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[17195] Fate/WILD(Fate×WILD ARMS 2) ネタ
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/03 23:33
はあっ!はあっ!はあっ!

 息が苦しい、心臓が弾けそうだ。
 全力で走り続けたが気配は遠ざからない。
 死はそこまで迫っている、早く此処から逃げなくては――

「よう、割と遠くまで走ったな、お前」

 しかしそんな俺の抵抗を嘲笑うかのように、「ソレ」は目の前に現れた。

「っ!……あんたっ……何者だ、追われる様な覚えは無いぞっ……」

 頭の中はまだ混乱している、走り続けたせいで酸素が足りず思考ができない。
 わかることは「ソレ」が人でないこと、そして自分は見てはいけないものを見てしまったということだけ。

「ああ、まあ坊主に恨みは無えんだが……」

 血の色のような赤い槍が現れる、「ソレ」は面倒くさそうに頭をかくと

「見られたからには、死んでもらわなきゃな」

 そう言って赤い槍を俺の胸へ突き出した。

「あっ……」

 ごぽ、と口から血をこぼす。
 避ける、なんてできなかった。冗談のような速さで繰り出されたそれは、吸い込まれるように真っ直ぐに俺の胸へと突き刺さり心臓を串刺しにした。

「かっ……はっ……」

「ったく……気分悪ィ。見られたとはいえ戦う力も無いやつをただ殺すなんざ……」

 ズッ……っと俺の胸から槍を抜きながら男はそんなことを言っている。

「恨むなよ、坊主。チッ……これも<英雄>の務めって奴なのかね」

 槍が抜かれた傷口から血があふれ出す、早鐘を打っていた心臓は嘘の様に静まり返っている。こんなところで死ぬわけにはいかない、俺は正義の味方にならなくちゃいけないのに、約束を守れないまま死ぬわけには――

 倒れ付した廊下からバタバタと足音が聞こえる、白くなりそうな意識を必死に繋ぎ止める

「見つけた!アーチャー!」
 
 誰かの声が聞こえる、

「チッ!奴等が着やがったか。ここは大人しく撤退するか」

 槍の男はそう言って姿を消した、代わりに影が二つ視界の端に現れた

「くっ……間に合わなかったか……」

「どうする、凛。奴を追うか?」

「いいえ、いいわ。アーチャーじゃあいつには追いつけないだろうから」

 視界がぼやけてよく顔が見えない、耳に入る言葉も理解が追いつかない。

「迂闊だった、まさかこんな時間まで生徒が残ってるなんて……」

 影が俺の顔を覗き込む。

「嘘――なんでアンタが……」

「凛、そいつをどうする。見たところ致命傷だ、助けるのは難しい」

「っ!仕方ない、虎の子の宝石を使うわ。私の不注意でもあったし」

 影が俺に手を伸ばす。

「――――――――」

 氷のように冷たい体に、暖かさを感じて、俺の意識はそこで消えた。


■■■■






 ばっ!と音がなるような速さで飛び起き、衛宮士郎じぶんはその日2度目の目覚めを迎えた。

「痛っ!……」

 胸の痛みが先ほどの光景が夢ではないことを告げる。

「ったく、何の冗談だ……」

 そう、先ほどの光景が本当だとするなら、なぜ自分は生きているのか。よくわからないものの戦いを見たこと、心臓を突き刺されたこと、それでもなお自分が生きていること、すべてが冗談じみている。

「とりあえずは、家に帰らないと……」

 痛みを訴える体を引きずり家を目指す、どんな冗談かは知らないが生きているのならそれは儲け物だ、一度家に帰って体を休めよう――



■■■■




 倒れそうになりながらも自宅に着く、服は血まみれだったが帰る途中に人に会わなかったのは幸運だろう、通報なんてされてはたまらない。

「つっ!ふう――」

 家の居間に入り腰を下ろす、上着を脱いで胸を見てみると傷は綺麗に塞がっていた。
 痛みはあるがこれなら放って置いても死ぬことは無いだろう。服を着替えて再度腰を下ろし、先ほどの出来事について考える。

「あれは、何だったんだ」

 慎二に頼まれた雑用を終えて帰ろうとしていたところ、校庭のほうから何か音が聞こえたので覗きに行ってみるとあの槍の男と何か大きなグローブのようなものをつけた男が闘っていた、喧嘩などではなく、殺し合い。

「その後、あの槍の男に気づかれて……」

 追いかけられ、<殺された>

「痛っ!……あれは、人間じゃなかった」

 先ほどの戦闘を思い出す、動きなんてほとんどわからなかったがこれだけは判る。あれは人間ではなく、もっと別の化け物じみたものだ。

「その殺し合いに運悪く巻き込まれたってことか、クソっ」

 父親に魔術を習ってから、″そういう世界″はあるのだと知ってはいたが、アレは自分の理解の及ぶようなものではなかった。衛宮士郎の世界にはなかった、とんでもない規格外。分からないことだらけだ、あの男の事、殺されたこと、おそらく自分を助けてくれたであろうあの影、頭痛がする、頭の中がごちゃごちゃしている。

「もしかして最近の妙な噂は、あいつらが関係しているのか?……」

 昼休み、友人の一成と昼食を取りながら話していたときに出た話だ。曰く、今この町には2つの化け物が潜んでいる。
 一つは赤い目と鋭い牙を持つ吸血鬼。赤い目に狙われたものは血を吸い尽くされ殺される。
 もう一つは黒い影。民家ほどの大きさもあるその黒い影に襲われたものは跡形もなく飲み込まれてしまう。というもの。

 かような噂話に心惑わされるとはうちの生徒も修練が足らん。とは我等が生徒会長柳洞一成の談

 どちらも最近の昏睡事件や失踪事件から膨らんだ根も葉もない噂だと思っていたが、あんなことがあった後ではありえない話ではないと思えてしまう。

「だとしたら、どうにかしないと……」

 そうだ、本当にそんなことが起きているのなら、衛宮士郎は見過ごすわけには行かない。父の理想を継ぐと決めた日から、正義の味方になるためにやってきたのだから。

「でも、とりあえずは……」

 今日はもう眠ってしまおう、胸の傷も痛むし、いろいろなことがありすぎて疲れている。今日はゆっくり休んでまた明日からできることをやっていこう。
 そうして意識を落とそうとした瞬間


 カランカラン、と家の結界が侵入者の来訪を継げた。

「っ!まさか……」

 そうだ、何を安心していたのか、あの男は言っていた「見られたからには殺す」と。なら俺が生きている限り殺しに来る、アレがそんな中途半端を許すはずがない。

「クソッ!何か武器になるものは……」

 あんな化け物に丸腰で相手するなんて自殺以外の何者でもない。土蔵までいけばなにかあるかもしれないが、そんな時間はないだろう。

「くっそ、藤ねえの置いてったポスターくらいしかない……」

 ソレは昼間姉代わりの人がいらないから士郎にあげるーと、置いていったおしつけた物だ。

「仕方ない、これで」

 背に腹は代えられない、手にしたポスターに魔力を通す。

同調、開始トレースオン

 いつもなら失敗して霧散する魔術ソレは、驚くほど上手くいった。ポスターが鋼鉄のような硬さを手に入れる。

「よし、とりあえずはこれで……」



 そう言った瞬間、上空から堕ちてくる寒気を感じ、無我夢中で身を前方へ投げ出した。

「っ!っはあ!」

 その判断は正しかった、先ほどまで俺がいたところにはあの深紅の槍が突き刺さっている。

「チッ、楽に殺してやろうと思ったんだが」

 男は槍を抜きながら軽口を言う。

「それにしても、一日に同じやつを2度殺す羽目になるとはな」

 面倒くさそうに男は言うと

「そろそろ楽になれ」

 その槍を俺の胸へ突き出した。

「こっの……!なめんな!」

「ぬっ……!」

 それを、手にしたポスターを一直線になぎ払い、はじく。心臓を狙ってくるのは分かっていた、がむしゃらにそこだけを守るよう振るった腕は、上手く槍をそらした。

「っぐ!……」

 槍とぶつかったポスターから反動が伝わる、危ない、もう少しで指の骨が折れていたかもしれない。だが、そんなことを気にしている暇はない、はじかれるとは思っていなかったのか男は面食らっている。
 その一瞬の隙をみて、ガラスを突き破って庭へと飛び出した。

「っふ!、はああ!」

「ぬっ!」

 すかさず後ろへポスターを振るう、追撃を仕掛けようとしていた男の槍をまたも防ぐ、完全に賭けだったが上手くいったようだ。態勢を立て直し男と向き合う。

「なるほど、微弱だが魔力を感じる、貴様、魔術師か」

 俺を見据え、楽しそうに言う。

「ポスターを強化して防ぐか……面白いじゃねえか」

 だが、それも後数回だ。すでに手に持つポスターはひしゃげ、折れ曲がっている。もともと防げたことが奇跡だったのだ、折れ曲がったこの武器ではたとえ防げたとしても数回で壊れるだろう。

「少し、遊んでやるか。そら、きっちり防げよ!」

「くっ!」

 槍が真横に振るわれる胴を薙ぎに着た槍をポスターを盾にして何とか防ぐ。

「痛っ……」

 相手が本気で殺しに来ていないことが幸いした、点でなく線の攻撃ならなんとか防げる。このまま土蔵まで逃げれば何か新しい武器を――

「ほら、休んでる暇はねえぞ!」

「っぐ!うっ!」

 息つく暇すら与えてもらえない、再度振るわれた槍を防ごうとポスターをあわせる、だが。

「あっ……」

 ガギン、と鈍い音を立ててポスターが二つに折れた。

「仕舞いか、あっけなかったな」

 そう、これで終わり。唯一つの武器を失って対抗の手段を失った。興味を失った風の男は今度こそ俺を殺そうと槍を繰り出し――

「くっ!こんのおおおおおおお!」

 槍が俺に突き刺さる前に、折れたポスターを男に向かって投げつけた。

「むっ!」

 不意を付かれた男は槍をすばやく反転させ俺の投げたポスターを防いだ、それでいい、もとからあたるとは思っていない、土蔵までは数メートル、この隙に――

「ふん――飛べ」

「えっ……」

 体を反転させようとした俺の前に信じられないスピードで近づいてきた男は、そのまま俺を蹴り飛ばした。・・・・・・

「がっ!っは……」

 数メートル吹っ飛び、土蔵の扉にぶつかりそのまま中に転がり込む。信じられない、蹴っ飛ばされて何メートルも吹っ飛ぶなんてまともじゃない。

「随分粘ったが、これでお仕舞いだ。もしかするとお前が7人目だったのかもな……まあ、もう関係ないことだが」

 男が槍を構える。

「じゃあな、今度は迷うなよ」

 その槍が繰り出される、今度こそ終わった。手には何もない、防げるはずがない、今度こそ確実に、ここで簡単に、無意味に死んでいく


  それが、ひどくあの地獄なにかを思い起こさせた。

「ふざけるな!こんな所で俺は――」

 死ぬわけにはいかない、あの地獄で、一人救われた。生き残った以上は何かを残さなければいけない、そうだ、爺さんの理想を、俺の憧れたあの理想を形にするまで、死ぬなんて許されない。死は目の前まで迫っている、動かない体で迫り来る死を睨み付け――



 瞬間、土蔵の内に光があふれた


「なっ――」

 呟く声はどちらから漏れたものだろうか、土蔵の中には視認できるほどの魔力が渦巻き、俺を殺すはずだった槍を防いでいた。

「まさか、本当に7人目だと!?」

 男は驚愕し土蔵から飛びのき距離を取る、俺の周りで渦巻いていた魔力は収束し、中から2つの影が現れる。

 一人の少女と、一匹の獣。ひどく不釣合いな姿が、目の前に現れた。

「ルシエド、表の敵を見張ってて、直ぐに行く」

 鈴のような声が響き、答えるように獣は飛び出す。

「さて……と」

 少女がこちらに向き直る。年は自分と同じくらいだろうか、深い青の髪が月明かりを浴びて輝く。手には銀色の剣。ゲームや漫画でよく見るような形ではなく、剃刀のような刃。
 剣を携え、月明かりに映る姿は、昔、どこかの絵画でみた聖母の様だ。いまだ尻餅をついている俺の目の前でコホン、なんて咳払いをして



「こんばんは、いい夜ね」

 
その聖母様は、花のような笑顔を浮かべ、そんな夜の街で偶然友人に会ったような、場違いな挨拶を俺にした。



■■■■
あとがき


こんな駄文を最後まで読むなんて大したやつだ・・・
やはり(我慢の)天才・・・

最近WA2を引っ張り出してクリアしたのでやってみました
間違えて読んでしまった方は運が悪かったとあきらめてください



マリアベル様のスリープまじぱねえっす



[17195] Fate/WILD まさかの2話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/04/25 00:21
きっと月が綺麗だったせいだろう。

「さて……と」

 手には剣なんてものを持っているのに、恐ろしいより綺麗だと感じたのは。

 「こんばんは、いい夜ね」

 きっと寒い夜だったせいだろう。にこりと笑ったその笑顔は、見とれるほど綺麗だったけれど。

 少しだけ、寂しそうに見えたのは。

 だからきっとそれは、あんまりにも綺麗な月や寒々しい夜や、その中で佇む彼女の放った言葉があまりにも平和だったからだろう。

「あ……ああ、こんばんは。いい夜だ……」

 さっきまで殺されかけていたというのに、不覚にも、そんな間抜けな言葉をこぼしてしまったのは。


■■■■

第2話 剣の聖女と青い獣、因果の槍 

■■■■

 言ってしまってから後悔した、いや、そうじゃないだろう衛宮士郎。もっと聞きたいことや言いたいことがあるはずなのに、いやそれよりもあんなに間抜けな挨拶を返すなんて、と恥ずかしいやらなにやらで頭を片手でぐしゃぐしゃと掻く。

 それをが面白かったのか目の前の少女はくすくすと笑いながら

「うん、いい返事。そういう素直な反応、お姉さん好きよ」

 なんて、余計こっちを混乱させる爆弾を投下しやがりました。

「な……好っ!?……じゃなくて!いったいどういうことか説明してくれ!」

「あ、そうね、まだ自己紹介もしてなかったわね」

 ごめんなさい、なんて苦笑交じりに言いつつ、剣を胸の前に構えて彼女は言った。

「サーヴァント・セイバー、ってことになってるかな。召喚に応じ参上しました、それで、あなたが私のマスター?」

「え、マス、ター?……痛っ!」

 言った瞬間左手に焼けるような痛みを感じた。

「なんだ、これ?……」

「それが令呪だね。よかった、マスターが素直なたのしそうな人で」

 くすくすと笑いながら、少女は楽しそうに俺を見る。

「ちょ……ちょっと待ってくれ、マスターとか令呪とか、いったいどういう――」

「はい、ちょっとストップ。うん、もう少しちゃんとお話がしたいけど、外に怖いお兄さんがいるからね」

 おどけるように言って彼女は外へ飛び出した。

「馬鹿!外に行っちゃだめだ!」

 あわてて少女を追って外へ出る。外では少女と男が対峙していた。待たされた所為でイラついているようだ、眼光は鋭く今にも飛び掛りそうだ。

「随分待たせてくれるじゃねえか。こんな犬っころに見張りまでさせて、お話はお仕舞いか?」

「本当はもっときちんと話したかったんだけど、貴方が急かすから途中でお開きよ」

 やれやれ、なんていいながら呆れた様に答える。

「まったくこの子ルシエドを見習ったら?大人しく待てもできないなんて、躾がなってないのね」

「ほう……」

 男の雰囲気が変わる、凍りつくような殺意を放っている。

「侮辱してくれるな、女。なら、遠慮はいらねぇな!」

 青い獣が地を蹴る、閃光のような速度で少女へと肉薄する。

「ルシエド!マスターを守ってて!」

 先ほどまで少女の隣で控えていたルシエド、と呼ばれたそれは少女の声に答え、俺を銜えて後方へと後退する。

「うわ、あぶな!痛っ――」

 ある程度下がると俺を放し立ちはだかるように俺の前に立ち、少女と男の方を睨んでいる。

「――っ!そうだ、あの子は!」

 立ち上がり自分も少女たちのほうを見る、あの少女もあの男と同じような存在なのだろうがまだ自分とそう年も変わらないであろう少女だ。闘うなんて危険すぎる。

 そう思い、何の方法もないけれどとにかく止めなければ、なんて無茶なことを考えながら。その闘いを目にした瞬間、そんな自分の思いなんて一瞬で消え去るような光景が、目に飛び込んできた。


「はぁぁぁ!」

「クッ!チィッ――!」

 少女は男と闘っていた、互角、否、それ以上の力を持って、青い獣を追い詰める。一撃、二撃、三撃と打ち合うたび、僅かに獣が後退する。

「ふっ!――はぁぁぁ!」

「ぬう――!」

 渾身の一撃を受けた男は大きく後退し毒づく。

「やってくれるじゃねえか、さすがは最優のサーヴァントセイバーってやつか」

「そういう貴方は期待はずれね、ランサー。ほら、そんなところで止まってたら、槍兵の名が泣くわよ、早く尻尾を巻いて帰ったらどうかしら」

「ぬかせ!」

 言葉と同時に男が爆ぜる、先ほどまでの戦闘より幾段か早い、その姿は俺の目では捉えきれず、闇の中に閃光のようなものが見えるだけ。

「っ!早い!」

 先ほどまでのスピードに慣れていた少女は面を食らい防御にまわる、いや、慣れないから、というだけではない。男のスピードはもはや、少女でもすべてを捕らえるのは難しい物になっていた。

「そらそらそらぁ!」

 神速の槍が放たれる、銃弾など軽く置き去りにするであろうそれを、少女は手にした剣で弾く。下段、中段、上段に一直線上に放たれたそれをぎりぎりのところで少女は逸らす。だが。

「そら、油断すんなよ!」

 上段を付いた槍をそのまま反転させ、反撃の隙も与えず顎を砕きに来る――!

「くっ!ああああ!」

 その避けられ様のない一撃を、体をひねって少女はかわす。一体彼女のどこにそんな能力チカラがあるのだろうか。
 少女の姿は町で見かける人となんら変わりない、それが、あのように剣を振り回し、獣じみた猛攻を防いでいる。

 それは、どんな奇跡なのか――

「はっ!った!」

 だが、獣の猛攻は止まらない。先ほどの一撃を避けるために体をひねった少女には隙ができていた、それを見逃すほど男は甘くない。
 これ異常ないという完璧なタイミング、必殺と呼べる一撃は少女の体を貫こうと迫り――


 雷光のような速さで繰り出された彼女の剣に、弾かれていた。

「なに!?」

 男が驚くのも無理はない、完全に敵の隙を作り、これ以上ないタイミングでその隙を突いた。いくら少女でも今の一撃を防ぐというのは、理屈が通らない。

「危ない危ない、今のはすごい一撃だったけど、生憎まだ死にたくない・・・・・・からね、食らってあげるわけにはいかないわ」

 どんな奇跡かは知らないがとにかく少女は必殺の一撃を防いだ。確実に取ったと思われた一撃を防がれた男は、警戒して距離をとる。

「今のを防ぐとはな。貴様、何をした」

「答えると思う?」

 その敵の質問を、少女は軽くあしらう

「へ、確かにな……おい、提案だが、此処で分けってわけにはいかねえか?」

「あら、攻め入っておいて都合のいい事を言うのね。まあ逃げるのなら止めないわ、早く飼い主のところへ戻りなさい」

「ああ、そういうならこっちも潔く戻れる――と思ったが」

 男はそこで槍を構えなおし

「三度目だ、セイバー。俺を、狗扱いしたな」

 視線だけで人を殺せるような殺気を持ってセイバーと呼ばれる少女をを睨み付けた。

 低く槍を構えた男の周りが歪む、空間をゆがめるほどの魔力と殺意。離れている俺でさえ、氷のような寒気が背中を突き抜ける。

 「まさか、宝具!」

 少女が何かを叫ぶ、言葉の意味は分からないがとにかく゛アレ″は拙い。男がなにをしようとしているのかは分からないがアレを食らえばただではすまないだろう。

 少女もそれを感じ取ったのか、槍の間合いから離れるように距離をとる。

「いくぞ、その心臓、貰い受ける」

 男が動く、2人の距離は20メートル近い、あの距離では槍は届かないだろう。距離を詰めに来ても十分迎撃できる距離だ。男が何をしようと、この距離ならば少女は防ぐ。

 だがそれは、この世界の理に従う限り、である。

刺し穿つゲイ――――」

 口にする言葉とともに

「――――死棘の槍!ボルク

 呪いの槍が、撃ち出された。

 拙い――!

 その不吉さを感じ取ったのだろう、少女は槍が放たれるその前に

生命の盾サルベイション!」

 自身が持つ、最大の守りを発動した。

 それはどのような呪いなのか、決して届くはずの無い槍は、ありえない軌跡で少女の胸へと突き刺さった。
 誰が知ろうか、この槍こそがゲイボルク。放たれれば必ず心臓を穿つという伝説を持つそれは、結果と過程を逆にする、すでに心臓を貫いてから槍を放つという、因果を捻じ曲げる呪いの槍である。

 故に必殺、この槍をかわすと言うのなら、それこそ運命を捻じ曲げるほどの幸運が必要である。

 だが、その槍を受けてなお、少女は倒れていなかった。

「くっ!はぁ――」

 どのような奇跡を用いたのか、少女は必殺の呪いの槍をその胸に受けながら、しっかりと意識を保ち立っている。

「貴様、かわしたな、我が必殺の槍を――」

 そう、彼の槍が必殺だというのなら、少女の使用した術こそが必定の守り。
 何があっても生き延びる・・・・・・・・・・・・という彼女の<生きたい>という欲望ねがいを形にする、生命の盾である。

 しかし、生きているとはいえ重症だ、胸を貫かれたのだからすぐに治療をしなければいくら彼女といえど危ない。
 対して男は防がれたとはいえほぼ無傷、この好機を逃す手はないと槍を繰り出し

 その槍を、先ほどまで主の戦いを眺めていた獣の牙に止められていた。

「チィ!邪魔を――!」

 少女を狙う獣と、主を守らんとする獣の戦いが、今まさに始まろうとしたとき、男がその手に持った槍を消した。

「チッ、こんな時になんだ……ああ、煩せえな、分かった分かった」

 男は興を削がれた様子で向き直り

「残念だが時間切れだ。臆病者のマスターが煩いんでな、引かせてもらうぞ」

「っく!……逃げる……つもり?」

「ああ、非常に不本意だが仕方ねえ。追ってきてもいいが――来るのなら、決死の覚悟で追って来い」

 そう言い残して、男は夜の闇に消えた。

 呆けていた意識を戻す、体はもう動く、いまだ苦しんでいる少女を視界に納め

「っ!大丈夫か!?」

 慌てて少女に駆け寄る、少女は重症だ、早く治療をしなければ。

「大丈夫……だから、落ち着いて」

 そういうと彼女は、剣を構えて何かを唱えた

癒しの願いをリフレッシュ

 先ほどまでの傷が嘘のように塞がる、顔を上げた彼女は最初に出会ったときと同じ力強さを取り戻していた。

「なんだ、これ……」

「これは私の宝具、の副産物、かな。とにかく傷は治った、心配しないで」

 また聞きなれない言葉が出る、それも含めてどういうことか、今度こそ説明してもらわねば。

「ちょっとまて、さっきからマスターとか宝具とか、何がどうなってるんだ? 一から説明してくれ」

「まさか、貴方この聖杯戦争システムを知らないの? そっか、道理で……」

「何を言ってるのか分からないけど、こっちは最初から理解不能だ。大体さっきのといい、お前といい一体何者――」

 そう少女を問い詰めようとした俺を、彼女は手で制止する。

「私も理解はしているけど実感がまだつかめないの。教えてあげたいのは山々なんだけど……そうもいかなくなったわ」

 そういって彼女は家の門のほうを指す

「この家はお客様が多いのね、ゆっくり話しをする暇もないわ」

 その指を追って闇を見つめる。浮かび上がる2つの影。

 そこには校庭で見かけたあのグローブをつけた大男と、夜の風に赤い上着をはためかせる少女





「こんばんは衛宮君。防音結界も敷かずにドンパチやらかすなんて、いい度胸してるわね」




 とっても不愉快だわ、なんて、普段の姿からは想像の付かないような乱暴な言葉と、見る者を凍りつかせるような極上の笑顔を浮かべた、我が校のアイドル、遠坂凛がそこに居た。


■■■■
あとがき

やっとでましたあかいあくま、これからどうなっていくのか(私にも分かりません)
調子に乗って2話作ってみましたが3回ほど消えて私のフォースがつきそうでした。
なにこのドジスキルこれが噂の呪いですか。



[17195] Fate/WILD ひさびさの第三話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/04/24 01:57
 赤い、見る者を威圧するような鮮やかな姿。闇の中で一際自分の存在を訴えるその色は、なんだか彼女にとても似合っている気がした。

「こんばんは衛宮くん。防音結界も敷かずにドンパチやらかすなんて、いい度胸してるわね」

 とっても不愉快だわ、と普段の姿からは想像出来ない挨拶をしたその少女は、我が校の憧れの的アイドル、遠坂凛その人だった。


■■■■

第3話 赤い魔術師と荒野の英雄、半人前と剣の聖女

■■■■

 赤い上着を風に靡かせながら、少女は来訪を告げる。

「遠……坂?何で、お前が?」
 
成績優秀、容姿端麗、品行方正。様々な誉れを一身に受ける彼女は、寒々しい夜の闇の中でもその輝きを失わず、そこに居た。

「あら、私のことを知っているのね……当然か、同じ学校にいながら私に気配を察知させないほどの魔術師だものね、敵の情報なんて筒抜けって訳?」

 やってくれるじゃない、とイラつきを隠そうともせず言葉を紡ぎ、遠坂はなんだか的外れなことを言っている。
 ――って、ちょっと待て。今魔術師って言ったかあいつ!?

「遠坂……お前魔術師なのか!?」

「白々しい……気が付いてたんでしょう?結界も敷かずに戦闘なんてして、他のマスターなんていつ来ても返り討ちにできる余裕ってやつかしら?」

 よく分からないが遠坂は相当頭に血が上っているようだ、こちらの話を聞いてくれそうに無い。こちらもよく状況が理解できていない、どうしたものかと思っていると。

「凛、少し落ち着け。その少年の様子は変だ、一度状況を整理すべきだと思うが」

「ええ、同感だわ。こっちのマスターはまだ状況が理解できてないみたいなの、一度話し合いの席を設けてもらえるとありがたいのだけれど」

 と俺の横に居た少女と遠坂の傍らに居る男から助け舟が出された。
 それを聞いた遠坂は若干の不満を残しながらも一応警戒のレベルを下げたようだ。

「ふん、まあいいわ。まだ衛宮くんのことは信用できないけど私と貴方のサーヴァントも言ってることだし話し合いましょう、感知結界以外には特に罠もないようだし」

 どうやら話し合いをしてくれる気になったようだ、助かる。まだ状況はよく分からないがこの機会に遠坂のことも含めてきっちり説明してもらわなければ。そう思い家の中へ皆を案内しようと家の方へ目を向けると。

「ほら早く行くわよ衛宮くん、話し合いなら居間でいいわよね。こっちかしら?」

 なんて言いながら、遠坂は我が家への侵略を開始していた。



■■■■



 玄関をくぐり、靴を脱ぐ。そこであの狼が居ることを思い出す。視線を向けると狼はセイバーと呼ばれる少女と何やら話している。少女が何かを言うと狼の姿は虚空に消えた。
 
 不思議なことだがいろんな事がありすぎたせいで特別驚きはしなかった。慣れとは怖いものである。

 遠坂達と居間に入る。座ってくれ、と言おうとしたが部屋には割れた硝子が散乱していた。

「うわ、ちょっと窓ガラス全壊してるじゃない。どうしたのよこれ」

「あ、ああ。さっき槍の男……ランサーっていったか、に襲われた時に割っちまって、明日にでも直すさ」

「今から話し合いだって言うのにこのままじゃいろいろ不都合でしょう。いいわ、私が直すから」

 そういうと遠坂はガラスの破片を一つ手に持ち、自分の指の先を少し切って血を垂らした。

「――――Minuten vor Schweisen」

 遠坂が何かを呟くと、粉々になった硝子がひとりでに直っていく。

「おお、すごいな遠坂。俺はそんなことは出来ないから、助かる」

「は? 何言ってるの貴方、硝子の扱いなんて基本でしょう?」

 出来ないわけ無いじゃない、と呆れ顔の遠坂。そんな顔をされたって、出来ないものは出来ないのである。

「いや、俺は親父に魔術を教わったから、そういう初歩とかよく分からないんだ。……出来るのは強化ぐらいでさ」

 そう、今の自分に出来るのはせいぜい物を強化することくらいだ。一応最初に出来た゛アレ″があるが、アレは形を似せるだけの物で実用的でないから他のものにしろと親父も言っていた。

「え?じゃあ何?貴方本当に何も知らない素人?」

 呆気に取られている遠坂の質問に、おう、と頷く。

「――呆れた、何でこんなやつにセイバーが……」

 今度こそ本当に呆れ返った遠坂がそんなことを言い、ぶつぶつと何かを呟いている。その顔がどんどん不機嫌そうなものになっていく、むう、何か拙いことを言ったようだ。困った、などと思っていると

「そろそろいいかしらお嬢さん。マスターも困ってるし話を始めましょう。それに、そんな怖い顔してたらかわいい顔が台無しよ?」

 セイバーと呼ばれる少女が、なにやら危険な方向に思考が移っていた遠坂に声をかけた。

「――っ!そうね、もう過ぎたことだし。今更どうこう言っても心の贅肉よね」

 その言葉で遠坂は思考の海から帰ってきたようだ。テーブルを挟んで座りそれじゃあ、と言って言葉を紡ぐ。

「まずは自己紹介からはじめましょうか。知っているでしょうけど私は遠坂凛、こっちが私のサーヴァントのアーチャー」

 遠坂は自分と傍らに居る男を指しながらそう名乗った。遠坂に紹介されたアーチャーという男は無言で話の成り行きを見守っている。

「えっと、俺は衛宮士郎。さっきも言ったとおり半人前だ。だからその、サーヴァント?とか言うのもよく分からない」

 遠坂に倣って俺も自己紹介をする。これから説明をしてもらうのだから下手な見栄を張らず包み隠さず言った方が良いだろう。いや、最初から嘘を付く気なんて無いのだが。

「それじゃあ最後は私ね!」

 俺の横に座っていた少女が立ち上がる。演説を始めるようにこちらを見渡し、えー、コホン。とわざとらしい咳払いをして話し出す

「セイバーのサーヴァント、アナスタシア・ルン・ヴァレリアです。宜しくねシロウ、リン、アーチャー」

 楽しそうに少女はそう名乗った。おう、よろしく。と返そうとしたその瞬間



「――っ!?」


「…………」


 空気が凍った。そう錯覚するほどの、急激な変化だった。 
 
 向かいの遠坂が立ち上がり息を呑む。アーチャーも先ほど迄より鋭い目つきで少女を見つめている。

「貴女、どういうつもり?真名をばらすなんて、正気?」

 遠坂は険しい顔でアナスタシアと名乗った少女を睨んでいる。彼女の名前は何か特別なものだったのだろうか、遠坂の剣幕は普通じゃない。

「そんなに怒らないで、ただ隠しても意味が無いから言っただけよ。さっき私の剣を見られたから、そっちのアーチャー、いえ、スレイハイムの英雄さんには正体がばれちゃってるだろうし」

「――貴女、アーチャーの正体まで……何者なの」

 遠坂の気配が更に険呑なものになる。警戒して距離をとり、一触即発、といった気配の中、今まで無言を通していたアーチャーが言葉を放った。

「凛、セイバーとの関係は俺が後で説明する。それよりそこの少年が置いてきぼりを食らっている、先ずは説明してやるべきだ。……アンタも、あまり俺のマスターをからかうな」

「ふん、仕方ないわね。そこら辺は後できっちり説明してもらうわよ」
 
 その一言で遠坂はやっと腰を下ろした。セイバーは少し困ったように笑っている。

「ごめんなさいね、悪気は無かったの。可愛い子を見るとついからかいたくなっちゃって」

 悪い癖ね、と付け足して、謝罪の言葉を口にした。それを聞いた遠坂はハア……とため息を零した。

「もう良いわ、文句を言ってたら話が進まないし。さて、それじゃ衛宮君?そろそろ説明を始めましょうか」

 遠坂はこちらを向きなおり、指を立てて言う。

「それじゃあ貴方が巻き込まれた戦いについて説明をするわ。貴方が巻き込まれた戦いの名は<聖杯戦争>」

 聖杯戦争――それは、さっきセイバーが言っていた言葉だ。

「聖杯戦争っていうのはね、数十年に一度行われる、サーヴァントと呼ばれる使い魔を使った魔術師達の殺し合い・・・・・よ。本当かどうかは、一度殺された貴方なら分かるんじゃないかしら」

 ――まて、今遠坂はなんと言った?

