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第一話 アスカ、出港
<ポルトガル王国 首都リスボン 酒場>

「あー……退屈」

赤み掛かった金髪蒼眼の少女はそう言って溜息をついた。

「ほら、アスカさん、手が止まっているわよ」
「はーい、ごめんなさい。カルロータさん」

酒場の女主人、カルロータに注意されたアスカはそう答えて食器洗いを再開する。

「さっきから溜息ばかりね。何がそんなに不満なの?」
「だってさ、退屈なんだもん」

声をかけて来た同年齢の少女、ルチアにアスカは憂鬱そうな顔をしてそう答えた。

「これが私達の仕事なんだから、仕方無いじゃない」
「ルチアはこのままの生活を続けていて平気なの? このまま一生酒場娘として平穏な人生を終わっても」
「悪かったわね、つまらない職場で」

アスカの声が大きかったのだろう、カルロータの耳まで愚痴が届いたようだ。

「カルロータさんが羨ましいな。だってレオン宰相様の船で世界を旅した事があるんでしょう?」
「最悪の船旅だったけどね、海賊にさらわれるなんて」

カルロータはそう言って顔をしかめた。
その時酒場に新しい客がやってきた。
来客の姿を見たルチアはパッと顔を輝かせる。

「ジョアン!」
「やあ、ルチア」

みるとジョアンは旅支度を整えた服装だった。
側に年老いた水夫、ロッコの姿も見える。

「まあ、坊っちゃん。……ロッコさんも」
「坊ちゃんは辞めてくれるかな」

ジョアンはカルロータの言葉に苦笑した。
このジョアンと言う少年はポルトガルでも有力な貴族の息子だ。
ジョアンについて語る前に彼の父親について話させて頂こう。
彼の父親の名前はポルトガル海軍大臣兼宰相のレオン・フェレロ。
彼は16歳の時に大海原に出て、貿易や冒険の日々を送った。
そして多くの困難を乗り越え、ポルトガル国王にも認められて、国王の娘と結婚するにまで至った。
今レオンは大艦隊のオーナーとして世界に名前をとどろかせる存在となっている。
そしてその息子ジョアンは、今までリスボンの街から出る事を禁じられていたのだが……。

「そういえば、ジョアン様ももう、16歳ですね。……もしかして」
「ええ、ついに坊ちゃんもフェレロ家の儀式を迎える頃合いになったんでさあ」

カルロータの問いかけに、ロッコはそう答えた。

「儀式って何、ジョアン?」
「……海に出る事になったんだよ」
「ええっ!? いいなー!」

ルチアとジョアンの会話を聞いたアスカは大興奮した。
そこへゴミ出しに出ていたシンジが戻ってきた。

「あ、ジョアンさん、いらっしゃい。ロッコさんも」

シンジはたまにお忍びで酒場にリュートを弾きにやってくるジョアンと、屋敷からジョアンを呼びに来るロッコと顔見知りだった。

「……何かあったんですか?」

シンジは顔を真っ赤にして興奮しているアスカを見てそう尋ねた。

「ジョアンが航海に出るって聞いて、アスカが興奮しちゃって……」

ルチアがそう言って苦笑すると、シンジは穏やかな笑顔でジョアンとロッコに向かって微笑んだ。

「それはおめでとうございます」

シンジの態度にアスカはムッとした様子だった。

「アンタ、男として悔しくないの!? ……それともジパングの男ってそんなに腰ぬけなのかしら」

シンジは、リスボンの港で育ったジパング出身の孤児である。
小さい頃、両親の乗る船で航海をしていたらしいが、海賊の横行するマラッカ海峡にて何かあったらしく、ポツンと一人でいる所をポルトガルの航海者に拾われた。
そして同じような境遇でドイツの戦火から逃げて来たアスカの家族と出会い、カルロータの酒場で二人は働くことになった。
アスカの両親はまた別の職場で働いている。

「腰ぬけと言われても構わないさ、だって僕は……」

そう言ってシンジはふてくされた顔になった。

「さて、それじゃあ失礼するよ」

しばらく歓談をした後、ジョアンはそう言って席を立った。

「……いつ出航するの?」
「そうだね、雨が止んでからかな」

ルチアの言葉にアスカはそう答えた。



<ポルトガル王国 首都リスボン 港>

その日の夜、アスカとシンジは人気の無い港に姿を現した。

「雨も小雨になってきたし、急がないとまずいわね」
「……アスカ、やっぱり止めようよ」

気弱な表情を浮かべるシンジをアスカは思いっきりにらみつける。

「何よ、ついてきたいと言ったのはアンタじゃないの! アタシは一人でも行くわよ!」
「……わかったよ、アスカ」

シンジはジョアン達が酒場を立ち去った後、何かを考え込んでいるのが分かった。
あれは何か良からぬ事を企んでいる顔だ。
小さい頃からアスカの側に居るシンジはすぐにわかった。

