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[19715] 【習作】魔法学院でお茶会を【ゼロ魔・オリ主】
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711
Date: 2010/06/26 04:57
 オリ主でちまちま書いていこうと思います。
 いろいろと捏造している設定が多いです。捏造って言葉にはロマンがありますね。

 ・名前の表示でご指摘を頂いたのでちょいと修正しました。

 ・ゼロ魔板へ旅立つことにしました。数日中には移動するかと

 ・嗚呼ドカコック 旅の空 ジャンジャン



[19715] 第一話「虚言者たちのカーテシー」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711
Date: 2010/06/26 16:40
 
 孤島のようだ。
 馬車の窓から見た魔法学院はそんなふうに見えた。
 どこまでも続くと思えた草原に、ぽつんと出てきた巨大な建物。土地なんかいくらでもあるだろうに、わざわざあんなに高く造っている。貴族の子女を預かる学舎は立派なものでなければならないからだろう。
 くだらない見栄だ。ザザは鼻で笑い、持っていた本に視線を落とした。

 ザザ・ド・ベルマディは田舎貴族の末娘として生まれた。ちっぽけな領地しか持たない辺境の貴族など、そこらにいる豪農と対して差はない。名前にありがたい額縁がついているかそうでないかの違いだ。ザザもまた、貴族というよりはただの田舎娘として育った。貴族としての教育やメイジの訓練も受けていたが、それが終わると近所の平民の子供たちとどろんこになって遊んだ。春には種をまき、夏には家畜の世話をし、秋には鎌をもって収穫を手伝い、冬には森に入って薪を拾った。

 そんな家風の中で、入り婿である父だけが違っていた。トリスタニアの都会育ちだったザザの父は、泥臭い畑仕事によりつこうともしなかった。中央での華やかな暮らしが忘れられず、領地の経営もそこそこに社交にばかり出かけていた。たまに帰ってくると、平民の子供と一緒になって遊んでいるザザに顔をしかめはしたものの、入り婿という立場からか厳しく言うことはなかった。貴族の親子などそんなものなのかもしれないが、幼いザザが留守がちな父親を『親』として認識するようになるには時間がかかった。

 親子の間には決して崩れない壁があった。母との距離が近かった分、その壁は明確なものだった。それでも、ザザは父を尊敬していた。お父さまは公爵さまや王さまのところによく出かけるえらいひとなのだと思っていた。それは平民の子供が描くお姫さまや王子さまのようなもので、現実を知らないから見れる夢だった。

 十二才のときだった。公爵家主催の園遊会が開かれた。少女という生き物になりつつあったザザはこれに行きたくてしかたなかった。何度も父に連れて行ってくれとせがんだ。外で遊ぶことを控えてお作法のお稽古をまじめにうけた。やがて父も折れ、あまりワガママを言わない末の娘の願いを聞き入れてくれた。

 ザザはおおはしゃぎして、友達にたくさん自慢をした。お父さまにえんゆうかいにつれていってもらうんだ、きれいなドレスを着て、おいしいものをたくさん食べるんだと。友達はみんなうらやましがって、ザザは自分が貴族だと初めて実感した気分だった。

 園遊会に向かう道すがら、父と二人の兄は口ずっぱくザザに注意をした。貴族の子女として恥ずかしくない振る舞いをしろ、公爵家はもちろん他の家の方々に粗相のないようにしろ。そんな小言が延々と続いた。園遊会でも、下の兄がザザを見張るようにずっとついていた。公爵家には同い年の女の子がいると聞いていたのでお話をしてみたかったのに、許してくれなかった。

 いろいろと不満だったけれど料理はおいしかったし、きれいな衣装や音楽で彩られた園遊会は、まるでおとぎ話のように華やかだった。こんなところにいつも来ているお父さまはやっぱりえらいひとで、その人の娘であることが誇らしく思えた。

 だが、それはやはり子供の描く夢でしかない。貴族にとって社交の場に出るということはひとつの節目で、大人になる過程のひとつだ。社交というのは貴族の仕事の一部であり、どうしようもないほどの現実なのだ。

 ザザは自分の父親の姿を見た。家では尊大に振る舞っている父が、公爵の取り巻きとしてへりくだった態度をとっていた。幼いザザには理解できなかったが、その園遊会には公爵家の長女も参加していた。貴族達は次代の公爵家の長の座を狙い、自分や息子を売り込むのに必死だったのだ。ザザの父もまた、息子を公爵令嬢の夫に据えようと躍起だった。だが、田舎貴族で立場も弱い父たちが、そうそう公爵令嬢の側に近づけるものではない。他の貴族に押しのけられ公爵令嬢に近づけずにいた。その姿は子供の目にも分かるほどみっともないものだった。

 別に父が悪いわけではない。あれは父なりに貴族としてのつとめを果たそうとしていたのだ。しかし、その日を境にザザはちょっとだけ世界を斜めに見るようになった。無条件に信じてきた父や家庭教師の言葉を疑うようになった。平民の友達の中で、貴族である自分に気を使っている子を見分けられるようになった。それは、ザザにとってはあまり幸せなことではなかった。

 家を出てから十日。がたがたと揺れる馬車にも慣れてきたころ、ようやくその建物は見えてきた。田舎娘であるザザにとって、こんな遠くにまでやってきたのは初めての経験だった。

 今回の魔法学院行きでも、父は口ずっぱくザザに注意をした。大貴族の子女に失礼のないようにしろ、馬鹿な男に引っかかるな、無駄遣いはするな、などなど。中でも、同級生になるという公爵家の三女とは仲良くなっておけと念入りに言われた。園遊会のときの父のように、へらへらと笑って公爵家のご機嫌取りをしてこいということだ。汚らわしい大人の仲間入りをするようでいい気はしなかった。

 十五才になったザザはすらりとした痩身の少女になっていた。暗めの青髪は束ねて一本の三つ編みにまとめてある。いかにも田舎娘といった風情だが、ザザのクセ毛ではこれ以外の選択肢はなかった。村の中では一番の器量よしだと言われたが、ザザ自身は都会に出れば自分くらいの娘はいくらでもいると思っていた。父親はザザをどこかの有力貴族に嫁がせようと色々とやっているらしい。魔法学院で変な男に引っかからないかと気が気ではないようだ。

 成長してしがらみが増えた。それでも、家を出て新しい生活を始めるのは楽しみだった。口うるさい父も、意地悪な兄もいない新しい世界。期待をふくらませて、ザザは足取りも軽やかに馬車から降りた。

「あぁ、ザザお嬢さま。それはあっしが持ちますんで」

 荷物を下ろそうとしていたところを、家からついてきてくれた使用人のアランに止められた。

「これくらい持てるわよ。来るときだってずっと私が持っていたじゃない」

「そのぅ、旦那さまから言いつけられておりまして。ほら、お嬢さまも出発のときに言われておったでしょう?」

「……そう言えば、そうだったわね」

 淑女らしく重いものを持つなということだ。そんな見栄をはっても、農作業を手伝ってマメだらけの手は隠せるものではないというのに。考えて見れば、家で一番良い馬車を用意してくれたのも、使用人がいつになくちゃんとした服を着ているのも、同じ見栄のためだろう。恥をかかないようにと思ってのことだろうが、安っぽい虚栄心がザザにはむしろ恥ずかしかった。

 ついてきてくれたアランは、幼い頃から面倒をみてくれた初老の男だった。何かと家を空けることが多い父よりも、ザザにとってはよほど身近な存在だ。そんな彼を困らせるのも悪いと思い、ザザは大人しくこの場に居ない父の望み通りにふるまった。

 簡単な手続きが終わると、寮監だという女性が女子寮まで案内してくれた。白髪交じりの髪をまとめた目つきのきつい、典型的なオールドミスといった風情の女性だ。道中、寮生活における決まり事をこれでもかというほど聞かされた。

「魔法学院では生徒の自主性を重んじております。講義の選択などもそうですが、寮生活においても同じことが言えます。ご実家ではどうだったかは存じませんが、ここでは自分のことは自分でやっていただくことになります。使用人はあくまで学院の使用人であり、生徒のものではないということを理解してください。わかりますね?」

