2007年10月
2007年10月31日
ヴィーナス
いつまでたっても男はきらめいている。ゴージャスな時分の頃のように心は現役で爺さんになってもときめいてしょうがないのだ。そんな男に悲しみや哀愁が入る余地は未だ無いらしい。
そんなベテラン俳優モーリス（ピーター・オトゥール）はエロい爺さんだ。７０を越えても、死体役などを引き受けて細々と日々の生活を送るものの、友人とは「もう棺桶行きだな」とかのブラックユーモアを飛ばす始末。
モーリスの友人のイアン（レスリー・フィリップス）は老後の生活を見てもらうために、姪である若いジェシー（ジョディ・ウィッテカー）に家に来てもらうことにする。
しかし、菓子を食い漁り部屋の中で奔放に振舞うジェシーの態度にイアンはこりごり・・・そんなジェシーにきらめきを見つけたのはモーリス。そう恋に落ちたのだ。
彼女の夢がモデルと知り、自分の手で仕事を紹介しようとするモーリスもまた彼女の外見ならぬ内面の美しさを知ろうとする。昔は数多の女性遍歴を重ねたモーリスは、ジェシーに一目振り向いてもらおうと、色々やるがどちらかというと行動が裏目に出てしまったり、自分のスタンスを突き通せないもどかしさを感じたりする。
老いてなおも恋をする男性というのは、観るまでは決して若さには勝てないのだと変な誤解をしていたのはおかしな話で、なおさら違和感を感じるどころかモーリスという男のそれでも僕は恋をするという生き様に感銘を受けてしまうのは、ピーター・オトゥールの演技の味わい深さだけでは無いのであろう。
モーリスという男性が今まで生きてきた中で感じてきた事。昔から様々な女性に恋をし、時には嬉しさの頂点にいたり、時には誰かを傷つけてしまったり、自分が傷ついたりという事を繰り返してきた事で知りえた女性の持つ美しさへの敬意みたいなものを感じ取れるキャラクター設定と演出を上手く汲み取った作品になっているのだ。
それが分かる故に、ジェシーはモーリスの事を最初はただのエロい爺さんだと思っている節がひしひしと感じられる。それにも引けをとらないモーリスはジェシーの美しさに触れたいという純粋な思いをジェシーに投げかけると同時に、自分自身のありのままの姿と彼が知りえた数々の経験を彼女に享受と再び享受していくのだ。
モーリスの恋は決して切ないものでは無くベテランばりばりの覇気に満ちている。彼に呼び止められたヴィーナスはその内面の美しさをスクリーンに放ち、モーリスの心と綺麗に融合する。
いつまで経っても恋はしたいもの。それを咎めるものは無い故にモーリスの恋は温かい余韻とゴージャスな雰囲気を残す。
監督 ロジャー・ミッシェル
出演 ピーター・オトゥール
レスリー・フィリップス
ジョディ・ウィッテカー
リチャード・グリフィス
ヴァネッサ・レッドグレーヴ
１０月３１日 シャンテシネにて鑑賞
『ヴィーナス』 （原題 VENUS）
2007年10月30日
スターダスト
ベタだけど、流れ星が流れる間に願い事を三回唱えると叶うという言われがある。そんなの真実なんて野暮だといわれようが、この作品を観たら、そんな願いを持つ事は自由なのだときらめきたくなる。
キラキラ光るクレア・デインズが、本当に可愛らしいのは当たり前として、ウォール村に住む青年トリスタン（チャーリー・コックス）が恋に落ちているのは街一番の美女ヴィクトリア（シエナ・ミラー）。
でも、ヴィクトリアの影には男がチラホラ。そんな彼女と外でワインを嗜んでいたら、流れ星が落ちていく。トリスタンは唐突に流れ星をヴィクトリアにプレゼントすると言ってきかない。
村と流れ星が落ちた場所の間には壁が立ちはだかるが、トリスタンの愛は何のそので壁をも乗り越えていく。さて彼の眼前に現れた不思議な光は、美しいキラキラ光る女性だった。
一方で、流れ星を発見したのはトリスタンだけではなく、魔女の三姉妹も同様で彼女たちは再び永遠の若さを手に入れる為に流れ星を追いに来る。
見知らぬ世界で流れ星と共にファンタジーの世界に巻き込まれていくトリスタンという外の世界の視点から繰り広げられる物語は、トリスタンの出自と流れ星との邂逅、流れ星の持つルビーを争奪しようとする王位継承者３人の駆け引き、そして世にも恐ろしい魔女のあくどい展開劇が流れ星のキラメキを求めて交互に描かれていく。
物語は、トリスタンの父親の冒頭でのある行動が物語のキーとなっていく。これ以上は言えないけれども、そこにあるのは色恋沙汰。父の若気の至りがやがてトリスタンという子供の血にも混じっていていかにも情熱的。
そんな勇猛果敢になっていくトリスタンに、次第に惹かれていく流れ星を演じていたクレア・デインズが本当にキラキラで『ロミオアンドジュリエット』以来の可愛らしさから年月を経た大人の美しさを体現しているのは見物です。
二人を囲むキャストも豪華ゆえに役割として少々破天荒な部分が垣間見えていくのが楽しい。ミシェル・ファイファー演じる魔女はいかにもキワモノ。『永遠に美しく』のメリル・ストリープ＆ゴールディ・ホーンを彷彿とさせる怪演はハマリ役。
それに対抗するかのように空の海賊のキャプテン！？に扮したロバート・デ・ニーロの親分ぶりもキワモノ。部下の前では冷徹で非常な男を演じるものの・・・女装が趣味で狭義を重んじる男の中の男？をコミカルに楽しそうに演じている。
そんな調子はずれな感じなキャラクターが物語りに実に上手く生かされているのは、特筆モノ。魔女は流れ星の心臓を狙う事で急襲してくる。そこに顕れるある女性。そしてトリスタンと流れ星のロードムービー＆喧嘩が重なり、王位を狙う男もまたそれに噛み合って行く。
ストーリーテリングが上手いファンタジーは観ていて気持ちのいいものだ。それ故に重なるテーマは、おそらく父と息子の愛情の流れ、母を思う息子の新しい愛の再生の流れ、新たな愛に戸惑いながらも嬉しさを隠せない流れが融合し一つの星となってきらびやかに流れていく。
監督 マシュー・ヴォーン
出演 クレア・デインズ
ミシェル・ファイファー
ロバート・デ・ニーロ
チャーリー・コックス
シエナ・ミラー
ルパート・エヴェレット
１０月２８日 新宿東亜にて鑑賞
『スターダスト』 （原題 STARDUST）
2007年10月29日
シルク
昔、歴史の授業でシルクロードって聞いたなと思い出したのは、この作品の主人公が辿る道のりが愛の旅路に重なるからかもしれない。シルクって日常生活においては欠かせない素材。そして知らず知らずのうちに身に付けている体の一部なのかもしれない。
人の心を暖めるように、このシルクを辿る道は、若い男の恋路をなぞる。そこに顕れるのは、日本の田舎町の寂れた風景に顕れる一点の光であるが、彼が真実を知るときには、その痛みがさらに重なっていく。
おそらく冒頭の湯からするりと現れる美しい肌を持つ少女（芦名星）がこの物語のキーと思えるのは容易であろう。ゆえに、戦場からフランスに戻った若い男エルヴェ（マイケル・ピット）とどのようにこの少女が交錯するのか？という秘密の恋が作品に糸を張り巡らせる。
やがてエルヴェは村の美しい女性エレーヌ（キーラ・ナイトレイ）と契りを交わす。村の美しい風景は二人の夢を語り、これからも永遠に続いていくであろう愛の香りをほのかに浮き立たせていく。
しかし、村で蚕の疫病が発生し、エルヴェは村の養蚕工場を買い取ったパルタビュー（アルフレッド・モリーナ）の懇願により、世界でもっとも美しい絹糸を手に入れるため、はるか東の果ての日本という未知の国を目指す事になる。
