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第十二話 サムデイ・オブ・レイ
<部活棟 文芸部(SSS団)部室>

雨音だけが静かに響く放課後の部室。
今日は珍しい事にいつも部室を賑やかにしているハルヒとアスカと愉快な仲間達の一団の姿は無く、静かに本を読んでいるレイとユキの姿しかなかった。
そのレイとユキの二人も、分厚い本を熱心に読んでいて、言葉を交わす事は無い。

「ラスコーリニコフのエゴイズムについてあなたはどう思う……」

本を読み終えては冒頭に戻って読み返す、と言った動作を繰り返していたレイが、正面に居るはずのユキに声をかけたが、姿が消えている事に気がつくと、言葉を止めた。
レイが視線を部室の中にずらすと、ユキのカバンと傘が無くなっている事に気がついた。

「先に帰ったのね……」

いつもレイに声をかけて一緒に帰宅するユキのパターンとは異なる行動にレイは疑問を感じたが、気にしないことにして帰り支度を始める事にした。

「あれ、君が一人でいるなんて珍しいね」

部室に姿を現したのはカヲルだった。
キョトンとした顔でレイの顔を見つめている。

「……そう」

いつものように淡々と話すレイに、カヲルは肩をすくめ、部室の中を探しだした。
レイは帰り支度を終えていたが、部室の中で物色をしているカヲルの背中を眺め続けている。
カヲルは部室の中を探したが、目的の物が見つからなかったらしく、残念そうな顔で溜息をもらした。

「……何を探しているの」

背後から声をかけられて、カヲルは少し驚いた様子で振り向いた。
そしてすぐにいつものアルカニックスマイルに切り替えて溜息をつく。

「この部室なら、傘の一本ぐらい置いてあるかと思ったんだけどね。ほら、涼宮さんは色々なものを集めるのが好きじゃないか」

SSS団の部室にはカセットコンロからお茶組み道具一式、寝袋、スナック菓子の山など生活用品であふれている。
この部屋が元文芸部の部室だったと感じさせるものはレイとユキのプライベート用の本棚だけ。

「この部屋に置かれていた傘は、涼宮さんが先ほど全て持って行った。科学的飛行実験をするって」
「なんだ、そうだったのかい? でも、よく君はここに残れたね」
「私とユキは、理論的データばかりを提示して反論するから腹が立つ、だそうよ」

レイの言葉を聞くと、カヲルは笑みをこぼす。

「確かに、君と長門さんは実験となればイエスかノーの二択しかないからね」

カヲルはそう言って部室の窓から外を眺めた。
雨脚はますます強まり、やむ気配はない。

「仕方ない、傘は諦めるとしようか……。じゃあ綾波さん、また明日」

そう言って立ち去ろうとしたカヲルの腕をレイがグイッと引っ張り引き止めた。
気がついて振り返ったカヲルの手に、レイは自分の青い傘を握らせた。

「僕は走って帰るから、構わないさ」
「それはだめ、濡れたら風邪を引いてしまうわ」

カヲルはレイに傘をつき返そうとするが、レイの方もカヲルに傘を渡そうと力を込める。

「君が使いなよ」
「あなたが使って」

そんな押し問答がしばらく続いた。

「僕が君の傘を使ったら、君は濡れて帰る事になるじゃないか」
「大丈夫、私にはATフィールドがあるもの」

レイがそう答えると、カヲルは困った顔で苦笑する。

「ネルフのみんなに注意されてないのかい? ATフィールドの力を人前で使ってはいけないって」
「人の目に見えないぐらいの薄さでATフィールドを張るから問題ないわ」
「でもさ、ATフィールドを張ると君は疲れるんじゃない? 僕も元使徒だからさ、分かるんだよ」
「確かに、お腹が空くわね」

