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[15152] 涼宮ハルヒの絆(涼宮ハルヒの憂鬱×ウルトラマンネクサス) 【笹の葉】編開始
Name: 6315◆4463217e ID:f5f72eaf
Date: 2010/05/10 01:31
※話数表記を漢字から数字にしました。(第一話→第1話)
【お詫び】
 忙しさ&『明日へ繋ぐ翼』(ウルトラマンランド平日ショー)のショックでしばらくダウンしてました。ようやく復帰しつつあります。

【初見の方へのFAQ ver1.1】
Q.どうして閉鎖空間が鏡の世界なの?
A.“いかにも異世界”ってのを判り易く伝えたかったためとお考えください。あと、原作の閉鎖空間とは定義が異なることへの予防線です。

Q.テラノイドって『ウルトラマンダイナ』からだよね。関係なくね?
A.いきなり古泉一樹をウルトラマンにするのは抵抗があったので……人造ウルトラマン(偽物)で下積みしてもらうことにしました。
 あと、「ティガ・ダイナ後の地球が、悪い方向に進んだ場合=M80さそり座球状星団」という妄想が浮かんだので、ネクサスとダイナの間に関係がなくもないような、みたいな。

 ダイナ後も続く宇宙人・怪獣の被害。TPCは再びF計画を発動、テラノイド二番機を建造。しかし地球はそのテラノイドの手によって……
(M80さそり座球状星団の場合は、ノアの代わりとして造ったウルティノイドによって滅びました)

【各話紹介】第12話までのストーリー

●第1話 憂鬱Ⅰ ~melancholyⅠ~
「放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て」
 そんな手紙に釣られて行ってみれば、それは罠。朝倉涼子に命を狙われるキョン。原作通り長門有希によって救われるが、その帰り――
 突如、左右反転する世界。そこに現れたのは巨大な蛞蝓。迫りくる触手。一体、何が起こっているのか……

●第2話 憂鬱Ⅱ ~melancholyⅡ~
 この世界は、異次元からの侵略に晒されていた。あの左右反転の世界の名は、閉鎖空間。異次元とこの世界の間にある関所だという。
 古泉一樹は人造光人テラノイドを操り、日夜、閉鎖空間で怪獣と戦っているのだ。
 その夜もキョンは左右反転した世界へと誘われる。閉鎖空間には超能力者しか入れないはずだが……

●第3話 憂鬱Ⅲ ~melancholyⅢ~
 キョンが閉鎖空間に送られたのは、今は亡き朝倉涼子の手によるものだった。未来から来た朝比奈みくる(大)により、それは解除される。
 その放課後、キョンはハルヒに連れられて朝倉涼子のマンションを訪れる。長門有希の情報操作により、朝倉涼子は転校したことになっていた。だがハルヒは、その裏に事件のにおいを嗅ぎ取ったのだ。
 二人の調査は徒労に終わる。その帰りである。ハルヒは己の身の上を語り出す。「小学生の、六年生の時。家族みんなで野球を見に行ったのよ……」形振り構わず自身を曝け出したハルヒに、キョンが返した言葉とは――

●第4話 幻惑Ⅰ ~ dazzlement Ⅰ~
 その夜は、異常だった。雨後の筍の如く溢れる怪獣、連戦に次ぐ連戦の中、ついにテラノイドは戦闘不能に陥ってしまう。
 だが対怪獣組織『機関』の保有する兵器は、人造光人テラノイドだけではなかった。ついに姿を現す第二の巨人、その名はマウンテンガリバー3号! そしてその操縦者、橘京子。彼女たちの活躍は如何に……

●第5話 幻惑Ⅱ ~dazzlement Ⅱ~
「市立体育館借りて、バスケやるんだ。国木田に聞いたんだけどよ、けっこう上手い方なんだろ?」
 谷口からの誘い。キョンがそれにうなずいた時――世界は反転した。閉鎖空間へと飛ばされるキョン、そこには何故かハルヒの姿。飛来する無数の黒い巨人。終末を思わせる光景の中、ハルヒは叫ぶ。「新宿大災害みたいなのが、もう一発きたら素敵だって!」その言葉に、キョンは、ハルヒの首を掴んだ。両手で……

●第6話 幻惑Ⅲ ~dazzlement Ⅲ~
 ハルヒは己の力を行使した。書き換えられる事象。キョンとハルヒは朝倉涼子の転校について調べなかった。その後に起こったハルヒの自分語りも、閉鎖空間でのカタストロフも、すべて無かったことにされてしまった。
 その余波は世界中に影響を与えている。古泉はそう言った。「ですから、もう少し、涼宮さんに対して、好意的に、接していただけませんか……?」
 キョンは迷う。「新宿大災害みたいなのが、もう一発きたら素敵だって!」そんなことを言う人間と関わりたくない、と。彼がだした結論は――
 一方、古泉一樹は危機に陥っていた。クロムチェスターの撃墜、テレパシーによって伝播する死の恐怖。大空で巨大怪鳥ラルゲユウスが嗤う。古泉一樹に逆転のチャンスはあるのか!?

●第7話 再生Ⅰ ~Rebirth / Reverse Ⅰ~
 古泉一樹は苛立っていた。昨夜の敗北、そして、“あの男”ばかり見ている涼宮ハルヒ。彼はキョンにバスケットボールを挑む。涼宮ハルヒの前で、キョンに恥をかかせるために。その暗い意思は達成されたかに見えたが……
 放課後、古泉一樹は『機関』日本支部へと向かっていた。そのさなか、火炎怪花ラフレイアの襲撃を受ける。現実世界ではテラノイドに変身することはできない。絶体絶命の危機。彼を救ったのは…… 

●第8話 再生Ⅱ ~Rebirth / Reverse Ⅱ~
 古泉一樹は苦境に立たされていた。大空を舞うラルゲユウスに決定打を与えられないまま時間が過ぎていく。迫る閉鎖空間の崩壊。早く決着をつけねば、現実世界に怪獣が出現する。焦る古泉一樹をあざ笑うように、さらにもう一匹、ラルゲユウスが飛来する。
 絶望に打ちひしがれる古泉一樹の前に現れたのは、溝呂木眞也だった。彼は古泉一樹に代わってテラノイドを操り……

●第9話 変化 Ⅰ ~transformation Ⅰ~
 ――君には休暇を与えよう。
 その言葉に古泉一樹は絶望する。もはや『機関』は自分を必要としていないのではないか、と。
 一方、SOS団は週末に行われるバスケットボール大会に参加することになる。その練習中、キョンはハルヒと対立してしまう。お前はバスケットの何たるかを判っていない、と。二人の間に立ったのは、何と――

●第10話 変化Ⅱ ~transfomation Ⅱ~
 古泉一樹の心は、今や闇に深く囚われていた。『機関』もSOS団も、誰も自分など必要としていない、と。森羅万象すべてが自分を追い詰めているような感覚。
 それでも怪獣出現を察知し、戦おうとする。閉鎖空間に跳ぶ古泉一樹。そこで彼が目にしたのは、既に倒された怪獣。
 山岡一は告げる。
 ――もはや貴様の居場所は、無い。
 絶望に落ちる古泉一樹。今、ひとつの光が消えようとしていた……

●第11話 変化Ⅲ ~transfomation Ⅲ~
 光を奪われた古泉一樹は、死の危機に瀕していた。それを救ったのは、溝呂木眞也。自らの光を分け与えたのだ。

 残された僅かな光で、山岡一との決戦に赴く溝呂木。だが、その力は及ぶはずもなく……

●第12話 進化 ~ evolution ~
 ――そして、古泉一樹は、銀色の巨人ウルトラマンとなった。


【連絡】
 1.ふと思い立ったので古い「補足・解説」は移転しました。(→http://six315.blogspot.com/)

 2.コメント返しは一番下の記事「補足・返信(後書き的なもの)」をご覧ください。

【前書き】(スルー可)

 1.このSSは、キョンが朝倉に呼び出される前から始まります。みくる、長門、古泉がそれぞれ正体を明かした直後くらいとお考えください。

 2.世界観は、以下のように考えています。
  ・『ウルトラマンネクサス』原作の世界とは、別世界
  ・『涼宮ハルヒの憂鬱』原作の世界に対して“何者かの手”が大きく介入したのがこの世界。

 3.設定は『涼宮ハルヒの憂鬱』原作にだいたい準拠しています。みくるは未来人を名乗っていますし、長門は宇宙人ということになっています。(厳密には「情報統合思念体のヒューマノイドインターフェース」)そして古泉は超能力者(能力は原作と変わっていますが)であり、ハルヒは自分の力に無自覚です。

 4.用語、設定においてネクサス以外のウルトラマンシリーズ、またほかの特撮、それに関連する作品などから援用しているものが多々あります。ぐぐると幸せになれるかもしれません。

 5.序盤に『ウルトラマンダイナ』からの援用が多々みられますが、世界観としてクロスはしていません。『機関』関係者に熱狂的なダイナファンがいたか、偶然の一致かと。



[15152] 『憂鬱 ~melancholy~』 (再編集・第1話~第5話)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 13:43
 本項は第一話、第二話、第三話、第四話、第五話を再編集したものです。東映の『ヒーロークラブ 仮面ライダーW』とか、円谷の『ウルトラキッズDVD ウルトラマンダイナ大研究!』みたいなものとお考えください。
 なお、Chapter.5では特典(?)として、涼宮ハルヒ視点での第三話・第五話をお送りします。

 * *

●Chapter.1 研究! 『機関』の三大超兵器!
『機関』、それは超能力者によって結成された対怪獣組織。彼らは日夜、侵略者の魔の手から地球を守るべく活動している。ここでは、機関の保有する対怪獣兵器を紹介しよう。

・人造光人テラノイド
 身長55メートル、体重4万3千トン。【F計画】により建造された赤い巨人である。操縦者は古泉一樹。彼と一体化して、テラノイドは怪獣と戦うのだ。第四話までで見られる必殺技は三つ。

 ソルジェント光線
 十字に組んだ腕から発する光の激流。第一話で軟体巨虫ぺドレオンを一瞬にして消滅させた。なお、ソルジェントとはイタリア語で“泉”という意味。
 スライサーチャクラム
 高速回転する光の輪。第二話で巨翼怪鳥ラルゲユウスを真っ二つにした。
 スライサーショット
 半月状の光線。第三話で振動天牛バグバズンの触角や翼を切り裂いた。

 なお、テラノイドのエネルギー源は、古泉一樹の超能力である。彼が精神力を使い果たせば、テラノイドはピクリとも動かなくなってしまうだろう。

・クロムチェスター
 全長23.4メートル、最大飛行速度マッハ4の支援戦闘機である。空を飛ぶことのできないテラノイドを補助するために作られた。実は三つの戦闘機が合体したものであり、第二話では、ラルゲユウスの攻撃を回避するために分離したこともある。

・マウンテンガリバー3号
 身長55メートル、体重6万トン。【MG計画】により建造された人型ロボットである。鋼鉄の装甲に包まれた姿は、まさに歩く城塞。操縦者は橘京子。第四話では戦闘不能となったテラノイドに代わって、11体もの怪獣を撃退した。必殺武器は、腕に内蔵されたレーザー機関砲、Gサンダー。32の砲門から放たれる毎秒640発の熱線は、怪獣を肉片すら残さず蒸発させる。

 だが困ったことに、この超兵器の数々は、現実世界だとただの置物に過ぎない。超能力が使える場所――閉鎖空間でのみ、活躍することができるのだ。
 閉鎖空間、それは異次元とこの世界をつなぐ関所。超能力者たちは、そこで怪獣たちを食い止めているのだ。


●Chapter.2 涼宮ハルヒのひみつ!
 閉鎖空間での、超能力者と怪獣の戦い。そこに大きな影響を及ぼしている少女がいる。それが、涼宮ハルヒだ。彼女には、自分の願望を実現する力が備わっている。例えば――
「この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」
 そう言ったがために、長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹は彼女の前に集うことになったのだ。
 さて、そんな大きな力を持つ涼宮ハルヒが、閉鎖空間にどう関わっているかというと――第二話から、古泉一樹の言葉を引用しよう。

「彼女には願望を実現させる能力があります。彼女が地球の存続を望んでいるから、閉鎖空間や超能力者が存在しているのですよ」

「もし彼女が滅亡を願えば、僕や仲間たちから超能力は失われ、無数の怪獣が地球を埋め尽くすでしょう」


●Chapter.3 彼が主人公だ!
 ある意味、地球の守護者ともいえる少女、涼宮ハルヒ。彼女が関心を向ける人物がいる。友人たちからキョンと呼ばれる彼について、今度は解説していこう。
 彼が涼宮ハルヒから注目されるようになったきっかけは――

「曜日毎に髪形を変えるのは、宇宙人対策かなにかか?」

 涼宮ハルヒの意図を、ずばり言い当てたことだ。ここから、彼の人生は涼宮ハルヒと大きく関わっていくことになる。それは、刺激的であると同時に、危険なことであった。彼は、“宇宙人”の一人、朝倉涼子に命を狙われてしまう。

「貴方が死ねば、涼宮ハルヒは大きな情報爆発を起こすわ」

 朝倉と同じ“宇宙人”である長門有希によって、彼はピンチを免れるが……


●Chapter.4 新宿大災害
 この物語のキーとなる事件について説明しよう。それは新宿大災害。午後2時56分45秒に飛来した隕石によって、新宿一帯が壊滅。その際の衝撃は、震度7の激震として記録されている。死者4346名、行方不明者3名、負傷者29734名の大災害であった。
 この日、新宿にいたと思われる登場人物は二人。主人公である彼と、涼宮ハルヒである。

●Chapter.5 崩壊の予兆
 朝倉涼子の突然の転校。それは涼宮ハルヒの好奇心を刺激するのに十分な事件だった。キョンを伴い、調査に乗り出すハルヒ。
 ……だが、結果は空振りに終わる。調べれば調べるほど、ただの転校という味気ない答えが確かになるだけ。

 涼宮ハルヒは思わずにいられない。世界はいつだって、私の望むものを与えない、と。
 高校に入って一カ月と少し。最初は期待していた。自分の宇宙人対策を気づく人間がいたのだから、これからはエキサイティングな日々が始まるかもしれない、と。
 けれど蓋を開けてみれば、そこには相変わらずの日常。じゃあ自分から動いてみようと色々やってみた。今日だって朝倉涼子の転校について調べた。でも、非日常はどこにも見つけられない。

 涼宮ハルヒの心を、疎外感が覆う。世界にはたくさんの不思議があるはずなのに、私だけがそれに触れられない。仲間外れにされている。

 そこに追い打ちをかけるように、同伴する少年が言った。

「俺、もう帰っていいか?」

 その言葉に涼宮ハルヒが感じ取ったのは、拒絶の意思。この時彼女の心は弱っていた。そのせいかもしれない。怯えた。

 少年が、自分の傍を去ってしまうかもしれない、と。
 唯一自分の意図――曜日ごとに髪形を変える意味――を見抜いた人間が、理解者になってくれるかもしれない人間が、自分から離れて行ってしまう!

 その思いが、涼宮ハルヒを駆り立てた。自身を語るという行為へと。

「あんたさ、自分がどれだけちっぽけな存在が自覚したこと、ある?」

 それはきっと、破れかぶれの手段だったのだろう。彼の関心を惹いて、傍にとどめようとしたのかもしれない。

「小学生の、六年生の時。家族みんなで野球を見に行ったのよ」

 * *

 ……だが、必死の思いは届かない。
 返ってきたのは、短い一言。涼宮ハルヒにとって、冷たい拒絶に聞こえる言葉だった。
 それでも、まだ、涼宮ハルヒの心は、砕けなかった。止めを刺されるのは、翌日のことである。
 教室に入った時、言葉が聞こえた。

「じゃあ、次の土曜日、体育館のロビーに10時な! 俺は9時30分くらいから待ってるからよ、頼むぜ、キョン!」

 少年が、SOS団以外の予定を休日に入れる。

 擦り減った涼宮ハルヒの精神は、そこに悲しい意味を見出す。

 彼は、私から離れて行ってしまった。
 もう、戻ってこない。

 ――そして、世界は反転した。

(第五話後半へ続く)

●Chapter.6 第三話~第六話の時系列整理
・ハルヒが時間を巻き戻す前

5月n-1日18時ごろ 涼宮ハルヒ、キョンに過去を語る
5月n日 1時54分 五連戦の末、テラノイド戦闘不能になる
5月n日 2時44分 メザードタイプの怪獣出現、マウンテンガリバー3号が出撃
5月n日 8時30分ごろ 涼宮ハルヒ、力を発現させキョンとともに閉鎖空間(?)へ
5月n日 8時35分ごろ 古泉と思しき(キョンの主観)赤い球体、銀色の巨人に変身して戦闘を始める ※1
5月n日 8時40分ごろ キョン、黒い巨人からハルヒをかばう。(ここでキョンの意識は途切れる)
5月n日 11時14分 マウンテンガリバー、11回目の戦闘に勝利。『機関』上層部、テラノイドに変わってマウンテンガリバーを主力とすることを決定。※2


・ハルヒが時間を巻き戻した後

5月n-1日 ハルヒ、朝倉涼子の転校に興味を持たない。
5月n日 キョン、飛んできたボールに頭を打たれて入院。

※1 後の話、もしくはChapter.1を見れば判る通り、この時点で『機関』の保有する対怪獣兵器に“銀色の巨人”は存在しない。
※2 時間が巻き戻さた際に、怪獣の出現は無かったことになっている。だが何故か「時間が巻き戻される前、マウンテンガリバーは大活躍した」と橘京子は記憶している。



[15152] 第1話 憂鬱Ⅰ ~melancholyⅠ~
Name: 6315◆4463217e ID:f5f72eaf
Date: 2010/03/23 13:44
 始まりは、下駄箱に入っていた手紙だった。
『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』
 果たして、待っていたのは――急展開。我がクラスの委員長、朝倉涼子からのキス。
 ちょっと待て最近の若者は積極的だなけど今のは唇じゃなくて頬だったな――とかなんとか思っていたら。
「貴方を殺して涼宮ハルヒの出方を見るわ」
 さらなる急展開、もとい超展開。朝倉の手にはナイフ。
「貴方を殺せば、きっと大きな情報爆発が見られるから」
 あわや十七分割――かと思ったところで。
「空間閉鎖も、情報封鎖も甘い」
 SOS団の誇る無口系眼鏡読書少女、そして自称宇宙人の長門有希が乱入。

「――情報連結解除、開始」

 謎の宇宙パワーで朝倉涼子は消滅。俺は死なずに済んだ。てか長門、お前ほんとに宇宙人だったんだな。

 * *

 その帰り道のことだ。俺は商店街を歩いていた。多少寂れているとはいえ、夕食時となるとそれなりに人通りがある。特にスーパーの前なんかは、自転車を乗り降りする主婦でごった返している。
 死に直面すると日常のありがたみに気づく、なんてのはよく聞く話だが、俺にはそんなことは関係なく、商店街の混雑と言う日常は相変わらず鬱陶しいだけだった。

 そんな俺を、運命の神は気に入らなかったのだろうか。

 * *

 異変が起こったのは、丁度、スーパーの前を通っていた時。
 目の前で、自転車が倒れた。ガタン、と音を立てて。買い物かごから大根が飛び出し、アスファルトに砕けた。……乗り手の姿は消えていた。

 そればかりか。

 倒れた自転車を忌々しげに起こす主婦も。模型屋に連れ立って入る子供も。さっきまで見えていたはずの人の姿が、忽然と消えていた。
 立っているのは、俺一人。それだけじゃない。人が居ないだけじゃない。
 俺は目をこする。目に映る物が信じられなかったからだ。
 なにせ、ことごとく――店の看板が、反転していた。鏡文字になっていた。なんだ、これは。
 俺の頭はおかしくなってしまったんだろうか。朝倉の奴が、コンピューターウイルスのようなものを俺の頭に植えつけたんだろうか。それとも鏡の世界に迷い込んでしまったのだろうか。
 なんてことを考えているうちに――あたりが暗くなった。夜が来た? 馬鹿な。つい数秒前まで夕焼け空だったじゃないか。俺は見上げる。見上げて、息を呑んだ。
 思い出すのは小さいころ、新宿の都庁に行った時。見上げて、その高さに息がつまった。あの時の感覚に似ていた。

 とてつもなく大きなものが、そびえたっていた。嘘みたいな話だが――

 半透明の軟体、ナメクジだった。道路をはみ出し、左右の家家を薙ぎ倒して、巨大なナメクジが鎮座していた……

 * *

 ――逃げないと。

 そう思った。あんな大きなヤツが動き出したら、俺なんで簡単に潰れてしまう。人間に踏みつぶされる蟻みたいに。だけど。
 足はおろか――呼吸さえ止まる。相手に呑まれる、そういう状態だった。

 ひぅぅ、と。ナメクジは奇妙な鳴き声を発し、身体を震わせた。
 ずずず、と、動き始める。店を、電柱を、なぎ倒しながら。アスファルトに亀裂を走らせながら。その巨体に似合わないほどの速さで、迫る。
 悪いな長門、折角助けてもらったのに。よかったな朝倉。お望みの情報爆発が見られるだろうぜ。

 * *

 だけど今は亡き朝倉の望みは、叶えられない。俺は、死ななかった。
 まるで冗談みたいな展開。信じられるか? 

 銀色の顔と深紅の身体の巨人が、ナメクジの巨体を、食い止めていた。赤い巨人は、そのままナメクジを抱え上げ――投げ飛ばす。まるで、空の段ボールを抱え上げるように、軽々と。
 ナメクジの身体が――学校のグラウンドをいっぱいに埋めるくらい大きなナメクジの身体が、空にくるくると舞う。

 ……巨人は、腕を十字に組んだ。全身が光輝いた。夕日よりまばゆく強い、赤い光だった。

 腕の十字から、光が放たれた。

 それは激流だった。光の激流。それはナメクジを呑み込み、押し流し――後には、塵一つ残さなかった。

 * *

 圧倒的だった。おそらく30秒もかかってないだろう。毎回3分かけて必殺技を出しているヒーローにも見習わせたい強さだった。

 俺は巨人を正面から見上げる。眼を引いたのは、額にあるランプ状の物体。そこから、突如、赤い光の球が飛び出した。光球は真っ直ぐに俺の目の前に降りて、人の形をとる。
 果たしてそれは、恒点観測員……などではなく、俺の見知った人間だった。ハルヒの奴が“謎の転校生”という触れ込みで連れてきた優男。そして、超能力者(自称)。


 ――古泉一樹。


「やあ、無事でなによりです」
 何事もなかったかのように、極めてさわやかな口調で古泉の奴はそう言った。
「色々と説明したいところですが……まずは空を見てください」
 空に、無数の亀裂が走っていた。まるで、割れる寸前のガラスのように。
「ちょっとした、スペクタクルですよ」
 パリン。音はなかった。だが俺は砕けるような音を感じた。――つんざくような騒音。俺は耳を押さえる。
 だがやがて気づく。耳をふさぐほどの音ではないと。日常の喧騒だ。豆腐屋のラッパ。自転車の鈴。そして――人の声。
 そう、いつしか俺の周りには、消えていたはずの人の姿が蘇っていた……。



[15152] 第2話 憂鬱Ⅱ ~melancholyⅡ~
Name: 6315◆4463217e ID:f5f72eaf
Date: 2010/03/23 14:05
 日課になっているトレーニングを終え、風呂を上がった頃にはもう0時。予習をやっちゃいないが、脳内天秤は明日の学習より、今日の安息に激しく傾いていた。

 ベッドに入る。


 ……眠れん。


 興奮しているのが自分でもわかる。考えが沸々と湧いてきて寝れないというやつだ。昔からたまにある。こう言うときの対策は知っている。浮かんでくる考えを無理に止めないこと。むしろもっとよく考えることだ。そうしているうちに意識は切れるはず。

 さて、頭に浮かんでくることといえば――今日のこと。古泉との会話。

 * *

 ……特撮の定番みたいな話だが、この地球は狙われているらしい。誰にって? 聞いて驚け、異次元の侵略者だ。そいつはお約束のごとく、我々の住むこの世界に、怪獣を送り込んで来ているらしい。だが俺はこの15年間、怪獣どころかUMAすら目にしたことがない。いったいどういうわけだ。

 古泉曰く。

「貴方が迷い込んだ無人の世界――閉鎖空間のおかげです。怪獣はここを経なければ、地球にたどり着けないのですよ」
 つまり、閉鎖空間とやらは一種の関所なわけだ。
「超能力者は、いわば関所の番人ですね。閉鎖空間で怪獣を食い止めているのです」
 ありがたい話だ。そいつらのおかげで、俺たちは日々安穏としていられるわけだ。ありがたやありがたや、俺に関係のないところで是非頑張ってもらいたい……なんて話にはならなかった。
 古泉の奴は言う。
「それは涼宮さんのおかげなのですよ」
 なんだその超設定。
「彼女には願望を実現させる能力があります。彼女が地球の存続を望んでいるから、閉鎖空間や超能力者が存在しているのですよ」
 よかったな、ハルヒ。話が本当なら、お前は救世主だよ。
「もし彼女が滅亡を願えば、僕や仲間たちから超能力は失われ、無数の怪獣が地球を埋め尽くすでしょう」
 前言撤回。地球を滅ぼすかもしれない奴を救世主と呼びたくはない。

 * *

 ――目論見通り俺の意識は落ちて、睡眠できたようだった。

 でもって、夢を見ているらしかった。それは、見慣れた夢だった。一カ月に一度は見る夢だ。俺が中学に入る直前の春休み。家族でディズニーランドに行った帰り。その時の夢だ。俺は妹と一緒に新宿の駅近くで信号待ちをしていた。信号が丁度変わった時だった。まるで決壊したダムから溢れるように、人が歩道を埋めつく……あれ?
 おかしい。
 その“新宿”には誰もいなかった。傍らにいるはずの妹の姿もない。

 俺は違和感を覚える。夢にしてはあまりにもリアルだった。肌をなでる風の流れが感じられる。細い路地裏から、妙に酸っぱい匂いが漂ってきている。
 そもそも、夢って、こんなにも色々思考できるところだったか? じゃあ、これはなんだ?

 俺はその手掛かりを既に見つけている。ビルにかかる看板は、鏡文字。

 ――閉鎖空間。怪獣が現れた時に発生する、超能力者たちの戦闘空間。

 それを肯定するように。
 空に、黒い穴が開き――侵略者の尖兵が飛び出した。
 轟音。思わず耳をふさぐ。突風。立っていられず、うずくまる。頬を無数の小石が打つ。そして一瞬のうちに、新宿は地獄絵図と変わっている。ひび割れたアスファルト。舞い上がる粉塵。真っ二つに折れた都庁。そしてそれを見下ろす、怪鳥。

 その光景に、俺は、不思議と、既視感を覚えていた……

 * *

「大丈夫ですか!?」
 遠くから駆けてくる影があった。青い服とヘルメットを身に着けていた。その顔は、遮光バイザーによって見ることができない。
「やはり貴方でしたか、無事でなによりですよ」
 その声で、俺はこの人物が誰かを推定することができた。
「お前、古泉か?」
「これは失礼」
 そう言ってバイザーをあげる。その下には、涼しげなニヤケ顔。
「こんばんわ。それにしても、まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでしたよ」
「俺もだ。閉鎖空間は、超能力者しか入れないんじゃなかったのか?」
「ええ、その筈なのですが……」」
「俺も超能力者だった、なんてことはないだろうな?」
「それならお互い感じるものがあるはずです。超能力者同士は、テレパシーで繋がっていますから。おそらく、別の要因かと」

 それはなんだ、と聞こうとして――轟音に遮られる。見上げれば、空には青い戦闘機。

「『機関』の誇る対怪獣戦闘機、クロムチェスターです」

 怪鳥はクロムチェスターの姿を認めるやいなや、その翼を大きく振った。ミサイルのように放たれる、無数の羽。その弾幕をかいくぐるには、戦闘機は少し大きすぎるように見えた。だが――

「分離した!?」

 思わず声を出してしまう。もうアニメの世界だった。クロムチェスターは、三機の小型戦闘機に分かれていた。三機は絡まりあうような軌道を取りながら、羽をかいくぐり怪鳥へと迫る。
 やがて三機は再び一台に合体――元の姿に戻る。両翼の砲頭から、黄色い閃光が放たれた。

 それは、怪鳥の左の翼を付け根からぶち抜く。翼が、千切れ落ちた。

「さて、僕もいかなくては」
 古泉は、ペンライトのようなものを天高く掲げた。中ほどにあるボタンを、強く、押す。
 ペンライトの先端から、赤い閃光が放たれる。古泉の姿が消える。代わりに現れたのは、赤い巨人。夕方、俺をナメクジ怪獣から救ってくれたヤツだ。

 その名を――古泉から聞いたが――人造光人テラノイド。

 巨人は走る。怪鳥の元へと。飛び上がり――空中で一回転。槍のように突き出したその右足は。翼を失った痛みにもがく怪鳥に、突き刺さる。
 怪鳥は転がるように吹っ飛ばされ――都庁に激突。グェェ、と、不気味な悲鳴が響いた。
 巨人は追撃に移る。右腕を振り上げた。その手から、光の球が生まれる。それは肥大化しながら高速で回転してゆく。やがて光球は押しつぶされたように平たくなり、中心に穴が開き――光の輪になった。さながらチャクラムのようだった。

 巨人は腕を振りかぶり――光輪を投げ放つ。

 せめてもの抵抗か、怪鳥は残った羽を飛ばした。だが激しく回転する光の輪は、そのすべてを弾いて進む。

 やがて、光のチャクラムは――怪鳥の胴体を、真っ二つに切り裂く。

 ――血の雨が、廃墟と化した新宿に降り注いだ。

 * *

 翌日、俺は、靴箱の中に手紙を見つける。

 ――昼休み、部室で待ってます。

 差出人の名前は、朝比奈みくる。可愛らしい書体、だった。



[15152] 第3話 憂鬱Ⅲ ~melancholyⅢ~
Name: 6315◆4463217e ID:f5f72eaf
Date: 2010/03/23 14:05
 朝倉涼子といえば、思い出すのは昨日のこと。

「遅かったじゃない」
 出会いがしらに頬にキス。
「あなたを殺せば大きな情報爆発が観測できる」
 そしてナイフを突きつけられる。そんな脈絡不明少女、朝倉涼子は消滅してしまったわけだが、さてこれは世間的にはどう処理されているのだろうか。情報操作をすると長門は言っていたが――

 朝のホームルームにて、我らが担任曰く。
「えー、突然の話だが、朝倉は転校したらしい」
 長門、それはちょっと杜撰な処理じゃないか。

 * *

 杜撰さのツケは、ハルヒの興奮という形で返ってくることになった。
「この転校、きっとなにかあるに違いないわ!」
 息巻くハルヒを刺激しないようにしながら、俺は昼休み、教室を抜け出した。なぜかと言えば、理由はポケットの中。朝、下駄箱に入っていた手紙。

 ――昼休み 部室で待ってます 朝比奈みくる。

 行かないわけにはいかないじゃないか、なあ。

 * *

 だがドアを開けて待っていたのは、あのろりろりしいお方ではなく、グラマラスな美人さんだった。とはいえその容姿を見るに――
「朝比奈さんのお姉さんですか?」
「ううん、はずれ」
「じゃあ――」そういえば朝比奈さんは未来人とか言ってたしな。まさかとは思うが。「もっともっと未来の朝比奈さんですか?」
「さっすがキョン君、冴えてるわね」
 えらいえらい、と頭を撫でられる。少し照れくさい。というか、妙に居心地が悪い。俺は強引に話題を変えることにする。
「ところで、なんの用事ですか?」
「これ、受け取ってくれる?」
 差し出してきたのは、ペットボトルと、……錠剤? ペットボトルには眼兎龍茶と書いてある。未来の飲料だろうか。錠剤は黄色い……何の薬だ?
 俺の疑念を察してか、朝比奈さん――これからは区別のために朝比奈さん(大)と呼ぼう――は説明を始めた。
「今、キョン君の身体には仕掛けがされてるの。閉鎖空間にワープしてしまうような、ね。この錠剤はそれを解除してくれるの」
 なら飲まない理由はない。怪獣はテレビの中だけで充分だ。
「飲みました――それにしても、誰なんでしょうか。俺を閉鎖空間に送り込んだのは。知りませんか?」
 すると、朝比奈さん(大)は、少し考え込んでからこう言った。
「キョン君、昨日、誰かに身体を触られたりしなかった? そう、普段だったら近寄らないような人から――」
 思い出すのは、放課後の教室。朝倉のキス。

 ――頬が熱くなった。

「その時に、閉鎖空間に送り込まれるような仕掛けをされたんじゃないかしら。今度からは気をつけてね」
「わかりました、まあ大丈夫と思いますが」
 なにせ、朝倉は消滅したんだからな。
 そうだろ、長門?

 * *

 そんなこんなで俺の昼休みは終わり、教室に帰ってきた俺を、ハルヒが仁王立ちで待っていた。
「朝倉の引っ越す前の住所を調べてきたわ、放課後行くからついてきなさい」
 正直、断りたかった。最近SOS団のせいで家に帰るのが遅くなって、妹とも充分遊んでやれていない。今日ぐらいは相手してやりたんだがな。
「絶対来なさいよ! いい!」
 俺は、その迫力に、負けた。

 * *

 メンバーは俺とハルヒだけ。曰く。
「少数精鋭の隠密行動よ!」
 どこが精鋭だ。たぶん古泉や長門の方が俺よりも優秀だぞ。朝比奈さんは……可愛らしいからまあいいだろう。

 * *

 さて、ハルヒ言うところの隠密調査。その成果は――ゼロだった。
 既にマンションは引き払われ、無人。マンションの管理人も詳しいことは知らないという。徒労感に包まれながら、俺はハルヒと一緒にマンションを出た。
「で、これからどうするんだ?」
 ハルヒのやつは、答えない。
 期待した結果――おそらくは、転校の裏にある陰謀とかそういう非日常――が得られなかったからだろう、ぶすっとした顔をして、一人、歩きだした。俺はその後を追う。

 * *

 時計を見る。もう六時も近い。そしてこの目的地不明のウォーキングは、明らかに俺の家から遠ざかる方向へ向かっていた。このままだと、妹の奴はまたひとりで夕食になっちまう。
 妹は……この世でたった1人の肉親だからな。大切にしてやりたい。
 頭の中に、妹の姿が浮かんだ。だたっぴろい家の中で、寂しそうに食事をする姿が。親代わりの伯父夫婦は共働きで遅くまで帰ってこない。俺がいなかったら、あの家にひとりなんだ。

 ……意を決して、口を開く。これ以上つきあっちゃいられない。俺には大事な妹がいるんだ。

「――俺、もう帰っていいか?」

 * *

 いきなり立ち止まるもんだから、もう少しでつんのめるところだった。ハルヒは長門みたいな無感動な白い顔を俺に向け。

「あんたさ、自分がどれだけちっぽけな存在が自覚したこと、ある?」

 線路沿いの県道、そのまた歩道の上で、語りだした。唐突に。
「小学生の、六年生の時。家族みんなで野球を見に行ったのよ」
 長話になりそうな予感があった。知ったことかと言いたかった。だが、いつになく真剣な、いや、一種の悲壮感すら漂わせたハルヒの表情に、俺は、何も言えなかった。

「ホームランで盛り上った時にね、急に、解ったの。自分は、この会場に居る何千何万の人の一人でしかない、って。
 それまで、自分はどこか特別だと信じてた。
 でも、思ったの。私が特別なら、歓声を送る側じゃなくて、送られる側にいるはず。
 けど実際は、観客席で、大勢の中に埋もれてるだけ。その時解ったの。私は特別でも何でもない、って。
 すごく悲しかった。だから、変わろうと思った。特別で面白い人生を送ろうって。でも、結局は何もなし。朝倉の転校だって――」

 言い終わることなく、ハルヒは空を仰いだ。まるで話したことを後悔するように。もう日は落ちていて、その表情は伺いしれなかった。
 電車が俺たちの脇を走り抜ける。轟音が耳を揺らす。

 俺は、何か言ってやるべきなのだろうか。

 * *

 結局。

「そうか」

 自分でも憂鬱な一言を返すことしかできなかった。

 * *

 俺は部屋のベッドに身を投げた。
 ……日課のトレーニングすら、やる気が起こらなかった。散々な一日だった。
 帰ってみれば妹は夕食も食べずに待っていた。帰ったころには21時もまわっていたっていうのに。可愛そうなことをしてしまった。
 それに、今日もロクに遊んでやれなかった。「別にいいよー」とは言ってくれたが、どこか寂しそうだった。
 ……気分が悪い。胸の中でドス黒い雲が渦巻くような感じがした。それもこれも、ハルヒのせいだ。朝倉の家に行くとか言い出さなけりゃ、意味もなく歩き回ったりしなけりゃ、それに――あんな長話さえなければ。
 ふと、ハルヒの姿が思い出される。苛立ち気味にひとり帰っていく後ろ姿。
 ――胸の暗雲が、一層重たくなる気がした。

 * *

 ……悩める少年は知る由もなかった。今この瞬間も、地球が狙われていることを。地球と異次元の狭間に、閉鎖空間が生まれていることを。

 * *

 古泉一樹は待っていた。機が訪れるのを。
 その遥か上空では、青い戦闘機――クロムチェスターが、ミサイルを放つ。その前を飛ぶ怪獣に向かって。
 天牛――カミキリムシを想像させる長い触角を持った怪獣は、手をこすり合わせた。キィィィ、という甲高い音が周囲に広がる。
 ミサイルが、一斉に爆発を起こす。だがどれ一つとしてバグバズンには届いていない。超音波が、ミサイルを撃ち落としたのだ。
 ならばとクロスチェスターから撃ち出されるビーム。しかし、巨体に見合わない素早い軌道で回避してみせるバグバズン。

 ギリ、と古泉は奥歯をかみ合わせた。
(歯がゆいとはこのことですね……)
 クロムチェスターは一向に決定打を打てないでいた。それを古泉は、見ていることしかできないでいた。
(せめて、テラノイドさえあれば……)
 そう思わずにはいられない。だが右手に握られたペンライトは、今は輝きを放っていない。
(連日の出撃……その無理がついに出てしまいましたか……)
 彼が赤い巨人に変身できるのは、ペンライト――βセルが瞬いているときなのだ。

 やがて、βセルが点滅を始め――古泉一樹は、スイッチを、押した。

 赤い閃光が、古泉一樹を包む……。


 * *

 実のところ、古泉一樹は変身しているわけではない。普段、古泉一樹とテラノイドは別々に存在している。
 古泉一樹がβセルのスイッチを押したとき、テラノイドは閉鎖空間へと送り込まれるのだ。そして古泉一樹は、自身の超能力によってテラノイドと一体化するのである。

 * *

 巨人は見上げる。上空で繰り広げられる戦いを。クロムチェスターを、バグバズンを。
 狙いを定めるように、構える。右手を突き出す。左手は、右の肘を握る。左手が輝き、その光が右の肘、腕を通って手に至る。右手の輝きと合わさって増幅される。
 テラノイドの右手から、打ちだされたのは、半月の光線。数は三つ。

 一つ目は、バグバズンの細い腕を切り落とす。
 二つ目は、長い長い触角の一方を。
 三つ目は、その羽を切り裂いて大空に消えた。

 ガクン、と高度を落とすバグバズン。
 その隙を、クロムチェスターは見逃さなかった。再び放たれる、ミサイルの雨。
 バグバズンに、もはや迎撃の手段は無い。無数の爆発の中で、塵と消えるだけだった……



[15152] 第4話 幻惑Ⅰ ~ dazzlement Ⅰ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 14:08
 Terrestrial Liberation Trust、という組織がある。和訳すると、地球解放機構、となろうか。
 その下部組織の一つが『機関』、超能力者による対怪獣組織である。帝釈山の地下に置かれた基地は、今や、異次元からの侵略から地球を守る前線基地となっていた。

 * *

 怪獣出現を告げるサイレンが、基地に鳴り響く。
 古泉一樹が仮眠室を飛び出すまでにかかった時間は、わずか10秒。向かう先は格納庫。そこには対怪獣の切り札、人造光人テラノイドが待っているはずであった。
 しかし、古泉一樹が目にしたのは、手足のない達磨姿。周囲を、整備員たちが忙しく駆けまわっている。

「光線変換系と駆動系が完全に駄目になってるわ。正午まで出撃不能よ」
 そう告げたのは森園生、テラノイド運用チームの班長である。
「連戦の無理が来た、とでも考えて頂戴」

 古泉一樹は思い返す。昨日からの戦いを。

 18時34分 ぺドレオンタイプ(ナメクジ)
 20時14分 ラルゲユウスタイプ(翼の大きい鳥)
 23時46分 ラフレイアタイプ(巨大な花弁を持つ)
 0時4分   バグバズンタイプ(甲虫)
 1時54分  バンピーラタイプ(蜘蛛)

 これまでは多くとも一日一体だった。それに比べると、異常な出現ペースといえる。
「五連戦もすればガタが来るのも無理ないでしょう」古泉一樹はうなずく。「ですが、森さん、テラノイドなしで怪獣に勝てるとは……」

 古泉一樹の疑問に答えたのは。
「それは心配ご無用なのです!」
 森園生ではなかった。もっと若々しい、威勢のいい声だった。
「この私がいるのですよ!」

 振り向けば、笑顔。世界中の元気という元気を凝縮したような表情をした少女が立っている。橘京子。古泉と同じく『機関』の一員、超能力者である。

「次々に迫る怪獣。ついに倒れるテラノイド……舞台の幕は整ったのです!」
「あの、テラノイドは別に倒れてなど……」
 しかし古泉の言葉など無視して橘は続ける。
「今こそもう一つの巨人計画が日の目を浴びる時が来たのです!」
 テラノイドの向かい側、その床が、どう、という音を立てて開いた。ごうんごうんという音とともに、何かがせりあがってくる。
「この世がうたかたの空夢ならば、命をかけよう夢のため……」
 頭があった。二つの腕があった。二つの足があった。人間の骨格を持っていた。だが、四肢はアンバランスなほどに太い。
「天よ見よ地よ見よ人よ見よ! これがゼロ年代の想像力!」
 パッ! と、ライトが輝き、巨人の姿があらわになる。
「私のマウンテンガリバー3号だぁっ!!!」
 その胸には、金色のエンブレム。「G3」と彫りこまれている。
「今こそMG計画の有用性を上層部に認めさせるのです!」

 そして、古泉や森、その場に居た整備員たちが茫然と見守る中。
「マウンテンガリバー、発進!」
 橘京子とマウンテンガリバー3号は、光の粒子になって消えた。閉鎖空間に向かったのである。

 * *

 夜の街を包むように、絹のようなものが、ふわふわと浮いていた。月の光を浴びて、白く輝いている。そこからうっすらと、毛糸のような構造体が、無数に漂っている。海月をイメージさせる、柔らかな姿の怪獣だった。

 現れたマウンテンガリバーの姿は、その逆だった。直線で構成された輪郭は、武骨、という言葉をこの上なく明確に表現していた。

「メザードタイプの怪獣なら、これなのです」
 コックピットの中には、いつのまに乗り込んだのか、橘京子の姿があった。彼女は頭の中に武器を思い描きながら、レバーを引いた。
 マウンテンガリバーの右腕、その装甲がクワ、と開く。中から覗くのは、32の砲門が覗いていた。
「Gサンダー!」
 叫び、というには余りに可愛らしい橘京子の声に応えるように、マウンテンガリバーの右腕が稲妻のような唸りを上げた。

 放たれるのは、レーザーの機関銃。毎秒640発。圧倒的な量の熱線が、怪獣の身体に次々と貫いてゆく。数秒と絶たぬうちに、海月怪獣はその形を失う。焼け焦げた布のような、無残な姿を晒していた……

 * *

 この活躍を皮切りに、マウンテンガリバーは破竹の勢いで怪獣を撃退していく。正午までに11体の怪獣を撃退するという活躍を見せたのだ。

 2時44分  メザードタイプ
 3時41分  ぺドレオンタイプ
 4時32分  バンピーラタイプ
 5時12分  バグバズンタイプ
 5時44分  バグバズンタイプ
 6時14分  ラフレイアタイプ
 7時38分  ラルゲユウスタイプ
 9時26分  ぺドレオンタイプ
 9時56分  バンピーラタイプ
 10時34分 ラルゲユウスタイプ
 11時14分 メザードタイプ

 この大戦果を前に、『機関』上層部は決定を下した。以後、対怪獣戦には、テラノイドではなく、マウンテンガリバーを用いる、と。……橘京子はそのように記憶している。



[15152] 第5話 幻惑Ⅱ ~dazzlement Ⅱ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 14:10
 朝学校に行ってみれば、すでにハルヒの奴は来ていて、不機嫌オーラを撒き散らしていた。クラスの奴は怖がって逃げてしまったのか、周囲は無人地帯と化していた。
 俺は席に鞄を置き――駄目だ、この空気には耐えられん。とりあえず手洗いにでも行こう。戻ってきたら……もうちょっとマシになってるかもしれん。いやなっててくれ。頼む。
 とりあえず俺は自分の席を離れた。そこに谷口のヤツが話しかけてくる。
「おいキョン、昨日涼宮となんかあったのかよ?」
「いや、なんにもない」
「んなわきゃねえだろ、お前昨日涼宮と朝倉の家に行ったんだろ?」

 思い出してしまう。帰りの、会話というには一方的なハルヒの語り。何も言えなかった俺。

 ……このとき俺は、どんな顔を浮かべていたのだろうか。

「すまん、今のは忘れてくれ」
 俺はよほど不快な表情をしていたのだろうか。谷口の奴は、これまで見たことないくらい真剣そうな表情で謝っていた。
 そして、間髪いれず、わざとらしいくらい明るい声で、こう言った。
「それよりよー、お前、今度の土曜日空いてるか?」
 妹の奴はクラスの女の子と遊びに行くとか言ってたな。ハルヒの――SOS団の活動もない。
「暇といえば、暇だな」
 ぱあ、と谷口の顔が輝いた。
「市立体育館借りて、バスケやるんだ。国木田に聞いたんだけどよ、けっこう上手い方なんだろ?」
「まあ、苦手ではない」
 と言いつつ、実はそれなりに自信はある。真面目にバスケットをやってた時期もあった。
「基礎はできてるつもりだよ」
「じゃあ、助っ人に来てくれねえか? 国木田も来るしよ」
谷口は、パン、と両手を合わせて拝むような姿勢を見せた。
「人数がちょっと心もとないんだよ。な、頼む」
 どうしようかと思い――俺はハルヒの方に目を向ける。だが、見えたのは日差しのなかでふわふわ舞う埃だけだった。どこに行ったんだ?