その距離は往々にして苦労と危難の連続ではあったであろうが、エルヴェは日本にその足を踏み入れる。蚕の卵を手に入れた彼は、ふとした事で村に住む権力者・原十兵衛（役所広司）と出会い、その彼に奉仕する美しい絹糸のような肌を持つ少女の事が常に心に付きまとってしまうのだ。まるで切れる事のない絹糸のように。
こうして、フランスから遠い日本へと結ぶ彼の思いは、その少女が残した伝言とその視線によって緊縛されていく。妻であるエレーヌを愛していても、どこか空虚感を漂わせるマイケル・ピットの表情は笑顔の中に、他の誰かを想う望郷の念が宿る。
この作品の背景に立ちはだかるのは、異国の情勢という壁。そして他の国の文化と肌を知ってしまった男の悲しみであろうか。ゆえに、エルヴェは正に心の中の天秤で揺れ動いていく。
日本の危険な情勢が入ってくるのにも関わらず、蚕の卵を再び手に入れようとある言葉を信じて日本を再度訪れるエルヴェの心境。目的の先に何かを見てしまう事も無く、その想いと愛情をスクリーンに投げかけるある女性の想い。
あまりにも美しい想いはエルヴェの心にラストで響いてくる。その風景はかつてエルヴェが見た夢に重なり、その夢の庭園の中で我を呼び起こす。
またとない愛情の入れ違いを語るには、物語を風景と余韻で見せすぎであり、時の流れが唐突であったりもする。キャストの演技によってそれぞれの人物のスタンスを読み取っていかないと、付いていけない話でもあるゆえに、主人公を突き放して見てしまうかもしれない。
だが、それほどまでにある少女に魅せられた男の想いはあまりにも切なく、そして悲しい。
監督 フランソワ・ジラール
出演 マイケル・ピット
キーラ・ナイトレイ
役所広司
アルフレッド・モリーナ
中谷美紀
國村隼
芦名星
本郷奏多
１０月２８日 TOHOシネマ六本木にて鑑賞
『シルク』 （原題 SILK）
2007年10月28日
ブレイブ ワン
その選択。許せますか？これはある種究極である。まさに人間が揺れ動く様は、もしあなたがその立場になったらどうしますか？という痛みを描いているからだ。
客観的に見てしまうと、平静を装いつつも、彼女が下した決断に？マークが浮かんでしまうもの。
冒頭の言葉は、エリカ・ベイン（ジョディ・フォスター）の心象を表しているだが、それはニューヨークという都市へ彼女が持ち合わせる思いを綴っていく。
ラジオのパーソナリティを務めているエリカは、大都市に呑み込まれまいとして、自分なりの都市に眠る優しさを信じていたのだろう。おそらくあの事件が起きるまでは・・・・
婚約者のデイビッドと愛犬と共に公園を散歩していた、エリカは唐突に暴漢に襲われてしまう。弱き者を徹底的にいたぶる悪の描写は観客にある種の怒りを提示する。
言われ無き理由で傷つけられ、そしてデイビッドを亡くした上に、葬儀にも自己の傷により参列できなかったその悲しみはやがて彼女の中で防衛という手段から転換された制裁という選択肢をちらつかせる。
今まで愛していた街に出て行く事に恐れをなしてしまうエリカにとって彼女自身の苦痛を和らげるのはやはり武器でしかないのか。彼女は拳銃を手に入れ、街へと再び足を踏み入れていくのだ。
偶然に偶然が塗り重ねられたかのような遭遇劇は疑問点を覚えるものの、エリカが取り戻そうとする思いは拳銃によってしか守られないのかと思うと切なくなる。
立ち寄ったコンビニで遭ってしまう強盗。電車に乗っていると突然現れた狂気な輩への迎撃は、一度ならずも二度もあり思わず唖然としてしまう。
一度傷を受けた者は、他者を攻撃する事でしかそのアイデンティティを保てないのかという危うさをジョディ・フォスターが繊細かつ恐ろしい視線で演じるのは見物。
さて、彼女の行った選択は許せるか。という争点をこの作品に持ってくるならば、あまりにも人間は小さく弱い、そして自分の心を守るためならば、何でもしでかしてしまうという危うさを感じさせてしまうのである。
そのエリカに呼応する形で事件の捜査に当たるショーン・マーサー刑事（テレンス・ハワード）もまた、ある種の正義感を持ち合わせているがそれ以前に１人の人間であり、エリカに起こった暴行の傷跡に対して非常に強い憤りを感じてしまうのである。
都市に呑み込まれた者は、流れに乗るままにしか生きていけないのか。そこで行われる制裁劇に関して、エリカの選択は後が無い壮絶さを思わせるが、同時に人間としてのエゴや共感を全面に押し出してきたショーンという刑事の内面には賛否両論が巻き起こる事だろう。
ラストで起こる一連の偽装に関して詰めが甘いと思ってしまったので、爽快感はもとよりも後味の悪い人間の感情の残滓がエンドロールまで引っ張られる。
監督 ニール・ジョーダン
出演 ジョディ・フォスター
テレンス・ハワード
ナビーン・アンドリュース
ニッキー・カット
メアリー・スティーン・バージェン
１０月２８日 吉祥寺バウスシアターにて鑑賞
『ブレイブ ワン』 （原題 THE BRAVE ONE）
2007年10月27日
クローズ ZERO
上を目指せば目指すほどきりは無いのかもしれない。しかし、今目の前にある、今にも手につかめそうな頂点という王座を目指す夢は彼らの心の中にひしひしと積み上がっていく。
右も左も不良が集まる鈴蘭男子高校。彼らが繰り広げている喧嘩の傷跡は校舎の節々に刻み込まれている。その凄まじさと言ったら荒れてるなんてものじゃない。
グループが抗争を繰り広げているこの学校に足を忍び入れた転校生は滝谷源治（小栗旬）で、彼ももちろん頂点を目指していく。物語の肝としては何故これほどまでに鈴蘭高校のトップを目指すのか？という男達の思いや矜持、そして夢が喧嘩の間を縫うように真っ直ぐに。
一方で滝谷の前に立ちはだかるのは、芹沢多摩雄（山田孝之）を中心とした芹沢軍団。一対一の構図を持っていくまでに鈴蘭高校では派閥という軍団がそれぞれ各所に跋扈していて、その構成が立ち上がるまでの変遷を滝谷を中心として描いていく構図も面白い。
滝谷は時には力、時には計算を生かして自分の軍団を作り上げていく過程に登場人物の自己紹介が織り交ぜられるのだ。
そこに生かされているのはキャラクターだと一番感じたのは、毎日喧嘩に明け暮れようが、勉強そっちのけでトップを狙おうが人間１人１人は高校という枠の中で必死にもがき生きている様が見えてきたからであろう。
滝谷のヤクザの親分である父親（岸谷五朗）に自分の存在を認めてもらいたいという心が風采をぼかした映像から立ち上り、滝谷にその胸を貸そうとするそれぞれの男達の性格、思いが対峙した時にふと顕れていく瞬間が重なっていく。
滝谷の視点から物語の中心軸は語られていくようだが、芹沢多摩雄もどこかひょうひょうとしながらも、絶対的な自信と強力なバックアップを持っており、確実な信頼を周りの男達から受けている瞬間もまた重なっていく。
特に物語のクローズアップとなるのは芹沢の友人・辰川時生（桐谷健太）であり、昔の滝谷の友人でもあり二人の間でゆれるという難役を強烈な存在感で演じている。風貌はどこか頼りになる優しそうな感じを受けるが、それはこの物語での彼自身のキャラクターにも投影されていくゆえに、ラストの大バトルの背景として重要なテーゼを動かす影の主人公ではないだろうかと感じた。
