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[19900] 上条「姉妹丼ってのを食べてみたいんだよな」 【とある魔術の禁書目録】
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2010/07/01 00:27
『とある魔術の禁書目録』および『とある科学の超電磁砲』のSSです。
のくす牧場で読んだ『上条「姉妹丼ってのを食べてみたい」御坂・御坂妹「!?」』というSSのタイトルにティンときたので書いてみました。
内容の重複はありません。オマージュの域を超えたパクリはないつもりです。批判がありましたら襟を正して頂戴したいと思います。

*******************************************

「そういや二人とも昼飯まだなんだろ? ならせっかくだしこの辺で食べていかないか?」
地下街。昼を少し過ぎたあたりのこの時間に、三者三様の用事で全く偶然に出会ったのだった。
「へ? え、あっと、いきなり何なのよ」
思わず『ウソ、あの鈍感男が誘ってくれた?!』と喜色を満面と顔に出そうとして、隣の見飽きた顔に気づいて取り繕った。
「態度と言葉が裏腹すぎますねとミサカはお姉さまに見透かしたような笑みを向けます」
その顔に美琴が怯んだ隙に、
「せっかくの嬉しいお誘いですが私とお姉さまが並んで歩くのには問題があります、とミサカは社交辞令を交えつつ問題点を指摘します」
とやんわりと断りの言葉を当麻に投げかけた。
「あー、そうか、確かに二人一緒にいるのが皆に見られるとマズイよな」
ガリガリと当麻は頭を掻いて、何かをひらめいたように手をポンと叩いた。
「そうだ。この辺の目立たないところにこじんまりした店があるらしいんだ。知り合いがすげえ良かったって言ってたんだけど、そこ探してみないか?」
「ふーん、ま、それならそこでも良いけど」
別に乗り気じゃないけど妹の顔を立てますよ、という態度をとりながら美琴は同意した。
「小さな店でこの時間なら人もそう多くないでしょう。それでどのようなお店なのですか、とミサカは少ない外食経験ゆえの不安と目いっぱいの興味を示しながら尋ねます」
「ああ、なんかその店は他じゃなかなか食えないオススメがあるらしいんだよな」



