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※以前の事故をモチーフにした話は、読者の方からご批判を頂いたわけではないのですが、なるべく急いで自主的に変更させていただきました。公開から1時間の間、記載されてしまう事になりましたが、本当に申し訳ありません。
エクストラ・インパクト!
僕は碇シンジ。

外国の音楽学校に留学中の高校生。

本格的にチェロの演奏技術を学ぶためにやってきた。

僕は小学校の時担任だったミサト先生の知り合いだと言う加持さんの所に住まわせてもらっている。

僕がリベールという国にあるルーアン音楽学校に入学してから一週間。

クラスに日本人は僕一人だった事もあって、友達も出来ずに寂しい学校生活を送っていた。

「次の授業の教室はどこだっけ……」

僕が広い校内を所在無さげに見回していると、後ろから女の子の声が聞こえた。

「キミ、迷子になっているの?」

僕がその声を聞いて振り向くとそこには栗色のツインテールの髪をした、活発な感じの女の子がルビー色の瞳でこちらを見つめている。

僕と同じ学年の制服を着て居た。

「視聴覚室に行こうと思うんだけど」

僕がそう答えると女の子は笑顔になった。

「じゃあ、私が案内してあげるよ! Gehen Wir!」

と言って僕の腕を引っ張る。

その女の子の力はそのスレンダーな体からは想像がつかない程強くて、僕は引きずられるように歩きだした。

「ねえねえ。キミって日本人?」

「うん、そうだけど」

「あたし、日本人って会うの初めてなんだ。やっぱりお寿司とか天ぷらとかすき焼きとか食べてるの?」

僕は視聴覚室に着くまでの間、その子の質問攻めにあっていた。

手は繋がれたままだった。

照れ臭くなった僕は手を放そうとしたけど、相変わらず物凄い力でつかまれていたので無理だった。

視聴覚室に着いてやっと解放された。

「ねえ、あたし、君と友達になりたいな。もっと楽しい日本の話とか聞かせて欲しいし。いいでしょう?」

「でも、僕はそんなに大したことは話せないし……」

「い・い・で・し・ょ・う?」

「う、うん」

明るい笑顔の影に迫力を感じた僕はうなづいてしまった。

「あたし、エステル・ブライトっていうの」

「僕の名前はシンジ・イカリ」

「じゃあシンジ、また今度ね、バイバーイ!」

エステルは手を大きく振って立ち去って行った。

外国の女の子って開放的だって聞くから、手をつなぐなんて挨拶みたいなものだろう。

よし、小学校の頃と同じ勘違いは二度としないぞ。

僕はそう思い込む事にした。



次の日、エステルは僕の教室にやって来た。

「シンジをあたしの友達に紹介したいと思うの」

そう言って、エステルは僕の腕をグイグイ引っ張って自分の教室に連れ込んだ。

教室に入ると、エステルの友達のクラスメイトたちが僕たちの周りに群がってくる。

「シンジ、紹介するね。彼女がエリッサ、そしてティオ、ハンス、ジル、クローゼ、……んでカブトムシのヘラクレスに、エリマキトカゲのルドルフ2世」

僕はエステルの交友範囲の広さに驚いた。

カブトムシやトカゲを取り出した時は別の意味で驚いたけど。

僕はここでもエステルの友達に取り囲まれて日本の事について質問攻めにあった。

「ねえねえ、やっぱりニンジャとかサムライとかいるの?」

「……多分、趣味でやっている人しかいないんじゃないのかな」

「日本人って、仕事で失敗するとセップクさせられるって本当?」

「謝れば、許してくれると思うよ……」

その間エステルは集まった友だちを見回して誰かを探しているようだった。

そんな感じで、僕が日本では職業安定所で忍者や侍の求人はしていないとみんなに説明していたりすると、またエステルにぐいっと腕をつかまれた。

また僕をどこかに連れて行こうというのか。

相変わらず凄い力で教室から引きずり出された。

「ヨシュアは屋上に居るんだって。会いに行こう!」

「……ヨシュアも君のボーイフレンドなの?」

「ううん、それ以上の特別な存在かな」

その男の子はエステルの彼氏なのかな。

そう思った時、僕の胸が痛んだ。

……まさか、僕はエステルに恋心を抱いてしまったんだろうか。

エステルとその男の子が親しくしている姿を想像すると胸がモヤモヤする。

僕はエステルに手を引かれながらそんな事を考えていた。

僕たちが屋上に通じる出口に近づくと、ハーモニカの調べが聞こえて来た。

美しい旋律だけど、何か切なさを感じる曲だ。

エステルは口の前に人差し指を立てて、僕たちは音をたてないように演奏に聞き入った。

