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[19805] 死ねよ、殖えよ、地に満ちよ(オリジナルファンタジーVRMMORPG)
Name: あすてか◆12278389 ID:759dc3b2
Date: 2010/06/24 20:43
(´・ω・`)
すでに投稿している作品を完結させていないのに新しい作品を書きたくなってしまう私はどうしようもない駄目人間のようです。

前書きでございます。

この作品は、絶対悪とでも呼ぶべき残虐非道のクソジジイが好き勝手に暴虐を繰り返して正義や平和を蹂躙し続ける、主人公最強系のグロファンタジーです。
簡単に言ってしまうとそれだけの作品です。

萌えは存在しません。主人公がクソジジイなので、必然的に甘い展開も無いはずです。

完全に読者さんを選ぶ作品ですが、気ままにちょくちょく書いて更新していきたいです。
よろしければ読んでやってください。でもって感想ください。おねがいします。



[19805] 第一話
Name: あすてか◆12278389 ID:759dc3b2
Date: 2010/06/24 20:34
 真夜中。
 二十畳以上もの広さがある、大きな和室。庭園のししおどしが音を立てている。
 老人は、座椅子に腰掛け、ゆったりとした姿勢で、目を閉じて思索に耽っていた。
 ここは彼の自宅。
 日本国のとある地方の山奥に居を構える、武家屋敷のような邸宅だ。
 老人の名を、久我野天膳という。
 ほとんどの日本人にとっては記憶にない名前だろう。
 だが、老人の目の前で土下座をしている壮年の男、こちらのほうは、おそらく日本国民の大多数の記憶にその顔と名前を刻まれているはず。
 現役の日本国首相、吉原吉男。
 先進国日本の頂点に立つ総理大臣が、顔を真っ青にして、小さく縮こまるように平伏していた。
 仕立てのいいスーツを着たその身体は震え上がり、肌は色を悪くして脂汗を垂らし、いまにも泣き出してしまいそうだ。
 恐れである。
 土下座の姿勢から顔を上げることすらできないでいるのは、ただ単純に、そうすると老人の姿を目にしてしまうからだ。吉原は老人のことを非常に恐れているのだ。
 吉原という男はまさに生まれながらの勝利者、勝ち組の人間だ。超有力政治家の家系に生まれ、親の七光りというやつで権力者のエリートコースを順調に駆け上がり、美味いものを食い、上等な服を着て、美しい女を数え切れないほど抱いてきた。なんの努力もしなくても、ありとあらゆる幸福が転がり込んでくる人生。
 幼いころから、吉原に逆らう者はいなかったし、もしもいたとしても、彼がすこし親の力に頼るだけで始末することが出来た。両目の距離が開きすぎていることに著しいコンプレックスを感じていて、そのことを笑った者は五秒以内に海に沈めることにしている。
 四十五歳の現在になるまで、敗北や挫折というものを味わったことがない。
 さらには、財力とコネにものを言わせ、政財界のトップの座を手に入れ、名誉と栄光をも手に入れた。
 美人の嫁も、若く美しい大勢の愛人たちも、毎日の上手い食事も、一着だけで数百万円するような衣服を数え切れないほど詰め込んだクローゼットも、うんざりするほど巨大な邸宅も、一台が数千万円する高級車のコレクションも、なんだって持っている。
 だが。
 そんな勝ち組のトップ、吉原ですら、久我野天膳という老人の前では、顔を上げる許しが出るまではこうして平伏し続けるしかない、ただの下民でしかない。
 久我野天膳は、一見するとごく普通の年老いた紳士だ。年齢は九十歳ほどだろうか。全身の肌に深い皺が刻まれている。きちんと伸びた背筋、痩せ気味の長身。銀髪を丁寧に後ろへと撫でつけ、彫りの深い顔立ちはいつも柔和な笑みを浮かべていて、簡素なシャツとスラックスを完璧に着こなしている。若いころはさぞかし女に好かれる美丈夫だったことだろう。
 だが、九十歳ほどに見えるこの天膳という老人、実際の年齢は一〇七歳を数える。
 肌は乾いているが、唇は油っぽい色艶を帯びていて、双眸は妖しい眼光を放ち、その全身から滲み出る不気味なオーラは、ただそこにいるだけで他者の精神を圧迫する。
 どす黒いオーラを感じて震え上がる吉原は、ただ待つのみである。およそ辛抱することとは無縁の人生を送ってきた男だが、老人の許しが出るまでは、言葉を口にすることすら許されない。
 この久我野天膳老人こそは、日本の軍事と政財界の闇を掌握し、裏からすべてを操る、真の意味での支配者なのだ。
 と、長い思索をようやく終えたのか、老人が口を開いた。
「……用件を聞こうか」
「はっ。じつは、先日の戸村幹事長の一件を、マスコミがしつこく嗅ぎまわっているらしく、このままでは厄介なことになりかねません。そこで、ぜひとも御前のお力をお借りしたく、こうしてまかりこした次第でございます」
 平伏したまま脂汗を垂らしている吉原首相を、天膳老人は、ゴミでも見るかのような視線で見下ろしている。
 吉原が言っている戸村幹事長の一件とは、ここ最近のニュース番組を大きく盛り上げている、巨額の不正献金疑惑のことだ。疑惑というよりも事実である。火のないところに煙は立たない。
