チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19759] 【習作】 Evil and Flowers 【オリジナル】
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/25 19:42
 Prologue

「白銀の悪魔」

 赤く染まった岩だらけの大地。灼熱の太陽に照らされ、焼け付くような熱気にアームズの中にいるペインズ・グレイ少尉の頬を汗が流れていく。
 岩陰から見える敵の基地からは何の動きもないように見えた。
 しかしそれが間違いである事を岩を弾いた銃声が教えてくれる。
 全長280cm。重量700㎏。人型強化外殻兵器――通称アームズ。
 内部のモニターには索敵レーダーからの反応を逐一映し出している。
 背後では味方の強襲上陸艇が敵の位置を探しているだろう。

「インジゴ。このままでは埒が明かん基地に突入するぞ。付いて来い」
 
 ペインズは通信機を通じて、曹長のインジゴに命令をしていく。
 惑星ネイプルス。ビリディアン基地。銀河連邦を2つに分けたこの戦争でローアンバー軍のペインズ少尉率いる第3特殊機動小隊は敵基地に突入しようとしていた。
 岩陰から飛び出したアームズの足に装備された車輪が岩肌を抉りながら進む。時速40キロ程度ではあるが、体感速度はかなり早く感じる。アームズの両手に構えた銃が見え隠れする敵を狙って撃ちだされた。

「なっ!」
「速い!」

 ペインズとインジゴが驚く。追いかけるペインズよりも遥かに速い動き。一瞬の残像が揺らめく。
 撃ちかえされた弾がペインズの足元を崩しかける。

「隊長!」
「来るな!」

 助けようとするインジゴを制し、ペインズはキラッと光る反射光に向かって銃を放つ。それすらもかわされる。
 ジグザグに進み。もはや狙う事すらせずに撃つ。反撃にはしゃがみ込む。一瞬も動きを止めることなく。戦う。撃つ。かわす。狙う。狙われる。敵基地を目の前にして、ペインズ達はたった一機のアームズに足止めを食っていた。
 車輪が悲鳴を上げる。動くたびに強烈なGがペインズに襲い掛かっている。敵の銃撃に車輪の動きを変え、後退する。後退しながらも銃を撃ち続け、岩壁ギリギリのところで、ターン。今度はまっすぐ敵に向かう。機体をかすめるように撃ち込まれる銃弾。無様な追いかけっこ。たった一機の機体に5機のアームズが翻弄されている。ほんのすぐ傍の岩陰では小隊の部下達が敵を捜し求めて右往左往。
 敵の機体が初めてはっきりと見えた。
 白銀の機体。太陽を反射して眩く輝いている。内部の通信機からは女のヒステリックな声が聞こえている。

「うるさい! 手加減して勝てる相手か!」

 索敵レーダーに映る敵の機体を表す点滅を見つめながら、ペインズは怒鳴り返した。

「インジゴ。面だ。あの野郎に頭を上げさせるな」

 ようやく他の隊員たちも攻撃に加わり始めた。
 ばら撒かれる銃弾。点ではなく面での攻撃。弾幕は視界に入るもの全てを破壊しつくそうとでもしているかのようだ。
 『オーバーキル』
 本来ならば、そう言われるのだろう。
 だがしかし、相手はあの白い機体だ。これでもまだ足りないぐらいかもしれない。
 ペインズの背筋に冷たい汗が流れ続けている。機体に取り付けられている有視界モニターなぞもはや役に立たない。有視界モニターの反応速度はペインズの反応とほぼ同じ、ペインズの反応を遥かに超えた動きには通用しないのだ。背面に取り付けられた追尾式小型ミサイルに持ち替えると敵の反応をセットして撃ち放った。ミサイル砲を投げ捨てる。今更当ったかなどと確認などしない。そのまま敵を追いかけていく。
 インジゴの援護射撃が叩き込まれている。ペインズは最大速度で岩陰に飛び込んでいった。
 岩陰に隠れている白銀の機体が視界に飛び込んでくる。ミサイルを避けようとする敵に向かい。全弾叩き込むつもりで撃ち続ける。
 ミサイルの爆裂音。立ち上がっていく煙。
 煙がようやく晴れた時、白銀の機体は無惨に破壊され、中からパイロットの姿が見えた。

「な……に……子供だと?」

 敵のパイロットはどうみてもまだ10才ぐらいの子供だった……。

「隊長……」

 近づいてきたインジゴも驚きを隠せないようだ。その頃になってようやく通信機からの女の声も聞き取れるようになってきた。

「その子供がビリディアンの新型兵器よ」

 子供がピクッと動く。生きてるのか? ペインズとインジゴはゆっくり警戒しつつも子供を機体から引き剥がしていく。モニターに映る子供は先ほどまでの白銀の機体から感じていたプレッシャーからは想像も出来ないくらい弱々しく感じられていた。
 ペインズは衛生兵を呼ぶべく通信を開始する。
 
 灼熱の大地。赤く焼けた岩肌。風も焼け付くように熱い。されど見上げる空は目にも鮮やかな青。
 見渡せば、被害は甚大で、味方の犠牲も多すぎる。未だ敵基地にもたどり着いてもいないというのに……。戦車隊は全滅。ヘリは撃ち落された。乾いた笑いすら出てくる気もしない。
 連絡を受けてのろのろと味方の残骸を避けつつやってきた衛生兵に子供を押し付け、5機のアームズは敵基地へと突入を開始する。












 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 作者です。
 今回は戦争物になります。なる予定です。
 『銀の雨ふるふる』とは違ってシリアスな話になるといいなー。
 ちなみに、このお話のアイデアを話したときの友人達の反応は……。
 
 軍事関係に詳しくないのに戦争物は無謀。   by 友人A
 戦車の大きさって知ってる?         by 友人B
 戦争物にはかわいい猫耳少女がでなきゃダメ! by 友人c

 最後の1つはよく分かりませんが、こんな感じでした。
 でも完結までがんばります。

 ところで……猫耳少女は必要なんでしょうか?




[19759] Evil and Flowers 第01話
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/23 17:30

 Evil and Flowers 

 第1話 「第3特殊機動小隊」


 船内のモニターに灼熱の太陽に焼かれた赤い大地が映っている。
 惑星ネイプルスへと向かう航路上、ローアンバー軍。第5艦隊旗艦アリザリンの艦内に収容されている強襲上陸艇と降下に備えて”アームズ”人型強化外殻兵器の最終点検が行われている。全長280cm。重量700㎏。砲弾に手足をつけたような輪郭は妙な愛嬌がある。元々は人間が宇宙空間や深海、地球以外の他の惑星において活動する為に開発されたモノであったが、生身の人間と同じように多彩な道具や器具を使用する事が可能である事から、その利点に気づいた軍が兵器に転用し始めた。以来50年……。
 人型強化外殻兵器――通称アームズはその運動性と汎用性から地上戦において主役となりえていた。だがしかし宇宙空間では艦隊の影に隠れて、さらにかつての空軍……現宇宙用戦闘機から逃げ惑いつつ攻撃する一歩兵にすぎなかった。もっともこの歩兵は戦艦を沈めるほどの火力を持ってはいたが……。
 地表では赤い砂が混じった風が強く吹いている。砂嵐の中に敵の基地が薄っすらと見え隠れしていた。

 戦争は今も続いている。
 すでに人類は宇宙に飛び出し、太陽系を遥かに越え、いくつもの移住可能な惑星を発見していた。移民を開始してからも200年を数えだした頃から、かつての宗主星である地球に対するいくつもの独立戦争が行われ、植民地扱いをされていた惑星は独立を果たしていた。
 
 自然環境は破壊され、さらに資源の枯渇しかかっていた地球とは違い。移住可能な惑星には、豊かな自然と豊富な資源が存在している。それらの資源をなぜ、一方的に地球に毟り取られなければならないのか?
 世代を重ねる毎に移住していた者達のそう言う声は大きくなって、今まで地球主導だった資源開発を自らの手で行い始め、さらには20以上もの惑星同士が連携を取り、地球を必要としない態勢をとり始めた。
 その行動に地球側は容赦ない弾圧を加えた。
 植民地星だった20以上もの惑星は、地球側に対抗する為に銀河連邦を宣言し、地球対植民地星の独立戦争が開始された。独立戦争そのものは多くの者達の予想に反してあっさり終結した。
 地球側はその勢力を太陽系内に閉じ込められて、存在価値を失い。忘れ去られようとしている。
 それからさらに半世紀が過ぎ……。
 銀河連邦はローアンバーとビリディアンの2つに別れ、争いだしてしまう。
 何度目かの終戦と開戦を繰り返しながら、戦争はもう30年目を迎えようとしていた。


「よおし、調整は完了だ」

 整備小隊のクラウド・ペール技術少尉が工具を腰につけた収納BOXに差し込みながら、まるで古のトーナメント(馬上槍試合)の騎士が身に付けていたようなヘルムを模ったアームズの頭を軽く叩く。
 基本的にアームズの操縦者は機体に乗る。……潜り込む際に腕部に腕を通し、機体の上腕にある操作グリップを操り腕や武器・装備の操作を行う。現在の主流機である改良型はさらに動きをトレースする操縦形式をも採用している。操縦者が身に付けるパイロットスーツと機体内のセンサーを通して搭乗者の意思自体を感知して動き、更に複雑な動きをする際は、フットペダルを用いる仕組みとなっている。よって操縦自体はそれ程難しくなく、操縦訓練を受けていない操縦者がいきなり実戦参加する事も可能であり、実際その例は多々ある。

「……そうか」

 ペインズ・グレイが中からスピーカーを通じて、返事を返した。まだ内部のスピーカーの調整が巧くいっていなかったのか、かなり大きな音量が格納庫内に響き渡った。その所為で格納庫内に居た者達全てが振り返り、まともに音を叩きつけられたクラウドは耳を塞いで蹲ってしまう。

「ペ、ペインズ……」

 蹲ったまま、クラウドは地底から亡者が不気味に囁くようなか細い声でペインズの名を呼ぶ。
 アームズのレンズが動き、蹲っているクラウドの姿を内部のモニターに映し出す。アームズの中でペインズは困り顔を浮かべている。照れ隠しか、鈍いモーター音を響かせ、アームズの腕がコツコツと頭を叩いていた。格納庫の中では、アームズだけではなく。陸上用の戦車も5台調整されている。
 この時代では海軍と空軍の存在は宇宙軍に組み込まれてしまい、その存在価値を失ってしまっている。現状では宇宙艦隊である宇宙軍と地上戦の為の陸軍の2つしか存在していない。もっとも海上で戦うかつての船は無くなったが、深海用の潜水艦は残っていた。