「殺し合い?どういうことだ。それに、何で遠坂が俺が殺されたことを知っているんだ」

 それを聞いた遠坂は一瞬しまった、と顔を覆った。しかし次の瞬間には真剣な顔をしてこちらを見る。

「そのことは気にしなくて良いわ。それより今は、現状の把握に努めなさい。それで、話の続きだけど。

 ――聖杯戦争、その名の通り、聖杯……願いをかなえる万能の器を巡って争う、7人の魔術師とサーヴァントの殺し合い。貴方が襲われた槍の男……ランサーやそこのセイバー、私のアーチャーが、サーヴァントと呼ばれる最強の使い魔よ」

 遠坂の態度はあからさまに怪しいが、俺が殺されたことを知っている、なんて事どうでもよくなるような、現実味の無い事を口にした。

「願いをかなえる聖杯……って、そんな――馬鹿な」

 信じられない。そんな御伽噺の中に出てくるようなモノが存在するなんて。それに、目の前の彼女やあの男が使い魔?彼女達の姿は人そのものだ。しかし圧倒的な存在感と俺でも感じられる強大な魔力が彼女達が人ならざる者だと知らせている。

「それに……使い魔っていうのは犬や鳥みたいな動物じゃないのか?人の形をしたのがいたとしても、セイバーの力はどう見ても俺よりずっと強い。俺には自分より強い使い魔を使役する能力なんて無い」

 そうだ、使い魔とは主人の魔力によって使役されるもの、多くは鳥や犬などの簡単な動物だと聞いた。だが、目の前の少女はどうだ。膨大な魔力、冗談のような戦闘力。どれもが衛宮士郎じぶんなどとは比べ物にならない。

「使い魔、と言っても特別製よ。なんたってサーヴァントって言うのは実在した過去の英雄なんだから」

 は?と間抜けな声を漏らす。実在した過去の英雄?それはどういうことなのか。

「言葉の通りよ。生前偉大な功績を残したものは人であれ機械であれ、英霊となる。それが彼女達の正体。死してなお人々の信仰を集める、絶対的存在。伝説にまで語り継がれるゴーストライナーよ」

 英雄。人の身に余る奇跡を成し遂げ、神の試練でさえ凌駕し、その力を世界に知らしめる伝説の存在。目の前に居る彼女達がそうだと遠坂は言う。

「まってくれ、それじゃなんだ。今目の前にいるのは本当に御伽噺や神話に出てくる英雄だって言うのか?そんな、死者を蘇生させるなんてそれじゃまるで――」

 ――魔法のようじゃないか。と驚きが口をついて出る。

「正確には蘇生しているわけじゃなくて、<座>に在る魂を聖杯の力を借りて持ってきて、クラスという入れ物に固定化しているの。あなたの目の前にいる彼女達がその証拠。

 ――分かったでしょう衛宮君。聖杯っていうのはそんな魔法じみたこと・・・・・・・を可能にする、万能の杯なのよ」

 言葉が出ない。遠坂の言っていることが本当だとすれば、それは正に<奇跡>だ。そんな奇跡を起こす聖杯とは、一体どれほどのものだと言うのか。

「ああ、それと衛宮君。その手にある模様、令呪っていうんだけど。それはサーヴァントを縛る3回かぎりの絶対命令権。大事なものだから、よく考えて使いなさい。下手に使い切ったら殺されても文句は言えないわよ」

 絶対命令権?いやそれより殺される、とはどういうことか。サーヴァントとマスターは協力して戦うものではないのか。

「殺される……ってセイバーにか?そんな、セイバーはさっき俺を助けてくれたんだ。それにマスターとサーヴァントは仲間なんだろう?どうして殺したりしなくちゃいけないんだ」

「使い魔、と言っても厳密にはマスターとサーヴァントだけでは聖杯を手に入れるための協力関係よ。しかも相手は伝説の<英雄>、不利益が生まれるようなら何があるか分からないわ。だからこその令呪。それがある限りは、そうそう殺されたりはしないでしょう。しかも令呪はそれだけで高度な魔術式としての効力を持っているから、多少の無茶も聞くの。たとえば遠くにいるサーヴァントを呼び寄せるとかね」

 せいぜい気をつけなさい。と遠坂が言うとセイバーが俺の横で「失礼ね、シロウを殺したりしないわよ」とむくれ顔で文句を言う。が、聞こえない振りをして遠坂は話を続ける。今までのささやかな仕返しだろうか。

「理解できた?話の続きに行くわよ。さっきも言った通りサーヴァントは7人で、それには7つのクラスがあるの。それがセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー、この7つ。過去の偉業、伝説、能力などによってクラス分けされ、その能力や特性は様々よ。

 そしてもう一つ。彼らは英雄としての象徴シンボル、<宝具>と呼ばれる切り札を持っているの。これはとっても強力で、たとえ実力が上の相手でも倒しうるまさに奥の手よ。と言ってもこれはそうそう簡単に使えるものじゃないんだけどね」

 その言葉で少女の剣とあの青い男の槍を思い出す。深紅の槍と眩い銀の剣、形は違えど感じる力の奔流。あれが宝具なのだろうか。と、そこまで考えて遠坂の言葉に疑問が浮かぶ。

「ん?まてよ、宝具っていうのはそんなすごいもんなんだろ?積極的に使っていったほうが良いんじゃないのか?」

 遠坂はこれは殺し合いだと言った。それならば相手は本気で殺しに来るだろう。そんなときに出し惜しみしていてやられました、では話にならない。

「確かに宝具は強力だけど、強力な宝具を使うには莫大な魔力が必要なの。サーヴァントを維持させているのは魔力、いくら相手にダメージを与えようと魔力がなくなってはサーヴァントは消えてしまう。

 それに言ったでしょう?宝具と英雄はセットなの。宝具を見せると言うことは正体がばれる可能性があると言うこと、伝説に残るような英雄だもの、それは弱点を知られることと同じよ。だから普通は宝具、真名はマスター以外には教えない最重要機密……なんだけど。」

 そこで遠坂はセイバーの方を軽く睨む。睨まれたセイバーはどこ吹く風か、どうしたの?と笑顔で受け止める。

「そっちのセイバーさんは何を考えているのかしらないけど、自分から正体をばらしたってわけ」

 疲れたように、ハア……とため息をついて遠坂は言う。と、そこで今まで沈黙を保っていたアーチャーが口を開いた。

「そこは俺が説明しよう。先ほどセイバーが真名を口にした件に付いてだが……その理由はセイバーが言ったとおり。この場で隠すことは無意味だからだ。」

 簡潔に、しかし真剣味のある声でアーチャーは言い切った。

「それはどういう意味なんだ?真名がばれると弱点もばれちまうんだろ、セイバーには弱点が無いって事か?」

「いや、そういうことではない。そうだな……まずは俺とセイバーのことから説明するか。簡単に言うと、俺達はこの世界・・・・の住人じゃない。俺達がいたのはファルガイア、と呼ばれる世界。所謂異世界、というやつか」

 は?と本日何度目かの驚きを口にする。過去の英雄、願いをかなえる聖杯、そして次は異世界。とんでもなさ過ぎて頭が痛くなってきた。遠坂はアーチャーから聞いていたのか落ち着いた様子で話を聞いている、最初の取り乱しようとは大違いだ。調子を取り戻したのだろうか。

「遠坂は聞いてたのか?その……アーチャーが異世界の英雄だって言うのを」

「ええ、どういう理屈か知らないけどそう聞いたわ。もっとも……そっちのセイバーも異世界から着た、なんて思いもしなかったけど」

 異世界。そんなところがあるなんて今まで思いもしなかった。なんとなく、羽の生えた妖精やら精霊が飛び回っている世界を想像したが、目の前の大男の格好をみて、その想像は消え去った。そんなメルヘンな世界じゃなさそうだ。

「話を続けるぞ。その世界で彼女は知らないものはいない英雄でな、剣の聖女……といえば、爺さんから子供まで知らない者は居ないほどだ。俺もその世界でちょっとした仕事をしてな、そのとき知り合った、というべきか」

 そう言ってアーチャーはセイバーを見る。セイバーは先ほどまでと同様に小さく微笑みながらそれに答える。

「そうね、貴方達のことはいつも見てたし。確かにあの時心は繋がった・・・・・。直接会っては居ないけど、知り合いのようなものね」

 細かいところまではよく分からないがどうやらセイバーとアーチャーは顔見知りらしい。それならば名前を隠したところで意味は無いだろう。それを黙って聞いていた遠坂が口を開く。

「聖女……ねえ、それにしては随分と軽いわね、貴女」

 胡散臭いわ、と言うように遠坂は言う。やはり先ほどからのセイバーの言動に腹が立っていたのだろうか。やられたら倍にして返すタイプと見た。いや、遠坂なら倍所じゃ済まないかもしれない。5倍くらいにして返しておまけまでつけて返しそうだ。

「そりゃそうよ。聖女、なんて呼ばれる前は普通のアナスタシアだったんだから。生まれたときからそうだったわけじゃないもの」

 セイバーは気分を悪くした様子も無く、当たり前でしょ?と軽く返す。遠坂の嫌味にも終始笑顔で返し、友人とお喋りする様な気軽さで話すセイバーを見て、これ以上は無駄と悟ったのか遠坂はがくり、と肩を落とす。

「ハア……、貴女には何を言っても無駄そうね。まったく、異世界の英雄の召喚なんてイレギュラーが起こるなんて、どうなってるのかしら。町にも妙なのが居るみたいだし、何だかきな臭いわね。まあ、そこら辺も含めてあとの細かいことは専門の場所で聞きましょうか。ほら、衛宮くん達も準備して、少し遠くまで歩くわよ」

 そう言いながら遠坂は既に席を立ち、玄関に向かおうとしている。

「ちょ、ちょっと待て遠坂!出かけるって今からか?大体行くってどこに――」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。隣町だから今から行けば朝までには帰ってこれるでしょう。行き先は丘の上――聖杯戦争の監督役の居る、言峰教会よ」

 そうして遠坂は夜の闇の中へと歩き出す。慌ててその後を追いながら、これから行くと言う教会について考えようとしたとき、頭の中でやめろ、と声が聞こえた気がした。なんだか気分が悪い、頭の中に薄いもやがかかっているような不快感。まあいい、夜道を歩けば頭も冷えて気分もよくなるだろう。

 ――そんなことを思いながら見上げた夜の空には、何かを告げるように彗星が輝いていた。




■■■■
あとがき

あ、ありのまま起こったことを話すぜ……俺はセイバールートの流れで行こうと思ったらいつの間にかごちゃごちゃになっていた。な、何を言ってるかry

説明さんのたーん、話がぜんぜん進みません。簡略化するのって難しいですね。
もう何ルートとか深く考えず気分でいこう、そうしよう。

カノン姉さんのシルエットアームを全部覚えました。さあ、次はガーディアンロアとレッドパワーだ……



[17195] ステータス情報が更新さr(ry
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/04/23 23:11
ステータス情報

セイバー

真名 アナスタシア・ルン・ヴァレリア

属性 秩序・善

筋力D 魔力C 耐久E 幸運B 敏捷C

宝具????
ランク E~EX

対界宝具

レンジ 1~99
最大補足 1000人

セイバーの所持する剣。術者の精神(フォース)に感応し、その想いを力に代える。精神力を魔力に変換し、増幅できる半永久機関。
使用には強い精神力が必要。相応しくないものには手に出来ず。無理に使用するとペナルティを受ける。
この剣を所持している間セイバーは

筋力最大A 魔力最大A++ 耐久最大B+ 敏捷最大B の補正を受ける(幸運には補正なし)
ただし精神が消耗し、セイバーの状態が良好でなければステータスも比例して落ちる。

またこの剣を所持している間セイバーは専用スキルを扱うことが出来る

専用スキル
生命の盾(サルベイション)
専用スキル。このスキルが発動している間、いかなる攻撃、いかなる現象をもってしてもセイバーが即死することは無い。
どのような状況でも確実に生き残る、生きたいと言う想いが形になった術。ダメージに対して若干のマイナス補正をつける。

癒しの願いを(リフレッシュ)
専用スキル。瀕死のダメージであっても術者の精神力が尽きていない限り癒す。大きな傷を癒すには比例して多くの精神力を使う。
ダメージだけでなく呪い、状態異常なども治癒可能




宝具 求めに答えし欲望の魔狼(ルシエド)

対人宝具

ランク B+

レンジ ?~??
最大補足 1人

剣の聖女の傍らに居たとされる魔狼
星に生み出された守護獣・ガーディアンだが、星から切り離されているため全力は出せない。
発動時魔力はほとんど使用されないが、召喚の維持、戦闘には魔力を必要とする。
ただし、ルシエド自身も魔力をもっているため戦闘等の大きな魔力行使をしなければ、セイバーに負担がかかることは殆ど無い。

スキル

不屈の精神A
精神への干渉を無効化する。
大魔術による干渉であっても万全の状態なら無効化。

単独行動C
宝具のフォース魔力転換による単独行動スキル
本来ならもっと上のランクだがセイバー事態が単独行動(孤立)を嫌うためランクが下がっている

対魔力B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する、大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい。

直感B
危険や脅威に対する第六感。
自身がどうすれば危険を回避できるかを感じ取る。

騎乗B
騎乗の才能、大抵の乗り物なら人並み異常に乗りこなせるが、魔獣、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。




アーチャー

真名????

属性 秩序・中庸

筋力A 魔力C 耐久B++ 幸運D 敏捷D+

宝具????

スキル
単独行動B+
マスターから魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力
二~三日なら自力で現界可能

対魔力D
一工程(シングルアクション)による魔術を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の効果。

千里眼B
視力の良さ、遠方の標的の補足。動体視力の向上。

心眼(真)
戦場において培った洞察力。窮地においてその場で残された活路を導き出す戦闘理論。

備考
手に装着しているものはマイトグローブ(炸薬式機械手甲)とよばれる精神感応武器(ARM)
攻撃時や防御時に保護するだけでなく、様々な機能が搭載されている。
小機関銃のような機能もついており、これだけで格闘戦、遠距離戦どちらも可能



■■■■

PCがネットにつながらなくて時間が空いたので微妙なおまけ。
細かいところは気にしない。

バランスは犠牲になったのだ……

「?の中バレバレ」は禁句です。



[17195] Fate/WILD 駆け足で第4話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/23 16:56
人気の無い夜の道を3人で歩く。アーチャーの姿は見えない、なんでもサーヴァントは霊体化と言うのが出来るそうで近くには居るらしい。しかしセイバーはそのまま付いてきている。

「なあ、セイバーは霊体化しないのか?」

 興味深そうに町を見渡しているセイバーに問いかける。

「んー、出来ないことはないんだけど霊体化しちゃうとお話もしにくいし、それにせっかく違う世界に着たんだからいろいろ見て歩いた方が楽しいでしょ?」

 あっけらかんと彼女は答える。なんとも自由奔放な聖女さまである。質問に答えると彼女はまた町並みに視線を移し、鼻歌を歌いながら歩いている。セイバーとの会話も途切れ手持ち無沙汰になったので少し前を行く遠坂に声をかけた。

「なあ、聖杯戦争の監督役ってのはどんな奴なんだ?」

 ふと浮かんだ疑問を投げかける。聖杯戦争と言う殺し合い、こんな馬鹿げたことを監督する奴とは何者か、と。

 俺の疑問に坂を上りながら振り返りもせずに遠坂は答える。

「名前は言峰綺礼、一応私の兄弟子にあたる奴よ」

「へえ、遠坂の兄弟子か。それなら安心だな」

 何気なく口にしたその言葉を聞いた遠坂がピタリと立ち止まる。

「遠坂、どうしたんだ?」

 急に立ち止まった遠坂を心配して声をかける。遠坂はその言葉には答えず、一度だけ小さく息を吐いて言った。

「いいえ、衛宮君。安心なんて出来ないわ。あいつに関して言えることは、絶対に気を許すなってことだけよ。

 ――――私が見てきた中で、あいつほど不吉な奴は居ないわ」

 それだけを言って遠坂はまた歩き出す。随分歩いたので目的地にはあと数分もすれば着くだろう。

 一瞬だけ見えた遠坂の表情は、拭い切れない悪夢を見たような、苦しげな顔だった。


■■■■

第4話 決意の夜

■■■■


 坂を上り目的の場所へと到達する。目の前には随分と立派な教会が立っていた。

「着いたわ、じゃあ行きましょうか衛宮君」

「ああ、そうだな。――っと、そういやセイバーはどうする?」

 後ろを振り返りセイバーに問いかける。

「私はここで待ってるわ。何かあったらすぐに駆けつけるから、心配しないで」

「分かった、じゃあ行って来る」

 行ってらっしゃい、と手を振るセイバーを置いて遠坂と教会へ入る。重厚な扉がギイイッと鈍い音を立てて開く。

「綺礼!居るんでしょう?着てやったんだからもったいぶらずにさっさと出てきなさい」

 扉をくぐると遠坂はそんなことを言いながらズカズカと教会へ侵入していく。初めて着たが内装はイメージしていたものとそう変わらないようだ。ホールにはおおきなオルガンが置いてある。

「夜分遅くに随分なものだな、凛。だがまあいいだろう、まさか来るとは思っていなかったからな」

 遠坂の声に応えるように、黒い神父服を着たその男はオルガンの影から身を現した。

「む、そちらの少年は……」

「彼、新しいマスターよ。この戦いのこと何も分かってないから、説明してあげて」

 兄弟子相手に吐き捨てるように遠坂はそう言う。神父の無機質な目がこちらを捕らえる。その瞬間、背中に冷たいものが流れる。
 ナイフを突きつけたれたかのような緊張感。心の奥底を無理やり覗き込むような不透明な目。遠坂の言うとおり、こいつは好きになれそうにない。

「ふむ、なるほど……正規のマスターではないわけか。私は言峰綺礼。少年、名は」

 神父に気圧されない様、息を吸って短くはっきりと答える。

「衛宮、士郎だ。聖杯戦争って奴について聞きに来た」

「――衛宮士郎」

 ――――ッ!

 俺の名を聞いた瞬間神父は確かに笑った・・・

「衛宮士郎、君には感謝しなければいかん。君がいなければ凛はここには来なかっただろうからな。私に教えられることならば、すべて話そう」

 遠坂を一瞥しながら神父は言う。しかし遠坂気にした様も無く黙っている。

「まあいい、それでは説明を始めるか。さて、聖杯戦争が7人のマスターによる殺し合い、というところくらいまでは凛から聞いたか?」

 遠坂からの反応がないのも別段気にした風も無く神父は話し始める。神父から感じる不快感に負けないよう、強い口調で答える。

「ああ、サーヴァントとか令呪とか、その辺も簡単な説明は受けた。だからこそ聞きたい。お前達は何を考えてるんだ?聖杯なんて物があるにしてもどうして殺し合いなんて」

「それは私に言われても困るな。聖杯戦争とは聖杯を得る者に相応しい者を聖杯が・・・選別するための儀式だ。私はその監督役に過ぎん」

 神父は平坦な声で言い放つ。

「え、聖杯が……選別する?」

「そうだ、令呪の話は聞いたな。それは聖杯に選ばれた者にのみ現れる聖痕だ。令呪が現れた以上運命を受け入れるしかない」

 自分の手を見る。しっかりと刻まれた痣のような痕。これがある限り殺しあわなければいけないと神父は言う。

「だけど!……いくら願いを叶える為とはいえ他人を殺すなんて――――」

「ちょっとまった!殺し合いっていってるけどね衛宮君。なにもマスターを絶対に殺さないといけない訳じゃないのよ」

 神父に食って掛かろうとする俺を遠坂が押しとどめる。殺し合いなのに殺さ無くていいとはどういうことなのか。

「どういうことだよ、聖杯に相応しい奴を決めるために殺しあうんじゃなかったのか」

 いきなり話を覆され遠坂に説明を求める。

「そう、殺し合いだ」

 俺の目の前の神父が短く肯定をする。

「綺礼は黙ってて。いい、衛宮くん。聖杯って言うのは霊体なの、だから同じ霊体であるサーヴァントにしか手にすることが出来ない。つまりね、聖杯戦争っていうのは自分のサーヴァント以外のサーヴァントを退場させることなのよ」

 なるほど、聖杯が霊体だというのなら肉体を持つ俺達には手にすることが出来ない。だから手にすることに出来るサーヴァントを使う、と。それならマスター殺したりする必要は無い。

「なんだ、それなら――」

「安心するのは早いぞ衛宮士郎。そうだな、一つ聞くが、君は自分がサーヴァントに勝てると思うかね?」

 遠坂の言葉に安堵しかけた俺に、神父はそんな問いかけをしてくる。そんなの考えるまでも無い。

「なんだよ、いきなり。そんなの勝てるわけ無いだろ」

「ふむ、では質問を変えよう。君はどうすれば、サーヴァントを退場させられると思う」

「そりゃあ、戦闘不能になるほどダメージを与えるか、魔力で現界しているんだから魔力の供給を断つか――」

 そこまで言って神父の言う意味に気がつく。

「そうだ、だが君にはサーヴァントに勝つほどの能力は無い。ならばどうするか、簡単だ。マスターを殺して・・・・・・・・・魔力の供給を断ってしまえばいい。サーヴァント同士闘わせるより、マスターを狙った方が遥かに効率がいい。

 最近はこの町も物騒だ、昏睡事件や失踪事件もおきている。後者は分からんが、前者は間違いなくいずれかのマスターの仕業だろう。霊体であるサーヴァントは魂を食らえば力を得られる。魔術は秘匿するものだが、勝ち残るためなら手段は選ばんと言うものも居るだろう」

「――っ!」

 神父は口を歪ませ楽しそうに口にする。神父の言っていることはすべて本当だ。だからこそ、針のように鋭く俺の心を突き刺す。

「さて、それでは問おう衛宮士郎。すべて理解したうえで、お前はこの戦争に参加する道を選ぶのか」

 再三の問いかけが投げかけられる。

「どういう意味だ……」

「言葉の通りだ衛宮士郎。言い忘れていたが私は聖杯戦争に敗れたものを保護する役目もある。お前がもし、この戦争を降りたいというのなら。今この場で令呪を破棄しろ、私が保護しよう」

 神父は色の無い目で俺を見つめている。戦うかどうかなんてそんなの決まっている、そんな――人を襲うようなマスターが居るというのなら

「――俺は、戦う。聖杯になんて興味は無い。だけど、身勝手に人を襲っているマスターがいるならそんなのは止めなくちゃいけない」

 そうだ、衛宮士郎はそのために、それを許してはいけないからこそ、今までやってこれたのだから。

「ほう……戦うが聖杯には興味がないと」

 神父の言葉に短くああ、と答える。神父は俺の答えを聞いた後そうかと頷き



「だが衛宮士郎、もし仮に、10年前の悲劇をやり直せるとするなら……君はどうする?」



 俺の心に、深く深く剣を突き刺した


「君になら分かるだろう。いや、君だからこそ分かるだろう。10年前の大災害。あの地獄を体験した君になら。聖杯は万能の器だ、君が望めばあの地獄を無かったことにも出来るだろう」


 止めろ


「本当に一度も考えたことは無かったのか?あの時からやり直したいと。すべてを元に戻したいと。灼熱の地獄を消し去って、亡くした日々を取り戻す。そんな景色を幻想したことは無かったのか?」


 それ以上は


「なぜあんなにも多くの人が死ななければならなかったか。意味も無く、救いも無く、ただ死んでいった事は正しかったのか。それを疑問に思ったことは無いのか?」



 本当に――――



「そこまでよ、綺礼。私はルール説明を頼んだの。傷を開くなんて、そんな余分は頼んでない。

 ――それより、聞きたいことがあるわ。今回のサーヴァントのこと、それと町で起きている事件のこと」

 遠坂が言峰の言葉を遮る。頭の中は混乱して、何かを考えるのも億劫だ

「ふむ、つい興が乗ってしまったな。まあいい、それで聞きたいこととは何だ」

 神父は俺から目を離し遠坂に視線を移す。

「言った通りよ綺礼。今回のサーヴァント、異世界のサーヴァントが召喚されてるなんてイレギュラーが起きているわ。それに町の事件、さっきマスターの仕業だって言ってたわね。何か情報掴んでいるんでしょう」

 鋭い目つきで遠坂は問いただす。神父はそれに淡々と答える。

「異世界のサーヴァントだと?ふむ、そのような報告は初めてだ。その件に関しては私はなにも情報を持っていない。だがお前がそう言うのなら調査してみよう。兄弟子としてそれくらいはしてやる」

 くくく、と小さく笑いながら言峰は言う。

「昏睡事件に関してだが、私も調査してみた。が、どうやら原因は1つではなさそうだ。」

「複数犯ってこと?」

「その可能性が高いな。いや複数犯だった、と言うべきか。犯人同士手を組んでいるかは分からんが。以前から起きていた<集団>昏睡事件は最近は起きていない。理由は分からんがこちらの方はほぼ収束に向かっている。だが、まだ無くなったという訳ではない。私が情報を掴んだのは最近起こっているものだ」

 遠坂達の話していることも、頭には入ってくるがよく考えられない。気を抜くと今にもここで吐き出しそうだ。

「最近起こっている昏睡事件は吸血鬼騒ぎと関係があるようだ。町を歩いていたら倒れている人間を見つけた、と言う報告が後を絶たない。幸い全員重症ではないが、生命力を奪われ衰弱した状態で発見されている。病院に運ばれたものは皆口をそろえて言うそうだ。吸血鬼に襲われた、と」

 神父は興味も薄そうに調査の結果を話す。

「本当に吸血鬼やつらが現れたのならばその程度ではすまないだろう。襲われたと言う現場に向かってみたが、魔力の痕跡があった。まず間違いなくいずれかのマスターの仕業だろう」

 私の知っている事はこれぐらいだ、と言って事峰は言葉を切った。

「そう、それじゃあもうここに用は無いわ。行くわよ衛宮くん」

 ぽん、と肩をたたかれ我に返る。全身にいやな汗をかいている。早くここから出たい、と体が訴えている。が、そんなことを神父に悟られるのは悔しく思えたので。なるべくしっかりとした足取りでゆっくりと外へ歩き出す。そうして扉を開き外に出ようとしたとき



「――――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」


 
 閉じかけた扉の隙間から背中に向けて、そんな言葉が投げかけられる。振り向いて見つめた先には神父はもう居らず、ただ、重い扉があるだけだった。




■■■■




「お帰りなさい、シロウ、リン。……シロウ?大丈夫?顔が真っ青よ」

 俺達が教会を出るとすぐにセイバーが出迎えてくれた。

「あ、ああ。大丈夫だ。」

 せり上げてくる吐き気を抑えながら答える。青い顔でうつむく俺をセイバーが心配そうな目で覗き込んでくる。

「衛宮くんも気分が悪そうだし、早く帰りましょう。ぐずぐずしていると本当に夜が明けてしまうわ」

 遠坂も俺を気遣ってくれているようだ。ありがたい、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。早く家に帰って休みたい。

「さて、それじゃあ行きましょうか」

 そういって遠坂は歩き出す。ふらつく足でその後を追いかける。

「シロウ肩を貸すわ。掴まって」

 セイバーが俺に走り寄り手を差し出す。

「だ、大丈夫だ。それより早く行こう、遠坂に置いてかれちまう」

 精一杯の強がりを言って歩を進める。失礼だとは思ったがこんな弱っている姿を見せるのはなんだか恥ずかしかった。

「もう、仕方ないわね。辛くなったらいつでも言ってね。少しくらいなら他のところも触っていいわよ」

「なっ……!ばか!そんなことするわけ無いだろ!」

 慌ててセイバーに反論する。くそ、顔が熱い。

「よかった。少しは元気が戻ってきたみたいだね。ほら、行きましょう、ほんとにリンに置いていかれちゃうわ」

 くすくすと笑いながらセイバーは遠坂の後を追う。からかわれたのは悔しいけどそれで気分は少しよくなってくれたようだ。家に付くまではまだ時間がある。これからのことを考えながら、ゆっくりと調子を戻していけばいいだろう――。




■■■■




 坂を下り分かれ道へと着く。遠坂はそこでくるりとこちらに向き直る。

「ここで別れましょう、衛宮君。私達はちょっと調べものをしに行くわ。ここまで来たんだもの、なにも収穫が無いまま帰れないわ」

「そっか、ありがとうな遠坂。いろいろと世話になった」

 何も知らない俺にいろいろと世話を焼いてくれた遠坂。今は何も返せるものは無いのでお礼くらいはきっちり言っておかないと。

「ふん、別にあなたの為だけって訳じゃないわ。何も知らない奴をいきなり襲うのなんて気分が悪いし……でも、これで遠慮はいらないわ。明日からはせいぜい気をつけることね衛宮君、戦うって言った以上、こっちも手加減しないから」

 遠坂はまじめな顔で俺に忠告をする。遠坂のことだからやると言ったらやるんだろうけど、ちょっと待ってほしい。

「なんでさ。俺、遠坂と戦う気なんてないぞ」

 こっちには遠坂と戦う気なんてさらさら無いのである。

「ハア!?何言ってるの貴方。さっき戦うって自分で言ってたじゃない」

 遠坂はジト目でこちらを睨みながら言ってくる。うう、なんだか迫力が凄いけどここで負けちゃだめだ。

「だから、言っただろ。戦うのは人を襲うようなマスターを止める為だ。遠坂はいい奴だし、お前みたいな奴は好きだから、俺はお前と戦ったりしないぞ」

「なっ――!ななななななっ!?」

 遠坂は魚みたいに口をぱくぱくさせながら顔を真っ赤にしている。なにか拙いことを言っただろうか?

「なにー?シロウったら告白?」

 セイバーが後ろからヒューヒュー!なんて野次を飛ばす。なんだか懐かしい感じの言い方だ。と言うか告白なんてしたか俺?

「ああああ!!もう!いいわ、分かりました、ええ分かりましたとも。覚悟しなさい士郎。次に会ったらぎったぎたにしてやるんだから!」

 遠坂は真っ赤な顔でそんなことを言っている。どこかのガキ大将のようだ。どうやらセイバーは火に油どころか核爆弾をぶち込んでくれたようだ。ふん!と言って遠坂は町へ歩き出す。その刹那。





「ねえ、お話はもう終わり?」





「「――――っ!?」」

 坂の上から声が響く。慌てて見上げた先には二つの影。闇に浮かぶ赤い瞳と月明かりを受けて光る切っ先。巨大な銃剣を抱える男と、その傍らに佇む少女。



 ――――暗い暗い夜の真ん中で、白い少女は哂っていた。





■■■■
あとがき

説明さんのターン終了。
聖女様と神父さんの人物像がいまいちつかめない。
そして空気になるルシエドとアーチャー。

ラッキーカードでレベル上げしてアンゴルモアさまに挑んだらぼっこぼこされて涙目。
流石魔王は格が違った。



[17195] Fate/WILD やってみました第5話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/04 20:38
月明かりを受けて光る銀の髪。射抜くような赤い目を携えて、少女は坂の上に現れた。

「こんばんは。リン、そしてお兄ちゃん」

 スカート裾をちょこんと掴み、貴族みたいに礼儀正しく礼をした少女は、新しいおもちゃを買ってもらったような喜色でこちらを見下ろしている。

「私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるかしら?」

 強大な力の気配を傍らに、少女は唄うようにその名を口にした。

「――――っ!アインツベルン……まさかこんなに早く出会うなんて」

 遠坂はイリヤと名乗った少女を睨みながら、そんなことを言っている。

「遠坂、知ってるのか?」

 意識は少女へ向けたまま、遠坂に問いかける。セイバーは既に俺達を守る位置へと移動し、構えてこそ居ないがいつでも戦えるように準備を終えていた。

「千年以上続く大魔術師の一族。そして二百年前、この聖杯戦争たたかいを始めた三つの魔術の家系の一つ。それが……アインツベルン」

 話を聞く限りどうやら相当な実力者らしい。しかも彼女はサーヴァントを連れている。

「ってことは、あの子もマスター……」

 信じられない。あんな小さな子供まで、こんな馬鹿げた戦いに参加しているなんて。

「よく調べてるわね、流石冬木の管理者と言ったところかしら」

 緊迫した空気の中、少女は少しも揺らぐことなく楽しそうに笑っている

「さて、それじゃあ挨拶も済んだことだし――――」

 まだ幼さの残る笑み、邪気の感じられない無垢な声で

「――――戦いを、始めましょうか」

 戦いを告げる鐘を、白い少女は打ち鳴らした。


■■■■

第5話 白い少女・黒い騎士

■■■■


「アーチャー!」

 遠坂が叫ぶと同時に、いやそれよりも早く、霊体化していたアーチャーは遠坂を守護するように現れた。

「凛、下がれ」

 男は右手を構えながら、短く遠坂へと声をかける。相手サーヴァントは一人だが油断は出来ない。セイバーも剣を構え臨戦態勢だ。

「シロウも、ここは危ないわ。リンと一緒に後方へ下がって」

 セイバーは上方を鋭く見つめながらそう指示を出す。

「ちょっと待て!いくらなんでもいきなりやり合う事は無いだろう!」

 魔術師といえどまだ小さい子供だ、それに問答無用で殺し合いなんてするのは間違っている。無意味な戦い、不当な行いを止めるために、自分は戦うと決意したのではなかったか。

「馬鹿!そんな場合じゃないでしょう!」

 遠坂が怒気を飛ばしながら言う。

「だけど――――」

 本当は自分自身もそんな言葉では止められるはずは無いと分かっていた。『此処』はそう言う世界なのだと。
 それでも、止められるものなら止めたい。そう思って、何とかこの場を収める方法を必死に考える。

「その少年の言う通りだ。イリヤ、あっちは話し合いを望んでるようだし、此処は一度落ち着いて武器を収めるってのはどうかな」

 助け舟は、思わぬところから出された。少女の傍ら、銃剣を携える男からそんな提案が出される。

「っ!?バーサーカー!貴方何を言っているの?貴方は私のサーヴァントでしょう。いいから早くあいつらを殺しなさい」

 バーサーカーの思わぬ反抗に少女は怒りを露にする。

「物騒なお嬢さんね、少しくらいこっちの話も聞いてくれないかしら。ほら、貴女のサーヴァントも困ってるわよ。……久しぶりね、バーサーカー。いいえ――アシュレー・ウィンチェスター君」

 構えを崩さないまま、セイバーは2人へと語りかける。

「貴女、どうしてバーサーカーの真名を……」

 赤い瞳が驚愕に見開く。

「簡単に言うと知り合いよ、私達の世界・・・・・のね」

 少女の疑問になんでもないことのようにセイバーは答える。

「はあ、また異世界人か。もうなんでもありね」

 セイバーの言葉に遠坂がため息を吐く。

「まあ、そう言うことだよ。僕と彼女達は知り合いだ。手の内もばれてるだろうし、此処は一度話し合いを――」

 セイバーの言葉に畳み掛けるように、バーサーカーは少女に説得をする。

「いいえ、関係ないわ・・・・・。バーサーカー」

 その言葉を少女は真っ向から否定する。

「手の内がばれていようと関係ない。私のサーヴァントは最強よ。そうでしょう?バーサーカー」

 赤い瞳を燃やしながら、少女はバーサーカーへ語りかける。

「イリヤ……」

「それに、聖杯を手に出来るのは一組よ。貴方は言ったわよねバーサーカー。未練ねがいがあるって」

「っ!それ……は……」

 バーサーカーの顔に苦渋の色が現れる。少女は静かな声で、己が僕に言葉を投げかける。

「戦いなさい!バーサーカー!それとも、貴方まで……私を裏切るの?」

 赤い瞳に力はなく、泣き出しそうな声で少女は訴える。

「ッ!?そっか、ごめんなイリヤ。約束……したよな」

 少女の髪を撫でながら、瞳を閉じてそう呟く。

「!いいわ、許してあげる。バーサーカーは私のサーヴァントだもん」

 その言葉で少女は立ち直ったようだ。赤い瞳に力が宿る。

「二人とも、悪いけど話し合いは出来そうに無い。僕にも目的があるし、約束がある。アナスタシア、ブラッド……いや――」

 バーサーカーはこちらに向き直る。眦をきつく引き絞り、鋭い声で



「――いくぞ。セイバー、アーチャー!」



 今度こそ戦いの火蓋を切って落とした。

「交渉決裂か、来るわよ!」

 バーサーカーは50メートル近い坂を一息で飛び降り、その勢いのまま銃剣を突き出す。

「く!っと、危ないわね!」

 セイバーはそれを飛びのいて避ける。地面には小さなクレーターが出来ていた。

「アーチャー!援護!」

「了解」
 
 遠坂がアーチャーへ指示を出す。右手に着けたグローブから機関銃が放たれる。

「ッ!なら、これで!」

 一撃一撃が戦車の砲撃のようなその銃弾の雨をバーサーカーは銃剣で弾きながら。地面に向かって銃弾を連射したはなった

「煙幕!?しまった、狙いがつけられない!」

 遠坂が声を上げる。相当な威力の破壊だったようだ。辺りにはすぐ先も見渡せないほどの砂煙が上がっている。少しはなれたところに居る遠坂たちには壁のように見えるだろう。

「よし、このまま煙にまぎれて……」

「させると思う?」

 俺の前に居たはずのセイバーは、砂塵もお構いなしに突っ切り。隠れていたバーサーカーに切りかかる。

「はああああ!」

 手にした剣を振りかざし、セイバーは怒涛の勢いでバーサーカを追い詰める。

「く!うおおおお!」

 その連撃をたたらを踏みながらもバーサーカーは防いでいる。だが素人目に見ても、セイバーの実力はバーサーカーを上回っているのは明白だった。攻め続けるセイバーと、守るしかないバーサーカー。このまま行けば、後数分で決着はつくだろう。

「砂煙も晴れてきたわね。アーチャー、畳み掛けるわよ!」

 様子を伺っていた遠坂もセイバーの有利を悟ったようだ。決着をつけようとセイバーの援護に回る。

(まずい!)

