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第一話 ハルヒ、遭遇
2015年。日本の領海に突然謎の巨大生物が出現してから『使徒』と『人類』との戦いが始まった。
人類最後の砦として使徒と戦った『特務機関ネルフ』は半年間の戦いを経て、全ての使徒を滅ぼし、ゼーレとの決着を勝利で収めた。
そして、現在は2016年の春。
詳細は不明だが、セカンドインパクト以前の季節や生態系をすっかり取り戻した世界。
特務機関ネルフはその役目を終え、解体されるはずだったのだが、存続していた。
なぜなら、使徒を殲滅するという特別任務以上に厄介な任務が課せられたからである……。

******2016年・3月******

<ネルフ本部 病棟施設 303号室>

「よしっ、司令の了承は取れたし……。後はアスカを説得するだけね」

ミサトは、『惣流・アスカ・ラングレー』と書かれた名札が入った表札をにらみつけ、アスカが入院している病室のドアを開けた。
使徒との長い戦いで本部施設の至るところが破壊されていたが、病棟施設は割合無事だったのだ。
病室に入ると、アスカは怠惰な様子でベッドに横たわっている。
ミサトが入ってきても興味が無いようで特に視線を向けなかった。

「アスカ」

ミサトが呼びかけてもアスカは返事をしない。

「アスカお願い、話を聞いて」

ミサトはできるだけアスカを刺激しないように優しい声で話しかけた。

「……ついにアタシがドイツに強制送還される日が決まったって言うの?この前ネルフの職員が来てそう言ったわ」

アスカは横たわったまま目だけをギロリとミサトに向けた。

「その命令は撤回されたわ」
「なんでよ?」
「あなたに日本に残ってやるべき任務が下ったからよ」

ミサトがそう言うと、アスカはあきれた顔をして溜息をついた。

「フン、アタシは使徒に二度も負けた役立たずなのよ。エヴァもママも消えちゃったし、存在価値なんて無いのよ。そしてアタシは死ぬこともできないゴミなのよ」
「死ぬだなんて、そんなに簡単に言わないで。戦自が攻めて来た時、自分の命を投げ出してでも、他人の命を守ろうとして死んだネルフの職員だってたくさん居たのよ」

ミサトの言葉にアスカも察したのか、それ以上自分を責めるような言葉を吐くのを止めた。

「……で、アタシに課せられた任務って何?」
「実は、また使徒が出現したのよ」

ミサトの言葉にアスカは悲観したように目をつぶって溜息をつく。

「……それこそアタシには無理じゃない。もうアタシは使徒には関わりたくないのよ」
「逃げるつもりなの?」
「そう取られても構わないわ」

ミサトはアスカにプライドが残っているか試す発言をしたのだが、アスカにはかけらも残っていないように感じられた。
深いため息をついたミサトは寝ているアスカを抱き起し、アスカの顔を優しく胸に抱きとめる。
アスカはミサトの抱擁から逃れようとあがくが、長い病室生活がたたったのか、その力は弱すぎた。

「……もっと早くこうしてあげればよかったのにね。コンフォートに居た時、アスカがお風呂場で苛立っている声とか、あたしの耳には届いていたのよ。でも、あの時は加持の事で頭がいっぱいで……。それに、あたしもこれ以上アスカに嫌われることが怖かったのよ」

ミサトは持ってきた荷物の中から、不器用に縫いとめられたサルのぬいぐるみを取り出してアスカに渡した。

「使徒との戦いが終わって、荒れてしまったアスカの部屋を見たあたしはひどく後悔した。なんで、一緒の家で暮らしていたので何もできなかったんだろうって」

アスカは複雑な表情で自分が壊してボロボロにしたはずのサルのぬいぐるみを見ていた。
多分ミサトが一生懸命直したであろうそのつぎはぎ具合はアスカの心に響く。

「お願いアスカ。まだまだあなたの人生は長いのよ。このまま使徒に……いえ、自分に負けたままで過ごして欲しくないのよ。それがあたしが家族としてアスカにしてあげられることなんだから……」
「……アタシ、もう一度頑張ってみるわ」

