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第八話 市長邸強盗事件(問題編)
<ロレント市 遊撃士協会>

「仕事、お疲れ様」
「戦いだけがブレイサーの本分じゃないって、わかったでしょう?」

アイナとシェラザードがそう言って声をかける。
次の日の朝、昨日のカシウスの代理の仕事報告をエステルとヨシュアは行っていた。

「でも猫探しまでするとは思わなかったぜ」
「猫さんが飼い主と再会できて良かったじゃないですか、先輩」

同じく受付に居たナイアルとドロシーがそう話す。
二人は遊撃士協会のブレイサー評価システムに興味を持ってついて来ていた。

「父さんの代理の仕事もこれで終わりかあ」
「しばらくはゆっくりできるんじゃない?」
「それはそれで退屈かも」
「細かい仕事ならいくらでもあると思うよ」

和やかに話しているエステル達の雰囲気をぶち壊すように、慌てた感じのクラウス市長が遊撃士協会に飛び込んでくる。

「大変じゃあ!」
「どうしたの!?」
「ぜいぜい、はあはあ……一大事じゃ!」
「何があったんですか?」
「私が留守の家に強盗に入ったらしいのじゃ!」
「ええっ!?」
「現職の市長が犯罪を犯して自首しに来たのかよ!」
「市長さん、嘘だよね!?」

哀れみの目で自分を見つめるエステル達に市長は首をかしげる。

「私は何かとんでもないことを言ったか?」
「言ったわよ、奇跡的に意味の通じる文章を最悪の形で。ほら、落ち着いて深呼吸しなさい」

シェラザードにそう促されて市長は深呼吸をする。

「実は私が家を留守にしている間に、強盗が入ったのじゃよ」
「ちょ、ちょっとミネーヌおばさん達は?」
「無事じゃよ。屋根裏部屋に閉じ込められただけじゃった」
「よ、よかったあ」

市長の言葉を聞いてエステルは安心してため息をもらした。

「これは事件ね。現場検証をする必要があるわ」
「俺達も連れてって下さいよ」
「写真撮りますよ~!」

ナイアルとドロシーが同行を申し出るとシェラザードはため息をついて了承した。

「事件にはブンヤがつきものですぜ」
「わーい、カンシキさんみたいな事したかったんだ」
「来た仕事は全部リッジに押し付けてやって」
「ええ、わかったわ。気をつけてね」



<ロレント市 市長邸 市長の部屋>

エステル達が市長に案内されて市長の部屋に入ると、部屋中の物が散乱していた。

「うわー、めちゃくちゃじゃない」

そう呟くエステルの視線の先に、空っぽになった金庫があった。

「エステル君達が持って来てくれたセプチウムの結晶も盗まれてしまったよ」
「ところで、他の部屋はどうですか?」

ヨシュアの質問に市長は首を横に振る。

「いや、他の部屋はほとんど荒らされていないんじゃ。屋根裏部屋が少し散らかった程度でな」
「じゃあこの部屋を中心に捜査を開始しましょう。これだけ人数が居るんだから分担しましょう」
「どうするの?」
「エステルとヨシュアとドロシーさんは現場検証。私とナイアルさんで聞き込みを行うわ」
「わかりました」

シェラザードはエステルに白い粉の詰まった小瓶と鳥の羽を渡す。

「何、この粉?」
「指紋採取用の金属片の粉よ。やり方は授業で教えたわよね」
「はい」
「返事が一人分しか聞こえなかったけど、エステルはどうなの?」
「……ごめん、すっかり忘れちゃった」
「減点ね」

シェラザードはため息をついて手持ちの手帳に書き込んだ。

「手掛かりが揃ったら私の所に報告に来なさい。私は一階で市長さん相手に事情聴取をしているから」
「俺は他の人達の聞き込みをやってるからな」
「オッケー!」
「じゃあ、捜査を開始するわよ!」