 バーサーカーもこのままでは拙いと悟り後退するために大きく武器を振るってセイバーを遠ざけようとする。

「焦り過ぎよ!バーサーカー!」

 しかしセイバーはその斬撃をするりとかわし、決定打を与えようと懐へ肉薄する。

「バーサーカー!」

 坂の上、戦いを見守っていた少女から悲痛な声があがる。銀の刃は止まらずバーサーカーへと振り下ろされる。

「くっ!弾倉開放 ・ 大地這う蛇ショックスライダー!」

「!?まずい、シロウ!」

「え?うわわ!」

 バーサーカーが何かをした瞬間、セイバーはバーサーカーへの追撃を止め全力で俺へ走りより。抱え上げ<跳んだ>

「凛、掴まれ!」

「ちょ、ちょっといきなり何よ!ってわー!」

 後方からは遠坂達のそんな声が聞こえる。地上を見ると地面には四つの断層が出来上がっていた。まるで大きな爪で引き裂かれたようだ。

「っと。ほらシロウ、もう大丈夫よ」

「ああ、ありがとうセイバー」

 間一髪のところでセイバーに助けられた。遠坂達も傷を負うことは無かったようだ。バーサーカーは大きな攻撃をした反動か、息が乱れた様子でこちらを伺っている。 

「勝負あったわね。ご自慢のバーサーカーもへとへとみたいよ。隠し玉も効果は無かったようだし、降参しなさいイリヤスフィール。どういう状況が分からない貴女でもないでしょう」

 遠坂がイリヤスフィールにそう宣言する。不安に揺れていた瞳が、その一言で烈火の炎が灯る。

「っ!!馬鹿にして……!いいわバーサーカー!宝具を使いなさい!」

 激昂した少女はバーサーカーにそう命じる。

「駄目だイリヤ、アレは危険すぎる。アレを使えば君の体も――」

使いなさい、バーサーカー・・・・・・・・

「グッ!」

 少女の全身に赤い紋様が浮かび上がる。紫電が奔り、バーサーカーを苛む。

「イリヤ、君はッ……仕方ない。そっちのマスター二人、手加減は出来そうに無い。巻き込まれたくなかったら、離れているんだ」

「なにを――」

 言っているのかと続けようとした遠坂をアーチャーは抱えて全力で後ろへ後退した。

「凛、細かい説明は後だ。アレはまずい、決して此処から先へは立ち入るな」

 緊迫した声でアーチャーはそう警告をする。

「シロウも、下がって。アレを相手にしたら、あなたを守りながら戦える自信は無いわ」

 セイバーの声は明らかに先ほどまでとは違っていた。普段のおどけた態度は一片も無く、目の前の敵を見据えている。先ほどまで圧倒的な優位にあったはずなのに、セイバー達の態度は危機に直面したときのそれだった。それがなぜか分からずに、立ち尽くす俺に


 ――――ドクン――――

 
 その悪夢は、音も無くやってきた。

「え……あっ……」

 風邪を引いたわけでもないのに体の中を悪寒が駆け巡る。吐き気はのど元までこみ上げ、立っている足が疲れても居ないのに痙攣しはじめる。

 それは、確かな<恐怖>の表れだった。





内的宇宙 ・ 接続アクセス




 
 暴風のような魔力が吹き上げる。バーサーカーを中心にして渦巻くそれは、魔力の台風と言っても差し支えない。その暴風はだんだんと収束し中から一つの影が現れる。

「なによ……それ」

 後方の遠坂が呆然とした声を漏らす。暗い闇の中<ソレ>は現れた。

「アレが、私達の『世界』を襲った未曾有の大災害」

 セイバーはその気配に気おされることなく言葉を紡ぐ。

 ――黒い体。暗闇のなかでもはっきりと見えるその姿は、まるで世界中の闇を圧縮したような濃密ふきつ

「人の負の感情を糧に成長し、世界を滅ぼす『焔の災厄』魔神ロードブレイザー。その力を宿した彼の心」

 ――首に巻かれたスカーフは、いつかどこかで見たような焔を思わせる赤い色



「――――黒騎士・ナイトブレイザー」



 世界を滅ぼすといわれたその姿は、皮肉にも、テレビの中で世界を救う英雄ヒーローのようだった


■■■■
あとがき

戦闘シーン難しい!効果音とか掛け声とかいろいろと。
そしてまた空気のルシエド。次回こそ活躍するはず!……たぶん



[17195] Fate/WILD 一段落の第6話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/16 22:07
 昔、まだ小さかったころ、テレビの中で戦うヒーローを齧り付くように観ていた。


「アレが、私達の『世界』を襲った未曾有の大災害」

 
 テレビの中の彼らは強く、どんな敵からも皆を守り、どんな脅威も跳ね除けた。


「人の負の感情を糧に成長し、世界を滅ぼす『焔の災厄』」
 
 
 別に、その力自体に憧れた訳じゃない。最強になんて興味は無かったし、使い道の無い力なんてあっても困るだけだ。


「魔神・ロードブレイザー。その力を宿した彼の心」

 
 ただ、最後には決まって助けられた人達は幸せそうに笑っていて、そんな決まりきった結末を、ビデオにとって何度も何度も繰り返した。


 
 ――――だから、憧れたのはその在り方。どんな困難にも立ち向かい、どんな苦難からも逃げ出さず、すべてを救い戦い続けるその姿。

 
 だけど。


「――――黒騎士・ナイトブレイザー」

 憧れたはずの英雄ヒーローは、世界を滅ぼす災厄として自分の前に立ちはだかっていた。


■■■■

第6話 月夜の咆哮

■■■■


「驚いた?これが私のバーサーカーの宝具。魔神を宿す自身の内的宇宙へ接続アクセスし、その力を引き出す対界宝具」

 先ほどまでの怒りは消え、余裕を感じさせる声で少女は俺達に宣告する。その態度の変化も当然だろう。目の前の<ソレ>から感じる気配はあまりにも大きく異質すぎる。少女が自分の優位を信じ、自信を取り戻すには十分すぎる。

「ありえない、何よあの魔力……あんなの、人に許されるようなモノじゃない」

 遠坂は歯を食いしばりながら、自分を奮い立たせて目の前の脅威を睨みつける。

「さて、それじゃあ覚悟はいいかしら?私と、私のサーヴァントを侮辱したんだもの。
 ――――貴方達には、悲鳴を上げる権利さえ許さない」

 冷酷な視線が俺達を貫く、少女は大きく片手を上げ

「やっちゃえ、バーサーカー!」

 振り上げた手を振り下ろしこちらを指差しながら、よく響く鈴のような声で、2度目の戦いを宣言した。

「来る!」

 セイバーが叫ぶ。少女が戦いを宣言すると同時に、黒い騎士は奔っていた。

焔の破剣ナイトフェンサーッ!」

 バーサーカーの手に剣が現れる。柄すらなくそのすべてが刀身のような。破壊の力を剣の形に圧縮した歪な刃。

「く!やああああ!」

 銀の刃が破壊の刃を迎え撃つ。二つの刃が触れた瞬間、相殺出来きれずはじけた衝撃が周囲に溢れ出す。直接剣があたったわけでもないのに、アスファルトの地面は剥がれ、暴風が巻き起こる。

求めに答えし欲望の魔狼ルシエド!」

 セイバーの背後の空間から、紫の魔狼が姿を現す。鋼鉄を易々と切り裂くその爪は、バーサーカーの鎧によって弾かれた。

「アーチャー!」

「分かっている」

 衝突を繰り返す二つの力。その均衡を崩そうと、遠坂はアーチャーへ援護を命じる。

「離れろ、セイバー!」

 アーチャーがセイバーへ指示を出す。ルシエドがバーサーカーへと襲い掛かり、重ねるように一太刀をセイバーが振るう。受けたバーサーカーは衝撃で後退する。

大口径・爆裂式リボルバーキャノン!」

 その一瞬の隙を見逃さす、アーチャーは砲撃を仕掛ける。右手から放たれた砲撃はバーサーカーに直撃し、辺りに炎を撒き散らしながら炸裂する。

「よし、直撃!」

 遠坂から声が上がる。バーサーカーが居た場所には炎と煙が立ち上がっている。

「いいえ、まだよ」

 セイバーは未だ炎の残る爆心地を睨みつけながら鋭い声で言う。

「――相変わらず凄い威力だな、アーチャー」

 煙が晴れたその場所に、黒い騎士は傷一つ無く立っていた。

「チッ、やはり半端な兵装では傷一つ付かんか」

 舌打ちをしながら苦々しそうにアーチャーは呟く。

「打つ手なし、か。私の秘蔵の宝石もあの様子じゃ効果無さそうね」

 ギリッ、と奥歯をかみ締めながら、遠坂は悔しそうにそう言う。

「どうする、遠坂。今はセイバーが何とかしてくれてるけど、このままじゃどうなるか分からない」

 圧倒的な力の衝突。膨大すぎるその力は、打ち合うたびに空間さえ歪んで見える。

「凛、俺に策がある。セイバーと一緒に少し時間を稼いでくれ、用意が出来たら合図をする。そうしたら――全力で逃げろ」

 そういい残し、アーチャーはどこかへ消えた。残された俺達はセイバーへと眼を向ける。

「はあああああ!」

「うおおおおお!」

 セイバーは戦っていた。世界を滅ぼす力、魔神の力と。一撃で周囲を吹き飛ばすほどの力を、真正面から受け止め、いなし、反撃の刃を振るう。星さえ滅ぼすその力に、その身一つで立ち向かう。

「あれが、セイバー……」

 その姿に、見惚れていた。巻き起こる衝撃で眼を開けているのも困難なその場所で、その姿は否応無く目に焼きついた。この夜、確かにそこに、世界を救う聖女は存在していた。

「くっ!ああああ!」

 しかし、その戦いも徐々に終結へと近づく。黒騎士へと迫り、なお上回るほどの勢いだったセイバーの剣は、ここにきて動きを鈍らせ始める。

「はぁ……っふ……」

 それも、思えば当然のことだった。セイバーは召喚されてから戦闘続きだ、しかも表面的には治ったとはいえ、あのランサーの呪いの槍をその身に受けたのだ。ここまで戦い続けてなおその力を維持していたことの方が不思議なくらいだ。

「貰った!」

 その隙を、黒い騎士が逃すはずは無かった。破壊の刃はセイバーを断ち切ろうと、空間さえ切り裂きながら迫る。

「セイバー!」

 思わず叫ぶ。太刀打ちなんて出来るはずが無いのに、体は動き出す。くそ、間に合わない!

Ein KOrper ist ein KOrper―――!塵は塵に 灰は灰に

 走りよろうとする俺の横を赤い影が通り過ぎる。
 遠坂の手から青い光が溢れ出し、宝石に溜め込まれた魔力が魔弾となってバーサーカーに襲い掛かる。

 しかし、黒い騎士は止まらない。その程度の魔力、気にすることもないと一瞥もせずにその身に魔弾を受ける。魔弾は騎士へ届くことなく、霧散し夜の闇に消えた。

「くっそ、少しくらい怯みなさいよ!」

 遠坂が悔しげに悪態を付く。破壊の刃は止まらずに、当然のように目の前の敵を切り裂いた。



 ――――そう、主の危機を悟り、飛び出してきたその魔狼を。

「ルシエド!」

 セイバーを庇ったルシエドは吹き飛ばされ、苦しそうに横たわっている。

「ごめんなさい、もう休んでいて」
 
「――――」 

 セイバーはルシエドに走りより、労いの言葉をかける。立ち上がり、いまだ闘志の消えぬ目で騎士を睨んでいた魔狼はその一言でその場から消える。

「これで1対1か。アーチャーが何かしようとしているみたいだけど、こっちもあんまり時間をかけてられない。そろそろ、決着をつけさせてもらうよ」

 坂の下、黒い騎士から声がかけられる。いつの間にか坂の上にいたイリヤスフィールを自分の少し近く、安全な場所に移動させている。

「決着をつける、か。できるならやってみなさい。私も、ここまでされたら笑って許す、なんてちょっとできそうにないわ。――拳骨くらいじゃ、済まないわよ」

 諦めも、恐れも感じさせない声でセイバーはそれに答える。
 黒い騎士の周りに、膨大な魔力が集まり始める、魔力はちょうどバーサーカーの胸の中心辺りで収束し、渦巻く。



破壊し尽くす――――バニシング



 限界まで圧縮されたその魔力、銃口を向けるように狙いは上方のセイバーへ。
 そして、ついに



――――災厄の渦バ ス タ ー!



 星を滅ぼす『災厄』が、世界に向かって放たれた。

「っく!」

 セイバーに迫る破壊の渦、触れるものを破壊し尽くすのその力

退ける守護の風エアリアルガード!

 光となって迫るその力を、疾風の守護を持って回避した。

 光は止まらず上空へ舞い上がり、彗星となって空中へ消える。
 その光の軌跡をたどって空を見上げる。月は爛々と輝いており、雲ひとつない夜空。当然だ、先ほどの閃光によって、そんなものは吹き飛ばされた。

 だが、セイバーはその危機を脱した。いくら凄まじい威力とはいえ、当たらなければ宝の持ち腐れだ。相手もかなりの魔力を消費したはずだ。

「はぁ……あ……」

 しかし、肝心のセイバーはもう限界が近い。ランサーから受けた傷、大掛かりな術の使用による魔力の消耗、彼女が疲弊しているのは誰の目から見ても明らかだ。

「あはは、もうセイバーは限界みたいね。そっちこそ、降参したほうがいいんじゃないかしら?」

 白い少女から楽しそうな声が上がる。少女の言うとおり、このまま戦えば結果は最悪のものとなるだろう。

「っく!アーチャーのやつ。いつまで待たせるつもりよ」

 遠坂が歯がゆそうに口にする。そのときだった。

『凛、準備ができた。いいか、決して振り返るな。全力で逃げろ』

「!アーチャーから合図が着たわ、退くわよ士郎!あいつ、なんかとんでもないことするつもりよ」

 アーチャーからの合図が入ったようだ。遠坂は急かす様に言う。

「分かってる!セイバー、退くぞ!こっちにくるんだ!」

「っ!分かった、今行く!」

 セイバーはこちらに答え、離脱を試みる。しかし、黒い騎士はそれを許さない。

「逃がすか!」

「っつ!」

 再び始まる力の衝突。あのままじゃ、セイバーが逃げられない。

「士郎!早く!」

 遠坂から催促の声が上がる。だけど、そんなのは聞けない。セイバーを見捨てるなんてことできるわけがない。俺はセイバーに向かって走り出す。

「あの馬鹿っ!アーチャー!何するかわかんないけど、ちょっと待ってて!」

『それは無理だ、もう止められん。』

「ああもう、どうしろってのよ!士郎いいから伏せなさい!来るわよ!」

 遠坂がそういった瞬間、背後に悪寒を感じる。振り向いて、後方に目を凝らす。
 何百メートルも先、見えるはずのないその姿が、はっきりと見えた。
 アーチャーが構えていたのは、銃だった。いや、銃というにはあまりにも大きすぎた。それはもはや、銃というより大砲だ。銃身の長い砲。一瞬の静寂の後、銃口が光り、そして


 その瞬間、世界を振るわせる咆哮が、夜の闇を引き裂いた。



■■■■



「まったく、あれほど逃げろといったのに。まだまだ凛も甘いな」
 
 夜の森、高い丘の上で。アーチャーは銃を構えていた。

「あの少年も、若いな。純粋な思いは時に迷いを生む。その迷いを、乗り越えることができるか……」

 視線は鋭く、百メートル以上先の敵を鋭く睨んでいる。

「セイバーは、間に合わなかったか。だが、ここで迷いはしない。英雄として呼ばれたからには、果たすべき責務があるはずだ。それを果たすまで、止まることなどできない。それに――」


 銃を持つ手に力を込める。右手につけたグローブが、精神に感応し動き始める。


「――英雄は死なないッ!戦う意思が絶えない限りッ!

 ―――いくぞ。この一撃が、俺の『覚悟』だ」


 激鉄を起こし、反動によって暴れようとする銃身を押さえつける。

目標補足 ・ 自動追尾ロックオンプラス

 引き金に指を掛ける。呼吸を整え、ゆっくりと指に力を込めて。


開放 ・ 荒野震わす英雄の咆哮セット ・ リニアレールキャノン!

 
 世界を震わせる一撃が、銃口から放たれた。



■■■■


 
 その瞬間、頭の中は真っ白になった。目の前ではいまだ戦う少女。黒い騎士とセイバーに向かって。上空から流れ星のようにその一撃が迫る。

「セイバー!」

 堪らなくなって、駆け出した。でも、そんなのは何の意味もない。アーチャーの一撃は、俺なんて置き去りにして、セイバーとバーサーカーを飲み込むだろう。あの彗星より早くセイバーを助けるなんて、俺にできるわけがない。

 なら、どうすればいいのか。簡単だ。俺にできないのなら、できるようにほかのものを使えばいい。やり方はわからない、だけどその効果ならさっき確認済みだ。
 左手に力を込める、ありったけの魔力を左手に、起動の方法も呪文も、そんなものは知らない。ただ、目の前の少女を救うため、その言葉を口にする。

戻れ、セイバー!・・・・・・

 その瞬間、腕に暖かいものが触れる。その感触を無我夢中で抱き寄せて、庇うように地に伏せる。

 空から舞い降りた流星は、破壊の跡を残しながらバーサーカーを飲み込もうと迫る。
 その、刹那。


「うおおおおおおお!内的宇宙 ・ 開放アクセス!

 
 金色の光が、世界を埋め尽くした。

「っぐ!」

 背中に焼けるような痛みを感じる、吹き飛ばされた破片か何かが刺さったのだろう。でも、そんなことをいちいち気にする余裕なんてない。

 衝突する彗星と金の光。永遠に続くかと思われたその衝突は、双方の消滅によって終わりを告げた。

「痛っ!……大丈夫か、セイバー」

 腕の中のセイバーに声を掛ける。よかった、どうやら間に合ったようだ。

「ええ、シロウのおかげで大丈夫よ。でもそろそろ離してくれないかな?
 抱きついてくれるのはいいんだけど、このままじゃちょっと苦しいわ」

「なっ――!っぐ!」

 からかわれた恥ずかしさに飛び起きてセイバーから離れる。次の瞬間、背中は猛烈な痛みを伝えてくる。

「ひどい傷……ごめんなさいシロウ――癒しの願いをリフレッシュ

 セイバーがそう唱えた瞬間、俺の傷が治っていく。

「いや、セイバーそれより、バーサーカーは……」

 漸く炎の収まってきたその場所に目を向ける。地面はえぐれ、むき出しになっている。
 その中心に、黒い騎士は立っていた。

「――――――――」

 体からは煙が立ち昇り、ところどころに土が付いている。だがしかし、黒い騎士は健在だった。いまだその目には強い意志が宿っている。

「あは、あはははは!残念だったわねリン!あなたのアーチャーの切り札もバーサーカーには効かなかったみたいよ。さあバーサーカー、今度こそそいつらを殺しなさい」

 歓喜の笑いをあげながら、白い少女はバーサーカーに命じる。
 絶体絶命、とはこういうことをいうのだろうか。バーサーカーはこちらへと目線を移し、そして言う。

「いいや、イリヤ、ここまでだ・・・・・。一瞬とはいえアレを使ったんだ、君の負担も限界に近い。あれだけの威力だ、ダメージだって無い訳じゃない。――――それに」

 バーサーカーはそこで言葉を切り俺に向かって視線を移す。正確には俺の隣、セイバーに向かって。
 
「そうね、これ以上やるっていうのなら。私も、これを使うしかなくなるわよ」
 
 そこで初めて気づいた。セイバーの剣が、鳴いている。オオオン、という低い音。蛍のような光がセイバーの剣に集まっている。大きくて、どこか暖かなその光。

「ほら、彼女を本気にさせてしまった。あの剣を使われたら、君を守る約束が果たせない」

 バーサーカーは白い少女を静かに諭す。

「なにを――――くっ!……仕方ない。いいわ、今日のところは見逃してあげる。

 ――――また遊びましょう、お兄ちゃん達」

 そう言って黒い騎士と白い少女は溶けるように闇の中へと消えていった。
 残されたのは、ぼろぼろの俺と、おそらくはさっきの衝撃で口のなかに入ったであろう砂をぺっぺ!と吐き出しながら涙目で服に付いた砂を叩き落としている遠坂と、静かに佇むセイバーだけだった。

「まったく、アーチャーの奴やってくれるわね。帰ってきたら文句言ってやるんだから」

 一通り砂を落とした遠坂がこっちに着ながらそんなことを言っている。
 バーサーカー達の消えた方向を見つめていたセイバーが、はっ、と何かに気づいたようにこちらを見る。

「シロウ!傷の治療が終わってないわ。早く家に帰って続きを……シロウ?」

 そんな心配の声に答える事もできない。先ほどまでの緊張の糸が切れ、情けないことに倒れたまま一歩も動けそうにない。あ、なんか眠くなってきた。

「ちょ、ちょっと士郎大丈夫なの!?ああもうアーチャー!やっと帰ってきたわね。言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずこいつを運びなさい。説教は、その後たっぷりしてあげる」

 遠坂のそんな声が聞こえる。ついで、体が宙に浮く感触。アーチャーに持ち上げられたのだろう。
 ふと、何かが額に触れた。目を凝らしてそれを見ると、どうやらセイバーの手のようだ。

「お疲れ様、シロウ。格好よかったわよ。だから今日は――ゆっくり休みなさい」

 そういいながらセイバーは俺の頭をなでる。なんだか子供のようで恥ずかしかったけど、その感触に勝つことなんてできなくて、意識はそのまま闇へと落ちていく。ああ、その前に、言っておかなくちゃ。

「……お休み、セイバー」

「ええ、お休みなさい、シロウ」

 にっこりと笑ったセイバーの笑顔を見た瞬間。俺の意識はぷっつりと切れた。
 

 
 寒い寒い夜の中、最後に見えたその笑顔は、とても温かいものだった。


■■■■
あとがき

VSバーサーカー編決着。
技のルビ振るのに悩みまくりました。
結果がご覧の有様だよ!



[17195] ステータス情報が更ry
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/16 22:08
ステータス情報

セイバー

真名 アナスタシア・ルン・ヴァレリア

属性 秩序・善

筋力D 魔力C 耐久E 幸運B 敏捷C

宝具????
ランク E~EX

対界宝具

レンジ 1~99
最大補足 1000人

セイバーの所持する剣。術者の精神(フォース)に感応し、その想いを力に代える。精神力を魔力に変換し、増幅できる半永久機関。
使用には強い精神力が必要。相応しくないものには手に出来ず。無理に使用するとペナルティを受ける。
この剣を所持している間セイバーは

筋力最大A 魔力最大A++ 耐久最大B+ 敏捷最大B の補正を受ける(幸運には補正なし)
ただし精神が消耗し、セイバーの状態が良好でなければステータスも比例して落ちる。

またこの剣を所持している間セイバーは専用スキルを扱うことが出来る

専用スキル
生命の盾(サルベイション)
専用スキル。このスキルが発動している間、いかなる攻撃、いかなる現象をもってしてもセイバーが即死することは無い。
どのような状況でも確実に生き残る、生きたいと言う想いが形になった術。ダメージに対して若干のマイナス補正をつける。

癒しの願いを(リフレッシュ)
専用スキル。瀕死のダメージであっても術者の精神力が尽きていない限り癒す。大きな傷を癒すには比例して多くの精神力を使う。
ダメージだけでなく呪い、状態異常なども治癒可能

退ける守護の風(エアリアルガード)
専用スキル。このスキルを発動したときセイバーの敏捷は2ランクアップする。
剣のステータスアップとの重複で最大A+まで上昇。また、危機状態(攻撃を受ける直前)などの状況においては瞬間的にA++まであがる




宝具 求めに答えし欲望の魔狼(ルシエド)

対人宝具

ランク B+

レンジ ?~??
最大補足 1人

剣の聖女の傍らに居たとされる魔狼
星に生み出された守護獣・ガーディアンだが、星からのバックアップが無いため全力は出せない。
発動時魔力はほとんど使用されないが、召喚の維持、戦闘には魔力を必要とする。
ただし、ルシエド自身も魔力をもっているため戦闘等の大きな魔力行使をしなければ、セイバーに負担がかかることは殆ど無い。

スキル

不屈の精神A
精神への干渉を無効化する。
大魔術による干渉であっても万全の状態なら無効化。

単独行動C
宝具のフォース魔力転換による単独行動スキル
本来ならもっと上のランクだがセイバー事態が単独行動(孤立)を嫌うためランクが下がっている

対魔力B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する、大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい。

直感B
危険や脅威に対する第六感。
自身がどうすれば危険を回避できるかを感じ取る。

騎乗B
騎乗の才能、大抵の乗り物なら人並み異常に乗りこなせるが、魔獣、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。




アーチャー

真名 ブラッド・エヴァンス

属性 秩序・中庸

筋力A 魔力C 耐久B++ 幸運D 敏捷D+

宝具 荒野震わす英雄の咆哮 (リニアレールキャノン)

ランク A+

対艦宝具

レンジ 1~99

最大補足 1000人


元艦載式磁力線砲による狙撃。最古にして強大な技術、ロストテクノロジーによって動く戦艦すら撃墜する。
膨大な魔力を使うため連射はできない。

宝具 大口径・爆裂式 (リボルバーキャノン)

ランク B

対軍宝具

レンジ 1~50

最大補足 100人

右手に装着されたマイトグローブから小型グレネードを発射する。
単発の威力は普通だが爆発によって広範囲に威力が届く。

スキル
単独行動B+
マスターから魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力
二~三日なら自力で現界可能

対魔力D
一工程(シングルアクション)による魔術を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の効果。

千里眼B
視力の良さ、遠方の標的の補足。動体視力の向上。

心眼(真)
戦場において培った洞察力。窮地においてその場で残された活路を導き出す戦闘理論。

専用スキル
目標補足 ・ 自動追尾 (ロックオンプラス)
使用すると、次に行われる攻撃ひとつの命中率が100パーセントとなる。
回避行動をとっても、自動で追尾するため回避は不可能。

備考
手に装着しているものはマイトグローブ(炸薬式機械手甲)とよばれる精神感応武器(ARM)
攻撃時や防御時に保護するだけでなく、様々な機能が搭載されている。
小機関銃のような機能もついており、これだけで格闘戦、遠距離戦どちらも可能




バーサーカー

真名 アシュレー・ウィンチェスター

属性 秩序・狂

筋力B+ 魔力C 耐久B 幸運D 敏捷C+

宝具 内的宇宙・接続(開放) (アクセス)

ランクEX

対界宝具

レンジ 1

最大補足 1000人

魔神の力を宿す内的宇宙へアクセスし、その力を引き出す。
このときバーサーカーは

筋力最大A++ 魔力最大A+ 耐久最大A 敏捷最大B+の補正を受ける

使用には強い精神力が必要で、力を使いすぎると<狂化>状態となり。
幸運以外のパラメータに+の補正が付くが、敵味方区別なく攻撃をする。
また、この宝具使用時、バーサーカーは専用宝具を使用できる。

宝具 焔の破剣 (ナイトフェンサー)

ランク A-

対人宝具

レンジ 1~20

最大補足 1

破壊の力を圧縮し、剣にした宝具。
力を集中させているため、捕捉人数は少ないが威力は高い。

宝具 破壊し尽くす災厄の渦 (バニシングバスター)

ランク A+

対界宝具

レンジ 1~100

最大捕捉 100人

破壊の力を内臓器官に圧縮し、粒子加速砲として発射する。
威力、射程に優れるが魔力消費は多い。

スキル

狂化C-
狂化スキル。バーサーカーの精神力によって封じられているが、魔神の力を過度に使用すると発動。
ステータスに+をつけるが敵味方関係なく襲い始める。

戦闘続行C
傷を負っても戦闘を続行する。

神性C-
魔神を宿すことによって付いた神性。
アシュレーが魔神の存在を嫌っていることからランクは低い


■■■■

微更新
レンジとか捕捉とかあやふやな感じ!



[17195] Fate/WILD いろいろあれな第7話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/04 20:53
 夢を見ている。
 普段あまり夢を見ない自分には珍しいことだけど、内容を考えれば夢に見ても仕方ない、と思った。
 辺り一面の焔。焼け焦げたひとの臭い。かき消されていく悲鳴。

「ああ――――」

 最初は、あのときの夢か、と思った。だって、そう思っても仕方ないほどそっくりだった。
 10年前のあの時、すべてを失ったあの時と。

 だけど、違った。呼吸するだけで灰が焼け焦げそうな火の海の中を歩いているのは、女の子だった。
 ひどい傷だった。全身は煤まみれで、いたる所に傷がある。

 けれど、少女は生きていた。生きることを諦めていなかった。
 希望なんて見えない焔の中を、死にたくないと必死に歩いていた。

 足元には倒壊した建物に挟まれて動けない人が居た。「助けて」というその人を少女はその言葉どおりに助けようとした。

 だけど、そんなことできるはずがない。だって、少女は何の変哲もない女の子で、ヒーローみたいな力もない女の子には、壊れた建物をどかす力なんてない。
 助けて、と言った誰かは結局、救われること無く死んでいった。

 少女はまた歩き出す、救えなかった誰かにごめんなさいと謝って、生き延びるために歩みを進める。

 少しいくとまた人に出会った。幼い子供と、おそらくはその母親。
 母親には、足が無かった。何かに巻き込まれたのだろう、この地獄でそんな光景は珍しくもなんとも無かった。女はもう自分は助からないと諦めて、子供を自分に差し出した。
 「この子だけでも助けて」と言って、女は息絶えた。

 少女はその言葉どおりに子供を助けようとその子を抱え歩き出す。
 落とさないように、しっかりと抱えて歩いた。少し歩いて腕の中の子供を見ると、もう息をしていなかった。

 子供を地面にそっと置き、ごめんなさい、と謝って少女はまた歩き始める。
 左足を何かで切った。血を流しながら引きずるように歩く。

 少し歩くとまた人に出会った。背の小さな男だった。焔のなかを歩き続ける彼女の前で、男はナイフを取り出した。
 「もうお終いだ」と言って男は目の前で自分の喉を突き刺した。少女は止めようとしたけれど、当然間に合うはずなんて無かった。

 少女はまた歩き出す。助けてあげられなくてごめんなさい、と死んでしまったあきらめた誰かに謝って。


 少女は歩き続ける。終わりの見えない地獄、果ての無い恐怖の中を、死にたくないと叫びながら歩いた。

 だけど、終わりは当然のようにやってくる。歩き続けた少女はふとした拍子に転んで、立ち上がることなんてできなかった。

 ――ああ、同じだ

 10年前の大災害。あのときの自分と何もかもが一緒だと思った。助けられなかったたくさんの人たち、もう死ぬんだと諦めるしかないその状況。

 だけど、それは俺の思い違いだった。少女は地に倒れ付してもう死を受け入れるしかないと言うその状況で、まだ諦めていなかった。「生きたい」と、口から血を吐き出しながら這っていた。



 そして、その剣に出逢った。
 ふと顔を上げた少女の目の前に、その剣は刺さっていた。深々と地面に刺さった銀色の剣。その剣は、少女に語りかける。

 ――何を望む――

 柄を掴んだ瞬間、そんな言葉が脳裏によぎる。
 生きたい、と少女は言った。

 ――何を望む――

 掴んだ腕に力を込める。剣を杖のようにして立ち上がる。
 死にたくない、と少女は言った。

 ――何を望む――

 両手でしっかりと剣を持って、祈りのように目の前へと持ち上げる
 全てを救いたい、と少女は言った。

 地面に突き刺さった剣は、当然のように簡単に抜けて、彼女はそれから『聖女』になった。
 人々は喜んだ。世界を滅ぼす『災厄』を退ける力を持った『聖女』
 誰もが待ち望んだ『英雄』が、自分たちの目の前に現れたのだ。

 もちろん少女も喜んだ。世界を救える力を手に入れて、死ぬはずだった運命すら回避した。傍らにはいつの間にか、紫の魔狼がいた。

 少女はそれから戦った。世界を滅ぼすその力と。
 赤い目を持った友人は、無理をするなと言いながら自分を支えてくれた。



 そして、その日はやってきた。
 熾烈な戦いも7日目を向かえ、決着のときが近づいていた。少女はその力で魔神を追い詰め、打ち滅ぼそうと剣を振るう。

 しかし、それは果たせなかった。魔神は人の負の感情を糧としてその身を現す。
 救いたいものたくさんのひとのせいで、お前は報われない、と魔神は言った。

 ――――だから結局、そうするしかなかった。

 大切な人たちが居た。
 助けてください、と願う多くの人が居た。

 大好きな人たちが居た。
 私たちのために戦ってくださいしんでくださいと願う人たちが居た。

 だから少女は願われた通りのことをした。少女だって死にたくなかった。最後まで抗い続けたのはそのためだ。だけど、守りたいものがあった。

 だから結局、少女はその命を差し出した。倒せないのなら、封印だけでもと、今できる最上の事をした。



 誰よりも生きたいと願った少女は結局、誰からも救われること無く、みんなまもりたいものを救って死んでいった。



 そのことに、凄く腹が立った。
 誰よりもがんばって、誰よりも血と涙を流して、誰よりも諦めなかった彼女。
 救われないと、嘘だと思った。誰よりも幸せになって、誰よりも笑えないといけないはずの少女がそんな風になってしまったことが、とてもじゃないけど許せなかった。

 だけど、これは終わったことゆめだ。
 起きた事は覆らない。時間はさかさまには流れない。

「ちく、しょう」

 悔しくて、涙が出そうだ。自分には何もできない、あの時も、これを見た今も。

 なら、もしも。

 喜べ少年――

「……ロウ」

 それを救えるとしたら

 君の願いは――

「シ……ウ」

 俺は――

「シロウ!」

 その声で、ぼんやりと起き上がる。瞬間、体に何かがタックル、もとい抱きついてきた。

「うお!っと。ってセイバー!?なな、なにを!?」

 びっくりしてどもりながらセイバーに問いかける。

「よかった。いつまで経っても起きないし、うなされてるから心配したのよ」

 セイバーはそこで顔を上げ、こっちに向かってにっこりと微笑んだ。
 目に少し涙がたまっているのを見て、不謹慎だけどちょっとかわいいな、なんて思ってしまった。

「おはよう、セイバー」

「おはよう、シロウ。もうお昼だけどね」

 目の前の少女とそんなやり取りをする。それだけで、さっきの夢のもやもやは一応消えてくれた。

 新しい一日が、始まった。


■■■■

第7話 衛宮さんちの家庭の事情

■■■■


 なんだかいい雰囲気だったから流していたけど、よくよく考えるとこの状況はなかなかに恥ずかしい。抱きつくセイバーを何とか引き剥がして、布団から立ち上がる。

「よ!っと。ここは、俺の部屋か。えっと昨日はバーサーカーと戦って、それから――」

「シロウが急に倒れちゃうからアーチャーが担いで連れて帰ってきたのよ。まったく!無理ばっかりして!」

 セイバーは頭に怒りマークを浮かべながら怒っている。

「悪かったよ。でも、あの時はああするしかなかったんだ。って、そういえば遠坂達は?」

 会話に出てきたアーチャーと言う単語で遠坂達の事に思い至る。セイバーはそれを聞くとあ、そうそうと、何かを思い出したようだ。

「リンも今この家に居るの。シロウが起きたら居間に居るから連れてきてって言ってたわ。これからのこと・・・・・・・について、話があるって」

 これからのこと?よく分からないが遠坂は待っているようだし、待たせるのも悪いだろう。セイバーと一緒に歩いて居間へ入る。そこには、なんだかよく分からない光景が広がっていた。

「あら、士郎起きたのね。よかったよかった。話があるから、ちょっとそこに座ってて」

 赤い服を着た遠坂がいた。いや、これだけでもなんだか見慣れない光景で不思議な感じなのだが、問題はそんなことじゃなかった。問題は、アーチャーだった。

「…………」

 アーチャーは正座していた。床じゃなくてギザギザの板に上に。首からは『反省中』とかかれたプラカードのようなものをぶら下げ、ご丁寧にもひざの上には木の重しが置かれ、コップになみなみと入った牛乳をその上に載せ、少しでも動けばこぼれると言うオプションつきだった。

「ああ、アーチャーは今反省中だから気にしないでいいわよ」

 今日一番のいい笑顔で遠坂はそう言い切った。いや、今始めてみたから一番も二番もないのだが。

「凛、これはあまりにもひどいんじゃないか」

 アーチャーは静かに遠坂に抗議をする。

「今の聞こえた?セイバー」

「私のログには何もないわね」

 二人はナイスコンビネーションでアーチャーの言葉を聴かなかったことにした。
 怒っている。なんだかすごく二人は怒っている。

「まったく、いきなりあんな物ぶっ放すなんて何考えてるのよ。逃げる作戦でも思いついたのかと思ったら、逃げるのはあんたの宝具からだし、それに何よあの宝具!馬鹿みたいに魔力使って」

「そうよ、私が巻き込まれそうになったのは仕方ないことだけど、士郎たちにまで被害がいってたじゃない」

 二人は見事な連携でアーチャーを追い詰める。あの二人、実は似たもの同士なんじゃないだろうか。

「いや、確かに細かく説明しなかったのは悪かったが、あの時はセイバーもやられかけていたしだな」

 アーチャーは額に冷や汗を流しながら弁明する。

「ハァ、分かったわ。逃げろっていったとき逃げ切れなかったのは私の甘さもあったし」

 遠坂はそういってアーチャーのひざの上の重しをのける。

「それに士郎も!わざわざ自分から死にに行くようなことして。あなたが死んだらセイバーだって消えてしまうって分かってるでしょう!」

 キッっとこちらに視線を移して遠坂は言う。

「だ、だから悪かったって。体が勝手に動いたんだ、令呪のおかげでセイバーも助かったし、結果的にはよかったじゃないか」

 そう、令呪だ。俺に左手に刻まれていた痣は、その形を変えていた。
 いや、正確には減っていた。3度限りの絶対命令権。そのひとつが使用されたことで令呪は数を減らしていた。

「っつ!そうよね。令呪、使わせちゃったのよね」

 遠坂はそこで少し考え込んだ後、顔を上げて言った。

「衛宮くん、話しに入りましょう。簡潔に言うけど、私と手を組まない?」

「手を組むって……俺と、遠坂が?いいのか?」

「ええ、見たでしょう、あのバーサーカーのふざけた力。アーチャーの宝具もかき消されたし、セイバーでさえ追い詰められた。まあ、万全じゃなかったみたいだったけど、それにしてもあのサーヴァントは脅威よ。そして、それを従えるあの子も」

 そこで思い出す。あの女の子の事だ。銀色の髪の女の子、イリヤスフィールと言ったか。

「あの子は私たちを狙ってる。アーチャーはあの宝具のせいで暫くはまともに宝具を使った戦闘はできない。通常戦闘くらいなら問題ないけど、それじゃああのバーサーカーには届かない。セイバーも戦闘続きでかなり消耗してるみたいだし、ここは手を組んだほうがいいと思う」

 セイバーに目を向ける。彼女は笑っていたけど、その笑顔にはどこか力が欠けていた。
 やはりつらいのだろうか。それも仕方ない。あれだけのことをして疲れていないほうがおかしいのだ。

「もちろん、ただって訳じゃないわ。士郎には私が魔術を教えてあげるし、ほかにも知ってる情報ならすべて話すわ」

 遠坂は指を立ててそう話す。

「いや、それはいいんだが。こっちには遠坂にやれるものなんてないぞ。それでもいいのか?」

「いいのよ、貴方には大切な令呪も使わせちゃったし、それにセイバーの力は今の私たちに必要よ。……さて、それで答えは?」

 そういって遠坂は手を差し出す。少し恥ずかしかったけど、そんないい提案を断るわけなんてない。

「もちろんいい。こっちからもお願いする。セイバーも、いいよな」

「ええ、リンもアーチャーも頼りになるし、手をつなげるのならつなぎたい」

 遠坂の手を握る。握った手は想像通り柔らかくて、思わず急いで手を離してしまった。

「よ、よし。これで契約完了だな」

 ごまかすように手を引っ込める。顔が熱い、きっと赤くなっているだろう。

「何よ、そんなに握手いやだったの?って……ははーん」

 遠坂はそこでにやり、と意地の悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込む。

「衛宮くん、真っ赤になってるわよ?風邪でも引いたの?」

 くすくすと笑いながら遠坂は近づいてきて俺の額にぴたりと手の平を当ててくる。
 ばっと、音が鳴るようなすばやさでその場から後ずさる。
 くそ、確実に遊ばれているっ!

