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第十八話 エンド・デス・エイト
<キョンの家 リビングルーム>

夏のSSS団キャンプも終わり、平穏な夏休みの生活を送っているキョン。
ソファーに横たわり、テレビで中継されているサッカーの試合をボーっと見ている。
今年のJリーグは「箱根ホットスプリング」が活躍しているようで、キョン達の地元チーム「小諸キャッスルズ」は圧されていた。

「キョンくん、宿題やらなくていいの?」
「今日はやる気が起こらん」

妹にそう聞かれたキョンはきっぱりと答えた。

「もう、そんなこと言ってたらピンチになるんだよ」
「それよりも小諸キャッスルズのJ2落ちの方が気になるね」
「学校の先生に怒られても知らないよ」
「葛城先生か……」

キョンはそう言ってミサトの顔を思い浮かべた。
いつも陽気に明るいと言うのがキョンのミサトに対する印象だった。

「まあ、あの先生ならそんなひどい事にならないだろう」

キョンはそう呟くと、安心した顔でテレビのサッカーの試合を見続けた。
しばらくして、キョンの携帯の呼び出し音が鳴った。

「キョン、あんた暇? 今からいつもの喫茶店に集合ね! あっ、この前のキャンプの罰として、あんたのおごりだから十分にお金を用意して来なさい!」

そう言ってハルヒからの電話は切れた。

「おいおい、俺は集合場所にたどり着く競争に参加する権利も無いのかよ」

キョンはそう言ってため息をつくと、一秒も惜しむように玄関へと駆けだした。

「キョンくん、どうしたの?」

妹の呼びかけに答えず、キョンは全力で家を飛び出して行った。

「ハルヒは一番に俺の元に電話をかけて来ているはずだ。なぜだかそんな予感がする。それならば俺がシンジ達より早く集合場所に到着して見せる!」

キョンは精一杯のスピードで自転車をこいで喫茶店へと向かった。



<第二新東京市 喫茶店「夢」>

「……どうして、俺がまた最後なんだ?」

息を切らして喫茶店に入ったキョンは、シンジ達がすでに席についているのを見て驚いた。

「あ、アタシ達はたまたま街で買い物をしていたのよ!」
「ふん、惣流さんはシンジと二人でデートしていたんでしょう」
「ぼ、僕達は付き合っていないよ!」

シンジ達がネルフの任務でハルヒを監視している可能性に気がついたキョンだが、嫌味の一つでも言ってやりたくなった。

「私は誕生日プレゼントを選びに街に出ていた」
「誰のだ?」
「渚君の」
「それは、嬉しいね」

顔色一つ変えずにそう話すレイとカヲルにキョンはあきれてため息をもらした。

「まあ、渚の誕生日会は来月やるとして、今日の議題はこれよ!」

そう言ってハルヒはテーブルに活動予定表とタイトルの書かれた紙を置いた。

「各自、夏休みにすべき事を提案しなさい! 最低でも一個ずつ!」
「私、お祭りで盆踊りや金魚すくいがしたいです~」
「私は、渚君へのプレゼントを買うお金が欲しい」
「僕は、思いっきりリリンの歌を歌ってみたいね」
「スポーツなんてどうでしょう」

ハルヒに言われて、ミクルとレイとカヲルとイツキはやりたい事をすぐに言った。
ハルヒは嬉しそうに活動予定表に書きこんで行く。

「僕は新しく自転車を買ったから、サイクリングとか」
「アタシはそうね……ひまわり畑を見に行きたいわ」

シンジとアスカは少し考え込んだ後、そう答えた。
ハルヒは肝試しと書き込み、ユキは花火大会と答えた。

「長門が花火大会とわざわざ言うんだから、何か意味があるんだろうな……」

そう呟くキョンをハルヒがにらみつける。

「ほら、またキョンがビリじゃない、早く何か言いなさいよ!」
「俺は別にやりたいことなんて……」
「高校一年生の夏休みは一回しか来ないのよ! まったくもう、キョンは保留って事にしておくわ」

