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第十九話 ノウイング・ハート、ノウイング・ソウル
※愛のロマンス|(映画『禁じられた遊び』のテーマ曲)はスペイン民謡が元になったギターの曲のようです。



<第二新東京市立北高校 1年5組 教室>

新学期が始まり、朝のホームルームが始まるまでの騒がしい教室。
夏休みの間顔を合わせる事の無かった生徒達は、うっぷんを晴らすかのようにいつもより会話が弾んでいる。
お互いの夏休みの出来事を報告し合う話題に混じって、転校生のウワサが生徒達の間に広まっていた。
トウジとシンジとケンスケの三人もそのウワサについて話していた。

「なあ碇、お前のクラスに転校生が来るってウワサ知ってるか?」
「ううん、知らないけど」
「なんか、職員室にミサト先生と一緒に入る見かけない男子を見たっちゅう話や」
「ああ、惣流みたいな転校生なら写真の売り上げが伸びるんだけどな……」
「ケンスケ、いい加減に写真を売るのは止めたらどうかな?」
「違うなシンジ、俺は良い被写体を探して素晴らしい写真が撮れたからこの感動を分け与えるために提供しているんだ、有償で」
「それって結果的に変わらないじゃないか……」

予鈴のチャイムが鳴り響き、ケンスケとトウジが自分のクラスへと戻る。
転校生が自分のクラスに来ると言う事で、シンジの周りの生徒はソワソワしていたが、そんなに騒ぎにはなっていなかった。
いや、一人だけ熱病にかかったように浮かれている女子生徒が居た。

「キョン、聞いた? 転校生よ、転校生! 二学期に転校してくるなんて何か特別な理由があるんじゃない?」
「親の転勤で引っ越しだとか、そんなんじゃないか?」
「いえ、きっとそんな理由じゃない予感がするわ。今日のSSS団の活動は転校生の謎を探る! そしてついでに仲良くなる!」
「いや、どうやらその必要は無さそうだぜ」

キョンは教室に入ってくるミサトの方に視線を向けると、ハルヒにそう言った。

「みんな喜べ、転校生を紹介する!」

ミサトは教壇に立ってそう言うと、後ろにいるイツキに教壇に立って自己紹介をするように言った。

「古泉イツキと申します。よろしくお願いします」
「古泉君!? やっほー!」

クラスの生徒達が反応を示す前に、ハルヒがそう呼びかけてイツキに向かって手を振った。

「これは涼宮さん、どうも」

イツキはハルヒに手を振り返して応えた。

「あの、古泉君は涼宮さんと知り合いなんですか?」

クラスの女子生徒の一人が手を上げてそう質問する。

「ええ、夏休みに」

イツキが笑顔でそう答えると、質問した女子生徒は他の女子生徒とボソボソと話し始めた。
奇妙なものでも見るような視線をイツキに対して送っている。

「カイダンの一件が済みましてね、南高に居る必要が無くなったのですよ」

次の休み時間、イツキはキョンにこっそりとそう話した。

「古泉、おまえもう『涼宮ハルヒと愉快な仲間達』の一員として見られてるな……」

速攻ハルヒによってSSS団の正式な部員に認定されたのは言うまでも無かった。



<第二新東京市 公園>

「ほらほら、みんな来なさいよ! 凄い揺れて楽しいわよ!」
「ハルヒ、恥ずかしい真似は止めとけ……」

人工的に地震を起こす起震車の荷台に設けられたセットの中で、ハルヒは子供のようにはしゃいでいた。
高校の制服を着たまま、子供たちに混じって。
SSS団のメンバーはハルヒと赤の他人で居たいのだがそれもかなわず、顔から火が出るような思いで周りの視線に耐えていた。

「まったく、ハルヒはこう言うところは一般常識とズレているんだな」

キョンはあきれた様子でハルヒを見ていた。
シンジとアスカとミクルは周囲の視線が恥ずかしくて気になる様子でおどおどしている。
その他のメンバーは周囲の視線などどこ吹く風。
全くいつもと変わらなかった。

「次はもっと震度を上げます」

起震車を動かす消防隊員も苦笑いを浮かべながらはしゃぐハルヒを見ている。
とても嬉しそうなハルヒの笑顔を見れば何でも許せる、というはずは無く、やりにくいから早くどこかにどけてくれと言う視線がキョンに向かって突き刺さって来た。

