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第四話 パーゼル農園の魔獣退治
<ロレント市 市街>

エステル達がカシウスの乗った飛行船を見送って空港を出ると、街はすっかり早朝の気配を通り過ぎていた。

「俺は、カシウス・ブライトだぞ~! 覚悟しろ、この悪人め~!」

そう言って街の少年、ルックがパットを追いかける声が二人の耳に届く。

「まったく、何で父さんはあんなに人気があるんだか」

エステルの溜息と呟きに、ヨシュアは黙って苦笑し、二人は遊撃士協会への道を歩いて行った。

「あらエステル、ヨシュア。カシウスさんとのお別れはしっかり済ませてきたの?」

二人が遊撃士協会の建物に入ると、いつものように穏やかな感じでアイナがカウンターで出迎えた。

「ねえ、早く父さんがやるはずだった仕事を教えてよ!」
「わかったわ。あなた達にお願いする仕事はとりあえず3つあるんだけど……」

エステルはこれから始まる遊撃士としての仕事に興奮しているようだった。

「まず最初は、パーゼル農園に行って欲しいの」
「ティオのところ?」
「僕達、この前も農作業の手伝いをしにいったばかりですけど……」

そんな困った様子じゃ無かったとエステルとヨシュアは疑問に思っている様子だった。

「ええ、実はパーゼル農園を荒らす魔獣を退治してもらいたいのよ」
「えっ、ティオ達は大丈夫なの!?」
「荒らされたのは畑だけで、怪我人は出ていないみたいよ」

アイナの言葉にエステルは少し安心した。

「ギルドの方に要請があったのだから、これは正式な仕事よ」
「うん、わかった! これからパーゼル農園に向かってみるわ!」

エステルは気合十分といった顔で頷いた。

「では、ギルドの委任状を渡すわね。これは、あなた達に正式に仕事を依頼したという証明書」
「ティオ達なら知ってると思うけど……まあ一応、受け取っておくわね」
「遊撃士の名に恥じないように頑張ります」

そう言って遊撃士協会を出ようとした二人をアイナが呼び止める。

「二人とも、入口にある掲示板には目を通している? そこには遊撃士協会からの直接依頼じゃない依頼が書かれているの」

そう言われて二人が掲示板を見ると、2~3個の用件が書かれた張り紙が貼られているのが分かる。

「そこにある依頼は、遊撃士協会に所属している遊撃士なら誰でも引き受けて良い、特に指名されていない依頼なんだけど……他の遊撃士の負担を軽減するためにも、余裕があったら引き受けてあげてね。もちろん正式な依頼だから遊撃士協会から報酬がでるから、よろしくね」
「わかったわ」

アイナの言葉にエステルは首を縦に振った。

「僕達ができそうな依頼は……これかな?」

ヨシュアがそう言って指差したのは、光る石の捜索と書かれた依頼だった。

「探し物なら依頼のついでに出来るかもしれないし、依頼人から話を聞いてみようか」
「おっけー」

アイナから依頼人である少年、カレルの特徴を聞いた二人は、さっそく街の中を捜す。

「困ったな、どこいっちゃったんだろう……」

泣きそうな顔で地面を探しているカレルの姿は遠目からでも二人にはわかった。

「君がカレル君? 僕達遊撃士協会の者なんだけど……」
「石が見つかったの!?」

ヨシュアが声をかけると、カレルは嬉しそうに詰め寄った。

「あたし達、依頼を見て話を聞きに来たんだけど……」
「なんだ、そっか……」

エステルの返事を聞いて、カレルはガッカリとした様子だった。

「前にも、優しそうなお兄さんの遊撃士さんが話を聞きに来たからさ」

カレルの呟きにエステルは首をひねった。

「それって、誰?」
「多分、ロレント支部に所属している僕達の先輩の遊撃士さんじゃないかな。リッジさんって言ったっけ」
「ああ、シェラ姉があたし達の指導をしている時、代わりに仕事を引き受けてくれていた人ね」
「そのお兄さん、捜してくれているのかな……忙しそうだから無理なのかな」

カレルの悲しそうな呟きを聞いたエステルは拳をグッと握り締めた。

「あたし達が絶対見つけ出すから、詳しい話をきかせてちょうだい!」
「エステル、僕達はこれからパーゼル農園に行かないといけないのに……」

ヨシュアはそう言って天を仰いで溜息をついた。

「オレ、おフクロに呼ばれてさ、雑貨屋の辺りで手伝いをしていたんだよ。で、手伝いが終わったらポケットに入れていた光る石が無くなっていたんだ」
「それ以外に、何か手掛かりは無いの?」
「ごめん、やっぱり無理だよね」