「すまない」

 今度は音量を絞った声がスピーカーから聞こえてくる。それと同時にハッチが開き、中からペインズが顔を出した。短い黒髪に黒い瞳。
 20歳を迎えたばかりのペインズ・グレイはしなやかな動きでアームズから抜け出す。蹲るクラウドの肩に手を置こうとしたが振り払われ、行き場をなくした手を宙に浮かせたまま黙り込んでいた。

「て、てめえ……。あれほど、調整には気をつけろ。と言っておいただろうが!」
「すまない。高級士官専用食堂のチケットで勘弁してくれ」

 耳を手の平で軽く叩きながら、クラウドは立ち上がってペインズに食って掛かる。赤い髪が揺れ動く。ペインズとは違い、クラウドはおさまりの悪い髪の毛を帽子に無理矢理つめている。この2人はさほど美形ではないが、どことなく愛嬌があり、女性兵士達からの人気も悪くはなかった。
 しかし高級士官専用食堂のチケットと聞いて、クラウドはころっと態度を変えペインズの肩に手を回し、ひそひそ問いただしだす。

「おめえ~。そんなもの一体どこで手に入れたんだ?」
「前に大佐から頂いた」

 ペインズはしらっとした顔で言うが、じっとペインズの様子を窺っていたクラウドは何か思いついたのか、ニヤニヤ笑い。ペインズの脇腹を小突きだした。この2人はローアンバーの首都星ビアンカにある士官学校の同期であった。ビアンカというのは首都星に移民が始まってから初めて産まれた子供の名であり、この女性は最初のビアンカ生まれの人間となったのであった。

「おめえ。あれだろ? 前から狙っていた通信オペレーターのリーフちゃんを誘うつもりだったんだろ?」
「いや。そんな事はないぞ」
「いや。分かってる。分かってる。よくある事さ。女を誘うつもりでもなきゃ、俺たちみたいな少尉クラスが馬鹿高い高級士官専用食堂のチケットなんぞ、手に入れようなんてしないよな~」
「だから、違うと……」

 クラウドはむすっとしたままのペインズの頬をつんつんつつきながらもからかうのをやめようとはしない。
 格納庫にいた他の隊員達は上官であるペインズと技術将校のクラウドが言い合うのを見て、またいつもの事かとそれぞれ調整を再開し始める。しかし曹長のインジゴだけは困ったようにため息をついていた。

「おいおい。グレイ少尉にペール少尉、出撃前だぞ。じゃれあうのもそのくらいにしておけ」

 第5艦隊所属、第1特殊機甲兵大隊長のオぺーク・ホワイト大佐が格納庫に入ってきた。大佐は四角い顔で眉は太く。鼻も太く。唇も太い。これで体型も太かったらお似合いなのだろうが、意外と痩せている。妙なアンバランスさが特徴となっていた。性格は謹厳実直を絵に描いたような人物だ。実戦部隊からの評価も悪くない。40後半の年齢だったが、撫で付けた髪に白いものが目立つようになっていた。若い頃受けた戦傷で首筋から額に掛けて鋭い切り傷の痕が残っている。

「はっ!」
「はっ!」

 ペインズとクラウドの2人はすばやく直立体勢を取って大佐に向かい敬礼をする。そんな両者の行動を大佐は苦笑いを浮かべて答える。後ろにはペインズ達の所属する部隊。第3特殊機動小隊以外の中隊を率いる中隊長であるクリムソン・レーキ大尉と見た事のない女性士官を引き連れている。中隊長はまったくこの2人は……。とでも考えているのだろうか? 手の平を額に乗せて天を仰ぐ。こめかみに青筋がぴくぴく浮かんでいる。

「貴様らは……統合作戦本部からお越しになられた少佐殿を前にして、恥を掻かせるんじゃない!」

 クリムソン・レーキ大尉は青筋を立てて妙に甲高い声を出す。神経質そうな顔。大佐とは対照的に全体的に細い。これまた戦傷を受けたとかで眉がない。かつて女の化粧のように眉を描いてみたら如何でしょうか? と言われ、「ふざけるんじゃない!」と言い返したそうだ。本当かどうかは定かではないが……。
 その横で女性士官はちらっとペインズとクラウドを一瞥したきり、何も言わずに黙って立っていた。クラウドがじっと目を皿のようにして女性士官の様子を窺っている。ぼそぼそとペインズにだけ聞こえる声で、「86……いや、88はあるか?」と言っているのが聞こえてくる。
 なにが? とは聞かずとも分かってしまうのは同期のよしみだろうか? それともクラウドの嗜好が単純だからだろうか?
 ええい。おっぱい星人が……。思い起こしてみれば、士官学校時代からこいつは有害図書愛好会の代表だった。頭が痛い。

「作戦会議をする。グレイ少尉以下、第3特殊機動小隊は会議室に集まるように」

 そう言って大佐達3人は格納庫を出ていく。後姿を見送りながら、ペインズとクラウドは首を捻った。

「おい。一体どうしたってんだ? そんだけの事を伝える為にやってきたって言うのか?」
「ああ、おかしいな。これぐらいなら艦内放送で充分な筈だ」

 ペインズは小隊の隊員を集合させると格納庫から出て行こうとする。

「隊長。待って下さい」

 曹長のインジゴがペインズを引き止めた。

「どうした?」
「今回の作戦にはなにやらきな臭いものを感じるんですがね。隊長は何か聞かされているんですかい?」

 振り返ってインジゴと向き合うペインズに対し、探るような目つきで問いかけてくる。浅黒く陽に焼けた顔には引き攣れたような傷がある。その傷が今、さらに引き攣っている。士官学校を卒業してすぐに小隊長に任命され配属されてきたペインズとは違い、叩き上げの曹長であるインジゴは小隊の兵士達からも信頼が厚い。したがってインジゴの発言はペインズとしても無視する事はできない。

「……ビリディアン側の新型兵器を奪取する事。それが今回の作戦内容だ」
「それだけですかい?」

 インジゴがずいっと一歩近づく。ペインズは小隊の兵士達の顔を見回し、ため息をついた。それから人差し指を立てくいくいっと動かして小隊の兵士達に集まるように指示する。
 近づいてきた兵士達と顔を見合わせる。小声でペインズは小隊のみんなに話す。

「あまり大きな声では言えないが……連中が新型兵器を開発している基地には我々ローアンバーの人間が人体実験されていると言う。情報部からの報告があるそうだ。彼らの救出。そして新型兵器にデータを手に入れる事も作戦の中に含まれている」
「……人体実験?」
「そうだ。ただ現段階では証拠はない。今回の作戦で連中が人体実験をやっているという証拠を見つけるんだ」

 ペインズの言葉に小隊の兵士達の顔色が変わる。

「人体実験は条約で禁止されているはず……」
「……まるで昔の強制収容所だな」

 兵士達の言葉にペインズは頷き、さらに言った。

「問題は証拠も無くうかつにビリディアン側を非難すると、阻止できなかったこっちにも飛び火するかもしれん。政府はそれを恐れているらしい」
「ああ、それはありえますね。選挙も近いですし、一応我々も民主主義の国だ。向こうもですがね」
「分かったら、他言無用だぞ。これは命令だ」
「分かりました」
「では行くぞ」

 ペインズはインジゴ曹長以下、第3特殊機動小隊の兵士を連れて会議室へと向かった。
 会議はお決まりの訓示から始まり、ペインズが小隊の連中に語ったのと同じ話が繰り広げられる。ただ焦点をうまくぼやかしているところが、小隊の兵士達には大佐側の悪意を感じ内心自分達の立場が危うい事を感じさせていた。

「今回の作戦ではペインズ少尉の第3特殊機動小隊はクリムソン・レーキ大尉率いる第2特殊機動中隊の援護に回って貰う」

 オぺーク・ホワイト大佐はモニターに映る惑星ネイプルスの地表を示しつつ、そう発言する。
 クリムソン・レーキ大尉のにやにやした顔を見るとペインズはむっとして大佐に問い返した。

「それは我々第3特殊機動小隊は予備戦力という事でありますか」
「いや。そうではない。君らには基地に突入し敵に打撃を与えたのちに基地の背後を廻り、第2特殊機動中隊が基地内を捜索する間敵を食い止めてもらう事になる」

 モニターに映し出された映像にはほぼ真四角な敵基地が映り、突入経路から基地の裏手側から表正面に向かう経路が赤く点滅を繰り返している。

「それでは我々は捨て駒扱いになるという事ですか」

 ペインズの言葉に小隊の兵士達は頷くと口々に文句を言い。会議室は一時騒然となる。
 ――冗談じゃねえ。そんな無茶な作戦に付き合いたくねえぞ。だいたい一小隊だけで一撃離脱戦法で行動するのはともかく。さらに一周廻って援護するなんて……そこまで行き着けるとはかぎらんだろうが! どうやって生き残ろうか?