 女子寮に入る前に、寮監はザザの後ろについてきていたアランを見てそう言った。そらみたことかと、ザザはばつの悪い思いをしながら、アランから荷物を受け取った。

「アラン。ここまででいいわ」
「へえ、お嬢さま。どうかお体に気をつけてください」
「ありがとう。アランも元気で。お母さまやお爺さまによろしくね。落ち着いたら手紙を書くわ」

 なじみの使用人に別れを告げ、新しい住まいとなる女子寮に入った。寮は立派なもので、むしろ実家の屋敷よりも快適そうだ。寮の中の案内が一通り終わると、寮監から自室の鍵が手渡された。

「貴女の部屋は二人部屋になります。ルームメイトは一足先に入っていますから、分からないことがあれば彼女に聞きなさい」

「分かりました」

「部屋替えはよほどのことがないかぎり行いませんので、ルームメイトとは仲良くね」

「はい。私は同じ年頃の貴族とはあまり付き合ったことがないので、少し不安ではありますけど、楽しみでもあります」

「よろしい」

 教えられた部屋はすぐに見つかった。戸を叩くと、すぐに一人の女生徒が出てきた。栗色の髪をした、そばかすの多い子だった。

「ザザ・ド・ベルマディさんかしら?」

「ええ。あなたは?」

「クラウディアです。クラウディア・ド・ロネ」

「よろしく、クラウディア。……中に入っても?」

「あら、ごめんなさい。どうぞ」

 部屋は思っていたよりもずっと広かった。二人部屋だということを差し引いても、実家のザザの自室よりもずっと広い。両側にベッドとクローゼット、机が一揃え置いてある。左側がクラウディアのスペースらしく、雑貨や絨毯などで彩られていた。まだ色のついていない右側がザザの場所になるようだ。

 荷物を置き、ベッドに腰掛けるとどっと疲れが出てきた。自分では体力があるつもりだったが、見知らぬ土地で思ったよりも疲れが溜まっていたらしい。軽い眠気を振り切って、ザザは荷ほどきをはじめた。

 クローゼットにわずかな私服を詰め込んでいると、クラウディアが話しかけてきた。

「ベルマディ家の方なら、わたしのことをご存じかしら?」

 知らないはずはないだろう、そう言いたげな物言いだった。

(やれやれ)

 心中で嘆息する。どこにでもいる手合いだ。人間関係で上下をはっきりさせないと気が済まない。平民にもそういったのはいくらでもいる。貴族の子供なら、親の真似をして権力ごっこがしたくなるのも普通なのだろう。

「田舎育ちなもので世事には疎くてね……。でも、ロネ家のことは知っているよ。父からも聞かされている」

 ヴァリエール公爵領ではそこそこに大きな家だ。ザザの父がおべっかを使っている相手の一人である。クラウディアの居丈高な態度は、ザザのことを明かに「格下」と見ているものだった。

「……そうですか。まあ、お互いのことはこれからゆっくり知っていけばよろしいですわね」

「そうだね。よろしく、クラウディア」

「ええ、よろしくお願いしますわ。ザザさん」

 ザザの物言いが気にくわなかったのか、クラウディアの表情に少し不快さが表れる。しかしすぐにそれを消して、にこやかに笑って見せた。ザザもまた、不快感を腹の奥に押し込めて笑顔をつくる。

 ある程度荷ほどきが終わると、クラウディアがお茶を入れてくれた。実家から持ってきた良い葉だとかなんとかいう自慢は鬱陶しかったが、疲れた身体に熱いお茶はありがたかった。

「そういえば、ヴァリエールのお嬢さまが同級生にいるんだって? もう寮に入っているのかな」

「ああ、ルイズ様ですね。まだいらしていませんが、そろそろ入寮されると聞いていますわ」

「ふうん……。クラウディアは会ったことあるの?」

 昔一度だけ遠目に見た公爵令嬢の姿を思い浮かべる。

「もちろんですわ」

 クラウディアは誇らしげに胸を張ってみせた。

「私はロネ家の長女として、小さい頃から社交の場に出ておりますから。ルイズ様とも大変親しくさせていただいていますわ」

「そうなんだ。どんな人?」

「大変お美しい方ですわ。桃色がかった金髪がとてもお綺麗で、羨ましいくらいです。ルイズ様がいらしたら、ザザさんのことも紹介してあげますね。同じヴァリエール領の仲間ですもの、みんなで仲良くしましょう」

「あー、その、ええと……。大貴族の方には縁がなかったから、正直どう接して良いかよく分からないんだ」

「まあまあまあ! そんなことを気になさっていたの? ザザさんは堅く考えすぎですわ。普通にしていれば大丈夫です。ルイズさまも大変きさくな方ですわよ」

 学内で“ヴァリエール派”のような派閥に組み込まれるのは嫌だったのだが、ルームメイトと波風を立てるのはもっと面倒だ。実際、クラウディアも善意から交流を深めようと思っているのだ。あくまで自分が上の立場でという前提はあるが。

「そうだね。今から会うのが楽しみだ」

 ザザはぎこちない笑顔でそう返すしかなかった。

 教科書や制服の受け取りなど雑事を終え、夕食をすませたころにはザザはへとへとになっていた。体力的にもそうだが、狭い田舎で暮らしてきたザザには知らない顔ばかりという環境は精神的に疲れるものだった。部屋に戻ると倒れ込むようにベッドに入った。

 天蓋付きのベッドにはカーテンがついていた。カーテンを閉めるとようやく一人きりになれる。このベッドの上だけが、唯一ザザに許された個人的な空間である。

 明日からずっとこんな生活が続くのだ。ヴァリエールのお嬢様がやってくればさらに騒がしくなるだろう。授業がはじまればなおのことだ。その事実にちょっとしためまいを覚えつつ、沈みこむようにザザは眠りに落ちていった。




[19715] 第二話「牢獄のリバタリアニズム」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711
Date: 2010/06/22 18:11
「初めまして、ザザさん。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。お父上には大変お世話になっていますわ」

 甘い桃色の髪。新雪のように無垢な肌。鳶色の瞳はきらめく宝石だった。同じ制服を着ているはずなのに、彼女が着ているとそれだけでとびきりのドレスに見えてくる。歩き方やお茶の飲み方、ふとした微笑みにまで薔薇のような気品が香ってきた。
 ヴァリエールのお嬢さまが学院にやってきた日に寮のバルコニーでお茶会が開かれた。ヴァリエールにゆかりのある生徒だけが招かれた小さな茶会だ。その席でザザはルイズに紹介された。

「お、お初にお目にかかります。ルイズ様」
「ふふ、そんなに硬くならなくってもいいのよ。ここには口うるさいひとたちの目もないんだから」
「は、はぁ……」

 初めて会う公爵令嬢は絶対的な優雅さを身にまとっていた。それは父やあの園遊会で感じた霧のように陰湿なものではなく、やさしく頬をなでる春風のようだった。

「様、なんてかしこまった言い方はやめて、もっと気楽におつきあいしましょ? ここではみんな同級生じゃない?」
「そうよ、ザザさん。そんなに硬くっちゃ疲れてしまいますわよ」

 クラウディアやほかの女子たちがそう言ってくる。貴族の女子ばかりのお茶会など初めてで緊張していたザザだったが、思っていたよりもずっと親しみやすい雰囲気だと感じていた。派閥だのなんだのと考えていたのは、考えすぎだったのかもしれない。公爵令嬢も身分を鼻にかけることのない人物に思えた。
 思えば、ザザの貴族に対する嫌悪感はたった一度の園遊会ですり込まれたことだ。それまで尊敬していた父の、かっこうわるい姿を見て幻滅した。ただそれだけで、貴族の全てに悪い印象をもっていたのだ。
 公爵令嬢やクラウディアたち同級生と接してみて、ちょっとだけザザは自分の考えを改めた。自分でもっと、世の中のことを知ろうと思った。