この作品は鈴蘭高校に在籍する高校生だけをポイントに描いた作品かと思いきや、滝谷に強さという憧れに夢を抱き続けた高校時代を重ね合わせ、どこかで訣別しなければいけないと思っている矢崎組のチンピラ・片桐拳（やべきょうすけ）と滝谷のふとした出会いから生まれる友情を描いていく。
確かに小栗旬、山田孝之を始めとした俳優陣の体当たりシーンの連続と心情のぶつかり合いを極め細やかに演じていく流れだけでも作品はトーンを崩す事無く進んでいたかもしれない。
だが今でも過去の憧れ、夢を心に残しながらもヤクザの構成員という枠の中で必死にしがみついている片桐という男を演じてやべきょうすけもまた強烈だ。
片桐の思いを背負った滝谷は自然とその心情をラストにぶつけていきそれが昇華していくゆえに話にゆるやかな情が立ち上っていく。これは芹沢が辰川に対して思う情に重なっていくのではないか・・・
この片桐の思いと矜持があまりにも誇らしいと感じる瞬間を乗せた功績はやべきょうすけという俳優にあるのだと強く確信できるほどに、彼はこの物語で重要な役割を担っている。
喧嘩という手段でぶつかっていく彼らは、時に迷い、時には無心で立ち向かう。その葛藤が光と影の光彩を生かした映像、雨が降りしきる中でバトルへ向かう両者の緊張感に上手く顕れている。
少し難を言ってしまえば、滝谷軍団VS芹沢軍団のバトルの背景に何故か黒木メイサ演じるヒロインの歌うシーンが差し込まれていてどうにも気に入らなかった・・・決して黒木メイサが嫌いな訳ではないのだが。
ぶつかりあう事。体は傷つけられるかもしれない。しかし、心は汚れる事無く真っ直ぐにラインを進んでいく。その時を目指してぶつかり合う彼らは思いのほかカッコいいという形容詞を体現していて思わず感嘆してしまった。
鈴蘭高校の校舎に刻み込まれる名前のように、彼らはトップである事。またトップを目指す男と共に闘った証を求めて、また自分自身の中に生まれた誇りと友情を盾にその拳を絡めあう。
監督 三池崇史
出演 小栗旬
やべきょうすけ
黒木メイサ
山田孝之
岸谷五朗
高岡蒼甫
岸谷吾朗
１０月２７日 新宿東亜にて鑑賞
『クローズ ZERO』
2007年10月23日
グッド・シェパード
男の肩の上に静かに語られる創設の物語は、1961年のビッグス湾侵攻作戦がCIA内部の情報漏えいで失敗した冒頭の提示から過去へと遡っていく。
エドワード・ウィルソン（マット・デイモン）は、その優秀さを認められイェール大学在学中から秘密結社スカル＆ボーンズに勧誘され、その後を諜報員として淡々と地位を築いていた。
漏えい事件に際し、ひたすらに一つのテープを繰り返し聞くエドワード。彼の元に送られてきたそのテープがやがて彼自身にとっての最大の試練をもたらすとも知らずに・・・
ロバート・デ・ニーロがメガホンを取る今作が語るのは、一つの組織の為にただひたすらにその職務を全うし、題名のごとく"良き羊飼い"として、時にはその優秀さを武器に、時には家族をも顧みずにCIAに傾倒していった男の心である。
それは心を奪われたかのようなマット・デイモン演じるエドワードの風貌を焼き付ける。
これまでの人生は彼にとってどのようなものであったか。組織に殉ずる男が失った過去に起こった心の変遷とは何か？という喪失の物語を1961年の調査過程とエドワードが組織に入り込み、妻子を持ちながらも犠牲を強いられてきた年月を交互に描いていく。
いかに注意深くこの情報漏えいがもたらした結果に至る道筋を追わなければいけないか？という起点はエドワードの危うさにもある。CIAの長官であるフィリップ・アレン（ウィリアム・ハート）の疑いの視線はエドワードの目にも反転して映り、組織内での漏えい事件に関してのエドワードへの疑いの視線は沸点に至るがのごとく、スクリーンに緊張感を施す。
何故これほどまでに組織に対して心を捧げてきた男＝エドワードが、疑いの目で見られなければならないのか？という疑念は回想シーンの積み重ねによって次第に払拭されそうでされない。演出の妙は彼を真実の男と見分けるか、それとも実は組織に対しての裏をかく人物なのかというゆれ幅を眼前に突き付けてくる。
一方で、組織への裏返しという点で、家族や日常を犠牲にしてまで自分自身がその組織に奉仕する理由付けが彼にあるのか。そしてこれまでの奉仕がいつか報われるのかというエドワードの心情もまたその疑念に拍車をかけて行くのだ。
情報漏えいの真実が後半に至るにつれほのかに明らかになって行く。淡々と進むエドワードの調査過程がある一方で、若さを象徴としたCIAの優秀な諜報員となる過程もまた静かに、時に彩りを添えながらも盛り上がっていく。
俳優陣は確固たるキャスティングで物語の真意を汲み取っていく。エドワードの部下であるレイ・ブロッコを演じたジョン・タトゥーロが、『ゴッド・ファーザー
』のロバート・デュバルの名演を彷彿とさせ、強く印象に残る。
エドワードの妻マーガレット役のアンジェリーナ・ジョリーや、何かと協力するアレック・ボールドウィンの極め細やかな采配、マイケル・ガンボン、ウィリアム・ハートなど抑制の効いた配役が光っている。
物語の機軸となる1961年と回想が交互の織り成されていくので重厚な口あたりとなっている分、様々な人物が入り組みエドワードという人物とCIAという組織の内部を描いていくのでしっかり鑑賞していないと置いてけぼりをくらいそうな作品である。
しかしながら、エドワードという男の半生にCIAという組織がもたらした結果はあまりにも皮肉で罪深い。そこに救いがあるとしたら、おそらく家族というもう一つの組織であろう。それを垣間見なかったエドワードは改めてその傷の深さに気付いたのである。
優秀で従順で素直な羊飼い。見方を変えれば自分の意思を心の中に押し隠しているようにも見える。ただ、その内面と思いはマット・デイモンの演技の中にひそかに見え隠れしているようで、中々あぶり出されない。
真実を彼が知った時、静かに動くエドワードの思いは"良き羊飼い"から脱却し、新たなラインを踏む一歩となるのであろうか。そんな余韻を静かに残しこの物語は幕を閉じる。
監督 ロバート・デ・ニーロ
製作総指揮 フランシス・フォード・コッポラ
出演 マット・デイモン
アンジェリーナ・ジョリー
アレック・ボールドウィン
ウイリアム・ハート
ジョン・タトゥーロ
マイケル・ガンボン
ロバート・デ・ニーロ
１０月２１日 新宿プラザにて鑑賞
『グッド・シェパード』 （原題 THE GOOD SHEPHERD）
2007年10月22日
クワイエットルームにようこそ
２８歳のバツイチフリーライター佐倉明日香（内田有紀）は日々に追われていた。コラムの執筆に行き詰まり、睡眠薬を搭載しないと眠れない。
そんな彼女のベールが剥がれて行くのはクワイエットルームという閉鎖病棟の一室からであった。一体彼女は何者なのであろうか。そんな興味から観客はこの物語に知らず知らずのうちに惹きこまれて行く。
気付いたら、白いベットの上に拘束された状態で寝かされていた明日香は、何故こんな場所に自分がいるのか？という疑問の視点を持ちながらも、冷徹な視線のナースに、睡眠薬とアルコールの過剰摂取により昏睡状態から目覚めたと説明される。
早くも退院したい明日香は、すぐにでも出ようとするがそんなお達しは確認できず、渋々この閉鎖病棟で過ごす事になる。あくまでも自分は正常で偶々オーバードースで運び込まれた不運な患者と言わぬばかりに。
