱点をカバーする存在が現れた事で、戦術の上でも両者の優劣が逆転した。

「もう止めてください。キューエル卿!」

『くぅ……、皆、下がれ』

 歯噛みしながらも、4騎全てがほぼ無力化された事実を受け入れたキューエルはジェレミアの周りから部下を下がらせた。
 それで危機を回避できたと思ったリリーシャは安堵するが、続く彼の言葉に背筋を凍りつかせる。

『ケイオス爆雷を使う』

「なっ―――――」

 ケイオス爆雷とは射出から一定時間で起動し、特定の方向に向かって無数の散弾を放出するというナイトメア用の携行兵器である。
 振り撒かれる散弾の一発一発が人間はおろかナイトメアの装甲すら打ちぬく威力と悪辣さに、職業軍人でも使用を躊躇う。
 事実、よほどの事がない限り、彼らはこれを携行しないし、使用もしない。無差別に破壊をばら撒くそれは、彼らの矜持に反する上、嗜虐性もなんら満たされない。
 戦の高揚も血への陶酔ももたらさない、無味な破壊兵器。そんな代物を、キューエルは宙に放った。




「お止めなさーい!!」




 その只中へ。今まさにケイオス爆雷が散弾を吐き出そうとする球場跡地に少女の声が響いた。
 まさか、と思う。声に耳を疑う。
 だが声のした方向を見れば、桃色の長い髪を揺らしながら2人の少女――――ユーフェミアとアーニャが走り寄ってくる。

「ユフィ殿下、ダメ!」

「ウソ!?」

『何!?』

 映像で確認し、驚愕に目を見開きながらリリーシャはランスロットを動かす。
 ピリリと感じる、ランスロットの鼓動。
 マン―マシーンインターフェイスからのフィードバックを如実に感じる程に鋭敏になった感覚と引き延ばされる体感時間。
 間に合え! 失わない、これ以上!!

「―――――ッッ!!」

 息を止め、呼吸の余裕を全身に還付。紫電の操作が、白き騎士を凶弾の前へと跳び込ませた。
 同時にブリタニアの騎士として反射的に動いたアーニャがユーフェミアに覆いかぶさり、地面に引き倒す。
 直後に弾ける、ケイオス爆雷。凄まじい勢いで降り雪ぐ丸い鉄の雨。
 電光石火の操作で両腕のブレイズルミナスを最大出力で展開し、彼女たちを庇う。

「くぅぅ……」

 散弾がルミナスと衝突し、脳を揺さぶる振動がリリーシャを襲う。
 跳びそうになる意識を、奥歯を軋ませて噛み堪える。
 気を失えば、終わる。
 はたしてランスロットは、散弾に四肢の先を削られながらも、なんとか後ろの者たちを護り切った。

「っ、はぁぁ。よかったぁ~」

 ユーフェミアとジェレミア、そしてアーニャを護り切った事を確認したリリーシャは、そのまま前にへたり込む。
 張りつめた緊張の糸が緩んだ事で、全身から力が抜けたのだ。身体を縛るシートベルトが無ければ、蹲る様な体制になっていたに違いない。
 胸に下げる、ハート型ロケットに封じた大切な人を握りしめ、深い息を吐く。
 しかしずぐにハッとして、只ならぬ事態だった事を思い出し顔を上げた。

「双方とも、剣を納めなさい」

 高いソプラノの、よく通る声。毅然とした音。
 リリーシャが視線をユーフェミアに向けると、彼女は押し倒した事を詫びるアーニャを制し、彼女を従えてランスロットとキューエルのサザーランドの間に歩を進める。
 その堂々とした有り様と見覚えのある御顔にキューエル側、ジェレミア側の双方の将校の頬を冷や汗が伝っていることだろう。

「我が名において命じさせて頂きます。
 わたくしはブリタニア第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです。
 この場はわたくしが預かります。下がりなさい!」

 それは皇女の威風とでも言えばいいのだろうか?
 彼女の父であるブリタニア皇帝には遠く及ばないが、それでも胴に入った態度で言い放った彼女は、俗世の者には決して身に付かないカリスマを感じさせた。
 街で会った時はただのお嬢様にしか見えなかったのに、こうして見る彼女は、ああ、やはり皇女なのだと納得できる。

「ま、誠に……
 誠に申し訳ありません!!」

 知らぬとは言え皇女にケイオス爆雷を向けてしまった事に、キューエルは声を震わせながら全力で詫びた。
 敵味方問わず、ナイトメアたちが一斉に膝をつき、騎士の礼をとる。
 ランスロットや、ユーフェミアの隣に侍るアーニャも同様だ。

「リリーシャ・ゴットバルト、こちらへ」

「イエス、ユア・ハイネス」

 場が落ち着いたのを感じ、ユーフェミアは声と手ぶりでリリーシャに隣に来るように告げた。
 名指しされたリリーシャは、戸惑いながらもランスロットから降りて彼女の下に走り寄り片膝をつく。
 だがそれは彼女に止められ、リリーシャはユーフェミアと並び立った。

「リリーシャ、たしか貴方はそこにいるジェレミア卿の妹さんでしたね。
 今回の事で貴方のお兄さんの命が失われなかった事は、非常に喜ばしい事です。本当に良かった」

 リリーシャの目を見て、ユーフェミア緩やかに笑った。
 その眼に、彼女は心を鷲掴みにされる。哀しみを押し殺した凪の湖。薄紫の瞳が揺れている。
 事実を改めて思い知らされたリリーシャが現実に目を見開いた。
 そうだ、あまりにも離れたが故に忘れていた。彼女は兄を亡くした。大切な人を喪ったのだ。
 クロヴィス・ラ・ブリタニア。
 権謀術数が渦巻き、むしろ敵と見るべき異母兄であっても、目の前の彼女にとっては紛れもない兄だったのだろう。

「リリーシャ。これは第三皇女としてではなく、ユーフェミア個人としてのお願いです。
 今日私は色々な事を見て、様々な事を知る事が出来ました。だからこれからも、私に貴女の知っている事を教えて欲しい。
 綺麗な事も、そうでない事も私は知りたいのです。
 代わりに私も、私が知っている事を全て教えて差し上げます。
 そして、一緒に考えて下さいませんか?
 これ以上、みんなの大切な人を喪わなくて済むように。貴女の力を、私に貸して頂けませんか?」

 いくら個人的な願いとはいえ、ユーフェミアは皇族である以上、一介の騎士に過ぎないリリーシャに頭を下げる訳にはいかない。
 しかしこれは、それ以上に真摯な願いだった。だからこそ胸を打たれた。
 自分の立場を弁えつつも、ギリギリの譲歩をユーフェミアは示している。
 そしてこの人はクロヴィスを喪った悲しみの中でも、リリーシャがジェレミアを喪わなくてもすむように、自らの身をさらしてくれたのだ。
 借りも誠意もある。何故この願いに、否と言えるだろう。心情的にも、立場的にも。

「はい。勿体なきお言葉です。
 このリリーシャ・ゴットバルト。微力ながら、精一杯お手伝いさせて頂きます」

 膝をつき、先ほど制された騎士の礼を取り深く頭を垂れる。
 この人についていこうと心に決めた。
 あくまでリリーシャ個人の思いであり、自身の力の及ぶ範囲での事ではあるが、彼女はこの人の為に尽力しようと決めたのだ。

「アーニャさんにも、お願いします。
 私とともに、これ以上悲しみを生まない世界を作る手伝いをして頂けませんか?」

「イエス、ユア・ハイネス」

 もう一人の少女騎士もまた、ユーフェミアの前に頭を垂れる。
 しかし同時に、リリーシャにはひとつだけ気がかりな事があった。それは自身の持つ秘密の事と、ジェレミアの事。
 この場はユーフェミアのおかげで収まったが、オレンジ疑惑はそのままである以上、こんな事は遠からずまた起こるだろう。
 そうすればまた、この優しい皇女殿下はそれに心を砕かれるかもしれない。
 ユーフェミアについて行くと決めた以上、これ以上の迷惑はかけられない。


「――――――」


 だからリリーシャは静かに目を瞑り、覚悟を決めた。
 己の秘密を明かし、たとえそれが嘘でも、自身が何の憂いもなく力を震える環境を作り出そうと。

「必ずお力になります。お姉さま」

 その言葉は、誰の耳にも止まることなく風に消えた。





[16004] Stage,05 『シークレット・フェイス』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:3ee4dcc7
Date: 2010/03/19 14:26

 政庁の床を靴の底が叩く音が五月蠅い。
 心臓は早鐘のように鳴り、心なしか息も苦しい。

 ええい。おちつけ、私の身体。
 もう覚悟は決めたはずだろう。

 ジェレミア兄さんが塗れた疑惑。
 内通、賄賂、汚職。噂は枚挙に暇がないが、兄がそんな人間じゃないのは一緒に暮らしてきた私が一番よく知っている。
 ジェレミア兄さんは良くも悪くも真っ直ぐな人間だ。
 皇族への忠誠は篤く、それゆえに利用されたのだろう。
 本人が何も覚えていないというなら、瞬間催眠か何かだろうか?

 ―――――もしかして超能力とか?

 バカバカしい。航空機が空を飛び、地面をナイトメアが駆け抜ける時代だ。
 そんなオカルトまがいなこと、あるものか。

「………」

 いけない。また思考が飛んだ。あれ以来、まったくもって思考が落ち着かない。
 ゼロと名乗るテロリストを見て以来だ。
 一体あれな何者なのだろう。なぜか無性に、奴の事が気になる。


「コーネリア総督。
 リリーシャ・ゴッドバルトが参りました」


 気づけば、自分は目的地のドアの前まで来ていた。
 オレンジ疑惑。それを払拭させるだけの、ジェレミア兄さんがあんな暴挙に及ぶのを納得させるのは容易じゃない。
 しかし幸いなことにゴッドバルト家は、いや私、リリーシャ・ゴッドバルトは、それに値する秘密を持っている。
 だから私はそれを、たとえ嘘でもその秘密を生贄に兄と家の没落を食い止めるために、新しく赴任されたコーネリア総督に面会を求めた。

「入れ」

 厳しく、無機質な声が部屋の中からかかる。その声に私はちょっと安心してしまった。
 あの人は、変わっていない。
 たぶんこの人ならば、ちゃんと解ってもらえる。
 知己だというのもあるけれど、それ以上に、この人は自分にも他人にも厳しい人だから。







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,05 『シークレット・フェイス』








「さて、貴様はあの“オレンジ”について説明してくれるとのことだが、それで間違いないな。リリーシャ・ゴッドバルト准尉」

 執務室で直立不動になるリリーシャを、凛とした声が射抜いた。リリーシャはそれに肯定を返す。
 エリア11総督、コーネリア・リ・ブリタニア。
 神聖ブリタニア帝国の第二皇女という地位にありながら、自らの信念の下、第五世代ナイトメア、グロースターで戦場を駆ける武人。
 その卓越したナイトメアの操縦技術と指揮能力を併せ持つ姫騎士であり、他国から通称『ブリタニアの魔女』と恐れられる女傑である。
 彼女の部隊を示す小豆色の軍服を隙なく身に纏い、コーネリアはペンを置いて彼女の方に向き直る。

「では単刀直入に訊こう。オレンジとは何だ?」

「――――それは、私の事です」

 数秒の間を開けて、リリーシャは口を開いた。
 その答えに『オレンジ』の事を何らかの事柄だと思っていたコーネリアは虚をつかれる。次いで、怪訝な顔をした。
 ゴッドバルト家といえば確かに辺境伯の地位にある名家だが、それだけのはずだ。

「戯け。何を言っている?」

「覚えてらっしゃいませんか?
 昔、お兄様とユフィ姉様と四人で遊んだことを」

「……どういう意味だ」

 ふざけるなと口にこそ出なかったが、コーネリアはその態度で侮蔑を示す。
 覚えているも何も、辺境伯程度で後宮に出入りできるはずがない。
 思わずふざけているのかと一括しかけ、しかし思いとどまった。
 色の入った眼鏡のレンズ越しに真っ直ぐに自分を見つめてくるリリーシャの声と瞳に、彼女は強い既視感を覚えたのだ。

 その感情を汲み取ったかのように、リリーシャは人前で決して外すことのなかった髪留めを外した。
 この時の為に緩めに結ばれていた髪は彼女が頭を振った事で解け、ゆるく波打ったアッシュブロンドの髪が背中に広がる。
 リリーシャは変えていた声色を元に戻し、特殊な偏光グラスで出来た眼鏡も外して正面からコーネリアを見る。
 強い意志を秘めた薄紫の瞳がコーネリアを射抜いた。
 そこにあったのは、公式記録16歳にしては小柄な身体。当たり前だ。彼女は生まれて14年しか生きていない。なぜなら、

「な、お前は――――」

 その様を見て、改めて彼女の容姿を見て、コーネリアは息を止めて椅子から立ち上がる。
 彼女は気づいた。見た覚えがあるはずだ。先ほどの『お兄様』が指すのは、ジェレミア卿ではなかった。それはあの皇子の事だ。目の前の少女は、自分の義妹でもあるのだから。
 この少女は『リリーシャ・ゴッドバルト』では、無い。

「私の本当の名前は、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。今は亡き后妃マリアンヌが長女です。お久しぶりです、コゥ姉さま」

「生きて、いたのか……」

 それまでの凛とした瞳を緩め、ふわりと微笑む。
 特に誰に教えられた訳でもないその変わりようが、コーネリアの胸を打った。その仕草はあまりにもあの御方に――――マリアンヌ様に似ている。
 彼女は喜色の隠せない顔で直立不動のナナリーに近づくと、震える手でその頬にやさしく触れた。
 掌に伝わる温かくやわらかな感触に、目の前の少女が幻でも何でもない事を確認するや、思わず彼女はナナリーを抱きしめる。
 間違うはずがない。声も、仕草も、眼の色も、間違いなく自分の異母妹だと、コーネリアは確信した。

「よかった、本当によかった。
 死んだと聞かされて、ユフィも私も本当に悲しかった。だが、あれは誤報だったのだな。
 ナナリー、今までどうしていたんだ?」

 肩を掴んだまま、コーネリアは常とは違う慈愛の目でナナリーを見た。
 自分にも他人にも厳しい彼女だが、実は身内には甘いのだ。母を同じくする妹のユーフェミアに対しては溺愛といっていい。
 同時に、幼いころに幾度も交流があったことや、『閃光のマリアンヌ』こと故マリアンヌ后妃への憧憬から、ナナリーに対しても同じような感情を抱いていた。
 目標であり憧れであったあの御方の娘を無碍に出来る筈がない。

「はい。全てお話しいたします」

 そんなコーネリアの想いを計算して利用することを心苦しく思いながら、ナナリーもコーネリアに視線を向けた。
 サクリと胸に刺さった罪悪感のナイフを掴むように胸の前で指を組み、異母姉の目を直視する。
 自分が図った事とはいえ、真っ直ぐに自分の事を見つめてくれる異母姉に、ナナリーも目頭が熱くなるのを抑えられなかった。





 / / / / / / / / /





 皇歴2010年、神聖ブリタニア帝国は日本に宣戦布告した。
 この二国には近年さらに重要度の増してきた戦略物質、サクラダイトを巡る根深い外交対立があり、第98代ブリタニア皇帝の押し進める植民地政策の11番目の犠牲者となった。
 2つの大陸を版図とする大国と、経済で成り上がったとはいえ、国土面積では比べ物にならない島国。物量差において日本とブリタニアの差は歴然だった。
 開戦から数週間で制空権、制海権を押さえられた日本の本土はこの戦争で初めて実戦投入されたナイトメアによって瞬く間に蹂躙される。
 未だ陥落していない主要都市はいくつかあるが、日本側の戦果は後に『厳島の奇跡』といわれる広島での局地的なもののみで、首都を失えば無条件降伏以外にないだろう。
 空爆を受け瓦礫の山と化した此処、枢木ゲンブの実家である枢木神社にもそんな絶望感が漂っていた。

「何でアンタたちがいるのにブリタニアは攻めてきたのよ! この役立たず!!」

「きゃっ」

 パシンという乾いた音が響き、頬を叩かれた少女が地面に倒れこむ。
 叩いた方の女性はやるせなさと怒りに肩を震わせ、憎悪のこもった目で少女を睨みつけた。
 彼女はこの枢木邸で住み込みで働く使用人のひとりだった。
 故に彼女は目の前の少女が何者であるか知っていたし、愛国心もそれなりに強い。
 だから彼女は事実を受け入れられずにふらふらとしている時、瓦礫の中をさまよっていたブリタニア皇女の姿を眼にした瞬間、感情が降りきった。
 爆発する激情の赴くまま、彼女はナナリー罵倒しはり倒したのだ。

「何で、何でなのよ。答えなさいよ!
 アンタはブリタニアの皇女様でしょ? あの皇帝の娘でしょ!?
 なのになんでブリタニアは攻めてくるのよ!!」

 地面に倒れこんだナナリーに覆い被さるようにして首元をつかみ、ボロボロと涙を流しながら彼女はナナリーに言い詰る。
 しかし当のナナリーも、父の冷酷さは知っていたがまさか見捨てられるなどと思っておらず、何の答えも持っていない。
 それに彼女の眼は光を忘れたのだ。状況など見える筈がない。
 ナナリーの視界はあの日―――――アリエスの離宮で母が銃撃された日で静止したままだった。

「ぁ、ぁ……」

 誰かの悲鳴。竦む躯。銃声が響いた。母の身体から血飛沫が舞う。
 即座に反応した母はたまたまその場に居合わせたナナリー銃弾が届かぬように身を呈し、その身体で銃弾を受け止める。
 直後に銃声を聞いた警備の兵が駆けつけた。ナナリーの身体には傷一つない。けれど心は砕けた。彼女の眼は現実を拒絶した。
 ナナリーの景色は、自分の目の前で虚ろに開かれ真っ赤な血を流しながら冷たくなっていく母の最期の姿。
 ひどく現実味のない光景。

「答えなさいよ!!」

 再び頬に奔った痛みで、ナナリーの意識が現実に戻される。
 幾度となく見た、白昼夢。そのたびに兄に縋りつき、その胸で泣いた。その兄は、ここにはいない。
 助けてと声を上げるか、それとも諦観してされるがままにとするか。そのどちらもナナリーは選ばなかった。

「放して、下さい」

 それは小さな抵抗。服を掴む女性の手をぎゅうと握る。
 優しくも厳しい母と、頭がよくいつも冷静な兄には育まれた、お転婆な妹の精一杯の反抗だった。
 しかしそんなもの大人の女性には大した事もなく、逆に反抗された事で逆上した女に突き飛ばされた。

「―――っ!」

 その時にナナリーが感じたのは何処かに落下する浮遊感と、身体を強かに打ちつけた痛みと、冷たい地下水に濡れる感覚。
 全身がバラバラになったかと思うような強烈な痛みで意識を手放す直前の、何かが崩れる音と女の悲鳴だった。








「ん……」

「おお、お気づきになりましたか、ナナリー皇女殿下」

 次に気がついた時、ナナリーがいたのはどこかの部屋だった。少なくとも野外ではない。
 一瞬、枢木の家かと思ったが言葉が日本語ではなかったし、何より匂いが違う。あの辺りは空襲で焼け野原になったと誰かが言っていた。
 それにこの声は、以前どこかで聞いたことがあるような気がする。

「私はジェレミア・ゴッドバルトと申します。
 ナナリー殿下、覚えておられますか?」

「え?」

 兄ほどでは無いもののナナリーの記憶力も相当にいい。
 ジェレミアと名乗った男が、アリエス宮にいた頃に何度か遊んでもらった事のある若い兵士であることを思い出した彼女は身体を起こそうとするが、それを全身の痛みが阻んだ。
 よく自分の状況を確認してみれば、ベッドで横になった身体の到る所にガーセやシップが貼ってある。
 またその上から柔らかい毛布がかけられているようだ。

「ああ、無理はなさらないでください。
 殿下は確か目が不自由であられましたね? そのせいで崩落した地下室に落ちたのだと思われます。
 ですからもうしばらく安静になさってください」

 そう言われて思い至る。
 あの時、使用人の女性に突き飛ばされた後の浮遊感と全身の痛みは落下の衝撃ということか。
 たしかあの屋敷には地下室もあったはずだから、またあそこに落ちたのだろう。

「えっと、もちろん覚えてます。アリエスの離宮にいた兵士さんですよね。
 あの、私の近くに日本人の女性がいませんでしたか?」

 鼓動に合わせてずきずきと痛むのを堪え、何気なく発した疑問だったが、それを聞いたジェレミアは息をのんだ。
 ジェレミアは見かけませんでしたと答えたが、それは嘘だろう。
 なまじ目が見えないだけに、彼女の視覚以外の感覚は研ぎ澄まされている。だから解ってしまった。
 気絶する直前に聞こえた悲鳴は、きっとそういう事なのだろう。

「そうですか。ありがとうございます、ジェレミアさん。
 ……ところで、ここは?」

「日本のシズオカにあるブリタニア軍のベースキャンプで御座います。
 少々お待ちください。すぐに何か食べるものをご用意いたしますので」

 ブリタニア、という単語にナナリーの身体が跳ねた。無意識に肩を掻き抱き、微かに震える。
 だが彼女は兄とは違い父から酷薄な言葉も掛けられてはいないし、少なくともブリタニアにいる間に接した人は皆自分を気遣ってくれた。
 目が見えなくなってからは、幸か不幸か彼女の兄が彼女に向けられた悪意を全てシャットアウトしていたので、彼女自身はそれほどブリタニアに悪い印象はない。
 というよりよほどの事が無い限り、母国を嫌悪出来るような人間はいない。彼女もそのタイプだった。
 あの国で最も嫌な記憶は、無論、母の死。けれどそれに、何というか、現実味がないのだ。だからそれほど嫌悪感はない。
 あるのは、漠然とした不信感。

「あの、ジェレミアさん。お手を……」

「はっ、はい。なんで御座いますか!?」

 かけられた布団の間から差し出された、不器用に絆創膏の張られた小さな手。
 机の引き出しから取り出した軍用の携行食であるカンヅメと器を脇に置き、彼はナナリーが横になるベッドの傍らに跪き、その手を取った。
 ジェレミアにとってはひどく壊れやすいように思えるそれを、彼は優しく包む。

「――――ジェレミアさん、何故私を助けて下さったのですか?」

 ブリタニアという国に対しては嫌悪していなくとも、それが皇族となると話は別。
 『日本への留学』とは建前で、唯一の庇護者である母を喪った自分は、所詮人質だという事くらいには考えが至っていた。
 確信したのは、先ほどの女性に触れた瞬間だが。

「皇族の方々をお救いするのに理由など必要ありません。
 まして、貴女様はマリアンヌ殿下のお子様です。どうして見殺しになど出来ましょう!」

 ナナリーの意地悪な質問に帰ってきたのは、一片の偽りもない真摯で誠実な答え。
 見えない彼女には解らないだろうが、この時ジェレミアは膝を突いたまま頭を垂れ、捧げ持つようにナナリーの手を握っていた。

「ありがとうございます。ジェレミアさん。
 貴方は、やさしい方ですね」

 彼の心中を、ナナリーは的確に感じ取った。
 眼を塞いでから気付いた感覚。ナナリーの異能は、触れている相手の嘘を破る。
 もし彼が口から僅かでも嘘を吐けば、たちどころに彼女はそれを察知しただろう。
 眼が見えないからこそ鋭敏になった感覚の成せる業かもしれない。
 突き詰めればその嘘の背景すら見通すその力を根拠として、ナナリーは目の前の男性を信用する事に決め、手を布団の中に戻す。
 彼の中には真っ直ぐ過ぎる程の、皇族への絶対忠誠がある。

「そうだ……あの、ジェレミアさん。
 お兄様は、近くにいませんでしたか?」

 その一言で、ジェレミアは開けかけた携帯食料のカンヅメを取り落とした。
 ナナリーに見ることは叶わないが、今だ片膝をついたままの彼の瞳は見開かれ彫刻のように固まっている。
 数秒後に何とか再起動を果たしたジェレミアは平静を装いながらカンヅメを器に開けてスプーンと一緒にナナリーに渡し、部屋を飛び出した。
 それでナナリーには解ってしまった。兄はここにはいないのだ。そう思うと急に不安になる。

 ジェレミアにとってそれは人生最大の失策だった。
 ナナリーを救出した時、彼女が気絶していた彼女の身体は切り傷と打ち身で青くなり、水に濡れた身体は冷え切っていた。
 このままでは間違いなく体調を崩される。衛生状態も良くない。
 破傷風などの深刻な病気になられれば大事だと思った彼は、すぐに帰還せねばという思いに支配された。
 即座に彼は自分のコートでナナリーの身体を保温し、そのままベースキャンプまで運んでしまったというわけである。

「ルルーシュ殿下!!」

 あたりが暗がりに包まれた頃になって、ジェレミアはやっと枢木邸跡まで引き返した。
 彼はここが敵地で、見つかれば命が危ないという事を考えることすら不可能なほど、必死にナナリーの兄を捜した。
 ヘルメットに装着した暗視スコープの感度を最大に上げ、総身の力を振り絞って必死にルルーシュの姿を探すが、遂に見つける事は出来なかった。
 ほんのすぐ近くに、二人の少年は息を潜めていたというのに。

 その日の夜、失意のままベースキャンプに引き返したジェレミアは、同じブリタニア軍に所属するゴッドバルト家の現頭首の母を必死に説得した。
 マリアンヌ后妃という最大の庇護者を喪い、人身御供として送り込まれた以上、皇室にお返ししても直ぐにまた他国に送られるだろう。
 敬愛し、しかし護りきれなかった后妃の娘を、外交の道具として使いつぶされるのは我慢ならなかった。
 ジェレミアの説得に折れた彼の母はすぐさま己が最も信頼する執事を本国から呼び寄せ、第三国経由でナナリーを本国のゴッドバルト邸へと連れて帰ったのだった。







「貴女がナナリーちゃん?
 はじめまして、私はリリーシャ・ゴッドバルトです!」

 10日にも及ぶ長い移動を終え、ゴッドバルト家の屋敷に案内されたナナリーをまず迎えたのは、少女の高いソプラノの声だった。
 聞けば、このゴッドバルト家の長女で、自分を助けてくれたジェレミアの妹なのだという。
 彼女を一言で表すなら、天真爛漫という言葉がぴったりと当てはまる。会うと同時に抱きしめられて、おでこを合わせたままの自己紹介。
 他者への警戒心のない彼女は、そのかわり心の壁とか、距離とかをすっと飛ばして相手の心にするりと入ってくる。けれど、それがちっとも不快ではない。
 彼女は太陽の光みたいに、温かく輝く女の子だった。

「じゃあこれから私たちは友達ね、ナナリーちゃん。
 私のほうが2歳年上だから、私がお姉さんになるのかしら?」

 リリーシャは、輝くようなプラチナブロンドの髪と分厚い眼鏡の奥にある鳶色の目が印象的な少女だ。
 幼くして父を喪い、年の離れた兄の他で周りにいたのは大人ばかり。
 使用人や医師なのだからしょうがないとはいえ、彼女はずっと友達が欲しかったのだ。
 だからナナリーの目が見えない事など気にせず、リリーシャはどこに行くにもナナリーの手を引いて一緒に行った。
 広い屋敷の中で、初めて出来た友達。奇しくもそれはナナリーも同じで、同年代と四六時中一緒にいるのは初めての経験だった。
 ただ、

「痛たた!」

「どうしました?」

「ううん、心配しないで。今日はちょっと日光に当りすぎたみたい」

 彼女は、この屋敷から出られない身体だった。先天性白皮症、いわいるアルビノである。
 リリーシャの身体は生まれつきメラニン沈着組織の色素欠乏を起こしており、紫外線に極端に弱い。
 さらに他の疾患も併合しており、その為に屋敷には医師が常駐している。
 だから彼女が、病気に負けず明るさを失わなかったのは奇跡に近い。いや太陽に当れないから、彼女は自分が太陽になろうとしたんだと、ナナリーは思った。
 リリーシャは、そんな芯の強い女の子だった。

「行こう、ナナリー。
 今日はお母様もお兄様もお出かけになっているから、こっそりナイトメアのシミュレーターに乗るの。楽しそうだと思わない?」

 そんな彼女が今一番興味を持っているのがナイトメアだ。
 以前訪れた母の職場で、彼女は一度だけグラスゴーのコックピットに乗せてもらった事がある。
 防御の観点から完全に密閉された操縦席を持つそれに、リリーシャは魅せられた。
 これならば自分も太陽の下で動き回れる。それはどんなに幸せなことだろう。
 それ以来、リリーシャはスキを見ては屋敷内のシミュレーターで遊んでは、兄や母に怒られていたのだった。

「えい、この……あっ!!」

「どうしました?」

 ガシャン、という大きな音がシミュレーターのスピーカーから吐き出される。

「えへへ、またこけちゃった。やっぱり難しいなぁ」

 リリーシャはナナリーの方を振り返り、はにかむような表情でぺろりと舌を出した。
 当たり前の事だが、何の訓練も受けていない彼女がまともに操縦など出来る筈がない。シミュレーターということで起動は簡略化されているが、この筺体は軍から払い下げられた訓練用のものだ。
 ゲームセンターにあるような子供だましとは根本的に違う、シビアでリアルな設定がしてある。

「よ~し、もう一回!
 私だってお母様やマリアンヌ様みたいになるんだから!!」

 そう、何気なくリリーシャが発した一言にナナリーの肩がピクンと跳ねた。
 幸いにして画面に夢中なリリーシャが気づいていない。とはいえ、もし彼女が知ったらどう思うだろう。
 軍人である母の影響で彼女が憧れた『閃光のマリアンヌ』の娘が、すぐ隣にいるのだ。
 ナナリーは初めてできた大切な友達に嘘をついている事実に、常に心を痛めていた。

「お嬢様、またこんな所で遊んで。お母様に叱られますよ!」

 結局その日も、屋敷のメイドに怒られるまで、シミュレーター遊びは続いたのだった。








「ねぇ、最近のナナリー様のご様子はどう?」

「特にお変わりなく……というのは違いますね。近頃はよく笑われるようになりました。
 これはお嬢様に感謝しなければなりませんね」

 成熟した女性の色気を、腰まで届く長い青緑の髪とともに彼女は背に流す。
 現ゴッドバルト家党首であるリアス・ゴッドバルト辺境伯が、居間で全幅の信頼をおく執事とともに酒杯を傾けていた。
 本革張りのソファーにゆったりと腰掛け、氷のみになったグラスをサイドテーブルに置く。
 それを見た執事の男は、自然な動きでグラスを取り上げると、自分のサイドテーブルに置いた氷と琥珀色の酒をグラスに注ぎ、霜をふき取って彼女のテーブルに返した。