「じゃ、じゃあ……よろしく。ルイズ」

 思い切ってそう言ってみると、ルイズは最初きょとんとした顔をしていたが、すぐにぱあっと笑顔になってザザの手をとった。

「ええ、よろしくね! ザザ! これから仲良くしましょ」

 ザザの硬い手を握ってくるルイズの手は、小さく柔らかかった。
 それからはルイズに質問攻めにされた。どうやらこの茶会の参加者は全員が顔見知りらしく、ゲストはザザだけのようだ。ルイズが何かを尋ねザザがそれに答えるたび、他の皆は上品に微笑みつつ相づちを打つ。

「ザザは背が高くていいわね。すらっとしてて格好良いわ」
「そうかい? 背ばかりたかくてやせっぽちだから、男の子みたいで嫌なんだけどな。胸とかあれば、違うんだろうけど」
「う、胸の話は……」
「ははは。だから、ルイズくらいの背のほうがかわいくっていいと思うよ」
「あ、言ったわね。気にしてるのに」

 最初はさすがに気後れしていたザザだったが、ルイズが本当にくだけた口調で話してくるのにつられ、どんどんと地が出てきていた。権力を笠に着た女王気取りのような娘を想像していたので、ルイズの親しみやすさは驚きだった。

「実は一度だけ遠くから見たことはあるんだ。3年くらい前の園遊会に居たから」
「3年前? ……お姉さまの誕生日のときかしら? 声をかけてくれれば良かったのに」
「えっと……、そのころの私はまだまだやんちゃな子供でさ。粗相をするといけないから大人しくしていろと言われてね」
「もう。そっちのほうが失礼よ。そのときに話しかけてくれればもっと早く仲良く慣れたのに」
「そうだね。あのときにはみんなもいたの?」

 あのとき、ルイズの周りに同年代の少女が何人かいたのを思いだし、そう訪ねる。

「ええと、どうだったかしら。クラウディアさんはいたかしら?」
「あ、はい。妹と一緒にご挨拶させていただきましたわ」

 突然自分に話がふられ、あわてた様子でクラウディアが答えた。ほかの子にも尋ねていくと、半分くらいの人数がそのときの園遊会に来ていたとわかった。

「はは、あのときに挨拶できてれば、今日こんなに緊張することもなかったんだろうね」
「ほんとよ、もう」

 そう笑うルイズは、本当に楽しそうだった。


 学院に来たばかりで色々やることが残っているからと、一足先にルイズが去っていったあと、ザザは少し興奮気味に話した。

「いや、ほんとにきれいっていうか、その、いい人だね。たしかに私は堅く考えすぎてたのかもしれない」

 それまで貴族にいい印象をあまりもっていなかったザザにとって、ルイズや茶会の皆のことはちょっと衝撃的だった。
 そこに、一人の少女から冷ややかな声が浴びせられた。

「ちょっとはしゃぎすぎじゃなくて? みっともない」

 その言葉でザザは少し我に返った。淑女の振る舞いとしては少しはしたなかったかもしれない。

「あ、興奮してしまってね。すまない」

 ザザが謝ると、茶会の参加者が次々とささやいた。

「これだから田舎者は」
「本当に、ルイズ様の前であんなに硬くなっちゃって」
「小さな子供か、それこそ平民みたいでしたわね」
「うふふ、そこまで言っては失礼よ」
「そうですわ。田舎者が都会で失敗するのは当たり前のことじゃない。無理もないわ」

 夜の森のざわめきのように、方々から嘲笑の言葉が聞こえてきた。さっきまでとはまるで違う雰囲気に、むっとしたザザだったが、最初から諍いを起こしてはいけないとじっと我慢をしてこらえた。

「……いや、田舎なまりが出ないかと気が気じゃなくてね。緊張しすぎていたみたいだ」

 冗談めかして言うと、皆がどっと笑った。その笑いで、さっきまでの雰囲気は消えたように思えた。

「まあ、それならば仕方ないですけど、これからはあのようなことのないようにね」
「うん? なんのこと?」
「ルイズ様を呼び捨てにしたでしょう。それに物言いも無礼でしたし……」
「え、いや、だって……」

 あれはルイズから言い出したことではないか。第一、ルイズもうれしそうにザザのことを呼び捨てにしていたのだ。

「いくらルイズ様がおっしゃったとはいえ、節度というものがあるでしょう。子供ではないんだから、わきまえなさい」

 思わず、となりに座っていたクラウディアを見る。クラウディアはザザの視線に少し不安げな顔をみせたが、すぐに微笑んで言った。

「そうね。仲良くなるのはけっこうですけど、やっぱりある程度の慎みはもちませんとね」
「……そう。気をつけるよ」

 思い出したのは、ヴァリエール公の周囲でへらへらと笑っていたザザの父やほかの貴族たちのことだった。目の前の少女たちも、あの貴族たちとやはり同じだ。彼らは権力という花にたかる虫なのだ。蝶のように美しく舞っているが、蠅のように耳障りな羽音をたて、縄張りを侵されば蜂のように反抗し、甘い蜜をすすることに余念がない。

 新入りのザザが立場もわきまえずにルイズと親しげに会話をしていたのが気に食わないのだ。新入りは新入りらしく、テーブルの隅で小さくなっていろというわけだ。
 ザザは少しばかり、貴族に対する見方を変えたところだった。ルイズやこの茶会の皆となら仲良くなれると思ったのだ。そんな期待をしたものだから、幻滅も大きいものになっていた。
 茶会の残りの時間。ザザはへらへら笑われ役を演じていた。
 
 ヴァリエールの茶会に幻滅したザザだったが、ルイズに対しては好感を持ち続けていた。ザザに対するみなの態度は、ルイズが原因ではあるがルイズに責任があるわけではない。それに、あのときの笑顔はたしかに本物だと思ったからだ。
 ことあるごとに親しげに声をかけてくるルイズに対してよそよそしく振る舞うこともできず、どうしたものかと困っていた。さすがに公爵令嬢となるといろいろとつきあいも多いらしく、挨拶周りなどで忙しいようだったが、毎日必ず時間を作ってザザに会いに来た。好かれているのは悪い気はしなかったし、失礼かもしれないが小さなルイズは妹のように思えた。

 だが、ルイズがザザに声をかけるたび、皆の目つきがするどくなるのだ。幸い、同室のクラウディアの態度には変化がなかったが、かといってほかの皆との間にたってくれるわけでもなかった。

 さらに面倒なのは、茶会のときの子たちだけでなく、他の生徒たちもザザに注視しはじめたのだった。ヴァリエール派以外の生徒もたくさんいるのだ。公爵令嬢と並ぶ身分の娘はいないものの、なんとかという伯爵令嬢とその取り巻きがあからさまにルイズをライバル視しており、ルイズと仲が良さげなザザも同様に目を付けられてしまっていた。

 一番困ったのが、他の子がいる前でルイズの部屋に誘われたときだった。茶会で少し親しげに話すのと、自室に招かれるのとでは意味がまるで違う。
 しかも、一年生の大部分が二人部屋なのに対してルイズは一人部屋なのだ。他の子がいない場所で二人で過ごすというのは、ザザに対する皆の態度がさらに悪化してしまうだろう。
 寮の部屋割りは一年生が二人部屋で、二年以上からは一人部屋が多くなる。ルイズが一年生にして一人部屋なのは公爵家の金と権力のおかげだというのがもっぱらの噂だったが、ザザは少し違うと思っていた。ルイズのような大貴族と二人部屋になれば、ルームメイトはどうしてもその家柄を気にせざるをえない。露骨に取り入ろうとする者もいるだろうし、逆に敵対しようとする者もいるだろう。ルイズが一人部屋なのは、そういった派閥ごっこをなるべく起こさせないための配慮に思えた。

 ルイズの誘いはやんわり断り、代わりに茶会をまた開こうと提案してその場をしのいだ。ルイズは残念そうな顔をしていたが、あのときの茶会がとても楽しかったからと言うと渋々了承してくれた。
 だが、そんな誘いを受けたということだけでも、反感を買ってしまった。ザザはある生徒の部屋に呼び出され、みなから糾弾を受けた。