 そんなことなど自分でどうにかしろ、とは、老人は言わなかった。そもそも自分たちの独力ではどうにもできないからこそ、こんな山奥の、老人の屋敷までやってきたのだろう。そうした老人の推察は正しい。
 吉原や戸村といった政治家たちは、いよいよ追い詰められていて、まさに文字通り決死の覚悟でここまで足を運んだのだ。
 でなければ老人のプライベートな時間に足を踏み入れようとするわけがない。日本の政治家にとって、久我野老人の機嫌を損ねるなど、あってはならないことなのだ。
 果たして、しばらく考える様子を見せたのち、天膳はにっこりと笑った。
「いいだろう」
「ほ、本当でございますか。ありがとうございます。では、謝礼はいかほど」
「それよりも、どうだね? 食事でも? 腹がへっているのではないかな?」
 天膳がパチンと指を鳴らすと、襖が開き、三人の若い女たちがやってきた。いずれも和服の似合う美女ばかり。小さな食卓や、料理を乗せた盆などを持っている。
 自分の愛人がまるでゴミに見えるほどの和装美女たちの姿に、吉原は思わず見とれてしまう。そして吉原が呆けているあいだに、女たちは食事の準備を手早く終えていた。
 吉原の前に置かれた小さな食卓、その上に並んでいるのは、皿に盛られた唐揚げと、湯飲みに注がれた熱い緑茶。
 天膳は、にこにことした笑みを浮かべている。
「遠慮することはない。食べたまえ」
「は、はあ。いただきます」
 もう夜も遅い。
 吉原は、ちょうど小腹がすいてきたところだった。
 たとえそうでなかったとしても、勧められた食事を断るなどという無礼、できるはずがない。
 唐揚げは、美味かった。さっくりとした歯ごたえのころも、ジューシィな肉のうま味。たっぷりとかかった薬味ソースも極上の味だ。
「どうかね? なかなかのものだろう?」
「ええ、たいへん美味しいです。なんの肉でしょう、鶏ですか?」
 吉原が問うと、老人は質問には答えず、ことさら笑みを深くしてみせた。
「ところで、吉原くん。きみには子供がいたはずだね?」
「はい。息子が二人、娘が一人います。……それが、なにか……?」
「子供は、かわいいかね?」
「は、はい。それはもう。目に入れても痛くない、自慢の子供たちです」
「うん、よろしい。では、当然、胃に入れても痛くはないはずだね?」
 吉原は最初、天膳の言葉の意味が分からなかった。
 だが、老人の悪意に満ちた言葉が脳髄に染み渡ってくるにつれて、その意味するところを知ったのだ。
「ま、まさか……ああ、まさか……こっ、この肉はっ……」
「おお、なんと薄情な親なのだ、吉原くん。父親が三日も四日も家を留守にして、まだ七歳になったばかりの娘に寂しい思いをさせて。そんなだから、たっぷりと調理する時間があったじゃないか」
 これがたとえば天膳ではない人間の言葉だったなら、吉原は一笑に付すことができただろう。しかしこの老人は、この老人の悪意は、まともな人間の理解の範疇を超えているのだ。
 いま、食ったのは、最愛の娘の死肉?
 吉原の顔色が青を通り越して土気色となり、箸を持つ手が震え、歯がカチカチと鳴る。反射的に胃の中身をぶちまけなかったのは奇跡といってもいいかもしれない。
「冗談だよ。ただの豚肉だ」
 言っていい冗談と、悪い冗談がある。この老人はその区別がついていないわけではなく、わざと悪い冗談を見せ付けて、狼狽する相手の様子を見て嘲笑するのが楽しみなのだ。
「美味いはずだ。餌がいいのだよ。きみの娘は栄養価抜群の餌だったようだ」
 そして老人がもっと好きなのは、冗談では終わらせずにやってみせることだ。
 内心で老人に毒づきながらも胸を撫で下ろしていた吉原は、今度こそ堪え切れずに胃の中身を嘔吐した。
 固体と液体の混ざり合ったものが畳の上にぶちまけられ、室内に酸っぱい臭いがたちこめる。
 狼藉といってもいい醜態を晒す吉原。
 それを眺める天膳の表情は、まるで上等な演劇でも観賞しているかのごとく、満足げなものだった。
「娘さんの断末魔の悲鳴と解体作業の様子、豚の餌として撒き散らした場面はもちろん録音録画してあるよ。DVDに焼いてあるから、あとで渡そう。土産として持って帰るといい。それともブルーレイディスクのほうがよかったかな?」
「ひぐっ、うぐごおおぼっ、おえっ、おええええええええっ」
「畳をいくら汚してもかまわないが、その料理はきちんと平らげてくれたまえよ。せっかくの娘さんの心のこもった美味しい料理だ」
 もちろん、この唐揚げの正体を知ったいま、食べ続けることなどできるはずがない。
 それを知っているから天膳は命令したのだ。提案ではない。静かなる命令だ。
 もしも断れば、吉原の残りの子供たちも、妻も、母親も、父親も、ひとり残らず豚の餌となる運命だ。吉原は、言葉で言われたわけではないのに、なぜか確実にそうなるであろうということを悟った。
 天膳老人から放たれる、強烈な悪意のプレッシャー。
 理性では命令を拒否したいのに、娘の変わり果てた物体とでもいうべきものを食べることなど絶対に拒否したいのに、身体が勝手に動いてしまう。
 逆らえない。
 吉原は、唐揚げを食った。
