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第十話 赤と白のカーネーション
<ネルフ本部 発令所>

発令所の正面ディスプレイには、先日フラリとシンジたちの前に姿を現した、渚カヲルの検査結果が映し出されている。
発令所にはリツコたちの他に、ミサト、シンジ、アスカ、レイも検査の結果を見ようと駆けつけていた。

『もう三日も検査なんて、いい加減に疲れたよ』

少しウンザリとした様子のカヲルのぼやき声がスピーカーから漏れ聞こえてきた。

「ごめんなさい、今日で終わりだから」

リツコがそんなカヲルの不満をなだめようとマイクに向かって話しかけた。

『で、検査の結果はどうでした?』
「DNA検査はもちろん、そのほかの検査の結果でもあなたは完全なヒトとして認められたわ」
『ネルフの技術力を持ってすれば、そんなことはもっと早くできそうなのにね?もしかして、僕の魂の方を疑っていたのかい?アダムだと』
「そうね。でもここ数日の調査で、あなたを一人の人間として認めなくてはいけない事実が浮上したの」

リツコの含みを持たせたような言い方に、発令所は次の言葉を待ち受けるかのように静まり返った。

「あなたがシンジ君の前に姿を現したその日にね、上海のネルフ支部でデータの改変が起こったのよ。渚オウカという女性があなたの母親として出現したの」

発令所にどよめきが走った。
カヲルも意外な事実に少し困惑したような笑みを浮かべている。

『僕に母親が居るとは思っても無い事実だから、不思議な気分だよ』
「ただ、十数年前に日本に入国したらしい……という先から現在までの記録が全くないの。……いわゆる消息不明」

リツコが申し訳なさそうに溜息をつきながらそう話すと、カヲルは明るい調子で言葉を返す。

『別に今までもずっと一人だったから、気にならないよ。一度会ってみたい気もするけどね。僕はシンジ君と一緒に居られるだけで嬉しいよ』
「何をバカなこと言っているのよナルシスホモ!」

アスカが怒った様子でマイクに向かって怒鳴った。

『勘違いしないで、僕はキミがシンジ君に抱いている感情とは別の種類のものだから』

そう言ってカヲルはレイの方にチラリと視線を送った。
アスカは少し赤い顔をして黙り込んで何も言い返せなかった。

「シンちゃん、碇司令が呼んでいるわ。二人だけで話がしたいって」
「父さんが……?何だろう?」

シンジはミサトに呼ばれてついて行こうとする。

「あの……、アタシもっ!」

アスカはそう言ってついて行こうとするが、ミサトに止められる。

「どうやら司令、恥ずかしがっているみたいなのよ。だからシンちゃんだけに相談したいって」
「ええ~っ!?」

信じられないと言った感じでアスカは頭を抱えながら叫び声を上げた。



<第二新東京市 花屋>

第二新東京市に戻ったシンジは、アスカとレイと一緒に花屋を訪れていた。

「シンジ、急に花屋に来るなんて、一体どういうこと?」
「……母さんにカーネーションを贈ろうと思ってさ」

シンジの言葉を聞くと、アスカは悲しそうな顔をして呟く。

「そういえば、今日は第二日曜で母の日だったわね……」

アスカは知っていたはずなのだが、嫌な思い出がそうさせたのか、シンジに言われて初めて気がついた。

「母さんの墓は、第二東京の近くにあるからね。父さんに頼まれてさ」

シンジはゆっくりと白いカーネーションを手に取ろうとした。
すると、アスカが凄い剣幕でそれを止める。

「ダメよ!」
「……どうしたの、アスカ?」

シンジが不思議に思って問いかけると、アスカは体を震わせ、消え入るような声で話し始めた。

「だって、アタシとアンタのママはエヴァの中で生きていたじゃない……。だから完全には死んでいないって……」
「何を言っているんだ、アスカ!エヴァは二体とも消滅してしまったはずだろう?」

シンジが少し怒った様子でアスカに言い返すと、アスカはシンジの方を向きながら焦点の合っていない目をして独り言のように話し始める。

「もしかして、本当はエヴァは消滅して居なくて、ネルフが情報を隠しているだけかもしれないじゃない!敵対している組織に見つからないようにさ!」
「アスカ、まだそんなこと言っているのかよ!あの時と同じように我がまま言ってリツコさんたちを困らせるのもいい加減にしろよ!」

