魔法少女リリカルなのはStrikerS異伝~HIMEと乙-HIME、2つの力を持った魔法少女
第7話「六課の新隊長、そして風華の地」
先の戦闘で部隊長を失った機動六課は急速にその影響力を減じ始めていた。
評議会で六課の不手際が指摘され、「小娘の道楽でミッドを危険にさらした」と憤慨する一人から解散を要求する提案が出されたほどである。しかし会議に出席していたレジアス中将は六課を‘上手く扱えば彼等を手駒にできる‘とし、六課の存続を訴えた。
その結果、六課の部隊長代理を自分達の息のかかった人物にする事が決定され、同時に
予算の削減も取り決められたが、人選については途中で横槍が入ったので中将が直接ある人物を送り込む事になった。
―六課隊舎
「くそっ!予算の削減と部隊長代理をかってに決めやがって…」
と憤慨しているのはヴィータ。はやての‘夢‘であった機動六課を関係の無い輩の思い通りにさせられるのに腹を立てている。
「しょうがないといえばしょうがないのも事実だ。本来なら先任将校のあたしやフェイトちゃんが指揮を取るべきだろうが、他部隊からの出向扱いになっている以上…」
なのはは先の戦闘以降はどこか冷めたような態度を見せるようになっており、どちらかと言うと‘アスワド‘の首領としてテロ行為を働いていた時代で見せたような雰囲気である。ヴィータはこの、戦友の態度のあまりの変わりように畏怖さえ抱いていた。
「とうりょ…じゃなくって、なのはさ~ん」
なのは達の前に先の戦闘以来、民間協力者として扱われている少女―「アリカ・ユメミヤ」がやって来た。雑用もそれなりにこなせるために意外とメンバーに重宝されていると言うが、仕事ぶりはどこか間が抜けていると言う。
「アリカか。どうした?」
なのは(碧)はアリカを混乱させないために、なるべくエアルで会った時の口調で接するようにしていた。地の自分を出せないのは痛いが、アリカに接するのには必要な措置だった。
「実はですね…」
「そうか。すぐ行く」
と返す。ヴィータは2人の間に何があるのか?そしてなのはがこの娘に対してだけシグナムに似たような冷静な口調で接しているのも気になるところである。
(あいつら…この間から何かを隠してやがる…それも重大な…なのはの召喚したサイやティアナの火竜といい、なんで打ち明けてくれねえんだよ…あたし達は仲間じゃなかったのかよ…!)
同僚…いや戦友の隠しごとが何であるのか。そしてそれらを10年来の付き合いであるはずの自分にさえうち明けそうとしないなのはの後ろ姿に歯がゆい思いを浮かべていた。
「高町なのは一等空尉、入ります」
敬礼をしつつ隊長室に入る。―すると。その人物が誰であるのかすぐに分かったのか、
思わず噴き出しそうになった。
「こういう時は久しぶり…と言うべきやろか?」
と優雅な雰囲気と物柔らかな物腰で関西弁を喋る茶髪の長い髪の女性は「シズル・ヴィオーラ」。入局から極めて短期間で管理局の一等陸佐にまで上り詰めた俊英であり、そしてその正体は惑星「エアル」の乙―HIMEであり、かつてHIMEと呼ばれていた存在の末裔でもある。
「シズルちゃん…まさかこんな形で‘合う‘なんてね」
「そういう事はお互いさまですえ…、‘先生‘。お聞きのとおり、しばらくの間、六課の指揮はウチが取らせて貰います」
シズルはそう言うと頭を抱える様な仕草を見せる。
「それは‘上‘の指示?」
「そう言う事になります。六課に睨みが効く人物と言う事で選ばれたらしいやけど、派閥争いは上層部がやればいい事…ウチ自身は先生や舞衣はん達の味方や」
「それを聞いて安心したよ」
なのはは,安心した表情でシズルと握手を交わした。それはかつて一戦を交え、一度は教師と生徒の間柄であり、敵同士であった2人の関係は複雑であるが、今は仲間同士である。事態を乗り切るためには、シズルが元の世界からそのまま転移してきたのなら、当然保持しているはずの嬌嫣の紫水晶の力が必要なのだとなのはは結論付け、久しく見せていなかった本当の自分―杉浦碧としての笑顔を見せた。
―西暦2004年 風華
「今日はここまで。次はここを勉強しておくように…」
と、高校生を前にして教鞭を取っているのは杉浦碧。彼女はある日から態度などに変化が生じていた。
(うわあ~大学はおろか高校にも行ってない私に教師なんて無理だよ~!しかも文系苦手なのにぃ…)
碧の肉体には彼女の魂と入れ替わりになる形で高町なのはの魂が宿っている。なのは自身は大学はおろか、高校にすら通っていなかった事もあって、内心、これでいいのかと不安だらけであった。しかも碧自身が大学院生なので自分の方の論文も書かなくてはならない事も相まって、彼女の苦労は並大抵のものでは無かった。同時に舞衣と入れ替わったティアナが異世界での高校生生活をエンジョイしているとは対照的であった。