 後ずさるとドン、っと誰かにぶつかった。振り向いてみるとセイバーだった。

「わ、悪いセイバー」

 慌てて、謝る。セイバーは聖母のようなほほえみでいいのよ、といい。そしてそのあと

「それより、風邪のときは誰かに移すと風邪の治りが早いそうよ。ほら、私でよかったら移してもいいんだよ?」

 そういいながら顔を近づけてくる。先ほどまで聖母の微笑みに見えていた笑顔は、あくまの笑顔にしか見えなかった。
 青いあくまと赤いあくま。二人のあくまにからかわれると言う状況は、遠坂が急に家に住むと言い出し、荷物を取りに行くまでそれから何十分と続いた。

 晩御飯を食べた後、セイバーのお風呂をうっかり間違って覗いてしまったり、遠坂がウォシュレット魔の手にかかったりひと悶着あったが、つつがなく平和?にその日は終わった。

 なんだか、目からしょっぱい涙がちょちょ切れてるけど、気にせずにその日は眠りに付いた。くやしくなんかない。本当だ!

「強く生きろ、少年……」

 屋根の上からアーチャーの声が聞こえた気がした。
 
 今日の教訓、おんなのこ相手に油断すると、痛い目を見る。


■■■■


 朝が来た。俺の心のもやもやも関係なく、気持ちのいい朝だった。
 時刻は6時、そろそろご飯を作らないとまずいだろう。台所へと足を向ける。

 ちなみに遠坂は離れの客間へ、セイバーも部屋がほしいと言ったので、遠坂の近くの部屋を使ってもらった。

 居間に着く。朝ごはんの支度をしようとする俺の前に、ゆらりとついんてーるの何かが現れた。

「あー、おはよう士郎。朝早いのね……」

 ふらふらと足元がおぼつかない様子で現れたのは我が高のアイドル遠坂凛。
 ……のはずだ。

「遠坂、お前大丈夫か?なんかすごいことになってるぞ」

「ああ、いいのよ朝は大体こんな感じだから。それより顔洗いたいんだけど、洗面所どこだっけ」

 ゆらゆらと幽鬼のように歩く遠坂。本当に、こんな姿学校の奴らが見たら卒倒すると思う。

「顔洗うだけなら、そっちの玄関の近くに洗面所があるからそっち使ってくれればいい」

「うー、わかった」

 ふらふらと倒れるんじゃないかと言うような足取りで遠坂は廊下へと消えていった。
 さて、俺も朝飯の支度をしないと。

 そう思って、エプロンを占めた瞬間。ぴんぽーんと、家のインターホンがなった。

「士郎ー、誰か着たわよー」

 廊下の遠坂から声がかかる。この時間に来るのは身内しか居ない。おそらく桜だろう。
 まったく、インターホンなんて押さないで入ってきていいっていってるのに。
 と、そこまで考えて頭の中が凍りついた。

 ――まずい!

 全力で玄関へと走る、遠坂たちが居ることがばれたらまずい。今日はどうにかごまかして帰ってもらって――

「え、遠坂、先輩……?」

「あら、間桐さん。おはよう、珍しいところであったわね」

 そんな俺の思いは、頼んでも居ないのに玄関で客人を出迎えてくれやがった遠坂によって打ち消された。

「先輩……これは、どういう」

 桜は不安げな瞳で見つめてくる。まずい、この状況は非常にまずい。

「いや、桜これはだな」

「単に私がここのお世話になるって決まっただけよ。今日から暫くこの家に住むから貴方はもう来なくていいわ間桐さん。貴方なら、分かるでしょう」

 必死に弁解しようとする俺の横で遠坂がばっさりと切り捨てる。
 ああもう、何だってこいつはこんなに!

「いや……です」

「は?」

 俯いていた目を上げて桜は短くいった。

「いやです、といいました。遠坂先輩になんていわれても、それだけは譲れません」

 先輩、失礼します。と行儀よく言って、桜は台所のほうへと歩いていった。
 残された俺たちは顔を見合わせる。

「驚いた。あの子学校とはぜんぜん違うじゃない」

「あ、ああ。俺もあんな桜は始めて見た。と言うか遠坂、何もあんなにきつく言うことないだろう」

 着ていきなり帰れ、なんていわれたら。桜じゃなくてもショックを受けるだろう。

「なに言ってるのよ。ここは戦場になるかもしれないのよ?なるべくあの子を近づかせないための気遣いだったのに……あそこまで意固地だとは。士郎、あの子毎日着てるの?」

「いや、朝はほぼ毎日着てるけど、夜は時々だ。最近物騒だしな」

 そう、町では妙な噂が蔓延っているし、実際事件もおきている。

「そう、じゃあこれから毎日になるわね、はあ」

 そういって遠坂は居間へと歩き出す。言っていることはよく分からなかったけど、いつまでもここに居ても仕方ないのでその後を追って居間へと向かった。


■■■■


「はい、どうぞ遠坂先輩」

「え、ええ、ありがとう」

 俺が作ろうと思っていた朝食だが桜に「私が作ります」と押し切られた。
 桜特製の朝食が並べられていく。遠坂との間に走っていたぴりぴりした空気も、いつの間にか薄れている。

 さっき見に行ったときセイバーはまだ寝ていた。戦闘の影響で疲弊しているため、回復するために休む必要があるそうだ。やっぱりあの笑顔は無理をしていたのだろう。

 一通り並べられ、さあ、これから食事だというとき、玄関からどたどたと足音が近づいてきた。

「おっはよー!士郎ご飯できてるー?うんうん!今日もおいしそうだー!」

 ばたばたと居間に入り込んできたトラ柄の服を着た女性。藤村大河。俺の姉代わりの人物だ。

「「おはようございます、藤村先生」」

 見事なシンクロで挨拶をする二人。藤ねえはおはよー、と挨拶を返して、そこでふと首をかしげ、俺に耳元にそっと耳打ちをする。

「ねえ士郎、何で家に遠坂さんが居るの?」

 ごく自然な質問だ。だから俺もごく自然に答える。

「それはね、今日から遠坂は家に住むからだよ」

 言った。きっぱりと言い切った。

「なーんだー、遠坂さんここに住むのかー。ならここに居ても何の不思議もないね!うんうん」

 藤ねえはその言葉をよく吟味して、納得した後。

って!そんなわけあるかー!!!

 がおー!っとその名にふさわしい獣の雄たけびを上げた。
 うん、耳が聞こえない。なんだこの威力、超音波か、超音波なのか。

「どー言うことなのよ士郎!遠坂さんがここに住む?同年代の女の子と一つ屋根の下!?
 どこのTOLOVEるよどこのギャルゲーよー!!」

 猛獣のごとき激しさで俺に詰め寄る藤ねえ。何だこの迫力。

「落ち着いてくれ藤ねえ。文句は聞くけど変更はしないぞ。もう決まったんだ」

「駄目ー!ぜっっったいに駄目!教師として、士郎の保護者としてそんなこと許しません!」

 話を聞いてくれそうにない。所詮人と獣は相容れないものなのか、と俺がよく分からない現実逃避をしていると、遠坂が「助けてほしい?」と耳打ちをしてきた。
 こうなったら恥も外聞もない。遠坂に頼む、といって任せる。

 それからの遠坂はすごかった。

「藤村先生、落ち着いてください。これには理由があります。まず――」

「で、でも男女が一緒の家に寝泊りというのは――」

「藤村先生は衛宮君のことを信用してないんですか?それに――」

「うう、ううううううう……」

 見事な話術で藤ねえを説得していく。すごいぞ遠坂、流石優等生の皮をかぶっているだけのことはある!

「わ、分かりました。遠坂さんにも事情があるようだし、認めましょう……」

 僅か10分もしないうちに遠坂は藤ねえを説得してしまった。
 なんて奴だ、ネゴシエーターになれるぞ遠坂!

「悪いな。桜も、いいか?」

 もう一人、この家の住人といっても差し支えない少女に確認を取る。

「はい……私が、口出しできることじゃありませんから……」

 俯いて桜はそういう。

「そんなことないぞ。もう変更はできないけど、桜だってこの家の家族みたいなもんだ。
 いやだって言うのなら、不満が解消するようにできるだけの努力はする」

 桜がそんな顔をしているのがなんだか無性にいやだったから、早口でそうまくし立てた。
 巧い言葉じゃなかったけど、その言葉を聞いた桜は顔を上げ少し微笑んで言った。

「いいえ、本当にいいんです。先輩たちが決めたことなら間違いはないだろうし、それに……今の言葉、すごく嬉しかったから、特別に許しちゃいます」

「桜……」

 桜は、本当に変わったと思う。最初にうちに来たときは俯いてばかりで、めったに笑わない子だったけど、今ではこんな風に言える様になった。それが、すごく嬉しかった。

「さあ、早くご飯を食べよう。学校に遅れちまう!」

 嬉しくて、そんな風に思わず口走る。鼻歌でもしたい気分で、朝食を食べ進めていく。




「ん~、さっきからなんかうるさいよシロウ。なに騒いでるの?」


 
 ――ぴし――

 寝ぼけた様子で、おそらく遠坂に貸してもらったパジャマを着たセイバーが今に現れた瞬間。時間も空間も凍りついた。

 「しろう?」

 目の前の姉からナニカよく分からない気体みたいなのが立ち上っている。
 熱い、あの周りだけ気温がサハラ砂漠になっている。

「い、いや、これは」

 言い訳をしようと口を開いた瞬間。背後にゾク!っとする視線を感じた。
 振り向いてみると、桜が居た。俯いた顔、垂れた髪の間からのぞく目が怪しく光っている。

「先輩……?」

 寒い、すごく寒い。体の半分が北極に飛ばされたように寒い。

「その、寝ぼけ眼でパジャマがちょっとずれて白い肌が覗いてる女の人はだあれ?」

 あくまでにこやかに、藤ねえは俺に問いかける。

「そうですよ先輩、何も怒ってるわけじゃないんですよ?ただ、ほら。私たち『家族』なんですよね?なら、隠し事はよくないと思うんです」

 くすくすと笑いながら桜はそう言う。怖い、バーサーカーとあったときぐらい怖い。
 遠坂はいつの間にか避難を済ませ。セイバーは寝ぼけた様子で洗面所へと歩いていった。つまり、孤立無援。

 一説によると、笑うという行為は、相手に牙を向ける敵意の現れだという。

 二人は顔を見合わせ、すうーと大きく息を吸い込んで。

「「説明し(なさーい)(てくださーい)!!」」

 本日二度目の雄たけびが、衛宮低からあがったのだった。

「強く生きろ、少年……」

 なんだか、いつかどこかで、それも最近聞いたような言葉が聞こえると同時に、俺の意識はブラックアウトした。




■■■■
あとがき

何気に長くなりました。
シリアス(笑)と日常パート。日常パートはもう少し?続くと思われます。
ギャグ的な乗りって難しい!



[17195] Fate/WILD どうにかこうにか第8話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/14 17:16
 学校への道を遠坂、桜と一緒に三人で歩く。
 朝の一件は何とか誤魔化そうとしたが当然そんなことできるはずもなく、今夜家で『衛宮家緊急会議』が行われることと相成った。
 言わずもがなセイバーのことである。あの後目を覚ました俺に烈火のごとき勢いで迫る藤ねえと捨てられた子犬のような目で見つめてくる桜をなだめ、何とかセイバーは家で待機してもらい夜に会議する。という方向で落ち着かせた。

 表向きセイバーは俺の家で待機ということになっているが、実はこっそり霊体化して付いて来ている。

「朝も霊体化しといてくれればよかったのに……」

 思わずそんな愚痴がもれる。いや、説明してなかった俺が悪いんだが。

 思わぬ事態に少々時間を食ったため、いつもより遅い登校となった。
 ちょうどピークの時間帯のようで、周囲を見渡すと同じ学校の生徒が多くみられる。

「なーんか視線を感じるわね。士郎、私どこかおかしい所ない?」

 歩きながらなにやら難しい顔をしていた遠坂が自分の体を見回しながらそんな質問をしてくる。

「遠坂先輩は今日も綺麗ですよ。きっと私たちと登校してるから注目されてるんです。
 先輩、男の人と一緒に登校なんて珍しいから」

 俺の少し後ろを歩いている桜がそう答える。

「え、なに。そんなことぐらいで注目されるの?
 学校生活なんてマスターしたと思ってたけど、意外に奥が深いわね」

 そんな他愛もない話をしながら校門をくぐると、向こうから見知った顔が近づいてきた。

「はあ、朝から面倒くさい奴が着たわね……」

 遠坂がため息をこぼしながらそんなことを言う。
 歩み寄ってきたのはウェーブのかかったくせっ毛が特徴的な桜の兄、間桐慎二だった。

「桜、お前僕に無断で休むなんていい度胸してるじゃないか。
 いつからそんな偉くなった訳?お前」

 出会い頭に慎二は桜にそんな言葉を浴びせかける。

「ごめんなさい、兄さん。今日はちょっと先輩の家にお邪魔してて遅れちゃって……」

「先輩?ああ、なんだ居たのか衛宮。それで、今日も僕の妹をこき使ってくれたって訳だ、本当、いいご身分だよね」

 そこで初めて俺に気がついたようにこちらに意識を向け、そんなことを言ってくる慎二。

「おお、おはよう慎二。悪いな、桜にはいつも世話になってる」

 いちいち反応していたらきりが無い。気にせずに慎二に挨拶を返す。

「ふん、本当だよ。それに桜、お前もお前だよ。衛宮みたいなのは一人でも十分なんだから、ほっといてやればいいんだ。あんまり構い過ぎると調子に乗るからね」

「やだ……今のはひどいよ兄さん。先輩に……謝って」

 その言葉に小さく震えながらも反論する桜。

「はあ?何?お前僕に反抗するわけ?
 ふざけた事言うじゃないか桜、いいからお前は黙って僕の言うことを聞いてれば良いんだよ!」

 そう言って手を上げようとする慎二。やれやれ仕方ない、とその手を掴もうと手を伸ばす。
 
 しかし

「え?うわっ!?」

 どっしーん、と桜に手を上げようとした慎二が目の前で豪快にすっころんだ。
 なんか今一瞬、セイバーらしき姿が見えたような……。

「くそ!何がどうなってる!」

 立ち上がりながら砂を払っている慎二。よほどいい具合にこけたのか全身砂まみれだった。
 と、そこに忍び寄る影がひとつ。

「あら間桐くん、朝からなんだか楽しそうなことしてるわね。
 埃まみれになって少しは見栄えがよくなったんじゃない?」

「遠坂?何でお前が衛宮と一緒に……」

 慎二は呆然とした様子でそう呟く。

「別に不思議なことじゃないわ。私と桜さんと衛宮君は知り合いだし、一緒に登校位するわ。たぶん、これからもね」

 にこやかに微笑みながらそう宣言する遠坂。

「衛宮と知り合いだって……!?」

 その言葉を聞いた途端、親の敵を見るような目で睨んでくる慎二。
 その目にはもう敵意というより、殺意のようなものが浮かんでいる。

 そんなに怨まれるような事をした覚えは無いのだが……

「ええ、本当は貴方と話したいことなんて無かったんだけど、私の知り合いとなんだか揉めてたみたいだし、それになんだかとっても滑稽な姿だったから思わず声を掛けちゃったわ」

「っ!くそっ!覚えてろよ!それと桜……今日は許してやるけど次は無いからな!」

 捨て台詞を吐きながら撤退する慎二。

『あー、すっきりした』

 そんな言葉がどこからか聞こえてくる。やはりさっきのはセイバーの仕業のようだ。

「先輩……ごめんなさい、兄さんを許してあげてください。兄さん先輩以外には仲のいい人も少ないから……遠坂先輩も、すいません」

 こちらに頭を下げながら謝る桜。申し訳なさそうに俯いている。

「ああ、怒らないってのは無理だけど、今更あれくらいで慎二を嫌ったりしないさ。
 長いこと付き合ってるからな、あいつには慣れてる」

「いい準備運動にもなったし、それに面白いものも見れたから気にしてないわ。
 まあ、まだ突っかかって来る気力があるなら突っかかってきても良いわって間桐君に伝えておいて」

 二人でそれぞれそう返す。それを聞いた桜は少し笑ってありがとうございます、ともう一度頭を下げる。
 まったく、慎二の奴こんないい妹がいて何が不満なんだ。

 校舎へ入り教室を目指す。一日しか空いていないけど、なんだか久しぶりに来たような感覚だ。
 平和な日常を取り戻すためにも、馬鹿げた戦いは早く止めなければと、そう思った。


■■■■

第8話 日常の謳歌

■■■■


 階段を上り廊下へと出る。

「じゃあ失礼します、先輩方」

 ぺこりと一礼して自分の教室へと去っていく桜。
 それを見送ってから、遠坂とそれぞれの教室へ移動する。と、その時

「ぬう!衛宮、なぜに遠坂などと一緒に!」

 現れたのは我等が生徒会長柳洞一成だった。
 というか、出会い頭にその言葉はどうなんだ一成。

「朝からご挨拶ね柳洞君。別に気にするほどのことでもないわ。ただちょっと朝会ったから一緒に登校しただけよ」

 その言葉に軽くそう返す遠坂。当たり前だが下宿のことは秘密のようだ。

「ふん、貴様の言うことは信用ならん。どうやって衛宮をたらしこんだかは知らんが俺が来た限り好きにはさせんぞ!」

 頼れるヒーローの様な台詞でそう決める一成。遠坂は顔を覆ってため息をついている。

「一成、言いすぎだぞ。大体俺はたらしこまれてなんか無い。ちょっと休みの間に色々あってな、親しくなったんだ」

「なん……だと……」

 その言葉を聴いた途端、ふらふらとよろつきだす一成。いや、なんでさ。
 「まさかそこまで毒されていたとは……」やらなにやら呟きながらどこかの世界へ旅立ってしまった。

「ふう、付き合ってられないわね。士郎、昼休みに屋上ね、ちょっと話しがあるから」

 そのまま遠坂は自分の教室へと歩いていく。残された俺はいまだにトリップ中の一成に声をかけ、こちらも自分の教室へと入る。一成はまだダメージが抜けてないのかふらふらと自分の席へ歩いていった。

「おお、衛宮おはようでがんす」

 教室へ入ると変な口調で挨拶してきたのは後藤君。また何かのドラマに影響されているのだろうか。

「おはよう後藤」

 こちらも軽く挨拶を返し、自分の席を目指す。
 慎二の奴は……女子と楽しそうに話している。一応さっきのからは立ち直ったみたいだ。

 席に着き授業の準備をしていると、後藤君がなにやら近づいてくる。

「聞いたざますよ衛宮。朝から両手に花で登校とはなかなかやるざますね」

 両手に花?桜と遠坂のことだろうか。
 というか、もうここまで噂になってるのか。

「あ、ああ。ちょうど朝鉢合わせてな。というか、もう噂になってるのか?」

「当たり前でがんす。あれ程の器量を持ちながら浮いた噂一つない遠坂嬢と、派手さはないが隠れファンは多いという間桐嬢が男と登校したとなれば、すぐ噂になるというものざます」

 俺の質問にそう答える後藤君。
 そうか、そりゃそんな二人と知らない男が歩いてたら噂にもなるか。

「教えてくれてありがとうな、今度なんか奢るよ」

「ふんがー、ふがー」

 手を振りながら自分の席へと戻っていく後藤君。最後のはもはや影響されてるとか言うレベルじゃないと思う。
 ていうかあれか、怪○君か、念力集中ぴきぴきどかーんなのか。

 きーんこーんかーんこーん

 そんなやり取りをしていると予鈴がなる。教室で騒いでいた生徒たちは皆席に着き担任が登場するのを待っている。と、廊下からばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「遅刻するーーー!っと、あぶないあぶない。ギリギリセー……ふ?」

 教室に飛び込んできたのは我等が担任藤村大河(ネコ科)
 遅刻寸前で急いでいたであろうその人は教室に入って来た力を殺しきれずそのまま段差に突っ込んで派手にすっころんだ。

 今日はよく人が転ぶ日だなぁ。
 ていうか朝俺たちより早く出たはずなのにどうしてこうなった。

 その後お決まりのタイガーコールによって復活(生徒一名殉職)し、HRを進めていく藤ねえ。
 何かの加護が働いているとしか思えないような回復力だ。

 HRももう終わりという頃に、藤ねえは急に真面目な顔と声色で話し始めた。

「皆に重要なお知らせがあります。最近町ではおかしな事件が起こっています。警察の方も調査してくれていますがいまだ解決はしていません。そこで、下校時間を早めることが決定しました。部活動をしている生徒も今までより練習時間は少なくなります」

 やったーという喜びの声と、えー、と不満の声が上がる。
 部活動をしている生徒の一部が不満を言ったが却下された。学校の判断は正しい。何が起きているかは知っていないだろうが、これで誰かが巻き込まれる可能性も減るだろう。

 HRも終わり、藤ねえは職員室へと帰っていった。
 暫くすると別の先生が教室へ現れた。
 一時限目は現代文だったか。まあ学校に通っている以上、学生としての本分を全うするとしましょうか。



■■■■



 午前の授業が一段落し、昼休みになった。
 確か遠坂に屋上に呼び出されていたはずだ。席を立ち廊下へ出る。

 廊下を歩く俺の後ろから、どたどたという足音が響いてくる。
 なんだ?と思って振り向くと、黒い影が全力疾走しながら近づいてきていた。


「ばかしゃもじいいいいいいいいいいいいい!」

「うお!?」

 
 その勢いのまま俺にとび蹴りを食らわそうとする黒い影。
 紙一重でそれを避け、犯人を目で追う。

「っち!躱しやがったか」

 着地を綺麗に決め、猛獣のような目でこちらを睨んでいるのは陸上部所属『穂群の黒豹』(自称)こと蒔寺楓だった。

「なにすんだ蒔寺、いきなりとび蹴りなんて危ないだろう」

 危ないというか、もはや意味が分からない。
 学校を歩いて居たら女子生徒にとび蹴りをかまされました、なんて世界で俺が初じゃないだろうか。

「うるさいバカスパナ!朝から遠さ……女子生徒二人と登校なんて悪事を働く怪人はこの穂群の黒豹が退治してやる!あれか!スパナだけに二股ってか!」

 いきなりとび蹴りをかましてきたと思ったらよく分からない罵倒を始める蒔寺。怪人て誰さ。
 そんなことを考えているとまた後ろからぱたぱたと走り寄る音が聞こえてくる。
 
「蒔ちゃん、まってよ~!」

「まったく蒔の字の奴はもう少し落ち着きをもてないものか。
 おや、噂の衛宮某も一緒か」

 やって来たのは陸上部の部員、三枝由紀香と氷室鐘だった。

「あ、衛宮くんこんにちは」

「ごきげんよう、衛宮。蒔の字がなにやら迷惑を掛けている最中のようで済まない」

 ほにゃっとした笑顔で挨拶をする三枝と、やれやれと首を振りながら挨拶をする氷室。

「こんにちは、三枝、氷室。状況がよく分からないんだが説明してくれると助かる」

 ふしゃー、と唸りながら今にも飛び掛ってきそうな蒔寺を指差しながら説明を請う。
 それを見た氷室がため息をつきながら一歩前に出る。

「そうだな、その前に衛宮、ひとつ聞きたいのだが君が今日間桐嬢と遠坂嬢と登校したというのは本当か?」

「え?ああ、本当だけど」

 突然の質問に一瞬戸惑ったがそれに答える。

「ほう……それは興味深い」

「なにー!やはりこのエロブラウニー許せん!」

 それを聴いた瞬間目を輝かせる二人。いや、輝きの種類はぜんぜん違うけど。

「鐘ちゃん、そうじゃなくてちゃんと説明してあげないと……」

 おろおろしながら助け舟を出す三枝。
 ああ、なんだか見てるだけで癒されるなぁ。
 最近怖いおんなのこたちしか見ていなかったから余計に。

「ふむ、つい興が乗ってしまった。失礼した。それで、蒔の字のことだが、今日君が件の2人と一緒に登校したと噂を聞いてね。女の敵めーなどといいながら走り出して今に至る、という訳だ。部活時間が短くなったのも相乗効果で気性が荒くなっているのかもしれん」

「いや、という訳だと言われても」

 ますますよく分からなくなってしまった。
 何で一緒に登校しただけで敵に認定されるのか。

「一緒に登校したって言っても朝偶然会ったから一緒に着ただけだ。
 別にあいつと付き合ってるとかそういうのじゃないぞ」

 一応弁解をしておく。変な勘違いが広まるのは2人にも迷惑だろう。

「ふむ、今はまだ・・・・・恋仲ではないと」

「なにー!いずれ二人とも俺のものにしてやるげっへっへだとー!ぐぬぬ、おのれきちくしゃもじ。許すまじ!」

 なんだか微妙な相槌を打つ氷室と、再び再起動する蒔寺。そしておろおろしている三枝。

「鐘ちゃん、蒔ちゃんまた暴走しちゃったよう~」

「やれやれ、蒔の字はもう少し大人しくしていれば女らしいというのに」

 今だ騒いでいる蒔寺を前に手の打ちようがない、と言った感じの二人。

「そうだなぁ、蒔寺はもう少し雰囲気やわらかくすれば、日本美人っぽくて人気出ると思うな」

 氷室の言葉を聞いてついそんな言葉がこぼれた。
 先ほどまで騒いでいた蒔寺はその言葉を聞くとぴたり、と止まる。

「ほう……」

「うわわ、衛宮くんすごい……」

 真っ赤な顔でうつむく蒔寺。眼鏡を直しながら怪しく笑う氷室。そしてこちらもなぜか顔を真っ赤にして口元を覆っている三枝。
 よく分からないがとりあえず声を掛けてみよう。

「蒔寺、どうしたんだ?気分が悪いなら保健室に――」

「それか」

「は?」

 連れて行こうかと言おうとした俺の言葉を、ぷるぷると小刻みに震えていた蒔寺がそう遮る。

「そうやって遠坂たちをたぶらかしたのかー!
 このえろしゃもじー!有罪だ断罪だ贖罪だ免罪だー!」

「蒔の字、後半はもうよく分からないことになっているぞ」

 再び爆発した蒔寺と冷静に突っ込む氷室。
 と言うか今何か気になる響きがあったような……

「やっば!約束してたんだった!」

 遠坂、と言う単語で思い出す。
 結構な長話をしてしまった。昼休みも半分くらい終わってしまっている。

「悪い3人とも!ちょっと用事あるからこれで!部活がんばれよー!」

 走り出しながら別れを告げる。
 うがーまてーと言いながら追いかけようとする蒔寺を氷室が抑えている横で三枝が小さく手を振っている。それを確認した後、屋上への道を一気に駆け抜ける。



「悪い遠坂!遅れちまった!」

 
 
 屋上の扉を開けるとすぐにツインテールの後姿が見つかった。
 すぐさま駆け寄り謝罪をする。

「寒い」

「え?」

「衛宮くんに待たされたから寒い。何か暖かいものが飲みたいなー」

 こっちを横目で見ながらそういう遠坂。

「分かった、すぐに買ってくる!」

 その言葉を頭の中で理解した瞬間、すぐに走り出す。
 約束をすっぽかすところだったのだ、それぐらいしなければ。

「うん、殊勝な態度に免じて許してあげましょう。
 私カフェオレお願いねー」

 背後からそんな声がかかる。
 階段を3段飛ばし位で駆け下りて、飲み物を買い、すぐさま屋上へと戻る。

「うんうん、早くてよろしい。さて、それじゃあちょうど人もいないし飲みながら話を進めましょうか」

 遠坂は屋上の床に座り、俺の買ってきた飲み物に口をつける。

「ほら、衛宮くんも座りなさいよ」

「ああ、それで遠坂、話ってなんだ」

 遠坂の隣に腰を下ろし、話について聞く。

「ああ、簡単に言うとこれからの方針についての話よ。協力関係結んだでしょう、私たち」

 そうだ、協力はすることになったが具体的にこれから何をするかは決めていない。
 これからどう動くか決めるってことか。

「その話、私も聞かせて貰っていいかしら」

 いつの間にか俺の横に現れていたセイバーが腰を下ろす。

「まあ人もいないしいいでしょう。それでこれからの事だけど、とりあえずは情報収集しかないわね。私たちの他に分かっているマスターはイリヤスフィールだけよ」

 イリヤスフィール。銀色の髪と赤い目の女の子。
 あのバーサーカーを操る魔力、確実に彼女は強力なマスターだ。

「綺礼の奴の情報だと町で事件を起こしてるのは2人、と今は1人か。とにかく、そのうち一人があの子だったとしてもほかに一人は厄介ごとを起こしている奴が居る。情報を揃えて早めに叩いて置いた方がいいでしょう」

 厄介事、例の昏睡事件か。
 確か吸血鬼に襲われる、とかなんとか。
 何にせよ人を襲うようなマスターが居るのなら放って置けない。

「情報収集って、具体的にはどうするの?」

 静かに話を聴いていたセイバーが遠坂に質問する。

「簡単な使い魔を使って探索したり、昼間魔力の痕跡を探したり……とにかく地道に探すしかないわね。あまり派手に動くと奇襲されたり、犯人に雲隠れされるかもしれない」

 流れるようにプランを語る遠坂。
 知らない間にここまで考えていたのか。

「遠坂、その事なんだが俺に提案がある。例の吸血鬼って奴は夜に人を襲うんだろ?
 夜中町を探索するって言うのはどうだ?」

 こちらもこちらで考えていたことを進言する。
 一刻も早く事件を止めるためにはそうするのが一番じゃないだろうか。

「駄目よ、探索は昼間。夜の街でサーヴァントをつれてうろうろなんてしてたら奇襲されるのが落ちよ。相手がアサシンだったりした場合セイバーたちにも気配がつかめない。リスクが高すぎるわ」

 俺の意見をばっさりと切り捨てる遠坂。その目は真剣で、本当に俺のことを心配してくれているのが伝わってくる。だけど――

「だけど、それでも俺はそうしたい。リスクは高いって言うけど、今も被害は増え続けてる。悠長に構えてこれ以上被害が増える前に、どうしても止めたい」

 これは俺の我侭だ、だけどそれでも引き下がるわけにはいかない。
 遠坂の目を正面から見返し、しっかりと伝える。

「衛宮くん、貴方――」

「大丈夫よリン。士郎には私がついてるんだから。
 どんなサーヴァントが出てきたってちょちょいのちょいよ」

 何かを言おうとする遠坂の言葉をセイバーがそう遮る。
 そういって笑った彼女の笑顔には昨日より力が宿っていて、本当に頼もしい気分になる。

「はあ、分かりました。何言っても無駄みたいだし、私と二手に分かれて夜の探索をする事にしましょう。まったく、最近ため息ばっかりついてる気がするわね」

 顔を手で覆いながらも承諾してくれた遠坂。
 セイバーがこちらに向かってピースサインを送る。

「そのかわり、何かあったらすぐ連絡すること。そうね……士郎、ちょっと手を出して」

「?」

 言われたとおりに手を差し出す。
 すると遠坂はポケットから何かを取り出し、俺の手のひらへと置いた。

「なんだ、これ?」

 渡されたのは小さな透き通った石。いや、宝石か?