アスカがそう呟くとミサトは優しく微笑んで、すっかり細くなったアスカの腕を握った。

「じゃあ明日から、キチンと食事を取って、リハビリも頑張るのよ」
「……うん」

今まで自暴自棄で寝たきり生活だったアスカは、次の日から精力的にリハビリに励むのだった。



******2017年・3月******

<ネルフ本部 第一発令所>

すっかり修復されたネルフ本部。
新しくなった設備でスタッフたちも明るい顔で仕事をしている……と思われたが、不満に顔をしかめながら仕事をする職員も少なくなかった。
彼らはここ1年半もの間、詳しい理由も知らされずに世界中で起こっている現象の調査をさせられているからである。
突発的な災害はもちろん。
未確認飛行物体の目撃情報。
新生物の歴史的発見。
心霊現象の検証。
ミステリーサークルの出現。
変わったところでは、多摩川になぜアザラシが現れたのか。
諜報部は世界に散らばる不可解な情報を集め、技術部はそれを科学的に説明するための実験・調査で大忙しだった。
オペレータの日向マコト、伊吹マヤ、青葉シゲルの三人は他の職員同様、ネルフが今何を目的としているのか推測して話しあっている。

「何故?最後の使徒だったんでしょ?あの少年が」

マヤの質問にシゲルが頷く。

「ああ、すべての使徒は消えたはずだ」

シゲルが頷くのを見て、マコトが自問するように問いかける。

「今や平和になったってことじゃないのか?」

マコトの言葉にシゲルは答えずに考え込む。

「それならネルフはとっくに解体されるはずなんだけどな……」

シゲルの言葉を聞いてマヤは不安そうにうつむく。

「赤木先輩も教えてくれないんです……」

マヤの言葉にマコトはため息を吐く。

「とりあえず、司令の話を聞くしかないか……」

三人がため息交じりに話していると、碇ゲンドウと冬月コウゾウ、葛城ミサトと赤木リツコが姿を現し、階級の低いスタッフたちは部屋から退出させられた。
発令所内に緊張が走る。
コンソールやディスプレイから聞こえる機械音以外、室内には音声が存在しなかった。

「これから話すことは言うまでも無くトップシークレットだ。……悪用されたら世界の滅亡に繋がりかねないものだから注意してくれ」

コウゾウの言葉に室内の緊張はさらに高まった。
唾を飲み込む音が大合奏を起こしているような様子だった。

「貴方たちは、サード・インパクトを覚えているかしら」

透き通るようなリツコの言葉に室内に居るみなは一様に肯定する。
否定する者の姿は見えなかった。

「今の世界は、サード・チルドレン、碇シンジ君が望んで創られた世界だって言うことは、ここに居るみんなは知っているわよね。……まあ、推測の域は出ないけど」

静かだった室内が騒がしくなり、軽いパニック状態になって騒ぎ出すスタッフたちが出てきた。

「黙れ!」

ゲンドウがマイクで思いっきり怒鳴ると、室内はまた落ち着きを取り戻した。

「……既にエヴァ量産機やリリス、初号機が存在しない今では新たなインパクトを起こすことは不可能よ」

リツコの言葉にミサトは胸をなでおろし、室内の緊張感も一気に緩む。
しかし、それならばなぜなのかと言う疑問に満ちた表情をみな浮かべはじめた。

「でも、エヴァもリリスも無しで世界の姿を変えられる、いわば『神』のような存在が確認されたの」

リツコがそういうと、発令所は静寂を通り越して時が止まったような空気に包まれる。
そして、正面の大型ディスプレイには一人の制服を着てにこやかにほほ笑む女子中学生の姿が映し出された。
ネルフの関係者が盗撮でもしたのだろうか。

「これが、その神とも言うべき存在よ」

リツコがそう断言すると、発令所内に絶叫と悲鳴の大洪水が湧き起こった。
それはゲンドウがいくら一喝してもしばらく収まらなかった。
騒ぎ疲れて発令所内が静まった後、リツコはマイクのスイッチを入れ、続きを説明する。