 ……って。なんだって、あいつの顔色を気にせにゃならんのだ、俺は。思い返せば、高校が始まってからというもの、俺の生活はハルヒに拘束されっぱなしだ。ここいらで気分転換したっていいだろう。
「ほんと頼むよ、このままじゃ企画がおじゃんなんだよ、な、な?」
 こんなに頼まれてるし、断るのも悪いじゃないか。
「仕方ない、行ってやる」
「おお! ほんとありがとよ!」
 そんなに嬉しいのか、うるさいくらいの大声だった。

「じゃあ、次の土曜日、体育館のロビーに10時な! 俺は9時30分くらいから待ってるからよ、頼むぜ、キョン!」
 ……谷口の声が、教室に響き渡った。廊下まで聞こえてたんじゃないんだろうか。

 その時だった。
 突然に、世界が、反転した。

 * *

 頭がついていかなかった。みんなみんな、消えちまったんだから。何せ、さっきまで目の前にいた谷口。時間割表の前で喋っていたヤツ。席で何やら本を読んでいたヤツ。数秒前までそこにあったはずの姿が、今は見えない。
 時計を見る。数字は鏡に写したように反転して、針は左回りになっていた。俺は理解する。閉鎖空間だ。
 けれど、おかしくないか。朝倉の仕掛けは無くなったはずだ。俺が閉鎖空間に来ることなんて、あるはずが……ない。

 そんな疑問に答えるように。
「ご説明しましょう」
 赤い、人型の光が現れた。
「お前……古泉か?」
 それは直感だった。声の質が、古泉に近いように思えたのだ。
「曖昧な姿で申し訳ありません、少し事情がありまして。できればいつもの僕の姿に脳内変換していただければ助かります」
 俺の頭に浮かんだのは、(⌒_⌒)という顔文字。……人相を覚えるのは苦手なんだよ。
「それより聞いてください。涼宮さんは、この閉鎖空間を現実世界に変換しようとしているようです」
 なんだその超展開。というかなんでそんなことが判るんだ。
「僕が超能力者だからですよ」
 そういうものなのだろうか。
「このままでは、閉鎖空間が現実世界になる代わりに、僕たちが居た現実世界は、消滅してしまいます」

 俺の頭にイメージが浮かぶ。世界の消滅。それは俺にとって。

 ――たすけて、キョン君。
 だんだんと光の粒子になって消えていく、妹の姿だった。
 俺の脳内を、にわかに真剣という感情が占めてくる。自分でも自分の表情が引き締まるのが判った。
「教えてくれ、どうしたらいい?」
「涼宮さんと話してみてください。西階段の踊り場にいるはずです。お願いしますよ」
「判った。お前はどうするんだ?」
「僕は、戦わねばなりません。――敵が、来ますので」
「頑張ってくれ。ハルヒのことは任せろ」
 俺は赤い人型の光――たぶん古泉――に別れを告げ、教室を飛び出した。

 * *

 バン、と床を蹴って二階への階段を、踊り場まで一気に飛び降りる。ハルヒは居なかった。もう一つ下の階か? そのまま二階へ。さらに踊り場へ。

 果たして古泉の言う通りに。
「キョン!」
 ハルヒのやつが、いた。
「アンタも見なさいよ、ほら!」
 俺が何か言うよりも先に、腕を引っ張ってくる。窓の外を指差した。

 空に、穴が開いていた。一つじゃない。二つ、三つ――数え切れないほど。まるで蜂の巣だった。そこから、黒い影が飛来する。何十何百も。

 それは巨人。無数の黒い巨人が、空を埋め尽くしていた。巨人たちはやがて、地上へと降り立つ。
 咆哮が、窓ガラスを震わせた。

 * *

 地上を闊歩し、ビルを、家を叩き潰す無数の巨人。見慣れていたはずの町並みが、廃墟へと変わっていく。
 俺は思い出さずにいられない。四年前の新宿。あの時は、巨人じゃなくて地震――いや、隕石だったが。こんな風に、街が崩れて行ったのだ。
 俺は、唖然と見ていることしかできない。
 そんな俺とは反対の反応だったのが、ハルヒ。まるで、DVDで映画でも見ているような気軽さではしゃいでいた。
「うわ! すっごい迫力!」

 * *

 際限なく続くかに思えた、黒い巨人たちの破壊は。しかし、空から舞い降りた、銀色の巨人によって阻まれた。
 古泉の奴だろうか。さっき、怪獣と戦うと言ってたしな。
 でも、おかしい。テラノイドは赤色だった気がするんだが……それに、見た目も結構変わっている。胴体は鎧っぽいデザインになってるし、頭も兜みたいなものがある。もしかして、新型のテラノイドなんだろうか。
 銀色の巨人――テラノイド(?)は、両手をクロスさせ、光線を放った。黒い巨人たちはそれを浴び、次々に爆散していく。
 だが、あまりに多勢に無勢。テラノイド――古泉はたった一人。それに対し、黒い巨人は、何十何百と居る。
 やがて、後ろから取りつかれ、地面に押し倒され――

 ……その後、どうなったかは判らない。それどころじゃなかったんだ。
 すべての黒い巨人が、テラノイドに向かって行ったわけじゃない。今だ破壊活動に従事しているヤツもいれば。何を思ったか、歩き回っているやつがいた。
 そのうちの一体が、俺たちの方を、見た。そしてその足を、こちらに向けた。
「ハルヒ! 逃げるぞ!」
 俺はハルヒの手を掴む。強引に引っ張って走りだす。階段を飛び降りて、一階へ。そのまま校庭へ。後ろを振り向く。巨人の影が校舎を覆い――その足が、雪でも踏むようにクシャリと校舎を潰した。
「ねえ!」
 走りながら、ハルヒのヤツが話しかけてくる。息せきながら、大声で。
「今、すっごい充実してるって、思わない!?」
 絶体絶命だってのに、なんでこいつはこんなに楽しそうなんだ。
「アンタだって、思ってたんじゃないの!? こんな事件が、もう一回起こったらいいって!」
 何を言ってるんだ、こいつは。
「新宿大災害みたいなのが、もう一発きたら素敵だって!」
 

 ハルヒのその言葉に。
 俺は、握った手を放していた。

 * *

「どうして……?」
 ハルヒの表情は、一瞬、悲しみを見せ。
「アンタは思ってなかったの!?」
 すぐさま、怒りに変わる。
「もう一度、人生が一変するような事件が起こってほしいって!」
 ハルヒの顔が目の前に迫る。今にも噛みつかれそうだった。
「四年前の新宿みたいになったらいいって! そうしたらきっと楽しくなるって!」

 ……四年前の新宿と言われて脳裏に浮かぶ光景。生きたまま焼かれる人間の呻き声。下半身が千切れた人の、ヒューヒューという呼吸音。
 あれが……楽しかった? あの、地獄が!?

 俺は拳を握っていた。
 思い切り力を込めて、ハルヒの頬をぶち抜――けない。拳は、頬の手前で止まる。殴れなかった。

「私は楽しかった!」
 ハルヒはまるで、言葉で殴り返そうとするように、激しく、激しく、そう宣言した。
「台風がきたときみたいに、わくわくした!」
 もう、聞いていられなかった。黙らせたかった。
 俺はその拳をゆっくりと下ろす。そのまま、ハルヒの首を掴む。絞める。絞めようとした。

 でも、無理だった。そんなことをしている場合じゃないのに気づいた。俺たちの上に、影がさしていた。見上げれば、黒い巨人。拳を振り上げている。まるでさっきの俺のように。

 違ったのは、その拳に、止まる素振りが全くなかったこと。

 俺はほとんど反射的に、投げ飛ばしていた。ハルヒを。何をやってるんだ、俺は。絞め殺そうとしてたのに、どうして助けたりしてるんだ。

 人間は普段、30パーセントの力しか使っていないというから、火事場の馬鹿力というものだったのだろうか。部室棟のあたりまで、ハルヒの奴は転がって行った。10メートルは飛んだだろうか。

 その光景を最後に、俺の意識は消え――




 俺は。






 柔らかな日差しの中で、目を覚ました。






 * *





 俺が寝ていたのは、病院だった。

 ……なにが、どうなっている?

 医者の説明によると、野球ボールが頭を直撃して、意識不明になったらしい。そして、土曜の昼、つまり今までずっと寝ていたのだという。
 ってことは、さっきまでの出来事は、夢か何かだったんだろうか。

「現実にあったことですよ」
 見舞いにきた古泉からは、意外な答えが返ってきた。
「貴方が倒れた日の前後で、事象が不自然に書きかえられていることが判明しています」
 どういうことだ?
「たとえば、あなたの頭を直撃したという野球ボール。どこから飛んできたと思いますか?」
 どこって……グラウンドからだろ?
「野球部の朝練は、ランニングといった基礎トレーニングだけですよ。あの時間、野球ボールを使っていた人はいません」
 じゃあ、一体どこから……?
「不明です。『機関』も必死に調査したのですが、こう結論づけるしかありませんでした。……突然、野球ボールが発生して、貴方の頭に直撃した、と。いかがでしょう。僕の言っていることがおわかりいただけましたか?」
 ああ、だいたいわかった。不自然な書き換えってのは、存在しないはずの野球ボールが生まれたり、閉鎖空間での出来事がなかったことにされたことだな。
 けど、一体だれがそんなことを?
「我々は、涼宮さんの力によるものと考えています」
 ハルヒか……そういや、願望を現実にするとかいうトンデモパワーがあるって言ってたな、お前。
「はい。その力によるものかと」
 なるほど。そういやほかに、書き換えられた事象ってやつはないのか?
「現在解っているのはあと一つですね」
 なんだ?
「あなた、倒れる前の日に朝倉さんの家を尋ねましたよね、涼宮さんと一緒に」
 ああ。……あんまり思い出したくないけどな。
「それも、なかったことになっています。涼宮さんは、朝倉さんの転校に興味を示さなかった――涼宮さんを含め、あなたのクラスの人は、そのように記憶を改竄されています」

 * *

 橘京子は、自室のベッドの上に寝転がっていた。その顔は、枕に埋められている。時折、ぐず、ぐずというぐぐもった声が漏れていた。
 彼女には、記憶があった。現実とは食い違う記憶である。
 これまでにないペースで出現する怪獣。整備が追い付かず、ついに出撃不能になるテラノイド。そこに颯爽と現れ、大活躍するマウンテンガリバー!
 ……だが、それはなかったことにされていた。おそらくは、涼宮ハルヒの力によって。覚えているのは橘京子一人だけだった。
 怪獣は現れなかったし、テラノイドも故障しなかった。当然、マウンテンガリバーに活躍の機会は与えられなかった。これが、皆の記憶である。
 悔しかった。一度は掴んだはずの、成功を奪われたのだから。

 橘京子は呪った、涼宮ハルヒの力を。



[15152] 第6話 幻惑Ⅲ ~dazzlement Ⅲ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 14:11
「涼宮さんは、朝倉さんの転校に興味を示さなかった――涼宮さんを含め、あなたのクラスの人は、そのように記憶を改竄されています」
 古泉の言葉に……俺は考えずにいられない。やっぱり、ハルヒが世界を滅ぼそうとした原因は、朝倉の家からの帰りにあったんだろうか。俺の素っ気ない返事に腹を立てたのだろうか。

 自分の気に食わない反応だったから……それで、世界を消してしまおうとした……?
 そんな馬鹿な!

 ……いや、待てよ。ハルヒのやつは言っていた。

 ――特別で面白い人生を送ろうって。でも、結局は何もなし。

 そう、世界はいつだって、ハルヒの望む反応を返さなかった。ハルヒが世界に絶望していたとしてもおかしくない。そこに俺がとどめを刺したとしたら……?

「さて」
 古泉の声に、俺は思考を中断させられる。
「色々と思うところもあるでしょうが……貴方にはこれを見ていただかなくてはなりません。」
 古泉が手渡してきたのは、分厚いファイル。受け取ると、その重さで両手がずい、と下がった。
「涼宮さんは、史上類をみないほど強大な力を行使しました。その余波と思われる異常が、各地で発生しています」
 混乱の恐れがあるので一般に公表されてはいませんが、などと言いながら古泉の奴はファイルを開いた。綴じられている紙片には写真やらグラフやらが載っている。
「特別にお教えします。いえ、貴方は知らなくてはいけない。世界に何が起こったかをね」

 * *

 ファイルに書いてあったのは、Xファイルもかくやのトンデモ事件ばかりだった。
 太平洋上に数時間だけ出現した謎の島。偶然通りかかった航空機が撮った写真には、古代遺跡と巨大な生物が写っていたという。
 ニジェール共和国のアクータ鉱山、そこに埋蔵されているはずのウランが一夜にして消失した。現地住民の証言によると、その夜、山に食らいつく四足の巨大生物を見たという。
 マドラスのチェンナイ港に、謎の船が入港した。中に船員は一人もおらず、外装には巨大な爪痕が無数に刻まれていた。調査の結果、この船の部品は十世紀ごろのものだと判明した。
 事件はこれだけに留まらない。だが紹介すればきりがないので、事件名だけいくつか列挙しよう。“赤いPDF殺人事件”“提灯型UFO目撃事件”“新彗星ツイフォン消失事件”……どれもこれも都市伝説じみた怪しい話だった。
 だけど、俺は疑う気になれない。
 俺が経験してきたこと――怪獣や閉鎖空間――だって、他の人間からすれば、嘘としか思えない話だろうしな。

「涼宮さんの影響、おわかりいただけましたか?」
 古泉の言葉に、俺はうなずく。あいつの機嫌を損ねただけで、世界規模の異変が起こる。俺は今、それを改めて認識していた。
「さて、その上で、貴方にお願いがあります」
 古泉は、黙り込む。続きをすぐに口にしなかった。ためらうように視線をそらし、眼を細め――やがて、絞り出した。

「もう少し、涼宮さんに対して、好意的に、接していただけませんか……?」

 * *

 その日、俺は念のために病院に泊ることになった。
 退院は翌日。昼前に病院を出る。迎えに来た妹と一緒に、電車で中心街に移動。駅から少し離れた地下で昼食を食べる。カレー屋のランチ。サフランライスがいい味をしている。
「やっぱりここのごはんはおいしいね!」
 そういう妹の口の周りはカレーでベタベタになっている。俺はナフキンで拭いてやる。
「えへへ、ありがと!」
 妹の手の動きは、まさに眼も止まらぬほどだった。あっ、というまに一皿を平らげる。そして二皿目に入る。机の上にはあともう二皿ある。一つは俺のカレー。もう一皿は……わかるよな?
 周囲の客の視線もものともせず、妹はカレーを口に運ぶ。その速度は目にとまらぬほどで、もはやこれは食事などではなく、エクストリームなスポーツなのではないかと思えてくる。
「ごちそうさま!」
 妹の声が響いた時、俺の皿にはまだ、半分以上カレーが残っていた。
 妹はどこかもの欲しそうに、俺の方を見ている。
「退院したばかりだから、少し食が細くなってるんだ。食べてくれないか」
 そう言って皿を交換してやると、妹は、また嬉しそうに食べ始めた。これでよく太らないものだ。

 その後、駅前のデパートに入る。家の冷蔵庫が空になっているという話だったので、食料品を買うつもりだった。
「ねえねえキョンくん、小物屋さんに寄っていい?」
 折角デパートに来たんだから色々見たいのだろう。気持ちは分かる。
「わーい、ありがと!」
 一人でとてとてと先に進んでいく妹。俺はその後をゆっくりついていく。追いついた時、妹は店先に並べられたブローチに眼を奪われていた。
「この鳥、かわいい!」
 妹の視線を独り占めしていたのは、鳥を象ったブローチ。値段は……1980円。多少高いが、退院記念(?)だ。
 俺は財布を取り出す。

 * *

「キョンくんありがとー!」
 妹の奴はよほど嬉しかったのか、その場でブローチを身に着けていた。それから、俺たちは地下に降りる。食材を買いこんで、(そして若干のお菓子を妹に買ってやって)デパートを出る。
 家に着いたころには、もう、日は傾いていた。夕食の準備をするには丁度いい時間だ。俺は手洗いうがいを済ませるとそのままキッチンに向かう。
「ねえねえ、今日は何にするの?」
「肉じゃがだ」
 やったあ! という妹の声が、二人きりの家の中に響いた。

 * *

「やっぱりキョンくんの肉じゃがはおいしいね! おなかいっぱい!」
 白米を3杯、肉じゃがを3人前、それとデパートで買った総菜いろいろを平らげて妹は食事を終えた。
 明日の分も作ったつもりだったが、気がつけばフライパンは空になっていた。
「ねえねえ、洗い物終わったら一緒にあそんでー」
 妹のやつはごそごそとニンテンドー64を取り出してテレビに接続していた。
 ソフトはマリオカート64。
 かなり昔のゲームなんだが、いまだに我が家では現役だった。

 俺と妹は激しいトップ争い。先を行くのは俺のドンキーコングJr、後を追うのは妹のヨッシー。ついに最終カーブ。俺はわざとライン取りを甘くする。
「へっへー、もーらいっ!」
 妹操るヨッシーが、俺のドンキーを軽やかに抜き去る。そのままゴール。
「やったあ!」
 嬉しそうな妹の姿に、思わず俺も頬が緩む。
「そうそうキョンくん、聞いて聞いて」
 勝ったことがそんなに嬉しいのか、その声は弾んでいた。

「昨日ミヨちゃんが、ヴァンニップを見たんだって!」
「ヴァン……? 夜明けの人か?」
「違うよー、ヴァンニップだよ、ヴァンニップ。キョン君、知らないの?」

 曰く、ヴァンニップとは一つ目の鳥である。ナイフのように鋭い嘴で夜な夜な人を襲うという……

「ミヨちゃんが、塾の帰りに見たんだって……」
 妹の表情は怯えていて――ヴァンニップなる幻想を信じていることが見て取れた。小学生なら仕方ないか。俺だってこれくらいのころは、幽霊や超能力者の存在を信じていたしな。
「大丈夫だ」
 俺は言って聞かせてやる。
「大方、カラスを見間違えたんだろうさ。夜だったんだろ? 黒いカラスが一回り大きく見えてもしかたないさ」
「うう、ほんとかなあ……」
 頭をくしゃくしゃとなでてやる。妹は、少しは安心できたらしく、
「ありがとキョンくん!」
 もう、明るい表情に戻っていた。

 それから俺たちは22時までゲームをして、寝ることにした。
「おやすみ、また明日ね!」
 バイバイと手を振って、妹は部屋のドアの中に消える。俺も自分の部屋に戻る。


 * *


 ベットに寝転がる。妹と過ごすのに夢中で忘れていた――目をそらしていた現実を意識し始める。

 ――もう少し、涼宮さんに対して、好意的に、接していただけませんか……?


 昨日の、古泉の言葉。俺はまだ、返事をしていなかった。

 ――新宿大災害みたいなのが、もう一発きたら素敵だって!

 そんなことを言う人間と、この先付き合って行けると思えなかった。はっきり言えば、今すぐ縁を切りたいくらいだ。SOS団もやめてしまいたい。だがそんなことになれば――SOS団から脱退者が出たならば、ハルヒは今度こそ世界を消してしまうだろう。
 今日みたいに妹と過ごす機会は、もう二度と訪れなくなるかもしれない。

 俺はこの、妹との日常を守りたい。だから、決断した。

 古泉に、電話をかける。あいにく、留守電。寝ているのだろうか、それとも怪獣が現れたのだろうか。とりあえず俺は、留守電に返事を入れておくことにした。お前の提案を、引き受ける、と。

 * *

 彼の予想は当たっていた。
 この夜も、異次元から怪獣が襲来していた。
 出現したのは――ラルゲユウスタイプ。巨大な翼と鋭い嘴を持つ、鳥型怪獣である。

 * *

 事象を書き換えた影響か、世界各地で異変が起こっていた。それは閉鎖空間も例外ではなかった。

 ……第一の異変。
 古泉一樹は怪獣出現の報を受け、閉鎖空間へと向かった。
 視界が闇に包まれる。超能力によって閉鎖空間にワープするとき、数秒程このような時間があるのだ。
 その暗闇の中で――これまでにない現象が起こった。

 目の前に少女が立っていた。腰まで届くほどの長い髪を持った少女だった。その手にはナイフが握られている。
 少女は古泉一樹のそばまで近づいてくる。そして、微笑みかけると――彼の頬に、くちづけをした。

 突然のことに古泉一樹は動転し――我に帰った時には既に、閉鎖空間に到着していた。少女の姿は、もうどこにもなかった。

 ――今の少女は一体……

 古泉一樹は首をかしげる。すぐに本部に報告し、指示を仰ぎたいところだった。だが閉鎖空間と現実世界の間で通信は不可能である。
 古泉一樹は、頭を切り替える。報告は後でできる、今は、怪獣だ。
 βセルを掲げ、スイッチを押す。
 古泉一樹の身体が光に包まれ――人造光人、テラノイドへと変身した。

 ……第二の異変。
 古泉一樹とテラノイドが一体化したのと時を同じくして、支援戦闘機クロムチェスターが閉鎖空間に現れた。
 古泉はチェスターのパイロットたちにテレパシーを送った。閉鎖空間において、超能力者はお互い思念が繋がっているのだ。

 ――連携攻撃で一気に勝負をつけましょう。

 チェスターのパイロットたちから、了解、という返事が届く。古泉一樹――テラノイドは腕を十字に組む。体が赤く発光し、腕にエネルギーが収束していく。
 その時である。
 突然、古泉一樹の脳内に、先ほどの光景がフラッシュバックした。

 ――暗闇に突然現れた少女、その手にはナイフ。顔をそっと近付けて頬にキス……

 古泉一樹はすぐさま我に返る。集中しなければ。改めて、頭上のラルゲユウスに狙いを定める。十字に組んだ腕から光線を――

 だが、何が起こったのであろうか。テラノイドに両腕に集まっていたはずのエネルギーが、霧散していた。
 それだけではない。

 ――テラノイドとの同調が……!

 テラノイドの巨体が、地面に倒れた。手をつくこともできず、顔からビル街に突っ込んだ。古泉一樹とテラノイドの同調が途絶えていた。どれだけ念じても、指一つ動こうとしなかった。

 ……同じ事態が、クロムチェスターにも起こっていた。砲門に集まっていた熱量は霧散し、機体はコントロール不能に陥っていた。目の前にはラルゲユウス。嘴を突き出し、真っ直ぐに向かってきている。
 だがクロムチェスターは回避運動を取ることなどできない。怪鳥の嘴へと、自ら突き刺さるように突進し――

 激突。
 コックピットがへしゃげ、風貌ガラスが鮮血に染まる。

 ……そして、第三の異変。
 古泉一樹は、自分の意識とパイロットたちの意識が繋がるのを感じた。いや、繋がったのではない。チャンネルを無理やりこじ開けられたような感覚だった。
 開かれたチャンネルから、感情が流れ込んだ。
 死を目前にしたパイロットたちの。

 ――恐怖。
 ――恐怖!
 ――恐怖!!!


 それはまさに怒涛。雪崩のように古泉一樹の理性を、押し流す。

 * *

 いつの間にか、テラノイドと古泉一樹のシンクロは復帰していた。
 今や彼の思う通りにテラノイドの四肢は動くようになっていた。
 テラノイドは立ち上がり――走り出す。大地が揺れた。家屋が、電柱が踏みつぶされた。目前のビルを避けようともせず、蹴り飛ばす。ただたた真っ直ぐ進んでいく。

 向かう先に、ラルゲユウスの姿は、ない。背を向けていた。
 ……恐怖が、古泉一樹の心を支配していた。彼に流れ込んだのは、パイロット三人分の恐怖。それを受け止められるほどの精神力を、若干15歳の少年は有していなかった。
 テラノイド――古泉一樹は逃げた。怯え惑い、ただただ遠くを目指していた。

 その背中に、炎が炸裂する。ラルゲユウスの口から放たれた火炎弾。

 テラノイドは再び、地面に倒れ伏す。さらにその体から光の球が飛び出した。それは古泉一樹であった。眼を閉じ膝を抱え、赤子のようにうずくまっていた。
 さらに飛来する火炎弾。古泉一樹は今や、生身。その灼熱に耐えられよう筈がない。

 しかし、火炎は古泉一樹を灼くことはなかった。
 なぜなら、大地を突き破って、現れたのだ。

 もう一つの巨人、マウンテンガリバー三号。その分厚い装甲を前に、火炎弾は霧散する。
 マウンテンガリバーは、その顔をラルゲユウスに向ける。目が輝いたかと思えば、光の筋が伸びた。
 黄色い光が、下から上にラルゲユウスを薙ぐ。

 地面に落ちる、巨大な影。ラルゲユウスの片羽。
 血の雨が廃墟に降る。一拍遅れて、怪鳥の胴体が大地に叩きつけられる。
 マウンテンガリバーは追撃とばかりに、その右手を突き出した。装甲が展開し、32門の砲塔が露出する。
 Gサンダー。毎秒640発のレーザーマシンガンが、豪雨のように怪鳥へと降り注ぐ。それは翼を引き裂き、骨を割り、周囲の街を巻き込みながら、ラルゲユウスを死に至らしめる。
 やがて、ジュウ、という冷却音と共にレーザーが止む。地面に転がっていたのは、蒸気を挙げる無数の小さな肉片であった……

 * *

 いつしか古泉一樹は、夢を見ていた。どこまでも続く暗黒の中に、一人、漂っている。
 そこに、声がした。

 ――怖いの?

 柔らかな、少女の声だった。
 伏せていた顔を挙げる。あの少女が目の前にいた。頬にキスしてきた少女が。微笑みながら、手に握ったナイフを弄んでいる。
 少女は、古泉一樹の頭を抱き寄せると、その耳にささやいた。甘い声で。まるで恋人のように。

 ――強くなれば、怖くないわ。何もかもうまく行くわ。

 その言葉は、乾いた大地に降る雨のように、古泉一樹の心に浸透していく。

 ――強くなれば、涼宮さんだって……

 古泉一樹の心に、一人の男のことが浮かんだ。同学年の男。なぜか涼宮ハルヒが好意を向けているあの男。なぜあんな凡人が……古泉一樹は内心、そう思っていた。特別な才能もなく、ただ漫然と日々を過ごしているだけの凡夫。頭脳明晰、才色兼備の化身である涼宮ハルヒと釣りあう人間には思えない。なぜあんな男に、涼宮ハルヒは心を傾けているのだろう。

 ――どうして、貴方じゃないのかしらね。

 少女の言葉に、古泉一樹はうなずく。

 ――あんな男と比べても、劣ってる所なんかないのにね。

 あの男は普通科、それに比べると自分は特進科、中間テストでも校内3位の実力を持っている。運動能力だって負けていない。運動部から誘いが来るほどだ。外見だって自信がある。今でも5日に1度は女子生徒から付き合ってくれと言われるほどだ。

 ――貴方はテラノイドを操れる特別な人間なのにね。

 『機関』に所属する超能力者の中でも、テラノイドと同調できるのは自分だけなのだ。自分は、あの男だけでなく、世界中の誰も真似できない才能を持っている。

 ――でも、涼宮さんは貴方を見ていないわ。

 古泉一樹は奥歯をギリ、と噛みしめる。あの男に負けている部分など一つとして存在しない。なのに、涼宮ハルヒは自分を顧みない。気にするのは、いつもあの男……

 ――その上、二人の仲を取り持つようなことをしなければいけない……悔しくないのかしら?

 悔しくないわけがない! どうして、あんなことを言わねばならなかったのだ。「涼宮さんに対して、好意的に、接していただけませんか?」僕の願いはその逆だ。あの男と涼宮ハルヒの間に断絶が生まれればいいのに。

 ――けれど、世界を崩壊させないために我慢したんでしょ? 

 ぎゅ、と抱きしめられる。暖かかった。

 ――その上、彼を説得するために、世界中で起こった奇妙な事件の資料を収集して……貴方は偉いわ。

 頭を撫でられる。……子供扱いされている、とは感じなかった。むしろ居心地の良さすら感じていた。

 ――ねえ、涼宮さんに振り向いてほしい?

 少女の問いかけに、古泉一樹は首を振った。縦に。

 ――強くなればいいのよ。今よりもっと、ずっと。そうしたら、涼宮さんも貴方を見ずにはいられないわ……

 * *

 夜の高原に、ヒュゥン、と風を切る音が響いた。何かが、回転しながら飛んでいた。やがて木に突き刺さって止まる。L字の物体――ブーメランであった。
 木が、ぎぃ、と音を立てた。その根元は、大きく抉れていた。――何十回何百回とブーメランが突き刺さった結果であった。

 そして、先の一撃が、決定打になった。ぎぃ、ぎぃと軋んだ音をあげながら、木が傾いていく。ついに、幹が折れた。ドゥンと音を立てて、地面に木が沈む。
 
 二十メートルほど離れた場所に、男が立っていた。その首には銀のアクセサリが輝いている。形は四角に近い。ドッグタグであった。
 男は、木が倒れる音を聞き、ふう、と深呼吸した。

 そこに。
 ――Pipipipipipipipii!!!!
 自然に囲まれた風景に似つかわしくない、無機質な電子音が響いた。
 男は黒いコートから、携帯電話を取り出す。そこには発進主の名前と番号が表示されている。男は通話ボタンを押した。
「どうした、藤原?」
 藤原、というのは男のようだ。低い声が、早口でこう告げた。
「相手に先を越されたらしい。適能者を見つけて接触したようだ。ふん、忌々しい。僕たちも急ぐぞ」
「こちらも訓練が終わったところだ。合流する」
 男は携帯を切ると、コートに袖を通す。

 風が、吹いた。強い風だった。男の首で、ドックタグが揺れる。
 そこに刻まれた名前は。

 ……Nagi Saijyou




[15152] 第7話 再生Ⅰ ~rebirth / reverse Ⅰ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 14:06
 朝九時、森園生の姿は関西国際空港にあった。南到着口広場で、人を待っている。
 その間、頭に浮かぶのは昨日の戦闘。テラノイド――古泉一樹の敵前逃亡。
 やはり、若干十五歳の少年を戦わせるのは無理があったのだ。森園生はこう考える。昨日の逃走は、チェスターの撃墜がきっかけになって、これまで抑えていた恐怖が溢れだしたのだろう、と。

 ――自動操縦装置の開発を急がなくては。

 テラノイドは古泉一樹にしか動かせない。それは弱点だ。古泉一樹はまだ若い。精神面での不安が残る。今回のようなことが再び起こる可能性もある。それを解決するには?
 森園生は既に解答を思いついている。実現の第一歩として、自動操縦装置が必要だった。
 その開発のため、『機関』ダラス支部から一人の研究者を呼んでいた。朝一番の便で、関西国際空港に到着することになっていた。

 その研究者の名は、山岡一。『機関』基地防衛システムの設計者であった。

 * *

 朝、古泉一樹は荒々しくドアを閉めて部屋を出た。
 足音を大きく響かせながらエレベーターホールへ。エレベーターは丁度、5階を通り過ぎて降りて行くところだった。
 古泉一樹は舌打ちする。苛立っていた。
 昨日の戦闘について、報告書の提出を求められていた。書き上げたころにはもう日の出、それでも少しは寝ようとしたのがいけなかった。『機関』の用意したマンションでの一人暮らし、起こしてくれる親はいない。頼みの目覚ましはいつのまにか止まっていた。眼を覚ました時、とっくに登校時間は過ぎていた。
 五階に戻ってきたエレベーターに乗り込む。殴りつけるように一階のボタンを押した。



 * *



 俺はクラスから浮いている。そう思っていた。ハルヒなんかと関わっているせいで避けられている、と。それは、気のせいだったのかもしれない。朝、教室に入るなり、皆が心配そうに声をかけてくれたのだ。
「大丈夫だったー?」
「あの時はおどろいたよー、ガラスが割れたと思ったら倒れてるんだもんねー」
 普段ほとんど話さない女子ですら、だ。

「あの時、救急車を呼んだり色々してくれたの、谷口なんだよ」
 国木田のやつがそんなことを教えてくれた。肝心の谷口は、教室にいない。大方、他のクラスのヤツと喋りに言ってるんだろう。妙に顔が広いからな、アイツ。
「でもキョンが無事でよかったよ」
 こんな感じで、俺は暖かく迎え入れられた。

 だがしかし、後ろの席の住人――ハルヒの反応は、冷淡そのもの。面白くなさそうな顔で、外を眺めている。
 その上、こんな言葉を突きつけてきた。
「たかがボールぐらいで、情けないわね」
 俺は今すぐ硬球をこの女に投げつけたい衝動に駆られた。……いかんいかん、ハルヒに好意的に接するって決めただろう。俺は、背中に隠した右の拳を強く握る。よし、ストレス発散完了。固くなっていた表情を意識的にほぐす。
 そして、ハルヒに話しかける。話題は今朝のうちに用意してあった。
「ヴァンニップって鳥、知ってるか?」
 ハルヒの奴は答えない。俺は構わず続ける。会話は釣りみたいなもの、食いつくまで気長に行こう。
「なんでも、オーストラリアで見つかった一つ目の鳥なんだが、この辺で見たヤツがいるんだ。それも何人も」

「何人も、って具体的には何人なのよ。2人? 3人?」

 おお、来た来た。俺は鞄から手帳を取り出す。妹づてに聞いた目撃証言がメモされている。
「全部で5件だな」
 俺は詳しいエピソードを読み上げようとする。
 それよりも先に、ハルヒの手が伸びてきて、メモを奪い取っていく。
「ふーん」
 一言つぶやくと、メモを突っ返してくる。
「そこそこ面白いけど、SOS団が求める不思議とは違うわね」
 素っ気ない反応だった。まあいい。気長にやっていこう。中学のころだって、こんな感じで打ち解けて行ったヤツがいたしな。

 * *

 一時間目の授業は数学、問題は当たっていないので安心だ。ぼんやりと解説を聞き流しているうちに授業終了。二時間目は体育、内容は体力測定。最初は50m走だった。

「よーお、お疲れ!」
「お疲れ様、キョン」
 走り終えた俺のところに、谷口と国木田がやってくる
「キョン、お前何秒だったんだよ?」
「6.94だな」
「結構速いじゃねえか。国木田はどうだったよ?」
「同じくらいかな。6.45」
「さっすが早えぇなあ、バスケ部期待の新人だけはあるよな。陸上部でもいけたんじゃねえの」
 その会話で思い出す。そういやバスケ部と陸上部が、新入生を取りあって揉めたとかいう話があったな。そうか、国木田のヤツだったのか。

 当然ながら50m走だけで授業が終わるはずがない。その後にも幅跳びやら握力測定やらが控えていた。
 全部終わったのは、授業終了15分前。谷口も国木田もまだ測定中のようだった。
 さて、どうやって時間を潰そうか。
 俺はグラウンドの隅に、古びたバスケットのゴールを見つける。しかも傍にボールが転がっていた。
 そういや先週、本当なら谷口たちとバスケをしてたんだよなあ……
 ボールを手に取る。バスケ、久しぶりにやってもいいかもな。ボールを地面に当て、ドリブルする。シュート。失敗。ゴイン、とゴールに跳ね返ってボールが飛ぶ。
 リバウンドを取ろうと手を伸ばし――だが、横から伸びた手にボールを奪われる。

「僕のクラスも体力測定でしてね、早く終わって暇なんですよ」
 古泉だった。
「よろしければ、少し遊びませんか?」

 * *

 古泉一樹が学校に到着したのは二時間目、体育の時間だった。2クラス合同で体力測定を行っている。
 50m走は6秒64。クラスでは上から数えて11番目。中学の頃はいつだって9番以内だった。順位が2ケタになるのは初めてだった。
 このクラスは陸上部が多いから仕方ない、と古泉一樹は考える。
自分の本業は陸上じゃない。怪獣と戦うことだ。50m走の結果などどうでもいい。どうでもいいのだ。
 その後も幅跳びやら握力測定をこなしていく。全部終わったのは授業終了15分前。
 さて、どう暇をつぶそうかと周囲を見回して、遠くに思い人の姿を認めた。涼宮ハルヒ。別のクラスだが不思議ではない。月曜の体育は彼女のクラスと合同なのだ。
 彼女は、校庭の端を見つめていた。古泉一樹もそこに視線を向ける。同じものを見ることで距離を縮められるような気がしたのだ。
 だが、そこで見たのはあの男。ボールを手に取って、バスケットのまねごとをしている。

 ……涼宮ハルヒは、いつもいつもあの男ばかり。

 古泉一樹は、走り出す。ゴールに跳ね返ったボールを、奪い取る。
 暗い気持ちで決断していた。涼宮ハルヒの前で、無様な姿を晒せ。
「僕のクラスも体力測定でしてね、早く終わって暇なんですよ。よろしければ、少し遊びませんか?」

 * *

「国木田、アレどうよ?」
 体力測定を終えた谷口は、グラウンドの端、バスケットコートの方を指差した。
「バスケットやってるね。キョンと……誰かな、たしかSOS団の人だよね」
「確か古泉だ。てか上手いな。さっきからキョンのヤツ、ボールに全然触れてないじゃねえか。涼宮のヤツも見てるのによ」
 谷口は気づいていた。涼宮ハルヒが、時折視線をそらしながらも、バスケットコートの方を見ていることを。
「ねえ谷口、僕たちも行かない?」
「オーケー、これ以上キョンに恥をかかせるのもアレだしな。涼宮のヤツも見てるしよ」
 そうして、二人で駆けだした。

 * *

 やっぱり怪獣と戦ってるだけあって、鍛えているのだろうか。俺の手はボールにかすりもしない。
 古泉のヤツはやけにニヤニヤした表情だ。何かいいことでもあったんだろうか。そんなに気分がいいなら一回くらいはボールを奪わせてくれ。

 そこに、思わぬ増援が入った。
「助太刀だぜ!」
 谷口の声がしたかと思うと、ひょい、と古泉の手からボールが離れた。国木田だった。そのままシュート。気持ちいいくらいすんなりとゴールを通り抜けるボール。
「折角だし、僕たちもまぜてよ」
 国木田は古泉にボールを投げて渡す。

 だが、古泉はボールを受け取らない。

「いやあ、バスケットボール部の方と張り合う自信はありませんよ」
 それから数秒して、チャイムが鳴り響いた。

 * *

 放課後、古泉一樹はSOS団に行かなかった。
 涼宮ハルヒがあの男を見ている姿を眼にしたくな……いや違う!
 古泉は自分に言い聞かせる。今日は戦闘の報告会があるのだ。自分も発言せねばならない。その準備をしなくては。SOS団よりもそっちの方が大事なのだ!
 かくして彼は『機関』日本支部へと向かう。電車を乗り継ぎ、さらに迎えの車に乗り込む。
 二時間ほど山道を進み、もうすぐ到着、というところで車が停まる。細い道を地元のバスが道をふさいでいた。横を通り抜けるのは難しそうだった。

 しばらく待っても、バスは動く様子を見せない。

「様子を見てきます。古泉さんはここで待っていてください」
 運転手は古泉を残して車から出て行った。古泉は、車のドアのカギを閉めて待った。
 そして10分が経過した。
 運転手は、バスに入ったきり戻ってこない。古泉は運転席に手を伸ばし、無線を掴んだ。日本支部と連絡が取るつもりだった。だが、聞こえるのはノイズだけ。携帯電話も圏外の表示。

 キキキキキ――鳥の鳴き声が響く。
 ザザ、ザザ――木々が風に揺れる。

 右はガードレール、その向こうは崖。左は山の斜面。後ろはここまで走ってきた道。前にはバス、中にはこの車の運転手もいる……はず。
 古泉一樹は待った。自分も様子を見に行こうか、と考え、やめる。車から出た途端に襲われたらどうする?

 そのまま時間が過ぎて行く。

 背中から汗が流れ、シートを湿らせていた。締め切った車の中は、蒸し暑い。窓を開けようとして――やめた。何かが入り込んで来るように思えた。

 ――貴方に力があれば、こんなに怯えなくても済んだのにね。

 頭の中に、少女の声が聞こえたような気がした。いつか聞いたような声だった。
「僕は怯えてなどいない!」
 思わず、怒鳴り散らしていた。その声に応えるように、バスが揺れる。バスの天井を突き破って、中から何かがゆっくりと身を起こす。巨大な蕾。人ひとりを丸呑みできそうなほどの。キィィィ、と金属質の鳴き声をあげながら、花弁が開いてゆく。
 古泉一樹はこの巨大な花を知っている。閉鎖空間で見たことがある。火粉巨花ラフレイア……

 バスの窓ガラスを突き破って、無数の蔦が伸びた。古泉一樹の乗る車に向かって迫る。
 彼は逃げだそうとした。ドアの取っ手に力を込める。だが開かない。何度やっても駄目。壊れてしまったのだろうか。鍵を閉めていたことを思い出す。鍵を開けるが既に手遅れ、車は蔦に絡め取られていた。

 もう駄目だ、と古泉一樹は天を仰ぐ。
 そして、見た。金色の光を。

 * *

 衝撃に、車が揺れた。古泉一樹は頭をしたたかにガラスに打ちつける。痛みに顔をゆがませながら、古泉は外を見た。
 バスが潰れていた。中のラフレイアごと。緑色の体液が流れ出し、道路に川を作っていた。その上には、黒い巨大な拳。緑色の液体が滴っている。
 太陽を背負って、黒い巨人が立っていた。その体には赤と銀のラインが走っている。
 その姿を、古泉一樹は惚れ惚れと見つめる。

 ――貴方が欲しいのは、こういう力かしら?