「それはちょっとした仕掛けが施してある宝石でね、魔力を流すと私の持ってるもう一つの宝石が光りだすの。探索のときはこれをもっておくこと」

 なかなか便利なもののようだ。
 魔力を通しただけで使えるなら俺にも扱えるだろう。

「へー、なんか感応石と似てるわね」

 俺の手の上の宝石を興味深そうに見つめながらセイバーが言う。

「感応石?なによそれ」

 その言葉に反応する遠坂。
 遠坂でも知らないようなものとなると、あっち・・・の世界のものだろうか。

「私たちの世界にある石でね、遠く離れた相手に自分の思いや感情を伝えることができるのよ。大きいものは映像とかも送れて、テレパスタワーってところから色んな物を発信する媒体になってるの」

 人差し指をくるくると回しながら得意げに説明するセイバー。
 遠坂は未知の魔術?体系を興味深そうに聞いている。

「へえ、こっちの世界の電話やテレビみたいなものかしら。
 ――っと、休み時間ももう終わりね。教室に帰らないと」

 時計を見るとほぼ休み時間は終わっていた。
 そろそろ教室へ向かわないと遅刻してしまう。優等生の遠坂としては遅刻などできないだろう。

「士郎、見回りは明日からよ。
 今日の夜は、楽しい楽しい緊急会議よ。ちゃんと説明してあげなさい」

 意地の悪い笑みを残して遠坂は教室へと帰っていった。
 思い出すと胃が痛い。セイバーに霊体化してもらい、教室を目指す。

「生きて明日を迎えれるかなあ……」

 帰宅まであと数時間。
 無事に今日が終わることを祈って過ごすとしよう。



■■■■



 で、帰宅して1時間ほどが過ぎた今、なぜか全員で道場へ集結していた。
 目の前には竹刀を構えるセイバーと藤ねえ。
 本当にどうしてこうなった。

「まったく、藤ねえの奴言ったら聞かないからなぁ」

 親父きりつぐの知り合いの人で、親父を頼ってきたという設定で押し通そうとしたところ、怪しい、どうしてもここに住みたければ私を倒してからにしろー!っと暴れだしたのが数分前。

 で、現在に至る。セイバーはサーヴァントだし、負けることはないだろうけど……
 レフィリーは遠坂。楽しそうに笑いながら旗をぷらぷらさせている。

「それじゃあ二人とも位置について。一本先取で勝ちです。用意――――」

「とりゃあああああああああああああああ!」

 うわ、汚ねえ!
 『始め』の合図を待たずに打ち込む藤ねえ。

「きゃっ!わっ!やっ!」

 いきなりの攻撃に面食らったのか受けに回るセイバー。
 だが、そんなのはすぐに逆転するはずだ。いくら藤ねえといえどセイバーに勝てるはずが――

「っく!っや!っは!」

 おかしい。いくら面食らったとはいえそろそろ逆転してもいい頃だ。
 なのにセイバーは今だ藤ねえに追い詰められている。

「っく!こうなったら――」

「そこおおおおおおお!」

 一際力強く打ち込む藤ねえ。
 それを受けたセイバーはぱたりと床に倒れる・・・・・

「きゃー、倒れた拍子にスカートがめくれちゃったー。いやーシロウ見ないでー」

「「「!?」」」

 果てしなく棒読みで胡散臭い演技をするセイバー。
 しかしそれを聞いた藤ねえ、桜、遠坂は鋭い目で俺を睨みつける。なんでさ。

「いやー、見ないでー」

 言いながらスカートを少しまくるセイバー。
 その隙間から白いものが覗く。まずい、見ちゃ駄目だ!
 瞬時に目を逸らす。だが少し遅かったようだ。

「士郎ー!なに鼻の下伸ばしてるのよー!!」

 がー!と猛虎のごとき勢いで俺に迫る藤ねえ。
 理不尽過ぎる。逃げるために背を向けようとした瞬間。

 パンッ!

「はえ?」

「はい一本。私の勝ち」

 小気味よい音が道場に響き渡る。
 藤ねえの後ろには竹刀片手ににっこりと笑うセイバー。
 慌てて遠坂を見る藤ねえ。しかし、勝利を告げる旗はしっかりとあがっていた。

「え?え?え?」

 きょろきょろと辺りを見回す藤ねえ。しかし味方のはずの桜もお手上げといった様子でため息をついている。

「藤村先生、残念ながら勝負あり……です」

 最終宣告をする遠坂。
 藤ねえはぷるぷると振るえ、そして

うわああああああああん!変なのに士郎とられちゃったー!!

 数瞬の後、爆発するように泣き始める。
 その勢いたるやまるで小さい子供のようだ。まったく、仕方ない。

「ほら藤ねえ、泣くなって」

 慰めようと近づき肩をたたく。
 藤ねえは一瞬びくっ!と震え、ぎぎぎ、と機械のような動作でこちらに向き直る

「士郎が悪い……」

「はい?」

 潤んだ目でこちらを睨む藤ねえ。



「士郎がでれでれしてるから悪いのよー!天誅ー!!」


 すぱーん!


 いい音が鳴り響き、床にぶっ倒れる俺。
 泣きながらどこかへ走り去る藤ねえ、やれやれと追いかける遠坂、おろおろしている桜。
 とことこと俺に近づいてくる影。薄れていく意識の中見上げるとセイバーの顔が見えた。

「ごめんなさいシロウ。私の剣が無いと力が出せないの。
 まあ今日はシロウも学校でいろんな女の子と楽しそうにおしゃべりしてたし?これくらいの事があってもいいよね?」

 にっこりと笑ってセイバーは去っていく。いつも通りの笑顔だったはずなのになんだか少し怖かったのは気のせいだろうか。

 頭からずきずきとした痛みが伝わってくる。
 ああ、今日はホントに人がよく転ぶ日だなぁ……

 そんなよく分からないことを考えながら、俺の意識は薄れて行った。



■■■■
あとがき

微妙に時間が空きました。
今更ながら検索するとPV数とかが見えることが分かりました。なんてこったい。

この話を書いていて気がつきました。
もしかして……このSSのヒロインは蒔うわなにするやめry



[17195] Fate/WILD すったもんだで第9話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/17 20:35
 瞼に光が当たる感覚。深く沈んだ意識が浮き上がっていく。

「う……ん……」

 目を覚まし辺りを見回すと自室だった。
 確か昨日は道場で倒れていたはずだが誰かが運んでくれたのだろう。

「まったく、ひどい目にあった……」

 身を起こし、時刻を確認する。
 時計は6時過ぎを指している、そろそろ起きたほうがいいだろう。

「痛っ……たんこぶになってるなこりゃ」

 痛む頭を摩りながら居間を目指す。
 廊下に出るとすぐいい匂いが漂ってくる。
 もう朝飯は作り始めているようだ。

「おはようございます、先輩」

「おはよう、桜」

 台所から挨拶をしてくる桜。続けて「もうすぐ出来るから座っていてください」と声がかかる。
 むう、手伝おうと思ったんだが。

「あ、シロウ起きたんだ。おはよう」

「おはよー士郎。あ、セイバーちゃんほらほら、これすごいよー」

 俺の存在に気がついたセイバーと藤ねえが挨拶をしてくる。
 二人とも朝からテレビを噛り付くように見ている。ていうか、いつの間にそんなに仲良くなったんだ。

「二人のおかげでぐっすり・・・・眠れたよ。ったく、いつの間に和解したんだ?」

「ふふーん。昨日桜ちゃんとセイバーちゃんと遠坂さん、それに私の4人で女の子同盟が組まれたのよ。一緒にお泊りして分かったけどセイバーちゃんとってもいい子なんだから。遠坂さんはちょっと油断できないけど……」

 得意気に語る藤ねえ。昨日は桜も藤ねえも泊まったのか。
 何にせよ打ち解けてくれたのならそれは喜ばしいことだ。

「藤村先生ったらなかなか寝させてくれないんだから。まったく、教師なら夜更かしは注意すべきじゃないんですか?」

 いつの間にか遠坂が居間に来ていた。
 昨日のようにふらふらした様子は無く。気品溢れる姿で立っている。
 本当にこれだけ見ればだまされても仕方ないよなぁ。

「う……なによう。遠坂さんだって楽しんでたじゃない。同盟国をいじめると駄目なんだからねー」

 ぶーぶーと抗議する藤ねえ。

「そうですね、楽しかったのは事実です。でも、あんまり遅刻とかポカばっかりやらかしてると、せっかくの同盟にひびが入ってしまうかもしれませんよ、藤村先生?」

 にやり、とあくまの笑みを浮かべる遠坂。

「うう、なんだかその笑顔が怖い。桜ちゃーん、遠坂さんがいじめるよぅー」

 朝食を作り終え運んできた桜に助けを求める藤ねえ。
 桜は少し困ったような笑みを浮かべながらも、それをなだめている。

「今日はちょっと頑張って新しい料理に挑戦してみたんです。藤村先生も批評してみてくださいね。先輩、運ぶの手伝ってもらえますか?」

「ああ、分かった」

 いつもより少し騒がしい朝。
 だけれども平和な日常。町では非日常的なことが起こっているのに、この瞬間はとても暖かく感じる。

「わー、やっぱりこっちのご飯はいろいろな種類があるのね。おいしそう」

 目を輝かせながら料理を眺めるセイバー。

「ふふーん、桜ちゃんや士郎の作るご飯はとってもおいしいんだから。
 きっとセイバーちゃん、もうここのご飯以外食べられなくなっちゃうわよ」

 自分が作ったわけでもないのに胸を張ってそう宣言する藤ねえ。
 まあそこまでほめられると悪い気がしないでもないが。


「「「「「いただきます」」」」」


 全員で食事の挨拶をする。
 手に取った料理は温かくて、口をつけたその味は、やっぱりとてもおいしかった。


■■■■

第9話 忍び寄る非日常

■■■■


「桜、そっちの醤油とってくれ」

「はい、先輩どうぞ」

 平和に食事が進んでいく。
 それにしても桜の奴また腕を上げたな、このままだと追い抜かれるかもしれん。

「わー、みてみてセイバーちゃん。この猫かわいいー」

「本当ね、あ、ほらこのごろごろしてるこの子。なんだかタイガみたい」

 食事をしながら楽しそうにテレビを見ているセイバーと藤ねえ。
 画面では『きょうのにゃんこ』というテロップが表示されかわいらしい猫が動き回っている。

 暫くすると猫たちのコーナーは終わり、次のコーナーへ。
 題名は『怪奇!トカゲ男の謎を追え!』

 なんだろう、果てしなく胡散臭い……

「わー、トカゲ男だって!なんだか不思議の匂いがするわ!」

 目を輝かせる藤ねえ。

『これが我々が設置したカメラが収めた奇跡の映像です。それではどうぞ!』

 お決まりのような台詞が聞こえ、映像が流れ始める。
 ノイズがひどく、映像も荒い。


 ザッ……ザザ……


『う~む、突如現れた謎の穴に落ちたと思ったら、次の瞬間には見知らぬコンクリートジャングル。都会の風は寒いトカ。我輩、冬眠しちゃいそう』

『げっげー、げげげげー』

『うんうん、その通りだよゲーくん。我等は心優しき科学の子。
 我輩のスンバらしい超頭脳と、ゲーの悩ましスーパーボディさえあれば、未知の地だろうと三日天下も夢じゃないトカ』

『げっげっげー、げげー』

『おおっ!、流石我が友にして我が相棒!早速未知の地でのサンプルを発見とは、万引きGメンも驚きの観察力。我等の友情パワーは次元の壁を越えても健在だったトカ』

『げっげげー』

『それにしても面妖な形をした文明器具だトカ。っは!まさか我輩の命を狙う悪の組織のスーパー兵器!?透明な一つ目が我輩を見てる!?エマージェンシーエマージェンシー!我輩の小さくそれでも大切な命が絶賛絶命の危機だトカー!』

『げげっげー!』

『ああ!謎の兵器に体ひとつで立ち向かうなんて、流石ゲーくんそこにしびれるあこがれるぅ!我輩、鳥肌が立ちましたぞ!爬虫類だけど』


 ドガッ!


『げっげー?』

『おや、謎の兵器は一撃で壊れてしまったトカ?

 ……はっはっは!未知の文明おそるるに足らず!我輩のスーパーな科学力の前には未知の技術もティッシュで作った折鶴同然!次は素材を画用紙にして出直すトカ!』

『げげげげー』

『うんうん、いきなり兵器に教われるような星に長居は無用。さっさと船を作れるような部品を探しておさらばだぜとっつあん。行くぞゲー!我輩の後に着いて来い!それはもう、アイドルの追っかけ顔負けの追跡術で』

『げっげっげー!』


 ザ……ザザッ……


「……何だこれ」
 
 カメラが攻撃を受けたせいか、映像はそこで終わっていた。
 画面にはコメンテーターのような人が映り。トカゲ男について熱く語っている。

「わー、なにあれなにあれー!すっごいねー。もしかしたら宇宙人かもよ?」

 興奮した様子でそんなことを言っている藤ねえ。
 宇宙にはあんなのが居るのかぁ。一気に宇宙に対する憧れが薄くなった。
 っていうか、着ぐるみじゃないのか。むしろ着ぐるみであってくれ。

「ここまで胡散臭いと逆にホントに思えてくるわ。最近のマスコミはいろいろ考えてるのねー」

 遠坂は呆れと感心が混ざった様な微妙な表情でテレビを見ている。
 それから程なくしてトカゲ男のコーナーは終わり、ニュースの画面に切り替わる。
 
『次のニュースです。以前から起きていた謎の昏睡事件がまた発生しました。
 今月に入ってからの被害者は既に30人を超え、警察では――』

「むー、また例の事件か。士郎たちも寄り道しないでまっすぐ帰りなさいよー。
 何が原因かも分かってないんだし、桜ちゃんや遠坂さんは女の子なんだから……って桜ちゃん?顔色悪いよ、大丈夫?」

 藤ねえが桜の顔を覗き込む。

「大丈夫……です。私、弓道部の練習があるのでそろそろ行きますね。……失礼します」

 小さく俯いていた桜は立ち上がり、荷物を手に玄関へと歩いていく。

「私もそろそろ行かなくちゃ。職員会議があるのよねー。士郎、遅刻したら駄目よー」

 桜の後を追う藤ねえ。
 正直、藤ねえだけにはその注意はされたくない。

 残されたのはセイバーと遠坂と俺の三人。

「なあ、遠坂さっきのニュース……」

「分かってる。早速今日から調査をするわよ。とりあえず、分担を決めておきましょうか。
 最近あの事件が起きた場所は新都の中心部と10年前災害が起こった公園。もし戦闘になったときに高所からの狙撃に適してるから、私とアーチャーが新都に行くわ。それでいい?」

 ――ドクン――

「ああ、問題ない」

 一瞬、眩暈がした。
 何を考えてるんだ衛宮士郎。もう終わったことだろう――

「そう、それじゃあそういうことで。
 私たちもそろそろ行きましょう衛宮くん」

 立ち上がり玄関へ向かう遠坂。

「行こう、セイバー」

「ええ、行きましょう。シロウ、何があっても守ってあげるからね」

 そういって目の前から消えるセイバー。
 
 玄関を抜けいつもの通学路を歩いていく。
 曰く、赤い目に狙われたものは血を吸い尽くされて殺される――
 見回りは今夜から。無駄別に人を襲うような相手だ、戦闘は避けられないかもしれない。それでも


 ――覚悟はあの夜に済ませた。今は唯、できる事をするだけだ


■■■■


 教室へ着く。すると一成がすぐさま近寄ってきた。

「衛宮、また遠坂と登校していたらしいな……」

「おはよう一成。そうだけど、どうかしたか?」

 とりあえず挨拶をしておく。
 2回目だしそんなに噂にもならないと思ったが既に情報は伝わっていたようだ。

「どうかしたかも何もあるか!まったく、よりにもよってあの女狐めに誑かされるとは……間桐のように女遊びに目覚めたというわけでもあるまいに、遠坂め……」

 いや、だから誑かされてないってば。
 そう反論したいところだがこの様子では焼け石に水だろう。

「あれ、そういえば今日慎二の奴居ないな。休みか?」

 教室を見回すと話に出てきた慎二が居ないことに気がつく。
 そろそろ朝練を終えてもいい頃合だと思うのだが。

「む?そう言われれば姿が見えないな。まああいつの事だ、女漁りで忙しいのだろう。
 それより衛宮、今日は遠坂とのことについて決着をつけねばならん。昼休みは生徒会室で話し合いだ。いいな」

 大真面目な顔でそう宣言し席へ帰っていく一成。
 あの様子では説得するのに骨が折れそうだ。

 チャイムが鳴り、先生が入室してくる。

「授業を始める。席に着きなさい」

 一時限目は葛木先生の授業だ。
 寡黙な先生だが、しっかりとした人で意外と人気は高い。

「今日は前回の続きからだ。教科書の――」

 いつもどおりに授業は進んでいく。
 脳裏には今日の夜のことがいまだ燻っていたが、頭を振って思考を切り替えた。
 今は目の前のことに集中しよう。やるべきことは、もう決まっているんだから――


■■■■

 
 昼休み。一成の生徒会室に呼び出されているため、席を立ち廊下へ出る。

「ほら、蒔ちゃん衛宮くん出て来たよ!」

「うわ、押すなよ由紀っち!」

 ふと、どこからかそんな言葉が聞こえてくる。
 なんだ、と思い振り返るとそこには昨日ぶりの3人組。

「おお、衛宮ちょうどよかった。蒔の字が君に話があるそうだ」

 話?なんだろうか。もしかしてまた昨日のことを怒られるのだろうか。

「ほら、蒔ちゃん!早く言わないと!」

「うう、うううう……」

「蒔の字、さっさと言ってしまったほうが楽だぞ」 
 
 三枝にずずい、と後押しされ俺の前に出てくる蒔寺。
 なんだか妙に苦々しい顔をしている。目の前でもじもじとしていたと思ったら、キッ!っと顔をこちらに向けて盛大に言った。

「えろしゃもじめ!ここであったが百年目!今日こそ引導を渡して――」

「蒔ちゃん!」

 蒔寺がそれを言い終わる前に、三枝から叱責が飛ぶ。
 それを聞いた蒔寺は一瞬ビクッ!と震え、沈黙。いったい何なのだろうか。

「ごめんね衛宮くん。昨日蒔ちゃんがいきなり失礼なことしちゃったから謝りたいんだって。ほら、蒔ちゃん」

「うう……分かったよ由紀っち。
 その、あれだ、なんと言うか、いきなり変なことして悪かった。謝る」

 変なことというのは昨日のとび蹴りのことだろうか。
 いや、変といえばこれ以上ないぐらい変なことだが。

「済まないな衛宮、蒔の字もこの通り反省している。どうか許してやってくれないだろうか」

 隣の氷室も一緒になって謝罪をする。そこまでされると、なんだか此方まで申し訳ない気分だ。

「ああ、いやぜんぜん気にしてないから大丈夫だ。確かに驚いたけど、俺も蒔寺も怪我はなかったんだし、そんなに謝らないでくれ」

「感謝する。よかったな蒔の字、衛宮が器の多きな人間で」

 横目で蒔寺を見ながらそう言い放つ氷室。

「ふ、ふん!これもあたしの人徳のなせる業だね。衛宮の器が大きいとかそういうんじゃないんだから、勘違いすんなよな!」

 腕組をしてなにやら尊大な態度でふん!とそっぽを向く蒔寺。

「もう、蒔ちゃんったら。ごめんね衛宮くん」

 仕方ないなぁ、といった風に言う三枝。
 こうしてみると、いつものふにゃっとしたイメージとは裏腹に、姉妹の面倒を見るお姉さんのようだ。

「ああ、大丈夫だ。こっちもなんだかんだ三枝達と話せて楽しいからな。
 三人とも個性があって魅力的だし、こんな俺でよかったらこれからも話しかけてやってくれ」

「なっ――」

「ほう……」

「はぅ……」

 三者三様の反応。
 別段普通なことを言ったつもりだったのだが、三人とも驚いたような微妙な表情だ。

「っと。まずい、また約束を忘れるとこだった。三人とも悪いけどちょっと用事があるからこれで。地区大会もうすぐだろ、頑張れよ」

 そう言ってその場を離れる。移動しながらチラッと教室の時計を確認する。
 思ったより時間はかかっていない。これなら一成に怒られることもないだろう。






「え、衛宮くんってさらっと凄い事言うね。びっくりしちゃった」

「ふむ、あのようなことを計算なく自然に口にするとは、そういったところが遠坂嬢の心を射止めたのだろうか?不覚だが私も今の言葉には少し心が動いたな」

「と……遠坂に続いて由紀っちや氷室まで……あのエロスパナ、やっぱり粛清してやるー!!」

 残された三人組の一人から、そんな雄たけびが上がったが、周りの生徒は皆見て見ぬ振りだった。触らぬ神にたたりなし、というやつである。
 そこで暴れる姿は、どちらかというと神というより、悪鬼のようだった、と後にドラマ好きな生徒Gくんは語った。


 

 廊下を歩く俺の後方から何か大きな声が聞こえたような気がする。
 まあ、気にすることもないだろう。早く生徒会室へ行かなければ。
 
 と、そのときだった。

 ごす!

「痛っー!?」

 廊下を歩く俺のつま先に猛烈な痛み。
 一瞬俺の前に姿を現したセイバーは、思いっきり俺のつま先を踏んづけたあと、無言でまた姿を消した。

「痛っつつ……何するんだセイバー」

 涙目&小声でセイバーへと訴えかける。

『……知らない、シロウのばーか』

 俺の必死の訴えにもかかわらず、返ってきたのはそんな言葉だった。
 なんてひどい聖女さまだ……

 つま先に痛みを覚えながらも生徒会室へ。
 ドアを開ける。と、そこには予想していなかった人物が居た。

「……そういうことで、頼んだぞ柳洞」

「はい、分かりました」

 そこに居たのは俺を呼び出した一成と、葛木先生だった。何か相談事だろうか。
 話が終わったのか部屋を後にする葛木先生。

「おお、衛宮来たか。早速だがそこに座ってくれ」

 俺の来訪に気づいた一成がこちらへと視線を移す。

「ああ、今来た。それより一成、なんかあったのか?葛木先生が珍しく来てたけど」

 いつも、と言う訳ではないが一成とは結構な頻度でここで昼食をとっている。
 だが今のように先生のほうから尋ねてくるのは稀だ。

「ああ、少し込み入った話でな。……まあ衛宮なら人に軽々しく言うこともないだろう。
 実はな、件の昏睡事件だが、うちの高校からも被害者が出たらしい」

「なっ――」

 ガンっとハンマーで後頭部を殴られたような衝撃。
 いや、分かっていたことだ、いつかは身の回りで起こると。

「その事で少し学校側としても警戒を強めているようだ。HRや放送でなるべく集団で早い時間に下校することを呼びかけてほしい、とのことだ」

 生徒会長である一成は大なり小なり尊敬を集めている。先生だけでなく使えるものはすべて使うというつもりのようだ。
 実際に生徒が被害にあったということで学校側も危機感が高まったのだろう。

「まあ頼まれた以上はしっかりと役目を果たすしかあるまい。俺の一声で被害が減るというのなら、いくらでも協力しよう」

 目を閉じ喝、と小さく唱えながら、一成は言葉を紡ぐ。

「さて、それでは衛宮、朝の続きと行こうか。まずはお前に遠坂がどんなに恐ろしい女かたっぷりと教えてやろう」

 目が据わった様子で身を乗り出す一成。
 何でそこまで毛嫌いしてるんだろうか。

「ったく、何で一成はそこまで遠坂を毛嫌いするんだ。ほかの女子にはあそこまで言わないだろうに」

 一成は人見知りの気があるけど、だからって人を悪く言ったありするような奴じゃない。
 ここまで言うからには昔遠坂と何かあったのだろうか。

「当たり前だ、女人だからといって差別しているわけではない。だが遠坂は油断ならん。
 大体女人というものは家に居るあの方のように慎み深く――」

「ん?ちょっと待て一成。寺って女人禁制じゃなかったか?」

 一成の言葉に違和感を感じ問いかける。
 確かお寺は女人禁制のはずだ。一成のところはそういうことにすごく厳しく弁当さえ質素なものになっている。

「ああ、少し特殊な事情でな。そうか、衛宮には話してなかったな。実は家の寺には宗一郎兄……葛木先生が住んでいてな、その婚約者……ということになっている。美しく慎み深く、まさに女性の鏡、といったような方だ」

 驚いた。葛木先生が寺に住んでいたということもだが、あの先生に婚約者がいたとは。

「まあそういう事情でな、一ヶ月ほど前から寺に二人ほど人が増えたのだ」

 言葉を切り、一息つくようにお茶を飲む一成。
 ん?また違和感が。

「一成。2人ってことは他にも誰か居るのか?」

「ああ、それは――――」

 視線をこちらに移し、何かを言おうとする一成。しかし。

「む、しまった。もうこんな時間か。先生に先ほど頼まれた仕事の打ち合わせに行かねば。衛宮、この件はまた今度」

 時計を見ると昼休みも3分の2を過ぎている。
 生徒会の仕事で忙しいのなら仕方ないだろう。正直なところ、遠坂たちとのことの追求を免れて助かった。

  席を立ち生徒会室を後にする。吸血鬼の被害者はついに自分の周りにも出てしまった。
 一刻も早く止めなければ。逸る気持ちを押さえつけ、教室へと向かう。
 夜まであと数時間、今から気力を高めておいて、見回りに備えよう。
 ランサーのときもバーサーカーのときも、ただ見ているだけだった。正義の味方を目指すのならば、己に出来る最善を尽くさないと――。


■■■■


 すべての授業が終わり、部活中の生徒を尻目に帰宅する。
 家に帰ると留守電が入っていた。

 ぽちっとボタンを押し、再生する。

『もしもし士郎ー。桜ちゃんから伝言よー。今日は桜ちゃん家に来れないってさ。
 私も臨時の職員会議で遅くなるからいけそうにないわ。ご飯は遠坂さんとセイバーちゃんと三人で食べちゃってね。

 ……私が居ないからって二人に変な事しちゃ駄目よー?ではアデュー!』

 桜も藤ねえも今夜は来れないのか。これは思わぬ行幸だ。
 正直、言い訳を考えるのも骨だったのだ。藤ねえはこういうときは妙に野生の勘が働くし、誤魔化すのも一苦労だ。

「ただいまー。あら、士郎もう帰ってたのね。それで、桜たちは?」

「ああ、お帰り遠坂。なんだか二人とも今日はこれないみたいだ。留守電が入ってた」

 ちょうど帰ってきた遠坂と挨拶を交わす。

「へえ、それは好都合ね。一応言い訳も考えてたけど、使わなくて済みそうね」

 遠坂はコートを脱ぎながら答える。
 俺たちはいったんそれぞれの部屋へ戻り。服を着替え支度を整える。

 

 食事を済ませ、時計を見る。時刻は8時過ぎ、そろそろ頃合だろう。
 道場に行きそこにあった竹刀を手にする。

「頼むから、成功してくれよ……」

 握った竹刀に『強化』を掛ける。
 成功するかは分からない、いや、させなければいけない。

同調、開始トレース オン

 掴んだ竹刀に魔力を通す。
 骨子に魔力を流し、強度を鋼鉄の域まで高め上げる。

「よし、何とか成功だ……」

 何とか強化は成功したようだ。
 重さは変わらないがその強度は鉄のそれと変わらない。

 竹刀を袋へ仕舞い。遠坂の待つ家の門へ。
 そこには既に用意を済ませ、赤い衣服に身を包んだ遠坂と、グローブの調子を確かめているアーチャーが居た。

「士郎、用意できたわね?それじゃあ打ち合わせ通り行くわよ。
 何かあったらすぐに合図をして、分かった?」

「ああ、分かってる。行こう」

 目的地を目指し歩き始める。頭上には雲ひとつなく、大きな満月が顔を出していた。


■■■■


 目的地の公園を目指す。
 セイバーは霊体化を解き俺の横を歩いている。

「それにしても寂しい場所ねここは。感じる気配も寒々しいものばかり……シロウ?大丈夫?なんだか辛そうだよ」

「あ、ああ。少し寒いからかもしれないな。大丈夫だ、気にするほどのことじゃない」

 心配そうに覗き込んでくるセイバー。
 額をぬぐうとじっとりと袖がぬれた。知らない間に結構な汗をかいていたようだ。

「そう?それならいいんだけど、辛いならちゃんと言わなくちゃ駄目だよ?
 ――シロウは一人で頑張りすぎるところがあるから」

 セイバーは視線を戻しながら言う。
 その言葉に大丈夫だ、と返そうとしたそのとき。


「きゃああああああ!」


「「!?」」

 どこからか悲鳴が夜の闇に響き渡った。

「セイバー!」

「分かってる!こっちよ!」

 声のした方向へと走る。
 幸いここには障害物も無くすぐに現場へと着くことが出来た。

 そこにはナニカ倒れている影が、みっつ・・・

「三枝!氷室!蒔寺!」

 近づいてみて分かった。倒れているのは紛れも無く今日も話をした三人だった。

「あ……衛宮……くん」

「!?大丈夫か、三枝!何があった!」

 かろうじて意識のある三枝がこちらに空ろな目を向けている。
 傍へ駆け寄り、安全を確認する。
 よかった、三人とも息はしてる。

「少し……遅くなって、三人で帰ってたら……急に……目の前に……」

 息も絶え絶えといった様子で三枝は説明をしようとする。
 くそ、早く病院に連れて行かないと――

「セイバー!三人を病院に――」

「そうしたいところだけど、そうも行きそうに無いわね。
 シロウ、早くリンに合図を。ちょっとめんどくさい事になりそうよ」

 俺の言葉をそう遮るセイバー。その視線は俺ではなく、夜の闇へ向けらている。その視線をたどり、闇に目を凝らす。




「まったく、メンドーなことになったものじゃ。人間という奴は、どうしてこうも厄介ごとに首を突っ込みたがるのか」



 その、闇の中。月の光に照らされて、浮かび上がる金色の髪。


「本当ならばわらわもこんな事などしたくないのじゃが。
 令呪を使われてはな。まったく、このシステムを作った奴は繊細なのか大雑把なのか、抜け穴ほころびはあるのに効力だけは一級品じゃ。まあ、あの小僧っ子のような者があのような玩具を手にすれば、図に乗るのも仕方ない……か」


 闇を射抜く赤い瞳。イリヤスフィールともまた違う、血のような赤い色。


「ふん、まあいけ好かない仕事じゃが……思わぬ行幸もあったものじゃ。おぬしに再び会えるとはな。久しぶりじゃの、アナスタシア。……できることなら、違う形で再会したかったがな」


 薄く照らされた口元には鋭い牙。

 ――赤い瞳に狙われたものは、血を吸い尽くされて殺される――


 羽織ったマントを風になびかせ、赤い満月の下、セカイを統べる王は君臨していた。




■■■■
あとがき

深夜に書いたせいかテンションがいくえふめい。
次回からシリアス(笑)パートにはいるトカ入らないトカ。


この話で分かったこと:トカゲの人は異次元過ぎて今の僕には理解出来なかった。



[17195] Fate/WILD どっこいしょっと第10話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/20 16:09
 薄ら寒い風が吹いている。
 その風にマントをひらめかせながら、その少女は現れた。
 いや、初めからそこにいたのだろう。夜の黒い闇の中で煌く赤い目は、こちらをじっと見据えている。

「久しぶりね、マリアベル。貴女に会えたのは嬉しいけど、この状況はあんまり嬉しくないわ。
 まさか貴女が噂の吸血鬼だったとはね」

 セイバーは少女と知り合いのようだ。
 つまり、彼女も『異世界の英雄』

「ふん、吸血鬼そのようなものと一緒にするでない。
 ――わらわは誇り高き『高貴なる赤』ノーブルレッド、奴らのように見境なく血を吸い尽くすような真似などせぬ」

 その言葉に不満そうに返すマリアベルと呼ばれる少女。
 容姿はイリヤスフィールとそう変わらない少女のよう。彼女とは対照的な金色の髪の先がくるりと巻いている。

「それにしても吸血鬼、か。ふん、愚かなものじゃ。恐ろしいものわからないものを恐れるくせに、面白おかしく、病のように噂を広げる。そうして肥大した負の感情は、本当によくない物を引き寄せる。
 
 ――その人の愚かさがあの悲劇を引き起こしたのか、その愚かさに付込まれただけなのか。どちらにせよ、今ではもう知る由もない、か」

 どこか寂しげにそう語る少女。
 口元を僅かにゆがませながら、彼女は独白する。

「どういうことだ、血を吸わないってんなら何で三枝たちを襲った」

 ポケットへと入れた宝石に魔力を通しながら少女へと問いかける。
 三枝たちを襲ったのはまず間違いなく彼女だ。

「血は吸っておらぬし、血が目的で襲ったわけではない。言ったじゃろう、令呪を使われたと。
 それにノーブルレッドは吸血種じゃが、吸わなければ死ぬというわけではない。あの小僧っ子のいけ好かない命令で、少しばかりライフドレイン生命力吸収をしたと言う訳じゃ」

 俺の問いに不機嫌そうに答えるマリアベル。
 彼女の言葉にはいららつきが感じられる。自分の意思で襲ったのではないというのは真実のように思える。

 だが、油断は出来ない。
 相手のマスターの姿は見えない、あたりに気を配りながら目の前の少女を見据える。

「なら、誰がお前にこんなことをさせているんだ。俺の目的は人を無差別に襲うようなマスターを止めることだ。お前もこんなことしたくないなら、お前のマスターを教えてくれ」

 魔術は秘匿する物だとかそんなのは関係ない。
 こんなことをする奴を放っておくわけにはいかない。

「それは――」

「僕だよ、衛宮」

 少女がなにか言おうとしたその言葉を遮って、どこからかそんな言葉が聞こえてきた。
 少女の後方、闇の中を歩いてくるその人物。


「やあ衛宮、奇遇だね。
 こんな夜更けに出歩いて、吸血鬼に襲われてもしらないぜ?」

 
 聞き覚えのあるその声。
 闇の中から現れたのは、今日の朝から行方知れずだった、間桐慎二その人だった。


■■■■

第10話 夜の王者と機神の従者

■■■■


「慎二……なんで、お前が」

 慎二がマスター?ということは慎二も魔術師ということなのか。
 だが遠坂はそんなことは言っていなかった。同じ学校に魔術師がいるのならば、あいつなら真っ先に気をつけるように俺に言うはずだ。

「なんでって、決まってるだろ?サーヴァントを召喚して、マスターになった。ただそれだけのことさ。他になにか在るのかい?」

 薄く笑いを浮かべながら、俺の言葉に答える慎二。

「慎二、お前が魔術師だってことは桜はどうなんだ、このことを知ってるのか?」

 そのことが気にかかった。
 桜は慎二の妹だ、あいつが魔術師なら、妹の桜も魔術にかかわっているのだろうか。

「はあ?桜?あんな奴関係ないよ。ライダーのマスターは僕だ・・・・・・・。それと、僕は魔術師じゃないよ。間桐の家は魔術師の家としては没落してるんだ。まあ、いろいろ事情があってマスターになっちゃったけどね」

 にやにやといやらしい笑いを浮かべながら語る慎二。
 その言葉が真実なら桜はこの戦いを知らないようだ。よかった、あの子はこんな世界にいるべきじゃない。

「そうか、それならいい。じゃあもうひとつ質問だ慎二。
 ――何でこんなこと・・・・・をした」

 袋にしまった竹刀の紐を解きながら、慎二へと問いかける。

「そう怒るなよ衛宮。言ったろ?僕は魔術師じゃないんだ。
 魔力の供給だって出来ないし、こうやって備えておかないといつ襲われてやられるか分からないじゃないか。僕だって殺されるのはいやだからね、保険だよ、保険」

 ため息をつきながら説明する慎二。
 だけど、そんな説明じゃ納得できない。

「自分の保身のためにこんなことをしたのか!それに、身を守りたいだけなら教会に逃げ込めばいいだろう。あそこなら脱落したマスターを保護してくれる。こんなことをする必要はないだろう、慎二」