 現在、ナナリーが皇女であることを知っているのはこの二名とジェレミアだけだ。
 表向きはこの秘書がリリーシャのために養女として引き取った孤児という事になっている。
 前党首であった彼女の夫が戦場で倒れた時、辺境伯の地位を奪おうとした義弟を叩き伏せて強引に爵位を継いでからは親戚との縁も薄くなっている。
 さらに彼女の実の娘であるリリーシャは、先天的な病をもつ役に立たない存在として何の興味も持たれていない。
 そんな彼女に宛がわれた友達役の少女など、誰も気にするはずがなかった。

「そう、それは喜ばしいわね。
 こう言っては何だけれど、皇族として生きられるにはナナリー様はお優しすぎる。
 あの方には、このまま静かに生活して欲しいと思うんだけど」

「そうですな。ナナリー様にあの世界は御似合いになりません。
 このままジェレミア様はリリーシャ様と供に……
 いっそのこと、いずれリアス様の養女にされては? 我が娘(ナナリー)はいい子ですぞ?」

 そう言って悪戯っぽく笑う執事を見て、リアスはくすりと笑った。カラリとグラスの中で氷が落ちる。
 我が娘と自然に言えるくらい、彼はナナリーに情が移っている。それは自分も同様だ。
 辺境伯である自分は養女とするのは流石にどうかと思うが、これからもずっとその成長を見守っていたいと思う。
 これでジェレミアと結ばれてくれれば万々歳なのだが、歳も離れているしそれは欲張り過ぎだろう。

「そういえば、ジェレミアはどうしている?
 このところ休暇にも全く顔を見せないじゃないか」

「ええ、ジェレミア様はこのところ休暇は全てナイトメアの訓練に当てられているようです。
 先日お話した時には『マリアンヌ后妃を護れなかった自分は、せめてナナリー様だけお護り出来るようになりたい』とおっしゃっていました。
 近々、ナイトメア部隊への転属も決まったそうです」

「そうか、あいつも遂に。
 今度会ったらくれぐれも根を詰め過ぎないように言っておいてくれるかな?」

 昔から頑張り過ぎるクセのある息子を心配しつつも、確たる目標を見つけた事をリアスは嬉しく思った。
 絶対の忠誠心は、行き過ぎなければ確実にその者を成長させてくれるものだと彼女は知っている。
 アリエスの離宮での事件以降、落ち込む事の多かった息子が真っ直ぐ前を向いて歩きだした事に、リアスの顔も自然とほころんだ。

「それよりも、リリーシャ様の事なのですが」

「……どうした?」

 す、と瞳を細め、一転して真剣な表情になった執事には眉根を寄せた。
 身体の弱い彼女には定期的に医師の健診を受けさせているが、その結果が芳しくなかったのだろうか。

「リアス様。実は、お嬢様の御身体に腫瘍が見つかりました。
 詳しい検査をしてみなければはっきりとした事は言えませんが……」

 そう言って語尾を濁す彼の表情は苦悶に満ちていた。
 自分の娘の病状を我が事のように悩んでくれる彼を嬉しく思うが、それよりもその内容の方が深刻だ。
 アルビノであるリリーシャは、紫外線による遺伝子の変性を起こしやすい。

「間違いではないのか?」

 冷や水を浴びせられたように酔いは覚め、間違いであってくれとリアスは聞き返す。
 だが数日後にもたらされた精密検査の結果は、その願いを粉々に打ち砕くものだった。




[16004] Stage,06 『リリーシャ・ゴッドバルト』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:2c000750
Date: 2010/03/14 23:05

「ねぇナナリー。
 私、なんだか解っちゃった……」

 薬の副作用で、髪が抜ける。
 兄や母は綺麗だと褒めてくれたけれど、私はこの色が嫌いだった。
 母さんやジェレミア兄さんのモスグリーンがたまらなく羨ましかった。
 自分みたいな色のない髪をしているのは、歳をとった大人ばかり。
 自分は、他とは違う。そう思うとたまらなく寂しくなった。
 けれど抜け始めて、無くなってなってからやっと気付く。この髪も、この目も、白青い肌も。
 全部自分で、全部自分だけのものだったんだって。

「ああ、ゴメンねナナリー。
 私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしなきゃね」

 リリーシャが横になるベッドの傍らで、ナナリーがさめざめと泣いていた。
 閉じられた瞳の奥から透明な雫がこぼれおち、服を濡らしている。

 初めて出来た、私の友達。
 リリーシャにとってナナリーは、自分と同じ『他と違う』存在だった。
 目が見えない。何故と聞いても、ただ見えないのだと言う。
 試しに瞼を無理やり開いてみても、それは同じらしい。
 その奥にあった綺麗な薄紫の瞳が涙でぬれているのだと思うと、胸が締め付けられる。
 泣かないで。貴女が哀しいと、私も哀しい。

 ナナリーが握ってくれた右手が温かい。
 彼女と会って、初めて解った。私とお母様は違う。私とお兄様は違う、私と爺やは違う。
 みんな違っていて、でもそれでよかったんだ。
 ナナリーの目が見えないのだって、私が光に当れないのだって、人とちょっと違うってだけなんだって。
 それは別に変な事でも、悪い事でもなくて、当たり前なんだって。

「ナナリー……」

 だから、大丈夫だよ。
 一緒に入れなくなるのはつらいけれど、初めから私たちは別々で。
 別々だからこそ、離れ離れになってもお互いに想いあえるから。
 だから私のとっておきを、貴女にあげる。喜んでくれるかな?







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,06 『リリーシャ・ゴットバルト』








 死神の脚には、誰も追いつけないという。
 母の愛、兄の願い、親友の祈り。
 全ての善性を集めてなお、死神の鎌を退けるには足りなかった。

『何かの間違いであってほしい』

 母の切なる願いは届かず、ゴッドバルト家の所有する病院での、二度にわたる精密検査の結果はいずれも悪性。
 リリーシャの身体は、成長期の彼女にとって最悪の病に冒されていた。
 即座にリリーシャには入院の措置がとられ、医師たちによる懸命の治療が施される。
 しかし元々体力もなく抵抗力の弱い彼女の身体は、一か所の疾患が二か所の疾患を生むという悪循環に陥り、病魔は確実に彼女の命を貪っていった。

 3ヶ月。たったそれだけの期間で、リリーシャの命の灯は消えようとしている。
 既に、医師はさじを投げた。
 治療と薬のもたらす苦痛を、これ以上娘に与えるのは忍びない。せめて最後は安らかに。
 彼女の母は震える唇と瞼で、リリーシャを家に帰す事を決めた。
 モルヒネによる苦痛の緩和と、温かい食事。温かい家族。母も兄も、そしてナナリーも一緒に、リリーシャとの最後の時間を過ごす事にしたのだ。

「ねぇ、ナナリー……」

 今わの際。死相というのは、無情にも今を真っ直ぐに生きている者にほどよく解る。
 それは目が見えないナナリーとて例外ではなかった。
 息遣い。動きの機微。心臓の鼓動。
 むしろナナリーが最も、リリーシャの死を感じていた。彼女はもう、明日を迎える事は出来ない。

「ナナリー、最後にお願いがあるの。聞いてくれる?」

「――――っ。なに、リリーシャお姉ちゃん」

 途切れがちの声なのに、ナナリーにはやけにはっきりと聞こえる。
 たぶん、彼女もこれが最後の会話だと解ってるのだろう。

「眼を、開けて。ナナリー」

「リリーシャ、お姉ちゃん……」

 頬を、また涙が伝う。
 もう何回泣いただろうか。この目は、もう泣くこと以外を忘れてしまったのだろうか。

「お医者さんに聞いたんだ、ナナリーの眼はもう何ともないんだって。
 だからお願い。最後に私の顔を見て。私の事、忘れないで……」

 違う。私は心の奥で拒否しているだけだ。
 哀しい事など、見たくない。今だって、今だってこの目を開ければ、見えるのはリリーシャお姉ちゃんが、大好きな友達が死んでしまう時だ。
 だけど、なのに、私は……

「ナナリー、怖くないよ。
 世界は怖くない。悲しい事や苦しい事は多いけど、その分、楽しい事も優しい事もあるから。
 だから、世界を嫌いにならないで」

 瞼が熱い。胸の奥で、心臓が何度も心を叩く。
 頭の中で、重々しい声がする。でも、この声を聞いちゃいけない。
 だってこの声を聞いたら、リリーシャお姉ちゃんの声が聞こえない。もう、絶対に。
 私は、リリーシャお姉ちゃんが、大好きだから―――――――――――



「ナ、ナナリー……」



 その声は、誰の声だったのか。



「ナナリー様……」



 ふるりと一度、ナナリーの瞼が震える。



「ああナナリー、やっぱり綺麗だね」



 縛る鎖は、砕けた。



「リリーシャお姉ちゃん。
 見えるよ、お姉ちゃんの顔が……」

 重く閉ざしていた瞼が開いた。
 そこにあるのは、澄み切った薄紫の瞳。涙を溢れさせる。純粋無垢な瞳。
 泣き腫らして真っ赤になっていても、変わらない彼女のあり方。

「私にも見えるよ。
 よかった。最後にちゃんとナナリーの事が見れて。ありがとう、お願いを聞いてくれて。
 だからナナリーには、最後にご褒美をあげなくっちゃね」

「いいよ、お姉ちゃん。私、いっぱい貰ったから。
 お姉ちゃんから勇気、いっぱい貰ったから!!」

 二年ぶりに開いた瞳をいっぱいに広げて、ナナリーはリリーシャに縋り付いた。

「もう無理はしないで。私は大丈夫だから。だから最後なんて言わないで、お姉ちゃん!」

 ナナリーは首に手をまわして、覆いかぶさるようにリリーシャを抱きしめた。
 初めて会った時はあんなに柔らかかったのに、あんなに温かかったのに。
 病と闘って闘って、命を使い果たした彼女の身体はこんなにも細くて冷たい。

「―――――っ!!」

 だから、私が温めてあげるんだ。
 お願いお姉ちゃん。
 何もいらないから、元気になって。

「ごめんね、ナナリー。勝手なお姉ちゃんで。
 私、気づいちゃったんだ。ナナリーの事」

 精一杯の力で抱きつくナナリーを抱きしめ返し、リリーシャは言葉を紡ぐ。
 その途端、ドクン、とナナリーの心臓が跳ねた。冷たい水を浴びせられたように、血の気が引く。
 傍にいたジェレミアやリアスも息を飲んだ。

「私、一生懸命調べたんだよ。ナナリーの事。
 ねぇナナリー。ナナリーは本当は皇女様なんだよね。あのマリアンヌ様の……」

 違う、なんて言えなかった。ずっとつき続けてきた嘘。
 もうこれ以上、リリーシャお姉ちゃんに嘘はつきたくなかった。

「でも、外は危ないから、ナナリーは外に出られないんだよね。
 ずっと不思議だったんだ。お医者さんに行くときも、ずっと誰かが傍にいて、私だけじゃなくてナナリーにまで帽子と眼鏡を渡してくれた事。
 ナナリーにはそんなのいらないのに。だから、解っちゃったんだ」

 子供は、見ていないようで大人の何倍も見えている事もある。
 常識とか、思い込みとか。
 考える事に邪魔になるものが無いから、時に大人がハッとするような答えに、子供は一足飛びでたどり着く事がある。
 知らなくても、感じる。
 大人の振り撒く気配を、子供は敏感に察知してしまう。僅かなつぶやきを聞いてしまう。

「ごめんなさい。
 今まで嘘をついてて、ごめんなさい」

「ううん、いいの。ナナリーが誰でも、ナナリーはナナリーだもん」

 不意に、リリーシャの瞳が不規則に揺れた。
 それまで二人の邪魔をしないようにじっと立っていたジェレミアとリアスが、思わず前に出てベッドに手をつく。
 最後の時が、近づいている。

「だから、ナナリーに最後のプレゼントをあげる。
 私を、私の全部をナナリーにあげる。
 ナナリーは皇女様だけど、私はどこにでもいる女の子だから危なくないよ。
 これからは、私の分も、生きて。私が出来なかった事、たくさんして。
 ナナリー、大好きな私の友達。私の、大切な、皇女、さま……」

 ゆっくりと、リリーシャの瞼が、閉じた。


「……お姉ちゃん?」


 いくら呼びかけても、返事は返らない。
 何度ゆすっても、もう応えてはくれない。


「お姉ちゃぁぁーーーーん!!」


 ひとつの灯が消えた部屋に、ナナリーの絶叫が響いた。





 / / / / / / / / /





 リリーシャの葬儀が、しめやかに営まれる。
 ナナリーはその間中ずっと泣いて、棺が埋められる時に泣いて、墓標に刻まれたリリーシャの名前を見てまた泣いた。
 泣いて、泣いて、泣いて。
 涙なんかもう出ないんじゃないかと思ったけれど、リリーシャよって開かれた瞳からは雫は止め処なく流れ続けた。
 その内に空からも雫が落ちてきて、まるで空も泣いてくれているみたいだと思った。

「お姉ちゃん……」

 一言。言葉にするだけで、また涙が流れる。
 見えるようになったのに、もう大好きなリリーシャの姿を見れない事が悲しかった。
 リリーシャのいなくなった、二人で使っていたベッドで泣き続けて、夜が来て、朝が来た。



「ん……」



 朝の光をカーテン越しに感じる。
 泣いている内に眠ってしまったらしい。頬にはまだ、涙の跡が残っている。

「あ……」

 何かに背中を押されたように、ナナリーはベッドから降りた。
 身体が早く、早くと叫ぶ。
 何もかもがもどかしくて、ナナリーは精一杯の力でカーテンを掴んで、思い切り開いた。


「――――――ッ!!」


 途端に降り注ぐ、朝の光。
 リリーシャお姉ちゃんと一緒だった頃は、実は太陽の光なんて大嫌いだった。
 光は、お姉ちゃんを傷つける。自分には太陽みたいなリリーシャお姉ちゃんがいるから、本物なんて無くても平気だった。
 けれどそれは、自分がリリーシャお姉ちゃんに寄りかかっていただけなんだと今、解った。
 私は眼と一緒に、心まで閉ざしていたんだと知った。

「花、空、草、土……」

 赤、青、緑、黄色にこげ茶色。水色、黄緑、朱色、黒、白、紺色、紫色。
 目の前に、色とりどりの世界が広がっている。
 雨のしずくをいっぱいに浴びて、太陽の光をいっぱいに浴びて、キラキラと輝いている。
 ナナリーはたまらずに、窓枠を乗り越えて外に出た。

「リリーシャ、お姉ちゃん……」

 足の裏に水玉を感じる。芝生の感触、石のごつごつとした感じ。
 ナナリーは想う。リリーシャが見せたかったのはこれだったのだと。
 自分はカーテンの陰からこっそり覗くしかなかった世界を、その全身で感じて欲しかったのだと。


 ――――――世界は、こんなにも綺麗だから。だから、嫌いにならないで!


 不意に、そう聞こえた気がした。


「リリーシャお姉ちゃん。私、頑張るから。
 お姉ちゃんの分まで、頑張るから!」


 太陽の光の中に、大好きな友達の息遣いを感じる。
 力強くそう誓った彼女の瞳に、もう涙は無かった。










「リアスさん、ジェレミアさん。お願いがあります」

 その日の夜。
 夕食の後、ナナリーはリリーシャの母と兄を呼びとめた。
 ここ数日はどこか眼もうつろで、食事の後はすぐに部屋に篭ってしまっていたナナリーの変化に、二人は顔を見合せながらも頷く。

「何ですか、ナナリー?」

 躾に厳しいリアスは、たとえナナリーが本当は皇女であろうとも特別扱いはしなかった。
 今は自分の執事の娘ということになっているのだから、敬称も付けない。あくまでもリリーシャの友人であり、遊び相手として彼女を扱う。
 例えリリーシャが死んでもそれは変わらないのだという事が解って、ナナリーは嬉しかった。

「私、決めました。
 あの時、リリーシャお姉ちゃんがくれたものを、私は受け取ろうと思います。
 私を、リアスさんとジェレミアさんの家族に。“リリーシャ”にして下さい」

 拳を強く握り、視線はただ前に向けて。
 背筋をまっすぐにのばして、ナナリーはハッキリと言葉にした。

「……ナナリー、本気か?」

 ジェレミアが驚きの声をナナリーに向けた。それを見て、リアスはまだ若いとため息をつく。
 ナナリーの眼を見た瞬間、彼女は、それを否定する事も疑問に思う事も止めた。
 高貴なる紫を宿す瞳からは、強い意志がにじみ出ている。

「貴女の歳ならばもう解っているのでしょう?
 私の娘になるという事は、貴女の本当のご両親と兄上を捨てるという事。
 皇帝陛下やマリアンヌ様、ルルーシュ様を裏切ることになるのよ?」

 だが決意は聞いておかなければならない。
 嘘というものは、一度ついたら中々取り消せない。こんな人生を決めるような重大な事柄ならば尚更だ。
 だからナナリーは持っていなくてはならない。この嘘を一生つきとおす覚悟を。咎を背負う決意を。
 しかしナナリーの口から発せられたのは、その事への否定の言葉だった。

「いいえ、私はナナリーも捨てません。そんなこと、お姉ちゃんは望んでいなかったと思うから。
 私はナナリーであり、リリーシャでもあるように生きようと思います。
 私はお母様に貰った脚で外に出て、リリーシャに貰った眼で、この綺麗で残酷な世界の全てを見てみたい。
 そしてお母様とお兄様とお姉ちゃんと、リアスさんやジェレミアさんや、これまで出会った全ての人に貰った優しさを世界中の人に分けてあげたいんです。
 だからお願いします。リリーシャお姉ちゃんを私に下さい。私を、リアスさんの娘にして下さい」

 そう言ってナナリーは、小さな頭を精一杯下げた。
 彼女の発した言霊はリアスを打ち、胸へと吸い込まれる。
 眼の前にいるこの子は、もう日本に人身御供として送られた儚い姫ではない。
 雨が降って地面が固まるように、リリーシャが死んで流し続けた涙が、この子を強くした。リアスの娘の命が、この子を磨き上げた。
 ナナリーは今、心を開いて全身で世界と向かい合っている。

 リアスは、知らずに胸元を握りしめた。
 眼の前にいる、この少女が教えてくれた。
 リリーシャが生まれた意味を。愛娘は、務めを果たしたのだ。

「ナナリー、貴女の決意は解りました。けれど、その道はとても険しい。
 そう言う私もまだ人生の半分くらいしか知らないけど、それでもここまで一生懸命に、全力で歩いてきたわ。
 なのに貴女は、それを人の二倍歩くと言ってるの。それでもいいの?」

「はい! 私はもう決めました。リリーシャとナナリーと。
 二つの名前を胸に抱えて生きていきます。どっちも、私にとって本当の名前にしたいです」

 即答だった。揺るぎない声と、眼光。
 ナナリーはお転婆なリリーシャの事を太陽に例えたけれど、それは違う。
 リアスは、このナナリーこそが太陽だと思った。
 あの子の願いは、あの子の希望は、このナナリーの中で生きている。
 そしてそれを受け止められるだけの器と心の強さが、ナナリーにはあると確信した。
 時に地平線に隠れる事はあっても、この子は決して挫けず、再び東の空に昇るのだろう。

「貴女の想いは解ったわ。その願い、叶えましょう。
 だからナナリー……いいえ、リリーシャ。ひとつだけ約束してくれる?」

 眼を細め、この手から喪った愛娘を想う。
 あの子なら、絶対にこの約束をナナリーにさせたと思ったから。

「私を、ちゃんと『お母さん』って呼ぶのよ。ジェレミアの事も『お兄ちゃん』って呼びなさい。
 私たちはもう貴女の家族なんだから、辛い時は頼っていいの。
 貴女がこれから人の二倍の苦労をすると思う。だから人の二倍、頼る人が必要よ。いい?」

「~~~~っっ!!」

 リアスが言葉に込めた、親愛の情。
 これは予想外だったのだろう。
 我儘と叱られる事も覚悟して、震える手を力いっぱい握りしめて胸の内を言葉にしたナナリーの心が弾けた。
 まだまだ幼い女の子が決めた精一杯の想いは、正しくリアスとジェレミアに伝わった。

 『貴女の娘の人生を乗っ取ります』

 そう言っているのに等しい事は解っていたから、怒鳴られると確信していた。
 なのにリアスの眼もジェレミアの眼も優しさに満ちていて、ナナリーは溢れる涙を止められなかった。


 ――――私、頑張るから!


 そっと、ジェレミアがハンカチでナナリーの涙を拭った。
 そしてリアスが、彼女の小さな身体を抱きしめる。
 新しい母に縋り付いて泣き、ナナリーはそのまま彼女の胸の中で眠りについた。
 温かさに包まれて、ナナリーが夢で見たのは、大切な友達と笑いあう光景。
 そしてナナリーは最後に、光に向かって昇っていくリリーシャに笑顔で手を振った。












   リリーシャお姉ちゃん、私、貴女の分まで頑張るから!

   お姉ちゃんがやりたかった事。全部やるから!

   だからありがとう。私に新しい家族をくれて。

   私は、貴女に出会えて本当に良かった。

   貴女に会えたから、私は前に進めるようになりました。

   だから、本当にありがとう。

   そしてさようなら。

   私の大好きな、本当に大切な、リリーシャお姉ちゃん。





[16004] Stage,07 『新たな道、新たな決意』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/02/19 18:14
 ………。


 長い、ナナリーの独白が終わった。
 コーネリアは後の政務を明日以降にまわし、彼女の話を黙って聞いていた。
 運ばせた二つのカップのどちらにも手はつけられず、もう冷めきってしまっている。
 それほどに内容の濃い話だった。







コードギアス
    閃光の後継者


Stage,07 『新たな道、新たな決意』








「それが、お前が『リリーシャ・ゴッドバルト』を名乗る理由か」

「はい。リリーシャ姉さんは私に、この世界の美しさを教えてくれました。
 あの後、軍人である母の下でナイトメアを含むさまざまな知識を学び――――」

「ボワルセル士官学校を経て、ブリタニア軍に入ったか。
 私もあそこの卒業生だからな、噂は聞いていた。中々に優秀だったそうじゃないか。
 あのジノ・ヴァインベルクと主席を取り合っていたのだろう?」

 一息つき、コーネリアは冷めきった紅茶に手を伸ばした。一口啜り、少し顔をしかめてソーサーに置く。
 ボワルセル士官学校とはブリタニア本国にある名門の士官学校であり、卒業生はほぼ例外なく上級将校の地位が約束されているといっていい。
 最もそれは卒業後にその椅子が用意されているというのではなく、その椅子を掴みとれるような者しか入学し、卒業出来ないという意味だ
 コーネリアやブリタニア皇帝の首席補佐官、ベアトリス・ファランクス。
 そして現在のナイトオブナイン、ノネット・エア二グラムを排出した名門士官学校とはそういうところだった。

「あ、でも実技はともかく、数学や科学では他の同級生に負けていました。
 ナイトメアでの訓練が始まって、やっと追いつけたといったところです」

「それは仕方あるまい。二歳も歳をごまかしていたのだろう?
 むしろそれでも一度は年間主席を取った事の方が驚きだよ。それに奴にナイトメアで一度でも勝てたのはお前だけだったと聞いている。
 まあ奴も、座学の方は振るわなかったそうだが」

 そう言うと、ナナリーは苦笑いした。
 ちなみにそのジノは先ごろのEUでの活躍が大きく評価され、帝国最強の騎士団、ナイトオブラウンズへの就任が内定しているという。
 コーネリアも一度だけ共に戦った事があるが、あの男の思い切りと勘の良さには舌を巻いた。
 あの男なら、現在も空席の目立つラウンズに抜擢されても文句はない。

「だが解らないな。
 リリーシャは美しい世界を見て欲しかったのだろう、ならば何故お前は軍人になった?
 此処は綺麗事が通用するような世界ではないぞ」

「………この世界を、リリーシャ姉さんがその目で見たはずの、綺麗なところにしたいからです」

「だが軍人とは人を殺す道だ。
 力を持たぬ市民を護る為には、私たちは敵の血に塗れなければならない。
 この道は、綺麗という単語からは程遠い世界だぞ?」

 一転して剣呑な目つきになったコーネリアからの質問に、ナナリーは少し委縮しながらもはっきりと答えた。

「ええ、解っています。
 戦争は、引き延ばせば伸ばすだけ犠牲者が増える。
 だから私は、一刻でも早く戦いを終わらせたい。
 その為の力が、私は欲しいのです」


「この――――、脆弱者がっ!!」


 その言葉、というよりも語感が気に入らなかったコーネリアの語気はさらに強くなる。
 ナナリーとしては精一杯答えたつもりなのだが、遂にコーネリアは彼女を一喝した。

「まさかお前は戦う理由を他人に預けているのか?
 それとも戦う事はつらい事だから、誰かの代わりに戦っていると?
 脆弱者め。戦う意味は常に自らの中に持っておくものだ」

 コーネリアの厳しい叱責に、ナナリーは息を飲んだ。
 本物の騎士の矜持というものに、ほんの少しだが触れた気がする。

「ちょうどいい。ナナリー、いやリリーシャ。
 お前は二人として生きると言ったな。なら私がお前の事を鍛えてやる。
 私の信念は知っているか?」

「『命をかけて戦うからこそ、統治する資格がある』でしたか?」

「そうだ。リアス殿は確かに優秀な軍人だったが、お前に皇族の務めまでは教えてはいまい。
 地方の領主とは違い、皇族はブリタニアに住む全ての民に対して責任がある。それは相手が名誉ブリタニア人でも同様だ。
 だからこそ皇族が強くあるのは当たり前。リリーシャとしてはそれでよくても、ナナリーはその先を見なければ務まらん。
 いやリリーシャとしても、真の騎士と成りたいのならそれでは駄目だな」

 これが王者の威風、なのだろうか。
 真っ直ぐこちらを貫く、清んだ宝剣のような凛とした気風がナナリーの背筋を奔った。
 自分よりも遥かに強い信念が、コーネリアの紫の瞳を通じて伝わってくる。

「シュナイゼル兄上には私から話をつけておく。
 リリーシャ・ゴッドバルト准尉。こちらの手続きが済み次第、我が親衛隊に入れ」

「ッ、よろしいのですか、コゥ姉様!?」

 予想もしていなかった一言に、ナナリーは思わず腰を浮かした。
 親衛隊とは皇族を衛る直属部隊であり、軍人にとって所属するだけで非常に名誉な事だ。
 ましてそれが『ブリタニアの魔女』とまで言われるコーネリアの親衛隊となれば、一流の軍人のみが集うブリタニア最強部隊のひとつである。
 そんな場所への誘いに、ナナリーは身体を震わせた。

「鍛えてやると言ったはずだ。私の指導は厳しいぞ、覚悟をしておけ。
 ――――それと、ここでは総督と呼べ。お前までユフィと同じ事を言わせるのか?」

「ユフィ姉様……もとい、ユーフェミア副総督と?」

 自分の事を全く同じように呼ぶもう一人の妹の事を想い浮かべ、コーネリアは苦笑いをこぼした。
 その妹もコーネリアは鍛える為にこのエリア11に連れてきている。
 先日、ナナリーが疎開で出会ったあのお転婆皇女さまの事だ。
 彼女は武力ではなく政治を学ばせる目的で、コーネリアが学生を途中で切り上げさせてまで呼び寄せたのだった。

「聞いているぞ。あの特派のナイトメアでケイオス爆雷から副総督の身を庇ったのだとか。
 あの一件については私も感謝している。
 あ奴の身に何事もなかったこともそうだが、部隊内での私刑が表沙汰になれば、代理執政官の死亡による混乱と合せてただでさえガタガタな規律がさらに乱れる事になっていただろう。
 今回の親衛隊への抜擢はその報酬という事にする」

「それは―――――」

 思わずナナリーは、あれはそこまで考えての行動ではないと言いそうになったが、止めた。
 結果としてユーフェミアを庇ったのは事実なのだ。
 粛清を止めたのも、単に兄が害されるのを黙って見ていられなかったというのがあるのだが、それはこの異母姉も解っているだろう。
 その上で彼女は、多少の無理は承知で親衛隊に入れと言ってくれたのだ。それは、ナナリーの正体を公表するつもりが無い事を示している。

「しかしあの時キューエルさんたちを倒せたのは、単にランスロットの性能が良かっただけです。
 純血派の方々と同じサザーランドに乗っていたら、結果は全く違っていたと思います」

 けれど、これは譲れない。
 あれはランスロットの、ひいては特派の技術者全員の功績だ。自分はその機体のパイロットだっただけ。
 ランスロットの機動性とMVS、ブレイズルミナス。それらのどちらが無くても、あの結果は導けなかっただろう。

「馬鹿者。私が知らないとでも思ったか?
 あのランスロットのシミュレーターには先日私も騎乗したが、あれほど馬鹿げた機体は他にない。
 断言してもいいぞ。あの機体完璧に乗りこなせるなら、それだけで準ラウンズ級の実力がある。
 だから誇れ。誇りも騎士には重要なものだ」

 もちろん特派への報酬として予算の優遇も行う、と付け加えてコーネリアがじっとナナリーを見据える。
 彼女は自分で選択しない者や周りに流される者を激しく嫌悪する。そんな者たちなど『脆弱者』の一言でバッサリぶった切ってきた。
 そして同時に、彼女は己の中に確たる信念を持ち、胸に決意を秘めて上を目指す者をにはそれ相応の待遇を約束する。
 厳しい言葉と厳しい態度でそう締めくくった彼女の奥にある思いやりに気づいたナナリーは、ハッキリした声で『はい』と応えた。

 そんな彼女にコーネリアは、義務を理解し責任を果たしたなら、働きに対する評価は素直に受け取るべきだと告げて立ち上がり執務机から何か所かへ電話をかけると、元のソファーに今度は深く座った。
 程なくして紅茶のカップが新しいものと取り換えられた時、ふっ、とコーネリアの視線がほころぶ。

「そういえば。あの事件の前には、ユフィの租界散策に付き合ってくれていたそうじゃないか。
 安全のためにしっかりSPに連絡を入れ、それをユフィに悟らせなかった事も評価に値する。
 アレは私が無理やり連れてきたに等しいからな、心細い事もあるだろう。よろしく頼む」

