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第五話 来る転校生、去る転校生
<第三新東京市 平成記念公園 バーベキュー場>

レイから突然現れた少女、長門ユキの話を聞かされたアスカとシンジ。
しかし、ハルヒに対して特にどうすることもできずに新学期は過ぎて行った。
そして、この世界でもゴールデンウィークを迎え、子供の日である本日。
日ごろから親しい付き合いをしている碇家と惣流家とでバーベキューに行くことになった。
そこでシンジはユイに友達も招待するように言われたのだ。
特にユイは近頃シンジとアスカを遅くまで連れ回しているハルヒに興味を持ったようで、名指しで声をかけるように言われていた。

「さあ、食べるぞー♪」
「おいおいハルヒ、少しは遠慮ってものをな……」

声をかけるとハルヒは快諾し、暴走したハルヒを抑えて欲しいと言うことでキョンも誘った。
一気にたくさん肉を焼こうとしているハルヒをキョンが謝りながらハルヒをいさめていた。

「……ったく、アンタも肉を食べないとバランス悪いわよ!」
「野菜を食べないあなたに言われたくない」

仲間外れにしてはかわいそうだと言うことで、結局アスカはレイを誘うことも提案した。

「綾波を誘おうって言うなんて、アスカにも驚いたよ。性格が丸くなったんじゃない?」
「何よ!今までのアタシはハリネズミみたいなギザギザだったというの?失礼しちゃうわね」

アスカの言葉にシンジは特に否定しようとしなかった。
そんなシンジの様子にアスカは口をとんがらせる。

「それにしても、結局前の世界と同じようにゴールデンウィークはハルヒのやつに振り回されたわね。かくれんぼ、缶けりとかやらされてさ」
「僕は今の生活が結構楽しいと思うよ。今の世界が本当の世界になれば……」

嬉しそうに穏やかに話すシンジの言葉を、レイは厳しい口調で否定する。

「それはダメ。前の世界に居た人たちはどうなるの?ユキは自分の存在が消えてしまうと言ってた。だからダメ」
「そうかもしれないわね……。アタシにとってだけ都合がいい世界を肯定しても、いけないことよね」
「ごめん綾波、勝手なことを言って……」

レイの言葉にアスカとシンジは暗く沈み込んでしまった。
少し離れたところでは、ハルヒがユイやゲンドウ、キョウコら大人たちの前で自分のことを自慢げに話している。
その様子を見たアスカとシンジは溜息をつく。

「どうすれば元の世界に戻せるんだろう……」
「ハルヒのやつがやり残したことって何よ……」

ダルイ雰囲気で3人がバーベキュー料理を食べながら眺めていると、ハルヒのテンションはさらに上がっているようだ。

「あらあら、それならこれからもシンジやアスカちゃんたちの遊び相手になってくれるかしら?」
「おっ任せくださいっ!これからずっと、寂しい思いはさせません!」

ハルヒがユイの前で大きな声で宣言すると、世界に亀裂が入ったような不思議な感覚をアスカたちは感じた。

「……世界が崩壊しはじめてから1日足らずで消滅するらしいわ」

レイの言葉を聞いたアスカとシンジは、弾かれたように両親たちの側へと向かった。
そして皆バーベキューを楽しみ……解散となった。

「じゃあ明日また、学校でねっ!」

そう言ってアスカとシンジたちに手を振るハルヒはいつも以上に嬉しそうに見えた。
そして、それぞれの家に帰宅したアスカとシンジは家族との最後の一夜を惜しみながら楽しんだ。

「いきなり私の肩叩きをするなんて、どういうことだ?機嫌を取ろうとしても、こづかいはやらんぞ」
「そ、そんなんじゃないよ」

碇家ではそのようなゲンドウとシンジの会話が交わされ……。

「私に寄りかかったまま寝てしまうなんて、アスカちゃんたらいつも以上に甘えん坊さんね……」

惣流家では、寝てしまったアスカは父親の手によってベッドに移された。
赤木家ではベッドに入ったレイがユキに言われた言葉の意味を考えている。

「『私はここに居る』……どういう意味なの?私が他の場所に居るはずが無い。私は1人しかいない。……よく、わからない」



<部活棟 文芸部部室>

次の日、アスカたちは何事もなかったかのように無事に高校1年生の5月6日の朝を迎えていた。
キョンも、もちろんハルヒが創った小学生時代の世界のことを覚えていて、夢でないことが確認された。

