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クローズアップ2010:公務員の飲酒運転・懲戒基準 処分の重さ、悩む自治体

 ◇抑止効果---「免職は過酷」司法判断も

 飲酒運転した公務員の「原則懲戒免職」を自治体側が見直し始めたのは、司法が「原則」ではなく、事故の有無や飲酒の量などケース・バイ・ケースで免職の適否を判断していることが背景にある。毎日新聞のアンケートでは、大半の自治体が「原則免職という基準に抑止効果がある」と答える一方、免職は重過ぎるとした一連の司法判断を受け、処分の在り方に悩む姿も浮かぶ。かけがえのない人を失った遺族らは複雑な思いを隠さず、専門家は明確な判断基準の必要性を指摘した。【銭場裕司】

 「飲酒」の実態は一様ではない。自治体が敗訴した4件の訴訟をみても、2件は十分な時間を置かずに運転していたが、残る2件は前夜のアルコールが朝に検知された「二日酔い」だった。

 「原則懲戒免職」の基準が普及後、自治体敗訴が確定した兵庫県加西市の課長のケース。1、2審判決によると、課長は07年5月の休日、自宅近くの飲食店で酒を飲んだ後、車を運転したとして、罰金20万円の略式命令を受けた。飲食店ではビール中ジョッキ1杯と日本酒1合を飲み、運転したのはその30~40分後だった。

 2審の大阪高裁判決(09年4月)は市の基準に合理性を認めながらも「仕事と関係ない運転で距離も短く、事故を起こしていない。アルコール検知量は最低水準。まじめに勤務した」などと情状面を指摘。「免職処分は過酷で裁量権を逸脱している」と結論づけた。

 佐賀県が敗訴した教諭のケースは、06年7月の夜にホテルやスナックでビールや日本酒を午後11時ごろまで飲み、約30分仮眠するなどして翌日未明に運転。他の車と信号待ちを巡りトラブルになった。交番に呼び出された午前8時ごろアルコール検査を受け、検出データは酒気帯び運転となる呼気1リットル中0・15ミリグラムを下回る0・07ミリグラム。訴訟で県側は「運転時は基準を超えていた」と主張したが、1、2審判決とも「証拠がない」と退けた。

 「二日酔い」は、三重県職員と、大型トラックに追突した神戸市消防局員の2件。それぞれ飲酒終了から8~10時間後の運転で「悪質な事情はない」と判断された。

 一方、宮崎県都城市職員が免職取り消しを求めた裁判では2月、自治体勝訴が最高裁で初めて確定した。職員は事故を起こしていないが、焼酎のロック6杯を飲んで30分後に運転。宮崎地裁判決(09年2月)は「検知量は多量で、情状酌量の余地はない」と断じた。

 同様に厳罰化が進んだ企業は、処分基準見直しの流れをどう見るのか。企業のコンプライアンス(法令順守)に詳しい山口利昭弁護士は「企業は社員が飲酒運転した場合の風評リスクが大きいので、今のところ見直しの動きは聞かない。厳罰化は社会の要請を受けた動きだ」と指摘する。

 ◇「厳罰化」後退に不安--事故の遺族

 「飲酒運転は絶対だめだという風潮になっていたのに残念。『職を失うことはない』という空気が生まれるのが怖い」

 03年に飲酒ひき逃げ事件で次男を失った大分県の佐藤悦子さん(58)。「飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会」の共同代表でもあり、自治体による処分見直しの流れに不安を募らせる。大学生の長男を飲酒ひき逃げ事故で失った長崎県の大川孝行さん(50)も同じ思いだ。自身も公務員だが「命を奪う可能性がある飲酒運転を戒めるために免職という重い処分が必要だ」と訴える。

 飲酒運転を巡る厳罰化は、遺族の訴えが世論を動かす原動力となって進められた。01年に危険運転致死傷罪、07年に自動車運転過失致死傷罪が新設され、事故は激減。警察庁によると、09年の飲酒運転による死亡事故は292件。10年前の4分の1以下に減った。毎日新聞のアンケートでは、原則懲戒免職の基準に抑止効果があると大半の自治体が認め、「飲酒運転には引き続き厳しい態度で臨む」(山形県)などの回答が目立つ。一方で「基準見直しの予定はない」と答えた19県市にも一連の司法判断を「尊重したい」(相模原市)と受け止める声がある。ある担当者は「司法判断は無視できない。悩ましい」と打ち明けた。

 免職を取り消した判決は「免職は公務員の死刑に等しい」と、自治体側に慎重な運用を求めた。06年に福岡市で起きた3児死亡事故の遺族の代理人、羽田野節夫弁護士は「しゃくし定規にすべて免職にするのは行き過ぎ」と理解を示す。処分を恐れて事故後に逃げるケースが多いことを指摘し「救えた命もある。速やかに救護すれば刑が軽くなる仕組みが必要だ」と述べた。

 元総務事務次官の増島俊之・元中央大教授(行政学)は「免職など厳しい不利益処分には明確な判断基準が必要。議会でも十分な議論がなされるべきだった。『他の自治体に右へならえ』では、地域主権を唱える資格はない」と語った。

==============

 ◇原則免職基準がある自治体の回答

     (1) (2)

青森県   △   -

秋田県   ●   -

岩手県   ×   -

山形県   △   -

福島県   ×   -

茨城県   ●   ○

神奈川県  ×   -

新潟県   ×   -

山梨県   ×   -

三重県   ●   ○

岐阜県   ×   -

滋賀県   △   ○

大阪府   ●   ◎

京都府   ●   ○

鳥取県   ×   -

高知県   ×   -

佐賀県   ×   -

長崎県   ●   ○

……………………

横浜市   ×   -

さいたま市 ●   ○

相模原市  ●   -

静岡市   ×   -

浜松市   ×   -

名古屋市  ●   -

神戸市   ●   ◎

岡山市   ●   ○

広島市   △   -

福岡市   △   -

加西市   ●   ◎

 (1)一連の司法判断が今後の処分に

 ●=影響する

 ×=影響しない

 △=分からない

 (2)懲戒処分の基準や表記を

 ◎=見直した

 ○=検討中

 -=見直し予定なし

==============

 ◇敗訴した4自治体と勝訴した都城市の事案

自治体 事故 検挙 検知量

加西市 なし あり 0.15

神戸市 あり あり 0.2

佐賀県 なし なし 0.07

三重県 なし あり 0.2

…………………………………

都城市 なし あり 0.35

 ※検知量は呼気1リットルあたりのミリグラム。道交法では0.15ミリグラム以上で「酒気帯び運転」

毎日新聞 2010年6月27日 東京朝刊

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