 そこにあったのは、もう峻厳たる為政者の顔ではなく、最愛の妹を思う姉の姿だった。

「もちろん、お前の事も私は妹と思っているよ。
 リアス殿ではないが、お前はまだ14歳だろう? 止まり木はまだまだ必要だ。
 私はお前の重さを代わりに背負う事も、一緒に支えてやる事も出来ないが、どうやって持てばいいかくらいは助言してやれる。
 だから、お前も私を頼っていいのだぞ?」

 そしてその顔が自分にも向けられている事に、ナナリーは瞼を震わせる。
 どんなに理由をつけようが、自分が周囲に大きな嘘を付いている事に変わりはない。
 知らずに両肩に降り積もっていた何かが、ふっと軽くなった気がする。
 一筋だけ、透明な雫が頬を伝った。
 常に笑顔で明るくふるまい、出来る限り張りつめないようにしていても、やはり彼女は少女なのだと証明する一粒だった。

「ふふ、ようやく年相応の顔になったな。
 お前の変わりようには驚いたが、やはり根っこの部分は変わっていなかったか。
 ナナリー、リリーシャに成りきるあまり、自分を忘れてはいなかったか?
 忘れるな。お前は何処まで行ってもブリタニアの第四皇女、ナナリー・ヴィ・ブリタニアだ。
 これからは、私たちの前でだけはお前はお前でいいんだ。私がお前を護ってやる」

 やっと、コーネリアの一番の懸念は払拭された。
 昼過ぎに執務室に現れ、正体を明かしたナナリーの容姿は確かにあの頃の延長で、彼女は一目でそれがナナリーであると解った。
 マリアンヌ譲りのウェーブヘアも、薄紫の瞳もそのまま。
 だがその表情は変わり果てていて、まるで『ナナリー』が見えなかった。

 何かが、ナナリーの上に張り付いているような、歪な顔。
 無理に無理を重ね、しかしそれを悟らせないように歪め、その上にまた重ねる。
 幾層も重なったそれが表にまで出てきた切っ掛けは、やはり先日のジェレミア卿の事件だろう。
 しかしコーネリアには、それよりももっと以前から、その無理な振る舞いは確実に彼女を蝕んでいったと思えた。
 今、眼の前で晴れやかな笑顔を見せるナナリーを見て、その予測が外れておらず、また自分の選択も間違っていなかったと確信する。

「さて、もうこんな時間か。今日の執務はここまでにしょう。
 一緒に夕食を食べないか? ユフィにもお前が生きていた事を伝えてやりたい」

 ソファーから立ちあがり、手を頭上に挙げて身体をウンと伸ばす。
 コーネリアの均整のとれた女性的なボディラインは、同性のナナリーから見てもハッとさせられる。
 ふくよかな胸と、普段の厳しい表情の間から見えた柔らかい表情に彼女の胸がトクンと鳴った。気にしない事にした。

「―――――」

「……どうした?」

 こくん、とナナリーが唾を飲み込んだ。
 謎が解けてひとまずはこれからだと、挑戦者の笑みでひとつ息を入れたコーネリアとは対照的に、いまだソファーに座ったままのナナリーの顔に影が差す。
 俯いたまま、これが最後の難関だと、ナナリーは小さく口内でつぶやき視線を上げた。


「コゥ姉様。
 できれば私の事は、ユフィ姉様には内緒にして頂きたいのです」


 何故だ、とは問われなかった。
 代わりに、ナナリーの眼を射抜くコーネリアの双眸が戦人のそれに代わる。
 いくら護るといっても、彼女の中での絶対的な優先者は妹のユーフェミアで、それはどんな事があっても揺らぐ事はない。
 あえてあるとすれば、それはもう一つの掛け替えのないもの。神聖ブリタニア帝国と天秤にかけざるを得なかった場合くらいだろう。
 少なくともこのような時は、コーネリアの天秤は迷うことなくユーフェミアに傾く事はナナリーも承知していた。

「―――――それは、ユフィが信用できないという意味か?」

 凄みを増した声。
 戦場を駆け、ひとを殺した事もあるナナリーでも竦むほどの眼光と敵意が仁王立ちで見下ろすコーネリアから降ってくる。
 だがそれでも譲れないと、ナナリーはその瞳を見返した。
 嘘ばかりの自分だから、せめて誓いだけは順守する。それがナナリーが自分に課した絶対のルールだ。

「違います。
 私は……“リリーシャ”はあの粛清騒ぎの際に、ユーフェミア副総督に誓いを立てました。
 必ず貴女のお力になると。それを副総督も了承して下さいました」

「それが、何か問題なのか?」

「副総督はお優しい方ですから、もし私の事をお知りになれば、無意識にでも私に優しくされると思います。
 けれどそれは他者から見れば特別扱いでしかない。
 そうなれば当然、私の周囲にも探りが入る。それも非合法な手段で。いまだ騎士を持っておられない副総督ならば尚更です。
 その過程でリリーシャが本当はアルビノだったと気付かれれば、もうお傍に仕える事も出来ません。ユフィ姉様にも辛い思いをさせてしまいます」

 コーネリアとユーフェミアが連なるリ家は、ブリタニアでも有数の大貴族。
 長兄オデュッセウスや帝国宰相のシュナイゼルには及ばないものの、十分に次期皇帝の座も狙えるコーネリアとリ家に近づきたい者は多い。
 野心を持つ者たちにとって、彼女が溺愛するユーフェミアの選任騎士は正に格好の獲物なのだ。
 そんなところに、何かと手伝いをするナナリー(リリーシャ)に対して彼女が特別な反応を返せば、事情を知らない者から見れば間違いなく誤解され、嫉妬の対象になる。
 探られて傷む腹を持つリリーシャとしてもそれだけは避けなければならないし、それによってユーフェミアやコーネリアの立場が危うくなる。
 彼女は姉と結託して、引いてはリ家全体がナナリー皇女の生存を皇帝に秘匿した事になるのだから。
 そんな事情を、眉根を寄せて切々と語る彼女に返された言葉は、たった一言。



「あまり私を舐めるなよ、ナナリー」



 凄まじいまでの怒気を孕む鋭い威圧感。正しく絶対零度の氷の刃だった。
 立ったまま見下ろし、ナナリーを一瞥したコーネリアは、彼女の胸倉を両手で掴んで強引にソファーから引っこ抜く。
 その、怒りと厳しさに満ちた顔の真ん前までナナリーを引き寄せ、ゴツンと額を当てる。

「話を聞く限り、その年齢にしては大人びているとは思ったが、やはりまだまだ子供だな、お前は!
 私を侮るな、ナナリー! お前の身ひとつ護れなくて、何が第二皇女か。
 ユフィや貴様の身を害するような不届きものなど、私が全て排除してくれる!
 だから貴様は、私の下でただ真っ直ぐ前だけを見て成長していけばいいのだ。道なら私が作ってやる。いいな!?」

 そこまで一息で捲し立て、掴みあげた事で宙に浮いていたナナリーの脚を床に下ろす。
 同時に掴んでいた手はそのまま彼女の肩に移動し、今度はしっかりと押さえるように握って、コーネリアはナナリーと向かい合った。

「最も、ここまで歩んでこられたお前なら、そんな道など無くとも自立した脚で歩んでいけるだろう。
 だからユフィだけでなく私にも誓え。もうこれ以上、自らの望まぬ道は選ばないと。
 お前のその明るさは、皇族では稀有なものだ。それを曇らすのはあまりにも忍びない。
 いいじゃないか。騎士候補だと思われるなら、思わせておけ。
 最高のタイミングで、実は最高の騎士であった元ナイトオブシックスの娘であると明かしてやるとしよう。
 痛快だぞ?
 嫌がらせをしようとしていた相手が実は皇族で、しかも今だ軍部では信奉者の多いマリアンヌ后妃の愛娘だ。さぞ相手は震えあがることだろうな」

 そう言ってコーネリアは、肉食獣の笑顔をナナリーに向ける。
 彼女の本質を垣間見たナナリーは胸を詰まらせた。
 『ブリタニアの魔女』の異名まで持つ彼女が、その名を得るに至った理由は何もナイトオブラウンズに匹敵するナイトメアの技量だけではない。
 彼女は、何処までも厳しい人だ。自分にも他人にも、絶対に妥協を赦さない。常にその者にとって最善の選択肢以外を選ばせない。
 たとえ武功を立てても、そこに僅かな綻びがあれば、彼女はそれを容赦なく強引に叩き直すだろう。

 誰も厳しく当る事で嫌われるのを避けるから、好き好んで怒っているのではない。それは全てその者の為。同時に自分の為。
 第二皇女という至高にいるが故に、誰にも叱責してもらえない彼女は他者を叱責すると同時に自分をも叱責しているのだ。
 だからこそ彼女は部下に真に慕われ、彼女の下にはその事を自覚し、己を磨き上げる事のできる優秀な人材が集まる。
 ギルフォード卿やダールトン将軍は言うに及ばず、アレックス将軍やグラストンナイツもそんなふうな者たちだろう。

「返事は?」

「イエス、ユア・ハイネス!!」

 ふるりと再び背中が震えた。
 踵をそろえ、歓喜と共に最敬礼を返す。

「馬鹿もの。そこは本当のお前らしく『はい』と答えればいいのだ」

 ポンポン、と軽い調子で肩を叩かれる。
 途端に緩んだ彼女の表情は、確かにユーフェミアの姉のものだった。
 ズルイと思う。民への慰撫は苦手というが、それはこのコーネリア総督の御心をくみ取れない相手が悪い。
 彼女もまた、十分に慈しむ心を持った人だとその表情が物語っている。


「ふふっ、そうだ。今夜の夕食にはギルフォードとダールトンも呼ぼう。
 あ奴らは十分に信頼できる。いざという時、頼りになるだろう」

「それは……」

「心配するな、あ奴らならば妄りに秘密をばらすような事は絶対に無い。ならば、協力者は多い方がいいだろう?
 私はお前を政治の道具になどするつもりは全くないからな。それに……」

 そこで意味深に、コーネリアは言葉を切った。
 にやりと流し眼で笑い、身を返してナナリーの方を真っ直ぐ見た。

「独力でここまで昇ってきた、自慢の異母妹をあ奴らに自慢してやりたいのだ」

 そうやって最後に「いいだろう?」と眼で問われれば、もうナナリーに否は無かった。
 拳を握り、この姉に跳びつきなくなる衝動を必死に押さえる。
 よく眼の前のコーネリアはシスコンだと揶揄されるが、このナナリーも十分にブラコンでシスコンだった。
 二人の兄に対する親愛の情はどちらも本物で、それに近い感情を眼の前のコーネリアにも抱いてしまった。
 それだけに、ここを訪れる前に抱いていた汚い思惑がちくりと胸を刺す。
 コゥ姉様は、自分の思惑を解ったうえで、最高の返事を返してくれた。
 そんな彼女を信じられず、その情だけを利用してやろうと思った自分のなんと浅はかなことか。そんな事出来る筈もないのに。

「はい、お願いします!」

 だから精一杯の明るい声で、瞳からこぼれる雫が喜びであると伝えた。
 自分は、この姉の、いや姉たちが誇れる妹になろう。
 皇族とか、ヴィ家とかなんて関係ない。コーネリアとユーフェミアの自慢の妹になろう。
 改めて、彼女はそう誓ったのだった。





[16004] Stage,08 『プレゼンテーション』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/03/14 23:07

「ゲリラのあぶり出しに成功しました」

 G-1ベースの指令室にある戦術パネルに、とある山とそれを囲むブリタニア軍のマーカーが映し出される。
 この山を本拠地とする武装グループは『侍の血』
 エリア11、中部エリア最大の武装勢力はいまや風前の灯だった。

「よし、アジトの位置を推測。情報を総督に送れ!」

 そのパネルの前で、いかにも軍人といった面持ちの男が指示を飛ばす。
 アンドレアス・ダールトン将軍。
 短く刈った鳶色の髪をオールバックに纏め、がっしりとした巨木のような体躯を持つ壮年の武人だった。
 彼は纏う小豆色の軍服が示す通り、このエリアのコーネリア総督子飼いの将軍で、彼女が全幅の信頼を置く数少ない男の一人だ。
 軍事政治問わず、あの彼女が彼には助言や忠告を求めるのだから、その信頼の厚さは言うまでもないだろう。
 現在、そのコーネリアはこの指令室にはいない。彼女は此処をダールトンに任せて戦場に出ている。







「了解したダールトン。これより突撃する!!」

 山を囲む戦車部隊と、要塞化した山から突き出した砲門が撃ち合いを繰り広げる上で、一騎のナイトメアが山を下る。
 ファクトスフィアを仕込んだ顔面の両側に角のような部分が跳び出し、背に負うマントを翻す特別なナイトメア。
 第五世代であるサザーランドをさらに高性能化した第五世代最高のナイトメア『グロースター』のコーネリア専用機だった。
 黄金のショットランサーを右手に、左手にアサルトライフルを持って、彼女は基地に迫る。

「旧時代の遺物が!」

 彼女の接近に気付き、砲門が彼女の方を向くが、遅い。

「アルフレッド、リリーシャ、バート。遅れるな!」

『イエス、ユア・ハイネス!!』

 コーネリアの檄に、追従する二騎のグロースターと一騎の白い新型が応える。
 今回の作戦を新人の教育に使おうと思い立った彼女は、親衛隊への加入が若い順に彼らを作戦補佐に選んだ。
 もちろん彼らの中で最も若いのは、ランスロットに乗るリリーシャだ。彼女はこのエリア11で最初に選出された親衛隊でもある。

「はっ!」

 戦車砲の砲弾が山の斜面を吹き飛ばす中を、コーネリアのグロースターが高く跳んだ。
 それだけでもナイトメアで行うには十分にとんでもない事なのだが、彼女はさらに先を行く。
 いくつもある砲門の中から適当なものを瞬時に選び、まず左のスラッシュハーケンを。次にハの字の位置にある砲門に右のスラッシュハーケンを打ちこむ。
 そしてその二つのワイヤー巻き込み速度を巧みに操作する事で、空中にありながら彼女は敵の機関銃の掃射を無効化して見せた。
 左の巻き上げを止め、逆に右は高速で巻き上げてその勢いでグロースターを右へ引っ張る。そくざに捜査を入れ替えて左へ。
 多少被弾しても、ナイトメアの装甲ならば機関銃程度ならどうということはない。
 一気に距離を詰めて敵の懐へと飛び込んだ彼女は、本拠地に続くと思われる他の入り口にもランスロット達が到達したのを見て一度ダールトンと回線を繋ぐ。

「ダールトン、この奥だな?」

『はい、いかがいたしますか? 我々も……』

「この戦力差なら不要だ。我々だけでよい。三人とも、突っ込むぞ!」

 本拠地への攻撃ということで、ダールトンが増援を提案するが、コーネリアはそれをぴしゃりと断った。
 元々、ナイトメアの配備は確認されていない勢力である。
 陸戦でナイトメアの相手はナイトメア以外には不可能な現実がある以上、増援を無意味だという判断だ。
 コーネリアの指揮で四騎が侍の血の本拠地を強襲し、この日、ひとつの勢力が壊滅した。
 しかしその中に、あのゼロの姿はない。

「ゼロはここにも居なかったか。
 ひとつずつ潰しても埒が明かない。やはり炙り出すのが最適か?」

 ランスロットと二騎のグロースターを護りとして歩兵部隊が残党の処理および捕縛を行っている中で、コーネリアは獣の笑みでつぶやいた。









コードギアス
    閃光の後継者


Stage,08 『プレゼンテーション』










「―――――とこのように。
 サイタマゲットーでの今回の作戦では、先に周辺住民の避難を済ませておくべきだと提案します」

 トーキョー租界、ブリタニア政庁の地下深くにある会議室で、差し棒片手にリリーシャがプレゼンを行っていた。
 その会議室に並ぶのはコーネリア総督にユーフェミア副総督、そしてギルフォードやダールトンといったエリア11統治軍の幕僚たち。
 この会議室自体が有事の際には敵の空爆を避け、臨時の指令室として使用する部屋なのでこの場に文官の姿はない。
 本来ならば親衛隊入りしたとはいえ一兵士に過ぎないリリーシャもこの会議に参加する事は出来ないのだが、今回は次の作戦への提案者という立場で ユ ーフ ェ ミ ア に招かれていた。

「待て、それではイレブンへの慈悲が過ぎるのではないか。
 奴らは名誉ブリタニア人にもなれない愚図どもだぞ?」

 幕僚のひとりがリリーシャの案を否定するが、その意見に彼女は全く動揺の色を見せず、否と答えた。

「このエリアはこれまで我がブリタニアが制してきたエリアと違い、かつては先進国の一員であった国です。
 それゆえにこの国の先住民たちの教育レベルも高く、利用価値も高い。無駄に殺す事はないかと存じますが?」

 そもそも、何故こんな所で彼女がプレゼンを行っているのか?
 その理由は、数日前に遡る。







 / / / / / / / / /







 今回の作戦、サイタマゲットー壊滅作戦の草案を聞いたリリーシャは眉を顰めた。
 作戦の概要からして、あのシンジュクゲットーでクロヴィスが行った作戦を真似ているのがよく解る。それによってゼロを誘き出す算段なのだろう。
 しかしだからといって、あの地に住むイレブンの非戦闘員まで虐殺するのはいかがなものかと、内々に食事に呼ばれた席でコーネリアに上申してみた。
 これは正体を明かしてから定期的に開かれる食事会で、コーネリア、ユーフェミアにリリーシャ(ナナリー)という皇族三人の他に誰もいないというのも都合がいい。
 通常、このような場合は作戦の如何にかかわらず、上官はその作戦変更案を承認できない。自分の面子に関わるからである。
 だからこの様な形をとった訳で、その上でリリーシャは口だけではなくレジュメまで用意して理路整然と説明して見せた。
 そこで示されたデータにコーネリアは感心し、ユーフェミアは年下の妹に対して少々の複雑な感情を抱きつつも、その案への賛成の意思を示す。

「ふむ、悪くない。
 いいだろうナナリー、今度、この作戦に関しての会議が開かれる。その場で、今の案を提案する事を許す。
 そこで皆を説得してみるがいい」

 ワインを傾けながら、多少憮然とした態度でコーネリアは机にレジュメを放り出した。
 とはいえ表情とは裏腹にレジュメの紙面には万年筆でいくつも注釈やメモが書き加えられ、グラスの淵から覗く口元には微笑みが浮かんでいる。
 流石はボワルセルの卒業生と、彼女は心の中でリリーシャの能力に改めて賛辞を送った。

「ありがとう御座います。コゥ姉様」

 ちなみに彼女はリリーシャ(ナナリー)の提案力を名門ボワルセルで学んだ故と理解したが、実はそれだけでもない。
 最も大きな理由は、彼女の二人目の母であるリアス・ゴットバルドの教育だった。
 ちょうど息子のジェレミアに領地経営や政治のノウハウを教え込もうとしていた時にナナリーの決意を聞いた彼女は、少し早いと思いつつもナナリーにもそれを教えた。
 その後しばらくすると、自分が全力でフォローを行いつつも、彼女にも一部の領地の経営を任せたのだ。
 結果としてそれは散々だったが、そこで彼女は広い視野と重い責任を学び、さらに勉学への情熱を養った。一度だけとはいえ主席をジノから奪ったのもこの直後の事だ。
 今では彼女は新聞やニュースはもちろん、インターネットでのアンダーグラウンドな情報にも目を通し、取捨選択し、物事を多角的に見てその裏にある事実を必死に掴もうと努力している。
 今回彼女が十歳以上年上のコーネリアを説得出来たのは、このエリアに来てからかき集めたエリア11に関するデータの蓄積があったからこそだった。








 / / / / / / / / /







「次にこちらのデータをご覧ください」

 リリーシャの一言でディスプレイ上のスライドが入れ替わり、そこに現れたのは現在のゲットー以上に壊れた街の姿。
 大地震の後なのだろう。ライフラインが寸断され、鉄筋コンクリート製の高速道路が横倒しになっている。
 ぐしゃぐしゃに壊れた建物の間を縫うようにして、人々が復興作業に従事していた。
 そんな写真が何枚か続き、最後のスライドの横に折れ線グラフが表示される。

「これは皇歴1995年にエリア11の西部エリア、かつての兵庫県神戸市で起こった大地震の時の映像と犯罪件数の推移なのですが、御覧の通り、これほどに街が壊れているにも関わらず犯罪件数の増加がそれほどでもありません。
 他の国家。たとえば皇歴2010年にハイチで起こった同程度の地震災害と比較しても、この数字は突出して低い。
 またこの震災だけではなく、皇歴2004年の新潟や2008年の岩手でも同様の事が起こっています。
 信じられない事ですが、これらの地域おいては被災地にボランティアの車列が出来、救援物資が使いきれないほど集まったといいます」

「……それが、どうかしたのか? 平和ボケしているとしか思えないが」

 何枚ものスライドと詳細なデータを使ってつらつらと説明する少女の姿に戸惑いながらも、幕僚の一人が口をはさむ。
 他の者達も口には出さないがだいたい同様の意見だった。
 確かにボランティアの姿勢は個人的には称賛に値すると思うが、今回の作戦と、過去の災害時のデータがどう関係するというのか?

「はい、その通りです」

 その質問に対し、リリーシャは得たりと唇の端を釣り上げる。

「このエリアの民は『平和ボケ』するのです。
 旧日本国において、民主化がなされてからこれまでで民衆が政府に対して大規模な暴動等を起こした事例は一切ありません。
 唯一、学生が運動を起こした事がありましたが、それだけです。その争いでも死傷者はほどんど出ていません。
 それどころかこの国では民主主義を掲げながら、40年以上の一党独裁を許していました。
 一定の治安と生活を保障してやれば、彼らは牙を抜かれた従順な犬になると思われます」

 そこまで一息に言い、リリーシャは一度言葉を切った。
 ちょうどそこが意見の切れ目という事もあって、彼女は一度聞いている幕僚たちにここまでの質問や意見などを求めたのだ。
 それに応える様に会議室の奥から声が上がる。
 先陣を切り、椅子に座ったまま前に乗り出すようにして発言したのはダールトンだった。

「確かに貴様のいう通りだ。
 戦前の日本には何度か合同演習で足を運んだことがあるが、この国の人間は政治への関心が極端に低く、とりあえず平和ならそれでよしとする者達だった。
 経済的に豊かだったこともあり、平和ボケしていたのは間違いあるまい。
 で、ならばどうするというのだ、ゴッドバルト准尉?」

 ダールトンはこの場でリリーシャの正体を知っているだけに、若い彼女が必死に考えたであろう内容に感嘆の想いを抱いた。
 憮然とした風を装って周りの不満を押さえつつ、厳しく試す口調で彼女に先を促す。
 ダールトンという男は、大柄な体格といかにも軍人といった厳めしい風貌とは裏腹に、若い部下への理解は深い。
 なにせ戦災孤児を引き取って育てる程の男なのだ。
 有能ならば出自や年齢を問わない懐の大きな部分もあり、今回は彼女に力を貸してみようと判断していた。

「はい。そこで今回は先ほどお話しした住民の避難の際に、彼らの戦前の職業や経歴を詳細に記させます。
 その為の書類や身分証などを事前に用意させ、詳細な個人情報を登録させましょう。指紋も当然取ります。
 そうやって戸籍の管理を徹底してしまえば今後の労働力確保に有利に働きますし、逆にテロリストは身分が明らかになってしまうので出てはこないでしょう。
 無論、その場に現れなかった者達への対応に慈悲など必要ありません。殲滅してしまえばよろしいかと思います。
 彼らの潜伏先になっている地下鉄網などの地下施設の破壊も合わせて提案いたします」

 眼鏡の向こうの瞳を少しも揺らさず、リリーシャはさらりと告げた。
 別に彼女はただ優しいだけの人物ではない。
 サイタマゲットーに住む多数の非戦闘員には寛容さを示すが、それに混じって存在するテロリストや、その温床となる旧設備などに甘い顔をする気などさらさらない。
 むしろ一度全て新地にしてしまった方が、後々の復興を考えれば良いのではないかとさえ思っている。
 この当りのバランスは如何にもブリタニア貴族らしい彼女だった。

「……ふむ、そういう事なら悪くありませんね。
 テロリストのアジトや逃走経路を効率的に壊滅でき、住民への被害を抑える事でさらなるテロリストの発生を抑える訳ですか。
 ならばここで多少の手間をかける価値はあります。
 情報の整理は我々の監督の下である程度の実績を持つ名誉ブリタニア人たちにやらせれば、雇用も確保できますね」

 その意見に賛同したのは、ユーフェミア、コーネリアを挟んでダールトンと反対側に座るギルフォードだった。
 彼は以前からゲットーでの戸籍管理の不行き届きや旧地下鉄網の破棄に苦言を呈していただけに、これまでエリア11にいた彼女から上がった意見に同調したのだ。
 ダールトン、ギルフォードといった統治軍の有力者の後押しを受けた事で、それまでは経験の浅い副総督の推薦でこの場にいた若輩のリリーシャの意見を軽んじていた者達も真面目に意見を精査し始めた。
 ちなみに、ここまでコーネリアやユーフェミアは一切発言していない。
 ユーフェミアに関してはまだまだ未熟と自覚している事と、今回はリリーシャの紹介者としての立場ゆえ。
 コーネリアの場合は自分が早い段階で発言してしまうことで、会議の流れを決定づけてしまうのを避けるためだ。
 リリーシャがコーネリアに話を持ち込んだのにもかかわらず、『副総督からの推薦』という事でこの場に立ったのもそういう事情だった。

「しかし、集めたイレブンどもがその場でテロを起こしたらどうします?」

「それは集合場所にもナイトメアを配備すれば問題ないかと」

「しかし、仮に彼らが玉砕覚悟で爆発物などを持ち込んだ場合は?
 奴らが民間人への被害を考慮するはずというのは早計でしょう。所詮テロリストです」

「それはそうですが、でしたら荷物検査を徹底することで未然に防ぎます。
 なによりイレブンを大勢巻き込むような事をすれば、そのグループはイレブンからも見放されます。
 粛清される可能性もありますし、そんな愚行はいくら彼らでも実行しないかと」

 少なくともこの場にいる者達の中で、コーネリアの子飼いだった者達は実力主義の中で育った優秀な軍人だ。頭のキレも良い。
 彼らは即座にこの作戦の穴や、リリーシャが説明しきれなかった部分を指摘する。
 その隙をついて自分の意見を彼女の策の中に押し込むという強かさも見せる。失敗した場合の責任を押し付けたともいう。

「さらにこの様な話もあります。
 仮に1000個中5個の不良品が出来る生産システムがあった場合、我々ははじめから1006個の商品を作ればいいと考えます。
 しかしこのエリア11の技術者はその5個の不良品を出さない方法を考え、あくまでも不良品率ゼロに拘ります。
 時間に正確で真面目なイレブンの労働者の質は、他のエリアに比べて群を抜いて高い。
 それがかつて自動車やウォークマンで世界に技術力の高さを知らしめたトヨタやソニーを生んだのではないでしょうか?」

 次いでリリーシャが指摘したのは労働者の姿勢の違い。そう言えば確かに、日本製の製品は質がよく故障の少なかった事を彼らは思い出す。
 ナイトメアのパイロットにとって最も恐ろしいのは、敵前で機体に不具合が起こる事だ。
 トラブルの起こらない、安定した機体に乗る事が出来れば、これ以上心強い事はないだろう。
 機械工業や科学産業に強い日本人の事を思い出し、一部の者はだんだんとリリーシャの締めの言葉が見えてきた。

「そこで私はブリタニアのエリア統治法に基づき、コーネリア総督は次の作戦においては非戦闘員の保護も並行して行われますよう進言します。
 このエリアは既に矯正エリアではなく途上エリアであることをイレブンに示し、一定の慈悲を与えることでブリタニアへの帰属を促しましょう。
 そして衛星エリアになった暁には、このエリアを中華連邦を含む対東アジア、および対オセアニアの前線基地にすべきです。
 サクラダイトの豊富なこのエリアでナイトメアの生産と修理を行えば、我々ブリタニアはさらに有利になります」

 そう言って、リリーシャはプレゼンを締めくくった。
 ブリタニアの統治法についてこの場の幕僚たちには今さら説明するまでもないが、それは次のようなものだ。
 まず矯正エリアにおいては徹底的に現地住民を武力で押さえつけ、抵抗する気力を無くさせる。
 次に途上エリアになった暁にはその抑圧を少しだけ緩める。衛星エリアではさらに少しだけ緩める。
 これを順次総督を変えながら行うと、最初に比べれば格段に待遇は悪いのに、『この間よりも良い』という感覚が生まれる。
 そしてそれは抵抗する気力を奪い、衛星エリアで総督となった人物への尊敬が生まれてくるのだ。
 そうやってブリタニアは、植民エリアから富を吸い上げつつもエリアでの抵抗活動を抑え込んでいた。



「―――――無茶苦茶だな、ゴットバルト准尉」



 リリーシャの意見を叩き台として活性化していた議論が、コーネリアの一言で凍りつく。
 重々しい低い声を発した女総督は、腕を組んだままの姿勢で背もたれをギシリと鳴らした。

「穴だらけで未熟、子供の理論だ。恥を知れ」

 背もたれから背中を放し、ピン、と自分に配られたレジュメを指で弾く。
 その様子を見て、クロヴィスの頃から変わらず軍の幹部を務めている幕僚たちは震えあがったが、コーネリアの顔に浮かんでいる表情を見た彼女直属の将たちは皆一様に苦笑いを浮かべた。
 中でもダールトンやギルフォードなどは、彼女の表情からそこに込められた意思を完全に読み取る。はたして彼女の口から出たのは、彼らの予測通りの言葉。

「だが貴様の熱意だけは伝わった。
 いいだろう、ゴットバルト准尉。貴様のその熱意に免じて、今回はこの作戦を採用する。
 各々、意見があるなら述べよ」

 その一言にやはりと頷いたダールトンが促し、リリーシャの策を軸とした軍略が組み上げられていく。
 今回、実は既にコーネリアが作戦の内諾を与えていた事を彼は知らないが、幼少のころからリ家の二人の姫を見守ってきた彼は、ある意味ではこのエリアで最もコーネリアを理解している人物かもしれない。
 ダールトンはコーネリアの厳しい表情が、実は彼女のリリーシャ(ナナリー)に対する期待の裏返しであると的確に見抜き、上官の意に沿うように会議を切り回す。
 プレゼンを終え、発言権を失ったリリーシャは時折飛んでくる質問に答えながら、どうやらコーネリアからは合格点を貰ったようだとホッと胸をなでおろした。