シェラザードの号令で、市長宅強盗事件の捜査が開始された。
エステル達は部屋の入口の方から調べ始める事にした。
まず目についたのは空っぽになった小物入れだった。

「うわ、鍵が見事に壊されているわね」
「うん、焼きただれたように引きちぎられているね」
「とりあえず、証拠写真を撮っておきますね~」

ドロシーはそう言ってカメラを構えて写真を撮った。
エステル達は小物入れの写真を手に入れた。
次は側にある本棚を調べる。

「見事に荒らされているけど……」
「本が乱暴に床に落とされているね」
「何か無くなっている本とかあるのかな?」
「本を本棚に戻してみようか」
「その前に写真を撮りますね~」

ドロシーが写真を撮った後、エステル達は本を本棚に戻したが、無くなっている本は見当たらなかった。
エステル達は本が盗まれていないと言う手がかりを手に入れた。
次に市長の机の隣にある引き出しを調べた。

「行政関係の書類が入っているけど……この引き出しも荒れているね」
「でも本棚と同じで書類は散乱しているけど、中身は盗られていないみたい」

エステル達は中身の盗られていない引き出しと言う手がかりを入手した。
ツボの中身は空っぽだったが、元々大事なものを入れるツボでは無かったようだった。

「さて、いよいよ金庫ね!」
「……金庫の鍵には傷一つ付いていないね」
「ボタン式の鍵ね」
「暗証番号を入力して開けたんだと思う」
「じゃあ、犯人は暗証番号を知っていた市長さん?」
「そんなまさか。市長さん以外の誰かが金庫のボタンを押した事が分かればいいんだけど……ドロシーさん、協力して下さい」
「あっ、指紋を採るんですね~」

ヨシュアは金庫のボタンに粉をまぶして、鳥の羽根でゆっくりと慎重に粉を取り払って行く。
そして、ドロシーがカメラで撮影をした。

「これで、『指紋』って言うのが分かるの?」
「うん、メルダース工房で現像した写真を見れば、市長さんや犯人がボタンに触った跡が分かると思うよ」

部屋の中を調べつくしたエステル達はベランダも調べてみる事にした。

「手すりに何かを引っかいたような新しい傷があるわね」
「やけに床が泥だらけな感じがするし、メモしておこうか」

エステル達は人質になった市長夫人とメイドが押し込められたと言う屋根裏部屋を調べてみる事にした。

「あれ、葉っぱが落ちてる」

エステルは部屋の真ん中に落ちている数枚の葉っぱを拾い上げた。

「セルベの葉っぱだね。エステルも良く玄関とかに落としているし」
「ミストヴァルトの森で虫取りをしてると、つい服に付いちゃうのよね」

その後三人で手分けして屋根裏部屋を捜したが、特に手がかりは無かった。

「少し散らかっているだけで、特に何も無いようだね」
「見つけたのはセルベの葉っぱだけか~」

エステルはガッカリした様子でため息をついた。

「一回、メルダース工房で証拠の指紋を確かめてみようか」

ヨシュアの提案で、エステル達はメルダース工房に向かうことになった。
市長邸から外に出るとき、エステル達は玄関の鍵が壊されていない事を確認した。



<ロレント市 メルダース工房>

ドロシーがカメラを渡すと、それほど時間がかからずに証拠写真と指紋の写真が現像された。

「凄い、これが指紋なんだ」
「おかしいですねえ、市長さんの指紋しか無いみたいですよ?」

指紋写真を一緒に見ていたメルダースが何かに気がついたようにつぶやく。

「おい、多分手袋をつけた人間が触ったんじゃないか? 市長の指紋が部分的に欠けているしな」
「そう言われてみれば……」

エステル達はメルダースの助言により、犯人は手袋をつけた人間という手掛かりを得た。

「後は……何か話を聞かないと分からない証拠とかあるわね」
「市長邸に戻って聞いてみよう」

市長邸に戻ったエステル達はまずナイアルの聞き込みの結果を聞いてみる事にした。

「市長夫人のミレーヌさんの証言では、玄関の鍵はかかっていたそうだ。後ろから突然襲われて目隠しされて犯人の姿は見ていないらしい」
「メイドのリタさんの証言はどうなっていますか?」
「うーん、そっちも同じような状況だが、犯人によって厨房から食料がごっそりと盗まれたらしい」
「大食いの犯人だったのかな?」
「エステルちゃんのお母さんみたいな?」
「さすがにレナさんでも食いきれないほどの量らしいぞ」

