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[11290] 幼なじみは悪魔の子 (ワンピース オリ主)  
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/03/06 14:01
タイトル通り恐れ多くもワンピースの二次小説です。


・オリ主、オリキャラが登場します。

・話の展開上原作を沿うように続きます。

・初投稿に当たるので稚拙な表現、間違った文章とうとう有るかと思いますが、
 ご容赦の程お願いいたします。

・この作品が皆さまの暇つぶし程度になれば幸いです。



[11290] 第一部 プロローグ 「異端児」 
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/03/27 22:21
事実は小説より奇なり


……なんて、考えたスーパーな偉人は誰だ?
たった今オレの中では顔も知らんそいつに賞賛と鉄拳を食らわせることが決定した。


何故?というのはオレの方が聞きたい。
教えてくれるなら教えて下さい。
どうして?
どうして?


どうしてオレは……………っ!!


「オギャオギャオー!?(赤ちゃんなんだー!?)」

「せっ、先生!赤ん坊が突然奇声を発しました!!!」













プロローグ「異端児」













なんか知らないけど…………気がついたら赤ちゃんになってた。


きっかけとか全く思い出せない。
オレは誰だ?
今まで何をしていてどんな人生を送ってきたんだ。
というかこの状況、何?

疑問だらけではあるが何が出来る訳でもない。
何せオレは赤ちゃんだ。
赤ちゃん舐めんな!! 取りあえず言いわせてくれ。
赤ちゃんはヤバい。マジで。
何せ一人では何も出来ない。
首すら座ってないので、寝返りすらもダメだ。
行動はもちろんのごとく 排泄も…………食事も。


………スマン、誰かオレを殺してくれ。


おそらく人類史上初だ己の母であろう女性に欲情した赤ん坊は。
……直接の表現は避けるが、身体が発達してなくてホントに良かった。


おまけにオレの母親はかなりの美人だった。
背は高くないのだが、繊細な磁器のようにきめ細かい肌に、均整のとれた八頭身。サラサラとした黒髪に血行の良さそうな頬。大きな目に形のいい唇。
そして目の下の泣き黒子が特徴のどこか子犬を連想させる可愛らしい人だ。

こんな美人めとったのはお前か!!
……と、この身体の父親に会ったら言ってやるつもりだったが、母である女性の話を聞く限りだと父親は亡くなってるらしい。
何度か見せてもらった写真には 母である女性の隣で幸せそうに笑う男の姿があった。


父は海兵で本部とやらの大佐だったそうだ。
何でもびっくりするくらい強かったらしい。
まぁ話の半分くらいは誇張だろう。
……ありえんだろう。

指で壁に穴を空けたとか、
鉄のように堅いとか、
おまけに空を走ったとか…………。


まぁ、とにかく母が嬉しそうに父のことを言葉の通じないはずのオレに話した。
その言葉の端々に感じる寂しさがとても悲しかった。


なぁ……どうしてこんないい人置いて先に逝っちまったんだ?アンタ?


………おかげで欲情するたび本気で死にたくなるだろ。
はぁ………早く離乳出来ないかな。


「クレスちゃーん、オシメ換えますねー」


ぎゃあー!!
止めて下さいお母様!! 今はシリアスですよ!


一日に数回訪れる生き地獄を終える。

ちなみにクレスというのはオレの名前だ。


エル・クレスと言うらしい。


前世とでも言うべきか?

オレにはそれが思い出せない。
もしかしたら知らないや分からないというのが正しいかもしれない。

だが “自我” と “自我を形成するために必要な最低限の知識” は持っている。


自分でも良くわからん。


もしかしたらオレは神様の手違いで前世の “自我” を持ったまま転生でもしたのかもしれない。

それともオレはもともと“自我”を持って生まれて来たのかもしれない。


どちらも同じようなものだろうが、出来るなら後者のパターンであってほしい。


もし前者であるなら、オレは人を一人殺しているようなものだ。
この可愛らしい母親から息子まで奪っているならオレは自分が許せない。
だがそれはオレの希望で、もはやこの自分である赤ん坊が普通で無いのは確かだ。

オレに出来ることは普通の人間として振る舞う努力をするくらいか…。


……偽善だよな。やっぱり。


自分の浅い考えに反吐が出そうだ。
まぁ、暗い気分も終わりにしよう。
四の五の考えるのも取りあえずはやめにしよう。
人生はこれからなのだ。
考える時間はまだある。
これからどんなことが起こるかはまだわからない。
今はただ………













「クレスちゃーん。ご飯ですよ―」












全力で煩悩と戦おう。













クレスの母親であるシルファーは生後間もない自分の息子に何か違和感のようなものを抱いていた。
気のせいであろうかと考えてはいたが、その思いは日を追うごとに強くなった。


(この子、全然泣かない!?)


本来赤ん坊というのは例外なく泣くものだ。
それは、生存本能に近いと言える。

だが、クレス泣かないのだ。
泣かないことでシルファーを困らせないようにしている節さえあった。
恐ろしいほどに静かな赤ん坊だった。

クレスが泣くのは一日にほんの数回。
それも、食事、排泄、が必要な時だけなのである。

シルファーは不審に思い医者のもとへとクレスを連れて行ったが、検査の結果は極めて良好。健康体そのものだった。


「賢いお子さんですね」


医者は言う。

だが、シルファーは少し違うように感じていた。

この子は遠慮している。
まるで、自分は他人なのだと主張するかのように……



(でも、わたしは認めない。あなたはわたしの子、どんなことがあっても絶対に!!)



シルファーは決意していた。
父親がいないからこそ、自分が二人分の愛情でこの子に接するのだと。



その愛情は本物で、何よりも強いものだった。













あとがき

処女作になります。
初心者なので拙い文章、間違った文法または表現、等々があると思いまが、
よろしくお願いします。






[11290] 第一話 「母親」  
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/15 22:03
二歳になった。

最近ようやく一人でいろんな事が出来るようになった。

グッバイ、過去のダメなオレ!
こんにちは、新しい自分!

……母さん(オレはそう呼ぶことにした)はもっとオレの世話をしたがってたみたいだけどね。
悪いと思いつつもこればかりは勘弁してほしい。
さすがに、これ以上は世話になれない。
そのうち、オレの羞恥心とか自尊心とかが、
リミットブレイクどころか天元突破してしまいそうだ。













第一話「母親」












この2年でわかったことを話そう。

まず今は海賊王ゴールド・ロジャーの一言に端を発した。
ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)をめぐる、海賊達が跋扈する大海賊時代だ。
そしてオレは西の海(ウエストブルー)のオハラという島に住んでいる。
西の海とは世界を両断する赤い土の大陸(レッドライン)と偉大なる航路(グランドライン)によって四分された海の一つで、そしてオハラは考古学の聖地として有名な島らしい。

初めて外に出た時はビビった。なんせメチャクチャでかい樹があったからだ。
なんでも樹齢五千年の大樹で「全知の樹」というらしい。
そしてその内部には世界最大最古の文献の貯蔵を誇る図書館があって、母さんもここで働いている。
母さんはそのことを誇りに思っているみたいだ。
最近やっと母さんが本格的に仕事に復帰した。
母さんは図書館での仕事が好きなようなのでとてもよかった。

そして自分のことだ。
この2年間でオレは何とか順調に育った。
一度大風邪を引いて死にそうになったが気合いで乗り切った。
幼い時の風邪はヤバい。
今でこそ軽いノリで話せるが。当時は本気で死ぬかと思った。
話によると感染症らしく早期発見で軽く済んだらしい。
ヤバいかも………。と思ったので全力で訴えた。
演技力の勝利だ。


それから文字を修得した。


これはには驚いた。
二歳で文字の読み書きをマスターしたからではない。
オレは言葉は理解出来るのに文字が書けなかったのだ。
さらにいえば知識の方もわかっているのはどうやら自我の形成に最低限必要な物だけらしい。

うーん謎だ。

とりあえず、本を読んで知識をつけることにする。
そうすれば自分に関することも少しはわかるかもしれない。

でも今すぐは止めておく。

オレの異常性が浮き彫りになるのはマズいだろう。

そして最後は今隣で眠っている、
ニコ・ロビンって名前の黒髪の可愛らしい女の子だ。
ロビンとは一歳の時に知り合った。
いわゆる幼なじみというやつだ。
母さんとロビンの母親のオルビアさんとが仲が良いらしく。
ロビンとはいつも一緒にいる。

ロビン個人については、驚くほど聡明な子どもだと言える。
わずか二歳にして文字を理解して簡単な本まで読めるのだ。
俗に言う天才と言うやつだろう。


母親のオルビアさんは艶やかな白髪が目を引く、
まるでモデルのようにすらっとした美人さんだ。

………だが、ウチと同じで父親がいないらしい。

オレの父親も含めて、本当に……バカな奴らだ。
こんな美人さんがいるなら意地でも生き残れっての!!
まぁ、彼らに文句を言っても仕方がないのはわかっている。
生きていて欲しかったけど、残酷なことに過去はやり直せないものなのだ。













母さんとオルビアさんは仲が良い。
だからオルビアさんが来るときはいつもは和やかな雰囲気になるのなのだが、今日はなんだか毛色が違った。


どうやら口論をしているようだ。


「あなた本当ににそれで良いの!?」

「えぇ、もう決めたことだわ」


母さんの責め立てるような声。
しかし、その言葉には非難と言うよりも目の前の友を案じるような響きがある。
そんな母さんにオルビアさんはどこか達観したように答えた。
しかし、その姿からは確かな動揺が読みとれる。


「……あなたは良くても、ロビンちゃんのことはどうするのよ?」

「親戚にあづけるわ」

「……言わせてもらいますけどあなたの親戚は正直信頼出来ません。
 ロビンちゃんのことを考えるなら絶対に残りなさい」

「ロビンなら……大丈夫よ」


絞り出すような、最大限の気力をふりしぼったような声だ。
しかし、その声に自信は感じられず、言葉に対する後悔のようなものを感じているように思えた。


「………大した信頼ね。………その選択にためらいはないの?」


母さんはそんなオルビアさんの様子にきっと気づいているはずだ。
しかし、挑発のように言葉を重ねる。


「………えぇ」


俯きながらも、オルビアさんは言葉を成した。


「……………………」


「……………………」


二人の間を冷たい沈黙が支配する。
二人の声が消えたために、部屋には時計の音だけがやたら大きく響いた。


「もう一度聞きます。あなた本当にそれでいいの?」

「……………………えぇ」


強い口調で母さんは言う。

オレは母さんのあんな姿初めて見た。
いつもの少し天然の入ったかわいらしい様子はそこには無く、なにやら憔悴しきったオルビアさんを必死に説得する姿があった。


「あなたのことはわかっているつもり。
 今回の調査船にはあなたの力が必要で、あなたが行きたがる理由も知ってる。
 ……でも、それはオハラの学者としては正しいしけど、母親としては間違ってると思うの」

「……………」

「だから私は同じ子供のいる母親としてあなたには行って欲しくないの」

「……………」

「………オルビア、考え直してもらえないかしら?」


一転、やさしく母さんはオルビアさんを諭す。
──────母としてのの義務。
母さんの言っている事はどうしようもなく正しい。



「………それで…も、…それでも、……私は行きたいの。
 ロビンのことは大好き……愛してる。……でも、でも! やっぱり!!」



「───ロビンちゃんを捨てる気なの?」



「っ!!」


投げかけた言葉。
それはオルビアさんの胸に鋭く突き刺さる。


「航海が無事に終わる保証なんてない。
 いいえ、死ぬ確率の方が高い、敵は山のようにいる過酷な旅。
 ……あなたはそんな旅に娘を置いて行ってしまうの!?」

「………でも、…もう、…決めてしまったの」


今にも崩れそうな様子だった。
母親としての自分と学者としての自分との間で揺れる心にオルビアさんなりに答えをだしたようだ。

母さんがオルビアさんはこのオハラにおいても非常に優秀な学者だと言っていた。

よくはわからなかったが今までの話をまとめると、オルビアさんは何かの調査船にのるのらしい。
そこにはオルビアさんの力が必要なのだが、その旅路は非常に危険で死んでしまう可能性が高い。
口振りからすると、おそらく長期の旅なのだろう。
オルビアさんとしては苦渋の決断として船に乗ることにしたが、母さんはそれに反対だったらしい。


「………そう、…決めちゃったのね」

「………ごめんなさい」

「……このことはロビンちゃんには?」

「………話したわ」

「ロビンちゃんはなんて?」

「……いってらっしゃい。おかあさん、がんばって……って。
 今にも泣きそうな笑顔で必死に……強がりを……言っていた…」

「……そう。……フフっ、あなたの娘らしいわね」

「………そんな……そんなことないわ……こんなダメなお母さんなのに……」


母さんは目を閉じてゆっくりと椅子の背もたれに体重を預ける。


「………わかりました。あなたを説得するのは止めにします」

「……ごめんなさい。シルファー」


「──────ただし条件があります。
 まず、ロビンちゃんはウチで預かります。
 アナタの親戚には悪いけど私は人を見る目には自信があります」


母さんは嘘や陰口を言う人間じゃない。
ロビンの親戚に関してはオレも知っている。
母さんの言う通り、あまりいいイメージは浮かばなかった。


「そしてアナタは絶対に、絶対に必ず生きて帰って来なさい。
 どんな姿になっても、必ず、生きて帰りなさい
 最後にこう言う時はごめんなさいじゃなくて、………… “ありがとう” よ」


それは、優しく柔らかで、全てを包み込むような、ほほ笑みだった。


「…………ありがとう、本当に……ありがとう、シルファー」

「……もう遅いわ、今日は泊まって行きなさい」


この時オレは二人の間に入ろうか迷っていた。
しかし、一瞬の逡巡の後にオレは入ることを止めた。

オレも母さんと同じでオルビアさんには行って欲しくない。
出来るならロビンの側にいて欲しかった。

でも……考えた結果オルビアさんがその答えを出したなら仕方がないとも思った。
当然納得はしていない。
親の都合に子供は関係ない。
でも………オルビアさんがあんなに苦しそうな様子で思い悩んだ末に決めた事ならオレのやるべきことは糾弾ではなく応援なのだと思う。
母さんもたぶん 同じ考えなのだろう。


テーブルに伏せるオルビアさんに母さんが優しく 語りかけた。


「……オルビア、あなたはダメなお母さんなんかじゃないわ。 
 遺跡の調査は、あなたがそうと決めた以上は絶対にやり遂げなさい。
 ロビンちゃんは必ずそんなあなたを誇りに思ってくれるはず…。
 それに、ロビンちゃんは私がしっかりと立派な女性に育てるから安心して、
 だから涙を拭きなさい。────────お母さんなんだから」



この日から3日後オルビアさんは海へと旅立った。
ロビンとの別れぎわに見せた、ためらいや悲しみそして決意が入り混じった表情が印象的だった。
ロビンのほうはオルビアさんの乗った船が見えなくなるまで今にも泣きだしそうな笑顔だった。


船が見えなくなった途端泣き出したロビンをオレといっしょに抱きしめる母さんはとても温かかった。




このとき、ふと思った。
こんなに思い悩んだ果てにオルビアさんが調査したいものとは、────────いったい何なのだろうか?












あとがき

こりずに投稿させていただきました。
主人公の設定が少々特殊ですね。
原作とは少し変わりますご了承ください。
 



[11290] 第二話 「慈愛」 
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/15 22:06
親バカという言葉がある。


子供がかわいくて仕方ないがために
……いろいろとはっちゃけちゃう親のことだ。

いや、すまん少し言葉がおかしいな。

子供がかわいいあまりに
……いろいろとはしゃいじゃうわけだ。

ん? あれ? おかしいか?

いや………間違ってはいないはすだ。

だって、…………………。



「「「ロビンちゃーん!!お誕生日おめでとう!!!」」」


オレの前にいるのは親バカだと思うからだ。
まぁ…悪くはないけどな。












第二話「慈愛」













舞い散る紙吹雪に鳴り響くクラッカー。
貸し切られた図書館内にならべられたパーティー料理の数々。
図書館の職員総手で発せられる大合唱は全てたった一人の子供のためだ。


「えっ!? あっ…あの?」


その当人はさすがに困惑してるみたいだけどね。
まぁ……当然といえば当然だ。
本来は定休日のはずの図書館に連れられて扉を開ければ、いきなりの大歓迎。
さすがに驚いて言葉も出ないだろう。


「ロビン、こっち、こっち」


オレは困惑しているロビンの手を引いて主賓席に座らせる。


「クレス……これは?」

「ロビンの誕生日会だよ」

「そのとおり!!!!!」


突然登場するハイテンションな男。

いきなり叫ぶなびっくりするだろうが。


「今日はロビンの五歳のバースデー!! ケーキあるぞ! ケーキ!!」


テンションを上げるのはいいけどあんたははしゃぎすぎだ。
というかテーブルに乗るな!下りろ!!


今、目の前にいる初老の男性はクローバーといって、
……こんなんでも考古学の権威らしい。


「こんなんとはなんだ!!」

いや……だって。
というか聞こえてたのか。


「カァ―!!! だから、貴様はかわいげがないのだ!!
 もっとロビンを見習わんか、とても同い年には思えんわ!!」


そんなこと言われても困る。
肉体は五歳児なのだがぬぐいがたいほどの自我が顕現しているのだ。


「うるせー。じいさんにかわいがられてもうれしくないってーの」

「こっちこそ、貴様なんぞ可愛がっても面白くもないわ」


なぜかこのじいさんとは仲が悪い。
何でもオレがオレの父親に似ていてムカつくらしい。
知ったことか!!


「……クレス、博士……ケンカしちゃダメだよ……」


「「ごめんなさい」」


ロビンの一言で二人声を合わせる。
オロオロとオレとじいさんが言い争うのを心配していた。

ほんと………………ロビンはかわいいね。



「ちがうのよ、ロビンちゃん。この二人は本当は仲良しなの」


母さんがやってきてロビンの頭を優しくなでる。
ロビンは子犬のように身をよせた。とても気持ちよさそうだ。
実に絵になる二人だった。

だが、母さん……
オレとクローバーが仲良しとは心外です。


「……そうなの?」

「そうなの。クレスはタイラーさんそっくりだから博士もつい興奮しちゃうのよ」



エル・タイラー

オレの父親にあたる人だ 。
父さんはこの島の出身らしい。
母さんは父さんの話をよくする。
……やっぱり今でも好きなようだ。


「ふんっ! バカなことを言うでない、
 顔立ちならともかく性格まで似とるなんてますます気に入らんわ!!」



よくオレと父さんは良く似ていると言われる。

これはどういうことだろうか?

単純に良く似た性格なのかそれとも……………

まぁ……言われる度に母さんが嬉しそうな表情をするのでいいかとも思う。



「落ち着けよじーさん、ロビンの前でみっともねーぞ」

「そういうところが気に入らんのじゃ!!!」


「ほら、仲が良いでしょう」

「……そうなのかな?」






ロビンの誕生日会も終わりオレはロビンと母さんとの三人で家に帰る。

ロビンはオルビアさんがかえってくるまでウチで預かることになった。
正直正解だったと思う。
あの夫婦に預けられてたならロビンはもっと寂しい思いをしてたかもしれない。


「楽しかった? ロビンちゃん?」

「はい! おばさま!」


母さんに笑顔いっぱいに答えるロビン。
本当に嬉しそうでよかった。
ロビンと母さんは仲が良い。
見る人によれば本当の親子にも見えるだろう。


そんな二人をオレはぼんやりと見つめた。






オレは人前で猫を被ることをやめた。
3歳くらいまでは気をつけてたんだけど、急に馬鹿らしくなった。


それも母さんのせいだ。
3歳の誕生日の日にいきなり、


「クレスが変なのは知ってるから気にしないで良いのよ」


と大胆にも言いはなってくれた。

何時から変だとおもってたのか?
と聞いてみたらなんと生まれた時から変だと思ってたらしい。

あれはさすがにびっくりした。

やっぱり普通の方が良かったのかと聞くと、


「うーん私にはそんなこと関係ないかな?
 私がお腹痛めて産んだ子供だし、そんな些細なことはどうでもいいわ」


ここまでくるともう馬鹿らしくなった。

話した。
オレのこと。
オレには生まれた時から“自分”と言うべきものがあって、
一人の人間として完成していたんだと。
もしかしたら本当の息子では無いかもしれないとも言った。

言ってしまった後で、あ~あ、やっちまったって気分になった。
これで後には引けなくなったわけだ。

オレは母さん……いや、シルファーさんの言葉をまった。

今まで図々しくも息子でいたのだ。
いつかは話すべきことが今に成っただけなのだ。
何を言われても受け入れる準備はできていた。


「………そうだったんだ、なるほどね……」

「……本当に申し訳ないと思っています、
 …………出来ることなら……。
 いえ、………なんとお詫びすればいいのか」


オレは誠意を込めて頭を下げる。

三歳児が幼さを感じさせない言葉使いで、母親に対し謝罪する。
傍目から見ればそれは異様な光景だっただろう。

だがオレは深々と頭を下げ続けた。
シルファーさんの顔は見えない。

ただ言葉を待った。


「顔をあげて。…………私はあなたのことを本当の息子だと思っています。
 それは、例えあなたの言葉が本当だとしても変わりません。
 ………私がいてロビンちゃんがいて……そしてクレスがいるこの日々に私は幸せを感じているの」


それは、やさしい、とてつもない慈愛にあふれた声だった。


「私にとってはあなたは、あなた。
 …………あなたの正体なんてそんな些細なことはどうでもいいの。
 だからお願い、このまま私の息子でいてちょうだい」


頭を上げる。
シルファーさん………いや、母さんの顔はとても綺麗だった。






あれから2年
オレは母さんとロビンと三人で変わらぬ日々を暮らしている。

本当に母さんには驚かされる。


「クレスは今日楽しかった?」


夕焼けに照らされながらロビンの手を引く母さんはとても輝いて見えた。


「……まぁまぁかな」


こんなオレが息子になることを許してほしい。

でも、………この人が母親で本当に良かった。













あとがき

クレスと母親の関係は、こうなりました。
ロビンの性格がつかめません。
ほんと、申し訳ないです。
感想版に書き込みをして下さった方々、まことにありがとうございます。
皆さまのご意見、ご感想は、私の力の及ぶ範囲で実現させていただきます。




[11290] 第三話 「訪問者」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:22
「ひっ! ひぃ!!」


半壊した海賊船の上で悲鳴が上がる。
散乱した木片に、まだ新しい赤いシミが付着した。
悲鳴を上げ、また一人海賊が崩れ落ちる。

その胸にはただ一点弾痕のような傷があった。


「殺しはせんよ。貴様なんぞ殺す価値もない」


男がいた。
整えられた髪に顔の左側にある巨大な傷が特徴的な男だ。
男は腕ををまるで刀のように一振りして指先についた血液をとばす。


「まぁ生きる価値があるかと言えばそうでもないのだがね。
 ………そうは思わないか?」

「ふざけんなこの化け物が!!!!」


海賊は怒りと共に手に持った銃の引き金を引く。


「………優雅ではないね」


放たれた弾丸は男へとまっすぐに飛び直撃する。
だが─────


「鉄塊」


───男を貫くこと無くはじかれた。


「まただ!!また鉄みたいに硬くなりやがった!!」

「クソがっ!!これが悪魔の実ってやつか!!」


「別に私は悪魔の実など口にしてはおらんよ。ただ───」


男はゆっくりと後ろに振り返り、腕を無造作に差し出した。
その直後、その腕に向けて巨大な鉄斧が振り下ろされる。

「────厳しい鍛錬の果てに身体を鉄の硬度まで高める術を身につけたのだよ」


斧を受け止めた腕から甲高い、
まるで金属同士がぶつかり合うような音が響いた。


「もういいだろう。こう見えても私は忙しい身なのだよ。
 これからとある島に向かわねばならないのだ。
 直ぐに終わらせるつもりだから、そうだね……
 ─────────────────────────せいぜい絶望したまえ」












第3話「訪問者」












「六式」というものがある。

海軍に伝わる体術で、

「剃」
「嵐脚」
「月歩」
「紙絵」
「鉄塊」
「指銃」

の六つからなる体技だ。
だがそれらを修めるには超人的な身体能力と苦行にも似た修練を必要とし、六つ全てを修めた者の戦闘力は海兵の軍団にも勝るらしい。


なぜオレがこんな話をするかというと……………


「やはり私の目には狂いはなかった。この体技は君のような男に相応しい
 ……………さぁ! 私と共に鍛錬を始めよう!!」


顔の左側に大きな傷のある厳ついオッサンに勧誘されているからだ。


誰だよアンタ?
別に六式なんて興味ねー


てな感じで無視して


今日の夕飯は何だろう?
ロビンはまた難しそうな本読んでんだろうな……
と思いながら家にたどり着いたら………


さっきのおっさんがテーブルで母さんとロビンと楽しそうにお茶を飲んでいた。


「あぁ、お邪魔しているよクレス君。
 いやぁ……シルファー殿の煎れるお茶はまた格別だねぇ」

「なんでだよ!!?」


というか何時の間に先を越されたんだ?













「先程は悪かったね。
 タイラーにそっくりな子供がいたのでつい興奮してしまったのだよ」


はっはっはと快活にオッサンは笑う。
話を聞くと父さんの知り合いらしい。


「おっと!こちらだけが君の名前を知っているというのも失礼な話だね」


するとオッサンは立ち上がり厳つい顔に似合わず優雅に一礼する。


「リベルだ。海軍本部の少将を勤めている。
 君のお父さんの上司だった者だよ
 ……まぁ、今ではタイラーと階級は同じになってしまったがね」

「リベルさんはタイラーさんのお師匠さんだった人なのよ」


母さんが笑顔で補足する。相変わらず父さんの話をするときは嬉しそうだ。


「はい、クレスお茶」


呆然としているオレにロビンがお茶を差し出してくれる。
おをこぼさないように慎重に差し出す姿はものすごい可愛らしい。

……あぁお茶がうまい。


「ありがとう。ロビン」

「どういたしまして」


ロビンは嬉しそうにはにかんだ。

ああ、和む



「…………それにしても、
 海軍の本部って言ったらグランドラインのど真ん中あるんですよね。
 よくこんなとこまでやってこれましたね?」


オレは率直に疑問に思ったことを言ってみる。
オレが身につけた知識では、オレのいる西の海やほかの三つの海とは違ってグランドラインは魔境とも言うべき海である。
それに加えて凪の帯と言う大型の海王類の巣によって挟まれているので、よっぽどの事がない限りグランドラインから出る事は出来ないはずなのだ。


「なに、そう大変な事でもない。
 この地へ向かう政府の船に護衛として乗せてもらったのだよ」

「……………………」

「政府の船だからってここまでこれるもんなんですか?」

「………我々には安全に凪の帯を渡る術があるのだよ。
 もっともさすがに完全ではないがね」

「………海楼石ですか?」

「さすがはシルファー殿、博識ですな」

「海楼石?…………どっかで聞いた気が………」

「固形化した海と言われる鉱物のこと、
 確か悪魔の実の能力を封じる力があるんだよ」

「ほぅ………。そちらのお嬢さんはその年でなかなかの聡明さだね」

「あっ……ありがとうございます」

「ふふ……ロビンちゃんは考古学者のたまごだものね」

「それはまた素晴らしい。君ならきっと立派な考古学者になれるはずだ」

「はい!がんばります!」


元気よく返事を返すロビン。



ロビンの夢は考古学者になってオルビアさんの手伝いをする事だそうだ。
やはりというべきかロビンはオルビアさんの影を追っている。
それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわわからない
………だけどオレは応援しようと思っている。
まぁ、オレなんかが応援しなくてもロビンなら大丈夫だろう。
というかロビンなら後三、四年くらいで博士号の試験を突破しそうだ。



「……本題から逸れてしまったね。話を戻そうか。
 私がグランドラインからここまでやって来たのは、奴との約束を果たすためだ」

「……約束……ですか?」

「あぁ、たわいないものだが、私には全てにおいて優先されるべきものだ」


リベルは滔々と懐かしむように語る。


「私が奴と約束したのは
 この自由で野蛮な時代を生き抜けるように
 ────奴の息子を強く鍛えるというものだ」



「……………」



「……………」



「……………」



「……………」



「…………………へっ?」


えっ、オレっすか?


「タイラーさんがそんなことを…………」

「クレス強くなるの?」

「あぁ、かつてのタイラーのように私が師事するのだ間違いない」

「よかったわねロビンちゃん。クレスが強くなって私たちを守ってくれるわ」

「クレスありがとう。がんばって!!」


いや 、待って
……オレ一言も「やる」とは言ってないけど、
というかロビン止めて、その期待するような笑顔、
ものすごい断りづらくなるから。








「──実はこれはタイラーからの遺言のようなものなんだよ」

「タイラーさんっ!!」

「おばさま泣かないで!」


バカヤロー!!!
逃げ道塞ぎやがった。
オレここでやりませんとか言ったら最低じゃねぇか!!


「……とは言っても、本人がやると言ってくれなくては始まらないのだがね」


それを言うのが遅いわ!
そんな期待するような目を向けやがって、
この状況でオレの出せる答えなんて一つしか無いだろうが!!



かくしてオレはリベルから六式を習うことになってしまった。
……………これからどうなることやら











あとがき

オリキャラ登場です。
すいません。
六式です。
ごめんなさい。

実を言うと主人公に悪魔の実を食べさせることは、
………あまり考えていませんでした。
少なくとも幼少期の時点では、
………食べないかもしれません。







[11290] 第四話 「悪魔の実」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/31 10:08
「六式」の訓練が開始されて一年がたった。

やっと軌道に乗ったと言ってもいいレベルになった。

リベル (敬意など払ってやるものか!!) はオレを強くしたいのか?
それとも遠回しに殺そうとしているのか?

辛い、苦しいなんてレベルの鍛錬じゃねえよ。
正直なところまだ生きている自分が不思議でならない。
自分でも忘れたりするけどオレ肉体的にはまだ六歳児なんですけど。


まぁ、いい…………良くないけど、いいことにする。


一年たって、なんとかまともな生活がおくれるようになった。
と言うか、訓練を始めた頃から半年くらいの出来事が全く思い出せない。
まるで脳が思い出すのを拒否しているかのようだ。
母さんやロビンに聞いてみたら、何故だか顔を逸らされた。


「…………少し気合いが入り過ぎてしまったかもしれん」


と、したり顔で言うリベルのおっさんは殺していいと思うんだ。



これでオレが六式を使えるようになったのかと言うと、そうではない。
オレはまだ技の一つもまともに使えない。
じゃあ、この一年(記憶があるのは半年ほど前から)は何だったんだ!? と言うと、
基礎を作るための基礎トレーニングらしい。

わかりやすく言うと、
六式を使うにあたっての資本となる
超人的な身体能力の苗床となるための土作りというわけだ。


まぁ………これには納得だ。


これから六式というとてつもなく育ちにくい花を咲かせるために
毎日地道に鍛錬を積み重ねると言うわけだ。


途中で投げ出すのも癪だしやるだけやってみますか。













第四話「悪魔の実」













最近ロビンに元気が無い。
普段と何も変わらないように見えて、どことなく陰があるように見える。


母さんに聞いてみたら、ロビンが自分で話すまで待つように言われた。
何やら複雑な問題らしい。

だが、「ハイそうですか」と退く訳にもいかない。
他ならぬロビンのことだ、ほっとくことも出来きない。



しかも最近町で妙な噂を聞いた。
なんでも「妖怪」がどうだとか………。
それもロビンが側を通る度にヒソヒソと………、
この話がロビンと関係がありるのは間違いない。

このヒソヒソにも鬱陶しくなってきたので
その辺にいた生意気な子供を捕まえて知っている情報を吐かせた。

途中でロビンの悪口を言ったので良心的な範囲で ギタギタにしてやった。

六歳といえど六式修得のための訓練をしているオレが
ただの子供に負けるはずもなく、速やかに事はなった。


子ども相手になにやってるのかと思わなくもなかったが……



この子供から聞いた話はかなりオレを混乱させた。

話によるとなんとロビンは悪魔の実を口にしたようなのだ。


オレはいてもたってもいられず。ロビンを探しに走り出した。













ロビンは賢い子供だった。
ただ、知識があるだけではない。
自分の中の膨大な知識を知恵に換えるだけの能力があった。


ロビンは、自分が悪魔の実を口にしたこと知っていた。
そして、その力が自分の周りの人間にどのような反応あたえるかか予測ができた。
そのため、ロビンは人知れず自分の能力の考察をおこなった。


いつもいっしょにいる幼なじみのクレスはリベルと共に「六式」の訓練をおこなっていたため、一人の時間を作るのに問題はなかった。

そのことに少し寂しさをおぼえたが、
能力を把握するためには十分な時間がつくれた。



ロビンが口にしたのは、「ハナハナの実」
いたるところからでも、己の一部を花のように咲かせることのできる能力だ。


ロビンは能力者になったことに喜んだ。
泳げなくはなってしまったが、
自分の能力は様々なこと応用が効く便利な能力だ。


だが、同時にひとつの不安をおぼえた。
もし、母が能力者となった自分を嫌いになったら……


ロビンはそんな考えを否定する。


母はきっとそんな人間じゃない。
考古学の勉強もがんばっているのだ、
母が帰ってきたときはきっと自分も連れってってくれる。


そのときは、クレスやおばさまも一緒だったらいいな………


母と自分、そしてクレスにシルファー、クローバーに図書館のみんな、

ロビンが思い描いた幸せの形とは、










大好きな人たちと一緒にいることだった。













島中を探しまわる。
家にも
図書館にも
ロビンの姿は無い。
思い当たるとこは全部探した。

残っているのは海岸線くらいだ。













ロビンは考えた結果、能力を隠すことにした。
便利な能力ではあったが、生活に絶対必要なわけではない。

そして、能力を使うことで今の生活が変わってしまうかもしれないことを恐れた。

幸いにも、ロビンの能力は自分が使おうと思わないかぎりは、
泳げなくなるだけで、他に変化はない。

隠すことは簡単だった。




だが、ある日その事件はおこった。
きっかけは、簡単な事故。
本来ならば数人が怪我をしたであろう事故。


ロビンは偶然その場に居合わせ、

それを収める能力があった………













日も暮れかけた時、オレは海岸で聞いたことのある泣き声を耳にした。

やわらかい頬を涙で濡らしながらとても寂しそうに泣いていた。
オレはゆっくりと近づいて後ろから声をかけた。


「どうして泣いてんだ?」


ロビンはこんなとこにオレが来るとは思ってなかったのか、
目を丸くした後、走って逃げ出そうとした。


「おい待てよ!」


オレはロビンを追いかけようとした。


「ついてこないで!!」


ロビンが叫ぶ。
その時驚くことがおこった。


腕。
腕が咲いたように地面から現れたのだ。



「………ついてこないで」



絞り出すような声だった。
オレはそれを驚きと共に見つめる。


「…………悪魔の実の能力。やっぱりほんとだったのか」


ロビンはオレと目を合わせないようにうつむいた。

その姿を見てオレはため息と共に地面に咲いた腕を飛び越える。

ロビンが驚いた。
まぁ、オレの身体能力は相当高くなったので、驚くのも仕方がないと思う。
オレはロビンの近くに降り立った。


「もう、日も暮れる、家に帰ろう、ロビン」


ロビンはうつむいたままふるふると頭を振った。


「まだ……帰りたくない」

「母さんが心配するぞ」

「………でも、……まだ…帰りたくない」

「そっか………じゃあ、オレも帰らない」

「えっ!?」

「ロビンが帰るまで帰らない」


オレは冷たくなったロビンの手を包み込む。


「……そんな…そんなの、ずるいよ………クレス」


ずるい……か。

まぁ、そうだわな。
これはロビンの優しさを逆手に取っているのだ。
だが、こうでもしないとロビンは動いてくれそうになかった。


「なぁ………教えてくれないか。どうしてお前は泣いてたんだ?」


「………………………」


やっぱり沈黙か。
まぁ、簡単に話せるようなことだったら、
わざわざこんなとこまで来て泣かないか。


「悪魔の実の事か?」


自分で言っといて違うと思った。
全くの的外れって訳ではなさそうだが事の本質からはずれているきがした。


「…………………ちがう」


案の定、不正解だ。
オレの考えが正しければおそらく悪魔の実の事は引き金だ。
となると………


「──────オルビアさんのことか?」


ロビンの肩が震える。
正解だったようだ。
しばらくの沈黙の後ロビンはすがりつくように語り出した。


「わたし…………お母さんに捨てられたのかな?」


誰がそんなことをっ!!

と叫びそうになったが、踏みとどまる。
世間の目からみれば、そうとられるのだ。


「…そんなことない」


こんな言葉しか浮かばない自分がむかつく。


「今日も言われたの……妖怪って、……気持ち悪い、来るな、
 ─────────だから、捨てられたんだって」


その言葉はロビンをどれだけ傷つけつたのだろうか?

幼くして母と別れて暮らす事になってしまったんだ。
母に置いていかれたこと、そのことで負い目を感じたんだろう。

────捨てられた。

これはロビンが一番不安に思っていることだろう。


「わたし、…………お母さんのこと全然覚えてないの。
 ただ…………お仕事で海に行ってしまった事だけ知ってる。
 やっぱり、こんな私じゃお母さんは嫌なのかな?
 わたしお勉強がんばったの。
 お母さんが帰ってきたら一緒に行けるように。
 ……………でもやっぱり!!」

「ダメなんかじゃ無い」


オレは涙を流すロビンを抱きしめる。
ロビンは優しくて賢い。

優しいから、オレや母さんに寂しさを悟られないように努力している。
賢いから、心配をかけないように悪魔の実のことをや寂しいことを隠そうとした。


「オレはオルビアさんが悩んでいたことを知っている。
 オルビアさんにとってロビンを残して海に出る事は
 身が引き裂かれるほどの事だったはずた。
 ………だからオルビアさんは必ずお前を迎えに帰ってくる。絶対にだ。
 だから、お前のお母さんを信じろ」


ロビンは声を上げて泣く。
オレは泣き止むまでずっとロビンのことを抱きしめた。
そのとき見た、夕日が沈んでいく水平線が無性に遠くて

腹立たしかった。












あとがき

悲しい話になりました。
ワンピースのキャラの過去話はどうも重くて……
ロビンは一味の中でも、とくにつらい過去の持ち主ですよね。

誤字の報告感謝します。
……西をサウスと書いた過去の自分が恥ずかしい。

感想やご意見を下さる皆さまに深く感謝します。



[11290] 第五話 「日常」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/31 10:15
第五話「日常」











「………あつい」


オレは誰に語るでもなく呟いた。


本来、快適な気候のはずのオハラでは現在、約十年ぶりの夏日を記録している。
いつもの過ごしやすい気候はそこにはなく、うだるような熱気のこみ上げる、
快適な気候になれた住人達にとっては地獄のような日々が続いていた。

しかもコレはここ数日だけじゃなくて数週間続くらしい。


「ロビン、お願いだからもっと腕を増やしてくれ」


六式の自己鍛錬を終えたので、
オレはロビンと木陰で涼を取っている。

それだけだったら普通の光景だが、
オレたちの周りにはロビンの“悪魔の実”の能力によって生み出された、
手に団扇を持った腕が十本ほど咲いていた。


………まぁ、たいていの人間だったら驚くだろうが、
オレは見慣れてるので気にしてない。


「べつにいいけど、もう団扇が無いよ」


ロビンもこの暑さには辟易してるのか、いつもより本を読むペースが遅い。


「じぁあいい。それじぁロビンが無駄に疲れそうなだけだし」

「うん、わかった」


ロビンは頷いて、また本のページを読み進める。

オレは容赦なくビームのような熱線を出し続ける太陽をにらめつけた。


「働き過ぎだこのやろう」


気づけばグチを吐いていた。


「……クレス、太陽にグチをいってもしょうがない」


そんなことはわかってるけど、言わずにはいられなかった。


「だいたい何で今日に限って図書館休みなんだよ」

「定休日だから」


「まぁ、そうだけど、
 くそっ、このことは断固クローバーのじじいに抗議してやる!」

「やめた方がいいよクレス、また怒られるわ」

「かまわん! あいつら絶対自分達だけ涼んでんに決まってる!」


もちろん、母さんは別だ。


オレは立ち上がり涼しいしい図書館内部へと突撃を開始することにしたが………


「……止めよう、無駄に汗かくだけだ、めんどくさい」


あまりの日照りの強さに出鼻を挫かれた。


「そんなに暑いなら水浴びでもしたら?」


ロビンがそんなことを呟く、
水浴びねぇ、水浴びつったら海かな?


……いやダメだ。


ここからだと海岸まではそんなに遠くないけどロビンは泳げない。
行くとしたらせめて浮き輪くらいは必要だ。
それだと時間がかかりすぎる。

やっぱりあきらめるか…………ん?、まてよ!


「そうだよ !ロビン!」


オレはロビンの腕を取る。


「えっ!? なに?」


突然声を張りあげたオレに驚いたのか目をしばたかせるロビン、
そんなロビンに考えを告げる


「行こうか!水浴び!」




オレはロビンの手を引き森林の中を海から逆走するように 進んでいく。


「ねぇ……クレスどこに行くの?」


だんだんと濃くなる緑に 少し入り組んだ道。
不安になったのかロビンがオレの手をぎゅっと握る。


「もうすぐだよ」


オレは目の前の枝をかき分け前に進んむ、
そして目的の場所にたどり着く。



「……きれい」



そこには清らかな清流があった。
ここは、オレが適当に散策していたら見つけた場所だ。
ロビンのお気に入りの広場から少し離れた場所にある緩やかな流れの小川で、
透き通るような水が太陽からの光を浴びて水面がキラキラと輝いている。
島から海へと流れ出る河川からの分流なのだろう、
川の流れも穏やかで、水深もオレの膝までもない。


まぁ……当然泳ぐことは出来ないけど避暑にはもってこいってわけだ。


「行こうか!ロビン!」

「うん!」


オレとロビンは小川に向けてかけだした。


それから二人で日が暮れるまで遊んだ。
はじめは涼んでただけたったんだけど、
冷たい水がとても気持ちよくて、気づいたら全身ずぶ濡れになっていた。
ロビンに水をかけたら文字どうり十本の腕で十倍にして返された。
オレもむきになってやり返して二人して笑いあった。




その後、ずぶ濡れのままで帰って母さんに怒られた。


「もう、二人とも賢いんだから、タオルくらい持って行きなさい」

「「ごめんなさい」」


もっともです。
もっと計画的にするべきでした。

ロビンがしゅんとして、うなだれた子犬みたいになってる。
……かわいい


「お風呂沸かしてあるから、風邪をひかないうちに二人で入りなさい」


「はい」


「は………いっ!」


ふっ二人でですか?


「なに変な声出してんのクレス?」

「いっ、いやだって………」

「なに?……ロビンちゃんとお風呂に入るのいやなの?」

「えっ、クレス嫌なの?」


今にも泣きそうな声を出すロビン。


ぬあっ!! 罪悪感がオレを苛む。
と言うかその聞き方は卑怯です、お母さま!!


「いっ…いやっ、そんなことないぞロビン」


苦し紛れもいい声だ。


「じゃあ、問題ないわね。風邪を引かない内に入りなさい」


しぶしぶと脱衣所に入る。
なんだか、ロビンがうきうきしている。


「うれしそうだなロビン」

「うん!クレスとも一緒なの久しぶりだから」


ロビンはするすると母さんに買ってもらったお気に入りの服を脱いでいく。
その姿、羞恥心皆無である。

まぁ…まだ、幼いしね。


「じゃあクレス、先に行くね」


元気よくロビンは風呂場へと向かった。

オレはため息とともに服を脱ぐ。
服の下は自分でも驚くほどの統制のとれた筋肉がある。
これは、六式の訓練のたまものだ。

リベルの訓練は凄かった。
父さんを強くしたと豪語するだけのことがはある。

リベルは神がかり的な手加減ができる人物だった。
オレの限界に合わせて徐徐に、
それもオレが気づかないほどに巧妙に訓練のレベルを上げていく。
訓練の途中に交わす煽り文句や、細部まで的確なアドバイス。
そして、オレの限界をオレ自身よりも熟知している。
リベルほど優秀な師は世界中探してもそうはいないと思う。

始めの半年はオレの身体がリベルの訓練についていかずに
半死半生の状態だったようだが、
最近ではなんとかきつめの訓練後も動くことができる。
リベルの話では、回復力が増したらしい。


まぁ……動けるようになった今でも死ぬほどつらいけどな。


と言ってもリベルはオレに付きっきなわけではない。
仮にも海軍本部少将だ、
本業は海兵なわけで普段はオハラに近い海軍支部で働いている。

なんでも、自ら教導を担当しているらしいので、
この島近海の海賊には同情を禁じ得ない。




服を脱ぎ風呂場へと入る。

なんだか嬉しそうなロビンの提案で、洗いっこをすることにる。
小さな背中をやさしくこするたびロビンが嬉しそうに笑った。
その後にロビンがオレの背中をこすってくれる。
力が足りないのだが一生懸命がんばってくれた。

あぁ……至福のひと時


こうやって幸福に浸っているのわけで……
別にオレはロビンと風呂に入るのが恥ずかしいわけではない。
ロビンがあと十年ほど年をとったら話は別だろう。
でも、まだロビンは幼い。
これで恥ずかしいなら、逆にに問題だ。


問題なのは………












「久しぶりだから、みんなで入りましょう」












あなたなのです。お母さま!!!!



母さんはオレとロビンが二人で風呂に入ると必ずと言っていいほど、
自分も一緒に入る。

この身体は子供なのに心は大人な
奇妙な星の下に生まれたオレの気持ちを考えてほしい。


「家族水入らずっていいわねぇー」






……母さんは着やせするタイプです。






「もう、照れなくてもいいじゃない親子なんだから」













「帰投命令ですか?」


海軍支部の一室でリベルは電伝虫に向かって疑問をぶつける。


「そうだ…………速やかに本部へと帰ってこい」

「何故です?こうもいきなりですと本部からの命令と言えども承伏しかねる」

「理由はない。貴様は命令どおりにすればいいのだ。
 ただでさえ貴様は我が儘がすぎるのだから」

「我が儘だとは心外ですな。私は友との約束を守っただけのこと」


リベルの言葉に皮肉のようなものは一切無い。
それは彼の心からの言葉だった。


「それが我が儘だと言うのだ!!」


だが、電伝虫の向こう側はそうとは受け取らなかった。
電伝虫からの怒声。
リベルはそれを受け流しながらも何か不穏なものを感じていた。


「…………ところで、帰投命令とは誰からの指令です?」

「──────センゴク大将からのものだ」

「センゴク殿からの!?」


リベルはセンゴクと言う名前に驚きを隠せないでいた。

大将“仏のセンゴク”
言わずと知れた海軍の英雄の一人である。

この名前が出た以上リベルが我を通すのも限界がある。
正直なところオハラに来ることには様々なところで無理を通した。
だが、それ以上にリベルは先ほど感じた不穏なものが確信に変わったことに
何かとてつもなく嫌な予感がした。


「………………何も起きなければいいのだが、」


電伝虫が拾うことが不可能なほどの小ささでリベルはつぶやいた。













あとがき

お風呂です。
幼なじみ設定なら一度はやろうと思っていました。
始めは気合を入れて書いてたのですが、
気づけば文章がなんともセクハラな感じになって、
泣く泣く修正するはめに……。



[11290] 第六話 「別れ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/30 22:56
「すまんの皆、少々遅れた」


全知の樹にある図書館の中で最も厳重に閉ざされた地下の一室に、
まるで別人のような固い声を放つクローバーがいた。


「いえ、かまいません。私たちも今しがたに集結したところです」


クローバーに話しかけたのは緊張した面持ちのシルファーだ。


「誰にも見られてはおらんか?」

「はい、皆細心の注意をはらいここまでやってきました」


シルファーの言葉にクローバーは頷く。
だが、彼の顔はいまだに固いままだった。


「…………ロビンには?」


シルファーの顔が苦渋に歪む。
彼女は眼を伏せ、悔いるような声で話す。


「……クレスと一緒に寝静まったのを確認しました
 おそらく、朝までは起きないかと……」

「そうか、………すまなかった」

「いいえ、私もオハラの学者の端くれです。
 博士が気に病む必要はありません……」

「…………そうか。
 もしこれが政府の人間に知られでもしたらただですまん」


クローバーは最低限の光に保たれた室内の中央に目を向ける。

そこには、薄暗い部屋の中にあって、
唯一眩しすぎるとさえ思えるほどの光に照らされた巨大なオブジェがあった。

その眩しさは、照明の光のせいだけで無いのだろうとクローバーは思う。
その光はまるで、毒のように我々を蝕み、
いつか死に至らしめるのかもしれない。

そのオブジェを何人もの学者たちが食らいつくように
全神経をとがらせて調べていく。

部屋にいて、無駄口を発する者は、一人としていない。

己の昂ぶる心音さえ容易く聞こえる、
緊張と興奮に支配された空間。

この中にいる誰もが熱に浮かされたように一心不乱に己の役割をこなす。

その様子にクローバーは誘蛾灯を思い浮かべた。

そして、その考えがあながち間違いでないことに苦笑する。

今までに何人もの考古学者がこの光を求めたのか………
そして、求めたが故にどれだけの命が燃え落ちたことか………


クローバーはその考えを打ち消した。
これはもはや戻ることの出来ない道なのだ。
そして、オハラの学者としては戻ることは許されない。

クローバーも自ら吸い寄せられるように学者たちの中に加わった。




シルファーは同僚たちの様子を少し離れた場所で眺めていた。

おそらく、八年前の自分ならば寝る間も惜しみ研究に明け暮れたのだろう。
そして、今でもその燃え続ける探究心はある。

だが、八年前の自分とは明らかにちがうのだ。

今シルファーの中にあるのはどこか恐怖にも似た背徳感だった。

クレス………
ロビンちゃん………
オルビア………

シルファーは湧き上がる感情を抑えつける。

自分は母親でもあるが、オハラの研究員でもあるのだ。


尊き先人たちの意思は絶対にないがしろには出来ない。


同僚には研究から降りるように進められたが、
誰もが命を賭けている状況で、
それに甘えるわけにはいかなかった。



「─────────ごめんなさい」





その呟きは、彼女しか知らない……











それは隠匿。
空白となった百年。
世界に隠された過去と言う謎。
未来の人々に伝えられるべきはずの歴史。


歴史の本文(ポーネグリフ)が示すもの……………













第六話「別れ」












「すまないが、この地を離れることになってしまった」


申し訳なさそうにリベルは言う。
今までオハラに近い海軍支部に所属していたらしいのだが、
急に本部から帰投命令が出たらしい。
本人はオレの鍛錬が一段落するまでここに滞在するつもりだったが、
本部からの命令に逆らう訳にもいかずしぶしぶと帰るはめになったそうだ。


「おじさん行っちゃうの?」

「……そう、寂しそうな顔をするな。
 人生において別れは常に伴うものだ。
 この世に永遠など無く万物は常に流転する。
 人との別れもまた然りだ。……寂しいのは私も同じだよ」


ロビンはリベルに懐いていたようなのでとても残念そうだ。


「………寂しくなりますね」


やはり、母さんも少し寂しそうだった。


「申し訳ない。こうもいきなりになるとは私も思っていなかった」

「いいえ、いいのです。
 むしろ、こんなにも長く私どものために
 こちらにいらしていただいたのですから」


考えてみれば、そう有り得る事ではないのだ。
グランドラインからはるばる西の海までやって来て
“友との約束”に四年もの時間を消費したのだから。


ロビン、母さんとあいさつが終わりリベルは最後にオレの前までやって来た。




「クレス君………君に話ておきたい事がある。少し時間をくれないか?」




オレはリベルに連れられて少し離れた広場にやって来た。
ここはいつもオレが六式の鍛錬をしている場所だ。
リベルは広場の中央まで無言で歩くと
オレに向かってゆっくりと振り向いた。



「構えなさい、最後の訓練だ」


「───っあ!!!?」


リベルから“何か”が放たれる。
それはもの凄い、
殺気とも異なる強烈な気迫だ。
得体の知れない恐ろしく圧倒される感じがあった。


オレが気を取られている内にリベルが動いた。
それは反射的なものだろう。
曲がりなりにも三年もの間、厳しい手ほどきを受けてきたのだ。
身体がオレを無視するように動き。
いきなり背後から来る殺人的な蹴りつけ回避した。


「よく回避した。今のを避けられる者はそういるものではない」

「そりゃどうも。
 でも、そんな余裕そうな顔で言われても全然嬉しくねー、よっ!!」


オレはまだ未熟な“剃”でリベルに肉薄し胴を目掛けて蹴りを放つ。


「“鉄塊”」


だがそれも鋼鉄のように硬化したリベルには何の意味を持たない。
蹴りを放った脚から鈍い感覚が伝わる。


「相変わらず硬えなクソッ!!」

「君の攻撃はなかなかのものだ。
 今の蹴りならばその辺の海賊にでも十分太刀打ちできる」


リベルは蹴りを放ち隙の出来たオレを掴み、
まるでボールのようにほうり投げた。


「──避けてみよ」


リベルが技のモーションに入る。
放り投げられ、離れていくオレに向かい足を一閃させた。


「“嵐脚”」

「──“月歩”!!」


迫り来る鎌鼬を避けるため、オレは空中で空気を全力で蹴る。
直後、オレのすぐ側をリベルの“嵐脚”が通り過ぎた。
後ろで太刀音と木々の倒れる音がする。
当たりでもしたらひとたまりもなかっただろう。


「だが………それでは、それだけでは意味がない。
 力とは立ち塞がる壁を壊し、己が証を打ち立てる為にこそある」


リベルは“嵐脚”を放った直後、
オレに向かって“剃”と“月歩”によって一瞬で移動した。
速すぎて残像すら霞むスピードだった。


「さぁ、受けてみよ」


空中でまだ満足に身動きできないオレに対し
回避不可能とも言える一撃をリベルは繰り出す。

ただのパンチ。

だが“六式”を難なく扱える程の超人的な身体能力から放たれるのは
鉄槌にも勝る一撃だ。


「“鉄塊”!!」


オレはそれを全力の鉄塊で受け止める。
だが甘かった。
リベルの拳はオレの未熟な“鉄塊”などものともせずにオレを撃ち抜いた。
たかが一撃。
だがその一撃でオレは全身がバラバラになるような衝撃を感じた。


空中から地面へと叩きつけられる。
身体が動く気がしなかった。

リベルが優雅に地面へと降り立ち、オレの方へとやって来る。


「よく私の“覇気”に耐えた……だが、もう身体は動かんはずだ」


覇気………?
良くは分からないが、さっきの一撃で
リベルの言うとおり指一本動かない。


「………タイラーがなぜ死に際に君を鍛えるように私に頼んだか教えよう」


それは、三年間一度も話す事の無かった、オレを強くする理由だ


「力とは残酷だ。必ずといっていいほど優越が存在し、弱者は淘汰される。
 財力、権力、人望、…………力の種類は色々とあるが中でも最も厄介なのが
 最も単純な力………暴力だよ」


悔いるような様子だった。
オレはそんなリベルの言葉に痛みを無視して耳を傾けた。


「暴力とは全てを破壊し、あらゆることを否定する。
 人生をとして積み上げたものも力が及ばないが故に壊される……………」


それは誰のことだと聞くことなど出来るはずもなかった。


「ましてや今は、力こそ全ての大海賊時代。
 力なき者は一瞬にして全てを失う。
 奴は……タイラーはせめて自分の息子には、
 そんな思いはして欲しくはなかったのだよ」


父さんの死に際の願い……
それは、オレが突然襲いかかる理不尽にして圧倒的な力に屈しない男になることだった。


「私の役目は今日で一度終わる。
 ……できればもう少し君を鍛えたかった、
 中途半端な状態になってしまったが許してくれ」

「………許してくれって言われても、
 オレはアンタに十分すぎるものをもらってる。
 オレの方から礼を言いたいくらいだよ」


リベルが虚を突かれたように一瞬呆けた。


「そうか………。ならば私からも言葉を贈ろう。
 力を振るうときは必ずその意味を理解しなさい。
 私がいいたいのはこれだけだ。
 ……君なら理由を説明する必要もなかろう」


リベルはオレに背を向ける。
もはや、なにも言うことは無いと言うことだろう。


オレは倒れて動かない全身に無理矢理力を入れる。
激痛がオレを苛む
やめてとけと、オレに言い聞かせるようだった。
だがオレはそれを無視して立ち上がった。


「グッ!!」


悲鳴が漏れた。
だが、オレも男だ我慢する。


リベルが感嘆したように振り返った。


「ほぅ………“今”立ち上がるか、
 本来ならばあと数十分は動けないであろうに」

「確かにぼろぼろだ、でもな!
 オレにもプライドってもんがある」


歯を食いしばり、オレはリベルを睨めつける。


「あんたにそんな話されたってのに
 倒れたまま見送ったらオレの矜持に反するんだよ!!」


単純な話だ。
力に屈するな

「父親の言葉だ」

とまで言われたのに、
叩きのめされ倒れたままそういった相手を見送る。


こんな格好悪いことがあってたまるか


「………フッ。やはり奴の息子だな君は、
 タイラーもそうして立ち上がったよ……
 ─────ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?
 それは、決して君の手には負えない最悪の事態だ。
 さぁ、君ならどうする?」

「────立ち向かう。
 どんな相手だろうといつか必ず倒す。
 たとえ、それが不可能でもオレはあきらめない!!」

「いい顔だ。それでこそ男だ」


リベルはポケットから何かを取り出しオレに向かって放る。
それは黒皮で出来た手袋だった。


「タイラーが以前に使っていたものだ」


オレは動くたびに痛む身体を無視して手袋を拾う。
手袋は鉄線でも織り込まれてるのか少し重くそして当然のように大きかった。


「今はまだ大きいだろう。
 だがいずれ必ず使えるようになる。
 私はこれを私がこれを渡そうと思うまで渡さないつもりだった。
 だが、今の君にはこれを渡す価値が十分にある。
 好きに使いなさい。
 力とは本来振るうべき時に振るうもの、君が考えそして使いなさい」


オレは頭を下げた。
始めは無理やりだったが今ではやってよかったと思っている。
この人に無性に礼を言いたくなった。


「ありがとうございました」





リベルはグランドラインへと帰った。














それから三ヶ月後、全ては始まった。












あとがき

そろそろ本編にはいりますね。
私程度の力でしっかりと書ききれるか……
クレス、アイテム「父の手袋」入手です。

主人公の強さはW7時のゾロとサンジくらいか少し上が妥当かと思いました。

覇気に関しては、まだまだ早いでしょう。
グランドラインに入るのもまだ先ですしね。

一味との出会いの地点では、
クロコダイル≧クレス>Mr・1
くらいの力関係でどうでしょうか?

秋島かどうかは、
単行本を読み返したとろグランドラインの設定のようでした。
修正いたします。
ありがとうございました。




[11290] 第七話 「血筋」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/10 19:51
今から少し前。

海軍はとある船を襲撃し拿捕した。
拿捕された船は海賊船ではかったが、
海賊行為と同等または、それ以上の悪魔的所行を成すための船だという。


乗組員の激しい抵抗もあり、拿捕した船の乗組員三十三名が死亡。
そして生き残った一名を捕縛した。


だが罪人は海軍の牢獄から脱獄する。
罪人の捕縛を担当した将校の手引きだった。

海軍基地は一時騒然となり、
再度捕縛を試みるも将校の妨害により失敗。



罪人は海へと海軍の船を奪い逃走した。












第七話 「血筋」













最近、ロビンがいつにもまして真剣に分厚い本をを読んでいるなと思ったら、
なんと博士号の試験を受けるらしい。

わずか八歳での博士号試験と言うことで図書館内はどこか浮ついたような空気だ。

母さんはもちろんクローバーや図書館の職員の人達もロビンを応援している。
もちろんオレも応援する。

八歳での博士号試験への挑戦はどう考えても異例だろう。

ロビン本人に聞いてみても記念受験とかではなくて、
試験に受かる気満々だった。

オレはロビンが凄い事は知っていたが、
今一その凄さの意味が解っていなかった。


なので母さんにロビンについて聞いてみたところ、その凄さを思い知った。


ロビンが受けようとしている博士号の試験は
考古学者と正式に名乗るためのものらしく。
受かれば母さん達と机を並べて研究が出来るレベルだそうだ。


オハラでの優秀な研究員である母さんですらも
合格したのは二度目で十八の時だったらしい。


母さんはロビンなら間違いなく合格出来るとも言っていた。


ロビン………すげぇ。


そうだとすれば最近のロビンの勉強に対する打ち込みようにも頷ける。

夜になっても時々、図書館に向かって勉強をしに行くくらいだ。

母さんも最近帰りが遅いとこを見ると、
図書館に残ってロビンの勉強でも見てるんだろう。

ロビンも母さんも頑張ってる事だし、
オレも訓練に気合いでもいれようかね………。













天才


ロビンのことを言い表すのにこれほど的確な言葉もないだろう。

母に似て幼くして優秀な学者の素質を秘めている聡明な子供。


だが、それ故に、
同じ禁忌に強く心引かれたのかもしれない。



ロビンには知りたいことがあった。

考古学について学ぶ内に見えてきた、
百年にも及ぶ空白の歴史。


でも何故か、コレを調べる事は世界の法で禁止されているらしい。


図書館の職員に聞いてもクローバーはもちろん、
力になってくれると思っていたシルファーにまで調べることを禁止された。



だか、ロビンには納得出来ない。
ロビンは知ってしまったのだ。
夜遅くに図書館の職員達が地下の隠し部屋で
自分が禁止された研究をしていたのだ。
そのなかには、クローバーにシルファーの姿もあった。


なぜ自分だけ仲間外れにされるのか………


ロビンは空白の百年が調べられないのは自分が考古学者じゃないからだと考えた。




そして、博士号の試験は行われる。




ロビンはそこで誰もが認める天才ぶりを発揮し
満点合格での博士号突破を果たした。













脱獄した囚人は舵を切る。
船首の向かう先は西の海オハラ。

考古学の聖地として有名な土地。


罪人の心中には様々な思いが渦巻く。

その中で最も強いのは六年前に故郷へと置いてきた愛しい娘のことだ。


今更母親と呼ばれる資格なんて在るはずもなかった。
親しい友人へと預けた愛娘。

例え、もう二度と会うことが無くても
……ただ、元気でいてほしいと願った。


罪人は故郷へと向かう。

故郷には危険が迫っていた。
政府は尻尾を掴んだのだ。
それをやすやすと離すわけがない。


罪人を乗せた船は最大速度で海を渡る。











あとがき


今回は少し短いと思います、すいません。
次から本編突入です。
気合を入れてがんばります。

感想版に書き込みをして下さった方々
まことにありがとうございます。
何よりの励みになっております。

誤字の方修正いたしましたありがとうございます。



[11290] 第八話 「秘密」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:04
照明の消された図書館内にオレはいる。
オレだけではない。
ここには、母さんはもちろんクローバーや職員の人たちが
息を潜めて一人の少女を待ちわびていた。


「おおっ!来たぞ、本を返しに来た模様!全員配置に!!」


クローバーの声で全員が素早く準備を始める。

オレも支給されたあるものを手に持ち構えた。
早くもテンションのあがったクローバーがまたテーブルの上に上る。

あんたそんなにそこがいいのか………

ツッコミたい気持ちをなんとか押さえる。
なぜならもうそこまで来ているからだ。


ゆっくりと扉が開く音がする。
図書館内が暗いことが気になったのか遠慮がちだ。

中に入ってきた。

休みの日でも無いのに人影がないのが気になったのか
おそるおそると言った様子だ。


「こんにちは、クローバー博士借りていた本を………」


その瞬間
オレたちは一斉に手に持ったものを打ち鳴らした。



「「「おめでとう!!!ロビーーーーーーン」」」



鳴り響くクラッカーに舞い散る紙吹雪。
そしてどこか歓声にも似た祝福の声。
もちろんオレも大声で叫んだ。


しばし呆然とするロビン、
そんなロビンにクローバーが代表してこの祝福の理由を告げる。


「先日の博士号試験!!見事満点合格じゃ!!!
 今日から考古学者と名乗ってよいぞ!!!」


ロビンの顔に満面の笑みが広がる。
オレもまるで自分の事のように嬉しくなった。













第八話「秘密」












「よいか、ロビン!!
 考古学者がなんたるかをよく知っておけ!!」


クローバーは今日この瞬間に考古学者となったロビンに向けて、
同じ学者としての言葉をおくる。


「知識とは!!!
 即ち過去である!!!」


クローバーは図書館、
そして内部に納められた大量の本を指し、誇るように両手を広げた。


「樹齢五千年!!!
 この全知の樹に永きにわたり世界中から運び込まれた膨大な文献の数々
 これらは我々全人類にとってかけがえのない財産である!!!」


オレはクローバーの言葉に聞き入っていた。

オレはクローバーのことは気に入らないが、
人としてのあり方は嫌いじゃなかった。

隣を見ると母さんとロビンも同じようにクローバーの言葉に耳を傾けていた。


「世界最大最古の知識を誇る図書館
 この“全知の樹”の下にあらゆる海から名乗りを上げて集まった
 優秀な考古学者達!!
 我々がこの書物を使う事で解き明かせん歴史の謎などありはしないのだ!!」


クローバーがロビンに激励として語ったことは
クローバーや母さんそしてオハラの図書館で働く全ての考古学者たちの誇りだ。
そしてその誇りをロビンにも持って欲しいと言うことだろう。


「よいな!これ程の土地で考古学を学べる幸せを誇りに思い
 この先もあらゆる文化の研究で世界に対し貢献する事を期待している」


最後にクローバーはロビンの頭を誇らしげになでる。
その姿はまるで孫娘と祖父のようだ。

邪魔してやろうかと一瞬思ったが
まぁ……今日くらいは多めに見てやろうと思う。


「博士!私は空白の歴史のなぞを解き明かしたいの!!」


ロビンはなにかを期待するようなそんな笑顔だ。
空白の百年ね………
確かに面白そうな研究だな。

たが、ロビンの言葉を聞いたクローバーはオレの予想外の反応だった。


「なっ!!!い、いかんっ!!!
 それだけは今まで通り禁止だ!!」

「どうして!?
 歴史の本文(ポーネグリフ)を研究すれば
 空白の百年に何が起こったかわかるんでしょ!?」

「ぬおーっ!!
 お前っ!!なぜそんな事まで!!
 さてはまた“能力”で地下室を覗いたな!!!」


訳がわからかなかった。
何故クローバーはロビンの言った空白の百年とやらに
そこまで過剰な反応を見せる必要があるのか?

何時もと様子が違うクローバーに理由を聞こうとしたその時、
オレは母さんに手を捕まれた。
母さんは首を振る。
黙って見守れと言いたいようだ。


「ポーネグリフを解読しようとする行為は犯罪なんだと承知のハズだぞっ!!!」


犯罪行為………どうりでクローバーも焦るはずだ
オレもロビンにはそんな危なそうな橋を渡って欲しくない。

それにロビンは反発するかのように反論した。
そしてその内容はオレを驚愕させた。


「───だけどみんな!!
 夜遅くに地下室でポーネグリフの研究をしてるじゃないっ!!!」


なっ……!!

オレ驚き、母さんの顔を見た。
母さんは青ざめ
ひどく後悔するような顔つきをしている。

もしかして、本当の事なのか………っ!!


「貴様っ!!ロビンっ!!!なぜそんな事まで…………
 どういうことだ!?それも全て覗き見たというのか!!!」

「だって堂々と行ったってお部屋に入れてくれないじゃないっ!!」


ロビンは涙をこらえながらも懸命に反論する。


「だから………ちゃんと考古学者になれたら
 みんなの研究の仲間に入れて貰えると思って私頑張ったのに!!!」


ロビンは寂しかったのだろう。
悪魔の実のせいで町の人間との繋がりが絶たれてしまっている中で、
親しく出来るのはオレと母さんと図書館の人たちだけ。
その中で仲間に入れてもらえないのはとても悲しいことだ。
だから、幼くして博士号の試験に挑戦しようと思ったのだろうか………


「確かに……学者と呼ばれる程の知識をお前は身につけた……
 だか、ロビン、お前はまだ子供だ!!!」

「!!!」


クローバーのことだ、
当然ロビンの心中など察しているだろう……。

クローバーはひざを着きロビンと目線を合わせた。


「我々とて………見つかれば首が飛ぶ
 命を懸ける覚悟の上でやっている事なのだ……
 八百年前…これが世界の法となってから
 現実に命を落とした学者達は星の数程おる……!!
 いい機会だ、教えておくが
 歴史上、古代文字の解読にまでこぎつけたのは唯一このオハラだけだ。
 踏み込む所まで踏み込んだ我々はもう戻れない」


オレはクローバーの言葉に言葉を失っていた。

命がけ

言葉にするのは簡単だが実際にその状況に居るのとは別次元だ、
ここにいる人間はそんな危険を冒しているというのだ。


「全知の樹に誓え…!!
 今度また地下室に近づいたら
 お前の研究所と図書館への出入りを禁ずる!!!」


怒声にも似たクローバーの声に
ロビンは弾かれたように外へと飛び出した。

数分前の楽しげな雰囲気は完全に吹き飛び、
図書館内を嫌な沈黙が支配する。
オレには床に残る紙吹雪やまだ温かいパーティー料理が寂しげに見えた。


「……どういうことだ?」

「………」

「どういうことだって聞いてんだよ!!!」


オレは今すぐロビンを追いかけたい気持ちを押さえつけた。
今はどうしても聞きたい事があったからだ。


「………、お前が聞いた通りだ」

「ふざけんな!!
 それでオレが納得するとおもってんのか?
 命懸けってどういうことだよ!!?」


クローバーは語らない。
膝をついた状況からゆっくりと立ち上がると、
そのままオレに背を向ける。

オレは頭に血が上りクローバーに掴み掛かろうとした。

だが出来なかった。

母さんがオレを留めるように抱きしめたからだ。


「……クレスお願い……なにも聞かないで……」


泣きそうな、いつもの母さんからは考えられない弱々しい声だ。


「……でも、母さんっ!!」

「お願い………今は、ロビンちゃんを追いかけてあげて……」


オレはなんとか自制しようと心を落ち着ける。
精神力の訓練はリベルから受けた。

オレは落ち着きを取り戻した頭に、ふと浮かんだ事があった。


「……六年前、オレが二歳だったころ、
 母さんとオルビアさんが口論しているのを聞いたんだ……」

「………」

「……折れたのは母さんの方だったけど、
 その時のオルビアさんを強い口調で説得する母さんが印象的でよく覚えてる……」

「………」

「次の日にオルビアさんは船に乗って海にでた……そしてまだ帰ってこない、
 …もしかして、オルビアさんが乗ってた船の目的って────」

「それ以上を言うな!!!」


クローバーがオレの言葉を遮った。


「…………それ以上を言うでない……」


やはりそうか………
オレには妙な確信があった。
船に乗るときのオルビアさんの示していた表情はそう言うことだったのか……

じゃあ、オルビアさんは?

オレにはこの質問は聞けなかった………
聞けば何かが終わりそうだった。


オレは抱きしめる母さんの腕をふりほどき出口に向けて歩いた。


「…………ロビンを追いかける」


そのまま振り返ること無く走った。


今日は嫌な日だ。
知りたくなかった事を多く知ってしまった。

クローバーたちを責める事は出来なかった。
もちろん責めたい。
でも、意味が無かった。

オレの言いたい事なんて全部解っているのだろう。
理解もして自覚もしているはずだ。

だからオレが何を言っても変わらないし、
しかも話の限りだと今更戻れないらしいのだ。

オルビアさんの時もそうだったのだろう。

だから母さんは折れたのだ。


まぁ、もうその話は後だ、
今はロビンを探す事が先だ。

幸い海岸に向かったのを聞いた。

なんとかなるだろう……オレは海岸に向けて走った。













「………………へ?」


海岸にたどり着いた。
オレは今とてつも無く混乱していると言っていい。
さっきの展開が衝撃すぎて脳が疲れているのかもしれない。

ロビンの足跡を見つけた。
足跡は浜から逆方向に向かって延びている。


たが、問題はそこじゃない


ロビンのかわいらしい足跡の近くにあるクレーターのような巨大な窪み。
しかもよく見たら足跡だ。
これがまるでロビンを追いかけるように続いていく。


ここから導かれる答えはこうだ。


────ロビンが巨人に襲われ逃げた。


巨人殺す!!
よくもロビンに手を出しやがったな!!


「待ってろロビン!!!絶対に助けてやるぞ!!!」


オレは人生最高速度で足跡を追いかけた。





追いかけて直ぐに

かわいらしいロビンと
凶悪な巨人を見つけた。

オレは脚に全力で力を込める。


「“剃”っ!!」


巨人に向けて高速で移動する。
巨人はロビンに向けて巨大な口を開けている。



────まっ、まさか、あんなにかわいらしいロビンを食べる気か!!



「まてや!!!コノヤローー!!!」


「クレス?」

「んあ?」


オレの叫びに気づいたのか巨人は呆けたようにこちらを向く。
よっかった。
ロビンは、無事だ。

オレは“月歩”を使い巨人の顔面前まで移動する。
リベルほど鮮やかではないが移動するには十分だ。


「鉄塊“砕”」

「────ふがっ!!」

「クレスっ!!?」


オレは硬質化した拳で全力で巨人の顔をなぐった。
大の大人でも気絶させるほどの攻撃だ。
だが、その巨体故か反応は鈍い。

だが、隙は作った。


「────逃げろ!!ロビン!!!」














「────ごめんなさい」


オレ超かっこ悪い。
勘違いだったようだ。

あの後ロビンに事情を説明されて勘違いに気づいた。
オレに説教をするロビンが可愛いと思ったが、
怒られてる立場なので自重する。

巨人のおっさんはかなりいい人だった。


ハグワール・D・サウロ

と言う名前でなんでも漂流してオハラに行き着いたらしい。
なんと言っていいのやら……


まぁ……おかげでロビンが少し元気になったようなのでどうでもいいか。
と言うかこいつ、笑い方変すぎるぞ。












あとがき

原作突入&サウロ登場です。
果たしてクレスはオハラを救えるのか……

シリアスが続きそうです。
作者としてもこの展開を書くのが辛いです。

でも、がんばります。



[11290] 第九話 「どうでもいい」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:13
西の海のある海域にその船はあった。


四つの海とグランドラインにある170カ国以上の加盟国の結束を示す、
十字の四辺と中央に円形の描かれたマーク、
世界政府の旗を掲げた船だ。

その船上に政府直属の機関CP9の長官であるスパンダインはいた。

スパンダインは船上で大きな欠伸を漏らす。
彼にはこれから向かう土地に何の興味もなかった。

そこで何が起きようが、
何が在ろうが、
その地の人々がどうなろうが、
たとえ誰が死のうが、

そんな些細なことは心底どうでもよかった。
彼にとって重要なのは今回の仕事が自分に取ってどれだけ価値があり、
そしてどれだけ出世への足がかりとなるのか、
ただそれだけだった。


「しっかし、めんどくせーなー。
 どうしておれ様がこんなくんだりまで来なきゃなんねぇんだよ。
 ちゃんと出世すんだろうなこの仕事」


己の欲望を隠そうともせずに口にする。
そこには世界を束ねる政府の一員としての自覚は欠片も持ち合わせてなかった。



そんなスパンダインに直属の部下二人は何も言わない。
彼らにはスパンダインの思惑などどうでもいいことだ。
スパンダインとは違い彼らにとって重要なのは
ただ己の力を十分に振るえる機会のみだ。

それさえ満たしているのならば

自身より遥かに劣るであろう上司のもとで働く事も、
何に対して力を振るうかも、
どんな理由が在ろうとも、
そして、誰を殺そうとも、


スパンダインと同じく、どうでもいいことだった。












第九話 「どうでもいい」













サウロが漂着して四日立った。

オレは懲りもせずまた海岸へとやって来ていた。
オレ自身は別にどうでもいいことなのだが、
そのことをロビンに告げると寂しそうな表情をするので、
もの凄い罪悪感にとらわれて、
つい……一緒に行くことになってしまっている。



図書館での一件の後、
母さんとは少し溝のようなものが出来てしまった。
もちろんお互いに努力して歩みよろうとはしたけど、
まだぎこちないように感じる。

ロビンの方も同じだ。図書館の方にも近寄りがたくなってしまったみたいだ。

そのせい…と言うのもあるが、
オレたちは毎日サウロに会いに来ている。
今日はイカダができたそうで海にでる予定だったらしいのだが、
ロビンの為に延長してくれた。


こいつはやっぱり、良い奴だ。



「そういや、クレス、お前さん将来やりたいこととかあるんか?」


ロビンとサウロとでたわいない会話を交わしていた時
唐突にそんな話題を振られた。


「将来か……
 そう言えば考えた事なんて無かったな……」

「なんと!デレシシ!!
 ちびこいのに夢も見とらんのか?」

「うるせー」


夢や将来なんて考えたこと無かったな……
ただずっととこんな日々が続けばいいなんて考えてた。


「ねぇ………クレス」


ロビンがほんのりと頬を染め、ためらいがちに話しかてきた。


「将来やりたいことが事がなかったらね………一緒に……海にいかない?」

「えっ?」

「あの………嫌だったらいいんだよ…。
 ……もし、お母さんが帰ってきて、一緒に海に連れてって貰えたら
 ………クレスも一緒にこない…?」


ロビンはりんごのように真っ赤になってうつむいた。
そして、そわそわと上目遣いでオレの方をしきりに見る。

ロビンの仕草に一瞬オレの全身の時間が止まった。


………これってまさか、あれだろうか?


いや、とオレはその考えを打ち消した。
幼いロビンの事だ親愛の感情はあってもそういうことにはまだ早いだろう。

もしかしたら………とも思わなくも無いが、
まぁ、……いいだろう。


「……お前といくのも悪くはないな」


それは偽りざる本心だ。
将来オレもロビンも大人になったら一緒に海にでる。
オレはさしずめ用心棒と言ったところだろうか……。
個人的には遺跡に探検に行くなら歴史よりもお宝の方に興味がある。
トレジャーハンターなんかも悪くは無いかもしれないな。


「…ありがとう!!!クレス」


ぱぁっと花の咲いたような笑顔だ。
やばい……子猫の百倍くらい可愛い。


「デレシシ!!デレシシ!!デレシシシシ!!!
 いやあ、若いってのはええ、若いってのはええの!!」

「サ、サウロ!」

「照れんことないね、
 おまえさん初めて会ったときより、今の顔のほうがいいでよ」

「……オイ、ロビンを口説くな」

「ク、クレス!!」

「デレシシシシシ!!!仲いいこたぁ良いことでよ。デレシシシシ!!!」


よく笑う男だ。
それでもこいつの笑う理由はけっこう好きだ。


幸せなら笑う
ならば、笑っていればその間は幸せだ


馬鹿らしいまでの理屈だが、そうゆうのは嫌いじゃない。
そして、それを実践しているサウロはすごい奴だと思う。
まぁ…この際、変な笑い方は愛嬌ということで置いておこう。



そのあと、ロビンについての話になった。
ロビンが幼くして考古学者であること。
オルビアさんの後を追って考古学者になろうと思ったこと。

ロビンはあまり他人に自分のことを話したがらない。
ロビンがここまで、饒舌に身の上を語るのは、
その分サウロに対し心を開いているからだろう。



そして話は、“空白の百年”に及んだ。
話の出始めはロビンを止めるべきかと悩んだが、
サウロ相手なら大丈夫だろうと、ロビンには何も言わなかった。

サウロは空白の百年については知っていたようで、
好奇心をみせるロビンをやんわりとたしなめた。
話の内容は物騒だったが、いつものような和やかな会話だ。



だが、歴史の本文をロビンの母親が探していると知ると、
サウロの様子がひどく焦ったようになった。



オレはどこかで達観していたのかも知れない。
たかが歴史だと高をくくっていた。
オレが考えているよりも世界の法はこの問題に厳しかったのだ。
それは、サウロの様子を見て悟った。



そして、サウロの焦りはオルビアさんの名前と
この島がオハラであると知った時にピークに達した。



サウロは過去の自分を責めるようにうろたえる。
さすがに様子がおかしい。
オレは何か嫌な予感がした。

サウロはただでさえ大きい声をさらに高めた。
その内容はオレに戦慄をあたえる。













――――――海軍がオハラの学者たちを消し去るためにやって来た












「久しぶりね、みんな………」


全知の樹内部に設立された図書館の入り口に懐かしい人物が立っていた。
罪人となったオルビアは故郷へとたどり着いたのだ。


「オルビアっ!!」


シルファーがオルビアへと感極まったように抱きついた。


「よく……無事で帰ってきたわね……」

「……シルファー」


オルビアは自分に子供のように抱きつく友人をそっとなでる。
涙が出そうなほどうれしかった。

だが、オルビアはシルファーをそっとひきはがす。
彼女には伝えなければならないことがあった。

オルビアは語る。
海軍の襲撃に遭い調査船に乗っていた自分以外が亡くなった。
そして、政府は殺された者たちの遺品からオハラの調査船だと割り出したのだ。
このままでは、オハラで学者と名乗る者全てが消されてしまうのだ。
オハラから脱出してほしい。
オルビアの切なる願いだった。


だが、オルビアの言葉を聞いて取り乱す者は一人としてこの場にはいなかった。
シルファーを含め学者たち全員があきらめとは別の感情を抱いていた。



それは、―――誇りだった。
オハラの学者としての誇り。
全知の樹に納められた“人類の財産”を守ることへの誇りだった。


「それよりも……気になっている事があるじゃろう?」


クローバーが迫る危険などまるで気にする様子もなくオルビアを気遣う。
オルビアが一番気になっているであろうロビンのことだ。


「………でも、会うわけには……」


しかし、オルビアの反応は鈍い・
オルビアは六年前に娘を半ば捨てるような形で旅に出たのだ。
いまさら、会う資格なんてあるとは思ってなかったのだ。


「そう思ってるのは、あなただけよ。
 ロビンちゃんはとてもいい子に育ったわ
 とても……お母さんに会いたがってる」


シルファーが悔やむオルビアの背中を押す。


「………元気なら、それで…」


オルビアは罪人だった。
世界中に指名手配されていて、一度は海軍に捕まった。
ロビンを“罪人の娘”にはするわけにはいかなかった。


「……………」

「……………」


だが、クローバーとシルファーは知っている。
おそらく……いや、間違いなくロビンにとっては、そんなことどうでもいいのだ。
ただ、会いたい。
そこにはどんな理由も必要はない。

シルファーがオルビアにそのことを伝えようとした時、
入口の扉が勢いよく開かれる。

慌ただしく中へ入って来た学者の一人が世界政府の船がやって来たことをつげた。

学者の言葉にオルビアは銃を持ち
シルファーとクローバーの静止の声をも聞かずに走り出した。













オレはロビンを追いかけ走る。
追いつくことも追い抜かすことも出来るが
ロビンのペースに合わせて走る。
きっかけはサウロの言葉だ



―――今すぐ町に行って異変がねぇか見てくるでよ。
  もしかしたら、お前の母ちゃんも帰って来とるかもしれん!!!



オルビアさんが帰って来ている。
本来なら喜ばしいはずだ。
だが、どうしようもない不安が胸を渦巻きぬぐえない。


「くそっ!!」


苛立ちのままに声を出し。
冷静でない自分を見せつけ自身に認識させる。


ロビンは走り続ける。
体力のペース配分なんてまるで考えてないだろう。
ただ、目の前にあるオルビアさんに会える可能性を考えて走りつでける。

そのとき前方が騒がしくなった。
だが、走ることに夢中なロビンはそのことに気づかない。
やがて、前方の人だかりが割れるように開き

銃を手に持った白髪の女性があらわれた。


「なっ!!」


それはまさしくロビンが探し求めているオルビアさんだった。
六年ぶりに見るロビンに似た端正な顔立ち。
だが、その顔は前方だけを厳しく見据えている。
そしてロビンの方もそのことに気づかない。




ロビンとオルビアさんたった二人の親子は
お互いに気づくことなくすぐそばを通り抜けた……。












西の海のとある海域

「クザン中将!!」

「……何よ」

「もう間もなくオハラへと到着いたします」


クザンはサングラスの奥で無粋な部下をジロリと睨めつける。


「何それ………いちいち人が寝てるの起こしてまで言うことか、クラァ!!!」


海軍屈指の実力者であるクザンは部下からの報告をぞんざいに扱う。
彼の目前には、目的地である島があった。
だが、そのことにさしたる様子もなく、
彼はまた船の甲板に供えられた自分専用の椅子で居眠りを始めた。












あとがき
いよいよですね…
私自身もこれからの展開にはためらいがあります。
さぁ…どうしたものか……

サウロのセリフがおかしいかもしれません
申し訳ないです。



[11290] 第十話 「チェックメイト」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:26
すれ違うロビンとオルビアさん。
そしてその中心に位置するようにオレがいる。
本来ならロビンに今すぐにでも伝えるべきなのだろう。
だがオルビアさんの表情と手に持った銃から察するにただ事ではない様子だ。




───海軍はこの島の学者たちを消すつもりだ




サウロの言葉が甦る
最悪の展開として本当にその可能性が現実味を帯びてきたようだった。
ギリッと砕けそうな程歯を噛みしめる。

今やらなけれならないことは、図書館へと行きサウロの話を伝えることだ。
だが、ロビンが長年待ち望んでいたオルビアさんが
尋常じゃない様子で目の前に現れたのだ
これを捨て置くことなど出来ない。



オレにはいくつかの選択肢があった。


1・ロビンにオルビアさんのことを伝え、一緒に追いかける。

2・ロビンにオルビアさんのことを伝えずこのまま図書館へと向かう。

3・ロビンにオルビアさんの事を伝えずに別行動を取り
  オレがオルビアさんを追いかける。



オレは瞬間的に最後の案を選択した。

図書館にはロビンだけでもたどり着けるし、何よりもオルビアさんが心配だ。
そしてオルビアさんの事は今はロビンに伝えられない。
伝えれば必ずロビンはオルビアさんを追いかける。
銃を持ち出す程の異常事態だ
そうすれば、オルビアさんだけでなくロビンまで危なくなるだろう。
幸いオレはリベルによって鍛えられているので、
その辺の大人よりも強い自身がある。
六式の方も未熟だが六つとも形になっているのだ。


オレは走るスピードを上げてロビンと並ぶ。



「どうしたのクレス?」

「気になることがある先に行ってくれ」

「気になる事って何?」

「いや、ほんの些細な事だ。少しだけ様子を見てくる、
 すぐに戻るから先に行ってくれ」

「わかった!」


サウロの言葉で頭がいっぱいなのか、
ロビンは然したる疑問を持つこともなくうなずいた。

オレはロビンに心の中で誤りつつも、
いつの間にか人混みに離れてしまったオルビアさんを追いかけた。













第十話 「チェックメイト」













「町民に告ぐ!!!この島の学者たちは今!!
 “世界の滅亡を企む悪魔である”との容疑が掛けられている!!!
 よってこれより、島全域を大規模な捜索の対象とする!!!
 その間!!考古学に関係のない者達は自分の身分を照明する物を持ち
 西の海岸の避難船に一時待避せよ!!!」



高圧的な態度で政府の役人達は勧告する。

当然、町民の間から反発の声は出た。
だが、役人達は町民達に取り合う事無く黙殺する。
そのどこか不気味ささえ漂わせる様子は町民達に確かな恐怖を与え、
やがて燃え広がるように感染した。


やがて町民達は我先にと避難船へと向かう。
オハラに考古学者達だけを残して………













オハラの海岸近くの森林で銃声が響く。


「ぎいゃああああああ!!!う、 撃たれた!!畜生ォ!!おれはもうだめだ!!
 ……上層部に伝えてくれ…この長官の座は……おれのせがれに……!!」

「………長官よくごらんなさい。上着を貫通しただけです」

「…おお、そうか……」


スパンダインはオルビアの放った弾丸が自分を傷つけて無いのを知ると
安心し平静を取り戻す。


「……次は外さないわよ」


弾丸を放ったオルビアはスパンダインに静かに警告する。

だか、無謀にも立ち塞がろうとするオルビアに
スパンダインはあざ笑うかのように語りかる。

スパンダインにとってもはやオルビアの事など目的までのついででしか無いのだ。
自分たちは別の目的でわざわざやって来た。
世界中で後を絶たない“歴史の本文”の探索者を捕らえては
オハラとの関係を探す。
長年に渡る捜査により政府は“歴史の本文”の研究をしている確証を得たのだ。
そしてその事実確認のために自分がこうして、遥々とやって来たのだ。



オルビアはスパンダインの言葉の端から的確に情報を読みとり

一つのそして最悪の答えにたどり着いた。





───見せしめ





考古学の聖地であるオハラを叩き潰せば学会での大事件だ。
“空白の百年”を追えばどのような結果になるか
世界中に知らしめる事が出来るのだ。
ならば、なおのこと政府はオハラの学者達を逃がしはしないだろう。
その事実にオルビアは動揺する。


そしてその隙をスパンダインは見逃さなかった。



「───仕留めろ」



CP9長官であるスパンダインの直属の部下達が動いた。
一瞬での出来事にオルビアは全身が硬直し、動けない。
迫りくる痛みを覚悟したとき、

オルビアは襟元を掴まれ地面へと押し倒された。


「「!!」」


役人達の攻撃はオルビアに当たることはなかった。
何故?
と思考する間もなく、役人達の顔面にほぼ同時のタイミングで
鋭い蹴りが叩き込まれた。

あまりの衝撃に身体が宙を舞う。


「な、なんだと!?」


スパンダインは驚愕する。
彼は部下達の実力を知っていた。
“六式”という特殊な体術を使いこなす超人たち。
数多の任務の中で、彼らが膝をつく、
……ましてや、吹き飛ばされるところなど見たことはなかった。


オルビアは地面に抑えつけられた状態でその相手を見る。
その姿は、友人の面影を残した幼い子供だった。


(まさかっ……!!クレス君!!?)

(お久しぶりです。オルビアさん)


それは、娘の幼なじみの少年だった。













タイミングを見計らったかいがあった。
役人達の視線がただ一点に集められたあの瞬間は
介入には考えうる最高のタイミングだったと思う。
実は、オルビアさんと政府の役人達が対峙している間は
じっと気配を殺して隠れていた。
政府の役人の口から語られる事実に驚きを隠すのは至難の業だったが、
何とかなったようだ。


(クレス君、どうしてここに!?)

(町中で銃を持ったあなたを見つけて、ただ事では無いと思って後をつけました)

(そんな危ないことをどうして!?)

(すいません。……話は後です)


オレが何故タイミングを見計らったか、
それはオレが出しゃばることで状況が悪化することを避けることが一つだ。
だが、それはもういい。
役人の話によると後のことを考えている状況ではなくなった。
こうなったら、いかに素早くオルビアさんを連れて逃げられるかが重要になる。


「てめぇら!!こんなガキ相手に何やってやがるんだ!!」


上司らしい男がわめく。
そしてそれに呼応するかのように役人達が何ともないかのように起きあがる。

クソッ………やっぱりか

オレがタイミングを見計らったのにはもう一つ理由がある。
それが、この役人達の強さだ。
オルビアさんに迫った技術で確信した。
上司は別のようだが、
こいつらは間違いなく“六式”使いだ。
それもオレより高位の術者だ。
こいつらとまともにやりやってもまず勝ち目はない。
ならば奇襲における一撃で多少でもダメージを加えようと思ったが、
あの様子ではあまり効果は無かったようだ。


「すいませんな長官。油断しました」

「……………」


飄々とした態度だが、
そこには自分たちに土をつけたオレに対する敵意がありありと見える。
ヤバい……厄介なことになった。
せめて周りが見えなくなるくらい激情でもしてくれたら少しだけ楽ができたのだが、
オレに対する敵意を理性で制御している感じだ。
始めの一撃で少し本気にさせてしまったかもしれない。


(オルビアさんお願いがあります……)

(どうしたの……)

(実はやって欲しいことがあるのです)

(色々と聞きたいことはあるけど………わかったわ、何?)

(それは────────────)


それは、おそらくオレとオルビアさんが勝利しうる
唯一の方法だった。


「てめぇら!!そのガキを始末しろ!!」


役人たちが構える。
オルビアさんにの仕込みを終えたオレも政府の役人に向けて構えをとった。
初の実戦だったが不思議と心は落ち着いていた。
これもリベルのおかげだろうか……
短く息を吐き、身体に火をくべた。


踏み込みは同時だった。
オレと役人達は“剃”によって高速で移動する。
オレは相手二人の中心に向けて、
役人たちはオレを挟撃するように動く。

メガネをかけた役人が先にオレの首筋を目掛けて“指銃”を放つ。
受けたら死亡確実のソレを
オレはそれを身をかがめて回避し、身体を沈めたままの体制を利用して、足払いを仕掛ける。
だが、相手もさる者。それを飛び上がることで回避する。

その瞬間、もう一人のサングラスをかけた男がオレを踏みつぶそうと
上空から襲来する。


「鉄塊“砕”」


“鉄塊”によって鋼鉄化された足による踏みつけ。
直撃すれば全身の骨がバラバラになってもおかしくない。
オレは足払いの回転エネルギーを利用してそれを避ける。

サングラスの男の攻撃は地面へと直撃する。
まき上がる砂礫に土埃。
男の足を中心として地面が砕かれひび割れる。

その破片はオレに礫となって襲いかかる。

「剃っ!!」

地面を縫うように高速で移動しそれを避けていく。
途中よけきれなかった小さな破片がオレを傷つける。
だが、かすり傷。
ほとんど支障はない。

後ろへと引くオレに
メガネの男が追撃するが、首の皮一枚で何とか避けた。



オレは地面に張りつくように常に移動するように心がけた。

相手との力量は開いている。

速度
リーチ
技の質
おまけに、人数まで
ことごとく相手が上だ。


そんな中でオレが勝機を見出したのは
八歳の身体という小ささを利用した“低さ”だ。
飛来する礫を“月歩”や“紙絵”で避けなかったのもそれが理由だ。
上空に上がれば間違いなく落とされ。
足を止めれば捕まるだろう。
そして、一撃、二撃と攻撃を受け自分の考えが間違いでないと悟った。


一撃目は、首筋。
これは狙ったのでのではなく、身長差から首から上しか狙えなかったのだ。

二撃目は、踏み潰し。
これもオレに攻撃を与えるには攻撃手段が足技に限られているからだろう。

そして三撃目も一撃目と同様。


おそらく相手もオレのような相手と戦ったことは無いのだろう。
攻撃に戸惑いのようなものが感じられた。

そしてそれは、もう一つある……


「あんたたちの攻撃は強力だけど、目で追えないわけじゃない。
 オレが武術を教わった人は、あんたらの裕に三倍は速かったね」


これは、まぎれもない事実。
実際リベルが本気を抱出した際にはオレに目視できるスピードじゃなかった。
気づいたら攻撃されてた。
そんなレベルだ。
相手がリベルレベルだったらオレは始めの奇襲の時点で
返り討ちにされ瞬殺されていただろう。

だが彼らは違う。
体技の錬度や質では敵わないが、
オレには彼らの動きが“見えていた”。


「……………………ガキがっ!」

「……………………」


オレの言葉を挑発と受け取ったのか役人達が激昂する。
よし、やっと注意がオレに向いた。
そしてオルビアさんとの位置関係もクリアだ!


「今です!!」


オレは兼ねてオルビアさんと仕込んでおいた作戦を実行する。
正直、オレが役人達と戦っても勝率はかなり低い
おそらく後三分と持たないだろう。
なので、オレは始めからまともに勝負するつもりは無かった。


いつの間にか離れた場所にいるオルビアさんが手に持った銃を構える。


「何かと思えば……弾丸など我々には効かんぞ」


そう“六式”使いには効かない。
だが、そうでない者なら?

オルビアさんは狙いを離れた所で呆けている上司の方に向けた。


「言ったでしょ。──────次は外さないって」


銃から弾丸が放たれた。


「「!!!」」


部下達はオレ達の狙いに気づいたのか動き出す。
だが、もう遅い。
オルビアさんとも上司とも距離は離れている。
おまけに役人同士も離れていてメガネの方は絶対に間に合わない。
この距離作るためにわざわざオレは一歩間違えば殺されるような
格上の相手二人に戦いを挑んだのだ。


「ぎいゃああああああっ!!!てめぇら!!オレを守れ!!!」


上司が飛来する弾丸に身の危険を感じたのか叫びを上げる。
弾丸は上司の心臓目掛けてまっすぐ放たれる。
だが、その直前で“鉄塊”によって身体を硬質化させたサングラスに阻まれた。


「……おしかったな」

「いいや、予想道理だよ」


オルビアさんが弾丸を放った瞬間にオレとオルビアさんは走り出した。
オルビアさんは上司のもとへ
オレは上司の前で立ち塞がるサングラスの男へ


「喰らえ」


オレは“剃”によって加速してサングラスの男に肉薄し
“指銃”のスピードで“鉄塊”で固めた拳を男に向かって放つ。
これは、今オレが使える中で一番強力な技だ。
しかしまだ未完成で性質上動かない敵に直線で向かわなければならない。
だが、今ならその条件は満たされていた。

オレと同時にオルビアさんが上司に向けて銃を振りかぶった。



「────六式“我流”閃甲破靡!!」

「────はあっ!!」



オレの拳とオルビアさんの銃の先端は共に敵の鼻先をとらえた。



サングラスの男から伝わる確かな感触にオレは勝利を確信する。
サングラスの男はまさかオレが攻勢に転じるとは思ってなかったようで、
オルビアさんの弾丸を“鉄塊”で弾いた後に
オレに攻撃を仕掛けようとして“鉄塊”を解いたようだ。
そこにオレの攻撃が命中した。

まぁ……相手の“鉄塊”ごとぶち抜くつもりでの攻撃だったが
正直予想以上の結果になった。
運も実力の内と言うわけだ。



もう一人のメガネの男は仲間が倒されたことに一瞬だけ動揺したが、
瞬間的に標的をオルビアさんに換える。
だが……そんな事はさせない。


「嵐脚!!」


オレは拳を突きだした状況から無理矢理身体を捻り
メガネの男に向かって鎌鼬を飛ばす。


「月歩!!」


それをメガネの男は上空に駆け上がり避ける。
そしてオレの方が厄介だと思ったのか、
空中で足場を作り高速でオレに向かって迫る。


今の体勢の滅茶苦茶なオレではこいつの攻撃を避けられない。
しかし相手はオレだけじゃない。


「動かないで!!」


銃を地面に倒れた上司に向けるオルビアさんによって
メガネの男は硬直を余儀なくされる。


「てめぇ!!何しやが………ぎゃああ、ごめんなさい!!
 畜生!!コイツの言うとおりにしろ!!おれが殺されちまう!!!」


騒ぐ上司をオルビアさんが銃をちらつかせ強制的に黙らせる。
メガネの男は苦虫を噛み潰したように動きを止めた。
恐らくコイツが止まったのはもう打つ手が無いと判断したからだろう。
オレを倒すには人質となった上司が邪魔で、
そしてオルビアさんの方に行くにしても距離があり、なおかつオレが邪魔だ。
もう一人仲間がいれば話は別だったが、そいつは倒れた。


まさに王手──チェックメイトだ。




「私たちの勝ちよ」




そう、オレたちの勝利だ。






メガネの男を安全圏まで下がらせる。
当然上司はオレたちの足下だ。
さっきまで五月蠅かったが
顔の真横を鉄塊を掛けた足で踏みつけると静かになった。

後はオルビアさんと逃げるだけだ。
オレは多少の手傷を負ったが
大きい一撃を受ける前に何とか終わらせられたので許容の範囲内だ。
奇跡とも言っていい。
最後にオルビアさんがフォローを入れてくれなかったなら、
もっとひどい状況になっていただろう。
まさに満身創痍だ。

コレをもう一度やれなんて絶対嫌だ。
正直なところ上司がいなくて部下の役人達だけだったら絶対に勝てなかった。

オレは緊張している全身から力を抜く。
何とかなったと思った瞬間に疲れがどっと出てきた。
まぁ……無理もない。
あっちは様子見のつもりで多少手を抜いてたようだったけど
こっちは限界なんか越えるつもりでやってたのだ。
相手が本気を出す前に終わって本当によかった。



オルビアさんの方もやはり疲れてるみたいだ。
オルビアさんはオレの視線に気づいたのか、
やわらかな笑顔を向けてくれる。
ロビンに似た、でもロビンよりもずっと大人っぽい素敵な笑顔だ。


ヤバい……頬が熱い。
まぁ……いいか…



そろそろ逃げようかとオルビアさんに声を掛けようとした時













オルビアさんの表情が凍り付いた。



「あららら……
 仮にも政府の特殊機関のCP9が、
 こんな女子供にしてやられちゃあマズいでしょうよ」


オルビアさんの声色が絶望に染まる。


「なんで……あなたがここに……!!
 ───海軍本部中将クザン!!!」













あとがき

クレス&オルビアVSCP9です。
どうしたものか……と悩みましたが何とかなりました。
クレスは現在強いようで弱いです。
クレス一人なら間違いなく負けていました。
今回勝てたのは作戦のおかげです。

ワンピースで避けて通れないのは、
「必殺技」です。
やってしまいました。後悔が八割です。

おわかりになったかたがいらっしゃると思いますが……
閃甲破靡(せんこうはなび)です。
クレスの技は花火の種類から取ろうと思います。

ネーミングセンスゼロです。すいません。









[11290] 第十一話 「最高手」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/03/13 12:44
「あらら……
暇つぶしついでに散歩でもしてみれば、
とんでもないもの見つけちゃったじゃない……」


クザンと呼ばれた長身の男の登場により、
オルビアさんはひどく動揺した。

やばい……

オレも背中に流れる嫌な汗がいっこうに引かない。


「まさか、こんな女子供にまんまとしてやられるとはねぇ…」


この場の空気は完全にこの男が支配していた。

───海軍本部中将

やばい……こんな奴に勝てる気がしない……

オレに六式を教えたリベルでさえ少将だったのだ。
単純に考えてこの男の実力はリベルと同等かそれ以上……万に一つも勝ち目は無い。


「ク、クザンさん!!!」


スパンダインとか言う役人が早くも勝利を確信したのか喜びの声を上げる。
それをクザンは胡乱な目つきで見つめた。


「政府の役人ともあろう人が何やってんだか……
メンドクサいけどコレは見逃せんわな」


周りの空気が変わる。
酷く冷たい凍てつくような寒さだ。


「アイスウォール」


突然。
オルビアさんと人質にした長官との間に分厚い巨大な氷の壁が現れる。
高くそびえ立つ氷の壁は人質とオレたちを完全に隔絶し、オレたちは人質のアドバンテージをいとも簡単に失った。


「逃げなさいクレス君!!クザンは“ヒエヒエの実”の氷結人間!!
決して勝てる相手じゃないわ!!」


“ヒエヒエの実”
数ある悪魔の実の中において最強と名高い“自然系”の能力。
“自然系”の能力者は身体を自然変換することが出来るため物理攻撃が一切通用しないと言う。

オルビアさんの言うとおりだ。
この場は逃げるしかない。
だが間違いなく相手はそれを許さないだろう。

そうすれば最悪二人とも捕まってしまう

ならば……!!


「───いいえ、
逃げるのはオルビアさんだけです」

「何言ってるの!?
私が何とかするから逃げなさい!
あなたを捕まえさせる訳にはいかない!!」

「それはオレだって同じです。
オルビアさんを捕まえさせる訳にはいかない
それに、二人とも逃げ出すにはコレしかありません!!」


オレは“速度”に関しては自身がある。
オルビアさんさえ逃げてくれればオレも逃げきれる可能性もゼロではないのだ。


「それでも、確実にあなたが逃げられるなら私がここに残ります」

「ロビンの事はどうするんです!?
まさか、ここまで帰って来て会わないつもりですか!!?」

「今はそんな場合じゃないでしょう!?」

「いいえ!! そんな場合です!!
 ロビンはずっとあなたのことを待ってました!!
 オレも母さんもクローバーも図書館の皆もずっとロビンにあなたを会わせてあげたかった!!
 母親なら子供の為になら傲慢になるべきでしょう? オレは絶対に大丈夫ですから行ってください!!」


オルビアさんは撃たれたように肩を震わせる。
一瞬だがオルビアさんの中で戸惑いのようなものが生まれたようだ。
でも……言葉だけでは説得は難しい。
どんな言葉をどんなに重ねても
オルビアさんはオレを置いて先に逃げられるような人間じゃないだろう。

ならば……


「そろそろ逃げる算段はついたのか?」

「そんなとこだよっ!!」


行動に移すしかない。


「クレス君!!」


オレは“剃”を使いクザンの視界を塞ぐように移動した。


「嵐脚!!」

「あららら……味なまねしてくれちゃって……」


迫る鎌鼬。
しかしクザンは避けよう ともしなかった。
“嵐脚”がクザンの身体を両断する。
だが、氷の固まりのような物がにぼろぼろと崩れ落ち、
地面からまたクザンが現れた。


「行って下さい!! あなたはロビンの────お母さんなんですから」


オルビアさんは苦しそうに唇を噛みしめる。
オレがオルビアさんを先に逃がすまで逃げない事を察したようだ。


「約束して、……絶対に逃げ延びるって」

「もちろんですよ。
 このまま捕まる気なんてさらさらありません」


苦渋の選択を終え。
オルビアさんは走り出した。


「そうはさせん。
 悪ィが……どちらも逃がすつもりは無い」


クザンが大気中から発生させた鋭い氷の矛を放つ。


「アイスブロック“両棘矛”」

「させるかァ!!」


オレはオルビアさんに向かって飛ぶ矛を全力で打ち落とす。
矛を捌き切れなかった腕から血が流れる。
オレは傷ついたがオルビアさんは無事に逃げられたようだ。
オレは一人クザンと対峙する。
まともに戦うつもりはない。
しかし、オルビアさんが安全圏まで離れるまでは時間を稼がなければならなかった。
そして、時間が稼げたとしてもオレが逃げ出せる可能性は低い。
だが……やるしか無い。


「そこをどけ小僧、
 ───悪戯も過ぎると、ただではすまさんぞ 」

「いやだねオッサン、
 ───上等だっての、かかってこいやコノヤロー」










第十一話 「最高手」











政府の強制捜査は図書館にも及ぶ。
貴重な資料を手荒に扱われるのを嫌がる学者達が猛反発するも、役人達は武器をちらつかせ黙らせる。
そしてオハラの考古学者 は全員図書館の前にへと集められた。


そこにはロビンの姿もあった。

クレスと別れ図書館へとやって来たロビンはサウロから聞いた話を伝え、そして、母の行方を聞いた。
必死な様子のロビンに対し、オルビアがここにやってきたことを知る職員達はオルビアの決意をくみ取り嘘をついた。
しょんぼりとするロビンをシルファーが優しく抱きしめた時、政府の役人達がやってきた。
乱暴な役人達にロビンはおびえた。
サウロの言っている事が本当なら大好きな皆が殺されてしまうのだ。
ロビンに対しシルファーは避難船に行く事を勧める。
ロビンは考古学者となったがロビンほど幼ければ誰も学者だとは思わない。
だがロビンはそれを嫌がった。
避難船に行っても優しい人は誰もいないし、何よりクレスがまだやって来ていなかった。












「っ!!」


クザンによって凍らされた手足が焼けるように痛む。
それだけならまだましだったが、だんだんと動かし難くなっていきとうとう動かなくなってしまった。


「もう止めとけ、お前さんの腕は完全に凍り付いた」

「うるせー、大きなお世話だよ」


オレは凍ってしまった腕を庇う。
まだクザンの足止めをして全然時間が経っていない。
オルビアさんの為には後数分が必要だった。
だが、コイツ相手に後何分、いや……何秒持たせられるか分からなかった。


「もう終わりにするぞ」


クザンが動いた。
オレはそれを無駄と思いつつも迎撃する。


「指銃!!」


オレの攻撃はクザンの身体に吸い込まれ………











「───アイスタイム」











オレの意識は落ちた。




自身の能力によって凍りついたクレスをクザンは見つめる。


「リベルの旦那の言う通りだな……
 まさか、………性格までそっくりだとは……」


彼は自分の後輩にあたる男を思い出し口元を笑みに変える。


屈強な心。
どこまでも諦めの悪い目の光。
そして理性で隠した反骨心。


どこまでも、奴に似た少年だ……
クザンは感傷に浸りながらクレスに近づく。


「これから、お前はどうするつもりだ……少年」


「動かないで!!」


クザンは声の主へと振り向いた。
そこには逃げたはずのオルビアが銃をクザンに向けて構えていた。


「あららら……
 コイツがせっかく命張ってまで逃がしたってのに、戻ってくるなんてどう言うつもりだい?」

「確かにさっきは逃げたわ。
 でも、その子があなたに捕まったなら話は別よ。
 子供の犠牲の上にまで立って我を通すつもりも無いわ………その資格もね」

「なるほど……、“最高手に賭ける”それがあんたの最善手ってわけかい」

「……ええ」


オルビアはうなずく。
あの時の最善手は自身を囮としてクレスが逃げのびることだった。
だが、その方法はクレスが先手を打ち拒んだのだ。
ならばオルビアに出来た最善の方法とは、クレスの選ぶ最高手を成功させることだった。


「ふぅん………それでどうするつもりだ?
 はっきり言ってお前さんに何ができるわけでもあるまい?」

「取引をしましょう」

「応じると思ってるのか?」

「それはあなたしだいよ。
 ───私に聞きたいことがあるんでしょう?」










あとがき

青キジ強過ぎますね。
始めて出てきた時は衝撃でした。
やはり青キジ相手では瞬殺でした。
クレスでは絶望的に勝ち目がありません。

オハラ編もそろそろ終わりですね。
この駄文なシリアスにもう少しお付き合いいただければ幸いです。







[11290] 第十二話 「悪魔の証明」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:31
「てめぇらちゃんと仕事してんだろうな!!!」


スパンダインが苛立ちにまみれた声を上げる。
オルビアをクザンの助力によって拘束したスパンダイン達は
オハラの考古学者達を集めさせた広場にやってきていた。

彼は現在屈辱の極みにあった。
政府直属の機関CP9の長官である自分が女子供相手に敗北し、
部下一人が倒され当分動けない。
クザンの助力のおかげで何とか事無きを得たが、
それでもなお傷つけられた彼のプライドは一向におさまらない。

苛立ち紛れにわめき散らそうとも、それは自分の失態を露呈するだけだ。
ならばせめてと、
オルビアとクレスを傷つけることでで憂さ晴らしを行おうとしたが、
何故かクザンによってたしなめられた。


スパンダインはやり場の無い猛烈な怒りを
自分のことを棚に上げ部下に当たり散らすしか無かった。













オルビアは片腕を役人によって拘束されながら、
わめくスパンダインを黙って見ていた。



クザンによって確保されたクレスの為に
オルビアは自らの身と情報を差し出す事を約束し、
クザンはそれを承諾した。

クザンに何の思惑があったかはオルビアには分からなかったが、
二人の間に取引は成立した。


オルビアの身柄はスパンダインが預かる事になった。
スパンダインは怒りの赴くままオルビアを痛めつけようとしたが、
クザンによって阻まれる。
スパンダインは逃亡の可能性を示唆し、
動けないようにするべきだと進言するが、
クザンは不要だとはねのけた。


結局はスパンダインがほぞを噛む形となり決着がついた。


そして、オルビアはスパンダインに連れられて全知の樹までやって来た。


そこではやはり政府による強制捜査が行われていて、
学者達は全知の樹の前の広場にへと集められていた。
政府の手は確実に首もとへと伸びており
後はただ上手くやり過ごす事を祈るだけだった………

そんな中、オルビアは集められた学者達の中に
不安そうな表情をした少女を見つける。


(…ロビン、大きくなったのね………)


六年前に半ば捨てるような形で置いていった自分の娘。
こんなにも愛おしさが溢れてくるなんて思ってもいなかった……
抱きしめたい、だがそんな願いも今となってはもう叶わなかった。
オルビアは溢れ出そうな涙を必死で抑える。
自分がオハラの関係者であることを悟られる訳にはいかなかった……












オルビアが役人に連れて来られたことに
シルファーは他の学者達と同じく悟られはしなかったものの大きく動揺した。
オルビアには大きな怪我も無さそうでひとまず安心したが、
そこにクレスがいない事に何かとてつもなく嫌な予感がしたのだ。

杞憂であって欲しいと願う。

しかし、ロビンの話によるとクレスはオルビアを追った可能性が非常に高いのだ、
そしてクレスの性格を考えるとオルビアを助けようとしたはずだ……
だがオルビアは役人に捕まり、クレスは不在。
最悪の答えが一瞬頭を横切るが、それを必死に否定した。


(……クレス、無事でいて………)










第十二話 「悪魔の証明」













図書館内部で爆発音が響いた。
学者たちが動揺する。
ただの強制捜査では無い、今までに類を見ないほどの強硬捜査。
一切のためらいの無い無慈悲な行動。
目的のためには手段をも選ばないその行為には戦慄すら感じた。



このままでは、……



学者たちがそう思い始めたとき、




『────発見致しました!!!
 地下に部屋があり
 “歴史の本文”と見られる巨大な石と明らかな古代文字の研究書類が!!!』



悪魔の証明はなされた。



「ムハハハハハハ…!!
 さて、忌まわしきオハラの学者達よここに貴様らの
 ────────“死罪”が確定した!!!」


オハラの学者たちは、咎人となったのだ。













深いまどろみの中にあった。
ひどく凍てつくような、深淵。
抜け出す術は無かった。


ヤバいなぁ……


自分の状況は何となくわかる。
自分はクザンに敗北したのだ。


これが力の壁か…と実感した瞬間だった。

まさか、傷一つつけることが出来ないとは思わなかった。


オルビアさんを逃がして、
どうしてもロビンに合わせてやりたかった。

だが、オレが負けてしまったならおそらく……駄目なんだろう。

クザンと対峙した時点で勝負は半分詰んでいたようなものだ。
そこからもう半分の勝機をオレは手繰り寄せらられなかった。


終わってしまったことだと諦めるには少し悔しすぎた。


まぁ……もう仕方ないんだけどね……

とりあえずこの状況をどうにかしなくてはならない。
と言っても何ができるわけでもない……













「────────────────────────」











は?
誰だよあんた、何か言ったか?














「クレス起きるでよ!!」

地鳴りのような振動が全身に響いてく
オレはまだ重い瞼を開けた。


「………サウ…ロか?」

「おおっ!!起きたんか!!
 なかなか起きんから心配しとったんでよ!!」

「ここ…は?」


オレは周りを見渡した。
オレは巨大な手に包まれていた。
どうやらサウロの手の中にいるようだ。


「いったい何があったんか!?
 えらいことが起こったんで急いで走っとたら
 道端にお前さんが倒れておったんでよ!!」

「……お前が助けてくれたのか………あの状態をどうやって…
 いや、いい…そんなの後だ。
 それよりもえらいことが起こったって言ったな。何があったんだ?」

「それが、海軍の軍艦がそこまでもうやってきとるんでよ………!!」













「死ぬ前に“五老星”と話をさせろ!!
 ──この考古学の聖地オハラが長きに渡り研究をし続け
 夢半ばながら“空白の百年”に打ち立てた仮説を報告したい!!!」


クローバーは世界最高権力である“五老星”に
オハラの学者達が命をかけて究明した仮説を語る。
それは、今日この場で命を散らすオハラの考古学者達の最後の意地だった。




────過去の人々が何故わざわざ硬石のテキストを使い
その歴史を未来に伝えようとしたのか?

それは、歴史の本文を残した人々には“敵”がいたからだ。

その者達が何らかの理由で滅亡したと仮定するならば、
それに勝利した“敵”はその後も生き残っているはずである。

そして奇遇なことに“空白の百年”が明けた800年前に
ちょうど誕生したのが、現在にいたる“世界政府”。


ならば、こうは考えられないだろうか………


“滅びた者達”の“敵”が現在の世界政府ならば、
“空白の百年”とは世界政府によってもみ消された
不都合な歴史じゃないだろうか?

そして“歴史の本文”を読み取ることによって
一つの巨大王国の姿が浮かび上がった。

おそらくは“世界政府”と名乗る連合国の前に敗北を悟った彼らは
決して砕けぬ硬石に全ての真実とその思想を託した。
それこそが、現在に至る“歴史の本文”ではないのか?

古代文字によって呼び覚まされると言う“古代兵器”は世界の平和を脅かす。
だが、それ以上にその王国の“思想”と“存在”が
世界政府にとって脅威となるのではないか?────────────



「その脅威が何なのかは解き明かさなければわからんが
 全ての鍵を握るその王国の名は──────」

「──消せ」


思わずクローバーに呑まれていたズパンダムが
五老星の言葉に銃の引き金を引いた。


乾いた音が響き


クローバーは崩れ落ちた。













あとがき

ごちゃごちゃと視点の変わるわずらわしい文章ですいません。
もう少しスマートな文章が書きたいです。

青キジによって結局は原作と同じ展開になってしまいました。
私もこの展開で良いのかと少し後悔しています。
ですが、何とかがんばって書ききりたいです。

クレスの聞いた声は誰だったのか?
一応は複線のつもりです。

次もがんばります。
ありがとうございました。








[11290] 第十三話 「お母さん」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:40
─────オハラは知りすぎた……


嘆くような五老星の声とともにスパンダインに一つの指令が下される。


─────攻撃の合図を出せ誰一人逃がしてはならん……!!



海軍本部の中将が指揮する軍艦10隻を招集する
無慈悲にて圧倒的な力を振るう権力の権化
正義の名の下に行われる制裁



“バスターコール”の合図であった。













第十三話 「お母さん」













ロビンの胸には何か靄にかかったようなひどくあいまいな予感があった。
大切なものが見つかりそうな予感。
手を伸ばせば届きそうな……そんな思いだ。

シルファーに引き取られてもその思いはあった。
幼き頃の温かな記憶とぬくもり。
大好きだったはずなのに何故か忘れてしまったその姿。
積み重ねる日々において埋没してしまいそうな感情。

でも、いつも忘れたことは無かった。

ロビンにとってそれは決して風化するものではない。
たとえどんなに離れても、
たとえどんなに時が経とうとも




ロビンは母のことを思い続けていた……




ロビンの前でオルビアが役人によって乱暴に連行される。
オルビアの艶やでやわらかい白髪にほっそりとした姿
その姿にロビンは心の奥底にある母の姿を一瞬思い描いた。



周りの喧騒はいつの間にか聞こえなくなった。



その姿を見た瞬間から、自分の心の奥が急かすのだ。
沸き立つような感情をロビンは抑えられなかった。


「お母さんですか……?」


よみがえる昔の記憶。
シルファーとクレスと共に見送ったその後ろ姿。
本当は行って欲しくなかった。
でも、母の夢を応援したくて我慢したのだ。

シルファーやクレスは優しいし、
クローバーや図書館の人達も大好きだ。
悪魔の実のせいで町の人間には嫌われてしまったけど、
皆がいたから幸せだった。
……でも、そこに母の姿は無かった。

考古学も頑張って勉強した。
母がいつか帰って来た時に、一緒に海に連れってもらうためだ。


「私の……お母さんですか!?」


ロビンの目から涙がこぼれ落ちる。
それでも、離れていく母の面影を必死で掴もうとした。


「いいえ、………ごめんなさいね。人違いだと……思いますよ……」


だが、無情にもオルビアの言葉はロビンを突き放す。
ロビンからはオルビアの背中しか見えない。
それでもロビンは諦めることができなかった。


「私!!!ロビンです……!!!
 大きくなったけど……私を覚えてませんか!?
 ずっと、ずっと帰りを待ってました!!!」


ロビンの言葉にオルビアは泣き崩れる。
声を出さないように必死で口元を押さえ、肩を震わせた。
どうしようもなく自分は罪深い人間だった。


「本当に…お母さんじゃないですか?」


ロビンはいつかの記憶を思い返す。

手をつなぐ仲の良い家族を見た時だ。
寂しそうなロビンを気遣ってか
クレスがロビンの右手を、
シルファーが左手を握ってくれた。
とてもうれしかった。


だから、本当はこんなこと考えてはいけないのだと思った。



……ロビンは誰よりも母に手を握ってほしかった。



「いつか…手をつないで一緒に歩いてほしいから………
 私!!一生懸命勉強して考古学者になれたの!!!“歴史の本文”も読めるよ!!!」


ロビンの言葉に周りは動揺する。
だが、そんなことロビンには関係ない。
もうその姿を失いたくなくて流れ落ちる涙をぬぐおうともせず必死で呼びかける。


「だから一緒にいさせてお母さん!!!
 もう……置いていかないでぐだざい!!!」














『“バスターコール”を発動する!!
 一斉砲撃開始────考古学の島“オハラ”その全てを標的とする!!!』




絶え間なく響く砲撃音。
発射、着弾、爆発、破壊
その工程が雨のように降り注ぐ砲弾によって
悪夢のように行われる。

人々の怒号と悲鳴その全てを打ち消すかのように
圧倒的な力が蹂躙する。



『オハラに住む悪魔たちを抹殺せよ!!!絶対正義の名のもとに!!!』













敵味方の判別の無い攻撃はオハラにいる者全てに降り注いだ。


「畜生!!何だこりゃ!?おれ様を殺す気か!!
 おれ達がまだ島の外に出てねぇだろうがよ!!!」


スパンダインは迷うことも無く撤退を選択する。
この際、オルビアやオハラの学者たちなどどうでもいい。
何よりも自分の命が先決だ。

部下がオルビアの娘だと言う子供を指して考古学者だと言う。

もうそんなことはどうでもいいのだ。
“バスターコール”は発動したのだ。
この島にいる限り生き残れはしない。
今は顔だけ覚えてほおっておけばいい。

スパンダインは政府の船に向けて走り出した。












スパンダインがいなくなったことによりオルビアは自由になった。
自分の娘に背中を見せつ続けるオルビアにロビンは近づく。

ロビンはオルビアの汚れてしまった手をその小さな手で握った。


「こうしたかった……ずっと……」


オルビアはこらえきれなくなった涙を流し、
ロビンをぎゅっと、やさしく抱きしめた。


「ロビン…!!!」

「………お母さん……!!!」


六年ぶりの母の胸はとても温かかった。













シルファーとクローバーは二人を離れた所から見つめていた。
やっと再会できた親子を祝福したい気持ちはあった。
でも、状況はそれを許さない。


「わしのせいじゃ……ロビン“歴史の本文”が読めると言うのは本当か?
 わしがちゃんと目を光らせておけば………」

「ごめんなさい、オルビアあなたからロビンちゃんを預かっておいていて……」


もはや、責める必要も責める気もないが、
ロビンは禁止されていたことを犯してしまったのだ。


「ごめんなさい……どうしても私……」

「そんな事も出来るようになってるなんて……本当に驚いたわ
 たくさん頑張って勉強したのね。
 誰にでもできる事じゃない……すごいわロビン!!」


ロビンはオルビアに強く抱きつき泣いた。
悲しいからではない、
母に褒められたことがどうしようもなくうれしかったのだ。
ロビンはもう母から離れないようにオルビアを強く握った。













オレはサウロの手に乗って全知の樹へと急いでいた。
海軍の攻撃が始まったのだ。
どうしようもない不安に駆られる。
ロビンは、母さんは、オルビアさんは、クローバーは、図書館の皆は、
大丈夫なのか?

サウロは大きさに比例して足も速く
砲弾の降り注ぐ中を全速力で進み全知の樹へと到着した。


オレはサウロの手の中から外を見る。
そこにはオルビアさんとロビンの姿があって
二人はお互い涙を流しながら抱きしめ合っていた。

よかった……再会できたのか

うれしさにオレまで涙だ出そうになった。


「ロビン!!ここにおったか探したでよ!!」

「サウロ!!クレス!!」


ロビンが涙目でオレ達の名前を呼ぶ。
その手はやはりオルビアさんを握りしめていた。


「クレス君!!無事だったのね!!」

「えぇ、すいません。負けてしまいました……
 それよりもロビンと会えたんですね。本当によかった」


オレはサウロから飛び降りロビンとオルビアさんへと近づいた。
そしてロビンの頭をやさしくなでる。


「よかったなロビン、お母さんに会えて……」

「……クレス…、うん、ありがとう!」


目に涙をためながらもロビンはうれしそうな笑顔を返してくれた。


「クレス!!」


オレは走って来た母さんに抱きしめられた。


「……こんなにボロボロになって……、心配したのよ……」

「……ごめん、心配かけた」


オレは母さんを抱きしめ返す。

砲撃の音は響き続ける……
この温もりが感じられるのはもしかしたら後少ししか無いのかも知れない……
でも、今だけは何も考えたく無かった。


母さんはオレを抱きしめる腕を緩める。
そして、オルビアさんと何かを確かめ合うように視線を合わせ、
お互いにうなずいた。


「サウロお願い……!!、この子達を必ず島から逃がしてあげて……!!」

「私からもお願いします。どうか、この子たちだけでも……」


オレは母さんとオルビアさんの言葉に猛烈に嫌な予感がした。
状況が許さないのは分かる。
だけど……オレにはその選択はありえない。


「“だけ”ってちょっと待て!
 その言い草だと逃げるにはオレとロビンだけみたいじゃないか……!
 母さんとオルビアさんはどうするんだよ!?」

「いやだよ!!お母さんもおばさまも一緒じゃなきゃやだよ……!!」


オレとロビンは互いに母親へと詰め寄った。
だが、母さんもオルビアさんもその決意を変えようとしなかった。


「お前さんたち……!!」

「私達はまだ……ここでやる事があるから」

「お母さん!!離れたくないよ!!やっと会えたのに!!私もここにいる!!」

「オレも嫌だ!!そんな事はしたくない……!!」

「……だめよクレス、言うことを聞いて。
 貴方たちは生きなくちゃだめなの……」

「オレだって死にたいわけじゃない!!
 でも、二人を……!!クローバーや図書館の皆を置いてなんか行けない……!!」


気づけばオレは涙を流して訴えていた。
どうしても現実を認めたくなかった。


「だって母さんだぞ!!
 こんな訳の分からないオレを息子として愛してくれた母さんだぞ!!
 それが、こんなとこで突然オレ達を生かして自分は死ぬなんて言い出すなんて……っ!!
 オレはただ母さんに甘えて、……まだ、何も返せてない
 リベルから教わった“六式”だって母さんやロビンや皆を守るために使いたかったんだ……
 それが……、それがこんなことがあっていいのかよっ!!」


「黙って言うことを聞かんかクレス!!」

「……クローバーっ!!」

「我々はもう既にに標的となって助からんのだ!!
 ワシらはここで死ぬ。それはもはや揺るがない!!」

「まだ分からねぇだろうが!!」

「貴様だって分かっとるはずだ!!
 海軍の艦隊がこの島を取り囲んどる!!
 もはや逃げる術すらないのだ!!」

「っ!!」


そんなこと言われなくても分かってる……!!
だけど、諦める事なんてできないんだよ。
どうしてここの学者たちは逃げようとしないんだ!?
皆使命に動かされるような顔をして、迫りくる死に戸惑いすら無い。


「ロビン、クレス君…聞きなさい……。
 オハラの学者なら皆知ってるの……
 “歴史”は人の財産。
 それは、あなた達が生きる未来をきっと照らしてくれる」

オルビアさんの言葉を母さんが受け継ぐ

「だけど過去から受け取った歴史は次の時代に引き渡さなくちゃ消えていくの
 だから、ここにいる学者たちはたとえ逃げる手段があったしても、
 ここでこうして、本を守り続けるわ。
 オハラは歴史を暴きたいんじゃない、
 過去の声を受け止めて守りたかっただけ」


────────私達の研究はここで終わりになるけれど、たとえこのオハラが滅びても……












「「あなた達の生きる未来を私たちが諦めるわけにはいかないっ!!!」」












……っ!!
オレは唇を血が出るほど噛みしめた。
オレだって今すべき事くらい分かる。
でも、それが正しいなんて絶対に思いたく無い
でも、……


「お願いクレス……ロビンちゃんを守ってあげて。
 何があってもその手を放さないで………!!
 あなた達さえ生きているならば、私達に後悔なんてないの」


母さんはいつの間にかロビンと同じように母さんを離すまいと
母さんを握っていたオレの手をやさしく引き離した。


「さぁ、行って!!サウロ!!」


母さんと同じように、すがりついていたロビンをオルビアさんが
引き離し、サウロへと引き渡す。
ロビンはオルビアさんと離れてしまうことに、必死で抵抗するが、
サウロの手を逃れることはできなかった。


オレはうつむき母さんの傍を離れた。
拳を限界まで握りしめて、

その拳で全力で自分の顔を殴った。


「!!」


母さんの息をのむ声が聞こえた。
口の中に広がる苦い鉄の味。
そしてにじむような鈍い痛み。
オレは自分の心を叩き直した。
弱いオレでは…もう、この選択しかないのだ。


オレは母さんに向き直り深く頭を下げた。


「いままで、本当に、本当に、ありがどうございまじだ………!!」


クソっ……
口が震えて声がまともに出せない。
今くらいカッコつけさせてくれ……


「当然じゃない……あなたは私の自慢の息子なんだから……
 泣かないで前を向きなさい、男の子でしょう」


こんなオレに母さんはやさしく微笑みかけ、
涙を流すオレを強い瞳で見つめてくれた。



オレはサウロの手の中でぐずるロビンの横へと移動する。
そして、ロビンの身体を強く抱きしめた。
ロビンはオレの腕の中でも必死に抵抗する。
それをオレはただ強く留めていた。










「生きて!!!ロビン!!!クレス君!!!」

「絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!」



オレとロビンを見送る母さんとオルビアさんに
オレは何もしてあげることができなかった。












あとがき

ワンピースの原作を読んでこの話を書いているときに
自分の文章の稚拙さを強く認識しました。
私程度では、この壮大な世界を描きつづることはできないんだなぁと
半ば当然のように思っています。

このような駄文でよろしければもう少しだけこのシリアスにお付き合い下さい。
ありがとうございました。



[11290] 第十四話 「ハグワール・D・サウロ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/09 19:55
「ぬおおおォオ…!!
 こりゃワシを狙って来とるでよ!!」


巨大な的と成りえるサウロに向かって戦艦からいくつもの砲弾が放たれる。
降り注ぐ砲弾の中をサウロは手の中にオレとロビンを納めて走った。


「クレス!!……サウロ!!
 お願い引き返してっ!!」


サウロに包み込まれた手の中で更にオレに抱きしめられているロビンが涙ながらに訴える。


「………ダメだ………母さんやオルビアさんの決意を無駄には出来ない…!!」


オレだって本当は引き返したい。
だけど、もう引き返しても何も出来ないのだ。
オレとロビンは生きろと言われた。
ならば絶対に生き残らなければならない。


「誇れ!!ロビン!!クレス!!
 お前さんらの母ちゃん立派だで!!オハラは立派だでよ!!」


そんなことは十分に分かってる。
サウロの言う通り母さんとオルビアさんは立派だ。立派すぎる。
自分の命と引き換えに、
オレ達の命そしてオハラの学者としての誇り
その両方を守ろうとしているのだ。


そして、その選択に一瞬の後悔も逡巡も見せなかったのだ……!!


「この島の歴史はいつかお前さんらが語り継げ!!
 オハラは世界と戦ったんでよ!!!」


忘れるものか、
途絶えさせるものか……!!

母さんやオルビアさんそれにクローバーや図書館の皆の
戦いをオレは絶対に無駄になんかしてたまるか!!


走るサウロに砲弾が一つ迫った。


「!!?」

「あっ!!」

「クソッ!!」


オレはロビンを砲弾から守るために全身に“鉄塊”をかける。
サウロは砲弾が命中するにも関わらず
自分をかばう事無く、オレ達を乗せた手のひらを砲弾から遠ざけた。

着弾と爆音。
砲弾はサウロへと着弾した。

肌に熱風が伝わるが怪我などは全くない。
サウロが守ってくれたからだ。


「……!!すまん……びっくりさせたでな、
 …ちょっと…待っとれ……」


サウロはオレとロビンを地面へと下ろすと、
顔に受けた砲弾による痛みに構うこと無く
岸にある軍艦に鋭い視線を向ける。


「アレか…あんな岸から…
 二人が傷ついたらどうするんだで………!!」


サウロは軍艦に向けて走り出した。

まさか…軍艦と生身で戦り合う気か!?


「やめろ、サウロ!!」

「やめてーー!!サウローー!!」


サウロは軍艦を掴む。
動揺する海兵達をよそに恐るべき怪力によって軍艦を持ち上げた。


「覚悟せぇ…ワシを敵に回すと……ただじゃすまんでよ……!!」


サウロは持ち上げた軍艦を近くにあるもう一隻の軍艦に向けて投げつけた。

軋み粉砕される船の音が離れたこちらまで聞こえる。
サウロは軍艦相手に暴れ続ける。
海兵達はサウロに対し手に持った銃や、軍艦に備えつけられた大砲で反撃する。
しかしサウロの攻撃は身体にいくつもの砲撃を受けてもひるむどころか、
むしろ激しさを増した。


「サウロやめろ!!これ以上はお前がヤバい!!」

「そうだよ!!もやめて!!死んじゃうよ!!」


オレとロビンは必死でサウロに叫びかける。
母さんオルビアさんに続きサウロまで命をかけて
オレ達を守ろうとしているのだ。


「今のうちに避難船に逃げるでよ!!この島におっては助からん!!」

「でも、サウロ……!!」

「クレス!!ロビンを連れていくでよ!!」

「ロビン!!」


オレはロビンの腕を掴む。
そして半ば引きずるように走った。
ここでもし避難船に乗れなかったら逃げる手立ては無くなってしまうのだ。












第十四話 「ハグワール・D・サウロ」












オハラへの攻撃はとどまることなく激しさを増す。
町は炎に包まれ、かつての穏やかな面影は無い。
あちこちから黒煙が巻き上がり
日のあたる昼を光無き黒へと染めていく。

オレ達の家、
ロビンと母さんとよく買い物に出かけた店、
ロビンと水遊びをした小川、
六式の訓練をした広場、
オルビアさんを見送った港、

数えればきりがない
思い出の数々がその炎の中に消えていく。



それは、全知の樹も例外では無かった。


「お母さァ─────────ん!!!」


炎に包まれる全知の樹。
ロビンがこらえきれない思いを叫びに変える。
あそこには母さんやオルビアさん、クローバーに皆がいるのだ……

オレも出来るなら叫びたかった。
あまりに残酷な現実を嘘だと否定したい。

でも今はそれをすることは出来ない。

母さんとの約束、
ロビンを必ず守るためには今を生き抜かなくてはならないのだ。
そのためには、今と言う現実を受け入れ行動しなければならないのだ……!!



「行こう!!オレ達は生きるんだ!!ロビン!!」













一冊でも多くの本を、
一節でも多くの文節を、


燃え上がる全知の樹の内部では
一つでも多くの文献を守ろうとする学者達によって懸命な活動が行われていた。
彼らは命の危険などまるで感じていないかのように活動を続ける。
それは先人達の言葉を受け継ぎ未来へと届ける彼らの義務であり、誇りであった。













振り向く事無くロビンを抱え全力で走った。

出来るなら今は何も考えたくない。
ただ、自分に出来る事だけをやりたかった。



オレ達は避難船へとたどり着く。
既に帆を張り出向の準備を終えているようだが、
何とか間に合った。
この船に何とか紛れ込めば島を出る事が出来る。
幸い、オレとロビンが法を犯したと知っているのは
スパンダインとか言う役人とその部下だけだ。

避難船に乗る人間がオレ達に気づいた。

だが、雲行きが怪しい。
ロビンの事で船上はもめていた。
ロビンを傷つける言葉の数々、
オレは怒鳴りたい気持ちを抑え込みロビンを抱きしめる。
オレはそのままロビンを抱え“月歩”によって船に飛び乗った。
驚く、人々。
だが、そんなのには構ってられない
速く人ごみに紛れて姿を隠さなければ……













『避難船!!!そのガキ共を拘束しろ!!
 そいつらは子供でも凶悪な悪魔共だぁ!!!!』












政府の船から聞こえる耳障りなスパンダインの声。
政府は安全地帯から学者達が逃げないように監視していたのだ。

スパンダインによって避難船に乗っていた海兵達が半信半疑ながらも
オレ達に向けて銃を向けた。


「ロビン、掴まってろ!!」


オレはロビンを抱えたまま立ち塞がる海兵に“嵐脚”を放つ。
巻き上がる海兵達の悲鳴。
オレはその中を“剃”で駆け抜けた。


「くそっ!!どうすればいい!!」


最悪だ。
生き残る希望に賭けたがその当てが外れてしまった。
海兵達が弾丸を放ってくる。
オレはロビンを守るように身を屈め全力で避難船から離れる。


「ぐっ!!」

「クレスっ!!」


弾の一つが背中に当たった。
焼けるような痛みが広がる。
だが、貫通だけはさせるわけにはいかない。
瞬間的に“鉄塊”をかけた。
ロビンを傷つけさせるわけにはいかない……!!




「……“CP9”か…くだらん事を……!!」


サウロが標的を政府の船に変える。
船に向けて走り出したその時、



「────アイスブロック“両棘矛”」


巨大な氷塊が投げつけられた。


「………!!………クザン!!!」


氷でできた矛はサウロを傷つけ、足を止める。


──────海軍本部中将クザン
あの野郎……!!
なんてタイミングで現れるんだっ!!


「あらららら……
 “バスターコール”が元海兵に阻止されたんじゃあ
 格好つかないんじゃないの……」

「クザン…!!おめぇはこの攻撃に誇りが持てるのか!!?
 おかしいでよ………!!お前も知ってるハズだで!!!
 これは“見せしめ”だ………!!!その為にこのオハラを消すんだで!!!」

「これが今後の世界の為なら仕方ない。
 現に学者達は法を破ってんじゃない……!!
 正義なんてものは立場によって形を変える。
 だから、お前の“正義”も責めやしない
 ────ただ、おれ達邪魔をするなら放ってはおけねぇ……!!!」


にらみ合う二人が対峙したその瞬間。

ひときわ大きい爆音が響いた。
島では無く海の方。
船が燃えていた……
それは、オレとロビンが乗ろうとした避難船だった。


嘘…だろ……
あそこには学者達は絶対にいないはずだ
いたとしても、島中の民間人が乗っているんだぞ……!!


その攻撃はオレだけで無く、
サウロ、ロビン、そしてクザンまでにも戦慄を与えた



「これが……!!これが!!正義のやることか……!!
 これでもまだ胸を張れるのかァ!!!」

サウロは怒りをぶつけるようクザンを殴りつける。
その拳の威力は大地を割り大気を震わせる。


「……!!!、サカヅキのバカ程行き過ぎるつもりはねぇよ!!!」


クザンはサウロの拳を飛び上がり避ける。


「逃げるど二人とも!!あいつの強さは異常だで!!」


サウロはオレとロビンを手に納めると走り出す。
だが、駄目だ。
オレもそうだった、クザンはこれくらいで逃げられるほど甘くない……!!


「───アイスタイムカプセル!!」


クザンから放たれる猛烈な冷気がサウロの足を捕まえる。
足から全身に広がるようにサウロが凍っていく。
こうなればもう抜け出せない…!!


「走るんだで思いきり!!!
 島内におったら命はねぇ……!!
 とにかくワシのイカダで海へ出ろ!!」

「サウロは!!?」

「ワシはここまでだ……!!」

「いやだ!!皆と離れるなんていやだよ!!」

「サウロ……っ!!」

「……よく聞け……ロビン、クレス……
 今はとても悲しくて、寂しくても……!!
 いつか必ず“仲間”に会えるでよ!!
 海は広いんだで…………
 いつか必ず!!!お前達を守って導いてくれる“仲間”が現れる!!!

 ───この世に生れて一人ぼっちなんて事は絶対にないんだで!!!

 証拠にお前達は今二人だ……その手を離すんじゃないでよ。
 そうすれば、いつか幸せに笑いあえる仲間に会える。
 デレシシシ……この海のどこかで必ず待っている
 仲間に会いに行け!!!ロビン!!!クレス!!!」


オレは泣きじゃくるロビンを抱え直し
凍りついていくサウロから離れる。
今はクザンから逃げなければならない。
たとえ、サウロを見殺しにするような真似をしてもだ……!!



──────そいつらと……共に生きろ!!!




サウロの最後の言葉をオレは胸に刻んだ。











あとがき

もうそろそろ終わってしまいます。
おそらく後1、2話ほどでオハラ編は終了ですね。
完結に向けてがんばります。

感想版での返信は時間の都合上もう少しお待ちください……
まさかあれほど書き込んでいただけるとは思っていませんでした。
“ワンピースしてる”は最高の褒め言葉です。
天に昇れそうです。
本当にありがとうございました。







[11290] 最終話 「if」 第一部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/13 00:55
オレはロビンを抱えて走った。
振り向くことは無かった。
出来なかった。
何も考えないようにしてただ前に進む。

サウロの言うイカダの位置にはここから少しある。
孤状になっている岸の先だ。


「……クレスっ!!……サウロが!!」

「大丈夫だ……きっと、大丈夫だから……!!」


自分で言っといてなんて無責任な発言だと憤る。
だけど、こうでも言わなければオレ自身もどうにかなりそうだった。

そして、必死で走り岸へとたどり着く。


「なっ!!」


そこには最悪の人物がいた。
サウロを氷づけにしたクザンだ。

追い抜かされた記憶は無い。
ロビンを抱えながらとは言え全力で走った。
どうやって…と思い周りを見渡す。
海が凍っていた。
クザンはオレが最短距離で進むよりも速い。
直線距離をやって来たのだ。

オレはロビンを降ろし、
クザンから隠すように構える。


「ロビン……逃げろ!!
 コイツはオレが何とかする……!!」

「いやっ!!クレスまでいなくなるなんてダメっ!!」

「………そう騒ぐんじゃない、
 別にお前達をどうこうしに来たわけじゃない
 それにお前が攻撃をおこなえば、おれも黙っているわけにはいかない」

「……なら、何でここに?」

「徹底した正義は……時に人を狂気に変える。
 ───サウロの守った“種”は一体何に育つのか
 ……お前達をこの島から逃がすことにした」


何をふざけたことを……!!

だが、オレは今にも飛びかかろうとするのを抑える。
コイツには勝てないのは分かってる。
それに……信用するつもりはないが、
クザンの後ろには小舟と海に氷によってひかれた2本のラインがあった。


「お前らが誰を恨もうとも勝手だが、
 今は命があっただけよかったと思え……
 この先は……なるべく地味に生きるんだ」


オレとロビンを憐れむような口調だった。


「氷のラインを引いておいた
 小舟でまっすぐに進めば陸に辿り着く
 ────そして覚えとけ
 おれは味方じゃねェ…お前らが何かをやらかせば番に捕らえに行く“敵”だ」

「……島にお母さんが……!!」

「誰も助からねェよ……
 辛くて死にたきゃ────それも、自由だ」


オレはロビンの手を引きクザンの横を通り過ぎる。
ロビンもオレの意思を感じ取ったのか、
涙をこらえながらも自分の足で歩いた。


「……これからロビンと歩む道で、
 “敵”が現れたなら、───倒す」

「好きにしろ……お前が何を思おうとも自由だ」




小さな小舟はその身には大きすぎる大海へと出る。

オレは無言で船を漕いだ。
ロビンも自分の膝を抱き何も言わない。

背後には燃え落ちる故郷。
そこに大切なものがたくさんあるのに
まるで他人事のようだった。

様々な思い出がよみがえる。



───ロビンちゃーん!!お誕生日おめでとう!!!

───だからお願い、このまま私の息子でいてちょうだい

───もう、照れなくてもいいじゃない親子なんだから

───良い顔だ、それでこそ男だ

───誇れ!!!ロビン!!クレス!!オハラは立派だでよ!!

