第五話 魔を呼ぶ七曜石の輝き
<ロレント市 遊撃士協会支部>
ブライト家でたっぷりと休息をとったエステルとヨシュアは、パーゼル農園の仕事の報告と、新たな仕事を受けるために遊撃士協会へと向かった。
「なるほど。魔獣を逃がしてあげたのね」
エステル達の報告を聞いてアイナは少し考え込んだ。
「私は甘いと思うけど……それは不問にしておきましょう」
エステルはアイナの言葉に安心を覚えるよりも、驚いた様子だった。
「遊撃士の使命は人々を守り、正義を貫くこと……でも守り方はいろいろあるし、正義の数は星の数ほど存在するわ。あなた達もそれを感じ取れるようになりなさい」
「なるほど、遊撃士というのは奥が深いんですね」
アイナはそう言うと、手元にあった報告書に+1と書きこんだ。
「遊撃士の仕事は魔獣退治だけじゃ無くて、総合的な判断能力と、柔軟な問題解決能力が要求されることもあるのよ」
「ひょええ、遊撃士って大変ね」
エステルはアイナの言葉を聞いて溜息をもらす。
「ふふ、精進しなさい。今回は評価もおまけしておいたから」
アイナはさらに報告書に+1と書き込み、8級の昇格を認めると書いた。
「おめでとう。今回の事件解決で、あなた達は一番下の9級から、8級へと昇格したのよ」
「ええっ、そんなすぐに昇格できていいの?」
「まあ、8級への昇格条件は緩くてお祝いみたいなものだから。これが8級昇格と同時に送られる至急品よ」
そう言うとアイナは戸棚から戦術オーブメントを取り出してエステルとヨシュアにそれぞれ渡した。
「それは情報のクォーツ。魔獣がどの属性の攻撃に弱いとか、ギルド員が集めた努力の結晶よ。あなた達も見た事の無い魔獣を見つけたら、登録をお願いね」
「昆虫図鑑みたいなものね、ワクワクするわ」
エステルとヨシュアが興味深く情報のクォーツを調べている様子をしばらく眺めていたアイナは、苦笑しながら二人に声をかけた。
「そろそろ、次の仕事の話をしていいかしら?」
「あ、すいません」
「待ってました! どーんと来いってもんよ! 今度も魔獣退治?」
意気込むエステルに対してアイナは静かに首を振る。
「いいえ、今度は物品運搬の依頼よ。依頼主は、何とクラウス市長。簡単な仕事だって聞いているわ」
「簡単な仕事って……言われても」
「依頼主が市長さんじゃ無かったら、引き受けたくない仕事の誘い文句なんですけど……」
「ふふ、詳しい事情は市長さんに直接聞いてみてね」
エステルとヨシュアは市長邸に向かったが、市長は用事で夕方まで帰らないと言われてしまった。
「急ぎの用事じゃないのかな……?」
とりあえず、二人は遊撃士協会に戻って掲示板の依頼を片付ける事にした。
「出来そうなのはこの3つだね」
ヨシュアが指差したのは、街道灯の交換、兵士訓練、ミルヒ街道の魔獣退治だった。
「街道灯の交換……ってメルダース工房の依頼かぁ。あそこって苦手なのよね」
「……それは君が店の商品を壊しまくってるからだろうね」
「だって、面白そうなものを見るといじらずにはいられないんだもん」
<ロレント市 メルダース工房>
「おい、あの栗毛の元気なお嬢ちゃんが来るぞ! フライディ、早く高価な製品を倉庫にしまえ!」
「はいっ、メルダース親方!」
何度も被害を受けたメルダース工房のエステル対策はエステルが準遊撃士になっても変わらないようだ。
「はぁはぁ……今日は何の用だい……?」
息を切らせてカウンターに戻ったフライディがエステルに尋ねた。
「えっと、街道灯の交換……って言う依頼の件で来たんだけど……」
「ええっ!?」
「お嬢ちゃん、あんた壊すのが専門だろ?」
エステルの言葉にフライディとメルダースは驚きの声を上げた。
「ひどいよ~、二人がいぢめる~」
「えっと、お急ぎの件だとお聞きしましたが、エステルには僕が絶対に触らせないと約束するので、任せていただけませんか?」
ヨシュアがフォローになっていないフォローをすると、二人は顔を見合わせて相談を始めた。
