NPO法人が運営する小中高相当の12年制「京田辺シュタイナー学校」(京都府京田辺市)が創立10年目を迎えた。国内最大のシュタイナー教育校は今年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の認定を受けるなど評価もあるが、公的支援はない。「市民立」学校の現状をリポートする。【野上哲】
◆子どもの側に立って
「世界に一つしかないもの。当ててみて!」。学校から帰宅した6歳の娘の問いに、母は首をひねってみせた。娘は言った。「それは、自分」
京田辺シュタイナー学校に3人の娘が通う大阪府枚方市の田村美紀子さん(43)は、その時のことを鮮やかに覚えている。今は15歳の長女が入学した01年春。最初の授業は数字の「1」だった。「『1』はかけがえのない、ありのままの自分……。そんなふうに教わってきたんです。私の予想を超えていました」
「ものごころついた時から長女には『頑張りなさい』と言ってきた」と田村さん。東京育ちで、小学校の「お受験」を経験した自身もそう育てられてきたからだ。「あなたの将来のため」と母に言われ、ドリル学習に耐えた。合格した小学校で、級友に上靴を隠され、教室から閉め出されたことがあった。先生が発した言葉は「あなたもしっかりしなさい」。意味が分からず戸惑ったが、そういうものなんだと自分を納得させた。
シュタイナー教育と出合ったのは、「緑が多い」と長女を入れた隣町・京田辺市の幼稚園でだった。子どもに号令をかけるマイクがないのが不思議だった。入園後、園が導入しているというシュタイナー教育の本を初めて手にし、ある一節にはっとした。「もしこの子の命が明日で終わりなら、今日までのやり方を満足して振り返れますか」。そんな時、西日本初のシュタイナー学校ができると知った。
シュタイナー学校では、世界とつながり自立する人間像、成長に応じた学びといった教育観のもとにカリキュラムを構築している。算数でも1、2、3……と暗記させるのではなく、たとえば「1」なら、「唯一」「すべて」といったイメージを把握できるようにする。教科書はなく、授業は教師の語りをベースに子どもが各自ノートを作っていく。1学年1学級で約20人。担任は8年(中2相当)まで持ち上がりだ。公私立校で教えた経験がある内海真理子教諭(48)は「徹底的に子どもの側に立ち、教師も真剣に向き合う覚悟がいる」と話す。
◆開校時から厳しい財政
学校作りは、親や教師ら数人の勉強会から始まった。01年に開校にこぎつけたが、ないもの尽くしだった。今もバレーボールのネットを張るポールは建築足場用の鉄パイプ。コートの地面からはタケノコが顔を出す。公的助成は一切なく、高校無償化も対象外だ。
学校教育法1条が定める「学校」(1条校)として認可されれば私学助成が出るが、校舎や運動場の広さなど厳しい設置基準がある。土地や建物などに億単位の資金が必要で、難しかった。当初の校舎建設や借地の費用約5500万円は寄付などで工面し、親も校舎の壁を塗り、黒板を作った。「セルフビルド」の学校は年々在籍者を増やし、現在1~12年(小1~高3相当)約250人が学んでいる。高校卒業資格は得られないので、在校中に高卒認定試験を受けて、ほとんどの卒業生が大学に進学している。
財政は厳しい。収入の柱は月額約5万円の「参加費」(授業料)だが、減免制度もあり、09年度は赤字。今年から子ども手当の拠出を各家庭に求める苦肉の策をとった。専任教師の年収は平均400万円。公立校(京都府で同約700万円)との差は大きい。保護者や教師の合議で運営しており、先月下旬、改めて学校法人化を話し合った。「教育の自由が制約されないか」と懸念の声も出て、基準が緩い「各種学校」などの可能性を探ることになった。
◆ユネスコ・スクール
今年1月、異文化理解などユネスコの理念を実践する「ユネスコ・スクール」の認定通知が届いた。NPO立では国内初。国内で「学校」と認められない同校が国連機関から「スクール」と認定された。
支援の動きも始まった。政府の「新しい公共」円卓会議でモデルに挙げられ、寄付に税優遇が受けられる公益財団法人「京都地域創造基金」(京都市)は5月、同校を助成先の一つに選んだ。戸田幸典事務局長は「京都の町衆は明治の学制発布前、自ら学校を作った。学校法人になれなくても、必要とされるから学校はある。だからこそ市民が支えるべきだ」と話す。
思想家ルドルフ・シュタイナーが、第一次大戦で荒廃したドイツに学校を開いたのは1919年。現在は世界1000校に広がった。チェコ在住のジャーナリストで、同国の公立シュタイナー学校の記録「プラハのシュタイナー学校」(白水社)を出版した増田幸弘さん(46)は「チェコには小学校段階から語学や美術などに力を入れる学校があり、公立シュタイナー学校もその一環。その背景には、画一的な教育を強いた社会主義時代への反省がある。公立校とは何か。日本でもごく当たり前の問い直しが必要な時期では」と指摘する。
87年に「東京シュタイナーシューレ」が児童8人で初めて開校。「全国シュタイナー学校運営連絡会」によると、北海道から九州まで9校あり約950人が在籍。うち2校は特区や廃校利用で1条校認可を得て学校法人が運営するが、大半はNPO法人運営。
主要教科は一般校と同じだが文部科学省の検定教科書は使わない。芸術性重視など独自の教育理論で12年一貫カリキュラムを作っている。授業は教師の板書や口述、対話で進み、教師の裁量が大きい。深く学ぶ目的で特定の教科を数週間集中して学び、逆にその間全く授業のない教科もある。プリントなど課題はあるが、点数評価はしない。
連絡会は今春、多様な学校を認める制度と高校無償化の適用を政府に要望。「同様の立場のブラジル人学校などとも連携したい」とする。
毎日新聞 2010年6月26日 東京朝刊