 頭に響いた声に、古泉一樹は強くうなずいた。

 * *

 暗い部屋の中、パソコンのモニタに巨人の姿が写っている。
「お前もこちらの世界に来ていたか……」
 モニタを眺める男が一人。口の端を釣りあげながらつぶやく。
「まるで姫矢のようじゃないか、なあ、溝呂木」
 男は白衣を纏っている。その肩には名前が縫いつけられていた。

 山岡一、と。



[15152] 第8話 再生Ⅱ ~rebirth / reverse Ⅱ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/03/23 14:09
 時間を少し戻す。その日の二時間目、体育の時間。
 涼宮ハルヒは見ていた。校庭の端、バスケットコートでボールを追う少年の姿を。
 ……お世辞にも恰好いい姿ではなかった。その手は一度としてボールに触れることができていない。ディフェンスを抜かされ、何度もシュートを決められていた。
 彼が下手すぎるわけではない。涼宮ハルヒにはそう見える。どっしりと構えて相手の行き先を阻んでいる。小手先のフェイントに惑わされることもない。
 だが最終的には抜かれてしまう。1on1だからだ、と涼宮ハルヒは考える。相手――古泉一樹は何秒何十秒もフェイントを繰り返している。左と見せかけて右、右と見せかけて左。少年が焦れて飛びついて来たところをかわしてシュート。

 ――試合だったら、あんなに長々とフェイントやってられないわよね。

 それが涼宮ハルヒの結論だった。……若干、少年を贔屓している部分があるが、それを自覚することはない。

 ――そういう意味じゃ、キョンの方が優秀なプレーヤーかもね。ディフェンスの基礎はできてるみたいだし。

 むしろ、その結論を強く確信してしまう。それを肯定するような事態が起こったから。

「助太刀だぜ!」
 横から現れたクラスメイトが、古泉一樹のボールを掻っ攫ってしまったのだ。

 ――実際は、ああなるのがオチよね。




 * *




 昼メシを谷口、国木田と一緒に食堂で済ませた後のことだ。谷口のヤツがこんなことを言い出した。
「さっきの体育、不完全燃焼だったしよー、今からバスケやらねーか?」
 幸いにして時間は充分あった。幸いなことに、四時間目が早く終わった上、食堂が空いていたのだ。俺たちは校庭に向かう。俺自身も、思うようなバスケができなくて欲求不満気味だったんだ。丁度いい。
 だがまあ、世の中そうそう上手く行くもんじゃない。既に先客がバスケットコートを占拠していた。
「しゃーねー、戻ろうぜ、キョン、国木田」
 かくしてトボトボと教室に戻ることになる。
「残念だったねー」
「まったくだぜ国木田。このやり場のない情熱をどうしろってんだ! そうは思わねえか、キョン」

 まあ、な。古泉とやった時は散々な結果だったし、やり足りない感じはあるな。

 * *

「古泉とやった時は散々な結果だったし、やり足りない感じはあるな」
 涼宮ハルヒは、確かにその言葉を聞いた。つまらなそうに窓の外を眺めていたが――確かにその耳は、少年の言葉を捕えていた。

 * *

 その四時間ほど後、学校から遠く離れた山中。古泉一樹は、巨大な植物に襲われる。怯える彼を救ったのは、黒い巨人であった。
 その姿に古泉一樹は覚えがあった。赤く塗り替えたならテラノイドと瓜二つなのではないか? ならこれは、新型なのだろうか。『機関』はついに現実世界で稼働する巨人を完成させたのだろうか。
 巨人は答えを与えない。金色の粒子になって消えていく。やがて粒子は古泉一樹の目の前に集まり、男の姿を形作った。男は黒いコートを纏っていた。短く刈りそろえた髪と、鋭い顔の輪郭。それは先ほどの巨人とどこか似ているように思えた。
 その手には、白い鞘に納められた短刀のようなものが握られている。短刀はうっすらと金色の光に包まれている。

 ――その刀を奪うのよ。

 また、いつもの声が聞こえた。少女の甘い声は、古泉一樹の心を、意志を蝕んでいく。

 ――その刀があれば、すべては貴方の思うままになるわ。

 古泉一樹の脳裏を、いくつもの光景がよぎる。植物怪獣に襲われ、逃げ惑う自分。死の恐怖におびえ、ラルゲユウスから逃げた自分。あの男と涼宮ハルヒの仲を取り持たねばならない自分!
 それを、変えられるのだろうか。なら、その、刀を、よこせ。
 刀を持つ男の右手めがけ、喰らい付くように。古泉一樹は飛びかかった。

 * *

 男の方が、早かった。既に、白い奇妙な形をした銃を構えていた。銃口が赤紫に輝く。放たれたのは、青い光球。古泉一樹の体へと激突する。
 不思議なことが、起こった。
 まるで光球に弾き飛ばされるように、古泉一樹の身体から影が飛び出したのである。
 それは、長い髪の少女。学生なのか、セーラー服を纏っている。その右手にはナイフ。男の小刀とは対照的に、黒い鞘に収まっていた。

「あら、そんな効果もあるのね、その銃」
 少女は手の中でナイフを弄びながら言う。
「まさか精神寄生を解除されるとは思わなかったわ」

「お前は、何だ」男は銃を構えたまま問う。「適能者を操って何をしようとしている」

「私は……そうね、貴方の“後輩”に当たるのかしら」
 少女の身体が赤紫に輝いた。セーラー服が消え、代わりに身を覆うのは、黒いドレス。赤と銀色のラインがそこに走る。

 その意匠に男は見覚えがある。その名を苦々しげに呼ぶ。
「ダーク・メフィスト……」

「当たりよ、“先輩”」クスクスと笑いながら、少女は言う。「私は朝倉涼子、いえ、こう言った方が判りやすいかしら」
 そして少女はその名を口にする。

「――ダーク・メフィスト・ドライ」

 なるほど、と男は呟く。
「“奴”は既にこちらの世界でも、手駒を作っていたのか」

「手駒? 違うわ、同盟者よ」

「どちらにせよ、闇に与するなら俺の敵だ」男は白い銃の引き金を引く。
 だが、光球は朝倉涼子に届かない。見えない壁に阻まれたかのように、直前で爆ぜて消えた。ならば、と男は白い小刀を構える。

「変身するつもり? 確かに、それなら防壁を突破できるでしょうね。でも、貴方の身体が耐えられるのかしら?」
 一筋の脂汗が、男の頬を流れた。
「貴方は私と同じ、暗黒適能者。なのに、無理して光の力を使っている。代償は大丈夫?」
 男は答えず、刀を抜く。金色の光が男を包み――異形の姿へと変えていく。黒い体に、銀色の面。先ほど古泉一樹を助けた巨人の姿。ただ、背丈は等身大のままであった。

 ――さっきの銃、実は結構効いてたのよ。悪いけれど、逃げさせてもらうわ。

 だが、朝倉涼子の姿はもうそこになかった。声だけがどこからか響く。

 ――また会いましょう、異世界の暗黒適能者さん。無駄な変身、御苦労さま。そこから帰るだけの体力が残っているといいわね。

 その言葉の通りであった。変身を解除した男は、崩れ落ちるように、その場に倒れてしまったのである。
 震える手で、ポケットから電話を取り出し、コールする。
「藤原か。俺だ、溝呂木だ。迎えを、頼む」

 * *

 その様子を、遠くから見ていた者が居る。
「不完全な適合ゆえに、変身のたびに命を削られる――そこまで姫矢を模倣することもないだろうにな」
 クク、と邪な笑みを浮かべるのは、山岡一。自室のパソコンのモニタは、一体どういう仕組みなのだろうか、倒れこむ溝呂木の姿を映し出していた。
 やがて、車が一台、走りこんでくる。溝呂木と古泉はその中にかつぎ込まれた。
「――見ろ、朝倉。面白いことになっている。誘拐だ」
 いつの間に現れたのだろうか。山岡一の後ろから、朝倉涼子がモニターを覗き込んでいた。

 * *

 眼を覚ました古泉一樹が最初に行ったのは、殴りかかることだった。傍に座っていた、黒いコートの男目がけて、拳を振り上げた。

 ――その刀を奪うのよ。

 かつて頭に聞こえた声は、いまだ、彼の心を蝕んでいた。

 ――その刀があれば、すべては貴方の思うままになるわ。

 拳は届かない。受け止められる。逆に、腕を捻じりあげられた。

「力があっても、お前は決して満たされない」

 判ったようなことを言うな。古泉一樹は思わずにいられない。拳が届かないなら、せめてと鋭い視線を男に突き付ける。
 だが男は意に介した風もない。
「少し頭を冷やせ」
 ドン、と突き飛ばされる。ベッドから転がり落ち――古泉一樹は、自分がベッドに寝かされていたことに気づく。見回す。部屋の作りを見るに、どこかのホテル、いやマンションの一室のようだった。
 男は部屋を出て行ってしまう。追いかけ、ドアノブを回す。動かない。鍵を掛けられたようだった。
 一体何がどうなっているんだ。古泉一樹は思い出す。自分は『機関』の基地に向かっていたはずだ。その途中怪獣が現れて、黒い巨人に助けられた。それから、巨人があの男になって……その後、何が起こった?
 思い出そうとした時、頭の中に、電気が走った。

 閉鎖空間!
 それは、超能力者に備わった勘のようなもの。怪獣の襲来を告げる警鐘だった。
 僕も行かなくては。古泉一樹は部屋の中に鏡を探す。ベッドのそばに鏡台を見つける。眼を閉じ、意識を集中させる。鏡の中に入る己をイメージ。それは閉鎖空間へ移動するための手段。
 ふと頭をよぎったのは、撃墜されたクロムチェスター。頭を振ってその想像を打ち消す。死んだのは自分じゃない。大丈夫だ。意識を集中する。
 浮遊感。風が頬を撫でた。眼を開ける。マンションから一転、ビル街に立っていた。

 ――今日は、新宿ですか。

 閉鎖空間の風景は、大別して二種類。ハルヒの通う北高周辺か、大災害前の新宿。今回は、後者だった。在りし日の都庁が古泉一樹の眼前に聳え立っている。
 その上を、駆け抜ける大きな影。轟音が、空気を揺らす。古泉一樹は思わず耳をふさいだ。
 巨大な鳥が、羽ばたいていた。巨翼怪鳥、ラルゲユウス。
 古泉一樹は思い出さずにいられない。昨日の戦いも、ラルゲユウスタイプだった。自分は勝てるだろうか。
 いや、勝つに決まっている。古泉一樹は自分に言い聞かせる。昨日はクロムチェスターが撃墜されたせいだ。自分は悪くない。そうだ。いつもチェスターは足手まといだった。撃墜されないかと冷や冷やしていた。光線に巻き込まれないか、気を配るのも面倒だった。むしろチェスターが居ない方が戦いやすい。自分一人で充分だ!

 古泉一樹はβカプセルを掲げ、そのスイッチを押した。

 * *

 βカプセルは、閉鎖空間から現実世界へと通信を送ることができる機関唯一の装置である。もっとも、伝えられるのは古泉一樹の位置情報だけであるが。
 その位置情報をもとに、テラノイドは閉鎖空間へワープする。超能力者の中でも、転送能力を持った者たちの力によって。

 * *

 新宿に立つ赤い巨人。テラノイド。
 それを遠くから眺める少女が一人。黒いドレスと、ナイフ。朝倉涼子である。

「精神寄生を解除されたのは痛いわね。もう一回、恐怖心を呼び起こしてあげたら、きっと面白いことになったのに」

 その傍らに男が立っている。山岡一。
「心配ない。他の手は打ってある」
 その笑みは、どこまでも邪悪だった。

 * *

 テラノイドの手から、光線が放たれる。だが、一つとしてラルゲユウスの身体をかすめるものはない。9発のフェイントの後、本命の1発を放つ。だがしかし、ラルゲユウスはすべてひらりとかわしてみせる。

 ――早く仕留めないと……

 古泉一樹は、焦っていた。閉鎖空間が発生してからかなりの時間が経過していた。空には、いくつかひび割れが走っている。やがて、空が割れて閉鎖空間が崩壊するだろう。その時、怪獣が倒せていなければ、何が起こるか。現実世界への、怪獣の出現……
 光線を、四連発。どれも空の彼方に吸い込まれていく。

 ――どうして当たらない!

 それは当然のことである。飛行能力を持たないテラノイドにとって、ラルゲユウスは天敵なのだ。それを補うのがクロムチェスターの役割であった。だが、クロムチェスターは昨日撃墜され、パイロットは全員死亡している。苦戦は必至なのである。

 ――テラノイドじゃ力不足ですよ、森さん。

 毒づいている間にも空の皹は広がっていく。

 ――いったい、どうすれば……

 光線を五連発せんと腕を構える。もはや狙いなどつけていなかった。狙っても当たらないなら、適当に撃っても同じだ。殆ど自棄同然の考えであった。
 腕に、赤い光が集まる。

 ……光線は、放たれなかった。

 テラノイドの巨大は、旧都庁に叩き付けられていた。
 衝撃に耐えきれず、旧都庁は真ん中から折れた。崩落する都庁に、背後のビルが押しつぶされた。
 古泉一樹は混乱する。ラルゲユウスは目の前に居たのに、どうして後ろから攻撃を受けるんだ。
 そして、空を見上げて……絶望した。
 今にも砕け散りそうな、ひび割れの空の下。
 怪鳥の、四つの眼が、テラノイドを見下ろしていた。

 二匹の、ラルゲユウス……

 * *

「この世界に送り込めるビーストは、一度に一匹じゃなかったかしら?」
 朝倉涼子の問いかけに、山岡は肩をすくめて答える。
「今回は多少無理をした。おかげでしばらく、力の行使はできそうにない」
 だがまあ、と山岡は続ける。
「その分、お前たち急進派が働いてくれれば問題ない」

 * *

 二匹のラルゲユウスは、その嘴を大きく開く。喉の奥から、炎がゆっくりと姿を現す。
 テラノイド――古泉一樹は動かない。いや、動けなかった。
 ラルゲユウスが、二匹。一匹でもこんなに苦戦しているのに……

 ――もう、間に合うわけがない。

 諦めが、古泉一樹から戦意を奪っていた。テラノイドとの同調が、低下していく。火球が炸裂する。その衝撃が、決定打だった。
 古泉一樹は、道路に放り出された。テラノイドとの同調が、完全に切り離されたのだ。
 テラノイドは弱すぎる。もっと性能が高ければ、こんなことにはならなかった。古泉一樹は、呟かずにはいられない。

「もっと強いテラノイドがあれば……」
 その独り言に。

「違う」
 答える者が居た。いつの間に現れたのか、黒いコートの男が立っていた。
「巨人の力を、お前は使いこなしきれていない」

「何を偉そうなことを……」古泉一樹は反発を覚える。「なら、貴方なら、使える、と?」

「……見ていろ」
 男の身体が、輝いた。赤い光が瞬く。そして身を包んだのは、青い光。そのまま、地面に倒れこむテラノイドへと吸い込まれていく。テラノイドの眼に、再び輝きが戻った。

 * *

 同調に溝呂木は違和感を覚えなかった。テラノイドの手足を、己のもののように感じることができた。ダーク・メフィストに変身した時と同じ感覚だった。光線も思うままに作り出すことができる。意識を集中し、右手にエネルギーを集めていく……

 * *

 ――光線はイマジネーションだ。よく見ていろ。

 古泉一樹は、男の声を聞いたような気がした。テレパシーだろうか。だとすればあの男は自分と同じ超能力者なのだろうか。いや、そんなことより、何をするつもりだ、あの男は。

 テラノイドは、右手を空高く掲げる。その手には赤い光が瞬いている。やがてその光は収束し、矢の形を作る。腕の何倍もの大きさを持った、巨大な矢だった。
 矢が、放たれる。だがそれは明後日の方向へと飛んで行く。

 結局は僕と同じか。古泉一樹は、嘲るように、ハンとため息をつく。

 だが、矢は空中で軌道を変えた。ぐるり、とUターン。そのまま、ラルゲユウスを貫く。首が胴から離れ、血を撒き散らした。
 それだけではない。
 矢が、弾けた。違う、分裂したのだ。残る一匹の怪鳥目がけて、無数の小さな矢が降り注ぐ。その巨体は、矢の弾幕をかわしきれない。バランスを崩し、墜落する。
 その時すでにテラノイドはとどめの体勢にあった。左手に光が収束し、L字の物体が形成される。ブーメランのように見えた。テラノイドは大きく振りかぶり――薙ぐように、放り投げた。
 ブーメランは高速で回転し――竜巻を巻き起こす。暴風は、再び羽ばたこうとする怪鳥をその場に縫い止めた。
 テラノイドが跳躍する。空中で一回転。その左足に光線を纏い――怪鳥の身体に、突き刺さる。

 光が、怪鳥の内部で炸裂した。



 * *



 同時刻、涼宮ハルヒは地域の情報を調べていた。勿論、閉鎖空間で行われている戦いを知る由もない。
 やがて彼女は求める情報に辿り着く。

 ――市民バスケットボール大会のおしらせ。



 * *



 同時刻、長門有希は涼宮ハルヒによる事象改変を察知していた。

 改変事項:来週日曜の市民野球大会
 改変結果:来週日曜の市民バスケットボール大会

 情報統合思念体に指示を仰ぎ――下ったのは、静観という命だった。



[15152] 第9話 変化 Ⅰ ~transformation Ⅰ~ 
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/05 01:01
 思春期において青年は問いにぶち当たる。自分は何者なのか、自分には何ができるのか、と。問いかけても答えのない疑問に、青年は苦しむことになる。
 その点、古泉一樹は幸福な青年であった。答えがはっきりと与えられていたのだから。自分はテラノイドの適能者である、自分だけが怪獣を倒すことができる、と。それゆえ苦しむこともなかった。
 だが、溝呂木眞也操るテラノイドの活躍を目の前にして、古泉一樹のアイデンティティは揺らいだ。テラノイドを操れるのは自分だけではなかったのか、怪獣を倒せるのは自分だけではなかったのか。沸々と疑問が湧き上がる。答えなど出ない。それが彼の精神から平衡を奪っていく。思考の深みに落ちていく。自分はそれほど重要な存在ではなかったのではないか。自分がいなくとも『機関』は困らないのではないか。
 怒涛のように押し寄せる疑問を前に、古泉一樹は押し潰されていた。閉鎖空間が消滅したことも、マンションの一室に戻ってきたことも気付かなかった。そしてすぐ近くに、一人の少女が立っていることも。
「お疲れ様でした、古泉さん」
 声をかけられて初めて、古泉一樹は目の前に人がいることに気付いた。『機関』の任務で何度か顔を合わせたことのある人物だった。
「覚えてますか、喜緑江美里です。お久しぶりです」
「ああ、こんにちわ、喜緑さん」
 古泉一樹は、例えばいつも学校でそうしているように、愛想のよい笑顔を作った。目の前の相手にどうすれば好かれるのか。それを考えて振る舞っている間は、ひとまず自分の問題を忘れていられるような気がした。
「もちろん覚えていますよ。それにしてもどうしたんですか」
「ひとまず、私についてきてもらえませんか。詳しい話は、そこで」
 連れて行かれたのは、隣の部屋。
「おお! 元気にやっているか、古泉君」
 ソファに座って待っていた人間に、古泉一樹はにわかに混乱する。本来、こんなマンションの一室にいるはずのない人物だった。権藤喜八。テラノイド建造計画の総責任者。はるか雲の上の存在である。
「立ち話もなんだ、座りたまえ」
 促されるまま、ソファに腰を下ろす。
「ここは私が内密に話をしたい時に使っている場所だ。彼女の――」一瞬、ドアのところに立っている喜緑江美里に視線をやった。「情報統合思念体の力添えで、盗み聞きされることは、まず、ありえない」
 古泉一樹はただ、はい、ええ、と相槌を撃つことしかできない。頭の中では必死に考えている。権藤喜八といえば『機関』の高官、そんな人物が自分に一体何の用なのか、と。
「さて、古泉君」にわかに権藤喜八の表情が引き締まる。「思えばテラノイドが完成してからというもの、君には負担をかけっぱなしだった。クロムチェスターがあるとはいえ、主力は君一人。大変だったろう」
「ええ。まあ……」
 古泉一樹は、ひどく嫌な予感を覚えた。人間、悪い知らせを伝える前には、クッションとして相手を褒めたりするものだが……
「だが、これからは少しは楽になる。マウンテンガリバー3号が実戦投入され、テラノイドも新たな適能者を見つけることができた」
 新たな適能者とは、あの黒いコートの男のことだろうか。彼は見事にテラノイドを使いこなした。数分もしないうちにラルゲユウス2頭を仕留めてみせた。それに比べて自分のなんと不甲斐ないことか。ロクな戦績を残せていない。
「君には休暇を与えよう。しばらく戦いは彼らに任せて、君は高校生活を楽しんではどうかな」

 * *

『機関』日本支部地下第四階層。ちょうど東の端に山岡一の私室が割り当てられている。今、そこには二人の人間の姿があった。
 山岡一と、朝倉涼子である。
「我々の存在が嗅ぎつけられたようだ。情報統合思念体が動き出している」
「あの銃のせいかしら」
「溝呂木め、厄介なことをしてくれた。精神寄生ばかりか、情報潜伏まで解除するとはな。おかげで予定を早めねばならん。明日までに『機関』の掌握を行う。朝倉、お前には情報戦を任せた」
「了解したわ。攻めてくる前に完成するといいわね、それ」
 朝倉涼子が指差したのは、モニタ。人型のロボットの設計図が表示されている。右下に記されたその名は。

 ――Mountain-Gulliver 4 <>

 * *

 古泉一樹が去った後のことである。
「彼の様子はどうだった」
 権藤参謀が問いかけた相手は、喜緑江美里。
「精神寄生の後遺症は見られたかね」
「スキャンの結果、84.64%の確率で異常なしと出ました」
「情報統合思念体にしては、ずいぶんと低い確率じゃないか」
「我々の敵は、未知の情報因子を操ります。その場合、発見は困難ですから。現に、我々は朝倉涼子の暗躍を今日まで把握できませんでした」
「確かにな。ふむ、やはり古泉君はしばらく戦わせない方がいいな」
「ええ。出撃した途端に敵に操られた、では冗談になりませんから」

 * *

 昨日のSOS団はほとんど開店休業状態、古泉はバイト、ハルヒのヤツも来ない、そういや長門もいなかった。文芸部室には俺と朝比奈さんだけ。
「暇ですし、オセロでもしませんか?」
 古泉が部室に置きっぱなしにしているやつを、俺は机の上に広げる。
「でも私、ルールとか全然わからなくて……」
「大丈夫ですよ朝比奈さん。うちの妹も大概ですけど、すぐにルール覚えましたし」
「妹、さん?」朝比奈さんは、なぜか、不思議そうに首をかしげる。
「ええ。前に言いませんでしたっけ。妹、いるんですよ」
 んー、と何事か考える朝比奈さん。
「妹さんとよくオセロをするんですか?」
「ですね、あとはマリオカート64……あ、今の時代のコンピューターゲームです、それなんかよくやります」
「仲、いいんですね」
「ええ、まあ」
「それじゃあ私も、オセロ頑張ってみようかな」
 朝比奈さんとのオセロは充実した時間だった。SOS団始まって以来、初めて有意義に過ごした団活だったかもしれない。

 今日もまたそんな感じで遊べりゃいいなと思って文芸部室に行ってみれば。
「バスケットボール大会に出るわよ!」
 突拍子もないハルヒの宣言。

 ハルヒが持ってきた要綱によれば3on3の大会らしい。SOS団は五人だから、レギュラー3人と補欠2人だろうか。
「あたしは補欠なんて嫌いなのよ! 全員レギュラーにきまってるじゃない! 2チームで出るのよ!」
 だが一人足りないじゃないか。
「そんなの、適当に連れてきなさいよ」
 国木田はどうだ。バスケット部だしな。
「バスケット部の力を借りるなんて、天が許しても私が許さないわ。適度に弱い奴を連れてきなさい」
 じゃあ谷口か。
「駄目よ!」何故か怒鳴り声をあげるハルヒ。「あんたはもういいわ。そうね、みく――」
「あの、いいですか涼宮さん」遮るように口を開く古泉。「僕に心当たりがあります」
「あら、それじゃあお願いしようかしら」
「ええ。お任せください」
「さすが頼りになるわね。バカキョンとは大違い!」
 人の提案を蹴ったのはそっちの癖に、なぜ馬鹿と言われねばならんのか。不快だ。こいつを殴り飛ばして今すぐ出て行ってやろうか。いや、我慢だ、我慢。ハルヒに好意的に接するって約束したじゃないか。

「さて、メンバー問題も解決したし、早速今から特訓よ!」
 いうなりハルヒの奴は、朝比奈さんをひっつかんで部室を飛び出していく。まったく、台風みたいなヤツだ。
「僕たちもあとを追いましょう」
 なぜか妙に嬉しそうな様子で古泉が言う。まるで金メダルでもとったような雰囲気だった。そんなにハルヒに褒められたのが嬉しいのか。
 俺たちは部室棟を出る。体育館を出るには運動場の端を通って行かないといけない。その途中、運動場端のバスケットコートに人がたむろしているのが見えた。ハルヒといいこいつらといい、今はバスケブームなんだろうか。お、谷口のヤツもいるな。どうせバスケがモテるとかそんな話を雑誌で読んだんだろう。

 さて、俺たちが悠々と歩いている間に何があったのだろうか。体育館に着いた時、そこには。
「このコートは我々SOS団が占拠したわ!」
 妙に誇らしげなハルヒと、気まずそうにこちらを見ているバスケ部の奴ら。そして俯いた朝比奈さん。一体何があったんだ……? 古泉の奴は、知らぬが仏ってヤツですよ、なんて呟いた。

 ともあれ無事(?)練習は始まった。
「お手柔らかにお願いしますよ」
 俺は古泉の奴と1on1。昨日の体育と同じく、指はボールをかすりもしない。
「ひゃぁぁぁぁ!」
 横からは、朝比奈さんの矯声、というか悲鳴が響く。
「みくるちゃん! 練習にならないじゃない。ほら、ボールに手を伸ばしなさい!」
 ハルヒの投げるボールは、バスケと言うよりドッジみたいな勢いだった。そりゃ朝比奈さんがうずくまるのも無理ない。
「そんなんじゃダメよ! ほら行くわよ!」
 ハルヒは次々にボールを投げつけていく。もはや練習というか、シゴき、いや、いじめの域に入っていないか。
「きゃっ!」
 ついには足にボールが直撃、朝比奈さんは座りこんでしまう。さすがに見ていられない。
「すまん古泉、ちょっと待っててくれ」
 俺は朝比奈さんに駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「は、はい……すみません。私、どうにもボールが怖くて……」
「最初はそんなもんです」俺は思い出す「妹のヤツも、はじめはそんな感じでした」
「……妹さんも、バスケットボールをするんですか?」
「ええ。結構上手いんですよ。それより朝比奈さん、怪我をしていたら大変です。保健室に行きましょう」
 本気で保健室に連れていくつもりはなかった。こんな馬鹿馬鹿しい特訓、真面目に付き合う必要なんてない。朝比奈さんだけでも家に帰してやろうと思った。
 けれど、朝比奈さんは勇ましく立ち上がる。
「涼宮さん、ボールお願いします!」
「朝比奈さん、足はいいんですか?」
「これくらい平気です!」
 えい、と力こぶを作る動作。
 ですが何かあったら大変ですし、と俺が言おうとしたところに割り込んできたヤツがいた。ハルヒだ。
「ほら、みくるちゃんだってそう言ってるんだし、アンタも練習に戻りなさい! さっきから全然ボールに触れてないじゃない。情けないわね」
 情けないとはなんだ、情けないとは。俺は言い返そうとする。だが事実ボールには触れていない。何か反論できないか。……そうだ! 俺はバスケットボールの基本通りにやっているじゃないか。『初心者は相手の動きに右往左往しがちだから、どっしり構える』ってな。だから、批判される覚えはない。
 俺がそんなことを考えている間にもハルヒは言葉を続ける。
「仕方ないから、このあたしが特別にアドバイスをあげるわ。アンタ腰が引けてんのよ、もっとドーンと行きなさい! なんだったら噛みついたってかまわないわ!」
 何を言ってるんだか。がむしゃらにボールに向かうなんて、初心者の動きだろ。
 俺は古泉との練習を再開する。アドバイス? 無視だ無視。俺はバスケの何たるかを知っている。なにせ、俺は中学時代、バスケを真面目にやっていたことがあるからな。そう、一応、元バスケット部なのだ。
 相変わらずボールが取れないのは……ま、古泉が上手すぎるんだろう。そうに違いない。
「こらー! キョン! あたしの言った通りにしなさい!」
 ハルヒがわめいているが、知ったこっちゃない。正しいのは俺だ。俺は俺のやり方を貫く。そう思っていた矢先。
「できれば涼宮さんの言う通りにしてあげていただけませんか?」古泉がそんなことを言い出した。「前に約束したでしょう。彼女に好意的に接する、と」
 そういえばそんな忌々しいことを約束していたな。仕方ない、アドバイス通りに動こう。どうせ失敗するだろうがな。
「では、仕切り直しということで」
 お互い位置につく。
 古泉が、ドリブルを始める。俺は古泉の動きもロクに見ないまま飛びかかる。ま、どうせ古泉のやつは上手くかわすだろうけどな。そして俺はハルヒに言ってやるのだ。お前のアドバイスは間違っている、ってな。
 けれど、指に固い感触があった。ボールが横に跳ねて転がり、体育館の壁に当たった。
「ほら見なさい! やっとボールに触れたじゃないの」
 勝ち誇ったようにハルヒが言う。偶然に決まってるだろ、それか古泉が手を抜いたんだ。そうに決まってる。俺は間違ってない。

 次の日も体育館を占拠しての練習だった。もしかして、大会の前日までやるつもりなのか?
「当たり前じゃない! 日々の努力が勝利を呼ぶのよ! 目指すは上位独占、それ以外は許さないわ!」
 その目標は結構だが、さすがに毎日体育館を使うのはどうかと思うぞ。バスケ部の奴ら、迷惑してるじゃないか。
 練習内容は昨日と同じく古泉との1on1。やっぱりボールを奪えないまま練習が終わる。ハルヒのやつは朝比奈さんをいじめるのに忙しいようで、俺にうるさく言ってくることはなかった。

 さらに次の日。登校してきた俺に、国木田がこんなことを言い出した。
「ねえキョン、どうしてボールを取れないんだと思う?」
 理由なんて、考えるまでもない。
「古泉が上手すぎるんだろ」
「そうかな、古泉君、あんまり上手い方じゃないと思うよ」
「俺は基本通りにやってる。それで駄目なんだから、古泉は上手いに決まってるじゃないか」
「うーん」国木田はしばらく考え込んでから、おそるおそる、といった感じで口を開いた。「キョン、こう言うとなんだけどさ。気を悪くしないでね」
「ああ」俺は多少厳しい指摘でも受け入れる度量はある。「遠慮なく言ってくれ」
「えっとね、キョンは、自分が思ってるほど基本はできてないと思うんだ」
「そんなわけないだろう」急に何を言い出すんだ、国木田は。「初心者は相手の動きに惑わされやすいから、そうならないようにどっしり構えるもんだろ」
「けどキョンの場合、それにこだわりすぎて、明らかにボールが取れそうな隙を見逃してるんだよ。涼宮さんの言ってた『どーんと行く』ってのは、的確なアドバイスだと思うよ」
 馬鹿な。ハルヒのいうことが正しいわけがない。国木田がハルヒの肩を持つなんて……もしかして。
「国木田、お前もしかして脅されてるのか?」
「急にどうしたの、キョン? 僕は思ったことを言っただけなんだけど……」

 さて、SOS団の中では唯一の常識人であるところの俺は考えた。このまま体育館を使ってたらまずい、と。運動場はどうだろう。端にバスケットコートがあるじゃないか。
 幸いにしてハルヒは掃除で遅れてくる。これ幸いと俺は運動場に向かった。するとそこには、谷口と他数人の男子の姿。
「おうキョン、どうした? 練習場所に困ってんのか?」
 お前はエスパーか。
「涼宮たちのやってることって、何かと話題になってるんだぜ。バスケ部の邪魔したくないんだろ。ここ使えよ」
「いいのか?」
「気にするなよ。みんなもいいよな?」
 谷口のどこにカリスマがあるのか、他の連中も快い返事をくれた。
 かくして運動場のコートを手に入れた俺は、体育館に向かうハルヒたちを呼びとめる。
「今日はここでやるぞ」
「なんでよ、体育館でいいじゃない」
 バスケ部に迷惑がかかるとか言ってもこいつは理解しないんだろうな。説得するのも面倒だし、どうしたものか。
 と思ったら、思わぬ援護射撃が入った。
「涼宮さん、試合当日は屋外コートですよ」古泉のヤツだ。「本番を意識したトレーニング、という意味では運動場の方が適切ではないでしょうか」
「確かにそうね。私としたことが忘れてたわ。ナイスよ古泉君。今日は運動場でやりましょ」

 もうそろそろ言うのも面倒になってきたが、古泉と俺の実力差は開いたまま、逆転することはなかった。

「キョン、いい加減にしなさいよ」
 練習に割り込んでくるハルヒ。
「あんた、前にあたしが言ったこと忘れたの」
「いや、覚えている」
「だったら言う通りにしなさいよ」
 なんだこの横暴女。人が黙っていたら好き勝手言いやがって。
「アンタには気概が足りないのよ。もっと必死にボールを取りに行きなさい!」
 もう我慢ならん。
「何よその目、文句があるっていうの」
「あああるとも。言わせてもらうがな」怒鳴らないように声を抑える。所謂、“静かに怒る”というヤツだ。「お前の言うことは間違ってるんだよ! どーんと行く!? 前に出る!? それでボールが取れるわけないだろう! 俺は元バスケ部だ、お前よりバスケットを知ってる! だから判るんだよ! お前の言ってることは無茶苦茶だ! 間違ってるんだよ!」

 ……俺に言い分は間違ってない。間違ってないはずだ。

「何も怒鳴ることないじゃない! 馬鹿! だったら勝手にやりなさいよ!」
 ハルヒが俺を突き飛ばすなり走って行ったのは、反論できなかったからなんだよな。俺の言い分があまりに正しいからだよな。

 なのにどうして。
 朝比奈さんや古泉から、蔑まれるような目で見られないといけないんだ。普段感情を見せない長門ですら、冷たい視線を向けている気がする。無言の時間が過ぎる。後味の悪さだけが、刻々と俺の心の中に降り積もっていく。俺は正しいはずなのに。
 誰か何か言えよ。この際、俺を責める言葉でも甘んじて受け入れてやるから。
 けれど沈黙を引き裂いたのは人の声じゃなかった。
 ――Pipipipipipipi!
 携帯の着信音。
「……困りましたね。怪獣が現れてしまったようです」
 この場を放って行くのは心苦しいですし、他の方にお願いしましょうか、などと古泉は言う。だけど。
「大丈夫です、行ってください」
 毅然とした様子でその言葉を発したのは、意外な人物。
「ここは私に任せてください」
 朝比奈さんだった。
「ですが、僕がいなくては……」古泉の奴は、どこかすがるような様子だった。ここに留まりたがっているように見えた。
「いいえ、大丈夫ですよ」
 古泉のやつはそれでもモゴモゴと何かを呟いていたが。
「私も朝比奈みくるの意見に同意する。貴方は責務を果たすべき」
 長門にまで言われて、ようやく、古泉は納得したようだった。
「判りました。ですが後でどうなったか教えてください」
 何故か負け惜しみを吐くような様子で、古泉は運動場を去る。残ったのは、俺と、長門と、朝比奈さん。
 朝比奈さんは、転がっていたボールを拾い上げた。
「キョン君、私からボールを取ってください。長門さんにパスできたら私の勝ちです」
 どうしてそんなことを。
「理由はあとで話しますから、今はボールに集中してください」
 まあいい。バスケを始めたばかりの朝比奈さんと、元バスケ部の俺とじゃ実力差は歴然。楽勝だ。どっしり構えて、手の動きを見てカットすればいい。けれど。
「えいっ!」
 結局ボールは俺の脇を抜けて、長門の手に収まる。嘘だろ。
「朝比奈さんすみません、ちょっと油断してました」
 初心者だからって気を抜いていた。今度は本気を出す。取れないわけがない。
「いいですよ。じゃあもう一回やりましょう」
 ボールは俺の手の上をかすめて飛んでいく。
「すごいですね朝比奈さん。バスケの才能があるんじゃないですか」
「違いますよ。涼宮さんに教えてもらったんです」
「ハルヒの奴に……?」
「キョン君、相手の動きを見てから動こうとするけど、結局間に合ってない、って。だから涼宮さん、どーんと行けって言ったと思います」
「ですから朝比奈さん、それは初心者の考え方だといってるじゃないですか。俺は昔バスケ部だったんですが、その経験上わかってるんですよ。むやみに動くのは初心者の――」
 けれど俺は言い終わることはできなかった。
「貴方がバスケットボール部に所属していたのは、ごく僅か」
 長門のヤツが、割り込んだから。
「中学校一年生の、たった一週間だけ」
 その声は、小さいながらも、ある種の威圧感があった。どうしてお前がそんなことを知ってるんだ、と言おうとしたが、口を開くことができなかった。
「一般に、その所属期間をもって元バスケットボール部と名乗るのは誇張にあたる」
 俺は言い返すことができない。……長門の言っていることは、真実だった。
「加えて、貴方が涼宮ハルヒを批判する根拠としている事項は、貴方の経験則ではない」
 やめてくれ、それ以上言わないでくれ。
「当時の指導者の言葉を引用しているだけ。『初心者はむやみに動きすぎるから、どっしり構えるくらいでちょうどいい』なお、貴方はその七日に指導者からこう言われたことをきっかけに退部している。『お前の場合、のんびりしすぎだ』」

 * *

 古泉一樹は自負していた。SOS団を実際にまとめているのは自分である、と。
 自分がいなければ、バスケット大会の人数が足りなかったかもしれない。あの男に涼宮ハルヒのアドバイスを聞くように促したのは自分だ。今日だって、運動場で練習をするように涼宮ハルヒを納得させた。
 自分だけが、SOS団のトラブルを解決することができる。古泉一樹はそう考えていた。だからこそ、不本意だった。トラブルが解決しないままに、あの場を追い出されてしまった。
 ――僕がいないのに、あの場がまとまるわけがない。
 古泉一樹は期待していた。朝比奈みくるから「すみません、余計話がこじれてしまいました」という連絡がくることを。

 実際、話はこじれていたのかもしれない。
 運動場には、長門有希と朝比奈みくるだけが残っていた。少年の姿は、無い。
「長門さん、さっきのは言いすぎと思うんです。あんな風に追い詰めたら、誰だって、逃げ出したくなっちゃいます」
「彼の思考、言動には深刻な問題が存在する。涼宮ハルヒの観測上、悪影響が予測された。それゆえ指摘し、改善を求めただけ」
「でも、人間ってそんなに強くないんです。悪いところをズバリと言われると落ち込んじゃうんですよ」
「不可解……」
「一つ一つ覚えていけばいいと思います。ほら、今回だって人間を知るいい機会だったじゃないですか。さ、キョン君を追いかけましょう。場所はわかりますか?」

 * *

 長門の言う通りだ。俺がバスケ部だったのは、たった一週間。バスケを語れるほどの経験なんてない。
 ハルヒの奴に指図されるのが気に食わなくて、反論したくて、嘘をついた。確かにバスケ部だった時期もあったから嘘じゃない、って自分を誤魔化して。
 長門や朝比奈さんには、どう思われたんだろう。やっぱり、離れていくんだろうな。中学の同級生たちみたいに。
 そう思っていたからこそ。
「ここに居たんですか、キョン君」
 聞こえた声に、俺は驚かずにはいられない。
「いきなり走っていっちゃうから驚きました」
「朝比奈……さん」いや、もう一人いた。「それに、長門……」
「貴方に謝罪したい」長門は突然そんなことを言い出した。「貴方を大きな負荷をかけてしまった。許してほしい」
 頭を深く下げられて……俺は、狼狽してしまう。悪いのは嘘をついてた俺なのに、どうして謝られないと……
「わたしも、ごめんなさい。ひどいことしちゃいました」
「そ、そんな。悪いのは嘘をついていた俺ですし、二人とも頭をあげてください」
「キョン君、悪いと思ってるんですか?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、行きましょう」
「ええと、どこにですか?」
「涼宮さんのところです。喧嘩したら、仲直りしないとダメですよ?」
 その時の朝比奈さんの表情は、いつものふにゃふにゃした感じじゃなかった。頼もしい様子だった。そういえば、朝比奈さんは、俺よりも一学年上なんだよな……。

 * *

 古泉一樹が向かったのは、部活棟。生徒が立ち入り禁止とされる四階。階段横の教室には大きな鏡がある。『機関』が設置したものだ。学校からすぐ閉鎖空間へ向かうために。
 ――君には休暇を与えよう。しばらく戦いは彼らに任せて、君は高校生活を楽しんではどうかな
 権藤参謀の言葉を思い出す。いいや、テラノイドは僕のものだ。他のヤツには渡さない。
 休暇? まだ『機関』から正式に言い渡されていない。出撃したって問題ない。要は勝てばいいんだ。
 そして古泉一樹は、鏡の中に飛び込んだ。

 テラノイドが閉鎖空間に降り立った時、既に戦いは始まっていた。
 その怪獣は、いわば、二足歩行の蜥蜴であった。全身が緑色の鱗に覆われていた。眼を惹くのは、両手首から伸びる剣。それが一薙ぎされるたび、周囲のビルが切り裂かれていく。まるで紙に鋏を入れたかのように。どれだけ鋭い刃なのだろうか。
 それに相対するのは、黒い巨人。昨日、ラフレイアから古泉一樹を救ってくれた“新型のテラノイド”(と古泉一樹は思っている)。おそらくあの黒いコートの男が変身しているのであろう。
 黒い巨人は、蜥蜴怪獣の凶刃を紙一重でかわしつつ、カウンターを加えていく。例えば、剣を振り抜いて腕が伸びきった時。鱗と鱗の間隔が目一杯広がり、その下の柔らかな皮膚が一瞬、露わになる。そこに、一撃。拳に薄く光線を纏って、強烈な一撃を見舞う。
 相手の防御が薄くなる一瞬に、最大の打撃を放つ。その技術を、古泉一樹は理解できなかった。単にこう感じるだけであった。あの鱗は見かけ倒しだ。殴られただけであんなに痛がってるじゃないか。
 だから古泉一樹は、深い考えもなく光線を放つ。三連射。二つは命中した。だが分厚い鱗に弾かれ、雲散霧消。残る一つは――黒い巨人の背中を直撃した。仰け反る黒い巨人。そのまま蹴り飛ばされてしまう。

 蜥蜴怪獣の大きな黒い眼が、ぎょろり、と古泉一樹――テラノイドを睨んだ。刃が、ギラリ、と輝く。
 古泉一樹は、両断される己の姿を想像せずにいられない。明確に浮かぶ死のイメージに、体がすくむ。蛇に睨まれた蛙のように。
 蜥蜴怪獣が、走る。テラノイドの胴体を切り落とさんと、刃を構える。
 古泉一樹は慌てて距離を取ろうとし、足をもつれさせた。大きく尻餅をつくテラノイド。道路にひび割れが走る。
 今や蜥蜴怪獣は眼前に迫っていた。古泉一樹は破れかぶれに腕を十字に組んだ。全身が赤く輝く。一撃必殺の光線が放たれようとした。
 だがその時、ちょうど体勢を立て直した黒い巨人が、横から怪獣に組みついていた。蜥蜴怪獣は体勢を崩し、黒い巨人と共に地面に転がる。
 このままでは、黒い巨人を巻き添えにしてしまう。だが蜥蜴怪獣を倒す絶好のチャンスでもある。
 古泉一樹は迷った。

 ――テラノイドを降ろされて、たまるものか。

 光の激流が、放たれた。



 大地には、黒い巨人が力なく横たわっていた。時折、苦しげに胸が上下している。もはや虫の息、といった体であった。
 蜥蜴怪獣はといえば、何事も無かったかのように、屹立していた。
 否、よく見ればその鱗は炭化して、いくつかは剥がれ落ちていることに気付いただろう。
 だが、古泉一樹はそれに気づかない。怪獣を倒しきれなかった。その事実に、精神を押し潰されていた。
 蜥蜴怪獣は今度こそ止めを刺さんと、刃を振り上げた。

 ごろりと、首が転がった。虚ろな目で空を見上げるのは、蜥蜴怪獣のものであった。テラノイドの首は、胴体に繋がっている。
 蜥蜴怪獣の身体がぐらりと倒れこむ。
 その後ろに立っていたのは、満身創痍の黒い巨人。その右腕からは、光の粒子でできた剣が伸びていた。

 * *

 ハルヒの場所は長門が宇宙的パワーで教えてくれた。部室だ。
「……何か用?」
 背中を向けて、窓の向こうを見ている。
「その、だな……」
 気まずい。というか仲直りする必要なんてあるのか。もともと俺はコイツがあまり好きじゃない。このまま絶縁したって……
 後ろを見れば、ドアの間から覗く朝比奈さん。めっ、といわんばかりの表情。……仕方ない。
「お前もお前なりに考えてたんだよな」
 ハルヒは答えない。
「確かに言う通りにしたら古泉からボールは取れたし――意地張っちまって、悪かった」
 けれどハルヒのやつは、何も言わずに部屋を出て行ってしまう。

 こりゃ縁切りかな、と思っていたら、朝比奈さんがこう言った。
「大丈夫、気持ちは伝わってます。後はお姉さんに任せてください」

 * *

『機関』日本支部第八階層。別名工業ブロック。テラノイドやマウンテンガリバーが作られた場所である。対怪獣兵器が一通り完成した今となっては、ほとんど顧みられることのない場所であった。
 だが、その夜、工業ブロックは異様な熱気に包まれていた。
 何十何百という人間が集まっていた。スーツ姿のもの、作業着の者、果てはパジャマ姿のものまでさまざまである。ある者はスパナを握り、ある者はコンピューターに向かう。誰も彼もが何らかの作業に従事していた。一心不乱に。

 それを眺める男女が一組。山岡一と朝倉涼子である。
「日本支部の人間全員を支配下に置くなんて、ずいぶん思い切った情報操作を行ったわね」
「我々の存在は既に情報統合思念体に把握されている。今さらこそこそ隠れる必要はあるまい」
「で、貴方の玩具は完成しそうなの? 早ければ24時間後に仕掛けてくると思うんだけど」
「問題ない。MG4はもともと、完成直前だった。問題が発覚したせいでMG3が実戦投入されることになったがな。これだけ人出があれば朝までに完成するだろう」

 山岡一はその腕の中に分厚いファイルを抱えていた。
 表題にはこう記されている。
 ――Progject Mountain-Gulliver 4 <>



[15152] 第10話 変化Ⅱ ~transfomation Ⅱ~ 
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/05 01:02
 ……四年前、新宿。
 黒煙が空を、炎が大地を埋め尽くしていた。瓦礫に閉じ込められた人々が生きながらに蒸し焼きにされていた。
 そのような地獄絵図など気に留めず、超然と立つ男が一人。山岡一。ぼんやりと空の彼方を見上げている。遠い故郷に思いを馳せる様に。

 そして、今。
 山岡一は再び空を見上げる。山の端に夕日が沈む。まぶしさに、思わず右手をかざした。
 その指先が、砂となって地面に砕けた。

 * *

 閉鎖空間から帰還した古泉一樹。彼が最初に目にしたのは、輝く鏡。中から人影が飛び出した。黒いコートの男である。
 脳裏によぎる、自らの過ち。放たれる光の激流。飲み込まれる怪獣と、黒い巨人。僕は彼を殺そうとした。前に僕を助けてくれたのに……
 男は呻き声をあげながら、周囲の机を蹴飛ばしてのたうち回る。光線のダメージが残っているのだろうか。古泉一樹の心を、罪悪感が押し潰していく。
 やがて男の様子が落ち着いてくる。
「……情けないところを見せてしまったな」
 ふと、男が呟いた。
 古泉一樹はビクリと身を震わせ、次の一言を待った。怒鳴られるかもしれない、殴られるかもしれない……
「そう怯えた顔をするな。なにもお前を責めるわけじゃない」
 嘘だ。こんな酷い目にあって怒らないわけがない。
「お前は正しい判断をした。あれが光を得たお前の役目だ」
 古泉一樹は気づいていない。男を巻き添えに放った光線が、怪獣の強固な鱗を炭化させていたことを。だからこそ、男は怪獣を倒せたことを。
 むしろ男の言葉を疑ってしまう。罪悪感が思考を歪めていた。あんな酷いことをした自分が褒められる筈が無い。僕を恨んでいるに決まってる。足手まといと思ってるに違いないんだ。
 男が咳き込んだ。口にあてた手の、指の間からどろりとこぼれる、赤い液体。
 血。深い傷を与えたという証拠。それが古泉一樹の心を圧迫する。わずか15歳の少年に、それを受け止められるだけの強さは無かった。居たたまれなさに、罪の意識に負けた。古泉一樹はその場に留まることができなかった。