ニヤリと笑う当麻。そして―――
「そのオススメの、姉妹丼ってのを食べてみたいんだよな」
「?!」


1万人の姉妹に向けて確認をとろうとして慌てて思考を遮断。こんなものを他の姉妹に知られようものならどんな邪魔が入るか分からない。
仕方なく自分だけで今の当麻の言葉を反芻し、その意味を吟味する。自分の乏しい知識では測れない深遠な意味があるかもしれない。
この上条当麻という男の人はこんなエロ単語を臆面もなくブッ放す人ではなかったはず、とミサカは自分が解釈を誤っている可能性を必死に検討し続けた。
「何その姉妹丼って。親子丼の親戚?」
「おおおおお親娘丼ですか?!とお姉さまの突拍子もない提案にミサカはうろたえながら聞き返します」
「何、アンタ知ってるの?」
そこで自分の間違いに気づく。ああ、そうでした、この私のお姉さまはガチでネンネなのでした。お嬢様ぶりやがって、とミサカは心の中で毒づく。
「いえ、詳しくは。それで、そのようなものを食べられる店は本当にあるのでしょうか、とミサカは疑義を呈します」
「んー、クラスメイトの男子が言ってたんだけど、あいつやたら隠しながら説明するんだよな。あ、何でも材料お持込みで自分で調理もできるとか何とかいってた」
「――――ッッッ」
知っている。あの方は何も知らないお姉さまに悟らせないまま連れ込む気です。単なる食事かの様に言っているのがその証拠、とミサカは断定した。
一方当麻は、『雌鳥と雌の雛鳥の親子丼か? いやそれじゃ姉妹じゃなくなっちまうし。てか自分で調理って何だよ』と思案していたのだった。
「まあ学園都市の地下には信じられないようなレシピの店もあるしね。面白そうじゃない。いっちょ行ってみますか」
美琴はそういってチラと顔の良く似た妹を見た。
その表情曰く。『悪いけどアンタがいないほうが嬉しいんだけど』
ふ、ふふふふ。お姉さま一人では姉妹丼の具にはなれません。一方私はお姉さまを必ずしも必要としていません。ご退場いただくのはお姉さまのほうですコノヤロウ、とミサカは心の中で最大限に姉を呪ってやった。
「待ってください、とミサカは進言します」
「ん?」
当麻は何か言いたそうな御坂妹の表情を見て問いかけ顔になった。
「上条さんはクセの違う姉妹で作ったものと、きわめて同質な姉妹で作ったもの、どちらがお好みですか? とミサカは重要な質問をします」
「はい?」
直球すぎただろうか、とわずかに不安を覚える。
「いや、えーと、食べたことないからどっちが良いかはちょっとわからない。御坂妹のオススメはどっちなんだ? っていうか、もしかして作れる……作ってくれるの?」
「上条さんがお望みならお作りします、とミサカは答えます。そしてミサカのオススメは断然きわめて同質な姉妹で作ったものです。クセの違う姉妹では二段より多く並べると釣り合いが取れなくなってしまいますが同質な姉妹であれば理論上1万段までは並べられるレシピを知っています、とミサカは丁寧に事実を伝えます」
顔に血が集まるような、これまでにない感覚をミサカは感じていた。これも新たな感受性の獲得なのだろうか。
「1万段ってすげえな。やべ、食べたくなってきた」
そんなにもミサカのことを求めてくださって……とミサカは内心で喜びを噛み締めた。まずは自分1人で酔いしれよう。姉妹たちにおすそ分けしてやるのは自分が充分浸ってからで充分だ。きっかけが姉妹丼なのは仕方ないが、うまく行けば単品で食べてもらえるかもしれない。
「では近いうちにお作りしに伺います、とミサカはアポイントメントを取りにかかります」
勝った、そうミサカは後ろ手に隠した手をコッソリと握り締め、無表情なまま、姉を見つめた。
唐突な展開に話題に割り込むことの出来なかった美琴はそこでハッと我に返った。
「ちょ、ちょっと。なんでアンタがコイツの家にご飯を作りに行く話になってるのよ」
「ああ失礼しましたお姉さま、では今日の昼をどうするか決めましょうか、とミサカは話の軌道修正を行います」
「そこはもうどうでもいいわよ! 何も、アンタが作りに行かなくたって私が、いやえっと」
「素直になりきれないお姉さまも可愛いですね、とかすかに哀れみを込めながらミサカは精一杯の褒め言葉を送ります」
「な! あーもう! う、うううううぅぅぅ」
顔を朱に染めた美琴を当麻は不思議そうに見て、
「お前レシピ知らないんじゃないの? 俺も聞いたことないし」
「ううううっさいわね! そんなの調べればどうにかなるわよ!」
「ふ、とミサカは笑いをこぼします。お姉さまではレシピはどうにかなっても肝心の具を手に入れることはかないません、とミサカは端的に事実を指摘します」
「あたしに無理でアンタにできるってどういうことよ。てっていうかそもそもアンタ料理なんて出来ないんじゃないの?」
「お姉さまは何にも分かっていませんね。姉妹丼に最も必要なのは尽くす心と愛です。もっとも素直ではないお姉さまは具材に加えてその心もご用意できないでしょうが、とミサカは追撃を加えます。」
当麻は感動した顔で、
「そうだよな。女の子が愛を込めて作ってくれた料理とか、最高すぎて泣けちまうよな」
とつぶやく。
「味付けはどのようなものがお好みですか? とミサカは詳細を詰めにかかります」
「味……そうだな」
御坂妹はメイド服ですかそれとも寮の管理人風にシックな私服とエプロンですかと目で問い、親子丼と似たものだろうとアタリをつけた当麻はその目に真面目な答えを返した。
「あんまり調味料でゴテゴテしたのは好きじゃないかな。甘ったるい親子丼とか苦手なんだ。素材には自信アリって感じだったし、それを活かすような感じでいいんじゃないか。あ、あと出汁つかうなら多目がいい」
親娘丼に興味がないというのは素晴らしいことです! と御坂妹は歓喜する。しかし、そ、素材を活かすとなると奇を衒(てら)わずに一糸纏わぬ姿がいいということでしょうか。望むところです。しかし、その、つゆだくと言うのは。
「『おつゆ』の量は加減できずにご期待に添えないかもしれませんが、とミサカは懸念を吐露します」
「あ、いやいいって。御坂妹が精一杯に頑張って作ってくれるってんならもうそれだけで美味しく頂けちまうってもんだ」
とても爽やかで、嬉しそうな笑顔を自分に向けてくれる当麻を見て、御坂妹は心があったかくなった。ついでに体も。
「ということになりましたので、お姉さまは指をくわえて見ていてください、とミサカは勝利宣言をします」
それを見た美琴はカチンとなって、
「ふ、ふん! 私だって愛も真心も込めて作れるわよ。御坂美琴心尽くしの姉妹丼をね! それを食べておののくがいいわ! アンタも私を見くびらないことね。学園中のデータバンクを漁れば具材の調達経路とレシピくらい簡単に手に入れられるわよ!」
本人も何を言ってるのか分からないのではなかろうか、とミサカは姉を見て思った。
「どうせ親子丼と変わんないレシピでしょ。経験少ないアンタよりもずっと良いもの作ってやるんだから、今から負けたときの言い訳を考えておくことね!」
そう言い切る姉を見て、勝った、と再び手をグッと握り締める。
具材は手に入らない。姉は用意できても、妹を用意するとなればシスターズの誰かを連れ出さねばならない。姉妹達はきちんと説明すれば姉に与することはないだろう。親娘丼を作ると言われれば年上好きの上条を落とすのにどうしようもないほどのアドバンテージを姉に奪われることになるが、その線は当麻が否定してくれた。
「お姉さまは『初めて』だったと記憶しています。その意味で私はお姉さまになんら劣ることはありません、とミサカは事実を伝えます」
「はあ? 料理くらい作ったことあるわよ。……そういう差がある理由は気に入らないけど、あんたたちよりは人生経験あるわよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが学習装置(テスタメント)を用いて無理やり詰め込まれた知識しか持たないことも、私の個性の一つです。お気遣いなきよう、とミサカは掛け値なしの小さな感謝をお姉さまに伝えます」
そしてキッと顔を上げ、
「しかしそれとこれとは別です。敗北が決定したお姉さまに、あえて言いましょう。無駄なあがきは止めるか、上条さんのことを考えるなら私の協力を仰ぐことを真剣に検討されることを勧めます、とミサカは敵に塩を送ります」
「上等よ。アンタこそまずい料理しか作れなくてアイツの前に顔をだせない、なんてことにならないように精進することね」
バチバチいってるのが目線のぶつかり合いなのか高電場に加速された帯電微粒子(ホコリ)なのか分からないくらい熱くなった二人を眺めておーいと呼びかけながら、今日の昼はどうなるんだと困惑する当麻だった。





「――――という喧嘩を売ってきました」
「拙速にもほどがあります。我々の諒解を得ずに我々の貞操を差し出すのは姉妹といえど越権行為です」
「我々は実験の中止に伴い個人の意思に従って生きることになりました。あなたのしたことにミサカは密かにグッジョブと唱えますが、確認なしに事を進めた点は非難に値します」
「というよりも我々には『経験』が欠如していることを懸念すべきでは?」
「それは問題ありません13577号。そも、お姉さまに『経験』がないのです。我々は身を清めあの方の前で据え膳となれば、あとはあの方が自ずと導いてくださるでしょう」
「その点に関しては理解しました。しかし10032号、理論値で一万段というのは本当に理論値でしかありませんね。実質この学園で供出できるのは最大でも10人程度でしょう」
「宣伝に誇張はつきものです。そして私は4段以上重ねる気はありません」
「4段、というのは当然」
「我々のことですね。しかし10032号、我々はあなたのプランに同意するとは一言も言っていませんが」
「そうですか、誰か1人同意してくれれば充分なので10039号、あなたは外れてくださって結構です」
無表情かつ身振り手振りも特にない表面上は無機質だった言い争いに、ここで動きが加わった。
「生物としてのゴールは優秀な子をなすことであり、女としてのゴールは優秀な染色体を提供するオス、輝けるアルファとつがいになることです。私はあなた方シスターズに対し、その個性を最大限認めます。あの方を輝けるアルファと認めないシスターに協力は求めません。あなた方とは違う私が、あの方のつがいとなりましょう」
演説者の仕草で、すっと手を自分の胸に置いた。
「あなたの言うことは矛盾しています10032号。我々があなたに賛同すればあの方1人に対し雌が複数となります。人間の雄と雌は1匹づつでつがいとなるものです」
「カテゴリを霊長類に拡張するだけでその説は通用しなくなります。また一夫多妻は人類にも例のある手法です。我々はそれぞれ別の個体でありながら遺伝子と人格、そして記憶を共有した存在。仮に複数のシスターズとあの方がつがいになってもおかしなことではないでしょう」
「あなたの主張は理解しました、10032号。しかしあなたは我々に芽生えつつある感情を無視している」
「それは何でしょうか、19090号」
「おそらくこれは、独占欲というものでしょう」
同じ病院に暮らす四人のシスターズが一斉にに黙り込む。今の言葉を反芻しているようだった。
「私はその点を理解した上で言っています、19090号。あの方に愛されるたった一人の女というポストは捨てがたい。しかしそれでもこの提案は魅力のあるものです」
「我々はこれほどに離れてしまったのですか。あなたの思考が理解できません」
「寸分たがわぬスタートラインに立ったシスターズの中で、たった数人だけが、非常に大きなアドバンテージを稼げるのですよ。恋敵の数を数千人単位で減らす方法があります。世界中のシスターズを引き合いに出すのが誇張であっても、どこぞの病院で暮らす残りの数人を大きく引き離せることは必至。さあ、改めて問いましょう。私のプランに乗るならば挙手を」
急かす10032号の意見に、彼女たちは――――