 目からぼろぼろと涙をこぼし、土気色の顔をグシャグシャに歪め、恐怖と絶望の悲鳴を上げながら食い続け、嘔吐し、吐き出したものを四つん這いになって犬のように平らげていく。あまりの絶望のため、失禁と脱糞が同時にズボンを汚した。
 天膳は、終始、満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとう。愛娘を無理やり食わされる父親の絶望は、いつ見ても素晴らしい。最高の謝礼だよ。戸村幹事長のことは安心したまえ。悪いようにはしないと誓おう」
 いままでに数え切れないほどの親子を同じような地獄へと叩き込んできた男は、いつもと変わらず満足げにそう言った。
 なにかを得るためには、それ相応の代償を支払わなければならない。
 それが悪魔との取り引きであるなら、なおさらだ。
 ただし注意しなくてはならないのは、悪魔とは、こちらが思う以上にこちらにとって大事なものを熟知していて、それを必ずや奪い取っていくのだ。支払われるものに対し、支払うものは理不尽なまでに大きい。
 吉原首相にとって誤算であったのは、まさにその部分だろう。賢明な者は、悪魔と取り引きなど最初からしないものだ。
 茫然自失、廃人も同然といった様子の首相が帰宅してから、天膳はゆっくりと立ち上がった。
 部屋を出ると、廊下で控えていた黒服の男たちが数人、静かに天膳の後ろにつく。いずれもサングラスをかけた、天膳専属の屈強なボディガードたちだ。
 天膳は振り返りもせずに廊下を歩む。百歳を越える年齢でありながら、その背筋は真っ直ぐに伸びており、歩みにも危なげがない。なにか武道でも嗜んでいたのだろうか。動作に無駄というものがなく、洗練されている。
 無言の天膳に付き従う黒服たちもまた無言。
 この時間帯、最近の天膳が向かう場所といえばひとつだ。毎日の経験からそれを知っている黒服たちは、余計な口を叩かない。
「準備は出来ているだろうね?」
「はい、御前。すぐにでも始められます」
「うむ、よろしい」
 向かった先の部屋は、もともとは小さめの和室だったが、改装によって原型を留めぬほどに変容し、現在ではコンピューターとケーブルが密集する機械の楽園へと成り果てている。
 部屋のちょうど中央に、人間ひとりを収容できる大きさのカプセルのような卵形の装置が置かれていた。
 世界最大のヴァーチャルリアリティMMORPG、《ジェネシス》をプレイするための、専用の筐体だ。
 数年前から一般の家庭に普及し始めた最新技術、ヴァーチャルリアリティシステム。現実世界とまったく遜色ないほどの圧倒的なリアルさを誇る、仮想現実の技術は、瞬く間に世界中の人間たちを魅了した。
 それはスポーツや芸術、医療などの分野にも大きな影響を及ぼしているが、なによりも大きく変化したのは、コンピューター・ゲームだ。
 いままでのように、コントローラーを操作して、画面の向こうの主人公たちの活躍を眺めているだけのゲームなど、もはや古代の遺物に等しい。
 スポーツ、シューティング、アクション、どんなジャンルのゲームでも、ヴァーチャルリアリティシステムを取り入れたというだけで抜群に面白さを増し、売り上げが伸びる。
 そして、そんなゲームの中でも、とくに大きな人気を勝ち取っているのが、MMORPG。
 自分自身が主人公となり、仮想現実の世界を自由に生きるスタイルが爆発的な支持を得て、もはや主流となりつつあった。
 《ジェネシス》は、一年前に発売されたVRMMORPGにして、現状の世界最大規模を誇る、ネットゲームの頂点だ。
 舞台は、ごく普通に剣と魔法が存在する、手垢のついたファンタジーの世界。だが、その世界観は陳腐であるがゆえにだれもが安易にのめり込むことができたし、プレイするために用意しなければいけない資金も比較的安価ですみ、しかもプログラムの技術力は非常に高度で、世に氾濫している大多数のVRMMORPGよりもさらにリアルで美麗なグラフィックを誇る。音楽やストーリーのシナリオ、ゲームバランスといった部分でも絶賛されていて、すでに全世界で何百万人もの熱狂的なユーザーを獲得している。
 だれもが憧れ、熱望していた、現実的な仮想空間での幻想的な冒険物語。
 意外なことに、久我野天膳という老人もまた、ヴァーチャルリアリティという技術について多大な関心を寄せていた人物のひとりだ。
 国内の研究機関に巨額の資金援助を繰り返し、強力な後押しを惜しまなかった。
 老い先の短い酔狂な成金老人の、ほんの気まぐれ……そう思う者も少なくはなかった。
 だが、老人には老人の思惑があったのだ。
 天膳老人は、率直に言うなら、焦りを感じていたのだ。
「無様なものだな。年老いてくると、こんな機械に夢を見たくなる……」
 自嘲するように口の端を吊り上げる。
「銃を貸してくれたまえ」
「はっ」
 黒服のひとりが、スーツの内側から拳銃を取り出し、天膳に手渡す。
 銃刀法違反もいいところだが、この屋敷の敷地内は、超治外法権が横行する天膳の領域だ。ボディガードたちは、全員、当然のように銃器を携帯している。
「ふむ」
 天膳は、うなずき、手に持った銃を眺めてから、それを渡してくれた黒服に銃口を向け、なんの躊躇もなく引き金を引いた。
 パァーン、という銃声が響き渡り、黒服の男の額に穴が開く。