───あなた達の未来を私達が諦めるわけにはいかない!!!

───笑ったらええでよ!!苦しい時は笑ったらええ



「「デレシシ」」


沈黙を破ったのは二人同時だった。
オレはロビンと顔を見合わせた。


「「デレシシ!!!」」


二人してサウロの変な笑いをまねる。
辛いことを忘れるように……
悲しいことを覆い隠すように……

笑いつづけていくうちに
ロビンが咳き込んだ……無理に笑ってのどを痛めたのだろう。
でも、オレは止めなかった。

幸せなら笑う
ならば、笑っていればその間は幸せだ

オレも嫌いじゃないバカらしい理屈だ。

オレも笑う。
のどがかすれて痛い。
でも、やめなかった。



でも……長くは続かなかった。

笑った声は嗚咽に変わり。
やがて、泣き声に変わった。

泣きじゃくるロビンを抱きしめる。

励ましの言葉なんて甘い言葉
かける気にもならなかった。


─────ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?

─────立ち向かう。どんな相手だろうといつか必ず倒す。
     たとえ、それが不可能でもオレはあきらめない!!


「……ちくしょう」


船はただ前に向かい、
決して戻ることなく進んだ。












最終話 「if」













「……ねぇ、もしもの話って好き?」


オハラの学者達は誰一人として逃げ出すこと無く文献を守った。
巻き上がる炎にも怯むことなく、ただ本を守り続けた。
だが……それももうここまでだ。
炎の勢いが強すぎて身動きすらとれなくなってしまった。

海軍の攻撃に曝され、樹齢五千年を誇る大樹“全知の樹”そのものが燃えてしまっているのだ。
もうまもなく、自身の重みに耐えきれず倒れてしまうのだろう。

そんな絶望的な状況で、シルファーはそんな雰囲気などまるで気にしない、食後の雑談でも始めるようないつもの様子で語りかけた。


「私は好き。
 仮定なんて意味がないなんて思っていても、
 つい想像してしまうの……」


シルファーの声に生き残った学者達が一人また一人とと己の動ける範囲でシルファーへと近づいていった。


「未来を想像するのが好き、
 過去を思い返して幸せな未来には何が必要か考えるのも好き」


中央で語るシルファーにクローバーがスパンダインによって撃たれた傷を庇いながら近づいた。


「我々は皆、考古学者じゃ
 過去に残された資料から研究を進め仮説を立てる。
 そう言った意味では我々は想像の世界で生きておる、
 仮定の話は皆得意分野じゃよ」


「もしもの仮定……
 もしも、“空白の百年”の研究が禁止されていなかったら……
 もしも、これからも幸せな生活が続いていたら……
 …なんて仮定?」

オルビアもまたシルファーのもとへと加わった。

「そう、……私が今考えてるのは、
 もし以前のまま幸せな生活が続いてたらって話」


学者達は皆シルファーの周りへと集結した。
しかし、 全員ではない。何人かは本を守るうちに力つきてしまった。
だがそのことを言う者は誰もいない。


「ロビンちゃんはきっと綺麗になる……オルビアに似てね」

「ふふ……ありがとう。
 クレス君だっていい男になるわ、彼タイラー君にそっくりだもの」

「そうね……クレスは十分くらい立派に育ってくれたわ」

「ふんっ!!
 だからあ奴は気に入らんのじゃ!!
 年を重ねるほどにタイラーに似よって!!」

「まぁ、博士嫉妬ですか?」

「違うわ!!!」

「そう言えば知ってた?
 ロビンちゃんきっとクレスの事好きよ」

「そうなの?
 でも仕方ないかなぁ……クレス君確かに格好良かったもの」

「もしかして今日のこと?」

「………えぇ、一緒に戦ってくれたの。
 クレス君のおかげで役人に勝つことが出来た、
 その後に出てきた海兵には負けちゃったけど、
 ……こんな私の為に必死で戦ってくれたわ」

「もしかして惚れちゃった?」

「そうね……クレス君なら“あり”かも……」

「「「えぇー!!!!」」」

「み、認めんぞオルビア!!」

「そうよ、オルビア。
 クレスはロビンちゃんのモノなんだからちゃんと許可を貰わなきゃ」

「いやいや、シルファーそう言う問題じゃないだろう」


絶望的な状況においても普段となんら変わらない穏やかな時間。
それは、オルビアが長きに渡り感じることの無かったものだ。


「………あの二人はどんな未来を描いたのかしら」


オルビアは少し悲しそうな表情で問いかけた。


「……ロビンちゃんはきっと考古学者になって世界中を調査して回るんじゃないかしら?」

「クレス君は?」

「クレスはロビンちゃんの護衛かな?
 うーん、あの子は少し即物的だからトレジャーハンターを兼ねるかもしれないわ」

「……楽しそうな未来ね
 ………そんな未来を描いてくれたらいいのだけれど……」

「二人なら平気。
 きっと友達もいっぱいつくって賑やかにやっていくわ」

「…そうね。
 二人なら幸せに生きていける…そんな気がするわ」


シルファーは図書館内を見渡した。
何もかもが燃えていた。
以前の面影などまるで残っていない
全てが炎の中に消えていく。
全知の樹がバキバキと嫌な音を立て始めた。
もう間もなく自分は死んでしまうのだろう。


(もう少しだけあの子達といたかった……)


今まで過ごした日々が走馬燈のように甦る。
その中でも大部分を占めるのはやはり愛しい息子の事だった。


(タイラーさん……今更、もう少し生きていたいなんて思う私の事をどう思いますか……?)


シルファーは今は亡き夫を思った。
答えなんて返ってくる筈のない悲しい問いかけだった………




























「──終わってしまうにはまだ早いんじゃないのか?」




















夫のそんな声が聞こえた気がした……












全知の樹が音を立てて倒れる。

オハラの全ては人の手による炎によって焼き尽くされた………













考古学の生地“オハラ”の顛末は世界中をにぎわせた。
政府によって歪曲された情報は世界中を駆けめぐる。


その中でも特に話題となったのはわずか八歳という幼さで賞金首となった子供達のことだった。






オハラの悪魔達

ニコ・ロビン
懸賞金七千九百万ベリー

エル・クレス
懸賞金六千二百万ベリー




政府は幼子二人を追い続けた……











あとがき

終わってしまいましたね。
一応これで幼少期オハラ編は完結です。
今までお読みくださり誠にありがとうございました。

今は続きを考えてます。
この作品が皆様のよき暇つぶし程度になれば幸いです。

もしよろしければ、これからもよろしくお願いいたします。

実はチラ裏からの引っ越しを考えています。
もしよろしければ、ご意見をいただけませんでしょうか





[11290] 第二部 プロローグ 「二人の行き先」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:34
“西の海”とある海域の海賊船。





「いたぞ!!こっちだ!!」

「野郎っ!!ぶっ殺してやる!!」


オレは海賊船の中を走る。
そのスピードは速すぎず遅すぎず。
海賊達がちょうど追いやすい速度だ。


「喰らえや、オラっ!!」


海賊の一人が手に持った銃を放つ。
弾丸はオレへと向かい──


「紙絵」


直前で避け当たらない。


「そんなもんじゃ当たんねーよ。おーい、ココだよよく狙え」


オレは自分の胸の中心を指した。
明らかなる挑発だ。


「ふざけんなぁー!!!」


そしてモノの見事に、
海賊達は激昂する。

そしてオレはまた海賊達を背にして走り出す。

あらかじめ決めておいたルートを黙々と進む。
大きな音を出し、海賊達を見つけては挑発する。
大勢の海賊達にやがてオレは囲まれてしまった。
前後左右を完全に取られもう逃げ道はない。

海賊達から穏やかでない言葉が次々と投げ放たれる。
周りの殺伐とした雰囲気が最高潮に達した時、人波を割ってこの船の船長である巨漢の男が現れた。


「船長自ら出向く必要が?」


オレはおどけたように話しかける。


「黙れ!!!
 昨日の一件が、新入り!!!
 貴様等のせいだってのは分かってんだよ!!!」


先日の一件。
この辺りでは出会う可能性の無い海軍本部の戦艦によって襲撃を受けた件だ。
小規模ではあったものの本部の戦力は強く、この船は多大な被害を被った。


「どこに証拠があるんです。
 もしかしたら、懸賞金四千二百万ベリーの大物船長“岩肌のトロル”の首をを狙ってかもしれませんよ?」


「しらばっくれんじゃねぇ!!
 前からおかしいと思ってたんだ!!
 貴様等を船に乗せてから急に海兵共に狙われる機会が増えやがた!!
 おまけに昨日は本部の船だぞ!!
 これ以上は温厚なオレ様でも我慢できねぇ!!!」

「つまり……船長にはオレたちを匿うだけの器が無いと……?」


ブチっ!!

そこがトロルの怒りの頂点だったのだろう。

トロルの肌が変化する。ただでえ太い腕がメキメキと膨れあがる。
それは通常ではあり得ない岩で出来た肌だった。


「出た!!船長の“ゴツゴツの実”の能力!!」


“ゴツゴツの実”の岩石人間。
それがトロルの能力だ。


「減らず口もそこまでだ!!新入り!!
 地獄で後悔しろ!!!
 後で連れの“クソ女”も一緒に送ってやるよ!!!」

「……………」

「────岩石落石!!!」


トロルの腕から巨大な岩の固まりが放たれる。
巨大な岩はまるで隕石のようにオレに向かい───

───直撃する。


巻き上がる部下達の歓声。
トロルから放たれた巨大な岩石を身に受けて無事な人間がいるはずがなかった。



「──────止めたわ」



だが、オレはその例外だったようだ。

直撃の瞬間に全身に“鉄塊”をかけた。
鋼鉄の硬度まで達したオレの身体はトロルの攻撃に打ち勝った。


静まり返る船内。
船長のトロルでさえも、驚きに言葉を失っていた。


「アンタらには借りがある。
 こちらの不手際で思ってたより早く海軍に補足された。
 こう言うのも何だが“義理”はある程度までは通すつもりだった………」


でもな……

オレは“剃”によって加速する。


「なっ!! 消えっ……!!」


停止状態からの最大加速。
もう、未熟だった頃とは違う完成された体技。
その爆発的な脚力はオレが消えたかのように認識させる。

オレは拳を“鉄塊”で硬め本物の岩肌と化したトロルに“指銃”の速度で突き出した。


「────六式“我流”閃甲破靡」


“鉄塊”によって硬められた拳に岩石程度では意味を成さず、
オレの拳はトロルの岩肌を砕き、吹き飛ばした。


「ぐがぁ!!!」

「うわっ!!せ、船長がこっちに……!!!ぎぁあ!!!」


トロルは部下達を巻き込み船壁へとめり込んだ。
そして手先をぴくぴくと痙攣させる。


「“アイツ”を侮辱するのは許さない」


呆然とする部下達。
目の前で起こったことが信じられない……そう言った表情だ。
誰もが押し黙る沈黙の中、

聞き慣れた声が聞こえた。


「もう……手筈と違うじゃない」

「悪い……やっちまった」


本当はこっそりと船から脱出するつもりだった。
しかし、見つかってしまった。

そのため、オレが海賊達を引き付けその隙に脱出の準備を整えることにした。

トロル達には海賊とは言え、騙して船に乗ったことで負い目があった。
さらに先日の海軍の襲撃で結構な被害が出た。
だからせめてこれ以上被害を広がらない方法での脱出方法を取るつもりだった。

本来なら四方を囲まれた状態から“月歩”で空中に避け、そこからまた海賊達と追いかけっこをする予定だったのだ。
そして、十分に撹乱し終わった後、砲門を破壊して二人で脱出するそんな手筈だった。


船室の扉が開かれる。


腰元まである艶のある黒髪に艶やかな唇。描くのはミステリアスな微笑。
鼻筋はスッと顔の中心を通り、綺麗な二重の瞼は昔以上に色気がある。
手足は繊細で細長く、出るとこは出てるのに引っ込むとこは引っ込んでいる
メリハリのある統制のとれた身体。

歳月と言うのはいとも簡単に人を変える。
昔の子猫のようなあどけなさはもう無い。
大人の女性としての魅力に満ち溢れた幼なじみがそこにはいた。


「いいわ……私のことだったみたいだし許してあげる」

「すまん───────ロビン」


オレたちのやりとりを見守っていた海賊達が我に返る。
何人かが拳銃をロビンへと向けた。


「て、てめぇ動くんじゃねぇ!!!
 この女がどうなってもいいのか!!?」

「……クレス…人質になっちゃったわ」

「……助けてほしい?」

「ふふっ………どうしようかしら」


オレとロビンはそんな些細なこと気にせずに会話を続ける。


「首尾は?」

「完了したわ。後は乗るだけ……
 早くしないと遠くへ行っちゃうかも」

「なら、早めに終わらせるか」


銃を向けた海賊達を完全に無視するオレとロビン。
海賊達がふざけるなと人質に捕ろうとしたロビンに引き金を引こうとした。


「──そんな物騒なもの私に向けないで」


だが、その瞬間に海賊達の銃が突然咲いた腕に叩き落とされた。


「なっ!! う、腕が!!」

「ぎいゃああ!! 何じゃこりゃ!!!」


至るところからでも己の各部を咲かせることが出来る能力。
ロビンが口にした“ハナハナの実”の力だ。

応用の利くこの能力は特に奇襲に打って付けだった。


「誰に向かって武器を向けてんだよ」


オレはざわめく海賊達に肉薄し殴り飛ばす。
殴り飛ばした海賊は周りの人間を巻き込んでいく。
そしてそのまま、間髪入れずに近くにいる海賊達を片っ端から倒していく。


「くそっ囲め!!」

「無理だって!! 速すぎて……ぐぁ!!」

「畜生!! 強すぎる!!」

「駄目だ!! 全く歯がたたねぇ!!」


船中に広がる混乱の渦。
“剃”を基本とした高速戦闘を行うオレに着いてこれる奴はいなかった。
あちこちで悲鳴と怒号が上がる。
ついには味方同士での同士討ちまでも始まった。


「そろそろだな……」

「そうね、お先に失礼するわ」


ロビンは船のメインマストに向かって手を“伸ばした” 。


「─────十輪咲き」


伸ばされた手はこの船のヤードを握る。
そしてロビンはそこを支点として振り子の原理で前へと飛んだ。


「女が逃げるぞ!!」


海賊の一人がロビンに気づき声を上げる。
それに触発されるように何人もの海賊達が混乱の中
ロビンに向けて銃口を向けた。


「オイオイ……さっきも言ったぞ、
 ──────誰に向かって武器を向けてんだ」


オレは甲板を踏み込み脚を一線させる。


「嵐脚“線”」


広範囲を一直線に飛ぶ“嵐脚”
それはロビンを狙う海賊達を妨害し、
オレに一筋の道を作った。


「剃“剛歩”」


オレはその道を一直線に進む。
途中海賊達が無謀にも立ち塞がろうとする。
だが、オレを阻む海賊は全てオレに触れた瞬間に宙を舞った。

全身を“鉄塊”で硬化させた状態での“剃”

それは高速で走りぬける機関車のように障害物をはじき飛ばしていく。


「月歩」


空中を跳ね
ちょうど落ちてきたロビンを抱きかかえる。


「よっと!」

「ナイスキャッチ」

「そりゃどうも」


何度か宙を蹴り海賊船から離れる。
後ろで銃声が疎らに聞こえてくる。
討ち漏らした何人かの海賊達だった。


「三十輪咲き」


海賊達に次々と腕が咲いていく。
腕に固められ動けない。

「それでは皆さん」

「───────ごきげんよう」

「“クラッチ”」


海賊達が関節を極められ崩れ落ちた。













プロローグ「二人の行き先」












“月歩”を使い、先に出した船を追いかける。
船へは三分ほど飛び続けて到着した。


「思ってたより遠くにあったな」

「少し波が高かったからそのせいかしら?」


最後の一歩を蹴り船の上へと降り立った。


「へぇ……思ってたより良い船だな」


周りを見渡す。
あまり大きな船では無い。
だが、トロルの船にあったにしては趣味がいい。


…………トロルの船にあったものは船長の趣味を反映してかやたらと硬いものが多かった。


まあ、それは置いといて……


マストに舵取り棒。
大砲等の兵器の装備は無し。
船室は三つ。個室とキッチンにユニットバスに備え付けのトイレ。
生活環境は一通り整っているようだ。
見れば航海に必要な物は一通りそろっていた。


「それで、これからどうするんだ?」


オレは早くもキッチンに備え付けられたテーブルでくつろぐロビンに話しかけた。


「さぁ……どうしようかしら」


疑問形にしては困った様子はまるでない。
どこか、うれしそうな様子だった。













炎の中に消えた“オハラ”から脱出して
もう十年以上が経った。

八歳と言う幼さで賞金首になったオレとロビンが生きていくには世界は厳しすぎた。

執拗に追ってくる政府の人間。
数多くの人間に迫害され、騙され、裏切られた。

そして、その度にロビンの手を引き逃げた。


立ち向かい、“敵”となった全ての人間を倒せればどれだけよかったか……


拳を振り上げても、それを振るう相手が多すぎた。
振るうべき相手はまさに世界の闇なのだろう。
そして小さなオレにはそれに打ち勝つ力が無かった。



オレ達は常に身を隠す事を考えた。

そして、人間の残酷さや狡猾さや薄汚さを知りそして染まっていった。


どんな状況になっても、
せめてロビンにだけは人間の持つ闇を知らないでいてほしかった。


オハラでの日々のような無垢な心でいて欲しい。
これはオレの一人よがりな願いなのかもしれない。
でも……そう願わずにはいられなかった。


だが、オレ達を取り巻く環境はそれを許さなかった。


次第にオレ達は海賊や裏組織と言った非合法の組織に接触する。
だが、そこでもやはりオレ達に居場所は無い。


不穏な空気を敏感に読み取っては逃げだした。

お互いに成長して身体的特徴から手配書の写真が分かりづらくなるまではまさに地獄だった。

最近はマシになって来たが、時折本部の船が哨戒してるのを見かける。
そして、そのたびにやはり逃げた。












「せっかく船も手に入ったしまた遺跡にでもいくか?」

「……でも、この海域からだと主だったとこは無いわね」













“歴史の本文”というものがある。
世界中に点在する硬石のテキストだ。
政府の人間に追われながらも、オレ達は“西の海”でこれを探し続けた。
だが、何十と言う島を回って見つけたのはたった一つだけだった。
発見した当初は二人で喜び合ったが、そこにはロビンが望むような情報は記されていなかったらしい。
それからはまるで見つからない。
もしかしたら“西の海”だけでは限界があるのかもしれない。













オレはロビンが積み込んだ(トロルの船から頂戴した)荷物を取り出す。
向う何日かは十分に持ちそうな量のベリーと少量の宝石。

そして、何やら厳重に封がされた羊用紙が出てきた。


「何だこりゃ……?」


それは海図だった。
赤い土の大陸が中心に描かれその先に……


「これ、グランドラインへの海図じゃねぇか!!」

「ふふっ……面白そうだったから貰ってきたの」


偉大なる航路──────グランドライン

オレとロビンも未だ知識のみでしか知らない魔境
そこに関する話は様々な情報が飛び交い嘘か本当か疑いたくなるものも多い。

海賊達の中にはグランドラインを“楽園”と呼ぶ者もいる。
また別の者は“海賊の墓場”と呼んだ。


「……面白そうだな」

「そうね、……クレスはどうするの?」

「じゃあ……ロビンはどうしたい?」


質問に質問で返す。
そしてロビンと二人で微笑みあう。
この笑顔だけは昔から変わらない。
答えは同じだった。
オレとロビン、二人の行き先が決定した。


「まぁ、目的も決まったけど
 急ぐ事でも無いし、ぼちぼちとやるか……」

「そうね、今はゆっくりしましょう」


オレはロビンの隣に座りゆっくりと全身を伸ばした。













富、名声、力
かつてこの世の全てを手に入れた男

海賊王 ゴールド・ロジャー

彼の死に際に放った一言は人々を海に駆り立てた。


───────世はまさに大海賊時代













あとがき

修正しました。
勘違いしやすい表現になっていたようです。
申し訳ございません。

これはあくまでクレスの主観であってロビンの心情ではありません。
“性格を変えない”はキャラが崩壊しないようにするという意味です。
クレスによってロビンは救われている部分が多いはずです。

いきなりこういった展開になり驚かれた方もいるかも知れませんが、
オハラから脱出してからの話は根幹にかかわることなので当然書くつもりです。
ですが、やはり暗い話になってしまいそうでしたので“過去を振り返る”という形をとらさせて頂くことにしました。

わずらわしい思いをさせて申し訳ございません。




[11290] 第一話 「コーヒーと温もり」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:37
静かな夜だった。
聞こえるのは静かな波の音と眠る同居人の寝息だけ。
よけいな騒音など何もない、
まるで、世界には自分達しかいないのではないかと思えるほどの静寂だ。




ロビンは読みかけの本に栞を挟み、音を立てないようにゆっくりと閉じた。

軽く背を伸ばす。
同じ体制のまま長時間いたために固まってしまった全身の筋肉をほぐす。
テーブルに置かれたコーヒーはすっかりと冷めてしまった。
時計を見れば既に深夜を回っていた。


ロビンはソファーで眠るクレスのもとへと近づく
近くにはずれ落ちた毛布。
ロビンはそれを拾う。
クレスの無防備で穏やかな寝顔を見て微笑む。
そしてそっとクレスに毛布をかけた。


「……ん……ああ、ありがとう。寝ちまってたのか……」

「ごめんなさい。起こしてしまったみたいね」

「……いや、いい。
 もともと、浅い眠りだったみたいだし、その内起きただろうよ」


クレスは時計を見た。
時刻はもう深夜を回っている。


「本を読んでたのか?」

「ええ」

「夜更かしはほどほどにしとけよ」


クレスは一度おおきな欠伸を漏らすとソファーから立ちあがった。


「ちょっと、夜風にあたってくるわ」


外に出ようとするクレスにロビンがつづいた。


「私もいっしょにいいかしら?」

「そうか……、
 それなら、せっかくだしコーヒーでも淹れ直すか」

「そうね、でも砂糖は控えなくちゃダメよ」

「うっ……せめて三つに」

「ダメ」













第一話 「コーヒーと温もり」













気持ちのいい夜だ。
ロビンはそう思った。
空には満月が浮かび風は柔らかい。
気候は涼しいのに風は冷たくは無い。


「ほらよ」

「ありがとう」


温かな湯気の立ちあがるマグカップをクレスから手渡される。
手のひらから伝わる熱が全身を温める。

クレスが隣に座った。
それはもう当たり前にすらなっていた。

コーヒーを一口飲む。
舌に伝わる苦みがちょうどいい。

クレスを見れば嫌がる子供のように顔を歪めていた。
結局砂糖は二つとなったのだ。
無糖派のロビンにはそれでも多いと思えてしまうのだがクレスは違ったようだ。

クレスは昔から思考や立ち振る舞いは大人ぽかったのに味覚は子供だった。
苦い物や辛い物が苦手らしい。

それを見てロビンは思わず笑ってしまう。
クレスから恨みがましい視線が送られるが表情は変えなかった。

ロビンは二人でいるこの時間が好きだった。

ずっとそうだった。
どんなに苦しくて辛い事があっても二人でいる時だけはそれを忘れられたのだ。



ひとしきりたわいない雑談を続けた後に、クレスがぽつりとつぶやいた。


「いい月だな」

「そうね……とても優しい感じがする」


柔らかな月の光をロビンはそう感じた。
貫くような無遠慮な光では無い。
全てを受け入れ、包み込むようだった。


「次の島で準備を整えたら、
 いよいよグランドラインか……」

「不安?」

「まぁ……無いと言えばウソだわな」


グランドラインには前々から興味があった。
“西の海”でクレスと共に政府の目を逃れながらも考古学の研究を進めた。
船を手に入れるたびにわずかな足取りを追って“歴史の本文”を探し続けた。
いくつもの島、それも“西の海”中の島々を確認したと言ってもいい。
だが、見つけたのはたったの一つだった。

ロビンは今までにクレスと集めた情報をもとに、
自分達が探し続けているものはグランドラインにあるんじゃないのかと、半ば確信に近いものを抱いていた。


「ロビンはどうなんだよ?」

「そうね……不安はそんなに無いわね」

「へぇ……」

「だって……これからもクレスは一緒にいてくれるんでしょ?」


クレスの手を取り、どこか確信めいたような口調でロビンは言う。
月明かりがロビンの表情を照らし出す。
クレスは一瞬時間が止まったように硬直した。


「………当たり前だ」


そんなクレスの言葉に、
ロビンはこの上ないうれしさと頼もしさを感じる。

コーヒーを一口飲んだ。
今なんだか温かいのはコーヒーのせいだけじゃないだろう。




時はゆっくりと流れていく。
深夜遅くだと言うのに不思議と眠くは無かった。
このまま日が昇るまでずっとクレスと寄り添っているのも悪く無い。
そんな事を思った。


「………いろいろ……あったよな」


海に月影が揺らめく様子を見つめながらクレスがつぶやいた。


「……長いようで短い……そんな日々だった、そう、思えるわ」

「まぁ……ロクな道のりでは無かったわな」

「でも……辛いことだけじゃ無かった」

「………そう言ってくれると……助かる」


クレスは時々悔いるような表情をする。
ロビンにはその理由が想像できた。

オハラから逃げ出してから
クレスはいつも自分のことを考えていてくれているのだ。

自分が世界の残酷さを知って絶望しないように……
そして、それに染まってしまわないように……


でも、それは違う。


変わった……自分でもそう思う。
シルファーに包まれ、クレスに守られ、
そしてクローバーや図書館の皆に見守られていたころとは違う。

悪魔の実のせいで島の人間から避けられていたころよりも
深く暗い人の負の感情を見てきた。

そしてそれから逃れるための手段も覚えていった。
仕方がないことだった。
正直、褒められた方法では無い。
クレスも自分にその手段を取らせる事をひどく後悔していた。

でも、
クレスにいつまでも助けられているばかりなのは嫌だった。
かたくなに二人分の泥をかぶり続けていくクレスを見るのは嫌だった。

クレスと肩を並べたいから、


─────守られているだけなんて嫌だった。



「でも、……もし、一人だったなら耐えられなかったと思うわ」


今となってはあり得ない仮定だった。
どんな時でも隣にはクレスがいる。
それが、当り前だった。


「そうか………でも、一人じゃなかっただろ?」

「そうね、……ありがとう」


ロビンはクレスへと身を寄せ、寄りかかる。
クレスは黙ってロビンを受け入れた。


「……少し、昔の話でもするか……」

「そうね……夜は長いわ……」


二人は過去への扉をそっと開けた。













あとがき
チラ裏から移動させていただきました。
今回からこちらでがんばりたいと思います。

書いてて自分で糖度高っ!!と思ってしまいました。
どんなものでしょう?

次回から過去話です。
がんばりたいです。



[11290] 第二話 「老婆と小金」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:47
これはまだオハラから逃げ出して間もない、
心のどこかでまだ自分達の立場を甘く見ていた頃の話だ。






賞金首となって、
政府に追われ、
海軍に追われ、
賞金稼ぎや欲に目の眩んだ人間に追われ、

ロビンを守りながら必死で一日を生きていた時だった。




旅客船に何とかもぐりこみ、
波に揺られ、名前も知らない土地に辿り着いた。
港はそこそこ活気があって、
人々が生き生きと日々の生活を営んでいた。

それを横目で見ながらロビンの手を引き、人が少ない町はずれへと向かい歩いた。

人気の少ない路地裏を通る。
その時にまだ真新しい手配書を見つけた。










────────オハラの悪魔、
        ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
        エル・クレス 懸賞金6200万ベリー、────────









空は快晴で気持ちいいまでに青空が広がっている。
晴れ晴れとした心地いい天気なのに、

気分は最悪だった。

ロビンが沈んだ顔をさらに沈める。
オレは歩幅を狭め、ロビンの頭に手を置いた。
そしてそのままくしゃくしゃと頭を撫でた。


「心配すんな……何とかなる」

「うん……そうだよね」


手配書に映るオレとロビンの姿。
捕捉されたのはおそらくクザンによって凍らされた海を進み、その先の島で遠くへと逃れようと乗った客船だろう。
油断していたわけではない。
必要以上に身を隠そうとしていた。

だけど政府の手はどこまでも広かった。

どこに奴らの“目”があったなんて考えるだけ無駄だろう。

其の実
答えは

どこにでもあり得るのだから……
      





ロビンの足取りが重い。
正直なところ、ロビンの限界が近かった。
無理もない、今まで気の抜けない生活がつづいていたのだ。
そしてそれは、間違いなくこれからもつづくのだ……
終わりの無い逃避。
馬鹿げてる
こんなのに耐えようと思うのが間違っているのだ。


もう無理にでも休まないとダメだ。
多少強引な手でもいい、ロビンが休める場所を確保しなければ……


歩き続け、町中から出る。

どこかに空き家は無いだろうか?
無くとも小さな小屋でもいい……
とにかくロビンを休ませたい。



そんな時、前方から老婆が現れた。
人のよさそうな印象を受けた。


「あの……」

「はて………どうかいたのかい?」

「すいません………お願いがあるのです」


地面に頭がつきそうなほど頭を下げた。













第二話 「老婆と小金」













交渉は何とかうまくいった。
嘘をつくのは心苦しかったけど、老婆を騙し家に上がり込んだ。

老婆はオレ達によくしてくれた。
息子さんが昔使っていた部屋を一室与えられ、食事を始め、いろんな面倒を見てくれた。
老婆はオレ達の素性を聞くことは無く、ただ優しく接してくれた。

ロビンも気を許したようでよく自ら進んで手伝いをしていた。
元気を取り戻したようで本当によかった。
あのままだと最悪の場合ロビンが倒れ動けなくなっていた。
政府の追っ手云々では無く、ロビンには元気なままでいてほしかった。
この老婆には感謝しきれない。

老婆は身体が悪いようであまり外には出なかった。
オレ達も外には出づらい人間だったので外出は控えた。

オレ達はそこで一週間ほど滞在した。
久しぶりに気の抜ける。
穏やかな時間だった。

ロビンは老婆の家にある本を読んだり、老婆に料理や裁縫を教えてもらったりしていた。
母さんにも少し習っていたようで老婆のアドバイスを聞きながら楽しそうに作業をしていた。

オレは久しぶりに“六式”の鍛錬を再開した。
ここ数か月は逃げる事が中心だったから、
少しでも勘を取り戻したかった。






そんなある日……






いつものように新聞が一通ポストに入っていた。

日頃老婆の手伝いをしていたオレはその新聞を取った。


そして半ば習慣と化してきているようにその記事に目を通し衝撃を受けた。









──────オハラの悪魔達ワールス半島周辺に潜伏か?

   数日前、ワールス半島の入江にて現在指名手配中の二人組
   オハラの悪魔達、
   ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
   エル・クレス 懸賞金6200万ベリー
   の二人組を目撃したとの情報が海軍第55支部に寄せられた。
   通報者は旅客船に潜伏していたと見られる怪しげな二人組の子供を発見し急ぎ海軍へと通報したという。
   幸いにも二人は近隣の住民に危害を加える事は無かったが、
   子供とは言え先日世界を震撼させたオハラの悪魔達の生き残りであり、
   当時討伐に向かった海軍本部の軍艦を6隻も沈める程の凶悪な力を持つため
   海軍は近隣の住民に警戒を────────────────








なんてことだ
やばい……
オレ達のことがばれている。

どうするべきだ……
今すぐにでもロビンを連れて逃げだすか?
いや、早朝とは言えじきに日が高くなる。
今出れば数多くの人間に発見されるだろう。
ならば、このままここで隠れているか?
いや……潜伏地がばれているのだ
政府の人間は草の根をかき分けてでも探し出すだろう。

ならば………













「────────おぃや、どうかしたのかい?」












っ!!

弾かれるように振り向いた。
手に持つ新聞は後ろ手に隠した。
そこにはいつもと変わらぬ人のよさそうな笑みを浮かべた老婆がいた。


「新聞は?」


一瞬迷い答えた。


「新聞屋さんのミスでしょうか?まだ来てないみたいですよ」

「そうかい。それは珍しいね……」

「はは……そうなんですか?」

「えぇ、長いこと生きてきたけどそんな事は初めてだね」

「そうなんですか」

「えぇ……ええ……初めてだねぇ」


オレは老婆に気づかれないように軽く重心を落とした。
周囲を探る。
状況が知りたかった。

オレは自分の迂闊さを呪いたかった。
どうして、一瞬でもロビンから離れてしまったのか
悪魔の実の力こそあれど、ロビンには戦闘なんて無理だ。
今周りにいるのはオレと老婆だけ……
ロビンの姿はここからだと確認できないのだ


「ところでおばあさん………
 ────────ロビンはどうしてますか?」

「ロビンかい?」

「ええ……あれで少しそそっかしいところがありますから………心配で…」

「あぁ……ロビンなら……」














「クレスー、おばあさーん、ご飯が出来たよー」














「おぃや……朝餉ができたようだね。
 新聞のことはもういいから、お前さんも中に入って食べなさい」


老婆はゆっくりと家の中へと帰って行った。
おそらくまだ大丈夫だ……
老婆が消え見えなくなってから構えを解く。


「くそ……あせった」


ため息と共に、肩の力を抜いた。
嫌な人間だな……
自分のことをそう思う。
つい先ほどまで、感謝してもしきれないとまで思っていた人間をいとも簡単に疑える。


「……ロビンには一生知らないでほしい気持ち悪さだな」


後ろ手で握り潰していた新聞を見る。
もはや修復不可能なまでに刻まれた皺が出来ていた。






老婆はその後もいつもと変わることは無かった。
窓際で日の光を浴びながら安楽椅子に揺られ緩やかな時が流れるのを楽しむ。
老婆が昼寝をしたのを確認してから、

オレはロビンを貸し与えられた部屋に呼んだ。


「……すまん、見つかったようだ」


今朝の新聞の一面を見せた。
ロビンの表情がみるみるとしぼんでいく。
でも、直ぐにいつもの表情に戻った。


「クレスのせいじゃないよ。だから謝らないで」

「そうか……ありがとう」

「これからどうするの?」


今まで良くしてくれた老婆を思ってか浮かない表情だった。


「今日の深夜にでもここを出ようと思う」

「わかった。でも……どこに行くの?」

「ここから北に行った所に港が確かあった。
 そこからまた船に乗ろうと思う。
 幸いにもこの辺は大小いくつもの島があるから身を隠す事は可能だろう」

「うん、分かった」


オレはロビンの髪を撫でる。
ロビンが気持ちよさそうに身を寄せる。
そしてそのままロビンを抱きしめた。


「今のうちに寝ておいたほうがいい」

「……クレスもいっしょ?」

「そうだな………そうするか、少し疲れた」






そして夜が来た。
暗闇がもたらす静寂。
老婆の様子はいつもと変わりない。
オレ達に夕食を振る舞い軽く雑談を交わした後に「お休み」と言葉を残して自室へ戻り眠る。


オレとロビンは昼間にまとめておいた荷物をクローゼットからひっぱりだす。
その中にはこの家から頂戴した、
……いや、奪ったと言うのが正しいベリーがいくつかある。

我ながら最低だ。
こんな恩を仇で返すような真似を行えるようになったのだから。

もちろんこのことはロビンは知らない。
知る必要も無い。
これはオレが一生自分の心の中に秘め続けるのだろう。
……安っぽい罪の意識と共に。


電気を消す。
荷物はまとめたが今すぐには出ない。

出るのは老婆が完全に寝静まった後を見計らい
闇が深くなってから出るつもりだった。









とく
とく
とく









どこか心音にも似た時計の音だけが部屋に響いた。

そろそろか……と思い目を開けたその時だった。


けたたましい、ガラスの割れる音が響いた。
ロビンが全身を振るわせる。
どたどたという乱暴な足音が近づいていき……

オレ達のいる部屋の扉が蹴り破られた。


「動くなガキ共!!」


銃を持った男が声を荒げた。
だが、オレ達は反応しなかった。
悲鳴を漏らしそうだったロビンの口元をオレはそっと抑えた。

部屋にはただ静寂が舞い降りる。

散乱したドアの破片
明かりの消された照明
そしてわずかなふくらみのあるベット


「ひゃははは!!!所詮はガキだな!!
 かくれんぼか!!?いいぜ、いいぜぇ!!!息をひそめろ!!
 鬼はここだよ、二人ともどこかな? どこにいるのかな? おじさん分からないや……!!」


わざとらしい口上でベットへと近づく。
後ろで数人の笑い声が聞こえる。
この様子では、役人では無い。
賞金稼ぎだろう。


「みーつけた」


恐怖からかロビンがオレをぎゅっと握った。
男がベットの布団を剥ぎ取る。






だが、そこには丸められた毛布があった。


「なっ!!」


男が驚く

その瞬間オレは隠れていたクローゼットから飛びだした。
男に一瞬で接近し胸に向けて“指銃”を放った。
短い悲鳴を上げ男が崩れ落ちる。

男の仲間達が驚き一斉に銃を構えた。
だが、それよりも速くオレは脚を一線させた。


「嵐脚」


“嵐脚”によって一薙の斬撃が襲う。
賞金稼ぎ達は誰一人としてそれをよける事が出来無かった。




「行くぞ、ロビン!!」

「うん!!」


とりあえず敵を一掃し安全になったとこで、
急ぎ裏口から外に出た。

幸い追っ手は無い。
やはりあの賞金稼ぎの一味だけだったようだ。

オレ達は今まで良くしてくれた老婆の家を振り返ることなく、港へと走った。













一つの回想が終わった。

まぁ……今まで歩んできた道のりのほとんどは、
だいたい今の話と似たようなものだ。

全くロクでもない話だ。

でも、今のオレとロビンならこんな話でもそんな過去として受け入れられる。
昔は大変だったな……なんて感じだ。
それにしては少々話が重すぎるかもしれないが、それはそれだ。

だが、このエピソードには一つだけ疑問があった。


「結局、あのばあさんはオレ達を裏切ってたのか?」

「さぁ……確かに明確な証拠は無いわね」


これは簡単な推理だ。
何故やって来たのが品の悪すぎるチンピラまがいの賞金稼ぎだったのかという話だ。
普通オレ達がいる事を伝えるなら、海軍か政府の役人だろう。
そして、賞金稼ぎ達がやって来た時もおかしかった。
なぜ、寝静まっているであろうオレ達をわざわざ起こすような真似をしたのか。
どうして、正面からではなく、窓ガラスを割って中に入って来たのか……。


「まぁ……今となってはどうしようもない話だな」

「そうね、じゃあ……クレスはどっちだと思ったの?」


オレに体重を預けながらロビンは聞いた。
なんとなく答えは分かっているくせに、
一応、確認したい。
そんな感じなのだろう。


「オレとしては………恩を仇で返したままでいてほしいってとこかな」



オレは未だに使えずにいる小金を思いながらそう答えた。












あとがき

今回はクレスとロビンの大まかな過去ですね。
あまりシリアスなだけなのもどうかと思い、こう言った形になりました。
過去話はもう少し続きます。
次の話はラブコメでも書こうかなと考えてます。



[11290] 第三話 「遺跡と猛獣」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/22 00:15
深く険しい密林を歩く。
熱帯樹やそれに絡まりつくツタやコケを横目にして、
オレは額に流れる汗を拭った。
湿度は高く、
日差しは強い。
しかし、まるで天然の天井のように生い茂る木々によって
日光は遮られ届かない。
よって肌に感じるのは妙に気持ち悪い肌寒さだ。


「なぁ、ロビンそろそろ休憩した方が良くないか?」


オレはそんな気候の条件などまるで気にしないかのように、
もくもくと険しい獣道を進んでいく幼なじみに問いかけた。


「ダメ、もう少しの筈だから我慢して」

「オレの経験上もう休んだ方がいいと思うんだけど?」

「私の経験上もう少し進む方がいいと思うわ」


お互いの経験値を比べれば、
おそらくロビンの方が専門知識を多く持っている分上なのだろう。

はぁ、とため息をつき、
ロビンの横に並んだ。


「理由を聞いていいか?」


ロビンは前を向いたまま答えた。


「周りを見て、もう随分昔の事だと思うけど、
 今進んでいる道が成らされた形跡があるわ。
 巧妙に隠れてる……いいえ、隠されてるけど、
 獣じゃあり得ない道具で成らした跡がある。
 これはココに人口の通路があった証拠」


オレはロビンの言葉に従い周りを見てみる。
確かに“密林にしては”歩きやすい。
何度か行く手をふさぐツタや枝を払ったが、
基本的には続いていく獣道を進んだ。


「決定的なのは植生ね」

「植生?」

「ええ」

「数本に一本だけ……それも道が分かれたそうな時だけ、
 よく探せば、周りとは違う種類の樹があったわ」

「なるほど“目印”か……」

「そう。島の大きさや進んでいる距離、
 それに方位を考えるともう少しのはずよ」


巧妙に隠しているくせに、
導くための情報を残した。
この矛盾した状況といつもよりうれしそうなロビンから導かれるのは……


「今回は“アタリ”かもな」

「ええ」


考古学者としての血が騒ぐのか、
待ちきれないと言いった様子でロビンが答えた。


「今回こそあるかもしれない─────“歴史の本文”が」













第三話 「遺跡と猛獣」













その後、
だいたい十分くらい歩くと密林を抜け広場へと出た。
険しい密林に空いた小さな穴のように日が差した場所で、
短草の乾いた地面に清らかな泉がある。
言うならば、密林の中のオアシスとも言うべき場所だろう。

オレとロビンはここで今日は休む事にした。
目的地までそう遠く無いと言っても急いでる訳ではない。
ならば、体調を万全に整えてから明日に向かうのがベストだろう。
ロビンは今すぐにでも行きたがっていたようだけど納得してくれた。


背負って来ていたテントを降ろし組み立てる。
速やかに出来上がるテント。
自分の手際の良さに少し感心する。

今回で何個目の遺跡調査となるのだろうか?

始めの内はオレもロビンもあたふたと、
経験値ゼロの状態からつぎはぎの知識だけで進んだ。
今思えばなんて危険な真似をしてたんだとあきれてしまうが、
指導者や先導者の作りにくい状況なので仕方無かった。

まぁ、今では随分と手慣れたもので、
知識、経験
どちらでも一流の探検家に引けを取らないと思う。

オレとロビン二人とも一応の事は出来る。
だがオレ達は二人で一つのチームだ。
役割的なことを言えば、


ロビンはその持前の知識を生かして目的地までの道を導き調査する役割で、
オレに関して言えばロビンが指した道を切り開きロビンが調査しやすい環境を整える役割だ。


おかげでオレも一端の探検家と言う訳だ。
まぁ、ロビンには悪いけど……
遺跡そのものも悪くはないが、
どちらかと言えば遺跡に眠るお宝の方に興味がある。
トレジャーハンターとでも言うべきかもしれないな……。



─────ロビンに付き添って世界中の遺跡を調査して回る。



幼いころに思い描いた未来が気づけば現実のものと成っていた。


「クレスー、出来たー!!」

「了解ー」


ロビンからの声に休めていた身体を起こす。
密林とは思えない爽やかな風に乗って、
火にかけられた鍋からいい臭いが漂ってくる。
持っていきた調理器具で作った料理が完成したようだ。


ロビンの作った料理を頬張る。
携帯食と調味料で作ったスープだ。
高価な食料で手間暇をかけた訳ではないインスタントな食事だが、
とても美味しい。
美しいロケーションの中と言うのもあるだろうが、
やはりロビンが作ったと言うのが大きい。
オレはロビンが作った料理ならたとえ大嫌いな物だって食える。

絶対に、食う。


「これからどうする?」


一応ロビンに問いかける。
なんとなく答えは分かってる。
案の定予想道理の答えをオレの顔を窺いながら言った。


「じゃあ遺跡の下見に…」

「駄目」

「うぅ……せめて道順だけ確認して遺跡を一目だけ……」

「駄目」


ロビンが拗ねた顔で抗議する。
目の前に御馳走があるのにお預けをくらった気分なのだろう。
気持ちは分からなくもないが、
オレは腕時計が刻む時刻ををロビンに見せた。


「今ちょうど三時半を回ったとこだ、
 当然まだ日も高いし道順を確認するだけくらいなら問題は無い」

「それじゃあ……」

「駄目だ。だって遺跡を目の前にしたら絶対に“ちょっと”じゃすまない」


これは経験則だ。
ここから遺跡まで三十分掛かるとする。
遺跡につけば4時だ。
日が完全に沈むのが六時だとして返る時間を考えるとだいたい一時間半。
もしかしたらコレよりも時間は短くなる。
遺跡を前にして“それだけ”じゃ絶対にロビンは終わらない。
考古学者としての血が騒ぎ始めたらまず止まらない。
必ず作業は夜まで及ぶ。
何度か深夜まで手に持った明かりを頼りに作業をするのを見てきているのだ 。


「言っとくけど、キャンプを張る地点としてココを動かすつもりは無いからな」


これ以上のロケーションはそう無い。


「……わかったわ」


ロビンは残念そうにうつむく。
……なんかもの凄い罪悪感だ。


「まぁ、その代わり明日は朝一で出発するから」

「えっ!ありがとう、クレス」


俯き顔からの急転換。
ロビンに尻尾がついてたならバタバタと嬉しそうに振っていたに違いないだろう。
そんな様子に思わす笑みがこぼれた。













その後、オレとロビンは別行動を取ることにした。

ロビンは泉の辺で読書をするらしい。
まぁ、まだ日も高いし
もし何かあってもロビンなら大抵のことは平気だろう。

オレは今晩の食材を取りに行くことにした。

わかりやすく言えば狩りである。
何かあった時のためにあまり遠くへは行かないつもりだ。


「じゃあ行ってくる」

「いってらしゃい。何時くらいに戻ってくるの?」

「うーん、日が落ちない内に帰りたいから五時半くらいだと思う」

「うん、わかったわ。気をつけてね」


オレはロビンに片手を上げて答えた。






狩り


と言っても罠なんか作る訳では無い。
今の装備は腰に差した刃渡り五十センチ位のサバイバルナイフと鉄線だ。
これらはサバイバルセットの一つで獲物の解体用と捕獲用だ。

ロビンと共に各地を周っていく内にオレの狩りのスキルは上昇し
既に熟練の域にある。
食料が底を付きそうにそうに成った時は海に潜って魚を捕ったりもしている。
おそらく小型なら海王類も捕れる気がする。


オレはロビンと来た道を少し戻った。
キャンプから少し戻った其処に、
来る途中に見つけた獣の通った跡があった。
改めて其処を調べる。
折れた小枝にまだ新しい足跡、
思った通り獲物は近くにいるはずだ。
しかもこの様子だとかなりの大物だろう。
軽く準備運動を行い、
オレは音を立てずにその跡を追った。






狩りの度に思うのだが、
生きると言うことは奪う事だと思う。

別に悟りを開いたとかそんな大層な事じゃない。
ただ、ぼんやりとそんな事を考える。

考えれば当然なのだろう。
人間だけじゃなく全ての生物は他の生き物のの命を奪って生きている。
それをオレはこうやって自覚したと言う事だけだ。

まぁ、そうこうと無駄で全く腹の足しにもならない事を考えている内に、
不自然に枯れ木や落ち葉が集められた“巣”とおぼしき所に到着する。

辺りに巣の主はいない。
オレはそれを確認すると“月歩”で近くの樹の枝へと飛び乗った。






息を殺して待つこと二十分。
獲物が現れた。

太く反り返った白い牙。
獰猛な気性。
厚い毛皮に覆われた逞しい全身。
岩をも砕きそうな硬い蹄。
にらんだとおりココの主は巨大な猪だ。
それも通常の三倍はありそうなほどの大きさだった。

オレは目の前の獲物に集中し、
静かに腰に差したサバイバルナイフを抜いた。

狙うは首筋、
一撃必殺。
おそらくそれ以外は分厚い皮膚に阻まれる。
手負いの獣ほど面倒なものはない。
確実に仕留める。
その時風が吹いた。
巨大な猪は鼻を鳴らすと、
弾かれたようにこちらを向いた。


(しまった、臭いか!!)


気配は消していた。
だが、風が運んだわずかな体臭までは消せなかったのだ。

巨大な猪は嘶きを上げオレの潜んでいた樹木に向かって突進する。

伝わる衝撃。
樹木は半ばでへし折れメキメキと音を立てる。

オレは空中に投げ出され急ぎ“月歩”で体制を整え着地した。


「見つかったか……」


まさか、あの場面で風が吹くとは思わなかった。
あれさえ無ければ一撃で仕留める自信はあった。


「時の運ってやつか……」


半ば諦めの様につぶやく。
目の前には地面を成らしオレを轢き殺そうてと構える巨大な猪。


「まぁ、いい……。
 どっちが強いか決めようじゃねぇか猛獣」


オレは手に持ったサバイバルナイフを腰のホルダーに納め、脚に力を込める。
重心が下へと移動し地面が僅かに沈む。


「───こい」


それが合図だったのだろう、
猪はその巨大な牙を突き立てるようにオレの方向へと向かう。
当たればただでは済まないのはへし折れた樹木を見れば分かる。


「鉄塊“剛”」


だからオレは全力で受け止めた。

猪との衝突により衝撃が全身を駆けめぐる。
猪のあまりの馬力に身体がじりじりと地面を擦り後退する。
だが、其処までだ。
助走での威力を完全に塞がれた猪にオレを押し切る事はもはや不可能だ。
野生の堪か、
猪はオレを掬い上げようと鼻先を更に下げようとして動きが止まった。


「オレの勝ちだな猛獣」


猪の牙はオレによって完全に押さえられ動けなかった。


「オラッ!!」


腕に力を込め猪を受け流す様にブン投げる。
猪の巨体は宙を舞い背中から地面に激突する。
猪は短い悲鳴を漏らして、倒れ込んだ。


オレは腰からサバイバルナイフを抜き猪に近づく。
猪は立ち上がるもさっきの一撃が効いているのか、全身が小刻みに震えている。


「やめとけ、無駄な抵抗だ。
 動かなければ痛みを感じずに逝ける」


獣に話しかけても仕方がないとは思うが通告する。
だが………やはり猪は動きを止めない。
諦めるどころか寧ろ満身創痍の全身でオレに立ち向かおうとした。

何故だ?
と疑問に思った瞬間猪の後ろから小さな猪が出てくる。
おそらくこいつの子供だ。
そしてその子供は母の前に立ち強大な敵に向かって小さな牙を立てた。


「………そりゃ、無いだろう」


こんなの見せられたら、オレの負けじゃねぇか……













現在狩りに出て三十分くらいたった。
だけど今日はなんだか気分が萎えていた。
前方の樹に鳥が止まる。少し大きな肥えた鳥だ。
腰にあるナイフを投げれば確実に仕留める自信がある。

だが、気分が乗らない。

やがてその鳥の隣に番であろうもう一羽がやって来て空へと飛び立った。

「あぁ……最悪だ。
 ロビンのとこにでも帰って小魚でも捕ろ」


オレは来た道をトボトボと帰る。
なんだか無駄に汗だけかいて、汚れただけだった様に思える。

しょうがないが……今日の夕飯は持ってきた保存食とこれから捕る小魚にでもしようか。

その前に水浴びでもしたいな……


「ただいま……ロビン……悪い今日は取れなか…………っ!!!」


なんと言うべきか、
ブルーな気分で帰って来たら水の妖精かと見間違うロビンがいた。
オレの全身の時間は間違いなく止まった。


「ク……クレス?」


ロビンは一糸まとわぬ姿で泉の中にいた。
艶やかな黒髪は水に濡れ更にその艶を増し、
肌は温度差に戸惑うようにほんのりと上気している。
しなやかで健康的な白さの肌は太陽と水面からの反射で幻想的に輝いている。
今、水滴がそのなやましいうなじから流れ落ちた。
水滴はほっそりとした首筋を通り、
うっすらとした鎖骨を流れ、
少女と女の中間で揺れる、発達途中の背徳的な二つの膨らみの先端から流れ落ち、
奇跡ともいえるしなやかな腰元にある、形の良い臍に一度とどまり
一気に下腹部へと流れ落ちた。

その姿に、
あぁ……成長したんだなぁと場違いにもしみじみと思い入り、
オレの視界は闇に覆われた。
何かと思えばロビンの悪魔の実によって咲いた腕に目を塞がれていた。


「~~~~~~っ!!」


ロビンが声にならない叫びを上げる。
目には見えないが何となくオレの周りには尋常では無い位の量の腕が咲き誇っているのだろう。

そして何となくこの先の展開も分かる。
分かりたく無いけど分かる。
やっぱり思春期の女の子は多感なんだなぁ……
軽く現実逃避をしながら、オレは全身に全力で“鉄塊”をかけるか悩んだ。


間もなく密林に情けない悲鳴が響いた。






「悪かったって」


夜になって一緒に火を囲みながらオレはロビンに誠心誠意頭を下げる。
なんでもオレが狩りに行く前に帰ってくる時間を聞いたのは、
水浴びがしたかったかららしい。
そして想像以上にオレが速く帰って来てしまったために
“事故”が起こったそうだ。

ロビンはツンとそっぽを向いて目を合わせてくれない。
帰って来てからずっとこうだ。


「もう知らない」

「ごめんなさい」

「いや」

「すいません」

「だめ」

「……焼き魚一個あげるから」

「いらない」


ヤバい、泣きそうだ。

ロビンの様子は変わらない。
怒っているのか、
昼間の状況からオレと顔が合わせづらいのか
いっこうに取り合ってくれない。
この調子じゃ明日に持ち越しかなぁ……
ため息をついて仰向けに寝転ぶ。
空を見れば星がとてもきれいだった。

このまま寝ちまおうかなぁ……なんてぼんやりと考えていると
ガサガサと森の方から物音がした。

オレは跳ねあがり意識を音の方向に向ける。
ロビンも同じように身構えた。


物陰からの音が近くなる。
やがて闇の中から巨大な獣が現れた。


「昼間の……猪」


それは昼間に戦った猪だった。
良く見れば後ろには子供の猪もいる。

ロビンが攻撃をしようと動こうとする。
だが、オレ左手でそれを制した。


「どうしたの?」

「少しだけ待ってくれ」


猪は警戒するようにオレに近づき一定の距離を保つと、
地面に何かを置いた。
それは色とりどりの果物と山菜だった。


「くれるのか?」


猪は軽く鼻を鳴らした。
肯定らしい。
猪は再び警戒するようにオレから距離を取った。
本来は敵同士だったのだ。
そしてそれは今も猪の態度を見れば変わらないのだろう。
ならば……借りを返しに来たと言うところだろうか?


「……カッコイイじゃねぇか」


母猪はそのまま子猪を連れ振り返ることなく帰った。
オレは猪の親子が去って行った茂みをしばらく見つめていた。


「……どういうこと?」

「貸し借りは無しだって話じゃねえのか」


オレは猪が置いて行った食材の方向へと向かう。
いまから二次会ってのも悪く無い。














「ほふぃんいふぁい(ロビン痛い)」

「……………」

「いたたたたた……いや、待って……腕が増え……っ!!」


話終わった途端
何故かロビンに頬をつねられた。
しかも無言で、
なんかひたすらに怖い。


「結局あの後あやふやになったもの」

「あやふやって、ロビンのはだ……いだだだだだだだ」


頬の痛みで強制的に黙らさされた。
ヤバい、地雷でも踏んだかもしれない。


「ふふ……これくらいで許してあげる」

「……そりゃどうも」


オレはつねられた頬をさする。


「結局あの後、遺跡はあったけど“歴史の本文”は無かったのよね」

「まぁ……それでもお前は楽しそうだったけどな」

「そうね、……そうだったわね」

「結局“歴史の本文”はこの海じゃ一つしか見つから無かったんだよな」

「ええ、おそらくもうこれ以上は……あったとしても私の知りたい事じゃ無い筈」

「偉大なる航路……グランドラインか……」

「きっとそこに“ある”そんな気がするわ」

「見つかるさ……絶対」

「そうね……ありがとう」













あとがき

過去話第二話です。
書いてみてやってしまったかなーと微妙に後悔してます。
書いてみたかったんですラブコメ。
クレスの武器は基本的に“六式”と“サバイバルセット”です。
クレスはすっかりとハンターですね。
過去編はとりあえず次で最後です。
次は友情モノのつもりです。



[11290] 第四話 「意地と酒」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/28 11:05
「そういえば、ハリスは今頃どうしてるのかしら?」

「………知らん、知りたくも無い」


 嫌な奴の名前を聞いた。
 名前を聞いただけでその姿がよみがえる。

 賞金稼ぎ
 “串刺し”ハリス

 オレの大嫌いな男だ。


「ふふっ……、素直じゃないんだから。
 あんなに仲良しだったのに……」

「誰が仲良しだ!!」


 何がおもしろいのかロビンは楽しそうに笑う。
 失礼なやつだ。
 だいたい……どこをどう取ったら仲良しに見えたんだ?
 出会いの初っ端から最悪だったじゃねぇか。


「アイツとはいずれケリをつける……それだけの関係だ」

「あら? そう言うのを男の子の間じゃ仲良しって言うんじゃないの?」

「違うわ!!」


 まぁ……いい
 思い返したくは無いが、
 ロビンがそれを望んでいるみたいだしアイツとの出会いでも話すか……













第四話 「意地と酒」














 大体五年前くらいか……

 オレもロビンも今の生活にも随分と慣れた頃の話だ。

 海軍からも政府からも十年間逃げ続けて、世間を賑わせた“悪魔達”のニュースも時の流れによってすっかりと風化し、お互いに随分と成長して身体的特徴からも正体が悟られ無くなった頃だ。

 相変わらず裏の組織に与していたものの、この頃になると表を堂々と歩いても何も問題は無かった。
 一時期は思いだしたく無い程にひどかったのが嘘のようだった。
 政府も確実に追っては来ているものの、徐徐にその規模を縮小していき用心さえしていればそう問題は無かった。


 平穏と言うには少し物騒だったが、ロビンと二人、遺跡の探検や“六式”の鍛錬をしたりして静かに暮らしていた頃だ。




 この時、オレはロビンと共に裏組織の一つに接触してその身を隠していた。
 オレは“六式”で培われた力と動体視力を買われ、
 ロビンはその知能を買われ組織の幹部として雇われてた。














「お客さん、ポケットの中身を見せていただけますか?」

「なっ!!」


 オレは不自然な動きを見せた男の腕を掴む。
 男はオレから逃れようと必死で抵抗するが、オレの腕は万力のようにその腕を拘束する。
 すると客の男のポケットから数枚のカードが零れ落ちた……。
 男はそれを絶望的な表情で眺める。
 彼の人生はこれで終わりを迎えたのだ。


「こ、これは何かの間違いだ!!
 じょ、冗談だろ!!? 見逃してくれ、何でもするから!!!」


 男は涙を流し必死で懇願する。
 オレは何も言わない。
 オレの仕事はここまでだからだ。

 扉が開き屈強な男達が数人ぞろぞろと現れる。
 組織が経営するカジノの構成員達だ。
 男は自分の運命を悟ったのか項垂れる。
 そしてオレに掴まれた腕の反対側の腕をスーツの内側に忍ばせた。


「ちくしょうが!!死ねぇ!!」


 男は銃を引き出す。
 そしてその引き金に指をかけようとした、その瞬間。
 オレは男の腕を蹴り飛ばした。


「ぐっ!!」


 オレの脚先は男の持った銃を的確に蹴り上げ
 銃を空中へクルクルと舞いあげる。
 やがてそれはオレの腕の中に納まった。


「……残念だよ」


 オレは銃を男に突き付ける。
 男には抗う術など無かった。














「はぁ………」

「どうしたの、そんなため息なんかついて?」

「いや、……何でも無い」


 “仕事”が終わり現在はロビンと落ち合い酒場で酒を飲んでいた。
 並んで酒場のカウンターに座る。
 そこで昼間のことをふと思い出しなんとなくナーバスになった。


「何にも無いこと無いでしょ。話してみたら? 少しは楽になるわよ」

「いや、そんな大した事じゃないんだ」


 本当に大した事なんて無い。
 要は後味が悪かったのだ。
 今回の件はカジノでイカサマをしたあの男が悪い。
 しかも手付きから見るとかなりの腕だった。
 常習性もあるに違いない。
 オレが気にする必要なんて無い筈だ。

 だが……今回の件でどのような形で男に制裁が与えられたかは想像に難くない。


「もう……意地っ張りなんだから……
 何か辛い事や不安や悩みがあったら遠慮しないで話せって昔からクレスは言ってるじゃない。
 それには自分は当てはまらないの?それとも……私は頼りにならないの?」

「……む」



 ─────何か辛いことや不安や悩みがあったら遠慮せずに話せ



 確かに幼い頃からロビンに言ってきている事だ。
 ロビンは賢いから周りに自分の悩みを悟られないように行動してきた。
 悪魔の実の件がいい例だ。
 だからいつもロビンにはそう言い続けてきた。


「……わかった、話すよ」


 大体その言い方は卑怯だ。
 ここで話さなかったら、オレがロビンを信用していないみたいじゃないか。


 オレは昼間の出来事をロビンに話した。

 まったく……情けない話だ。
 十年間も罪を重ね続け未だにこういった事には慣れない。
 襲いかかってくる人間や悪意を持った人間には容赦無く対応できる自信がある。
 だが……そうでない人々。
 例えば昼間の客のような直接オレに悪意を持たない人間やこちらの都合で勝手に傷つける人間。
 そう言った人々に関してはどうしても罪悪感が抜けないのだ。


「……やさしいのね」


 語り終わった後にオレを気遣ってかロビンは優しい言葉をかけた。
 そう言ってもらえるとうれしいのだが、実際は違うのだ。

 本当に優しいなら昼間オレは男を見逃していたはずだ。
 そして男が帰る間際に今日のことを話し男をカジノから遠ざけた。
 だが、オレはそれをせずに自分に与えられた“仕事”をこなした。


「………違う、オレはただ……」




「─────甘いだけ……だろ?」




 突然、見知らぬ男が話に割って入っていきた。

 背中に細長い筒を背負った男だ。
 額にバンダナを巻きボサボサの髪を逆立てている。
 狼のような野性味あふれる目が特徴的だった。

 男はそのまま酒を注文するとロビンの隣に座った。


「オォ、ねぇちゃん今夜暇?」

「誰だよてめぇ、と言うかロビンに話しかけるな、ブッ飛ばされたいか!!」


 いきなりロビンをナンパし始める男。
 男はオレをさして気にした様子も無く店員から手渡されたグラスを手に持った。


「何だ、うるせぇぞ。せっかく酒を飲みに来たんだ静かにしろ」

「あァ!!」


 自分からオレを煽っておきながら放置するとはいい度胸だ。
 本気でブッ飛ばしてやろうかと考え始めた所にロビンがオレに釘を刺した。


「……クレス、他のお客さんの迷惑になってるわ」

「そうだぞ、静かにしろ」


 ロビンの言葉に便乗する男。

 やばい……今一瞬怒りで我を忘れかけた。


「それで……突然割り込んで来て何か用なの?」


 ロビンが男に対して警戒の目を向けた。


「いや……興味があったんでね。
 他人の会話に割り込むなんて無粋な真似あまり好きじゃないんだが、
 おもしろそうだったんで “つい” ……な」


 そう言って“オレ達”にその鋭い目を向ける。


「お前がどんな事に興味を持とうと自由だが、オレ達の邪魔をするな」


 立て、そして一刻も早くロビンの隣からどけ。


「そりゃ悪かった。
 でもな……つい手を出したくなるんだよ。
 ─────お前みたいな弱虫野郎を見てるとな」


 その言葉には絶対の自信が込められていた。


「お前が誰だか知らないが……喧嘩売ってんのか?
 見ず知らずの人間にそこまで言われる理由なんて無いぞ」

「見ず知らず……とは、確かに正論だ。まったくもって正解だ。
 だが、オレがこう言うのも理由がある」


 男はグラスに入った酒を飲み干すと勢い良くカウンターに叩きつけた。

 カン……

 と一際大きな音が響き静かな雰囲気だった店内が静まりかえった。


「見てたぜ、昼間の一件。
 オレから見ても実に鮮やかな手際だったじゃねぇか」

「…………」

「だが、ここでまた会ってみれば後悔の素振りを見せてやがった。
 本来なら圧倒的な力を持つはずのお前がだ!! けっ、反吐が出るぜ!!
 自分の行動に自信が持てねぇ、てめぇ見たいな勘違い野郎が大嫌いなんだよ。
 力があるなら絶対の自信を持ちやがれ!!
 ─────後悔するなら行動するんじゃねぇよ。そんなのはオレに対して失礼だ!!」


 男の一方的な口上にオレもそろそろ我慢の限界だった。
 グラスの中身を一機に飲み干しを勢いよくカウンターテーブルに叩きつけた。


「お前の言いたい事は分かった。
 だが、それはオレには関係無いことだ、
 喧嘩なら買ってやるよ、かかってこいや」

「はっ、いいねぇ!!
 図星を突かれて怒ったか?
 こちとら、もともとそのつもりだったんだ、
 来いよ、ボコボコにしてやるぜ!!」


 オレは指に力を入れ骨を鳴らし。
 男は背負っていた細長い筒に手をかけた。

 まさに一触即発。
 静まりかえった店内に誰かのゴクリと言う固唾を飲む音が響いた。


「─────止めなさい」


 大声では無い。
 だが、それでも良く通る声が響いた。


「ん!?」

「な!?」


 咲き誇る腕。
 オレは男に一撃を喰らわせようとした瞬間、
 ロビンに全身を拘束された。
 男の方も同じように全身を拘束されている。


「ロビン、手を離せ、このままだとコイツを殴れない」

「そうだぜ、ねえちゃん。能力者のようだが……
 悪いが邪魔するなら女と言えどタダじゃ済まさないぞ」

「てめぇ、ロビンになんて口ききやがんだ。彼方まで吹き飛ばすぞ!!」

「威勢だけはいいようだな!!それが何秒持つかねぇ!!?」


 いがみ合うオレ達。
 やはり熱は納まらずオレ達は対立した。


「───人の話しを聞きなさい」


 オレと男は更にロビンによって口を塞がれた。


「クレスも貴方も落ち着きなさい。
 ここはお酒を飲む場所よ。喧嘩するのは止めなさい」


 ロビンの言う通りだった。
 少し血がのぼり過ぎていたみたいだ。

 今のオレは組織の幹部でこの酒場は組織の経営する店の一つだ。
 ここで騒ぎを起こすのはまずい。

 男の方もロビンの言葉を受けてかおとなしくなった。
 だが、その瞳だけは相変わらず獲物を見つけた狼のように凶暴だった。

 ロビンはオレ達の様子を見てか拘束を解いた。


「まぁ、ねぇちゃんの言う通りだな……
 酒場には酒場での勝負があるってもんだ。
 オレとしたことが、そんな事を忘れちまうとはな」


 男は再びロビンの隣に腰を下ろした。


「おっさん、酒くれ、酒!!
 ありったけ持ってこい!!!」


 男が挑発するようにオレを見た。
 オレは男の意図を悟りロビンの隣の腰を下ろした。


「オレにもだおっさん!!
 コイツより多く持ってこい!!」

「んだと!!てめぇ如きがオレに敵うと思うな!!」

「せいぜい吠えてろ、どうせ勝つのはオレだ」


 慌てた店主が大量の酒を運んでくる。
 巨大なジョッキがオレと男の前に置かれた。
 オレと男は同時にジョッキを手に持った。
 互いに睨み合う。上等だ。


「「勝負だ!!!」」

「もう、勝手にすればいいわ……」












「……大丈夫?」


 呆れたように、ロビンが言った。
 現在オレは完全に酔いがまわり、フラフラと足元が揺れる中で宿へと帰っていた。
 気持ち悪い。今すぐ胃の中身をぶちまけたい気分だったが、ロビンに嫌われそうなので全力で我慢していた。
 
 実はオレは酒は好きだがそこまで強くない。
 飲めない事は無いが、嗜む程度だ。酒豪なんて口が裂けても言えない。

 だが、だからと言って、ハリスに負けるつもりはさらさら無かった。
 半分意識が飛びかけた状況で意地だけで飲んでいた。


「ハリスの方も実はそんなにお酒強いわけじゃ無かったみたいだったしね……
 二人して意地を張って何が楽しかったの?」

「……確かに悪かったよ、迷惑をかけた。
 だけど、これだけは言っとくぞ」

「何?」

「勝ったのはオレだ」


 ロビンが笑いだした。
 失礼なやつだ。
 今のは真面目な話だってのに……抗議しようと思ったが、その瞬間猛烈な吐き気が襲ってきた。


「もう、気持ち悪いなら吐いちゃった方が楽よ」

「ぜ、全然……大丈夫だ」

「……青い顔で口元を押さえながら言っても全然説得力無いわよ」


 そうして、這々の体で宿へと帰り、全力でトイレに駆け込んだのは直ぐにでも忘れたい思い出の一つだ。














あとがき
すみません。一話で収めるつもりでしたが、
今回はいつもより長くなりそうなので二話構成とさせていただきます。
始めは原作キャラとの交流を考えていたのですが、
手ごろなキャラが見つからなかったためオリキャラを出すことにしました。
次の話はクレスとハリスのバトルです。
頑張りたいです。




[11290] 第五話 「意地と賞金稼ぎ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/28 10:54
 偉大なる航路───グランドラインのとある島


 荒れ狂う波が島を削る。
 吹き付ける強風。
 海からやって来た風は強く、なぎ払うかのように吹きすさぶ。
 あたりに草木は無く生命の息吹が感じる事は出来なかった。


 そこにハリスはいた。


 彼は何をするでも無く、ぼんやりと海を眺めていた。
 強い風が彼の頬を撫でても眉ひとつ動かさなかった。


「おい、ハリス何をしている」

「……しいて言うなら何もしていない……かな?」


 ハリスは声の主へと目を向ける。
 彼が現在所属する組織の構成員の一人だ。


「それなら、こっちを手伝え……忙しくてたまらん」

「嫌だね」

「何?」

「だってそれは契約には無い」


 ハリスは背負った筒を揺らす。
 構成員はその様子に大きなため息をついた。


「戦闘狂が……」


 侮蔑とも取れる、皮肉ったような口調だった。


「その通り」


 だが、ハリスは構成員の言葉に無邪気な笑顔を見せた。


「オレの仕事は戦闘だ。
 だから、それ以外はしたくない」

「分かった……お前でも少しは役に立つと考えたオレがバカだった」

「あんがとさん」

「言っとくけど、バカにしているんだからな。
 まぁ……いい、中に入ってこい。
 そんな強風に吹かれていても仕方ないだろう」

「分かったよ」


 ハリスは立ちあがる。
 そして構成員の後に続き、近くの岩場に隠されるように立てられた“基地”の中へと入った。


 岩場に空いた巨大な穴を利用した基地。
 空いた穴を更に広げた室内。
 天井には無理やりに取り付けられた照明がある。
 通気性は最悪だったが、岩場の穴の中ともあって熱くは無い。

 中には簡素なテーブルに椅子。
 そして無造作に置かれた書類の数々。
 通信機などの装置も置かれ、
 何人もの人間が各自、機械の向うの人間に指示を飛ばしていた。


「相変わらずゴチャゴチャとした所だことだな……」

「うるさい、どうせ今は働かないんだからその辺で休んでろ」

「りょーかい」


 ハリスは部屋に置かれた椅子に腰かけた。
 構成員の男はハリスにマグカップを差し出した。


「で、何を考えてたんだ?」

「は?」

「だから、わざわざ外に出て西の方角の海を見てただろう」

「…………」

「女か?」


 構成員は興味深々と言ったようにハリスに聞いた。


「いや……昔の事を思い出してた」

「なんだそりゃ?」

「一度目の勝負はオレの勝ちだって話だよ」

「……わけわかんねぇぞ」


 ハリスは構成員を無視するように椅子に深くかけ直す。
 そのまま目を閉じるとあっちに行けと構成員に手を振った。


「はぁ……もういい。オレは仕事に戻るぞ」

「おうおう、そうしろ。そしてオレに早く仕事を回せ」

「たっく……いまだに自覚が無いようだから言っとくが、お前はオレ達の一員なんだからな」

「わかてるって、そんな事。旦那に誘われた六年前から承知の上だっての」

「本当にわかってんのか?
 セントウレア、ヴィラ、バスト―ラ、スプリド、……。
 世界中で行われる抵抗運動を束ねる機関の一員なんだぞ。
 お前の享楽で各地を回るのは構わんが、もっと自覚を持て」


 しつこい構成員の口上にハリスはうっとおしげに目を開け。
 背中の筒を構成員の鼻先に突き付ける。


「いい加減にうるさいぞ、穴だらけにされたいのか?
 オレはオレの信条にのみ従う。ここにいるのもその一環だ。
 裏切るつもりは無いが、別にお前らの“思想”とやらには興味は無い。
 戦いがあってそこに行けと命じられる。オレにとってはそれだけだ」

「…………」

「そう目くじら立てんなよ。
 ちゃんと分かってるって、オレが革命軍の一員だってな……」


 ハリスは再び目を閉じ思い返す。
 気に入らない、あの残酷な甘さを持った男を……














第五話 「意地と賞金稼ぎ」













「うえっ」


 まだ、猛烈に気分が悪い。
 ヤバい……昨日は飲みすぎた。
 途中で意識が飛びそうになったが何とか耐えた。


「はい、クレスお水」

「すまん……ロビン」

「もう……ほどほどにしなさい。昨日は大変だったのよ」


 腰に手を当て、呆れたようにロビンは言った。
 まったくもってその通りだ、
 酒はしばらく控えよう。


「それにしてもどうしたの……?
 昨日はいつもの貴方らしく無かったわ」

「そうか……そうだったか?」

「ええ、全然らしく無かったわ。
 いつもならあんなに潰れるまで飲まなかったし、
 喧嘩を売られても軽くいなせたはずよ」

「…………」

「何かあの人の言葉にいらついてた……そんな印象を受けたわ
 クレス……もしかしてまだ何か隠してるの?」

「いや……そんなことは無い」

「……そう」


 ロビンは立ちあがりオレから離れ、ドアに向かって歩いた。
 少し怒ってるような表情が印象的だった。


「私はもう行くわ。
 今日は暫くおとなしくしてた方がいいわよ」

「分かった……夕方ごろに店に出る」


 ドアが閉まる。
 オレは部屋の中で一人になった。
 ロビンがいなくなった途端、
 どうしようもなく苛立ちがこみ上げてきた。

 オレはその感情のままに指に力を込め、ロビンから渡されたコップを握り壊した。

 ガラスの破片が床に落ちる。
 コップに入っていた水が腕から滴り落ちた。
 そして破片の散乱する床に水たまりを作った。


「本当に……今更だな」


 昨日のことを思い出す。
 オレに向かって命乞いをした男。
 オレは悪くない筈だ。もたらされた状況で最善の選択をした。

 裏切りなど何度受けそしておこなって来たか忘れた。
 自分の腕はを悪事で染まり切っている。

 そんな事は分かってる。

 だから……しょうがない筈なのだ。


「カッコ悪ぃな……オレ……」


 後悔なんか確かに無駄なことだ。






 日が落ち赤みを帯びてきたとこでオレは仕事場であるカジノに出た。
 構成員達が声をかけてくる。
 オレはそれに適当に答え、いつもの席に座った。

 昨日までと同じ仕事だ。

 オレはカジノの監視役だった。
  構成員じゃ手に負えない客や妙に稼いでいく客を見つけては目をつけそれを納める。
 こう言った仕事は初めてではない、前にも何度か経験していた。

 カジノはやけに派手で明るい。
 あちこちで大音量のスロットの回る音やコインのジャラジャラといった音が響き、その度に歓声やため息、怒声や笑い声が聞こえる。

 オレはそれを無感動に眺めた。
 そろそろ潮時かな……そんな事を考えた。

 ロビンと二人この地にやって来てもうすぐ一年になる。
 まだ、政府には見つかって無いとは言え、少し長居しすぎたかもしれない……


 そんな事をぼんやりと考えてた時、突然入り口のドアが吹き飛んだ。


「よう、また会ったな。
 昨日の続き、第二ラウンドを始めようぜ」


 そこには昨日の男が野性的な鋭い目を煌々と輝かせて立っていた。
 静まる店内。
 だが男はそんな事をみじんにも気にした様子は無く。
 オレの方に向かってきた。

 そんな男をこのカジノの構成員達が男を取り囲んだ。


「お客さん困りますね……他のお客様に迷惑です」

「おとなしくお引き取りください」

「それ以上は我々も黙っていられませんよ?」


 屈強な男達が口調こそ丁寧なものの怒り心頭といったように男に迫る。
 間違い無く男がおとなしく帰ったとしても、
 ただでは済まさないつもりだ。


「お前らには用はねぇよ、死にたくなかったらどいていろ」


 だが、男は構成員達に構うことなく歩みを進める。
 構成員の一人がそんな男に掴みかかった。


「……邪魔だぞ」


 男は背中に背負った筒で構成員のを顔を突き刺した。
 構成員が吹き飛ぶ。
 構成員はカジノの備品を次々と巻き込み地面に転がった。

 残った二人は男の強さに戦慄し動けない。


「メンドイから連帯責任って事にするわ」


 男は動けない二人に向かって筒を振るう。
 筒は的確に二人にブチ当たり一人目と同じ運命を辿らせる。

 男は筒の中から細長い鉄でできた槍のようなものを取り出し、オレに向かって投擲した。
 槍はオレに向かって弾丸よりも早く迫る。
 そしてオレの顔の真横を通って、いくつものスロットなどの機械を貫通してようやく後ろの壁に突き刺さった。


「眉ひとつ動かさねぇとはやるじゃねぇか」


 重い沈黙が降りる。
 カジノの客の一人が壁に刺さった槍を見て呟いた。


「鉄で出来た武骨な槍……もしかして…… “串刺し” ハリス……」


 “串刺し”ハリス

 オレも何度か名前を聞いた事がある。

 ここ“西の海”ではかなり有名な賞金稼ぎだ。
 知名度だけならば“殺し屋”ダズと並ぶ。


 悲鳴の上がる店内。
 ハリスの雰囲気に呑まれたのか爆発的に感染し誰もが我先にと出口に向かう。
 やがて店内にはオレとハリスのみとなった。
 構成員達もハリスの名前に焦って逃げ出してしまった。


「わざわざ何の用だ?
 昨日の一件ならオレの勝ちで決着は着いたはずだぞ」

「アホぬかせ、昨日のはオレの勝ちだっての。
 それに今日のは昨日とは別件だ。
 やっぱり、ここですんなり帰るってのもつまらねぇしな。
 なぁ……懸賞金六千二百万 “オハラの悪魔達” エル・クレス?」


 ばれていたか……
 今思えば昨日の時点でその素振りはあった。
 奴は狼のように鋭い目を“オレ達”に向けていたのだ。
 おそらく前々から目をつけていたんだろう。

 ならば、今更引けないか……


「……武骨な槍だな」


 ハリスは筒からまた同じような槍を取り出す。
 そしてその先端をオレに向けた。

 それは槍と言うには余りにも武骨で粗末すぎるものだった。
 細長い鉄の棒の先端を鋭く尖らせた、ただそれだけの武器だ。
 それは槍と言うよりも鉄で出来た串と言ったほうが正しい。


「なるほど、その“鉄串”で“串刺し”か……全くふざけた名前だな」

「そう言うなよ、オレは結構気に入ってるぜ」

「そいつは悪かったな」


 オレはハリスに向かって“剃”で接近し硬化させた拳を繰り出す。
 霞むように見える筈のオレの速度にハリスは口元を釣り上げた。

 ガン、
 鈍い音、


「速いじゃねぇか」


 ハリスはオレの拳を手に持った鉄串で防いでいた。


「指銃」


 オレは防がれた拳と逆の腕で“指銃”を放つ、
 だが、ハリスはそれを鉄串を自在に操りオレの拳を支点として上に飛んだ。


「やるねぇ!!久々に楽しめそうだ!!」


 ハリスは鉄串を構える。
 そしてその先端をオレに突きだした。


「獲串!!」

「鉄塊“剛”!!」


 ハリスの攻撃の威力を想定しオレは全力の“鉄塊”で受け止めた。
 ハリスの鉄串はオレの肩口へと恐るべき速度で迫ったが、鋼鉄化したオレの身体に阻まれた。


「おっ!!」

「嵐脚」


 オレは宙に浮いたままのハリスに“嵐脚”を放った。
 “嵐脚”はハリスへと向かう。
 鉄串を突き出した体制ではよけられない筈だった。


「おおおおお!!」


 だが、ハリスは背中の筒からまた新しい鉄串を抜くとそれを盾にした。
 “嵐脚”と鉄串がぶつかる。
 ハリスはその衝撃を利用して後ろに飛んだ。

 オレは再び“剃”で接近しハリスを追撃した。
 だがそれをハリスは、手に持った鉄串を投擲し牽制する。


「鉄砲串!!」


 オレは“剃”の軌道を無理やり捻じ曲げた。
 地面を抉る鉄串、
 あのまま進んでいたならオレまで串刺しにされていた。

 ハリスは地面に着地する。


「へぇ……おもしれぇモン使いやがるじゃねぇか……」

「……まさか初見で避けられるとは思わなかったな」

「いや……初見じゃねぇよ。確か “六式” とか言ったか?
 海軍に伝わる体技なんだってな、相変わらずおもしれぇ」

「……知ってたのか」

「まぁな……少し前に機会があってな。
 悪ぃな、出来る事は大体分かる」


 くそ……厄介な奴だ。
 どこで “六式” を知ったか知らないが、
 手の内を知られてると言うのは面白い気分では無い。


「まぁ、しかし、だからと言って、
 お前がオレに勝てる理由には成りえない……だろ?」

「いいねぇ、その余裕!!今すぐに泣きっ面に変えてやるぜ!!」


 ハリスは新たな鉄串を抜き、オレにその先端を再び向けた。


「シャアアアアアア!!!」


 今度はハリスからオレに向かった。
 獣めいた恐ろしい速度だ。


「嵐脚“乱”」


 オレは無数の斬撃を放ってハリスの接近を阻んだ。
 だが、ハリスは前に進む。
 迫る斬撃を両手に持った鉄串で打ち払い、さばききれ無かった斬撃が己を傷つけても、嬉々とした表情で向かってきた。


「オラッ!!いくぜ!!」

「チッ!!」


 ハリスは突っ込んできたスピードを殺さずに、そのままオレに鉄串を突き出す。


「猛串───!!」

「鉄塊“剛”!!」


 オレは再びそれを受け止めた。

 この時オレにはいくつかの選択があった。
 反撃、防御、回避、の三つだ。
 瞬間的にオレは防御を選択する。

 先ほどのやり取りから防げば隙が必ず出来る筈だ。


 オレが攻撃を受け止めた瞬間、ハリスの目つきが変わった。
 ゾクリと身震いするような、野生の鋭い視線だ。


「───“二連棍”!!」


 高速でおこなわれる二連撃。
 オレは咄嗟のことに、 “鉄塊” を解き転がるように避けた。

 唸る鉄串が肩口を掠る。
 掠っただけなのに腕全体に衝撃が走った。
 恐ろしい威力の攻撃だった。


「へぇ……どうして避けたんだ?
 一撃目と同じように受ければよかったじゃねぇか」

「……偶然だろ?」

「教えてはくれないか……当然だな」


 ヤバい……失敗した。
 正規の訓練を受けなかった故の、 “六式” の弱点への糸口を与えてしまった。


「まぁいいか、これからじっくりとその秘密暴いてやるぜ!!」

「じゃあオレはお前のうるさい口を閉ざしてやるよ!!」


 早く勝負をつけないと不味いかもしれない。













あとがき
申し訳ありません。
自分の計画性の無さが露呈してしまいましたね。
書きたいことが思ったよりも多くてこの回でも終わりませんでした。




[11290] 第六話 「意地と残酷な甘さ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/28 10:56
 ロビンはいち早く仕事を終え、昨日と同じ酒場でクレスを待っていた。
 今朝のクレスの様子を思い出す。
 隠しているようだったが、
 何かに後悔するような、そんな表情だった。
 ロビンが嫌いな表情の一つだ。

 クレスはバカではない。
 自分の起こす行動がどんな結果を生むかは予測できる。
 だが、クレスはその予測がどんなに酷い結果を生もうとも、必要だと感じたならば、迷わずに行える。

 大方昨日の一件も何か、自分には知って欲しくない事だったのかもしれない……

 隠しごとをされるのはなんだか不満だった。
 もう、守られているだけの弱い自分では無い。
 無理を言って、クレスに戦う手段も教えてもらったし、
 生き抜く為の術も覚えた。
 もう、クレスの後ろでなくて隣を歩ける筈なのだ。
 だけど、それでもクレスは自分を悪意から遠ざけようとする。
 未だに二人分の泥をかぶろうと考え続けている。
 それが、たまらなく不満だった。


(そう言えば、昨日の男性……)


 ロビンは昨日の一件を思い出す。
 クレスに突然声をかけてきた男。
 クレスも気づいていたようだったが、
 どう考えても一般人では無い。
 海賊か賞金稼ぎ、そんなとこだろう……

 直線的だった男の性格を考えると疑問に思う事がいくつかあった。

 どこで悟られたかは知らないが、おそらく自分達の存在に気づいていた。
 しかし、何故かそれを確認しようとは思って無かった。
 どうしてあんな喧嘩を吹っ掛ける形で絡んで来たのか。
 おそらく、クレスがむきにならなければ戦いには成らなかった気がする。
 ……何故か酒の飲み比べになってしまったが。
 それはともかく、何故あんなに回りくどい事をおこなったのか?
 男の性格なら、いきなり武器を構えて突き付けてもおかしくは無い筈だ。

 そして酒場での言葉がどうしても引っかかる。
 

(どうして、クレスに感情をさらけ出したのかしら……)


 見ず知らずの人間が見れば、それは糾弾に聞こえたのかもしれない。
 しかし男の口調の端々には失望ようなニュアンスを感じたのだ。


(分からない……やっぱり様子を見るのが先決かしら……)


 黙考しながらロビンはグラスを傾ける。
 苦い酒の味が口の中に広がった。

 その時、店の外が騒がしくなった。
 店の中に一人の男が入って来て叫んだ。


「カジノで喧嘩だ!! 賞金稼ぎの “串刺し” が暴れてやがる!!!」














第六話 「意地と残酷な甘さ」













 ロビンは走る。
 カジノまではそう遠くない。

 カジノでの喧嘩。

 間違いなくそこにいるのはクレスの筈だった。
 そして相手は……おそらく昨日の男だ。

 ロビンは自分の見通しの悪さを呪った。

 様子を見るつもりだったが、まさか昨日の今日だとは思わなかった。
 男の意図は分からない。
 しかし、ただ自分達を打ち取りに来た筈では無いと思っていた。
 もう一度くらい、何らかの形での接触があると思っていたが、予測とは大きく外れてしまった。

 やがてロビンはカジノへとたどり着く。
 辺りは巻き込まれる事を恐れてか閑散としていた。

 ロビンが扉を開けカジノへと入ろうとした瞬間。


「!!」


 何かがロビンに向かって飛来する。、
 とっさにそれをロビンは悪魔の実の能力で受け止めた。
 腕に負荷がかかり痛む。
 現れた腕は全てロビンの腕なのだ。


「……すまん、助かった」


 飛来したのは、身体中に傷を作ったクレスだった。
 傷だらけの姿を見てロビンは驚いた。
 クレスは強い。
 少なくとも相当の実力者で無い限りは傷一つすらつけられない筈なのだ。


「クレス!!いったい何が!?」

「悪いが……今は後だ」


 クレスは鋭い視線を扉の向こうへと向けた。


「ははっ……ねぇちゃんまで来たか。
 様子見のつもりだったが、
 思ったより時間を食っちまったなようだな……」


 クレスが飛ばされた向うから、同じく満身創痍の男が現れる。
 予測通り昨日の男だった。


「っ!!」


 ロビンは男に向かって攻撃を仕掛けようとした。
 だが、何故かクレスはそれを制した。


「これはオレの戦いだ……」

「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょう!!?」


 だが、クレスはロビンを無視するように立ち上がった。


「悪いな、ねぇちゃん……そいつの言うことを聞いてはくれないか……
 軽い気持ちで手を出したが、オレもこいつとはケリをつけたいと思ってた」

「……ロビンには手を出すなよ」

「……分かってるって。もともとその気は無かった」


 互いに今すぐにでも倒れそうだった。
 しかし、互いに意地だけで立っている。
 ロビンはそんな気がした。


「……いくぞ」

「来いや……」


 クレスは高速で男に接近し、男はそれを迎え撃った。













 少し時を遡る。

 クレスはハリスとカジノの内部で戦闘をおこなっていた。


「鉄塊“砕”!!」

「獲串!!」


 クレスの硬化させた全身が砲弾のようにハリスに迫り、
 ハリスはそれを手に持った鉄串で迎撃する。
 互いに一歩も引かない、命を削るような激しい攻防だった。


「いいねぇ!!強ぇじゃねぇか!!」

「ありがとよ!!でも、お前に言われてもうれしくねえよ!!」


 ハリスは攻撃の度にその表情を無邪気に歪める。
 そんなハリスにクレスは表情を忌々しげに歪めた。


(この……戦闘狂が……)


 内心で醜く吐き捨てる。
 恐ろしい程に厄介な相手だった。
 認めたくはないが実力は拮抗していた。
 そして厄介なことに傷を負っても怯むことなく寧ろ向かってくる。
 そして、攻撃の一撃一撃が正確で威力が高い。
 槍と言う武器の性質上威力が集約されるため、攻撃を受けるにしても常に全力の“鉄塊”を使わなければならないのだ。


「抹葉串!!」

「紙絵!!」


 雨のような連撃。
 放たれる突きの全てが正確無比でクレスの“紙絵”の上から更に攻撃を合わせてくる。


「くっ!!」

「貰った!!───二連棍!!」


 逃げ場は無くクレスは追い込まれ、
 苦肉の策として防御を選択する。


「鉄塊“剛”」


 凶悪な威力を秘めた一撃を受け止める。
 全身に響く衝撃。
 何とか持ちこたえる。


(このまま、何とか持ってくれ……!!)


 だが、攻撃は一度で終わりでは無い。
 先ほどと同等の威力を持った攻撃がクレスに迫った。

 メキッ、と言う嫌な音がした。
 ハリスの一撃は“鉄塊”を砕きクレスの身体を貫いた。

 吹き飛び、クレスはカジノのテーブルに突っ込んだ。
 パラパラとテーブルの破片が舞った。


「なるほど……見つけたぜお前の “弱点” 
 いや、“性質”とでも言った方が正しいか」


 ハリスはクレスに向かって口元を釣り上げた。


「お前、あの避ける技“紙絵”とか言ったか? あれ苦手だろ?
 それに“鉄塊”とやらにも面白い特徴があったな」


 ハリスは手に持った鉄串を投擲した。
 弾丸のような速度で迫るそれをクレスは“鉄塊”で防御する。
 鉄串はクレスの鋼鉄化した身体に阻まれ弾かれる。
 次の瞬間、ハリスが目の前に現れた。
 ハリスは投擲と同時にクレスに向かって高速で迫ったのだ。


「猛串!!」


 ハリスの攻撃。
 以前のやり取りでクレスが“鉄塊”で防いだ技だ。
 いかなる威力の攻撃だとしても、クレスの “鉄塊” を破るのは難しい。
 鉄串はクレスに直撃し─────────



──────クレスを吹き飛ばした。



 二ヤリ、と確信するようにハリスが笑った。


「やっぱり、その技もずっと同じ硬度を保っていられる訳では無いようだな。
 最大効果が出せるのはインパクトの瞬間だけってか?
 そして、同じ効果を出すには短いがタイムラグがある。
 それに、“剃”とか言う移動技もそうだな……迂回をする時、随分と刻ん出たじゃねェか
 恐ろしく速いが直線移動しか出来ないんじゃねぇか?」


 クレスからの返事は無い。
 そしてそれが彼の考えが間違いでは無いのとの証明だった。


「随分とピーキーな性質の体技だな、オイ。
 オレが前に見た物とは起源は同じでもほとんど別物だな。
 さしずめ“一撃必殺の短期決戦型”とでも言ったとこか。
 おもしれぇ鍛え方をしたじゃねぇか」






 クレスが“六式”の訓練を受けたのは約三年間。それも幼少の時だ。
 基礎こそは習得したものの、
 そこから育まれる筈の錬度と言うのは全て逃亡生活の中での自己流だった。

 故に本家とは異なる歪んだ成長を遂げたのかもしれない。

 逃亡生活の中で求められたのは常に一瞬で相手を屠る為の力だ。
 そのため、クレスは一撃における“瞬発力”や“爆発力”に関しては群を抜いていた。
 一瞬で最大の効果を出せる事に関してはクレスは優れていた。
 しかし、その代償としての体技の“持久力”は失われていったのだ。

 また、“紙絵”が苦手なのには、一人での訓練しか出来なかったと言うのがある。
 そして、実戦においても多様する訳にはいかなかった。

 中には“紙絵”で避ける事の出来る攻撃もあった。
 しかし、クレスは避ける訳にはいかなかったのだ。
 彼が避ければ攻撃は全て後ろへと流れる。
 クレスの後ろには守るべき人がいた。
 彼女には敵の攻撃から身を隠す壁が必要だった。




 クレスは是が非でもロビンだけは傷つける訳にはいかなかった。




「それが……どうした」


 クレスは立ちあがった。
 倒れる訳にはいかない、そして倒れたことは無かった。
 彼が倒れ、捕まれば全てが終わってしまうのだ。

 クレス“は剃”でハリスへと迫った。
 二度も攻撃を受けたとは思えない程、鋭く地面を削り取るかのようなスピードだった。
 あまりのスピードにハリスはその進行を阻むように鉄串を突き出した。
 だが、それがクレスに当たる事は無い。
 クレスは突き出された鉄串を上空に駆け上がり避けた。


「指銃“剛砲”」


 クレスの拳がハリスを捕らえた。
 衝撃がハリスを揺らす。
 鉄串での防御は間に合わずハリスは吹き飛ばされた。


「こうしてオレの拳はお前に届く。
 そんな事が分かった程度でオレがお前に屈する要素には成りえない」


 ハリスの吹き飛ばされた方向から轟音が響く、
 ハリスが吹き飛ばされた際に巻き込んだ、備品の数々を吹き飛ばした。


「そりゃ失礼した。
 最後に立っていた方が勝者。
 オレとしたことが、そんなことも忘れてしまっていたとわな」


 額から血を流しながらも、ハリスは獰猛な笑みを浮かべた。
 二人は再び対峙する。
 互いに浅く無い傷をおってなお強い眼光で相手を睨みつける。


「ブっ倒す前に聞いとくわ……
 どうして昨日オレに声をかけた?」

「あ?」

「お前なら直接武器を向けて来ても疑問は無い。
 オレが賞金首だと感じた瞬間に行動を起こしたとしてもおかしくは無い。
 だが、それをしなかった。
 お前はオレ達を打ち取るつもりはもとから無かった。違うか?」

「まぁ……な、口惜しいがそのつもりはもともと無かった」

「さしずめ、興味が湧いた程度か?」

「やるじゃねぇか、
 ここまで来て口にするのは興ざめもいいとこだが。
 お前らを見つけたのはほんの偶然だった。
 それに、手を出しても、殺すつもりは無かったぜ。
 まぁ、死んだらそれはそれだったがな」

「ふざけた野郎だ。まぁ、そんな事はいい……
 で……どうして昨日オレを糾弾した?」

「自分の心に聞いてみな」

「……“弱虫野郎”“甘い奴”……お前からしたら失望だったのか?」

「まぁ……正解だ。
 詳しい事は言えねぇがお前らのことは知ってた。
 オレはお前に興味が湧いた。
 打ち倒してぇと思える程の衝動にも駆られたが我慢してた。
 だが、昨日の一件には失望したぜ。お前は力を振るう事を恐れたんだ」

「それで我慢出来なくなって接触したか……
 昨日のこと……オレがあのおっさんを告発したことに関して知ってるらしいな」

「あぁ……知ってるぜ。
 お前を見つけた時からオレもあのカジノに時々通ってた。
 お前とあのおっさんが時折話していたのも聞いてたぜ」


 ハリスは額から流れてきた血を舐めとる。
 その瞳は怒りで揺らいでいた。


「知り合いだったんだろ?それも、そこそこ仲の良い」

「……意外と優しいんだな」


 クレスがロビンには話さなかったことだ。
 告発した男とクレスは顔見知りだったのだ。
 男の方から近づいてきた。
 そしてうちとけ共に酒を飲んだこともあった。
 今となってはその行動には邪心を疑う事が出来る。
 しかし、男とはクレスが切らない限り確かなつながりがあった。


「自分から仕掛けておいて、後悔を抱いた。
 隠してるつもりだったようだが、ねぇちゃんの押しに負けて一部を話してたよな。
 怒りでつい口が出てしまったぜ。オレの我慢の限界だった。
 力を振るったなら後悔なんかするんじゃねぇよ!!!
 そうじゃねぇだろ!! お前はもっと傲慢でいるべきだった!!」


 確かに失望だったのだろう。
 “強さ” に拘るハリスが強烈な興味を抱いた人物は、強すぎる力の振るい方も満足に分からない、知り合いを簡単に売れる心の弱い屑だった。

 そんなはずは無い……。
 お前はそんなくだらない人間のの筈が無い……!!

 昨日、今日との行動はそんなクレスを否定するためのものだった。







「勘違いしてるようだから言っとくぞ……」







それは仄暗い不気味な声だった。
ハリスをもってしても悪寒を抱かせる程の寒い声だった。


「オレは甘い……そんな事は知ってる。呆れるほどに弱い腐った心根だよ。
 だけどなこれだけは言っとくぞ、たとえ相手が女だろうが、子供だろうが、老人だろうが、聖人君子だろうが、神様だろうが」


クレスは一際強い口調で言った。


「─────力を振るうこと自体には何の躊躇いも無い」


 ハリスの言葉は正しかった。
 クレスは己の行動に後悔を抱いた。
 あの男を助けようと思えば、助けられた。
 しかし、しなかった。
 悪いのはイカサマをした男だ。
 あの場面では、自分の取るべき行動が分かっていた。
 振るうべきだから振るったのだ。
 ただ、それだけだった。


 それはクレスの中にある絶対のルール。
 師と仰いだ、リベルからの教え。


 ──────力は振るうべき時に振るうもの。


 後悔はする。
 だが、一切の躊躇いは無い。
 そのルールに従い、今までの十年間の人生を歩んで来たのだ。


「じゃあ、お前はあの男はああなって当然だったと思ったのか?」
 
「分からない、少なくとも……疑問は抱いた。
 だが、オレはそれを為した。手を下した事には躊躇いは無い」

「なるほどね……」


 ハリスはゆっくりと目を細めた。
 クレスは己の力の振るい方をわきまえていたのだ。
 それはよく考えれば歪んだ思想だった。
 だが、クレスはクレスの信念に従い行動した。
 知り合いを簡単に裏切るだけの屑だと思っていたがどうやら違ったようだ。


「はっはは……」

 
 強烈な歓喜が彼を包み込む。
 口元が強烈につり上がる。
 やはり間違いなかった。
 目の前にいる人間は紛れもない強者だったのだ。
 それもとびきり上級の、獲物としてこれ以上の人物はそういない。


「はっ、はははははははははははははははははは!!!」


 もう、我慢なんて不可能だった。
 目の前の相手を打倒したい。
 それだけの凶悪な感情に身を任せ走った。


「すまなかったな!!お前は確かに強者だぜ!!」

「誤解が解けて結構だが、そろそろしつこいぞ!!」


 クレスもハリスに向かって駆けた。
 己の持つ心の歪みを暴きだした強敵に向かって。
 不思議と嫌悪感は無かった。
 コイツを倒す。
 ただ、それだけの感情を持って拳を振り上げた。


「──────猛串 “獅子闘” !!!」

「六式 “我流” 閃甲破靡──────!!!」


 互いの攻撃は、
 互いに相手の身体に吸い込まれ、
 互いを吹き飛ばした。














 ロビンの目の前でクレスとハリスは戦う。
 ロビンは二人を茫然と眺めていた。
 ロビンの力なら全快状態では無い二人を止めるのは難しくは無かった。

 しかし、ロビンはそれをしなかった。


 命を削るようなギリギリの攻防なのにその姿はどこか楽しげだった。
 互いの攻撃が当たるたびに笑みを深め、そして相手に新たな一撃を加える。
 その姿は互いを高め合うような、高尚な修練にも見える。
 あんなに感情をさらけ出しているクレスを見るのは本当に久しぶりだった。
 その相手に少し嫉妬した。
 自分ではなかなかあの表情は引き出せない。


 勝負はいつまでも続く。
 終わりは無いのではないかと思われたそれは
 一発の無粋な弾丸によって遮られた。


「動くな貴様等!!」


 クレス、ハリス、ロビンの三人はそちらに目を向けた。
 そこにはゾロゾロと大勢のカジノの構成員が集結していた。


「クレス!!良くやったぜ!!」

「いくらあの“串刺し”と言えどここまで弱わってりゃ敵じゃねぇ!!」

「店を滅茶苦茶にしてくれやがって!!タダで済むと思うな!!」


 口ぐちに汚い言葉を吐く構成員達。
 クレスとハリスの動きが止まった。
 彼らは互いに睨み会ったまま構成員達に目を向けた。
 その瞳に映るのは同じ光。楽しみを邪魔されたような理不尽な怒り。


 曰く、─────────邪魔をするな。


 そして、同時に動いた。


 後になってクレスはこの行動を後悔するのだろう。
 しかし、振るわれた拳には一切の躊躇いは無かった。

 後になってもハリスはこの行動を後悔しないのだろう。
 やはり、振るわれた鉄串には一切の躊躇いが無かった。


 クレスとハリスの攻撃は互いに、
 ──────無粋な乱入者に突き刺さった。


 呆然とする構成員達。
 しかし、ロビンにはなんとなく予想出来ていた。
 二人が構成員達に攻撃を加えた瞬間に彼女もまた、
 悪魔の実の能力によって構成員達を拘束し締め上げた。
 次々と構成員達が崩れ落ちた。


「「「う、裏切りやがった!!!」」」


 響く悲鳴と怒号。
 その中をクレスとハリスは駆け抜け、ロビンはその後を追った。













「懐かしいわね……」

「はぁ……若いってなんだろうな……」

「あら、あの時のクレスカッコ良かったわよ」

「……あんまりうれしくないぞ」


 この話はここで終わりだった。
 なぜならばその後、ハリスと決着をつけよう思っていたら、
 いつの間にかあいつの姿が消えてしまってたのだ。
 未だに不思議でならない。
 いなくなった理由にしても。
 その方法にしても。
 アイツは絶対にオレと決着をつけようとしていた。
 オレもそのつもりだった。
 アイツが自分からいなくなるなんてあり得ないのだ。

 誰かに邪魔されたような、そんな気がした。

 だが、確認する術は無かった。


「そろそろ、朝ね……」


 空を見れは夜が朝日に溶けだしたような紫色だった。


「いつの間にか、話しこんじまったな……」

「明日はグランドラインに向けての準備ね……」

「そうだな……寝るか」

「そうね……寝ましょ」


 長くも短い夜が終わった。
 明日からまたがんばるか……












あとがき
申し訳ございませんでした。
今回の話は「見せ方」に問題があったと思います。
話の構成等にもう少し時間をかけた方が良かったかもしれません。
今回の一件はハリスがカジノでのクレスの行動に怒りを抱いたのが原因です。
自重はしていたが、我慢出来なかった、と言った状況ですね。


取りあえず過去編は今回で終了です。
次からグランドラインですね。
頑張りたいです。


11/28
修正しました。



[11290] 第七話 「羅針盤と父の足跡」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/27 02:03
「……て、…レス……て」


緩やかなまどろみ。
船は穏やかな波によって心地よく揺れ、
柔らかな日差しはクレスを更なる眠りへと誘う。


「…レス、起きて」


身体を揺らされた。
それは優しくも確かな安らぎへの反抗だ。
断固抵抗しなくては成らない……
クレスは身じろきと共にその手を振りほどく。


「クレス、起きて」


声がはっきりと耳に入る。
今、自分が成すべき事は分かってる。
しかしそれには今この瞬間の安らぎを手放さなければ成らないのだ。

それにはわずかだが確かに抵抗があった。


「……もう、仕方ないわね」


動作が止んだ。
束の間の平和。
再び訪れる幸福の一時。
だが、クレスの中の冷静な部分が警鐘を鳴らす。

思い出せ、
今動かなければ痛い目にあうと……。

しかし、クレスはその警告を無視し再び深い安らぎに向かって潜った。


「──六輪咲き」


突然襲う衝撃。
どこからともなく咲いた腕はクレスを持ち上げ投げ飛ばす。


「ぐぉ!!」


目覚ましには痛すぎる一撃。
床から伝わる冷たい感触。
床に落とされ完全に眠気が吹き飛んだ。
毎度の事だが……もう少しやさしくして欲しいと思うのはわがままだろうか?
寝ぐせのついた髪をボリボリと掻きながらクレスはロビンに抗議する。


「……おはよう、ロビン。ひどい朝だな……」

「おはよう、クレス。良い朝ね。
 ひどい顔よ、顔でも洗ってきたら?」

「………………」














第七話  「羅針盤と父の足跡」














「賑やかな町だな」

「エイティングタウン……“西の海”から“偉大なる航路”へのぞむ最寄りの島。
 “西の海”出身の海賊達が“偉大なる航路”へ向かう際には必ず立ち寄る島……」


昨日、一晩を過ごした海域から、
穏やかな南東の風を受け二時間程波に揺られてクレスとロビンは目的地へと辿り着いた。
海は緩やかで、空も青々と晴れ渡り、
波に揺られながらのんびりとやって来た。


二人旅は久しぶりだった。
海を渡る時は海賊船に潜り込む事が多く。
こうして二人船に乗って波に揺られるのは遺跡に向かったりする時ぐらいだった。
クレスもロビンも航海に関しては専門家ではなかったが、
海を渡るために必要な知識は持っている。


クレスはロビンと並び町を歩く。
活気のある声があちこちから聞こえる。
港から中心街に続く道には露天のテントが数多く立てられ、道行く人たちの目を引き付ける。
やはり人通りが多いためか、それにつられるかのように町は賑わいを見せていた。


「これからどうする?」

「そうね……まずは必要な物をそろえないと」

「水と食料、生活用品、それに………ログポースだっけか?」

「そう、グランドラインを渡るには絶対に必要なものよ」


記録指針───ログポース。
“偉大なる航路”を航海する上で必ず必要となる特殊なコンパスである。
球体上に浮かぶ指針は前後左右上下のあらゆる方角を示すが、
一般的なコンパスとは異なりログポースに字盤は無く方位を示さない。
滞在地の記録(ログ)を貯める事によって次の目的地のみを指すと言う代物だ。


「でも、それを扱ってるとこなんてあんのか?
 今まで、そんな話なんて聞いた事なんて無いぞ」


クレスはその存在については半信半疑だった。
しかし、その存在はグランドラインに関する文献においては必ずと言っていいほどに記術されている。
これからロビンに付き添い“歴史の本文”を求めてグランドラインを旅するには必要不可欠なモノなのだそうだ。


「分からない……でも、それが無ければグランドラインの航海は難しいと思うの
 グランドラインに近いこの島なら扱ってるお店もあるかも知れないわ……」

「まぁ、探すだけ探せって話か
 見つかったそれで良し。悩むのは見つからなかった時でいいか」

「そうね、とりあえずは町を見て回りましょ」



その後は、クレスとロビンは二人ぶらぶらと無計画に町を見て回った。
未知の土地を歩くのは楽しい。
賑やかな町の様子を横目にしながら、
途中時々立ち止まっては気になった店に入ったり、
小腹がすいたら出店で食い物を買う。
クレスはこう言った大した意味のない散策の時間が好きだった。


「あら」


そんな中、ロビンが町の一角に目を向けた。
クレスは一瞬顔をしかめた後、
しょうがないか……、とため息をつきロビンの後を追った。
そこには品のいい店構えの洋服店があった。

扉をくぐり店内に入る。
木造の店内は清潔で他の客も何人か入っていて賑やかだった。
ロビンは早速商品を手にとって選定する。
世の中の女性の例に漏れることなくロビンも買い物が好きだった。
別に商品を買うだけでは無い。
並べられた服を見て、触って、気にいったなら試着し、欲しいなら購入する。
そういった過程が楽しいのだろう。
ロビンの楽しそうな姿を見るのは好きだったが、
服選びに付き合わされるのは勘弁してほしかった。
一端、服を選定し終わった後にロビンはクレスを試着室の前へと呼んだ。
感想が聞きたいらしい。
クレスは頭を抱えながらも渋々と従った。


「クレス、これなんかどう?」


ロビンが試着室から出てきた。
うっ、ヤバい……
クレスは一瞬視線をどこに向けようか迷った。
健康的ながらもどこか妖しさを帯びたロビンの肌が視界に入った。
大きな果実のような二つの膨らみに、形のいい臍、長くスラッと伸びた細い脚。

ロビンが現在着ているのは水着のように身体の各部の露出激しい服だった。


「似合ってるけど、少し肌を出しすぎてるんじゃないのか……」


内心の動揺を悟られぬように努めて平静で言った。
正直、肌の露出は控えて欲しい。
ロビンに向けて下卑た視線を向ける人間がいたら海に沈めたくなる。


「……クレスはこういうの嫌い?」


ロビンはまるで誘惑するかのようにその瑞瑞しい唇を震わせた。


大好きです!!と思わず叫びそうになったが、全力で押し込める。


「……あほ」

「ふふっ……残念ね」


コケティッシュな笑みを浮かべてロビンは更衣室の扉を閉めた。
くそ……絶対からかって遊んでやがる。



時計は確実にその時を刻んでいく。
ロビンによるからかいを潜り抜けたクレスは、
手早く済んだ自分の服を選びを終え、店内に備え付けられた椅子に座ってロビンを待っていた。
隣には自分と同じように連れの女性を待つ男性がいる。
妙な連帯感が生まれた気がした。


(……これが男の甲斐性と言う奴か?)


クレスは幼いころにシルファーとロビンに服店でよく待たされたのを思い出した。


(あの頃は、ロビンがよく母さんに着せ替え人形にされてたっけ……)


楽しかった思い出だ。
過去のことは風化していくものだ。
しかし、母との思い出は不思議なことに鮮明に思い出せた。


「なつかしいな……」


クレスは口元を緩ませて、やっとやって来たロビンを見た。



予想通り洋服店で時間を消費したため、昼過ぎとなった。

散策をとりあえず切り上げクレスとロビンは喫茶店で休憩を取っていた。
水や食料、それに一通りの生活用品はそろえた。


「手がかりは無しか」

「そうみたいね……」


だが、肝心のログポ―スが見つかっていない。
町の人間に聞いてみても答えは思わしく無かった。
行き交う人々からもそのような話をしている人間はいなかった。
やはり、ログポースのことは一般的では無いようだ。


「どうする、一端船に戻るか?」

「そうね、一度出直しましょう」


どうやら、裏に潜らなければならないようだ。














日も沈み夜となった。
クレスとロビンは一度船に戻り、荷物を置いてからもう一度町に出た。
船に置いた荷物にはクレスが狩り用の仕掛けを仕掛けた。
愚かにも手を出した人間には手痛い教訓となるだろう。



明かりの灯る町を人の流れに乗って進み、
クレスとロビンは溶け込むように裏路地へと出た。
裏路地は表の明かるい通りとは違い暗く薄暗い、
気の弱い人間なら一瞬で不安になるような雰囲気だった。
クレスとロビンの二人はそこを特に気にした様もなく進む。
そして、とある酒場の前で立ち止まった。
どこか寂れたような雰囲気の店だった。
しかし、扉の隙間からは眩しい光が漏れ、そこからは数多くの笑い声や騒ぎ声が聞こえた。
昼間の散策途中で見つけた、非合法の酒場。
おそらく海賊御用達の酒場だ。
クレスはロビンと二人その中へと入った。

店内は賑やかと言うには少々荒っぽすぎるような喧騒に満ちていた。


「ぎゃははははは」

「それは、オレの酒だ!!!」

「うるせぇ!!黙れ!!」

「おい!!こっちに酒の追加だ!!早く持ってこい!!」

「こっちの肉が先だ早くしろ!!」

「んだとてめぇ!!殺されたいのか!!」


あちこちで酒が酌み交わされ、笑い声と共にそれを飲み干していく。
中には取っ組み合う人間もいたが、それすらも周囲の一部として溶け込んでいた。


「賑やかね」

「……うるさいだけだろ」


クレスとロビンは船の上での打ち合わせ通り、互いに別れて情報の調査を始めた。
話を聞きだすには男女二人より、個々の方がやりやすいし、効率の面でも優れている。
それに、下手に二人で行動すると思わぬ因縁を吹っ掛けられたりするものだ。

クレスもロビンも生き抜く為の術として、情報収集は必要不可欠なものだった。
どちらに逃げればいいのか?
誰が正しいのか?
そもそもこの情報は正しいのか?
広い海を渡り逃げ続けるためには情報は欠かせない。
長い逃亡生活において自然とその技術は身に付いた。

ある程度、情報が集まったとこでクレスはロビンと合流した。
ロビンの方へと近づくと、ロビンの隣にはこれでもかと言うくらいに酔っぱらった男がいた。
時々うなされるようにうめき声を出す。
おそらく、酔わせて聞き出したのだろう。
どう考えても限界以上飲ませれている気がするが、まぁ死なないだろう。
「やりすぎたわ」と至極真面目な顔で言うロビンにクレスは僅かに頬をひきつらせた。
そして昔の無邪気な姿を思い出し心で泣いた。

互いに得た情報を照らし合わせ検証する。

結論から言うとログポースは存在する。
中には知らない者もいたが、その存在は確かだった。
やはりその存在はグランドラインでは無い地域では一般的では無いらしい。
そして表だって扱う店は政府や海軍の直轄となっているようだ。
考えれば当然だろう。
大海賊時代の最中、星の数といる海賊達はグランドラインを目指す。
ならば管制令が敷かれていてもおかしくは無い。


「さて、それじゃどうするか……いっそのこと誰かから奪うか?」

「その必要はないわ、さっきそこの人から面白いことを聞いたの」


ロビンは酔いつぶれた男を指して言った。


「どうやら、グランドラインからの横流し品を扱ってる店があるそうなの……非合法のね」






酒場を出てさらに歩く。
進んで行く方向はどんどん明かりが消えていき、人通りも少ない。
今は夜だったがそれでもこの静寂は寂しすぎた。


「店に行くのはいいが、もう夜だぞ。開いてんのか?」

「気まぐれな店主みたいね。
 グランドラインから帰還した元海賊らしいわ。
 気が向いた時に店を開ける、今日は夕方くらいから開けてたみたい」

「そりゃまた適当な……ほとんど道楽目的か、暢気ななもんだな」

「あら、あそこみたいよ」


ロビンの指さす方向には暗い町はずれの中にひっそりとたたずむ小さな店があった。
明かりは点いているようで店は開いているらしい。
どう考えても胡散臭い店だったが、
ロビンからの情報だ、可能性は高い。
クレスはいぶかしみながらも扉を開けた。

店内は申し分程度の明かりがともった埃っぽい空間だった。
異種様々な、見る人間によればガラクタにも映る商品が適当に並べられている。
来客を知らせる入り口のベルが鳴っても店主は顔を出さない。
そもそも、本当にココが店であるかも疑わしい。

クレスは無造作に棚に並べられた商品の一つを手に取った。
それは、大きな手のひらサイズの貝殻だった。


「なんだこりゃ?」


クレスはその貝を適当に玩ぶ。
そしてその裏側にボタンのような突起があった。
クレスは何ともなしに好奇心に駆られそれを押した。


「のあ!!」


突如吹き付ける強烈な風。
クレスは思わずその貝を取り落とす。
床に落ちようとしたその瞬間、ロビンが能力でその貝を掴んだ。


「なにしてるの?」

「すまん……つい」


ロビンは突如風を吹き放った貝を拾う。
そしてしばらく観察した後に棚に戻した。


「風を吹く貝……どこかで読んだような気が……」


ロビンが記憶思い起こそうとした時。
店の奥からギシギシと音をたて男がやって来た。


「勝手に触ってくれるな」


奥から酔っぱらっているのか顔を真っ赤にした男が現れた。
男はふらふらと店内を歩き、通常よりも時間をかけロビンの前までやって来た。


「こら、ふらふら動くな辿りつけんだろうが」

「……お前が酔っぱらってるだけだろ」


クレスの呆きれた声。
しかし、男はクレスの言葉をさして気にした様子もなく、
ふらふらと動き先ほどの貝を手に取った。


「たしか……これは、ダイヤルとか言うもんだ。詳しくは……知らん」


男はロビンに向けて投げやりな説明をおこなう。

次に男は目線をクレスの方に向けた。
男としては視界に入った程度だった筈だ。
クレスも何も思わなかった。
しかし男はクレスの姿を見た瞬間にその眼を見開いた。
クレスと目が合う。
赤らんだ顔がだんだんと蒼白に変わっていく。
男は何故かクレスの姿に恐怖を抱いていた。
そして男はクレスに向けて腰に下げていた銃を突きつける。


「!」


突然のことにクレスは驚く。
どう言うことかと考える暇もなく。
反射的に身体が動いた。
クレスは一瞬で男の銃を蹴り飛ばし、男を床へと押し倒した。
一瞬での出来事の後に抑えられた男は震える声で叫んだ。


「なんで貴様が生きてんだよ……
 海軍本部大佐“亡霊”エル・タイラーっ!!!」


思わぬ父の名前にクレスは動揺した。
しかし、その動揺を悟られぬことなく男を拘束し続けた。






その後に、ロビンの手よって勘違いは解かれた。
明かりの乏しい店内では分からなかったが姿は似ていたとしても、
クレスの髪と瞳の色は母親譲りの黒色だ。


「すまん……気が動転した」

「いや、いいって……こちらは怪我が無かった」


男がもしロビンの方に銃を向けていたら、腕の一本や二本は折っていたかもしれない。
そう思ったが、口には出さなかった。


「それよりも、さっきの話聞かせてくれないかしら?
 クレスが襲われた理由くらい知りたいわ」


ロビンがクレスを気遣い男に問いかける。
それはクレスが気になっている、父のことだ……
男はあからさまに嫌な顔をしたが、
銃口を向けた事についての謝罪のつもりかゆっくりと語り出した。


「……オレはもともと海賊だった。
 この辺の海じゃそれなりに名の売れた海賊団の航海士だったよ。
 グランドラインへと渡り、数年の航海を経てこの海に帰って来た……」


名前こそ出さなかったが、
それなりに腕に自信のある海賊団だったのだろう。
そうでなくては、グランドラインに赴き生きて帰って来れるものではない。


「グランドライン……あそこは面白いとこだ。
 何もかもがでたらめで常識を疑う程に無茶苦茶だ。
 あまたの未知と冒険にあふれた海賊達の楽園。
 オレ達は一端故郷の海に帰った後にもう一度あの海に行くことを望んだ」


男は懐かしむように語った。
海賊に墓場と呼ばれる場所も男達にとっては楽園だったのだろう。
男は年老いた今でさえそこに行く事を望んでいるように思えた。


「しかし、それは叶わなかった」


男が苦虫をかみつぶしたように顔を歪める。
そして、憎しみさえ込めて言葉を紡いだ。


「もう一度グランドラインへと向かうために意気揚々と、
 この町に乗り込んだオレ達は、たった一人の男に壊滅させられた……」

「それが……“亡霊”」


ロビンはあえて異名の方を口にした。


「あぁ……今でも夢に見るよ……
 奴は突然現れた。何の前触れも無く唐突に。
 気づけば船長が倒されていた……
 仲間が驚いて武器を向けた、だが……そこに姿はなく、
 気づけば別の仲間が倒された。正直訳がわかんなかったよ。
 恐怖で脚が竦み逃げのびるだけで精いっぱいだった……」


男は酒をビンごと口に運んだ。
それは臆病だった自分を責めるようだった。


「後にオレ達を襲った奴が、新たにここら辺を縄張りとする事になった海兵だと知った。
 “亡霊”の野郎が来てからこの街もすっかりとおとなしくなったもんだ……
 名のある奴らは海軍に捕捉された瞬間に“亡霊”に潰された」

「強かったんだな……そいつ」

「バカ野郎!!!弱い奴なんかにオレらが負けるか!!
 ハッキリ言って異常だったよ、グランドラインでもあんな奴はそういなかった」


男はまた酒をビンごと口に運ぶ
そして、酔いが再び回ったのか虚ろな目で呟いた。


「だが、奴も死んだ。革命軍とやらと戦って負けたらしい。
 奴が死んでからこの街も以前の活気を取り戻したよ……」


そして男は酒のビンに蓋をつけた。
話は終わりらしい。


「……悪かったな。話をさせて」

「気にするなら聞くんじゃねぇよ!!」

「そうだな」


クレスは軽く笑って答えた。


「まったく……。
 お前らもここに来たってことはグランドラインに向かうのか?」

「そのつもりだ」

「止めとけ、お前ら程度ならすぐに死ぬ」

「そんなの行ってみなければわかんねぇだろ?」


クレスは不敵に笑った。
ロビンもクレスにつられて微笑む。
男はそんな二人を酔いのまわった顔で見た後に、
棚をごそごそと漁り、クレスに向かい腕時計のようなものを放り投げた。


「お前等が欲しいのはそれだろ」


手の中にはクレスとロビンが探していた一品、
記録指針──ログポースがあった。


「おいくらかしら?」

「金はいらん。
 あの野郎に似た人間から貰った金で酒を飲んでもちっとも嬉しくないわ」

「それならありがたく頂戴するよ」

「あぁ、もってけ。
 その代わり二度と俺の前に顔を見せるな」


男はうっとおしそうに手を振る。
とっとと出て行けと言うことらしい。

クレスは去り際に疑問に思っていたことを聞いた。


「あんた、グランドラインにまた行きたいのか?」


グランドラインからの横流しだと言う品々を取り扱う店をグランドライン最寄りの島で営む元海賊の男。
やはり、未練があるのだろうか?


「アホ抜かせ、あんな恐ろしいとこに、一人で向かってなにが楽しいんだ」


クレスとロビンはグランドラインを楽園と呼んだ男の答えに、声を出して笑った。














翌朝、二人は船を出した。
始めは穏やかだった海は次第に荒れ、現在は嵐の中にあった。
クレスとロビンを乗せた船は嵐の中をグランドラインへと向けて進む。

この天候はこの先の航海の厳しさを暗示するかのように激しさを増した。
そんな嵐の中でクレスとロビンは甲板の中心にに一つの樽を置いた。
二人はその上に片脚を乗せ宣誓する。
それは、偉大なる航路に船を浮かべる為の進水式だった。


「世界の真実、“真の歴史の本文”を求めて」


クレスはロビンを見た。
いつの間にか守るだけでは無い、互いに支え合える存在となった幼なじみを


「お前を守る。母さんとの約束を果たすため、そしてお前と世界を旅するために」


ロビンはクレスを見た。
昔から変わらないその背中を追って、やっと隣に立てた幼なじみを


吹きすさぶ風の中クレスとロビンは脚を振り上げ、
そして一気に振り下ろす。



「「───行くぞ!!!偉大なる航路!!!」」











あとがき

次でグランドラインへと入ります。
今回は謎の男タイラーについて今回は少し触れましたね。

大変恐縮なのですが今回は試作的に文章の書き方を変えました。
クレス視点だったのを三人称もどきに変えました。
よろしければ感想をいただければ幸いです。




[11290] 第八話 「クジラと舟唄」 
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/02 00:50
海賊達の楽園。
海賊の墓場。

相反するこの二つの言葉はどちらも等しく同じものを指す。
“赤い土の大陸”レッドラインより望む海。

“偉大なる航路”グランドラインだ。

様々な文献で夢幻ように語られる荒唐無稽の数々を内包する海である。
未だその全容を知る者は無く。
最終地点を確認し航海の制覇を果たしたのは伝説の海賊ゴールド・ロジャーの一団のみだと言う。

何を常識とするかにはあいまいな基準線しかないが、
非常識な事にはいくつか出会った。
隣でオレと同じように今目の前で起こっている事象に驚く幼なじみもそうだ。
ロビンは海の悪魔の化身とも言われる“悪魔の実”の能力者だ。
彼女は海に嫌われ一生カナヅチになることと引き換えに、
いたるところからも自在に自らの身体の一部を咲かす事が出来る能力を手に入れた。
そして、不可解な事なら原因は不明だがオレ自身にも当てはまる。

だが、そんなことはこれから向かおうとする海では常識の範囲内に組み込まれるのかもしれない。
そう感じさせる何かが、グランドラインと言う魔境には有るのだ。
これから向かう海はおそらく……いや、間違いなく。
オレなんかが想像するよりもずっと、
不思議で不可解で不確かな未知があるのだろう。

だから、こんなこともその基準から言えばほんの序の口に過ぎないのだと思う。


海流が激流としてうねり、山を登って行くなんてことは……












第八話 「クジラと舟唄」













グランドラインへと向かう入り口は山だった。
まさか……と言うべきか、
やはり……と言うべきか、
さすがは天下に名高きグランドラインだ。入り方からしてぶっ飛んでる。
オレとロビンが乗った船は激流に乗って引き込まれるように進む。
海面を見れば相当な流れのようだ。
グランドラインの始まりリバースマウンテンは“冬島”だから海流は下つまり深海へと流れ込む。
つまり落ちれば海の藻屑と言う訳だ。
落ちれば泳げばいいなんてレベルの話では無い。
一つ間違えれば命を失うのだ。

この異常時に際しても驚きは一瞬なのは
オレもロビンも二十三年と言う短くも長い人生を歩んできたからだろう。
驚きや戸惑いは意味をなさず、己のすべき行動に専念することが全てだと知っているからだ。


「ロビン、このまま舵を切ってくれ。オレは帆を調節してくる」

「…………」

「かなりヤバめの海流だな、船の進め方次第では一瞬で海の藻屑だよな」

「…………」

「さすがはグランドライン、ただでは入らせてくれないってか?」

「…………」


意気込むオレに反して何故かロビンからの返事は無かった。


「……どうしたんだ?
 問いかけじゃないけど無言は少し寂しいものがあるぞ」


少し間を置いた後に、


「……クレス」

「ん、なんだ?」


ロビンは平坦に、
いつも通りの声で、
まるで備え付けの食器でも壊してしまった時のように、
言った。


「ごめんなさい。舵棒が折れちゃったわ、ボッキリと」


後ろでひらひらと所在なさげに舵棒を玩ぶロビンの能力で咲いた腕たち。


「…………は?」

「残念ながら修復には少し時間がかかるわね」

「…………」


トロルのバカやろー!!
船を奪った身で理不尽な内心の吐露だ。
それはさすがに不味いでしょう。
こうなれば、帆がどうだとかあまり関係が無い。
今すべきこと……無くなっちまったな。
ヤバいな、意気込んでそうそうに死ぬかも。
嫌だな……運任せって嫌いじゃないけど、今は勘弁してほしいな。


舵の無くなった船は運河の激流に流れる。
山を駆けのぼる程の流れだ。
もしも、正しいコースをはずれ脇にそれてしまったら……


「なぁ……この船ヤバくないか?」


脇にそれていた。完璧に。
前方に迫る鉄柱。
当たれば間違いなくバラバラだ。
“嵐脚”で切り飛ばそうにもさすがに鉄は斬れない。
オレの持つ最善手は接近と共に鉄柱に一撃をかましてその反動で船の針路を無理やりに戻すことだ。
だが、それはやらない。必要が無い。
なぜなら……


「百花繚乱“大樹”」


頼れる幼なじみがいるからだ。

咲き誇る腕。
それは互いに絡み合い一つの巨大な腕を形成する。
ロビンの悪魔の実の能力だ。
その腕は船を苗床として咲き、前方に迫る鉄柱を握り、
グイッと鉄柱を軸として引張り船を正規のコースへと直した。


「助かったわ、サンキュ」

「どういたしまして」


予定調和のように危機を乗り越え、船は山を登る。
それは昔に読んだ、想像上の冒険譚のような出来事だった。
しかし、興奮度は活字の上の出来事よりも何倍も上だ。

東西南北
全ての海から流れる海流が一つに重なりリバースマウンテンの頂上で一つに重なる。
四つの海に対して入り口は四つ。
そしてその四は頂上で一に変わるのだ。
これはグランドラインでは過去の栄光は関係なく誰もが同じ位置に立つのだと暗示しているようで面白い。
強者だけがこの魔境で生き残れるのだろう。

オレとロビンを乗せた船も山の頂上を越え、運河に乗って“偉大なる航路”へと下る。


「入ったな」

「ええ、入ったわね」


船から上がる水しぶきを受けながら共に呟いた。
視界は薄い白の靄によって狭められる。
高度が高いからかおそらく今は雲の中にいるのだろう。
オレ達はその霞みががった先にある海を見ようと目を凝らした。
これから何が起こるか分からない未知の海域に足を踏み入れたのだ。
期待と僅かにくすぶる不安を胸に靄のかかった先を見つめる。
好奇心が首をもたげ、その先を確認させようとオレに命じる。
霞みがかったその先にあったものは、

……余りにもバカげた物だった。


「……は?」


壁があった。
真っ黒で巨大な壁だ。
その壁が入江の出口を塞ぐように立ちはだかる。


「なんだこりゃ?」

「山……かしら?」

「どっちにしろコイツを何とかしないとまた船がヤバいぞ」

「どうするの?止まることなんて出来ないわよ」

「なら避け……舵折れてんだったな、
 クソッ、舵棒はオレが何とかするからロビンはもしもの時にまた頼む」


その時、
壁は全身を震わせるような轟音を放った。
鈍い獣の唸りにも似たそれはオレとロビンの耳を痛めつける。
その鳴き声に反射的に耳を押さえる。
そしてようやくその巨大すぎる全容ゆえに認識出来なかった姿に気づいた。


「コイツ……クジラだ」


巨大な山のように見まごう、
額に大量の傷を作ったクジラが何故かレッドラインに向けて鳴いていた。


この時不思議な感情を抱いた。
まったくもって不思議だった。
何故こんなことを思ったか謎だった。

……その声に何故かオレは共感を覚えたのだ。













ロビンの能力によってオレ達は何とか再びの危機を乗り越えた。
折れた舵を何とか操り、立ち塞がるクジラの隙間を通り切り抜けた。
クジラはその巨体故にオレ達の乗った船に気づく事は無かった。
……途中でクジラの巨大な目がギョロリと動いた瞬間はさすがに肝が冷えた。
船はリバースマウンテンを抜けた先にある双子岬に停泊する。
レッドラインと同じ、草一つない岩盤のような赤い土の地面に灯台と小さな小屋があるだけと言った、
グランドラインの入り口にしては少々寂しい土地だった。

オレとロビンは警戒しながら島に上陸した。
ここはグランドラインなのだ。
山を登る運河や巨大なクジラのようにもはや何が起こっても不思議は無い。
出来れば始めに出会うのは人間だといいなと希望にも似た思いを抱く。
初っ端から厄介事はごめんだ。


「誰かいんのか?」


一応の確認のために声を出した。
人の気配はない。
赤い岩石の大地にいるのはオレとロビンの二人だけ。
新たな門出にしては少々寂しいものだ。


「誰もいないみたいね」

「そうだな……少々拍子抜けだな」


まぁ、安全ある事にこしたことは無い。
オレは周囲を見渡しテーブルとベンチがあるのを見つけた。
休憩を兼ねロビンを誘いそこに座ることにした。


「さすがに疲れたな」

「そうね……まさか山を登るなんて」

「まぁ……あれにはさすがに驚いたな。無事で何よりだよ」


オレはゆったりと全身の力を抜き、空を見つめた。
青く晴れやかな空。
雲の流れは緩やかで、のんびりと流れていく。
どうやら空は余り変わらないらしい。

ロビンの方もゆったりと肩の力を抜いてリラックスムードだ。
荷物から本を取り出し読書を始めた。

そんな時だった。

ぎぃー

古びた扉の音が響いた。


「「!!!」」


オレもロビンも弾かれるように反応した。
辺りに人の気配は無かった筈だった。
気配の察知に関してはそれなりに自信がある。
音の発生源は灯台からだ。
中の確認こそしなかったが人がいるとは思ってなかった。
いや……本当に人なのだろうか?
ここはグランドラインなのだ、どんな怪奇が現れても不思議ではない。
そして音の主は扉の向こうから姿を見せた。


「花……?」

「いえ、人よ」


中から現れたのは年老いた老人だった。
しかし、年を取っているのに老いと言うものを全く感じない。
老人は片手に折り畳み式の椅子を、
もう片方の手に新聞と言ったどこか気の抜ける装いだった。

恰好だけは。

オレとロビンは老人が発する妙な威圧感に呑まれた。
不気味ささえ漂わせるその眼光は、
剣呑な人生を歩んできたオレ達にさえも、いともたやすく危機感を抱かせる。
冷や汗が流れた。
ロビンが身構え、オレはその前に出ていつでも対応できるように構えた。

老人はオレ達を一瞥し、


「…………………」


持っていた折り畳み式の椅子を降ろし、


「…………………」


それを組み立て、


「…………………」


ゆっくりと座り、


「…………………」


パサリと新聞を広げた。


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「……なんか言えや」


思わず声が出た。
無性にいらついた。

老人は再びオレ達に視線向ける。
その威圧感をはらんだ視線はオレとロビンに緊張を抱かせる。
オレとロビンの警戒レベルは上がる。
老人はオレ達の反応を見透かしたように言った。


「止めておけ……死人が出るぞ」

「へぇ……誰が死ぬって?」


オレは前に出る。
老人と視線が交差した。
老人は何も臆した様子は無く、
寧ろオレ達の反応を楽しむように時間をかけ答えた。


「……私だ」

「お前かよ!!」


そしてなおマイペースに新聞をめくる老人。
なんだかどっと疲れた。





老人はクロッカスと言うらしい。
双子岬の灯台守をしている六十六歳双子座のAB型だそうだ。
聞いてないのに教えてくれた。
正直名前と役職以外はどうでもいい。
始めに姿を見せなかったのはオレ達の人柄を見極めるためだったらしい。



「たった二人で“西の海”からリバースマウンテンを越えて来たか……」

「まぁな」

「ふむ……やはり海賊では無いようだな。たった二人でわざわざ何をしに来たんだ?」


オレとロビンがやって来た理由。
それは“真の歴史の本文”を見つけ、“空白の百年”の謎を解くためだ。
しかし、それはおいそれと人に言えるような目的では無い。
オレ達が求めるものは世界の法で禁止されているのだ。


「観光だよ」


明らかな嘘だ。


「……そうか」


クロッカスの反応は淡白だった。


「……それよりもクロッカスさん、この海について教えてくれないかしら?
 私達の持つ情報は常識では測れないものが多すぎて困っているの」


情報は力であり命綱だ。
時に生死をわける程の価値を持つ。
特にこの海ではそれは顕著に表れる筈だ。


「お前達の持っている情報が何か知らんが……」


クロッカスは一端言葉を区切り言った。


「その全ては正しくもあり間違いでもある」

「え?」

「……どう言うことだ?」

「季節、天候、風向き、海流、その全てがデタラメに巡り、
 一切の常識が通用通用しないのがこの海だ。
 だから先ずは、お前達の持つ常識と言うものを捨てなければならない」


常識を捨てろ。
余りにも無茶苦茶な言葉だ。
だが、クロッカスの言葉には重みがあった。
経験と言う重みだ。


「通常のコンパスは持っているか?」

「ん?ああ」


オレは腰に下げたウエストバッグからコンパスを取り出した。
古めかしい作りだがその分頑丈さが売りの一品だ。
めったなことが無い限り壊れる事は無い。
だが……


「コンパスが壊れた?」


ぐるぐると、一向に指針は北を指すことなく回り続けていた。


「……“偉大なる航路”の磁場ね」

「ああ、“偉大なる航路”にある島々は鉱物を多く含むために、
 航路全体に磁場異常を来たしているのだ。」


オレ達の常識がまた一つ覆された瞬間だった。


「……なるほど」

「理解したか?」

「ああ、とんでもないとこだなココは。
 つまりは、常識を疑う現象が全て起こりうる海なんだな」

「そうだ」


呆れるほどのデタラメさだな。
嘘のような冒険譚に書かれたそれらが実は事実である可能性があるのだ。


「臆したか?」

「いや、俄然興味が湧いた」


昔読んだ冒険話のように、
嘘のような夢のような旅をロビンと行えるのだ。
こんなに嬉しいことは無い。
自然と口元が笑みを作った。


「ふふっ……わんぱくね」

「その言い方は止めてくれ、なんだか一気にモチベーションが下がる」


悪戯小僧かオレは


「ところでクロッカスさん。あのクジラはいったい何なの?」


リバースマウンテンで立ち塞がった傷だらけのクジラだ。


「アイツ……アイランドクジラだろ」


“西の海”にのみ生息するクジラだ。
一応、狩りには精通している。
一通りの動植物に関する知識は持っていた。


「ラブーンのことか……」


クロッカスがクジラについて語ろうとした時だった。
地面が鈍く揺れた。
地震とは異なる断続的な揺れは一定のリズムで刻まれる。
海を見れば大きな波が立ちオレ達の船が上下に揺れていた。


「また始めたか!!……ラブーン!!」


地震のような揺れの理由、
それは、クジラが“赤い土の大陸”に向けてその巨体をぶつけていたからだった。













とあるクジラの話をしよう。

“西の海”のとある海域にそのクジラはいた。
広い広い海の中でクジラは一人ぼっちだった。
クジラは幼くして群れから離れてしまったのだ。
辺りを探しても仲間のクジラはいなかった。
一人ぼっちで海を漂っていた時にクジラはとある船に出会った。
仲間と勘違いをして追いかけたその船は海賊船だった。

気の良い海賊達はかわいらしいクジラを気に入り可愛がった。
音楽をこよなく愛した海賊達はクジラによく歌を聞かせ、クジラもそれを喜んだ。
楽しい日々だった。
共に笑い。共に泣き。
苦しみを乗り越え、また笑い、歌を歌う。
クジラは海賊達と過ごす時間が大好きだった。
………だがその日々にも終わりは訪れた。
海賊達が“偉大なる航路”に向かう事を決めたのだ。
グランドラインは危険な場所だった。
苦渋の決断の後に海賊達はクジラを置いて行く事にした。
クジラは当然ついて行こうとした。
しかし、海賊達の意志は固くクジラを残しリバースマウンテンを登った。
船が何ヶ所も故障したものの海賊達はグランドラインへと降り立った。
だが、そこで海賊達は一つのことに気づいた。
船の後ろにいる見慣れた黒い身体、
なんと、置いてきた筈のクジラがついてきていたのだ。

船が治るまでの間、海賊達はクジラと共に過ごした。
宴が毎日夜遅くまで続き、一日中クジラの大好きな歌が響いた。
そして長くも短い夢のような時が流れた。
船が治り海賊達は旅立つ事を決めた。
それは同時にクジラとの別れでもあった。
クジラはやはり海賊達について行こうとした。
そんなクジラを見兼ねた海賊達は、クジラと一つの約束を交わす。



────必ず世界を一周してお前に会いに来る。



クジラはそれを信じて待つことにした。
別れは寂しいが、また会えるのだ。
海賊達はクジラが見えなくなるまで手を振り、歌を歌い、音楽を奏でた。
その胸に誓いの火を灯して………



………それが四十五年前の話だ。


クジラは未だに海賊達を待ち続けている。
高く、高く、天にまで届くような巨大な壁の向うに彼らがいると信じて……













クジラ……ラブーンは今もまだ海賊達を待ち続けていた。
海賊達はやはり亡くなっていたそうだ。
クロッカスはその事をラブーンに伝えた。
ラブーンは賢いクジラだった、当然その事を理解した。
しかし一向に認める事は無かった。
それからと言うもの毎日のようにレッドラインに向けて身体をぶつけ続けているらしい。


揺れも止み、波も穏やかさを取り戻した。
ラブーンは暴れ続けてしばらくしてからおとなしくなった。
クロッカスがあらかじめ打った鎮静剤が効きだしたらしい。
今はその巨体を岸に近づけ眠るように静かにたたずんでいた。


「ラブーンいい加減にせんか、お前だってもうわかっとるのだろう」


クロッカスは諭すように語りかける。
しかし、ラブーンは聞く耳を持たない。
オレはそんなクロッカスとラブーンに近づいた。


「本当に生きてると思ってるのか?」


四十五年と言うのは人間にとっては余りにも長い。
生きている可能性なんてゼロにも等しいだろう。

オレの問いかけにクジラは鈍い音で鋭く鳴いた。
当たり前だと言ってる気がした。


「小僧……何のつもりだ?」


クロッカスがオレに困惑の目を向けた。
しかし今はそれを無視する。


「……お前はまだ信じているんだな」


どうしてオレはラブーンの鳴き声に共感を覚えたのか分かった。
このクジラはどうしようもなくオレに似ていたのだ。

オレと同じで事実を知ってもそれを認めたくないのだ。
そして、心の中で未だに希望を抱き続けているのだ。
ラブーンなら海賊達。
オレなら母さんやオルビアさん、クローバーにサウロ、図書館の皆。

……大切な人達が生きているその可能性を諦めきれないのだ。


オハラは滅んだ。
その事は後に情報として確かめる事も無くこの目に焼き付いている。
あれから十五年……故郷の地には近づいていない。
そうすることで、未だに惨めにも哀れにも残酷にも希望を持ち続けてているのだ。

ロビンには情けなさ過ぎて言えないオレだけの秘密だ。


オレはラブーンに向き会い静かに、しかし力強く言った。


「必ず会えるさ……オレもそう信じている」


半ば自分に向けた言葉だった。
ラブーンはオレの様子に気づいたのか同情するように短く鳴いた。
クロッカスはオレに何も言わなかった。


「……あんまり無茶すんな、傷だらけだと向うは悲しむ」


……クロッカスさんにも心配かけんな。
そう言って、ラブーンから離れロビンの元へと戻った。

ロビンは椅子に座り読書をしていた。


「何してたの?」

「なんでもない……たわいない、とてつもなくバカなことだ」

「……そう」


ロビンは読みかけの本を閉じた。
そして立ちあがりオレに近づき前に立った。
そしてオレの手をやさしく包み込んだ。
ロビンの指は細く繊細で柔らかかった。


「落ち込んだりしたり、悩んだりしていた時はクレスはこうして手を握ってくれた」

「………………」

「何があったかは知らない。何を考えてるかも知らないわ。
 クレスはそう言うとこ私には見せてくれないから……私には分からない」

「………………」

「でも、クレスが苦しそうなのは分かるの」


ロビンはオレを見た。
身長は同じくらいなのでちょうど目線が水平上にある。
綺麗な黒曜石のよな綺麗な瞳だった。
その瞳が柔らかな笑みを作った。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


夕暮れの柔らかい光を受けたその表情はとても魅力的だった。






オレ達は双子岬で夜を明かした。
ささやかではあったがクロッカスとラブーンを招き宴を開いた。
そこでオレは歌を口ずさんだ。余り自信は無いが今日は無性に歌いたかった。
歌ったのはオレとロビンの故郷の海の歌だ。
軽快なテンポで始まるその曲は“西の海”の海賊達に広く愛されていた。
名前は確か……



“ビンクスの酒”……だった。











あとがき
入りましたねグランドライン。
第一話はラブーンの話です。
ビンクスの酒……良い曲ですね。私は好きです。
次の話は個人的に少しためらいがあるのですが、
長々と引きずってきた“悪魔の実”を出そうと思います。
今はプロットだけですが皆さまの反応が怖いです。
ヘタを打てば“ワンピースの二次小説”と言うジャンルに正面から喧嘩を売りそうです。
次もがんばります。




[11290] 第九話 「選択と不確かな推測」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/05 19:31
“偉大なる航路”に常識は通用しない。


これは比喩だとかモノの例えだとかそう言った意味合いでは無い。
まったくもってバカらしい事に言葉通りの意味なのである。
グランドラインの海は異常だ。
記録指針──ログポースの示す方向へと向かい船を進める内に否応なしにその事を理解させられた。

春が来た。夏が来た。
秋が来た。冬が来た。

快晴だった空が嵐に変わり、
嵐が突然雪へと変わり、
そして雪は突然春風へと変わる。

風向きは気まぐれに変化し、あり得ないような波が船を襲った。

リバースマウンテンから始まる初めの航海は特殊だと聞いたが、ここまで異様だとは思わなかった。
海を渡るだけで春夏秋冬全ての季節を体験してしまったのだ。

クロッカスの言う通りだった。
この海に常識なんて全く通用しない。
一本目の航海はそれをオレ達にありありと見せつけてくれた。


「なんて海だ……」

「さすがに疲れたわね……」


目的地に近付いて来た為か、
天候が落ち着いてきた瞬間を見計らいオレはロビンに休憩を提案した。
現在の天気はさしずめ小春日和と言ったとこだろうか?
つい、うとうとしそうな程に気持ちいい。


「大丈夫か?」

「平気。でも、さすがに一筋縄ではいかないわね……」

「疲れたら言ってくれ。
 ただでさえロビンの能力に頼る場面は多いからな」


グランドラインに二人で乗り込んだものの、さすがに二人だけで波を乗り切るのは骨が折れる。
今回はロビンには助けられてばかりだな……
この船を動かすには二人で事足りるのだが
緊急の事態においてロビンの能力でのサポートは本当に助かる。


「いいの、私はクレスを助けられて嬉しいわ」

「そりゃ身に余る光栄だな」


次も目的地まではもう一踏ん張りだ。
もうすぐでこの厳しい航海も終わる。
次の島には何があるか知らないが人がいる事を祈ろう。
出来れば町がいい。久しぶりに甘いケーキが食べたい気分だ。

ぼんやりとそんなことを考えていたその時、微かにだが砲撃音のようなものが聞こえた。
音の伝わり方からして結構遠い。
それにオレ達を狙っている訳ではなさそうだ。
オレは起きあがり双眼鏡で音の方向を覗いた。
丸いレンズに映るのは二隻の船。
海賊船と商船だ。
感じからして商船が海賊船に襲われているようだ。


「どうしたの?」

「海賊船が商船を襲ってるみたいだ」

「それは穏やかじゃないわね」

「幸いまだこの船には気づいていないみ………」


その時オレ達の船の前方に大きな水柱が上がった。
飛距離に関しては全然足りていないがそれはオレ達に向けての砲撃だった。


「……みたいじゃなかったな……はぁ、面倒な」













第九話 「選択と不確かな推測」












船の近くに次々と上がる水柱。
オレ達の船を直接狙うつもりは無いようだ。
砲弾はオレ達を逃がすまいと逃げ口を防ぐように次々と放たれる。
だが砲撃のやり方がいかんせん荒っぽい。
その内この船に当たりそうだ。
敵方の目的は恐らく略奪だろう。
オレとロビンの乗る船に海賊旗は掲げていない。
恐らく今目の前で襲われている商船か何かと勘違いでもされているに違いない。


「二兎を追うもの一兎も得ずだってのに……商船だけで満足しとけよ」

「まったく欲張りな狩人さんね」

「まったくだ、狩りの基本は狙いをつけた一頭を狙い続ける事だってのに」


左右に激しく揺れる船。
帆は張ったままで風をめいいっぱいに受けている。
面倒だから逃げようと思っても風向きが完全に海賊船の方を向いている。
船は後ろには進めない。方向を変えるにしても前に進ま無ければならないのだ。


「こりゃ、交戦するしか無いな」

「そうね……このままだと船が沈められちゃうわ」


船はどんどん海賊船へと近づいていく。
オレは双眼鏡を再び覗き海賊旗を確認した。
知らないマークだ。
海賊については大体のことは頭に入れている。
見覚えが無いということはまだ日の浅い海賊か唯の小物かだ。


「あ」


一発の砲弾。
打ち損じか照準ミスか知らないがその砲弾はオレ達の船に直撃するようなコースを辿った。
それほど大きな船では無い。
砲弾をまともに受けて大丈夫だとも言えない、当たり所が悪ければ数発で沈みそうだ。
これからも航海は続けるつもりなのだ、そう簡単に壊されては困る。


「言わんこっちゃない」


オレは“月歩”で空中へと飛び立った。
砲弾は緩やかな放物線を描き船へと迫る。
オレは的確に砲弾を捉え空中で迎撃する。


「“我流”鉄塊バット」


オレは瞬間的に鉄塊で硬化させた脚を振る。
砲弾は脚に直撃し痛快な音と共にライナー性の当たりを持って、海賊船へとはね返した。
砲弾は砲撃時よりも凶悪な凶弾となって海賊船を襲った。
着弾し当たり所が良かったのか黒煙が上がる。

海賊達がざわめいた。砲撃の標準が船へと向けられる。
砲門に着火がなされ、やがては一斉に火を噴くのだろう。


「──八十輪咲き」


ロビンの腕が敵船の中で一斉に咲いた。
腕は砲門の先端を持ちそれをくるりと反転させた。
驚愕する海賊達。
自身の武器が一斉に反乱でも起こしたように自分達に矛先を向けたのだ。
発射間際の砲門を止める術は無く砲門は全て海賊達に向けて火を噴いた。

砲撃、爆音、怒号、悲鳴、
そしてまた爆音。

あちこちで船の破片が舞い、火の手が上がった。
沈みこそしなかったもののまともな航海は難しいだろう。
時はもう既に戻らず、海賊船は自らの砲門で重大な被害を被ったのだ。


「うわ……被害甚大だな」

「思ったよりうまくいったわね」

「うまくいったと言うより、やり過ぎたというレベルだと思うけど」

「そう?半分くらいはまだ動けるみたいよ。運がいいのね」

「運がいいって……」


さらりと怖い事言うな。
ロビンがダークサイドに落ちてしまった。


「頼もしいでしょ?」

「………………」


まぁ、いい。
つまり半分は倒したということだ。
海賊達からの怒声が聞こえる。
思った通り怒り心頭だった。


「このまま逃げる?」

「いや、面倒だけど後始末をしておこう。
 そのついでに海賊からお宝でも回収しようと思う」

「隣の商船は?」

「ついでに助けようか、もちろん下心は有りだけど」

「一人で行くの?」

「ロビンも来るか?」

「ええ、一緒に行くわ」

「了解。それじゃ船が流されないようにしていくか」






海賊の残党の片づけは手早く済んだ。
やはり小物の海賊団だったようだ。
船長は砲撃時の一撃で倒れていた。
交戦した海賊達はまさに鳥合の衆で各自が怒りにまかせて武器を振り回すだけだった。
こんな調子だったので宝物もあまり期待していなかったのだが、
宝に関しては予想以上に質の高いものばかりだった。
おそらく商船を専門として襲っていたのだろう。
砲撃に加え交戦時に暴れたせいで、
今にも沈みそうな海賊船から宝と思わしき物を片っ端から奪い取った。
どうせどこかから奪ったものだろうし、特に感慨を持つことも無かった。

大破した海賊船の近くにオレ達の船は停泊し、そしてその近くに成り行き上助けた商船があった。
商船は小規模なもので夫婦二人で経営しているそうだ。
何故二人しかいないかと言うと、
護衛を数人ほど雇っていたそうなのだが海賊船を見た途端逃げ出してしまったらしい。
また、災難な話だ。
なんでも人を見る目に自信無いので知り合いに紹介してもらったらしい。
どうやらその知り合いを見る目が無かったようだ。何とも言えない。


「お帰りなさい」

「ただいま」


オレは背負ったカバンの中からお宝を取り出していく。
宝の中には換金しづらい物もある。
そこまで量があるわけでは無いが、オレ達の船は多くの荷物を置ける訳ではない。
運びやすい宝石やなどは残して他は直接ベリーに変えて貰おうと思う。
幸いにも商船は商売の帰りだったので金は大量にあった。


「ん?」


宝の選別をおこなっていた時にえらく頑丈に封をされた箱に行きついた。
鉄ごしらえの強固な箱だ。
揺らしてみればごそごそと音がした。
何だろう?
無理やり開けるのもどうかと思い腰に下げた鞄から針金を取り出す。
鍵自体も固く数十分の時間を費やし開いた。
やけに重い錠の音が響いた。
ロビンも興味が惹かれたのか傍にやって来ていた。
オレは宝箱をゆっくりと開いた。


「なんだ……これ……」


中から現れたのは奇妙なとても奇妙なものだ。
おどろおどろしい、まがまがしい、それでいて妙に重い果実だった。
手に持った瞬間に何かとてつもなく強く惹かれる引力を感じた。


「それ……もしかして……」


ロビンが有りえないとでも言うように呟いた。


「……悪魔の実」














悪魔の実

グランドラインのとある樹に実ると言う未知の果実。
口にした者は海に嫌われカナヅチとなる代わりに 、
大きくは“動物系”“超人系”“自然系”の三つに分類される亜種多様様々な能力を身に宿すと言う。

その例の一つとして上げられるのがロビンだ。
ロビンが口にしたのは“ハナハナの実”。
至るとこからも体の各部を花のように咲かせることが出来る能力だ。

オレとロビンは現在、偶然にも商船に置いてあった“悪魔の実辞典”であの実の正体を探っていた。
悪魔の実辞典なんて子供の頃に図書館で読んだ以来で久しぶりだ。
商船の夫婦も興味があるのか共にページを読み進めた。

その時、腕がとあるページで止まった。
淡い希望を抱いて文字を読み進める。


「………………」


特徴を見比べ共通点を探した。
ご主人が身を乗り出した。
気持ちはわかる。しかしそれは鬼門だ。
ご主人、今だけは紳士的に 振る舞わなければならない。
なぜなら……


「あなた……」


奥さんからの冷たい声。
ご主人の肩がびくりと震える。


「そんなに熱心に観察して何のつもりかしら?」

「い、いや面白くてつい……な」

「へぇ、そんなに面白いの……」


奥さんはご主人にグイッとにじり寄った。


「この“スケスケの実”とかいういかがわしい項目見ていったい何を考えてたのぉぉ!!!」

「やめ……苦し……首しまってるから!!ごめんなさい!!」


あぁ、ご主人地雷を踏んでしまったな。
死して屍拾う者無し。
オレは何事も無かったようにページを読み進めた。


「…………………」


どうしたんだロビン?
そんな氷の刃のようなジト目を向けて。
……まさか、一瞬でも食べてもいいかなんてて思ってなんかないぞ。
本当だよ。
だから早く周りの腕をしまってください!!