少しだけ開かれたドアから屋上をのぞくと、黒髪で澄んだ琥珀色の目をした僕と同い年ぐらいの学生服を着た男の子がハーモニカを吹いていた。

木枯らしが吹き荒れる屋上にはその男の子以外の人影はなかった。

なんだかその姿を見ていると美しい絵画でも見ているようだった。

演奏が終わる頃には僕たちはドアを開けて盛大な拍手をしていた。

その男の子は僕らに気づいたみたいだ。

「いやー、夕日を背負ってハーモニカとはやるねえ、少年。お姉さん惚れ直しちゃった♪」

「……まったく、何を言ってるんだか」

「何て曲だっけ?」

「星の在り処。……ところで、見ない顔だけど新しい友だち?」

僕は彼の視線を感じて慌てて頭を下げて軽くお辞儀をした。

「そそ、シンジ・イカリ。日本からの留学生だって」

そして、エステルは男の子の紹介を僕に始めた。

「こっちは弟のヨシュア」

「よろしく」

ヨシュアは僕に穏やかに微笑んでくれた。

「よ、よろしくお願いします」

僕はヨシュアと握手を交わした。

エステルの彼氏じゃなくて、弟だったのか……。

僕は心の底からほっとした。

なぜ彼氏じゃないとほっとするんだろう。

エステルと僕はただの友だちなのに。

僕はそのことで胸がいっぱいで他の事に考えが回らなかった。

違和感に気がついたのはエステルだった。

「あれ? 今ヨシュアとシンジ、日本語であいさつをしてなかった?」

「そういえば……」

「僕も少しは日本語をしゃべれるんだよ」

「凄い、ヨシュアって読書家だもんね。物知りなんだ」

「エステルだって、世界のカブトムシの名前を全て言えるじゃないか」

「そうだシンジ、日本ではカブトムシはどんなのが採れるの?」

「えっとね……」



僕はそれから学校生活が楽しくてたまらなくなった。

エステルが繋いでくれた友達の輪は、学友たちとさらなる絆を結びつけてくれた。

特に日本語が話せるヨシュアが側に居てくれることはとても心強かった。

いつも僕が分からないような単語の通訳もしてくれた。

こんなに楽しい日々はどのくらい久しぶりなんだろう。

緊張から解放されて気持ちに余裕が僕は日本で暮らしていた時の事を思い返すことをたまにするようなった。

トウジ、ケンスケ、洞木さん、レイ。

中学を卒業してからまったく連絡を取っていないけど元気にやっているんだろうか?

……そしてアスカ。

加持さんの家でお世話になっている僕の所に母さんが心配して国際電話を掛けて来てくれるけど、僕はいままでトウジたちの事は聞いてなかった。

アスカの事を聞こうと思ったけど、やっぱり聞くことは出来なかった。

その代わり今の学校生活が楽しくてたまらない事を話していた。

楽しい学校生活を送って心が落ち着いて来ると、僕はアスカの事を思い返すことが多くなった。

あれから顔を合わせていないけど、レイたちと仲直りすることはできたんだろうか、クラスで孤立して寂しい思いをしていないだろうか。

……いや、アスカは明るくて美人だからきっと上手くやっているはずだ。

僕がアスカの事を心配するなんて余計なおせっかいだよね。

僕はそう思い込んで、母さんにアスカの近況を聞けないでいた。

しかし、僕の心の中での思い出は膨らむばかり。

そしてある日、あのことに気がついてしまったんだ。



人生は山あり谷あり。

そんなにいいことばかり続くわけがなかった。

人間関係の破局と言うものは突然やってくる。

その日も僕はエステルにぐいぐいと腕をつかまれてヨシュアのところに向かったんだけど、無邪気で明るいエステルが『アスカちゃん』に重なって見えてしまったんだ。

僕が憧れていた彼女に。

気がついた僕は顔が真っ赤になった。

ヨシュアの元についてエステルが僕の手を話した時、ヨシュアは僕の事をとても冷たい目で睨みつけていた。

僕の心臓が凍りついて動けなくなると思ってしまったほどに。

前からヨシュアが僕に時たま鋭い目線を向けるのは、姉を取られたくないと言う弟の感情だと僕は勘違いしていた。

他の友人たちも交えてしばらくおしゃべりを楽しんだ後、いつものように帰ろうとしたら、僕の教室の外でヨシュアが待っていた。

ヨシュアはいつものような穏やかな笑みを浮かべながら僕に屋上に一緒に来るように誘った。



「汚い手で二度とエステルに触るな……。もしも……毛ほどでも触れてみろ……。ありとあらゆる方法を使ってお前を八つ裂きにしてやる……」



とても流暢な日本語でそう言ったんだ。

そしてその人気のない屋上で、振り返ったヨシュアがアーミーナイフをポケットから取り出して僕につきつけて来た!