ハルヒはそう言って活動予定表をテーブルに置いた。

「それじゃあ、今日からさっそく始めるわよ!」
「盆踊りはどう考えても無理だろう」
「それは明日以降ね。誰か、調べてくれない?」
「じゃあ、僕が調べておきましょう」
「任せたわ、古泉君!」

喫茶店から出たSSS団のメンバー達は、シンジとアスカの言ったサイクリングとひまわり畑に行く計画を実行する事になった。

「じゃあ、サイクリングのメンバー分けを発表するわよ!」

ハルヒはシンジ・アスカ、キョン・ハルヒ、カヲル・レイ・ユキ、イツキ・ミクルと組みを分けた。

「ちょっと、アタシは自転車に乗って来てるし……」
「サイクリングじゃなくて自転車レースだよ」
「レイとユキは体重が軽そうだから、二人で一人分ね。負けたチームは罰ゲーム。じゃあ、ヨーイドン!」

ハルヒはアスカとシンジの抗議を無視して、キョンに自転車を発進させた。
カヲルとイツキもさっそうと自転車を走らせて立ちつくす二人に前を通り過ぎていく。

「シンジ、早く乗りなさい!」
「この自転車は荷台が狭いし、二人乗りは危ないよ」
「アンタがアタシの上に乗るの! エヴァの時と同じよ!」
「でも、体がくっつきすぎてるし……」
「まさか、いやらしい事を考えているんじゃないでしょうね!」
「そんなこと無いよ!」
「じゃあ、あの時と同じなんだから、気にすること無いじゃない」

シンジはそう言ってアスカを後ろに乗せて自転車を走らせ始めたが……ゆったりとした動きをした後、止まってしまった。

「ちょっとシンジ、何で止まるのよ!」
「アスカ、僕達はあの頃と同じじゃないよ」
「え?」
「成長しているって言うか……その……」

そう言ってシンジの顔が赤くなったのを見て、アスカも胸を押さえて顔を赤くした。

「わ、わかったわよ……でも別々の自転車に乗っていったらハルヒが怒るだろうし」

アスカは少しだけ体を離して自転車に乗った。
シンジとアスカの体は先ほどのように密着はしていない。
でも、二人はその感触を覚えているのかぎこちない感じだった。

「遅い、ずいぶん待ったわよ! 二人で何していたのよ!」

自転車でヒマワリ畑のある公園にシンジとアスカが圧倒的な最下位で到着した。

「罰として、募金箱にあたし達の分までお金を入れる事、いいわね!」

SSS団が訪れたヒマワリ畑は入園料は無料だったが、入口に募金箱が置かれている。

「一人100円ぐらいでいいのかな……」

シンジは財布から千円札を取り出して募金箱に入れた。
ヒマワリ畑に入ったSSS団のメンバーはその景色に歓声を上げた。

「バイオ技術を使わないでこんなにたくさんの数を育てられるなんて……」
「朝比奈さんが来た未来の世界はヒマワリは無いんですか?」
「たくさん作るなら人工的に作った物の造花の方が合理的ですから」

ミクルはヒマワリ畑に特別な驚きを感じているようだった。

「きれい……」
「力強い生命力を感じるね」

カヲルやレイも感慨深そうにヒマワリ畑を眺めている。
シンジはアスカがヒマワリ畑を眺める瞳に憂いがただよっている事に気がついた。

「ヒマワリ畑って、アスカとお母さんの楽しい思い出がある場所なんだね」
「……うん」
「たまには、お母さんの事を思い出して振り返ってもいいと思うよ」
「……ありがと」