「……もちろん、冗談で貴方たちを1年半もネルフに拘束したわけではないわ。あなたたちにはその根拠になる情報を集めてもらっていたの」

リツコの言葉にスタッフたちは安心した表情を浮かべた。
しかし、機密情報を知らされない他のスタッフたちの胸中を考えると素直に喜べないようだ。

「でも、先輩。どうみたって普通の中学生にしか見えませんよ?」

マヤがディスプレイを指差してリツコに向かって折り目正しく質問する。
スタッフたちの意見も同意見多数のようでマヤの言葉に大きく頷く。

「ええ、遺伝子学的にも科学的にも普通の少女よ。ただ彼女が意識的にしろ無意識的にしろ、望むように世界を変えることができるのは事実なの」
「何ですか、それ……」

マヤと同じように口をあんぐり開けてぼう然としているスタッフも少なからずいた。

「だから彼女の捕獲を最優先。それができない場合には殲滅も辞さない……ちょっと、しっかりしなさい、マヤ!」

リツコの言葉を聞いたマヤは真っ青な顔で口元を押さえて気を失いそうになった。

「そういう意見もあったけど、彼女には手を出さないってことに決まったのよ!だから落ち着いて!」

リツコが早口でそう弁明すると、マヤは安心して胸をなでおろした。
それでも顔色は青い。

「……私たちは見守ると言っても全く何もしないわけではないわ。彼女の近くに監視員を置いて、できるだけ深刻な事態が起こるのを回避させたいの」
「近くで監視って……まさかシンジ君たちを!?」

マヤはシンジやレイ、アスカがチルドレンの任務から解放されない本当の理由を知ったような気がした。

「このような機密性の高い作戦には彼らが適任なのだ。すでにチルドレンには通達を出してある。もうすぐ到着するはずだ」

ゲンドウがそう言うや否や、サードチルドレンが到着したとの報告が入り、シンジが姿を現した。
マヤたちネルフのスタッフが1年ぶりに見るシンジは、少しだけ背が伸びて体つきがたくましく見えた以外特に変わってはいなかった。

「シンジ君」
 
シンジは固い表情をしながらもゆっくりとした足取りで久しぶりのネルフへと足を踏み入れた。

「ミサトさん、いよいよその時が来たんですね」

シンジはサードインパクトを起こした後、半年間ネルフに拘留されていたが、それから1年間、第二東京市でネルフの監視の元、平穏な中学3年生の生活を送っていた。
ミサトは多忙だったため、シンジは以前のように第二東京市で暮らすゲンドウの親戚に預けられていた。

「ごめんね、シンジ君。あたしたちはまた貴方に頼るしかないのよ」
「いいんですよ、ミサトさん」

シンジはとまどいを感じながらも、胸に小さな決意を秘めて案内された席に座り、力強い視線で発令所を見つめながら他のチルドレンの到着を待った。
次にやってきたのはファーストチルドレンである綾波レイ。
彼女は特に引き取り手も居なかったので、第三新東京市に残りネルフの施設や第三新東京市市街の復旧作業を手伝っていた。
1年の時を経てもやはり「2人目」の記憶が彼女に戻ることは無く、「3人目」の彼女は孤独で規則正しい行動パターンを繰り返していた。
淡々と歩いてシンジの隣の席に座るレイに、シンジは視線を向けてあいさつをかわそうとする。
しかし、視線を感じたレイは悲しそうにシンジのことを見つめ返す。

「ごめんなさい。あなたの事、よく知らないの。覚えていないの」
「こっちこそ、ごめん……」

シンジは悲しそうな顔をして小さな声でそう返事を返した。
予定の時刻を遅れて到着したのは、セカンドチルドレンである惣流・アスカ・ラングレー。

「定期健診の時間が長引いてしまって。申し訳ありませんでした!」

そう言って発令所の面々に向かって頭を下げるアスカに、もういいから、とミサトは笑顔で早く席に着くように促す。

「アスカ。元気になったみたいでよかったね」

シンジは勇気を振り絞ってアスカに声をかけると、アスカは少しツンと澄ました表情になる。

「まあね。アンタもしばらく見なかったけど元気そうじゃない」

アスカがそう答えると、シンジは少し嬉しそうな顔をした。

「聞けば、アンタとミサトが碇司令に、アタシを作戦のメンバーに入れるように頼み込んだそうじゃない。何度も何度もさ」

ゲンドウはアスカは逆効果になると言って、さっさとドイツに強制送還する方針を固めていたのだ。
住みなれたドイツの方が治療効果も高まるだろうと言う事だった。
アスカが少し照れくさそうにそう言うと、シンジは少しだけ顔をほころばされた。

「まったく、アタシはドイツに帰りそこなっちゃったわよ。ま、そんなにアタシの力が必要って言うのなら協力してあげないこともないわよ?」
「うん、アスカが居てくれたら助かるよ……」

顔を赤くしたシンジはそれ以上喋らずに黙り込んでしまった。
その姿を見てアスカは気まずくなったのか、どっかりと席に座りこんだ。
ミサトはシンジたちの姿を見て、少し安心したように溜息をもらして胸をなでおろした。