 実のところ、今回の理論は暴論もいいところだったりする。
 最後の部分など、以前偶然データ形式のものを入手した旧日本の極道マンガの中でブリタニアの外交官に日本の新鋭政治家が叩きつけたものなのだ。
 その他もネット上の日本語サイトでとっかかりを得て、それにデータを補足したものなのだが、中々の好感触だったので良しとしよう。
 ブリタニアの公用語だけでなく、このエリアの日本語も操れる彼女ならではだった。

「リリーシャ」

「はっ!」

 ディスプレイ横で少しボーっとして思考にふけったまま立っていたのを見抜いたコーネリアの声で我に返る。

「今回は貴様の策を採用したが、調子にのるな。これは貴様の親衛隊就任への報酬と考えよ。
 その上で、今回貴様には集めたイレブンどもの監督を命ずる。自分で言い出した事なのだ。否とは言うまい?」

 机に肩腕を置いた姿勢で発せられた命令に、唾を飲んだのはリリーシャではなく他の幕僚だった。
 言うまでも無くリリーシャは武官であり、しかも他の部隊から引き抜かれた若手である。
 先日の兄の暴挙の事もあって、彼女は今回の作戦でもある程度の功績を上げる事が期待されるのだが、このコーネリアの一言で彼女はプレゼンの対価としてその機会を棒に振ったことになる。
 とはいえリリーシャにしてみれば目立つのはあまり好ましくない上に、皇族である以上、そう焦って功績を積む必要はないのだが、それは皆には解らない。
 コーネリアの一言はリリーシャに向けられながらも、その狙いは周囲で聞く者への牽制だった。
 この決定で、リリーシャは相対的に己の地位を落す事になる。
 若輩のリリーシャの意見を承諾する事で他の若手が我も我もと意見を上げてきては収集がつかなくので、その対応策だった。
 軽々に意見を述べても己の価値を落とすだけだぞと脅し、一方で真に有益な意見ならば受け入れることも吝かではないと態度で示す。
 策そのものが目的であるリリーシャと違い、それによって上を目指そうとしたのに逆に地位が下がっては元も子もないのだから。

「イエス、ユア・ハイネス」

 もちろんリリーシャはコーネリアの命令を最敬礼を持って受け取り、これを持って役目を終えた彼女は会議場の末席へと戻った。







[16004] Stage,09 『サイタマゲットー掃討作戦』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/03/14 23:18

「よろしかったのですか?
 イレブンのテロリズムに屈したかのような決定をなされてしまって。
 これでは多数のテロリストを逃がしてしまう結果になりかねませんが?」

 エリア11、サイタマゲットー外縁部。
 そこに鎮座するブリタニア軍のG-1ベースから、ギルフォードは眼下に広がる黒い人の海を見下ろした。
 走る戦艦に例えられるこのG-1ベースは、かつてのシンジュクゲットーでクロヴィスが使用ていた蜘蛛のような移動要塞である。
 積載ナイトメア数はゆうに20騎を超え、さらに各種レーダー機器と通信機器を備えたこれは、まさにブリタニア軍の象徴ともいえる陸上の旗艦だった。
 その正面には多数の白い屋根を持つマーキーテント(六本足で、よくイベント等で使われる大型テント)やコンテナが並べられ、即席の住民登録所となっていた。
 黒い海とは、その登録書に並ぶイレブンの群れである。

「逃がさんよ。この登録時に少しでも不審な行動をとったり、テロリストと関係があると思われる者は別室で取り調べを行う手筈になっている。
 それに何のために身分証を用意させたと思っている?
 詳細な身辺調査と戸籍の管理が行われると分かれば、テロリストどもは迂闊に此処を訪れることなどできまい。
 頭さえ潰してしまえば、あとは口ばかりで自分からは行動できぬ脆弱者ばかり。恐れるに足りん」

 己の選任騎士の意見を鼻で笑ったコーネリアは、休憩のために用意された紅茶を口に含む。
 現在、彼女たちがいるのはG-1ベースの指令室ではなく、そのそばに設けられたコーネリアの私室件執務室だった。
 サイタマゲットーでの作戦があるとはいえ、いやだからこそ、総督を務める彼女が決済しなければならない書類は多い。
 昨夜ひそかに包囲の完了した後で、サイタマゲットーの住民に対する呼びかけを行った時点で作戦は始っている。
 数時間前に現場入りしたコーネリアは、作戦の開始を待ちながらギルフォードとともにデスクワークに打ち込んでいた。

「そういえば、ナナリー殿下は?」

「あ奴なら、朝から住民の整理を行っている。奴の提案した『できる限り柔和そうな軍人』たちと共にな。
 確かに軍人に嫌悪感を持つイレブンどもに我らは高圧的に映ろうし、それで萎縮されては仕事が進まない。
 それに容姿だけで我らを侮り、迂闊な行動に出たイレブンも何名か拘束できた。
 奴らはテロリストとは別の意味で不要な存在だ。この機会についでに処分できて幸いだった」

 ギルフォードの質問に的確な答えを返し、コーネリアは紅茶を飲みほしてカップの代わりにペンを握る。
 それを休憩終了の合図ととったギルフォードも踵を返し、自分の机に座った。








コードギアス
    閃光の後継者


Stage,09 『サイタマゲットー掃討作戦』










「ふう、何とか間に合いましたね」

 登録者の整理から戻ってきたリリーシャは、コンテナの中に設けられた登録所の本部でほっと息をつく。
 昨夜午前0時に包囲を完了し、ゲットー各所に設けられたスピーカーと兵士たちの呼びかけによって集められたイレブンたちの住民登録は、午後2時をもって大方終了した。
 作戦開始が午後3時。その2時間前には作戦に参加する将兵たちは準備のために抜けることになっていたので、この業務は時間との勝負だったのだが、なんとかその戦いに勝利できたようだ。
 大部分の人間が抜けたラスト1時間の目の回るような忙しいさ思い出し、再び息を吐く。
 それは周囲に座る同僚たちも同様だ。

「リリ、コーヒーいる?
 それとセシルさんが何か食べるものを作ってくれるって」

「ありがとうアーニャ。貴女もひとまず休んでください」

 この業務には、アーニャやセシルなど女性士官が主に駆り出されていた。
 住民の整理には、比較的優しげな雰囲気の男性を用いている。文官も少しは連れてきているが、有事の際に対応できないので最小限だ。
 純血派のヴィレッタも候補には上がったのだが、彼女の主義主張は今回の作戦に合わないので却下された。
 彼女は現在、先のオレンジ事件のせいで後方待機を命じられているジェレミアやキューエルとともに外縁部の幹線道路を抑えているはずだ。
 リリーシャのお陰で降格などの処分こそ受けなかったが、名誉を傷つけられたジェレミアなどは「こんな戦場の外れでどうやって汚名を雪げというのか!」と吠えているが、今回の作戦ではゲットーから逃げ出すテロリストの殲滅も重要な任務であるとヴィレッタに諭されている。
 そういう意味では、彼女を起用しなくてよかったかもしれない。

「さあリリーシャちゃん、皆さん。召し上がれ♪」

「…………」
「…………」

 机の上に並べられた皿の上の物体を見て、リリーシャや彼女と同じように着席するほかの武官たちは皆一様に彫刻化した。
 これを食えと!? と思わずセシルを見返すが、そこにあるのは悪戯心など微塵もない満面の笑み。100%善意。だからこそ恐ろしい。
 そこにあったのはマウスの半分くらいの大きさに握られた酢飯の上に生クリームや各種ベリーを並べた不思議料理(断じて寿司とは認めない)や、トマトを混ぜ込んだと思われるスクランブルエッグ。ベーコンとサーモンのクレープ。
 セシルは硬直した面々を不思議そうに眺め、不思議料理を指して「このご飯料理はエリア11の伝統的な料理なんですって」などとのたまうが、このエリア11に詳しいリリーシャの意見を求めるまでもなく、「違う、間違っているぞ!」と皆は心の中で盛大にツッコミを入れた。
 確かに此処にいる面々は皆、登録作業の始る夜明け前に食事をしたきりだが、だからといってこれを食べるには勇気が足りなかった。
 空腹という最高の調味料でも負ける。完敗だった。
 この食材なら、どう考えても別のパターンが見えるというのに、なぜこうなったと盛大に疑問符を飛ばした。

「セシルさん、それは自分で食べたらいい。リリたちはこっち」

 震える手でセシルのワンダークッキングに手を伸ばそうとしたリリーシャの耳に、救世主の声が届く。
 アップにしたピンクの髪を揺らしながらちょこちょこ歩いてきたアーニャの手にあるトレイには、ベーコンエッグやトマトサラダ、ベリーのクレープ。変わり種ではサーモンの巻き寿司などの正解料理が並んでいた。
 その後ろから歩いてくる女性の手には人数分のコーヒーが入ったカップが置かれたトレイが在る。

『ルクレティアさん、アーニャ、グッジョブ!!』

 と心の中でサムズアップをしたのはリリーシャだけではない、この場の全員だ。
 ちなみにルクレティアはこの業務に随行した優秀な文官である。
 普段は政庁の総務課に勤務する豪奢な蜂蜜色の金髪と、耳の左右で揺れる二房の三つ編みが印象的な十代の女性で、今回はその能力を見込まれて作戦に招かれていた。
 総務課のアイドル的な彼女には意外な事に護身術の心得はあるようで、それも加味しての決定だった。

「ところでリリ、この後の仕事は?」

「う~ん、目途がついたってだけで私たちは引き続き登録作業とその手伝いかな。
 アーニャは確かこの機会にランスロットに乗ってみるんだっけ?」

「ん……」

 リリーシャの親衛隊入りに際して、コーネリアはシュナイゼルと掛け合い、特派の研究に出来る限り協力するという条件で指揮権を完全に譲り受けた。
 元が第二皇子の直轄なので、現在もコーネリア第二皇女の直轄扱いだが、そのコーネリアが駐屯軍のトップなので特に命令系統に混乱はない。
 故に今回は特派も戦場の端にヘッドトレーラーで乗り付け、包囲に一役かっている。
 それを利用して、何名かのパイロットを借り受けたロイドはランスロットの騎乗データを取るつもりらしい。
 セシルなどは突然の待遇改善に首を傾げていたが、上司の「気にしない気にしない。幸運だねぇ」という言葉でとりあえず納得した。
 人を食ったような態度のロイドだが彼は信用できる人物だし、こちらに不利益はないからまぁいいかと割り切ったのだ。やはり彼女も研究一直線の人間である。

「そういう訳だから、私たちはこの辺りで特派に戻るけど、ランスロット無しで大丈夫?」

 ブルーベリー寿司もどきをもぐもぐと租借し、それをコーヒーで流し込んだセシルがリリーシャの方を向いた。
 リリーシャはセシルが食べ終わったのを自慢の聴覚で聞き分けて確信してからセシルと視線を合わせる。
 彼女の食事風景が精神とか胃とかに悪いのは分かるが、才能の無駄遣いだった。

「問題はありません。コーネリア総督の命令で代わりにグロースターを用意してもらいましたので。
 むしろ、そのグロースターをランスロットの予備パーツでカスタムしていただいた事に感謝しているくらいですよ。
 あれなら威嚇効果も抜群です」

「確かに、あれは迫力がありましたね」

 セシルに向けられたリリーシャの言葉に反応したのは、セシルではなく隣で聞いていたルクレティアだった。彼女は視線をグロースターのある方向に泳がせて苦笑いを浮かべる。
 その視線の先。
 登録窓口のあるコンテナのすぐ隣には、ランスロットのものとは違う幅広のMVSを地面に刺し、その柄頭に両手を重ねた姿勢でやや下方を睨みつける親衛隊仕様のグロースターがマントを翻して直立していた。
 ちなみにグロースターはブリタニア軍でも限られた人間しか騎乗できない第五世代の最新鋭機なのだが、コーネリアの親衛隊では彼女の名声も手伝って予備機もいくつか所有している。今回彼女に回されたのはその中の一騎だ。
 だからといって、目立つから丁度良いと集合の目印にするのはどうかと思うけれど。

「リリ、それは違う。
 グロースターの改造はあくまでもロイドさんの趣味。リリの件は建前だから」

 ぴしゃりと言ってのけたアーニャに、今度はセシルが苦笑いを浮かべた。

「そうね。実は今回の改造は、次に作る予定の第七世代-第五世代のハイブリット機のテストを兼ねているのは事実だわ。
 予算が降りたら、サザーランドかグロースターをベースにして開発に入るかもしれないわね。
 あのグロースターに装備させた新型MVSもそのために開発したものよ。量産を視野に入れた仕様だから、出力はランスロットのものよりも落ちるけどね」

「ああ、そうだったんですか。
 でもグロースターはサザーランドの発展型だから、ランスロットのパーツで改造するなら結局同じものが出来そうですね」

 確かに、とナイトメアの話になって急に饒舌になったセシルにリリーシャは返事を返した。
 そんなわけで、今回の作戦でランスロットはリリーシャの手元に無かった。
 だが代わりにとコーネリアから与えられたグロースターも、流石は最新鋭機と思わせるような機動性能を持つ。
 特に膝に内蔵されたガニメデと同系統の駆動システムのお陰で運動性能が格段に上がっている。
 武装を突撃槍から両手剣に持ち替えたことでより細かい制御を要求される肘と手首周りを弄った程度で、リリーシャの操縦についてこられるだけの機体になったことからも、その性能が窺い知れる。
 ちなみにコーネリア、ダールトン、ギルフォードの三人のグロースターには、勿論さらに高度な改造が施されている。

「じゃあ私はもう行くわね。リリーシャちゃんも頑張って」

「はい。あ、今回の結果は後で教えてくださいね。
 私もまだランスロットを完璧に扱えるわけではないので、何かヒントが欲しいですから」

「了解。ついでに纏めておくわ」

「じゃあね、リリ」

 また後で、と挨拶を残して、セシルとアーニャはコンテナから去って行った。
 それを切っ掛けにリリーシャやルクレティアたちも立ち上がり、食事の後始末をしてめいめいの仕事に戻って行った。







 / / / / / / / / /






 包囲網のわずかに外側の廃棄ビル群の間を白い機体、ランスロットが駆け抜ける。
 現在、その機体に騎乗しているのはアーニャだった。
 武装もMVSは外され、右腕に持つ銃もヴァリスではなく奇妙な形のライフルに換装されている。

「アーニャちゃん、実際に操縦してみた感じはどう?」

「あり得ない。機動がピーキー過ぎる。
 よくこんな機体をリリは操縦してると思う、けど―――――ッツ!」

 不意にアーニャの言葉が途切れた。ランスロットが加速から急速旋回したことで重力が彼女の肺を打って言葉を詰まらせたのだ。
 彼女はリリーシャには及ばないものの、一般兵が見たら目を丸くするような機動を行いながらセシルと通信していた。
 ランスロットの機体が1/4回転した感触をコックピットで受け取ったアーニャは素早く操縦桿を動かして姿勢を制御。脚を地面に滑らせながらライフルを両手で構えて、目標が見えた瞬間にそれを照準、引き金を引く。
 実際に弾丸は発射されないが、データ上では発射された事にされた弾は空気を裂き、目標である旧時代の丸い道路標識に命中した。

「個人的な感想だけど、悪くない。
 これほど私の要求に応えてくれる機体は初めて。
 サザーランドだと照準して撃つまでの時間がコレの3倍はかかる」

 ガリガリと路面を削るドリフト状態を制御し、アーニャが感想を述べた。
 この試験は、T字に曲がった道の左側にある目標を破壊するまでのタイムとその方法を計測するというものだった。
 初期位置と目標の間に廃棄されたビルが遮蔽物となっているので、どうやってそれを躱すかがタイム短縮の鍵になる。
 大抵はまずT字路の突き当りまで進み、そこでブレーキをかけつつ旋回して目標を照準、射撃という手順を踏むのだが、やはり射撃においては天才と目されるアーニャは違っていた。
 フルスロットルで道を駆け抜け、突き当りの手前で1/4回転。足の裏で地面を削りながら目標の方を向き、角からそれが見えた瞬間に激しい震動をものともせずに狙撃した。
 もちろん、突き当りにあるビルと衝突するということなく、直前でランスロットをストップさせてさらなる目標の出現に備えている。

「流石ね。リリーシャちゃんといい、貴女といい、最近の若い子の力には驚かされるわ」

 それを特派のヘッドトレーラー内にあるコンソールから眺めていたセシルは感嘆のため息を吐く。
 狙撃優位なミッションである事もあって、今回のアーニャの記録は歴代トップ。もちろん本日騎乗した者の中ではぶっちぎりだった。
 ちなみにリリーシャの場合はT字路の道幅を最大限に利用して姿勢を低く保ち、T字路を右側の角、突き当りの壁に機体を擦りながらスピードスケートのように高速移動。
 逆手に構えたMVSで目標を切り飛ばすという離れ業をやってのけた。
 いくらランスロットの優れた計算能力を使ったとはいえ、もはや彼女は天才を通り越して化け物だと思う。

「これでテストは終了?」

「ええ、お疲れ様。帰ってきて下さい」

「イエス、マイ・ロード。けどその前に、」

 テスト終了を告げるセシルの言葉を受けて、アーニャはランスロットを走らせる。
 だが、彼女はそのままヘッドトレーラーに戻ることをせずに、先ほどのミッションの開始位置で再び前を向いた。

「もう一回やらせて。
 この条件でのミッションなら、さらにタイムは縮まる」

 思わぬ追加ミッションの申請に、セシルは驚くが、その申し出は彼女の後方からコンソールを覗き込んでいたロイドによってすかさず承認された。
 彼の声を聞き、アーニャは無言でキーボードを叩き、ミッション開始ボタンを押す。と同時にその場でライフルを構え、そのまま手動で銃の位置を調整し、引き金を4回引く。
 さらにライフル―――試作型の可変ナイトメアライフルを狙撃モードに変形させ、ランスロットのファクトスフィアを展開して目標を確認。即座に引き金を引いた。

「たぶんこれで目標を破壊できた。確認して」

 謎の行動にセシルはあっけにとられていたが、ニンマリと笑ったロイドに促されてセシルがデータを地形データ込みでシミュレートする。
 はたして彼女の言葉は、当たっていた。
 シミュレートの結果、初めの4度の狙撃、正確にはその三発目で銃口と目標の間にあった廃ビルを銃弾は貫通し、目標までの障害が無くなった。
 そこを可変ナイトメアライフルの狙撃モードを利用した針の穴を通すコントロールで打ち抜いている。
 タイムは当然、先ほどのアーニャの記録よりもさらに早い。というか、移動にかかる時間がないぶん格段に早かった。

「どう?」

「確かに当たっています。お疲れ様でした」

「ん、反則だけど」

 セシルの驚愕を孕んだ声に僅かに喜色をにじませた声で答え、アーニャはランスロットをヘッドトレーラーに向けて走らせた。
 訂正しよう。
 アーニャも十分、化け物だった。







 / / / / / / / / /







「いや~、彼女、すごいねぇ。
 これ、本国のラウンズ並みの数値なんだけど。そういえば、彼女もボワルセル士官学校だっけ?
 エア二グラム卿やコーネリア総督と同じく~」

 アーニャのテスト時のデータを閲覧し、嬉しそうにロイドは頬を釣り上げる。
 一方のセシルは、彼女のあまりの腕前に唖然としっぱなしだった。あれで14歳だというのだから反則もいいところだ。
 リリーシャちゃんといい、最近EUを相手に目覚ましい活躍をしたジノ・ヴァインベルグ卿といい、このところ若い世代の台頭が目覚ましい。

「そういえば、このあいだの無頼のパイロット、枢木スザクも17歳でしたっけ。
 ロイドさん、彼のデータって確保できました?」

「ん、なぁに?」

「だから、シンジュクの時の枢木スザクが乗っていた無頼のデータですよ。
 うちのランスロットが捕獲したんですから、データくらいは貰ってくるって言ってたじゃないですか」

 セシルが言っているのは、クロヴィスが暗殺されたシンジュク事変の際にとらえた枢木スザクの戦闘データのことだ。
 あの時、ブリタニア軍は無頼を爆散させることなく彼の身柄を捕獲したので、その中にあるブラックボックスには戦闘データが残っているはずだった。
 第四世代の理論反応速度を超えるあの機体には、特派ならずとも興味を示している。
 時間的に、ブラックボックスの中に詰まっているはずのデータの解析そろそろ終わるころなのだが……

「ああ、あれかぁ。あれならもう終わってるよ。
 メインサーバーの『Enemy』のフォルダに入れておいたから」

「ちょっとロイドさん! なんでもっと早く言ってくれないんですか!」

「だってぇ、僕のランスロットの役に立ちそうなデータじゃないんだもん。あれはデヴァイサーがいいんだよ。ただ――――――」

 こっちはずっと待っていたのに、とセシルはロイドを責めたが、当の本人は飄々とした態度で手をヒラヒラさせる。
 セシルの方も強い口調で言ってはみたものの、彼がこれくらいで堪える筈もない事を知っているので早々に目をディスプレイに向けた。
 マウスを操作し、数回のセキュリティチェックをクリアして目的のファイルを開く。

「え、これって……」

 そこに書いてあったのは、少しばかり驚きのデータだ。
 明らかに第四世代、第五世代とは一線を画す改造方式。それはむしろ第七世代であるランスロットの設計理念に近い。
 それは彼女たちと同様、日本解放戦線に協力する何者かが第七世代に相当するナイトメアの理論を組み立てていることの証明だった。

「ガニメデ式の脚部に、ユグドラシルドライブの亜種。
 命令伝達回路にも手が加えられてる。
 確かにどれも今のランスロットには必要のないデータですけど……」

 このデータを『ランスロットにとっては無意味』と切り捨てられるロイドの感覚はやはりちょっとどうかしていると思う。
 確かにそのあたりの事は特派には関係がないし、そんな機体をランスロットはいとも容易く撃破して見せたが、それはそれである。
 今頃、駐屯軍に所属する技術者たちは大慌てではないだろうか?
 この理論を元に開発を進めれば、第四世代の改造機で第五世代のグロースターに対抗するだけの性能を叩き出せる。いや、

「あるいは第七世代並みに―――――」
「それよりさぁ、セシル君!」

 思わず思考の世界にダイブしてしまったセシルを咎めるように、ロイドが耳元で彼女を呼んだ。
 その事のセシルは驚いて耳を押さえ、次いで自分の顔のすぐ近くにロイドの顔があった事にまた驚いて頬を赤く染めた。

「今回のアーニャ君のデータの方が興味深いよねぇ。
 これは、今度のハイブリット機のデヴァイサーは彼女に決まりかなぁ。
 ねぇ、例の可変ヴァリス。本気で造ってみる?」

「そ、そうですね。
 どちらも予算がおりたらの事ですが、ヴァリスの件については進めた方がいいんじゃないですか?
 今の感触ですと、最低そっちくらいは通りそうですし」

 何とかその動揺を押しこむ事に成功したセシルは大して気にとめた様子もないロイドの事を少し残念に思いながらも言葉を繋いだ。
 今回アーニャの使用した可変ナイトメアライフルの発展型、遠近両用の可変ヴァリスについては、ランスロットの汎用性を上げる武装として早い段階から予算の申請を行っていた。
 申請先はシュナイゼルだったが、最近の待遇改善でコーネリア側からも予算を取り付けられる可能性があるため、特派では本格的な設計に入っている。
 予算が下り次第、必要な物品の購入などを行えるように今から準備しているのだ。

「アハ! そういう意味ではアーニャ君の存在と今回のグロースター提供は大きいねぇ。
 エネルギー消費の問題は、ヴァリスに中型のエネルギーパックを内蔵してしまえば解決するだろうし。
 大型で取り回しが悪くなるのが欠点だったけど、リリーシャ君じゃなくアーニャ君なら問題ないね。
 あの子、きっと使いこなしちゃうよ?」

「提供された機体がグロースターというのも大きいですね。
 サザーランドでは出力面で不安がありましたけど、グロースターならランスロットとまでは行かなくとも、十分な運用が可能です。
 でもロイドさん、あのグロースターって本当にうちが貰ってもいいんですか?」

 ディスプレイ上に表示したデータを見直し、改めてこれからの方針を話し合う二人。
 特派ではよくみられる光景だが、これが特派最大の強みかもしれない。
 誰に素晴らしいアイディアが舞い降りるかわからないのだ。トップの一存ではなく、上司を含め活発な意見が飛び交う研究機関は強い。
 さらにトップのロイドは少佐の地位を持つ伯爵。公の場での権限も有る。
 そう言った意味で、特派には研究機関として理想的な環境が整っていた。

「大~丈夫。可変ヴァリスさえ開発しちゃえば、きっとあのグロースターはそのままアーニャちゃんの専用機になるからねぇ。
 セシル君、僕らが開発しようとしてるのを他のデヴァイサーが使えると思う? 少なくとも僕は、汎用性なんて重視する気は無いよぉ?」

「……無理ですね。たとえ使えたとしても、ギルフォード卿以上の力量が要求されそうです。
 解りました。今回のアーニャちゃんのデータを提出する際に、さりげなくそう付け加えておきます。
 コーネリア総督は部下の実力はお認めになる御方ですし、ダールトン将軍は使える者は使う御方です。きっと大丈夫でしょう」

 そう言ってセシルは、さっそく軍の上層部に提出する書類の作成を始めた。
 ちなみに先ほどまで彼女が担当していたテストパイロットへの指示は既に別の者に引き継いでいる。
 というか、アーニャだけは新型装備のテストも兼ねていたのでセシルが担当したまでで、通常はこの特派の副主任である彼女の担当ではないのだ。
 オペレーターとしての技量から戦場ではランスロットに指示を送る彼女だが、それ以外の場面ではもっと重要な仕事をこなす必要があるのだから。
 セシルは戦術パネルから目を離し、嬉しそうにディスプレイ上のデータを吟味するロイドの横顔をちらりと確認した後、自身もPCのキーボードを叩き始めた。




 / / / / / / / / /





『作戦行動終了。全軍、第4フォーメーションへ移行。
 作戦行動終了。全軍、第4フォーメーションへ移行』

「ん~~、はぁ。
 あ。あっちも終わりましたか。ロイドさん、そっちはどうですか?」

 マウスを操作して文章を保存し、セシルはうん、と椅子で伸びをした。
 同時にサイタマゲットー全域にコーネリアの声で作戦終了がつげられ、戦術パネル上ではG-1ベースに続々とナイトメアが帰還していく。
 最も作戦の中盤で親衛隊以外の機体は前線から下げれれており、現在帰還しているのは彼らと外縁部に布陣していた部隊だけだが。

「こっちはあと1人で終わり~。
 全軍撤退には十分間に合いそうだねぇ。あ、アーニャ君。このメモを整備班まで届けてくれる?」

「了解」

 ロイドの方はとっくにデータの解析を終え、書類仕事に入ったセシルの代わりにランスロットのテストパイロットの様子を監督していた。
 その銀の双眸を細めて送られてくるデータの細部までチェックし、気づいた事をメモに書いてアーニャに渡す。
 直接メールで整備班に送ってもいいのだが、現場に出てPCの前にいない可能性も考えると、原始的な方法で伝令を走らせた方が効果がはやいとの判断だ。
 現在は特派でロイドの指示を受ける立場にあるアーニャは、それに不満を示すこともなくピンクの髪を揺らして特派の指令室から出て行った。


 トラブルが起こったのは、そんな時だ。


「ロイド主任、ちょっといいですか。
 コルネリウス隊のアルバ少尉が市街地で突然ナイトメアから降りてしまわれたのですが、何か指示を出されました?」

「ぅん? いいや、出してないけど??」

 ふと、テストパイロットへの指示を担当していた研究員の一人がこちらを振り返った。
 彼によるとアルバ少尉はひどくあわてた様子で、こちらの制止も振り切ってランスロットから降りてしまったというのだ。
 一応、パイロットへの指示はロイドの前にあるパネルからでも行えるため、彼はこの不可解な行動はロイドの指示かと思い訪ねたのだが、どうやらそうではないらしい。

「ふ~ん。カメラには何か映ってた?」

「いいえ、残念ながらメインカメラからは死角になっていたようですので。
 他の方向をカバーするサブカメラからの映像までは受信する設定になっていませんし。
 ランスロット内にはデータは残っていると思いますが」

「ふぅん。まぁトイレかなにかでしょ」

 アルバ少尉はナイトメアの腕は確かなのだが、その分勝手な行動が多い人物でもあった。
 だがそれはブリタニア軍人にはよくあるものだったので、今回の行動もそうなのであろうと楽観視する雰囲気があったのは否定できない。
 その緊張感の隙間を、狙い撃たれた。
 突然、特派の指令室に緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く。

「ランスロットが急発進しました!
 対象は予定のコースを無視し、サイタマゲットーの包囲の内側に突入!!
 予測される進路は、コーネリア総督のおられるG-1ベースです!!」

 悲鳴に近い男性研究員の声がオペレーションルームに響き渡る。
 その声にロイドは目の前のディスプレイに釘付けになり、セシルは声の主の隣に素早く移動した。
 キーボードにランスロットへの強制通信回線のパスワードを打ちこみ、強引に繋げる。

「よし、回線開きました!」

「メインディスプレイで開いて。
 手の空いている者は全員、メインディスプレイに注目っ!」

 そう指示を飛ばすのはロイド。
 彼の通常ではない危機迫る態度を気に出来るものはセシルくらいだ。それも、そこに現れた映像で吹き飛ばされる。
 はたしてそこに映った人物は、その姿のみで皆のド肝を抜いた




『はじめまして、技術部の皆様。
 誠に勝手ながら、この機体はしばらくお借りしますよ』



 のっぺりとした、無機質な黒い仮面。
 肩にかかる黒を基調としたマントと、その下に身に付けた青と金のツナギ。
 彼らがあの枢木スザク強奪事件で見たままの、ゼロの姿がそこに在った。



[16004] Stage,10 『白き騎馬、黒き騎士』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/03/17 13:36
 トーキョー租界、アッシュフォード学園のクラブハウスに彼は住んでいる。
 現在、エリア11の話題の中心に居る『ゼロ』という名のテロリストが、まだ高等教育を受ける17歳の少年であるなどと誰が想像するだろう。
 彼、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、その性と出自を偽り『ルルーシュ・ランぺルージ』としてこの学園の高等部に通い、同学園のクラブハウスで生活していた。