冷や汗で背中を濡らしながらもページをめくり続ける。
こうして本として見てみても馬鹿げた能力ばかりだ。
中でも“自然系”の能力は想像を絶する。
クザン……今は大将となって青雉か……
アイツの能力なんかがその最たる例だ。
物理攻撃を全く受け付けず。
なおかつその力は大海をも氷結させる。
まさに人知を越えた能力だ。


「これじゃないかしら?」


ロビンがとあるページを指して言った。
オレは辞典のページに目を通した。
そこにあったのは馬鹿げた能力の中でも更に一線を画すまるで夢のような力だった。


「“トキトキの実”…………時間を操ると言われる能力……」


なんだそゃ?
さすがに無茶苦茶過ぎるぞ 。


「……詳細は不明。
 どうやら詳しい事までは分からないみたいね」

「本当に合ってんのか?
 ここにある内容が全て嘘だと言う可能性もあり得るぞ」

「そうね……でも本当かどうかは食べてみれば分かる。……現に私はそうだった」


オレは悪魔の実を手に持った。
やはり手にした瞬間強く引かれるような、
どこか運命すら感じる程の引力を感じた。


「時間を操るか……過去にでも行けるのかな?」


つい零れてしまったが、今のは我ながら情けない質問だった。


「……分からないわ」


ロビンは少し目を伏せた。


「……すまん」


戻れたらいいとは思う。
あの頃は幸せだった。
もしも……なんて思わない筈がなかった。
今のオレがあそこにいればどうしただろうか?
間違いなく闘うだろう。
そしてどうなるか……コレばかりは分からない。


「戦う上でも意味のあるものだと思うわ、
 どんな能力でも十中八九弱くなることは無いでしょうし……」

「しかし、食べればカナヅチ、もう自由に泳げない……か」


沈黙が降りた。
悪魔の実の力……それはまるで甘言のような響きを持ってオレを犯そうとする。
食べれば泳げなくなる。しかし、その見返りは大きい。


「決めるのはクレスよ」


そう、決めるのはオレだ。


オレは手に持った悪魔の実を見つめた。
相変わらず強く惹かれる。
まるで己を食すのがオレの定めだとでも言っているようだ。


「……ちなみにご夫婦は食べたいと思うか?」


決断までは至らず。
間を取るように質問をした。


「……私どもは商人ですので……悪魔の実など食べても仕方がないですよ」


確かに能力者の商人と言うのは問題があるのだろう。


「ちなみに売ろうと思ったら買うか?」

「い、いえ!めっそうも無いです!!
 時価一億ベリーもする商品なんてとてもじゃないですが扱える気がしませんよ」

「それもそうか……」


オレは再びこの自己主張の激しい困り種を見つめる。

食べるか……
食べないか……

選択は二つに一つだ。

また沈黙が降りた。
ご主人が耐えかねたようにのどをゴクリと鳴らした。


「……決めた」


オレは口を軽く開けた。

悪魔の実を徐々に顔へと近づける。

本当にコレでいいのか?
この選択に間違いは無いのか?
もう一人のオレが心の中で問いかける。

悪魔の実にはひどく凶悪なまでの魅力があった。
コレを食べればオレは今よりも強くなれるのだろう。
しかし、泳げない。

悪魔の実が顔のすぐ側にある。


最後の選択。
今ならまだ間に合う考え直せ……!!
もう一人の自分がオレを苛む。

うるさいぞ、もう決めたんだ。

オレは迷いを断ち切るように思いっきり、

悪魔の実を──────────











「よっ!」














────後ろ手で放り投げた。

手首のスナップが絶妙に効いた、我ながら中々の軌道を辿り悪魔の実は海の中に音もなく落ちた。
海に嫌われた悪魔の化身は浮かび上がる様子もなく、
僅かな波紋だけを残して溶けるように海底へと沈んでいった。


「「ええぇぇぇぇ!!!」」


息の揃ったご夫婦。


「な、何やってんですか!!
 悪魔の実ですよ悪魔の実!!
 船乗りが命を懸けて探し求める海の秘宝にあんた何やってんだ!!!」

「落ち着け、何も考え無かった訳じゃ無い」


オレは我を忘れて迫り来るご夫婦を何とか諫める。
なんとなく思ったが悪魔の実を海に捨てたのは人類史上オレが初めてじゃないのか?


「まず第一に悪魔の実に頼らなくても戦う事は出来る」


我流とは言え今までの人生をかけて積み上げた“六式”と言う技術にオレは誇りを持っている。

リベルは言った。
能力者だとかそうじゃないだとかは関係ない、
勝った者が“勝者”
そこには能力者だとか否かは関係ないのだと。
別にこの無茶な理屈を体現するつもりは無いが、
少なくともオレには能力は必要ない。


「第二に売りさばく事も考えたけど、
 どこぞの金持ちがこの実を手に入れて能力者になるのはイヤだ」

「子供かアンタは!!!」


まぁ……さすがに今のは自分でも大人げないと思った。


「最後に……」


これが一番の理由だった。
オレはロビンを見た。
ロビンは呆れたような笑顔を浮かべていた。
驚きが少ないのは予測していたのか、
それともオレの選択を尊重してくれたからか、
どちらかそれともどちらでも無いのかは分からないが、
オレの選択はどう映ったのか聞いてみたいようで聞きたくない。

もしかしたら後々に後悔するのかも知れない。
でも、これでいいと今は自信を持てる。



「二人旅なんだ。
 ロビンが海に落ちたら誰が助けるんだよ」












オレ達は商人の夫婦達と別れた。
夫婦はオレ達とは別の島に行くらしい。
その際にオレ達の事を人に話さないで欲しいとそれとなく頼んだ。
夫婦がどう受け取ったかは知らないが大丈夫だろう。
もし話したとしてもそう問題は無いように思った。


「よかったの?」

「ん?」

「悪魔の実の事よ」

「良くなかったとしてももうしょうが無いだろう」

「それはそうなんだけど……偶然ってあるものね」

「偶然か……」


果たして本当に偶然だったのか?
オレは悪魔の実から脅迫観念のようなものを感じていた。
まるでそれをオレが食べるのが必然だとでも言われているようだった。


「悪魔の実が食べる人間を選ぶ事ってあんのかな?」


なんとなく浮かんだ疑問だ。
ロビンにして言えば“ハナハナの実”だが、
ロビンがそれ以外の能力を持つ姿が想像出来ないのだ。
そして同様に能力者じゃないロビンを想像出来ない。


「分からない……考えた事も無かったわ。
 私は自ら進んで食べたもの。自分で選んだ、そう信じてるわ」

「そうか……」


もし必然だったならばオレはあれを食べていたのだろうか?

これはあの悪魔の実が時間を操作出来る可能性があると知った時から思っていたことだ。
オレ自身のこと。生まれた瞬間から自我が発現した異端児。
このことはオレと母さんしか知らない。話しても無駄なことだ。


もしかしたら……オレはあれを食べたんじゃないのか?
そして何らかの事故によって時間を遡った。
そこでは時の経過と共に培った全ては失われたが、オレがオレである為の証明だけが残った。


バカな……
考えておいて有りえない事だと自分でそれを打ち消した。

でもそれだと良いな。
そうすればオレは正真正銘の母さんの息子なんだから……


「どうしたの、嬉しそうにして?」

「いや、何でも無い」


顔が緩むのは仕方ない。
嘘でもいいからそう信じようかと思う。













あとがき

私は本格的に馬鹿なんだと思います。
すいません。
ごめんなさい。
申し訳ないです。
“ワンピースの二次小説”に完璧に喧嘩を売ったかもしれません。

今回はクレスの話ですね。
クレスは逆行人間です。以前は能力者でした。
分岐点は幼いころの感染症です。
“トキトキの実”に関しては無茶苦茶だと自身でも思います。
詳しいことはぼかしてありますし、作中では不完全な証明ですらない推測です。
今回の話は別に必要が無いのかもしれません。
ですが、クレスとシルファーの事なので書こうと思いました。
シルファーはクレスの実の母です。彼女には思った以上に情が移ってしまいました。
批判等は甘んじて受けるつもりです。




[11290] 第十話 「オカマと何かの縁」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:51
悪魔の実を海に投げ捨てると言う、
人類史上恐らく初めてであろう快挙を成し遂げた後に、オレとロビンは次なる島へと辿り着いた。

グランドライン二つ目の島と言う事で多少は身構えた。
リバースマウンテンでの経験もある。
グランドラインには何があるか分からない。
そう考えると自然と慎重にもなった。
しかしその警戒はいささか杞憂だったようだ。

島には街があった。
活気のある人々によって彩られた温かい陽気な町だ。
いくらグランドラインと言えども人々の日々の営みまでは変わらない。
そこにある環境に順応し日々を積み重ねていくのだ。
当たり前のことだがこうして確認すると結構安心するものだ。

オレ達の船は海賊旗は掲げていないので正面から島に上陸し、
そして停泊の手続きを済ませ、ロビンと共に街へと繰り出した。

一通りの散策を済ませ、かねてから考えていた通りにロビンを誘い喫茶店へと入る。
ロビンは「しょうがないわね」とでも言いたげな様子で了承してくれた。

店内は満員だった。
オレ達はカウンターテーブルに腰かけた。
店の雰囲気からか、うるさすぎず、静かすぎず、程良い賑わいを見せている。
店主の趣味か、アンティーク調の装飾品で飾られた店内はシックな感じの内装なのだが、窓の位置が絶妙で温かな光が店内を明るく照らしていた。
なかなか良い感じの店だった。

ここまでの航海は少々以上に疲れた。
グランドラインの海を甘く見ていた訳では無いが、予想以上の困難さだった。
次からの航海はここまで荒れる事は無いそうなのだがそれでも気は抜けない事には変わりない。


話は変わるが、個人的な見解として疲れた時は甘い物が一番だ。
オレもロビンも簡単な料理は出来るが、本格的なもの……それもお菓子などの甘味は作れない。
それにコーヒーに砂糖を入れようとすればロビンに止められる。

なのでとにかく、甘いものがたらふく食べたかった。
猛烈に身体が糖分を欲していた。
今なら店デザートを全て食べられそうだ。
ロビンに止められるから出来ないけど……
あぁ、でも全部は無理だわ。
メニューを見た所、大人の味とか言う、神への冒涜以外のなにものでもない、甘さ控えめ系のデザートがいくつかあった。

メニューを置き店員を呼ぶ。
オレはカフェオレと取り合えずイチゴのショーケーキ。
ロビンはブラックコーヒーをそれぞれ注文した。

運ばれて来たケーキを一口食べる。
クリームの甘さが絶妙でスポンジも柔らかい。
思わず頬が緩む。
ロビンがそんなオレを見て微笑んだ。
綺麗な、オルビアさんに似た大人の笑み。
なんだか無性に悔しい。
今まではオレがロビンを微笑ましく見守っていたのに、いつの間にか立場が逆転していた。
好き嫌いに関してもそうだ。
昔はロビンがニンジンを残すのを注意していたのに今ではオレの糖分を制限されている。
ロビンはいつ大人になったのだろうか?
長く隣にいたせいでいつの間かその成長を見逃していたのかもしれない。
気づけば変わっていたそんな感じだ。

そんな事をぼんやりと考えていた時にロビンがオレに向かって腕を伸ばした。
ロビンのしなやかな指はオレの口元についていたクリームをやさしく撫で取る。
そしてそのクリームをついた指を瑞瑞しい唇に近づけなめとった。


「………………」


……その動作にドキッとした。
ロビンはごく自然によどみなくスムーズに動作を終えた。
逆転なんて状況じゃなかった。完全にアドバンテージを握られた気分だ。


「どうしたの?」

「い、いや……な、何でも無い」


ここで正直になれないオレは子供だろうか?
まぁ、いいか。
うろたえるのもなんだか悔しい。
落ち着きを取り戻すためにもオレはカフェオレを口元に運んだ。



感じの良い店に、おいしいお菓子。
カウンターテーブルの隣には長年連れ添った幼なじみ。
日差しは温かいのに柔らかい。
周りのうるさすぎない喧騒も程良いBGMだ。

こうしてロビンと二人和むのはなかなか楽しい。
オレもロビンもそんなに口数は多い方ではない。
しかし言葉を交わさずともお互いの雰囲気は伝わる。
今はとても楽しかった。
出来ればずっと続いていてほしいとも思えるような時間だ。

だから……






「あらーラブラブねえい。あちし妬いちゃいそう」


隣に座わる謎のオカマを海に沈めたいと思うのは間違いじゃない筈だ。

なんか色々と台無しだった。














第十話 「オカマと何かの縁」













「取りあえず言いたいことが色々とあるが、まず言っておこう……帰れ」


コレは恐らくこの店にいる全員の総意だ。
真っ白な生地にこべり付いた異色のシミのように隣のオカマはこの空間において浮いていた。


「ぬわんですって!! いきなりその態度はひどいんじゃない!!」

「………そうだなさすがに言葉が悪かったな」

「そうよ。あやまんなさい」


一呼吸置いて言った。


「今すぐに店から出ていってください」

「さっきと一緒じゃないのよう!!」


何なんだこのオカマは?
せっかくロビンと二人で和んでたのを盛大にぶち壊しやがって。
万死に値するぞ 。


「楽しそうな人ね」


その評価は間違ってるぞロビン。
こいつの場合は間違いなく変な人だ。


「まぁーまぁーそんな硬いこと言わないでい、
 ここでこうして会ったのも何かの縁じゃない?」


そんな縁はいらん。


「だぁーかーら!! ここはあんた達を見込んで一つ頼みがあるのよう」


オカマは急に真面目な顔になると頭を下げた。


「お金貸して頂戴」

「貸すかバカやろう!!」


コイツは何しに来たんだ。


「いやーね、最近のマイブームのタコパフェを食べに来たんだけどお財布を落としたみたいで困てたのよん」

「なに金を借りる前提で話を進めてるんだ。一銭たりとも貸さねぇよ」

「マスター!! マスター!!! タコパ頂戴!! ターコパ!!」

「話聞けコラァ!!」


そして運ばれてくるタコパフェ。
甘いパフェと茹で上がったタコが絶妙にマッチしない明らかに地雷の一品だ。
熱いタコのせいで冷たいクリームが溶解液の様に溶けている。
これでいてお値段は据え置かれない。


「クレス……」


さすがに耐えかねたのかロビンがオレに向けて言った。


「オカマさんの代金はクレスのお小遣いから引いておくから」

「何でオカマの味方!?
 しかもお小遣い制なんか取ってたっけ!?」


糖分だけでなく財布の紐まで握られていたと言う新事実が判明した。

オカマはそんなオレに構うことなくタコパフェを食べようとする。


「まて、返品だ!!」


オカマのスプーンがタコパフェをつつく前にそれを取り上げた。


「なにすんじゃボケェ!!」


野太い声のオカマ。
ドスが効きまくっている。
全力で男声だ。


「それはこっちの台詞だ、勝手に話を進めやがって!!
 ……と言うか金を貸す了承をした覚えは無い!!」

「な、なによアンタ……あちしからこの至福の一時を奪おうっての!!?」

「いや、奪うと言うかお前の至福の一時は元から存在してないと思うぞ」

「何て事……すぐそこに手を伸ばせば幸せは掴めるって言うのに、
 その手を阻むなんて………拷問にも等しき苦痛だわ!!
 鬼!! 悪魔!! あんたそんなにあちしが憎いなら殺しなさい!! 今すぐあちしを殺しなさい!!!」


まるで舞台の中心にでもいるかのように声を張り上げ涙をざめざめと流した。
この瞬間スポットライトはオカマにのみ当たり、
悲しげなヴァイオリン演奏が流れて来そうだった。

オカマに対して他の客から同情的な視線が送られる。

なぜかオレが悪者みたいだった。


「クレス……オカマさんに食べさせてあげたら?」


支払いはオレの小遣いなんじないのか。

しかしそうでもしなければこの空気の収集がつきそうにない。


「ほらよ……」


オレはオカマにタコパフェをそっと差し出した。


「あ、あんた……」


希望を見いだしたオカマ。


「ありがとう!! あちしこの恩を忘れない!!
 あんたは恩人よ、お・ん・じ・んー!!」


そうしてタコパフェに食らいつくオカマ。

感動の瞬間だった。

昼下がりに行われた寸劇は新事実(お小遣い制)の発見とオカマの爽やかな涙(無用の長物)と共に幕 を下ろした。






「いやースワンスワン。
 ご馳走になっちゃたわねい。
 お代わり頼んでもいかしら?」

「……どんだけ厚かましいんだよ」


「ごーめーんなさいねい。
 この恩はいつか必ず返すわよう」


個人的には恩よりも金を返してほしい。
小遣いがいくらなのか気になる。


「ところでオカマさんは何をしている人なの?」

「あら、あなたいいとこに気がついたわねい」


オカマは急に立ち上がり、背中に羽織った純白のマントをはためかせた。
マントには筆で“オカマ道”と書かれている。
そしてクルクルとつま先で回った後、バレイのように片足で立ちポーズを決めた。


「あちしの名前はベンサム。今は一人“オカマ道”の武者修行中よーう!!」


軽快で珍妙なポーズなのに、
ベンサムは峻厳な頂へと臨む修行僧のように言った。


「………頭打ったのか?」

「だまんなさいよ!!」


いや、ツッコミ所多すぎるぞ。
オカマ道の武者修行って何だよ。
極めたらどうなるんだよ?
変身でもすんのか?


「まぁ、こう言ったってあんた達にはわかんないでょうねい。
 あちしは悪い海賊さんを懲らしめる賞金稼ぎみたいなもんよ。がーはっはっはっはっ!!!」

「へぇ……」


賞金稼ぎか……
しかし、こうも開放的なとこを見るとオレたちを狙っている訳では無さそうだ。
賞金稼ぎとのいざこざも最近はほとんどない。
やはり成長して手配書と容姿が変わったのが大きいのだろう。

オレはロビンと視線を交わす。
どうやらロビンも同じ意見らしい。


「そういうあんた達はドゥーなのよ?」

「オレ達は考古学者とその護衛だ」


ベンサムからの質問には適当に返した。
別に嘘をついた訳でもない。基本的にはそう言う肩書きだ。
それにわざわざ本当の事を言って面倒を起こす事もない。
ベンサムはそのことについて特に追求する事は無かった。



オレとロビンそれに何故かベンサムを加えて喫茶店での一時を過ごす。
いつの間にか打ち解けてしまっていた。
なかなかベンサムは面白い奴だ。
目立つのはあまり本意では無いがコイツを交えた会話はなかなか楽しい。
静かなのもいいが、騒がしいのもまたいいものだ。
それと驚いたことにベンサムは悪魔の実の能力者だったようだ。

“マネマネの実”
他人の容姿をコピーする能力。
本人と同じで変わった能力だ。
何でもメモリー機能まであるそうだ。

そして、能力を使うためには右手で顔に触れる必要がある。
余興と称して勢いよく差し出された右手を反射的に避けたために、オレたちの容姿はコピーはされずに済んだ。

コイツに悪意が無くとも明確な手がかりを残すわけにはいかなかった。
それはオレ達の為でもありベンサムの為でもあった。



時が過ぎ、
カフェオレも二杯目へと突入する。
マナー違反ぎりぎりの音量でベンサムが騒いでいたそんな時だった。


「見つけたぞオカマ!!」

「よくも兄貴をのしてくれたな!!」

「ただで済むと思うなよ!!!」


入り口の扉を乱暴に開け、海賊らしき人間が数人現れた。


「どちら様?……お友達?」

「友達にしては随分と荒っぽい遊びのお誘いだな」

「あらん?あんた達まだ懲りてなかったの?」

「どう言う関係だ?」

「こいつらがオイタしてたからちょ―っと懲らしめてやったのよう」


ベンサムが立ちあがり三人を睨めつける。
もともと大柄なおと……オカマだ。
その眼光は鋭く海賊達をすくませる。

三人はベンサムの視線に怯むも、
それぞれに武器を取り出しすとベンサムに襲いかかった。
一応は知り合いだ。
手助けしようかと思ったがどうやらその心配は無かったようだ。

ベンサムは海賊達よりも圧倒的に速くその身を動かし、


「アン!」「ドゥ!」「クラァ!!」


しなるような蹴りを海賊達に喰らわせた。
珍妙な外見とは裏腹に確かな威力を持った蹴りだ。
海賊達はそれぞれ吹き飛び開け放たれた入り口から外へと退場する。


「がっはっはっはっはっは!!! 口ほどにもないわねい!!」


ベンサムは脚を上げ、バレイのようなポーズをとる。
そしてまたクルクルと回った。


「へぇ、なかなか……」

「……やるな」


さすがはグランドラインだ。
オレ達がが今まで出会った人間の中でも上位に入る強さだった。


「ク、クソ!! なんて強さだ!! まるでルージュ様のようじゃないか!!」

「オカマか!! オカマだからか!!?」


海賊の内の二人がまだダメージの残る身体を起こす。
そして完全にのびた一人を抱えると背を向け後退する。


「覚えてろ貴様等!! 我らマールック海賊団に喧嘩を売った事を後悔しやがれ!!」

「運が悪かったな!! 今の目標は“仲間は大切に”だ!!」


なんだか訳のわからん事を言い残し、海賊達は逃げて言った。



「なぁ……海賊達“貴様等”って言わなかったか?」

「……言ってたわね」


べンサムの仲間とでも思われたのだろうか……
もしかしたら面倒な事になるかも知れないな。
追い打ちでもかけるか?
いや、無駄だろう。海賊ってのはなかなかしぶとい奴らが多い。


「あ、あんた達今すぐ逃げた方がいい!!」


喫茶店のマスターが焦ったような声を出した。


「マールック海賊団はこの一帯を縄張りにする海賊だ!!
 船長のマ―ルックの賞金額は五千七百万!! それも嫌な話ばかり聞く男だ!!
 悪い事は言わない早く遠くへ逃げた方がいい!!」


案の定厄介事だった。


「ロビン、ログは?」

「ダメ……この島のログがたまるのは大体一週間くらいらしいの。
 まだこの地を離れる事は出来ないわ」

「面倒だな……」


相手が海賊と言うので一応は安心だが、それでも厄介事はごめんだ。


「あんた達なーに弱気になってるのよう!!
 マールック? ナッシィンッ!! ナーッシィン!!
 のこのこやってきたら、あちしのオカマ拳法で返り討ちにしてやるわよーん!!
 気分が乗って来たわ!! あちし回る!!!」


オレ達の気を知らずに暢気に回りつづけるベンサム。
一発くらい殴っといてもいいだろうか?













────────島の近海


そこには一隻の海賊船があった。
ベンサムが倒した海賊達を部下に持つ海賊団、マールック海賊団の船だ。

その船の船長であるマールックは早い夕食を取っていた。
異様に長い手を億通そうに動かし料理を口に運んでいく。
長いのは腕だけでは無かった。身体の全身が異様に長い。
立ちあがれば常人の倍以上の身長がある細長い男だった。


「………もう食えん」


そう言って手に持ったホークとナイフをテーブルに置く。
テーブルの上には大量の料理が残されている。
普段から大食いな訳では無い、それは明らかに許容量の限界以上の量だ。


「うっぷ……今回のはダメだな。“今日から大食い”は止めよう」


コックを呼び出し皿を引かせる。
皿を下げるコックは明らかにこうなることを予想していたかのように呆れ顔だった。


「おい!! 明日からは普段通りの量に戻せ!! こんなに食えるかバカ野郎!!」


コックに怒りをぶつける。
そして、まだ明るい外を見ながら、それから……と続けた。


「“今日から早寝早起き”も止める。明日からはいつも通りの時間に出せ!!」


マールックは“まがった事”が大好きな人間だった。
信条、性格、目標、そして生活習慣に至るまで何かを曲げることが大好きだった。
だから、なんとなく己の行動目標を曲げ続けるのを日課としていた。
その一環として女装をしたこともある。だが飽きて直ぐに止めた。

マールックが無理に詰め込んだ腹を苦しげに抑え、
トイレに行くかどうかで迷っていた時に入り口の扉が開いた。


「あら船長。また曲げちゃったの?
 今回のは続かなそうだったけど三日坊主ともいかなかったわねぇ」


全身を筋肉で固めた男が現れる。
いたるところも筋肉で常人の三倍はありそうな太さがあった。
胸元からは胸毛も覗いている。
しかし野蛮な身体とは裏腹に、髪は長く伸ばし丁寧に撫でつけられている。
まつ毛も長く、顔全体的に化粧が施されていた。オカマだった。


「んあ、ルラージュか?相変わらずどきつい顔しやがって……。
 あ!! しまった、“今日から短所を褒める”を曲げちまった。これも今日で止めよう」

「んまぁ、相変わらず難儀な性分ね。それよりも部下からの報告は聞いたかしら?」

「何のことだ?」

「やっぱりね。今の目標は“仲間を大切に”だったじゃないの。しっかりしてよね。
 どうやら部下達が賞金稼ぎにやられたらしいのよ」

「ふん……ほっとけと言いたいとこだが、それは前回の目標だったな」

「たしか“面倒は自分で解決”だったわね。
 どうするの? 行くのかしら? 私は久々に楽しみたいわぁ」


ルラージュは分厚い唇で笑みを作る。
そして自分が暴れる姿を想像し腰をくねらせ身もだえる。


「グニャニャニャ!! 確かに最近刺激が足りないと思っていたとこだ!!」


マールックは両頬を釣り上げ、立ちあがり扉へと向かう。
久しぶりの街への襲撃。部下の一件など口実でしかない。
マ―ルックは己の欲望の矛先を決めた。
マ―ルックは残酷で残虐な人間だった。
何よりも“まがった事”が大好きで、倫理や道徳と言ったことが嫌いだった。
ゆえに曲げる。捻じ曲げる。
マ―ルックの顔には懸賞金五千七百万ベリーの金額に劣らぬ凶悪な表情があった。



「さて、今回の略奪目標はどうするか、
 ……街を焼き尽くすのも良いかもしれないな」

「うふふふ、船長のそう言う残酷なとこ好きよ」


静かに海賊船はその進路を島へと向けた。













あとがき
出しちゃいましたね。ボンちゃん。
いつか出そうと思っていました。
今回から中編ですね。頑張りたいです。




[11290] 第十一話 「オカマとコイントス」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:52
「船長!! 島が見えました!!」


海賊船は島へと近づく。
それに従い船内は爆発的に沸き立っていく。
武器を突き上げ歓喜の声を上げる。
観光なんてそんな生ぬるい目的では無い、
血の気の多い彼らが望むのはもっと自由で素敵で楽しい事だ。
むろんそれは“彼らにとって”との前程がつくのだが……


「野郎ども戦闘準備だ!!」


マ―ルックは看板で声を張り上げる。
そして、二ヤリ、と口元を曲げた。
周りでは部下達がマ―ルックの声に反応し歓声を上げた。


「今回はどうするのぅ?」


不気味な猫なで声でルラージュがマ―ルックに訪ねた。
彼もまた興奮を隠しきれないといった様子だった。
鏡で己の美貌を確かめ髪をかきあげる。
美しい女性であればさまになっていただろうが、残念ながらルラージュはオカマだった。

マ―ルックはそんなルラージュに一瞥をくれた後、
嫌そうに顔を歪めて、楽しそうに曲げ直した。


「焼き払う、今決めた」

「あらん? 前回と同じじゃない? “同じ事は飽きるので一回置く”じゃ無かったかしら?」

「止めだ、止め、そんなくだらんルールなんてな」

「また、曲げちゃったのねぇ……うふふふふふふふふふ」

「ぐにゃにゃにゃにゃにゃ!!」


二人の笑いが船内に響いた。
ひどく楽しそうな、酒場で笑いあう人々のような笑い声だった。
しかし酒場の人間とは圧倒的にその笑いあうべき対象が違う。


「一発ブチかまそうじゃねェか。曲がりなりにも海賊なんだ。残酷に残虐になぁ!!!」














第十一話 「オカマとコイントス」














「か、海賊が来たぞ!!!」


この時代において幾度となく恐怖と共に叫ばれた言葉。
それは、何かのスイッチのように人々を混乱へと誘う。

マールック海賊団は接岸するなりいきなり砲撃を始めた。
次々と放たれる砲弾は活気ある港を一瞬で恐怖へと変える。
人々が逃げ惑うのを楽しむかのように次々と砲弾を放ち港を破壊していく。
そして誰もいなくなった港に正面から堂々と入港する。
砕かれた地面。
火のまわった残骸。
一瞬で廃墟と化した静寂の支配する空間。
そこをまるで己のために引かれた絨毯のように堂々と、海賊達は歓迎を受ける訳でもなく降り立った。
海賊達は飢えた獣のように目をギラつかせる。
だが彼らは同時に鎖のついた獣でもあった。


「今回の目標は“街を焼き払おう”だ。
 奪え!! 殺せ!! 存分に暴れろ!! そして飽きたら焼き払え!!」


飼い主の命令。
マ―ルックは鎖を解き放つ。
鎖の無い獣たちは無秩序に自由に駆け回る。

前へ、
前へ、
街の方へ、
獲物の方へ、






海賊がやって来た。
この情報は一瞬で島中を駆け巡った。
同様は一瞬で広がり、人々は我先にと逃げ惑った。
しかし、ここには一つの問題があった。
逃げ場所には行き止まりがあったのだ。
四方を海で囲まれた隔絶した空間。
しかもそれほど大きな島では無い。
海賊達が迫り来れば逃げ道がない。
主だった港は島の正面に一つだけ。
小舟こそあるものの全員を乗せる事は不可能だ。
海軍に関しても今すぐやってくることはまず無い。

つまり、この地にいる人間の命は全て海賊達が握っていた。






「……来てしまったのか。まさか海賊船ごとやってくるとは、面倒な」

「そうみたいね……せいぜい仲間を増やす位だと思ってたのに」


クレスとロビンはベンサムと出会った喫茶店にいた。
カラン……と寂しげに扉に取り付けられた鈴が鳴る。
辺り一帯は昼間にあるまじき静寂が支配していた。
店長を含め店内の人々は海賊達を恐れ逃げ出してしまった為に店内には二人だけだった。


「これからどうするか……」


クレスはカフェオレを口元に運び思案する。
正直なところあまり良い案がある訳では無い。
大まかには二つ。
逃げるか、迎え撃つかだ。


「そう言えば、オカマさんはどうしたのかしら?」


ロビンがここにいないベンサムについて言った。
クレスとロビンはベンサムと待ち合わせをしていた。
海賊達に一方的に絡まれた日からログが貯まるまでの一週間、
一応の対策として最悪お互いの位置位は把握することにしていた。
待ち合わせの折、別に時間を指定していた訳では無いが、今になってはそれが悔やまれた。


「確かにいつもより遅いな。
 まぁ、どこでどうしてようと今はほっとくしかないだろう。
 アイツは目立つから心配しなくてもその内見つかんだろ。
 もしかしたら、もう港に向かったかもしれないしな」

「それもそうね……それにオカマさんの強さなら、あまり心配する必要は無いわね」

「今は身の振り方を考えるのが先決だな」

「そうね」


そうしてロビンも誰もいなくなった喫茶店でクレスに倣いコーヒーを口元に運んだその時だった。


バン!!

扉が勢いよく開いた。
取り付けられた鈴が悲鳴のように鳴った。
そして地面に落ち不規則に転がった後、踏みつけられて砕かれた。


「ひゃっはぁ!!」

「いたぞ!! 男と女だ!!」


武器を構えた海賊二人組。
通常なら逃げ惑い命乞いでもする状況だ。
しかし、クレスとロビンの反応はひどく薄いものだった。
クレスとロビンは眉ひとつ動かすことなくテーブルに座り続けていた。
二人は海賊達に一瞥だけくれると、また話し始める。

海賊達は始め恐怖のあまりに声が出ないのだと思っていたが違った。
二人は海賊たちなど全く意に反していなかった。
全く脅威と見ていなかった。

海賊達は二人に向けて怒りと共に武器を振り上げる。
彼らにとって二人は獲物だ。
ただ狩られるだけの獲物。
その獲物が捕食者を前にして無反応であることを許せるはずが無かった。

クレスは己に凶刃げ迫ろうとも全くの無反応だった。
カフェオレの入ったカップを置き、テーブルに置かれた角砂糖を入れようとした。
しかし、その手はロビンに止められる。四つ目だった。そろそろ砂糖の味しかしなくなる頃あいだ。


「ダメ」

「……分かった」


クレスは渋々とその手を引っ込め、ロビンが油断した瞬間に角砂糖を口の中に放り込んだ。
そしてロビンにしてやったりと意地の悪い笑顔を向けた。
それを見てロビンは無言でクレスのまだ半分ほどあるケーキを引いた。
クレスは真剣に頭を下げた。土下座ばりの勢いだった。


海賊達はそのやり取りを見ていた。
見ているしかなかった。
クレスとロビンに向けて振りおろした腕から全身にかけてが全く動かなかった。
見れば全身を複数の腕によって拘束されていた。


「がっ……ぐぎっ……なんだ…と……!!」

「悪魔…の実……船長ど……同じ……っ!!」


ゴギッと太い枝の折れるような音がして海賊達が崩れ落ちた。
ロビンの能力によって関節を極められたのだ。
再び静寂を取り戻した空間でロビンは倒した海賊達を見ながらクレスに訪ねた。


「逃げるか、戦うか、選択は二つに一つ。クレスはどっちがいいと思う?」

「まぁ、どっちを選んでもそれなりにリスクはあるよな。
 大人しくしていて見逃してくれるならそれもいいんだけどな」

「そうね。逃げてもあまり結果は変わりないのかもしれないわね」


島はそれほど広く無い。逃げた所で海賊達がやってくればそこで終わりだ。
後は彼らの気分しだいと言ったところだ。


「海賊船に潜り込むってのも今回は無理そうだしな……」

「オカマさんの一件で私達は敵だとみなされている可能性は高いわね」

「……ベンサムのアホめ」


だが、ベンサムを責めるのも筋違いだと言うのも二人は分かっていた。
むしろほとんど関係無いだろう。
悪いのは間違いなく海賊たちなのだ。クレスとロビンの運が悪かっただけだった。


「船の方も心配ね。壊されてなければ良いのだけれど……」

「今回は正面の港に止めたのが仇になったか。
 船には罠を仕掛けてあるけど、それも逆効果かもしれないな。逆上して船自体を壊されかねない」

「なら港に向かう?」

「……そうなれば確実に戦闘だな」


船が狙われる可能性は高い。
海賊達は正面の港に現れたのだ。港にある船ならば狙われてもおかしくは無い。
出来れば面倒事は起こしたく無かった。
しかし、自体は切迫し目的のためには多少の強引な手段を取らざるを得ない。


「マ―ルック海賊団船長“曲がり者のマ―ルック”懸賞金五千七百万ベリー。
 結構な大物ね。相手にするのは骨が折れそう」

「まぁ、こうなったらしょうがないんだけどな」


クレスは懐からコインを取り出した。
共通通貨であるベリーだ。


「コイントス?」

「たまにはいいんじゃねぇか? 新しい試みで」

「そうね。表と裏はどうするの?」

「表ならとりあえず港に向かう。そこでどうするかは状況次第だな」

「裏は?」

「逃げてやり過ごす」

「後ろ向きね。それにカッコ悪いわ」

「それもそうだな、それじゃあ……」


クレスは二ヤリと笑った。
どこか悪戯を思いついた少年にも似た笑みだった。


「裏ならマ―ルックを討ち取りに行くってのはどうだ?」


ロビンはクレスの言葉に口元を緩めた。


「ハイリスクね。でも、一番てっとり早くて確実なのかしら?」


人々は皆逃げ惑い、港にいる者は海賊だけだ。目撃される心配は少ない。
それに船長を倒せば海賊達は島から出ていく可能性も高い。
だが、それはロビンの言うように危険な案でもあった。
マ―ルックの強さが未知数なのだ。争い無事でいられる可能性は分からないのだ。

クレスはコインを指の上に乗せた。
後は親指で弾くだけだ。


「まぁ、とりあえずはこれでやってみよう。
 港に行けばベンサムとも合流して楽できるかもしれないしな」

「運命を知るのは神様だけ……ね」

「神様なんて関係ないだろ」

「どうして?」

「だって、コインを投げるのはオレだからだよ」


コインは宙を舞った。

クルクルと回り、回り続ける。

表か裏か、冗談の応酬のようなやり取りの結果が方針となる。
ロビンとクレスはコインの示す先を見守った。

コインはゆっくりと降下しクレスの腕の中に落ちた……













あとがき
次回からバトルですね。
ボンちゃんがかなり活躍しそうです。




[11290] 第十二話 「オカマと鬨の声」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:54
────島のある路地



「正直に言いなさ―い!! あんた達の船長はどこにいるのう!?」


ダン!! とベンサムは片腕で海賊を壁へと打ち付ける。
海賊から短い悲鳴が漏れた。
ベンサムの腕は海賊の首元を握っており、大柄な彼が地面に並行に腕を伸ばせば海賊の脚は地面から離れていた。
海賊は窒息しないように足掻く。
反抗する気力などとうに失せていた。

ベンサムの周りには数人の海賊達が倒れていた。
中には先日にベンサムが倒した海賊達も混じっている。
彼らは島への襲撃の際にベンサムを見つけ、人数を増やし襲いかかった。
しかし、ベンサムのオカマ拳法の前に手も足も出ずに見事な返り討ちにあったのだ。


「ぜ、船長は……港近くの……広場にっ!!」

「本当?」

「本当……本当!!……だからっ……腕をっ!!」


嘘では無い。そう判断してベンサムは腕を離した。
海賊はその場にへたり込む。そしてそのまま気を失った。


「じょーだんじゃないわよう!!
 ダンスのレッスンしてたら待ち合わせがいつもより遅くなってしまったわっ!!
 クレスちゃん達は大丈夫かしら? あの子達も弱くは無いでしょうけど心配ねい……」


ベンサムは港の方向を見た。
何本の黒煙が立ち上っていた。
砲撃音がしたからそのせいだろう。
この路地からだと港までは少々距離がある。到着まで少々時間がかかりそうだった。


「うおおおおおお!! オカマダッシュ!!!」


ベンサムは全力で港へと走った。とにかく走った。


「クレスちゃん!! ロビンちゃん!! 待ってて!! あちし今行くからねい!!!」


別に根拠があった訳では無かったが、
ベンサムはそこに二人がいるような気がして全力で走った。






────島の港






「……やってくれたな」

「……ひどいことするわ」


海賊達と遭遇しないようにに屋根の上を移動して、クレスとロビンは自分達の船の元へとやって来ていた。
船の状態は目立った外傷こそ無かったが、船内は酷く荒らされていた。
クレスが仕掛けた罠にも引っ掛かった跡もあるが、強引に断ち切られている。
数人を一度に捕らえる事が出来るものだったが、それ以上の人数がいたのだろう。
備え付けの備品の多くが壊され、置いておいた貴重品が根こそぎ奪われていた。
ほとんど見境なんて無かったのだろう。
奪われた中にはクレスの狩り道具や、ロビンの考古学の研究に必要な道具や資料もあった。
旅をするのに絶対に必要な愛用品だ。その怒りは大きい。


「……少々、黙ってはいられなくなったな」

「確かに……これは許せないわね」


クレスとロビンは港から少々進んだところにある広場を見た。
屋根の上を移動する途中で確認したところ、海賊達は奪い取った物は全て船には乗せずに広場に集めていた。
おそらく、クレスとロビンの荷物もそこにあるはずだ。


「壊されて無ければ良いのだけれど……」

「確かにそれを祈るばかりだな………全く海賊って奴は」

「今回はもう仕方がないわね」

「海軍が出張ってくるのにも時間がかかりそうだしな。それに出張られても困る」

「実力行使」

「ああ、取られた物は、きちんと返してもらわないとな……ただし利子は倍以上で」

「ふふっ……悪徳ね」

「悪徳上等。相手の自業自得だっての」


クレスはロビンに腕を差し出した。
その姿は社交の場で婦人相手にダンスを申し込むように緩やかだ。
ロビンは微笑を浮かべ、クレスの腕を取る。


「行くか」

「ええ」


クレスは腕を引き、ロビンを抱える。
そして“月歩”で戦場と言う舞踏場へと飛び立った。













第十二話 「オカマと鬨の声」












────島の広場




「ぐにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!! 大量じゃねぇか!!」


マ―ルックの前には山積みにされた戦利品……もとい略奪品があった。
宝石、金品、アクセサリー、上げれば限がない程様々な物がある。
その中にはロビンとクレスの私物もあった。


「今回は上々の出来じゃないかしら、船長?」


マ―ルックの傍らに立つルラージュが嬉しそうに言う。


「ああ、笑いが止まらんな。海軍もバカばかりだ、こんな宝の山を放置しておくとはなぁ!!」


かと言っても、海軍がやって来ても蹴散らす自信はあった。
その実力を持ち合わせていた。

部下達が次々と運んでくる品を見ては二人は笑う。
戦利品を見るのは海賊としての最大の楽しみだ。
二人がそんな喜悦に浸っていた時、部下達が騒がしくなった。
近づいてくる戦闘音。
二人を邪魔する者がいたのだ。


「動くな!! 海賊共!!」


島の憲兵達だった。
この時代、海賊に襲われると言うのも珍しく無い。
この島も当然のごとくその防衛手段を取っていた。
経験こそ少ないものの、武装した憲兵達は優秀だった。
彼らは立ち塞がる海賊達を何とか倒し、とうとうマ―ルックの前までやって来たのだ。

マ―ルックとルラージュの二人は楽しみを邪魔する憲兵をジロリと睨めつける。
その視線に憲兵達はたじろぐも、日ごろの訓練を思い出し、手に持つ銃を構えた。


「う、撃て!!」


一斉に弾丸は放たれた。
マ―ルックの部下達は憲兵が銃を構えたたことに一瞬浮足立ったものの、
銃口がマ―ルックとルラージュの二人に向いた事を知ると、安心し、笑みさえ浮かべた。


「あんら? せっかちね」


ルラージュは弾丸が迫った瞬間にその全身を筋肉で固めた巨体を躍らせた。


「うふん、うふふふふふふふふふふふふふふ……!!」


腰をくねらせ絶妙に弾丸を避ける。
本人は華麗に避けているつもりだったが、
オカマが腰をくねらせる姿は、はたから見れば無性に気持ち悪かった。


「な、なんなんだ!! あのオカマは!!」

「あの巨体でなんて動きだ!!」

「そして、気持ち悪い!!」


弾丸はルラージュにかする事も無く後ろに流れた。

弾丸はマ―ルックの方にも迫る。
だが、マ―ルックはその場にたたずんだままだった。
防御も回避も何もしない。
棒立ちの状態で、弾丸はマ―ルックの額に直撃する。
直撃を受けたマ―ルックの身体が揺らいだ。
衝撃を受けた頭部を中心としてマ―ルックの身体が傾く。


「ぐ、おっ……」


マ―ルックの苦悶の声に、憲兵の中に喜色が広がる。
頭部への直撃で無事な筈がない。
しかし彼らの表情は一瞬で凍りついた。

マ―ルックの身体は脚を地面につけたまま、腰を中心としてグネリと曲がったのだ。
人体の構造上ありえない曲がり方だった。


「ぐにゃにゃにゃにゃにゃ!! ………残念だったな」


そしてマ―ルックは何事も無かったかのように立ち直す。
見れば額には傷一つ無かった。


「の、能力者!!」

「ちくしょう!! 化け物が!!」

「くそ!! 第二班、斬りかかれ!!」


憲兵達が剣を抜きマ―ルックに向けて襲いかかる。
マ―ルックは憲兵達を気だるげに見つめた。


「ルラージュ、始末しろ!!」

「り・ょ・う・か・い」


憲兵達の前にルラージュが立ち塞がった。
憲兵達は筋肉の壁とも取れる巨漢のオカマに憲兵は怯んだ。
常人の裕に倍はある体格だ。
近くで見ればマ―ルックと共にその大きさに圧倒される。


「いくわよ、兵隊さんたち」


ルラージュは巨大な丸太のような腕を振り上げた。


「ラリアット・ボンバー!!」


凶悪な一撃。
襲いかかった憲兵達は一撃でなぎ倒され吹き飛ばされる。
意識なんて触れた瞬間に吹き飛んだ。


「あんら?」


しかし、幸運にもルラージュの攻撃を潜り抜けた者がいた。
彼は捨て身の覚悟で船長であるマ―ルックに突貫する。


「……取りこぼしやがって」


憲兵はマ―ルックに向けて手に持った刀剣を振り下ろす。
マ―ルックはそれに向けて異常なまでに長い腕を差し出した。

グネリ

曲がる。

また、マ―ルックの腕が振り下ろされた剣を中心として不規則に人体の構造を無視して曲がる。
そして、マ―ルックの腕はありえない軌道をたどり憲兵の顔を掴んだ。


「ぐがっ!!」


憲兵は動揺して何もできない。


「また、曲がっちまったな。いいだろ、曲がるって、すごいだろ? 最高だろ?」


マ―ルックは曲がった腕をしならせるように憲兵を地面へと叩きつけた。
憲兵から短い悲鳴が聞こえた。
それを聞きマ―ルックの口元がまた嬉しそうに曲がった。

マ―ルックとルラージュの二人に傷一つ作る事も出来ずに立ち向かった憲兵達は一掃された。
残ったのは銃を構えた者たちだけだった。
それでも憲兵達は懸命に立ち向かう。
しかし、それは無駄なあがきだった。
マ―ルックの部下達も参戦し、僅かな時間だけを稼いで憲兵達は倒れた。


「ぐにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


広場には恐るべき男達の笑い声が響いた。
部下達もつられて笑う。
そして、その笑い声は大きな鬨へと変わった。
広場に響く海賊達の鬨の声。
この島に住まう人々にとってこれ以上の恐怖は無かった。
マ―ルック海賊団に立つ向かう勢力もういない。
後はただ安心してこの瞬間を楽しむだけだ。
その鬨の声は大きく大きく、

響いた。





「────うるさいぞ」


突然、振りかけられた声。
ぴたりと動きが止まった。
それはありえない事に上から聞こえた。
町中の広場には当然天井なんて無い。あるのはただ空だけだ。
不審に思うも海賊達は上を見た。
そして彼らは残らず驚愕した。

空から幾丈もの斬撃が雨ように降り注いだのだ。


「ぎゃっ!!」

「ぐおっ!!」

「ぐはっ!!」


鬨の声は一瞬で消え、換わりに悲鳴と苦悶が木霊する。

ルラージュは華麗に避け、無傷で眉をひそめた。
マ―ルックは斬撃を受け、無傷で目を細めた。


その二人は部下達が倒れるのと引き換えに上空から降り立った。
若い男と女の二人組だった。


「────嵐脚 “乱” 」


運よく斬撃から逃れたマ―ルックの部下達は現れた男女に驚くも、一瞬で“敵”だと判断し襲いかかった。
その判断は正しくも、大きく間違っていた。


「──三十輪咲き “ストラングル” 」


突然咲いた腕が部下達の首の骨を極める。
驚く暇すら無く。
この上ないほどの奇襲に部下達は崩れ落ちた。


「だいたい倒したわね」

「だが、船長とその側近は無傷。思ってたよりも厄介かもしれないな」


マ―ルックは不愉快だと口元を曲げた。
さっきまで、歓喜の絶頂だったのを曲げられた。
“曲がった事”が大好きで、“曲げる事”に喜びを感じる彼にしてみれば、
他人にお株を奪われるのはこの上ない屈辱だった。


「誰だてめぇら?」


底冷えするような声でマ―ルックは聞いた。
それを受け、男と女の二人は平然として答えた。


「考古学者と」

「その護衛だ」






[11290] 第十三話 「オカマと友達」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:57
─────さて………どうしようかね。


思考を巡らせながらクレスはマ―ルックとルラージュを睨む。
クレスの睨みは凶悪なマ―ルック達のそれとさして変わらない。
どちらかと言えば間違いなく悪人のものだ。
気の弱い者なら卒倒しかねない。

クレスは先ほどに放った“嵐脚”受けられた事が気になっていた。
圧倒的な脚力によって繰り出すカマイタチ。
避けたルラージュはともかくクーレックは避けようともしなかったのだ。
直撃したものの、全くの無傷。
自分と同じ六式使いという可能性は少ない。
“六式”は海軍に伝わるごく少数のみの人間が扱う武技だ。
おそらく、“悪魔の実”の能力者だろう。

クレスとロビンがこの場にやって来た時には憲兵との戦闘は佳境に入っており、
マ―ルックの能力を把握出来なかった。


「てめェら……覚悟出来てんだろうな?」


マ―ルックは静かに言った。
強烈な怒りがにじみ出ている。


「覚悟? もちろん」


クレスは目を細めた。
そして、あえて挑発する。


「お前らを倒すくらい訳無いぞ」


マ―ルックの表情が曲がり歪む。

ルラージュの巨体が弾かれるように前に出たのはその瞬間だった。
凶悪な質量をもった身体が肉薄する。獣のような突進だった。
クレスは一瞬でロビンの前に立った。
そして脚を踏みしめ、ルラージュを受け止める。
自分の倍以上の巨体をクレスは易々と、いなすようにおしとどめる。


「あらん……どうやら口先だけではないようねぇ」

「伴う、実力は持ち合わせいるつもりだ」


クレスは均衡していた力のバランスを一気に崩す。
それによって自由になった片腕をルラージュに向かって突き出した。
弾丸の速度で打ち出される腕。
人体を打ち抜くのに弾丸など不要。
六式が一つ、指銃。クレスが好んで使う攻撃手段だ。

絶妙のタイミングで放たれた攻撃をルラージュは巨体をひねらせ避けた。
その巨体からは想像もつかないアクロバット。
ルラージュはその体制から地面に手をつき、バク転を繰り返し距離を取った。

クレスは迷わずルラージュを追撃する。
狩りと同じだ。隙を見せた瞬間にしつこく付きまとい弱らせとどめをさす。

“剃”での接近。
敵は射程内。


「なめるな、小僧!!」


しかし、それはマ―ルックによって阻まれた。
マ―ルックはルラージュとクレスの間に躍り出る。
そしてその異常なまでに長い腕をクレスに向けてしならせた。
鞭のような攻撃がうねりを上げクレスを襲う。


「ちっ」


舌打ちと共にクレスは飛び上がり、鞭のような腕を避ける。
その瞬間、マ―ルックの口元がつり上がる。
空中で身動きを取れる人間などいない。
マ―ルックは叩き落とすように、もう片方の腕を振り下ろした。

しかし、それはクレスを捕らえる事は無かった。

マ―ルックの顔に驚きが生まれる。
クレスは空中でさらに後ろへと跳んだ。
“月歩”による空中移動。
クレスは追撃を諦めロビンのいる近くへと戻った。


「簡単にはいかないわね」

「楽は出来そうに無いな……」


軽く息を吐く。
戦う際に己を律するクレスの癖のようなものだ。

海賊達は強敵だ。
弱ければクレスの動きを捕らえる事すら出来ない。
油断などクレスにとってはありえない事ではあったが、今一度気を引き締めた。













第十三話 「オカマと友達」













「あらん……よく見れば良い男じゃない」


ルラージュがクレスを見て言った。
正直、気持ち悪かった。


「……オカマに言われても微塵も嬉しく無いっての」


クレスはルラージュを見て頬を引きつらせる。
ベンサムとで二人目だ。
なんだこの発生率は?


「うふうふふふふ……合格。貴方ならいい同士になれるわん。
 誇りに思いなさい。私がスカウトするなんて本当に一握りの人間だけなのよ」

「知るか!!」

「大丈夫、貴方なら良いオカマになれるわ。
 私のようにキューティクルでビューティフルなオカマになれるのよ!!」

「鏡見てみろ、そして自分の神経疑え」


クレスはげんなりと肩を落とした。
そんなクレスにロビンが、


「……お化粧してみる?」

「しないから!! まだ新しい自分を見つけたく無いから!!
 と言うか、ベンサムの時もそうだったけど何でそんなにオカマに寛容なの!!?」

「……それにしても、どちらも強そうね」

「スル―!!?」


そんな緊張感の無いやり取りをしていた最中であった。
会話や場の雰囲気と言うものを一切無視してマ―ルックが動いた。
緊張感は薄れていたが、気を抜いた訳ではない。
マ―ルックがクレスとロビンに襲いかかった瞬間にクレスが再び動き、ロビンがクレスを制した。


「私達が言うのもなんだけど。少し、無粋じゃないかしら?」


マ―ルックの全身を突如咲くように現れたロビンの腕が拘束する。
腕はマ―ルックの全身の関節を固定するように絡みつき動きを止めた。
こうなれば単純な力だけで向け出すのは難しい。


「女……てめェ悪魔の実の能力者だな」

「ええ。残念だけどこれで終わりよ」

「グニャニャニャニャニャニャニャ!!」


マ―ルックは笑った。
身動きが取れない筈の状態で、全く気にした様子も無く。
ロビンを甘く見ている訳では無かった。
ただ単純に余裕を持っていたのだ。


「────やってみろ。出来るならな」


絶対の自信の込められた言葉。
宣告のように言いきった。


「お望み道理に」


マ―ルックを拘束していた腕が一斉に動いた。
腕はマ―ルックを強制的に後ろへと限界以上に反らせる。


「────クラッチ」


マ―ルックはそれこそ本のように、頭がかかとに着くくらいまで折り曲げられた。
腰の関節を見事なまでに極められ、歪なオブジェのようにマ―ルックは動かない。
腰骨は人体において重要な位置の一つだ。
へし折られれば、歩行すら難しい。
もっとも、生きていればの話だったが。


「うふっふっふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ………!!」


船長の姿を見てのルラージュの一声は笑いだった。
酷く癇に障る。あざけりのような笑いだった。


「何がおかしい?」


不審に思いクレスが問いかける。
あそこまで完璧に人体を曲げられた姿を見てのルラージュの反応はおかしい。


「何がって……」



「────てめェらの驚く顔だよ」



ありえない筈の声。
その瞬間ロビンが腕を押さえ、小さく苦悶を漏らした。
拘束していた腕が捕らえていた者の無茶苦茶な動きに対応しきれず傷ついたのだ。
驚き、声の主を見た。
そして、クレスは一瞬でロビンの元へと駆けより全身を“鉄塊”をかけた。
尋常ならざる横なぎの一撃。
なんと、折り曲げられた体制のまま、腰を支点としての上半身全体を使っての攻撃だった。
受け止め、その直後に全身に響く衝撃。
それは、まるで鉄同士を打ち合ったような音だった。


「なっ!?」


その異常なまでに長い身体はクレスに当たった瞬間に、
グネリと人体の構造を無視して鞭のように曲がりクレスに巻きついた。
巻きついた腕はクレスを持ち上げ受け身を許さぬままに地面へと叩きつけた。
苦痛と共に息が漏れた。
クレスの “鉄塊” は完全ではない。最大効果は一瞬で、長くは続かない。
劣化した状態での“鉄塊”で攻撃を受けた。

しかし、クレスは痛みを無視しながらバネのように勢いよく起きあがり、
その反動を生かして相手に向けて強烈な一撃を喰らわせた。
しかし攻撃のあたった箇所がまたグニャリと曲がり、衝撃を完全に殺される。
それでいて脚に感じた感触は鉄のそれだった。

クレスは不利を悟り、不規則な状況で空を蹴り後ろに引いた。
そして改めて相手の姿を見る。
人間ではありえない、身体の硬度。そして柔軟性。
硬軟どちらをも持ち合わせた異常な身体構造。


「やはり……能力者かっ!!」


マ―ルックはロビンに極められた影響など皆無で、折れ曲がっていた身体を起こした。
横なぎの攻撃を加えたせいで、腰を中心として一周捻じれている。
しかしそれを気にした様子もなく。ぐるりと身体を一周させ体位を元に戻した。
目を疑う光景だった。


「グニャニャニャニャニャニャニャ………!!
 いかにも。オレは “グネグネの実” を食べた “針金人間” !!
 硬軟自在のこの身体は曲がって曲がれる強固な鋼鉄よ!!」


その能力はクレスとロビンにとっては最悪と言ってもいいものだった。
どんな攻撃を繰り出そうとも「打撃」「斬撃」「関節技」の範疇にとらわれる二人の技はマ―ルックに対して無力だった。


「なるほど……厄介だな、くそっ、
 つまりは打撃の衝撃は届かず。斬撃も身体硬度が鉄だから受け付けない。関節技に至っては論外か」


マ―ルックが攻撃する。
鞭のようにしなる鋼鉄の腕を巧みに操りクレスを叩きつぶそうとした。
だが、腕はクレスに直撃する間際にマ―ルックの腕はロビンによって止められる。
常人なら完全に封じ込められるであろうそれはマ―ルックには無効だった。
咲いた腕は全てロビンの腕なのだ。
不規則に滅茶苦茶に曲がる腕を拘束することなど不可能だった。
しかし、拘束時間は一瞬でもクレスにとっては十分な時間だ。

クレスはマ―ルックに向けて “剃” で真っ直ぐに駆けた。
そしてマ―ルックのガラ空きの胴に渾身の一撃を叩きつける。


「────六式 “我流” 閃甲破靡!!」


しかしクレスの “鉄塊” で固めた拳を支点としてマ―ルックの身体がまた、

曲がる。

最高の攻撃力を誇る技だ。ただの鉄ならクレスの攻撃は届いた。
クレスの拳は岩石を易々と砕き、鋼鉄にも破壊をもたらすだろう。
しかし、マ―ルックは曲がる事によってその衝撃を逃してしまうのだ。

しかし、クレスは動揺と言ったものを見せない。
クレスは突き出した腕とは逆の腕でマ―ルックを掴み空中を蹴り地面へと叩きつけた。
マ―ルックの身体は遠心力によって伸びきり全身を打ちつける。

しかし、マ―ルックは地面に着いた状態で脚だけを足首から折り返して、
槍のように尖った先端をクレスに向けて突き出した。


「!!」

「クレスっ!!」


クレスが予想だにもしなかった攻撃に驚き、それにロビンの叫びが重なった。
尖った脚先はクレスの首元を目掛けて飛ぶ。
掠っただけでも命に関わる凶悪な刺突。
マ―ルックの脚先はクレスの首元で止まった。


「あぶねえっ!!」


マ―ルックの脚先はクレスの両手によって動きを止められる。
しかし、これによりクレスに隙が生まれた。

マ―ルックは今度はエビ反りに曲がる。
異常なまでに長い身体はクレスの背中を取る。
そして無防備な背中に尖った指先を突き刺した。


「ぐっ!!」


背中に突き刺さる腕、クレスは強引に腕を払いマ―ルックを打ち付ける。
しかし打ち付けた一撃はマ―ルックの軟体な身体に阻まれる。
また、しつこいぐらいに 曲がる。
やはり攻撃は効いていない。
だが、マ―ルックをひきはがす事には成功した。


「面倒な身体しやがって……」

「グニャニャニャニャニャ!! そう悲観するな!!
 オレに立てついた全員が同じような事を思って死んでいったんだからな!!」

「嬉しくねぇよ、バカやろー」


背中を流れる血で濡らしながらクレスはマ―ルックの能力分析を行う。
予想通りこちらの攻撃が通じない。
ただでさえ鉄の硬度なのに、攻撃に対しては攻撃点を支点として曲がり威力を反らす。
中途半端な攻撃は通じず。渾身の一撃も効かない。
本来なら逃げる事を選択する事も可能だったが、荷物はどうしても取り返したい。
あの中には自分の持ち物はともかく、ロビンの研究成果も詰まっているのだ。


「考えているようで何よりだが、連れの女の心配は良いのか?」


巨体を感じさせること無く。その容貌に似合うことなく。
ロビンとクレスがマ―ルックに気を取られている隙に、素早くそして隠密に、ルラージュは移動していた。


「ロビン!!」


いち早く気づいたクレスが叫ぶ。
ルージュの姿はロビンの上空にあった。
クレスの声に弾かれるようにロビンは上を見た。
ルラージュは上空からロビンに向けて太い丸太のような腕を振り下ろそうとしていた。


「六輪咲き────っ!!」


能力を発動させルラージュの動きを止めようとした。


「ぬおおおおおおりやああああああああ!!」


しかし、咲いた腕はルラージュによって拘束する間際に強引に振りほどかれる。


「一つ言っといてやるよ。
 ルージュの野郎は若くて綺麗な女が大嫌いだ。特に男連れのな」


ルラージュは腕を無防備なロビンに向けて振り下ろす。
クレスはロビンのもとに駆けつけようとするがマ―ルックに阻まれる。

ロビンは迫りくる衝撃をから身を守るため腕によって不完全な盾を作った。
だが、それでもルージュの攻撃にどこまでもつか分からない。


「ひき肉になれや!! ゴラァアァァァアァァァァァァァァァァア!!!」


野太い。ゴリラのような雄たけびを上げてルラージュはロビンに向けて腕を振り下ろした。
マ―ルックの笑いが響き、クレスが目を見開く。
ロビンは苦しげにルラージュを見つめ、ルラージュはそれを見て凶暴に笑った。

ルラージュの腕がロビンを捕らえる瞬間────



「────白鳥アラベスク!!!」



ルラージュの横っつらを強烈に蹴り飛ばす者がいた。

ルラージュを横に弾き飛ばし、換わりにロビンの前へと降り立つ。
そして純白のコートをはためかせ、振りむきざまに親指を立てた。


「待たせたわねい」

「ベンサム!!」 「オカマさん!!」


ベンサムをクレスとロビンが驚きと歓喜で迎え、マ―ルックは怒りを見せた。


「次々にわらわらと……誰だてめェは!!?」


ベンサムはマ―ルックの問いかけに力いっぱい答えた。


「────友達(ダチ)!!!!」






[11290] 第十四話 「オカマと人の道」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 01:02
「助かったわ……ありがとう。オカマさん」

「いいのよう!! 気にすんじゃなーいわよーう!!
 だって、あちし達……友達じゃない!!」

「友達か……まぁ……良いか。
 ところで思ってたより遅かったけど、 何かあったのか?」


クレスの何気ない質問に、ベンサムの動きが止まった。
ゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと顔だけを動かし、汗をだらだらと流す。


「……な、何にも無かったわよう」

「何焦ってんだよ」


言えない。
ダンスのレッスンに集中しすぎて海賊が来たとは気づかずに踊り続けて、
海賊達に絡まれて初めて島の状況について知り、全力で走って来たなんて……


「…………」

「ま、まぁ二人とも無事で何よりよう!! がーはっはっはっはっはっはっは……!!」

「……後で話し合おうか、ゆっくりと」


クレスの言葉にベンサムの汗の量が増大するが、ベンサムはごまかすように更に大きく笑った。


マ―ルックは額の血管が浮かび上がらん程に怒りに満ちていた。
そして絞め殺すような視線でベンサムを見た。


「てめェが……オレの部下をのしたっていう野郎だな」

「野郎? ナッシンッッ!! あちしはオカマよ。オ・カ・マ!!」

「知るかバカ野郎!!」


ベンサムの冗談のような真面目な回答に怒りのボルテージがさらに上がった。
マ―ルックはルージュが吹き飛ばされた方向を見る。
そして、苛立ちながら声を張り上げた。


「ルラージュ!!! とっとと起きやがれ!!」


マ―ルックの声に呼応するように、ルラージュはその巨体をゆっくりと起こした。
そしてベンサムによって作られた傷をゆっくりと撫でる。
不意を打たれ無防備な状態で吹き飛ばされたのにも関わらずその身に大した問題はなさそうだった。


「わ、私の服が…… 特注で取り寄せた最新ブランドなのに……ああ、こんなに汚れて………
 何さらすんじゃこのクソがああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


否、ルラージュにとっては大問題だったようだ。


「ざまぁ見ろ、バカやろー」

「……しつこい人ね」

「あちしの “オカマ拳法” を喰らって立ち上がるとはなかなかやるじゃない」


ルラージュに対し三者三様の感想を口にする。
殺気を孕んだルージュに怯んだ様子は全く無かった。

ルラージュは猛烈な勢いで三人に迫った。
鬼のような表情にありったけの怒りを込めて拳を繰り出す。
クレスとロビン反応するが、二人よりも早くベンサムが動いた。


「どうぞオカマい拳!!」


ルージュの進行をベンサムが強引に押しとどめる。


「まずは貴様からかァ!! 良いわ!! 潰してあげるわん!! 覚悟しろゴラァ!!」

「がーはっはっはっはっはっはっは!! それはドゥーかしらねい!!
 クレスちゃん、ロビンちゃん、コイツはあちしに任せなさーい!!!」


地面を蹴りベンサムはルラージュに向けて二発目を叩き込む。
ルージュはそれを腕を盾にして防ぐ。そしてお返しとばかりに唸るような拳を叩き込んだ。
ベンサムはそれを見て、自分も同じように拳を合わせた。
二人の中心で衝撃が起こる。
それを受け、同時に引いた。


「ベンサム!! ギタギタにしてやれ!!
 コイツ、ロビンに手を出しやがった。負けたら殺す!!!」

「了ー解っ!! 朝飯前のタコパフェよーう!! あんた達もせいぜいがんばりなさ―い!!!」


ベンサムは再びルージュに向かって駆けた。
その口元に先ほどまでとは違う笑みを持って。



ベンサムがルラージュを引き付けたため、マ―ルックとはクレスとロビンの二人が対峙する。
しかし、状況が多少好転したとは言えまだ根本的な好転に至った訳ではない。
依然としてマ―ルックの “グネグネの実” に対する攻略がなされない。
ロビンとクレス、二人にとっての天敵となりうる能力に対し未だに有効打が打てないままだった。

しかし、そんな状況においてもクレスとロビンには一切の不安と言うものは無かった。
長年に渡り共に闘いぬいて来たパートナーだ。
この程度の状況など動揺に値しないとでも言うような自信が二人にはあった。


「しきり直しだな、針金男」

「第二ラウンドね」


そしてその自信はマ―ルックを苛だたさせる。


「調子に乗るな!! 直ぐに仲好く殺してやるよ!!」

「どうぞご自由に」 

「ただし……」


クレスとロビンは声を合わせた。


「「出来るなら」」













第十四話 「オカマと人の道」














「ラリアット!! ボンバー!!」


ルラージュの丸太のような剛腕がうねりを上げる。
触れただけで意識をと共に人間の身体を軽々と吹き飛ばすそれをベンサムは正面から迎え撃つ。


「アン!!」


右足の蹴り。
しかし、力比べでは圧倒的にルラージュに分があった。
ベンサムの一撃を強引に押し切り腕を振りぬいた状態でショルダータックルを喰らわせる。


「ぐべっ!!」


ルラージュの一撃を受けるもベンサムは衝撃を受け流すように宙に飛び、そのまま身体を回転させる。
太陽を背に、優雅に舞う。


「飛ぶ!! 飛ぶ!! 飛ぶあちしっ!!」


そして落下の衝撃と共にルラージュに向かって強烈な一撃を放つ。


「オカマ拳法 “あの冬の空の回想録” !!!」


ベンサムの攻撃はルラージュを捕らえた。
しかし、ルラージュは腕を交差させ脚を食いしばる。


「クラァァァァァァァァァァ!!!」


巨体な身体と合わせて山のように立ち塞がったルラージュであったが、
ベンサムの攻撃を捌ききれずに後ろへの後退を余儀なくさせる。
ガリガリと地面を削りようやくベンサムの進行が止まったところで交差させた腕を振り払った。
ベンサムは振りはらわれた腕をバネに距離を取る。


「うふん、貴方なかなかやるじゃない。このまま殺すのはおしいくらい」

「じょーだんじゃないわようっ!! 見てなさ―い!! あちしの本気はまだまだこれからよう!!」


ベンサムとルラージュの二人は互いに戦う内にその舞台を市街地の方へと移していた。
島の住民は避難したために、いつもなら賑わいを見せるこの辺りも今は静まりかえっている。
この場で音を出すのは二人だけだった。


「でもダメ、同じオカマをこの手で殺すのは悲しいけど貴方は私を怒らせた」

「同じ? ナーッシンッッ!! あちしの方があんたよりも上よーう」

「バカおっしゃい!! それなら、私が上に決まっているじゃないの!!」


互いに譲れぬのか目線を合わせ火花が散りそうな程睨み会う。
そして同時に拳を繰り出した。


「じゃぁ、勝った方が上ねい。 もちろん勝つのは あ・ち・し だけどねい!!」

「あらん、なかなか冴えてるじゃない。でも勝つのは私よ!! ゴラァアア!!」


互いに全力で他人から見れば不毛な諍いを続ける。
人間誰にも譲れぬ意地と言うものがあるものだ。
しかし、それを共感できるかと言えばまた別の話だったが。

二人の実力は伯仲していた。
力と技の破壊力ではルラージュが勝り。
手数と技の多彩さではベンサムが勝っていた。

ベンサムの猛攻をルラージュはその巨体に似合わぬ反射神経と身軽さで避ける。
そして、ベンサムに対してその凶悪な拳を振るう。
しかし、それで終わる程ベンサムは甘くない。
ルラージュからの攻撃を時には受け、捌き、堪える。
避けるルラージュに対して多彩な攻撃を遺憾なく発揮させ追い詰める。


互いに引かぬ均衡状態。
張りつめた糸のようにどちらも引く事は無かった。
二人がぶつかる度に片方が吹き飛ぶ。
そして立ちあがり相手を吹き飛ばす。
互いに小さくないダメージを負うも相手に向かい続ける。
人のいなくなった市街地を破壊しながら戦い続ける。
二人の攻防は止まることなく、災害のような被害をもたらしながら続けられる。


戦いは終わることは無いかと思われたが、天秤は一瞬で片方に傾いた。


「あ、ああっ!!」


壊れた街角に逃げ遅れたのか子供がいた。
その子供を見た瞬間ベンサムの顔に焦りが生まれた。
それに気づいたルラージュの顔が変わった。酷く残酷な、いたぶる楽しさを知る表情だ。

ルラージュは標的をベンサムから怯える子供へと変えた。
ベンサムはあろうことかルラージュに向けて背を向ける、そして子供を庇うように立ち塞がった。
この隙を見逃す筈もなく、ルラージュはベンサムの背中を激しく殴り飛ばした。


「ストレート!! ボンバー!!」


剛腕が大気を押し切るように振るわれる。
その拳はベンサムに直撃し、強烈な決定打となる。


「あらん、あっけないものね」


ベンサムは動かない。
子供がベンサムを心配し駆けよった。


「オカマのおじさん!!」

「あんた、来るんじゃないわよう!!」

「そうよ。その通り」


ルラージュがまた子供に向けて拳を振るった。
その拳が直撃する瞬間、ベンサムが子供を庇いまた吹き飛ばされた。


「子供如きを気にするなんて、オカマにあるまじきね。恥を知りなさい!!
 うふふふふ……!! うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


ルラージュはベンサムをバカにするような笑みを浮かべた。
ベンサムはたかが子供如きを庇って勝機を逃した、これは笑わずには居られない。


「オカマのおじさん……また、助けてくれたのに……。ボク、ボク……!!」


子供は涙を浮かべた。


「バカねぃ、早く逃げなさい。……あちしは大丈夫よう」


血を流し満身創痍でベンサムは言う。
それは子供の目から見ても明らかな強がりだった。


「ざ・ん・ね・ん。じゃあ、ボクから先に死にましょうね」


ルラージュは満身創痍のベンサムを置いて、子供の方へと向かい拳を振るった。
子供は痛みを覚悟して目をつぶった。






ベンサムがこの子供と出会ったのは、子供がマ―ルックの部下達に絡まれている時だった。
海賊の足に子供がぶつかった。そんな理由だった。
海賊達は子供相手に武器まで取り出し子供が怖がるのを楽しんでいた。
その時近くを通りかかったのがベンサムだった。
ベンサムは海賊達を倒し子供を助けた。
子供はベンサムに感謝した。ベンサムはいつもの調子で答え、別れた。
ただそれだけの縁だった。






子供は固くつぶった目を開けた。
いつまでも痛みが来ないのに疑問を抱いたのだ。
子供の目線の先、そこにはルラージュの拳を満身創痍の身で受け止めるベンサムがあった。


「オカマにあるまじきですって? ふざけんじゃ、なーいわよう!!」


鬼気迫るベンサムにルラージュは気圧された。


「そこに子供がいて、助けたかったから助ける。当然じゃない!!
 まして、一度目は助けた子供を二度目は身捨てられる筈がないじゃないの!!」

「どうしてそこまでする必要があるの?
 私達オカマとは男でも女でも無い、もっとも “人” から外れた存在。
 貴方、オカマの癖に “友達” とか言ってたけど正直ばかばかしくて吹き出しそうだっ……」


そこまで言ったところでルラージュは強烈な蹴りを横っ面に叩き込まれた。
あまりの衝撃に思考が停止する。問答無用で吹き飛ばされた。
だか間違いなく攻撃をしたのは満身創痍の筈のベンサムだ。


「さっきまでの問答は無駄だったわねい。あんたとあちしじゃ次元が違う」


傷だらけの腕で、ベンサムは肩口につけていた白鳥の飾りを外しつま先へと装着した。
珍妙な外見とは裏腹な威力を秘めた、ベンサムの主役技だ。


「……お、オカマのおじさん」

「早く行きなさい。もう、ヘマすんじゃないわよう」


子供は大きくうなずき、深く頭を下げてから走り出した。

ベンサムは子供を見届けることなくルラージュに向けて向き直った。
吹き飛ばされたルラージュはふらつきながらも立ちあがった。
ありえない筈なのに、ベンサムの一撃は今までの中で一番重かった。


「次元? そうね。もはや一緒にされるのも腹立たしいわ」

「……あんたには言っとかなきゃいけないわねい」


ベンサムが動く。
満身創痍でダメージならルラージュよりも深い筈だ。
しかし、それを感じさせることは無くルラージュに迫る。


「───爆弾白鳥!!」


その時、ルラージュの中で強烈な悪寒が生まれた。
しなる白鳥の首、そして先端の鋼の嘴。
ルージュは感じるままにそれを避けた。
いつもの彼なら避ける事も可能だった。
しかし、そこで変化が生まれた。
先ほどの一撃が予想以上に効きすぎていた。
足が思ったように動かない。
そして、白鳥の嘴がルラージュを捕らえた。


「ぐっおっ!!?」


予想以上の攻撃。
蹴り如きの衝撃では無い。
脚の延長のような白鳥はベンサムの蹴りのパワーを集約させライフルのような威力を発揮した。
苦痛しか出てこなかった。


「男の道を逸れようとも、女の道を逸れようとも……」


さらなる一撃。
ベンサムの攻撃はこれ以上無い程にルラージュに響く。


「踏み外せないのが人の道だろうがァ!!!」


同じオカマでも、違う。全然違う。
ベンサムはオカマである前に “人” であると考え。
ルラージュは人では無く人と言う範疇に囚われない “オカマ” であろうとした。
ベンサムにはルラージュの考えなど分からず。
ルラージュにはベンサムの思考など理解できない。

相容れぬ二人の思想に正解など無い。
しかし、正しさの証明は───常に強き者がなすのだろう。


ベンサムはルラージュを大きく空中へと蹴り飛ばした。


「友情なめんな!! あんたなんかと一緒にすんじゃないわよう!!」


ベンサムは空中へと跳んだ。
確かな怒りを持って。
目の前の敵は、己が最も信じるものをくだらないと言った。
許せるはずがなかった。


「────爆弾白鳥アラベスク!!!」


渾身の全てをぶつけるような一撃。
意識も絶え絶えの状況でルラージュはトドメの一撃をくらった。
ベンサムの脚の延長となった白鳥の嘴は深くルラージュに抉りこむ。
ルラージュの巨体は吹き飛ばされ、いくつもの建物を突き破り地面へと横たわった。

ベンサムは倒れたルラージュを見て言う。


「最後にあんたから見て右がオスで左がメス。……オカマなめんじゃないわようっ!!!」


その勝利の意味は彼だけが知っていた。











あとがき
まさかの熱さに私もびっくりです。
本来ならギャグテイストで、
オカマ同士の変態対決を書くつもりでした。
恐るべし、オカマ。




[11290] 第十五話 「オカマと友情」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 01:02
「いい加減に……死ねぇ!!」


マ―ルックは苛立たしげに腕を横に振るった。
自由自在に曲がる、針金の身体を生かしての攻撃。
鞭のようにしなり、軌道の予測しにくい攻撃をクレスは潜るようにして避けた。


「ふんっ!!」


避けたクレスに対し、マ―ルックは振るった腕をさらに折り曲げ、変形させる。
横に振るわれた状況からの急激な縦への軌道変換。
不意を突く、予想外の攻撃の筈だ。

しかし、当たらない。
クレスは直前に横に地面を削るようにしてまた、避けた。
そしてその勢いを殺すことなく、稲妻のようにマ―ルックに迫りマ―ルックの足を払う。
刈り取るような一撃にマ―ルックの身体が宙に浮いた。
足もとから吹き飛ぶような衝撃だったが、マ―ルックは足を曲げ衝撃を殺す。


「沈め」


足が折曲がり、マ―ルックの身体が地面から離れた瞬間に、クレスは巧みにマ―ルックの体制を崩す。
襟元を引き、強引に身体を引き付ける。
そして、姿勢を崩したマ―ルックの頭部を握り潰さんばかりに、鍛え上げた指で掴んだ。
悲鳴を上げかねない、クレスの握力。
しかしマ―ルックの全身の硬度は “鉄” クレスの握力など、ものともしない。
マ―ルックは頭を掴まれた状況から身体を折り曲げる。
緩やかなアーチを描いた身体はクレスを襲う。


「───三輪咲き」


しかし、クレスを突き刺そうとした身体はその直前でロビンの腕に阻まれる。
ロビンの腕はマ―ルックの身体をクレスから引きはがす。
そして、そのままマ―ルックの身体を固定しにかかった。
マ―ルックはその瞬間、全身を波のように曲げる。
魚のようにうねる鉄の身体。
ロビンの腕はマ―ルックを抑えきれずに花が散るように消えていく。
しかし、ロビンの絶妙なサポートによりクレスは十分な時間を得た。
クレスは沈み込むかのように全身の体重を下へと移動させる。


「───六式 “我流” 寝頭深!!」


クレスは掴んだ頭部を強引に地面に叩きつける。
一切の慈悲の無い、地面ごと叩き潰すような攻撃。
その衝撃は、整備された街の道路を割り、マ―ルックの頭部が地面に潜り込んだ。


「……無駄だぁ!!」


その衝撃を受けてなお、マ―ルックは立ちあがった。
その身に傷は無く。口元を曲げ、顔の周りに着いた土を悠々と払う。


「ちっ、曲がら無ければ、多少は効くと思ったんだけどな」

「……呆れた頑丈さね」

「グニャニャニャニャ!! 言っただろオレの身体は “鉄” だってな。
 打撃はオレに関しては完全に無効だ。そろそろ諦めたらどうだ?」

「アホぬかせ、
 生憎と “諦め” なんてのはこの世で一番嫌いな言葉でね」


クレスは再びマ―ルックに対して構えた。


「へらず口を……」


無傷のマ―ルックに対して、深くは無いものの手傷を負ったクレス。
そして後方でクレスのサポートに徹するロビン。
この状況はこれからも変わらない。
むしろ、クレスとロビンに関して言えば、このまま状況は悪化する一方だろう。

マ―ルックの “グネグネの実” の能力は強力だった。
この能力は攻撃よりもむしろ防御にこそその真価が発揮される。
身体の硬度は “鉄” と同等。
しかし、それだけでいて全身のいたるところが柔軟に曲がるのだ。
クレスとロビンにマ―ルックを傷つける術は無かった。
先ほどの一撃もそうだ。

───六式 “我流” 寝頭深。

先ほどの技は本来、足を払い宙に浮かびあがった相手に対して、
足払いの勢いを殺すことなく、掴んだ腕によって勢いを倍増させ地面に叩きつける技だ。

しかし、それもマ―ルックの特異な身体の前に阻まれた。
ロビンのサポートがあったものの完成には遠く、十分な威力が伝わらなかった。

だが、絶望的な状況な筈なのにクレスとロビンの表情に悲壮感が現れる事は無い。
目の前の勝利を信じて疑わない、そんな印象を受ける。
むしろ、表情のみで言えば、圧倒的優位に位置するマ―ルックの方が優れない。



マ―ルックは苛立っていた。

うざったくてしょうがなかった。
傷は受けない。当然だ。
自分は針金。この能力を手にしてから今までに傷つけられたことは無い。
しかし、ここまで一方的に攻撃を受け続けるのは初めての経験だった。
対峙する、クレスと名乗った男のの動きは異常だ。
急に身体が硬くなったり、一瞬で移動したり、空中で跳ねたりと訳が分からない。
だが、様子からしてみればどうやら悪魔の実の能力者では無いようだ。
苛立たしい力だが、そこはあまり問題では無い。
問題なのは、変則的に繰り出す自分の攻撃を次々と避け、反撃してくることだ。
ありえないと思っていたがどうやら攻撃が見切られているらしい。
そして徐々にその猛攻は一方的になりつつある。これも、始めての経験だ。

そしてなお苛立たしいのは、後ろの女だ。
この女さえいなければあるいはもう決着はついていたのかもかもしれない。
見切られない不意を完全に突いた筈の決定打に限ってこの女がいちいち邪魔をする。
周りを飛びまわる小蝿のような男を叩き潰す機会をおかげで何度も逃した。
それだけでは無い。男との息の合った連携は何度も何度も自分を阻む。

そして、最も苛立たしいのが二人の表情だ。
負ける可能性など全く考えていない互いを信用しきった表情。

負ける気は全くしなかったが、何故だか勝てるビジョンが薄れていく気がする。

苛立たしい。

苛ついて、
いらついて、いらついて、
苛ついて、苛ついて、苛ついて、
いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、
苛ついて、苛ついて、苛ついて、苛ついて、苛ついて、
いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、
   
          どうしようもなく苛つく。


故に曲げたい。
捻じ曲げたい。
歪み曲げたい。

あの信頼しきった、表情を絶望で染めたい。
男を殺し、悲しみにむせび泣く女の表情を見たい。
女を殺し、己を痛ましい程に呪う男の慟哭が見たい。

マ―ルックは興奮する己を自覚した。
表情を変える。
裂けそうそうなほどに、口元をゆがませる。


「さぁ………お前らも曲げてやるよ!!」














第十五話 「オカマと友情」













「!」


クレスは対峙するマ―ルックの変化に敏感に反応した。
今までよりもさらに深い、全身にまとわりつくような殺気だ。

───これは、本気で怒らせたようだな。
───まぁ、それならそれで良いんだけどな……

怒りと言うのは潜在能力を引き出す代わりに、冷静な思考を奪うことが多い。
安全装置を破壊するようなものだ。
性能は上昇するが、歯止めが効かない。
己では止められない。
故に御しやすい。


「まずはてめェからだ “男” !!」

「………そりゃ、どうも」


マ―ルックは全身を弓なりに曲げる。
そしてその体制から全身をしなりを生かし、伸び上がるように飛んだ。
マ―ルックの身体はどんどんと高度を上げ、空高くまで舞い上がる。
その高さはクレスですらも驚くほどだ。


「グネグネドリル!!」


空中にあるマ―ルックの身体が変形する。
足を槍のように尖らせ、そこを軸にして胸元まで身体を曲げ螺旋を描く。
腕は関節を完全に無視して曲がりプロペラとなった。
その姿は不細工な独楽のようだ。

変形が完了し、マ―ルックは全身を回転させた。
クルクルと徐徐にスピードを上げる、
それはやがて猛烈なスピードで回り、滅茶苦茶な回転数を叩きだす。
そして、そのままクレスに向けて、流星のように降下する。


「デタラメなのもほどほどにしとけっ!!」


さすがのクレスもマ―ルックの攻撃をまともに受けようとは思わなかった。
恐らく “鉄塊” で受けたとしても弾かれる。
下手すれば掘られる。それはまずい。

一直線にクレスに向けて降下するマ―ルック。
小癪なことに、腕で作ったプロペラが推進力を生みだし自由に方向を変えられるらしい。
クレスが避けようとしても後を追いかけてくる。
追跡式のミサイルのようだ。


「グニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャ!!」


マ―ルックの勘に障る笑い声。
最高潮に達したスピードでクレスに迫る。


「くっ!!」


凶悪な回転物体を、クレスは間一髪のところで直撃を避けた。
接触の瞬間に “剃” を使って距離を取った。

地面にブチ当たるマ―ルック。
回転する身体はいともたやすく地面をバラバラに破壊する───

───かに思われた。

マ―ルックが地面に触れたた瞬間にマ―ルックの脚がグネリと曲がった。
曲がり、今までの衝撃をキャンセルし、ありえないことに地面を蹴った。
そして今度は腕を先端として変形し、方向転換を果たす。
今度は足が推進力のプロペラだ。


「おいおいおいおいおい……!!」


マ―ルックは再びクレスに迫る。
回転の余波に巻き込まれた地面や障害物を弾き飛ばし、執拗に何度もどこまでも追ってくる。
格好としては、珍妙で締まらないが高速で回転する身体には手が出せない。

クレスは “剃” を使ってジグザグに移動しマ―ルックを撹乱する。
しかしそれもやがては追い込まれる。
正面には市街地の壁。
後ろには迫るマ―ルック。
それを見て、クレスは迷わずに壁に向かってスピードを上げた。


「らァ!!」


一足飛びで壁を蹴る。
そしてその反動で後ろへと大きく飛んだ。
緩やかな浮遊感を一瞬だけ味わい、
クレスは “月歩” を使い今まさに壁に向かうマ―ルックに迫った。

クレスを追いかけるとするなら、
マ―ルックの行動予測は先ほどのように壁を蹴り方向転換を果たす筈だ。
ならば、その瞬間には必ず回転数が落ちる。
クレスはそこを狙いマ―ルックに向かい拳を繰り出した。

しかし、その攻撃はマ―ルックに当たることは無かった。
マ―ルックは正面の壁をそのまま、身体の回転に任せぶち抜いたのだ。
ゴリゴリと、何の抵抗も感じさせることなく大穴が空く。
マ―ルックはそのままいくつかの壁に穴を空け続け緩やかに迂回する。

一種の削岩機と化したマ―ルックは相変わらずの回転数でクレスに迫り、

何故か、クレスの横を通り抜けた。

特にクレスの姿を見失った訳でも無い。
しかし、確固たる意志を持って進んでいた。


「お前っ!! 待てコラァ!!」


マ―ルックの狙いに気づいたクレスが全力でマ―ルックを追いかける。
その方向はまずいのだ。


「グニャニャニャニャニャニャニャ!!!
 止めだ!! 止め!! もういい、曲げる!!
 てめェは後回しだ “男” !! まずはお前からだ “女” !!!」


マ―ルックは標的をクレスからロビンに変えた。
そしてその選択は正しいと言えるだろう。
身軽で素早いクレスを捕まえるよりも、
能力者ではあるが遠距離攻撃を基本とするロビンを捉える方が簡単だ。
そして厄介種であるロビンの能力も高速で回転するマ―ルックには手が出せない。


「曲げちまったな!! 良いねぇ!! やっぱり最高だぁ!!」


マ―ルックの気分が高揚していく。
余裕ぶっていた男の焦る声。その声が聞きたかった。
そして、これから女を殺す。
そうすればどんな顔を見せてくれるのか。
早くその顔を捻じ曲げてやりたい……!!
マ―ルックはこれから殺そうとする女の顔を見た。


「!」


そして、愕然とする。
女はまるでその表情を変えていない。
まるで迫りくる死の危険を感じていなかった。


「大丈夫。
 ……だって、クレスがいるから」


ロビンに激突する直前に、高速で回転するマ―ルックの後ろにクレスが追いついた。
そして両腕を “鉄塊” で硬め、推進力を生みだしている足を掴んだ。
クレスの腕に千切れそうな程の痛みが襲う。
無理もない。高速で回転する歯車を無理やり止めたようなものだ。
しかし、その痛みをクレスは歯を食いしばり耐える。
弾かれそうな指に力を込め、そのまま全力で回転とは逆の方向へと捻った。

マ―ルックの身体に歪な変化が生まれた。
先端と末端で真反対の回転が起こった為に中心からほつれるように捻じれていく。
そして錐揉みするように回転が止まりマ―ルックの進行も止まった。


「はぁっ!!」


クレスは痛む腕を無視してマ―ルックを放り投げる。
投げられたマ―ルックは頭から街の建造物に激突し叩きつけられる。


「ありがとう」


微笑むロビン。


「当然」


クレスはそれに言葉通りに、当たり前だといった様子で答えた。



「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


マ―ルックが瓦礫の中から立ち上がった。
その姿はもはや異形と言うほかない。
あちこちを無茶苦茶に曲げられた為に、そこらじゅうが捻じれている。
そしてクレスによって叩きつけられたために不気味に身体が二つに折れている。
しかし、本人にはダメージが無い。
全身をゆっくりと元の身体の形へと戻していく。
もはや、バカバカしいまでのの頑丈さだ。


「許さん!! 絶対に許さん!!
 必ず殺す!! 絶対だ!! 絶対にその顔を曲げてやる!!」


殺気を放つマ―ルックをクレスは先ほどよりも冷静になって見つめた。


「とっとと諦めやがれ!!
 お前らではオレには傷をつける事すら出来ないんだよ!!」


その通りだ。
試行錯誤の結果、
恐らくクレスとロビンにはやはりマ―ルックを傷つける術が無いことが判明した。


「……そのようだな。
 残念だが、現状オレ達にお前を傷つける術は無い」

「なら、とっとと……」

「───だが」


クレスはマ―ルックに、それがどうしたと言わんばかりに言った。


「お前に勝てない訳じゃ無い」


傷をつけられない。
確かに絶望的な状況だろう。

───しかし、それだけだ。

傷つける方法と勝利と言うのは絶対の方程式によってつながりはしない。
要は勝てばいいのだ。


「なら、やってみろ!!」


マ―ルックはクレスの言葉を張ったりだと斬って捨てる。
傷つけずに勝つ?
面白くも無い冗談には失笑こそがふさわしい。


「まぁ、見てろって……」


クレスは腰元に下げたサイドバックに手を伸ばす。
クレスが普段から携帯するこの鞄には主に携帯用の狩り用具が入っている。


「ふふっ……なるほどね。
 なら、サポートは任せて」


ロビンはクレスの動作だけでクレスの考えを読んだ。
確認の必要は無かった。

クレスは “剃” によって高速で真っ直ぐに移動する。
直線距離の移動はクレスの速度を最も生かす。
マ―ルックには目視不可能なスピードで迫り。
地面を軽く蹴った。


「?」


クレスはマ―ルックの上空ギリギリを飛び越えた。
疑問思うマ―ルック。
しかし、その答えは直ぐに表れた。


「ぐおっ!!」


鈍く光る、鉄線。
それがマ―ルックの上半身を捕らえた。
マ―ルックの身体が後ろに反らされる。
しかし、それは今までのまき直しだ。
マ―ルックの身体はグネリと本のように折り曲がる。
鉄線はマ―ルックを抜け後ろに流れた。

その瞬間、ロビンの腕が咲いた。
ロビンの腕は、後ろに流れた鉄線を掴む。
そしてその鉄線で二つに曲がったマ―ルックの身体を縛り始めた。
驚愕するマ―ルック。
直ぐに身体を戻そうとするが、現れたクレスによってまた身体を曲げられる。
そして、曲がったところをまたロビンが鉄線で縛った。
それが連続で行われる。
クレスは片っ端からマ―ルックを殴りつけ折り曲げる。
ロビンはそれを決してほどけぬように固く縛った。
満足な反撃も出来ず、マ―ルックはその暴挙に晒されるしか無かった。


マ―ルックの能力には弱点と言うべき性質があった。
本人でも気付いていない性質だ。
マ―ルックの身体は “針金” マ―ルックはもちろんそれを自信が望むように曲げられる。
しかし、この身体は衝撃の度には反射のようにマ―ルックの意志とは関係なく曲がる。
この性質がマ―ルックの対物理防御を強固なものとしているのだが、
つきつめれば、本人の意思とは関係無く、より強い力に従うと言うことになる。
クレスはその性質に勝機を見出した。


やがって曲げるような箇所も無くなり、マ―ルックは歪な形状となった。
しかし、これでも彼には傷は無い。
その点では驚嘆に値するが、それゆえのこの姿はいささか滑稽だった。


「よっと、完了」

「これからどうしようかしら?」


ニヤリと、マ―ルックにとってはこれ以上無い程の悪魔の笑みをもって二人は笑う。
全身に絡みついた鉄線はいたるところで複雑に絡み合っていて抜け出すのは不可能だ。


「まっ、待て!! オレが悪かった。
 今決めた!! 曲げる!! お前達を殺すことは止める!!
 この島からも撤退する!! だから……!!」

「助けてくれなんて、カッコ悪い事言わないよな?」

「ふふふ……酷い人ね」


と言いつつも、ロビンも見逃すつもりは全く無い。


「曲げる、曲げたと、そう何度も自分を曲げんのもカッコ悪いだろ?
 だからせめて、最後ぐらいは真っ直ぐと自分を貫けや」

「あなたの主義には反するかもしれないけどね」


マ―ルックが悲鳴を上げようとした瞬間。
地面から港の方向に向かってロビンの腕が咲き乱れた。
それはまるでレールを敷くようであった。
港までは一本道。
遮るものは何もない。


「───百花繚乱 “大飛燕草”」


ロビンの腕がマ―ルックを掴んだ。
そして地獄へと誘うかのようにマ―ルックの身体を運んでいく。

クレスが走り出す。
ロビンの腕で運ばれるマ―ルックよりも僅かに遅れて、
徐々にスピードを上げて並走する。


「良い旅を、針金男さん」


レールの端でロビンがマ―ルックを放り投げた。
宙に舞うマ―ルック。
そこに並走していたクレスが現れる。


「六式 “我流” ──────」


前方には遥かに広がる青々とした海原。
能力者にとっては共通の弱点だ。

マ―ルックの悲鳴を無視して、
クレスは空中でロビンが放り投げた勢いを殺すことなく、
両足に彼を乗せ、全身を使い、投げると言うよりも吹き飛ばすと言った威力で振り抜いた。


「─── “焔管” !!」


空中での急加速を受けたマ―ルック。
針金の全身も拘束されたために、満足に衝撃を逃がせない。
為す術も無く、マ―ルックは澄み渡る海原へと飛んでいく。
その姿はやがて、クレスとロビンの視界から消えた。


「有言実行。まぁ、こんなもんだろ」


軽やかにクレスは地面に降り立つ。


「お疲れ様」

「お互いにな」


そしてロビンと共に勝利を分かち合った。






クレスとロビンがマ―ルックを、ベンサムがルラージュを倒したことによって街に残っていた海賊達は海へと逃げ帰った。
海賊達は奪った金品を船に積み込むことなく、
港の広場に山積みにしたまま逃げ出した為に街の人間は胸をなでおろした。
街では海賊達にあらされた街並みの復興が進んでいる。
元通りの活気が戻る日も近いだろう。

しかしこの島の住人達は知らないままだった。
誰もが思う疑問。
海賊達を追い払ったのは誰かということだ。

皆が対岸へと避難したために目撃者はいなかった。
憲兵達も全員意識を失っていたために分からないと言う。
そんな中で一人の子供がオカマに助けられたと主張するが、それを真に受ける者は少なかった。



「お前まで付き合うこと無かったのに」

「気にすんじゃなーいわよう!!
 戦ったのはあちしだけじゃないんだから、
 あんた達が秘密にしたいって言うならあちしもそれに倣うわよう!!」


クレスとロビンは立場上、海賊団を打ち払ったことを伏せていた。
そこでベンサムに手柄を譲ろうとしたのだが、ベンサムはそれを拒んだのだ。


「まぁ、お前がそれでいいなら良いんだけどな……」

「あんた達の方こそ本当によかったのう?
 船長を倒したんだったらきっと名も上がるんじゃない?」

「私達は荷物さえ取り返せたらそれでいいの」


クレスとロビンとベンサムは港へとやって来ていた。
もうそろそろ事後処理のためにやってくる海軍が到着するだろう。
そうなれば、クレスとロビンはこの島にはいづらくなる。

船は荒らされていたが、幸い内装だけだった為に運航は可能だった。
ログポースは新たな島を指し示し、旅の準備も整えた。
二人はこの島から出ることを決めた。


「見送りありがとう」

「がーっはっはっはっはっはっはっは!!
 当然じゃない。ダチを見送らずはオカマに非ずよう!!」


ベンサムとはこの島で別れる事になった。
何でも向かわないといけないとこがあるらしい。

だが、それで良いのだろう。

クレスとロビンには二人の道が、
ベンサムにはベンサムの道があるはずなのだ。



「ありがとうオカマさん」

「世話になったな、ベンサム」


クレスとロビンはベンサムへと向き直った。
なんだか照れくさい。
二人にとっては誰かに見送られるのは初めての経験だった。


「なーによう改まっちゃって!! 
 あんた達元気でやりなさいよう!! また会いましょうねい!!」


クレスはベンサムに向けて手を差し出した。
なんとなくこうするものだと思った。
ベンサムはその腕をゆっくりと震えるように取った。


「これが……友情の果てに咲く、友の花!!
 あちし悲しい!! でも泣かない!! だって必ずまた、あえぶぼの……!!!」

「のあっ!! 鼻水っ!! ハンカチ貸すから顔を拭け!!」

「ふふっ……クレスも少し涙ぐんでる」

「なっ!! そ、そんなはずは無い!!」


ベンサムを港に残し、二人は船に乗り込んだ。
頬に当たる風が冷たくて気持ちいい。
空を見れば雲が穏やかに流れていた。


「さよならは言わないわよう!! 
 仲良くやりなさい!! クレスちゃん!! ロビンちゃん!!」


錨を上げ、船がゆっくりと港を離れていく。
港では相変わらずベンサムが大声で腕を振っていた。
この海を渡って行けば、いずれきっと再開できる。
そんな気がした。


「ああ!! お前も元気でやれよ!! そして、いつかまた会おう!!」

「オカマさんもお元気で」







風は南南西。
船は二人を乗せ順調に前に進む。












あとがき
これで中編は終了です。
いやぁ、ボンちゃんは書いていて楽しかったですね。
ちなみに、「寝頭深」は「ねずみ」「焔管」は「えんかん」です。

実はそろそろ第二部も終わりです。
それに準じて浮かび上がってきた問題点を修正してい来きいと思います。
更新スピードは落とさないように心掛けたいです。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、
これからもどうぞよろしくお願いします。



[11290] 最終話 「洞窟と水面」 第二部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/04 22:58
───肌寒い風が流れている。


グランドラインのとある島の洞窟の中にクレスとロビンの姿はあった。

薄暗い中を足元を確かめるように進んでいく。
隔絶された洞窟内には太陽の光は届かない。
光の届かない空間だが真っ暗だと言う訳ではない。
洞窟内のあちこちが淡い光を放っている。
蛍石と言われる光を発する鉱石のおかげだ。


「綺麗……だな」


クレスがぽつりとつぶやいた。
声は洞窟の中で反響し優しい余韻を残した。


「どうしたの? 」

「いや……真昼間だってのに、洞窟の中が夜だとしたらまわりの光が……」


クレスの言う通り、時刻はちょうど昼過ぎを回ったところだ。
洞窟の外では太陽が地上を活発に照らしている事だろう。
島の季節は夏。刺すような陽光だ。


「星……みたいでさ」


真面目な顔でクレスは言った。

確かに、夜のような暗闇の中で小さくも強い光を放っている情景はそうも見えなくは無い。


「ふふふ……」

「……なんだよ」


思わず笑いが零れてしまったのは仕方ないとロビンは思った。


「だって、クレスが言っても似合わないもの」

「なっ!」

「ふふふふ……ごめんなさい。
 でも……クレスは意外にロマンチストだものね」

「悪かったな、意外で。
 どうせオレは流れ星を見かけたら反射条件のように願いを呟きますよ」

「星座も詳しいものね」

「ほっとけ」

「七夕の日にてるてる坊主作ったり」

「うるさい。……雨降ったらもったいないじゃねぇか」


そう言うとクレスは黙り込んでしまう。
拗ねてしまったようだ。
そっぽを向く姿は子供の様でかわいらしい。


「ごめんなさい。怒った?」

「別に……怒ってなんかない。
 まぁ、似合わないってのも事実だしな。
 あ、そこ気をつけろ。滑りやすいから」


クレスが指したところを避ける。
前を歩くクレスの背中は大きくて頼りになる。
昔から、こうして危険な道を探検をするときはクレスが先導してくれた。


「ありがとう。
 でも、私は嫌いじゃないわ。クレスのそういうところ」

「そう言うところって、ロマンチストなところか?」

「ええ。少なくとも、つまらないリアリストよりもずっといいと思うわ」

「そりゃどうも」


そして、二人、星のような光が照らす洞窟内を歩く。
クレスに倣うなら、星の中を歩いているとでも言うべきなのだろう。
静かで、綺麗な星粒だ。それが燐光のように浮き立っている。
月が無いのが残念だと思った。

……もしかしたら自分もクレスのことを笑えないのかもしれない。

そんな事を思い、ロビンは口元に柔らかい笑みを作った。














第十六話 「洞窟と水面」














クレスとロビンが辿り着いたのは、寂れた雰囲気の島だった。
石造りの家々が立ち並ぶ街並みが美しい島だったのだが、人々に活気というものは無い。
その日、その日を、無気力に細々と暮らしている。
そう言う印象を受けた。

街の中心にはかつては繁栄を誇ったであろう巨大な城跡があったが、
時が経ち、ロクな手入れもされずに放置されていたため、風化し、かつての美しい景観を垣間見る事が出来なかった。
もしかしたら、いつかは、誰からも完全に忘れ去られてしまうのかもしれない。
盛者必衰と詩人のように衰退を詠う者もいるだろうが、少なくともクレスとロビンはそういった気分にはならなかった。

建物と共にそこにあった歴史や当時の人々の思いまで消えていくのはとても悲しいことだ。
だからと言う訳でも無かったが、ロビンは遺跡の調査を行うことにした。
遺跡と言うものには種類を問わずに興味をひかれる。
建造物などは劣化が激しく、調査は困難を極めたが、予想外の手掛かりを掴むことが出来た。

意外だったが、どこか、確信のようなものを感じた。

そして、街の人間に聞き込みをおこない。
島のはずれに、古くから伝わる洞窟があることを突き止めた。

クレスとロビンが洞窟の中を進むのには当然理由がある。
二人が到着したのは島には、二人が求めるものがある可能性があった。
二人が長年に渡り探し続けて来たもの。


───歴史の本文。


それが、この先にある予感がした。






クレスとロビンは洞窟内を進む。

洞窟探検───ケイビング。

洞窟の探検は本来困難とされている。
最悪の場合、酸欠や事故によって死に至る。
それは洞窟内の構造が複雑なことに起因していた。
極端な狭洞に行く手を阻まれることもあれば、そびえたつ洞壁を登らなければならないこともある。
そして、洞窟によっては光の届かない為に真っ暗闇の中を僅かな明かりを頼りに進む必要も出てくる。
暗闇の中、迷子になればそう簡単には出られない。

洞窟は自然が育んだ景観の一つだ。洞窟に挑むことは山や海と同じで自然に挑むことに等しい。


それを踏まえれば、クレスとロビンが現在進む道の難易度はそれほど高くは無かった。
洞内は広く進みやすいし、日の光は当たらないが蛍石のおかげでライトもいらない。


「毎度のことだけど、疲れたら言えよ」


クレスがロビンを気遣う。
洞窟内は温度が低く、農産物を保存する例もある。
中には、巨大な氷柱が発見されることもあるのだ。
寒さは人からたやすく体力を奪う。
だから、無理をして休むのを怠れば痛い目をみる。


「わかってる。でも、まだ大丈夫よ」


嘘では無い。
そのことに関しては正直にクレスに従うつもりだ。
探検やサバイバルに関してはクレスの方が専門家だ。
誰かから教授した訳ではないが、その腕は間違いなく一流だった。
ならば、その指示に従うのは当然だろう。


「洞窟探検か……昔を思い出すな。
 覚えてるかロビン? 初めて洞窟に入った時の事」

「ええ」


過去にも何回かクレスとロビンは洞窟を進んだ。
洞窟は考古学にとっては定番のようなものだ。


「始めて入った時、暗闇を怖がって泣きそうになってたしな」

「……そんなこともあったわね。あの頃はまだ暗いのがダメだったもの。
 たしか、あの時はクレスが脅かして大声を出したら、びっくりして泣いちゃったのよね」

「いや、あの時はさすがに悪かったと思う」

「それだけじゃないでしょ」

「ん?」

「その後、クレスの大声に反応した蝙蝠達が一斉に襲ってきて二人で逃げたじゃない」

「あ、ああ……そ、そうだったな。
 さすがにあれは焦ったわ。お前を抱えて本気で走ったからな」

「尋常じゃなかったわね」

「その後、ボス蝙蝠と戦ったしな」

「大スペクタクルだったわね」

「勝利して、仲良くなったしな。仲間思いの良い奴だったし」

「感動ね」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「…………………ごめんなさい」


今だからこそ笑い話だが、当時は大変だったのだ。
一斉に襲って来た蝙蝠は本当に怖かった。
しかも、ボス蝙蝠は当時のロビンの何倍もあったのだ。
洞窟内に響く、無数の羽ばたき音の中に混じった一際大きな羽ばたきの音が無性に不気味だった。



慎重に、時には楽しげに会話を交わしながらクレスとロビンは洞窟内を進んだ。
途中にこれと言った障害は無かったのだがある程度進んだときに、前を歩いていたクレスが立ち止った。


「まずいな……」


クレスの前には川があった。
それが進行方向に向けてずっと続いている。
そしてだんだんと天井も低くなって来ていた。
まだ、水深が浅いのが幸いだった。

洞窟探検には危険が付きまとう。
特に厄介なのは洞窟内に水が流れていて、その中を進む必要がある場合だ。
能力者のロビンにとっては海や川などの水の溜まった場所は何よりの弱点だ。
泳げない為に、足を滑らせれば命に関わる。


「どうする? 進むか?」


クレスはロビンに問いかける。
この道がロビンにとってどれだけ危険なのかはクレスは十分に分かっている。
しかし、この先には “歴史の本文” の手がかりがあるのだ。
その事についてはおぼろげでは無く、十分に信頼できる確証だった。
だからクレスは問いかけた。
引き返すことを提案したいのだろうがロビンに判断を委ねた。


「ええ……お願い」

「……そう言うと思ったよ。
 ただし、無理だったったら引き返すからな」


クレスは予測していたのか、しょうがないと言った様子で答えた。
その事に申し訳なさを覚えつつも、ロビンはこの先にある遺跡に思いを馳せた。
グランドラインに入っての初めてにして最大の手がかりだ。
“西の海” ではどんなに探しても見つける事の出来なかった、自分達が求めるものがそこにあるかも知れないのだ。
いや、かなりの可能性でそこにはある。長年培った、考古学者としての勘がそう告げている。
期待も膨らむ、危険を犯す価値もあった。



浅い水の中を二人は進んだ。
一歩一歩を踏みしめるように慎重にだ。

水が浅くて助かった。
余りに多いと能力者のロビンは動きをかなり制限されるのだ。
クレスは終始心配そうだったが、進むことに問題は無かった。

しかし、それもだんだんと困難になっていく。
水深がだんだんと深くなって来ているのだ。
初めは足首辺りまでしか無かったのだが、徐々に深さが増し、現在は太ももの辺りを越えた。

ロビンの身体に変化が現れる。
全身の力が抜けていき、一歩を踏み出すのが酷く辛い。
息も自然と荒くなっていった。

能力者になったことによる弊害だ。
海に嫌われカナヅチとなったロビンにはこういった環境はかなり厳しい。

だが、それでもロビンは前に進もうとした。

前には、探し求めていた手がかりがあるのだ。
こんなことで、立ち止まれない。
それに、クレスにも迷惑をかけているのだ。
まだ行ける。能力者だからって甘えていられない。


「……アホ」


いつの間にか、クレスは立ち止まりこちらを向いていた。

クレスはロビンに近付くと軽々とロビンを抱え上げた。
何の負担を感じさせることも無く、当然のように易々とロビンはクレスの腕の中に納まった。


「疲れたら言えって、言っただろ」


呆れたようにクレスは言った。


「……ごめんなさい」

「……謝る必要はない。悪い事した訳じゃないんだから。
 だいたい、海が苦手なのは別にお前のせいじゃない」


昔のように、クレスが優しくもぶっきらぼうに諭す。

ロビンは目を伏せた。
昔からクレスには迷惑をかけてばかりだった。


「あそこにちょうど陸地があるから、そこで一端休もう。オレも疲れてきた」



クレスとロビンの二人は岩の上で火を起こし暖を取った。
洞窟内の水は冷たく、体温が低下していた。
異常なまでに丈夫なクレスは大丈夫そうだったが、ロビンは別だ。
このまま強硬に進んでいたら危険だったかもしれない。

ロビンが休む間に、クレスは一人でこの先の様子を見に行くことにした。
この先に遺跡があるのならば、どうにかそこまで辿り着きたい。
しかし、道が水の中ならば二人で進むのは危険だ。
最悪の場合、後戻りをしなくてはならない。
ならば、クレスが先行し様子を見てからその道のりによって、その後の行動を決めるのが賢明だ。


「出来ればメシでも作っといてくれ、腹減って来たから」

「分かったわ……気を付けてね」

「了ー解」


クレスはすいすいと洞窟内を進んで行き、やがて見えなくなった。

ロビンは一人岩場に取り残される。
ロビンは足を投げ出し、ゆっくりと目を閉じた。
星空のような明かりは完全に消え、目に映るのは暗闇だけだ。

今回はクレスに迷惑をかけないようにするつもりだったが、無理みたいだ。

謝る必要は無い。
お前のせいじゃない。

クレスは言った。
でも、迷惑をかけているのは事実だった。

疲れて来た。
腹が空いた。

どちらもおそらく嘘だ。
クレスなりに気を使ってくれているのだ。


「ダメね……」


ロビンの声は僅かに響いた。



嘘であろうが、お腹が空いたとクレスが言ったのだ。
料理を作るのは当然だろう。
ロビンはクレスが背負っていた鞄の中から小さな鍋を取り出し、簡単なスープを作った。
スープが煮立ち、湯気が立ち上り始めた時に、クレスが帰って来た。

クレスは水の中から上がると、濡れた服を絞った。
何故か髪の毛までビショビショだった。


「どうしたの……? づぶ濡れじゃない」

「いや、十分ほど地底湖を潜っただけだ。
 うおっ! 寒っ!! おっ、料理作ってくれてたんだ。ありがとう」


クレスはロビンの作ったスープを器によそい、おいしそうに食べる。


「潜ったって……」


ロビンはクレスがサラりと言ったことに驚く。
相変わらず、物凄い身体能力だと思う。

特に潜る為の装備を準備していた訳では無い。
クレスは素潜りで、ダイビングの中で最も危険と言われる洞窟潜水をおこなったのだ。


「いや、それほど難しい訳じゃ無かったぞ。
 蛍石のおかげで視界の確保は簡単だったし、極端な狭洞があった訳でも無かったしな」

「それで……どうだったの?」

「ん?」

「遺跡の事よ」

「ああ……」

「……どうだったの?」

「そんな事より、おかわりくれないか? 腹減ってしょうがないんだ」

「えっ……ええ、わかったわ」


ロビンはクレスに違和感を覚えた。
何かを隠しているようなそんな様子だ。


「いや、相変わらずおいしいな。
 インスタントの食材でここまでおいしく作れるのはすごいと思うぞ」


クレスは相変わらず笑顔のままで食事を続ける。
張りつけたような笑顔だった。


「それにしてもこの辺は綺麗だよな。夜みたいだし、少し昼寝でもしようかな」


やはり感じる僅かな違和感。
それはどうしようもない不安に変わる。


「クレスっ!!」


気付けばロビンは叫んでいた。
何か嫌な予感が頭から離れない。


「……どうしたんだロビン? そんな大きな声を出さないでも聞こえてるぞ」

「どうしたのクレス? 帰って来てから様子がおかしいわ」

「気のせいだろ? オレはいつもこんな感じだぞ」

「誤魔化さないで、何を隠しているの?」

「……隠すって、何を隠す必要があるんだよ」

「じゃぁ、向かった先で何があったのか教えて」

「どうしたんだ? 何時ものお前らしく無いぞ」

「らしくないのはクレスの方よ。 
 洞窟の先に何があったの? ………お願い、教えて」


ロビンはクレスに詰め寄った。

クレスの様子がおかしいのは間違いない。
いつものクレスなら真っ先に結果を報告してくれる筈だ。
その結果の如何に関わらず正直にありのままを伝えてくれる。

だけど、今回は違う。
先延ばしにして、うやむやにしようとしている。
クレス自身も考えあぐねているみたいだ。

何があったのかは分からない。

でも、どんな事だったとしても信頼して伝えてほしいのだ。


しばらくの間、互いに沈黙する。
あたりには水のせせらぎが洞内に響き、静かに流れる。
二人の視線は合わさらない。
ロビンからクレスが逃げるように目を反らしていた。


「っ! ああ!! くそっ!!」


沈黙を破ったのはクレスだ。
彼は苛立ちげに髪を掻き回すとロビンに頭を下げた。


「……すまない。オレもどうすればいいのか分からなかったんだ」


クレスは少しづつ、言葉を選ぶ様に話していく。


「遺跡らしきものはあった。 詳しくは……分からなかったけどな」


言葉を濁している様だった。


「遺跡はちゃんとあったの?」

「……ああ。あるには在った。でもたどり着くことは無理だ」


どうして? 
と言葉を紡ごうとして直ぐにその理由にいきあった。


「……水の中にあるのね」


クレスは一瞬だけ迷うように答えた。


「惜しいけど違う。
 遺跡は地上にあったんだが、たどり着くまでには水の中に潜らなければいけなかった」


しかし、ロビンにとってはどちらも変わりは無い。
どちらにしても一人では向かうことは出来ない。


「一応、ほかにも入り口が無いか探したけど、それらしいものは見つから無かった」


再び沈黙が降りた。
それはロビンにとっては余りにも残酷な事実だ。
グランドラインに入って初めてにして最大の手がかりを前にして、この状況は歯がゆすぎる。
カナヅチである事を呪いたくなった。


「……悪い事は言わん。今回ばかりは諦めた方がいい。
 これで最後な訳じゃないんだから探せば他の場所が見つかるさ」


慰めるようにクレスはロビンの頭に優しく手を置いた。

そんなクレスにロビンはわずかな引っかかりを感じていた。
クレスは嘘はついてはいないだろう。
しかし、まだ肝心なことを話してない。


「……潜水する時間はどれくらい必要なの?」

「五分だ」


ロビンには想像もつかない数字だ。
しかし、引き下がることは出来ない。
ロビンは一瞬の逡巡のあとクレスの瞳を強く見つめた。


「お願い……連れて行って」

「……バカ言うな。 今回ばかりは無理だ。リスクが大きすぎる」

「ワガママを言ってるのは分かってる。……でも、諦めきれないの」

「それでもダメだ。遺跡は他にもあるんだから、今回はこれまでだ」


正しいのはクレスなのは分かっている。
自分が子供のように彼を困らせているだけ。
でも、どうしても気持ちの整理がつかないのだ。


「……クレス、お願い」


ロビンの声は小さく、震えるように響いた。


「…………ダメだ」

「じゃあ、クレスは何を隠しているの!!?」


ロビンが声を張り上げた。
いつものように冷静ではいられなかった。
先程からはぐらかされ続けていることだ。
今まで、こんなことは無かった。


「……………………」


クレスは何も言わない。
あくまで話すつもりは無いようだ。


「……クレスが話してくれないなら私は分からない。クレスは遺跡で何を見たの?」

「……………………」

「……どうして、私を遺跡から遠ざけようとするの?」


いつもとは違う様子、歯切れの悪い回答、肝心なところは話さない、リスクだけを告げる。
どれもが一つに結びつく。

クレスはこの水面の向こうに何を見たのか。
それは、そんなにも自分には見せられないものなのか?