シンジは声を荒げてアスカの肩をつかんだ。
アスカはつかんでいるシンジの手を必死に振りほどこうとしながら、反論する。

「だって!使徒だったアイツが生き返って、ママたちだけ戻って来ないなんて不公平よ!ハルヒのやつにまた遠くに行っていると思い込ませれば、ひょっこり帰ってくるかも……」
「だから……そういうことはいけないと思うよ。僕達の任務は、涼宮さんに力を使わせないことなんだよ……」

シンジは悲しそうに溜息をついて、腕の力を抜いてアスカの方から手を離した。
噂をすれば影、とも言うべきか、そんなアスカとシンジの側に偶然、ハルヒとキョンが通りかかった。

「あれ、あんたたちも母の日のカーネーションを買いに来たの?」
「うん、まあそんなところかな」

驚いたシンジだったがとっさにそう答えた。

「ふーん、あたしはコイツに最高のカーネーションの選び方を教えてあげる代わりに、授業料として花代を払わせようと思って」
「どれを選んでも同じだと思うが。結局金が足りないから俺に出させようと言う魂胆だろう」

堂々と話すハルヒにブツブツとヤケクソな様子でキョンが呟きツッコミを入れた。

「あんた達の分も選んであげようか?」

そう言ってハルヒは赤いカーネーションの方に歩み寄ろうとした。
しかし、シンジはそんなハルヒに待ったをかける。

「……僕達の母さんは死んでしまったから、白いカーネーションを買いに来たんだ」

シンジの一言で、ハルヒとキョンの纏う空気も一気に冷え込み、ハルヒはしおれた野菜のように元気の無い声で呟きかける。

「そう、悪いことしちゃたわね……」
「……じゃあ、また学校でな」

ハルヒとキョンは気まずそうにそそくさと赤いカーネーションを買って立ち去って行った。
黙っていたアスカはついに怒りを隠しきれないと言った様子でシンジに怒鳴りかける。

「シンジ!あんなこと言ったら、ママが戻って来れなくなるじゃない!」
「死んだ人を生き返らせるなんて無理だよ……」

シンジが悲しそうな顔でそう答えると、アスカはシンジの頬を思いっきりはたいて立ち去ってしまった。

「碇君、大丈夫?」

今まで困惑した様子でシンジたちを眺めていたレイが叩かれたシンジに声を掛けた。
シンジはレイに心配をかけまいと、笑顔をレイに向けて、白いカーネーションを買った。
すると、シンジの後ろで見ていたレイがポツリと漏らす。

「私も、カーネーションを誰かにあげてみたい」

その言葉を聞いたシンジはしばらく考えた末に、レイに向かって優しく話しかける。

「じゃあ、後でリツコさんに渡しに行こうか?」
「……どうして?」
「リツコさんは小さい頃から綾波の面倒を見ていたって父さんやミサトさんから聞いたから。それってお母さんみたいなものだと思うよ」
「赤木博士が、お母さん……」

シンジとレイはさらに赤いカーネーションを追加して買うことにした。
そしてシンジはユイの墓の前でレイと並んで手を合わせ、白いカーネーションを捧げる。
シンジはいとおしむように、ユイの墓石を優しく指でなぞるように撫でる。

「僕が小さい頃に母さんとは別れ別れになってしまって、母さんの事は覚えていなかったけど、涼宮さんが創った世界で、幻だったのかもしれないけど、母さんに会えてよかったよ。僕はもう大丈夫。だって、父さんはまだ生きているんだから。そして、新しい母さんともうまくやって行くつもりだよ。だから安心して、母さん」

シンジがそう言ってユイの墓石から離れた後、レイもゆったりとした動作でユイの墓石に触って目をつむった。
そんなレイの姿をシンジは暖かく見守っていた。
レイが自分の母親のクローンだと言うことはシンジも知っていた。
しかし、肉体はそうであっても、魂、別の言い方をすれば精神とも言うべきものは自分の母親そのものではないとシンジは体感していた。
『アダム』と『リリス』。
シンジはリツコから言われた言葉をふいに思い出してレイとカヲルの姿を思い描き、笑みをこぼした。



