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[18644] けいおん! ベースボール!桜が丘高校の軌跡
Name: アルファルファ◆dbeaba9b ID:3a0f4cc8
Date: 2010/05/12 19:09
※けいおんを元にした野球小説です。

※原作と比べると全員チートキャラになりぎみです。

※できるだけわかりやすくしているつもりですが、野球のルールを知らない方は読んでも面白くないかもしれません。

※私は巨人ファンなので、それ系のネタが多いかもしれません。

以上でも構わないと言う方はお読みいただけると幸いです。上の記事から読んでください。時系列順になっています。



[18644] ベースボール! やまぶき高校(ひだまりスケッチ)VS桜が丘高校(けいおん!)
Name: アルファルファ◆dbeaba9b ID:89bd4936
Date: 2010/05/06 22:32
ここはとある市営の野球場。ここで世紀の大決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。





「吉野屋先生、なんでいきなり野球をやることになったんですか?」

ゆのが担任の吉野屋に尋ねた。

「高校同士の触れ合いの場を増やす行事の一環です。」

「触れ合い?」

「はい。同じ年代の同じ高校生たちがお互いを理解し学び合うことはとても大切なんです。」

「は、はあ・・・・。」

「あっ、でも触れ合いといっても放送コードに引っかかる事やエッチな事は考えてはいけませんよ?」

吉野屋が顔を真っ赤にして否定した。

「(そんなこと考えるのはあんただけだ。)」

吉野屋以外の全員が同じツッコミをした。

「それで先生。今日のお相手の桜が丘高校の人たちってどんな子たちがいるの?」

「そうですねえ。あちらで働いてる後輩の話だと手のかかる子たちだけど可愛いいって言ってましたね。」

吉野屋は自分で持っていた大きな紙袋をヒロと沙英に渡す。

「それじゃあ、私は少しご挨拶をしてこなければいけませんから、それに着替えておいてくださいね。」

吉野屋が渡していったのは山吹色をしたやまぶき高校チームのユニフォーム。

「先生目にクマが出来てたけどこれだのせいだったのかしら。」

「他にすることがないのか、美術教師・・・・。」

ヒロと沙英はただ呆れるのみだった。





「どう?私の自信作!桜ヶ丘高校野球チームのユニフォームよ!!」

山中さわ子が着替え室でババンと広げたユニフォーム。桜をイメージしたピンクのユニフォームだった。

「今回は普通なんだな・・・。また変なの作ってくるかと思ったぜ。」

律がほっと胸をなで下ろす。

「あの、先生。今日対戦するやまぶき高校の人たちってどういう方たちなんですか?」

「う~ん、やまぶきで働いてる先輩から聞いただけだけど、変わり者ぞろいだけどいい子たちらしいわよ。」

生徒たちがユニフォームに着替える。

「ええっ!?これって野球のユニフォーム?私たち野球をやるの?」

「今までずっと何を聞いていたんだ、唯。」





両チーム終わって試合前の挨拶になった。

「山中ちゃん、お久しぶり。元気にしてた?」

「はい。ご無沙汰してます。吉野屋先輩もおかわり無いようですね。」

吉野屋とさわ子は軽く会釈をして談笑していた。

「吉野屋先生。こちらの方はお知り合いなんですか?」

ゆのが吉野屋に尋ねた。

「はい。大学の後輩で音楽教師をしている山中さわ子さんです。同じ教育学部に通っていたんですよ。」

「今日はよろしくお願いします。」

「そちらが山中ちゃんの生徒さん?」

「ええ。皆ご挨拶して。」

やまぶき高校と桜高の面々が自己紹介をする。

「それにしても、山中ちゃん。前より腕が上がったわね。」

吉野屋が桜高チームのユニフォームを見て微笑みながら言った。

「そう言っていただけると嬉しいです。でも、まだまだ先輩の域には達していませんけど。」

「うふふ、山中ちゃんは量をこなす専門。私は一つの作品を作り込む専門。求められる能力は違うわ。」

先生二人が何を話しているのかさっぱり分からない。

「あの、先生・・・・。一体何の話を・・・・?」

澪がさわ子に尋ねた。

「今日の試合のユニフォーム、見せ合いっこしようって先輩と約束していたのよ。」

「見せ合いっこ?じゃ、じゃあ、そちらのチームのユニフォームも?」

「私の手作りですよ。」

吉野屋が即答した。

「だって、着ている子の魅力を最大限に引き出すためにはオーダーメイドが一番じゃないですか。」

「そうですよね、先輩。やっぱり可愛い子たちには可愛い服を着せないと!」

「うんうん。山中ちゃんも服飾同好サークルの時と全然変わっていないわね。」

先生二人以外は全員同じツッコミを頭の中でした。

「(似たもの同士・・・・っていうか同じタイプの人だ!)」





『さて、高校同士の親睦を深める交流試合。本日の実況はやまぶき高校OG・元放送部の藤堂です。』

『解説は桜ヶ丘高校OG・元生徒会長の曽我部です。よろしくお願いします。』

『こちらこそよろしくお願いします。さて、早速ですが、本日のオーダーをご紹介します。』

先攻 やまぶき高校チーム
1番 センター   乃莉
2番 ライト    なずな
3番 セカンド   宮子
4番 ショート   ゆの
5番 キャッチャー ヒロ
6番 ピッチャー  沙英
7番 レフト    吉野屋
8番 サード    真美
9番 ファースト  中山

後攻 桜が丘高校チーム
1番 ピッチャー  田井中律
2番 ショート   中野梓
3番 ファースト  琴吹紬
4番 サード    秋山澪
5番 キャッチャー 山中さわ子
6番 センター   真鍋和
7番 ライト    平沢唯
8番 セカンド   平沢憂
9番 レフト    鈴木純