 * *

 謝ったもののハルヒはどこかに行ってしまう。なのに朝比奈さんは大丈夫とかいう。一体どうなってんだ。さらに謎なのは、その夜ハルヒから来た電話。
「明後日の大会に向けて最終特訓よ! 明日は朝10時にグラウンド集合!」
 行ってみれば、何事も無かったかのように振る舞うハルヒ。
「おっそいのよキョン! あんた、昼おごりだからね」
 なんだか釈然としないが――
「涼宮さんなりに仲良くしようとしてるんですよ、ね?」
 なんて朝比奈さんに言われたんじゃ、ま、納得するしかないよな。
 けど、一つだけ言わせてくれ。
「なあハルヒ。確かに俺は遅刻した。だが俺一人を責めるのは筋違いじゃないか。俺より遅い奴がいるじゃないか」
 ここに居るのは、ハルヒ、朝比奈さん、長門……古泉の姿が見えなかった。
「さっきから電話してるけど出ないのよ……そうね、ランニングがてら、古泉君の家に行くわよ!」
「住所、知ってるのか?」
「みくるちゃん知らない?」
「わたしはちょっと……長門さんはどうですか?」
「既に情報の読み出しは完了している」
 かくして長門の案内で辿り着いたのは、ちょっと高級そうなマンション。一階はホテルのロビーみたいな豪華なつくり。丁寧なことに、入口は鍵がかかっていた。
「ハルヒ、どうやって入るつもりだ」
 見たところ、テンキーで数字を入力して開ける仕組みのようだった。
「俺はナンバーなんて知らないぞ」
「私もよ。こう言うときは持久戦ね」
 俺たちは待った。5分もしないうちに買い物に行くらしい中年女性が上から降りてきた。そして扉を開けて出ていく。閉まりきらないうちにハルヒがつま先を押し込んでストッパー代わりにする。
「みんな、行くわよ」
「お前、朝倉の家に行った時も同じことしてたな」
「何言ってんの?」ハルヒはきょとん、とした表情を浮かべる。「あたし、そんなとこ行った覚え、ないわよ」

 エレベーターで五階へ。ずらりと並ぶドア。奥から二番目が古泉の部屋だった。
 インターホンを押してみる。けれど反応は無い。
「こーいーずーみくん! 練習よ!」
 近所迷惑な大声を撒き散らしながら、ハルヒのやつはインターホンを連打、さらにはドアをどんどんと叩き始める。
「おいハルヒ、近所迷惑だぞ。やめろ」
「寝てるかもしれないでしょ」
 俺の制止などどこ吹く風、ハルヒはノックをやめようとしない。
「もしかしたら緊急のバイトが入ったのかもしれません。古泉くん、昨日も忙しそうでしたし」
 朝比奈さんがそう言うと、ハルヒのやつは手を止めた。
「それもそうね。じゃ、あたしたちだけで練習しましょうか」
 ちょっと待て。俺と朝比奈さんとじゃ反応が違うじゃないか。理不尽だ。というか二人とも、妙に仲がよくなってないか。昨日、朝比奈さんは「私に任せてください」と言ってハルヒを追って行ったが……何かあったんだろうか。

 * *

 古泉一樹が眼を覚ましたのは8時ちょうど。彼は睡眠で気分をリセットできる人間ではなかった。昨日の暗い気分を引きずったまま、枕元の携帯に手を伸ばす。最初に行ったのはメールのチェック。2件届いていた。
 一件目は、涼宮ハルヒ。今日の10時から練習があるとのこと。
 二件目は、朝比奈みくる。件名は『うまくいきました』
 自分なしに喧嘩は解決した。その事実に古泉一樹は打ちのめされる。鬱々とした感情が、物事を過大に認識させる。僕がいなくてもSOS団はやっていける。僕なんかいなくてもいい。
 携帯を放り投げ、再び布団をかぶる。目を閉じた。二度寝すれば遅刻するかもしれない。けれど、動き出す気力が湧いて来なかった。

 鳴り響くインターホンに、意識が覚醒する。今は何時だ!? 机の上の時計に飛びつく。11時34分。……練習開始は1時間以上前。
「こーいーずーみくん! 練習よ!」
 ドアの向こうから聞こえる、涼宮ハルヒの声。執拗に鳴り続けるインターホン。さらにはノックの音。
 古泉一樹は恐怖を覚える。涼宮ハルヒはかなり苛立っているに違いない。そうに決まってる。
「もしかしたら緊急のお仕事が入ったのかもしれませんよ。古泉くん、昨日も忙しそうでしたし」
 朝比奈みくるの声。そうだ、自分はバイトということにしよう。そうすれば責められない。
 古泉一樹はじっと息をひそめて待つ。涼宮ハルヒ達が去ってくれるのを。布団の中で、小さく身を固めながら。

 * *

 マンションを出たところで朝比奈さんがこんなことを言い出した。
「たぶん古泉君、かなり疲れてると思うんです。みんなでねぎらいのメールでも送りませんか?」
 俺は賛成だった。古泉のバイトといえば、つまり、怪獣退治。今もどこか知らない場所で戦っているんだろう。
 俺は思う。不定期に呼び出されて命がけの戦いをさせられる。そんな毎日に耐えられるだろうか。無理だ。改めて考えてみれば、お前って凄い奴だったんだよな、古泉。

 * *

 やがて話し声が去っていく。願っていた通りの展開。だが同時に、一抹の寂しさを覚える。本当に必要と思っているなら、もう少し粘ってもいいのではないか。あっさりと諦めすぎではないか。やっぱり自分は、そこまで必要とされていないのかもしれない……
 同時に、罪悪感が広がっていく。皆を騙してしまった。もしばれてしまったら……
 突如、携帯が震えた。メールの着信である。古泉一樹はおそるおそる携帯に手を伸ばす。
 続々とメールが舞い込んできていた。連続で四件。涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくる、そして、あの男。
 騙したという罪悪感が、古泉一樹の思考を歪める。居留守がばれたに違いない。皆して抗議のメールを送ってきたんだ。やめてくれ、僕を責めないでくれ!
 さらにそこに、一通の電話。
 知らない番号からだった。普通なら間違い電話か何かと思うところ。だがしかし、弱り切った古泉一樹の精神は、過大な認識を行ってしまう。罪の意識ゆえ、すべてを自分への糾弾と捉えてしまう。見ず知らずの他人すら、僕を責めている……
 世界中から冷たい視線を向けられているような、感覚。
 耐え切れず、古泉一樹はその場で縮こまった。耳を塞ぎ、眼を、きつく、きつく閉じる……

 * *

 冷たい床の上に、何十何百という人々が倒れていた。死屍累々、そんな四文字熟語を連想させる光景である。だが死んではいない。疲労に眠りこんでいるだけである。
 そんな中、一人立つ男がいた。山岡一。
 視線の先には、ついに完成した青い巨人。マウンテンガリバー4号。
 満足げに見やり、それから己の右腕に目をやる。
 肩から先が、崩れ落ちた。床の上に、白い砂が散らばる。
「ちょっと、大丈夫?」
 暗がりから現れたのは、朝倉涼子である。
「開幕前に寿命切れ、なんてのは遠慮してほしいんだけど」
「安心しろ。俺もそこまでヤワじゃない。それより朝倉、情報統合思念体との交戦準備は終わったのか」
「ええ。他の策が全部駄目になったとしても、きっと数時間は持ちこたえられると思うわ」
「ご苦労だった」山岡は満足げに笑みを浮かべる。「悪いが、もう一仕事頼みたい。今から俺の本体が怪獣を送り込んでくる。そいつを相手にMG4の試運転をやるつもりだったが……」
 山岡一は、左手を掲げた。五本の指が、一斉に砂になった。
 それで、朝倉涼子には伝わったようだった。
「仕方ないわね。冥土の土産、特別サービス。パーツの積み込みと閉鎖空間への転送、どっちもやってあげる」
 朝倉涼子は足元に倒れていた少年を担ぎあげた。
「超能力者なら誰でもいいのよね」
 山岡一は、ああ、とうなずいた。

 怪獣が出現してすぐ、マウンテンガリバーが現れた。頭部メインカメラが、怪獣の姿を認識する。データベースと照合。――分身宇宙人フリップ星人に酷似。宇宙人のデータを読み出し戦略を組み立てる。この間1秒。
 フリップ星人の口は、ノミのストローに似た形状である。その先端から、白い煙を吐き出した。かと思えば、煙だけを残してフリップ星人の姿が消える。
 それから数秒後。フリップ星人はマウンテンガリバー4号の背後に現れる。テレポートを使った背後からの奇襲。フリップ星人の得意技の一つである。
 だがその時既に、マウンテンガリバーは後ろを振り向き、右手を伸ばしていた。ちょうど掌のすぐ下に、フリップ星人の頭が位置する形である。フリップ星人がどこに現れるか知っていた、そんな風に思える動きであった。
 フリップ星人の頭を掴む。もう一方の手を肩に添えた。
 ――捻る。
 首が千切れ、落ちた。転がった頭を踏みつける。脳と思しきゼリー状の物質が飛散した。マウンテンガリバー4号は執拗に攻撃を続ける。左腕を引き抜いた。両足からその体を二つに引き裂いた。どさりとこぼれた臓物のひとつひとつを潰していく……

 * *

 怪獣の出現を古泉一樹は感じ取っていた。ゆっくりと身を起こし、鏡の前へ。
 ――しばらく戦いは彼らに任せて、君は高校生活を楽しんではどうかな。
 頭によぎるのは、権藤参謀の言葉。お前は必要ない、という意味に古泉一樹は解釈している。それでも諦めきれなかった。未練があった。同時に、淡い期待があった。僕が必要とされているかもしれない。
 鏡に飛び込む。閉鎖空間へ。
 そこで目にしたのは、マウンテンガリバーと思しきロボットが、怪獣の頭を捩じ切る姿。
 飛び散った怪獣の血が、雨となって古泉一樹を濡らし、視界をふさいだ。
 古泉一樹は認識する。やっぱり、僕なんか必要ないんだ、と。
 顔に着いた血を腕で拭う。眼のところだけ、やけに熱かった。眼を開く。視界が妙に潤んでいた。
 その向こうに、人影があった。もう一度顔を拭いて、眼を凝らす。男だった。右肩から先がなかった。顔には邪悪な笑み。その目が赤く輝いた。
 途端に古泉一樹は、無重力空間に放り出されたような錯覚を覚えた。足元がふらつき、猛烈な嘔吐感に襲われる。。
「もはや『機関』は貴様を必要としていない。溝呂木と、このマウンテンガリバー4号だけあればいい」
 浮遊感。もはや古泉一樹は、自分が立っているのか座っているのかすら判らなかった。混乱の中、男の言葉だけがやけに明瞭に聞こえる。
「SOS団もお前を必要としていない。昨日の喧嘩は、朝比奈みくるが解決した」
 言葉のひとつひとつが、心の裏まで貫いて抉っていく。
「そうそう、雨降って地固まるというがな。貴様の思い人は、あの男に獲られてしまったようだな」
 明確なビジョンが浮かぶ。いや、頭の中に割り込んでくる。抱き合う二人の男女。涼宮ハルヒと……あの男。
「もう貴様の居場所は、この世界には無い。貴様が死んでも、誰も困らない」
 だから、と男は指の無い左腕を伸ばしながら言う。
「貴様の光は、俺が使ってやる」
 男の手が、古泉一樹の心臓を貫いた。

●次回予告(抜粋したセリフだけでお楽しみください)

 ――俺の名前は蛭川光彦、お前と同じ、端末の一人さ。短い間だけとよろしくな、山岡サン。

 ――古泉さんの生命は尽きようとしています。

 ――絶たれた絆に縋る貴様が俺に勝てるか、溝呂木眞也。

 次回『変化Ⅲ ~transfomation Ⅲ~』



[15152] 第11話 変化Ⅲ ~transfomation Ⅲ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/05 01:02
※お詫び:前回の次回予告のうち、実際に本編に使われたセリフは一つだけになってしまいました。謹んでお詫び申し上げます。

 * *

 指の無い左手が、古泉一樹の胸に突き刺さった。
「貴様の光は、俺が使ってやる」
 光が流れ出していく。古泉一樹から、山岡一へと。光は黒く染まり、闇に変換される。失われたはずの右腕が再生してゆく――

 * *

 溝呂木眞也は怪獣の出現を察知すると、白い小刀を握り、閉鎖空間へ向かおうとした。
 だが、激痛。連日の変身は彼の身体に大きな負荷をかけていた。倒れこむ。白い小刀が落ちて床を転がった。
 ――これが、これだけが俺にできる償いなんだ。
 痛みを意思で抑え込む。力を振り絞り、小刀を掴む。鏡の中へと飛び込んだ。

 だが、全ては手遅れ。怪獣は既に倒され、古泉一樹は光を奪い尽くされていた。
「ほう、ずいぶん遅い登場じゃないか」
 山岡一はひきつったような笑みを浮かべる。奇妙な表情だった。溝呂木の目にはそれが、禍々しいものとして映った。
「貴様……!」溝呂木眞也は白い小刀を構える。変身しようとした。
「まあ待て」それを手で制する山岡一。「こいつにはまだ、僅かだが光が残っている」
 古泉一樹の身体を放り投げた。溝呂木眞也の足元へと。
「この世界、この時代最後の適能者だ。放っておいて、いいのか?」
 溝呂木眞也は、山岡を睨みつける。ゆっくりと、小刀を納めた。古泉一樹に駆け寄る。
「そう、それでいい。仕切り直そう。もっと相応しい場所で戦おうじゃないか」
 突如、虚空に映像が浮かぶ。工業ブロックの床に倒れ伏す人々の姿。
「こいつらは人質だ。俺は『機関』日本支部で待っている。クク、逃げるなよ」
 哄笑を残して山岡一は姿を消した。

 閉鎖空間の崩壊は迫っていた。空には無数の大きなヒビが入り、輝く粒子がパラパラと降り注いでいた。
 地面に横たわる古泉一樹、その身体からは光の粒が刻一刻と漏れ出していた。
 溝呂木眞也は考える。罪人である自分に光が与えられた意味を、この世界で再び生を受けた意味を。
 知らず、首のドッグタグを触っていた。文字を指でなぞる。Nagi Saijyou。
 ――罪を償って!
 今際の時に聞いた言葉を思い出す。この生は贖罪のために。為すべき事は初めから決まっていた。

 溝呂木眞也の身体から、光が伸びた。古泉一樹の身体を包んでいく。青白い肌に、赤みが差した。

 ……かくして、溝呂木眞也は光を手放す。一人の少年を、生かすために。それは、自らの命を削る行為であった。

 * *

 閉鎖空間から帰還した山岡一は、その場に崩れ落ちた。
 獣のような叫び声をあげる。押さえていた痛みが、何倍にもなって爆発した。
 古泉一樹から奪った光が、身体の中で荒れ狂っていた。
「助けてやろうか?」
 何者かが、山岡一の肩を掴んだ。触れた場所から、光が外に出ていく。
「この程度の光も取り込めないなんて、お前、もう末期だな」
「誰、だ……」
 息も絶え絶えに、山岡一が問いかける。軽薄な笑みを浮かべたスーツ姿の男が自分を見下ろしていた。
「俺の名前は蛭川光彦、お前と同じ、端末の一人さ。短い間だけどよろしくな、山岡サン」
 蛭川は手を差し伸べる。山岡はそれを掴んで立ち上がった。
「事象改変の時に、来たのか?」
 ああ、と蛭川はうなずく。
「ノアの奴が溝呂木を送り込んだのと同じタイミングだよ。アンタの後任ってワケだ。ってわけで、引き継ぎをしてもらえるかい?」
「承知した」
 山岡一の右手の中に、黒い球が生まれた。
「俺の記憶だ。持って行け」
 球は蛭川の身体に吸い込まれる。
 途端に、蛭川は狂ったような大声で笑い始めた。腹を抱え、激しく咳き込みながら。
「ずいぶんと面白そうだな」
「そんなもんじゃねえよ。傑作だ。最高だ。俺たちの中でも、お前ほど働いたヤツはいないだろうさ」
「褒め言葉、ありがたく受け取っておく。さて、溝呂木が来る前に済ませねばならん仕事がある。悪いが失礼させてもらう」
「まあ待てよ。手伝ってやろうじゃないか。面白い策をいくつも準備してくれたんだ。多少は礼をさせてくれよ」

 * *

 情報統合思念体、および『機関』の上位組織たるTLTが事態を把握したのは、ここに至ってのものであった。この時点で日本支部は制圧されており、対応は後手に回って――否、それどころではなかった。一切の対応を取ることができなかった。
 世界中のTLT基地が、一斉に攻撃を受けていたのだ。未知の情報因子による情報攻撃。ありとあらゆる電子機器が停止した。コンピューターはおろか、壁にかけられたデジタル時計までも。
 情報統合思念体もまた、行動不能に陥っていた。急進派・革新派の反乱。彼らは秘密裏に、山岡一と手を結んでいたのだ。そして、未知の情報因子によって、他の派閥の動きを封じたのである。

 * *

 光を奪われた時、古泉一樹の心に浮かんだのは、安堵。やっと人生が終わってくれた、もう、辛い目にあわなくていい……
 だからこそ、目を覚ました時、涙をこぼさずにいられなかった。
「あら、ずいぶんと悲しそうじゃない」
 古泉一樹は、はっ、として周囲を見回す。いつもの自分の部屋である。明かりはついていない。
「せっかく助かったのに、ずいぶんおかしな反応ね」
 部屋の隅、壁にもたれて一人の少女が立っていた。その声に聞き覚えがあった。かつて、何度も頭の中に囁きかけてきた声である。力があれば、すべて解決するのだ、と。


 古泉一樹は、知らない。少女が何者であるかを。その名は朝倉涼子。山岡一の同盟者。
 古泉一樹は何も知らない。彼女が自分に寄生し、精神を蝕んでいたことを。


「それとも、本当は――」少女は近寄ってくる。顔を寄せてくる。吐息がかかりそうなくらい近くで囁いた。「消えてしまいたかった、とか?」
 古泉一樹は答えることができない。吐息の熱さが、彼から平常心を奪い、混乱へと導く。茫然と、なすがままになっていた。
「でも貴方って、どうでもいい存在だ、なんて本当に思われてたのかしら」
 少女は、古泉一樹の枕元から携帯を拾い上げる。メール画面を開いて、渡してくる。未開封のメール4通。
「全部、貴方の思い込みだったんじゃない?」
 細い指が、ボタンを押した。開かれるメール。差出人は涼宮ハルヒ。本文を見る前に古泉一樹は思う。どうせ遅刻や居留守をなじる内容だろう、と。
 けれど違った。
 ――今日は休みにしてあげるから、明日は絶対来ること!
 次は、長門有希。
 ――貴方の運動能力ならば今日の練習は不要。疲労が見られる。今日は休むのが妥当な選択。
 朝比奈みくる。
 ――いつも私たちの世界を守ってくれてありがとうございます。今日もお仕事でしょうか。もし明日もつらかったら、無理しないでくださいね。
 そして、あの男。
 ――感謝してる。疲れてるなら遠慮なく休んでくれ。だが一言。女ばっかりの中に男一人ってのは精神的にキツいもんがある。来てくれると助かる。
 ……胸が苦しかった。暖かい何かが心臓を突き破って飛び出しそうだった。涙が、再び溢れた。
「これだけ心配されといて、自分は必要ないとか死にたいとか、ずいぶんと贅沢者なのね」
 ううん、それだけじゃないわ、と少女は続ける。
「貴方が蘇ったのは、溝呂木眞也が光を分けてくれたおかげ。光は命、その意味、わかるわよね」
 少女の掌が、古泉一樹の額を包んだ。瞬間、脳裏にビジョンが浮かぶ。荒野で戦う二人の黒い巨人。
「古泉一樹、あなたはどうするのかしら? どうしたいのかしら?」
 返答次第では手伝ってあげてもいいわよ、と少女は笑みを浮かべて言った。
 その目は、前髪の後ろに隠れていた。

 * *

 空を、青い流星が駆けた。目指す先は、『機関』日本支部。
 山肌、さらに特殊装甲をぶちぬいて進む。第一階層、第二階層……やがて第七階層、工業ブロックへ。
 山岡一の眼前に、溝呂木眞也が降り立つ。
「ほう、ずいぶんと豪快な登場じゃないか。しかし、残り少ない光を、そんなことに使ってしまってよかったのか?」
 溝呂木は答えない。息を切らしながら、懐から白い小刀を取り出す。そこから漏れる光は、茫として微かだった。
「クク、それでは始めようか」
 周囲の風景が、ぐにゃりと歪む。無機質な工場の床は、いつしか砂へと変わっていた。
 溝呂木眞也は、白い小刀を抜いた。金色の光が溢れ、ダークメフィストへと変身する。
 山岡一の目が、赤く輝いた。顔にひび割れのような紋様が浮かぶ。赤紫の光が溢れる。
 現れたのは、黒い巨人。その姿はダークメフィストと瓜二つ。否、その胸にはV字の赤いクリスタルが輝いていた。

 どことも知れぬ無人の荒野で、二人の巨人が向かい合う……。
 睨みあう。
 ダークメフィスト、溝呂木眞也は右手に光の輪を生み出した。投擲。光輪が空気を切り裂いて疾る。
 もう一人の巨人たる山岡一は、右拳から光線を放つ。赤い光条が、光輪を貫き、溝呂木へと迫った。
 間一髪、溝呂木は空に飛んで回避。その手から三日月状の光線をいくつも撃ち出す。三日月は四方八方から山岡を襲う。
 山岡は両手を掲げる。掌から電撃がほとばしり、防壁となる。雷の壁の前に、光線は砕けて消えた。
「威力が低すぎる。結構な量の光を渡してしまったようだな」
 雷の壁が収束し、光の球となる。
「落ちろ」
 咄嗟に溝呂木は、バリアを張った。だが光球は、たやすくそれを突き破った。爆発。墜落する溝呂木。地面に叩きつけられる。
 山岡は追撃する。瞬く間に距離を詰め、右手で溝呂木の首を締めながら持ち上げた。
「昔、面白い事を言う人間がいた。弱さには責任が付き纏う、とな」
 空いた左手で、溝呂木の右膝を掴む。黒い光が炸裂した。円筒状の物体が、荒野の上を転がり、やがて粒子になって消えた。
「さあ、次はどこがいい。腕が、足か? それともひと思いに殺してほしいか?」
 ギリ、と首を締上げる手に力を込める。
「絶望しろ。貴様に勝つ術はない」
「……まだだ」
 溝呂木は、山岡の手を振りほどかなかった。むしろ、強く、強く握りしめた。決して放すまい、と。
「勝つことはできない。だが、お前を道連れにすることはできる」
 溝呂木――ダークメフィストの全身が、強烈な光を発した。足元の地面を焦げ、白い蒸気をあげた。
「自爆か。それなら俺を殺すこともできるだろう」
 だがな、と山岡は嘲るように言う。左手を掲げて見せた。その指先が、砂になって落ちる。
「もともと、俺の寿命はもってあと14分。今死のうが生きようが、何も変わらん。刺し違える覚悟で来たのだろうが、残念だったな」
 ククク、と邪悪な笑い声をあげる。
「無駄死に、おめでとう。心から祝福してやろう」
 ダークメフィストから放たれる光が弱まる。
「おっと、男なら一度始めたことを投げ出したりするなよ。ほら、俺の力も貸してやろう。盛大な花火を見せてくれ。死にゆく俺のためにな」
 電撃がほとばしり、溝呂木の身体に流れ込む。光が激しく輝いた。

 ……爆発は、起こらなかった。

 天が、割れた。流星が落ちる。黒雲を突き抜けて、大地に突き刺さる。衝撃が、二人を吹き飛ばした。舞い上がる砂煙。

 その中に巨人が立っていた。真紅を纏っていた。
 名を、テラノイド。古泉一樹操る人造光人。

 右腕を、掲げた。
 粒子が収束し、物質化する。
 弓。
 そこにつがえられるは、光。赤い光の矢。
 引き、絞られる。

 放たれた。
 竜巻を纏って進む、光の矢。
 その切っ先は、山岡一の喉元へ向かう。



[15152] 第12話 進化 ~ evolution ~ 
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/05 01:02
 フリップ星人との戦いにおいて、MG4は一方的な勝利を収めた。それを可能にしたのは、MG4に搭載された光量子情報回路である。その性能は凄まじく、限定的な状況――例えば閉鎖空間という“狭い”場所での戦闘――ならば、ほぼ完全な未来予測を行えるほどである。

 今、MG4は工業ブロックの一角に横たえられている。休眠状態であったが、光量子情報回路だけは盛んに活動を行っていた。全宇宙に広がる情報系の海にアクセスし、貪欲に情報を取り入れていた。
 それは再現であった。情報統合思念体が誕生する過程の。不可説不可説転の彼方、無数の情報の集積の中で、情報統合思念体という“意識”は生まれた。その時と同じ条件が揃いつつあった。
 光量子情報回路は、情報を無作為に収集する。小学校三年生がうちあげたレフトフライが落ちてくるまでの時間、彗星ツイフォンに住む生命体の生殖活動、蝶が一生のうち夢を見る回数……
 それがいつからだろうか、取得する情報に一定の方向性が生まれ始めた。山岡一、闇の力、古泉一樹、テラノイド、光の力、新宿大災害、溝呂木眞也、ダークファウスト……
 それらは統合され、一つの結論に至る。

 ――生みの親たる山岡一が敗北し、消滅するのは確実。
 ――介入行動により、確率を低下させることが可能。

 光量子情報回路の肉体であるMG4、その瞳に光が灯った……

 * *

 黒い巨人――山岡一は、右手を広げた。闇の粒子が収束し、巨大な盾となる。迫りくる光の矢を防ごうとした。
 だが、闇は突如として霧散、盾は跡形もなく消失してしまう。溝呂木との戦いで、力を使いすぎていたのだ。
 掌に突き刺さる、光の矢。爆発。右腕が、砕けて散った。
 間髪入れず、第二射が飛んでくる。山岡一は、駆ける。飛びこむようにして回避、そのままの勢いで、左拳を叩きつける。拳がテラノイドの肩をぶち抜いた。地面に転がる、円筒状の物体――右腕。残った左腕でテラノイドが殴り返してくる。山岡一の右目を直撃。ガラスのように砕け中身が覗く。暗闇が渦巻いていた。

 残された一本の腕で二人は激しく殴りあう。互角のまま、決定打の打てない戦いが続く。本来、古泉一樹の実力は、山岡一に到底及ばない。だがこの時、山岡は身体を思うように動かせないでいた。死期が目前に迫っていた。

 やがて二人は、どちらともなく距離をとる。
 古泉一樹は考えた。実力はあちらが上、長期戦になれば逆転される。ここで一気に決めねば勝機は無い、と。
 山岡一は考えた。ここでテラノイドを破壊できるなら破壊しておきたい。だがこちらに残された力は少ない。長引けば押し切られる。ここで一気に決めねば勝機は無い、と。
 古泉一樹の左腕に光が集まっていく。
 山岡一の左腕に闇が集まっていく。
 古泉一樹は、構えた。
 山岡一は、構えた。
 拳が疾った。すべてを焼き尽くす光とともに。
 拳が疾った。すべてを呑み込む闇とともに。

 突風が吹き荒れた。大地が割れた。

 無数の亀裂が走った。
 古泉一樹の腕に、山岡一の腕に。
 そして砕けたのは、山岡一の腕。
 古泉一樹の腕は、すんでのところで崩壊を免れていた。テラノイドは、止めの追撃を放つ。

 大きな地響きとともに、倒れる身体。
 首から上が、無くなっていた。
 身体の色は、赤。――テラノイド。

 その後ろに、青い城塞。鋼鉄巨人、MG4。
 突如出現した巨人の、その拳が、テラノイドの頭部を握りつぶしていた。
 MG4は執拗に攻撃を続ける。足を引き抜いた。胴体を左右に引き裂く。さらにその中身を掻き出し踏み潰していく――

 * *

 古泉一樹はすんでのところで脱出していた。頭を掴まれた瞬間、ほとんど本能的に、テラノイドとの融合を解除していた。
 古泉一樹の目の前で、自身の半身とも言えるテラノイドが蹂躙されていく。左腕と足をもがれ、達磨にされる。さらにその胴体を二つに切り裂かれる。人造光人が、ひしゃげた鉄塊へと変わっていく。
 やがてMG4の目が、古泉一樹の方を向いた。次は貴様だと言わんばかりに、拳を振り上げる。
 その時、古泉一樹の心を占めた感情は、何だったのか。恐怖があった。破壊されるテラノイドに己の姿を重ねて、背筋が震えた。怒りがあった。己が半身を滅茶苦茶にされたことへの。拳を強く握りしめた。掌から血が流れ出した。だがそれ以上のものがあった。このまま死ぬことをよしとしない思いが。生きる意思がそこに存在した。
 右手の中で、何かが燃え上がった。硬い感触。見れば、白い鞘に納められた小刀を握っていた。
 古泉一樹は直感めいた確信のもと、それを構えた。居合抜きのように。全身を光が包んだ。銀色。その光は古泉一樹の記憶を呼び起こす。四年前、あの日の新宿。炎と瓦礫の中で見上げた巨人。何百何千という魔人にたった一人で立ち向かう、銀色の超人ウルトラマン

 刀を、抜き放つ。光が天を突き抜けた。黒雲を打ち払う。広がる青空。
 そこに燦然と輝く、銀色の太陽。否、銀色の巨人。全身から放たれるまばゆい光が、太陽の如くすべてを照らしていた。

 銀色の巨人が、右腕を振った。ただそれだけの行為で、MG4の胴体が地面に転がった。光の刃が飛び、その足を切断していた。
 身動きを取れなくなったMG4を見下ろしながら、巨人は両腕を広げた。全身に青い光が漲った。空間中の光という光が、腕に収束していく。腕が、十字に組まれる。

 ――クロスレイ・シュトローム。

 天が地が、全てが白く染まっていく。光が世界を焼き尽くす。何もかもを呑み込んでいく。
 空間が、崩壊した。

 * *

 ついにやってきたバスケットボール大会。一回戦の相手はどんな奴だろうか、真面目に取り組んでる連中だったら申し訳ないよな、なんて思っていたら。
「よ、まさか一回戦からお前らと当たるなんてな」
 なんと谷口の奴だった。
「俺も参加してたんだよ。チームは校外のダチと組んでるけどな。へへ、イベントを見逃す谷口様じゃないぜ」
 どうせ女目当てだろ、と言おうとしたが、やめておいた。
「お互い楽しくやれたらいいな。頑張ろうぜ。じゃ、俺、参加登録行ってくるわ」
 さわやかに去っていく谷口。
 で、これに対してどういうわけか、我らがSOS団団長、涼宮ハルヒ殿はひどく腹を立てていた。
「あんなチャラチャラした奴になんか、絶対に負けるんじゃないわよ! 負けたら死刑よ! 死刑!」
 おいおい落ちつけよ。さっきまで朝比奈さんと楽しそうに喋ってたと思ったら、どうして急に怒り爆発してるんだ。
「あたしたちはSOS団の名誉を背負ってるの! のほほんと参加してる連中になんか負けられないのよ!」
 檄を飛ばすのは結構だが、そういうのはメンバーが揃ってからにしてくれ。
 前にハルヒが決めた通り、俺たちは二つのチームに分かれていた。片方は、俺、ハルヒ、古泉。もう片方は長門と朝比奈さん、それと助っ人の鶴屋とかいう先輩。古泉が呼んだらしいが、なんと朝比奈さんとは親しいらしい。世の中狭いな。
 っと、話を戻そう。実はまだ、4人しか来ていないのだ。古泉と長門の姿が見えない。どうなってるんだ。携帯に電話しても繋がらないし……困った。だから素直に5人チームで2人補欠にしておけといっただろうに。
 そんなことを考えている間にも時間は無情にも過ぎていく。迫る登録締め切り。不戦敗の三文字が現実味を帯びてくる。古泉! 長門! 頼むから間に合ってくれ……

 * *

 光の奔流を前にして、
 ――回避不能。
 光量子情報回路はそう結論を出した。故にMG4は何もしなかった。残った腕で身体をかばおうとすることも、もがいて少しでも逃げようとすることも。
 ただただ、消滅する瞬間を待った。
 迫る光。その前に立ちふさがる影があった。両腕を失った黒い巨人。山岡一。
 だが悲しきかな。もはや山岡に、力は残されていない。バリアを形成することもできない。なすすべもなく飲み込まれていく。圧倒的な光を前に、輪郭がぼやけていく。

 その時、異常な現象が起こった。
 突如としてその輪郭が鮮明となった。失われた両腕が再生していく。その色は黒ではない。輝く銀。腕ばかりか全身も変化しつつあった。塗り込めるような黒から、まばゆいばかりの銀色へと。その姿は、さながら光の巨人。

 光は闇に転化され得る。現に古泉一樹の光は、闇に変換され山岡一に取り込まれた。ならば逆もまた、真なのだろうか。

 山岡――光の巨人の身体が、激しく輝く。光の奔流を押し返すように。
 天が地が、全てが白く染まっていく。光が世界を焼き尽くす。何もかもを呑み込んでいく。

 空間が、崩壊した。



[15152] 第13話 疑念Ⅰ ~ knowing me, knowing you Ⅰ ~ 
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/05 01:02
 山岡一の死より数時間後、『機関』日本支部は塵と消えた。爆弾が仕掛けられていたのである。炎は周囲の山々に燃え広がり、大きな山火事となった。警報が発令され、五千人近い住民が避難することになった。

 * *

 山火事のせいでバスケットボール大会は中止になった。一回戦、谷口のチームとの試合が終わった直後だった。正直助かった。俺はひどく疲れていた。次の試合に出られる自信はなかった。
「キョン君今日は大活躍だったね!」
 帰り道、応援に来ていた妹がそんなことを言った。
「まるでマイケル・ジャクソンみたいだったよ!」
「それを言うならジョーダンだろ」
「冗談じゃないよ、ほんとうだよ。ほんとに格好よかったよ!」
 こうもべた褒めされると……後ろめたい。
 今日の試合は、俺の独壇場だった。手を伸ばせばボールはその手に収まり、投げればゴールに吸い込まれる。これが俺の真の実力……だったらよかったんだが、そういうわけじゃない。後で教えてもらったんだが、長門が宇宙的パワーで助けてくれたらしい。なんでそんな事をしたかと言えば、曰く、負けていたらハルヒが世界を崩壊させてたんだとか。まあ、試合前の不機嫌を考えたら、ありえない話じゃない。

 スーパーで食材を買い足し、家も目前となったところで、妹が袖の端をぎゅ、と掴んできた。
「ねこさんたち、まだいるのかな」
 俺は思い出す。朝、家を出た時のことを。なぜかうちの庭に、野良猫が集まっていた。8匹くらいだろうか。猫の集会所に選ばれたのかと思ったが、ちょっと違うようだった。むしろ、前線基地のような雰囲気だった。猫たちは鳴き声をあげるどころか、身動きすらしない。まるで、油断ならない敵を探るような様子だった。
「大丈夫、居たら追い払ってやる」
 俺はぽん、と妹の頭に手を乗せる。撫でてやる。固かった表情が少し和らいだ。
「でもそれは可哀想だよ。ごはん、あげてみようかな。きっと、お腹がすいてると思うの」
「だからシーチキンをこんなに買ったのか」
 買い物袋の中には、シーチキンの缶詰。それも5個入り特用を4セット。合計20個。

 やがて家に到着する。庭には……おいおい、朝より増えてないか。20匹近い野良猫の姿。ぐるる、と虎のような唸り声をあげている。気を抜いたら襲いかかってきそうだ。
 俺は後悔する。あらかじめ鍵を出しておかなかったことを。ポケットを探っても鍵は出てこない。どこだ。まさか落とした? 馬鹿な。買い物をした時はあったぞ。じゃあどこだ。ポケットの中のものを全部出す。財布に挟まっていた家の鍵が地面に落ちる。
 チャリン、と結わえつけられた鈴が鳴る。それが合図になった。
 ひっ、とひきつった声と共に妹が俺に抱きついてきた。俺は見た。無数の牙と爪が、飛びかかってくるのを。

 ひゅん、と。疾風が走り抜けた。
 猫の牙も爪も、俺たちに届かなかった。猫たちはもんどりうって地面に転がっていた。
 しゃっ、と降り立つ小さな影。それはネズミ。灰色の身体の上に、ペンキで塗ったような真っ赤な顔が乗っている。
 ネズミが一歩前に踏み出す。ただそれだけの行為で、野良猫たちは逃げ出していく。
「すごいすごい! ありがとうネズミさん!」
 妹は小躍りしてネズミを抱きかかえる。家の中に連れて入った。
「シーチキンあげるね!」
 缶を開ける。ネズミはその中に飛び込んだ。十秒とたたずに平らげてしまう。
「おかわり食べる?」
 二つ目の缶。三つ目、四つ目。そんな小さい身体のどこに入るのか、次々に缶を空けていく。
 ネズミが、ふと、俺の方を見た。焦点の合わない目。ひくつく鼻。油でツヤツヤの身体は、ゴキブリを思い起こさせる。俺は視線をそらした。しばらくシーチキンは食べられないかもしれない。
「ねえキョンくん」妹が俺を上目遣いに見上げて言う。「この子、おうちでお世話してあげていいかな」
「駄目だ」気持ち悪い、というのが本音だが、説得するために理性的な理由を探す「ネズミは病気を持ってるんだ。危ないから諦めなさい」
「やだ! やだ!」
 ぐずる妹。こうなるともう、何を言っても無駄なのは判っている。
「わかった。そこまで言うなら、仕方ない」
 ただし、今日の夜までだ、と心の中で付け加えた。

 深夜。俺はそっと部屋を抜け出す。リビングの端に置いてある籠を持ち上げる。中にはあのネズミ。こっそり捨ててくるつもりだった。妹には、逃げ出したと言えばいい。
 音をたてないように歩く。廊下から玄関へ。靴を履く。ゆっくりと玄関を開けて外に。その時、ふと頭によぎったのは昼の野良猫たち。まさか、待ち構えたりしてないよな……?

 居なかった。猫は。
 代わりに集まっていたのは、野良犬。狼のように目をぎらぎらとさせている。まずい、と思って家に引っ込もうとした時には遅かった。目の前に迫っていた。驚いて、右手の籠を手放してしまう。地面に落ちた時に入口が開いた。影が飛び出した。
 まるで鞭のようだった。犬たちは右に左に、次々に撥ね飛ばされていく。たった一匹のネズミが、犬の大群を圧倒していた。逃げ出していく野良犬たち。そのうちの一匹が、足を怪我したのか動けないでいる。ネズミは容赦しなかった。その犬の喉に噛みつく。血が溢れ出す。ヒュー、ヒューと苦しげな息が漏れる。その口に飛び込むネズミ。犬の身体がビク、ビクと苦しげに動く。
 頭を突き破ってネズミが顔をのぞかせた。一瞬、俺の方を見た。それからまた犬の身体の中に戻る。腹のあたりで、何かがもぞもぞと動いていた。犬は既に息絶えていた。肉と血の臭いが鼻をついた。胃から喉に重たいものがせりあがってくる。俺はトイレに駆け込んだ。
 もう一度外に出る勇気はなかった。玄関にカギをかけて、俺は自分の部屋に戻る。先ほどの光景が頭の中でリフレインしている。必死に追いだそうとしながら、眼を閉じた。

 翌日、俺は自分の部屋の隅に、信じられない物体を見つける。
 骨だ。端々に、血の跡や肉片が残っている。
 俺は理解する。昨日の、犬の骨だと。どうしてここに……
 背筋を予感が這い上がってくる。俺はまた、とんでもない厄介事に巻き込まれたんじゃないか。携帯電話に手を伸ばす。頭の中にあったのは長門のこと。昨日みたいに宇宙的パワーでなんとかしてくれるんじゃないかと思った。
 その指先に、柔らかな感触。
 俺は凍りついた。
 携帯電話の上に、あのネズミの姿があった。俺の腕をかけのぼり、首に身体を擦りよせてくる。その牙が、俺の喉に当たった。
 頭をよぎるのは、昨日、喉笛を食い破られた犬の姿。そして、口からネズミが入ってきて脳味噌を齧るのだ……
 俺は思わず、ネズミを掴んでいた。窓を開けていた。気がつくと、ネズミを地面めがけて投げつけていた。庭に広がる赤い液体。
 一階に降りる。妹にばれないように気をつけながら、死体を新聞でくるむ。上から二度三度踏みつける。そしてゴミ箱に入れた。

 学校に居る間も、心が休まることはなかった。ふと気を抜くと、肩の上にネズミが居るような気がした。
「ちょっとキョン、あんたそんなぼんやりしてどうしたのよ」
 ハルヒにまで心配される始末。帰ったら、ゴミ箱を開けてみよう。死んだことを確認したら、少しは安心できるだろう。

 けれど家に帰ってみれば、そこには骨。玄関に、鳥と思しき骨が転がっていた。俺は携帯を取り出す。今度こそ長門に電話をかけるために。肩に重みを感じる。気のせいだ、気のせい! 通話ボタンを押す。

 おかけになった番号は、現在電波の届かないところにあるか――

 思わず、携帯電話を落としてしまう。視界の端に、肩に乗るネズミが見えた。ほらみろ、とばかりに得意げな表情。
 俺は、ネズミを逃がさないように、ゆっくりと台所へと歩く。包丁を手に持つ。こうなったら自分で解決するしかない。首を刎ねて心臓を微塵切りにすれば死ぬだろう。ネズミが肩から飛び降りた。俺は逆手に持った包丁を振り下ろす。枕に突き刺さって中からビーズが流れ出す。突進。襖に穴が開く。柱が揺れて壁の掛け時計が落ちて割れた。だからどうした。いま大事なのはネズミを殺すことだ。
 ネズミは逃げる。俺は追う。包丁を振り回す。いつかまぐれでもいいから当たればいい。
 いつのまにか妹が家に帰っていた。その肩にネズミ。枕も襖も、時計も妹も、後で取り返しがつく。俺は包丁を振り下ろした。

 真紅が、視界を覆った。

 * *

 気がつくと俺は、リビングで眠っていた。
「ネズミさん、ご飯だよー」
 妹のヤツは部屋の隅でネズミに餌をやっている。元気そうだ。……あれ。確か俺は……

 ――刃が肉を抉る感触が、手に蘇った。

 自分のなした凶行を思い出して、身体が震えた。なんてことをしたんだ、俺は。たった一人の肉親を、ネズミなんかのために傷つけてしまうなんて。……でも、待て、今こうして妹はピンピンしてるじゃないか。
 妹の首筋に視線を向ける。傷はない。リビングを見回す。枕も襖も穴が開いていなかった。掛け時計も割れていない。どうなってるんだ。全部、俺の夢だったんだろうか。もう何も判らない……
「ねえねえキョン君」
 混乱する俺に、妹がスティックチーズを渡してくる。
「キョン君もえさやりしてみたら? きっと仲良くなれるよ!」
 妹は、掌に乗ったネズミを掲げてくる。俺は言われるままチーズを差しだした。ちう、と鳴き声を上げるネズミ。
「可愛いでしょ!」
 俺は素直にうなずけない。
 ネズミはかりかりとチーズを齧っていく。食べ終わるとまた、ちうと鳴いた。
「きみは可愛いねー」
 ネズミをツンツンする妹。ネズミは楽しそうに身をよじる。

 ネズミを追いかけまわして妹を殺したのは、夢だったのだろうか。けれど今こうして妹は生きている。理解できない。考えても何も判らない。もう疲れた。

「キョン君も可愛いって思うよね!」
 もう何も考えたくない。俺は、朦朧とした思考の中でうなずいた。そうだな、可愛いな。可愛いと思うことにしよう。可愛いと思わないと駄目だ。可愛いってことでいいじゃないか、なあ、俺。

 * *

 バスケットボール大会の翌日のことである。古泉一樹は気付いた。あの男の様子がおかしいことに。なんというか、追い詰められた感じだった。少し前の自分に似ていると思った。何があったのか聞こうとした。だが。
「ちょっとキョン、あんたそんなぼんやりしてどうしたのよ」
 先に声をかけたのは涼宮ハルヒ。
「昨日頑張りすぎて、バテてんじゃない?」
 やりとりを横で見ながら、自分の胸の奥で何かが焦げ付くのを感じ取る。涼宮ハルヒに気遣われていることへの嫉妬。同時に、そんな自分を恥じる。銀の巨人の光を宿した自分がそんな醜い感情を抱くなんて、と。
 結局、何があったのか聞けずじまいだった。
 次の日のあの男は、元気そうだった。だが、どこか無理しているような印象を受けた。気になるのに、尋ねられない。
 ――こいつは幸福すぎる、少しばかり不幸になればいい。そんな思いに捕らわれてしまう。
 だから、放課後。
「彼の家に、怪獣が寄生しています」
 喜緑江美里がそう伝えてきた時、救われた思いになった。怪獣と戦うのは、光を得た自分の使命。そう考えた時、もはや古泉一樹を遮る感情は消えていた。
「ビースト細胞がネズミに寄生したのでしょう。私は情報操作でサポートを行います。彼の家に行っていただけますか?」

 チャイムを鳴らす。しばらくして、あの男が出てくる。近くで顔を見て気付く。目の下に隈があった。頬もこけていた。目も焦点があっていないように思える。
「何だ、古泉か。どうしたんだ?」
 言葉もどこか力が無い。正気なのだろうか。怪獣に操られているのではないだろうか。古泉一樹は、深刻な事態になっていると考えた。
「あなたに大事なお話があります。あげてもらえませんか」
「いや……」視線をそらす。「今はちょっと家の中がごちゃついていてな。できれば外がいいんだが……」
「人に聞かれると少々都合が悪い話なんですよ」
「だがな……」
「それとも、人に見られると都合の悪いものでも?」
「いや! そんなことはない! だけど、家の中はとにかく駄目なんだ!」

 会話しながら古泉一樹はポケットの中の白い小刀を掴んでいた。
 ――トクン。
 小刀には、センサーとしての働きもある。闇は家全体にうっすらと広がっていた。既にこの家は闇に浸食されているのだろうか。古泉一樹は急がねばならないと思う。さらに気配を探る。二階の一室に強い反応。

「なあ、別に今日じゃなくてもいいじゃないか。とにかく都合が悪いんだ」
 もはや悠長に喋っている場合ではない、と古泉一樹は決断する。脇をかいくぐり家の中へ、一気に二階に駆け上がる。ドアを開け放つ。机の上に籠があった。中には、顔だけが妙に真っ赤なネズミ。自分の中の光が激しく鼓動するのが判った。このネズミが怪獣だと認識する。
 古泉一樹は懐から白い銃を取り出した。引き金に指をかける。
「やめろ!」
 射線に立ちふさがったのは、あの男。
「あれは怪獣なんです」
「でも、でも駄目なんだ!」
 その僅かなやり取りの間に、ネズミは逃げていた。籠の入り口を自分で開けると、ドアの隙間から外に飛び出していた。
 古泉一樹はすぐさま追いかける。ネズミは早かった。距離をつけられていく。これ以上離れると探知ができなくなる。古泉一樹は焦った。
 だが、突如ネズミの動きが止まる。古泉は思う。喜緑さんが捕まえてくれたのだろうか、と。
 辿り着いたのは、学校近くの川辺、橋の下。ネズミは、輝く黄色の光の檻に捕らわれていた。
「――光量子情報の――複写――終了」
 その傍に立っていたのは、足元まで届く長い髪の少女。居るだけで空間が凍りつくような異様な空気を纏っている。
「識別――名称、ゴキネズラの――処理は、あなたに――任せる」
 少女はつかつかと歩きさる。その人間離れした雰囲気に、古泉一樹は認識する。喜緑さんの仲間の一人だろう、と。
 ともあれ、ネズミはもう逃げられない。古泉一樹は落ち着いて白い銃の狙いを定める。しかし、ネズミの身体が激しく揺れた。自らを囲む光の檻を吸収し、見る見るうちに巨大化していく。

 ――古泉さん! 聞こえますか!
 頭の中に届いたのは、喜緑江美里の声。
 ――亜空間を展開してください! このままでは街に被害が出てしまいます!
 古泉一樹は白い銃を空に向ける。引き金を引く。光が広がり、周囲の風景を青く溶かしていく。別位相に展開される戦闘用空間が形成されようとしていた。青い輝きの中、古泉一樹はイメージする。銀の巨人を始めて見た場所、あの日の新宿を。
 やがて青い光が収まる。そこに広がっていたのは、まさしく、大災害の日の新宿であった。
 並び立つビルの間、唸り声を上げる巨大なネズミ怪獣。ゴキネズラ。
 巨体を見上げながら、古泉一樹は白い小刀を抜き放った。

 銀色の巨人が降臨する。その腕に光線を纏った。腕を振り下ろす。三日月の刃が放たれんとする。だがそれよりも早く、ゴキネズラの体当たりが炸裂していた。弾き飛ばされるネクサス。ビルを薙ぎ倒して倒れこむ。ゴキネズラは糸を吐きかける。粘度の高いその糸はネクサスをその場に張り付ける。殴りかかるゴキネズラ。
 ネクサスの身体を銀色の光が包んだ。糸が燃え上がる。四肢に自由が戻る。反撃とばかりにキックを放つ。ゴキネズラは俊敏な動きで回避している。再び糸が噴き出し、ネクサスを雁字搦めにする。
 ……古泉一樹は考える。糸を解除するのはたやすい。だけどその後が続かない。回避されてしまう。どうすれば倒せるのか、と。
「空を飛べ!」
 ネクサスの超人的な聴力が、遠く離れた場所からの声をとらえた。目を向ける。遠くのビルから自分を見つめる男の姿。溝呂木である。
「奴の糸で、奴自身を絡め捕るんだ」
 ネクサスはうなずく。光を放出し、糸を焼き払う。ゴキネズラは再び糸を吐こうとした。頬が膨らむ。
「今だ!」
 溝呂木の声を合図に、ネクサスは大地を蹴った。ゴキネズラの頭上を遥か上を飛び越える。
 ゴキネズラの顔はその動きを追いかける。口が真上を剥く。噴水のように降りかかる糸が、ゴキネズラの身体を地面に縫いつける。身動きのとれなくなるゴキネズラ。
 古泉一樹は、腕を十字に組んだ……!