「あはは、楽しい」
「こらハルヒ、これは遊園地のアトラクションじゃないんだぞ。楽しむためのものじゃない」

キョンがそう言うと、ハルヒは急に神妙な顔になった。

「そうだったわ、あたしとした事が肝心な事を忘れていたわね」

セットから降りて消防隊員達に頭を下げてしおらしく立ち去ろうとするハルヒを、SSS団のメンバーは慌てて追いかけた。
今日は9月1日。
キョンが学校の宿題をミサトに無事提出できてホッとしたのも束の間、新学期早々ハルヒが緊急活動と言って有無を言わさず放課後の部室にメンバーを集めた。
職員会議があって来れないミサトを除いて全員が集合した後、ハルヒは防災訓練をすると言いだした。

「学校で防災訓練をしたじゃないか」
「あんなのスピーカーから地震だって言うだけで、結局普通の集団教室移動じゃないの。周りのみんなも”おかし”すら守る気が無いし。気合いが足りないわ」
「それでは、地域で開催されている公開防災訓練に参加すると言うのはどうでしょう。どうやら地震の揺れを体験できるコーナーもあるみたいですよ」

イツキの提案で、SSS団は公園で開催されている公開防災訓練を見学に向かい……そして、ハルヒが恥じらいもなく起震車に乗り込んでしまった。
起震車から降りたハルヒは何かを思いつめたようにSSS団の部室に戻り、団長の席に座りパソコンをいじってインターネットで何やら調べ始めた。
キョン達はわけが分からず、ハルヒの行動を見つめるばかり。
そしてぼうぜんと見守っているSSS団のメンバーの前でハルヒは携帯電話をかける。

「あ、ミサト? 職員会議はもう終わった? ちょっと頼みたい事があるから部室に来て。SSS団の活動に関わる事だから」
「いったい何を始める気だ?」

キョンの質問に、ハルヒは黙って例の『何かを企んでいるような笑顔』を浮かべるだけだった。
やがてミサトが部室に到着すると、ハルヒは9月5日の第三新東京市主催8都県市合同防災訓練にボランティア隊員としてSSS団も参加すると言い出した。

「あたし達は高校生だから、年齢制限とかで普通のボランティア団体には入れてくれないと思うから、ミサトなら何とかしてもらえると思って」

ミサトはハルヒに言われて少し考えてからうなずいた。

「じゃあ、現場に駆け付けるバイク隊のサポート体験や人命救助のトリアージとかなら話を通せると思うわ」
「本当? 市の公開防災訓練じゃあ物足りなかったのよね!」

そして9月5日、SSS団は第三新東京市主催8都県市合同防災訓練に特例ボランティア隊員として参加出来る事になった。
バイクの運転は出来ないので、二人乗りの後ろに乗って、サンプルとして選ばれた家に倒壊の危険性を示したシールを貼って行く。
倒壊した家の下敷きになった人を救助すると言う訓練も行った。
午前に訓練を終えたハルヒ達は午後には合同防災訓練の会場を見て回り、自衛隊の装甲車によるデモンストレーションや衛星電話の体験コーナーなどを楽しんだ。

「なあハルヒ、何だってこんな本格的な訓練を受けようと思ったんだ?」

災害の写真などが貼られている防災展の会場でキョンはハルヒにそう尋ねた。

「だってさ、あたし達はもう高校生なんだからさ、誰か一人の命を助けられるようになりたいとは思わない?」
「まあ、そう思った事はあるけどな」
「救助を必要としている人の前で、知識不足だとか勇気が無いとかそんな事言ってられないじゃない。あたしだって、助かるかもしれないのに死んじゃったら悔しいし」

ハルヒがキョンに向かってそう訴えかけるのを、カヲルはなんとなく聞いていた。

「あたしだって、悔いが無いように精一杯生きてるけどさ、まだまだやりたい事がたくさんあるのよ。それこそ数えきれないぐらい」

ハルヒの言葉を聞いたカヲルは顔を曇らせる。

「僕にとっては生と死は等価値に思っていたこともあったけど、涼宮さんを見ていると、生の方がとっても価値があるように思えるんだよね……」

カヲルはその後、少し影のある微笑みを浮かべ続けていた。
その様子をレイがそっと眺めていた。



<第二新東京市 カヲルの部屋>

カヲルはため息をつきながら自分の部屋を見回す。
大量の音楽CDが収められた棚。
壁には有名なバイオリニストのポスターやバンドのポスターなどが貼られている。
6月6日、シンジの誕生日。
ハルヒの力でその日からこの世に再び命を受けたカヲルの居場所。