レイの返事を聞いたカヲルは提案をする。

「じゃあ一本の傘に二人で入って帰れば濡れないね。僕の家まで一緒に付き合ってくれるかい?」
「ええ、構わないわ」

レイは平然とカヲルの提案に賛成した。
二人はごく自然に連れ立って昇降口に向かい、傘をさして肩を寄せ合いながら歩き出した。

「もうちょっと、近寄らないと君の肩が濡れてしまうよ」
「……そうね」

レイはカヲルの言葉に頷いて、半分カヲルに肩を抱かれるような姿勢になる。
その二人の姿を物陰から観察する一つの人影。
それは先に帰宅したと思われたユキだった。

「目標を達成するための環境情報操作には成功。しかし、対象となる二人の心拍数の上昇などの兆候は見られず。トリガーを発生させて変化をみる」

ユキの眼鏡が鈍い光を放っていた……。

「鈴原、そんなに離れていると肩が濡れちゃうわよ」
「そないなこと言ってもな……」

ゆっくりと歩くカヲルとレイの背後から、聞き覚えのある二人の声が聞こえて来た。
カヲルとレイは足を止めてゆっくりと振り返った。

「……やあ鈴原君、君も洞木さんと一緒に帰るのかい?」

カヲルが声をかけると、トウジとヒカリは驚いた様子で身構えた。

「な、渚かいな!」
「渚君!?」
「おや、何を驚いているんだい?」

トウジとヒカリの二人はワタワタと慌てた様子で汗をかきながら顔を真っ赤にして言い訳を始める。

「ワイはわざと傘を忘れたわけやないで?」
「そ、そうね! 天気予報では降水確率が40%だから、たまたま心配性な私が傘を持ってきていただけなのよ!」

必死に言い訳する二人の様子をカヲルとレイは顔色を変えずに不思議そうに見つめている。

「そんなの、僕も同じだよ」
「……そうね」

平然と答えるカヲルとレイの姿を見てトウジとヒカリはあきれ返ってしまう。

「渚君、綾波さん……相合傘って知らないの?」
「単語の意味は知っているわ。男女二人が一本の傘に入ると言う事」

顔を真っ赤にしながらやっと絞り出したヒカリの言葉に、レイは淡々と答えた。

「それにしても、鈴原君。どうして君は洞木さんからそんなに体を離しているんだい?」

そう言ってカヲルはレイの肩をぐっと抱き寄せる。

「このぐらいくっ付いていないと、どちらかの肩が濡れてしまうよ?」
「~~っ!!」

その姿を見つめたヒカリは、顔を沸騰させたように赤くしてその場から走り去ってしまった。

「お、おいヒカリ~~!」

トウジも慌ててヒカリの後ろ姿を追いかけて行った。
二人の姿を見送ったカヲルとレイはゆっくりと歩き出す。

「僕達、一般に言われる相合傘と言うものをしているみたいだけど……」
「私は何も感じない」
「僕もそうかな」

物陰から二人の様子を見ていたユキは相変わらずの無表情でポツリと呟く。

「……今回の作戦は失敗。次のフェイズに移行する」



<第二新東京市立北高校 裏山>

「……雨が降って来たじゃない! いい加減にこんなくだらない実験、やめなさいよ!」

怒った様子のアスカの怒鳴り声に、ハルヒは顔をしかめる。

「仕方ないわね……んで、どうなの? 体が軽くなった感じがした?」

ハルヒは腰に手を当てて、2メートルほどの崖の下で疲れた様子でグッタリ座り込んでいるキョンとシンジに声をかけた。
二人の手には骨が逆方向になって折れ曲がってしまったビニール傘が握られている。