外の世界から隔絶された病棟で次第に明日香は様々な患者を知るようになる。ミキ（蒼井優）は食べたくても食べられない入院患者、一方で過食症の西野（大竹しのぶ）も何かと節介を焼いてくる。何故か頭に火を付けたり、どこかで一線を越えてしまったかのような患者はいたって扱い難いものの明日香と心を通わせていく。
明日香の視点からは他の患者に対する哀れみや憐憫は感じられない。早くここを出たい。何故自分がここにいる必要があるのか？という自分の内面に向き合う事を記憶の欠如として完全に最初は放棄している。
物語に波風が立つのは外部の人間が訪れてからである。同棲している放送作家の鉄雄（宮藤官九郎）そして子分のコモノ（妻夫木聡）がもたらす記憶の収束はやがて明日香に何かしらの過去をあぶり出させ、やがてこの病棟で出会ったある人物が明日香のベールを剥いでしまう。
そこまでの怒涛の展開は思わずして唖然。ズシンと重みがかかったかのような１人の人物の過去が明かされる瞬間は、誰かの心を踏みにじってしまうかのような居たたまれなさを突き付けてしまう。松尾スズキがこれほどまでに人の心を裸にしてしまうという事の痛々しさを丁寧に解きほぐしていく手腕は格別だろう。
その心を読み解くのは難しい。強いて言えば、観ている自分にも思い当たる節、本来の自分が持つ暗い部分をドーンと提示されてしまうようなモノトーンが生じる。しかしながら物語りはそこで終わりではない。
思わずして過去から逃げていた明日香を演じた内田有紀の表情の変化は絶妙に決まっていく。私は本来こんな場所にいるほど病んでないという憮然とした冒頭から、やがてこの病棟における彼女にとってのきらめきとは対照的な暗部を知りえるまでの流れをその体で繊細に演じていくのは見事。
蒼井優は、明るい一面を見せる事無く、ただひたすらに彼女の心にある影から逃れられないかのような諦めをみせてしまうゾッとする恐ろしさ。大竹しのぶの憎たらしい事といったらありゃしない演技。妻夫木聡のハジケっぷりはバカを通り越して手に負えない具合。物語を締めるのはりょうの冷徹でクールな看護師っぷりではあるが・・・
ふと気付いたら今までのままでいた明日香はただ単なる閉鎖されたクワイエットルームの存在の重さ、そしてそこに入院している患者達の心に深く傷つけられる。それは対照的だと思っていた自分自身を映すもう一つの鏡でもあったのだと思う。彼らを持って明日香は自分の本来の存在に気付いてしまう。
その悲しさと苦痛は一度打撃をおよぼすが、どこにいても人間は人間であり、先に進まない限りはまた同じ道を辿るという肝心の糸を掴んだ明日香はゆるやかな軌跡を歩もうとする。誰もまだ知らない彼女自身の本来の再生に向けて。
監督 松尾スズキ
出演 内田有紀
宮藤官九郎
蒼井優
りょう
妻夫木聡
大竹しのぶ
１０月２０日 新宿ジョイシネマにて鑑賞
『クワイエットルームにようこそ』
2007年10月21日
ヘアスプレー
テレビにはスポンサーが付く。ヘアスプレーを髪に振りまくのは金髪のブロンド美少女がターゲット。物語のポップさとは裏腹に、冒頭から差別というラインが見え隠れしていく。
舞台はボルティモアの街で、誰もが夢見る「コーニー・コリンズ・ショー」への出演に目をキラキラさせる１人の少女トレーシー（ニッキー・ブロンスキー）の軽快でのびやかな歌声が物語の導入となる。
サイズはボンバーだけれども、そんな事は露とも気にせず前向きに進んでいく。彼女の姿勢がやがて不穏な空気をノックアウトしていくのは、見るからに一目瞭然。ミシェル・ファイファーの悪女役も敵わない。
そんなある日。友人のベニー（アマンダ・バインズ）と共に「コーニー・コリンズ・ショー」のオーディションに参加したトレーシーは、自分のスタイルをテレビのプロデューサーのベルマ（ミシェル・ファイファー）にズタボロに・・・
トレーシーは憧れのショーのレギュラーを射止める事が出来るのか。そして彼女自身が一番ホットになれる瞬間は訪れるのであろうか。
踊ること、そして楽しむことに線引きは不要である。居残りで渋々教室に行ったトレーシーの目を惹き付けたのは黒人達のダンス。今まで型にはまっていたかのようなダンスは彼らの息吹で、トレーシーの肩に乗り、その強烈で美しいフォームはテレビショーの花形をも魅了していく。
互いに理解し合えないと思っていた彼らは踊ること。そして語る事によって互いに興味を持ち人間として向かい合っていくのだ。それに素敵なパフォーマンスが付随しながたも、未来という静かなラインを厳かに見せていく。
今まで、きっとどうにかしたいと思っていた夢は少しずつ動き出し、過去の自分、そして現在の自分を見つめ直して行く人間の優しさにも触れていく。
可愛らしいトレーシーのダンスは人々を虜にし、人々をハッピーにしていく。彼女が出演してからのコーニー・コリンズ（ジェームズ・マーズデン）の勢いの乗ったかのような俊敏さや、友人のアマンダに降りかかる幸福が重なっていく瞬間は見事にして素晴らしい。
時代感を捉えるのならば、家の中に閉じこもりきりのトレーシーの母親エドナ（ジョン・トラボルタ）が殻を破っていく瞬間。それを引き出していく夫の愛情を軽やかに、そして温かくも演じたクリストファー・ウォーケンも絶品。
特に強烈な体躯の母親を演じたジョン・トラボルタのカッコよさと言ったらオカシイかもしれないけど、こういう役柄をきちんとこなすその精神は相変わらず素晴らしい。
同時に、強面として悪役の多いウォーケンが『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』を彷彿とさせる温かくもユーモアに満ちた父親像を安定した演技でスクリーンに赤みを帯びさせていく。この二人のダンスアンサンブルはどこか地上から浮き立ったかのようだけれども、夫婦という絆と愛情をふわっと表している名シーンだろう。
そんな強烈な個性が集まる中でラストに繰り広げられるダンスシーンの応酬は、作品に一端落とされていた時代感の暗さ差別といったものを見事に払拭していく。
それも最後まで自分の魅力を押し出したトレーシーの一本勝ちとも言えるかもしれないが、誰よりも皆で踊り、その瞬間を共有するという楽しみを誰よりも美しいと感じる瞬間は、他ならぬトレーシーの夢だったのは間違いない。
監督 アダム・シャンクマン
出演 ジョン・トラボルタ
ミシェル・ファイファー
クリストファー・ウォーケン
クイーン・ラティファ
ザック・エフロン
ジェームズ・マーズデン
アマンダ・バインズ
ニッキー・ブロンスキー
１０月２０日 新宿ジョイシネマにて鑑賞
『ヘアスプレー』 （Hair Spray）
2007年10月20日
インベージョン
感情を表に出してはならない。もし、気付かれたら奴らと同じ心を失った何かに変わってしまう。
そんな恐ろしさは街の雰囲気を見事に変え、どこに行っても救いが無いように見える。一度感染すると決して眠ってはならない。睡眠中に細胞が他の何かに変わる事で、今まで心を持った人間が、姿形だけの不気味な存在へと変わってしまうのだ。
精神科医のキャロル・ベネル（ニコール・キッドマン）は、離婚した夫タッカーから息子オリバーとの面会要求を受け入れる事にする。
唐突に父親としての顔を顕にしたタッカーは、冒頭で地球に墜落した宇宙船の残骸から何者かの影響を受ける。決して安全ではなさそうな地球外の静かな生命体は人間を次第に侵蝕していく。