「ちょっとルイズさまに目をかけられたからと行って、調子に乗らないことね」
「でも、ちゃんと断ったじゃないか」
「お黙りなさい!」
「まったく、あなたのような田舎者がルイズさまに取り入って、何をかんがえているのかしら?」

「……」

 ブン殴ってやろうか。なかば本気で拳をにぎりしめて睨みつけた。ザザは子供のころは腕力だけで近所のガキ大将を張っていた。魔法で平民の子を傷つけるといけないからと普段は杖をもたせてもらえなかったのだ。今でも、農作業で鍛えられていて力には自信があった。

「な、何かしら、その目は。文句でもあるというの?」

 貴族のお嬢様は睨まれることになれていないようで、全員が少したじろいだ。だが、すぐにねっとりとからみつくような声がかけられた。

「ベルマディさん。ご実家では何を作ってらっしゃるのかしら」
「……?」
「たしか、鳥のハムと羽毛が盛んでしたっけ」
「それが何? 急に」
「いえ、我が家では公爵領の流通を取り仕切っておりまして。ちょっと思い出しただけですわ」

 脅しだった。もちろん、娘一人の意見で取引がなくなるとは思えないが、買い取りの値にちょっとだけ影響するくらいはするだろう。そのほんの少しが、実家や領地の生活を圧迫するのは間違いない。ザザは歯を食いしばりながら頭を下げるしかなかった。

 そんなことが何度か続いたあと、ザザはルイズのことを様づけでよぶようになった。

「……? ザザ、どうしたの?」
「いえ、なんでもありませんよ。ルイズ様」
「……そう」

 ザザがどこかよそよそしく振る舞うようになると、、ルイズはあまり話しかけてこなくなった。
 幻滅されたかな。ザザは、自分の身かわいさでルイズを傷つけてしまったと自己嫌悪になっていた。結局、自分も父親と同じことをやっているのだと。

 そんなことを考えているうちに、授業が始まる前夜になっていた。
 ザザは一人学院の裏庭を散歩していた。今の時点で面倒なのに、さらに上級生や男子などが人間関係に加わりもっと面倒くさくなるかと思い辟易していた。少しでも煩わしい人間関係から離れたいと、人気のない裏庭を選んだのだ。

 故郷のそれと比べると軽く柔らかい夜風を感じていると、木々のざわめきに混じって自分を呼ぶ声が聞こえてきた。聞き覚えのある声に振り返ると、木陰に小さな人影をみつけた。フードの下に見え隠れする桃色の髪をみて、すぐにそれがルイズだとわかった。

「そんなところでどうしたのですか、ルイズさま?」

「驚かせてごめんなさい。でも、こうしないとあなたに迷惑がかかると思って」

 申し訳なさそうに言うルイズに、ザザは衝撃を受けた。ザザが自分の都合でよそよそしい態度をとったのに、ルイズは自分に非があると謝ったのだ。

「いや、でも、それは」
「ごめんなさい。これまであなたみたいな人っていなかったから。つい立場も考えずにはしゃいじゃって。他の子がどう思うかも考えないで」

 ルイズは、どこかおびえたようにそういった。これまで、周囲にいた子たちはルイズを触れてはいけない宝石のように扱ってきたのだろう。ザザ自身、平民の子たちのなかでそんな風に接してくる子が居たからわかる。こちらに向けられるのは笑顔だけで、手をのばしても決して手を取ってはくれない。ザザはそれでも、対等につきあってくれる平民の幼なじみや貴族の親戚がいた。ルイズにはそういう対等な友人というものがこれまでいなかったに違いない。

「他のみんなから何か言われたんでしょう? ごめんなさい。迷惑だったわよね」

 ルイズはザザの事情をすべて理解していた。ルイズは大貴族の娘なのだ。小さいころから社交の場に出ていれば、人間関係の機微にもさとくなるだろう。そうならざるを得ない。

「授業が始まっちゃったら、もう二人で話せる機会もないと思ったから。どうしても今日あやまりたくて」

 フードできれいな髪をすっぽりと隠して、大貴族の娘がこそこそと人目を気にして、ずっとザザと二人になれる機会を探していたのだろう。ひとりぼっちで暗い庭で、明かりもつけず。その姿に、ザザは自分がとても汚いものに思えて何もいえなくなった。

「それじゃあ」

 ルイズはザザに背を向け、小走りに去っていった。ちいさくなっていく背中に声をかけないと。焦燥感に駆られても、声はでなかった。

「ルイズ!」

 ようやく絞り出した声は、もうルイズには届かなかった。



[19715] 第三話「まだ爪はないけれど」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711
Date: 2010/06/23 18:36
 ザザにとって始めての学校生活がはじまった。

 ルイズとは基礎クラスで同じ組になった。茶会に参加していたメンバーでは、あとはクラウディアが同じクラスだ。選択科目以外の授業はこのクラスでうけることになる。二年になると自身の系統と志望ごとにコース分けされるが、一般教養や基礎魔法理論などの授業はこのクラスのままなので、自然と仲が良くなるらしい。

 ザザはぐるりと教室の中を見回して、これから数年間一緒に過ごす級友たちを観察した。女子で目立っているのはやはりルイズと、それに突っかかっている赤毛の少女だった。どうやらゲルマニアの留学生で、ヴァリエール家とは犬猿の仲らしい。男子では薔薇の造花をもって無意味にシャツをはだけた金髪だろうか。最初は都会ではああいうのが流行っているのかと思ったが、周囲の反応を見ると都会でもアレは馬鹿に分類されるようだ。

 ザザとクラウディアはルイズから少し離れた位置に座っていた。二人が来たときにはすでにルイズの周りには男女問わず生徒が何人もいて近づけなかったのだ。クラウディアはそれでも近づきたそうだった。不安げな目でザザを見ていたが、ザザは構わずに離れた場所に座った。クラウディアはどちらに行くか少し迷うそぶりを見せたあと、結局ザザのとなりにやってきた。

「さ、さすがにルイズ様は人気者ですわね」
「そうだね」
「その、こんどから、ルイズ様と一緒に来ませんか?」
「どうして?」
「だって、あんなに囲まれていたのではルイズ様も疲れてしまいますわ。仲の良い私たちが一緒についていて差し上げなくては」

 ルイズを横取りされるのではないかとクラウディアは気が気ではないのだ。二週間の寮生活で分かったが、クラウディアは本来人間関係で上に立つ気質の人間ではない。お茶会のメンバーの中では明かに一番下っ端だ。初日にザザに対して高圧的に振る舞っていたのは、そんな自分を変えようと虚勢を張っていたのだろう。だが、そんなメッキはすでにぽろぽろとはがれ落ちてしまっていた。さっきもそうだが、ことあるごとに不安げな瞳で周りを見回している。

「まあ、時間をあわせるくらいいいんじゃないかな」
「そうですよね! それにしてもあのひとたち、ルイズ様になれなれしいったら。もう少し立場をわきまえてほしいわ」

 あれから、ルイズとは距離を置いたままだ。お互い、なんとなく話すのを避けている。今からでもルイズと仲良くしたい。ちいさなルイズのそばにいてあげたい。しかし、周囲がそれを許さない。ザザがワガママを押し通したとしても、その結果ルイズはもっと心を痛めるだけだろう。たまに目が合うと、その鳶色の瞳が寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 やがて教師がやってきた。ふっくらとした体型の中年の女性だ。始祖がどうこうという話しのあとに、最初の授業が始まった。

 序盤の授業は本当に初歩の初歩から始める。それぞれがこれまでどれだけ学んできたかがバラバラなため、それを調整するためだ。ほとんどわかりきっている内容の授業を、クラスの大半がつまらなそうに聞いていた。中には授業が始まってすぐに退室した生徒もいた。ラインやトライアングルの認定を受けていると序盤の授業が免除になる。最初の授業なので、そういう生徒も顔合わせのために教室にきていたようだ。

 ルイズは優等生らしく初歩的な授業をまじめに受けていた。教師にさされたときもはきはきと問われた以上のことを答えている。クラウディアはというと、授業というよりもルイズの言動を見るのに忙しい様子だった。