<第二新東京市 洞木家>

第三新東京市から疎開したヒカリの家族は、ネルフが用意した団地の一角に住んでいた。
アスカはヒカリの部屋の片隅でペンペンを膝の上で抱きしめながら溜息をついている。
ヒカリはそんなアスカを心配そうに眺めていた。
アスカが泣きながら怒ったような顔でヒカリの元を訪れたのは夕方のこと。
ヒカリはアスカがシンジとレイとミサトと一緒に第三新東京市のネルフ本部に行っていたと聞いたので、驚いた。

「アスカ、どうしたの!?ネルフで何かあったの?」

アスカがすっかりエヴァンゲリオンに関する事件から立ち直ったと思っていたヒカリは、アスカがネルフから泣きながら戻ってきたことで、とても心配になった。
しかし、アスカはヒカリの言葉を否定し、それでもネルフに関する機密事項だからということで喋らなかった。
重い空気がヒカリの部屋の中に満ちている状態が続き、そろそろ夕食の支度にとりかかるためにヒカリはアスカを残して部屋を出て台所に立つ。
すると、ちょうどそのタイミングで電話が鳴った。
ヒカリが電話に出ると、シンジからだった。
アスカが心配で電話をかけてきたことを聞くと、ヒカリはシンジには何も聞かず、アスカに電話を代わった。

「もしもし」
『アスカ、まだ怒っている?』
「怒っているわよ」
『何をそんなに怒っているの?僕は間違ったことを言った?』
「だから何で、渚のやつは生き返っても問題が無くて、ママは戻って来ちゃいけないのよ!」

アスカが怒りにまかせてそう叫ぶと、しばらくシンジは黙り込んだ後、落ち着いた声で話し始める。

『それは……きっとカヲル君は使徒としては死んだんだけど、人間として生きる権利を神様が憐れんでくれたんだと思うんだ。涼宮さんの力が働いたのは、僕が偶然寝言で言っただけってわけじゃないと思うんだ』
「何それ!神様って言うのはエコヒイキするわけ!?ママは何も悪いことしてないのよ、ゼーレの陰謀に巻き込まれて死んじゃった被害者なのよ!平等に救ってくれのが神様なんじゃないの!?」
『それは僕の母さんも似たようなものかと思うけど……。わかってよアスカ、死んだ人にばかり縋ってないで、新しいお母さんにも心を開いてよ』

アスカが唾を飛ばしながらまくし立てると、シンジは懇願するような泣きの入った声でそう訴えかけるが、アスカの怒りは収まっていないように、ずっと傍から見ていたヒカリには見えた。

「じゃあアンタは死んだ人はさっさとキレイさっぱり忘れろ、思いだすなって言うの!?」
『そんなこと言ってないだろう!誤解しないでよ!』
「もう、アンタの顔なんか見たくもない!アタシの前から永遠に消えろ!」

アスカがそう叫んで電話を切ると、心配になったヒカリはアスカに近寄って声を掛けた。

「アスカ、碇君にそんなひどいこと言って大丈夫なの?」
「ひどいことを言ったのはシンジの方よ!アタシのことを間違っているって言ったのよ!」

怒りながらそう言っているアスカを見て、ヒカリは困った顔で溜息をついてからアスカに優しく微笑みかける。

「私は、アスカと碇君が何を話していたのかわからないけど、とりあえずアスカを責めることなんてしたくないわ。碇君が電話をしてきても、直接やってきても、私が追い返すから。アスカは好きなだけここに居て」
「ありがとう、ヒカリ。アタシ、今はシンジのことを考えるだけでイライラして落ち着かないの。そうしてくれると助かる」

