打ち上げから約7年、総航行距離約60億キロの長旅を終え、小惑星イトカワから帰った探査機「はやぶさ」の姿を見て、不覚にも涙を落としてしまいました。
はやぶさは、イトカワの標本が入っている可能性があるカプセルをオーストラリアの砂漠に送り届け、自らは大気圏で燃え尽き、その一生を終えました。
60億キロという距離を、小さなからだで飛び切れたのは、化石燃料に頼らない新型の電気推進エンジン「イオンエンジン」と地球の重力を利用して加速する「地球スイングバイ」という技術があったからです。また、地球からの電波が届くのに18分もかかるイトカワに、現場の画像を使って自ら離着陸した「自律航行」の成功も大きな成果でした。
しかし、はやぶさの旅はトラブルの連続でした。着陸直後に7週間も通信が途絶え、宇宙をさまよいました。さらに、イオンエンジンも故障し、航行不能になりかけましたが、そのたびに宇宙航空研究開発機構のチームは知恵を絞り、ピンチを切り抜けました。そんな「不死鳥」はやぶさは、その「死」と引きかえに、多くの遺産と感動を残したのです。
チームのリーダーである川口淳一郎教授は、カプセル着陸後の会見で、「明日から(はやぶさの)運用がないという事実を、受け入れられないでいる」と述べています。これは、がんで家族を亡くした遺族の言葉と同じ思いがこめられています。
私たちは、「自分が死ぬ」ことを一番恐れます。一方、死んでしまえば、恐れる主体がなくなり、「死んだ自分」を心配する意味もなくなります。墓が「残された者」のためにあるように、「死」は生きている人にだけ意味を持つものなのです。
満身創痍(そうい)になりながら、けなげにミッションを果たすはやぶさは、いつしか「人格」を与えられ、愛情の対象となっていきました。だから、その「死」も残される者にとって、意味を持つようになったのでしょう。大切な者の死にこそ意味があります。「自分の死を恐れない」はやぶさと、「機械の死」を悼む残された人々の姿は、死の本来的なあり方を考えさせてくれました。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)
毎日新聞 2010年6月30日 東京朝刊