「……別に何とも感じないぞ」

そっけなく答えるキョンに、ハルヒは元から興味が無いようだ。
グイッとハルヒは顔をシンジに近づけて問い詰める。

「あんたは、どう思ったの? やっぱり、ほんのちょっとは体が浮く感じがしたわよね?」
「う、うーん……そう言われてみれば……」

自信なさげに答えたシンジに今度はアスカが噛みつく。

「シンジ、バカハルヒに脅されたからって嘘付かないで本当の事を言いなさい。傘で体が浮くなんてあるはずないでしょう?」
「そうだね、気のせいだったかも……」

その言葉に今度はハルヒの方が怒り出す。

「あーっ、何言っているのよアスカ! こんな低い崖で、しかも強度の低いビニール傘を使っているんだから当然でしょ! わずかな可能性を検証するための大事な実験なのよ」
「……するとハルヒ、もしかして巨大なこうもり傘でも作って空を飛ぶつもりだったのか?」
「当然じゃない!」

ハルヒは腕を組んで自信満々に頷いた。

「確かに、ハングライダーみたいな物にすれば空を飛べるかもしれないけど……」
「でしょう!? あんたもそう思うでしょう」

シンジの言葉にハルヒは嬉しそうに笑顔を輝かせた。
アスカは急いでシンジの側に駆け寄って耳打ちをする。

「このバカシンジ、ハルヒが本当にこうもり傘で空を飛んだらどうするのよ!?」
「ごめん、僕もタケコプターみたいに空を自由に飛んでみたいなって……」
「はあ!? アンタって意外に夢見がちな性格なのね……」

アスカとシンジが話している間に雨脚はますます強くなってきた。

「濡れないうちにさっさと帰ろうぜ」

キョンの提案で、四人は使える傘が無いか急いで探し始めた。
大量にあったビニール傘も実験のせいで骨が折れ曲ったり、ビニールの部分から剥がれたりしてほとんど使い物にならなくなっていた。
やっと見つけたまともに使えそうな傘は二本のみ。

「これじゃあ、一本の傘に二人が入って帰るしかないわね」

ハルヒの言葉にアスカとシンジは目を合わせてごくりと唾を飲み込んだ。



<第二新東京市立北高校 通学路>

カヲルとレイは周囲の目を気にせず、平然と雨が降り続ける下り坂を歩いている。
そんな二人の後ろから、うなり声を上げるルノーがスピードを上げて横を追い抜いて行く。
水たまりに勢い良くタイヤを跳び込ませたその車は、カヲルとレイに大量の泥水を浴びせて走り去って行った。

「荒っぽいね、葛城先生の運転は」
「……あまりに突然で、ATフィールドを張る暇も無かったわ」

泥だらけになったカヲルとレイは珍しく不快さを表に出した顔でミサトの運転する車の去って行った方向を見つめた。
しかし、このミサトにも言い分はあった。

「な、なんでいきなりスピードが上がったのよ……」

いきなり急加速してブレーキが利かなくなったのに事故を起こさなかったのは、ミサトの優秀なドライブテクニックだったからこそかもしれない。
ミサトは車を点検に出したり、製造元に問い合わせたり、最後にはリツコに調べてもらったが、結局原因は不明だった。
それでも不気味さを払拭できないミサトは、次の新たな愛車はフェラーリに変えるのだった。

「僕の家はもうすぐだから、そこで泥を落とそう」
「……そうね」

泥だらけになった二人は急ぎ足でカヲルが暮らしていると言うアパートに向かう。
祖父からの仕送りで暮らしていると言う設定になっているらしいカヲルだったが、住まいは1DKと言う平均的な部屋だった。

「浴室がある部屋で良かったよ。……僕はまだ自分の祖父と言う人に会ったことが無いけど、仕送りをしてくれるんだから感謝しないといけないね」
「……いつ頃から記憶が無いの」
「わからない。シンジ君に握りつぶされた事は覚えているんだけど、気がついたら僕は北高の制服を着て、シンジ君の誕生日パーティの会場に立っていたからね」
「……そう」