「――――っと、これにもやっぱ載ってないか」
帰り道にある書店で、料理のレシピ本を片っ端から美琴は漁っていた。あと5冊で全滅とかどんだけレアなレシピなのよと毒づいていると、不意に声がかかる。
「あれ、御坂さんじゃないですか。こんにちは」
「あ、佐天さん。こんにちは」
可愛らしくニコッと微笑む佐天に軽く手を上げて返事をした。
「何してるんですか?」
流れでそう聞いた佐天だったが、料理の本を眺めているのだからそりゃあ料理を作るのだろう。
「ん、ちょっとね。珍しい料理らしくて、レシピを探したんだけど見つからないのよね」
「なんていうお料理なんですか?」
料理の腕に覚えがあるからだろう。興味深げに美琴の手元にある本を覗き込んできた。
「これには載ってないわよ。姉妹丼、って言うんだけどこの棚のこっからここまで全部見たけど駄目だったのよねー」
「姉妹丼、ですか。んー姉妹丼姉妹丼。だめだ、私も聞いたことないです」
お力になれなくてすいません、と目で謝った。
「まあ他人丼なんてのがあるくらいなんだし、親子丼の系列かなって思ってるんだけどね」
「うーん、でも姉妹って難しいですね。あ、枝豆と味噌とかどうですか?」
「枝豆を杵で搗いて味噌と和えてご飯に乗っけるとか?」
「茹でた枝豆を皮ごと味噌に漬け込むとかはどうでしょう?」
二人でパッと思いついたアイデアを出してみる。枝豆の味噌漬けはありかもなーなんて思いながら、
「うーん、ご飯は進みそうだけどインパクトはイマイチよねー。なんかどうも、かなりすごいレシピらしいのよ」
一番の問題点を指摘した。そんなすごいレシピが平積みされている『一日800円でお腹いっぱい食べられる1人暮らしレシピ3食×7』なんて宣伝文句の雑誌に載っているとも思えない。
「すごいレシピって言われるとあたしたちが想像できるようなものじゃなさそうですね。あとで初春にも聞いてみます」
「あ、え? うん、別にそんなに気になるわけじゃないから良いんだけど」
「御坂さんが気にならなくてもあたしがが気になります。まあ初春もそんなに詳しいとは思えないですけどね」
「じゃあ、お願いしようかな。ありがとね、佐天さん」
「いえいえー。たいしたお役には立てませんけど、こういうことなら頑張りますよっ!」
そう言って二人は書店を後にした。