一方で、キャロルの元に通う患者は、夫の存在に悩まされていたもののすっかり別人に変わった夫を次第に恐れる発言をする。オリバーの友人や事故が起きてもろくに捜査しない感情が無くなったかのような警察官など、キャロルは身の回りの人々が急激に変化していく様を感じ取っていく。
外見は何ら変わらないのに、人は大多数の側に迎合され、元々本来の姿であった人間に襲い掛かってくる。仲間を増やす為なのか、自分とは異質と判断した存在を排除するためなのか、そこにあるのかは分からない不気味な心象が寒々しい雰囲気を醸し出しながらも進んでいく。
物語は急激な展開を冒頭から見せていくものの、元夫に預けたオリバーを助けるべく動いていくキャロルの視点が後半の見せ場となっていく。その過程で感染してしまうキャロル。決して眠れない状況下の中で、心を通い合わせる医師のベン（ダニエル・クレイグ）と協力し窮地を乗り越えようとしていく。
感情を失くした人間の形をした集団に対抗するキャロルの母性は浮き彫りになり、そんな彼女の思いに重なる形で、人類を救うべく免疫を研究し、回復を試みるガレアーノ医師（ジェフリー・ライト）達の静かな対抗は世界を元に戻すことが出来るのか・・・
街という舞台設定の中で、自分達以外を信じてはならないという極限状態の中で繰り広げられていく心理描写が展開される中でも、一つの灯火として必ず息子の感情を守るという母親の強さが浮かび上がるのは最初は不安定なものの次第に強固な愛情を帯びていく彼女の心象を表して行く。
その佇まいを見事にスクリーンに溶け込ませるニコール・キッドマンは内面の強さを演じていく。
一度たりとも感情のブレを感じさせない侵蝕された者達の雰囲気が見事にして恐ろしい。街はそこに住む人々の感情を乗せる風景を感じさせるものだが、侵蝕が進んで後の街の姿は空気が滞り、平行線をなぞるだけのような寒々しさをほとばしらせている。
そして急襲してくる侵蝕された群れはまるでゾンビのよう。感情を失くした人間がこれでもかと襲い来る瞬間は恐ろしくて、そこからなだれ込むカーアクションの衝撃が物語をまとめ上げていく。
キャロルもまた自分の中にあった愛情の強さというものに改めて揺るぎ無い自身を得たのではないか。息子を守るという感情が揺れる事無く続いていくという強さは唐突に訪れた恐怖に打ち克つこの世に二つとない免疫となるのであろう。
監督
オリバー・ヒルシュビーゲル
出演 ニコール・キッドマン
ダニエル・クレイグ
ジェレミー・ノーサム
ジェフリー・ライト
ジャクソン・ボンド
ベロニカ・カートライト
１０月２０日 新宿ミラノにて鑑賞
『インベージョン』 （原題 INVASION）
2007年10月15日
サウスバウンド
このオヤジの思っている事。確かに分かるんだけどね・・・
給与明細を見ると引かれている税金、国民保険料、年金その他諸々、出来る事ならば自分のために使いたいのが山々。一体何に使われているの？とその疑問も立ち上る。最初から無いものとしてあきらめるのが良いのかな。
だけれども、この作品に出てくるオヤジは元過激派。周りの声など知った事ではない・税金は払わないし、とにかく義務というものに対しても真っ向から反論。しかもニヤニヤ笑い。国民止めても良いと思っている。
そんなオヤジを演じるのは豊川悦司で、これが意外と不敵でつかめない。このキャラクターと妻（天海祐希）のどこと無く何を考えているのかまたもやつかめない雰囲気とは裏腹に子供の事や住んでいる環境の事を真剣に考えている。
途端に、東京を脱却し沖縄の八丈島に移住を決定した家族は、本当に海と風と緑に囲まれた一軒家に引っ越してくる。子供の視点から描かれる東京という土地はスクリーンの雰囲気からしてどことなく陰気臭さを感じさせる。しかし、子供がほのかに育んでいた友情の足跡はずっと続いていったらよいなという布石を残す。
税金の催促やら、子供同士のいざこざから離れてのんびりと日々の暮らしを過ごそうと思ったら、またもや権利や決まりごとという盾をふりかざす組織が立ちはだかってしまうのは、やっぱり日本という国はどこへ行っても住み難い場所なのか・・・という思いと、それに向かう家族の団結は、このオヤジとその妻、血を受け継いだ子供達の表情を応援したくなるという思いが相反する。
さて、偶々この日本に生まれてしまった、このオヤジそして家族。彼らが立ち向かうのは決して悪徳業者でもなく正規の文書をしたためたお役人さんという微妙な立ち位置。
それを見事に表しているのは、ある１人の警官（松山ケンイチ）で権力の側なのだけれども、家族と次第に交流していく。オヤジが反論して組織に立ち向かうところでも何だか苦い表情を隠しきれない様子は、観ている者の気持ちを代弁しているかのよう。
決まりごとや条例に反するのは良くないけれども、やはり理不尽な事には徹底して立ち向かうオヤジの姿勢を見ていくうちに子供の中に何かが芽生える。そしてオヤジと母の間に流れる確固たる信頼の絆を見て取った子供達にもこれから生きていく自立心が綺麗に立ち上っていくのだ。
どこかラストは影模様が入ってくると思ったが、ここまできっぱりと自活の道筋を見せられると、潔い分それで良いのかな？と疑問がぬぐえないし、唐突な展開に面食らう部分もあった。
だけれども、両親の絆を見る限りは、そこに恐れや不安というものは無く。人に対して真摯に向き合うというメッセージをしっかりと受け取った子供の頼もしさも重なる。
監督 森田芳光
出演 豊川悦司
天海祐希
北川景子
田辺修斗
松本梨菜
松山ケンイチ
１０月１４日 シネマート新宿にて鑑賞
『サウスバウンド』
2007年10月14日
クローズド・ノート
誰かの書いた日記が置き去りにされていたら、もしかしたらその内容を読んでしまうかもしれない。自分の知らない誰か、今まで一度も会った事のない誰かが抱えた感情に乗った時に、読み手の心にふわりとした思いが立ち上る。
ハッと息を飲むような風景描写がこの監督は上手い。これから起こる出来事の序章かのような綺麗な夜陰のきらびやかさは香恵（沢尻エリカ）と友人（サエコ）のほのかな友情の確認から始まる。
そんな香恵は小学校の先生を目指す大学生で、１人暮らしを始める。引っ越してきた日には、なぜか香恵の家の窓を物寂しそうな顔で眺める青年がいた。
ふいに現れた訪問者は、彼女のバイト先の万年筆屋に訪れる。石飛リュウ（伊勢谷友介）という名前を知った香恵は知らず知らずのうちに彼に惹かれはじめる。
残されたノートを紐解いていく香恵は、日記の書き手の過去に触れる事になる。そこに書かれたのは小学校の新任教師・伊吹先生（竹内結子）が教師として日々奮闘しながらも、誰かに思いを寄せる過程が軽やかに描かれている微笑ましいながらも心のこもった日記であった。
伊吹先生が思いを寄せる隆という男性に香恵は、好きなVシネマのスター夏目涼（黄川田将也）を重ね合わせていく。夏目のイメージはどこか浮世離れしていてスクリーンに乗せる感が強く、伊吹先生と並ぶと違和感を感じる。
そこだけおとぎ話のように仕立て上げたかったかのような香恵の心持を顕しているのか、そのキャラクターは得てして香恵の心象風景と重なって面白い。実際には触れる事のない人物であるがゆえに。
香恵が見せる表情は、日記の書き手である伊吹先生への憧憬と重なり、また彼女のようになりたいという強い現われが次第に夏目への憧れに融合していく。
確かに行定勲のディテールは綺麗すぎる。もっと男女の間にたゆたう感情のゆれを表記するのに、絵に頼りすぎている気がする。