「こんちゃーっす。ハルヒは居ないのか」
「こんにちは、キョンさん」
「こんにちは、キョン」

和やかにキョンたちが話していると、部室のドアが勢いよく開け放たれる。

「まいどー!謎の転校生1人、お届けにあがりましたー!」

そう言って陽気に部屋に入ってきたのはSSS団団長、ハルヒ。

「おいおい、謎のってどういうことだよ?」
「この中途半端な時期に転校してくるなんて、謎以外の何物でもないわ!」

キョンの質問にハルヒは根拠もないのに堂々と言い切った。
ハルヒの後ろには眼鏡をかけた無表情の制服を少女が立っている。

「1年6組。長門ユキ」

ポツリとそう呟いたユキの自己紹介に、シンジとアスカとキョンは息を飲んだ。
レイから話を聞いてはいたが、実際に会うのは初めてだったからだ。

「で、長門さんとやら、あんたはこの部に入らされようとしているわけだが……。構わないのか?」
「問題無い……」

キョンの遠慮しがちの質問にユキはあっさりと答え、黙って本を読んでいるレイの側へと歩いて行く。

「何を読んでいるの……?」

ユキがレイに声をかけると、レイは黙って読んでいた本の表紙をユキに見せる。
その本の表紙をユキは無言で見つめている。

「あなたも、読みたいの?」

レイがユキにそう質問すると、ユキは黙ってコクリと頷いた。

「わかったわ。図書室に同じ本があるから」

レイはそう言って座っていた席から立ち上がった。

「涼宮さん、図書室に行ってくる……」

レイはユキと一緒に図書室に行こうとすることをハルヒに告げると、ハルヒは少しだけ驚いた顔をした後、承諾する。

「ん?あ、ああ、良いわよ。でも、なるべく早く戻って来なさい!」
「「了解」」

ハルヒに対してユニゾンして答えたレイとユキは静かな足取りで部室を出て行った。
それを見送ったハルヒは満足そうに腕組みをして頷く。

「さっそくSSS団の団員同士、親交を深めているようね」
「おいハルヒ、もしかしてお前孤立している綾波さんを気にして……」

キョンが焦った様子でハルヒに質問すると、ハルヒはケロッとした様子で否定する。

「いえ、ただ単に眼鏡キャラが欲しかっただけよ。偶然レイと同じ無口キャラだっただけ」
「あー、そういうヤツだよなあ、お前って……」
「結果的によかったんだから、いいじゃない」

キョンはハルヒの答えに天を仰いで溜息をついた。

「さあ、謎の転校生もゲットしたし、これからきっと楽しいことが起こるわよ!」
「……そんなわけないじゃないの」

元気なハルヒとは対照的に、アスカとキョンはあきれ顔で溜息を、シンジは困った顔で愛想笑いを浮かべるしかなかった。
その日はSSS団にしては珍しく、普通の放課後らしい時間を過ごしていた。
シンジとキョンはオセロゲーム、アスカとハルヒは将棋を指していた。

「あーっ、待った!」
「ふふん、何回待ったをするのかしら。いくらあがいても無駄よ!」

どうやらアスカはまだ将棋の定石と言うものが分からず、ハルヒに良いようにあしらわれているようだ。
お互い負けず嫌いだから白熱しているのだろう。

「ウサギのタヌキに対する行動は、やはり刑法第199条の殺人罪に該当するものであると思われる」
「でも、判例上は2名以上を残虐な方法で殺害したか、4人以上の殺害で無ければ死刑になるのは難しいわ」

ユキとレイは童話の『カチカチ山』を題材にして、法律論議をこんこんと語り合っているようだ。
すでに二人の世界に入っていて、他の部員が口を挟む余地は全くない。
そして、3組3様の楽しい時間はゆっくりと過ぎて行き……夕方となった。

「いやー、大勝利だったわねぇ!じゃ、あたしは帰るわ」

ハルヒは上機嫌で部室を出て行き、アスカは敗北感に打ちのめされて机に突っ伏していた。
シンジとキョンはそんなしかばねの様になったアスカを心配そうに見つめている。
いつの間にかレイとユキは部室から姿を消していた。
鞄が残っているところを見ると、新しい本を探しにまた図書室に行ったのかもしれない。

「……勝てない、勝てないのよ……」

アスカは相変わらず暗い様子でそう呟いていた。
シンジはキョンに聞こえないようにアスカにそっと耳打ちする。

「涼宮さんが満足して帰ったんだから、閉鎖空間も神人も出現しないし、いいじゃないか。アスカは立派に任務を果たしたんだよ」

その後キョンも事情は飲み込めなかったがシンジと2人でアスカを励まし、将棋のリベンジマッチを誓ったアスカは少し元気を取り戻した。
落ち着いた3人が帰宅の準備を始めると、意外な人物が部室のドアを開けて中に入ってくる。

「みなさん、涼宮さんと楽しくやって居るようですね」
「あれ?うちのクラスの委員長の朝倉さん」

シンジは笑顔で入ってきた朝倉リョウコに驚いた感じで声をかけた。

「何か用があるのか?」

キョンがリョウコに向かって質問すると、リョウコは少し恥ずかしそうにキョンに向かって尋ねる。

「キョン君に聞きたいことがあって……あなた、涼宮さんのことどう思っているの?」
「はぁ?なんで俺がそんなことを答えないといけないんだ?」

キョンがぼう然として聞き返すと、リョウコはさらに下を向きながら言葉を続ける。

「ねえ、このまま黙って見ているとジリ貧になるとわかっているとき、やっぱりその現状を変えてみようと思わない?」
「まあ、そう言う考えもあると思うが……」
「アタシも別に悪いとは思わないわ」
「僕もそう思うよ」