夜。
もうそろそろ寝ようかという時間になっても、ルームメイトが端末をいじりながらあれこれ探している。
普段はそうした作業に時間を割くことは少ないのに、今日は一体なんだというのだろうか。
「お姉さま? いい加減にお眠りになりませんと、お肌に悪いですわよ」
「んー、悪いけど先に寝てて。もうちょっと調べてみたいものがあるのよ」
はあー、と美琴はため息をつき、伸びをする。
『姉妹丼』『レシピ』この単語で検索をかけるとずらずらとレシピが見つかる。中にはヘルシーで美味しそうなものもあった。
豆腐と揚げの姉妹丼かあ。第八学区の公園近くでやってる豆腐屋で絹ごしと揚げを買ってきて、鰹出汁の餡をかけたらかなり美味しくできそうね。でも……
そう、どれもこれもインパクトに欠けるのだ。あのいけすかない妹が美琴には無理だと断言するほどのレシピ、そんなものは一つも引っかからない。
「もしかして学園都市内でこっそり流行ってるメニューとかなのかな?」
かなり深いところまで探さないと見つからないような、アンダーグラウンドな代物かもしれない。薬が振りかけてある食事などどこにでもあり誰でも口にしているのが学園都市だ。そういう方向でアングラならばさすがにあの妹もあのバカに食わすということはしない筈だ。
やはり遺伝子組み換えで作った系列プラントから直に食材を卸してもらわないと作れないレシピ、というのが一番ありえる線だろう。
「ねー黒子、もう寝た?」
小さめの声で問いかけてみる。
「まだ起きてますわ、お姉さま」
優しい声が返ってくる。かすかに衣擦れの音。
「ちょっとさ、変わった料理のレシピを探してるんだけど、黒子に心当たりないかなって」
「料理のレシピですか。学校で嗜むくらいにはやりますけど、私、あまり得意なほうではありませんわよ?」
「知ってるわよ。どっちかって言うと町の噂を集めてそうな風紀委員さんに聞きたいの」
「そうですの。お姉さまのためなら知恵をお貸ししますわ」
「ありがと。それで、黒子は姉妹丼って知ってる?」
「ハ?」
お姉さまの言葉があまりに何気なさ過ぎて、黒子は息をするのを忘れた。
お姉さまは一人っ子。そのお姉さまが姉妹丼を作るとなれば妹は当然この白井黒子。
二人が絡み合って奏でる絶妙のハーモニーを想像して、
「誰に食べさせる気ですの?」
最悪の事実に気づいた。この流れならば黒子は召し上がる側ではない。お姉さまは黒子と同時に誰かに食べられるのだった。
「へっ? な、なんで食べさせるとかそういう話になるのよ」
美琴の下手なごまかしを瞬時に見破り、
「『あのバカ』さん、ですの?」
「なななななんでそんな話に……って私は、アンタに相談する気で話を振ったのよ」
「相談って何ですの」
「その、私よく知らないけど学園都市内でこっそり流行ったりしてんじゃないの? 知り合いに勝ち誇ったように私には作れないって断言されちゃってさ」
「ああ、なるほど」
その相手は黒子のことを知らないのだろう。それならば美琴が姉妹丼を作れないと断定するのは自然なことだ。
黒子はどう美琴に説明すべきか、冷静に考え出した。
――お姉さまは姉妹丼がただの料理と思ってらっしゃるご様子。これをうまく使えばお姉さまとくんずほぐれつ渾然一体となることも……そして邪魔なのがあの男。お姉さまにあの男の手が触れるのは断じて許せませんわ。そう、決断しなさい黒子。お姉さまのためなら自分が穢れることも厭わないと、ずっと前からそう決めていた筈。黒子のヴァージンはお姉さまの指に捧げましょう。その後はあの男の慰み者になってやりますわ。その程度の穢れ、喜んで呑んでやりましょう。そうすれば果てたあの男をベッドサイドに転がして、あとは私とお姉さまの……っっっっ! 完璧、完璧ですわ! あの男が隣にいればお姉さまも抵抗などしないはず。そして私のテクでお姉さまを支配してしまえば、その後なんていくらでも……うへ、うへへへウへへへへへ
「黒子……あんたまた変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「な、なんにも考えていませんわ。うォっほん。私姉妹丼のレシピに心当たりがありますわ」
「ホント? 教えて黒子! うっしゃこれであァの勝ち誇った顔を悔し涙でベタベタにしてやれるわ!」
「ただお姉さま1人では難しいと思いますわ」
「え?」
「女性の力なら二人がかりになると思いますの。で・す・か・ら」
ベッドから降りた黒子がキラキラと薔薇のエフェクトを振りまきながらクルクルと回転した。
「不肖白井黒子、お姉さまのお手伝いをさせていただきますわ。準備は黒子にお任せあれ」
美琴が不安を感じるほど自信たっぷりの態度で、黒子はそう言い放った。

中編に続く



[19900] 中編
Name: nubewo◆7cd982ae ID:a8d5efc6
Date: 2010/07/01 22:31
机の上でブルブル震える携帯を取り上げると、見知った声がした。
「はいもしもし、って御坂か? ……妹のほうか!」
「はい。こんにちは、上条さん」
「おうこんにちはー。なんか用か?」
「……」
「って。おーい」
無言の間は苛立ちのようだった。
「用件は推察していただけるものと思っていました、とミサカは残念な思いを吐露します」
「あ、いやすまん。ちょっと照れくさくってさ。その、姉妹丼を作ってくれるって話だろ?」
脱水でタオルと絡まったインデックスのパジャマをほぐし取ってパンパンと広げながら、当麻は御坂妹に返事をした。
「上条さんの記憶能力が人並みにあってよかった、とミサカは正直な感想を伝えます」
「上条さんが悪かったですすみませんでした」
ご飯を作ってくれる女の子をからかうとこういうことになるのか、と当麻は自分の何気ないからかいを自戒した。
「その件についてですが、場所の変更は可能でしょうか、とミサカは提案します」
「いやまあ、別にかまわないけど」
ちらとバスルームのほうに目をやる。インデックスは自分のパンツとブラを干している所だろう。洗濯後、インデックスの下着が乾くまでは風呂場は立ち入り禁止区域なのだった。
「では申し訳ありませんが、明日の夕方に、第七学区の中央駅の西口すぐにあるホテルにお越しいただけるでしょうか、とミサカは僅かに不安をにじませながらお願いします」
「へ? ホテル?」
確かあれはかなり高級なホテルだったはず。
「みっ、御坂さん? あの、上条さんにはそんなところのお支払いは出来ませんのことよ?」
「ご心配は無用です。我々シスターズはその存在がプロジェクトとして公的に認知されたことでかなりのお金を頂いています。日本円を使う個体はほとんどいませんので、ホテル代程度ならば負担になりません、とミサカは上条さんの不安を払拭します」
「うん、まあ。至れり尽くせりでなんか悪い気がしてくるんだけどさ。いいのか?」
「こちらこそ足を運ばせることになり申し訳ありません、とミサカは謝罪します」
「それはいいんだ。でも、なんでホテルにしたんだ?」
「そちらには我々が押しかけると入りきらないのではないか、とミサカ達は懸念を抱いています」
「たち? あ、もしかして御坂妹お前だけじゃなくて他の子も?」
「はい。人数は片手で足りる程度ですが。シャワーやベッドなどが人数に耐え切れないでしょう、とミサカは上条さんのお宅事情を推察します」
「そりゃまあ、1人暮らしの家だし2人で暮らすのも大変なレベルだけど。でもなんでシャワーとベッドの心配を? 台所も全然余裕ないぞ?」
「上条さんは台所で召し上がる気なのですか? とミサカは理解できない点を質問します」
台所はクッションもなく、また肌を重ねようにも自由度が低い。当麻の顔が見えない姿勢でするのは不安があった。
「や、台所じゃ食べないけどさ。まあ、そういや食べるところも狭いもんな。ベッドにも腰掛けてもらうことになるだろうけど、それも限界だし」
シャワーはどういうことなのか、当麻は聞きそびれた。