「乗るつもりか? 敵の挑発に」

 そしてもう一人。ルルーシュに話しかける、人形めいた美貌を持つ少女。
 彼の共犯者である女も、密かに彼と生活を共にしていた。
 透けるように白い肌と宝石のような琥珀の瞳。
 豊かでたわみのない緑の髪をベッドシーツの上にひろげ、白い拘束衣をまとった彼女は枕を胸に抱いてルルーシュのベッドに横になっていた。

「わざわざ招待してくれたんだ。
 それに、コーネリアには聞きたい事もあるしな」

「それは、生き別れたという妹の事か?」

 一方、部屋の主であるルルーシュは、コーネリアがメディアを通じて伝えてきたサイタマゲットー掃討作戦の内容を『ゼロ』への挑発であると察知し、あえてそれに乗るという大胆な決断をした。
 彼は今、己の作戦に従いブリタニア軍に潜入するために揃えた道具をアタッシュケースに詰めている最中だった。

「ああ。7年前に連れ去られてから、ナナリーが発見されたというニュースも、皇族に戻ったというニュースも聞かない。
 ならどこかの貴族に匿われている可能性が高いが、それが元後援貴族なら多かれ少なかれアッシュフォードの耳に入るはずだ。
 以前の俺たちと全く関係のない者が匿っている可能性も無くはないが、リスクが高すぎる。
 いずれ操り人形として皇族に戻すとしても、その時ナナリーの口から匿われていた――――実質軟禁されていた時の状況を語られてしまえばアウト。
 たとえ善意で匿っていたとしてもそれを敵対する皇族に見つかれば、皇族を拉致監禁していたとして家の取り潰しと一族郎党の処刑は免れない」

 そんなリクスを負うくらいなら、適当な理由をでっち上げてさっさと皇帝なり適当な貴族なりに売り渡してしまった方が早い。そうルルーシュは結論付けた。
 彼が思い出すのは妹と生き別れたあの日、焼け落ちた枢木神社の跡地で見たブリタニア軍人の姿。
 自分の名前を呼びながら必死に捜し回る男を見たが、結局自分は彼の前に姿を見せる事はしなかった。
 しかし後で冷静になって考えれば、男が呼んでいたのは自分の名前だけでナナリーの名前を呼ばない事に気付く。
 そして推理した。あの男は、既にナナリーを連れ去った上で、今度は自分を探していたのではないかと。
 彼の声と態度から、心底自分たちを心配していただろう事くらいは、読みとれた筈なのに、あの時の自分は冷静ではなかったと悔いた。
 同時に、あの時の兵士の姿を見ていたからこそ、今このような推理に辿り着ける。

「つまり貴様は一番妹を匿っている可能性があるのは、第二皇女コーネリアのリ家だと言いたいのか?」

「そうだ。特にコーネリアは母さんとの親交が深かった。
 母さんがアリエス宮に戻った時はいつも会いに来ていたし、士官学校時代には剣の修練に付き合ってもらっていた事もあるらしい。
 非情な女のようで、あの女はそんな人物の子供を無碍にできるような人間じゃない。だからこそ可能性がある。
 若い軍人くらいなら、当時でも自由に動かせただろうからな」

 最後に几帳面な彼らしくアタッシュケースの中の道具を指差し確認して、蓋を閉めた。その中にあの仮面はない。
 今回の作戦に彼は、ゼロの仮面は不要と判断した。そんなリスクを冒さずとも、コーネリアから情報を引き出す自身が彼にはある。
 そう、彼は持っているのだ。異能を。
 目の前の少女、C.C.(シーツー)が彼に与えた、絶対尊守の力。ギアスを。

「ブリタニアの破壊と、母殺しの犯人の情報。生き別れた妹を見つけること。
 いったいお前はどれが一番大事なんだ?」

 ふと思い出したかのように、C.C.がそんな質問を投げてきた。
 以前彼女の頭は枕に押し付けられたままで、瞳も眠たげに細められている。

「重要度は同じだよ、その3つは。
 ブリタニアの皇族は、次の皇帝の座を巡って常に争っている。いや……」

 ギリ、と怨嗟の音が聞こえそうなほどの勢いで、ルルーシュの紫水晶(アメジスト)の瞳が鋭さを増す。
 彼の脳裏に浮かんだのは、事件のショックで瞳を閉ざした妹の姿、そして、

「争わされているんだ、あの男に!」

 大国の玉座に座り、圧倒的な存在感と政治的剛腕をもってブリタニアを統べる、憎むべき実父の姿。
 神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの姿だった。









コードギアス
    閃光の後継者


Stage,10 『白き騎馬、黒き騎士』










「な――――――」

 その情報が飛び込んだのは、全くの同時だった。
 二画面に分割された画面の右側で、沈痛な面持ちで状況を説明する黒髪の女技術者も、その後ろで盗まれたと喚く銀髪の研究者も目には入らない。
 コーネリアの目は、左の作戦パネルに釘づけになっていた。

「何だこれはぁ!!」

 ダン、と玉座の肘掛を壊さんばかりの音を立てて立ち上がる。
 隣に侍るギルフォードすらも、驚きで絶句している。
 そうしている間にもパネル上には『LOST』の文字が踊り、また一騎、親衛隊機が潰された。

「~~~~~ッッ!!」

 理不尽さに奥歯を噛みしめる。
 戦略を練り、ゼロと思われる敵司令官を相手に完全な勝利を収めた。その筈だった。
 しかし最後の最後で、エリア11駐屯軍から特派の研究に参加していた一人のパイロットが全てをぶち壊しにした。
 奪われた第七世代はその評判通りの働きで、彼女の親衛隊を次々と撃破していく。
 戦術を戦略で覆される理不尽に、彼女は机に拳を打ちつける。

「我が騎士ギルフォード、我らも出るぞ。
 親衛隊に、G-1ベースまでとにかく後退するように伝えろ。
 こうなれば、総力戦で叩きつぶす!!」

 紫のルージュが引かれた唇の間から、瘴気が漏れているのではないかと思わせる程の怒気を孕ませつつも冷静さを失わない戦姫は、戦術的に最も正しい戦術を選択した。
 その裏切りの騎士が、只人であったならばの話だが。







「馬鹿な――――――」

 一方で、そのコーネリアと全く同じ反応をした者がいた。
 彼女の異母弟にして、宿敵となる仮面のテロリスト『ゼロ』ことルルーシュである。
 コーネリアの誘いに乗り、新宿の際と同様に地元のテロリストを指揮して彼女に近づこうとした彼だったが、その目論見は見事に失敗した。
 それは指揮官の経験や指揮能力の差も大きかったが、最大の原因は兵士の質。
 前回もそう悪くはなかったが、今回の相手はブリタニアでも1,2を争う精鋭部隊を含むコーネリアの軍勢。
 初期の展開で戦さ場の流れを読んだ彼女は、いまだ愚鈍なエリア11駐屯部隊を下げ、親衛隊のみでの制圧に乗り出した。

 それでも彼が新宿で指揮した『扇グループ』と呼ばれる者達なら何とかなったかもしれない。
 彼らは元リーダーである紅月ナオトの下、ある程度の作戦遂行能力があったし、エースと呼べるだけの戦士も居た。
 一部の例外を除いて、彼らはそこそこ出来るもの達ばかりだったのだ。
 だが今回は違う。ここにいたのは正真正銘の有象無象ばかり。
 己の事しか考えず、大局も読めないくせに、それを読むものの指示にも従わない。
 確かに突然現れた者が信用できないのは解るが、自分たちのリーダーが彼を軍師として指名したなら、それに従うべきなのだ。
 現場では視野狭窄に陥りやすい。それを補うのが指揮官の仕事だというのに、その彼の指示を無視するとは。そしてそんな彼らを選んでしまうとは。
 今回の戦場ではルルーシュ、テロリスト共に下手を打ち、結果、己の無能をさらす結果になった。

 そして親衛隊と入れ替わりで撤退する部隊にまぎれたルルーシュは、コーネリアが策の最後の一手として示した面通しによって正体を露見させてしまう危機にあった。
 己が身を隠すサザーランドの中で、その優秀な頭脳で必死に打開策を考えている時に、その異常が起こったのだ。

「だが、これはチャンスか!?」

 あの白兜に誰が乗っているかなど知らない。だがこの行動からして、ブリタニア軍の誰かではあるまい。強奪されたと考えるのが普通だ。
 なら中身は誰か?
 しばらく考え、解るわけがないと思考を放棄した。あれは自分にとって最大のイレギュラーだ。それがたまたま今回は良い方向に働いただけ。
 また自分はあれに振り回されるのかと思いながら、彼は冷静にこの場を切り抜ける策を練ろうと頭を切り替えた。







 G-1ベースの前方に広がる平地。
 邪魔だという一言で集まっていたイレブンを移動させたコーネリアは、ここに最速で陣を敷いた。
 登録作業は既に終わっており、残務整理に追われていたリリーシャも彼女に与えられたグロースターで陣に加わっている。
 正に総力戦の様相で鶴翼に展開したナイトメア部隊の最奥で、コーネリアは陣前に現れた白き騎士を見据えた。

「正に裏切りの騎士(ランスロット)か。
 テロリストよ、名を名乗れ。それくらいの時間は与えてやる」

 グロースターを改良した専用機のコックピットから身を乗り出し、腰に手を当てて毅然と問う。
 それは既に兵たちの間に広がった動揺、数機の親衛隊を容易く撃破した眼前の騎士への恐れを払拭するためだった。
 こちらが絶対的に優位であるという事を示すためのパフォーマンスで、故に応えなど必要ない、むしろ応えが無い方が『臆病者』のレッテルで味方を鼓舞出来るという思惑があっての行為だ。
 だが、彼女の思惑を裏切って、敵は応えを返す。
 ブン―――――という無機質な電子音とともに、オープンチャンネルで全ナイトメアへッセージを発したのははたして、あの黒い仮面だった。


『初めまして、コーネリア総督。
 不肖の我が身への歓待、感謝致しますよ』


 悠然と。ランスロットのシートで脚を組み、指をからませた姿勢で『ゼロ』が姿を現す。
 概ね予想通りの変声機ごしの声と相手の出現に、コーネリアなどはハッ、と息を鳴らした。
 反対に心臓が飛び出るほどに驚いたのは本物であるルルーシュだ。
 誰かが己の名を騙っている。しかもそいつは、ナイトメア一騎でコーネリアの親衛隊を蹴散らした猛者だった。
 C.C.? 有り得ない。
 あの女にそれほどの騎乗能力があってたまるものか。ならばスザクか? ありえなくもないが、スザクならわざわざゼロを騙る必要などない。
 『日本最後の首相の嫡子』という肩書は、仮面のテロリストの名に勝る。

「ああ、初めまして。そしてさよならだ、ゼロ。
 貴様がここまで愚かだったとは思わなかったよ。義弟クロヴィスの仇、ここで討たせてもらう」

 右腕を振り合図を送る。それに応え、展開した全てのナイトメアが戦闘姿勢に入った。
 一斉に槍を、銃を、そして剣を構え、闘気と殺意をゼロに突き付ける。だが歩兵も含めて200以上の敵意に晒されながらも、ゼロの余裕は崩れない。
 むしろ愉快だとでも言わんばかりにゼロは脚を組み換え、仮面の向こうではその艶やかな唇の端を釣り上げた。

「そうでなくてはね、コーネリア」

 マイクに拾われない程度の小さな声で呟くと、ゼロは身体を起こして操縦桿を握る。
 待機状態にしていたランスロットのシステムを戦闘モードに移行させ、マン-マシーンインターフェイスからの静電気を両腕に感じる。

『いいでしょう。貴女の言う通り、この身はクロヴィス前総督の仇。もし私が負けたならば、その報いは受けましょう……』

 会話を愉しみながら、ゼロの騎乗するランスロットは背中に装備されたふた振りのMVSを引き抜く。
 同時に地面から離された両脚のランドスピナーが空転し、強烈な機械音を巻き起こした。

『私とこのランスロット、見事打ち倒す事が出来たならば、この身は好きになさるがいい!
 これよりこの陣の中央を突破する。さぁブリタニアの諸君、私を止めて見せよ!!』

 そう叫び、黒き騎士は操縦桿に設けられた球状ボタンを押しこんだ。
 即座に空転し白煙を上げていたランドスピナーが落され、反動でランスロットが小さく跳ぶ。
 大胆不敵な宣言を叩きつけたゼロは、しかし戦術においては堅実にまずは鶴翼の向かって右側、左翼へと突っ込んだ。
 真正面への一点突破を狙うと思っていただけに少し虚を突かれた思いのコーネリアだったが、すぐに冷静さを取り戻すとシートに飛び込んで愛機を叩き起こす。
 どうせ最後に奴が狙ってくるのは自分なのだ。
 ならばと彼女は右翼に指示を出して翼を閉じさせ、自身は己の機体を中心とした小さな陣を敷かせた。

「さあ、舞踏会の始まりだ。
 ダンスの心得えはあるのだろうな? ゼロ!」

 既にオープンチャンネルでの通信は切られている。そんな事とは関係なく、コーネリアはひとり呟く。
 このエリアを治める上での懸念材料のひとつが自ら出てきてくれた。
 思わぬ幸運だと、彼女は余裕を深くしていったのだ。この時までは。







『ゼロ! 過日の屈辱を、ここで晴らさせてもらう!!』

 ランスロットの白い機体が特攻した右翼からまず飛び出したのは肩を赤く塗った数機のサザーランドだ。
 ヴィレッタ、キューエル、そしてジェレミア。
 ゼロによるクロヴィス暗殺によってその栄華を極め、そしてオレンジ事件によって権威を失墜させた純血派の面々だった。
 キューエルとしては隔意を抱くジェレミアの指示を受けるのは癪だったが、彼もゼロに対する憎悪は本物である。
 だからこそ彼はその思いを封印し、ジェレミアと共にランスロットに向けてアサルトライフルを向ける。が、

「遅い」

 その銃口が火を吹くよりも早く、ランスロットは火線から逃れた。
 彼らの乗る第五世代とは決定的に違うマニューバを存分に生かして切り替えすと、突出していたジェレミアのサザーランドの影に身を隠す。
 突然の高速機動に驚きつつもランスを突きだすジェレミアを嘲笑うように彼の槍の下に滑り込み、左手のMVSで腰のあたりを両断した。
 その事で自動起動したインジェクションシートを、MVSを握ったままの右拳で撃ち飛ばす。

『なっ――――――』

 絶句したのはジェレミアではなくキューエルだ。なにせ銃を構える自分に向かって、ジェレミアの乗るインジェクションシートが高速で向かってくるのだから。
 ランスロットが彼のサザーランドを盾にした時には、そのままゼロごと爆死しろとその動力部を照準した彼だったが、今はそれどころではない。
 今たとえ撃ち抜いたとしても、インジェクションシートの勢いは止まらないことは明白。
 咄嗟に彼は銃撃を放棄して両腕でコックピットを護り、僅かに遅れて強烈な振動がキューエルを襲う。

『キューエル卿、前を!!』

 同時に通信機からヴィレッタの声が響き渡るが、それに応じる余裕は残念ながら彼には無かった。
 崩れ落ちるジェレミアのサザーランドを払いのけたランスロットは急加速し、進路上に飛び込んできたサザーランドを難なく斬り払って彼に迫る。
 そのナイトメアのインジェクションシートが上手く廃ビルを超えて戦場を離脱するよりも早く、ランスロットは衝撃からいまだ立ち直りきっていないキューエルのサザーランドの首を、右手のMVSで刎ね飛ばした。
 さらにランスロットはその勢いのまま半回転し、背中を狙ってきたヴィレッタのランスを左のMVSで切り裂くと、脚を踏み変えて右の剣でその頭部を貫く。
 やはり自動的に射出されるインジェクションシートで更なる混乱を招きつつ、ランスロットはさらに前進して左翼を砕きにかかった。

 いくらひとつの街を包囲したとはいえ、今回の作戦に従事したナイトメアは60騎余り。
 これはナイトメアを持たないテロリスト相手に全戦力を投入する必要などないという判断から、歩兵がメインの作戦だった為である。
 さらに先ほどの戦闘で十数機のナイトメアを鹵獲、あるいは破壊されているので、ここに集ったナイトメアは40騎余りという事になる。

 それを中央、右左翼に分けているので、左翼の戦力は残り9騎。
 巧みな動きで接近し、射撃手からの面での銃撃を封じたランスロットは、双剣で真正面に居た3騎を切り裂きそこを突破する。
 駆け付けた右翼の14騎を合せて20騎に膨れ上がったサザーランドの一団を背に負い、ランスロットは急加速で倒壊したビルに向かった。
 素早くふた振りのMVSを左手で纏めて持ち、ビルの3階部分に左腕のスラッシュハーケンを打ちこんで浮上、反転する。

『くっ――――、散開ッ!!』

 ビルの壁にさらに両腰のスラッシュハーケンで身体を固定したのを見て、ランスロットの次の手を察した司令官が慌てて散るように指示を飛ばすが、間に合わない。
 ランスロットの機体の影から、純色の青で塗られた銃身が姿を現す。

「愚鈍。判断が遅い」

 仮面の向こうで嘲りの声を漏らしたゼロは、容赦なくヴァリスの銃口を向けた。
 センサーの照準モードを解除し、代わりに鮮明画像モードを呼び出す。
 そして狙うでのはなく、迫るサザーランド部隊を横になぞりながら、銃口から延びる直線が敵と重なった瞬間に引き金を引く。
 照準過程を経ずに高速で連射されるヴァリスの弾丸によって、たった十数秒で6騎のサザーランドが沈黙した。
 ゼロは思ったより落とせたと少々の驚きを持ってそれを見、そのまま視線を後方の部隊に流した。
 敵が前衛の後退に応じて銃を構えたのを確認して、ヴァリスを後方部隊に向けて出鱈目に連射した後、スラッシュハーケンのロックを解除。
 着地よりも早く右腕のスラッシュハーケンを発射して空中で方向を変え、着地と同時にフルスロットル。しかし、

「ふっ、流石じゃない」

 眼前に銃弾のカーテンが出現した。
 ランスロットから見て逆向きのWをふたつ並べたように整列した7騎のグロースターが弾幕を張っていたのだ。
 さらにその間を縫うように、左手でアサルトライフルを連射しつつ、右手にショットランスを握る4騎と、ランスの代わりに幅広のMVSを握るリリーシャの機体を中衛に配置。
 指揮官であるコーネリアは最後衛にギルフォードとダールトンに挟まれるようにして機会を伺っている。

「なら、これでどう?」

 ランスロットは両腕のブレイズルミナスで弾丸を防ぎながら、一時減速。
 流れ弾を恐れて追撃ではなく包囲に回ったサザーランド部隊を視界の端で確認し、意識を前方に集中させたゼロは、ヴァリスを放棄して双剣を握る。
 スピードスケートのように姿勢を低く保ったままジグザグに高速移動して接近すると、ランスロットに間合いを破られたことを悟った前衛は迷うことなく散開した。
 同時に中衛がライフルを放棄して突撃を仕掛け、槍の穂先がランスロットを狙う。
 だがランスロットは彼らの突進にも怯まないばかりか、急加速とともに両腕のMVSを振り上げると、およそ人間業とは思えない正確さで4本のショットランスを全て斬り裂いた。
 しかしそれも親衛隊の面々は有り得る事と織り込み済みだったのか、槍が当らないとみるや、いずれも急制動を駆けてその場から飛び退く。
 置き土産とその中の1騎が放った閃光弾がランスロットのセンサーを焼いた。

『貰った!!』

 その間隙を縫って前に出たのがリリーシャだ。
 あらかじめスリットによってセンサーに入る光を絞っていた彼女の機体に閃光の影響はなく、新型MVSを携えた彼女は一気にランスロットとの間合いを詰める。
 まさか自分の専用機を斬ることになるなんてとごちりながらも、彼女は正眼に構えた剣を跳ね上げ、袈裟斬りに刃を振り下ろす。
 事前に特派による改良が施されていた各部の関節は彼女の要求に完全とはいかないまでも応え、超重量の一刀をランスロットの肩口に叩きこむ、筈だった。

『なっ、ウソ!?』

 しかし刃は空を斬り、代わりに鳴り響くアラーム音と、転ぶ直前の浮遊感。
 光が機体を包んだ瞬間にゼロは状況把握を放棄し、次の攻撃に備えて低くしゃがみ込んでいたのだ。
 同時にレーダーに目を走らせて周囲の陣形を確認すると、直前の敵の動きから攻撃を予測。
 それらを一瞬で行い、しゃがんだままブレイズルミナスを展開して急加速をすることでリリーシャのMVSを躱すどころか、その体勢を崩して見せた。
 足払いを受け、リリーシャのグロースターが地面へとダイブする。
 さらにその衝撃から回復する間もなく、再び襲いかかった後方からの強い衝撃に、リリーシャの意識が明滅した。
 ランスロットは、転倒するグロースターの背中の、すなわちコックピットを兎蹴りで蹴りつけたのだ。

「いい線いってたけど、そこは打ち下ろしが正解」

 残念でした、とでも言うかのように地面に伏せるリリーシャのグロースターを一瞥し、再び前を向いた。
 流石はコーネリアの親衛隊。これほどの機体性能差がありながら……いや、機体差を正しく理解したうえでの戦い方をしている。
 先ほどまでとは違い、親衛隊側のグロースターで無力化できたのはリリーシャの一騎のみで、残りは抜け目なく包囲を完了した。
 絶体絶命の危機。しかしそれでもゼロの余裕は崩れない。
 なぜなら活路は目の前にあるからだ。真正面に立つデザインの違う3騎のグロースターを蹴散らせば、中央突破は完成する。

『ダールトン、ギルフォード、援護せよ!!』

 一瞬緩んだランスロットの前進が自分に向かって加速された瞬間に、その意図を汲み取ったコーネリアは己の腹臣ふたりに指示を飛ばして、前に出た。
 三名は長所や持ち味の差こそあれ、皆疑いようのないエースパイロットである。
 彼女は自分の機体を前面に押し出し、二人には左右から襲わせるという陣形でランスロットに相対す。
 実は戦況はランスロットの絶対優位に見えてそうでもない。
 もし一度でも判断を誤って敵に足止めを受けていれば、たちまちのうちに全方位から殺到する穂先や銃弾で沈黙していただろう。
 ここまでランスロットが敵を圧倒出来ていたのは、その驚異的なマニューバで絶えず前進を続けていたからだった。

 故に、左右の二人はまず敵の動きを止めることを第一に動く事を考えた。
 ほんの数秒でいい。槍一本分の空孔を動きの中に作らせれば、その孔をコーネリアの穂先が貫くだろう。
 なぜならコーネリアの剣は王者の剣であり、王者は絶対に機を逃さないが故に王者なのだ。

『ハァッ!』

 真正面より、正々堂々と。
 ランドスピナーの土煙を背に、腰溜めに構えたショットランサーを撃ち放つ。
 先の四騎が槍をMVSで切り裂かれるのは既に見た。あの剣の埒外の斬撃力が武器破壊を容易にする。
 ならば絶対に刃筋は立たせまいと、素早い出し引きを心がけた槍撃を彼女は繰り出す。

 一手。二手。三手目の突きで、少しずつ前進を続けていたランスロットがMVSで穂先を斜めに数十センチ斬り飛ばした。
 そのまま脚を踏み変えて逆の剣で唐竹を狙うが、それよりも早くグロースターとランスロットの間を槍の柄が奔る。
 左手を前に押し出すと同時に右手を引く事で小さく弧を描いた柄頭は、唸る左足のランドスピナーの速度を加算して風を切る。
 しかし斬れたのは風のみで、肝心のランスロットは頭部をスウェーバックさせることで回避した、が。

「――――ッ!?」

 ほとんど直感で展開した右手のブレイズルミナスに、ダールトンの放った弾丸が突き刺さる。
 左斜め前からはコーネリアと入れ替わるようにして、ギルフォードが突撃を駆けてきた。
 その間にコーネリアは体勢を整え、再び猛然と攻勢をかける。
 さらにがら空きの背後では、親衛隊の面々が槍衾で隙を窺っており、不必要に大きく避ければその瞬間に穂先の壁がランスロットを貫くだろう。
 それが叶わないのは彼らをしてもこの連携に割り込む事が困難なためで、それほどの高速で彼女たちは攻防を繰り広げていた。






 そしてその戦いに参加出来ない騎士がひとり。
 複数のモニターが明滅を繰り返すグロースターの機内で意識を取り戻した彼女は、伸縮を繰り返す視界と鼓動に連動する傷みを堪えながら、己の乗騎の状態を確認する。
 幾つかのセンサーと、左側のモニターが故障。インジェクションシートは不具合を起こしそうなので、作動スイッチをオフに。
 動作システムに不備が見られないのは行幸だろう。

「これなら、戦える」

 運がいい、とリリーシャの口角がつりあがった。
 彼女が実母から受け継いだのは、ナイトメアの技量と、それを可能にする身体能力だけではない。
 マリアンヌが心中に抱く、全てを焼く閃光。その光は烈火の激情となって、彼女へと受け継がれた。
 心に炎を持つリリーシャは、地面に伏せたまま、気付かれないようにつま先を立てて掌で地面を捉える。
 じっとタイミングを待つ彼女に、その瞬間は訪れた。
 僅かに遅れたダールトンのグロースターが彼女の方に突き飛ばされ、そこにゼロが左手のMVSを突き込んだのだ。


「今だ――――――!!」


 両腕のモーターを全開で駆動させ、両脚のランドスピナーを左右で逆に回転させる。
 手首、肘、肩のバネを使って跳ねるように立ち上がり、コンパスのような震地旋回でバランスを保つと同時に前を向く。
 その様子は、ダールトン機の爆発に遮られてゼロからは見えないだろう。
 自分に向かって迫るダールトンのコックピットブロックを潜る様に、姿勢を低くしたリリーシャのグロースターが特攻する。

 奇襲を卑怯だなんて言わせない。
 ここは戦場だ。敵に隙を見せた貴方が悪い!

「やぁぁッ!!」

 爆炎を割って、幅広のMVSが袈裟に落ちる。
 流石に彼女の参戦は予想外だったのか、ダールトンを撃破した左の突きの外側から襲ったギルフォードを打ち払った姿勢のまま、ランスロットが一瞬硬直する。

『ほぅ……』

 だがそれでも、幅広のMVSが敵を捉える事はない。
 機体そのものが身体なのではないかと疑うほどの、髪一重の見切り。MVSの剣先が僅かにコックピットを削った、ただそれだけ。
 同時にぞわり、とリリーシャの背中が冷える。
 避ける動作と連動し、流れるようにつがえられた次の矢が自分を狙っているのを彼女は見た。
 身体を退いたランスロットの後ろ脚が地面を噛んだ瞬間、地面を蹴飛ばして動きを跳ね返す。
 回避は不可能。
 閃光の様な右の突きが彼女のグロースターを貫くのは、既に決定された未来の筈だった。

『でかしたぞ、リリーシャ!!』

 それを覆したのがコーネリアだ。
 喜色を孕む叫びとともに彼女が突き出したショットランサーは、穂先を斜めに斬られていても威力は失っていない。
 遂に彼女の槍はランスロットの右腕を捉え、それを奪い去る。

『この――――』

 すかさず左の剣でカウンターをかけようとするランスロットの刃を、バックステップでコーネリアは回避する。
 即座に距離を取った彼女を追うのを、今の白騎士は赦されなかった。

「喰らえ!」

 目の前で、振り抜いた剣を戻したリリーシャが裂帛の気合と共に放ったのは、左手一本での逆胴と、

「やああっ!!」

 目の前で千切れ飛んだランスロットの右手に握られていたMVSでの、十文字斬り。
 刃はランスロットに残った左手のMVSを、その手首のスラッシュハーケンごと斬り裂いた。

「コーネリア様、今です!!」

『解っている。ギルフォード!!』

 叫ぶ声と、間隙を開けず応える声。
 慣れない両手持ちで大技を放った反動で硬直する機体の頭部を、ランスロットのハイキックが粉々にする直前に放った声は、親愛なる姉とその騎士に届いた。
 前のめりに崩れ落ちるグロースターに背を向けたランスロットのセンサーが捉えるのは、左右から迫る黄金の槍。

『―――――ここまでね』

 ふとリリーシャは、そう聞こえた気がした。
 突如として動きを変えたランスロットはそれまでの閃光のような動きを一変させて、風に逆らわない柳のようにしなやかな動きを見せる。
 腰のスラッシュハーケンをギルフォードに向けて放ち、それを弾かせると同時に、槍を避けてコーネリアの懐を取った。

『ぐあっ!!』

 衝撃とともにコーネリアのコックピットブロックが揺れる。
 懐をとったランスロットは出力差を存分に生かして、コックピットに左の掌で突いたのだ。
 さらに両足のランドスピナーをフルスロットルさせて強引に押しこむ。
 あまりにコーネリアとゼロの距離が近すぎたために周囲のグロースターは銃撃することが叶わず、またコーネリアも槍の長さが邪魔になって反撃が遅れた。
 彼女が、胸に装備されているスラッシュハーケンの存在に思い至り、発射しようとした刹那、押しあてられた掌から突き抜ける衝撃が放たれる。
 その様を東洋武術に詳しいものが見れば、こう言っただろう。寸勁、と。
 脚から順に拳まで続く力の連動を、全身のモーターを断続的に動かす事で再現するという離れ業をゼロはやってのけたのだ。

『姫様!!』

 彼女らの後を追っていたギルフォードが叫ぶ中、さらにコックピットに強い衝撃を受けた事でフリーズするコーネリアのグロースターをランスロットは跳び箱のように跳び超える。
 そのまま残るエネルギーを全てつぎ込み、全速力で戦場から離脱した。
 ただでさえ射線上にコーネリアが居り、さらにその機動性を生かした出鱈目な動きに、親衛隊は誰ひとり追いつけない。
 ただひとり、若い狙撃手を除いて。


『へぇ、この動きを見切ったのか。人材が育ってきたじゃない』


 一発だけ、銃弾がランスロットの脇腹に命中する。
 その銃弾が飛来した方向、ランスロットが逃避するラインから僅かに離れたビルの屋上に、狙撃仕様のナイトメアライフルを構えたサザーランドがいた。


「外した。コックピットを狙ったのに」


 そのサザーランドの中でアーニャは憮然と呟き、急速に遠ざかるランスロットの姿をただ見送るしかない自分に歯噛みする。
 不意にズキンと、左肩の古傷が痛んだ。





 翌日、戦場から数キロ離れた山林でランスロットの機体が発見された時、コックピット内のデータは全て消去、あるいは破壊されていた。
 残ったのは、ロイドとセシルの趣味で取り付けられた別系統の記録媒体に残る機動データのみだったという。