ロビンの訴えにクレスは小さくも長いため息をついた。


「…………わかった」


長い、ロビンには永遠にすら感じる時を経てクレスは絞り出すように答えた。


「ただし、気をしっかりと持て。
 ……オレの口からはこれくらいしか言えない」


その言葉には、諦めと悔しさが含まれていた。



能力者のロビンが水の中に入る事など初めから想定していない。
もちろん、専門の道具など持ってはいない。
だから、クレスは持ちうる装備で最大の効果を引き出すことにした。
クレスはともかく、下手をすればロビンの命に関わる。
慎重に細心の注意を払いロビンが潜水するための準備をおこなった。


「ゆっくり深呼吸しろ。
 気持ちを落ち着かせて、全身の力を抜く、リラックスすることだけ考えろ」


ロビンは現在クレスに後ろから抱きかかえられる形で水の中にいた。
足はもう底には届かない。
全身に全く力が入らない。
クレスの腕にしがみつく事で精一杯だ。

クレスとロビンの身体はロープに互いに繋がっている。
これは、クレスと離れないようにするためだ。


「三分で終わる。
 だから、それまで我慢してくれ」


さっきは五分と言っていた。
つまりは、それだけ急ぐと言うことだろう。


「……ごめんなさい」


つい漏れた呟き。
それを、クレスはたしなめる。


「謝るなって。誰にでも出来る事と出来ない事がある。だから、謝るな。
 謝罪よりも、もっといい言葉があるだろ?」


この優しさは好きだ。


「……ありがとう」

「ああ、気にするな。
 ───そろそろ、行くぞ」


クレスの言葉にロビンは覚悟を決める。


「……吸って」


背中越しにクレスの鼓動が聞こえる。


「……はいて」


強く、強く、
刻まれるリズム。
ロビンはそれに自分の鼓動を重ねようとした。


「大きく吸って」


重なる鼓動。
二つは一つに、より強く。

この場所は何よりも安心出来る。


「止めて。……潜るぞ」


二人は水の中へと潜った。

水の中はとても美しい。
蛍石が瞬き、まるで星空の中を飛んでいるかのような錯覚を覚える。
これで息さえ続けばどんなに良かったか。

ロビンはクレスに連れられてどんどんと水中を進んでいく。

クレスはロビンを抱えているにも関わらずスイスイと魚のように進んでいく。
魚人のように水掻きが付いていたとしても何ら不思議は無い。

ある程度潜ったところ、底の方に船でも入れそうな程の横穴があった。
クレスは迷うことなくその中に入っていく。

穴の中には洞内を直接彫り抜いて作った装飾や石像が並べられていた。
当時は通路として使われていたのかもしれない。
現在は水の中にあるのは地底湖の水量が増したからだろう。
様式などは詳しく調べてみなければ分からないが、何かを奉る神殿のような印象を受けた。


そこまでを反射的に考えてロビンの意識は急速に薄れかかる。
能力者になってから今まで泳いだ事もないのだ。
……苦しい。空気が足りなかった。
やはり、能力者の自分が潜水なんて無理だったのかもしれない。
後どれくらい保つかなんて分からないが、そう長くは無いかもしれない。

その時、不意にクレスの腕の力が弛んだ。
クレスは前に進みながら器用に体制を変え、ちょうど仰向けになるように泳ぐ。
ロビンを前から抱きしめる格好となっていた。

クレスの心配そうな顔がロビンをのぞき込むようにして近づいていく。
そして、そっとロビンを抱き寄せ……





ロビンの意識はここで途絶えた。






ぱちぱちといった。
薪が弾ける音で目を覚ました。


「ん……ここは……」


僅かに感じる身体の重さを無視してロビンは起きあがる。
身を起こすとパサリと毛布代わりにかけてあった服が落ちた。
クレスが着ていた服だ。


「起きたか。……どうだ体調は?」


クレスが心配そうに聞いて来た。
それにロビンはゆっくりと答えた。


「ええ、大丈夫。
 ありがとう。ここまで運んでくれて」

「気にすんな。結構無理したからな、もう少し休んだ方がいい」


クレスはロビンに器を差し出した。
中にはロビンが先ほど作ったのと同じようなスープが入っている。
ロビンはそれをゆっくりと飲んだ。


「ここは地底湖を抜けた先だな。遺跡にはここを真っ直ぐ、壊れた石像に沿って行くと辿り着ける。
 なぁ、今更なんだが引き返すつもりはないか? 当然、来た道と違う道を探す。だから……」

「───クレス」


ロビンは遮るように言った。
やはりクレスは自分に遺跡を見せたくはないようだ。


「私はここまでやって来てしまったわ。
 遺跡を目の前にして考古学者が引き下がる訳が無いじゃない。それは私も当然同じ」

「……だよな……やっぱりそうだよな。引き下がる訳無いか」

「ええ」


ロビンは空になった容器を片付け、立ちあがる。
その瞳は前を見つめている。


「……分かった。オレも一緒に行く。
 だから……いや、すまん。何でも無い」


クレスは何かを言おうとして口ごもった。
表情も優れない。ロビンには見えなかったが目は悲しみで満ちていた。



遺跡までの道のりはわりと平坦で歩きやすい。
地面には劣化が激しく分かりづらいが石畳が敷かれ整備がされていたようだ。
水中でも見かけた石像や石造りの建造物もみられる。
しかし、その様子がおかしい。
古く劣化しているのは当たり前だ。しかし、それにしては損傷具合がおかしいのだ。
風化ではありえない傷つき方だ。
これではまるで壊れたのではなく、壊されたようではないか。

蛍石が照らす道のりを二人は言葉無く歩いた。
遺跡に近づく程、その損傷度合いは酷くなっていく。
それは石像や建造物だけにとどまることなく洞内全体へと広がって行く。

ロビンは不安に駆られ走り出した。
息を切らし前だけを見て走る。余所見はしないようにした。

そして、通路のような洞内を抜けた先にその光景はあった。


「…………っ!!」


それは、余りにも残酷なものだった。

かつての荘厳さを微塵にも残していない粉々に砕かれた神殿だったであろう石屑。
地面のそこらじゅうに突き刺さった、血糊のような汚れのついた剣に見える鉄屑。
そして、あちこちに散乱する、かつては人であった筈の串刺しとなっている骨屑。

そこは戦場跡だった。
いや、もはやこうなっていてはただ死体の散乱する墓場のようなものだ。

叫び出したいのを押し堪え、ロビンは最深部へと走った。
壊れた石畳の通路を駆け、砕かれた階段を上り、白骨化した死体を乗り越えた。

そして、そこにある光景に言葉を無くし、崩れ落ちた。

ロビンは悟った。
だからクレスはこの場所に連れて来たくなかったのだ。
この光景はあまりにも、絶望が大きすぎる。

意気揚々とこの地にやって来て、散々クレスに迷惑をかけてきてこの様だ。
自分はなんてバカだったんだ。自分達の敵が誰か忘れたのか。
期待して、こんなにも簡単に裏切られた。


「……どうしてっ!!」

「オレも、来た時は同じ事を思ったよ」


追いついたクレスがロビンの背中に語りかける。
怒りで声が震えていた。


「たしかこの島は……」

「ああ、 “非”世界政府加盟国だ」


なるほど……どこかでそんな気はしていた。

これで全ての情報が結びつく。
気力の無い島の住民、崩れゆく城跡、そしてこの戦場跡。
最大の根拠は目の前に広がる空洞。

巨大な正方形がちょうど納まりそうな空洞だ。
その空洞が悲しげにその陰を深くする。
地面には、乱暴に引きずったような跡がある。
巨大な硬石を引きずったような跡だ。

ロビンとクレスが探していたもの、


─── “歴史の本文” がそこには無かった。


「かつての、この地の人々は戦ったのね」

「ああ、そして……敗れた」


クレスはロビンの隣に座り込んだ。
座りこんで、ただそこにいる。
不用意な甘い言葉をかける訳ではない。
何も言わない、同じ思いを感じている。その共感が今は嬉しい。

だから、そっと手を握った。



───肌寒い風が流れている。

───強くはないのに、芯から冷え込むようだ。

───でも、今はそれでいい。

───今はこの冷たさを分かち合ってくれる幼なじみがいる。

───今はまだ、この手のひら分の温もりだけでいい。

───だけど、いつかは……













ロビンの思いとは裏腹に、手がかりはは全て封じられていく。
敵の名は世界政府。その存在は余りにも大きい。
夢である、 “真・歴史の本文” の発見は遠のくばかりで、その身には絶望のみが募る。
二人は旅を続けるも、個人レベルでは限界を感じ始めていた。



故に必然だったのかもしれない。
後に、砂漠の王国を舞台に引き起こされる大事件に二人が関わってゆくことは……













第二部 完












あとがき

不意打ちのように終わらせてしまいましたね。
もう少し原作キャラが登場するオリジナルの話を書こうと思っていたのですが、ここで打ち止めみすることにしました。
期待されていた方がいらっしゃったなら申し訳ないです。
もしかしたら、番外編としての短編は書くかもしれません。

今回はクレスの本領発揮ですね。
やはり、泳げると言うのは結構重要ですね。
糖度が高すぎたかもしれません。

第三部は当然アラバスタ編です。
未だに未熟な作者ですが頑張りたいです。



[11290] 第三部 プロローグ 「コードネーム」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:13
───アラバスタ王国


偉大なる航路上のサンディ島にある砂の王国。
首都はアルバーナ。ログのたまる期間は5日以内。世界政府加盟国。

グランドライン有数の文明大国と称され、人口は1000万に至る。
国王のネフェルタリ・コブラは善政を布いており、国民の生活は安定している。
街には活気が満ち溢れているが、その一方街の外には広大な砂漠が広がり砂嵐などの災害が猛威を振るう。
また、砂漠気候のため慢性的な水不足が発生している。



厳しくも豊かなこの国が後の事件の舞台となる土地である。













第三部 プロローグ 「コードネーム」













「良い国だな」

「そうね、とても賑やか」


クレスとロビンはアラバスタのギャンブルの街レインベースの一角にいた。
辺りはロビンの言う通り賑わいを見せている。
人々の表情は明るく、生き生きとしている。

二人は人込みの中を歩く。
通り過ぎる人々には二種類の人間がいた。
平然と歩く人間と、暑さに耐えかねた様子の人間だ。
前者はこの国の人間で、後者は外来の者なのだろう。

アラバスタの日差しは強い。
この地に住まう人々には日常ではあるが、初めてこの島に訪れる人間にとっては一種の脅威だ。
暑さに辟易する人間も多い。

そんな中でクレスとロビンの表情に変化は無かった。
この国の気候に対し、不平を言うことも無い。

二人はこの地を訪れるまでに様々な気候の土地を旅してきたのだ。
砂漠に出れはまた別であろうが、我慢できないレベルでは無かった。


「やっぱ、この国じゃ水が高いな……。
 この様子だと、飲食店でも水はサービスしてくれなさそうかも」

「それは仕方がないんじゃないかしら? この国じゃ水は何よりも貴重でしょうし」


簡単な経済の話だ。
需要量が大きく、供給量が少なければ当然値段は上がる。


「まぁ、水に関してはしょうがないか。そう言えば、何か買うものってあったっけ?」

「いつものように、必要なモノはだいたいそろえてあるはずだから大丈夫の筈よ。
 宿もさっき部屋を取ったし、やらなくちゃいけない事はだいたい済んだわ」

「そっか、なら問題は “コレ” か……」


クレスは腰元に下げたウエストバックに目線を落とした。
狩り道具を中心として様々なものが納められたその中に一通の手紙があった。






“歴史の本文” というものがある。
世界中に点在する、歴史を示した石碑だ。
決して砕けない硬い石に特殊な古代文字で歴史が刻まれていて、その文字は古代文字の知識を持つ者にしか解読出来ない。
そしてそれらは “空白の百年” と呼ばれる歴史上の謎を解く鍵だとされている。
ロビンとクレスはこの石を求めて世界中を旅していた。

しかし、世界政府は “歴史の本文” の探索および解読を死罪と定め禁止している。
そのために、旅路は困難を極め、個人レベルでの探索では難しいと考えた二人は組織力を求めた。

二人は過去にもいくつもの組織に所属してきた。
しかし、所属した全ての組織は二人の “オハラの悪魔” と言う忌名に耐えきれずに壊滅していた。
故に所属する組織は慎重に吟味した。
直ぐに潰れてしまうような弱い組織では意味がない。しかし強大すぎる敵の前では、強いだけでも意味がない。
最適なのは大きくも隠遁性に富んだ “秘密結社” とも言うべきそんな組織だ。



手紙を受け取ったのはそんな時だった。

手紙には差出人などの表記は一切なく。
文面にはただ、



────── “オハラの悪魔達” 諸君らの力を借りたい。



それだけが書かれていた。

届け人は手紙と共にアラバスタへの永久指針を手渡すと、二人の前から直ぐにその姿を消した。






「場所はレインベースのカジノ “レインディナーズ” だったかしら?」

「……ああ、港でまた手紙を渡されたしな」


二人は前方にそびえたつ、バナナワニがシンボルのピラミッドのような建物を見た。
この街においても一際大きな建造物。そこが二人の目的地だ。


「それにしても……アラバスタとはな」

「心配?」

「ああ、この辺ははよりにもよって “七武海” の縄張りだろ。
 ……わざわざ自分から敵の口の中に飛び込んでいくってのもな」

「……情報によれば、これから行くレインディナーズのオーナーでもあるものね」

「何が出てくるかねぇ……。
 そんなとこを選ぶとは、よほど自信があるようにみえるけどな」

「もしくは逆なのかも……」

「と言うと?」

「そこが一番安心できる場所だと言う事」

「……なるほどな」


ロビンの言うことには一理ある。
何らかの交渉や相互利益によって、不干渉または庇護下にでもあるのかもしれない。
七武海は政府の犬などと呼ばれていても、もともとは凶悪な海賊だ。
裏でそのくらいのやり取りがあっても何ら不思議は無い。
もしその推測が正しければ組織としての大きさはかなりのものになるだろう。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「まずは接触してからね」






 ◆ ◆ ◆






レインディナーズはカジノの街と呼ばれるレインベースの中にあるカジノで最大級のものだった。
クレスとロビンが以前までに所属していた組織のゆうに倍以上はある。
豪奢なカジノでは幾人もの人間が賭博を楽しんでいた。
カジノにいる人間の身なりを見ればどうやら上流階級向けだけでは無く、一般の人間にも手広く開放しているようだ。


「さて、いつになったら迎えが来るのかね?」


そう言ってクレスは目の前にあるスロットのボタンを押す。
軽やかなリズムで叩き込まれた文字は全て 「7」 スロットは壊れたようにメダルを吐き出した。
そして、クレスのそばに新たな箱が積まれる。
クレスにとってはスロットの数字を合わせることなど、そう難しいことでは無い。


「そう、焦らないの」

「それもそうだな、まぁ気長に待つか」


ロビンがクレスにグラスを手渡す。
その瞬間に周りにいた男たちが残念そうに舌を打つ。
ロビンに声でもかけようと思っていたのだろう。
それを受け、クレスはロビンに見えないように男たちに睨みをきかす。殺気も飛ばした。相当本気だった。
男たちは青ざめたように目線を反らす。全員が身の危険を感じていた。

そして、何事も無かったようにクレスはロビンからグラスを受け取った。
発泡酒のように見えるが実は炭酸のジュースだったりする。


「……虫のように湧きやがって」

「?」


ロビンから受け取ったグラスに口を付け、クレスはまたスロットに向かう。
叩き潰すような勢いで弾かれたスロットは悲鳴のようにコインを出し続けた。

その後もクレスとロビンはカジノで賭場を楽しんだ。
二人はカジノで働いていたこともある。
その経験を生かし、クレスの動体視力にロビンの能力を加えれば、荒稼ぎも可能だ。
その気になれば小さなカジノなら破産させることも出来る。
だが、二人は力を押さえ純粋に楽しんだ。
余りに荒稼ぎしすぎると、店の人間に目をつけられたりするものだ。
それでも他の客から見たら十分な勝ちを上げている事には変わりなかったのだが。


そんな折に二人は店の支配人に声をかけられた。
マネージャーはしきりに恐縮した様子で二人を先導し、VIPルームへと続く道へと案内する。


「わ、私はここまでお連れするようにオーナーに申しつけられましたので」


時間にしてちょうど二時間たってからの呼び出しだった。
予測できた展開だが、やはり先の展開に不安が募る。
しかし、それを顔に出すことは無かった。


「御苦労さま」

「あ、あの……どう言ったご用件で?」


七武海のオーナーに直接呼び出されるなどただ事ではない。
そう感じたのか、支配人は不安を隠しきれない様子で尋ねる。


「さぁ? 直接聞いてみたらどうだ?」

「め、めっそうもございません」

「なら、この辺でいいな。案内ありがとよ」


マーネージャーを残し、ロビンとクレスはVIPルームへと続く赤絨毯を踏みしめた。

二人並び奥へと続く道を進む。
扉までの道のりがやたら長く感じられた。

クレスはこの先にいる人物に緊張を感じずにはいられなかった。
マネージャーはオーナーからの呼び出しだと言った。
そうなればこの先にいる人物はおのずと絞られる。
罠で無いという保証は無く、交渉の結果次第では戦闘にもなりかねないのだ。
もしも、この先にいる人物が最悪の想像の場合は、生半可な覚悟では逃げる事すら難しい。
クレスは幼少時に青キジによって世界レベルの強さと言うものを見せつけられている。
当然、警戒姿勢にもなった。


二人は二択の分かれ道を越え、VIPルームへと通じる重々しい扉の前に辿り着いた。
そして、そこで立ち止まる。


「この先か……」


クレスは巨大な扉の前で呟く。
この扉をくぐればおそらくもう戻れない。
これから接触する組織がただの営利団体だとは思わない。
組織の形態からして、企んでいることはただ事ではないだろう。


「今ならまだ戻れるぞ」


クレスは隣に立つロビンに問いかける。


────── “オハラの悪魔達” 諸君らの力を借りたい。


書面にはこう書かれていた。
これを読み解けば、 “オハラの悪魔達” としての自分たちの力を欲しているのだ。
一般に古代文字の解読を政府が禁止しているのは歴史の本文に記された “古代兵器” 復活の可能性の為だ。
そんな力を持つ人間を必要として招き入れるとは、まともな組織では無い。


「 “大丈夫” ……夢を叶えるにはこの道しかないもの」


様々思いが込められた「大丈夫」だった。
今まで生きるためや自分たちの為に様々ことに手を染めて来た。
そして、求める道はこれしかないのかもしれないのだ。


「……そうか、今更だな」

「クレスの方こそ戻るのなら今よ」

「それこそ今更だな」


クレスは困ったように答える。
まさか自分の心配をされるとは思っていなかった。
自分は進んででこの道にいるのだ。戻る気など無い。


「じゃあ、行くか」

「ええ」


二人はその重く高い扉を確かな意志を持って開いた。


扉の先は広々とした空間だった。
エントランスを抜けた先には大きな階段がありそこを降りると広いホールとなる。
そこは、長く大きなディナーテーブルを始めとした豪奢でありながらも品の良い調度品が並べられている。
しかし、それでありながらどこか冷たさを感じさせる空間だ。


「地下の一室か……」

「水槽の中みたいね」


部屋にある窓の外に広がる光景は巨大なバナナワニが水中を泳ぎ回っているという光景だった。
レインディナーズの周りは湖ようになっていた。
どうやら、この部屋はカジノの下に造られているらしい。


「誰もいないのか?」


広々とした空間にはクレスとロビン以外誰の人影も見当たらなかった。
それは流石におかしい。
だが、クレスの呟きをよそにその声は二人に届く。


「──────ようこそ わがカジノへ。ギャンブルは楽しんだかな?」


部屋の隅に設置された執務の為のテーブル。
今までそこには誰もいなかった空席の筈のそこからその声は聞こえた。
その瞬間、部屋の重力が倍になったかのような圧迫感を受けた。
異様なまでの存在感だ。


「「!」」


何も無かった筈の空間に、サラサラと砂の粒が風に運ばれるように集まり、その姿を形作る。
原型を留めぬ能力は悪魔の実の中でも一際その存在を異にする “自然系” の能力だ。
この地に乗り込むにあたって当然、敵となる可能性のある人間の能力は調べた。
悪魔の能力は唯一無二。ならばこの人物は一人しかいない。


「よく来た “オハラの悪魔達” 
 ニコ・ロビンにエル・クレス、諸君らを歓迎しよう」


分厚いロングコートを羽織った、顔に横一線の大きな傷跡がある男だ。

その男はゆっくりと葉巻を燻らる。
辺りに男の吐き出した煙が広がった。


「こりゃ、まいったな」

「……ええ」


反射的にクレスの身体がロビンの前に出た。

考えれば当然の帰結でもある。
何らかの形で関わって来るとは思っていたが、こう来るとは思わなかった。


「まさかこんな形でお目にかかれるなんてね」

「ああ、出来れば会いたく無かったよ。
 “七武海” サー・クロコダイル…………!!」


二人の反応を見てクロコダイルは笑う。
重くのしかかるような声だ。


「クハハハ ……自己紹介は不要のようだな。
 では単刀直入に言おう。

 ────────── “歴史の本文” を読めるらしいな」


威圧感を持った笑いを浮かべながらクロコダイルは言う。


「何が目的だ? 古代文字なんか読めたとしても大した得にはならないぞ」

「ただ興味がある。
 そこに記された古代兵器と言うモノにな、そしてそれを手に入れたい」


一撃で島一つを吹き飛ばすと言われる古代兵器。
確かにそれは存在する。確固たる事実だ。


「……やはりあるのね、この国に」

「ああ、確実に存在するだろう。その在処を記した歴史の本文と共にな」

「それはどこ?」


急性なロビンの質問。
やはり、歴史の本文が絡むとどこか冷静さが欠ける。
しかし、それを責めるのは余りに酷だ。
絶望的だった手がかりがそこにあるのだ。


「なに、そう急ぐ事も無いだろう。
 だがその前には、重要な確認が必要だ」


クロコダイルはその底の知れない視線で二人を見た。
それは過去に二人が受けた視線の中で最も強いものだった。


「───貴様らは、おれに従うか?」


重要な確認と言いながらも絶対の有無を言わせぬ物言いだ。
実際、否定した瞬間には間違いなく命を奪いに来るのだろう。

ロビンの肩が僅かに震えた。
この男に従う。
それはつまりは片棒を担ぐと言うことだ。
その全容は分からないが間違いなく碌でもないことだ。
大勢の人間を巻き込むことになるだろう。

クレスは全ての判断をロビンに任せる事にしていた。
ロビンの好きにさせる、この選択はロビンにとって重いものだ。
二人で旅をしているものの、歴史の本文を真の意味で求めているのはロビンだ。
クレスは自らの願いをロビンに重ねているに過ぎない。
歴史の本文を求めての選択ならばロビン次第なのだ。

クレスはロビンが選んだなら、どちらに転んだとしても良かった。
彼にとって一番はロビンだ。それは何においても優先される。
無責任だとも思ったが、その代わりにその責任は全て負う覚悟はあった。

僅かな沈黙の後にロビンは答えた。


「ええ、従うわ」

「……なら、オレも構わない」


クロコダイルは口元に形だけの笑みを作る。


「いいだろう、ならば諸君らを迎え入れよう。
 おれの初期段階の目標は達成された。これで本格的に計画を実現に移せる」


これだけの力を見せつけておいて、初期だとは皮肉以外の何物にも感じない。


「おれはこの国を根幹から潰す。
 さすれば諸君らが求めるモノの情報も得る事は容易いだろう」

「……わかったわ。
 ならば私達を歴史の本文があるところまで連れて行きなさい、そうすれば兵器の情報は貴方に譲ります」

「いいだろう。
 おれにとっては歴史なんぞ無価値にも等しい、欲しいのは世界最悪の “軍事力” これだけだ。
 これからはおれの下で働くことになるだろう。存分にその力を振るいたまえ」


ここに一つの協定が成立した。
全ての始まりとなる協定だ。


「一ついいか?」


不意にクレスが発言する。
クロコダイルが眉をひそめる。
ロビンも僅かに困惑した。
この場面でのクレスの発言はいささか異様だった。


「……不服か? エル・クレス」

「そう睨むなって、不服なんか無い。
 お前の下に付くことはオレ達にとっても有益だ」


クロコダイルも元につけば、安全面でも最大限の保証がされるだろう。
別にその事自体に不満は無く、むしろ喜ぶべきことだ。


「別に今交わされた協定を反故にする気なんて無い。……オレが言いたいのは個人的なことだ」


そう言ってクレスはロビンの頭に手を置いた。
大人が子供に対してするような、優しいものだ。


「オレとしてはコイツが心配でね。
 お前の下で働くことは構わないが、オレの位置図けはロビンの私兵って事にしてくれないか?」

「何が目的だ?」


一触即発のような空気だ。
クロコダイルの眼光は強まり、ロビンも僅かに硬直していた。
クレスはそんな空気を打ち払うように息を漏らす。
争う気は始めから無い。


「目的と言っても大したものじゃない。
 さっきも言った通りコイツが心配なだけだ。
 オレ達の立場を考えればおのずと理由も分かるだろう」


幼少時に賞金首となり、そこからずっと政府の目を流れ続けて来たのだ。
クレスの言葉も筋が通っていた。


「……過保護なことだな。いいだろう、お前の条件を認めよう。
 ただし、妙な真似をしたら、ニコ・ロビンの方から殺すぞ」

「ああ、分かってるって。
 オレとしてはロビンのそばにいれればそれでいい」


クレスとクロコダイルの間で視線が交差する。
お互い何も話さない。ロビンですらも息苦しさを感じる、そんな沈黙だった。


「……フン、まぁいい。
 今日はこれで終わりだ、詳細については後日に書状にて伝えよう」


クロコダイルは興味を失ったようにクレスから視線をそらした。






 ◆ ◆ ◆






「どうして、あんな事言ったの?」


ロビンがクレスに詰め寄る。
クロコダイルとの面会を終え、二人は取っておいた宿に帰っていた。
しかし、この宿も今日限りだ。
明日からは組織の方で高級ホテルの一室を手配してくれるらしい。
クレスはどちらかと言えば庶民的な方が好きなので少し残念だった。


「何の事だ?」

「今日の最後の事よ」


クレスのごまかしもロビンには通用しない。
相手を考えれば最悪の場合交渉は決裂していた可能性もあった。


「別に他意は無いよ。
 それよりもあの男を見たか?」


また誤魔化すような口ぶりにロビンは怒りそうになったが、クレスの言葉が気になった。


「どういうこと?」

「恐らく、アイツは自分以外の人間を一切信頼して無い。
 不要になれば、誰であろうと迷いなく切り捨てるだろう」

「……そうね」


それはロビンも感じていたことだった。
傲慢で自己中心的な人間には過去にも出会った。
クロコダイルはその中で最も強大な存在だった。


「気をつけろ、あの男の下で働くと言うことはそのリスクを背負い続けることになる」

「……分かったわ、注意する」


クレスがロビンの私兵となることを望んだ一番の理由はクロコダイルを警戒してだった。
正式な部下となればどうしても融通が利きにくい。
いざという時にロビンのそばに立てないかもしれない。
しかし、クロコダイルもクレスの考えを読んでいるだろう。
読んだ上で条件をのんだ。ならば、クレスが不利益を引き起こせば間違いなく殺しに来るだろう。


「……それにしても今日は疲れた」


クレスは安物であろう硬いソファーに転がった。
そこから見えるのは低い天井だ。


「……もう」


ロビンはそんなクレスを見てため息を漏らした。


日も既に傾き空を闇が覆う。
砂の王国の夜は空気が澄んでいて幻想的だった。

クレスはゆっくりと目を閉じた。
早いが眠るのも悪くない。

だが、そんなクレスを邪魔するかのように宿のドアから一通の手紙が差し出された。
ロビンがそれを拾い読む。
このタイミングで来るのは間違いなくクロコダイルからの書状だろう。


「あら……」

「どうした?」


ロビンはクレスに書状を放る。
クレスはそれを寝たままの状態で受け取った。


「見ての通りよ」


ロビンの言葉に従いクレスは書面に目を通す。
簡潔な事務的な報告。
クレスはそれを読み終わった瞬間に小さく笑った。


「はは……コードネームか」


クロコダイルが考案した組織形態は徹底した “秘密結社” だった。
クレスとロビンを傘下に加えたことによってその組織を本格的に立ち上げるらしい。
それに先だって、クレスとロビンにコードネームが言い渡された。

クレスはその名前を見て笑った。
クロコダイルがどう言う意図でこの名前を自分に与えたは分からない。
だが、どうせ碌な理由では無いことは確かだ。

クレスは立ちあがりそしてロビンに向き合った。
そして、冗談めかしてその名前を呼んだ。


「これからよろしく。
 “副社長” “最高司令官” のミス・オールサンデー」


ロビンもそんなクレスに倣いその名を呼んだ。


「こちらこそよろしく。 “副社長秘書” “私だけの兵士” の……」


クロコダイルがこの名を与えたのは強烈な皮肉だろうとクレスは思った。
組織の男性幹部は社長であるクロコダイルが持つ、“0” の数字に近い程にその地位を約束されるらしい。
幹部の枠は “1” から “13” トランプの数字と同じだ。
ならばこの名前はどうだ? クロコダイルが名づけたなら皮肉としか取れない。


「……Mr・ジョーカー」


トランプにおいてジョーカーは全ての数字に変化出来る万能の切り札だ。
しかし、そんなジョーカーにも出来ない事がある。
ジョーカーは存在しない数字には化けられないのだ。


「いいじゃねぇか……その名前、謹んで拝命しようじゃないか」













あとがき

始まりましたね、第三部。今回からアラバスタ編となります。
あの壮大で偉大な話を私ごときが書くことに、ものすごい不安を感じています。

クレスのコードネームはMr・ジョーカーとしました。
自分で考えておいて恥ずかしいです。

これからもがんばっていきたいです。
よろしくお願いいたします。



[11290] 第一話 「再びのオカマ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:23
レインベース内にある高級ホテルの一室。
そこにロビンとクレスに与えられた執務室があった。


「う、うわぁ……」


クレスの目の前にあるのはうず高く積まれた書類だ。
量が多すぎて執務用の机だけに止まらず、積み木のように、床にも直接積み立てられている。
書類は登録社員の個人情報、設備関係、経理関係、等々……見れば様々な種類の書類がある。


「これを処理しろって、新手のいじめか何かじゃないのか?」


クレスは新しい書類の山に触れようとして止めた。
なんか、触れた瞬間に崩れそうだ。これを積み上げた人間には間違いなく才能がある。
建築関係の仕事をお勧めしたいぐらいだ。


「もう……こぼさないの」


ロビンが正確無比に書類を捌きながらクレスをたしなめる。
その光景は何と言うか常軌を逸していた。
高速で複数の資料を読み取り、理解し、考査し、判断し、分別する。
そしてそこから、能力によって生みだした腕に読み終わった資料を手渡しファイリング。
まとめられた資料はそれぞれの棚に整頓され納められる。その間もロビンは資料を捌き続けている。
この工程がよどみなく、個人レベルではありえない速度で行われていた。
気付けば、いつの間にか書類の山が一つ消えていた。
一応クレスも手伝っているのだが、全体を占める割合としては微々たるものだ。
かと言ってクレスが特段遅いと言う訳では無い。平均よりも早いくらいだ。
ロビンの処理速度が圧倒的に早すぎるのだ。

それでも、クレスの頭の中にはサボるという考えは無い。
実際に手を休めたとしても問題は無いのだが、作業は止めない。
意地のようなものだ。ロビンだけに仕事をさせて自分は何もしない訳にはいかない。


「……たっく、クロコダイルもこれくらい自分でやれや」


投げやりに手を動かしながら、クレスはロビンが結んだ協定相手に対して悪態をついた。



──────バロック・ワークス。


クロコダイルがクレスとロビンを傘下に加えた事によって本格的に立ちあげた秘密犯罪会社だ。
立ち上げから幾ばくかの時を経て、その組織は大きな輪郭を現した。
社員は千人を越え、現在も増え続けている。将来的には倍以上には成るだろう。
主な仕事は諜報、暗殺、盗み、賞金稼ぎ。最終目的は理想国家の建国で、手柄をたてた者は後に建国される理想国家で高い地位が与えられる。
徹底した秘密主義が採られており、社員達は社長の正体はもちろん仲間の素性も知らされておらず、互いをコードネームで呼び合う。
そして、社員には与えられた任務のみをこなす事が求められる。

とは言ったものの、管理者である人間は当然その全容を把握する必要がある。
故に、組織に関しての情報を書類を確認し整理しているという訳だ。


「それにしても……よくも、まぁ、ここまでの人材を集められたものだな」


クレスの手元には一枚の社員に関する個人情報。
資料に添付された写真にはその男の顔写真がある。
口元をストイックに結んだ丸刈りの男だ。
それを見て、ため息をつく。


「 “殺し屋” ダズ・ボーネス……コイツまで傘下に入ってんだもんな」


“殺し屋のダズ” 西の海出身の賞金稼ぎだ。
同じく西の海出身のクレスとロビンは彼に関する噂はよく聞いた。
この男が Mr・1 つまりは、エリート社員であるオフィサー・エージェントのナンバーワンだ。

そのほかにも、聞いた事のある名前の人間がちらほらといる。
その、人脈が如実にクロコダイルの力を物語っていた。

クレスはMr・1となった男の資料を放るように隅に置き、その他の資料と共にロビンがまとめた個人情報用のファイルに挟みこもうとした。


「うおっ……!!」


だが、そのファイルを掴み取ろうした瞬間クレスの視界が塞がれた。
ロビンの能力によって出現した腕による目隠しだ。
そして、腕から個人情報が納められたファイルが抜き取られる。すると同時に目隠しも解かれた。


「ごめんなさい。でも、クレスがそのファイルを開けるのはまだダメ」

「どう言う事だ? なんかオレが見てもまずいものでもあんのか?」


クレスの立場はロビンだけの部下だ。
結果的には組織には敵対せずに追従するが、クレスが従うのはクロコダイルではなくロビンのみとなっている。
そのため、クロコダイルから釘を刺されたのかもしれない。
しかし、それをロビンは否定する。


「いいえ、違うわ。そうね……今はダメと言ったとこかしら。
 もっとも、 “見てはいけない” じゃなくて “見ないでほしい” なんだけど」

「なんだそりゃ……クリスマスのサプライズプレゼントかなんかか?」

「ふふ……そうね、その考えは間違いじゃないわ」

「?」


楽しそうにロビンは笑う。
ロビンの考えは分からなかったが悪い事ではなさそうだった。
そして、引き出しから書状を取り出しロビンは言う。


「それではMr・ジョーカー、貴方に任務を与えます」


手元の作業を止め、ロビンはクレスを真っ直ぐに見た。
その姿はクレスが一瞬見とれるほど凛としていた。


「スパイダーズカフェにて指令状の手渡しをおこなって下さい」

「お安い御用だ。で、誰に渡すんだ?」


ロビンはゆっくりと間を取って、どこか懐かしむようにその名を呼んだ。


「Mr.2 ボン・クレー。会えばきっと分かるわ」













第一話 「再びのオカマ」













乾いた風が吹きすさぶ荒野にその店舗はあった。
町はずれにあるにも関わらず、薄汚れた様子は無く、むしろ清潔な印象を受ける。
たとえるなら、砂漠の中にあるオアシスとでもいうべきだろう。
スパイダーズカフェ────表向きのバロックワークスの本社だ。

そこの裏手に、一匹の巨大なワニが乗りつけるように停止した。
Fワニと呼ばれる、乗用の動物だ。凶悪な外見とは裏腹に性格は大人しく、陸上を高速で移動する。


「ワニは嫌いなんだけどな……」


そう言い、クレスはFワニの背中から飛び降りる。
グルル……と唸るFワニを宥め、スパイダーズカフェの入り口に向かう。
閉店を示す立て札がなされているが構わず、入り口のドアを開いた。

カランコロン……と鐘の音が鳴り来客を告げる。


「いらっしゃい……あら、珍しい、Mr.ジョーカー、お一人?」


誰もいない小奇麗な店内で店主が出迎えた。
黒ぶちのメガネをかけ、オシャレなバンダナを頭に被った女性だ。


「今日はオレだけだミス・ダブルフィンガー。
 ん……ああ、ここでは店主のポーラだったけか?」

「フフフフ……そうよ。飲み物はカフェオレだったかしら?」

「砂糖大量でな」


クレスはカウンター席に腰かける。
そして、ポーラがカフェオレをカップに注ぐのをぼんやりと見ていた。


「今日はどうしたの? ミス・オールサンデーと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩? 心外な。今日はあいつから任務を頼まれたの」


クレスはロビンから託された指令状をプラプラとポーラに気だるげに見せる。
ポーラは「あら、失礼」とクレスにカフェオレを差し出した。


「調子はどう?」

「まぁまぁかな……相変わらず、特に派手な事も無く、地味で平凡だな。
 と言っても、オレが実際に矢面に立つ場面なんてほとんど無いんだけどな」


クレスが実際に動く事は稀だった。
クレスの戦闘能力はバロックワークスという組織においても貴重だ。それゆえに使いどころは多い。
単独であっても大抵の任務はそつなくこなすだろう。
だからこそ、クレスはロビンの私兵になる事を望んだ。
そうすれば、クレスの主な仕事はロビンにのみ決定権が委ねられる。
それゆえに正式な任務に組み込みづらくなるのだ。


「そっちはどうだ?」

「お店はそこそこね。それなりに忙しくってよ」

「いや、そうじゃなくて本業の方だよ」

「フフフフ……」


ポーラの纏う雰囲気が変わる。
触れば傷だけでは済まない、鋭い棘のような印象を受けた。


「好調よ。少し、張り合いが足りないくらいね」


ミス・ダブルフィンガー。
“殺し屋” のパートナー。
当然、それに伴う実力の持ち主だ。


「そうか、それはなにより。まぁ、アンタらのペアに関しては心配するだけ無駄だな」

「これでも、時々大変なのよ?」

「何が?」

「Mr.1を宥めるのよ。
 彼ほっとくと、賞金首のターゲットまで殺しそうになるもの」


ポーラは、やれやれ……と肩をすくめるように両手を上げる。
当然、ターゲットを慮っている訳では無い。


「まぁ、ご愁傷様。オレなら絶対にMr.1とは組みたくないけどな」


そう言い、クレスは手元のカップを口元に運ぶ。
うん、甘い。流石はポーラ。この砂糖を飲んでいるような甘さが素晴らしい。


「……いつも思うんだけど、砂糖水飲めば?」

「バカな……!! コーヒーの苦さを糖分が圧倒的に征服する快感にも似たこの味が分からないのか!!?」

「ミス・オールサンデーもよく心配してるけど、……死ぬわよ、そのうち、たぶん口内から」

「歯磨きは得意分野だ!! 虫歯になった事は無い!!」

「ま、まぁ……個人の嗜好はそれぞれだから別にいいのだけれど」


ポーラの言葉を気にすること無く、クレスはカップを口元に運び続ける。
実においしそうに飲むクレスにポーラは引きつった笑みを浮かべていた。


「そう言えば、どういった内容の任務なの?」


気を取り直すようにポーラは言う。
クレスがここにやって来た理由だ。


「単なる指令書の受け渡しだよ」

「さっきの書類かしら? 
 なら、少し変ね。いつもならアンラッキーズを使ったりするのに。何か特別な書類?」

「いや、なんかオレが直接手渡す事に意味があるらしい」

「それ、誰に渡すの?」

「……Mr.2ボン・クレー」

「ああ、彼」

「ん? ……ああ、アンタは知ってるのか。
 ミス・オールサンデーからは『会えば分かる』って、どんな奴か聞いてないんだよ」

「知ってるも何も、……一度見たら忘れられそうに無いタイプの人間ね」

「どんな奴なんだ?」


ポーラは口元に指を持っていき、少し言葉を選ぶように、


「オカマね、大柄の」


と言った。


「は?」

「だから、オカマよ、大柄の。これ以上は見ればわかるわ」

「大柄のオカマって……」


クレスの頭に思い浮かぶのは、突き抜けてテンションの高い男だ。
しかし、さすがにそれは無いだろうと考えを打ち消した。


「心当たりでもあるの?」

「あ、ああ、昔の知り合いにな……でも、まさかそんな筈は無いだろう」


と言いつつも、疑いは晴れない。
そんなまさかと思いつつも、やはり疑いは晴れない。

だが、そんな強烈な個性を持つ人間がそういる筈がないのだ。
そして何よりも、この会合はロビンがセッティングした。
ならばその可能性は……



────アン♪ ドゥ♪ オラァ~~~♪ (会いの手)



その時、店内に流れていたBGMの音楽が変わった。
緩やかな安らぎを与える独奏曲から、どこか珍妙な歌に変化する。
軽快なテンポの無性にドスの聞いた男声だ。


「うっ……あ、あれ、この歌どこかで聞いたような」

「ど、どうやら待ち人の到着のようね」


クレスが頭を抱え、ポーラが少し引き気味に入り口を見た。



 所詮~~~ん この世は~~~男と~~女~♪ 
 しかし~~~オカマは~~~男で~~~女~~♪
 だから~~~最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 
 オカマウェ~~イ♪ あー最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 
 オォ~~~~~カマ~~~~ウェ~~~イ~~~~~~♪(ハモリ)



そして、勢いよく扉が開かれた。


「ごきげんようっ!!!」


扉から飛び出し、ポーズを決める大柄のオカマ。
確かに、一度見たら忘れられそうにないタイプの人間だ。
しかも、なんか強烈に見覚えがある。


「最近ドゥー? がっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
 久っさしぶりねいポーラ!! 二か月ぶりかしら!!? 元気してた!!?
 あちしはもちのロンロン絶っっっっ好調よん!!! 何故なら、それはもちろん………オカマだからようっ!!!
 相変わらず暑っいわねい!! コスが汗でとろけそう!! でも、やっぱりダンスのレッスンっ!! って重要よねいっ!!!
 とりあえず、タコパ頂戴!! タコパっ!!! タァーコォーパァー!!! あちしあれが無いとダメなのよう!!!
 この世に男と女があるように、酒と月夜があるように、あちしにはタコパが必要なのようっ!!!
 そう言えば、 ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!! 聞いてる!!? あちしがここに呼ばれた理由!!?
 指令書の受け渡しらしいのようって、ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!! 
 なんでも、Mr.ジョーカーっていうのが来てって──────ドウっっっっ!!!!!」


大柄のオカマは勢いよく店の壁を砕かんばかりに後ろに飛んだ。
そして、クレスの方を見て慄き、地震ように震えながら指さした。


「ク、ク、ク……!!!」


そして、壁にもたれた状態から、ぐわし!! とクレスに向かって猛烈に、猛烈に、猛烈に飛びかかる。


「クレスちゃ~~~~~~ん!!! お久しぶ……ぐごばっ!!」


クレスに抱きつこうとした瞬間、クレスが反射的に避け、ついでに足をかけた。
そんなつもりは毛頭も無かったのだが、生存本能的な何かが働いた。


「わ、悪い。思いっきり壁に突っ込んだな。というか突き抜けてるけど、大丈夫か?」

「てめェには血も涙もねェのかァ!!! ダチの抱擁を避けて足までかけるとはどういう了見じゃァ!!!」

「ま、まぁ、悪かったって。……お前でいいんだな?」

「そうようっ!! なによう、あちしの顔を忘れたっての!!?」

「そうか、お前か。……なるほど秘密にしたのはこういう事か」


まさかの偶然だった。
この男がMr.2ボンクレー。
性格から考えると、面白そうだから首を突っ込んだと言うとこだろうか?
確かにサプライズだ。ロビンが気を使ってくれたのだろう。
同じ組織に所属していたとしても組織形態の関係上、会う機会というのは少ない。
ぼんやりとそんな事をクレスは考え、友人に声をかけた。


「久しぶりだな。ベンサム」

「久しぶりねいっ!! クレスちゃん!! 会いたかっ……ぐぼえっ!!」

「すまん。つい、また避けてしまった」


跳ねあがり、クレスに噛みつくように叫ぶベンサム。
そしてそれを、ベンサムのテンションを受け流すように扱うクレス。

じゃれあうような二人に置いてきぼりのポーラが声をかけた。


「……Mr.ジョーカーの知り合いだったのね」

「そのようだよ。……悪いがさっきの名前は忘れてくれるか?」

「かまわなくてよ。こう言う組織ですもの、知っている必要も無いでしょうし」

「助かるよ」


ロビンがこの場所を選んだのも情報が漏れにくいからであろう。
ポーラのように知ってしまったとしても、“謎” がモットーのバロックワークス社内では必要以上に情報は広がらない。


「アン? もしかして、クレスちゃんがMr.ジョーカー?」

「ああ、そうなるな」

「なんてこと!! あちしびっくりようっ!! あれ? そう言えばロビ……ふがごっ!!」

(バカ野郎!! アイツの名前は出すな!!)


クレスは全力でベンサムの口を塞いだ。
いくら、社内が秘密主義だからと言って、隠しておくべきところは隠すものだ。
クレスの名前だけならまだ許容範囲だが、それにロビンの名前を加えれば一気に正体まで辿り着く可能性がある。


「分かった!! 分かったわよう!! だから、手を離しなさい!! あちしの顔がァ!!」


クレスの握力は指で壁に風穴をあけるほどである。
それが緊急のためにベンサムの口を全力で塞いでいるのだ。
塞ぐ人間より、塞がれた人間が必死になるのは当然である。


「殺す気かコラァ!! 文字通り口封じ寸前だったわようっ!!」

「わ、悪い……つい」

「……はぁ、分かーってるわようっ!! 今のはあちしも悪かったわ。相変わらず、あの子の事になると必死なのねい」


頬をさするベンサムにクレスはもう一度謝るとロビンについて語る。


「アイツは今、同じ組織にいるよ。というか、ミス・オールサンデーだ」

「……なるほどねい。
 ジョーカーちゃんとサンデーちゃんについての噂はあちしも聞いてるわ」

「今日の事は融通をきかせてくれたみたいだな。
 本来ならアンラッキーズ辺りを使うつもりだったんだろう」

「なるほどねい。
 あちし、この組織にはしばらくだけどあんた達とは会った事が無かったしねい。
 サンデーちゃんは元気? 相変わらず仲良くやってるみたいじゃない」

「ああ、アイツは元気だけどな……相変わらずってどういう事だ?」

「あら、知らないのう? あんた達の事は組織じゃ結構有名よう」

「そうなのか?」


クレスはいい加減に落ち着こうと、カウンター席に腰かける。
ベンサムもそれに倣った。そして、もう一度やかましくポーラにタコパフェを注文する。


「ほら、あんた達ボスを抜いたら一番偉いじゃない? 
 それにボスは顔すら見せないから実質的に組織を運営してるのはあんた達みたいなもんじゃないの」

「まぁ、正確にはミス・オールサンデーだけなんだけどな。で、具体的にはどんなんだ?」

「あちしのアンタに関する認識としては、サンデーちゃんの個人的な部下で強力なボディガードってとこかしら?
 あんた達が実際に動くのは稀だけど、あんた達かなり強いじゃない。それで社員の中でも有名なのねい。後あちしが聞いたことあるのは……」


クレスはカップを口元に運ぶ。


「サンデーちゃんになめた口を聞いた社員を半殺しにしたり、
 サンデーちゃんの極秘ファンクラブが一晩で血の海に沈んだり……」

「ぶぼっ!!」


クレスの口内からコーヒーが発射される。


「どこで聞いた!!?」

「わりと有名な話よう?」

「ま、まさかポーラも知ってたりするのか!!?」

「ええ、当然知っていてよ」


うっ……とクレスは表情を硬くする。
不埒な輩に制裁を加えた事が組織全体に広がっているとは知らなかった。
そう言えば心当たりがある。
社員に指示を出すロビンのそばに立っただけで、その社員が不自然に震えだしたりしていた。
あれにはそう言う理由があったのか。
まぁ、それによってロビンに変な虫がつかなくなるなら安いものなのかもしれない。

クレスをよそに、ベンサムもといMr.2ボン・クレーは頬づえをついて続けた。


「後は……ボスの座を狙ってるとかかしら?」

「ああ……」


その話についてはクレスもうすうすと感づいていた。
組織においてオフィサーエージェントに匹敵する圧倒的な強さを有するのに関わらず、組織には所属しない用心棒。
ボスの座────Mr.0の首を狙っている。そう言った噂が流れるのも当然だろう。


「その話に関してはデマだよ。オレはこの組織については敵対するつもりは無い」


クレスにとってはロビンがバロックワークスにい続ける限りそのつもりは無かった。
もっとも、確証は無いけどな……と心内で嘯く。
ロビンにとってはクロコダイルの野望などどうでもよく、自らの目的のために組織に所属しているだけだ。


「まぁ、あちしにしてみればドゥーでもいい事だけどねいっ!!!
 あ!! ジョーカーちゃん乾杯しましょう!! か・ん・ぱ・い!!!
 ポーラ!! タコパ早く!! 急いでお願いよーう!!」

「はい、お待たせ。……毎回思うけどこれおいしいの?」

「あったり前じゃないのよーうっ!! ジョーカーちゃんもそう思うでしょ!!?」

「ん? ああ。タコはともかくクリームは甘くておいしいよな」

「でしょ!! このタコとのアンバランスなあやふや感!! もう、たーまーんないっのよう!!」

「……あなた達間違いなく話噛み合って無くってよ」


クレスとボンクレーは互いにカフェオレとタコパフェの容器を掲げる。
杯で無いのが少々残念だった。
そして、ロビンがいないのがもっと残念だった。
しかし、再会を祝し声を上げる。


「「乾杯!!」」


この時ボンクレーが勢いよくぶつけ過ぎてパフェが飛び散ったのはご愛嬌である。







◆ ◆ ◆






「そろそろね……」


一人きりの執務室で資料の整理を終えたロビンが呟く。
目の前には一枚の書類。それをコーヒーで唇を濡らしながら眺める。


「目標の金額の確保は完了。購入ルートに流通ルートも問題なし」


仮面のような表情だった。
その瞳はガラス玉のようにただ無機質な輝きを放っている。
ロビンは執務室の窓の外を見る。
そこからは夕焼けに照らされる砂の王国が見えた。
赤い夕日は家路を急ぐ人々をやさしく、見守るように照らしている。
それを横目にロビンは窓を開け放った。


「日々の営みが過ぎ行き、やがて人はそれを過去と呼ぶ。それが重なり、紡がれ、歴史は彩られる」


カップを机に置く。
コーヒーはいつもより余計に苦く感じられた。


「時に起こる必然の改革も全ては人の織り成す営みより発生する。
 考古学者とは観測者。過去に目を向け耳を向け、全身全霊でその営みを探る者」


その時、開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んだ。
夕暮れ時に起こる独特の生ぬるい湿気を含んだ風。
……どうやら今夜辺りから雨でも降るのかもしれない。
風を背中に受けながらロビンは小さく呟いた。


「……私はいつから歴史を作れるほど偉くなったのかしら?」


風が一枚の書類を靡かせる。
バロックワークス……いや、クロコダイルの野望の第一歩を担う重要な案件が記されている。
それはとある品物の購入リストだ。


品物の名はダンスパウダー。
通称────雨を呼ぶ粉。
この王国に破滅をもたらす、悪魔の一品である。


「オハラの悪魔達。……悪いのは私だけなのにね」













あとがき
いつもより遅れてしまいましたね。申し訳ないです。
アラバスタ編、次回くらいから原作過去偏です。
気合を入れたいところです。次回も頑張ります。



[11290] 第二話 「歯車」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:29
────その日から、アラバスタ王国のあらゆる土地では一滴の雨さえ降らなくなった。


 降雨ゼロなど数千年にも及ぶアラバスタの歴史上においてもあり得なかった大事件。
 緑は消え、土地はやせ細り、人々は飢え、町は枯れ、そしてその全てを砂が飲み込んでいく。
 壊れていく平穏は人々を絶望で包み込む。

 だが、そんな中一ヶ所だけいつもよりも多くの雨が降る土地があった。
 首都アルバーナ。王の住む都。
 周りの町々が枯れていく中でも、唯一潤っていく王都を人々は “王の奇跡” と呼びたたえた。


 その事件が起こるまでは…………






「Mr.ジョーカーもう間もなく入港となります」

「ああ、見ればわかる」


 クレスはバロックワークスが所有する運送船の上にいた。隣にロビンはいない。クレス一人だ。
 前方には目的地であるアラバスタ王国の港町ナノハナが見える。


「いよいよか……」


 クレスは船の積み荷を一瞥し、複雑な心境のの中で、ただそう呟いた。
 積み荷が何かは当然知っている。そして自分が何をしようとしているかも当然分かっていた。
 その気になれば、この運送船など壊すのは雑作も無い。だが、そうはしない。


「ダンスパウダー……雨を呼び、奪いつくす魔法の粉ね」


 積み荷の名を呼ぶ。
 正直なところ気が進まなかった。許されるならこの粉を海に捨ててしまいたいくらいだ。
 しかし、心ではそう思っても、行動に移すつもりは無かった。
 そして、心とは裏腹に口先は滑らかに社員達に的確な指示を出す。


「各員準備を。これは我が社にとって重要な任務の一つだ。失敗は許されない。
 船は港に接岸後積み荷を降ろし直ちに出港。通行ルートの確認を怠るな。
 実行班は積み荷を予定通り町中まで運びぶちまけろ。出来るだけ人目につく場所が好ましい。
 そしてその後は積み荷と国王との関連性をほのめかし退却。後をつけられるな」


「つけられたらどうするんですかい?」


 実行班の社員が質問する。へらへらとした笑いを浮かべていた。
 大方、後をつけて来た人物の後始末を許可してほしいのだろう。
 クレスはその社員に視線を向けた。


「────オレが始末する。場合によれば、しくじった者にも相応の制裁を加える」


 簡潔な回答と共に投げかけられた、どこか冷たいクレスの視線。


「わ、わかりやした」


 それは質問を投げかけた社員を閉口させた。


「他に質問は無いな。なお、今回はオレが現場の監督となる。
 有事の際はオレが何とかする。お前たちは予定通りに任務にあたれ。
 お前達の活躍を我が社は決して忘れないだろう。尽力にに期待する」


 そして、船は港へと入った。
 アラバスタからの風にその帆を膨らませながら、偽りの混乱を運ぶ。






◆ ◆ ◆






────任務は予定通りおこなわれた。


 ロビンはクレスからの報告を電伝虫から聞く。
 回線越しの為か、どこか他人行儀で事務的な口調に聞こえた。


「御苦労さま。気をつけね」

「ああ、分かった。そっちも気をつけろ」


 ガチャリ、と通信が切れる。
 最後だけは優しさを感じさせる口調だった。


「聞いての通りよMr.0」

「クハハハハハハ……!! ああ、了解した」


 ロビンとクロコダイルはレインディナーズから少し離れた砂漠にいた。
 北から南への卓越風が断続的に吹いていた。そのため日が高いのにも関わらず妙に視界が悪い。


「これでこの国の人間は間違いなく反乱を起こすでしょうね」

「ああ、起こしてもらわなければ困る。そのためにわざわざお膳立てを続けて来たんだ。
 国王コブラは思った以上に国民に信頼されているようだが、今回の一件でそれも脆く崩れさる」

「儚いものね、この国の信頼も」

「信頼など、この世で一番くだらねェものだ。
 所詮、この国の人間の利害の一致の上に築かれたものでしかない」

 
 クロコダイルは口元に笑みを作る。凄みを帯びた凶悪な笑みだ。


「ところで、ミス・オールサンデーこの先に何があるか知っているか」


 クロコダイルの質問の意味は分からなかったが、ロビンは事務的に答えた。


「確かオアシスね。名前は “ユバ” だったかしら。この国のの重要な中継地点ね」

「その通り。枯れた村の人間達が国王に任され、せっせと開拓したオアシスだ」

「それが何か?」

「なに……」


 クロコダイルはワイングラスを傾けるように腕を前方に差し出した。


「このくだらねェ国の崩壊にちょっとしたプレゼントを用意しただけだ」


 瞬間、クロコダイルの手のひらから強烈な砂嵐が生まれた。
 その風圧に思わずロビンは顔を腕で覆う。
 クロコダイルの “スナスナの実” の能力だ。クロコダイルは砂に関する全ての自然現象を司る。


「この砂嵐は卓越風に乗り、成長しながら南に向かう。さぁ、この崩壊の序曲を祝おうじゃないか」


 クロコダイルは砂嵐を解き放つ。それは辺りの砂を巻き上げてみるみるうちにその威力を増した。


「クハハハハハハハハハハハハハハハ…………!!」


 吹きすさぶ砂嵐にクロコダイルの笑い声が木霊する。
 クロコダイルの目論見通り砂嵐はユバを襲い、甚大な被害をもたらすのであろう。
 多くの人を巻き込むであろうその非情な行為を前にしてロビンはただ無言でそれを眺めていた。












第二話 「歯車」














「どうなっている……!! 首謀者はいったい誰なのだ!!?」


 アラバスタ王国の護衛隊長のイガラムは自室で頭を抱えていた。


「……ダンスパウダーなどコブラ様が使われる筈が無い」


 事の発端はナノハナで起こった事件だ。
 国王への献上品だと言う積み荷を乗せた荷台が横転しその中身を町中に散乱させた。積み荷はダンスパウダーと呼ばれる禁忌の粉。
 この粉は空にある氷点下の雲の氷粒の成長を促し雨を降らせる。つまりは人工的に雨を降らせる事が出来るのだ。
 一件アラバスタにうってつけの品物にも思えるが、この品物には大きな落とし穴があった。
 ダンスパウダーは強制的に雲の成長を促すため、周りの地域から雨を奪うのだ。


「……なのに何故か王宮に大量のとダンスパウダーが運び込まれていた」


 王宮から大量のダンスパウダーが発見された。
 アラバスタは現在一滴すらの雨も降らない異常気象。にも関わらず王都のみに普段よりも多くの雨が降る。
 国王コブラ自身も悩ませたこの現象の正体は間違いなく、ダンスパウダーだ。
 ならば国民が疑いをどこに向けるかは明白である。王宮には次々に抗議や説明を求める声が届き、国王へ対する不信感も募る一方だ。
 今日はいつかの少年が立派に成長して、国を憂い説明を求めににやって来た。


「各地では既に反乱軍の暴動も起こっている。今はまだ小規模だが、いずれ抑えきれない程のうねりを生むだろう」


 先日も副官のチャカとぺルに命じ暴動の鎮静化を図った。
 出来れば話し合いで解決したかったが、もはやその段階を超えていた。
 ぎりっ……とイガラムは奥歯を噛みしめる。


「裏で誰かかが糸を引いているのは確実なのだ」


 ……だが、それが何者なのかは全く掴めない。
 断片的な情報はある。しかし、個々が完全に分離していて全てが後手に回ってる。恐ろしいほどの手際だった。
 イガラムが独自で築き上げた情報網を使ったものの成果は芳しく無い。
 巨大な組織が関与しているのは突き止めた。しかし、その組織の形態上それ以上はどう考えても踏み込む事は出来ない。
 
 

 イガラムが思考を巡らせていた時、ノックも無く扉が開かれた。
 そしてよく知る少女が入って来た。


「イガラム今のは本当なの……?」

「ビビ様……!!」


 焦り、声が裏返った。
 ネフェルタリ・ビビアラバスタ王国の王女。長年仕えて来た国王コブラの一人娘だ。


「私に詳しく教えなさい!!」

「な、何のことやら……? わ、わだ……ゴホッ、マ~マ~、私にはわかりません」


 イガラムはビビの性格はよく知っている。好奇心旺盛で幼いころからよく手を焼かされた。


「誤魔化さないで!! この国の敵は誰なの!!?」

「ビ、ビビ様!! 声が大きいです。しー、し―」


 まずいことになった。
 イガラムは動揺を何とか誤魔化そうとするも長年の付き合いになるこの少女には通じない。
 こうなれば自分が答えるまで梃子でも動かないだろう。
 

「イガラム!!」


 再び声を張り上げるビビ。その様子はとても真剣だ。


「………………」


 ならばいっそ……と、イガラムの中で一つの妙案が生まれた。
 己の失態はもはや隠しきれないだろう。誤魔化すことは無理だ。
 ならば、正直に話し、ビビの手だけに負える問題では無い事だと言うのを分からせた方がいい。
 

「……分かりました。お話します」


 イガラムはビビに対し己が掴んだ情報をかいつまみ話す。
 首謀者は分からない。敵は強大な地下組織。これ以上の捜索は国を危ぶむばかりだと。


 だが、イガラムの判断は長年付き合ってきた王女の行動力を見くびっていた事が大誤算だった。


「────だけど、しっぽは掴んだのよね……?」

 (しまった……!! しゃべり過ぎたか!!) 

 
 顔を上げれば不敵に微笑むビビがあった。
 説明は説得に転じる。だが、もはや王女を止める事は出来ない。
 例えここで説き伏せられたとしても、いずれ必ず行動に移す筈だ。
 もはやこれまでと、イガラムは腹をくくった。


「ならばビビ様……一つだけ質問をさせて下さい。
 ────死なない覚悟は……おありですか?」


 それは重く、残酷な質問だったのだろう。
 




 
◆ ◆ ◆






「組織運営は順調……。
 そう言えば新たにエージェントが加わったんだっけか?」


 専用の執務室でクレスは手もとの資料を読み終え、そう呟いた。
 ダンスパウダー事件以降、バロックワークスはアラバスタ王国の裏側で目まぐるしく活動した。
 資金集め、社員集め、破壊工作、潜入社員への演技指導。その全てが歯車のようにうまく噛み合い回って行く。
 バロックワークスの活動によりアラバスタは確実に崩壊への道を歩んでいた。


「最近起こった問題と言えばMr.7が “東の海” でやられたくらいか……」


 クレスは手もとの資料から一枚の書類を取りだした。
 そこには一人の男の写真が添付されていた。魔獣ような鋭い眼光の男だ。


「<海賊狩りのゾロ> ……。
 コイツのスカウトは失敗だな。どう考えても人に従う人間には思えない。
 対応は保留か……まぁ、妥当だな。 “東の海” じゃ地理的にも遠いし問題無いだろう」


 資料を机へと投り椅子にもたれかかる。結構な値段のする椅子はクレスを軋む事無く受け止めた。
 そして、なんとなく執務用の机で作業をするロビンを眺めていた。
 普段と変わらないように見えるが、クレスはどこか違和感を感じていた。
 ダンスパウダーの事件以降、ロビンはどこか冷たい印象を受ける。


 (まぁ、無理も無いか……)


 過去に地下組織に所属した時も同じ事があった。罪悪感で少しまいっているのかもしれない。
 慣れたつもりはないが、数々の犯罪行為をおこなってきた。しかし、それは生きるために必要な事でもあったのだ。
 しかし、今回は違う。今回は自分で目的を持って動いている。自分のために罪を犯している。
 気にするなというのも難しい話だ。
 


「Mr.ジョーカー、任務に行くからついて来て」


 ロビンからの要請。やはり少し声が硬い。
 だが、クレスはいつものように返事を返す。そしてロビンの後を追った。
 

「……ロビン」


 クレスはロビンが入り口のドアノブにてをかけた時、後ろから肩を叩いた。


「なに?」


 ロビンが振り向く。
 するとそこには伸ばされた人差し指。やわらかいロビンの頬をつついた。


「顔が硬いぞ、せっかくの美人が台無しだ」


 普段は言わないようなキザなセリフが出た。
 言っといて自分で恥ずかしくなったが、とりあえず我慢する。
 
 ロビンは少しの間唖然としていたが、表情を緩め微笑んだ。


「………ふふっ」

「……笑うなよ」


 苦笑し、クレスは指を離した。やはり、恥ずかしい。
 ロビンはいつものような優しい表情で、


「ありがとう。気をつけるわ」

「どういたしまして」


 だが、この表情が一時的なものである事が残念だった。





 
 任務のついでに、通り道の町を視察した。

 緑の町と呼ばれたエルマルはその土地のほとんどを砂で覆われていた。
 その渇ききった、枯れた町からはかつての様子を垣間見る事は出来ない。
 最近、最後の町人が避難し無人となっていた。


「……破壊工作は成功ね」

「そうだな。やはり運河を壊したのが効いたな」


 一通り町中を見て回る。
 やはり、完膚なきまでに枯れている。
 これ以上の散策は無意味だ。

 ロビンは事務的に町を見つめていた。
 クレスにはその心境は分からない。
 
 クレスはロビンを促し、町からの退却を勧める。
 ロビンは無言でうなずいた。


 そして二人はバロックワークスのオフィサーエージェント専用の送迎用カメ “バンチ” に乗り次の目的地を目指す。
 今回はやや長期の任務となる。海を渡り、直接社員達に指令を出すらしい。
 
 クレスは無機質な表情で前方を向いたロビンを見る。
 どうしたものか……と内心でため息をついた。













あとがき
今回は中継ぎのような話ですね。短めかもしれません。
名前だけですが多くのキャラが登場しました。
予定では、後一話くらいで原作に突入します。
次回はデートです。






[11290] 第三話 「あいまいな境界線」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:46
 ゆらり、ゆらり、と波に揺られる。
 雲の流れは緩やかだ、もちろん風も緩やかでこの分だと時化る心配は当分無い。
 海は青々しく壮大でどこまでも広がる。浮かぶもの全てがちっぽけに思えるほどに。
 如何なる大きさの船も、強大な海王類も、巨大な海獣も、一匹もカメさえも……。






「旅行に行こう」


 バンチという、バロックワークスのオフィサーエージェント専用の送迎用カメの上でクレスは唐突に口を開いた。
 話しかけた相手は波に揺られながら本を読んでいた幼なじみだ。


「……どうしたの?」


 僅かの沈黙の後に、クレスの隣に座っていたロビンが答えた。
 余りに唐突過ぎて反応に困っていた。


「いや、そういえばオレ達、社員旅行に行ってなかっただろ?」

「たしかにそうだけど、どうしたのいきなり?」


 バロックワークスには社員旅行の制度があった。
 慰安が目的で、年に一度社員に対し催される。
 ちなみに秘密結社なので旅行券は個別に配られる。


「ほら、今回の任務は思ったよりも時間空いただろ? 
 早く帰ってもどうせ良い事なんて無いし、どうせならどこかの島でバカンスでも楽しもうと思ってさ」

「たしかに今回は予定よりもだいぶ早く終わったけど、どこかで遊ぶような資金なんて無いわよ?」


 ロビンの言う通りだ、任務に必要な経費としては必要最低限しか手元に無い。
 アラバスタへと帰れば別であるが、現在あるクレスとロビンの資金を加えたとしてもそう贅沢出来る訳では無い。


「あ、そこは全然大丈夫だぞ」


 クレスは腰元に下げた、使い古しのサイドバックに手を伸ばした。


「……え?」


 ロビンが驚くのは無理も無い。
 クレスが取り出したのは二枚の旅行券だ。


「いや、前々からこんな感じで時間が余った時のために用意しといたんだよ」


 ふっふっふ……とクレスはしたり顔で笑う。
 

「いったいどこから……? 来月のお小遣いはまだの筈よ?」

「いや、待って。何度も言うけど流石にもう小遣い制は止めてくれ」
 

 クレスの小遣いは一ヶ月、五万ベリーである。サラリーマン並だ。


「クレスが貯金をする筈が無いし……まさか組織のお金に手を出してないわよね?」

「……オレもそこまでは堕ちてないぞ」


 クレスはがっくりと肩を落とす。

 クレスはあまり貯金と言うものをしない。
 散財好きと言う訳でもないが、あれもこれもと欲しいもの (甘いもの) を買っているうちに無くなってしまうのだ。
 あまり渡すと甘いものを食べすぎるので、小遣いの金額設定はロビンが決めている。


「カジノで増やして買ったんだよ。暇な時間にコツコツとな。……こういうのははあんまり好きじゃ無いんだけどな」


 クレスがそう言いと、ロビンが小さくため息をついた。

 クレスは余り賭博で資金を稼ぐのを良しとしている訳ではない。カジノに行く時は単純に遊びとして割り切っている。
 だが、今回は至急に手元にまとまった金額が欲しかった。

 
「それで、どこに行くつもりなの?」


 クレスの示す行き先に期待してか、ロビンが表情をほころばせる。
 任務中には見せないやさしい笑顔だ。


「行ってからのお楽しみだ」


 クレスはもったいぶるようにそう言った。













第三話 「あいまいな境界線」














 羽のような粉雪が降っていた。
 地面を白く染める雪はサラサラとして、風が吹く度に軽やかに舞いあがった。
 望む風景はそのすべてが見事な雪化粧が施されている。

 クレスがカメの舵(?)を取りロビンを導いたのは、観光地となっている冬島だ。
 

「……雪を見るのは久しぶりね」

 
 グランドラインは極端に天候が変わることもあるため、常備していたコートに身を包み、かじかむ指を温めるようにロビンが息を吐いた。
 吐いた息は白く、ゆっくりと澄んだ空気に溶けていく。


「まぁ、最近はほとんどアラバスタだったからな」


 砂漠にも雪が降ることもある。
 地域によって差はあるが、日中や夏季は日差しが照りつけ厳しい暑さが続くが、その一方夜中は冷え込み冬季になると極端に寒くなる。
 その時に、空中に雲ができ、雨をもたらせば、それは雪となって降り注ぐ。

 しかし、アラバスタでその現象を見る事は無かった。
 もともとが、常夏の夏島だと言うこともあるが、それ以上に、雨を奪われた大地に雪が降る奇跡を望むことは出来ない。


「……綺麗」

「……そうだな」


 細かい氷の結晶が空気中でキラキラと光りを受け輝いていた。
 ダイヤモンドダストと言われる冬島独特の現象だ。
 その光が、島にやって来た二人を歓迎するように煌めいた。


 雪がうっすらと積もる道を歩く。
 歩くうちに雪かきをする人々とすれ違う。
 両脇には雪かき用の溝。人々の必死な様子からすると、どうやら定期的に雪かきをしないと道が埋もれてしまうようだ。
 前方には橋が見え、その下を雪が溶けだしたような乳白色の川流れていた。
 川は極寒の地の中凍ることなく悠々と流れる。それどころか川は寒さを寄せつけようともしなかった。


「川から湯気? もしかして温泉?」

「ああ、その通り。ここは温泉地として有名な島らしい」


 クレスの言う通り、この冬島は温泉を観光の肝としていた。


「でも不思議ね。こんなロケーションならもっと人がいてもいいと思うのに……」


 それはロビンの疑問。
 世界中を回って来たロビンから見ても、この島の情景は素晴らしい。
 観光地として十分にやっていけるだろう。しかし、周りにいる人間は余りいない。
 通りすぎるのは、ほとんどが島の人間だ。
 これならもっと観光客がいてもおかしくは無い。
 

「ああ、その理由ならたぶん近くに大規模なテーマパークを有した島があるからだろうな」

「……なるほど。その陰に隠れちゃったのね」

「まぁ、この島にとっては不幸なことかもしれないが、オレ達にとっては幸運だったな」

「そうね」


 おかげでこの地は知る人ぞ知る、絶好の穴場となっていた。






 しばらく風景を楽しみながら歩き、やがて目的地の旅館に辿り着く。
 旅館は簡素であったが、どこか趣を感じさせる温かみがあるものだった。
 成金のゴテゴテした豪奢な建物を嫌うクレスらしい選択だった。

 門をくぐれば、旅館の女将が出迎えた。
 初老にもかかわらずは張りのある肌をした恰幅のいい女性だった。
 女将は気持ちのいい笑顔を浮かべて二人を部屋へと案内した。

 
「お部屋はこちらです。
 それにしても今日この部屋をお取りになったとはお目が高いですね」

「ん? どう言うことだ?」

「あら、ご存じないのですか。
 ならこれは秘密にした方がよろしいかもしれませんね」 

 
 二人の案内された部屋は、畳の敷かれた和風の部屋だった。
 統一された木製の家具はどこか安らぎを与える。
 部屋には大きな窓があり、外の風景が一望出来る。
 そこから見えるのは雪化粧が為された庭園だ。それはとても美しい。


「なるほど、こう言うことか」

「……綺麗なお庭ね」

「はい、今夜はここからの景色が一番かもしれません」


 クレスとロビンの二人は部屋で一息ついた後、女将の進めで温泉に入ることにした。


「じゃあ、また後で」

「ああ」


 当然、男湯と女湯で分かれているのでクレスとロビンは別々の入り口へと入った。
 脱衣所は閑散としていて、余り人はいない。
 服を脱ぎ荷物をロッカーに入れる。そして、腰にタオルを巻いてクレスは中に入った。
 

「……でけぇ」


 クレスの言葉が全てを現していた。
 それは湖のような巨大な温泉だった。
 温泉は緩やかな円形を描いており直径はだいたい五十メートルくらいある。
 湯気で隠れ、温泉の端が見えない。
 また、露天風呂になっているため、雪が降っているのが見えた。

 クレスは感嘆する。
 だが、同時にしまったと顔を歪めた。


「不味いな……ここまで広いとは思わなかった」


 クレスが思ったのはロビンの事だ。
 ロビンは悪魔の実の能力者だ。当然弱点として海に嫌われカナヅチとなってしまっている。
 通常の風呂くらいなら大丈夫なのだが、この広すぎる温泉は話が別だ。
 だが、手短かに済まそうと思って風呂に入った時、心配は安心に変わった。
 風呂は思ったよりも安全に配慮し設計されていて、子供でも溺れるなんてことは無さそうだった。


「……よかった」


 もしかしたら、ロビンが窮屈な思いをしているかもしれないと考えていたので、その心配が無くなりほっとする。
 心配事が無くなりクレスは安心して温泉を楽しむことが出来た。






「どうだった温泉?」


 先に上がり、旅館の浴衣に身を包んだクレスは後からやって来たロビンに声をかけた。
 
 クレスと同じく浴衣に身を包んだロビンの身体は温泉で温まった後でほんのりと上気している。
 時間からしてもゆっくりと温泉を楽しんだようだ。


「ゆっくりと温まったわ」

「そうか、よかった。
 これからなんだけどな、遊戯室があるらしいから行かないか?」

「いいわよ」

「よし、じゃあ、決まりだ」


 ビリヤード、卓球、ダーツ、各種ボードゲーム。
 遊戯施設は思ったよりも充実していて、クレスとロビンは時間を忘れ楽しんだ。
 勝負の結果に一喜一憂し、夢中になりながら楽しんでいると、気がつけばいつの間にか夕食の時間となっていた。
 二人はほんのりとかいた汗を再び温泉で流し、夕食は部屋に運ばれてくる為、自室へと戻った。
 
 夕食は海の幸を惜しげも無く使った豪華なもので、丁寧に味付けされていてとてもおいしかった。
 満足のまま夕食が終わり、しばらくした時に女将がやって来てクレスとロビンに向けて言った。


「温泉の方にはもう行かれましたか?」

「ああ、広くて驚いたけどなかなかよかったよ」

「ありがとうございます。
 大浴場の方に行かれたのでしたら、別の湯船などいかがでしょうか?」

「別とはどういうことかしら?」

「湯船の貸し切りサービスでございます。
 ご予約いただければ、無料で個室に案内させていただいております。
 夕食後は大浴場は家族連れで混み会いますので、こちらになさればゆっくりと出来るかと」

「へぇ、なかなかいいな。ロビンはどうだ?」

「いいんじゃないかしら?」

「では、決まりですね。案内いたします」


 女将が立ちあがり、クレスとロビンがそれに倣う。
 旅館の中を女将に先導され歩く。
 大浴場から、少しした所にその浴場はあった。


「女性の方はこちらの入り口となります。男性はあちらです」


 ロビンを先に女将は入り口に案内する。
 そして、ロビンが入り口に入るのを確認してから、女将はクレスに対して人懐っこい笑みを浮かべた。
 商売用では無い、本当の笑顔だ。その笑顔はどこにでもいそうなおばちゃんだった。


「ほんとはね、ここは有料の予約制なんだよ」

「は? ならどうして無料って言ってくれたんだ?」


 疑問をぶつけるクレス。
 女将はそれに、笑いながら答えた。
 

「サービスだよ!! サービス!! 今日と言う日の景気付けだよ!!
 ここの浴場作ったはいいんだけど最近じゃほとんど予約が入んないんだよ。
 心配しなくても、ちゃんと掃除はしてるよ。ただ、誰も使わないんじゃもったいないからね!!」


 女将はクレスに近付くと、無遠慮にばしばしと肩を叩いた。


「がんばんな!! あたしはアンタの味方だよ。
 全く、あんな綺麗な子連れてるなんて隅に置けないね!! このこのっ!!」


 そう言って、女将は親指を立てて 「グットラック」 と言い残し、カッコよく去って行った。
 クレスはその後ろ姿を呆気にとられてまま見送るしかなかった。


「がんばるって……何を?」


 クレスはその意味を直ぐに知ることとなる。



 予約制有料の筈の個室の脱衣場で、クレスはいつものように服を脱ぎ腰にタオルを巻いた。
 そこで温泉は個室だということを思いだしたが、まぁいいかとタオルを巻いたまま中へと入った。

 脱衣所の先は広々とした空間だった。
 個室と言うからには、一般的な風呂のようなものを予想していたのだが、目の前にあるものは違っていた。
 この個室はどこか気品あふれる作りとなってる。細部まで凝られた作りは、どこぞの名家の浴槽だと言われても何も疑問に抱かないだろう。
 共通点を上げるとしたならば、浴槽が大きい事と露天風呂だということだろう。
 たしかに、大浴場に比べれば小さいのかもしれない。しかしそれを感じさせない程広い。
 大浴場を小さな湖としたなら、こちらはプールと言ったところだ。
 おそらくはこの地にもともとあったものを利用したのだろう。
 お湯は天然温泉なので無尽蔵に湧いて来るが、どう考えても個人サイズでは無い。


「えらく奮発してくれたな、女将さん」


 今日はもうすでに二度も風呂に入っているので、かけ湯をおこないそのまま、乳白色の湯船につかった。
 腰に巻いたタオルはマナー違反なので頭にのせた。
 身体がじわじわと指先まで温まっていく。やはり温泉は良いものだ。
 露天風呂なので見上げれば空が見える。雪は止み、綺麗な満月が見えた。


「……見透かされてたかな」

 
 ぽつりと呟き、クレスは今日一日笑顔を絶やさなかったロビンを思った。
 
 クレスがロビンを強引に旅に誘った理由は、ロビンを気にしてであった。
 ロビンはバロックワークスの副社長として今までに無い規模で、その両手を悪事で染めて来た。
 今まではいい。生きるために仕方がないと割り切ることも出来た。
 しかし、今回は違う。今回は自らの目的を持って、その両手を悪事で染めている。
 実際、ロビンは目の前で苦しむ人々を見て来たのだ。
 アラバスタという国を確かな意志を持って毒のように蝕んでいく片棒を担いでいる。
 その事で心を痛めながらも、日々の任務を冷徹にこなしていく。
 長年一緒に過ごしてきたクレスとしては、ロビンのそんな表情を見るのはとても辛いことだった。
 だから、多少強引でも何かガス抜きをさせようと考えた。


「……せめて、今だけでも楽しんでいてくれていたら嬉しいんだけどな」


 クレスは少し沈んだ気持ちを打ち消すように、顔に温かい湯をかけた。



 その時、
 ガラガラ……という風呂の入り口の開く音が聞こえた。
 
 疑問に思うクレス。
 どういうことだ……?
 ここは個室の筈だ。他に人が入ってくる訳が無い。
 それとも、女将さんの勘違いだろうか? いや、それは無い。
 ということは誰かが間違えてやってきたのかもしれない。入り口には予約制との看板があったが目に入らなかったのかもしれない。

 クレスは入って来た人物に目を向けた。しかし、立ち上る湯気に阻まれよく見えない。
 まぁいいか……とクレスは興味を無くした。
 一人でこの湯船を独り占めできる筈だったが、これだけ広い湯船だ、もう一人増えたくらいどうってことない。
 クレスはぼんやりと湯船の端にもたれる。

 すると今度は、かけ湯の音が聞こえた。
 お湯の流れる音はゆっくりで繊細な印象を受けた。

 次に、チャプリ……と湯につかる音が響く。音は滑らかでお湯の抵抗をほとんど感じさせない。
 そして、ゆっくりと温泉の中を進み、クレスの近くへと近づいてくる。

 
(……これは一言くらい言っといた方がいいかな?)


 一応は貸し切りと言われた湯船だ。
 独り占めするみたいで悪いが、もしかしたら相手も間違えて入って来ている可能性もある。
 クレスは立ちあがると、頭にのせたタオルを腰元に巻き直し、水音の方へと近づいた。これが彼の明暗を分けた。
 
 クレスが水音をたてる。すると相手の水音が止んだ。無人だと思っていたが人がいて驚いたのかもしれない。
 しかし、水音が止んだのは一瞬で、相手もこちらへと近づいて来た。 
 相変わらず、外気に触れた温泉が湯気を立ち昇らせているので視界が悪い。

 互いの距離が近づく。すると水蒸気の中に影のようなシルエットが浮かび上がった。
 その姿は一歩一歩近づくごとにゆっくりとその細部が見えて来た。
 身体のラインはスラリとして、手足も細く長い。
 しなやかでありながらも全体的に柔らかな丸みを帯びた体つきはまるで、よく知る女性のようだった。


 この時、クレスに猛烈な悪寒にも似た何かが駆け巡った。
 そんな筈は無い。
 ここは個人用でその上男湯の筈だから、そんな筈は無い。
 目の前のシルエットがだんだんと薄れていく。
 
 その時、クレスは見た。
 
 申し分程度にを片手でもったタオルで隠された、女性の象徴である膨らみを。


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや…………!!
 

 クレスは全力で目の前の光景を否定する。
 幻覚だ!! 幻覚!!
 落ち着け、今のは見間違いだ。おそらく疲れているのだ。
 今年でオレも28だ。そろそろ、無茶も出来なくなったのかもしれない。


 しかし、クレスの狼狽は露天風呂に吹き込んだ一陣の風が吹き飛ばした。
 靄のような湯気が消える。 

 そして……


「……えっ?」

「なっ!!?」 


 クレスは邂逅する。

 まず目に飛び込んだのは、湯船につかるために頭の上で一つにまとめられた湯気によって湿り気を帯びた黒髪だ。
 いつもは髪を降ろしているために見えないうなじがほんのりと上気した肌とあいまって余計に艶めかしい。
 その磁器のようなきめ細やかな肌も、どこか熱を帯びていて熟れたリンゴのようだった。
 前だけを申し分程度に隠したタオルは濡れて半透明になり、しっとりと上気した肌に張り付き余計にその色気を増長させる。
 たわわに実った二つの果実は細い腕によって押しつぶされ、柔らかくその形を歪めていた。
 また、濡れタオル越しからでもわかる、鳩尾から下腹部へと続くラインは絶妙に美しい。
 そして、半身になるような姿勢なので、無防備な後方が僅かに見える。
 肩甲骨に背中のラインは大人の色気を感じさせ、白桃のような臀部はほんのりとピンクに染まっている。
 あれはたしか互いに13の時だったか、うっかりと覗いてしまった時に見た、発達途中では無い。完璧ともいえる女性らしい体つきだ。
 歴史に名を残す彫刻家が人生を賭して作り上げた彫刻ような犯しがたい神聖さと共に、どうしようもない扇情的な質感が伴った、奇跡のような姿だった。


「ク、クレス………っ!!?」


 クレスが久しぶりに聞いた、かわいらしい焦るような声だった。
 もし、彼女にもう少し余裕があれば違った反応を示したのかもしれない。
 しかし、いきなり何の準備も無くこのような目にあってしまった為にうまく対応出来ない。
 たじろき、相手の全身が震えた。その瞬間、確かな肉感を伴ったその奇跡のような身体が豊かな胸元を中心としてふるえる。
 

「うっ……!!」


 クレスは鼻を押さえた。鼻血が出そうだった。
 目の前の女性は全身を隠すように、乳白色の湯船に身体を沈めた。
 クレスも弾かれたように後ろを向き湯船に身体を沈めた。

 そう、それはよく知る女性だ。
 幼いころからずっと一緒に生きて来た、幼なじみのロビンだった。






 互いに背を向け数分の時が過ぎた。
 クレスはまだ顔が熱いのを自覚していた。鼻血は何とか食い止めた。
 そしてようやく、全ての鍵を握る女将の言葉の意味を悟った。
 女将バカヤロー!! 心の中で罵っても当然意味は無い。

 ロビンの方も動いた様子は無い。ずっと、隠れるように動かない。
 暫く続いた沈黙はロビンによって破られた。


「クレス……そっちいい?」


 ロビンが落ち着きを取り戻した声で言った。
 

「あ、ああ……かまわないぞ」


 クレスは未だ動揺したままだったが、落ち着きを取り戻そうと全力を尽くした。
 ロビンは先ほどとは違い、しっかりと身体を隠すようにタオルを巻いて、乳白色の湯船につかりながらクレスの隣に移動した。
 タオルを湯船につけるのはマナー違反だが、今だけはどう考えても例外だ。


「………………」


 そして無言のまま、クレスの隣に座った。
 その距離は手が触れ合う程近く、肩が触れない程遠い。


「……今回は攻撃しないんだな」


 いくばくか平常心を取り戻したクレスがなんとなく気まずい雰囲気を和ませるように言った。


「もう、そんな事しないわ。子供じゃないんだから……」

「たしかに、子供じゃ無かったな……」

「何か言ったかしら?」

「何でもありません!!」


 ロビンはため息をつく。
 その時に一緒に出た白い息は澄んだ夜空に消えていく。
 そして、ロビンは僅かな沈黙の後に言葉に為した。
 

「……ありがとう」


 儚い響きのそれは、クレスに届き直ぐに消えた。


「……何の事だ?」


 とぼけるようにクレスは言う。


「……今日の事よ。とても楽しかった。ありがとう」

「別に気にする事じゃない。でも、お前が楽しんでいたならそれでいい」

「……うん」


 湯船の水面が僅かに揺らいだ。
 ロビンが膝を抱くように座りなおしたのだ。
 その様子は昔に見た海岸で寂しそうに泣いていた姿に被った。
 クレスは思わず声に出していた。


「別にさ……お前だけが悪い訳じゃないから」

「えっ?」

「今回の……アラバスタの件はお前だけが悪い訳じゃないから」

「そんな事無い……あの土地の人々を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めたのは私よ」


 俯き、ロビンは言う。間接的に自分は何人もの命をその手で奪って来た。
 クレスの慰めは嬉しい。でも、そんなの何の意味も無い。
 現に今でも、アラバスタの人間を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めているのだ。


「ああ、それは正しい。……それがお前の “罪” なんだろう」

「だったらっ!!」


 叫ぶロビン。しかし、その叫びはクレスの目を見た瞬間に消えた。
 クレスの瞳はやさしい光を灯している。
 しかし、それでいてどこか悲しそうな、今にでも泣きだしそうな瞳だった。


「でも、オレにも “罪” はある。
 オレの罪はさ、ロビン……選択をお前の意志に委ねた事だよ。
 おそらくオレが止めろって言ったらお前はクロコダイルに接触しようなんて思わなかった筈だ。考えはしても、それを打ち消して止めた筈だ」


 事実その通りだっただろう。
 クレスが止めろと言えば事実ロビンは接触は止めた。
 

「オレはさ……甘い人間なんだよ。
 だから、誰にでもやさしく出来る訳じゃないし、当然やさしくする相手には順位をつける。
 どちらかを選べって言われたら、順位が下のものだったら、迷った上で結局オレは捨てると思う。今までそうして生きて来た」

「…………………」

「そしてオレは今もお前に止めろとは言わない。
 それはアラバスタの人間全員よりもお前の順位が上だからだ。
 お前と、お前の描いた夢が上だからだ。お前が望むならオレは構わない。
 こんな歪んだ人間なんだよ。だから、───────オレとお前は同罪だ」


 クレスは自嘲するように笑った。
 その瞳は夜のように深い黒だ。見る者によってはどうしようもない不気味さを感じるだろう。
 しかし、ロビンにはやさしい色に見えた。

 クレスが言いたいことは分かる。
 自分達は同じような “罪” を共有しているのだ。
 だから、一人で悩むのは違う。そう言っている。隣には自分がいると。
 ………だからこれは甘えだ。


「私達の “罪” はどうしたら償えるのかしら」


 この言葉はまだ心のどこかでクレスに依存している証拠だろう。
 罪の償い方、その方法。答えの無い答えを与えてほしい。


「すまん……分からん」


 だが、クレスは手厳しい。


「……そうよね」


 だけど、クレスはやさしい。
 投げかけた質問には力の及ぶ範囲で全力でこたえる。


「罪ってさ、 “償う” もんじゃなくてさ “背負う” もんだと思うんだ」

「………背負う?」

「ああ、一生消える事の無いその重さを背負い続ける事。そしてその重さに応じて苦しみを味うものだと思う。
 感じる重さは人それぞれでさ、同じ重さでも重たく感じる奴もいれば軽く感じる奴もいるんじゃないのかな?」

「それならクレスの “罪” は重い?」

「さぁ、もしかしたらロビンよりも重いかもしれないし、軽いかもしれない」

「……そう」

 
 呟く、ロビンにクレスが問いかけた。
 意趣返しの少し意地悪な質問だった。


「じゃあ、ロビンの “罪” は重いか?」

「……もしかしたらクレスよりも重いかもしれないし、軽いかもしれないわね」

「……そっか」


 そして、再び沈黙が訪れた。
 昼間雪模様だった天気はすっかりと回復し、雲は少なくなっていた。
 カーテンのような雲が無くなり、月は澄んだ空気の中で微笑むような光を放っていた。
 その時、水面が再び動いた。
 クレスがやさしく、包み込むようにロビンの手に自分の手を重ねたのだ。


「じゃあさ、その重さを支えあわないか? 今までみたいに。……もしかしたら軽くなるかもしれないぞ?」


 ロビンの鼓動が高鳴った。
 もしかしたら、この言葉を欲していたのかもしれない。


「……クレスとなら……喜んで」


 そして二人は、肩が触れ合うほど近づいた。
 





 胸に安らぎが満ち溢れたこの時、ロビンはふと思った。
 自分達の関係とは何だろうかと。

 ロビンにとってのクレスとは、仲の良い家族であり、頼れる兄であり、手のかかる弟であり、大切な幼なじみだ。
 ……しかし、それだけでしか無い。
 他人が見れば自分達は “そういうもの” として見えるのだろう。
 しかし、実際は違うのだ。
 自分達はただの幼なじみ同士。それで十分だった。今までと同じ、何も変わらない。
 クレスと共に過ごした時間はロビンが生きてきた時間だと言っても良いだろう。
 この関係は変わらない。変えられない。


 だが、それでいいのか? 


 このことは今までも何度か考えたこともある。
 しかし、その度に何度もその考えを打ち消してきた。
 ロビンとクレス関係。クレスとロビンの距離。
 どこまでも近い筈なのに、薄氷一枚で触れ合えない絶対的な距離。


 二人の距離は肩が触れ合うほど近く、唇までは遠かった。
 













◆ ◆ ◆











 暫く並んで温泉につかっていたが、長湯で身体を壊さないように湯船から上がることにした。
 互いに後ろを向き立ちあがる。
 クレスは脱衣所へと向かう途中で、身体を洗っていないのを思い出した。
 ロビンがいる状況なので、まぁしょうがないと脱衣所に向かった。昼間も洗ったし大丈夫だろう。
 

「クレス……背中流してほしい?」


 なので、この言葉にはどうしようもなく動揺した。


「あ、あああ、あほォ!!」

「そう、……残念ね」


 本気なのかからかいなのか分からないロビンの言葉。
 平常心に戻った筈の心は一瞬で動揺する。
 一瞬想像してしまった。想像して気付いた。どう考えてもヤバい。
 倫理的だとか感情的だとか言う難しい事を彼方までブッ飛ばして、理性が果てる。
 だから、クレスは逃げるように脱衣所へと跳び込んだ。
 このままでは自分を保つ自信が無かった。

 速攻で服 (といっても浴衣だが) を身にまとい。
 大浴場の番台まで走り込み、冷たいコーヒー牛乳を大量に買い込んだ。
 その時、通りかかった女将に無性ににこやかにほほ笑まれたが、見て無いことにした。

 そしてまた全力で走り抜け個別温泉の近くのベンチに座りこみ、冷水をぶっかけるように体の内側からコーヒー牛乳で冷やしていった。
 

「これは……ヤバいだろ」


 熱い頬を自覚する。冷たいコーヒー牛乳の瓶で冷やしてみるが、なかなか治らなかった。





 クレスの周りに何本も空ビンが転がったところでロビンがやって来た。
 火照った肌が無性に色っぽかったが、クレスは極めて平静を装い、ロビンにコーヒー牛乳を差し出した。
 ロビンは湿った髪をかき上げ頬笑み、それを受け取った。
 いつものように会話を交わし、自室へと戻る。
 そうしているうちに気持ちもだんだんと落ち着いて来た。
 さっきまでの感情は気の迷いか何かだ。ロビンの事は好きだ。しかし、それは家族としてであって、決して “そういう” 関係では無い筈だ。
 そうだ。ロビンは大事な家族。これまでも、これからもずっとそうある筈なのだ。
 
 二人で自室へと続く通路を歩き、もっていた鍵で入り口の扉を開け、中へと入る。
 そして、二人は凍りついた。

 部屋にはサービスか布団が敷かれていた。
 そこまでは普通だろう。どこでもやっているサービスだ。
 だが、問題は……
 


 一つの布団に二つの枕が並べられていることだった。



 こういうことは今までもあった。
 クレスとロビン世話好きな世間の目は二人を “そういうもの” として認識する。
 昔は赤くなったりした事もあったが、最近は冷静に対処してきた。

 だが、今回は無理だった。
 先程あった風呂場での出来ごとが完全に尾を引いていた。
 クレスは動揺し、ロビンですら顔を赤くし俯いている。


「は、はははは……女将さんも困った人だな」

「そ、そうね」


 極めて平静である事をお互いに装った。


「ち、ちょっと、女将さんに話をつけてくるわ」

「い、いえ……わ、私がいくわ」


 その時、クレスとロビンは同時に動いた。
 互いに、互いが動くとは思ってはおらず、ロビンとクレスの身体がぶつかった。
 クレスの鍛え抜かれた身体は軽いロビンをよろめかせる。
 ロビンの身体が後ろに倒れる。クレスはとっさにロビンに腕を伸ばした。
 ロビンがとっさにその腕を掴んだが、今度はクレスの身体のバランスが揺らめく。

 

 ……そして、クレスはロビンを押し倒すように倒れてしまった。



 真っ白な清潔なシーツの上にロビンの風呂上がりで艶を増した黒髪が広がった。
 そのひと房がクレスに触れる。最上級のシルクのようになめらかな肌ざわりだった。
 近づく、クレスとロビンの顔。ロビンからはシャンプーと花のような良い臭いがする。許されるならこのまま埋もれてしまいたいほどに。
 クレスの心臓が爆発するように高鳴った。後少しでも近づけばロビンの瑞々しい唇に触れてしまいそうだった。
 身にまとった浴衣は着崩れ艶やかな肢体を晒す。ロビンはクレスの下で恥じらうように頬を染めた。
 その姿はどうしようもなく魅力的で、クレスの理性をどろどろと溶かしていく。


「……クレス」


 ただ名前を呼び、ロビンは艶っぽい目を閉じた。


「うっ、……あっ、……」


 その姿にクレスは慄いた。
 無意識のうちに引かれた二人の境界線。それがどんどんと曖昧になっていく。
 目の前のそれこそ赤ん坊の頃から一緒だった女性が目の前で全てを自分に委ねた。
 血が駆け巡り、目の前の景色が望楼としてくる。
 どうすればいい? 分からない。自分はどうすればいいのだ? 


 澄んだ空気を通して陰る事の無い見事な満月が光り輝く。
 その月光が二人の姿を照らし、影を作った。


 クレスは動かない。動けない。
 彼の理性は溶けていた。しかし、そんな中で彼をつなぎ止めていたのは忌まわしい記憶の中で交わした母との約束だ。






───────絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!






 “守る” とは何か? 長い人生の中でクレスはそれを “ロビンが笑顔でいる事” と定義づけた。
 アラバスタの件もそうだ。次々と消えていく夢への足跡にロビンが焦り、悔やむ顔をを見たく無かった。

 自分が今しようとしている行為は何か? それはロビンを “守る” 事が出来るのか?

 そもそも、自分はロビンにとっての何なのだ? 
 幼なじみだと言えばそれが一番端的に関係を表すだろう。
 隣に立ち、支えあえる。でも、それ以上は踏み込めない。
 自分は幼なじみ。そう、幼なじみ。これ以上でも以下でも無い。近くも遠い。そんな存在だ。

 だから……













「……すまん。重いだろ。今どくから待ってろ」

「えっ……」


 小さく驚いたロビンを無視するようにクレスは立ちあがる。
 そして後ろを向き、ロビンが着崩れた浴衣を直すのを待った。


「……悪かった」

「いいの……気にして無いわ」


 そして、クレスは境界線を引き直す。
 ……幼なじみとして。

 後ろを向くクレスにロビンは何も言わなかった。
 これが今までと同じ関係なのだ。どこまでも近い筈なのに薄氷一枚で触れ合えない。


 あんなに輝いていた月が陰る。
 雲は厚くクレスとロビンから月の光が失われていく。か細い一条の光だけを残して、やがて消えた。
 冷たい空はやがて雪をもたらした。


「……布団を取ってくる」

「ええ……行ってらっしゃい」


 クレスが入り口に手をかける。

 その時、暗い夜空が急に光り輝いた。
 淡く青い燐光が煌めく。続けて、赤、緑。
 遅れて、轟音が響いた。
 冬島の厚い雲に覆われた寒々しい夜に、熱くも鮮やかな巨大な花が咲いた。


「……花火か」

「……綺麗ね」


 冬島で見る花火。
 雪が舞い散る中で花開く夏の風物詩。
 それはとても幻想的で、美しい。
 二人は女将が言っていた言葉を思い出した。今日はこの島にとって特別な日なのかもしれない。


「……お布団はこれが終わってからにしたら?」

「そうだな……」


 クレスはロビンの隣へと座った。
 一つの布団の上に男女二人が肩を並べ座る。
 ロビンがクレスの手を握った。二人に許された距離。
 とどきそうな程近く、どうしようもなく遠い。

 そんな位置でクレスはぼんやりと鏡のような瞳で花火を眺めていた。













あとがき

今回は問題定義の回ですね。
クレスとロビンの距離が縮まる事があるのか? この作品の根幹的な問題です。
今回の話はフルメタルパニックの文章を参考にしました。
……やりすぎたかもしれません。
描写がおかしいなどのご意見がありましたらお願いします。

 




[11290] 第四話 「裏切り者たち」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:9f5e60ff
Date: 2010/01/11 11:50
 いつもの執務室で資料に目を通すロビンをクレスは見ていた。
 その表情は真剣ではあるが以前に比べては穏やかでもある。
 色々とあったがどうやら息抜きは成功した様だ。

 バロックワークスの活動は佳境へと差し掛かっていた。
 アラバスタは内部から大きくその国力を削ぎ落としていく。
 国王コブラは上手く国をまとめているが、反乱軍は大きく膨れ上がり、国家転覆のカウントダウンは始まっている。
 この事態を遮る壁は存在せず、このままいけばクロコダイルの思惑通りになるのは時間の問題だった。

 
「これは……」


 クレスがぼんやりとしていた時、ロビンが何やら驚くように声を出した。


「どうした?」


 クレスがロビンに問いかける。
 ロビンは僅かに思考した後に、クレスの問いに答えた。


「少し……聞いてほしい事があるの」


 ロビンの手にはバロックワークスの社員リストがあった。












第四話 「裏切り者たち」













 それは類稀なる幸運だったのかもしれない。
 それとも、必然だったのかもしれない。


 バロックワークス。祖国を蝕む強大な組織。
 アラバスタ王国の王女であるビビと護衛隊長であるイガラムは何とか問題の組織に潜り込んだ。
 しかし、潜り込んだものは良いものの、組織は完璧な秘密主義が採られており生半可なことでは情報を集める事は難しかった。
 祖国を蝕む為に与えられる任務を、苦々しくもこなしながら暗闇の先のような手がかりを探す日々。
 そんな二人に転機が訪れた。



「……ビビ様こちらです」


 潜入先でMr.8となったイガラムは声を押し殺し、傍らにいるビビに語りかけた。
 路地裏に必死で身体を隠し、前方の人物を観察する。


「……様子はどう?」

「……未だ動きはありません」


 イガラムは再び、観察対象の二人を見る。

 一人はすらりとした、艶やかな黒髪の女性。
 大人びた面立ちは整い、鼻筋はすっと中心を通り、瞼は綺麗な二重で色気を放ち、口元にはミステリアスな微笑が浮かんでる。
 肌は磁器のようにきめ細かく、時折覗く四肢がなまめかしい。

 もう一人は鍛え上げられた肉体が衣服越しでもわかる、パサついた髪の男だ。
 髪の色は黒なのだが、日に当たると干し草のような柔らかい色に透いて見える。
 そして、鍛え上げられているといっても、どこか洗練された機械のような機能美を感じさせる細身だ。
 一見優男にも見える真面目そうな顔立ちをしているが、その眼だけはどこか暗い光を灯している。

 ミス・オールサンデーとMr.ジョーカー。
 ビビとイガラムが潜入したバロックワークスの上司と、その護衛といった二人だ。
 秘密主義の組織において、この二人だけが首謀者の正体を知っていた。
 ともすれば、首謀者に近づく為の鍵となる人物だ。イガラムとビビは現在この二人の尾行をおこなっていた。

 問題の二人は何やら会話を交わしている。
 聞き取れない。様子からするとたわいない日常会話なのかもしれないし、はたまた、重要な要件なのかもしれない。
 

「……動いた!!」

 
 物陰で息を殺し暫く、問題の二人が動いた。
 身を隠しながらビビが二人の後を追う。イガラムもそれに倣った。

 幸いにも、通りには人も多く、隠れる事の出来る物陰も多い。
 おまけに距離もだいぶ離れているので見つかる心配は少ない筈だ。
 問題の二人はまるで、恋人のように睦まじく歩いて行く。
 それはどこにでもいる一組のカップルで、その姿は完全に人ごみに紛れこんでおり、目を離せばすぐにでも見失ってしまいそうだ。
 
 メインストリートを抜け、やがて二人は人通りの少ない裏道へと入った。

 イガラムとビビの二人は慎重に身を隠しながらそれに続いた。

 裏路地は迷路のように続いて行き、やがて完全に人影が無くなった。
 辺りは表町の開発において行かれ、過疎化してしまった、寂れた場所だ。
 通りには、いくつかの店舗があったが、その全てが入り口の扉を閉ざしている。
 昔は栄えていたのかもしれないが今はその面影を感じる事は無い。

 その時、人影が無くなった為か、問題の二人の話声がやけにはっきりと聞こえた。


「Mr.0に報告すんだっけか?」

「ええ、ここの電伝虫を使うの」


 前方には古びたというよりも、忘れ去られたとでもいうべき、建物があった。
 周りの荒廃した街並みに完璧に溶け込んでおり、明かりさえつけなければ人がいるとは思われないだろう。
 イガラムは記憶を辿る。確か、この建物はバロックワークスの連絡用のアジトの筈だ。
 そして、問題の二人は特に警戒も無く建物に入った。
 
 この時、物陰に身を隠したイガラムとビビは大きな判断を求められた。
 目の前には大きな手がかりがある。だが、これは同時に危険な賭けでもあった。

 イガラムやビビがそうである、ナンバーが12から6までのフロンティアエージェントとは違い、ミス・オールサンデーはほとんどが悪魔の実の能力者で構成される別格のオフィサーエージェントなのだ。
 それは、Mr.ジョーカーに関しても同等だ。聞いた噂ではMr.ジョーカーの実力もオフィサーエージェントの面々からも一目置かれているバケモノだ。
 この二人を敵に回して勝てる可能性などまず無い。このまま、監視を続ければその危険は増すばかりだ。
 イガラムは悩む。このまま二人の後を追うのは余りにも危険があり過ぎる。


「……イガラム行きましょう」


 だが、王女は決断した。危険と隣り合わせの状況で前に進む事を望んだ。


「お待ちください!! 余りにも危険すぎます!!」

「危険ですって? それは今更よイガラム。私たちは何のためにこの組織に潜入したの?」

「ですが……!!」


 心配するイガラムをよそに、ビビは震えを必死で押し殺した声で言う。


「アラバスタのためなの。すぐそこに手がかりがある、……じっとなんかしてられないわ」


 イガラムはビビの決意を読み取る。確かに、祖国を思えば躊躇出来る状態では無い。


「……分かりました。
 お供しましょう。ですが、もしもの時は私を置いてお逃げ下さい」

「……大丈夫。うまくいくわ。
 もしもの時も、島にはカル―もいるからきっと無事に逃げられる」


 ビビの言う “無事” にはイガラムも含まれている。
 この王女は優しすぎる。時にそれが弱点となる程に。


「……そうですな」

 
 しかし、現実というものはそこまで甘くない。
 イガラムはビビの言う “無事” で事が運ぶことを祈るばかりだった。
 それは自身の保身ではなく、王女に対する気持ちであった。

 そして二人は足音を殺し建物へと近づいた。
 アジトは随分と古びているが、その割には壁は厚い。
 二人は裏手へと回り込み、僅かな隙間を見つけそこから様子をうかがった。
 
 中では案の定、ミス・オールサンデーが電伝虫で通信をおこなっていた。

 
「……ええ、任…は完…よ。問………無い…。…………そう、大…ね」


 距離があるためか随分と聞き取りづらい。
 完全な文脈までは分からない。何とか単語の一部を聞きとるのがせいいっぱいだ。


「詳……後……状で連………わ。…………電……は極……使わ……な……?」

 
 このままでは、重要な情報を聞き逃してしまうかもしれない。
 イガラムの中で焦りが生まれる。それはビビも同じだった。
 
 焦りからか、無意識のうちだったのだろう。
 彼らは大きなミスを犯した。
 必要以上の体重をこちらとあちらを仕切る壁にかけてしまったのだ。


 ギシ……


 骨が軋むような、予想外なまでに不気味な音が古びた壁から出た。
  

「「!!」」


 驚き、体制を戻すももう遅い。たてた音は消えない。心臓が飛び出そうな程脈打った。

 もはやこれまでか……? 
 イガラムは拳に力を込めた。
 自分ではこの二人に勝てないのは分かり切っている。
 王国最強騎士ともてはやされる部下の副官二人でも勝てるかどうかわからぬ相手なのだ。
 だが、この身は王国に捧げた護衛隊長だ。たとえ命果てようとも傍らの王女だけは死守しなければならない。
 

 だが、前方の二人は立てた音に反応を示さ無かった。
 ミス・オールサンデーの方は気付かず電々虫でMr.0であろう男と話つづけている。
 Mr.ジョーカーの方も変わらず、ミス・オールサンデーの近くでくつろぐようにたたずんでいた。

 
 その不自然さに、一瞬、罠かと疑う。
 しかし、冷静に考えれば彼らが罠を仕掛ける意味がない。
 “謎” がモットーのバロックワークスでは裏切り者は問答無用で抹殺される運命にある。
 ならば、戸惑う事無く殺しに来る筈だ。その実力も十分に持ち合わせている。
 
 ならば何故だ……?
 疑問に思うイガラム。
 しかし、彼の疑問は直ぐに氷解する。
 風だ。
 建物に吹き付ける風が、カタカタ、ギシギシ、と断続的に古びた建物を小刻みに揺らしていた。
 幸運にも、先ほどの物音もそれらに紛れたのだろう。
 
 イガラムは未だ緊張した面持ちのビビに向け安心させるように一度頷いた。
 ビビはイガラムの様子から、まだ安心であるという事を読み取った。

 同じ轍は踏まないと二人はより慎重に部屋の中を覗き込んだ。
 やはり聞こえにくいが、全身全霊で聞きとる。
 妖しい艶を放つ、ミス・オールサンデーの唇が言葉を為す。


「…… “アラバスタ” ………の……海賊……を狩……………」

 
 イガラム、ビビの二人の確信に迫る単語がミス・オールサンデーの口から発せられていく。
 口の中がやけに乾く。唾を飲み込もうにも些細な物音すら立てれば命は無いかもしれない。
 先ほどのような奇跡は起こらないと考えた方がいい。


「フフ……まさ…… “Mr.0” ……世…政府…認…… “七武海” …… 」


 …………!!  

 イガラムはその驚きをのみ込むには多大な心力を必要とした。
 それはビビも同じで必死に自分を抑え込んでいた。
 
 ミス・オールサンデーが発した単語を再確認する。
 すると、驚くべき人物が浮かび上がった。
 真偽の程は分からないが、しかし、そう考えれば説得力もある。

 “七武海 サ―・クロコダイル” アラバスタ王国も所属する世界政府公認の海賊だ。
 この男が、“Mr.0” 。
 この男が祖国の怨敵……!! 
 
 
 重要な情報を手に入れた二人。二人の表情に希望が指す。
 これで、祖国を救う足がかりが出来たのだ。
 これで、昔のような平和な国を取り戻せる……!!

 後は、気付かれ無いように退却するだけだ。
 距離さえ取れば安心だ。一刻も早くこの事を伝えなければならない。



 しかし、希望と共に軽く高揚した心は、一瞬で絶望と共に凍りついた。
 二人の全身が硬直する。呼吸すら止まった。




 前方の恐るべき力を秘めた二人が、こちらを、見ていた。

 全身が金縛りにあったように動かない。

 ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーの瞳がこちらを見つめた。

 雑作も無く二人を始末するであろうバケモノ達がこちらを見ていた。

 完全にイガラムとビビの二人と目があった。


 イガラムとビビ、二人の全身を電撃のような悪寒が走って行く。戦慄し動けない。
 そんな二人に対し、一枚の薄い壁の先にいる二人は、ただ、微笑んだ。
 その表情を何と許容すればいいか、目を細め、口元を柔らかく曲げている、普通の笑みの筈なのに、どうしようもなく恐ろしい……!!
 思考が完全に停止する。
 蛇に睨まれた蛙のように全く動けない。
 二人に対し、Mr.ジョーカーが口元を動かした。


「────────────」
 

 そして、恐るべき二人は興味を無くしたように視線を外した。
 何事も無かったように電伝虫の受話器を置く。
 するとそのまま、動揺する二人を置き去りにするようにアジトから姿を消した。


「どういう……こと……?」


 二人の姿が完全に見えなくなり、緊張が解けたのかビビが震える声で呟いた。


「……わかりません」


 そう、答えるしかなかった。

 あの様子では、尾行には完全に気付かれていた。
 それでいてなお、放置された。
 そこにどんな思惑があったのかは分からない。
 先ほどの会話も重要な単語だけはやけにハッキリと聞こえた。
 まるで、自分たちに聞かせる為のようにだ。
 今にして思えば、電伝虫で本当にMr.0と会話を交わしていたかも疑わしい。
 

「『せいぜい、がんばれ』ってどういうこと……っ!!」


 唇を噛みしめ、ビビは拳を振り下ろした。
 ビビの拳は冷たい地面へと当たり、自身を傷つける。血が滲んでいた。


「なめんじゃ……ないわよ」


 そして、崩れるようにうずくまる。
 その屈辱はイガラムも十分に感じていた。
 
 ミス・オールサンデー、Mr.ジョーカー二人の言葉に嘘は感じなかったのだ。
 二人はあざ笑うかのように、残酷な真実を告げたのだ。


「この借りは高くつくぞ……!! バロックワークス!!」


 未だ動揺を隠せぬ全身を叱咤し、イガラムは静かにビビを促す。
 そして、ビビと共に必死に動揺を隠し素早く退却を図った。
 もたらされた、重要な情報と共に……。







◆ ◆ ◆







 島の港近くに位置するオープンテラスにクレスとロビンの姿はあった。
 

「さて……どこまでいけるか?」

「さぁ、分からないわ」


 クレスとロビンがアラバスタの王女と護衛隊長が組織に潜り込んでいる事に気付いたのはつい最近の事だ。
 よくもまぁここまで大胆な行動を起こせたと感心するような行動力である。
 今はまだ、この事実に気付いているのはクレスとロビンの二人だけだったが、バロックワークスの内偵は優秀だ。それもやがて露呈するだろう。
 そうなれば間違いなく抹殺命令が下る。ならば、まず命は無いだろう。


「でも、よかったの?」

「ん?」

「これは立派な背信行為よ」


 だが、そう言うロビンに批難するような様子は無い。
 むしろ口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 今回の件はロビンが異変に気付き、クレスに知らせた。
 そして、どう動くかを二人で相談し決めた。


「なに……裏切りはいつもの事だろ?」

「ふふ……」
 

 バロックワークスの活動は終盤へと差し掛かっていた。
 大きな動きに出る日も近いだろう。そうすれば、探し求めていた歴史の本文に手が届く。
 アラバスタの崩壊と引き換えに……。

 それが唯一の方法であるが、抵抗が無いかと言えば別の話だ。
 全てがクロコダイルの思い通りになるのは面白くない。
 

「だが、これで……やることが出来たな」

「そうね」


 そう言うクレスの口元に浮かんだ笑みに、つられるようにロビンは微笑んだ。












あとがき

やっとパソコンが使える状況へと帰ってきました。
しばらくの間更新が止まり申し訳ありませんでした。

今回はビビとイガラムの接触の回です。
物語はこれからが本番ですね。
なんとか冬休み中にアラバスタ篇を終わらせたいです。




[11290] 第五話 「共同任務」
Name: くろくま◆036b4b79 E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/01/11 12:00
「お久しぶりねい!!! ジョーカーちゃんにサンデーちゃん!!! 今日はどうしたのう!!?」


 アラバスタのとあるホテルの一室。そこに、クレスとロビンそしてベンサムの三人は居た。


「近くに寄ったからお前の顔を見に来た……と言いたいとこだが。悪いな。任務の受け渡しだ」


 クレスがそう言い、ロビンがベンサムに書状を受け渡す。


「あらそう? でも、全然構ーわないわよう!!
 でも、珍しいわねい? 書状の受け渡しくらいなら、別にあんた達がわざわざ出張る必要なんて無いんじゃなーい?」

「いや、そうでもないんだよ」

「指令に目を通してみて」


 ロビンに促され、ベンサムは手渡された指令書に目を通す。
 そこには、機械的な筆跡でこう書かれていた。



『Mr.2 ボンクレー。貴公に任務を与える。
 今回の任務は、貴公の能力でとある要人をコピーすることだ。
 詳細はこの指令書の受け渡し時に口頭にておこなう。』



「あん? つまりこの説明の為にやって来たのねい」

「いや、それだけじゃないぞ」

「続きを読んでみて」



『この任務は我が社にとって最重要任務となる。失敗は決して許されない。
 なお、貴公のサポート役としてミス・オールサンデーを派遣する』



「あらそうなのう!!?」

「そういうことだ」

「あらん? でもこれだとジョーカーちゃんの名前が無いわよう?」

「まぁ、それは仕方ないだろ。オレの立場はミス・オールサンデーの私兵だからな」


 クレスの立場はは公式にはロビン個人の私兵となっている。
 指令書に名前が無いのは、正式にバロックワークスに所属している訳ではないためだ。


「じゃあ、今回はこの三人での任務になるのねい。あちしゾクゾクしちゃう!!! んー!! ノッッて来たわ!!! あちし回る!!!」


 ベンサムはハイテンションで、いつものバレエっぽいポーズを取ると、つま先立ちでクルクルと回り出した。
 うっとおしい事この上ないが、長い付き合いなので特に気にしない。


「で? 早くおーしーえーなさいよう!! その任務の事!!」












第五話 「共同任務」













 アラバスタ王国の首都アルバーナには荘厳な宮殿がある。
 周囲を城下町ごとそびえ立つ台地の上に造られ、高い城壁によって守られる、歴代の王が代々居を構えた四千年もの歴史を持つ由緒正しいき宮殿だ。
 その、巨大なたたずまいは見る者全てに圧倒的な権威を見せつける。
 
 しかし、一見華やかに見える王居だが、その外見とは裏腹にその内部での生活は国民たちと同じように切り詰められている。
 まずは、切り詰められるところから切り詰めなければならない。これは、国王コブラの意向だ。
 今までそうして己の身を削り国民達に尽くしてきたのだ。

 だが、度重なる反乱によって国力は疲弊し、国力は相当衰えた。
 もとより豊かではあるが、裕福な国では無かった。
 代々に渡り善政を布いてきたおかげか、国民からの信頼も厚く国としては安定していたが、アラバスタの産業の全てはアラバスタの広大な自然の影響を受ける。
 よって、国はいつもどこかしらに問題を抱えていた。
 
 しかし、その全ては決して人には操る事の出来ない天候の導きなのだ。
 そしてそれは、アラバスタという国が長年に渡り守り抜いて来た不文律でもある。

 だが、その法則が破られた今、国は乱れていた。



「国王様。出立の準備が完了いたしました」


 国王コブラは王宮の自室において、忠臣であるぺルからの報告を聞いた。
 

「うむ」


 部下からの報告に、コブラは頷く。
 その表情に刻まれるのは確かな威厳と隠された苦悩だ。
 そんなコブラにぺルは沈痛な面持ちで続けた。


「申し訳ございません。今日は王妃様のご命日であるというのにこのような……」

「よいのだぺル。むしろお前達には感謝しているくらいだ」


 コブラは窓から外の景色を眺める。
 王居アルバーナは分厚い雲に覆われてた。本来なら天の恵みと感謝を捧げる筈の雨雲だ。
 しかし、ダンスパウダーにより無理やり作られた雨雲から降り注ぐものは、アラバスタという国の血にも等しい。
 この雨が王都のみに降り注ぐ度に、アラバスタが朽ちていく。


「いえ……。せめて、今日だけは心安らかにあって欲しい我々の願いでもあります」

「……そうか。ならば余計に礼を言わねばなるまい」

「コブラ様……」


 ぺルはコブラの心を慮る。
 現在の国内の混乱は決して、国王に責任は無い。
 不確かな情報が錯綜する中で副官であるぺルはその事だけは確信していた。
 それに、現在国王コブラが抱えている問題は内乱の事だけでは無い。
 忠臣である護衛隊長のイガラムと王女であるビビの突然の失踪も国王コブラの苦悩の一つだ。
 
 これは何も、コブラだけに限った問題では無い。
 二人の事だ。なにか誰にも言えないような手がかりを掴み、王国のために動いているに違いない。
 しかし、信頼と人望に厚い二人の失踪は王宮に確かな影を落とした。

 ぺルはこれ以上言葉を重ねても無駄なだけだと悟り、事務的に連絡をおこなった。


「本日はチャカを王宮に残し、私と厳選した部下数人によるお忍びという形となります。申し訳ありませんが、警備の都合上あまり多くの時間は取れません」

「構わん。お前達の好意に感謝する」


 国王からの言葉にぺルは身を低く下げた。



 王妃ネフェルタリ・ティティは王宮から西にある葬祭殿において永き眠りについていた。
 だがそれとは別に、国王たっての希望で首都アルバーナから少し離れた場所に位置する小高い丘に小さな墓石が建てられており、王妃の命日にはこの丘を訪れるのが恒例となっていた。
 本来なら、堂々とそれも護衛をつける必要が無いくらいに気楽に迎える場所である筈なのに、今日は王宮の裏門から武器と警戒を持って出立した。
 アルバーナの城下町に出るも、お忍びであるがため、馬車で雨の中を隠れるように移動した。
 数年前までは、王族と国民達が垣根無く触れ合っていたのが嘘のようだった。
 

 壊れていく祖国を目にしながらも何も手を打つ事が出来ない。それがぺルには歯がゆかった。


 数刻の後に、目的地へと辿り着く。
 丘は柔らかな風と花が咲き乱れる美しい場所だ。王妃はアラバスタが見渡せるこの場所を特に気に入っていた。
 しかし、雨の降りしきる今日は視界を覆われ、花も雨によって涙を流すように濡れていた。


「どうやら、人影は無いようです」


 偵察に行かせた部下からの報告を聞き、ぺルは国王へと告げる。
 部下からの報告にぺルは胸を撫でおろしていた。
 もし、ここに反乱軍がいれば今日の予定はは中止し引き返すしかなかった。

 国王はぺルからの報告を受け、馬車から雨の降る外へと降り立った。
 ぺルが国王を気遣い傘を差し出すが、王は首を横に振った。


「……今日は雨に打たれたい気分なのだ」

「……御心のままに」


 丘を少し登れば、辺りは綺麗に整理された空間へと変わった。


「すまんが一人になる事は可能か?」


 本来ならこの質問には首を横に振りたいところだ。
 国王の身を案じれば、常に傍にいて周囲に目を光らせたい。
 しかし、国王の心を気遣うのも臣下としての務めだ。


「少しの間なら可能です。入り口は兵士たちに見張らせ、私は上空から周囲の警戒を行います」

「……わかった」


 途中まで臣下達の連れ添いで歩き、コブラは妻の墓前へと続く手前で一人となった。
 墓の向うは崖となっていて、妻の好きだった景色が広がっていた。
 臣下達は少し後方で待機している。もしこの身に何かあったとしても、臣下達は優秀だ。直ぐに駆けつけてくるだろう。

 コブラは丘の上に造られた小さな───とても王族の墓とは思えない───墓石の前に雨に打たれる事にも構わずに立った。


「私は国王として失格なのかもしれんなァ……」


 それは、臣下達の前では決して見せない夫としての顔だった。


「何者かによる謀りか知らんが……アラバスタの混乱を納められないのは王である私の責任だ」


 今は亡き妻の墓前でコブラは雨に打たれ続ける。


「挙句の果てに、ビビやイガラムまで行方知らずだ。
 娘に負担をかけるとは……父親としても失格なのだろう」


 コブラがこうして無防備に雨に打たれている瞬間にも、アラバスタは雨を求めて枯れていく。
 当然出来る限りの策は打った。しかし、現状はそれを上回るスピードで悪化していく。
 それが、今のアラバスタだ。


「こうして、お前に会った第一声が愚痴では、……男としても失格なのかもしれん」


 コブラは自嘲するように笑った。
 妻の前で王としての仮面を捨てたコブラの笑みは、恒常的な不眠と疲れもあって、どこかやつれた男の笑みだった。


「だが……」


 コブラの表情が変わる。
 やつれた男からやさしき夫へ、やさしき夫から威厳あふれる王へ。
 綿々と受け継がれる、アラバスタ王位を受け継ぐ者。
 ネフェルタリ家第十二代国王コブラへと変わる。


「私は守ってみせる。この国を。
 国とは人なのだ。その根幹である国民を守らずに何が王か……!!」


 コブラは墓石へと背を向けた。
 もう言葉は必要なかった。
 次に訪れる時は、偽りでない本物の雨を取り返すと誓う。

 コブラは威厳に満ちた一歩を踏み出す。
 短いがこれで十分だ。これで王としてまた采配が振るえる。
 国王は雨の中を構わずに進む。






「────もう行くのか? もう少しゆっくりしていけよ」






「!!?」


 突如、誰もいない筈の背後から振りかけられた声。
 コブラは驚き、もう振り返る必要はないと思っていた妻の墓前へと目を向ける。
 

「はじめまして国王様」


 そこにいたのは、口元を覆面によって隠した男だ。
 露出しているのは夜のような黒い瞳とパサついた黒髪だけだった。


「何者だ貴様……!!?」

「『何者だ』……か。
 まぁそうだな……端的に言えば────」


 男は腰元に下げられたサイドバックから、銃を取り出すとコブラに向けて構えた。


「────アンタ達の敵だ」


 そして、男は引き金を引く。
 撃鉄が降りる。
 ぶれる事無く構えられた銃口から弾丸が放たれた。
 












◆ ◆ ◆












 銃声より少し前。

 その衝撃は突然兵士達を襲った。
 王の護衛のために派遣された兵士達。
 彼らは当然己の全力を持って警戒に当たっていた。
 しかし、その衝撃は全くの想定外だった。
 兵士達は辺りの警戒を怠っていなかったにも関わらず、全員が同時に崩れ落ちた。
 誰一人として、その衝撃を受けた瞬間まで、気付かなかった。
 それは確かな事実。何者かによる襲撃を受け、恐ろしく的確に関節を極められたのだ。
 しかし、それも既に遅い。彼らは己に何が起こったのかを知った瞬間には既に手遅れだったのだから。
 兵士たちは全員崩れ落ち、誰一人立ちあがれなかった。

 









 

◆ ◆ ◆











 降りしきる雨の中、一発の銃声が響いた。
 それは、雨の音にも消されること無く、不気味な響きとなってぺルの耳に届いた。
 

「まさか……!!」 


 ぺルは悪魔の実< “トリトリの実” モデル “隼(ファルコン)” >の能力者だ。
 動物系のこの能力によって、ぺルは巨大な隼へと姿を変え、空から周囲の警戒を行っていた。
 その時に聴いた銃声。ぺルはそれを最悪の事態と判断した。


「くっ……!!!」


 巨大な羽をはばたかせ無理やり方向転換を果たす。
 そして、己の全力を持って、国王のもとへと駆けつけた。

 ぺルは己の愚行を呪う。
 いつもとは少し違う国王の様子を思い、国王の方向を見ないように気を使った。今回はこれが仇となったのだ。

 一瞬で最高速へと達し、隼は空を駆る。
 風を切り裂くようなスピードで、瞬く間に国王の元へと辿り着いた。


「あれは……!!」


 ぺルの目に映るのは、倒れ伏す兵士、膝をつく国王と、銃を構える覆面の男。
 

「コブラ様ァ!!!!」


 それを見て、ぺルは両翼に吊り下げたガトリングガンの引き金を引いた。

 ズドドドドドドド……!!!

 雨のように放たれる弾丸は、国王と覆面の男の間に突き刺さる。
 放たれる弾丸に覆面の男は後ろに飛びのいた。
 その隙に、ぺルは国王を安全な場所に避難させようと羽ばたく。
 しかし、覆面の男はぺルを阻むように動く。男は後退の着地後、爆発的な速度で地面を蹴り、ぺルを阻む。
 ぺルは国王の救出を断念し、男を迎え撃った。
 男とぺルが交差する。一瞬の攻防。しかし、天秤はどちらにも傾かなかった。


「コブラ様お怪我は!!?」


 ぺルは膝をつく国王を守るように<獣形態>から<人間形態>に姿を変え、立つ。
 覆面の男はぺルを見ても表情を変えない。
 男は手に持ったまだ温かい銃身を腰元のバッグにしまうと、ジリ……と地面を踏みしめるように足を滑らした。


「幸い怪我は無い。それよりもぺル。前の男を……!!」

「御意!!」


 国王の命を受け、ぺルは覆面の男に向かい地面を蹴った。風のように男に接近し抜刀する。
 間髪入れぬ、見事な攻撃。
 しかし、男はぺルとの間合いを見切り、一歩後ろに下がるだけで、いとも簡単にその一撃を避けた。


「甘い!!」


 しかし、ぺルはそこからさらに一歩踏み込んだ。
 王国最強戦士ともてはやされるその実力は伊達では無い。
 ぺルは踏み込んだ一歩を起点として回転する。抜刀の勢いをそのままに男に向けて先ほどよりも強烈な一撃を叩きこむ。
 回避不能の横なぎの一閃。剣閃は男に吸い込まれるように向かい、

 ガン!! という金属同士をぶつけあったような音がした。


「なにっ!!?」


 ぺルの一撃は覆面の男の鋼鉄のように硬い腕によって受け止められていたのだ。


「へぇ……思った以上だ」


 男はぺルの剣先を腕を振り払い反らす。
 ぺルは得体の知れぬ男に警戒するように、剣を構え直した。
 対峙する男は緩やかに、全身を動かすと突然ピタリと硬直する。


「思った以上に……」


 男が言葉を発すると同時にぺルの全身がざわついた。


「────!?」


 長年の鍛錬の賜物かぺルは感じたままに剣で身を守る。
 一瞬にして男の姿が掻き消え、気がつけば握った剣に吹き飛びそうな程の衝撃が訪れた。
 遅れて、その状況を把握する。男は一瞬にて眼前まで移動し一撃を繰り出したのだ。この時、ぺルが攻撃を受け止められたのは奇跡に近かった。
 そして、男はギリギリ……と想像以上の膂力を持ってぺルを圧する。

 
「思った以上に───弱い」


 なんてな……。と覆面越しに、二ヤリ……と笑う男。

 挑発だと分かっていても、男の言葉に全身の血が沸騰する。
 だが、ぺルは屈辱ともいえる男の言葉に冷静に耐える。
 これは、自分一人だけの戦いでは無いのだ。後ろには守るべき王。そして、負けは許されない。

 ぺルは男の一挙一動に集中し次の攻撃に備えた。
 常時なら、空中へと舞い上がるのだが、王が後ろにいる状況ではそれは不可能だ。
 同じく王を連れ離脱する事もだ。隙を見せれば一瞬で倒されるだろう。
 男は強い。おそらくぺル自身よりも。だが、やるしかないのだ。


「大丈夫ですかぺル様!!」
 

 そこに新たな声が生まれた。
 声の主は王国の兵士だった。おそらく、銃声を聞きつけやって来たのだろう。


「ちっ……面倒な」


 男は援軍がやって来たのを見ると後ろへと大きく飛びのいた。
 そして、王妃の墓を飛び越え、切り立った崖の下へと姿を消した。


「くっ……!! 待て!! 貴様ァ!!」


 男を追おうとするぺル。しかし、ぺルはその足を止めた。
 男が単独である可能性は無い。軽率に動いて男の仲間が現れれば敵の思うつぼだった。


「ぺル様いったい何が!!?
 それと何故国王様が何故ここにいらっしゃるのです!!? 」


 駆けつけた兵士は困惑するようにぺルに尋ねる。
 国王は公式には王宮にいる事になっている。
 この兵士は何が起こったのかはよく分からないのだろう。


「話は後だ。まずはコブラ様を安全な場所へと避難させる」

「はっ!!」

 
 兵士はコブラの元へと駆け寄ると丁寧に膝をつく国王を置きあがらせる。
 

「お怪我はございませんか国王様?」

「大丈夫だ。幸い怪我は無い」


 兵士はコブラが起きあがったのを確認すると、不意にコブラの頬に触れた。


「?」

「申し訳ございません。頬に泥が付いておりました」

「そうか。ありがとう」


 兵士からの答えにコブラは特に疑問を持つ事無く答えた。


「ぺルよ。すまぬが今からさっきの男を追ってくれないか?」

「しかし、コブラ様の安全がまだ……!!」

「私なら大丈夫だ。それよりも……さっきの男が気になる。出来る限りでいい。後を追い、情報を集めてくれ」

「はっ!!」


 国王の命を受け、ぺルは悪魔の実の力によって巨大な隼へと姿を変え、空へと舞った。
 飛んでいくぺルを見つめながら、コブラは先ほどの男の事を思い出す。
 直感ではあったが、コブラは先ほどの男が反乱軍では無いだろうと考えていた。
 そして、男はこう言った、『アンタ達の敵だ』と。

 コブラは男の言いしえぬ不気味さに、何かが動き始めた予感がした……。














◆ ◆ ◆












「任務完了か」


 覆面の男───クレスは、口元を覆っていた布をうっとおしそうにホテルの部屋の床に投げ捨てた。
 部屋ではロビンとベンサムが既にいて、帰って来たのはクレスが最後だった。


「お疲れ様」


 ホテルのソファーに座りこんだクレスにロビンが優しく声をかけた。


「ああ、お疲れさん」

「ジョーカーちゃん!! 思ったより遅かったじゃないのよーぅっ!?」

「ああ……王国騎士を撒くのに思ったより時間がかかった」

「あら、そうなの? ジョーカーちゃんだったら、倒すくらい訳無~いんじゃない?」

「いや、まだ動くにはいかないんだよ。それは余計な事だからな」


 今回の任務は、アラバスタ王国の国王コブラをベンサムの “マネマネの実” の能力によってコピーさせるのが目的だった。
 本来なら、王宮に潜入または国王の遠征の際に実行される筈であったが、国王のお忍びでの外出を運よく嗅ぎ付けた事によって急遽の変更となった。
 王が襲撃を受けたという事実は重い。おそらく今回の事は、反乱軍を気にして、王国側でも極秘扱いとなるだろう。
 そのため、護衛騎士の撃破などという余計な事は任務に入っていないのだ。
 クレスがかいつまみ説明すると、ベンサムは納得した。


「ふと思ったんだけどねい」

 
 ベンサムはそう前置きし続けた。


「あんた達ってドゥーしてバロックワークスなんかに入ったのよーう?」

「どうしたんだいきなり?」

「あちしは面白そうだったから組織に入ったんだけど、あんた達にはそんな理由は無さそうだからねい」


 クレスとロビンが組織に入った理由。それは絶望的ともいえる “歴史の本文” の手がかりを求めてであった。
 たとえ何を犠牲にしても手に入れたい世界中から忌憚される “夢” 。その夢はこの組織でしか届かなかった。
 
 ベンサムの疑問にロビンが答えようとするよりも早く、クレスが口を開いた。


「オレ達がこの組織に入ったのは、……ココでしか叶えられない事があったからだよ」

「あら、そうなのう?」

「まぁな」

「じゃあ、それってなーんなのよう!!?」


 興味深々のベンサムにクレスは呆れたように答えた。


「秘密だ。まぁ、そんな事よりも久々の再会なんだ。楽しくいいこうぜ」

「そう言えば、そうねいっ!! ジョーカーちゃん!! いい事言うじゃないの!! ん~ノッってきたわ!!! あちし踊る!!!」

「……いや、もうそれはいいよ」













◆ ◆ ◆











 任務から数日が過ぎた。

 その日、秘密結社バロックワークスの社長である “Mr.0” サ―・クロコダイルはレインディナーズの地下に造られた一室でパートナーからの報告に耳を傾けていた。


「なるほどな……確かに、それは問題だ」


 クロコダイルの手元には簡潔にまとめられた報告書。
 どんな組織においても最大のタブーとされる事柄に関する報告書だ。


「組織内偵からの情報によれば、結構いいところまで知っちゃったみたいね」

「涙ぐましい事だ……たった二人で、我が社を相手取れると思っていやがるとはな」


 クロコダイルが右手で二枚の写真が添付された報告書を掴んだ。すると、資料は紙としての原型を留められずに見る見るうちに朽ちていく。
 全てに渇きを与える “スナスナの実” を食したクロコダイルの魔手だ。
 

「ミス・オールサンデー」

「はい」

「Mr.5のペアに連絡。裏切り者を抹殺せよ」

「……そのように」


 静かに、何の感情も見せない冷淡な声でロビンは答えた。




 クレスはロビンとクロコダイルとのやり取りを、彼女達から少し離れた場所に設置されたソファーから眺めていた。
 ロビンは別に特別な事をした訳ではない。正規の報告として社員から上がって来た情報を正しく報告したまでだ。
 そう、王女達にとってのタイムリミットが来てしまったのだ。


(とうとう見つかっちまったか……。これで終わりなのか……王女様?)


 クレスの夜のような瞳は何も映さない。






────そして、砂の王国をめぐる物語の幕が上がった。













あとがき
 
今回は微妙なオリ設定が入りました。
おそらくこれが今年最後の投稿になりそうです。
冬休み中に終わらせたかったのですが、思った通りに行かず申し訳ないです。
次から原作突入です。麦わらの一味も出ます。私としても楽しみです。




[11290] 第六話 「歓迎の町の開幕」
Name: くろくま◆036b4b79 E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/01/11 12:16
──────数日前、アラバスタ王国。



 枯れ果てた港町ナノハナに二つの人影があった。
 

「……行こうか」

「ええ」


 語りかけたのはクレス。そして、それに答えたのはロビン。
 二人の傍には航海用の装備に身を包んだ< “バロックワークス、オフィサー・エージェント専用水陸送迎用カメ” バンチ>が葉巻をふかしていた。
 クレスとロビンはそれ以外には言葉を交わすことなく、バンチの背に乗り指示を出す。すると、バンチは意をくみ取り海に向けて走り出した。
 バンチはドタドタと地面をならしそのままのスピードで海へと入る。しばらくすれば、アラバスタも小さくなった。
 

「彼らはどんな運命を辿るのかしら?」

「……さぁな」


 前を向いたままに問いかけるロビンにクレスはぼんやりと海を見ながら答えた。

 思い出すのは、蝕まれる国を憂いた王女と侵略者である自身との邂逅。
 その時、クレスとロビンは気まぐれのように王女に希望を見せた。
 自分達の状況を考えればありえない選択だった。
 特段、意味など無かったのかもしれない。ほんの些細な気まぐれ……いや、罪悪感が浮き出た結果か。
 数多くの人々を巻き込んだロビンの “夢” 。その成就のためにいたずらに邁進する事は大犯罪を意味する。
 しかし、ロビンに見せてあげたいのだ。幼き頃から彼女が抱き続けて来た夢が叶う瞬間を。そしてそれをクレス自身も見てみたい。
 だが、それ以外の全てを犠牲に出来るほど、冷酷では無かった。

 クレスは<永久指針(エターナルポース)>で方角を確かめつつ、バンチの舵を取る。


 ……自分達が撒いた小さな種の先に希望があるかを確かめるために。














第六話 「歓迎の街の開幕」













──────偉大なる航路 ウイスキーピーク



 本来なら、その夜は静寂の中で朝日を迎える筈だった。
 賞金稼ぎの町であるこの島に何も知らずにやって来た、たった五人の少数海賊。
 船長の賞金額が思いのほか高額だったのは予想外だったが、口の中に飛び込んできた哀れなネズミを狩るように、速やかに稼業を終え、サボテン岩に新たな墓標が刻まれるだけ、──────その筈だった。



 「──────聞くが、増やす墓標は一つでいいのか?」



 既に騒乱の火蓋は切られていた。
 騒ぎの主はたった一人の剣士。
 勘のいいこの剣士は海賊達を陥れる為の宴を開いた住人達を怪しみ、尻尾を見せるのを待っていたのだ。
 だが、賞金稼ぎ達が驚かされたのはこの剣士が知っていた “とある秘密” だ。
 剣士はこの島の賞金稼ぎ達に関する決して知っていてはいけない秘密を知っていたのだ。
 ゆえに賞金稼ぎ達のリーダー的存在の男、Mr.8は有る決定を下した。それは、速やかなる剣士の抹殺。
 しかし、剣士は驚異的なまでの強さで賞金稼ぎ達をかき回していた。



 放たれる弾丸をもとともせず、緑の髪の剣士は刀を振るう。
 剣士の敵はウイスキーピークの賞金稼ぎ。見積もってその数、100人。
 剣士は魔獣のような勢いで戦場を駆け、次々と賞金稼ぎをなぎ倒す。

 腰元に下げられた刀は三本。
 一見無駄にも見える。しかし、それらは飾りでは無い。剣士にとっては三本全てが己の武器。
 二本を両腕に、そして、最後の一本を口にくわえて、まるで身体の一部のように縦横無尽に操る。
 三本全てを同時に使う───三刀流。

 剣士の名はロロノア・ゾロ。
 かつて、東の海で<海賊狩りのゾロ>と恐れられた賞金稼ぎで、現在は海賊<麦わらの一味>のメンバーだった。






◆ ◆ ◆






「何たる醜態……。たった一人の海賊剣士に負けてしまっては、ボスからこの街を任された我々の責任問題だ」

 
 Mr.8であるイガラムの隣にはミス・ウェンズデーであるビビ、そしてMr.9が並ぶ。
 そしてその三人を見下す形で緑髪の剣士は立っていた。

 石造りの建物の屋上に立つ緑髪の剣士を睨めつけながらイガラムは内心で歯噛みした。
 イガラムが王女と共にバロックワークスに潜入して暫くの時が過ぎた。
 どういうつもりかは分からなかったが、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーから祖国を救う為の有力な情報を手に入れた。
 後は機を見て今までに入手した情報をまとめ祖国に帰るだけだという状況での海賊達の入港。
 いつものように、油断を誘い縛り上げるだけだと思ったが今回はいささか事情が違った。
 海賊の一人が逃げ出し、そして驚異的な強さで暴れ回っている。
 既に幾人もの部下達が倒され、パートナーであるミス・マンデーまでもが倒された。今動ける人間はここにいる自分を含めた三人だけだろう。

 バロックワークスに敵対する身であるが、組織の人間全てを憎むのは間違っている事をイガラムは分かっていた。
 それも、自らに与えられた部下達はバロックワークスについてはそれこそ名前と表向きの目的しか知らないような末端の人間達だ。
 アラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムは部下の扱いには長けており、なおかつ彼らが血の通っている人間だということも知っていた。
 共に、酒を飲み交わした事もある彼らを倒された事もある怒りもあるが、それよりもイガラムを苛立たせるのは組織に敵対する身でありながら、その組織を守らなければならない事だ。
 この島で生まれた利益は全て祖国の崩壊へとつながっている。イガラムがここで腕を振るえば振るうほどバロックワークスは興隆し祖国のアラバスタは衰退する。
 潰れてしまえ。と思った事もある。ビビを連れ脱出し、目の前の剣士によってこのまま崩壊させられるのも良いだろう。
 ……しかし、イガラムに与えられたMr.8という立場はそれを許さない。まだ動く訳にはいかないのだ。


「“イガラッパ”!!」


 イガラムは苛立ちのままに、手に持ったサックスに仕掛けられた散弾銃の引き金を引いた。
 サックスの重低音に混ざり、弾丸が弾けるように放たれる。
 緑髪の剣士はそれを後ろに跳び避けた。


「行くぞミス・ウェンズデー!!」

「ええ、Mr.9」


 イガラムの攻撃を合図に、Mr.9が得意のアクロバットを生かし緑髪の剣士の元へと壁を駆けのぼり、ビビは指笛を鳴らした。


「来なさいカル―!!」


 響き渡る指笛。そしてそれに応ずるように、一匹のダチョウのような大きな鳥、超カルガモが勇ましく鳴き声を上げた。


「クエーッ!!!」


 そして、すっとその場に右手を出した。


「“お手”じゃなくてここへ来なさい!!!」


 ビビは気を取り直し、超カルガモに颯爽と跨る。


「さぁ!! 豹をも凌ぐあなたの脚力見せてあげるのよ!!」

「クエーッ!!」


 そして、超カルガモはその場にすとんと腰を下ろした。


「誰が“お座り”って言ったのよ!!」


 頭の少し足りない超カルガモを容赦なく叱咤しながら、ビビが戦列に加わった。
 イガラムは王女がこうして闘うことに不安を持ったが、今はそれどころではなくその考えを黙殺した。






◆ ◆ ◆
 





「……コイツらと戦ってる自分が恥ずかしくなってきた」


 そう言うのは、ものの見事にMr.9とミス・ウェンズデーを打ち取ったゾロの談。
 Mr.9はアクロバットと金属バットで勇猛にゾロに挑んだものの、剣に似た性質の武器で圧倒的に実力差のある剣士のゾロと切り合うことが出来ずにそのまま後ろに押され、転落。
 ミス・ウェンズデーは幾何学模様のペイントでゾロを幻惑するも、止めの一撃をさそうとして、超カルガモに乗り猛烈に逆走。そしてその後に、転落。
 ……人々はそれを自爆と呼ぶ。だが、勝利に変わりは無い。


「おっと……!!」


 頭を抱えそうになった瞬間にゾロは横へと跳び逃げる。
 先程までゾロのいた場所で弾ける散弾。
 ゾロは一瞬の逡巡の後に、先ほどまでの戦闘で空けた穴に飛び込んだ。


「穴から下へ……無駄な事を」


 既に穴から飛び降り、散弾銃の射程外まで避難するゾロをMr.8は見下ろす。
 

「私の真の恐ろしさよく噛みしめろ」


 襟元の蝶ネクタイを正しながらそう言った。






「散弾銃は厄介だな……どう間合いを詰めるか」


 石壁に背を預けながら、ゾロはMr.8を探る。
 散弾銃と刀では圧倒的に間合いが違う。これがただの銃だったならばゾロならば避ける事も可能だったが、複数の弾丸が無秩序に飛んでくる散弾銃ではどうも相手が悪い。
 ゾロがどう動くか考えていた時、一つの叫びが上がった。


「どゥあアア~~!!」


 それは硬い地面では無く、幾分か衝撃の和らぐ廃材置き場に落下したMr.9だ。 Mr.9はボロボロの身体でゾロを睨めつける。


「よくも酷い目に合わせてくれたもんだ!! 許すまじ!!!」

「勝手に落ちたんだろうが」


 ゾロの冷めた声をものともせず、Mr.9は金属バットの隠しボタンを押す。


「“カっ飛ばせ仕込みバット”!!」


 すると金属バットの先端が打ち出され、その後ろについた鉄線がゾロの手首に巻き付いた。


「ハッハッハッハッハ……!! 腕一本封じたぜ!!」

「鉄線……!!」


 Mr.9は自分にも同じように鉄線を巻きつけゾロの動きを封じる。


「今だやっちまえMr.8!!」

「その通り!!」


 邪魔な鉄線をどうしようかと考えていたゾロに、


「下手に動くとあなたの大切な仲間の命まで奪うことになるわよ」


 ミス・ウェンズデーが手に持ったでナイフを麦わら帽子の男の(お腹一杯で)まるまると風船のように膨らんだ腹に付きたてゾロを脅す。


「ハッハッハッハ!! いいぞ、ミス・ウェンズデー!! これで貴様は逃げられもせず、攻撃も出来ねェというわけだ!!」

 
 ゾロの耳に届くのは、人質からのひさましい悲鳴では無く、暢気な寝息。


「……あの野郎せめて起きてから人質になりやがれ」


 人質となった麦わらの帽子の男はあろうことか爆睡していた。
 ゾロはため息を漏らす。
 あの様子では全くの無抵抗で雪だるまのようにここまで転がされてきたのだろう。
 幸せそうに眠り続ける麦わら帽子の男。これで、海賊の船長なのだからため息の一つくらいつきたくなる。


「───砲撃用~意!!!」


 そんなゾロは突然聞こえたMr.8の声に慌てて視線を向けた。
 するとそこには、丁寧にロールした髪の毛からウィーン……ガコン! と変形音と共に銃口を出現させた姿。
 Mr.8はあろうことか髪の毛の中に六丁もの小型の大砲を隠し持っていたのだ。


「砲撃用意完了!!」

「何ィ!!?」


 驚くゾロ。当然だ。彼は現在動きを封鎖されているのだ。
 Mr.8の武器は散弾銃だけだと思っていたが、あの髪の毛にある小型の大砲は予想外だ。
 何よりも、髪から銃口がのぞくなど誰が予想出来ようか。


「“イガラッパッパッパ”!!」


 首元の蝶ネクタイを引き、Mr.8は砲弾を発射する。


「オモチャかよあいつは……!!」


 迫る砲弾。ゾロはそれを見て、力いっぱい鉄線を引いた。


「い!!!」


 すると当然、それにつながったMr.9が引張られる。
 Mr.9が予想だにしなかった事態。だが、思い返せば簡単だった。この男は力自慢のミス・マンデーを“怪力”で屈服させたのだ。
 逃げようにも自らにも撒きつけた鉄線のせいで完全につながっている為逃げられない。
 そしてMr.9は一本釣りされるマグロのようにゾロの手元へと引き寄せられ……Mr.8の放った砲弾の盾となった。

 着弾音を聞き、ゾロは再びMr.9が繋がった鉄線を引いた。
 Mr.9はボロボロの状態で空中でまた引き寄せられ、今度はパートナーであるミス・ウェンズデーの方向へと飛んでいく。
 その際にゾロは腕を振り払い、繋がれた鉄線を外す。


「きゃああああ!!」


 すると、Mr.9はミス・ウェンズデーにブチ当たりそのまま後方へと飛んでいった。


「“イガラッパッパッパ”!!」

「うおっ!!」


 上から降り注ぐ砲撃。ゾロはそれを飛びこむように避ける。
 そして回転し立ち上がり、これだけの砲撃音を聞いてなお爆睡している麦わらの男の元へと走り、そのまるまると風船のように膨らんだ腹を思いっきり───踏みつけた。


「何を?」


 刀の届かない高所という圧倒的なアドバンテージを持つMr.8にとってゾロの行動は理解不能だった。
 人質を助ける訳でも無く、踏みつける。どう考えても建物の中にでも逃げ込んだ方が聡明だ。
 
 しかし、Mr.8の思考は裏切られる。
 ゾロが踏み込んだ男の腹がビヨ―ンとトランポリンのように伸びたのだ。
 そして、ゾロは踏み込んだ力の反動を受け、屋上でゾロを狙うMr.8に迫る。
 驚き、タイを引こうとするが、それよりも剣士のすれ違いざまの一閃の方が早かった。
 斬撃音と共にMr.8が倒れる。


「うっし……終わり」


 月明かりの中。短い息を吐きながら、ゾロが勝利を宣言した。






◆ ◆ ◆






──────港への道



「ま…まさか、12以下のナンバーを持つエージェントが……!! あの4人が負けるとは思わなかった」

「しかし お前……逃げるって言ったってどこにだよ!!」

「どこでもいいさ……!! とにかく奴らがこの島を出るまでどこかに隠れて……」


 海賊に破れた賞金稼ぎ達は逃げ惑う。
 彼らにとってこの展開は驚天動地だ。手練であるフロンティア・エ―ジェント4人とミリオンズ合わせて100人近くで挑んだというのに立った一人の剣士の前に敗北。
 おおよそ、自分たちに手に負える事態ではないと、とりあえず逃げて嵐が過ぎ去るまで待とうと考えていた。
 しかし、彼らの足は止まる。


「───!!?  “13日の金曜日(アンラッキーズ)” !!!」


 サングラスをかけたラッコとハゲタカ。
 任務を果たせなかった敗残兵である彼らの前に、不幸を告げる二匹が現れた。


「ちょ……ま、待ってくれ!! お、おれたちは逃げるんじゃなくて……ち、ちょっとトイレに!!」


 必死にいい訳をする賞金稼ぎ達。
 だが、アンラッキーズの二匹は彼らに耳をかすことは無かった。


『ぎゃあああああああああ!!!』


 アンラッキーズの任務は任務失敗者達に対する制裁だ。
 自は身に降りかかる不幸を想像し悲鳴を上げる。


「待ちな……!!」


 しかし、新たな声によって、ピタリと二匹が止まる。
 そして、暗闇から新たに二つの人影が現れた。
 一人は焼け焦げたようなチリチリの髪にサングラスの男。もう一人は全身にレモンの輪切りの装飾をあしらった女だ。
 

「夜中だってのにずいぶん賑やかねこの町は」

「……ケッ、つまんねー仕事おおせつかったモンだぜ。こんな前線にわざわざオレ達が……」


 突然現れた二人に、海賊の仲間かもしれないと浮足立ったミリオンズ達は銃口を向ける。


「貴様等いったい……誰だ!!?」


 二人は鼻を鳴らし、答えた。


「Mr.5」

「ミス・バレンタイン」













◆ ◆ ◆






「!?」


 賞金稼ぎ達を片づけ静かになった夜を満喫しながら月を肴に酒を飲んでいたゾロは、突如不穏な気配を感じた。


「今一瞬妙な気配が……港の方からか? ……いや、もう一つあったような」


 疑問に思うも、気のせいかと再び酒瓶を口元へと運んだ。


「あ、やべ。ルフィが置き去りだ」






◆ ◆ ◆











(ここで朽ちてなるものか……!! 私には大事な使命が……!!)


 Mr.8は生きながらえていた。
 剣士の斬撃は容赦こそなかったが、一命を取り留めるほどには手加減されたものだった。
 何とか身体を起こし、これからどうするべきか考えようとして、


「無残なモンだな。たった一人の剣士に負けただと?」


 振りかけられた声に驚愕する。
 

「Mr.5!!? ミス・バレンタイン!!?」


 そこには、オフィサー・エージェントである二人が立っていた。


「お前らフザけてんのか? ん?」

「キャハハハハハハ!! しょせんこれが私達との格の差じゃない?」


 二人は満身創痍のMr.8を見て蔑んだ視線を向ける。
 Mr.8は奥歯を噛みしめ、絞り出すように、


「……我々を笑いに来たのか!?」

「それもあるな」

「キャハハハハ!! 当然任務出来たのよ」


 そんな二人に、同じく満身創痍のMr.9とミス・ウェンズデーが膝をつきながら、


「……ハハハハハ ありがてェ……あんたらが加勢してくれりゃあんな奴ァ敵じゃねぇ」

「……そうね。お願いだから、あの剣士を早くたたんじゃって頂戴っ!!」


 島の被害は甚大だ。おそらく社員で動ける人間は殆どいないだろう。
 この島は、バロックワークスの資金源の一つだ。ここまでやられれば組織に対する被害は小さくは無い。それに組織にしてみても面子というものがある。
 仕返しを願う声を耳にして、Mr.5は敗北者達を見下し、サングラスの奥の目を細めた。


「つまんねェ、ギャグ、ブッこくな」

「!」 「!?」 「!」


 それは予想だにしなかった答え。
 その答えに、Mr.9は困惑し、Mr.8とミス・ウェンズデーは険を帯びる。


「おれ達がお前達の加勢だと?」

「わざわざそんな事でこの“偉大なる航路”の果てまで私達がやって来るとでも思ったの? キャハハハハ!!」

「……何? じゃあ一体何の任務で……」


 Mr.9の疑問。
 それは重要任務以外に動かないMr.5のペアがわざわざ派遣される程の任務とは何かということだ。


「心当たりはねェか? ボスがわざわざおれ達を派遣する程の罪……。
 ボスの言葉はこうだ。『おれの秘密を知られた』 
 当然どんな秘密かはおれも知らねェが……」


 その瞬間、Mr.8とミス・ウェンズデーの二人の表情が硬くなる。
 

「我が社の社訓は“謎”……。
 社内の誰の素情であろうと詮索してはならない。ましてやボスの正体など言語道断」

「……それでよく調べていけば、ある王国の要人がこのバロックワークスに潜り込んでいる事がわかった」

「……!!」


 その時、Mr.8は拳を砕けんばかりに握り締めていた。
 目を見開き、歯を噛みしめる。


(バレている……!! もはや、ここまで!!)