「魂が入れ替わる今までの16年間、僕はどんな”人間”として存在していたのかな」

カヲルは憂鬱そうな顔でバイオリンを手に取った。
しかし、上手く弾くことはできない。

「前に存在していた”渚カヲル”なら弾けたのかな」

今度はギターを手にとって弾いてみる。
しかし、音は出たが全く旋律を奏でる事が出来ない。

「僕の魂は何でまた戻って来たんだろうね」
「多分、新しい人生を歩む権利があると神様が認めてくれたから」

突然現れたレイにカヲルはゆっくりと振り向いた。

「おや、長門さんとの買い物は終わったのかい?」
「これ」

レイはそう言ってカヲルの前に重そうな紙袋を差し出した。
カヲルが紙袋を開けると、そこにはバイオリンやギターの教本がたくさん入っていた。
音楽雑誌などもあった。

「これが僕へのプレゼントなのかい?」
「少し違うわ」

レイは赤い瞳でカヲルを見つめると、真剣な眼差しで尋ねる。

「渚君、あなたの趣味は何?」
「趣味……それは自由な時間に行う習慣、道楽というものだね」
「そう。渚君は何をしているの?」
「ずっと部屋でじっとしているね。最近はCDで音楽を流すようになったけど」
「私も同じだった」
「それで?」
「私は渚君より人間として生きている時間が長い。二人目の私の記憶の欠片も残っているのかもしれない。だんだん音楽に興味を持つようになったの」
「要するに、僕も音楽を趣味にした方が良いって言いたいのかな?」
「私は渚君に命令はするつもりはないわ。でも悲しいと思ったの」
「悲しいって?」
「……渚君は将来の夢とか、やりたい事とか何かあるの?」
「特に何も無いね」
「決められた行動だけするのだったら、機械と変わらないわ。何か目的があるから努力する。そうする事で、毎日の生活に張りが出ると思うの」
「綾波さんはいつの間におせっかいをするようになったのかな? シンジ君達の影響を受けたのかい?」
「私、余計な事をした?」
「……いや、嬉しいよ。でも綾波さんは必要以上に他人と干渉し合わないからさ、変化があったのかなと思って」
「変わらない大切なものもあると思うけど、変えていかないといけないものもあると思うの」
「そうだね、このままじゃあ僕はただ生きるだけの人間になってしまうよね」
「生と死が等価値だなんて、もう言わないで」
「うん、でも夢って言われても漠然として分からないな」
「別に、歌をまた歌ってみたいとか小さい事でもいいと思うの。夏休みにカラオケボックスで渚君、少し楽しそうにしてたから」
「僕はいつも笑顔を浮かべていると皮肉を言われるけどね」
「私には何となくわかったような気がした」

カヲルは部屋にたくさん置かれている楽器のうち、ギターを手に取った。

「バイオリンは音が上手く出なかったけど、ギターなら弾けそうな気がするんだ」
「私も初心者向けのギターの楽曲を持ってきたわ」

そう言ってレイはギターの教本のページを開く。

「『愛のロマンス』?」
「クラシックギターで一番有名な曲らしいわ」
「さっそく弾いてみようかな」
「まって、チューニングをしないと」

レイはそう言うと荷物からチューニングメーターを取り出した。

「これは何の道具だい?」
「ギターの音を正確に合わせる道具。初心者の人はこれで音を合わせるみたい」
「結構、値が張るんじゃないのかい? ……もしかして、これを買うためにバイトをしたいって言ったの?」

レイが無言でうなづいた。
カヲルは笑顔をレイに向ける。

「ありがとう」
「……ど、どういたしまして」

レイは少し顔を赤くしてそう言った。
その後、レイの持ってきたギターの教本を見ながら、二人三脚でカヲルはギターの練習を始めた。
指の形の練習が上手く行くと、少しだけ弾けたような気分になったようで、カヲルとレイに嬉しそうな笑みがこぼれた。
次は楽譜を見ながら全部の弦を鳴らす練習。
これはこなすのにかなり時間が掛かった。

「ちょっと、休憩したいな」

カヲルがそう言うと、レイは台所へと向かう。

「紅茶、いれてくる」
「綾波さんはお客さんだよ」
「でも、私がいれた方が美味しくいれられると思うから」

レイにそう言われて、カヲルはつかんでいたレイの腕を放す。
台所の戸棚を開けて、レイは真新しい紅茶の缶が置かれているのを見て少し動きを止めた。
以前、レイがカヲルの部屋に来た時は少し前から置かれていた紅茶の缶しかなかった。