それだけ絵にこだわるのなら、筋立ての部分に神経を使ってからこそ作り上げられるべきなのではないかなと観ている間はついぞ思ってしまった。
沢尻エリカは清涼感がありながらも、未熟さを残す女子大生を好演している。新しい生活に戸惑いながらも、過去に書かれた日記を読む事で未来への眺望を兼ね備えていく思いとリュウというイラストレーターへのほのかな思いを重ねていく役柄を強く演じている。
しかし、この作品で素晴らしい印象を残すのは竹内結子。『サイドカーに犬』でも子供から観た憧れのお姉さんを見事に演じていたが。こちらもしかり、小学校の生徒達に向けるまなざし。そして香恵が自分を重ねたくなるような魅力ある女性をそのまぶしい笑顔で牽引してしまう。
ある女性の恋を知り、自分もまた恋をしてしまう。日記に託された思いをなぞるかのように・・・香恵の憧れはやがてこれからへと向き合っていくのだろうか。
伊吹先生という女性像から立ち上るその思いは確かに美しい。だが、この残された日記が何故、香恵の新しき住まいに残されたままなのか？という肝心の謎に疑問が残り、そして物語が進む上で伊吹先生がラストに生徒に対して発する一言が、脚本の書き間違いではないかと思ってしまう粗を残してしまっている。
リュウが描いた絵のまぶしさがあまりにも見事な分。それに付随するストーリーに
乗れなかった。
監督 行定勲
出演 沢尻エリカ
伊勢谷友介
竹内結子
板谷由夏
田中哲司
サエコ
黄川田将也
永作博美
石橋蓮司
篠井英介
中村嘉葎雄
１０月１４日 新宿コマ東宝にて鑑賞
『クローズド・ノート』
2007年10月13日
キングダム 見えざる敵
オープニングが語る一連のシーンは今まで日常とは切り離された場所で起こりうる衝撃だと誰しもが思っていたのかもしれない。２００１年９月の同時多発テロに向かう流れは瞬時にしてこれから語られる出来事の温床を予見させる。
壮絶なまでに観る者の目を覆いたくなる乾いた空気がサウジアラビアの外国人居住区を襲う。警察に扮したテロリストが銃弾を装填し、居住区に住む外国人を老若男女関係なく淡々と殺す構図の裏側にはどんな憎しみや対立から生み出された復讐の思いがあったのかは想像したくもない。
しかし、この作品は閑散とした一見して平和なシーンに襲い来る人間が人間を殺すという目まぐるしい悲劇を描き、心をどこか別の世界へと逃避させたくなる。
誰しもが足を踏み入れたくない惨状に舞い込んだFBI捜査官達もその命をテロで失う。突然粉塵を上げる大爆発の傷跡をアメリカは調査すべく、FBI捜査官は命を失った元同僚の最後の一声を拾うべく向かうのだがそこにはばかる壁は思いのほか高かった。
フルーリー（ジェイミー・フォックス）を中心としたメイズ（ジェニファー・ガーナー）、サイクス（クリス・クーパー）、レビット（ジェイソン・ベイトマン）と法医学、爆発物、情報分析とそれぞれの分野に明るいFBIスペシャリスト達は捜査期間５日間、サウジ警察が常に同行するという自由に捜査出来ない状況の中で糸口を見つけようとしていく。
爆発の痕跡に手を触れる事も許されない、そして誰よりも厚く過保護に扱われ無傷でアメリカに帰すという思索がサウジアラビア側の陣営に見え隠れしていく。
その行き所のない束縛感が次第にスクリーンを占めていくが、その突破口は思わぬ形で訪れる。フルーリー達が暴力の連鎖を食い止める為に、自分達も捜査に参加させて欲しいとサウジアラビアの宮殿に招かれた際に吐露した心情は思わぬ形で帰結を迎えるのだが・・・
テロの黒幕がアルカイダメンバーのアブ・ハムザの仕業だと目論んだチームは、サウジアラビア警察のアル・ガージー（アシュラフ・バルフム）の指揮の下に結成していく、やがて陰謀の巣に急襲をかけていくが、場面は反転し怒涛のカーチェイス、緊張感がマックスまで高まる救出劇へと流れていく。
メインプロットに重なる形で、ここでは国を超えた父の姿を描いている。
フルーリーと現地で会うアル・ガージー捜査官との静かな友情。国を超えた職務への姿勢を称える空気は静かに流れる。同じ父であり、子を愛するかけがえのない思いを抱えて生きている彼らもまた同胞である。
しかしその信念の裏側に隠されたフルーリーの感情は皮肉にもラストで観客を唖然とさせる事になる。暴力の連鎖を止めるという行為は暴力で持ってしか制止できないという中東の危険極まりない惨状もあるのだが、その真理を知りつつも抗えないアメリカ国民という姿が見え隠れしていく。
結局、ラインは引かれたままなのであろうかと思い、思わずそのラインを超えようとした男が一番そこを超えられないと知っているかのように。
フルーリーは非常にストイックで人間の感情に重きを置くが、実は得てしてそこにある自分の信念にゆらぎを感じ続けて生きている感がぬぐえない。
ラストのセリフの交錯もまた、国は違えども底の無い憎しみは生まれ続け、その感情を元から知っているゆえにフルーリーという捜査官の思いはまた確かなものとは言いがたい。その危うさが物語りに秀逸な緊張感を施している。
アメリカという反テロリズム国家が正義と信じて止まない介入劇とそれを静かに見守るサウジアラビアの宮殿、そしていつまでも自爆テロが聖戦と信じて止まないテロリスト達の出口なきトライアングルであり、その螺旋を利用していつまでも莫大な富に目を引き付けられる国家という姿が見えてくる。
まるでこれからもそこが笑い続けているかのような皮肉を覚えてならないゆえに、無残な傷跡が癒える日は決してこないかのようなラストは中東とアメリカの現状を一言で顕している。
監督 ピーター・バーグ
製作 マイケル・マン
出演 ジェイミー・フォックス
クリス・クーパー
ジェニファー・ガーナー
ジェイソン・ベイトマン
アシュラフ・バルフム
１０月１３日 新宿オデオン座にて鑑賞
『キングダム 見えざる敵』 （原題 THE KINGDOM）
2007年10月09日
パーフェクト・ストレンジャー
ラスト７分１１秒あなたは絶対騙される・・・と言っても、オチを観たら、ふーんとしか思わなかったのは騙されたって事なのかな。
ドンデン返しって心地よく騙された時は本当に素敵な余波のようなものが心に広がるのだけれども、この作品にはいかんせんそれが無く少し残念。
冒頭はロウィーナ（ハル・ベリー）がとある議員のゴシップを突き詰めるシーンから始まる。しかし、そのネタは圧力に負け握りつぶされてしまう。
しっぺ返しに憤慨したロウィーナは思わず会社を辞めてしまう。ある夜に幼馴染のグレースに会った際に広告業界のハリソン・ヒル（ブルース・ウィリス）のスキャンダルを彼女からほのめかされた後に、グレースは何者かによって殺された事実が明るみに出る。
スキャンダルをもみ消そうとするハリソンの意図がその事件に隠されていると思ったロウィーナは元同僚のマイルズ（ジョヴァンニ・リビシ）の力を得て調査に乗りだそうとするが・・・
一見して誰が犯人か？もしくはこの作品の登場人物の相互関係性はどのように動いていくのかという牽引力を持って突き進んでいく。
どことなく出てくる登場人物の少し近寄り難い人間の性質を重点に置きながらも、こいつはアヤシイというミスリードタッチがしつこいくらいに出てくるのは、作品として当然の事かも。
小道具として頻繁に出てくるのはチャット。ロウィーナはハリソンを探る為に偽名で広告会社にもぐりこみ、ハリソンとチャットを繰り返していく。正体をばらさずにハリソンの女性関係に探りを入れていく過程は思わず失笑もの。