「ペインズ少尉の第3特殊機動小隊は私の第12特殊偵察部隊と合流して中隊として行動してもらいます」

 ペインズがどうやって生き残るための作戦を考えている間に騒然としている会議室の空気を切り裂くように宇宙艦隊作戦統合本部からきた女性士官ローズ・マダー少佐が言った。

「――マダー少佐」
「大佐。今回の作戦は宇宙艦隊統合作戦本部からの命令によって私が直々に命じられたものです。したがってこのように成功する可能性の低い作戦を立てられては困ります」

 宇宙艦隊統合作戦本部から出向してきたローズ・マダー少佐は階級こそ大佐より低いが統合作戦本部の権威を振りかざして大佐の作戦を封じ込めていく。むっとした表情を見せる大佐にペインズは今まで見た事のなかった大佐の本性を垣間見た気がしてぞくっと背筋に冷たいものを感じていた。
 結果、作戦は変更されペインズとローズ・マダー少佐の合同中隊が基地を攻撃。情報入手を担う事になった。
 もしかするとクリムソン・レーキ大尉率いる第2特殊機動中隊の援護を期待できない分、最初の作戦案よりも成功率は低くなったかもしれない。ペインズとインジゴはそう目配せをしあう。

「作戦は2時間後。地球時間01:00に開始する」

 大佐がそう言うと、ペインズ以下第3特殊機動小隊の兵士達は会議室を出て行った。
 ペインズは小隊の兵士に今のうちに食事をして休んでおけ。と指示する。

「今のうちに温かい食事をしておけよ。作戦が始まったら冷たいレーションしか食べられなくなるんだからな!」
「分かってますって、少尉殿」
「隊長~そろそろ食い気より色気に目覚めてみちゃあどうですか?」
「まったく、うちの隊長は食いしん坊で困るぜ」
「悪かったなー」

 会議室から出てきたペインズとインジゴは小隊長室で食事をしながら作戦地図を見ていた。そこには技術将校のクラウドもいる。

「どうやら俺は大佐に嫌われていたようだ……」

 ペインズはそう言いながら、プレートの上に乗せられている肉を切り分け口に運ぶ。旗艦アリザリンにいる時だけは、焼きたてのステーキが喰える。普段のレーションとは違う。熱い肉についつい頬が緩んでしまう。

「しかしペインズと大佐はそれなりに巧く行ってたと思っていたんだがな~」

 クラウドも同じく肉を切ると大きな口を開け、咀嚼していく。胡椒をたっぷり利かせたペッパーステーキだ。胡椒の刺激がたまらなくうまい。握ったフォークをサラダに突き刺すとさらに口の中に押し込み、がぶっと噛み付いた。
 ペインズとクラウドが話しているのを聞いていたインジゴがカップに入ったコーンスープを飲むのをやめ、頭を掻きながら口を開く。

「まあ大佐から見れば、少尉殿は危険分子だったんでしょうな」
「どういう事だ?」

 ペインズとクラウドがインジゴの方を見る。2人とも口の中に大量の食事を放り込んでいるために頬が大きく膨らんでいる。上官達の一種情けなくも見える姿に、肩を竦めたインジゴはペインズが来る前の第3特殊機動小隊の話をしていく。

「元々はですな。第3特殊機動小隊っていうのはクリムソン・レーキ大尉と同じく大佐の子飼いの手駒だったんですよ。それが少尉殿がやってきてからというもの……小隊規模でどこの派閥なのか分からなくなってしまいましたし、それどころか独自の派閥を形成しはじめていますからね。手柄を第3特殊機動小隊のみに立てさせたくないんでしょうよ」
「独自の派閥を形成って言われてもな、作った覚えはないぞ? おお、意外と美味いな」

 ペインズはプレートの上のペーストを掬って口に運んでいる。合成食料ではあるが、フォワグラのパテと同じ味だ。元々本物のフォワグラなんぞ、喰った覚えがない為にこれで充分満足している。

「そういやそうだな。一体なに派になるんだ? おっ、こいつもいける。軍隊の食事も美味くなったもんだ」

 クラウドは白いペーストを舐めるように食べていた。どうやら味はポテトサラダのようだ。

「そりゃあペインズ派でしょうよ。第5艦隊の整備を引き受ける整備部隊のクラウド・ペール技術少尉殿に補給部隊。それに統合作戦本部の参謀にもペインズ派がいると聞いていましたがね」

 インジゴは優雅な手つきでプレートに載せられた肉を切り分けている。士官学校卒の士官2人よりも百戦錬磨の叩き上げ軍人であるインジゴの方が優雅で上品であるのは何かの皮肉であろうか?

「何の事だ? クラウドは士官学校の同期だし、補給部隊のプルシアンも同じく同期だ」
「そうだぜ。仲は良いけどな。俺も同期のよしみでペインズの小隊には整備を気をつけて見てやっているだけだ。プルシアンも同じだろうよ。派閥っていうほどじゃねえよ」

 パンを千切って肉汁をつけるとクラウドはガブッと噛みつく。こいつは食事の時はいつだって噛み付くように食べる。

「ですが、そのお蔭で自分達第3特殊機動小隊は第5艦隊の中でもそれなりに補給も優遇されている。整備も万全であります。一体どこの艦隊に戦車5台にアームズ10機も抱えている小隊があるんですか? その上、強襲ヘリ1台に輸送用トラック3台。重機関砲2台。普通ならアームズ3機に予備が2機。戦車は1台。ヘリはないし、トラックも1台でしょう? ましてや重機関砲なんて使えるわけないです」
「おいおい。そいつは戦場でスクラップになっていたのをかっぱらって使ってるだけだろ?」

 インジゴの言葉に整備将校のクラウドが切り返す。どこも物資が不足し始めているのだ。使える兵器はいくらでも取ってきて欲しい。そこから使えそうな部品を探して修理部品にしていく。それは整備を担当しているクラウドの本音であった。

「ですが、重機関砲があっても普通、弾は廻ってこないです。だがうちの小隊には廻ってきている。そしてスクラップになっていた兵器を持って帰ってきても、今までは自分達には廻っては来なかった」

 そこでインジゴはため息をついた。

「確かにな。俺が来た当初は装備なんてたいしてなかったな」
「ああ思い出した。ペインズが俺のところにスクラップ同然のアームズを修理してくれって来たのが最初だったな」

 クラウドがニンジンを突き刺したフォークを振り回しながら言う。

「それから補給部隊にいるプルシアンに声を掛けて補給をまわしてもらえるように頼み込んだんだ」
「少尉殿のお蔭でうちの小隊の装備は充実してきました。それについては隊員たちも感謝しております。しかしその分、大佐から睨まれる事になってしまったようです」

 ペインズは来た当初の第3特殊機動小隊の装備を思い出して肩を竦めた。
 しかしその事が大佐に嫌われる原因になっていたとは……。ペインズには頭を抱えたくなるような理由だった。

「まあどうかすると人間、外より内側に敵対しがちだからな。特に権力思想に取り付かれているような奴はな」
「大尉はそうだろうと思っていたが、まさか大佐まで……」

 頭を抱えだしたペインズに向かってクラウドが真顔で問いかける。

「どうする? 今からでも大佐のけつを舐めるか?」
「冗談じゃねえよ。そんな真似したくもないね」

 ペインズはクラウドに向かって冷たく言い放つ。クラウドはにやにや笑いつつプレートの上に残っていた肉を口に入れた。

「なら、生き残って大佐の寝首を狙う事です」

 インジゴまでが、煽る様に言った。
 その後、第3特殊機動小隊は第5艦隊所属、第1特殊機甲兵大隊とは異なった行動を取っていく事になるが、この時の話が原因となったのであろうか……。



[19759] Evil and Flowers 第02話
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/24 18:48

 第2話 「作戦」


 食事を終えたペインズ達3人は、旗艦アリザリンの士官用カフェにやってきていた。基本的に戦艦の中は武器などの設備を優先して組み込んでいるために居住空間は狭い。
 しかしあまりに狭すぎる空間に閉じ込められると人間は圧迫感を感じて息苦しくなってしまい。本来の活動能力を著しく低下させてしまう為に戦艦の中にはいくつか無駄とも思える広い空間が作られていた。士官用カフェはその1つである。
 もっともペインズ達は普段から一番広いと思われる格納庫にいるためさほど圧迫感など感じてはいなかった……。

「ここのコーヒーが一番うまいな」
「軍隊のコーヒーはまずいと定評があるというのにどうした事かね」
「まあ、士官用ですからね」

 3人はカウンター前のスツールに腰を掛け、口々に好き勝手な事を言い合っている。とても出撃前の光景とは思えないものがある。
 カフェの入り口が騒がしくなった。

「なんだ?」

 振り返った3人の目にローズ・マダー少佐と第12特殊偵察部隊の女性兵士達が入ってきたようだ。
 ものの見事に女性ばかりである。

「なんだかな~」
「女ばっかりだな」
「不安そうな部隊構成ですな」

 3人は肩を竦める。ペインズやクラウドの小隊にも女性兵士はいる。その割合は決して少なくないだろう。機械工学。電子工学。情報技術の発達は戦場において女性兵士も活躍できるようになり、肉体的には機械が肩代わりできるようになっていた。しかし女性の精神構造まで劇的な変化をした訳ではない。戦場において女性特有の金切り声は男性の精神に負担をかけてしまう。
 今の時代、女性の地位はそれほど高くはない。かつては男女平等。むしろ女性上位ですらあった社会構造は女性の権利を著しく向上させ、発言権は増加の一歩を歩んでいた。
 しかし独立戦争初期……戦場においてすら女性の権利を声高に主張し、守られるのが当然であるといった態度に加えてさらには作戦行動にあたってもやりたくない。いや。などと言い出し、色んな責任をその場にいない男性兵士達にうやむやのうちに押し付けていった。その結果……男性兵士達がいない。出払っている間に、惑星ハーメルン――20億人が全滅した。
 おしゃべりに夢中になるあまり、繋がらなかったたった一本の連絡ミス。嫌いな男の命令を聞き流した為に遅れた命令指示。連絡事項の遅延。いくつモノ要因が重なり、引き起こされた悲劇。悲劇が起きてからも誰一人として自分達が引き起こしたものだとは理解していなかった。無自覚なサボタージュ。
 調査の結果を知らされた銀河連邦も地球側もこの結果には呆然とするしかなかった。
 それまでは女性の権利だとかレディーファーストと言われ、多少の事は目を瞑るしかなかった男性兵士達も女性兵士達に反発するようになっていった。
 戦場において女性兵士と共に行動するのは死神と一緒に行動するものだというジンクスまで語られるようになっていく。女性兵士と共に作戦行動するぐらいなら兵役拒否するとまで言い出す男性も増え、政府も頭を抱えるようになっていた。
 政府も女性団体もそんな男性兵士達の声を非難したが、『後ろから撃たれるような真似はされたくない』『命は惜しい』『実際、全滅したじゃないか』という声とハーメルンの悲劇――20億人全滅という現実の前では旗色が悪すぎた。
 それほどハーメルンの悲劇――20億人全滅というのは強力すぎた。1つの惑星が滅びたのである。
 こうして独立戦争の間、女性の意見は無視され続け。いつしか社会構造そのものが、男尊女卑へと戻っていく事になる。
 独立戦争後……戦後50年を掛けて再びフェミニズム運動は復活したが、過去に起こった運動ほど力を取り戻す事ができないまま今に至る。
 現在士官学校では辛うじて女性は男性と同じように戦場で戦う事ができる。という教育がなされている。これもフェミニズム運動の一環であろうか?