 * *

 その頃、一つの事件が起こっていた。
 山岡一によって人質とされていた『機関』日本支部構成員。彼らの生存は絶望視されていた。拘束されている場所である『機関』日本支部が消滅したからである。
 だが、彼らは解放されたのだ。突如、それぞれの家のそれぞれの寝床に現れると言う形で。
 しかも、五体満足、身体のどこにも外傷はみられなかった。精神汚染も無かった。それがかえって憶測を呼ぶことになる。無事に解放するなんて信じ難い、何かの罠ではないか、と。



[15152] 第14話 疑念Ⅱ ~ knowing me, knowing you Ⅱ ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/24 00:31
 あのネズミを倒した。古泉がそう伝えてきたとき、俺の膝はガクリと折れていた。口元が緩む。ああ、よかった。これでもう怯えなくていい。今日の夕食は焼き肉にしようか。特売のじゃなくて、黒毛和牛だ。
 にしても、だ。何だって一体、俺はあの忌々しいネズミを庇おうとしたのだろうか。我ながら正気の沙汰とは思えない。
 説明を与えてくれたのは、長門。携帯が鳴り、メールが届く。いつぞや栞に乗せて伝えられたメッセージと同じだった。『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』展開も同じ。長門の家にあがりこむことになる。
「貴方の抱いた感情は生存本能に基づくもの。好意で接するほうが生存確率が高いと判断されたため」
 ああ、あれか。俺は前に『世界まる見え! テレビ特捜部』でやっていた内容を思い出す。誘拐された子が誘拐犯グループの一員になっていた、という話。それと似たようなものだろうか。
「当時の貴方の感情は、怪獣の放出するχニュートリノによって誘導された可能性が高い。後遺症の恐れもある。身体を調べさせてほしい」
 ああ、と同意すると、右の耳を甘噛みされた。
「身体情報を取得した。結果の解析まで数日かかる」

 * *

 翌日、学校の帰り道。駅前の公園で珍しい人物を見かけた。ハルヒの犠牲者の一人。コンピューター研究会(通称コンピ研)の部長氏である。まるでリストラの決まった課長のような憂鬱さで空を見上げている。座ったベンチには缶コーヒー。これでタバコがあれば、いかにも仕事に疲れたサラリーマン、って絵になるだろう。
「また、ハルヒのヤツが迷惑をかけてるんですか?」
 そう声をかけたのはなぜかと言えば、最近いつのまにか部室にプリンタやらペンタブやらの周辺機器が増えていたからだ。またコンピ研を脅しているんじゃないんだろうな、なんて思っていたところだった。
「君は……そうか、SOS団の……」
「はい。あ、横、いいですか」
「ああ、座ってくれよ」
 俺はベンチに腰を下ろす。部長氏の左隣。
「で、涼宮さんだったかな。いや、大丈夫だ。むしろ、まあ、感謝しているくらいだよ」
「え……?」もしやこの部長氏は破滅志向のマゾヒストなのだろうか。パソコンを4台も奪われたのに。
「たまにうちの部に来て、プログラムを手伝ったりしてくれてるんだ。彼女なりに、後ろめたく思っているのかもしれないね」
 ううむ。ハルヒのヤツが後悔やら反省をするとは思えないのだが……
「君が考えているよりは、まあ、普通の思考を持っているんじゃないかな。涼宮さんは」
「そうでしょうか……?」ハルヒは俺にとって、宇宙人以上に宇宙人だ。むしろ異世界人と言ってもいい。普通からはもっともかけ離れた人種と思っている。
「ともあれ、涼宮さんに迷惑をかけられてるわけじゃない。安心してくれ」
 それから部長氏は、ところで、と話を変えた。
「急な話だけど、君は、どこまで『機関』や超能力者について聞いているんだい?」
 予想外の単語に、俺はえっ、と声を出してしまう。『機関』やら超能力者ってのは、古泉だけの専売特許じゃなかったのか。
「そう驚かないでくれ。聞いていなかったかな。僕も、古泉と同じなんだよ」
 なるほど、と俺は納得する。思い出すのは、SOS団がコンピューターを強奪した一件。いくら脅されたからって泣き寝入りすることもないだろうと思っていたが……『機関』の人間なら話は別だ。古泉曰く、ハルヒを神様だと考えてるらしいからな。
 しかし、あいつが神、ねえ。神は神でも疫病神とか貧乏神の類、忌み嫌う対象にしか思えないんだが……
 折角なので尋ねてみると。
「確かに、迷惑な神様だよ。彼女のせいで、僕たちは怪獣と戦う運命を背負うことになったんだからね。けれども、涼宮さんを恨むことはできなかった。そういう空気があったんだ。リーダー格の連中が、こぞってハルヒ様ハルヒ様って言ってたからね。逆らったら、数少ない仲間から村八分にされるんじゃないか、って怖かったんだ。それで、仕方なく周囲に合わせてたんだ。その時は心の底から崇拝していたつもりだったけど、今振り返ってみると、無理をしていた気がするよ。……少し、判りにくいかな」
「いえ、判る気がします」思い起こすのは、あのネズミの事。部長氏は俺と似ているのかもしれない。追い詰められて、逃げ場がなくて、だから、周囲に同調するしかなかったのだ。俺が妹の言葉にうなずいたように。
「判る、か」ふふ、と部長氏は笑った。「お世辞でも嬉しいよ。こういう話は、仲間にはとても言えないからね」
 言ったら即刻宗教裁判だよ、と冗談めかして部長氏は笑う。俺も釣られて笑った。
「あの、よかったら、もっと『機関』のことを聞かせてもらってもいいですか」
「ああ」部長氏はにこやかにうなずいた。「でも、妹さんの夕食もあるだろう。そうだな、メールアドレスを教えておくから、食べ終わったら連絡をくれないか。僕も準備しておきたいことがあるんだ」

 それにしても、俺はどうしてこの時、『機関』の話を聞こうだなんて思ったんだろう。これまでは興味なんて全然なかったのに。
 たぶん、ネズミの件で危機感が刺激されていたからだ。それで、知りたくなったんだ。自分を取り囲む世界のことを。
 夕食を手早く済ますと、俺は家を出た。場所はさっきと同じ駅前公園。部長氏の姿は既にそこにあった。

「すまないね、急がせてしまって」
「いえいえ。でも明日じゃ駄目だったんですか?」
「ああ……」部長氏は口ごもる。「いろいろと、忙しいからね。自由になる時間が少なくなりそうなんだ」
 その前に、君に渡したいものがあるんだ、と部長氏は言う。差し出してきたのは腕時計。
「これは……?」
「僕が作ったものだ。超能力と一緒に、妙な才能を与えられてね。よかったら、受け取ってくれ」
 その時の部長氏の表情は妙に真剣で、だから、俺は断ることができなかった。
「それはいつか、現実境界線が後退した時に役に立つはずだ」
 なんだその妙な線は。
 俺が眉をしかめているのを見てか、部長氏は言葉を続ける。
「古泉からは聞いていないのかな。簡単に言うと、そう例えば、君の家に怪獣が出たらしいね」
「ええ」
「本来、それは有り得ないことなんだ。この世界は怪獣を許容していない。実体を保てるのは、せいぜい数時間の筈なんだ」
「でも、何日も居座っていましたよ」
「現実境界線が後退してしまったからだ。涼宮さんが事象改変を行った副作用でね。結果、世界は怪獣の存在を許容し始めた」
 ふと思いつく。古泉が前に見せてくれたファイル。怪事件の数々。それもまた、現実境界線とやらが後退したせいじゃないだろうか。
「ま、とにかくその時計を大事にしてくれよ。僕の四年間がそこに詰まっているんだからさ」
 そして部長氏はベンチから立ち上がった。
「すまない。実はこのあと用事があるんだ。時計を渡せてよかった。ありがとう」
 よほど急いでいるのか、部長氏は慌てて走っていく。

 ――犬の遠吠えが聞こえた。

 そして俺は気付く。『機関』について聞きそびれたことを……

 * *

 ゴキネズラとの戦いの次の日である。来客があった。喜緑江美里。彼女がもたらしたのは、嬉しい知らせ。
「『機関』のみんなが、発見されたんですか」
「ええ。ただ、検査とかもありますし、日本支部は吹き飛んでしまったので――」
 喜緑は書類を差し出した。
「詳しい事はここに書いてありますが、しばらくは貴方と私で怪獣の迎撃にあたります」
「たった、二人で、ですか……?」
「他の支部から人員を回すべきところでしょうが……山岡一の仕掛けた情報テロのせいで、どこも機能不全に陥っているんです。けれど安心してください。貴方をサポートするための機能は実装しています」
 そう言うと、喜緑はキッチンへと向かった。
「とりあえず、栄養管理から始めますね。冷蔵庫、何か入っていますか?」
 その五分後、ゴミ箱はしなびた野菜でいっぱいになり、古泉一樹は買い出しに行くことになる。

 白菜を買うように言われていたが、見つからなかった。水菜とかいうものが売っていたのでそれをカゴに入れた。同じ“菜”だし問題ない、というのが古泉一樹の考えだった。

 スーパーを出たところで、携帯にメールが届く。送り主は『機関』の超能力者の一人。相談事があるので、今すぐ来てほしいとのこと。場所は駅前の公園。ちょうど、スーパーのそばにあった。

 待っていたのは、青いジャージを着た少年。今では疎遠になってしまったが、テラノイドが開発される以前、生身で怪獣と渡り合っていたころはそれなりに会話する仲だった。
「元気そうだね」
 少年は、よかったよかった、などと呟きながら近づいてくる。
「君の方は、大変だったようですね。人質にされていたと聞きましたが……」
「うん、大変だった」クク、と少年は笑った。「古泉君は人質にならずに済んだようだね」
「ええ、まあ」
 実際は山岡一のせいで死にかけたのだが、それをいちいち話す必要はないと判断していた。
「まったく、いつもながら君は運がいいねえ、古泉君」
「と、いうと?」
「新宿大災害の時のこと。光に選ばれたこと。涼宮ハルヒの目付役になったこと、人質にならずに済んだこと」
 少年の声が、少し、冷たくなったような気がした。
「――人間としてのうのうと生きていられること」
 古泉一樹はとっさに飛びのいていた。その前髪が二、三本、ぱらりと舞った。
 少年が舌打ちする。その右腕には白刃がきらめいている。だがその手には何も握られていない。いや、掌そのものが無くなっていた。手首から伸びるのは、鋭い刃……
「気付かされたのさ、山岡一にね。自分が何者なのかを」
 見せつける様に、両腕を掲げる。ジャージが破けていた。その下に覗くのは、肌色……ではない。緑色の鱗。爬虫類のような。
「夷敵でもって夷敵を討つ、ってのは実際にやられるとショックなものだね。坂上田村麻呂の頃からの伝統だろうけどさ」
「君は……」
「そう、僕ら超能力者が憎むべき怪獣だよ。驚いたかな。聞くまでもないか。君の呆けた顔が見れて僕は嬉しいよ」
 刃を間一髪で避ける。背後の鉄棒が三つに分かれた。真ん中の一本が砂の上に落ちる。
 刃は次々に古泉一樹へと迫る。必死でかいくぐりながら考える。この場を乗り切る手段を。思いつかない。あらかじめ銃を抜いておかなかったのを後悔する。後の祭りである。どうすればいい。答えは出てこなかった。だから願った。思わぬ幸運を。例えば相手のミス。
 逆転の機会は思いがけない方向から飛んできた。細長い物体が少年の目に突き刺さった。先ほど切断された鉄棒であった。
 痛みに少年は叫ぶ。まるで猛獣のように。そして逃げ出す。
 古泉一樹は、公園の中を見回す。松葉杖をついた男が立っていた。右足には大きなギプスが巻かれている。溝呂木眞也だった。
「ありがとうございます、助かりました」
「……お前を死なせるわけにはいかないからだ」
 古泉一樹はその言葉を喜びを覚える。自分という人間が必要とされているように感じられて。そして思った。そうだ、光に選ばれた自分が死ぬわけにはいかない。だが実際はどうだ。ゴキネズラの戦いも、今さっきも、溝呂木の手助けなしにはどうすることもできなかった。このままではいけない。
 その問題意識が彼を動かした。頭を下げさせていた。
「……礼ならもう十分だ」
「違います。お願いがあります。僕を、鍛えていただけませんか」
 心からの願いだった。溝呂木は自分よりも強い。教えを請う価値はあるはずだ。そう考えていた。
 だが、溝呂木から帰ってきた言葉は短い。
「断る」
「どうしてですか」
「お前には、執念が足りない」
 そして溝呂木は、去ってしまう。

 * *

 部長氏と意味深な会話をした翌日。久しぶりに俺は夜のランニングに出た。入院やらバスケットやらでサボりがちになっていたし、たまには頑張らないと。
 いつも通りのコース。最初に目指すのは駅前の公園。そのまま川辺の道へ。
 遠くに人影を見つける。どんどん近づいてくる。青いジャージを着ていた。フードをかぶっていてその顔は見えない。俺と同じようにランニング中なのだろうか。お前も頑張れよ、と思いながらすれ違う。
 急に視界が傾いた。転んだ? そんな感じは無かったのに。手をつこうとした。けれど手が動いた気がしない。コントローラーが壊れたゲームみたいな。ボタンを押したのに反応が無い。そんな感じだった。
 ついに頭をぶつけてしまう。ぐるり、と一回転。そして信じ難いものを見た。俺の身体がそこにあった。首を失った姿で。血が、噴水のように噴き出していた。……嘘だろ。

 暗く狭くなる視界の端に見たのは、青いジャージ。胸ポッケにはTLTという刺繍が入っていた。その右手に、刀のようなものを携えていた……

 * *

 いつの間にやら俺は布団に寝かされていた。
「大丈夫だったかい」
 その声は、部長氏のものだった。
「ここは……」
「僕の住んでいるアパートだ。君の家がわからなかったからね、ここまで運ばしてもらったんだ。それにしてもどうしたんだい。道の真ん中で倒れたりして」
「倒れて……?」それで思い出す。たしか俺は、青いジャージの奴とすれ違って……両手で自分の首をなぞる。傷はなかった。服も汚れていない。あれだけの出血だったのに……
「俺って、どんな感じで倒れてたんですか?」
「そうだなあ。うつぶせだった、かな」
「いやそういうのじゃなくて……」
 どう説明したものか、と俺は考えながら視線を彷徨わせる。目に入ったのは、机、本棚――C++やらJavaやらの本が並んでいる――そして、ハンガーにかかった服。それはジャージ。青色だった。しかも胸にはTLTという刺繍。
 もしかして、さっきの青いジャージは部長氏じゃあ……俺の頭の中で仮説が組み上げられていく。
 怪獣は人間の感情や記憶を操作できる、なんてことを長門が言っていた。一昨日はそのせいで俺は妹を殺す幻覚を見た。今、それと同じ現象が起こっているんじゃないか。部長氏は、実は怪獣でなんじゃないか……?
 部長氏と目が会う。人のよさそうな笑顔を浮かべている。だがその裏に何かがあるように思えてくる。
「ありがとうございました。俺、もう大丈夫です」
 俺は起き上がっていた。早くここから逃げた方がいい。直感がそう告げていた。
「もう少し休まなくてもいいのかい?」
「遅くなると妹が心配しますんで」
 早足に歩いて出口を目指す。ドアノブに手を伸ばす。風が吹いた。ドアが、消えていた。微塵切りになって地面に転がっていた。
 そして現れたのは、さっきの青いジャージ。その手には刃を持って……違う。何だこれは。人間にあるはずのもの、掌がなかった。代わりに手首からは刀が伸びていた。
 犯人は、部長氏じゃなかったのか……?
「危ない!」
 その部長氏が、俺の脇を抜けて飛び出していた。目の前の怪人にぶち当たる。どれだけの勢いがあったのだろうか、二人は組み合ったまま柵を突き破って二階から一階に落下。道路に叩きつけられる。俺は慌ててその後を追う。
「古泉を呼ぶんだ!」
 部長氏の怒声。俺は携帯電話を取り出す。だけど通話ボタンを押すより早く、
「大丈夫ですか!?」
 古泉の奴が現れていた。白い銃をその手に携えている。
 怪人は古泉の姿を認めると、部長氏を蹴り飛ばした。そして、吠えた。空に向かって。まるで猛獣のようだった。途端、その身体が破裂した。身を包むジャージが破れた。肉体を覆う皮膚が裂けた。その下から覗くのは、緑色の鱗。
 古泉の奴は何を考えたか、白い銃を空に向けて放った。威嚇射撃だろうか、と思った矢先、世界が白い光の中に溶けた。

 やがて広がった光景は、崩壊前の新宿。降り立つ銀色の巨人。
 俺は思い出さずにいられない。ハルヒと一緒に行った閉鎖空間。そこで見た巨人にそっくりだった。
 向かい合うは、緑色の鱗に覆われた怪獣。その顔はさながら蜥蜴。両腕から伸びる刃は鋭く、ビルを豆腐のように切り裂いていく。
 それに対し銀の巨人は、力強くジャンプ。刃は空高くまで届かない。安全な位置に退避した巨人は、腕から光線を放つ。
 怪獣の頭がぶち抜かれる。倒れる身体。あまりにもあっけない幕切れだった。
「さすがじゃないか、古泉」
 傍の部長氏は、笑みを浮かべていた。授業参観を乗り切った子供を眺める親のような表情。それが突然、苦悶へと変わる。腹をおさえて倒れこむ。
「大丈夫ですか!?」
「……さっき、ドジを踏んでね。刺されたんだ」
 見れば、部長氏の白いシャツが見る見るうちに色を変えていく。

 緑色に。

「驚いた、かい」
 部長氏は途切れ途切れになりながらも言葉を続ける。
「僕も、君を襲った奴と同じさ。怪獣に、なりつつある」
 よろよろと立ち上がる。
「動かないほうが……」
 けれど部長氏は俺の言葉を無視して続ける。
「渡した時計、大事に、してくれよ。形見を、押し付けるみたいで、悪いけれど」
 そして、ふらふらと歩いていく。いつの間にか変身を解除していた古泉のところへ。
「古泉、僕を撃ってくれ」
 突然の言葉に、古泉は戸惑っているようだった。
「腹を刺されたのが、よくなかった。僕の身体で、ビースト細胞が暴れ出している」
 部長氏は、突然、自分の服を脱ぎ捨てた。露わになる裸体。それは肌色ではなく……銀色。ところどころに、棘が生えている。明らかに、人間のものではなかった。
「さっきの彼みたいに、僕もいずれ、人間としての心を失う。その前に、殺してくれ」
 古泉は躊躇っているようだった。懐から白い銃を取りだしたが、そこで動きが停まっていた。引き金は動かない。
「君は光だ。そして僕は、怪獣だ。すべきことは、一つだろう。それが、光に選ばれた君の、使命だ」
 それでも古泉は撃てないでいる。
 部長氏が、狼のような叫びを挙げた。古泉に殴りかかる。

 銃から光が放たれ、部長氏を貫いた。
 古泉の顔は、ぞっとするぐらい、無表情だった。

 * *

 仕方ない。
 その言葉を、古泉一樹は何度も頭の中で繰り返す。
 仕方ない、彼は死ぬことを望んでいたんだから。
 仕方ない、彼は怪獣へと変貌しつつあったんだから。
 理由をいくつもいくつも塗り重ねて、その中に感情を閉じ込めて、それでも引き金を引くことはできなかった。
 彼の指を動かしたのは、咄嗟の反射。
 怪獣に飛びかかられたから、撃った。放たれた光は、その心臓を貫き、一瞬で絶命させた。
 仕方ないんだ、僕が死んでいたかもしれないから。
 しかし、引き金の感覚を忘れることはできそうになかった。

 それからどうやって帰ったか、古泉一樹は覚えていない。我に返った時、自室のあるマンションの前に居た。そこに、彼を待つ人物が居た。
「溝呂木さん……」
「勝ったようだな」
「はい。でも僕は、友人を……」
「判っている。……だが、そいつはお前がそうやって俯いていることを、喜ぶと思うか」
 古泉一樹は、首を振った。彼は殺されることを望んでいた。なら、彼に手を下した自分がすべきことは――
「本当に彼らの事を思うなら、奴らを怪獣に変えた存在を憎め。そしてその憎しみを、立ち上がる力に変えろ」
 古泉の肩に、手を置く溝呂木。
「明日、喜緑と一緒に来い。戦い方を、教えてやる」



[15152] 第15話 疑念Ⅲ ~ knowing me, knowing you Ⅲ ~
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/06/10 00:49
 十字架が浮かんでいた。
『機関』日本支部である。爆発によって上層こそ消滅したが、地下深層、工業エリアはかろうじて原型をとどめていた。
 十字架に磔となったのは、暗黒破壊神の端末の一つ。蛭川光彦。その口からかすれた声が響く。どういうつもりだ、と。
 答えたのは。
「私が手を結んだのは、あくまで山岡一だもの」
 朝倉涼子である。
「貴方の味方だなんて、拡大解釈のしすぎじゃないかしら?」
 右手にはナイフ。左手には、赤い顔をしたネズミ――ゴキネズラが握られていた。
 裏切り者め、と蛭川。その呟きが合図だったのだろうか。暗がりから人影が姿を現す。一人ではない。二十人もの男たち。異様な集団であった。同じ服装、同じ体格、同じ顔……コピー&ペーストで増殖したかのようだった。
「へえ、TEFI端末に、闇の力を与えたのね」
 男たちの身体が、赤く輝く。十字に組まれる腕、腕、腕――。20筋のダークレイ・シュトローム。朝倉涼子という一点を目指して、奔る。
 だが。

「――サークルシールド」

 青い光の渦が、朝倉涼子の身体を取り囲む。闇が彼女の身体に届くことはなかった。
「光、だと――」
 蛭川の表情は、まさしく虚を突かれたようだった。
「貴様、ノアの手先か。そうか、だから古泉一樹の手助けを――」
「違うわ」言葉を遮る朝倉涼子「私は光にも闇にも与しない。私は私が生み出された理由に忠実なだけ」
 朝倉涼子の姿が、一瞬消え、現れる。その僅かな間に、変化が起こっていた。彼女の手の中のナイフ。白銀の刃は、真紅に染まっていた。一拍遅れて、20個もの丸い物体が床に転がる。男たちの頭であった。



 * *



 招集命令が、下された。名目は健康診断。精神操作の後遺症が無いか調べるという。集合場所は、なぜか、山奥のバス亭。奇妙に思いつつも橘京子は素直に向かった。
 そこに現れたのは、白い防疫服に身を包んだ集団。首筋に注射を撃たれ気絶。眼を覚ました時、檻の中に閉じ込められていた。他にもたくさんの人間が寝かされていた。その顔に見覚えがあった。忘れよう筈がない。自分と同じ、超能力者なのだから。
 その日から、超能力者たちの受難が始まった。健康診断など一度も行われなかった。人体実験。否。虐殺だった。ある者は、高濃度の放射能の中に放り込まれた。ある者はチューブから全ての血液を取りだされた。そして橘京子を待ち受けていたのは、手術台。メスが、彼女の頭皮を開こうとしていた。麻酔の無いままに。脳をいじるという話だった。
 だが幸運が訪れる。突然の停電。その隙に橘京子は脱走した。いくつかの研究資料を奪って。

 研究員たちの会話から、ある程度事態は把握できていた。超能力者が二名、怪獣になったという。……山岡一に拉致された時、ビースト細胞を植え付けられたのだろうか。思い出せない。あの時のことは、今も記憶の靄の向こうだ。

 橘京子は走る。夜の山の中を、ひたすらに。月明かりは差してこない。新月なのかもしれない。ただただ、暗闇が広がる。だというのに、橘京子の視界は明瞭であった。木の葉の一枚一枚まで見分けることができた。一時間以上走り続けているのに、息は一向に苦しくならない。それどころか細胞が活性化していくような感覚がある。遠くからヘリのローター音が聞こえた。一つではない。二つ、三つ……四つ。
 橘京子の中で弱気が芽生えた。逃げ切れるだろうか、と。
 ――助けてあげましょうか?
 突如、頭に響いた声に橘京子は驚く。
 ――この先、森を抜けた場所に来て頂戴。そうしたら、手を貸すわ。
 橘京子は三秒迷い、そして、縋った。

 ほどなくして、開けた場所に辿り着く。姿を捕捉されたらしい。サーチライトが、四方から自分を照らす。
「人気者ね、貴女」
 耳元で囁きかけられて、思わず橘京子は飛びのく。いつの間にか、長い髪の少女が立っていた。右手には、ナイフ。
「それじゃあ約束通り、手を貸すわ」
 少女は、ナイフを投擲した。空気を切り裂いて跳ぶ刃。それは鋼鉄の装甲に突き立ち――爆発。ヘリは炎に包まれ、鉄の塊となって墜落する。
「私は、朝倉涼子。貴方の名前は?」」
 少女の目が、赤く輝いたように思えた。同時に、橘京子の中で一つの認識が生まれた。
 ――逆らってはならない。
 それは脅迫じみた強さで持って彼女の精神と行動を規定した。
「……橘京子、です」
「可愛い名前ね」言いながら、次々にナイフを投じる。その度に、夜闇に火炎の花が開いた。
「これでしばらく時間は稼げると思うわ。逃げましょ」
 手を差し出す、朝倉涼子。橘京子は、その手を取った。取らずには、いられなかった。



 * *



「最近、インフルエンザが流行ってるんだって」
 休み時間に、国木田の奴がそんなことを教えてくれた。
「あっちこっちのクラスで、何人も休んでるみたいだよ」
 インフルエンザって、冬にはやるものじゃなかったのか?

 そう思っていた矢先、SOS団に向かう途中で気になる会話を聞いた。コンピ研のやつらのだ。
「部長、インフルエンザで入院したんだって」
「お見舞いいかないとなあ」
「けどどこの病院かわからないんだよ。メールしても返事こないし」
 待ってくれ、部長氏は死んだ筈じゃなかったのか。俺は確かにこの目で見た。いったいどうなってるんだ?
 古泉の奴に尋ねようとしたら、文芸部部室には置手紙。
 ――バイトに行ってまいります。

 * *

 閉鎖空間、その中に再現されるのは、大災害前の新宿。都庁、三井ビル、京王百貨店新宿店……今となっては失われた場所の数々。そのうちの一つ、伊勢丹本店の屋上に、人の姿があった。朝倉涼子である。
 眺める先には、銀の巨人。そして怪獣。岩石を繋ぎ合わせたような、不格好な四足歩行の獣である。その瞳は真紅に、煌々と輝いている。
「……いつも通り、倒して終わり、じゃつまらないわよね」
 朝倉涼子の手には、いつの間にかナイフが握られていた。人差し指と中指の間に柄を挟む。手首のスナップを利かせて、放り投げた。力などほとんど入っていない。だというのに、ナイフは真っ直ぐに飛んでいく。怪獣へと。そして体に突き刺さり、吸い込まれていく。
 怪獣の目の色が、変わった。狂気じみた赤色が、消えた。構えていた四肢から、力が抜けた。

 * *

 ――ココハ、ドコダ

 銀の巨人――古泉一樹は戸惑う。怪獣から、コミュニケーション不能と考えていた存在から発された言語に。

 ――タシカ、アンノン星ニ、カエルトチュウデ、ワタシハ……

 怪獣は軽く頭を振った。記憶を整理しようとしたのかもしれない。

 ――オマエハ、セブンノ、ナカマカ? ワタシハ、アラソウツモリハ、ナイ。

 握手のつもりだろうか、怪獣は左の前足を掲げた。古泉一樹は、思わず、それに応じていた。左手で握ろうとする。

 だが、二人の手が繋がれることはなかった。
 空に穴が空いた。そこから、黒い光が伸びる。それは怪獣の身体を包んだ。再び真紅に染まる怪獣の瞳。その口が大きく開かれる。咆哮。地面が震えた。ビルのガラスが次々に割れた。そして怪獣は、後ろ足で地面を蹴った。体当りである。
 弾き飛ばされるネクサス。ビルを薙ぎ倒しながら、転がる。怪獣は攻撃の手を休めない。その目から、光線が放たれる。
 間一髪、ネクサスは空を飛んで回避していた。腕を十字に組んだ。光が収束していく。必殺の光線、クロスレイ・シュトロームが放たれんとする。
 その直前、古泉一樹の心に迷いが生まれる。この怪獣は、操られているだけではないのか? 正気に戻す方法はないのか? ……思い付かなかった。そうして躊躇っている間にも、閉鎖空間の崩壊は迫る。空には無数のヒビが走っていた。古泉一樹をせかすように。

 ――ごめん。

 光が、放たれた。
 最後にもう一度、声が聞こえた。



 断末魔だった。

 * *

 朝倉涼子が閉鎖空間から帰還した時、橘京子は眠りに落ちていた。ホテルの一室である。ダブルベッドの上に、斜めに倒れこんでいた。苦悩など何もないかのような、幸せそうな寝顔。口の端から涎が零れていた。
 朝倉涼子はその傍らに腰を降ろした。橘京子の髪を撫でる。

 ――貴女はどんな情報爆発を見せてくれるのかしら?

 朝倉涼子の心中を、知る者はいない。



[15152] 第16話 疑念Ⅳ ~ knowing me, knowing you Ⅳ ~ 
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/06/10 01:15
 朝比奈みくるはその日、少し早く起きた。手早く身支度を整え、鏡の前で笑顔を作る。
「よし!」
 いつも通りの朝比奈みくるであることを、確認。
 机の上に目を向ける。写真。その中に四人の姿。両親と兄妹。背後には、新宿都庁。――大災害以前の、旧都庁。
 日付は、今から四年前のものであった。

 * *

 先週はバスケットボール大会のせいでゆっくりできなかったし、今週くらいはゴロゴロしたいところだった。
 ところが妹のやつがこう言ったのだ。
「ねえねえ、日曜日にドラちゃん観に行こうよ」
 来週でいいじゃないか。
「今週で終わっちゃうんだよ!」
 泣く子と地頭には、勝てない。今週も、忙しくなりそうだった。

 朝十時に、中心街の映画館へ。休日だけあってか、チケット売り場は大混雑。こりゃ気長にいくしかないな、と心を決めた時だ。
 人ごみの中に、見知った顔を見つけた。
「朝比奈さんじゃないですか」
「あ、キョンくん、偶然ですね。こんなところでどうしたんですか?」
「映画です。妹が観に行きたい、と言いまして」
「そういえば金曜日に、そんなこと呟いてましたね。おかげで朝起きるのが大変だ、って」
 それから朝比奈さんは、腰をかがめて妹に話しかけた。
「はじめまして。私は朝比奈みくる。よろしく。猫のブローチ、可愛いね」
 けれど妹の奴は、俺の影に隠れて何も言わない。
「すみません。妹のやつ、けっこう人見知りが激しいんですよ」
「ふふ。可愛いですね」
「ありがとうございます。朝比奈さんはどうしてこちらに?」
「私も、映画を観に来たんです」
「おひとりで、ですか?」
「本当は、鶴屋さんと一緒に見る筈だったんですけどね」どこかで聞いた名前だ。そうだ、前にバスケットボール大会に来てくれた先輩か。
「急用があるとかで、一人になっちゃったんです。キョン君たちは、何を見に来たんですか?」
「ドラえもんです」
「ふふ、じゃあご一緒していいですか? わたしも、それを観に来たんです」」

 * *

 ……TLTの研究所から脱走したのは、橘京子だけではなかった。他に二名。男女。姉弟であった。彼らは橘京子より不運だった。橘京子は実験に供される直前に脱走できた。彼らは既に実験に晒されていた。姉弟ともども、高濃度の放射線を照射されていた。体内のビースト細胞は活性化し、怪獣化が進行していた。
 橘京子には朝倉涼子が居た。その情報操作によってTLTの追跡を逃れていた。だが彼らには、彼ら二人しかいなかった。TLTの追跡から完全に逃れることはできなかった。逃亡の日々。その中で彼ら姉弟の精神は追い詰められ、擦り減らされ――遂に。
「――戦おう」
 弟は言った。
「立て篭もって、人質をとろう。他の超能力者の解放を要求するんだ。みんなで集まれば、TLTにだって勝てるさ」

 * *

 今回のドラえもんは、モンゴル風の世界だった。まさかのスネ夫大活躍(悪い意味で)。これまでの映画で影が薄かった分、前に出ていた感があった。
「ドラちゃん可愛かったね」
 朝比奈さんの言葉に、妹は微かに頷いた。多少は、打ち解けてきただろうか。
「そろそろお昼ご飯の時間かな。何か、食べたいものある?」
 朝比奈さんなりに妹と仲良くしようとしているのだろう、そんなことを問いかける。けれ、妹のやつはもじもじするばかり。ここまで人見知りする奴だったか……? それどころか、怯えているようにすら見える。いや、気のせいかな。朝比奈さんのどこに、怖い部分があるというんだ。
 まあともかく、映画館の出入り口で立ち往生してても昼飯はやってこない。こっちから歩いていかないと。というか俺の空腹が限界だ。こんなことならポップコーンでも食べておけばよかった。
 なんて思っていたら、まったくだと言わんばかりに腹の虫が唸りをあげた。ぎゅるるる、と。大きな音だった。
 朝比奈さんが俺を見た。妹も俺を見た。照れくさかった。
「とりあえず、デパート入って店を見てみませんか?」
 誤魔化すように、俺はそう言った。

 * *

 少年――弟に向けられていたのは、奇異の視線だった。当然だろう。一人で何事かをずっとぶつぶつと呟いているのだから。
「場所は、駅前のデパートにしよう。あのサイズなら、バリアーで覆えると思うし」
 ――休日で人も多いもんね。
 彼には聞こえていた。姿こそ見えないが、姉の声が。
「バリアー内なら、姉さんも実体化できるし、力を合わせたら、きっとうまく行くよ」

 彼ら姉弟の動きを、朝倉涼子は察知していた。遠く離れた、ホテルの一室に居ながら。
「弟の方は、障壁怪獣ガギかしら。姉の方は、実体がないみたいだし……波動生物の類ね。メザードあたりと思うわ。弟がデパートを閉鎖して、姉が人質を眠らせる、って作戦かしら。果たしてTLTが取引に応じるかしら。京子はどう思う?」
「判らないけれど、どちらにせよ逃走経路は必要なのです。私たちで確保しておくべきでしょう。TLTに対抗する戦力を、減らしたくはないですから」

 * *

「何か食べたいもの、あるか?」
 訊いてはみたものの、妹のやつはふるふると首を振るばかり。
「朝比奈さんはどうです?」
「え!?」
 なぜか驚かれる。
「ごめんなさいキョン君、ちょっと惚けてました」
「朝比奈さんもお腹が空いてきたんですか?」
「そうですね……ふふ」
 なぜか、俺の顔を見て楽しそうに笑う朝比奈さん。
「どうしました? 顔、なにかついてますか?」
「にやついてますよ」
 なんか上手い事言われた気がする。
「冗談です。けどキョン君、妹さんといると、すごく嬉しそうですよね」
「そうですか?」
「ええ。学校だと、こんな顔してますから」
 朝比奈さんはひどい仏頂面をしてみせた。俺、そんな表情をしてたのか……?
「いいですよね、家族、って」
 そして朝比奈さんが浮かべた表情は、なぜか少し、寂しそうだった。考えてみれば朝比奈さんの家族は未来にいるのだろうし、ホームシックになったのかもしれない。
 なんて思っていたら、くいくい、と袖を引かれた。妹のやつだ。
「食べたいもの、あったか?」
 妹がちら、と視線を向けた先は……トイレ。
「わかった。待っててやるから行ってこい」
 妹はこくこくと頷いて駆けていく。
「私もちょっと行ってきますね」
 朝比奈さんが、妹のやつを追いかける。一人残される俺。時間でも潰して待つか。携帯電話を取りだす。……あれ、おかしいな。圏外になってる。都会のど真ん中だってのに。アンテナを伸ばしてみる。相変わらず圏外。
 どういうことだろう、と考えているうちに、急に眠気が襲ってきた。全身の力が抜けていく……なんだ……これ……

 * *

 朝比奈みくるがトイレのドアをくぐった時である。
 ぐらり、と。視界が揺れた。荒波の上に浮かんでいるような感覚。壁に片手をついてしまう。ぐい、と抱きつかれた。一緒にデパートに来ていた“彼”の妹だった。ん……と苦しげに息をついている。同じようにめまいを感じているのかもしれない。

 やがて、平衡感覚が戻ってくる。今のは何だったのだろうか。周囲を見回して、驚く。誰も彼も倒れていた。どういうことだろうと思っているうちに、次々に起き上がる。むくり、と。そして歩き始める。同じリズムで、同じ方角へと。登りエスカレーターへ。
 異常な状況だと思った。携帯電話を取り出した。警察、それから長門と古泉に連絡しようと考えた。駄目だった。圏外になっていた。なら、自分の足で外に伝えるしかない。
「歩ける?」
“彼”の妹はうなずいた。
「じゃあ、一緒に下に降りよっか。キョン君のこと心配だけど、少し我慢してね」
 途中、何人もの人々とすれ違った。ゾンビのような様子だった。生気のない表情。薄い反応。ぶつかっても何も言われない。不気味だった。知らず、足が早まっていた。

 やがて一階、正面玄関に辿り着く。手を伸ばした。ドアを押し開くために。
 ごつん、と。取っ手の手前三センチのところで何かに阻まれた。
「なに、これ……?」
 透明な壁が行く手を阻んでいた。他の出入り口も同じだった。朝比奈みくるは理解する。自分たちが、完全に閉じ込められていることを。

 * *

 デパートの屋上に、海月が浮かんでいた。それほど大きくはない。布団のシーツほどである。太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。波動生物メザード。TLTの施設を脱走した姉弟、その姉の方である。
 弟はと言えば、人間の姿のままであった。ただ、その瞳だけが赤く輝いている。
 ――幻覚誘発粒子が効かない人が何人かいるみたい。
 メザードから発された声は、間違いなく姉のものであった。
「僕が様子を見てくるよ。姉さんはTLTとの交渉をお願い」
 少年の右腕が、みるみるうちに姿を変えていく。蟹を思わせる、巨大な鋏であった。

 * *

 俺はいつのまにか、エスカレーターに乗っていた。前後には人、人、人。ぎっしり。鮨詰めになっていた。誰も皆、虚ろな表情。不気味だった。何が起こってるんだ?
 右手がやけに熱かった。時計がカタカタと激しく音を立てていた。俺が正気に戻れたのは、時計のおかげかもしれない。ありがとう、部長氏。
 携帯電話が鳴った。圏外になっているのに、電波が届いていた。長門からだった。いわゆる宇宙パワーだろうか。
『そちらの状況は把握している』
 長門の第一声は、頼もしい事この上なかった。
『怪獣の力によるもの。現在、デパートは強力な障壁で覆われている。救出に向かうことは難しい。だが不可能ではない。協力してほしい』
 わかった、何をすればいい?
『デパートのレストランの一つに、液体窒素を使った料理店がある。そこから液体窒素を調達して』

 * *

 外に出る方法は見つからなかった。連絡手段も絶たれていた。携帯は圏外、公衆電話も通じない。
 どうしたものか、と思っていたら。
 下りエスカレーターに、人の姿が見えた。服装と背丈から、高校生か中学生くらいの男子と判る。帽子を目深に被っていて、表情は窺い知れない。何より目を惹いたのは、その右腕。異形であった。蟹を思わせる、巨大な鋏。
 朝比奈みくるは危険を直感した。その時にはもう遅かった。驚いたことに、その鋏の間から触手が飛び出していた。先端には鋭い鉤。朝比奈みくるは、かばっていた。ほとんど反射的に。“彼”の妹を。
 背中に、熱い痛みが走った。

 * *

 液体窒素は簡単に見つかった。というかポリ容器に入れてていいのか。なんかこう、タンクに入っているイメージがあったんだが。まあいい。
 ジャストのタイミングでかかってくる二度目の電話。
『一階の正面入り口に来てほしい』
「わかった。ところで、今、外ってどんな状況なんだ?」
『トラブルでドアが開かなくなった、という形に情報操作がなされている』

 * *

「……こちら朝倉涼子。情報操作は終わったわ」
 朝倉涼子は、デパートの前に立っていた。携帯電話で、橘京子へと連絡をとる。
「あと14分は、誰も異常に気付かないと思うわ」
 カップルが一組、デパートに入ろうとした。だがその手前で、突如まわれ右。どこかへ早足で歩み去っていく。
『了解、私の方も準備は終わったのです。ところで、TLTの対応はどうなのですか?』
「駄目ね。要求は通らなかったわ。超能力者を解放するつもりはないみたい」

 朝比奈みくると“彼”の妹は、紳士服売り場に隠れていた。少年からは、辛くも逃れていた。そして今、いくつかある試着室の一つで、身を寄せ合っていた。
「……朝比奈さん、だいじょうぶ?」
 おずおずと、“彼”の妹が尋ねてくる。
「うん……ありがとう」
 朝比奈みくるは笑顔を作る。背中が、ズキン、と痛んだ。表情が、歪む。
「血、拭くね」
“彼”の妹は、なぜか、その顔を朝比奈みくるの背中に押し当てた。
「えっ……」
 朝比奈みくるは、ビク、と体を震わせた。予想外の感覚。柔らかく暖かかった。布ではない。戸惑う。……舌?
「やっぱり、朝比奈さんは、キョン君の本当の……」
“彼”の妹の声が、やけに鋭く聞こえた。
「ねえ、さっき、どうして庇ってくれたの?」
 詰問するような口調。
「朝比奈さん、知ってるでしょ。判ってるでしょ。わたしが、キョン君の本当の妹じゃない、って」
 小声で、捲し立ててくる。
「なのに、どうして助けてくれたの? 邪魔だって思わないの? わたしが今いる場所は、本当なら、朝比奈さんのものなのに……」
 朝比奈みくるは、しばらく宙に視線を彷徨わせていたが……やがて、答えた。
「はじめはね、思ってたよ。居なくなってしまえばいいのに、って。実はね、今日、映画館で会ったのは偶然じゃないんだよ。待ち伏せしてたの。でね、機会があったら、全部ばらしてやろう、って思ってたの。その子は、キョン君の本当の妹じゃないよ、って」
 けどね、と朝比奈みくるは続ける。
「あなたと一緒にいる時のキョン君って、すごくいい顔をしてるの。すごく優しそうで、楽しそうで――きっと、キョン君にとって、あなたは必要な人なんだな、って判ったの。だから、いいの。そこはあなたの場所だよ」

