2010年6月18日
●棋士としてのこれからのテーマは
――大山康晴十五世名人のいくつかの通算記録も近い将来には抜き去り、文字通り前人未到の域に達することは確実。その先に目標とされていることは。
大山先生の時代とは存在するタイトルの数なども違いますから、もちろん単純に数字を比較することはできません。その大山先生を見てもわかるとおり、将棋はスポーツと違って、息長く活躍できる競技。そして、20代でなければ指せない将棋もあれば、60を超えて初めて指せる将棋もあると思うんです。ですから今後は、40代、50代とそれぞれの年代ごとにテーマを決めて、それを達成していきたい。もうすぐ40歳になりますが、『大局観』つまり、勝負の全体を見通す感覚のようなものはこれから伸びてくるところだと思うので、そこは磨きをかけたいですね。もう一つは、ムダな考えをしないこと。可能性のない展開をすばやく見極め、切り捨てる判断力を、もっと研ぎ澄ましたいと思っています。
――「勝ち負けだけにはこだわらない」という趣旨の発言をよくされるが。
むろんプロですから、勝つことは大事です。でもそれに加えて、将棋のドラマチックな部分、美しい部分など付加価値を引き出してみせることが、私たちプロの仕事だと考えています。
●生き方も羽生流で
――対局に際して、「ゲンかつぎ」のようなことは。
私自身は考えないのですが、周りの人が気にするということはあります。たとえば地方の対局場に出かけて、どうも皆さんがよそよそしい。この疎外感はなんだろうと考えてみたら、そこではずっと負け続けていることに気づくとか(笑) 。
――羽生名人の気分転換、リラックス法とは。
ただボーッとすることですね。忙しいと、ボーッとしているつもりでもあれこれと考えてしまいがちですから、それもないように意識しています。
それから、体力作りなどについてもよく聞かれますが、私の基本スタンスは『無理はしない』ですから、ジョギングのようなつらいことはしません(笑)。でも、対局場までのひと駅、ふた駅分とか、なるべく歩くようにはしています。それくらいです。
――正しい決断を行うためには、情報収集よりも、センスを磨くことが大事だと語っておられるが。
決断力は、将棋という勝負の世界でも、実社会でも同じように大切ですが、中身は少し違うかもしれません。状況判断、将棋用語で言うと形勢判断が重要だという点は一緒。ただし、将棋の場合はすべて論理的に突き詰めて結論を出します。一般社会では、あまり理詰めばかりだったり白黒はっきりつけすぎたりすると、なにかと軋轢(あつれき)を生むでしょう(笑)。曖昧にしておいたほうがいい部分も多いですからね。
――将棋に直接関わる準備以外で、なにか気をつけていることは。
ああ、生活全般の中で、行動がルーティンになってしまわないように心がけています。行動がパターン化すると、思考もパターン化しがちですよね。しかし、思考のパターンだけを変えるのは難しい。だからまず行動パターンから変えてみるというわけです。簡単ですよ、いつもより早起きしてみるとか、朝食のメニューを変えてみるとか、行ったことのないところに行ってみるとか、そんなことです。そうした結果、新しいアイデアや発想が生まれやすくなる気がします。パターン化されたことが嫌いなのかも知れません。例えば、私は10年後、20年後には、今予想されるのとは違う姿でいたいなと思っています。青写真どおりに人生が進んでいくのはちょっとつまらない気がするんですよ。
◇
はぶ よしはる
1970年、埼玉県生まれ。85年、中学3年でプロ四段に。89年、19歳で初のタイトル・竜王を獲得。94年、九段に昇進。96年、史上初の7冠制覇を達成。2008年には史上初の永世6冠を達成。特別将棋栄誉賞(公式戦通算1000勝)ほか、最優秀棋士賞など数々の将棋大賞にも輝く。名人・王座・棋聖・永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将。
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