「ええ~っ!? 船に忍び込む!?」

アスカはルチアとシンジにそう打ち明けた。

「いくらなんでも無茶よ、アスカ」
「……アタシは冒険がしたいのよ。この広い世界、海の向こうにあるものを自分の目で見てみたい」

真剣な目でそう話すアスカに、シンジとルチアは適当にごまかすわけにはいかなかった。

「カルロータさんには黙っていて。……それと、ジョアンが浮気しないように見張ってあげるからさ」
「浮気?」

アスカの言葉にルチアは目を丸くして呟いた。

「だって、ジョアンは世界中を旅するわけでしょう? どっかの港で美人に出会ってフラフラ~ってこともあり得るじゃない」
「そ、そうね……」

ルチアはそう呟くと少し青い顔になった。

「だから、そんなことの無いようにアタシがジョアンを惑わす女の子達からブロックするわ」
「お願い……」

ルチアはアスカの手をしっかり握りしめた。

「で、シンジはどうするの? ……アンタもついて来ない? 仲間は多い方が良いしさ……」
「うーん……でもボクは……」

渋るシンジにアスカはさらに後押しする。

「アンタさ、自分の両親に会ってみたいと思わないの? ジパングに行けばさ、きっとアンタの両親の手がかりも見つかるはずよ!」

実のところ、シンジが悩んでいたのは別の所だった。

「アスカが他の港でいい人と出会ったら……アスカは僕の事を忘れて付き合っちゃうんだろうな……」

そんなシンジの呟きは露知らず、アスカはシンジに返事を迫る。

「うん、ボクもジパングに行ってみたい!」

こうしてアスカとシンジはジョアンの船にこっそり乗り込む事になった。

「さて、あの船が目的の船ね……」

アスカとシンジはついに目的のジョアンの船に近づいてきた。
船はカラベル・ラティーナと言う一本マストに三角帆の10人程度で動かせる小さな船だ。

「それにしても、貴族の息子なのにケチくさい船ね……」
「仕方ないじゃないか、そういう儀式なんだろうし。貿易みたいな事をしてお金を稼いで大きな船に乗り換えて行くんだと思うよ」

アスカとシンジがジョアンの船の前までやってきたその時!
高波がシンジを襲った!

「うわあ、びしょびしょだよ」
「大丈夫、シンジ?」

シャツまですっかりシンジは濡れてしまった。

「シンジ、脱がないと風邪引いちゃうよ」
「上は脱いだけど、下は勘弁してよ」

アスカがシンジのズボンにまで手を伸ばしていた。

「お前達、何やっている!」

その現場を目撃したのはロッコだった。

「なんだ、お前さん達か。ほら、船の中で着替えてこい」
「あ、はい」

船室でシンジが着替えていると、苦笑いを浮かべたジョアンが姿を現した。

「ロッコがただで水夫を二人確保できたって喜んでいたけど、君達の事か」
「でも、こんなにすんなり船に乗れていいんですか?」

シンジが遠慮がちにそう言うと、ジョアンは笑顔で答える。

「まだ僕達が航海するのは穏やかな地中海沿岸だからね。大丈夫なんじゃないかな。ロッコは経費を出来るだけ節約しようと頑張ってるよ」

外からまた豪快なロッコの声が響いて来た。

「坊ちゃん、また水夫を連れてきやしたぜ!」
「……どうも~、ビール一杯で雇われてしまったミサトです」
「くじ一枚のかたを体で払えって連れて来られたリョウジだ」
「私は神父のエンリコと申します。ジパングへ旅立たれるそうなので、私もご同行して頂きたく……」
「やあ、私はドミンゴ。事情があって、船に乗せて頂くことになった」

まともな契約で雇われていないことが分かる、一癖も二癖もありそうなメンバーが水夫として乗り込んで来た。

「水夫の経費はだいぶ抑えられましたんで、次は資金集めですね」
「でも、今の手持ちには金貨が1000枚しかないから貿易をするにしても心もとないよね」
「またあっしが一肌脱ぎやしょう」

