はあっ!はあっ!はあっ!
息が苦しい、心臓が弾けそうだ。
全力で走り続けたが気配は遠ざからない。
死はそこまで迫っている、早く此処から逃げなくては――
「よう、割と遠くまで走ったな、お前」
しかしそんな俺の抵抗を嘲笑うかのように、「ソレ」は目の前に現れた。
「っ!……あんたっ……何者だ、追われる様な覚えは無いぞっ……」
頭の中はまだ混乱している、走り続けたせいで酸素が足りず思考ができない。
わかることは「ソレ」が人でないこと、そして自分は見てはいけないものを見てしまったということだけ。
「ああ、まあ坊主に恨みは無えんだが……」
血の色のような赤い槍が現れる、「ソレ」は面倒くさそうに頭をかくと
「見られたからには、死んでもらわなきゃな」
そう言って赤い槍を俺の胸へ突き出した。
「あっ……」
ごぽ、と口から血をこぼす。
避ける、なんてできなかった。冗談のような速さで繰り出されたそれは、吸い込まれるように真っ直ぐに俺の胸へと突き刺さり心臓を串刺しにした。
「かっ……はっ……」
「ったく……気分悪ィ。見られたとはいえ戦う力も無いやつをただ殺すなんざ……」
ズッ……っと俺の胸から槍を抜きながら男はそんなことを言っている。
「恨むなよ、坊主。チッ……これも<英雄>の務めって奴なのかね」
槍が抜かれた傷口から血があふれ出す、早鐘を打っていた心臓は嘘の様に静まり返っている。こんなところで死ぬわけにはいかない、俺は正義の味方にならなくちゃいけないのに、約束を守れないまま死ぬわけには――
倒れ付した廊下からバタバタと足音が聞こえる、白くなりそうな意識を必死に繋ぎ止める
「見つけた!アーチャー!」
誰かの声が聞こえる、
「チッ!奴等が着やがったか。ここは大人しく撤退するか」
槍の男はそう言って姿を消した、代わりに影が二つ視界の端に現れた
「くっ……間に合わなかったか……」
「どうする、凛。奴を追うか?」
「いいえ、いいわ。アーチャーじゃあいつには追いつけないだろうから」
視界がぼやけてよく顔が見えない、耳に入る言葉も理解が追いつかない。
「迂闊だった、まさかこんな時間まで生徒が残ってるなんて……」
影が俺の顔を覗き込む。
「嘘――なんでアンタが……」
「凛、そいつをどうする。見たところ致命傷だ、助けるのは難しい」
「っ!仕方ない、虎の子の宝石を使うわ。私の不注意でもあったし」
影が俺に手を伸ばす。
「――――――――」
氷のように冷たい体に、暖かさを感じて、俺の意識はそこで消えた。
■■■■
ばっ!と音がなるような速さで飛び起き、衛宮士郎はその日2度目の目覚めを迎えた。
「痛っ!……」
胸の痛みが先ほどの光景が夢ではないことを告げる。
「ったく、何の冗談だ……」
そう、先ほどの光景が本当だとするなら、なぜ自分は生きているのか。よくわからないものの戦いを見たこと、心臓を突き刺されたこと、それでもなお自分が生きていること、すべてが冗談じみている。
「とりあえずは、家に帰らないと……」
痛みを訴える体を引きずり家を目指す、どんな冗談かは知らないが生きているのならそれは儲け物だ、一度家に帰って体を休めよう――
■■■■
倒れそうになりながらも自宅に着く、服は血まみれだったが帰る途中に人に会わなかったのは幸運だろう、通報なんてされてはたまらない。
「つっ!ふう――」
家の居間に入り腰を下ろす、上着を脱いで胸を見てみると傷は綺麗に塞がっていた。
痛みはあるがこれなら放って置いても死ぬことは無いだろう。服を着替えて再度腰を下ろし、先ほどの出来事について考える。
「あれは、何だったんだ」
慎二に頼まれた雑用を終えて帰ろうとしていたところ、校庭のほうから何か音が聞こえたので覗きに行ってみるとあの槍の男と何か大きなグローブのようなものをつけた男が闘っていた、喧嘩などではなく、殺し合い。
「その後、あの槍の男に気づかれて……」
追いかけられ、<殺された>