 そうだ、言峰は言っていた。令呪を破棄して棄権すれば、教会で保護すると。
 身を守るのが目的なら、真っ先に逃げ込むべきだ。

「ふん、そんなの信用できないね。大体教会の監督役なんてサーヴァントにかかったらすぐに殺されちまう。生き残るには、この戦いを最後まで勝ち残るのが一番だ。

 間桐の家は没落した魔術の家系とは言え、知識は残ってるからね。僕には先祖が残した知識がある、自分の身くらい自分で守るさ」

 あくまでも棄権しないという慎二。
 なら、聞くべきことはひとつだけだ。

「そうか、なら最後の質問だ慎二。人を襲う事を止める気はあるか」

 聞くべきことはひとつだけ。この先も人を襲い続けるか、そうでないか。

「言っただろ衛宮。僕は魔術師じゃないんだ、身を守るには止めるわけにはいかないね」

 俺の問いにそう答える。
 それさえ聞ければ、もう十分だ。



「そうか、分かった。なら慎二、力ずくでもお前を止める――――!」



「っは!やってみろよ。行け!ライダー!」

 
 
 竹刀を袋から抜き、慎二に向かって構える。
 それを見た慎二はライダーへと攻撃を指示する。

「やれやれ、やはりこうなったか。
 悪いがアナスタシア、こちらにも事情があるのでな、行かせてもらうぞ」

「せっかくの再会なのにこうなっちゃったか。まあいいわ、あのうねうね頭はなーんか気に入らなかったし、いっちょへこましてやりますか!」

 答える様に動き出す二人。
 セイバーは剣を構え、ライダーへと肉薄する。

赤き血は大地を染めるテラブレイク!」

 しかし、セイバーがその剣を振るう前に、ライダーの口から呪文が紡がれる。
 間合いに入ろうとしたセイバーの足元へと、地割れが迫る。

「はっ!」

 迫る地割れ、しかしセイバーは止まらずその勢いのまま飛び上がり、空中から剣を振り下ろす。

赤き炎よ塵へと還せクリメイション!」

 迫るセイバーに向かって、火炎の力が放たれる。
 その炎をものともせずに切り裂いて少女は剣を振り下ろす。

「はあああああああ!」

「チィ――!」

 それをすんでのところで躱すライダー。
 だがそれで彼女の攻撃は終わらない。地面を砕いた刃をそのまま水平に切り付けるセイバー。

 だが。

「アカ!アオ!」

 セイバーの放った斬撃は2つの影によって止められた。

「懐かしいわね、まだ使ってくれていたのね。アカとアオ」

 飛びのいて距離を離したライダーへと向かって、セイバーは語りかける。

「ふふん、しかもわらわの手によって改良済みじゃ。
 おぬしが作ったときと同じと思うて居ると、痛い目をみるぞ」

 ライダーの周りに浮かぶ二つの物体。
 一つ目で丸い形をしたそれは、ライダーを守るように浮かんでいる。

「製作者に反抗するなんて、お仕置きが必要みたいね。行くわよ!」

 再度地を蹴るセイバー。
 予測していたかのようにライダーは後退しつつ、攻撃を放つ。

血まで凍らせ赤き氷塊アブソリュート・ゼロ!」

 辺りに冷気が広がり、巨大な氷塊がセイバーを襲う。

「やぁぁぁぁ!」

 手にした剣で、迫り来る氷塊を砕く。
 辺りに砕けた破片が散乱する。

「っ!?しまった!」

 セイバーから声が上がる。
 散乱した氷塊の破片が飛び散った方向には、いまだ倒れている蒔寺・・・・・・・の姿。

「おおおおおおお!」

 瞬間、体は走り出していた。
 手にした竹刀を迫り来る氷塊に向かってがむしゃらに打ち付ける。

 氷塊はその一撃によって砕け、何とか蒔寺を守ることに成功した
 ぶつかり合った衝撃が手のひらを駆け抜け、痛みを訴える。

「ははっ!やるじゃないか衛宮!
 そんな奴ら庇うなんて、ずいぶんな余裕だね」

 ライダー達のずっと後方、いつの間にか遠く離れた場所へと慎二は避難している。
 すぐにでも駆け寄って一発入れたい気持ちを抑えて、倒れている三人へと意識を向ける。

「う……ばかしゃもじ……?何で……」

 一番近くにいた蒔寺を抱き上げる、どこか安全な場所へと運ばなければ。

「悪い蒔寺。文句聞いてる暇はないから、ちょっと強引に連れて行くぞ」

 いわゆる『お姫様抱っこ』の状態で抱え上げ、戦闘の被害の及ばない場所へと下ろす。

「ばかしゃもじ……由紀っちと氷室を頼む、もし二人に何かあったら……踏むからな……」

「踏むのは勘弁してほしいな。安心しろ、絶対に助ける」

 それを聞いた蒔寺はゆっくりと目を閉じる。
 脈拍や呼吸は弱々しいが、病院へ連れて行けば大事にはいたらないだろう。
 なるべく早く、戦いを終わらせなければ。

「氷室、大丈夫か」

 急いで二人が倒れている場所へと戻り先ほどと同じように抱えあげる。
 俺の言葉に反応したのか氷室はうっすらと目を開ける。

「衛宮……?なぜ君が……ここは危ない、早く……逃げろ」

「ああ、皆助けて、あいつをぶっ飛ばしたらな。俺も正直ここは嫌いなんだ」

 そう言って氷室を蒔寺の隣へと下ろす。

「衛宮、勝手な願いだが……蒔の字と由紀香を頼む……」

 そういってまた意識を落とす氷室。
 最後の一人、三枝の処へ。

「あ……衛宮くん」

「大丈夫か、三枝。安心しろ、すぐに病院に連れて行ってやる」

 腕の中で苦しそうに息をする三枝。
 先ほどの二人と同じように、丁寧に地面へと下ろす。

「衛宮くん、私のことはいいから……蒔ちゃんと鐘ちゃんを……」

 そういって瞼を落とす三枝。

「まったく、自分も苦しいだろうに三人が三人とも人の心配なんてしやがって」

 
 ――こんないい奴らを、自分の為だけに理由もなく襲ったのか。

 
 沸騰しそうな意識のまま、竹刀を握り締め戦場へと戻る。
 セイバーとライダーはいまだ戦闘を繰り広げている。

 だけど意識はそんなことより、そのずっと後ろに向いている。

「慎二ィィィィ!!」

 足にありったけの力を込めて駆け抜ける。
 手に持った竹刀を振りかざし、慎二へ一撃を見舞おうと走る。

「っは!馬鹿正直に突っ込んできやがって!」

 慎二の足元から三つ影が立ち上る。
 だけど、そんなのは何の脅威でもない。ランサーの赤い槍やバーサーカーの剣に比べたら、そんなもの何も障害にならない。

「っひ!」

 怯えた声を上げる慎二。
 だけどこの手は止まらない。頭の中は怒りで真っ白だ、悲鳴なんて気にすることも出来ない。

「うおおおおおおおおお!!」

 影を竹刀で打ち消して、慎二の腹へと一撃を入れる。
 剣道の胴というより、野球のフルスイングのようなそれを食らった慎二は吹っ飛び、のた打ち回る。

「がああああ!あっ!っはぁ!ぁ」

 転げまわっている慎二を掴み上げ無理やり立たせる。

「慎二、これで終わりだ、今すぐ令呪を破棄するんだ。そうすれば、命だけは助けてやる」

 掴んだ腕に力を込めながら、そう宣告する。

「うっ!ぁ……!くそ……!僕を助けろライダー!こいつを殺せ!」

 苦悶の表情を浮かべながらライダーへと助けをもとめる慎二。
 いまだセイバーと戦闘を繰り広げていたライダーは、大きく身を翻し距離をとる。

「まったく、世話の焼ける小僧っ子じゃ!赤き風は其を断ち切るエアスラッシュ!」

 ライダーから魔力が放たれる。危険を感じ、とっさに手を離し飛びのく。
 ライダーから放たれた魔力は鎌鼬となって、慎二と俺の間の空間を切り裂いていた。

「はあっ!はあっ!」

 俺の手から離れた慎二は立ち上がりライダーの方へと戻っていく。

 再び開いた両者の間合い。
 アレだけの魔力行使をしていながら、ライダーの表情は始めてあったときのそれと変わらない。
 一つ一つが大魔術に値するその力を振るってなお、彼女には戦い続ける余裕がある。


「士郎!いったい何が――!」

 俺の合図を受けて来た遠坂とアーチャー。
 その場の状況を理解した遠坂が驚愕する。

「慎二!?何であんたが……」

「遠坂!?お前……そうか、衛宮と」

 驚いているのは遠坂だけではなかった。
 ライダーの後ろ、いまだ苦しそうに腹を抑えている慎二は驚き声を上げる。

「遠坂、細かい説明は後だ。今は一刻も早く、慎二を止める」

「ええ、そうね。慎二!これは忠告よ、悪いことは言わないから降参しなさい。サーヴァント二人に魔術師一人を相手にして、魔術回路もないあんたとそのサーヴァントだけで戦うなんて無理よ。もう諦めなさい」

 瞬時に状況を理解したのは流石というべきだろうか。
 遠坂は慎二へと投降を呼びかける。

 若干数が合わないような気がしたが、ここはあえて触れないでおこう。

「ははは……どいつもこいつも……!何で、衛宮なんかに!
 
 不公平だ、不公平だ不公平だ不公平だ不公平だ!そんなの、認められるわけないだろう――――!」

 激昂し、錯乱したように繰り返す。

「ああ、もういいよ。分かった、分かったよ。お前らみたいな不公平はんそくには、出し惜しみなんてしてられない」

 言いながら何か大きな本を取り出す。
 古いその本を開きながら、慎二はライダーへと命令する。

「やれ!ライダー!宝具を使え!
 あいつら一人残らず、皆殺しにしろ!」

 本を開き、命令を下す。
 その瞬間、ライダーの体を紫電が走る。

「ぐっ……愚か者め。これだから童はキライなのじゃ!癇癪を起こした子供ほど厄介なものはない」

 苦しげに身を捩じらせながら、ライダーは悪態を付く。

「仕方ない、本当はこのような場所で使いたくはなかったのじゃが……まったく、本当にメンドーなことになってしまったものじゃ。この世界になど興味はないがあやつ・・・と約束したのでな、誇り高きノーブルレッドが約束を破ったとあっては、一族にあわせる顔がない」

 ――ドクン――

 それは、本当に急な変化だった。
 以前にも体感した感覚、<恐怖>が体を駆け上る。

「悪いの、アナスタシア。いや、セイバー。これは手加減の出来るようなモノでもないのでな」

 ライダーの体から膨大な魔力が放出される。
 蜃気楼のように立ち上るそれは、向こうの景色がゆがむほどだ。

 鋭い牙が覗く口から、言葉が紡がれる。

「血の盟約によりて我を守れ。この血この意に従いて、主の敵を退けよ」

 夜の闇の中、地震のようにセカイが震え、背後の空間が、軋む。




「――――統べて祓いし機神の従者アースガルズ――――!」



 言葉とともに地鳴りが起こる。
 倒れた体を引き起こし、目を向けた先に、それは現れた。

「ちょっと……冗談にも限度ってものがあるでしょ……」

 遠坂が驚くのも無理はない。
 先ほどまで何もなかったはずの空間には、巨大な『何か』が立っていた。

 それは、高層ビルほどもある巨大な人型。
 ライダーを肩に乗せたそれは、全てを遮断する城壁のように目の前に聳え立っている。


「いくぞセイバー
 ――――出来るなら、わらわを止めてくれ」


 主の言葉に答えるように、巨人の目に光が宿る。


 ここに、時代が違えば神話となっていたであろう聖女と巨人の戦いが、その火蓋を切って落とされた。



■■■■
あとがき

少し短め?

アースガルズのとっつあん登場。
人が多いと描写がむずかしいの巻



[17195] Fate/WILD よいこらせっと第11話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/05/25 18:03
 眼前にそびえる巨大な人型。
 突然現れたそれはまるで巨大な城のように圧倒的な存在感を放っていた。

「ロストテクノロジーの遺産、ゴーレムか……厄介なものが出てきたわね」

 表情を曇らせながらセイバーが呟く。

 ――ゴーレム。ユダヤ教に伝わる魂のない人形。
 主人の命令を聞きそれを忠実に遂行するというそれは、土によって作られ召使いやロボットのように働くという。

 その言い伝えの通り、目の前の巨人は主の求めに答え現れた。
 だがしかし、目の前のそれは大きすぎた・・・・・
 確かに神話の中には巨大なゴーレムも登場する。だがしかし、人に扱えるゴーレムはそのようなものではなく、もっと規模の小さいまさに『召使い』のようなものだ。
 
 服を着せれば人と見分けがつかないような人間レベルの大きさの使い捨ての使い間のような存在。だが、目の前の巨人はまるで神話を再現したかのような巨大さだ。

 高くそびえたその体は月明かりを浴びて広い影を作っている。

「わらわとて本意ではない。が、こうなってしまっては仕方ない。行くぞセイバー・・・・。――できるなら、わらわを止めてくれ」

 巨人の目に光が宿る。
 静止していた巨大な体に力が宿り機械音が辺りに響く。



 ――オオオオオオン――



 俯いていた頭をあげて、咆哮のような轟音とともに、機神の巨兵は活動を開始した。


■■■■

第11話 銀の左腕

■■■■


「来るわよ!シロウ、リン、避けて!」

 巨人の腕が大きく上がる。振り上げられた腕は一直線に、地上の俺たちを押しつぶそうと振りおろされる。

「くそっ!」

「ッチ!」

 全力で走る。上空から落ちてくるその腕を、死に物狂いで飛びのいて避ける。

「はははっ!いいぞライダー!そのまま全員潰しちまえ!」

 どこからか慎二の声が聞こえてくる。
 だがそんなものは気にしてられない。すぐに体勢を立て直し、攻撃に備える。

「アーチャー!足元から切り崩すわよ!」

「了解!」

 アーチャーの右手から機関銃が放たれる。
 遠坂の手が光り、追撃とばかりに魔弾が巨人を襲う。

 立ち上がる硝煙と砂煙。だが、巨人は傷ひとつなく健在だった。
 
「ああもう!なんて、出鱈目!」

 体制を崩すことすら出来ず、悔しげに吐き捨てる遠坂たちに向かって、巨人の鉄槌が振り下ろされる。

「まずっ!?この距離じゃ――」

 攻撃の為に近づいた遠坂達、あの距離では回避が間に合わない。

「遠坂!」

 背を向け走る遠坂達を押しつぶさんと、巨兵の豪腕が迫る。

「おおおおおおおお!」

 その拳が二人を押しつぶすと思われた直前、アーチャーはくるりと方向転換し、迫る拳に向け自分の拳を振りぬいた。

 ガギンッ!という鈍い音。
 迫る巨兵の拳とアーチャーの拳が触れる。巨兵の拳を止めることは出来なかったが、その衝撃で二人を押しつぶすはずだった拳は逸れる。

「なんつー馬鹿力……」

 アーチャーの奴、弓兵なんて言って置きながら力技であのピンチを切り抜けやがった。
 
 すぐに距離を離そうとする遠坂とアーチャー。攻撃を避けられた巨兵は、再度二人を押しつぶそうと拳を振るう。

「させないわよ!」

 巨兵に向けて走るセイバー。振り下ろされるその拳に向かって、銀色の剣が振るわれる。

「やあああああああああ!」

 巨人の拳と銀の剣が鬩ぎ合う。
 二つの力がぶつかり合い、火花を撒き散らしながら弾ける。

「まったく、『英雄』ってのはなんでもありね。
 なら、マスターのほうを狙うまでよ!」

 すばやく体勢を立て直した遠坂が駆ける。
 目標は巨兵の後方、楽しげに口をゆがめながら戦いを見守っていた慎二に向かって、遠坂のガント呪いが放たれる。

 だが。

「やらせはせぬよ」

 その呪いが慎二に届く前に、巨兵の体が動く。
 地響きを起こしながら移動するその体にガントが触れた瞬間。呪いは始めから存在しなかったかのようにかき消された。

「対消滅バリアー。触れるものを消し去る古代の力、相変わらずめちゃくちゃね」

「お主がそれを言うか。ただの人の身でありながらその聖剣を振るい、魔神さえ追い詰めた聖女のお主が」

 呟いたセイバーに向かって上空から言葉がかけられる。
 見合う両者。幾度かの衝突の後、再度間合いが開かれる。

 だかこのままではジリ貧だ。
 巨兵に決定的なダメージを与えることは出来ず、マスターである慎二への干渉も防がれる。

 こちらはセイバーたちが守ってくれているとはいえ、あの巨兵にかかれば俺なんてひとたまりもなくやられてしまうだろう。
 手には強化済みの竹刀一本。こんなものでは何の抵抗にもなりはしない。俺を守りながら戦わないといけないセイバーにとって、重荷以外の何者でもない。

「大見得切ってこのざまか。たいした正義だ、衛宮士郎……!」

 自分自身に腹が立つ。
 かみ締めた口に血の味が広がる。口の中を切ったようだ。

「いいぞライダー!、そのままそいつら殺しちゃえよ!」

 優勢を悟ったのか笑い声を上げながらライダーへ指示を出す慎二。
 巨人によってその進路はふさがれ、近寄ることすらままならない。

「やれやれ、いい気なものじゃ。己の力でもないのになぜあそこまで増長出来るのか。
 力に溺れるは人の業、力もないのに溺れるとは、愚かさ此処に極まれり、といったところか」

 ため息交じりの声が上空から響く。

 後には静寂が残り、緊張した空気が張り詰める。
 両者とも機会をうかがっているのか、つかの間の静けさが戦場を支配する。

「シロウ、このままぐずぐすしてると全滅よ。私があの子を何とかするから、倒れてる三人とリン達と一緒に出来るだけ遠くへ。これからやることは、貴方たちに気を使ってあげられるようなものじゃないから」

 セイバーから声がかけられる。確かにこのままここにいては戦いの邪魔になるだけだ。

「セイバー、でも――」

 また、守られるだけなのか。

 正義の味方を目指すと誓った。セイバーこの子とともに、戦い抜けると約束したのに、自分には何も出来ないのか。
 歯がゆさに唇を噛む。握り締めた手に爪が食い込み痛みを訴える。

「シロウ、私は私の戦いをする。貴方には、貴方しか出来ないことがあるはずよ。やるべきことを間違えないで。諦めずに最後まで、自分を信じて足掻かないと。
 ――それとも、貴方の目指す『正義の味方』は、これくらいのピンチで諦めちゃうの?」

「セイバー、それは」

 俺の理想を話したことはないはずだ、なのに、なぜ。

「ごめんね、シロウと意識がつながってるからかな、夢で見ちゃった。あの災害も、そのあとも」

 夢でみた、というのには自分にも覚えがあった。
 以前倒れたときに見たあの夢。焔の中を歩く女の子。

「同情なんてしてあげられないし、共感だってしてあげられない。貴方の痛みは貴方だけのものだし、貴方の思いも貴方だけのものよ。確かに貴方は今あのゴーレムを倒せないし、戦況を変えるだけの力もない。

 ――それでも、守りたいものがあるんでしょう?」

 その言葉で、頭の中は静かになってくれた。
 そうだ、迷っている時間なんてない。正義の味方を目指すなら、こんなところで諦めている暇なんてない。
 出来ることをやるだけだと、どうしてそんな簡単なことを忘れていたのか。

「わかった、すぐに皆安全なところに連れて行く。全力でやってくれ、セイバー」

 そうだ、俺の戦いはここにある。
 彼女が全力で戦えるように、この場でできる最善を。
 
 握り締めていた手を解いて、顔を叩き喝を入れる。
 悔しさに手を握り締め悔しがっている暇があるのなら、その手を開いて一人でも多くの人を助けに行こう。

 それが、俺の憧れたあの理想ユメに繋がると信じて。

「うん、いい顔。かっこいいぞ、男の子っ」

 にっこり笑ってそう言ったセイバーは、剣を構えてライダーへと向き直る。

「行って、シロウ!」

「分かった!退くぞ遠坂!俺たちがここにいちゃセイバーが全力を出せない。向こうに蒔寺たちもいるんだ!、アーチャーの手が要る!」

 セイバーの声にこたえて走り出す。
 様子を伺っていた遠坂達は俺の言葉を受けて動き始める。

「なんで蒔寺さん達がいるのよ!?っていうかセイバーは何をするつもり……ああもう、士郎待ちなさい!追うわよ、アーチャー!」

 背後からそんな声が聞こえる。文句を言いながらも遠坂はちゃんとついてきてくれているようだ。

「負けるなよ、セイバー」

 小さく呟いて、その場を後にする。
 彼女はあいつをどうにかするといった。今は彼女を信じて、俺の戦いを終わらせよう。




■■■■




「行ったか。味方を逃がすということは本気のようじゃな」

「ええ、名残惜しいけどぐずぐずしてる暇はないの。
 嫌な事はさっさと終わらせましょう。私が全力で、あなたを止めてあげる」

 人気の無い夜の中、相対する少女から放たれる決意の言葉。

「変わらぬな、お主は。気まぐれで、臆病で……いつだって必死で、足掻いている」

 自分を倒すと宣言した少女に向かって、苦笑を漏らすライダー。
 燃える様な赤い瞳が、懐かしさに和らぐ。

「おい!何無駄話してるんだライダー!
 衛宮達が逃げちまったじゃないか!そんな奴さっさと潰して、あいつらを――――」


黙れ・・


 歩いてきた少年、間桐慎二が苛ついた声で放ったその言葉に、ライダーは怒りを隠すことなく言い放つ。
 赤い瞳に射抜かれた少年は、短い悲鳴を上げながら後ずさる。

「死にたくなければ今すぐ逃げろ。気に入らんがお主に死なれる訳にはいかん。
 
 これ以上、わらわと友の戦いサイカイを、その薄汚い言葉で穢してくれるな」

 殺気さえ感じさせるほどの迫力で言い放つ少女。
 その言葉には、有無を言わせぬ圧力があった。

「くそ!」

 その迫力に気おされたのか、自身の危機を悟ったのか、少年は背を向け走っていく。
 残されたのは、二人の少女のみ。

「さて、もう邪魔をするものは居らん。そろそろ決着をつけるか。
 さあ友よ、我が僕たる神なる砦、攻め落とせるものなら攻め落としてみよ!」


 ――――ウオオオオオ――――!


 その言葉に答え、目の前の巨兵が雄叫びを上げる。
 触れるものを全て消し去るその力を込めた一撃が、主の敵を消し去らんと押し迫る――!


「言ったでしょう、あなたを止めるって。約束したからには、守らないと」


 銀色の剣が構えられる。
 青白い光が溢れ出し、その刀身を染め上げる。



未来創りしアガート――――」


 
 巨大な腕が振り下ろされる。対消滅バリアを纏ったその一撃は全てを押しつぶす隕石のようだ。
 狙われた彼女は既に避けることはかなわず、受け止めることもままならない。この状況では、いかなるものも滅びざるをえないだろう。



 
 だがしかし、今此処には、人の想いを力に代え『未来キセキ』を織り成す剣が在る。




「――――願いの剣ラーム!」



 言葉とともに放たれた『想い』の力。
 上空から迫る巨大な隕石と、地上から放たれた銀光が鬩ぎあう。


「「やあああああああああ!」」


 二人の少女の声に反応するように、衝突する両者は力を増す。


 永遠のように感じられる刹那の後。
 少女を押しつぶそうとしていた巨人の腕に僅かにひびが入り、そして。



 この世の全てを照らすように、世界が銀の光に染め上げられた。




■■■■
あとがき

VSライダー決着?編

ゲーム上でのちーと技炸裂
ちなみに真名開放=アークインパルスという設定です。
また時間があったらステータスを更新したひ



[17195] Fate/WILD えいこらせっと第12話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/03 23:55
 倒れていた三人を担いで出来るだけ離れたところへ急ぐ。
 俺一人では抱えきれないため氷室、三枝の二人をアーチャーが担ぐ。

「よし、此処までくれば……」

 公園のほぼ端、出口の付近までたどり着く。
 そうして残してきたセイバーのことがふと気になり、走ってきた方向に目を向けた瞬間。

「――――っ!?」

 がくん、と体の力が抜ける。
 自分が風船になって空気が一気に噴出したような感覚。体中の魔力が一気に何かに持っていかれた。

 倒れそうな体を必死に押しとどめ、蒔寺を地上に降ろし顔を上げたそのとき。

「っく!」

 銀色の光が、視界を埋め尽くした。

「今の、まさかセイバー!?」

 遠坂から声が上がる。
 信じられないほどの魔力の奔流。目もくらむほどの銀光が収まり、静寂が広がる。

「セイバーッ……!」

 朦朧とした意識のまま、体は走り出す。
 先ほどの銀光。きっとアレがセイバーやろうとしていたことだろう、なら結果はどちらにせよ付いている筈だ。

「あの馬鹿!向こう見ずにも程があるわよ!……アーチャー、追って。
 私はここでこの子達に治療をしてから行くわ。無茶しそうになったらちゃんと止めてあげて」

「分かった」

 その言葉に答え、弓兵は少年を追う。
 残されたのは3人の少女と一人の魔術師。

「覚悟はしてたけど、実際起きるとけっこうキツイわね……」

 苦しそうに呼吸を繰り返す少女に手を伸ばす。
 青白い光が手に宿り、少女を照らす。するとその表情が和らいでいく。

「戦争……か、上等じゃない。私の日常まわりに手を出したこと、後悔させてやるわ」

 ギリッと歯を食いしばり、赤い魔術師は呟いた。



■■■■

第12話 日常への帰還

■■■■



「セイバー!」

 戦場に駆け戻り、闇の中に目を凝らす。
 街灯に照らされ、二つの姿が浮かび上がる。

「流石ガーディアンブレード『アガートラーム』と言った所か。
 よもやただの一撃で、わらわのゴーレムが敗れるとはの……」

 剣を正面に構えいまだ戦闘に備えるセイバーと、地上に降り立ち肩口を押さえているライダーの姿が目に飛び込む。
 先ほどまで猛威を振るっていたライダーのゴーレムの姿は無い。どうやらセイバーの攻撃によって撃退されたようだ。

「あああああ!なにやってるんだよライダー!衛宮のサーヴァントなんかに負けてるんじゃない!早くそいつらを殺すんだよ!」

 いつの間にそこにいたのか、どこかへ走り去ったはずの慎二は戦場へ戻ってきていた。
 その現場を見て自身のサーヴァントの切り札が破られたことを理解した慎二は再度本を開きライダーへと命令を下す。

「っぐ!」

 ライダーの体を紫電が蝕む。
 アレだけの魔力の衝突があったのだ、その体には無視できないダメージがあるだろう彼女を、慎二は令呪によって無理やりに動かそうとする。

「止めろ慎二!これ以上は――」

「まったく、己の分を弁えることもできんとは。お前には失望したぞ、慎二」

「え?」

 俺の言葉を遮って、どこからか低い声が聞こえてくる。
 それが誰の声か確認しようとする前に、目の前の慎二の手に持った本がぼうっと軽い音を立てて燃え始めた。

「あ……?ああああ!燃える、令呪が燃えちまう!」

 地面に落ちて燃えていく本。慎二はどうにか消そうと叩いているが一向に炎が消える気配は無い。
 そのまま本は燃え散り、その場に居たはずのライダーも夜の闇に溶けていく。

「お初にお目に掛かる、セイバーのマスターよ」

 突然現れたその人影に目を向ける。
 深い皺が刻まれ、青白い顔。着物に身を包み木の杖を付きながら、その老人は現れた。

「お、お爺さま……?何でここに、いやっ!それよりなぜ令呪を燃やしたのですか!もう少しであいつらを全員――」

「痴れ者が、自らの非力さも理解できぬか。もともとお前に期待などしていなかったが、これではいよいよ救いようが無い。
 孫かわいさに目をかけてやったが、間違いであったか」

 老人に向かって縋る慎二。お爺様、ということは慎二の祖父ということか。
 詰め寄る慎二にそれだけを言い放って、こちらに向き直る。

「さて、挨拶の途中であったな。儂の名は間桐臓硯。そこに居る間桐慎二の祖父にあたる」

 つかつかとこちらに歩み寄りながら自己紹介をする老人。

「少年、下がれ」

「ええ、そのおじいさん、なんだか良くない気配がするわ」

 こちらへ歩み寄ってきた老人から俺を庇うようにセイバーとアーチャーが一歩踏み出す。
 確かにこの老人は苦手だ。色の無い目、生気の感じられない白い肌。
 その姿を見ていると、何か死体イヤナモノを思い起こす。

「そう警戒しなくても良い。儂はただ孫の不始末の尻拭いに着ただけじゃ。
 戦う気など毛頭無い、そもこの老体ひとつでは、そこなサーヴァントに太刀打ちなど出来るはずも無い」

 しわがれた低い声で話す老人。
 するすると歩み寄ってくるその姿は、地面を這う蛞蝓を連想させる。

「なにもんだ、アンタ」

 強い口調で問い掛ける。
 老人は俺のその声に反応し、少し離れた場所で立ち止まる。

「言ったじゃろう、何の変哲も無い老体、孫かわいさに命乞いに来たただの老人じゃ」

 くっくっと薄い笑いを浮かべながら老人は語る。

「よく言うわこの狸爺。そう、あんたが手を引いてたって事ね、間桐臓硯」

 いつの間にか追いついていた遠坂から声が掛かる。
 その口ぶりからすると遠坂はこの老人を知っているようだ。

「ほう、誰かと思えば遠坂の娘か。なるほどなるほど、これでは慎二程度ではどうにもならん」

「ふん、下手なお世辞なんて要らないわ。――魔術回路も無い慎二がマスターになるなんておかしいと思ったけど、アンタが黒幕だったって訳ね。それで、わざわざこんなところまで出てくるなんて、どういうつもり?」

 老人の言葉に不快そうな態度でそう返す遠坂。
 視線は鋭く射抜くように老人を睨んでいる。

「何度も言っておるじゃろう。この歳では戦いもままならぬと孫に桧舞台を譲ったはよいが、既にライダーは破れた。あのような者でも血を分けた血族よ、命だけでも助けてもらおうと、老体に鞭打ち駆けつけたという訳じゃ」

 傍らで呆然と立ち尽くし話を聞いていた慎二を一瞥しながら間桐臓硯は言葉を続ける。

「こちらの手勢はおらず、儂が与えた仮初の令呪も破棄させた。もう戦う力など残ってはおらん。どうかひとつ見逃してはくれんか」

 こちらに向き直り、頭を下げながら老人は言う。

「随分と都合のいい事を言うわね。そいつのした事を知らない訳じゃないでしょう。魔術師の戦いに首を突っ込んだんだもの、覚悟くらいはしているんでしょう?」

「ヒッ――!」

 遠坂の視線が慎二を射抜く。
 睨まれた慎二は短い悲鳴を漏らしながら視線から逃れるように後ずさる。

「困ったものじゃ。かなわぬと分かっていても血を分けた孫の手前、儂も命を懸けて慎二を逃がすしかない」

 やれやれと首を振りながら話す老人。
 その言葉に反応した遠坂、セイバー、アーチャーが戦闘体制をとり、場の空気が張り詰める。

「――分かった、慎二には手を出さない」

「ちょっと!士郎!?」

 俺が放った言葉に驚きの表情を浮かべながら抗議する遠坂。
 確かに慎二のやったことは許されることじゃない。だが、ここであいつを殺しても、俺達の気が晴れるだけだ。

「ただし、条件がある。
 二度と戦いに関るな。もしまたこんな風に無関係の人を襲うって言うなら、相応の覚悟はしてもらう」

 しっかりと老人を睨みながら宣言する。
 こっちだって聖人じゃない、倒れた三枝達を嘲る慎二を見たときは本当に理性が飛びそうだった。
 だけど、俺は殺しがしたいんじゃない。二度と関らないと言うのなら、無力になった慎二をわざわざ殺す必要はないだろう。

「おお、寛大な処置痛み入る。
 ほれ慎二、さっさと逃げろ。その拾った命で父親同様、無意味な余生を過ごすがよい」

「――っ!!アイツと、同じ……!?」

 歯を食いしばり怒りに震えながら立ち尽くす慎二。
 
「――――」

 数秒の後、体を反転させて出口へと走っていく。そうして公園の端までたどり着き、こちらを一度だけ睨み付け、そのまま夜の中へ走り去っていった。

「さて、これで目的は果たした。この老いぼれも、退かせて貰うとしよう」

 そういって踵を返す老人。
 不満そうな顔をした遠坂がその背中に声をかける。

「アンタの目的は知らないけど、覚悟だけはしておくことね。人畜無害な慎二を誑かしてこんな事件まで起こさせて。
 ――次にこんなことがあったら、無駄に長生きしたことを後悔させてあげる」

 その言葉を聞いた老人が振り返る。にやりと口の端を持ち上げて、低い声でそれに答える。

「肝に銘じておこう。それと、見逃してもらった礼にひとつ情報を提供しよう。柳洞寺には魔女が住んでおる・・・・・・・・。挑むのならば気をつけるがよい、ずいぶんと魔力を溜め込んでおるようじゃ。
 尤も、最近は影を潜めて細々とやっておるようじゃがな。あれだけ派手にやってきておいてどういった心境の変化なのか、まあ儂には知る由もないが」

 そういい切って老人は今度こそ闇の中へ消えていく。

「ではな。敗北者は早々に、舞台から降りるとしよう」

 カカカと言う笑い声を上げながらその姿が遠ざかっていく。
 完全に姿が視界から消え、虫の鳴き声だけが闇の中に響く。

「ふう、終わったか。慎二のやつもあれだけ言って置けば馬鹿なこともしないでしょう。一応監視の使い魔を飛ばすとして、今日はもう帰ったほうがいいわね。セイバーも宝具を使ったみたいだし、休ませてあげないと」

 老人が消えると構えていた3人からふっと力が抜ける。
 遠坂の言うとおり今日はもう帰ったほうがいいだろう。俺もずいぶん魔力を持ってかれたようだ、体中がだるい。

「なに言ってるのよリン。私はこれぐらい全然――――」

「てい」

「いきゅ!?」

 平気、と続けようとしたであろうセイバーの言葉を遮る様に、遠坂のチョップが炸裂する。
 いきなりの奇襲を受けたセイバーは頭をさすりながら涙目になっている。

「こんな攻撃も避けられないくらい疲れてるくせに強がるんじゃないわよ。……まったく、主従そろって無茶ばっかりして。
 これじゃ私がついていないと危なっかしくて見てられないわ」

 軽くため息を吐いて遠坂は歩き始める。
 そのすぐ横にいたアーチャーもそれに続く。

「ほら、行くわよばか主従、三枝さん達を運ぶんだから早くしなさい。
 この時間じゃ病院は開いてないだろうから、教会に連れて行くわよ」

「ああ、行こう、セイバー」

 いまだ涙目でうー、とうなり声を上げながら遠坂を睨んでいたセイバーに声をかけその後を追う。
 それを聞いたセイバーもしぶしぶといった様子でついてくる。

 戦いは終わった。体はぼろぼろで守られてばかりだった。それでも、守れたものは確かにあった。今はただ、誰も欠けずに帰れることを感謝しよう――――


■■■■


 日付も変わって次の日、俺達は病院の前に来ていた。
 なぜかというと、昨日のことから説明せねばなるまい。昨日教会へ倒れた三枝たちを運び、あの神父へ預けることにした俺達。お決まりのように人の心に無遠慮に入り込んでくるような神父の言葉に耐えながら、三人を引き渡した。

 簡単な治療は遠坂がしてくれていたようで、そう時間がたたないうちに神父の治療は終わり、病院の手配を済ませそれを見届けてから帰宅することに。
 その後、病院から学校に連絡が届き学校はしばらくの間休校となった事が朝の連絡網で伝わってきた。一つの高校から4人も被害者が出れば当然だろう。