「宮ちゃんが四番じゃなかったっけ!?」

「あ~、ごめ~ん。書き間違えた~。」

「私が四番なんて聞いてないぞ!」

「だって今さっき決めたんだも~ん。」

多少の手違いはあったが試合はそれらすべてをスルーして始まった。





「プレイボール!!」

『先攻はやまぶき高校チーム。一番センター・乃莉選手。』

「お願いします!」

乃莉がヘルメットを被り、元気よく声を出してバッターボックスに入った。

律がおおきく振りかぶって投げる。

「ストライク!」

ノビのあるストレートをインコースいっぱいに決めた。第二球を振りかぶって投球。

「ボール!」

アウトコース低めに外れてワンストライクワンボール。第三球を投げ・・・・

「っ!!」

乃莉は必死に食らいついたが空振りしてストライク。

「(りっちゃん、勝負球はフォークよ!)」

「(変化球なんて投げられるか!)」

律は高めの釣り球で勝負をかける。

乃莉は思いっきりそれを振りきってバットに当てた。カキンという乾いた音を立てて土のグラウンドを転がる。

ムギと憂の守備位置の真ん中を抜けてライト方向へ転がっていった。



『やまぶき高校チーム、先頭打者ヒットで出塁!次は二番・ライトなずな選手です!』

『恐らくバントで送って3・4番勝負でしょうね。』

なずなはバッターボックスにこわばった表情で入る。最初からバットを寝かせてバントの構え。

「(バントを阻止するにアウトコース低めにボールを投げて頂戴。)」

さわ子が律とサイン交換をして指示を飛ばす。野球のルールをよく知らない律はその指示に従う。

第一球はボール。第二球もボール。

「(まずい・・・・。カウントが悪くなった。よし、高めの速球で・・・・。)」

律は振りかぶってさわ子の構えたキャッチャーミットよりやや高めにボールを投げる。

なずながすかさずバットを出してボールに当てる。

「あっ!」

なずなのバントした野球は高く上がってキャッチャーの頭上へ。そのままミットに収まった。

「アウト!」



『なずな選手・バント失敗!ワンアウト一塁になりました!』

『これは痛いミスですね。この後の攻撃に差支えがでなければよいのですが。』

『次は三番・セカンド宮子選手です。クリーンナップがチャンスを広げられるでしょうか。』



「ごめんなさい・・・・・。」

「仕方ないよ、なずなちゃん。誰だってうまくいかないことはあるから。」

「そうだよ、なずな殿。私がその分取り返してあげるから任せたまえ。」

宮子はそう高らかに言って左バッターボックスに入った。

「あら、宮子さんって右利きよね?なんで左バッターボックスに入るの、真美?」

「ええっと、なんで、ゆのさん?」

「ええっ!?私も知らない・・・・。」

中山、真美、ゆのの三人は誰一人分からなかったので三年生が代わりに答えた。

「野球選手の中には普段使う腕と違う方の腕で投げたり打ったりする選手がたくさんいるのよ。」

「左バッターボックスの方が一塁に近いから走ってセーフになる確率が高いんだよ。」

「「「へえ~。」」」」



「く~!!なかなか手強い!!」

律はマウンド上から歯ぎしりする。ツーナッシングからカットで粘って次が九球目。

「これでどうだ!」

低めいっぱいの渾身のストレート。

「もらった!」

宮子はフルスイングして三塁方向に引っ張った。三塁線ギリギリで飛んでいく。

「取れない!」

澪がジャンプして食らいついたが、そのグラブの先をかすめて三塁線をバウンドしながら飛んでいく。

レフト純が前方に走って捕球する。乃莉は三塁を回ったところで止まり、宮子も二塁へ悠々到達して止まった。



『宮子選手、痛烈なヒット。ワンアウト2・3塁!!』

『今のはコースぎりぎりのいい球だったんですが、うまく打ちましたね。』

『次は4番・ゆの選手です。』



「ゆのさん、頑張って!」

「大きいのお願いね!」

真美と中山が声援を送る。ゆのは自分に合わせて小さいバットを持って打席に入った。

一方、さわ子がキャッチャーマスクを外してマウンドの律の所に向かう。他の内野陣も集まる。

「律、どうする?敬遠して満塁策を取るか?」

「待って、澪ちゃん。あの5番の子も力ありそうよ。危険じゃないかしら?」

「そうだな。勝負しよう。それでいいよな、さわちゃん?」

「あなたたちに任せるわ。じゃ、しっかり抑えてよね。」

さわ子はそれだけ言うと律の肩をぽんと叩いて戻っていった。



ノーストライクツーボール。

「(どうしたの、りっちゃん?勝負するんじゃなかったの?)」

「(そのはずなんだけど、めっちゃストライクゾーンが小さいんですけど、この子。)」

アイコンタクトでそう会話する。

「ええい、ままよ!」

律はやぶれかぶれでど真ん中に投げた。

「き、来たっ!!」

ゆのは咄嗟のことに少しバットを出し遅れた。すくい上げるようなバッティングになってライト方向に飛んで行った。



「よし、これだけ飛べば犠牲フライには十分だね。」

「乃莉ちゃん、サードベースに戻って!!」

ヒロが大声を出して乃莉に指示を出した。乃莉もそれを了解してベースに足をつけてすぐに走れる態勢で打球を見守った。



「うわ、こっち来た!!」

唯はどこにボールが落ちてくるか分からず右往左往していた。

「お姉ちゃん、私に任せて!」

セカンドの憂が猛然とダッシュしてライトの定位置よりやや右方でボールをキャッチした。

「行ける!!」

乃莉はそれを見てすぐさまタッチアップした。前方ではキャッチャーのさわ子がマスクを外していた。

さわ子は乃莉のいる方向にミットをずらしている。そこに、外野から返球された球が返ってきた。

「ええっ!?」

乃莉は咄嗟にホームベースの手前でタッチをかわそうとしたが、間に合わず・・・・・。

「アウト!!チェンジ!!」



「ごめんなさい、1点取れませんでした。」

乃莉が申し訳なさそうに帰ってきた。

「仕方ないよ、乃莉ちゃん。セカンドの・・・憂ちゃんっていったっけ。すごく返球が良かったから。」

「そうですね。まっすぐビュッってホームまで飛んでいきました。」

ゆのになずなが話をあわせて乃莉に仕方ないと言う。

「さあ、次はこっちの守備だよ。みんな頑張って。」

「「おおー!!」」





『1回の裏・桜が丘高校の攻撃は1番・ピッチャー田井中選手。』

「よし、じゃあかっ飛ばしてくるぜ。」

律がバットを持って意気揚々とベンチを出て行く。

「おい、律。あんまり大振りしないでコンパクトに当てていくんだぞ。」

「心配すんなって。」

律は親指をグッと突き出して笑う。律は左打席に入ると松井秀喜の癖を真似して打席に入った。

「さあ、来い!!」

律は威勢よく言い放ち、バットを振った。

「ストライク!!バッターアウト!!」

『沙英選手、先頭バッターを三球三振に仕留めました!!いい立ち上がりです!!』

実況の声が桜が丘高校ベンチに重くのしかかる。

「だから大振りするなって言っただろ!!」

「バッターの醍醐味はホームランだろ!!」

澪と律が口喧嘩をしているのを横目に見ながら梓が出て行く。



『桜が丘高校の二番は中野梓選手です。ここで一本打てるでしょうか。』

梓はバットを寝かせてバッターボックスに入る。少しでも遠心力をつけて打球を飛ばすためだ。

「(沙英、まずはアウトコース低め。)」

「(うん。)」

沙英は大きく振りかぶって第一球を投げた。

「っ!!」

梓はバットに辛うじて当てたが振り遅れてファウル。

「(思ったより速い・・・・でも、コントロールが言い分球が軽いみたい・・・・。)」

第二球は外れてボール。第三球は空振りしてストライク。

「(よし、低めに落として三振を取ろう。)」

沙英は力を込めて渾身のストレートを投げようとした。が・・・・

「あっ!!しまっ・・・・。」

力みすぎてボールが指に引っかかってど真ん中にスローボールが飛ぶ。

「ど真ん中・・・・!!」

梓が強振。ボールはピッチャーの足元でバウンドして二遊間を抜け・・・・なかった。

セカンドの宮子がベース上にいてボールをキャッチ。

「ゆのっち!パス!」

倒れ込んだまま宮子がゆのにグラブトス。そのまま一塁に送球してアウト。セカンドゴロ。

「ゆのっち、ナイス!!」

「えへへ、宮ちゃんこそ。」

『ああっ!!中野選手、セカンドゴロ!!』

『かなり息のあった連携プレーでしたね。なかなかできることではありませんよ。』

『ツーアウトランナーなし。次は三番・琴吹選手。資料によるとかなりのパワーヒッターだそうです。」

『やまぶき高校チームは長打に警戒が必要ですね。』



ヒロが立ち上がって両腕を広げて前に押すジェスチャーをする。

「・・・・?乃莉さん、ヒロさんは何をしているんですか?」

野球のルールを知らない吉野屋がお隣のポジションの乃莉に尋ねる。

「あれは後ろに下がって守備をしろっていうサインです。相手が遠くに打球を飛ばす選手ですから。」

「ああ、なるほど~。」

吉野屋は了解して後ろに下がっていった。外野フェンスまで行ってそこに寄りかかってバッターボックスを見る。

「って、違いますよ、先生!このへんです!」

乃莉が走っていって吉野屋に正しい後退守備の位置に連れて行った。



ムギがバッターボックスに入ってバットを構えた。

「(沙英、初球は外し気味でいくわよ。どのくらい飛ばすのかを見てみないと。)」

「(分かった。)」

沙英はホームランを打たれないようにわざとバッターに当たりそうな角度で投げた。

「くっ!!」

ムギはそれをカットした。バックネットを越えてファウルボール。

「(危なかったわ・・・・。もう少しでフライになるところだったわ。)」

ムギは内心冷や汗をかいた。次はボール球に手を出さないように自己自制を心がける。

「ああ、君。ちょっといい?」

審判がタイムをかけてムギに話しかけた。

「バット新しいの持ってきて。」

「えっ?」

よく見ると金属バットの細い部分に亀裂が入っていた。力任せに振ったせいでヒビが入ってしまったのだった。

「ごめんなさい、バットが折れちゃいました~。」

ムギが一旦ベンチに戻って新しいバットを担いで持っていく。

「「(どうしたら金属バットが折れるんだ・・・・!!)」」

ベンチでは本人以外の全員が同じ感想を持った。

「(よし、次は外角低めに・・・・。)」

沙英はカウントを稼ぎに低めいっぱいに投げた。

「えいっ!!」

ムギはそれを打ち返した。ライトの方向へボールが飛んでいく。なずなは打球を取れずにフェンス際まで追いかけていった。

『右中間を破る痛烈なヒット!!琴吹選手、一塁を蹴って二塁へ・・・・』

なずながようやくボールをキャッチして宮子に中継プレー。その間にムギは三塁にまで達していた。

『ツーアウトランナー無しからスリーベースヒット!!得点圏にランナーを出しました!!』



「うわっ、チャンスで回ってきちゃった・・・・・。」

澪は嫌そうな顔をしながらヘルメットをかぶる。

「澪先輩、ファイトです!」

「一発お願いします!」

「ああ、うん・・・・。」

澪は梓と純の声援に言いよどんでしまう。

『四番・秋山選手の登場です。四番の一振りで先制点をあげられるでしょうか。どうでしょう、曽我部さん?』

『キャーーーー!!澪ちゃん頑張ってーーーー!!・・・・・コホン、すみません・・・・。』

『(曽我部さん・・・・・)』



「こんな沢山人がいるところで・・・・恥ずかしい・・・・・。」

澪は心の中で縮み上がっていた。球場には選手の他にも学校の生徒達や地域の方々も見物に訪れている。そして・・・・

「秋山先輩頑張って~!!」

「澪先輩カッコイイ~!!」

下級生に人気の澪には特設の応援団がいた。

「(この子動揺してるみたいね。よし、それなら・・・・)」

ヒロは横目に観察して澪の精神状態を読み取った。

「(沙英、ストレート勝負よ。どんどんカウントを取りに来て。)」

アイコンタクトで沙英とコミュニケーションを取り、甘いところにミットを構えた。

「ストライク!!」

沙英は次はインコースに食い込む球を投げた。

「ストライクツー!!」

完全に振り遅れて空振り。

「(よし、これで決まりだよ!)」

沙英はアウトコース低めぎりぎりにストレート。

「ひいっ!」

澪はかろうじてバットに当てたが、高く上がってショートへ。そのままショートフライに終わった。



『両チームとも初回でチャンスは作りましたが得点は入りませんでした。0-0で2回の表です。』

『互角の勝負ですね。お互い守備の好プレーが出ています。点取りゲームにはならなそうですね。』

『ということは、投手戦になるということですか?』

『それは分かりませんが、お互いに我慢の展開が続くでしょうね。』





『2回の表・やまぶき高校の攻撃は5番キャッチャー・ヒロ選手です。』

場内アナウンスが流れる。ヒロはヘルメットを被って素振りをしながら出て行く。

「うん、じゃあ行ってくるわね。」

「ヒロさんヒロさん。下半身にどっしり体重をかけてからバットを振ると球が飛びやすいんだよ。」

「宮ちゃん?なんでそれを私に言うのかしら?」

「えっ?だってヒロさんが一番重くて力が・・・・(カキンッ)」

「素振り完了。じゃあ本当に行っきます。」

「・・・・行ってらっしゃい。」

ゆのは隣でノビている宮子を横目に見ながら言った。



ヒロはバットを短く構えて左バッターボックスに入る。

「(まずは外角低め。いいわね?)」

「(分かった。)」

律は外角低めにストレートを放る。

「ストライク!!」

次のボール、その次のボールは際どいところでボール判定。

「ファウル!!」

4球目は一塁線に切れてファウル。そして5球目。

「うっ・・・!」

ヒロが打った打球は詰まって高く打ち上げてしまった。そのままライト定位置の方向へ。そのままフライの当たりだ。が・・・・

「うわっ、どうしよう、どうしよう・・・・(ポトリ)」

ライト・唯が一旦落下点に追いついたが落球。ヒロはライトエラーで出塁した。



沙英は打席に入ると、右肩を人差し指で叩いてからバットを構える。

「(バントのサインね。)」

ヒロは一塁ベースからリードを大きく取らず、すぐに走れる態勢を取った。

「(ヒッティングの構えからすぐにバントに切り替えて・・・・。)」

沙英がそうこう考えているうちに低めのストレートがやってきた。

「あっ、しまった!」

沙英のバントはバットに当てそこねてサード方向にショートフライを打ち上げてしまった。

「(これだとアウトね。)」

ヒロは一塁ベースに戻る。しかし、澪は一瞬ヒロを見てからボールを取らずに少し待った。バウンドして澪のグラブに収まる。

「えっ!?い、いけない!!」

ヒロは慌てて二塁に向けて走り出す。しかし、間に合わずコースアウト。ショート梓が一塁に転送してダブルプレイ。

『やまぶき高校、送りバント失敗でダブルプレイ!!』

『今のは秋山さんの頭脳プレイでしたね。本来ならそのまま取っても良かったのですが、敢えて見送りましたね。』

『ゴロの場合には進塁義務が発生しますからね。これは落ち着いて処理した秋山選手の勝利でしょう。』

『はあ、私の澪ちゃんが大活躍を~』

『さて、ツーアウトランナー無しで7番・レフト吉野屋先生をバッターとして迎えます。』

藤堂は曽我部を軽く無視して実況を続けた。



「(若い生徒たちに混じって試合に出てみたはいいものの・・・・)」

吉野屋は自分の運動神経に自信を持てずにいた。さて、これからどうするか。

「あの、先輩・・・・。」

キャッチャーのさわ子が声をかける。

「バットの持ち方が逆なんですけど。」

吉野屋は右打席に入っているにも関わらず左手を上にして構えていた。さわ子に正しいバットの握り方を教えられる。

「プレイ!!」

吉野屋は明らかなボール球を振ってストライク。

「タイム!!」

間髪入れずに乃莉がタイムをかけて走ってくる。

「どうしたんですか、乃莉さん?」

「先生、ストライクゾーンって知ってます?」

「ストライク・・・・ゾーン?」

乃莉が簡単に解説する。

「分かりました。ここら辺からここら辺にボールから来たら振るんですね?」

「そうです。先生初心者ですからあんまり難しいことは言いませんけど、あまりブンブン振っちゃダメです。」

吉野屋は乃莉にお礼を言って打席に戻る。試合が再開した。

「(りっちゃん、ここに投げて。)」

「(えっ?そんな甘いところ投げて大丈夫?)」

さわ子のミットは甘いコースを要求していた。

「(平気よ。先輩は運動神経良くないから。)」

律は自信を持って思いっきり腕を振ってど真ん中に投げた。が・・・・

吉野屋はバットを思いっきり振った。その勢いでバットが右方向に飛んでいくが、その分遠心力で打球が飛んでいく。

ショート梓の頭上を超えてワンバウンドでヒット。吉野屋は悠々一塁に到達した。

『やまぶき高校チーム・7番吉野屋選手ヒットで出塁!!レフト前に引っ張りました!!』

『泳がされた分打球が死にましたね。真芯に当たっていたら外野フライでしょうね。』

『次は8番・サード真美選手です。ここから一点を取りに行けるでしょうか。』



「(さて、と。じっくりいい球を待たないと。)」

真美は考えた。ランナー吉野屋は足が遅いのでよほどいいヒットを打たない限りは三塁まで進めない。

「ストライク!!」

第一球、第二球とも見逃してストライク。三球目、四球目は見送ってボール。

「えいっ!」

律の第五球目は高めのストレート。カットしてファウル。

「あっ・・・・!」

律の第六球はすっぽ抜けて丁度ど真ん中に来た。

「飛べーーー!!」

真美の打球はまっすぐセンター後方へ。

「ヤバイ!和ーーー!!」

和は全力疾走でフェンス際まで追いかける。後ろ向きのままグラブを頭上に掲げた。

「よし、捕ったわ!」

和のグラブの中にボールが入っていた。ランニングしながらそのままフェンス際で止まる。

「アウト!3アウトチェンジ!」



「もうちょっとだったのにな~。」

真美が悔しそうにベンチに戻ってきた。

「惜しかったね、真美ちゃん。」

「ありがと、ゆのさん。次はちゃんと打つから。」

「その意気その意気。さ、次の守備も頑張らないと。」

中山が真美のグラブを取り出す。ヘルメットを外した真美と中山が仲良くグラウンドに出て行った。



一方、桜ヶ丘高校ベンチでは・・・

「危なかった~。和さまさまだな。」

「すごいです、和先輩。ランニングしながら背面キャッチですよ。」

律と梓が褒めるが、和は大したことないといって謙遜した。





『え~2回の裏の攻撃。5番・キャッチャー山中選手。』

「よし、行ってくるか。見てなさい。教師のパワーを見せてあげるわ。」

さわ子は張り切ってバットを振りながら打席に立った。

「ボール!!フォアボール!!ランナー一塁!!」

さわ子はバットを置いて一塁に走っていく。

『沙英選手、ツースリーのカウントからフォアボール!!ノーアウトのランナーを出しました!!』

「ま、これも勝負のうちね。あなたたち、後は頼んだわよ。」

さわ子はベンチに声を掛けていった。



『次のバッターは6番・真鍋選手』

「よ~し、ノーアウトのランナーか。一発派手なのを頼むぞ、和。」

律が和の背中をぽんと叩いて送り出した。和は何度か大きく素振りをしてから打席に立った。

ヒロがサインを送る。沙英が軽く頷いてインコースにボールを投げた。和はそれを見送った。ボール。

「(いい選球眼ね。次はストライクを取らないと、沙英。)」

次はアウトコースの甘い球。和がすかさず反応した。両手でバットを持って思いっきりプッシュした。

「っ!!」

打球はピッチャーとファーストの間をうまく転がった。ファースト真美が取って一塁に転送。

「アウト!!」

セカンドの宮子がカバーに入りボールをキャッチした。その間にランナーさわ子は二塁に進塁した。

和はそのまま歩いてベンチに下がってきた。

「さすが和ちゃんね。強打と見せかけてバント。相手チームが驚いてたわ。」

「うん、これでさわ子先生が二塁。チャンスが広がったな。」

ムギと澪が和に高評価。が、律が不満そうに言った。

「かーっ!!和!!バントなんてせこいことしないで思いっきりかっ飛ばせよ!!」

「三球三振よりはいいでしょ?」

和のその返しは律の心にグサリと突き刺さった。

「次は唯の番か。唯はバントでいいや。次は憂ちゃんだし。」

律は和に対する対応とは違って全く期待していない口調で言った。

「むむむっ、信用していないね、りっちゃん。あたし、絶対に打つからね。」

「そうです。お姉ちゃんは絶対に打ちます!」

「その根拠のない自信はどこから来るんだよ?」



「プレイ!!」

『1アウト2塁。バッターは平沢唯選手。ここはどういう勝負に出るでしょうか?』

『できれば進塁打といったところでしょうか。実は8番の平沢憂さんの方が強打者と情報が入っています。』

『そんな話をしている間にツーストライクノーボール。追い詰められました。』



「(沙英、どうする?)」

「(外角低めいっぱいで。)」

肩が暖まって調子が出てきた沙英は三振が取れると踏んで三球勝負に出た。

「えいっ!!」

二塁ランナーの動きを確認してから渾身のストレートを投げる。ヒロの要求通りの最高のコース。が・・・

カキンッという乾いた音を立ててライト方向にライナー性の当たりが飛んでいく。

「う、嘘っ!?今のを打たれた!?」

沙英は呆然とした。完全なスピードとコースの球を打たれてしまった。一方、唯は・・・

「えっ!?当たった!!見てみて!!当たったよ!!」

バッターボックスではしゃいでいた。

「唯、急いでファーストに走るんだ!!」

「ああ、しまった!!」

唯が慌てて走り出す。その間にもボールはライト線を切りながら転がっていく。なずながようやく追いついて捕球。

「先生、回って回って!」

三塁コーチの純が腕を回す。さわ子は猛ダッシュしてホームベースにスライディングする。

なずなの送球は弱々しくヒロがホームベース前で捕球した時には既にさわ子が帰っていた。

『平沢唯選手、タイムリーヒット!!二塁ランナー山中選手が帰って一点入りました!!』

「はあ、はあ・・・・。全力疾走はきついわね・・・。」

さわ子は汗だくになって息を切らしながらベンチに戻ってきた。

「でも、よく唯があんな球を打てたな。なあ、和。」

「そうでもないわ。唯は昔からありえないくらいの強運の持ち主なのよ。」

和曰く唯は昔からこういうお祭りイベントではなぜか大活躍することを知っていた。当然という印象だった。



『次は8番・セカンド平沢憂選手。お姉さんをホームまで返せるでしょうか。』

『ここで追加点もしくはチャンスを広げることになるとやまぶき高校は正念場になりそうですね。』

「お姉ちゃん、私が絶対に返してあげるからね!」

憂の目には闘志の炎が上がっていた。

「(牽制球を挟んで落ち着こう。)」

沙英は気分を落ち着けるために軽く一塁に牽制球を投げた。が・・・

「あれ!?」

中山は驚いた。ベースを踏んでいなければならない唯がベースに戻っていない。

「うわ~、唯、何やってるんだ!」

「えっ?何?」

ファーストの中山がボールを持って追ってくる。

「唯、逃げろ!!とにかくボールでタッチされたらいけないんだ!!」

澪が必死に叫ぶ。唯はセカンドとファーストの間をうろうろする。

「宮子さん!!お願い!!」

中山がセカンドの宮子にボールを投げて挟み撃ちにする。

「そっち戻った!!パス!!」

宮子が中山に投げ返す。唯は慌ててセカンドへ。

「今度はそっち!!」

セカンド宮子に転送。が・・・

「あっ・・・・。」

宮子がボールを握りそこねて落球。その隙に唯はセカンドベースにスライディング。

「あはは、やっちゃった・・・・。」

宮子にエラー、唯に盗塁がついた。ワンアウト二塁に変わる。

『やまぶき高校に痛いミスが出ました!!』

『焦ってランナーをアウトにしようとしたのがいけませんでした。落ち着いていれば何の事ないプレーなんですが。』

「唯は危なっかしいけどチャンスは作ってくれるな。」

「全くです。これで先輩がアウトになったら私がお説教していたところです。」



「(お姉ちゃん、見てて!)」

憂はピッチャーからの第三球目を真芯で捉えた。

「うわっ!レフトー!」

沙英が打たれた瞬間にレフト方向を振り返って叫ぶ。

「えっ?右?左?それとも後ろ?」

吉野屋は鋭い当たりに驚き右往左往しているだけで球が全然見えていなかった。

「先生!後ろです!」

ゆのが大声で指示を出した。吉野屋は後ろに下がってグラブを差し出すが、その横をボールが抜けた。

二塁にいた唯は楽々生還。バッターの憂は二塁に到達した。

『平沢憂選手、レフトの頭上を超えるタイムリーツーベース!!桜ヶ丘チームに追加点!!』

「よっしゃああ!!」

ガッツボーズの桜ヶ丘ベンチと応援団。

『なおもワンアウト二塁!!更なる追加点のチャンスです!!』

「純、大きいのお願いね。」

「あのね、梓。私そんなに力ないんだけど。」

「次のバッターは律だからな・・・。なんとかお願い。憂ちゃんをホームに帰してくれ。」

「澪先輩まで・・・・。分かりました。やってみます。」



『レフト鈴木純選手がバッターボックスに入ります。』

『あれは振り子打法ですが、随分大振りですね。恐らくは次の田井中さんの前に一点取りたいんでしょう。』

『先程三球三振したからですか?』

『全く当たる気配がありませんでしたからね。』



「お願いします!」

純は初球から思い切って振ったが豪快に空振りしてストライク。

「(ねえ、沙英。あれ投げてみてくれない?)」

「(ええっ!!あれっ!?無理だよ。コントロールがうまくいかないし。)」

「(大丈夫よ。私が沙英の全てを受け止めるから。)」

「(全てを?)」

沙英の頭の中で教会のベルが鳴った。が、新郎新婦の登場の前でその妄想をかき消した。

「(ええと、じゃあ、分かった。投げてみる。)」

沙英は握りでグラブに手を入れ、人差し指と中指で挟んだボールを思いっきり投げた。

最初は普通に飛んでいたボールがベース前で大きく落ちた。

「ストライク!!」

純はバットが止まらずにハーフスイングをとられてツーナッシング。

『曽我部さん。今のボールは?』

『フォークボールですね。プロでもないのに投げられるなんて驚きです。』

『そんなに難しいんですか?』

『プロでも制球が難しいですからね。今のは落ち方もコントロールも完璧でした。』

「(次来るのは変化球?ストレート?分かんないよ・・・・。)」

純はストレートしか考えていなかったのが急に考えることが増えて混乱した。

「あっ・・・。」

気のない振り方で当てたあたりは平凡なセンターフライに終わった。

「すみません。全然歯が立ちませんでした。」

「気にすんなって。よ~し、次はあたしだな~。純ちゃんの分も打ってきてやるからな!」



『三球三振!!田井中選手、沙英選手のストレートの前に手も足も出ずに討ち取られました!!」

律はバットを引っさげて意気消沈して戻ってきた。

「だ~か~ら~当たりもしないのに大振りするなって何度も言ってるだろ!!」

「あたしはいつでもフルスイングなんだ!当てるバッティング?小技?そんなちまちましたの絶対無理!」

「威張って言うな!」





『桜ヶ丘高校2点先取。0-2で3回の表を迎えます。バッターは9番・中山選手です。』

『ここで反撃のチャンスが作れるかどうかがみどころですね。』

「よ~し、そんじゃあ行ってきますか。ここで一本打ってムード変えないと。」

「ごめんね。私が打たれたせいで。」

「先輩のせいじゃありません。それに、打たれたら打ち返せばいいんです。」

中山は右バッターボックスに入った。バットを短く持ちミート打法。

「(直球が速い。真美がフライとられちゃったし、ここはゴロ狙いで。)」

中山は2球目の外角の球をライト方向に流した。ピッチャーマウンドの横をバウンドして一二塁間。

セカンドの梓が飛びついたが間に合わず。が・・・

「捕った!りっちゃん!」

ファーストのムギが倒れ込んで捕球。すぐに起き上がってベースカバーに入った律に投げた。

「アウト!」

中山はファーストの好守に阻まれて出塁出来なかった。

「抜けたと思ったのにな。」

真美に続いて運悪く凡退に終わってしまい、がっくり首をうなだれた。



『打順が一番に戻りました。一番・センター乃莉選手です。』

「(どこでも打ってやる!)」

乃莉はバットを揺らしてタイミングを取る。ワンエンドワンからの三球目。

「ど真ん中!」

律の甘く入った球を弾き返した。セカンドの頭上を越えるライト前ヒット。

「よし!」

『ワンアウト1塁で次は二番・なずな選手。バントの構えです。』

『先程当たっている宮子選手に託すということでしょうね。ただ・・・』

『ただ?』

『バントの構えが先程と違いますね。これが何を意味しているのかに注目しましょう。』



ムギと澪がぐっとバント処理のために前に出てくる。

「(りっちゃん、今はワンアウトよ。どうせバントされてもツーアウト。早く処理してしまいましょう。』

「(分かった。)」

律が左足を上げて投球姿勢に入る。その瞬間、乃莉は一塁ベースから全速力で走り出した。

「盗塁!」

憂が叫んだ。律はそれを聞いてすぐにアウトコースに外した。

「えいっ!」

バントの構えからヒッティングに戻したなずなはボールの高さに合わせて空振り。乃莉を援護する。

さわ子はボールをキャッチするとすぐに二塁へ。しかし、焦って早く投げすぎたため・・・

「あっ!」

ショートの梓がボールを捕ろうとしたが、さわ子のボールが手前の全然違う場所でバウンドしてセンター前に転がる。

乃莉はボールが転がるのを見てすぐに三塁へ。だが・・・・

「アウト!」

サードにスライディングする前にサードの澪にタッチされていた。

「なんで!?」

信じられない展開に驚く乃莉。確かにセンター前に転がっていったはずなのに。

「乃莉ちゃんっていったっけ?君は知らないと思うけど、センターの和はすごく頼れる奴なんだ。」

「は、はあ・・・。」

「草野球だからな。きっとキャッチャーの送球を見てすぐにそれるだろうって判断して猛ダッシュしてきていたんだ。」

「うう・・・。もうちょっとしっかり見てれば・・・・。」

その後なずなは三振に倒れ、スリーアウトチェンジ。形としては三者凡退に終わった。



「それにしても和ちゃん。なんであんなにすごいキャッチができるの?」

今のもセカンドへの送球がそれた瞬間にダッシュして素手でボールをキャッチしていた。

「なんでって唯のせいじゃない。」

「えっ?そうだっけ?」

唯と和の小学生時代。体育のバスケットボールの時にキャッチング練習で唯の殺人パスでメガネを壊されたこと。

ソフトボールの時間に唯の魔送球で気絶させられ、救急車騒ぎになったこと。

休み時間のドッジボールでなぜか味方の和にボールが直撃して顔面を強打して鼻血が止まらなくなったこと。

「そんな事を繰り返しているうちに自分の身を守るためにボールのキャッチだけはうまくなったのよ。」

「和ちゃん、苦労してたのね。」

「なんて涙ぐましい努力の結晶なの。」

いつの間にかムギとさわ子がもらい泣きしていた。





3回の裏は2番・ショート梓からの攻撃。

「(今度こそヒットを・・・!)」

梓は甘く入ってきた初球を狙った。追っつけるようなバッティングでショートとサードの間をボールが抜けた。

『ノーアウト1塁!中野選手が先程の打席の屈辱を晴らすレフト前ヒット!次は強打者の琴吹選手を迎えます。」

「センターバ~ック!!」

ヒロがマスクを外して叫ぶ。内野も外野も後退した。前の打席が強烈に印象に残っているので全員の顔に緊張が走る。

「(ふうん。全員後退守備なのね。それなら・・・。)」

初球はボール球を空振り。そのスイングを見て内外野が若干後ろに移動する。

「(沙英。次はインコース低め。)」

沙英がその通りに投げる。

「来たっ!」

ムギはバッティングの構えを崩してすかさずバントをする。

「うわっ!」

ヒロがすぐにキャッチャーマスクを外してボールをキャッチ。そのまま一塁に送ってアウト。その間にランナーは二塁へ。

『意表をつくバント!しかし、キャッチャーのヒロ選手が落ち着いて捌きました!ワンアウト2塁!!」

『もしキャッチャーが慌てていたらノーアウト1・2塁になっていたかもしれませんから、被害を最小限にとどめましたね。』

『次は4番・サード秋山選手。四番の一振りで三点目を入れられるのでしょうか。0-2。正念場です。』



「なんで私にはチャンスで回ってくるんだ・・・・。」

澪は自分の運命に嘆息した。ムギが打っていてくれれば、と思わずにいられなかった。

「打つしかない、か。」

澪は腹をくくって打席に入る。沙英が二塁ランナーを確認してからボールを投げる。

「うっ・・・・!」

低めに来たボールを打ち上げたが、サード側の客席に入ってファウル。

「手が出なかった・・・・。」

次の球は見逃したがコースに決まってストライク。三球勝負に出た沙英は大きくモーションを取る。

「あれは・・・・フォークだ!」

澪は咄嗟にすくい上げるようなバッティングをする。コース低めに落ちてきたフォークをきっちりとらえた。

打球はドライブしながらセカンドの頭上を越えてワンバウンドのヒットになった。

「なずな殿!」

前進してきたなずながボールをキャッチして宮子に渡す。だが、宮子はバックホームを諦めた。

『桜ヶ丘高校チーム追加点!中野選手が生還して0-3!秋山選手のタイムリーヒット!』

『フォークボールにうまく当てましたね。勢いに逆らわず当てたバッティングが功を奏しましたね。』

その後はさわ子がサード内野フライ、和がショートゴロでこの回の攻撃を終えた。





『0-3とビハインドの展開のやまぶき高校チーム。イニング最初のバッターはセカンド・宮子選手。』

『ここで1点でも返せるとやまぶき高校にも流れが行きますね。』

律は宮子にまた粘られていた。ツーナッシングからカットカットですでに11球。辛抱強く打ち頃の球を待っていた。

「(内角低め、外角高め、内角低め、外角高めの繰り返し。なら、次は・・・・)」

宮子は頭の中で配球を計算して次の球を待った。そしてドンピシャの場所にボールが来た。

真芯に当たって良い音を立ててライナー性の当たりがショートとセカンドの間を飛んだ。が・・・・

「アウト!」

梓が全力疾走で追いついて後ろにさがりながらダイビングキャッチ。

『抜けたと思った当たりがショート中野選手のグラブの中に!!ワンアウト!!ショートライナーに倒れました!!』

『やまぶき高校チームは惜しい当たりが多いんですが。それでもアウトになってしまう野球の醍醐味といったところでしょうか。』

『さて、ランナーなしの場面で先程犠牲フライを打ったゆの選手、今度こそ得点に絡む活躍ができるでしょうか!」



「(今は負けてる。私の責任は重大。絶対に打たなくちゃ・・・・。)」

ゆのは闘志をたぎらせて打席に入る。が・・・・

「ボール!!フォアボール!!ランナー一塁!!」

先程の打席に影響でへとへとに疲れきった律はストレートのフォアボールを出してしまった。

「ヤバ・・・。次はしっかり抑えないと・・・・。」

律のその焦りが次のバッターヒロへの初球に出た。甘く入った球を痛打され、一二塁間を抜けるヒット。

「やったわ!」

ヒロがファーストベース上でガッツポーズ。

「沙英、私に続いてね。」

「うん、任せて。」

沙英にも初球から甘く入ってセンター前に弾き返された。

『桜ヶ丘高校チーム大ピンチ!!フォアボールの後、二連打でワンアウト満塁!!』

『やまぶき高校チームに取っては大チャンスですね。一気に大量得点を狙いたいところでしょうね。』

『今すかさずキャッチャー山中先生がピッチャーの元に向かいます。』

「りっちゃん。大丈夫?」

「ごめんごめん。ちょっと球が甘く入っちゃっただけだから。」

「本当に大丈夫?なんだったらピッチャーを誰かに代わってもらってもいいのよ?」

「疲れてどうしようもなくなったら少しだけ代わってもらうよ。」



「ワンアウト満塁か~。うん、大チャンスだね。」

「宮子さん、どうしましょうね。先生にまた何か教えた方が・・・」

「思いっきり打ってもらえばいいんじゃない?飛べば外野フライでも一点だし。」

「あの、スクイズとかはどうでしょう?」

なずなの提案に宮子と乃莉は頭をふった。

「吉野屋先生だと失敗するかもしれないね~。」

「先輩が空振りした後ゆのさんが飛び出してアウトになると思うよ。」

「あうっ・・・・。」

なずなはせっかくの提案にダメ出しされて涙目になった。

『あーっと、打ち上げてしまった!セカンド平沢憂選手落下点に入りました。アウト!』

吉野屋は二球目を打ち上げてセカンドフライに討ち取られた。



「(ツーアウト満塁か・・・。ここで打たないとうちの負けだよね。)」

打席に入った真美は気合を入れて打席に入った。律の構えからすぐにコースを読みきった。

「ここだ!」

アウトコース真ん中辺りに来たストライクの球を打ち返した。セカンドベースの真上を飛んでワンバウンド。

すぐさま和が補球するがその間に三塁ランナーのゆのがホームインして1点を入れた。

『真美選手、初球打ちでタイムリーヒット!!1-3!!2点差に縮めました!!」

ゆのはホームインしてから乃莉、なずな、宮子、吉野屋、中山とハイタッチした。

「よ~し、じゃあ私も真美に続くか~。」

「うん、頑張って!」



「(長打を打って同点にしたいところだけど、私の力でそれは欲張りすぎ。つなぎに徹するわ。)」

中山は打席に入るとバットを極端に短く持って当てることだけに専念した。

「こんの~!」

初球を当てたが打ち損なってバックネット方向へのファウルボール。二球目はボール。

「えいっ!」

四球目に来た高めの球はするどいゴロになって三遊間へ。澪と梓が飛びついたが取れずにレフト前に転がった。

レフトの純が捕球する間に三塁ランナーのヒロがホームイン。

『連続タイムリーヒット!!2-3!!じわりじわりと追いついています!!』

「よし!これで1点差!」

中山は一塁ベースで歓喜の声を上げた。

『さあ、ここで二打席連続ヒットの乃莉選手を迎えます、中盤4回の表にビッグイニングになりそうです!』

『満塁ですので敬遠はできません。見ごたえのある勝負になりそうですね。』



乃莉は打席に入るとまっすぐ外野方向を見据えた。

「(ヒットでなずなに大事な場面で回すのは可哀相だし、私がしっかりしないと・・・!)」

律の投げてくる球はひっかけさせてゴロで討ち取るためにアウトコース中心。乃莉はそれをひたすらカットした。

『乃莉選手、粘っています!!すでに14球を田井中選手に投げさせています!!』

『田井中選手も体力の限界が近づいているようですね。』

「あっ・・・・!」

あくまでさわ子はアウトコースにミットを構えた。が、律の投球がそれて内角の打ち頃の高さにいってしまった。

「待ってました!」

乃莉はそれを思いっきりフルスイング。打球は高く上がって放物線を描いてレフト後方へと飛んでいく。

『これは大きい!これは大きい!これは大きい!入るでしょうか!?』

乃莉の打球は風に乗ってぐんぐん飛距離を伸ばしていく。

『三塁ランナー、二塁ランナーも後ろからやって来る!!』

ツーアウト満塁で当たった瞬間にランナーたちは同時スタートでホームに走ってくる。

『レフトフェンス際!!鈴木選手がフェンスによじ登って・・・・。』

純は低いフェンスに足をかけて高くジャンプする。乃莉のホームラン性の当たりが飛んでくる。

「うわっ(パシッ)」

純は腕を伸ばしてグラブの中にボールを収めた。ボールをキャッチしたままフェンスから転げ落ちたが、ボールは死守した。

「アウトッ!!」

『レフト鈴木選手、乃莉選手の満塁ホームランを阻止!!2-3でこのイニングの攻撃を終えました!!』

『今のは解説のしようがありませんね。超ファインプレーです。』



「うわ~!!悔しい~!!」

乃莉はベンチに戻ってくると地団駄を踏んで悔しがった。

「乃莉ちゃん、惜しかったね。私も見ててホームランだと思ったのに。」

「ああ、もう、本当だよ!タッチアップで刺されるし、盗塁で刺されるし、満塁ホームランパーだし、運勢超最悪だよ!」

乃莉は走攻守で貢献している割に自分だけ割を食っているのが悔しくて仕方なかった。



一方、桜ヶ丘ベンチでは・・・・

「鈴木さん、よくキャッチ出来たわね~。」

「えへへ、まぐれですよ、まぐれ。」

憧れのさわ子に褒められて純は完全に舞い上がっていた。





4回の裏の桜が丘高校は7番・唯からの打順。唯は沙英の初球を打ち上げた。フラフラと上がった当たり。

「あ~、これはアウトね~。」

ムギがその打球を見てそう判断する。が、予想に反してショート、セカンド、センターの丁度中間に落ちた。

「うわ~、テキサスヒットですね~。」

梓が唯のあまりの強運ぶりに驚きの声を上げた。

続く憂はライト前ヒット、その次の純も今度は沙英の球をきっちり捉えてレフト前ヒットを放った。



ノーアウト満塁。三塁ランナー・唯、二塁ランナー・憂、一塁ランナー・純。

「ノーアウト満塁のチャンスです!!」

「違うぞ、梓。ワンアウト満塁だ。」

「そこ、普通にあたしの打席を無視するな!ちょっとは期待しろ!」

律が思わずツッコミを入れる。

「だって、なあ・・・・。律だしなあ・・・・・。」

「でも律先輩ももしかしたらまぐれで・・・・。」

「あの、りっちゃん。ダブルプレーでも一点入るから頑張って。」

全然期待していない表情で軽音部のメンバーが口々に言う。

「みんなであたしをバカにして!!ここにいる全員が忘れられない打席にしてやるからな!!見てろよ!!」

律は憤然として左バッターボックスに入った。

「さあ、来い!!」

ピッチャー沙英の初球。外角低めを外れてボール。

「ストライク!!」

二球目はライト方向へ飛んでスタンドに入るファウル。三球目は外角高めに外れてボール。カウント1-2のバッティングカウントになった。

「(沙英・・・・次は内角低めで。)」

キャッチャーのヒロがサインをマウンドに送る。沙英はそれにゆっくり頷く。そして、第四球を投げた。

「もらった!!」

律が強振。その球はピッチャーの横をかすめてまっすぐセカンド方向へ。しかし・・・・

「アウト!!」

宮子セカンドベース上で飛びついてキャッチ。そのままセカンドランナーの憂をタッチ。

「し、しまっ・・・・!!」

憂は咄嗟のことで反応出来ずアウト。宮子はすかさず三塁に投げた。真美がそれをキャッチして唯にタッチ。

「アウト!!」

「えっ!?」

唯も離塁していて何が起きたか分からず呆けている。まさかのトリプルプレー。ノーアウト満塁から一点も取れずに桜高チームはこの回の攻撃を終えた。



「うわああああああああっ!!」

律は泣きながら戻ってきた。その彼女に対して澪の雷が落ちた。

「よりによってトリプルプレーとはなんだ!!」

「だって、狙ってたコースにずばっと来たんだもん!!」

「だってじゃない!!アウトの上にトリプルプレーになったら意味ないだろ!!」

律と澪がポカポカと殴り合う。

「本当に忘れられないプレーをしてくれたわね。」

「ええ。何か作為的かと思うくらいにですよね。」

さわ子と和がそれを横目に見ながらため息をついた。





『桜ヶ丘高校チーム、ノーアウト満塁のチャンスを作りながら1点も得点出来ませんでした。これから5回の表の攻撃に移ります。』

『今のはやまぶき高校チームにとっては儲け物のプレーでしたね。これが桜ヶ丘チームにどれだけの重荷になってくるでしょうか。』

『この回の攻撃は2番・ライトなずな選手からです。』

なずなは律の投球の前に苦しいバッティングが続いた。完全に威力に押されてライト方向へのファウルが続いた。

「(次で6球目。なんであたしの球はこんなに粘られるんだ?やはりここは緩急をつけたピッチングか。)」

律は普通の投球フォームから超低速の弓なりボールを投げた。なずなは完全にタイミングを外されてボールを跳ね上げてしまった。

「おっと。」

律は眼前でボールをキャッチ。ピッチャーライナーに討ち取った。

「ふう・・・。疲れてきたし少しは緩いボールも使って討ち取っていこう・・・・。」

そんな風に考えた矢先・・・三球目にスローボールを痛打されて宮子が右中間を破るツーベースを放った。

『やまぶき高校チーム、宮子選手がツーベース!!同点のランナーを出しました!!』

実況の藤堂の声が球場に鳴り響く。



「ゆのさん、ファイト!!」

「まずは一点取りに行こう。」

他のメンバーたちに声援をもらってゆのは打席に入った。

「(ここで宮ちゃんを返せれば同点。慎重に行かないと。)」

一球目は見送ってボール。二球目は足元で跳ねてファール。三球目は外れてボール。

「(これで・・・どうだ!)」

律はストライクゾーンより少し低めに投げてゆのに誘いをかける。

「うっ・・・これはボール・・・・。」

ゆのは振りにいきそうになって必死でバットを止める。が、その止めたバットに運悪くボールが当たってしまった。

「えっ!?うわああああっ!!」

ボールは転々と転がって三塁へ。澪が捌いて一塁に送球し、アウト。宮子は二塁から動けずツーアウト二塁になった。



「ふう、なんとか抑えられた・・・。」

律はほっとしたのも束の間、今度は5番バッターのヒロにセンター前でヒットを打たれてしまった。

「うふふっ。今の綺麗な女の子らしいヒットだったわ~。」

ヒロは一塁ベース上で込み上げてくる笑いを隠しきれなかった。

「ちっ、油断した・・・。次はちゃんと抑えないと・・・・。」

律がマウンド上でつぶやいている所にムギがファーストベースからやってくる。

「りっちゃん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫。それより、ムギ。プレー中にポジションを離れるのは関心しないぞ。」

