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第七話 五月の雪とちゃっかりゲンドウ
<部活棟 文芸部部室>

自己主張が強いハルヒ&アスカのコンビに比べて、ユキとレイの2人は今日も部室の片隅で静かにお揃いの本を読んでいた。
そして彼女たちはほとんど消え入るような声でポツリポツリと読み終わった本の内容について議論を交わす。
至って地味だが、それはそれは平和な光景だった。
しかし、この日彼女たちが読んでいた本が事件の引き金になるとはだれも予想できなかった。
その本は禁断の書とも言うべきものだったのだ。
……涼宮ハルヒにとって。

「なんだ、部室にはあんた達しかいないの?」

大声を出して部室に入ってきたハルヒは二人で向かい合わせに座って本を読んでいるユキとレイを見て声をかけた。
ユキとレイはハルヒに呼ばれて少しの間だけ本から目をそらし、ユニゾンしてハルヒの方を向いてコクリと頷いた。
今日はたまたまアスカたちは用事で遅れ、インチキな早さで放課後の部室に存在しているこの二人を除けばハルヒしか来ていないという状況だった。
ハルヒは不機嫌そうに自分の席に腰を下ろすと、熱心に本を読んでいるユキとレイの様子をじっと眺める。

「あ~っ、もう退屈ね!あんたたち、いったい何の本を読んでいるの?」

ユキとレイがユニゾンしてハルヒに向かって本の表紙を見せる。

「『四月の雪』?ふーん、四月でも雪が降るんだ」

ハルヒは感心したように頷くと、何かを閃いたように明るい顔になり、紙に何やらゴソゴソと書きはじめた。

「サンキュー、あたし今楽しいこと思いついちゃった!」
「そう」
「よかったわね」

ユキとレイの返事は耳に入っていない様子で、ハルヒはさらにテンションを上げながら紙に鉛筆を走らせる。
そこへゾロゾロとシンジたちSSS団の部員たちが次々に部屋に入ってきた。

「何よ、ハルヒのやつ、超ゴキゲンじゃない……」

アスカは机に向かって夢中になっているハルヒを見て嫌な予感がしたのかそうポツリと呟いた。
シンジは熱心に仕事(?)をしている団長ハルヒの元にお茶を淹れて持って行く。
ミサトやアスカとの生活で言われる前に体が反応してしまうと言う哀しい彼の性なのだ。

「あの、涼宮さん、お茶が入りました」
「ご苦労」

習慣のようにシンジからお茶を受け取って飲んだハルヒは少し顔をしかめた。

「こんな温かいお茶を飲んだら暑くなるでしょう?もう5月で暖かいんだからもっと涼しげにしなさい!」
「ご、ごめんなさい……。アスカのお風呂の温度はわかるけど、涼宮さんのお茶の温度はまだ分からなくて……」

シンジのポロっと出た発言にミサトとアスカはひっくり返り、キョンとミクルは顔を赤らめた。

「バ、バカ……!」

アスカが怒ってシンジに叫ぼうとした時、ハルヒが嬉しそうに立ち上がって叫ぶ。

「出来たわ!計画の完成よっ!」

そして部室の中を見回した後、椅子の上に立って自信満々に宣言を始める。

「みんな、揃っているみたいね。これからスノボー合宿のミーティングを行います!」

ハルヒの発言にアスカたちは目を丸くして固まってしまった。
しばらくの沈黙の後、この手の驚きには耐性があるのか、キョンがいち早く突っ込む。

「……おい、今季節は春を通り越して初夏に入りかけているようなところだぞ。どこでスノボーをやるんだ?」
「もちろん、奥穂高岳スキー場よ。この前花見に行った時、チェックしてきたんだから」

嬉しそうに話すハルヒ。
それを聞いたアスカはあきれ返った顔になる。

「アンタ、バカァ!?この前登った時、雪なんて無かったじゃないの!スキー場だって4月に終わってるし」
「……でも、残念だな。何カ月か前に日本でセカンドインパクト後初めて雪が降ったって報道されたけど、僕の住んでいた所じゃ余り積もらなかったし」

