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第四話 チルドレンズ・デイ
<第二新東京市 喫茶店『夢』>

ハルヒのムチャクチャな発想による5月の花見が終わり、このまま残りのゴールデン・ウィークを平穏に終えられると思ったキョンたちだったが、ハルヒはそう甘くはなかった。
有意義なゴールデン・ウィークの過ごし方を計画すると言う名目で、キョンを含むSSS団部員は緊急招集を受けた。

「遅刻した部員は罰金よ!」

そう電話越しに怒鳴るハルヒの声に、リビングでソファに寝っ転がり、妹とのんびりとテレビを見ていたキョンは急いで家を飛び出した。
必死に自転車をこいで集合場所の喫茶店に向かい、店の近くの路地に自転車を止め、キョンは喫茶店の中に駆けこむ。
すると、すでにシンジとアスカ、レイの3人はハルヒの元に到着し、席に座っていた。

「遅い!罰金!」

ハルヒは息せき切って喫茶店の中に入ってきたキョンを大声で怒鳴りつけた。

「まだ、約束の、時間の10分前じゃないか、電話を受けて、すぐに、駆けつけて来たって言うのに」

キョンは息を切らせながら、自信たっぷりに主張するハルヒに向かって反論した。

「この3人が揃っているのに、一番遅れてきたキョンが悪いったら悪いの!だからここはキョンのおごりよ!」
「んな、理不尽な……」

糸の切れたマリオネットのように椅子に腰かけるキョンを見て、シンジは同情する様子を見せた。
しかし、さすがにおごりまでは肩代わりする気は無かったようだ。

「ごめんなさい、アタシたち非常招集には慣れっ子でございますのよ、ホホホ」

アスカはキョンを小馬鹿にして口を手に当てて高笑いをした。
3人は任務のためにハルヒを近くで監視していたのだから、早く来れて当たり前だ。
ゲンナリとしたキョンは疲れた様子でうなだれたまま黙り込んでいる。
ハルヒはテンションをあげていよいよミーティングの開始を宣言する。

「さて、みんな揃ったところでミーティングを始めるわよ」

ハルヒは笑顔でそう言って、テーブルの上に紙をガサガサと広げて置く。
そこには意外にも整ったきれいな字で<予定表>とタイトルが書かれており、箇条書きに項目が書かれていた。
その内容は、かくれんぼ、缶ケリ、ドロケイ、オナモミで忍者ゴッコ、ザリガニ釣り、セミ採り、落とし穴ほり……いわゆる子供の遊びしか書いていなかった。

「何よ、これぇ~!?」

書かれている単語を眺めたアスカはあきれて怒ったような叫び声を上げた。
キョンやシンジも口には出さないが、同様の気持ちでアスカの言葉にウンウンと頷いていた。

「ゴールデンウィークの最終日、5月5日は何の日でしょう!?」

ハルヒはそんな3人の様子を全く気にせずに、笑顔でキョンに質問を浴びせかけた。

「こどもの日だと思うが……それがどうかしたか?」

キョンは質問の意図が分からず、戸惑った顔で答えた。
ハルヒはその答えに満足したように大きく頷く。

「そこで!ゴールデンウィークは子供のように遊び倒す!それが正しい子どもの日の過ごし方よ!」

そう断言したハルヒに当然のごとくアスカが噛みつくように反論する。

「何よ!このアタシにザリガニ釣りとかセミ採りとかガキっぽいことしろっての!?」
「うるさいわね!あんたはSSS団の一員なんだから、四の五の言わずに団長命令を聞きなさい!それにやってみれば意外と楽しいわよ、ねっ、やってみたいでしょ?」

ハルヒに問いかけられたレイは無表情のままコックリと頷いた。

「アタシはなんて言われようとやらないわよっ!」

アスカは顔を真っ赤にして怒り、テーブルに手を叩きつけた。
そんなアスカをハルヒは小馬鹿にしたように見つめる。

「もしかしてあんた、あたしに負けるのがイヤで逃げるんじゃないでしょうね?」
「なっ……!そこまで言うなら受けて立とうじゃないのっ!」

アスカはハルヒに指を突きつけて言い返した。
シンジは高校生になって少しはアスカの堪忍袋も大きくなったと思ったが、それは期待外れだったと悟って溜息をついた。
次の日から、ハルヒとアスカの対決、維持の張り合いとも言うが、が始まった。

