政権運営の思想が端的に表れる人事で、菅直人首相は自分の考えを貫いた。
5年半続いた小泉政権が示唆するように、世論は政策の中身と同様にリーダーの信念に共鳴する。菅氏がひるまず小沢一郎氏の影響力を排除したことは今後、政策遂行上もプラスに働くと思う。
この1週間は、辞意を固めた首相が共に政権交代の大事業を成し遂げた幹事長を党所属議員の前で引きずり降ろし、後継者が一気に体制刷新を図るという政変劇だった。
「参院選挙後に先頭に立つ」という小沢氏がどこまで力を持ち得るのか。「菅VS小沢」の対立構図は今後も政権運営に少なからず影響を及ぼすだろう。
ただ権力闘争が許されるのは、それが信じる政策を遂行するための基盤を築く手段だからだ。今の日本には、単なる政権党の派閥抗争に、劇画を見るように興奮する余裕はない。
菅氏は「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体で実現する」との目標を掲げた。成長戦略と財政再建を一体化し、年金、医療、介護などの制度を充実させて安心できる社会をつくることだ。
そのためには消費税論議は欠かせず、引き上げへの道筋について参院選での菅氏の覚悟が問われる。「脱小沢」とは、選挙に勝つためには財源など政策的な整合性は二の次という選挙至上主義から脱することだ。
菅氏は前首相の失敗で生きた教材を得た。
言葉が信用されなくなったら国民からそっぽを向かれる。「最低でも県外」と一度口に出たら、困難な目標設定でも国民はそれを信じる。
首相は全能の神ではなく官房長官、幹事長、他の閣僚、官僚とチームを組まなければ政策は実行できない。無意味にプロ集団の官僚を排除すべきではない。
前内閣では党側に議論の積み重ねがないため、政府与党一体で法案処理など政策を実行しようという機運が生まれなかった。
菅氏は政調会の復活や人事を通じて前政権の修正に動き出している。一方で、選挙に有利か不利かの思惑で、国会の会期延長問題が語られるのは、政策重視の新しい政権の門出にふさわしくない。
鳩山民主党の迷走は記憶に新しく、菅氏の力量もまだ分からない。その中でも民主党支持率がV字回復をみせているのは、もう一度政権交代に期待したいという切なる思いだろう。民主党はラストチャンスだ。
毎日新聞 2010年6月9日 東京朝刊