シンジが悲しそうにポツリと呟くと、ハルヒは嬉しそうにシンジの方を見つめる。

「やっぱり、あんたもスノボーとかやりたいでしょでしょ?」
「まあ、できたら楽しいかな」

思わずノリノリで答えてしまったシンジを見て、アスカはあちゃーと顔を押さえた。
しかし、ミサトは涼しい顔でサラリと賛成する。

「いいわねー。じゃあ来週の日曜日辺りにスキー場に行きましょう」
「ミサト!?」

アスカが驚きの声を上げるが、ミサトの言葉にハルヒは大いに喜び、SSS団のスノボー合宿を決めてしまった。

「……ミサトさん、いったいどういうつもりですか?」

三人で家に帰った後、夕食の席でシンジはミサトに問い詰めた。

「シンちゃんは知らないかもしれないけどね、スノーマシーンっていう人工的に雪を作る機械があるのよ」
「でも、山に雪を積もらせるなら相当の数が必要じゃないの?それだけの数をどうやって集めるの?」

アスカの質問に、ミサトは2年前にヤシマ作戦でリツコに問いかけられた時のように自信満々に答える。

「決まっているじゃない、日本中よ」



<ネルフ本部 第一発令所>

ミサトは大量のスノーマシンを集めれば問題ないと思っていたが、それは科学知識の無い素人考えだったようだ。
ネルフ本部の第一発令所でミサトの作戦を聞いたリツコは痛そうに頭を抑える。
頭痛で説明ができないリツコに代わって、マヤが説明をする。

「人工雪の作り方には4種類あるんです。ガンタイプとファンタイプ、砕氷型とケミカル型。このうち、ガンタイプとファンタイプは気温がマイナス2度以下にならないと雪が作れません」
「マヤっち、話が読めて来たんだけど、もしかして……」

ミサトが冷汗を垂らしながらマヤに尋ねると、マヤは言い辛そうに答える。

「日本はセカンドインパクト前に生産されたスノーマシンを使っているので、9割がガンタイプとファンタイプなんです」
「それじゃあ、新しいスノーマシンをたくさん造ればいいじゃない、来週の日曜日までに」

ミサトがそう言うと、リツコは息を飲んでミサトを怒鳴りつける。

「そんなこと簡単に言わないで!いったいいくらのコストが掛かると思っているの!」

すると今まで黙っていたゲンドウが重々しく口を開いた。

「問題無い、存分にやりたまえ、葛城三佐」
「はいっ、全力を尽くします!」

ミサトは嬉しそうに敬礼をして発令所を出て行く。
リツコは唖然としてそれを見送った後、我に返ってゲンドウに問い詰める。

「しかし、予算が……」
「使徒に関わるものだ、国連と日本政府にはそう伝えておく。涼宮ハルヒのストレスを解消させることになるし、問題無いではないか」

ゲンドウは司令席に座ったまま自信たっぷりにそう言い切った。

「それに……一石二鳥だからな」

ゲンドウはそう言って、口元を思いっきり歪ませた。

「あれは……司令が大笑いしている!?いったい何をお考えなのかしら……」

リツコは司令の笑顔に不気味さを感じたものの、それ以上は反対できなかった。



<日本重化学工業共同体>

突然工場に現れたネルフの職員たちに時田シロウ博士が驚いていると、颯爽とミサトが先頭に姿を現した。

「こ、これはネルフの……ジェ、ジェットアローン2なんてつくっていませんよ!ホントですってば」

ミサトの登場に慌てふためくシロウ博士。
昔、ジェットアローンを造りそれが暴走し、ミサトの機転によって解決したものの、その後ミサトやネルフから厳しく叱られたのは2年前の事。
株価が一株20,000円近くも下落し、一時倒産の危機に追い込まれたが、シロウ博士が趣味で造った『軌道戦士ガンバルマン』が大ヒットし会社は復興した。
せっかく会社が軌道に乗ったのにこっそり造っているジェットアローン2のことがばれたらまた会社がやばくなるかもしれない。

「そんなことはどうでもいいのよ。今日は別件で」

ミサトが笑顔でそう言うと、シロウ博士はホッと息を吐きだした。

「では、何のご用ですか?」
「ちょっち、国内のネルフの工場をフル稼働させても間に合わない程大量生産しなければいけないものがあって」

ミサトから依頼の内容を聞いたシロウ博士は悲鳴を上げる。

「ええっ!?ケミカルタイプの人工雪の材料を大量に!?」

ミサトはゲンドウに言われた数量をきっちりシロウ博士に告げた。

「し、しかし、わが社は『軌道戦士ガンバルマン』の実物大の像をニュー・オダイバに建設するプロジェクトの最中でして……」
「こちらの命令は世界が滅ぶかどうかの鍵を握る重要な事項……と言わなければわかりませんか?」