「あたしに一度でも勝ったら、団長の座を譲ってあげてもいいわ」

余裕でそう言うハルヒに挑発されたアスカは、シンジがいさめるのも聞かずに遊びにのめり込んでいった。
予定表通りにかくれんぼから始まり、缶けり、ザリガニ釣り……。
アスカも運動神経抜群とはいえ、ほとんど初めて体験するものばかり。
ハルヒには何一つ勝てなかった。
セミ採りをすると聞いたときは、さすがにネルフ本部もちょっとした騒ぎになる。
2年前までは常夏の国だった日本も、季節がすっかり戻ってしまっているからだ。
セミが一匹も取れず、ハルヒのストレスがたまり、閉鎖空間が発生、拡大する……。
そんな事態を想像したネルフ技術部は、リツコを中心に夏以外でも生きられるセミをバイオテクノロジーか何かでなんとかしようとしたが、いかんせん時間が足りない。
パニックになりかけたネルフの発令所のディスプレイには、昆虫採集を終えたハルヒやアスカたちの姿が映し出され、別の意味でパニックになった。

「セミの生態系にも影響を与えてしまうなんて……」

『ありえない』という単語を繰り返して倒れてしまったリツコが発令所から病室に運ばれた後、マヤはディスプレイを見ながら困惑した顔で溜息をついた。

「へへーん、あたしが12匹で1位ね!2位がキョンのやつで9匹」

お互いに虫カゴを見比べて、それぞれの戦果を発表していた。
ハルヒは悔しそうに唇をかみしめるアスカの姿を見て、ご満悦のようだ。
アスカは持ち前の運動神経の良さでなんとか5匹捕まえられたが、コツをつかんだ時はすでにタイムリミットが近かった。

「んで、このセミをどうするんだ?採る前に言っていたように天ぷらにしてでも食っちまうのか?」

キョンがあきれた顔でハルヒに問いかけると、ハルヒは首を軽く左右に振って否定する。

「そんなわけないでしょ?アレは冗談よ。キャッチアンドリリースの精神を忘れてはいけないっ、それー!」

ハルヒはセミの入った虫カゴを開け放つ。
シンジやアスカ、レイとキョンもそれにならって虫カゴを開けると、中からセミたちが夕日に向かって飛び立って行く。

「もう二度と捕まるんじゃないわよー!」

ハルヒはそう言って飛び立って行くセミの群れに向かって声をかけた。
アスカたちもしみじみとセミが彼方の空に消えていく姿を見送っていたが、その中にヘラクレスオオカブトムシが混じっているのに驚いて目をむいた。

「あれ、セミじゃなかったのね」

淡々と無表情でそう呟くレイをアスカはぼう然と見詰めた。
セミ採りも終わり、すっかり夕暮れになった帰り道をハルヒたちはゆったりとしゃべりながら歩いていた。

「ま、いろいろあったけど、初めてセミ採りとか出来て楽しかったわ」

アスカがツンと澄ました表情でそう言うと、ハルヒは嬉しそうな笑顔になる。

「あんたにもやっとこども遊びの魅力がわかったのね!」
「僕たちそういうことして来なかったから……」
「あんた、父さんとかに虫採りとかに連れてってもらったこと無いの?」
「僕は虫採りに行く時はいつも1人だったし、今日は楽しかった」

シンジがポツリと寂しそうに呟いて、それでも影のある笑顔でニッコリと笑うと、ハルヒは感心したようにシンジの顔を見て軽いため息をもらす。

「ふーん、じゃあまだまだ遊び足りないわね。もっと遊びたいところだわ」

その日をもってゴールデンウィークは終了し、明日からはまた高校生活が始まると誰もが思っていたのだが……。
次の日の朝に目を覚ましたシンジたちはとても不思議な体験をすることになる。