余裕の笑みを浮かべてそう言うロッコに、アスカは興味を持ったようだ。

「ねえ、アタシもロッコについて行っていい?」
「その方があっしも大助かりでさあ」

深夜のレオン・フェレロ邸。
要するにジョアンの実家である。
そこにアスカとロッコのコンビが姿を現した。

「奥様から金貨1000枚を預かっております」

執事のマルコがそう言って金貨を渡す。
すると、アスカは上目づかいでマルコにおねだりを始めた。

「ねえ、もうちょっとちょうだいよ」
「執事さんよ、こんなかわいい子を困らせちゃあいけないぜ」

マルコは困った顔をして、屋敷の中へと入って行った。
そしてしばらくして出て来た後、アスカに女物のアクセサリーを渡す。

「……これは奥様のサークレットでございます。売ればお金になるでしょう」
「ありがとう、マルコさん!」

二人は苦笑するマルコに見送られて屋敷を立ち去り、武器屋へと向かった。

「こんな時間に武器屋なんて開いてるの?」
「武器屋には秘密があるんでさあ」

驚くことに、深夜にもかかわらず武器屋は開いていた。

「いらっしゃいませ。当店自慢のスペシャル商品はいかがでしょう?」
「いや、今日は物を売りに来たんだ」

アスカが店の店主にサークレットを渡すと店主は丹念に調べ始める。

「これはかなり使いこまれていますね。金貨1000枚がいい所でしょう」
「アンタ、バカァ!? 大人なのに物の価値すら解らないの!? これは王女様が使っていたレアものよ!」

アスカにまくし立てられた店主はタジタジになる。

「で、ですが王女様の物だと言う証拠が……」
「アンタにはこのサークレットから漂うオーラのようなものが感じられないの?」

強引な言い分だが、結局店主の方が折れた。

「お客様には参りました。金貨1500枚で買い取らせて頂きましょう」
「やったー、買い取り額大幅アップ!」

ロッコは冷静にアスカの交渉術を見ていた。
この交渉劇の脚本はロッコだが、主演女優はアスカである。

「これは、思わぬところで逸材を見つけてしまったかもしれんな……」



<ポルトガル王国 首都リスボン ジョアンの船内>

かくして、2500枚の資金を得たジョアン達は、貿易のためにリスボンの名産品である岩塩を大量に船に乗せる事になった。
ロッコ、シンジ、ミサト、リョウジ、ドミンゴなど力のあるものは勢い良く岩塩の詰まった樽を船に積んで行く。
そんな朝の港に、ルチアが姿を現した。
服装は酒場娘のするものではない、旅の女性の姿だった。

「……ルチア!?」
「私もジョアンの船旅に連れてって」

ジョアンは困った様子でロッコに視線を送ると、ロッコは笑顔で頷く。

「歓迎しますぜ、ルチアお嬢さん。我が船、9人目のメンバーとしてお迎えしましょう!」
「ありがとうございます、ロッコさん!」

ジョアンはロッコの言葉に驚いた様子だった。

「ロッコ!? ルチアは普通の酒場娘なんだよ? 航海なんて……」
「何よ! 航海をする女の子はここに既にいるじゃないの!」

アスカが怒鳴ると、ロッコが豪快に笑いだす。

「ガハハハ、坊ちゃんの負けですね」

そしてこっそりとジョアンに耳打ちする。

「なあに、お遊戯のような航海は地中海沿岸までです。アフリカなどに足を伸ばすようになったら、その時改めて水夫を選抜すればいい事でさあ」
「そう言う事なら仕方ないな」

すっかり荷物を積み終わったメンバー達は自然にジョアンの元に集まってくる。

「……そういえば、ジョアンが航海をする目的は何なの? フェレロ家の儀式としか聞いてないんだけど?」

アスカが疑問を口にすると、ジョアンは話していなかったっけ? といった表情を浮かべて話し始める。

「世界のどこかにある『神の国』を探しだすのが父上から言われた使命なんだ」
「『神の国』?」
「うん、父上もたどり着くことができなかった伝説の国さ」
「ふーん、そんなの本当に実在するの?」
「わからないよ。手がかりもつかんでないんだからさ」

アスカとジョアンの話に、周りに居あわせたメンバーも耳を象のようにして傾けた。

「坊ちゃん、そろそろ出航の準備が出来ましたぜ。『ヘルメス二世号』の出航の合図を」
「何それ、『ヘルメス二世号』って。ダサい名前」

アスカの言葉にロッコはずっこけた。

「じゃあどんな名前が良いの?」
「『エヴァンゲリオン号』なんてどうかしら」

シンジの言葉に、アスカは堂々とそう答えた。

「良い名前じゃない、神の国を探す船にピッタリだわ!」

ミサトが感激したように賛成すると、続々と賛成者が現れ、船の名前は『エヴァンゲリオン号』に代わってしまった。

「レオン提督……16歳の小娘にネーミングをあっさり否定されてあっしは悲しいですぜ……あっしらの思い出の名前が……」

ロッコはそう言って涙を流した。
降っていた雨が止んだ影響からか、虹が海の方に煌めいている。

「出航よ、『エヴァンゲリオン号』! あの虹の彼方まで! オーバー・ザ・レインボー!」
「あのさあ、船長は僕なんだけど……」

こうしてアスカとシンジ達は大海原へと旅立った。
この先二人にどんな出来事が待ち受けているのだろうか。
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