カヲルはなるべく部屋を汚さないように腰を下ろすと、レイに向かって声をかける。

「先にシャワーを浴びて泥を落としてきなよ。こういうのは女性が先だというのがリリンの習慣だと聞いているよ」
「わかったわ……」

レイはそう言って浴室への扉を開けて姿を消した。

「ふう……」

カヲルが溜息をもらして座ると、すぐにレイがドアを開けて顔を出す。

「私の着替えを覗いたら、命は無いから」

レイの言葉にカヲルは少し驚いた様子になる。

「……君がそんな事を言うなんて驚いたよ」
「アスカが碇君に言っていた事を真似しただけ。……でも、アスカは碇君が全く覗こうとしないって不機嫌になってた」
「そうなのかい、リリンの女性心理は複雑だね」

レイはそう言ってまたドアを閉め、レイが服を脱ぐ布擦れの音が部屋に響く。
カヲルは全く興味が無いと言った様子で、微動だにせずに部屋の一角に座り込んでいる。
しばらくしてレイがシャワーを浴びる水音が聞こえてきても、カヲルは動かなかった。

「……おまたせ」

シャワーを浴びたレイは下着姿でカヲルの前に姿を現した。
カヲルは慌てた様子も無く、いつもの穏やかなアルカイックスマイルでレイに話しかける。

「それじゃあ、寒くない? タンスに僕のシャツとかがあるからそれを着ているといいよ」

カヲルの言葉にレイは頷いて、タンスの中からシャツを取り出して着て見せた。
レイには少しだけサイズが大きいみたいだった。

「じゃあ、僕も泥を落としてくるよ」

カヲルがそう言って立ち去ると、レイはカヲルのベッドに腰掛けて興味深そうに部屋を見回した。
広くは無い部屋に置いてあるCDラックにはクラシックに限らず、邦楽・洋楽まで幅広い種類の物が存在していた。
壁にはクラシックでお馴染みのバイオリンの他にエレキギターなども立て掛けられている。

「渚君は音楽が好きなのね……」

レイはそう呟いて立ち上がるとキッチンに向かい、やかんでお湯を沸かし始めた。
お湯が湧いた頃にカヲルが浴室から出た様子でキッチンに顔を出す。

「おや、紅茶を入れてくれるのかい?」
「うん……碇君に教えてもらった。おいしい紅茶の淹れ方。……アスカに言われて一生懸命勉強したそうよ」

レイは紅茶の葉を取り出すと、適量をスプーンに盛り、手慣れた感じでポットから紅茶を淹れていった。

「綺麗な色だね……シンジ君はいつもこんな紅茶を惣流さんに入れてあげているのか。愛のなせる技だね……」
「少し、苦かった……やっぱり、私はまだ碇君のように上手くいかないわ」
「でも、温かいよ」

お互い温かい紅茶を飲んで人心地がついたところで、レイはカヲルに質問を始める。

「……渚君は音楽が好きなの?」
「なぜ、そう思うんだい?」
「だって……こんなにたくさんの音楽のCDや楽器があるから」

レイがそう言うと、カヲルは困ったような顔で答える。

「……実は、あまり聞いていないんだよ」
「でも渚君は、歌は素晴らしいとか、言ってなかった?」
「僕がタブリスだった頃は、ネルフのドイツ支部で聞いたあの曲だけが心の支えのように感じたんだ」

そう言うと、カヲルは第九の鼻歌を口ずさみ始めた。
レイはしばらく黙って聞いていたが、ポツリと口を開く。

「聴かないのはもったいないと思うわ」
「……そうかな?」

カヲルは鼻歌を止めてレイに返事をした。

「私もアスカや碇君に本ばかり読んでいないで音楽を聴けってよく言われる。感情を持つには音楽が良いって。でも、どんな曲を聞けばいいのかわからないの」
「じゃあ、これから僕と一緒に色々と聞いてみようか?」

レイがコクリと頷くと、カヲルは音楽CDの山からランダムに一枚引き出してCDプレイヤーに掛けた。
アルバムを一曲聴き終えると、カヲルはまた次のCDをセットしてベッドに腰掛けるレイの隣に座る。
そして、二人は目をつむって部屋の中を満たす音に耳を傾ける……。