「痛っ!……あれは、人間じゃなかった」
先ほどの戦闘を思い出す、動きなんてほとんどわからなかったがこれだけは判る。あれは人間ではなく、もっと別の化け物じみたものだ。
「その殺し合いに運悪く巻き込まれたってことか、クソっ」
父親に魔術を習ってから、″そういう世界″はあるのだと知ってはいたが、アレは自分の理解の及ぶようなものではなかった。衛宮士郎の世界にはなかった、とんでもない規格外。分からないことだらけだ、あの男の事、殺されたこと、おそらく自分を助けてくれたであろうあの影、頭痛がする、頭の中がごちゃごちゃしている。
「もしかして最近の妙な噂は、あいつらが関係しているのか?……」
昼休み、友人の一成と昼食を取りながら話していたときに出た話だ。曰く、今この町には2つの化け物が潜んでいる。
一つは赤い目と鋭い牙を持つ吸血鬼。赤い目に狙われたものは血を吸い尽くされ殺される。
もう一つは黒い影。民家ほどの大きさもあるその黒い影に襲われたものは跡形もなく飲み込まれてしまう。というもの。
かような噂話に心惑わされるとはうちの生徒も修練が足らん。とは我等が生徒会長柳洞一成の談
どちらも最近の昏睡事件や失踪事件から膨らんだ根も葉もない噂だと思っていたが、あんなことがあった後ではありえない話ではないと思えてしまう。
「だとしたら、どうにかしないと……」
そうだ、本当にそんなことが起きているのなら、衛宮士郎は見過ごすわけには行かない。父の理想を継ぐと決めた日から、正義の味方になるためにやってきたのだから。
「でも、とりあえずは……」
今日はもう眠ってしまおう、胸の傷も痛むし、いろいろなことがありすぎて疲れている。今日はゆっくり休んでまた明日からできることをやっていこう。
そうして意識を落とそうとした瞬間
カランカラン、と家の結界が侵入者の来訪を継げた。
「っ!まさか……」
そうだ、何を安心していたのか、あの男は言っていた「見られたからには殺す」と。なら俺が生きている限り殺しに来る、アレがそんな中途半端を許すはずがない。
「クソッ!何か武器になるものは……」
あんな化け物に丸腰で相手するなんて自殺以外の何者でもない。土蔵までいけばなにかあるかもしれないが、そんな時間はないだろう。
「くっそ、藤ねえの置いてったポスターくらいしかない……」
ソレは昼間姉代わりの人がいらないから士郎にあげるーと、置いていった《物だ。
「仕方ない、これで」
背に腹は代えられない、手にしたポスターに魔力を通す。
「同調、開始《」
いつもなら失敗して霧散する魔術《は、驚くほど上手くいった。ポスターが鋼鉄のような硬さを手に入れる。
「よし、とりあえずはこれで……」
そう言った瞬間、上空から堕ちてくる寒気を感じ、無我夢中で身を前方へ投げ出した。
「っ!っはあ!」
その判断は正しかった、先ほどまで俺がいたところにはあの深紅の槍が突き刺さっている。
「チッ、楽に殺してやろうと思ったんだが」
男は槍を抜きながら軽口を言う。
「それにしても、一日に同じやつを2度殺す羽目になるとはな」
面倒くさそうに男は言うと
「そろそろ楽になれ」
その槍を俺の胸へ突き出した。
「こっの……!なめんな!」
「ぬっ……!」
それを、手にしたポスターを一直線になぎ払い、はじく。心臓を狙ってくるのは分かっていた、がむしゃらにそこだけを守るよう振るった腕は、上手く槍をそらした。
「っぐ!……」
槍とぶつかったポスターから反動が伝わる、危ない、もう少しで指の骨が折れていたかもしれない。だが、そんなことを気にしている暇はない、はじかれるとは思っていなかったのか男は面食らっている。
その一瞬の隙をみて、ガラスを突き破って庭へと飛び出した。
「っふ!、はああ!」
「ぬっ!」
すかさず後ろへポスターを振るう、追撃を仕掛けようとしていた男の槍をまたも防ぐ、完全に賭けだったが上手くいったようだ。態勢を立て直し男と向き合う。