 ザザもまた、ルイズと同じようにまじめに授業を受けていた。根がまじめというのもあるが、もとよりザザは勉強には熱心だった。
 ザザはこのままいけば学校を卒業して実家に戻り、どこかの貴族に嫁入りすることになる。ベルマディ家のような弱小貴族は政略結婚などあまり縁がないのだが、ザザの父はそういうことにとても熱心な男だった。ザザ本人は分かっていなかったが、ザザがかなりの器量よしだったことも、それに拍車をかけた。

 他人の都合で自分の人生が決定する。ザザはそれがたまらなく嫌だった。だが貴族に生まれた以上、家の都合に逆らうことはできない。特に、見栄えがいいだけの女などは駒にしかなれない。

 だが、そんな貴族の論理に立ち向かえるものがひとつだけあった。メイジとしての実力である。魔法の腕さえあれば、家を飛び出して杖一本で食べていくこともできる。それは極論だとしても、選択肢が大幅に増えることは事実だった。

 すでにラインの実力をザザは持っていた。もともと才能があったのかもしれないが、勤勉に努力した結果だとザザは思っている。魔法学院に行けることになったのも実力があったからだ。ザザの家はさほど裕福ではなく、三つ上の姉は学院に通わずにそのまま嫁に行った。魔法の腕がなければ、ザザも同じようになっていたはずだ。けちな父がザザを魔法学院に行かせたのは、魔法の実力があればそれだけ良家に嫁ぐことができるからだった。メイジの血族社会において、魔法の実力があるということは、それだけ始祖の恩寵が篤いということになり、結婚でも有利になるのだ。

 誰もが眠くなるような授業でも、ザザがまじめに受けているのはそういう理由があった。だが、今はもう一つの理由があった。

 同級生たちにザザの実力を見せつけるのだ。学院の中でも、魔法の実力は意味を持つ。家柄がなくとも、新入りでも、実力さえあれば学院の中ではっきりとした立場を手に入れることができるはずだ。
 そうすれば、ルイズときがねなくつきあうことができる。大貴族のお気に入りではなく、対等な立場の友人と周囲は見るようになる。ザザが周囲の視線に気を遣うことも、ルイズがそれに心を痛めることもなくなるのだ。

 一気にトライアングルくらいの実力がもてればいいのだけど、こればかりは一朝一夕ではどうにもならない。
 まずはラインメイジの国家資格を取るつもりだった。国家資格とは、ラインの実力と、それを扱うにふさわしい知識と良識を兼ね備えていると認められるものだ。
 国家資格をとればいくつかの単位が免除になるし、就職にも有利だ。もちろん学内ではちょっとした優等生として扱われるだろう。ザザは実技は大丈夫でも筆記がまだまだできない。学院の授業を真面目に受け、自習もして、少しでも早く資格を取るつもりだった。

 自分のため、近くて遠い友だちのため、ザザはまじめに授業に取り組んだ。


 「あら、ザザさん。どちらへ行かれるんです?」

 はじめての休みだというのに教室棟に向かうザザを見て、クラウディアたちが話しかけてきた。従順な姿勢を見せていれば、彼女たちは笑顔で話しかけてくる。

 ザザはこれからラインメイジ国家試験の説明会に行くところだった。それを言えば、彼女たちの目もかわるだろう。クラウディアの話によると、茶会のメンバーは全員がドットメイジということだった。唯一、ルイズだけは位階が分からないが、実技の授業が始まれば判明するだろう。

「選択授業の申請を間違えていたみたいでね。ちょっと先生に呼び出されているんだ」

 ザザはあえてライン試験のことを隠して嘘をついた。試験の合格と一緒に発表したほうが驚くだろう。そのときの皆の顔を想像しただけで笑いが浮かんでくる。

「あらぁ、そうなんですの。お休みですし、みなさんでトリスタニアに行こうと話していたんですけど、それじゃあ仕方ありませんわよねえ」
「え、そうなの?」

 さっきまで考えていた『ラインメイジで一発逆転作戦』も忘れて声をあげてしまう。憧れのトリスタニア。小さい頃から父の話に出てくる王都に、ずっと行って見たかったのだ。学院に来たらとりあえず王都観光をするのがザザの小さな夢だった。

「う……行きたいけど。しかたない。また今度誘ってよ。ありがとう」
「ふふ。じゃあ、何かおいしいものでもお土産に買ってきますわね」

 おのぼりさん丸出しの反応に気を良くしたのか、茶会の皆はそんなことを言って笑った。

「うん。それじゃあ」

 照れくさくて、そう言って背を向けた。背後ではざわざわとささやきあう声が聞こえた。

 説明会のある教室に入ると、十人ほどの生徒がすでにいた。一年生はザザだけ。今の時期にライン資格を取ろうという一年生は少ないだろう。何人かの生徒は訝しげな目でザザを見ていた。
 空いている席に着くと、一人の上級生が話しかけてきた。赤っぽい茶髪を伸ばした、人なつっこい表情の男子だ。

「一年生? この時期にライン試験って珍しいね」
「はあ」
「ぼくは二年なんだけどさ、ちょっと前に使い魔の儀式をやってね。それからなんかコツをつかんだっていうか。とにかくラインになれたんだ。そういうことってたまにあるらしいんだ」

 その男子生徒は、先輩風も貴族風も吹かせることがなく話しやすい雰囲気だった。

「先輩の使い魔は何だったんですか?」
「馬さ。黒毛で大きくてかっこうよくてね。脚もものすごく速いんだ。トリスタニアまで一時間もかからないんだぜ」
「そうなんですか」

 トリスタニアまでどれくらいかかるのかよく分からないので、曖昧に頷くしかない。

「そういや、君の系統はなんなんだい?」
「風です」
「あぁ、いいな。ぼくも本当は風のメイジになりたかったんだ。僕の属性は土でね。子供のころは風の魔法を無理して練習したもんさ」
「私は土か水のメイジになりたかったんです。こればかりは生まれもったものだから、仕方ないですよね」
「はは、まったくだ。誰でも無い物ねだりをするもんだね。始祖も酷なことをする」

 風のスペルには強力な攻撃呪文などが多い。軍人メイジや物語に出てくる英雄どころのメイジも風メイジが有名だ。強いものが好きな男の子なら風に憧れるのは普通のことだろう。逆に女子が憧れるのは水のメイジだろうか。治療に関わることが多く、女性的な印象がある。香水や化粧品を作ることもできるのも人気の理由だ。

 ザザが土と水が良かったのは、自分に合っていると思ったからだ。実家で農業をするならどっちも便利だし、独り立ちするにしても土と水は食いっぱぐれがないと言われている。風や火はどちらかといえば軍人向けで、ザザにはあまり縁がないことだった。

「男の子は風が好きですよね」
「え、うん。そうだね。……なんか年下の女子に男の子って言われるのは照れるな」
「あ、すみません。失礼しました」
「いや、いいんだよ。君、名前は?」
「ザザ・ド・ベルマディです。自己紹介が遅れました、先輩」
「だから先輩とかいいよ。ぼくはフォルカ。家名はグナイゼナウ。よろしく」

 そういったところで、説明役の教師がやってきた。


 説明会から、ザザはフォルカとたまに話すようになった。学内で会えば挨拶をして少しばかり談笑したり、選択科目で同じものを受けるときなどは近くに座ったりする程度だ。

 フォルカはゲルマニアからの留学生だった。父親は辺境伯。それなりに伝統のある家柄らしい。

「ふうん。偉いんですね」
「はは。ぼくにはあまり関係ないけどね」

 あまり関心がなさそうなそっけないザザの物言いが、フォルカには心地良さそうだった。

「はあ。そうなんですか」
「ぼくは長男なんだけどね。あいにくと母親が平民出の第三夫人でさ。親父も領内の貴族も正妻の生んだ弟を跡継ぎにしたがってるんだ」
「ああ、それで留学って名目で国外に出されたわけですか。大変ですね」

 お隣のゲルマニアはメイジでなくとも実力さえあれば認められる国だと聞いていた。第三夫人とはいえ、平民が伯爵夫人になれるのだからその話は本当なのだろう。だがやはり、貴族社会の論理は向こうでも変わらないらしい。派閥も実力のうち、ということだ。