 至近距離から銃弾を食らった黒服の男は、そのまま後ろへと倒れこみ、当然の摂理として、もう二度と起き上がる事はなくなった。死んだのだ。
 天膳は、嘆かわしいとばかりに首を横に振る。
「この私が、こんな玩具に頼らなければ、たかが虫けら一匹も殺せなくなるとは。老いとは恐ろしい。本当に惨めで無様な、最悪の気分だよ。ああ、昔が懐かしい。素手で何人でもくびり殺すことが出来ていた、あの素晴らしい戦争の時代が懐かしい」
 黒服の男の死体へと拳銃を放り捨てながら、深いため息をつく、天膳。
 不思議なことがある。殺された男の同僚たちは、理不尽すぎる殺人を目の当たりにしたというのに、いささかも動揺した様子がないという点だ。
 天膳は、柔和な笑みを浮かべた。
「おまえたちは、何者かね?」
「はい。天膳さまの忠実な下僕でございます」
 黒服の男たちのうちのひとりが代表者として答えた。
 サングラスの奥の双眸には、天膳老人に対する絶大な恐怖と畏怖が渦巻いている。それは狂気である。
「私たちは、あなたさまのご要望にすべて完璧にお応えし、この身が死に果てるまでお仕えし続けます。そしていつの日か、あなたさまの理不尽な身勝手によって踏み潰していただくことだけが望みでございます」
「うん、よろしい。いい子だね。褒美を与えよう。庭に置いてある大岩に、死ぬまで頭をぶつけたまえ」
「はいっ、喜んで!」
 狂気の表情を浮かべた黒服の男は、きびすを返して庭園のほうへと走り去っていった。ほかの黒服たちは、その背中を羨望と嫉妬の眼差しで見送る。
 異常である。
 天膳の視線に見つめられ、その言葉を聞いたとたん、それがたとえどんな理不尽な要求だろうと、人間は従わざるを得なくなってしまうのだ。
 久我野天膳という男が、このような大邸宅の主人となり、日本各地に広大な土地と別荘を持ち、巨万の富と名誉を手に入れ、日本の影の権力者という地位にまで登り詰めた理由、原因は、まさにそこにあった。
 偉大なる邪悪のカリスマが、天膳にはある。
 天膳という男が生まれながらにして持っていた巨大な悪の心は、成長するにつれて磁力を帯びるようになり、どんな人間の心にもある悪の部分へと強力に作用し、魅了し、惹きつけて、ついには完璧に支配するに至った。
 人殺しと破壊の欲望に狂った悪魔が、人心掌握の術まで会得してしまったのだ。
 無敵と化した天膳は、以来、百歳を越える高齢となった現在まで、人間社会の裏側で好き勝手な悪行を繰り返し、日本の影の帝王とまで呼ばれるようになった。
 だが、さすがの天膳も、しょせんは人間。生き物だ。老いには勝てない。
 ここ数年の著しい体力の衰えには、さすがの魔人天膳も、わずかな焦りと失望を隠せずにいた。
 そこに救世主として現れたのが、このヴァーチャルリアリティシステム。
 すなわち老いた悪魔は、現実世界での娯楽に限界を感じ、仮想現実世界での愉悦を得ることを選んだのだ。
 天膳としては、歯がゆい選択ではある。
 こんなものは代償行為に過ぎず、根本的な解決にはならない。
 だが、老化というものがどうにもならず、不老不死などという夢物語が現実に存在するはずがない以上は、このような電子の世界に頼ってでも、無聊を慰めるしかないのだ。
 そうでもしないと、退屈で退屈で、気がおかしくなりそうなのだ。
 天膳は生粋の人殺しであり、一日たりとも殺人の快楽を欠かしてはいられない、超異常者とでもいうべき最低最悪の極悪人であった。
 いつものように、《ジェネシス》を楽しむため、カプセルの扉を開けて内部へと足を踏み入れる、天膳。
 黒い卵型のカプセルの内部は、さまざまな部品や計器が剥きだしの、作りかけの出来損ないのような光景が広がっていた。実際、作りかけである。中央には座り心地のよさそうな椅子が置かれていて、そこに座り、ベルトで身体を固定し、専用のゴーグルのような機器で双眸を覆う。
 大多数の《ジェネシス》プレイヤーは、このような大掛かりな筐体など使用していない。一般の家庭に普及しているのは仮想現実世界投影用のゴーグルやグローブ型コントローラーのみ。
 このカプセルは、《ジェネシス》開発会社に多額の援助を申し出た天膳のみのために用意された、現実世界と比べて遜色ない、よりリアルな体験をするための、次世代型仮想現実形成装置だ。
 天膳は、この装置がもたらしてくれる快感に、おおむね満足していた。
 ヴァーチャルリアリティシステムの内部にいる限り、身体の衰えを気にすることもなくなる。若いころの軽やかな動きをそのまま取り戻し、存分に生を謳歌することができる。
 ただ、現実世界に戻ってきたときの、どうしようもない喪失感、胸を締め付けるような切なさは、さすがの魔人にもどうすることもできなかった。やはり、しょせんは仮想現実。実際の現実世界での悪の快楽と比べてしまうと、どこか空虚で素っ気ないのだ。それでも仮想現実に縋るしかなくなった自分が、ひどく落ちぶれたようで、惨めに思えたのだ。
 ……しかし、天膳老人がそのようなことで気を病む必要は、もはやなくなったのかもしれない。
 まず最初に天膳が違和感を覚えたのは、いつものように仮想現実世界へとログインした直後のことだった。
(……? 奇妙だな?)
