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大阪・大坂城
「秀頼自刃の地」遺構確認…大坂夏の陣 生々しい焼土層

石組み溝が見つかった発掘現場。豊臣期の天守閣は、今の場所よりもっと左寄りにあった(今年2月、大阪市中央区で)=大阪市博物館協会大阪文化財研究所提供

 大坂夏の陣(1615年)で、豊臣秀頼と淀殿らが自刃した地とされる大坂城(大阪市中央区)の一角、「山里丸」の遺構の一部が、大阪市博物館協会大阪文化財研究所の調査で初めて出土した。地表から約4メートルの深さに埋もれ、落城時の火災を示す焼土層が生々しく積もっていた。山里丸は、秀吉が千利休らと茶会を催した茶室などがあったとされる場所。豊臣の栄華と悲劇の舞台が顔をのぞかせた。

 遺構は、南北に延びる石組み溝(幅35センチ)で、長さ6メートル分を確認。溝の側面には高さ35センチ、長さ50センチ、幅20センチの石が並び、底には平らな石などが敷いてあった。中から見つかった陶磁器から、豊臣期のものとわかった。この近くに井戸があったとする絵図があり、排水を流した溝らしい。

 焼土層は厚さ50センチ。焼けて変形した瓦も大量に出土し、近くで猛烈な火災があったことをうかがわせる。溝は、徳川幕府が1624年に始めた城の再築で埋められたとみられる。

 豊臣期の山里丸は、絵図などから、天守閣などがある「本丸」の北側で、今回出た遺構付近だと推定されていたが、実態は不明だった。

 松尾信裕・大阪城天守閣館長は「山里丸は記録も少なかった。かなり深く埋もれていることがわかり、溝の方向から、敷地の使い方が推測できる。引き続き調査し、全体像を明らかにしてほしい」と話している。

 調査成果は7月28日〜9月20日、大阪市中央区の大阪歴史博物館の特集展示「新発見! なにわの考古学2010」で展示する。

2010年6月26日  読売新聞)

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