<第二新東京市 百貨店>

「さあみんな、今夜の盆踊り大会に向けて浴衣を選ぶわよ!」

翌日、イツキが夜祭りの会場を見つけたと言う事で、SSS団のメンバーは浴衣を買いに行く事になった。
しかし、ここでもハルヒの強権が発動される事になる。

「アスカ、あんたには真っ赤な色より他の色が似合ってる! ユキももうちょっと落ち着いた方が良いわね」
「アタシ、赤が結構気に入っているんだけどな」

ハルヒは自分の浴衣だけでは飽き足らず、SSS団全員のファッションチェックまで始めてしまった。
そして強引に試着室へと連れて行く。

「シンジ、どうかな?」
「なんかいつもと違って、おしとやかな感じがするよ……」

髪を真っ直ぐに下ろして淡い草色の浴衣を着たアスカを見て、シンジはそう感想をもらした。

「それじゃあ、普段のアタシは乱暴者みたいじゃないの!」
「こら、アスカ! 和服を着た女の子はみんな大和撫子なのよ! もっと落ち着いた態度を取りなさい!」

ハルヒにそう言われてアスカは振り上げた手を引っ込める。

「男子達の浴衣もあたしが選んであげる! 男の浴衣姿はセクシーさが基本よ!」

結局ハルヒは2時間もかけてSSS団全員の浴衣をコーディネートしていった。
意外にも誰からも不満が出ず、各自その浴衣を購入した。



<第二新東京市 祭り会場>

神社の境内に提灯がぶら下げられ、幻想的な雰囲気が出ている。
たこ焼き屋やたい焼き屋、焼きそば屋などの夜店が並んでいた。

「しかし、都合良く祭り会場が近くに見つかったな」
「ふふ、父に頼んだら神社の境内を借りて突貫で祭りの準備に取り掛かってくれました」
「なんだ、この祭りはやらせかよ」

今回の祭りはイツキの父親の関係者がほとんどのようだった。

「ネルフが何らかの手をうつのかと思ったけど、意外ね」
「……碇司令は、ネルフの納涼夏祭りが忙しいらしいわ」
「ジオフロントに涼宮さんを連れていくわけにもいかないからね」
「後で碇司令が自分が盆踊りの太鼓を叩いている雄姿を撮影したVTRを送ってくるらしいわ」
「アタシは別に見たくない」
「僕も……」
「私は観る。命令だもの」

ゲンドウはシンジと一緒に夏祭りを過ごせない事を残念に思っているようだ。
でも、シンジも照れ臭いのか祭りに参加すると言う返事は出せないでいた。

「ミクルちゃん、やりたがっていた金魚すくいがあるわよ!」

ハルヒはミクルの腕をつかむと、嬉しそうに金魚すくいの夜店へ駆けて行った。

「大和撫子はどこへ行ったのよ……」

アスカはバタバタと走り去って行くハルヒを見てため息をつく。

「涼宮さんが普通の夜店に行くと、金魚を取りつくしてしまう可能性がありますからね。その点、今回は大丈夫です」
「あのなあ古泉。ハルヒは全部の金魚を持ちかえる事はしないと思うぞ? ゲームを楽しんだらリリースするはずだ」
「これは失敬。貴方のハルヒさんへの信頼はかなりの物ですね。僕よりよっぽど監視役に向いている」
「バカやろう、俺はハルヒを見張るつもりで一緒に居るんじゃない。お前、もしかして仕方無くハルヒの側に居るんじゃないだろうな。そうだったらすぐに俺達の前から消えてくれ」

キョンがそう言うと、辺りは水を打ったように静まり返った。

「……あれ、俺は今何かマズイ事を言ったか?」
「いえ、その逆です。僕と涼宮さんが出会うきっかけのなったのは確かにネルフから監視を命令されたからですが、今はそれが理由ではありません」
「アタシ、いつの間にかハルヒと一緒に居るのも楽しいんじゃないかって思うようになって来たけど、キョンに言われなかったらはっきりとネルフの任務と区別をつけなかったかもしれないわ」
「私達、もう涼宮さんと友達だから側に居るのね」
「そうだよ、きっと」

キョンは少しテンションが上がったSSS団のメンバーに照れくささを感じているようだった。

「じゃあ、アタシ達もハルヒの遊びに付き合ってあげるか!」
「アスカは涼宮さんとの勝負にこだわっているんじゃないの?」
「うるさい、とっととついて来なさい!」

アスカはそう言うとシンジの腕を引っ張って、ハルヒとミクルの元へ駆けて行った。

「さて、俺は食べ物の方が興味あるんだが……どうする?」

キョンがそう聞くと、ユキはお面を売っている店に歩いて行く。

「これ」
「あいよ、800円」

ユキが財布を取り出して代金を払おうとすると、レイがそれを押し止めた。

「私が払う」
「なぜ?」
「遅くなったけど、あなたへの誕生日プレゼント」
「でも私はアンドロイド。人間ではない」
「5月5日。あなたが起動した日がこれからのあなたの誕生日」
「了解した」