「ごめんなさい。すぐに戻るから。」

律は一息入れてムギにお礼を言う。

「じゃあ、頑張ってね、りっちゃん。」

ムギは律とグラブを合わせてポンと叩く。律はその時にあることに気がついたが、気づかない振りをすることにした。

「ムギ~、もういいか~?」

「お~!」

律がムギにファーストに戻ったかどうか聞くと、ムギはグラブを頭上に掲げてそれに答えた。その瞬間・・・

「えいっ!」

ムギがダッシュしてリードを取っているヒロのところに行く。そして、ポンと肩にグラブを当てた。すると・・・・

「アウト!!」

一塁塁審の右手が上がった。

「えっ?なんで?なんで?」

ヒロがまったく分からない表情をする。その彼女にムギはグラブの中身を見せた。ボールが中に入っている。

「か、隠し球!?」

「ごめんなさい、ヒロさん。ついさっきりっちゃんの所に行った時にグラブを合わせたときにもらっていたの。」

「インプレー中にファーストを離れていたのはそういうわけだったの・・・。全然気がつかなかったわ。」

『一塁ランナー・ヒロ選手、琴吹選手の隠し球に引っかかってアウト!!同点のチャンスが潰えました!!』

『ヒロ選手は全く無警戒でしたね。受け取った琴吹さんと渡した田井中さんの両方の演技力の勝利でしょう。』





『さあ、5回の裏やまぶき高校の攻撃。バッターは2番・ショート中野選手。』

なずなは沙英のストレートとフォークを組み合わせた投球術に翻弄されながらも5球目。ライト方向にボールを打ち上げた。

「うわ、こっち来るこっち来るこっち来る!」

なずなは飛んできたフライに恐れをなしてグラブを頭上に掲げたまましゃがみこむ。そこにすっぽりとボールが収まった。

「アウト!!」

「うわ、捕った!!私捕りました!!」

なずながライトで大はしゃぎしているのが沙英たちにも分かった。

「あはは、そういえば今日はなずなの方にフライが飛んでいなかったね。」



『ワンアウトランナーなし。次のバッターは3番・琴吹選手の登場です。』

ムギがバッターボックスに入ると、外野が後退守備に入る。

「えいっ!」

ムギは初球をバント。セーフティー気味にファーストとピッチャーの間を転がっていく。

「任せて!」

ヒロがマスクを外してボールに飛びついて一塁に投げる。タイミングはほぼ同時だが・・・

「アウト!!」

ムギは一塁ベース上で悔しそうな表情。

「む~!どうしてバレちゃったのかしら?」

ムギはヒロに尋ねた。

「紬さん、さっきのように遠くに飛ばそうっていう気が感じられなかったからよ。」

「気が感じられなかった?そんな事が分かるの?」

「ええ。相手のそういう微妙なところが分からないと。仕事になると気が張り詰めてイライラするお隣さんがいるから。」

「わっ!ヒロのバカ!それ以上言っちゃだめ!」

沙英は自分の小説家の仕事を内緒にしていたので、慌ててヒロの口を抑えた。



『2アウトランナーなし。4番の秋山選手がバッターボックスに入ります。』

澪は1、2球目を見逃してワンエンドワン。3球目を振り抜いたがタイミングが合わず、レフト方向のファウルグラウンドへ。

『あ~、これはファウルですね。ネットに当たりそうです。』

『あっ、待って下さい!レフト・吉野屋選手が突進してきます!突っ込んできて突っ込んできて捕りました!』

「アウト!」

『吉野屋選手、ナイスガッツ!!秋山選手をレフトファウルフライにしました!!』

が、吉野屋は勢い余ってフェンスに激突。転倒する時に咄嗟にグラブをしている左手を地面についたが・・・・。

「いたっ・・・・。」

手首の関節がグキッと鳴った。

「先生、大丈夫ですか!?」

近くにいた真美とゆのが駆け寄ってくる。

「平気ですよ、これくら・・・あうっ!」

吉野屋は左手を動かしてアピールしようとするが、左手に激痛が走った。

「く、桑原先生ー!!」

観客席にいた桑原を大声で呼んだ。



「はい、これで大丈夫。患部は冷やしておきましたから、二三日で痛みが引きますよ。」

桑原が救急箱に道具をしまいながら言う。

「野球の試合は?」

「その腫れじゃ無理に決まってるでしょう?」

「心配しないで、先生。私が代わりの人を連れてくるから。」

宮子が観客席に入ってお目当ての人を連れてきた。

「ふ、ふん!沙英がどうしてもっていうなら出てあげないこともないわ!」

夏目が本心を隠して強情を張ってそう言い放った。

「(沙英さん沙英さん。ここは私に任せて。私の言ったとおりに言うんだよ?)」

「(ああ、もう。分かったわよ。そうしないと試合再開出来ないし。)」

沙英は夏目の方を向いて宮子のセリフをそのまま言った。

「夏目、是非やまぶき高校のために出て欲しいの。それと、私のためにヒットを打って欲しいの。」

「なんで沙英のためにヒットを打たなきゃいけないのよ?」

「決まってるじゃない。私と夏目は親友。助け合うのは当然でしょ?」

「(ししし、親友・・・!?沙英ったら私のことを・・・そんな風に・・・!?)」

夏目は赤面して一瞬思考がトリップした。

「仕方ないわね!やまぶき高校のために打ってあげるわ!あんたのためじゃないんだからね!」





『この回、ピッチャーが代わります。秋山選手がピッチャー、田井中選手がサードに入りました。』

疲労困憊の律を休ませる目的で律と澪がポジションを入れ替えた。

「おい、澪。お前、ピッチャーなんてやったことあるのか?」

「やったことはないけど、コントロールつけて投げるくらいならなんとかなるよ。」

「ま、頑張れよ。」



『6回の表、やまぶき高校チームは6番・ピッチャー沙英選手。』

澪は第一球を投げた。ボールは高めに外れてボール。

「(結構難しいな。今度はちゃんと低めに投げないと。)」

第二球は今度は低めに外れてボール。

「(まずい。ノースリーにはしたくない。)」

澪は第三球を甘い場所に投げた。

「よしっ!」

沙英はそれを弾き返した。セカンドの頭上を越えてライト前ヒット。



『ええ、ここで選手交代をお伝えします。負傷した吉野屋選手に代わりまして、代打・夏目選手です。』

『ネクストバッターサークルで素振りをしてますけど、すごいスイングですね。この一打席にかける思いが強いのでしょう。』

『あれ・・・吉野屋先生?なんで実況席に?うわっ、あの、ちょっと・・・・!』

実況席でガチャガチャ音がして藤堂の実況マイクが吉野屋に奪われた。

『ここからはこの吉野屋が代わって実況しま~す!ぶっちゃけ怪我してもう試合に出られないので暇だからで~す。』

『先生、困ります!そんなに乱暴に扱わないで!壊れる!壊れる!』

『藤堂さん、落ち着いて!なんかボタン押しちゃってる!戻して戻して!』

実況席の混乱をよそに試合は緊迫した場面に突入した。



夏目は満を持してバッターボックスに入る。

「(親友・・・・親友・・・・親友・・・・・絶対に打つ!)」

夏目は初球から豪快にフルスイング。

「ストライク!」

夏目は一球たりとも手を抜く事なく、ファウルを繰り返した。そして、8球目・・・・

「もらったあ!」

夏目の打球がバットのマシンに当たり、ぐんぐん空を飛んでいく。センターの和が必死に追いかけるが頭上を越え、フェンスに直撃。

『センター、今ボールを掴みました!!俊足の沙英選手、三塁を蹴りました!!』

『それ、私のセリフ!もう、曽我部さん、強制排除よ!』

『OK!』

『風の抵抗を受けにくい体型でますますスピードアップしてますね~。』

今のセリフで沙英の足ががくっと落ちた。和のボールがセカンド・憂へ。憂がバックホーム。クロスプレーのタイミングになった。

さわ子が左足でブロックして、ボールを受け取る。沙英の方に向いてミットを突っ込ませる。

沙英はそれをかわしてスライディングして手をホームベースに差し出した。さわ子のタッチは間に合わない。

「セーフ!!」

「やったあ!!」

沙英はその場でガッツポーズ。やまぶき高校チームは代打・夏目のタイムリーヒットで同点に追いついた。夏目は二塁に到達。

「くっ・・・一点取られた・・・・。」

澪はその場で崩れ落ちた。だがその後は後続の真美、中山、乃莉を全員内野フライで討ち取ってこの回を終えた。





『あっ!こ、校長先生・・・!?なんでここに!?』

『あなたという人は先生としての自覚がなさすぎます。いえ、社会人としての常識を教える方が先かもしれませんね。』

『ひ、ひいいいっ!!』

『藤堂さん、曽我部さん。ご迷惑をおかけしてすみません。実況を続けて下さい。』

『は、はあ・・・・。』

吉野屋は校長に首根っこを掴まれてロッカールームへと消えていった。

『ええと、6回の裏の桜が丘高校の攻撃。同点からどうやって持ち越すことが出来るでしょうか。』

『そうですね。この回はラッキーガールの平沢唯さんに打順が回りますね。その辺に注目しましょう。』

さわ子はバッターボックスに入ると、若干バットを短めに持った。

「(沙英さんはさっきのホームベースへの全力疾走で疲れてるはず。狙うなら初球ね。)」

その読み通り、沙英の初球は甘いところに入ってきた。さわ子はそれをレフト前に弾き返した。ノーアウト1塁。

「さて、と。じゃあまた送りバントでいいわよね。」

和がバットを持って出て行こうとするのを憂が止めた。

「和さん、送りバントは駄目です。あっちのチームがバントシフトを敷いています。」

「あら、本当ね。なら、ヒッティング?」

「いえ、ここはバスターで。」

「あのね、憂。そんな簡単に出来るものじゃないわよ。まあ、やってみるけど。」

和は打席に入ると送りバントの構え。ファーストとサードがじりじりと前に出てくる。1球目はバットを引いてボール。

「(シフトは変わらず、か。)」

シフトは変更せずあくまでバントシフト。2球目は見送ってストライク。そして、3球目・・・

沙英は外角から入ってくる球を投げた。それにバットを合わせてバントをする構え。ファースト中山が突っ込んでくる。

「越えてっ!」

和はすぐにバットを引いてボールを打った。高く上がった球はファーストの頭上を掠めて外野へ飛んで行った。

「回れ回れ~!」

なずなが追いついて捕球する頃にはノーアウト二塁三塁になっていた。

『真鍋選手バスターエンドランでノーアウト二塁三塁!!やまぶき高校チーム、内野陣が集まります!』

「さささ沙英さん!大ピンチですよ!」

「うん。どうしよう。」

沙英の顔に明らかに動揺の色が走っている。

「次の平沢さんには二本打たれてますよね。敬遠しますか?」

「でも、妹の平沢さんも外野フライくらい打ってくるわよ?」

真美と中山も結局の意見は同じ。勝負するしかない。

「まあ、点取られても私たちで取り返すよ。沙英さんは安心して打たれてよ。」

「どういう励まし方だ!ふふっ、でもありがとう。精一杯やってみるよ。」

「そうね。沙英、もっとみんなに任せちゃっていいのよ。一人で抱え込むことないから。」

沙英はリラックスしてマウンドに立つ。

「お姉ちゃん、頑張って!」

「唯先輩、ガツンと一発打ってください!」



『さあ、ノーアウト二塁三塁で今日タイムリーを放っている平沢選手。第一球を空振り。全然違うところを打っています!』

『先程もそうでしたが、なんであれでヒットが打てるんでしょうね・・・。』

第二球もインコース低めの球をなんとか当ててファウル。そして、第三球目。

「うわっ!」

唯は打点がかなり前になってしまったが、サードの頭を越えてツーバウンドでヒット。

「フェア!」

三塁塁審が手を回してフェアを宣告。さわ子と和がすぐさまスタートを切った。

『三塁ランナーホームイン!二塁ランナーも三塁蹴った!ボールは転々とファウルグラウンドを転がっています!』

夏目が必死で追いついたが、バックホームは間に合わなかった。

『平沢選手、勝ち越し2点タイムリーヒット!!3-5!!』

桜ヶ丘ベンチから歓声が上がった。ベンチに戻ってきたさわ子と和がハイタッチをかわした。

その後、憂がショートライナー、純がレフトフライになってツーアウト一塁。

「唯が打っていなかったらせっかくのチャンスがパーだったんだな、ムギ。」

「そうね。唯ちゃんが今日はすごく頼もしく見えるわ。」



「よ~し、次はあたしだな~。」

律が左バッターボックスに入った。第4球を叩いてレフト前にヒットを打った。

「やった!!ヒットだヒットだ!!」

律は投球の疲れて無駄な力が抜けていたのできれいに放物線を描いたヒットを打つことが出来たのだった。

次のバッター梓はボテボテの当たりだったが、それが幸いして内野安打。

『中野選手、セカンド内野安打で出塁!!ツーアウト満塁のチャンスを作りました!!』

『琴吹さんの出番ですね。ここで恐いバッターを迎えることになりましたね。』

ワンツーからの4球目。ムギは無理に引っ張らずに当てただけのバッティング。そのボールは二遊間を越えてセンター前へ。

『センター乃莉選手、ボールをキャッチ!!すごい!!矢のような返球!!』

乃莉はボールをキャッチしてすぐに助走をつけずにイチローのレーザービームを思わせる好返球をした。

「ええっ!?」

唯は驚いたが、引き返すことは出来ない。ヒロはボールを楽々キャッチして・・・

「アウト!」

ヒロにブロックされた上タッチを決められてアウト。ムギのダメ押しタイムリーヒットは幻となってしまった。



「すごくいい返球だったね。あれならアウトになっても仕方ないよ。」

「ありがとう、憂~。」

憂に助け起こされてベンチに戻る。

「まあ、これで二点勝ち越して最終回。ここを抑えれば私たちの勝利。みんな、気合入れていくわよ!」

「「おおーー!!」

さわ子の号令を受けて全員が右手を上げてそれに応えた。

『2点取られたやまぶき高校チーム。絶体絶命!!最終回でなんとか同点、あわよくば逆転出来るでしょうか!!』

『ここまで来たらもう技術ではありません。諦めないことが大切です。』





この回から再び律がマウンドへ。澪はまたサードに戻った。

「先頭バッターはなずなだね。」

乃莉がヘルメットを被ったなずなに声をかけた。

「負けてるんだから、もう思いっきり振ってきちゃいなよ。悔い残らないように。三振してもいいからさ!」

「乃莉ちゃん。」

「どうせなずなじゃ当てにいくバッティングしたって当たらないんだから、一か八か大きいの狙ったほうがいいって!」

「あうう・・・。」

一言余計な乃莉がまた余計なことを言ってしまい、なずなは涙目になった。



「(悔いが残らないように、大きく振る・・・!)」

なずなは初球から思いっきりバットを振り抜いた。律の外角高めに投げたストレートが真芯に当たり、凄まじい唸りを上げて高く上がった。

『弾丸ライナー!!打球は衰えるところなくライトスタンドに一直線に飛んでいきます!!』

ボールはぐんぐんライトスタンド方向へと飛んでいく。ライナー性の当たりは全くスピードを落とさずライトスタンド後方のフェンスの上を通り抜けていった。

『なんと場外ホームラン!!やまぶき高校、土壇場で一点差に追いつきました!!』

「やったーっ!!」

なずなは珍しく大はしゃぎでダイヤモンドを一周。ホームベースを踏んだところでナインの手荒い祝福を受けた。

「なずな、すごい打球だったよね。あれって狙って打ったの?」

「ううん。乃莉ちゃんに言われた通りに思いっきり振っただけだよ。」



「よーし、私も続くよ~。」

宮子が意気揚々とバットを構えてバッターボックスに入る。律の宮子への第一球が放たれた。宮子の脇腹に。

「デッドボール!!ランナー一塁!!」

「うわあああ!!ご、ごめん!!痛くない!?怪我はしてない!?」

ピッチャーの律が慌てて駆け寄ってくる。

「平気だよ、このくらい・・・・。」

宮子は脇腹を押さえながら一塁へと小走りに駆けていった。ネクストバッターサークルにいたゆのが打席に向かおうとしたところで沙英が呼び止めた。

「ゆの、ちょっといい?」

「なんですか、沙英さん?」

「今、バントしてヒロか私に後を任せようって思ったでしょ?」

「は、はい・・・。よく分かりましたね。」

「確かに野球はチームプレイだから犠牲が必要な時もあるんだけど・・・・。でも、打ってもいいんだよ?」

「そうよ。ゆのさんは四番なんだから、私たちに気を使わずに思いっきり振ってきて。」

ヒロもすぐさま合いの手を入れる。

「ゆのさん、ファイト!!」

「先輩のかっこいいところを見せてください。」

乃莉となずなにも声援を送られてバッターボックスに気合を入れて入った。



「ストライク!!」

初球は低めに決まってストライク。

「(落ち着け、私・・・・。落ち着けばきっと打てる・・・・。)」

二球目はインコース低めに外れてボール。

「(絶対に・・・・打つ!)」

外角高めに来た球をゆのが強振。真芯に当たったボールはレフトスタンドへ。

「なっ!」

「えっ?」

「嘘っ!」

レフトポールぎりぎりに飛んで行った当たり。レフトの純が追うのをやめて見送った。

『これは大きい・・・これは大きい・・・・これは大きい・・・・入った!!逆転二ランホームラン!!』

『すごいあたりでしたね~。ぎりぎりまで持って行きましたね~。』

『ゆの選手バンザイをしながらダイヤモンドを一周!今ホームイン!』

ゆのはホームインするとなずな同様に手洗い祝福を受けた。

「宮ちゃん、私ホームランだよ!」

「うん!今日のMVPはゆのっちで決まりだね!」

「ゆのさん、最高!!」

「かっこいいです!!」

一方の律はガックリした。が、その後はヒロをファーストゴロ、沙英をショートフライ、夏目をレフトフライに討ち取った。





「律・・・・。」

澪が話しかけたが、律は抜け殻になって燃え尽きていた。

「全く。だらしないぞ、律。律がダメだったら私が代わりに何とかする。小学校の時からずっとそうだっただろう?」

澪は笑顔で言い、バットを持ってベンチを出る。そして、唯を振り返って言った。

「唯のところまで打順を回すからな。ちゃんと素振りをしておくんだぞ。」

「澪先輩すごくかっこいい~。」

「純にも分かった?あれが澪先輩なんだよ。」

純と梓の目が尊敬のまなざしでキラキラしていた。



「(ここで終わるわけにはいかない。律のために私は・・・・打つ!)」

ヒットはセンターとレフトの中間に落ちた。澪は足を活かして二塁まで一気に駆けてスライディングした。セーフ。

『桜が丘高校チーム、負けじと4番・秋山選手がチャンスメイク!!ノーアウト二塁!!」



「さわちゃん、一発かましたれ!」

「先生、お願いします!」

「任せて。必ず打つから!」

さわ子は第一球、第二球共にファウル。三球目はボール。四球目、五球目もファウル。そして、六球目。

「(沙英、フォークよ!)」

「(分かった!)」

沙英が中間の高さから低く落ちるフォークを投げた。さわ子はそれを打ちそこねてフライを上げてしまった。

「キャッチ!」

宮子が落下点に入ってキャッチ。セカンドフライでワンアウト。

「ごめんなさい。せめて進塁打くらいは打ちたかったんだけど。」

さわ子はベンチに戻ってくると肩を落とした。



『ワンアウト二塁となってバッターはセンター・真鍋選手です。』

和は二球目を叩いた。カキンッという乾いた金属音を立ててボールがサード方向に飛んでいく。

「やった、ヒットだ!!」

桜高ベンチが和の打ち返した弾道でそう判断した。が、その期待は審判の無情な宣告によって消えてしまった。

「アウト!!」

和の痛烈な当たりはサード真美の伸ばしたグラブの中に収まっていた。サードライナー。ツーアウト二塁。桜高チームは追い詰められた。

「ごめんなさい・・・・。」

和が力なく肩を落として戻ってくる。

「今の当たりをアウトにされたなら仕方ないわよ。」

ムギが慰めたが、ベンチの重苦しい雰囲気は変わらない。だが、その状況をものともしない人物がただ一人いた。

「大丈夫!!私がさわちゃんと和ちゃんの分も打ってくるから!!」

「おい、唯。」

律が打席に向かう唯を呼び止めた。律は唯の耳に他の人には聞こえない声で何かをささやいた。

「えっ!?本当!?」

「ああ。だから頑張ってこいよ。」

「うん!あたし、頑張る!」

唯の素振りが凄まじい唸りを上げた。律に何かを吹き込まれて唯のパワーと集中力が大幅にアップした。

「唯に何を言ったんだよ?」

「ああ、ちょっと、な。」



「(この子を抑えれば私たちの勝ち。絶対に抑える・・・・!)」

「(この子から打てば私たちの勝ち。絶対に打つ・・・・・!)」

沙英と唯の思いが交錯し、火花を散らす。初球空振りしてストライク。二球目も同様。三球目フォークをファウル。

「(沙英、高めの釣り球。)」

ヒロのサインがそれを要求した。打つ気満々なので振るという計算だ。

沙英は要求通りに高めにボール球を投げた。唯はそれをスイングする。

「あっ・・・バカ・・・・!」

ベンチの律が叫んだ。だが、予想に反して唯の球は大きくふらふらと上がりながら外野に飛んでいく。

『レフト、センター、追っていく!!これは伸びる伸びる!!フェンス際、二人がジャンプ!!」

唯の当たりは左中間のバックフェンスに当たった。乃莉と夏目が両方ジャンプしたが取れず、二人とも倒れこむ。

その間にランナーの澪はホームに達して同点。

『ああっ!センター、レフト、両方捕れない!ライト方向にボールが転がっていく!』

ライトからなずなが走ってきてボールをゆのに投げる。ゆのが中継プレーでボールをキャッチ。

唯は三塁ベースをオーバーしたところで一瞬止まり、ゆのがホームにボールを投げるのを見て走り出した。

「唯先輩!?ストップ!!ストップ!!」

三塁コーチの梓の制止を振りきって本塁に突っ込む。ヒロがすかさずブロックしてゆのの返球を待つ。

「入れさせないわ!」

ヒロがボールを右腕にはめたミットでキャッチ。体を左90度にひねってタッチに行く。

ヒロは左利きのため、右投げのキャッチャーより若干だけモーションが大きくなる。その僅かな隙を狙って唯が手を伸ばす。

O.1秒の世界で二人が交錯。ヒロがもう少しで唯にタッチ出来るところで唯の左手がベースに触った。

「セーフ!!ゲームセット!!」

『ランニング!!ランニングホームラン!!桜ヶ丘高校チームサヨナラ!!』

実況席も大興奮。唯がまさかのサヨナラランニングホームランを決めて逆転勝ちをした。

桜ヶ丘ベンチから全員が飛び出す。唯をもみくちゃくにして笑い合った。

一方、マウンドでがっくり膝をついたまま動かない沙英を慰めにやまぶき高校チームのメンバーが集まっていた。


イニング   1 2 3 4 5 6 7   計

やまぶき高校 0 0 0 2 0 1 3   6
桜ヶ丘高校  0 2 1 0 0 2 2×  7


勝利投手 田井中律
敗戦投手 沙英

本塁打  なずな・ゆの・平沢唯
盗塁   平沢唯・乃莉



興奮が多少冷めてからヒロが唯に質問をした。

「唯さん、どうしてセーフになるって判断したの?」

「えっ?だって、ヒロちゃん左利きだから。グラブはめる手がが普通の人と逆だからタッチに時間がかかると思ったの。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

野球のルールをろくに知らない唯がなぜそのような細かいことを咄嗟に判断出来たのか。それがヒロには分からなかった。

その後、表彰と記念写真。新聞部からの取材を受けた。



観客もぞろぞろ帰り、場内の片付けも終わって帰ろうかという時。

「さわちゃん先生!約束のケーキ食べ放題今から連れてって下さい!」

「約束のケーキ食べ放題?何の話よ?」

全く見に覚えが無く要領を得ない話をされて頭にはてなマークが浮かぶさわ子。律がバツが悪そうに言った。

「ごめんごめん。唯のパワーを最大限に引き出すためにさわちゃんがケーキ食べ放題を奢ってくれるって言ったんだった。」

「ええっ!?何勝手に出任せ言ってるのよ!」

怒るさわ子。一方の唯は訴える目でさわ子を見続けた。

「ダメなの、さわちゃん?」

「ああ、もう!分かったわ!奢ってあげる!特別だからね!」

さわ子は大人の意地と唯の潤潤した目に負けて唯に奢らされる羽目になった。

「じゃあ、あたしたちもだよな、さわちゃん!」

「あたしたち?まさか全員に奢れっていうの?」

「え~、だってあたしだってずーっと投げっぱなしで疲れてるんですけど~。」

「律先輩は打たれてただけじゃないですか。私はヒット二本打ってるんですよ?それに守備でも貢献しました。」

「律も梓もムギもみんな頑張ってチームの勝利に貢献したんですよ。ですよね、先生?」

さわ子は試合での貢献度が梓や澪より下だったので文句が言える立場に無かった。

「ああ、もう!全員奢ります!奢らせて頂きます!」

さわ子はついに折れた。

「先生、はい。ここのホテルがうちの系列で美味しいと評判なんです。」

ムギがチラシを持ってくる。ムギの実家の系列のホテルのものだ。

「いいっ!?一人3000円!?9人で合計27000円!?私の今月のお小遣いが~!!」

さわ子は大泣き。ケーキバイキングでやけ食いして憂さを晴らそうと心に決めた。



「いいなあ、あっちのチームはケーキバイキングだって~。」

「羨ましいわよね、沙英。こっちのチームも誰か奢ってくれる人がいないかな~。」

ヒロと沙英が同じ人物を振り返りながら言う。

「な、なんですか、あなたたち。その目は!?」

全員に目を向けられた人物・吉野屋は戦々恐々として生徒たちの顔色を伺った。

「私すっごくお腹がすいたな~。」

「運動して疲れたんで甘いもので糖分補給したいな~。」

真美と中山がわざと周りに聞こえる大きさの声で独り言を言い始めた。

「山中先生はあっちのチーム全員に奢ってくれるそうですよ?」

「私立高校の先生ってお給料がいいんだよね?」

ゆのと宮子が遠回しに吉野屋の奢りを要求してきた。

「うえ~ん!!山中ちゃんの意地悪~!!私まで奢らなくちゃいけなくなっちゃったじゃない!!」

吉野屋は生徒の圧力に負けてケーキバイキングで特別損失3万になってしまった。





次の日、音楽準備室にて・・・

「はあ~、昨日は食った食った~。」

「律は食べすぎだ。他のお客が呆れていたぞ。」

「シフォンケーキとかチーズケーキとかムギちゃんの教えてくれるケーキが凄く美味しかった~。」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。次の試合も勝ったら今度は別のお店を紹介してあげる。」

「じゃあ、今度はお好み焼きとか焼肉がいいな~。あるのか、ムギ?」

「ええ、もちろんよ。両方知ってるわ、りっちゃん。勝ったら皆で行こうね。」

梓がその会話を聞いて一つ疑問を持った。

「あの、ムギ先輩。次の試合勝ったら、ってどういう意味ですか?」

「あら、和ちゃんに聞いてないかしら。昨日の試合、大会の1回戦よ。決勝戦まで後4回あるのよ。」

「「なにいいいっ!?」」

澪と梓が驚きの声を上げた。

「まあ、いいじゃないか。軽音部の名前を有名にするチャンスだぜ!」

「そうだよ。また勝ってさわちゃん先生に美味しいものを奢ってもらおうよ!」

「さわ子先生、また泣くだろうな・・・・。」

「いいじゃないですか、それで。音楽以外でも私、皆で何かをやりたいです。」

「ムギ、次の対戦相手はどこなんだ?」

「陵桜学園高等部よ。」

「よ~し!目標は陵桜学園高等部撃破だ!頑張るぞ!」

「「おお~!!」」


次回に続く?



[18644] ベースボール! 桜が丘高校(けいおん!)VS陵桜学園高等部(らきすた)
Name: アルファルファ◆dbeaba9b ID:3a0f4cc8
Date: 2010/05/12 19:00

「うわ~、すごい人~。」

唯は球場に入ると相手チームの観客の多さに圧倒された。

「陵桜学園はマンモス校で有名なのよ。うちの学校の二倍くらいの人数がいるわね。」

さわ子の解説にみんな驚いた。それだけ沢山陵桜生が詰め掛けていた。

「こんなにいっぱい・・・・。私たち、こんなところでプレイするんだ・・・。」

澪はそれだけですごく憂鬱な気分になった。



「あら、黒井さん。お元気にしてました?」

「ああ、山中さん。おかげさまでピンピンしてますわ。」

「今日はうちの生徒たちが何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。」

「いやいや、こちらこそ。うちの生徒たちはほんま手がかかる子たちばかりですから。」

さわ子と相手チームの引率の黒井ななこが二人で談笑していた。



「和、どうだ?何か分かるか?」

律がクリアファイルを読んでいる和に尋ねた。

「そうね・・・・・。相手チームはほとんど左投げ左打ちの子たちね。珍しいわ。」

「じゃあ、今日のピッチャーは澪ちゃんね。左打ちには左投げがいいわ。」

「む、無理だよ、ムギ。私には荷が重いって。」

「なら、多数決だ。澪がピッチャーに賛成の人!」

多数決の結果、8対1でムギの提案が可決。

「これは多数決の暴力だ・・・・。」

澪は民主主義というものを恨めしく思った。



「ねえ、つかさ。あたし、ちゃんと髪まっすぐに止まってる?」

「ううん、ちょっとずれてるかな。私が直してあげる。」

陵桜ベンチでは柊かがみが妹のつかさに後ろで縛った髪を直してもらっていた。

「かがみん、なんで今日はツインテールじゃないの?」

「いや、運動するのにいつもの髪型じゃ邪魔でしょうがいないでしょ。」

「何言ってるの。ツインテールがかがみんの萌え要素なのに!お客さんだってそれを望んでるよ!」

「あんた、こういう所来ても全然変わらないわね。」

かがみがため息をついている横で高良みゆきが熱心にクリアファイルを読んでいた。

「高良先輩、何見てるっすか?」

田村ひよりが声をかけると、みゆきは顔を上げてファイルの中身を見せた。

「桜が丘高校の前回の試合のデータです。少しでも情報を集めて皆さんのお役に立てればと思いまして。」

「ああ、なるほど。先輩らしいですね。」

みゆきは熱心に前回の試合のデータに目を通している。

「で、先輩の読みは?」

「そうですね。恐らく桜ヶ丘チームは左利きの秋山さんを先発にしてくるでしょう。」

「左対左ですか。パティ以外全員左利きっすから厳しい試合になりそうっすね。」

「そうでもありませんよ。配球パターンはだいたい分かりましたから、簡単に打ち崩せると思います。」

ひよりはゾクッとした。いつも温和なみゆきの顔が笑っていなかったからだ。





『高校対抗野球大会2回戦、桜ヶ丘高校と陵桜学園高等部のカード。実況・解説を担当する白石です。』

白石は資料をめくってオーダーをすらすらと読み上げた。

先攻・桜が丘高校チーム
1番 遊撃 中野
2番 二塁 平沢妹
3番 右翼 平沢姉
4番 一塁 琴吹
5番 中堅 真鍋
6番 捕手 山中
7番 左翼 鈴木
8番 投手 秋山
9番 三塁 田井中


後攻・陵桜学園高等部チーム
1番 遊撃 泉
2番 二塁 峰岸
3番 一塁 日下部
4番 右翼 柊姉
5番 左翼 岩崎
6番 捕手 高良
7番 三塁 田村
8番 中堅 P・マーティン
9番 投手 黒井
控え 小早川・柊妹