 Mr.8は静かに立ち上がると、ゆっくりと襟元のタイへと指を伸ばし、


「罪人の名は現在アラバスタ王国で行方不明になっている……」
 
「───死ね!! “イガラッパッパ”!!」


 本来なら味方である筈の、Mr.5とミス・バレンタインに向けて砲弾を放った。
 着弾し、爆音が響く。


「イガラム!!」


 ミス・ウェンズデーが叫び。


「?? いがらむゥ?」


 状況についていけないMr.9が困惑する。


「お逃げ下さい!!」


 必死なMr.8の叫び。
 しかしそれを遮るように甲高い笑い声が響いた。


「キャハハハハ!! 無駄よ」


 いつの間にかフワリ……と爆風に乗るように舞い上がったミス・バレンタインがミス・ウェンズデーを空襲する。
 放たれた蹴りは僅かに逸れ、ミス・ウェンズデーの髪飾りを砕く。パサリと後ろでまとめていた流れるような水色の髪がとけた。
 

「くっ……!!」


 ミス・ウェンズデーが仕返しに腕を振り払う。
 しかし、そこにミス・バレンタインの姿は無く。彼女は笑い声と共にフワリと軽やかに空中へと舞い上がっていた。
 
 その時、後ろで爆発音が響いた。
 ミス・ウェンズデーが振り向く。そこには胸元で何かが爆発し崩れ落ちるMr.8。


「罪人の名はアラバスタ王国護衛隊長イガラム!! そして……」


 Mr.8の放った砲弾によって作られた煙幕から浮かび上がるように、砲弾が着弾した筈のMr.5が現れる。
 そしてその隣に、まるで体重を感じさせないような軽やかさで着地したミス・バレンタインが並んだ。


「アラバスタ王国 “王女” ネフェルタリ・ビビ……!!」

 
 Mr.5はスッ……と胸元から証拠写真を取りだした。
 そこに映るのは、美しい水色の髪を靡かせる王女。

 化物……!! とミス・ウェンズデーは二人を睨めつける。


 組織からの“裏切り者”への抹殺命令。
 それは、バロックワークスに潜入したMr.8とミス・ウェンズデーのタイムアップを示し、ビビとイガラムの終わりを意味していた。












◆ ◆ ◆











──────薄い暗闇に声は響く。


 淡い月の光をまといながら男女二人は会話する。
 希望の行方を知るために。果敢にに抗う姿を見届けるために。そして自らの目的のために。



「始まったわね」

「ああ」

「少し予想と違ったけど、どうするの?」

「今は……静観かな。動きようが無い」


 眼下に映るのは、二人の能力者による圧倒的な光景だ。


「……もしかしたらこのまま王女様達は死んじゃうかもしれないわね」

「その程度なら……どうせ、この先も無理だろう」

「……そうね」

「それに」

「?」

「偶然ってモノはやっぱりあるもんだ」


 男は別の方向を指しながら言った。


「もしかして、あの剣士さん? 確か“東の海”でMr.7を倒した男だったかしら?
 確かにあの剣士さんならMr.5のペアにも勝てそうだけど、王女様達に手を貸すかしら?」

「いや……違う。<海賊狩りのゾロ>じゃない」

「じゃぁ誰なの?」

「爆睡して引っ張られている方だ」

「あの麦わら帽子のコ? どうして、そう思うの?」

「これ」

「手配書?」

「さっき、そこで拾った。最近手配されたばかりのルーキーって奴だ」

「これは……」 


手配書を見た女の目が見開かれる。


「ハハッ……面白いだろ?」

「ふふ……確かに、驚きね」

「……幸運ってやつは本人とは関係の無いところで働くもんだ。
 知らず知らずに、周りは偶然で固められていて、状況は既に揃い、後はその先の答えを自身で掴めるかで決まる」

「王女達の願いが届いた結果か、それとも彼が自らを導いた結果なのかしら?」

「さぁな……でも、これはもしかすると」

「……もしかするかもしれないわね」

「通称<麦わらのルフィ> 懸賞金三千万ベリー。
 本名……モンキー “D” ルフィ」

「……サウロと同じ “D”
 ……くしくも、状況は類似してるわね」

「……ああ」

「これからどうなるか……見物ね」


 そして、再び趨勢を見送る。
 その口元には、僅かな笑みがあった。


 
 









あとがき

というわけで、今回から本編突入です。
まずはお詫びを。今回の話の中盤はほとんど原作そのままです。
省略しようかな……と思い書いていたのですが、どうも緊張感が抜けたため、話をなぞる事にしました。適当に流して下さい。
あと、冬休み中などと大言壮語をぬかして申し訳ございませんでした。



[11290] 第七話 「歓迎の町の邂逅」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/01/21 23:38
 Mr.5の放った “何か” が胸元で爆発し、瀕死の重傷を負ったもののアラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムは息を長らえていた。
 このまま意識を手放しそうな程の衝撃であったが、それでも彼は懸命にその瞳を意志を滾らせる。

 彼には使命があった。
 それは、命よりも大切な重要な使命だ。

 前方では、<能力者>である、Mr.5とミス・バレンタインによる蹂躙が続いている。
 それに晒されているのはイガラムと共にバロックワークスに潜入した王女であるビビだ。
 今、果敢にも義理を立てたMr.9がビビの盾になろうと能力者二人に立ち向かったが、圧倒的な実力差のもとにねじ伏せられた。
 その光景を目にしながらも、唇をかみしめ、俊足を誇る超カルガモのカル―に乗ってビビは二人から逃げるが、いつ追いつかれるかは分からない。
 もはや立ち上がる程の力も残っていなかったが、それでもイガラムにはやらなければならない事があった。

 イガラムは地面を這いつくばり、先程自身に傷をつけた、蚊帳の外の剣士の脚にしがみついた。


「ん! 何だてめェ!!」

「…………!! 剣士殿……!! 貴殿の力を見込んで理不尽なお願い申し奉る!!」

「まつるな!! 知るかよ、手を離せ!!」


 当然のごとく剣士はイガラムの行動に困惑し引きはがそうとするが、イガラムはプライドや意地などをかなぐり捨て頭を下げる。


「……あの二人組両者とも<能力者>ゆえ私には阻止できん!! かわって王女を救ってくださらまいかっ!!」

「はぁ? 知るかそんな事」

「遥か東の大国<アラバスタ王国>まで王女を届けて下されば……!! ガなラ”ヅや莫大な恩賞をあなだがだに……!!」

「……もっぺん斬るぞ」

「お願い申しあげる……!! どうが王女を助げで下さいませぬか!!」


 重体の身体で叫んだ為に喉が血で詰まり上手く声が出せない。
 しかし、それを無視するかのようにイガラムは叫び続ける。

 剣士の強さはイガラムが身をもって体験した。自分では敵わない強大な敵でも、この剣士ならば太刀打ちできる筈だ。
 剣士にとっては迷惑極まりない話だろう。だが、是が非でも手を貸してもらわなければならないのだ。
 これから祖国へと赴き、祖国の希望となるべき王女がこの先で危険に見舞われている。王女を何としても助け出さなければならない。
 そのためなら、イガラムは惨めに剣士の足元に縋りつくぐらい、どうということでもなかった。



「莫大な恩賞ってホント?」



 その時、頭上から女の声が聞こえた。
 僅かに視線を向ければ、オレンジの髪の女が足を組んでこちらを見下ろしている。
 左肩にミカンと風車を模した奇妙な刺青を入れた、猫のような女だ。


「その話のった。10億ベリーでいかが?」


 海賊<麦わらの一味>の<航海士>である女───ナミは、満面の笑みでそう言った。






◆ ◆ ◆






「くっ……!!」


 静寂が支配する月夜のウイスキーピークをビビはカル―に乗って疾駆する。
 目的地までに敵を巻いて逃げのびるために、裏路地などに入って撹乱するも、追手のMr.5とミス・バレンタインは執拗に後を追う。
 <能力者>である二人は圧倒的な強さを持って二人をビビを追い詰めていた。
 つい先ほどMr.9に続き、ミス・マンデーまでもがビビのために盾となると言い散った。
 敵対組織であったが、ビビとイガラムを慕う人間は多い。それは、王族としての富貴では無く、二人が元から持っていた人徳だ。
 だが、それすらも追手の二人は「茶番」と笑い。そしてその<能力>を持って打ち砕く。
 
 ビビの脳裏に先程の瞬間が甦る。
 盾となり、立ち塞がるミス・マンデーをMr.5の腕が捕らえた。
 瞬間。その腕が爆発する。その強烈な一撃は、一瞬でミス・マンデーを打倒した。


 そして、現在Mr.5は逃げるビビを視界に納め、鼻をほじっていた。
 
 <ボムボムの実>の<爆弾人間>これがMr.5の能力だった。
 この能力は身体のいたるところを“爆発”させる事ができる能力だ。
 そして、それは身体だけでは無くMr.5の体内で作り出されたモノにも例外は無い。
 例えば、髪も、血も、息さえも。
 
 故に……。


「“鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)”!!」


 “鼻クソ”も例外ではない。

 丹念に丸められた、小型の爆弾(鼻クソ)は狙いたがわずビビの元へと発射される。
 ビビが迫りくる衝撃を覚悟した瞬間、突如、緑髪の剣士がその前に現れた。

 何かを斬り裂いた音がして、ビビの両脇で爆発が起こった。
 その衝撃によって両脇のサボテン岩が崩れた。


「Mr.ブシド―!!
 …………ああっ、道が!!」


 逃げ道を失い、ビビは愕然とする。


「鼻クソ斬っちまった!!!」


 だが、それ以上に剣士は愕然としていた。


「畜生っ!! 何てしつこい奴!! こんな時にっ!!」


 ビビは剣士に向かって、アクセサリーのような形の武器<孔雀スラッシャ―>を使い攻撃を仕掛ける。
 だが、それは剣士の一刀によって、いとも簡単に防がれる。


「早まるな。助けに来たんだ」

「え……、私を?」







◆ ◆ ◆






「ねぇ、バロックワークスって何なの?」


 10億ベリーという、脅迫にも似た金額で王女を護衛する事を請け負ったナミは倒れ伏すイガラムから事情を聴くことにした。
 イガラムの口から語られるのはバロックワークスという秘密犯罪結社の大まかな形態だ。

 イガラムの説明は要約すればこうだ。
 社員ですらその全容どころか社長の顔も分からない完璧な秘密結社であり、目的は“理想国家”の建国。
 稼業は、盗み、諜報、賞金稼ぎ、暗殺。それら全てはボスの命令によって動く。
 そして、働きにおいて後の理想国家での地位が約束される。


 イガラムからの説明を聞き、なるほど……とナミは納得した。
 胡散臭いことこの上ないが、魅力的な条件であった。この男の口上を聞く限りだとかなり有力な組織なのだろう。 


「ボスのコードネームはMr.0。
 一人だけ例外はいますが、つまりはそのコードネームに近いほど後に与えられる地位は高くなりそして何より強い。……特にMr.5より上の者達の強さは異常だ」

「ふうん……。でも、心配する事は無いわよ。あいつはバカみたいに強いから」


 イガラムの話を聞くもナミは特に心配する様子も無く、イガラムに対いて笑いかけた。
 それよりも、お金の方をよろしくね。と気楽に念を押し、何気なく辺りを見渡すとふとした違和感に気付いた。


「あれ? ……そこで寝てたルフィはどこ行ったの?」






◆ ◆ ◆




 
 
「……あなたね。この島の平社員達を斬りまくってくれた剣士ってのは」

「なぜ貴様が王女をかばう?」

「……おれにも色々と事情があるんだよ」


 ビビを追う、Mr.5とミス・バレンタインの前にゾロが立ち塞がる。
 ゾロとしてはあまり乗り気ではなかったが、ナミに弱みを握られ渋々と戦う事となっていた。


「まァ……いいさ。いずれにしろおれ達の敵だろ邪魔だな」

「キャハハハ……!! そうね邪魔。だったら私の能力で……」


 ミス・バレンタインはゾロに向かって無邪気な笑顔を向けた。


「……地面の下に埋めてあげるわ」

「そりゃ、どうも」


 互いに睨み合う。一触即発の空気が流れ始め、ビビがその緊張にゴクリと唾をのみ込んだ。


「ゾロォォォォォォ!!」


 その時、新たな叫び声が加わった。
 声の主の方へ視線を向ければ、風船のようにお腹を膨らませた麦わら帽子の男が立っていた。


「今度は何?」

「ルフィじゃねぇか……」


 <麦わらのルフィ>賞金3千万ベリーの賞金首で、ゾロの所属する海賊団の船長だ。
 ルフィは肩で荒い息を制しつつ、目的の人物を見つけ立ち止った。


「どうした? 手伝いならいらねェぞ。それともお前もナミに借金か?」

「ゾロ!!」

「あ? 何だ?」


 そしてルフィは怒りのままに感情を爆発させる。


「おれはお前を許さねェ!!! 勝負だ!!」

「はァ!!?」






◆ ◆ ◆






 突然、仲間である筈のゾロに宣戦するルフィ。
 いきなり何だというのだ?
 別にゾロが何かしたとでもいうわけでもない。特に心当たりも無かった。


「何を訳わかんねェ事言ってやがんだ!!」

「うるせェ!! お前みたいな恩知らずおれがブッ飛ばしてやる!!!」

「恩知らず……?」

「そうだ!! おれ達を歓迎してくれて旨いモンいっぱい食わしてくれた親切な町の皆をお前が一人残らずお前が斬ったんだ!!」

「………いや……そりゃ、斬ったよ」


 呆れて、ものが言えない。
 斬った。確かに斬ったが、それはこの町の人間が賞金稼ぎでルフィを含めた一味全員を騙していたのだ。
 しかもその話は既に終わり、今はまた別の問題の最中である。


「な、なんてニブイ奴なの」


 思わずビビも呟いてしまった。


「……あいつも剣士の仲間見てェだな。うっとおしい奴らだぜ」

「消しちゃえばいいのよ。任務の邪魔する奴は全てね……!!」


 Mr.5とミス・バレンタインの二人はどうでもいいと、任務を遂行しようとする。
 ゾロは未だ状況を理解どころか、状況について考えもしてないであろう船長にため息交じりに説明することにした。


「おい、ルフィ……よく聞けよ。あいつら実は全員……」

「いい訳すんなァア!!!」

「何ィ!?」


 問答無用!!
 ルフィの返事は岩をも砕くゴムパンチ。
 拳はゾロの頭を粉砕するかのように迫り、僅かに逸れ背後の石壁を粉々に砕いた。
 とてもではないが、味方に放つ攻撃では無い。


「殺す気かァ!!」

「ああ、死ね!!」


 そして再びゾロを相手にして暴れまくる。


「この野郎……!! 本気だ……!!」


 展開は思わぬ方向へと動き始めた。


「……Mr.5。……どうやら、わたし達の邪魔をしに来た訳ではなさそうね」

「そのようだな。ならば、おれ達は速やかに任務を遂行しようじゃねェか」

 
 何故か、激しい仲間割れを始める海賊達を見てミス・バレンタインは僅かに困惑する。
 そんなミス・バレンタインにどうでもよさげにMr.5が答え、気を取り直し二人は動き出す。
 アラバスタ王国王女の抹殺に向けて───!!
 

「いくぜ、ミス・バレンタイン!!」

「ええ、Mr.5!!」

 
 迫る<能力者>二人にビビは僅かに身体を硬直させる。
 逃げようにも、先ほどのやり取りで退路が絶たれてしまった。
 もはや逃げられないと、覚悟を決め立ち向かおうとしたその時、


「いい加減にしろてめェ!!」


 Mr.5のペアに向けて、ゾロに蹴り飛ばされた風船のように膨らんだ大玉(ルフィ)が直撃した。
 そして、共に吹き飛び、着き当りの民家の壁に直撃する。


「あのバカ野郎が……!!」


 ゾロは肩を怒らせ、破壊され大穴のあいた民家の壁を睨めつける。
 僅かに訪れる沈黙。
 ビビは成り行きを見守る為に息をのんだ。
 その瞬間、前方で大きな爆発が起こった。この現象はMr.5の能力だ。そして、それが誰に向かって使われたなど考えるまでも無い。
 すると、Mr.5の起こした爆風に乗り、傘をさしたミス・バレンタインが空高く飛び出した。
 

「あっっっっタマ来たわ!! もう死ぬがいわ!! わたしのこの<キロキロの実>の能力でね!!」


 ミス・バレンタイン。<キロキロの実>の能力者。
 彼女の能力は体重を自在に変化させることが出来るといったものだ。
 爆風にも乗る今の彼女の体重は僅か1kg。軽い体重を生かし軽やかに舞い、ミス・バレンタインはゾロの真上へと浮遊する。


「避けて!! Mr.ブシド―その女は!!」


 ミス・バレンタインの能力を知るビビはゾロに向かい警告する。
 <キロキロの実>の能力は何も体重を減らすことだけでは無い。その逆も可能なのだ。


「うるせェ……」

「えっ?」

「……今それどころじゃねェんだよ」


 ビビの警告を黙殺し、ゾロは爆風によって土煙の舞う前方を睨み続ける。
 すると、その中から人影が現れた。


「あー、いい運動して食いモン消化出来た……。これでやっと本気出せる」


 現れたのは、普段通りの体型に戻った麦わら帽子の男とボコボコにされ引きずられるMr.5。
 麦わら帽子の男は興味無いとばかりにMr.5を放り投げると、剣士の方向を睨みつけた。
 

「ミ、Mr.5!! 嘘……!! バロックワークスのオフィサーエージェントを!!」


 驚愕するビビ。それはありえない光景だった。
 絶対的な強者として存在するオフィサーエージェントの人間が、僅か短時間で瞬殺される事など考えた事も無かった。


「おい、ルフィ、落ちついておれの話を聞け。
 この町の連中は全員賞金稼ぎで、…………つまりおれ達の敵だったんだよ」

「ウソつけ!! 敵がメシを食わしてくれるかァ───っ!!」


 ビビの声が聞こえていなかったのか、ゾロは本来警戒すべきミス・バレンタインに見向きもせず、聴く耳を持たないルフィに対して再度説明を行う。


「無視すんじゃないわよ!! わたしの能力は1kgから1万kgまで自在に体重を変化させる事なのよ!!」


 完璧に無視されたミス・バレンタインは苛立ちのままに声を上げ、その<能力>を行使する。


「くらえ!! “1万kgプレス”!!」


 傘を閉じ、ゾロに向かって狙いを定める。
 1kgから1万kgへの急激な変化。
 重力に乗り加速した肉体は想像を絶する破壊力を生み、ミス・バレンタインを凶悪な圧縮機と化した。


 ───ヒョイ


 だが、ゾロはミス・バレンタインの必殺の一撃を、彼女を一瞥する事も無く、まるですれ違う人間を避けるかのようにいとも簡単に避けた。
 直前で避けられるとは思っていなかったミス・バレンタインはそのままの勢いで、地面へと突っ込み、沈黙する。


「……ルフィ、どうやらてめェには何を言っても無駄らしいな」


 ゾロはそのままミス・バレンタインを見向きもせずに、腕に巻きつけてあったバンダナを頭にきつく結んだ。


「このウスラバカが!! 
 ならこっちも殺す気で行くぞ!! 死んで後悔するな!!」


 ゾロは殺気を放ち、腰元の刀に手をかけた。


「上等だァ~~~~~っ!!」


 ルフィも地面を踏みしめ、気合を入れる。


「ちょっと……どうなってるの!? コイツら仲間じゃなかったの!!?」


 
 短期間ではあったが海賊達の船に乗ったビビは、仲のよさそうな彼らの仲間割れに困惑を隠せない。



「ゴムゴムのォ~~~~ォ!!」


 <ゴムゴムの実>の<ゴム人間>であるルフィは、ゴムの腕を後ろへと伸ばす。


「“鬼”───!!」


 三刀流の使い手であるゾロは、両手と口に刀を持ち、必殺の構えを取った。


「“バズーカ”!!」

「“斬り”!!」


 ゴムの身体を生かしての両腕の掌底突き。
 三本の刀が同時に襲い来る力技の豪剣。
 両者の間で必殺の一撃が炸裂した。








「畜生……!! こんな奴らにコケにされたとあっちゃ、<バロックワークス>オフィサーエージェントの名折れだぜ!!」

「その通りよMr.5!! 私達の真の恐ろしさあいつらに見せつけてあげましょう!!」


 傷だらけの身体で、Mr.5とミス・バレンタインの二人は立ちあがった。
 前方では自分達をコケにした海賊たちが激しい戦闘を繰り広げている。
 二人は海賊達を憎しみをこめて睨めつけた。
 これまでに二人達はいくつもの重要なな任務を完璧にこなしてきたのだ。
 それであるのに、海賊達はまるで自分達が眼中に無いようではないか。
 そのような事は、バロックワークスのオフィサーエージェントのプライドが絶対に許さない。
 

「行くぜ!! ミス・バレンタイン!!」

「ええ!! Mr.5!!」


 二人は戦闘を繰り広げる海賊達に向かい疾駆する。
 先程は、少しだけ油断しただけだと、己に言い聞かせ、互いに攻撃を仕掛けようとした時──────



「「……ゴチャゴチャうるせェな!!」」
 


 全身を今までに感じた事が無いような悪寒が走り抜けた。
 二人は余りにも恐ろし過ぎる海賊達に全身が硬直し言葉を無くした。


「勝負の───」


 海賊達はうっとおしい虫を払うかのように、海賊達はそれぞれの武器を握りしめ、


「──────邪魔だァ!!!」


 Mr.5とミス・バレンタインを吹き飛ばした。













第七話 「歓迎の島の邂逅」













「クックックッ……!!」

「もう、クレス笑い過ぎよ」


 海賊達が繰り広げる激しい戦場から少し離れた屋上でその様子を見ていたクレスは、その結末に笑いをこらえきれずに噴き出していた。
 余り距離が離れている訳では無い。見つかる可能性もあるので、ロビンは口元に笑みを作りながらもクレスをたしなめる。


「悪い。余りに予想外すぎてさすがに笑えた。
 勘違いで仲間割れして、その邪魔したからMr.5のペアが倒されたとか、ありえねェだろ」

「まぁ……確かに面白い結果に終わったわね」


 ロビンが眼下の海賊達を見る。
 先程、暴れ続ける海賊達に別の仲間がやって来て制裁を加え黙らせて、今は王女を交えて話をしている。


「で、これからどうするの?
 麦わらのコ達がやって来たのは予想外だったけど、おおむね想定通りよ」

「そうだな……これからどうなるか。
 海賊達が王女を連れてアラバスタに来るのか否かで少々シナリオが変わるな」

「そうね……あら?」


 その時、一匹のハゲタカと一匹のラッコがが海賊達の方へと飛んで行った。
 そして、暫く海賊達と王女の話を聞いて、確信したように頷き飛びったった。
 それを見て海賊達は騒ぎだす。おそらく、自分達の立場を知ったのだろう。
 二匹はアンラッキーズと呼ばれるバロックワークスのエージェントだ。
 主な任務は、任務の通達とフロンティア・エージェントへの任務失敗のお仕置き。
 言葉こそ話せないが、器用な動物達で似顔絵なんかも相当うまい。
 

「……あらら」

「抹殺リストに追加ね」

「まぁ、<麦わらの一味>は置いといてだ。
 あいつらが関わってくるかどうかを踏まえても、とりあえずはシナリオ通りでいいと思う」

「……そうね。たしかに、ある程度はアレで誤魔化せるものね」

「じゃぁ、行くか」

「ええ」


 そうして、二人は闇に溶けるように消え去った。




 
 
◆ ◆ ◆






 ボスの正体を知ってしまい、<麦わらの一味>はバロックワークスの抹殺リストに加えられた。
 ルフィとゾロの二人は何故か喜んでいるものの、常識人であるナミは悲観に暮れていた。
 グランドラインに入って早々に七武海率いる秘密組織に命を狙われるという重大さに気付いてないのかはしゃぐ様な素振りを見せる男共をシバき倒す余裕すら無くなっていた。
 その姿が余りにも可哀相でその切欠を作ってしまったビビが必死で慰める。
 好物のお金で慰められても、全然元気が出ない。でも、くれるなら欲しい。


「ご安心下さいっ!! 大丈夫!! 私に策がある」


 そんな海賊達と王女に怪我から立ち直ったイガラムが声をかけた。
 ナミが僅かに希望を覗かせ振り向いた。この男は一国の護衛隊長なのだ。きっといい考えがあるに違いない。
 ナミが見た光景は、


「イガラム……!! その格好は!?」

「うはーっ!! おっさんウケるぞ、それ、絶対!!」

「なんだてめェ、そんな趣味があんのか?」


 何故か女装をするイガラム。


「……もう、バカばっかり」


 そして、ナミは再び悲観に暮れる。もう何も聴きたくない。
 周囲の反応を気にすることなくイガラムはごく真面目に口を開いた。
 追手は直ぐにでも来るだろう。
 参考までにボスのクロコダイルの元々の賞金額は8100万ベリーだと。


「ところで、王女をアラバスタまで送り届けてくれる件は?」

「ん? 何だそれ?」

「コイツを家まで送り届けてくれとよ」

「なんだそう言う話だったのか。いいぞ」

「8100万ベリーってアーロンの四倍じゃない!! 断わんなさいよ!!」


 バカかァ!! と即答した船長に叫ぶナミだったが、これまでにルフィが言うことを聞いてくれた試しが無い。

 ナミを少し置いてきぼりにして、イガラムは作戦について語り出す。
 それはイガラムがダミーと共に囮となって永久指針に従いアラバスタへと直接向かい、組織がイガラムに気を取られている隙に通常航路で王女達がアラバスタまで向かうといったものだ。
 確実ではないがそれなりに効果のある。現状では最善の手段だろう。
 イガラムの説明に海賊達は納得し、ビビは固い決意と共にそれを了承した。


「無事に……祖国で会いましょう」


 そう言い残し、イガラムは暗い暗い夜の海に出た。
 イガラムを乗せた船は港から順調に風に乗り前に進む。
 きっと、イガラムなら危険な道のりも大丈夫。ビビはそう自分に言い聞かせ、船を見送った。






 船は月明かりの中を進み、水平線の彼方に消える前に──────爆発し、炎上した。
 






◆ ◆ ◆






 ほんの少し前。
 イガラムは作戦通り船の舵を取り、アラバスタを一直線に目指していた。
 

「ビビ様……貴女様ならきっと大丈夫です」


 一度だけ後ろを振り返り、王女であるビビを思った。
 王女との再会を約束したものの、イガラムとしてはこのままこちらに敵を目に引き続けられれば自分の身がどうなろうともよかった。
 Mr.5のペアが陥落し、組織はそれ以上のペアを差し向ける。
 だが、こうしてイガラムが囮として組織の目を欺いたとしても、組織の追撃はビビ達を襲うのかもしれない。 
 アラバスタへの道のりは困難を極める筈だ。なにも敵は組織の人間だけでは無い。
 通常航路でアラバスタに着くまでにはグランドラインの島を2、3通ることになる。
 ならば、その島で新たな困難が立ち塞がる可能性もある。グランドラインの非常識は時に航海者たちに無情な牙を剥く。
 だが…………。


「不思議な者達だった。
 ……彼の海賊たちならきっと遣り遂げてくれるだろう」


 彼らなら、あの不思議な魅力を持った海賊たちならば……。
 そんな、安心感にも似た感情がイガラムの口元に笑みを作る。
 単純に考えればありえない話だ。
 七武海が率いる犯罪組織相手に海賊達は余りにも小さい。
 しかし、それでも“何か”を遣り遂げてくれくれそうな気がする不思議な者達だった。


「彼らに報いるためにも、わたしも気を引き締めねば。
 王女が無事にアラバスタに辿り着く為にも、確実に航海を行わなければ……」


 イガラムは笑みを作っていた口元を引き締め直す。
 賽は既に投げられているのだ。もはやいつ追手がおって来てもおかしくはない。
 イガラムは再び針路を確かめようと<永久指針(エターナルポース)>を覗き込む。
 だが、その時、ありえない筈の声が聞こえた。



「─────残念だが、お前の歩みはここで終わりだ」
 


「なっ!!」


 驚き、視線を彷徨わせる。
 そして、己の後ろにその姿を見た。
 それは忘れる筈のない姿だった。

 色は黒なのだが、光に当たると干し草のように柔らかく透けるパサついた髪。
 細身ではあるが、洗練された機械のような機能美を感じさせる鍛え抜かれた肉体。
 一見優男にも見える真面目そうな顔立ちをしているが、どこか暗い光を灯している瞳。

 イガラムは驚愕と恐怖と共にその男の名を叫んだ。


「Mr.ジョーカー!!」


 憎しみさえ込められたイガラムの叫びに、Mr.ジョーカーは特に気にした様子も無く綽々と続けた。


「囮として一人アラバスタに向かい、エージェント達を釘図けにする。
 なかなか悪くない手だが、それでも組織を甘く見ているとしか思えない。
 …………まぁ、この際お前の変装に関しては目を瞑ろう」


 それは最悪と言っていい状況だった。
 今だ海に出て島を離れるどころか、半時も過ぎていない。
 この状況で囮作戦を見破られ、そしてなおかつ見破った相手がよりにもよってこの男だ。
 Mr.ジョーカー。
 Mr.0のパートナーであるミス・オールサンデーの私兵。
 正規にバロックワークスに所属している訳では無いのにコードネームを与えられる異質な存在。

 そして、何よりも……
 

「くっ……!!」


 イガラムが武器である散弾銃に手をかけた。
 島にはビビがいる。ここでこの男をを食い止める事が出来なければ命の危険に晒されるだろう。
 それだけは何としても防がなければならなかった。


「死ねっ!! “イガラ……” 」

「──無駄だ、止めとけ」

「ガッ!!」


 イガラムがショットガンの引き金に手をかけるよりも圧倒的に速く、Mr.ジョーカーはイガラムの腹に硬い拳をめり込ませていた。
 全身に響くような衝撃を受け、イガラムは膝をつく。
 それに伴い、握っていた散弾銃が床に転がった。
 イガラムはもともと重体の身だった。連鎖的に全身の傷が痛み、全身が動くことを拒むように固まった。
 

 そして、何よりも……。

 Mr.ジョーカーが恐れられるのはその圧倒的なまでの強さだった。
 ミス・オールサンデーの私兵という立場上、活躍の舞台は多くは無い。
 だが、社員のだれもがその存在を知っていた。多くのものは実際に見た訳ではない、しかし、その噂は遍く広がる。
 異質なままの存在であるにもかかわらず、バロックワークスという巨大な組織の中でまさに“実力”によってその存在を許される男だった。


「手加減した。……勘弁しろよ。あんまり暴れると後が大変だぞ」


 イガラムが行動不能に陥るまでの一撃を加えておいて、しゃあしゃあとMr.ジョーカーは言ってのける。
 膝をつき絶体絶命の状況においても、イガラムはMr.ジョーカーを睨み続ける。


「……おのれっ!! 貴様らに祖国を渡す訳にはいかぬのだ!!」

「……それだけ、吠えられれば上等だな」

「黙れ!! 必ずや我らは祖国を救って見せる!! 貴様らの思い通りにはさせんぞ……バロックワークス!!」


 その瞬間、Mr.ジョーカーは目を見張った。
 もう動けないと半ば確信していたイガラムが突如、Mr.ジョーカーに向けて飛びかかったのだ。
 だが、それは勝機など見えないであろう無様な攻勢。
 攻撃手段も体当たりと滑稽極まりない。
 しかし、それゆえにどこまでもまっすぐで強い。
 イガラムは命の残り火を燃やしつくすかのように、意地だけでMr.ジョーカーに攻撃を仕掛けたのだ。
 その身は身を捧げた、アラバスタ王国のため。
 彼の全ては愛すべき祖国と王女のため。
 そのためにこの身が果てようとも構わなかった。


「おおおおおおォォォ……!!」

「…………」


 吠えるイガラム。全てを賭けた彼の攻勢。
 だが、それでもイガラムの力はMr.ジョーカーに届かない。
 イガラムがMr.ジョーカーに体当たりをかます寸前、如何なる面妖な技か突如その姿が消えた。
 そして、間をおかずにその姿が勢い余り転倒したイガラムの後ろに現れた。


「───だから止めとけと言った。
 心意気は立派だが、それでもオレには届かない」


 Mr.ジョーカーは転倒したイガラムの首元を掴んだ。
 そして、常識外れの握力と膂力を持って自身よりも大きいイガラムを腕一本で持ち上げた。


「ぐっ……!! ……バケモノが」

「結構」


 その時、イガラムとMr.ジョーカーの瞳とが交差する。
 まるで、夜のように深い黒。その瞳が鏡のようにイガラムを見つめている。


「さっきも言ったが、ここでお前の歩みは終わる。怨むならオレを怨め。お前はここで一端退場だ」


 感情をうかがわせないまま、淡々とMr.ジョーカーは言う。
 

「わたしがここで果てようとも……!! 
 海賊達に導かれ、ビビ様は必ずや祖国を救うだろう!! 必ずだ!!」

「…………そうか。
 なら、そうなることを祈ってるよ。………精々頑張るんだな」


 そして、Mr.ジョーカーはイガラムを暗い夜の海へと放り投げた。
 大柄であるにも関わらず、イガラムの身体は重さを感じさせること無く遠くまで吹き飛ばされる。
 その直後、イガラムの乗っていた船で巨大な爆発が起こった。

 意識を失うイガラムが見たのは爆破された船と、何故か悲しそうに揺らいだMr.ジョーカーの瞳だった。






◆ ◆ ◆
 

 
 
 

 麦わら帽子を被った髑髏(ジョリーロジャー)を掲げた船は舵を川上に取り進んでいた。
 海賊船はそこから支流に乗り航路に乗る手筈となっている。

 本来は五人の海賊団に今は新たな人物が一人と一匹乗り込んでいた。
 麦わらの一味がアラバスタへと送り届ける事を約束したビビとカル―だ。
 ビビはイガラムの最後を見届け、唇を噛みしめながらも、気丈に振る舞い、前に進むことを決めた。
 そんなビビを海賊達は送り届けると約束する。


「おい、何でだ!! 待ってくれよ、もう一晩くらい泊まって行こうぜ!! 楽しい町だし、何よりも女の子は可愛いしよォ!!」


 眠っていた為に展開についていけない金髪の男が声を荒げた。
 オシャレにスーツを着こなて、無精ひげを生やし、何故か眉毛がくるりと丸まった男。
 <麦わらの一味>の<コック>のサンジだ。


「そうだぜ!! こんないい思いは今度いつできるかわかんねェんだぞ!!?
 おれ達海賊じゃねェか、ゆったり行こうぜ!! だいたい、まだ朝にもなってねェじゃねェか!!」


 同じく事情が呑み込めない長鼻の男が声を上げる。
 頭にはバンダナを巻き、<北の海>の最新モデルの狙撃ゴーグルをつけている。
 <麦わらの一味>の<狙撃手>のウソップだ。


「おい、ちょっとあいつらに説明を……」

「うん。してきた」


 船の舵を取るために甲板を離れていた騒いでいる二人を見てゾロが面倒くさそうにナミを促す。
 だが、ナミの答えは簡潔で既にサンジとウソップは黙り込んでいた。


「……………」

「……………」


 甲板に倒れ、何故か顔に殴打の後のある二人。
 確かに静かになったが、とりあえず黙らせるのを優先したようだ。
 
 倒れ伏す男二人を見て、ビビはナミにだけは逆らわない事を心に刻んだ。






 歓迎の街ウイスキーピーク。
 裏の顔は、賞金稼ぎ達の巣。
 その正体は、バロックワークスの支社。
 
 この島で様々な事が起こった。
 しかし、それはもう既に過去の事となり果てた。
 今を生きる人間には為すべき事がある。
 島から離れようとする船の上で、ビビは決意を新たにする。

 船は順調に進み、支流の終わり近づき岸が前方に見えた。
 日が昇り始め、辺りも明るくなってきて、霧も出て来る。
 襲ってくるかと思った追手の姿は無い。後は慎重に海に出るだけだった。
 


「船を岩場にぶつけないように気をつけなきゃね。あー追手から逃げられてよかった」



 ──────!!
 
 その時、聞き覚えのない女の声が聞こえた。
 その声はからかうように、海賊と王女達に語りかけられた。


「なっ!! 誰だ!!」


 全員が驚き声の方向へと振り向いた。
 船の二階部分の欄干。そこに、足を組んだ女が座っていた。
 
 艶やかな黒髪に同系色のテンガロンハットを被った女だ。
 大人びた整った面立ち、鼻筋はすっと中心を通り、瞼は綺麗な二重で色気を放つ。
 そしてその口元にはミステリアスな微笑が浮かんでる。
 肌は磁器のようにきめ細かく、服から覗く四肢がなまめかしい。


「はじめましてね。ミス・ウェンズデー」

「何であんたがここに……!! ミス・オールサンデー!!」


 ありえないとでも言いたげなビビの声。
 その声に、ナミが反応した。


「今度は何!? “Mr.何番” のパートナーなの!!?」

「……Mr.0、ボスのパートナーよ。
 実際にボスの正体を知っていたのはこの女ともう一人だけ……。
 私達はコイツ等の後を尾行することでボスの正体を知った……!!」

「正確に言えば、私達が尾行させてあげたの。
 ダメよ、ミス・ウェンズデー。尾行するならもっとうまくやらなくちゃ。それに古い建物は軋みやすいから体重を預けちゃダメ」

「くっ……」

「何だ、いい奴じゃん」


 歯がみするビビにルフィが能天気に言う。


「……そんな事わざわざ言われなくても知ってたわよ!! 
 そして私達が正体を知った事をボスに告げたのもアンタでしょ!!?」

「何だ、悪ィ奴だな」


 またも、ルフィが能天気に感想を述べた。
 ビビの糾弾にもミス・オールサンデーは笑みを崩さない。
 

「アンタがイガラムを……!!」

「さぁ、どうかしら?」

「くっ!! それに、いつも一緒のあの男はどこ!!?」

「さぁ、どこかしら?」


 状況からして、イガラムに手を下したのはこの女かもう一人で間違いない筈だったが、怒りもありビビは噛みつくように問いただす。
 だが、そんなビビを余裕の表情でミス・オールサンデーははぐらかした。
 

「アンタの目的はいったい何なの!!?」


 苛立ちが先行した言葉。
 その問いかけに、ミス・オールサンデーは僅かに目を細めて、初めて答えを返した。


「さァね、あなた達が真剣だったから、つい協力しちゃったのよ…………」


 ミス・オールサンデーはそこで区切ると、一度目を閉じて残りの部分を語った。


「…………本気でバロックワークスを敵に回して、国を救おうとする王女様があまりにもバカバカしくてね」


 それは明らかなる嘲りの言葉だった。
 命をかけ、国を救うために組織に潜入したビビとイガラムをあざ笑うもの言い。
 イガラムが最期に言った「無事に……祖国で会いましょう」という言葉がよみがえる。
 ミス・オールサンデーの言葉は彼の決意を踏みにじるような許しがたき屈辱だった。


「ナメんじゃないわよ!!」


 怒りのままに、武器を構えようとしたその時、既に海賊達が各々の武器をミス・オールサンデーに向けていた。
 ビビが驚く。今の話は海賊達には一切関係ない問題だ。だが、彼らはビビの怒りに共感し武器の矛先を定めてくれたのだ。


「おい、サンジ、お前意味分かってやってんのか……?」

「いや、なんとなく……。愛しのミス・ウェンズデーの身の危険かと……」


 武器であるパチンコをミス・オールサンデーはに向けて引き絞るウソップは、船に備え付けられている小銃を構えるサンジに問いかける。
 彼らは若干話が見えなかったが、赴くままに武器を構えていた。


「……………」


 片や、海賊達に武器を向けられたミス・オールサンデー。
 ルフィだけは何故か無表情で棒立ちしていたが、その他の全員から武器を向けられ絶体絶命の筈だ。
 しかし、さして彼女は気にした様子も無く、軽くため息交じりに呟いた。



「………殺しちゃダメよ。Mr.ジョーカー」



 瞬間、幾丈もの斬撃が海賊達に降り注いだ。


「避けろてめェ等ァ!!」


 いち早く気付いた剣士のゾロが叫ぶ。
 それでも完全に不意を突いた攻撃は海賊と王女にまともな反応を許さず、全てが彼らを縫いとめるかのようにその足元ギリギリに落ちた。
 浮足立つ海賊達。
 その中を、混乱を裂くように、ストン……。と軽やかにミス・オールサンデーの隣に一人の男が着地した。
 細身でパサついた髪と夜のような瞳の男だった。


「別にそんなつもりない。
 ただ、さっきの状態はさすがに我慢できないだけだ」

「Mr.ジョーカー……!!」

 
 男の正体を知るビビが絞り出すように呟いた。
 新たな男の登場に、先ほどとは打って変わり船内は静まり返った。


「ウソ……さっきの攻撃、……コイツ何したの」

「今のは斬撃……能力者か?」

「おいコラ……パサ毛野郎!! てめェ、レディ達に向かってなんて真似してくれてんだ!!」

「すんげーな!! お前!! いったい何やったんだ!!?」

「ギャァァー!! 鼻先かすったァァァ!!」


 Mr.ジョーカーの奇襲に、先程よりも海賊達は警戒の色を深める。
 全員がMr.ジョーカーを得体の知れない敵だと認識していた。
 そんな様子に、ミス・オールサンデーはため息をついた。


「やり過ぎよ、Mr.ジョーカー。
 ……これじゃ、本来の目的が果たせないわ」


 その時、甘い花のような匂いと共に、身構えたサンジと、逃げ腰モードのウソップにそれは起こった。
 二人は予想外のありえない位置から、何かに強く引っ張られた。


「え?」 「なっ!!」


 碌な抵抗も出来ずに、欄干から落とされる二人。
 それと同時に、甲板に立ち武器を構えていたナミとゾロにも変化が起こった。
 突如、何かに手を打ち払われ、手に持つ武器を叩き落とされのだ。
 落とされた武器と仲間を茫然と見つめ、それを引き起こせる可能性のある人物に視線を向ける。


「<悪魔の実>か!! 何の能力だ!!」


 その問いに、Mr.ジョーカーとミス・オールサンデーの二人は淡い微笑を浮かべるだけだった。


「いったい何しやがった……って、うぉい!! よく見りゃキレーなお姉さんじゃねェか!!?」


 殺気立つ仲間とは裏腹に、甲板に落ちた女好きのサンジが初めてミス・オールサンデーの顔を見て歓喜の声を上げる。
 もはや彼には攻撃を受けたことなどどうでもよかった。
 一瞬、尋常でない程の殺気がMr.ジョーカーの方から飛んできたが、それすらも気にしない。


「ふふふ……そう焦らないで。
 私達は別に何の指令を受けた訳じゃないの。あなた達と戦う意味は無いわ」


 その時、突如ルフィの被る麦わら帽子が弾かれるように、ミス・オールサンデーの手元へと運ばれた。
 

「あなたが麦わらの船長ね。モンキー・D・ルフィ」


 そして、彼女は麦わらをテンガロンハットの上に被せた。


「お前、帽子返えせ!! ケンカ売ってんじゃねーかコノヤロー!!」


 ここに来て初めて、怒りの感情を見せるルフィ。
 しかもそれは、大切な帽子が盗られたことに対してであった。
 それはただ状況を理解していないだけなのかもしれないが、その心内は誰にも分からない。


「不運ね……。バロックワークスに命を狙われる王女を拾ったあなた達も、こんな小さな海賊団に護衛される王女様も。
 そして、なによりも不運なのはあなた達の<方位指針>が示す針路。
 その先にある島の名は<リトルガーデン>。あなた達は恐らく私達が手を下さなくても、アラバスタにも辿りつけず、そしてクロコダイルの姿を見る事も無く全滅するわ」

「するかアホーッ!! 帽子返せコノヤロー!!」


 微笑するミス・オールサンデーに、帽子を取られ本気で怒りだすルフィ。
 そんな、ルフィにミス・オールサンデーは微笑みながら麦わら帽子を返した。


「だから、そんな困難にわざわざ突っ込んでいくのもバカな話」


 ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーへと目配せをする。
 Mr.ジョーカーはそれを受け、サイドバックから砂時計のようなモノを取りだした。


「これは、アラバスタ手前の<何も無い島>を示す<永久指針>だ。
 バロックワークスの社員達も知らない航路だ。これに従い進めば、困難を乗り越えられる」


 Mr.ジョーカーはその<永久指針>をビビへと放り投げた。


「何でこんなものを……!!?」 

「なに? あいつら、いい奴なの?」

 
 困惑するナミとビビ。
 目の前の二人の行動はどうにも謎が多すぎる。
 もしかしたら……。という考えが浮かんでは巡る。


「……どうせ罠だろ」


 ゾロのそれは当然の疑いだ。
 敵方からの手渡される進路。この先に何があるかなど、疑わない方がおかしい。

 海賊達の反応にも、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーは表情を変えない。
 むしろ、その選択の行方を楽しんでいるようにも感じた。

 
 <永久指針>を手にしたビビは選択を迫られた。
 あんな奴らからこんなものを受け取りたくない。だが、この船に乗せてもらう以上は少しでも安全な航路を取った方がいいに決まっている。
 しかし、それが罠だという可能性も十分にありえた。

 受け取るか否か。
 <永久指針>を見つめ決断を迫られるビビに、ルフィがズカズカと近づき、その手から<永久指針>を奪い取った。
 そして、バキリという小気味いい音と共に、ビビの選択肢を握り潰した。


「アホかーっ!!」


 考えなしの船長に炸裂するナミのヒールキック。


「せっかく楽に行ける航路を教えてくれてんじゃない!! あの女がいい奴だったらどうすんのよ―!!」

「…………」


 ルフィはナミの言葉を聞きながらも立ち上がると、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーに向けて言い放つ。
 その姿には一切の迷いや葛藤は無かった。


「この船の進路をお前が決めるなよ!!!」

 
 それが、この船の船長の下した結論だった。


「そう……残念」

「……ああ、まったくだ」


 そして、交渉は決裂し、結論は出た。
 そんな中で、Mr.ジョーカーは麦わらの船長に向けて問いかけた。
 この時、二人の笑みが深くなってたことに気付いた者はいなかった。


「もし、オレ達の言葉に嘘が無かったとしたらどうする?
 オレ達が示した航路が正解で、お前の選択が間違いだとしたら」

「なに言ってんだお前? 答えなんて、そんなもんやってみねェとわかんねェだろ」

「……そうか」


 そして、Mr.ジョーカーは背を向け、それにミス・オールサンデーが続く。


「威勢のいい奴は嫌いじゃないわ……生きてたらまた会いましょう」


 そして、ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーに手を引かれ、いつの間にか近くにやって来ていた巨大なカメに乗り込んだ。
 こうして、嵐のような邂逅は終わる。
 彼らが去った後には、どこか温かい春風が吹いていた。






◆ ◆ ◆







 バンチに乗りクレスとロビンは波に揺られる。
 差し始めた日光に影を作りながら広い広い海を進む。


「まったく……面白い奴らだ」

「ふふふ……確かに」


 二人は先程の邂逅を思い出す。
 成り行きを見守り、海賊達には興味を惹かれた。
 だが、それ以上の強烈な魅力を彼らからは感じた。


「まぁ、それでも<永久指針>を壊されるとは思わなかったな」

「なかなか、思い通りにはいかないものね」


 実際、二人が語った言葉に嘘は無かった。
 手渡した<永久指針>は実際に<何も無い島>を指している。
 

「最悪の場合は無理やりにでも拉致るしかないかと踏んでいたけど……それよりも、十分面白い結果が得られそうだ」

「でも、彼らは次の島でどうするのかしら?」

 
 海賊達の次の進路は<リトルガーデン>。
 ここには、どうしようもなく人の手では及ばない問題があった。


「いや、案外、何とかなるかもしんねェぞ?」

「まぁ、それも含めて……これからが楽しみね」

「ああ、そうだな」


 そうして、二人は再び波に身を委ねた。
 

 


 






あとがき
最近月に三回ぐらい自分は本当に馬鹿なんじゃないかと思う瞬間があります。
申し訳ございません。
今回の話はやっと一味との邂逅だ!! と変にテンションの上がった私の産物です。
途中はほとんど原作そのままなのですが、この部分は結構好きで、ハイテンションのままに文章に起こしてしまいました。
実は今回の話はいつもの三倍ぐらいあります。
省略して書き直そうかと思いましたが、そうするといまいち緊張感に欠けるような気がしてそのままにしてあります。すいません。

さて、こんかいから本格的に原作突入ですね。
いつまでたっても未熟な作者ですが、上手く導けるように精進を重ねたいです。




[11290] 第八話 「旗」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/02/21 22:04
 広場には無数といっていい程の国王軍の兵士達が集まっていた。
 整列した兵士たちは僅かな明かりの中、暗い広場を埋め尽くしている。
 日は沈み、月も雲によって覆われた、静かというよりも沈黙という言葉が似合いそうな音の無い夜だった。
 国を守るために日ごろから訓練を重ねて来た彼らの厳しい視線の先、無数の双眸が見つめる闇夜に、炎が灯った。
 一つ、二つ、三つ…………。
 灯る炎は次から次へ増殖するように増えていく。その熱は彼らの思いを代弁するかのように熱く燃え盛る。
 もはや数える事もバカらしくなるような無数の炎。それは、等しくその先に掲げられたものを焼いていた。



 ───旗が燃えていた。



 アラバスタ王国の国旗。
 太陽をモチーフとしたその旗は、本来なら彼ら国王軍が命をかけて守るべき象徴であった。
 それを、彼らは自らの手で焼いていた。
 無数の炎は暗闇を灼熱で映し出す。それは、明らかな叛旗の意。
 その瞬間、広場が爆発したと錯覚するほどの喚声が上がった。



『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────!!!』



 誰かが叫んだ。


「国王を許すな!!」


 誰かが叫んだ。


「祖国に雨を!!」


 誰かが叫んだ。


「アラバスタに平和を!!」


 広場にいる兵士達の誰もが感情のままに声を張り上げた。
 その余りの大きさに、隣接する建造物が悲鳴を上げるかののように震える。
 
 枯れる町。乾いた土地。緑は消え。人は死ぬ。流れるのは赤い血。
 この国はもう駄目だ。腐り落ちてしまった。もはや滅ぶしかない。
 兵士の誰もが祖国を憂い断腸の思いで決断を下した。

 後の統計で明らかになった、この大規模な反乱に参加した国王軍の兵士の数は30万人。
 彼らが反乱軍に加われば反乱軍40万対国王軍60万だった筈の鎮圧戦が、反乱軍70万対国王軍30万の抵抗戦へと変わる。
 砂の王国を巡る戦いは激しさを増す。誰もかもがその渦の中へと飲みこまれていく。

 今を必死に戦う人々をあざ笑う者には気付かずに………。













第八話 「旗」










 


 いつもの部屋。匂いまでもが染みついた執務室。
 その部屋でクレスはいつものように椅子に深く座り資料を眺めていた。
 感情を灯すことの無い瞳。それが資料の上の文字をなぞる。
  

「…………」


 数年にも及ぶバロックワークスの集大成。
 強固たる土台の上に万全を期して築かれる最終作戦。その麟片がそこにはあった。
 それは莫大な額に及ぶ大量の武器の購入リストと超高性能爆弾の発注書だ。
 これらは近日中に手元へと届けられる手筈となっている。


「理想郷(ユートピア)…………ね」


 クレスはその資料をパサリと机に放り投げる。
 そして冷めきってしまったカフェオレを口元に運んだ。


「……苦い」


 冷めたコーヒーはコクを増しクレスの嫌いな苦みをブレンドしていた。
 クレスは渋々と残りを飲み干して口の中に残った苦みにまた顔をしかめた。


「エージェント達への招集も滞りなく完了したわ。……後は時間の問題ね」

「……そっか」


 窓から外の景色を眺めていたロビンが補足する。
 クレスは首の骨を鳴らし固まった筋肉をほぐす。
 そのまま眠るように椅子に深く座り直しシミ一つない天井をぼんやりと見つめた。
 
 思えばバロックワークスには四年もの間在籍していた。
 特に感慨は湧かなかったが、それはクレスとロビンが「組織」というものに所属していた中で最長の期間であった。
 

「あのさ……ロビン」

「なに?」

「もし……」


 ──────この国でもダメだったら。


 そこでクレスは口ごもった。
 聞いてしまっては何かが終わるそんな気がした。
 それは二人にとっての崩壊の呪文なのかもしれない。
 口にした瞬間、何かが崩れそうだった。


「すまん……何でも無い」

 
 その先を口にすることが出来なかった。


「あのね、クレス」


 そんな時、ロビンが口を開いた。
 日の光に照らされ出来た影が少し憂鬱げに思えた。


「外を歩かない?」






 夢の町レインベースの喧騒はいつもと変わりなく感じられた。
 昨日の国王軍の反乱もあって、激化するであろう内乱に不安を感じる者も多かったがその大半が楽天的に構えていた。
 中にはどこ吹く風と同じ国の民であるのに他人事のように捉える人間までいた。
 それはレインベースが<七武海>であるクロコダイルの庇護下にある事が大きいだろう。
 反乱軍も国王軍もクロコダイルが居を構えるこの町を戦場にするほど愚かでは無い。
 実際、内乱が始まり他の地域が渇きに喘いでいてもこの町だけはいつものままだった。
 

 クレスとロビンは人の流れに沿うように目的も無く歩いた。
 ロビンの提案はクレスにとっても嬉しい選択だった。
 あのまま部屋でぼんやりと資料を眺めていても退屈なだけだ。


「どこか行きたいところとかあるか?」

「少し本屋に。クレスは?」

「しいて言うなら……喫茶店に行きたい」

「またデザート? 程々にしないと身体に悪いわよ」

「いや、聞いてくれ。最近新しい喫茶店がこの辺りに出来たんだって。それでそこのチョコレートケーキが大評判でな、そんで……」

「もう、……仕方ないわね」


 先にロビンの目的地である町の本屋へと赴いた。
 しかし、どうやらそこにはお目当てのものが無かったようで、二、三と周り、最終的に町はずれの古本屋でようやく発見し購入した。
 その後はクレスがロビンを連れ喫茶店に入った。
 店内には厳しい日光を避けるために多くの客がいてテーブル席はいっぱいだったが、幸いカウンター席は空いておりクレスとロビンはそこに腰かけた。
 クレスはとりあえず評判のチョコレートケーキを頼み、ロビンはコーヒーを注文する。
 評判のチョコレートケーキはなかなかの出来栄えだった。クレスが今までで食べて来た中でも上位に入る逸品だ。
 頬の緩んだクレスを見ながらコーヒーを片手にロビンは購入した本を開いた。
 辞書のように厚いハードカバーの本だ。相当古いもののようで傷が目立った。


「歴史書か?」

「ええ、もう一度この国の歴史を知りたくて」

「……そうか」
 

 ロビンにどんな思いがあるかは分からない。クレスはそれ以上踏み込むことはしなかった。
 ケーキをゆっくりと堪能し、ついでにおかわりを三つ頼んで、ロビンが本を読むのを横目にゆっくりと店のBGMに耳を澄ました。
 暫くしてパタンと本の閉じる音がしたのでクレスはロビンに視線を向けた。


「もういいのか」

「ええ、一区切り。続きは帰ってからね」

「アラバスタの歴史なら上陸したときにも調べてなかったけ?」

「一通りは。でも、この本は少し違うの」

「違う?」

「そう。これはこの国の人々によって書かれたものなの。
 この国の考古学者が中心となって、この国の人々の声を聞いて、皆でまとめあげた……そういう本」

「へぇ……」

「何故か製作者の中に先々代の国王の名前が友人のように記載されているけどね」

「……どんな国王だよ」

「ふふ……。そこもこの国の面白いところね。
 観測者が変われば当然視点が変わる。主観か客観が、勝者か敗者か、いろんな角度での見方があるから『本当』を知りたかったらいろんな視点で見る事が必要になるわ。
 近くてもダメ。遠くてもダメ。誰の意見にも偏ることなく、それでいて誰かの目に映った事を導かなければならない。
 それを踏まえて、この本はアラバスタの歴史について知るにはちょうどいい本なの」

「なるほどな」


 柔らかな笑みを浮かべて語るロビンにクレスの表情がほころんだ。
 クレスは小さい頃のロビンがシルファーから教わった歴史を得意げに語っていた姿を思い出した。
 やはり好きな事だからだろうか? いつもよりも声が弾んでいて饒舌だった。


「どうしたの?」


 クレスの表情の変化にロビンが気付いた。


「いや、楽しそうだなって思ってさ」

「そう……かしら?」

「ああ、とっても。
 やっぱりお前はそういう顔の方が綺麗だ」


 クレスの本心からの言葉だった。
 ロビンはクレスの言葉に少し俯き、僅かに遅れて答えた。


「……ありがと」


 その顔はほんのりと熱を持っていた。






◆ ◆ ◆






「ハァッ!!」


 王家の象徴である神殿都市。
 アラバスタ王国の首都であるアルバーナ。
 その宮殿の敷居内に造られた訓練場の外れで裂帛の気合と共に剣が空気を切り裂いた。
 振るわれた剣は止まることなく連続で、二、三、と目にも留らぬ速さで振るわれる。
 額から流れる汗を拭うことなくぺルは一心不乱に剣を振り続けた。


「クッ……ハァッ!!」


 日は昇りきりもう正午も過ぎた。
 かれこれもう半日以上剣を振るっていることになる。
 しかし、ぺルはいつまでも剣を振り己を鍛え上げていく。


「はぁ……はぁ……ッ! ……ハァッ!!」


 当然、体力も尽きかけていた。
 これ以上の訓練は身体にとって毒でしかない。
 だが、彼はそれでも腕を止めなかった。


「この程度では……ッ!!」


 ぺルが一心不乱に何かに憑かれたように己を鍛えるのには訳があった。
 思い出すの過去に起きた国王の襲撃事件だ。
 動揺を防ぐために、この事件は隠匿され知る者は少ない。
 表向きは事無きを得たことになっていたが、それは違うとぺルは感じていた。

 事件の際そこに居合わせたぺルはある男と対峙した。
 覆面で顔を隠し、正体がまったく掴めなかった男。
 男は王国最強ともてはやされるぺルを圧倒し、あまつさえ手加減すらしている節があった。
 応援に来た兵士のおかげで男は撤退したが、あのまま勝負を続けていれば敗れていたのはぺルの方であっただろう。
 その後、懸命に逃げた男を捜索したが足取りを追うことは出来なかった。
 己に弱さ故に、もしかすれば国王の命すら失われていたかもしれないのだ。
 ぺルはその事を恥じ、それ以来訓練に没頭した。


「ぺル」


 剣を振るうぺルに声がかけられた。
 ぺルはその人物に目を向ける。
 そこに威風堂々たる容貌の武人が立っていた。
 ぺルと同じくアラバスタ王国護衛隊の一員で、現在は事実上の国王軍総司令官の要職についている<黒犬のチャカ>だ。
 ぺルはチャカの言葉にようやく腕を止めた。


「そろそろ一息入れてはどうだ。
 あの反乱劇の後だ。お前が気を立てていれば兵たちも動揺する」

「……すまない」


 ぺルは剣を納めると傍らに置いてあったタオルで自身の汗を拭った。
 そんなぺルにチャカが水筒を差し出した。


「水……か」

「どうした?」

「いや……これを巡って戦いが起きていると思うとな」

「……そうだな。だが、それでもお前はそれを飲まなければコブラ様を守ることはままなならない」

「……つまらない事を言ったな」

「いや、お前の気持ちも分かる」


 ぺルは水筒を悲しげに見つめた後、ほんの少しだけ口に含み飲み込んだ。


「兵たちの様子は?」

「やはり動揺している。……中には武器に迷いが生まれ始めた者もいる」

「こんな時、イガラムさんがいてくれれば……」

「言うな。……あの人はビビ様と共に祖国のために戦っておられる筈だ」


 護衛隊長であるイガラムの失踪は国王軍にとって確かな陰を落としていた。
 戦いの場でこそ実力ではぺルとチャカに劣るものの、イガラムには確かな求心力があった。
 それも先日に起こった大規模な反乱の後だ。兵たち纏められなかった自分達を恥じると共に、イガラムの存在を渇望するのも仕方が無かった。


「ところで、例の男……いや、“敵”の情報は?」

「……まったくと言っていい程に進展が無い」


 国王がダンスパウダーに手を出す事などありえない。
 「国とは人」コブラは日ごろからそのように心がけ、常に国民を中心において政をおこなってきたのだ。
 富を集中させ民達をひれ伏させるやり方は国王コブラの最も嫌いな統治の方法の筈だ。

 故に、ダンスパウダーの事件よりも前、雨が王都にのみ集中するようになった時から調査をおこなってきた。
 だが、それでも今だ裏に潜んだ敵を見つけ出す事は出来なかった。


「一刻も早く見つけなれば。
 ……早くしなくては大規模な戦が始まってしまう。そうなれば“鎮圧”では終わらなくなる」

「部下達には全力を尽くさせている。
 だが、こればかりはどうにもならん。……我々はコブラ様に従うのみだ」


 ぺルは小さくため息を漏らそうとしてそれを飲み込んだ。
 今は大事な時期だ。上に立つ者がしっかりとしなければ下の者に動揺が広がる。


「それにしても懐かしい場所だ。
 ……確かここを抜ければ“秘密基地”だったな」


 チャカがぺルが訓練をしていた広場を見渡しそう言った。
 この場所は余り人が近づかない。故にぺルはこの場所で訓練を行っていた。


「あの頃のビビ様はおてんばで手を焼かされた」

「そうだな。……コーザの奴もここでよく相手をしてやった」


 チャカは懐かしむように広場の中心まで歩く。
 するとそこで立ち止り、帯刀していた刀を抜いた。


「書類仕事ばかりで少し身体を動かしたい。
 ぺル、少しは身体は休まったか? 良ければ相手をしてくれないか?」

「いいのか?」

「少しの間ならばな。それにここは人通りも少ない。我らが打ち合えども安心だろう」


 するとぺルも構えた。
 両者睨みあう。そこに先程までの穏やかな雰囲気は無く、洗練された武人の姿があった。


「疲れて力が出せぬなどとは聞きたくないぞ」

「心配するな。いつでも行ける」


 瞬間、二人の身体に変化が起こった。
 ぺルの身体からは羽が生まれ、巨大な隼に変わり大空へと飛翔する。
 チャカの身体からは鋭い犬歯が伸び、強靭な四脚が大地を掴んだ。

 <トリトリの実 モデル“隼(ファルコン)”>
 <イヌイヌの実 モデル“黒犬(ジャッカル)”>

 <隼のぺル>
 <黒犬のチャカ>
 二人は奇しくもアラバスタ王国の守護獣である隼と黒犬を模した<動物系>の能力者だ。
 <動物系>の能力者はそのモデルとなった動物の能力と共に絶大な身体能力を得る。
 故に、鍛えれば鍛える程に絶大な強さを誇る肉体を持つ<動物系>は迫撃において最強の種といえた。


「────行くぞ」

「─────来い」


 王家の守護神たる双壁を為す二匹が互いに睨み会う。
 そして同時に動いた。
 ぺルは翼で空を切り裂き、チャカは脚で大地を砕いた。


「“飛爪”─────!!」

「─────“鳴牙”!!」


 瞬間、二人が交叉し、空間が裂けたかのような衝撃が起こった。







◆ ◆ ◆







 砂漠のオアシス<ユバ>そこには反乱軍の本部拠点があった。
 度重なる砂嵐によって機能しなくなったオアシスに目をつけた彼らはそこに陣を引いた。
 オアシスとして死んだこの地にわざわざ足を運ぶ者は無く、王都からも雄大なサントラ河を挟む形となっていてちょうどいい位置であった。
 だが、それは現在過去形となりつつあった。
 元々本部の拠点を移動させる案はあった。それに拍車をかけたのは先日に起こった国王軍の大反乱だ。
 この地では、膨大な数に膨れ上がった反乱軍を率いるのにはもはや限界であった。


「コーザ!! 話を聞かんか!! コーザ!!」


 物資の移転が終了し、殆ど人のいなくなったユバで反乱軍の指導者である男の名を老人が呼んだ。
 名をトトといい、皮と骨だけのようなやせ細った老人だった。
 昔はふくよかな体型だったのだが今はその影もない。その姿はまさに現在のアラバスタの民を現していた。


「何度も言うが親父!! 
 早く死んだオアシスなんて見捨ててとっとと他の町に避難しろ!! 今ならまだ連れてってやれる!!」

「何を言うか!! ユバはまだ死んではおらん!! お前の方こそ反乱なんてバカな真似を止めんか!!」


 今から十一年前、この地に国王はオアシスを建設することを命じた。
 その時その命を受けたのがトトで息子であるコーザはトトと共にこの地にオアシスを開いた。
 だが、そのオアシスも干ばつと度重なる砂嵐によって干上がり町も死に絶えた。


「お前も知っているだろう国王様の人柄を!! あの人は決して国を裏切るような人じゃない!!」

「それがどうした!! 人柄だけで何もかもが決まる訳じゃない!! 
 現にアラバスタは枯れ、オレ達は皆雨を求めているんだ……!!」

「だからと言って、国に刃を向けんでもいいだろう!!
 もう暫く待て!! そうすれば必ず国王様が全て解決してくれる!!」

「もう待てるかよ……オレ達も、この国も、もう限界なんだよ……!!」


 コーザは顔の傷を隠すようにかけられたサングラスの奥の瞳を濁す。
 彼とて好きで戦っている訳では無い。
 雨を求め、戦いが始まり、国がそれを望み、戦いが続いた。


「お前……ビビちゃんの事はどうするんだ」

「………………」

「王家に刃を向けるということはビビちゃんとも闘うということなんだぞ?」


 ビビ───現在行方不明の王女の名だ。
 アラバスタが平和だった頃、コーザとビビは幼なじみであった。
 今もなお残る額の傷跡も当時誘拐されそうになったビビを助けるために負ったものだった。


「あいつは今行方不明だ。……逃げたんだよ、護衛隊長に連れられてな」


 低い声でコーザは言った。


「それが真かどうかなどお前なら分かっているだろう。
 あの子はきっとイガラム殿と共にアラバスタを救おうと動いとるに違いない。
 きっと、ビビちゃんは生きとるし帰ってくる。その時お前はビビちゃんに血にまみれたアラバスタを見せるつもりなのか?」

「じゃぁどうすればいい!! 
 もうこの“うねり”は止まらない!! おれ一人が戦いを止めた程度では納まらないんだよ!!」


 吐き捨てるようにコーザは言い、トトに背を向け近くに止めてある馬に跨った。


「これで最後だ親父!! オレ達と一緒に来るか、ユバのように死ぬかだ!!」

「ユバは死んではおらん!! お前こそ反乱などバカげた真似は止めんか!!」


 もはやトトは一歩も動かなかった。
 ギリッ……とコーザは歯を噛みしめた。


「なら勝手にしろ!! オレは───戦う!!」


 コーザは馬の手綱を操り振りかえることなく馬を反乱軍の仲間が待つ方向へと走らせた。


「コーザ!! 待たんか!! コーザ!!」


 トトの叫びはもはや届かない。
 反乱軍達はユバを放棄し、残ったのは去って行った足跡のみだ。だが、それすら風に運ばれた砂が覆い隠していった。
 行ってしまった息子を茫然と見つめていたトトはその姿が完全に見えなくなると膝をついた。
 そして肩を震わせ涙を流した。


「バカ者が……それが間違いだと何故分からない」


 そう呟きトトは暫くの間声も無く泣いた。
 目から流れた熱い涙はトトの干からびた肌を流れる。
 だが、その涙もユバの大地のように消えていった。

 その後、トトは立ち上がると枯れたオアシスに向かって歩いた。
 そして、スコップを手に取りもくもくと穴を掘り続けた。


「ユバは死なん。何度でも甦る。
 …………それはこの国も同じだコーザ」


 老人の声を聞くものはオアシスには誰一人としていなかった。






◆ ◆ ◆


 



「ありがとうございました」


 店員の感じの良い声に見送られ、ロビンとクレスは喫茶店から出た。
 思ったよりも喫茶店で時を過ごしたため、外は既に宵がかっていて薄い暗闇が砂の国を覆っていた。
 反乱とはほとんど無関係なレインディナーズでは街頭に光が灯り二人のゆく道を照らしていた。


「いやぁー。なかなかいい感じの店だったな。ケーキも上手かったし。また来ような」

「ふふ……そうね」


 満足げなクレスの声を聞きながら、人ごみに沿うように歩いた。
 今日はもうやる事もない。後は宿に帰って休むだけだった。


「その本重くないか? 良かった持つぞ?」

「大丈夫。このくらいならどうってことないわ」


 ロビンは今袋に入った歴史書を持っていた。
 ハードカバーの辞書のように厚い本でクレスの言うように結構な重さがある。


「……お前がそう言うなら良いんだけどな」

「気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう」


 クレスと並び歩く。
 そして随分とこの町を見慣れてしまったことに気付いた。
 良くも悪くもクロコダイルの力は強大だ。<七武海>であるクロコダイルを世界政府は信用し、サンディ諸島一帯には海軍が近づいてこない。
 よって、アラバスタは現在では二人にとって最も安全な地域ともいえた。


「……やっぱ止めた」

「え?」


 その時、クレスがロビンの手を握った。
 握られたロビンの手には歴史書の入った袋がある。
 クレスはそれを引き受けると共にロビンの細く繊細な手を握っていた。


「こうすれば文句ないだろう」


 それは片方に押しつけるという形では無い。共有という形だ。
 優しく、重さを本の重さを引き受けた上で、包み込むように優しくロビンの手を握っている。
 その大きな手の平から伝わる熱にロビンはこの上ない安心を感じた。


「そうね……文句なんてないわね」


 そのままクレスと手を繋ぎ歩いた。
 ただ、それだけで世界がより鮮明に見える。人々は活気に満ち、景色は輝いていた。
 
 今、クレスと共有するように持つアラバスタの歴史の本。
 今日これを探したのは自分に対するケジメと覚悟のためだ。


 アラバスタは最後のチャンスだ。
 クレスと二人世界中を見て回った。でも、<歴史の本文>はどこにもなかった。
 でも今回はきっとある。この国の中枢で厳重に隠匿されたその先に必ず<歴史の本文>はある筈だ。
 そしてそれを見る事が出来れば、<真・歴史の本文>へと辿り着く。
 そのためにはどうしてもクロコダイルの下に付きこの国の転覆を計る必要があった。
 もう間もなく、ロビンが片棒を担いだ計画が実行される。
 ならばこの国は崩壊するだろう。
 気にする必要は無い。クレスはそう言った。
 確かに、クロコダイルならばロビンとクレスがいなくても必ず計画を実行しただろう。
 だが、ロビンはそれに自らの意志で手を貸してしまった。
 ならば相応の覚悟を決める必要があった。
 だから歴史書を探した。
 たとえ意味が無くとも偽善であってもこの国の歴史をもう一度知ろうと思った。
 己の犯す罪の重さを確かめるために…………。


 二人は歩く。
 子供の頃のようにクレスは優しくロビンの手を握っていた。
 ロビンはクレスに肩が触れ合うまで近付くとその腕をクレスの腕に絡めた。


「お、おい」

「なぁに?」

「い、いや……何でも無い」


 一瞬焦ったような声を出しクレスは口ごもった。
 相変わらずこういうところがかわいいと思う。
 手をつないでふざけあえるこの距離をロビンは愛おしいと思った。

 
 二人の宿まではもう少しだ。
 宵も徐々に深まり、辺りは暗闇が沈殿してきた。
 もう日が暮れるというのにこの町は人通りが消える事は無い。
 ギャンブルの町として名を馳せるこの町は夜こそが華だ。
 夜になれば昼間以上に色煌びやかに街が輝く。時折花火大会などの催し物も開かれた。
 故に先ほどよりも多くの人間とすれ違う。
 手を繋ぐロビンとクレスにとっては彼らは背景で、逆に彼らにとっては彼ら以外の周りが背景なのだろう。






「──────えっ?」






 だが、その背景が一瞬ぶれた。
 背景がロビンを中心として回る世界を侵食しかけた。
 息を飲んだロビン。
 それは一瞬の事であった。
 前方を歩く人影その中にその男はいた。
 その男はまるで身体に靄がかかっているかのように曖昧で、質量を感じさせないかのような存在感の薄さだった。
 完璧なまでに背景に溶け込み、本来ならロビンも気付くこと無く通り過ぎただろう。現にクレスは気付いていない。前を向いたまま変わらぬ表情で歩き続けている。
 だが、その男はロビンには決して見逃すことのできない姿をしていた。
 男の背丈は恐らく190cm前後。
 細身であるが鍛えられた体。
 パサついた干し草のような色の柔らかい髪。
 そして、夜のように深い瞳。
 その見事なまでの一致にロビンにとってその異常性が不気味に見えた。
 光無き世界。
 闇夜の支配する空間で浮かび上がるようなその男を見れば人々はどう思うだろうか?
 ──────亡霊。
 その言葉を一瞬、ロビンは思い浮かべた。


「どうした、ロビン?」


 ロビンはクレスの言葉に現実に引き戻された。
 そしてもう一度男の方向を見た。
 だが、そこにはその男はいなかった。


「何かあったのか?」


 クレスは声を低くし問いかけた。
 ロビンはそんなクレスの顔を確認するように見て、


「ごめんなさい。……気のせいみたい」


 そう、言葉を濁した。













 時は来る。
 時は巡る。
 時は進む。
 時は飲み込む。

 ──────そして時代が動き始める。
 
 
 


 

 
 
 



あとがき

リアルがかなりピンチで、更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。
今回は中継ぎで、題名通り「旗」の回ですね。
反乱、ペル、コーザ、ナチュラルにイチャつく二人、謎の男。
あれ? 何か一つおかしいのがあったような? まぁ気のせいですよね。




[11290] 第九話 「虚像」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/02/07 23:53
 町は熱狂に包まれていた。



───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!



 乱舞する歓声の中心には一人の男が不敵な笑みと共に立っていた。
 がっしりとした体型に鉤手の男だ。顔には巨大な傷跡が走り。爬虫類のように温度の無い瞳をしていた。
 “海賊”サ―・クロコダイル。<七武海>の一角を占める元賞金首にしてアラバスタの民衆の支持を一挙に受ける男だ。
 その傍にはミイラのように干からびた海賊の船長が横たわっている。
 かろうじて生きてはいるものの、その眼には数分前までに宿っていた暴力的な光は無く、今は完全に恐怖に挫け血走っていた。
 名も知らぬゴミを見下し、クロコダイルは腕を掲げた。
 その瞬間、砂塵が吹き荒れ、逃げ惑っていた海賊達を巻き上げる。
 海賊達の悲鳴を呑み込むように吹き荒れる砂嵐。その後に立ちあがれる者は一人としていなかった。
 この一瞬で町を襲っていた海賊達は一人残らず掃討された。
 


───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!



 内乱中の国は海賊達にとって格好の的であった。
 しかし、クロコダイルは国王軍よりも早く迅速にその全てを屠って来た。
 そのため、アラバスタの民たちは狂喜に踊り、クロコダイルを<英雄>と称えた。


「クッハッハッハッハ!! 黙れ愚民ども!!」


 止まぬ歓声。
 だが、クロコダイルはそんな彼らをを見下し拒絶する。


「そう言ってアンタはいつもオレ達を助けてくれるんだ!!」

「素敵!!」

「クロコダイル万歳!!」


 しかし、民は叫びクロコダイルの全てを称賛する。
 内乱により国王の権威が失墜する今、アラバスタの民はクロコダイルという圧倒的なカリスマを持つ<英雄>の虜となっていた。


───砂漠の王!!
───アラバスタの守り神!!
───サ―・クロコダイル!!


 その歓喜を背にして、クロコダイルは口角を釣り上げた。













第九話 「虚像」













───皆、お願い。あの男に騙されないで……!!
───あの男は英雄なんかじゃない!!
───クロコダイルはアラバスタを乗っ取ろうとしているの!!
───私はアイツの野望を暴いて見せるから!!
───パパ、コーザ。だから戦わないで……!!






 <ゴーイングメリー号>は二本のマストに一杯の風を受け海を行く。 

 一味は指針に従い目指した<リトルガーデン>においてバロックワークスのエージェントからの妨害を退け。
 突如航海士を襲った病を回避するために立ち寄った<ドラム王国>で前支配者を下し、船医を仲間に迎えた。
 過酷な困難に見舞われたものの<麦わらの一味>はその困難を切り抜け、今は一直線にアラバスタ王国を目指していた。



「……全然釣れねェじゃねェか、ウソップ」

「それはな……ルフィ!! お前が餌を食っちまうからいけねェんだろうが!! 餌がなきゃ釣れるもんも釣れねェよ!!」

「お前だって食っただろ」

「オレは蓋の裏に付いていたヤツだけだ!!」


 船は今極限状態にあった。主に食料面で。
 食料は計算してアラバスタまでの間ちゃんともつ量が載せてあった筈だった。
 しかし、アラバスタへの到着にあと何日かを残した状況でそれが尽きてしまったのだ。
 仕方がないから釣り糸を垂らすことになったのだが、適当に釣りを行ったところで魚が釣れる訳でもなく、鳴り続ける腹を納めるために大食らいのルフィをはじめとした面々は餌にまで手を出してしまった。
 催促するようにルフィの腹が鳴った。やるせない程に腹が減っていた。


「おい、サンジ。ホントにもうメシないのか?」


 釣り糸を垂らすことに飽きてきたルフィが通りかかったサンジへと問いかける。


「ねェよ!! ほとんどお前が食ったんだろうが!!」


 と言いつつ、女性陣のナミとビビの分はこっそりと隠してあった。
 この船ではこれくらい知恵を回さなければレディ達に快適な食生活を提供できない。


「ルフィ諦めろって。
 無いもんはしょうがねェ。今は当たりが来るまで待つしかねェだろうが」

「待つったって、おれは飽きたぞ」

「いいかルフィ。釣りってのは無心でやるもんだ」

「無心ってなんだよ」

「む、無心ってのはな……何も考えないこと何じゃねぇのか」

「じゃぁ、ボーっとすんのか?」

「いや違うだろ」

「ぼー」

「いやだから違うって」

「ぼー」

「…………」

「ぼー」

「…………」

「ぼー」

「…………ぼー」


 そして、完全に脱力する二人。
 こんな二人が垂らす餌なしの針にはよほど飢えている魚でもかからないだろう。


「……気合入れてやろうかクソ野郎ども」


 ガン、ガン!! バカ二人にサンジの踵が食い込んだ。
 タンコブを作った二人は無言で釣り糸を垂らした。


「はぁ、せめて魚釣りとかに精通してるヤツがいればな」

「いや、いくらなんでも餌なしじゃ釣れねェだろうよ」

「じゃあ潜ってとって来てくれたらいいのに」

「……サンジ、おめェ何とかなんねェのか?」


 煙草をふかし一服ていたサンジにウソップが問いかけた。
 サンジは<能力者>では無いにも関わらず無類の強さを誇る人間だ。


「まぁ、出来ねェ事はねェだろうよ。オレでもそこで爆睡しているアホ剣士でもな」


 ただ……。と言い、サンジは煙を吐き出した。


「この海の海流にのまれず。この海で泳ぐ魚に追い付ければの話だ。
 普通の魚なんかはたぶん無理だろうな。海の中でも海王類が襲って来れば蹴り飛ばしてやれるが、追いかけるのなら無理だ。
 オレは泳げねェ訳じゃねェが、魚よりも早く泳げる訳じゃねェし息も永遠には続かない。それに海に潜ったとしても常に獲物がいる訳じゃねェ」


 体力の面などからも考えて、海に入ることは相当のリスクがあった。
 知識の無い素人がただ適当に海に潜るというのは相当危険だ。
 それに、自分達よりも遥かに遅い人間に追い付かれる程魚も愚かでは無い。
 浅瀬ならば変わってくるのだろうが、遠洋での素潜りの漁というのは無意味と言っていい程に無謀だった。
 残る方法は自らを餌として海王類や海獣をおびき寄せる方法なのだが、これも相当難しい。やろうと思う人間はまずいないだろう。


「それにオレは<コック>だ。食料を取るのは専門外だな」

「やっぱりそうか。狩りをするには待ち伏せや、後は専門的な道具を使うしかねェか。
 そうなると考えモンだな。<食料調達員>ってのはこの船じゃ必要不可欠に思えて来たぜ。
 <リトルガーデン>みたいに無人島に上陸する可能性もあるし、今回みたいに海の上で食料が尽きる可能性もあるしな」

「まぁ、そういうこった。
 おれも食料が“食えるか”それとも“食えねェか”ぐらいなら分かるが、それがどこに生息してるとかは基本的なことしか分からねェよ」


 話は終わりだ。無駄口叩いてないで釣れ。釣れなきゃお前らメシ抜きだ。とサンジはルフィとウソップを促す。
 

「決めた」


 その時、黙って話を聞いていたルフィが口を開いた。


「仲間にしよう」

「はぁ?」 「ん?」

「メシとれるヤツ!! そいつ仲間にするぞ!!」


 釣り竿を持ったままルフィは両手を上げ宣誓した。
 が。
 その次の瞬間ルフィのお腹が大きく鳴った。
 どこまでも能天気なルフィにウソップとサンジはため息をついた。






◆ ◆ ◆






「アレは何?」


 甲板から前方を眺めていたビビはその光景に驚く。
 何も無い海から硫黄の匂いと共に無数の煙が上がっていた。
 グランドラインは未知が多い。もしかしたら重大な危険を孕んでいるかもしれなかった。
 

「……ああ、大丈夫。
 何でも無いわ。ただの蒸気」


 ビビの疑問に航海士のナミが答えた。
 

「蒸気が海から?」

「ええ、ホットスポットよ」

「ホットスポットってなんだ?」


 <ヒトヒトの実>を食べたことによって人間の能力を得たぬいぐるみのような青鼻のトナカイ。
 新たに一味に加わったしゃべる動物。<船医>のトニー・トニー・チョッパーがナミに問いかけた。


「マグマの出来る場所のこと。この下には海底火山があるのよ」

「海底なのに火山なのか?」

「そうよ、火山なんてむしろ地上より海底の方がたくさんあるんだから。こうやって何千年何万年後にこの場所には新しい島が生まれるの」

「なんだかすごい場所みたいねここは……」

「そうよ」


 そして<ゴーイングメリー号>は煙の中へと進んだ。
 火山の熱によって引き起こる水蒸気の為、煙の中はかなり硫黄臭い。
 視界を完全に奪われ、そしてその煙を抜けた時。



「「うわァあああああああああああああああ!!!」」 



 ルフィとウソップの素っ頓狂な叫び声が響いた。
 その声を聞きつけ、ビビ達がが釣りをしていた二人へと急ぐ。
 そこには、グンと撓る釣り竿を持ったルフィとウソップの姿。
 食糧難のこの船では獲物がかかったということは喜ばしい事なのだが、二人の顔は死体でも釣りあげたかのように強張っていた。


「……………」


 そこには何故かバレリーナもどきの変態がいた。


「オカマが釣れたァ!!」

 
 何故か釣れたバッチリメイクのオカマ。
 オカマの方も自分の状況が分からないようで茫然としていた。
 

「クエェーッ!!」


 オカマにしがみつかれていた超カルガモのカル―が嫌そうに鳴いた。


「カルーに何してんのよ!!」

「ぐへっ!!」 「ぐおっ!!」


 ビビは相棒のカル―を餌にしていた二人をシバキ倒す。
 カル―が早く取ってくれともう一度鳴く。


「シィ~~まったァ!! あちしったら何出会いがしらのカルガモに…………」


 そんな事を言いながらオカマが海に落ちた。






「いやーホントにスワンスワン」


 海に落ち、引き上がられたオカマは手刀をたて感謝の意を述べた。
 その後はオネェ言葉でスープをねだったが食糧難の一味のブーイングを浴びる。
 一味としてはバレリーナもどきの変態など助ける義理も無かったが、目の前で溺れているのをほっとくのも目覚めが悪いので助ける事にした。


「おめェ泳げねェんだな」

「そうよう、あちしは<能力者>なのよう」

「へぇ、どんな能力なんだ?」


 興味が湧いたのかウソップが尋ねた。
 <悪魔の実>とは世界中に散らばった海の秘宝だ。
 一味にも二人能力者がいるのだが亜種多様々の能力は見て飽きるものではない。


「そうねい。じゃあ、あちしの迎えの船が来るまで慌ててもなんだしい。余興代わりに見せてあげるわ」


 そう言うとオカマは近くにいたルフィの胸倉を片手で掴みあげると、その顔面に向かって強烈な掌底を喰らわせた。
 その余りの衝撃にルフィが吹き飛び、後ろの船室の壁を突き破った。
 色めき立つ一味。
 様子をうかがっていたゾロがすかさず刀を構えた。


「待ーって、待ーって、待ーってよーう。余興だって言ったじゃなーいのようっ!!」


 オカマがゾロに両手を掲げ制した。
 “今吹き飛ばされたルフィの声”で。


「な……!?」


 ゾロの顔が凍りついた。


「ジョーダンじゃないわよ―う!!」


 そこにいたのは。


「は……? おれだ!!」


 吹き飛ばされたルフィが無傷のまま起きあがってオカマを見て驚いた。


「がーっはっはっはっは!! びびった? びびった?」


 そこにはもう一人のルフィがいた。
 顔、身長、体格、声色に至るまですべてが鏡に映ったかのようにそっくりに“マネ”られていた。


「左手で触れればほら元通り。これがあちしの食べた<マネマネの実>の能力よ~~~う!!」


 オカマは左手で頬に触れ、元の姿に戻る。
 ウソップとナミは声を失い。チョッパーは小さな体で驚きを表す。ルフィは目が飛び出る程に驚き「スゲェェ!!」と声を上げている。
 オカマはそのどさくさにまぎれ近くにいた一味の頬に触れていく。


「この右手で」


 ウソップの姿で。


「顔にさえ触れれば」


 ゾロの姿で。


「この通り誰のマネでも」


 チョッパーの姿で。


「で~~~~~きるってわけよう!!」
 

 ナミの姿で。
 オカマは自らの服にそのままの姿で手をかけ。


「……体もね」


 バッと本人の前で色っぽく服をはだけて見せる。
 我関せずを決めたゾロ以外の、男衆が食い付いた。


「やめろ!!」


 当然のごとくナミが鉄拳制裁をオカマに喰らわせる。
 のぞき見た男衆もついでに殴られた。


「さて、残念だけどあちしの能力はこれ以上見せる訳には……」

「お前スゲェー!!」「もっとやれ!!」

「さーらーに!!」


 ノリノリでオカマは続けた。


「メモリ機能付き!!」

 
 オカマが顔に触れる。するとその瞬間か顔がルーレットのように変化する。
 男に女。
 子供に老人。
 そこに性別や年齢の垣根など無い。
 老若男女如何なる姿もオカマとっては分け隔てなく“マネ”る事が出来るのだ。


(………えっ?)


 オカマの気持ち悪さに少し引いていたビビだったが、オカマがある男に変身すると、その目を見張った。
 どうして……? 疑問よりも衝撃が勝った。
 その姿にはどうしようもなく見覚えがあったのだ。






 意気投合したオカマとルフィ、ウソップ、チョッパーの三バカは手を取り踊りだしたりもしたが、不意に別れの瞬間は訪れた。
 突然の別れに三バカは涙する。


「悲しむんじゃないわよう。旅に別れはつきもの!!」


 オカマは三バカに背を向ける。
 背中のコートに書かれた『オカマ道』が揺らめいていた。
 そしてオカマは親指を立て、目頭を熱くしながら笑う。


「友情って奴ァは……付き合った時間とは関係ナッシング!!」


 オカマはつま先で船の欄干を蹴り、自らの船に飛び乗った。
 そして部下へと檄を飛ばす。


「さァ、行くのよお前達っ!! サンデーちゃんとジョーカーちゃんが待ってるわ!!」

「ハッ!! Mr.2・ボンクレー様!!」


 オカマを乗せ白鳥船は瞬く間に遠ざかった。
 その船影を茫然と見つめて、去り際に放たれた言葉に一味は言葉を失った。


『───Mr.2!!?』


 今通り過ぎたオカマは敵であるバロックワークスのエージェントの一人だったのだ。


「ビビ!! お前顔知らなかったのか?」

「……ごめんなさい。私Mr.2とMr.1のペアにはあった事が無かったの。
 能力も知らないし……噂には聞いてたのに……Mr.2は……」


 ビビが自らの過ちに項垂れる。


「大柄のオカマでオカマ口調。白鳥のコートを愛用してて、背中には『オカマ道』と……」

「「「気付けよ」」」


 後の祭りである。悔やんでも仕様が無い。
 だが、ビビは重大なことに気付いていた。


「さっきあいつが見せたメモリーの中に父の顔があったわ。あいつ父の顔を使っていったい何を……」


 ビビの声が沈む。
 アラバスタを乗っ取ろうとしているバロックワークスが自由に国王コブラの顔を使えるとすれば、


「……相当、よからぬことが出来るよな」


 ゾロが懸念を口にする。
 国王の顔を自由に使える。これほどアラバスタの崩壊に有効な手段は無い。


「厄介な敵を取り逃がしちまったな」

「あいつ敵だったのか?」


 腕を組むウソップに困惑するチョッパー。


「確かに厄介な敵ね。
 あいつがもし私達を“敵”と認識しちゃって、さっきのメモリーでこの中の誰かに化けられたら、私達は仲間を信用できなくなる」


 ナミの言葉にビビが息を飲んだ。
 一味の結束は固い。しかし、あのオカマが能力を使えばいとも簡単にそれも崩壊するだろう。
 正面から力で向かってくる相手には強いのだが、こういった絡め手は一味の不得手とするところだ。
 一味はその事実に頭を抱えた。


「……そうか?」


 だが、船長のルフィだけは違った。

 それはただの楽観か。
 それとも何も考えていないのか。
 ────しかし、それは確信でもあった。



「あのね、ルフィ……」


 ナミが呆れたようにルフィに事の重大さを説明しようとするが、それはゾロに阻まれた。


「いや、コイツの言う通りだ。
 確かにコイツの言うことには根拠はねェが、アイツにビビる必要は無いって点では正しい」 

 
 ゾロは鋭い目で笑みを作る。


「今アイツに会えた事をラッキーだと考えるべきだ。
 ───対策が打てるだろ?」
 





◆ ◆ ◆






 アラバスタには巨大なサンドラ河が島を分断するように流れている。
 アラバスタでは水路よりも陸路を行くのが一般的な為運河は余り発達はしておらず、王都からも遠方にあるために今は半ば放置された状態となっていた。
 そのサントラ河のレインディナーズ側の岸に珍しく一艘の船が止まっていた。


「こんなもんアルバーナに運んでどうすんだよ?」

「オレが知るか。どうせ、ボスには壮大な考えがあるんだろうよ」

「たっく、秘密主義ってのも分かるが訳も分からず使われる側になってみろってんだ」

「分かってたってどうせ意味なんてねェよ」

「あァ?」

「末端のおれ達<ビリオンズ>ができる事なんてたかが知れてんだろうが」

「チッ……誰かフロンティアエージェントのナンバーズでも死なねェかねぇ」

「それなら、たしか何人かエージェントがやられたって噂だぜ」

「バーカ、ありゃオフィサーエージェントの話だろうが」

「え? どうしてだ? 繰り上がりで昇格するかも知れねェじゃねェか?」

「よく考えろ。オレ達やフロンティアエージェントの連中があんな化け物どもの変わりなんてなれるかよ」

「あ~納得」

「───おい、バカな事言ってねェで作業しろ」


 男達は愚痴を漏らしながらも黙々と作業を続けた。
 一般の運送船をを装った船には厳重に封をされたあるものが積まれていた。

 その積み荷が何か男達は知らない。
 その積み荷が何に使われるかも男達は知らない。
 そして、その積み荷が何に使われるかを知ってはいけない。
 完璧な秘密主義。
 完全なる“謎”。

 それが男達が所属する組織バロックワークスの社訓だった。

 やがて作業も終わり、後はチェックを済ませて出港する手筈となっていた。


「……やっと終わった。
 後はこれを向こう岸に運んで王宮に潜入した奴らに引き渡すだけか」

「めんどくせェ」

「オラ、休んでんじゃねェ。これから出港だ」

「そんな事言ってもよ。だりぃモンはだりぃんだよ」

「同じく~」

「早くしろ、時間内に終わんねェとヤべェだろうが」

「あー、何もしたくない」

「そうだ、そうだ」

「おい、いい加減にしろ」


 仕切り役が苛立った声を上げ、ようやく男達は動き出した。
 そして片方の男が仕切り役に聞こえないようにぼそりと呟いた。


「くっそ……こうやる気が出ないのは全てMr.ジョーカーのせいだ。
 何が私兵だふざけやがって……よりにもよってオレ達の心のオアシスだったミス・オールサンデーのファンクラブまで潰さなくてよかったのによ」

「ん? お前もしかしてファンクラブのメンバーだったのか?」

「もしや、……お前もか!!」

「もちろんだ朋友よ!!」


 そして互いに抱擁を交わした。無駄に熱い抱擁だった。
 補足を入れると、ファンクラブなどの組織も秘密主義で互いの顔を知っている者は少ない。


「忘れもしないぜ。あの血に染まった暗黒の日を……!!」

「ああ、倒れた朋友の屍を乗り越えて一心不乱に逃げた屈辱を……!!」

「立ち向かおうとして怖すぎて二秒で断念した決断力(ファインプレー)を……!!」


 ひとしきり涙を流し、男達は互いに笑いあった。
 そこには同じ困難を乗り越えたものが浮かべる笑みがあった。


「こんなところで朋友に巡り合えるとは……神に感謝しよう」

「ああ、今宵の任務明けの酒は極上に違いない」

「ところで、貴公はどこに?」

「私はあのミステリアスな妖艶さにおもに胸に」

「かく言う私は、あの黄金律のような完璧なプロポーションにおもに太腿に」


 口調も変わる。ノリノリだった。
 ひとしきり熱く語り合い互いに男の笑みを浮かべた。


「ああ、あの母性の塊に抱かれる瞬間を何度夢見たことか」

「あっ、それならオレは膝で癒されたい」







「──────で、遺言はそれでいいのか?」







 その声に、男達はギギギ……と壊れかけの機械のように後ろを振り向いた。


「確実に殲滅したと思ってたんだがな……」

 
 そこには、バキボキと指を鳴らしながら、凍てつくような理不尽な怒りを目に宿して、死神──────Mr.ジョーカーが立っていた。


「三秒やる。神に祈れ」


 ……あの、ヒップラインも素晴らしい。
 これが男達が最期に思ったことだった。






「責任者は?」


 指先を赤く染めながらMr.ジョーカーは運送船に乗る部下達に問いかけた。
 傍にはかろうじて生きているであろう男達が横たわっている。


「わ、私です」


 仕切り役の男がおずおずと手を上げた。
 先程の惨劇でその顔は青白く引きつっていた。
 Mr.ジョーカーは腕を刀のように振るい、指先についた汚れを飛ばす。


「お前か」


 Mr.ジョーカーは責任者の前までやって来ると運送船を指した。


「悪いが任務の変更だ。
 物資の運送は一端中止。お前達はこのまま元の所属に戻れ」

「……中止ですか?」

「ああ。
 理由は聞くな。オレも知らん」


 突然の任務の中止宣告。
 通常なら理由ぐらいの通達ぐらいはある筈だ。しかし、組織形態上それも無い。
 責任者の男は自らの労働が徒労となったことに憮然となったが、組織に所属して長いため諦めのように従うことしか出来ない事を知っていた。


「では、この船は?」

「アレはこっちで受け継ぐ。
 今回の事はオレがボスに告げておこう。お前達は帰って休むと良い」

「は、はぁ」


 話はこれで終わりらしく、Mr.ジョーカーは船に乗り込むと出港の準備を始めた。
 納得がいかないままだったが、責任者の男はかろうじて生きている社員を連れ町に戻った。
 一度だけ後ろを振り向いた時、Mr.ジョーカーが積み荷を見ながら何かを呟いていた。






◆ ◆ ◆






「とにかくしっかり締めとけ。今回の相手は謎が多すぎる。
 あんな奴が敵にいると思えば迂闊に単独行動も取れないからな」


 手首に布をほどけないように結びつけながらゾロが言った。
 ゾロだけでは無く一味の全員がそれぞれの腕に布を巻いていた。


「……なるほど」

「確かにこれは効果的ね」


 ナミとビビが互いに布を結び合いながら感心する。


「そんなに似ちまうのか? その……<マネマネの実>で変身されちまうと?」


 Mr.2が船にやって来ていた時に唯一姿を見せなかったサンジがふと疑問に思った事を聞いた。


「そりゃもう“似る”なんて問題じゃねェ、“同じ”なんだ。
 おしいなーお前、見るべきだったぜ。おれたちなんて思わず踊ったほどだ」

「おれァ、オカマにゃ興味ねェんだ」


 それが一味がこうして布を巻いている理由だった。
 Mr.2の<マネマネの実>の力は手で触れた相手に変身することができる事だ。
 だからこうして、仲間を見失わないように『仲間の印』をつける事で混乱を防ごうとしていた。


「おれは何をすればいいんだ?」


 途中で仲間になったチョッパーが自らの役割を問う。


「出来ることをやればいい。それ以上はやる必要はねェ。
 勝てねェ敵からは逃げてよし!! 精いっぱいやればそれでよし!!」

「……お前それ自分に言ってねェか」

「クエッ!!」


 微妙に弱気にウソップがチョッパーと自分を激励する。
 チョッパーは小さな蹄をぐっと握り、サンジはカル―にも布を巻いた。


 それぞれの思いを胸に船はアラバスタの港へと近づく。

 ビビはこれから起こる戦いに思いを馳せた。
 この先にどんな未来が待っているかは分からない。
 バロックワークスは巨大な組織だ。
 最終作戦の発動が秒読みの今、<七武海>であるクロコダイル始めとした組織の実力者であるオフィサーエージェントも集結し、戦いは苛烈さを増すだろう。
 この組織の計画を暴き、戦争を止める。しかも味方はたった六人の少数海賊だけだ。
 だが、それでも何故か大丈夫だと思えてしまう。
 共に苦難を乗り越えたこの大切な仲間と一緒ならきっとどんなことでも出来る。……そんな気がした。


「よし、これから何が起こっても左腕のこれが─────」



「──────仲間の印だ」



 ルフィ、
 ゾロ、
 ナミ、
 ウソップ、
 サンジ、
 チョッパー、
 そして、ビビとカル―。
 ルフィの言葉に一味は円を組み左腕を突き出す。


「じゃあ、上陸するぞ!!」


 ルフィがアラバスタを視界に入れ、頼もしい笑みを見せた。


「メシ屋へ!! ……あと、アラバスタ」

『ついでかよ!!』


 一切の緊張感も無い、いつもの様子の仲間達を見つめながら、ビビは心強く『仲間の印』を見つめ、大切に手を添えた。












あとがき
アラバスタ本格始動ですね。今回は一味メインの話です。
書かせて頂いて思うのですが、ワンピースのキャラを書くのはとても楽しいです。
一人一人のキャラが生き生きとしていてこちらまでパワーが出てきますね。
次も頑張りたいです。



[11290] 第十話 「ユートピア」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/30 00:25
 夜の砂漠は煌々とした月が輝き、青白く世界を染めていた。
 時刻は午後八時。ほぼ時間どおりにクレスは目的地の<スパイダーズカフェ>に到着する。
 バンチをスパイダーズカフェの裏手に横付けし、業者台から降り立った。
 クレスがこの場所にやってきたのは、バロックワークスの最終作戦のために集結したエージェント達をクロコダイルの元へと迎える為であった。
 本来ならバンチだけを使いに出せばいいのだが今回はロビンの要請もあり、保険としてクレスが出向く事となった。
 集結するメンバーは、

 Mr.1にミス・ダブルフィンガー。
 Mr.2・ボンクレー。
 Mr.4にミス・メリークリスマス。

 裏社会で名の通った人物で、驚くことに全員が<悪魔の実>の能力を有していた。


「…………面倒事とか起こしてねェだろうな」


 赤土の硬い大地をクレスの脚が踏みしめる。
 スパイダーズカフェは町はずれの荒野にあった。
 それゆえに喧騒とはかけ離れた静かな場所の筈であるのだが、クレスを出迎えたのは騒々しい破壊音であった。


「おいおい……」


 ベンサムを始めとしてバロックワークスのオフィサーエージェントには変わり者が多い。
 裏社会で名の通った曲者達の寄せ集めだ。こうしてその全員が集結したときに衝突が起きない訳が無かった。
 クレスが派遣されたのはその面倒を仲裁する為の保険であった。
 半ば予想していた早速の仕事に、クレスは急ぎ店の表へと向かった。


「コイツ等はあちしの部下よう!!」

「…………」


 店内ではベンサムと胴着姿の男が対峙していた。
 胴着姿の男の正体はMr.1。鍛え抜かれた肉体に丸刈りで刃物のように鋭い容貌の男だ。
 午後八時丁度。時計が時刻を刻むと同時に、Mr.1はベンサムの部下達を半殺しにした後に店内に投げ入れ、それにベンサムが激昂した。 
 Mr.1のペアに関しては謎が多く、Mr.2のベンサムですら関知していなかった。故に突如現れた謎の男に店内のエージェント達は警戒の視線を向ける。
 だが、不気味な空気を感じ取ったミス・メリークリスマスの静止の声も聞かず、仁義に厚いベンサムはMr.1へと躍りかかった。


「オカマ拳法“白鳥アラベスク”!!」


 撓るようなベンサムの連続蹴りがMr.1へと放たれる。
 Mr.1はベンサムの蹴りを最小限の動きで避け、その隙を縫い切り裂くような拳を突き出した。
 ベンサムはそれを柔軟な首の動きでを避け、お返しとばかりに抜き手を放つ。


「アン!!」「ドゥ!!」


 ベンサムの突きをMr.1は飛び上がり避ける。
 そして、そのまま空中から強襲を仕掛けようとして、


「オラァ!!」


 ベンサムの流れるような蹴りをを胸に受けた。
 しかし、Mr.1も然る者。絶妙のタイミングで放たれた蹴りを腕を交差しガードする。
 だが、その衝撃までは殺しきれない。
 Mr.1は店内の壁へと向かい吹き飛ばされ叩きつけられる───と思われたが逆にその壁を粉々砕いた。その破壊痕は刻まれたように滑らかで、通常ならありえない砕かれ方だった。
 そして、Mr.1は難なく外に着地する。


「……死にてェらしいな」

「上~等~ようっ!!」


 Mr.1は不気味に腕を揺らめかし、ベンサムはMr.1が砕いた壁の穴から飛び出した。
 周りには他のエージェント達も居たのだが、ヒートアップした二人に静止の声は届かない。
 二人が激突するその瞬間、その間に影が躍り出た。


「「!!」」


 甲高い金属音と重い打撃音が響き、二人の動きが止まった。
 躍り出た影はMr.1の振るった腕とベンサムの放った蹴りを全身で受け止めていた。


「……鉄塊“剛”」

「ジョーカーちゃん!!」 

「Mr.ジョーカー……!!」


 ベンサムが驚き、Mr.1が唸る。


「手を引け二人とも。お前らココに何しに来たんだ?」


 クレスは吐き捨てるようにため息をついた。
 ベンサムはクレスの静止に戸惑いながらも脚を引く。
 だが、Mr.1は拳を引いた後、更にもう一歩踏み込みクレスに向けて脚を薙ぎ払った。


「───っ!!」


 唸る烈風。
 大剣のように風を切り裂くMr.1の蹴り。
 クレスはそれを鋼鉄のように硬化させた膝で受け止めた。
 瞬間的に身体の一部を“鉄塊”によって硬化させる。クレスの真骨頂だ。
 

「……てめェ、今の攻撃、オレを殺す気だっただろ」

「…………」


 静かに、呼吸のようにMr.1は殺気を飛ばしてくる。
 Mr.1の組織に対する忠誠心はかなりのものだ。
 だとすれば、様々な噂の流れる不吉な“烏”のようなクレスに対し良い感情を持っていないのかもしれない。
 クレスはそれを受け流しながら、余裕を見せるように軽口を叩いた。


「もう少し待てよ…………<殺し屋>。楽しみは後に取っておくもんだろ?」 

「………フン」


 Mr.1はゆったりと脚を降ろした。
 クレスはそれを油断なく眺め、Mr.1から殺気が引くまで待ち、ゆっくりと息を吐きながら、肩の力を抜いた。
 負けるつもりはないが、Mr.1は戦いたくない人間の一人だ。そして、クレスに与えられた役割はエージェント達の引率である。戦いが避けられるならそれに越したことはない。



 その後、あらかじめ事情を知っていてミス・ダブルフィンガーが説明を行い、クレスはエージェント達を促しバンチへと載せた。
 向かう先は夢の町『レインディナーズ』、そして、バロックワークスの社長であるクロコダイルの元だ。
 このバロックワークスの最精鋭達を連れ、バンチは砂漠を駆ける。













第十話 「ユートピア」












「作戦の決行は二日後の朝七時。手配は済んだのか?」


 『レインディナーズ』のカジノの下に造られた一室。
 四方を溜池の水で囲んだ、水槽のような印象を受ける冷たい空間。
 この空間の主であるクロコダイルはガラス窓の向うで泳ぐバナナワニを眺めながら確認をおこなった。


「ええ、滞りなく。<ビリオンズ>150名は『ナノハナ』で待機。
 Mr.2も呼び戻しておいたわ。どうやらMr.3は捕まらなかったらしいわね」


 クロコダイルの問いにロビンはワインを傾けながら事務的に答える。


「ビリオンズへの伝達方法は?」

「アンラッキーズの到着を待てば手遅れとなるので、代わりに<エリマキランナーズ>を派遣する予定」

「肝心のオフィサーエージェント達は?」

「オフィサーエージェント達の集合は、今夜スパイダーズカフェに8時」

「手引きは?」

「バンチを使いに向かわせたわ。到着は明朝の予定よ。あと……」


 ロビンの声に初めて人肌の温かみがこもった。


「使いにはMr.ジョーカーを同行させたわ。
 彼なら曲者ぞろいのオフィサーエージェント達を取りまとめられる筈」

「……結構だ」


 有能な部下。これがクロコダイルのロビンに対する評価だ。
 ロビンの有能さはクロコダイルですら認めるほどであった。
 天性の頭脳、参謀としての指揮能力。共に優れたモノだ。それだけでもクロコダイルにとっては利用価値がある。成果もクロコダイルが示した以上の結果を必ず示した。
 だが、しかし、ただ一つだけ欠陥を上げるとすれば、エル・クレスという男の存在だ。
 この男のせいで完全ではない。この男の存在がニコ・ロビンという女を『欠陥品』にしてしまっている。
 確かな証拠こそ無いものの、この男の存在がクロコダイルへと向けられる僅かではあるが確かな不和を浮き彫りにしていた。
 それは常人ならば気付く事すら出来ないだろう。だが、他人を猜疑し騙し使用し操作してきたクロコダイルにはその片鱗を読み取ることができた。
 使えない道具は必要ない。ましてや持ち主を裏切るようならば尚更だ。これがクロコダイルの信条だった。
 この規約に反すれば、例え誰であろうと切り捨てる。
 その可能性を目の前の女は秘めていた。


「…………ニコ・ロビン」


 契約の一つだ。<オハラの悪魔達>の本名を呼ばない。
 だが、クロコダイルは冷徹な思考のもとにその契約を破棄する。
 その時、クロコダイルの瞳が温度を拒絶した。
 地下に沈む流砂のようにサラサラと形を崩し、クロコダイルが飽和状に広がった。


「…………!!」


 鈍く光る黄金の鉤手。
 それが突如ロビンの首元へと突き付けられた。
 鉤手はロビンの首の薄皮一枚の所で止まる。クロコダイルがその気になればロビンの細い首など一瞬で掻き切られるだろう。
 ロビンが手に持っていたグラスが床に落ち、赤いワインが広がって行く。


「……何の真似かしら?」

「…………」


 ロビンの問いにクロコダイルは答えない。
 ただ、無言のままでロビンの命を握っていた。


「私を殺せば目的のモノにたどり着けないわよ?」

「そいつはどうかな? そんなモノやりようによればどうとでもなる」

「でも、リスクはそれ相応に大きいんじゃない?」


 大した胆力だ。クロコダイルは無表情のまま、そう思った。
 大抵の奴らならこうしてクロコダイルに命を狙われた瞬間に恐怖に挫けた。
 だが、ロビンはクロコダイルの気まぐれ一つで潰える命であるこの状況でなお、口上で対等に立つ。
 クロコダイルは一つ、毒を落とすことにした。


「お前を殺し、エル・クレスを後に送ってやろう」

「ッ!!」


 その変化は顕著だった。
 冷静だった女の仮面は消え、その眼には殺気が灯った。
 この感情こそがクロコダイルにとって不要なものだ。
 最終作戦を目前に控え、この女は───<オハラの悪魔達>は何をしでかすか分からない。
 ロビンは目に怒りを灯しながらクロコダイルを睨みつける。
 クロコダイルはロビンの能力を知っている。<ハナハナの実>ただの超人系。己の自然系には到底敵わない。
 だが、ロビンの足元にはクロコダイルの唯一の弱点である『水』───ワインが流れていた。
 ロビンの傍にはまだ半分以上中身が入ったワイン瓶がある。そこで、クロコダイルはロビンがワインを傾けていた理由を知った。


「…………なるほど、それは、エル・クレスの入れ知恵か?」

「何のことかしら?」


 ロビンは口元に笑みを作る。


「周到な男だ。いや、臆病者か? 
 そう言えばあの男は一人でおれの前に現れた事は無かったな」


 それは間違いなく不穏分子である自身の身を守るためであろう。
 クロコダイルの性格を分析し、一人で会えば殺される可能性がある。そう考えたに違いない。
 そして、それは間違いではない。クロコダイルは何度か実際にクレスを排除しようと考えた事があった。
 不利益こそ起こしていないものの、その存在は利用価値を越える不確定の塊であった。
 『道具』はただ忠実に動けばいい。叛旗を翻す可能性のある道具など初めから必要ない。使えるだけ使ってゴミのように放棄する。
 だが、その為には条件がそろわず手が出せない。
 エル・クレスは相当の実力者であった。抹殺のために万全を期すならばクロコダイル自身が手を下す必要がある。
 そして、もしエル・クレスを殺せば間違いなくニコ・ロビンが組織に対し不利益を起こすことが目に見えていた。
 邪魔ではあるが手が出せない。相互利益の上に成り立つクレスの立場はバロックワークス内において実に微妙なものであった。


「……訂正しなさい。
 クレスは臆病者じゃないわ。クレスを動かせるのは私だけ。だからこれは私の判断よ」


 信頼。情愛。
 この女もそれらを捨てられない愚か者なのだろう。そしてそれはエル・クレスにも当てはまる。
 クロコダイルには理解不能な理論だ。


「………フン」


 クロコダイルは興味を無くしたかのように鉤手を降ろし、ロビンに背を向けた。
 無防備であるその背。だが、ロビンが動くことは無かった。


「契約を必ず果たせ。
 ならば、おれはお前達<オハラの悪魔共>には手を出さない。エル・クレスにもそう伝えろ」


 それは明らかなる脅しであった。
 余計なことをするな。邪魔すれば容赦なく殺す。
 お前だけではない。エル・クレスもだ。


「あら、……私達が何かしたかしら?」


 とぼけるように平然とロビンは言ってのけた。事実、証拠はどこにもない。クロコダイルを動かしたのは海賊としての勘であった。
 クロコダイルはロビンを無視すると再び執務椅子に座り、葉巻に火をつけた。


「……………」


 ロビンは傍らのバナナワニを手招きし撫でる。
 クレスが撫でればほとんどの動物は怯えてしまうのだが、ロビンが撫でれば甘えるように鼻先をすりよせた。
 ロビンは新たにグラスを取りだすと傍らのワインを注いだ。
 床には血のように冷たいワインが流れたままだった。






◆ ◆ ◆






 <麦わらの一味>が目的地であるユバに辿り着いた時には既に夜になっていた。
 夜の砂漠は凍てつくような寒さで、時に氷点下まで下がる事もある気温は昼間の灼熱のような暑さとの対比で旅人達の体力を奪っていった。
 
 一味はアラバスタに到着すると、まず空き腹を満たすために『ナノハナ』で補給を行った。
 そこで、やはり問題児のルフィがトラブルを引き起こし以前に対峙した海軍本部大佐の<白猟のスモーカー>に追われるはめになってしまう。
 <自然系>である<モクモクの実>の能力者のスモーカーにルフィは手も足も出ないため逃げる事にしたのだが、その時にアラバスタでルフィを待っていた兄の<火拳のエース>に助けられた。
 その後、エースの手引きで難を脱した一味は、“高み”での再会を約束し、緑の町『エルマル』から反乱軍の拠点がある『ユバ』を目指すことになった。
 だが、初めての砂漠の旅に“クンフージュゴン”に“ワルサギ”や“サンドラオオトカゲ”などの動物トラブルを迎え、さすが一味も体力が尽き始めていた。
 

「何にもねェ……」
 
「砂ばっかだ」


 それが、オアシス『ユバ』に着いたときに漏れた言葉だった。
 渇いた喉を潤そうと辺りを見渡すも、目に映るのは砂ばかりだ。
 オアシスであるユバは流砂に飲み込まれていた。周りの建物も朽ち果て廃墟と成り果てている。
 ただでさえひどい状態だったのだろう。それに加えユバはついさっきに砂嵐の直撃を受けた所であった。
 町は見るも無残に朽ち果てていた。


「……旅の人かね?」


 そのユバの中心。かろうじてオアシスがあったのだと分かる場所で一人の老人がシャベルで穴を掘っていた。
 骨と皮だけの干からびた老人だった。今にも倒れそうなほどやつれているが、シャベルを握る腕だけは依然と強い。
 老人は莫大な量の砂を前にして一人で黙々と砂を掘り起こしていた。だが、それは誰の目に見ても無意味な徒労のように思えた。


「砂漠の旅は疲れただろう。すまんね……この町は少々枯れている」


 ビビは老人を見て目を伏せると、王女である事を隠すためにフードで顔を覆った。
 

「あの……この町に反乱軍が居ると聞いて来たのですが?」

「貴様ら……まさか、反乱軍に入りたいなんて輩じゃあるまいな!!」


 その言葉に老人はギロリと表情を険しく変える。そして、吐き捨てるように続けた。


「……あのバカ共ならもう、この町にいないぞ」

「そんな!!」

「……たった今に始まった事じゃない。あいつらはこの町を捨てて、本拠地を『カトレア』へと移したんだ。
 度重なる砂嵐に三年に渡る日照り、物資の流通が亡くなったこの町では反乱の持久戦もままならないとな……」

「カトレア!?」

「どこだ? そこって近いのか“ビビ”?」


 うっかりと名前を呼んでしまったルフィにビビは焦りの表情を浮かべた。


「“ビビ”……? 今、なんと?」

「おい、おっさん!! ビビは王女なんかじゃねぇぞ!!」

「言うな!!」


 さらに墓穴を掘るルフィをゾロがウソップで殴りつける。


「あの、私はその……」

「ビビちゃんなのか……? そうなのかい!?」

「え……!?」

「そうか……王女は行方不明だと聞いていたが、生きていたんだな!!
 私だよ!! 少しやせてしまったから無理もないかな……」


 ゆらゆらと歩みよる老人に、ビビはやっとその面影を思い出すことができた。


「……まさか、トトおじさん」

「……そうさ」

「嘘……」


 ビビの知るトトという人物は幼なじみのコーザの父親で、記憶ではもっとふくよかな体型だった。年も老人に見えるような年齢では無い。
 ユバの建設を命じられて以来11年ぶりの再会。ビビは今のトトの変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。


「私はね……ビビちゃん。国王様を信じてているよ。あの人は決して国を裏切る人じゃない。そうだろう?」


 トトの干からびた皮膚を涙が流れていく。
 国王に命じられ、商人だったトトは息子のコーザと共に砂漠のキャラバンのためにユバを築いた。
 国王とトト、二人には身分の差を越えた信頼が生まれ、それは息子のコーザとビビにも当てはまった。
 
 ───オレがこの国を潤してやる。だから、お前は立派な王女になれよ

 コーザは国を潤すことを。
 ビビは立派な王女になることを。
 幼い二人はそう約束を交わした。


「何度も何度も止めたんだ。だが、何を言っても無駄だ。反乱は止まらない。
 あいつらの体力はもう限界だよ。次の攻撃で決着をつけるハラだ。……もう、追い詰められている。死ぬ気なんだ!!」


 トトはビビの肩を掴むと、自身の痩せた両肩を震わせた。


「頼むビビちゃん。……あのバカどもを止めてくれ」


 ビビは泣き崩れたトトに優しくハンカチを差し出した。
 

「心配しないで」

「……ビビちゃん」

「反乱はきっと止めるから。私達が止めてみせる」


 ビビは力強く微笑みかけた。






◆ ◆ ◆






「ジョーダンじゃなーいわよう!! いつまで待たせるつもりなのよう!! タコパぐらい出しなさいよう!! 回るわよ、あちしは白鳥のごとく!!」

「……Mr.2、静かに待ちなさい」

「ホンッとだよ、この“バッ”!! おめ―が騒ぐと腰に来るんだよ!!」

「……あなたもよ、ミス・メリークリスマス」

「フォーフォーフォー………」

「……………」

「はぁ……自由にしてていいから、お前ら………もう面倒事だけは起こしてくれるなよ」


 バンチに乗せクレスがエージェント達を導いたのは水槽のような地下の一室だった。
 空間には豪奢なディナ―テーブルがありその中心では燭台に灯された炎が揺らめいてる。
 窓の外は湖。見ればバナナワニが我が物顔で泳いでいた。


「ふふふっ……皆仲良くとはいかないみたいね」


 コツコツと冷たい石畳の床を踏みながらロビンが現れた。
 ロビンはこの面々をまとめるのに辟易したのか少し疲れた顔のクレスの隣に立つ。


「御苦労さま」

「どういたしまして」

「……大丈夫だったか?」

「もう、心配性ね。何も無かったわ」

「……そうか」


 ロビンは小さく微笑みながら嘘をついた。


「サンデ-ちゃん!! ドゥ? 元気にしてた!!」

「ええ、おかげさまで。オカマさんも相変わらずね。
 それにしても、これだけの面子が揃うとさすがに盛観ね」

「……ミス・オールサンデー、ここはどこなんだ?」


 それまで目を閉じ傍観していたMr.1が口を開く。
 クレスの仕事はここまでの引率のため、それ以外の説明は曖昧にしかおこなっていなかった。


「あなた達はバンチに引かれて裏口から入ったのよね。
 だいたいはMr.ジョーカーから聞いていると思うけど、ここは人々が一攫千金を夢見る町、夢の町『レインベース』。
 そしてここは、レインベースのオアシスの中心に位置する建物、『レインディナーズ』の一室よ」

「なるほど」

「他に質問は? 無ければ話を始めるけどよろしいかしら」


 エージェント達は首肯し、ロビンに続きを促した。


「だけど、その前に紹介しなくちゃね。……あなた達がまだ知らない我が社のボスを」


 ロビンの言葉に、エージェント達の間で僅かな驚きが起こった。
 バロックワークスの社訓は『謎』。様々な情報が閉ざされ、その中でも最大の禁忌とされたのがボスの正体であった。


「今までは私が彼の裏の顔としてあなた達に働きかけて来たけど、その必要はもう無くなった。わかるでしょ?」


 ボスの正体を隠す必要が無くなった。
 これが示すことは、つまり。



「──────いよいよというわけだ」



 燭台の炎が不気味に揺らめいた。
 誰もいない筈の上座。玉座のようなその席に、サラサラとその姿が形作られる。
 

「作戦名『ユートピア』これが我が社の最終作戦だ」


 がっしりとした体型。鈍く光る黄金の鉤手。顔には横一線に走る巨大な傷跡。爬虫類のように温度の無い瞳。
 その男が現れた瞬間、部屋の重力が倍になったかのような圧迫感が生まれた。
 その正体に誰もが驚愕する。
 王下七武海が一角。砂漠の魔物。
 その名は──────


『───クロコダイル!!』


 クルリと玉座を回転させ、社長───クロコダイルは悠々とした笑みを浮かべた。


「さすがにご存じのようね。彼の表の顔くらいは」

「まぁ、突然だとは思うがそういうことだ」


 肯定するクレスとロビンにたじろくエージェント達。
 予期せぬ大物の登場にエージェント達は浮足立ち、ざわめいた。


「不服か?」


 だが、ただ一言。
 その圧倒的な実力に裏図けされた威圧感。それだけで全員に冷たい汗が流れ、押し黙る。


「……不服とは言わないけど<七武海>といえば政府に略奪を許された海賊。何故わざわざこんな会社を?」


 ミス・ダブルフィンガーの言う通りだった。
 七武海ともなれば金に地位など望めばいくらでも手に入れる事ができるだろう。
 政府公認の要人だ。地下組織などではなく堂々と表に組織を持つ事も出来た。


「おれが欲しいのは金でも地位でもない。『軍事力』」

「……軍事力?」

「順序良く話していこう。おれの真の目的、そしてバロックワークス最終作戦の全貌を」


 クロコダイルは静かに葉巻に火をつけた。
 





 クロコダイルが全てを語り終わるまでに幾本もの葉巻が消費された。
 エージェント達はクロコダイルの説明に納得し、その思想に同意した。
 クロコダイルが語ったのは“とある兵器”の正体。その兵器がもたらす狂乱と繁栄の未来だ。


「そんなものが本当にこの国に存在するの!!? それを国ごと奪っちゃおうって訳ねい!! あちしゾクゾクしちゃう!!」

「つまり、おれ達の今回の任務はその壮大な計画の総仕上げという訳か」

「そういう事だ。バロックワークス創設以来お前らが遂行してきた全ての任務はこの作戦に通じていた。
 お前達の持つその指令状が、お前達に託す最後の任務となる。いよいよアラバスタに消えて貰う時が来たというわけだ」


 エージェント達は配られた指令状に目を通す。
 その内容を心に刻み、そして不要となった指令状をの燭台の炎で焼却する。


「それぞれの任務を全うした時、アラバスタは自ら大破し行き場を失った反乱軍と国民達はあえなく我がバロックワークス社の手に落ちる。一夜にしてこの国はまさに、我らの『理想郷』と成り果てる訳だ」


 やがて、指令状が完全に燃え落ちる。
 エージェント達は静かに腕を組みクロコダイルの言葉に耳を傾けた。


「これがバロックワークス社最後にして最大の『ユートピア作戦』。失敗は許されん。決行は明朝7時」

『了解』

「───武運を祈る」






◆ ◆ ◆






「やめた」


 ユバを離れ一味は反乱軍の説得のために『カトレア』を目指すことにした。
 トトから餞別に授かった“ユバの水”を手に砂漠を進んでいた一味であったが、突如船長のルフィがドカリと座り込み歩くことを拒否した。


「ルフィさんどういうこと?」

「おい、ルフィ!! こんな砂漠の真ん中でお前の気まぐれに付き合ってる暇は無いんだぞ。さァ立て!!」


 頭の後ろで腕を組んで動こうとしないルフィにサンジが苛立った声を上げた。


「……戻るんだろ?」

「そうだ。昨日来た道を戻ってカトレアって町で反乱軍を止めなきゃお前、この国の100万の人間が激突してえれェ事になっちまうんだぞ!! ビビちゃんのためだ。さァ行くぞ!!」


 サンジの言うように、反乱軍を説得するにはカトレアへと向かわなければならない。
 回り道をしてしまい時間を消費した。いつ反乱軍が動き始めるか分からない状況で事態は一刻の猶予もない。


「つまんねェ」


 だが、ルフィの態度は変わらない。
 その答えにサンジは激昂するが、ルフィのいつもとは少し違う様子に仲間達は推移を見守ることにした。


「ビビ……」

「なに?」

「おれは───クロコダイルをブッ飛ばしたいんだよ」


 ルフィの言葉にビビの胸がドクリと脈打った。


「反乱してる奴らを止めたらよ……クロコダイルは止まんのか?
 その町に行ったとしてもオレ達に出来る事なんて何もねェ。おれ達ゃ海賊だ。いねェ方がいいくらいだ」


 ルフィの言う通りであった。
 賽は投げられている。果たして怒り狂う国民達全てがビビの言葉に耳を貸すであろうか。
 動き出した100万ものうねりを止められる可能性は少なく、例え反乱軍を止められたとしても、クロコダイルは止まらない。
 クロコダイルならば様々な姦計によって国を浸食し、国盗りを断行するだろう。
 機は熟し引けぬ戦いなのはバロックワークスもまた同じだ。反乱軍と国王軍の対決を阻止できたとしても必ず行動に移すだろう。


「また、コイツは核心を」

「ルフィのくせにな」

 
 ルフィは珍しく諭すように続けた。


「お前はこの戦いで誰も死ななきゃいいって思ってる。国の奴らも、おれ達もみんな」

「………………!!」

「<七武海>の海賊が相手でもう100万人も暴れ出してる戦いなのに、みんな無事ならいいと考えてんだ」

 
 怒気すら滲ませて静かにルフィは言う。
 ルフィの口上に耐えられなくなったビビが反駁した。


「それの何がいけない事なの? 人が死ななきゃいいと思って何が悪いの!!」

「───甘ェんじゃないのか? 人は死ぬぞ」


 その言葉はビビの限界であった。カッとなり目の前が真っ白になった。
 気ががつけがビビはルフィに向かい大きく腕を振りかぶりそしてルフィの頬を殴りつけていた。
 パンと音が鳴り、ルフィが砂の上に転がった。


「やめて、そんな言い方するの!! 今度言ったら許さないわ!!
 反乱軍も国王軍も……!! この国の人たちは何にも悪くないのに、どうして人死ななきゃならないの!!? 悪いのは全部クロコダイルなのに!!」


 吹き飛ばされ仰向けになっていたルフィはゆらりと立ち上がるとゆっくりとビビに近付く。


「じゃあ、何で“お前は”……命かけてんだァ!!」


 そしてビビに拳を繰り出した。
 ビビの頬が痛んだ。ビビの感情が爆発する。ルフィを押し倒し馬乗りになり感情のままに殴りつけた。
 本気の殴り合いに発展した舌戦に仲間達はたじろいた。


「この国を見りゃ一番にやんなきゃなんねェことぐらい、おれにだってわかるぞ!!」


 国はクロコダイルという魔物に蝕まれていた。
 大好きだった風景や人々が変わり枯れていく。
 ユバで再会したトトだってそうだ。クロコダイルさえいなければ彼も人生を狂わせられることはなかった。


「なによ!!」


 ビビはルフィが付いた矛盾に気付かないふりをして、さらにルフィに向けて拳を繰り出した。


「お前なんかの命一個で足りるもんか!!」

「じゃあ、他に何をかけたらいいの!! 私がかけられるものなんて、もう他に何も無いのよ!!」


 ビビはその時、王女であるという自覚を忘れた。
 ルフィを殴りつけながら、ルフィでは無い別の何か。言葉で表すならどうしようもない“理不尽”というものをを殴りつけていた。

 何故人が死ななきゃいけないのか?
 何故町が枯れなければならないのか?
 何故クロコダイルが我が物顔でこの国にのさばっているのか?

 それがどうしようもなく悔しくて許せなかった。
 誰も死んでほしくないし。誰も死なせるつもりはない。甘い理想論だというのは分かっていた。
 でも、それを望む事のなにがいけないのか。こんな理不尽に誰ものみ込まれてほしくなんか無かった。
 だから、自分の命をかけた。これ以上は必要ない。私は王女でこの国を守る必要があるのだから。
 それを何故ルフィが否定するのか。どうして分かってくれないのか。もう私は覚悟が出来ているのに。
 

「……おめェは分かっちゃいねェ」


 ルフィがビビの振り下ろした拳を受け止めた。
 そして、その意志のこもった目で取り乱す王女を覗き込んだ。


「仲間だろうが!! おれ達の命くらい一緒にかけてみろ……!!」

「………っ!!」


 ルフィの言葉にビビは握った拳の行方を見失う。
 ビビは王女である前に、どうしようもなくアラバスタという国が大好きなお人好しで、王女という殻で自身を覆った一人の少女であった。
 ルフィの言葉は、王女という義務や責務に囚われ自らに厳しい決意を課したビビの殻を取り壊す。
 一緒に命をかけてくれる仲間がいる。ビビはもう一人戦っているわけでは無かった。
 殻を取り壊され、ビビは堰を切ったかのように奥から熱いものがこみ上げて来て止まらなかった。


「出るじゃねェか……涙」


 ビビはフードで目元を覆う。
 顔をくしゃくしゃにして泣いた。


「ホントはお前が一番悔しくて、誰よりもアイツをブッ飛ばしてェんだ」


 ルフィの言うことはどうしようも無く的を得ていて、何よりもビビが望んでいた事であった。
 誰も死ななければいい。そんな優しい考えから無意識のうちにその選択を放棄していたのだろう。
 敵は余りに強大だった。戦えば間違いなくただでは済まない。ビビ一人の命でとてもあらがえる相手では無く、誰かが傷つくのも嫌だった。
  
 
「教えろよ。クロコダイルの居場所」


 泣き崩れたビビの傍でルフィは麦わら帽子に着いた砂を払う。
 仲間達は静かに二人を見つめ、覚悟を決めた。
 






◆ ◆ ◆







「待て」


 クレスがそう口を開いたのは最終作戦の会議が終わりエージェント達がそれぞれに出立を始める直前であった。


「どうした、Mr.ジョーカー。……何か不備でもあるか?」


 クレスはクロコダイルの凍りつくような視線を受ける。


「オレじゃない。……お客さんだ」


 クレスはホールの入り口を指した。
 そこには包帯でまだ癒えぬ傷を包んだ旅装姿の男が立っていた。
 

「……その『ユートピア作戦』ちょっと待ってほしいガネ」


 男の正体はMr.3。
 『リトルガーデン』においての失態によりベンサムに抹殺指令が下った男だ。


「……Mr.3、どうしてあなたどうやってこの『秘密地下』に?」

「あんたいったいどこから湧いて出たのよう!!」

「湧いて出た? 失敬な。スパイダーズカフェからずっと後をつけさせて貰ったんだがね」


 小馬鹿にするようなMr.3にベンサムが任務通り躍りかかろうとする。
 だが、それをクロコダイルは制した。


「Mr.ジョーカー、貴様知っていて放置したな」

「ああ……。でもまぁ、事情は察してくれ。
 抹殺命令が下っていたのは知っていたが、こうしてわざわざやって来たんだ。何かしら重要な事情でも在るんだろうなと静観したまでだ」

「フン……まぁいい」


 クロコダイルはMr.3へと視線を戻した。


「任務を遂行できなかった私がMr.2に狙われるのは当然の話。ココに参上したのはもう一度チャンスを頂く為だガネ」

「任務を遂行できなかった? 何の話だ」


 Mr.3の言葉にクロコダイルは眉をひそめる。
 クロコダイルがMr.3の抹殺命令を下したのは任務の報告に不備があったからだ。
 下した任務は王女の抹殺。任務自体はこなしたと報告を受けたが、結果論とは言え嘘の報告をしたためにクロコダイルの怒りにふれた。


「……ですから、麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしたことを……」

「取り逃がしただと!! ……奴らは生きてるってのか!!」

「えっ?」

「てめェ電伝虫で何て言った。海賊共も王女も皆始末したそう言ったんじゃないのか?」


 怒りを滲ませるクロコダイルにMr.3は困惑する。


「……私は『リトルガーデン』で電伝虫など使ってはいませんガネ」

「なに……!?」


 それは互いの正体を知らぬ秘密結社だからこそ起こった問題だろう。
 クロコダイルは直接Mr.3へと連絡を取り報告を受けた。
 しかし、顔と素情こそ分かってたがMr.3に会った事も無いクロコダイルが声だけで人物を見分けることなど不可能であった。


「………………」


 ドサリとクロコダイルは椅子へともたれかかった。
 葉巻を取り出し火をつける。なるほど、クロコダイルの方にも失態は有った。


「……こりゃまいったぜ。
 アンラッキーズがあの島から戻らねェのはそういう訳か」


 めんどくさそうにクロコダイルは煙を吐いた。
 その様子を眺めるも事情を知らないエージェント達は静観するしかない。


「……一人、いや二人くらいは消したんだろうな」


 最終作戦を前にして面倒な問題が生まれてしまった。
 エージェント達は皆明日に大事な作戦がある。指令を覆すのは癪だが、この面倒事の処理には顔を知ってるMr.3が適任だろう。
 黙考し、結果次第ではMr.3の抹殺命令を“保留”にしてもいいとクロコダイルは考えた。


「い、いや、それが……その情報には誤りがありまして」

「は?」


 クロコダイルの底冷えするような視線にMr.3はたじろく。必死で続きを紡いだ。


「じ、実は奴ら海賊は本当は四人いて、も、もう一人鼻の長い男が、い、いまして」

「……てめぇ」


 任務を果たせず、その上どこまでも無能を晒すMr.3にクロコダイルは怒りすら超越し、その視線は質量すら伴うほどの殺気が灯っていた。
 もし視線で人が殺せるというなら間違いなくMr.3は死んでいただろう。


「ゼロちゃん、何の話をしているのか説明してちょうだいよう!! 訳が分からないわ!!」


 ベンサムが説明を求めた。
 クロコダイルは苦虫を噛み潰すように言葉を紡いだ。
 ベンサムはクロコダイルの説明を他のエージェント達と同じく大人しく聞いていたが、<麦わらの一味>の資料を提示した時に驚きの声を上げた。


「あちし、遭ったわよう!!」


 それは如何なる偶然か、ベンサムは海賊達と出会い、なおかつ<能力>でコピーまでしていた。
 

「あいつら、あちし達の敵だったのねいっ!!」

「……そうだ。おれの正体を知っている。野放しにしておけば作戦の邪魔になるな」

「…………」

「Mr.3、お前の言うように報告よりも一人と一匹増えてるな」


 Mr.3は自らの犯した失態の大きさに恐怖した。
 このままでは名誉挽回どころでは無い。ただ、恥を晒しに来た様なものだ。信頼を回復しなければ命は無い。


「……ぼ、ボス!! あの一味とビビは今度こそ必ず、わ、私が仕留めて……」


 起死回生をかけたMr.3の叫び。
 クロコダイルが紡いだのは『是』でも『非』でも無く、一人の男の名前だった。


「……Mr.ジョーカー」


 感情すらなく、ただ淡々と言葉が放たれる。
 指名を受けたクレスはクロコダイルの意志を読み取った。
 クロコダイルがクレスを指名したのは単純な適任度であった。本来ならクロコダイルの命令など聞く必要は無いのだが、ここで逆らうほどクレスは愚かでは無い。
 音も無く、クレスは“剃”と“月歩”によってMr.3へと一瞬で接近し、鳩尾に一撃を入れた。


「あ゛……がっ……!!」


 Mr.3は計算高く姑息な男だ。
 交渉が上手くいかなかった時のことも考え、当然逃げるための準備を怠っていなかった。
 今、Mr.3が立っているところもエージェント達からも離れていて逃げるためには十分な距離があった。
 しかし、<六式>を極めたクレスにとってこの程度の距離などゼロにも等しい。


「………………」


 一時的な呼吸困難で行動不能に陥ったMr.3をクレスは見下ろし、その背を蹴り飛ばした。


「あ、ああああああああああああああァァ!!」


 Mr.3の身体は大きな弧を描き、表情の消え去ったクロコダイルの手前に転がり落ちた。
 

「た、たすけ……!!」

「黙れ!! 間抜け野郎」


 クロコダイルは許しを請うMr.3の喉元を掴み黙らせる。
 その両眼に温度は無かった。


「Mr.3……Mr.3!! おれがてめェに何故この地位を与えたか分かるか!? ん?」


 ギリギリとクロコダイルはMr.3を締め付ける。
 Mr.3の口から漏れるのはかすれた苦痛だけだ。


「姑息かつ卑劣なまでの貴様の任務遂行への執念を買ってやったからだ。
 がっかりさせてくれるぜ。いざって時に使えねェ奴ほどくだらねェもんはねェ……!!」


 クロコダイルが右手に“力”を込めた。
 <スナスナの実>を食したクロコダイルの魔手は掌に触れたものに底なしの渇きを与える。
 みるみると掴まれたMr.3が枯れていき、哀れなミイラへと変わった。
 クロコダイルはゴミでも払うように腕を振って、Mr.3を投げ捨てる。


「み、みず……!!」


 クロコダイルは無様な姿に成り果てたMr.3をクロコダイル手元のボタンを操作し、今いる『秘密地下』よりも更に下の部屋へと落とす。
 そして、窓を軽く叩き、バナナワニに「餌だ」と告げた。
 バナナワニは海王類をも捕食するサンディ諸島最強の動物だ。
 Mr.3が落とされた空間。そこはバナナワニの餌場であり、残忍な処刑場であった。
 

 ぎゃああああああああああああああああああああああァァ!!


 直後、悲惨なMr.3の絶叫が響き渡った。

 目の前でおこなわれた凄惨な光景を見てエージェント達は息を飲んだ。
 それと同時に、クロコダイルとクレスの強さに戦慄を抱く。しくじればこの二人の制裁を受ける事となるのだ。


「やってくれたぜ……あのガキ、殺しても殺したりねェ……!!
 いいか、てめェ等。<麦わらの一味>そして王女ビビ。コイツ等の顔を目に焼き付けておけ……!!
 コイツ等の狙いは“反乱の阻止”。ほおっておいても必ず向うから姿を現す」

「でもね、ゼロちゃん。例え王女と言えど、動き出した反乱を止められるかしら?」

「厄介なことに、王女ビビと反乱軍のリーダー、コーザは幼なじみだって情報がある。
 反乱軍は70万のうねり。そう止まらねェとしても反乱に“迷い”を与える事は確かだ。あの二人を合わせちゃならねェ」


 最も恐れていた事態を引き起こす可能性がある存在が王女であるビビだ。
 もし、反乱に支障が出れば長年に渡り積み上げて来た計画に狂いが生じる。


「既に反乱軍には<ビリオンズ>を数名潜り込ませてある。
 そいつらの音沙汰がねェってことは奴らはまだ直接的な行動には起こしていない筈だ。
 なんとしても“作戦前”のビビと反乱軍の接触は避けなければならねェ」


 そして、クロコダイルはロビンに<ビリオンズ>の通達を命じた。
 

「いいか、王女と海賊共を絶対に『カトレア』に入れるな!! 
 ビビとコーザは絶対に合わせちゃならねェ!! 海賊共は見つけ次第抹殺しろ!!」

「……はい。そのように」


 クロコダイルはエージェント達にも促した。


「さぁ、お前達も行け。パーティの時間に遅れちまう。
 オレ達の『理想郷』は目前だ。…………もう、これ以上のトラブルはごめんだぜ?」

「お任せをボス」


 そしてバロックワークスは動き出す。
 誰にも悟られること無く。確実に忍び寄る。


「楽しんできたまえ」


 クロコダイルは闇を纏い、そう笑った。













あとがき
今回は少し詰め込み過ぎたかもしれません。話が一気に進みました。
クロコダイルが怖いです。予想以上に暴れてくれます。
原作となんとか折り合いをつけたいのですが省きたくないシーンが多すぎて困ります。
次も頑張りたいです。



[11290] 第十一話 「ようこそカジノへ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/04/08 21:09
「頼むよ!! おれを反乱軍に入れてくれ!!」


 反乱軍の拠点がある港町『エルマル』。
 その町外れに建てられたの反乱軍の拠点のテントに一人の少年がやって来ていた。
 少年の名はカッパ。ナノハナに住む靴磨きの少年で、幼さを十分に残す子供だった。
 カッパは目についたありったけの武器───ハンマーやバット───を背負い、反乱軍の拠点に入り込むと、若き反乱軍のリーダーに向けて反乱軍に加わることを希望した。 
 

「ダメだ」


 反乱軍のリーダーであるコーザは必死で頼み込むカッパに同じ答えを返す。
 彼のまわりには何人もの反乱軍の人間が集まって来ていて、訪れたカッパを歓迎する様子も無く眺めていた。


「なんでだよ!! おれだって反乱軍に入る権利はある筈だぞ!! 国王が憎いんだ。一緒に戦わせてくれ!!」


 意気込むカッパにコーザはため息をついた。


「ファラフラ……見せてやれ」

「へい」


 コーザの後ろに控えていたファラフラという男が前に出た。
 ファラフラは右腕でゆっくりと上着の裾をはだけさせる。そこから覗いたモノにカッパはうろたえた。
 ファラフラの左肩はごっそりと抉り取られたように穿たれて、焼けただれた肉だけで不気味につながっていた。また、負傷した腕も手首から先にある筈のものが無く、巻かれた包帯が不自然なところで終わっている。
 どうすればそんな傷がつくのか。いったいそれはどんな痛みなのだろうか。目にした傷は余りに残酷すぎて、幼いカッパはただ息を飲むしか無かった。


「コイツは戦場でおれを庇いこの傷を負った。……なんなら病棟や墓も見ていくか?」


 コーザは感情も無く淡々と言う。
 戦場において悲惨なことなどいくらでもある。この程度などまだ序の口で、ファララなどまだ運のいい方であった。
 

「……そんなもんッ!! 怖くねェよ!!」


 カッパは弱気になりそうな心をぐっと我慢して、強がりを口にした。


「エルマルの隣町にいるおれの友達が病気なんだ!! 
 わかってるんだ……あの町もその内エルマルのように枯れていくんだ!! 
 これも全部、雨を奪った国王のせいだ!! おれも戦いたいんだ!! 怪我だって死ぬことだって怖くねェ!!」

「……じゃあ、帰れ。意見の不一致だ。おれ達はみんな怖いし戦いたくねェんだよ」


 その答えにカッパは困惑する。
 誰よりも勇敢に戦う反乱軍のリーダーの答えはカッパには理解できなかった。


「じゃあ、何で戦うんだよ!!」

「戦いが始まっちまったからさ。国がそれを望んだんだ。
 戦いたいんじゃない。……戦わなきゃならなかったんだ。理解できようが、できまいがお前には関係ない……」


 そしてコーザはもう一度、「帰れ」と口にした。
 それは、長きに渡り反乱軍を率い戦ってきた若きリーダーの本音でもあった。
 しかし、それでもカッパは引き下がろうとはしなかった。カッパの言葉に嘘はない。戦って、憎い国王を倒したかった。
 だが、幼い子供のそれはコーザをいらつかせる。


「帰れと言っているんだ!! ここはガキの来る場所じゃない!!」


 コーザは目元に涙をためながらも引き下がろうとしない子供を怒鳴り散らす。
 その声にカッパは呆然と立ち尽すしかない。
 そんなカッパを一瞥もせずに、コーザはクルリと背を向けその場から立ち去った。






「どうした、コーザ? 子供相手に怒鳴り散らしてお前らしくもないな」

「昔のおれを見ているようで腹が立った。………おれは何にも変わっちゃいないな」

 
 仲間からの言葉に熱を冷ますように額に手を当てコーザは答える。
 コーザ達が何故戦うか。それは戦わなくてはいけなかったからだ。
 国が傾き、反乱は拡大する。国は限界でもう他人事ではない。ならば、誰かが戦わなければならないのだ。
 ここで、自分達が戦わなければ、別の誰かが戦わなければならない。
 だから、戦う。先程のような子供を戦わせない為に。


「武器は?」

「いや、思うようにはなかなか……。武器屋の倉庫まで国王軍に押さえられている」


 国王軍の行動は当然だ。
 現在、反乱軍は数においては国王軍を圧倒しているものの、全ての兵士に回すだけの武器の貯蔵が無かった。
 いくら数が勝っていても、素手で殴り合う訳にはいかない。しかも、反乱軍の目標は要塞として太古より鉄壁を誇ってきたアルバーナを落とすことにある。当然国王軍の装備は万全で、攻城の際はいくつもの砲門がこちらへと向けられるだろう。それゆえに、現在の兵装では心元無かった。


「……そうか。それぞれの支部に通達しておけよ」


 コーザは静かに目を閉じた。
 兵士たちには疲れも見えるが、まだ戦う力は十分に残っている。士気も俄然高い。
 兵力も申し分ない。元々は圧倒的に国王軍に軍配が上がっていたが、反乱軍もその勢力を徐々に伸ばし今や逆に圧倒するまでに至った。残る問題は武器の入手だけだ。
 反乱軍は膨れに膨れ、もはや後には引けぬ戦いとなるだろう。
 雨を求め始まったこの戦いは雨を取り返すまで終わらない。


「武器が整い次第。アルバーナに総攻撃をかけるぞ」
 
 




◆ ◆ ◆






「カル―が帰ってきました!!」


 その吉報がアラバスタ宮殿飛び込んだのは日も沈みかけた正午過ぎであった。
 カル―とは王女ネフェルタリ・ビビが幼いころから可愛がっていた超カルガモで、近年、王女と共に失踪していた。
 そのカル―が帰って来たということは王女に関して何か重要な情報が得られる可能性があるということである。
 アラバスタ王国護衛隊副官のぺルとチャカもその知らせを耳にし、急ぎ王の私室に居るというカル―の元へと向かった。

 副官二人は王の私室の扉を逸る気持ちを抑え、叩いた。
 返事は直ぐに帰って来たのだが、その声はどこか重かった。


「失礼します」

「国王様、カル―は!?」


 部屋に入り込んだ副官二人を迎えたのは、水を涙目になりながら飲み干すカル―の姿。その姿は在りし日のままで、緊張感の無い姿には笑みすらこぼれた。
 だが、その一方で部屋の隅に目を配ればベットに座り込み頭を抱えた国王コブラの姿があった。


「……ぺル、チャカ、これを」

「これは?」

「……ビビからの手紙だ。筆跡も間違いなくビビのものだ」

「!!」


 促され、王女からの手紙に目を通す。
 そこには驚くべき真実が記されていた。目を疑う内容であったが国王の沈痛な様子からそれが真実だと再確認させられる。


「コイツは少々ショックが強すぎるな……。
 まさか、政府側の人間だと油断していたクロコダイルがこの国を乗っ取ろうとしていたとは……」


 ビビからの手紙にはアラバスタを乗っ取ろうとする組織の全容。そしてそのボスの正体。現在の自身の状況。
 そして、命を賭して戦った護衛隊長イガラムの最後についてが書かれていた。
 

「そんな……イガラムさんが」

「……あの人はビビ様とこの国の為に戦い命を張ったのだ。…………あの人はそれができる人さ」


 尊敬していた上司の死に動揺するぺルに言葉をかけ、チャカはカル―に労りの言葉を贈る。


「お前も懸命に戦ってくれたと書いてあるぞ。よくやってくれたなカル―」

「グェッ……プ」

 
 カル―はゲップと共に答えた。砂漠を越えて来たのか相当喉が渇いていたようだ。
 その時、チャカはカル―の左手に包帯が巻かれているのに気がついた。


「見せてみろ。怪我でもしたのか?」

「クェ―!!」

「な、何だいきなり」


 チャカはカル―の包帯に触れようとしたが、何故かカル―が怒りだした。
 そして、カル―は大事そうにその包帯を守る。チャカは困惑するが、カル―にとってこの包帯が大切な印であるということは知る由も無い。


「……チャカ」


 コブラは立ち上がると、いつになく強い声で臣下の名を呼んだ。


「敵は知れた。直ちに兵に遠征の準備を」

「!!」

「ビビの覚悟とイガラムの死を無駄にはさせん!! 
 クロコダイルのいる『レインベース』へ討って出るぞ!!」


 突然の出陣命令。
 しかし、チャカとぺルにはそれはどうしてもコブラの言葉には賛成しかねた。


「お待ちください国王様!! 
 レインベースまでは距離があり過ぎます。たとえ敵が認識出来ようとも向うに戦意が無ければ交わされるだけだ」


 ぺルは苦虫を噛み潰すように言葉を続けた。


「今、クロコダイルは『民衆』を味方につけているんですよ。お言葉ですが、今ではあなた様よりも……!!」


 クロコダイルは民衆に『英雄』として称えられている。
 そのカリスマは絶対で、口惜しいことにぺルの言うように今では国王コブラよりも人気があった。
 今にして思えばそれすらもクロコダイルの策謀の内なのだろう。


「ここでクロコダイルと敵対すれば反乱軍の火に油を注ぐ様なものです!!
 我らが『レインベース』に攻め入っている隙をつかれたら、この『アルバーナ宮殿』は反乱軍の手に……!!」

「反乱軍に宮殿を落とされるというからなんだというのだ? 言った筈だぞ『国とは人』だと」

「!?」


 ぺルとチャカは絶句した。
 コブラは反乱軍に宮殿を占拠される非常事態を容認したのだ。 
 

「我が国王軍が滅びようとも、クロコダイルさえ討ち倒せれば国民の手によってまた“国”は再生する。
 だが、このまま我らが反乱軍と討ち合ってみろ……!! 最後に笑うのはクロコダイル一人だ!!」

「国王……」

「……そこまで」


 それは決死の覚悟よりもなお重い、国の統治者としての決断であった。
 後の世はコブラを暗愚な王として晒すのかもしれない。だが、コブラにはそんな事はどうだって良かった。
 真実を公表したとしても、力を失った王の言葉など民は信じはしない。
 反乱軍は勢力を増し続け、間もなくこの地へと攻めてくるであろう。ここで後手に回れば全てがクロコダイルの思うつぼなのだ。
 たとえ、玉座を追われ、反乱軍に首を取られようとも、今動かなければアラバスタはクロコダイルという魔物に食いつくされる。


「相手は王下七武海の一角クロコダイル。奴もそう甘くはない。もはや何の犠牲もなく集結を見る戦いではあるまい」

 
 そして、王は命を下した。


「チャカ、直ぐに戦陣会議を開く。士官たちを集めよ。ぺル、お前は先行し敵情視察へ向かえ」


 コブラの身体が膨れ上がるように大きく感じる。それは真の君主だけが纏うことを許される王としての風格なのだろう。
 命を下すコブラに副官二人は恐ろしい程の畏敬を抱く。
 ぺルとチャカの全身が打ち奮える。気がつけば自然と膝を折り、臣下の礼を取っていた。


「出陣は明朝だ!! レインディナーズに全兵を向ける!!」

「「はっ!!」」













 忍ぶように機を伺う反乱軍の目標は『アルバーナ』の国王軍。
 真実を知った国王軍の目標は『レインベース』のクロコダイル。
 また、砂漠を行く<麦わらの一味>も同じく『レインベース』のクロコダイル。
 

──────クロコダイルが率いるバロックワークスの『ユートピア作戦』まで残り、17時間。














第十一話 「ようこそカジノへ」













「見えた!! アレが『レインベース』よ!!」


 日は沈み、また昇る。
 砂漠を行く<麦わらの一味>はやっとの思いで目的地を目にした。
 オアシスの町『ユバ』から徒歩によりほぼ一日。熱い砂漠の中を進み、喉も気力もカラカラであった。
 

「よーし!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」

「「みドゥ――(水)!!」」

「うるせェよ、お前ら」


 喉の渇きに、空腹、そして砂漠越えの疲労感。その他もろもろを八当たりに変えてルフィは叫ぶ。
 ウソップとチョッパーは素直な気持ちを口にし、やけくそ気味の三バカにゾロが呆れた声を出した。


「クロコダイル………」


 レインベースを目にし、ビビに緊張が浮かぶ。
 この先にクロコダイルがいるのだ。ビビは一味の誰よりもクロコダイルの実力を知っている。その実力は絶対で一味といえども対峙すればどうなるか分からなかった。


「……ところでよ、バロックワークスはおれ達がこの国に居る事に気づいてんのか?」

「……おそらくね」


 ゾロの懸念にビビは答えた。


「Mr.2にも遭ってしまったし、Mr.3もこの国に入ってしまっているのだから、まず知られていると思って間違いないと思うわ」


 この二つの事は一味にとって手痛い失敗だった。
 Mr.2は<マネマネの実>の能力者でMr.3は過去に一度対峙したことがあり、一味のことを知っていた。


「それがどうしたんだ?」

「顔が割れてるってことは、やたらな行動はとれねェってことさ」

「何でだよ!?」

「『レインベース』にはどこにバロックワークスが潜んでんの分かんねェんだ。
 おれ達が先に見つかっちまえばクロコダイルにはいくらでも手の打ちようがあるだろ」

「……暗殺は奴らの得意分野だからな」


 ウソップの説明にルフィは首をひねり、


「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」

「聞いてたのかよてめェ!!」


 再びその結論に至った。
 ビビはそんなルフィに苦笑するもウソップに自らの考えを告げる。


「……でもねウソップさん。私はルフィさんに賛成。
 今はとにかく全てにおいて時間が無いの。考えている暇もないわ」


 思わぬビビの言葉にウソップは唖然となった。


「あら、ウソップ。アンタもしかしてビビってんの?」

「おれも頑張るんだ」


 ナミのからかいとチョッパーの声。


「……う、お前ら」

「ウソップ観念しろって。ビビちゃんもこう言ってんだやるしかねェだろ。
 まぁ、別にビビちゃんとナミさんは戦わなくてもこのおれが守るんだけどなっ!! 王子様(プリンス)って呼べ」

「……プリンス」

「ブッ飛ばすぞマリモ!!」


 ゾロにバカにされキレるサンジ。


「だ、誰がび、ビビってるってんだ!!」


 こうなれば男ウソップとしてはやるしかない。
 ルフィがもう一度叫んだ。


「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」






◆ ◆ ◆






「なあ、おれ達クロコダイルを倒すためにココに入ったんだよな?」

「ああ……」

「後ろについてくんのって海軍だよな」

「ああ!!」

「なんでおれ達走ってんだ?」

「お前らが海軍を引き連れて来たからだろうがァ!!」

「逃げろォ―――!!」


 一味は『レインベース』に入ると取り合えず砂漠での疲れを癒すために補給をおこなった。
 クロコダイルと対決するに当たって砂漠越えで疲れ切った体では心もとない。故に身体を休める為に休息をとるつもりだった。
 だが、補給の際に買い出しに行ったルフィとウソップが何故か買い物途中で<白猟のスモーカー>率いる海軍に見つかり、逃げ回っているうちに仲間まで巻き込んでしまったのだ。


「ねぇ、トニー君がまだ来てないわ!!」

「ほっとけ。てめェで何とかするさ」

「で、でも……」

「アイツも海賊だ。てめェのケツくらいてめェで何とかするだろ。
 それよりも走れ!! アイツらに捕まると面倒だ!!」


 一味は海軍を撒こうと人ごみの中に入った。
 人ごみに紛れてしまえば追手も追い辛くなる。少なくとも追ってくるスピードは遅くなる。
 しかし、方法としては間違っていないのだが、それでも問題はあった。


「マズイんじゃねェのか? 町の中を走るとバロックワークスに見つかっちまう」

「もう手遅れだと思うぜ」


 ゾロは海軍以外に自分達に向けられる殺気を感じてた。


「じゃ、行こう」

「え?」

「クロコダイルのとこに!!」


 ルフィの言葉にビビは最後の覚悟を決めた。
 指を指し、ワニの屋根のピラミットのような巨大な建物を指した。
 『レインディナーズ』クロコダイルが居を構える、この町一番のカジノだ。


「散った方が良さそうだな……」

「そうだな」

「よしっ!! じゃあ後で!!」


 目的地を視界に入れ、サンジとゾロとルフィは三手に別れる。


「“ワニの家”で会おうっ!!」






◆ ◆ ◆






 ルフィは驚異的な身体能力で宙に跳び上がった。
 そして、海軍に向けて舌を出す。


「来てみろ!! “ケムリン”!!」


 ルフィの挑発を受け、スモーカーは「いい度胸だ」と目標を船長のルフィに定めた。






◆ ◆ ◆

 




「ウソップ!!」

「あ゛ァ?」

「ナミさんを頼むぞ!! アイツ等はおれが食い止める」

「よ、よし!! 任せろ!!」 

「サンジくんっ!!」


 迫るのは海兵の軍勢。それも見た所軽く十人以上はいる。


「心配ご無用。あのケムリ野郎がいないんじゃ……ただの雑魚共だ」


 サンジは落ち着いた顔で煙草をふかした。


「っへへ……。ご愁傷様……!!」






◆ ◆ ◆






「役不足だ。出直しな……」


 海兵達の剣が空中に舞い地面に突き刺さる。
 多数の海軍相手にたった一人で立ち塞がるゾロ。その強さの前に海兵達は動けない。


「ロロノア・ゾロ!!」


 怯んだ海兵達の間からメガネをかけた女性が顔を出した。
 海軍本部曹長たしぎ。一刀使いの女剣士だ。


「また会いましたね」


 刀を構え、臨戦状態でたしぎはゾロに立ち向かう。


「おい!! おれはお前と戦うつもりはねェぞ!! 勝負はついただろうが!!」

「ついてませんっ!! 私は一太刀もあびてませんからっ!!」

「その顔をやめろ!!」

「な、なんですって!!」


 ゾロはどうもこの女剣士だけは苦手だった。
 何の因果か、この『たしぎ』とかいう女はゾロが幼いころに約束を交わした今は亡き少女に生き写しではないかと疑わんばかりに似すぎていた。
 しかもその少女と同じような性格で同じ一刀使いの剣士。ゾロとしてはやりにくいといったらしょうがない。


「絶対許さないっ!! あなたはそうやって私をバカにして……!!」


 ゾロは過去にたしぎと対峙し傷つける事無く勝利した。
 それは圧倒的な実力差の証明で、どちらが強者なのかも自明の理なのだが、たしぎには止めを刺されなかった事が許せなかったらしい。


「くそっ!! アイツだけきゃ苦手だぜ!!」

「あっ、待て!!」






◆ ◆ ◆






(……大丈夫かしらMr.ブシド―)


 ビビはフードで顔を隠し、町中を『レインディナーズ』に向けて走った。
 海軍の追手はゾロが引きつけてくれている。
 ビビは王女だ。海賊と一緒にいるところを見られるとマズイ。また、海軍に事情を説明し助けを求めている時間も無かった。


「おい!! 待て、女!!」


 暫くは順調に進んだビビであったが、突如見知らぬ人間に声をかけられた。
 構っている時間は無い。ビビは無視するように走り抜けた。
 だが、後ろからさっきの男が付いてくる。しかも、一人では無い。その全員が手に武器を持っている。
 

(バロックワークス………!! しまった、見つかった!!)


