池田信夫 blog

Part 2

2010年06月23日 08:48
経済

「強い社会保障」の虚妄

「分かち合い」の経済学 (岩波新書)菅首相に影響を与えているもう一人の経済学者が、政府税調の専門家委員長をつとめる神野直彦氏だ。「強い経済、強い財政、強い社会保障」というのは彼の言葉である。きのう「議論の中間的な整理」なるものが出たが、これは彼の個人的な感想で、税調としての答申ではない。彼の財政理論は独特なので、税調は混乱しているようだ。

・・・というより、正確にいうと神野氏の財政理論というのは存在しない。彼は金子勝氏と共著で何冊も本を書いているマル経の残党だからである。本書(リンクは張ってない)にも「経済学」はまったく書かれていないが、ちょっと読んだだけでも気分が悪くなるほど「新自由主義」の罵倒で埋まっている。
新自由主義が家族やコミュニティなどの自発的協力をもっともらしく説教することは、喜劇ですらある。新自由主義では人間は、快楽と苦痛を一瞬のうちに計算する合理的に行動する「ホモエコノミクス(経済人)」だと想定されている。つまり、他者と協力し、「分かち合う」ことなどありえない人間観なのである。

新自由主義の主張に従って労働市場への規制を緩和すれば、市場における所得分配は不平等になる。不平等が激化すれば、社会に亀裂が生じて、社会統合が困難となる。そこで新自由主義は「小さな政府」を目指すけれども、民主主義を弾圧する「強い政府」を主張することになる。

新自由主義が歴史への反動であることは、誰もが容易に理解できるはずである。実際、新自由主義は新しき時代のヴィジョンを提示するのではなく、崩壊する支配的利益を護持することをひたすら目指している。

「小さな政府」の条件が欠如したまま、「小さな政府」を強行した悲劇が、新自由主義の演出した貧困と格差の悲劇として演じられる。日本では1982年に中曽根政権が成立して以来、新自由主義的政策が強行されてしまうのである。
こんな調子で「小泉改革で格差が拡大した」という嘘が繰り返される。「強い社会保障で強い経済をつくる」というのも神野氏の持論だが、因果関係が逆だ。普通の経済学では、経済成長率が上がらないと社会保障も増やすことができないと考えるが、マル経では労働者階級に分配を増やして計画経済にすれば成長率が上がると考えるんだろうか。彼の理想とするのは国民負担率70%のスウェーデンらしいから、まだ40%しかない日本は、もっと「大きな政府」になってバラマキ福祉で「分かち合い」すべきだということなのだろう。

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コメント一覧

  1. 1.
    • common3
    • 2010年06月23日 09:42

    労働組合を支持基盤とする民主党の考え方は、社会主義に向かうのは必然の帰結なのでしょうか。
    そして、それを選んだ国民は、民主党政策の結果を受け入れるしかないのですよね。
    日本を出る準備をしなくてはいけませんね・・

  2. 2.
    • kimukimui
    • 2010年06月23日 14:52

    「小さな政府の条件」とは「家族やコミュニティなどの自発的協力」が社会に分厚く存在するということでしょうか。その考え自体はもっともです。しかし「だから国家による社会保障の強化だ」というのはかなり論理の飛躍があると思います。行政が介入するだけでは行政に対する依存を社会が強めるだけで、社会の疲弊は止まらないからです。

    もっとも、根本的に問題があるのは私たちの作っている社会ではないでしょうか。私たちがヘタレでだらしないから行政の過度の介入を許してしまうのではないでしょうか。国外に出る前にやるべきは、まず私たち個々人のヘタレ根性を直すことだと思います。

  3. 3.
    • jij999
    • 2010年06月23日 18:38

    http://www.cao.go.jp/zeicho/kaiken/b25kaiken.html
    (石弘光税制調査会会長)平成17年2月25日
    僕は、スウェーデンあたりがあれだけの国民負担率、70数%に耐えられるというのは、それだけ負担はできるという、背後に、もらってくる、政府がやってくれるものは多いというところの信頼関係があって出てくるんだと思いますけどね。ただ、負担というのがあっても、それだけのものをもらえるという視点が入ってくるということでね。だから、まあ両者が一体化した議論だと思いますけど、切り離しちゃまずいと思う。


  4. 4.
    • jestemneko
    • 2010年06月23日 21:11

    いつも疑問に思うことなのですが、経済学者のみなさんは国家をどのようなものとして認識しておられるのでしょうか。たとえば、税をどのようなものとして認識しておられるのでしょうか。私には、何かとんでもない勘違いをしておられるように思えます。
    税の第一目的は取ることです。取った税を何に使うかは第二目的です。国家は、第一目的を実行するための体制や機能をしっかり整えていますが、第二目的を実行するための体制や機能はかなりずさんです。これは、日本に限ったことではないでしょう。ヨーロッパも同じだと思いますよ。
    日本とヨーロッパのちがいは、権力の受け皿として政党がしっかり機能しているということ、また自治体が細かな行政サービスを行う体制ができているということです。そこらへんは、イギリスのような国を見習わないといけないでしょう。しかし、国家に高度な社会保障をやれる能力はないですよ。能力的に最低限の社会保障しかやれません。高度な社会保障を提供するには別の仕組みが必要になります。とりあえず自治体に委ねるしかないと思いますけどねえ、、、

  5. 5.
    • あおき
    • 2010年06月23日 21:14

    >分かち合い
    大変いいことだと思う。
    それゆえに金融資産の半分以上を占める老人に手厚い老齢年金を支給するのをすぐにやめて、子ども手当てももっと増やした方がいい。高校無償化なんてみみしいことを言わず、大学院卒まで全部無償化して、中退したヤツだけに全額請求する形でよいと思う。

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