「時間が無いし、手遅れにならないうちに」
「……まあ、仕方あるまい」
フライディは真新しいオーブメント灯を取り出すと、ヨシュアに説明を始めた。
「君に修理してもらいたいのはロレントからミルヒ街道に出て、6番目の街灯の交換なんだ。整備パネルの解錠コードは544818で……」
フライディとヨシュアの会話を、仲間外れにされた感じのエステルは面白くなさそうな顔で眺めている。
「オーブメント灯にはね、魔獣除けの効果があるんだけど、オーブメント灯が故障すると逆に中に入っているセプチウムが魔獣を呼び寄せてしまう効果があるんだ。だから街道の安全のためにももっと早く交換したかったんだけどね」
「ほら、エステルにも出来そうな仕事があるよ。魔獣を追い払うんだってさ」
「どーせあたしは肉体労働派ですよーだ」
ヨシュアはオーブメント灯を割ってしまわないように気を付けながら歩いている。
エステルはそんなヨシュアが魔獣との戦闘に巻き込まれないように警戒しながら二人でミルヒ街道を進んで行った。
しかし、運良くたいした魔獣に襲われること無く、エステル一人で余裕で倒せるほどだった。
二人が無事に街道を進んでいると、街灯の一つの周りに魔獣達が集まっているのが見えた。
まだ大した数ではないが、このまま放置するとさらに魔獣が集まって来そうな感じだった。
「どうやら、あの街灯みたいだね」
「じゃあ、魔獣はあたしに任せて!」
エステルは魔獣達の前に踊り出ると、思いっきり挑発をした。
「ほらっ、かかって来なさいよ!」
すると魔獣達はオーブメント灯やヨシュアを無視してエステルを狙って動きはじめた。
「鬼さんこちら、手のなる方へ~」
エステルは挑発を続けて魔獣達をオーブメント灯から離れた広い場所までおびき寄せると、その長い棒で魔獣達を次々と攻撃して倒して行った。
「エステル、お疲れ様。オーブメント灯の修理は終わったよ」
ヨシュアがそう言った時には魔獣はエステルの強さに恐れをなしたのか、ほとんど去った後であり、残った魔獣達も修理されたオーブメント灯には興味が無くなったのか立ち去って行った。
「次は、魔獣退治と兵士訓練って依頼だけど……大丈夫?」
「あたしは暴れ足りないぐらいよ☆」
そう言って棒をグルグルと勢い良く振り回すエステル。
エステルがまだまだ元気だと言う事で、二人は街には戻らず仕事を続ける事にした。
街灯を修理した二人は次なる依頼人が待つヴェルテ橋に向かってミルヒ街道を進んで行く。
すると、街道の脇に手ごわそうな魔獣の姿が。
「もしかして、コイツが手配魔獣?」
「そうみたいだね……待って、エステル」
ヨシュアは素早く戦術オーブメントを付け替え、情報のクォーツを付ける。
すると、クォーツの表面に魔獣のデータを示す文字が次々と表示された。
「魔獣の名前はパインプラント。炎に弱い魔獣のようで、倒すと爆発するって言うから、止めを刺す時は離れた場所からってデータベースに載っている」
「アーツは苦手なんだけど、仕方無いわね」
エステルはそう言って、自分のスロットに取り付けていた戦術オーブメントを水のクオーツHP1から火のクオーツ攻撃1へと取り換える。
ヨシュアも再び情報のクオーツを火のクオーツ攻撃1へと付け替え、エステルと視線を合わせて頷く。
これで二人とも魔獣の弱点であるファイアボルトのアーツでの攻撃が可能になったわけだ。
「よし、行っくわよ!」
魔獣との戦闘に突入した二人はファイアボルトの詠唱を開始した。
魔獣の方も二人に気がついたのか、アーツの詠唱を開始する。
「ぐっ!」
わずかに魔獣のアーツ、アクアブリードの詠唱の方が早かったようだ。
ヨシュアに向かって水柱が降り注ぐ。
しかし、ヨシュアはそのダメージに耐え抜いて、ついにファイアボルトの詠唱を完了した。
続いて、エステルもファイアボルトの詠唱を終え、二つの火球が魔獣に向かって命中した!