 周囲を見渡す。
 時刻は昼過ぎあたりか。頭上には青空が広がり、太陽が輝いている。
 おかしい。
 目に映る光景は、見慣れた町並みだ。《ジェネシス》の世界に登場する人里のひとつ、テルカの町。ギアラ大陸の東北に位置する国の、小さな町のひとつだ。最近の天膳は、この町を拠点として活動することが多く、前回のログアウトもここで行ったので、この場所に自分がいること自体にはなんの不思議もない。
 おかしいのは、テルカの町並みが、異常なまでにリアルだということだ。
 極限までリアルであることは、もちろん、《ジェネシス》をはじめとした、すべてのヴァーチャルリアリティシステムの最大の売りだ。
 だが、これは、このリアルさは、どう考えてもおかしい。
 グラフィックがただ美麗なだけではなく、風が吹き、温度が生々しく、美味そうな料理や樹木の匂いなども嗅げるし、足の裏から伝わってくる石畳の硬い感触、着込んだ甲冑の重みなど、すべてがまさに本物であるかのように感じることができる。
(バージョンアップしたのか? いや、そんな話は聞いていないが)
 リアルであることを求めているのだからリアルすぎても問題はないが、だからといって、この変化は今までと比べて急激に進歩しすぎている。
 天膳は、顎鬚を軽く撫でた。
 現実世界での天膳は顎鬚など生やしていないが、《ジェネシス》をプレイするために作成したこのキャラクターは、黒い顎鬚を生やしている。
 多くのMMORPGと同じく、この《ジェネシス》もまた、プレイヤーが操作するキャラクターの種族、性別、容姿、職業など、さまざまな部分を細かいところまで自由に設定することが可能だ。
 天膳が操作するのは、波打つ黒髪を肩にかかるあたりまで伸ばした、精悍な男。人間族。年齢は三十代後半。身長は百九十センチを越えていて、全身を無駄なく鍛え上げており、鈍い銀色に光る甲冑を着ている。髪と同じく黒い顎鬚を生やしているのが特徴的で、彫りの深い、整った怜悧な顔立ちをしている。肌の血色が悪いが、かなりの美丈夫だ。容姿は天膳の若いころをイメージして作っており、どことなく西洋の有名な聖人にも似ている。
 このキャラクターの名を、オルクスという。天膳は、《ジェネシス》の世界では、オルクスとして生きる。
 オルクスは、漆黒のマントを着用し、腰には剣を収めた鞘を提げていることから、騎士に見える。実際、騎士であることに違いはない。が、オルクスは、騎士という称号のイメージからは遠くかけ離れた存在である。
 オルクスは、まず、町の中心部に向かってみることにした。
 中世の時代の西洋をモチーフとした町並み、石造りの家屋や、石畳によって舗装された街路が続く。
 到着したのは、噴水のある広場だ。
 そこでは、真っ昼間ということもあり、いつものように多くの町人たちが集まっていた。立ったまま友人と談笑している者、ベンチに腰掛けて鳩に餌をやっている者、草花に水をかけてやっている者など、それぞれが好きなように自分の時間を過ごしている。
 こうした町人たちは、そのすべてがNPC……つまりは、現実世界のプレイヤーに操作されていない、《ジェネシス》の世界にもともと配置されている架空の人物だ。
 だが、いつも見飽きているはずのNPCですら、いまはどこか異様なまでにリアルだ。まるで本当に生きていて、ものを考え、行動しているかのような。
 いよいよ違和感が大きくなってきたオルクスは、とりあえず、いったんログアウトしてみることに決めた。
 そして、失敗した。
 すこし念じればすぐに目の前に浮かび上がるはずのメニュー・ウィンドゥが、どうしたことか、影もかたちも現れない。現れる気配すらない。
(バグか? フリーズか?)
 それにしては、町の光景は順調に、順調すぎるほどに時を刻む。
 時間をかけて、オルクスは、現在の自分の置かれている状況を理解した。
 すなわち、彼は、《ジェネシス》の世界に、本当の意味で入り込んでしまったのだ。
(にわかには信じがたい話だが……このVRの世界こそが、私にとっての現実となってしまったということか)
 どれだけ試してもログアウトできず、周囲の光景は不気味なまでのリアルさを帯びていて、実際に生きているとしか思えない町の住人たち。
(ならば、どうする? 私は、これからどうすればいい……?)