柔らかい口調から固い口調に変わったミサトの様子に、シロウはそれ以上言い返せなかったし、疑問を挟む事も出来なかった。
どうせ何を聞いても禁則事項と言い返されるだけだ。

「さてと、次は戦略自衛隊か。厚木に話を着けに行かないとね」

日本重化学工業共同体との交渉を終えたミサトは、運輸の足と道路を確保するために府中の戦略自衛隊本部に向かった。
戦略自衛隊の幹部たちも初めはスノーマシーンを輸送する作戦と聞いて拒否したが、ミサトの交渉術によって合意に至った。

「ふん、我ら戦略自衛隊がおもちゃの輸送とはな。いつから我々は宅配屋になったんだ?」
「某組織ができてからであります」

後に戦略自衛隊の上官と隊員の間でそんな皮肉めいた会話が交わされたと言う。



<長野県 奥穂高岳スキー場>

そして迎えたスノボー合宿の当日。
ネルフ技術部、日本重化学共同体、戦略自衛隊の必死の努力のかいがあってか、ゲレンデは再び雪に覆われていた。
もちろん、SSS団のスノボー合宿は予定通りに行われ、アスカ・シンジ・レイ・ハルヒ・キョン・ユキ・ミクル・ミサトの8人はゲレンデに到着した。

「ほら、為せばなる、5月でもスノボーをすることは可能なのよ!奇跡は人の手で起こせるものなのね!」

ハルヒは嬉しそうに人工雪の上を駆け回った。
ミサトはハルヒたちにたまたまネルフという企業が新型スノーマシーンの性能テストを行うために奥穂高岳スキー場を実験場に選び、そしてたまたまミサトがモニターの抽選にたまたま8人分当たったと言う説明をした。
ネルフのことを知っているアスカたちは、こんな事で自分たちのことを隠しながら騙せるのかドキドキしていたが、ハルヒは深く考えずに目の前の楽しみを優先したようだ。
ロッジに着き、服を着替えて各自レンタルしたスノーボードを手に持って、いよいよ滑る準備が整った。

「懐かしいわね。あたしの時はまだスキーが主流だったけど、スノーボードが流行り出したから父さんに買ってもらったっけ」

ミサトがスノーボードを撫でながら遠い目をして空に目を向けた。

「なに20年以上前のことを思いだして感傷に浸ってるのよ」
「失礼ね、19年前よ」

アスカの言葉にミサトが言い返すと、レイとユキがユニゾンして呟く。

「「どっちも同じ」」
「ぐはっ」

その言葉はミサトの胸に突き刺さった。

「ふーん、ミサトは滑った事あるんだ。そういえば、アスカはドイツに住んでいて、雪も見た事あるのよね?じゃあスノボーも得意なの?」

ハルヒにそう聞かれたアスカは慌てながら言い返す。

「あ、あったりまえじゃない。こんなの簡単すぎて、山頂からでも余裕で滑れるわよ」
「凄いです惣流さん」

ミクルは感激した様子でアスカの方を見つめているが、キョンはあきれた様子で溜息をつく。

「おいおい、見栄は張らない方がいいと思うぞ?」

ハルヒは挑発的な眼差しでアスカをにらみつける。

「ふーん、それじゃあ頂上まで行って、滑って来てもらいましょうか?」

そう言ってアスカにカメラを渡す。
頂上に行った記念写真を撮って来いとでも言うのだろう。

「わ、わかったわよ!さ、行くわよシンジ!」
「え、ええ?僕は滑れないんだけど」
「アタシはスーパーエリートスノーボーダーなんだから大丈夫なの!」

アスカは少し向きになった様子でシンジの腕を取ってリフトに乗りこんで行った。

「大丈夫か、あいつら……」

キョンが心配そうにそう言うとハルヒは涼しい顔をしてボードを足に付けている。

「ま、そのうち謝りながらリフトで降りてくるわよ」

アスカとシンジが姿を消した後、残りのメンバーはスノーボードをそれぞれ楽しんだ。
ミサトは経験があるのか、培った軍事訓練がものを言ったのか、誰が見ても惚れ惚れとする見事な滑りっぷり。
ジャンプやスピンなど華麗に次々と決めて行った。
キョンは恐る恐る滑り出し、何とか片足で直滑降できるぐらいには上達した。
ハルヒはミサトほどではなかったが、スピンもそこそこできるようになり、キョンやミクルをからかっていた。
ミクルは少し滑っては転びを繰り返し、時には器用にコロコロと斜面を転がって目を回すこともあった。
レイは転びそうになると微弱のATフィールドを発生させて、その浮力で浮かび上がると言う少し反則気味な滑り方をしていたが、幸い誰も違和感に気がつかなかったようだ。
誰もレイを注目して見ていなかったというのもあるかもしれない。
ユキはハルヒたちの近くで滑っていたような気がしたのだが……いつの間にか姿が見えなくなっていた。



