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第七話 ナイアルさんとドロシーさん
<ロレント市 遊撃士協会>

「父さんの代理の依頼も次で最後だね」
「よーし、気合を入れて行きましょ!」

ヨシュアとエステルが気合を入れて遊撃士協会の受け付けに入ると、そこにはいつものようにアイナが穏やかな微笑みを浮かべて二人を迎えた。
側にはアイナと仕事の前の打ち合せをしていたのか、シェラザードも立っていた。

「おはよう、二人とも」
「バッチリ気合が入っているようね」
「当ったり前よ。で、どんな仕事なの?」
「リベール通信の記者さんの取材を手伝って欲しいそうよ。何でも伝説の遊撃士カシウス・ブライトに頼みたい事があるんですって」
「ええっ? いいの、あたし達で?」
「先生の代わりだってことでいいんじゃないの」

エステルとヨシュアは釈然としない様子で依頼主の記者が居ると言うホテルへと向かった。

「遊撃士協会の者です」
「鍵は空いてるぞ、入ってくれ」

ヨシュアがノックすると、男性の声が返って来た。
部屋の中ではタバコをくわえた男性が椅子に座っていた。

「リベール通信の記者の、ナイアルさんですね?」
「そうだが……何でお前たちみたいなガキどもがやって来たんだ?」
「ガキじゃないです、遊撃士です!」

エステルは怒った表情でナイアルに遊撃士協会の紹介状を渡す。

「カシウスは? カシウス・ブライトはどうしたんだ?」
「父さんは仕事で忙しくなって、あたしが代わりに来たのよ」
「何だよ、せっかくカシウス・ブライトに会えると思ったのによ」

ナイアルはがっかりした顔で頭をかいた。

「父さんに何の用があったのよ?」
「アリシア元王女の誕生祭の記事と一緒に英雄カシウス・ブライトのインタビュー記事を載せたいと思ってね」
「そんなのあたしが代わりに答えるわよ」
「エステル?」

自信満々に胸を張ってそう言うエステルにヨシュアは驚いた。

「あたしは父さんの事なら何でも知っているわよ、ほくろの位置とか母さんにしかられた事とかね!」
「ほう、それは面白いな。英雄カシウスの知られざる側面という記事が書けるかもしれないな」

ナイアルもエステルに興味をもったらしくニヤリと笑いを浮かべた。
ヨシュアの背筋に冷たい汗が流れた。

「じゃあ、まずは家族の写真から撮らせてもらおうか」
「えへへ、何か照れちゃうな。で、カメラはどこにあるの?」
「カメラマンはメルダース工房にカメラの修理に行っているんだ、少し待ってくれ」
「待つってどのくらい? こっちから迎えに行くって言うのはどう?」
「そうだな」

エステルとヨシュアとナイアルの三人は、メルダース工房へと向かう事になった。



<ロレント市 メルダース工房>

「うわーん、助けて下さいナイアル先輩」
「こ、困ったなあ」

メルダース工房の中で、ピンク色の髪をした若い女性の鳴き声が響いている。
フライディは困った顔でオロオロしている。
メルダースは渋い顔で壊れた飾り時計を見つめていた。

「フライディ、とにかくナイアルと言う男を探して来い。このままずっと泣かれちゃ、こっちがまいっちまう」
「はい、親方!」

フライディが外に出て行こうとすると、入口のドアが開き、ナイアル達が姿を現した。

「先輩~!」
「うわっドロシー、何しやがるんだ!」

いきなり泣きじゃくったドロシーに抱きつかれたナイアルは驚いた。

「一体、何があったんですか?」

涙声でナイアルに何やら訴えているのを見て、ヨシュアはフライディに質問した。

「このお嬢さんがカメラの修理を待っている間に、飾り時計を壊してしまったんだ」
「先輩~、私、お金が払えません」

それをナイアルは渋い顔で頭を押さえた。

「まったくお前は一人でカメラの修理もできないのかよ。俺がついて行くべきだったぜ」
「経費で落としてください~」
「落ちるか、バカっ! ……仕方無い、自腹を切るか」

ナイアルは財布を取り出してフライディに尋ねる。

「で、いくらだ?」
「修理代込みで2,000ミラです」
「じょ、冗談だろ! 旅費がほとんど無くなっちまう。お前のせいだろ、バカ!」
「壊すつもりは無かったんです~」