 ビビはバロックワークスにとって最優先の抹殺対象となっていた。ビビの顔は社員達に広く流布され知れ渡っている。


「こんな時に……!!」


 徐々に増えていく追手にビビは速度を上げた。






◆ ◆ ◆






「ギャ~~~~~~!!」
 
「いや~~~~~~!!」


 ウソップとナミは全力で走っていた。
 サンジが海兵達を引きつけたのはよかったのだが、今度は町中でバロックワークスの社員達に見つかってしまったのだ。
 敵の数は一人や二人では無い。おまけに武器まで待ってる。二人では立ち向かえないと全力逃げた。


「来るな!! バロックワークス!!」


 ウソップは道を塞ぐように積まれていたた樽や木箱を後ろへと蹴り飛ばした。
 バロックワークスの社員達が気を取られているうちに逃げきろうと思っていたのだが、それが予想以上に効いた。
 ウソップが崩した樽が連鎖的に崩壊を呼び、社員達は見事にその下敷きとなったのだ。


「ぬ、ぬお!! やったぞ!!」

「やったっ!! すごいわ、ウソップ!!」


 後ろから聞こえる悲鳴を背に、ウソップが一番驚いていた。






◆ ◆ ◆






 そのままのスピードを維持しながら走り、ウソップとナミの二人は何とか目的地に辿り着く。


「まだ誰も来てねェのか?」

「もしかして私達が一番乗り?」


 周りに仲間の姿は見当たらない。
 取り合えず二人は中に入って様子を見ようと入口へと近づいた。


「よーし、狙い撃て。まずは二人だ」

「「敵!?」」


 だが、そこには当然のようにバロックワークスの社員達が待ち構えていて無防備な二人へと銃口を向ける。
 手を上げ降参のポーズをとる二人。しかし、そんなこと敵が聞いてくれる筈もなく、無情に引き金にかけた指が絞られる。
 だが、その瞬間、間一髪で駆け込んだゾロがバロックワークスの社員達を蹴り飛ばした。


「ゾロ!!」

「ん? 何だてめェ等だけか?」

「あんたこそ、ビビと一緒じゃなかったの!?」

「ああ、先に行かせたんだがまだ着いてねェのか? もしかしたら、もう中に入っているかもしんねェ」

「じゃあ、急がなきゃ」


 ビビが先に入ったとするなら一人で敵のもとに飛び込んだということだ。早くしなければ危険かもしれない。
 入り口に向かおうとする三人に、新たな影が向かってきた。


「ルフィ……!!」

「げ、モクモクも一緒だ!!」

「何やってのよもう!!」


 やってきたのはルフィとそれを追うスモーカー。
 一番厄介な相手を引きつけたルフィはどうやら逃げ切る事が出来なかったようだ。


「中に入れ!! 走れ、走れ!!」


 スモーカーを振りきる事を諦めたルフィが仲間達にこのまま『レインディナーズ』へと向かうことを叫んだ。
 前にはビビがいるかもしれない。後ろに海兵が迫っている。海賊達に選択肢など無かった。


「待ってろ!! クロコダイル~~~~!!」
 





◆ ◆ ◆
 





 バロックワークスの『秘密地下』。
 ルフィ達が目指すレインディナーズ地下に造られた一室だ。


「なに? ビビと海賊共がこの町に」

「ええ、今ビリオンズから連絡が入ったわ」


 ロビンは今連絡が入った情報をクロコダイルへと告げる。
 組織の手を逃れたビビと海賊達は反乱軍の元へと向かうと思っていたが、どういう訳か直接こちらへと向かってきていた。


「クハハハハハ……!!」


 クロコダイルは嗤う。己の幸運と王女の愚行を笑った。
 ビビと海賊共は抹殺対象だ。組織の邪魔になる以上絶対に抹殺するつもりであった。
 どうやって見つけて殺してやろうかと考えていた矢先に、それが間抜けにも向うからワザワザとやって来のだ。
 しかも、最終作戦の実行が目前の時に『エルマル』ではなく、遠く離れたここ『レインベース』に。これで、最終作戦において障害となる存在は完全に取り除くことができた。


「どうするの?」


 クロコダイルの勢力下にいる海賊達と王女は、もはや罠にかかった獲物も同然だ。
 後はそうとは知らぬ愚かな獲物の息の根をじっくりと止めるだけ。何なら特別に絶望というスパイスを用意してやってもいい。


「マヌケなネズミ共を迎えてやれ」

「はい」


 クロコダイルの命をロビンは了承した。






◆ ◆ ◆






 ロビンは社員達に指示を出すために『秘密地下』から退出する。


「よっ」


 退出したその先で壁を背にもたれかかっていたクレスが声をかけた。
 ロビンはクレスに軽く微笑みそのままカジノに向けて歩いた。


「何をするんだ?」

「そうね……王女様のエスコートかしら?」

「あらら、それはまた物騒な」

「ふふっ……」


 やがて、店内へと出る扉が見える。この扉を抜けると煌びやかなカジノとなる。
 表の煌びやかさとは裏腹にカジノは金を巡り様々な策略が張り巡らされる裏社会の縮図だ。
 それは表を『英雄』という輝かしい仮面で飾ったクロコダイルの姿そのもののようであった。


「結局、海賊達はコッチに来たのか」

「……これからどうなるのかしら?」

「あの海賊達でも、さすがに……クロコダイルには勝てない」

 
 クレスの見立てでは<麦わらの一味>の実力は相当のものだ。
 ウイスキーピークでの邂逅を経てその雰囲気を感じた。ロビンの言う『D』の名は伊達では無い。Mr.5のペアとMr.3のペアを下したことも頷ける。
 だが、それでもクロコダイルには遠く及ばないだろう。両者の間には隔絶とした差が依然と存在する。
 クロコダイルの“力”は本物だ。そこらに星のようにいる十把一絡げの海賊達とは違う。クロコダイルはその中でも最も凶暴に輝く凶星の一つだ。
 対する<麦わら>は輝き始めた新星だ。経験も海賊としての狡猾さも潜り抜けた修羅場の数もクロコダイルとの間には大きな差があった。


「今回、ココに乗り込んだことで奴らがどうなるかは分からない。
 クロコダイルの稚気に奴らが乗ればまだ可能性はあるが、……運悪く直接戦うことになれば間違いなく殺されるだろう」 

「その時は…………」

「ああ、残念だが……」


 クレスが言葉を濁し、ロビンが頷いた。


「ギャンブルの勝ち方はいろいろある。
 運を味方に勝利するか、ディーラーをも騙す策で戦うか、それとも実力で勝ち取るか」

「基本的にギャンブルは胴元が勝つように出来てるわ。……あの子達はどうやって戦うのかしらね」

「まぁ、結果が出るまでわかんねェな。
 ……それより、今は与えられた仕事をこなさねェとな」

「そうね」


 そして、二人は扉を開いた。
 扉を開いた瞬間、騒がしい店の喧騒が二人を包んだ。その中を歩き、そして海賊達の姿を見つける。
 海賊達は堂々と道場破りのようにクロコダイルの名前を叫んでいた。どうやらやって来たはいいがどうすればいいか分からないようだ。


「ただのアホだろ、あいつら……」

「ふふっ……面白いコ達」


 だが、店内の喧騒はそんな海賊達を飲み込み変わらない。
 だが、店側としては迷惑極まりなかった。警備を差し向けたが相手にすらされていない。
 挙句の果てには立ち入り禁止の海兵まで乱入し、さらに騒がしさを増していた。


「大変です支配人!! 何者かがやって来て……」


 困り果てている様子の副支配人がロビンの姿を見つけ指示を仰い出来た。
 

「VIPルームへお迎えしなさい」

「え……」


 ロビンは指示通り、海賊達を誘う。


「クロコダイル経営者(オーナー)の命令よ」


 副支配人の男は訝しみながらもロビンの指示に従った。
 クレスとロビンは人ごみの中から、VIPルームへと走りゆく海賊達を眺める。暫くの間見つめ、そして視線を戻した。


「ようこそカジノへ……」


 クレスの呟きは喧騒に紛れ消えた。






◆ ◆ ◆






「……ずいぶん暴れてくれたな、王女様」

「さすがは、我がバロックワークスの元フロンティアエージェントだ」


 レンベースの中心街の外れ。そこにビビとバロックワークスの追手たちの姿はあった。
 ビビの周りには数多くのビリオンズ達が倒れていた。
 王女といえどビビは敵組織に侵入するほどの行動力持ち主で、腕には自信があった。その証拠に数多くの社員の中からフロンティアエージェントに選抜されている。


「だが、観念しなァ。ヒハハ!!」


 しかし、カランとビビの持つ武器の<孔雀(クジャッキー)>が音を立てて地面に落ちた。


「くっ……!!」


 銃口を突き付けられ、ビビは後ろへとへたり込んだ。
 多勢に無勢だった。いくらフロンティアエージェントに選抜される程の実力者であっても数の差は覆せなかった。
 ビリオンズ達は標的をビビに定め、その数のほとんどを動員しビビに対する包囲網を固めていたのだ。
 そこには海賊達を打ち取るよりも王女を打ち取った方が手柄が大きいと感じた下心があったのだが、囲まれ絶体絶命のビビにはもう関係ない話だ。


「さぁて、どうしてやろうかなぁ?」


 銃口をチラつかせる男。
 ビビは何とかこの場所から脱出しようと思考を巡らせる。
 こんな場所で死ぬわけにはいかなかった。これからルフィ達と合流してレインディナーズへと向かいクロコダイルを倒すのだ。
 だが、無情にもビビにこの場を切り抜ける手段は無かった。


「やっぱ死ねよ。死体でも持って行ったら充分だろ」


 男が引き金にかけた指を引き絞った。
 ズドンという重い音が響き、人体が打ち抜かれた。


「ギャア!!」


 だが、倒れたのは男の方だった。
 男が地面に崩れ落ちると同時にビビは空を見上げる。そしてその顔に驚きと希望が浮かんだ。
 大空にはサラブを着込んだ巨大な隼が空を高速で滑空していた。
 隼は猛スピードでビリオンズに接近しながら、両翼の陰に吊下したガトリングガンで牽制する。
 ズドドドドド……!! と発射される無数の弾丸がビビを取り囲む男達の動きを縫いつける。


「何だあの鳥は……!!」

「何故、鳥がガトリングガンを!?」

「くそっ!! 撃ち落とせ!!」


 ビリオンズが何とか反撃を試みようとするが、猛スピードで迫る隼の迫力に負けまともに攻撃できない。
 隼は社員達に突っ込むとそのまま巨大な両翼で蹴散らし、座り込んだビビをやさしくさらっていく。そして王女を連れ銃の届かない安全な建物の屋上に下ろした。
 そして隼はその両翼と鋭い爪を消し、人間の姿となってビビの前に立つ。


「お久しぶりです。ビビ様」

「ぺル!!」


 アラバスタ王国護衛隊ぺル。ビビが幼いころから慕ってきた王国の戦士だ。
 ビビがが安堵の表情を見せる。ぺルがココにやって来たということはカル―はしっかりとコブラへと手紙を届けてくれたのだ。


「ぺル……!? まさか、<隼のぺル>!!?」

「アラバスタ最強の戦士じゃねぇか……!!」


 ビリオンズはうろたえた。
 <隼のぺル>と言えば人口100万人ともされるアラバスタ王国において『最強』の誉れを受けたアラバスタの守護獣の片翼を為す戦士だ。
 その噂は当然バロックワークス内にも広がっており、実力では<オフィサーエージェント>に匹敵する相手だ。とてもビリオンズ程度が太刀打ちできる相手では無かった。


「<トリトリの実 モデル“隼”> 世界に五種しか確認されぬ『飛行能力』をご賞味あれ……」


 動揺する社員達を肯定するかのようにぺルの姿が再び巨大な隼へと変わる。
 そしてゆっくりと両翼を広げ羽ばたいた。その瞬間、バロックワークスの社員たちの目の前からぺルの姿が掻き消えた。


「!!」

「見えねェ!?」

「撃て!! 撃ちまくれ!!」


 闇雲に銃を乱射する社員達。だがそんなもの一陣の風と化したぺルに届く筈もなく虚しく響くだけだ。
 ぺルは社員達に接近し静寂に舞い込んだ風のように緩やかに、だが圧倒的に速く社員達の間を潜り抜けた。


「飛爪!!」


 社員達が吹き飛ぶ。すれ違いざまに鋭い爪での深い斬撃を受け、その後に風圧で吹き飛ばされたのだ。
 ぺルが華麗に着地する。社員達に立ち上がれる者はいなかった。


「助かった……早く皆の所に……」


 ぺルの勝利に安心したものの、こうしてビビが時間を食っている間にもルフィ達はクロコダイルの元へと向かっているのだ。
 ビビがぺルに事象を話し、一刻も早くレインディナーズに向かおうとした時、
 

「そう? なら話は早いわ」

「……海賊たちなら今頃クロコダイルと対面中だろうしな」

「!?」

 
 聞き覚えのある声にビビが後ろを振り向く。
 そこには、忘れもしない二人の男女が立っていた。


「ミス・オールサンデー!! Mr.ジョーカー!!」


 ビビの立ち塞がった二人はビビに妖しい笑みを見せ、こちらを睨みつけているぺルに視線を向けた。


「華麗なものね『飛べる』人間なんて初めて見たわ。でも、私達より強いのかしら?」

「ビビ様……コイツ等の事ですか? 我らが祖国を脅かす者達とは……」


 静かに怒りを灯し、ぺルは二人を見上げる。


「なるほど、もう事情は知ってるみたいだな……」


 Mr.ジョーカーがぺルに向けて皮肉げに口元を釣り上げ見下した。


「久しぶりだな鳥男。どうだ、少しは強くなったか……?」

 
 
 

 







あとがき

やっとペルが出せました。次回はリベンジマッチです。
不死身の男ペル。実はお気に入りのキャラですね。
次も頑張ります。



[11290] 第十二話 「リベンジ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 13:42
 バロックワークスの秘密地下。
 そこには、豪奢なディナ―テーブルや調度品のほかに、その他の調度品とは存在を異とする強固な檻があった。
 檻は彼の有名な海底監獄『インぺルダウン』と同じく<海楼石>によってつくられた特別製で、その強固さから絶対なる禁錮を強制させた。
 元々秘密地下は湖の底に造られた薄暗く冷たい空間だ。この空間にはむしろこのような陰のある逸品の方がふさわしく、場違いなのは豪奢な調度品の方なのかもしれない。


「こうみょうなわなだ」

「ああ、巧妙な罠だ。しょうがなかった」

「敵の思うツボじゃない。避けられた罠よ。バッカじゃないのアンタ達!!」


 勇みクロコダイルの待つレインディナーズへと乗り込んだものの、罠に落ちルフィ達は囚われの身となっていた。 
 完全に檻の中に閉じ込められ動くことができなかった。檻自体を壊そうにも海楼石の檻は硬く能力者の力を封じるため逃げ出すことは出来ない。 
 海楼石の存在を知らないルフィは檻に触れると力が抜けることに首をひねっている。
 罠に落ちたのは、<麦わらの一味>のルフィ、ゾロ、ウソップ、ナミ。そしてルフィを追ってきたスモーカーだ。
 これがルフィ達だけならば良かったものの、一緒に罠にかかったスモーカーは海賊達の天敵である海兵だ。
 海賊と海兵。共に追い追われる関係だ。それがこうして一緒の檻に入ってしまったからと言ってその関係が変わる筈はない。


「……………」


 その時、スモーカーが背負っていた巨大な十手に手をかける。静かに構え、ルフィに向けて勢いよく突き出した。


「ルフィ!!」


 ゾロが直前で気付きルフィの名を呼ぶも既に遅く、スモーカーの十手はルフィの体を吹き飛ばした。
 吹き飛び、檻に叩きつけられ、大の字に倒れたルフィにトンと十手の先端を置く。するとルフィの身体から力が抜けた。
 ゴム人間のルフィに本来ならば打撃技は無効なのだが、スモーカーの十手は特別製で先端に海楼石が仕込まれている。
 故にルフィの能力を無効化し、なおかつ能力者のルフィを無力化したのだ。
 

「て、ててて、てめェ!! や、やるならやるぞ煙野郎!! 
 おれは爆弾男を仕留めるアシストをした男だ、てめェを仕留めるアシストぐら……ごめんなさい」

「もうちょっと頑張りなさいよ!!」

「……この檻でさえなければ、とっくにココを出てるってのに、───お前ら全員を二度と海に出れない体にしてな……!!」


 苛立つスモーカーにゾロが刀に手をかけた。


「なんなら、試してみるか?」


 スモーカーがゾロを睨みつける。
 互いに殺気を発し、二人の中心で空気が乱れる。
 その空気にウソップとナミが泡を食ったように停戦を呼びかけるが二人が耳を貸すことはなかった。
 だが、ゾロとスモーカーの二人は新たな声に停止を余儀なくされる。



「止めたまえ。
 共に死にゆく者同士、仲良くやればいいじゃないか」



 豪奢な椅子に座り、見下すような笑みと共にルフィ達の目的の男が語りかける。
 スモーカーが目を見開き、唸るように男の名前を呼んだ。


「クロコダイル……!!」

「オ―オ―……噂通りの野犬ぶりだなスモーカー君。おれを最初から味方とは思ってくれてねェようだ。
 だが、それで正解だ。てめェには事故死でもしてもらうことにしよう。麦わらって小物相手によく戦ったと政府には報告しておくさ」


 クロコダイルは狡猾に言い放つ。


「おいお前!! 勝負し……ホぉ~」

「その檻に触んなって!!」


 クロコダイルの登場に、スモーカーに倒されていたルフィが立ち上がり猛犬のように檻を揺らした。
 だが、檻は海楼石で造られた特別製だ。ルフィが触れば全身の力が抜ける。


「麦わらのルフィか……よくここまで辿り着いたな。まさか会えるとは思ってなかった。ちゃんと消してやるからもう少し待て」


 檻の中の海賊達に向け、クロコダイルは続けた。


「まだ、主賓が到着してねェ。今おれのパートナーを迎えに行かせたところだ」













第十二話 「リベンジ」












「ずいぶんと暴れてくれたみたいだな」

「もう使い物にならなさそう。大切な社員なのに……」


 クレスとロビンは倒され転がっているビリオンズ達を視界に入れ、それを為したぺルに向かって語りかけた。


「よろしければ王女様を私達の屋敷に招待したいのだけど、どうかしら?」

「くだらん質問をするな。問題外だ」


 ぺルはロビンの問いかけを切って捨てる。そして屋上に向け厳しい視線を向けた。
 屋上にはクレスとロビンそして、王女であるビビがいる。


「ビビ様、少々お待ちください。今すぐそちらに向かいます」

「いや、その心配には及ばねェよ」


 ビビの前に立ち塞がるように立っていたクレスは、屋上の端に足をかけた。


「あんまり時間をかけちゃダメよ」

「分かってるって、手短に済ませる」


 そして、まるで散歩に出かけるかのように一歩を踏み出し、飛び降りた。
 屋上から地面までは相当な高さがあったのだが、トンと軽い音だけ響かせて着地する。
 軽い驚きを見せるぺルに、


「来いよ」


 クレスはそう言った。


「Mr.ジョーカーとかいったな……」


 ぺルは目の前に降り立ったクレスを観察する。
 パサついた黒髪に、夜のような瞳。見覚えのある体格に声色。
 ぺルはクレスが言った「久しぶり」という言葉の答えに辿り着いた。


「貴様がまさか……国王様を襲撃した賊か?」

「ああ、そうだ。久しぶりだな」


 クレスは肯定し、もう一度言った。


「そうか……」


 ぺルは静かに呟き、腰元に下げた剣に手をかけた。


「ならば、憂いはない。存分に力を振るい、貴様を倒そう!!」


 クレスは半身になり、拳を静かに持ち上げた。

 
「……ああ、付き合ってやるよ」


 怒気と共に殺気を放つぺルに、それを受け流すクレス。
 一瞬の緊迫の後。
 ぺルが地面を蹴って一瞬で肉薄しながら剣を振るい、クレスはそれを素手で受け止めた。


「へえ……」


 剣を"鉄塊"で硬化させた腕で受け止め、そこから感じる衝撃にクレスは関心したように呟いた。


「前より、かなり強くなってんじゃねェのか?」


 ぺルの返事は再び振るわれた剣。
 クレスと一度戦い己の無力を実感し鍛錬に打ち込んだ末に高め上げた力だ。
 振るわれた剣は全てにおいて過去のぺルを上回っていた。
 クレスは大気ごと切り裂くような一撃をしゃがみこみ避け、片手で体重を支え独楽のように回りぺルに足払いを仕掛けた。
 ぺルはそれを冷静に見極め、素早く身を翻し後ろに飛び避ける。そして、その足で再び地面を蹴り、渾身の力を込め剣を振り下ろした。


「はっ!!」


 振るわれた剣に対しクレスは獣のように地面を蹴って飛び上がり、ぺルの上を取る。
 そして、剣を振り下ろしたぺルに対し硬化させた足で強襲をかけた。


「鉄塊“砕”」


 上空からぺルを踏み潰さんとするクレス。鉄塊によって硬化されたクレスの脚が鉄槌のように振り下ろされる。
 だが、ぺルはそれを読んでいたかのように剣を振り上げた。


「!!」


 これに驚いたのはクレスだ。
 ぺルが振るった剣はクレスの脚をすり抜け、クレスの無防備な胴体を狙ってきたのだ。
 遮られることの無い剣はクレスの胴を捕らえた。


「くっ……!!」


 だが、表情を歪めたのはぺルの方だった。
 クレスの胴には"鉄塊"がかかっていた。
 鋼鉄の硬度を誇るクレスの鉄塊はぺルの剣を受け止める。


「……やるな」


 言葉とは裏腹に動きの止まったぺルに対しクレスは容赦なく腕を振り払った。


「がっ……!!」


 クレスの裏拳はぺルのこめかみに直撃し、ぺルを吹き飛ばす。
 ぺルの体が吹き飛び、近くに積み上げられていた木箱の山に突っ込んだ。
 

「………………」


 クレスは拳を見て、


「……なかなかやる」


 そう呟いた。
 クレスはぺルの方へと視線を戻す。


「……やはり強い」


 ぺルは立っていた。巻き上がる塵を後ろに、問題なく歩みを進めた。
 怪我はこめかみを強打され軽く出血しているものの、それだけだった。


「当たった瞬間に後ろに跳びのいたか」

「……そう易々とはやられはしない」


 そして再び剣を構えた。





◆ ◆ ◆






「ぺル!!」


 二人を見守っていたビビが臣下の名を呼んだ。
 クレスはバロックワークス内に流れる噂では実質上組織でクロコダイルに次ぐ実力を持つとされている。
 ぺルは強い。しかし、それでもクレス相手では不安があるのだろう。


「ふふ……結構やるわねアラバスタ最強の戦士さん。でも、彼相手にどこまでもつかしら?」

「ミス・オールサンデー……!!」


 冗談めかして言うロビンにビビは怒りを滲ませる。
 その時、ビビにある考えが浮かび、ロビンの隙をみてビビは賭けに出た。


「───っは!!」

「あら……」


 暗器に近い武器を回転させビビはロビンに向けて攻撃する。
 隙を突いたと思われたビビの攻撃だったが、その攻撃は宙を裂くだけにとどまった。
 ロビンはビビの攻撃を軽く身を引くだけで避け、おまけにビビの腕を取っていた。


「……残念」

「アンタこそ」


 武器は片手だけでは無い。ロビンはビビの自由なもう片方の腕に回転する暗器を見た。
 一本目はロビンを欺く為のフェイクでビビの本命はこの一撃だ。
 ロビンに片手を掴まれた状態ではあったが、ビビは無理やりに体を捻り腕を振るう。
 ビビの<孔雀スラッシャ―>がロビンを襲った。


「───えっ!!」


 だが、ありえないことに後ろ側からビビ腕が拘束された。
 後ろには誰もいない筈だった。クレスは下で、ロビンの位置は変わらない。
 だが、ビビの腕は確かに後ろから掴まれていた。
 ビビは驚愕し後ろを振り返る。するとそこには自分の背中から腕が"咲いていた"。


「ほらね、残念」


 ビビの考えは、ロビンが一人きりという状況を狙っての奇襲であった。
 ロビンはエージェントではあるものの、おもな戦闘はクレスが請け負っているためその実力は謎に包まれている。
 船の上で見た"力"からおそらく能力者だと推測されるが、それでもまだ付け入る隙があるように思えた。
 しかし、ビビの認識は完全に間違いであった。
 クレスがこの場を離れたのは"ロビンの実力ならばビビ程度がなにをしたところで問題はない"と判断したからだ。
 そうでなければ拘束もしていない相手に対し無防備にロビンを一人にしたりはしない。


「ぐっ……!!」


 ビビの口から苦悶が漏れた。
 掴まれた腕がうごめき、ビビの関節を締め上げたのだ。
 武器がだらんと垂れ下がったところでまた腕が咲き抜き取られる。
 自然と膝が折れ、腕は上に固められる。少しでも動けば固められた腕が痛む。一切の抵抗が許されなかった。


「大人しくしてなさい。私達はあなたに危害を加えるつもりはないわ」

「……悪魔の実」

「そういえば、あなたは二度目だったわね。
 私が口にしたのは<ハナハナの実>。体の各部を自在に咲かせる能力よ」


 ロビンの言葉に応じ、ロビンの腕から新たな腕が咲く。
 腕を咲かせたロビンは異様でありながらも息をのむような妖艶さを醸し出していた。


「咲く場所を厭わない私の体は決してあなたを逃がしはしない。……おわかりかしら?」

「くっ……!!」


 完全に動きを封じこまれたビビはただ唇を噛むしかなかった。






◆ ◆ ◆



 


「ビビ様ァ!!」

「おっと、他を気にしている余裕があんのか?」


 隙を見せたペルにクレスが容赦なく拳を叩きこむ。
 顔を歪めペルは拳を剣の腹で受け流し、後ろに跳んで大きく距離をとった。


「どうするんだ? このままじゃオレは倒せないぞ。
 王女が心配なら気にすることはない。国王の時と同じで手を出すつもりはないからな。
 このまま能力を使わずに様子見を続けるか? そのつもりなら生憎とこちらはそんなに時間がないから倒させてもらうぞ」


 状況は国王の襲撃時と酷似していた。むしろペルにとってはビビを拘束する人間がいるためさらに状況が悪い。
 ビビの救出に向かっても必ずクレスが邪魔をする。
 ビビは命を握られ自分から動くことはできない。
 単独で斥候としてやってきたために援軍は期待できない。
 そして、元より撤退の二文字は無い。
 ペルの勝利条件はクレスを倒し、そしてビビを拘束するロビンを退け、ビビを救出することだけだった。
 


「一つ聞きたい」

「何だ?」

「貴様らの組織でイガラムさんを殺したのは誰だ?」


 ペルにとっては時間稼ぎに近い問いかけだった。
 だが、質問自体に一切の遊びは無くペルの本心からの問いかけともいえた。


「イガラム? ああ、Mr.8」


 クレスはその答えにすぐにたどり着いたが、あえて考え込むように振る舞う。
 そして、わざと口元を釣り上げながら答えた。


「あの男なら───海に捨てた」


 クレスの答えにペルの目が見開かれる。
 体内に暴れ狂うような激情が走った。
 この男は国王や王女だけではなく、敬愛する上司まで手にかけていたのだ。
 

「貴様ァアアアア!!」


 ペルの体に変化が起こった。
 指先は鋭い掻き爪に変わり、肌はなめらかな羽毛に覆われる。そして背中から生まれた大きな翼がばさりと羽ばたいた。
 その姿は巨大な隼。ペルの能力<トリトリの実>の力だ。


「アラバスタの砂となれ!!」
 
「それは勘弁願いたいな」


 ペルの翼は街中に暴風を生んだ。街路に積もった塵を巻き上げ吹き飛ばす。
 クレスはペルの起こした暴風にさらされながらも、怯むことなくペルを見据えた。
 瞬間。ペルが翼で巻き上げた塵の中を切り裂くように飛び出した。風を掴んで飛ぶ姿はまるで巨大な弾丸のようであった。


「ハァ!!」


 速度に乗せ切れ味を増した剣がクレスを襲う。
 <動物系>の能力者が能力を行使した際の力は人間時の何倍にもいたる。
 様子見とはいえ、クレスと渡り合ったペルの力がお遊びに見えるほどの威力を秘めていた。


「……!!」


 クレスはペルの剣が届く瞬間、地面を爆発させるように強く踏み込み横に跳んだ。
 間一髪で剣はクレスから逸れ、空気を切り裂くだけに止まった。


「おいおい……マジか」


 クレスが先ほどまで自分がいたところを見て呆れ声を出した。
 そこは轍のように深く地面がえぐれていた。ペルが猛スピードで飛び去った跡である。
 少し遅れてクレスの背中に冷たい汗が流れた。もし回避が遅れていれば“鉄塊”をかけていたとしてもただでは済まなかっただろう。
 挑発はクレスの戦闘時の常套手段なのだが、今回はそれが予想以上に効き過ぎていた。


「避けたか……だがっ!!」


 上空に飛び上がったペルが旋回し、標的を再びクレスに定めた。
 体を重力に任せ、翼の羽ばたきによって一気に加速し、嘴を中心として回転し空気の抵抗を極限まで消す。
 野生の隼は狩りの際、遥か上空から獲物に狙いを定め、時には時速300㎞にもいたる高速で獲物に強襲するという。
 隼の攻撃にさらされた獲物はたいていは即死か失神状態であり、鳥類最速の名を誇る隼はそのスピードを武器に獲物を捕食する。
 その隼の力がペルには備わっていた。しかも悪魔の実によって強化された肉体はたやすく野生の隼を上回る。
 ペルの体は風に乗り音にすら近付いた。


「チッ……」


 爆撃のようなペルの攻撃をクレスは前方に跳び込んで避けた。
 今のペルには“鉄塊”の防御ですら得策ではない。仮にクレスと同じ厚さの鉄板をもってしてもペルならば易々と深い爪痕を残すであろう。
 

「うっとおしい攻撃だ」


 ペルの攻撃には厄介な特徴があった。
 それは超高威力かつ高速の強襲に加え、一瞬でその場を離れ手の届かない上空へと舞い上がる完璧なまでのヒットアンドアウェイである。
 通常、人間は空を飛ぶ相手に対しての攻撃手段は無い。制空権というのは圧倒的なまでのアドバンテージであった。


「外したか……」


 上空からペルは戦場を見つめた。
 クレスとは離れ建物の屋上にビビとロビンがいる。
 今からビビの場所に向かえないことは無い。だが、それを行うにはロビンの能力があまりにも危険であった。
 ロビンの能力はペルにとって天敵ともいえた。ペルは翼を完全に制御しきっているものの、ロビン能力によってその制御を乱さればペルは無様に地に落ちることとなる。
 下手に欲を出して王女の救出を優先させれば間違いなくペルはクレスとロビンの二人の相手をすることになるだろう。
 理由は分からなかったが、自身の相手は現在クレス一人だ。ならば今はクレスを全力で倒すことが得策と思えた。
 ペルは再び重力に身を任せ、地上にいるクレスに向けて加速しようとして、



「あんま調子乗んなや。───空で戦えるのはお前だけじゃねェぞ」



 空中を蹴り、自身に接近するクレスを視界に収めた。
 驚きがペルを支配する。空は完全に翼を持つペルのものであった。だが、クレスはいともたやすくペルの認識を砕く。
 クレスは“月歩”によってそこにまるで地面があるかのように空を駆けていたのだ。
 だが、一瞬の動揺はあったもののもともと空中はペルの領域である。ペルは翼で風を掴みそのままクレスに向けて抜刀する。
 それはクレスも読んでいたのか、拳を固めペルに向けて振りかぶった。
 ぺルの銀閃が煌めき、クレスの鉄腕がうねり、両者の攻撃が交差し、甲高い音を奏でた。
 クレスの攻撃を受けきったペルは再び翼を駆り空をかけ、離脱する。
 対するクレスはペルとすれ違った瞬間、前方の空気を蹴りつけ宙を舞った。そして振り向き様に鋭く脚を振りぬく。


「嵐脚“乱”!!」


 ペルへと向かう無数の斬撃。ばら撒かれた斬撃を背にペルは更にスピードを上げた。
 自身を追う斬撃。だが、ペルが羽ばたき、速度を増せばクレスの攻撃を置き去りにした。
 そして、宙返りを果たすと、お返しとばかりにクレスに向けて吊下していたガトリングガンの引き金を引いた。


「おいっ!!」

 
 クレスが焦る。
 ペルの両翼の陰に下げられた銃口は無数の弾丸をばら撒いた。ペルは戦闘機のようにクレスを追い弾丸を発射し続ける。
 弾丸が空気を切り裂く音を聞きながらクレスは“月歩”によってペルを撹乱しながら弾丸を避け、ペルの予想とは逆に一気にペルに向かい空を駆け抜けた。


「六式“我流”───っ!!」

「面白い───!!」


 空中で己に向かってくるクレスにペルは更にスピードを上げた。そして自身の鋭い爪を軋ませる。
 晴れ渡った大空を行く二つの影は残像を残して一瞬で交差する。


「───閃甲破靡“空牙”!!」

「飛爪───!!」


 互いの渾身の一撃は空を軋ませ、地上をも揺らした。






◆ ◆ ◆






「ペル……凄いっ!!」


 目の前で繰り広げられる激戦にビビが息をのんだ。
 ペルはクレスに対し互角、いや空中戦ならば互角以上に戦っていた。
 あれほど恐れられていたMr.ジョーカーを倒せるかもしれないとビビの中に希望が浮かんだ。


「…………」


 これに表情をわずかに面白くなさそうに変えたのはロビンだ。その表情は自慢しているものを馬鹿にされた子供に似ていた。
 だが、ロビンの表情はそれ以上は変わらなかった。
 ペルは確かに強い。それもクレスとまともにやりあえるなど過去においても数えるほどであった。
 だが、単純な強さだけではクレスには敵わない。その理由をロビンは知っていた。


「残念だけど。……Mr.ジョーカーは負けないわ」

 
 ロビンの言葉にビビは眉根を寄せた。
 まさか、と思うがビビの思惑は外れる。ロビンはビビを餌に有利な状況を導くことを否定した。
 ここでロビンが手を出せばクレスがペルよりも劣っているという証明でもあった。
 ビビの困惑にロビンは少し意地悪な声でに答えた。


「彼はただ強いだけじゃない。例えるならそう───“狩人”かしら」






◆ ◆ ◆






 戦いは空中から地上へと場面を移していた。
 クレスの"月歩"はペルの飛行に比べ小回りが利きクロスレンジの素早さで上回る。
 ペルの飛行は翼がある分速度ではクレスを上回り空中での追撃では軍配が上がった。
 互いの性質を比べればほぼ互角となる二人であったが、クレスの"月歩"は空中を蹴り飛び上がる技だ。無尽蔵に近い体力を持つクレスだが、当然いつまでも飛び続けられるわけではない。
 まだまだ体力にはゆとりはあるものの、ペル相手の空中戦の愚を悟り、隙を見て地上へと舞い戻った。


「……訂正する。お前は強い」


 地面に立ち止まり、突如殊勝な態度で語りかけたクレスに、ペルはわずかに困惑したもののすぐに視線を鋭いモノへと変えた。


「実は結構ビックリしてんだよ。白兵戦には自信があったからな。正直ココまで手こずるなんて思わなかった」

「…………」

「だけど、まぁ……アイツにカッコつけた手前このままやり合って傷だらけの"苦勝"じゃカッコ悪いし、それに時間をかけると怒られるんだ」

「貴様の都合など知らん。私は戦い貴様に勝つだけだ」


 殊勝な態度ではあるものの、自身が勝つことを前提として話を進めるクレスにぺルは警戒を募らせた。
 ぺルは感じていた。クレスは根拠の無い自信だとか、意味の無いハッタリで言葉を為しているのでない。それを確固たる事実であるかのように、ぺルに向けて宣誓していたのだ。


「そう言うなって、オレはこの『六式』に誇りを持ってるし、何よりの武器だとも思ってる。
 だけどな、世の中にはこれだけじゃままならない奴らもいるんだよ。悔しいがそいつらに向かってバカ正直に戦うのもリスクがある」


 クレスは腰元に下げたサイドバックからサバイバルナイフを複数本取り出し、両手に納めた。


「じゃあ足りない場合はどうすればいいかってのは、補うしかないんだよ。別の何かでな。だって、勝負は一度きりだ。負けるつもりはないしな」

「それは私とて同じだ。今この瞬間に貴様に負けるわけにはいかない。貴様らを倒し、祖国に平和を取り戻す!!」

「そりゃ、そうだな。……まぁ、お前の場合背負ってるものも大きいしな。……だが、あえて言おう」


 クレスは上空のぺルに視線を合わせたまま、ナイフを隠すようにだらんと両腕を下げた。


「───オレが背負うと決めたもんはお前よりも大きいってな」


 そしてクレスはペルに向けて捕食者のような凄惨な笑みを見せた。
 ペルはクレスの表情に一瞬怯むも、油断なくガトリングガンで牽制を行いながらクレスに向けて強襲を仕掛けた。
 高速で迫るペルを視界に収め、地面に突き刺さる弾丸の風切り音を聞き、何発か直撃した弾丸を鉄塊で受け止め、クレスは浅い息を吐き、ペルの接近を待ち受ける。
 そして、ぺルを十分に引きつけ、爆発させるように地面を蹴りムーンサルトの要領でバク転と共に両脚を振りぬいた。


「嵐脚"断雷"」


 両脚で起こされた巨大な三日月のような形をした"嵐脚"の斬撃がペルの目を釘付けにした。
 直撃すれば間違いなく両断されるような斬撃。ペルは瞠目し直前で体を捻った。ペルの胸元が裂ける。直撃こそ免れたのものの傷は浅くは無かった。
 だが、それだけだ。流れる血をそのままに、突き進むペルの進行は止まらない。


「飛爪───!!」


 ペルが鋭い爪を振るう。クレスといえど直撃すれば間違いなく引き裂かれるような威力を秘めた一撃。クレスは技を放った直後で避けきることは難しいだろう。
 だが、その認識は裏切られる。この瞬間においてもまだぺルはクレスの力の全てを認識できていなかったといっていい。いや、それ以上にクレスの動きが余りにも異常過ぎた。
 クレスは後ろに跳んだ後に、ぺルと目線が交叉した瞬間、着地するでもなく垂直にもう一度空中を蹴り、ぺルへと肉薄したのだ。
 渾身の一撃の後の加速。動から静そして再びの動。流れるようなその動きにぺルは幻惑される。


「───指銃"剛砲"!!」


 ぺルの振るう掻き爪にクレスの鋼のように固い拳が合わせられるように振るわれた。
 接触は一瞬。しかし衝撃は音叉のように響き渡った。
 クレスが直撃をずらすようにぺルの掻き爪に拳を打ち込み、互いの攻撃は二人の腕に鈍い疼きを与えただけにとどまった。
 ぺルが仕留めきれなかった事を苦々しく思いながら、再び上空に舞い戻ろうと高度を上げた瞬間、
 
 

「さぁ、大捕物だ」



 すれ違ったクレスの不気味な殺気に触れた。


「───っっっっ!!」


 ペルの眼前にそれは現れた。
 見えないようにほぼ透明にカラーコーティングされた鈍く光る鉄線。それが幾重にも重なり網となってペルに立ち塞がる壁ように展開されたのだ。
 離れた所から見ればそれは巨大な鳥を拘束する鳥籠のように見えただろう。
 突如現れた網に急ぎペルは減速し逃れようとする。だが展開した網に既に逃げ場は無かった。
 悪魔の実によって隼の速度を手に入れたペル。だが今回はその速度がペルを苛んだ。
 隼の翼は高速で飛行することには向いているのだが頻繁な旋回や方向転換は不得意とされていた。 
 加速した速度を急に止めることはできない。ましてや後ろに逃げ出そうとするのも不可能だ。方向を変えようにも距離が足りなさすぎた。
 隼の天敵はワシミミズクなどの猛禽類だ。夜の暗闇に紛れ音もなく忍び寄り彼らは油断した隼を刈り取るのだという。今のぺルにとってのクレスの攻撃は恐れるべき天敵の一撃のようでもあった。


「ぐあっ!!」


 ペルが巨大な網に捕えられる。
 翼を絡めとられて制御を失った隼は地に転がった。
 それに伴い鉄網の先端に付けられたサバイバルナイフが建物や地面から抜けていく。
 クレスは嵐脚でペルの目を欺き、その隙にサバイバルナイフを投げ、罠を設置したのだ。
 今にして思えば不自然にぺルに語りかけた会話も、この罠を設置する場所を吟味していたのだろう。
 そして、ぺルの視線を自分に釘付けにして、油断したところで本命をぶつけた。
 クレスは強い。だが、彼がここまで至るまでに挫折を味わなかった訳ではない。むしろ彼の人生の中では自身の弱さを呪うような瞬間の方が多かった。
 敵に追われ、逃げ道を塞がれ、戦うしかない状況。敗北は許されなかった。ならば勝つしかないのだ。
 そして、勝てないのならば、勝てる状況を作り上げるしかない。
 自身の力と相手の力。様々な道具や武器。地形に天候。それらから状況を読み取り、状況を操り、相手を仕留め、勝利を握りしめる。
 クレスには狩人にも似た相手を追い詰める力があった。
 

「残念だったな。それは対海王類用の特別製だ」


 地面に転がりあちこちを打ち付けながらも罠から脱出しようともがくペルに、クレスは更なる追い打ちをかける。
 獲物は既に罠の中。ならば、後は一撃で仕留めるのみだ。


「六式“我流”───」


 ペルは己に向かってくるクレスを歯を食いしばりながら見つめた。
 クレスは地面を蹴り、大きく飛び上がる。一瞬だけ上空に止まりフワリとペルの元へと現れる。
 緩やかでありながら力強い動きで舞い降りて、鉄塊で固めた踵で膝をつくペルを踏み砕いた。


「───落葉!!」 


 クレスの踵を支点として全身に衝撃が響き、一瞬でペルの意識が刈り取られた。
 薄れゆく意識と視界に敬愛する王女の姿を収めながら、ペルの意識が閉じる。


「ビビ……様……申し訳……ございま……せ、ん」


 呟きは風に乗りビビの元に届いて、彼女を絶望に陥れた。






 





あとがき
ペルvsクレスはクレスに軍配です。
修正させて頂きました。
本筋は変わっていませんが、加筆してセリフの一部を変更いたしました。
クレスの狩人設定に少し囚われ過ぎて、性急すぎました。申し訳ないです。



[11290] 第十三話 「07:00」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:34
 希望というのは大きければ大きいほど絶望に変わった瞬間にその分深く砕けるものだ。


「嘘よ……」


 幼いころから慕ってきたぺルの敗北はビビの心に大きな傷をつけた。
 茫然と倒れ伏すぺルを見つめるも、ぺルが立ち上がることはない。
 勝者はぺルではなくクレス。これはビビにとって最悪の結果であった。
 

「……行きましょうか。ボスと海賊達があなたを待っているわ」


 ロビンは感情を伺わせないまま、能力を使い、力無く座り込んだビビを立ち上がらせる。ビビはただ従うしかなかった。


「……現実はいつだって厳しいものよ。前を見なければ何も得られない」


 ロビンの言葉は誰に向けたものなのか、ビビには分からなかった。
 











第十三話 「07:00」












 後始末をクレスに任せ、ロビンは言葉通りビビをレインディナーズで待つクロコダイルの元へと連行する。
 人通りの無い裏道から『秘密地下』へと続く裏口へと入り、扉の前に立った。
 裏口は表の煌びやかな玄関口とは異なりどこか殺伐とした雰囲気で、扉は他者を拒絶しているかのようにそびえ立っていた。
 ビビはその意味を中に入った瞬間に理解した。
 扉の中には武器や火薬など、これまでアラバスタの破壊工作に使われてきたであろう物資が整理され山積みにされていた。
 この地はクロコダイルの管轄地と化している。政府も王国も一切の立ち入りを禁じられており、バロックワークス社が物資を隠すには最適なのだろう。


「ココだけじゃないわよ。他にもこの町の中を探せばいろんなものが出てくるわ」


 ビビの考えを読み取ったのか、ロビンが補足を入れた。


「まぁ、その中でも特に重要な物はココにあるわね」


 するとロビンは片隅に置かれた巨大な金庫を指差した。


「アレなんか特に、あなた達が血眼になって捜したものでしょうし」

「まさか……」


 ビビは直ぐにその答えにたどり着く。
 その逸品こそがアラバスタを崩壊へと導いた悪魔の粉。


「ダンスパウダー……!!」

「そう、正解」


 ビビはロビンをキッと睨めつけた。
 ダンスパウダーはアラバスタ国王が代々に渡り使用を禁止していた逸品だ。
 バロックワークスがこの国に持ち込まなければ、雨を奪い合う戦いは起きなかった。


「怖い顔ね」

 
 ロビンは気にした様子もなく歩みを進めた。
 倉庫のような広い空間を抜け、その先にあった長い廊下を歩いた。
 やけに長く感じさせる通路はビビを不安にさせる。
 ロビンとクレスの言葉から察すれば、この先にはクロコダイルがいてルフィ達が捕まっているのだという。仲間達がどうなったのかも心配だった。
 ビビが自身の中に芽生え始めた恐怖を必死に抑えつけていた時、目の前に豪奢で重厚な扉が現れた。


「そろそろコレを返しておこうかしら」


 扉の前で立ち止まり、ロビンはコートの中からビビから取り上げた武器を取りだした。
 そしてビビの拘束を解き、困惑するビビにそれを返した。


「この先にボスはいるわ。どう使おうとあなたの自由よ」

「………………!!」


 ビビは己の武器を握りしめた。
 ロビンがビビに対して武器を返した意味をビビには理解できた。
 アラバスタに住むビビはクロコダイルの<能力>を知っている。その力は大きくビビの力では抗うことができない。だが、ビビの目には暗い光が灯っていた。


「……早くクロコダイルに会わせて」

「そう、頑張って」


 ロビンはクロコダイルの待つ『秘密地下』への扉を開けた。
 




◆ ◆ ◆






「さて、と」


 クレスは意識を失ったぺルから鉄線を外し、担ぎ上げ適当な日陰に放置した。
 意識こそないものの、ぺルの傷は奇跡的にそう深くはない。それはクレスの驚異的な手加減のおかげでもあった。


「勘弁しろよ……ロビンにやられた方がひどいことになるんだからな」


 クレスはぺルを一瞥すると、少しだけ考え、腰元のサイドバックから紙切れを取りだした。
 サラサラと適当に殴り書きをして、意識の無いぺルの手の中に握らせる。


「もうこんな時間か……そろそろだな」


 クレスはめんどくさそうにぺルから離れ、倒された社員達の後始末に向かった。



 クレスが残したメモにはこう書かれていた。



『16:30、時計台の片隅、選択はお前次第だ』






◆ ◆ ◆


 


 
 ギィ……

 重い扉が擦れるような音と共に開く。
 そしてビビは一歩を踏み出した。
 そこは水槽の中のように寒々しい空間だった。
 取り付けられた窓から覗く光景は湖の中を我がもの顔で泳ぐバナナワニ。
 扉の向こうは広々としたホールとなっていて、エントランスからそこに続く長い社交場のような大きな階段が続いている。
 そしてその階段の先、ビビは豪奢なディナ―テーブルに座った男を視界に納め、煮えたぎるような感情の矛先を定め叫んだ。


「クロコダイル!!」


 名を呼ばれたクロコダイルのみならず、檻の中に囚われたルフィ達も驚いてビビの声に視線を向けた。
 扉の前に立つビビをクロコダイルは両手を広げ歓迎するかのように招き入れる。


「やァ……ようこそ“アラバスタの王女”ビビ。いや、ミス・ウェンズデー。よくぞ我が社の刺客をかいくぐってココまで来たな」

「どこまでだって行くわよ。あなたに死んでほしいから……!! Mr.0!!」


 息まくビビにクロコダイルは酷薄な笑みをもって答えた。


「死ぬのはこのくだらねェ国さ、ミス・ウェンズデー」

「……ッ!!」


 小馬鹿にするようなクロコダイルの答えに、ビビの押さえつけていた感情が爆発する。


「お前さえこの国に来なければ……!! アラバスタはずっと平和でいられたんだ!!」


 ビビは右手に円刃を鎖状につないだ武器を持ち、一気に階段を駆け降りた。
 檻に捕らえられた仲間達すら視界には無く、ただその瞳に憎きクロコダイルのみを納めた。
 飛びかかり腕を振るい、円刃の鎖をディナ―テーブルから動こうともしないクロコダイルに叩きつける。


「孔雀一連スラッシャ―!!」


 鞭のように叩きつけられた円刃はクロコダイルの頭部に直撃し、そのまま後ろの椅子まで斬り落とす。
 クロコダイルの頭部が爆ぜるように砂となって四散した。それと同時にビビがディナ―テーブルの上に乗りつけその上に置かれた料理をぶちまける。


「……気は済んだかねミス・ウェンズデー」


 頭部の無いクロコダイルの身体がサラサラと砂に変わっていく。
 崩れ落ちた砂はそれぞれに意志を持ちビビの前を通り過ぎた。そして再び集結し、ビビの後ろにその姿を形作った。


「この国に住む者なら知っている筈だぞ。おれの<スナスナの実>の能力ぐらいな」

 
 押し潰すかのような重圧と共に、ビビの後ろにクロコダイルが顕現した。
 <スナスナの実>の砂人間。悪魔の実のなかでもその存在を異にする<自然系>の能力で、クロコダイルは砂に関する全ての現象を司る。
 息を飲むビビの口元をクロコダイルは渇きの魔手である右手で塞いだ。


「ミイラになるか?」


 ビビはクロコダイルの放つ殺気にあてられ、這い上がるような寒気を感じた。
 それが、クロコダイルとビビの間にある決して埋められない実力の差であった。
 

「コラお前!! ビビから離れろ、ブッ飛ばすぞ!!」


 ルフィの怒声が響く。だが、檻はルフィ達がビビの元へと駆け寄る事を許しはしない。
 

「座りたまえ」


 殺気から解放され、無理やりにビビはディナ―テーブルの椅子に座らされる。


「……そう睨むな。
 丁度いい頃合いだな。そろそろパーティの始まる時間だ。違うか? ミス・オールサンデー」


 事態を見守っていたロビンはクロコダイルの問いに答えた。


「ええ、七時を回ったわ」


 後に歴史に刻まれる長い一日が始まる。






──────07:00 『ユートピア作戦』開始。






◆ ◆ ◆







──────アルバーナ宮殿



 コブラが下した遠征の準備のため慌ただしくも殺伐としていた雰囲気の宮殿内は、今、浮足立っていた。



『国王様を探せ──────っ!!』



 国王コブラの突然の失踪。
 始まりは臣下の一人が報告のためコブラの元へと向かった時であった。その時、いつもなら王の間にいる筈のコブラの姿がなかった。
 不審に思い、思いつくところを捜索しても姿がない。警備の者も誰も姿を見ていないのだという。臣下は泡を食って人数を割き、くまなく探したが姿は何処にもなかった。
 

「チャカ様、やはり何処にもいません!! 
 王の間から穀物庫にバルコニー、宮殿内も庭もくまなく探しましたが何処にも御姿がありませんでした!!」

「……そんなバカな話があるか!! 夜間に外出されたんじゃないのか?」
 
「しかし、チャカ様。昨夜から王の間の周りの警備は万全でしたし、国王が誰の目にも触れる事無く外出することはあり得ません」

「ならば何故、王の間から国王が消えるのだ!!」

「それは……!!」


 チャカは部下を一喝する。


「出陣の時だぞ!! 探すんだ、宮殿の外も町も全て!!」

「はっ!!」


 再び部下達は国王の捜索に戻った。


「……探し人はぺルの得手なのだが、今にかぎって奴はレインベースへ敵地視察」


 チャカも混乱していた。コブラが遠征を命令したのはつい昨日のことである。
 これからクロコダイルの待つレインベースへと出陣しようというこのタイミングでコブラが姿を消すことなどありえないことだった。
 ぺルも宮殿にいない。何もかもタイミングが悪すぎた。


(コブラ様の身に何か起きたというなら……私が勝手に兵を動かす訳にもいくまい)


 国王の命により、国王軍は全軍をレンベースへと向ける事となっている。
 事実上の最高司令官という立場だが、国の趨勢が決まる今、チャカの一存で兵をどうこうできる筈もなかった。
 最悪の場合、遠征そのものを中止にする必要もあった。


(今この時になにがあったというのだ……!!)


 頭を悩ませるチャカ。
 だが、彼の思考は慌てた様子で飛び込んできた部下によって中断させられる。


「チャカ様!! 国王様が!!」

「おられたか!?」

「それが、そういう情報はあるのですが……」


 チャカに一筋の希望が差すが、困惑気味の部下の報告は彼を驚愕に陥れた。


「な……!! 何だと!?」






◆ ◆ ◆






──────同時刻、港町ナノハナ



「だから、正直に謝罪しているのだ。この国の雨を奪ったのは私だ」


 ざわめくナノハナの住民達。
 そこには「ありえない」と言いたげな国民の前で、国王軍の兵士達を引き連れ、超然した態度で謝罪の言葉だけを口にする男の姿があった。


「もう一度言おう。この国から雨を奪ったのは私だ」


 男は高慢に国民達を突き落とすように言い放った。
 息を飲む国民達は間違える筈の無いその姿を視認する。
 彼らの前に立っているのは現在アルバーナで失踪している、国王コブラであった。


「コブラ様……なにをそんな冗談を」

「国王様……」

「嘘でしょう? 国王様!!」


 信じがたい言葉を口にするコブラに、彼を信じていた国民達から声が上がる。
 だが、コブラはそれらを拒絶するよう続けた。


「よって、あの忌々しいダンスパウダーの事件を忘れるために、───────このナノハナの町を消し去る」


 そこから覗いた非情な国王の表情に国民達から血の気が引いた。


「不正な町だ!! 破壊して焼き払え!!」

『はっ!!』


 その言葉を合図に、後ろに控えていた屈強な国王軍の兵士達が武器を取って襲いかかった。
 銃を乱射し、手に持った武器で目に着いたものを切り払う。兵士の中にはあろうことか町に火を放つものまでいた。
 突然おこなわれる国王軍の濫行に国民達は逃げ惑う。
 破壊されていく町の中心でコブラはその様子をただ冷徹に見つめていた。


「おい国王!!」


 その国王に立ち向かう小さな姿があった。
 つい数日前、反乱軍へと入ることを希望した少年カッパだ。
 カッパはハンマーを手に果敢に国王へと詰め寄った。


「お、お前が雨を奪うから町はみんな枯れていくんだ!!」


 コブラは自身に向かってくる余りにも小さな姿を視界に納め、虫でも払うかのように蹴り飛ばした。
 小さなカッパの身体はもんどりうって地面に転がった。
 コブラの見開かれた目が周囲を睥睨する。国民達は子供であろうと容赦なく手を下した国王に恐怖した。


「みんなの仇を……取ってやる!!」


 蹴り飛ばされ鼻血を垂らすカッパはそれでも国王に向かおうとするが、近くの女性に押さえつけられる。今のコブラに歯向かえば、最悪殺される可能性すらあった。
 その時、馬の嘶きが聞こえ、人ごみをかき分けて一人の青年が姿を現した。


「……何の真似だ、貴様」


 目の前でおこなわれる国王の凶行に、茫然とした様子のコーザが馬から飛び降りる。
 コーザは国王がナノハナに現れたという情報をもとに困惑しながらも、その真意を確かめるために反乱軍の拠点から馬を飛ばした。
 そして、駆けつけた時に見たものは、あろうことか町を破壊する国王軍だった。


「謝りに来たのだ」


 コーザの問いにコブラは自若として答えた。


「フザけるな!! ……なんて屈辱だ!!」

「ダンスパウダーでこの国を枯れさせているのは私だ」

「黙れと言っているんだ!!」


 国民達は反乱軍のトップに問い詰められる国王コブラをを遠巻きに眺める。
 かつて名君として馳せた頃に培った信頼は薄れ、国民達に浮かぶのは暴君に対する怯えに近い表情だった。


「くそったれ!!」


 バカにしたように同じ言葉を繰り返すコブラに業を煮やしたコーザが飛びかかる。
 コブラに触れる直前で国王軍の兵士達に取り押さえられるが、それでもコーザは吠えるように言葉を為した。


「枯れた町や倒れた奴らがどんな気持ちで死んでいったのかを知っているのか!?
 お前に怒りや恨みを持っていた訳じゃない!! どいつもこいつもお前の事を信じて戦ってきたんだ!!」


 ダンスパウダーがこの町で見つかり、国王に疑惑が寄せられても、初めは皆コブラを信じ何かの間違いだと一笑に付した。
 だが、日照りは続き、国王が疑わしいとの証拠が続々と見つかった。
 怒り立ち上がる者もいた。だがそれでも、町が枯れても、倒れたものが出ても、彼らは皆、国王の事を信じていたのだ。
 戦いが起きても多くの者が反乱軍の説得をおこなってきた。『国王のせいじゃない』『あの人は立派な人だ』そう言って言い聞かせた。


「───嘘でもせめて『無実』だとお前が言わなきゃ、彼らの気持ちはどうなるんだ!!」



──────乾いた銃声が響いた。


 コーザの視界がかすんだ。

 やけに熱い胸に赤いシミが広がって行く。

 コブラは何も言わない。

 無言の内に国王は全ての言葉を否定した。



 永遠にも見えた一瞬の後に、ドサリとコーザが崩れ落ち、人々の悲鳴が響いた。


「国が……本当はみんなが……その答えを知りたかったから……おれ達は戦ってきたんじゃないのか?」


 荒い息でコーザが言葉を為す。
 だが、膨れ上がった喧騒にのまれその声を聞き届ける者はいなかった。


「少なくとも……おれはそうさ」






◆ ◆ ◆






「コーザ!!」 

「コーザさん!!」

「国王、よくも……!!」


 遅れてやってきた反乱軍のメンバー達が、国王軍に撃たれたリーダーを視界に納めた。
 反乱軍のメンバー達は怒りの矛先をコブラ率いる国王に向ける。


「まさかあの国王様が……」

「そんな……」

「おれ達は裏切られたのか?」


 人々が国王に抱いていた疑いが核心に変わり始めた。
 いくら過去に名君として名を馳せても、こうして目の前でおこなわれる凶行がそれら全てをぬり潰す。
 国民達は皆一様に思った。国王は落ちるところまで落ちてしまったのだ。
 
 疑惑や疑心が渦を巻き、最高潮に高まりつつあったその時、
 


「そろそろ時~~~~間、だ~~~わねいっ!!」



 国王が二ヤリと笑みを浮かべ、部下達にのみ聞こえる声で言った。
 次の瞬間。港が騒がしくなり、誰かが大声で叫んだ。


「巨大船が港に突っ込むぞ!!」

 
 言葉通り、港を押し潰しながら巨大な商船が港に乗り上げた。







◆ ◆ ◆







「なんだあの船は!! 港に突っ込んだぞ!?」

「ヤバい、離れろ!! 巨大船が倒れる!!」


 港に乗り上げた巨大な商船から逃れようと人々が我先にと駆けだしていた。
 その姿はまるで河の氾濫のようで、勢いに何もかもがのまれるようだ。
 だが、その人ごみの中にぽっかりと空いた穴のような空間があった。


「最終作戦にしては骨の無い仕事だったわ」

「今まで一度も骨のある仕事があったか?」


 逃げ惑う人々の中を悠々と歩く二人組。
 人々は知らず知らずのうちにその二人を避けていた。
 一人は、鍛え抜かれた肉体に丸刈りで刃物のように鋭い容貌の男。
 もう一人は、大胆な黒のレザーを着た棘のように鋭い雰囲気の女。
 Mr.1とミス・ダブルフィンガー。バロックワークス随一の殺し屋ペアであった。


「町の外れでMr.2と落ち合わなきゃ。そして、仕上げはアルバーナ」

「フン……精々楽しみてェもんだ」






◆ ◆ ◆
 
 
 




「がーっはっはっはっは!! さぁ、火を放って退却よ!!」

「はっ!!」


 港に巨大船が突っ込み、混乱する人々に紛れ、国王である筈の男が楽しげに声を上げた。
 男の声に対して、国王軍である筈の男達がわざとらしい敬礼で答えた。


「ぷ───っ、やっぱこれが無いと落ち着かなーいわねい」


 そう言って、国王である筈の男は頭にバレイの衣装のような妙な飾りをつける。
 そして、部下達を引き連れ一目散に走り去った。
 混乱の隙に逃げた彼らの姿を最後まで追いきれた者はいなかった。町を襲った国王軍は忽然として姿を消す。


「ど~~うだったかしら? あちしの──────」


 そう言って、コブラらしき男は左ほほに触れた。
 すると、その顔だけでなく姿までもが別人のバッチリメイクのオカマに変化する。


「──────王(キング)っプリは!!」

「最高っす!! Mr.2・ボン・クレー様!!」


 もはや笑いが堪え切れないのか、部下の一人がいたずらを成功させた子供のように笑いだした。
 大柄のオカマ、ボンクレーも上機嫌だった。


「が~~~~~~っはっはっはっは!! “あやふや”ねい!! あちしの好きな言葉は“あやふや”!!
 男なんだか女なんだかわかんないあちしがオカマであるように!! タコパフェの生タコがフニャフニャである様に!!
 この国の王はもう王なのかどうなのかこれで“あやふや”!! 作戦成功ねいっ!! バンチは何処!?」

「はっ!! 町の西にMr.2ボンクレー様!!」

「よ~~~しっ!! いったるわよアルバーナ!!」


 ボンクレーと部下達は走り去った。
 人々は混乱の最中で彼らに気付く様子はなかった。
 だが、ただ一人国王に仕返しをしようと後を追った幼いカッパがその姿を目撃していた。


「……国王が、オカマになった」


 カッパはその意味に辿り着き、とんでもないことに気がついた。


「あの国王は偽物だったんだ……!!」


 脚が震える。だが、一刻も早くこの事をみんなに知らせなければならない。
 そう思い、走り出そうとして、ドンと何かにぶつかった。


「いけないボウヤね。いったい何を覗き見てしまったのかしら?」

「……あのオカマ野郎、くだらねェミスしやがって」

「だ、誰?」


 カッパは目の前の男女を怯えた表情で見上げた。
 二人の放つ空気は幼いカッパにも恐怖というものを十分に刻みつける。


「黙っていてくれなんて言っても、無駄だろうな」


 カッパの答えも聞かず、Mr.1は腕を振るい、路地裏に鮮血が飛び散った。






◆ ◆ ◆






「水だ!!」

「こっちもだ、水が足りない!!」 

「待ってくれ!! それはうちの商品だぞ!!」

「バカ野郎!! 町が燃えてるんだぞ!!」

「火を消せ!!」

「クソがっ………!! 国王め!!」

「だめだ火の手に追い付かない!!」

「逃げろ!! もう駄目だ!!」


 国王軍が放ったとされる火の手は勢いを増し、もはや止めることは出来なかった。
 人々は苦渋の思いで町の一部を取り壊し、火の手が最低限で済むように抑え、燃え盛る町から脱出する。
 収拾のつく見通しのない混乱の最中、反乱軍のメンバー達は血まみれで倒れ伏す少年を発見する。


「大丈夫かボウズ、しっかりしろ!!」

「酷い、まさかこれも国王軍が……!!」


 血まみれの少年は自身の血に溺れながらも、うわごとのように呟きを繰り返す。


「……チガ……ゴホっ、チガ……」

「血!? ああ、心配すんな直ぐに止めてやる。あんまり喋るな、直ぐに医者に見せてやるから」

「チガ……だ、チガ…う……だ!!」



──────違うんだ!! あの国王は偽物なんだ!!



 血まみれの少年の言葉の意味が届くことはなかった。
 必死に言葉を為そうとしても、喉が血で詰まって上手く動かない。


「おい、病院も燃えちまってる!!」

「なら医者を探せ!!」


 その時、人ごみの中から胸元を血で濡らした、コーザがが現れた。
 胸元の傷のせいか仲間に肩を借りて、重傷の少年の元まで歩み寄った。
 そして、そっと優しく苦しむ少年の額に手を置く。


「……この国を、終わらせよう」


 噛みしめるように声を発して、コーザは仲間達に言い聞かせた。


「全支部に通達……これを最後の戦いとする」


 若き反乱軍のリーダーは決起する。


「戦うのかコーザさん!? でも、まだ武器が……」

「いや待て、今港に突っ込んできた船は武器商船だ。武器なら腐るほどある」

「ホントか……!?」


 反乱軍の最大の問題は、膨れ上がった兵たち全員に行き渡る程の武器の貯蔵が無いことだった。
 その憂いが無くなった今、戦いの準備は完了したことになる。
 

「まるで……天の導きだな」


 皮肉げにコーザは呟き、サングラスの奥の瞳を燃やした。


「皆を集結させろ!!」






◆ ◆ ◆






───アルバーナ宮殿


「バカを言え!! コブラ様がそんな事を為されるものか!! 何かの間違いだ!!」


 チャカは部下からの冗談と呼ぶには質の悪すぎる報告を聞き、声を荒げた。


「ですが!! 国王様は現に王の間から消えていて、移動時間の計算も合います。もはや何の言い訳も立ちません!!」

「……!!」

「今やナノハナの一件はアラバスタ全土に広がり、各支部の反乱軍も王への怒声を上げています!! 
 それどころか、今まで王を信頼していた民達まで王を疑い武器を取り始めました!! 今までのような“鎮圧”では効かぬ数の暴動!! 国中が怒り、このアルバーナを目指しています!!」


 部下の兵士は悲鳴のように続けた。


「もう止まりません!!」


 それはつまり国王軍は国全てを敵に回したということであった。
 疑いは燎原の炎のように広がって全土を覆う。そして、怒り狂った反乱軍となってアルバーナに押し寄せる。


「チャカ様御判断を!! 我々は貴方様に従います!!」


 チャカは頭を抱えた。
 疑えば昨日の王の言葉さえ霞むような事態。チャカには王が不在の今、何をを導に判断を下せばいいのか分からなかった。
 だが、事態は彼に決断を強要する。こうしてチャカが手をこまねいている内にも、反乱軍はアルバーナに向かいつつあるのだ。
 もしこのまま無防備な国王軍が反乱軍と激突すればどうなるか。そこに待っているのは圧倒的な数の差で行われる一方的な虐殺だ。
 アラバスタを守るため、チャカが今為すべきことは何か。チャカは己の領分にのっとり最も優先させるべき事項を選択する。
 

「かくなれば、我らの本分を全うするまでだ。我らはアラバスタ王国護衛隊……!!」


 チャカは柱に拳を振り落とし一切の迷いを捨てた。


「兵たちを集めろ!!」







◆ ◆ ◆






──────ナノハナには怒りを胸に集まった反乱軍の兵士達。 
 途切れることなく続く人海。コーザは急ごしらえで積み上げた壇上で疼く傷を抑え込みながら声を張り上げた。


「聞け反乱軍……!! 現アラバスタはもう死んだ!! これが最期の戦いだ!! 国王を許すな!!」







──────宮殿には使命を胸に集まった国王軍の兵士達。
 埋め尽くす森林のような大軍。チャカは設置された演説台の上で剣を抜き全体に響くような大声で叫んだ。


「聞け国王軍……!! 国王不在にして滅びる国などあってはならぬ!! 目に見える真実を守れ!! この国を守れ!!」






「アルバーナに総攻撃をかける───!!」 

「───反乱軍を迎え撃つ!!」






「「───全面衝突だ!!」」







──────その瞬間アラバスタ全土で、何処までも遠く、国土全てを震わせるような鬨が一斉に上がった。






◆ ◆ ◆






「クッハッハッハッ……ハッハッハッ!! ……ハッハッハッハッハ!!」


 アラバスタ全土が怒声を上げると同時に、地下の冷たい空間でクロコダイルの高笑いが響いていた。


「何て作戦を……!!」

「……外道って言葉はコイツにぴったりだな」

「おいマジかよ!? 始まっちまったのか?」

「この野郎がァ!!」


 麦わらの一味は始まってしまった反乱に表情を険しくさせた。


「どうだ気に入ったかねミス・ウェンズデー? 
 君も中ほどに参加していた作戦がこうして花開いたんだ。耳を澄ませばアラバスタの唸り声が聞こえてきそうだな」


 クロコダイルはビビに一字一句を沁み渡らせるように語る。
 バロックワークス社、最終作戦『ユートピア』。集大成ともいえるこの作戦によって反乱はもうどうしようもないほどに加速する。


「皆、心にこう思ってるのさ。『おれ達がアラバスタを守るんだ』とな」


 クロコダイルはうすら笑いを浮かべ、


「アラバスタを守るんだ」


 絶望するビビに顔を近づけ、


「ア ラ バ ス タ を 守 る ん だ」


 あざ笑いながら何度も何度も言い聞かせる。


「やめて!! どうしてこんな非道いことを……!!」


 耐えきれなくなったビビが悲鳴を上げる。
 その声を聞き、クロコダイルは満足したように続ける。


「泣かせるじゃねぇか。国を思うその気持ちが、国を滅ぼすんだ」


 何処までも外道なクロコダイルのもの言いに、檻の中にいるルフィが息まくが、檻はルフィが手を出すことを許さない。


「思えばここへ漕ぎつけるまで数々の苦労をした。
 社員集めに始まり、"ダンスパウダー"製造に必要な"銀"を買うための資金集め、滅びかけた町を煽る破壊工作、社員を使った国王軍濫行の演技指導、じわじわと溜まりゆく国のフラストレーション、崩れゆく王への信頼……!!」


 クロコダイルは演説のように語り、突如ビビへと問いかける。


「何故おれがここまでしてこの国を手に入れたいか分かるか?」

「あんたの腐った頭の中なんて分かるものか!!」

「ハッ……口の悪ィ王女だな」


 クロコダイルはもう興味はないと話を打ち切った。そしてビビに背を向ける。
 その時、ビビが後ろ手を拘束され無理やり座らされていた椅子を倒した。そしてそのまま這いずるように出口を目指す。


「オイオイ、何をする気だミス・ウェンズデー?」


 呆れ果てたようにクロコダイルが言った。


「止めるのよ!! まだ間に合う……!! 
 これから東に真っ直ぐアルバーナへ向かって反乱軍よりも先にアルバーナへと回り込めばまだ反乱を止められる可能性はある!!」

「ほう……奇遇だな。
 オレ達もこれから丁度アルバーナへと向かうところさ。秘密裏に誘拐した、てめェの親父に一つだけ質問をしにな」

「一体父に何を!!」

「んん? 国民と親父どっちが大切なんだ? ミス・ウェンズデー」


 クロコダイルは胸元から見せつけるように鍵を取り出した。
 

「その鍵はまさか!?」

「クク……一緒に来たければ好きにすればいい」


 クロコダイルはルフィ達が捕らえられている檻の前まで歩く。


「鍵ィ!! その鍵この檻のだな!! よこせコノ野郎!!」


 そして鍵を欲しがるルフィ達の前で、わざとらしく床へと放り投げた。


「あッ!?」


 鍵は床に落ちる事無く、床に空いた落とし穴から更に下へと落ちて行った。
 落ちた先は全面をガラス張りにした水族館のような空間。獰猛なバナナワニが闊歩する処刑場だ。


「さァ……好きにすればいい、ミス・ウェンズデー」


 その時、縛られていたビビの腕が解かれた。
 それを為したのは能力者のロビンだ。腕を咲かせビビを縛っていた縄を解く。
 スモーカーはその様子を思うところがあるのか厳しい目で眺めていた。


「ああっ!? バナナワニが!!」

「どうしたビビ!?」

「鍵を…………飲み込んじゃった」

「何ィ~~~ッ!! 追いかけて吐かせてくれ、ビビ!!」

「無理よ私には!! だってバナナワニは海王類でも食物にする程獰猛な動物なの、近づけば一瞬で食べられちゃうわ!!」


 焦るビビを後目に、クロコダイルはわざとらしく肩をすくめた。


「ア~~コイツは悪かった。
 奴らココに落ちたものは何でも餌だと思いやがる。おまけにこれじゃどいつが鍵を飲み込んだかわかりゃしねぇな」

「フザけんなこの野郎!!」


 クロコダイルはビビ達を玩ぶかのように愚弄する。
 全てが計算ずくの罠。どう足掻こうが彼らに逃げ場などない。


「さて……じゃあおれ達は一足先に失礼しようとするか」


 クロコダイルのその言葉に応じ、ビビの正面の巨大な扉が開いた。


「──────なお、この部屋はこれから一時間をかけて自動的に消滅する。
 おれがバロックワークス社社長として使ってきたこの秘密地下はもう不要の部屋。じきに水が入り込み、レインベースの湖の底に沈む」


 クロコダイルはディーラ―のように両手を広げる。


「罪なき100万人の国民か、未来のねェたった四人の小物海賊団か……。
 救えて一つ、いずれも可能性は少ないがな。“賭け金(BET)”はお前の気持ちさ、ミス・ウェンズデー」


 ギャンブルは好きかね? そう問いかけてクロコダイルは見下すように哄笑した。
 その声は何処までも響きクロコダイルという男の強大さを刻みつける。
 そして、思い出したようにビビに言い放つ。


「この国は実にバカが多くて仕事がしやすかった。
 若い反乱軍のリーダーや、ユバの穴掘りジジイ然りだ」

「何だ!! カラカラのおっさんのことかっ!?」

「なんだ、知ってるのか」


 クロコダイルは面白いものを見つけたとばかりに笑みを浮かべた。


「もう死んじまってるオアシスを毎日黙々と掘り続けるジジイだ。
 ハッハッハッハッハ……、笑っちまうだろ? 度重なる砂嵐にも負けずせっせとな」

「何だとお前!!」


 ユバで世話になったトトをバカにされ、ルフィが激怒する。


「……聞くが麦わらのルフィ。"砂嵐"ってやつがそう何度も町を襲うと思ってるのか?」


 突如問いかけたクロコダイルに、ルフィ達は困惑する。
 航海士のナミは「まさか……」とその答えに辿り着いた。
 クロコダイルは口元を釣り上げ、右手をワイングラスでも傾けるかのように差しだした。



 ブオオオオオオ……!!



 クロコダイルの手の中から──────砂嵐が生まれた。


「お前がやったのか……!!」


 ルフィの怒りをクロコダイルは肯定するように嗤う。腹を抱え、どうしようもなく滑稽で可笑しいと。


「殺してやる……」


 ビビは初めて殺したいほどに他人を憎悪した。
 クロコダイルは何処までもアラバスタを愚弄し玩ぶ。ビビにとってそれは、とても許せるものでは無かった。
 ビビの視界が急速に色を失っていくように薄れていく。


「げっ!! 水が漏れて来たぞ!! このままじゃ部屋が水で埋まっちまう!!」


 ウソップが悲鳴を上げる。その言葉通り部屋の端々から水が溢れて来ていた。
 しかし、それすらもビビの目には入らない。



──────国か仲間かですって……!!


 ビビは涙を浮かべ、去りゆくクロコダイルとロビンを怨嗟の表情で睨めつけた。


──────どうせ何も返してくれる気なんて無いんでしょう?


 ビビの手が己の武器を握りしめる。


──────私の命だって……アルバ―ナへ着く前に奪う気なんでしょう?


 歯を食いしばり、腕を振り上げる。


──────分かってるんだ、お前を殺さなきゃ何も終わらないことぐらい……!!


 震える腕に意志を込め、拭いがたい憎しみと共に振り回す。


──────何も知らないくせに……!! 

──────この国の人たちの歴史も……生き方も、何も知らないくせに!!



 だが、それでもビビの腕が振るわれることはなかった。
 一歩、また一歩、どんどんとクロコダイルはビビの武器の射程から離れていく。
 ここでたとえビビがクロコダイルに武器を振るったとしても、クロコダイルは何も変わることなく歩みを続けるだろう。
 ビビにはクロコダイルを殺すだけの力が無かった。今更何をしても無駄だった。ビビの力は弱く一人では何も守ることは出来なかった。


「ううっ………」


 力なくビビの武器が硬質な床に落ち、乾いた音を奏でる。
 ビビは嗚咽のようなくぐもった苦悶の声を上げるしか出来なかった。圧倒的な力の差に、為す術もなく、絶望でビビの体から力が抜けた。

 
「─────ビビ!!」


 俯くビビにルフィが声を張り上げた。


「何とかしろっ!! おれ達をココから出せ!!」

「……ルフィさん」


 ルフィは打ち奮えるように叫ぶ。
 その声はクロコダイルにも届いた。


「クハハハハ……何だついに命乞いを始めたか麦わらのルフィ? そりゃそうだ、誰でも死ぬのは怖いもんさ……」


 ルフィはクロコダイルの嘲りの言葉には耳をかさず、ただ真っ直ぐにビビだけを見つめて、その怒りを代弁する。


「お前がココで死んだら……!! 誰があいつをブッ飛ばすんだ!!」


 ビビの目に光が灯り始めた。
 クロコダイルという魔物にのまれすっかりと失念していた。ビビは一人で戦ってる訳ではないのだ。
 だが、ルフィの言葉に反応したのはビビだけではなかった。
 強大な自我を持つ砂漠の魔物。クロコダイルもまた気に入らないとばかりにルフィの姿を怜悧な両眼に納めた。



「自惚れるなよ───小物が」

「───お前の方が、小物だろ!!」



 七武海のクロコダイルを小物と言い放つルーキー。
 虚勢では無い。輝き始めた新星は本気でクロコダイルに喧嘩を売っていた。


「…………!!」


 ビビは唇をかみしめ立ち上がる。
 まだ終わったわけじゃない。ビビは両足に力を込め立ち上がった。


「まぁ、好きにすればいい」


 クロコダイルは扉の向こうに空いた巨大な穴から、獰猛な唸り声を響かせるバナナワニを呼び出した。
 しかも一体だけでは無い。現れた後ろにはまた新たなバナナワニが順番待ちのように並びつつある。時が立てば新たなバナナワニが侵入してくるだろう。


「コイツ等を見捨てるなら今の内だ。……反乱を止めてェんだろ?」


 重い足音を響かせバナナワニがゆっくりとビビの前に歩み寄る。
 その姿が近づくにつれビビはその大きさに圧倒された。全長は軽く20メートル以上はあるだろう。牙だけでビビの半分くらいある。
 絶望的な状況であったが、ビビは武器を握りしめ懸命に立ち向かおうとした。


「……やる気らしいな。全部殺せばどいつかの腹の中に鍵がある」


 それは誰の目から見ても無謀な試みだっただろう。
 ただの人間と海王類をも捕食する巨大な海獣。戦うという前程が間違いだ。


「よし!! 勝てビビ……!!」

「無茶言うな、デカすぎるぜ!!」

「ビビ!! 取り合えず逃げ回りなさい!!」

「……チッ、この檻さえなければあんな爬虫類共」


 バナナワニがビビに標的を定めた。ビビは腕を交差させバナナワニを攻撃しようとして──────砲弾のように飛び込んできたバナナワニを、勢いよく横に飛んで避けた。
 その巨体からは想像も出来ないようなスピードだ。しかもビビを食いちぎるつもりで閉じた顎は石造りの階段を噛み砕いた。
 

「きゃあ!!」


 バナナワニの尻尾が巨大な鞭のようにビビに向けて振るわれる。
 直前で回避し僅かに掠っただけなのにビビの体が大きく吹き飛ばされた。
 膝をつくビビ、後ろには迫るバナナワニ。


「立てビビ!! 食われちまう!!」

「早く逃げろ、ビビ!!」


 のしのしとその巨体を移動させ、ギチギチと歯を鳴らし、ビビを食いちぎろうと歩みを進める。




──────プルルルルルル




 その時、室内に電伝虫の呼び出し音が響いた。
 幸運なことにバナナワニは突如鳴り響いた電伝虫に気を取られた。
 

「……連絡が」


 呼び出し音を鳴らしているのはロビンの持っていた子電伝虫だ。
 ボタンを押し、ロビンは呼び出しに応じた。


「なに?」

『もしもし? あ~~もしも~~し? 聞こえてますか?』

「ええ、聞こえてるわ。ビリオンズね」

『おい、これ通じてんのか? おれ電伝虫使ったことねェんだよ……もしもし?』

「なんなの?」

「おい、さっさと用件を言え。何があった?」

『ああその声……、聞いたことがあるぜ……』

「なに?」


 クロコダイルは訝しげに子電伝虫からの声に耳を傾けた。






『え~~~こちら、クソレストラン』 


 




 
 


あとがき
今回は長くなったので二本立てとなっています。
チェックが終わり次第投稿いたします。



[11290] 第十四話 「困惑」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:39
───────どうしようか?


 クレスは少し戸惑っていた。
 

───────コイツは、例の海賊の仲間でいいんだよな?


 クレスの目の前に大柄の男が走って来る。
 成り行きは分かる。
 目の前に立つ男がやろうとしている事も理解できた。
 ただ、巡り合わせが悪かったとしか思えない。


「お、おれの名はMr.プリンスっ!!」


 クレスはそう言って殴りかかって来る海賊の一人をどう対処しようか悩んだ。












第十四話 「困惑」












「クソレストラン……だと?」

『へぇ……覚えていてくれてるみてェだな、嬉しいねェ』


 クロコダイルは子電伝虫からの声に過去のやり取りを思いだしていた。
 過去に一度クロコダイルはMr.3と麦わらの一味の誰かとを間違えて連絡を取ってしまっている。
 それは秘密結社という性質上引き起こった事故なのだが、Mr.2からの報告にあった麦わらの一味は全員檻の中にいる筈だった。
 しかし、この電伝虫の向うに確実に誰かがいる。それが示すことは麦わらの一味はまだ他にいるということだ。
 

「おい聞いたか?」

「クソレストランって……」

「サン……、ボッ!!」

「待てルフィ!! もしかして、あいつは敵に知られてないんじゃねェのか?」


 ビビも電伝虫からの声に希望を見出した。
 どうやらバロックワークスには知られていないようだが、まだ捕まっていない仲間が二人もいるのだ。
 海賊達の様子にロビンがクスリと笑みを浮かべたのだが誰にも気づかれることはなかった。


「てめェ一体何者だ?」

『おれか? ……おれは…………"Mr.プリンス"』

「そうか、Mr.プリンス……今どこにいる?」

『……そりゃ言えねェな。言えばおめェおれを殺しに来るだろ?
 まぁ、お前におれが殺せるかどうかは別の話で、易々と情報をやる程おれはバカじゃねェ。お前と違ってな、Mr.0』


 Mr.プリンスと名乗る男の言葉に、クロコダイルの瞳から温度が消えた。


「プリンス~~~!! 助けてくれェ!!」

「捕まっちまってんだよ!! 時間がねェんだ!!」


 ルフィ達は希望をMr.プリンスに託そうと声を張り上げる。


『はは……傍にいるみてェだな、うちの船員(クル―)達は……。──────じゃあ、これからおれは……ッ!!』


 そこで、Mr.プリンスの言葉は途絶えた。
 換わりに聞こえたのは重々しい銃声。
 そして小さなうめき声と、何かが倒れる音。


『ハァ……ハァ……、手こずらせ、やがって……』


 そして再び電伝虫から声が響く。
 だが、さっきとは異なるのは声の主が違うということだ。


『もしもし!? ……捕らえました、この妙な……男を……ハァ……ハァ……どう、しましょう?』

「場所はどこだ? 言え」

『ええ……、レインベースの……レインディナーズとかい、う……カジノの正門前で……す。ハァハァ……』

「わかった。御苦労」


 そして通話は切れた。


「バカが!! 生きてんだろうな、あの野郎!?」

「サンジィ~~~!?」

「そんな……希望が」

「ギャ───ッ!! ギャア──ッ!!」


 通話が示す意味を受け、海賊達はうろたえた。


「クハハハハ……!! こりゃいい、行くぞ正門前だ」

「いいの? ミリオンズは誰が社長なのか知らないのよ?」

「なに、別に社長として行くわけじゃない。
 クロコダイルとして店の前で起こったゴタゴタを見物するだけだ」


 クロコダイルは大笑し、間抜けなMr.プリンスを見に行こうと出口に向けて歩を進める。
 だがその時、背後で轟音が響いた。


「ビビ!!」


 海賊達が叫ぶ。
 バナナワニが突然動き出したビビを仕留めようと噛みついたのだ。
 だが、ビビはバナナワニから逃げのび、噛み砕かれた階段の上へと登ることに成功していた。


「何する気だビビ!?」

「この部屋に水が溢れるまでまだ時間がある。外に助けを呼びに行ってくるわ!!」


 まだ途切れていない希望を掴むため、ビビは出口へと走り出そうとする。
 ビビの知るサンジという男はこの程度で倒れるほど軟な人物では無い。解放さえできればまだ十分に希望はあると考えた。
 だが、それを許すクロコダイルではなかった。


「ビビ危ねェ!!」

「!?」


 クロコダイルの左腕が砂となって発射され、鉤手がまるで蛇のように伸び、ビビの首を絡め捕る。
 そしてそのまま、強制的にビビの体を階段の下へとたたき落とした。
 

「くだらねェ真似するんじゃねェ!!」


 轟音と共にビビの体がバナナワニに砕かれた階段の残骸に叩きつけられる。
 ビビはその衝撃で気を失ってしまった。


「ビビ、目を覚ませ!! ワニが来るぞ!!」

 
 檻を鳴らし、海賊達が呼びかけるがビビが起きあがる気配はない。


「そんなに仲間が好きなら揃ってここで死にゃいいだろう。じきに水はワニの餌場を満たしてこの部屋を沈める」


 クロコダイルは一度だけ振り返り、海賊達に言葉を贈る。


「なんなら生意気なMr.プリンスもココに運んでやろう。……死体でよければな」


 扉が閉まりクロコダイルとロビンの姿が消える。
 残されたのは檻に囚われた海賊達と海兵、そしてバナナワニに狙いを定められた王女。


「くそオオオオオオ!!」
 

 悔しげな叫びが響いた。






◆ ◆ ◆







「……こりゃ、一体どういうことだ?」


 部下からの報告を受け、カジノの正面入り口へと向かったクロコダイル。
 『英雄』と持てはやされるクロコダイルの登場に沸き立つカジノの店内をつまらなさげに通り過ぎ、正面入り口へと続く桟橋を抜けた先にその光景はあった。


「さっき<隼のぺル>にやられた社員達と足して、これで全滅よ。この町にいたビリオンズは」


 ロビンが淡々と状況を報告する。
 クロコダイルとロビンの目の前に広がっているのは正面入り口で何者かに倒されたビリオンズ達だった。
 予想だにしなかったクロコダイルは、苛立ち交じりに入り口近くに立っていた男に質問をぶつける。


「何が起きた……オイ!! Mr.ジョーカー!!」

「何がって……まぁ、見たとおり何じゃねェのか?」


 クレス肩をすくめ、苛立つクロコダイルをかわす。
 だが、それがクロコダイルには気に入らなかったようで、音もなく左手の鉤手をクレスに振るう。


「フザけてんのか、ああ?」

「……いきなりそれはねェだろうよ、オイ」


 クレスはクロコダイルの鉤手を硬化させた右手で受け止め、低い声で言葉を紡ぐ。


「オレが来たのもついさっきだ。……オレにもこの状況は分からねェよ」

「てめェはずっと外にいた筈だ。わからねェとは言わせねェぞ。
 ……あんまり調子に乗るなよ? てめェの命なんざ、どうとでもなるんだからな」

「……しつこいぞ。これ以上聞かれてもオレには答えられねェよ」


 クレスがクロコダイルを睨み返し、渦巻く濁流のように重々しい空気が沈殿し始めた。
 クロコダイルは基本的にクレスの事は手駒として使用しても、一切の信用はしていない。クレスが嘘をついている可能性も十分にあり得ると考えていた。
 だが、クレスとて裏社会を生き抜いて来た一人だ。クロコダイルの脅しであっても口を割ることはないだろう。


「Mr.0、今はそんな場合ではないのでは?」


 ロビンが人が集まり始めた事を気にして、静止を提案する。
 クロコダイルは、舌打ちと共にクレスから手を離した。


「……何が起きた?」


 クロコダイルは倒れていたビリオンズの一人をつま先で小突き、問いかける。
 ビリオンズは前歯の欠けた顔で、何とか言葉を紡いだ。


「Mr.プリンス、と……名乗る男に」

「そいつは何処に行った?」

「あの男なら……、町の南へ……!!」


 半ば予想できた答えに、クロコダイルは苛立ちを飲み込んだ。
 Mr.プリンスと名乗る男はクロコダイルを謀り、逃走したのだ。


「!」


 その時、町の物陰からこちらを覗き込んでいた男が突然逃げ出した。
 男は町の人間とぶつかりながらも一目散にクロコダイルから走り去っていった。


「……アイツか」


 犯人を見つけ、クロコダイルが怒りの矛先を定める。
 乾いた風に溶けるようにクロコダイルの身体がサラサラと砂に変わって行く。


「雑魚が……このおれから逃げられると思うな」

「放っておけば?」


 ロビンが冷静にいうが、クロコダイルは応じない。


「黙れ、今まで全員殺してきたんだ。おれをコケにした奴ァな……!!」


 自身を謀った罪は、己の手で晴らさなければ気が済まない。
 クロコダイルはMr.プリンスを殺すため猛スピードで追い掛けた。


「おお、怖っ」

「……彼にとっては屈辱でしょうしね」


 クレスとロビンはそこからいくつか言葉を交わした。
 二人だけに聞こえる音量で交わされる会話は誰の耳にも届くことはなかった。
 語り終え、クレスが二ヤリとした笑みを見せた。



 その時、突然正面入り口が騒がしくなった。
 不審に思い二人が目を向ければ、大きな水しぶきが上がり、カジノへと続く桟橋が崩れ落ちてた。






◆ ◆ ◆






「……そんな、橋が落ちた!?」


 間一髪で意識を取り戻し、バナナワニから逃げのびたビビは、ルフィ達に必ず助けを呼ぶことを約束し、再びカジノの店内へと戻って来ていた。
 傷だらけの身体を庇いながら、フードで顔を隠し、サンジとチョッパーの待つ外に出ようとしたのだが、その時に地震かのような衝撃が走って入り口の桟橋が崩れ落ちたのだ。


「どうしよう……!! 外に出られないの?」

「──────出られねェんじゃねェよ。あいつらがここへ帰ってこれねェのさ」


 聞こえて来た声にビビは振り向いた。
 そこには変装の為かオシャレなメガネをかけた男がスロット台の前に座っていた。
 

「サンジさん!!」


 ビビの顔に安堵の表情が浮かぶ。
 Mr.プリンスと名乗ったサンジは、バロックワークスに撃たれて倒れた筈だった。
 だが、目の前に無傷でいる男は間違いなくビビのよく知るサンジという男だ。


「全部……作戦通りだ」


 サンジはそう言って、スロットのレバーを引く。
 スロットが回り始め、画面下のボタンに光が灯った。


「今、チョッパーが町中を逃げ回ってる」


 サンジは煙草をふかし、ゆったりとした手付きで、ボタンをリズムよく押していく。


「急がなきゃな。反乱も始まっちまった」


 連続でスロットのマークをそろえ、ラスト一つで大当たりとなる。
 サンジは笑みを浮かべ臆することなく、ボタンを押した。


「さて、場所を教えてくれるかい? 王女様(プリンセス)」


 プリンスはビビの肩に優しく手を置いて彼女を促した。
 二人が走り出した後ろでは大当たり(スリーセブン)のスロットが狂ったようにメダルを吐き出し続けていた。






◆ ◆ ◆






「ああああああああ!! 水がァ!!」

「死ぬ────っ!! 死ぬ────っ!! ぎゃあああああ!!」


 檻に囚われているルフィ達はかなり切羽詰まる状況に陥っていた。
 クロコダイルの宣言通り水が下層の空間を満たして、ルフィ達のいる秘密地下まで本格的に溢れて来たのだ。
 既にルフィ達の膝元まで水がやって来ている。檻が全て沈めば水死は免れない。洒落にならないぐらいピンチだった。


「コラーっ!! バカワニー!! かかってきなさい!!」

「ぬおっ!! どうしたナミ!?」

「あいつらを怒らせてこの檻を噛み砕かせるのよ!!」


 バナナワニの力は目の前で見ていた。
 獰猛なバナナワニはいとも簡単に石でできた階段を噛み砕いたのだ。


「なるほど名案だ!!」

「かかってこい!! バカバナナ!!」

「や、違うだろ。あいつらはほら基本はワニで頭にバナナがな……」

「ワニもバナナも食いモンだろ?」

「いや待て、例えばモンキーダンスってあるだろ? アレはモンキーだがダンスなんだ。わかるかつまり……」

「やっとる場合か!! って来た────っ!!」

「ぎゃああああああ~~~~~!!」


 挑発通りか、バナナワニ海楼石の檻に噛みついた。
 ボキボキと音が鳴り、何かが砕ける音がした。
 だが、檻は何も変わらない。換わりにバナナワニの歯がボロボロに砕けていた。


「ダメだ!!」

「なんちゅう檻だよこりゃ!!」

「ビビ急いでくれ~~~~っ!!」

「──────おい、お前ら」


 その時、ルフィ達の背後で静かに葉巻をふかしていたスモーカーが海賊達に問いかける。


「お前ら何処まで知ってるんだ? クロコダイルは一体何を狙っている……!!」

「?」


 クロコダイルの目的はアラバスタの乗っ取りだとルフィ達はビビから説明を受けていた。
 スモーカーもクロコダイルの口ぶりからそれを察していたのだが、スモーカーはもっと不吉な予感を感じていた。


「クロコダイルの傍らにいた女……、あの女と、姿は見てねェがもう一人」

「もしかして、Mr.ジョーカーとかいう奴!?」

「……そいつらは世界政府が20年間追い続けて賞金首だ。額は確か女が7900万、男が6200万だった」

「な……!! なんだよその賞金額は!? そ、それがどうかしたのか……!!」



 スモーカーは表情を険しくさせながら語る。


「男の姿は見ちゃいねェが、こつら手を組んだ時点でコイツはもうただの国盗りじゃねェ。
 放っておきゃ世界中を巻き込む大事件にさえ発展しかねねェってこった」

「世界中って……そんな」

「ちょっと、話がデカすぎるぜ!!」


 ナミとウソップがスモーカーの言葉に愕然となる。


「……なに言ってんだお前ら」


 ルフィは興味がないと吐き捨てる。


「アイツをブッ飛ばすのに、そんな理由なんていらねェよ!!」


 ルフィの言葉にスモーカーは鼻を鳴らした。


「……そうか。
 ──────で、どうやってココを抜けるんだ?」

 
 忘れていた現実に海賊達は再びうろたえた。


「太腿まで来てるぞ!!」

「いや~~~~っ!!」

「死ぬ――っ!! 死ぬ――っ!! ぎゃあああ!! ぎゃあああ!!」

「あ、おれなんか力抜けて来た」

「我慢しろ!! ビビがそう言っただろ!!」

「ビビ……!! 時間がないのにごめんね……!!」

「(クソ……!! おれにもっと剣の腕があればこんな檻……!!)」


 水はどんどん溢れ、辺りを侵食する。
 溜まりゆく水は確実に残された命のリミットを刻む。
 海賊たちはビビとの約束を信じ、ただ、待つしかなかった。



 その時、水面が僅かに揺らいだ。



「食事中は極力音を立てません様に……」



 小さな水音が鳴った。






「────反行儀(アンチマナー)キックコース!!」






 炸裂する轟音。
 突如、バナナワニの巨体が天井近くまで吹き飛んだ。
 そして、飲み込んだ石屑を吐き出しながら、腹を上にして水の中に倒れ、大きな波を起こした。
 その向うで、黒のスーツを着こなした男が煙草の煙を吐き出す。


「オッス、待ったか?」

「プリンス~~~~~~!!」


 待ち人来る。
 一味のピンチに颯爽と王子様(プリンス)は登場した。


「サンジくん……よかった」

「あっ!! ナミさ~~~~ん、ほ……ホレた?」

「はいはい……惚れたから早く鍵を探して」

「果てしなきバカだなあいつは」

 
 サンジの登場にルフィは砕かれた階段の上で息を切らして座り込むビビに親指を立てた。


「ビビ~~~~!! よくやったぞ!!」

「うんっ!!」


 ビビは満面の笑顔で答えた。
 サンジの登場を待っていたかのようにバナナワニが続々と現れる。
 野生の勘か、サンジの強さにバナナワニが警戒したのだろう。


「出てきやがったな、次々と……!!」

「行け―!! サンジ、全部ブッ飛ばしてくれェ!!」


 グルルル……とエンジンのような唸り声を上げて、バナナワニがサンジを取り囲む。
 サンジはゆらりと左足を上げた。


「何本でも房になって、かかってきやがれクソバナナ。
 レディに手を出すような行儀の悪ィ奴らには、片っ端からテーブルマナーを叩きこんでやるぜ」

「サンジ、とにかく時間がねェ!! 瞬殺で頼む!!」


 海賊達と運命を共にすることになったスモーカーがため息と共に口を開いた。


「今……三番目に入ってきた奴を仕留めろ」

「え?」

「てめェらの耳は飾りか? 鍵を食った奴と唸り声が同じだろ」

「うおっ!! スゲぇ!!」






◆ ◆ ◆






 カツカツと苛立たしげな足音が通路に響いていた。
 足音の主Mr.プリンスと名乗った大男を追跡していたクロコダイル。
 クロコダイルは大男の姿を見失い、捜索を断念し、レインディナーズまで戻って来ていた。


「橋を落として時間稼ぎとは考えたな。
 まだ、複数いやがるみてェだなあいつらの仲間は……!!」

「それが私たちの隙をついてあの部屋に?」

「おそらくな、……だが無駄だ。
 運よく鍵を食ったワニを当てようとも決してあの扉は開かねェ」


 クロコダイルは胸元から、宝石で装飾された鍵を取りだした。


「本物の鍵はココにある」

「悪い人ね」

「ところで、Mr.ジョーカーはどうした?」

「秘密地下に先行させました。彼は桟橋が沈んでも関係ないもの」

「なるほど、結構だ」


 クロコダイルはクレスを一切信用していない。だが、今更クレスが何か余計な事をできるとは考えていなかった。
 檻の鍵がクロコダイルの手元にある限り絶対に檻は開かない。
 また、バナナワニによって気を失っていたビビの処刑も完了している筈である。
 たとえMr.プリンスがやって来ていても何もできずに手をこまねいているに違いなかった。
 

「あの雑魚共……もう許さん。
 即刻、この手で皆殺しにしてくれる……!!」


 怒りを胸にクロコダイルは秘密地下の扉を開いた。
 秘密地下を水が満たすまではまだ時間がある。檻から引きずり出し、八つ裂きにするつもりで、部屋の中を見渡した。


「…………!!」


 そして、クロコダイルは呆然と立ち尽くした。


「よう……結構、早かったな」


 先行していたクレスから声がかかる。
 クレスは座り込み、どこか達観したような表情で部屋の中を見つめている。


「……何だと!?」


 驚愕するクロコダイルの視線の先にあったもの。

 沈むには早すぎる地下室。

 倒され力なく浮かんでいるバナナワニ達。 

 何故か開いている檻の扉。

 そして、誰もいない檻の中。

 

 そこにいる筈の王女と海賊共。────彼らの姿が無かった。



 クロコダイルの手の中から檻の鍵が滑り落ちた。
 滑り落ちた鍵は、クレスの近くで完全に意識を失っている、処刑した筈の人物。Mr.3の傍に落ちた。
 Mr.3の胸元には紙が張り付けてある。
 そこにはこう書いてあった。



『アバヨ、クソワニ、Mr.プリンス』



 
 

◆ ◆ ◆ 
 
  

 


 少し時間を遡る。
 


「おお、怖っ……」

「……彼にとっては屈辱の極みでしょうしね」


 殺気を振りまきながら去って行ったクロコダイルを見届ける。
 その姿が完全に消え去った時にクレスがロビンに小声で話しかけた。


「海賊達も頑張ってるみたいだな」

「あら、知らないんじゃなかったの?」

「いや、それがな……」


 クレスはため息を吐きながらロビンに語ることにした。



 クレスはぺルにやられた社員達の片づけを手短に終え、ロビンと合流する為にレインディナーズの正面口近くにやって来たのだが、そこで見たものはまたしても倒れ伏す社員達だった。
 近くにいる社員に聞こうにも綺麗に顔を蹴り飛ばされていて意識がない。
 警戒し、辺りを見渡せば、レンディナーズの正面口の陰で誰かがビリオンズ達を一方的に蹴り飛ばしている。
 しかも相当な強さで、まさに瞬殺というのが正しいほどバッタバッタと倒していた。
 クレスは海賊達全員が捕まっている訳ではないということを知っていたので、なるほどと納得し、取り合えず物陰から静観することにした。
 クレスがロビンから頼まれたのは『ぺルにやられた社員達の後片付け』である。クレスは別にバロックワークスに所属している訳では無いので問題はなかった。
 その後、海賊はもう一人の大男と合流し、二人は入り口の陰でボロボロの社員を使って電伝虫で何かをした後で二手に別れた。
 一人はカジノに向かい、もう一人は橋を渡り正面入り口前の橋までやって来ていた。
 
 その橋を渡った大男の方が少し問題だった。
 大男は倒された仲間を見て集まって来たビリオンズ達に「Mr.プリンス」と名乗りながら殴りかかった。
 なるほど陽動かと感心し、それはまだよかったのだが、陽動の大男が以外に小心者で堂々としていればいいものの、あろうことかクレスが身を寄せていた物陰に隠れようとしたのだ。


────オイオイなんでだよ、何でワザワザこっちに来るんだ。


 クレスは取り合えず逃げようと思ったのだが、目の前の相手が思ったよりもテンパっていて、クレスの気配を察して殴りかかって来たのだ。
 ……こうして、逃げるタイミングを逃し、クレス自身も少々困惑することになった。


────うわ、……どうしようか。


 クレスに振るわれる剛腕。
 先程、社員達を殴り飛ばしていた姿からその威力は折り紙つきだ。
 クレスは悩み取り合えず、いつものように受け止める事にした。


「鉄塊」


 ガチンと鉄をぶん殴った時特有の音が相手の拳から聞こえた。
 思った通り重い拳で、なかなかの威力があったのだが、クレスにとってはどうってことなかった。


「うおおおおおおお!! 硬い!!!」


 だが、大男に取っては大問題だったようで、痛む拳を涙目で堪えていた。


「あ、大丈夫か?」

「うおおおおお!! だ、大丈夫に決まってんだろうがァ!!」

「ああ……そう」


 思わず問いかけたクレスも結構ぬけていたが、答えた大男もどこかぬけている。


「ええっ……と、まぁ、お大事に」


 これ以上ココにいてもしょうがないと思い、クレスは"剃"を使い駆け抜ける。
 思えば初めからこうして逃げればよかったのかもしれない。


「えっ……消えた?」


 クレスの姿が突如消え困惑する大男。
 辺りを見渡し、鼻をひくつかせ、クレスが本当にいなくなった事を再確認すると、取り合えずクレスがいた物陰に身を隠した。
 ……なぜか隠れ方は逆であったが。






「と、まぁ、そんな感じで……全部見てた」


 クレスは平然と嘯いた。


「もう……嘘つき」

「ははっ……まぁ、いいだろ? 
 クロコダイルの奴は今それどころじゃねェみたいだし」


 悪戯を叱るように咎めるロビンにクレスは冗談交じりに答える。
 と、その時、背後が騒がしくなったと思ったら突然カジノへの桟橋が崩れ落ちた。


「……へぇ、海賊さん達も考えたわね」

「なるほど、これで暫くは時間稼ぎができるって訳だ」


 湖で囲まれたカジノへと続く入り口は桟橋からの一つしかない。
 故に、ここを落とせば能力者であるクロコダイルは暫くの間海賊達の元へと向かうことができなくなる。


「これからどうするの? やっぱり、行くの?」

「海賊達って檻の中に捕まってんだろ?」

「そうね。……しかも、鍵はバナナワニのお腹の中にあるわ」

「……なるほど。まぁ、行ってやるしかないか。海楼石の檻はそう壊れるもんじゃない」

「鍵の方は大丈夫なの?」


 ロビンの問いかけにクレスは二ヤリと笑った。


「オレがピッキング出来るの知ってるだろ?」

「そうだったわね」


 クレスは過去に何度も宝箱を鍵無しで壊さずに開けていた。


「まぁ、確実に開く確証はないけど頑張ってみるわ」

「じゃあ、ボスには私の方で話をつけておくわ」


 互いに頷き、クレスは人の少ない場所へと向かおうとする。


「クレス」


 ロビンに呼びとめられて、クレスは脚を止めた。


「……無理はしないで」

「そっちもな」


 安心させるように笑いかけクレスは走り出した。






 人気の無いところから"月歩"によって湖を飛び越し、レインディナ―ズへと降り立つ。 
 そして、不自然にならない程度に加速して走り、桟橋付近で混乱する人ごみの中を抜けた。
 

「……ずいぶんと派手な事をしでかしてくれたな」


 店内は混乱の坩堝ともいえた。カジノの客のほとんどが係員に詰め寄り彼らを問い詰めている。
 この様子では橋を落とした下手人を探し出すことまで手が回らないだろう。おそらく海賊は秘密地下までほぼ素通りだったに違いない。
 クレスは係の者に見つからないようにスピードを上げる。
 今後の事を考えるとクレスがカジノに入り込んだ時間をぼかす必要があった。
 クレスはピッキングは出来るがあくまで、"出来る"というレベルだ。当然時間がかかるだろうし、もしかしたら開かないかもしれない。
 その時は海賊達を見捨てる事になるだろうし、最悪、王女とMr.プリンスだけを逃がすことになるだろう。クレスができるのはそこまでだった。
 

「まったく……中途半端でイライラする」


 皮肉げに呟く。
 クレスが行ってきた行動は全て中途半端だった。
 言葉を変えれば"どっちつかず"なのだ。
 ロビンの夢の為にはクロコダイルの計画の成就が必須である。
 だが、アラバスタを完全に崩壊させることはロビンが苦しむので許せない。
 その両天秤において、ロビンと共に蝙蝠のように綱渡りを演じ切っていた。


「……偽善にも程がある。
 まぁ、やらないよりはマシだけどな」


 クレスは少しだけ悲しげに顔を歪めて、通路へと走った。






 通路の中は予想通り誰もいない。
 クロコダイルのVIPルームである秘密地下に向かおうとする者など普通はありえないだろう。
 クレスは構わず本気でスピード出した。


「剃!!」


 <六式>が一つ“剃”。
 爆発的な脚力で地面を蹴り、消えたと錯覚させる程の速度で移動する技だ。
 クレスの六式は少々特殊で、本家と性質が異なるが、今回はその性質が良い方向に働いた。
 直線はクレスの"剃"を最も生かす。秘密地下への道はほぼ直線の一本道だった。


「さて、どうなってるか?」


 息を切らすことなく、扉の前に高速で辿り着きクレスは静かに中の様子を窺った。
 窺ったと言うのは、扉の向こうから轟音が聞こえて来たからだ。
 クレスはサイドバッグからそっとピッキング用の針金を取り出して、扉の中を覗き込む。
 そして手に持った針金を取り落としそうになった。


「おい……マジ、か……?」






◆ ◆ ◆






 また轟音が響き、バナナワニが宙を舞った。


「ウラァ!! もういねェのか!!」

「雑魚が……クソ引っ込んでろ」

「たかがワニか……大したことねェな」


 築かれるバナナワニの山。
 弱肉強食とよく言われるが、目の前の光景は圧倒的過ぎた。


「私があれ一体を倒すのにどれほど……」

「いや、おかしいのはあいつらの強さだから気にすんな」


 そこには何故か外に出ている海賊達と王女がいた。
 檻は完全に開いていて、錆ついた音を虚しく鳴らしている。
 そして、少し離れた所に完全に沈黙したMr.3の姿があった。
 Mr.3は<ドルドルの実>の能力者で自由に蝋で形を作ることができた。一味は偶然バナナワニの腹から出て来たMr.3に檻の合鍵を作らせ脱出したのだ。


「あんた達!! 後はココから脱出するだけよ!!」


 ナミが一味をを促す。
 ルフィが元気よく反応し、あらかじめ決めておいたように秘密地下の壁を砕こうとした。正面から逃げてはクロコダイルとはち合わせる可能性があるのだ。
 その時だった。
 ずる賢く、しぶといモノは存在した。。
 一味が全てを倒したと思っていたバナナワニの内、死んだふりをしていた一匹が隙をついて襲いかかってきたのだ。


「えっ!?」

「マズイ!! 避けろビビ!!」


 バナナワニは一番傷ついていて、一番食べやすそうな、ビビに狙いを定めた。
 茫然と立ち尽くすビビ。ほんの一瞬の気の緩みだった。
 大きな口を開けたバナナワニはビビに喰らいつこうとして、
 





 ────新たに表れた人影に顎を砕かれ、地面に叩きつけられた。






◆ ◆ ◆






 叩きつけられたワニはその衝撃のまま沈黙する。その威力は凄まじく、ワニの頭が半分ほど厚い床にめり込んでいた。


「意地汚ェな……だから、ワニは嫌いなんだ」


 その言葉と共に、クレスはワニの上に立つ。
 そして少し、ばつの悪そうな顔で周囲を見渡した。


「Mr.ジョーカー………!?」


 困惑するようにビビが声を上げる。
 クレスがバナナワニを叩きのめしたタイミングはビビにとっては理解しがたいものだった。
 そのほかのメンバーもおおむね同意見で、当然のように、クレスに警戒の視線を向ける。


「待て、オレにやり合うつもりはない」


 クレスは両腕を上げて海賊達に示した。
 だが、それだけで納得するほど海賊達も甘くはない。


「もう追手がやって来たのか?」

「そう言えばコイツは……妙な技を使うんだったな」


 ゾロとサンジがクレスにじりじりと間合いを詰める。
 このままでは間違いなく戦闘になると感じ、クレスは勢いよく後ろに飛びのいた。
 突如消えたように移動したクレスに二人は驚くも、クレスの姿を二人は目で追ってきていた。


「話を聞けって言っても……無駄だろうな。
 まぁ、話は聞かなくてもいいから、取り合えずコッチに向かってくんな……今やり合っても互いに益は無い」

「待ちなさいあんた達!! その男の言う通りよ、今は一刻も早く脱出しなきゃ!!」

「待ったナミさん。何かの罠かもしれない……その可能性十分にある」

「どうせ敵なんだろ? ならココで倒しておいた方が手っ取り早い」


 予想できた展開にクレスは臍を噛む。
 このままでは、最悪の展開に近かった。
 そもそも、バナナワニにビビが襲われなければ姿を見せるつもりはなかったのだ。
 だが、イレギュラーは起こってしまった。即断で体を動かしたものの、やはり後悔はあった。
 

「益は無いとはどういうことだ……エル・クレス?」


 海兵のスモーカーが目を細める。


「<白猟のスモーカー>か……面倒な……!!」


 クレスは本名を呼ばれたことに苛立ち舌を打つ。


「クソ……まぁ、いい。
 益が無いってのは、オレの方としてもお前達には生きていてもらった方が都合が良いだからだよ」

「つまりはクロコダイルと別の目的で動いていると?」

「さぁ、どうだろうな。……そこまでは言えねェよ」

「フン……てめェを叩きのめせば済む話かもしれないぜ?」

「止めとけ、<能力者>。こんな弱点だらけのところで戦うつもりか? オレがここの壁でも砕いたら水が流れ込んでそれでお前は終わりだぞ」


 クレスとスモーカーの間で視線が交叉する。
 この際、本気で壁を砕くのも悪くないと思え始めた。元々海賊達はそのつもりだったようだし、水が流れ込んでくれば戦闘どころでは無い。
 

「お、おい!! 止めろって!! 時間がねェんだぞ、早く逃げた方がいいって!!」


 クレスの険しい雰囲気を察したのか、ウソップが声を上げる。
 だが、その声に答える者は居らず、虚しく響くだけだった。
 事態は一刻を争った。クロコダイルがこの場に舞い戻ってしまっては全てが遅いのだ。
 クレスの両足に力が籠り始めた、その時だった。



「────いいんじゃねェのか。そいつのこと信用して」



 今まで傍観していたルフィが声を上げた。


「なに言ってんだルフィ!! コイツは敵なんだぞ!?」

「ああ、そうだ。戦力がそろっている今が打ち取るチャンスかもしれない」

「なに言ってんだ、おめェら? だってそいつ──────」


 そしてルフィはある意味決定的な言葉を口にした。



「──────ビビを助けてくれたんだろ?」



 ルフィの言葉にゾロとサンジは黙り込んだ。
 その言葉は無意識に否定していた事実を引きずりだした。
 ルフィの言葉通り、クレスの行動はビビを助けるために行われたものだった。
 敵であるクレスがそれを為したことには不可解な点はあるものの、結果としてビビはバナナワニから守られたのだ。
 ビビを守ったクレスが、戦うつもりはないと言った。それはつまり本当に戦うつもりはなかったのだ。


「……もう一度言おう。ここでお前らと事を構えるつもりはない」

「ほら、こう言ってんじゃねェか」


 クレスは少なからず驚いていた。
 ルフィの言葉には妙な説得力があった。
 証拠にゾロとサンジは警戒こそ解いていないものの、戦意を引かせていた。
 もし、他の人間が同じことを言ったとしても、今と同じ結果は引き出すことは難しいだろう。
 

「Mr.ジョーカー、どうしてあなたは私を……?」


 ビビにとってクレスは敵以外の何物でもない筈だった。
 過去に行われた行動も全て自分達を玩ぶためのものだと思っていたし、何よりクレスはぺルを倒し、イガラムを殺した筈だった。
 故に助けるという行為がビビの中では理解できなかった。


「……今回はサービスだ」


 クレスは一瞬悩み、小さな声で紡ぎ出した。


「オレは一端部屋を出る。
 ……逃げるなら、とっとと行くんだな」

「おう!! いい奴じゃねぇかお前ェ!!」

「…………」


 ルフィの言葉にクレスは閉口するしか無い。
 このルフィという男がクレスには分からなかった。
 クレスは何か言い返そうと思ったものの、このままでは何か余計なことまで口にしそうなので無言で秘密地下から退出した。。






 扉が閉まる。
 通路にはクレスが一人きりだ。
 閉じた扉にもたれかかりながら、クレスは何故か無性にロビンの顔が見たくなった。


「………ハァ」


 吐き出したため息は、扉の向こうで起こった轟音に紛れてしまう。
 海賊達は脱出したようだった。
 





◆ ◆ ◆







「……いいだろう。今回の事は不問としてやる」

「寛大な処置をありがとよ」


 クレスからぼかされた説明を聞き、クロコダイルはまったく信用して無い様子で処断を下した。
 クロコダイルは現在、ロビンとクレスを連れ、アルバーナの東側へとやって来ていた。
 

「あの雑魚共はおれがこの手で殺さねェと気がすまん」


 冷たい殺気を振りまくクロコダイル。
 海賊達の目的は反乱の阻止だ。故に海賊達の目標は王都アルバーナの筈である。
 一刻も早くこの町から離れたいと思っている海賊達は必ず東側の砂漠を越えなければならなかった。
 故に、クロコダイルは自ら砂漠へと赴き、海賊達を待ち構えていた。
 そして、その予想通りに海賊達はやって来た。


(ヒッコシクラブだと? どんだけ運に恵まれてんだコイツ等は……!?)


 クレスは表情には出さずに驚いた。
 おそらく徒歩かそれに準ずる方法で移動すると思われた海賊達。
 しかし、海賊達はどういう訳か“幻の巨大蟹”と呼ばれ、殆ど姿を見せる事の無いヒッコシクラブに乗っていたのだ。
 

(だが、それでも……!!)


 類稀なる幸運を振り撒いて来た海賊達。
 だが、それでもクロコダイルという強大な魔物はこうして立ち塞がった。
 

「フン……!!」


 クロコダイルの左腕が砂に変換され発射される。
 伸びた腕は大蛇のようにうねり、そして牙を剥く。


「ビビ!!」


 クロコダイルの鉤手が王女を捕まえた。そして怪物が巣穴に引きずり込むように一気に引き寄せる。
 王女の体がヒッコシクラブから離れる。その時、ルフィがビビに向かって飛び込んだ。


「コノッ!!」


 ルフィはビビの体を鉤手から外すと、ヒッコシクラブの上にビビを投げ飛ばし、代わりに自分がクロコダイルの鉤手に掴まった。


「ルフィさん!!」

「このバカ野郎が……!!」

「お前らは先に行け!! おれ一人でいい!!」


 一人クロコダイルの元へとルフィは向かう。
 そこにはいつものような頼もしい笑みがあった。
 船長の決断を一味は信じた。
 海賊達は王女を連れ、首都アルバーナへと向かった。


「アルバーナで待ってるから!!」


 不安を押し殺した王女の言葉を残して、海賊達は姿を消した。
 残されたのは<麦わらのルフィ>ただ一人。
 そして待ちうけるのは<七武海>クロコダイル。
 
 砂漠の魔物が待ちうける戦場に若き海賊は飛び込んだ。












あとがき
今回は前半のほとんどが原作通りだったため、こういった形で出させていただきました。
クレスがルフィの器の大きさを知る回ですね。
次も頑張りたいです。





[11290] 第十五話 「決戦はアルバーナ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:29
 アルバーナに向けて疾走するヒッコシクラブの上で、ビビは厳しい顔で後方を見つめ続けた。


「ビビ、大丈夫よルフィなら。
 むしろ気の毒なのはあいつ等の方。今までルフィに狙われて無事だった奴らなんていないんだから……!!」

「そ、そうだ!! ビビ心配すんな!! こ、こここ、このおれがっ、ついてるぞ!!」


 不安を抑え込みナミとウソップがビビを気遣う。


「いいかビビ……。クロコダイルはルフィが押さえる。
 反乱軍が走り始めた瞬間に、この国の"制限時間(リミット)"は決まったんだ。国王軍と反乱軍がぶつかればこの国は消える」


 ゾロは振り返ることなく、ルフィの意志を代弁する。


「止める唯一の可能性がお前ならば、何が何でも生き延びろ。たとえこの先、おれ達の誰がどうなってもだ……!!」


 仲間達の覚悟にビビは息が詰まった。


「ビビちゃん、これは君が仕掛けた戦いだ。
 数年前に国を飛び出して、正体も知れねェこの組織に君が戦いを挑んだんだ」


 サンジは巻き上がる砂塵に目を細めた。


「ただし、一人で戦ってると思うな」


 サンジはビビに言い残し、ヒッコシクラブの綱を取るチョッパーの手伝いに向かった。
 チョッパーも心は同じだ。不安で仕方ないが、それを声に出すことはなかった。


「ルフィさん……」


 遠ざかるルフィを視界に納め、ビビは呟く。
 ルフィが向かった先に待つのは、クロコダイルにロビンとクレス。
 三人ともビビの想像を絶する強さを持つ者達だ。
 いくらルフィが強いとはいえ、どうなるかなど分かる筈もない。
 だが、仲間達は腹をくくり、覚悟を決めたのだ。
 ビビ一人が目をそむけることなど出来る筈もなかった。


「アルバーナで待ってるから!! ルフィさん!!」


 ルフィを信じ、ビビはありったけの声で叫んだ。
 とても見えるような距離では無かったが、いつもの頼もしい顔で、若き船長が笑った気がした。













第十五話 「決戦はアルバーナ」













 乾いた砂漠に足跡を残し、ヒッコシクラブは去って行った。
 消えていく仲間達の姿を見届け、灼熱の砂漠の中でルフィは立ち上がった。


「フフフ……、逃げられちゃったわね、王女様に」

「さすがに今からじゃ間に合わないだろうな」

「……どの道エージェント共はアルバーナに集結予定だ。直ぐに連絡を取れ」


 クロコダイルは感情の一切か消え去った双眸でルフィを見下す。


「少々、フザケが過ぎたな<麦わらのルフィ>」

「……そいつはな、弱ェくせに目に入るものみんなを助けようとするんだ」

「あ?」


 ルフィは、彼にしては珍しく静かな様子で口を開いた。


「何も見捨てられねェからいっつも苦しんでる。この反乱でも誰も死ななきゃいいって思ってる」

「誰も死なねェ? よくいるなそういう平和バカは。本当の戦いを知らねェからだ。てめェもそう思うだろ?」

「うん」


 それは非情な世の中の縮図だ。
 弱き者は必ず強き者の糧となる。誰かが争えば必ずそこに敗者が生まれ、そして死んでいく。
 人の持つ腕は小さい。全てを救えるほど人は万能ではない。
 ルフィとて海賊だ。そんな事は百も承知だった。


「……だけどな、あいつはお前がいる限り死ぬまでお前に向かっていくから、おれがここで仕留めるんだ」

「クハハハハ……!! くだらなすぎるぜ。救えねェバカはてめェだな。
 他人と慣れ合っちまったが為に死んでいく。おれはそういう奴らをごまんと見捨てて来たぜ」


 だが、それでもルフィは救うと言う。
 クロコダイルは愚かなルーキーを蔑んだ。
 そんなクロコダイルにルフィは拳を鳴らしながら言い放った。


「……じゃあ、お前がバカじゃねェか」


──救えねェバカはお前だ。
 ルフィの挑発にクロコダイルの表情が歪んだ。
 

「クックックック……!!」

「フフフフッ……」


 揚げ足を取り、見事にクロコダイルを黙らせたルフィ。
 そのやり取りに、クレスとロビンが忍び笑いを漏らした。


「何がおかしい!!」


 声を荒げ、クロコダイルは空気のように殺気を纏った。


「てめェ等も死ぬか? <オハラの悪魔達>」

「その気ならお好きに……」

「だが、その名でオレ達を呼んでくれるな。約束云々の前に……反吐が出る」


 クレスとロビンはクロコダイルの殺気をかわすように距離を取った。
 そしてそのまま、町の方向へと歩き続ける。


「何処へ行く?」

「アルバーナに先に行ってるわ」

「……つかめねェ奴らだぜ」


 クロコダイルはその姿を見送ることなく、ルフィに向き合うと、砂時計を放り投げた。
 砂時計は砂漠に突き刺さり、サラサラと中の砂を下の階層へと落としていく。


「三分やろう。それ以上はてめェの相手なんぞしてられねェ」


 海賊は時に己の海賊旗に砂時計を掲げる事がある。
 それは相手に対する"死の宣告"を示しているのだという。
 零れ落ちる砂は時を淡々と刻み、クロコダイルがルフィに与えた時間を示した。


「文句でも?」

「いや、いいぞ」


 軽く指を鳴らして気合を入れ、ルフィは準備を整えた。
 そして、強く一歩を踏み込み、クロコダイルに向けてゴムの拳を飛ばす。


「ゴムゴムの銃(ピストル)!!」


 <ゴムゴムの実>のゴム人間。
 ルフィはこの"力"で東の海一番の賞金首となった。
 ゴムの腕が勢いよく伸び、クロコダイルの頭部を襲う。
 だが、クロコダイルはルフィの拳を首を傾けるだけで避け、サラサラと砂となって溶けた。
 クロコダイルは全身を砂に変え、ルフィの伸びた腕の周りををまるで大蛇のようにうねりながら進む。
 そしてルフィとすれ違う瞬間。
 砂の塊から突然、黄金の鉤手が出現した。


「うおッ!!」


 後ろに身体を反らし、ルフィはクロコダイルの鉤手をかわす。


「ほう……」


 関心するクロコダイルをルフィは逆さになったまま蹴りつける。


「ゴムゴムのスタンプ!!」


 勢いよく伸びたルフィの脚は、クロコダイルの頭部を蹴り飛ばした。
 しかし、その感触にルフィはたじろいた。クロコダイルは“砂”そのものだ。蹴りつけた脚がそのまま突き抜け、まるで手ごたえがなかったのだ。


「一つだけ言っておくぞ、<麦わらのルフィ>。どう足掻こうと、お前じゃ絶対おれには……」

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」


 ルフィの連続パンチ。思うがままに拳を繰り出しま繰り、殴り、殴りまくる。
 ハチの巣のように穴だらけになるクロコダイル。
 しかし、悠然と立ち続け、顔にはうすら笑いが浮かんでいる。


「いいか、麦わらのルフィ……こんな蚊のような攻撃をいつまで続けようとも、決してお前はおれに……」

「ゴムゴムのバズーカ!!」


 ゴムの弾力を生かした両腕の掌底突き。
 クロコダイルの身体が攻撃を受けた胸元を中心に爆散するように砂に変わる。
 だが、それでもクロコダイルは余裕のまま立ち続ける。


「ゴムゴムの~~~~~戦斧(オノ)ォ!!」


 続けざまに、伸ばしたゴムの脚を収縮させ踏みつける。
 形を取り戻しつつあったクロコダイルの身体が、原型が無くなるほど飛び散った。
 クロコダイルの姿を見失い、ルフィは取り合えずクロコダイルらしき砂を踏みつける。


「この!! この!! 潰れたか砂ワニ!!」

「……無駄だと言っているんだ」


 クロコダイルの姿は砂漠に溶け込み、スラリと元の形を取り戻して、地団太を踏むルフィの背後に現れた。


「このヤロ……!!」

「貴様のようなゴム人間がどうあがこうととも、このおれには絶対に……」

「フンッ!!」

「勝ぺ、──ッ」


 ルフィがクロコダイルの口元を殴りつけた為に、クロコダイルの言葉が中断される。


「……"かぺ"? 
 おめェ、さっきから何が言いてェんだ?」

「……小僧ォ!!」


 大真面目な疑問をぶつけたルフィにクロコダイルがブチギレた。
 





 砂時計は確実に時を刻む。
 クロコダイルが示した時間は三分。砂時計が残すリミットは後半分であった。


「……もう遊びはこの辺でよかろう。麦わらのルフィ」


 風が変わる。
 ほぼ無風に近かった乾いた砂漠に、卓越風が吹きつける。
 風は砂漠の砂を舞いあげて、対峙する二人にふりかかった。


「……まいったな。あの野郎サラサラしやがって。全然殴れねェ」

「おれとお前では、海賊の格が違うんだ」


 クロコダイルの右腕が砂に変わって行く。


「砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!!」
 

 砂となった右腕が鋭い手刀となって振りかざされる。
 手刀はまるで高波のように波打ち、砂漠を伝う。


「いっ!!」


 呆気にとられたルフィがったが、感じた悪寒に従いそれを避けた。
 そしてその威力に戦慄を覚えた。


「砂漠が割れた……!!」


 クロコダイルの砂の手刀は砂漠を数十メートルも深く切り裂いていた。


「いい見極めだ。受けりゃ痛ェで済まなかったぜ」


 驚くルフィにクロコダイルは次なる一手を繰り出した。


「砂漠の向日葵(デザート・ジラソ―レ)!!」


 クロコダイルの掌が砂漠を叩く。
 するとボコリと砂漠がルフィを中心としてクレーターのように凹んだ。


「な、何だ!? 何だ!! 砂が流れるぞ!!」

「流砂を知らんのか? 墓標のいらねェ砂漠の便利な棺桶さ」


 流砂はルフィをアリ地獄のように飲み込んでいく。
 逃げ出そうと走っても、全然前に進まなかった。


「砂漠の戦闘でおれに敵う者はいない」


 クロコダイルは過信では無い自信を滲ませる。


「うえッぷ!! 砂に生き埋め何かにされてたまるかァ!!」


 ルフィは両腕を伸ばすと地面に叩きつけた。
 "ゴムゴムのバズーカ"で衝撃を利用して上に飛び上がり、流砂から脱出することに成功する。


「殴って効かねェならとっ捕まえてやる……ゴムゴムの網!!」


 ルフィが両指を絡ませ伸ばし即席の網を作り上げ、クロコダイルを捕まえようとする。
 だが、クロコダイルは砂と化した右腕でルフィの指を絡め取ってしまった。


「学習できんのかてめェは? 無駄なんだよ」

「ゴムゴムの鞭!!」


 両腕を押さえられたルフィは空中で脚を伸ばしクロコダイルに叩きつける。
 ルフィのゴムの脚はクロコダイルを縦に両断するも、また直ぐに元の形に戻って行く。


「まだ繰り返す気か?」

「わっ!!」


 うっとおしくなってきたクロコダイルは重力に囚われ落ちてくるルフィを強引に引きよせた。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 クロコダイルの腕が三日月刃となって振るわれ、落ちて来たルフィの腕を捕らえた。
 砂漠に叩きつけられたルフィは攻撃を受けた腕を見て、叫び声を上げた。


「うわあああああああ!! 腕がミイラになった!!」

「“砂”だからな。水分を吸収しちまうのさ。そうやって全身の水分を絞り出して干からびて死ぬのもよかろう」

「冗談じゃねェ……!! そうだ!!」


 ルフィは骨と皮だけになった腕を庇いながら一目散に自身の荷物のある場所まで走った。
 そして、荷物の中にあったストローが付いた小さな樽を見つけ、その中身をゴクリと飲み込む。するとルフィの腕が元に戻った。


「水か……くだらん」

「くだらんことねェ!! この水はユバのカラカラのおっさんが一晩かけて作った水なんだ!!」


 ルフィはユバから旅立つ際に、トトから僅かにしみ出て来た水を手渡された。
 度重なる日照りに砂嵐に見舞われても、ユバのオアシスは強く生き続けていたのだ。


「おっさんは言ってたぞ!! ユバは砂なんかには負けやしねェって!!」

「……まだなんかやるつもりか?」


 ルフィはクロコダイルに大口を開けて飛び付いた。
 クロコダイルはため息交じりにルフィを待ちうけ、


「ゴムゴムのバクバク!!」


 食われた。


「くだらねェ真似すんじゃねェ!!」


 ルフィの口の中からランプの魔人のようにクロコダイルは吐き出て来た。
 ゲホゲホと砂であるクロコダイルに喰らいついたルフィが口の中に残っている砂を吐き出す。
 何処までが本気か分からないルフィを見下して、クロコダイルは遊びが終わった事を宣言する。


「……死ね。
 この逞しいユバの大地と共によ……!!」


 砂時計の砂が最期の一粒を落とした。
 これからは、弱者をいたぶる残忍な海賊としての時間だ。


「砂嵐(サーブルス)」


 クロコダイルがワイングラスを傾けるように腕を差し出して、巨大な砂嵐を作りだした。
 砂嵐は辺りの砂を巻き上げてその威力をどんどんと増していく。
 近くにいたルフィがその威力に吹き飛ばされそうになった。


「……いい風の乾き具合だ」


 上質なワインを評価するようにクロコダイルが言った。
 砂嵐はみるみるうちに遠く離れた所からも観察できるまでに成長し、なおも成長し続ける。


「……いいか、麦わらのルフィ。ここらの卓越風は常に北から南へ吹いている。
 この砂嵐の子供がこいつに乗って成長しながら南へ下って行くと、デカくなった砂嵐は何処へぶつかると思う?」

「南って、…………ッ!!」


 答えに辿り着いたルフィが息を飲んだ。
 クロコダイルが邪悪な笑みと共に肯定する。


「ユバさ」


 ルフィが怒り狂ってクロコダイルに掴みかかった。


「お前ェ!! 何やってんだ止めろ!! カラカラのおっさんには関係ないだろ!!」

「見ろ、風に乗って少しずつ南下し始めた」


 ルフィは砂嵐へと走る。
 「止まれ」「止まれェ!!」と叫びながら砂嵐に立ち向かうも、相手にさえされる事無く吹き飛ばされ、砂の大地に転がせられた。
 クロコダイルはうすら笑いを浮かべながらその様子を観察する。


「クハハハ……もうお終いか? 
 悪いことは言わねェ、無駄だ止めとけ。あの砂嵐は風力を増し、やがておれにさえ止められねェ風速を得る」

「フザけんなお前!!」


 ルフィはクロコダイルに再び掴みかかった。
 

「止めろよ!! 今すぐ────」







──────ドスッ







 肉を抉る音。
 赤い水滴が、砂漠に落ちた。
 麦わら帽子が力なく落ちて砂にまみれる。
 ルフィから声が失われ、砂漠に静寂が訪れた。


「おれを誰だと思ってる」


 クロコダイルの左腕の黄金の鉤手。それがルフィの無防備な腹を突き破っていた。
 ルフィは串刺しにされ、力なく、人形のように、痛みを叫ぶ声もなく、宙づりにされた。


「……てめェのような口先だけのルーキーなんざいくらでもいるぜ? 
 ────この<偉大なる航路(グランドライン)>にゃよ……」


 辟易するように言い捨て、クロコダイルは哀れな弱者を蔑んだ。
 戦いになる事すらなく。
 いとも簡単に、決着はついた。


 これが、<偉大なる航路>のレベルだ。
 これが、<本物の海賊>のレベルだ。
 これが、<七武海>のレベルだ。


 海は何処までも目眩すら覚える程広く、その身は余りにも小さい。
 


────<麦わらのルフィ>はクロコダイルに敗北したのだ。






◆ ◆ ◆







「フンッ!! フンッ!!」


 ゾロの気合と共に、刀の上に乗ったラクダが上下する。
 このラクダは一味が砂漠で見つけたはぐれラクダで、取り合えずナミが『マツゲ』と名付けた女性に目がないエロラクダだ。
 その後ろでは、ウソップがチョッパーにいつもより早口で嘘っぽいウンチクを聞かせている。嘘丸出しなのだが、純粋なチョッパーは信じていた。


「フンッ!! フンッ!!」

「ゾロ、あんたそれ余計な体力使うだけじゃないの?」

「……うるせェ」

「放っときゃいいんだよナミさん。
 あいつらは何かしてねェと気がまぎれねェのさ」


 サンジが煙草を燻らせながら言う。
 だが、そう言うサンジも無言の内にいつもより多くの煙草を消費していた。


「器用じゃねェんだ。
 ……特にこの体力バカは<七武海>のレベルを一度モロに味わってる」

「オイ、てめェ……何が言いてェんだ。はっきり言ってみろ」

「……おめェはビビってんだよ。ルフィが負けちまうんじゃねェかってな」 


 サンジの言葉はこの場にいる皆の心を代弁していた。
 強大な敵に一人で挑んだルフィ。一味はルフィの強さを知っているが、同時に<七武海>のレベルも知っていた。


「おれがビビってるだァ? この素敵マユゲ!!」

「アッ、カァッチ~~~ン!! アッタマきたぜこの……まりもヘッド!!」

「んだとコラァ!!」

「やんのかオラァ!!」

「止めなさいよ、くだらない!!」


 一味にはピリピリとした空気が流れていた。
 船長が晒された過酷な戦いに、これから起こる大反乱。
 先程大きな砂嵐を確認した。それが誰が起こしたかなど想像に難くない。
 こんな状態では気が立って当たり前であった。


「平気よみんな!! ルフィさんは負けない!!」


 カラ元気とも取れるビビの声に一味は振り向いた。


「約束したじゃない!! 私たちはアルバーナで待ってるって!!」


 そう言うビビは、まるで重病人のように全身を汗で濡らし、指先は僅かに震えている。
 それでも何とか一味を和ませようとしていた。


「お前ェが一番心配そうじゃねェか!!」

「……あんたは反乱の心配だけしてればいいの」


 明らかな強がりを言うビビに一味は毒気を抜かれた。


「……悪かったよビビちゃん」

「お前にフォローされちゃおしまいだぜ」


 一味はヒッコシクラブに乗り、真っ直ぐにアルバーナを目指す。
 ……一人戦うルフィの無事を祈りながら。






◆ ◆ ◆
 



 

「見ろ……こんなに」


 元反乱軍拠点地『ユバ』。
 その中心に位置するオアシスでトトが感嘆する。
 

「見ろ……!! 水が湧き出てくる」


 死んだと思われていたユバのオアシス。
 しかし、今トトの目の前に映るのは、かつてのように旅人に水を与え、潤そうというオアシスの姿だ。
 それは、日照りにも砂嵐にも負けず、実に四年もの間、たった一人になってもオアシスの復興を続けたトトの努力の成果であり、オアシスが死んでいない証明だった。
 

「言っただろうルフィ君……強い土地なのさ」


 トトは頬笑み、不屈のオアシスを誇る。


「ユバはまだ生きとるよ」






◆ ◆ ◆







「ユバは死ぬ」


 鉤手に串刺しにしたルフィをぶら下げながら、クロコダイルは全てを見下すような態度で言い放つ。


「あの最後の砂嵐によってな……。
 反乱軍はまた更に怒りの炎を燃やすだろう。他人への陳腐な思いがこの国を殺すんだ」


 ルフィは何も言わない。
 生死も分からず、言葉を為すことができなかった。


「お前も同じだな<麦わらのルフィ>。つまらねェ情を捨てれば長生きできた」


 その時、クロコダイルは己の腕が濡れていることに気がついた。
 見れば鉤手に小さな木片が付いている。ルフィが受け取ったユバの水だった。


「こんな水に恩を感じる事もなかったろうな。……ん?」


 クロコダイルは僅かな違和感を覚えた。
 いつの間にかルフィの腕が、鉤手の付け根を握っている。
 その力がどんどん強くなっていくのだ。


「ぐあッ!!」


 骨が軋む音が鳴った。
 初めて、この砂漠の魔物の口から苦痛というものが漏れた。
 無意識のうちにクロコダイルを掴むルフィの腕が万力のようにクロコダイルを握りしめたのだ。


「このガキ……まさかまだ生きて……!!」


 クロコダイルはたまらず、ルフィを流砂の中に投げ飛ばした。
 ルフィはまだ意識があるのか、地面に落下した瞬間、血が飛び出て苦悶を漏らした。
 

「苦しそうだな……だが直に楽になれる」


 クロコダイルは朦朧としている意識の中で苦痛に耐えるルフィがだんだんと流砂にのまれる様子を眺めた。
 もがくように僅かに身体を動かし抵抗するも、ルフィの身体は確実に流砂にのまれ、やがてクロコダイルの視界から消えた。


「くだらねェ時間を過ごした」


 砂漠に立つのはクロコダイル一人、砂漠の魔物はつまらなさげに砂漠を後にする。
 やがて砂漠には誰もいなくなり、不気味な風の音だけが響いて、唯一残された麦わら帽子を揺らした。
 砂漠の風は砂を運び、ルフィとクロコダイルの戦闘痕まで消していく。もう、数十分もすれば足跡も消え、元の果てしなく続く砂漠に戻るだろう。


 そんな時だった。


 二人分の乾いた砂を踏む小さな音が聞こえてくる。
 足音はどんどん近くなって、流砂にのまれたルフィの傍でとまる。
 そして、地下へと運ばれる運命にあった若き海賊の傷だらけの身体が────突如咲いた腕に持ち上げられた。






◆ ◆ ◆






 ルフィの身体がロビンの能力によって流砂の上に持ち上がる。
 クレスはその瞬間砂を蹴って、その傍へと駆け寄って、優しくルフィの身体を抱きかかえた。
 そしてそのまま流砂から抜け出して、安全な砂の上にその体を横たえた。


「ア゛……ガッ……」


 ルフィの苦悶を聞きながら、クレスは腰元に下げたサイドバックから救急セットを取り出した。


「痛ェが我慢しろ」


 もがくように苦しむルフィに、そう前置きしてクレスは傷口に傷薬をぶっかけた。


「ぐああああああああああッ!!」


 傷薬が沁み、焼けつくような痛みがルフィを襲う。
 

「気絶してた方が楽だぞ。力を抜いて、意識を手放せ」


 傷口を強引に傷薬で洗い流し、クレスは応急措置を始める。
 クレスのそれはサバイバルの知識から派生する我流だったが、要領だけは間違ってはいない。
 苦しむルフィの苦悶を聞き流しながら、暴れる身体をロビンに手伝ってもらいながら押さえつけ、処置を終えた。


「ガッ……ハァ……ハァ……」

「じっとしてろ……後は包帯を巻くだけだ」

「…………ありガどウ……」


 荒い息でルフィは感謝の言葉を口にした。
 クレスは一瞬詰まって、言い訳のように答えた。


「気にするな……サービスだ。
 他に何か言いたいことはあるか?」

「……肉゛(にぐ)」

「……治ったら食え」

「クレス……容体は?」

「瀕死だったが、おそらく……大丈夫だろ」


 応急処置の完了したルフィは、初めの状態からは随分と楽になったようだ。
 驚異的な回復力であった。腹を串刺しにされたのも関わらず、もう、呼吸もだいぶ落ち着き、顔色もマシになっている。


「……何故、戦うの? 『D』の名を持つあなた達は……」


 ぽつりとロビンが呟いた。


「……?」

「何者なんでしょうね、あなた達は……」


 何を聞いているのか分からない様子のルフィを見て、ロビンは諦めたように視線を外した。


「ごめんなさい。無駄な質問のようね」


 ロビンは腕を咲かせ、近くに転がっていた麦わら帽子を拾い上げた。
 そして、まとわりついた砂をやさしい手付きで払い、そっとルフィの胸元に置いた。
 その時、新たな足音が砂漠に響く。


「見つけたぞ……!!」


 後方から聞こえた声に、クレスとロビンが振り向いた。
 

「思ったより早かったな……」

「でも、タイミング的には丁度いいわね」


 剣を杖のように突いて、ふらつく体を庇うようにして現れたのは、クレスに敗れたぺルだった。
 クレスは先の戦闘でぺルの背骨に衝撃を与えて昏倒させている。重症では無いものの、暫くはまともな行動は不可能となっていた。


「ビビ様をどうした……!!」

「そう力むな。まだまともには動けねェ筈だぞ」

「黙れ……今度は負けはしない。さっきのようにはいかんぞ」


 ぺルはふらつきながらも剣に指をかけ、闘志を滲ませた。
 今のぺルは気力だけでクレスに飛びかかりそうな勢いだった。


「ハァ……分かった。
 今回はオレの負けでいいから、大人しくしてろ」


 クレスはぺルの闘志をかわす。
 だが、たとえぺルが襲いかかって来ても倒す自信は十分にあった。
 ぺルもそれは十分に分かっていたが、それでも彼は引けなかった。


「その子を助けてあげて、アラバスタの戦士さん。
 あなた達の大切なお姫様をこの国まで送り届けてくれた勇敢なナイトですもの」


 ロビンとクレスはスタスタとぺルに背を向け、彼から離れていく。
 

「待て!! 貴様、あの紙切れはどういうことだ!!」


 ぺルがクレスを呼びとめる。
 

「そのままの意味だ、どう受け取ろうとお前の自由だよ」


 背を向けたままクレスは答えた。
 クレスとロビンは近くに停めてあった<F-ワニ>と呼ばれる乗用のワニに歩み寄る。
 

「王女様は無事よ。今はアルバーナに向かっているわ。
 ……事態が事態だから、これからどうなるかわからないけどね」

「多分もう会うことはないだろう。精々頑張れ、オレにはこれくらいしか言えない」


 二人はF-ワニに乗り込んだ。
 そして、ぺルの方を見る事もなく、発進させ、砂漠の向うに消えた。


「くっ……!!」


 クレスとロビンの姿が消え、ぺルは崩れるように膝をついた。
 そして荒い息のまま前方を睨み続ける。


(私が敵わねば、誰がビビ様をお守り出来るというのだ……!!)