[16004] Stage,11 『それぞれの事情』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/03/19 20:59
1.黒

 サイタマエリアの地下。
 かつて日本だった時代に作られた雨水排出用の地下水路に硬質な革靴の音が反響する。
 ブリタニア軍の歩兵装備をまとった青年が、息を切らしながらそこを走っていた。

「はっ、はっ、はっ」

 しかし確かに息が上がってはいるが、その息遣いは一定で乱れはない。
 まるで持久走でもやっているかのように軽やかにリズムを刻みながら、彼、ルルーシュは地下道を走っていた。

 あの時、姉でありこのエリア11の総督であるコーネリアの策に絡めとられ絶体絶命だった彼は、突然現れたイレギュラーに救われた。
 咄嗟に策を構築し、功に焦る純血派の部隊に紛れ込んだルルーシュは、彼らの突撃に合わせて前に出る。
 そして敵ナイトメア、ランスロットがジェレミア機を潰しキューエルに襲いかかろうとするタイミングで、その間に割り込んだ。
 初めから相手を害する気などない専守の構えで突っ込んだにも関わらすタイミングは非常にシビアだったが、結果として彼の乗ったサザーランドのインジェクションシートは予定通りに、倒壊したビルを飛び越えてブリタニア軍の死角に落ちた。
 そのあとは、地下道を通って一目散にその場を離れたというわけだった。

「くそっ!!」

 ここまでくれば安全だろうと、彼は足を止めて息を整える。そして煮えくりかえる感情のままに、地下道の壁を殴りつけた。
 完全なる、敗北だった。
 相手は正規軍であり、こちらはテロリスト。
 それは解っていたが、前回の事もあって少々楽観していたのかもしれない。もしくは『ブリタニアの魔女』たる異母姉の力量を見誤っていたか。
 両方だと彼は再び壁を叩く。

 このままでは勝てない。ならば諦める? あり得ない。
 自分は既に異母兄のクロヴィスを手に掛けた。既に退路は無い。
 母マリアンヌを殺した犯人の特定と復讐。妹ナナリーの捜索と保護。そして親友スザクとの約束。
 いくつもの目的が彼を突き動かし、成さねばならないことを教える。それは即ち、神聖ブリタニア帝国の打倒以外にはない。
 自分にはあの腐りきった国を叩き潰す理由が十二分にあるのだと、彼は吠えた。
 ならば、すべきことは―――――――

「ちっ!」

 思考に埋没出来るのはそこまでだった。
 自分の後ろから響く足音。
 ルルーシュにしてみれば急に現れたように感じたそれは、彼の聴覚が足音を捉える瞬間まで一切の気配を消し去った故だ。
 彼が素早くヘルメットで顔を隠すと同時に、地下の暗がりの中を悠然と歩み彼の前に現れたのは、ゼロ、だった。

「何の用だ、ゼロ」

 ルルーシュの手前まで歩み寄ったゼロは、何を言うでもなくそこに佇む。
 見る者が見れば、ゼロの取った位置取りは一足一刀の間合いであり、立ち姿も四肢から力を抜いて両脚に均等に力をかけた無形の位。理想的な“構え”である事を読み取っただろう。
 恐らく彼にルルーシュを害する気があれば、刹那の間にゼロは腰に差した剣で彼の首を落とせた。
 しかし武道への心得がないルルーシュはそれに気付けず、フルフェイスのバイザーごしにゼロにハンドガンの銃口を突き付ける。

「ほう、そう呼ぶということは、私に『ゼロ』の名を譲るということか?」

「何の事だ? 私はブリタニアの軍人だ。貴様を拘束する義務がある」

 ばれているのか、それともカマをかけているだけか。どちらにしても突っぱねる以外の選択肢はない。
 いらだちを隠しながらも、ルルーシュは目の前のゼロを観察した。
 トレードマークである仮面は自分のものとそっくりのようだが、細かい部分の造形が違う。それは服も同様。
 恐らくはあのオレンジ事件の時の映像を元に作ったのだろうと当りをつけた。
 服の下のツナギを押し上げる僅かな膨らみは、胸と下腹部の下の両方にあり、そうである以上、男性的な骨格と筋肉のラインも本物であるかどうか。
 性別すら悟らせない抜け目のなさにルルーシュは舌を打った。
 変声機ごしの声も、ひどく彼を苛立たせる。

「こんな戦場から遠い所で待ち伏せていたどでも? 笑わせる」

「――――ッ」

 言うや、殺気がルルーシュを打つ。
 その時には既に、彼が持っていた銃は叩き落とされていた。
 紫電の様な踏み込みからの、抜き打ちの一閃。これが日本刀であれば正に居合いであるとされる一刀が銃の遊底を薙ぎ払って、銃は数度バウンドして水の中に落ちた。
 ルルーシュがその一瞬の出来事に呆気にとられている間にさらに踏み込んだゼロは左手で彼の襟を掴み、脚を払ってコンクリートに投げ飛ばす。そこに突き付けられる剣の切っ先。
 喉元にヒヤリとした刃を当てれれ、ルルーシュはもう動く自由すら奪われた。









コードギアス
    閃光の後継者


Stage,11 『それぞれの事情』











2.皇族

『ハァッ!!』

 コーネリアの気合の声とともに、カァン、と木剣の衝突する小気味よい音が修練場に木霊する。
 唐竹に落ちたその剣を受けて、すかさず胴薙ぎを返したのはギルフォードである。
 ナイトメア戦では3本勝負で1本とるのがやっとの彼だが、生身での剣術では男女の身体能力の差もあってコーネリアと伍して戦える。
 大の男、それも己の選任騎士と生身で打ち合って互角の勝負が出来る皇女様の方が驚きではあるが。

「流石は姫様。また腕を上げられましたか」

「いらぬ世辞を言うな、ギルフォード!」

 彼の胴をバックステップで躱し、がら空きの左肩目がけて袈裟斬りを落とすが、強引に戻された剣によって防がれた。
 しかし何度も手合わせをし、相手の力量を知り尽くしているコーネリアは防がれたとみるやすぐに左足を跳ね上げ、僅かに反応の遅れたギルフォードの脇腹、ではなく膝を蹴りつける。すでに脇腹は彼の肘でガードされていたために、彼女はとっさに打つ位置を変更したのだ。
 高角から打ち下ろされた蹴りは偶発的とはいえ膝の急所を捉え、運動用のスニーカーによる鋭い痛みに気が逸れた瞬間、剣がギルフォードの脇腹を捉えた事で、この勝負はコーネリアの勝ちということになった。

「大丈夫か、ギルフォード?」

「ええ、これくらいでどうにか成る様では姫様の騎士は務まりませんので」

「ふむ……」

 修練場の椅子に座り、脇腹の治療を受けるギルフォードに一言ねぎらいの言葉をかけて、コーネリアはスポーツドリンクを口に含む。
 一切の手加減なく撃ち込んだ斬り上げだったが、撃ち込まれる瞬間にギルフォードは跳んでいたし、本人が大丈夫というならば大丈夫なのだろう。
 強がりを言う男ではあるが、同時に己の状態を見誤る騎士ではない。
 コーネリアは少し酸味のある液体を飲み下し、ほぅと息を吐く。そして考えるのは先日の事だ。

 一切の先入観を捨て、冷静に己の知っている情報を整理し吟味する。
 このコーネリアは煉獄のような激情を裡に持っている。それは戦場においては勇猛果敢な攻めとなり、彼女を『ブリタニアの魔女』と呼ばれるまでの武人に押し上げた。
 しかし同時に激情に駆られるといささか冷静さを欠いた性急な判断を下しがちになるという欠点があった。
 彼女の選任騎士であるギルフォードは、そんな時の彼女の感情を沈める事こそ己の使命しており、それ故に彼は彼女を鍛錬に誘ったのだ。

「ギルフォード、貴様はあのゼロをどう見る?」

「そうですね。なにぶん我々はゼロに関する情報をそれほど持っているわけではありませんが、強いて言えば―――――」

「らしくない、か」

「はい。クロヴィス殿下を害されてからこれまでの奴の動きを鑑みるに、奴の武器はその知謀であるかと。
 今回のように力で全てを捩じ伏せるようなやり方は、奴のこれまでの手口ではありません」

「確かにな」

 そう言ったきり、コーネリアは再び手を顎に当てて黙考し始めた。
 一方のギルフォードは求められた事には答え終えたと口を噤み、主の思考の邪魔にならないようにと治療していた者を下がらせた。
 しばし修練場には外から漏れ聞こえてくる訓練中のナイトメアの駆動音以外の音が無くなる。

「いや、まさか……」

 何かに気付いたのか、驚愕と同様の入り混じった声が口から零れた。
 それを確かめるかのように彼女は立てかけられていた木剣を再び取り、数度振る。

「ギルフォード、いま一度剣を取れ。
 もう一合付き合ってもらうぞ」

「喜んで」

 主が何を思っていたとしても、コーネリアの騎士である以上、彼女に求められれば否は無い。
 ギルフォードは脇腹の痛みを精神力で抑え込み、再び彼女と向かい合う。
 二人以外誰もいない修練場に立ち込める、ピンと張った空気。緊張感。
 コーネリアから向けられた、殺意すら感じる視線に自らの視線を合わせ、それが僅かに揺れた瞬間、ギルフォードは身体を半身に引く。

「ハッ!!」

 空気を裂き、先ほどまで自分の心臓があった場所を貫く木剣。しかし真剣と見紛うような風切り音を残しだ突き出しに比べて、戻しが遅い。
 そのことに彼は違和感を覚えたが、考えるよりも早く身体に覚え込ませた反射が剣を床に叩き落とす。

「―――――っ!?」

 軽い、それは叩いた瞬間のギルフォードの印象だった。
 次いで来る、脇腹への痛み。見れば、突きを放った筈のコーネリアが自分の懐に居るではないか。
 彼女は突きが避けられる事を見越して突いた瞬間には掌の力を緩め、ギルフォードに叩き落とさせた。
 そして武器破壊を狙った一太刀によって彼の身体が僅かに流れた瞬間を見逃さず更に踏み込み、左拳を彼のがら空きの脇腹に撃ち込んで同時に身体を寄せる。

「赦せ、ギルフォード」

 直後、床の鳴る音と共に脇腹、いや肝臓に突き抜けるような衝撃が奔った。
 左拳が存外に軽かったことから、本命は次だと読んだギルフォードは全くの無防備なままそれを受け、苦悶の声と共に動きを止める。
 しかしこれで倒れるのは矜持が許さないと、未だあの謎の一撃の硬直から抜け出していないコーネリアのこめかみ目がけて剣の柄頭を振り上げ、寸前で止めた。

「姫、様?」

 彼女の顔が、驚愕に染まっていたためだった。
 コーネリアは唖然として目を見開き、完全に硬直している。

「馬鹿な。何故、出来る……」

 そして震える唇から、そう漏らした。

 武術の動きは、考えるよりも早く身体を動かす。
 それを支えるのは繰り返し覚え込ませた“形”であり、それを組み合わせる事でいかなる状況にも対応するのだ。
 熟練者になればなるほど“形”そのものやその取捨選択に無駄が無くなり、かの閃光のマリアンヌなどは、『美しい豹を見ているかのよう』と評されるほどの洗練された動きを見せた。
 けれどそれは同時に知らない技は使えないという事の裏返しで、ひとつの技を習得するには対象の技への深い理解を必要とする。
 天才と呼ばれる者たちが初見で相手の技を完璧に模倣したという話を耳にする事もあるが、それはその者の中に既に技を成功させるだけの技量が備わっており、それを天性の感覚で理解しただけの事なのだ。
 そしてこのコーネリアは、自身をそんな天性など無いと確信していた。
 故に、彼女はそれが成せた自分に驚愕したのだ。

 彼女が己の騎士の脇腹を打ち抜いた技は正しく、あの時に叩きこまれた『寸勁』だった。





 / / / / / / / / /





3.騎士

 照準と同時に引き金を引く。刹那の間をおいてスピーカーから発せられる、的中を知らせるアラーム音。
 それに頓着する間もなく彼女は次の目標を標準し、引き金を引く。

「ふーーーっ……」

 薄暗いシミュレーターの中で細く長い息を吐き、アーニャはただ画面だけを見据える。
 彼女の顔には何の感情も浮かんでおらず、ひどく平淡なもの。
 しかしその瞳だけは揺らめく炎のように動き、それが左右に跳び回るたびに画面上の目標は次々とロストしていった。

「――――っ!?」

 ふと、そんな彼女の貌に感情の色が差す。
 不快だった。自分自身が。
 感情を反映するかのように狂った手元は目標を外し、反撃を受ける。
 損傷は軽微という判定がモニターに表示され、アーニャは脳内の思考を放棄して目標ただ一点を見据えて再度引き金を引く。
 放たれた弾丸は敵性ナイトメアのコックピットに命中したと判定され、画面上の黒い機体が爆散した。
 ほう、と息を吐いて彼女は次の目標を標準した。

 自分が何故ここにいるのか、それをもう一度思い出せ。
 私はあの時、皇族を見捨てた。
 名門アールストレイム家に生まれ、行儀見習いとしてアリエス宮に招かれた。
 その重大性に当時の私は気付いていなかったけれど、ただ漠然と、私はこの人たちに尽くすのだと思っていた。思っていたのに……

 ぎり、とアーニャの奥歯が鳴る。
 肩に刻まれた古傷が疼く。

 自分は、逃げ出した。
 薄暗いホールの階下、マリアンヌ様の前に現れた子供のような影。物音がしたのを不思議に思い、柱の影から覗く私の目がそのを構えた瞬間、背中を寒気が奔る。
 影が構えたのは、銃。それも殺傷能力の高いアサルトライフル。
 幼かった自分がそこまで解ったわけではないけれど、何かとてつもなく嫌な予感が自分を支配したのを覚えている。

『危ないっ!!』

 そして気付けば叫んでいた。僅かに遅れてに肩に奔る、焼けつくような痛み。
 弾丸は右鎖骨の下あたりを貫通し、勢いに負けた自分の身体は半回転して床に叩きつけれられる。じわり、と床に紅い染みが広がる。
 零れて拡散していく熱の中で、自分を支配したのはただ死にたくないという意思だった。
 必死に地面を這いずり、後ろで巻き起こる事柄など一切無視して、息を殺し近くの物置に隠れると、それっきり意識を失った。




 それこそが、己の罪




 皇族を護るべき貴族に生まれたのに。
 それゆえに特権を許され、何不自由のない生活を送れていたのに。
 あの時の私はそんな事をすっぱり忘れて、ただ自分の為に動いてしまった。
 何も出来ない? 言い訳にもならない。
 動けたのだ。這いずる事は出来たのだ。声も出せたのだ。
 肩を貫通しただけの傷など無視して、立ち上がり、人を呼ぶべきだったのだ。

「――――――――――ッッ」

 心が千々に乱れる。
 あの日、マリアンヌ后妃は凶弾に倒れた。庇護者を失った皇子と皇女は敵国へと送られた。
 眩い光の様な后妃様にも、華のように微笑む皇子様にも、空のように鮮やかな皇女様にも、もう逢えないと絶望に包まれた。
 才能があると言ってもらったのに! お友達になりましょうと手を差し伸べて貰えたのに!
 私は、あの方々の為に何も出来なかった!!
 それが私の罪。償うには、生半可な努力では到底足りない。
 だから私は必死に学び、名門といわれる士官学校に進んだ。


「失わない。間違えない。もう二度と!」


 およそ普段の彼女らしくない、煮え滾るマグマの様な感情の発露。
 不意に彼女の視界を“白いもの”がかすめた瞬間、アーニャの弾丸は自分を狙ってくる他の敵性ナイトメアを無視してそれの頭部を打ち抜いた。
 完璧なヘッドショット。急制動からの寸分たがわぬ精密射撃。
 このシミュレーションの想定した状況は対日本開放戦線で、彼女が仕留めたのは隊長機として設定された白い無頼だった。言うまでも無く、先日の枢木スザクの専用機をモデルとしている。

「………」

 ミッション完了の表示と共にシミュレーションは終了し、シミュレーターの中に闇が落ちる。
 しかしアーニャは止まることなく、次のミッションを呼び出すためにキーボードに手を伸ばした。
 今日は休日。彼女はまだ納得していない。
 サイタマでの失態を、彼女は忘れていない。

 皇族を護ると誓ったのに、あの時彼女は間に合わなかった。
 サザーランドのコックピットに表示されるパネルから戦況を読みとった彼女は、嘆く前に近くの廃ビルに飛び乗った。
 そして素早く片膝をついてライフルを構えた時、それは現れる。
 黒い反逆者に囚われた、白のナイト。
 縦横無尽に動き回るそれをアーニャの銃口は全力で追いかけ、遂に捉えた。そう思った。
 しかし最後の一手を読み違え、発射された弾丸はランスロットの腰へ。命中はしたものの、行動不能には到底足りない。

 護ると誓ったのに、その対象を傷つけた相手を仕留め損なった。その想いがアーニャの胸を焼く。
 だがそれをただ悔やむだけに終わらせないのが、彼女の強さでもあった。
 自分はあの日、恥と罪に塗れた自覚があるからこそ、歩みを止めてはならないと己を戒める。
 立ち止まっている時間など無い。しかし焦ればミスを生む。だから彼女は、己を鍛える。一歩一歩、着実に磨き上げる。
 朝はこれまでよりもさらに長い距離を走り、身体が出来ていない現状では筋力トレーニングは控えめにしつつ、ひたすらに感覚と技術を磨く。
 世が世ならば、帝国最強騎士団に名を連ねることとなる少女の歩みは、一瞬たりとも止まらない。





 / / / / / / / / /





1.騎士団

 今ほど、ルルーシュがゼロの仮面を一切の光を通さないフルスモークにしたのを後悔した事はない。
 彼の持つギアス、死すらも与える事が出来る“絶対尊守”のギアスは、相手と視線を合せなければ発動しない。
 光情報をもって相手の大脳に作用する仕組みのため鏡などで反射が可能な反面、今のように光を通さないバイザー等には全くの無力だった。

「そこまでにしてもらおうか。そいつは私の契約者だからな、死なれては困る」

 何とかしてその仮面を外させなければ、そればかりを考えていた彼の頭上から、ひどく平淡な救いの声が舞い降りた。
 細身の西洋剣の切っ先を喉元に突き付けられた彼は刃の動きに注意しつつ慎重に首を動かすと、そこには人形めいた美貌をもつ緑髪の少女の姿。
 いつもの白い拘束衣からルルーシュの私服である茶色のジャケットジーンズに着替えた彼女は、右手に握る拳銃をピタリとゼロの心臓に合せていた。

『ほう、そんなものを私が恐れるとでも?』

「少なくとも、心臓を撃ち抜かれれれば生きてはおれないと思うが?」

 カチリという操作の音がやけに地下道に響いた。
 C.C.の持つ銃のレーザーサイトから光線は発せられ、その光はマント越しに心臓の位置を指し示す。
 しかしそれでもC.C.が引き金を引かないのは、銃弾が当るよりゼロの剣がルルーシュの喉を裂く方が早いと判断しているためだ。
 それに現在彼女はゼロから数メートルの位置に立っているのだが、たったこれだけの距離でもハンドガンで正確に命中させるのは難しい事なのだ。
 もっと近づけば命中率は上がるが、相手は先ほど閃光の様な一閃で銃を構えた状態のルルーシュの手に在るそれを弾き落としたほどの動きが出来る人物だ。
 これ以上の接近は、状況をひっくり返される危険が高い。

「―――――」

 最も有利な立場にあるのがC.C.だが、彼は最も不利なルルーシュと一蓮托生。
 故に膠着。沈黙が支配する。

『ふん、まぁいい……』

 それを破ったのは、機械のごしの声だった。

『今日はあいさつに来ただけなのだ。
 ルルーシュよ、覚えておく事だ。あまり調子に乗るようならば、私は必ずやこの首を刎ね飛ばしてやろう。
 それとも銃弾の方がお好みかな? 貴様の母君のように』

「――――ッ! 貴様!?」

 付け足された一言に、ルルーシュの感情が沸騰した。
 コンクリートに両肘をついた状態から跳ねるように上半身を起こし、それをし切る前に胸板を踏まれて再び地面に叩きつけられる。
 反射的にC.C.の右の人差し指に力が篭るが、それよりも早く動いた切っ先がルルーシュの首を浅く傷つけた事で動きを止めた。

「は、安いなルルーシュ。この程度の挑発に乗るとは。
 その激情が貴様の美点だろうが、同時に欠点でもある。
 覚悟はあっても、感情がついて行かないか。まだまだ子供だな」

 つま先をこじり、体重の乗ったゼロのブーツがルルーシュの胸を圧迫する。しかし痛みに歪んだ彼の貌に満足したのか、ゼロはその脚をすんなりと放した。
 それどころか、何を思ったのか剣すらも鞘にしまい込む。
 鞘の鳴る音が地下道に思いのほか大きく響き、困惑した表情を残る二人にもたらした。

「何の真似だ?」

『なに、用が済んだのでね。帰るだけだよ。
 今日はあいさつだと言っただろう?
 次は、この仮面を外してお逢いしようか、ルルーシュ皇子。それと――――』

 とん、という軽い音と共に、ゼロの身体がかき消えた。少なくとも、寸前まで会話をしていたルルーシュの目にはそう見えた。
 何処だと首をめぐらせれば、仮面の騎士の姿はC.C.の前に在る。
 ワープ等と言ったSFめいたものではなく、ただ単純に素早く、かつ悟られぬ様に動いたのだとゼロの纏うマントだけが物語っていた。

「こんな物をいつまでも向けたままにしないで貰おうか。不愉快だ」

 動くと同時にC.C.の右手に在る拳銃を鷲掴みにしたゼロは、流れるような動きでC.C.の手首を極めて銃を奪い取り、地下水道に捨てる。
 そのまま振り返ることすらせずに悠然と歩き去る後ろ姿を、唖然としたままルルーシュは見送った。

「ハハッ、無様だなルルーシュ。
 コーネリアに完敗して、さらにゼロの仮面まで使われてしまったぞ?
 とうやら一筋縄ではいかないようだが、どうするんだ? お前は」

 嘲笑うような、焚きつけるような、試すような、からかうような、
 いか様にも表現でき、しかし言葉を尽くしても説明しきれない様な声音で、魔女はルルーシュへと言葉を投げかける。
 けれどそれに返ったのは、いつもよりも幾分覇気のない声。およそ彼らしくない。

「条件が同じならば……」

「どうした?」

 負けはしなかった、などと言いきれず言葉に詰まった。
 コーネリアの率いる親衛隊の、圧倒的な組織力。
 その親衛隊をたった一騎で蹴散らす正体不明の存在。もうひとりの“ゼロ”
 自分の思い通りにいかない世界。それすら覆す絶対の力の存在。
 今日、己の道の厳しさをルルーシュは知った。

「怖気づいたか? ルルーシュ。
 貴様の覚悟はその程度だったのか? とんだ見込み違いだな」

 だがその程度で挫けるならば、そもそも反逆など志しはしない。

「まさか、認めてやるさ。今日は俺の負けだ」

 顔を伏せ、震えながら言葉を紡ぐ。
 人一倍高い彼のプライドは、粉々に打ち砕かれた。しかし、それ故に彼は前に進める。
 奥歯で音を鳴らし、拳を血がにじむほど握りしめて、彼は顔を上げる。

「だが、今日だけだ。次は無い。
 足りないと言うなら創ってやる。ブリタニアにも、あの偽物にも負けない、俺の軍を、人を、国をだ!
 ゼロは俺だけだと、いや、俺こそがゼロなのだと!!」

 ゼロは、反逆の象徴。
 未来を決める宣言は、C.C.だたひとりを立会人に、世界に向けて放たれた。






 / / / / / / / /





4.敵

「あの、リリーシャ准尉……」

「なんですか? ルクレティアさん……」

 14歳と19歳のふたりの少女は、一心不乱に魔物に向かっていた。
 十人は座る事の出来るテーブルの木目など見えない。ひたすらに白白白、ときどき黒インクと朱肉の赤。灰色のキーボード。
 書類の山。ノートPCの群れ。死屍累々。

「いつ終わるんでしょう?」

「知りません。わかりません。ごめんなさい。
 でも文句は書類を置いていたブースをヴァリスで吹っ飛ばしたゼロに言って下さい」

「………」
「………」
「………」

 流れ弾って、なんで不思議と一番都合の悪いものに当るんでしょう?
 ああ、無言で視線も書類から離さずに、しかし耳だけはしっかり反応させている皆様の声なき声が痛いです。カチカチと鳴るタイプ音が痛いです。
 誰かが「エンターキーは叩くもの」と言った。時折聞こえる大きな音がスゴク痛いです。
 何件かあったイレブンとのいざこざも、テロリストの自爆テロ未遂もこの空気のよりは何倍もマシかもしれない。

「うう、ゼロは悪魔です。卑劣です。なんて、なんて酷い……」

「何を解りきった事を言ってるんですか。さっさとやりましょう」

 書類地獄はまだまだ続く。
 はぁ。窓枠に切り取られた空が青いです。




 ―――――ところで、今回の出番これだけですか!?






[16004] Stage,12 『サクラダイト配分会議』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/04/11 21:12

「サクラダイト生産国会議、ですか?」

 エリア11総督府、総督執務室。
 突然のコーネリアの呼び出しに戸惑いながらも、リリーシャはこの部屋を訪れる。
 そこで聞かされたのが、今週末にシズオカエリアのカワグチ湖コンベンションセンターで行われるという話だった。

「それで、それを何故私に?」

 一応、リリーシャもニュースなどでそれがある事くらいは知っている。
 けれどそれが何故自分に関係があるのかが疑問だった。
 この様な国際会議の場合は、なにかあれば勿論軍部が関わる事になるが、逆にいえば何もない場合は警察が会場の警備を取り仕切る事になる。
 総督が武に名高いコーネリアだからといって、何でもかんでも軍が受け持てばいいというものでも無いのだ。
 ハッキリ言えば、この会場にひとりでも軍の人間を配備するというのは“筋違い”ということになる。

「うむ、実はな。貴様にはその会議に公聴生として参加して欲しいのだ」

「はぁ……」

 ますます訳が解らない、とリリーシャは首を傾げた。
 彼女は武人だ。こんなちっこいなりでも武人なのだ。
 もちろんその素性を鑑みれば、政治などに無関係でいられる存在ではないが、だからといってサクラダイト生産国会議との関係性が全く見えてこない。

「――――実はユーフェミア様もこの会議に出席される予定になっているのだ。そこで親衛隊の中から何名かSPをつける事になった。
 しかし会場内であからさまにそれと解る者を同席させるのはどうかという意見がでたので、それならばリリーシャと一緒ならば安心ではないかと姫様は申されたのだ」

 珍しく歯切れの悪い様子のコーネリアの意見を継いで、隣に直立不動で控えるギルフォードが口を開いた。
 彼もまたリリーシャの素性を知る人物であるが、親衛隊に所属する以上、彼にとってリリーシャは部下である。
 故に、このような場面では名前を呼び捨てる事が常だった。
 しかし一方で単語こそ部下に向けるものが並んでいるものの、その声音にはきちんと敬愛を込めている当りが、彼のバランス感覚が一流である証だ。
 そんな彼の言葉を聞いて、リリーシャはなるほどと納得した。

 ユーフェミアが、皇族として会議に参加するならば『公聴生』になどなるわけがない。という事はお忍び扱いだろう。
 ならば大々的にSPをつける訳にもいかず、重要な会議であるのでSPは別室でお控えくださいと言われれば、派遣されるSPは唯々諾々と従うしかない。
 しかしそれが一見SPに見えないリリーシャならばどうか? もし退出を求められても『妹です』で押し切れるだろう。
 実際、母は異なるものの紛れもなく妹なのだし、公聴生でもあるのだから断る事は出来ない。
 それでいてリリーシャは、本国の士官学校で正規の訓練を受けた軍人である。確かに適した人選だった。

「イエス、ユア・ハイネス」

 右拳を胸に当てて頭を垂れる。
 先ほどのギルフォードと同じく、これがリリーシャのバランス感覚だった。
 ここにいるふたりは共に自分の素性を知っている者だが、今は『コーネリア親衛隊のリリーシャ准尉』である以上、彼女らは間違いなく上官だ。
 故にここはきちんと筋を通して敬礼する。
 たとえその正体が皇女であろうと関係がないというのがリリーシャ(ナナリー)の考えだ。ルールはちゃんと守らないと。

「それだけではないぞ。
 今回の申し出は副総督直々の者だ。どうやら先日のプレゼンを聞いて奮起したらしくてな。
 お前はまだ若いが、政治にも興味があるのだろう?
 あの会議は海千山千の連中が集まる場所だ。存分に学んで来い」

「はいっ! 有難うございます!」

 続けて告げられたコーネリアの言葉に、張りのある声で了承の声を返す。
 この時コーネリアが頭に描いていた青写真は、いずれこのエリア11が衛星エリアと成った時、総督に昇進するユーフェミアを副総督としてナナリーが支えるというものだった。
 その為には彼女に武功もさることながら、政治もある程度は解らせなければならない。
 ならばもはや化け物といっても過言でない者どもが集まる今回の会議は、このエリアの政治を学ぶ上で格好の機会であるとコーネリアは考えた。
 エリア11で市場供給量の70%を賄うサクラダイトは高温超伝導体の生産に欠かせない物質であり、その保有量はそのまま配備されるナイトメア等の動力装置の質と量となる。
 引いては各国の軍事バランスに直結するといっていい。
 そんな重要な戦略物質の分配レートが、今回の会議で決定されるのだ。そこには実力的にも権力的にも各国の事務方のトップクラスが終結すると見て間違いない。

「行って来い、リリーシャ。お前には期待している。事前の予習も怠るなよ」










コードギアス
    閃光の後継者


Stage,12 『サクラダイト配分会議』










「……それが、なぜこのようになるのでしょう?」

「あの、誰とお話しているのです?」

「すいませんお姉さま。現実逃避をしていました」

 薄暗い食料倉庫の中でひそひそと話し合う。
 まわりには不安に顔を曇らせる人々。観光客と、どこかの学校の学生の姿。
 最近、トラブルに巻き込まれる事が多くなったのは気のせいだろうか?
 そんな無為な事を考えていると、不意に正面のドアが開いた。