「なに~!なんであたしが9番なんだ!澪、もう一回オーダー表作り直せ!」

「相手が左ピッチャーだからこの打順の方がいいし、そもそもお前はこの前の試合で全然打てていない。」

澪にすげなく却下され、律はがっかりした。



「先生、ロッテファンですよね?」

「そうや。それがどうしたんや?」

「今日の試合は前の試合の時みたいにロッテ選手の物真似を強要したりしないでくださいね。」

生徒たちはは黒井に前回恥をかかされたために、最初に釘を刺した。





『さて、一回の表・桜ヶ丘高校の攻撃。バッターは一番・ショート中野梓選手です。』

「行ってきます!」

梓はバッターボックスの土を足できれいにならしてから打席に入った。

「(中野さんは外角低めの球が苦手です。こちらに合わせて下さい。)」

「(よし、分かったで。)」

黒井は外角低めにボールを投げた。梓はピクッと体が反応したが、見逃してストライク。

「(次はここで。)」

みゆきのリードは先程より外してボール球を要求。黒井がみゆきのミットめがけてボールを投げた。

「っ!!当たらない!!」

梓は振ったが当たらず空振りしてツーナッシングに追い込まれた。

「(今まで低めで見せてきたので同じモーションでインにくれば必ず打ち損ないます。)」

みゆきのリードは内角低めの球を要求。

「あっ!!」

梓は内側に入ってくるボールに合わせてバットを修正するが間に合わず、内野ゴロ。

「よっ!」

ショートのこなたが軽く捌いて一塁に送球し、ワンアウト。梓はバットを抱えてベンチに戻った。

「どうしたの、梓ちゃん。すごく打ちづらそうにしてたけど。」

「う~ん、なんか分かんないんだけど、すごく嫌な所にボールが来た。憂も気をつけて。」

「分かった。じゃあ、行ってくるね。」

憂はヘルメットを被って打席に向かった。



『さあ、ワンアウトランナー無しで二番・セカンド平沢憂選手。ここでランナーを出せるでしょうか。』

「(ここは少し様子見をしたほうがいいかも。)」

憂はバットを少し軽く構え、投球を待った。その心の動きをみゆきは見逃さなかった。

「(そんなに甘い球でええのか?)」

「(はい。振ってきません。)」

みゆきの言うとおりに投げると憂は見逃してストライク。

「(甘い球を見せたら憂さんは次は修正して器用に打ってきますね。一球外しましょう。)」

今度はインコース低めに外してボールでワンエンドワン。

「(速い球でアウトコース高めです。)」

高めに抜ける球を投げた。憂は強振したがタイミングが合わずにファウル。ツーエンドワンで追い込まれた。

「(同じコースで遅い球を投げて下さい。)」

黒井はそれを心得て同じモーションでスローボールを投げた。

「うっ!」

憂はバットのスイングスピードを落としてなんとか当てたが当たり損ねた。

「オーライーオーライ。」

セカンドの峰岸あやのが落下点に入って楽々キャッチ。ツーアウト。



「ごめんなさい、お姉ちゃん。お姉ちゃんの前で出られなかった。」

「いいっていいって。私があずにゃんと憂の分を取り返してくるから。」

唯は普段どおり緊張せずリラックスしてバッターボックスに入った。



「ストライク!!バッターアウト!!」

『平沢唯選手、三振!!三者凡退で一回の表の攻撃が終わりました!!黒井選手、上々の立ち上がりです!!』

唯はベンチに戻る途中でぶつぶつつぶやいていた。

「おっかしいなあ。なんで当たらなかったんだろう?」

「いや、それよりもなんで今まで当たっていたのかが疑問だわ。」

和が一人冷静なツッコミを入れた。唯は初球こそ当ててファウルにしたものの、残り二球は空振りだった。

「よし、気を取り直して守備よ。みんな、気合入れていくわよ。」

「「おおー!!」」





『1回の裏・陵桜学園の攻撃は、1番・ショート泉選手です。』

「じゃあ、行ってくるよ。」

こなたはヘルメットを被ってベンチを出ると右バッターボックスに入った。

「(和のデータだと両打ち。私に合わせて右打席に入ったのか。)」

こなたは普段から両利きで日常生活を送っているので、特段のハンデにはならなかった。

「(澪ちゃん、今日はあなたに任せるわ。好きなところに投げなさい。)」

「(じゃ、じゃあ・・・。)」

澪は外角低め、ボールからストライクに入ってくる球を投げた。見逃してストライク。

「(次は・・・ここだ!)」

第二球は内角高めの球が外れてボール。第三球目は、同じコースでボール。

「(高めのボールがうまく決まらない。なら・・・・)」

澪は内角低めに速球を投げた。その瞬間、こなたの体が反応した。

「もらったぁっ!」

こなたが強打。狙い通りのスイングをした。即ち、ボールを地面に打ちつけて高いバウンドにした。

「うわわっ!」

ショートの梓が高く跳ねたボールを取って投げた。だが、高く跳ねた分滞空時間が長い。

「セーフ!」

『泉選手、ショート内野安打!初回にノーアウトのランナーが出ました!』



「よ~し、泉がヒットや!さすが西岡二世と見込んだだけのことはあるで!」

黒井は先日の一回戦も生徒たちをロッテの選手に例えていたが、みゆき以外にはさっぱり通じていなかった。

「峰岸さん、バントでお願いします。」

「了解、高良ちゃん。普通のバントでいいのよね?」

バントの名手・峰岸あやのはそれだけ確認してバッターボックスに入った。

「ゆきちゃん、バントってただでアウト与えちゃんだよね?なんでやるの?」

「ランナー一塁よりランナー二塁の方が一本のヒットでホームベースに帰ってこられる確率が上がるんですよ。」

「へえ~。そうだよね。峰岸さんのあとが日下部さん・お姉ちゃん・みなみちゃんの順番だもんね。」



あやのは初球でバントを決めた。三塁の律がボールを取ったが二塁に投げては間に合わない。一塁に転送。

『陵桜チーム、確実にバントを決めてワンアウト二塁。チャンスを広げました。ここで三番・日下部選手。』

「日下部、ちゃんと打ってきなさいよ。」

「おう、任せとけって!」

みさおは左打席に入ると、気合を入れてからバットを構えた。

『ピッチャー、第一球を投げました!打った!』

しかし、みさおの打球は上がりすぎてなおかつレフトファウルグラウンドへ。

「よしっ!捕った!」

純がつかんでレフトファウルフライに倒れた。二塁ランナー・こなたはタッチアップ出来ない。

「日下部、何か言い訳は?」

ベンチに戻ってくると初球打ちファウルフライのみさおに黒井がそう聞いた。

「朝、プリンを食べ過ぎてお腹が少しゴロゴロしてるせいです。」

「そうか。面白い言い訳やな。極刑。」

「ギャアアアアア!!ギブ!!ギブ!!」

みさおは関節を決められながら絶叫した。



『さあ、ツーアウト二塁と場面は変わって4番・柊かがみ選手の登場です。』

かがみは左打席に入ると神主打法で構えた。こなたの教えた打法である。

「(こなたは足速いからとりあえず合わせたバッティングするかな。)」

第一球は見逃してボール。第二球は見逃してストライク。

「(1-1ならカウント取りに甘い球を投げてくるってみゆきが言ってたわね。)」

澪はカウントを稼ぎに外角高めに少し甘めの球を投げてきた。

「来たっ!」

かがみは外角からセンター方向へ打球を引っ張った。ショート・梓が追うが間に合わない。

「お姉ちゃん、回って回って!」

控え選手で暇をしていたゆたかが三塁コーチ。こなたの足を信頼してセンター前ヒットでも走らせた。

センター・和が捕球してバックホーム。タッチは・・・・

「セーフ!!」

『四番・柊選手が決めた!!陵桜学園が先制!!0-1!!』



「こなちゃん、お疲れ様。」

「はあ、なんで野球嫌いな私がこんなに頑張んなきゃいけないんだか。」

こなたは勝っているにも関わらず溜息が出てしまった。

その次の打者の岩崎みなみはファーストゴロに倒れ、この回の攻撃が終わった。



「一点先制されたぐらいでビクビクすんな!次の攻撃で取り返せばいいんだ!」

「りっちゃの言うとおりよ。一発ホームランが出れば同点なんだから。」

「その通りだ、ムギ。みんな、頑張るぞ!」

「「おお~!!」」





「憂、なんで私たちもう守備に入ってるのかな?」

「えっと、紬さんも和さんも先生もアウトになっちゃったからだよ。」

四番・ムギはセンターフライ、五番・和はファーストライナー、六番・さわ子はライトフライ。

「完璧に抑えられちゃってるね。」

「本当。っていうか、この前の試合だって勝ったのまぐれだしね。」

「あはは・・・。」



『さあ、二回の裏の攻撃。バッターは6番・キャッチャー高良選手です。』

「お願いします。」

みゆきは礼儀正しく審判とさわ子にお辞儀をしてから打席に入った。

「(ライトの平沢唯さんは守備が苦手。つまり、長打の狙い目ですね。)」

みゆきは内角で引っ張りやすいボールを待つ。ツーストライクまで見逃し、後はカットで粘る。

「これですっ!」

七球目に来た内角高めの甘い球を見逃さずにヒット。ムギの頭上を越えて唯の方向へ。

「うわあああっ!」

唯は追いつけずに後ろに逸らした。それを見逃さず、二塁に向かった。

「お姉ちゃん!」

セカンドの憂が援護に走った。みゆきはそれを見て二塁でストップ。

『高良選手、ライト線を破るツーベースヒット!!得点圏に進みました!!』

「あかん、あかんで、高良。お前は全然分かっとらんで。」

ベンチで黒井が歯噛みしてぼやく。かがみがその理由を尋ねるとこう答えた。

「だってなあ、キャッチャーはバットを内野に飛ばして打つもんや。」

「いや、それ危ないですから。」

「ロッテではそうなんや!」



「じゃあ、私は高良先輩を三塁に送るっす。」

7番・田村ひよりはそつなくバント。ワンアウト三塁。

『さて、ワンアウト三塁。ここで8番・パトリシア・マーティン選手を迎えます。』

パティは右打席に入った。陵桜学園チーム唯一の右投げ右打ち選手だ。

「ここは萌えではなく燃える展開ですね~。」

パティはグリップの位置を高く持ち、外野フライを上げる打撃フォームにした。

「(ここは外角に投げてファウルを誘ってその後仕留めよう。)」

パティはそれに釣られて二球ともファースト方向へファウル。一球ボールを挟んで四球目。

「勝負だ!」

外角低めにストレート。パティはなんとか食らいついたが、距離は伸びずショートフライに倒れた。

『秋山選手、パティ選手をショートフライに討ち取りました!ツーアウト!』

「よし!」

澪は小さくガッツポーズ。そして、気分上々で9番・ピッチャー黒井を打席に迎えた。



「(さて、と。生徒たちにみっともないプレーはできんで。絶対打つんや!)」

ななこはバットをぶんぶん振ってから打席に入った。

「(黒井さんは積極的に振ってくるタイプの人よ。気をつけて。)」

「(はい。)」

澪は頭の中で慎重に配球を組み立てた。そして、第一球を振りかぶって投げた。

「っ!!」

黒井は空振りしてストライク。二球目は高めに外れてボール。三球目は内角を抉る球。

「行けるでっ!」

黒井はボール球を強打。力でレフトオーバーの打球を飛ばした。純が捕球しにいく間にホームイン。

『三塁ランナーホームイン!!0-2!!陵桜学園に追加点が入りました!!』

純が捕球すると、二塁に黒井が突っ込んでくるのが見えた。

「梓っ!」

セカンドに送球。梓がすぐさまカバーに入り、スライディングしてくる黒井の足にタッチ。

「アウト!」

「いやあ、あかんかったか。ギリギリやとは思っとったけどな。」

黒井はしてやられたと笑いながらベンチに戻っていった。





三回の表の攻撃も、純がショートフライ、澪がサードゴロ、律が三振でたった9球で攻撃を終えた。

「くそ~、なんで打てないんだ・・・・。」

律が歯ぎしりして戻ってきた。

「ピッチャーの黒井先生の球もいいけど、高良さんのリードがすごくいいわね。」

「和ちゃんだってすごく頭いいでしょ?なんとかならないの?」

唯が和に尋ねたが、無理だと言う。

「いや、そんな事言われても。っていうか、澪とムギの方が成績上でしょ?」

「和は私たちと成績がほとんど違わないじゃないか。」

「ちなみに私も成績上位者だぜ!」

「りっちゃんの成績は一夜漬けだから威張れないわよ。」

教師のさわ子に撃沈されて律はしょげてしまった。

「まあ、誰かがきっかけを作ってくれればいいんじゃないかしら。きっと打ち出せば止まらないはずよ。」

和がそう言って話をまとめた。





『三回の裏・陵桜学園の攻撃は打順が一番に戻って泉選手から始まります。』

「私の打席か~。じゃあ、行ってくるよ。」

バットを持ってベンチを出ると、観客席から声援が飛んできた。

「こなた~!お父さんはいつでもお前を見守っているぞ~!」

「ゆい姉さんがホームランが出るように念を送ってあげるよ~!」

他の観客から笑いが漏れているそうじろうとゆい姉さんを無視してこなたは打席に立った。

「(全く、お父さんもゆい姉さんも恥ずかしいんだから。」

こなたは内心恥ずかしくて仕方が無かった。公共の場ではもう少し自重して欲しい。

「(っていうか、お父さんあのカメラで何撮ってんだか。)」

そうじろうは娘の勇姿を撮るのにかこつけて別の場所を撮影しているようにしか見えなかった。


「(よし、この回はちゃんと抑えないと。)」

澪は妙に意識しまい、フォームが固くなってしまった。それが投球に出て初球がど真ん中に。

「はっ!」

こなたは力が無いながらも流れに合わせたバッティングをしてライト前にボールを転がした。

『またまた泉選手がノーアウトのランナーとして出ました!』



次のバッターはあやの。またもバントの構え。澪はわざと高めに投球。

「あっ!しまった!」

あやのはバントしようとバットに当てたががキャッチャー頭上に上がってしまった。

「捕ったわ。よし!」

さわ子が軽々と捕球してワンアウト。バント失敗でランナーは動けなかった。



「くっ・・・・。ワンアウト満塁か・・・・。なんとか抑えないと。」

みさおにレフト前ヒット、かがみにセンター前ヒットを許してワンアウト満塁。

「全員前進よ!」

さわ子が内外野ともに前進守備を敷かせた。全員バックホーム態勢。

『5番・岩崎選手、万を持しての登場です。友人の小早川選手に励ましの言葉をかけられて出てきました。』

みなみはバットを大振して遠くに飛ばそうという構え。澪はランナーを警戒しながら第一球を投げた。

「くっ!!」

みなみはカットしてファウル。ボールがライトに切れてファウル。第二球もカットしてファウル。

「これでどうだ!」

澪は満を持して外角低めいっぱいにストレート。が・・・

「ホームランコース。」

みなみはボソリと呟くと強振。ボールが思い切りたわんで一直線に右中間のスタンドへ。

『文句なし!当たった瞬間に右中間スタンドにボールが突き刺さりました!グランドスラムです!!』

実況の白石の声が球場内に響きわたった。ランナーが次々とホームベースに帰ってくる。

『岩崎選手、今ホームイン!0-6!陵桜学園大量リード!!』



「みなみちゃん、すごい当たりだったね。カッコよかったよ。」

「ゆたかのおかげ。勇気づけてくれたから。」

ゆたかとみなみは抱き合って祝福しあった。横ではニヤニヤして眺めているひよりの姿があった。



「おい、澪?澪?」

律が肩をゆすってみたが、反応がない。ただ外野を眺めて呆然としていた。

「澪ちゃん?澪ちゃん?しっかりして!!」

ムギが肩を叩くと、その場で崩れ落ちた。

「このままじゃ澪はもう投げられないな。仕方ない、あたしが代わるよ。」

律がピッチャーマウンド、代わりに澪がサードベースの守りについた。

「ああ・・・・グランドスラムってなんか英語っぽい言葉だよな・・・・。」

「(澪先輩、重症だ・・・・。)」

梓はどうやって澪を慰めたものか見当がつかなかった。



「りっちゃん、肩あっためてないけど大丈夫なの?」

さわ子がマウンドに来て律に聞いたが、大丈夫との事で試合再開。

「(ここをポンポンと抑えて悪い流れを断ち切らないとな。)」

律は全力投球でバッターボックスのみゆきに対して相対する。

「よし!」

律は4球でみゆきをピッチャーフライに討ち取った。

「うわっ!」

続くひよりは4球で三振に仕留め、この回の陵桜の追加点を阻止した。





4回の表の攻撃は、梓がレフトフライ、憂がライトフライ。真芯に当たらず、凡打に終わっていた。

『ツーアウトランナーなし。先程三振の平沢唯選手の打順です。』

実況のアナウンスがベンチに入るが、意気消沈していて誰も聞いていない。

「この回も三者凡退みたいだな・・・・。」

「頼む・・・。誰か打ってくれ・・・・。」

律と澪ががっくりする。

「お姉ちゃん、ファイト~!」

「唯、しっかりボールを見て~!」

憂と和がバッターボックスの唯に声援を送る。黒井の投げた初球。内角高めいっぱいの球。

唯は体が無意識に動いてバットの真芯に当てた。低い弾道で外野に一直線に飛んでいく。

「うわっ!飛んだ!」

バッターの唯は驚いて一塁に向けて走り出した。ボールの勢いは変わらず、外野後方へ・・・・。

『初球打ち!!センターバック!!センターバック!!見送った!!入った!!ホームラン!!』

唯の打球は綺麗にセンター後方のバックスクリーンの方向に吸い込まれていった。

「わ~い!ホームランだ~!」

唯はダイヤモンドを一周してホームイン。1-6。5点差になった。

「なぜ打てるんだ。誰も当たっていなかったんだぞ。」

「唯先輩は不思議な人ですね。」

律と梓は唯の奥底に秘められたパワーに慄然とした。



「唯ちゃん。黒井先生のボール、どうやって打ったの?」

「別に何にも考えてないよ?ただ、最初に投げる球がすごく打ちやすそうだなって思っただけなの。」

「最初に投げる球?」

「うん。皆最初の球は振らないでしょ?だけど、最初の球ってすごく飛びそうなんだよ。」

「よく分からないけど、試してみるわ。」

ムギは半信半疑だったが、唯を信じて打席に入った。

「(よし・・・初球打ち初球打ち。)」

黒井の投球を見逃さず、目を凝らしてみる。すると、ボールはシュート回転しながら飛んできた。

「っ!!」

ムギは思いっきり振り抜いた。ボールは先ほどまでと違って凄まじい飛距離を叩き出した。

「アウト!」

ムギの打ったボールはファウルグラウンドでライト・柊かがみのグラブに収まった。

「(やっぱり唯ちゃんの言うとおり・・・。黒井先生は初球でシュート回転するストレートを投げてる。)」

ムギはその確信を強くした。一方、ベンチでは・・・・・

「唯の言うとおりだわ。前の試合のデータで相手チームのヒットは全部初球打ちよ。」

和が驚きの声を上げた。誰も気づかない着眼点だった。

「それと、同じ打者に投げれば投げるほどコントロールが良くなっています。最初に打つのがベストみたいですね。」

梓が配球表を見て言った。

「よし、次の攻撃から反撃開始だ!この回耐え忍ぶぞ!」

「「おお~!!」」





『4回の裏、陵桜学園の攻撃。8番センター・パトリシア選手です。先ほどの回のお返しができるでしょうか。』

パトリシアはうまく腕をたたんで律の第5球をうまく三遊間を抜けるヒットにした。

「よし、ここは送るで。」

黒井はバントの構え。律はバントをさせまいと低めにボールを集める。二球続けてファウルで三球目。

「(よし、ここは超スローボールだ!)」

律は手投げで日ハムの某投手を思わせるスローボールを投げた。

「あかんっ!」

分かっていてもどうしても手が出てしまった黒井。そのままファウルにしてしまい、スリーバントアウト。

『おおっと、ミスが出ました!この試合二度目のバント失敗!ワンアウト一塁になりました!』

次のバッターは一番・こなた。右投げの律に合わせて左打席に入った。

「フッフッフッ。泉さんよ、両打ちとは見せてくれるじゃないか。だが、あたしは澪のようにはいかないぜ!」

律は豪速球で力押しに出た。こなたはそれを思いっきり転がして引っ張った。

ちょうどセカンドとファーストの間を抜けるコース。しかし、憂が猛然とダッシュして突っ込む。

「梓ちゃん!」

ボールに飛びついた憂はすぐに態勢を立て直して二塁に送球。

「ムギ先輩!」

梓から一塁にすぐさま転送し、ダブルプレー。

「まさかあれを取られるとは、思ってもみなんだよ。」

こなたは少し驚いたが、余裕の態度でベンチに下がっていった。





『5回の表・桜が丘高校の攻撃は、5番・センター真鍋選手から始まります。』

「和、初球打ちだぞ!」

「ええ、分かってるわ。」

和は打席に立つと黒井の投球に全神経を集中させる。内角低め。シュート回転しながら飛んでくる。

「お願い!」

和は気持ちでライト前に打球を運んだ。ライト・かがみが追いつく頃には悠々一塁にいた。

『桜が丘高校、初めてノーアウトのランナーを出しました!』

次のバッターはさわ子。バットを短めに持ってタイミングを合わせることを意識した。

「もらったわ!」

さわ子も初球打ち。シュート回転するストレートを叩いた。

センターとレフトの中間に落ちた。そのまま後方に転がっていく間に、ランナーは進塁。

レフト・みなみが内野に投げ返した時にはノーアウト二塁三塁になっていた。

『桜が丘高校チーム、5回の裏に突然チャンスを作りました!!ノーアウト二塁三塁!!大チャンス!!』



「純ちゃん、頑張って!純ちゃんなら打てる!」

「純、欲張らないで当てにいくんだよ!」

憂と梓の声援を受けて純が右バッターボックスに立った。

「(なんかここで打てば私ってヒーローかも!?)」

純も低めに来たボールを初球打ち。ヒットになると見たランナーは猛ダッシュ。

「行っけ~、です!」

センターのパティがすぐさまバックホーム。クロスプレーになるタイミング。が・・・・

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

さわ子が全体重をかけて突っ込んでキャッチャーのみゆきを突き飛ばしてブロックを無効化した。

「セーフ!!」

桜ヶ丘高校の応援席から歓声が上がった。

『山中選手、高良選手のブロックを物ともせずホームイン!!3-6!!3点差まで追いすがっています!!』

「高良さん、ごめんなさい。ケガはない?」

さわ子はすぐにみゆきを助け起こした。が、特段の怪我はなかった。

「私が言うのもなんだけど、怪我だけはしないようにね。」

「はい。ありがとうございます。」

その二人のフェアプレー精神に拍手が贈られる。その光景を見ていた一塁ランナーの純は首をかしげた。

「(なんかタイムリーヒット打った私より先生のほうが目立ってる。なんで?)」



「(私のせいで負けてるんだ。その分はきっちり取り返す!)」

澪も初球打ち。ライト線を破るツーベースとなり、再びノーアウト二塁三塁のチャンスを作った。

みゆきがタイムを要求し、ピッチャーの黒井の元に駆け寄っていく。

「先生、この回になってから全て初球が打たれています。」

「高良も同じこと考えとったか。どうもウチの癖を見破られたらしいわ。」

黒井のストレートはシュート回転しやすい投球になっていて、それが初球に顕著に現れる。

「少しリードを変えましょう。初球は外していきます。」

「分かった。それでいこう。」



「(なんかピッチャーとキャッチャーで話してたけど、初球狙いがばれたのかな?)」

だとすれば初球に手を出すのは危険だと考えた。律はベンチのさわ子の方を向いた。

「(スクイズよ。)」

さわ子は律と三塁ランナーの純にサインを送った。

「行くで!」

黒井は律への初球は誘い玉で高めのボール。律はぐっとこらえてバットを引いた。

二球目は空振りしてストライク。そして、三球目にサインが出た。スクイズせよ、と。

律は外角から入ってくる球にバットを当てた。少し上に跳ねたが、スクイズには十分のはずだった。が・・・

「うおおおおっ!!」

ファーストのみさおがスクイズを読んで猛然とダッシュしてきていた。グラブを中腰にして構え・・・

「アウト!」

みさおが飛びついてファーストフライ。

「ヤバイ!」

スクイズサインで飛び出してきていた純が慌ててサードへ走る。みさおはすぐさまサードへ投げた。

「アウト!!」

純はサードでタッチアウト。すぐさまひよりはスクイズサインで三塁へ走ってきていた澪を追う。

澪も必死でセカンドベースへ走った。が・・・・

「アウト!」

サードとショートの間で挟まれて右往左往して結局タッチアウト。

『桜が丘高校、日下部選手の好守に阻まれてスクイズ失敗の上にトリプルプレー!!』

「「あああ・・・・・。」」

さわ子をはじめとするベンチのメンバーからは大きなため息が出た。



「ムキーッ!!なんであたしのところでまたトリプルプレーなんだ!!」

「私が飛び出さなければ・・・・。」

「せっかく点が入るチャンスだったのに・・・。」

律、純、澪ががっくり肩を落としてベンチに戻ってきた。

「今のはただ運が悪かっただけです。次の回は私が打ちます!」

「そうですよ。今のはファインプレーで、仕方が無いことです。私も次は打ちます!」

梓と憂が次の回に望みをつなげることを確約した。





『5回の裏・陵桜学園の攻撃。バッターは二番・峰岸選手です。』

「(段々点差が縮まってきている。ここで追加点を取って引き離したいわね。)」

あやのは最初の二球を振らずにノーツー。律の第三球を空振りしてストライク。

「いけるわ!」

あやのは第四球の低めの球を器用に上げてセンター前ヒットにした。

『陵桜学園、ヒットで出ました!!これからクリーンナップにつながります!!』

「日下部、ちゃんとボール見て打っていくのよ。」

「分かってるってば、柊。ちゃんとあたしを信頼しろって。」

「あんたを信用して裏切られたことがたくさんあるから心配なのよ。」

かがみはみさおの普段からのそそっかしい行動にいつもハラハラさせられていた。



みさおは第二球の高めのストレートを弾き返してレフト前ヒット。

『ノーアウト一塁二塁!!バッターは四番・柊かがみ選手です!!』

「(ノーアウトか~。勝ってるし、大きいの狙ってもいいわよね。)」

かがみは初球から積極的に手を出してツーナッシング。そこからカットで粘って八球目。

「もらったああ!!」

かがみは律の内角のストレートを強打。レフト方向にぐんぐん打球が伸びていく。

「うわあああああ!!レフトー!!」

フェンスギリギリまで飛んでいったので、すぐさまランナーがスタート。

「(うわ・・・すごい打球・・・って、フェンス!?)」

純は全速力で走ってフェンスの手前で振り返って思いっきりジャンプ。

伸ばしたグラブの中にたまたまボールが入っていた。

「やったー!!捕ったー!!」

「アウト!」

「もうちょっとだったのに~。」

かがみは一塁ベース上で悔しがった。ふとランナーの方向に目を移すと、信じられない光景が。

三塁ベースを回っていたみさおが急いで二塁ベースに戻っていた。

だが、二塁ベースを回っていたみさおがすってこんコロりんして二塁ベースを塞いでしまった。

「あうー!!痛ってー!!」

「み、みさちゃん!!早く立って走って!!ベース踏めない!!」

野球のルールにより、ランナー追い越しアウトがあるのであやのはみさおより先にセカンドベースを踏めない。

「純、ボール!!」

梓がレフト後方から純が投げたボールをキャッチしてダッシュ。あやのとみさおに次々にタッチした。

「アウト!!」

一塁側で見守っていたかがみは呆れ返って声が出なかった。

『陵桜学園にミスが出ました!!日下部選手が転倒し、ランナー二人がタッチアウト!!チャンスが潰れました!!』



「イテテテ、痛くて歩けない。」

みさおは転んでチャンスを潰した上に足首をひねってしまった。

「はあ、もう呆れて怒る気もせえへんわ。日下部、氷もらって冷してき。」

「はい・・・。」

みさおは控えのゆたかに支えられながら救護室へと向かった。

「じゃあ、柊姉がファーストに回って妹がライトや。準備していくんや!」





6回の表の攻撃は、一番・梓がライト前ヒット、二番・憂がセンター前ヒットでチャンスを作った。

「(あかん・・・。初球からストライク取りに行ってしもうてる。高良の要求通りに投げんと・・・。)」

黒井は明らかに焦っているのが顔に出ていた。みゆきがたまらずマウンドに向かった。

「先生、落ち着いて下さい。」

「すまんなあ、心配かけて。やっぱり、ウチには黒木や成瀬のような度胸はないわ。」

「先生、こんなことを申し上げると怒るでしょうが・・・・。」

「なんや?言うてみ?」

「野球はどんなに負けていても最終回のツーアウトからでも逆転できます。」

「そうやな。なら、両方敬遠する訳にもいかんし、二人とも勝負や。打たれたら後で取り返そう。」

「はい。その意気です。」

それだけ言うと、みゆきはホームベースへと戻っていった。



「(打たれに行くのも癪や。ここは思いっきり投げてみるで。)」

黒井はランナーを警戒しながらクイックモーションで第一球を投げた。

「うわっ!」

唯は振り遅れて空振りストライク。

「よし・・・・。」

黒井は味をしめて次も同じコースでストライクを取りに行った。唯はまたも振り遅れてストライク。

「(これで三振を取れば流れがこっちに来る・・・!)」

黒井はみゆきの要求通り内角低めのボールになる球を投げた。

「うわっ(カキンッ)」

唯がバットを出すと、それが放物線を描いて左中間を綺麗に破ってフェンスに直撃。

「なっ・・・・・!」

ボール球を長打にされてただ驚くだけの黒井とみゆき。

「梓、憂ちゃん、回って回って!」

三塁コーチの澪がぐるぐる腕を回した。レフト・みなみが捕球してノーバウンドでバックホーム。

「見てて、お姉ちゃん!」

憂がスライディングしながらみゆきのブロックをかわして突っ込む。

「させません!」

みゆきがボールを貰うとすぐに体をひねって憂へタッチしに行く。すれ違いざまに一瞬早く憂がベースをタッチした。

「セーフ!!」

審判が両腕を横に広げてセーフを告げた。

「やったー!!」

憂がガッツポーズ。先にホームに達していた梓とハイタッチしてベンチに戻った。

『平沢唯選手タイムリーツーベース!!桜ヶ丘、三連打で1点差に追いつきました!!』



『四番・ファースト琴吹選手にチャンスで打席が回ります!!』

ムギは右バッターボックスに入る前に深呼吸をしてから打席に入った。

「(やっぱり私を警戒して後退守備。でも、ポテンヒットだと唯ちゃんの足では帰れない。それなら・・・。)」

ムギはバットを最大限に長く持った。完全にホームラン狙い。みゆきもそれをすぐに見破った。

「(先生、琴吹さんはホームラン狙いです。速い球で押してください。)」

「(分かった。)」

第一球は従前どおりわざと外してボール。二球目は見逃してストライク。三球目はボール。

「(先生、高めの釣り球を。)」

内角高めにわざと高めに構えたミット。ムギは打ち気に逸って振ってしまった。

「ストライク!!」

カウントは追い込まれてツーナッシング。そして、第五球目。

「あっ・・・!」

黒井の投げた球は要求よりも内寄りに入ってしまった。

「行けるわ!」

ムギはそれを逃さずにフルスイング。ボールは一直線にライナーでライトスタンドに入った。

「本当に打っちゃった・・・・やった!ホームラン!」

ムギは笑顔で顔をほころばせながらダイヤモンドを一周してホームイン。

『琴吹選手、逆転二ランホームラン!!7-6!!試合がひっくり返りました!!』

「ムギ先輩、すごいです!!」

「さっすがムギちゃんはパワーがあるわね。」

梓とさわ子が関心しきりの特大ホームランだった。

その後は和がサード・ひよりの好守備でサードゴロ、さわ子も長打を狙ったがセンターフライに倒れた。





『6回の裏、追いかける展開の陵桜学園。バッターは満塁ホームランを打った岩崎選手です。』

「ミナミ、もう一本ホームランを打って追いつくです!」

「そうだよ!岩崎さん、遠慮しないで思いっきりかっ飛ばしてきちゃいなよ!」

パティとひよりがみなみに言う。

「さっきのホームランがまぐれだから。そう簡単には打てない。」

みなみは現実主義に徹し、バットを短く持った。

「(りっちゃん、岩崎さんの構えなら外角にはバットが届かないわ。そこを狙うのよ。)」

さわ子は外角で空振りを取るリード。ポンポンと二球ともファウルでカウントを取った。

「次で勝負!」

律は三球勝負に出て外角高めにストレートを投げた。みなみは足を踏み込んで強打。

「うわっ!」

ピッチャーマウンドの律が思わずのけぞった。ピッチャーの頭上を超えて低い弾道で飛んだ。

ショートの梓の頭上も越えてバウンド。そこで急に打球の勢いが死んだ。

「行ける・・・・!」

みなみは一塁ベースを回ったところでダッシュ。一方、レフトの純が追いついて二塁に送球。

「ここでアウトにはなれない・・・!」

みなみは全速力で二塁ベースにスライディング。タッチはセーフ。

「よし、ノーアウト二塁だ!!」

陵桜ベンチが一気に沸き返った。だが、そのムードに乗っかっていないメンバーが一人いた。

「タイムお願いします!」

ゆたかだった。審判のところに駆け寄ってタイムをお願いし、二塁に走る。

「どうしたの、ゆたか?」

「どうしたの、じゃないよ。みなみちゃん、凄く怖い顔してるよ?」

みなみは見た目には無表情だが、親友のゆたかだけはみなみの変化に気が付いた。

「ごめん・・・。本当は走り始めた時にいきなり右の足首が痛くなってて・・・・。」

ゆたかがみなみの右足の靴下をめくってみると、赤く腫れていた。

「多分、無理やり踏み込んで打ったからその時に痛くしたんだと思う。」

「みなみちゃん、これじゃ休んでないとダメだよ。」

「でも、今は試合中だから・・・・。」

「ダメ!無理するともっと悪くなっちゃうよ!ランナーは私が代わるから。」

なおも渋るみなみだったが、結局は根負けしてゆたかに後を託して救護室に向かった。



『さて、岩崎選手が交代してランナーは小早川選手。ノーアウト二塁です。』

みなみより足が遅いゆたかはあまりリードは取らない。バッターボックスには6番・高良みゆきが入った。

「(りっちゃん、臭いところ臭いところで機会を伺いましょう。)」

さわ子はみゆきと勝負せずに7番・ひよりでアウトを取るように促した。だが・・・・

「ごめんなさい!(カキンッ)」

三球目のすっぽ抜けた球が偶然ストライクゾーンに入ってしまい、それを強打された。

「ゆたかちゃん、走って!」

三塁コーチのかがみがいけると判断してゆたかに行けと指示した。

一方、守備ではレフトの純がボールをキャッチしてバックホーム。山なりのボールがさわ子の元に。

「間に合わない、か。」

タッチしようとした時には既にゆたかがホームイン。バッターランナーは二塁へ。

『高良選手、同点に追いつくタイムリーツーベース!!7-7!!」



「りっちゃん、勝負しちゃダメって言ったでしょ!」

「ごめん、手がすっぽ抜けちゃって・・・・。」

「しっかりしてよね。」

さわ子はそれだけ言うとポジションに戻っていった。

「よし、しっかり抑えないと・・・・。」

だが、律の気合とは裏腹に・・・・・。

「えっ!?嘘!?なんで!?」

ひよりライト前ヒット、パティ犠牲フライ、黒井ライト前ヒット、こなた左中間タイムリー。

『峰岸選手打ち上げてしまった!ようやくツーアウト!!』

ツーアウト二塁三塁でみさおに代わって入っている柊つかさに出番が回ってきた。

「(さすがにこの子なら抑えられるか・・・。)」

一球目、二球目、ともに全然違うところを振って空振り。

「つかさじ打てるかな~。」

「あきらめてはいけませんよ。つかささんを信じましょう。」

かがみとみゆきはつかさのタイムリーヒットを願った。が・・・・

「うわっ!(スッ)」

結果は空振り。だが、スイングに隠れてボールが一瞬さわ子の視界から消えて取りそこねた。

「ボールどこ!?」

さわ子が慌てて探し始めた。

「さわちゃん、後ろ後ろ!!」

ボールはさわ子の後ろを転がっていた。

「つかさ、一塁走って!!先生は戻ってきて下さい!!」

つかさはなぜかを理解できなかったが一塁へ。三塁ランナーの黒井はすぐさまホームを踏んだ。

『山中選手、パスボール!!6-10!!ダメ押しの振り逃げが決まった!!』



「ごめんなさい・・・。」

「しょうがないって。次のバッター抑えようぜ。」

律はさわ子を慰めて四番・かがみを討ち取ることに全神経を集中させた。

第一球は低めに抜けてボール。第二球は外角高めで空振り。

「(ふーん、すごいスタミナね。こんなに追い詰められてもいい球放れるなんてね。でも・・・)」

かがみは次の球を読んでフルスイング。

「私には通用しない!」

かがみは内角に来た球を思いっきり力で引っ張った。打球はライト後方へぐんぐん伸びていく。

「お姉ちゃん!」

「唯ちゃん!」

すぐにセカンドの憂とファーストのムギが走ってカバーに行く。だが、後方なのでとても間に合わない。

一方の唯は・・・・

「ほいっ(パシッ)」

なぜかライト後方の落下点にいてボールを捕っていた。

「アウト!!」

「な、なんでよ!?」

ファーストとセカンドの間のベース上でかがみは絶句した。

「あれはお姉ちゃんの野生の勘ですね。」

憂がかがみの疑問に答えた。かがみは全く分からないという表情。

「お姉ちゃん、たまに凄く冴えて普通の人の数倍早く計算能力を発揮することが出来るんです。

「えっと、それってつまり・・・・?」

「確率の高いまぐれです。」

「・・・・・・・・・・。」

そういえば妹のつかさにもたまにそういうことがある、と無理やり納得してかがみはベンチに戻った。





「泣いても笑ってもここで打たなかった負けよ!最低でも3点とるのよ!」

「「おおっ!!」」

さわ子が皆の心を一つにする。だが、その意気込みに反して・・・・

「アウト!!」

純がセカンドゴロ、澪はレフト前ヒットを打ったものの、律は好守に阻まれショートライナー。

「うわっ!追い詰められちゃったよ!」

唯がハラハラドキドキで見守っていた。

「はあ・・・あたしたち、ここで敗退か・・・・。」

律がバットを引きずって戻ってきた。次のバッター梓が、律に言った。

「全く、律先輩はダメダメです。」

「ああ、ヒット打てなかったからな。」

「違います。私はスリーアウトになるまであきらめません。最後まで戦い抜きます。」

「梓・・・・。」

律はがしっと梓の小さい体を抱きしめた。

「な、何してるんですか!?唯先輩じゃあるまいし。」

「梓、頼む。あたしの分も打ってくれ。」

「全く、仕方ありませんね。次の試合ではちゃんと自分で打つんですよ?」

梓はいつものように生意気に言う。打席に入ると、梓は一塁ランナーの澪にサインを送った。

「(初球を打ちます。)」

梓は宣言通り黒井の弱点の初球を叩いた。

「やった!」

梓の打球は右中間を破るタイムリーツーベース。澪が一気にホームに帰って8-10になった。



『最終回ツーアウトからの執念の一打!!中野選手、タイムリーツーベース!!』

「お姉ちゃん、行ってくるね。」

「待って、憂。お姉ちゃんにあれやってもらいなよ。」

純が行こうとする憂を止めた。

「あれって?」

「さっき律先輩が梓にやってあげた奴。」

「ええっ!?」

「そっか。憂、おいで。」

唯が憂を呼び寄せてぎゅっと抱きしめた。

「お、お姉ちゃん・・・・!?」

「こうして憂に勇気をあげるんだ~。どう?いけそうになった?」

「う、うん!私、絶対打ってくるね!」



「(後一人、後一人抑えれば陵桜の勝ちなんや!)」

黒井は陵桜のあきらめの悪い攻撃に焦りに焦っていた。その気の迷いが憂への投球にも出た。

「(ストレートの威力が落ちてる。やっぱり疲れてるんだ・・・。)」

初球は外してきたが、その威力は序盤の威力を保てていなかった。

「(お姉ちゃんに勇気をもらったから絶対に打てる・・・!)」

憂は待って六球目。打ち頃の高さに来た緩いボールをライトに流し打ちした。

つかさがボールの処理を手間取る間に二塁へ。連続のタイムリーツーベースになった。

「よし、同点のランナーが出た。頼むぞ、唯!」

律が唯の肩を叩いて送り出した。

「(私が打って憂をホームに返してあげなきゃ。)」

唯もやはり初球打ち。しかし、ボールの芯に当たらずセカンド・あやのの手前でバウンド。

「あっ・・・・セカンドゴロ・・・・・。」

ベンチでは落胆。が・・・・・

「きゃっ!!」

あやのの手前でバウンドしたボールがイレギュラーバウンドしてあやのの横を抜けていった。

『平沢唯選手、運に助けられてヒットで出塁!!まだ諦めません!!四番に後を託します!!』



「黒井先生、いいですね?」

みゆきがマウンドにやってきて言う。

「ああ、やむを得んわ。ここで負けたら応援してくれに来た生徒たちに申し訳が立たんわ。」

黒井はプライドを捨てて実利をとった。ムギが打席に入ると、すぐにみゆきが立ち上がった。

「すみません。敬遠させていただきます。」

みゆきはムギにそう断ってミットを高めに構えた。

「仕方ないわよね。これも勝負ですもの。」

ムギは嫌がる素振りを見せず、打つ構えだけして敬遠球を四つ投げさせた。

「フォアボール!!ランナー一塁!!」

『4番・琴吹選手を敬遠!!琴吹選手、一塁へ走っていきます!!全ての塁が埋まりました!!』

ここでキャッチャーのみゆきがタイムを要求。内野陣がピッチャーの周りに集まった。

「ここでなんとしても抑えるんや!頼むで、みんな!」

「「はい!」」



「和、頼む!絶対に打ってくれ!」

「お願い!和だけが頼りなんだ!」

律と澪が祈るような表情で和を激励する。

「ほらほら、そんな言い方じゃ真鍋さんにプレッシャーをかけるだけでしょう?」

さわ子が笑って和に歩み寄った。

「ねえ、真鍋さん。あっちを見て。」

さわ子はベンチから出て二塁ランナーの唯を指さした。こっちに両手で手を振っている。

「あの子を悲しませちゃいけない。そのためにはどうすればいいか分かるわね?」

「・・・・・はい!」



黒井は全身全霊をかけてボールを飛ばしてきた。

「っ!!」

威力に押されてファウルを連発。あっという間にツーナッシングに追い込まれた。

「(フフッ、ウイニングボールは三振や!)」

黒井はここで欲を出した。だが、その甘さが和には通じなかった。

「(お願い!)」

和は祈る思いでバットを振った。打球は引っ張り気味にこなたの頭上を通過した。

憂鬱がすぐさま追いついて同点。二塁ランナーの唯も本塁に突っ込んだ。

レフトのゆたかからショートのこなたに中継。そして、バックホーム。

「セーフ!!」

「和ちゃん、私、やったよ~!」

唯がセカンドベースにいる和に手を振った。

『真鍋選手、逆転タイムリーヒット!!11-10!!再び逆転しました!!」

その直後さわ子がサードライナーに倒れてこの回の攻撃を終えた。





「ゆーちゃん、本当に打席に立って大丈夫?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私、今日は体の調子がいいから。」