<第三新東京市 コンフォート17>

「バカシンジっ!起きなさいよっ!」
「はっ」

ベッドで寝ていたシンジが目を覚まして辺りを見回すと、そこは自分の知らない部屋だった。
部屋の中にはチェロが置かれていて、勉強机には小学5年生の教科書とマンガが置かれ、部屋の端においてあるクリアケースにはニンテンドーDSのソフトが納まっている。
でも、シンジが一番驚いたのは目の前に立って自分をにらみつけているアスカの姿だった。
アスカは赤いリボンにノースリーブの緑色のワンピースと言った涼しい服装をしている。
いや、注目するところはそこではなく、アスカが10才の少女だったところにあった。

「あ、アスカ!?どうしたの、子供になっちゃって?」

驚いた顔で問いかけるシンジに対して、アスカは身振りで自分の姿を見るように指摘する。

「ええっ!?僕も子供になってる。いったいどういうことなの?」
「アタシに聞かれても分からないわよ。……とりあえず、様子を見るしかないわね」

アスカは考え込むような仕草をしてから、シンジにそう答えた。

「でも、何でアスカが僕を起こしに来たの?」

キョトンとした顔でシンジが問いかけると、アスカは少し困った顔になる。

「アンタのママに頼まれたのよ。どうやらアンタとアタシは幼馴染ってことになっているみたいね」
「へえ」

シンジは何が何だか分からなくなり、間の抜けた返事をした。
アスカはシンジの間の抜けた反応にイラついたのか、シンジをにらみつける。

「いい?さっさと着替えてきなさい。そして、普通に振る舞うのよ。変な反応したりするんじゃないわよ!」

アスカはそう言って部屋を出て行き、シンジはいそいそと着替え始める。
着替え終わったシンジがリビングに顔を出すと、落ち着かない様子で椅子に座っているアスカの背中。
そして台所に立って炊事をしていたエプロンをつけた女性がゆっくりとシンジの方を振り向いて穏やかに微笑みかける。

「あら、やっと起きたのねシンジ。せっかくアスカちゃんが迎えに来てくれるのにしょうのない子ね」

シンジは瞬間的には目の前の人物がいったい誰であるのか、理解できず、脳がその情報を処理するまで数秒の時を要した。
そしてひとしきりユイと見つめあった後、シンジは彼女が自分の母親であることを認識し、目から涙を流し始める。

「ちょ、ちょっとシンジどうしたの?アスカちゃんと何かあったの?」

ユイは突然泣き出したシンジに慌てて駆け寄り、アスカは飲んでいた緑茶でむせてしまった。

「えっ、えっと……」
「ほらっ、早くしなさいよォ!オバさま、それじゃあ行ってきます!」

口ごもるシンジの首根っこをつかんで、アスカはシンジを急かして碇家の玄関を出て行った。
外に出たアスカは涙を拭いているシンジを思いっきりにらみつける。

「まったく、いきなり泣き出すから変に誤解されちゃったじゃないのっ!」
「じゃあアスカはどうだったのさ!アスカはあんなにお母さんに会いたがっていたじゃないか」

シンジがそう言い返すと、アスカは言葉に詰まった様子になって、

「う、うっさいわねェ、いまはシンジの話でしょう?」

アスカはぶっきらぼうにそう言うと、プイッと顔を背けてシンジの前を歩きだした。
シンジは慌ててアスカの後をついて行く。
アスカとシンジが歩いていると、交差点の角から10才のレイが姿を現す。

「碇君、惣流さん……」

レイはアスカとシンジを見るとポツリとそう呟いた。
その呟きを聞いてアスカとシンジは、自分たちが知っているレイだと確信した。
通学路を歩きながら、どうやらレイは赤木リツコの妹となっていて、名前も赤木レイとなっている事を聞き出した。

「やばっ、話していたらこんな遅い時間じゃない!」

アスカが腕時計を見てそう叫ぶと、3人は慌てて遠くに見える小学校の校舎に向かって駆けだした。

「あーっ、急がなきゃ!初日から遅刻はかなりヤバイって感じよね」

賑やかな女の子の声が曲がり角から聞こえてきたと思うと、その人影は一番手前を走っていたレイに思いっきり激突した。
レイは前かがみになり無言で痛そうに頭を押さえ、ぶつかった人影は黄色いカチューシャをつけたショートカットの女の子だった。
そちらはお尻から倒れ込んでしりもちをついた形で痛そうに頭を押さえている。