「……買ったの?」
「綾波さんがまた来てくれるような予感がしたからだよ」
「そう」

レイはすっかり慣れた手つきで二人分の紅茶をいれる。
カヲルが美味しそうに紅茶をすする。
二人の間に特に会話は無かった。

「練習、再開しようか」
「楽しみになってきたわ」

カヲルはレイがほんの少しだけ、目を輝かせているように感じ取った。
ハルヒに比べておとなしいものだけれども。
カヲルはついに音階の練習に取り掛かった。
音階をマスターすれば、いろいろな曲を弾けるようになる。
カヲルも胸が踊っているのを隠す事が出来なかった。
再びまた時間が過ぎ去って行く。

「おや、もうこんな時間だね。終わりにしようか」

カヲルがそう言うと、レイは名残惜しそうに首を横に振った。

「お願い、もう少しだけ……」

レイにそう言われてカヲルはため息をついた。

「じゃあ、お腹が空いたから出前でもとろうか」
「そんな、渚君に悪い……」
「一人前だと持ってきてくれないって断られていたからね」

カヲルはラーメン、レイはニンニクラーメンを頼んだ。
しばらくしてラーメン屋の出前がカヲルの部屋にやって来て、届けた。

「肉はまだ食べられないのかい?」
「LCLのにおいが嫌だから……」
「エヴァに乗る事が無くなって良かったね」
「渚君はいつも一人で食事をしているの?」
「うん、一人だからいつもコンビニだね」
「料理はしないの?」
「自分しかいないから手を抜いてしまうんだろうね」
「そう、でもそれは良くないわ」

夕食が終わった後、カヲルは待ちに待ったと言う感じで『愛のロマンス』の練習を始めた。
練習を重ねるたびに、メロディはどんどんと繋がって行く。
レイも目を閉じてカヲルの演奏を聴いている。
しばらくして、カヲルの部屋のインターホンが激しく連打された。

「この怒ったような鳴らし方は……」
「アスカだと思う」

二人の予想通り、インターホンからは怒ったアスカの声が聞こえて来た。

「こらレイ! こんな夜遅くまで家に帰らないで男の子の家に居るなんて、ダメよ!」
「まだそんなには遅くはないわ」
「何言ってるの! もう11時近くになるわよ!」
「アスカ、近所迷惑になるから声を抑えて……」

どうやらシンジまでも心配してレイを迎えに来たようだった。

「これは帰った方が良さそうだね」
「そうね」

帰り道、ずっとアスカはレイに向かって怒っていた。

「何かに熱中するのはいいけど、限度ってものを知りなさい!」
「アスカってば、お姉さんみたいね」
「はは、アスカは結構おせっかいで面倒見が良いんだよ」

余計な事を言ったシンジはアスカににらまれた。



<第二新東京市立北高校 1年5組 教室前廊下>

その日から数日カヲルの部屋に通い詰めだったレイはついに寝不足になってしまった。
学校でも眠い目をこすって欠伸をしている。

「綾波さん、最近寝不足みたいだけど、どうしたの?」

すれ違ったヒカリがそう尋ねると、レイはしどろもどろに答える。

「渚君の部屋で……愛のロマンス……禁じられた遊びを……」

レイのつぶやきを聞いたヒカリは耳まで真っ赤になった。

「綾波さん、不潔よ~!」

ヒカリの叫び声は廊下中に響き渡り、生徒達の注目を浴びる事になった。

「洞木さん、廊下で何を騒いでいるの?」
「あ、葛城先生」

そこへ授業のために通りかかったミサトが声をかけた。

「実は……」

すっかり目を覚ましたレイから話を聞いたミサトは納得したようにうなずいた。

「洞木さん。愛のロマンスは禁じられた遊びって言うフランス映画のテーマ曲なのよ」
「渚君のクラシックギターの練習にいい曲だと思ったから」
「そうなんだ、騒いだりしてごめんなさい、綾波さん」
「レイ、いつの間にそんなに渚君と仲良くなったの?」
「わかりません、いつの間にか渚君の部屋に行くようになってました」
「通い妻はいいけど、お泊りはダメよ♪」