こなたは心配したが、ゆたかの自主性に任せて打席に立たせることにした。

「ゆたか、頑張って。」

「ありがとう、みなみちゃん。」

足に包帯を巻いたみなみがゆたかに声援を送った。

ゆたかは打席に入ると、バットを持って寝かせて非力をカバーするスタイルを取った。

「(この子もちっこくてストライクゾーンが狭いな。)」

律は投げづらそうにスピードを抑えてコントロール重視でボールを放った。

ゆたかは厳しいコースでも何度でもくらいつく。律の放った第十球目を弾き返してレフト前ヒット。

『小早川選手、ヒットで出ました!!陵桜学園、望みをつなぎます!!』

次のバッター・みゆきは三球目を当てそこねて上に上げてしまった。

「あっ・・・・。」

みゆきは悔しがったが、サード・澪がつかんでワンアウト。

「すみません、チャンスを作れませんでした。」

「私に任せて下さい。ゆたかちゃんは私が返します!」

ひよりがバッターボックスに入ってバットを揺らしながらタイミングを伺う。だが・・・

「フォアボール!!ランナー一塁!!」

続くパティにも粘られた上でフォアボール。ワンアウト満塁になった。



「タイム!!」

内野陣が全員集まった。

「りっちゃん、もう限界なんじゃない?」

「律さん、汗がだらだらですよ?」

ムギと憂が律を気遣って声をかけた。

「でも、あたし以外にピッチャーが。」

「だったら私が。」

澪が言ったが、律が頭を振った。

「澪はさっきかなり打たれてた。だから、駄目だ。」

「そうねえ。じゃあ、こうしましょう。」

さわ子は審判のところに歩み寄って選手交代を告げた。

「ピッチャーとキャッチャーを交代します。投球練習はいいのですぐに試合を再開して下さい。」

「「ええっ!?」」

全員が驚きの声を上げた。

「先生、ピッチャーなんてできるんですか!?」

ムギが驚いて尋ねた。

「高校のソフトボールでやって以来だから八年ぶりくらいかしら。」

「ソフトボールと野球だと投げ方が違いますよ?」

「似たようなものよ。コントロールは期待できないから、みんなでちゃんと守ってね。」



『ここで桜が丘高校が大きな賭けに出ました!!ピッチャーとキャッチャーが交代!!山中先生がマウンドに上がります!!』

「山中先生のお相手ができるとは光栄ですわ。」

黒井はバッターボックスに入るとさわ子に声をかけた。

「こちらこそ。黒井先生に失礼にならないように全力でお相手させていただきます。」

律のサインは好きに投げろ。さわ子は了解して低めに投げた。

「うわっ!」

ボールは手前でワンバウンド。律がそれを体で止めた。

「危ない、危ない・・・。」

さわ子の第二球目は高めに抜けてボール。

「(満塁だし、ストライク取らなきゃ。)」

さわ子はスピードを抑えて内角に投げた。ストライクゾーンに入る。

「うおっとっ!」

黒井は咄嗟のことでバットを合わせ損ね、ファースト側のフェンスの方へ高く上がった。

「任せて下さい!」

ムギがダッシュしてファーストベンチ近くまで来て捕球。

「アウト!!」

黒井ななこはファーストファウルフライに倒れた。

「すまん、泉。後は任せたで。」

黒井はネクストバッターのこなたに声を掛けてベンチに下がった。



『ツーアウト満塁!!ここで今日三安打を放っている泉こなた選手との勝負になりました!!』

「こなた、絶対打ってくるのよ!」

「こなちゃん、頑張って~。」

「泉さんを信じています。」

こなたは陵桜チームの期待を背負ってバッターボックスに入った。

「(あたしってこういうスポーツ系の燃える展開って苦手なのに、なんで・・・?)」

こなたは少しばかりの違和感を感じたが、今は考えないようにしてバットを構えた。

「(りっちゃん、必ず止めてよね?)」

「(ちゃんとホームベースに投げてくれれば。)」

バッテリーの二人はその意思疎通だけを図ると、投球モーションに入った。

「ひえええ!」

さわ子のボールは指に引っかかって外角に大きくハズレて暴投。だが、律が飛びついて止めた。

「(もしかして私、振らない方がいいのかな?)」

こなたは某抑えの選手のように、立っているだけでフォアボールが貰える気がしてきた。

「(さわちゃん、ちゃんと投げろ!)」

「(やってるわよ!)」

さわ子の第二球はこなたの顔面すれすれに飛んできた。

「うわっ!」

こなたはのけぞると同時に思わずバットを振ってしまっていた。空振りでワンストライク。

「(ってか、山中先生荒れ球すぎておっかなくてしょうがないな~。)」

こなたには今まで対戦していた澪や律がいかにコントロールが良くて打ちやすかったかと思い知らされた。

さわ子はクイックモーションから第三球目。コントロール出来ずにど真ん中に入った。

「ええいっ!もらったああ!!」

こなたは鋭い当たりを左中間に飛ばした。

「うわあああっ!サヨナラッ!?」

さわ子は打たれた瞬間叫んだ。完璧な長打コース。打球は全く勢いが死なず、緩い放物線を描いて飛ぶ。

ボールは勢い良く左中間へ。レフトとセンターが追う。二塁・三塁ランナーは既にスタートを切っていた。ヒットならサヨナラだ。

『真鍋選手が追う!真鍋選手が追う!真鍋選手が追う!』

センター・和が地面を足で蹴って体を横滑りさせてグラブを差し出す。地面まで後十数センチというところでキャッチした。

『捕った~!!ファインプレー!!』

「アウト~!」

二塁塁審がさっと右手をあげた。

『桜ヶ丘高校チーム、逃げきって勝利!!真鍋選手、攻守にわたって見せました!!』

「先輩、大丈夫ですか!?」

レフトの純が駆け寄ってきて助け起こす。

「平気平気。痛くないわ。」

顔を上げた和の顔は笑っていた。





イニング 1 2 3 4 5 6 7  計

陵桜学園 0 0 0 1 2 4 4  11
桜ヶ丘   1 1 4 0 0 4 0  10

勝利投手 田井中律  2勝
セーブ  山中さわ子 1S
敗戦投手 黒井ななこ 1勝1敗

本塁打  岩崎みなみ・平沢唯・琴吹紬





「「ありがとうございました!!」」

両チームが並んで礼をして解散。両チームに惜しみない拍手が贈られた。

「今日の打ち上げの選択権は和ちゃんにあるわね。」

「選択権?」

「そうよ。今日一番活躍したのは和ちゃんじゃない。」

「じゃあ、お腹すいたし、駅前のラーメン屋さんにしましょう。」

「なんだよ、和。さわちゃんの奢りなんだから遠慮しないでババンと高いところにしようぜ!」

「ちょっと待ってあなたたち!!なんで私が奢ることになってるのよ!?」

さわ子が驚いて声を上げた。

「こういう時は年上のお姉さんが先輩風吹かせて奢るもんですよ?先生のボーナスで。」

「そうです。先生、うちのチームが勝つ度にボーナスもらってるって聞きました。私たちにもおすそ分けが欲しいです。」

純と梓にはばれていた。さわ子は学外行事の一環ということで、勝利する度に1万円ずつ貰えることになっていたことを。

「ほ、ほら。この前のケーキバイキングで結構出費嵩んだし、それでチャラってことで・・・・。」

「よ~し、ラーメン大盛りに挑戦だぞ~!!」

「「わ~い!!」」

律と唯とムギは既に話を聞いていなかった。

「先生、私たちは安いラーメン頼みますから。」

和と澪がせめてもの慰めにそう言った。

「こんなんだったら負けとけばよかった~!うわあああん!」

さわ子はまたも大赤字で大泣きした。





「さて、と。片付けも終わったことだし、帰って少し休もうかな~。」

実況解説の白石は球場の片付けを終えて帰ろうと準備していた。すると、彼の携帯電話が鳴った。

「はい、もしもし・・・・・。」

「白石、てめぇ!!今どこにいるんだ!!」

「あきら様!?い、今、市民球場で仕事を終えて帰ろうと思っていたところですが。」

「帰るだぁ!?そんなことより、明日のロケで使う道具の準備ができてねえじゃねぇか!!」

「あ、いや。それは明日早く行ってやろうかと・・・・。」

「却下だ。今すぐ来てやっていけ!!」

そして、一方的に電話を切られた白石。ここにもかわいそうな人が一人いた。





ラーメン店内でチュルチュルと麺をすする音。

「ぷは~!美味しかった~!」

「もう食べられないよ~。」

唯と律がラーメンどんぶりをテーブルの上に置いた。つゆも全て飲んでしまった。

「あんたたち、揃いも揃ってわざと高いの頼んだでしょ!うわああああん!」

さわ子は食べながらも泣いていた。澪と和と憂以外全員値段の高いメニューを頼んでいた。

ラーメン屋の扉が開いた。

「へい、らっしゃい。」

店主があいさつをする。中に入ってきたのは、陵桜学園の一行だった。

「あら、黒井先生。先生も生徒たちに奢りなんですか?」

「負けたのはお前のせいや~言われて根負けしてしまいましたわ。」

「・・・・・お互い、苦労しているんですね。」

「ええ、ほんまに。」

「「うわああああん!」」





次の日、教室にて・・・・

「はい、昨日の全試合の結果が出たわよ。」

和がプリントアウトしたトーナメント表と試合結果の表を持ってきた。

「私たち、準々決勝進出だね!」

「あまり出場校がいないからなんだけどな。」

澪が苦笑した。今大会での出場校はシードを含めて27校。桜ヶ丘を含めて8校ある。

「次戦うチームはリトルバスターズっていうのね。どういうチームなの?」

ムギが和に尋ねたところによると、リトルバスターズは二回戦で甲子園出場経験者のいるチームを破った強敵だった。

「よし、ここまで来たんだ!次も勝つぞ!」

「「おお~!!」」



次回に続く!?



[18644] ベースボール! リトルバスターズVS桜が丘高校!!
Name: アルファルファ◆dbeaba9b ID:3a0f4cc8
Date: 2010/06/24 22:21
「ふう、今日もいい天気だな~。」

憂はキッチンで朝食の支度と昼食のお弁当の支度をしながら窓の外を見ていた。青い空が広がっている。

「さて、と。朝ごはんの準備よし。お弁当の準備よし。」

憂は階段を上がって二階へ。唯の部屋の扉を開いた。

「お姉ちゃん、起きて~。朝だよ~。今日も野球の試合があるからちゃんと食べてね~。」

普段なら起こしても起きない姉を起こすのが日課だが、ここ二日は違っていた。

「う~~~~い~~~~。」

「お姉ちゃん、昨日の晩も眠れなかったの?」

唯の目には真っ黒のクマができていた。

「ギー太が恋しいよう~。」

金曜日に楽器店に持っていったギー太はメンテナンスのために月曜日まで店預かりになっていた。





けいおん! ベースボール!リトルバスターズVS桜が丘高校!!





「なんだ、唯。寝不足か?」

「ギー太~ギー太~。」

野球場に行く途中でみんなに聞かれた。唯は誰から見ても心ここにあらずな状態だった。

「唯ちゃん、今日は調子が良くないみたいね。」

「そうだな。せっかく今日は唯に四番打ってもらおうと思ってたのに。」

「ま、なんとかなるだろ。それより、急がないと遅れるぞ。」



球場入りしてすぐに桜ヶ丘チームは着替えてグラウンドに出た。

「俺がチームリーダーの棗恭介です。今日はよろしくお願いします。」

「いえいえ。こちらこそよろしくお願いします。」

恭介と律が対戦チームとの挨拶をする。さわ子も教職員への挨拶回りをしていた。



「えっと、君が4番の直枝君だっけ。今日はお互いにいいプレーをしようね。」

「はい、えっと・・・中野さんでしたっけ。こちらこそよろしく。」

理樹は桜高チームの面々と挨拶をして戻ってくる。

「(それにしても綺麗な人達ばっかりだな~。)」

理樹は知らず知らずのうちに顔がにやけて戻ってきた。それを見た鈴はすごく不機嫌な顔をした。

「理樹なんて嫌いだっ!!」

鈴はそれだけ言うと理樹のそばを離れて恭介のところにいく。恭介を座らせて投球練習を始めていた。

「何を怒ってるんだろう、鈴。」

他のリトルバスターズの女性陣はその一部始終を見て苦笑していた。



「梓ちゃん、あの男の子と良い雰囲気だね。」

「な、何言ってるんですか、ムギ先輩。ただ近くで目が合ったから少しお話しただけです。」

「なんでそんなに慌ててるのかな?それに少し顔が赤いわよ。」

「も、もう!!からかわないで下さい!!」

梓は普段はからかってこないムギに言われてかなり面食らっていた。





『さて、高校対抗野球大会三回戦。この試合の実況は私、風紀委員長のあーちゃんが担当します。』

『ソフトボール部次期キャプテン、笹瀬川佐々美ですわ。本日は解説を担当します。』

『もうすぐプレイボールなんで本日はよろしくお願いしま~す。』

『(ところで私、なんでこんなところにいるのでしょう?)』

あーちゃん先輩に無理やり引っ張ってこられた佐々美はそう思わずにいられなかった。



先攻・リトルバスターズ
1番 中堅 来ヶ谷
2番 投手 棗妹
3番 二塁 棗兄
4番 捕手 直枝
5番 遊撃 宮沢
6番 三塁 井ノ原
7番 右翼 神北
8番 左翼 三枝
9番 一塁 能美

後攻・桜が丘高校チーム
1番 一塁 琴吹
2番 三塁 秋山
3番 中堅 真鍋
4番 捕手 山中
5番 二塁 平沢妹
6番 右翼 平沢姉
7番 左翼 鈴木
8番 遊撃 中野
9番 投手 田井中



「おい、澪。またあたしが一番後ろなんだけど・・・・。」

「律は前の試合で一本も打っていない。それに、今日はどんどん三振を取りに来る力のあるピッチャーだ。」

「律先輩には荷が重いですね。棗さんはストレートが重い球で変化球も多彩だそうですから。」

「くそ~!!今日こそ打ってお前らを見返してやる!!」

律は今日こそはフルスイングでホームランを打ってやろうと心に誓った。



「俺から言えるのはただ一言だけだ。全力を尽くせ!」

恭介がわざわざ全員に円陣を組ませて言ったのはそれだけだった。

「私から補足説明します。桜が丘高校の皆さんは今まで勝ち上がってきたとはいえ運の要素が強いです。」

「「ふむふむ。」」

「守備に関しては荒い面がありますので、強いゴロを飛ばせば出塁率が上がります。」

「「ほうほう。」」

「ですから、恭介さんは全力を出せと言ったのです。」

「いや、俺は何も考えずに言ったのだが・・・・。」

リーダーの立場が丸つぶれで冷や汗が止まらない恭介だった。



「プレイボール!!」

『さて、先攻はリトルバスターズ。バッターボックスには俊足の一番・来ヶ谷選手が入ります。足を生かしたプレーが出来るでしょうか。』

来ヶ谷は右打席に入ると自慢の頭脳を駆使して考え始めた。

「(さて、まずは相手ピッチャーの程を確かめねば始まらない。無理に遠くに飛ばさず当てに行こう。)」

来ヶ谷はバットの構えを若干前にずらして当てやすく持つ。

「(りっちゃん、この子は思いっきりは振ってこないわ。どんどんストライクを取りに来なさい。)」

律は内角低めに直球を投げた。判定はストライク。

「(この子はでかいからストライクゾーン広くて助かるなあ。)」

律の第二球は外角低めでストライクからボールになる球。ファウルになってツーナッシング。

「(三球目は・・・・ここだ!)」

律は内角低めに緩いボールを投げた。

「くっ!」

来ヶ谷はそれを打ち損なってセカンド・憂の正面へ。ランニングスローで一塁に投げた。セカンドゴロ。

「ふむ、だいたい把握した。次は大丈夫だ。」

来ヶ谷は頭の中に律の投球とさわ子の配球のパターンをしっかり叩き込んでベンチに下がった。



『先頭バッター・来ヶ谷選手が倒れてワンアウト。次は二番・棗鈴選手の登場です。』

「(今度は小さい子か・・・・。まあいい、どうせ打っても力はないだろ・・・・。)」

律は初球を高めの甘い球で入った。鈴は躊躇うことなく強振した。

「いいっ!?」

律は思わず驚きの声を上げた。鈴の打球はライト方向のポール際ファウルグラウンドへ。

「(見かけによらず力があるのか、この子。)」

二球目は警戒して低めに微妙な球を投げた。鈴は選球眼もいいので見逃してボール。三球目も低め。

「うわっ!」

鈴は律にタイミングを外されて打ち上げた。センター・和がキャッチしてセンターフライ。



「アウトになってしまった。」

「ああ、惜しかったな。じゃ、俺が代わりにツーベースくらい打ってくるか。」

「何をそんなに嬉しそうにしているんだ?」

「ツーベース打ってあの子に話しかけてみたいじゃないか。」

恭介はショートの梓を指さしながら言った。彼の好みのロリの妹タイプだ。

「・・・・・凡退しろ、ド変態。」

鈴はそう吐き捨ててベンチに帰っていった。



『三番・棗恭介選手。悠々と打席に入ります。強打者の風格を漂わせています。』

恭介は前二人の打席を見ておおよその傾向と対策を立てていた。

「もらった!」

律が投げた初球を軽々とライト方向へ持っていった。唯がぼうっとしていたために捕球が遅れた。

恭介はその間に悠々二塁に到達。ツーベースヒットになった。

「唯、何やってるんだ!」

律がピッチャーマウンドから怒るが、唯はギー太の事を考えていてよく聞いていなかった。



「やあ、どうも。」

「は、はあ・・・。こんにちは。」

恭介はセカンドベース上でショートの梓に挨拶をしていた。梓は困惑している。

「桜ヶ丘は美人ぞろいと聞いていたが、君はその中でも特別に・・・・。」

「あの・・・・。」

「なんだ?」

「もうスリーアウトなんですけど。」

理樹はワンエンドワンからの三球目をサードにライナーで飛ばしたが、サードライナーに倒れていた。

「早く戻った方がいいと思いますよ。」

「あ、ああ・・・・。ありがとう。」

恭介はがっくりと肩を落としてベンチに下がった。梓とあまり会話ができなかったからだ。



「梓、あの先輩と何を話してたの?」

「特に何も・・・。ただ、なんかすごい悪寒を感じた。」

「それはあれだよ。この野球場で死んだ部員の亡霊が乗り移っていたんだよ。間違いない。」

純がいつものように口から出任せを言った。

「見えない聞こえない見えない聞こえない見えない聞こえない!!」

後ろで澪が亡霊に怯えて耳を塞いでいた。



『笹瀬川さん。一回表の攻撃はあっさり終わりましたね。』

『まだ手探りの状態ですわね。相手チームの攻撃を見極めようという慎重な対応ですわ。』

『そんな面倒な事しないでさっさと攻めちゃえばいいと思うんですが。』

『それはリーダーの考え方次第ですわね。ちなみに棗先輩は拙速を嫌うタイプですわ。』





「和、今日のピッチャーの癖は何か分かるか?」

律が和に尋ねた。スコアブックを見て和が首をかしげていた。

「前の試合のデータがあるんだけど、変わってるわね。」

スコアブックにはニャーブとかスライにゃーとかライジングニャットボールと書いてあった。

「まあ、あえて言うならコントロールは良くないみたいね。狙い球を絞って決め打ちがいいかもしれない。」

「よし・・・。なら今日はそれで行こう。頼むぞ、ムギ!」

「うん、任せて。」



『一番・ファースト琴吹選手がバッターボックスに入ります。長打力のある選手を一番に入れましたね。』

「(ボールを見ていくのね。とりあえず二球は見送ろう。)」

ムギはそう意識して打ち気に逸る気持ちを抑えた。

「とりゃっ!はりゃっ!」

鈴の最初のボールはストレート。緩いボールが低めに外れた。二球目はシュート。

「くっ!」

ムギは打とうとして途中でやめた。下手に手を出してはゴロにされてしまうからだ。

三球目は高めのチェンジアップ。ムギはそこで思いっきり振り抜いた。ボールは一二塁間を抜けてヒット。

『琴吹選手、ヒットで出ました!先頭バッターが出塁!』

『直枝さんの要求よりも高く入ってしまいましたわね。高めの緩い球はすごく打ちやすいんですのよ。』

『失投を打たれてしまったわけですが、この後どうやって立て直してくるでしょうか。』



澪が左バッターボックスに入ると、ファースト、セカンド、ショートが前進して身を低くした。

「(バントシフトか。警戒されてると決めるのは厳しそうだな。)」

澪は一度バントをするためにバットにかけていた手を放した。

「(速球が来たらムギが盗塁しても失敗するかも。ここは慎重に・・・あれ?)」

澪がある事に気づいた。サード・井ノ原真人だけ前進してこない。

「(ひょっとして罠・・・?いや、シフトを忘れてるだけみたい。それなら・・・・)」

澪は初球でバント。三塁線側に転がした。

「真人!」

キャッチャーの理樹が叫んだ。

「うおおおおおっ!?」

真人は慌てて前進して転がってくるボールをキャッチ。すでにムギは二塁に到達。一塁へ投げた。

「セーフ!!」

間一髪の差で澪はファーストベースを駆け抜けた。

「よし、ヒットだ!」

澪が小さくガッツボーズ。チャンスがノーアウト一二塁に広がった。



タイムをかけて内野陣がマウンドに集合。いきり立った謙吾に真人は胸ぐらを掴まれた。

「真人、貴様という奴は!!この場で成敗してくれる!!」

「わ、悪かったって!!今度はミスしねえからよ!!」

「真人は信用出来ない。」

鈴に即否定された。とりあえず鈴の気持ちを落ち着けて守備に戻った。



三番・和は三球待って四球目で送りバント。ファースト・クドが取ってタッチアウト。ワンアウト二塁三塁。

『さて、送って二三塁。ここで四番・キャッチャー山中選手が打席に入りました。』

『リトルバスターズは外野フライで一点は仕方ないというシフトですわね。ほとんど前進していませんわ。』

さわ子は打席に入るとバットを長く持ってとりあえずは外野フライを打とうという構えを取った。

一球目はニャーブ、二球目はニャックル。猫の魂がこもった投球でファウル。

「えいっ!!」

三球目は低めのスライニャー。さわ子はバットを振り抜く速度を抑えて真芯に当てた。

「もらったわ!」

さわ子の打球は左中間へ。レフト・三枝葉留佳が追う。

「って、あらー!!」

葉留佳がジャンプして飛びついたが、その頭上を越えて後方に抜けていった。

「回れ回れ~!!」

三塁コーチの律が腕を回した。ムギ、澪が次々にホームイン。内野にボールが帰ってくる頃にはバッターも二塁へ。

『1回の裏・四番の山中先生に二点タイムリーヒット!!桜ヶ丘高校チームが先制しました!!』

内野陣集合でまず謙吾が真人に鳩尾突きを食らわせた。真人はあまりの痛さにうずくまった。

「うおっ・・・・。てめえ、俺の筋肉が耐えてくれなかったら気絶する一撃だったぞ・・・・。」

「ふん。貴様がミスしなかったら失点1で済んでいたことに比べれば、その程度で済ませてやるだけありがたいと思え。」

「二人とも、喧嘩は良くないよ。落ち着いて。」

「いや、俺が一方的にやられているだけなんだが・・・・・。」

真人は理樹に哀願しながら、必死に痛みをこらえていた。

「まあ、打たれちまったものは仕方ない。後のバッターをしっかり抑えるんだ。分かったな、鈴。」

「うん。」

恭介にポンと肩を叩かれ、鈴は平静さを取り戻した。その後は、憂をセンターフライ、唯を見逃し三振に討ち取った。





『さて、二回の表・リトルバスターズの攻撃です。バッターは5番・宮沢選手です。どんな手を使ってくるでしょうか。』

『宮沢さんなら絶対に打ちますわ!!あのお方に打てないボールなどございませんわ!!』

解説の佐々美が先ほどまでとは別人に見えるほど力説していた。

「さて、大きいのを狙いにいくか。」

謙吾は飛距離が出るようにバットを長く持った。

「(りっちゃん、宮沢君は四番以上の恐いバッターよ。低めに投げてゴロにするのよ。)」

「(ああ、分かったよ。)」

律は外角低めいっぱいにボールを投げた。普通なら手が出ない完璧なコース。

「甘い!」

謙吾は素早く足を踏み込んでボールを打った。思いっきり振った当たりはまっすぐセンター後方のフェンスへ。

「よし、次まで行くか。」

和が捕球する頃には一塁ベースを大きく回っていた。悠々二塁に到達。



「よ~し、俺様の筋肉でホームランを打ってやるぜ!」

真人はバットを唸らせながら打席に入った。素振りの音だけでその力のほどを知ることができた。

「(さわちゃん、どうする?)」

「(井ノ原君はすごく三振の多い子よ。ボール球でも振っちゃうから安心して投げなさい。)」

律は試しに外角に外したボール球を投げた。

「ストライク!!」

真人は強引に振りにいって空振りでワンストライク。

「ストライク!!」

高めに投げたスローボールも振りに来てストライク。ツーナッシング。

「これで決まりだ!」

律が渾身のストレートを投げた。真人はそれに食らいついてファウル。

「なら、これなら・・・・!あっ・・・・!」

律の四球目はすっぽ抜けた甘い球。真人はそれを痛打した。

サード・澪とショート・梓がボールを追うが、高いバウンドでレフトへ抜けていった。

謙吾は早めにスタートを切っていたので純が捕球する頃には三塁を回っていた。

「間に合え~!」

純が助走をつけてバックホーム。謙吾はボールが帰ってくる方向をちらりと見て回り込んでベースにタッチ。

「セーフ!!」

『井ノ原選手、やりました!!ランナー・宮沢選手が帰って1点返しました!!』

『まあ、自分のミスで点を失ったわけですし、自分で取り返すのは当然ですわね。』

『さて、なおもノーアウトランナー一塁。ネクストバッターは7番・ライト神北選手です。』



小毬は最初からバントの構え。ランナーを二塁に送る作戦に出た。

「(りっちゃん、ど真ん中に投げて。)」

「(なんでだよ?)」

「(この子なら平気。バット重そうに持っててうまく当てられなさそうだから。)」

律は言われたとおりに投げてみた。小毬は案の定打ち上げてピッチャー前に転々と転がった。

「うわあああ!ごめんなさい!」

律は軽く捌いてセカンドに送球。セカンドからファーストに送球してダブルプレイ。バント失敗。



「はるちんのホームラン打法ですよ!」

葉留佳が一本足打法で左打席に立った。王貞治のようなホームランを狙いに来る構えだった。

『三枝選手の今までの成績ですが、10打数ヒットなし。エラーで一回出塁した以外は全部三振です。』

『三枝さんの事ですから、思いつきで振っているんでしょうね。ボールを基本的に見てないんですわ。』

実況席からも全く期待されていない。案の定三球三振だった。





「一点返されたか。まあいい。ここで追加点を入れて試合を決めるぜ!純ちゃん、梓、ランナー貯めてくれよ!」

律にハッパをかけられて送り出された純と梓。

「・・・・純、何やってるの?」

「えっ?これ?新しく覚えた打法の練習だよ。マンガで読んだんだ~。秘打・白鳥の湖!」

そう叫んで純はくるくる回転しながらバットを振り始めた。

「それ、本物の試合でやったら反則だよ?」

「えっ!?そうなの!?なら、G線上のアリアでいいや。」

純は右打席に入ると、若干腰を低くしてバットを短く構えた。

「このやろ!」

ピッチャー・鈴が第一球に160kmの真・ライジングニャットボールを投げた。

「きゃっ!」

純はセーフティーバントの構えをしたが怖くて思わずバットを引いてしまった。が、絶妙にバットに当たってボールが転がった。

「セーフ!」

ファーストのクドが追いついて一塁に投げたが、純の足が勝って内野安打になった。

「やった!作戦成功!」

誰がどう見てもまぐれだったが、純はファーストベースでVサインをしていた。



『8番・ショート中野選手。今バッターボックスに入ります。』

「(この子、私と同じくらいの身長なのにすごい球を投げてる。私も頑張らないと。)」

だが、梓は初球のシュートに詰まってボテボテの内野ゴロ。ボールは転々とサード・真人の方向へ。

「しまったー!!」

だが、予想に反して真人はバウンドを合わせそこねて後逸。慌ててボールを拾って投げたが、それよりも早く梓がベースを駆け抜けた。

「タイム!」

理樹が間髪入れずにタイムを要求し、マウンドに走った。

「理樹、あの筋肉バカをボコボコにしてもいいか?」

「まあまあ、落ち着いて。ここで味方同士で乱闘なんてしたらまずいよ。」

「なら、どうすればいい?」

「まずはこのピンチを抑えることに専念しようよ。」

「よく分からんが分かった。というか分かりたくないが分かった。真人の処刑は後回しにする。」

「・・・・まあ、そういう方向で。」

理樹は真人のグロテスクは避けられないと諦めてポジションに戻った。

「プレイ!」



『さて、エラーでチャンスが広がってノーアウト一塁二塁。バッターは9番・ピッチャー田井中選手です。』

『ミスをすると、それが響いて失点するパターンが多いですわ。ここは正念場ですわね。』

律は左打席に入ると、バットをバックスクリーンに向けて大声で叫んだ。

「予告ホームラン!!」

桜ヶ丘ベンチはそれを聞いた瞬間、全員がずっこけた。そうとは知らない理樹は鈴に慎重な投球を求めた。

「(鈴、ここはボール球から入るんだ。)」

「(分かった。)」

鈴の第一球は真ん中低めにボール球のストレート。

「ストライク!」

律はそれを掬い上げようとしたが当たらずに空振りしてストライク。

「(鈴。ここにチェンジアップ。)」

内角いっぱいにチェンジアップ。律を速くバットを振りすぎて空振りストライク。

「(逃げる球で勝負だ!)」

鈴は外角低めに逃げるシュートを投げた。

「ストライク!バッターアウト!」

キャッチャーミットにボールが収まった。空振りで三球三振。

「予告ホームランじゃなかったのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「おい、律。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「律?」

