現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

観光ニッポン―旅先として魅力に磨きを

 魅力ある旅行先として、日本がアジアをはじめ世界の人々から見直されつつある。菅政権が発表した新成長戦略で「観光立国」が目標のひとつになったのを機に、この流れをさらに大きくしていきたい。

 新成長戦略では、日本を訪れる外国人旅行者を10年後に2500万人に増やすという。昨年実績679万人の3.7倍という高い目標だ。

 それでも成長著しいアジアの中の日本という地の利や、観光資源の潜在力を考えれば達成は難しくない。そのために多様な政策を動員するべきだ。

 増加が期待される中国人観光客については、個人向けの査証(ビザ)の発給基準の緩和が課題となる。政府はこれまで発給対象を富裕層に限ってきたが、中間所得層を7月から加え、対象世帯を10倍に広げる。

 これには犯罪目的の入国者の増加を心配しての慎重論もあった。発給時の審査に厳正さが欠かせないのはもちろんだが、基準は段階的に緩和していくべきだろう。

 人口減少下で伸び悩む国内消費の盛り上げや、日中関係の成熟にも役立つと期待される。

 外国人向け観光地としては秋葉原や京都が代表格だが、四季折々の自然や、歴史を映す伝統文化などの観光資源に恵まれた地域はたくさんある。映画やドラマの舞台となって広く知られた途端に北海道や秋田が中韓の旅行者に人気を博していることにも、大いに勇気づけられる。

 アジア諸国には日本の歴史遺産や温泉を訪ねたいという人もいれば、高度な医療や手厚い人間ドックを受けたいといった旅行需要もある。また、欧州から見れば、日本は「カワイイ」ファッションやアニメ、ミシュランの三つ星レストランを楽しむことができる文化と食の都でもある。

 これまでは、魅力を生かし切れていなかった。日本への外国人旅行者数は世界で28位、アジアで6位だ。マレーシアや香港は2千万人規模の旅行者を受け入れている。日本がそれを上回れないはずはない。

 潜在力を生かすには、観光の基盤整備も急ぐ必要がある。公共交通機関などには英語だけでなく中国語、韓国語などの案内や表示も必要だ。大都市だけでなく地方都市でも拡大すべきだ。企業も外国人旅行者を意識した取り組みが問われる。最近、大手百貨店で中国人社員の採用を増やす動きがあるが、もっと広げたい。

 戦後の日本は規格化された街づくりを優先し、特色ある景観をつぶしてきた。今後は逆に地域の魅力を再発見し、守りつつ磨きをかける努力が求められよう。それは地域の活性化にも役立つ。政府は規制改革などで後押しすることに精を出してほしい。

森林の再生―市場の変化を生かしたい

 「再生を期待できる好機にある」。菅直人首相は所信表明演説の中でそう述べ、林業の復活を後押ししていく考えを示した。その言葉通りに実行してほしい。

 首相が言うように、木材の国際的な需給変化で、林業に少し光が差し込んできた。中国が日本を抜いて世界最大の丸太輸入国になり、一方で輸出国のロシアや東南アジアが資源保護に乗り出した。いまや木材チップは広葉樹なら国産の方が安い。やり方次第で外材に対抗できる可能性が出てきたのだ。

 この好機を生かしたい。

 地球温暖化対策で、もう一筋の光も差してきた。森林という豊かな国内資源をもっと生かせば、低炭素社会への転換という時代の要請にこたえる一歩にもなる。

 雨が多く、気候も温暖な日本は木の成長に適している。森林の蓄積は40億立方メートルを超え、毎年8千万立方メートルずつ増えている。年間の木材需要をまかなえる規模だ。それなのに木材自給率が24%では、もったいない。

 民主党政権が林業再生を唱えているのも、うなずける。簡単な小規模作業道を増やして大型機械が使えるようにし、伐採・搬出コストを大幅に下げるという。かつての大規模林道などと違って、実態に即した振興策だ。

 先の国会で、低層公共建築を木造とする努力を義務づける法律ができた。どんどん実施していってほしい。複雑すぎる流通を簡素化することや、産地表示の明確化も大切だ。

 間伐に対する公的助成も拡大するべきだ。コスト割れが障害となって間伐が進まず、森が傷んでいるからだ。

 こうした政策を進める上で、国民の理解が欠かせない。まずは薄暗く傷んだ森に入り、林業と環境の危機を知ってもらう機会を増やしたい。

 生物多様性の日の5月22日には、国連の呼びかけで世界各地で植樹が行われた。日本では市民ボランティアによる森の健康診断調査もあった。手入れ不足の人工林を体感し、調べてもらおうというものだった。

 外目には美しい森も、中へ入るとまるで違う。竹のように細いスギやヒノキがびっしり生え、日が差さない。薄暗い地面には下草もなく、生き物の気配もない。荒れた森の様子に多くの人が息をのんだに違いない。

 外材に押され、戦後植えた木が放置されてきた結果だ。全国1千万ヘクタールの人工林の多くがこんな状態になりつつある。なんとかしないといけない。

 森の健診の起こりは愛知県豊田市。2000年の東海豪雨で大きな被害を受け、市民の目が上流の山へ向いた。10年で市費100億円を投じる間伐計画が進行中だ。無償で山へ入って調査した何百人もの市民とその熱意には、学ぶべきものが多い。

PR情報