どうやら、エステルの火球はいつもより威力が強かったようで、魔獣は爆発し、すぐに戦いは終わった。
「ふー、情報のクオーツがあってよかったわね」
「そうだね、直接殴っていたら爆発に巻き込まれて痛い目にあっただろうね」
「あたしの武器は棒だから平気だったかも」
「僕の武器は短剣だから、全然平気じゃないよ」
「まあ、戦術オーブメントの大切さは身にしみてわかったわ」
「それじゃあ、エステルも嫌がらないで戦術オーブメントの勉強をしないとね」
「……わかったわよ」
アーツの詠唱とヨシュアのダメージで少し疲れたものの、まだまだ大丈夫だと言う事で、エステル達は兵士訓練という依頼のあるヴェルテ橋へと向かう事になった。
<ヴェルテ橋の関所>
リベール王国内での移動は飛行船が一般的なものになってしまい、徒歩で都市間を移動する人はほとんど居なくなってしまった。
「ふああっ、君達は修行中の遊撃士かな?」
「凄い、何でわかったの?」
自分が名乗る前に身分を見抜かれたエステルは驚いた。
「そりゃあ、徒歩で旅をするなんて、大きな貨物を持った商人か、遊撃士ぐらいなものだからさ。あまりに人通りが無いから、暇つぶしに雲の形で連想ゲームを始めちゃったよ」
そう言って門番のスコットは大きく欠伸をした。
みれば、もう一人の警備についている兵士のハロルドも警備そっちのけで本を読んでいる。
「門を通りたいなら、隊長の許可を一応もらってきてよ。平和な世の中なんだけど、規則だからね」
「あたし達、門を通りたいんじゃ無くて、隊長さんに依頼を受けてきたのよ」
「ふーん、何の依頼だろう? 特に最近は事件も起こっていないはずなんだけどな。ああ、退屈……」
エステルとヨシュアはのんきな門番の兵士に見送られて、関所の建物の中に入った。
「おや、エステル君とヨシュア君じゃないか。いつもうちのルックの遊び相手をしてくれて助かるよ」
入ってきた二人の姿を見た隊長のアストンはそう声をかけた。
「父親としてなかなか顔を合わせられないのは失格だな」
「あははっ、父さんはそれが理由で軍隊を止めたってあたしに言ってました」
「私はカシウスさんみたいに遊撃士としてやっていく自信が無いからなあ」
前述の通り、遊撃士には総合的な判断能力と柔軟な問題解決能力が必要であり、組織の一員として命令を遂行する軍隊とはまた違った面がある。
それぞれ人には向き不向きがあるといったところだろうか。
「ところで、君達は何故ここに?」
「僕達はギルドで依頼を見て、お任せしてくれないかと思ってこちらに来ました」
「そうか、私もだらけきった部下達に気合を入れるために訓練相手を募集していたのだが、君達のやる気を分けてやりたいぐらいだ。是非お願いするよ」
話し合いがまとまったところで、すぐにエステル・ヨシュアの遊撃士チームとスコット・ハロルドの門番チームの模擬戦が門の前で行われることになった。
「全員、位置について。5歩前進! 構え! 前へっ!」
アストンの号令と共に、銃剣を装備した兵士二人が戦闘態勢に入った!
「エステル、行くよ!」
「わかったわ!」
掛け声とともに二人は兵士のうち、ヨシュアの近くに居たスコットに集中攻撃を加える。
「うわああ、降参です」
兵士スコットはろくに反撃ができないままあっさりと膝を折った。
もう片方の兵士、ハロルドはペイント弾でエステルの目を封じる作戦に出た。
「きゃあ、目が見えない!」
「エステル、落ち着いて! こう言う時はアーツを使うんだ!」
ハロルド一人では挽回できず、訓練は遊撃士の二人の勝利に終わった。
「まったくもう、情けないな。本当に兵隊さんなの?」
そう言って溜息をついたエステルにスコットも負けずに言い返した。
「う、うるさいな。君みたいな野生児と一緒にしないでくれ!」
「あんですって~!」
怒った顔で棒を振り回しながら追いかけるエステルと必死に逃げ回るスコット。
「スコットのやつ、まだあんな体力が残っているじゃないか」
「エステルも大人げないな……」
残された3人は半ば呆然としながらその様子を見守っていた。
