あの秋の光景はずっと脳裏に焼きついている。
西日が校舎の窓ガラスを照らしている。校庭ではサッカーに興じる男子児童たち。時折甲高い声を上げて、校庭を走り回っていた。
小学五年のときの秋の空はどこまでも高く、青かった。
私は校舎裏の花壇のそばでユウくんと向かい合っていた。ユウくんは地面を見つめたうつむき加減な姿勢で立ち尽くしている。まだ幼い私にも、これから何が起きるかは理解できていた。
「佳苗、俺、お前が好きなんだ」
意を決して顔を上げて、ユウくんは呟いた。
初めて受けた告白で、私の心臓は飛び出そうなくらい激しく鼓動した。ユウくんの精一杯の勇気を感じた。
しかし、私にはその期待には答えられなかった。
「希はユウくんのことが好きなんだ。知っているでしょう?」
私は卑怯だ。ここで希をだすなんて。ユウくんの勇気を無碍にする発言だと瞬時に気づき、後悔した。
「なんで希を出すんだよ! 俺は佳苗のことが好きなんだよ!」
顔を真っ赤にして、少し涙を浮かべながら、涙声で大きな声でユウくんは叫んだ。
双子の妹の希がユウくんのことを好きだから、私は気持ちには応えられない。でもそれは言えない。それはとても傲慢な考えだと子供ながらに思った。ユウくんだけでなく、希も傷つけてしまう。だからと言って、無視できる問題でもない。
私は頭の中で慎重に言葉を捜した。でもなんて応えたらいいか、まったく言葉が見つからなかった。何を言っても、それは傲慢なものだと思った。
そんなとき、晴天の霹靂は突如として起こった。
視線をユウくんの先に変えると、校舎の脇に立ち尽くしている白いワンピース姿の希がいた。希は手にした体操着の袋を地面に落とし、険しい形相でこちらをにらめ付けていた。
「え、の、希、違う!」
咄嗟にでた私の言葉は言い訳じみた叫びだった。
「何が違うのよ!」
希はそのまま駆け出していった。
私は希の体操着袋を拾い、すぐさま追いかけていった。
希は校門の前で立ち尽くしていた。
「希、待って、私は別にユウくんのことは……」
「そうやって、いつだって、お姉ちゃんはあたしから欲しいものを奪っていく……!」
涙を堪えた顔で私を睨んできた希。
「奪ってない! 私は別に好きじゃないよ!」
「それが傲慢だっていうのよ! お姉ちゃんは無意識のうちに、いつだってあたしから奪っていく! 服の色だってそう。テストの点数だって、50メートル走のタイムだって、なんだってお姉ちゃんが上! そして比べられるのはいつだってあたし! すべてを比較の対象にされる! ユウくんの気持ちだって同じ! お姉ちゃんさえいなければ、あたしは欲しいものが手に入れられた!」
希が早口でまくし立ててきた。
「そんなの被害妄想だよ」
「あとね……これ以上、あたしの心の中に入り込まないでくれる?」
希のその一言で私は一瞬凍り付けられた。
心に入り込む。確かに希はそう言った。
双子だから分かり合えると思っていたのが、私の錯覚だったと気づかされた言葉だった。
双子だから心が通じ合えている、漠然と私は思っていたが、妹からは「心に入り込まれている」と感じるだけだったのだ。
強烈な衝撃で私は言葉を失った。ただ、目の前に私を親の仇のように睨みつけてくる希を、見つめているだけだった。
希は私の手にした体操着袋を奪い取り、校門の前の横断歩道に向かって駆け出した。
信号は赤だった。
あの時、何か声をかけていれば、悲劇は起こらなかったハズ。でも何も言えなかった幼い私がいた。どうせ何を言っても、希の長年蓄積されて爆発した私に対する憎悪は消えなかっただろう。でも、悲劇だけは回避されたハズ。それを私は今でも後悔する。どんな憎まれ口を言われてでもいい、妹が無事でいてくれれば。でももう、時計の針を戻すことはできない。
「今日は特に何もない一日だったよ」
私は病院のベッドに目を閉じて横たわる希の手を取り、日課の手のリハビリ運動をする。
今私は高校二年生。学校が終わり、面会時間ギリギリまで希のリハビリ運動をするのが日課となっている。
入院費を捻出するために、家は売り払い、安い賃貸マンションに父と母と三人で暮らしている。父は普通の会社員だけど、深夜にはガードマンのバイトを会社の許しを得てやっている。母は、希は意識不明になってから、ヘルパーの資格を取り、午前中は希のケアをし、昼から夜にかけて介護ヘルパーの仕事をするようになった。私も、土日だけ、近所のシアトル系のコーヒーショップでアルバイトをしている。学校も公立に進んだ。
「そろそろツインテイルは年相応じゃないかな。希」
リハビリをしながら私は希に語りかける。もう十七歳の希であったけど、その寝顔はまだ小学五年生のときと同じだった。
希だけ時間が止まっていた。
希のトレードマークはツインテイル。そして私はポニーテイルだった。それだけは今でも変わりがない。私は決意している。このポニーテイルを解くときは、希が「戻ってきた」時、希の手で自身のツインテイルを解く時だと。
「じゃあ、今日もいくよ。希の心の中に」
私は希の額に手を置いて、静かに瞑想し始めた。
私はブレンホッパー。人の心の中を飛び回る存在。誰にも話したことがない特殊能力を持っている。