塞ぎこんでしまったカレルを励ますようにエステルは大見得を切った。

「大丈夫、あたし達は遊撃士なんだから、任せなさい☆」

ヨシュアは壁に手をついて下を向いて溜息をついた。

「で、どうしたらいいと思う、ヨシュア?」

エステルの言葉にヨシュアとカレルは思いっきりずっこけた。

「エ、エステル……」
「姉ちゃん……」

気を取り直したヨシュアはエステルに提案をする。

「そうだね、現場百辺だと言うし、もう一度雑貨屋の辺りを調べてみるのが良いと思うよ」
「兄さん、よろしくお願いします」

カレルはヨシュアに深々と頭を下げた。

「なんで、あたしは頼りにされてないのよ、落ち込んじゃうな……」



<ロレント市 リノン総合商店>

「いらっしゃい、エステル、ヨシュア。遊撃士になったんだってね。今日は道具を揃えに来たのかい?」

カウンターで客と何やら話し込んでいたリノンは店に入ってきたエステルとヨシュアに声をかけた。

「違うの、今日は捜し物があって来たんだ」
「捜し物?」
「今朝、この店に母親その子供の二人連れが来ませんでした?」
「ああ、カルバード共和国から木芸品を売りに来た人がいたね。うちは生活雑貨を売る店だからって断ったんだけど」
「その子がこの店で大事なものを落としたって言うから捜しに来たのよ」
「キラキラ光る石らしいんですが……リノンさんはご存じありませんか?」

ヨシュアにそう言われて、リノンは考え込んだ。

「うーん、そんなものは店の中では見かけなかったな。多分表に落ちているんじゃないかな」
「そうですか、じゃあ表を探してみます。ありがとうございました」

ヨシュアが気がつくとエステルはお菓子のコーナーで立ち止まっていた。
手には財布を握りしめている。

「エステル、今は仕事中だし、無駄遣いはいけないよ」
「ちぇっ、ちょっとぐらい、いいじゃない」

ヨシュアの言葉にエステルはふくれ顔をしながらも引き下がった。

「店主、この店にはもっと個性的な食材は置いていないのかね。次の商談に向かう前に私は超目玉商品を手にしないといけないのだよ!」
「そう言われても、この店は普通の雑貨屋なんですから……」

言い争うリノンと客の喧騒を尻目に、エステルとヨシュアは店を出た。

「さて、もう一度この辺の地面をじっくり探すしかないか……」
「ああっ!」

エステルの叫び声にヨシュアがエステルの方を向くと、エステルは排水溝を覗き込んでいる。

「どうしたの、エステル」
「100ミラ金貨を排水溝に落としてしまったのよ!」
「財布の口をきちんと縛って置かないからだよ……」
「こうなったら、地下水路に潜るしかないわ!」
「100ミラぐらいどうだって……」

ヨシュアがそう言うと、エステルはカンカンに怒って力説した。

「100ミラあれば、アイスが1本買えるのよ! ヨシュアはあたしにアイスを我慢しろっていうの?」
「仕方ない、地下水路に行こうか……」

ヨシュアは食い気に燃えるエステルを説得する事を早々にあきらめ、地下水路に向かう事にした。
そして、二人は地下水路の奥でキラキラと光るクォーツの破片を見つけた。

「これって、依頼にあった光る石ってやつじゃないの?」
「どうやら、エステルと同じようにカレル君も落としてしまったようだね。偶然とはいえ、お手柄だったよエステル」
「そう言えば、あたしの落とした100ミラ金貨はどこ行ったのよ!」

エステルとヨシュアはしばらく探したが、100ミラ金貨は見つからなかった。

「多分、金貨は小さくて丸いから、転がって水路を流れてしまったんだろうね」
「そんなあ……」

街に戻った二人がクオーツの破片をカレルに渡すと、カレルは飛び跳ねて喜んだ。

「ああ、これだよ。オレのキレイな石。とーちゃんから貰った大切なものなんだ」
「それってクォーツの欠片だね」

ヨシュアにそう言われてカレルは驚きの声を上げた。

「クォーツ? それってオーブメントに入っているアレ? じゃあこれはセプチウムで出来ているんだ」
「もう割れちゃってるから機能しないけどね」
「そっか……」

カレルはそう言って手に持ったクォーツの欠片を見つめている。

「オヤジはこの国のツァイスってところで働いてるんだ。おフクロとオレはカルバードで待っていたんだけどさ。おフクロが突然リベールで行商をやるとか言い出して……」
「それじゃあ、家族で暮らせるように、君もお母さんの仕事を手伝わないとね」
「……フン、言われ無くてもわかってるよ!」