「――グレイ少尉」

 カウンターに座っているペインズ達に気づいた少佐がペインズ達の元へとやってくる。3人はカウンターから立ち上がると敬礼で出迎えた。彼女はペインズ達よりも階級が上なのだ。
 少佐はスツールに座るとカウンターの上に惑星ネイプルスにおけるビリディアン基地の見取り図を置いた。
 ほぼ真四角な基地の構造。進入経路は大佐が考えたものと同じである。

「敵基地の地下3階部分に実験施設があるとの情報部からの報告にあります」
「我々第3特殊機動小隊が突入した後、第12特殊偵察部隊が捜索すると?」
「ええ、そうなります」
「では捜索中は我々第3特殊機動小隊が第12特殊偵察部隊の援護に向かうと?」
「そうなります」

 ペインズとインジゴは頭を抱えたくなった。これじゃ……大佐の作戦よりも成功率が低い。大佐の作戦から第2特殊機動中隊をすっぽり抜き取っただけのような気もする。本来なら自分達の小隊に第12特殊偵察部隊と第2特殊機動中隊を加えた2個中隊で行う作戦を1個中隊で行うつもりなのか?

「第2特殊機動中隊からの援護は?」
「……あの分だとないでしょうね。しかし第3特殊機動小隊は1個中隊と同じ戦力を保有しているとの報告がありますが?」
「過大評価です。1小隊は1小隊に過ぎません」

 ペインズの言葉にローズ・マダー少佐は微かにむっとしたようだった。インジゴは内心、少佐の思惑……第3特殊機動小隊の戦力を中隊レベルで当てにしていたらしい事に気づくと、なるほど3個小隊の戦力で行うつもりだったのか。と納得した。
 もっとも第3特殊機動小隊の戦力をもっと詳しく調査をしていれば、こんな作戦は立てなかっただろうと考える。今となっては無駄な考えではあったが……。

「申し訳ありませんが、自分は整備小隊に連絡を取らねばなりません」

 そう言うとクラウドが席を立ち、カフェを出て胸ポケットから艦内用通信機を取り出す。クラウドは頭の中で整備小隊にある120mm迫撃砲を思い浮かべていた。旧式ではあるが、もしかしなくてもないよりマシだろうと整備小隊に連絡を取ると急いで用意しておけと命じていた。
 他にも使える武器があるかもしれん。そう考え、急いで格納庫へと向かう。

 ペインズとローズ・マダー少佐の気まずい会話の後で、3人は格納庫へとやってきていた。
 格納庫の中では第3特殊機動小隊の強襲上陸艇に旧型戦車3台。アームズ7機。輸送用トラック。トラックの上には重機関砲が置かれている。そして強襲ヘリが1台載せられて行く。それに加えて第12特殊偵察部隊の小型観測ヘリに装甲車両……おそらく医療用コンテナトレーラーが2台載せられていた。上陸艇といえど、いくらなんでも積みこみ過ぎである。旧型戦車より医療用コンテナの方が大きい。

「おいおい。あちらさんの装備はこれだけなのか?」
「はい。これだけであります」

 上陸艇に装備を積み込んでいたブラットレー上等兵にペインズが声を掛ける。振り返って答えるブラットレー上等兵の顔は青いのを通り越して真っ白になっている。第3特殊機動小隊の武器より自分達の医療用コンテナや観測ヘリを優先させて載せようとする第12特殊偵察部隊の態度に苛立ちを隠しきれていない。
 ペインズの背後でインジゴの顔から血の気が引いて真っ青になっていた。さらにはインジゴには珍しく胸のポケットから煙草を取り出し、火をつけすぱすぱせわしく吸い出す。
 ……まさか、これだけの装備しか用意していなかったとは思いもしなかった。戦闘する気があるのか?

「……ペインズ。今からでも120mm迫撃砲を持っていくか? うちの小隊に2つばかりあるが……」
「くれ! 持ってきてくれ! いや。こちらから取りに行こう。おい! 誰か整備小隊の所へ行って120mm迫撃砲を貰って来い!」

 クラウドが言い出したのに対し、間髪入れずに言い返してペインズはさらに小隊の隊員に大声で怒鳴る。
 ペインズの声を聞いた隊員は泡を食ったように走り出して、クラウドの腕を掴むと急いで走り去っていく。彼らも頭を抱えていたのだろう。まるで藁にも縋るような態度であった。

「うちの小隊の戦力を削いでおいて中隊レベルの戦力を求めてやがったのか……」
「あちらさん。新型兵器がどんなものか知っているのではないでしょうか? そうでなければ医療用コンテナなんぞ持ち込んできたりはしないでしょう」
「人体実験されているというローアンバーの人間を治療する為じゃないのか?」
「それもあるでしょうが、人体実験しているという事は基地内には医療設備が整っているはずです。救出だけならその設備を使用するはずですが?」
「……そうだな。しかし連中の思惑はどうであれ、戦力としては使えないって事は確かだ」

 残されたペインズとインジゴは小声で第12特殊偵察部隊は戦力として数えられない事を確認しあった。勘違いであって欲しい。というおぼろげな希望に縋りたかったが、現実はいつだって悪く。予想の斜め上をいく。

「やっぱ、大佐のけつを舐めておけば良かったか?」
「舐めて何とかなるなら自分もお供致しますよ」

 茫然自失のまま2人は上陸艇に乗り込んでいった。

「インジゴ。あいつらは上陸艇から外に出すな。ここにも通信システムや解析用の設備はそれなりにある。それで充分だろう」
「やるんなら自分達だけの方がまだマシですか?」

 インジゴの問いに答えることなくペインズはコックピットに向かう。そんなペインズの態度にインジゴはそうとう怒っているな。と肩を竦めた。
 ――地球時間24:50……。
 第3特殊機動小隊所属、強襲上陸艇の中ではカウントダウンが始まっている。
 旗艦アリザリンのハッチが開かれ、肉眼でさえ惑星ネイプルスが目視できた。
 船内では兵士達が各部署で大人しく待機している。逃げ出したいと考えている者もいるだろう。
 しかし逃がしてやる事もできない。ペインズは歯を噛み締めながらモニターに映る敵の基地を睨みつけていた。
 



[19759] Evil and Flowers 第03話
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/25 20:06

 第3話 「突入」


 惑星ネイプルスは地表の5割が岩だらけの荒野である。昼と夜の温度差も厳しく。移民団には人気のない星であった。しかしビリディアン連邦の中でも1,2を争うほど鉱物資源は多く。その為にこの星にいる多くの者は他の惑星に移民しておきながら、単身赴任して働いている者が大半だった。
 なぜこんな状況になっているかというと地球から移民が始まってから200年ほど経つが、生存可能な惑星が短い間に複数見つかってきたために人類の総数を受け入れてなお有り余る土地があるからである。
 まったく過密状態で食料難であった宇宙開拓時からは想像も出来ないような悩みを人類は抱えていた。その上独立戦争から銀河連邦の内乱に至り、人類はその総数をさらに減らしている。
 今現在は産めよ増やせよ。の時代であった。ちなみに総男女比は1対3で女性の方が多い。

 惑星ネイプルス。ビリディアン基地から20kmほど離れた岩陰に第3特殊機動小隊の上陸艇が着陸していた。
 ローアンバー軍。第5艦隊、旗艦アリザリンは衛星軌道上で待機している。ビリディアン側がやってくるにはもう少し時間が掛かるだろう。星間宇宙船の数はそれほど多くはない。ローアンバー。ビリディアンの勢力を足しても2000隻ほどしかない。

 Q どうしてですか?
 A お値段が高いからです。

 身も蓋もない答えではあるが、星間宇宙船の値段ははっきり言って桁が違う。星間宇宙船と比べれば戦車は子供のお小遣い程度だといえる。惑星間の物資の輸送を連邦国家が運営しており、民間企業が参入していない所に問題の大きさが窺えよう。ローアンバー。ビリディアンともお互いに星間宇宙船を狙うのは禁止されている。また星間宇宙船が他の星間宇宙船を攻撃する事も禁止である。従って艦隊戦というのもない。
 となるとどうしても地上戦が主体とならざるを得ない。要するに宇宙を舞台にした壮大な陣取りゲームと同じである。

 岩陰に隠れている第3特殊機動小隊の上陸艇から3台の戦車が降りてきている。ペインズ少尉、インジゴ曹長に他5機のアームズは周囲を警戒していた。強襲ヘリが頭上を飛びまわって敵基地の様子を窺う。上陸艇の格納庫からアームズ用の兵器が下ろされる。
 ペインズは12.7mm機関銃を手に取った。アームズの装甲はそれほど厚くない。これぐらいでも充分だ。しかしアームズの肩と背面に一応小型誘導ミサイルをセットしておく。インジゴは機関銃の他に30mmカノン砲を装備している。この時代でも火薬を使う銃が主要となっている。薬莢を無くしてコスト削減に努めてきた結果、これ以上安い弾がないからでもある。一時期は歩兵用のレーザーなども開発されたが、コストが嵩み過ぎて実戦配備されるほど作られずに終わった。安価でなおかつ大量生産できる弾の方が主流であるのは当然かもしれない。

「インジゴ。好きだな、それ」
「少尉殿のミサイル好きほどじゃありません」
「なにを言うのかね。まとめて吹き飛ばすにはこれが一番楽だぞ」
「まあ、そういう事にしておきましょうか」

 小隊の歩兵を引き連れて戦車隊が進む。すでに120mm迫撃砲は輸送トラックに載せられ、少し離れた場所で待機していた。その後をペインズ達アームズ7機が付いていく。
 上陸艇に残っているマダー少佐から通信機に連絡が入る。

「新型兵器を捕捉した際は速やかに捕縛して下さい。出来るだけ壊さないように。いいですね」
「了解」
「了解」

 岩ばかりの谷間を潜り抜けようとペインズ達が通りかかった時、上空で警戒していたヘリから敵アームズが出てきた事を知らされる。

「敵。アームズ1機です」

 ヘリからの知らせにペインズとインジゴは首を捻る。

「1機?」
「いくらなんでも少なすぎやしませんかね」
「そうだな。しかし1機で出てきたという事はかなり自信があるようだ。警戒しておいた方がいいな」

 ペインズが警戒するように指示しようとした時、ヘリから悲鳴にも似た叫び声が飛び込んできた。

「あ……あの野郎。アームズで対戦車砲を引っ張ってきてやがる」
「なんだと!」

 確かにアームズの馬力なら対戦車砲を使用する事は容易いだろうが……。

「少尉殿」
「戦車隊。散開! 散れ」

 戦車が谷間を抜けようと姿をあらわした瞬間、敵の砲撃を喰らい。爆発した。
 爆炎と煙の中、ペインズ達アームズはいち早く谷間を抜けた。敵アームズに対し、戦車を逃がすために援護射撃を繰り返す。
 足元の車輪が岩を抉る。時速40km。緩やかな螺旋を描きながらペインズとインジゴが敵アームズに接近していく。
 もっともぼぉ~っと突っ立って待っていてくれるほど相手も甘くない。撃ち込まれる銃弾を辛うじて避ける。120mm迫撃砲から援護射撃があるが、どれほど効果があるものやら……。12.7mmの弾をばら撒く。1分で800発が消費される。腰につけた予備のドラムを銃にセットしつつ。たった1機の敵を追いかけ、7機のアームズと2台の戦車が踊りだしていた。
 岩からの砂煙が巻き起こる。銃撃音と対戦車砲の爆音。120mmの砲弾が敵を狙う。