 いつも通りに朝食を済ませ、することもないので道場で汗でも流そうかな、などと思っていると

『士郎、蒔寺さんたちを見つけたのの士郎なんでしょ?お見舞いくらい行ってあげなさい!私も行きたいんだけど、職員会議があるから遠坂さんたちを誘って行ってらっしゃい』

 と藤ねえの一声によりお見舞いに行くこととなった。
 公園の散歩をしていたら倒れている蒔寺達を見つけた、という説明をしたので、発見者は俺ということになっている。

 桜も朝食のときに誘ったのだが、用事があるということで帰っていった。
 セイバーは魔力を消費したので家で睡眠をとり待機中、アーチャーは霊体化をしているので姿は見えないので、ここにいるのは実質遠坂と俺だけだ。

 受付で病室を確認し移動する。
 階段を2つほど上がって廊下を進み、病室の前へ。軽く深呼吸をして、ノックをする。

「はーい、どちらさまー」

 中から返事が聞こえてくる。
 それを確認した後、扉に手をかけ一思いにあける。

「よっ、三人とも元気か」

「こんにちは、蒔寺さん、三枝さん、氷室さん、元気そうで安心したわ」

 手を軽く上げて遠坂と共に挨拶をする。
 病室では三人分のベッドと、その上で上半身を起こしこちらを見る三人の姿。

「衛宮くんと、遠坂さん!?わわ、なんでここに!?」

「遠坂……とばかしゃもじ!?何で二人一緒なんだー!」

「おお、衛宮と遠坂嬢か。よく来てくれた」

 あわわ、と慌てる三枝とがー、と雄たけびを上げる蒔寺。
 そして一人冷静な氷室。うん、みんな元気そうでよかった。

「お見舞いだよ。ほら、みかんだ。これ食べて早く元気になってくれ」

 少し前藤ねえが大量にどこからか買い込んできたみかんを渡す。
 病室には冷蔵庫もあるし、そこまで多くも持ってきてないので腐ることはないだろう。

「わざわざ済まないな、ありがたく貰って置くとしよう」

「ふん、物で釣ろうなんて思ってるんだろうがその手は通じないぜ!
 私を懐柔したければ、その3倍はもってこいというのだー!」

「蒔ちゃん、そんなにいっぱい食べきれないよぅ……」

 漫才のように息がぴったりな三人。
 昨日のような弱弱しさはなく、しっかりとした活力が感じられる。

「いやいや、それにしても本当にタイミングがいい。実はさっき衛宮の話をしていたところだったのだよ」

「わわ、氷室!その話はだめだって!」

「あう、鐘ちゃんそれは……」

 氷室の言葉を聞いた蒔寺は慌てたように腕をばたばたさせ、三枝は顔を赤く染め沈黙する。
 むう、なんだろうか。そんな反応をされると気になってしまう。

「それは気になるわね、どんな話?」

「気になるか?なら話すとしよう」

 わくわくといった様子で話を聞こうとする遠坂。
 氷室も氷室で眼鏡をきらりと輝かせ、その話を始めた。

「なに、別に悪口を言っていたというわけではない。昨日のことはほとんど覚えてないのだが、何か不思議なものを見た記憶がおぼろげにあってな、夢だったのかもしれんが、三人ともその中に衛宮がいた、ということでな」

 一瞬心臓が鷲掴みにされたかと思うほどドキリとした。
 記憶の操作は遠坂がしているはずなので、覚えているはずはないのだが……。

「そうそう!いやー、今にしてみれば変な夢だったよ!まあ、それ以上でもそれ以下でもないから気にすることなんてないんだけどな!」

 いやーまいったまいったと話を切ろうとする蒔寺。
 だが、氷室はそれを許さない。

「おや、おかしいな。先ほどは言っていたではないか。
 『夢に出てきた衛宮は意外と頼りになって、悔しいけどちょっと格好よか――』」

「わー!わー!わー!なに言ってんだ氷室!?」

 氷室が何かを言おうとしたが、蒔寺の大声によって残念ながら聞き取ることはできなかった。それにしても、何で顔が真っ赤なんだろうか。

「そんなこといってるけど氷室も由紀っちもおんなじ様なこといってただろー!」

 がー!と威嚇するような形相で反論する蒔寺。
 そんなことって何さ。よくわからないが夢だと思っているということはばれてはいないようだ。

「ふむ、『も』ということは、先ほどの言葉は私の聞き違いでないと言うことか」

「――――!?」

 耳まで真っ赤にして今度こそ黙りこむ蒔寺。
 具合でも悪くなったのだろうか。

「おい蒔寺、大丈夫か?具合悪いんなら先生を――――」

「……さい」

「は?」

 消え入りそうな声で何かをつぶやく蒔寺。
 聞き取ることができず思わず聞き返す。

 キッ!と顔を上げ、大きく息を吸い込んで。

「うるさいばかしゃもじー!全部お前が悪いんだー!!」

 轟音と呼べるような大声量と共に放たれたパンチが、いい角度で俺の顔にめり込んだ。
 ばたん、と床に仰向けに倒れる俺。見上げる先には顔を覆いやれやれ、とため息をつく遠坂の顔が見える。

「やれやれ、筋金入りの唐変木ね。すこしそこで反省しなさい」

 無常な言葉が聞こえ、目の前が暗くなっていく。少し怒っている様な声色なのは気のせいだろうか。

 ああ、それにしても最近このパターン多いなぁ。
 心配そうに覗き込む三枝と、笑いをこらえながら覗き込む氷室。
 そして病院なのにがおー!と騒ぐ蒔寺の姿を最後に、例のごとく意識はブラックアウトした。





■■■■
あとがき

失神落ち多すぎるだろ……と自分で思う今日この頃。
そうしろとガイアが私にささやくので仕方ない。きっとそうだ。



[17195] Fate/WILD ちょちょいのジョイで第13話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/06 02:43
 目を覚ますと知らない天井だった。
 別に汎用人型決戦兵器などに無理やり乗せられたわけではなく、黒豹の理不尽パンチ(使用者急増中)によって失神していただけだ。

 
 目を覚ますなり出てけー!と怒鳴られ、遠坂と共に病院から退散してきて今に至る。


「たく、酷い目にあった」

 
 お見舞いに行ったのにパンチをお見舞いされるとはどういうことか。
 下手をすればこちらが入院してもおかしくない程キレのあるパンチだった。


「自業自得よ、これに懲りて今度から行動には気をつけることね」

 
 前をすたすたと歩きながら遠坂が言う。
 そんなことを言われてもまずいことをした覚えはないんだが……。

 
 うーむ、と頭を捻りながら歩いているといつの間にか商店街にまで来ていた。
 そういえば冷蔵庫の中身がそろそろ少なくなってたなぁ。ちょうどいいし、ここで買い物でもして行こう。


「遠坂、先に帰っててくれ。俺はここで買い物して帰るから」

 
 前を行く遠坂に声をかける。
 その言葉を聴いた遠さかはピクッと反応し振り向く。


「あんたねえ、今はセイバーも一緒にいないんだし私が先に帰ったら一人になっちゃうのよ?敵が着たらどうするのよ」

 
 呆れを顔に浮かべながらため息をつく遠坂。


「大丈夫だって、昼間っから襲ってくるようなマスターはいないさ。相手だって魔術師だ、目を付けられないように昼間から派手なことはしないだろ」

 
 いくら戦争中とはいえこんな人の多い場所で戦闘を始めようとするやつはいないだろう。
 神秘は秘匿するもの。あまり派手なことをすれば協会に目を付けられかねない。


「それはそうだろうけど――いえ、やっぱりいいわ。私はちょっと用意があるから帰るわ。……そうね、夕飯が終わったら私の部屋に来て。あなたに魔術の講義をしてあげる。約束してたでしょ」

 
 そういえば、共闘の契約のときにそんな約束をしていた。
 親父に教えてもらった基本しかしらない俺に魔術を教えてくれるというのはとてもありがたい。


「ああ、分かった。今日の夕飯は楽しみにしてろよ、取っておきのを作ってやる」

「はいはい。いい?士郎、何かあったら渡した宝石で合図を送るのよ。それじゃ私は帰るわね。夕飯、楽しみにしてるから」

 
 まじめな顔で俺に注意をしたあと、軽く微笑んで手を小さく振りながら帰っていく遠坂。
 それを見届けてから俺も歩き始める。
 まったく、遠坂のやつは心配しすぎだ。一応もらった宝石は持ち歩いているが、使う機会はないだろう。
 ポケットに入れた財布を確認して、俺は商店街へと歩き出した。


■■■■

第13話 冬の少女 ~再会編~

■■■■


 さて、買い物をしよう。宣言してしまったし飛びっきりうまいのを作らなければ。


「やっぱりメニューは和食だな。となると魚をメインに――」

 
 くいくい


「ん?」

 
 店を見て回りながら今晩のメニューに思いを馳せていると、後ろから服の裾を引っ張られる感触。
 なんだ?と思い振り向いてみる。と、そこには信じられない人物がいた。



「こんにちは、お兄ちゃん。元気そうでよかったわ」


 
 訂正、昼間から思いっきりマスターがいました。


「イ、イリヤ!?」

 
 イリヤスフィール。数日前、俺と遠坂を襲ったバーサーカーのマスター。
 まさかこんな昼間から出会うなんて。俺が名前を呼ぶと、ニコニコと微笑んでいた顔が不機嫌そうなものに変わる。


「な、なんだ。まさかこんな街中で――」

「名前」

「え?」

 
 俺の言葉を遮ってイリヤが短く言葉を放つ。
 名前?勝手に呼んだから怒っているのだろうか。


「その、勝手に呼んだ事を怒ってるなら謝る」

 
 見るからに身分の高そうな感じだし、そういうことに厳しいのかもしれない、と思い謝罪の言葉を口にする。


「違う。名前、お兄ちゃんは知ってるのに私は知らないのは不公平」

 
 しかし、問題はどうやら勝手に呼んだことではなかったようだ。
 頬を膨らませながら抗議するその姿はつい最近殺し合いをした相手だというのに、年相応のしぐさで少しかわいいと思った。


「あ、ああ。そうだよな。士郎、衛宮士郎だ。よろしくな、えっと……イリヤスフィール」


「イリヤ、でいいよ。それにしてもシロウか……しろう、しろう、シロウ……うん、なかなかいい名前ね」

 
 俺の名前を反芻しながら考え込んでいたかと思うと、ぱっと顔を上げてそんなことを言う少女。
 この感じからすると戦う意思はないのだろうか?それならこちらもありがたいのだが。


「それで、何でこんな昼間からこんなところにいるんだ?まさかこんなところで戦うつもりじゃないだろうな」

 
 忘れそうになっていたことを質問する。
 マスターである彼女が接触してきた理由。戦いに来たのならバーサーカーがいるはずだが、姿は見えない。


「む、失礼ね。いくらなんでいきなり襲ったりしないわ。それに戦いは夜するものでしょう。私がここに来たのは、シロウの会いたかったからよ」


「俺に?」

 
 先日殺そうとしていた相手にわざわざ会いに来たという彼女。
 しかも戦闘目的ではないという。


「そうよ、セラ達やバーサーカーの目をごまかすの大変だったんだから!ねえシロウ、お話しましょう?あっちにいい場所見つけたの!」

 
 そういって走り出す少女。
 白い息を吐きながら、こっちこっちーと手を振っている。


「ホント、普通の女の子にしか見えないよなぁ」

 
 思わずポツリと言葉がこぼれた。
 楽しそうに走る少女の背中を小走りで追いかける。ポケットに入れた宝石で合図を送ろうかと一瞬思ったが、すぐに手を離した。

 
 きっと、目の前で笑う少女の姿があまりにも無邪気だったからだろう。
 少女の後を追いながら、先日殺し合いをしたばかりだと言うのに、少しくらい付き合うのもいいかな、なんて、俺の頭は考えていた。



■■■■


 
 案内されたのは小さな公園だった。申し訳程度の遊具と、休憩のためのベンチが置いてある。
 そのベンチに小さな少女と一緒に腰掛ける。時刻はちょうど1時を回ったところだったが、俺達以外に人影は見えない。


「それで、話ってのは何なんだ。何か聞きたいことがあるんだろう?」

 
 こんな人気のないところまで呼び出されたのだ。
 何か人に聞かせられないようなことなのだろうか。


「うーん、特に考えてなかったな。シロウは何か私に聞きたいことないの?」

 
 だが俺の予想は外れていたようだ。
 イリヤは俺の問いにうーんと考え込んだ後、逆に質問をしてくる。


「なんだそりゃ?用もないのに話しかけてきたのか?」

「え?用がなかったら話しかけちゃいけないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 
 なんだかよく分からなくなってきた。
 一度は殺そうとした相手に、こんな風に用もないのに普通に話しかけるなんてなにを考えているんだろう。


「ならいいじゃない。ねえシロウ、せっかくお城を抜け出してきたんだからいろいろなことを話しましょう!」

 
 はじけるような笑顔で話すイリヤ。
 視線を前方に戻しえーっと……と唸りながら、なにを話そうか考えだす。

 
 少しの間悩んでいた彼女は、顔を上げるとそれからいろんなことを話してくれた。
 家にいる使用人たちのこと、バーサーカーが焼くパンがおいしかったこと、この町に着て思ったこと。
 一つ一つ思い出しながら話す彼女は本当にただの女の子のようで、先日の出来事が夢だったんじゃないかとさえ思える。


「それからそれから!えーっと……あ、そういえばシロウは何か質問はないの?」

 
 楽しそうに話していた話を切って、イリヤは俺にそ言う。
 俺が聞きたいこと。彼女の事は殆ど知らない、なにから聞けばいいんだろう。


「イリヤは、何で戦うんだ?」

 
 何の計算も打算もなく、自然と口からそんな言葉がこぼれていた。
 目の前の少女は痛ましいほど純粋で、そんな彼女がなぜ戦いなんてものをするのか、それが本当に理解できなかった。


「私が戦うのは、そのために生み出されたから。
 だけど、私の目的はちょっと違うの。私の目的はね――――復讐だよ」

 
 赤い瞳がまっすぐにこちらを射抜く。
 先ほどまでの楽しそうな気配は消え、色のない表情でイリヤは語り始めた。

 
 復讐――衛宮切嗣との因縁。アインツベルンを裏切ったという親父キリツグへの思い。自分を裏切った男が、育てたという息子のことを知ったときの驚き。

 
 それは、どんな孤独だったのだろう。
 父親だったはずの男。その男は自分達を裏切り、辺境の土地で誰か知らないような息子を貰い過ごしている。

 
 少女は思っただろう。自分わたしは、棄てられたのだ。と。

 
 それが幼い彼女にとってどれほどの悲しみだったのか。
 俺にはそれを図ることはできない。


「だから殺すの。憎いから。私を棄てたキリツグも、その息子のシロウも」

 
 無機質な声で少女は語る。
 俺はこの少女になんて声をかければいいんだろう。謝るのも、俺には関係ないと切り捨てるのも、どちらも違うと思う。

 
 空中に視線を漂わせながら、もう終わった結果ことを淡々と話す少女。


 
 ――それが、声を殺して泣いているように見えて、思わずイリヤを抱きしめていた。


「え?ちょっと……シロウ?」

 
 俺の腕の中で驚きの声を上げる少女。いきなり抱きしめられたのだから当然だろう。
 まだ時間は昼だったけど、外の空気は肌寒い。
 抱きしめたイリヤは思っていたよりずっと小さくて、だけどしっかりと暖かかった。


「ごめん。俺は、お前になんて言えばいいか分からない」

 
 その暖かさを確かめるように、抱き寄せた腕に少し力をこめる。
 腕の中のイリヤは驚きこそあったものの、抵抗するようなそぶりは見せなかった。


「シロウは、優しいね。
 ――ねえシロウ。シロウは、私のこと好き?」

 
 俺に体重を預けながら、少女は問いかける。
 親父との関係、いきなり殺されそうになったこと、そして今も、自分を恨んでいること。
 色々なことを聞いて、いろんなことがあって、その度に驚かされるばかりだった。


「分からない。イリヤとは色々あったし、まだよく分からないんだ。でも、一つだけはっきりしてることがある。俺は、イリヤを嫌いじゃないよ。こうして楽しく話ができて、自分の気持ちを素直にぶつけてくれて、楽しそうに笑ってくれる。――そんなイリヤを、嫌いになれるわけがない」

 
 彼女の事はまだ分からない。
 たった1時間程度話しただけで相手のことが全部分かるほど、俺は達観してない。

 
 だけど、確かに楽しかったのだ。
 楽しそうに話す少女。好きなことも嫌いなことも全部ぶつけてくる彼女とすごしたこの時間は、確かに衛宮士郎じぶんにとって楽しい一時だった。

 
 それだけは確かなことだった。
 だから、今自分にできる限りの返答を彼女に伝えた。


「――うん、やっぱりシロウは優しいね。私はシロウのことが憎いけど、こんなに優しいシロウなら、好きになってあげてもいいよ」

 
 抱きしめた腕の間から俺を見上げ、笑顔でそう話す少女。
 それからしばらくしてぐい、と俺を押し返し、少女は俺の腕から離れる。


「もう帰らなきゃ。今頃セラたちが慌ててると思うから」

 
 ベンチから立ち、こちらに振り向きながら言うイリヤ。
 その頬は少し赤くて、顔には笑みが浮かんでいた。


「ああ、そういえばイリヤの家は郊外の森の近くにあるんだっけ。遠いのか?」

「知りたい?えへへ、嬉しかったから、シロウには特別に教えてあげる」

 
 そう言うとイリヤはとことこと俺のほうへ近づき、こつん、と額と額を当てる。


「い、イリヤ?」

「静かに。目をつぶって、ゆっくりと意識を落ち着けて。変なものに移っちゃったら、戻すのが大変なんだから」


 その言葉に従い戸惑いながらも目を閉じる。
 幸い心を落ち着かせる、といった精神鍛錬は慣れているので、そんな状況でも心は少しずつ落ち着いてくれた。


「じゃあ行くよ。まずは森の中からね」


 そんな言葉が聞こえると同時に、俺の意識はどこかへ飛んだ。


 木だ、木になっている。
 意識だけが森の中へ居て、木になって森を見渡している。 
 うっそうと生い茂る雑木林の中を、木の視点で進んでいく。


『道は覚えた?じゃあ次はお城へ移るわね』


 次に見えたのは、本当に大きな城だった。
 西洋風のその城は、森を抜けた広場のような場所にひっそりと聳え立っていた。

 
 意識は城壁へと移り、周辺を見渡した後、内へとまた移る。
 中のつくりも豪華で、本当に王様でも住んでいそうだ。


『リーゼリット、リーゼリット!イリヤお嬢様の姿が見えませんが、どこに行かれたか知っていますか』


 と、室内を見渡しているとなにやらほっかむりのようなものを被ったメイドのような人が目に飛び込んできた。
 あれがイリヤの言っていた使用人の人だろう。イリヤが居ないことに気がついたようだ。


『知ってる、イリヤ、バーサーカーがパンを焼くの、見てるって』


 もう一人同じ格好をした人物が現れ、それに答える。
 こちらはなにやらゆっくりとした喋りで、最初の人物とは正反対のような印象を受ける。


『リーゼリット、お嬢様を呼び捨てにするのは止めなさい。まあそれはともかく、バーサーカーのところにいらっしゃるのですね。それで、その肝心のバーサーカーは今どこに?』


『ん?呼んだかな』


 メイドさんの言葉にタイミングよく現れるバーサーカー。
 赤いスカーフを首に巻き、その手にはミトンをつけ焼きたてのパンをトレイのようなものに乗せている。


『ちょうどいいところに来ましたね。お嬢様はどこですか?貴方と一緒に居るとリーゼリットから聞きましたが』


 きびきびとした方のメイドさんがバーサーカーへ質問する。
 だが、それを聞いたバーサーカーは驚いたような表情を見せる。


『え!?イリヤはパンを焼いてる間、セラと勉強をしてるっていってたから、てっきりセラのところに居るのかと……』


『『『…………』』』


 奇妙な静寂がその場を支配する。
 バーサーカーは額に一筋の汗をたらし、セラと呼ばれた女性は青筋を浮かべ、リーゼリットと呼ばれた女性は先ほどまでと変わらない無表情。


『なんですか、つまり、貴方達は2人そろってまんまと出し抜かれたと』


 口元を引くつかせながら、セラは2人へと問いかける。


『え~と、なんていうか……ははは……』


『ダシ、抜かれた?今日の朝食は、パンだったよ?』


 冷や汗を流しながら苦笑いするバーサーカーと、的外れなことを行っているリーゼリット。
 その言葉を聴いたセラから、ぶちっと何か嫌な音がした。


『ああ!もういいです!リーゼリット、貴方はお嬢様を探してお迎えにあがりなさい!
 ――それとバーサーカー、貴方はお嬢様のサーヴァントでありながらこの失態。今日こそあなたにお嬢様のサーヴァントとしての心構えを叩き込んであげます。ええ、それはもうみっちりと!』


 肩をつかまれ、そのままずるずると引きずられていくバーサーカー。
 パンを乗せたトレイを離さないまま、部屋の奥へと連れて行かれる。


『はあ、どうしてこんなことに。わからない、わからないな……』


 そのまま乱暴に扉が閉められ、部屋から人の姿が消える。


 と、そこで一瞬視界が反転し、元の公園に戻る。


「どう?ちょっとした旅行気分だったでしょ?」


 悪戯っぽい瞳で問いかけてくるイリヤ。
 今のはなんだったんだろう。


「いや、すごいな。いまのイリヤの魔術か?」

「そうだよ、アインツベルンが得意とする魔術で<転移>っていうの。今のはシロウの意識を私の森に転移させたんだよ」


 ふふん、と胸を張って語る少女。
 やはりこんな小さな体をしていても、一流の魔術師なのだと改めて実感させられた。


「ほんとはもっと話してたいけど、リズが探してると思うからもう帰らなきゃ。――じゃあねシロウ。今日はなかなか楽しかったわ」


 手を振りながら掛けていく少女。
 小さくなっていくその背中に、とっさに声を掛ける。


「イリヤ!」


 少女は遠く離れた場所で俺の声に振り返る。
 その少女に聞こえるように、声を張り上げて言う。


「今日はイリヤの城を見せてもらったから、今度は俺の家を見せてやる!だから――また、会えるかな」


 最後のほうは少し不安で、声も少し小さくなってしまったけど、その言葉はしっかりと少女に届いたようだ。
 イリヤはにっこりと笑って、俺に負けないくらいの声でこちらに呼びかける。


「うん!しょうがないからまた会いに着てあげる!またね、シロウ!」


 そういって今度こそ走り去っていくイリヤ。
 その足取りがなんとなくさっきより軽くなっているように見えたのは、俺の思い過ごしだろうか。


 一人になった公園で、ベンチから腰を上げる。


「そういえば、買い物の途中だったな」


 今日はなんだか気分がいい。
 遠坂にもとっておきのを作ってやるって言っちまったし、ちょっと奮発していい食材を買って帰ろう。


 商店街を目指す途中、白いものが目の前を横切る。
 空を見上げると、白い雪が降ってきていた。


 まだ寒い冬の日。
 気温は低くて雪も降っていたけれど、手のひらに落ちてきたその雪はとても綺麗で、それがさっきまで楽しげに話していた少女と重なって、俺の心は何だかぽかぽかと暖かかった。




■■■■
あとがき

行と行のスペースを増やしてみるの巻き。
こっちのほうが見やすいのかな。だけどエンター押すのがしんどry



[17195] Fate/WILD いちにのさんで第14話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/10 19:34
 買い物を済ませて帰路に着く。
 今日は新鮮な鮭が手に入ったのでこれを使って料理をするとしよう。

「塩焼きもいいけど、汁物に入れてもいいな」

 軽い足取りで門をくぐる。
 玄関を抜けキッチンへ移動し、買ったばかりの食材を冷蔵庫へ。

 居間には珍しく誰もいない。
 セイバーはまだ寝ているようだ。あの宝具は精神力を消耗するらしい。ましてやあんな高威力の攻撃をすればなおさらだろう。

 桜と藤ねえは夜になれば来るだろう。
 いや、藤ねえはまた『職員会議がー!』とかいって来れないかも知れないが。

「そういや遠坂の奴どこいったんだ?」

 俺より先に帰宅したはずの遠坂の姿が見えない。
 部屋にいるのだろうか、何か準備するとも言っていたし手伝いにいってみよう。

 そう思い立ち離れを目指す。
 遠坂のことだから準備とやらに熱中して俺が帰ってきたのにも気がつかなかったんだろう。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、正に今目指している部屋の主の姿を庭に見つけた。

「あれ、遠坂?土蔵の前なんかで何やってんだ?」

 遠坂がいたのは庭の片隅にある土蔵の前だった。
 あそこは俺がよく親父に教わった魔術の鍛錬やガラクタいじりをする場所で、特に面白いものは無いはずなのだが。

 靴を履いて声をかけようと歩み寄る。
 だがその表情が見えた瞬間、思わず近くの木陰へ身を隠した。

「ありえない。何者よアイツ」

 遠坂の顔には苦々しい表情が浮かんでいた。
 いや、それはもしかすると怒りだったのかもしれない。とにかく遠坂はそんな気軽に声をかけられるような雰囲気とは逆の空気で、土蔵の中を睨んでいる。

この世界在る筈が無いもの・・・・・・・・・・・・・を持ってくる、なんて、世界の摂理に反してる。
 これがアイツの魔術……いえ、きっとこれすらもアイツの『何か』魔術から零れ落ちただけのものに過ぎない」

 遠坂はまだ土蔵の中にいる。
 でも、きっとこれは聞いてはいけない話だ。遠坂の表情はただ事じゃない。
 気づかれないように足音を殺し、居間へともどる。

 ただ、その直前。

 ――投影、魔術

 小さく聞こえたその呟きが、何故か尾を引くように頭から離れなかった。


■■■■

第14話 凛先生の魔術講座

■■■■


 時間が流れるのは早いもので、すでに時刻は午後7時。
 昼に買っておいた食材で夕飯の仕度をしていると、居間のほうからどたどたと足音が。

「やっほー!士郎ご飯ご飯ー!
 連日の職員会議によって疲れきった私の心を癒す、そんなヒーリングな士郎のご飯をぷりーず!」

「お邪魔します先輩。もう料理始めてたんですね」

 現れたのは桜と藤ねえだった。
 藤ねえは居間につくなり横になってだらーと手足を伸ばしだらけモードへ移行。
 桜は俺がキッチンにいるのを見るとエプロンを手に手伝います、とやる気に満ちた様子でこちらへと歩み寄る。

「ありがとう桜。そっちの鍋がふきこぼれないように見といてくれ」

 せっかくの好意を無駄にするのも悪いので手伝ってもらうことにする。
 桜ははい!と嬉しそうに答え、鼻歌交じりに料理を始める。いやぁ、ホントに料理が好きなんだなぁ。

 そこでテレビを見ている虎も料理位できるようにならないものか。
 以前藤ねえが料理を作ったときの惨劇を思い出すと藤ねえの将来が割と本気で心配になってくる。

「あははは!これおもしろーい!」

 ……いや、何も言うまい。
 ため息をつきながら料理を進める。仕込みは桜たちが来る前に終わっていたのでそれから程なくして料理は完成した。

「お、ちょうど出来たみたいね。うん、いい匂い」

 テーブルへ料理を並べているとちょうど遠坂が居間へやって来た。
 昼間に見た剣呑な雰囲気ではなくいつも通りの遠坂。よかった、なにがあったかは知らないがもう機嫌は直った様だ。

「来たか遠坂。セイバーはまだ寝てるのか?」

「え?そういえばセイバーが居ないわね。まだ部屋に居るんじゃない」

 帰ってきてから姿をまだ一度も見ていないのでおそらくまだ部屋で寝ているのだろう。よほど疲れているようだ。仕方ない、呼びに行こう。

「桜、料理運ぶの頼めるか。俺はセイバーを呼んでくる」

「あ、分かりました先輩」

 後のことを桜に任せて離れのセイバーの部屋を目指す。
 廊下を渡り、部屋の前へ。

「セイバー、居るか?夕飯が出来たぞー」

 コンコン、と軽くノックをしながら呼びかける。
 が、中から返事は無い。

「まいったな。セイバー、悪いけど入るぞ」

 仕方が無いの一応声をかけてから部屋の中へ入る。
 布団の隙間から見える青い髪。まだセイバーは気がついていないようだ。

「セイバー、夕飯の仕度が出来たからそろそろ――」

「う……ん……シロウ……?」

「!?」

 俺の声に反応したセイバーがこちらに寝返りを打つ。
 それはいい。問題なのは、その、なんというか、パジャマの隙間から見える白いものだ。

「おおおおはようセイバー!居間にはおいしいご飯が待ってるから早く起きたほうがいいんじゃないかと思ったりなんかするんだがどうだろう!」

 頭の中が真っ白になってよく分からないことを口走っている。
 とっさに目をそらしたがなかなかその光景は消えてくれない。くそ、いくら部屋の中とはいえその格好は無防備すぎると思う。

「んー、もう晩御飯かー。ていうか、なに慌ててるのシロウ?顔も真っ赤……あ、ふっふっふっふ」

 意識が覚醒したのか上半身を起こしこちらを見つめていたセイバーが何かに気がつき邪悪な笑みを浮かべる。
 まずい、非常に嫌な予感がする。

「シロウ、私まだ体がだるいなー。足もふらふらするし、居間まで連れてってー」

 ベッドの横に立っていた俺をぐい、っと自分のほうに引き寄せながらセイバーはそんなことを言う。
 体勢を崩して視線を落とした先にはパジャマからのぞく白いもの。
 いや、まずい、これは非常にまずい!

「ばばばばか!なに言ってんだ!は、運ぶのならアーチャーのほうが力あるしって言うかそんなの出来るわけ無いだろ!」

 もはや自分がなにを言っているのか分からない。
 頭の中は腕から感じる暖かさとさっきの光景がぐるぐると渦巻き、ショート寸前だ。

「えー、アーチャーは今ここにはいないし、私はシロウがいいなー」

「わ、分かったから!とりあえず胸元のボタンをちゃんと閉めていったん離れてくれ!」

 にこにこと俺の腕に絡み付いていたセイバーを振り払って距離をとる。
 振り払われたセイバーは不満そうに口を尖らせながらこちらを睨む。

「えー、だってリンから借りたパジャマ小さいんだもん。特に胸のところなんて締め付けられて――」



「へえ、誰の胸が超貧しいえぐれ乳ですって?」



 ぴしり、と空間にひびが入るような音がする。
 なんだろう、背後にものすごい寒気を感じる。バーサーカーが襲撃にでも着たのか、と思うほどの寒気。

「あ、あれ?リン何時からそこに居たの?い、いやー、さっきまで寝てたから気がつかなかったわ」

 目を泳がせながら誤魔化すセイバー。
 恐る恐る振り返ってみると、声の主、遠坂凛は笑っていた。
 満面の笑み。だけど何故だろう、その笑顔を見ていると全身に汗が噴き出してくるのは。

「それは可笑しいわねぇ。さっき確かに此処から楽しそうな喋り声が聞こえてきたんだけど。
 それよりセイバー?誰の胸が見るのがかわいそうなくらい小さくて、いっそのこと○ブトロニックをつけて豊胸体操したほうがいいド貧乳なのかしら?」

「そ、そこまで言ってな……じゃなくて。そんな事言って無いわよいやねぇリンったら。ははは……」

 あくまで笑顔、いやむしろあくまの笑顔で問いかける遠坂。
 そして小さな子供なら号泣するであろうその迫力を伴った問いにあくまで白を切ろうとするセイバー。

 いや、かなり改竄されているので否定したくなるのも分かるが。

「そう、記憶が無いのね。きっと戦闘のときに頭を打ったのね……かわいそうなセイバー。士郎、私はセイバーの治療・・をしてから行くから、先に居間に帰っておいて。
 さあセイバー?怖がらなくていいのよ。私の治療を受ければ、さっきまでの記憶はおろか生まれてから今までの記憶すべてを思い起こせるようになるから」

 それは記憶というより、俗に言う走馬灯ではないのだろうか。
 俺の横を通り部屋の中へ入りセイバーの居るベッドまでドスドスと歩み寄る遠坂。

 巻き込まれるのが怖いので、早々に退散するとしよう。

「シ、シロウ。たすけ……」

 もはや誤魔化せないと悟ったセイバーは俺に涙目で助けを求める。
 だがしかし時既に遅し。俺が部屋を出ると同時に、無常にも木製の扉は申し合わせたようにバタン、と閉まり


「い、いやああああああああああああ!」


 静寂ぶち破るような絶叫が、夜の住宅地に響いたのだった。



■■■■



 それから程なくして遠坂とセイバーは食卓に現れた。
 遠坂は一仕事終えた職人のようなさわやかな笑顔。対してセイバーはこの世の終わりを見たかのような虚ろな表情だ。

「あら、これ美味しいわね。士郎ったらやるじゃない」

「あ、ああ。ありがとう……」

 機嫌よく料理を食べ進めていく遠坂。
 だがしかし、その隣のセイバーが発するマイナスオーラで、俺と桜の箸はなかなか進まない。藤ねえはそんなの関係ねえ、とばかりに料理をむさぼっている。

 ちくしょう、普段なら絶対にいらないけどこんなときにはちょっと羨ましくなるスキルだ。

「ふふふ、シロウ。このお汁、塩味が効いてて美味しいね……」

「あ、あのセイバーさん。それはたぶんぽたぽた落ちてる涙の味だと……」

 薄く笑いながらなんだか悲しい言葉を発するセイバーに桜のするどいツッコミが入る。

「あ、セイバーちゃんそれ食べないなら貰っちゃうぞー」

「あ、こら藤ねえ!人のもんに手出すんじゃない」

 空気?なんて読むの?とばかりに場違いなことを言いながら、セイバーのおかずを奪う藤ねえ。
 普段なら此処でセイバーも負けじと応戦なりなんなりするのだが、今日に限ってはあっけなくおかずを奪われてしまった。

「ああ、いいのよシロウ。あんまり栄養を取りすぎると胸に邪悪な脂肪がついてだんだんとそれが進化して最終的には悪の化身キョニューへと変貌を……」

 虚ろな目でぶつぶつと謎の言葉を呟きながら中空へ視線を漂わせるセイバー。
 なんだろう、よく分からないけど涙が出てきた。いったいどれ程の恐怖があったというのだろう。

 テレビから漏れる笑い声と、もくもくと咀嚼する音だけを響かせながら、その日の衛宮家の食卓は終わりを告げたのだった。



■■■■



 なんともいえない食事が終わって時刻は午後10時。
 桜や藤ねえも帰宅し、セイバーものそのそと自分の部屋へと帰っていった。

 昼間の約束を思い出し、遠坂の部屋を目指す。

「遠坂、居るか?昼間言ってたやつのことだけど――」

 コンコンと軽くノックをしながら呼びかける。

「ああ、士郎来たのね。入っていいわよ」

 お許しの言葉を貰ったので扉を開け中へと入る。
 遠坂の部屋へ入るのは初めてだ、と少し緊張しながら中を見渡す。

 机の上には難しそうな厚い本が何段も積み重ねられ、床には見たことの無いようなよく分からない物が置いてある。
 片付いていないというわけでは無いが、かなりの量の荷物があり部屋の中はなんだか狭く感じる。

「と、それじゃあ始めましょうか」

 いすから立ち上がりこちらに向き直る遠坂。
 その顔に何か違和感を感じると思ったら、眼鏡をかけていることに気がついた。

 昼間はかけているのを見たことが無いが、調べものとかをするときは付けるんだろうか、と遠坂の新たな一面に驚いていると目の前にランプが差し出された。

「?遠坂、何だよこれ」

「何って、どこからどう見てもランプでしょ?衛宮くん確か強化しか出来ない、って言ってたわよね。
 どれくらいの腕前か見るから、ちょっとこれに強化をかけてみて」

 手に受け取ったランプを軽く確認する。
 特に何の変哲も無いランプのようだ。

「わかった、やってみる」

 目を閉じ精神を集中させる。
 頭の中にランプの構造を浮かび上がらせて、魔力を通す道を確認する。

「よし」

 慎重に魔術回路を組み上げる。
 大丈夫、毎晩練習してきたことだ。いつもどうりにやればいい。
 そんな暗示のような言葉を自分に言い聞かせながら、体の中に回路を作っていく。
 