律は既に生きる屍になっていて澪の問いに答えなかった。



ムギはワンアウト一塁二塁でバッターボックスへ。バットを大きく構えた。初球は見送ってボール。

「(エンドランのサイン。とにかく打たなくちゃ。)」

さわ子がベンチから出しているサインはエンドラン。ムギは先ほどより短くバットを持つ。

「(エンドランだ。ニャックルでバッターの狙いを外して、鈴。)」

「(うん、分かった。)」

理樹はムギのバットの握りを見て即断。的を絞りにくいニャックル(ナックル)を指示した。

「揺れろ!ニャックル!」

鈴の投げた球は左右に揺れながら下に落ちてくる。

「くっ!」

ムギはそれを腕をコンパクトにたたんで右方向へ打ち返した。

『打った!セカンド頭上!』

ランナーはそれぞれ次の塁に向けて走っていく。だが・・・・

「俺の守備範囲さ!」

セカンドの恭介が放物線を描いて落下してくるボールをダイビングキャッチ。

「アウト!」

「嘘っ!?捕られた!?」

純と梓が慌てて塁に戻るが、帰塁が間に合わずタッチアウト。

「スリーアウト!チェンジ!」





『桜が丘高校、追加点はなりませんでした。三回の表はリトルバスターズ、ラストバッターの能美選手からです。』

クドは一礼した後で打席に入った。

「あいむすらっがー!」

滅茶苦茶な日本語英語だった。

「(チッ、また小さい子か。ストライクゾーンが小さくて嫌になるぜ。)」

クドは身長145cmと他のメンバーに比べてかなり背が低い。それに応じてストライクゾーンも小さい。

「(ま、力なさそうだし、ど真ん中でいいや。)」

律はど真ん中へストレート。クドは見逃してストライク。

「(びびってやがるぜ。なら、もう一丁!)」

同じコースでもう一球投げた。クドはそれを思いっきり振った。

「えいやっ!」

クドはボールの勢いに押されてフラフラとライト方向に飛んだ。ほぼ定位置のはず。だが・・・・

「うわっ!」

ぼうっとしていた唯はグラブで弾いて落としてしまった。慌てて拾って投げた時には既にクドは一塁に到達。

『桜が丘高校チーム、エラー!!能美選手、ラッキーなエラーで出塁!!』



「(ったく、唯め。今日はギターが無いせいで腑抜けになってるぜ。しょうのない奴だ。)」

律はエラーでも動揺せずに次のバッターを抑えることに集中することにした。

「ふむ、ノーアウトか。ならば、チャンスを広げるとするか。」

来ヶ谷はカットを続けて律に八球投げさせた。そして、九球目・・・・

「うわっ!抜かれたっ!」

来ヶ谷は外角に来た甘い球を逃さずするどいゴロを飛ばしてライト前にヒット。ノーアウト一塁二塁。



鈴はファウルで粘る。ボール球にも手を出してひたすらカットし続けた。

「(くそっ、絶対に抑えてやる!)」

律は内角低めに直球を投げた。空振りしてストライク。二球目はファウルになってツーナッシング。

「これで決まりだ!」

律は力を込めて渾身のストレートを投げた。が、それはホームベースの前でバウンドしてキャッチャーの横へ。

「きゃっ!」

さわ子がミットを出したが後ろをすり抜けていく。ボールを捕りに行く間にランナーが進塁。

「やってしまった・・・。」

律は気が抜けてしまい、次の球を強打された。

「捕れない!」

三遊間を抜けていく当たりに澪と梓が飛びついたがレフト前に抜けていく。三塁ランナーが悠々ホームイン。

『リトルバスターズ、同点タイムリー!!試合を振り出しに戻しました!!2-2!!』



三番・棗恭介は三塁まで進んでいたランナー・来ヶ谷の足を考えてフライを上げようと考えた。

「(ここは無難に勝ち越しておくか。)」

恭介は二球目に来た球をチョコンと掬い上げてセンターへ。ほぼ定位置で和が捕った。

「よしっ!」

来ヶ谷が猛然とタッチアップしてダッシュ。和もそれを予想していてすぐさまバックホーム。

だが、地肩は元々良くない。和の送球はワンバウンドしてキャッチャーに到達。さわ子が振り返ると・・・

「セーフ!」

既に来ヶ谷はホームインしていた。3-2でリトルバスターズが勝ち越した。

『リトルバスターズ、勝ち越し犠牲フライ!!しぶとく一点ゲット!!』



その後、理樹がフォアボール、謙吾がセンター前ヒットでランナーの鈴と合わせてワンアウト満塁。

『次のバッターは先ほどタイムリーを放った六番・サード井ノ原選手!!』

『あの筋肉達磨、バットをぶんぶん振っていますわね。』

『さあ、ホームランが出るでしょうか!!』

さわ子がたまらず律の下へ駆け寄る。内野陣も集合。

「りっちゃん、落ち着いて。このままだと傷口がどんどん広がっちゃうわ。」

「う、うん・・・・。」

さすがの律も打ち込まれて弱気になっていた。

「まったく、だらしがないな、律は。」

「なんだと、澪!?」

「さっきの威勢はどうしたんだ?次打たれたらこれからずっとヘタ律って呼ぶからな。」

「くーっ!!バカにしやがって!!見てろ!!」

律はカンカンになってピッチャーマウンドへ戻っていく。

「律は変に慰めるよりもこっちの方が効果があるんだ。」

「澪ちゃん、りっちゃんのことは何でも知ってるのね。」

「まあ、付き合い長いから。」

プレイ再開。律は第一球を投げた。心のこもったボールは空振り。二球目も高く打ち上げてファウル。

「うおりゃーっ!!」

律の内角をえぐる球に真人は思わず仰け反ってバットを出してしまった。

「しまったー!!」

真人がバットに当てたボールはセカンドの真正面へ。憂がセカンド、梓がファーストへ送球。

「スリーアウト!!チェンジ!!」



「真人、貴様!!なんだあの気の無いスイングは!!成敗してくれる!!」

「落ち着いて謙吾!!試合中に喧嘩はまずいって何度言ったら分かるんだよ!!」

理樹が止めに入ったので真人は殴られずに済んだ。

「ったくよ、なんで俺だけ文句言われなきゃいけないんだ・・・。小毬もクド公も三枝も打ってないじゃないか。」

「それはか弱い女性だからです。井ノ原さんは筋肉を持ちながらそれを無駄に使っているから非難されるのです。」

美魚の冷たい一言。真人の頑丈なハートにも突き刺さる一撃だった。

「で、でもよう、この筋肉で体を張ってボールを止めたりしてるんだぜ?」

「今までエラー4つ。記録に残らないまずい守備が5つ。冗談は存在だけにして下さい。」

「うおおおおおおっ!!存在まで冗談にされた!!」

真人は傷口に塩を塗られて打ちのめされた。





「澪先輩、ファイト!!」

「澪さん、頑張って下さ~い!!」

ベンチと観客席から飛んでくる声援。澪はそれを背中に感じながら打席に立った。

「よし、来い!」

鈴の一球目は低めに外れたチェンジアップ。二球目はスライニャーが外に外れてボール。

「魔球だ!」

135kmのライジングニャットボール。ストレートにタイミングを合わせてバットのヘッドに当てた。

「よしっ!」

真っ直ぐショート後方へライナーで飛んでいく。レフトの葉留佳が遮二無二突っ込んでくる。

「はるちんまくすパワー!」

レフト前に落ちようかというボールをグラブの中に収めた。二塁塁審がさっと手を上げた。

「アウト!」

澪は葉留佳の好プレーに阻まれてレフトライナーに倒れた。

「ふっふっふっ。これからはこのはるちんの時代がくるのですヨ!」

葉留佳はニヤケ笑いが止まらずずっと笑っていた。すると、カキンという音がしてボールが飛んできた。

「ちょっとは余韻に浸らせろー!」

三遊間を破る痛烈なゴロの捕球のために葉留佳はダッシュした。



「よしっ、和ちゃんが出たわ。次は・・・・。」

「私ね。見てなさい。さっきみたいに華麗に決めてくるから!」

「頑張ってください、先生!」

さわ子はムギに親指を出してカッコつけてから打席に入った。

「ストライク!バッターアウト!」

さわ子は五球で三振にされてベンチに戻ってきた。

「華麗に決めてくるんじゃなかったのか、さわちゃん?」

「あんな豪速球打てる訳ないでしょ!うわあああんっ!」

さわ子は大見得を切って出て行ったことの恥ずかしさに思わず泣き出してしまった。

その後は五番・憂がフォアボールで出たが、六番・唯がまたも三振で攻撃が終わった。





『三回の裏は無得点に終わりました。この攻撃をどう見ますか、笹瀬川さん?』

『6番の平沢さんはチャンスでは必ず打つと聞いていたのですが・・・・なぜ打てなかったのか気になりますわ。』

『情報ではバンドで使っているギターが修理中なのが気になって集中できていない、と関係者のお話です。』

『なっ!?そんな下らない理由ですの!?棗鈴の猫好きと通ずるものがありますわね。』



「よ~し、頑張るよ~。」

小毬が重そうにバットを抱えて打席に入るのを横目に恭介が言った。

「ま、この回は仕方がない。次の回はまた一番からだ。そこで追加点を奪おう。」

「うん、そうだね。」

恭介と理樹は頷き合って試合を観戦していた。だが、予想に反して小毬はサードボテボテの内野安打を放った。

「マジかよ!?」

「小毬さん、足はそんなに遅くないからね。」

その後は葉留佳が三振、クドが送りバントでツーアウトながら二塁にランナーが進む。バッターは来ヶ谷。

「ふむ、きっちり繋ぐとしよう。」

来ヶ谷はきっちりセンター前に弾き返してツーアウト一塁三塁。



『ツーアウトながら得点のチャンス!!棗鈴選手がバッターボックスに入ります。』

鈴への投球、一球目はボール。二球目を打ち上げてファウルグラウンドぎりぎりに飛んでいく。

ムギがフェンスギリギリまで追いかけていったが、スタンドに入ってファウル。

『ピッチャー六球目を投げました。打ったっ!!これは伸びていきます!!』

鈴は内角の球を引きつけて左中間へ持っていった。フェンスに直撃し、純が捕球してバックホーム。

「おんどりゃー!!」

三塁を回ってホームに突っ込む小毬は頭から突っ込む。さわ子は帰還させじとブロック。

「くっ!」

さわ子は外野からの返球がそれて態勢を崩された。その間隙をぬって小毬がベースにタッチ。

「セーフ!!」

『リトルバスターズに追加点!!4-2!!その差が広がっていきます!!』

鈴は二塁まで進んでいてツーアウト二塁三塁。だが、その後は恭介をショートライナーに討ち取った。





「なんだか嫌な展開ね。勝てるのかしら。」

「分からないけど、唯ちゃんが復活してくれれば・・・・。そうだわ!」

ムギはおもむろに携帯電話を取り出してどこかの番号をプッシュした。

「どこに電話してるの、ムギ?」

「内緒。」

ムギが含み笑いをした。和は薄々だが彼女が電話しているのがどこか分かったので黙っていた。



純は真・ライジングニャットボールを打てずに三振。ワンアウト。

「うわ~、あんなの当たんないよ~。」

純は悔しさに顔を歪ませてベンチに戻ってくる。

『8番・ショート中野選手。』

梓が純と入れ替わりでバッターボックスに入る。

「行くぞ。受けてみよ、この魔球を!!」

鈴は変化球の握りがバレないようにグラブで隠しながら左足を上げ、踏み込んで投球。

「あれは・・・シュート!」

梓は腕を振りながら右手を反時計回りに回すのを見破った。

「えいっ!」

梓はボールに合わせて当てただけのバッティング。

「うわっ!」

ピッチャー返しになり、鈴が倒れながらも捕ろうとしたが、グラブで弾いてしまった。

謙吾が猛ダッシュしてボールを拾い一塁に投げたがセーフ。

「よしっ!」

梓はピッチャーへの強襲ヒットで出塁した。だが、次のバッター・律は三振。

「(あと二十分・・・・あと二十分あれば・・・私たちがきっと勝てる・・・・)」

ムギはそれだけを考えてひたすらカットで粘り、八球目にライジングニャットボールを打ち返した。

「(ライジングニャットボールを打ち返されるとは。なんて力の持ち主だ。)」

鈴は内心恐懼した。あの直球を完璧に打ち返せる人は理樹たち以外で始めてだった。

「やった!ヒット!」

続く澪にもツースリーでカウントを悪くしてしまい、コースを甘く入れてしまい、センター前ヒット。

『桜が丘高校、ツーアウト満塁!!バッターは前の試合で逆転勝ち越しヒットの真鍋選手です!!』

桜が丘高校の応援ベンチからひときわ大きい歓声が上がる。

「(全く、期待されて打席に入るのも嫌なものね。)」

和は内心憂鬱だったが、心を落ち着かせて打席に入った。

「真・ライジングニャットボール!!」

初球は160kmの豪速球の前に振り遅れて空振りストライク。思わずのけぞった。

「(直枝君は初球で脅かして次は際どいところに投げさせてカウントを取りに来るはず。)」

二球目は読み通りに内角に若干外れたチェンジアップが来たが見送ってボール。

三球目は内から外に曲がるニャーブだが、ワンバウンドしてボール。

「(バッティングカウント。スリーボールにしたくないだろうし、甘いところに投げてくるわね。)」

鈴はクイックモーションで第四球を投げた。

「(ストレート!)」

先ほどとは違い80km程度の速さのストレートを投げてきた。和はそれをバットを大きく振って打ち返した。

「うわああああっ!」

レフト後方にぐんぐん伸びていく打球に思わず悲鳴をあげる鈴。だが・・・・

「この球は絶対取れる!」

葉留佳が猛ダッシュして地面を蹴ってフェンスがあるのをお構いなしに突っ込む。フェンスに当たる前にギリギリ捕った。

「アウト!はるちん凄い!」

葉留佳は少しふらふらした足取りだったが、グラブを上に掲げて戻ってきた。

「チェンジ!」

この回も桜が丘高校は無得点に終わった。

「惜しかったな、和。あれ捕られたら仕方ないよ。」

澪がため息混じりに言った。ベンチも全員落胆している。





『桜が丘高校、好守備に阻まれ同点は持ち越しとなりました。これからリトルバスターズの攻撃です。』

四番・理樹がバッターボックスに入る。

「(ここで出塁してチャンスメイクしよう。)」

理樹はバットを短めに持って律に相対する。

「(りっちゃん、まずは高めのボール球。)」

律は要求通り真ん中高めに釣り球を投げた。見送ってボール。

「(なら、ここはどうかしら?)」

さわ子の指示はインローの遅い球。律は二球目を投げた。

「あっ!」

さわ子の要求よりも高めに外れてしまった。その瞬間、理樹はフルスイング。

『ライト一直線!!瞬く間にライトスタンドに突き刺さりました!!』

「やった~!!ホームランだ!!」

打った本人もびっくりの弾丸ライナーでのホームラン。右手を上げてガッツポーズしながらホームイン。

「くそっ、打ち頃の球を投げちまったぜ。」

律はマウンド上でがっくりと膝をついて自分の甘さを後悔した。

『5-2!!リトルバスターズに貴重な追加点!!』

『棗先輩の訓練の賜物ですわね。完璧なホームランでしたわ。』

律は気を取り直して後続はセンターフライ、三振、サードファウルフライに討ち取ってこの回を抑えた。





「だんだん点差が離れてきたね。ここで一点くらい返さないとずるずる行っちゃうよ。」

梓がイライラした口調で言う。リトルバスターズはしぶとい攻撃で点数を取っている。

「次、憂に回ってくるんでしょ?ガツンと一発ホームラン!」

「純ちゃん、棗さんの球はそんなに簡単には飛ばないから。」

鈴の変化球と守備陣の積極的な守備に翻弄されている桜が丘高校は未だに初回の二点止まり。



「ゴフッ!!」

この回最初のバッター・山中さわ子に投じられた初球。嫌な鈍い音と共にさわ子の脇腹にめり込んでいた。

「デッドボール!ランナー一塁!」

「先生、大丈夫ですか!?」

キャッチャーの理樹がさわ子を助け起こす。さわ子は理樹の手をつかんでなんとか立ち上がった。

「平気平気。心配しないで。」

さわ子は痛みをこらえて一塁に走っていく。

「(あうっ・・・・。)」

鈴があからさまに動揺しているのがネクストバッターサークルにいる憂にも分かった。

「(今のうちなら打てる!)」

憂は打席に入ると積極的にバットを振り、ツーストライクと追い込まれながらも左中間に弾き返した。

「行けるわ!」

さわ子はエンドランで三塁まで爆走。タッチは間に合わずセーフ。ノーアウト一塁三塁になった。



「一塁三塁で唯か。今日の唯じゃ三振だろうし、憂ちゃんだけでも二塁に走らせるか。」

「そうだな。純ちゃんと梓に託そう。」

律と澪が話しあって憂に盗塁のサインを送る。その時、ムギの携帯電話に着信音が鳴った。

「(来た・・・・!)はい、もしもし・・・・。はい、ええ、ええ・・・・。」

ムギは緊張した面持ちで電話に出たが、話をしているうちに笑顔に変わっていった。

「ありがとうございます。はい、では後ほど。」

最後にそう言って電話を切る。ムギがこれから打席に向かう唯を呼び戻して電話内容を伝えた。

「唯ちゃん、いいお知らせよ。楽器屋さんから。ギー太の修理が早めに終わったって。」

ムギが携帯をしまってから言った。唯は途端に顔を綻ばせた。

「ええっ!?ギー太が!?やったー!!今迎えに行くからね!!」

「待て、唯。この試合が終わってからだ。」

律が唯の首根っこをつかんで逃げられないようにして言った。

「唯がヒットを打ったら早く帰れるぞ。さっさと行ってこい。」

「分かった!絶対に打ってくるよ!」

さらにバットとヘルメットを渡して打席に送り出した。

「律も唯の扱い方に慣れてきたわね。」

「まあな。っていうか、もし同点に追いついて延長戦になったら帰りが遅くなることくらい気づかないのか。」

「唯は今ギターのことしか考えてないから。後で気づくと思うけど。」

律と和は唯の打席を見守りながら談笑していた。

「おい、ムギ。一体、どんな圧力をかけたら修理の順番早めてもらえるんだ?」

「うふふふ。内緒よ、澪ちゃん。」



「(ギー太、私に力を!!)」

唯は打席に入ると、左手一本でセンター方向にバットを向け、それから構えた。

「(理樹、なんかすごいオーラを感じるぞ。これは一体なんだ?)」

「(分からないけど、きっとこれが平沢さんの真の力なんだよ。)」

理樹は警戒して初球は内角に抜けるシュートを投げた。ぎりぎりのところで決めたが、唯は振らずにボール。

「(選球眼が良くなってる!?そんな馬鹿な・・・・!)」

オーラだけではなく選球眼までアップしている唯に少なからぬ驚きを覚えた理樹。

「(鈴、ニャックル!!)」

鈴は真ん中から下にいくニャックルを投げた。唯は高めの全然違う場所を空振りした。

「えっ?なんで?」

理樹は唯があからさまな空振りをするので一瞬驚いた。その時、はっと気づいた。

「盗塁だ!」

一塁ランナーの憂がセカンドに向けてダッシュ。遅いナックルボールの隙をつかれて二塁を陥れられた。

「ふふ、油断してたみたいだね。」

唯が笑う。唯の行った行為はランナーの盗塁を助けるための行為。キャッチャー・理樹の送球を遅らせるためだ。

「(ノーアウト二塁三塁か。点差があるし、一点は仕方がない。)」

レフト・葉留佳、センター・来ヶ谷、ライト・小毬は前進せず定位置での守備。犠牲フライは覚悟のシフトだ。

「(鈴、スライニャーを投げて。)」

理樹の要求は外角低めに逃げるスライニャー。鈴が三球目を振りかぶって投げた。

「はあっ!」

唯は外角に身を乗り出してバットに巻きつけるようにして打ち返した。

「うわあああっ!!」

唯の打球は左中間にぐんぐん伸びていく。大きく放物線を描いた打球は一旦左中間に落ちた後高く跳ねてスタンドへ。

「エンツー!」

二塁塁審がすかさず手を上げてエンタイトルツーベースを宣言した。

「エンツーって何?」

一塁ベースを回った唯は近くにいる敵チームの恭介に野球のルールを聞いていた。

「一度グラウンドに落ちたりフェンスに当たった後に観客席に入った場合は無条件で二つベースを回れるんだ。」

「へえ、そうなんだ~。」

「(なんで野球のルールもろくに知らないのにあんな凄いのが打てるんだ?)」

セカンドに走っていく唯を見ながら恭介はそれを激しく疑問に思った。

その後は純が浅めのライトフライ、梓と律の連続三振でこの回を終えた。





『桜が丘高校が二点取って試合は5-4で終盤に入ります。6回の裏は8番・三枝選手からです。』

『この回の攻撃は期待できそうにありませんわね。』

相も変わらずバットをブンブン振り回してウォーミングアップしている葉留佳にベンチ裏から声がかかった。

「葉留佳、ちょっとこっちに来なさい。」

「あれ?お姉ちゃん?」

双子の姉・二木佳奈多が見かねて観客席から降りてきていた。

「もしかして私に応援メッセージとか?照れるな~。」

「そんなんじゃないわ。あんたが打たないと私が恥をかくから警告しに来たのよ。」

佳奈多のこめかみにはうっすらと青筋が浮かんでいる。かなりストレスが溜まっているのが見て取れた。

「打ちなさい。さもないと今後一切あなたと口を聞かないわ。」

「なにー!!それは可愛い妹に対する虐待だ!!」

「可愛い妹?そんな訳ないでしょ?なら、おまけで宿題も写させてあげない。」

「絶対打ってきます!」

葉留佳は右手で敬礼して打席にダッシュしていった。



「うおりゃあああっ!!」

葉留佳は初球からフルスイング。タイミングだけはピッタリでバックネットを越えてファウル。

二球目、三球目、四球目、五球目、六球目・・・・。延々とファウルが続く。

「はいやああっ!!」

七球目がセカンドとショートの間を抜けてセンター前ヒット。

「ふ~。これで宿題一人でやる羽目は免れたか・・・・。」

葉留佳は打った喜びよりも姉の機嫌を損ねなかった方を喜んだ。



「わふ~!」

クドはバントの構えと見せかけてすかさずバスターに切り替えた。

「きゃっ!」

バント処理で前進してきていたムギの横を掠めてライトに転がっていく。

「お姉ちゃん!」

憂がライトに走っていくが、その前に唯が捕球。

「憂、伏せて!」

唯は今までと同じ人物かと思えるような豪速球を投げた。三塁に走っている葉留佳めがけて送球。

「アウト!」

サードベースで澪がカバーに入り、葉留佳の足が入る前にタッチアウト。ランナー入れ替わりに終わった。

「お、お姉ちゃん、すごい・・・・。」

「ふっふっふっ、これが伝説のギー太投法なのだよ。」

「伝説って・・・・今つけた名前だよね?」



『さて、三枝選手がサードでタッチアウト。ワンアウト一塁となってバッターは一番に戻って来ヶ谷選手です。』

『バスターエンドランは良い作戦でしたが、まさかライトの平沢さんがあんなに肩が良かったとは・・・・。』

『データに全くありませんでしたね・・・・。』

実況も解説もただただ驚くだけだった。



「(さて、私には長打力が無いからして・・・・。)」

来ヶ谷はすくい上げるようなバッティングでライト・センターの中間にボールを飛ばす。

ボールが転々としている間にクドは今度は三塁まで進んだ。ワンアウト一塁三塁。

「よし、行ってくるぞ。」

二番バッター・鈴が打席に入る。

「(一点は仕方ないくらいの気持ちで思いっきり投げなさい。)」

「(分かった。)」

律は一塁に牽制球を挟んでから第一球を投げた。

大きく飛んだ当たりはライト後方のファウルグラウンドへ。そのまま切れてファウル。

二球目はワンバウンドで外れてボール。三球目は内角高めにすっぽ抜けてボール。

「(低めでゴロにしないとな。)」

律は内角低めで打ち損じを狙う球を投げた。

「来た!」

鈴は態勢を崩しながらもボールに食らいつく。引っ張り気味の打球はセンター寄りのレフトへ上がる。

「クーちゃん、タッチアップだよ~。」

三塁コーチの小毬が判断。純がこちら向きになってボールをキャッチ。犠牲フライには十分の距離だ。

「レッツゴー!」

「はい!」

クドが小毬の合図でタッチアップ。

「必殺・ギー太投法!!」

純が唯の投げ方を真似して低い軌道を描いてボールを投げた。三塁から駆けてくるクドを追い抜いた。

「アウト!」

さわ子が楽々キャッチしてクドにタッチしてアウト。

「わふー!アウトになってしまいました!?」

クドの足が遅かったこともあるが、純の好返球で鈴の犠牲フライはフイになってしまった。



「純、すごいね。っていうか、ギー太投法で定着しちゃったんだ。」

ベンチに戻る途中で梓が純に話しかけた。

「私に一度見せた技は通用しないんだよ。」

「いや、それ戦う主人公のセリフだから。」

6回の裏の攻撃は1番・琴吹紬からの好打順。だが・・・・

「ストライク!バッターアウト!」

その後澪にフォアボールを与えた後、和も三振を奪われた。次はさわ子がセンター前ヒット。

「ストライク!バッターアウト!」

続く憂は粘ったがニャーブに手が出ず三振。これで鈴が奪った三振が11になった。

「すげえな、あの子。憂ちゃんから三振奪ったぞ。」

「これでうちのチームで三振してないのは澪ちゃんだけになっちゃったね。」

「バントを除いて18個のアウトのうち11奪三振か。驚異的な数字だな。」

律、ムギ、澪が敵ながらアッパレという感じで鈴とその球を受ける理樹を褒めた。





『最終回・7回の表。5-4のままゲームは進みます。この回はどうなるでしょう、笹瀬川さん?』

『リトルバスターズはクリーンナップからの攻撃。その得点力を生かして一点取れば重たい一点になりますわ。』

リトルバスターズベンチでは恭介がヘルメットを被ってベンチを出て行こうというところで理樹に声をかけた。

「チャンスで回すからな、理樹。絶対打てよ。」

「いやいやいや、そんなプレッシャーをかけような事言わないでよ。」

「何言ってるんだ、理樹。お前だって成長してるんだ。ここでダメ押しの一点くらい入れられるだろ。」

恭介はそう言って笑いながら打席へと向かっていった。

「理樹君、君は自分に自信を持っていなすぎる。もっと自分の力を信じることが必要ではないかな。」

来ヶ谷が理樹の後ろにやってきてあごに手を当てて意味深に言う。

「そんなことを言っても僕は来ヶ谷さんや恭介みたいなスーパースターじゃないんだけどな。」

「能力が高いだけがスターではない。自分の役割を果たし皆の支えになれることが重要だと思うが。ほら、あれ。」

来ヶ谷が真人を指差す。

「筋力だけは学校一ある割にはこの三回戦までほとんど役に立っていない。能力が全てではない証拠だ。」

「いや、真人のは運がないだけというかなんというか・・・。」

「などと喋っている間に恭介氏がツーベースを打った。チャンスだぞ、理樹君。頑張ってきたまえ。」

来ヶ谷は尊大な口調で理樹を送り出した。



「(さっきのホームランはまぐれだ。恭介を確実に返すために外野に転がすんだ。)」

理樹は先ほどよりも心持ち短めにバットを持つ。

「(・・・ヒット狙いね。)」

さわ子は理樹の挙動からそう判断し、バックホーム態勢を敷かせた。外野が前進する。

「(あっ、外野がみんな前進してくる。それなら・・・・)」

律が二塁に牽制。すかさず恭介と目配せしあって意思の疎通を図る理樹。

「よっ!」

律の投球。理樹は素早くバットを長く持ち替えて強打。遠心力で左中間に運ぶ。

丁度前進守備の後ろを突く。左中間後方に転がっていくボールを捕りに行く純と和。

「よっしゃあ!」

その間に恭介が悠々ホームイン。理樹も二塁に進んだ。

『リトルバスターズ貴重な追加点!!6-4!!』

『前進守備が裏目に出ましたわね。定位置で守っていればアウトにできたかもしれませんのに。』

『なおもノーアウト二塁で宮沢選手がバッターボックスに入ります!』

謙吾はバットを立てて長打の構え。一気に畳み掛ける算段だった。

「(歩かせてもいいくらいの気持ちで投げるのよ、りっちゃん。)」

「(分かってるって。)」

律は警戒して丁寧なピッチングに切り替える。二球続けて臭いところでボール。

「(よし、これならどうだ!)」

律は外角低めで若干抜ける球を投げた。謙吾はそれを空振りした。

「(よし、もう一球!)」

律は同じコースに続けてボールを投げた。今度は足元で地面に跳ね返ってファウル。

「(最後は逆サイドで三振だ!)」

律は内角低めいっぱいで直球を投げた。

「掛かった!」

謙吾の大喝。謙吾がバットを振ると、ボールが消えたと見間違える位の速さでライトスタンドへ一直線。

「なんてことない。」

謙吾は余裕綽々の表情でダイヤモンドを一周。先にホームインしていた理樹とハイタッチ。

『宮沢選手、ダメ押しホームラン!!8-4!!容赦なく突き放しました!!』

律はマウンドに跪いた。謙吾に完全に配球を読まれた痛恨の一球。

「おい、律・・・・?」

澪が心配そうに駆け寄ってくる。

「まだだ!!まだ私たちの戦いは終わってねえ!!」

律ががばっと顔を起こすと叫んだ。

「この回を抑えて裏の最後の攻撃にかけるんだ!!」

「いや、それ今私が言おうと思ったセリフ・・・・。」

「さあ、そうと決まったらチャッチャと片付けるぜ!!」

「あの、聞いてる?」

そんなこんなで試合再開。真人、小毬、葉留佳を味方の守備にも助けられてなんとか三者凡退にした。





「みんな、しまっていこう!!」

「「おおっ!!」」

理樹が立ち上がって守備陣に言って、仲間もそれに応える。

『7回の裏・最後の攻撃。桜が丘チームは4点差から追いつくことが出来るでしょうか。』

『野球は9回2アウトからともいいますわ。最後まで諦めないことが大切ですの。』

『諦めない攻撃・・・最初のバッターは先ほどエンツーを放った平沢唯選手です!!』

桜が丘ベンチでは唯を祈るような気持ちで見ていた。

「(鈴、まずはストレート。)」

時速80kmのストレートで見逃しストライク。二球目は・・・・

「(シンカー。)」

唯はこれに全く当たらずに空振りストライク。

「(真・ライジングニャットボール。)」

決め球はプロ並みの速さを誇る魔球。振りかぶって第三球を投げた。

「えいっ!」

唯は無心の境地でバットを振った。あろうことかバットの真芯に当たってセンター前にヒット。

「やったー!!ヒットだよ、ヒット!!」

打った本人が一番驚いた完璧な当たりだった。



「唯先輩、なんであの球打てるんだろう?っていうか、あんなの私じゃ絶対打てない!」

ネクストバッターの純が最初から恐れをなしている。

「あなたたち、ちょっとこっちに来なさい。」

さわ子が奥から打順が回ってくる純と梓を手招きする。

「あなた達二人に作戦を授けるわ。言われたとおりにやりなさい。必ず一発で成功させるのよ。」

「「はい!」」



『セーフ!!中野選手のサードへのセーフティーバント!!ノーアウト満塁!!』

『まさか二人連続でセーフティーバントをしてくるとは思いませんでしたわ。』

純がファースト方向、梓がサード方向にセーフティーバント。さわ子の授けた作戦だった。

「先生、どうしてうまくいくって分かったんですか?」

憂が質問した。

「だって、ファーストの能美さんもサードの井ノ原君も守備上手くないから。それだけよ。」

「それだけですか?」

「それだけよ。まあ、草野球だから通じる手ではあるけどね。」



『一発出れば同点のチャンスで本日だけで三振三つの田井中選手に打順が回りました。』

『ここまで10打数1安打、打率1割ですのね。ここは意表をついてスクイズの可能性もありますわね。』

『おっと、チームメイトの秋山選手から何やら耳打ちされています。なんの作戦でしょうか?』

澪は律に近づくと耳元でささやいた。

「律・・・・。」

「なんだよ、澪?」

「お前に小細工無理なのは知ってるからさ、思いっきり振ってこい。それだけだ。」

「おう、任せとけって!」

律はVサインをして澪と別れる。リラックスした表情で打席に入った。

「(何か作戦があるのかな?ここは少し様子を見た方がいいかも・・・・。)」

理樹は澪が何かを耳打ちしている内容が何か気になっていた。そして、外角高めのストレートを要求。

「とうっ!」

鈴の投球。律は来た球を無心でバットを振った。

「(絶対に・・・・打つんだ!)」

律は初球打ち。引きつけた打球は右中間後方へ飛んでいく。律の打球は風に乗ってなかなか落ちてこない。

「すげ~当たりだな~。もしかしてフェンス直撃か?」

律は一塁に向かって走りながら自分の打った打球に驚いた。打球はなおも伸びていく。

「えっ!?うそっ!?マジ!?」

律の打球が今外野席に垂直に落下した。同点満塁ホームラン。

『高~く上がった!初球で捉えた!桜ヶ丘高校が追いついたー!!』

「やったー!!満塁ホームランだー!!」

『田井中選手!!満塁ホームラン!!7回の裏、絶体絶命のピンチで同点に追いつきました!!』

唯、純、梓、律の順番でホームイン。ハイタッチを交わした。

「打ったぞー!!」

律は予想外の大金星に両手でVサインをした。



「なああああっ!?」

鈴はあまりの事態に呆然とした。4点差が一気に縮まって同点に追いつかれているのがスコアボードに出ている。

「鈴、落ち着いて。」

「これが落ち着けるか!」

理樹の制止も聞ける状態になく、動揺が顔に出ている。

「鈴、打たれてもいい。悔いだけは残すな。全力で投げろ。いいな?」

「うん、分かった。」

恭介が鈴の肩をぽんと叩いてリラックスさせる。



『まだノーアウト。バッターボックスには長打力のある琴吹選手が入ります。』

『リトルバスターズにはもう後がありませんわ。結果は神のみぞ知る、といったところでしょう。』

ムギも打席に入ると初球打ち。だが、高く上がりすぎたためにライト・小毬が落下点に入った。

「アウト!」

ムギは唇を噛んで悔しそうに戻ってきた。

「ごめんなさい、澪ちゃん。澪ちゃんの前に出られなかった。」

「なに、心配するな。私がムギの分も打ってくる。」

澪は颯爽とバットを持って左打席に入った。

『二番・秋山選手、唯一棗選手から三振していない選手です。タイミングは合っていますね。』

キャッチャーの理樹もそれを心得ていて初球は低めにライジングニャットボールを投げた。

「ストライク!」

主審の右手が上がる。澪はここで大きく深呼吸をした。

「(延長戦になったらもうこのチーム状態じゃ抑えられない。ここで決めないと!)」

二球目は外角高めにスライニャーが入ってきた。

「これだ!」

澪が強振。打球はまっすぐライトスタンド方向へ。

『ライト、伸びた!伸びた!』

澪の打球は律と同じくライトスタンドに。

『サヨナラー!!』

「えっ・・・嘘・・・・・やったー!!サヨナラホームラン!!」

澪がガッツポーズして声援に応えながらダイヤモンドを一周。ホームを踏むと、全員に手荒い祝福。

「やめろ。やめろって。あははは!」

澪は叩かれながらも笑っていた。





イニング      1 2 3 4 5 6 7  計

リトルバスターズ  0 1 2 1 1 0 3  8
桜が丘高校     2 0 0 0 2 0 5× 9


勝利投手 田井中律  3勝
敗戦投手 棗鈴     2勝1敗

本塁打  直枝理樹・宮沢謙吾・田井中律・秋山澪
盗塁   平沢憂





「さて、好例の打ち上げだが、今日決める権利は・・・・・。」

「う~ん、難しいわね。りっちゃんと澪ちゃん二人あわせての殊勲打だから・・・。」

「平等にジャンケンじゃないですか?」

梓の提案にムギが頷いた。

「梓ちゃんの言う通りね。さあ、お二人さん、手を出して!」

二人はお互い手を出して相対する。全員がその勝負に注目する。

「ジャンケンポン!」

律はグー。澪はチョッキ。律の勝利。

「うわあああああん!」

さわ子が早くも泣き始めた。

「先生、いきなり泣き出してどうしたんですか?」

「だって、りっちゃんじゃ真鍋さんみたいに安く済むものにしてくれないでしょ!?」

「す、すみません・・・・。」

和は申し訳なさで反射的に謝っていた。

「よ~し、今日は回転寿司だ~!!たくさん食うぞ~!!」

「「おお~!!」」



一方、負けたリトルバスターズベンチでは・・・・

「回転寿司か~。いいね~。私たちも行こうよ。」

「やはは、では私たちも今日の悔しさをやけ食いで晴らしますか。」

小毬と葉留佳が桜ヶ丘チームが寿司屋に行くのを見送りながら話していた。

「ふむ。ここは当然年長者の恭介氏の奢りということでいいのかな。」

「おい、待て来ヶ谷。なんで俺の奢りなんだよ!?」

「ここは日本だ。日本の習慣では年上が年下に奢るというのが筋というものだよ。」

来ヶ谷に言いくるめられて恭介はリトルバスターズ全員に奢る羽目になってしまった。

「御安心下さい、恭介さん。私は少食ですのであまり食べません。」

「そうか。そりゃ助かる。」

「ですので敢えて高額のお皿の商品にこだわって食べたいと思います。」

「待て、西園。そこは敢えてやるところじゃない。っていうか、それじゃ俺の負担はトントンだ。」

「むしろ赤字だと思います。ごちそうさまです。」

西園に止めを刺され、この後の就活の費用をどうやって工面しようか途方にくれる恭介だった。





ムギに紹介された系列の回転寿司店。そこの店内で二チーム仲良く食べることになったが・・・・

「おい、謙吾っちよ。俺はさ、この世の中にお前ほどの馬鹿はいないと思っていたんだ。だけどよ・・・」

「ふっ、俺は真人こそ世界一の馬鹿だと今日まで確信していたぞ。だがな・・・・・」

「「お前の馬鹿は彼女には及ばない!!」」

真人と謙吾の二人の意見がハモっていた。

「ギー太~美味しい?お寿司屋さん来るの初めてだもんね~。」

遠く離れた席に座っていた唯は自分のギターに前掛けをしてその前にまぐろのお皿を置いていた。

「おい、唯。ギターが戻ってきて嬉しいのは分かるんだ。だけど・・・・。」

「そ、そうね。誰でも嬉しいとはしゃいで周りが見えなくなる時があると思うわ。でも・・・・」

「ここは回転寿司の店で夕飯時でたくさんの人がいるからさ・・・・・。」

一緒のテーブルに座っていた澪と和と律が遠回しに同じことを言った。

「「「他のお客の視線が痛いのでギターしまってください!!」」」

三人の声は悲痛に満ちていた。



「中野さんはギターをやってるのか。楽しいのか、それ?」

「うん。私は親の影響で始めたんだけど、今まで弾けなかったのが弾けるようになる時が一番嬉しいかな。」

梓と鈴は既に仲良くなってお互いの身の上話をしていた。

「なんだ、鈴。人見知りのお前にしては随分あっさりと仲良くなれたな。」

別のテーブルから移ってきた恭介が少し驚いた表情をしていた。鈴の隣に座っていた理樹もそれに同意する。

「中野さんから猫たちと同じオーラを感じた。だから、猫マスターの私には造作も無いことだ。」

「いやいやいや。中野さんは人間だからね!?」

理樹がツッコミを入れるのをよそに、鈴はポケットからキャットフードの缶を取り出した。

「もんぺち食うか?後は猫じゃらしだ。」

「(唯先輩たちより扱いがひどい・・・・!)」

梓は人間の食べ物を食べさせてくれるだけ唯達の方がましだと思った。



離れた席に座っているムギと美魚は火花を散らして激論を戦わせていた。

「それは違います、琴吹さん。少年同士のラブこそ恋愛の最上級の存在といえるでしょう。」

「いいえ。女の子同士の百合展開こそ心を豊かにしてくれる素晴らしい存在よ。」

「女の子同士では受けや攻めといった構図が描けず美しくありません。」

「受けとか攻めとか対立軸で物事を見ないで、あくまで全てを包み込む母性的な存在だからよ。」

双方一歩も引かず、会がお開きになるまで延々とBLとGLのどちらが上か話しあっていた。





翌日・・・・

「昨日は結構食べたね。食べたお皿の数の最高記録を更新しちゃったよ。」

「純ちゃんは食べ過ぎだと思うよ。先生も泣いてたし・・・・。」

二年生の教室で仲良し三人組が一緒になって話していた。

「なんか、最近休みの日は野球ばっかりで本来の立場を見失いそうだよ。」

梓が嘆息する。

「本来の立場って?」

「普通の高校生だってこと。全く、先輩たちったら野球の試合で疲れたって言って最近またバンドの練習サボリ気味だし。」

「お姉ちゃん、昨日は帰ってくるなりベットですぐ寝ちゃったよ。でも、そのお姉ちゃんがまた可愛くて。」

「まあ、私も体中がミシミシいってるよ。普段鍛えてないとつらいね。」

「憂も純も相変わらずだね・・・。」



「で、次は準決勝なんだよね?どこと対戦するの?」

梓の質問に憂が答えた。

「和さんに聞いたんだと、県立北高校だって。なんか凄いところらしいよ。」

「いい加減次は負けるかも。昨日の試合、完全に運で勝ったんだし。」

「甘いね、梓。私たちは桜が丘の期待を一身に背負ってるんだから、負けるわけには行かないんだよ。なせばなる!」

「じゃあ、次の試合も頑張ろうか。お姉ちゃんたちに負けないように、ね。」

「「おおっ!!」」



次回に続く?