 考え込む、オルクス。
(そもそも、信じがたいことだ。この世界が本当に現実になってしまったというのか? しかも私がそれに巻き込まれたと? それが真実であると、どうやって確かめればいいというのだ?)
 と、そのとき、住人のひとり、若い男が話しかけてきた。
「おい、あんた。さっきからどうしてそんなところで突っ立ってるんだ?」
「うん? 私かね?」
「ああ、そうだ。あんただよ。通行の邪魔なんだよなあ、そんなところで立っていると」
 若い人間の男は、苛立ちを隠そうともせず、舌打ちまでしてみせた。
 オルクスは、ちょっと考えてから、おもむろに腰の剣を抜き放ち、若い男に斬りつけた。
 切れ味の鋭い剣の刃は、人間の柔らかい肉など、チーズのように切り裂く。
 公園の穏やかな風景に、赤く咲いた一輪の花が、毒々しい彩りを加える。
 仰向けに倒れた若い男は、大きく切り裂かれた傷口から大量の血液を流しており、すでに虫の息といった様子だ。目を見開いて呆然としている。自分がどうして倒れているのか、それすらも理解していないに違いない。それほどまでに、オルクスの剣は素早く、そして容赦がなかった。
 オルクスは、血に塗れた剣を眺め、納得がいったようにうなずく。
「なるほど。たしかに、これは現実だ。最初からこうすればよかった」
 経験からくる言葉である。現実世界において、数え切れないほどの生命をその手で殺めてきたオルクスは、人殺しの瞬間の感触というものを身体で覚えているのだ。馴染みのある快感は、まさに、人殺しの感触に間違いない。
 久我野天膳は、幼いころから、略奪するという行為に、強い快楽と執着を感じていた。
 それは、大切なものを奪われてしまった者の、絶望と憎悪、恐怖の表情と悲鳴を見たり聞いたりするのが、このうえなく楽しいことだったからだ。
 財産を奪い、思い出を奪い、信頼を奪い、地位を奪い、名誉を奪い、友人を奪い、恋人を奪い、子供を奪い、生命を奪い、人生を奪う。
 なにかを他人から奪うというということは、とにかく楽しくてたまらない。
 ゆえにオルクスには分かるのだ。
 だれが間違えるものか。
 これは、リアルな快感だ。
 公園のあちこちで、悲鳴が上がった。オルクスの凶行を目にしたためだろう。
「なるほど、なるほど」
 うなずくことを繰り返しながら、オルクスは、ゆっくりと歩き出し、手近にいた人間から剣の錆へと代えていった。
 おしゃべりに没頭している少女たちを斬り殺し、ベンチでうたた寝をしている老人を突き殺し、取り押さえようとして向かってくる青年たちを撫で斬りにしてみせる。
 平和だったはずの公園は、あっという間に、おびただしい血と死体で溢れかえる、この世の地獄のごとき場所となってしまった。
 そして、逃げ惑う町人たちを背中から斬りつけるオルクスの表情には、しだいに、満面の笑みが広がっていく。
 切れ長の双眸に灯ったのは、人間の領域をはるかに超越した邪悪な狂気。
 酷薄に見えるほど怜悧な相貌が、子供じみた笑顔を広げる。
「なるほど! これはいい!」
 久我野天膳という老人が久しく味わっていなかった快感の絶頂、邪悪なる充実感を、いま、オルクスは存分に味わっていた。
 強靭な悪意のおもむくまま、強靭な肉体を駆使し、最大限の悪事を行える。
 こんなに楽しいことがあるだろうか?
 こんなに楽しい気分になるのは、どれだけ久しぶりのことだろうか?