アスカはその日から洞木家のヒカリの部屋に泊まり込む事になった。
そして、次の日の朝。
起きたヒカリは側で寝ていたアスカに優しく話しかけた。

「どう、一晩寝て。落ち着いた?」
「……うん」

アスカの返事に、ヒカリはホッとした表情を浮かべた。

「学校、行ける?」
「……ごめん。まだ行けない。シンジと顔を合わせちゃうから」
「……そう」

ヒカリはアスカの言葉にとても悲しそうな顔になった。

「アタシが思うことは誰でも思ってしまうことだし、シンジの考えにも言い分があることが分かってる。いや、もしかしてアタシが悪かったのかもしれないし、シンジは実はアタシと同じことを考えたけど、必死にその気持ちを抑えたのかもしれない。でも、今、シンジと話してもう一回ケンカしたら、今度こそアタシとシンジはずっと一緒にいられなくなってしまう気がするの」

アスカがこんこんと自分の気持ちを吐露すると、ヒカリは相変わらず悲しそうだったが、少し安心したように息を吐きだした。

「わかったわ。ミサト先生もきっと心配しているから、私から伝えておく。アスカはゆっくり休んでいて」

ヒカリは優しくそう言って部屋を出て行った。
アスカは一日中部屋の中で憂鬱な気分のまま、ゴロゴロと過ごした。
そして……、ヒカリが学校を終えて部屋へと戻ってきた。

「碇君もアスカのこと心配している感じだった。アスカが戻ってくるまで、毎日アスカの好きなハンバーグを作って待っているんだって」
「何それ?……さっさと謝りに来るとか、迎えに来るとか、すればいいじゃない」
「碇君はアスカにこれ以上何か喋って、アスカが傷ついてしまうのが怖いんだって」

ヒカリの言葉を聞いて、アスカは考え込む仕草を見せた後、ポツリと呟く。

「……気まずいのは、アタシも同じか」

次の日からアスカは、手紙で何とかシンジに自分の思いを伝えようとしたが、何も言葉が思いつかなかった。



<アパート 葛城家>

アスカが学校を休んでからちょうど一週間。
シンジはこの日も夕食の特大ハンバーグを焼き続けていた。
しかし、付き合わされるミサトの方はたまったものではない。
そこで、ミサトは援軍を呼ぶことにした。

「さーあ、食うぞー♪」
「お前なら二人前も軽く行けそうだな」

特大ハンバーグを二人前も食べられそうな大食漢、涼宮ハルヒを夕食に招待したのである。
ついでのおまけにキョンも。
シンジとしても、アスカに負けないぐらい元気な笑顔で美味しそうにハンバーグを頬張るハルヒの食べっぷりは見ていて清々しいものだった。

「アスカ、今日も帰って来ないのかな……」

シンジは溜息をついて玄関の方を眺めると、ドアが開く物音が聞こえ、程なくして顔を伏せたアスカがおずおずと姿を現した。

「アスカ?」
「シンジ……」

アスカとシンジはそれっきり何も言葉が出ず、ただお互いに黙っているだけだった。
ミサトとキョンもその雰囲気に思わず息を飲む。
しかし、のんきにハンバーグを頬張っていたハルヒはキョトンとした表情でその様子を眺めている。

「何、二人とも、いったいどうかしたの?アスカは新型の夏インフルエンザにかかっていたんじゃなかったの?」
「空気を読め。お前は黙ってろ。口の中に食べ物を入れながらしゃべるんじゃない」

キョンはハルヒに対してツッコミを入れ、ミサトはハルヒにそっと耳打ちをする。

「アスカとシンちゃんはちょっと喧嘩をしていて、お互い謝るの言葉を探しているのよ」

ミサトの言葉を聞いたハルヒはあきれたと言った顔になって黙り込むシンジとアスカを箸で指した。

「あきれた~っ!そんなの色々能書きを付けようとするからいけないのよ!シンプルに『ごめんなさい』って謝ればいい話じゃないの!」

ハルヒの言葉を聞いて、部屋に居たシンジたちは目から鱗が落ちたような感覚にとらわれた。
シンジとアスカは照れ臭そうにお互いの瞳を見つめあう。
そして軽い感じで一言。