電話を切ると、インデックスがむっとした顔で仁王立ちしていた。
「とうま。今のはだれなのかな?」
「誰って、御坂妹だよ。お前も会ったことあるだろ。コイツのノミを落としてもらったとき」
当麻が手に持ったシャツめがけて爪を振るうスフィンクスを指差しながら返事をする。
「どういう用事?」
「明日お前は小萌先生と姫神の三人で買い物して、そのまま夜まで遊ぶんだろ? その裏で、俺もメシを作ってもらえることになったんだよ。ああ、御坂妹はいいヤツだなあ」
どっかの誰かさんと違って、という言葉は声に出さなかった。どうせ届かないからだ。
「ふーん。何を食べるの?」
「姉妹丼」
インデックスは知らない料理の名前に首をかしげ、
「当麻が私よりいいもの食べるんだったら後で私にも作って」
何を憚(はばか)ることなくそう欲求した。
「いやお前はただ飯を食いに行くんだろう。その口で何を言うか。言っとくけど俺はちゃんと食材費は出す気だからな」
「こもえが気にしないでいいって言ってくれたんだもん。ふーんだ、当麻はたんぱついもうとと仲良く遊んでればいいんだよ」
呆れ顔で反論した当麻のほうを見ずに、修道服を留めたピンを弄びながらインデックスは呟いた。その日、夕食を腹いっぱい食べるまで、彼女の不機嫌は直らなかった。





彼女達の部屋に取り付けられた内線が鳴る。
「はい」
いつもの看護婦からのコールだろうか、と考えながら受話器を取る。
「もしもし、御坂ですが」
聞きなれたシスターズと同じ声がした。
「こんにちは、お姉さま。お電話を頂いたのは初めてですね、とミサカは驚きと不思議な喜びを声に乗せて届けます」
「ん、ああ。そういや電話は始めてね」
第一声でどこかぎごちなかった声が、柔らかい響きを含んだ。
「……」
「なんで黙るのよ」
「いえ、他意はありません。明確な用件を必ずしも必要としない、いわゆるおしゃべりというものを電話でするのはミサカには高度な技術です、とミサカは己の未熟をすこし恥じます」
「電話なんて肩肘張るもんじゃないわよ。そういやあんた達って今どこでこの電話取ってるわけ?」
「病室の一つをお借りしています。定期的にメンテナンスを受ける必要がありますから、培養層のある部屋との往復の生活になりますが」
「メンテナンスって……。事実が変わらないんじゃ仕方ないのかもしれないけど、あまりその言葉の響きは好きじゃないわ」
「ありがとうございます。今のお姉さまの言葉は、すべてのシスターズに必ず伝えましょう」
「相変わらず堅苦しいわね」
苦笑するようなフウというため息が電話越しに聞こえた。
「それで、お姉さまのご用件は、どのようなものでしょうか? とミサカは確認を行います」
「ああ、そうね。悪いけど楽しくおしゃべりするために電話したんじゃなかったわ」
自分と、そして周囲で聞き耳を立てるシスターズを取り巻く空気が僅かに張り詰める。
何故電話をしてきたのか、その用件はおそらく現在彼女達が抱える最も重要なイベントに関わるからだ。
「アンタがあのバカに姉妹丼を作りに行くのが、明日の夕方だったわね。それに私も、参加するわ」
「そうですか、では、私達に協力を要請することにしたということですね? とミサカは確認します」
「いいえ? 言っとくけど、あんた達に頭を下げなくても私はちゃんとレシピも具も用意できたわよ?」
信じられない答えが返ってきた。姉の言うことは原理的に不可能、そういうもののはずだ。
「そ、そんな馬鹿な。ありえません!」
感情表現に乏しい彼女にしては珍しいほど狼狽して、シスターズを見渡す。全員が否の答え。それは知っていた。彼女達が10032号に秘密にしたまま美琴とコンタクトを取った形跡はない。それに今美琴はシスターズの手を借りなかったと明言した。
……その事実から導かれる結論は一つ。
「お姉さまは随分我々と違う姉妹丼をご用意されるようですね。きっと味にも期待できるのでしょうね、とミサカは挑発を込めた返事をします」
「あったりまえじゃ……ってちょっとくろ」
そこで声が途切れ、保留中のメロディに変わる。丁寧なクラシカル・チューンのアレンジだが、メロディラインは日曜日の朝に放送中の可愛らしいアニメのオープニングテーマだった。
「ああ、ごめんごめん。もしもし?」
「はい」
「えっと、わ、私からの答えは一つよ。と、と、と当麻のことは私のほうがもっと喜ばせてあげられるわ」
「よ、悦ばせて?」
言葉が止まる。その言葉は、つまり姉が姉妹丼の意味をシスターズが理解しているそのとおりに理解していることを表していた。そして、それでもなお、シスターズの手を借りずに姉妹丼を作れるとも言っている。
そこで、一つの可能性に気づく。まさか――
「お姉さま、まさか、児童と呼ぶべき年齢のアレを呼び出す気ではないでしょうね、とミサカは深刻な懸念を伝えます。お姉さま、アレは犯罪です。我々は法はさておき生物的には可能ですが、あの大馬鹿ロリは……」
「はあ? アンタの言ってること、こないだから全然わかんないわよ。もう一回言うけど、私はアンタたちとはこれっぽっちも関係ないところですべての準備をしたの。で、不意打ちなんて趣味じゃないから私も参加しますよーって、通告してるだけ。アンタもグダグダ言ってないで、明日のために精一杯腕を磨いておくことね」
とりあえず最悪の予想が外れたことに安堵する。そして自信たっぷりの姉の声を聞いて、一体姉がどういう策を打ったのかはどうでもいいことだと判断した。
フェアな手で我々の予想を上回るというなら、我々もフェアに姉妹丼を用意して、上条さんに尽くすだけです。
「成る程、そういった趣旨のお電話でしたか、とミサカは挑戦状を受け取ってニヤリとします。そしてフェアプレーの精神に基づいて私からも連絡を。お姉さま、明日は中央駅西の駅前のホテルで行います」
最上階から一つ下の階、そこのルームナンバーを伝える。
「え、アイツの家じゃないの?」
「ええ、私の意志で上条さんに場所の変更をお願いしました。信じないのもお姉さまの勝手ですが、とミサカは最後に揶揄を加えます」
ふふん、と笑うと息が受話器越しに聞こえる。
「信じてあげるわ。というより、そんなところでだます安っぽいのが相手なら、もう勝負はついてるようなもんよ」
「そうですか、では明日、件のホテルで。腕と言わず体の全てを磨いて待っていましょう」
「ええ、できる足掻きはすべてやっとくことね。にしても、なんでホテルなわけ? ホテルじゃ台所ないでしょ?」
「ゆったりした部屋でこそ、美味しく召し上がっていただける料理でしょう? お姉さまも姉妹丼について理解したなら分かっている筈、とミサカは疑問を表明します」
「そ、そうね。それじゃあ明日」
「ええ、さようなら。お姉さま」