僕は慌てて弁明に走った。

「エステルは、僕が好きな子、アスカに似ているんだ。だから……」

「ふーん。昔の恋人に似ているか。定番の口説き文句だね!」

「ち、違うんだ。信じてよ!」

「じゃあ、そのアスカって子をここに連れてこいよ!」

今すぐアスカを連れて来るなんてそんなこと出来っこない。

苛立ったヨシュアは僕に向かってナイフを投げつけて来た。

ほおに赤い筋が走るとともに痛みを感じる。

僕はヨシュアに背中を向けて、全力でその場を逃げ出して、加持さんのアパートに戻った。

体中からものすごい汗が噴き出しているのに寒く感じる。

人生の二度目に感じた殺意に僕は震えが止まらなかった。

僕は仕事を終えて帰宅した加持さんに起こされるまでベッドにもぐりこんでいた。

「おいおい、シンジ君。その傷はどうした?」

加持さんが僕のほおからの出血の跡に気がついて驚きの声をあげた。

「別にこれは……何でもないんです」

「おいおい学校でなにかあったのか? 下手をすれば傷害事件、いや殺人未遂事件だな。警察に通報しよう」

僕はベッドから起き上がって加持さんを引き止めた。

「え、でも……それは止めてください。ヨシュアは僕の大事な友達なんです」

「そんな物騒な子がいたら、学校に通えないだろう? 俺としても、葛城の大切な教え子をそんな目にあわせたやつを許してはおけない」

僕は加持さんに学校であった事全てを説明した。

ヨシュア、エステル、アスカの事も全て。

加持さんは僕の話を聞いてしばらく考えて、ひとまず警察に通報することは思いとどまってくれた。



加持さんはその日の夜、初めて僕を酒場につれて行ってくれた。

この国の法律では高校生でも飲酒をして構わないみたいだけど、僕は日本人だから、そのことを気にして連れて行くことはしなかったみたい。

ミサト先生に怒られるからかもしれないけどね。

僕と加持さんは連れ立ってバーの中に入った。

カウンターにつくと加持さんはグラスを傾けながらゆっくりと話を始めた。

「シンジ君。俺は人生の価値は記憶に残る思い出をいくら作れるかだと思っている。そのアスカっての事だってそうだ」

「加持さん……」

「ほほー、加持。あんたはこの国で何人の女性と思い出を作って来たのかしら?」

聞き覚えのある日本語の女性の声が後ろから聞こえて来た。

加持さんは悪夢でも見ているんじゃないかと思うほど青い顔をしている。

……振り向くとなんとミサト先生が仁王立ちしていた!