 ガラスを扱うような慎重さで組み上げた魔術回路から、ランプへと魔力を通す。
 設計図どうりの道へ順調に魔力が流れていく。
 よし、このまま行けばうまくいきそうだ――なんて、甘いことを考えた瞬間。

 ――パキン

「あ」

 軽い音と共に、ランプが弾けた。
 むう、惜しいところまでいったのだが失敗か。

「はあ、やっぱりね」

 呆れたように顔を覆い、苛つきの混じったような言葉をこぼす遠坂。

「なんだよ。最初に言っただろ、俺は見習いで、たいしたことできないって」

 それがなんだか悔しかったので、少し不機嫌な声で言い訳をする。
 しかしその言葉を聞いた遠坂は軽く首を振りそれを否定する。

「そうじゃない。私が腹を立ててるのは才能が無いとかそういう事じゃなくて、貴方が魔術師としての前提を間違えてるからよ。
 ああ、ごちゃごちゃ言っても仕方ないし、とりあえず士郎これ飲みなさい」

 言葉を切ってごそごそと荷物をあさっていたかと思うと、そこからなにかのカンを取り出す遠坂。
 よく見てみるとそれは駄菓子屋で見慣れたハッカやらイチゴやらいろいろな味の飴の入っているアレだった。そこから一つ飴のような物を取り出し、俺の手のひらに乗せる遠坂。

 渡されたのは透き通った色の飴、いや、石のようなものだった。
 飲めといわれたので仕方なく口の中に放り込み、無理やりに飲み込む。
 うう、喉の奥がひりひりする。

「う……飲んだぞ。それで遠坂、今のは何なんだ?」

「何って、唯の宝石よ」

「なんだ、宝石か……ってええ!?」

 さらっと重大なことを言う遠坂。
 宝石って、なんてものを飲ませてくれるんだ。体に悪いとか以前に、消化できるのだろうか。

「驚いてるとこ悪いけど、今は意識を保つことに集中しなさい。そろそろ来るわよ」

「来るって何……が!?」

 言った瞬間、猛烈な吐き気がこみ上げる。
 風邪を引いたように熱く、体の中に火の玉が投げ入れられたようだ。

「いい?魔術回路って言うのはね、一度作ればそれでいいものなの。体の中に一度魔術回路を作ってしまえば後はスイッチのオンオフだけで切り替えられる。それが魔術師にとっての魔術回路。
 だって言うのに貴方は、何度も何度も死ぬ思いをしながら、新しい魔術回路を作るなんていう無駄なことをしている」

 悶える俺に対してそんな説明をし始める遠坂。
 正直こうして意識を保ってるのも辛いのだが、お構いなしに彼女は話を続ける。

「何度も魔術回路を作り上げる、なんて事を繰り返したせいで貴方の回路は通常の神経と一体化している。さっきのはその回路を無理やり・・・・開かせるための物よ。
 一度作り上げてるんだから、あとは閉じてしまった道をむりやり開いて道があるってことを体に教えてあげれば、スイッチを作ることも出来るようになるでしょう」

「それは分かった、けど。ちょっと乱暴すぎやしないか……」

 白くなりそうな意識を必死に鎮めて、何とかそれだけ言い返す。

「驚いた、もう喋れるのね。ふうん、そういう精神訓練は積んでるのね。まあそれだけ軽口がいえるなら十分ね。ほら士郎、ランプならいっぱいあるからどんどんやっていきましょう」

 笑顔でランプを取り出しこちらに差し出す遠坂。
 たってるだけでも辛いってのに、なんてヤツだ。

「ほら士郎、セイバーといちゃつく元気があるんだからこれくらい余裕でこなせるわよね?
 口で言うより体で覚えたほうが早いんだから、ちゃっちゃと次行くわよ」

 セイバーの部屋でも見せたあくまの笑みがよみがえる。
 こうなったらやれるとこまでやってやる、と遠坂からランプを奪い鍛錬を続ける。

 それから数十分の間、休むことなくランプに魔力を流し続けた。
 横でそれを楽しそうに眺める遠坂を見て少しだけ、今日のセイバーの気持ちが分かった気がしました。




■■■■
あとがき

日常パート詰め合わせ。
スイッチの辺りがゲームやり直してみたけど簡略化しようとしたらあやふやに。



[17195] Fate/WILD 忘れたころに第15話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/20 15:51
 朝の日差しを受けて深く沈んだ意識が浮上していく。
 鳥の鳴き声が朝を告げ、習慣によって刻みつけられた体は覚醒していく。

「う……熱っ……」

 頭が痛い。風邪を引いたように体は熱を持ち、気だるさを訴える。
 それでも昨日よりは大分よくなったほうだが。昨日の夜の遠坂の特訓は地獄だった。熱にうなされながら延々とランプに『強化』を掛けていたが、結果は惨敗。
 遠坂の持ってきた30個あまりのランプはすべて砕け、こちらの体より先にランプのほうが根を上げてしまった。

『はぁ、まさかここまでとは……』

 容赦なく地獄の特訓を続けさせた先生から出た言葉がこれである。
 才能が無いことは自分でも分かっていたがあの状態で倒れず特訓を続けた人に対してもう少し労わりを持って優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃないだろうか。

「まあ、でも」

 無駄ではなかったようだし遠坂には感謝しなければいけないだろう。
 軽く体に魔力を流してみる。体の中にスイッチをイメージし、切り替え、意識を集中させる。

「うん、いい感じだ」

 いつもなら一から作り上げていた回路を作る必要が無いというのはとても有難い。
 自分でも驚くほどスムーズに魔力が体を流れる。集中を解き一息つくと熱かった体も静まっていた。魔力の巡りがよくなったことで落ち着いたのだろうか。

 やっぱり遠坂には感謝しなければいけない。
 腕前のほうは変わらないがこれで魔術行使は容易になるだろう。

 今度食事当番になったら、何か遠坂の好きな物を作ってやろう。
 足取りの軽くなった体で居間を目指しながら、そんな平和な未来に思いを馳せる。

 廊下を歩く途中外から吹き込んだ冬の冷たい空気が、少し心地よかった。




■■■■

第15話 夜宴の誘い

■■■■



 
 まだ数日だがなんだか慣れ親しんだようにしっくりと来るようになった朝の風景。
 藤ねえとセイバーは楽しそうにテレビを楽しみながら、桜と遠坂はときどき料理の批評やレシピを話しながら、朝食を食べ進めていく。

『次のニュースです。以前から続いていた謎の昏睡事件の被害者達が本日付けで全員退院を果たしたとのことです。事件自体も収束に向かっており、警察では被害者達の体調の具合を見て、事情聴取を行うと――』

「おー、最近物騒だったからねー。よかったよかった」

 うんうんと頷く藤ねえ。
 よかった。俺達のしたことは無駄じゃなかったようだ。被害者の人たちも回復したようだし、このまま何もなく終わるといいのだが。

 しかし気になるのはあの老人の言葉だ。
 『柳洞寺には魔女が住む』
 その言葉が真実だとすれば寺の人たちや一成のやつは――。

「先輩?聞いてますか?」

「あ、ああ、ごめん桜。ちょっとボーっとしてた。それでなんだって?」

「いえ、たいしたことじゃないんですけど。洗面所の電球が切れ掛かってるので報告しておこうと」

 桜の声でふと我に返る。周りが見えなくなっていたようだ。

「分かった、今日買いに行く。ありがとうな桜」

 学校はまだ休校だし、買い物に行くのも悪くない。
 最近いろいろなことが立て続けに起きているし、束の間の平和を謳歌するとしよう。

「あー、そういえばトイレットペーパーとか少なくなってたわね。ちょうど良いわ、この機会に備品の補充を済ませましょう。桜も行くでしょ?」

 話を聞いていたと遠坂が思い出したように言う。
 どうやら一緒に買い物に行くつもりらしい。話を振られた桜は少しうつむいて何かを考えた後、顔を上げて言う。

「すいません。ご一緒したいんですけど用事があるので……」

「残念ね。藤村先生とセイバーはどうします?」

 テレビに夢中になっていた藤ねえとセイバーが振り返る。

「う~ん、行きたいのは山々なんだけど学校のほうの用事があるからパスね。あ、士郎、ホームセンター行くならアレ買ってきて!お好み焼きとか焼けるプレート!」

「何?買い物?行く行く!こっちのお店とか興味あったの!」

 答えは真逆だったが同じようなテンションの二人。
 あと藤ねえの要求は悲劇を未然に防ぐためにも却下させてもらうとしよう。

「じゃあ行くのは私と士郎とセイバーね」

 結局行くのは3人に決まった。
 それにしてもセイバーのやつ張り切っている。あまり過度な期待をして落胆したりしないだろうか。
 まあ本人が嬉しそうなのでよしとしよう。

「じゃあご飯を食べ終わったら集合ね。せっかくだから新都の大きいところに行きましょう」

 手早く段取りを決める遠坂。
 こっちもこっちでなんとなく機嫌がよさそうだ。やはり女の子は買い物が好きな物なんだろうか。

 ともかくこれで予定は決まった。気になることはあるが今は目の前のことに頭を切り替えよう。
 残り少なくなったご飯を口の中に放り込み後片付けをするためにキッチンへと向かう。

「ふふふ、新しい服とかほしかったのよねー。せっかくの機会だしシロウに選んでもらおうかしら。いざとなったら色仕掛けで……」

「最近ちょっと部屋に篭り気味だったし丁度いいわね。荷物持ちもいることだし遠慮なく楽しめるわ」

 ……なんだか不穏な言葉が聞こえたようだが気のせいだろう。
 小さく聞こえてくるあくまたちのそんな言葉に現実逃避をしながら、朝の時間は過ぎて行った。




■■■■



 
 バスに乗って数十分。俺達4人は新都へと足を運んでいた。

「凛、何故俺まで……」

 そう、4人。
 いつもは霊体化しているアーチャーはその姿を現していた。いつもの格好では目立ちすぎるとの事で今は遠坂の持ってきた服を着ている。

「上ほとんど裸だったもんな、あれ……」

 2メートル近い半裸の大男が街を歩いていたら即通報されることは目に見えている。
 何とか着れそうな服を遠坂が見つけてきたのだが――。

「これは、何というか……」

 遠坂が持ってきたのは黒いスーツだった。いたって普通のスーツだったがアーチャーが着るとなんというかそっちの人にしか見えない。
 これはこれで十分怪しいのだが、即通報されることは無いだろう。職務質問くらいはされるかもしれないが。

「何でって、荷物持ちに決まってるでしょ?」

 アーチャーの問いに当たり前のように返す遠坂。
 かつての英雄を荷物持ちに使うなんて遠坂はきっと将来とんでもない大物になるに違いない。
 黒スーツの大男を引き連れた明らかに怪しい集団を見た周りの人々は無言で目をそらし道をあける。歩いているだけなのにとても申し訳ない気持ちになるのは何故だろう。

 そんな罪悪感に耐えながら歩いていると目的の場所が目の前に現れた。
 大型百貨店ヴェルデ。書店、日用品店、衣料品店、食品店、模型店、アミューズメント施設、レストランと何でもござれの百貨店である。

「わー!すごいすごーい!お城くらいあるんじゃない!?」

 はしゃぐセイバー、というか比べる対象がお城って。
 予想外のところで彼女が『異世界』の住人なのだと再確認する。

 中へ入り周りを見渡す。平日だったが多くの人が買い物を楽しんでいる。さすが新都最大の百貨店というべきか。

「あ、あっちに服屋さんがあるのね。ねえねえ!見に行きましょう!」

「いや、まずは生活用品を買わないと」

 嬉しそうに店を指差していたセイバー。
 俺の言葉を聴いて少しすねたようにむくれる。しかしこちらにも買うべき物があるのだ。

「いいじゃない、私とセイバーは服を見てるから士郎たちは必要な物買ってきてくれればいいわ。アーチャーも荷物持ちが役目なんだから丁度いいでしょ」

 そこに助け舟を出す遠坂。まあ確かにその方が都合がいい。
 女の子の買い物は長いって聞くし、早めに目的の物を買っておいたほうがいいだろう。

「分かった、それでいい。終わったらここで落ち合おう」

 待ち合わせ場所を指定する。
 遠坂も俺も携帯は持ち合わせていないので予め決めておかないと合流できなくなってしまう。
 手早く予定も決まってこれから目的の場所にそれぞれ行こう、というこになったがセイバーはなにやら渋い顔をしている。服屋にいけるのに嬉しくないんだろうか。

「むぅ……せっかく服を見立ててもらおうと思ったのに……。
 ねえシロウ、後で私の服一緒に選んでくれる?」

 上目遣いで聞いてくるセイバー。
 そんな顔をされたら断れるわけが無い。

「あ、ああ、分かった。こっちの買い物が終わったら付き合うよ」

 赤くなりそうな顔を隠しながらそう返事をする。

「ありがとう!じゃあ行ってくるわね。行きましょうリン!」

 俺の返事に笑顔でそう言うセイバー。
 遠坂の手を引っ張ってあっという間に店の中へと消えていく。

 その場に残される俺と黒スーツの大男。
 何時までもこうしているわけにも行かない。さっさと必要な物を買ってしまおう。

「行こうかアーチャー。ホームセンターはあっちにあったはずだ」

「ああ、分かった」

 短くハッキリとした返答。
 それだけを言ってアーチャーは歩き出した俺の少し後ろを黙って付いて来る。

 少し歩くと目的の場所に着いた。一般的なホームセンターだがその大きさはやはりかなり大きい。日用品だけでなく犬や猫などのペットも様々な種類が売られている。

「えっと、電球は――」

「こっちだ、少年」

 すばやく商品の場所を判別し俺を誘導するアーチャー。
 単純に目がいいのもあるだろうがやはり物を見分けたりそういう判断力が高いのだろう。なんと言っても『英雄』だ。

 目の前を歩くアーチャーを見て、そういえばアーチャーとこうして二人でいるには初めてだな、と思い思い切って質問をしてみることにした。
 協力関係の相手のことをよく知るのは今後のためにもいいだろう。

「なあ、アーチャーはどんな英雄だったんだ?」

 ふと浮かんだ疑問を口にする。
 この男の人生、生前はどんな英雄だったのか。たしか何とかの英雄、とか異名があったんだっけ。

「そうだな、『ブラッド』が『英雄』と呼ばれるようになったのはスレイハイム解放軍に参加してからか」

 俺の問いにアーチャーは一度だけ目を閉じて、静かな声で過去を語り始めた。

「スレイハイム。当時俺が居た国は悲しみに満ちていた。国は『力』にとり付かれ、次々と恐ろしい兵器を作り出すことに心血を注いでいた。民達の苦しみも嘆きも届かない。そんな国を変えようと、立ち上がった奴等が居た。

 ――ああ、俺達は戦った。だが、残ったのは塩の大地だけだ。国は力に滅ぼされ、信じた者には裏切られて、たどり着いた先は監獄だ。国を救おうと戦った『英雄』は、世界を混乱に貶めた『犯罪者』として処理された」

 悲しみでも怒りでもなく、ただ淡々と『事実』を話すアーチャー。
 その独白は、まるで自らの罪を告発しているかのよう。

「だがそんな『英雄』にも価値があった。まあそのおかげで、世界を救う、なんて大仕事をすることになった訳だが」

 深い皺の刻まれた顔が何かを懐かしむように一瞬和らぐ。
 深い悲しみの果て。絶望の果てに、彼が笑えるような『救い』があったのだろうか。

「なあ少年、『英雄』とは何だと思う?」

 突然掛けられた問い。
 『英雄』とは何か。その答えを考える俺をアーチャーはじっと見つめる。
 英雄。多くの偉業を残し、人の身に余る奇跡を起こす者。それは人々の尊敬を集め、今なお語り継がれる伝説の存在。

 それは、例えば皆を救う正義の味方のような――――

「いや、悪かった。少し喋り過ぎたな。だがこれだけは覚えておくといい。『英雄』なんて物は、絶対の危機を救う万能の存在なんかじゃない。
 ……守りたい理想モノがあるのなら、何かに縋るんじゃなく自分の手で守りぬけ。その『思い』こそが――――」

 そこで言葉を切り、どこか遠くを見つめるアーチャー。
 その答えは、今はまだ分からない。だけどいつか見つけてみせる。この目の前の『英雄』のように。

「って、あれ?」

 俺がそんな風に思考をめぐらせていると、目の前のアーチャーは小走りでどこかへと駆けて行く。一体どうしたというのか。

「お、おいアーチャー、一体どうし――」

 急いで後を追い何とか人ごみの中に後姿を見つける。
 と、そこにはよく分からない光景が広がっていた。



「ば、馬鹿な!何故この季節にカブトムシが……し、しかもこの大きさ……む、こっちはヘラクレスオオカブト、だと!?なんて雄雄しさだ……」


 
 黒スーツの大男が昆虫コーナーの虫かごに張り付き、鼻息を荒げていた。
 いや、見えない。何も見えない。俺の目には何も映っていない。

 関わり合いになりたくないのでさっさと目的の物を買ってその場を後にする。
 ホントさっきまでの雰囲気が台無しだ。シリアスってなんだったっけ。

「ま、待ってくれ少年!せめて一匹、いや、この幼虫だけでも――!」

 いまだ少年の心を忘れていない英雄のそんな叫びを背に受けながら、俺は待ち合わせ場所へと向かったのだった。

 ……もうやだこの英雄。




■■■■




「ふう、まだ戻ってないか」

 約束の場所へと戻ってみるとまだ遠坂とセイバーの姿は無かった。
 やはりこっちと違いすぐ終わるようなものでもないようだ。まあいい、少し待ってればそのうち来るだろう。

「ヘラクレスが……コーカサスが……」

 意気消沈した顔でぶつぶつと呪文のように呟くアーチャー。
 こんなに人間味あふれるアーチャーを見たのは初めてだ。今日一日でアーチャーに対する印象がかなり変わった。まあ、いい方にかどうかははおいといて。

「あれ、もう来てたの?早めに切り上げたつもりだったけど待たせちゃったかしら」

 俺達に少し遅れて遠坂が到着する。
 悠々と歩いてきた遠坂の後ろに目をやると、両手に紙袋をこさえたセイバーがふらふらとこちらへ歩いてきていた。

「いや、俺達も今来たとこだ。……ずいぶん買い込んだな遠坂」

 セイバーが持っている荷物は結構な量だ。アレだけ買うと結構な金額になるのではないだろうか。

「やっと着いた……。もう、リンったら酷いんだから。少しくらい持ってくれてもいいじゃない」

「買ってもらったのに文句言わないの。アレだけ買ってあげたんだから感謝してほしいくらいよ」

 買ってきた荷物をアーチャーに手渡しながらセイバーの文句を軽く流す遠坂。
 いまだ立ち直りきっていないアーチャーはしぶしぶそれを受け取る。

「まあ買うものは買ったことだし、そろそろ帰るか」

 目当ての物は揃えたしアレだけ買えば遠坂たちも満足しただろう。
 早く帰って晩飯の仕度でもしよう。

「いいえ、まだ買うものがあるわよ。ねえ、セイバー?」

「ええ、約束したわよねシロウ。一緒に服を選んでくれるって」

「買うって言ったって、そんなにあるのにまだ買うのか?」

 確かに来たときそんな約束をしたが二人とももう十分な量の服を買っているように見える。一体これ以上何を買うというのか。

「くれば分かるわ。ほら、こっちよ」

 先導する遠坂について歩く。
 少し歩いて立ち止まった遠坂はにっこり笑って振り返る。

「さあ、ここよ衛宮君。存分に選んであげなさい」

「え……選んであげなさいったって、ここは」

 ひくひくと口が引きつる。遠坂につれられてきた先にはピンクやら黒やらカラフルな布たちが所狭しと並んでいた。
 ……これはひょっとして、下着売り場と言うやつではあるまいか。

「む、無理だ!こんなところ入れるわけ――――」

「『約束』したよねシロウ。一緒に服選んでくれるって。ええ、下着だって服だもの、まさか約束を破ったりしないわよね?」

 ニコニコと笑いながらも距離を詰めてくるセイバー。
 後ずさりながら距離をとろうとしていると、ポンと肩に手が置かれる。振り返るといつの間にか背後に回っていた遠坂が、こちらもニコニコと笑っていた。

「さあ行きましょうか衛宮君。心配しなくていいわよ、時間はたっぷりあるんだから」

 抵抗空しくずるずると引きずられる。このままではまずい。あんなひらひらやふりふりの中に連行されては精神が持たない。
 助けを求めようとアーチャーに手を伸ばす。

「あ、アーチャーは外で待ってて。暫くしたら戻るから」

「了解したマスター。サーヴァントとしてその命令を実行しよう。……別に買ってくれなかった仕返しとかではない」

 最後の望みも断ち切られ売られていく牛のように店の中へ連れて行かれる。

 ……それからのことはあまり思い出したくない。ただ家に帰るまでの数十分間、頭の中ではたくさんの色がぐるぐると絶えることなく渦巻いていた。




■■■■




「はぁ、酷い一日だった……」

 布団に潜り込みながら愚痴をこぼす。
 本当に散々な日だった。あの後連れて行かれた下着売り場では散々からかわれるし、日課の鍛錬中もその光景が蘇ってきて集中することが出来なかった。

「いや、もう寝ちまおう」

 ぐだぐだ考えているとまたあの光景が頭に浮かんできそうだ。
 今日のことはもう忘れてしまおう。そう考えて布団を深く被る。

 いろいろあって疲れていた体は、幸いなことに少し暗闇で目を瞑っているとすぐに眠りへと落ちてくれた。
 睡魔の誘うままに意識は沈み、微睡みの中へと落ちていった。




■■■■




――おいで――


 ……夢を見ているのだろうか。意識は深くに沈んだまま体は夢遊病のように歩いている。


――おいで――

 
 寒い。夢の中ならば寒くは無いだろう。ならばこれは現実なのか。
 ……可笑しな話だ。意識は夢の中にいるのに、体だけが現実の世界を動いている。
 それも自分の意思ではなく、糸に吊られ繰られる人形のように不自由だ。


――おいで――


 薄い意識のまま夜道を歩く。視線さえ自由にならず、ただ肌寒い感覚だけが明瞭だった。
 そのまま体は歩き続け、どこか見慣れた景色が目に映る。


――おいで――


 ……耳鳴りが酷い。風さえ吹かない静かな夜なのに、頭の中ではその言葉だけが雨音のように絶えず響いている。
 目が向いたその先には長い石段があった。周りを木に囲まれた長い石段が、静かに聳えている。

 唐突に予感がした。
 石段の奥。あの門を越えた先にこの耳鳴りの正体が居る。
 そしてあの門を超えてしまえば自分は生きて帰れないだろう。


――おいで――


 だって言うのに体は止まらない。止まれ、と喚く声は声として成立せず頭の中で消えていく。
 現実くうきを震わせるのは先ほどから続く耳鳴りだけ。

 止まれ。

 止まれ。

 止まれ。

 止まれ。

 早く早く早く早く……!もう後数歩で越えてしまう。
 あの死線を越えれば生きて帰ってこれない。そんなことはさっきから分かっていたことだ。だから必死に自分にこうして呼びかけているのに――――!


――此処までいらっしゃい、坊や――


 頭の中に響くその言葉に逆らえず、ついに体はその門を潜ってしまった。

「――――」

 たどり着いたその先は寺の境内。広い敷地には荘厳とした空気が流れており、夜の闇の中でも神聖さを損なっていない。

 その中央に、暗い夜を圧縮したような、黒い何かが佇んでいた。

「そこで止まりなさい坊や。
 ――――それ以上近づかれると、うっかり殺してしまうかもしれないでしょう?」

 その一言でアレだけ力を入れても止まらなかった足はぴたりと止まる。
 ……どうやらコイツの思うが侭って事らしい。

 境内の中央辺りにあった黒い影はだんだんと霧が晴れるようにはっきりと見え始め、数秒の後、御伽噺に出てくるような魔法使いの姿がそこに現れた。

 記憶を探ってみるがこの相手とどこかで出会った覚えは無い。俺とコイツはまったくの初対面だ。
 ということはどこかで魔術を予め掛けられた、なんてことは無いということだ。
 つまりコイツは、何の下準備もせずに何キロも離れた俺をその技量だけで操っている。

 そんなことが出来るのは一人だけだ。数キロ離れた人を直接操る、なんて離れ業が出来るのは、7人の英雄の仲でも特に魔術に秀でた――。

「キャスターの……サーヴァント……!」

「ええそうよ。始めましてセイバーのマスター。貴方達があんまりにも平和そうだから、ついこっちから手を出してしまったわ」

 ゆらゆらと霧のように近づいてくるキャスター。
 黒いフードに包まれているせいでその表情は僅かしか伺えない。

「アレだけ派手に街で戦闘をしておいて、この私が気づかないとでも思っているのかしら。しかも貴方の抗魔力、街の人間たちとほとんど変わらないんだもの。
 ――ほら、そんな相手がすやすや眠っていたら、つい殺したくなっても仕方ないでしょう?」

 体に力を入れてみるがまったく持って動かない。支配権はあっちに奪われているようだ。だけどなかは別だ。あっちの魔力が俺の体を支配しているのなら、体の中に魔力みずを流して相手の魔力不純物を流してやれば――――。

「っ!何、で」

「あら、意外と可愛いのね。そんな抵抗で、私の魔術から逃れられると思ってるのかしら」

 くすくすと笑いながら俺に指を向けるキャスター。
 その指先に薄い光が宿る。

「安心しなさい、すぐに殺しはしないわ。令呪を剥ぎ取った後ゆっくりと魔力を搾り取ってあげる。ええ、最近魔力集めが派手に出来ませんでしたからね。既に貯蔵はしていますが、ありすぎても困るということはありませんし、最後の一滴まできっちり奪ってあげましょう」

 その言葉で気がついた。
 よく目を凝らして見てみれば、境内には無数の魔力が渦巻いている。街の人々から奪った魔力が、蛍のように薄い輝きを放っている。

「おま、え……!」

「あら、頑張るのね。そういう頑張りは嫌いではありませんよ」

 精一杯の力を込めて目の前の相手を睨みつける。
 だがそんな俺の抵抗も相手は一笑に付す。光の灯った指先がそっと左腕に添えられ、そのまま抵抗も出来ずに――――



「あー!何やってるのよお姉ちゃん!」



 突如現れた謎の人影の叫びによって、その魔手から逃れることが出来た。

「リ、リルカ。何で貴女が此処に……」

 キャスターが慌てたように言葉をこぼす。
 振り向いたその視線を追って闇の中に目を凝らす。浮かび上がる小さな少女。

「お姉ちゃんこそ何やってるの!人を襲うのはだめって言ったでしょー!」

 雨でも無いのに傘を持って、腰に手を当てて仁王立ちするその少女。
 
 赤いマントが翻る。ぷんすか、なんて効果音が聞こえるような雰囲気で、その魔女っ子は現れたのだった。




■■■■
あとがき

かぶとむしネタが使いたかった。
今は反省している。

ついに15話突入。結構長かった……。
15話にしてあの子が登場!ゼーバーは一番のお気に入り。



[17195] Fate/WILD 蛇足的な第16話
Name: 豆腐ェ・・・◆22359b4d ID:d16bff1f
Date: 2010/06/26 04:08
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第16話 星空の下の邂逅

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 暗い夜の山門に一つの影があった。
 黒いローブを羽織った女――裏切りの魔女メディアは闇の中で儀式を行っていた。

「――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 ローブから覗く唇が呪文を紡いでゆく。
 山門には十分すぎるほどの魔力が満ちている。街の住人から奪い取った魔力は相当な物だ。

 そう、サーヴァントである彼女がもう一人のサーヴァントを呼び出し、維持できるくらいの魔力はすでに蓄えてある。

 だが。

 (……しくじる訳には行かない。宗一郎様のためにも、必ずセイバー最優を引き当てる)

 いくら彼女が神代の魔女とはいえそう何度もサーヴァントを呼び出すわけにも行かない。もともとルールの抜け道を行くような物、呼び出すだけでなく維持する魔力も馬鹿にならない。

 せっかく集めた貴重な魔力をむざむざ捨てるわけにはいかないのだ。
 この一回きりで、最強を引き当てなければ意味が無い。

「誓いを此処に。
  我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者」

 呟く言葉に呼応して、描かれた魔方陣がまりょくを帯びる。
 循環する魔力は意味を持ち、此処と異なる彼方を繋げる。

「汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 収束する魔力が光を放ち、山門を一瞬染め上げる。
 その光が収まった後には、抑止の輪から呼び寄せられた最強の守護者がそこに居る――筈だった。

 (なぜ!?まさか、失敗したというの?)

 静寂の戻った山門には何も居なかった。
 注ぎこんだ魔力は確かに抑止の守護者を呼び出した筈だ。この程度の儀式を自分が失敗するはずが無い、と彼女が思考をめぐらせていたその時だった。


「きゃあああああああああああああ!」


「!?」

 静まり返った夜に叫び声が響く。
 数秒後、どかーん、という音が境内――寺のほうから聞こえてきた。

 (まさか、敵襲!?)

 急いで境内へと戻る。
 拙いことに落下した何かは自分の主の寝室へと落ちてきたようだ。

 消えかけていた自分を救ってくれたあの人を死なせるわけには行かないと、空間転移まで使い主の下へ彼女は駆けつける。

「宗一郎様!」

 もし何かあれば集めた魔力すべてを使っても敵を殲滅する、という覚悟でその場に現れた彼女。
 だが目の前の光景は彼女の予想していた物とはまったく違った物だった。

「痛ったたたた……やっぱり転移系とは相性が悪いなぁ。でも、これくらいへいき、へっちゃらッ!
 うう……なんかよく分からない知識とかが流れ込んでくるけど、負けないんだから!」

「む……」

 小さな少女と、状況を理解できていない風の主。
 実際彼女自身この状況は理解に苦むものだった。目の前の少女からは敵意のようなものは感じられない。それどころか、落ち着いてみればこの少女とラインが繋がっているようだ。ということは、この少女が自分の呼び出したサーヴァントということだろうか。

「あ!あの、もしかしてあなたが私のマスターですか?」

 そこで初めて気がついたのか少女は目の前の男――彼女の主、葛木宗一郎へと問いかける。

「いや、私は君を知らないが――キャスター、どういうことか説明できるか」

 困惑した葛木はキャスターへと説明を求める。
 その言葉で戸惑っていた彼女の思考が切り替わる。

「申し訳ありません宗一郎様、詳しい話はまた後で――それからそこの貴女、貴女のマスターはこの私よ」

 己が主に謝罪の言葉を述べた後、彼女は目の前の問題を片付けるために現れた少女へと声を掛ける。
 呼びかけられた少女は少し大げさな仕草で振り向いて、くりくりとした目を彼女へ向ける。

「あ、おばさんが私のマスター……ひゃっ!!」

 紫の光弾が少女の頬を掠める。
 にこにこと笑いながらキャスターの指から放たれたそれを紙一重で避ける少女。その額には大粒の汗が浮かんでいる。

「お、お姉さんが私のマスターですか?」

「ええそうよ、私が貴女のマスター。次からは間違えないようにしなさい。私、頭の悪い子は好きじゃないわ」

 その言葉にあははは、と乾いた笑いをこぼす少女。
 とにかくこの少女は自分のサーヴァントらしい。ならば情報を把握しなければ、と彼女は少女へ問いかける。

「それで、貴女のクラスは?」

 そうだ、それが問題だ。
 貴重な魔力を使ってまで呼び出したのだ。セイバー、いやせめて三騎士クラスでなければ意味が無い。
 肉弾戦の苦手な彼女をカバーできる騎士こそが彼女の求めたサーヴァントなのだから。

 しかし。

「あ、えっと……クラスはキャスターってことになってるみたいです」

 悪い予感は当たってしまったようだ。
 見た目からセイバーではないと思っていたがまさかキャスターとは運が無い。
 だがせっかく呼び寄せた英雄だ、どうにか役に立ってもらわねば意味が無いと彼女は情報を引き出すため質問を続ける。

「じゃあ貴女の真名と宝具、能力なんかを説明しなさい」

「あ、分かりました。真名はリルカ。リルカ・エレニアックです。宝具と能力は――――っ!」

 説明を続けようとした少女が突然ふらりと倒れこむ。
 反射的にそれを受け止める。腕の中の少女を見てみると少し苦しそうに息をしている。

「アレ……?ごめんなさい。なんだか調子悪いみたい……」

「召喚の時の不具合で調子が悪いんでしょう。仕方ないわね。何であんな召喚になったのかは分からないけど、今日はもう休みなさい」

「あっ……」

 倒れた少女をひざ枕の状態にし、額に手を置く。
 別に少女を気遣ったわけではなく、ただ状態を読み取ろうとしただけだった。サーヴァントと繋がっているマスターは、情報を読み取ることが出来る。

 だが、少女は額に置かれた手を握って少し眩しそうにそれを見つめた後、瞳を閉じて。


「うん、おやすみなさい、お姉ちゃん……」


 安心しきったように、笑顔で意識を落とした。

「……!」

 おかしな話だ、見た目も性別もまったく違うというのに



――姉様――


 亡くした筈の光景日々を、その面影に見るなんて。


 だからだろうか。思い通りのサーヴァントを引き当てられず、情報さえ不確かで散々な結果だったというのに。


「ええ、おやすみなさいリルカ。
 ゆっくり休みなさい。これから始まる日々まいにちに、負けてしまわない様に……」


 魔女とまで呼ばれた自分が、初めて会ったその少女に笑いながらそんな言葉を掛けるだなんて、誰が思っただろう。

「落ち着いたか」

 眠りに落ちた少女の髪を撫でていると、沈黙を守っていた主から声がかかる。

「申し訳ありません、独断でサーヴァントを召喚しました。私は――」

「いい。お前がそう判断したのなら、問題は無いだろう」

 言葉を続けようとしたキャスターを遮って、男は短く言葉を放つ。
 そのまま色の薄い目でキャスターたちを見詰めた後、小さく口を開いた。

「……笑っていたな」

「――」

 彼女は改めてその小さな少女を見る。
 栗色の髪、小さな体、活発そうな顔つき。少女とはまったくの初対面だ、それなのに、なぜあんな風に懐かしく思ったのだろう。

「本当に姉妹のようだった……姉妹、家族、か。
 なれるのだろうか、そういうものに。たとえ血が繋がっていなくても、家族という形に――――」

「宗一郎様……」

 無機質な表情は変わらない。
 男はただ淡々と、機械のように変わらない表情のまま言葉を零す。

「……もう遅い。今日は休め、キャスター」

 そのまま男は布団の中へ入る。
 休息を言い渡されたキャスターは少女の髪を撫でながら、落ちてきたときの衝撃で出来た穴を見上げた。

 普段の彼女ならすぐさま魔術で直して塞いでいただろう。
 穴なんて開いていても何の利益も無い。寒い空気が入り込んでくるだけだ。

 だけど、この夜は何故かそうしなかった。

「星がよく見えるわね……」

 ぽっかりと開いた穴からは、星の光がよく見えた。
 彼女の故郷からもよく見えた、幾星霜の時が経とうと変わらない景色。

「う……ん……」

 膝の上の少女が身じろぎをする。
 栗色の髪が月の光を浴びてきらきらと輝く。その髪を撫でながら、彼女はじっと空を見上げ続ける。

 幸せだったいつかの日々。
 平和だった日常の名残。

 無くしたものを埋めるように、無かったものを手に入れるように。

 星のよく見えるこの夜に、不器用な3人の歪な関係が始まった――――




■■■■
あとがき

魔女達のエピソード。
舞台裏の物語。

しかし今回短くなった、早く書けるようになりたい。


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