 数十人の、なんの罪もない町人たちを殺戮したオルクスは、天を仰いで哄笑した。実年齢は百歳を越える老人が、子供のような無邪気さで、大きな歓声を上げていた。
 いま、若い肉体を手に入れて、思うがままに生きることができるようになったオルクスに、怖いものなどなにもない。胸中は喜びに満ち、なんとも言い表しがたい幸福感が止まらないのだ。
 そのうち、騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう、甲冑を身につけた騎士たちが数人、オルクスのもとへとやってきた。
「貴様! どういうつもりだ!?」
「ちくしょう、こんなに殺しやがって、悪魔め! 楽に死ねると思うなよ!」
「我らはベルアードの王国騎士団だ。終わったぞ、貴様……!」
 重厚な甲冑に身を包んだ、屈強そうな騎士たちが三人。
 ベルアードとは、このテルカの町から西に向かったところに王都のある、大きな王国だ。国王直属の親衛隊とでもいうべき王国騎士団は、国内全土から猛者が集うことで知られる、真の精鋭。
 オルクスの前に立つ三人は、このテルカの町のような辺鄙な土地に配属されているとはいえ、騎士団員の端くれともなれば、かなりの実力者であることは間違いない。
 が、オルクスの表情のどこにも、騎士たちを恐れるような色はない。
 それどころかむしろ、彼らを歓迎しているような様子さえある。
「ちょうどよかった。そろそろ、ただ斬り殺すだけでは味気ないと感じていたところだったんだ」
「なに?」
「なにを言っている、貴様? 降伏しろ! おい、動くなっ!」
 動揺を見せる、騎士たち。
 オルクスの身体から、どす黒いオーラが滲み出る。比喩ではなく、実際に目に見えるのだ。
 たとえようもなく邪悪な濃霧のごときものが、まるで意思をもつかのごとく、周囲に向けて大きく広がった。
「死者よ、よみがえれ。私の下僕となるがいい」
 両手を軽く掲げる、オルクス。
 どす黒い濃霧が、死体となって転がっている町人たちの身体に纏わりつき、その内部へと染み渡っていく。
 すると、いかなる魔技か、ものいわぬ死体であるはずの彼らが起き上がり始めたではないか。ゆっくりと、だが、確実に。低い呻き声を上げながら。
 驚きの声を上げたのは、騎士たちだ。
「ネッ、ネクロマンサー!?」
 ネクロマンサー。死霊術士。死者の肉体や魂を弄び、自在に使役し、この世に混乱をもたらす、邪悪なる魔術師。
「いや、ちがう。こいつは、デス・ナイトだ!」
 そう、デス・ナイト。死霊騎士。久我野天膳がオルクスというキャラクターに相応しいと思って選択したのは、死の力を操る邪悪なる騎士、デス・ナイトだったのだ。
 ネクロマンサー、死霊術士とは、死体からアンデッドモンスターを生成したり、悪霊などを使役しておぞましい悪事を働くことに長ける、魔術師タイプの職業だ。
 そのネクロマンサーから派生する上級職であるデス・ナイトは、死体を操る死霊魔法の習得はもとより、近接戦闘における圧倒的な強さをも会得した、究極の死の戦士。
 ぞろぞろと立ち上がる死者たちは、すでにただの死者ではない。
 オルクスの邪悪なオーラと死霊魔法によって、食屍鬼、グールへと変貌を遂げている。
 もはや彼らは人間を襲って食べる凶悪なアンデッドモンスター、グールなのだ。
 白目を向いて、だらしなく口を開けて舌を垂らし、全身に黄色く不浄な瘴気を纏った、食欲のみで動く下級の魔物。
「ぐ、グールだ……」
「ひるむな! こ、この程度の数のグールなど怖くない!」
 たしかに、騎士の言葉は正しい。グールは代表的なアンデッドモンスターのひとつだが、攻撃力は低く、動きも鈍く、その強さはかなり下級に位置しており、王国騎士団である彼らが怯えるような相手ではない。
「くそったれのデス・ナイト……! 魔王の手先め」
「異常者め、こんなことをして楽しいのか!?」
 罵詈雑言を並べられても、オルクスの表情は涼しげだ。
 薄ら笑いを浮かべて、言う。
「ああ、もちろん楽しいとも。最高に充実した気分だよ。やはり架空の生き物などいくら殺したところで満足できなかったのでね。いったいなにがどうなってこうなったのか、いまいち把握できていないが……とりあえず素直に喜んでおくとしよう。これは、私にとって、まさに理想の展開だ」
「なにを言ってやがる!? おい、この化け物の息の根を止めるぞ!」
「ああ、もちろんだ。気の狂った馬鹿の戯言など、いつまでも聞いている必要はない」
 剣と盾を構える、騎士たち。
 彼らがオルクスに向かってくるよりも素早く、グールどもが牙を剥いた。
 デス・ナイトの忠実な下僕となっているグールどもは、主人に歯向かう愚か者どもを抹殺しようと、束になって襲いかかっていったのだ。
 その動きは、騎士たちの予想外に俊敏。
 騎士が剣を振るよりも速く、その間合いの内側へと飛び込み、生前の限界を軽く凌駕した膂力を誇るパンチにより、彼らの頭部や胸などを打ちのめす。
 柔らかい肉が硬い金属を叩く音が連続する。
 騎士団員に支給される正式な防具が、あっけなく陥没していく。
 グールどもの、おそるべきパワー。
 驚いたのは、騎士たちだ。
「ばかなっ、どうしてグールがこんなに強いんだ!?」
「うっ、うわああああっ、痛いっ、腕が折れっ、うわあああ」
 騎士たちは剣を使って応戦しているものの、グールどものスピードとパワーに翻弄されて、オルクスを倒すどころではなくなっている。数十体ものグールの攻勢に圧されて、じりじりと後ろに下がっていく。
 オルクスは顎鬚を撫でた。