 * *

 その頃、古泉一樹の姿は山中にあった。地面には草一つ生えていない。砂場である。開発途中で投げ出された工事現場だった。
 走っている。全力である。追われていた。ジープに。運転席には溝呂木眞也の姿。その横には喜緑江美里。
 特訓であった。
 彼らは知らない。今、何が起こっているかを。TLTからの連絡が遮断されていた。何者かの干渉によって。

 朝倉涼子は、雑踏の中に長門有希の姿を認めた。デパートの中には、長門有希執心の“彼”が捕らわれている。救出するつもりなのだろう。
 少し考え――朝倉涼子は、見逃すことにした。
 状況は膠着していた。TLTは超能力者の解放に応じなかった。ならばと人質の一人でも殺せばいいのに、あの姉弟にはそんな度胸も無いようだった。特に弟は根性が足りない。たかだか人一人を怪我させただけ動揺するとは。
 朝倉涼子はひどく退屈だった。古泉一樹が現れれば少しは面白くなるだろうか、とも思うが、なぜか、やってくる様子はない。
 だからこそ、長門有希を止めなかった。状況が、面白くなることを期待した。

 * *

 俺は一階、正面入り口に辿り着く。ガラスの向こうに、長門の姿が見えた。手を伸ばしたが、指がドアに触れることはなかった。コツン、と見えない壁に阻まれていた。
 長門が頷く。俺も頷き返す。液体窒素の容器の蓋を、開いた。

 * *

 カツ、カツ……

 朝比奈みくるの聴覚は、近づいてくる足音をとらえた。

 シャ……

 カーテンが開かれる音。

 シャ……

 察するに、試着室を片端から確認しているようだ。見つかるのも、時間の問題かもしれない。朝比奈みくるは、意を決する。
 “彼の妹”の方を向いた。眼を合わせて、言った。
「1、2の3で飛び出すから、振り向かずに逃げて。いい?」
「でも……」
「大丈夫。これでも未来で8年間、みっちり鍛えたんだから」
 ガッツポーズで、強がって見せた。
「じゃあ、いくよ」

 * *

 俺が液体窒素を振りかけるなり、見えない壁が、割れた。長門のやつが外から何かするのが見えた。両掌が光っていた。
 そして、バリン、という音が聞こえた。手を伸ばす。指が、ドアに届く。そのまま押し開く。
 六月の湿気た風が、吹き込んできた。

 ――遥か上から、悲鳴が聞こえた気がした。

 * *

 ――助かった。
 朝比奈みくるはその場にへたり込む。もう数秒遅ければ、あの鋏に胴体を……あまり考えたくない。
 ――何があったんでしょうか。
 上から悲鳴が響いたかと思うと、少年はどこかへ走り去ってしまったのだ。仲間がいて、何かがあったのだろうか。

 少年――弟は走っていた。エスカレーターを二段飛ばしで駆けのぼる。屋上へ。果たしてそこには、姉の姿。だがその輪郭は虚ろで、透けて見えた。

 それを遠くのビルの屋上から眺めている人物がいた。朝倉涼子である。
「もしもし、京子、聞こえる?」携帯電話へと話しかける。「人質作戦は失敗よ。バリアーに穴が空いたせいで、メザードの存在確率が分散したみたい。実体が保てなくなって、干渉能力も低下しているわ。人質への催眠もじきに解けるんじゃないかしら」
 その頭上を、銀色の光が駆け抜けていく。
「……やっと古泉一樹が来たわ。お互い、見つからないように気をつけましょ。それじゃ」

 少年の判断は素早かった。
「ここは僕が引き受ける。姉さんは逃げて」
 その体が、人間としての輪郭を失う。もう一方の手からも、蟹のような鋏が伸びた。額を突き破って、鋭い角が生える。数秒で。刺々しい外見の怪獣と化していた。
 ――そっちもちゃんと逃げてね。
 姉と入れ替わるように、目の前に銀色の流星が落ちた。古泉一樹である。
「どうして、こんなことを」
 その手には白い小刀が握られている。
「今ならまだ間に合います。投降してください」
「殺されるだけだ」
「そんなことはありません。TLTは貴方たちを元に戻す方法を探すと言っています」
 少年は思わず、噴き出していた。
「あんな人体実験で、元に戻れるものかよ」
「人体実験……?」古泉一樹は訝しげな表情を浮かべる。「何を言っているんですか?」
 古泉一樹の様子から、少年は理解する。何も聞かされていないのだろう、と。そしてそこに、逃亡の好機を見出した。

 * *

 結局、事件はデパートの停電、という形で処理されたようだった。長門あたりが情報操作をしたんだろう。にしても、怪獣、か。結局俺はその姿を見ることがなかった。朝比奈さんと妹の前には現れたらしいが。なんでも、右手は蟹の鋏だったらしい。しかも、鋏の間から触手が伸びるとか。なんだその超絶生物。
 朝比奈さんの怪我だが、長門が手当てをしてくれた。助かった。病院に連れていこうにも、説明しづらいしな。怪獣にやられた、なんて言えるわけがない。
 そういえば妹の奴、朝比奈さんと一緒に逃げたのがきっかけになったのか、やけに仲良しになっていた。帰り際なんて、みくるお姉ちゃん、とまで呼んでいた。いいことだ。

 俺は自室のベットに身を沈めた。疲れていた。やれやれ、散々な一日だった。夕食を作らないといけないが、眠い。少し休もう。妹のやつ、「ちょっとお買いもの!」とかいって外に行っちまったしな。元気なものだ。若いって羨ましい。

 * *

 ぼろぼろの身体を引きずって、少年は歩いていた。
 TLTが超能力者たちに行った、非人道的な実験。それを教えることで、古泉一樹から大きな動揺を引き出すことができた。その隙に、逃げ出したのである。……無傷とは、いかなかったが。
 辿り着いたのは、町外れの神社。人影はない。賽銭箱にもたれかかる。瞼が自然と下がってくる。緊張が解けたせいか、眠気が襲ってくる。
 手放しそうになる意識を、しかし引き戻す。気配があった。怪獣の。姉のものとは違った。他にも逃げだせた超能力者がいたのだろうか。眼を開く。
 そして少年は、ほとんど本能的に、攻撃を仕掛けていた。駆り立てられていた。恐怖に。殺らなければ、殺られる。そう直感していた。こいつは悪魔だ。森羅万象あらゆるものの敵だ。鬼に会えば鬼を殺し、仏に会えば仏を殺す。そういう存在なんだ。
 少年の右腕から触手が飛び出した。鉤爪が悪魔の胸を貫いた。人間であれば心臓に当たる位置。続いて左の腕からも触手を放つ。額をぶちぬいた。脳を破壊した。その手応えがあった。少年は勝利を確信する。
 だが。
 悪魔は、動いていた。ゆらり、と。ゆっくりと距離を詰めてくる。何事も無かったかのように。少年は地面を蹴った。やぶれかぶれに、左腕を突き出す。悪魔の首に、鋏が突き刺さった。力を込めた。げっ歯類を思わせるその顔が、地面に転がった。
 そして少年は自身の目を疑う。落とした筈の首が、再び胴体から生えたのである。少年は戸惑う。動くことを忘れる。この時後ろに下がっていれば、助かったかもしれないのに。
 悪魔が、大剣のような腕を振り上げた。
「――キョン君やみくるお姉ちゃんに手を出した報いだよ」
 その言葉が、少年にとって最後の記憶になった。



[15152] 第17話 狂詩曲Ⅰ ~ the next Ⅰ ~ (5月10日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/16 18:51
 その日権藤参謀は、TLT北米本部に向かっていた。超能力者の怪獣化について、極秘会議が行われることになっていた。
 ダラスの空港から3時間、人里離れた山中に本部の入り口は存在する。さらにそこから二十分ほど地下を進んで、ようやく到着である。
 正面ゲートの前に、車は止まる。その周囲を、武装した男たちが取り囲んだ。権藤参謀はその顔に見覚えがあった。TLTの若手士官たちだった。確か、松永参謀を中心とした勉強会のメンバーだったか。情報統合思念体と協力体制にある現在のTLTを苦々しく思っている不満分子と聞いている。地球は人間のみの手で守られるべき、という過激な主張をもっているらしい。
「権藤参謀、我々と共に来ていただけませんか」
 銃を突きつけながら、士官の一人がそう言った。
「……TLTは生まれ変わります。松永参謀の元で。貴方には贖罪のチャンスを与えます。協力していただけませんか」
「何が贖罪だ」
「貴様は大罪を犯した」いつしか士官は、乱暴な口調となっていた。興奮しているようだった。「情報統合思念体や異世界の人間と癒着するばかりか、今日まで超能力者を――怪獣どもをのさばらせた。勘違いするな。我々は寛大にも償いの機会を与えてやっているのだ」
「お前たちは子供だ。自分の腕の短さを知らない」
 権藤参謀は、吐き捨てるように言った。
「人間の力だけで、地球が守れると思っているのか」
 そしてそれが、権藤参謀の最後の言葉になった。

 * *

 考えてみれば忙しい日々だった。怪獣に襲われたり、バスケットの練習に追われたり、デパートに閉じ込められたり。
 けれども週が明けてからというもの、ピタリと何も起こらなくなった。ハルヒのヤツも随分おとなしい様子。最近は、ペンタブレットを買ってきてパソコンで絵を黙々と書いている。そのうちゲームでも作ろう、なんて言い出すんじゃないんだろうな。やめてくれ。……いや、生産的な活動に従事するのも悪くないか。最近、時間をもてあまし気味だしな。
「はい、どうぞ、キョンくん」
 いつものように、朝比奈さんが煎れてくれたお茶を飲む。おいしかった。だがたまには、日本茶だけではなくて紅茶も飲みたい気もする。
 そういえば デパートでの一件以来、妹のやつは朝比奈さんに懐いているようだった。
「毎日うちの妹が電話してるみたいですけど、迷惑になってませんか?」
「ふふ、大丈夫です。この時代のこととか、たくさん聞かせてくれて楽しみなんです」
 やわらかい笑みを返す朝比奈さん。無理は……してないみたいだ。無理というと。。
「古泉、お前今日は帰った方がいいんじゃないか?」
 俺は絶賛居眠り中の古泉の肩を揺すった。
「……ああ、失礼しました。大丈夫ですよ」
 目を覚ます古泉。目の下にはうっすらと隈が見える。
「けどな古泉……」対戦時間20分のうち18分はお前の居眠りで経過してるんだけどな、と言おうとして。
「極度の疲労状態。自宅での休養を推奨する」
 長門の一言。反論を許さないような強さ、いや、無機質さだった。
「そうですね……今日はちょっと早めに失礼しましょうか」
 古泉は立ち上がろうとして、その体がぐらりと傾いた。危ない!
「……ありがとうございます」
 俺の腕の中で古泉は呟いた。転びかけた古泉を、俺は受け止めていた。
「気をつけろよ。一人で帰れるか?」
「ええ、大丈夫です」
 二の腕をかかげてガッツポーズ。……やつれた顔のせいで、痛々しい姿でしかない。
「ハルヒ、今日は俺も帰るぞ」
 放っておくと、生き倒れになりそうな気がするしな。送っていこう。

 ハルヒのやつからは意外とすんなりOKが出た。俺は古泉と共に学校を出た。
「デパートの事件の時、怪獣を追い払ってくれたんだってな。ありがとう」
「いえ、当然のことをしただけですよ」
 危なっかしい足取りの古泉。バイト――怪獣との戦いで疲労が蓄積しているのだろうか。
「手伝えることだったら手伝うから、いつでも相談してくれよ」
 だんだんと古泉の住むマンションが近づいてくる。
「古泉、お前一人暮らしなんだっけ」
「ええ」
「メシとかちゃんと食ってるのか? カップラーメンとコンビニ弁当の残骸が部屋に積もってたりしないよな」

 ……返事は、なかった。沈黙が雄弁に答えを教えてくれた。

「ちょっと寄り道するぞ」道を一本ずれれば、傍にスーパーがある筈だ。「カレーは嫌いか?」
「いえ、大丈夫です。ですがそこまで気を遣っていただかなくても……」
「いいんだ。いっつも世界を守ってくれてるんだろ。ちょっとくらい、お返しをさせてくれよ」

「片付いていなくて、すみません」
「男の一人暮らしなんて、そんなもんだろ、気にするな」
「何かお手伝いしましょうか」
「俺が好きでやってるんだ。気にせず、寝ててくれ」
 古泉のやつはそれでも三分に一回くらい、「できることはありませんか」などと聞いてきたが、やはり疲れていたのだろう。いつのまにか眠りに落ちていた。

 人間ってのは寝ている時、意識を失っているもんだが、それ以外の部分、五感なんかはいつも通りに機能してるんじゃないんだろうか。例えば授業中の居眠り。授業終了間際になると都合よく目が覚める、なんて経験はないだろうか。あれは、五感が生きてるからこその現象だと思う。
 なんでこんなことを考えたかと言うと、カレーができると同時に古泉の奴が目を覚ましたからだ。俺は何も言ってないのに。
「すごいですね、カレー粉のカレーなんて、はじめてですよ
「レシピ通りにやっただけだ。さ、食え。レトルトよりは旨いはずだ」
 男二人だけあって、鍋の中身はあっという間に減っていく。と言うか古泉、細身のわりにかなり食べるんだな。明日の分も作ったつもりが、鍋は気がつけばカラッポになっていた。
「ごちそうさま。おいしかったですよ。元気が出てきた気がします」
「それは寝たからじゃないか? ま、よかったらそのうち、家に来いよ。1回500円で食わせてやるから」
「では、今回の分をお支払いしましょうか」
「待て待て、冗談だ冗談。さて、そろそろ帰るかな」
「下まで送りますよ」
 そして、マンションの一階、正面玄関に来た時だ。
「……つかぬことをお伺いして、よろしいでしょうか」
 古泉のやつは、やけに真剣そうな、いや違う、妙に不安そうな様子だった。視線が彷徨っていた。
「もし、自分の信じていたことが――いえ、もう少し具体的に言いましょうか。例えば、その」
 古泉のやつはしばらく、あの、だの、その、だのといった不明瞭な指示語を並べていたが、やがて意を決したように。
「仮定の話ですが、僕の言ったことが何もかも嘘だったとしたら、どう思いますか?」
「何もかも、って、どこからどこまでだ」
 古泉と出会ってから二カ月、交わした会話は数知れない。
「そうですね。例えば、涼宮さんには願望を実現する能力なんてなくて、この世界を狙う侵略者なんて居なかったとしたら、いえ、それどころか僕こそが侵略者の手先だとしたら……」
「そりゃ、おっかない話だな。でもな」俺は思い返す。これまでの古泉との関わりを。「俺は二回、デパートの件も入れれば三回、お前に助けられている。それは覆しようのない事実だろ」
 ええ、と古泉は答える。
「なら、何も変わらないよ。助けてくれて、感謝してる」



 ――僕の言ったことが何もかも嘘だったとしたら、どう思いますか?

 帰り道、俺は古泉の言葉を思い出す。『機関』で何かあったんだろうか。機密文書を入手して、とんでもないことを知ってしまったとか。そんな妙な妄想を抱かせるような態度だった。数日後に謎の転校、なんてことないよな……て待てよ。もしそうなったら、俺も危ないんじゃないか?
 人の視線を感じたような気がして、振り返る。誰も居ない。パチパチと切れかけの街灯が瞬いていた。しばらく歩いてから、もう一度後ろを見る。気のせい、だよな……急いで帰ろう。
 その日は寝るまでずっと、誰かに監視されているような気がしていた。俺は不安を感じつつ……少しだけ、高揚感を覚えていた。何か起こるんじゃないかと、不謹慎にも期待している自分が、いた。

 次の日、文芸部の部室のドアを開けた俺を出迎えたのは、悲鳴。
「ひゃあああああああああ!!!」
「何覗いてんのよ、このバカキョン!」
 俺はすぐさま閉めた。着替えの最中だった。
「昨日はどうも。部室、入らないんですか?」
 古泉がやってくる。
「今日はコスプレの日らしい。俺たちはここで待機だ」
「なるほど。では待ちましょうか。楽しみですね」
「ああ、楽しみだな」
 古泉のやつは、ほう、と少し驚いたようだった。
「あなたからそんな言葉が聞けるとは、意外でした」
「そうか?」
「いつものあなたなら、やれやれ、なんて言って興味なさそうなふりをするところかと」
「ま、そうだな」
「やけに素直ですね、風邪でもひきましたか」
「いや、なんだかそんな気分なんだ」
「多少は心を開いてくれた、ということでしょうか」
 ふふ、と古泉は笑う。
 俺たちの会話の切れ目を見計らったわけではないだろうが、「もういいわよー」とハルヒの声が聞こえた。中ではチャイナ服の三人娘が俺達を出迎えてくれた。
 いつもと違う格好をする、というのは、気分を高揚させるものらしい。ハルヒが大はしゃぎだったのは当然として、朝比奈さんや、無感情の代表格みたいな長門まで、楽しんでいるようだった。
 ……俺も、一度くらいコスプレしてみてもいいかもしれない。タキシードとか、いや、カエルの気ぐるみはどうだろう。
 俺は珍しく、そんなことを考えていた。普段なら、やれやれ全くハルヒのヤツは、なんてキザなモノローグを並べているところだろうけど。たぶん、突然平和になったせいで、調子が狂ってるんだろう。

 いまひとつ起伏のない平日が過ぎ、休日がやってくる。
「ねえねえキョンくん、動物園、いきたいな。今、カピバラって動物にさわれるんだって!」
 一瞬、頭の中をよぎったのは、先週の事件。似たようなことが動物園で起こるんじゃないんだろうか。
 ……まあ、大丈夫だろう。いざとなったら、長門や古泉もいる。
「あ、そうそう、みくるお姉ちゃんも来るからね!」

 * *

『ねえ、みくるお姉ちゃん。わたし、キョン君にきちんと話そうと思うの。本当のこと』
 金曜日の夜。動物園に行く前の日。電話の向こうで、“彼の妹”はそう言った。
『やっぱり、キョン君に何も知らせないままってのは、よくないと思うの。……四年間騙し続けてきたわたしが言うな、って話なんだけどね』
「ううん、そんなことないよ。いいんだよ。わたしに、なにか手伝えること、あるかな?」
『じゃあ、ひとつお願いしていい?』
「うん、いいよ」
『キョン君にお話しする時、みくるお姉ちゃんにも居てほしいの。動物園の帰りに、言おうと思うの。いいかな』
「うん、一緒に頑張ろうね」

 * *

「ねえねえみくるちゃん、いま、ありくいさん動いたよ」
「ふふ、のんびりしててかわいいね」
 アリクイの檻の前で、妹と朝比奈さんがはしゃいでいた。俺は、その後ろ、ベンチに座ってそれを眺めている。
 溜息。
 ……退屈だった。
 ふとした瞬間、期待している自分がいた。檻の中の動物が暴れ出したり、動物園を覆うバリアーが発生することを。先週みたいな事件が起こることを。

 ――もう一回、新宿大災害みたいなのが起こればいい、って!

 昔、そんなことを言ったハルヒに、俺は怒りを覚えたが、これじゃあ、人の事も言えないか……いや! そんなわけがない。俺はハルヒとは違う。俺が思っているのは、あいつが言う大災害なんかじゃない。もっと小規模なものだ。俺はハルヒみたいな性格破綻者じゃない。
 そんなことを悶々と考えているうちに、閉園時間がやってくる。動物園近くのファミレスで夕食を済ませる。
 そして、朝比奈さんを家に送っていく途中のことだ。
 青いジャージのようなものを着た集団に出くわした。道の前後から挟まれる形で。逃げ道はなかった。
 有無を言わさず、俺たちは拘束された。いや、妹だけは別だった。取り囲まれ、銃を突きつけられる。
 
 やめろ、と言う間も無かった。光が網膜を焼いた。銃声が鼓膜を震わせた。

 ――道路の上に、赤い液体が広がった。

 ドサリ、と、何かが倒れた。何か? 現実逃避するな。判っている。何かじゃない、誰かだ。誰だ? 判っているだろう?

「再生器官を抉り出せ! 蘇る前に仕留めるんだ!」
 男たちは一斉にナイフを抜いた。妹の体に、殺到する。死肉に群がる鴉のように。
 何かが放り投げられて、俺の額に当たった。小さな手だった。

 ……頭の奥が、ズキリ、と痛んだ。

 * *

 古泉一樹もまた、窮地にあった。溝呂木、喜緑と共に崖の下の洞穴に身を隠していた。
「今は人間同士争っている場合じゃないのに……」
 古泉一樹は思い出す。特訓の最中現れた、TLTの戦闘部隊を。彼らはためらいなく自分たちに銃を向けてきたのである。
「奴らからすれば、俺たちは人間ではないのだろうよ」溝呂木は皮肉気な笑みを浮かべて言った。「言っていただろう、『怪しい光の力も、エイリアンの力も要らない』とな」
「ですが、何も今のこの大変な時期に……TLTだって、まだ完全に立ち直れてないのに……」
「人間にはそのような者もいる。本当に倒すべき敵から目を逸らし、仲間内で脚を引っ張りあうことに夢中になってしまう人種がな」
 それから溝呂木は、喜緑に話しかけた。
「喜緑、何か情報は入ったか?」
「難しいですね。情報統合思念体も、過激派・革新派の内乱からまだ回復しきっていませんから」
「お前の機能も制限されているか」
「はい。ですが、以前までの情報から状況は推測できます」
「聞かせてくれ」
「情報統合思念体と協力路線を取る現在のTLTに不満をもつ人間はそれなりに存在していました。彼らによるクーデターと考えられます。中心人物は、おそらく、松永参謀でしょう」
「松永、か。ひどい偶然だ」
 どういうことでしょうか、と古泉は問いかけた。
「向こうの世界にも、松永という男が居た。ヤツは、ずいぶんと拘っていた。人間の手で地球を守ることにな」
「……こちらの松永参謀も、同じなのかもしれません」
 古泉一樹は思い出す。先程のTLT戦闘部隊の言葉を。

 ――地球は人類の手によってのみ、守られるべきなのだ!

 溝呂木は嘆息した。
「適能者というのは、常に追われる運命にあるのかもしれんな」
「向こうの世界でも、こんなことが?」
 古泉の言葉に、溝呂木はうなずく。
「俺が知っているのは二人だが、どちらも拉致され、死の間際まで追い詰められた」
「……なんて、馬鹿な真似を」
 古泉一樹の顔には、ありありと嫌悪感が浮かんでいた。
「そうだな。――む」
 突如、溝呂木は明後日の方向を向いた。古泉も感じ取っていた。

 閉鎖空間の発生を。

 古泉一樹は、動かなかった。
「行かないのか?」
 溝呂木の言葉にも、返事をしない。
「今のお前ならば、鏡を経由しなくとも閉鎖空間へ行ける筈だ」

 しばらくして古泉一樹が返した言葉は。

「彼らが地球を守りたいと言うなら、守らせておけばいいじゃないですか」
 ひどく冷たい口調。
「せいぜい頑張ればいいんです。大口をたたいた責任を、果たしてもらおうじゃないですか」
「本気で、言っているのか」
「これまで僕は、戦ってきました。超能力者を殺しました。操られているだけの善良な怪獣を殺しました。その果てがこの結末なら、僕は、もう……」
 戦いたくない、と言うのは、憚られた。口にした瞬間、何かが終わってしまうように思えた。
 古泉一樹自身、本気で言っているわけではない。拗ねているだけだった。自覚もあった。だが、気持ちを切り替えられるほど大人ではなかった。
「人間は、苦しい時ほど、脚を引っ張り合う。他者を貶めて、感情の発散を行いたがる」
 だが、と溝呂木は続ける。
「俺もお前も、もはや人間ではない。光を得た時からな。まるで人間のように、本当の敵から目を逸らすことは許されん」
「……僕は、そんな風に割り切れません」
「ならせめて、お前が感じている感情を、叩きつけろ。憎しみと言う形でも構わん。お前が倒すべき敵に、だ」

 * *

 それはゴーグルのように大きな目をした怪獣だった。背中には四枚の翅。その質感は蛾を思わせる。灰色である。対照的に、腹部は赤を中心としたサイケデリックな色合いである。

 ――蛾超獣ドラゴリーです。口からの火炎と、腕からの生体ミサイルに気をつけてください。

 喜緑江美里の声が頭に届く。古泉一樹はふと疑問に思う。初めて見る怪獣だと言うのに、どうしてそこまで判るのだろうか。
 怪獣が咆哮した。古泉一樹はひとまず、目の前の戦いに集中しようとして……思い出してしまう。

 ――ワタシハ、アラソウツモリハ、ナイ。

 前回の怪獣は、何者かに操られていた。今回も、そうなのではないだろうか。どこかの世界のどこかの宇宙で平和に暮らしていた罪のない生物なのではないだろうか。
 その躊躇が、古泉一樹を後手に回らせた。ドラゴリーの手首、扇状の鱗からミサイルが放たれた。全部で20発。

 古泉一樹は思い出す。溝呂木との特訓を。改造されたピッチングマシーン、毎秒10発で放たれるボール。計100発。古泉の手あったのは、3個のボール。あれに比べれば、はるかに簡単だ。

 古泉一樹――ネクサスは腕から半月の光線を放った。5発。ミサイルを相殺。弾幕に間隙が生まれる。円形の空間に飛び込む。残る15発のミサイルが、ネクサスの身体を掠めて通り過ぎた。ネクサスはその勢いのまま、突き進む。ドラゴリーの口が開いた。火炎が広がった。だがネクサスは身をかがめて回避していた。同時に、右腕を一度振っていた。その腕から伸びるは光の刃。
 ドラゴリーの頭が、落ちた。

 * *

 脳の奥が焦げ付くような感覚があった。頭痛はますます酷くなっていた。地面に転がった小さな手から、視線を逸らすことができなかった。フラッシュバック。崩れ落ちる瓦礫。その下から伸びる手。……なんだ、これ。俺は知らない。知らない。

 絶叫が、俺の意識を現実に引き戻した。信じ難い光景が広がっていた。何人かがその場に倒れていた。ある者は首から上を失っていた。ある者は腹からこぼれた腸を必死に戻そうとしていた。

 そして俺は見た。男たちの中心に立つ、おぞましいものを。怪獣? 違う。こいつは天敵だ。人類という種は、食物連鎖の頂点なんかじゃない。その上に位置する何かだ。逃げなければ、食われる。本能的がそう告げた。
 暴れる。思ったより簡単に拘束は外れた。俺を捕まえていた男も、突然の事に驚いていたのかもしれない。
 俺は朝比奈さんを捕まえていた男に体当たりする。それから朝比奈さんの腕を掴んで走りだした。
「逃がすな! 撃ってもかまわん!」
 銃声が、響いた。

 ――視界が、意識が、閉ざされた。



[15152] 第18話 狂詩曲Ⅱ ~ the next Ⅱ~ (5月16日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/24 20:18
 銃声。
 浮かぶイメージ。割れた頭蓋。零れる脳。裂けた腹。漏れる腸。千切れた手。死体。死骸。死肉。左胸に瓦礫の突き刺さった男。
 遅れてやってくる事実。背中から左胸に突き抜ける熱。銃弾。手を当てる。指の間から温かい液体が零れた。心臓が一度、激しく鼓動した。それきりだった。動かなかった。視界の端から暗闇が広がって、ブラックアウト。

 意識が復活した時、俺の視界は九十度ほど狂っていた。本来ならば縦になっているものが横になっていて、つまりブランコが左から右に生えているのを見て、ああ俺は今横になっていて公園で寝っ転がっているのだと理解した。左下に地面があるのと頬の感覚から、ベンチの上だろうと推測。
「やあ、お目覚めかい?」
 無理に押さえつけたような低い声と、ぎこちない男言葉。女の子が俺を覗きこんでいた。
 猫のような釣り目だった。見覚えがあった。
「……佐々木、か?」
「ほう、初対面で名字を言い当てるとはね。名前の方はどうかな」

 俺は「それは姉の名前だよ」という返答を期待しつつ答えた。

 というのも、目の前の女の子の顔は知り合いによく似ていたが、明らかに幼かったからだ。妹だろうと見当をつけていた。だが返ってきたのは、
「その通りだ。君は超能力者か何かなのかな」
 感心したような表情。
「起伏のない毎日が続いて20世紀が終わるのかと思っていたら、こんな興味深いイベントが起こるとはね」
 俺は今の言葉に引っかかりを感じる。20世紀が、終わる……?
「すまない、今って、平成何年だ?」
「平成は判らないけれど、西暦では、1999年だよ」

 俺は理解する。信じ難い話だが、どうやら俺は過去に飛ばされたらしい。先々週は閉鎖空間、先週はデパート、そして今週は過去、か。週一回のペースで俺は厄介事に巻き込まれる体質になってしまったのだろうか。
 さて、今が1999年ということなら、目の前の女の子の正体も明らか。佐々木――中学三年生の時、仲の良かった女子――の、昔の姿なんだろう。このアンバランスなほど大きな釣り目も、あと数年するといい感じに均整が取れてくるはずだ。

「さて、それじゃあ僕の方からも質問させてもらおうか。君はどこから来たんだい? いや、“いつ”から来たのかと尋ねるべきかな」
 佐々木はやけに鋭い質問をぶつけてくる。
「もし君が公園の入り口から歩いてきてここに寝転んだなら、もしくは僕が来る前からここに寝ていれば、そんなことは訊かないさ。いや、そもそも話しかけもしないね。君は実に不可思議な登場をしたんだよ。僕の隣で、光がふわっ、と広がってね。なんだと思って視線を向けたら、君がすうっ、と現れたんだ。浮かび上がるようにね。この時点で、常識的な発想をすべき相手ではない、って解ったよ。加えて今の質問。平成何年だ、といったね。時間を気にしているんだから、まあ、時間の迷子というやつじゃないかと思ったんだよ」
 なるほど、察しの良さは小さいころから、ってわけか。じゃあきっと、適当なことをいっても嘘だと見抜かれてしまうだろう。俺は正直に答えることにした。
「未来だ。数年後のな」
 なぜか、佐々木は眉をひそめた。残念だな、と小声で呟いた。
「人類は滅びていないわけ、か。君が現れた時は、願いの叶う予兆かと期待したんだがね。まあいい。ところで君は今、暇かい?」
「ああ」
 朝比奈さんみたいに、何か使命を負って過去にやってきたわけじゃないからな。
「なら、よければ僕の愚痴に付き合ってくれ」

 佐々木(幼)、いや、佐々木(若)? まあ佐々木でいいか。ともかく小さいころの佐々木の話に相槌を打ちながら。俺はここに至る経緯について考えたりしていた。
 たしか今日は朝比奈さんと妹を連れて、動物園に行く予定だった。9時に駅前で待ち合わせ。間に合うように早めに起きた。それから……記憶が抜けている。あるべきものがなくなっている違和感。何かが起こった、という認識が漠然と残っている。
 いったいどうして、俺は過去に飛ばされてしまったのだろうか。
 まあいい。判らないことを考えるのは時間の無駄だ。どうせ後々、古泉か長門が説明してくれるだろう。助けにくるついでに、な。俺にできることなんて限られてる。せいぜい、今は佐々木の話に付き合うくらいしかできない。

「親というものを選べるなら、もう少しマシな人生になったと思わないかい?」
 そこに至るまでの会話の流れはどうだったのだろうか。考え事に気を取られていて、あまり真剣に聞いていなかった。もしかすると、唐突にポン、と出てきたのかもしれない。ともかく佐々木は、随分と真剣な表情をしながら続けた。
「実は今、僕の両親と姉、伯父夫婦、それにいとこたちはディズニーランドに行っていてね。僕も連れて行かれそうになったんだ。まったく。遊ぶ時間よりも待ち時間が長い場所なんて、つまらないと思わないかい。そもそも僕は、人間が集団で存在する場所にいるだけで吐き気がするんだ。だというのに大人どもは、いつもいつも鬱陶しい場所に僕を連れて行こうとする。もはや虐待だよ、これは。人格の不一致を理由に、離縁したいところだ」
 一方的に、捲し立ててくる。
「まあせめてもの反撃として、混雑この上ない電車に乗り込む寸前で抜け出してみたんだよ」そこで一度、佐々木は言葉に詰まった。「……彼らとしてはせいせいしただろうさ」少し、声が震えていた。「僕みたいな面倒な子供なんて、いない方が楽しいだろうからね。ところで――」
 それまでの感情的な口調から一転、いつもの佐々木に戻る。
「君はここがどこか把握できているかい?」
 佐々木がいるんだから、まあおそらくは。
「三宮のあたりか」
「残念。あれを見たまえ」
「もう少し詳しい場所が推測できるはずだよ。あれを見たまえ」
 指差した先の建築物は、二つのビルが繋がったような形。“凹”の字に似ている。
「都庁、つまり、新宿さ」

 * *

 新宿歴史博物館。新宿中央公園と新宿駅の中間に位置し、旧石器時代から今までの新宿を伝える場所である。最近の目玉は卵の化石。大きな卵である。展示のために、新しく一辺20メートルの台を設けなければならないほどであった。
 周囲には、大勢の人だかりができていた。彼らは興味深げに卵の表面を視線でなぞったり、説明のパネルを眺めたりしている。中には携帯電話のカメラで写真を撮っている者もいた。
 そこから離れた展示室の隅に、上下黒の服に身を包んだ男の姿があった。山岡一である。新宿大災害の時点では、まだ、彼は生存していた。
 山岡一は服の中から、丸い物体を取り出す。水晶玉。そこから一筋の、赤い光が伸びた、卵へと。
 卵が、激しく揺れた。

 午後2時56分45秒。
 この瞬間から、死者4346名、行方不明者3名、負傷者29734名を出した大災害が始まったのである。

 * *

 くつくつと佐々木は笑っていた。
「なるほど、やっぱり君は予兆だったようだな。まさか生きているうちに怪獣をこの目で見られる機会があるとはね。長靴のような見た目……ふむ、ツインテールというヤツかな。昔も、新宿の工事現場に現れたそうだ。いやはや、それにしても20年ぶりの怪獣災害、か」
 20年、ぶり……? じゃあ昔から怪獣がいたっていうのか? そんな馬鹿な。怪獣なんてテレビの中だけだろう。もしかして俺は、過去じゃなくて異世界に飛ばされたのか。……って、そんな悠長に考えている場合じゃない!
「逃げるぞ!」
 長靴怪獣はすぐ近くまで迫っていた。俺達の左右を、逃げ惑う人たちが走り抜けていく。
 だというのに。
「必要ない。ほら、空だ。予定調和は健在のようだね。こちらも20年ぶり、か」

 俺は見た。
 太陽を背負って降臨する、銀の翼を。
 そして眩く輝く、白銀の巨人を。
 ――ノア。
 その姿を目にした時、名前が自然と浮かんできた。俺は、この巨人を知っているような気がした。
 翼の先端から。ひときわまばゆい閃光が放たれた。それは雷。ツインテールの身体を灼き、炭の塊へと変える。あまりにあっけない決着だった。

 * *

 山岡一は水晶を掲げた。すると、今や炭の塊となったツインテールの死体が、さかさまに浮き上がった。
 下にあった頭が、上に位置する。体が激しく振動した。炭がぼろぼろと落ちていく。
 その下から現れたのは、青い鱗。別種の怪獣が、姿を現す。巻貝を思わせる丸い輪郭。
 ノーチラスタイプビースト・メガフラシ。
 さらに山岡は、小さなガラス球を12個、高く放り投げた。
 途端、白銀の巨人――ノアを取り囲むように、黒い煙が沸き上がった。その中から現れたのは、黒い巨人。頭には冠状の突起。
 ――闇の巨人、ダークファウスト。

 * *

 俺は既視感を覚える。
 ――白銀の巨人。それを取り囲む黒い巨人。
 かつてハルヒと共に飛ばされた閉鎖空間、その再現だった。
「ほう、面白くなってきたじゃないか」
 そういう佐々木の表情は、まるで愉快な見世物を見るかのようだった。……目前に危険が迫っているというのに。
 佐々木はくつくつと笑う。その姿に、俺は。
 ――新宿大災害みたいなのが、もう一発きたら素敵だって!
 あの時のハルヒを思い出した。

 * *

 白銀の巨人――ノアは、掌を掲げた。ブリザードが放たれ、正面の黒い巨人を凍結させる。振り返りながら放った拳の一撃が、背後の2体目を空高く打ち上げる。それきり落ちてこなかった。3体目は手刀で袈裟掛けに斬られて絶命した。
 4体目と5体目は、同時に左右から殴りかかった。だが拳の先にノアは居なかった。姿が消えていた。再びノアが現れた時、二体は既に首を落とされていた。
 この5体は囮だったのかもしれない。彼らが戦っている間に、残る7体のダークファウストは準備を終えていた。一斉に腕を十字に組む。放たれる七筋の赤い光線。絡み合い溶け合い、一つの巨大な奔流となって、ノアを呑み込もうとする。
 だがノアの胸で真紅のクリスタルが輝くと、光線は見る見るうちにそこへ吸い込まれていった。
 ノアは右腕の手首に、左拳を打ちつけた。プラズマが何重にも瞬いた。放たれる必殺光線。七体の黒い巨人は、一瞬にして光の粒子へと分解され消滅した。

 ――吸収などせず回避していれば、無駄なエネルギーを使わずに済んだのにな。
 山岡一はほくそ笑む。ダークファウスト達を倒したノアは、今や、その場に膝をついていた。光線の吸収――ノア・リフレクションの反動である。
 山岡一は解っていた。ダークファウストの光線を、ノアは受け止めるしかないことを。回避すれば、新宿が火の海になってしまうのだから。
 ――世界移動で消耗しているところにこの戦いだ。あともう少し追い詰めれば、ノアの力を維持することも難しくなるだろう。
 山岡一は水晶を掲げた。それは合図だった。ダークファウスト達の後ろに控えていた怪獣――メガフラシが動き始めた。

 * *

 一方、現代。

 古泉一樹たちは、廃ビルの一室に身を隠していた。
「……今、情報統合思念体から連絡が入りました」
 喜緑江美里が告げたのは、驚くべき事件だった。
「涼宮ハルヒが、拉致されたとのことです」
「犯人は、TLTの過激派ですか?」古泉一樹は思い出す。彼らは言っていた。人間の力だけで地球を守る、と。ならば頼みにするのは、やはり、涼宮ハルヒの願望実現能力だろう。
「いいえ、違います。朝倉涼子と橘京子です」
「橘さん!? どうして……それに朝倉涼子、とは」古泉一樹の知らない名前だった。
「TEFI端末の一人です。もっとも、情報統合思念体の制御を離れて、独自に行動をしているようですが」
「そいつらの目的は、何だ」溝呂木である。「TLTの過激派に渡すよりも、そちらの方がマシ、ということはないのか」
「いえ、危険でしょう。おそらく彼女たちは、レーテを解放しようとするでしょうから」



[15152] 第19話 狂詩曲Ⅲ ~ the next Ⅲ~ (5月24日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/05/24 20:19
 ダークファウストたちの姿は、孤門一輝の心を微かに揺るがせた。亡き恋人の姿を思い出さずにはいられなかった。
 ――孤門くんなら、きっと守ってくれるって。
 そこまでは、山岡一の意図どおりだった。だがそれは、孤門一輝の戦意を奪うに至らない。その逆であった。
 世界移動に加えてノア・リフレクションの反動。ノアは、孤門一輝は消耗しきっていた。だが依然としてノアは立っていた。戦っていた。意思一つで、その身を支えていた。理不尽に奪われる命があってはならない、と。守らねばならない、と。

 メガフラシの甲殻から、虹色の輝きが広がる。その巻貝のような身体が、ふわりと浮かび上がる。高く高く登り――落下。
 両腕を掲げ、ノアは巨体を受け止める。さながら天蓋を支えるギリシャ神話の神のように。足元でアスファルトがめくれあがり、地割れが走った。巻き込まれていくつものビルが倒壊する。都庁が真ん中から二つに折れ、JR新宿駅に突き刺さった。
 ノアの翼から、稲妻が迸る。ツインテールを一瞬にして炭化させた必殺技、ノア・サンダーボルト。だがそれはメガフラシに届かない。虹色のベールが雷を遮っていた。

 山岡一がメガフラシを選んだのは、時間を稼ぐためであった。虹色の光はエネルギーを遮断する効果を有している。ノアが万全の状態であったなら、そんな小細工も意味をなさなかっただろう。しかし今、ノアは本来の力を発揮できずにいる。稲妻は虹色の光を突破できないでいた。
 ノアがメガフラシにかかりきりになっている今こそが、山岡一にとって最大の好機であった。
 手の中で、水晶が輝き――新宿は、地獄に変わった。
 マンホールの蓋の下から、水道のパイプから、ナメクジのような生物が何匹も這い出した。ブロブタイプビースト・ぺドレオン。その身体の中に飲み込まれた人間は、数秒と置かずに分解され吸収された。
 太陽が真っ黒に染まった。皆既日食のように。だが違う。太陽を遮ったのは、虫の大群。インセクトタイプビースト・ビーセクタ。虫たちは戦闘機のような爆音を立てて飛来する。逃げ惑う人々へと。それらが駆け抜けた後には、もはや人影は消え、ただただ赤い水たまりが広がっていた。
 瓦礫の陰から、むくりと身を起こす毛むくじゃらの怪物たちがいた。インセクティボラタイプビースト・アラクネア。その爪は人間の身体を骨ごと引き裂いた。
 ビーストたちは容赦なく襲いかかった。老若男女人種の区別なく。アルジェリアの旅行者が、ボリビアの科学者が、タイの外交官がその生涯を終えた。橘京子は胴体をアラクネアに食い破られて絶命した。後にコンピューター研究会の部長になる人物は、ビーセクタたちに左腕を食われ、出血多量でショック死した。

 * *

 俺は逃げていた。佐々木の手を引いて。地面を這いまわるナメクジや、列車みたいな勢いで飛び回る虫や、毛むくじゃらの怪物たちから。
 空にはいつの間にか、赤い裂け目が広がっていた。裂け目の向こうに何があるか見ようとして、たちまち遠近感を失う。ふらつく。同時に俺は思い出す。昔、新宿で同じものを見た。今と似たような状況だった。妹の手を引いて逃げていた。怪獣から。ここが過去なら、当時の俺もどこかにいて、同じ空、同じ裂け目を見ているのだろうか。
 待て、おかしいぞ。
 新宿大災害は、こんな怪獣映画みたいな事件じゃなかった。隕石が落ちてきて……じゃあ、今、俺が思い出したのは何なんだ。怪獣だらけの新宿を、妹と一緒に走り回った記憶。妹のやつは瓦礫に躓いて。そこに毛むくじゃらの怪物が現れて……
 手をぐいと引っ張られて、俺は我に返った。
「そろそろ疲れたんだけどな。歩かないかい」
 こんな異常事態だってのに、佐々木のやつはいたって平然としていた。
「どうせ死ぬときは死ぬんだ。そもそも僕が死んだところで誰も困らないだろう。両親だって、せいせいするだろうさ」
 佐々木のその言葉が聞こえたのだろうか。
 空を八の字に飛びまわっていた虫たちが、動きを止めた。無数の視線が、俺を貫いて佐々木に集まっているのがわかった。
 虫たちは殺到した。佐々木へと。

 * *

 やがて雷が、虹のベールを打ち破った。爆発と共に剥がれ落ちる甲殻。稲妻に打たれ、メガフラシの身体が粒子へと分解されていく。ノアにできるのはそこまでだった。……ビースト細胞を完全に消滅させるだけの力は、もはや残っていなかった。
「……ずいぶん時間がかかったなあ、ノア」
 ノアの瞳が、地面に突き刺さった都庁の上に経つ人影を認めた。山岡一である。その目が赤く輝く。
「20年かけて、俺はこの日この場所に世界中すべての適能者を集めた」
 山岡一の言葉と共に、ノア――孤門一輝の脳裏に、いくつもの映像が送り込まれた。
 胴体を食い破られて死んだ少女。腕からの出血多量で死んだ少年。背中を脊髄ごと抉られた少女。
「お前がメガフラシとばかり遊んでいるから、この世界の適能者は、一人残らず死んでしまったじゃないか」
 哄笑が響く。勝ち誇ったように。ひとしきり笑うと、山岡一は天を指差した。そこに走った赤い亀裂は時間と共に大きさを増していた。
「間もなく、俺の本体がこの世界に108体のイズマエルを送り込む。ノア、貴様に戦うだけの力が残っているか。無いだろうな。適能者を乗り換えて力を補給するか。それも無理だな」
 再び、山岡一は笑った。高らかに。
「さあ、どうする、ノア? 孤門一輝?」

 ――ノアの身体から、光が広がった。

 * *

「……大丈夫か?」
 危機一髪だった。俺は覆いかぶさるようにして、佐々木をかばていた。虫どもは俺の真上すれすれを走り抜けて行った。背中がやけにスースーとした。服を齧られたのかもしれない。
「なぜ、助けたんだい?」
 佐々木のやつは、心底不思議そうな顔をしていた。
「僕がいようがいまいが、世界はたいして変わらない。僕が行方をくらましたと言うのに、両親は電話すらかけてこない。それなら別に――」
 だが佐々木の言葉は遮られる。まばゆい光によって。
 俺は見た。白銀の巨人の身体が、粒子となって広がっていくのを。赤い亀裂がみるみるうちに塞がった。
 粒子が雪のように降り注いだ。虫が、ナメクジが、怪物が消えていく……


 * *


 一方、現代。
 TLT過激派の動きを、朝倉涼子はいち早く察知していた。
「彼らが完全に主導権を握ったなら、研究所に囚われた超能力者たちは全員、殺されるでしょうね」
「助けることはできないのですか」
 橘京子が不安げに尋ねる。
「今のあなたでは、たぶん無理ね。けれど方法が無いわけじゃないわ」
 突然に、朝倉涼子が姿が消えた。再び現れたのは、ちょうど24秒後のこと。その背中に、一人の少女を背負っていた。涼宮ハルヒである。意識を失っているのか、力なく朝倉涼子にもたれかかっている。
「情報統合思念体の力が弱まっている上に、TLTはクーデターで混乱中。おかげで簡単だったわ。他ならぬ涼宮ハルヒが人質なんだから、いくらTLTでも要求に応じざるを得ないんじゃないかしら」