「なるほど、微弱だが魔力を感じる、貴様、魔術師か」
俺を見据え、楽しそうに言う。
「ポスターを強化して防ぐか……面白いじゃねえか」
だが、それも後数回だ。すでに手に持つポスターはひしゃげ、折れ曲がっている。もともと防げたことが奇跡だったのだ、折れ曲がったこの武器ではたとえ防げたとしても数回で壊れるだろう。
「少し、遊んでやるか。そら、きっちり防げよ!」
「くっ!」
槍が真横に振るわれる胴を薙ぎに着た槍をポスターを盾にして何とか防ぐ。
「痛っ……」
相手が本気で殺しに来ていないことが幸いした、点でなく線の攻撃ならなんとか防げる。このまま土蔵まで逃げれば何か新しい武器を――
「ほら、休んでる暇はねえぞ!」
「っぐ!うっ!」
息つく暇すら与えてもらえない、再度振るわれた槍を防ごうとポスターをあわせる、だが。
「あっ……」
ガギン、と鈍い音を立ててポスターが二つに折れた。
「仕舞いか、あっけなかったな」
そう、これで終わり。唯一つの武器を失って対抗の手段を失った。興味を失った風の男は今度こそ俺を殺そうと槍を繰り出し――
「くっ!こんのおおおおおおお!」
槍が俺に突き刺さる前に、折れたポスターを男に向かって投げつけた。
「むっ!」
不意を付かれた男は槍をすばやく反転させ俺の投げたポスターを防いだ、それでいい、もとからあたるとは思っていない、土蔵までは数メートル、この隙に――
「ふん――飛べ」
「えっ……」
体を反転させようとした俺の前に信じられないスピードで近づいてきた男は、そのまま俺を蹴り飛ばした。《
「がっ!っは……」
数メートル吹っ飛び、土蔵の扉にぶつかりそのまま中に転がり込む。信じられない、蹴っ飛ばされて何メートルも吹っ飛ぶなんてまともじゃない。
「随分粘ったが、これでお仕舞いだ。もしかするとお前が7人目だったのかもな……まあ、もう関係ないことだが」
男が槍を構える。
「じゃあな、今度は迷うなよ」
その槍が繰り出される、今度こそ終わった。手には何もない、防げるはずがない、今度こそ確実に、ここで簡単に、無意味に死んでいく
それが、ひどくあの地獄《を思い起こさせた。
「ふざけるな!こんな所で俺は――」
死ぬわけにはいかない、あの地獄で、一人救われた。生き残った以上は何かを残さなければいけない、そうだ、爺さんの理想を、俺の憧れたあの理想を形にするまで、死ぬなんて許されない。死は目の前まで迫っている、動かない体で迫り来る死を睨み付け――
瞬間、土蔵の内に光があふれた
「なっ――」
呟く声はどちらから漏れたものだろうか、土蔵の中には視認できるほどの魔力が渦巻き、俺を殺すはずだった槍を防いでいた。
「まさか、本当に7人目だと!?」
男は驚愕し土蔵から飛びのき距離を取る、俺の周りで渦巻いていた魔力は収束し、中から2つの影が現れる。
一人の少女と、一匹の獣。ひどく不釣合いな姿が、目の前に現れた。
「ルシエド、表の敵を見張ってて、直ぐに行く」
鈴のような声が響き、答えるように獣は飛び出す。
「さて……と」
少女がこちらに向き直る。年は自分と同じくらいだろうか、深い青の髪が月明かりを浴びて輝く。手には銀色の剣。ゲームや漫画でよく見るような形ではなく、剃刀のような刃。
剣を携え、月明かりに映る姿は、昔、どこかの絵画でみた聖母の様だ。いまだ尻餅をついている俺の目の前でコホン、なんて咳払いをして
「こんばんは、いい夜ね」
その聖母様は、花のような笑顔を浮かべ、そんな夜の街で偶然友人に会ったような、場違いな挨拶を俺にした。
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あとがき
こんな駄文を最後まで読むなんて大したやつだ・・・
やはり(我慢の)天才・・・
最近WA2を引っ張り出してクリアしたのでやってみました
間違えて読んでしまった方は運が悪かったとあきらめてください
マリアベル様のスリープまじぱねえっす