ユキは大切そうにお面を頭につける。
そのお面は世間には知られていないが、エヴァンゲリオン零号機の頭部をデフォルメしたデザインの物だった。

「ふうん、ハルヒはともかく朝比奈さんまですくえるんだから、金魚すくいって簡単なのかもね」

ハルヒとミクルが金魚すくいをしている店にやって来たアスカは、ハルヒとミクルがすでに何匹も金魚をすくっているのを見てそう呟いた。

「まあ、コツをつかめば簡単よ!」

ハルヒはそう言って金魚をまたすくった。

「よーし、アタシも!」

アスカはそう言って初めての金魚すくいに挑戦した。
そして、ハルヒは13匹、ミクル6匹、アスカが3匹すくったところで金魚すくいを終えた。

「初めてにしては飲み込みが早いじゃない」
「ハルヒに教えてもらった通り、コツをつかめば簡単ね」
「じゃあ、来年は本気で勝負ね!」
「望むところよ!」

シンジはそっとミクルに声をかける。

「朝比奈さんって、意外と金魚すくい上手いんですね……あっ、ごめん、こんなこと言っちゃって」
「私、バーチャルゲームの金魚すくいならやった事あるんですけど、実物は初めてでしたから」
「未来のゲームは凄いんですね」

その後、ハルヒ達四人は綿あめを食べ、射撃場へと向かう。

「目標をセンターに入れて、スイッチ……」

シンジの射撃は正確で狙った景品は全て撃ち落として行った。

「シンジ、あんた凄いじゃない!」
「はは、エヴァに乗ってた事がこんなことの役に立つなんてね」

ハルヒに誉められたシンジは苦笑してこっそりアスカにだけ聞こえる皮肉を言った。
祭ばやしの音が響き渡り、いよいよ盆踊りが始まった事が分かるとSSS団はハルヒを中心に集合し、踊りの輪の中に加わって行った。
もちろん、それまで盆踊りを踊った事は無かったので、他の人達のみよう見真似で踊っていた。
アスカもシンジも初めて過ごす祭りに楽しさを感じていたようだった。

「今日は楽しかったわね。んじゃ、明日は河川敷の花火大会に参加するから、また浴衣を来て集合する事!」

次の日のネルフ主催の花火大会は、リツコの考案したメッセージが表示できる花火などが大好評だった。
メッセージ花火を見た企業が宣伝に使いたいとか、恋人に対するプロポーズに使いたいなどの問い合わせがリツコの居る技術部に殺到したようだった。
来年の花火シーズンは、多額の売り上げが見込めるとゲンドウとリツコは嬉しそうだったと言う。

「来年は3D花火を作るって言ってるらしいわよ」
「リツコさんも楽しんでいるみたいだね」

さらにその翌日はハルヒ提案の肝試し大会が行われた。
肝試しはそれなりの雰囲気が味わえる場所で行うものと言うハルヒの提案で、先日のカイダン事件があった南高旧校舎に不法侵入して行う事になった。

「本物の幽霊が居た場所で肝試しなんて、涼宮さんも面白い事を考えますね」
「でも、死んでしまうはずの女子生徒は涼宮さんとアスカが助けたんだからもう居ないはずだよね」
「まさか、ハルヒはまだ幽霊が残っているかもしれないとか思ってるんじゃないでしょうね。ユキ、アンタの能力で幽霊が居るかどうかわからないの?」
「私が完全に認識できるのはデジタル化されたデータだけ。魂のデジタル化はできない。よって完全に肯定も否定もできない」
「じゃあ、居るかもしれないって探知できる程度なんですかぁ?」
「ユキ、じゃあ聞くけど、今日の肝試しには幽霊は居るの、居ないの!?」
「居ないと思う」
「『思う』じゃ困るのよ、完全に否定してくれないと!」
「おや、惣流さんは僕達使徒に恐怖は感じなかったのに、幽霊は怖いんだね」
「怖いんじゃないの、白黒つかない存在がアタシは嫌いなのよ」