 それから14時間後。朝倉涼子たちの姿は、東京近郊の山中にあった。
「しばらくは、この森を抜けた先の廃墟に身を隠すわ。あそこならTLTの過激派でも手を出せないもの」
 ……その建物を見た時、橘京子の心の中に浮かんだのは不安だった。今にも倒れるのではないか、という。四角錐を逆さにして地面に突き刺したような形の建物。ひとたび地震が起これば、倒れてしまうのではないかと思った。
 橘京子はしげしげと建物を眺めまわし……その入口に人影を見つけた。目を凝らすと、人影は消えた。と思いきや、すぐ前に現れていた。瞬間移動でもしたのだろうか。現れた人物を橘京子は知っていた。TEFI端末の一人。長門有希。
「これまでの貴女の行動は情報統合思念体にとって有益だった。情報爆発を引き起こしていたから。だから黙認されていた」
 その言葉は、橘京子ではなく、朝倉涼子に向けられたもののようだった。
「別に認めてもらおうなんて思ってないわ」
「だが涼宮ハルヒへの直接的干渉は許可できない」
「なんで許可なんて必要なのよ。馬鹿みたい。あんな脆弱な行き詰まりの劣等生命体の言うことなんて、たとえ死んだって聞くつもりはないわ」
 朝倉涼子が、ナイフを抜き放った。

 ――そして、橘京子の視界から、朝倉涼子と長門有希の姿が消えた。

 二人は戦いの場所を、亜空間へと移していた。赤い空の下、どこまでも荒涼たる地平が広がっている。
 朝倉涼子の手からナイフが放たれた。それは空中で分裂し、無数の針となった。だが長門有希が掌を掲げると針は動きを止め、地面に転がった。
 長門有希の左手首がリング状の光に覆われた。そこに右手を添える。光が形を結ぶ。小さな矢のような形。投擲。矢は一直線に飛ぶ。朝倉涼子はナイフを投げて矢を撃ち落とした。
 次に動いたのは、長門有希だった。何事か呟くと、さっ、と後ろに飛びのいた。突如、足元の空間が裂けた。そこから這い上がってきたのは、車のガレージ。違う。ロボットだった。ガレージのような胴体から四肢が伸びていた。胴体に不似合いなくらい細い脚。しかし、巨体を支えて地面に屹立している。右腕はさながら巨大なクレーンであった。 
「クレージーゴン、ね。へえ、また懐かしいものを」ふふ、と朝倉涼子は笑う。「内部は随分いじくってあるみたいね」
 クレージーゴンと呼ばれたロボットの、胴体のシャッターが開いた。そこから飛び出したのは、無数の小型ロボット。それはさながら、クレージーゴンのミニチュア。唯一異なる点はと言うと、右腕はクレーンではなく、マシンガンであることか。
 ミニチュアたちは朝倉涼子を取り囲む。放たれる銃弾。それは豪雨となって降り注いだ。
 同時に長門有希は、再び銀色の矢を放っていた。1つではない。3つに分裂して朝倉涼子へと襲いかかる。
「……この程度なのかしら」
 だがそのすべてを、朝倉涼子は掴み取っていた。銃弾の雨は、周囲に生まれた青い光の渦に吸い込まれて消えていた。朝倉涼子は無傷だった。
「いつもの長門さんなら、もう少しできたと思うけれど」
 銀の矢を投げ返す。長門有希は身をひるがえして回避する。だがそれを追いかけるように、銀の矢は軌道を変えた。やがて三本の矢は長門有希の左腕に突き刺さった。その顔が苦痛に歪んだ。
「コンセントレイションが足りないわね、長門さん。キョン君が居なくなったのがそんなに心配なのかしら。彼は朝比奈みくるの時間跳躍に巻き込まれただけ。そのうち帰ってくるわ。……それでも心配しちゃう親心、なんてね」
 長門有希は答えなかった。かわりに、右手を微かに動かした。するとミニチュアロボットたちの攻撃が、一層激しさを増した。
 さすがに防ぎ切ることができなかったのか、朝倉涼子を包む光の渦が、段々と薄らいで――完全に消えてしまう。銃弾の雨が、朝倉涼子へと殺到した。

 だが既に朝倉涼子はそこに居ない。足元の大地が裂け、その中に飲み込まれていた。地割れは広がっていく。大きな揺れと唸りとともに。クレージーゴンの身体が、ぐらりと傾いた。

 そして、大地を突き破って姿を現したのは。
『機関』日本支部と共に消えた筈の、青い鋼鉄の巨人。MG4。朝倉涼子の姿は、その肩の上にあった。
 MG4の肩と胸の装甲が展開された。内側からプラズマが迸り、広がっていく。それはどれほどの熱量だったのだろうか。ミニチュアロボットたちの装甲が融解し蒸発した。
 クレージーゴンはかろうじてプラズマの射程外に位置していた。プラズマが収まるのを見計らって、一気に距離を詰めた。右腕のアームを振り上げた。斧のごとく振り下ろす。MG4の左肩に突き刺さった。青い金属片が飛び散った。クレージーゴンの胴体から、激しく歯車の回転する音が響いた。MG4の左肩に無数のヒビが走る。やがて、轟音。ジョイントを断ち切られ、MG4の左腕が地面に落ちた。
 反撃とばかりにMG4は、左腕で持ってクレージーゴンを殴りつけていた。……失われた筈の左腕は、一瞬のうちに、修復されていた。
 拳の一撃は、クレージーゴンにとって致命的だった。胴体が大きくへこんだ。右腕のアームが千切れ飛んだ。ふらついた脚は、もはや巨体を支えることはできなかった。倒れこむクレージーゴン。
 とどめとばかりに、MG4はクレージーゴンを思い切り踏みつけた。歯車の音が響くことは二度となかった。

 朝倉涼子は、MG4の肩からふわりと飛び降りた。見回す。
 長門有希の姿は、もうどこにも見えなかった。

 * *

 やがて橘京子の目の前に、朝倉涼子だけが現れた。
「障害は退けたわ。しばらくは襲撃もないでしょうし、中に入ったら何か話をしましょ。内容はそう――」
 ふふ、といたずらぽく朝倉涼子は微笑んだ。
「新宿大災害、なんてどうかしら」



[15152] 第20話 決断Ⅰ ~ decision Ⅰ ~ (6月10日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/06/10 01:16
 折角助かったと言うのに佐々木のヤツは不機嫌きわまりなく、八つ当たり気味に何度も何度も質問をぶつけてきた。君はどうして僕をかばったんだい、と。
 理由なんて、ない。だから答えようがない。いや、それじゃあだめだ。佐々木の納得する解答を考えないと。幸いにしてヒントは俺の記憶にあった。佐々木と過ごした中学3年。交わした会話の中に。
 佐々木の疑問に答えてすぐのことだ。俺の眼の前で空間に穴が開いた。中から飛び出してきたのは、朝比奈さん。その背中に、あの巨人と同じ翼が見えた気がした。
「助けにくるのが遅くなってごめんなさい。迎えに来ました」
 かくして俺は元の時代に戻ることができた。去り際に佐々木のやつに名前を聞かれたので俺はこう名乗った。自分のあだ名をもじって、ジョン・スミス、と。

 * *

 その少女の存在を認識して、山岡一は自らの策が破れたことを悟った。
 ――ノアめ、事象を改変したか!
 少女は死んだはずの人間だった。先ほど、アラクネアに腹を食い破られて。だが現に今、生きて新宿に居る。しかも、8年ほど成長した姿で。
 山岡一は理解する。ノアは時間を巻き戻し、一人の適能者を未来に逃がしたのだと。そして今は絶好の機会であると。その適能者が自分の目の前にのこのこ戻ってきたのだから。
 だが、山岡一の身体は動かなかった。降り注ぐ銀色の粒子は彼を蝕んでいた。
 その瞳から、血が濁流のごとくこぼれ出した。

 * *

 いつのまにか俺は寝かされていた。畳の部屋、柔らかい布団の上。俺を覗きこむ、長門と朝比奈さんの顔。
「ここは私の部屋。貴方は時間跳躍のショックで気を失っていた」
 いつものごとく簡潔な説明をしてくれる長門。
「貴方が撃たれたと勘違いした朝比奈みくるはパニックに陥った。その際に、TPDDが暴走したせいで貴方は過去へ飛ばされた」
「ごめんなさい、キョンくん」
 しゅん、と眼を伏せる朝比奈さん。
「気にしないでください。無事戻ってこれたんですし。それより、俺が撃たれた、ってどういうことなんですか?」
「……キョンくん、もしかして覚えてないんですか?」
「時間跳躍による記憶の混乱。修正は容易」
 長門が俺の額に手を当ててくる。バチ、と頭の中で神経細胞が弾けるような音がして、俺は思い出す。
 動物園の帰り。俺達を取り囲む集団。引き離される妹。流れる血。転がる小さな手。あれはきっと妹のだ。そして銃声がして、俺は過去に飛ばされたのだ。
 記憶が蘇った反動だろうか。ズキズキと痛んだ。脳が膨れ上がったようだった。そんな俺に、長門はだしぬけにこう言った。
「私は貴方に謝罪せねばならない」
 どういうことだろうか。
「TLTの過激派が貴方を襲撃した際、私は貴方を守れなかった。許してほしい」
 その言葉で、俺は想像する。青い服の集団に挟まれた時、長門が居てくれたら、と。そうしたらきっと妹は……
「長門は、その時、何をしていたんだ」
 言って、同時に後悔する。これじゃあ八つ当たりじゃないか。だから長門が答える前に言い直した。
「すまん。少し一人にしてくれないか。考える時間が欲しいんだ」

 * *

「……TLTの研究所が怪獣の襲撃を受けて壊滅寸前だそうです」
 状況を把握すべく、通信の傍受を行っていた喜緑はそう言った。
 古泉は皮肉を口に出さずにはいられなかった。
「地球は人間の力だけで守る、という話はどこに行ったのでしょうか」
「TLTに対する私情は捨てろ」溝呂木がそれを咎める。「前にも言ったが、適能者が感情に流されることは許されん。お前はストーンフリューゲルを使って先行しろ。まだ生存者がいるかもしれん」

 ストーンフリューゲル。それは光を得た者に与えられる力の一つである。瞬く間に適能者を目的の場所へと運ぶ石の翼。古泉一樹が研究所に降り立ったのは、わずか5分後のことであった。だが、手遅れだった。すべてが終わっていた。怪獣の姿はなく、崩れた研究施設だけが残されていた。白かったであろう壁は真っ赤に染まり、ところどころ半透明なぶよぶよしたもの――おそらく脳漿が張り付いていた。床には首から上のない死体がいくつも転がっている。一時間ほど歩きまわったが、生存者を見つけることはできなかった。
「いったい、ここで何が……」
 古泉一樹の呟きに。
「知りたいかい?」
 答える声があった。
 古泉一樹は白い銃――ブラストショットを構えて振り返った。瓦礫の上に少年が座っていた。彼の名を古泉一樹は知っていた。沢村修作。超能力者の一人である。
「いや、君は知るべきだよ。ここで何が行われていたかをね」
 沢村はその手を古泉に向けた。掌が裂けた。中から眼球が覗いた。古泉一樹は浮遊感を覚えた。眼球に吸い込まれていくような。そして幻覚を見た。囚われた超能力者たち。ある者は麻酔もないままに頭蓋骨を割られ、脳に電流を流された。ある者は血管に高濃度のチルソナイト溶液を流し込まれた。あまりにも無残な人体実験であった。
「けれど僕たち超能力者は死ななかった。いや、死ねなかった。どうしてだと思う?」
 幻覚が消える。古泉一樹の視界に、再び沢村修作の姿が映った。
「僕たちは、怪獣にされたからだよ」
 沢村の顔が割れた。中からぬるりと現れたのは巨大な目玉。今や四肢もグロテスクな触手に変化していた。古泉一樹はその異形と閉鎖空間で戦ったことがあった。奇獣ガンQ。
「山岡一のやつが、僕らに何かをしたんだ。それで、こんなことに……」
 巨大な眼球が、怪しげに紫色の光を湛えた。古泉一樹はとっさにエボルトラスターを抜いて変身していた。ガンQの眼から無数の光球が放たれた。集中砲火である。射線上のあらゆるものが削られていく。壁が、死体が、土が消えていく。その中にあってネクサスは形をとどめていた。間一髪、展開したサークルシールドがその身を守っていた。
「TLTは僕らを助けてくれなかった! これまでずっと怪獣と戦ってきたのに!」
 光球は激しさを増していく。じりじりと後ろに押されていくネクサス。だが古泉一樹は、活路を見出していた。クロスレイ・シュトロームならば光球の雨を押し返せるだろう。
「もうおしまいだ! ここから逃げたって、TLTは僕たちを追ってくる、明日も、明後日も、ずっと! そしていつか殺されるんだ!」
 だが古泉一樹は反撃できなかった。躊躇いがあった。テラノイド操縦者の資格を剥奪された時の自分も、こんな風に自棄になっていたのではなかったか。
「……どうして攻撃してこないんだ」
 TLTに裏切られ、自暴自棄になっている沢村修作。その姿に、古泉一樹はかつての自分を重ねてしまっていた。
「……どうして」
 いつしか光線はやんでいた。
「どうして、殺してくれないんだよ……僕は嫌なんだ。こんな醜い姿になってまで、生きていたくない……」
 古泉一樹は思い出す。自分はどうやって立ち直ったのかを。一人では無理だった。溝呂木に光を分け与えられ、謎の少女に励まされなければ駄目だった。なら、今度は僕が誰かの支えになろう。
 だから、古泉は言った。
「僕と、来ませんか」
 一歩、近づく。
「僕には光の力があります。それに、TEFI端末の方もいらっしゃいます。元に戻る方法を、見つけ出せるかもしれません」
 さらに、一歩。
「いえ、必ず見つけます。だから僕と、一緒に行きましょう」

 しばらくして、沢村は、おずおずと歩み寄り、手を伸ばした。古泉一樹へと。古泉もまた、その手を掴もうとした。

 二人の間を、光条が遮った。棒状の何かが地面に落ちた。それは沢村修作の腕だった。
「……感情に流されるな。そう言った筈だ」
 いつのまに到着したのか、溝呂木が立っていた。その手には白い銃。銃口からは煙があがっている。
「所詮、そいつは怪獣だ。光と相容れることはない。いずれお前に牙を剥く」

 * *

 三十分くらい世界と長門と自分に呪詛を吐いているうちに気分も落ち着いてきて、俺は多少冷静にものを考えられるようになっていた。
 朝倉の襲撃、閉鎖空間、ネズミ、部長の死、そしてデパートの事件。考えてみれば、俺の日常なんてとっくに崩壊していたんだ。だから危機意識を持つべきだった。外出なんてするべきじゃなかった。せめて長門や古泉に相談したりすべきだった。
 そうしなかったのは、俺の甘えだ。何かあっても長門や古泉が助けてくれるさ、という。
 俺は馬鹿だ。どうせ誰かが何とかしてくれると思って、自分では何もしてこなかった。せいぜい、やれやれとため息をつくだけ。今なら判る。そうすることで俺は思いこもうとしていたんだ。「何が起こってもクールで大人な態度の俺」であると。本当は、必死で現実から目を逸らしているだけなのに。
 だからこそ、思う。
 これまで見ようとしてこなかったこと、俺を取り囲む世界のすべて。ひとつひとつ、知ろうと。

 俺は、袖でぬぐった。
 いつのまにか溢れていた涙を。



[15152] 第21話 決断Ⅱ ~ decision Ⅱ ~ (6月16日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/06/16 03:06
「所詮、そいつは怪獣だ。光と相容れることはない。いずれお前に牙を剥く」
 溝呂木の言葉には、古泉一樹にとって受け入れ難いものだった。
「彼は人間です! だからこそ、苦しんでいるんじゃないですか!」
「人間であるかのように振る舞っているだけだ。お前が完全に気を許した時、本性を現す」
「どうしてそこまで人を疑えるんですか!」
 古泉一樹は、思わず声を荒げていた。
「貴方が人を信じられないのは、貴方が人を騙し過ぎたからなんじゃないんですか!」
 溝呂木は、構えていた銃を下ろした。そうかもしれんな、と呟いて。
「大丈夫ですか?」
 古泉一樹は改めて、沢村修作に意識を向けた。だが、その姿は既に消えてしまっていた……
 ただ、地面に腕が一本落ちているだけであった。それもやがて、風に溶けて消えてしまった。

 * *

 沢村修作の腕に、白い布がぐるぐると巻かれていく。包帯である。彼は一人ではなかった。超能力者の一人と合流していた。
「痛い目に遭ったんだし、シュウもこれで納得してほしいな。殺さないと殺される立場になったんだよ、わたしたち」
 窘めるように言うのは、穂湾紗江子。沢村修作とは幼いころからの付き合いであった。
「けど古泉君は僕を助けてくれるって……」
「古泉君1人だけでしょ。相手はTLT、大勢なんだよ」
「他にも僕たちの味方になってくれる人を探せば……」
「だったら、皆がそういう意見になるように立ちまわっていればよかったんじゃない? 少なくとも、私やミツはそうしてたよ。皆を説得して、逃げ出すための計画を立てて。その間シュウは現実逃避して泣いてただけじゃない。今頃になって文句いわないでよ」
 その言葉に、うなだれる沢村修作。
「あー、もう仕方ないんだから!」
 穂湾紗江子は、沢村修作の耳を掴んだ。
「痛い、痛いって、サエ姉!」
「とにかく皆のところに合流するの! こんなところに一人でいたら殺されるよ!」
「どうしてそんなすぐに殺すとか殺されるとか……」
「もう時代は変わったの! アンタまだ、自分の安全を誰かが守ってくれると思ってんじゃないの!?」

 * *

「長門、朝比奈さん。判る範囲でいい。俺の質問に答えてくれないか」
 俺は、これまで眼を逸らしていたことすべてに立ち向かおうと思った。まずは知ろうとした。俺を取り巻く、常識から外れた世界のすべてを。
 けれども、そんな俺の意思は打ち砕かれることになった。いや、一時中断させられたと言うべきか。

 割れる窓。床に転がる空き缶。なんだこれは。薄い煙が噴き出す。催涙ガス? 違う。俺にも朝比奈さんにも異常はない。けれど長門のヤツは違った。ふらり、と糸の切れた人形のように倒れこむ。両手をつくことすらできなかった。
「長門さん、大丈夫ですか!?」
 床にぶつかる前に、朝比奈さんが抱きとめた。
「……抗情報因子」
 弱弱しく長門は呟く。
「致命的なエラー。大幅な性能低下」
 ゴウ、という音が遠く下の方から聞こえた。床が揺れた。ミシミシと天井が音を立てた。パラパラと小さな粒が落ちる。
「TLTの戦闘部隊がマンションに突入したと考えられる。今の爆発で、マンション内の特殊情報防壁が消滅した」
「つまり……とてつもなく危ない状況、ってことか」
 長門は頷いた。
 俺は考える。戦闘部隊ってことは、銃なり刃物なりを持っているんだろう。俺はただの高校生。多少自主トレをしているが、所詮は素人。朝比奈さんもか弱い女性だ。唯一頼りになる長門は行動不能。打つ手無し……いや、駄目だ。ここで考えるのをやめるな。
「朝比奈さん、もう一度過去にワープしたりはできませんか」
「ごめんなさい、あれは事故みたいなものなんです……」
 そうなると……立て篭もるしかないのか。古泉か誰かが助けに来るまで。否。その甘さが妹を死なせたんじゃないか。
 妹。
 もう居ない。死んだ。俺のせいで。
 ……さっ、と頭の中の熱が引いていく。どうして俺はそんなにまでして生きようとしているんだ。妹はこの世に居ない。なら、別にいいじゃないか。でも、せめて一矢報いるくらいはしたい。だから――
「朝比奈さんと長門は隠れていてください」
 俺は台所に向かう。果物ナイフを見つける。無いよりマシか。
「キョンくん、無茶はやめてください!」
 朝比奈さんに腕を掴まれる。
「すみません朝比奈さん。俺、何もしないまま殺されるのは癪なんで」
 俺は朝比奈さんの腕を振り払おうとした。けれどその動作は途中で止まる。長門の言葉によって。
「一つだけ、方法がある」
 それは、地獄で見つけた蜘蛛の糸のように思えた。
「抗情報因子が作用するのは情報統合思念体由来の情報因子のみ。異世界の情報因子の活性は保たれている」
「どこにあるんだ、それは」
「貴方の体内。以前、朝倉涼子が植え付けたものと推測される」
 思い出す。ひどく昔のことに思える。手紙で朝倉の奴に呼び出されて、頬にキスされた。あの時か。
「あれは、朝比奈さんが消してくれたはずじゃあ……」
 俺の発言に、なぜか当の朝比奈さんが「えっ!?」と驚きの声をあげた。すぐに理解する。そうだな。あの時助けてくれたのは、“この”朝比奈さんじゃないもんな。
「もっと未来から来た、大人になった朝比奈さんが来てくれたんですよ」
 朝比奈さんは、首をかしげていた。そりゃそうだろう。将来の自分が現れるなんて普通考えやしない。
「それで長門。異世界の情報因子とやらを使えば何とかなるのか」
「貴方の能力を一時的に向上させることができる。バスケットボール大会の時のように。ただし副作用のおそれがある」
「どうなるんだ?」
「異世界の情報因子については完全に解析されたわけではない」
「つまり、どうなるかわからない、ってことか」
 けれどそれしか方法はない。だから。
「長門、頼む」
「了解した。私も遠隔でナビゲートする。安心して」

 手にした得物は果物ナイフ。二人倒した時点で使い物にならなくなった。三人目は壁に叩きつけて頭を砕いた。
 ――武器を奪うことを推奨する。
 TLTの連中が持っていたのは、驚いたことにレーザーガンだった。なんてオーバーテクノロジー。
 ――照準は私が補助する。構えて。
 どういう原理なのか、銃を向けると狙いはピタリと相手の頭に定まった。俺は引き金に力を込めるだけ。そこから先は楽な戦いだった。次々に戦闘部隊は倒れていく。
 ――敵は撤退を始めた。帰還を。
 けれど俺は思う。ここで逃した奴らは再び姿を現すだろう。今回以上の装備を整えて。そうなったら無事撃退できるだろうか。なら……

 ――帰還を。
 長門の声に構わず、俺は進む。一階を目指して降りていく。途中、レーザーガンのエネルギーが切れてしまう。だが問題ない。新しい銃を奪えばいいのだから。
 そして俺は一階に辿り着く。ガラス張りのドアの向こう、マンションの外。運よく生き残った奴らが、トラックのコンテナに乗り込んでいた。……逃がすものか。
 俺は、オイルタンクに狙いを定めた。

 ――TLT戦闘部隊の全滅を確認。帰還を。
 こうして俺はひとまずの安全を手に入れた。……そう、ひとまずの。恒久的なものじゃない。
「なあ、長門」
 ――なに?
「また、こんな風に襲撃があるのか」
 ――可能性は高い。TLTが存在する限り。
 考える。TLTを潰す? さすがに無理だ。いくら長門の宇宙的パワーがあるからと言って、個人の力で組織に立ち向かうのは無茶だ。じゃあどうすればいい。どうすれば生き残れる。
 ――安心して、既に手は打ってある。

 * *

 橘京子は一人、廃墟の中を探索していた。朝倉涼子は「ちょっと野暮用」と言ってどこかに行ってしまった。涼宮ハルヒは朝倉涼子の催眠で今も眠っている。つまるところ話相手もおらず、橘京子は暇だったのである。
 明かりはついていない。だが、今や橘京子にとって夜は暗闇ではなかった。昼と同様に“見”えていた。五感を総動員すれば歩かずともこの廃墟の中すべてを把握することもできた。
 ――私も人間離れしてきたものです。。
 冷静に自身を分析している自分に気付き、橘京子はクスリと笑った。
 そしてその五感でもって、橘京子は一枚の写真を見つけ出した。それは暗がりと分厚い埃の中に隠れていた。普通の人間であれば気付くことはなかっただろう。
 写真を拾い上げる。4人の男と1人の女性。
 ――喜緑さん?
 女性に見覚えがあった。TEFI端末の一人だ。だが橘京子が知る喜緑江美里の姿に比べると、若干大人びて見えた。
「あら、京子ったらこんなところにいたのね」
 朝倉涼子の声に、思わず橘京子はあっ、と高い声をあげてしまった。
「下に居ないからびっくりしちゃった。待たせてごめんね」
「用事は済んだのですか」
「ええ。大成功」
「というと?」
「情報統合思念体とはしばらく共闘することになったわ。あ、そうそう、超能力者だけど、みんな自力で脱出したみたいよ」
 さっき以上の大声が、橘京子の口から飛び出した。

 * *

「いったい何がどうなってるのさ!?」
「わっかんない! とにかく急いでみんなのところに行くよ!」
 穂湾紗江子と沢村修作は山を駆け抜ける。猛禽類を思わせる素早い身のこなしでもって。
 二人の後ろで森が揺れ、木々が倒れる。巨大な足に踏みつぶされて。青色の巨人が、二人を追っていた。
「どうしてMG3がこんなところに!?」
 沢村修作の疑問に対して帰ってきたのは。
「アクア・プロジェクトよ!」
 聞き覚えのない単語だった。
「研究所で資料を見つけたの! TLTが開発してた新しいエネルギー源なの!」

 * *

 ――TLTダラス本部、指令室。
 その中央スクリーンには、大地を闊歩するMG3の姿が映し出されていた。
「アクア・プロジェクトは今のところ順調のようですね」
 眼鏡をかけた初老の男が呟く。今やTLTの全権を掌握した男、松永参謀である。
「はい。一時間後にテスト機を用いて閉鎖空間へのワープ・シミュレーションを行う予定です」
 傍らの秘書が手帳を開いて言った。
「これが成功すれば、まさに人類の手だけで地球を守ることができるでしょう」

 * *

 沢村修作が仲間たちと落ち合ったのは、山間の廃村だった。彼らはここに隠れて傷が癒えるのを待っていたという。
「アクア・プロジェクトは成功したみたい。こっちにMG3が来ているわ。……みんな、今すぐ逃げられる?」
「“恩人”も眼が覚めてないし、みんなまだ怪我が治りきってないの。しばらくは動けないよ」
 そう言ったのは、藤美津子――穂湾紗江子がミツと呼んで慕っている親友であった。
「……戦うしかないよ。誰かがね」
 誰も、手を挙げる者は居なかった。気まずげに視線を交わし合うだけ。お前がやれよ、いやお前が行けよ、と。
 そんな中、名乗り出たのは。
「……わたし、行ってくる」
 穂湾紗江子であった。
「サエ姉一人じゃ無茶だよ!」
 思わず沢村修作は叫んでいた。
「あんな大きなものを相手に、たった一人だなんて……」
「大丈夫」
 その時の穂湾紗江子の表情は、優しげだった。これまでで一番軟らかい表情に思えた。
「だって私、怪獣なんだから」

 そして穂湾紗江子が一人向かったあと。
「……美津子さん、どうしてみんなあんなに躊躇っていたんですか」
 沢村修作は納得できなかった。
「研究所を逃げ出す時は、あんなに乗り気だったじゃないですか……戦うことに」
 藤美津子が答える。
「MG3を止めるには、自分も巨大化するしかないわ。けれどそれは、現実境界線を大きく踏み越える行為なの」
「越えたら、どうなるんですか」
「……代償が、必要なのよ」

 穂湾紗江子は後ろを振り返った。仲間たち――沢村修作のいる廃村からは遠く離れている。激しい戦いの末に巻き添えにしてしまった、なんてことは起こらないはずだ。
 前を向く。今やMG3は眼前に迫っていた。穂湾紗江子の肌が緑色に変色していく。周囲の植物が集まっていく、身体に吸い込まれるように。その度に穂湾紗江子の身体は膨れ上がる、大きく、大きく!
 今や穂湾紗江子は、巨人の形をした森と化していた。MG3の行く手に、立ち塞がる。

 突然現れた妨害者に、MG3は両腕を向けた。装甲が展開される。中から覗くのは左右合計12門のビームマシンガン。Gサンダー。
 毎秒600発の光線が、穂湾紗江子の身体を焼いた。だがその度に新たな植物を取り込み再生してゆく。
 ビームの軌道は段々と上にずれはじめる。穂湾紗江子の身体から伸びた蔦が、MG3の腕を絡め取っていたのである。
 MG3の額のクリスタルが輝いた。放たれる極彩色の光線。穂湾紗江子の左上半身が一瞬のうちに消滅した。すぐさま再生しようとする。山の木々が身体に吸い込まれていく。
 だが、それよりも早く、MG3は第二射の準備を終えていた。

 * *

 沢村修作は辿り着く。穂湾紗江子の元に。まさにMG3が二発目の光線を放とうとする時だった。額のクリスタルが、水色の光を湛えている。
 サエ姉が危ない! 沢村修作の中で記憶が駆け抜けた。小さいころからずっとサエ姉サエ姉と言って頼っていた。背はずっと勝てないままだった。けれどいつか追い越せると思っていた。同じ超能力者だと知った時は、学校の外でもサエ姉と一緒かよと憎まれ口を叩いたけれども、内心は――。
 無くしたはずの右腕がコンマ数秒で再生した。力が漲るのを感じた。
 無我夢中だった。沢村修作は右手を伸ばした。叫びながら。自分の中から圧倒的な熱が溢れ、飛び出していくのを感じた。

 青い光の矢が、MG3の頭を貫いた。

 ひび割れるクリスタル。光線は放たれなかった。
 そして、穂湾紗江子は全身の再生を終えた。その体が高速で回転した。巻き起こる竜巻。MG3を天空高く打ち上げる。
 自由落下するMG3を待ち受けていたのは、蔦。その先端は槍のように鋭い。
 胴体を、ぶちぬいた。MG3の身体が、真ん中から砕けた。二度とふたたび動きだすことはなかった。

 倒れていた穂湾紗江子を、沢村修作は抱き起こした。
 異様に軽かった。まるで紙か何かのようだった。その身体は今や、粒子となって消えようとしていた。
 ――代償が、必要なのよ。
 思い出される、藤美津子の言葉。
「サエ姉、どうして……」
「……誰かが行かないといけなかったから、かな。それに、皆を戦うように扇動したのは私だしね。最初に戦う義務があると思うんだ」
「そんな……僕を置いていかないでよ……」
「ごめんね、シュウ」
「死んだら何にもならないよ、だから……」
「そんなこと、ないよ。私の死は、無駄じゃない。みんなを、シュウを助けられたから」
「でも、自分が死んじゃったら……」
「昔、アクア・プロジェクトを見学していた時だったかな。居眠りしちゃって。その夢の中で、素敵な言葉を聞いたの。――光は絆、誰かに受け継がれ、また輝く、って。だからきっと……」

 * *

「松永参謀。研究所壊滅直前の監視カメラ映像、復元が完了しました」
 それはMG3撃破報告から5分後の出来事であった。
「判りました。すぐに見せてください」
 スクリーンに映し出されたのは、驚くべき光景であった。
 シャーレの中に保存されたわずかな細胞。それが瞬く間に増殖していく。
「……再生器官は破壊したのではなかったのですか」
 松永参謀の言葉に答えたのは傍らの秘書である。
「報告書には確かに破壊したとあります。採取した細胞は右足の小指のもので、再生器官でないことは科学班により証明されていますね」
「……ならばなぜ再生したのでしょうか。解せませんね」
 二人が言葉を交わしている間に、細胞は今や一つの生物の姿を取っていた。鼠のような、山羊のような。悪魔を思わせるその姿。
 ――フェンディッシュタイプビースト・ノスフェル。
 咆哮と共に、カメラの映像は完全に途切れた。



[15152] 第22話 自覚Ⅰ ~awareness Ⅰ~ (7月1日投稿)
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/07/01 00:45
 小さいころの話だ。砂場で遊んでいた。何人かで山を作っていた。けれど作業は中断。というのも公園に、野犬が迷い込んできたからだ。みんな逃げ出して、遠巻きに犬を眺めている。
「追い払おうぜ」誰かが言った。「ならお前やれや」「前に中学生と戦って勝ったって言うてたやろ」「昔勝ったからええねん。お前やれや」「こいつヘボ」「ヘボっていった方がヘボや」
 子供同士の、喧嘩じみたやりとり。妙に癇に障った。なんだかんだ言ったって、どうせお前ら、何もしないんだろ。
 俺は鉄パイプが転がっているのを見つけた。ゴミ箱のそば。拾い上げる。重たかったけれど、振り回せないほどじゃない。俺は近づいていく。砂場を占拠する犬の方へ。完成しかけた砂山のあたりに陣取っていた。
 よく見れば弱そうだった。眼は虚ろだし足はふらふら、腹にはアバラがうっすら浮かんでいる。楽勝だ。頭めがけて、鉄パイプを叩きつけた。どんな感触だったか、覚えていない。そこから先は、必死だった。犬が噛みついてきたから。何度も何度も、殴りつけた。
 気がついたら、頭の無い犬が地面に倒れていた。
 俺は誇らしげに、皆の方を向いた。すごい、とか勇気がある、とか言ってもらえると思っていた。
 けれど、友達の視線は冷たくて。学校では避けられるようになった。父さんも母さんも叱ってくれなかった。俺から距離を置くようになった。

 ――また、あんな風になるんだろう。
 長門の部屋に戻った後の展開。予想はついていた。朝比奈さんは、俺を恐れる。拒絶する。確実に。
 だって俺は、人を殺したから。1人じゃない。たくさん。24人。一夜にして殺人鬼。
 だからもう、朝比奈さんは俺に笑いかけてくれない。叱ってくれない。ハルヒと喧嘩したときみたいに。
 その光景を突きつけられるのが、怖くて。
 俺は、逃げ出した。

 * *

「……そう。サエは、消えたのね」
 沢村修作の眼には、藤美津子がひどく冷淡に映った。まるで、次々にニュースを読み上げるアナウンサーのような。
「何か言ってたかしら」
 穂湾紗江子が最後に残した言葉。
 ――光は絆。誰かに受け継がれ、また輝く。
 それを伝えるかどうか考えて、視線を彷徨わせる。
 民家の1つ、その玄関である。目に留まったのは、日めくりカレンダー。日付は、昨日。おかしい。ここは、廃村ではなかったのか。水槽の濾過装置の音がやけに大きく聞こえた。中では魚が何匹も泳いでいる。
「水槽がどうかしたのかしら」
 藤美津子が覗きこんでくる。その目が、何か、おぞましい怪物の一部に思えて、沢村修作は話を逸らした。
「アクア・プロジェクトって、何ですか」
「まだ説明していなかったかしら。いいわ、教えてあげる」

 アクア・プロジェクト。それはまったく新しい概念に基づく、エネルギー資源開発計画である。その概容としては、水に特殊な振動波をぶつけ、超重合水素を生み出しエネルギーとすることである。

「そんなこと、可能なんですか?」
「MG3が動いていたのが証拠よ。コップ一杯の水で、日本全体の電力を24時間分まかなえるらしいわ」
「すごいですね……」それにしても、と沢村修作は続ける。「あのMG3は一体どこから来たんでしょうか。日本支部と一緒に消えたと思っていたんですけど」
「修作くん、別にMG3が一体だけとは限らないわ。テラノイドだって、ダラス本部に予備機があるって話でしょ。にしても、対怪獣兵器のMG3が私たちを狙ってくるなんてね」
「ひどい話ですね」
「まったくよ。これまで怪獣と戦ってきた私たちに礼の一つもなし、それどころか拉致監禁して人体実験。死んだ仲間だっていたわ」
 藤美津子の言葉に、沢村修作は引っかかりを覚える。
 実験で死んだ者など、いただろうか。居なかったと記憶している。怪獣の生命力でもって、過酷な実験に耐えたと。
「あの、美津子さん」
「なにかしら」
「不謹慎なことを聞きますけど……誰が、死んだんですか」
 藤美津子の瞳が、にわかに鋭くなる。沢村修作の息が、筋肉が、神経が、止まった。視線に射抜かれていた。
「やっぱり、洗脳が浅かったかしら」
 咄嗟のことだった。沢村修作は藤美津子に押し倒されていた。「確か修作君も、精神操作が出来たわよね。耐性があるのかしら」
 頭を、両手で掴まれる。
 脳の中で、電流が、迸った。

 記憶が、書き換えられていく。
 研究所で行われていたのは、治療ではなく人体実験。何人かが死んだ。自分たちの力だけで脱走した。そして廃村に逃げ込んだ。

 * *

 超能力者の例に漏れず、藤美津子もまた怪獣に変貌していた。手に入れた力は、干渉電波。それは人の精神を操ることができる。研究所では非人道的な実験が行われている。そう思い込ませることで、超能力者たちに植え付けた。TLTへの敵意を。
 何故そんなことをしたのか。仮に問われたとすれば、藤美津子はこう答えるだろう。仲間のためよ、と。
 TLTは情報統合思念体に反旗を翻そうとしている。だが失敗に終わるだろう。TLTは滅びる。ならば情報統合思念体につくべきだ。
 ――でも、みんなを説得できるわけない。
 だから、彼女は干渉電波を使った。
 ――正しい方法じゃないのは判ってるけど、みんなの未来を考えたら、仕方ないのよ。
 思考から結論まで、藤美津子はすべて自分の頭の中で完結していた。誰かに話すことはなかった。自分の考えが独り善がりなものかもしれない、などという思考は存在しなかった。

 彼女のその性格が、1つの悲劇を呼んだ。
 研究所を脱出した後のことである。皆、ひどい傷を負っていた。手当てが必要だった。やむをえず、偶然見つけた山あいの村に駆け込んだ。
 夜中に現れた若者の集団。しかも血を流している者もいる。村人たちが訝しがるのも当然だろう。
 だが藤美津子は、村人の不審な様子をこう解釈してしまった。奴らは自分たちをTLTに売ろうとしている、と。
 被害妄想である。
 だが、藤美津子は自身の思考を疑わなかった。
 ――脅かされる可能性があるなら、いっそ!
 村人を皆殺しにするのに、10分とかからなかった。虐殺に反対する者は多くいた。だから記憶を書き換えた。この村は廃村である、と。カレンダーの日付や食品の賞味期限といったアラはあったものの、疑問に思うものはいなかった……沢村修作も、今や自分の与えた記憶を信じ切っている。

 他者を自分の意のままに操ること。
 それが善でないことは、藤美津子自身、よく判っていた。
 ――でも、仕方ないのよ。超能力者が、怪獣に変えられた私たちがこれから生きて行くためには!

 * *

 生き残るためには、仕方なかった。
 そう言い訳しても、気持ちが安らぐことはなかった。
 聞こえる声すべてが俺を責めているようで。すれ違う視線すべてが俺を咎めているように思えて。
 人の居ない方へ、人の居ない方へと歩を進めてしまう。

 この時の俺に、危機意識はなかった。第二、第三の襲撃があるかもしれない、なんてことは考えていなかった。

 どれほど歩いただろうか。いつしか静かな住宅街に俺は足を踏み入れていた。車の音も聞こえてこないほどの。
 いや、静かすぎないか。まるで、ゴーストタウンだ。俺は気付く。夜だってのに、明かりのついている窓が一つもない……
 だから遠く街灯の下に人影を見つけた時、安堵に息が漏れた――のもつかのまの事。俺は慌てて引き返す。

 なぜなら、そいつは青いTLTのジャケットを身にまとい、銃を構えていたのだから。

 熱線が、頬を掠めた。

 * *

 車中は4時間24分、無言の空間であった。
 古泉一樹は思考に没頭していた。
 溝呂木はなぜ沢村を撃ったのか。姿こそ怪獣であったが、心は人間だった。彼の苦しみは本物だった。なのに溝呂木は言うのだ。私情を挟むな、怪獣は殺せ、と。それが光を得た者の使命だ、と。
 違う、この力は守るためのものだ。それが古泉一樹の意見である。沢村たちを救うために使われるべきだ、と。
「……お二人にお伝えすることがあります」
 沈黙を破ったのは、運転席に座る第三の人物、喜緑江美里である。
「現在の事態に対する情報統合思念体の方針が定まりました」
「TLTへの対応、ということですか?」
「はい。情報統合思念体は、TLTが地球の守護者に相応しくない、との判断を下しました。以後は情報統合思念体が防衛を担うことになります」
「TLTはどうなるんでしょうか」
「排除することになります」
「……反対だ」短く切り捨てたのは、助手席の溝呂木である。「情報統合思念体とTLTが潰し合うことに何のメリットもない。敵につけいる隙を与えるだけだ」
「たしかに現状ならばその可能性もあるでしょう」答える喜緑の視線は、いつしか溝呂木から古泉に移っていた。「ですが古泉さん、貴方が力を貸していただけるならば話は別です」
「僕……ですか?」
「はい。情報統合思念体は貴方を必要としています。今や貴方と言う存在は、私たちにとって非常に大きな意味を持っています。この点においては、全ての派閥が意見を一致させています」

 この時古泉一樹は、よく考えるべきだったのかもしれない。力を貸す、とは具体的にどういうことなのか、と。
 しかしこの時、古泉一樹は突き動かされてしまった。溝呂木への反感に。TLTへの不信に。そして高揚感に。人知を超えた存在である情報統合思念体が、自分を認めてくれている!

 古泉一樹は、ほとんど間をおかずに返答していた。
「判りました。協力します」
「ありがとうございます、古泉さん」
 そう言うと喜緑は、車を止めた。
 橋の上である。
「溝呂木さん、貴方は協力いただけませんか」
「当然だ」
「でしたら、貴方とはここまでになります」
 喜緑江美里が指を鳴らす。助手席のシートベルトが、自然と外れた。ドアが開いた。
「貴方のおかげで、古泉さんは本当の光を手に入れ、高い戦闘技術を習得することができました。その点は、感謝しています」
 再び、指が鳴った。
「では、さようなら」
 いかなる力が働いたのか。
 溝呂木の身体は、助手席から弾き飛ばされ。
 まっさかさまに、川へと落ちて行った。

 溝呂木眞也は、流されるに任せていた。陸へあがろうとする意思は失せていた。このまま川の奥に沈み、息絶えてしまっても仕方ないと思っていた。
 自分は何人もの人間の運命を弄んだ。その報いなのだろう。利用された挙句に、こうして捨てられたのは。

 * *

 身体強化なんてとっくに無くなっていた。今の俺は普通の高校生。怯えて逃げるだけの存在。
 24人殺しただの殺人鬼になっただの――馬鹿馬鹿しい。長門の威を借りてはしゃいでいただけだ。俺は昔から変わらない、無力な狐。情けない、あまりに情けない。

 通りの向こうにTLTの隊員を見つけては、息を詰まらせて引き返す。何度も何度も。反撃なんてできない。レーザーを避けて殴りかかる? 夢のまた夢だ。逃げるのが俺の精一杯。
 ……情けない!!!

 * *

「大丈夫ですか!?」
 いつしか消えていた意識が、揺すられて蘇る。どこかの川辺に流れ着いたらしい。
 溝呂木の視界に映ったのは、1人の少女だった。知っていた。涼宮ハルヒの関係者。朝比奈みくる。会うのは初めてだった。対面して判ることがあった。
 ――この少女は、適能者だ。
 ――まだ光は得ていないようだが……
 溝呂木は跳ねあがるように立ち上がった。朝比奈みくるの腕を掴んで走る。
 その足元を、熱線が焼いた。
 溝呂木は気付いていた。TLTの隊員に取り囲まれていたことを。溝呂木は最も近くに居た数人を殴り倒し、駆けだした。朝比奈みくるとともに。

 朝比奈みくるが溝呂木を見つけたのは、“彼”を探しに外へ出た最中であった。放っておいてもよかった。今はそれどころではなかったのだから。出来るだけ早く“彼”を見つけて長門有希のマンションに戻らなければならなかった。
 だが、倒れている人間を見捨てることはできなかった。その彼女の性格が、いくつかの運命を動かし、いくつかの計画を狂わせた。

 TLTはどれほどの戦力を投入しているのか。どこに行こうとも隊員たちが待ち構えていた。数が多ければ引き返し、数が少なければ突破した。
 ――矛盾している。
 溝呂木眞也は自嘲せずにいられない。死んでもいいと思っていたはずなのに、今、必死になって生きようとしている。
 自分だけなら構わなかった。だが、朝比奈みくるがいる。他者の危機を見過ごすことはできなかった。
 ――俺も、古泉の事は言えない。
 私情に流されてしまっている。光を得た者は超越せねばならないのに。人間としての感情を。
 ――そう、姫矢のように。
 姫矢准。第二の適能者。愛する者を失い、TLTに脅かされ、それでも闇と戦い続けた。本当の敵から目を逸らすことはなかった。
 溝呂木眞也の眼に、姫矢准という男は、ある種の聖人として映っていた。自分の命を捨ててまで使命を果たした、光の殉教者。彼こそが、適能者のあるべき姿だと思っていた。
 
 やがて溝呂木眞也は後悔する。相手の狙いを見抜き損ねたことを。思考にとらわれていたために!
 二人は誘導されていた。町外れの工場に。
 ――援軍のない籠城になるか。
 だが、他に道はなかった。
 意を決して、逃げ込んだ。

 * *

 息があがっていた。足が重たかった。どこかで休みたかった。けれど立ち止まれなかった。そんなことをしたら、撃たれて死んでしまうから。だから、町外れの工場に辿り着いた時、俺は思わずにいられなかった。隠れれば、休むことができる……
 そして、工場の中で出会った。
「キョン君! 無事だったんですね!」
 俺は、驚かずにいられない。
 長門のマンションにいるはずの朝比奈さんが、ここにいること。
「探してたんです、ずっと!」
 朝比奈さんが、追いかけてきてくれたこと。
「俺のこと、怖くないんですか」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「だって俺は、たくさん、人を――」
 最後まで言うことはできなかった。というのも口を塞がれていたからだ。朝比奈さんの、人差し指に。
「いいんですよ」
 朝比奈さん。あなたはどこまでやさしいんですか。
 長門のマンションから出てきたってことは、見た筈なのに。俺が、どれだけ残虐なことをしたのかを。
「だいじょうぶです。怖くなんかありません」
 それなのに、俺を受け入れてくれている。
「だって、私たちはこの世でたった二人の――」
 なんだろう。
「二人の、ええとその」
 言葉に詰まる朝比奈さん。
「兄妹……いえそうじゃなくてですね、ええとそのほら、姉妹というかなんというか……」
「わかりました、朝比奈さん」
「なんでしょう」
「人類みな兄弟」
 とりあえず茶化しておくことにした。……そうしないと泣いてしまいそうだったから。嬉しくて。
「それより、こちらの方は」
 朝比奈さんと一緒に現れた、黒いコートの男に視線を向ける。
「溝呂木だ。お前たちと同じだ。TLTに追われている」
 あ、はい、としか言いようがない。威圧感、というか、会話を拒絶する雰囲気があった。
「二人とも、身を隠すあてはあるのか」
 俺と朝比奈さんは頷く。長門のマンションまで戻れば、大丈夫なはずだ。
「なら、逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
 何か手伝えることは、と言おうとして、思いとどまる。今の俺は、無力。足手まといにしかならない。
「ありがとうございます」
 屈託のない表情で、朝比奈さんが言った。
「でも、約束してください。死んだりしない、って」
 小指を出す。
「指きりです」
 溝呂木と言う男は少し戸惑っていたけれど、やがて小指を出して結んだ。
「わかった」
「キョンくんもです」
 もう一方の手、その小指を俺に向けてくる。
「もう、こんな危険なことはしないでくださいね」
 少し、嬉しかった。
「もう逃げちゃダメですよ」

 * *

 ――もう逃げちゃダメですよ。
 それは自分に向けられたものではないと知っていた。だが溝呂木眞也の心に、その言葉は刺さった。
 死ぬつもりだった。二人を逃がすための囮になり、射殺される。そういう展開を、望んでいた。それが自分に相応しい最後、これまでの報いだと考えた。
 だが。
 自分は報いという言葉でもって、逃げていたのではないだろうか。光を得た者としてあるべき姿。そこから外れている自分から。
 思い返せば、前の世界でもそうだった。死を選んだのは、それが相応しい報いと思ったから。だが、自分の犯した罪から逃げたかっただけではなかったのだろうか。
 知らず、ドッグタグを握っていた。この世界に飛ばされた時、自分の首には凪のタグがかかっていた。それは、つまり、生きて罪を償えという意味だったのかもしれない。
 だからこそ、俺は、もう逃げない。罪から、闇から、生きることから!