「日本開放戦線の草壁である。諸君らは―――――」


 そこから部下を従えて入ってきたのは、カーキ色の旧日本軍の軍服に身を包んだ壮年の軍人だった。
 廊下の光を背に仁王立ち、口元に蓄えた髭と日本刀の柄頭に手をおいてこちらを見下す姿は、如何にもステレオタイプな“軍人”の姿だった。
 私たちブリタニアに限っては、軍人よりも騎士のイメージが強いため別の印象を持たれているようだが、他国において軍人といえば概ねこんなイメージだろうと思う。

「大丈夫ですか?」

「ええ……」

 小さくつぶやいた声に、ユーフェミア様を挟む位置で座っているスーツ姿の女性SP、アンジェリカさんが反応した。
 一応、ここでは私は貴族のお嬢様その2なので、私よりも上官の彼女も敬語で話しかけてくる。
 それをこそばく思いながらも、同じく小さく声を返す。
 私の返答を聞き、再び草壁に向けたその瞳は、事情を知っている私にはそれと悟らせることなく隙を窺っている豹の様に見えた。

「お姉さま」

 それにしても、可笑しな事だと思う。
 現在私は妹役を演じているからこそ、ユフィ姉様にそう呼びかけているはずなのに、それは紛れもない真実なのだ。
 嘘を隠すために嘘をついて、それが実は真実だなんて何て皮肉だろう。

「はい、どうかしましたか?」

 己の掲げる独善的な大義を騙り終えて、草壁と名乗った男は出て行った。
 馬鹿馬鹿しい。言葉だけは取り繕えても、所詮はテロリズム。まして人質を取っての交渉を行う癖に、メディア対策を行わないとは。
 足下でこの様子を告げるニュースを携帯で見ながら、ため息をつく。
 これでは絶対にコゥ姉様が応じる事は無い。交渉することすらブリタニアの面子に関わる事だ。ネゴシエーターも呼ばないだろう。
 いまだこのホテルが存在するのは、ユフィ姉さま……と、私。
 皇族がふたりもホテル内に人質としているせいだ。それを幸運と見るか不幸と見るかは、ちょっと難しいところだけど。

「これから先、何があっても取り乱したりしないでくださいね。
 アンジェリカさん。お姉さまをお願いします」

 そう言うと、SPであるアンジェリカさんはこくんと頷く。
 彼女と眼で会話し、リリーシャは上着のポケットからアルミ製の眼鏡ケースを取り出し、一息に折り曲げた。

「それは!?」

 折り曲げられたことで、眼鏡ケースの内壁を突き破って鈍い刀身が顔を出す。
 一応、これでも彼女は軍人であり、護りたい人がいる。しかしナイトメアはともかく、生身では成人男性に大きく劣るのも事実。
 そこで彼女は、常に一点ではなく複数の武器を持ち歩くようにしていた。
 最も有用な拳銃は武装解除の際に取り上げられて手元には無いが、このナイフだって丈夫なエリア11製である。
 果物ナイフくらいの長さしかなくとも、何もないよりはずっと良かった。
 同じく用意していた細い柄をとりつけ、そこにハンカチを巻いて握りやすくすると、リリーシャはアンジェリカの腕に縋り付く。
 そして入口の方からは絶対に見えない角度で、それをアンジェリカに手渡した。

「一応、こういう場合は武器を持っていない方が安全なので。これは渡しておきます」

「ええ、そのほうがいいわね。わかっているじゃない」

 ひそひそと声を殺して会話をし、怯えたしながら情報を交換する。
 幾つかの情報を共有し、言葉少なに策を練っている時、不意に再びドアが開いた。

「代わるよ。休んできていいぜ」

 入ってきたのは、若い軍人二人組。
 彼らは一言二言仲間と会話を交わすと、見張りを交代した。
 その片方。すこしパーマのかかった茶色の髪の青年の顔が、逆光が収まったことでようやく見えた。

「えっ!?」

 なぜここに居るのか? という疑問が口をつく。
 確かに彼は日本開放戦線のメンバーだったけれど、こんな馬鹿げたな作戦に参加するような人ではなかったはずだ。
 むしろ、仮にあの頃と変わってないとすれば、こんな作戦には真っ向から反発しそうな気がする。

「……スザクさん」

 あの枢木スザクが、そこに居た。





 / / / / / / / / /





 運がいい、とは、言わないのだろう。
 幸運ならば、そもそもこんな事態は起こらない。だからこれは悪運だ。
 そう思いながら、私は電車に揺られる。
 行き先はシズオカ、カワグチ湖コンベンションセンター。

「赦さない……」

 もう何度目か解らない呪詛を口から吐き出す。
 リリーシャのいるコンベンションセンターが日本開放戦線に占拠されたとの一報を聞いた直後、アーニャはとにかく駅から電車に飛び乗った。
 まだ学生の身分である彼女は平日は軍の教育機関、つまりエリア11士官学校で勉学に励む傍ら、軍部にも出向いて作戦の手ほどきなどを受けている。
 それに加えて本校から出された課題などをこなすことで、ボワルセルの単位を取得している。
 つまりアーニャは普通の軍人と違いあくまでも学生の身分なので、週末は常に休みだった。
 軍での仕事があれば勝手に抜ける訳にもいかないのだから、それを彼女は悪運が強いと言ったのだ。

「セシルさん。ロイドさんをお願いします」

 環状線からシズオカ行きの特急に乗り継いだアーニャは、そろそろかと思い電話をセシル経由でロイドさんに繋ぐ。
 するとあちらには既に出撃準備中らしく、もう間もなく出るという。
 なんでも先日のサイタマでの事件以降目の敵にされつつあるランスロットだが、反面その性能がこれ以上ないくらい証明されたので無碍にも出来ず、何かの役には立つだろうからとりあえず持ってこいとシズオカ行きを命令が下ったのだとか
 最もロイドはそんなことを気にするような人間ではないので、嬉々として準備を進めているというのはセシルの言葉だ。
 正パイロットのリリーシャは残念ながら囚われの身だが、隙あらばコーネリア総督やギルフォード卿を乗せてやろうと画策しているらしい。

「そう……。じゃあ私が乗る」

 だから、それを聞いた彼女がそう答えるのは解りきったことだった。
 彼女はリリーシャを、そして皇族を害する者を絶対に赦さない。
 その静かな宣言を聞いたロイドは受話器の向こうで唇の端をニンマリと釣り上げ、近くの技術者に以前のアーニャのデータをもとにランスロットのプログラムを書き換えるように指示を出した。






 / / / / / / / / /







「―――――♪」

 明らかに彼のまわりだけ緊張感が足りない。
 監禁から数時間が経過し、外はもう日が暮れていることだろう。
 彼、枢木スザクは何度目かの交代を経て、もはや定位置となった出入り口付近の木箱に座っている。
 その彼の手には本。耳にはイヤホン。その先にはSonyのウォークマン。

「迷い、ながら♪ 悩み、ながら♪ 悔み、ながら、決めればいい~さ♪」

 そして時折口から零れる歌詞。そうですか、FLOWですか……じゃなくて!!
 もう何なんだろうあの人、とリリーシャは頭を抱えそうになる。
 ユーフェミアの護衛をアンジェリカに任せた彼女は、悟られないようにじりじりと場所を移動して、現在は人質の最前列まで移動している。
 そうやって隙を窺っているのだが、他の人とは逸脱しまくったスザクの態度に心底困惑していた。

 他の日本開放戦線の構成員が銃を待機状態にしたままゆっくりと歩いていたのに対して、彼は何するでもなく座ったまま。
 それをとがめない彼の同僚もどうかと思うが。
 かと思えば、それをチャンスと彼に襲いかかったどこかの国の護衛官を、彼は持っていた本で撃退した。
 手元の本を相手の顔面に放り、それを弾く瞬間を狙って放たれた火を噴くような右ストレート。正確には右の直突き。
 タックルから脇に置いた銃を奪おうとしていた護衛官は、一撃で意識と前歯数本を飛ばして床に沈んだ。
 現在は口に止血用のガーゼを押し込まれた姿で拘束され、倉庫の隅に転がっている。

「ん、面白かった」

 パン、と小気味よい音を立ててスザクが読んでいた本を閉じた。
 そしてようやく見張りに戻るのかと思いきや、今度は近くに置いていた刀の手入れを始める始末。
 一応、ココは貴方の家の応接間では無いのですよ、という控えめなツッコミがどこかから漏れた。ああ、彼の同僚か。

 そんなこんなでスザクが倉庫内の空気を緊張から微妙な感じに絶賛書き換え中な正にその最中、人質たちの中で同時多発的に緊張が奔った。
 被害者は、恐らくは別の部屋に囚われていた人質の一人。それを日本開放戦線は、ホテルの上層階から突き落としたのだ。
 さらに交渉に進展がなければ、これから30分おきに一人突き落とすという。
 あまりの暴挙に皆が唖然とし、迫り来る恐怖におののく中、それ以上の背筋を這い上がる様な怖気が部屋を奔り抜けた。
 その震源地は枢木スザク。彼の顔からも先ほどの様な軽妙な表情は消え失せ、猛禽のような双眸がジッと近くにおかれた携帯テレビに注がれている。

「枢木少尉……」

「ああ、わかってる。やりやがったなあの野郎。あれだけ止めろって言ったのに」

 彼らは忘れていた。それを彼の部下の言葉で思い出した。
 会議の参加者たちは別の部屋に集められているため、この部屋の人質は観光客が主だ。
 だが先日のクロヴィス暗殺事件から連なる一連の報道で、たとえ一般の民衆といえども彼の素性はよく知っている。
 亡き日本国の最後の首相の嫡子という貴種。そしてその肩書とともに併せ持つ、彼の本質。
 飄々としているようで、その裡に異常なまでの激情を内包する彼こそ、このエリア11に存在する最大級の騒乱の片割れだった。

「ごめん。ちょっと出てくるわ」

 言い残し、返事も聞かずにスザクは部屋から出てしまった。
 それはどう考えても任務放棄なのだが、あの怒気に押されて口を噤んだ。上官に申告して懲戒を与えようにも、どうせこのまま玉砕するという思いもある。
 後に残るのは、漠然とした不満。
 少尉であり首相の息子とはいえ、その立場ゆえに客将扱いの彼を信頼している人間は少なくともこの場には居なかった。
 その不満が弱者に、人質となった人間に向くのは、残念ながら自然な事だった。

『イレブン……』

 気弱で、かつてゲットーのイレブンから受けた仕打ちがトラウマと成っている少女、ニーナ・アインシュタインが発してしまった一言。
 彼女にとってただの名詞でしか無いそれを侮蔑の一言と捉えた一人の兵士は、肩から下げた銃を突き付け、訂正を迫る。
 だが怯えて隣に座る親友の胸で怯える彼女が冷静な思考をしているはずもなく、訂正が無い事にさらに兵士は憤る。
 終には彼女を庇おうとする二人の友人もろとも、兵士たちは別の部屋で“説教”をしようとした。
 その場で、彼らのフラストレーションが吐き出される事は明らかだ。女性だという事もある。
 もはや彼女たちは無事には戻らないだろつと予想しつつも、何も出来ない事に歯噛みしながら他の人間が目を背ける澱んだ空気を、同年代の少女の声が切り裂く。

 流石に見過ごせないと、正義感の強い者たちに交じって腰を浮かせたリリーシャがその声を聞いて思わず硬直した。
 その声は、自らの姉の声。SPとして傍に付いていたアンジェリカの制止を振り切り、腰を上げたのはユーフェミアだった。
 彼女は自らの素性を明かし、ニーナを救おうと考えたのだ。
 それを勇気ある行動と取るか軽率と取るかは意見の分かれる所だろうが、少なくともこのエリアの総督であるコーネリアに対しての人質としてこれ以上ない人物ではあった。
 誰とも知らぬ少女が呟いた一言など消し飛ぶくらいに。

「待って下さい!!」

 しかしそれをリリーシャが見過ごせるはずもない。
 ここはSPではなく妹として、と考え、姉思いの義理の妹を演じて兵士を泣き落とした。
 設定としては、歳の離れた実姉のコーネリアと異なり、同じ屋敷で姉妹同然に育った有力貴族の娘。
 本物のリリーシャと執事の娘としてのナナリーの関係といえば解りやすいだろうか。
 ともかくリリーシャはその役を演じ切り、ユーフェミアが話を合せた事で、二人は人質としてこの事件の首謀者である草壁のところまで連行される事になった。





 / / / / / / / / /





「へぇ、それでその女の子たちを連行しているわけか。腐ってるな、アンタ」

 首謀者のいる部屋に向かう最中、前から歩いてきてそのまま通路に仁王立ちになった青年がいる。
 あのスザクだった。
 彼は兵士に挟まれるようにして連れられたユーフェミアとリリーシャを不思議に思い声をかけ、事情を聞いた瞬間にそう呟いて彼らの前に立ち塞がったのだ。

「何の真似か、枢木少尉!」

 スザクの侮蔑の言葉に彼よりも年上の兵士たちは激昂するが、彼の立場もあって怒鳴るに留めた。
 彼らも無暗矢鱈に銃を向ける無法者の集団という訳ではないのだ。少なくとも同じ日本人となら話をしようという考えはある。
 この場合、無法だったのはスザクの方だ。

「ガッ!?」

 顎に一撃。右フックで30代の兵士が床に崩れ落ちた。

「貴様、裏切る気かっ!!」

「五月蠅い! たとえどんな理由があっても、無抵抗な女に銃を向けるなんて。
 お前それでも日本男子か! 恥を知れ!!」

 ユーフェミアとリリーシャの後ろにいた20代の兵士に銃を向けられ怒鳴られても一切怯むことなく、さらに若いはずのスザクは彼を一喝する。
 そして始まった言い争いを好機と見たリリーシャは動こうとして、

「ストップ、妙な真似をするな。
 無抵抗じゃないなら容赦はしないよ」

 冷やりとした刀身を首筋に当てられたような感覚に身を固くする。
 銃口こそ向けられねいないものの、動けば次の瞬間には殺されるという確信がリリーシャの身体を止めた。
 隙をつけないなら、所詮は十代の少女でしかない彼女に何かできる訳がない。

「とにかく、この二人は俺が草壁中佐の下へ連れて行く。君はあの部屋に戻ってくれないかな?」

「何を! そもそも貴様こそ速やかに戻らねばならない立場だろう。
 それに人質連行は二人以上が基本だ。もし連行中に逃げられでもしたらどうする!?」

「へぇ。なら今から俺一人で大丈夫って証明しようか?」

 何が何でも我を通すと譲らないスザクを若い兵士が咎めると、スザクは低い声でそう言って僅かに左足を前に踏み出した。
 すると途端に兵士の顔色が変わり、見るからに動揺し始める。
 それにユーフェミアは首を捻ったが、一方で多少なりとも格闘技の経験があるリリーシャは無理もないと納得した。
 目の前のスザクの化け物っぷりを若いこの兵士は知っている、というより、訓練では何度ものされた経験がある。
 彼が本気になればこの距離など無に等しく、彼の得意技である跳び蹴りなど喰らいたくないと、彼は渋々ながら二人の身柄をスザクに預けた。


「さ、じゃあ行きましょうか、ユーフェミア皇女殿下。それとSPの君も」




[16004] Stage,13 『COLORS』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 HOME ID:33f0f609
Date: 2010/04/13 21:31

 コンベンションセンターの廊下を、ユフィ姉さんを守りながらスザクさんと共に歩く。
 幸いにして私の正体には気付かれていないようだけど、スザクさんには動物じみた勘があるから油断はできないと思う。
 8年ぶりに再開した彼の印象は『鎖の切れた猟犬』だ。訓練された犬ほど、恐ろしいものはない。

「ユーフェミア皇女殿下。
 貴女はゼロの事をどう思っていますか?」

 不意に、スザクの脚が止まった。
 既にエレベーターから降りているから、目的の階には到着しているのだろう。
 彼が脚を止めたのはそのエレベーターホールでのことだった。
 話しかけてはいるものの、彼は背中を向けてこちらに視線を向けてはいない。

「どう思うと言われても、私はゼロと会った事が無いので……」

「わからない?」

「はい」

 あいかわらず背中を向けたまま彼は上出来とだけ応え、こちらを振り向く。
 その顔は笑顔で、先ほど同僚に殺意を叩きつけていた男とは思えない。

「あの、何故ゼロの事を?」

「俺は一回ゼロに助けられてるかね。彼の人となりもある程度知ってる。
 彼はブリタニア皇帝と皇族を憎んでるよ。
 けど貴女は、たぶんその標的からは外れてるんじゃないかな?
 貴女は、まだ誰も殺していないから」

 こちらを向いたスザクは、ポケットに手を入れたまま人懐っこい笑顔をユフィ姉さまに向けてくる。けれど内容は中々にシビアだった。
 そしてもうひとつ、確定した情報。はやりスザクさんは、ゼロと繋がっていた。
 ならばゼロが仮面をつけている理由に、彼を通して近づけるかもしれない。

「―――――」

 ずぐ、とドス黒い何かが私の中で疼く。
 ゼロ。クロヴィス兄様を殺し、ジェレミア兄さんを陥れたテロリスト。
 私は彼を赦さない。
 ユフィ姉さんのように、『逢った事が無いからわからない』などとは、到底言えない。

「殺してないから、ですか?」

「そう。ゼロが殺したクロヴィス前総督は、ゲットーに住む住民を無差別に殺した。
 俺たちみたいな抵抗勢力を殺すのは構わない。俺たちは敵だからね。
 けどゲットーの人たちは違う。だからゼロはクロヴィスを殺した。殺して、止めた」

 背中から見ても、ユフィ姉さまが動揺したのが解る。
 ぎゅっと手を胸の前で握り、僅かに震えた。

「それが、ゼロがクロヴィス兄さまを殺した理由……」

「それだけじゃないと思うけど、たぶんそれが一番大きな理由じゃないかな。
 本人はブリタニアをぶっ壊すとか言ってるけど、彼の真意はもっと別に在るよ。
 ブリタニアの打倒は目的ではなく手段だと、そう思うね」

 言いたい事を言い終わったのか、スザクさんは背中を向ける。
 いや、向けようとした。
 それよりも早く、彼の背中から声がしてその動きを止めたのだ。

「余計な事を言うな、枢木スザク」

 たったひとり。
 背中に日本開放戦線の兵士を従えて、黒衣の仮面がそこに居た。

「ああゼロ、もう交渉は終わったのか。
 で、草壁中佐はどうした? 殺したのか、それとも説得したのか」

「草壁中佐たちは自決された。
 私の説得に応じ、己の行動の無意味さを悟られたのだ」

「白々しい。殺したんだろ?
 あの人は結局、自分の都合しか考えない人だからね」

 スザクさんのその一言に、ゼロの背後に付き従っていた兵士の表情が変わる。
 自らが謀られたのだと思い彼らは銃をゼロに向けて引き金を引きかけるが、それを止めたのもスザクさんだった。

「待て、彼の行動には既に片瀬少将と藤堂中佐にも承認を得ている。
 草壁中佐の今回の行動は完全なる独断専行、到底許される行為じゃない。
 けれどゼロ。
 出来るなら自害に追い込む前に、こちらの裁定を待ってほしかったんだけど?」

「それに関しては申し訳なかった。
 このかわりに他の兵たちをこのコンベンションセンターから逃がす手伝いをしようと思うのだが。
 すでに私の手の者が下の階で工作を進めている。それに関して片瀬少将と連絡を取って貰いたい」

 不遜なほど堂々とした態度で、ゼロはスザクさんと言葉を交わす。
 彼を一目見て、自分の中にある衝動を抑えきれないと感じた私はすぐに顔を伏せて拳を固く握る。
 スザクさんたち日本開放戦線とゼロが手を組んだ事は明らかだ。
 ここで襲いかかろうものなら前からゼロに、後ろからスザクさんに攻撃されて何もできないままに終わってしまう。
 だから必死に己を律した。

「ほう、これはユーフェミア皇女殿下。
 民衆の為に人質を買って出られたとか。相変わらずですね」


 自分の事に精一杯で、物事を深く考える事をしなかった。
 だから私はゼロの発したその一言を、流してしまったのだろう。
 後になっても思う。この時の私は迂闊に過ぎたと。
 この時気付いていれば、運命は解っていたかもしれないのに。









コードギアス
    閃光の後継者


Stage,13 『COLORS』










 「アハ、どお~だいアーニャくん。やっぱりシミュレーターとは違うでしょお?」

「別に、問題ない」

 淡々とした口調でロイドの喜色満面な声に応える。
 既に先ほど、物資搬入用の地下道から侵入しようとしたサザーランド部隊が敵のリニアカノンで全滅させられたという一報が入っている。
 繋がる橋もメインを除いてすべて落され、空、および水中からの接近も失敗した。
 あのコンベンションセンターはさながら水上の要塞のように、その堅固な護りを見せている。

「それを撃ち抜くのが、私の仕事」

 スイッチを押しこみ、ランスロットをスタンバイさせる。
 先ほどサザーランドが突入を試み、失敗した地下道を駆け抜ける。ゼロの出現というイレギュラーを利用した一点突破作戦。
 ランスロットだからこそ出来る、敵防衛網のド真ん中への突撃を敢行する。

「アーニャちゃん、先に突入したサザーランドからの情報によると、敵のリニアカノンは射出後に分裂、加速する散弾型と断定。
 坑道内は限定空間だから、貴女とランスロットじゃあ回避率は50%以下よ。くれぐれも無理はしないでね」

「了解」

 セシルの声とともに、コックピットのディスプレイパネルに敵リニアカノンの解析データが表示される。
 アーニャはそれを凝視し、ランスロットと己の持つ切り札の性能を計算に入れて作戦を構築する。
 初めからリリーシャのようなデタラメな機動など出来ると思っていない。敵リニアカノンの回避は困難。恐らくは実質的な回避率は40%前後と予測する。
 だったら私は、私の戦いをするだけだ。

「MEブースト。ランスロット、発進!」

 両腕でナイトメアライフルを抱えた、スタンディングスタートの構えからランスロットが発進する。
 こちらの動きを感知して、即座に吐き出される弾丸の群れを急制動から一時後退することで回避。
 敵の方が射程が長い事は織り込み済みだ。
 しかし敵の砲撃も物理現象である以上、この距離ではまだ脅威にならない。

「ブレイズルミナス展開」

 切り札であるライフルを右肩に増設した固定用ハーケンと接続し、右手との二点で固定する。
 同時に左腕のブレイズルミナスを起動させて向かってくる第二波をやり過ごした。
 さらにこれまでの失敗からか効果範囲を絞ってきた第三波を地下道の右端に伏せる事で回避。現在の所、損傷は軽微。
 作戦の性質上、こちらからの防衛射撃は出来ないので、ひたすらに敵の砲撃を躱す。今の所、第五射までを回避する事に成功した。
 これは無理に前進する必要のない作戦だからこそ、私でも可能だったのだけれど。

「第六射、来ます!」

「了解!」

 作戦開始時からランスロットのファクトスフィアは展開状態にある。
 お陰で平常時の十六倍というものすごい速度でランスロットのエネルギーが減っていくが、今回の作戦自体が30分以内に収まるので問題はない。
 というか、30分以上をかければ失敗と同義で、かつ敵の攻撃が正面からしか来ないと解っているからこんな無茶が出来る。
 ランスロットのファクトスフィアで収集したデータは、ナイトメアの搬入口に下ろされたアンテナを通じて特派のヘッドトレーラー、更にはG-1ベースのメインサーバーに送られる。
 つまりランスロットがデータ収集機となることで、G-1ベースが敵リニアカノンの位置と散弾の分散状況を計算、ランスロットへとフィードバックしているのだ。
 極めて限定的な状況でしか使えない作戦だったが、今後の兵器開発の為の実践データという観点からは非常に有益な情報となる。

「アーニャちゃん。敵リニアカノンの位置補足に成功。
 狙撃位置はその場所から3.7m先に設定。データを送ります」

「了解」

 第六射を後方に跳び退きながら回避する。
 既に何か所かに浅い傷をいくつも受けているが、行動に支障はない。左腕のブレイズルミナスの出力も70%を維持。
 セシルから送られてきたデータを閲覧し、指定の場所に奔りこんだアーニャはそれまで抱えていたライフルをランスロットの後ろに置き、ランスロットに両膝をつかせた。
 ちょうどランスロットの機体でライフルを散弾から隠す格好である。
 その状態で両腕のブレイズルミナスを展開し、第七波を待つ。

「―――――ッ!!」

 ほどなくしてそれはランスロットのブレイズルミナスを直撃し、凄まじい衝撃がアーニャに襲いかかった。
 『小破』の文字が損傷を知らせるアラームと共に鳴り響く。
 それにセシルの彼女を心配する声とロイドの悲痛な叫びが重なり、コックピットでは様々な音が反響した。

「ふぅ……」

 しかしとても14歳とは思えない類稀れな集中力をもってアーニャはそれらの一切を黙殺し、背中に隠したライフルを右腕で掴み上げる。
 時間的猶予、次の散弾発射までに予測される時間は約2分。
 リニアカノンを設置している位置と、この時間を割り出すために彼女は囮となって敵に散弾を撃たせ続けた。

「弾幕は嫌い。余計なものまで傷つけるから。セット……」

 アーニャの操作に応じ、サザーランドの腕ほどもある大型のナイトメアライフル―――――遠距離襲撃型 可変弾薬反発衝撃砲(ヴァリス)、『アロンダイト』が三脚を展開し、砲身を伸ばす。
 森の深くに眠る泉の様な鮮烈な青に染め上げられた銃身が地下道の赤いランプに照らし上げられ、黄金に塗られた砲門が敵リニアカノンを照準した。
 発射できる弾は、作戦開始時からスタンバイ状態になっている数発のみ。

「一発で決める。
 これでお終い。リリを傷つける貴方たちは」

 展開状態にあるファクトスフィアで、敵砲台までの空気による抵抗と重力の影響まで計算。
 ディスプレイ上をそれまでとは異なったデザインの銀色をしたクロスマーカーが跳び回り、3つのマーカーは同じ点に収束、黄金色に変化する。

「アロンダイト、発射!」

 そして敵が発射した第八波が届くよりも早く、アーニャは操縦桿にあるボール型の操作ボタンを押しこんだ。
 銃口から、普段ランスロットに装備されているヴァリスの弾丸よりもひとまわり巨大な弾丸が放出される。
 青白く発光する弾丸はさながら稲妻のように空気を切り裂き、散弾と折衝してこれを駆逐。
 地下道を駆け抜け、日本開放戦線が構えるリニアカノン、『雷光』の銃口へと吸い込まれた。

「命中、脱出!」

 敵のリニアカノンがグラスゴーを改造したものであるという事は、作戦開始時には把握していた。
 今回の作戦はそれを撃ち抜くのだから、当然そのリニアカノンは爆散することになる。
 よってリニアカノンを撃ち抜いた場合、地下道は即座に水没する事が解っていたアーニャは、迷うことなく威力をしぼった第二射を天井めがけて発射。
 同時にアロンダイトを抱えたまま一息に跳躍し、空中へと躍り出る。
 そして空中で姿勢を制御すると、そのままアロンダイトをコンベンションセンターの方に向け、作戦通りコンベンションセンターを支える土台を撃ち抜く事に成功した。

「あれは、ゼロ?」

 沈降していくコンベンションセンターに、ランスロットはその人影を捉える。
 黒いマントに黒い仮面。このエリア11を騒がせるテロリスト。
 彼に対して何の感慨も抱いていないアーニャは反射的にアロンダイトの銃口を向けるが、幸か不幸かアロンダイトはその高出力ゆえにチャージが間に合わず、発射可能な状態にはなかった。
 脱出の際の重量軽減のためにヴァリスやMVSといっや通常装備のない現状では攻撃不能と諦め、彼女の騎乗するランスロットは放物線を描きながらコンベンションセンターへと向かう。
 その直後、閃光と爆炎がコンベンションセンター上層階を包み込んだ。

「リリ!!」

 およそ普段の彼女らしくない悲痛な叫びがコックピット内に反響する。
 また、護れないのか?
 認めない。そんな事、断じて認めない。

「よせ、アーニャくん!!」

 これに血相を変えたのはロイドだった。
 こちらも不断には無い表情と口調の変化を見せ、通信機越しにアーニャを制止しようとするが、彼女はそれを黙殺して崩れゆくコンベンションセンターの下へと機体を躍らせる。
 コンクリートの粉塵が辺りを白く染める中、利かない視界の中でファクトスフィアを信じ、必死にアーニャはリリーシャを探す。

「お願い、ランスロット」

 はたしてその願いが通じたのか、石の霧が晴れてなお探し続けるアーニャとランスロットに、声が届く。
 最もその声は、今誰よりも聞きたくない男の声だったが。

「ブリタニア人よ、動じる事は無い。ホテルに囚われていた人質は、全員救出した」

「ゼロ……」

 倒壊したコンベンションセンターの影から、二隻のクルーザーが、十数隻のボートを伴ってゆっくりと姿を現す。
 そのクルーザーの片方の上には、黒い団服を纏う者達を従えて、あのゼロがそこに居た。
 展開しっぱなしになっているランスロットのファクトスフィアはボートとクルーザーに居る人間の配置を素早く割り出し、クルーザーはいずれも敵だという判断を下す。
 幸いにして、現在手の中にあるアロンダイトは万能と言っていい狙撃銃だ。
 先ほどのように高出力の砲撃を行う事も出来れば、効果範囲を極限まで絞ったレーザーのような一撃を撃ちこむ事も出来る。
 アーニャは自分の能力を正確に評価し、その超高難度の狙撃が出来ると確信した。

「覚悟」

 実行を即断したアーニャはその場に膝をつき、再びアロンダイトの三脚を地面に立てる。
 そして先ほどと同じように銀のマーカーが三つ跳んだ所で、アラームと共にそれが消えた。エネルギー切れだった。
 知らずに頭に血が上っていたアーニャは気付かなかったが、倒壊するコンベンションセンターに突っ込んだ段階でエネルギー減少の画面表示は出ていたのだ。
 そこからさらに数分、ファクトスフィアを全開にしたままの捜索。止めがアロンダイトの展開である。エネルギーが切れるのも当然だった。

「ふぅ、運がいい。ゼロ」






 / / / / / / / / /






 遡る事十数分前。
 ゼロの下に集った黒衣の者達に交じって、スザクたち日本開放戦線の投降組も人質たちを1Fの屋内船着き場に浮かべた救命ボートに誘導していた。
 この場にゼロ自身はおらず、上層階を爆破して証拠隠滅を行うための最終確認を行っているのだという。