ヨシュアの言葉にカレルは少しふくれた様子で返事をした。
エステルはそんなカレルを見て溜息をもらす。

「まったく、生意気ね」

カレルが報酬として30ミラ手渡すと、エステルはガックリと肩を落とした。

「あたしが落としたのは100ミラ……報酬は30ミラ……70ミラの損……」
「ね、姉ちゃん、どうかしたのかよ?」
「エステルが勝手に落ち込んでいるだけだから、気にしないで」
「じゃあ、これもやるから元気出せよな!」

カレルは追加報酬として、弁当箱から串に刺さったミートボール「ドリルミートボール」を5個エステルに握らせると、母親の手伝いに戻るために立ち去った。



<ロレント市郊外 パーゼル農園>

「このドリルミートボールって美味しいじゃない」

70ミラの損害に落ち込んでいたエステルも、今は上機嫌でカレルからもらったドリルミートボールを頬張っている。
エステルとヨシュアは昼頃になってしまったが予定通りティオの家族が経営するパーゼル農園へと到着した。

「いつ来ても、居心地のいい場所ねここは」

エステルは農園に着くと思いっきり深呼吸をした。
パーゼル農園はティオの両親と、ティオ、ティオの妹チェルと弟ウィルの五人家族で運営しているロレント郊外に存在する農家の一つだ。
トマト畑、ナス畑、キャベツ畑、ビニールハウス、そして牛の居る厩舎まである兼業農家。
ロレント近郊で作られる野菜はブランド品としてリベール国内や近隣諸国まで知れ渡っている。

「まったくのどかで、魔獣が暴れているなんて信じられないんだけど」
「確かに今は、それらしい気配は感じないね」

エステルとヨシュアは農園の中を見回してそんな感想を述べた。

「あ、エステル姉ちゃんとヨシュア兄さんだ。今日もうちの仕事を手伝いに来てくれたの?」

ウィルにそう聞かれたヨシュアは残念そうに首を振った。

「ごめん、今日は遊撃士の仕事できたんだよ」
「ちぇっ、残念だな」
「後で時間があったら手伝うよ」

向こうで仕事をしていたティオがエステルとヨシュアに気がついて近寄ってくる。

「エステルにヨシュアじゃない。遊撃士試験に受かって遊撃士になったんだって? おめでとう」
「まだ見習いの準遊撃士だけどね」
「で、僕達は今日は父さんの代わりに遊撃士の仕事で来たんだけど……」

ヨシュアが事情を話すと、ティオは嬉しそうに頷いた。

「ここ数日、ずっとだから私もすっかり寝不足よ」
「という事は、その魔獣は夜行性なんだね?」
「ご名答。詳しい話はお父さん達から聞いてみて。そろそろ農家の寄り合いから戻ってくると思うけど……」

ティオの言葉に答えるようなタイミングで、ティオの母親のハンナと父親のフランツが農園の入口に姿を現した。

「おや、エステルにヨシュアじゃないか」
「なんだ、遊撃士になったって聞いたのに、うちの農作業の手伝いをしてくれるのか?」
「今日は、遊撃士協会の仕事できました」

ヨシュアはフランツに委任状を見せて、父親のカシウスの仕事を代わりに引き受けた事を話した。

「……なるほど事情は聞いたけど、二人だけで退治なんて危険すぎやしないかねぇ?」
「そうだな、ケガなんかさせちゃったらレナさんに申し訳ないだろうし……」
「ギルドの許可も得ています。どうか任せていただけませんか?」

ヨシュアの言葉にフランツとハンナは考えこんだ。

「お願いします!」

エステルの真剣な瞳に、二人はついに承諾した。

「……それじゃあ、お任せしようか」
「ありがとう、おじさん♪」

フランツの言葉にエステルは笑顔になった。

「それで、どんな魔獣が出るんですか?」
「正体は良く分からないんだけど、ウサギみたいな猫みたいな魔獣でね。夜中に3、4匹のグループで現れては畑の野菜を食い荒らして行くんだ」
「人に襲いかかってきた事は無いけど、ネットを張っても破ったりしちゃってね。いよいよ退治するしかなさそうだってことになったのよ」
「ふーん、ヘンテコな魔獣ね」
「夜中に現れると言う事は、それまで待つ必要がありますね」
「じゃあ、いつものようにうちの仕事を手伝ってくれないか?」
「もちろん、疲れて魔獣退治が出来なくなっちゃ困るからほどほどに仕事をお願いするわ」
「えへへ、適度に仕事をすれば夕食がとっても美味しく食べられるもんね。ハンナおばさんの作る料理って野菜が美味しくてとっても楽しみ」
「あらあら、レナさんが聞いたらがっかりするわよ」
「エステルはレナさんの作ったビーフシチューが大好きですからね」
「そっか、肉料理担当がレナさんなのね」