 12分。
 襲撃に参加した全TLT隊員を気絶させるのにかかった時間である。溝呂木眞也。元ナイトレイダーAユニット副隊長。その実力はいささかも衰えていなかった。
 全滅させた後も、溝呂木眞也は警戒を解くことはなかった。隊員たちを調べて判ったことがあった。彼らは、操られていた。闇の力に。
 そして彼の中の光が告げていた。
 闇が潜んでいる、と。
 果たしてそれは、工場の中で溝呂木を待っていた。
 闇の巨人。ダーク・メフィスト。
 奇しくも、初めて彼が闇に出会った時と似た光景であった。
 ――久しぶりだな、溝呂木。
 その身体から、暗闇が広がる。
 ――計画とは異なるが、貴様を闇に取り込むとしようか!
 いつしか周囲は荒涼たる地平に変わっていた。ダーク・フィールドが展開されていた。
 ――死ね!
 ダーク・メフィストの手から、光弾が放たれる。
 白い銃、ブラストショットでもってそれを迎撃する溝呂木。
 ――変身もできない貴様に勝ち目はない!
 同時に12もの光弾が打ち出される。それは溝呂木を押し潰すように迫る。
 溝呂木眞也は感じていた。自分の中に残った、わずかな光。それが、今、膨れ上がっていくのを。
 懐からエボルトラスターを取りだす。ドクン、と鼓動を感じた。
 右手を柄に、左手を鞘に。抜き放つ。

 ――変身。

 そして現れたのは。
 黒い巨人ではなかった。
 銀色の、巨人。
 ネクサス。

 そのキックがダーク・メフィストの腹に炸裂した。さらに追撃。二度三度と振われる拳。よろめくダーク・メフィスト。さらにその腕を掴み、投げ飛ばす。
 大地が揺れた。
 ネクサスは腕を十字に組む。放たれるクロスレイ・シュトローム。
 だが。
 ――所詮この程度か、溝呂木!
 光線を右手で受け止めながら、ダーク・メフィストは立ち上がる。
 ――貴様の本質は闇。借り物の光で俺に勝てると思ったか。
 その掌から闇が溢れ出し、光を押し返していく。
 ――さあ受け入れろ、この俺を!
 闇がネクサスのエナジーコアを貫き、黒く染めていく……

 溝呂木眞也は、しかし、闇を恐れることはなかった。
 俺の中には闇がある。他者への恐怖。力への渇望。それは否定しない。受け入れよう。
 けれども、それだけじゃない。俺の中にも、光はある。絆がある。西条凪との。古泉一樹との。朝比奈みくるとの。
 姫矢のような純粋な光にはなれない。
 だが、それで構わない。闇を否定する必要などない。認めればいい。そして、光と闇、その天秤の上をふらつきながら進んでいけばいい。
 だから、俺は――

 闇はネクサスの身体を包んでいた。やがてそれは1つの形を結ぶ。鎧。黒曜石に似た輝きを放つ。
 ――闇を、取り込んだだと!?
 ダーク・メフィストの驚きに。
「闇を受け入れろと言ったのは、貴様だ」
 溝呂木は不敵に笑って答える。
 エナジーコアが、再び燃え上がった。赤く、赤く!
 ――光と闇が並存することなど……!
 ダーク・メフィストは腕を十字に組んだ。放たれる漆黒の光線。ダークレイ・シュトローム。
 だがそれは、ネクサスを脅かすことはなかった。黒曜の鎧に弾かれ、消える。
黒いネクサスジュネッス・ブラック
 その右腕が、青く輝く。振り上げた腕から、光の剣が伸びる。どこまでも、果てしなく。
 一閃。

 光の剣が、ダーク・メフィストを、空間ごと、両断した……!

 * *

 ――『機関』日本支部地下。
 そこは、無人だった。
 封じられている筈の人物の姿は、ない。

 蛭川光彦。
 暗黒破壊神の端末。
 朝倉涼子による封印を破り、活動を、開始していた……。



[15152] 補足・解説 第13話 15話 16話 17話 18話 19話 20話 21話 22話
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/07/01 09:46
以前の話の「補足・解説」はhttp://six315.blogspot.com/をご覧ください。

ちなみに「補足・解説」は「本編中で伝わらなくてもいいけど、せっかく考えたし勿体ないや」と思った事項を書いていってます。つまり読まなくても特に問題はありません。

13話

●誘拐された子が誘拐犯グループの一員
 詳しくは「ストックホルム症候群」でぐぐればよいかと。ただし、あくまで参考程度です。χニュートリノの影響もありますし。

●部長氏
 彼の心境は、12話で消滅した山岡一に通じるものがあります。
 山岡一は、四年間の集大成として光量子回路を作り上げました。
 部長氏は、四年間の集大成として時計を作り上げました。

●現実境界線
 オリ設定。『涼宮ハルヒの憂鬱』原作で言うなら、『溜息』(文化祭)のころは、現実境界線が大きく後退していました。怪しい格好の人もたくさん出現してましたし。

●坂上田村麻呂
・新伝綺(誤字にあらず)にかぶれて、民俗学に中途半端に手をだしたことありませんか?
・坂上田村麻呂は実は蝦夷の人間だった、とか鬼だった、という俗説。信じないように。

●TLTのジャージ
『機関』の人間に配布されています。『ネクサス』のナイトレイダー制服を安っぽくした感じ。

●またツルク星人かよ!
 溝呂木―古泉 の師弟関係を ダン―ゲン の師弟関係になぞらえれたらなあ、ということで最近はレオの怪獣を出しています。そして溝呂木さんは松葉杖を突いて右足にギプスをはめることになりました。一応、11話あたりで右足を怪我、というか千切られてますし。

15話

●現実境界線(14話)
 書き忘れていた補足事項。「ネクサス」における“ポテンシャルバリアー”にあたるものとお考えください。

●今回の怪獣
 ウルトラセブン16話「闇に光る眼」登場のアンノン。
 セブンとの話し合いにより、平和的に地球を去ったところを、ダークザギに拉致されました。

●どのへんがKnowing me Knowing youなの
 待て次回

第16話

●映画
 2003年公開の『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』のこと。一応、本作は2000~2005年くらいのつもりで書いてます。

●液化窒素の料理
 たしか2007年あたりから出てきたはず。作中の科学(?)は今より少し進んでいるのかも。

●朝比奈みくるの正体
 ネット上の俗説を幅広く拾ってきました。
 前に、「妹がオセロ好きなんですよ」とか「妹がバスケやってるんですよ」とキョンが言った時の、朝比奈みくるの反応が伏線のつもりですけど伝わってるかなあ……伝わってなかったら、ごめんなさい。

●“キョンの妹”の正体
 昔掲示板で言い当てられていた通りッス。お見事です。

●メザードの存在確率
 特撮的科学です。イメージとしては、毒ガス。狭い空間に充満してたラやばいけど、窓を開けて換気したら大丈夫、みたいな。

17話
●松永参謀
 並行世界にはよく似た人物がいるという方向で一つ。

●勉強会・若手の反乱
 2000年~2005年あたりのライトノベル界隈でありがちなネタかしらん、と思いつつ採用しました。

●疲れた古泉
 特訓と、あとアンノンとかを殺したショックで眠れないのではないでしょうか。

●蛾超獣ドラゴリー
『ウルトラマンA』より。ムルチ殺害のシーンは有名。ムルチといえば、『帰ってきたウルトラマン』の……
 今回の古泉と溝呂木の会話。変身直前、郷さんと隊長の会話に似てしまわないように気を付けました。恐れ多いので。

●再生器官
 この単語でもって、妹さんが何のビーストなのか当てることが可能ではないかと。だから13話でネズミは懐くし、殺されても何事も無かったかのように暮らしているわけで。

●この先の展開
【笹の葉】編と銘打っているし、何か過去に焦点が当たってるし、the nextって題名だし、まあ予想はつくかと。【Knowing you Knowing me】編は手探りでキツかったけど、ここからは書きやすくなるといいなあ。読み手に予想しやすい展開ってのは、書き手も書き易い、はず。

●クーデターの全貌
「失敗フラグが乱立する、アニメ・まんが的リアリズム風のクーデター」を思い浮かべればよろしいかと。

18話

●ノア
 誰が適能者かは次回。まあ、予想はつくと思います。ちなみに、今回ダークファウストが出てきたのは、山岡一的には、その適能者への嫌がらせのつもりでした。

●七夕の日にタイムトラベルしてハルヒと一緒に校庭に絵を描くんじゃないの?

 これまでの話と同じように、「確かに原作をなぞっているけどなんかおかしい」方向で話を進める予定です。
 憂鬱(朝倉涼子の襲撃・ハルヒの世界改変)、退屈(みんなでスポーツ大会)、Knowing me Knowing you(朝比奈さんとどこかへいく)って感じで、原作をかすっているつもりなので。
 

●ツインテールの卵
 中身は死んでいた筈ですが、山岡さんが不思議パワーで蘇らせました。ちなみに「昔出てきたツインテールの卵」については『帰ってきたウルトラマン』からの援用です。

●山岡一死んだんじゃないの?
 今回の話は、新宿大災害当時のことなので。まだ山岡は生きています。たぶんこの時が一番、真面目に仕事をしていた時期です。

19話
●アルジェリア・ボリビア・タイ
 アルジェリアとボリビアは初代ウルトラマンがらみ。どっちかが吸血植物ケロニアの出身地だったかな。ちょっとメモを取り忘れたのでわかりません。すみません。タイは……ほら、チャ●ヨープロダクションがあるので。

●橘京子とか部長氏死んでるやん
 次回書きますが、●●●●細胞を植え付けられて奇跡の生還。

●今のあなたでは、たぶん無理ね
 確かに橘京子だけでは無理でしょう。本小説でのスペックを考えると、朝倉さん単体で研究所を潰すのは可能でしょうが……あくまで朝倉さんの目的は情報爆発の観測、という方向性なので。だから人質作戦が上手くいくとは初めから思ってなくて――

●長門さんそれウルトラブレスレットじゃないんですか
 類似する別の何かとお考えください。

●四角錐を逆さにして地面に突き刺したような形の建物
 参考URL:http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&safe=off&rlz=1G1GGLQ_JAJP249&tbs=isch:1&sa=1&q=%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%89%B9%E6%8D%9C%E9%9A%8A%E3%80%80%E5%9F%BA%E5%9C%B0&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=

●108匹イズマエル
 108と言う数字は当然、『ウルトラ銀河伝説』のベリュドラから。
 ちなみに、108匹イズマエルを作るのに必要なビーストの数は
 108匹×16匹=1578匹
 なんて数だ。

20話

●ジョン・スミス
 スミスって単語は適当に言ったと思われる。もしくはビッグオーを見ていたのかもしれません。そういえばある意味で、ロジャー・スミスも神的存在に対する鍵でしたね。

●山岡一の敗北
・適能者を一人殺し損ねたこと
・銀色の粒子の浸食により、生きていられる時間が大幅に減った(裏設定。だから第十二話前後で山岡一は死にかかっていた)
・???(そのうち書く予定)
 ちなみに後年、計画を変更して「生き残った適能者は殺さないで利用する」方向にシフトしています。

●古泉一樹は適能者じゃないの?
 次回以降をお待ちください。

●ノアの事象改変
 ノアイージスのエネルギー+孤門自身の思いの力とか

●ちなみに長門さんは何をしていたんですか? キョンが襲われていた時。
 情報統合思念体の命令により朝倉涼子を追っていました。でもってクレージーゴンで攻撃したりしてました。たぶん。変わるかも。

●研究所壊滅
 詳しい事情は次回以降。

●溝呂木さん悪者扱い?
 どうして溝呂木眞也は『ネクサス』本編で死んでしまったのか。人間として罪を償って生きる道を選べなかったのか。
 僕自身は、溝呂木眞也の中に「闇とはかくあるべし」「光とはかくあるべし」というのが強固として存在していて、それが彼を縛っていたからではないかと。ダークファウスト・ツヴァイごと自分を殺すように言った時のセリフも「それが光を得た、お前の使命だ!」ですし。だから「かつて闇であった自分が人間として生きるなど許されない」と考えて死を選んだのではないかと。
 ただそのままだとあんまりにもあんまりなので、変えて行けたらなあ、と。

●沢村修作
 ガンQといえばこの少年でしょう。超能力者(呪術師?)魔頭鬼十朗の子孫!(出典:ウルトラマンガイア)

●溝呂木さんの白い銃
 エボルトラスター。まだ光の力の残り粕があるのかも。

●やばい書き忘れてた……?
 朝比奈さんはノアの光を受け継いでません。もとい、受け継がせるだけの余裕がノアにはなかった……

21話
●平成ウルトラセブン
 穂湾紗江子:最終章6部作第三話『果実が熟す日』より。レモジョ系星人ポワン(→穂湾)は、女医サエコ(→紗江子)として地球に潜伏。ちなみにこの回に出てきた怪獣は、植物怪獣ボラジョ。回転攻撃とかする。つまり穂湾紗江子の怪獣形態。
 藤美津子:EVOLUTION5部作に出てきたミツコが由来。

●ULTRASEVEN X
 アクア・プロジェクト:水に特殊な振動波を当てることでエネルギーを取りだす計画。

 上の2作品って、雰囲気がネクサスに相通じるものがあると思うんだ。

●貴方が人を騙し過ぎたから
『ネクサス』の24話までを思い出してください。

●レーザーガン
 アクア・プロジェクトの成功で実用化されたんだと思います。

●三人目を壁に叩きつけて殺した
 前回も同じ殺され方をした人がいましたね。兄妹そろって殺り方が似ています。

●MG3
 次回あたりかけたらいいけど、日本支部跡を探索していたようです。

●現実境界線
 ポテンシャルバリアーと脳内でふりがなを振ってください。レーザーガンとか撃ってる時点でもうこの世界の“現実”も大分危ないことになっていますが。

●ノスフェルの復活
 脳内で想定していたのは『強殖装甲ガイバー』のエンザイムにやられたあたり。コントロールメタルに付着した細胞から全身再生、ってシーン。
 個人的には、『仮面ライダー』のノリをウルトラマンでやろうとしたら『強殖装甲ガイバー』になると思う。コントロールメタルって、要はカラータイマーかと。
 ……ネクサスに全然関係ないですね。裏話です。スミマセン。

●今後の展開
 平成ウルトラセブンとULTRASEVENXを持ってきてる時点で予測はつくかもしれませんが知らないふりをしてくれるとうれしいです。あ、別にノンマルトどうこうは触れない方向です。

22話

●犬を滅多打ち
 言うまでもなくオリ設定

●藤美津子
 正体はクインメザードを予定

●水ぽちゃ溝呂木
 一度はやっておきたかった。水ぽちゃといえば仮面ライダー555。(アギトという説もある)ネットで、『ネクサス』は『555』を参考にした、みたいな話を読んだ記憶があるので。

●廃工場
 溝呂木が失踪したあの工場とそっくりの場所を考えてください

●まさかの溝呂木回
 作者も予想してなかった。

●ジュネッス・ブラック
 まさかのオリ設定。ハンターナイトツルギっぽい黒いネクサス(意味不明)
 どこかで「光は絆」+「ウルトラマンヒカリ」→つまりヒカリは、ネクサス的なものなんだ! みたいな説を見た覚えがある。どこだっけ。

●溝呂木と姫矢
 そういえば溝呂木って、孤門への精神攻撃が多かったけど、姫矢への精神攻撃ってなかったような。



[15152] 補足・返信←6月14日0時に更新しました
Name: 6315◆4463217e ID:993e1ceb
Date: 2010/06/14 02:45
 ここでは、頂いたコメントへの返信を中心とした「後書き的なもの」を掲載していきます。
 不覚にも見落としていたのですが、「利用上の注意」曰く「感想欄でのコメントへのコメントは行わないで下さい」とのことなので……


<第20話掲載後から6月14日0時までに頂いたコメントへの返信>

>[46]ホットコーギーさん
 確かに非情な一面を強調しすぎたかも。次回の冒頭とセットで考えていただければ幸いです。確かにコスモスならいけそう。最終回ではカオスヘッダーすら助けてたし。
 初代マンといえば、たしか渋谷かどこかのシアターでやってた小話によると、ハヤタの次に姿を借りる人を探しているそうですよ。セブンは(世界観のズレを無視すれば)カザモリとかジンとかいるのでいいのでしょうが……
 やっぱりコスモスやマックスはムサシとかカイトの姿をとるかなあと思います。思い入れのある地球人の姿を取るのは、セブンからの伝統かなあ、と。

>[45]蜃鬼さん
 短いですよねえ。だいたい展開に難儀した回は短くなるという。次回は早めに出来そうです。
 エヴォリューション、いいじゃないですか! 個人的には今のネームの方がカッコよくでいいなと思ってます。

>[44]あなべる・がとーさん
 ええ、撃っちゃいます。もう一つの理由としては次回の冒頭にて。ノアに事象改変までやらせたのは内心やりすぎかなと思っていますが、まあ、神だしいいかな、と。
 ウルトラ戦士は規格外、まさしくそう思います。エイプリルフールの時にマン兄さんも言っていました。寿命を削るテレポートを連発した時に。「気にするな! どうせウルトラヒーローは不滅だ!」

<第19話掲載後から6月10日0時までに頂いたコメントへの返信>


>[43]ホットコーギーさん
 ありがとうございます。僕自身も作者である前に読者なので。さすがにノアを孤門から移すのには抵抗がありまして。たしかに郷さんや北斗はある意味ハードなことになってましたね……地球から知り合いが居なくなっても、ウルトラマンの中で一人生き続けるわけですし……
 とりあえず今は、ノアは完全には消えていないよー、とだけ言い残しておきます。

>[42]空人さん
 楽しみにしてくださってありがとうございます。『ハルヒ』における超能力者とか『ネクサス』での適正者とか、そのへんを擦り合わそうとしているうちに新宿大災害が殲滅作戦になっていました……どうしてだろう。

>[41]あなべる・がとーさん
 108匹ザ・ワン……いやあ、世界滅びますね。スペースビーストって生物と融合できるんで珪素生物とも融合できるのかしら。

 こちらの世界では『ネクサス』本編の失敗を踏まえて適能者を片っ端から殺す戦略を取っています。わざわざ新宿に集めたのは……裏設定的に色々あるんだと思います。ばらばらに殺すと適能者の資格が誰かに移るとか。

 孤門と溝呂木……一応、孤門くんは許す、みたいなことを『ネクサス』本編で呟いてましたが、考えどころですね。

 ちなみに本作のダークザギのイメージは、ヤプール+根源的破滅招来体+『ネクサス』本編のザギ、としてます。


<第18話掲載後から5月24日0時までに頂いたコメントへの返信>

>[40]空人さん
 佐々木(幼)については、まあ、早熟な子供にありがちな精神的はしかとお考えください。色々あって中学三年生の時点では素敵なインテリ女子になってるはず。
 TLTは原作からして、何度も適能者(というかウルトラマン)を殺そうとしてたりするわけで。基本的にロクでもない組織として扱ってます。あと、平成ウルトラセブンの地球防衛軍の行く末なんかもちょっと意識しつつ。
 時計といえばウルトラマンナイス。個人的には、自己犠牲っぽさの無いヒーローとして結構好きだったりします。
 期待にこたえられるよう頑張ります!

>[39]蜃鬼さん
 よくみると名前が一文字変わってますね。気→鬼でパワーアップ! といった感じでしょうか。これからもよろしくです。お褒め頂いて光栄です。自分でもやっと話が動き出したなあ、といった感じはあります。このままテンポよく進みたいなあ。
 チェックありがとうです。一応今のところ、平日にあらすじを考えて、休日に一気に書く。でもって月曜夜とか火曜夜に添削してupといったリズムでやっています。チェックする時の参考にしてくださいー

>[38]ホットコーギーさん
 自分でも驚きです。題名の通り“ザ・ネクスト”を出す予定だったんですが、むしろこっちの方が話が面白くなるかな、と考えまして。“the next”の意味としてはこの世界で二番目に出てきたウルトラマンがノアだった、ということで。

>[37]あなべる・がとーさん
 ノアの活躍が好評のようで嬉しいです。ただ、フルパワーだとバランスブレイカーと言うか話が終わってしまうので、“全力で戦えない理由”を考えるのに一苦労です。


<第17話掲載後から5月16日18時までに頂いたコメントへの返信>

>[36]ホットコーギーさん
 た、たしかに……まあ、13話あたりからは、多少、2003年前後に流行った“新伝綺”の類を意識してます。ゼロのパートナーについては、4月1日の円谷を信じるなら近いうちにきっとテレビで明らかになるはず……
 レイ&ZAPはキツいかもしれません。昭和のウルトラマンなら確かに関わってくるとは思いますが……
 クマさんVS溝呂木か……面白そうですね(笑)


>[35]ドラコンさん
 はじめましてー。まあ何やら厳しい特訓をやってるなあ、という印象が残ったら幸いです。

<第15話掲載後から5月8日0時までに頂いたコメントへの返信>


>[34]蜃気さん
 どうもお久しぶりです。いえいえ、気が向いた時に感想をいただければ、もう感謝ですよ。ウルトラ銀河伝説、いいですよね。この調子で二年に一回くらいウルトラ映画が出たらいいなあ……
 確かに朝倉さんが異様に性能高くなってる気もしますが、まあ、『驚愕』でも復活するそうなのでその記念と言うことで。

 おおう、言われてみれば最近短い……
 Knowing you Knowing meに入ってからは、手探り状態になってて小出し小出しで進んじゃってるな……という気はしてました。ちょっと気をつけてみようと思います。ありがとうございました!


>[33]EXAMさん
 お初ですー、コメントありがとです!
 楽しんでいただいて何よりです。古泉は……気が付いたらまた精神的に追い詰める展開に……書きながらごめんよう、といつも謝ってます。アンノンの死はやはりショッキングでしたか……その死が無駄にならないような話にしていけたらな、と考えています。またお気軽にコメントくださいませー

<第14話掲載後から5月5日0時までに頂いたコメントへの返信>


>[32]あなべる・がとーさん
 確かに女性が鍵でしたよね。むしろデュナミスト一人につき女性一人というか。(凪の場合、ペアになるのは溝呂木でしょうか)
 溝呂木・古泉師弟を導くのは誰になるのでしょうか。やはり女性をあてたいところ。(見当はつけていますが、書いてるうちに変わってしまうこともありますし)

>[31]ホットコーギーさん
 感情移入していただいてありがとうございます。最後の最後はきっと大団円……にしたいと思ってます。


<第13話掲載後から3月30日0時までに頂いたコメントへの返信>

>[30]あなべる・がとーさん
 そのひっかけは少し意識してました。(ゴキネズラ)
 ただまあ、何度死んでも蘇るのは、ビースト細胞でノスフェルの特性を一部受け継いだ、ということで。不完全な再生なのでネクサスの攻撃で死にました。

 ジュネッスは、お待ちください。今の古泉君は、なんというか、仮免許試験に通った段階のイメージです。ここまでは閉鎖空間という教習所での出来事、ここからは現実世界で路上教習、みたいな感じ。本免許の試験日は26話前後を想定してます。

>[29]ホットコーギーさん
 僕自身は、『帰ってきたウルトラマン』第四十話(スノーゴンにジャックがバラバラにされる)とか『ウルトラマンレオ』第三話(件のツルク星人の回)みたいな、「えっ、これテレビで流していいの!?」というグロテスクを想定してます。特に、『レオ』の凄惨な空気を持って来れたらな、と。(それで一時期、『レオ』の怪獣を出しまくってました)

『ネクサス』組のみなさんはどうするかなー、ってところです。もし全員一気に出したら扱いきれない……『ハルヒ』組の皆のエピソードを一通り語り終えてから、でしょうか。

<第12話掲載後から3月27日1時までに頂いたコメントへの返信>


>[28]蜃気さん
 目を離せなくなったら嬉しい限りです。特に、10話前後は「中盤に持ってこよう」と思っていたネタを詰め込んだので。
 バスケットは……ちょっと許してください。ただ妹についてはここからピックアップしていく感じです。話が古泉に偏りすぎたので、今度はキョンに焦点を当てて行こうかと。
 ネクサスが語りかけるシーンは、一応、予定があります。脳内ボイスの設定は皆さまにお任せします。

>[27]ホットコーギーさん

 今読み返してみたら、書き直しているうちに削っていた情報が……
 ノアの本体は、ザギと同じく(『ハルヒ』世界からみて)異次元にあります。溝呂木さんはあくまで光の一部を持ってきたとお考えください。つまり、分離したとは限(ry
 ただまあ、セブンが薩摩次郎の行動に感動して姿かたちをまねたように、ネクサスも孤門に思い入れを持って、彼の声を借りる可能性はあるかと。声の変換はどうぞどうぞです。
 ネクサスがデュナミストに話しかけるシーンは……ネクストが真木に話しかけたのは、映画のラストの方でしたし、できれば勿体ぶっていきたいところです。出し惜しみしているうちに話しかけるシーンが無くなったら許してください。

>[26]あなべる・がとーさん
 ばれましたか。実際、頭にあったのはガルベロス戦のクロスレイシュトロームです。
 確かに、最近は必殺技がちゃんと止めの技になってる感じがありますよね。たぶん「出てきて速攻スペシウム光線出せばいいんじゃね?」みたいな昔ながらの突っ込みへの解答なんでしょうね。格闘といえば『ウルトラマンガイア』は特に好きでしたね。八回投げとか。
 端末ザギさん(山岡一)は実質、第6話~第12話の裏主人公だと思ってます。退場してしまいましたが、存在感だけは出していけたらな、と思ってます。
 もともとダークザギって、「来訪者」の星を守る人(?)造ウルトラマンだったんですよね……そう言う意味では、諸悪の根源といえるかも、「来訪者」


<第11話掲載後から3月23日2時までに頂いたコメントへの返信>


>[25]ホットコーギーさん
 クマさん(違 はきっと14話以降を引っ張って行ってくれるはず……!
 実際、古泉の復活は、一時的なものだと考えています。「誰かから必要とされたい!」っていう心の問題は全然解決されていないので。放っておくといずれまた「僕は必要とされていないのかも……」って状態に陥るんじゃないかと。
 確かにノアは結構外道だった……だけど待ってください、もしかすると、ノアは初めから判っていたのかもしれませんぜ。姫矢がセラの問題を乗り越えたり、憐が生きる意志を持つようになることを。だからきっと、溝呂木だって……

>[24]あなべる・がとーさん
 心配ありがとうございます。まあ今は春休みおいしいです、ということで。
 リアルですか、ありがとうございます! けっこう嬉しいです。古泉や溝呂木の人間像が納得できるものとして伝わってるなら、これ以上のことはありません。
 溝呂木さんは『ネクサス』32話で死んだ時点の思考(死んで償おう)から一歩も前進してないです。「人間として生きて、罪を償って!」の前半部分を思い出す話を入れてあげたいなあ……
 ああ! 片手リフトアップ、なんかどっかで見たよなあと思ってたら、姫矢・ジュネッスvsリコ・ファウストでしたか。指摘ありがとうございます。ちょっとスッキリしました。

 確かにネクサスが(ry まあ主役は遅れてやってくる、ということで(汗) ネクサス・ノアという存在が、自分の中で神格化(?)されてておいそれと出せなくなってきている感があります。まだ早い、いやまだだ、みたいな感じで。

<第10話掲載後から3月17日3時までに頂いたコメントへの返信>


>[23]蜃気さん
 鋭い!(ハルヒ・朝比奈さんに関して)
 このあたりは、次の『笹の葉』編への前フリです。「ハルヒは、自分に都合の悪い出来事は無かったことにして生きていく女の子」って視点でここまでの話を振りかえると新しい発見があるかも。(原作でも、キョンとのキスは無かったようなことになってたり、気に入らない結末になったらループを起こしたり)

 古泉君は、ええ、『ライバル』ですね。キョンと対比させる形で進めることを予定してます。

 エヴァっぽさがありますか、ありがとうございます。第五話あたりの「補足・解説」で書いたように、結構意識しているので。ハルヒの自分語りとか、古泉一樹の似非統合失調症&似非うつ病な心理描写とか。ちなみに『笹の葉』編では別のものを意識しながら話を進めていこうかと。

>[22]あなべる・がとーさん
 最近WIKIでメビウスを調べて判ったんですが、ほんとに「蛭川光彦」って名前だそうです……さすが円谷。やってくれるぜ。

 古泉の試練は、1話2話でカタがつくものじゃないよなあ、というのが僕の考えです。12話・13話でようやく問題に向き合う準備が整う、って感じでしょうか。

 ダイナは……アスカが時空の狭間に消えてるんで、出そうと思えば簡単に出せそうなんですよね。「ダークザギ、俺が相手だ」(突然現れる)みたいな感じで。設定がクロスしまくったのは、たぶん「来訪者の星の歴史 = ダイナ後の地球が辿ったかもしれないバットエンド」って解釈が僕の頭にこびりついているからだと思います。

>[21]ホットコーギーさん
 ギャラクシークライシスとの関係はしばらく曖昧にさせておいてください……下手に設定すると矛盾が生まれそうなので……

 脳内設定では、あらゆるウルトラ時空にザギの端末がいることになってます。そいつらが怪獣やら宇宙人を誘拐してる感じ。あと『ティガ』に出てきた“怪獣バイヤー・チャリジャ”のお得意様だったり。本来ヤナカーギーを買い取る予定だった、とか。
 ボス級は……番外編を作らないと出せないかなあ。正体不明の悪役は全部ザギの眷族、って設定ならいけるか……?

 古泉の切り抜け方は……ある意味で一時しのぎです。ここまでで噴出した問題を、溝呂木(&喜緑)と共に解決していくのが『笹の葉』編『ミステリックサイン』編、という風に予定しています。SEKKYOUとかKIDUKIひとつで悩みがすべて解決したら、『ネクサス』じゃねえよなあ、と思うので。弧門君も前半はかなりの間悩みまくってましたし。

 しゅごキャラ完結予定、おめでとうございます。楽しみにして読んでいきますね。元気が出たならよかったです!

<第9話掲載後から3月12日22時までに頂いたコメントへの返信>
>[20]蜃気さん
 今回のキョンの言動は、自分がやってしまった痛い経験を元にしてます。口論になった時に、ありもしない経験を脳内ででっちあげて批判する、とか。とりあえず気に入らない奴の言ってることは正しくてもスルーする、とか。共感していただけたなら嬉しい限りです。

 G4は次の話でかなり活躍します。終盤まで出していけたらいいなあ。『アギト』のG4、いいですよね。僕も好きなんですよ。

>[19]ホットコーギーさん
 たしかに古泉に睦月を感じる……執筆中に横で『剣』を流していたからかも。ちょうど、睦月が改めてレンゲルを封印するところを観てました。
 ネクサス(ノア)とザギの来訪については、一応、こんな流れを考えてます。そのうち本編に書きますが、もしかするとちょっと変わるかも。

4年以上前
 ノアおびザギがハルヒ世界に来訪する
4年前
 ノア、ザギもろともを道連れにして次元の彼方に消える
 ハルヒの神的パワーにより、ハルヒ世界に強固な次元障壁が構築。異次元からハルヒ世界への干渉が不可能になる。
四年前~本編開始前
 ダークザギ、次元障壁の隙間から怪獣を送り込む。
第四話・第五話
 ハルヒ、大規模な時空改変を行う。一時的に次元障壁が崩壊。ダークザギ、自分の分身を送り込む(山岡一とは別の分身)。ノアもまた、溝呂木眞也に光の力を与えてハルヒ世界に送り込む

 孤門くんはいいキャラクターでしたね。話が進むにつれて存在感が増してきましたし。ある意味、彼が主役になるまでの物語だったのかもしれません。

 ホットコーギーさんのブレイド、剣崎と朝倉の距離感が僕は好きです。てかしゅごキャラって設定複雑だったんですね……未見なんで知りませんでした……元気出してください! 応援してます!

>[18]あなべる・がとーさん
 ザギさんがいい感じで受け入れられていて嬉しいかぎりです。個人的にも愛着が湧いてきたんで活躍させていきたいなあ……

 ああ! 確かに誤射といえばネクサス。実はあまり意識してませんでしたが、言われてみればその通り。姫矢さん、何かとナイトレイダーから撃たれてたしなあ……
「もう一度人間として」の呪縛、お察しの通りです。実は「首に巻いてるドックタグは、凪の言葉に縛られてる象徴なのかもしれない」みたいな意図シーンを入れようとしてました。第五話からずっと。けど毎回書いては削り状態なんですよ。
 そうそう、ザギさんってもともとは人工知能なんですよね。個人的な考えとしては、『ティガ・ダイナ』後の地球が辿るかも知れない未来=来訪者の星、と考えてます。ダイナが去った後も地球は怪獣に脅かされる→テラノイドを再び実戦投入→テラノイド暴走、みたいな。
 というかウルティメイト・テラノイドってネーミングいいですね。使ってもいいですか?
(もともと、“テラノイドの完成形”としてウルティノイドという名前を出そうと思っていましたが、ウルティメイト・テラノイドの方が語感がいいですし)

<第8話掲載後から2月24日午前2時以前に頂いたコメントへの返信>

>[17]蜃気さん

 ハルヒの視点、受け入れていただけたようでなによりです。
 原作同様、ハルヒはキョンに好意を抱いている、ということで甘めになっています。古泉→ハルヒ→キョン、という三角(?)関係を楽しみにしていただけると幸いです。

 「力があっても~」のくだり、いい感じでつなげれてましたか、そう言っていただけて安心しました。実は、唐突過ぎるSEKKYOUになってないかと心配していたんですよ。

 バスケットボール大会、一応、『涼宮ハルヒの退屈』に準拠するつもりなので、鶴屋さんや(原作より若干ハイスペックな)谷口、妹も出したいなと思っています。

 たしかにベリアル様の戦闘能力は異常ですよね。怪獣軍団が居なくても充分だったんじゃないかなあ、とも。映画の最後はベリアル様の復活を予期させるものでしたし、次回は単身で宇宙を制圧……したら面白いなあ。

>[16]あなべる・がとーさん

「お前は人形、ただの道具だ!!」ってなる可能性は考えてます。ただ、最近書いてて気づいたのですが、僕自信、朝倉涼子に愛着をもっているみたいなので、案外、活躍するかもしれません。

 なるほど! そういえばゲーテはドイツ人でしたね。ご指摘ありがとうございます。


>[15]ホットコーギーさん
 キャラソンのパッケージ的に、ドライの目は青色でしょうか……
 朝倉がヒロインといいますと、あれですか、TV版最終回から劇場版に繋がるSSでしょうか。ウェイ。いつか剣崎主役のSSが見れる日を楽しみにしてます。

 そして大丈夫です。L77星組を仲間外れにはしませんよー。むしろ『レオ』は好きなので。問題は近所のゲオだと、レオのDVD、なぜか6巻以降は新作扱いで借りるのが高いことですね。他は旧作、1枚100円なのに……おかげで、途中までしか見れてません。

<第7話掲載時のコメントへの返信 2月6日午前3時まで>
>蜃気さん
 お褒めいただきありがとうございます! できる限り早く書いていきたいと思います。
 確かに今回、イベントが多い割にストーリーは進んでいませんね……言われて気づきました。イベントを詰め込めばストーリーが進む、というわけではないのですね。構成の勉強になりました。ありがとうございます!
 映画は面白かったですねー、二回見てきました。セブン斃れる→ゼロ登場「セブンの息子だ!」の流れが大好きです。
 僕も、何らかの形でM78星雲のウルトラマンたちも絡ませたいと思ってます。一応いくつか案はあるので、お待ちくださいませ。

>あなべる・がとーさん
 このまま『涼宮ハルヒの退屈』に入ると展開がダレそうなので、イッシー&ダークメフィストを投入してみました。簡単に言うとテコ入れ。

 僕自身は溝呂木さんも適合者だったんじゃないかなあ、と考えています。むしろ適合者は全員、光の力(ネクサス)も、闇の力(ダークファウストやダークザギ)も扱えるんじゃないか、と。溝呂木さんは、一度、光の力で変身してますし。最終回で凪副隊長が変身する時、一瞬ですがエボルトラスターから闇が放出されてますし。

 次か、次の次あたりできちんと説明しますが、この溝呂木さんは綺麗な人のつもりですよー、ご安心を。

 気長にお待ちくださいー。最近更新ペースが落ちてますが、実を言うと、没にしたシーンや話が結構あるんです。『ウルトラマンネクサス』のごとく。三話分書いて公開に至るのは一話だけ、みたいな。ここは今後の改善点ですね。

>ホットコーギーさん
 大怪獣バトルNEOでのガルべロスネタはちょっと面白かったですよね。
 孤門ノアについては思案中ですね。『ネクサス』最終回後もノアは孤門のところに留まっているのでしょうか。
 ホットコーギーさんの妄想、毎回楽しみにしてますよ、どうぞ遠慮なさらずー

<第6話掲載時のコメントへの返信>

>[11]灰原聖志さん

 キョン妹を出してしまいました……
 色々推測していただいているようで、書いているこちらも嬉しい限りです。
 フログロス……マニアックなところですね。『ネクサス』原作では、他のスペースビーストと一線を画す愛嬌ある外見でビックリしたのを覚えています。……小型化してSOS団のマスコットにしましょうか。『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』の無限ライオンのごとく……(たぶん嘘です)

 橘京子の立ち位置については近いうちに明らかにしようかと。

 佐々木の髪……『分裂』の挿絵(キョンが自転車を押しながら佐々木と帰っている、中学時代の回想?)では短かった記憶が……

 ドッグタグと謎(?)の男、色々と深読みさせてしまってちょっと申し訳なく思ってます。謝る必要はないですよー、むしろ、「そういう印象を与えることになるのか……」と勉強になりました! この男については、早ければ次回に説明をしようかと。
 ちなみにTSはしない予定です。というかさすがにその要素まで詰め込むと、完結できないかも……

>[10]ホットコーギーさん

 こんばんわ! 文章が綺麗……そう言われたのは初めてです、嬉しいです。ありがとうございます。もっと読みやすくなるように頑張っていきます!

 僕自身反省しているのですが、このSSの世界観を最初に明らかにしきれなかったのは失敗でした……
 ホットコーギーさんが「この話をよく読んでいなかった」のではなくて、僕の構成が甘かった!

 おっしゃる通り「ディケイドっぽいパラレル」という風に認識していただければ、と。言い得て妙ですね、この表現。素敵なんで、どこかで使わせてください。

 さて、世界観についてもう少し詳しく説明いたしますと、こうなりましょうか。(似たことを【注意事項】のところに書きたす予定です)

・『ウルトラマンネクサス』原作の世界とは、別世界
・『涼宮ハルヒの憂鬱』原作の世界に対して“何者かの手”が大きく介入したのがこのSSの世界
・例えば、キョンの中学入学前に起こった“新宿大災害”は、“何者かの手”が介入した結果

 このあたりを明確にするエピソードを一話・二話に入れるべきだったのでしょうが……今から書きなおすのはちょっとアレなので、次か、次の次の話で説明しようかと。


>[9]蜃気さん

 良作と言われて小躍りした6315です、こんばんわ。

 最後まで……頑張りますよ! 書きたいシーンがありますし!

 実は、『涼宮ハルヒの退屈』(みんなで野球!)にどう繋げていくかで結構悩んでました。ちょっと筆が進まず、今回は一話だけの投稿と相成りました。

 ですが、今回皆さまからいただいた感想のおかげで、目処がついたような気がしています。ありがとうございます!

(特に、「このSSがどんな風に読まれているか」を教えていただけたのが非常に大きいです。よろしければ他の皆さまも、読んだ後にどんなことを考えたかなどをお教えください)

 キョン→ハルヒの好感度0、というのはやっぱり衝撃設定でしたか。このハルヒとキョンの関係は、『ネクサス』原作の孤門と凪の関係を参考にしてみました。序盤はうまくいかない感じだった二人が、最終回では「今まであなたの強さに支えられてきた、あなたの厳しさが俺に勇気をくれた」……あんな感じに、ハルヒとキョンもなれたら……いいなあ……

 古泉は、きっと闇から抜け出した時、輝ける『キモやか』さを手に入れるはず! ……自分の書ける人物像を広げるためにも、挑戦してみようかと。かなり後になるかもしれませんが、こっそりワクワクして頂けると幸いです。

 古泉とキョンのスペック……そうですね、次回の話でちょっとそこを明確にしておきたいと思います。
 今のところはこんなイメージです。

 キョン:陸上部の人間が参加禁止の徒競争をやったなら、上位に入れそう
 古泉:陸上部が参加していても上位に入れそう

 古泉>キョンなのは、『機関』での訓練VS自主トレの差だとお考えください。まあ、細かい話なんかは次回のお楽しみ、というわけで……


<第4話・第5話掲載時のコメントへの返信>

>[7]蜃気さん

 二回目のコメントありがとうございます。僕自身も、皆さんのコメントが楽しみでしょっちゅうArcadiaを訪れています。

 ダークな過去とシスコン、オリ設定を受け入れていただいて安心しています。原作まんまのキョンだと、どうしても話に絡みづらいので……

 ネクサスが出てくる時期についてはようやく目処がつきました。ご期待ください。

 ノアの活躍期間……確かに複雑ですよね。打ち切りがなかったら、ノアがもっと活躍していたそうですし。でも、最終回での覚醒だからこその感動もありましたし……まあ、まずはノアが出てくるところまで、頑張って書いていこうと思います。

>[6]ホットコーギーさん

はじめまして! お褒めいただいて光栄です!

僕も「ハルヒのキャラがネクサスってのは……いいのか……?」という抵抗はあります。だから古泉は、テラノイド(人造ウルトラマン)という中途半端な位置にあるわけでして。今は彼が、ネクサスになるに足る人物になれるように話を練っているところですね。

キョンについても、最終的にはみなさんに納得していただけるような人物にしていきたいところですね。
ハルヒのキャラクターたちが、今後どう変化していくか、というのに注目していだだけると幸いです。

そうそう、大怪獣バトルでは全部融合しちゃってるんですよね。ベリアル様は……出るとしても番外編かなあ。その場合は、むしろダークザギVSベリアルになりそうですが。どっちも黒いし、怪獣を操るし。

>[5]灰原聖志さん

 前回に引き続きコメントありがとうございます。読みこんでいただいているようで作者としても嬉しい限りです。
 ハルヒの異能の原因がダーk、じゃなくてアンノウn……ってのは、確かに、考えてる真相の一つですね。実際、最初はその方向で行こうと考えていましたし。今は……ちょっと未定です。
「あきらめるな!」は、入れる場所と発言する人物を選んでいるところですね。仮にも『ネクサス』の名を冠するなら、やっぱりこのシーンがないと!
 橘京子は原作での露出が少ないんでいろいろやれそうな気がします。中盤を引っ張って行ってくれるキャラクターに……なったらいいなあ。



<第1話~第3話掲載時のコメントへの返信>

>[3]蜃気さん
 もちろん、着地点として「キョン=ノア」を目指しています。ただそこに至るまでに、誰を経由するか、というので結構悩んでますね。

>[2]ハルレンさん
 お褒め頂きサンクスです。期待を裏切らないように頑張っていきます!

>[1]灰原聖志さん
 そうか! そのフラグもありか!(妹について)
 ありがとうございます、ちょっと考えてみようかと。

 僕も人間がウルトラマンになる路線、期待してたんですけどね……
 メテオールには、せめて“にせウルトラセブン”(サロメ星人の技術)に行きついてほしかった……。


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