「それでは、チルドレンが揃ったところで作戦の内容を説明します」

リツコの声でまた発令所の空気が引き締まる。

「エヴァも無くなったのに……エヴァに乗れないアタシに今さら何の用があるって言うのよ……」

アスカはブツブツ言いながらリツコをにらみつける。
涼宮ハルヒの姿がディスプレイに映し出され、作戦の説明が始まった……。



<ミサトの愛車 ルノー車内>

ミサトの運転するルノーは、助手席にシンジ、後部座席にアスカとレイを乗せて第二新東京市のアパートへと向かっていた。

「アタシたちを生徒として転校させて潜り込ませるなんて、ろくな作戦を立てないわね、ネルフは」
「あたしが立てたんじゃなくてリツコよ。あたしも突然教師になれって言われて驚いているもの」

アスカのぼやきに対してミサトが答えた。
赤木リツコが立てた作戦はこうであった。
ネルフ本部からシンジ、レイ、アスカの三人を高校生として涼宮ハルヒと同じクラスに潜入させる。
そして元作戦部長のミサトは英語教師としてクラスの担任となる。
特務機関の権力をもってすればこのぐらいの手まわしはなんとか可能だった。
シンジたちの使命は監視の他にできれば友人となり、ハルヒにストレスを貯めさせたりしないように娯楽などを提供すること。
それには影ながらできる限りネルフも協力する。
こうして4人は、第二新東京市で新たな生活を始めることになった。
ネルフの手配した住居は、4LDKの新築アパートだった。
ミサトは以前のように保護者役を買って出る。
アスカとシンジは表面上は大喜びはしなかった。

「ま、作戦上仕方ないって言うなら」
「どうせミサトさんの事だから家事を押し付けるつもりでしょう」

渋々同意したことにはなったものの、また家族と言う形になれたミサトは喜んだ。
レイも同居することを勧めたのだが、レイは申し訳なさそうに同居は断る。

「私は一人の方が落ち着くから。まだ、騒がしいのには慣れていないの。ごめんなさい」

レイは隣の部屋に住むと言うことで同意した。
一人で4LDKは寂しいのではないかとミサトは少し心配していた。
引っ越しもスムーズに終わった。
ミサトはゴミと区別がつかなくなった荷物をほとんど捨てたし、シンジはチェロ以外たいした荷物は持っていない。
レイももちろん制服ぐらいしかなかったし、アスカの居た部屋は荒れた状態になっていたからである。
準備万端整えて、シンジたちは、ネルフは、涼宮ハルヒの入学を待ち受けた。



<第二新東京市立北高校 1年5組 教室>

第二新東京市は、使徒戦の時に第三新東京市から避難してきた人たちも多く移り住んでいて、鈴原トウジや相田ケンスケ、洞木ヒカリも中学2年の時にこちらに家族ごと移り住んでいた。
だが、シンジはトウジたちと違う学区の中学校でこの一年を過ごしていたし、アスカはずっと病院に入院していたため顔を合わせることはなかった。
しかし、涼宮ハルヒが入学する予定の第二新東京市立北高校で偶然にも強制的に再会をさせられることになってしまう。
シンジはもちろんのこと、今まで旧友たちと顔を合わせることを何となく避けていたアスカも、ヒカリたちとの再会を戸惑いながら喜んでいた。
入学式が終わり、クラスではミサトの自己紹介の後、一人一人の自己紹介が行われることになった。

「じゃあ、次は涼宮さんね」

ミサトに指されて、身長158cm、黒髪黒目、腰まで伸びるストレートヘアの美少女といった外見の涼宮ハルヒが勢い良く立ち上がった。

「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい!以上!」

ハルヒがしゃべっている間にも教室がざわめく。
教壇に居るミサト、前の方の席に居るシンジ、ハルヒの前の席に座っているキョン、ハルヒの真後ろに座っているアスカも驚いてハルヒを見ていた。

「え、ええと、じゃあ次は……」

いち早く復帰したミサトがキョンに声をかけると、キョンはぎこちなく、ごく普通の自己紹介をした。
拍手がパラパラとあがる。
キョンが座り、次はその後ろのアスカの番になったが、アスカは青い顔をしてブツブツと何か呟いている。

「惣流さん?」

ミサトが問いかけても、アスカはしばらくの間独り言を言うのを止めなかった。

「……あんな変な女と友達になるなんて絶対無理よ……悪夢だわ」

こうしてアスカとハルヒの最悪の出会いがスタートしたのである。