「エステル君、ヨシュア君、今日は本当にありがとう。君達のおかげで、部下達も少しは目が覚めたようだよ」
「あたし達も勉強になりました」
「はは、これからも君たちの活躍を祈っているよ」
<ロレント市 市長邸>
「さてと、市長さんは戻って来ているのかしら」
「忙しい人だからね、わからないよ」
小さな3つの依頼の報告を終えた二人は改めて市長邸を訪問した。
「……おお、エステル君とヨシュア君。先ほどは留守にしていた時に来てくれたみたいですまなかったな」
玄関で二人が話していると、二階からクラウス市長の声が聞こえ、階段を下りてその姿を現した。
「話は聞いているよ。カシウスさんの代わりに仕事を引き受けてくれるそうじゃな?」
「うん、そのつもりだけど……父さん程役に立てるかわからないし」
「まあ、こんな所で立ち話もなんじゃ。続きは書斎の方でさせてもらうよ」
エステルとヨシュアはクラウス市長の書斎まで通された。
3人は椅子に腰かけ、お手伝いさんが持ってきたお茶を飲んで落ち着いたところで話を再開する。
「なに、内容はいたって簡単な仕事で、正直ギルドに頼むほどではないと思ったのだがね。なかなか手が空かないものでな、つい頼んでしまったんじゃ」
「運搬の仕事だって聞きましたけど、何を運べばいいんでしょうか?」
ヨシュアの言葉に市長は頷いた。
「うむ、北のマルガ鉱山からセプチウムの結晶をここに届けて欲しいのじゃ」
「セプチウムって……大きいものはとっても高価よね?」
「昔からマルガ鉱山ではセプチウムが豊富に採れるんじゃが……大きな結晶が採掘されたので女王様に献上しようと思っての。今は鉱山長に保管してもらっておるのさ」
「その結晶を運ぶんですか? 責任重大ですね」
ヨシュアがそう言うとクラウス市長は穏やかに微笑んだ。
「まあ、そう気負う事ではあるまい。引き受けてくれんか?」
「宝石の運搬か……魔獣退治とは別の意味で緊張しちゃうけど……」
エステルはそう言って考え込んだが、すぐに表情を明るいものに変えた。
「うん、やらせてください!」
「おお、やってくれるか!」
市長は嬉しそうにそう言うと、封筒のようなものをエステルに渡す。
「これはわしからの紹介状だ。これを見せれば鉱山に入れるようになるはずじゃ」
「じゃあ、行ってきます!」
二人は勢い良く市長の家を飛び出して行った。
市長は嬉しそうにその姿を見送っていた……。
<ロレント市郊外 マルガ山道>
「さてと、市長さんの依頼も大事だけど、オーヴィッドさんの依頼物も探さないとね」
「うん、でもそんなに時間は割けないよ」
市長邸から中間報告に遊撃士協会に戻ったエステルとヨシュアは、受付でアイナに向かって必死に訴えている中年の男性の姿を目撃した。
アイナは幾度となくやんわりと断ろうとしているようなのだが、男性はどうしても依頼をしたい様子だった。
「これだから、田舎の遊撃士協会は頼りにならんのだ!」
その言葉を聞いたエステルは、勢いでホタル茸の採集と言う依頼を引き受けてしまったのだ。
目的地は偶然にもこれから行くマルガ山道だったし、オーヴィッドも次の飛行船が来るまでに急いでいると言う事で、引き受けた。
「ホタル茸はセプチウムの土壌豊かな場所に生える、緑色に光るキノコって言っていたわよね?」
「でも、そんな簡単には見つからない……」
「ねえ、あそこの草むらなんかに、ありそうじゃない?」
ヨシュアが暗にエステルに諦めさせようとしたその時、エステルは何かをかぎ取ったのか草むらに向かって駆けだしてゆく。
「むふふ、見つけちゃった♪ 収穫~」
「君の勘は犬より凄いね」
エステルは手にしたホタル茸を嬉しそうに眺めている。
「ぼんやりと緑色に光ってキレイよね~。こうして勢い良く振り回すと、光が踊っているみたい」
エステルはヨシュアに見せつけるようにグルグルと手に持ったホタル茸を振り回す。
「エステル、早くそのホタル茸をバッグの中にしまった方が……」
ヨシュアがそう言いかけた刹那、3匹のこうもり猫のような魔獣が二人に向かって襲いかかってきた!