[18644] ベースボール! 桜が丘高校(けいおん!)VS県立北高校(涼宮ハルヒの憂鬱)
Name: アルファルファ◆6c55af9b ID:268048cf
Date: 2010/06/24 23:48
とある日曜日。二人の男がベンチに背をもたれさせていた。

「なあ、古泉。なぜ俺たちはせっかくの日曜日にこんなところにいるんだ?」

「高校対抗野球大会の準決勝戦に出場するためですね。」

「とは言いつつも、現役の野球部員は出場禁止、教職員一人まで出場可能、というお遊びだ。」

「まあ、そうですね。」

悪態をついている男・通称キョンは隣に座っている古泉に顔を向けて言った。

「今更聞くのもなんだが、こんなしょうもない大会があるのはハルヒのせいか?」

「その通りです。」

「この前の野球大会での不完全燃焼が原因か。迷惑なことだ。」

「文句を言っていても始まりません。我々は今日の試合に備えるとしましょう。ノックが始まるようですし。」

古泉がマウンドで二人を呼んでいるハルヒを指差して苦笑いする。キョンは不本意ではあるが立ち上がった。





けいおん! ベースボール!桜が丘高校VS県立北高校!!





「今日はあたしが四番な。」

「私は後ろの打順でいいわよ。」

「二番がいいです!」

桜が丘高校チームはメンバー表をいつものように和気藹々として書き込んでいた。

「じゃあ、今日は二年生に前を任せよう。」

適当に決まった今日のオーダー。それを審判に提出する。

「あっちのチームは1、2、3回戦と凄い試合展開だったんだよな、和?」

「そうね。向こうの三回戦は白皇学院高校と戦って16-0からの逆転勝利ね。奇跡的だわ。」

「コールド負けにならなかったのか?」

大会の規定で十点以上点差が開いた状態で1イニング経過するとコールドになる決まりだった。

「それが・・・どの試合でもコールドぎりぎりになると今までが嘘のように打ち出すみたいね。」

「なら、今日は仮に点差が開いても全く油断ができないんだな。」



「あら、岡部先生。この前の生活指導研修会以来ですね。」

「いやあ、どうも。今日はうちの生徒たちがご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします。」

「先生も今日は出られるんですか?」

「いえ、私は体育教師ですから、出たらまずいですよ。それに、生徒の自主性を尊重してますから。」

「まあ、相変わらず生徒思い出いらっしゃいますのね。」

さわ子ファンの一人、岡部先生とさわ子が談笑していた。



「おい、国木田。あっちのチームはすんげえ美人が揃ってるな。」

「そうだね。いつもみたいに声かけてきたら?」

「おう、行ってくるぜ!」

谷口はいつものように国木田にそそのかされて桜ヶ丘ベンチに駆けていった。

「(また性懲りもなく・・・。まあ、朝比奈さん級の美人が揃っているな・・・。)」

髪を束ねて動きやすくしているムギ、澪、さわ子にキョンの視線が動いた。

その後ろではハルヒが機嫌を損ねて不愉快な表情をしていた。



「谷口君っていうんだ。私は平沢唯っていうんだよ。よろしくね。」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。」

「ところでわざわざこっちまで何しに来たのかな?」

「ああいや、噂に名高い桜が丘高校の方たちにご挨拶をと思いまして。美人ぞろいで驚きました。」

「美人?またまた~。お上手だね~。」

唯はまんざらでもないという風に手をパタパタ振っていた。

「(おい、律。唯がナンパされてる。止めてきてくれよ。)」

「(えっ、嫌だよ。どうやって対処していいか分かんないし。)」

澪と律がこそこそ話している後ろを通り過ぎた影が一つ。

「あの、試合が終わったら一緒にお茶なんか~。ここは男の自分が奢りますんで~。」

「えっ!?それってお菓子付きかな?ううん、どうしようかな~。」

唯が腕を組んで考え込み始めた。和菓子と洋菓子のどちらがいいか頭の中で迷っていた。

「お姉ちゃん。」

「どうしたの、憂?」

憂が唯に声をかけた。見物していた澪と律は底知れぬオーラを感じ取って恐れおののいた。

「お姉ちゃん、ほら、アレ見て。」

憂が谷口と反対方向の空を指さした。唯が憂の指さした方向を見る。その隙に・・・

「えっ?!あ、あの!?」

谷口は憂にジャージの襟を掴まれて首を締め上げられていた。宙に浮いた足をばたつかせる。

「お姉ちゃんにちょっかいをだすならまず私を通してからにしてもらえるかな?」

「は、はいっ?」

「もしお姉ちゃんに軽い気持ちで近づくなら、生まれてきた事を後悔させてあげるからそのつもりで。」

憂の目が異常に据わっていて、かつ声も逆らえない威厳を保っていた。

「す、すんませんでした!!以後、気をつけます!!」

谷口は這々の体で北高ベンチに逃げ帰っていった。

「憂~。なんにもないよ?」

後ろで起きている騒ぎに全く気づかない唯が憂を振り返って言った。

「ごめん、もういなくなっちゃったみたい。それより試合前におやつにしよっか。一杯持ってきたから。」

「わ~い、お菓子、お菓子。」

唯は谷口の事など忘れて憂に連れられてベンチに戻っていった。

「憂ちゃん、怒ると恐いんだな。」

「ああ。あたしらも唯の扱いを気をつけないとな。」

澪と律は憂のあまりの豹変ぶりにただ恐れおののくのみだった。





『さて、高校対抗野球大会の準決勝戦。第一試合は桜が丘高校と県立北高校の一戦。実況は私、森が担当します。』

『解説の新川でございます。』

『さて、本日のオーダーが既にスコアボードに出ていますが、もう一度発表します。』



先攻:桜が丘高校チーム
1番 二塁 平沢妹
2番 左翼 鈴木
3番 遊撃 中野
4番 投手 田井中
5番 一塁 琴吹
6番 右翼 平沢姉
7番 三塁 秋山
8番 中堅 真鍋
9番 捕手 山中

後攻:県立北高校チーム
1番 投手 涼宮
2番 右翼 朝比奈
3番 左翼 長門
4番 二塁 キョン
5番 捕手 古泉
6番 中堅 鶴屋
7番 三塁 谷口
8番 一塁 国木田
9番 遊撃 喜緑