「――はやっ!」
「あんな動きができるものなのか?」
「黒視病になりそうなもんだ」

 停止状態から一瞬にして背後に回られる。

「少尉殿。このまま直進して敵基地に向かいましょう。奴は追ってきます」

 背後から撃ち込まれる銃弾を避けながら敵基地へと向かう。しかし敵の方が速い。逃げ切れん。ペインズはその場でターンすると後進しつつ12.7mmの弾を撃つ。アームズは後ろに進みながらも攻撃をできるのだ。肩に取り付けられたミサイルを発射。難なくかわされ、岩に当たり爆発する。反応速度が尋常ではない。

「あいつ、化け物か!」
「しかし射撃はそれほど得意ではないようです」
「アームズでの戦闘に慣れてない?」
「もしかすると今日が、初陣かもしれませんね」
「なら、包囲殲滅戦で行こう」
「了解」

 7機のアームズが包囲陣を敷く。敵の機体が真横に動く。モーターの駆動音が軋みを上げて騒いでいる。包囲したままの陣形で移動しながらの射撃。

「くそっ! なんで当たらねえんだ」

 通信機から部下の喚き声が聞こえた。白銀の機体からの反撃によって喚いていた部下は悲鳴を上げ爆発する。
 ここまで一発の弾もあいつに当ててない。恐ろしいほどの反応速度。いくらなんでも、ここまで差があるものなのか?
 白銀の機体が引き摺る対戦車砲からの一撃が味方の戦車を撃ち抜く。撃ち抜かれた戦車の陰から120mmの砲弾が撃ち込まれる。
 白銀の機体が対戦車砲を捨てて逃げる。逃げ去った後、対戦車砲が破壊され派手な爆発を見せた。それと同時に味方のアームズが吹き飛ばされる。

 敵基地まであと1km。ほんの僅かだというのに、こんなところで……足止めを喰らっている。

「それが……ビリディアンの……」
「うるさい!」

 通信機からローズ・マダー少佐の声が響く。

「捕まえて! 捕まえなさい!」
「そんな事できるか!」

 少佐の声に怒鳴り返し、岩陰から飛び出したアームズの足に装備された車輪が岩肌を抉りながら進む。時速40キロ程度ではあるが、体感速度はかなり早く感じる。アームズの両手に構えた銃が見え隠れする敵を狙って撃ちだされた。

「なっ!」
「さらに速くなった!」

 ペインズとインジゴが驚く。追いかけるペインズよりも遥かに速い動き。一瞬の残像が揺らめく。
 撃ちかえされた弾がペインズの足元を崩しかける。

「隊長!」
「来るな!」

 助けようとするインジゴを制し、ペインズはキラッと光る反射光に向かって銃を放つ。それすらもかわされる。
 ジグザグに進み。もはや狙う事すらせずに撃つ。反撃にはしゃがみ込む。一瞬も動きを止めることなく。戦う。撃つ。かわす。狙う。狙われる。敵基地を目の前にして、ペインズ達はたった一機のアームズに足止めを食っていた。
 車輪が悲鳴を上げる。動くたびに強烈なGがペインズに襲い掛かっている。敵の銃撃に車輪の動きを変え、後退する。後退しながらも銃を撃ち続け、岩壁ギリギリのところで、ターン。今度はまっすぐ敵に向かう。機体をかすめるように撃ち込まれる銃弾。無様な追いかけっこ。たった一機の機体に5機のアームズが翻弄されている。ほんのすぐ傍の岩陰では小隊の部下達が敵を捜し求めて右往左往。
 敵の機体を初めてはっきりと捉えた。
 白銀の機体。太陽を反射して眩く輝いている。内部の通信機からは女のヒステリックな声が聞こえている。

「うるさい! 手加減して勝てる相手か!」

 索敵レーダーに映る敵の機体を表す点滅を見つめながら、ペインズは怒鳴り返した。

「インジゴ。面だ。あの野郎に頭を上げさせるな」

 ようやく他の隊員たちも攻撃に加わり始めた。
 ばら撒かれる銃弾。点ではなく面での攻撃。弾幕は視界に入るもの全てを破壊しつくそうとでもしているかのようだ。
 『オーバーキル』
 本来ならば、そう言われるのだろう。
 だがしかし、相手はあの白い機体だ。これでもまだ足りないぐらいかもしれない。

「――野郎。喰らいやがれ!」

 上空で待機していた強襲ヘリが急降下で、12.7mmの弾をガンポットから白銀の機体めがけて叩きつけた。奴は機体を素早く左右に移動させかわしていく。そして急上昇しかけているヘリに持ち替えた地対空ミサイルを撃ちこんだ。
 通信機からは狂ったような悲鳴。そして轟音。上空からパチパチと火花が落ちてくる。
 ペインズの背筋に冷たい汗が流れ続けている。機体に取り付けられている有視界モニターなぞもはや役に立たない。有視界モニターの反応速度はペインズの反応とほぼ同じ、ペインズの反応を遥かに超えた動きには通用しないのだ。背面に取り付けられた追尾式小型ミサイルに持ち替えると敵の反応をセットして撃ち放った。ミサイル砲を投げ捨てる。今更当ったかなどと確認などしない。そのまま敵を追いかけていく。
 インジゴの援護射撃が叩き込まれている。ペインズは最大速度で岩陰に飛び込んでいった。
 岩陰に隠れている白銀の機体が視界に飛び込んでくる。ミサイルを避けようとする敵に向かい。全弾叩き込むつもりで撃ち続ける。
 ミサイルの爆裂音。立ち上がっていく煙。
 煙がようやく晴れた時、白銀の機体は無惨に破壊され、中からパイロットの姿が見えた。

「な……に……子供だと?」

 敵のパイロットはどうみてもまだ10才ぐらいの子供だった……。

「隊長……」

 近づいてきたインジゴも驚きを隠せないようだ。その頃になってようやく通信機からの女の声も聞き取れるようになってきた。

「その子供がビリディアンの新型兵器よ」
「知ってたのか……」
「なに?」

 通信機から怪訝な声が返ってくる。ペインズは噛み締めるようにもう一度繰り返す。

「知ってたのかと聞いているんだ!」

 相手が上官だということは頭から消えていた。敵基地に突入する前に小隊の戦力はその大半を失った。
 無惨に転がっている部下の死体を見つめながらペインズは怒りにあまりおかしくなりそうだった。

「何を怒っているのよ! ビリディアン基地で人体実験が行われているって聞かされていたでしょ!」
「くそっ!」

 少佐との交信を切り、ペインズは残された部下を集めると敵基地に突入を命じる。
 5機のアームズが目の前にある敵の基地に向かって駆ける。

 基地を囲むフェンスを破壊し、入り口を爆破する。
 飛び出してきたアームズの群れを薙ぎ払う。白銀の機体とは大違いなほど弱く感じていた。……いや。むしろ本来これぐらいが普通だった。だが、ペインズはそれに気づかず、次々と撃破していく。
 たった1機の動きがペインズの感覚を変えてしまった。白銀の機体に喰らいついていたペインズの動き。白銀の機体ほどではなかったが、充分過ぎるほど反応が速くなっていた。
 インジゴは上官の動きに目を見張っている。

「――まるで、あの白い奴と同じだ……少尉殿、あんたも……充分化け物だよ」

 1階部分を制圧し、2階を制圧する。縦横無尽に基地内を駆け回る。
 ペインズの通り過ぎた後は大量のアームズの残骸が撃ち捨てられていた。
 しかし地下において追い詰めた敵の残骸に対し、空になっている銃の引き金を引き続けているペインズの姿にインジゴは慄く。
 ――もしや。少尉は……。

「少尉殿。相手はもう死んでいます。充分でしょう」

 インジゴの声すら聞こえていないように引き金を引き続ける。カチカチと地下の通路の中で引き金を引く音が響いていた。背後に回ったインジゴはペインズの機体を取り押さえようとして、後退するペインズに吹き飛ばされる。
 暗い廊下の中。暴れまわるペインズ。銃が弾切れであるのはインジゴにとっては幸運だったかもしれない。

「少尉殿。止めて下さい!」

 壁に押し付けられたインジゴの声がスピーカーから大音量で響き渡った。ペインズのアームズが壁を叩きつけ、動かなくなる。
 今のうちだ。インジゴはハッチを開き、ペインズの機体のハッチを素早く開いた。

「少尉殿。分かりますか。インジゴです」

 目の焦点が合っていない。しかし一点を見つめているかのようなペインズの頬をインジゴは引っ叩く。1発。2発。3発目になってようやくペインズの目の焦点が合った。

「……インジゴ。何があった?」
「少尉殿……。後で報告します」

 その時、地下の一角から聞こえるアームズの機動音にセンサーが反応した。

「インジゴ。敵が残っている。急ぐぞ」
「了解」

 地下を駆ける2機のアームズ。モニターには敵基地の地図が映し出される。地下格納庫と印された場所で小型の宇宙船が飛び立とうとしているようだ。そしてその前には赤いアームズ。

「少尉殿。これを」

 インジゴから予備の弾倉を受け取ったペインズは空の弾倉を捨て、銃にセットする。一瞬早く攻撃を開始したインジゴの攻撃を赤いアームズは素早く避けた。
 その動きが白銀の機体と重なる。ペインズはぞくっと背筋が奮え、アームズの中で哂う。
 ペインズの動きが変化する。反応が速くなる。センサーに頼らず、ほぼ勘のみで攻撃を繰り返していく。2機のアームズはインジゴを置き去りにして暗い地下から地上へと戦場を移動し続ける。
 引き離そうとする赤い機体。しかしペインズを引き離す事ができずに苛立ちを隠せない。白銀の機体には振り回され続けたというのに。