(‘向こう‘はうまくやってるのかな?碧さん…私の体で好き勝手やってたら怒りますよ)
と教室を後にすると、舞衣と共に当直室に向かった。
「御苦労さまです」
「本当だよ。まさか高校教師をやることになるなんて思ってもなかった…」
碧は舞衣にこの生活への愚痴をこぼした。彼女にとって高校の教師生活というのは苦労の連続であるようだ。
「でも良かったじゃないですか。…あの人の仕事がよく分かって」
「な、なっ…!」
彼女は顔を赤くし、煙が出そうなほど照れている。この態度から察するに、少なくとも無限書庫の司書長を務めている‘あの人物‘の事を異性として意識し始めているようだ。奇しくも入れ替わる前の碧が考古学調査を行っていて、その資料に目を通した事が彼の一族が行っていた遺跡発掘、そして彼の心情への理解を深めたのだろう。
「それはそれとして…これからどうします?向こうも同じ事考えてると思うんですけど…」
「やっぱりティアナもそう思う?‘オーファン‘って言うあの化物(クリークス)共と言い、あの炎凪って子…、何かこの‘力‘の事を知ってるようだけど…、とりあえず私たちの正体を感づかれないように動こう」
「はい」
こちらは正体を隠す事に重点を置いた判断をしたようだが、ある一つの盲点があった。
それは言葉使いや態度に気を配っていないのである。いくら気をつけても最も素の自分が出やすい部分は隠せないのである。
(それで碧達は正体を隠すことを半ば放棄している)
「舞衣~!」
「命?食事まで待ってなさいってあれほど言ったでしょ?」
「そうなんだが…お腹空いたぞ~」
この少女の名は美袋命。舞衣を慕っている中学生のHIMEで、サ○ヤ人並みの大食い少女である。初見の際には同じく大食いなスバルの食事風景でなれているティアナをも唖然させたと言う。ちなみに声色がなのはの親友の月村すずかにそっくりだと言う。
「しょうがないわね…碧ちゃんも手伝って」
「OK」
2人はとりあえず命に当直室にダイニングキッチンで料理を始めた。
チャーハンなどの簡単なものだが、3人分の量を作るために量は多めである。
「ええと味付けは…っと」
本を見ながら調理料を入れて味を調整する。元々舞衣がどんな味づけをしていたのかはわからないのでほとんどカンで作っている。
「できたわよ~」
テーブルに食事を置くなり命が物凄い勢いで食いつく。美味しそうにたべているが、その内にキョトンとした顔で「ん…?味がいつもと違うぞ?」と言う。2人は内心、ギクッとしたがどうにか誤魔化す。
彼女たちの生活も前途多難だと言える。元々地球人だったなのはは割とすぐにこの生活に馴染んだが、舞衣の体に宿ってしまったティアナは苦労が多かった。ミッドチルダではすぐに陸士の訓練校に入学したので
年相応(現在のティアナの年齢から言えば中卒程度だろうか)の普通教育を受けてはいなかったので地球での高校生活はある意味新鮮だった。
期末テストに頭を悩め、アルバイトに勤しむなど、元の体の頃では考えられない事だった。
(ミッドにいたときとは違う充実感…。この生活も悪くないかも)
ティアナは食事をたいあらげていく命の姿に「やれやれ」とため息をつきつつ、今は遠く離れてしまったパートナーのスバルの身を案じた。
「アイツ…今頃何やってるのかしら」
「大丈夫だって。スバルならきっとうまくやってるよ」
「だといいんですけど。なのはさんこそ論文書かないで大丈夫ですか」
「にゃはは…なんとかやるって。多分」
「もしかしてぜんぜん書けてないんじゃ?」
「…」
「あたしも手伝いますから少しは進めてくださいよ?」
「あ、ありがとう~!!」
そんな地球でのティアナの心配をよそに、スバルはなのはが近接格闘戦に取り組み始めた事に心踊る気持ちでトレーニングに勤しんでいた。
模擬戦やこの前の戦闘で見せた動きに、何時の間に身につけたのか、見事な槍と刀捌き。格闘戦を得意とする彼女はまたなのはと拳を交えたい。しかしこの前の戦闘で姉もまるで別人のような戦い方を見せた事も気になる。
「何がなにやらどうなってるの?なのはさん達に続いて今度はギン姉まで…あのシズルっていう部隊長代理もあたしたちに何かを隠してるようだし……」
彼女は部隊の中の空気がそれまでと違っている事に感づいていた。
そしてキャロやエリオが聞いたというティアナが口走った「オトメ」と言う聞きなれない単語。そしてなのはの昔の知り合いと言い、なのはを頭領と呼ぶ「アリカ・ユメミヤ」と言う女の子。疑問は大きくなるばかりだった。
「いっぺん、本人に聞いてみよう」
スバルはアリカのいる部屋に足を運ぶ。事態は大きく動き出していた。