「ごめん」
「ごめんね」

そしてゆっくりとお互いの右手を伸ばして握手を交わす。
しばらく手を握り合ったシンジとアスカは、ミサトとハルヒの視線に気がつくと、パッと手を離した。

「あ、安心したらお腹がすいちゃったわね。アタシの分のハンバーグは?」
「今、涼宮さんが食べている分が最後なんだ」

シンジの言葉で、アスカはハルヒの側に空の皿があるのに気がついた。

「アンタ、なに3人前も食べてるのよ!この食いしん坊!」
「んぐんぐ……おいしいんだから仕方が無いじゃない」

ハルヒはアスカの叫びを聞いてもハンバーグを食べる手を休めない。
強引にハルヒにつかみかかろうとするアスカをキョンとシンジが押し止める。

「まあまあ、明日作ってもらえばいいじゃない」

ミサトにそう言われてアスカは、恨みがましそうにハルヒをにらみながらも引き下がった。
そしてハルヒはおいしそうに3個の特大ハンバーグを完食した。

「はは、涼宮さんが来るって言うから2人前で足りるかなと思ったんだけど、3人前食べても余裕そうだね」
「まったく、どんな食生活送ってるのかしら」

シンジとアスカがちょっと引いた感じでそう言うと、ハルヒは満足そうにお腹をさすりながら答える。

「そうね、お袋はあたしより元気がありあまって困っちゃうわね。親父は根っからの野球ファンでいつも巨神ジャイアントタイガーズの帽子被って虎模様のタクシーを乗り回してるし。でも、あたしは野球何かに興味が無かったから、少年野球とかやらなかったけど」

ハルヒの言葉を聞いて、シンジとアスカとミサトは困った顔になり冷汗を流して笑うしかなかった。

「なんか、凄い想像しちゃった」
「アタシも」
「三者面談とかあたしが会わないといけないのよね……」

ハルヒは何かを思い出したかのように、携帯電話を取り出して、貼りつけられたプリクラをシンジ達に見せる。

「これがあたしのお袋と親父」

写真には真ん中にハルヒと、長身細身、美人で若そうに見える女性と、腕の太さが丸太ぐらいあるんじゃないかと思われる筋肉質の覆面を被った男が立って写っている。
それを見たシンジ達はものすごい取り合わせに驚きすぎて言葉が出なかった。

「なんてね、嘘。面白い人が居たから一緒にプリクラで撮ってもらったの」

ハルヒの言葉に、シンジ達はホッとしたように息を吐き出した。

「そ、そうだよね。僕もおかしいと思った……」
「ハルヒに似ているけど、きっと他人の空似かお姉さんってオチよね、きっと」
「いや、左に映ってる女の人は確かにハルヒの母親だったぞ。俺、ハルヒの家で会ったし」

キョンがそう言うと、またシンジ達は驚きの叫び声を上げた。

「ハルヒちゃんが居るならどう考えても30代のはずよ、こんなに若く見えるなんて、ちょっちい信じられない……」
「夕食の席ではいつもキョン君が、キョン君が……って俺のことばかり話すそうだ」

思わずキョンがこぼしてしまった愚痴に、アスカとミサトが反応を示す。

「ふーん、ハルヒがコイツのことをね……」
「ハルヒちゃんにも春が来ているってか?」

すると今まで堂々としていたハルヒが落ち着かない様子になる。

「団長が、団員のことを気にするのは当たり前でしょ!」

そうぶっきらぼうに吐き捨てた後、時計を見てワザとらしく気付いた振りをする。

「あ、こんな時間!遅くまで居たら迷惑でしょキョン!帰るわよ!」

そう言ってキョンの腕を強引につかんで引っ張ると、

「ごちそうさまー!」

と勢いよく玄関を飛び出して行ってしまった。
今まで騒がしかった葛城家に再び静けさが訪れた。
そして、この騒動ですっかりシンジとアスカの間の空気はいつもの日常に戻って行った。
シンジは夕食の後かたずけを始め、アスカは部屋に戻る。

「Mother ist nach einer langen Abwesenheit.日本語訳:ママ、久しぶり。Mir tut es leid, ohne lange auf das Telefon zu reden.日本語訳:長い間電話しないでごめんね」

アスカは1年ぶりにドイツに住む母親の元に電話をかけた……。
使徒戦が終わって以来初めて掛けた、継母への電話。
今度こそ、社交辞令では無く、本当の気持ちを込めた会話をしようとアスカは努力するのだった……。



※ドイツ語の翻訳にはInfoseekマルチ翻訳辞典を使わせていただきました。