ロウィーナとハリソンの間にやり取りされるメッセージのタッチは、エロチャットかよ。と思うほどにハリソンのキワモノぶりが露見されていくあたりがおかしい。
そこにしつこく入り込んでくるマイルズの一見して異常に映るロウィーナへの愛情も痛々しく。ジョバンニ・リビシが変態ちっくな男を演じているのが興味深い。
ロウィーナのファッションを追いかけていく楽しみあり、ブルース・ウィリスのプレイボーイぶりと『ダイ・ハード』シリーズとのギャップを堪能するといった面白みは残されている。
次第に明かされていく彼らの素性。そしてこの作品において誰が本来の姿を見せずに行動しているのか？というキーポイントを元にラストで明かされる事実。
この作品では誰かが誰かの素性を知っていて、それをネタにゆするという映画のネタは冒頭で似たように示されている。
さて、誰が一体完璧な別人なのか？という事も重要なのだけど、それよりもあまりにラストをあおるのもどうかな？と思ってしまうし、脚本の詰めが多少甘い上に、登場人物が見えてこないというミスリードの上手さが生かしきれていない気がする。
監督 ジェームズ・フォーリー
出演 ハル・ベリー
ブルース・ウィリス
ジョヴァンニ・リビシ
ゲーリー・ドゥーダン
１０月８日 新宿ミラノ座にて鑑賞
『パーフェクト・ストレンジャー』 （原題 PERFECT STRANGER）
2007年10月08日
ローグ アサシン
謎の殺し屋。というだけで正体は分からず。きっかけはローグが使用する弾の薬莢のみという何ともいえないチープっぽさが良かったりして。
舞台はサンフランシスコ。FBI捜査官のジョン（ジェイソン・ステイサム）とトムは、その伝説の殺し屋ローグを追っかけて湾岸で銃撃戦を繰り広げる。トムの銃弾により、致命傷を負い海に消えたかに思えたローグだが・・・
しばらくしてトムが家族もろともローグと思われる男に殺されてしまう。その悲しみを負ったジョンの月日は３年経ち、ヤクザの抗争の現場からローグの使用する薬莢を再び発見し、またもや伝説の殺し屋を追うべく縦横無尽に駆け巡るのだ。
すれ違いではない。この物語の底辺にあるのは、ローグという男がどのような人物か！？という一点にある。
観客の興味は、スクリーンに冷たい表情で現れ、その立ち居振る舞いや銃撃のラインの隙の無さ、ふと現れては攻撃を仕掛けるローグという男の背景を何とか知ろうとする。
それはジョンの気持ちにも繋がりつつも、ヤクザ同士の抗争で影のように対峙する二つの勢力を行き来するローグの行動心理が読めないというもどかしさと、ジョンという捜査官を中心として動いていくヤクザ同士の抗争の駆け引きに翻弄されていく。
物語は物凄い真剣なのだけれども、デヴォン青木の「サラダが食べたい」発言や、ケイン・コスギへの石橋凌のひどい迎撃などツッコミ所も満載。とにかくヤクザが恐ろしいという事を一つのシーンで紡ぎだす演出には微妙な間が流れこれもまた楽しめる。
銃と刀の接近戦、肉弾戦が矢継ぎ早に繋がれて行き、ジョンとローグ（ジェット・リー）の距離は次第に近付いて行く。何故ローグは表舞台に再び姿を現したのか。そしてそんなローグの正体が分かった時には、ジョンに対して新たな気持ちが生み出される。
いかにもな捜査官を演じたのはこういう役立ったらハマリ役のジェイソン・ステイサム。『アドレナリン』の強烈さや『トランスポーター』シリーズのストイックさとは違いこちらの役はどこと無く人間らしい役である。
冷徹な謎の殺し屋は、ジェット・リー。石橋凌ともケイン・コスギとも戦うけれども、デヴォン青木の出番が無いとは思ってみなかったので少し肩透かしかも。不気味というか近寄りたくない雰囲気は満載。彼が取ったある行動によりローグの正体が垣間見えてくるあたりは秀逸。
謎の殺し屋とは何者か？そして何故この復讐劇が連鎖していくのか？という疑問の答えに関してオチはやや弱いが、ラストに至る過程でジョンとローグの間に走る空気の切なさを思うと、何て人間は弱く、はかない思いの存在なのだろうと思わず切なくなる。
結局、人間の思い通りに行かない事も、上手く行く事も一見して上辺だけで真相はその裏返しであるとつくづく思ってしまう男と男の競争劇に見事に騙された事は確かである。
監督 フィリップ・Ｇ・アトウェル
出演 ジェット・リー
ジェイソン・ステイサム
ジョン・ローン
デヴォン青木
ルイス・ガスマン
石橋凌
１０月７日 新宿東亜にて鑑賞
『ローグ アサシン』 （原題 WAR）
2007年10月07日
リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ！？
この何だか不気味な違和感がありつつも、不思議と和んでしまうデフォルメのアニメーションに観ている間に次第に虜に。
あの有名な赤ずきんちゃんをミステリー＆アクションタッチで描く「犯人は誰だ！？」方式のアニメーション。
もちろんおばあさんを襲ったのは誰か？ではなくて森のレシピを盗む犯人が誰なのか？という何ともチャーミングな泥棒かと思いきや・・・という味もあり。
山の上に住むパケットおばあさんの家にお菓子を届けに行った際に、何とも様子のおかしいおばあさんの様子にレッドが勘繰り、思わずその正体はオオカミと一瞬で見抜く感じ。その上、おばあさんはクローゼットからグルグル巻きになって登場。その場になだれ込んでくるキコリの男・・・
その一連の大騒動に緊急出動した警察を尻目に事件解決に乗り出すニッキーというカエルの探偵さんがそれぞれ４人から話を聞きだすうちに面白おかしいベールが剥がれて行く。
話はレッド⇒オオカミ⇒キコリ⇒パケットおばあさんの順で進んでいき、それぞれの話はどこかで繋がっており、整合性を保っていく。
レッドの独特の雰囲気から、オオカミの意外な正体。キコリはキコリに扮しただけだったりして、その場に居合わせた過程は思わずバカ丸出し。パケットおばあさんの刺激ライフも物語に紙一重の緊張感を与えてくれる。
角度の違った話を聞くのは面白おかしい。視点が違う事で、同じシーンの裏側が見えてきて物語が繋がる快感は素敵なものだと思う。
レシピ泥棒が誰なのか？という事は何となく観ているうちに気付いてしまうけれども、まぁそれも良しとして犯人の正体のギャップに驚き、何と憎たらしい・・・と思わせてしまう。
日本語吹き替え版で観たのですが、特に面白かったのはレッド役の上野樹里とオオカミ役の加藤浩次の掛け合い劇。一見して加藤浩次の方が強弱で言えば強いトーンかと思いきや、上野樹里の張りのある声がそれに応戦。加藤さんの声が少し落とされていくあたりも可愛らしい。
そしてレシピ泥棒の正体が発覚し、物語はクライマックスへとなだれ込んでいく。警察もあたふたして、今まで横並びしていた容疑者達もほのかに一致団結。ややチープだけれども、赤ずきんが空手の名人というプロット。やはりおばあさんの思いが流れており、それはずきんの色にもほのかな温かみを差しています。
監督 コリー・エドワーズ
声の出演 アン・ハサウェイ
グレン・クローズ
ジェームズ・ベルーシー
アンソニー・アンダーソン
１０月７日 吉祥寺バウスシアターにて鑑賞
『リトル・レッド レシピ泥棒は誰だ！？』 （原題 HOODWINKED）
2007年10月06日
パンズ・ラビリンス
最近観たファンタジー映画の中では最高傑作。ダークトーンが奏でる少女のラビリンスはぐるぐると私を虜にし、そしてラストにすっかり心を持ってかれた。