 ぺルは不甲斐ない自身を恥じる。
 アラバスタ最強と呼ばれ、護衛騎士の中で随一の実力を持つぺル。
 これを裏返せば、王国にぺル以上にビビを守れる戦士がいないということである。故にぺルに敗北は許されず、王家の盾となって守り抜かなければならなかった。
 だが、ぺルはクレスに敗れた。
 その結果として、ビビを危険に晒してしまうこととなった。クレスとロビンは無事だと言ったが、それが何処まで信用できるか分からなかった。


「!」


 ふと見てみると、ぺルの服の裾を握りしめる少年の姿があった。
 大怪我をしているらしい少年は、歯を食いしばり、噛みつくように、必死な様子で言葉を紡ぐ。


「肉゛(にぐ)……ッ!!」


 残された希望は、鈍く何処までも強く、強く、輝く。






◆ ◆ ◆


 

 

 砂漠を走るF-ワニ。
 その背に設置された乗車席から、何処までも変わらない砂の波紋を眺める。
 遮られることの無い強い日差しは敷き詰められた砂をフライパンのように熱していく。
 雲が無い何処までも広がる空は、青というよりも、太陽が強すぎて白く見えるほどだ。
 だが、風に舞いあげられた砂はそんな世界を霧のように覆っていく。


「……始まったわね」

「ああ、いよいよだ」


 流れる景色を瞳に映してロビンは言う。
 クレスは静かに答えた。


「たくさんの人が死ぬんでしょうね」

「……ああ」

「みんな騙されて、時代のうねりに飲み込まれて戦うわ」

「そうだな」

「そして、それが偽りだと気付かずに、誰かのエゴとも知らないままに……」

「……だが、もう戦いは始まってる。止まることはないだろうな」


 クレスの答えにロビンは無理やりに息を吐き、淡く消えそうな笑みを作った。


「ごめんなさい」

「どうして、謝るんだ?」

「だって、私のわがままにクレスはずっと付き合ってくれたわ」


 わがまま。 
 ロビンの夢は何処までも純粋で、何処までもその道のりは険しかった。


「別に、いやいや付き合ってる訳じゃない。
 オレはオレの意志で、お前の夢を応援してんだ。それをお前に謝られる訳にはいかない」

「でも……何度も諦めようって思った事もあるの。
 いろいろあったわ。余りにも多すぎて数えきれないくらいに。クレスにも何度も迷惑をかけた」

「でもお前は夢を諦めなかった」

「……そうね。
 でも、それが正しいかなんて時々分からなくなるの」


 自らの罪を告白し、懺悔するように、ロビンは語る。
 消える事の無い罪を、許される訳でもなく滔々と。


「ロビン」


 クレスは咎めるように名前を呼んで、腕を引き、大切に、壊さないように、何処までもやさしく、ロビンを抱きしめた。


「……クレス」


 子供のように頭に手を置かれ、ロビンは戸惑うように、惹かれるように、クレスの首筋に顔を埋めた。
 コート越しに互いの肌が密着して、暖かな熱が生まれる。


「もう、始まっちまったんだ。オレ達も覚悟を決めないといけない」


 クレスはやさしく、あやすように、言い聞かせる。


「逃げ出すことも構わない。
 でも、そうすればきっとお前は自分を許せなくなっちまう。お前の夢はお前自身だ」


 クレスが言うのは自己に対する責任だ。
 夢を描いた夢。
 夢を追う覚悟。
 夢を叶える意思。
 それら全てを持ち続けて、今のロビンがいるのだ。


「だがら、そう悲しい事を言うな」


 そう言って、クレスはロビンを抱きしめる力を強めた。
 ロビンはクレスを受け入れ、その大きな背中に手をまわした。


「……ええ」


 ロビンは母のようにクレスを抱きしめ返した。







◆ ◆ ◆






 様々な場所で、人々は各々の思惑で動き出した。



────例えば、レインベース。
 その地では、一人の海軍曹長が上司から理不尽とも取れる命令を受けた。
 上司は、この国の行く末を見極め、そこで自分で何をするかを決めろと言う。
 若き曹長は、初心を元に決断を下す。海賊達を追跡すると。



────例えば、砂漠を行く大軍。
 若き反乱軍のリーダーは苦渋の決断を下し、国王の持つ首都へと攻勢をかける。
 国を守るため、これ以上王の好き勝手にはさせないと。



────例えば、要塞と化した宮殿。
 国王軍の司令官は国王不在という非常時において、反乱軍から王国を守ろうと奮闘する。
 王は誰よりも清く正しい。我々がこの国を守りきるのだと。



────例えば、首都近くの岸壁の上。
 秘密裏に誘拐され、捕らえられた国王は、これから起ころうという戦いを嘆く。
 国は人だと。国そのものである国王軍と反乱軍が潰しあっては意味がないと。



────例えば、砂漠を走るカメにひかれた車内。
 戦いを煽った者達は、次なる任務のために道を行く。
 各々の目的のもとに。組織の指令通り、この国を潰しきると。



────例えば、砂漠を走る巨大蟹。
 海賊達は前だけを見据え、仲間のために命をかける。
 希望を胸に、これから起きる戦いを何としても阻止するんだと。



────例えば、ユバのオアシス。
 枯れた町に一人残った男は、立ち塞がった砂嵐を睨めつける。
 男はオアシスを守るように立ち、砂嵐に叫んだ。
 何度でも、何度でも、来てみろと。ユバは決して砂嵐には負けやしないと。



────例えば、港町ナノハナ。
 閑散とした町に一人の男が立つ。懐かしさよりも先に、焦燥感が胸を突いた。
 男は遠くを見つめる、間に合えばいいのだがと。



────例えば、慌ただしくなった首都。
 逃げ惑う人々を後目に、靄のような男は静かに口元にカップを運んだ。
 無表情で、何を考えているか分からない。そして言葉を紡いだ。お前たちの歩みを見せて貰うぞと。




 戦いを嘆く者。

 戦う者。

 戦いを煽る者達。

 その真実を知り阻止する者。

 それぞれの思いは行き違い、


──────首都『アルバーナ』で衝突する。









 


あとがき
クライマックスに向けて盛り上がってきました。
原作で重要というより、好きなシーンがあり過ぎて省けません。
ですが、頑張りたいです。




[11290] 第十六話 「それぞれの戦い」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/14 20:12
 円台地の上に築かれた王都アルバーナには、東、南東、南、南西、西の五ヶ所に出入り口がある。
 その五ヶ所全てが下の平原と繋がっていて、いつもなら砂漠からやって来る商人たちでにぎわっているのだが、厳戒態勢が敷かれた今日ばかりは閑散としていた。
 住民たちは避難し終わり、国王軍の兵士たちも城壁の守りを固め、誰もいない筈の出入り口。
 数百段の長い階段を左右の塔門が守っているその先。
 
 西門。

 そこに、明らかにカタギの人々とは一線を画す者達の姿は有った。
 

「オイオイオイオイオイオイッ!! やれ大丈夫かい!! それ大丈夫かいッ!!
 王女と海賊共は本当に来るんだろうね!? これじゃ反乱軍が先に到着しちまうよ。止める気あんのかいまったくッ!!」


 下品な色に髪を染めたオバちゃんが口やかましく言う。
 ミス・メリークリスマス。バロックワークスのエージェントだ。


「まぁ~~~~~だぁ~~~~~~きぃ~~~~~~てぇ~~~~」

「だあああッ!! 苛つくんだよお前のノロさはMr.4!! このバッ(バカ)!! このバッ(バカ)!!」


 そのパートナーのMr.4が双眼鏡を覗きながらノロくさく返事を返す。
 Mr.4は寸胴体型の巨漢で、背中には巨大な銃を背負っていた。


「そうカッカする必要はないんじゃなくて?
 報告では彼らはレインベースで大幅に時間をロスしてるみたいですもの、“間に合わない”ってケースも十分に考えられてよ」


 ミス・ダブルフィンガーが煙管から煙を吐き出しながら言った。


「何? そうなのかい」

「じゃあ反乱が先に始まっちゃったらあちし達はドゥーすればいいのう?」


 ボンクレーがスワンダンスを踊りながら聞く。


「ドゥーしなくてもいいんじゃなくて? 戦争が始まってしまえばいくら王女といえども何もできないわ」

「……消せと言われた奴を、おれ達は消せばいい」

 
 Mr.1が静かに首肯する。



 Mr.1、ミス・ダブルフィンガー。
 Mr.2・ボン・クレー。
 Mr.4、ミス・メリークリスマス。
 この五人にはアルバーナにて、王女と海賊達の抹殺命令が下っていた。
 麦わらの船長はクロコダイルが討ち取ったが、まだ懸念事項である王女を始めとした不穏分子が残っていることは確かだ。
 バロックワークス社最精鋭の力を持ってその者達の抹殺を図る。これが、彼らに新たに下された任務であった。


「まったく、それくらいも判断出来ねェのかオカマ野郎」

「黙んなさい!! ヨッッッポド、オカマ拳法を喰らいたいらしいわねいッ!! オオッ!?」

「止めなさいったらあなた達」

「あッ!! 腰ッ!! 痛ッ!! Mr.4マッサージ!!」



 反乱軍の軍勢は目前だった。
 国王軍は既にその姿を補足して警戒を募らせているはずだ。
 あと数分でこの地は大混乱に陥り、砂の大地には多くの血が流れるだろう。
 そうなれば、ここに集ったエージェント達の任務も終わる。後は悠々と殺し合う民を眺めていればよかった。



「きぃ~~~~~てぇ~~~~~~るぅ~~~~~ぞぉ~~~~~~」



 その時、双眼鏡を覗いていたMr.4が間延びした声で言った。


「何ィ!? さっさと言わねェかい、このウスノロダルマ!!」


 ミス・メリークリスマスが飛び上がり、Mr.4から双眼鏡を奪い取った。
 そしてそれを覗きこみ、


「か、カルガモ……?」


 困惑するように言った。


「カルガモ? 何なのミス・メリークリスマス?」

「数か増えてねェかい!? 六人いる!!」


 彼らに伝えられたターゲットの数は、麦わらの一味と王女をを合わせて五人。
 船長はクロコダイルが消したため、数としては四人でないとおかしいのだ。


「違うわ、ミス・メリークリスマス。ボスの話をちゃんと聞いていて?
 Mr.プリンスって奴が複数いるって言ってたから二人増えても数は合うわ」

「何人増えようが標的は王女一人だ。何をうろたえている」

 
 不動の姿勢だったMr.1が標的の接近に殺しの準備を始める。


「Mr.1……王女一人消せばそれでいいって?」


 ミス・メリークリスマスが双眼鏡を外し、目視によって王女たちの姿を視認する。


「じゃあ、おめェ……どれが王女だか当ててみなよ」


 遠方より砂埃を巻き上げながら現れた六つの人影。
 彼らは全員がアラバスタ最速集団である超カルガモ部隊に乗り、その全員が同じマントで全身を覆っている。
 これではどの人影が王女なのかまったく判断が付かなかった。


「あやふやじゃないッ!!」


 おまけに彼らが乗る超カルガモとは豹をも凌ぐ脚力を持つとされ、逡巡の機会さえエージェントに与えない。


「やっちまいなMr.4!!」


 鋭く言い放つミスメリークリスマスにMr.4が反応する。
 Mr.4は背中に背負った巨大な銃をカルガモ達の中心へと打ち込んだ。
 打ち込まれた弾丸は、まるで砲弾のよう重く、丸く、そして大きな縫い目がある。
 それはまるで無理やりに砲丸投げの球を野球ボールに改造したような弾であった。


「近づくな!!」


 カルガモに乗った一人が鋭く叫ぶ。
 その者の予想は正しく、打ち込まれたボールは地面に転がると大きな爆発を起こした。


「避けた!! 早いわねい、あの鳥達!!」


 カルガモ達は猛スピードで直進し、そこからまるで散弾のように三手に別れた。
 別れた先にあるものは、南門、南西門、西門。
 陽動か、別れてアルバーナ市内に突入するつもりのようだ。
 

「南門は反乱軍の真正面……!! となりゃ、あのどっちかかがビビか……? 行くよMr.4!! あの二人はあたしらに任せな!!」


 南門に抜けた二人をMr.4のペアが追走する。


「必殺“火炎星”!!」


 カルガモに乗った一人から、Mr.1に向け、パチンコによって弾が発射された。
 高速で移動する最中においての正確で精密な射撃。弾は寸分狂うこと無くMr.1の顔へと迫る。


「コイツ等……!!」


 Mr.1は迫る火炎弾を掌で受け止めなぎ払った。
 だが、その隙をついて、二人、真っ直ぐと西門へと突入される。


「西門へ抜けた!! Mr.1、私たちは彼らを!!」


 西門に抜けた二人をMr.1のペアが追走する。


「あァン?」


 しばし呆然としていたボン・クレーに横合いから一匹のカルガモが強烈な頭突きを喰らわせる。


「ドゥッ!!」 


 無防備なボン・クレーは錐揉みして吹き飛んだ。


「さァ、私たちは南西門ね」


 南西門に抜けた二人をボンクレーが追走する。
 

「逃がしゃしないわよォ~~~~う!!」


 西門前にいたエージェント達は全て姿を消した。
 逃げた海賊達を追いこみ、エージェントの内の誰かがその中にいる王女を抹殺すればバロックワークスの勝利である。
 そうならば、反乱を止める術は完全に断たれ、アラバスタは問題なくクロコダイルの手に落ちる。

 そう、今追いかけた人影の中に、
 





 ビビがいたならだ。







 誰もいなくなった西口近くの岩陰で、一匹のカルガモが砂の大地を踏みしめる。
 気合を入れるように短く鳴いて、その姿を現した。
 乗り手はそんなパートナーのカルガモをやさしく撫でる。
 そして、意志の篭った目で反乱軍の迫る遠方を見つめた。


「行くわよ、カル―」


 それは祖国を救うと誓った、王女ビビの姿であった。







────同時に、三手に別れた、四人と二匹が一斉に声を上げた。







「「「「「──── 残念、ハズレ ────」」」」」













第十六話 「それぞれの戦い」












 ヒッコシクラブによってアルバーナに向かったビビ達だったが、真っ直ぐにアルバーナに向かうには大きな問題があった。
 レインベースからアルバーナへ向かうには広大なサンドラ河を渡らなければならなかったのだ。
 ヒッコシクラブは陸上のカニで、泳ぎは得意ではない。仕方なく泳ぐことになったのだが、約50㎞ほどあるサンドラ河を渡るには余りにも長すぎる。
 だが、それでも天は彼らに味方する。かつてルフィが打ちのめし“弟子”にしたクンフージュゴン達が助けにやって来たのだ。
 ビビ達は何とかサンドラ河を渡りきる。そして、渡りきった先で待ちうけていたのは、カル―率いるアラバスタ最速集団の<超カルガモ部隊>であった。

 アラバスタの動物達の力を借りビビ達は、アルバーナへと急行した。
 アルバーナを目前に、高速で移動するカルガモの上でゾロが待ち受けているであろうエージェントを惑わすための策を提案する。
 それはビビを残し、それ以外の一味と砂漠で拾ったラクダ『マツゲ』をカルガモの上に載せて誰がビビか分からないようにマントで覆って入り口に向け走り抜けるというものだった。
 そして、その策は見事に成功する。
 一味は危険なエージェント達を引きつけ、ビビは反乱軍を説得するチャンスを得たのだ。


「ありがとう、みんな」


 正面入り口の南門の先でビビは反乱軍を待ち受けた。
 遠方に大地を埋め尽くすほどの大軍を確認する。その余りの数の多さに大地が震えていた。


「いいのよ、カル―、あなたまで付き合わなくて」


 ビビは隣で歯を震わせながらも懸命に立つカル―に呼びかける。
 怒れる大軍。その迫力は災害にも似ている。軍勢はまるで津波のようにビビの立つ場所へと押し寄せていた。
 だが、カル―はその場を動こうとはしなかった。


「もう……踏みつけられても知らないんだから」


 ビビは一度だけ大きく息を吸い、覚悟を決めた。
 先陣を切ってやって来るであろう幼なじみのコーザを何としても説得しなくてはならない。
 仲間達が命がけで作り上げたチャンスだ。説得を成功させなければ、両軍が激突し、全てが無に帰すのだ。


「お願い……リーダー……話を聞いて……!!」


 ビビは両手を広げた。
 その両腕は目の前の大軍に比べて余りにも小さい。
 大津波を立った一杯のコップで受け止めるかのように、余りに無謀であった。
 だが、それでもビビが引くことはなかった。無茶や無謀は始めから承知だ。僅かでも可能性があるなら諦める訳にはいかない。



「全体散るな!! 南門、中央一点突破!!」



 鳴動する大地。
 立ちこめる砂ぼこりを引きつれて、反乱軍は大地をかけた。
 各々に武装し、ラクダや馬に乗って一丸となりアルバーナへと目指す。
 轡、嘶き、蹄、地鳴り、風切り、鍔鳴り、装弾、怒号、雄叫び。
 反乱軍の軍勢は無数に共振する憎しみの音を響かせる。
 対するビビはただ一人。この音の大軍に対し、一人分の叫びを浴びせかけ、聞き渡らせなければならない。
 だが、ビビはありったけの力で立ち向かう。



「止まりなさい!! 反乱軍!!」



 振り絞るように、必死で、死に物狂いで、声を張り上げた。
 ビビの叫びが反乱軍の軍勢が奏でる凶音と交差する。
 


「この戦いは仕組まれているの!!」



 反応を待つこともなく、更にもう一声、死力を振り絞る。
 
 
────いつか、おれがこの国を潤してやる。だからお前は立派な王女になれ。


 幼き日のビビがコーザと約束した言葉だ。
 枯れていく国を見て、渇きに苦しむ人たちを見て、コーザは決断したのだろう。
 コーザは約束を守りに来たのだ。たとえそれが、ビビを敵に回すことになろうとも。
 バロックワークスによって作られたすれ違いは、決定的な間違いを生んだ。



「私の話を聞いて!! 戦いを止めて!!」



 直ぐそこに、ビビは面影を残しながらも逞しく成長したコーザの姿を目にした。
 届いて!! 戦わないで!! 
 ビビの叫びはその姿と共に目前に迫ったコーザに届くかと思われたが、────不意に着弾した砲弾が二人を引き裂いた。
 砲撃によって巻き上がった砂煙はビビの姿をコーザから覆い隠していく。
 南の塔門からの国王軍の砲撃だった。
 これでは、ビビの声が届かない。


(何てバカな真似を国王軍……!!)


 しかし、無力なビビは知らない。
 バロックワークスの社員達は国王軍、反乱軍の両軍に潜んでたことを。
 忍びこんだ社員が両軍の対決を決定づける為に、司令官の命令を無視して砲撃を行った事を。


「怯むな、突っ込め!! ただの砂埃だ!!」

「ダメよ皆!! 止まって!!」

「我らが国の為!! 国王を許すな!!」

「お願い!! 行かないで!!」



 反乱軍は止まらない。
 膨れ上がった全軍を維持するだけの持久力もなかった。
 戦い、国王軍を倒す。
 彼らに与えられた道はただ一つだった。
 


「────リーダー!!」



 運命を決める二人はすれ違う。
 コーザは馬を駆り、ビビの傍を通り過ぎてしまった。
 手を伸ばしても届かない。必死で追い縋ろうとも、ビビの体は津波のように押し寄せる反乱軍の大軍にのまれてしまった。
 唯一の希望は潰え、反乱軍と国王軍の両軍は全面衝突を起こした。






◆ ◆ ◆






 戦いが始まった。

 国王軍が城壁から覗く砲門を次々に反乱軍に向かって撃ち放つ。
 数で圧倒する反乱軍は怯むことなく果敢に南門へと殺到する。
 門へと続く長い階段を駆け上り、待ちうける国王軍と切り結んだ。
 剣が、槍が、戦斧が、銃が、盾が、鉄槌が、
 両軍ともに握りしめた武器をぶつけ合い、鉄と肉が躍り、赤い血が大地を染めた。
 倒れるのは全てアラバスタの民。倒したのもまたアラバスタの民。

 戦う者全ての思いは一つ。


────アラバスタを守るんだ。


 真実を知る者には悪夢以外のなにものでもない戦いが幕を開けた。







◆ ◆ ◆






 鋭い痛みに、ビビの朦朧としていた意識が覚醒する。
 反乱軍の軍勢にのまれ、暫くの間意識を失っていたようだ。


「うッ……」


 体のあちこちがボロボロだった。だが、思ったよりは酷くない。
 ビビは自身を包む、乱れた羽毛の肌触りを感じた。


「カルー……あなた、私を庇って……」


 カル―は怪我だらけの身でありながらもビビを心配するように鳴いた。
 羽毛は血にまみれ、片翼は折れている。
 カル―は軍勢からビビを己の身を呈して守ったのだ。


「ごめんね……カルー」


 瀕死のカル―をそっと撫でて、ビビは戦いが始まったアルバーナ市内へと視線を向ける。
 

「……反乱は始まっちゃったのね」


 悔しさで声が震えた。
 始まってしまった戦いを思うと目の奥が熱くなった。
 だが、ビビはそれをぐっと我慢する。


「でも、止めるわ……船でちゃんと学んだのよ。諦めの悪さなら……!!」

「────ビビ!!」


 その時、聞きなれた声が聞こえ、見慣れた姿が見えた。


「こっちだ乗れ!!」

「ウソップさん!!」


 そこにいたのは、エージェント達の陽動を請け負ったウソップの姿であった。
 ウソップはどこかで馬を手に入れたのか、傷だらけのビビの傍にかけ寄り馬上から声をかけた。


「その鳥はもう駄目だ。早くしねェと反乱は酷くなる一方だぞ」

(その……鳥……?)


 その時ビビは確かな違和感を感じた。
 ウソップに取ってカル―は一緒に戦った事もある戦友でもある。
 そして、情に厚いウソップが傷だらけで倒れたカル―を“その鳥”呼ばわりなど、ビビには考えられなかった。
 ビビはわき上がる不安を抑えて問いかけた。


「証明してウソップさん」

「おいおい、おれを疑うのか?」


 ウソップはため息をつきながら、スッと包帯の巻かれた腕を差し出した。


(違う……!!)


 ビビが核心した瞬間、倒れ込んでいたカル―がビビを攫うように背に載せ走り出した。
 カル―は必死に傷だらけの身体でウソップの姿をした誰かから逃げ、アルバーナ市内へと向かう。


「全員が同じ印を巻いていたと0ちゃんから報告があったんだけど……ドゥーしてバレたのかしらねい?」


 不気味に独白し、ウソップだった男が、左頬に触れる。
 すると、その姿がオカマへと変わった。
 <マネマネの実>の能力者、Mr.2・ボン・クレーだ。


「でェ~~も~~ッ!! 逃~~~が~~~さ~~~ナイわよ~~~うッ!!」


 ボン・クレーは猛烈な勢いで王女を乗せたカルガモを追走する。
 アラバスタの命運をかけた命がけの追いかけっこが始まった。






◆ ◆ ◆






 一味の『印』には二重の仕掛けがあった。
 少しでも仲間が怪しいと感じたら、包帯を取ってその下に隠されたマーク『 × 』を見せあう。
 それができなければ、相手は敵が化けた偽物。
 それができて、左腕に『 × 』があれば、それが仲間の印だった。






◆ ◆ ◆







「カル―、無茶しないで!! あなたはもう走れるような体じゃ……!!」


 カル―は息を切らし、小刻みに体を震わせるも、それでもビビを乗せ走る。


「逃ィ~~~がさないっつってんのよ~~~う!!
 待ちなサイっテバァ~~~~!! 食ってやるわお前達ィ~~~~ッ!!」 


 その後ろには爆走するオカマ。
 傷ついているとはいえアラバスタ最速の超カルガモにぴったりとついてきている。やたら早い足だった。
 カル―はボンクレーから必死に逃げようと走る。
 だが、その道のりには終点が見え始めていた。
 アルバーナへと入るには今ビビの正面にある南門が近道なのだが、現在戦いの最中にあるその道を進むことはできない。
 だが、カル―は真っ直ぐに走りスピードを上げた。


「カルー、ダメよ!! このままじゃ階段で追い込まれるわ!! 下ろして!! 私、戦うから!!」


 カル―は止まらない。 
 全力で走り、そして咆哮する。


「え!? ちょっとそっちは壁ッ!!」


 驚くビビを背中に乗せたまま、カル―はそびえ立つアルバーナの天然の城壁を垂直に駆け上がった。
 重力に引かれ落ちる前に、一歩。
 痛む体が悲鳴を上げても、更に一歩。
 走るために特化した掻き爪で岩肌を掴み、更にもう一歩。
 それは命がけの奇跡か、はたまた隠れていた潜在能力の発揮か、とにかく超カルガモはアルバーナの岸壁を走り抜けていた。


「ナニあのカルガモ……このアルバーナの絶壁を」


 ポカンとオカマがカルガモを見上げた。
 だが、カル―は絶壁を走り抜き頂上が見えた瞬間、脚を踏み外してしまった。


「が────っはっはっはっは!! バカねい!! さァ、落ちてきてオカマ拳法の餌食に……」


 だが、カル―は諦めなかった。退化した翼を広げ、バサバサと羽ばたいた。
 ほんの僅かだが、カル―は空を飛んだ。
 そしてガシリと絶壁の頂上を掴んだ。


「何ソレェええええ!!?」

「カ、カル―!! すごいわ、あなた今空を……!! ここまでくればさすがにMr.2も追っては……」


 ビビは絶壁の下で地団太を踏んでいるであろうMr.2を見降ろすと、


「ナ~~~マイキなのようっ!! カルガモ!! 王女を渡しなさい!!」


 オカマが絶壁を走って来ていた。


「オカマに不可能はないのよう!! オカマ拳法"血と汗と涙のルルヴェ"!!」


 カル―は慌てて絶壁をよじ上って、その身を城壁の上へと乗り上げた。
 早く後ろに迫るボン・クレーから逃げなくてはならない。
 だが、そこで見た光景にカル―はビビと共に茫然と立ち尽くした。
 

 ドサリ……


 もう二度と立ち上がらないであろう人間が倒れた。
 ピタリとビビの頬に飛びっ散った血液が付着する。ビビの視界が真っ白になった。
 城壁の上は戦いの真っ只中であった。
 国王軍の誰かが数で勝る反乱軍に刺され倒れ、反乱軍の誰かが質で勝る国王軍の兵士に斬り飛ばされた。
 鈍い金属音と、肉を立つ不快な音が同時に聞こえる。
 銃声がそこら中から聞こえて、砲撃音は続いて、悲鳴が聞こえて、怒声は響いて……。


「カルー……この戦場を抜けられる? 
 まだ、反乱軍は町の中心には届いてない筈……!!」


 ビビは唇を噛みしめる。
 茫然と立ち尽くしている場合では無いのだ。
 この乱戦の中ではコーザを探すことは不可能に近い。


「チャカを探すのッ!! 宮殿に急いで!!」


 ビビの声と同時に、背後からボン・クレーが飛び出した。
 カル―は勇ましく、ビビを励ますように鳴いて、戦場を駆け抜ける。
 戦う人々の間を縫って、カル―はその身を前へと進める。
 その時、銃声が響き、踏み込んだカル―の脚がふらついた。


「流れ弾が!!」


 カル―は地面を踏みしめる。ヨロついた体を強引に前に進めた。
 そのまま歯を食いしばり、背中に乗るビビを町の中心へと運んでいく。
 走り抜け、戦闘地域を抜け、カル―の脚が重くなり、限界が訪れ、道の中心に倒れ込んだ。


「カル―!!」


 カル―は必死で立ち上がろうとするも、もうまともに動くことも出来なかった。
 

「やぁ~~~っっと、追い付いたわよ~~う!! が────っはっはっはっは!!」


 後ろには迫るボン・クレー。
 カル―は翼を必死に動かして、ビビに先に行けと伝える。


「うん……!! うん……!! わかってる……!!」


 ビビはこんな状態になってまでも自身を運んだカル―を思い涙ぐんだ。
 しかし、その間もボンクレーは確実に迫って来る。


「グエェ────ッ!!」

「────よくやったな。カル―隊長、男だぜ」


 今まさに飛びかかろうというボンクレーに、新たな影が飛び込んで強烈な蹴り叩きこむ。
 ボン・クレーは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。 


「クェ……」


 安心したように気を失ったカル―に<超カルガモ部隊>の隊員達が駆け寄った。


「サンジさん!!」

「反乱はまだ止まる。だろ? ビビちゃん」


 サンジはかけていたダテメガネを折り畳むと地面に放り投げた。
 

「そのオカマ、おれが引き受けた。行け」


 ビビは頷くと、カル―を超カルガモ部隊の隊員に任せた。
 そして、仲間を信じ宮殿を目指す。


「アンタァ!! ジョ~~ダンじゃな~~いわようっ!! 死になサ~~~イ!!」

「取り合えずてめェにはウチの狙撃手の大切なゴーグル……返してもらおうか」


 ボン・クレーのしなやかな蹴りにサンジの蹴りが交差する。
 サンジの蹴りの威力にボン・クレーの顔つきが変わった。


「さァ~~ては、お前が噂のMr.プリンスねい……」

「いや……」


 サンジは放り投げたダテメガネに視線を移して、ボン・クレーの言葉を否定した。


「おれの名前はサンジ。海の一流料理人だ」


 そのサンジの言葉にボン・クレーも敵愾心を燃やす。


「コック!? あちしだって一流のオカマよう!! コックが裏組織に楯突くんじゃな~~いわよう!!」

「裏稼業ならお互い様だ。おれはコックで海賊だからな」

「目には目をって訳?」

「そういうこった。この国に手ェ出すな」


 そして再び、互いの蹴りが交差した。







◆ ◆ ◆






────アルバーナ南東門。



 不運にもラクダと組む羽目になり、ボン・クレーに不覚を取ったウソップはサンジの要請によりチョッパーの加勢に駆けつけていた。
 ウソップとチョッパーが戦うこととなった相手は、Mr.4とミス・メリークリスマスのペア。
 能力により地面を自由に進むことのできる、潜入のエキスパート達である。その力は一流で彼らこそが国王を秘密裏に誘拐した張本人であった。


 イッキシ……!!


 風邪気味の<犬銃>がくしゃみと共に、その口から野球ボールが吐き出した。
 ボールはチョッパーの頭上近くをスライス回転をかけながら通り過ぎ、地面に空いた穴からひょっこりと現れたMr.4が"四tバット"でフルスイング。
 痛快な当たりで、地面にしゃがみこんだウソップの頭上へ迫り爆発する。
 試合(ゲーム)はMr.4のペアが支配していた。
 ミス・メリークリスマスは<モグモグの実>のモグラ人間。
 Mr.4は<イヌイヌの実 モデル"ダックスフンド">を食べた銃<犬銃ラッスー>を飼いならす、怪力の四番バッターだ。


「大丈夫かウソップ!!」

「ぐ、ぐへ……な、なんとか大丈夫だ」


 ウソップとチョッパーはMr.4ペアの縄張りに入り込んでいた。
 縄張りの名は『モグラ塚四番街』。
 地面には無数の穴が空いている。ミス・メリークリスマスが能力によって掘り抜いた地下通路だ。
 Mr.4のペアはこの中を自由に移動して攻撃を仕掛けて来ていた。


「とっとくたばっちまいな、海賊共。どうせおめェらこの縄張りから出られりゃしねェーんだ」


 モグラ人間のミス・メリークリスマスが地面から顔を出す。
 ウソップが反撃しようとパチンコを引き絞るが、ミス・メリークリスマスは直ぐに地面の中に隠れてしまった。
 その代わりに剛腕ピッチャーの<犬銃>が別の穴から現れ、爆弾ボールを吐き出した。
 時速200km近くで迫る鉄造りのボールを受け止める事は難しく、ウソップとチョッパーは迫るボールを何とか回避しようする。


「カーブ!?」


 カーブボールはウソップから僅かにそれ、後ろでバットを振りかぶったMr.4へと迫った。
 Mr.4はバットを勢いよく振りミート。その快音にウソップは身が竦み目を閉じてしまった。
 

「上だウソップ!! フライだ!!」


 チョッパーの声にウソップは空を見上げた。
 ボールははるか上空へと舞い上がり、緩やかに落下してきた。
 

「四番バッターも打率十割とはいかねェか!! これなら目をつぶっても避けられるぜ!!」

 
 安心するウソップ。
 だが、フライのボールは強烈なスピンがかけられていた。


「ただの四番じゃMr.4は名乗れねェよ」


 地面の中でミス・メリークリスマスは逃げるウソップへと迫ったボールにニヤリと笑う。
 爆弾ボールはウソップの後方で爆発を起こした。
 





◆ ◆ ◆
 
 




────北ブロック、メディ議事堂表通り。



 張りつめた空気の中に、鋭い金属音が交差する。
 アルバーナ市内に逃げ込んだゾロとナミのコンビはMr.1とミス・ダブルフィンガーの殺し屋ペアと対峙していた。
 だが、ゾロはナミと逸れてしまっていた。なぜならば、ナミを気にして戦える状況では無かったのだ。
 

「三刀流“牛針”!!」

「斬人(スパイダー)」


 三本の刀を駆り、Mr.1にゾロは猛攻を仕掛けた。
 対するMr.1は拳を合わせ、目を閉じ、静かに不動の構え。
 交錯は一瞬。
 ゾロが野牛のような突進と共に繰り出した刺突をMr.1は鋼の肉体で受け止める。
 

「チッ……」


 ゾロが舌を打つ。
 手ごたえは十分。だが、Mr.1はまったくの無傷だ。


「──つまりは、体も"刀"の硬度。鉄でも斬れなきゃお前は斬れないと……」

「そういうことだ。打撃斬撃はおれには効かん」


 <スパスパの実>の全身刃物人間。
 Mr.1は全身凶器の武道家だ。体中が鉄の硬度であるMr.1は剣士のゾロにとって手も足も出ない存在だった。


「成程まいった。鉄を斬れねェ今のおれじゃお前には勝てねェ」

「フン、ならばどうする。黙って殺されるか?」

「いや、おれはお前に同情するよ……」


 ゾロは刀を鞘に納め、羽織っていた外套を脱ぎ棄てた。
 そして、腕に巻かれたバンダナを頭にきつく巻き、気合を入れる。


「こう言う境地をおれは待っていた。そろそろもう一段階強くなりてェと思っていたところだ」


 ゾロは飢えた狼のような獰猛な目で、悠然と立つMr.1に向き合う。
 腰元から刀を二本抜いて、切っ先を揺らし、Mr.1を挑発する。


「おれがお前に勝った時……おれは鉄でも斬れる男になっているというわけだ」


 Mr.1を踏み台にすると宣言するゾロに、Mr.1は鼻を鳴らして返す。


「意気込みに水を差すようで悪いが、おれは今まで剣士と名乗る者に一度も傷をつけられたことはない」

「ああ、よくわかった。だが、そういう思い出話はアルバムにでもしまっときな。
 過去にどれだけの剣士と戦ってきたか知らねェが、おれとお前は今まで会ったことがねェんだからよ」

「口先だけは切れるようだな」

「そりゃどうも、タコ入道」


 飛び込んで来たMr.1の大剣のようなカカト落としを、ゾロは刀を交差させ受け止めた。
 

「何分持つかだ」

「お前がな」


 



◆ ◆ ◆ 

 

 


────北ブロック、メディ議事堂裏通り。



 ゾロと逸れ、裏路地に隠れたナミの肩口を鋭い棘が貫いた。
 鋭い痛み。ナミは咄嗟に前へと転がり、追撃をかわす。
 ナミの判断は正しく、先ほどまでナミが背を預けていた石壁をプスプスとまるで布に針を通すように、硬質の棘が貫いた。
 棘は石壁をくりぬいて、そこにドアのような穴を空け、その向うからミス・ダブルフィンガーが現れる。


「フフフ……逃げても無駄よ、お譲ちゃん」


 <トゲトゲの実>の棘人間。
 ミス・ダブルフィンガーは全身から石壁をも軽く貫通するような硬質の棘を出すことができた。


「くっ……」

「あら、まさか私と戦う気?」


 ナミは収納していた三節昆を取り出す。
 ミス・ダブルフィンガーはそんなナミを笑った。
 航海士としての腕は群を抜いて優れているものの、こと戦闘においてナミはただの小娘でしか無かった。
 ミス・ダブルフィンガーも先程から逃げ回るナミを見て、その事に気が付いていた。


「なめないでほしいわね。勝算だってある!!」


 ナミは組み立てた三節昆を構えた。
 <天候棒(クリマタクト)>ナミがウソップに頼み込み作らせた、新兵器だ。
 ウソップの言葉を信じるならば<天候棒>は“雲を呼び、雨を呼び、風を呼ぶ、天変地異の奇跡の棒”であるらしい。
 言葉通りならば、航海士のナミに取ってこれほど心強い武器は無かった。


「まずは“晴れ”ッ!!」


 突如、攻勢に出たナミにミス・ダブルフィンガーが身構えた。
 ナミの持った天候棒は変形し綺麗な正三角形を作る。


「ファイン=テンポ!!」



 ポン。
 鳩が出た。



「アホかァ!!」

「……あ、あなた大丈夫?」


 ナミが物凄い勢いで落ち込んだ。
 余りの落ち込みっぷりに思わず敵が声をかける程だった。
 だが、ナミは何とか気を取り直し、再び天候棒を変形させる。
 仲間は信じるものだ。ウソップは戦えるようになりたいというナミの強い要望に答えてくれる筈だ。
 ナミは説明書の中から使えそうな天候を選択する。今度は小銃のような形だ。


「クラウディ=テンポ!!」



 ポン。 
 花が出た。



「勝てるかァ!!」


 ナミは取り合えずこの戦いで死んだらウソップを呪うことを決めた。
 訳のわからない宴会用の小道具のような武器を手に、ナミは泣きそうなほどピンチであった。
 だが、そんなナミに付き合うほどミス・ダブルフィンガーは甘くはない。


「ダブルスティンガー」


 ミス・ダブルフィンガーは容赦なく棘と化した両腕でナミをハチの巣にしようと襲いかかる。
 ナミはそんなミス・ダブルフィンガーから逃げ回り、説明書を手にしながら打開策を考えるしかなかった。







◆ ◆ ◆







────南ブロック、ポルカ通り



「ムートンショット!!」

「白鳥アラベスク!!」


 サンジの黒足とボンクレーのトーシューズがぶつかり合う。
 役者は躍り、衝撃は舞台を揺らす。
 互いの渾身の一撃は両者の間で拮抗を生み、炸裂するように解放された。
 サンジとボンクレー双方の身体が吹き飛び、また、市街地を破壊していく。


「……この野郎……!!」

「何ちゅう蹴りを……あちしのオカマ拳法に張り合うなんて……!!」


 ボン・クレーを引き受ける事となったサンジは、オカマ拳法を扱うボン・クレーと壮絶な打ち合いを演じていた。
 サンジの目算では実力は拮抗。もしくは己が少し上。ボン・クレーもまたサンジと同じように考えていた。
 互いに傷だらけで、全身がボロボロ。
 サンジは<赫足のゼフ>から教わった、コックの魂である腕を封印した脚技。
 ボン・クレーはオカマ道を突き進み、レッスンで鍛え上げた爪先。
 意地と技。脚と爪先。
 両者の戦いは互いの生き様のぶつかり合いにも似ていた。


「もォ~~~分かったわよう!! こっからが本気!!」

「やってみろ」


 ボンクレーはニヤリと笑い、そっと自身の右頬に触れた。







◆ ◆ ◆







「ウェあ!!」


 隙をつき、路地裏に身をひそめていたコーザが国王軍の兵士に飛びかかり斬り倒した。
 勝利の余韻に浸る暇もなく、コーザは身を翻しまた物陰に身をひそめる。
 直後、そこを通り過ぎる弾丸。戦場においては一瞬の隙が命取りとなった。


「大丈夫か、コーザ」


 同じく反乱軍の兵士がコーザと同じように身をひそめる。
 兵士は銃撃が止んだ瞬間に国王軍へと向けて弾丸を撃ち込み、またその身を物陰に隠した。
 

「馬を何とか奪いたい」

「馬? お前何をするつもりだ」

「宮殿に向かい、コブラに降伏を要求する」

「バカ言え!! 宮殿にはぺルとチャカを含む国王軍の本隊があるんだぞ。
 おれ達だってまだ集結しきっていない。お前一人が突っ走る必要なんてないんだ!!」


 数において圧倒的に上回る反乱軍であったが国王軍の抵抗は思った以上に激しかった。
 国王軍は数では劣るものの、反乱軍に比べ、武器の質も、錬度もずっと高い。それ加え、彼らは街の地形を巧みに使い防御を固めていた。
 コーザ率いる反乱軍の第一軍だけではまだ拮抗状態を破りきれていない状況だった。


「……もう遅いくらいさ」


 皮肉げに笑い、コーザはその身を躍らせた。






◆ ◆ ◆






 戦場の狂乱が鳴動し、渦のように天まで昇り響き渡って行く。
 戦地となったアルバーナから離れた岸壁の傍に、誘拐された国王コブラの姿はあった。
 コブラは両手両足を縛りつけられ、声を出せないように口枷まで噛まされている。
 捕らえられた国王に民の怒りを鎮める力は無く、ただ無力を実感しながら座り込むしかなかった。


「気分はどうだ?」


 クレスは悔いるように固く目を閉じていたコブラに語りかけた。
 その傍にはロビンの姿もあった。
 コブラは現れた二人に言葉は無くとも厳しい視線を向けた。


「……聞かれるまでもねェか」


 クレスはコブラに近付くと噛まされていた口枷を外す。
 

「貴様らは……!!」

「久しぶりだな……Mr.コブラ。
 質問はしてもいいが特に答えるつもりはない」


 クレスは更にナイフを取り出し、コブラの脚を縛っていたロープを断ち切った。


「立て。これから宮殿へと向かう」

「宮殿だと?」


 クレスに続き、ロビンが無機質な声でコブラに告げる。


「クロコダイルがあなたに話があるわ。
 もしかしたら、あなたの大切な王女様も来ているかもね」


 コブラはうめき声にも似た声を上げる。
 だが、クレスとロビンはコブラを完全に黙殺した。


「反抗は認めない。今はただ黙って宮殿へ向かえ」


 二人は冷徹な仮面を被る。
 それは夢のためへの道筋ではあったが、余りにも険しく、何処までも残酷であった。


「御覧の通り、反乱は起こった」

「わかるでしょ? ……大人しく言うことを聞きなさい」


 クレスは強制的に立ち上がらせたコブラの腕をねじあげ、反攻の意志と、意味を奪い去る。


「……この国を救いたければ奇跡にでも祈るんだな」


 そんな事を呟いた。 












あとがき
今回も二本立てです。
開き直って原作を文章に起こしています。
こうなれば、どう削るかよりも、どう見せるかを考えて、皆さまが飽きないようにしていきたいです。




[11290] 第十七話 「男の意地と小さな友情」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/14 20:40
第十七話 「男の意地と小さな友情」













────アルバーナ南東門。 



 砂のグラウンドを削り爆弾ボールは回る。
 爆弾ボールは油断したウソップの背中に迫り、無防備な背後で爆発を引き起こした。


「ほう……<動物系>かい」


 だが、ウソップは間一髪で<獣型>に変形したチョッパーに助けられた。
 チョッパーはそのまま<犬銃>が更に追加した爆弾ボールを待ちうけるMr.4へと走った。
 途中で<人型>に変形し、顔を出したMr.4を殴りつけようとする。
 

「お前さえ吹き飛ばせば!!」

「待ちな、バッターがいなきゃ試合が盛り上がらねェだろ」


 チョッパーは新たな穴を掘り進んできたミス・メリークリスマスに足を掴まれ動きを止められる。
 動きの止まったチョッパーにMr.4が容赦なく爆弾ボールを打ち込んだ。


「うわあああああ!!」

 
 だが、チョッパーはとっさの判断で小型の<人獣型>へと変形し、攻撃を避けた。
 一安心し、足を掴むミス・メリークリスマスを殴りつける。だが、地面に引っ込んで当たらない。
 ならばと、<人型>に変形してMr.4を殴りつけるが、また地面に引っ込んで隠れられた。
 地下通路を自由に行き交う二人。この調子で攻撃を避けられ続ければ隠し玉の<ランブルボール>を使っても直ぐに三分しか無い効力が切れてしまうだろう。
 

「言っとくがな、この地下トンネル。移動できるのはお前らだけじゃないんだぜ!!」


 その時、姿を消していたウソップがその姿を見せた。
 ウソップが消えた事を不審に思い周囲を見渡していたMr.4の頭上に地下トンネルを利用して移動したのだ。


「ウソップ“粉砕(パウンド)”!!」


 ウソップは怪力のMr.4が振るう“4t”の更に上をいく、“5t”と書かれた鉄槌をMr.4の頭上に振り落としていた。
 不意打ちを食らったMr.4はその痛みに悶絶してか声を出さない。
 ウソップは5tハンマーを軽々と指先で回す。


「────沈めた船は数知れず。
 人はおれをこう呼ぶよ……<破壊の王>」

「て、てめェは一体ッ!!」


 ウソップにのまれ、ミス・メリークリスマスは驚愕の声を上げる。
 そんなミス・メリークリスマスにウソップは不敵な笑みと共に名乗りを上げた。


「────キャプテン・ウソップ」


 その雄姿にチョッパーが声援を送った。


「スゲェ!! ウソップ!! スゲェ~~~~」

「おお、センキューベイビーサインなら後にしろ」


 と、返したが、ウソップの内心はドキドキだった。
 実はこの“5tハンマー”はまったくの嘘っぱちで、いつものハッタリの一種なのだ。
 総重量二キロ。フライパンをつなぎ合わせた完全な張りぼてであっが、それでも全力で叩かれれば痛いことには間違いない。
 Mr.4に何処まで効いているのかは甚だ疑問であったが、もしかしたら予想以上に効いているのかもしれない。
 なんにせよ、これはチャンスだった。


「次はお前だモグラ!! 5tの鉄槌を喰らえェ!!」

「ぎゃあああああああ!!」
 

 ウソップはミス・メリークリスマスを叩きつぶそうと攻勢に出る。
 だが、ミス・メリークリスマスも5tの鉄槌を喰らうのは当然ゴメンだ。
 ハンマーを振り下ろすウソップを、地面に空いた穴を使い巧みに逃げていく。








 数分後。
 両者が息を切らして、モグラ叩きは一時休戦となった。


「くそ……ちょこまかと……」

「このバッ、当たらなきゃ……そんなもん……意味ねェんだ!!」

「フハハハハ……そうやって余裕をかましてるといいぜ。
 教えてやろうか? ここまで随分バロックワークスの社員達がおれ達に消されてきたと聞いている筈だが、実は全部おれの仕業だ!!」

「な、何ィ!?」


 5tものハンマーを軽々と振り回す男。
 この男なら、バロックワークスの刺客達を次々と倒してきたというのも頷ける。
 ミス・メリークリスマスの反応が気に入ったのか、ウソップはたたみかけるように続けた。


「しかもおれには8千人の部下がいる!!」

「えっ!! 本当!?」


 チョッパーが初めて知ったと尊敬の眼差しでウソップを見つめた。
 ウソップはチョッパーの食い付きっぷりに、ちょっと調子に乗った。


「いぃ~~~~たぁ~~~~~いぃ~~~~~~」


 その時、ウソップの5tハンマーを喰らったMr.4が頭をさすった。
 チョッパーが愕然とする。5tハンマーを喰らってもコブ一つない。ありえない。


「オイ……」

「ぎくっ」 


 ミス・メリークリスマスの冷めた声にウソップが及び腰になる。
 直後、<犬銃>のラッスーが爆弾でウソップの“5tハンマー”を吹き飛ばした。
 露呈するウソップの嘘。
 ミス・メリークリスマスがその顔を怒りで染めた。


「おめー、あたしを騙したね」

「うおっ!! やべェ……」


 ミス・メリークリスマスが地面に潜り、姿を消す。
 地中はモグラにとって自由なプールも同じ、魚のように掘り進み、腰を抜かしたウソップの後ろに飛び出した。


「土竜“平手撃ち”(モグラ・バナーナ)!!」


 固いシャベルのようなモグラの手による平手打ち。
 ウソップはたまらず吹き飛んだ。


「やるよ、Mr.4!! “四百本猛打ノック”!!」

「うぅ~~~~~~~~~~ん」


 Mr.4の意志に応じ<犬銃>が連続で火を噴いた。
 先程までの比では無い。地獄の“四百本ノック”は相手が倒れても止まらない。
 無数の爆弾ボールがばら撒かれ、Mr.4が次々と打ち返す。


「ランブル!!」


 チョッパーが隠し玉のランブルボールを噛み砕く。
 もはや躊躇っていられる状況では無い。この場を切り抜けなければ、立ち上がることすら出来なくなる。
 次々と迫りくる爆弾ボールを避けながら、チョッパーは打開策を考える。


「診断(スコープ)」


 爆弾ボールが次々とチョッパーへと迫り、地獄のグラウンドに爆発の華を咲かせた。


「チョッパー!!」

「おめ―は人の心配してる場合か?」


 地面から現れるモグラの手。
 ミス・メリークリスマスは地中を進み、逃げるウソップを追いかける。
 いつまでも続く爆弾ボールの嵐に、何処までも追いかけてくるモグラ。
 ウソップは陥ったピンチに必死で逃げた。


「土竜バナーナ!!」

「うおっ!!」


 追い付かれそうになり更にスピードを上げる。
 するとウソップに転機は訪れた。
 前方に遺跡の壁が見えた。遺跡は間違いなく砂の下まで埋まっていて、このままのスピードで進めば地中のミス・メリークリスマスは壁に激突する筈だ。


「頭カチ割りやがれ!!」


 ウソップは遺跡の上に飛び乗った。
 ミス・メリークリスマスがウソップの目算通り遅れて遺跡の壁に迫り、モグラの手の平手打ちが遺跡を捉えるように激突して、――――遺跡がその威力に耐えられず崩壊した。


「な……!?」


 その光景にウソップは言葉を失った。
 そして今になって相手の本当の実力に気付き、恐怖を覚えた。
 おそるおそる周囲を警戒し、ミス・メリークリスマスの姿を探す。
 しばしの静寂。
 崩壊した遺跡にのみ込まれたのだとウソップが思いこもうとした瞬間、


「捕まえたよ」


 がっしりとウソップの両足が掴まれた。


「モグラ塚ハイウェ~~~~イっ!!」

「は、離せ!! 止まれ!! スト~~~~ップ!!」


 ウソップを掴んだままミス・メリークリスマスは勢いよく地面を泳ぐ。
 前方には石壁。
 容赦なくミス・メリークリスマスはウソップを石壁にブチ当て突き破った。
 ミス・メリークリスマスが手を離し、ウソップは空中に投げだされる。


「ウソップ!! モグラから離れて!!」


 その時、チョッパーがウソップに指示を飛ばす。
 ウソップは痛む全身を押さえながら全力で逃げる。チョッパーの指示以前に震えた足が既に動いていた。
 チョッパーは<犬銃>の元まで走ると、その銃口を穴の中に向けて爆弾ボールを吐き出させ、自身も地面に空いた穴の傍から脱出する。


「フォ?」

「バウ?」

「ん?」


 疑問符を浮かべる三者。
 直後、彼らの縄張りに異変が起こった。
 一瞬穴の中が眩く光る。全ての穴から火山が噴火したかのような爆発の火柱が立ち上り、穴の中にいる三者を吹き飛ばした。


「モグラ塚の弱点は全部のトンネルがつながっていることなんだ」

「へぇ………そう……」


 ボロボロのウソップは倒れ込みながらチョッパーが見出した弱点を聞き、願いを込めながら前方を見た。


(もう立ち上がって来んなよ……頼むから!!)


 巻き上がる土煙。
 爆弾ボールの威力はウソップとチョッパーが身をもって体験積みだ。
 ウソップは今の一撃で敵が倒れてくれることを望んだ。
 体中が痛くて思うように動いてくれないし、何よりももう怖くて仕方がなかった。


「……生きてる」


 だが、その思いはチョッパーの言葉によって否定される。
 土煙が晴れる。そこにはいまだ健在である、ウソップの想像を超えた怪物達が立っていた。


「う……うぅっ……いやだ」


 ウソップの口から弱音が漏れ、続いて涙と鼻水も漏れた。
 傷だらけ体で必死の思いで立ち上がり、ウソップは怪物達に背を向ける。


「もうイヤだ!! 殺されちまう!! 勝ち目なんてある訳ねェよあんな化け物達!!」


 そして必死で逃げた。
 拭いきれない恐怖から、立ちはだかる強大な敵から。
 人はそれを臆病と蔑むだろう。だが全ての人間が立ちはだかる壁に臆せず立ち向かえる訳ではないのだ。
 自身の矮小さを知り、敵わないと感じた敵から逃げる事の何が悪いというのか。そしてそれが戦場ならば尚更だ。誰だって命は惜しい。


「ダメだよ!! コイツ等からは逃げられやしないんだ!!」

「その通りだよ。小癪な真似をしやがって……」


 逃げるウソップの足をミス・メリークリスマスがガッチリと掴んだ。
 ウソップは足を急に掴まれ、受け身も取れず地面に転がった。


「うわっ!! うわああああああああ……っ!!」


 ウソップは震えあがり、立ち上がって必死に逃げようとする。
 そんなウソップを蔑むように、ミス・メリークリスマスが口を開いた。


「船長も貧弱なら船員も腰ぬけって訳かい」


 ピクリとウソップが反応する。


「船長……!? ルフィが……何だって」


 ミス・メリークリスマスは報告を受けた事実を告げる。
 

「<麦わらのルフィ>なら、もうとっくに始末されちまったさ。ボスの手でな」

「ルフィが……死んだ?」


 茫然とチョッパーが呟きを洩らす。


「デタラメ言うんじゃねェよモグラババア!! 
 あいつが……!! ルフィが!! 死ぬわけなんかねェだろうが!! あんな砂ワニ野郎に負ける筈がねェ!!」


 ウソップがチョッパーがハッとする程の声で言い返す。
 ルフィは強い。誰よりも、想像がつかないほどに。
 ウソップにはルフィが死んだことなんて信じられる筈がなかった。


「あいつはいずれ<海賊王>になる男だ!! こんなところでくたばるわけねェだろうが!!」


 ウソップの言葉に、ミス・メリークリスマスは僅かな沈黙の後、大きな声で噴き出した。


「ア~~~~~~ッハハハハハ!! か、海賊王だ? 本気で言ってんのかい? ア~~~~ッハハハハハハ!!」

「フォ~~~~フォ~~~~フォ~~~~」
 

 耳障りな嘲弄。
 ミス・メリークリスマスだけでは無く、Mr.4までもが腹を抱え笑う。


「そんなクソみてェな話はこの<偉大なる航路>じゃ二度としねェこった。
 まったく死んでよかったよ。そんな身の程を知らねェバカ野郎はよ……!!」


 そしてまた夢を追うルフィを笑う。
 友に降りかかる嘲弄の声にウソップは、強く、強く、壊れそうなぐらい拳を握りしめた。
 ウソップは奮えた。怯えでは無い。怒りだ。
 そして息を吸い、立ちつくすチョッパーに声を張り上げた。


「いいかチョッパー男には!!」


 ミス・メリークリスマスはウソップを掴み再び地面を泳いだ。
 地中を滑るように掘り進み、猛スピードでMr.4へと向かった。


「た、たとえ……!! し、死ぬほどおっかねェ敵でもよ!!」

「くたばりなァ!!」


 前方には石壁。
 ミス・メリークリスマスは容赦なくウソップを壁にブチ当て、ブチ抜いて、なおも前進する。
 それでも、ウソップは叫びを止めない。震える喉で、声にならない意志を叫び続ける。


「たとえ……とうてい……!! 勝ち目のねェ相手でもよォ!!」

「構えなMr.4!!」


 直線。
 最終投球。
 ミス・メリークリスマスは4tバットを構えたMr.4へとウソップを運ぶ。
 絶好球のど真ん中。殺し屋集団の四番が狙うはウソップの頭蓋骨だった。
 

「モグラ塚四番交差点!!」


 唸りを上げるバット。
 骨を砕く快音と共に、ウソップが地上高く打ち上げられた。
 

「ウソップ!!」


 チョッパーが悲痛な声を上げる。Mr.4ペアは次なる標的をチョッパーへと定めた。
 ウソップが立ち上がれる筈がなかった。Mr.4ペアが感じた感触はホームラン級の手応えだった。


 だが、ウソップは立ち上がった。


 ウソップの額からは大量の血が流れ、脳みそが爆発でも起こしてるのではと錯覚する位の頭痛がし、視界は血霞みに沈む。
 だが、どうしてもこの思いだけは曲げられない。



「男には、どうしても戦いを避けちゃならねェ時がある。────仲間の夢を笑われた時だ……!!」 



 その意地に、夢を笑った者達は驚愕し、恐怖すら覚えた。
 ウソップは荒い息で、一瞬でも気を抜けば崩れそうな体で、魂から叫んだ。


「ルフィは死なねェ……あいつはいずれ<海賊王>にきっとなるから。────そいづだげは笑わせねェ!!」


 ミス・メリークリスマスがもう一度だとMr.4を促す。
 どれだけ吠えようとも、死にかけの雑魚だと。もう一撃喰らわせれば確実に沈黙すると。


「どれだけ意気込んでも所詮その体じゃ何もできめェ!!」

「そんなことさせるか!! 見せてやる。とっておきの変形点!!」


 チョッパーが大地を踏みしめる。
 変形点とはチョッパーが独自の研究によって見出した悪魔の実の可能性だ。
 チョッパーの<ランブルボール>は悪魔の実の波長を狂わせ、通常三段階の<動物系>の変形を七段階まで引き延ばした。
 

「角強化(ホーンポイント)」


 チョッパーの角が普通のトナカイではありえない程に伸び、固く、鋭く強化されていく。
 後脚は大地を蹴り出す蹄に、前脚は大地を掴む腕へと変わった。


「チョッパー!! おれの後ろにつけ!! 合図したら来い!!」

「わかった!!」


 ウソップはミス・メリークリスマスによって再びマウンドから打ち出される。
 再びの直線。
 またもの絶好球ど真ん中。
 振りかぶるバッターは怪力の四番。


「必殺“煙星”!!」


 ウソップがパチンコで煙幕をMr.4へと放つ。
 突然の目くらましに、バッターはたじろいた。


「頼んだチョッパー!!」


 そしてウソップは靴を脱ぎ捨て、ミス・メリークリスマスから逃れた。
 モグラの投手はボールが消えたことに気付き、顔を出す。


「あのガキ靴を脱いで……!! うわっ、何だ!?」


 顔を出したミス・メリークリスマスをウソップの後ろについていたチョッパーが掬いあげ、四番打者の元まで運ぶ。
 絶好球だった。


「モグラ塚四番交差点!!」


 ウソップが声を真似て打者に知らせる。
 Mr.4は打者の性か、煙の向うから現れた絶好球に4tバットを振り抜いてしまった。


「バッ!! 止め……ッ」


 快音と共にミス・メリークリスマスが吹き飛んだ。
 ボールはグラウンドを超えホームラン。外野席の遺跡の屋根へと突っ込んだ。


「フォ?」


 茫然とするMr.4。
 だが、彼には打球を見送る暇すら与えられなかった。


「おい、てめェこっち向け!!」


 いつの間にかウソップがチョッパーの角をカタパルトにしてMr.4へと狙いを定めていた。
 ゴムの限界まで引き絞られたのは、本物の鉄槌(ハンマー)。
 解放される瞬間を待ち望むかのように、ギリギリと音を立てている。


「必殺ウソチョ“ハンマー彗星”!!」


 狙撃手は弾丸を発射させる。
 解き放たれたゴムは勢いよくハンマーを弾きだした。
 唸りを上げ、風を切り裂きながら飛ぶハンマーは四番バッターへと迫り、致命的な死球(デットボール)となった。
 ハンマーはMr.4にめり込んで、その巨体を吹き飛ばし、後ろで暢気な声を上げた<犬銃>ごと遺跡の石柱に叩きつけた。
 叩きつけられたMr.4は力なく倒れ、その愛犬の<犬銃>が苦しげに爆弾ボールを吐き出した。



「ふう~(バタリ)」

「ウソップ? ウソップ!? しっかりしろ!! ウソップ~~!!」

「…………」

「誰か医者を」

「ん?」

「医者ァ~~!!」

「お前だろ(ビシッ)」

「あ」



 爆弾ボールは時を刻み、勝者を祝うかのように盛大に爆発した。






◆ ◆ ◆







────アルバーナ宮殿。
 


「正気ですかビビ様!? そんなことしたら……!!」


 困惑するようにチャカが問い返した。


「ええ、私は正気。
 だからもう一度言うわ。────この宮殿を爆破して」


 ビビはサンジに助けられた後、真っ直ぐに宮殿を目指した。
 その間にも戦火は広がり、徐々に集結しつつある反乱軍に押され、国王軍も戦線をどんどん後退させていった。
 振り帰れば必ず誰かが倒れていて、手を差し伸べても意味がない。ビビは傷だらけの体で歯を食いしばり必死に走った。
 そして宮殿に辿り着いたのがつい先ほどだ。ビビは失踪から二年ぶりの帰国を喜ぶ暇もなく、チャカに考え抜いた提案を持ちかけたのだ。


「そんなことしたらこの国は終わっちゃう? 違うでしょ。ここがアラバスタじゃない」


 ビビはチャカに言い聞かせる。


「アラバスタ王国は今傷つけ合っている人達よ。彼らがいて初めて“国”なのよ!!」

 
 チャカは反対しようとして言葉に詰まった。
 

「数秒間みんなの目を引くことができれば、私が何とかする……!!」 


 だが、当然兵士の間からは反対の声が上がった。
 アラバスタ宮殿は四千年もの価値を持つアラバスタ王家の象徴であり、世界に誇る大遺産だ。
 それを破壊するというのはその歴史に唾を吐くことと同義であった。
 反乱を止めるならば別の手段がある筈だ。ビビ様も考え直されよ。チャカ様も判断を誤りなさるな。
 だが、国王コブラの薫陶を受けた兵士たちはうすうすと感づいていた。
 過去の栄光を守り抜くことと、未来へと繁栄を繋げること。王家に与えられるべき宿命をビビは捨て、国民を守り抜くという、王家に与えられた最大の使命の足がかりにしたのだ。


「ビビ様……」


 チャカは見ないうちに成長し美しくなったビビの姿に、敬愛する国王コブラの姿が被った。
 ネフェルタリ家の尊い血脈は綿々とビビへと受け継がれていたのだ。


────国とは人なのだ。


 感銘を受けた王の言葉。おそらくコブラであっても今この瞬間においては同じ決断を下すのだろう。 
 チャカは理想的な姿勢でかしずいた。


「おっしゃる通りに」


 それは、王家と運命を共にすることを誓った家臣の姿であった。







◆ ◆ ◆


 

 

────南ブロック、ポルカ通り。



 トーシューズがぐりぐりと倒れたサンジを踏みにじる。
 屈辱的な光景であったが、踏みつけられているサンジは強く出られないでいた。


「コノ……オカマッ!! あんまり調子に乗るんじゃ……」


 相手の姿を見て、


「畜生!! 可愛い!!」


 サンジは泣いた。
 

「が────っはっはっはっは!! 口ほどにもないってのはまさにアンタねい!!」


 そこにいたのは、愛しのナミさん────の姿をしたボン・クレーであった。
 別に男衆なら誰に変わろうが容赦なく蹴り倒す自信はあったが、幼いころから女性にはやさしくしろと叩きこまれて育てられ、自他共に認める女好きのサンジにとって、この姿のオカマを攻撃することなど出来なかった。
 だが、事態はそれどころでもないのは十分承知だ。ビビの為に反乱を止めなければならない。
 サンジは心を鬼にし、ナミの姿をしたオカマを攻撃しようとして、


「それにしてもこの国は暑過ぎて、いっそ服を脱いじゃいたいくらいね」


 胸元をはだけさせたセクシーな姿に、愛の奴隷と化した。


「手伝う?」


 サンジの目がハートに変わり、


「オカマチョップ!!」

「目がァ!!」


 その隙をついたボン・クレーに目潰しを喰らいのたうち回った。
 ボン・クレーはあざ笑うかのように追撃する。


「蹴爪先(ケリ・ボアント)!!」


 バレリーナの繊細な感情を表現する爪先がサンジに突き刺さる。
 サンジは受け身もままならないままモロにその攻撃を受け、道中に転がされる。


「この野郎が……フザケやがって!!」

「マスカラブーメラン!!」


 元のオカマの姿に戻ったボン・クレーを蹴り飛ばそうとするが、攻撃が当たる瞬間にナミになり、停止を余儀なくされた。


「キャッチしマスカラ!!」

「ぐっ!!」


 ボンクレーが投げた鋭いマスカラにその身を傷つけられる。
 サンジが睨めつけるも、そこにいるのはナミの姿をしたボン・クレーだ。
 顔も、体も、声も、香り立つ甘いフェロモンまで全て同じナミの姿で、おちょくるようにボン・クレーはサンジを追い詰めていく。


「ア~~ンタと遊んでるのも面白イけど……王女を消すのが私たちの任務なのよねい。だから悪いけど……さっさと片付けさせてもらうわよ────う!!」


 屈辱的な言葉もナミの姿と声であれば、サンジは強く出れない。


「回る、回る!! あちしは回る!! このトーシューズが情熱で燃え尽きるその日まで!!」


 ボンクレーは高速で回転し、激しい感情を表現する。
 そう、それは真夏の、焼けつくようなあの夕暮れ時のように……


「オカマ拳法!! “あの夏の日の回顧録(メモワール)”!!」


 殺人ゴマのように迫るボンクレーをサンジは憎々しげに見て、ふと気付いた。
 サンジの身体が跳躍する。


「ほほ肉(ジュ―)シュート!!」


 反撃に転じると思っていなかったサンジの強烈な蹴りを頬に受け、ボンクレーが吹き飛び、白壁の民家に埋まった。
 サンジは小さく笑みを浮かべた。


「見切ったぜ、マネマネの実……!!」


 民家の扉が開き、ボンクレーが姿を見せ、聞き捨てならないと反論する。


「何を~~~~生意気なァ!! ア~~~~ンタごときがあちしの能力の何を見切ったてェ!?」

「お前、ナミさんの体のままじゃオカマ拳法が使えねェんだろ。
 確かにおれからは攻撃できないが……お前が仕掛けてくる瞬間に必ずお前はオカマに戻る。右手で自分の頬に触ってな」


 ボンクレーはわざとらしく笑い声を上げ、汗だくで目をキョロキョロさせる。


「え~~~~? ぜんぜん聞こえな――――い」

「図星じゃねェか」

「だから何だっツ────ノようっ!! 
 そうよ!! そうよ!! 日々レッスンを重ねたあちしのしなやかなバディーがなければオカマ拳法はあ────やつれなァ────いのようっ!!」


 オカマ拳法はボン・クレーの肉体でなければ発揮できない。
 マネマネの実はベンサムの姿を細胞から全て別人に造り変えてしまうのだ。鍛え抜いたしなやかな肉体を他人に望むことはできない。


「ならば見せてやるわよっ!! あちしのオカマ拳法、その“主役技(プリマ)”!!」


 逆切れしたボン・クレーは肩口の白鳥の飾りをアタッチメントのように爪先に装備する。
 サンジから見て、右がオスで左がメス。珍妙な外見とは裏腹に、とてつもない威力を秘めたボン・クレーの隠し玉だった。


「爆弾白鳥(ボンバルディエ)!!」


 撓る首に、鋼の嘴。
 サンジは己の勘に従い、転がるように避けた。
 そして、サンジの代わりにその威力を引き受ける事となった石壁の破壊痕を見て戦慄する。


「穴のまわりに傷一つ入ってねェ……!!」

「一点に凝縮された本物のパワーって奴は無駄な破壊をしないものよう」


 ボン・クレーの一撃はまさに大型ライフルのような一撃だ。まともに食らえば人体に風穴があく威力を秘めている。
 焦げ目がつく程のスピードと、無駄なく凝縮されたしなやかな破壊力。
 故に、至高。
 オカマ拳法のトップスターとなりえる主役技であった。


「アン!!」

「く!!」


 撓る首によって蹴りのリーチが段違いとなったボン・クレーにサンジは苦戦を強いられる。
 ボン・クレーはサンジの間合いの外から散弾銃のように蹴りを乱射する。


「オラァ!!」

「首肉(コリエ)!!」


 避けきれないと感じたサンジの蹴りが交差する。
 サンジは白鳥の首筋を狙い、ボン・クレーの蹴りを反らした。
 ボン・クレーがニヤリと笑らう。やはり、間合いを制したボン・クレーが優位に立っていた。


「無~~~駄よ────う!!」


 直撃し、サンジは大きく吹き飛ばされた。
 肩口に喰らった。ミシミシと骨が軋んでいるのがわかる。


「勝負あったわねいっ!!」


 ボン・クレーが太陽を背に飛ぶ。
 描くのは、あの、冷たくもどこか温かい雪解けの日差し……


「オカマ拳法“あの冬の空の回顧録(メモワール)”!!」


 緩やかに下降しながらも、ボン・クレーは猛禽のようにサンジに狙いを定める。
 サンジは鷹のように爪先を突き出したボン・クレーを背面跳びのように飛び上がり避けた。
 白鳥のアタッチメントによりリーチが伸びたボン・クレーは確かにサンジよりも間合いを制しやすい。だが、その分返りが遅く、一発目を凌げばチャンスはサンジに巡る。


「やるわねいっ!! でも残念!! これでドゥ―!!」


 ボンクレーは左頬に触れ、その姿をナミに変えた。
 これでもうサンジはボンクレーに手を出せない筈だった。


「おい、左頬になんかついてるぞ」

「え、本当ぅ? ……あ」


 思わず左頬に触れてしまい、その姿が元のオカマへと戻った。


「肩ロース(バース・コート)!!」


 ボン・クレーの肩にサンジの足が叩きこまれた。
 たまらず地面を転がるボン・クレー。
 その後ろに、ゆらりと、食材を逃がさぬ料理人の姿は有った。


「腰肉(ロンジュ)!!」

「後バラ肉(タンドロン)!!」


 腰肉は叩き、後バラ肉は突き刺して。
 次々と調理される食材のように、ボン・クレーはサンジの攻撃にさらされる。
 だが、サンジが一流の料理人ならば、ボン・クレーは一流のオカマ、言うなれば躍る舞台のトップスターだ。
 スポットライトを奪い取るかのように、ボン・クレーは反撃を開始する。


「腹肉(フランシュ)!!」

「アン!!」


 お互いの腹部に、それぞれの攻撃がめり込んだ。
 リーチで勝るボン・クレーにサンジは防御を捨てた。
 その分、前に踏み込んだその分だけ、サンジの蹴りは深く食い込み、ボン・クレーの爪先は深く突き刺さった。


「もも肉(キュイソ―)!!」

「ドゥ!!」

「すね肉(ジャレ)!!」

「クラァアア!!」


 軋みを上げる骨。断裂する筋肉。肌は裂け。血は全身から流れ出る。
 サンジは仕込みを終えた食材を最高に仕上げるように。
 ボン・クレーは舞台で迫真の演技で観客に迫るバレイスターのように。
 観客のいない舞台で二人は躍る。
 躍進、躍動。
 縺れ転がり、それでも前へ、舞台は最高潮に沸き上がり、終焉の時を待ち受ける。
 最高のファンタジスタ達は交差するその瞬間に己の全てをぶつけた。






「────仔牛肉ショット!!」
 
「爆弾白鳥アラベスク────!!」 


 



 会心の一撃。
 燃え尽きるように、白く変わる世界。
 最高の食材か、
 至高の姿勢か、
 観客が息をのんだように静まり返った戦場で、静かに着地の音だけが響いた。


「ガッ……」


 サンジの口から苦悶と共に血が漏れた。
 点滅する視界、砕けたように崩れ、サンジは膝をついた。


「あ、ああ……」


 同時にボン・クレーの腹部がバチバチと破裂寸前の爆弾のように軋みを上げる。
 滞留する衝撃。
 それは、今この瞬間に炸裂する。


「ぎゃああああああああああああああああァ!!」


 ボン・クレーの身体が乱回転しながら、石壁の滑らかな壁に突っ込んだ。
 舞台の白鳥は、壇上から弾き飛ばされたのだ。
 舞台の幕は下りる。
 勝者は一流料理人のサンジであった。


「呆れたぜ……まだ息があんのか」


 サンジが瓦礫の中から這出た後に、大の字で倒れたボン・クレーを見下ろした。


「んバ……バイったわ……あんたの勝ちよう……殺しなさい」


 敗北を認め、潔くボン・クレーは死を望んだ。


「……どうした? ナミさんに姿を変えれば、おれはお前に止めをさせねェ」

「フフン……笑止。
 あんたに敗れたあちしはどうせ組織に殺される運命なのよう」

「フン……お前の能力なら逃げる事も容易いだろうか」


 胸元からタバコを取り出したサンジに、ボン・クレーは悲しげな顔で語り出した。


「そうはいかないのよう。
 あちしは『Mr.2・ボン・クレー』あちしよりも強い奴はほとんどいないってワケ。……つまりはあちしを殺せる人間が限られるってこと」

「それが何だ?」

「……その、殺せる人間の方にあちしの友達(ダチ)がいるのよう」


 独白するボン・クレーにサンジは口から煙を吐き出した。


「つまりは……そいつに、手を汚させたくないと」

「……そういうことよう」


 ボン・クレー目を閉じると壊れかけた喉で叫び声を上げた。


「ダチを悲しませるぐれェならば!! あちしは死んだ方がましようッ!!」
 

 ボン・クレー何を考えているか分からなかったが、サンジにはその言葉に偽りは感じられなかった。
 冷めた目でサンジが問い返す。


「………つまりは、おれが代わりに手を汚せってんだな」

「敵であるあんたなら、別にあちしに躊躇する必要もないじゃナイ。あちしはこの国の崩壊に手を貸した張本人よう。気にすることは無いわ」

「てめェの事情はよくわかった………」


 サンジはボン・クレーの傍まで歩み寄る。
 咥えていたタバコを投げ捨てて、ボン・クレーの真横に立った。
 岩盤を易々と砕くサンジならば一撃でボン・クレーに止めを刺すことができるだろう。
 ボン・クレーは友を思い、目を閉じ、覚悟を決めた。


「ごめんねい……クレスちゃん、ロビンちゃん……!!」


 サンジの止めを待ちうけるボン・クレー。
 だが、覚悟していた衝撃はいつまでも感じられない。
 ボン・クレーは固くつぶっていた瞼を開けた。


「いい勝負だった……」


 光射すその先にいたのは、手を差し伸べるサンジ。
 差し出された手は友を称えるように、労りをもっていた。


「もうそれ以上言葉はいらねェ筈だぜ」


 手を差し伸べるサンジにボン・クレーは困惑する。


「何してるのよう!! あんたはあちしを……」

「オイオイ、お前はダチのおれに止めを刺させるつもりなのか?」

「!!」


 サンジは倒れたボンクレーに対し、気楽に話しかけた。


「てめェが何を考えてるかは知らねぇが。
 おれ達の目的はこの反乱を止める事と、てめェらバロックワークスをぶっ潰すことだ」

「あ、あんた……」


 それはボン・クレーが今の立場から脱する唯一の方法だった。


「それにな、勝負ってのはもとより勝者が全てだ。敗者のお前におれがとやかく言われる理由なんてねェんだよ」


 差しのべられた手。
 労りと、称賛を示したその掌。
 それは、まぎれもなく好敵手(ライバル)との友情の証であった。
 ボン・クレーは目を見開き、おそるおそるその手を取り、掴むと同時に涙を流した。


「ありがドゥ~~~!!」

「泣くなオカマ野郎。レディの涙以外は受け付けねェんだよ」


 サンジは熱い握手を交わした後、ボン・クレーからウソップの狙撃用のゴーグルを取り返し、止めを刺すことなく、その場を後にした。
 当然ボン・クレーが演技をしている可能性もあったが、演技であってもあそこまで感情を込められるとはサンジには思えなかった。


「ありがドゥ~~~~!! コックちゃん!! ありがドゥ~~~~!!」


 ボン・クレーも友からかけられた言葉に希望を賭けた。
 そして立ち去るサンジを、土下座で感謝の意を示しながら見送った。


「うるせェんだよあのオカマ……チッ、こりゃ何本かイッたな」


 南ブロック、ポルカ通り。
 サンジVSMr.2・ボン・クレー
 勝者サンジ。


 戦利品『小さな友情』


 
 








あとがき
このシーンのウソップ戦闘と、セリフが大好きです。
ウソップがたまに魅せる男気がたまりません。
それと、何故かボンちゃんが出ると展開が熱くなりますね。
私事で申し訳ないのですがこの春からかなり忙しくなりそうで、この更新の後はスピードが落ちてしまうかもしれません。
なんとか週一を心がけますが、遅れてしまう場合もあるかもしれません。
これからも頑張りたいです。よろしくお願いします。





[11290] 第十八話 「天候を操る女と鉄を斬る男」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/27 21:45
「しばしお待ちを、直ぐ準備が整います」


 チャカの指示により、現在宮殿の各所には大量の爆薬が運び込まれていた。
 4000年ものアラバスタの歴史の中で幾代のも王が権力の象徴として所有し、居を構え、維持してきたアルバーナ宮殿。
 荘厳な外観だけではなく、職人たちが丹誠を凝らして作り上げた彫像、壁に刻まれた鮮やかな紋様、宮殿内の数々の美術品や調度品など、それら全てが調和したアラバスタが誇る最大の大遺産。
 そのアルバーナ宮殿が今、たった一人の小娘の手によって破壊されようとしていた。
 後の歴史はこの決断を下したビビを愚かと蔑むのかもしれない。だが、ビビはそんな事はどうでもよかった。無意味な戦いを続ける国民達を救うこと、それが今のビビの全てだった。


「この事態をなんと申し上げればよいのか……」


 悔やむようにチャカが言う。
 己が不甲斐ないばかりに、ビビに対してこのような決断させてしまったのだと。


「わかってる……」


 ビビは戦火に包まれた市内を見下ろした。


「……あなた達は反乱軍を迎え撃つしかなかった。それよりもイガラムを欠いてよく二年以上の暴動を抑えてくれたわ」


 ビビはチャカの苦悩を察する。


「ごめんね……急に国を飛びだしたりして、でも……まだ終わりじゃないの。
 反乱を止める事出来ても、あいつがいる限り……この国に平和は訪れない……!!」


 ビビはぎゅっと拳を握りしめ、ここまで自分を導いた海賊達を思った。海賊達は自らの命を賭けてビビを宮殿まで送り届けてくれたのだ。
 そんな彼らにビビが報いる方法があるとすれば、どんな手を使ってでもこの反乱を止める事だった。


「ビビ様────」


 チャカは過去とは比べ物にならないくらいに美しく、強くなった王女に、素直な言葉を贈った。


「────二年見ないうちに、貴女はずいぶんいいお顔を為されるようになった」


 ただ純粋にやさしいだけでは無い。
 現実を知り、現実に打ちのめされながらも、理想のために前に進んだ者が浮かべる事の出来る、高潔で力強い姿。
 それは、乾いた砂漠に咲く一輪の花のように、どんな困難にも立ち向かえる強さを備えていた。
 王女を成長させたのは、ビビと苦楽を共にした海賊たちなのだろう。チャカはその海賊達に会ってみたくなった。


「この戦争が終結を見た折には、例の海賊達と大晩餐会でも開きたいものですね」

「チャカ……」


 チャカの言葉にビビの顔に小さな笑みが生まれた。
 誰一人欠ける事無く、海賊達とまた盛大な宴を開く。それがどれほど難しいことか、だが、ビビはその様子を想像し、そうなる事を心から望んだ。



「チャカ様……ッ!!」


 
 その時、宮殿広場への扉が慌ただしく開き、傷だらけ兵士が報告をおこなった。


「宮殿内に何者かが……!!」

「なに!?」


 チャカが傷だらけの兵士に駆けより詳細を聞きだそうとした時、鈍い音と共にその兵士が黄金の鉤手によって貫かれ、力なく崩れ落ちた。


「困るねェ」


 その瞬間、宮殿広場へと続く門扉がただ一つを残して勢いよく閉じられた。
 王女と司令官を残して閉ざされた門に兵士たちがざわめく中、血で濡らした鉤手の男が砂塵と共に我が物顔で宮殿の欄干に腰かけた。


「物騒なマネしてくれるじゃねェか、ミス・ウェンズデー。ここは直におれの家になるんだぜ」

 
 砂漠の魔物が冷徹な瞳にビビを納めた。


「いいもんだな宮殿ってのは────クソ共を見下すにはいい場所だ」

「クロコダイル!!」


 この反乱を仕組んだ黒幕。
 レインディナーズでルフィが食い止めると約束した男の登場と、それが示す意味に、ビビの全身が凍りついた。
 それと同時に、宮殿へと続く最期の扉がゆっくりと閉まってゆき、宮殿の中から白いコートを着た女とパサついた黒髪の男が現れた。
 

「ぐッ……!!」


 苦悶を上げたのは扉に打ち付けられた国王コブラだ。


「パパ!!」

「国王様!!」


 二人に緊張が走る広場に、無表情のまま悪魔の子達は歩を進めた。
 重い音が響き、最後の扉が閉まった。


「……さァ、始めようか」


 張りつけにされたコブラを背に、クレスは冷たい表情で言った。













第十八話 「天候を操る女と鉄を斬る男」













────北ブロック、メディ議事堂裏通り。



 ゾロと逸れ、一人きりでミス・ダブルフィンガーと戦うこととなったナミ。
 ウソップから託された訳の分からない武器<天候棒>の説明書を手に、ナミは焦りながら逃げ回っていた。


「────じゃあ、死んでもらうけど、よろしくて?」


 民家の中に逃げ込み、隠れながら説明書に目を通していた矢先、ナミは隠れていた壁の向こうからミス・ダブルフィンガーの声を聞いた。


「やばっ……見つかった!!」


 ナミは出口に向けて走り出す。
 ミス・ダブルフィンガーとの力には間には大きな隔たりがあり、立ち向かえば間違いなく殺される。取り合えず今は逃げのびて、<天候棒>を信じ少しでも時間を稼ぐのが先決だった。
 ナミが出口のドアに手を触れた瞬間、ミス・ダブルフィンガーが巨大なウニのような姿になって民家の壁を突き破って来た。
 

「逃がさないわよ、お譲ちゃん」


 ナミは咄嗟の判断で方向転換を果たし、ドアから飛びのいた。
 その瞬間、勢いよく転がって来たミス・ダブルフィンガーがドアをその能力でくし刺しにする。
 もし、ナミがそのまま逃げようとしたならば、ドアを開いた僅かな時間が仇となっていただろう。
 

「早く逃げなきゃ……!!」


 ナミは天候棒で窓硝子を叩き割ってそこから脱出する。
 だが、それをそのまま見逃すほどミス・ダブルフィンガーも甘くは無い。
 巨大なウニとなったミス・ダブルフィンガーが触れたもの全てを穴だらけにして、再びナミに迫る。


「くし刺しにおなりなさい」

「そんなむごい死に方……御断りよ!!」


 ナミは空中で羽織っていたローブを脱ぎ、ミス・ダブルフィンガーに投げつける。
 ミス・ダブルフィンガーは当然の如く、そのローブを穴だらけにしたが、その瞬間ナミが勢いよくそのローブを引っ張った。
 棘は貫通力に優れるが、ものを切り裂く力は無い。ミス・ダブルフィンガーの体は闘牛のようにナミから逸らされ、そのままの勢いで向かいの民家に突っ込んだ。


「へぇ……戦闘に関してまったくの素人ってわけでもなさそうね」


 ナミの身のこなしは素人が早々に真似できる者ではない。しっかりと状況を把握して適切な行動を選択している。
 ミス・ダブルフィンガーはナミに対する認識を改め、再び逃げたナミの背中に目を移した。






「うぅ……あの鼻の奴!! 私が死んだら呪ってやる!!」


 ナミは路地裏へと入り、物陰に身を潜め、そこで再び説明書に目を通した。


「もっとちゃんとした戦闘用の技は……」


 ウソップに天候棒を作ってもらったものの、何かと忙しくて、その扱いについて余り調べられなかったのが悔やまれた。
 ナミは飛ぶように説明書の文章を読み進み、無駄な機能が多い天候棒の性質を調べていく。
 そして、表面の最後の一文に不吉な文章を発見した。



『────なお、戦闘用の技に関しては裏面に記載する』



「んなアホなァ!!」


 乙女らしからぬセリフを吐き、ナミは訝しげに裏面を覗きこんだ。
 

「え……」


 そして、ただの小娘だったナミの“力”は一変する。






 煙管をふかして、悠々とミス・ダブルフィンガーがナミが逃げ込んだ路地裏へと歩み寄る。
 彼女にとって、多少の経験はあるものの戦う術が素人の域を出ないナミなど、逃げ回る子猫も同じだった。
 子猫を追い回すのに多少の苦労はするだろう。だが、子猫相手に命の危険を感じることなどありえないし、ミス・ダブルフィンガーは子猫を追い詰める術をもっていた。


「さて、今度は何処に隠れたのお譲ちゃん? いい加減鬼ごっこも終わりにしたくてよ」

「もう逃げも隠れもしないわよ!!」


 スカートに動きやすいように切れ目を入れ、邪魔になりそうなアクセサリーを投げ捨てて、戦う準備を済ませたナミが路地裏から勇ましく現れる。
 その手には力強く握られた天候棒。先程までの懐疑的な視線とは違い、頼もしい相棒に向けるような眼をその武器に向けていた。


「これでも8年間泥棒稼業をやってたのよ。どんな死線も一人で乗り越えて来た。その辺の小娘と一緒にされちゃたまんないのよね!!」

「そう、それは結構。どうしたの? 急に強気になっちゃって」


 ナミは三節昆の天候棒を三つに分解し、その空洞となっている先端をミス・ダブルフィンガーへと向けた。


「言っとくけどここからが本領よ!!」



────戦闘における『天候棒』組み立て、byウソップ。
 
 ナミは説明書の内容を思い出す。
 3本の“棒(タクト)”からなる天候棒(クリマ・タクト)にはそれぞれの棒に特性があり、それぞれにその特性に対応する"気泡"を飛ばすことができた。
 1本目は『熱気』の“熱気泡(ヒートボール)”
 2本目は『冷気』の“冷気泡(クールボール)”
 3本目は『電気』の“電気泡(サンダ―ボール)”


「面白い武器だとは思うけど、こんなオモチャじゃ私は殺せなくてよ」

「うっさいわね!! 分かってるわよ!!」


 ちなみに未完成なので威力は物凄く低い。
 だが、それでも天候を知りつくした航海士のナミにはこの気泡達が重要な要素となりえた。
 呆れ気味のミス・ダブルフィンガーを気にすることなく、ナミは天候棒によって三種の気泡を作り続ける。


「ごめんなさいね……もう付き合いきれないわ」


 ミス・ダブルフィンガーは足の裏から棘を伸ばし、凶悪なヒールを作り上げ、地面を突き刺しながらナミに向けて疾走する。
 ナミはその様子に、気泡を作り出すのを一時中断して逃げ回る。
 

「鬼ごっこはもう終わってよ」

「あ……」


 接近したミス・ダブルフィンガーから勢いよく突き出た棘が、ナミの足を突き刺した。
 がくりとナミの脚から力が抜け、地面にへたり込む。


「スティンガーステップ」


 直後、足の裏を能力で殺人スパイクにしたミス・ダブルフィンガーが、容赦なく踏みつけを行う。
 ナミは苦し紛れに、十字に交差させた天候棒を投げつける。
 天候は暴風。
 

「サイクロン=テンポ!!」


 ブーメランと化した天候棒はミス・ダブルフィンガーの顔に向けて迫るが、能力の棘で受け止められてしまう。
 だが、天候棒の回転が止まった瞬間、突如吹き付けた突風が渦巻いて彼女を吹き飛ばした。
 トリックはナミが作り出した“熱気泡”と“冷気泡”だ。温度差のある気泡同士が回転していたのを止めた為、そこに爆発的な突風が生まれたのだ。
 風に乗り、回転しながら手元に返ってきた天候棒を受け止め、ナミは違う天候を作り出す。
 天候は雨。


「レイン=テンポ!!」
 

 天候棒の各所から、ジョウロのように控えめな水があふれ出た。
 乾いた砂漠気候を利用し、そこに足りないものを補い出来る事。ぶっつけ本番ではあるが、十分に試す価値はあった。
 ナミは己の考えを信じて、必死に“要素”を作り出す。


「何をよそ見してるの? 殺し合いを甘く見てるのではなくて?」


 指先を鋭い棘に変えたミス・ダブルフィンガーが、必死で“熱気泡”を作り出しているナミに指先を突き刺した。
 鋭い棘はいともあっさりと、ナミに突き刺さり、その急所を貫いた。


「残念」

「何!?」


 それはたった今殺した筈のナミの声。驚き、ミス・ダブルフィンガーが視線を彷徨わせる。
 突き刺したナミの直ぐ傍に、もう一人のナミの姿があった。すると、突き刺した方のナミがぺロリと舌を出して、その姿をぼやけさせた。


「“冷気泡”で空気の密度を変えたのよ。著しい温度差による光の異常屈折────」

「────まさか、"蜃気楼"!!」

「そう。この武器は私にぴったりみたい」


 アスファルトや砂地などの暑い地面に面した空気が熱せられ下方の空気密度が低くなり、上方との著しい密度差によって引き起こる蜃気楼。
 ナミは"冷気泡"を使い、狂おしい程の温度差を大気に刻みつけたのだ。歪んだ空気の鏡にその姿を映し出し、ナミ自身はその向うに隠れた。ミス・ダブルフィンガーは見事にナミの策にはまっていた。 

「フフ……でもそれがどうしたの? 
 面白い武器を持っているようだけど実用的な攻撃力がなければ所詮それはお遊戯の道具じゃなくて?」


 ミス・ダブルフィンガーは笑う。



「目的がどうあれ、人を殺めることのできるモノを『武器』とそう呼ぶのよ」


 ミス・ダブルフィンガーは余裕を崩さない。
 ナミの天候棒が戦場の気候を自在に操れたとしても、ミス・ダブルフィンガーを打倒せなければ意味がないのだ。
 今の蜃気楼も、ミス・ダブルフィンガーから見れば“逃げの一手”。当然条件がそろってこそ出来た技だ。ミス・ダブルフィンガーの優位は動かない。


「あなたに私は殺せない」

「そんなこと、やってみなくちゃ分からないじゃない!!」


 ナミは再び“熱気泡”と“冷気泡”によって“要素”を作り出す。
 熱気は「水分」を含みつつ上昇し、下降してきた冷気とぶつかり凝結される。するとそこに出来るのは―――


「やる気みたいね。なら、私もお礼に面白いものを見せてあげてよ」


 ミス・ダブルフィンガーが針のように細く尖らせた棘を自身の腕に突き刺した。
 突き刺したのは筋肉が活性化するツボだ。そこを刺激したことにより、異常なほどにミス・ダブルフィンガーの腕が固く膨れ上がった。


「トゲトゲ針治療(ドーピング)!!」

「何よそれ!!」

「余所見はダメって言ったでしょ?」


 ミス・ダブルフィンガーの腕からサボテンのような荒い棘が生え、鬼が持つトゲトゲの棍棒のように姿を変えた。
 増強した筋肉でミス・ダブルフィンガーは容赦なくその腕を振り払った。


「スティンガーフレイル!!」


 ナミは咄嗟に頭を庇い、地面に伏せた。
 棘の剛腕はその真上を空気を押しのけて通り過ぎ、ナミの後ろにあった石柱を易々と砕いた。
 石柱が砕かれたことにより、柱として支えていた民家の一区画が崩壊。ナミは貫かれ鋭い痛みが走る脚を引きずるようにしてそこから脱出する。


「きゃああ!!」


 何とか崩落に巻き込まれずに済んだものの、地面を転がり体中に小さな傷が出来た。
 立ち上がろうとして、先程までと違う鈍い脚の痛みがナミを襲う。どうやら崩落の際に瓦礫で脚をやられたらしい。


「まったく、逃げの素早さだけは一級品ね」

「くっ……」


 ナミは願いを込めて辺りを見渡した。
 条件はクリアしている。要素も十分にばら撒いた。もう出来ていてもおかしくは無い。
 

「あった!! 小さいけど……出来てる」


 ナミの視線の先、そこにあったものは雨の降らないアラバスタの気候を無理やり捻じ曲げて作り上げた“雲”だった。
 希望が繋がっていることにナミは一安心し、歯を食いしばってその希望を手繰り寄せる。


「まだまだ……!! “熱気泡”!! “冷気泡”!!」

「……いい加減にしなさい」


 まったく殺傷力の無い攻撃を続けるナミに業を煮やしたミス・ダブルフィンガーが肉薄し、棘の棍棒と化した腕でナミを殴りつけた。


「スティンガーフレイル!!」

「あァっ!!」


 ナミは後ろに避けようとしたものの、ミス・ダブルフィンガーの踏み込みは深く、棘の剛腕でナミの柔肌を削り取った。
 そのまま吹き飛ばされ、ナミは地面を転がっていく。


「どう? 覚悟は決まった?」


 残酷な笑みをもってミス・ダブルフィンガーは最後の問いかけをおこなう。
 ナミは痛みを耐えながら、僅かに笑った。
 

「……あんたこそ」


 電気泡。
 ナミは最後の一手を打ち込んで、バッと身を伏せた。
 電気泡は静電気程度の電撃を纏った気泡。それ自体では当然威力など無いに等しい。だが、重要なのは均衡を崩すことだ。
 ミス・ダブルフィンガーが不穏な気配を感じ後ろを振り向いた。そこで見たモノは大きく成長した黒雲。
 熱気泡と冷気泡によって作られた氷の結晶達がぶつかり、擦れ、砕け、またぶつかりと蓄電された静電気の塊に、均衡を崩す、トリガ―たりえる一撃を打ち込めばどうなるか?


「サンダーボルト=テンポ!!」


 不気味な雷雲はバチバチと小刻みに大気を震えさせながら、近くの誘電体の避雷針たりえるミス・ダブルフィンガーの体に轟音と共に炸裂する。


「ア゛ああああああああああああァああ!!」


 雷雲から稲妻が放たれた。
 雷光が辺りを強烈に照らし、炎にも似た熱と毒にも似た強烈な痛みがミス・ダブルフィンガーに駆け巡る。
 一瞬の暗転の後、雷撃が止む。そこに立っていたミス・ダブルフィンガーの全身はボロボロで、感電し口から煙も漏れていた。


「許さない……!!」


 ギロリと瀕死のミス・ダブルフィンガーの瞳に殺気が灯り、棘のグローブと化した拳でナミを貫いた。
 ナミは悲鳴を上げたが既に遅い。ミス・ダブルフィンガーは口元に笑みを作ろうとして、その表情が固まった。


「本日の空は湿度、風共に安定し、大気圧を伴う晴れ晴れとした気候となるでしょう」


 くし刺しにしたナミの姿がユラリとぶれた。
 蜃気楼。
 先程ナミがミス・ダブルフィンガーにおこなったのと同じ方法だ。


「────しかし、一部地域のみ蜃気楼や旋風の心配が必要です」


 憎々しげなミス・ダブルフィンガーの視線を受けながらも、航海士は淡々と今日の天候を予測する。


「トルネードにご注意ください」


 ナミは“竜巻”の銃口をミス・ダブルフィンガーに向けた。 






────“トルネード=テンポ”


 天候棒に備えられた中で最大の威力をもつ"天候"。
 ウソップ曰く、一発限りの最終手段。喰らって立ち上がれる人間はいない。だが、ハズせば終わり。
 ナミの行動は全てこの一撃に繋げるためのものだった。“トルネード=テンポ”がどんな技なのかは分からないが、ナミはウソップを信じた。






 ナミの心臓がドクドクと危険を知らせるように打ち鳴らされる。
 最終手段の一撃。これを外せば間違いなくナミはミス・ダブルフィンガーに殺されるだろう。脚を痛め逃げる事は難しい。
 だが、当てるチャンスは十分にあった。小型とはいえ、ミス・ダブルフィンガーは雷の直撃を受けたのだ。そう動きまわれるものではない。


「大丈夫?」


 瀕死の筈のミス・ダブルフィンガーが立ち上がり、ナミは息をのんだ。


「さっきから傷め続けたその左足……実はもう立ってられないんじゃない?」

「まだ動くの!?」


 ミス・ダブルフィンガーの髪が逆立ち、巨大なウニのように変わる。
 一歩、一歩と雷を受けた後とは思えないほどの力強さで大地を蹴り、ミス・ダブルフィンガーはナミに向けて凶悪な頭突きを繰り出した。


「シ―・アーチン・スティンガー!!」


 石壁をも軽く貫通させる棘の頭突き。
 ナミは迫りくるミス・ダブルフィンガーに逃げきれない事を悟り、天候棒を構えたまま、左足を差し出した。


「うっ……あァ……ッ!!」


 棘がナミの左足を貫通し、根元近くまで突き刺さって傷口を広げる。
 駆け抜ける痛みを我慢して、ナミは必死で地面に踏みとどまった。


「痛くも……痒くも……ないわこんなの……!!」

「無理はよくなくてよ?」


 必死の様子のナミに、ミス・ダブルフィンガーは薄い笑みを浮かべてジリジリと圧していく。


「……あんたにあのコの痛みがわかる?」


 一人分だけでは無い。
 一味全員の痛みに、この反乱で傷ついた人々の痛みを一身に受けようとするその姿をナミは思った。
 きっと想像も出来ないくらい辛くて痛い筈だ。でも、それでも、ビビはその痛みに耐えて立ち向かっていくのだ。


「それに比べたら……!! 足の一本や二本や三本ッ!! へのカッパ!!」


 右足を支えに、突き刺さった左足を強く踏み込んで、ナミは僅かにミス・ダブルフィンガーを押し返した。
 ミス・ダブルフィンガーは僅かに後ろによろけた。
 その好機をナミは見逃さない。


「トルネード=テンポ!!」


 Tの字に組み換え、構えた天候棒の両端から何かが勢いよく打ち出された。
 そこから現れたかわいらしいバネ仕掛けのハト人形に、ナミが青ざめ、ミス・ダブルフィンガーは笑みを浮かべた。



「え?」

「え!?」



 その驚きは両者のものだ。
 役に立たない宴会用の技だと思っていたバネ仕掛けのハト人形が急に動き出し、ミス・ダブルフィンガーの体に絡みついたのだ。
 それに伴い、T字型の三節昆の両端が熱気と冷気の噴射を受け、勢いよく回転しだした。


「何? 何なの!!」

「あ、ああああっ!!」


 天候棒の回転は止まらない。
 ミス・ダブルフィンガーの身体ごと、まるで竜巻の中心のように回転し、その回転が最高潮になった瞬間、ロケットのように打ち出された。
 

「あああああああああああああああああああああああああッ!!」


 悲鳴を上げながらミス・ダブルフィンガーは民家の石壁を綺麗にくり抜きながら彼方へと消えていく。
 やがて、悲鳴が途絶え、辺りには静寂が舞い降りた。
 打ち出した拍子に後ろに飛ばされたナミは恐る恐る摩擦によって焦げ目がついた人型の穴の向うを見て、遥か向こうに力なく倒れ伏すハトの人形が絡みついたミス・ダブルフィンガーを見つけた。
 暫く見つめていたがどうやら起きあがる気配はなさそうだ。


「……勝っちゃった」


 ナミは呆然としたまま、辺りを見渡し、勝利に小さく拳を突き上げた。












◆ ◆ ◆












────北ブロック、メディ議事堂表通り。




 交差する刃。
 奏でるは金属音。
 刻まれる斬撃のリズム。
 ゾロとMr.1の対決は刃物同士をぶつけ合う激しい打ち合いとなった。
 徐々に激しさを増していくゾロの猛攻を、全身刃物のMr.1は汗一つかく事無く淡々と受け止めていく。
 今のところは両者は互角、もしくは若干ゾロが押しているように見えたが、ゾロの顔にはMr.1とは対照的に苛立ちが浮かんでいた。


「鬼斬り!!」


 裂帛の気合と共に、ゾロは交差させた三刀をなぎ払う。
 三刀は全てMr.1へと吸い込まれ、ゾロはその真横をすり抜けた。
 ゾロの力に負け、のけぞり宙に投げ出されたMr.1にゾロは追撃の一撃を叩きこむ。


「虎狩り!!」


 空中でMr.1を地面に叩きつけるように刀を振り下ろす。
 Mr.1はゾロの思惑通り地面に叩きつけられ、辺りに砂埃が舞った。


「言った筈だぞ。おれに打撃斬撃は通じない」


 ゾロの猛攻を完全にその身に受けたにも関わらず、両手を広げ余裕の表情でMr.1は立ち上がった。
 

「……アザ一つ残らねェってのはちょっとショックだな。
 これだけ手ごたえを感じて起き上がられるのも初めての経験だよ」

「そりゃそうだろう、今までおれとお前は会ったことがねェんだからな」

「……言ってくれるぜ」


 傷一つなく、まだまだ余裕を滲ませるMr.1にゾロの背中から冷たい汗が流れた。 
 Mr.1と切り結んで結構な時間が経ったが、今だゾロは切り傷どころか、かすり傷すらMr.1につけれていない。
 刀は確実にMr.1へと届いていたが、ゾロにはまだ“鉄”の硬度を誇るMr.1の肉体を斬る事が出来ないでいた。


「フン……」


 Mr.1が大地を蹴り、ゾロへと肉薄する。
 脚を勢いよく振り抜いての処刑鎌のような蹴り、ゾロは体を逸らして避け、続く踵落としを刀で受け止める。
 その時ゾロはある事に気が付いた。
 Mr.1は全身刃物人間。つまりはその太刀に表も裏もありはしないのだ。触れたモノ全てを例外なく切り裂く。その能力の恐ろしさに戦慄を抱いた。
 拳は槍の穂先、薙ぎ払えば刀。
 指を立てれば抉り取る鉤爪、立てれば五指全てが斬り裂くナイフ。
 蹴りは全てを刈り取る処刑鎌、振り落とせば大地を砕く大剣。
 千変万化する刃のバリエーション。Mr.1を相手にするということは考えうる全ての刃を相手取る事にも等しい。


「発泡雛菊斬(スパーリングデイジー)!!」
 

 両腕で放たれる掌底突き。
 ゾロは刀を交差させ受け止める。
 放たれ、広がりを見せる斬撃の衝撃は、ゾロが背にした石造りの建築をいとも簡単に斬り裂いた。


「吹き飛べ……」


 言葉通り、ゾロはMr.1放った技の威力に負け、崩壊を始めた背後の建物の中へと突っ込んだ。
 自身に向かい崩落を始めた建物の破片が殺到するのを目にしながら、ゾロの意識は過去へと向かった。






────世の中にはね、何も斬らないことができる剣士がいるんだ。



 幼き日のゾロが剣術を教わった師範から聞かされた言葉だ。
 師範は言う。なにも斬らない剣士。だが、その剣士は斬ろうと思えばたとえ鉄であろうと何でも斬ることが出来るのだと。
 穏やかで、子供相手に剣術を教えていた、約束をかわした幼なじみの父親。名刀と謳われた『和道一文字』をゾロに託した、決して強いとは思えなかった師範。彼の境地にゾロはまだ至っていない。
 何でも打ち倒す“豪剣”を目指して鍛錬を重ねたゾロには師範の言葉の意味が未だ理解できないでいた。
 師範は最後にこう締めくくった。



────“最強の剣”とは……守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力。触れるモノ全てを傷つけるモノは“剣”だとは思わない。






(何一つ斬らない剣は、鉄を斬る……さっぱりわからねェ)


 瓦礫に埋もれないがらゾロは師範の言葉を噛みしめる。
 鉄を斬ることしかMr.1に勝つ術は無い。ゾロは絶対に鉄を斬らなければならないのだ。


「生きているのは分かっている。さっさと出てこい。でなくば、おれに傷をつける事すら出来やしねェぞ」

「生憎だが、お前にはおれの鉄を斬る雄姿は見せられそうにねェ……」


 ゾロは瓦礫の下から立ち上がる。
 驚異的な怪力で自身の上に落下してきた何tあるか分からないほぼ原形を残した建物を持ち上げて。
 

「おれが鉄を斬るときは、てめェがくたばる時だからな……!!」

「……もっともだ」


 ゾロは持ち上げた巨大な建物をそのままMr.1に投げつけた。
 ガラガラと石材の破片を振り落としながら、その圧倒的な質量を持った物体は腕を組むMr.1の真上へと落下する。


「くだらねェ真似を」


 Mr.1の腕がうねりを上げる。
 微塵斬(アトミックスパ)。
 幾丈もの斬撃が等間隔で建物の上を走り、その全てを微塵に斬り裂いた。


「押して押すこと。これが“豪剣”の極意!!」


 ゾロの身体が弾けるように前に出た。
 Mr.1が微塵に斬り裂いた建物を吹き飛ばして、その中を駆け抜ける。
 前へ、前へ、前へ、
 腕を振るえば、刀はうねりを上げる。
 振るった刀が弾かれても前へ、受け止められても前へ、鉄の身体を斬り裂けずとも前へ、
 三刀全てがまるで別々の生き物のように巧みに蠢き、押して、押して、押し続ける。
 ゾロの猛攻にMr.1がうっとおしげにたたらを踏み、ゾロは迷うことなくその懐へ入り込む。


「ウェイ!!」

「………ッ!!」


 懐に入り込んだゾロに、Mr.1は大剣と化した脚での薙ぎ払いを放つ。
 ゾロはそれを腕に持った二本の刀で受け止めて、ガラ空きの顔に食い千切るように加えた刀を振り抜いた。
 刀はMr.1の額を捉えるも、鉄の肉体は斬り裂けない。Mr.1は後ろにのけぞった状態からバク転の要領で手をついて一端体制を整える為に後ろに飛びのいた。


「蟹(ガザミ)────」


 そこには冷やりとした二刀の殺気。
 まるで、獲物を切り断つ巨大な鋏のようにMr.1の首筋に狙いが定められる。


「────獲り!!」


 刀を交差させ、Mr.1の首を断ち切る思いで斬り裂いた。
 斬り裂かれ叩きつけられるも、首筋をさする様に撫でながら起きあがるMr.1。彼に傷を与える事は出来なかった。


「憎たらしい野郎だぜ……!!」

「お互い様だ」


 苛つくように歯を噛みしめて、Mr.1はゆらりと腕を持ち上げた。


「……言っておくがおれを剣士だなんて思うなよ。てめェの体を斬り裂く武器ならいくらでもある」


 持ち上げたMr.1の腕からいくつもの円刃が生まれる。


「螺旋抜刀(スパイラルホロウ)!!」


 Mr.1の意志に応じ、まるでチェーンソーのようにそれぞれの円刃が唸りを上げ高速回転を始めた。


「剣士じゃ無けりゃ『発掘屋』かよ?」

「────『殺し屋』だ」


 <殺し屋>
 Mr.1はかつて西の海でそう呼ばれ、恐れられた男だった。
 刀を振り下ろしたゾロとMr.1の“螺旋抜刀”が打ちあわされ、その瞬間ゾロの有する名刀から火花が迸った。
 拮抗は長くは続かない。ガリガリとゾロの刀が押し返され、弾かれた。


「おれに発掘作業は無理だ。何もかも抉り斬っちまうからな」

「しまっ………!!」


 無防備を晒したゾロの胴をMr.1は容赦なく抉り斬った。
 ズタズタに斬り裂かれ、ゾロの膝が崩れ落ちた。だが、それでも殺し屋の攻撃は終わらない。


「ぐあああああ……!!」


 無慈悲に膝をつくゾロに再びMr.1の腕が振るわれる。
 ゾロが三本全ての刀を取り落とし、苦しげに傷口を抑えた時、刃のような冷たい瞳で更に腕を振るう。


「一瞬の読み違いが招くのは────死だ」


 ゾロは血をまき散らしながら石柱に叩きつけられる。
 まだ息があるのかゾロは仰向けのまま指先を痙攣させた。
 朦朧とした意識の中で、ゾロは大地に拳を立て背は向けまいと振り向いた。背中の傷は剣士の恥だった。


「素手で何をもがくんだ?」


 その心意気ごとMr.1は切り捨てる。


「滅裂斬(スパーブレイク)!!」


 Mr.1はゾロが背にした石柱ごと全身凶器の肉体で微塵に斬り裂いた。
 支えを失ったアーチはガラガラと大量の石材を振り落としながら、血を流し動けないゾロの上に落下した。
 崩落は暫く続き、辺りには散乱した石材と砂埃に満たされる。そこにゾロの姿は無い。生きている筈がなかった。






「フン……」


 Mr.1はつまらなさげに鼻を鳴らして、背を向ける。
 砂漠の乾いた風が吹き込んで、彼をすり抜けた。
 すり抜けた風は背後の瓦礫の山に立ちこめた砂埃を徐々に晴らしてゆく。


「…………」


 Mr.1の足が止まる。
 唾をのみながら、今さっき自身が殺した筈の男が眠る背後を振りむく。
 そこにはありえない筈の男が立っていた。


「何で立っていられる……? あれだけ斬られて、あれほどの落石を避けたのか……!?」


 瓦礫の散乱するその中で、瓦礫同士が干渉しあって生んだような奇跡的なスペース。一切の瓦礫が落ちてこないその場所に場所に、血だらけの剣士は立っていた。
 浅い呼吸を繰り返し、剣士はおもむろに瓦礫の一部をどけ、偶然そこに埋まっていた刀を拾い上げた。少なくともMr.1にはそう感じられた。


「……なるほど」


 ゾロはMr.1には分からない呟きを漏らして納得する。
 辺りはやけに静かで、自身の鼓動の音だけがやけにうるさく感じれる世界。まさに“死の境地”とも取れる世界。
 そんな中で、無数の石が落ちて来た時、ゾロはまるで生き物みたいな気配を感じとっていた。

 石には石の、
 木には木の、
 土には土の、

 まるで生命の息吹のように息づく────呼吸。
 ゾロは確かに落石から、呼吸を感じた。
 握りしめた刀に意識を向ける。



 ドクン……



 やはり聞こえた。間違いではない。瓦礫の下にある時も確かに感じた。
 師範の言葉が甦る。


────世の中には何も斬らない剣士がいるんだ。


 何も斬らないってのは“呼吸”を知ること。
 それが鉄をも斬る力。


「……刀に意志が伝わる」


 ゾロは師範から託された“和道一文字”をおもむろに振るう。
 刃は近くの植物を鋭く斬りつけるも傷つけることは無い。だが、やさしく振り下ろした石材は真っ二つに斬り落とした。
 ゾロは静かに切っ先をMr.1に向け、Mr.1から放たれる“鉄の呼吸”を静かに感じ取った。
 確かに聞こえる鉄の呼吸。後はゾロに鉄を斬るだけの実力があるかどうかだ。


「貴様一体何をした!! あれだけの技を受けて、それだけの血を流して立っていられる筈がねェ!!」


 完全に殺したと核心する程の攻撃をおこなうも、なお立ち続けたゾロに、Mr.1が声を荒げた。
 ゾロは答えない。ただ静かに時を待った。


「……いいさ、次で完全に息の根を止めてやる」


 Mr.1の指先が鋭い鉤爪に変わり、刃となって冷たい光を灯した。
 対するゾロは目を閉じて刀を鞘に納め、静かに息を吐いた。


「一刀流居合────」

「微塵斬速力(アトミック・スパート)!!」


 Mr.1の足は氷上を滑走するスケート靴のように変わり、地面を斬り裂きながら高速でゾロに迫る。
 狙うは首筋。斬り裂けばいくらゾロとて生きてはいまい。Mr.1の鉤爪がゾロの首筋にかかる瞬間、



「────獅子歌歌!!」



 刹那は永遠に引き延ばされる。
 無限にも等しいその中でゾロの刃が煌めいた。
 鉄。呼吸。掌握。


────斬る。

 
 時が戻る。
 切り傷からあふれ出たのは敗者の証。
 振り抜いた刀から腕に伝わるのは勝者の証。
 鉄の肉体はゾロの前に悲鳴を上げ、崩れ落ちた。



「次は……ダイアでも……斬ろうってのか?」

「そりゃもったいないだろ」

「なるほど……」


 Mr.1は戦いの最中で成長し、鉄を斬り伏せ、自らを打倒した男に、呆れたように視線を向けた。


「……まいったぜ」


 Mr.1は称賛するように呟いて、意識を手放した。


「礼を言う」


────おれはまだまだ強くなれる。

 ゾロは皮肉では無く、心からの謝辞を口にした。












あとがき
ナミとゾロの戦いの決着です。
アラバスタ編は佳境ですね。原作で行くと後二巻と少し、もう少し時間がかかりそうです。




[11290] 第十九話 「希望」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/03/29 21:40
 翼は駆ける。

 砂塵舞う狂乱の戦場を、己の全てを賭けて、全速力で。
 反乱軍は既に市街地のほとんどを占拠し、最後の砦である宮殿へと向かいつつあった。
 もう間もなく、宮殿前の広場において反乱軍と国王軍の本隊とが最後の戦いを始めるだろう。
 既に、数えきれないほどの人々が倒れ、美しい王都を血で染めた。

 翼は駆ける。

 その大きな両翼に、祖国を救う希望を乗せて───













第十九話 「希望」













「怯むな!! 門をこじ開けろ!! ビビ様をお助けするんだ!!」


 宮殿への扉が全て閉ざされ、宮殿を守護していた兵士たちは王女と指揮官を残して全員外へと締め出される形となった。
 当然兵士たちは長い階段の先にある入口へと殺到する。だが、殺到した兵士たちは門をこじ開けようとして、突如現れた<能力者>であろう無数の腕に阻まれ振り落とされた。
 門から転げ落ち全身を打ちつけるも、兵士たちは諦めるわけにはいかない。宮殿の中には囚われる形となった王女と指揮官。閉じ込めたのは王国の乗っ取りを推し進めたクロコダイルだ。
 兵士たちに冷たい汗が流れる。クロコダイルが王女と指揮官を生かす理由は無い。一刻も早く助け出さなければ、命が危ぶまれる。
 故に、彼らは多少の犠牲は厭わず数にものをいわせて、門扉へと殺到した。



「残念だが、ココから先は通行止めだ」



 そんな彼らの前に、ストンと上空から軽やかに一人の男が舞い降りた。
 機械のような洗練された細身の、パサついた黒髪の男だ。
 男は無表情のまま、兵士たちの前に立ち塞がり、不意に真上へと跳び上がると、雷のような勢いで門扉へと続く巨大な階段を蹴り砕いた。
 直後、兵士達の全身にまるで地震のような衝撃が走る。
 男が蹴り砕いた箇所を中心として蜘蛛の巣のようなヒビが爆発的に広がって、階段が轟音と共に砕けていく。
 階段に殺到した兵士たちは悲鳴を上げ、それを眺めていた者達は現実感の無いその光景をただ見つめているしかなかった。
 王女と指揮官が囚われた宮殿へと続く巨大な階段はガラガラと崩れ落ちる。そこにあるものは崖のように削ぎ落とされた階段と砕け散った石材だけだ。
 兵士たちは宮殿へと向かう道を失い、為す術もなく立ちつくすしかなかった。







 宮殿へと続く巨大な階段の崩落音は当然宮殿内の者たちにも聞きとることが出来た。
 

「フフフ……何やら門の外が騒がしいわね」


 不気味に笑うロビンの隣に、クレスは着地する。
 

「だが、これで多少は静かになった」


 入り口を力ずくで封鎖して“月歩”によって再び宮殿へと戻ったクレスは、唇をかみしめるビビへと視線を向けた。
 宮殿を爆破し、反乱軍達の目を引きつけ、呆気にとられたその隙に説得をおこなう。
 ビビの策を称えるならば「惜しかった」と評価するべきか。始めから宮殿は占拠する手筈となっていた。大胆な奇策に出たものだが、クロコダイルの掌からは逃げだせない。


「国王様を離せ、クロコダイル!!」 


 チャカは噛みつくように要求するが、クロコダイルはうすら笑いを浮かべるだけだ。


「……すまん、ビビ。
 せっかくお前が命を賭して作ってくれた救国の機会を生かすことが出来なかった……」


 両腕を打ちつけられ、身動きの取れないコブラは悔やむように言う。


「クク……国王の言う通りだ。
 てめェはよくやったよ、ミス・ウェンズデー。ここまでたどり着けたことに例の海賊共にでも感謝するんだな」

「どうしてあんたがココにいるのよ!! ルフィさんは何処!?」


 ルフィが食い止めると約束しにも関わらず、この場所へと現れたクロコダイルをビビはウソだと否定する。


「奴なら死んだ」

「嘘よ!! ルフィさんがお前なんかに殺される筈ないわ!!」


 ビビがいくら言葉で否定しようとも、この場にクロコダイルがいる事実は変わらない。


「フン……そんな話はどうでもいい。
 最初に言っておこう。おれはお前たち親子を生かす気は無い。王国が滅ぶ時は王族も共に滅ぶのが自然の流れってもんだ」


 十二代に渡って続いたネフェルタリ家の尊き血脈は途絶え、砂の王国はクロコダイルを新たな皇帝として迎えるだろう。
 クロコダイルにアラバスタの民を導く気など毛頭もない。すなわちそれはアラバスタの終焉を意味していた。


「Mr.コブラ……玉座交代の前に一つ質問をしなければならん。それがおれの最大の狙いだからだ」


 そしてクロコダイルは問いかける。
 自身の野望の足掛かりを。


「───『プルトン』は何処にある?」


 クロコダイルの問いにコブラの顔が蒼白に変わり、絞り出すように言葉を為した。


「貴様……!! 何故……その名を……」


 コブラの反応にクロコダイルの顔から肉食獣のような笑みが浮かんだ。
 しらばっくれられる可能性もあったが、『プルトン』の名はその余裕さえコブラから奪い去った。


「『プルトン』……一発放てば島一つ跡形もなく消し飛ばすと聞く。神の名を持つ世界最悪の『古代兵器』」

「………!!」

「おれの目的は最初からソレさ。そいつがあればこの地に最高の“軍事国家”を築くことができる」


 クロコダイルの野望。それは自身が皇帝となる軍事国家を打ち立てる事だった。
 当然、その野望を世界政府は許しはしない。世界中の戦力をかき集めてでも阻止するだろう。
 <七武海>として世界の武力バランスの頂点に立つクロコダイルだが、自身の力を過信している訳ではない。世界政府の介入は彼にとってもかなりの面倒事だ。
 だが、世界最悪と謳われる圧倒的な殺戮兵器『プルトン』さえあれば、彼に楯突く愚かな勢力の全て黙らせることができる。
 クロコダイルが王となれば、そこいらの海賊達は挙ってその傘下に付くだろう。そうなればクロコダイルは盤石の体制のもとで強大な大帝国を作り上げるとこが出来るのだ。


「勢力を増し、いずれは政府をも凌ぐ力を得る理想郷!! まさに夢のような国だ……」

「一体どこでその名を聞いたか知らんが、その在処は私にもわからんし、この国にそんなモノが存在するかも確かではない」


 王としての鉄面皮を被り、コブラはクロコダイルの意気を削ぐように反論する。
 

「成程、その可能性もあると思っていたさ。───ところでミス・オールサンデー、今一体何時だ?」

「午後四時丁度ね」
 
「クハハハ……あと、三十分か」


 クロコダイルは不意にロビンに時間を聞き、コブラに向け凄惨な笑みを浮かべる。その様子にコブラは困惑した。


「教えて欲しいか? Mr.コブラ。
 実はな、今国王軍が群がっているそこの宮殿前広場。今日午後四時半───つまり後三十分で強力な砲弾を打ち込む手筈となっている」

「何だと!?」

「直径五キロを吹き飛ばす特別製だ。ここから見える景色も一変するだろうなァ……?」


 雄弁に語るクロコダイルの様子から、コブラを始め、ビビとチャカもそれが虚言では無いと悟った。


「三十分後に五キロ……!? そんなことをしたら……!!」

「嬉しいだろう? ミス・ウェンズデー、お前は散々反乱を止めたがっていたからな。
 おれの計算によるとあと二十分もすりゃ反乱軍は広場に殺到し、国王軍と戦いを始めるだろう。宮殿を破壊するなんて遠回しな事をするより、本人達を吹き飛ばしてやった方が手っ取り早い」

「どうしてそんな事が出来るのよ!! あの人たちがあなたに何をしたっていうの!?」


 詰め寄ろうとしてチャカに抑えられるビビを、クロコダイルは「くだらん」とうるさげに吐き捨てる。
 クレスとロビンはそんな王女たちを意識の片隅に追いやった。二人が興味があるのは、今からクロコダイルがコブラに交渉することによってもたらされるその答えだ。


「さて、Mr.コブラ。さっきとは質問を変えよう」


 そしてクロコダイルはその言葉を口にする。
 ロビンが探し求め、クレスが望んだその存在を。


「───『歴史の本文』を記した場所は何処にある?」


 コブラは目を閉じ、深い皺を刻む。
 つまりは全てが計算ずくの上での行動。万に一つもその計画から逃れる術は無かった。
 クレスとロビンがクロコダイルに従った最大の理由がこれだ。
 歴史の本文の存在を突き止めても、その場所までは分からなかった。
 その場所を知るのは、おそらく国王コブラただ一人。おそらく王位の継承と共に国家における最重要機密として受け継がれてきている筈だ。
 そうなればコブラが口を割らない限りその場所は分からない。コブラを誘拐し、尋問し、たとえ拷問しても、コブラがその場所を告げるのを拒めばそれで終わりなのだ。
 だが、クロコダイルならばその条件をクリアできる。如何なる非道な手を用いてもその場所を吐き出させる。それも万全を期し、確実で、安全に。
 如何なる名君であれど、砂漠の魔物からは逃れられはしない。


「私がその場所を教えれば……」


 コブラは条件をつけようとし、直ぐに無駄だと悟ったのか、口を噤んだ。


「いや……案内しよう」


 コブラは陥落する。


「クハハハハ……!! さすがは名君コブラ、利口な男だ!!」


 クロコダイルの高笑いが響き渡る。
 これで、アラバスタという国は完全にクロコダイルの手に落ちたのだ。


「……ビビ様」


 それまで沈黙を保っていたチャカが凄まじい怒気を発し、帯刀した剣の柄を砕きそうなほどに強く握りしめた。
 王国を飲み込もうとする魔物。ここで動けなければ全てが手遅れであった。


「私はもう、我慢なりません……!!」

「チャカ!!」

「よせ、チャカ!! お前まで死んではならん!!」


 チャカが大地を踏み砕くかのように蹴りつけ、瞬く間にクロコダイルへと向けて抜刀する。
 いつの間にかその姿は自身の<イヌイヌの実>の能力によって鋭い容貌の<黒犬>へと変わっていた。


「ほう……<動物系>」


 クロコダイルが感心したように呟きを漏らす。


「鳴り牙───!!」


 黒犬としての身体能力を如何なく発揮し、チャカは風斬り音さえ置き去りにして、余裕の表情で葉巻をふかすクロコダイルの真横をすり抜けた。
 直後、クロコダイルの身体が、巨大な牙に食い千切られたように消しとんだ。


「まったく……」


 呆れ声と共に、飛び散った砂粒がクロコダイルへと吸い寄せられ欠けた体を修復していった。
 目を見開くチャカ、クロコダイルは彼に向かってまるで虫でも払うかのように腕を振るった。


「てめェも他人の為に死ぬクチか」


 クロコダイルの渇きの魔手が砂の波となってチャカを襲う。
 砂漠の宝刀。砂漠をも両断する切れ味をもつ凶悪な刃だ。チャカは黒犬の脚力で飛び上がりそれを避けた。
 チャカもまたクロコダイルの<スナスナの実>の能力については知っていた。こうして闇雲に攻撃しても無駄なのは分かっていたが、それでも戦わなければ彼の君主を守れない。
 故に、死力を尽くし攻撃を重ね、命を賭して強大なその力に対抗する糸口を見つけ出さなければならなかった。
 だが、クロコダイルはチャカの意地を圧倒的な実力で踏みにじる。


「……っ!!」


 チャカが飛び上がり避けたその先に、体中を砂へと変化させたクロコダイルが待ち構えていた。
 咄嗟にチャカが刃を振るう。だが、振るった刃はクロコダイルの身体を斬り裂きすり抜けるも、傷口は直ぐに砂となって修復される。

 
「……フン」


 クロコダイルはつまらなさげに鉤手を振るい、チャカを貫いた。
 空中で宙づりにするようにチャカを持ち上げ、クロコダイルはゴミでも捨てるかのように振り払った。
 ドサリと、芝生の上にチャカは落ち、辺りを貫かれた傷からあふれ出た血で染めた。


「弱ェってのは……罪なもんだ」


 鉤手に着いた血を振り払う。
 その様子にコブラは奥歯を噛みしめ、ビビは悲痛な叫びを上げた。
 クレスは目を細めその結果だけを確認し、突如現れた新たな気配に、意識を向けた。
 
 運命というのは時に残酷な巡り合わせを引き起こす。



「───おれの目はどうかしちまったのか……?」



 新たに表れた人影にビビが驚きの声を上げた。


「コーザ!?」


 その人影は反乱軍の若きリーダー。
 おそらく正面からでは無く、抜け道のようなものから入って来たのだろう。激戦を潜り抜けて来たからか、砂や血で汚れた姿だった。
 彼の目に映るのは、壁に打ち付けられた国王、行方不明の王女、倒れ伏すチャカを始めとした兵士達、そして高慢な笑みを浮かべそれらを見下す国の英雄。


「国王軍を説得しに来た筈だが……国王が国の英雄に殺されかけている。……信じがたい光景だ」
 

 コーザは茫然と状況を口に出した。


「クハハハ……!! 面白ェ事になったな!! 
 今まさに反乱の最中だってのに、ココに反乱軍と国王軍のトップが顔を合わせちまうとは!! もはやこりゃ首をもがれたトカゲの殺し合いだ!!」


 クロコダイルが混沌と化した状況に哄笑し、立ちつくすコーザにクレスとロビンが助言する。


「困惑する必要はない。よく見てみろ、目の前に“敵”はいる」

「あなたがイメージできる『最悪のシナリオ』を思い浮かべればいいわ」


 二人の言葉を皮切りに、停止していたコーザの思考が点滅するように過去の情景を描き出していく。
 それはコーザが幼き日に見た国王コブラのやさしさであり、父親のトトの「疑うな」という言葉であり、幼なじみの王女と交わした約束であった。


「あのね……コーザ」


 ビビがコーザを傷付けないように説明しようとするが、コーザは率直な結論を求めた。


「ビビ……この国の雨を奪ったのは誰なんだ……!!」


「───おれさ、コーザ」


 その残酷な答えをクロコダイルは肯定する。


「お前達が国王の仕業だと思っていたこと全て、我が社が仕掛けた"罠"だ。
 お前たちはこの二年間面白いように躍ってくれた。王族や国王軍が必死でおれ達の事を嗅ぎまわってたってのにな。お前はこの事実を知らねェ方が幸せに死ねただろうに……!!」


 アラバスタの崩壊を目論んだ張本人からその事実を聞かされ、コーザの全身から血の気が引いて行く。
 今まで、アラバスタのために戦ってきたこと全てが、間違いだったのだ。


「聞くなコーザ!! お前には今やれることがある。一人でも多くの国民を救え。後半時もせず宮殿広場が吹き飛ばされるのだ!!」

「何だと!?」


 コブラの言葉に、コーザは泡を食ったように走り出す。
 絶望を叩きつけられ、コーザは自らの過ちを取り返そうと必死で駆けた。


「ダメよ!!」


 そんなコーザをビビは引きとめる。


「どけ、ビビ!! 何のつもりだ!! これから戦場になる広場が本当に破壊されたら……!!」

「戦場にはさせない!! あなたはまだ気が動転しているのよ!! 
 広場が爆破される事を今、国王軍が知ったら広場は大パニックになるわ!! そうしたらもう戦争は止まらない!! だれも助からない!!」


 コーザはハッとしたように動きを止めた。
 

「やるべきことは始めから決まってるの!! 
 この仕組まれた反乱を止める事、それはもうあなたにしか出来ないのよ!!」


 国王軍は完全にクロコダイルに抑え込まれた。
 反乱を止めるにはもう、直接攻め込んでくる反乱軍を止めるしか方法がない。そしてそれはコーザにしか出来ないことだ。


「それをおれが黙って見ているとでも思ったか?」


 ゆらりと全身を砂に変え、クロコダイルはビビの背後に忍び寄る。
 コーザが咄嗟に背負った剣を引き抜こうとするが、それよりも早く黒い影がその間に飛び込み、王女を守るように構えられた剣にクロコダイルの鉤手がぶつかった。


「我、アラバスタの守護神ジャッカル。王家の敵を打ち滅ぼすものなり……!!」


 <黒犬のチャカ>
 アラバスタの守護神たる彼は、湧き出る血を止めようともせず、立ちはだかる敵に牙をむく。


「命寸分でもある限り私は戦う!!」

「……そう言うのをバカってんだ」


 呆れたように目を細めて、クロコダイルは立ち塞がったチャカに腕を振るった。






◆ ◆ ◆






 チャカの稼いだ僅かな時間の間にビビとコーザは抜け道から宮殿を抜け、国王軍達に降伏を要求した。
 当然、怒り狂う相手に対してその行為は無意味に近い。だがココに反乱軍のリーダーのコーザがいれば話は別だ。
 コーザが先頭に立ち国王軍が降伏した事を宣言すれば、反乱軍は止まらざるをえない。これは現状で最も効果があり、そして取れるであろう最期の手段だった。
 
 だが、ビビとコーザは知らない。
 
 その瞬間において、二人を阻めた筈の二人組が一切手を出さなかった事を。それを砂漠の魔人が咎めることをしなかったことを。
 クロコダイルの計画はあまりに周到で、狡猾であり、如何なる手段を用いても既に手遅れだった。



「───戦いは終わった!! 全隊怒りを治め武器を捨てろ!! 国王軍にはもう戦意は無い!!」



 国王軍の先頭に立ち、白旗を振るコーザ。ビビはその様子を宮殿の欄干から見守る。
 宮殿前へ集結した反乱軍は、戸惑いつつも、コーザの言葉に従い武器を彷徨わせ───




───銃声が全てを遮った。





 一発では無い。
 コーザが背を向けた国王軍の各所から、白旗を投げ捨て踏みつけて、いくつもの弾丸が放たれた。
 無防備に背中を晒したコーザはその全てを体に受け、反乱軍の目の前で崩れ落ちる。
 ビビはそれを茫然と見つめ、息をのんだ。
 自分たちのリーダーが騙し打ちをされたことに、反乱軍は怒り狂う。
 その時、両軍がにらみ合う戦場に塵旋風が吹き荒れた。突如視界を塞がれた両軍は恐慌し、それと同時に国王軍から反乱軍に向けて発砲がおこなわれた。
 弾丸は確実に、反乱軍を傷つけ、今度は反乱軍から国王軍に向けて発砲がおこなわれる。
 バロックワークスのエージェント達は両軍に潜入していた。両軍の中に無数の火種がある状況では反乱は止めようにも止まらない。


 怒りと混乱が渦巻き、もうどうしようもない程に高まって行った。
 必死で叫ぶビビの声も届きはしない。


 そして、戦いの火ぶたが切って落とされる。
 両軍は致命的な、最終決戦に突入した。







「やめて……お願い」


 ビビの声はもう誰にも届かない。







◆ ◆ ◆
  






「お姫様はよく戦ったわ。だけどもう声なんて届かない」

「……残念だったな。この反乱はもう止まることは無いだろう」


 残酷な結果をクレスとロビンはコブラに告げる。
 コブラも、もはやこれ以上に打てる手がない事を理解し、歯を食いしばり、せめてもの思いで娘に叫んだ。


「逃げなさいビビ!! その男から逃げるんだ!!」

「……いやよ」


 ビビは握りしめた拳を更に握り締めて、全ての元凶に向き合った。


「まだ……!! 15分後の“砲撃”を止めれば犠牲者を減らせる!!」


 クロコダイルはそんなビビをあざ笑う。
 

「あ―すれば反乱は止まる。こ―すれば反乱は止まる。
 目ェ覚ませお姫様。見苦しくてかなわねェぜ、お前の理想論は」


 健気にもまだ反乱を止めようとするビビの喉元をクロコダイルはつかみ上げた。
 

「“理想”ってのはな、実力の伴う者のみが口に出来る“現実”だ」

「……見苦しくたって構わない!! 理想だって捨てない!! 
 お前なんかに分かるもんか!! 私はこの国の王女よ!! お前なんかに屈しない!!」

「可愛げのねェ女だ……」


 それがビビという人間だった。
 どんなに敵が強大であろうとも、どんなに絶望的な状況であっても、決して屈しない。
 砂漠に咲く一輪の花は何処までも強い。


「広場の砲撃まであと十五分。まだまだ反乱軍の援軍達はココに集まって来る。てめェらの運命も知らずにな」


 うんざりしたようにクロコダイルは吐き捨てる。
 

「さっき、国王軍に広場の爆破を知らせていれば、たとえパニックになろうとも何千人、何万人の命は救えたかもしれねェ」


 クロコダイルが示したのもまた事実だ。
 たとえ混乱に陥ろうとも、それによって救えた人間がいる事も確かだった。
 だが、それに関しても姦計を巡らせ対策を立ててあった事をクロコダイルは語らない。


「全てを救おうなんて甘っちょろい考えが、結局お前の大好きな国民共を皆殺しにする結果を招いた」


 ビビの絶望を楽しむように言葉を重ね、クロコダイルはビビを掴み上げ城壁の端まで移動する。
 高い城壁の下では塵旋風に覆われた中で国王軍と反乱軍が戦っている。ビビの足の下には何もない。ただ、奈落のような戦場が広がっていた。


「最初から最後までどいつもこいつも笑わせてくれたぜ、この国の人間は。
 我が社への二年間ものスパイ活動。ご苦労だったな。だが、結局お前達には何も止められなかった。
 反乱を止めるだの、王国を救うだの、お前のくだらない理想に振り回されて、無駄な犠牲者が増えただけだ」

 
 それは如何なる責め苦か、圧倒的に上の立場から見下され、殺される寸前に今までの積み重ねの全てを否定される。
 ビビの瞳には悔しさか涙がこみ上げていた。不屈の王女のその涙を渇きの魔物は愉悦と共に糧とする。


「教えてやろうか?」


 砂漠の魔物は告げる。



「───お前に国は救えない」



 その絶望と共に、ビビを掴んでいた腕が砂と変わり、ビビは奈落へと突き落とされる。
 コブラが叫び、クロコダイルが笑い、ロビンが目を閉じ僅かに顔を伏せた。
 ただ一人、クレスだけは空を見上げ、呟いた。