 どうやら、自分が造り出したグールは、相手がこの王国の正式な騎士たちであっても圧倒できるほどの性能を持つらしい。ということはつまり、この《ジェネシス》の舞台となる世界の、どんな勢力を相手にしても、それなりに通用することは間違いなさそうだ。
 いままでプレイしていたゲームの世界では、ここまでグールが強いということはなかったはずだが、どうやら、この世界が現実となってしまった現状、オルクスが作るグールたちの能力が大幅に上がっているようだ。
 いまのオルクスは知らないことだが、彼と同時期に《ジェネシス》の世界へと転移してしまったすべてのプレイヤーが、方向性や性質は違えど、その能力の高さによって大きな活躍を見せることになる。
 単純な話だが、普通の人間は、自分の内側にねむる才能のことなど知るよしもない。
 料理の才能を眠らせながら剣士としての道を進む者もいれば、偉大な為政者としての才能を持ちながらパン屋として一生を終える人間もいる。それはこの世界の原住民たちも同様だ。そこには無駄が生まれ、なんの成果も残せずに死んでいく者が大多数を占める。
 だが、《ジェネシス》のプレイヤーは違う。
 彼らは、自分のキャラクターにどんな人生を歩ませたいのか、神の視点で考える。たとえば屈強な剣士として育てたいのであれば、そのように成長するように育てるし、最強の魔法使いを目指したいというのであれば、やはりそう実現できるように育成方法を熟慮する。
 したがって、無駄がなく成長し、おのれを鍛え上げ続けたキャラクターたちは、この世界の原住民たちをはるかに凌駕した、無敵の性能を持つに至ったのだ。
 プレイヤーの持つ剣や魔法、治療や道具作成のスキル、アビリティ……それは、《ジェネシス》の原住民たちをはるかに凌駕する異能として、称えられ、恐れられるようになっていくのだ。
 そして、死霊騎士、デス・ナイトであるオルクスの持つスキルとアビリティは、そうした無敵の《ジェネシス》プレイヤーたちのなかでも、さらに異質にして極悪の性能を誇る、この世界そのものをめちゃくちゃに破壊してしまうほどの真価を秘めている。
 さらに最悪なことに、オルクス自身が、そのことについてすでに気づいている。
 無知の暴力など、恐れるほどのものではない。
 だが、悪魔の知性を持つ化け物が、自分がどれだけ強いのか知りながら暴力を振るうとき、それは、無敵の勇者ですら震え上がらせるほどの脅威と化す。
 脆弱な騎士たちを、グールたちが圧倒していく。驚異的なスピードとパワー、さらには数の暴力で、圧倒的な優位を欲しいがままにしている。
 オルクスには、それが、これからのこの世界の縮図のように見えてならなかった。
 上機嫌のまま、騎士たちに向けて手をかざす。
 オルクスが全身に纏っている不浄の瘴気から、淡い白の光に包まれた、人間の頭蓋骨のようなものが浮かび上がった。
 いくつものそれらは白い軌跡を残しながら空中を飛び、騎士たちに襲いかかる。
 無念のまま死んだ人間の霊魂を自在に操る、デス・ナイトの死霊魔法だ。
 死霊は、騎士たちにぶつかると、甲冑を破壊するわけでもなく、なにごともなかったかのように彼らの身体を素通りしていく。
 が、そのとたん、三人の騎士たちのうち、ふたりが同時にその場へと倒れた。すでに呼吸をしていない。死んだのだ。
 ほとんどの死霊魔法は物理的な攻撃力を持っていないが、その代わり、さまざまないやらしい効果を持つ。
 オルクスがいま使ったのは、死霊によって相手の生命力を奪い取る、もっとも初歩的な死霊魔法だ。普通は、ただ相手の気分を少し悪くさせる程度の威力しか持たない。だが、最強のデス・ナイトであるオルクスが使用することにより、一撃で相手の生命力を奪い尽くして殺害するほどの威力を得たのだ。
 いっぺんに仲間をすべて失った、最後の騎士は、もはや戦意を喪失して、オルクスやグールたちに背中を向ける。
 それは致命的な隙だった。
 勇気を出して戦い続けていれば、あと数分間は生き永らえたかもしれない。
 だが、彼は背中を見せてしまった。
 無防備な姿を晒した騎士へと襲いかかるグールたち。
 最後の騎士はあっという間に制圧され、甲冑を剥ぎ取られて、泣き叫びながら貪り食われた。
「あまり死体を傷つけるなよ。グールに出来なくなるからな」
 オルクスはそう言って、ゆっくりと歩き始めた。
 どんな死体からでもアンデッドモンスターを造れるというわけではない。魔物として完全に機能するためには、やはりできるだけ原型を留めたままの、綺麗で新鮮な死体であることが望ましい。
 そう、できるだけ綺麗な死体であったほうがいい。
 そのほうが、より多くの、より強いアンデッドモンスターを造ることができる。
「グールどもよ。まずは町中に散らばって、生きている人間たちを皆殺しにしてくるんだ。墓場を掘り起こすのも忘れずにな。できるだけ殺し、できるだけ死体を作れ。たくさんの仲間たちを迎え入れようじゃないか」
 理性を失っているグールドどもは、主人の命令に忠実に従い、魔性の素早さで駆けていく。彼らは狩人。生き物すべてを獲物とする、無慈悲な狩人。
「……最高の気分だ。地獄をつくれる。綺麗な地獄をつくれるぞ」
 オルクスの心に、もとの世界に戻りたいという欲求は、いっさい、微塵もなかった。
 なぜ、あんな世界に帰還する必要がある?
 どうして、あんな老いて衰えた肉体に戻る必要がある?
 ここには、思うがままに蹂躙できる世界がある。
 若々しい精力のみなぎる、異能に満ちた無敵の肉体もある。
 死霊騎士オルクスは、久我野天膳という過去を捨て去り、この《ジェネシス》の世界で生きることを決断した。


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