ドロシーを責めるナイアルの前に、エステルが割って入る。

「まあまあ、わざとじゃないんだから許してあげてよ」
「ありがとう、えーっと……」
「あたしはエステル。んでこっちはヨシュア」
「ありがとう、エステルちゃん」

エステルと笑顔で見つめあうドロシーを見て、ナイアルは盛大なため息を吐いた。

「おいおい、あいつら急に仲良くなりやがったな」
「エステルもメルダース工房でいろいろ壊してますから……」
「なるほどな……意気投合したか……」

疲れた様子のナイアルとヨシュアにエステルが笑顔で話しかける。

「ねえねえ、うちにご飯食べに来ない? そうすれば、旅費の節約になるじゃない」
「そりゃ、俺も助かるが……いいのか?」
「母さんもきっと喜ぶと思うし……」
「「ねー」」

エステルとドロシーは声をそろえてそう言った。
ナイアルとヨシュアはあきれるしかなかった。



<ロレント市 居酒屋アーベント>

「いやあ、奥さんの話を聞けるなんて嬉しいですね~」
「ふふ、あまりうちのひとをいじめる記事を書かないでくださいね」
「はい、英雄カシウスのイメージを崩さない程度にさせていただきますよ」
「少しぐらいこらしめてあげなきゃ、調子に乗られても困るわ」

メルダース工房の外に出たエステル達は、ロレントの街の通りで主婦仲間のステラと一緒にランチを食べに来たレナと会った。
そして合流してナイアルとドロシーの取材を受けながらの食事になった。

「俺達までご馳走になってすいません」
「私もいつもたくさん食べているから、気にしなくていいのよ」

レナの言葉の通り、レナの前にはたくさんの皿が積まれていた。

「秋になるとね、もっと食べたくなっちゃうのよ」
「そ、そうなんですか……」

食事が終わった後もしばらく会話を楽しんでいると、店のテラス席の方から甲高い婦人の声が聞こえて来た。

「アリルちゃーん、アリルちゃーん、どこに行ったの?」
「何だ?」
「迷子かな?」
「行ってらっしゃい、エステル」
「うん!」

レナに笑顔でうなずいて、エステルは婦人の方へ駆けて行った。
ナイアル達が慌てて後を追って行く。

「何かお困りですか?」

エステルに声をかけられて婦人は振り返った。

「あら~、あなたは?」
「ブレイサーですけど」
「ブレイサーさん、聞いてくれる? うちのアリルちゃんがお昼寝をしていたら行方不明になっちゃったの」
「それは大変ね! で、その子の特徴は?」
「アリルちゃんは、小麦色の毛並みをした猫なの」
「こんな感じですか?」

ヨシュアがエステルの髪を指差すと婦人はコックリとうなずいた。

「かーっ、遊撃士としての仕事ぶりを取材できると思ったが、猫探しかよ」
「先輩、猫ちゃんが危険な目に会っているかもしれないんですよ!」
「兵隊さん達の行き届かない所を助けるのがブレイサーですから」
「ちっ、仕方無いな」

エステル達一行は猫を探しに街を歩き回り、すぐに猫を見つけたが、猫の逃げ足はすばしっこく、結局餌付けして捕まえた。

「なんだか、パーゼル農園の事といい、僕達追いかけてばっかりだね……」

疲れながらも、ヨシュア達はなんとか猫のアリルを婦人の元に連れて帰った。

「ありがとう、ブレイサーさん」

婦人と別れたエステル達一行は、今度は教会の前で困った様子の若いカップルを見つけた。

「どうしたんですか?」
「ぼ、僕達の結婚指輪がカラスに盗られてしまったんです! あれが無いと結婚式ができない!」
「任せてください、あたし達がきっと指輪を見つけてきます! あたし達、ブレイサーですから!」
「ほ、本当かい!? ありがとう、ありがとう……」

自信満々のエステルにそう言われた若いカップルは感激してお礼を言った。

「カラスはどっちの方へ飛んで行ったんですか?」
「街の北の方へ飛んで行ったよ」

ヨシュアの質問に若いカップルの男性はそう答えた。
それを聞いたヨシュアは考え込んで呟く。

「すると……翡翠の塔かな?」
「おっ、いよいよ街の外に出るのか?」

ヨシュアの言葉を聞いたナイアルは舌なめずりするような顔になった。

「街の外は危険ですよ」
「そうよ、魔獣だっているし」
「お前さん達、遊撃士なんだから俺達を守るぐらいできるだろう?」
「お願いします~」

エステルとヨシュアは仕方無く二人を連れて街の外に出る事になった。



<ロレント市郊外 マルガ山道>

「わーい、魔獣さんです! はい、チーズ!」
「ドロシーさん、そんなに近づいたら危険ですよ!」

ヨシュアが危なっかしい動きをするドロシーに注意を促す。
しかし魔獣は、ドロシーのカメラのフラッシュにより目が眩んだようで、動きを止めている。
エステルはひるんだ魔獣達をコテンパンに伸していく。