その後、エステルとヨシュアは適度な仕事で汗を流した後、ティオの家族達と一緒に楽しい夕食を食べた。
夕食の後、エステルはティオの部屋に呼び出されていた。

「ティオ、二人だけで話したいっていったい何の話?」
「ヨシュア君てさ、ちょっと他人行儀って雰囲気もあるけど……面倒見のいい所もあるじゃない? 気配りも上手いし」
「そ、そうかな?」
「加えて、思わず女装させてしまいたくなるようなキレイな顔立ち。女の子に騒がれるのも当然よね」
「……あのさ、ヨシュアのどこがそんなにいいの? そんなにモテる程じゃないと思うんだけど」

ティオがうっとりとした様子でそう言うと、エステルは驚いた感じでそう言った。

「何を今さら……日曜学校で告白してフラれた女の子は1人2人じゃないって話よ」
「あたしに内緒でそんなことしていたなんて、知らなかった……」
「ま、同じ男の子相手ならともかく、女の子に相談するような話じゃないだろうし。それに、エステルには言えるはずないじゃない」
「へ? なんで」
「……全く鈍感ね。カシウスさんが苦労するのもわかったわ」
「そこで、どうして父さんの名前が出てくるの?」

ティオはしまったと口を押さえる。
エステルは疑いの眼差しでティオを睨みつけた。
ティオは背中から冷汗が出てきた。
そこに天の助けか、ノックの音が鳴り響いた。

「エステル、いいかい? そろそろ見回りの時間だよ」
「あ、わかった」

エステルはヨシュアの言葉にそう答えると、急いで部屋を出て行った。
ティオはエステルの追及を間一髪で逃れて胸をなでおろした。

「そろそろ例の魔獣がやってくる時間だ。気を引き締めて行こう」

エステルは答えずにふくれ顔でヨシュアの事をじろじろと見ている。

「ねえ、ヨシュア。あたしに何か隠し事していない?」
「え、なんで」

あと少ししたら帝国のハーメル村に帰る事は黙っていたはずなのにとヨシュアは少し動揺してしまった。

「ヨシュアはあたしの家族だよね? そりゃ本当の血がつながった家族じゃないけど、家族って言ってもいいよね?」
「エステル……」
「だから、何でもお姉さんに相談しなさい! 恋の悩みとか!」
「お姉さん……ね」

ヨシュアは残念そうな様子で溜息をついた。
そして暗い夜中の農園の見回りを二人は始めた。

「ねえ、赤ん坊ってキャベツ畑で生まれたってあたしは聞かされたけど、ハーメル村ではどうだったの?」
「僕の所は帝国の国鳥が連れてくるって聞かされたっけ」
「ふーん、土地によって違うのね」

キャベツ畑を通りかかったエステルはそんな事を言い出したので、ヨシュアもそれに答えた。

「まさか、エステルは今でも赤ん坊はキャベツ畑で生まれるて信じているの?」
「そんなわけ無いじゃない、あの日の夜、軍隊の仕事から帰ってきた父さんと母さんが一緒のベッドで……あっ……」
「……」

その後2人は気まずい沈黙をまといながら見回りを続けた。

「あっ、あそこに怪しい物陰が!」

エステルが大声を出して、キャベツ畑にうごめく影に近づくと、猫のような鳴き声を上げて逃げ去ってしまった。

「こらまて~! 絶対捕まえてやるんだから!」

こうして、エステルとその魔獣との追いかけっこが始まった!
エステルが魔獣を見つけて追いかける。
魔獣がエステルに見えないところまで逃げる。
エステルが魔獣を見つけて追いかける。
魔獣がエステルに見えないところまで逃げる。
その繰り返しだった。
しかし、エステルと魔獣の様子を見ていたヨシュアがついに魔獣の逃げる先に回り込んだ!