キョンの意見にアスカとシンジが同意すると、リョウコは嬉しそうな笑顔になる。

「よかった、あなたたちも同意見で。日本のネルフ本部は頭が固すぎるのよ、そのまま見ているだけだなんて。そこで私たち中国支部は独断で行動することにしたの」
「どういう意味かサッパリわからん」

キョンが頭を振りながらそう言うと、リョウコは懐からデリンジャー<注:手のひらの中に収まるサイズの小型銃>を取り出し、キョンに向けた。

「だから私は、キョン君を殺して涼宮さんにまた新しい世界を創造してもらうことにするの。この世界を否定させてね」

リョウコは笑顔でそう言って銃弾を一発放つと、キョンは偶然にも紙一重で避けた。

「よ、よせよ……、何かの冗談だろ……!」
「あらあ、外れちゃった、あんまり弾を無駄にしたくないのよね。だって、そこの2人も犯人役として消さないといけないから」

視線を向けられたアスカとシンジは真っ青になる。
すっかり怯えた様子のキョンは腰が引けて立ち上がれなかった。
勝ち誇ったように銃を構えるリョウコの横っ腹にシンジが勢いよく体当たりをかます。
そしてシンジとリョウコの2人は床に倒れ込み、取っ組み合いになった。

「離しなさい……!」
「絶対にアスカを撃たせるもんか……!」

しかし、シンジの気合もむなしく、格闘術や体力にすぐれたリョウコはシンジを振り払って立ち上がる。

「邪魔するなら、あなたから先に殺そうかしら」

そう言ってリョウコは床に倒れているシンジに銃を向ける。

「いやぁぁぁぁ!」

今度はアスカが悲鳴を上げてシンジを守る様に覆いかぶさった。

「アスカっ!退かないとキミが!」

シンジがそう言っても退かないアスカの姿を見て、リョウコはからかうような笑顔を浮かべる。

「あらあら、美しい愛だこと。じゃああなたを一番最初に殺すことにするわ」

そう言ってリョウコは銃のトリガーを引き、銃弾が発射される音が部室に響く。
そして、誰もが銃で撃ち殺されるアスカの姿を想像した。
しかし、アスカに銃弾は届かず、その直前の空間で銃弾は跳ね返された。

「ATフィールド!?」

リョウコは驚いてそう叫んだ。
キョンにはATフィールドの言葉の意味が分からなかったが、オレンジ色の光の壁が見えたのは確かだった。
さらに驚くことに、部室の床、シンジとアスカの倒れこんでいる足元からレイが首だけをのぞかせているのが見えた。

「あなたたちは死なないわ。私が守るもの」

首だけだったレイは徐々にその全身を床から浮上するように浮かび上がらせてきた。
ユキも一緒に床から浮上するように現れた。
銃弾を全て撃ち尽くしたリョウコは観念したようにデリンジャーを投げ捨てた。

「あ、アンタたち、なんてところから入ってくるのよ……」
「私がこの部屋の空間環境情報を改変した。このぐらい容易なこと」

アスカの質問にユキは淡々とした様子で答えた。

「あーあ。せっかく私のお給料も上がると思ったのに」

リョウコはすっかりと観念した様子でレイに電子手錠をかけられた。


「よかったわね、延命できて。でも、ネルフも一枚岩ではないわ。他の支部も私のようなスパイを送り込んでくるかもしれないわ。それまでみんな、仲良くね」

リョウコはレイとユキに付き添われて連行されて行った。
やっと、冷静さを取り戻したキョンがアスカとシンジに向かって言い辛そうに突っ込む。

「いつまでシンジの上に乗っているんですか、惣流さん?」
「きゃあ!このスケベ!」

アスカはシンジを思いっきり引っ叩いて体を離した。
シンジも叩かれたほおを擦りながら立ち上がる。
そして3人は疲れた様子で、それぞれ帰宅した。
シンジとアスカは同じアパートの別の部屋に住んでいる。
2人が別れる場所に来た時、シンジはアスカにそっと声をかけられる。

「今度は助けに来てくれたから、お礼を言っておくわ」

アスカはそうシンジの耳にささやいて、早足で立ち去って行った。
その夜シンジは少しだけ今までより心地よく眠れたという。
次の日、学校にきたアスカたちはクラスのホームルームで、担任のミサトからリョウコが親の都合で上海に転校したという報告を受けた。
上海はネルフ中国支部がある場所。
クラスの中ではリョウコの突然の転校を怪しむ声や惜しむ声が上がったが、事情を察知したアスカたちはミサトには何も聞かなかった。

「凄いじゃない、キョン!これも事件だわ!」

何も知らないハルヒだけが陽気に騒いでいた……。