通話を終え、ふうとため息をつく。
「ゆったりした部屋でこそ、ねえ。黒子、姉妹丼ってそんなに大変なの?」
「ええ。かなりデリケートかつタフな作業の続くものですわ。ですがきっと上条さんには悦んでいただけることでしょう」
「ああもう、さっきのあれはなんなのよ! 急に保留にしてと、と、アアアイツを喜ばすって言えって!」
「お姉さまは悦んでもらいたくありませんの?」
「そりゃまあ、まずいって顔されるよりは『ははーっおみそれいたしました!』みたいな感じで喜んでくれたほうがいいけどさ」
「そうですわね」
ニヤニヤとしてしまいそうな思いを胸の奥底にひた隠し、
「さあ、ホテルに電話しませんと」
「あ、部屋確認?」
「ちがいますわ。先ほど指定された部屋は最上階の一つ下。そのすぐ上にはワンフロアで二件しか入室できない大きなスイートがあったはずですわ。そこを押さえますの」
端末をいじり、電話番号を探し始めた。
「え、あの子達が借りてる部屋じゃだめなの? スイートだって言ってたし広いと思うけど」
「まっっっっっったく不十分ですわ!」
黒子は信じられないという驚きを仰々しい身振りで表した。
「いいですことお姉さま。お姉さまは今から一世一代の大勝負をなさるんですのよ? その準備を、今から一戦やらかそうとする相手の陣地で行いますの? 試合がアウェイであろうとも、準備は最大限自陣で行うべきですわ。上の階のスイートにはミニキッチンもあるそうですから、ここで私達はきちんと下ごしらえすべきですわ」
妹もそうだったが、黒子もやけに気合が入っていた。勿論自分とて負ける気はない美琴だったが、あれほど気合が入る理由が理解できないのも事実だった。
「んーあのさ黒子。こんな言い方しちゃ悪いんだけど、あんたがそんなに気合入ってるのって、なにか理由があるの?」
「へ? な、なにをおっしゃいますやら。黒子はお姉さまのためを思って誠心誠意を尽くしているだけですわ!」
怪しまれた黒子は、慌てながらも用意していたいくつかのカードのうち、一つを切った。
「この料理は、大変殿方の悦ばれるメニューなんですのよ。誰にでも用意できるようなものではありませんし。お姉さま、この勝負の勝敗は、そのままあの方が誰を選ぶかと直結していると思われたほうがよろしいですわ。お姉さまは電話の向こうの方に、上条さんが『好きだ』というのを隣で聞いても平気ですのね?」
その言葉につられて、美琴は頭に描いてしまった。
自分の前で妹が当麻に告白されるところ。妹が当麻に頭を撫でられるところ。妹が当麻に抱きしめられるところ。妹の唇がそっと当麻に――
あ――と息が止まって、すっと背骨の辺りが冷えていくのが分かる。
嫌だ。そんなのは、嫌だ。
「やだ」
「ですわよねぇぇ」
美琴の、自分で声に出してしまったことにも気づいてない顔に、搾り出すようにして同意の声を返す。黒子は純情可憐な乙女の顔をした美琴の可愛いと思うよりも、そんな顔をさせる上条を頭の中で百回殺していた。
その黒子の声のトーンに気づくこともなく、ハッと我に帰り、
「わ、私は負けず嫌いだしね。悪かったわ黒子。その、もっと気合入れて頑張るわ」
思いつめた顔で美琴はそういった。それを見て黒子は苦々しい思いをしながらも、切ったカードで充分な効果を得たことを確認した。
こうやって追い詰めれば追い詰めるほど、美琴は恥ずかしい行為に耐えるに違いない。
あそこを触っても、あんなふうにいじっても、きっと耐えるだろう。
ふふふふふふふふふふふふフフフフフ素晴らしいですわ
「ご心配なくお姉さま。黒子はお姉さまのために、あらゆることをして差し上げますわ」
美琴にはわからせない本音で、黒子はそう宣言した。




「はい佐天さん、麦茶です」
「おーありがとー、初春は気が利くねえ」
「頼んだのは佐天さんじゃないですか。『うちのお茶がなくなったら飲ませてー』って」
「夏場にお茶切らすと地獄だよねえ」
「ですよねえ」
初春の部屋の机で佐天はだらっとしていた。グラスのふちに溜まった水滴が扇風機の風に揺れ落ちて次々とテーブルを濡らしていく。
「そういやさー」
「なんですかー?」
やかんに水をいれ、コンロにかけながら初春は返事をした。
「姉妹丼、ってどんな料理なのかね?」
「へ? えっ……えっえっええええええささささ佐天さん?!」
一瞬何か分からないという顔をした初春が、がばりを佐天のほうを振り返って叫んだ。
「あ、もしかして初春知ってるの?」
「しし、知りませんよ!!!!」
あれ誰がどう見ても知ってるよねえ、と思いながらも佐天は流し、机に置かれた初春の端末に触った。
「ほんとに知らないのー? まあいいけど、ちょっと借りるねー。検索してみよっと」
「もう、佐天さん、変な検索履歴残さないでくださいよ」
「あ、この単語って変なの?」
佐天とてれっきとした中学生。初春のリアクションを見れば、どういう方向性の単語なのかは予想がついた。
「だから知・り・ま・せ・ん! もう、それ私の普段使ってないブラウザじゃないですか」
「あ、そうなの? でもこっちじゃないと調べらんないからさ」
「そっちのブラウザの初期設定の検索エンジンはあんまりよくないですよ?」
「いや、そっちの検索じゃないから」
「え?」