最後に残ったシェラザードの市長に対する事情聴取の様子も聞いた。

「市長さんが帰った時は、すでに犯人は逃走していたみたいね」
「だからわしは姿を全く見ていないのじゃよ」
「エステル達がセプチウムの結晶を運んだ後、市長邸を訪ねた人物のリストも上がったわ」

シェラザードのメモには、アルバ教授、ナイアルとドロシー、メルダース工房の二人、カプア宅配便と書かれていた。

「俺達はロレントの街に到着して、すぐに市長さんのところに挨拶に行ったんだ。ロレントの街を取材する予定だったからな」
「アルバ教授も来てたんだ」
「彼はかなり歴史に精通していて、わしの本棚にある貴重な本の解説などをしてくれたんじゃよ」

市長はそう言ってうなずいた。

「メルダース工房の二人はなんで来たの?」
「実はセプチウムの結晶を加工してアクセサリーにして、アリシア前女王陛下へのロレント市民の感謝の気持ちを示そうと思ったのじゃよ」
「メルダースさん達が選ばれたんですね」
「アリシア様への贈り物が盗まれてしまうなんて……」

エステルは悔しそうに唇をかみしめた。

「この、カプア宅配便と言うのは?」
「小型飛行船で荷物を運ぶ帝国の運送業者だって話だな。鉄道に比べてまだ飛行船の運行が少ない帝国では商売繁盛しているらしい」

ナイアルがそう答えると、エステルはヨシュアに尋ねる。

「ヨシュアは帝国に住んでいたけど、知らなかったの?」
「僕の故郷のハーメル村は飛行船なんて来ないしね。特産物の無い貧しい村だから」

そう言ったヨシュアの顔には少し暗い影が差していた。

「帝国製のつぼを買ったので運んでもらったのじゃよ」
「ああ、部屋にあった大きなつぼね」
「体格の大きい大人が数人がかりでやっと運べそうなつぼだったね」

話を聞いたエステル達は気になる証拠などを固めるため、改めて市長に質問する事にした。

「金庫の番号を知っている人は市長さんの他に居ないの?」
「ああ、わし以外は誰も知らないはずじゃ。ただ、わしは番号を覚えるのが苦手でな、番号を書いたメモを本に挟んで隠してあったんじゃよ」
「エステル、もしかして本棚が荒らされた理由って……!」

ヨシュアはそう言ってエステルとうなずき合った。

「どうやら、手掛かりはそろったようね。一度まとめてみなさい」

シェラザードに言われてエステル達は手がかりをリストに書きだした。

・鍵が焼きただれて空っぽの小物入れ
・荒らされただけの本棚と引き出し
・金庫の鍵は壊されていなかった
・ベランダの手すりの傷
・屋根裏部屋に落ちていた葉っぱ
・手袋の形についた指紋
・大量に盗まれた食糧
・市長邸訪問者リスト
・番号を書いたメモ

「手掛かりは十分のようね、ここまでは満点ね」

シェラザードにそう言われたエステル達はほっと胸をなで下ろした。

「じゃあ、次からいよいよ推理に入るわよ。これから私がいろいろ質問するから、エステル達の考えを答えるのよ」
「新米遊撃士の推理力を見せてもらうぜ」
「頑張ってください」

エステルとヨシュアはつばを飲み込んで、シェラザードの最初の質問を待ち受けた。
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