 小型宇宙船の中ではモニターに映し出された赤い機体とペインズの動きに目を見張っていた。

「あれは何者だ? 実験体に喰らいついている」
「……もしや。ローアンバー側の実験体でしょうか?」
「そんな報告はなかったぞ。それに最初の実験体には振り回されていた」
「たった一戦で実験体の動きを学習したというのか?」
「……異常ですな」
「実験体を中に収納しろ。一旦退避する。すでに我々の星間宇宙船がネイプルスの衛星軌道上に待機している」


 ――もっとだ。もっと速く。これぐらいじゃまだ足りない。
 機体はすでに悲鳴を上げ、軋んでいる。急激な動きは体内の毛細血管を破裂させ、内部出血を引き起こしていた。

「逃がすか!」

 赤い機体を収納しようとする動きにペインズは追いかけたが、小型宇宙船からの砲撃の前に足止めされる。

「グレイ少尉。無事か」

 通信機からクリムソン・レーキ大尉の声が聞こえてくる。上を見れば第2特殊機動中隊の上陸艇がこちらに向かっているのが見える。

「大尉。奴を撃って下さい。あれはビリディアン側の新型兵器です」

 しかし見上げればすでに大気圏を突破しかかっていた。モニターにもそう映し出される。

「ダメだ。ここからじゃ星間宇宙船に当たってしまう。撃つわけにはいかん」
「――大尉!」
「星間宇宙船を攻撃するのは禁止されている。軍法会議どころの話じゃないぞ。諦めろ。……それから来るのが遅れてすまなかったな」

 通信機からいつもの嫌味な大尉とは違い。妙にしんみりとした大尉の声が伝わってきた。

「グレイ少尉。俺はお前の事も大事な部下だと思っている。生意気な奴ではあるがな。見捨てるほど冷血漢ではないつもりだ」
「……大尉」

 第3特殊機動小隊の戦力はその大半を失い。旗艦アリザリンに帰還する事になった。第12特殊偵察部隊はビリディアン基地に残り残されたデータの解析を行うらしい。第2特殊機動中隊はその警護を担当する。
 帰り際一番貧乏くじを引かされたペインズ達にクリムソン・レーキ大尉は今回の作戦は最初の計画通りにするべきだった。と言い残した。なんでもローズ・マダー少佐は統合作戦本部の中将閣下のご令嬢らしく。正式なルートを通さず父親である中将閣下にごり押しをして行われたものだったそうだ。

「父親は娘に甘いからな。少佐としての意見ではなく娘として父親に駄々を捏ねたそうだ」
「碌でもない話ですな」

 インジゴは肩を竦めて吐き捨てるように呟いた。

「大佐としても中将閣下から直接、娘をよろしくと言われれば、その警護に人員を割くしかあるまい」
「それが最初の作戦ですか?」
「その通りだ。だが、一旦作戦が行われてしまえば、お前がやったように上陸艇から出さずにすることも可能だった。そうすれば第2特殊機動中隊と第3特殊機動小隊の合同作戦ができた筈だったんだが……」
「ああ、それなら戦力ももっと持って来れましたね」
「そうだな。……グレイ少尉。旗艦に戻ったら生き残った連中に休暇でも申請してやれ。許可はすぐに下りる」
「そうします」

 大尉はそう言い残すと第12特殊偵察部隊を警護する為に基地へと向かう。その背中には板ばさみになった者の苦悩が滲んでいるようだった。

「お偉方が碌でもない事を考えると苦労するのは最前線の俺たちさ……」

 その言葉がペインズの耳に残る。本当に碌でもない作戦だった。ペインズは頭を振ると上陸艇へと歩いていく。内出血しずたずたになった筋肉が悲鳴を上げるが、ペインズは歯を噛み締め堪えていた。やせ我慢。むしろ誰に対してなのか分からないような意地だけで歩く。その後ろをインジゴが付き従う。

 ぼろぼろになった第3特殊機動小隊を引きつれ旗艦アリザリンに戻ったペインズが大尉の忠告通りに休暇を申請していると、惑星ビアンカにある統合作戦本部への出頭命令が飛び込んできた。
 こうして第3特殊機動小隊となぜかクラウド率いる整備小隊は惑星ビアンカへと向かうことになる。



[19759] Evil and Flowers 第04話
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/26 19:56
 第04話 「惑星ビアンカ」

 西暦2562年――宇宙暦228年、8月2日。

 独立戦争前、銀河連邦を宣言した際、銀河連邦はそれまで使用していた西暦から宇宙暦を使用するようになった。
 これは銀河連邦が2つに分かれてからも同じである。
 ローアンバーの1月1日はビリディアンでも1月1日であり、地球も同じであった。
 gやmなどの単位も地球の基準をしようしている。なぜか? 新しい単位を作ろうとする動きはあった事はあったのだが、いざ変更するとなればどこの星を基準にするか? それに今まで使用していた機械。工場なども新しい規格に合わせるとなるとその費用は笑うしかないほど巨額になる。「そんな金はどこにもない」この一言で話は流れた。

 シュヴァルツ太陽系に属する第3惑星。衛星は1つ。1日は23.56時間で365日で太陽の周りを1周する。
 この星は地表の7割を海に覆われている。残りは大地であり、北極と南極は氷で覆われていた。大気成分も地球と同じであり、ここまでくると大部分の科学者達は人類以外の知的生命体――宇宙人の存在を期待したが、この星に降り立った人類は自分達以外の人間の存在を見つける事はできなかった。
 しかしこの星には膨大な石油資源が眠っていた。かつてこの星にも地球と同じように恐竜が生息していた事の証である。研究者達は狂喜した。そして現在もこの星に適した動植物の生態系は存在しており、生態系に関する研究は盛んに行われている。

 地上100階。地下15階。統合作戦本部は惑星ビアンカの首都ペイニーズから100kmほど離れた島にある。北半球に位置する四方を海に囲まれたこの辺りは平たい島を中心として天然の要塞のような島々に囲まれている。ここはローアンバー軍の中心地。各島には士官学校に陸軍、宇宙軍の訓練所に宇宙船ドックが建ち並んでいた。
 ペインズ少尉、ペール少尉、インジゴ曹長の3人は統合作戦本部のちょうど真ん中、地上50階に向かってエレベーターに乗っていた。陸軍のお偉方が惑星ネイプルスにおけるビリディアン基地攻撃に際し遭遇したビリディアン側の新型兵器に関する報告を求めてきたからだ。報告そのものはすぐに終わった。詳しい報告は第12特殊偵察小隊のローズ・マダー少佐がするだろうし、ペインズが問われたのは実験体と呼ばれるあのアームズの搭乗者の動きに対する印象のみであった。
 報告の終わったペインズ達がやっと終わったか、と肩の荷を降ろしかけた。その時、ジョーン・ブリアン元帥閣下の元に出頭するよう命じられたのであった。青天の霹靂。なぜに陸軍のトップに? ペインズ達は冷や汗を流しながらエレベーターに乗り込んだ。

「まずいものを喰わされたって顔だな。ネイプルスの英雄は」

 3人がエレベーターに乗り込むと士官学校時代の先輩であるブライト・レッド中佐に声を掛けられた。中佐は背の高い一見して細身の体型で亜麻色の髪と色彩の薄い眼をしている。その表情はいつも性格の悪そうな冷笑を浮かべていた。しかし実際にはさほど性格が悪いわけではない。そして26歳の若さではあるが、士官学校を卒業して以来、後方勤務、艦隊勤務を経験し武勲を重ね。現在は統合作戦本部の参謀の1人として名を連ねている。着任してから1年経たずして出世コースから外れかかっているペインズやクラウドとは違い。速いぺーズで着実に出世コースに乗っている。

「ネイプルスの英雄? 誰の事です?」
「俺の前にいる男さ。お前さんたちがビアンカに来るまでの間、さんざん新聞に書きたてられていたぞ。非道な人体実験を行っていたビリディアン基地を撃破した若きトップエースって具合にな」
「10歳かそこらの子供に自分の小隊をぼろぼろにされた無能な指揮官ですよ」
「自虐的だな。しかしお前さんがどう思おうと軍の広報部はお前さんを英雄として担ぎ上げたのさ。ビリディアン側を非難する材料の一環としてな。そして事情を知らない民間人はビリディアン側の人体実験に対して非難の声を上げると」

 皮肉な物言いは軍の幼年学校、士官学校時代からのブライト・レッドの特徴であった。それに対してペインズは気楽に答えている。本来ならば中佐に対して少尉が気楽な物言いはできないはずであるが、気にした風もないのはクラウドの有害図書を回し読みした仲だからだろうか?
 そのクラウドはバツが悪そうにブライトから目を逸らせている。そんなクラウドの様子にブライトはにやりと笑うと声を掛ける。

「おいおい。どうしたんだ。今日はやけに大人しいじゃないか? また何か碌でもない事をしたんじゃないだろうな」
「い、いえ。先輩。そんな事はないですよ。俺……自分は清廉潔白であります」
「ほぉー。そうか、俺はてっきりお前が隠して持ち込もうとした有害図書を返して欲しいのか、と思っていたんだがな。そうかいらないのか」
「うげっ……」

 にやにや笑うブライトと真っ青になっているクラウドを見比べ、ペインズはため息をつく。

「クラウド。お前また……そんな事をしてたのか」
「ああ、1冊や2冊なら可愛げもあったんだが、50冊以上も持ち込もうとしてやがった」
「いやだな~先輩。それは頼まれてたからだって言ったじゃないですか?」
「そうかね。なら、誰に頼まれたのか尋問してもいいんだが、どうする?」
「先輩。自分が悪う御座いました」