「……はっきり言うなあ。きみは。まあその通りなんだけど」
「偉いひとは偉いひとで大変ですね」

 わざわざトリステインの国家資格をとろうというのだから、もしかしたらゲルマニアに帰らずにこの国で生きていくつもりなのかもしれない。

「実際、君くらいの立場が一番気楽だと思うぜ」
「私は私で大変なんですよ。父親がなんというか、権力ごっこが好きな人で」
「あぁ、実家に居たときにぼくのまわりにもたくさんいたなあ。なんとか家督を継がせて美味しい目をみようって連中が」
「……先輩もはっきりいいますね」
「おたがいさまだ」

 一度、フォルカが使い魔の黒馬に乗せてくれたことがあった。ザザは実家から持ってきた乗馬用のズボンをはいていったのだが、フォルカがえらく落胆していた。使い魔である黒馬はザザがこれまで見た馬のなかでもっとも力強く美しい毛並みをしていた。ザザは十歳のころから馬に乗って遊んでいたので、問題なく乗りこなすことができたのだが、やはりフォルカは落胆していた。

 フォルカはもともと友人の多いたちのようで、ザザもそんな一人なのだろうと思っていた。ザザにしても、フォルカは気安く話せる友人だった。学年も国も違う彼なら、権力ごっことは無縁の気兼ねないつきあいができると思っていた。同じ試験を受ける先輩だし、勉強を教えて貰えるかもしれないという下心もちょっとあった。

 しかし、ザザはすっかり忘れていた。確かにフォルカは学年も国も違う。しかし、彼が男子だということが、ザザをまた面倒くさいことに巻き込むことになる。


「ねえねえザザ、ちょっと」
「ん? キュルケか。なんだい」

 教室で自習をしていると、赤毛の少女がにやにやと話しかけてきた。キュルケはかなりの長身で、ザザは自分と同じくらい背の高い女は初めてだった。それでいてキュルケは出るところは出る女性的な体つきをしているのだから、世の中は不公平である。

「うわさの彼とはどうなってるの? どこまでいったのよう」
「なんのこと?」
「やだもう、とぼけちゃって! フォルカよフォルカ。よく一緒にいるじゃないのよ」
「あぁ……。君ね、お盛んなのはけっこうだけど、男女が一緒にいるだけでそういう目で見るのは良くないよ」

 キュルケは恋多き少女だった。それも惚れっぽく冷めやすい困りもので、女子の中では嫌う者も多い。だが、ゲルマニアからの留学生という立場と、彼女自身の性格、そしてトライアングルという実力もあり、基本的に自由気ままにやっているようだ。彼女のようになれたら自分も楽だろうと、ザザは思っていた。ザザにとっては色々な意味で羨ましい少女だ。

「あたしだけじゃないわよぉ。けっこう噂になってるんだから。フォルカってば美形だし人気あるのよ」
「そうなの? まいったな……」

 教室を見回すと、何人かの生徒が慌てて目をそらした。それでもちらちらとこちらを伺っているのがたくさんいる。

「それにほら、フォルカってば実家があれじゃない? だから、自分でも目があるって思う子もいるのよ。ふつうは伯爵子息の恋人なんて遊びで終わっちゃうけど、フォルカならってわけ」
「……君。人の家の事情をそんな風に言うもんじゃないよ。失礼だ。私にも、もちろんフォルカにも」

 同じゲルマニア出身ということで、フォルカの事情には詳しいようだ。

「あら、ごめんなさい。そういうふうに考えるって子も多いってだけよ。あたしは、恋は家とか身分は関係なしにするべきだと思うわ。情熱が求めるままにね」
「しかし、そんな噂になってるのか。フォルカに迷惑がかからなければいいけど」
「ふぅん、その様子だと、ほんとに色気のある話はないみたいね」

 キュルケは心底残念そうに言った。

「彼とは友人だよ」
「あら? 男女間の友情とか信じちゃうくち?」
「ま、君とちがって私はまだまだおぼこい田舎娘なんでね」
「もったいない。せっかくきれいなのに」
「からかうのはよしてくれ」

 ルイズや、それこそキュルケのような磨き上げられた美貌と比べれば、自分など路傍の花のようなものだ。ザザは自分を田舎者だと過小評価するくせがあった。

「クールな感じでいいと思うわよ。好みは分かれるかもしれないけど。前の学校での経験で言うけどねぇ、あなた絶対に下級生に人気出るわよ。お姉さまとか呼ばれちゃうタイプ」
「え、何? どういう意味?」
「それは来年のお楽しみってことで。じゃあ、進展があったら聴かせてね~」

 ひらひらと手を振りながらキュルケは去っていった。面倒なことにならなければいいな。淡い期待をザザは抱いた。



[19715] 第四話「少女籠城中」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711
Date: 2010/06/26 05:00
 ザザは色恋に興味がないわけではない。

 恋愛小説を読むのはなにげに好きで、勉強の合間に読んでは頬を染めている。キュルケが教室でたまにやる少し過激な体験談も、ちゃっかり聞き耳を立てて聞いていたりする。

 だが、自分のことになるとこれがまるで頭が働かない。自分と恋愛というものが結びつかないのだ。結婚という言葉は恋愛ではなく政略という印象が強いくらいだ。なので、フォルカとのこともまるで意識したことがなかった。キュルケに言われてからはさすがにちょっと気にするようになったものの、それが恋愛感情かどうかは分からない。

 そんなザザのあけすけな態度が二人の関係を親密なものに見せていた。特に、男子と話すのも恥じらうようなお嬢さまにはそう映った。

 まずはルイズを囲む茶会でさんざん質問攻めにされた。これくらいは別に問題なかった。茶会のメンバーの矛先が、内部ではなく外部に向かいはじめていたというのもある。他のグループや男子などにちょっかいを出すのにご執心のようだ。それに、最近は茶会も新しい子が増えてザザが完全な新入りではなくなってきたのもあるだろう。

 ザザは根拠のない噂だと否定していたものの、色恋沙汰には目がない少女たちのことだ。帰ってくるのは応援しているだの話を聞かせてだのという答えばかりだった。

 ルイズも興味津々のようだったが、ザザと近づくことに臆病になっているのか、皆の話を聞いているだけだった。その姿に少し寂しさを覚えたものの、ルイズが楽しんでくれたのだからこれはこれでいいかという気にもなった。

 それだけなら問題なかったのだが、上級生の女子や、それと繋がりのある一年はそうはいかなかった。
 最初は牽制だった。会ったこともないような上級生から突然だった。

「ベルマディさん。先輩として忠告いたしますが、淑女たるもの、殿方とのおつきあいには節度というものが必要でしてよ」
「は? はぁ……。仰るとおりだと思いますけど」
「なら、生活態度を改めなさい。改善が見られない場合は、わたくしにも考えがあってよ」
「あの、えっと。気をつけます」

 まだキュルケからの忠告を聞く前だったので、ザザはフォルカのことだとは気づかなかった。気づいたころにはもう遅く、その上級生は仲間を引き連れてザザのもとにやってきて、罵倒混じりの『忠告』をしてきた。ザザもついかっとなり、売り言葉に買い言葉で反論してしまった。それから、彼女たちの無言の『忠告』が始まった。

 ザザの知らないところでありもしない噂がたてられた。中には教室や廊下で聞こえよがしに大声でやっているものもいた。内容はザザ本人や家族をおとしめる聞くに堪えないものだった。ワケの分からない手紙が部屋のドアに挟んであったこともあった。
 同じクラスメイトの中でも、それに率先して荷担している子がいると分かったのが、少し悲しかった。派閥ごっこの関係上仕方ないことなのかもしれないが。

 ザザからすると、そこまで恋愛に入れ込めるのは何故だろうと不思議でならなかった。自分が恋愛に向いていない性格なので羨ましいくらいだったが、それでも迷惑なものは変わりなかった。