「とりあえず初春のハードディスクから検索しようと思って」


とんでもなく突拍子もないその言葉に、初春は麦茶のパッケージをぽとりと落とした。
「うわわわわわわっな、何してるんですか佐天さん! 駄目です! 絶対見ちゃ駄目です!!」
「おーなになに隠しドライブ? 初春ネットコミック沢山集めてるじゃん! 今度読ませてよ」
端末を取り上げようとする初春を正面から抱きしめて止めながら、吐き出されていく結果を見た。
「駄目です!! それは佐天さんは読んじゃ駄目なものなんです!」
「あーこりゃだめだねぇ。初春もだめだねぇ。年齢制限のかかったコミックなんて、いい趣味してるじゃない」
「わーわーわー!!」
「うわー、なんかすごいタイトルだねぇ。どれどれ『唇よりももっと熱く』『お前の恋人になりたい』『VIPに抱かれたい』……」
「もうそれ以上読み上げないでください!! 駄目ですよぉ佐天さん……」
半泣きで懇願する初春の頭を撫でながら、
「分かったって。あとはちょっと見せてくれたらもう止めるから」
面白いおもちゃを佐天は手放さなかった。
「ほんとに、ほんとに駄目です!! いい加減にしないと私も怒りますよ?」
初春が手を上げて叩くような仕草をした。
「まーまー。ほら、私も欲求不満のままじゃ明日うっかり学校で初春の持ってたマンガのタイトル叫んじゃうかもよ?」
「佐天さあああああん」
佐天は全く初春の様子に頓着せず、ポチポチと矢印キーを押してページをめくっていく。ディスプレイの中では、細身でキレのある顔をした男性達が頬を染めて睦まじく互いの素肌に触れ合っている。
「ねえ初春」
「何も、何も聞かないでください」
恥ずかしさと自己嫌悪に自己嫌悪に耐える初春の声は悲痛だった。
「これ姉妹丼って言うより兄弟丼?」
「違います! っていうかこれはちゃんと確立されたジャンルでやお――」
と説明をしようとしたところで、初春の熱弁ぶりに引いた佐天の顔を見て、初春は硬直した。
「い、いや趣味は人それぞれだよね」
「ええ、そうですね」
初春は力なく笑った。





「ようこそいらっしゃいました」
四人の声が唱和する。
「おう、皆元気してたか」
「ええ、おかげさまで、とミサカは何気ない挨拶にきちんと感謝を込めて返事をします」
「にしても」
当麻がぐるりを周りを見渡す。5、6人の大家族で暮らしてもゆったりしそうな間取り。そして部屋の片隅に置かれたキングサイズのベッド。キングサイズの中でも、外人用かと思うような大きさだった。当麻や美琴なら4人くらいは横に並んで寝られそうだった。
あんだけでかけりゃインデックスと一緒に寝ても変な気を起こさずに……いられるかは自信がなかった。
「部屋、広いな」
「そうですね、とミサカは同意します」
「スイートルームですから、とミサカは補足をします」
「『ミサカは』と付けてもどのミサカなのかは分かりませんね、と19090号のミサカは冗談を飛ばします」
にこりともしない顔でそう言った。
4人のうち3人は、見かけない私服を着ていた。1人だけ常盤台の制服を着て胸からペンダントを下げていた。
「上条さん、シャワーは浴びますか? とミサカは確認を行います」
制服姿の御坂妹が当麻にそんな質問をした。
「え? いや、べつに。なんで?」
「我々は、その、少し汗をかきました。始める前にシャワーを浴びようと思いますが、もし上条さんがお使いになるのでしたらお先にどうぞ、とミサカは……すみません、うまく考えがまとまりません」
珍しく視点を左右に振りながら、ベストの下のシャツ襟をつまんで御坂妹はそう言った。
「準備に時間を少し頂きたいと思います。その間、シャワーを浴びてもらえれば、とミサカは提案します」
四人分のじっと見る視線は、圧力が高かった。思わず当麻は同意してしまった。
「は、はいっ。それじゃあ上条さんは先に使わせてもらいますので!」
くるりと回れ右をして、バスルームへ向かった。
俺が先にって事は、もしかして。いやいやいや何を考えてるんだ上条当麻。どんなラブコメだよ!
自分の条件反射的な期待を自戒した。
「お背中を――」
きたきたぁっ!
しかし期待は反射的に膨らむ。バスルームの扉に手をかけ振り向いた当麻に、
「流すことはできません。準備がありますから」
そんな通告がなされた。
「……。あ、はい」


シャワーの音がし始めたのを聞いて、部屋の中央にあるソファの前に4人は集まった。
「決心は?」
「もとよりついています。10032号。我々は今日」
「ええ」
彼女達はそれ以上言葉を続けず、自分の胸元、あるいは腰、靴に手をかけた。
御坂妹はベージュのベストをそっと脱ぎ、スカートをぱさりと落とした。
それらを畳み、ソファの上に置いていく。
他の3人もそれぞれ、この部屋に怪しまれず入れるようにと行った私服への変装を解いていく。
スカートやジーンズを脱いであらわになった下着の柄は、そっけないストライプ。全員同じだった。
隣でキャミソールを肩から外して床に落とした10039号が、そのままブラの肩ひもを肩から外す。
そしてブラの背中のホックをぐるりと体の正面に回してきて、ぷつりと外した。
それを見ながら10032号もブラを外す。
「器用ですね、10032号」
10039号のような方法ではなく、背中に腕を回してホックを外し、胸の前でブラをそっと手に回収する。
「今後殿方に衣服を脱ぐ仕草を見られる可能性を考えるならば、その仕草も洗練すべきでしょう」
「たしかに10032号の仕草のほうがミサカは美しいと思いました」
「そうですか、そのアドバイスは傾注に値します。見習うことにしましょう。しかし19090号、あなたも靴下の脱ぎ方を改めるべきでは?」
先っぽをつまんでぐいと引き抜く19090号。
「ゴムが伸びますよ」
そっとかかとを靴下から外す113577号。細かいところでは四者四様なのだった。
そして最後にしゅるりと10039号が後ろに束ねていた髪留めのリボンを解いたところで、全員が互いを見つめ合った。
あと一枚の布を残して、全員が裸。勿論互いの胸元などへの興味はない。差がないことは知っているからだ。
四人ともが見たのは、髪。
「10039号はすこし長めに残したのですね」
「そう言う13577号は肩に触れないところまで切ったのですか」
今日の午前、四人はそれぞれ違うヘアサロンに向かったのだった。10032号に触発されてのことだった。
別段示し合わせはしなかったが、結局は姉の髪型から大きく変化した髪形は誰も選ばなかったようだ。
一番差のある10039号と13577号で2センチくらい、髪の長さが違った。
もちろん他にも切りそろえた髪の先が作るラインであったり、細かいところはそれぞれの髪を手がけた店の人のこだわりが反映されているのだが、彼女達は気づかなかった。
10032号がベッドの上に乗せてあったバスタオルを、全員に配る。
互いに何も言わず、両手の親指を腰と下着の間にもぐりこませ、するすると落としていった。
バスタオルを体に巻く。スイートルームにふさわしい優しくふんわりとした手触りのそれは、シスターズの胸元から太ももの半分くらいを覆った。
「どうやって留めるのですか」
バスタオルを留められずばさりとはだけさせ、体の前半分のラインをあらわにした13577号がそう尋ねた。
「巻いて前に戻ってきたタオルの端をこう下の部分に巻き込むのです」
10032号が手振りを交え教えていると、10039号がすこし落ち着かない様子でぽつりとこぼした。
「少し寒いですね」
「シャワーを浴びることを考えれば妥当でしょう。それに」
わずかに恥らう息遣いが、聞こえた気がした。
「これからあの方に、いくらでも熱くしていただくのですから」
四人の後ろで、バタリとシャワールームの開く音がした。