 クラウドは流れるように綺麗な土下座をして見せた。エレベーターの中で一頻り笑い声が広がっていく。隅で上官達の行動を眺めていたインジゴも笑っている。

 チンっと鈴を鳴らすような音と共にエレベーターは止まった。誰もが無言になった。
 エレベーター前の広いフロアに降り立った時、ペインズとクラウドの2人が同時に首を振った。その様子にインジゴが首を捻って上官の様子を窺う。
 ――まったく、いつ来ても慣れないな。
 このフロアに陸軍の最高位、ジョーン・ブリアン元帥閣下がいる。元帥は見事なふで髭を生やし50代後半の髪に白いものが目立ち始めた。厳ついいかにも軍人。と言った雰囲気を纏っている。鋭いというより険しい眼光は見る者を萎縮させてしまう。才気換発というタイプではないが、軍隊組織の管理者として、また戦略家として堅実な手腕を有し、地味ながら重厚な人格に信望が厚かった。派手な人気こそないが、支持者の層は厚く広い。
 ペインズがここに来たのはこれで3回目である。1度目は士官学校時代、士官学校で行われたアームズ同士の試合において優勝した際に表彰状を授与された時だ。2回目は士官学校を卒業し第3特殊機動小隊小隊長に任命された時である。
 そうでもなければ一介の少尉が統合作戦本部になど来る用事などない。うじうじと考えていても仕方がない。そう割り切るとペインズ達は執務室のドアをノックした。
 執務室に入った3人をジョーン・ブリアン元帥閣下は苦い物を噛んだような顔で迎え入れた。

「かけたまえ、グレイ少尉、ペール少尉」

 ブリアン元帥は勧め、2人は遠慮なくそれにしたがった。インジゴに対して席を進めないのは元帥らしからぬ行為だったが、元帥は気にした風もなくすぐに本題に入った。

「知らせておくことがあって来てもらった。正式な辞令交付は明日のことになるが、グレイ少尉。君は今度、大尉に昇進することになった。内定ではなく決定だ。昇進の理由はわかるかね?」
「2階級特進ですか? 死んで来いと?」

 ペインズの皮肉な物言いにクラウドは額から汗を滲ませた。元帥はじろっとペインズを睨む。

「グレイ少尉。君が士官学校を卒業してから1年経つ。もうそろそろ中尉になる頃だろう。ペール少尉も同じだ。昇進の時期に武勲を立てたものだから、一旦中尉に昇進してから休暇を与える。その後大尉に昇進するのだ」

 ペインズは肩を竦めた。面倒な事だ。生者に2階級特進はない。その不文律の結果、こんな面倒なやり方をする。

「そして君は今度、新設される第13特別遊撃中隊の指揮官になる」
「――第13特別遊撃中隊ですか?」
「そうだ。第12特殊偵察中隊からの第1次報告書では、実験体と呼称される強化人間を君は撃破したそうだな」

 元帥は手元においてある報告書にちらっと目をやってから顔を上げ、ペインズを見つめた。

「その結果、小隊の戦力の大半を失いましたが……」

 ペインズは戦死した小隊の隊員たちの事を思い出してギュッと拳を握り締めた。その様子を見た元帥は軽く頷く。それからさらに口を開いた。

「報告によれば、わずか1個小隊であれを撃破できたのは奇跡に近いものだそうだ。この報告書を読んで私も同じ感想を抱いた。その上、強化人間はもう1人存在しているらしい。君も分かっているだろう?」
「あの赤い奴ですね」

 ペインズの頭の中で赤い機体の動きが再現された。その動きに背筋がゾクッと震えた。

「そうだ。無論1個大隊をぶつければ撃破できるだろうが、そんな兵力の余裕はどこにもないし、また危険でもある。しかし君はあの強化人間とほぼ五分に遣りあったそうじゃないか。そこで君には1個中隊を率いて強化人間と遣り合ってもらう」
「それが……第13特別遊撃中隊の役割ですか?」

 できれば2度と会いたくない。本気でペインズはそう思った。

「そうなるな。自信がないかね」

 そんなペインズの心を読んだかのように元帥はふで髭を指でつまみながら問う。
 ペインズはしばし黙り込んでいた。自信が無ければ即答していただろう。しかし元帥の言ではないが一度は五分にやりあった。という気持ちがどこかにある。しかも今度は出会い頭の戦闘ではなく。それなりの戦術を練る事ができる状況にあった。大部隊を派兵しての戦闘が望めない以上、ここで断ってもこれ以上いい条件では戦えない。ならば第13特別遊撃中隊の任を受けてもいいのではないか? ペインズは心の中でそう思う。

「もし君が新中隊を率いて対強化人間という任務を成し遂げれば……」

 元帥はペインズの顔を見つめた。意味ありげな視線だった。

「君個人に対する好悪の念はどうあれ、ブラウン・マダー中将も君に手出しはできんだろうな。娘を無下に扱われた事で内心不満を持っているらしい」

 ペインズはクリムソン・レーキ大尉の言葉を思い出していた。……そうか、知らないうちに中将に恨まれていたのか? 逆恨みという奴だろうが、それだけに根深く恨まれているかもしれない。自分の部下を優先した結果、大佐よりも上の将官に悪印象を与えたらしい。頭を抱えたい気分だった。

「微力をつくします」

 かなりの時間をおいてペインズは答えた。

「そうか、やってくれるか」

 ブリアン元帥は満足の態でうなずいた。それからクラウドに目をやる。

「ペール少尉と君の整備小隊には現在の任務を解き、第13特別遊撃中隊の整備を担当してもらう事になる」

 それだけを言うと手を振って退出するよう命じた。
 

 執務室を出てきたペインズ達3人をブライト・レッド中佐が待ち構えていた。

「ようやく出てきたか。新設される第13特別遊撃中隊の説明をしておく。ついて来い」

 ブライト・レッドの後を追いかけるようにして3人は歩く。

「まずな。元帥閣下も言われたと思うが、正直兵力の余裕はどこにもない。だからと言ってまったくの新兵では無駄に死なせる結果になるだけだろう。従って配属されるのは……実験部隊と呼ばれる者たちだ」

 歩きながらブライトは簡単な説明をする。

「実験部隊ですか?」

 ペインズはそんな物があったか? と疑問を感じた。

「ああ、表向きは兵器のテストパイロットの集まりとされている。それは聞いた事があるだろう」
「ええ。それならば聞いた事があります。確か新型兵器を開発する為のテストパイロット達ですね」
「そうだ。ただ……」
「ただ、何ですか?」

 ブライト・レッド中佐の口調がいつもとは違って妙に歯切れが悪い。その様子に疑問に思ったインジゴが口を挟む。

「もしかすると実戦経験が無いとか?」
「……そうだ」
「実戦経験がない~!」

 クラウドが大声で聞き返す。ペインズは額に手をやると顔を天井に向けた。
 まったく。なんてこったい。それじゃ新兵と大差変わりないじゃないか……。

「ま、まあ……アームズにしろ戦車にしろ操縦はできる。それに関しては保証できるぞ」

 と言うブライトの言葉に気を取り直したようにペインズは頷くと言い返す。

「あまり贅沢な事も言えませんね。現状では猫の手も借りたいほどですし」
「そうか、猫の手も借りたいか。そうだろうな」

 ペインズとブライトが話をしている。その時、背後から……。

 ――――にゃあ

 と言う声が聞こえてきた。



[19759] Evil and Flowers 第05話
Name: T◆8d66a986 ID:2fe6ee5c
Date: 2010/06/27 17:07

 第5話 「ねこと戦車と整備部隊」


 ――――にゃあ

 ねこの鳴き声のような声が聞こえてきた。
 こんなところにねこが? そう思いはしたがペインズ達3人が振り返る。
 背後にいたのは戦車兵の軍服を着た女性と女の子である。ペインズから見れば自分より年下はみんな女の子だ。

「今のは君かい?」

 女の子の方に努めて優しく問いかける。大人の女性が「にゃあ」なんて鳴くとは思えなかったからだ。そんなペインズの隣でクラウドがしげしげと女性と女の子の胸元を見比べてため息をつく。しかし女の子はクラウドと目が合うなりもじもじとしはじめる。しっぽがゆらゆらと揺れていた。

「紹介しよう。彼女達はローズ・レッド少尉とセピア軍曹、レッド少尉は情報部所属で第13中隊に出向することになっている。セピア軍曹はE型の戦車乗りで射撃手だ」
「よろしくお願いしますね。グレイ大尉」
「にゃ、にゃあ」
「ペインズ・グレイ少尉だ。大尉になるのはもう少し先だ。紹介しておこう、隣にいるのはインジゴ曹長。そして赤毛のあいつは……クラウド・ペール少尉だ。よろしく。特にクラウドとな」

 ブライト・レッド中佐が彼女の傍に移動して紹介を始め、セピアと呼ばれた女の子はぴくぴくっと耳を動かして鳴いた。ペインズはセピアの様子からにやっと笑いながらクラウドをセピアに向かい押し出すような態度をみせる。
 観察すると身長150cmぐらい。三毛猫のような耳にくりくりよく動く眼。茶色がかった短い髪。それはたいそう可愛らしい女の子だった。かつて地球が他の惑星を支配していた事。どこぞの狂った連中が創り出したというねこ型バイオロイド。誕生より100年以上もの年月が過ぎ、数を増やしてきた。しかし彼女のようなねこ耳を持って生まれてくるのは女性のみである。男性にはねこ耳はない。彼女らのようなバイオロイドを作り出した奴らはきっとねこの耳としっぽは女性のみと設計したに違いない。
 それにしても年齢はまだ10代だろう。いかに『バイオロイド』とはいえ士官学校卒でもなく。『男性』でもない。10代の少女が徴兵されている事にペインズは不審に思う。
 翻ってローズ・レッド少尉の方は人間だ。青い眼。見事な金髪。小さめの顔立ちをした今時珍しい北欧系の顔立ちをしている。情報部らしくペインズ達の様子を鋭い眼で観察している。こちらは豊かな胸をしていた。

「他の連中も紹介しておこう」

 中佐もそんなクラウドとセピアの様子をにやにや笑いつつ、格納庫の奥へと足を向け歩き出す。セピアと呼ばれた軍曹はクラウドの隣にぴたっと寄り添い、腕を取る。さらに形のいい頭とかわいらしい耳を擦りつけるようにしている。

「おーおー春だね~」
「春ですな」

 ペインズとインジゴは2人の後ろを歩きながらそ知らぬ顔で話す。

「今は夏だ!」

 クラウドは振り返り真っ赤になって、茶化しているペインズ達に怒鳴る。彼らの様子を目を細めてレッド少尉は眺めていた。
 
 格納庫の奥ではアームズが数機、数名の整備士達の手によって整備されていた。その中にはペインズの機体もある。ペインズの機体の前でなにやら相談している中佐と男の姿があった。

「……おやっさん」

 クラウドが驚いて声を上げる。真っ白い髪、深い皺を刻み込んだ顔。目深に被っている帽子の奥から鋭い眼光をもって整備士たちの動きを見つめていた。
 ペインズ達が近づいてくる事に気づいたおやっさんこと、ローリー・ローレンス大尉はじろっとクラウドを見るなり、声を荒立てた。