「不思議な感じがするわ。音楽をずっと聞いていると、私の中の奥深いところに閉じ込められていた感覚が、あふれてくる気がするの、とめどもなく……」
「なんでだろうね。体の奥底からポカポカと暖かくなれる気がしてくるよ……」

その後も二人は様々なジャンルの音楽に聞き入った。
明るい曲、楽しい曲、元気の出る曲、悲しい曲、切ない曲……。
たくさんの音楽に二人が聞き入っていると、レイの携帯電話が鳴った。

「もしもし……」

レイが電話に出ると、アスカの怒鳴り声がカヲルにまで聞こえた。

『ちょっとレイ、こんなに夜遅くまでどこに居るのよ!?』

アスカとシンジはミサト名義の部屋で以前と同じように同居生活を送っていて、レイはその隣の部屋で一人で暮らしている。
いつまでも帰って来ないレイを心配してアスカが電話をかけて来たのだろう。

「渚君の家で雨宿り」
『ちょっとレイ、それは凄い問題のある行動なのよ? 分かってる?』
「どうして?」

アスカとレイが話し込んでいる間に、カヲルが洗濯機の側に干しておいたレイの制服を持ってきて溜息をつく。

「どうやらまだ君の制服は乾いていないみたいだ。惣流さんに頼んで君の服を持ってきてもらうといいと思うよ」

カヲルの言葉を聞いたレイがアスカにその旨を頼むと、アスカは迎えに行くからレイにカヲルの部屋で待っているように伝えた。



<アパート 葛城家>

「さーあ、食うぞー♪」
「……なんか、前にもこんなことが無かったか?」

少し時はさかのぼって葛城家のダイニングキッチンには四人で夕食を食べるハルヒとキョン、アスカとシンジの姿があった。

「すまんな、ハルヒのわがままで夕食までご馳走になって」

キョンがそう言って謝った。
学校の裏山からの帰宅時にまさに相合傘が二組出来そうな場面だったが、それはならなかった。
ハルヒとアスカ、キョンとシンジという組み合わせで、いったんアスカとシンジの暮らすアパートに寄る事になったからだ。
アスカとシンジはちょっと残念なような、ホッとしたような溜息をついた。
ハルヒがシンジの部屋に入ると、株式会社ネルフ堂が発売した『新世紀エヴァンゲリオン・カードダスバトルゲーム』の箱を発見してしまった。
それはゲンドウが企画した、エヴァンゲリオンが使徒を倒すと言うフィクションに基づいたカードゲームと言う事になっている。
ハルヒの突然の団長命令により、カードゲーム大会が始まる事になってしまった。
そして時間は過ぎていき、夕食時を迎える事になってしまった。

「食事は賑やかな方が楽しいのよ!」

ハルヒがそう宣言すると、アスカとシンジは困った笑いを浮かべた。
しかし、心の底から困っている様子ではなく、少し照れが入っているようだ。

「ま、アタシも気心の知れたみんなと一緒に食事をすれば美味しく感じるのは認めるわ」

アスカはそう言って、暗い過去を思い出している様子だった。
シンジも、アスカはネルフドイツ支部で寂しい食事をしていた事を知っている。
ネルフのスタッフと食事をする事はあっても、それは大人と子供の、コーチとパイロットの関係。
とても団らんとは言い難いものだった。
シンジもミサトと出会うまでは叔父家族の団らんに混じる事ができず、悲しい思いをしていた。
だから、二人とも食事の楽しさを教えてくれたミサトには感謝している。

「アスカの料理もなかなか上手く出来たじゃない」
「ふふん、アタシはハルヒと違って食べる専門じゃないのよ」
「へえー、結構シンジに手伝ってもらってたじゃない。お揃いのエプロンなんかして、まるで新婚夫婦ね」

ハルヒに指摘されると、アスカとシンジは顔を赤らめる。

「こ、これはミサトさんが勝手に……」
「そ、そうよ、エプロンを無駄にしちゃいけないと思ってさ」

すっかりからかいモードに突入したハルヒを止めようとしたのか、キョンが話題を振る。

「そういえば、ハルヒは何でも器用にできそうだが、意外と料理は苦手なのか?」
「バカね、あたしは日本料理からエスニック料理、中華料理とかいろいろ食べたかったから作れるわよ」