 女子同士の諍いは女子同士で、という暗黙のルールが学院内にはあった。ザザはフォルカに相談したりしないし、相手もフォルカに直接何かを言うようなことはしない。

 この件に関しては茶会の皆はザザの味方だった。言われもない陰口を言っている子がいれば問い詰めてくれたし、不審なものがあれば一緒に処理してくれた。クラウディアなどは自分のことのように怒っていた。ただ、上級生ばかりはどうしようもなかった。ザザを目の仇にしている上級生にはそれなりに身分の高い娘もいて、一年生では少し太刀打ちできる相手ではない。唯一、ルイズならばそんな相手も黙るのだが、それはザザが止めていた。ルイズにいらない負担をかけたくなかった。そのためにも、早くこのことをなんとかしたいと思っていた。

「まあ、嫌がらせって平気な顔してればたいていやる気なくすもんだからね。しばらく一人でなんとかしてみるよ」

 ザザがそう言うと、茶会の皆は口々に励ましてくれた。数週間前には同じ口でザザを罵倒していたのに調子の良いことだと思ったが、励ましは素直に嬉しかった。

 そんなザザの状況を何も知らずに、フォルカはいつも通りにザザに話しかけてくるのだ。ここで、ザザが拒絶の意志を示すのがもっとも手っ取り早い解決だ。だけど、それは負けたようで嫌だったし、それではルイズのときと同じだという思いがあった。

 陰口にもいやがらせにも平気な顔をしていると、最初のうちはムキになってもと過激なことをやってきた。噂の内容も耳を疑うような内容のものだったし、動物の死体が部屋の前に転がっていたこともあった。それにも平気な顔をしていると(そもそもザザは動物の死体で悲鳴をあげるようなやわな育ちはしていないのだが)、やがて嫌がらせは少なくなっていった。このまま終わるのではないかと、ザザは思っていた。


 ここ最近、ザザは教室で自習をあまりしなくなっていた。自習をしているのは目立つということにやっと気づいたからだ。攻撃の口実を作らせないために、なるべく目立つことは避けたかった。

 図書室でなら自習していても目立たないので、授業以外の時間はもっぱら図書室にこもるのが習慣になりつつある。図書室は静かだし、声をかけてくる級友もいないので勉強もはかどるしで、わりと良い発見だった。

 今日も図書室に向かおうとザザが席をたつと、背後から声をかけられた。

 振り返ると、クラスメイトがひとりたっていた。あまり仲良くはなく、どちらかといえばザザのうわさ話を喜んでしていた子だ。

「ザザさん。いま杖持ってます?」
「杖? 私は杖を持ち歩く習慣があまりなくてね。今日は部屋においてあるんだけど、どうして?」

 自室が高い階にあるなら出入りに必要になるが、ザザの部屋は寮の2階だ。飛んで出入りするためのバルコニーもないし、教室も一年の使う場所は1・2階ばかり、歩いた方が楽だ。図書館で資料を借りるようになれば、杖を持ち歩くようになるかもしれないが、今のところは必要なかった。

「え? いや、その……そう! みなさんとどんな杖を使っているか見せ合っていましたの。ザザさんのも見せてほしいなと思いまして」
「普通のだから、みてもつまらないと思うな。持ってくる?」
「いえ! いいんです、いいんですのよ。無理に持ってきていただかなくても、それじゃあ失礼しますね」
「?」

 いぶかしく思ったザザだったが、おおかた杖をネタに笑い者にするつもりだったのだろうと、気にせず行くことにした。

 こちらに来てわかったが、最近の女の子の杖はタクトのような小さいものが流行っているようだ。クラスのほとんどの女子が小さな杖をもっていた。ザザの杖は森の木を自分で削ってつくった大きいものだ。流行とかとは関係なしに、小さければ持ち運びに便利だなと思ったが、すぐに杖を携帯する習慣がない自分には無意味だと気づいた。

 そんなこと忘れ図書室で自習したあと自室に戻ると、ドアに封筒がはさまれているのを見つけた。裏を見てみると、自分あての手紙のようだ。またかと思いその場で開封する。

「……」

 話があるのですぐに第三厩舎まで来るように書かれていた。差出人の名前はない。

 誰かは知らないが、顔を合わせて話をつけようというらしい。ザザにしてみれば、陰口をこそこそと叩かれるよりもよほど分かりやすくていい。不安もあったものの、ザザは部屋にも入らずすぐに厩舎へとむかった。

「ここ、かな?」

 第3と書かれた厩舎におそるおそる入る。動物の匂いが鼻についた。突然の訪問者に、馬たちがつぶらな瞳を向けてくる。

「お邪魔するよ……、おおい! 来たぞ! どこにいるんだ」

 厩舎の中を探し回ったが、自分以外に人間の気配はしなかった。
 早く来すぎたのだろうか、それともからかわれたのか。そんなことを考え出したとき、ずんと重い音が響いた。
 振り返ると、入ってきた入り口が閉じられていた。反対側の出口をみると、そちらも何物かによって塞がれている。

「くそ!」

 急いで入口に向かう。だが、厩舎のドアはびくともしなかった。ぴくりとも動かないところを見ると錬金の魔法で固めてあるのかもしれない。

「誰だ!」

 ザザが怒鳴ると返事はなく、代わりに何人かの女の子の笑い声だけが帰ってきた。笑い声はだんだんと遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。閉じ込められた。それだけのことを理解するのに、けっこうな時間がかかった。のろのろと他のドアや窓を調べてみたが、どこからもでられそうになかった。

 ザザは杖を持ち歩かないことをはじめて後悔した。杖さえあれば呪文でドアでも壁でも壊して出れるのに。そこまで考えて、今日クラスメイトに杖を持っているかと聞かれたことを思い出した。

「……そういうことか」

 あのクラスメイトもぐるだったということだろう。もっとも、ザザが手紙を見てから杖を持ち出していれば白紙になるいいかげんな計画であるが。

「やれやれ」

 嘆息すると、置いてあった桶を逆さにしてイス代わりに腰かけた。
 ずいぶんと子供じみた嫌がらせをするものだ。こんなことをして何になるというのだろうか。動物臭い厩舎に閉じ込めれば生意気な一年生が反省するということだろうか。

 あいにくとこっちは実家では馬糞の掃除だってやってきたんだ。厩舎に閉じこめられた程度で根を上げるものか。

 勉強道具をそのままもってきたのは幸いだった。夕方で厩舎の中も暗くなってきているので、イス代わりの桶を西日のあたる場所まで移動させ教科書を読みはじめた。勉強をするよりも大声で助けを呼べばいいのだが、この程度でまけるかとザザは意地になっていた。

 そのうち厩舎に使用人がやってきて異変に気づけばでられるだろう。ザザの感覚だと夕方には一度掃除をして飼い葉と水を代えてやるのだが、ここではどうなのだろうか。もしかすると、ザザが部屋に帰ってこないとクラウディアが捜してくれるかもしれない。だけど、あの小心者のクラウディアがそこまでするだろうか。いや、小心者だからこそザザが帰ってこないことを不安に思うはずだ。

 教科書をよんでいても、そんなことばかり頭に浮かんできてまるで頭に入らなかった。

「あ、あれ?」

 いつのまにか、ザザははらはらと涙を流していた。
 ごしごしと顔を拭く。まるで、そうすれば涙の理由もなくなるかと言うように。しかし、涙はぬぐってもぬぐっても流れだしてくる。

「こんなこと、なんでもないはずなのに。べつに、どってことないはずなのに」

 口とは裏腹に、次々と本音が胸に沸き上がってくる。溢れ出る泪に押し上げられるように。

 田舎からひとりで学院にやってきた。家族や友だちと別れて、寂しかった。
 新しいところで友だちが出来るかとおもったのに孤立して、つらかった。
 いじめられて陰口をたたかれて、悲しかった。

 学院に来てからずっと張りつめていた糸が切れてしまった。
 かっこうつけて強がっていても、ザザは一五歳の女の子だった。

 堰を切ったように涙はあふれてくる。しかし、声を上げて泣くことはザザには出来なかった。泣き声を誰かに聞かれては、自分の負けだと思ったからだ。
 意地をはって泣き声も上げられない。そんな不器用さが、ザザをここまで追いつめたのかもしれない。
 