<奥穂高岳ゲレンデ 頂上>

リフトから降りたシンジは地面に座り込んで溜息をつく。

「何で本当に山頂まで来ちゃうんだよ……」
「あー、もう、諦めの悪い男ね!」

シンジは何度もアスカから逃亡を図ったが、アスカはシンジの腕を固くつかんで、時には後ろから羽交い絞めにしてシンジを逃がさなかった。
結局アスカとシンジの2人は山頂に来てしまったのである。

「さ、とりあえず山頂に来たって言う証拠写真を取るわよ!」

頂上の記念碑をバックにアスカがポーズを決める。
シンジがアスカの写真を取ろうとすると、斜面を凄いスピードで滑り登って来た人影が思いっきりシンジの背中に激突した!

「うわあああ!」
「きゃあああ!」

シンジはアスカの胸に覆いかぶさるように倒れ、アスカもシンジに押し倒されてしまった。

「ユ、ユキ?どうしてここに?」

倒れたアスカはシンジに激突した人影を見て驚きの声を上げた。
アスカの問いにユキは小さな声で早口で答えを返し始める。

「どうしてという問いには、方法を聞く意味と理由を聞く意味がある。まず方法について答えると、私は重力の法則情報を操作することによって、斜面の重力法則を真逆にし滑り登ることにした。その方がリフトより短時間でここに到達することができたから。そして次に理由についてだが、涼宮ハルヒが集合写真を取りたいと言い出した。カメラはこの一台しかない。よって私がカメラを回収しに来た」

ユキの説明にアスカがぼう然としていると、ユキは倒れ込んだシンジの手からカメラを取り上げ、アスカに向かってシャッターを切る。
この行為によって『雪山でアスカを押し倒すシンジ』と言う題名がついてもおかしくないような写真が撮影されてしまった。
シャッターを切ったユキはアスカが声をかける間もなくハルヒたちが居るふもとへと滑り去って行った。
一度のずれもない正確な最短距離を直線ルートで通って。

「シンジ、いつまで気を失ってアタシに覆いかぶさっているのよ!」

自分を取り戻したアスカに突き飛ばされ、シンジは朦朧としていた意識を覚ました。

「じゃあ、さっそく滑るわよ……」

そう言ったアスカはがくがくと震えて、なかなか滑りだそうとしない。

「アスカ、どうしたの?雪を見た事あるんだから滑るぐらいはできるんだろう?」

シンジがそう言ってアスカを促すと、アスカは目をつぶって叫ぶ。

「うるさいわねっ!アタシだって初めてなのよっ!ドイツに居た頃はチルドレンとしての訓練ばっかりだったんだから!」

アスカの魂の叫びにシンジは顔が真っ青になった。

「じゃ、じゃあアスカが正しい滑り方を僕に教えてくれるんじゃなかったの?」
「そんなの無理よ!きっとそのうち何とかなるわよ!」

その後アスカとシンジの押し問答はしばらく続いたが、とりあえず滑り下りるだけだから大丈夫だろうとシンジも納得して滑りはじめることになった。

「いい、最初からフル稼働、最大戦速で行くわよ、いいわねっ!」
「うん……わかった、やってみる!」

こうして二人は無謀にも最大スピードで滑りはじめたのだが、滑りはじめて間もなく、アスカとシンジはお互いおでこをぶつけて倒れこんでしまった。

「「痛~~~あ!」」

しりもちをついて頭をさすりながら痛がるアスカとシンジの声がユニゾンする。
そしていつしか二人は向かい合わせに見つめあって笑みをこぼした。

「何かこうして二人で居るとユニゾンの時を思い出すね」
「……まあ、お互いにおでこをぶつけるなんて狙ってできることじゃないし、あの時みたいに息が合っているのかもしれないわね」