ハルヒの言葉に三人とも信じられないと言った顔になった。

「じゃあ、なんでハルヒは部活動でシンジばかりにお弁当を作らせているのよ?」

アスカの質問にハルヒはそれは当然と言った様子で頷き返す。

「だって、団長のあたしが全部やったら、団員の仕事が無くなっちゃうじゃない!」
「おい、それって面倒くさがっているだけじゃないのか?」

キョンが素早く突っ込みを入れると、ハルヒは面白くないと言った顔で呟く。

「ええ、料理なんかたまにしか作らないんだから、面倒くさいわよ。せっかく作ってもさ、あたし一人だけの食事なんだもん。手を抜きたくもなるわよ」

ハルヒの独白にキョンはしまったという顔になりすぐに謝る。

「すまん、ハルヒのお袋さんは保険外交員で帰りが遅かったんだな」
「……別に、キョンが気にすることじゃないわよ」

ハルヒの気が沈むと同時に、葛城家の食卓にも暗い空気が流れた。

「……ごちそうさま、あたし達そろそろ帰る」

元気を無くした様子でそう言うハルヒをアスカとシンジは悲し気な表情で見送った。
ドアが閉まり、アスカとシンジは顔を見合わせて溜息をつく。
そんな二人の耳に、外で交わされる二人の会話が入ってくる。

「なあハルヒ、お袋さんの帰りが遅い時は俺の家で飯を食わないか? 妹も居るしさ。あいつもハルヒに会ってみたいってうるさいんだよ」
「……何よそれ、妹さんが居るなら二人で楽しく食事ができるじゃない?」
「俺は妹と二人ぼっちで食事するのが寂しいんだよ! ハルヒみたいに賑やかなやつがいれば楽しく食事ができると思うんだ」
「キョン、あんた相当の寂しがり屋ね。二人じゃ無くて三人じゃないと満足できないんだ」
「ああ、俺はものすごい寂しがり屋だ」
「それは、団長として放っておけないわね」

キョンとハルヒの会話を聞いて、アスカとシンジは笑いだした。

「僕達が声をかける必要はなかったみたいだね」
「そうね、返って邪魔になるし野暮ってもんよ」

シンジとアスカは話を終えると、夕食の片づけを始めた。
そして、それが終わってもアスカは隣の部屋のレイが帰宅していない事に気がつく。

「レイ、まだ帰ってないなんて、どこで寄り道しているのかしら……」
「電話してみたら?」

シンジにそう提案されたアスカはレイに電話をかけた……。



<部活棟 文芸部(SSS団)部室>

次の日のSSS団の部室。
その日の朝は珍しく、レイとユキ、カヲルの三人だけが部室に居ると言う状況だった。
レイのクラスの一時限目の授業は体育。
レイは制服から体育着に着替える必要があった。
体育着の入った袋を取り出したレイは、部室に居たカヲルに声をかける。

「私、着替えるから、渚君は外に出て」

レイの言葉にカヲルは少し驚いた様子になった。

「綾波さん、僕は向こうを向いているから、いつものように気にせずに着替えたらどうかな?」
「何だか、渚君に見られるかもしれないと思うと、恥ずかしいと感じるようになったの……」
「へえ?」

カヲルはそう呟いて部室を出て行こうとすると、椅子に座っているユキが本から目を離してレイとカヲルの様子を見ている事に気がついた。
ユキの顔全体の表情はいつものように無表情だったが、カヲルはその瞳がわずかに踊っているかのように見えた。

「長門さんか……その無表情の下にも感情が隠れているのかもしれないね……」

カヲルはそう呟くと、昨日レイと一緒に聞いたアニメのオープニングソングの鼻歌を歌いながら部室を出て行った……。