『桜が丘高校は打順を入れ替えてきましたな。どのような意図があるのか見物ですな。』

『過去三試合、打順組み換えが功を奏して接戦をものにしています。本日はどの様な大会を見せてくれるでしょうか。』

『県立北高校はどんな大差からでも追いつく底力を持っています。これは面白い戦いになりそうですな。』

メンバー表を書いた澪は冷や汗が出てきた。メンバー表に特に理論も何もなく、まぐれ勝ちの連続だったからだ。

「(ところで新川。例のアレは?)」

「(はっ・・・今のところは小康状態を保っています・・・・。)」

「(古泉に引き続き監視を命じなさい。)」

「(承知しました。)」

実況解説をしながらも森と新川は本来の仕事の方も滞りなく進めていた。





「プレイボール!」

審判が右手を上げて高らかに宣言する。先頭バッターの憂が打席に入ってバットを立てる。

「(見てなさい。三球三振に討ち取ってやるんだから!)」

ハルヒの初球はど真ん中。憂は見逃してストライク。

「(ど真ん中・・・・。つい見送っちゃった・・・・。)」

ハルヒの二球目もど真ん中。

「えいっ!」

憂はすくい上げるバッティングでライト方向へ。

「ふえええええ~!」

ライト・朝比奈みくるは全く追いつけずにボールは後方へ。セカンドのキョンがすっ飛んでいく。

『先頭バッター・平沢憂選手、ツーベースヒット!楽々二塁を陥れました!』

キョンが捕球してセカンドに投げる頃には憂は二塁ベース上にいた。



『二番・レフト鈴木純選手。長打が出れば一点の場面で登場です。』

『かなりバットを振っていますな。一気に決めにかかるかもしれません。』

ネクストバッターズサークルで純がブンブンバットを振り回す。

「純、しっかりボールを見ていくんだよ。あまり大きく振らずに。」

「大丈夫だって。私を信じなさいって。」

「いや、だから心配なんだけど・・・。」

純は打席に立つと脇を締めてバットを寝かせた。

「(ふん、長打狙いね。なら、これならどうかしら?)」

ハルヒは第一球を投げた。真ん中低めの甘い球。

「うおおおおっ!!」

純は掛け声とともにフルスイング。と見せかけてボールに当たる直前にバットを両手で持ち替えた。

「バント!」

キャッチャー・古泉はボールを取ったが三塁は無理と判断して一塁に送球。

「アウト!」

その間にランナー・憂は三塁にスライディングしてセーフ。

「あら、谷口君。また会ったね。うふふふ。」

「(た、助けて・・・・!)」

サード・谷口は憂の黒いオーラに圧倒されて顔が真っ青になっていた。



『三番・中野選手にチャンスで回ってきました。さて、この後の展開はどうなるでしょう。』

梓は打席に入るとバットを短く持って当てるバッティングスタイルにした。ハルヒの一球目は・・・

「ファウル!」

真後ろのバックネットを越えてファウルになった。

「(前の試合のピッチャーと違って変化球がない。球は速いけど当てやすいかも。)」

二球目はファースト方向へ跳ねてファウル。三球目は見送ってボール。

「これで決まりよ!」

ハルヒの投げた四球目は真ん中寄りのストレート。

「いける!」

梓はバットの真芯に当てて弾き返した。ファーストの国木田が飛びついたがライト前に抜けてヒット。

ライト・みくるが追いつく頃には憂は悠々ホームイン。

『桜が丘高校先制タイムリーヒット!!中野選手がやりました!!』

憂がベンチに戻ってきて全員とハイタッチした。

「律さん。涼宮さんには変化球がありません。ボールをよく見ていけば当てられますよ。」

「よし、分かった。行ってくるぜ!」



「ストライク!!バッターアウト!!」

律は三球三振に倒れてベンチに戻ってきた。

「憂ちゃんにボールをよく見ていけって言われただろ?」

「だって、良さそうな球が来たら振るじゃん、普通。」

「だったら三振するな。」

澪に止めを刺されて律は反論できなかった。

「私に任せて。大きいのを打ってくるわ。」

ムギは打席に入るとバットを長めに持った。二球ストライクを見送って三球目・・・。

「これで終わりよ!」

ハルヒが投げたのはど真ん中ストレート。

「もらったわ!」

ムギはライトが弱点と見てとってライト方向に流すバッティング。ランナー・梓は同時スタート。

「ひえええええっ!?」

みくるは定位置でしゃがみこんでしまった。

「朝比奈さん!」

セカンドのキョンが全力疾走でみくるの側まで行ってグラブを前に出しながらジャンプ。

「アウト!」

落下してくるボールをグラブの中に収めて一回転。しかし、ボールはキープしていた。





『桜が丘高校チーム、北高の好守備に阻まれ1点でこの回の攻撃を終えました。』

『この裏ですぐに北高が一点返せるかどうかで試合の流れが変わってきますな。』

『その北高の攻撃ですが、1番・ピッチャーの涼宮ハルヒ選手です。』

ハルヒは右打席に立つと、西武中島のようなグリップを高くする構えをした。

「(りっちゃん、初球は外しなさい。初球から狙ってくるから。)」

律は外角低めにボール球を投げた。が・・・・

「もらったあ!」

ハルヒは左足を内側に踏み込んでバットに当てた。打球はセカンドの頭上を越えて右中間へ。

ボールが転々としている間にハルヒは一塁ベースを蹴った。センター・和が追いついて送球。

「セーフ!」

ベースカバーした梓がハルヒにタッチしたが、その前に足がベースにタッチしていた。

「さあ、みくるちゃんも続くのよ!こうやって大きいのを打ちなさい!」

ハルヒが二塁ベース上から手振りで打ち方を指示している。が・・・・

「ストライク!バッターアウト!」

みくるは全然違うところを振って三球三振。

「こら~、みくるちゃん!そんなところ振っても当たらないでしょ!」

「ふえ~、ごめんなさい~!」

続く三番・長門有希は一球も振らずに見逃し三振。

「くっ・・・。まあいいわ。キョン、四番なんだからあんたがちゃんと打ちなさい!」

ハルヒは怒りを鎮めて四番のキョンに発破をかけた。

『ここで四番の登録名・キョン選手が打席に入ります。』

『四番の一振りで同点にできるか期待が持てますな。』

「(登録名がキョンってなんだ・・・。ちゃんと本名で呼んでくれよ・・・・。)」

キョンはなんとなくやる気をそがれたが、ひとまず打席に入って深呼吸した。後ろからは妹の声援が聞こえる。

「(さてと。さすがに女子高生相手に打てないのはかっこ悪いからな。いっちょやるか。)」

ピッチャー・律は二塁ランナーを確認してから第一球を投げた。タイミングが合わず一塁線にファウル。

「(この前の対戦相手ほどじゃないが、いい球を投げる。運動神経は良さそうだ。)」

二球目は内角高めの逆サイドに速い球。見逃してボール。

「(りっちゃん、ここよ。)」

さわ子の要求は外角高めの遅い球。

「うわっ!」

キョンは先程の速い球のイメージでバットを振ったのでタイミングをずらされ、フライを打ち上げた。

「捕りました!」

セカンドの憂が捌いてなんなくスリーアウト。北高は先頭バッターが出塁したが、一点も入らなかった。





『二回の表・桜が丘高校チームの攻撃は6番・ライト平沢選手。ここまで好調をキープしています。』

唯が打席に入ると、桜ヶ丘高校の観客席から一際大きい歓声が上がる。

「さあ、来い!」

唯が大物っぽくバットをバットを前に出してから構える。

「はっ!」

ハルヒはインコース真ん中に直球を投げた。唯はボールを巻き込むようにしてバットに当てた。

「痺れる~。」

唯は両手をばたつかせながら一塁ベースに走っていく。ボールはふらふらレフト方向へ。

「捕れ!長門!」

キョンがすかさず大声で有希に指示を出した。キョンの命令なら彼女は聞くからだ。が・・・・

「うっ・・・・。」

有希は予想に反してボールの目測を誤って右往左往し、レフト前ヒットになった。

『レフトフライかという当たり、前に落ちてヒットになりました!』

『どうしたんでしょうな。彼女らしくない。』

キョンがタイムを取って有希のところに駆け寄る。

「どうしたんだ、長門。捕れなくない当たりだっただろ。」

「ボールが私の計算外の動きをした。平沢唯には通常の地球上の生命体が持っていない特殊な能力がある。」

「いや、意味が分からんが。」

「そのうち分かる。」

それだけ言って自分の守備位置に戻っていった。

「(長門が・・・怯えている?平沢さんにか?ホワイ?なぜ?ファッツハップン?)」



次のバッター・澪は無難に送りバントを決めてワンアウト二塁になった。

「どうも。」

「こんにちは~。」

「(特に変わった感じの人には見えないが・・・。)」

二塁ベース上で挨拶を交わしたが、キョンには何も感じられなかった。

『次は8番・センター真鍋選手。』

和は打席に入ると、バットを短めに持った。三球目をわざと一塁側にバウンドさせた。

「うわっ!」

ファーストの国木田がジャンプして大きくはねる球をキャッチ。そのまま一塁を踏んだ。

「アウト!」

その間にランナーの唯は三塁に進んでいた。

「谷口君、また会ったね。」

「はあ、どうも・・・・。」

谷口は唯におじぎしてあいさつした瞬間、背中に凄まじい殺気を感じた。

「(許せない許せない許せない許せない許せない!)」

ベンチの憂が送っている黒いオーラ。憂が握ったベンチの柵がぐにゃりと曲がった。

「(憂が怒ってるよ!?マジでやばいって。梓、なんとかしてよ。)」

「(今近づいたら私が殺されちゃうよ。純がなんとかしてよ。)」

「(私だってまだ死にたくないから。)」

隣に座っていた純と梓はガタガタ震えが止まらなかった。



『9番・キャッチャー・山中選手。ここで追加点なるでしょうか。』

『桜が丘高校は1番から9番まで穴がありませんからな。恐るべき打線です。』

さわ子は打席に入ると、バットを若干倒した。

「(この方が私には確実にバットに当てられるのよね。唯ちゃんさえ返せば一点だし。)」

ハルヒは古泉とサインを交換してからボールを投げた。

「ファウル!」

さわ子が当てたボールは三塁方向に切れてファウル。二球目、三球目もファウル。

「今度こそ討ち取ってやる!」

ハルヒは強気な性格から真ん中へストレート。

「いける!」

さわ子はストレートを強振。ショートの頭を越えた。が・・・・

「アウト!」

ショートの喜緑江美里が飛びついてキャッチ。ショートライナーに終わった。





「(喜緑さん、できるだけ能力は使わないようにしてくれないと・・・。)」

「(使ってませんよ。あれは私の身体能力を最大限利用した普通のプレーです。)」

傍目からは明らかに普通ではないプレーだったが、キョンはそれ以上は言わずに黙っていた。

「さあ、敵の攻撃は0点に抑えたわ。この回は古泉君から、必ず点を取り返すのよ!」

ハルヒが一人気勢を上げる。が・・・・

「アウト!」

古泉は初球を叩いてファーストゴロ。ムギが自分でベースを踏んで楽々アウト。

「次よ次!鶴屋さん、大きいのを飛ばしてくるのよ!」

「任せれたさ~。」

鶴屋は右手で胸をぽんと叩いて打席に入った。

「今日は鶴屋流のオリジナルのバッティングフォームをお見せするよ。」

鶴屋は左足を大きく上げて片足で打席に入った。

「これぞ鶴屋流打法!鶴が片足を上げて止まっているのをヒントに長打を打ちやすくするさ~。」

「(まんまフラミンゴ打法じゃん!)」

律は心の中で突っ込んでしまった。警戒して一球目は外角低めに外した。

「うおっとっ!」

鶴屋はバットが届かず空振りしてストライク。二球目の球を打ち損じてショートライナーに倒れた。

「次は俺か。ま、華麗なホームランを打ってくるぜ。」

「(華麗どころか長門の力抜きでヒットすら打てないやつが言うな。)」

キョンは内心ツッコミを入れた。

「うわっ!」

初球を打ち損じてセカンドの前へ。憂がステップしてバウンドに合わせて捕球。

「はっ!」

憂は全力でボールを投げた。

「うわっ!」

ムギのファーストミットがボールの勢いに押されて後ろに持って行かれる。谷口の顔面すれすれで止まった。

「アウト!」

谷口はその前に憂の送球を本能的に避けようとして転んでいた。

「ごめんなさい、紬さん。少し強く投げすぎました。」

「(絶対わざとよね・・・。でも、聞き返したら私が危なくなりそう。)」

ムギは自分の身を優先してそれ以上問うことをやめた。





『さて、三回の表は打順トップに帰って平沢憂選手です。』

憂は六球目にセンター前ヒット。次のバッターは純。

「ここはヒットエンドランでお願いね。」

「分かりました。」

さわ子の指示はランナーの憂にも伝えられる。

「(おや、エンドランのようですね。なら、こちらも・・・・。)」

キャッチャーの古泉はすぐに意図に気づいたが、ハルヒは首を横に振った。

「(仕方ありません、勝負しましょう。)」

イエスマンの古泉はハルヒの言うとおりに甘いところにキャッチャーミットを構えた。

純は粘ってカウント2-2まで持ってきた。2-3にはしたくないので勝負する場面。

「しめた!」

案の定甘い球が来たので純は思いっきり引っ張った。ショート頭上を越えレフト前へ。

「長門!」

キョンは間髪入れず叫ぶ。有希はボールを捕るとセカンドに送球。その間0.5秒。

「アウト!」

キョンがファーストに送球。

「アウト!」

純はまさかのレフトダブルプレー。会場全体が静まり返った。

「な、なぜ!?」

目にも留まらぬ速さの送球でアウトにされ、唖然とする憂と純。

その直後、梓はショートゴロに倒れた。





「さあ、今度こそ点を取るのよ。私の前にランナーを貯めなさい!」

だが、国木田と喜緑江美里は続けざまにサードファウルフライ。あっという間にツーアウト。

「すみません・・・。」

喜緑が力なくベンチに戻ってくる。

「もう・・・・。よし、ちょっとタイム!みくるちゃん、こっち来なさい!」

「ふえ~!どこ連れていくんですか~!」

みくるはハルヒに連行されて裏のロッカー室へ。数分後に戻ってくると二人はチアガールの衣装を着ていた。

「これでプレイするのよ!」

「またそれか。打てるかどうかとは全然関係ないぞ。」

「気分の問題よ。じゃあ、行ってくるわね。」

ハルヒは颯爽と打席に入る。そして・・・

「もらったあ!」

ハルヒの当たりは三遊間を破るクリーンヒット。

「みくるちゃんも続きなさい!」

チアガール姿のみくるが打席に入るが、そんなことで打てるわけもなく三球三振に終わった。





「なんか今日はサクサク試合が進んでるな~。」

ベンチに戻ってきた律はタオルで汗を拭った。

「でも、まだ1-0のままですよ。早く追加点をあげないといけませんね。」

梓が言う。これから4回の表の攻撃になるのに、得点は梓のタイムリー一本だけだった。

「あっちの子たちチアガールの衣装で野球やってるよ~。いいな~。」

唯が守備につく北高チームを羨ましそうに眺めている。

「じゃあ、こっちも対抗するか。さわちゃん、何かないのか?」

「あるわよ!」

さわ子は普段持ち歩いているコスプレ衣装の入ったカバンを取り出した。

「何でも好きなもの使っていいわよ。」

唯は数ある衣装の中から猫耳メイドをチョイスした。

「あずにゃん、お願い。これ着て応援して!」

「な、なんで私なんですか!?それもよりによって猫耳メイドなんて嫌です!!」

逃げようとする梓。が、なぜか両側から憂と純にがっちり肩を掴まれていた。

「なっ!?憂!?純!?どういうつもり!?」

「ごめんね、梓ちゃん。お姉ちゃんのお願いだから。」

「梓ならよく似合うと思うよ。」

梓は裏のロッカーに連行されて強制的に着替えさせられた。

「ううっ・・・なんでこんな目に・・・・。」

「梓、猫語で私たちを応援してくれよ。」

「はあ、もう・・・・。」

梓は律の提案に難色を示したが、それよりも早く元に戻りたかったのでその条件を飲んだ。

「が、頑張って下さいニャ☆」

「「「はああ~~~~~。」」」

唯、律、ムギの三人は夢の世界にトリップしてしまった。

「よし、梓の応援を無駄にするな!!絶対打つぞ!!」

「「おお~!!」」



「って、先輩たち本当に打ってるし・・・・。」

律、ムギ、唯がピッチャー・ハルヒから三連続バックスクリーンにホームラン。一気に点差が開いた。

「不純な動機になるとやる気出す子たちね。」

「ああ。嘆かわしい。」

追加点が入っていたが、素直に喜べない心境だった。

「さあ、お前らも続け~!」

だが、澪はキャッチャーフライ、和はセカンドライナー、さわ子はセンターライナーに倒れた。

「私も梓ちゃんから元気をもらったはずなのに・・・!」

さわ子は一人バッターボックスでがっくり膝をついていた。





『4回の表、桜が丘高校に追加点。4-0と大きくリードを突き放しました。』

『三連続バックスクリーンとは見事以外に言いようがありませんな。何か乗り移ったような一撃です。』

『これから4回裏の攻撃、北高はお返しができるでしょうか。』

だが、北高は三振、キャッチャーフライ、三振の三者凡退でこの回の攻撃をわずか12球で終えた。





『・・・あっという間に桜が丘高校のターン。5回の表の攻撃です。』

『はい、あっという間ですな。』

『(本当に大丈夫なのかしら?古泉はなんと?)』

『(大事ないと言っておりますが。)』

森と新川は気が気でないという感じで実況を続ける。



「憂、しっかり打つんだよ。」

「任せて、お姉ちゃん。」

憂は打席に入ると、大振りに構えた。おっつけるバッティングで右に流す。

「うわっ!」

ファーストの国木田がジャンプするが間に合わない。ライト線を切れながら転がっていく。

「朝比奈さん!」

キョンもさすがに追いつかず、みくるにボールを任せる。処理に手間取る間に憂は三塁に。

「やった!スリーベースヒット!」

憂は三塁ベースで小さくガッツポーズ。逆にサード・谷口はまたも震えていた。



「さて、と。ここは仕掛けてみようかな。」

純は打席に入ると、バットを体に引き付けた。

「(スクイズか!)」

ファーストの国木田とサードの谷口は前に出て守る。喜緑とキョンは一三塁寄りに守る。

「させないわよ!」

ハルヒが低めにボールを投げた。が・・・・

「あっ!」

国木田と谷口は前に突っ込む。喜緑とキョンはベースカバーでセンターラインががら空き。

純はバットをバントから持ち直してヒッティング。ハルヒの横をかすめてセンター前へ。

『鈴木選手、バスターエンドランで1点追加!!5-0!!』

『守備の裏をかく見事な戦術ですな。プロでもお目にかかれませんぞ。』

続く梓もライト前ヒットで三連打。ノーアウト一塁二塁。

「あたしも続くぜ!」

律も先程のホームランで味をしめてバッターボックスに入る。

「ストライク!バッターアウト!」

が、律は三球三振でベンチに戻ってきた。

「三振かホームランかの人生を送ってるな。」

「まあ、ダブルプレーになるよりはましよね。」

「くそ~!」

律は澪とさわ子に馬鹿にされて悔し涙を飲んだ。



「ムギちゃん、頑張って!」

「うん、頑張る。」

ムギは唯に見送られて打席に入った。

「予告ホームラン!」

ムギはバックスクリーンをバットで指して宣言。会場がどよめいた。

「ふんっ、私も舐められたものね。いいわ!勝負してやろうじゃない!」

ハルヒはいきり立ってムギに直球を投げた。

「はあっ!」

ムギのフルスイングはライトポールギリギリのファウルに。

「(今のはまぐれよ!まぐれに決まってる!)」

ハルヒはそう自分に言い聞かせて第二球を投げた。真ん中低め。

「もらったわ!」

ムギはまたもフルスイング。今度はファウルで切れずに弾丸ライナーでスタンドイン。

『スリーランホームラン!!琴吹選手、二打席連続!!8-0!!』

純、梓、ムギが次々ホームに戻ってくる。

「ムギ、予告ホームランで本当に打っちゃったわね。」

和とハイタッチした時に言われた。

「この前のりっちゃんのを見て一度私もやりたいって思ってたの。」

「あたしはそれで三振したけどな。」

律は自嘲気味に言った。



『次は二打席連続ヒットの平沢唯選手、お姉さんがバッターボックスに入ります。』

唯は三球目を打った。ふらふらと上がってライト、セカンド、センターのちょうど中間へ。

「うおおおおおおっ!」

キョンがみくるの前で猛然とダッシュしてボールに飛びついて背面キャッチ。

「アウト!」

唯はキョンのファインプレーでセカンドフライに倒れた。



その後、澪、和、さわ子の連続ヒットでツーアウトながら満塁。打順は一番・憂に戻ってきた。

「そういえば、憂ちゃん。ヒット、ツーベース、スリーベースよね。」

「あ、本当だな。憂ちゃん、ホームラン打ったらサイクルヒットだな。」

「ねえ、サイクルヒットって何?」

唯にはムギと律の話がわからなかった。和が代わりに解説する。

「憂、勝ってるし、打っておいでよ。」

「う~ん、打てるかな~。」

「憂ちゃん、こうやってもっとバットを長めに持ってボールに体重を乗せるのよ。」

ムギに打撃指導をされて憂はバッターボックスに送り出された。

憂はワンエンドワンからの三球目。ハルヒの投げたボールは指に引っかかって高めに浮いてしまった。

「高め!」

憂は躊躇いなく強振。弾丸ライナーでセンター後方へ。

「あ・・・・・。」

センター・鶴屋は全く動かずにボールを見送るだけだった。

「やったー!!満塁ホームランだ~!!」

憂は一塁ベースを回ったところで右手を上げてガッツポーズ。澪、和、さわ子、憂の順にホームイン。

『平沢憂選手、満塁ホームラン!!12-0!!怒涛の攻撃でこの回一挙8点!!』

『このまま10点差以上で5回の裏を終えたらコールドですな。』



純は低めのボールを打ちそこね、鋭い当たりのゴロになった。サード・谷口が前進する。

「ごふっ!?」

谷口はバウンドの目測を誤り、急所に直撃。そのまま前のめりに倒れた。

「行きます!」

ショートの喜緑が素早く回りこんでランニングキャッチ。一塁に転送してアウト。

「スリーアウト!チェンジ!」

純はベンチへと引き下がっていった。

「!”#$%&!”#$%&!”#$%&」

谷口は声にならない声を上げて股を押さえながら悶絶した。

「ちょっと、谷口!何やってんの!」

ハルヒが谷口に蹴りを入れようとしたが、キョンが止めた。

「やめろ、ハルヒ。俺に今だけは谷口の味方をさせてくれ。谷口がかわいそうだ。」

「そうだね。涼宮さんには分からないと思うけど、男の人にとってはすごく痛いんだよ。」

キョンと国木田が谷口に同情する。

「しかし、困りましたね。これでは谷口君の試合続行は難しいですね。」

喜緑が落胆の表情で言った。

「・・・・・・・・・・。」

北高に交代要員はいない。ハルヒのイライラが高まっているのが傍目に分かった。

「(長門さん。ゴニョゴニョ。可能ですか?)」

「(可能。やってみる。)」

古泉が有希に何かを耳打ちした。有希はすぐに呪文を唱えた。





「少々相手チームの能力を甘く見ていたようです。」

ベンチに戻ると古泉はキョン、有希、みくるを他のメンバーに話が聞こえないように集めて事情説明した。

「私もこんなに打たれるとは思っていませんでした。もしこのまま負けたらどうなるんですか?」

「閉鎖空間が拡大し、世界崩壊の危機になるかと。」

「よし、気が引けるが仕方ない。長門、とりあえずこの回の攻撃は5点くらい取ろう。」

「情報干渉レベルを変更すればもっと点を取ることも可能。」

「いや、今までろくに打ってないのにいきなり10点以上取ったら不自然だ。」

「分かった。」

「あと、谷口の代わりを探してこないとな。」

「いえ、それには及びません。既に手は打ちました。」

「手は打った?さっき言ってたやつか?」

キョンが古泉に聞き返した。その後ろに一人の人物がやってきた。キョンは驚いて悲鳴を上げそうになった。

「久しぶりね。」

「あ・・・・あ・・・・朝倉!?」

キョンの目の前にいるのは紛れもなく朝倉涼子だった。

「朝倉涼子のインターフェースの情報を一時的に再構成した。ただし、試合が終わるまでの時限付き。」

長門が珍しく分かりやすい解説をした。

「問題はない。情報統合思念体の監視下にあり、あなたを襲うことはない。」

ハルヒが駆け寄って朝倉の肩を叩いた。

「なんか、カナダから一時帰国してきたんですって。よく見つけてくれたわね、古泉君。」

「いえいえ。」

古泉はハルヒには違和感の無いように嘘の説明をしていた。

「強力な助っ人も来たことだし、谷口なんかよりずっと使えるわ。これから反撃よ!」



「この回さえ守ればコールド勝ちよ!しまっていくわよ!」

「おお!」

さわ子がナインに声をかけ、ナインもそれに応じる。

「プレイ!」

この回の攻撃は6番・鶴屋から。大振りに構えたバッティングスタイル。

「この回でコールド負けだから思いっきり振っていくさ~。」

律の初球。ボールを握り損ねてホームベースの手前でバウンドした。

「見送るさ~。」

鶴屋はボールを見きってバットを止めた。が・・・・

「へっ?」

本人の意思に反してバットが出て行く。ワンバウンドした球を思いっきりすくいあげて左中間へ。

「うわっ!?」

ショートの梓がジャンプしたが届かない。そのまま左中間に落ちて後方へ転がっていく。

「なんか儲け物のヒットだね~。」

鶴屋は俊足を活かして一気にセカンドベースを陥れた。

『鶴屋選手、チームを元気づけるヒット!!北高チーム、まだ諦めません!!』

『(うまくやってくれればなんとかなりそうですな。)」

『(気を抜いてはいけません。一瞬の気の緩みが命取りになるのですから。)』



「私には情報変更の必要なし。実力で打てるから。」

「(コクリ。)」

それだけの短い会話を交わすと、朝倉はバットを長めに持って打席に入った。

「(投球コース、速度、到達時間、計算完了。一番最適の行動パターンは・・・。)」

朝倉は律が踏み込んで手からボールが離れる瞬間に計算を終えていた。

「ここよ!」

朝倉は人間界で考えられる最適の飛距離で飛ばすために寸分違わずにボールを的確な位置に当てた。

「うわああああああっ!?」

律はすぐに後ろを振り返ったが、その時にはボールはラインスタンド後方に落ちていた。

「よっしゃあ!!ホームランよ!!」

ハルヒがベンチでガッツポーズ。12-2になった。

「あんたたちも続きなさい!コールド負けだけは阻止するのよ!」

続く国木田と喜緑が連続ヒット。

「もらったあ!!」

ハルヒもレフト前ヒットで続いてノーアウト満塁。

「みくるちゃん、思いっきり振ってホームラン打ちなさい!!」

ハルヒがファーストベース上で打席に入るみくるに大声で発破をかけていた。

それを見ていた古泉は有希に何かを耳打ちした。

「分かった。」

みくるは三球とも全然違うところを振って三振。

「こら~、みくるちゃん!そんなところ振っても当たる訳ないでしょ!?」

「ふえ~、ごめんなさい~。」

続く三番バッター・有希も空振り三振。

『長門選手、空振り三振!!北高チーム、後がなくなりました!!』

『ここで後一点が入らなければコールド成立ですからな。四番の一振りに運命がかかっています。』

『(新川、これはどういう事ですか!?古泉は一体何を考えて・・・・。)』

『(一言任せろとだけ言っております。任せるしかないでしょう。)』



「キョン、絶対打ちなさいよ!!打たなかったら私たちおしまいなんだからね!!」

ファーストベース上でハルヒが叫んでいる。キョンは黙って打席に入った。

「(ああ、打たなかったらおしまいさ。世界のな。頼むぞ、長門。)」

一方、桜が丘高校バッテリーは・・・・

「(ツーアウトよ。無理にカウント稼がなくても打たせてとればいいわ。)」

「(分かってるって、さわちゃん。)」

律はランナーを警戒しながら一球目を投げた。

「うおっとおおっ!?」

キョンはバットに引っ張られて腰を落として外角低めのボール球をすくい上げた。

ファーストのムギがライン際に飛びついたが捕れずにヒット。ライトを切れて転がっていく。

「回って回って~!!」

三塁コーチの鶴屋が腕をぐるぐる回してランナーを走らせる。

「お姉ちゃん!」

ライトの唯がファウルグラウンドで捕球して憂にパス。

「ホームイン!!」

ハルヒがホームインして走者一掃で3点が入っていた。バッターのキョンは三塁に走っている。

「えいっ!」

憂が遠投で豪速球をサードに投げた。

「はっ!」

サードの澪が捕球してキョンにタッチ。

「アウト!」



「さすがにサードは無謀だったか。はぁはぁ。」

キョンは守備につきにいく途中、息が上がっていた。

「全く、せっかくタイムリーヒットを打ったからって調子乗りすぎなのよ。」

ハルヒは悪態をついていたが、その表情は晴れやかだった。

『(なるほど、彼が打つことで閉鎖空間の規模を縮小させることが目的だったのですな。)』

『(それならそうと早く言うべきです。こちらまで肝を冷してしまいました。)』

森と新川はブチブチと文句を言いつつも閉鎖空間の拡大が少し収まってほっとしていた。





「今回も本当にコールド負け寸前で打線が爆発したわね。」

和がベンチで沈鬱な表情で眉を曇らせた。

「一気に5点取られましたね。このままだと追いつかれるかもしれません。」

梓も不安げな表情。ここで律が大声で言った。

「よし、応援の力でなんとかするんだ!さわちゃん、カモン!」

律はさわ子のコスプレ衣装かばんから応援グッズを取り出した。

「澪、これを着て応援だぜ!」

「い、嫌だ・・・・!うわあああ、離せ~!」

澪は唯とムギに連行されてロッカー室へ。そこで着替させられた。

「すごいです、澪先輩・・・・・。」

純が顔を赤らめて澪の衣装に見入っていた。

「やっぱ応援っていったらレースクイーンだろ。」

「だからってなんでよりによって黒のハイレグのレオタードなんだよ!」

「ほら~、これでボンボン持って、さ。」

「話を聞け!」

律をポカリと殴ってロッカー室に戻ろうとする。

「待って、澪ちゃん。」

ムギが澪の後ろに回りこんで腕を掴む。そして・・・・

「えいっ!」

澪に無理やりコマネチに似たポーズをさせた。

「な、何するんだ、ムギ!」

「ハイレグを見たら一回させてみたかったの。」

「そんなことさせられるくらいだったら、普通に応援させてくれ!」

澪は顔を真っ赤にしてボンボンを持ってメンバーの応援をする。

「よし、澪のおかげでなんか打てるようになった気がするぜ!」



最初のバッター・梓はサード・朝倉にファウルフライでアウト。

「うおおおおっ!」

次のバッター・律は強振したボールがライト・みくるのエラーを誘って出塁。

「はっ!」

次のバッター・ムギはセンター前ヒットで出塁。ワンアウト一塁二塁。

「お姉ちゃん、頑張って!」

憂に応援されて唯が打席に入った。

「(平沢さんか・・・。なんかこの子、投げにくいのよね・・・・。)」

ハルヒは最初の打席からなぜか唯のとらえどころのない雰囲気が苦手だった。

「(打たれそうには見えないのに打たれる。全然理解出来ない子ね。)」

ハルヒの明晰な頭脳を以てしても唯の不思議な雰囲気を測りかねていた。

「ま、とりあえずバッターを抑えないと。」

ハルヒは大きく振りかぶって一球目を投げた。

「(あ、バカ!)」

二塁ランナー・律の動きを見ていたキョンは慌てた。

「サード!」

投げる瞬間にキョンが叫んだ。ハルヒが慌ててボールを外に外した。

律とムギはすかさずスタートを切って次の塁を目指した。唯は空振して進塁を助ける。

「はあっ!」

古泉が無駄のないフォームでサードに送球。しかし・・・・

「セーフ!」

サード・朝倉がタッチしたときには、既に律はベースに滑り込んでいた。

「タイム!」

キョンがタイムをかけて内野陣が集合。

「どうしたんだ、ハルヒ。ランナーがいるのにセットポジションを忘れるなんて。」

「う、うるさいわね!抑えればいいのよ、抑えれば!」

ハルヒがイライラして言い返した。唯に気を取られて忘れていたとは言えなかった。

「どうもすみません。」

古泉がポジションに帰ってきてプレイ再開。

「(絶対、絶対抑えてやる!)」

ハルヒはなおも気が昂ぶって唯に甘い球を投げてしまった。

「うわっ!」

唯は案の定打ち損なったようないつものスイングでレフトに飛ばした。

「長門!捕れるぞ!」

キョンが今日何度目か分からない掛け声をした。が・・・

「あ・・・・。」

長門はまたも唯の打球の目測を誤って左中間を抜けていく。

『三塁ランナー、後ろに二塁ランナーもホームイン!!14-5!!』

『5点取られた後に点を取り返すとは大したものですな。』

唯は楽々二塁に到達。タイムリーツーベースになった。

「(なぜだ?なぜなんだ?ハルヒも長門も平沢さんの前に手も足も出ない。分からん・・・・。)」

キョンはなぜ平沢唯がこれほどまでに強いのか理解できなかった。

「澪先輩も続いてください。」

梓に応援されて送り出された澪だったが、真っ白に燃え尽きていた。先程の応援で気力を使い果たしていた。

「あっ・・・・。」

澪の当たりはふらふらと上がってセンター前へ。キョンが飛びついてキャッチ。

「アウト!」

あまりに突然捕られたので唯は戻れずにセカンドでタッチアウト。スリーアウトチェンジ。



「キョン君、ちょっと。」

キョンはベンチに戻ると、みくるに手招きして呼ばれた。

「平沢さんのお姉さんのこと、どう思いますか?」

「はあ、なんかハルヒと長門が苦戦しているんで、よく分からないんですが、俺も注目してます。」

「禁則事項なので詳しくは言えませんが、お姉さんは妹さんよりも手強いです。」

「妹さんの方が能力が高そうなんですけどね。」

「もし、次に大事な場面で平沢さんが出てくる時にはキョン君が涼宮さんを助けてください。」

「よく意味がわかりませんが、やってみます。」





「よし、この回からピッチャーを交代だ。頼むぞ、ムギ。」

「うん、任せて。」

桜が丘高校はピッチャーとファーストを交代。ムギがマウンドに上がった。

「うわっ!」

投球練習の球を受けたさわ子が思わず後ろにのけぞるほどの重い球だった。



6回の裏の攻撃は5番・キャッチャー古泉から。三遊間を抜けようかと言う当たりで内野安打。

「うおっとっ!」

続く鶴屋もバットに引っ張られながら右中間を破るツーベースヒット。

「ノーアウト二塁三塁ね。朝倉さん、思いっきりかっ飛ばしてきなさい!」

「うん、任せて。」

ハルヒが朝倉の方を叩いて送り出した。が・・・・

「デッドボール!!ランナー一塁!!」

緊張したムギが初球に足にデッドボールを当ててしまった。さわ子がマウンドに走る。

「(落ち着いて投げなさい。)」

「(でも、どこに投げても軽々と打たれそうな気がして。)」

「(私もなぜだか分からないけどそんな気がするわ。でも、抑えないといけないのよ。)」

「(は、はい!)」

古泉が有希にベース上から手を上げてサインを送る。彼女は静かに頷いた。

「ストライク!バッターアウト!」

国木田、喜緑は連続三振。ツーアウト満塁でハルヒに回ってきた。

「ストライク!」

ムギの一球目は素人ながらも堂々のストレート。見送ってワンストライク。二球目は外に外れてボール。

そして、三球目・・・・

「もらったあ!」

ハルヒがバットに当てた瞬間、全ランナーが同時スタート。

『古泉選手ホームイン!!鶴屋選手もホームイン!!14-7!!』

センター前に落ちたので一塁ランナー・朝倉は自重して一塁二塁。

「(次は絶対に抑えるわ!)」

ムギは内角いっぱいに速球を投げた。みくるはそれを打ち損じた当たりだった。サード前に転がる。

「うわっ!?」

澪がボールを捕ろうとした時にイレギュラーバウンドして送球がワンテンポ遅れた。

「セーフ!」

みくるは全力疾走で内野安打になった。再びツーアウト満塁。

「長門さんはセンター前ヒットでお願いします。」

「分かった。」

有希はそれだけ言うと打席に向かった。

「あのなあ、古泉。なんで俺をまた満塁の場面で回すんだ?もっと気楽にやらせてくれよ。」

「ははは、簡単ですよ。涼宮さんは四番のあなたが試合を決めてくれることを望んでるんです。」

「俺にとっては迷惑極まりない話だ。」

有希は初球を難なく捌いてセンター前ヒット。1点追加。14-8。

「キョン君、頑張ってホームラン打ってくるさ~。」

「大きいのをお願いしますね。」

事情を知らない鶴屋と知っていながら見て見ぬふりの喜緑に励まされ打席に入るキョン。

「ねえ、古泉君。情報操作できるのになんでわざわざこんな苦しい展開にするのかしら?」

先程生還して戻ってきた朝倉が尋ねた。

「まあ、合理的ではありませんが、涼宮さんはこういう展開を望んでいるでしょうからね。」

「有機生命体の思考概念がよく分からないけど、スリルを味わうってことかしら?」

「その通りです。この回の攻撃ではひとまず僕でチェンジになります。」

「キョン君が最終回にサヨナラヒットを打つの?」

「ええ、そうなります。計算通りにいけばですが。」

「あら、長門さんが計算してやっているのに、失敗することなんてあるのかしら?」

「まあ、今回はいろいろ想定外なことが起きてますからね。」

古泉は一瞬真面目な表情になったが、すぐにいつもの表情に戻った。



一塁ランナー・有希、二塁ランナー・みくる、三塁ランナー・ハルヒ。ツーアウト満塁。

「さて、どうせなんとかモードとやらで絶対打てるんだ。どうにでも構えとけ。」

キョンはもはや投げやりに適当にバットを構えた。そして、初球・・・・

「すげえ飛んでる!」

キョンがバットに引っ張られて無理やり打った当たりはライト線に飛んでいく。

「フェア!」

一塁塁審がフェアのコール。ランナーが動き出した。ハルヒ、みくるの順にホームイン。

「回って回って!」

三塁コーチの国木田が腕を回す。有希も三塁ベースを蹴った。

「必殺・ギー太投法!!」

ようやくボールに追いついた唯がバックホーム。さわ子が捕ってクロスプレー。

「アウト!スリーアウト!チェンジ!」

唯の送球を計算違いした有希がタッチアウトになった。

「嘘っ!?長門さんが刺された!?」

「ほら、言ったでしょう?今日は想定外な出来事が多いんです。」

朝倉の信じられないという表情に古泉はお手上げのポーズで答えた。





「おい、ハルヒ。この回は俺が投げる。俺と代われ。」

「別にいいけど、一点でも入れられたら承知しないからね。」

ハルヒはキョンの言うことだけは素直に聞く。マウンドを譲ってセカンドに入った。

「では、僕も代わりましょう。」

古泉も有希とポジションチェンジしてレフトに入った。

「さて、長門。どう投げればいいい?」

「どう投げてもいい。私は情報を制御する。」

「(なんで俺が投げる時は世界の滅亡の危機になるんだろうな~。)」

キョンは前回までの三試合を振り返ってしみじみとそう思った。



「この回は和からだな。頼むぜ、和。」

律に送り出された和は右打席に入った。一球目に来たのは内角高めの球。

「(これはボールね。)」

和は素早く判断してバットを下げた。が、手元でいきなり変化。

「ストライク!」

審判も少し驚いたような声でストライクを告げた。

「へっ?」

二球目はコースに来たので振った。が、いきなりバットを避けてボールが変化した。

「ストライク!」

「なっ!?」

三球目は外角高め。カットしに行く。が・・・・

「ストライク!」

手元で右に直角に曲がって空振りして三振に取られた。次のバッター、さわ子も同様にアウト。

「憂ちゃん、頼むぞ!」

期待されて送り出された憂も三球三振。

「そんな・・・・。」

がっかりして憂はベンチに戻っていった。





『さて、7回の裏・最終回の攻撃。バッターは5番・古泉選手。』

『2点ビハインド。最初のバッターの出塁が鍵ですな。』

『桜が丘高校はピッチャーが代わります。』

ムギがファーストに戻り、ファーストの律はサード、サードの澪がマウンドに。

「(抑えられるかな・・・・。)」

澪は北高打線に一抹の不安を抱えながらマウンドに上がった。

「はっ!」

古泉はバットの力でライト前ヒット。続く鶴屋はセカンドフライ。

『次は7番・途中出場の朝倉選手。』

『先程ホームランを打っているので、長打が打てるかどうかですな。』

朝倉はバッターボックスに入ると、バットを長めに持った。

「(どうせ試合終了までの命。それならせめて思いっきり打ってやるわ。)」

朝倉は澪の内角に入ってくる初球を強振。

「うわっ!」

打球はライトスタンドに一直線。後方で跳ねて場外に消えていった。

『やりました!!朝倉選手、二ラン!!14-12!!』

朝倉がホームベースに戻ってくると、ハルヒたちに頭を叩かれて祝福された。



「長門さん、国木田君はライト線を破るツーベースヒットで。」

「分かった。」

有希はバットに呪文を詠唱。

「うわっ!」

国木田はバットに引っ張られてライト方向に打球が飛んでいく。が・・・・・

「アウト!」

唯がなぜか前方まで進出してボールを捕っていた。

「唯ちゃん、どうしてそこに飛んで来るって分かったの?」

「う~ん、なんとなく。」

唯は無意識のうちに勘でその場所にボールが飛んでくるような気がしていた。



「まさか捕られるとは・・・。では、喜緑さんはレフトを破るツーベースで。」

長門がすかさず詠唱して指示通りのヒットにする。

『ツーアウト二塁!!一発出れば同点になります!!』

『(なんとかなりそうですな。)』

『(ええ、もう、古泉は何をやっているのかしら!?早くして!!)』

森はかなりイライラして試合を見守っていた。

「(長門さん、ここは予定を変更して涼宮さんに同点ホームランを打ってもらいましょう。)」

「(分かった。)」

キョンが打席に向かうハルヒに声をかけた。

「おい、ハルヒ。肩に力を入れるな。リラックスしていけ。」

「ふん、言われるまでもないわ。」



桜ヶ丘はタイムを取ってマウンドに全員が集合。

「ツーベースヒット、バッターは4安打の涼宮さんよ。敬遠する?」

「いや、なんか次のバッターと勝負しても打たれる気しかしないんだけど・・・・。」

律がため息をついて言った。古泉と有希の魔の手によって試合は北高ペースになっていた。

「律先輩もダメ、ムギ先輩もダメ、澪先輩もダメ、どういう強さをしてるんだか・・・・。」

「中途半端にコントロールがいいのが駄目なのよね。全くの荒れ球のほうがいいかも。」

「でも、この前の先生の投球だと危なすぎますよ。」

澪が言う。と言っても他には・・・・。

「なら、ここは敢えて全く抑えられなさそうな奴に投げさせてみるか。」

律の一言。唯以外全員が同じ方向を向いた。

「えっ?あたし?」

全員唯の方向を向いていた。

「そうね。唯しかいないわね。」

「唯先輩、お願いします。」

和と純の言葉に全員が頷いた。

「なら、キャッチャーは私がやります。お姉ちゃんの球なら全部捕ります。」

というわけでバッテリー交代。セカンドに澪、ライトにさわ子、ピッチャーに唯、キャッチャーに憂。

「ねえ、唯ちゃん。今日、うちのシェフが作ったシュークリームを持ってきたの。」

ムギはベンチからクーラーボーックスを持ってきて中からシュークリームを取り出した。

「はい、あ~ん。」

「モグモグ。すごく美味しいよ!」

唯の目がキラキラ光った。

「そう、それは良かったわ。人数分持ってきたんだけど、勝ったら私の分も食べていいわよ。」

「私、頑張る!」

唯の能力がアップした。

「じゃ、じゃあ、私のもあげるよ、お姉ちゃん。勝ったらね。」

唯の能力がさらにアップ。それに他のメンバーも目をつけ・・・・。

「私の分もあげるぞ、唯。」

「勝ったら先輩に私の分のシュークリームもあげます。」

結局勝ったら全員分のシュークリームをもらえることになったので、唯の能力がマックスに達した。



「っ!!」

キョンにはいつも無表情の有希が最大限驚いているように見えた。

「どうした、長門?」

「異次元同位体のブースト情報変更アクセスが解除された。」

「すまん、全然分からん。地球人の標準的な知能レベルで分かる解説をしてくれ。」

「私の能力で涼宮ハルヒのバットをコントロールできなくなった。恐らく平沢唯の能力。」

「そうか・・・。さっきから思ってたけど、すげえな、平沢さん。」

キョンは今更慌てても仕方がないので悠然と構えていた。



「唯先輩、ゴニョゴニョ。」

純が唯に何かを耳打ちする。

「分かった、やってみるよ。」

唯はそれを了承してマウンドに上がった。

「プレイ!」

唯の一球目はハルヒの頭に目がけて飛んでいった。

「ひっ!」

ハルヒが頭を引っ込めて避ける。が、ハルヒの頭上のバットに当たった。

「ファウル!」

打球は左に切れてファウルになった。

「な、なんなのよ、今のボール!?」

「伝説の大リーグボール一号だよ。お姉ちゃん、集中するとすごいから。」

キャッチャーの憂が答えた。唯は次のモーションに移る。

「(さっきのはまぐれよ。次は絶対当てるわ!)」

唯は二球目を投げた。投げた瞬間、ボールが二つに分裂して見えた。

「へっ!?」

ハルヒはどちらが本物のボールか分からずに振った。

「ストライク!」

本物のボールはハルヒが振ったのより後にやってきた。憂がキャッチ。

「見たか、これこそ分裂魔球だよ!」

「(なんなのよ、なんなのよ、この子!!訳が分からない!!)」

ハルヒはツーストライクに追い込まれてさすがに焦りを感じていた。

「(でも、面白いわ。私に理解できない出来事なんてかなり久しぶりよね。)」

ハルヒは焦りつつも一種のスリルに興奮もしていた。



ベンチも唖然として見守るより他になかった。

「今、ボールが二つに分裂したぞ!?」

「ええ、見間違いではないようです。これは・・・予想以上ですね。」

「おい、長門!なんとかならないのか!」

「やっているけど、無理。」

朝倉と喜緑も手伝って障壁を突破しようとしていたが、無駄な努力に終わっていた。

「このままだと、世界が終わってしまいます~。」

みくるはとうとう泣き始めてしまった。



「消える魔球を受けてみよ!」

唯が叫んで投球した三球目。見た目にはただの山なりボールにしか見えなかった。

「(ふん、ただのすっぽ抜けじゃない。絶対当てて・・・・えっ!?)」

3mの高さに上がったスローボールが消えた。目が点になったその瞬間・・・・

「っ!!」

ホームベースの直前にボールの軌道が見えた。真上から垂直に落ちてくる。

「あっ・・・・!」

慌ててバットを出したのでタイミングが合わない。バットに当たらず空振り。地面に落下した。

キャッチした憂がすぐにハルヒにタッチ。

「スリーアウト!ゲームセット!」

ハルヒは空振り三振。桜が丘高校が逃げ切り勝ちをした。



「(おい、古泉。今、アウトって言ったよな?ってことは、試合終了か?)」

「(ええ、最終回ツーアウトでアウトになったら、試合終了ですよね。)」

「(ふえ~、もう世界はおしまいです~。私、もう未来に帰れません~。)」

キョン、古泉、みくるはこれから起こることに慄然としていた。有希を除いて。

バッターのハルヒは目を見開いてバッターボックスに立っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あの、涼宮さん?」

キャッチャー・憂がハルヒの右肩を叩いた。すると・・・・・

「ふふふふ・・・・・・・あはははははははっ!!」

ハルヒはバットを置いて腹を抱えていきなり笑い出した。

「私相手に勝つなんてやるじゃない!!この次は絶対打ってやるからね!!」

ハルヒは唯を指差して高らかに宣言した。



『閉鎖空間、消滅しました。』

『しょ、消滅!?なぜですか!?試合に負けたのに!?』

『すぐに調査します。』

実況席の森と新川は組織との対応に追われていた。





イニング  1 2 3 4 5 6 7 計
桜が丘高校 1 0 0 3 8 2 0 14
県立北高校 0 0 0 0 5 5 2 12


勝利投手 田井中律  4勝
セーブ  平沢唯   1S
敗戦投手 涼宮ハルヒ 3勝1敗

本塁打  田井中律・琴吹紬×2・平沢唯・平沢憂・朝倉涼子×2
盗塁   田井中律・琴吹紬





「今日はムギと憂ちゃんでジャンケンだな。」

打点4でホームラン二本のムギとサイクルヒットの憂が本日のMVPになっていた。

「私はどこでも構わないわ。憂ちゃんの好きなところでいいわよ。」

ムギが憂に打ち上げの選択権を譲った。途端にさわ子がさめざめと泣き始めた。

「先生、どうしてまた泣くんですか?憂ならちゃんと経済的なところに・・・。」

「この後の展開が読めたからよ。」

和にはさわ子の言っている意味がすぐに分かった。

「お姉ちゃん、何食べたい?」

「う~ん、焼肉!」

「じゃあ、焼肉でお願いします。」

和は憂の姉バカぶりに頭を抱えてしまった。





「おい、古泉。例の発生しそうだった閉鎖空間はどうなった?」

キョンはハルヒが周りにいないのを確認して古泉に尋ねた。古泉はほっとした表情で話し始めた。

「消滅しました。きれいさっぱりとね。」

「なぜだ?試合に負けたんだぞ?しかもハルヒが三振してだ。負けず嫌いのあいつには耐え難い屈辱のはずだ。」

「ええ、僕もそう思って肝を潰していたんですが、どうやら涼宮さんは別の答えを選んだようです。」

キョンは頭を振って続くを言うように促した。

「平沢さんの存在ですよ。彼女はなんとも掴みどころの無い人物でした。涼宮さんの明晰な頭脳をもってしても。」

「確かにあのありえない曲がり方をしたボールとか最後の消える魔球について調べたら論文が書けそうなレベルだな。」

「ええ。なので、平沢さんにリベンジしたい。その考えに至れば世界を滅ぼそうなんて考えないわけですよ。」

「つまり、平沢さんの力によって世界は延命できた、と。本人は世界を救ったなんて全然分かってないだろうけどな。」

キョンは軽口を叩いて立ち上がってジャージについた土埃を叩き落とした。

「では、行きましょうか。これからSOS団の残念会と桜高の交流を兼ねて焼肉パーティーだそうです。あなたもいかがですか?」

「断る理由がないからな。参加しよう。」

「今日のSOS団の食費は組織の方で持たせてもらいます。世界の平和が保たれたちょっとしたボーナスです。」

「世界滅亡の危機から救われたお祝いにしては安っぽいがな。ま、せいぜいタダ飯を思う存分食らうとするさ。」

キョンはすでに集合して自分たちを呼んでいるハルヒの元に歩いていく。古泉もその後について歩き出した。





焼肉食べ放題の店にて・・・・

「へ~、ハルヒちゃんの高校にも軽音部ってあるんだ~。」

唯はすぐにSOS団のメンバーと仲良くなってハルヒと音楽談義になっていた。

「まあね。私は体験入部してつまらなそうだったから一日で辞めたけど。」

「えーっ、楽しいのにな~。じゃあ、私がハルヒちゃんにギター教えてあげる!」

「へっ?なんでそうなるのよ!?」

「えーっ。せっかくギー太がハルヒちゃんとお友達になりたいって言ってるのに。」

「いや、ギターは喋らないと思うんだけど・・・・。」

ハルヒが思わず唯の変人っぷりに突っ込んでしまった。

「(ハルヒがまともに見える!!)」

キョンはハルヒの言動に不思議な感動を覚えていた。

結局唯に押し切られ、ギターを触ったハルヒ。頭脳明晰なので教えられたコードや弾き方を即座に覚えた。

「ふ~ん、ギターって結構簡単に弾けるものなのね。」

「ハルヒちゃん、うまいね~。もう学園祭のライブとか出られる腕前だよ~。」

ハルヒが学祭ライブで助っ人として有希と一緒に出場することになるのは後の話。その時に唯が教えたギターが役に立つことになる。










次の日、音楽準備室にて・・・

「さて、次は決勝戦だな。とりあえず和が今までの成績をまとめてくれたので見てみよう。」


現時点での個人別成績

守備 名前    打撃内容          本 盗 打率
投手 田井中律  15打数03安打05打点 2 1 0.200
捕手 山中さわ子 14打数05安打02打点 0 0 0.357
一塁 琴吹紬   15打数08安打06打点 3 1 0.533
二塁 平沢憂   15打数09安打06打点 1 1 0.600
三塁 秋山澪   14打数07安打02打点 1 0 0.500
遊撃 中野梓   16打数08安打03打点 0 0 0.500
左翼 鈴木純   13打数05安打03打点 0 0 0.385
中堅 真鍋和   14打数05安打02打点 0 0 0.357
右翼 平沢唯   16打数12安打13打点 3 1 0.750


「・・・・唯。打ちすぎ。あたしらの中で一番打ってるじゃないか!」

「本当にすごいですね、唯先輩。ムギ先輩と同じだけホームラン打って、しかも全試合で打点ですよ。」

「いや~、それほどでも~。」

律と梓が唯を賞賛した。

「そういえば、澪ちゃんだけ四試合とも三振してないね。バントもできてつなぎができるイメージよね。」

「私はムギみたいに大きい当たりは打てないから、それぐらいはな。」

ムギと澪が談笑している。

「守備は真鍋さんと鈴木さんがいるから安心ね。ま、私も素人にしてはキャッチャーうまい方かしら?」

さわ子は草野球レベルではかなりキャッチャー能力は高い。和の捕球能力はチームピカイチだった。

「純ちゃん、多分チームで一番ランナーをアウトにしてるよね。」

「本当はそれよりも憂みたいにもっと打ちたいんだけどね。」

純はイチローのようなレーザービームではないが、正確な送球で一番刺殺数が多かった。

「和、次の対戦相手は?」

澪が和に尋ねた。

「光坂高校よ。」

「あの進学校の?」

「ええ。チーム自体もいい選手が揃っているんだけど、監督役があの一ノ瀬ことみさんなのよ。」

「天才少女!?常に全国模試で全教科トップ10に入るあの!?それは手強いな・・・。」

「ま、野球の試合なんて9回ツーアウトからっていうだろ?草野球だから7回までだけどさ。」

律を中心にして円陣を組む。

「ここまで来たんだ。絶対決勝戦も勝つぞ!!」

「「おおー!!」」



次回に続く


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