シンジとアスカは元気を取り戻して立ち上がった。

「さあ、頑張ろう。二人で力を合わせれば何とかなる気がする」
「そうね」

シンジとアスカは手をとりあって再び滑りだす。
彼らには希望が満ち満ちていた……。
何度転んでも諦めずに手をとりあって滑り下りて行く。



しかし、数時間後……。



素人二人が手をとりあって滑るなんてことができるはずもなく、すっかり疲れ果ててしまった二人は誰もいないゲレンデに座り込んだ。

「今日はネルフのモニターってことだから誰もいないんだね……。リフトもすっかり遠くなっちゃったし……。どうすれば……」
「シンジ、アタシはもう疲れちゃった……。ここに置いて先に行っていいよ……。アタシは休んで後から行くから……」

か弱い声でそう言ったアスカをシンジは必死になって揺さぶる。

「だめだよアスカ、こんな所で寝たら死んじゃうよ」
「死ぬ前にシンジに言っておきたいことがあるの……。アタシはシンジがす……」

そこまで言ってアスカは気を失ってしまった。
青ざめた顔をしてアスカを必死にゆするシンジの近くに一台のスノーモービルがやってきた。
運転手はミサトだった。

「間にあってよかったわ」
「ミサトさん!」

シンジは笑顔でミサトの方を見た。
ミサトはシンジを安心させるように優しく話しかける。

「シンちゃんとアスカの服には発信機を仕掛けてあったのよ。それで居場所が分かったってワケ。ごめんね、こんな目に合わせちゃって。まさかアスカがここまで無茶するとは思ってなかったのよ」
「そうだ、このままじゃアスカが死んで……」
「大丈夫、アスカが意識を失ったのは多分疲労と空腹のためだろうから。きっと昨日から楽しみで眠れなかったんじゃないの?」

ミサトにそう言われて安心したシンジは、アスカの寝顔が可愛いと思えてきた。

「さ、シンちゃんもアスカを乗せるのを手伝って。明日はみんなで一緒に楽しみましょう」

シンジは眠っているアスカをミサトと協力してスノーモービルに乗せて、三人で無事に下山した。
後日、シンジはアスカに眠る直前に何を言いたかったのか問いただしてみた。

「アタシは、シンジがその……す、酢豚を作るのが上手いって言おうとしたのよ!」

するとこのような答えが返ってきたきり、その件については触れようとしなかった。



<ネルフ本部 司令室>

その日の司令室にはゲンドウと副司令の冬月コウゾウしか居なかった。
使徒との戦いにより壊された司令室は、以前は威厳を保つために無理やり広い部屋にしていたが、作りなおされた時はそれなりの広さの部屋になっていた。
部屋にはコウゾウの希望で茶室が設けられ、2人の憩いの場所になっている。

「まったく、お前にこんな商才があるとは俺も意外だったぞ。これもすべてシナリオの内か?」
「……ああ」

ハルヒがスノーボードをやりたいと言い出したことをネルフが知った後、ゲンドウはコウゾウを使者にして国連から10億円の予算を使徒対策としてもぎ取った。
後に10倍にして返すと言う確約を結んでである。
そしてネルフ技術部を使い新型スノーマシーンを急ピッチで造り、日本重化学工業共同体と戦略自衛隊の協力もあって、日本全国でネルフ経営の人工スキー場が各地でオープンすることになった。
セカンドインパクト後、ほとんど雪が降らなかった状態での人工スキー場は某黒ネズミのテーマパークを遥かに超える収益を叩きだした。
初年度は日本国内だけだったにも関わらず、800億円の売り上げ。
使徒戦の後余ったネルフ職員のちょうど良い再雇用先にもなり、ネルフのレジャー部門はその後世界へと急発展を遂げた。
ゲンドウは外車をさらに5台も増やしたという。
コウゾウは感心したように溜息をつくと、ゲンドウにそっと囁きかける。

「……なあ、これからお前を『ちゃっかりゲンドウ』と呼んでいいか?」
「ダメだ」

水戸黄門愛好家のコウゾウの提案は即座に却下されてしまった。
後にリツコとマヤの間でハルヒの能力が発動されたかどうか話し合いが行われたが、ゲンドウの隠れた才能が開花した事や、日曜日に無事に間に合ったことを考慮して、やはり人を都合よく動かすという奇跡は起きたのだと言う結論に達した。