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【ゴルフ】遼も祝福 薗田 涙の全英切符2010年6月28日 紙面から
◇ミズノ・オープン<最終日>27日、兵庫・よみうりCC(7230ヤード、パー72)▽曇り、気温26・4度、風速3メートル▽賞金総額9750万円、優勝1950万円(54ホールに短縮されたため75%に減額)▽62選手(うちアマ2人)▽観客5278人 “遼のアニキ”薗田峻輔(20)が、聖地への切符を手に入れた。首位で出た薗田は1イーグル、5バーディー、1ボギーの66。通算15アンダーで逃げ切り、プロ5戦目でツアー初優勝を飾った。ツアーデビュー5戦目での優勝は日本ツアー機構が発足した99年以降最速タイ。全英オープンの出場権も獲得した。杉並学院高で石川遼(18)=パナソニック=の2年先輩に当たる大器が世界に飛び出す。遼は通算イーブンパーの52位に終わった。 サプライズな祝福だった。「まさか待っているとは思いませんでした」。初優勝に涙ぐみながらホールアウトした薗田を待っていたのは、2時間前に競技を終えた遼。「ナイスプレー!」。後輩の思わぬ出迎えに、先輩は目頭を押さえて「涙がとまんねーじゃん…」。20歳のルーキーは、年下の賞金王に肩を抱かれて声を震わせた。 突っ走った。2位と1打差の首位で迎えた最終日。最初は重圧を感じていた。だが、1番でバーディー、2番でイーグルを決めて腹をくくる。「もうやるしかない」。勝利に照準を定め、前半はノーボギー。13番からの連続バーディーで2位以下を突き放し、迎えた18番。ギャラリーが見守る中で1メートルを沈め、両拳を握り締めた。 遼の2年先輩だった杉並学院高時代。当時は「プロは意識していなかった」といい、卒業後は明大へ。だが、早々とプロの世界に飛び込んだ遼の活躍で気持ちが揺らいだ。「自分も厳しい世界で戦いたい」。昨年末、父・俊信さん(58)にプロ挑戦を宣言し、予選会を22位で通過。後輩と同じ土俵で早くも結果を出したが、本人は「まだ(遼と)差がある」と首を振る。 「遼が(07年に)初優勝した時、『あいつができるならオレも』と思いましたが、アホでした。プロは厳しい。学ぶことも課題もたくさんある」 ツアー5戦目での“最速タイV”で、上位4人に与えられる全英切符もゲット。「自分でつかんだ切符。難しいと思うが自信を持って臨みたい」。舞台は聖地・セントアンドルーズ。遼世代の実力者が、後輩に負けじと世界に挑む。(寺西雅広) ▼薗田峻輔(そのだ・しゅんすけ) 1989(平成元)年9月26日、東京都大田区生まれの20歳。177センチ、90キロ。3歳からゴルフを始め、中学2年で豪州へ単身留学。04年全国中学ゴルフ選手権優勝。杉並学院高3年の07年にプロツアー「三菱ダイヤモンドカップ」に初出場して36位に入った。現在は明大の政経学部3年。
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