「ユーフェミア殿下はこちらにお乗りください」

 人質の中でも最も重要な人物を含むグループはスザクが担当した。
 この場にいるゼロ配下と開放戦線の共通項は、ブリタニアを憎んでいる事。その矛先が最も向きやすいのは皇女であるユーフェミアだろう。
 当然、同じボートにはSPとして同行しているアンジェリカやリリーシャも一緒に乗っている。

「あ、あの、枢木スザクさん。
 ひとつだけお伺いしてもいいですか?」

 そして最後まで残されていたユーフェミアを乗せたボートが船着き場を離れる直前、彼女は口を開く。
 迷いに迷って発せられであろうその一言に、今まさにボートを押そうとしたスザクは手を止めた。

「何? 答えられる事なら答えるよ」

「貴方は日本最後の首相、枢木ゲンブの息子だと聞きました。
 教えてください。ルルーシュは、八年前、貴方の家に預けられたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、今どうしていますか!?」

 その名に、リリーシャの肩が跳ねた。
 ユーフェミアを挟んで反対側では、スザクの顔が目に見えて曇る。

「ルルーシュ、“ヴィ・ブリタニア”……」

 そして残るブリタニア人であるアンジェリカは唖然としている。
 思い出したのだ、7年前の悲劇を。8年前の絶望を。
 ある年齢以上のブリタニア軍人にとって、その姓は絶対だ。

 平民から后妃にまで上り詰めた、現代のシンデレラ。
 かつてのナイトオブシックスであり、かつての、裏切りのナイトオブワンを屠り去った最強の女騎士。
 現在のナイトオブワン、ビスマルクと共にシャルル皇帝を支え、たった一代でブリタニアをここまでの大国に押し上げた最大の功労者。
 異名にも功績にも枚挙に暇がないマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアこそ、現代の英雄だった。
 あの事件までは。

「そうか、お前が、お前がマリアンヌ様のご子息を!!」

 一気に感情を沸騰させたアンジェリカがボートを蹴り、スザクへと踊りかかる。
 あの時、日本に送られたマリアンヌの二人の遺児が具体的に何処で生活していたのかを知っている者はごくわずかだった。
 故に皇子と皇女の死亡を知った軍人たちは怒り狂いながらも、その矛先を一点に集中できなかった。
 その時は既に日本はブリタニアに屈しており、戦争で多くの日本側の重要人物も死んでいた。
 結局彼らは、イレブンに事の他きつく当る事でしかその鬱憤を晴らせなかったという経緯がある。
 あの時のやり場のない怒りが、時を超えて爆発した。

「アンジェリカさん、待って!」

「誤解なんだけど、」

 ガツンという衝撃がアンジェリカの脳をシェイクし、視界が真っ白に染まる。
 彼女が懐から引きぬいたナイフを半身になって躱し、カウンターで彼女のこめかみをスザクは撃ち抜いた。
 一撃で意識を刈り取られた彼女の身体をスザクの右腕が受け止め、彼の頬から一筋の紅が流れ落ちる。

「参ったな、手加減出来なかった。いつ眼を覚ますか分かんないよ。死んでは無いけどね」

「ごめんなさい、軽率でした。
 アンジェリカさんがマリアンヌ様に憧れていたのは知っていましたのに」

「いやいいよ。こんなのかすり傷だしね」

 頬に垂れる血を手の甲で拭い、スザクは一言二言ユーフェミアと言葉を交わしてアンジェリカをボートに乗せる。
 意識のないアンジェリカの身体をリリーシャが支えるのを確認したスザクがボートを係留していた綱を外し、ボートを送り出す。
 彼の向こうには二隻のクルーザーが控えており、一隻にゼロとその配下の者が。もう一隻に日本開放戦線が乗るのだろう。
 ボートが十分に船着き場から離れ、周囲を見回したスザクは、聞き耳を立てている者がいない事を確認して口を開く。

「最後に、貴女の質問に答えるよ。
 ルルーシュは生きてる。少なくとも彼だけは、ね」

 その一言を残して、スザクは踵を返した。そのまま歩き去ろうとする彼を、ユーフェミアはボートの淵に齧りつくようにして身を乗り出す。
 もしかしてという思いはあった。ナナリーが生きていたから。
 だからこその質問で、ずっと日本人として生きてきたスザクならば、もしかしたら異母兄の事を知っているのではないかと思ったのだ。
 はたしてスザクは、知っていた。異母兄の、ルルーシュの消息を。
 生きている。それだけでユーフェミアは胸の奥からこみ上げる衝動のままに、彼を呼びとめた。


「けれど彼が貴女に会いたがるかどうかは別問題じゃないかな。彼は、ブリタニアを憎んでいると思うから」


 だが続く言葉に、氷を押しあてられたように顔色を変える。
 兄の生存の報を聞いた喜びに満ちていたリリーシャは、今まで意図的に考えないようにしていた予測が真実だったと知り、顔をゆがませる。

「何故、憎んでいると……」

「―――――ッ、当たり前だろう! ルルーシュはブリタニアに捨てられた、いや、その存在を殺された!!
 母を殺され、父に見捨てられ、妹を奪われた。ルルーシュは決して強くない。
 それだけの絶望を味わって、なんでブリタニアを憎まないでいられるんだ!!」

 草壁一派の暴挙を知った時でさえ怒りながらも冷静さを失わなかったスザクが、初めて声を荒らげた。
 凄まじいまでの怒気。先ほどの義憤など霞むほどの感情の発露。
 背中越しにも解る怒りの強さに、ユーフェミアは己の不用意な一言が、彼の逆鱗に触れたのだと知り顔を伏せる。

「違う…私は、ここに……」

 一方のリリーシャは、とにかく消えてしまいそうな自分を繋ぎ止めるのに必死だった。
 その一心で、彼女は意識のないアンジェリカの身体を抱きしめる。とにかく誰かの温かみが欲しかった。
 震える身体で紡がれた言葉は、発進間近のクルーザーの音に掻き消されて誰の耳にも届かない。
 最も、ハッキリと声にしたところで同じ事だけれど。
 彼女がルルーシュの下を離れたことで兄が最も辛かった時期に傍に居なかったのは事実で、それどころか現在は母を殺したブリタニアに忠誠を誓うブリタニア軍に身を置いているのだ。

「さようなら、ユーフェミア殿下。
 もう二度と、会う事がないよう祈っているよ」

 そう言い捨てて手を振り、スザクがボートの前から歩き去る。
 彼の後ろ姿を見て、後ろでアンジェリカをしがみつく様に抱きしめてカタカタと震える異母妹の姿を見て、ユーフェミアは意を決したように口を開く。

「いいえ、絶対にまた会っていただきます!
 やっとルルーシュが生きている事が解ったんです。私、絶対に諦めませんから!!」





 / / / / / / / / /




「人々よ、我らを怖れ、求めるがいい。我らの名は、黒の騎士団」


   彼は、高らかに宣戦を布告する。


「我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である。
 イレブンだろうと、ブリタニア人であろうと」


  己から全てを奪った国へ。
  己の父の治める国へ。


「日本開放戦線の草壁中佐の一派は、卑劣にもブリタニアの民間人を人質にとり、無残にも殺害した。
 無意味な行為だ。故に我々が制裁を下したのだ。
 クロヴィス前総督も同じだ。武器を持たぬイレブンの虐殺を命じた。
 このような残虐行為を見過ごす訳にはいかない。故に制裁を加えたのだ」


  我らは、弱き者の希望であると。
  我らは、強き者の裁定者であると。


「私は戦いを否定しない。しかし強い者が弱い者を一方的に殺すのは、断じて赦さない!
 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!!」


  そして、人道を忘れた者の死神であると。


「我々は力あるものは力なきものを襲う時、再び現れるだろう。
 たとえその敵が、どれだけ大きな力を持っていようとも。」


  彼は、高らかに謳い上げる。
  人々を戦へと誘う宣言を。


「力ある者よ、我を怖れよ!」
 力なき者よ、我を求めよ!」


  さあ、始めよう。


「世界は、我々黒の騎士団が、裁く!!」


  世界史に刻まれし、戦乱を。







[16004] Stage,14 『待ち合わせ』
Name: 賽子 青◆e46ef2e6 ID:f58de652
Date: 2010/07/01 00:19

「そういえば、誰と待ち合わせ?」

 オレンジジュースを飲みながら、ふと顔を上げたアーニャの質問に、リリーシャは少し面食らう。
 現在、リリーシャはいつものゲームセンターの中にあるカフェにいた。
 その向かいには親友のアーニャ。
 こう見えてプライベートで付き合う友人の少ないリリーシャにしては珍しく、今日は誰かを待っているらしい。

「えっ、言ってなかったっけ?
 ――――――あっ、来たみたい。カレンさん、こっちです」

 元々言葉少なな彼女だが、必要事項に関してはちゃんと訪ねるので、リリーシャもつい話したつもりになっていた。
 しかしじゃあ、と話し始めるよりも早く、入り口のところで目的の人物を見つけた彼女は席から立って手を振る。
 それに気付いた相手も手を振り返し、スタスタとふたりの座る席に近づいてきた。

「リリーシャちゃん久しぶり。
 テレビ見たわよ、大丈夫だった?」

「ええ、まあ何とかといったところです。
 せっかくの旅行だったのに、あんな事になって災難でした」

「そっか、ともかく無事でよかったわ。
 今日は私が奢るから、とにかく楽しみましょう」

 そう言って、二人よりも3つ年上の少女はニッ、と口角を釣り上げた。
 白いTシャツの上から男物の青いパーカーをはおり、デニムスカートとロングブーツを履いた少女は、鷲の翼を模した赤と白のストラップを胸元で揺らしながら猫のように笑う。
 トレードマークは、炎のようにハネた赤い髪。
 彼女の通う学園の同級生が見れば目を丸くしそうな活発な出で立ちと雰囲気を纏う彼女だが、あいにくとリリーシャもアーニャもこの姿の彼女しか知らない。
 だから二人は、ごく自然に笑みを返した。

「ありがとうございます、カレンさん。アーニャ、行こう!」

 それを合図に席を立ち、三人で店を出た。









コードギアス
    閃光の後継者


Stage,14 『待ち合わせ』











「やっ!!」

 パカーンという盛大な音とファンファーレ。
 リリーシャ曰くもう(女の)ひとの音じゃないという右ストレート―――――ではなく、ボウリング玉が白いピンを弾き飛ばす。
 殆ど直線で突っ込んだ赤いボールは全てのピンをなぎ倒して奥の闇へと吸い込まれた。

「よしっ!」

 成績をみてグッとガッツポーズをしたカレンがリリーシャとハイタッチを交わす。
 頭上のディスプレイに映る名前は『KAREN』、『NUNNA』、『ARIES(アリエス)』。順にカレン、リリーシャ、アーニャである。
 アリエスとは牡羊座のラテン語の学名だが、彼女にとっての意味は別だろう。

「カレン、今日はすごくテンションが高い。何かあった?」

「えっ、そう? 別にないけど」

 嘘だ、本当はあった。それもとびっきりのが。
 それが彼女の胸で揺れるストラップ、純日本製ナイトメア『紅蓮弐式』起動キーなのだが、そんな事を彼女たちに言う訳にはいかない。
 やっとブリタニアと対等に戦える武器が手に入ったというのは嬉しいのだが、反面目の前の彼女たちと戦うかもしれないという懸念が胸にシコリのようにあった。
 14歳のアーニャは士官学校の学生。16歳のリリーシャは、なんと現役の軍人だというのだ。

 付き合いはじめて2ヶ月ほどたったころに知った事実で、その時は驚いたがもう自分の中で区切りは付いている。
 リリーシャが「一応機密なので話せない」と言うので所属までは聞いていいないが、歳も若いし最近一緒に買い物をしたルクレティアと同じ文官だと勝手に思うことにしたのだ。
 ならば、本当の顔で笑いあえる同年代の彼女たちを手放す気にはなれなかった。
 強がっていても所詮は17歳の少女である。
 強靭だが揺れやすい彼女の心は、リリーシャとアーニャに『友達』というレッテルを貼ることで、他のブリタニア人と一線を引いた。

「ほら、次はリリの番でしょう?
 アンタにはまだ4点負けてるんだから、早く投げなさいよ!」

 隠していた事を言い当てられて照れたのか、それとも心の奥に眠らせた負い目ゆえか。
 カレンは誤魔化すように声を荒げてリリーシャを促す。

「まぁ怖い。じゃあカレンお姉さまの雷が落ちる前に投げちゃいます」

「雷って、どこでそんな言葉知ったのよ?」

「くす。いえ、この間イレブンの人が書いた漫画を読んだんです。
 たしかタイトルは―――――長い漢字のタイトルだったので覚えてないですけど、警察官が主人公でした」

「ふ、ぅん」

 彼女の何気ない一言にドキリとして、返事がいい加減になった。
 それにリリーシャば別に何とも思わずにボールを転がし、パカンと小気味よい音を立てて10本全てを倒す。
 ストライク。上手く軌道を曲げてポケットに吸い込ませた、ボウリングはパワーじゃないというお手本のような投球。

「やった!」

 パチンとリリーシャはカレン、次いでアーニャとハイタッチを交わす。
 その顔は楽しさで彩られ、何処にも暗さはない。先ほどの言葉を発した時も同じだった。
 『イレブン』という言葉の何処にも、侮蔑はない。だからころ、カレンの胸は締め付けられる。焦りが生まれる。
 目の前のリリーシャは、日本の事をよく知っていて、日本のマンガを読む。パンも食べるけとお米も食べるし、部屋にある包丁なんてよく切れるという理由で日本製だった。
 けれど彼女は、日本人の事を『イレブンの人』と言う。悪意なく、何気なく。一切の他意なく、イレブンと言う。
 その事に焦る。

「ねぇ変なコト聞くけど、リリーシャって何歳だっけ?」

「え? 16歳ですけど」

 残酷な事実がカレンに圧し掛かる。
 そうだ、知っている。16歳。いまボールを投げたアーニャなど14歳だ。
 彼女たちが9歳と7歳の時に、日本はブリタニアに負けて名前を奪われた。
 その時から日本に居るカレンには、エリア11という地名もイレブンという蔑称も認められない。
 けれど彼女の目の前の二人にとって、『イレブン』は蔑称じゃない。
 ごく普通に使われる、『イレブン』という呼称。普通の名詞になりつつある『イレブン』という言葉。

「急がないと、手遅れになる……」

 ただでさえ、日本人の消耗は激しい。
 ゼロという希望を、日本を背負ってくれる人を見つけたからこそ出来た、日本人を取り巻く状況を俯瞰する余裕。
 人はそんなに強くない。臥薪嘗胆という言葉があるくらい、人は意識しないと抵抗する気力を維持できない。
 急がないと、いけない。
 知らずにカレンは、首に下げた紅蓮の翼を握りしめていた。




「あの、カレンさん聞いてますか?」

「えっ、あ、ゴメン。何の話だっけ?」

 リリーシャの一言に慌てて頭を上げる。
 どうやら考えに埋没するあまり、意識が明後日の方向に飛んでしまっていたらしい。

「さっき、ユーフェミニア皇女殿下の話です。
 皇女殿下とニーナさんを逢わせる事は出来ないかって話ですけど、正直難しいと思います」

 カレンがボールを投げる前に話した質問に、リリーシャは困ったように眉根をよせた。
 キッカケは先日のホテルジャック事件の帰還祝いと、その後の質問攻め。カレンは、同じく質問攻勢の時にふと漏らしたニーナの言葉を聞いていた。
 彼女は、危ない所を助けてくれた皇女さまに一言お礼が言いたいのだという。
 日本人に対して過剰なくらいの怯えを見せる彼女の事をカレンは快く思っていなかったが、あの事件の後に聞いた彼女のトラウマに原因に考えを改めた。
 ニーナをそんな風にしてしまった原因は、自分たち日本人の側にあったのだ。
 そんな事を考える事無く、ただ目の前の事実しか見ていなかった自分をカレンは恥じ、何か彼女にしてあげられる事は無いだろうかと考え始めた。

 本当はニーナに日本人の事を理解してもらうのが一番いいのだけれど、そもそも自分が日本人とのハーフであると名乗っていないのでそれは出来ない。
 だからせめて、何かしてあげられないかと考えていた時にふと、彼女は自分にそのためのツテがある事を思い出した。
 ユーフェミアが日本開放戦線のメンバーに連れ去られようとする時、たった一人で皇女の前に立ち塞がり、姉を連れていくならば自分も連れて行けと言った少女の事だ。
 姉といっても正確には姉妹のように育った有力貴族の娘ということだが、その容姿は聞けな聞くほどリリーシャだった。
 そういえば、テレビに映ったリリーシャの隣にはユーフェミアの姿もあったことを思いだす。
 だからこそこんな話をふってみたのだが、どうやら空振りに終わったらしい。

「う~ん、そっか。いいの、忘れて」

「いえ、カレンさんのお友達の頼みなら、何とか話だけでもしてみます。
 一応、たまにお食事をご一緒するので。
 ただ、それがいつになるかは解らないので、あまり期待しないでくださいね」

 そう言われて、親交があるのは事実なの!? と思ってしまうカレンだったが、考えてみればリリーシャのゴッドバルト家は辺境伯なのだ。
 しかもリリーシャの兄であるジェレミアは、クロヴィス亡き後のブリタニアのエリア11駐屯軍を掌握する位の権力を持っていた。
 皇女の友達役として、同じ年ごろの有力貴族の子女が呼ばれるのはよくある話だ。
 だったらこの子を利用してあのお飾りの皇女を浚ってしまえば、などと一瞬考えたが、カレンはすぐにその考えを撃ち消した。
 そんな卑怯な手で日本を取り返しても意味が無い。日本は、私たちの手で取り返すのだと拳を握った。

「それにしても、こんな偶然ってあるんですね。
 本当にたまたま同じ場所にいたふたりの交友関係に、同じ人がいるなんて。
 なんだか世間って案外狭いんだなって思ってしまいます」

「ふふっ、そうかもしれないわね」

 だから悪い事は出来ないね、と二人は笑い合った。

「むぅ、外した……」

 そんな彼女たちに除けものにされた事など特に気にする様子も無く、アーニャは自分の番だからとボールを投げる。
 天井から吊られたディスプレイにコミカルなアニメが表示され、その足下がドカンと爆発するとともに、スぺア成らずの文字が表示された。
 結果は8ピン。両サイドに2本ずつピンが残るスプリットだったのだから、仕方ないとも言える。
 アーニャは、思ったように転がらないボールにため息を吐きながら自分のジュースに口をつけた。

「真っ直ぐ投げたつもりなのに、カレンみたいに真っ直ぐ転がらない。パワー不足?」

「そういう訳じゃないと思うけど。というか――――」

 高々とボールを持ち上げ、再び豪快にボールを投げるカレンの背中を見て、リリーシャは唇の端を引きつらせる。
 倒すというより吹き飛ばすという表現がしっくりくるような一投の結果はまたもストライク。

「カレンさんはトクベツだと思うよ。きっと」

 パカーンというよりガガーンという感じの音で吹き飛ぶピンに、今日は自分の負けかなぁと思いながら席を立つリリーシャだった。









 / / / / / / / / / / /










「ようこそゼロ。日本開放戦線の本拠地へ、ってね」

「枢木少尉、ふざけるのはよしたまえ」

 スザクに促され、仮面の男、ゼロが山間部にあるログハウスに入ると、そこには旧日本軍の制服に身を包んだ5人の軍人がいた。
 立っている者は右から順に卜部、仙波、藤堂、朝比奈、千葉。
 7年前のブリタニアとの戦争で唯一の勝利となった『厳島の奇跡』を演じた藤堂鏡志朗と、その部下である四聖剣の面々だった。

「ほう、奇跡の藤堂と呼ばれる貴方とお逢いできるとは。光栄ですよ」

 このエリア11で抵抗活動を行う者達にとって、藤堂の名は正に一筋の希望だった。
 しかしゼロはそんな彼のも臆することなく、いっそ慇懃無礼なほどふかぶかと頭を下げ、礼を取る。
 ただひとり椅子に座り、部屋の中央に置かれた木製の机の前で名目していた藤堂は、ゼロの言葉を聞いてその切れ長の目をゆっくりと開いた。

「君がゼロか。草壁の件では迷惑をかけた」

 そう言って、初対面にも関わらず藤堂はゼロに向かって僅かに頭を下げた。
 その言葉が意外だったのか、隣にいた千葉が僅かに声を上げる。
 しかしそんな言葉に構うことなく、藤堂は真っ直ぐにゼロを、その濃いスモーク越しにルルーシュの目を見据える。
 対するゼロもその視線を堂々と見返し、部屋の中にはしばしの沈黙が落ちた。

「単刀直入に聞く。その仮面を外す気はあるか。
 私は相手に自分の顔を見せないような者など信用しない」

 背筋をピンと伸ばし、両拳を膝に置いた姿勢で藤堂はピクリとも動かない。
 椅子に座っていながら、まるで刀を脇に置いて正座する剣術家の様な佇まいで、藤堂はゼロに問うた。

「それは出来ない。この仮面は私にとって必要なものだ。
 この仮面の為に私を信用できないというのならば、今回の交渉はここで決裂ということになる」

 対するゼロは、見に纏う黒と金のマントを胸の前でしっかりと合せ、こちらも眼下に領民を見据える王のごとく直立不動のまま視線を藤堂から離さない。
 火花が散るというよりも、重苦しく固体化したような空気の中で、彼を案内したスザクもじっと成り行きを見守った。

 いまだに、ゼロの正体を知るのは共犯者の少女を除けば彼のみだ。
 レジスタンスを纏めあげ、黒の騎士団を結成した彼だが、ブリタニアという大国と対等に戦うにはまだまだ戦力が足りない。
 そこでスザクが頼ったのが、目の前にいる藤堂鏡志朗だった。
 彼を黒の騎士団に鞍替えさせられれば、とスザクは思う。この面会はその為の布石。

「我々の助力なしで、この先戦っていけるということか?」

「そうだ。私には成さねばならぬ事がある。戦わぬという選択肢は、既に無い。
 ありとあらゆる手を使って、私は必ず成し遂げるだろう」

 正直、縁と義理があるからこそスザクは此処にいるが、彼にはもう日本開放戦線がブリタニア軍に勝てるとは到底思えなかった。
 その決定打が、先日の草壁中佐の暴走。そしてその時の片瀬少将の煮え切らない態度だった。
 結局、あの時決定を下したのは客将であるはずの藤堂だ。
 戦力ならば確かにエリア11の抵抗勢力としては随一だが、トップの思考が余りに古い。有能なものの殆どは7年前に散ったか、捕縛されて処刑されていた。

 はじめは中からこの開放戦線を変えてやると。
 自分が頂点に座り、参謀としてルルーシュを迎えた新体制に変えてやると心炎を燃やしたスザクだったが、そのルルーシュ自身が動き出したというのならば話は別だ。
 自分はいずれこの日本開放戦線を食い破って、ルルーシュの下に馳せ参じる。
 その手始めが『奇跡の藤堂』の通り名を持つ彼と、ルルーシュの縁を取りもつ事だ。

「枢木少尉、君はゼロの素顔を知っていると言ったな?」

「はい」

「ならば君に問おう。ゼロは、信用に足る男か? 今の大言を、真実にできる男か?」

「間違いなく。彼のブリタニアへの憎悪と、成すべき事への渇望は本物です、藤堂中佐」

 揺れる事のない翡翠の目が、藤堂を射抜く。
 ゼロへの、絶対的信頼。
 一点の曇りなき眼は澄み切り、彼の心証を如実に現していた。

「―――――わかった、話を聞こう。
 ただし、今回の強力はあくまでも私個人の裁量であり、片瀬少将と日本開放戦線と直接関係は無い。
 そしてこの作戦で私を失望させれば、次は無いと思って欲しい」

「承知した。ではプレゼン用のデータを用意してきたので、パソコンを貸してもらえるだろうか。
 私の掴んだ情報と、そこから立案した作戦をここで説明したい」

 部屋に満ちていた緊張が僅かにほぐれ、ゼロは懐からUSBのフラッシュメモリを取り出す。
 促されるままに千葉の用意したノートパソコンにそれを差し込むと、手袋に覆われた細い指がキーボードの上を滑り、幾つも設けられたプロテクトを次々と解除していく。
 ほどなくしてノートパソコンと接続された液晶テレビのディスプレイ上には、このナリタ連山の立体地図とその山中を流れる地下水脈が表示されていた。

「これは、このナリタの地図か」

「そうだ。ネットの世界には暇人も多くてね。少し深く潜れば、これくらいの情報はすぐに出てくる」

 藤堂ももちろんインターネットの存在は知っていたが、年齢的なものや性分から、パソコン自体にあまり興味は無かった。
 報告書などを作成する際にワードやエクセルくらいならば使った事があるが、それ以外となるとほとんど使った事が無いのが現状だ。
 それに比べて、セロ=ルルーシュは情報戦においては達人と言ってもいい。
 わざわざ非合法な手段に訴えなくとも、持ち前の情報処理能力を駆使すれば、ネット上にバラバラで存在する断片を組み合わせて情報を構築するくらい朝飯前だった。

「そしてこれが、4日後にはこうなる」

 カン、と軽い音を立ててエンターキーが叩かれる。
 するとそれまで何もなかった山の麓に次々とブリタニア軍のナイトメアを示すマーカーが現れ、たちまちの内にナリタ連山を包囲した。

「4日後、これが現実になる。
 日本開放戦線と我々黒の騎士団が手を組んだというのは周知の事実だからな、恐らくコーネリアはまず本拠地の解っている開放戦線を叩きに来る。それも全力でだ。
 敵の布陣がこの様になる確率は30~40%だが、解りやすいのでこのようにさせて貰った。
 敵ナイトメアの総数は、トウキョウ租界などの防衛などを考えても恐らく200以上。無論その中心はコーネリアの親衛隊だろう。
 勝てるか、藤堂。ブリタニア屈指の武将が指揮する、倍以上の大部隊に」

「勝てるに決まっているだろう、ゼロ! 藤堂中佐なら!!」

「それはちょっと失礼なんじゃないか、ゼロ。
 あんた、ここが何処だか解ってる?」

 挑戦的なゼロの言葉に、四聖剣の紅一点である千葉が噛みついた。
 彼女に、同じく若い朝比奈が追従する。
 反面、年配の仙波と卜部、そして藤堂本人は渋い顔のままだ。

「よく知らせてくれた、ゼロ。
 朝比奈、私たちの週末の予定は」

「えっ、あっ!」

 何かに気付いた朝比奈が声を上げる。隣の千葉も手を口に当てて驚いた表情をした。

「確か、キョウトにナイトメアを……」

「そうだ。仙波、至急桐原翁と、何とか明日中に引き渡しをしてもらえるよう掛け合ってってくれ」

「承知」

 藤堂の命令を受けて、恰幅が良く、四聖剣の中で最も年配の仙波がログハウスから出て行った。
 実はゼロも知らない情報だが、彼の率いる黒の騎士団に紅蓮弐式を提供したように、キョウトは日本開放戦線にも特別なナイトメアを提供する予定になっていた。
 その受け渡し日が、4日後。予定通りなら、彼らは戦場に居ない。

「そうか、本当にタイミングが悪いな」

「ああ、だから感謝するぞゼロ。これで敵を迎え撃てる。
 卜部、朝比奈、仙波、枢木。すぐに準備をするぞ。ゼロ、悪いが会談はここまでにしよう」

「待て藤堂、話は最後まで聞け。
 単なる防衛では意味が無い。やるなら戦争だ。私には、勝つための策がある」

 ゼロの一言に、席を立ちかけた藤堂が再び腰を下ろす。
 彼の指がもう一度パソコンを操作すると、今度は山頂にブリタニア軍とは別のマーカーが表示される。
 その布陣に、藤堂をはじめとした軍人たちはみな眉をしかめた。
 全員が、ここまで情報を読み、さらに自分たちに協力を求めるなら、戦法は包囲のさらに外側からの切り込み。敵将コーネリアへの挟撃だと踏んでいた。
 にもかかわらず、ゼロの想定した黒の騎士団の位置は山頂。つまりブリタニア軍の包囲のど真ん中。
 なぜわざわざイレギュラーとしての利点を捨てるのかと朝比奈などは露骨にため息を吐き、藤堂の眼差しは一層鋭くなる。
 しかし続く操作によって示された作戦に、全員がド肝を抜かれた。

「馬鹿な、そんな事出来る筈がない!!」

 輻射破動による、土砂崩れの誘発。そんな荒唐無稽な事は不可能だと千葉が机を叩く。
 しかしゼロはただ悠然とその怒気を受け流し、ディスプレイの半分にデータフォルダを開く。

「このナリタは地下水が豊富な土地だ。
 しかもその地下水は地熱によって暖められた温泉。この3D映像を見ても解る通り、想定しているポイントでは水脈が地表付近まで出てきていると予測されている。
 そこに地表から貫通電極を通し、キョウトから提供された紅蓮弐式の輻射破動を叩きこめば――――――」

 リプレイ操作をゼロの指が指示する。
 山頂で起こった水蒸気爆発によって始まった土砂は止まることなく山肌を滑り、戦場を縦断してブリタニア軍を示すマーカーを次々と飲み込んだ。

「この作戦のカギは、ルート上に君たち日本開放戦線の本拠地が無いかどうかだ。
 ブリタニア軍に関してはこれだけの広範囲だ。少なくとも3割、上手くすれば6割ほどは巻きこめると予測している。
 むしろ問題はこの土砂崩れで君たちの司令部を巻き込んでしまった場合だろう。
 我々は騎士団のみでの戦闘を余儀なくされる。それは避けたい」

「なるほど、それ故の協力要請か。これで得心がいった。
 だがそれでも改めて聞きたい。こんな事が、本当に可能なのか?」

「何も一度で爆発させる必要はない。一発で駄目ならば二発三発と撃ち込むだけだ。
 この輻射破動機構はナイトメア学会で発表され実証も住んでいるシステムだが、構造が難しすぎるために実用化の試みすらないのが現状。間違いなく敵の裏をかける」

「……解った、協力しよう。ただし今回だけだ。次はまた一から交渉に臨んでもらう。
 まず君の懸念事項だが、問題は無い。ほんの少しだが本拠地からは外れている。
 ここは我々の本拠地だ、ブリタニア軍の誘引は任せて貰おう」

「感謝する」

 ゼロが立ちあがり、右手を差し出す。

「ゼロ。4日後、戦場で逢おう」

 その右手を藤堂が握り、同盟は成立した。




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
7.61098408699