イツキ、シンジ、アスカ、ミクル、ユキの会話が終わる頃にはスタート地点となる階段の前まで来ていた。

「それじゃあ、階段を降りて地下のトイレに行って登ってくる。それが肝試しのコースよ!」
「ちぇっ、アタシが一番か……」

くじ引きで一番になったアスカは階段を降りて行く。
しばらくして、アスカの鋭い悲鳴が上がる。

「アスカ!」

シンジが駆けだし、みんながそれに続く。
アスカが悲鳴を上げた地点にたどりつくと、そこには白いシーツを頭からかぶって困った顔をしているミサトの姿があった。
ミサトは気絶したアスカを抱きかかえている。

「何やっているんですかミサトさん、こんな所で」
「何って、おばけの役よ。ハルヒちゃんに頼まれたんだけど……ちょっと驚かせただけでアスカが悲鳴上げちゃって」
「涼宮さん、アスカを怖がらせるのは止めてくれませんか!」
「わかったわかった、来年はシンジとペアで回らせるから。そうすればアスカが気絶しても問題無しでしょう?」

怒ってにらみつけたシンジに対して、ハルヒは笑顔でそう言った。

「ちょっと、そういうことじゃ……!」
「あーあ、肝試しのネタばれしちゃったし、しらけちゃったわね。今日は解散! 明日はカラオケ大会だから」

次の日、予定通りカラオケボックスでSSS団はカラオケを思いっきり楽しみ……。
その次の日はファミリーレストランで夏休みキャンペーンのアルバイトをすることになった。

「ねえレイ、なんでバイトが必要なのよ? アタシ達ネルフの任務で給料をもらっているでしょ?」
「渚君へのプレゼントは自分の力で稼いだお金で買いたかったから」
「そうだね、毎日の給料から何となく出すより、そっちの方が嬉しい気がするよ」

シンジの言葉にアスカは考え込んだような表情になった。

「何で、アタシが皿洗いに回されるのよ!」

バイト初日早々、ウェイトレスから皿洗いに回されたアスカはプリプリ怒っていた。

「それはアスカが怒った顔で接客しようとするから」
「あなたは営業スマイルと言うものが出来ない」
「アンタ達だってお面のように無表情じゃないの!」
「だから私達はここに居る」

アスカとレイとユキは機械的に皿を洗って行く。

「まったくハルヒのやつ、猫を被るのが上手いんだから」

アスカはホールでカヲルとイツキと一緒にウェイトレスをしているハルヒをにらみつけた。

「仕方ないと思うわ。エヴァのパイロットして笑顔で居る事は許されなかった期間が長かったから。まだ、私も笑顔に慣れていない」
「そうね、あの頃は楽しい時間はほとんどなかったわね」
「これからは多分、楽しい事、たくさんあると思う」

一日のバイトを終え、外で猿の着ぐるみを着てヘトヘトになったシンジとキョンが従業員室に戻って来た。

「夏の野外での着ぐるみのバイトはきついぜ」
「使徒のビームに撃たれた時みたいに辛かったよ」
「まったく、シンジったらオーバーね」

キョンとシンジとアスカが話していると、ドアを開けて笑顔のハルヒが現れた。

「みんな、今日はお疲れ様! 明日もこの調子で頑張りましょう!」

それから一週間、ファミリーレストランのアルバイトは順調に続いた。
そしてアルバイトの最終日、従業員室でSSS団のメンバー達が受け取った給料の確認をしていると、とびきりの笑顔のハルヒが飛び込んで来た。

「とびっきりのグッドニュースよ! なんと、追加ボーナスで『のんびりモンキー』の着ぐるみをゲットしたわ!」
「猿の着ぐるみまで、バニーガールと同列のコスチュームに加える気か……」
「アスカ、もっと喜びなさいよ、あんたの好きな猿の着ぐるみよ?」
「何でアタシが大喜びしなくちゃいけないのよ?」
「だって、部屋に猿のぬいぐるみを置いてるんでしょう?」

