「タカミチくんはどう思うかね?」
麻帆良学園理事長 近衛近右衛門は手元の資料から顔を上げ、同じく資料に目を通しているタカミチ・T・高畑に声を掛けた。
近右衛門とタカミチは今、先日行われた教員採用試験の結果を取りまとめ、検討を行っている最中だった。
いろいろと裏のある麻帆良学園であるが、今回は今年定年を迎える中等部の一般教師の代わりを探す試験だった。
しかし、かつてない不況が続く昨今。公務員や教職といった安定した職業の人気は高く、今回の試験にも、採用1名に対し70人を超える応募があった。
「そうですね……学力重視というならT大の11番、体力重視というならW大の31番、環境を考えて女性のほうが良いというなら22番の子ですかね」
ファイリングされた資料の付箋をされたところをぺらぺらと捲りながら答えるタカミチ。
タカミチがあげたのはそれぞれ、学力試験でトップ成績を上げた者。面接で印象的だった水泳の国体選手。試験、面接で満遍なく好成績を挙げたTOEIC850点を誇る帰国子女の女性だった。
「でもまぁ、麻帆良に一番あっているのは56番の彼ですかね」
学力試験は中の中、面接試験でもただ一点を除きごく普通の受け答えをしていた来春2流大学卒業予定の青年をタカミチは高く評価していた。
「ほう、タカミチくんも彼の評価は高いかね?」
「ということは理事長もですか」
資料を見ながら近右衛門は肯いた。
「それじゃ、56番の彼を採用の方向で進めていこうかの」
机の中から判子を取り出し、『採用』の印をポンと押す。
採用の印を押された56番の資料の氏名の欄は『横島 忠夫』そう書かれていた。
えぬてぃわい! 1時間目
「横島、お前推薦で大学いけるけど、どうする?」
高校3年の最初の進路相談の席で担任教師にそう言われ、横島は思わずぽかんとしてしまう。
「えっ、ちょっ、それって一体どういうことっすか?」
学力は下から数えたほうが早く、出席率は進級ぎりぎり、部活や生徒会活動には一切関与していないし、何か著名な賞を受賞した記憶も横島にはなかった。
「お前、GS免許もってたよな。それがあると一芸推薦がある大学だと大抵受かるらしいぞ」
美神の色気に血迷って始めたアルバイト、成り行きとその場の勢いで取得をしたGS免許。
横島自身はあまり理解していないが、GS免許というあらゆる資格の中でも群を抜いて取得が難しい資格といえる。
本来、資格というのもはそこに難易度の差があるとしても、正しい手順を踏めば万人が取得できるものである。
たとえば「現代の科挙」と呼ばれた『旧司法試験』。その毎年の合格率は約3%程度だったという。(現在は『新司法試験』に移行され、平成23年の移行期間終了とともに『旧司法試験』は廃止の予定)
しかし、その国家試験の最難関といわれた試験でも、もし受験者が全員合格基準に達していれば全員合格する。それが資格というものである。
だがGS免許は、霊能力という高い前提条件に加え、勝ち抜け戦にてベスト8にならならなくてはならないという運がからむ要素がある。
極端な話、昨年合格した人間が今年受験しても合格するとは限らないそれがGS免許なのだ。
また、横島の周囲には10代でGS免許に合格している人間がごろごろいるせいで、いまいち本人がその凄さを理解していないが、10代の、それも霊能科でない現役公立高校生(しかも霊能者の家系でない)がGS免許を取得するというのはかつてない快挙といえるのだ。
例えるなら、高校から野球を始めた公立高校の球児がプロ野球のドラフト1位指名を受けたようなものである。
つまり、野球を知らない人間にとっては、「高校生がドラフト1位指名をうけるのはすごいことみたいだけど毎年一人か二人はいるよね」というの程度の認識であるのに対し、野球を知っている人間にとっては「公立高校生がドラフト1位指名を受けるとは!俺は伝説が生まれる瞬間をこの目で見た!!」と熱く語り継ぐ出来事なのである。
そんな伝説級の偉業を達成した横島は、一芸推薦で大学合格と聞いて「はあ、そうなんですか」とのんきな回答をしていた。
GS免許取得者が一芸推薦で大学に合格する。その事を知る者は驚くほど少ない。
その原因は単純に一芸推薦で大学を受験するものが少ない――というかいない――からである。
まず、先ほどのも述べたように高校生がGS免許を取得ということが少ないということ。
その取得者が進学という選択をすること少ないということ。その少ない進学者は今まで在学していた霊能科のある学校から持ち上がりで上の学校にいく。ということである。
横島の担任が推薦のことを知ったのは、とある霊能科のある大学から横島への一芸推薦の打診が学校へあったからである。
「それじゃあ、一回両親と相談してみます」
横島の高校3年最初の進路相談はわずか5分で終了する。
家に帰った横島は、両親、美神親子、バイト先の知り合いなどと相談し、地元の2流大学へ進学を決めた。
入学するだけならばもっといい大学に行くことも可能であったが、自分の学力と立地条件の良さからそこがベストと結論づけたのだ。
(今思えば、わずか5分の進路相談が俺の人生の分岐点だったんだよなあ)
麻帆良学園中等部の校舎の中を歩きながら、横島は高校時代からの出来事に思いをはせていた。
大学に進学した横島は、横島らしい波乱万丈な生活を過ごしながらも大学生活を謳歌していた。
いきなり魔界に連れて行かれて武闘大会に参加させられたり、合コンに参加したり、月にいったり、酒でべろべろになって財布をおとしたり、海外で伝説の悪魔を倒して神に祭り上げられそうになったり、彼女が出来たり、友人と一緒にちょっとHな店にいってみたり、会社を起業してみたり、さそわれてなんとなく受講した教職課程が思いのほか楽しかったり、天龍童子がやってきたり、彼女と別れたり、天界のよくわからないパーティに招待され参加してみてもやっぱり何のパーティだったかわからなかったり……。
そして大学4年の春、横島はGSではなく教師という職業を選択していた。
もし、担任の教師が推薦の話をしなければ、大学に進学しなければ、自分はなんとなくでGSになっていたに違いない。横島はそう思う。
ネクタイの締まり具合を確認し、手櫛で軽く髪型を整えてから3年A組のプレートのある引き戸をコンコンとノックする。
教室の中から男とも女とも区別がつかない甲高い声で「どうぞー」と告げられた。
(よし、俺の教師生活はここから始まるんだ!がんばるぞ!!)
両手で頬をパンと軽く叩き気合をいれて横島は引き戸を開く。
がらがら
ぽんっ
ぱんっ
ぎしっ
「なんとー」
「「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」」
ビリッ
「ぎゃー」
「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」
「……さ、3年A組の副担任になることになった横島忠夫です……よ、よろしく」
教師生活開始3分。仕掛けられたトラップを華麗に回避するも卸したてのスーツが破れ半泣きになりながら挨拶をする横島の姿があった。
この物語は若き一般教師横島忠夫と、生徒たちの交流を描いた愛と勇気と感動の軌跡である
……かもしれない。
あとがき
えぬてぃわい→N・T・Y→Normal Teacher Yokoshima
コンセプトは担任と副担任があんまし活躍しない、GSとネギまのクロスオーバー。
だって一般採用だから。