「ごめんね!マジで急いでるんだ!」

いち早く復帰した彼女は弾かれたように飛び起きてミニスカートを翻して走り去って行った。

「あれってハルヒ……よね?」
「うん、僕たちのこと知らないみたいだけど……」

顔を見合わせて呟き合うアスカとシンジ。

「……白かった……」

レイが無表情でポツリと呟くと、アスカは思いっきりレイの後頭部をはたく。

「そんなことは報告しなくてもいいのっ!」

シンジたちが教室に到着すると、クラスは転校生が来ると言うウワサでもちきりだった。
ケンスケの話によると、転校生は女でしかもカワイイという。
キョンは机に突っ伏して居る所を見ると、シンジとアスカが知っているキョンであると二人は確信した。
担任であるミサトの後に入ってきた10才のハルヒの姿を見て、シンジとアスカは息を飲んだ。

「涼宮ハルヒ。とにかく遊ぶのが大好き!以上!」

教壇に立ってそう宣言するハルヒにシンジやアスカ、キョンは盛大に溜息をついた。
ハルヒは後ろの席に座っていたキョンに目をつけてつけ回し、なし崩し的にキョンやシンジ、アスカとレイは涼宮ハルヒと愉快な仲間たちとなっていた。
その日からハルヒの超人的バイタリティは全開だった。
冒険と称して日が暮れた後も山々や墓地にキョンたちを連れ回し、解散したのは夜の7時だった。
とっくに小学生としての門限は過ぎており、シンジとアスカは両親から叱られるのが目に見えて、ウンザリと溜息をついた。
しかし、予想に反してシンジとアスカは心配した両親に暖かく抱きしめられた。
家族は2人が想像していた以上に優しく、暖かかった。



<第三新東京市 コンフォート17 レイの部屋>

自分の部屋に戻ったレイは、ベッドに腰掛けながら今日一日の出来事を思い返していた。
勉強机の上に置かれていた写真立てを手に取ると、固い表情をして写っている自分と家族の姿がある。
どうやらあまり表情が豊かではないのは家族譲りであるため、姉のリツコも母親のナオコも大して気にしていなかったようだ。

「この人が私のお母さん……?何かどこかで見た気がするけど、違う気がする」

レイが写真立てを手に持って考えて込んでいると、壁からぬっと高校の制服を着た少女が現れた。

「……あなた誰?」

驚きもせずにレイは抑揚のない口調でその少女に尋ねた。

「……長門ユキ」
「なぜ、壁から入ってきたの」

レイの質問にユキは淡々と答えていく。

「……この空間の情報操作をすればたやすいこと」
「なぜ、ここに来たの」

レイの再度の問いかけにユキは眼鏡をいじって答える。

「貴方たちに世界の危機を伝えに来た。この世界は涼宮ハルヒの願いによって創られた新たな世界。このまま放っておけば、今までの世界を飲みこみ消滅させてしまうだろう」

ユキはレイの部屋の勉強机の一番下の引き出しを手を触れずに引き出すと、中からアルバムを浮遊させると、レイの膝にゆっくりと着地させる。
そしてページをペラペラと動かし、幼いレイとシンジとアスカが3人で写っている写真が挟まれているページで止めて、口を開く。

「貴方たちは涼宮ハルヒに非常に近い存在。だから記憶の残滓が色濃く残ったものと思われる。この世界を消滅させられる鍵は、発生させるきっかけをつくったあなたたちだけ」

その後もこんこんと続くユキの説明にレイは黙って耳を傾けていた。
しばらく続いたユキの説明が終わり、その姿が足元の方からゆっくりと消え始めた時、レイは消える前のユキの顔を見つめて話しかけた。

「なぜ、私のところに来たの?」
「……それは、私が覚醒した日付が5月5日だったことに起因する」

ユキの言葉を聞いたレイは、無意識のうちに立ち上がりユキの頭に手を置いて、その髪を撫でた。

「……ありがとう」

ユキは表情を変えずにポツリとそう呟き、その姿を完全にレイの前から消した。
レイはしばらくユキの消えた方向を見つめていたが、机に座り引き出しからメモを取り出し、明日の朝シンジとアスカに話すべきことを箇条書きにして記す。
そして考え込んで溜息をついた後、諦めたようにゆっくりとベッドにもぐりこんで眠りへとついた。