ハルヒにそう言われたアスカは怒った顔になってシンジをにらみつけた。

「シンジ、まさかアタシのベッドに置いてあるぬいぐるみの事を話したんじゃないでしょうね!」
「そ、そんな僕はアスカが毎晩ぬいぐるみを抱いて寝ていることなんて誰にも話して無いよ!」
「あたしはミサトさんの家で夕御飯をごちそうになった時に、ドアが少し開いていたアスカの部屋を見ただけよ」

ハルヒはにやけた感じでアスカの方を見つめた。
みんなの視線もアスカとシンジの二人に集中し、二人は顔を赤くしたまま何も言えなくなった。

「夏休みも明日で終わりだね」
「シンジ、アンタ今年こそ宿題を真面目に終わらせないとミサトに怒られるわよ」
「うん、少し前に何とか終わらせたよ、もう言い訳は聞いてもらえないからね」
「まったく、ミサトは変な所で厳しいんだから」
「僕もエヴァの訓練が忙しいから宿題ができないって言ったら思いっきり叩かれたよ」

バイトからの帰り道。
カヲルとアスカとシンジの会話を偶然聞いてしまったキョンは背筋に冷汗が流れるのを感じた。

「まあ、夏休みはあと一週間ほど残っているから、死ぬ気でやれば何とか片付けられるだろう」

キョンはそう言って何とか自分を落ち着かせたが……予想外のイベントが起こってしまった。
8月28日はミクルの誕生日だと言う事で、ハルヒ恒例の『誕生日を盛り上げる会』の開催が急に決定してしまったのだ。
キョン達SSS団員達はミクルの誕生日会の準備に追われ、キョンが宿題をする時間は全く取れなかった。
28日は夜遅くまで大騒ぎをして、キョンは実質残り3日となってしまった夏休みにカレンダーを見てため息をついた。



<キョンの家 キョンの部屋>

キョンの目の前にミサトが立っている。
しかし、そのミサトはキョンがいつも知っているスーツを着た陽気な笑みを浮かべているミサトでは無かった。
自衛隊の迷彩服を着て、厳しい表情を浮かべているミサトだった。
手には革製のムチを握りしめている。

「キョン君、夏休みの宿題をやっていないってどういうことかしら?」
「いえ、やろうとしたんですが時間が足りなくて」
「まったくの白紙なのはどういうこと?」

口調がさらにきつくなったミサトにキョンは震えあがった。
ミサトがムチを振りおろし、地面を打つとその音が辺りに響き渡る。
ビシッ!

「悪い生徒にはお仕置きが必要ね……!」

ミサトはそう言うと、ムチを振り上げてキョンに向かって降りおろした!

「うわっ!」

キョンが大声を上げて目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。

「畜生、なんて夢を見るんだ……」

キョンは部屋の片隅に置かれている手つかずの宿題の山を見てため息をついた。

「これは夏休みに宿題をやる暇が無いほど楽しい事ばかりするハルヒのせいだ……あいつに責任を取らせてやる!」

キョンはそう言うと携帯電話でハルヒを呼びだした。

「キョン? こんな朝早くから電話なんて珍しいわね、何かあったの?」

ハルヒの心配する様な声にキョンの怒気はすっかり治まり、キョンは電話口のハルヒに向かってねだるような声を出した。

「まだ夏休みの宿題が終わっていないんだ、手伝ってくれハルヒ!」

SSS団の夏休み最後の活動は、3日間で力を合わせてキョンの宿題を終わらせると言う課題になった。
ミサトの宿題は英語の本の読書感想文と言う事で、意外に骨が折れた。

「キョン君、すっかり宿題ができているじゃない、先生嬉しいわ♪」

始業式の翌日の最初の英語の授業でミサトに笑顔でそう言われたキョンは心の底からハルヒ達に感謝した。
その日の放課後の喫茶店のおごりはキョンが立候補した。

「今回は特別よ、冬休みの宿題は自分でやんのよ! こんなこと何回もしてたらあんたのためにならないからね!」
「わかった、心しておこうハルヒ……」
「前もって宿題を片付けておけばこんなことにはならないのよ。決めた、これから長期の休みは最初にSSS団全員で宿題を片付ける事にするからね!」

とりあえず、中学までのように宿題をすっとぼけるようにいかなくなったキョンだった。