「やるわね、ドロシーさん!」

エステルの言葉にドロシーも笑顔で親指をグッとあげる。
翡翠の塔までの道中や、翡翠の塔の内部もドロシーの活躍もあってか、順調に進む事が出来た。
そしてついにエステル達一行は翡翠の塔の屋上に到着した。

「あっ、あそこにカラスの巣がある!」

エステル達が近寄ると、カラスはあっという間に逃げて行った。

「ごめんね、驚かせて。でも指輪を盗んじゃうキミも悪いんだよ」

エステルはカラスの飛び去った方向に向かってそう呟くと、巣の中を探して指輪を探し当てた。

「指輪、みっけ!」
「よかったね、エステルちゃん!」

はしゃぐ二人をよそに、ナイアルは気持ち良さそうに煙草を吸いながら景色を眺めている。

「おーい、ドロシー。雑誌の写真用に風景を何枚か頼む」
「はーい!」

ヨシュアは何かの気配を感じたのか、屋上から階段を覗き込んで大声を出した。

「隠れている人、出て来てください!」
「……いやあ、参りましたね」

そう言って階段から姿を現したのは、眼鏡をかけた穏やかな顔をした青年だった。

「どうして、僕達の跡をつけて来たんですか」

ヨシュアが厳しい目つきで追及すると眼鏡をかけた青年は慌てて弁明を始めた。

「私は怪しいものではありません。私の名前はアルバ、考古学の教授で王国内の遺跡などを回っているんです」
「ふーん、先生なんだ」

姿を見せたアルバ教授に興味しんしんと言った様子でエステル達が集まってくる。

「でも教授の仕事は薄給でして……護衛の遊撃士を雇うお金もないんです」
「それで……僕達が塔に入るのを見て便乗したわけですか」
「声をかけてくれればよかったのに」
「一緒に行動すると、料金がかかってしまいますからね」

アルバ教授はそう言って苦笑した。

「でも、こうして存在を知っちゃったから、帰りは別行動と言うわけにはいかないし……」
「ですが、私は料金が……」

アルバ教授の言葉を聞いたナイアルが何かを閃いたような顔になる。

「じゃあ教授さん、この塔の考古学的価値を解説してくれないか? そうしてくれれば、料金は俺達が持つぜ」
「なるほど、それは魅力的な提案ですね」

アルバ教授は屋上の真ん中にある台座のような物の前に立って、穏やかな口調で話し始める。

「この翡翠の塔が建てられたのは……」

翡翠の塔の歴史や構造的特徴などを立て板に水が流れるようにスラスラと解説するアルバ教授。
熱心にメモを取るナイアルと興味深そうに耳を傾けるヨシュアとは対照的に、ドロシーは気ままに写真を撮りまくり、エステルは首をカックンカックンしていた。

「エステル、眠っちゃダメだよ」
「こう言う話を聞くと、つい眠気が……」

ヨシュアはときたま揺さぶってエステルを起こしていた。

「……というわけです。ご静聴、ありがとうございました」
「いや、あんた詳しいな」
「ふぁあ、やっと終わった」

アルバ教授の話が終わるとナイアルは感心したようにため息をもらし、エステルは大きなあくびをした。

「それじゃあ、日が沈む前に街に帰ろう」
「あの、帰りにご一緒して頂く上にずうずうしいお願いなのですが、この装置の写真を撮って頂けないでしょうか?」
「ドロシー、撮ってやれ」
「はい、はーい! ……いい顔してますね、キュートですよ!」
「面白い写真の撮り方をしますね」

エステル達はアルバ教授を同行者に加えて来た道を戻り、日が沈む前にロレントの街に戻る事が出来た。

「あー、すっかりお腹ペコペコだよー」
「ありがとうございました。では、私はこれで失礼します」

そう言って立ち去ろうとしたアルバ教授をエステルが呼び止めた。

「ねえねえ、教授も一緒に家でご飯を食べていかない?」
「いいのですか?」
「大丈夫、うちってお客さんが来る事が多いから」

ブライト家の夕食の席ではヨシュアとナイアルとアルバ教授で遺跡や取材の話で盛り上がり、エステルはドロシーやギルドへの報告のついでに引っ張って来たシェラザードやアイナ達と盛り上がった。
賑やかな食卓にレナも嬉しそうだ。
こうして今日も充実したエステルとヨシュアの一日は過ぎて行った。