ミサトの言葉にヒカリは顔を赤くする。

「ちょっと、葛城先生!」
「さあ、そろそろ授業が始まるわよ、教室に入りなさい」

その日の放課後、何日もSSS団の部室に顔を出さなかったレイとカヲルはハルヒに今日こそはSSS団の部室に来るように命じられた。

「まったく、せっかくあんたの誕生日を盛り上げる会を企画したのに、主役のあんたが居ないんだから盛り上がりに欠けるわよ……」

ハルヒはそう言って並んで座らされたレイとカヲルの顔を見つめる。

「渚君にどうしても音楽の楽しさを教えてあげようと思って……渚君の誕生日に間に合うように頑張ろうと思ったから」

レイが力強い眼差しと口調でそう言うと、ハルヒは目を丸くしてレイをしばらく見つめた。

「わかった、レイがそこまで言うなら二人の別行動を認めるわ。部室で練習させるわけにもいかないし」
「ありがとう」
「心遣い感謝するよ涼宮さん」

レイとカヲルはハルヒに深くお辞儀をすると興奮した様子で部室を飛び出して行った。

「レイがあんなに楽しそうにしているなんて初めて見たわ」
「カヲル君もいつもより生き生きしていた」

アスカとシンジも不思議そうにレイとカヲルを見送った。

「二人とも、お茶を飲む前に行っちゃいましたね」
「一秒でも時間がおしいのでしょう」

ミクルもイツキも微笑ましく見守っている中、ハルヒは部屋の隅で本を読んでいるユキに声をかける。

「ユキ、急に一人になって寂しくない?」
「別に」

ハルヒはユキが本を読んでいる速度がいつもより遅いように感じた。
視線が少しブレているのか、思考にノイズが走っているのか。
ハルヒはため息をついてユキに絵画集の本を手渡した。

「この本はデータとなる活字媒体が存在しない」
「たまには絵だけの本を読むのもいいと思うけど」
「分析結果、赤色38%……」
「そういうデジタルな感想じゃ無くて、心で感じるのよ」

ハルヒはユキが絵画を分析し始めたのでため息をついた。
キョンはそんなハルヒの様子を少し驚いた後、感心した様子で見ていた。

「僕達のカヲル君へのプレゼントは何にしようか?」

シンジがそう言うとハルヒは少し考え込む仕草になった。

「とりあえず、二人が練習しているって言う『愛のロマンス』って曲が気になるわね。禁じられた遊びって映画のテーマ曲だっけ?」
「じゃあ俺が借りて来てやるよ。俺も興味あるしな」
「わざわざお店に行かなくても、アンタのグランマが教えてくれた”Nオークション”があるじゃない」

アスカ達は”N”が”Nerv”の略である事は知っていて、自分のIDも持って利用していた。

「どうせなら、曲だけじゃなくて、映画も見てみたいわね」

ハルヒの希望でSSS団の部室で映画観賞会が行われる事になった。

「あのお、涼宮さん。その……大人の人しか見れない、エッチな映画じゃないんですか?」

ミクルは『禁じられた遊び』と言う題名を聞いてから顔を赤くしていた。

「別に年齢指定はされてないみたいよ?」

アスカがダウンロード購入を完了すると、各自のノートパソコンに概要を表した画像が表示される。

「小さい女の子と男の子の恋物語なのかな」

表示された画像を見て、シンジはそう言った。
ハルヒは少し不機嫌な顔になった。

「恋愛感情なんて一種の病気よ」

ハルヒは渋々と言った感じで映画を観はじめたが、すぐにひきこまれるように夢中になって映画を見ていた。

「何とも、不思議な感じの映画でしたね」
「後味の悪い結末だな」

イツキとキョンのつぶやき以外、沈黙に包まれた室内。
みんな悲しい結末に気落ちしているようだった。
しかし、ハルヒだけは団長の椅子に座りながら怒りに体を震わせている。

「この映画の結末に納得がいかないと思わない人は部室から出なさい!」

そう言われたアスカとシンジ、ミクルとイツキ、ユキとキョンはそれぞれ顔を見合わせるが部屋から出て行こうとしない。

「じゃあみんなこの映画の結末に納得がいかないのね?」

ハルヒはその後しばらく映画批判をした後、団長の椅子の上に立ちあがって堂々と宣言をする。

「みんな、映画を作るわよ! この涼宮ハルヒ超監督について来なさい! 今度の文化祭の出し物は映画で決定!」
「ハルヒは勢いで決めるんだからな……そこは直して欲しいところだ」

キョンは頭を抱えて深くため息をついた。