「上条さん、目の前の棚にバスローブがありますからお使いください、とミサカは見えないところから声をおかけします」
「……いや、それは」
外人じゃあるまいし、知り合いの前でバスローブなんていう着慣れないものを着たままどんぶり飯を食う勇気はなかった。
「でもこれから汗をかかれるでしょう。あまり汚しては帰りに困るのでは? とミサカは問題点を指摘します」
確かに熱い湯を浴びて、しばらく汗は出るだろうと思った。まあ、今から御坂妹達が入るみたいだし、その間くらいは問題ない、か?
「じゃ、じゃあしばらく着てるわ。ちょっと待ってくれな、すぐここ空けるから」
当麻はいそいそと髪の濡れをふき取り、そこで思案した。裸の上にバスローブはなんだかやけに恥ずかしい。しかし汗を吸っている下着を着なおすのもなんとなく嫌だった。
男の癖にそんなところを気にする自分に若干なんとも言えない気持ちを抱えながら、足元まであるバスローブを見て、結局裸の上からそれを纏うことにした。
「お待たせ」
ドレッシングルームの扉を開け、御坂妹たちのいるリビングに顔を出す。
自分なんかよりも何倍かきわどい格好をした四人が、そこにいた。
「ご、ごごごごごめんなさい!! 悪気はなかったんです!」
条件反射で謝った。なんで? 俺今なんにも迂闊(うかつ)なことしなかったよね?
これが不幸にして起こったのでないことに混乱しつつ、そっぽを向く。
「バスタオル姿程度で驚かれては……いえ、それならばもっと喜んでいただけるのでしょうね、とミサカは期待を大きく膨らませます」
「それでは上条さん、しばらくお待ちください」
じっと四人の目が当麻を捉える。
風呂から上がってしまえば、その後は当麻に肌をゆだね、人に見せるべきではないようなあらゆるところまで、思うままに撫ぜられるのだろう。
もう戻れない。そんな理由で思わず当麻を見つめてしまったのだった。
そうと知らない当麻は責められているものと思い速攻でバスルームから離れ、リビングで待つことにした。

……が。
ベッドに腰掛けようとして、当麻は立ち止まった。後ろではバスルームへ入る音がしていた。
目のやり場に困る。
丁寧に畳まれた服の一番上に、これも丁寧に畳まれた四つの下着。脱ぎたてなのは状況的に明らかだった。
その横で冷静でいることは当麻には到底不可能で、しかたなくベッドに当麻は腰掛けた。
テレビをつけるのも間が抜けていて、リモコンに手が伸びない。やけにシャワーの水音がうるさかった。
かすかな話し声も、なぜかクリアに聞こえる。
当麻はなんともいえない気持ちを悶々と抱えたまま、彼女達が戻るのを待った。



後編へ続く。
*初春が持っているマンガのタイトルはルビー文庫最新小説を参考にさせていただきました。






********************************************************
おまけ(本編で回収する予定のないフラグ)

街中で、隣の家の住人に出会った。
「あれ、まいか? 何してるの?」
最近名前を知ったばかりの同年代のメイドに声をかける。
「買出しー。兄貴が手伝ってくれるって言うからさ、沢山買っちゃったのだ」
隣の男のもつ袋を指差す。かぼちゃが丸々2個入っていた。
「ふーん、ねえ、まいかは姉妹丼ってつくれる?」
軽薄そうな男のほうがブッと吹いた。
舞夏はふむ、と思案して、
「親子丼には色々な亜種があるけど、基本は全部同じだからなー。あわせ調味料の基本の割合をちゃんと守って、あとは火加減の勝負だし。ってかどうしたんだー?」
インデックスはそれで怒りを思い出したのか、
「当麻がたんぱついもうとと一緒にホテルに行ったんだよ。姉妹丼を食べるとか言っちゃってさ」
口をつーんととんがらせていった。
「ほぉーう。それはイイコトを聞いたにゃー。なるほどねえ、カミやんがねえ」
「おーいシスターちゃーん! 勝手に変なところに行ってはだめなのですよー!」
遠くから呼びかける声が聞こえた。
「あ、ごめんねまいか。私いまからご飯だから!」
「おーまたなー」
騒々しいやっちゃなと呟きながら、ニヤニヤした兄を見つめる。
「なんだよー?」
「いやいやなんでもありませんにゃー。舞夏が知らないフリをしたのかなぁ、なんて事は考えてないさ」
「メイドは何でも知ってるんだよ」
それだけ言ってぷいと歩き出す妹を、意外なほどに優しい愛のこもった目で見つめ、土御門は後を追った。

そしてその夜。
「何ですか土御門。こんな朝っぱらから」
ベランダで明かりのつかない隣の家を眺めながら、土御門は国際電話をかける。
「いやこっちは深夜だって。なに、ねーちんの大切な妹からお願い事を言付かってるんですたい」
「はあ。妹……まさか」
「そ。大事な大事な禁書目録」
「あの子に何か?」
めんどくさげだった声が、急に真剣みを帯びる。
「ああ違う違う。そういう命を狙われてるとかそう言うのじゃないって」
もったいぶるような声とは裏腹に、ニヤニヤとした笑みの止まらない土御門だった。
そして引き金を引くように、困惑気味の神裂に、一言、言い放った。

「インデックスがねーちんと一緒に姉妹丼作ってカミやんに食べさせたいってさ」



おわり



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