 やがて双月が輝きだした。
 涙をだし尽くしぼうっとしていたザザの首筋を、生あたたかくざらざらとしたものが撫でた。

「ひゃう!」

 びっくりして振りかえると、一頭の馬がすぐちかくにいた。

「……ごめんね。うるさかったね。でも、乙女の首にいきなりキスをするのは感心しないな」

 なんとなく気分が切り替わったので、厩舎の中を物色してみた。すぐにランプと火口箱が見つかったので、さっそく明かりをつけた。

「ん? 君、たしか……、アウグスト、だっけ?」

 ザザの首をなめたのはフォルカの使い魔の黒馬だった。以前一度だけ乗せて貰ったことがあるので、ザザの顔を覚えていたのだろうか。使い魔で無くとも、馬は賢い動物だ。

「君、ご主人様を呼んでくれたりはしないのかい?」

 何となく問いかけるが、返事は帰って来ない。感覚の共有は主人も使い魔もけっこう疲れるという話だし、意味もなくフォルカが感覚を共有するとも思えない。
 ザザはランプを窓の近くに置いた。灯りが漏れていれば、誰かが気づいてくれるだろう。

「しかし……、汚いな」

 入ってきたときは気づかなかったが、厩舎の中は汚かった。ザザの実家ならちゃんと掃除をしろとしかられるレベルだ。

「迷惑をかけたお詫びだ。掃除くらいしてあげよう」

 ザザは掃除道具を担ぎだして、厩舎の清掃を始めた。
 少し勝手は違うが、厩舎の掃除は身体に染み着いている。時間はたっぷりあるのだ。これだけ大きな馬小屋なら、時間つぶしにはもってこいだろう。
 さすがにザザも実家で日常的に厩舎の掃除をしていたわけではない。普段は使用人の仕事だ。いたずらをしたり家庭教師の授業をさぼったり、悪さをしたときに罰として言いつけられることが多かった。それ故、ちいさなころは嫌々やっていたのを覚えている。成長すると、自分の馬(と、勝手にザザが決めていた馬)の世話が楽しくなり、自然と厩舎に出入りすることも増えたが。

 掃除をしていくうちに、自然と笑みがこぼれてきた。単純な作業を延々とやって余計なことが頭から抜けていったのかもしれないし、懐かしい作業がこころのどこかを温めてくれたのかもしれなかった。

(そういえば、まだ手紙を出していなかったな)

 家族の顔を思い浮かべる。いつもおっとりしている母や最近白髪が増えてきた父、嫌いだった兄の顔も何故か懐かしく感じた。
 ここから出たら、手紙を書こう。書くことならたくさんある。心配させないように、かつ父親のカンに障らないように書くのが大変だけど。ザザは故郷の唄を口ずさみながらそう思った。


 真夜中、掃除が完璧に終わった頃。突然フォルカの使い魔が嘶いた、

「どうしたのかな。飼い葉と水はさすがに新しいのはもってこれないよ?」

 そんなとぼけたことを言っていると、しばらくして厩舎の外で呪文を唱える声が聞こえた。
 ようやく助けが来たか。ザザが音のしたドアの方をみると、立っていたのは意外な人物だった。

「先輩……それにクラウディアも」

 てっきり、寮監か教師あたりがくるものと思っていたザザは意表をつかれた。二人とも肩で息をしている。急いで助けに来てくれたのだろう、そう思うと嬉しかった。
 二人は大慌てで駆け寄ってきた。対してザザは落ち着きはらった様子で掃除道具を置いてゆっくり歩み寄る。

 ここで泣きながら胸に飛び込めばかわいげがあるのだろうが、今のザザにはちょっと無理だった。さっきまでの泣きはらしていたザザならそうしたかもしれなかったが、今は色々とすっきりして落ち着いてしまっている。キュルケ風に言うなら、情熱がしぼんでしまっているのだった。

「ありがとう、たすかっ……うわっ」
「ザザさん、ザザさん! 大丈夫ですか! こんなところにずっと閉じ込められて。何かひどいことされていませんか?」
「大丈夫、大丈夫だから。おちついて」

 クラウディアに抱きつかれもみくちゃにされる。その後ろでフォルカが手持ちぶさたな様子で苦笑していた。つられて、ザザも苦笑する。

 その空気を察したのか、クラウディアが慌ててザザから離れた。

「え、えっと……わ、わたし先生を呼んできますわ!」

 一目散に厩舎から出て行ってしまった。気を使う必要なんてないのに、そう思いながらも心配してくれたことは素直に嬉しかった。小心者のあのルームメイトは、悪い子ではないのだ。

「ザザ、その」
「……どうも、先輩。えっと、なんでクラウディアと一緒に?」
「ああ、実は……」

 夕食にも来ず、部屋にも戻らないザザを心配してクラウディアが寮監に駆け込んだのだ。寮に生徒が戻ってこないときはたいがいが交際相手の部屋に転がり込んでいるという鉄則がある。ザザとフォルカの仲は寮監の耳にも入っていたので、目をとがらせた寮監が消灯後のフォルカの部屋を訪れたのだ。クラウディアが説明すればよかったのだが、慌てていて出来なかったのだ。

 その後、寮監は教師にも知らせ学内を探した。フォルカも事情を察して、クラウディアと一緒にザザを探していた。厩舎棟のあたりまでやってきたところで、フォルカは自分の使い魔がやけに騒いでいるのに気づいて感覚を共有してみて、ザザを発見したのだった。

「……すまない」

 フォルカがまず口にしたのは、謝罪の言葉だった。この状況と、ザザの泣きはらしてまっ赤な目を見ては、そう言うしかなかったのだろう。

「謝られてもこまりますよ」
「……君とぼくが噂になっているって、知ってはいたんだ。でも、そんなひどいことになってるなんて、思いもしなくて。……言ってくれればよかったのに」
「女の子には秘密が多いんですよ、先輩」

 そう言って、顔に着いた涙のあとをぬぐう。

「……すまない」
「だから、謝らないでください。先輩のせいじゃないんですから」
「ぼくのせいだ」
「はぁ……」

 まったく、ルイズといい、なぜ大貴族というのはこう責任感が強いのだろうか。謝る必要はないし、むしろ謝ってほしくないと、ザザは思っていた。

「先輩。私は、先輩とは対等な関係でありたいと思っています」
「ああ、ぼくも……そうだけど」
「先輩があやまるってことは、今回の責任は全部先輩のものってことになります。私は、先輩には責任がないと思いますけど、そこまで言うなら半分分けて上げてもいいです。残り半分は私の責任です」
「君には責任はないだろう」
「ありますよ。私には先輩と一切口を利かないって解決法もあったんです。わざわざ先輩と話し続けたのは私のワガママで私の責任です」
「いや、それは……じゃあ、ぼくはどうやって責任をとればいいんだ」
「俺が守る! とでも言っておけばいいんじゃないですか?」

 フォルカはぽかんとしたあと、少し赤くなって言葉を出そうとする。

「えっと……、その」
「ふふ、冗談ですよ。でも、先輩は責任感はあっても甲斐性がたりませんね」

 冗談めかしてそういうと、フォルカは少し残念そうな、安堵したような曖昧な顔を見せた。

「……だな。母親がどうとかってじゃなく、こんなだから弟に株を奪われるんだ」
「そういうことを言うと、また男が下がりますよ」
「はは、そうだな。甲斐性のある男になれるようにがんばるよ。……君のために、とか、言えば良いのかな?」
「……どうでしょうね」

 思わぬ反撃に照れくさくなって、そっぽを向いてしまう。
 フォルカもきっと、ザザと同じで恋愛ごとにむいていない性格なのだろう。不器用な性格同士、似合いと言えば似合いなのかもしれない。

 この胸に宿った感情が、なんという名前なのかは幼いザザにはまだわからない。今はまだ恋と呼ぶには小さすぎる。だがいつか、できれば初恋という青くかぐわしい花が咲いてほしい。

 ザザはかっこうつけで意地っ張りだが、やはり十五歳の女の子だった。


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