内戦が終結したスペインで、少女オフェリア（イバナ・バケロ）はまだ見ぬ土地へと誘われる。奇怪な羽虫は彼女の心を掴むが、母と共に入っていく山奥には彼女にとって耐え難い環境を眼前におよぼしていく。
母を愛するものの母と再婚したヒダル大尉（セルジ・ロペス）のストイックな冷酷さと近寄りがたい雰囲気はオフェリアの手の合間に語られ、それを観客は瞬時に感じ取る。フランス軍とゲリラ軍の静かな拮抗がそれに拍車をかけ、恐ろしいほどの緊張感を垣間見せていく。
そんな中オフェリアは妖精のナビゲーターにより、ラビリンスへと突き進む。そこに住むパン（牧神）は、かつて地上に出てその命を亡くした王女の帰還を待っており、王女の再来をオフェリアだと示す。
しかし、オフェリアには魔法の王国に戻る為に三つ試練が課せられる。はたしてオフェリアは王女として再びラビリンスを歩む事になるのであろうか。
話だけをなぞらえると単純なストーリー展開を見せるファンタジーの様相が強い。現実世界の悲惨さもまた惨いが、オフェリアが立ち向かう試練もまた酷だろう。
ただし、現実の世界で繰り広げられる冷酷な真実を繰り返していく様を静かに見つめるオフェリアにとって唯一の希望はこのラビリンスにあるのかもしれないと思わせていく少女心もはかない。
ラビリンスに迷い込んでからは一見して道筋を示す本やテーブルに溢れた絢爛豪華な食事により目を奪われつつも・・・
凶悪なデフォルメの巨大カエル、手に目のある奇怪な怪物ベイルマンの強烈な恐ろしさ、そしてオフェリアに最終的に突き付けられる選択の瞬間が積み重なる度に、それにフラッシュバックするかのように重なる内戦の傷が残す現実世界の冷酷さが雫のようにしたたる。
そこに一貫して描かれているのはは試練を乗り越えて初めて見る世界＝ラビリンスは女性が確固たる女性として美しさも強さも兼ね備えていくという希望を反転させているよう。
一方で、そこはかとない慈愛がこの物語を奏でていく。母親を思う娘オフェリアの気持ちが引き継がれていくラストのように、したたかながらも本来の強さを試練を乗り越えて初めて見せるイバナ・バケロの表情のように、そしてそれは何よりも母親から生まれた子供への思いはオフェリアの静かな女性の持つ深い海のような心へと顕れていく。
ヒダル大尉を演じたセルジ・ロペスの強烈なヒールっぷりはおぞましい。彼の心身の行動は男性のフェチズムを全面に押し出し不気味な雰囲気をこれでもかと表して行く。そして何よりも妻の身篭った子供を男の子と信じ、両方とも助けるという意志の感じ取れない、妻よりも子供の命と血に比重をかけるのが信じ難いがこれもまたこの時代の男の象徴と言わぬばかり。
ラビリンスに入る事により、現実世界から逃避していくかのように思われるオフェリアは最終的にこの現実世界と闘う事になる。
何よりも母と生まれ出ずる子を愛し、隣人の思いを汲み取る少女の下した決断がどこでこの男と対峙していくかという流れはやがて迷宮から脱する手立てともなると信じて・・・
さて、ラビリンスに入り込んだ少女の思いは現実世界で彼女が何よりも大切にしていた母の血というものの濃さを象徴する出来事に重ねられていく。それが何よりも強いと信じ、オフェリアは母性のはじまりを静かに称えていく。そんな少女の周りにはきらめくラビリンスの目的地がほのかに灯っている。
監督 ギレルモ・デル・トロ
出演 イバナ・バケロ
セルジ・ロペス
マリベル・ベルドゥ
ダグ・ジョーンズ
アリアドナ・ヒル
１０月６日 恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞
『パンズ・ラビリンス』 （原題 PAN'S LABYRINTH）
2007年10月03日
幸せのレシピ
アーロン・エッカートってこういう役が似合う似合う。ちょっとおかしそうだけど、世界の喜びを享受したかのような立ち振る舞い。厨房が色めき立つオペラにのせて映像の流れがゆったりとなるのも役得かな。
それについつい反発してしまうのは、完全主義者のケイト（キャサリン・ゼタ=ジョーンズ）なんだけど、彼女も実は・・・という展開が少しずつ動き出していく。
料理長という立場は大変そうだ。朝早くから市場に行き新鮮な食材をくまなくチェックし、厨房に入ったら正に戦場。完全な料理をお客に出すまで一瞬たりとも気を抜かずに仕切り、そして自分の作り出した味を外へと拡げていく。
確かにやりがいのある仕事であろう。ケイト（キャサリン・ゼタ=ジョーンズ）は厨房にいる時は生き生きして見える。しかし、あまりにも完璧なものを求めて一直線に進む為か自分のフィールドしか見ていないような気もする。
料理に難癖を付けた客は当然の事ながら追い出す。自分の作った料理に対して不満があるのなら、他の店に行けば!?とでも言わぬばかりに・・・けしかける。これは何だかキャサリン姉御のキャラクターとかぶって思わずハマリ役だな〜と感嘆。
しかしながら、こんな忙しい料理長に唐突な知らせが舞い降り、９歳の姪ゾーイ（アビゲイル・ブレスリン）と暮らす事になる。
厨房という自分の枠から抜け出せないケイトはついつい家でも豪華な料理を仕立て上げるが、それをゾーイは受け付けられない。ゾーイにとって一番美味しい味と家庭の雰囲気をたしなめるには何が良いのか模索しつつも、ケイトは自分のやり方でしか突き進めない。
そこに施されるのは突然厨房に副料理長として舞い降りたニック・パーマー（アーロン・エッカート）の存在。最初はニックの自由気ままな雰囲気についつい反発してしまうケイトだが、彼の懐の中にある光を観た時その態度は軟化していく。
パステルカラータッチのポスターもまた心地よいが、思わずクスリと微笑んでしまう空気は、ニックとゾーイの間に現れる。それを観た瞬間に観客は思わず嬉しくなってしまうだろう。そしてその気持ちはケイトの心持ちの方向にゆったりとした空気を流れさせる。
確かに全ては厨房にありきという人生観も逞しく、充実しているのかもしれない。それにどっぷりと浸かっているかのように見えたケイトも心のどこかでは、何かしらの空虚感を感じているようでセラピーに通っている描写もまたそれに対比して、物語の帰結を暗に示しているかのようだ。
料理とは食べる相手の事を思いやるというスパイスがあってこそ一段と美味しくなるのでは！？とも思いたいが、何よりも食べてくれる相手に捧げる純粋な一枚は高級食材を使おうが、塩茹でのパスタの極め細やかな喉越しであろうが変わりは無いのだ
という事を静かに感じさせてくれる。
『リトル・ミス・サンシャイン』でも珠玉の存在感を示したアビゲイル・ブレスリンの表情の演技に注目しつつも、キャサリンとアーロンの駆け引き描写は楽しい。反発しながらも惹かれてしまう仲というのは良くあるもので、これもまた同じ皿の上でケンカしているうちに、調味料を加えていったら一つの味に美味しくまとまりそうな味わいが感じられる。
さて、この作品。ドイツ映画の『マーサの幸せレシピ』のリメイクとの事。そちらは観ていないが、気になっていた作品。今度時間のある時に違う味わいとして楽しみに取っておこうと思う。
監督 スコット・ヒックス
出演 キャサリン・ゼタ＝ジョーンズ
アーロン・エッカート
アビゲイル・ブレスリン
ボブ・バラバン
パトリシア・クラークソン
１０月２日 新宿ミラノにて鑑賞
『幸せのレシピ』 （原題 No Reservations）