「追いつめたわ! 後は懲らしめるだけね、覚悟しなさい!」

ヨシュアが火のアーツ、「ファイアボルト」で魔獣達を怯ませた後、エステルが棒で殴りつける。
しばらくは足蹴りなど抵抗を見せていた魔獣達も、しだいに大人しくなった。
抵抗する気力も無くなって大の字になって横たわる魔獣達を縄で縛り上げたエステル達は、ひとまず納屋に魔獣達を閉じ込めておくことにして、朝まで待つことにした。

「いやはや、驚いたよ。魔獣達を一網打尽にして捕らえるとは」

ティオの家族は朝起きて、魔獣達の姿を見て驚いた様子だった。
ハンスは感心した風にそう言った。

「ところでこの魔獣達どうしよう? 痛い目に合わせたからもう悪さはしないと思うけど……」

エステルがそう言うとヨシュアは首を横に振った。

「エステル、僕達は魔獣退治に来たんだし、次に同じ被害が出たら、遊撃士協会の信用にかかわる出来事になっちゃうじゃないか」
「うう、そうだけどさ……」

すると黙っていたティオはこんな事を言い出した。

「まあ、人に危害を加えなかったんだし、見逃してあげてもいいんじゃない?」
「そうだねえ、これだけ痛い目にあったら懲りるってもんだろう」
「……私もみだりに生物の命を奪うのは反対だ。我々は同じ土地に住む者として折り合いを付けて暮らせればいいと思っている」

ハンナとフランツまでに反対されて、ヨシュアは考え込んでしまった。

「わかりました。被害に遭われたみなさんがそう言うなら……」
「すまないね、せっかく来てもらったのに。農家の寄り合いでも被害を防止するために柵の強化とか話合ったところなんだよ」
「それじゃあ決まりね」

エステルは笑顔になると、魔獣達の縄を解いた。

「そう言う事だから、みんなに感謝しなさいよ?」

すると魔獣は猫なで声を上げて、エステルにすり寄ってきた。

「ちょ、ちょっと、あたしに感謝されても困るんだけど」
「エステルお姉ちゃん、いいなー」
「魔獣に好かれるなんて、変わった娘だね」

その後魔獣はエステルの方を名残惜しそうに振り返りながら、森の方に立ち去って行った。

「君達、徹夜で疲れただろう。泊まって行くかい?」
「いえ、母さんに何も言わないで出てきちゃったんで、そろそろ戻ります」
「そうね、レナさんも心配しているし、家に戻った方がいいかもね」

寝不足だったがとりあえずエステルとヨシュアはブライト家へと戻る事にした。

「ごめん、今日はみんなに嫌な思いをさせちゃったね」

二人が帰り道であるミルヒ街道を歩いていた時、ヨシュアはそう言ってエステルに謝った。

「まあ、普通に考えたらヨシュアの意見も正しいと思うって」

エステルは深刻な顔をするヨシュアを励ますように明るい笑顔で答えた。

「……僕って心の冷たい人間だと思うだろ。こう言う時、僕はたまらなく自分が嫌になる」
「ふふ、ちょっと嬉しいかな」
「えっ?」
「ヨシュアってさ、いつも一人で溜めこんじゃうじゃない。苦しい時も悩んでいる時も……一人で解決しようとしちゃうじゃない。それって、寂しい事よ」
「エステル……僕は」
「今日みたいにさ、あたしの前でもっと弱い自分をさらけだしてもいいのよ。あたしはヨシュアがとっても弱虫だって事、会った時からわかっているんだから」
「恥ずかしいな……」
「無理して強がらなくてもいいのよ、お姉さんの前では」

エステルにそう言われたヨシュアはやっと明るさを取り戻してブライト家の玄関の前に立つことができた。

「母さん、ただいまー!」
「お帰り、エステル。ヨシュアもお疲れ様」

エステルが玄関を開けて大声で言うと、台所に立っていたエプロン姿のレナが笑顔で出迎えた。

「ただいま」
「お腹ペコペコだよー」
「あらあら、じゃあ今日のお昼はから揚げにしましょうか」

そう言ってレナは再び台所で料理を始めた。

「エステル、ご飯を食べてひと眠りしたら、ギルドに報告に行くからね」
「合点承知!」
「その前に、母さんにも報告して欲しいんだけど。エステルがどれくらい無茶をしたのかについて」
「そんな報告いらないってば!」

鶏肉の焼ける匂いが食卓に充満する。
初めての遊撃士の仕事を通じて、お互いの信頼が深まった事を感じた二人だった。