しかしエステルとヨシュアはこのような雑魚の魔獣にやられるはずもなく、数分でそれらの魔獣を撃退した。
「はあ、ビックリした~」
「アイナさんに注意されたじゃないか。ホタル茸の光で魔獣が寄ってくるかもしれないって」
「ごめーん、ヨシュア」
気を取り直して二人はそのままマルガ鉱山へと向かう事にした。
入口の番をしている鉱夫に市長の紹介状を見せて奥へと入って行く。
途中でエレベーターの鍵を借りたエステル達はさらに地下へと潜った。
鉱山の奥深くで掘っていた鉱山長を見つけ、エステルは声をかけた。
「ほう、あんた達がギルドから連絡のあったカシウスさんの代わりに来たって言う遊撃士か」
「はい、クラウス市長の依頼できました」
そう言ってヨシュアは市長の紹介状を鉱山長に渡した。
「それで、結晶はどこにあるんですか?」
「大事なものだからな、金庫にしまってあるのさ」
エステル達は鉱山長に金庫のある場所へと案内され、鉱山長からセプチウムの結晶を受け取った。
「うわあ、こんな大きなセプチウムの結晶なんて見た事無いわ……」
「凄い、中から光があふれ出ているようですね」
「風の力を秘めたエメスラスの結晶だ。これだけ大きいと宝石としての価値は莫大なものになる。間違いなく市長さんに届けてくれよ」
セプチウムの結晶を受け取ったエステルはまた無邪気に振り回した。
「ほらほら、まるで妖精が舞っているみたいよ!」
さらにエステルはホタル茸をカバンから取り出して、その手に握る。
「これで、双子の妖精~! 見て見てヨシュア!」
「エステル、落とさないうちに止めた方が良いよ」
「ちぇっ、張り合いが無いんだから」
鉱山長は少し顔をひきつらせたような笑みを浮かべていた。
「お嬢ちゃん、元気があるようだけど、本当に大丈夫か?」
「すいません、僕がエステルに良く言って聞かせますから」
騒がしいエステルとヨシュアの二人組が立ち去った後、鉱山長はやれやれと溜息をついた。
「まあ、あの若い遊撃士のお嬢ちゃん達はどうせおとりだ。あの結晶だって良くできたガラス製のニセ物だから気にすることはないか……」
鉱山長はそう呟くと再び仕事を再開した。
そしてしばらく経った後、リベール軍の兵士がセプチウムの結晶を受け取りにやってきた。
鉱山長は、エステル達が訪問したときとは別の金庫を開けてセプチウムの結晶を取り出すと、やってきた兵士に向かって渡す。
「市長さんまでのお届け、どうかよろしくお願いします」
しかし、しばらく結晶を見つめていた兵士は困ったような表情を浮かべる。
「失礼。私の実家は宝石商を営んでいるのですが、私が見たところ、これはガラス玉のような気がするのですが」
「な、なんですって!?」
驚いた鉱山長は、側に居た鉱夫の一人に質問する。
「なあ、本物の結晶を入れていた金庫は、左だったよな?」
「いえ、違いますよ、迷った末に本物は右の金庫に入れたんじゃないですか」
鉱夫の答えに鉱山長は顔が青くなった。
「じゃあ、俺はあのお嬢ちゃん達に本物を渡してしまったというのか!?」
「駆け出しの準遊撃士に高価な宝石を渡してしまったんですか、しかもおとり役の……」
兵士も困惑した顔になり、同行していた小隊の兵士達と相談を始めた。
「それでは、我々は急いでその遊撃士の二人を追いかける事にします」
「すまねえ、兵士さん。俺のおっちょこちょいなミスのせいで」
急いで鉱山を出て行く兵士達の姿を見送った後、鉱山長は手を合わせて祈った。
「ああ、エイドス様。あのお嬢ちゃんが、結晶を割ったり盗まれたりされないようにしてください……」
そんな鉱山長に、鉱夫の一人が気まずそうに声をかけた。
「あの、あっしもあのお嬢ちゃんからエレベーターの鍵、返してもらっていないんですが」
その頃、マルガ山道を移動していたエステルとヨシュアの二人は、自分達の周囲に感じる異様な気配に身を震わせていた。
「なんか、行きとは違ってそこらじゅうから魔獣の気配やら、嫌な雰囲気がぷんぷんするんですけど……」
「うん、もしかしてエステルの持っているホタル茸とセプチウムの結晶の相乗効果があったりするのかもしれないね」
「嫌なこと言わないでよ……」
そんなことを言いながらロレントの街への帰り道を歩いていた二人だが、後ろから冷たい殺気の様なものが迫っているのが分かった。
それはどんどんと二人に近づいて来る。
「エステル……!」
「わかったわ!」
二人は顔を見合わせると、大きく横に飛び退き、後ろを振り返り戦闘態勢に入った!