「か、葛城、お前なんでここに! 寿命が縮んだぞ」

ミサト先生は前と変わらない笑顔で僕と加持さんを見つめている。

「夏期休暇をもらって来たの。小学校も1学期が終わったからね。あんたがシンジ君の面倒をきちんと見てるか偵察に来たのよ」

「素直じゃないな、葛城。どうせシンジ君はダシで、俺の事が気になって来たんだろう」

おどけた表情で加持さんがそう言うとミサト先生は僕と反対側の加持さんの隣に荒々しく腰掛けた。

「何をバカいってんのよ!」

「照れるな照れるな……」

ふくれた表情を直したミサトさんは加持さんをとび越えて僕に話しかけて来た。

「あ、そうだ。シンジ君の学校もそろそろ夏期休暇ね。追試とかなさそう?」

「はい、親切な友だちが勉強の事とか助けてくれたんです」

「ほーう、女の子の友だちじゃないわよね? アスカがやきもち焼いちゃうぞ♪」

ミサト先生にアスカの名前を出されて僕はドキッとした。

……ミサトさんは僕とアスカが中学に上がってどうなったのか、詳しく父さん達から聞いていないんだ。

「へえ、シンジ君はアスカって子が好きなのか」

「そうそう、シンジ君ったら、かわいいもんだからアスカと話すだけで顔が真っ赤になってね、クラスで席順を決めた時も……」

「ふむふむ」

僕はミサト先生を止めようとしたけど、絶好の酒のさかなになってしまったようだ。

僕はチビチビと追加注文したカクテルに口を付けていた。

「シンちゃんとアスカの赤ん坊ならきっとかわいい子ね。先生楽しみ」

「バカだなあ葛城。結婚式に呼んでもらう方が先だろう?」

ブホッ。僕はむせてしまった。

盛り上がっているミサト先生には悪いかなと思うけど本当の事を話さないと。

「実は、アスカとは今は関係が切れているんです」

包丁でバッサリ切れましたとはさすがに冗談でも言えなかった。

アスカの悪評を吹聴して回る趣味は僕には無いし。

それを聞いたミサト先生は暗い顔をした。

僕が小学生の時はミサト先生の沈んだ表情は見た記憶が無かった。

ミサト先生はいつも明るくて、騒がしくて……僕は人の一面しか見ていなかったんだと改めて思った。

「……ま、子供のころなんてそんなもんよね」

ミサト先生は一言だけそう言うと、無理に笑顔を作って僕に微笑んだ。

心は悲しいんでいる、空っぽの笑顔。

営業スマイルと言う言葉もあるように、無理してでも笑顔をしなければ大人の社会は上手く回っていかないのはわかっている。

愛想笑いとかも自分でするけど、やっぱり無理して作った笑顔は嫌いだった。

「シンジ君も夏期休暇になったら一旦家に帰るんでしょう? ご両親も寂しがっているし」

「そうだな。国際電話の料金もバカにならないから帰ったら葛城が伝えてやれよ」

「あんたケチねー」

確かにここ数カ月両親とも会っていない。

国際電話は加持さんのところにお世話になってるから二週間に一回ぐらいするぐらいだ。

でも、日本に帰るとアスカが……いや、もうさすがに無言電話とかストーカーっぽい行為は止めているだろう。

父さんも母さんもアスカの事情は知ってるし、ちょっと二人に会って戻ってくればいいだけだ。

アスカに気づかれないうちに。

僕は加持さんの家に帰ると日本の自宅に電話をしていた。

数日前に電話をしたばかりだと言うのに。

「もしもし」

「シンジか? どうした」

間が悪い事に父さんが電話口に出た。

でもしっかりと伝えることは伝えないと。

「来週の日曜日から学校が休みだから、そっちに帰ろうと思うんだけど」

「そうか」

「で……その……」

アスカの事を聞こうと思ったけど言葉が出てこない。

父さんの方もアスカの事は知っているはずなのに切りだして来ない。

妙な沈黙が流れた。

「……言いたいことがあるなら早く言え」

「えっと、その……」

「これ以上電話をしていると、加持さんに迷惑なるから切るぞ」

僕が言えないでいると、電話が切れてしまった。

また掛け直すと言うのも加持さんに悪い気がするし、僕はそのまま日本に帰ることにした。



その後、数日後に学校は夏季休暇を迎えた。

その間の数日間、僕は学校を休んでいた。

エステルとヨシュアに顔を合わせるのが辛かったし、このまま海外留学を続けるか迷っていたからだ。

「一度日本に帰国して、よく考え直してみるといい」

加持さんはそう言って僕を送りだしてくれた。

そして僕は機上の人となった。

空港では父さんが僕を出迎えてくれた。

父さんはいつもにも増して無口だった。

車を運転して居る時も何もしゃべらなかった。

何か言いたそうにしているんだけど言えないみたいだった。

「シンジ……アスカ君の事なんだがな……」

家の前についてから、やっと父さんが喋った。

すると、僕の家の玄関から、金髪の髪の女性が飛び出してくるのが見えた。

……もしかして、あれはアスカ!?

まだ僕を追いかけてくるの?

「おい、待てどこに行くシンジ!」

父さんの制止を振り切って僕は駆けだして行った。

そして見つからないように近くの公園の土管の中に隠れる。

「何でアスカが家に居るんだよ!」

何回この言葉を繰り返したんだろうか。

お腹がとても空いて意識がもうろうとして来た。

そういえば、機内食を食べてから何も食べていない。

でも、僕は家に戻る気にはなれなかった。

ずぶ濡れになった体が震えている。

そろそろ、限界なのかな……。

公園の土管の中で意識を失った……。






chapter from 2 to 3 Extra Impact -完-