「……おめえ。こいつらに一体どんな教育をしてたんだ!」
「お、おやっさん……」
「おやっさんじゃねえだろ!」

 大尉の言葉にクラウドは慌てふためいて居ずまいを正した。

「はっ、失礼しました。ローレンス大尉。自分は部下達に細心の注意をもって整備に当たるよう命じております」
「ほーそうかい。機体のビスが2本ばかし、ばかになってたが……おめえ、気づいてたか?」

 分解されているアームズの内部機関を支える支柱ともいうべき、外骨の一角に捻じ込まれていたビスが2本確かにおかしくなっていた。

「はっ……それは……」
「おめえの目が節穴だからこいつらいつまで経っても半人前なんだ!」

 ローレンス大尉は士官学校の車両整備を担当し教えていた。クラウドは教え子の1人である。その上、現クラウド率いる整備小隊はローレンス大尉の部隊からの引き抜きで構成されている。
 それだけに苛立ちを隠せていない。ローレンス大尉の顔には俺が直接教育してやっていたら今頃一人前にしてやれていたのに。と後悔の念もあるようだった。

「その上なんだ~格納庫に女とうでー組んで入ってきやがるたぁーいい度胸だ」
「はっ、こ、これは……」

 クラウドはセピアの腕を引き離すと一歩、離れた。無理矢理引き離されたセピアは大尉を睨むとしっぽを逆立てる。

「ふー」
「ふん。お嬢ちゃん。整備を手を抜くってこたー、仲間の命をぞんざいに扱うって事だ。そいつは分かるよな。戦場で整備がいい加減なお蔭で弾がでねえ。ミサイルが飛ばねえ。車輪が動かねえ。そんな事で死んじゃ~死んでも死に切れねえ。それをこいつは分かっちゃいねえんだ」

 そう言って大尉はクラウドの頭に拳骨を落とす。思いっきり殴られたためか、クラウドは目を回した。その場にばったりと倒れこむ。
 倒れたクラウドを慌てて介抱しはじめるセピアを見ずに大尉はペインズの方に目を向ける。

「来な、坊主」

 顎をしゃくるようにペインズの機体を示す。
 ペインズはあいかわらずキツイじいさんだな、と床に倒れているクラウドを横目で見ながら大尉に近づいた。大尉はペインズの機体を見つめながら「足は大丈夫か?」と聞いてきた。

「何とか。ビアンカに来るまでに治療を受けました」
「機体に残ってた記録を見させてもらったが、相手はとんでもない化け物らしいな。よく喰らいついたもんだ」
「反応速度がとんでもなかったです。スピードもですが……アームズの速度を今以上に上げられませんか?」

 ペインズも機体を見上げる。

「上げるこたぁ~上げられるが、体が持たねえぞ」
「構いません。遅いままで的になるよりマシでしょう」
「それに速度を上げる分、装甲も薄くなるしな」
「当たれば死ぬんですから、装甲も気にしませんよ。気にしてて倒せる相手ではありませんしね。その代わり部下達の分は装甲を厚めにお願いします」

 ペインズの物言いに大尉は少し眉を顰めた。ぽりぽり首筋を掻きながらペインズに向き合う。

「おめえ~命捨ててねえか? 死んでもいいなんて考えるんじゃねえぞ」
「死にたくはないですよ。死にたくはね。しかし生きて帰れると考えるほど楽観的にもなれませんね。あの赤いの相手に……」
「そうか、まあいい。おめえの言うとおりにスピードは上げてやる。ああそれから、こいつは返しておく。こっちでも最適化はしておいたが、自分でも確認しな」

 そう言って大尉はペインズにアームズのデータチップを渡した。データチップはアームズのコンピューターに差し込まれているものだ。こいつの中にはセンサーからの情報に基いた敵の機体の動きや自機の動作がデータとして残されている。そして自機の動作を最適化する事によって動きを円滑に動かす事が出来る様になる仕組みである。学習型の操作システムの一環であった。

「相手はどの程度の動きでしたか?」

 ペインズの問いに大尉は小指で頬を掻く。

「時速60kmぐらいだったな。反応速度はお前の2倍程度だ」
「そんなものでしたか? もっと速いように感じましたが」
「そりゃあ、数字で見るのと体感速度は違うだろうよ。だが、な。2倍っていうのは赤い奴と戦っている時のもんだ。お前が喰らいつけるようになってからのもんだからな。そう考えると差は激しいとも言えるな」

 ペインズと大尉は2人して肩を竦める。2倍。喰らいついたと思っていても実際には2倍の差がある。その差をどうやって埋めていくか? 頭の痛い問題であった。


「中佐殿。他の戦車乗りはどこにいますか?」

 ペインズがローレンス大尉と話していた頃、インジゴはブライト・レッド中佐に話しかけていた。

「うん? ああ、そいつらも呼んでこよう」

 中佐は格納庫の隅に足を向けると何人かの戦車乗りを呼んだ。
 そうしてやってきたのは……セピアと同じねこのミントとマゼンタの2人に戦車長のガンボージ・ノーバ軍曹にテール・ベルト戦車長、他11名だ。
 ミントとマゼンタの2人のうちマゼンタはたいそう綺麗だった。ふっくらとして肌が美しく目は大きくて、柔らかいとび色の髪の毛がふさふさとたっぷりある。また口元は愛らしく。美しい手は彼女の自慢らしく手入れを欠かすことがないようだった。ミントの方はというと、ねこ型にしては背が高い。160cmはあるだろう。しかし本人はネコ型にしては長い手足を持て余しているように見受けられる。そんな仕草がなんとなく生まれたての子馬を連想させ、ねこなのに子馬とはこれ如何に? などとインジゴにして考え込ませてしまった。とはいえ、引き締まった口元にすらりと伸びた鼻筋。茶色っぽい瞳は何者をも見逃すまい。としているかのようであった。それが戦車乗りとしての習性であれば頼りになりそうではあるが、ただのゴシップ好きの可能性もある。インジゴは判断を保留した。
 ねこ型バイオロイドらしく。2人ともが美しい顔立ちをしていた。ちなみに2人ともセピアよりは胸は豊かなようである。

 ガンボージ・ノーバ軍曹は年齢25歳の徴集兵ではあったが、元々実家が整備工場を営んでいた事もあり、整備班に回されその後、テストパイロットになったという。それゆえここまで実戦経験がない。小柄で落ち着きのない眼をきょろきょろさせている。
 こいつは死ななきゃいいが、インジゴは少し心配になった。
 テール・ベルト戦車長、こいつはここにいる事が不思議な男だった。軍隊には色んな経歴の奴がいる。しかし惑星ビアンカにおける最高峰の学府を卒業して、しかも経理関係の資格を複数有しているにも係わらず、自ら望んだ訳でもないのに実戦部隊にいる。軍の中でも事務関係ならいくらでも役に立ちそうな男だった。何かのミスで実戦部隊に廻されたのでないか? インジゴは確認してみるべきだと頭の隅に書き込んでおいた。
 その後の連中は似たり寄ったりであった。特にどうという事もないが、特別欠点がある訳でもない。
 こいつらに第3特殊機動小隊の生き残りを合わせても本来の中隊人員には程遠い。さらに色んな部隊から人員を集めても寄せ集め中隊には違いない。インジゴはため息を吐きたくなってしまっていた。

「はぁー」
「おいおい。部下の前でため息をつくな」
「これは失礼致しました。中佐殿」
「ペインズ!」

 中佐はローレンス大尉と話し込んでいるペインズを呼び、インジゴを含めた兵士の前で新しく創設される第13特殊遊撃中隊の事を話していく。

「インジゴの不安も分かるが、それは今更言っても仕方がない事だ。……だが、不安要素ばかりではない。新しく創設されるだけに、装備に対しては優遇措置が与えられる。今のうちに欲しいと思う装備は申請しておけ。大概のものは通る。後で欲しいと言っても通らんからな。今のうちだぞ」

 その言葉に床に倒れ伏していたクラウドががばっと起き、中佐に詰め寄る。

「レールガン。E型戦車に新型アームズ。ブラックタイガー(大型強襲ヘリ)に155mm戦車砲。MGS(機動砲システム)に小型UAV(無人飛行体)。それから……それから……」

 興奮して言い募るクラウドを冷たい目で中佐は見た。絶対零度の冷たさである。

「なあ、お前……それ趣味で言ってるだろ?」

 とてもとても優しい声であった。その優しさがペインズとローズの背筋を凍らせた。2人は手を握り合ってガクガク震えている。ふと見ればセピア以下ねこ達も震えていた。
 格納庫の中が絶対零度に支配されきる瞬間!
 ローレンス大尉がクラウドの首を絞め落とした。額に汗が滲んでいる。

「この馬鹿が!」

 ――空気を読め。

 ぼそっと囁いた声がペインズ達の耳にも届く。うんうんと頷くペインズ達……。冷たい汗が背筋を伝う。
 結局ペインズ達は再び床に倒れ伏したクラウドを見捨てて、格納庫から出て行く。セピアだけは心配そうに何度も振り返っていたが、ミントとマゼンタの2人に引っ張られるようにして連れて行かれた。

「ま、まあ欲しい装備はお前達で相談して決めておけ。結成式まではまだ時間はある。休暇が終わってからだからな」

 こうして第13特殊遊撃中隊の顔合わせは終わった。
 中隊長、ペインズ・グレイ大尉。大尉の着任は休暇後である。
 副官、ローズ・レッド少尉。彼女は統合作戦本部からの出向組で情報部に所属していた。
 小隊長、インジゴ少尉。アームズ分隊を指揮してもらうことになる。インジゴも出世した。
 戦車隊長、指揮小隊長はマゼンタ少尉である。彼女にはねこ型を含めた戦車隊を指揮してもらう。
 その他、第1分隊の戦車長にガンボージ・ノーバ軍曹。第2分隊にはテール・ベルト戦車長が就任する。ヘリ部隊はアイボリ・ブラック少尉。こいつも他の隊から来てもらった。ヘリの操縦が巧みだそうだ。
 元の第3特殊機動小隊にいた連中はインジゴの指揮下に入ってもらった。強襲上陸艇のパイロット達も同じだ。
 そしてクラウド率いる整備小隊。
 これが第13特殊遊撃中隊の陣容である。不安と言えば不安な陣容ではあるが、やるしかない。
 ペインズは腹をくくった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.04776716232