「やはり来たのか……何て奴だよ、お前は」
 


 翼は駆ける。
 王女の危機に、空を駆け、風よりも早く。
 ───そして、その背に希望を乗せて。







「クロコダイル~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」







 駆け抜けた翼は、希望をもたらした。
 驚愕に震えるクロコダイル。その両眼が映すのは殺した筈の新米海賊だ。

 
 麦わら帽子を被った少年───モンキー・D・ルフィ。












◆ ◆ ◆










「ふぅ、間に合った」


 間一髪でルフィとぺルは突き落とされたビビを抱きとめた。


「ルフィさん……!! ぺル……!!」


 クロコダイルとクレスの手にかかった筈の二人の姿にビビは安堵の表情を浮かべ、泣き崩れルフィの胸にしがみついた。
 塵旋風が吹き荒れる狂乱の戦場で、国王軍と反乱軍が最期の戦いを始めてしまった。
 ビビがいくら懸命に反乱を止めようと動いても、クロコダイルは笑いながらそれを踏み砕く。
 
 
「私の声はもう……誰にも届かない」


 クロコダイルの手により広場がもう直ぐに爆破されてしまう。
 反乱を止め、国民達を守りたいのにビビの声はあまりに無力だった。


「心配すんな」


 泣き崩れる王女にルフィはいつものような頼もしい笑みを見せる。


「お前の声なら、おれ達に聞こえてる」


 海賊達にはそれだけで十分だった。
 彼らは、仲間の為に戦うのだから。






 ぺルはルフィとビビを乗せ、広場へと舞い降りる。
 その背から降り、ビビの目に飛び込んできたのは、


「あああああああ!! ルフィが生きてるぞ~~!!」


 全身で喜びを表現するのは<船医>のチョッパー。


「だから言っただろ!! おれにはわがっでだっっ!!」


 声を震わせ涙を浮かべたのは<狙撃手>のウソップ。


「オイオイ、それがわかってた奴の顔かよ」


 呆れながら煙を吐き出したのは<コック>のサンジ。


「ウソップ!! アンタ後で死刑よ!!」


 いきなりウソップを殴りつけ、仁王立ちするのは<航海士>のナミ。


「てめェフザけんな!! 何が『けが人だし運んで』だ!! 全然元気じゃねェか!!」


 怒声を上げたのは<剣士>のゾロ。


「みんな……」


 駆けつけて来た仲間たちはみんな傷だらけでボロボロだ。
 彼らは皆、バロックワークスのエージェント達との激戦を潜り抜けてココまでやって来たのだ。
 ビビはこうしてまた元気な仲間たちの姿を見れたことに安堵する。


「終わりにするぞ、全部!!」


 ゴムの腕を伸ばし、宮殿のクロコダイルに狙いを定めた<船長>のルフィは仲間達に告げる。


「「「「「─── おォし!! ───」」」」」


 仲間たちは船長の言葉に勢いよく応じた。
 ビビは涙を拭った。まだビビには希望が残されている。何よりも強いその光が。
 その様子にぺルはやさしく微笑んだ。


「いくぞ!! クロコダイル~~~~~~ッ!!」


 ゴムの弾力でロケットのように飛び出して、ルフィは宮殿の上で待つクロコダイルへと拳を振り上げる。
 ルフィの拳は、余裕の笑みを浮かべたクロコダイルを、砂に溶け始めたその横っ面を───


 ───全力で殴り飛ばした。






◆ ◆ ◆






 その瞬間の衝撃は宮殿の人物全てに駆け巡った。
 殴り飛ばされ、宙を舞うクロコダイル。その姿を誰が予想出来ようか。


「やるな……麦わら」


 クレスは隣にいるロビンにだけ聞こえる大きさで呟いた。
 クロコダイルを殴り飛ばしたそのトリック、それはルフィを観察すればおのずと導ける。


「てめェ……“水”をッ!!」

「しっしっし!!」


 クロコダイルが憎々しげにルフィを睨めつけ、ルフィは晴れ晴れと笑った。
 ルフィの背には大きな水樽が背負われている。
 クロコダイルの<スナスナの実>の弱点。それは水に触れると砂が固まってしまい攻撃が受け流せない事だった。
 だからクロコダイルはアラバスタから雨を奪った。天の恵みは己の力を阻む何よりの天敵だったのだ。
 クレスはその弱点をこの短期間で見抜いたルフィを称賛する。
 クロコダイルは周到な男だ。自身の能力を晒すようなヘマはしない。クレスとロビンでさえ、その弱点を見出すのにかなりの時間がかかったのだ。


「これでお前をブッ飛ばせる。こっからがケンカだ!!」


 ルフィの腕から水が滴る。
 まるで虐げられたアラバスタの牙のように。


「……ロビン」

「ええ、分かってる」


 ロビンがクレスの言葉に頷き、腕を咲かせ、門扉にコブラを打ち付けられた太釘を引き抜いた。
 刺さっていた太釘をいきなり抜かれた痛みに、コブラが苦悶を漏らした。


「もう少し見ていたい気持ちもあるが、残念ながら時間が無い」


 クレスは膝をつくコブラの腕を捻り上げ、強制的に立たせた。


「さァ、行くぞ。オレ達を『歴史の本文』のある場所まで案内しろ」

「……あんなもの見て、何をしようと言うのだ」


 クレスはコブラを拘束する腕に力を込め、黙らせた。


「質問は無しだ」

「……私達を怒らせないで。あなたはただ案内をすればいい」

「くっ……!!」


 クレスはふと視線を逸らし、こちらを見つめていたルフィに忠告する。


「精々、気をつけろ。あの男はそう甘くない」

「頑張って、麦わらの船長さん。その類稀なる命運が尽きないように」


 ルフィの攻撃によって吹き飛ばされたクロコダイルが壮絶な笑みを浮かべながら起きあがり、二人を促す。


「さっさと行け、オハラの悪魔共。
 てめェらも干上がりたく無ければな……。おれァ相当キてるぜ……!!」


 クロコダイルの放った“忌み名”にコブラが目を剥いた。
 クレスとロビンは静かに了承し、宮殿から立ち去った。


「あまり調子に乗るなよ、麦わらァ……!!」


 背後でクロコダイルの不気味な声が反響し、砂塵が舞った。






◆ ◆ ◆






 宮殿を後にし、クレスとロビンはコブラを引き連れ、宮殿から西の方角にある『葬祭殿』へと向かった。
 今戦場は宮殿前広場に集中していて、葬祭殿へと続く道には人影が無い。だが、二人は肌にピリピリとした戦場の緊張感を感じ取っていた。
 耳を澄ませば遥か向こうに怒声や悲鳴が上がっているの分かる。距離は離れている筈なのに、何処までもついて来ているようだった。


「……もうすぐね」

「ああ」
 

 澱のようにくすぶる感情を隠すように二人は表情を仮面のように無表情で覆った。
 この戦いは二人が望んだものの筈であった。夢に手を伸ばすため、そのために必要だった戦い。この地で失われる命の上にその道が続いて行く。
 それは苛立ちか、自嘲か、あるいは後悔か。その感情の正体を二人はあえて探るつもりはなかった。今はただ何も考えずに前だけを見ていたかった。 
 クレスとロビンはコブラを引き連れ、閑散とした路地を僅かに早足で進む。
 誰もいない、その筈だった。
 だが、二人の前に立ち塞がる者達がいた。
 二人が大嫌いな、政府の人間だった。 


「道を開けなさい。急いでるの」

「出来ません!! 今このアルバーナで起こっていることは全て聞きました。その人を誰だと思っているのですか!!」

「さァ……誰でもいいわ。私たちは政府の人間が大嫌いなの」


 立ち塞がった海兵たちにロビンが苛立たしげに告げ、メガネをかけた女性海兵が厳しい視線を二人に投げかける。
 海兵達が道を開ける事はない。当然だ。二人は国王であるコブラを引き連れ歩いているのだ。


「待て海軍!! 私の事はいい!! 今反乱が起きている広場が、午後四時半に砲撃予告を受けている!! 何とかそっちを止めてくれ!!」


 女性海兵は腕時計で時刻を確認する。
 そして、その直ぐそこにまで迫りくるリミットに青ざめた。


「……ならば、あなたを助けて、砲撃も止めます!!」

「いいから早くそこをどけ。邪魔をするな」

「譲る気なんてもうとうありません!!」


 海兵達は各自背負っていた銃を構え始めた。
 それを見て、ロビンに殺気が灯る。


「だったら殺しかねないわよ……!!」


 フワリと甘い毒のような香りと共に、銃を構えようとした海兵全てに腕が咲き、その首の骨を極めた。
 それと同時にクレスが空中に舞い上がり、爆発的な速度で脚を振り抜いた。直後放たれる無数の斬撃、それらは剣を構える海兵たちに殺到し、切り崩した。
 突如おこなわれた襲撃に、海兵達は為す術もなく倒れ伏し、その戦力を半分以下まで削られた。


「た、たしぎ曹長!! 間違いありません!! この二人、<オハラの悪魔達>です!!」


 運よく攻撃を逃れた一人が、たしぎに向かってまくし立てる。


「スモーカー大佐に言われ手配書を探しておいたのですが、この二人は当時世界中で話題となった賞金首で、私も当時の記事はよく覚えています。
 この二人は、<バスターコール>によっておこなわれた制裁に対して、僅か8歳という年齢でその内6隻の軍艦を沈め逃げのびたというのです。
 政府はこの者達を第一級の危険因子と定め、子供ながらに破格の懸賞金かけてその姿を探していたのですが、そのままぱったりと姿を消してしまったと聞きました……!!」


 海兵は怯えた表情で続け、


「あの“悪魔の島”の生き残りが、この地にいるなんて……」


 その口をクレスに万力のような力で塞がれた。


「黙れ。今、結構いらついてんだよ。
 だからこれ以上オレをイライラさせんじゃねェ……!!」


 クレスは海兵を掴んだ指に力を込め、その顎を砕いていく。
 海兵は言葉にならない悲鳴を上げ、クレスの殺気に当てられ意識を飛ばした。
 クレスは意識を失った海兵から手を離し、崩れ落ちた所に強烈な蹴りを叩きこんだ。海兵は後ろにいた仲間を巻き込んで近くの壁に埋まった。 


「退け海兵共!! それとも全員殺されたいか!!」


 クレスは怒気で覆われた殺気を海兵たちに発散させる。
 海兵達はクレスの殺気と圧倒的な実力差に竦み上がった。


「軍曹さん、みんなを連れて広場へ向かい爆破を阻止してください!! この場は私が何とかします!!」


 その様子にたしぎは部下達に指示を飛ばす。
 軍曹はたしぎ一人を残すことに意義を申し立てるが、「急いで!!」とたしぎに促され、指示に従った。
 たしぎはその時間を稼ぐためか、愛刀の<時雨>を手に、クレスに向かって斬りかかった。


「…………チッ」


 クレスは小さく舌打ちを漏らすと、表情から怒気を消し去り、たしぎの放った横なぎの一閃を硬化させた腕で受け止めた。
 海兵達はその間に撤退を済ませ、広場へと消えて行く。


「さァ!! その人を離しなさい!!」


 たしぎが<時雨>を構えなおしながらクレスとロビンに宣告する。
 クレスは腕を降ろすと後ろに向けて飛んだ。
 一瞬疑問に思ったものの、たしぎはクレスを追い、踏み込み、刀を振り上げようとして───その刀を突如咲いた腕に奪い取られた。
 余りに突然の出来事だった。たしぎは唯一の武器を失いその武器を喉元に付きつけられている。
 たしぎはただ茫然とした。油断していた訳ではない。それ以上にロビンの力が巧みだった。
 剣というのはいつも強く握るわけではない。普通は斬りつける瞬間のみに強く握りこむものだ。ロビンはたしぎが刀を握る力が緩んだ瞬間に、その腕を払い刀を取り上げたのだ。
 

「邪魔しないで」


 氷のように冷たい瞳をしたロビンは、武装解除をさせたたしぎの膝の関節を容赦なく極めた。
 悲鳴を上げて、たしぎは倒れ込む。
 その隣をコブラを引き連れ、クレスとロビンは歩いた。


「待ちなさい……!! その人を……!!」


 引きずるように体を動かして、たしぎが抵抗を見せる。
 ロビンが地面に突き刺した剣を拾い上げ、二人を阻もうと動いた。
 クレスは振り返りたしぎを一瞥し、弱々しく剣を握るその指から、直接刃を掴んで刀を引き抜いた。


「……もう少しなんだ。邪魔をしないでくれ」


 クレスは刀を投げ捨て、ロビンに砕かれたたしぎの膝を蹴り飛ばした。
 あまり力を入れたわけでないが、それでもたしぎの膝を折らせるには十分だった。


「待て……!!」


 這うようにして進もうとするたしぎを置き去りにして、クレスはロビンの隣に並び、僅かに震えているその手をやさしく握った。
 ロビンはその手を子供のようにぎゅっと握り返した。







◆ ◆ ◆






「砲撃手を探すって!?」


 ビビは集結した一味にクロコダイルから告げられた砲撃予告を告げた。
 クロコダイルの宣告ならば砲撃時間まであと10分。もう一刻の猶予もない。
 おそらく、万全を期すために砲撃手は広場の近くにいる事が予測される。間違いなく砲撃手も巻き込まれる距離ではあるがクロコダイルならばそういう男だ。
 

「ビビ様……私に心当たりが」

「ぺル?」


 一味がしらみつぶしに手分けして探そうと考えていた時、ぺルが胸で燻っていた考えを口に出した。


「実は、Mr.ジョーカーと名乗る男にこれを」


 ぺルは意識を失っていた時にクレスに握らされたメモを取り出した。
 ビビと一味はそのメモを覗きこむ。そこには走り書きされた文字で『16:30、時計台の片隅、選択はお前次第だ』と書かれていた。


「……ふざけたメモだな」

「ところでビビちゃん。時計台って何処にあるんだ?」


 ビビはサンジの言葉に、時計台のある方向を指す。
 街の中央区に位置する最も高い時計台。ビビは知っていた。そこは昔よく隠れた遊んだ場所だ。あそこからなら広場一望できる。
 こうして指摘されるまで、浮かばないのが不思議なくらいだった。あそこは真っ先に思いつく筈の場所であった。


「なるほどな。確かにあそこなら広場に砲撃を打ち込むのにも申し分ねェ筈だ」


 狙撃手のウソップが納得する。


「でも、大丈夫なの? 
 それってあのMr.ジョーカーとかいう奴が渡してきたんでしょ?」

「“罠”って可能性も考えられるな」

「う~ん。チョッパー、アンタ匂いで何とかなんないの?」

「無理だよ。火薬の臭いは町中からするんだ。こんな状況じゃ嗅ぎ分けられない」


 時間は刻一刻と進んでいく。こうして議論を交わす時間さえもどかしい。


「ビビ様……あの男を信じるわけではありませんが、疑わしく、時間が無いのも確かです。一度誘いに乗るのも手だと思います」


 ぺルがビビに助言を呈す。
 ビビは僅かに迷い、頷いた。ぺルの言う通りだ。罠であったとしても逃げるわけにはいかなかった。


「結論は出たな。なら急げ」 

「じゃあ、ビビちゃん。悪いけど取り合えずその鳥男と一緒にそこに向かってくれるか?」


 ゾロとサンジは言い終わると同時に、ビビの背後に向けて蹴りと刀を見舞った。
 ゾロの刀は今まさに剣を振り下ろそうとしていた男の受け止め、サンジの黒足はその男の顔を蹴り砕いた。
 ぺルもビビを引き寄せ、剣を引き抜こうとして、ゾロとサンジの二人に制される。


「見つけたぜ王女様!! てめェを殺せば何処まで昇格出来る事やら!!」

「ヒャッハ!! 例の海賊共もいるじゃねェか!!」

「殺せ!! 殺せェ!!」


 辺りから、ばらばらと<ビリオンズ>とおもしき兵士達がやって来た。
 国王軍、または反乱軍の服装をした彼らは、戦場の狂気に取りつかれたのかどこか浮ついたような表情で王女と海賊達に狙いを定めた。


「10分引く何秒だ?」

「オイオイ、話している時間も持ったいねェぞ」


 二人は同時に、迫りくるビリオンズ達に向け言い放つ。


「「二秒だ」」


 一味はそれぞれに、砲台を探しに走り出す。
 ゾロとサンジがビリオンズ達を打ち倒す光景を背後に、ビビはぺルと共に駆け、ぺルに促されその背に飛び乗った。
 

 翼は駆ける。
 狂乱の戦場を高く、高く。 







◆ ◆ ◆







 葬祭殿。
 歴代の王族たちが祀られる巨大な墓。
 葬祭殿へと続く道は石畳で綺麗に舗装され、手入れが為された南国植物が並んでいる。
 その葬祭殿へと続く道を行き、入り口の巨大な門扉を正面に見ながら僅かに西にそれた片隅に、コブラの示した秘伝の場所はあった。
 

「この地下深くに『歴史の本文』はある」

「……隠し階段」

「成程、こりゃ見つからねェ筈だ」


 
 地下へと続く隠し階段。知らなければまず見つけられないものだ。
 階段はずっと下へと続いており、おそらくこの階段を抜ければ葬祭殿の地下へとたどり着くことになる。
 地上の豪奢な墓はその秘密を暴こうとする者の目を欺く目的もあるのだろう。荘厳な王家の墓に『地下層』があるなど思いはしない。


「行きましょう」

「ああ」


 クレスを先頭にして、コブラ、ロビンといった順で地下の階段を進んでいく。
 階段は相当長く、何処まで続いているのか分からなかった。


「……この地下深くに『歴史の本文』はあるのね」


 感慨深くロビンが呟いた。


「そういうものの存在すら普通は知らないものなのだが……」

「裏の世界は奥が深いの。世界政府加盟国の王といえど、あなた達が全て知っているとは限らない」

「……まさか、『歴史の本文』を読めるのか?」


 コブラの問いをロビンは淡々と肯定した。


「クロコダイルが私たちと手を組んだのはその為よ。だから彼は私たちを殺せない。
 あなたに罪はないわ。まさかあの文字を解読できる者がこの世にいるなんて知らなかったでしょうから」


 だから、ロビンは世界政府に第一級危険因子と定められ、僅か8歳にして7900万ベリーという破格の賞金をかけた。
 そしてクレスも唯一の共犯者でありロビンの手がかりを知るものとして6200万ベリーもの賞金をかけられた。
 『古代文字』の解読とはそれほどに世界政府にとっては危険なものなのだ。そのために過去の悲劇が二人を襲った。
 

「おそらく、ここの『歴史の本文』には『プルトン』の在処が記してある。違うかしら?」

「……分からん」


 それは偽りでは無く、本心からの言葉だ。


「アラバスタ王家は代々これを守ることが義務付けられている。私たちにとってはそれだけに過ぎない」

「“守る”? ……笑わせないで」


 ロビンは怒りすら滲ませて吐き捨てた。
 その意味が分からずコブラは沈黙するしかない。
 クレスはその様子を辺りに気を配りながら黙って聞いていた。
 階段は終わりに差し掛かり、やがて広々とした空間に出た。薄暗い空間だったが、人の気配を察すると自動的に明かりが灯った。
 明かりに照らされ、空間の全容が見える。石材に囲まれた空間で大小いくつもの柱が奥へと続いて行く。壁には鮮やかな紋様とこの地独特の象形文字が刻まれていた。
 

「見えたぞ」


 クレスは静かに到着を告げた。
 空間の奥にどこか人間を拒絶するかのような巨大な扉があった。


「……その奥だ。そこに目的の物はある筈だ」


 クレスはロビンに確認を取ってから、ゆっくりと開いた。
 扉がゆっくりと開いてゆき、4年もの歳月をかけ求め続けたその姿を徐々に覗かせる。
 一瞬、強い光が二人を包み込み、滑らかな正立方体で不朽なる石碑の『歴史の本文』が完全に姿を現した。


「クレス……」

「ああ、ゆっくりと調べたらいい」


 クレスの言葉に応じ、ロビンは惹かれるように『歴史の本文』へと向かう。
 その前に、どこか寂寞とした表情で立ち、直ぐに表情を真剣なものへと変化さる。
 ロビンの白い手は、そこに刻まれたクレスには理解不能の文字をなぞっていった。
 その姿はまるで、一枚の絵のように美しく。まるで、魔術の儀式のように背徳的だった。
 どれくらい時間が経ったのか分からない。時間にすればほんの数分間の出来ごとである筈なのに、クレスにはそれが永遠にも感じられた。
 やがて、ロビンが『歴史の本文』から手を離して、声帯を震わせて声を為した。


「他にはもう無いの……?」


 必死に隠していたが、クレスはそこから確かな悲しみを感じ取った。
 

「不満かね。私は約束を守ったぞ」

「……そうね……そうよね」


 ロビンは俯き、そしてその様子を見守っていたクレスに向き合った。
 今にも泣き出しそうなのを必死で取り作ったような表情だった。
 その表情でクレスは全てを悟った。
 クレスは小さく「……そうか」とかすれた声で呟いて、今にも折れそうなその細い体を抱きしめた。


「……ダメだったみたい」


 果たしてロビンは泣いているのだろうか。
 ロビンはどこか達観したように呟き、クレスに顔を見せないように俯いた。
 クレスはそんなロビンをただ強く抱きしめた。かつて故郷で母のシルファーがそうしたように。


「……分からないの。もう、どうすればいいのか分からない。
 直ぐそこに光があると思ったのに、つかんだ瞬間に消えてしまったわ。夢のためだなんて嘯いて、結局何もつかめなかった」


 クレスは何も言わなかった。
 今、慰めの言葉をかける事がロビンにとってどれだけ残酷か知っていた。

 
 
 次から次。コレが壊れたからアレを。見境もなく生きるために必死で駆け抜けた。
 そして、夢を求め希望を見つければ愚直なまでに突き進んだ。
 それが僅かな光であっても、必ずと言っていいほどにそこへと赴いた。
 二人で船を操り、波を乗り越え、島に上陸し、現地調査から始まり、最終的には遺跡に忍び込んだりもした。
 結果が出ない事の方が多かった。時には危険な目にも遭った。
 <真・歴史の本文>、その価値をクレスは知らない。
 正直な話、遺跡よりもお宝の方が興味があるし。考古学もそれなりに覚えたがそれでも素人の域を出ない。
 クレスが一人ならば興味すら持たなかっただろう。
 けど、それでも…………楽しかった。
 ロビンと二人、島々を飛び回り、手がかりに一喜一憂する。
 助け合い、励ましあい、力を合わせ、何かを成し遂げようとする。
 胸の奥が熱く焦がれるように燃え、身体を前へと突き動かす。
 クレスは自身の願いをロビンの夢に重ねていた。一緒に何かが出来る。ロビンとなら何でも楽しかった。

 だが、それもグランドラインの島々を探るうちに変化していく。
 手がかりが尽きていくのだ。探しても探しても見つからない。
 表にこそ出さなかったがロビンも焦っていたのだろう。
 クレスはそれを感じる事も出来たし、時折フォローもした。だが、結果が出なければどうにもならないのだ。
 だからこそロビンはクロコダイルの要請に応じ、バロックワークスに所属した。

 そんな二人にとってアラバスタは最後のチャンスだった。
 ロビンにとって、裏組織に所属し誰かを傷つけるよりも、許されるのならば、日のあたる中で遺跡を飛び回る方が良いに決まっている。
 止めるべきだったのかもしれない。そんな事は百も承知だ。
 だが、そんなクレスの勝手な都合だけでどうしてロビンの夢を妨げられようか。
 手がかりが潰え、希望すら残らなかったロビンにクレスはなんと声をかければいいのか……分からなかった。



 だが今この瞬間に、間違いだったのだと、その結果を叩きつけられた。
 余りにも呆気ないものだった。感情を消し去りながら積み上げた道は一瞬で崩れてしまった。こんなにも簡単に。
 簡単な話だ。苦難を乗り越えつかんだものは絶望だった。それだけの話だった。
 悔やむのはクレスもまた同じだ。過ちは大きく、過去には戻ることはできない。
 クレスはただ、ロビンを抱きしめる腕の力を強め、ロビンは小さく肩を震わせた。
 だが、そんな時間も長くは続かない。
 クレスとロビンにコツ、コツという硬質な足音が聞こえて来た。
 

「ロビン」

「ええ」


 打って変わり、表情を硬化させ、二人は足音の方へと視線を向ける。
 隠し階段の長い道を抜け、その先の厳かな空間を闇を纏いながら抜け、その姿を現した。


「さすがは国家機密だ……知らなきゃこりゃ見つからねェな」

「早かったのね……Mr.0」


 姿を見せたのは麦わらと激戦を繰り広げたのか、うんざりした様子のクロコダイルだ。
 口元には自身の血であろう汚れと打撲跡があり、服にも同等の汚れがあった。オールバックに撫でつけられた髪も気だるげに前へと垂れている。
 クロコダイルがこの場所に姿を見せたということは麦わらは敗北したのだろう。だがそれにしても弱点を見出しただけでココまでこの男に傷をつけたことには驚嘆すら覚えた。


「……御託はいい。解読は出来たのか?」

「ええ」

「さァ、読んで見せろ。『歴史の本文』とやらを……」


 ロビンは『歴史の本文』の前に立ち、静かに目を閉じた。


「カヒラによるアラバスタ征服、これが天歴239年。
 260年、テイマーのビテイン朝支配。
 306年、エルマルにタフ大聖堂完成。
 325年、オルテアの英雄マムディンが──────」


 朗々と、どこか神秘的な雰囲気すら漂わせロビンは“歴史”を語った。


「オイ、オイオイ、待て、待て!! 
 おれが知りてェのはそんな事じゃねェ!! 歴史なんざ知ったことか!! この地に眠る世界最強の“軍事力”の在処をさっさと教えろ!!」


 クロコダイルは焦らすようなロビンにまくしたてる。
 ロビンは淡々と、それが事実であるかのように言い放った。


「記されていないわ」

「何……?」

「ここには『歴史』しか記されていない。『プルトン』何て言葉一言も出てこなかった」


 急速にクロコダイルの瞳から熱が引いて行く。


「……そうか、残念だ」


 あっさりと引き下がり、



「てめェらは優秀な駒だったが、ココで殺すことにしよう」



 クレスとロビンをまるでゴミでも見るように見下して、殺意すらなくその宣告を下した。
 ロビンは息をのみ、クレスは目を細めた。


「まったく……くだらねェ話だ。
 4年前に結んだおれ達の協定はここで達成された。今、この瞬間にな。
 多少の反抗的な態度はあったものの、てめェらのバロックワークス社における働きは実に優秀だったと言っていい。それだけでも十分に利用価値はあった。
 だが、てめェらは最後に口約を破った。この国の『歴史の本文』は『プルトン』の在処さえ示さねェとなァ……!!」


 不意にクロコダイルがロビンに向けて、鈍く光る鉤手を振りかぶる。
 その瞬間、クロコダイルとロビンの間にクレスが飛び込んで、クロコダイルの鉤手を受け止めた。


「……随分と乱暴な理由だな」

「てめェらを殺すのにこれ以上の理由が必要か?」

「成程……」


 クレスは鉤手を受け止めたまま、バネの様に脚を振り上げた。
 脚は“嵐脚”を引き起こし、打撃と斬撃を同時にクロコダイルに与えるも、クロコダイルは砂となって四散し、再び元の姿に戻った。


「てめェらを見てると、うすうすそんな気はしていたさ。
 だが、やはりこうやって実際に手を下す段階になっても何も感じない。何故だかわかるか?」

「さァな、知らねェよ。
 だけど、こうなると予想していたのはお前だけじゃない」

「4年も手を組んでいたもの。あなたがこういった行動に出るのは分かっていたわ」


 ロビンがクレスの後ろで構え、クレスはゆったりとサイドバックへと手を伸ばした。


「まさかおれと殺り合うつもりか、臆病者のエル・クレス?」

「……責任くらいとらねェとな」


 クレスはサイドバックの中から、黒い手袋を取り出し、それを手にはめ、軽く引張って皺を伸ばした。
 黒手袋は鉄糸が織り込まれていて少し重いが、驚くほどにクレスに馴染んだ。 
 手袋は拳のプロテクトを目的としたもので、よく海兵たちに好まれる。
 この手袋はクレスが幼いころに師であるリベルから受け取った、父、元海軍本部大佐<亡霊>エル・タイラーの遺品だった。
 クレスは拳を"鉄塊"で自在に硬化出来るため、今まで使うことは無かったのだが、受け取った日から持ってると母が喜んだのでいつも捨てられずに持っていた。


「責任だァ? まさか、この国にか!?」


 今にでも吹き出しそうな声でクロコダイルがクレスに言う。
 散々アラバスタを壊してきたクレスが責任というのもおかしな話だ。
 クレスは苦笑し、クロコダイルの言葉を否定する。


「違ェよ……」


 指を鳴らして、準備を整え、軽く息を吸った。
 ロビンの選択に賛成した責任。その選択を選んだ責任。
 クレスが責任を果たすべきモノ、それは───



「───自分(てめェ)だよ」



 クレスの姿は一瞬にして掻き消え、クロコダイルに向け、硬化させた拳を振りかぶった。












あとがき

 まずはお詫びを申し上げます。
 前回の投稿の際は申し訳ございませんでした。
 原作模造しただけの劣化品しか書かれていない状況では皆さんの反応を考えてしかるべきでした。申し訳ございません。
 感想版でもあったように、省略するか、前々回までと同じように二話投稿にするべきでした。
 今後は今回の反省を胸に刻み、軽率な行動は慎んで、この作品を続けて行こうと思います。


 お詫びの後で申し訳ないですが、あとがきです。
 今回は山場の回ですね。次回はクレス、ロビンVSクロコダイルです。何とか上手く書きたいところですね。
 原作通りの場面も多々とありますが、今回はいくつか場面を削りました。ツメゲリ部隊が好きな方、ルフィVSクロコダイル第二ラウンドが好きな方は申し訳ございません。
 アラバスタ編ももう少しですね。反省すべき点も多いですが、何とかやっていきたいです。
 

 
 



[11290] 第二十話 「馬鹿」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/04/11 18:48
 
 反乱軍と国王軍が取りつかれたように激戦を繰り広げる宮殿前広場。
 塵旋風が戦場を吹き荒れて、戦う兵士たちの視界を覆い、敵どころか味方までも見失った兵士たちは恐慌しさらなる狂気に陥った。
 途絶える事無く響く銃声に砲撃の轟音。兵士達が上げる大気を震わせる怒号。砂の地面は血を吸い重く滲み、漂うのは強烈な硝煙の匂い。
 精神と共に五感全てを狂わせられるような、まさに地獄と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。


「何度見ても酷いもんだな」


 そんな戦場を一人の男が市街地の屋上から見下ろした。
 パサついた干し草のような髪に、夜のように深い目をした男だ。
 男の存在は、目の錯覚を疑うほど曖昧で、まるで男を構成する物質が足りないのではないかと感じいるほど、薄い。
 注意をしなければ背景の一部として認識してしまうほど完璧に、戦場というこの異常な空間においても、ただ立っているだけで溶け込んでいた。


「今回は観察のつもりだったが……やはり、部外者はきついな」


 男は疲れたようにため息を漏らすと、時計台の方角へ目を向けた。


「その願いは届くのか。
 いや、それを為せるだけの“力”があるのか」


 次に男は宮殿から西に向かった先にある葬祭殿を見つめた。


「その戦いは、償いか、それとも意地か。
 いずれにせよ、険しい道のりだな。……君たちはそうして戦いながら夢を追い続けたのか」


 男は緩やかに腕を掲げた。
 その瞬間、男の姿が掲げた腕を中心に、まるで世界に溶け込むように薄くなっていく。


「時は進む。誰にも止められる事無く、ただ悠然と。
 止められぬのならば、人に出来るのはその一瞬を作ることだ。誰にも止められぬほどのうねりをクロコダイルは作り出してしまった。
 ならば、それを変えるにはより強い瞬間を刻みつけるしかない。それを為すのは誰か。王女か、彼らか、それともあの麦わらの少年か」


 男の姿が霞み、いつの間にか消えた。まるで始めからそこにはいなかったかとでもいうように。
 そして、声だけが響いた。


「まぁ、あのオカマの言葉じゃないが、奇跡は諦めの悪い奴の前に現れる。
 諦めの悪い奴は嫌いじゃない。足掻き続ける事にも意味はある。────諦めるのはまだ早いということだ」


 もうそこには誰もいない。
 だが、その空間だけは砂塵が舞い込む事は無く澄んでいた。













第二十話 「馬鹿」












────葬祭殿。


 瞬く間にクロコダイルへと肉薄し、振るわれる渾身の一撃。
 六式が一つ。爆発的な脚力によって消えたと認識させるほどの速度で駆け抜ける“剃”。
 クレスの肉体はまるで機械のように的確に連動し、うすら笑いを浮かべたクロコダイルに“鉄塊”で硬化させた拳を叩きつける。


「無駄だァ……」


 圧倒的なクレスのスピードを前にしてもクロコダイルは動じない。
 クロコダイルは弱点である“水”を持たずに自身を殴りつけようとするクレスを蔑んだ。
 <自然系>の能力である<スナスナの実>はクロコダイルを自然変換し、一切の攻撃を無力化する。
 どんな攻撃を繰り出そうとも、指先から零れ落ちる砂のようにクロコダイルの身体をすり抜ける。水という媒介無しではクロコダイルは無敵といってよかった。
 クレスは“水”という能力の弱点に気づいているにも関わらず、取りだしたのは海兵達が好んで身につけるタイプの黒手袋。
 この二人ならば自身を警戒して水を携帯しているかと思ったが、どうやら見込み違いだったようだ。
 この攻撃もどうやら逃げるための目くらましだろうとあたりをつけた所で、予定道理手早く始末しようと体を砂に変え、


「……!!」


 海賊としての勘がクロコダイルを動かした。
 砂粒となってクロコダイルは身を翻し、その傍を唸りを上げたクレスの拳が通り抜ける。


「どうして避けたんだ?」


 余裕を見せるようにクレスは笑い、流れるように半回転。
 そしてクロコダイルを構成する砂の塊に向かって、強烈な裏拳を叩きつける。
 クレスの腕が砂粒をすり抜ける。だが、手にはめた黒手袋がその核を掴む。衝撃をもたらしながら、クレスの拳はクロコダイルへとめり込むように突き刺さり、吹き飛ばした。


「くっ……!!」


 全身を砂に変え、クロコダイルは空中で体制を整え、地面を削りながら着地する。
 だが、息つく暇はない。クロコダイルの目の前には高速で接近するクレス。
 閃光のように肉迫したクレスにクロコダイルは忌々しげに鉤手振るった。
 クレスが取ろうとしていた最短距離の最中に差し出された鉤手。クレスは前方に現れた鉤手に一瞬驚くも、更に地面を強く踏み込んだ。
 宙を舞うクレス。肌に触れるかというギリギリのラインでクロコダイルの鉤手を見切り、真上へと舞い上がり、“月歩”によって更に宙を蹴って、クロコダイルに向かって垂直に強襲を仕掛ける。


「我流“雷礼(ライライ)”」


 重力の加速を受け、稲妻のように加速したクレスは硬化させた腕をクロコダイルに付きだした。
 クロコダイルは上空から攻撃を仕掛けるクレスを避けようとして、────突如現れた腕にその脚を掴まれる。


「チッ……!!」


 クロコダイルは瞬間的に全身を砂に変える。
 砂粒は指の間を流れ、いとも簡単にその拘束から逃れるも、その一瞬の隙に砂と化した全身に向かってクレスの鋼鉄の拳が襲いかかる。
 轟音。ひび割れる地面。舞い上がる粉塵。
 その中で、肘近くまで埋もれた拳を地面から引き抜いたクレスが警戒しながら立ち上がる。


「何処いった……?」


 手ごたえは感じなかった。
 クレスの拳が届く寸前にクロコダイルは砂となって地面に広がり、消えた。
 <スナスナの実>の能力によって全身を砂に変えたクロコダイルを砂塵が舞う空間で見つけるのは困難を極めた。


「……うっとおしいんだよ」


 ゆらりと砂の魔人はクレスの背後にその姿を現すと同時に無防備な首筋に向けて鉤手を振るった。
 クレスが咄嗟に気付き全身に“鉄塊”をかける。クロコダイルの鉤手はクレスの“鉄塊”に弾かれ、突如咲き誇った腕に掴まれた。


「クレス、離れて!!」


 クレスは地面を蹴り、その場から離脱する。
 それと同時にクロコダイルの身体に更にロビンの腕が咲き、その背を無理やりに歪めて、サバ折りにする。


「クラッチ!!」


 クロコダイルの体が折られる。その腹から血のように大量の砂があふれ出て、その中にクロコダイルの身体が吸い込まれる砂に溶けていった。
 無形の砂の塊は、油断ない視線を向け続けるクレスの前でその姿を形作り、クロコダイルの温度の無い双眼がクレスとロビンを睥睨する。
 だらりと、クロコダイルの乱れたオールバックが垂れた。クロコダイルはそれを気にするでもなく、自身の血で汚れた口元を歪めた。 


「クハハハハ……。やってくれるぜ。
 まさか本気でこのおれに立ち向かってくるとはなァ。よほど殺されたいらしい」

「何言ってんだ。どうしようと殺す気満々だっただろうが」

「ああ、そのつもりだ。だが、楽に殺すことはやめよう。てめェらは散々苦しませて殺す」

「おお怖っ。精々気をつけないとな」


 クレスはクロコダイルの殺気をかわすように肩をすくめた。
 肩をすくめたクレスの手が彼の目に入る。それを見て、殺気が強まった。


「よっぽどこの手袋が気に入らないらしいな」


 クレスの手は黒く覆われていた。
 父の形見の黒手袋だ。
 

「なかなかいいだろコレ」


 クレスは自慢するようにわざとらしく手を掲げた。
 クロコダイルは小さく舌を打つ。


「……何処で手に入れたかは知らねェが、『海楼石』とはやってくれる」

「そう言うなって、オレも気付いたのは最近なんだからよ」


 『海楼石』
 今だその全容が解明されない、固形化した海とも言われる硬石。
 クレスが父の手袋に『海楼石』が仕込まれているのに気付いたのはほんの偶然だった。
 幼いころから今まで拳を自身で硬化させることが出来たので使い道が無かった黒手袋。クレスはある日鞄からそれを探り出し、なんとなくはめてみた。
 クレスと父のタイラーはどうやら同じ体型だったようで、驚くほどにその手袋は成長したクレスの手に馴染んだ。
 関心しながら手袋を戻そうとした時に、ロビンが黒手袋に興味を持ち、僅かな体の異変に気付きその仕込みに気が付いた。


「まったく、間抜けな話だ。20年たったつい最近に気付くなんてな」

「だが、随分と劣化品のようだな」

「……さすがに気付いたか」


 クロコダイルが言うのは黒手袋の『海楼石』としての効力の低さだ。
 海楼石というのはかなり加工がしづらい。研究は進められているが、それでもまだ未発達である。
 タイラーがこの黒手袋を使っていたのは30年以上前になる。技術が今以上に未熟だった為か、効果が十分に発揮させられていないのだ。


「確かに、出来て『触る』ぐらいだよ。『能力者の無力化』なんて夢のまた夢だな」


 これもまた、黒手袋に『海楼石』が仕込まれている事の発見が遅れた原因だ。
 どうやら黒手袋の鉄糸の中に含まれているらしいのだが、かなり効果が低い。
 現在の物────例えば、スモーカーの十手────程の効果があれば、直ぐに気付けただろう。
 確認したロビンは「いつもより体が重い程度」と言っていた。


「だが、お前を倒すにはそれで充分だろ?」

「……そういう戯言はおれを倒してから言うんだな」

「戯言結構。後悔させてやるよ」


 再び床を蹴りつけクレスは駆け抜ける。
 クレスの『剃』は相当な実力者であっても視認することは困難だ。傍目から見れば圧倒的なスピードによって完全に姿を見失う。
 だが、クロコダイルはそのクレスの姿を捉え、なおかつカウンターの要領で刃と化した腕をふるった。それは能力のみでは無い、クロコダイル自身の強さに裏図けされた実力だ。


「砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!!」

「嵐脚“断雷”!!」


 地面や障害物ごと両断しながら振るわれたクロコダイルの宝刀に、クレスは自身の持つ最大の切断力を誇る“嵐脚”で挑んだ。
 砂の刃と、風の刃は拮抗し、混ざり合って、花火のように弾け、旋風と砂礫を撒き散らした。
 散弾のように舞う礫の中、クレスは既に宙を駆けていた。圧倒的な脚力で空気を蹴りつけ、雷光のように肉迫する。
 

「指銃“剛砲”!!」


 クロコダイルはクレスの砲弾のような拳を砂の身体を自在に変化させ避ける。
 拳はクロコダイルの直ぐ傍の空間を烈風と共に通過するもクロコダイルに傷を負わせることは無い。


「フン……!!」


 クロコダイルの右腕がクレスを捉えようと蠢く。
 その掌は渇きの魔手。触れたモノ全ての水分を奪いつくす。
 刹那、クレスの右脚が跳ね上がった。クレスの右脚はクロコダイルの右肘のあたりを蹴り飛ばし、クロコダイルの腕が砂となって飛び散った。
 

「ラァッ!!」


 クレスは崩れた体制を捻じ曲げて、更に黒手袋の拳を振るう。
 間髪入れぬ連撃。クレスの拳はクロコダイルの顔へと迫り上半身を砂と変えたクロコダイルの頬を僅かに斬り裂き、血が飛び散った。
 直後、クロコダイルが凄惨な笑みを浮かべ、振り上げられた鉤手が無防備を晒したクレスに向けてギロチンのように振り下ろされる。
 だが、その鉤手がクレスを捉える事は無い。絶妙なタイミングで咲いたロビンの腕が宙に浮いたクレスを引いて回避させた。


「サンキュ、ロビン」

「どういたしまして」


 体制を立て直したクレスが着地する。
 クレスの基本スタイルは“嵐脚”による中距離攻撃と“剃”“月歩”を使っての高速移動に“鉄塊”によって硬化させた“指銃”を掛け合わせた一撃必殺だ。
 騎兵のの突撃(チャージ)に近いこの戦法は、高硬度の“鉄塊”を瞬間的に作り出せるにも関わらず持続時間が本家に劣るクレスが、如何に傷を作らずに相手を倒せるかを念頭に置いた戦法でもある。
 つまり、クレスは基本的に相手との間合いを制しての、相手に反撃をさせない戦い方をしているのだ。
 そのクレスが自身が無防備になるにも関わらず、無鉄砲なまでの攻撃を続けられるのはひとえにロビンとの連携があってこそであった。
 

「剃」


 舞い上がる粉塵を斬り裂いて、クレスが再び“剃”によってその身を躍らせる。
 だが、周到な砂の魔人はそれを読み切り、クレスと交差する直前に三日月刃と化した魔手を振るう。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 クレスに悪寒が走った。
 クロコダイルの掌は触れたもの全てに例外なく渇きを与える。
 振るわれた渇きの刃に少しでも触れれば触れた部分全ての水分が吸い取られてミイラと化す。それはもちろんクレスとて例外ではない。
 

「────ッ!!」


 クレスは直前に前方の空気を蹴りつけて軌道を捻じ曲げる。
 結果、クレスの体はクロコダイルの刃を逸れるも、着地に失敗した鳥のように地面を転がった。
 

「無様じゃねェか、エル・クレス」


 クレスは立ち上がり、服に着いた土埃を払う。
 『海楼石』によってクロコダイルに対する攻撃手段を得たが、それで優位に立てた訳ではなく、やっと同じ土俵に立っただけだ。むしろ戦いはこれからと言える。


「どうして避けたんだ?」

「……このヤロ」 


 クロコダイルの渇きの魔手は“鉄塊”で受ける事は出来ない。
 “鉄塊”は体を鉄の硬度まで高める技ではあるが、決して体が鉄になった訳ではない。硬化した肉体はクレス自身の肉体だ。クロコダイルの渇きの魔手を受ければ干からびる。
 クレスはクロコダイルの冷徹な戦術眼に舌を打った。強力な一撃を繰り出すクレスにサポートをおこなうロビン。驚異的なコンビネーションを誇る二人だが何事にも例外は存在する。
 クロコダイルは二人が戦ってきた中で最悪の部類に入る男だ。クロコダイルの魔手にクレスが受け止める術は無く。全身を砂へと変化させる体をロビンは捕まえられない。


「てめェもあの麦わらと同じだな。おれを殴れさえすればもう勝てるとも思ってやがる。
 まったく、バカバカしくて呆れてくるぜ。おれの能力を殺せば勝てるとでも? おれがその程度の男だとても思ってんのか?」

「…………」

「まぁ、それでもおれはてめェを評価してやるよ。
 てめェの<六式>も大したもんじゃねェか。────それでもおれには及ばねェ事には変わりねェがな」

「……別に、お前を甘く見てる訳じゃねェよ。
 手袋程度で戦況が変わるとも思っていもいねェし、対策も立てなかったわけじゃない。出来れば“コレ”は出したく無かったんだけどな。コノ武器はあまりに危険過ぎる」


 僅かに眉根を寄せたクロコダイルの前で、クレスはサイドバックからその武器を取り出した。


「お前の為に取り寄せて組み上げた特別品だ。……精々後悔するんだな」


 クレスは取り出したものを握り込み、黒く禍々しいペイントが為された先端をクロコダイルへと向ける。
 金属製の重々しい形状。狙いを定めた鷹のように鋭い筒状の部品。そして特徴的なトリガ―。
 

「銃だと?」


 クレスは指先を弾丸に変える“指銃”を体得してる。
 いわばクレス自身が凶悪な銃であるにも関わらず、銃を取り出したクレスにクロコダイルは僅かな困惑を見せた。

 
「ああ、その通り。だが、これはただの銃じゃ無い」


 クレスは取り出した銃をクロコダイルへと向け、軽く引き金を引いた。
 そして、クレスの持つ禍々しい銃の投身から、
 



────チョロリと水が出た。




「水鉄砲だ」


 余りの事態にクロコダイルは停止する。
 この時、クロコダイルが辺りを見渡せば忍び笑いをもらすロビンを見つけられただろう。


「な? 危険だろ」

「てめェ……ッ!!」


 オチョくるようなクレスの態度に、クロコダイルが怒りを爆発させる。
 確かに、クロコダイルの<スナスナの実>の弱点は“水”だ。何らかの対策は講じて当然である。
 だが、ここまでの屈辱は初めてだといってもいい。その対抗策がまさか、“ただの水鉄砲”だとは何の冗談だ。
 それに加えてクロコダイルは先程、水を飲み込んで水風船となったルフィと戦い、浅くは無い傷を負った。その事も彼に怒りのボルテージを上げさせていた。


「フザけが過ぎんだよ!! エル・クレス……!!」


 殺気を撒き散らしながら、全身を砂の大蛇と変えクロコダイルがクレスをミイラに変えようと動いた。
 気の弱いものならそれだけでショック死してもおかしくはない勢いだ。
 クレスはその殺気を受け流しながら、狩人のようにクロコダイルを捕捉し、水鉄砲の引き金に掛けた指を、


「────BANG(バン)」


 引いた。


「何ッ!!」


 クロコダイルが目を剥いた。
 ありえない速度で迫る水。
 クレスが構えた水鉄砲からまるで本物の弾丸のような勢いで水が発射され、着弾した石材を僅かに削った。
 

「……外したか」


 鋭い目でクレスは再び銃口をクロコダイルへと向ける。
 目を見張るクロコダイルに向けて、物理的な威力を伴った弱点の“水”が容赦なく放たれる。
 クロコダイルは屈辱に震えながらも砂に変えた全身をクレスの水鉄砲から逃げるように蠢かせ遮蔽物となるものを利用しながら巧みに避けていく。
 それは悪魔を征する聖水か。だが、それになぞらえても立ち塞がるもの全てを圧倒する砂の魔人が水鉄砲相手に逃げる姿というのはいささか滑稽でもあった。


「だから言っただろ? 危険だって」


 クレスは“剃”を使ってクロコダイルを追い、姿を見つけ次第、水鉄砲を発射する。
 クロコダイルはクレスから放たれる水を、砂と化した全身と渇きの魔手を用いて巧みに避ける。
 反撃に出ようと思うも、クレスはそれを許さない。片腕は水鉄砲で塞がっているがもう片方は『海楼石』の黒手袋だ。無理に接近すればクレスの思うがままだった。


「この水鉄砲は特別製でな。構造自体は結構簡単なんだが、面白い性質があったんだよ。なんでも、引き金を引いた強さに応じて水を遠くまで飛ばせるんだそうだ」


 クレスは“水”の残量を計算しながらクロコダイルに語りかける。


「まぁ、ただの遊び道具だったからそうたいしたことは無かったんだけどな。
 銃口を改造して小さくしたんだよ。そして、圧力で壊れないように硬度を上げて、んでもって全力で引いた」


 クレスは“月歩”で飛び上がり、上空からクロコダイルを狙撃する。
 水の弾丸は狙いは乱雑ではあるものの貫くような勢いでクロコダイルへと迫り、クロコダイルは舌打ちと共に地を這う大蛇のようにうねりながらかわす。


「するとビックリ。こんな感じでかなりの威力が出たわけだ。
 魚人の中にも水を武器にする奴がいるって聞いたことあるけど、案外何とかなるもんだな」

「それがどうした。苛立たしい武器だが、水が無くなればそれまでだ。随分と派手にぶっ放してるが、そろそろ残量が心配なんじゃねェのか?」


 クロコダイルの言う通りだ。
 弾丸となる水が無くなればクレスの持つ“水鉄砲”は役目を終える。
 クロコダイルが苛立たしげに攻撃を避け続けるのもそのためだ。


「確かにその通りだ。あんまり無駄弾は使いたくないんだが……」


 クレスは脚を止め、改めてクロコダイルに向けて水鉄砲を構えた。


「生憎と、一人で戦ってる訳じゃ無くてな」

「────ッ!!」


 飛来する試験管。
 クロコダイルが目を見開き背後から迫る試験管を避けようとするが遅い。
 クレスに注意を向けさせた隙にロビンが投げつけた試験官はクルクルと回転し、クロコダイルの右足に当たって割れ、中に入った水がクロコダイルの脚を濡らした。
 間髪いれず、クレスが水鉄砲の引き金を引いた。物理的な威力を持った水は、脚を濡らされ実態を得て動きが鈍ったクロコダイルへと直撃し、衝撃と共にその体を濡らしていく。
 水を吸った砂は固まるだけでは無く、吸った分だけ重くなる。つまり、その分だけクロコダイルの動きが鈍くなるのだ。クロコダイルはよろめきたたらを踏んだ。


「六式“我流”────」


 クレスの身体が僅かに沈み、地面を踏みつけて、動きの鈍ったクロコダイルに向けて全力で加速する。
 クロコダイルは鈍った体でありながらもクレスを迎撃しようと渇きの魔手を振るおうとしたが、“水”によって固まった体を咲いたロビンの腕が押さえつける。


「────閃甲破靡!!」


 クレスの“鉄塊”によって硬化された拳は、“剃”による加速を受け、“指銃”の速度で打ち出される。
 手甲のように硬化させた拳は閃光のように瞬き破壊を靡かせながらクロコダイルの鳩尾に突き刺さり、弾き飛ばされるように吹き飛ばし、石壁へと叩きつけ、粉塵が舞った。


「…………」


 クレスは拳に確かな感触を感じた。
 だが、その表情は晴れない。それはまたロビンもまた同じだ。
 クレスとロビンの知恵と力で引き寄せた渾身の一撃。だが、それでもまだ安心は出来なかった。
 敵は<王下七武海>の一角クロコダイル。油断など始めから無く、クロコダイルが倒れたその姿を見るまで安堵の息を吐ける筈が無かった。


「……クレス」

「ああ」


 ロビンの声にクレスは答えた。


「まだだ……!!」


 土煙の先。
 そこには瞳から熱を完全に消し去った砂の魔物が立っていた。
 静かに、先程までの怒りなど微塵にも感じさせる事無く、無表情。
 クレスは肌が粟立つような怖気を覚えた。クロコダイルの目は何処までも冷たく、呑まれそうなほどの殺気が刃となってクレスとロビンを貫いていた。


「認識を改めよう。<オハラの悪魔達>」 


 直後、クロコダイルの掌から強烈な砂嵐が生まれた。
 密閉された空間で、砂嵐は何処までも猛威を振るい、葬祭殿内で吹き荒れた砂嵐は様々な物を破壊してゆく。
 クレスは吹き飛ばされないように腕を交差させながら大地を踏みしめ、ロビンは能力によって咄嗟に身体を支えた。


「てめェらは確実におれが殺してやる」


 クロコダイルが自身の鉤手を掴みゆっくりとスライドさせていく。
 するとその下から、更に鋭い鉤爪が現れる。その鉤爪にはいくつもの穴が空いていて、そこから液体が染み出ている。<サソリの毒>と呼ばれる猛毒だ。


「死ね」


 クロコダイルが砂嵐が吹き荒れる中、クレスに向けて砂と化した全身をうごめかした。
 クレスは砂嵐によって視界を奪われながらも、迎撃しようとまた地面を蹴った。
 下から振るわれる毒針を紙一重で避け、クレスは拳を振るう。クレスの拳はクロコダイルへと突き刺さるも、それでもなおクロコダイルは引かない。
 衝撃を受けながらも、体を砂と化して忍び寄るように進み、渇きの魔手をクレスに向けて振るう。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 防御不可能の渇きの三日月刃をクレスは転がるように避けた。
 

「ぐッ!!」


 だが、それでも完全には避けきれず、僅かに触れた左手が“水鉄砲”ごと朽ちてゆく。
 水分を吸い取られた腕は肉が削げ落ちたように骨と皮だけのミイラへと変わり、クレスの制御から切り離される。
 クレスは左腕を失った状況でなおも、脚を振り上げ更に腕を振るおうとするクロコダイルに向けて“嵐脚”を放ち、その姿を四散させた。
 砂粒となったクロコダイルは砂嵐に乗りながら集束し、クレスの傍を通り抜け、砂嵐のあおりを受けたロビンの前で毒針を振り上げた。


「待て!!」

「協定の際、言った筈だぞ。
 ────妙な真似をしたら、ニコ・ロビンの方から殺すと」


 無慈悲な一撃が振り下ろされる。
 その瞬間、クレスの中で時がコマ送りのように引き延ばされた。
 ロビンが現れたクロコダイルに目を見開き、何とか回避を試みる。
 砂嵐のあおりを受け体制の崩れたロビンにこの一撃を避ける事は不可能であり、水を持たぬ今、クロコダイルを掴む事も不可能であった。
 クレスは骨と皮と化した左腕に構うこともなく全力で走った。
 ロビンを守り抜くこと。それがクレスが自身に掲げた絶対の誓いだった。
 

「大丈夫か? ロビン」


 鮮血が舞い、まだ温かい血液がロビンの頬に付着した。


「クレス……?」


 茫然とした声でロビンが言葉を為した。
 クロコダイルの毒針。体内に入り込めば数分で死に至らしめるという猛毒。
 全力で駆け、ロビンを庇うことを優先し、“鉄塊”で防ぐ暇は無かった。
 クレスの口元から血が流れ出る。クロコダイルの毒針はクレスの腹に深々と突き刺さっていた。


「くだらねェなァ」


 吐き捨てるように言いながらクロコダイルが毒針をクレスから引き抜いた。
 クレスが糸が切れたマリオネットのように小さく震え、壊れたように一気に吐血した。


「まったく、くだらねェ。てめェらみたいな奴らをバカって言うんだ。
 "情"なんて不要な物を捨てられねェからこうして命を落とす。今までよく生き抜いてこれたもんだぜ」


 クロコダイルはクレスへの興味がかくなったのか一瞥すらくれずに、淡々とロビンに向けて再び毒針を振り上げた。


「あの世で仲良くでもしてろ、<オハラの悪魔共>」


 そしてクロコダイルの毒針が振り下ろされる。
 クロコダイルの毒針は鈍い音と共に肉を抉り、そして止まった。


「何だと!! まだ、生きて……!!」


 驚愕の表情を浮かべるクロコダイル。
 クロコダイルの毒針はクレスがロビンを守るように差し出した右腕に突き刺さっていた。


「ロビンに手ェ出すんじゃねェよ……!!」


 瀕死の筈のクレスの脚が唸りを上げる。
 水を持たぬ筈のクレスの脚は、クロコダイルを蹴りつけ骨の軋む音と共に吹き飛ばした。


「ぐッ……!!」


 クロコダイルが苦悶を上げた。
 クレスからあふれ出た大量の血液。それがクレスの全身を濡らしていた。
  

「六式“我流”────」


 クレスが小さく呟いた。
 視界がやけに点滅し、毒が回って来たのか体がバカになったみたいに震えた。突き刺された腹はやけに熱を持っていて、腕もまた感覚が死んできた。
 だが、それでもクレスは大地を踏み砕くように蹴りつけた。
 徐々に寒くなってきた体を無理やりに制御して、左腕がミイラなのにも構わずに走り抜ける。
 吹き飛ばされたクロコダイルはその姿を視界に納め、毒を食らい生きている筈の無いその男を抹殺しようと、砂の刃を作り出す。
 今のクレスは手負いの獣も同然だ。確実に止めを刺さなければやられるのは自分だと海賊としての本能が告げていた。


「────砂漠の(デザート)!!」


 血を流しながらクレスは瞬く間にクロコダイルへと迫り、震脚。クレスが踏み抜いた衝撃は葬祭殿全体を震わせる。
 クレスは右腕を手刀の形で硬化させ、全身を弓のようにしならせる。震脚によって受けたエネルギーを変換し、引き絞られた体勢でクロコダイルに狙いを定めた。



「金剛宝刀(ラスパーダ)────!!」

「────銀刃先!!」



 放たれた銀光のようにクレスの硬化された手刀が突き出される。対するクロコダイルは剛金の宝刀と化した魔手。
 リーチではクロコダイルが勝った。クレスの手刀がその身に届く直前にクロコダイルの刃がクレスを斬り裂く。
 それでもクレスは止まらない。通常ならばまず相手が両断されるクロコダイルの宝刀。だがクレスは“鉄塊”をかけその刃を阻んだ。
 だが、無事だという訳ではない。クロコダイルの刃は徐々にクレスを斬り裂いてゆく。
 クレスは全身から血が溢れだすのも構わずにただ愚直に前進する。
 その時、一瞬だけクレスに対する負荷が和らいだ。


「────!!」


 クロコダイルが瞠目する。
 自身の刃を逸らそうと咲いたロビンの腕。
 刃と化した腕を直接掴み上げ、腕が斬り裂かれる厭わずに逸らしていた。クレスをサポートすべくロビンは歯を食いしばる。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ────!!」



 クレスが咆哮する。
 力が緩んだ一瞬に、腕をクロコダイルに向けて突きたて、一気に押し込んだ。
 巻き上がる砂塵。崩れた石材が吹き飛び、鮮やかな葬祭殿を破壊してゆく。
 ただ一人の観客であるコブラは目の前で繰り広げられる激戦にただ息を飲むしか無かった。
 何故、<オハラの悪魔達>と呼ばれた二人がクロコダイルを裏切り、こうして戦っているのかコブラには分からない。
 コブラが葬祭殿にクロコダイル達を案内したのは葬祭殿にある特殊な作りの為だ。葬祭殿は綿密な計算のもと柱を一本抜くだけで崩壊するような作りとなっている。
 国王としての意地として、コブラはクロコダイル達と共に生き埋めになる覚悟だったのだが、繰り広げられた激戦により既に葬祭殿の崩壊は始まっていた。
 砂嵐が力を失い、徐々に小さくなってゆく。
 その向うに影が見える。
 三つあった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 息を荒げているのは全身を血で濡らしたクレス。
 その身には深い傷が刻まれて血が溢れだしている。


「……ッ」


 斬り裂かれた腕を抑えるのはロビン。
 ロビンの能力によって咲いた腕は全て彼女のものだ。咲かせた腕がダメージを受ければその痛みは本人に還元される。
 

「ク、クハハハハハハ……」 


 不気味な笑い声を上げたのはクロコダイル。
 彼の胸元から肩口に抉られたような傷が続き、同じく流れ出た血が服を濡らしていた。


「……………」

「……………」

「……………」


 三者共に言葉な無い。
 クレスとロビンは生き残るために死力を尽くし、クロコダイルは立ち塞がる敵を切り捨てるのみだ。
 だが、状況はどう見てもクロコダイルに傾いていた。クロコダイルを打倒するにはクレス一人の力では足りず、ロビンだけでは不可能。二人がそろってやっと均衡が保てた、そういうレベルだ。
 現状はかなり厳しい。クレスはかなりの重症で、ロビンもまた腕を痛めては能力の行使に支障が出る。対するクロコダイルは傷は小さくはない筈なのに今だ不敵な笑みを浮かべている。
 硬直は息苦しい緊張を生みながら続き、クロコダイルが先じて均衡を破ろうとした瞬間────



「見つけたぞ……ワニ」



 第四の人物が現れる。
 クロコダイルが始末した筈の少年。モンキー・D・ルフィ。


「………!!」


 その瞬間のクレスの行動は迅速であった。クレスは速攻で地面を蹴り、クロコダイルに背を向け、ロビンを抱きかかえたまま戦闘から離脱した。
 

「チッ……!!」


 クロコダイルが舌を打ち二人を追おうとしたが、目の前に立ち塞がった少年がどうしても邪魔だった。
 

「何故、生きているんだ……!! 
 殺しても殺しても、何故おれに立ち向かってきやがる……!! えェ!? 麦わらァ!! 何度殺されれば気が済むんだァ!!」

「……まだ、返してもらって無いからな。お前が奪ったものを」

「おれが奪った? ハッ!! 金か? 名声か? 信頼か? 命か? それとも雨か?」


 クレスとロビンを仕留めきれなかった苛立ちをぶつけるように、クロコダイルは矢継ぎ早に言う。
 ルフィは王女の意志を代弁しぶつけた。


「国」













◆ ◆ ◆

 
 




 
 



「クレス、しっかりして!!」


 ルフィの乱入により戦線を脱出したクレスは、睨み会うクロコダイルとルフィから離れた壁際でロビンを下ろし、崩れるように倒れた。
 葬祭殿は崩壊を始めている。何らかの防衛システムが発動したのか、入り口は断たれ、おそらく後は生き埋めになるのを待つ状況なのだろう。
 理想的なのはこの場からの離脱であったが、それは叶いそうに無かった。


「心配すんな……まだ、死にはしない」


 ロビンはクレスから流れ出る血の量に青ざめるも、クレスのサイドバックから応急セットを取り出し、処置をおこなっていく。
 クレスは心配そうなロビンの髪を撫でようとして、自身の手が血で濡れていることに気づいて止めた。


「命拾いしたな……解毒剤を先に飲んどいてよかった」


 クレスとロビンはもしもの為にクロコダイルの毒針の解毒剤を用意していた。
 先程まで視界がふらついて、感覚がどんどんなく無くなっていったが、ようやく解毒剤が効き始めたのだろう。
 クロコダイルの毒針によって与えられた傷は深い。下手をすれば解毒が先に始まる前にクレスの命を刈り取っていた可能性も十分にあった。
 だが、今のクレスに戦う力はほとんど残されていない。ルフィの乱入が無く、戦いを続けたならば倒れていたのはクレスであった可能性は高い。


「惨めなもんだ。……勝つつもりで戦ったが、やはり奴の方が上手だったらしい」

「……バカね、クレスはいつもそう。私のことばっかりで自分の事を全然省みない」

「ならオレはバカで結構だ。……お前の為ならバカになっても構わない」


 クレスは視線を激しい戦いを始めたルフィとクロコダイルに向けた。
 水を持たぬルフィは自身の血によってクロコダイルに攻撃を仕掛けいるようだ。


「どうやら、オレ達の未来は<麦わら>が握っているみたいだな」

「この国の未来もかしら……」

「償いと言うには自己満足にも程があるが。やれることは全部したつもりだ。……後は、結果が出る事を信じるしかないみたいだな」

「……そうね」



 時は淡々と砂の王国においても刻まれる。
 それはまるで砂時計のように、幾多もの人々をふるい落としてゆく。
 最後に立っているのは、麦わらか、クロコダイルか。
 希望と絶望が交差し、砂の王国を震わせる。


────クロコダイルが示した広場砲撃までの時刻は後一分。


 誰もが戦い。
 激しいうねりの中に身を投げ出している。
 僅か一分後の未来を知る者はいない。













あとがき
アラバスタ編ももうそろそろ終了ですね。
クレス、ロビンVSクロコダイルは結構悩み為したがこういう感じになりました。
クレスの黒手袋は最初のころから考えていたのですが、出すか出さないかで最後まで悩みましたが、結局出すことになりました。
次も頑張りたいです。





[11290] 第二十一話 「奇跡」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/04/12 20:54
「おい、本当なんだろうな!?」

「ああ、間違いない!! おれだけじゃない。他に何人も見てた!!」

「クソ!! 逃がしてなるものかよ!!」

「ああ、何としても捕らえて皆の前に晒すんだ!!」


 援軍としてやってきた反乱軍の一団は戦場から逸れるようにアルバーナ市内を走っていた。
 武装し、戦場へと馳せ参じた彼らがこうして走っているのには意味がある。
 この中の何人もが戦場から逃げ出すその男の姿を見たというのだ。


「国王め……ッ!!」


 一人が憎々しげに吐き出した。
 彼らは偶然戦場から逃げ出す国王らしき男を見つけこうして追っていたのだ。
 戦争時に責任者が逃れる事はよくあることだ。だが、だからと言って許容できるものでは無い。
 君主としての責任を放りだして逃げ出す。しかもこの反乱を引き起こした張本人が。許せる筈が無かった。


「こっちだ!! この曲がり角の向うだ!!」


 目撃した一人が叫んだ。
 武装した一団は男の指示した角を曲がり、長い直線となった通りでその姿を発見する。


「いたぞ!!」


 一人が指をさした先に、確かにその姿はあった。
 威厳ある顔つき。背丈も声色も間違いなく国王の筈だ。


「あん? 見~~~~~つかっちゃったわねいっ!!」


 だが、その場にいる全員が首をかしげた。
 コブラの服装。何故かボロボロで血が滲んでいる変態チックなバレリーナスタイル。
 国王は周り困惑する兵士たちに取り囲まれようというのに、余裕の表情でバレイポーズを取ろうとして、


「んげッ!! ガッチガチじゃないのよう!! もう、なんて不便な身体なのよう!!」


 腰を痛めたようにさすった。


「が―っはっはっはっは!! ねぃ? もしかしてアンタ達が探していた国王ってもしかして────」


 国王が左頬に触れた。


「────あちしのことかしら」


 すると、国王の姿が反乱軍の兵士達の前で大柄のオカマに変わった。
 反乱軍達は声を失った。変装なんてレベルでは無い。目の前のオカマは、声も顔も体格もさっきの国王とは全くの別人だ。


「あちしが食ったのは<マネマネの実>!! 右手で触れた人物を完璧にをマネる能力よう!! ドゥ~~? ビビった? ビビった!? が──っはっはっはっは!!」


 反乱軍の目の前でオカマは得意げにくるくると回る。
 

「それにしても、ナノハナでのアンタ達の顔ったら最高だったわよう。み~~~んな!! あちし達の変装に騙てんの!!」


 オカマは呆然とする反乱軍達に背を向ける。


「それじゃぁねい!! が──っはっはっはっはっはっはっは!!」


 そして物凄いスピードで走り去っていった。
 立ちつくす反乱軍の兵士たちはその姿を唖然と見送るしか出来なかった。


「もしかしておれ達は……」


 自分達が躍らされていた可能性に気がついた反乱軍たちは青ざめながら呟いた。


「……誰かに騙されていたというのか?」













第二十一話 「奇跡」













「うおおおおおおおおおおおおおおおォ……!!」


 クロコダイルが自ら手を下し始末した筈のルフィは、今クロコダイルの最大の壁となって立ち塞がる。
 ルフィの拳が唸りを上げた。<ゴムゴムの実>により何処までも伸びるゴムパンチ。間合いを一切無視した攻撃がクロコダイルに向けて迫る。
 クロコダイルの弱点である水を持たぬルフィであったが、水を自らの血で代用し、自身の傷口が抉れることも厭わずに戦い続けた。


「小賢しい……!!」


 クロコダイルは体を砂へと変えてルフィの拳を避け、毒針を無防備に伸びきった腕に振り下ろす。
 振り下ろされる毒針の危険性を本能で察し、ルフィは伸びた自分の腕を引っ張り避けた。そして同時に地面を蹴り、クロコダイルに向けて渾身の蹴りを放つ。


「ぐッ!!」


 ルフィの蹴りはクロコダイルに炸裂し、その巨体を向う壁まで吹き飛ばした。
 クレスとロビンとの戦いで消耗したクロコダイル。決してその傷は浅くはない。先の戦いでつけられた傷は徐々にクロコダイルを蝕んでゆく。
 だが、それはルフィも同じだった。二度のクロコダイルとの戦いにおいて敗北し死地を彷徨ったルフィ。今こうして生きている方が不思議なくらいだ。


「クロコダイル~~~~ッ!!」

「チッ……!!」


 がむしゃらに、自らの命さえ省みない猛進を繰り返す。ルフィはただ一念にクロコダイルの打倒のみに動いていた。
 クロコダイルを追撃するためにルフィは駆け、更に拳を振り上げる。ルフィの拳は息を荒げ膝をついたクロコダイルの顔を強かに殴りつけ、葬祭殿の壁に叩きつけた。
 意識が飛んでもおかしくはない衝撃を受けてもなおクロコダイルは立ち上がる。
 

「……てめェはどうしてもおれをブチのめしたいらしい。
 ならばおれもてめェの執念に報いてやろう。────海賊としてだ」


 格下を嘲るモノでは無い、目障りな敵を殺す事を決めた凄惨な顔がそこにはあった。


「おめェのソレ、さっきまでと違うな」

「ああ、毒針さ」

「そうか」


 毒針と聞いてもルフィは気にした様子を見せない。
 クロコダイルは目の前の新米海賊(ルーキー)に対して鼻を鳴らした。


「一端の海賊ではあるようだな。海賊の決闘は常に生き残りをかけた戦いだ。卑怯なんて言葉は存在しねェ。
 地上で爆発が起きればココも一気に崩れ落ちるだろう。これが最後だ。三度目は無い。ケリをつけようじゃねェか」


 条件では五分と言える。
 だが、何処までもクロコダイルは計算高い。クロコダイルがの毒針は一撃を入れるだけでケリがつく。
 くし刺し、生き埋め、干上がり。これらの地獄を生き延びたルフィであっても、この毒を征することは出来ない。一撃でも喰らえば数分もせずに倒れる事となるだろう。


「ゴムゴムの~~~~ォ!!」


 ルフィがクロコダイルに向けて飛びかかりながら後ろに向けてゴムの腕を伸ばす。
 ゴムゴムの弾丸(ブレット)。ゴムの弾性をフルに生かした渾身の拳。
 ブチ当たれば自身を再び吹き飛ばすであろう攻撃を前に、クロコダイルはスッとルフィの拳に向けて渇きの魔手を差し出した。


「くっ!!」


 ルフィは咄嗟に放とうとした拳を自身の足の裏で受け止めた。
 もしそのままクロコダイルを殴りつけていたならば拳から全身にかけての水分が吸いつくされミイラと化していただろう。
 ルフィは空中で体を捻り、鋭い蹴りを繰り出す。ルフィの脚はクロコダイルの額を僅かに掠めるも、決定打には至らない。
 クロコダイルは隙だらけのルフィに毒針を振り下ろす。その瞬間ルフィのゴムの腕が伸び、葬祭殿の窪みを掴み間一髪で脱出する。毒針はルフィの変わりに落ちて来た石材を突き刺した。


「……!!」


 ルフィはクロコダイルへと視線を向け、その毒針の威力を知った。
 突き刺された石材は熱せられた鉄のようにどろどろと鼻を突く異臭と共に熔解していた。
 強大な砂の魔物は次の獲物を求るように、口元に残酷な笑みを浮かべる。


「……………」

「……………」


 睨み会いは僅かに続き、上から落ちて来た巨大な石材が二人の視線を遮った瞬間に同時に踏み込んだ。
 落下してきた石材は墜落と同時に砕け、辺りに小さな礫が水滴のように広がった。
 石材を中心として駆けた二人は一直線に敵に向かって接近し、互いの得物を振り上げた。
 ルフィは自身の血で濡らした脚。クロコダイルは毒を満たした凶爪。石粒を砕きながら振るわれた攻撃は獰猛な牙となって互いに喰らいつく。
 同時に鮮血が舞った。
 ルフィの脚はクロコダイルの頬骨を粉砕するような勢いで蹴り抜かれ、クロコダイルの毒針はルフィの肩の肉を抉り取った。
 毒の一撃を叩きこみ口角を釣り上げるクロコダイルにルフィは更に激しい攻撃を続ける。
 ルフィはクロコダイルの腕を掴み、鉄棒のように回転し、遠心力によって強化させた踵をクロコダイルの首元に叩きこんだ。
 強烈な一撃を叩きこまれたクロコダイルは地面に叩きつけられ、膝をついた。


「……ククク」


 ダメージは大きくも、膝をついた状況でクロコダイルは不気味に笑う。


「勝負アリだ」


 そして勝利を確信した。
 クロコダイルの毒針はルフィを深く傷つけた。毒は確実に体内を駆け廻り必ずルフィを殺す。


「お前は何もわかっちゃいねェ」


 砂の王国と同じく死の宣告のリミットを受けたルフィはクロコダイルを否定する。
 肩口を捉えた猛毒が粟立ちながらその肌を焼き、体内を犯しつつある状況で、ただ前を向いて、倒すべき敵を視界に納め、静かに、力強く。


「おれが……何を分かってねェって?」


 クロコダイルの勝利は不動だ。
 もはやクロコダイルがこれ以上手を下さずとも、ルフィは傷口から入り込んだ毒によって死ぬ。


「!!」 


 ルフィの拳が飛ぶ。
 クロコダイルは咄嗟に横に跳んだ。死にぞこないとは思えないほどに力強い拳はクロコダイルから逸れるも後ろの落石を砕く。
 粉塵を巻き上げながらルフィは疾走する。


「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」


 拳の乱打。血で濡れたそれはまるで血の弾幕だ。
 クロコダイルは次々に襲いかかる拳を全身を砂に変えて避け、後ろに引いた。
 もはやルフィに攻撃する意味すらなかった。
 ルフィも時間稼ぎを始めたクロコダイルに気づいているのか獣のような唸り声を上げ、毒が回り始めたにも関わらず追撃する。


「分からねェのか。お前はもう死ぬんだよ。その傷口から入り込んだ毒によってなァ……!!」

「がァ、ッ!?」

「ほら見ろ。そろそろ体がしびれて来たんじゃねェのか?」


 クロコダイルは死神のようにルフィの死期を宣告する。
 体がしびれ、膝が怯えたように震えたが、ルフィは地面を強く踏みしめそれらをねじ伏せる。
 その様子にクロコダイルは僅かに困惑する。ルフィは一切引くということを知らない。命の危機を感じていない訳ではない。やけになっているということでもなさそうだ。
 ならば何故、この男は戦うんだ。


「何故だ!! 何故おれに立ち向かってくる!! お前の目的はこの国にはねェ筈だ!! 違うか!?
 他人の目的の為に、そんなことで死んでどうする!! 仲間の一人や二人見捨てれば迷惑な火の子は降りかからねェ!! まったくバカだてめェらは!!」


 クロコダイルは自身の苛立ちの正体に気づいた。
 クレスとロビンを相手にしていた時も感じた衝動。クロコダイルには理解できない行動原理だ。
 その考えは間違いである筈なのに、何故コイツ等はここまで諦めずに立ち向かってこれるか。
 逃げ出せばいい。見捨てればいい。そうすれば、危険を冒す必要も意味も無くなる筈なのだ。


「……だから、お前は何も分かってねェって言ったんだ」


 息を荒げ、よろめきながらもルフィはクロコダイルを今だ強い光を持った目で睨みつける。


「ビビは……あいつは人に死ぬなって言うくせに、自分は一番に命を捨てて人を助けようとすんだ。……ほっといたら死ぬんだよ。お前らに殺されちまう」

「分からねェ奴だ。だからその厄介者を見捨てちまえばいいとおれは……」

「────死なせたくねェから、仲間だろうかァ!!」


 それが全ての答えだ。
 真っ直ぐに放たれた言葉にクロコダイルは僅かに気圧された。
 クロコダイルが示した言葉は最も効率の良い手段の筈であった。
 力の差は明確。弱き者は死んで当然。手を貸すこと自体が無意味。ならば初めから見捨てれば余計なリスクを背負わずに済むのだ。
 だが、クロコダイルよりも遥かに格下の筈のルーキーはその考えを一蹴する。クロコダイルにも勝るとも劣らない強靭な意志で。


「だから、おれ達は戦う。あいつが国を諦めねェ限り、おれ達も諦めねェ!!」

「……たとえ、てめェらが死んでもか?」

「死んだ時は、それはそれだ」


 ルフィは海賊だ。
 海に夢を求め、命を預けた。己の死は既に許容していた。
 そして再び、ルフィは拳を構える。────だが、毒に犯された体はそれを拒むように膝を地面に落とした。


「ウ゛、ウウ゛……!!」


 ルフィが苦しげな呻き声を上げる。
 クロコダイルの毒は確実にルフィを蝕み、喰らいつくしたのだ。


「ク、ククク……クハハハハ……!!」


 地面に這いつくばるルフィにクロコダイルがいつもの余裕を取り戻す。


「このおれに勝てるかどうかだ!!」


 そして自分の正しさを宣言する。
 

「お前がどれ程仲間を想おうと、お前がどれだけおれの計画を阻もうと立ち回ろうとも、ココでおれに勝てなければ、てめェらが今までやって来た全てが水の泡だ!!」


 ルフィの言葉は弱者の戯言だ。
 海のレベルを知らず、己の力を過信する。“夢”や“野望”を実現できるのはいつも強者。理想を描くことは勝者のみの特権だ。


「所詮、てめェのようなかけ出しの海賊が楯突いていい相手じゃなかったのさ。どうしようもねェ事なんざこの世に腐るほどある」


 高笑いを上げながらクロコダイルは自身の強さに酔いしれる。
 そして、空を仰ぐように両手を広げた。


「終わりだ。てめェも、この国も!!」


 上の戦場で起こる広場の砲撃を持って、アラバスタはクロコダイルの手に落ちる。
 崩壊のリミットまでは既に秒読みだった。






◆ ◆ ◆






 翼は戦場を駆ける。
 砲撃を阻止するためにビビとぺルは最速で時計台へと向かっていた。


「ビビ様見えました!!」


 王女を背に載せたぺルが目的地の接近を告げる。


「お願い、間に合って……!!」


 ビビはぺルの背中にしがみつきながら必死で祈った。
 現在は時刻は四時二十九分。クロコダイルが告げたリミットまで後僅か一分。
 ビビとぺルはその時刻をを目前の時計塔で確認する。すると、その時計塔の時計盤が擦れるような音と共に開き始めた。


「ゲ―ロゲロゲロゲロゲロ」

「オホホホホホホホホホホ」


 開いた時計盤の向うから笑い声と共に銃を持った二人が現れる。
 蛙をイメージした格好をした女と、似非貴族のような男だ。二人とも手には個性的な銃を持っていた。


「Mr.7!! ミス・ファザーズデ―!!」


 その見覚えのある顔にビビが確信する。
 砲撃はあそこからおこなわれる。それは正しく、Mr.7ペアの後ろには巨大な砲台があった。


「奴らは?」

「バロックワークス随一の狙撃手ペアよ。彼らがココにいるということは砲撃はあそこからで間違いないわ!!」

「ならば急ぎましょう!! しっかりと掴まっていてください!!」


 ぺルが両翼で風を掴んだ。
 巨大な隼はまるで放たれた矢のように一直線に時計台へと向かう。
 だが、狙撃手ペア達の鋭い眼は遠方から接近するその姿を補足した。


「ゲロゲロ!? Mr.7!! 何か巨大な鳥がコッチに向かってくるわ!!」

「オホホ!? もしや、背中の影はミス・ウェ~~~~ンズデイ!!」

「あたし知ってんの!! アイツ確か組織の裏切り者よ!!」


 狙撃手ペアは接近するぺルとビビに向かって手に持った得物を向けた。
 アジャスト。“黄色い銃”“ゲロゲロ銃”。空を飛ぶ鳥に照準を合わせ、同時に引き金を引き絞る。


「「スマッシュ!!」」


 放たれる弾丸。
 狙撃手ペアの弾丸は特別製だ。標的に着弾すると同時に破裂する。


「気付かれた!!」

「ッ!!」


 ぺルは咄嗟に旋回し弾丸を避けた。
 狙撃手ペアは避けられた事を驚きつつも装填された次弾で再び狙い撃つ。
 ぺルが逡巡する。今のぺルは背中にビビを乗せた状況だ。弾を避けようと無理やりに動けばビビは振り落とされてしまう。
 しかも、時計塔から狙撃を仕掛けてくる二人はかなりのやり手だ。ぺルの軌道を予測して正確に照準を定めてくる。このままではいずれ撃ち落とされてしまう。


「ぺル!! 私の事は気にしないで!!」

「しかし」

「今はそんなときじゃない!! 一刻も早く砲撃を止めるの!! 私を信じて飛んで!!」


 ぺルは王女の言葉に腹を括った。


「行きます!! 振り落とされないように!!」

「ええ!! 望むところよ!!」

 
 ぺルは飛来した弾丸を急上昇して避け、空気の層を破るような勢いで一気に空を駆けた。
 手加減は無し。祖国を救うことに全力を尽くす。王女はそれだけを望んでいた。


「ゲロ!! 何て速さ!!」

「オホ!! 撃つのです!! 砲弾の発射までは秒読みです。これさえ放てば我々の地位は安泰なのです!!」


 狙撃手ペアは最大の出世の機会を目の前に、自身をも殺す砲弾を守り続ける。
 次々と放たれる弾丸の中をぺルは駆け抜けた。
 一発も喰らうわけにはいかなかった。背中には守るべき王女。一撃を貰えば必ず体制が崩れる。そうなれば背に乗った王女は振り落とされてしまう。
 だが、狙撃手達の弾幕は厚い。たとえぺル一人であったとしても時計台というシェルターに守られた狙撃手達に近付くのは困難を極めただろう。


「ぺル、出来るだけ近づいて上昇を」
 

 鋭い声で背に乗った王女が指示を飛ばした。
 ぺルはその力強い声に反応する。ミサイルのような勢いで時計塔へと迫り、怯んだ狙撃手達の前で宙返りを果たし、視線を釘図けにする。


「逃げても無駄!!」

「逃がしませんよ!!」


 狙撃手達は太陽を遮るように宙返りを果たしたぺルに銃口を向け、そしてそこにいる筈の人物が消えていることに気がついた。
 

「孔雀一連(クジャッキーストリング)────」


 狙撃手ペアの正面に飛来するビビの姿があった。
 ビビはぺルが空へと舞い上がると同時にその背を蹴って、狙撃手達に肉薄したのだ。
 両手に武器を構え、ぺルに気を取られ隙を見せた狙撃手達に渾身の一撃を叩きつける。


「────スラッシャ―!!」


 鞭のような数珠つなぎの円刃が狙撃手達に襲いかかる。
 狙撃手達は咄嗟の判断で身を伏せ、間一髪回避を果たした。


「ゲロゲロ、残念!!」

「オホホ、外したな!!」


 狙撃手達はビビに向かい銃口を向け、引き金を引こうとして、


「逆流(ランバック)!!」


 逆流のようにに舞い戻ってきた円刃にその身を斬り裂かれた。
 ビビの一撃により狙撃手達は意識を失い、時計台の下へと落ちて行った。
 

「…………!!」


 ビビは倒した狙撃手達に目もくれずに時計台の中にある巨大な砲台へと走った。
 既に砲台へと続く導火線には点火されており、一刻も早く火を止めなければ砲弾が発射されてしまうのだ。
 ビビは<孔雀スラッシャ―>を振るう。ビビが振るった円刃は着々と進む崩壊の火を────直前で断ち切った。






◆ ◆ ◆



 


「オイ、ウソップ!! ビビちゃんは!?」

「分からねェ……時計台の中だ」


 戦場に紛れ込んだバロックワークスの社員達を駆逐したサンジは時計台から砲台が覗いたのを見て全力で駆けつけた。
 手当たり次第に辺りを探し続けたウソップ、ナミ、チョッパーの三人もまた時計台の前へとやって来ていた。
 四人の前方にはついさっき落下してきたバロックワークスの狙撃手であろう二人組が気を失って倒れている。


「サンジくん、ゾロは?」

「いや、知らねェ。走っている内にはぐれた」

「はぐれたって、迷子かよ!?」

「────お、何だてめェら早かったな」

「ゾロ!?」

「ちょっと、ゾロ何処行ってたのよ!?」

「西って言ってたから……左に」 
 
「奇跡だァ!!」

「……あんたよくそれで辿りつけたわね」

「うるせェ、何か知らねェが海軍が案内してくれた」

「何で海兵が?」

「知らねェよ。それよりも砲撃はどうなったんだ?」

「分かんないの。どうやら、Mr.ジョーカーの言う通りこの上にあったみたいなんだけど、肝心のビビがいつまでも顔を出さないの」


 一味は時計台を見上げた。タイミング的にはギリギリだったがおそらく間に合っていた筈だった。
 ビビが導火線を断ち切るのを目にし、一安心して新手がいないか時計塔の周りを哨戒していたぺルも、心配しビビのもとへ向かおうと翼を羽ばたかせた。


「ビビ様、どうか為されましたか?」


 翼をたたみ、時計台の中へと入り込んだぺルは砲台の前で茫然と立ち尽くすビビに声をかけた。


「ぺル……どうしたらいいの」


 混乱した様子のビビは、錯乱しながら声を張り上げた。


「砲弾が時限式なの!! このままだと爆発しちゃう!!」







◆ ◆ ◆






「なんと卑劣な……!!」

「せめて周到だと言って欲しいな、Mr.コブラ。作戦ってのはあらゆるアクシデントを想定し実行すべきだ。
 時間までに砲撃手のみに何かが起きたとしても『砲弾』は自動で爆発する。なァに、時差はほんの数分さ。広場のど真ん中に打ち込みてェとこだったが、まァ、あの場所でも支障はあるまい」


 何処までも狡猾なクロコダイルにコブラは悔しげに歯を噛みしめる。
 クロコダイルの計画の核は何処までも自分だ。打ち立てたバロックワークスという組織も、選りすぐりの部下達も、積み上げた計画も、全てがクロコダイルを中心として回っている。
 全ては掌の上の出来ごと。多少の歪みなど初めからものともしない。計画の部品が狂ったところで、その中心にクロコダイルが君臨し続ける限りものともしないのだ。
 他者を喰らい続ける砂の魔物は常に自身の野望の為に行動する。広場の砲撃はその事を実に雄弁に語っているといえよう。


「さァ、祝ってくれたまえ。新しい王の誕生を」






◆ ◆ ◆






 
 カチカチカチカチカチカチ……。
 機械的に秒針は確実に時を刻んでゆく。
 

「いったいどこまで人をあざ笑えば気が済むのよ!!」


 ビビは握りしめた拳を床に叩きつけた。
 時差は僅か数分。砲撃手を倒そうとも結局砲弾は爆発する。直径5キロを吹き飛ばすという爆弾ならば必然的に広場全体を破壊するだろう。
 絶望に沈むビビ。掴もうとしていた希望を砕かれたその姿はクロコダイルにとっては最高の愉悦となったであろう。
 ビビに国は救えない。巻き込んだ仲間たちを道ずれに、無駄な犠牲者を増やし、最後に全てを奪い取られる。
 閉ざした目の中にはあの耳障りな高笑いが響いていた。


「────懐かしい場所ですね。ココは」


 ぺルのやさしげな声はビビの中で残響する高笑いを覆い隠した。


「砂砂団秘密基地。幼いころのあなたにはよく手を焼かされました」


 幼き日、やんちゃだったビビは日ごろから近づくなと言い聞かせられた弾薬庫に忍び込んで、ぺルの為に花火を作ろうとした。
 だが、失敗し、爆発事故を起こしてしまった。幸い怪我は小さく大事には至らなかったものの、ぺルは言いつけを破ったビビを平手で打ち、強くしかりつけた。
 王家に手を上げたことに周りの家臣たちがざわめく中、ぺルは膝をつきビビに視線を合わせて、誰よりも心配そうに哀しくもやさしい顔でビビに言った。
 ────けがで済まなかったらどうするのです。
 その日、ぺルは落ち込んだ王女を慰めるために王女を背に載せて飛んだ。
 高く、何処までも高く。輝く太陽に手が届きそうな程高く。


「ビビ様……私は」


 ぺルはビビが幼いころから変わらない表情で、泣き崩れそうな王女に向けて微笑んだ。


「あなた方、ネフェルタリ家に仕えられた事を、心から誇らしく思います」


 その言葉に、ビビはこれからぺルがしようとした事に気がついた。
 ぺルはアラバスタを破壊する砲弾へと歩み寄る。ビビがぺルに向けて声にならない悲しみをぶつけようとした時、







 カチカチカチ、

 カチカチカチ、

 カチ、カッカッカッカカカカ……。

 ガ、ガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……






「!?」


 まるで歯車が狂ったかのような不気味な音が砲弾に取り付けられた時限装置から響いた。


「────!!」


 ぺルが目を見開いた。
 時限装置の針が時に逆らうように、無理やりに逆走し始めたのだ。
 それはまるで錆ついた歯車のように、装置自身が壊れてしまいそうな音を響かせ回っていった。
 あざ笑う悪魔のように進む針。逆走する針は今にも折れてしまいそうな気がした。


「ビビ様!!」


 ぺルはせめてものとの思いで、大きな両翼を広げビビを覆った。
 時計の針は臨界間際のように終わりを目指して、────そして。
 
 
 



◆ ◆ ◆






「……クックックック」


 陶酔するクロコダイルに冷や水を浴びせかけるようにくぐもった笑い声が響いた。
 その笑いはやがて大きさを増し、葬祭殿の中を覆った。


「何が可笑しい、エル・クレス。……心配しなくても、てめェらはちゃんと殺してやるよ」


 クロコダイルは突如笑いだしたクレスに視線を向けた。
 ロビンと共にルフィとクロコダイルから離れた場所で壁に背中を預けながら座っていたクレスは、口元を歪めながら言葉を為した。


「哀れなもんだな。空虚な高笑いってのは」

「何?」


 クレスは指先で上を指した。
 

「直ぐに分かる。いや、理解するハメになる」



 

 
◆ ◆ ◆






「え……?」


 ぺルの羽に包まれていたビビが茫然と声を漏らした。
 時限装置が作動し、もはや打つ手がなくなった。それをぺルが自身の身を呈して守ろうとしたのだが、装置が急に暴走した。
 全てが終わった筈だった。だが、ビビは今だ自身を包む羽の温かさを感じていた。


「ぺル……?」

 
 夢とも疑いぺルに声をかけた。


「ビビ様」


 声は返ってきた。
 ぺルも混乱している様子だ。


「どうなったの?」

「……分かりません」


 ぺルは羽をしまう。
 ビビは恐る恐る、砲弾の方へと歩み寄った。
 

「これは……」


 砲弾に取り付けられた時限装置。
 暴走し、逆走したそれは、0を示す直前で完全に停止していた。
 壊れてしまったのかは分からないが、どうやらもう動き出すことはなさそうだった。
 

「助かったの?」


 今だ信じられない様子だ。
 そんなビビにふと部屋の片隅に目を向けたぺルが声をかける。


「ビビ様」


 ぺルが部屋の片隅に置かれていたモノに気づきビビに声をかけた。
 それは偽装が為された箱で、ぺルも気付く筈がないものだったが、Mr.ジョーカーのメモの一文がふと頭によぎった。
 クロコダイルは間違いなくアラバスタの民を殺すつもりだった。砲弾は間違いなく爆発した筈だ。だが、それは阻まれた。
 阻まれたということは、阻んだ誰かがいる筈なのだ。
 ぺルはゆっくりと箱を開けた。
 そして、箱の裏に張り付けてあったメモが目に入った。



『砲弾は止まっている。箱の中身は使ってもいいし、使わなくてもいい。迷惑をかけた』



 見覚えのある筆跡でそう書かれていた。
 ぺルとビビは箱の中身に目を向けた。


「何……これ」


 そこにあったものはバロックワークスの社内情報だ。
 かなり秘密度が高く、資金繰りや取引先のリストまであった。
 もし、これを海軍にでも持ちこめば、バロックワークスは一気に瓦解するだろう。


「どういうことだ……」


 ぺルもまた茫然と呟いた。
 王国最大の危機を回避出来たのかもしれない。だが、Mr.ジョーカーの行動の意味も分からない。
 思えば彼らの行動は不自然な点が多過ぎた。握らされたメモにしても、ぺルの息の根を止めなかったことにしても。
 それはまたビビも同じだ。あざ笑うような行動をとっていた筈の二人。だが、その裏では致命的な情報をリークしたり、一度命も助けられた。
 その真意は分からなかったが、ただ一つ言える事は、彼らはクロコダイルとは別の思惑で動いていたということだけだ。



「────ビビ!!」



 しばし硬直していたビビは仲間からの声で我に返った。
 砲撃は止まった。ひとまず危機は去ったのかもしれない。だが、今だ広場では兵士達が狂気を振りまきながら戦い続けている。


「みんな!!」


 時計台から顔を出してビビは仲間たちに告げた。


「どうなったんだ、ビビ!! 砲撃はもう大丈夫なのか!?」

「……ええ。おそらくは大丈夫な筈。でも、戦いが終わったわけじゃない」


 そこで僅かに言い淀んだ。
 ビビは仲間たちに向けて助力を懇願しようとしたのだ。
 バロックワークスとの激戦を潜り抜けた仲間たちはもうボロボロだ。
 それを推して更に手を貸してほしいというのは、余りにも酷なことだ。


「分かったわ!! コイツ等に殴ってでも戦いをやめさせる!!」

「………!!」


 ビビは仲間達からの言葉にビビは一瞬涙ぐんだ。
 だが、それを堪えて言葉を紡ぐ。


「ありがとう!!」


 仲間たちはその様子に気づき、いつものように言葉を返した。


「……余計なこと考えないの。あんたはこの戦いを止める事だけ考えてればいいんだから」

「その通りだぜビビちゃん!!」

「……どうせ乗りかかった船だ」

「よーし!! 援護はおれに任せとけ!!」

「おれも頑張るんだ!!」


 そして再び戦場に向かう。
 仲間の為、命を賭けて、アラバスタを救うために。


「ぺル」

「はッ!!」


 ぺルは翼を広げる。


「我、アラバスタの守護神ファルコン。
 この両翼、この命、我が全霊をもってあなた様をお守りいたしましょう」


 ビビは頷き、その背に乗った。
 そして時計台を後にし、戦い続ける国民達のギリギリまで近づき、戦いを止めるために大声で叫んだ。
 
 ────戦いを止めて下さいと。






◆ ◆ ◆






「やってくれたな……!! オハラの悪魔共がァ!!」


 激昂するクロコダイルの叫びが崩れゆく葬祭殿の中で響いた。
 その身からは空間を歪めかねない程の殺気が迸しっていた。


「残念だったなワニ野郎。これでてめェの“理想郷”とやらも御破算だ」


 クロコダイルが兵士たちを殺すのには当然意味があった。
 人口が100万人を超える大国アラバスタ。一人一人の力は及ばずとも、集まればそれは十分な脅威だ。
 計画上、コブラを宮殿で晒しものにした瞬間からある程度は真実が露呈するのは仕方がない。広場での戦闘でも誰かが生き残るだろう。そのための砲弾だった。
 広場で爆発が起こり、その場にいる全ての者たちを亡き者に出来れば、証拠の隠滅と共にこの先脅威となる可能性がある者達をあらかじめ始末することが出来るのだ。
 そうすれば、クロコダイルが皇帝としてこの地に君臨し、海賊達を招いて巨大な軍事国家を築こうとも問題無くスムーズに事が進む筈だった。
 だが、爆発が起こらず、目的の古代兵器も手に入らず、真実を知る王女が確かな証拠と共に生き残れば、それはクロコダイルが懸念していた最悪のケースとなりえた。


「まったく、苦労したよ。お前の目を欺くのには。
 だが、時限爆弾ていう存在が仇となったな。爆弾って奴の取り扱いは難しい。そして爆発させてみないと成功かどうかはわからない」


 斬りつけるように鋭くクレスは言葉を紡いでいく。


「そして最大の原因は、お前自身の強烈なエゴだよ。
 そもそもが両軍に紛れ込んだ社員たちごとを爆破しようっていう砲撃だ。社員達に告げる情報もそれぞれに分断させて機密性の高い情報として流していた。
 まぁ、当然だな。作動すれば自分が殺されるようなものをホイホイと暢気に放つ訳が無い。知られれば当然疑念も生む。社員たちからお前に行き着いた情報では完璧だったんだろうよ。故に付け入る隙はあった」


 クレスは砲弾がアルバーナへと運ばれる際に船に入り込んだ。
 その際に爆弾に手を加えた。その事は社員達に目撃されている。
 社員達は報告書にはこう記した。


「任務は完了しました」


 バロックワークスは秘密結社。
 社訓は“謎”。社員にはただ任務を遂行することのみが求められる。
 故に、例えば急にクレスが事前の報告なしに任務に参加したとしても詮索することは許されず、社員達はいつものように報告をおこなうのみだった。
 しかも、ロビンはクロコダイルより大部分の指揮権を委ねられている。秘密を是とする組織の形態を逆手にとればこの程度の事は容易い。


「お前は他人を一切信用せず、駒のように扱っていたが故に付け込まれたんだ」


 クレスの言う通り爆発は起こっていない。それが何よりの証拠であった。
 地面を砕きかねない程に踏みつけながらクロコダイルがクレスとロビンに迫る。


「それがどうした!! てめェのそれはただの自己満足に変わりねェ。おれ自らに命を絶たれる未来を選択したまでだ。
 ハッ!! てめェらが小賢しくも動き回った結果もそうさ。おれはこうして勝ち残る!! おれさえいればこんなチンケな国なんぞどうにでもなる!!」

「別に、自己満足の為だけにお前にベラベラとこんなナリで話した訳じゃねェよ」


 息まくクロコダイル。
 だが、クレスとロビンの視線はクロコダイルには向いていない。
 クロコダイルの更に後ろ。クロコダイルが過去の存在として忘却しかけている者へと注がれていた。


「言ってみれば、ただの時間稼ぎだ。お前の相手はオレ達じゃない」

「なに?」


 クレスはクロコダイルの背後を指示した。


「まだ、あの男だ」






 クレスの言葉にクロコダイルは背後へと振り向いた。
 そこにその男はいた。
 クロコダイルの理解を越えた存在。
 三度に渡る致命傷を受けてもなお立ち上がる新米海賊(ルーキー)。
 <麦わら>モンキー・D・ルフィ。


「お前なんかじゃ……おれには勝てねェ……!!」


 今にも死にそうな様子だった。
 クロコダイルは再三にわたり立ち向かってくるルフィに驚愕しながらも、今にも倒れそうな姿にうすら笑いを浮かべた。


「ク、クハハハハハ……!! やっと絞り出した言葉がそれか。今にもくたばりそうな負け犬にはお似合いの根拠もねェ虚勢だ!!」


 果たしてそれは虚勢か。
 嘲るクロコダイルに対し、ルフィは己の中に打ち立てた決して砕けぬ夢を口に為す。
 それが今にも倒れそうなルフィをこうして立たせていた。
 その夢。海に夢を見た誰もが描いた夢。高く険し過ぎるが故に誰もが諦めて行く夢。



「おれは海賊王になる男だ……!!」



 誰よりも自由な海の王。
 ルフィは幼き時に命を助けられた恩人に誓ったのだ。


「いいか小僧、この海をより深く知る者程そういう軽はずみな発言はしねェもんさ。言った筈だぞ、てめェのようなルーキーなんざこの海にはいくらでもいると!!」


 クロコダイルは再び毒針を振るう。
 夢見がちな哀れなルーキーに先駆者として海の厳しさと、その身の矮小さを刻みつけるために。海のレベルを知れば知るほど、そんな夢は見れなくなるものだと。
 ルフィを突き破る勢いで振るわれた毒針。
 鋭いその一撃を今に倒れそうなルフィは何処までも強い光を目に灯して真正面から立ち向かう。
 カウンターのように振り上げられた血まみれの素足が鉤手を掴んだ。ルフィは全身の力を動員し、そのまま毒針を踏みつけ、根元から叩き折った。
 
 
「……おれはお前を越える男だ」


 その瞬間クロコダイルが抱いた感情は恐怖か、計り知れないルフィの執念に砂の魔物の全身が震えた。
 

「うあああああああ!!」


 絶叫。
 魂からの叫びと共にルフィの強烈な拳がクロコダイルに突き刺さる。
 貫かれるような衝撃にクロコダイルが身体をくの字に曲げる。


「オオォ!!」


 頭が下がったクロコダイルに強烈な蹴りが叩き込まれ、その体が宙を舞った。
 

「あああああ!!」


 地面に倒れる寸前。ルフィはゴムによって伸ばした拳を鉄槌のようにクロコダイルに叩きつける。その拳はクロコダイルごと床を砕いた。
 底知れぬルフィの力にクロコダイルは悶絶した。


「このガキの何処にまだこんな力が……。サソリの毒は間違いなく効いている筈……!!」


 何処からだ。
 何処から完璧だった筈の計画が狂ってしまったのか。
 クロコダイルは気付かない。他者を見下すその傲慢が彼の計画の狂いを招いたことに。
 その狂いはもはや致命的で、計画を打ち立てたクロコダイルであろうと制御不能であった。


「何処の馬の骨ともしれねェ小僧が……!!」


 クロコダイルの折れた鉤手から更に刃が現れた。
 周到な砂の魔物はそれらの考えを打ち消した。壊れたならばまた作ればいい。こうして自身が君臨し続ける限りまだ終わってはいない。
 

「このおれを誰だと思ってやがる!!」

「お前が何処の誰だろうと!!」


 突き出された刃を潜るようにルフィは避けた。
 

「おれはお前を越えて行く!!」


 打ち立てた夢の為。
 たとえ目の前に誰が立ち塞がろうが乗り越える。ルフィに取ってそれが誰であろうと関係ない。
 全力で戦い勝つまでだ。
 ルフィは勢いよく脚を振り上げる。クロコダイルの胸に衝撃が走った。
 振り上げた脚はクロコダイルを葬祭殿の天井近くまで打ち上げた。


「コノ聖殿と共にさっさと潰れちまうがいい!!」


 打ち上げられたクロコダイルはそれを勝機と見た。
 宙を舞う状況で幾重にも重ねた砂嵐を掌に生みだす。重みを持った砂嵐。叩きつければ葬祭殿ごと目障りな者達を押しつぶすだろう。


「砂嵐(サーブルス)!!」


 そしてクロコダイルは生みだした砂嵐を叩きつけようとして、


「!!」


 その掌を飛来したサバイバルナイフに突き刺された。
 掌は解放寸前だった砂嵐と共に四散する。クロコダイルはそれを為した男の名を叫んだ。


「エル・クレス……ッ!!」
 
「そろそろ退場だ、クロコダイル!!」


 そしてクロコダイルは自身に向かって猛烈に回転しながら肉迫するルフィを見た。


「ゴムゴムの……!!」

「砂漠の(デザート)!!」


 クロコダイルは自身の腕を砂の金剛の刃へと変化させる。それは大地を割るクロコダイルが持つ最強の宝刀だ。
 対するルフィは吹き荒れる暴風。ゴムのエネルギーを全て解き放ち、その身を荒れ狂う嵐と化した。



「金剛宝刀(ラスパーダ)────!!」

「────暴風雨(ストーム)!!」



 ルフィの血で濡らした拳と、クロコダイルの砂の刃がぶつかった。
 大地を割る砂の宝刀は握りしめられた拳に触れた瞬間砕け散った。
 クロコダイルの表情が驚愕で染まった。磨き上げた最強の刃も、拳と共に固く握りしめられた意志には届かない。
 一発。また一発と、拳の豪雨がクロコダイルを襲う。
 砂の魔物はその猛攻を前に、意識を飛ばした。


「ああああああああああああああああああ!!!」


 咆哮しながらルフィはクロコダイルを殴り続ける。
 砂の肉体は悲鳴を上げた。止まぬ拳の豪雨は上層へと続く岩壁をも打ち砕き、やがて地上へと突き抜けた。
 砂の魔物は拳と共に握りしめられた若き海賊のゆるぎない意志に敗北したのだ。






◆ ◆ ◆
 
 
 
 
 

「戦いを止めて下さい!! 戦いを止めて下さい!!」


 翼の生えた背に乗った王女の叫びが戦場に響く。
 だが、広場で戦う兵士たちにその言葉を届かせることは難しい。
 問題は吹き荒れる塵旋風だ。
 塵旋風が兵士たちの視界を覆い、狂気に陥れている。
 強行する兵士たちにはもはや目の前の敵しか映っていない。


「戦いを止めて下さい!! お願いです!! 戦いを止めて下さい!!」


 ビビの叫びをぺルは悲痛な思いと共に聞き続ける。
 広場は混乱の最中だ。たとえぺルが指揮官として国王軍に停戦を呼び掛けてもその指示がいきわたることはないだろう。
 ぺルはビビの声をいき渡らせるためになるべく低く滑空する。だが、それでも王女の言葉を届かせることは難しい。



 その時だった。



 ぺルが一瞬眉をひそめた。見間違いかと思ったからだ。
 だが、それは核心に変わった。
 塵旋風が吹き荒れる戦場に、ありえない筈の異物が混入していた。
 薄く、目を凝らさなければわからないほどに広がった靄。それが戦場に行き渡るように広がっていったのだ。
 霧。
 上空にいるぺルとビビだけが気付けた。今まさに戦場は薄い霧で覆われているのだ。


「いったいなぜ霧が……?」


 そしてそれは一瞬だった。
 広がった霧がまるで質量を持ったかのように重くなり、いきなり上昇し舞いあがったのだ。
 いきなり下から吹き付けた上々気流にぺルが煽られ、一瞬だけその羽を揺らした。ぺルは風を制御し体制を立て直す。
 そして辺りを見渡し言葉を失った。


「……塵旋風が消えた」


 今まで砂が吹き荒れていた戦場は既になく。辺りは澄んだ空気で満ちていた。
 クリアになった世界。兵士たちは徐々に視界と共に理性を取り戻す。それは奇跡か、通り過ぎた霧は塵旋風を清め払ったのだ。
 その時戦場の片隅で一人の男が誰にも気づかれる事無く微笑んでいた。


「そう、諦めるのはまだ早い。諦めない限り奇跡というものは輝き続けるもんだ」


 そして男は空を仰いだ。
 これから起こる砂の王国が生んだ奇跡を歓迎するように。

        
        
                      
         
          
 澄んだ遮られる事の無い視界の中で爆発のような地鳴りと共に街の一角が吹き飛んだ。
 巻き上がる砂煙と共に現れたのは、王国を喰らいつくそうとした砂の魔物。その体に力はなく、気を失い身体が巻き上がった衝撃に煽られていた。
 その姿を目撃した一味は一瞬言葉を失った。
 

「見たか?」

「……ああ」

「何であんなとこから飛び出してくるかは分からねェが……」

「そうさ、とにかく!!」


 ビビの為、兵士たちを鎮圧していた仲間たちは一斉に核心し、歓声を上げた。


「「「「「あいつが勝ったんだ!!」」」」」
                 
                                      
                                
                         


「ルフィさん……」


 ビビはぺルの背中で呟いた。
 ルフィは約束を果たしクロコダイルを打倒した。
 もう敵はいない。王国は救われた筈なのに今だ無意味な戦いは続いていた。
 空気が澄み渡って視界が確保されたことによって真実を知る国王軍から先にビビとぺルの姿を目撃し、耳を傾けていった。
 だが、それだけでは戦いは止まらない。目の前の敵は今まさに武器を振り上げ自身を殺そうとしているのだ。そんな中でいきなり戦いを止められる筈もない。
 反乱軍の援軍の集結は何故か遅れていて、今のところ国王軍と反乱軍の兵力は均衡している。だが、時が経てば経つほど、この無駄な戦いの犠牲者は増えてゆく。


「これ以上血を流さないで……!!」


 ビビは声を張り上げた。
 大空高く。何処までも響くよう祈りを込めて。



「────戦いを止めて下さい!!」



 その祈りは空高くに舞い上がる。
 そして、幾代にも語り継がれる奇跡の幕が上がる。
                                                                                                             



                                              
 その奇跡に真っ先に気がついたのはバロックワークの凶弾に倒れたコーザだった。
 手当てをする仲間を振り切り、重症にもかかわらずコーザは手袋を脱ぎ捨て、その奇跡を受け止めた。


────疑うなコーザ。

 
 砂の王国が生んだ奇跡は狂気に怯えた大地を洗い流す。


「……戦いが終わる」


 コーザは血で濡れた口で呟いた。
 そして父であり、誰よりも砂の王国を信じ続けたトトの言葉が呼びがえる。



────雨は降る。


  
 それは砂の王国が流した悲しみの涙のように。
 徐々に勢いを増した大地の恵みは狂気に包まれた戦場に降り注ぐ。
 兵士達が持つ武器に迷いが生まれた。刃は力なく彷徨い、火薬は濡れて用を為さない。
 誰もが待ち望んでいた雨。誰にも阻まれることの無いその雨は乾いた戦場を潤してゆく。



「もうこれ以上戦わないでください!!」



 響き渡った声に狂気が払われた民たちは空を見上げた。
 そしてそこに空を駆ける騎士に守られた王女の姿を見た。
 ビビの声は届いたのだ。不在だった王女の姿に民たちはざわめいた。


「今降っている雨は昔のようにまた降ります」


 声を震わせながらもビビはやっと届いた声を行き渡らせる。


「……悪夢はもう終わりましたから」







◆ ◆ ◆







「まさかとは思っていたが……勝っちまいやがったか」

「ほんと……嘘みたい」


 七武海の一角クロコダイルを一介海賊しかもルーキーが打ち倒したという事実にクレスとロビンは茫然と言葉をを漏らした。
 二人が麦わらの一味に目を付けたのは偶然だった。
 恩人と同じ『D』の文字をその名に刻む少年。このどこか引きつけられるような魅力を持った少年ならば何かしてくれるのではなか。そんなどこか気まぐれにも似た感情だった。
 二人の視線の先で力を絞りつくし空中に身体を投げ出したルフィが落下してくる。
 

「六輪咲き(セイスフルール)」


 ロビンが能力で腕を咲かせ、クロコダイルに打ち勝ったルフィを受け止め、そっとルフィを横たえた。
 地面に横たわるルフィに同じく茫然としていたコブラが駆け寄った。


「これを飲ませてあげなさい」


 咲かせた腕でロビンはコブラに小瓶を手渡した。


「毒消しよ。それでクロコダイルからの毒を中和出来る筈」

「嘘はない。オレ自身の身体で効力は実証済みだ」

「……分かった」


 コブラは意識を失ったルフィに毒消しを飲ませた。
 気力が尽き、小刻みに震えていたルフィの身体は徐々に落ち着きを取り戻した。どうやら中和は成功したようだ。
 

「何故、嘘をついた」


 コブラは組織を裏切り死闘を演じた二人に問うた。


「……イジワルね。知っていたの?」

「その石には国の歴史など刻まれていはいない。
 お前たちの欲しがる"兵器"の全てが記してあった筈だ。その在処も。クロコダイルにそれを教えていれば、その時点でこの国はあの男のものになっていた。違うか?」

「……私たちはもともとクロコダイルに兵器を渡すつもりも無かった。この国をどうこうするつもりも、興味もなかった」

「ならば何故、裏切り、戦ったのだ」


 分からないというコブラの問いにクレスが答えた。 


「クロコダイルとは違い、オレ達はオレ達の目的の為に動いた。ただ、そこに至るまでに全てを切り捨てる事が出来なかった。……そう言ったら信じるか?」

「……たとえ嘘でも、私は君たちが言った言葉を受け止めるしかない」

「そうか」


 人というのは残酷だ。
 例えば歴史的な悲劇が起きたとしても、それに自分が関係していなければただの傍観者にかわりない。
 感情を抱くことも無く、事実として機械的に受け止め、ただの情報としてやがて記憶の中に埋もれてゆく。
 それはクレスとロビンも同じだ。もし今回の事件に自分達が関わっていなければ、そう受け止めただろう。
 だが、こうして主体的に関わってしまった。間接的ではあったが自らの意志で手を下し、顔も知らない誰かを殺した。その事に少なからず抵抗はあった


「……あんたんとこの王女様に昔の自分達を見てしまったのかもしれないな」


 クレスはぼんやりと浮かんだもう一つの考えを口にした。
 外からやって来た敵は強大で全てを奪っていく。
 圧倒的な力に大切な者を蹂躙され、自らの力は小さ過ぎて何もできない。
 皮肉なことだ。夢の為と嘯いて、確かな意志を持って、二人は過去の自分とは真反対の絶望を与える側に回ってしまっていた。


「……わからんな。何故そこまでしてココに来たのだ」

「……予想と期待は違うものよ。私達が求めていたのは『真・歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)』。世界中に点在する『歴史の本文』の中で唯一“真の歴史”を語る石」

「真の歴史だと? どういうことだ」


 コブラは問いかけたが、ロビンは頭を振った。話しても仕方がないことだった。
 ロビンはゆっくりと目を閉じ、クレスの手を握った。


「……もう20年にもなるのね」


 ただ、歴史が知りたい。
 オハラの考古学者として、隠された歴史のその先を知りたい。
 その思いだけで世界中を巡って来た。
 クレスに助けられながら<歴史の本文>を探し求めた。
 でも、それは世界の法で禁じられていた。
 それは分かっていた。
 だから、大切な人たちが殺されたのだ。
 人はロビンを<悪魔>だという。ロビンとクレスを<悪魔の島の子供達>だという。
 『古代文字』を解読することは大犯罪だ。
 知っていた。
 世界中を敵に回してまで探し求める事は愚かなことだということは理解できた。
 考えるまでも無かった。
 でも、諦められなかった。
 勝ち負けでは無い。
 全てを知ったところでそれをどうするつもりもなかった。
 ただ、幼いころに夢みたものを現実にしたい。
 そう考えた。
 でも、一度は諦めかけた。
 世界中が敵だった。
 でも、クレスだけは夢を応援してくれた。
 初めて、夢を打ち明けた時、「いいじゃないか。絶対叶えろよ。オレも応援する」
 そう言い満面の笑みを向けてくれた。
 その時思った。
 クレスだけはどんな時でも味方でいてくれると。
 それでも夢を追いかけ続ける事は辛くて、時どき挫けそうになったけど、いつでもクレスが励ましてくれた。
 どんなに間違っている事をしていてもクレスは味方でいてくれる。
 誰からも批難されるだろう。
 それでもクレスだけは応援してくれる。
 でも、手がかりはこれで最後だった。
 これで終わり。もう、何も残っていない。


「………」


 ロビンの手がクレスをぎゅっと握った。
 俯いた瞳が大きく揺れた。悲しみの雫が頬へと伝った。
 涙だった。


「……私の夢には敵が多すぎる」

 
 はらはらと雪のようにロビンの目から涙がこぼれた。
 自覚した時にはもう遅かった。止まることなく次々と流れ落ちてゆく。
 クレスは声をかける事はなく、ただ静かに手を握り返した。


「……聞くが、もしや……!! 語られぬ歴史は紡ぐことが出来ると言うのか!? その記録が『歴史の本文』だと言うのか……!?」


 ロビンはコブラの言葉に何も返さなかった。
 世界政府加盟国の王であるコブラはその可能性に気がついたのだろう。故にその秘密を守り続けて来たのだと。
 もともと崩壊を始めていた葬祭殿はルフィが天井に風穴を開けたことによりその速度を更に増した。もう一分もこの場にいれば瓦礫に埋もれて死ぬだろう。


「帰ろうか、ロビン」


 クレスは立ち上がり言った。
 だが、その言葉は矛盾する。二人に帰る場所なんて無かった。


「クレス、私は……」

「ダメだ」


 ロビンが何かを言いかけたのをクレスは遮った。


「泣いてもいい。でも、諦めるのはダメだ。
 まぁ、今はそんな事言ってる場合じゃないな。早く逃げよう。言っとくけど、置いてけなんかいったら許さないからな」


 クレスは手を引きロビンを抱き寄せ抱え上げた。


「オレは夢を追うお前が好きだ。夢を楽しそうに語るお前が好きだ。だから、オレの為にもその夢を諦めないでくれ」

「……ワガママね」

「そうだな」


 迷子のようにしがみ付いたロビンにクレスは困ったように微笑んだ。
 そして、コブラの方へと向きあい、そこにいる人物に僅かに驚いて声をかけた。


「まだ動けるのか、麦わら?」

「うん、平気だ。また助けられちまった。ありがとな、おめェら」


 ルフィはあれだけの死闘を繰り広げた後にも関わらず立ち上がり、なおかつ力強くコブラを抱え上げていた。
 おそらくクレスと同じで崩れゆくこの場から脱出するつもりなのだろう。


「よし、登ろ」

「大丈夫か? 何なら手を貸してもいいぞ。お前には借りがある」

「いや、大丈夫だ」

「……そうか」


 クレスはルフィに視線を向けた。
 精悍ながらも今だあどけなさを残した少年だ。
 恩人と同じ『D』の名を刻むその少年はどこか大きく、引き寄せられるようなあたたかさを感じた。


「なれるといいな、海賊王。……まったく、お前ん所の船なら乗ってもいいと思えるのは何でだろうな」

「いいぞ」

「は……?」


 つい、浮かんだ言葉をそのまま口にした。
 ほんの冗談のつもりだった。
 

「おめェら、いいヤツだしな」


 にっこりと邪気の無い顔でルフィは笑った。
 クレスは毒気を抜かれたように苦笑した。ロビンもまた少し呆気に取られていた。


「そうか……」


 クレスはルフィと同じく天に空いた風穴を見上げた。
 風穴からはいくつもの雫が流れ落ちて来ていた。大地の恵み、雨だ。
 ルフィは腕を伸ばし、クレスは“月歩”で飛び上がる。


「また会おう、麦わら」


 何故かそんな言葉が口から洩れた。













あとがき
何とかココまでやってきましたね。
今回は最後までどうするか迷いました。いくつか原作のシーンしかも結構好きなシーンを変更することになりました。
特にぺルのシーンは最後の最後までどうしようかと悩みました。不満に思われた方もおられると思います。申し訳ございません。
アラバスタ編は次でラストです。最後まで頑張りたいです。
 


 
 
 




[11290] 最終話 「これから」 第三部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/14 21:18
 奇跡は渇いた大地に雨を呼んだ。
 雨は振り上げられた武器に迷いを呼んだ。
 そして、迷いは今……






 雨によって戦いは一時中断を見たが、それでもまだ国王軍と反乱軍の睨み合いは続いていた。
 真実を知らぬ反乱軍の根底にあるものは雨を奪った国王への怒りだ。彼らは国王の乱行をその目に焼き付けられている。
 反乱軍の兵士たちは行方不明となっていた王女の登場に戸惑いながらも、再び武器を取ろうとして、

 
「武器を捨てろ!! 国王軍!!」


 クロコダイルの凶刃に倒れたチャカの声が広場に響き渡った。
 チャカは睨み合う両軍に一石を投じる。指揮官として、アラバスタに住む民の一人として、意味の無くなった戦いを終わらせるために。
 

「おマ゛……ゴホン!! マ……マ~……お前たちもだ!! 武器を捨てろ!! 反乱軍!!」


 その直後、新たな声が広場に響き渡った。
 誰もがその声の主に驚きの表情を見せた。


「イガラム……!?」

「イガラムさん!! 生きておられたか!!」


 ビビと共にバロックワークスに潜入し、Mr.ジョーカーによって抹殺された事となっていたイガラム。だが、イガラムはこうして再びアラバスタへと舞い戻った。
 イガラムの腕の中には幼い少年の姿があった。ナノハナの事件で国王軍によって重傷を負ったカッパだ。


「お、おれ、見たんだ。……あの国王は偽物で……」


 カッパは声を詰まらせながらも自身が見た事実を語る。
 自分が襲われたのは国王軍では無かった。国王軍に変装したオカマ率いる偽物集団だったのだと。
 所詮それは子供の言葉だ。説得力はない。
 だが、それに協調する声は援軍に駆けつけた者たちから発せられた。


「その子供の言うことは本当だ。
 ……おれ達もついさっき国王に能力で変身するオカマを見た」


 そして、更に反乱軍の中心から発せられた声が真実を決定づける。


「そうだ……この戦いは仕組まれていたんだ。皆、武器を捨てろ。もう、戦う意味なんてない」


 悔やむように言葉を為したコーザに反乱軍は静まり返り、その中の誰かが武器を落とした。
 その音は広場に響き、一人また一人とその手から武器が滑り落ちていく。
 それははまるで雨のように響いた。


「……この国に起きた全てを私から説明しよう」


 イガラムは武器を捨てた民たちにゆっくりと真実を語った。






◆ ◆ ◆






「オイ、しっかり歩け、ウソップ」

「ああ……それが聞いてくれ、ゾロ。これ以上歩いたら死んでしまう病が……」

「じゃあ、そこにいろ」

「待てったら!!」

「……たっく」

「お、さすがゾ……ぐおおお!! 何で足を!!」

「うるせ―」


 雨に打たれながら一味は広場から離れるように歩いた。
 目指す方向は西。力を使い果たしている筈のルフィを迎えに行く為だった。


「それにしても、あの護衛隊長が生きていたなんて」

「……ウイスキーピークの変態オヤジか」


 ナミが問いかけ、ゾロが答えた。


「Mr.ジョーカーにミス・オールサンデー。……ねぇ、あいつらっていったい何がしたかったのかしら?」

「さァな」

「だって、変じゃない。Mr.ジョーカーはビビも助けてくれたでしょ。砲撃の場所も教えてくれたし」

「あいつらには、あいつらの考えがあったんだろうよ」

「もしかして、私達ってあの二人に踊らされていたのかしら?」

「……考え過ぎだろ」


 ゾロが興味なさげに言い、ナミもまた考えを打ち消した。


「あぁ!! ナミさんの言う通りならば、せめてあの麗しの美女の手の上であって欲しいぜ」

「アホかてめェ」

「おーい、ゾロ。お前は一刻も早くおれの足を持ったままだっていうことに気づいてくれ。じゃないと……がふっ」

「しっかりしろウソップ!!」

「それにしてもルフィは何処にいるのよ?」






「ん?」

「あ」


 ルフィが破壊した街の一角を暫くの間彷徨っていた一味は、目的のルフィを背負った男に出会った。
 雨の中、男は時折ずれ落ちそうになるルフィを抱え直しながら歩く。背負われたルフィは疲れ果てたように眠っていた。


「君たちは……?」

「あ~、あんたのその背中のやつ。運んでくれてありがとう。ウチのなんだ引き取るよ」


 サンジが男の背中で眠るルフィに呆れながら答えた。
 男は「なるほど」と納得したように一味を見回した。


「……では君たちかね。ビビをこの国まで連れて来てくれた海賊達とは」

「あ? おっさん……誰だ?」


 一味が疑問符を浮かべて目の前の男に問いかけた時、


「みんな!! パパ!!」


 何も言わず広場を後にした一味を追ってビビがやって来た。
 そして、ビビにパパと呼ばれた男にサンジが驚きの声を上げる。


「パ、パパ!? と言うことは、ビビちゃんのお父様!?」

「あんたが国王か」


 ゾロが冷静に言った。
 確かにそう言われてみれば、傷だらけではあるが、男にはどこか威厳が満ちていて品格もあった。
 王女のビビが父と言うなら、それは間違いなくこの国の王なのだろう。


「一度は死ぬ覚悟をしたが、彼に救われたのだ」


 国王はルフィを一味に引き渡し、礼を告げた。
 ボロボロで傷だらけのルフィ。その傷がクロコダイルとの激しい戦いを物語っていた。
 ビビは戦い疲れて眠るルフィにほっとし、安心したように息をついた。


「それよりも、ビビ、早く行けよ。広場に戻れ」


 ゾロが壁にもたれかかりながら顎で広場の方を指した。


「そりゃそうだ。……せっかく止まった国の反乱に、王や王女の言葉なしじゃシマらねェもんな」


 ウソップが腕を組む。


「ええ、だったらみんなも」

「……ビビちゃん、わかってんだろ? おれ達はフダツキだよ。国なんてモンに関わる気もねェ……」


 サンジが煙草に火を付けながら言った。
 ビビは仲間達が言いたいことに気がついた。
 命を賭け、傷だらけになりながらも、国の為に奮闘し、そして国を救った一味。
 一味は本来ならば国中から喝采を浴びるべき事を成し遂げた。だが、彼らは海賊だ。表舞台に姿を見せていい筈も無い。
 しかし、彼らはそれでよかった。彼らが戦ったのは国なんて大層なものでは無く、ただ一人の仲間の為だったのだから。


「おれは腹が減った」

「そういうことだから勝手に宮殿に行ってるわ。へとへとなの」


 チョッパーとナミがビビを促す。
 仲間たちの気遣いを感じ、ビビは頷いた。
 ビビはやさしい表情で見守っていたコブラと共に民達が待つ広場へと向かった。
 その姿は徐々に小さくなり、雨の向うに消える。
 その瞬間、海賊達はその場に崩れ落ちるように倒れ、激戦を乗り越えた疲れもあってか、その場で泥のように眠りについた。







◆ ◆ ◆







 ビビとコブラが広場に辿り着いた時、その場には沈痛な空気が漂っていた。
 武器を捨て、イガラムから真実を聞かされた反乱軍達は己の間違いに気がついた。
 国の為と立ち上がった事の全てが間違いで、今日までの戦いはただ人形のように躍らされていただけだったのである。
 それを決定づけるように、先程、海兵達が滔々と罪状を読み上げ、広場に倒れ伏すクロコダイルを拘束した。反乱軍は自分達が英雄と呼んだ男が拘束される様をただ茫然と見つめるしかなかった。
 悔やむなと言う方が無理があった。
 国王軍と反乱軍の両軍が激突し、多大な負傷者と死者が出た。
 反乱軍の援軍が謎のオカマによって遅れたため、数による一方的な虐殺が起こらなかったものの、それでも過ちは大き過ぎた。


「……おれ達はとりかえしのつかない事をしたんだ」


 コーザは力なく座り込んだまま呟いた。
 リーダーとして反乱軍を率い戦ってきたコーザは、誰よりもその後悔は深いだろう。


「……リーダー」

 
 ビビはコーザをはじめ俯き黙りこむ者達に何と声をかけていいか分からなかった。
 そんなビビの肩に大きな掌が載せられた。


「悔やむ事も当然。やり切れぬ思いも当然」


 父、コブラの掌だった。
 コブラはゆっくりと、国民一人一人に語りかけるように歩を進めていった。 


「失ったものは大きく。得たものはない」
 

 後悔の中を彷徨う民たちは降り掛けられた王の言葉に一人また一人と面を上げた。
 

「────だが、これは前進である!! 戦った相手がだれであろうとも、戦いは起こり、今終わったのだ!!」


 多大なる損害と禍根を残しながらも、今、戦いは終わった。
 広場の民たちはハッとしたようにコブラを見つめ、指揮官たる者達も暗闇に光を示すコブラの言葉に聞き入った。
 イガラム、チャカ、ぺル、コーザ、兵士たる彼らに出来るのは戦うことだ。戦い、国を救えても真に民を導くことは出来ない。
 傷ついた民たちを奮い立たせ、正しき道に導くのは王たる者の務めだ。
 広場にいる全員が注目する中、コブラは彷徨う彼らを奮い立たせるように強い声を上げた。


「過去を無きものになど誰にも出来やしない!! この戦争の上に立ち、生きてみせよ!!」


 そしてコブラは両手を広げ、美しきその名を称えた。



「────アラバスタ王国よ!!」



 民たちは王の言葉に奮え、涙を流した。
 間違いを正し、必ずこの戦いの上に立ってみせると、その胸に王の言葉を刻みつけた。






 雨は王国全土を覆うように降りしきる。
 戦いを嘆き見守っていた者達はその雨に戦いの集結を見た。
 子供から老人まで、三年ぶりに降り注いだ雨を歓喜と共に歓迎した。






「たった三年。……たった、これだけの事」


 枯れたオアシスで穴を掘り続けたトトは、天に向かってまるで昔年の友人のように語りかけ、にっこりと待ち望んだ雨を受け止めた。


「なァ……雨よ」







────後に歴史に刻まれる戦いと、決して語られることの無い戦いが集結した。
────もはや、強制されることの無い雨は留まることなく王国に降り注ぎ、しとしとと、悲しみをいやすようにやさしい音色を奏でた。
────雨は一晩中降り注ぎ、血に濡れた大地を悲しみと共に清める。
────それはまるで、安き眠りへと誘う、子守唄のように……。












最終話 「これから」











 しとしとと包み込むようなやさしい雨が降り注いでいる。
 上質なシルクのように薄く透明な雨雲が夜空を覆い、月の光は雲を淡く照らし、砂漠の夜を幻想的に彩った。
 降り注いだ雨は、雄大なサンドラ河の水面にいくつもの波紋を花のように咲かせた。
 その沿岸を沿うようにして、僅かな荷物だけをを手に持って歩く人影があった。


「……終わってしまったわね。いろいろと」


 傘を差すことも無く、降り注ぐ雨に艶やかな黒髪を濡らしたロビンが呟いた。


「……そうだな」


 同じく全身を濡らしながらクレスがぼんやりと答えた。
 葬祭殿からコブラを抱えたルフィと共に脱出した二人は、あらかじめ手配しておいた宿へと戻り、僅かな時間のみ身体を休めて、直ぐに荷物をまとめて宿を発った。
 クロコダイルの陥落によってバロックワークス社は瓦解し、海兵達が一斉に残党たちの検挙に踏み切った。
 政府の力は誰よりも知っている。街に止まり続ける事は危険であった。
 そして、日も十分に沈んだ後に二人は街を抜けだし、サンドラ河の沿岸へと向かった。


「……もう手がかりはないわ。今までは進む為の道しるべがあった。……でも、今はもう何もない。何処に何のために進めば良いのか……分からないの」

「……確かに、難しいな」


 永遠に彷徨い続ける運命にある迷子。
 今までは進み続ける事で、その事を紛らわせてきた。
 だが、道を見失った。閉ざされた世界に行くあてなど無い。世界に見捨てられれば暗闇の中を彷徨うしかなかった。
 二人には帰る場所も、行くあてもなかった。
 安息の地を求めようとも、世界はそれを許さず。夢を打ち砕かれ、進む目的さえ見失った。


「────“生きて”……か」


 ポツリとクレスが呟いた。
 かつて母に言われた言葉。あなた達が生き続ける事が希望。それだけが望み。
 生きる事。それのなんと難しいことか。
 ただ命をつなぐならば、このまま海兵達の目から逃れて、アラバスタから脱出すればいい。
 だが、その後はどうする。二人で当ての無い、ただ進むだけで危険な旅を続けるのか。それとも、また裏組織に所属して政府から隠れ忍ぶのか。
 どちらにしろ、碌な道ではないのかもしれない。


「…………」

「…………」


 二人は互いにかける言葉を見失う。当然生きる覚悟はあった。だが、その道筋が思い浮かばなかった。

 辺りには雨が降りしきる音だけが静かに響き、砂漠に隣接した沿岸は見渡す限り同じ景色が広がっていた。
 流れた風は砂の大地に新たな風紋を作るが、雨の降る今日は砂は濡れ、風に運ばれることはなかった。
 砂の王国が引き起こした奇跡。
 降りしきる雨は、大地に潤いを与え、新たな命を芽吹かせるだろう。国の復興は進み、やがて元通りの活気あるアラバスタに戻る日も近い筈だ。
 立場こそバロックワークスに所属していたものの、二人がクロコダイルの野望を阻むために行動した成果は大きい。海賊達を導いたのもまた二人がもたらした成果だ。
 だが、その胸に充足感を感じる事はない。感じたのは虚しさだけだった。
 元をただせばただの自己満足だ。誰かに礼を言われる資格がある筈もない。そして貰ったところで意味の無いことだ。
 また、分かっていたことだが、今回の一件により二人は世界政府に捕捉され、その立場を危ぶめていた。

 無言のまま二人は進んだ。
 もう少し進めば、偽装された小さな船小屋があってその中にサンドラ河を渡るための小さな船が隠されてある。
 二人が乗っていた船はナノハナの港に止めてあった。算段では小舟に乗ってサンドラ河からナノハナに向かい、海兵達の目を盗み、自分たちの船に乗り込むつもりだった。
 正直なところ上手くいかは微妙なところだ。逃亡防止の為おそらく海兵たちによって港は封鎖されている筈である。無理やりに突破すれば、間違いなく追ってくる。後は、臨機応変と言ったところだ。
 二人に残されている道はそれだけだった。状況だけで言えば、ギリギリではあるが、この程度ならば何度も乗り越えて来ていた。
 だが、夢を打ち砕かれたという境遇が、二人に深い影を落としていた。こればかりは一朝一夕に整理がつく問題では無い。
 道なき道は果てしなく続いて行く。
 代わり映えのない景色であったが、目的地の船小屋までは後もう少しで辿り着くだろうと感じていた。
 曖昧な行き先を見据え、雨に濡れた砂を踏み、足跡を深く刻みつけて進んでいた────その時だった。


「……アレは」


 ロビンが息を茫然と呟いた。
 クレスもまたその影を見つけ、どこか都合のいい夢を見ているような気分におちいった。


「……船」


 キャラベル船。
 羊の形をした船首に二本のマスト。
 掲げられているのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。
 激闘の果てにクロコダイルを打ち倒した<麦わらのルフィ>の海賊船だった。


「ハ、ハハハ……」


 クレスからため息にも似た笑いがこみあげた。
 何の偶然か、それとも必然か。
 二人が呆気にとられた、あのどこかあたたかい少年の姿が浮かんだ。
 恩人、サウロと同じ『D』の名を刻む少年。
 風が二人の間を駆け抜け、時が一瞬止まった。



────いつか必ず、お前達を守って導いてくれる仲間が現れる!! 



 泣きじゃくるロビンを抱え、クレス自身も涙をこらえながら逃げ出したオハラでサウロが最期に放った言葉。
 仲間を見つける事など出来る筈も無く、世界から逃げ続けた二人。
 固い絆で結ばれ、手を伸ばせばそこに温もりがあり、共に生き抜いて来た二人。
 それで充分だと思っていた。一人じゃないということは孤独ではない。二人ならば助け合える。
 だが、目の前に現れた光は、道を見失った二人に強烈な憧れを抱かせた。二人がそれ以上を望んでしまうほどに。


「……少し、急ぎ過ぎたのかもな」
 
「……そうね」


 クレスとロビンは足を止めた。
 たとえそれが幻想であっても、その光は二人を照らした。
 唯一、友達(ダチ)という言葉で二人を呼んだベンサムに対しても二人は完全に心を開いていた訳では無かった。
 ベンサムの事は兵士たちの会話を耳にして知っていた。自惚れかと疑いつつも、ベンサムはどうやら二人の為に動いてくれたらしいのだ。
 もう一度会えたならば感謝を伝えなけらばならない。おそらくは生きているだろうが、もしかしたらもう巡り合うことはないのかもしれない。


「仲間か……」


 裏切りが横行する裏社会で生き続けた二人には、仲間を信じるという一歩をどうしても踏み出すことが出来なかった。
 もし、その一歩を踏み出せれば。無駄だと思いつつも、その先に裏切りがあったとしても、その一歩をかけがえの無い誰かに踏み出せば、二人の世界は変わるのかもしれない。
 今だけは、そんな幻想に触れてみたくなっていた。


「回り道も悪くないのものね」

「ああ、たまには少し休むのも悪くない」


 いつまでも飛び続けられる鳥はいない。長い旅を続けるには翼を休める止まり木が必要だ。
 何も彼らに全てを委ねる訳ではない。再び羽ばたくその日まで、その光を浴びてみたいと感じただけだ。
 一つしかない選択肢は、二つに増えた。
 だが、憂いもあった。二人の<オハラの悪魔達>という名は破滅を呼ぶ。いずれ関わった者たちに悲劇が降りかかってしまうかもしれない。
 心の底に泥のように沈んだその思いを、クレスは押しつぶすように消していった。
 ほんの少しだけだ。菓子に手を伸ばす子供のように思った。
 政府の目には誰よりも敏感だ。いざとなれば迷惑をかける前に姿を消せばいい。
 それに、海兵達が港を取り囲んでいるならば、味方を増やした方が脱出しやすい。今だけでもいい。いざとなればロビンと二人でまた旅を続ければいい。
 言い訳のように考えが浮かんで、クレスは苦笑した。


「麦わらの言葉は有効かな?」

「さァ、どうかしらね。あの船長さんは気まぐれそうだから」


 クスクスと柔らかい微笑を浮かべ、ロビンが笑い、クレスもつられて笑みを浮かべた。どうやら考えは同じのようだ。
 絶大な壁となって立ち塞がったクロコダイル率いるバロックワークスを仲間の為に退けた麦わらの一味。
 彼らなら……そんな淡い幻想。たとえその幻想が自分達が背負った闇に砕かれようとも、今だけ幻想に浸っていたかった。
 そして二人は選択する。


「行ってみようか」

「ええ」


 二人は再び歩き出す。
 生きている限り道は有る。夢はまだ明確な終わりを見た訳では無く、歩き続ける事にも意味がある。答えはまだ遠いだけなのかもしれない。
 少しの間だけ、彼らに自分たちの命運を預けてみたくなった。
 クレスとロビンは和やかな生活感が漂う船に忍び込み、船の下部屋の見つかりにくいスペースで肩を寄せ合いながら眠りに着いた。
 堪えていたが、クレスの傷は深かった。ひとまずの危機は去り、張りつめていたものが無くなったことで、抑え込んでいたその疲れがどっと浮かび上がった。
 限界を迎えた肉体は貪欲に休息を要求する。クレスはロビンの傍で泥のように眠り続けた。
 





◆ ◆ ◆






 雨は一晩中アラバスタに降り注いだ。
 翌朝には小さな緑が一斉に芽吹いた。アラバスタは強い土地だ。民と同じく三年にも及ぶ干ばつを耐え抜いた緑たちも一斉に歓喜の叫びを上げた。
 反乱の終結から一夜。町は早くも活気を取り戻しつつあった。アラバスタのあちこちで既に復興作業が始まっている。昔の王国の姿を取り戻す日も近い。

 激戦を括り抜けた一味はビビの勧めによって王宮へと招かれる事となった。
 一味の怪我の回復は順調で、翌朝になれば元気に動き回っていた。
 クロコダイルと戦ったルフィだけは、怪我による発熱や蓄積した疲労によってなかなか目を覚まさず、チョッパーをやきもきさせたが、三日目の夕方、ようやく目を覚ました。


「いや────よく寝た~~~~っ!! あっ、帽子は!? それに腹減った!! メシと帽子は!?」


 大きな腹の音と共に目覚めたルフィは直ぐにいつもの調子を取り戻したようだ。
 一味は目覚めたルフィに一安心し、騒ぎ立てるルフィに呆れたように息を吐いた。


「起きて早々うるせェな、てめェは」

「帽子ならそこにあるぞ。宮殿の前で兵士がみつけといてくれたんだ」

「おお、よかった!!」


 回復したルフィにチョッパーと共にずっと看病をしていたビビがはにかんだ。


「よかった、ルフィさん。元気になって」

「ありがとな、ビビ。それにチョッパーも」





                              
 夜はゆっくりと更けていく。
 今夜は回復したルフィを加えての晩餐となった。
 一味は盛大に振る舞われた王国の酒と料理ををくらいにくらった。
 三日間で15食(本人計算)も食い損ねたルフィの胃袋は底なしの勢いで次々に料理に手を伸ばした。
 宮殿中の食料を食いつくすのではないかと言うルフィの勢いに、思わずチョッパーが料理を喉に詰まらせる。
 ウソップは狙っていた料理をルフィに奪い取られ、ささやかな仕返しとして、ルフィが手をつけようとした料理にタバスコを盛った。
 ゾロも今日ばかりははめをはずして、酒を飲みに飲んだ。
 ナミは慣れ切った様子で仲間たちと共に料理を楽しんだ。
 サンジはコックとしての好奇心を刺激され、気になった料理のレシピを聞いた。
 ビビもまた呆れながらも、一味に料理を勧めていく。
 それは、王家の晩餐と言うには余りにも騒々しい。晩餐を見守っていた兵士たちは過去に例を見ない食卓に眉をひそめた。
 だが、その表情はだんだんと一味の楽しげな様子に巻き込まれ、思わず崩れてしまう。一度笑ってしまえば取り繕えない。一味が作り出す宴の輪に兵士たちは巻き込まれた。
 コブラ、イガラム、チャカ、ぺル。彼らもまた笑いに笑った。晩餐は宮殿中を巻き込んだ海賊達の派手な宴へと変わってしまっていた。



 次に一味を待っていたのは大浴場での風呂だった。砂の国での風呂は最高のもてなしだ。
 女風呂を覗いたゾロ以外の男衆はナミにきっちり10万ベリーを絞り取らる事が確定したりしたが、王と共に裸の付き合いをして戦いの疲れを癒した。
 コブラは風呂の中で深々と一味に対して頭を下げた。権威とは衣と共に着るもの、裸の王はいないと、アラバスタに対する一人の民として向き合った。
 礼を言いたい。どうもありがとう。
 晴れやかな笑顔でコブラはそう言った。


 宴の夜は過ぎてゆく。静かにゆっくりと。






◆ ◆ ◆   






「────大変ですぞ!!」



 静寂の夜を破るように、慌てた様子のイガラムが一味の部屋に飛び込んだ。
 だが、賑やかな筈のその部屋に一味の姿はない。イガラムは部屋中を見回し、海賊達がいないことに困惑する。
 静かな空間。そこには膝を抱いたビビと寄り添うカル―の姿しかなかった。
 ビビはイガラムに目を向けた。その手には二枚の手配書が握られている。
 イガラムは焦った様子でその手配書をビビに示した。



『────<海賊狩りのゾロ> 懸賞金6千万ベリー』

『────<麦わらのルフィ> 懸賞金一億ベリー 』   



 クロコダイルを打倒したことによりルフィの懸賞金は三倍以上に跳ね上がった。
 ゾロもまた、<殺し屋>と呼ばれたMr.1を倒したことにより海軍により懸賞金をかけられた。
 いずれも高額の懸賞金だ。この額なら海軍本部の将官クラスが討伐に向けて動き出すだろう。      
 
 

「ビビ様、彼らは!?」

「……海よ。海賊だもん」


 ビビの言葉にイガラムは「遅かったか」と歯がみする。
 

「無駄よ、イガラム。彼らがそれを知っても喜ぶだけ。何も変わらない」

「しかし、これは一大事ですぞ」

「平気よ、彼らなら。それよりも明日は早いんでしょう? さァ、出て行って。私、もう眠るから」

「あ、……ああ、そうでした。明日は、国中に貴女の声を聞かせねば」

「わかってる」


 イガラムは納得がいかない様子だったが、ビビに背中を押され、渋々と部屋を出ていった。
 バタリとドアが閉まった。
 ビビはドアにもたれかかりながら、 


「ええ……わかってる」


 自分に言い聞かせるようにもう一度小さく繰り返した。
 


 数時間前。
 与えられた大部屋に戻った一味はビビに今夜に宮殿から立つことを告げた。
 ルフィが目覚めるまで三日。もう三日もたっていた。
 政府は加盟国の一つが海賊によって救われたという事実を認める筈がない。直ぐに海兵達を派遣して、海賊達を捕まえようと包囲を固めていることだろう。
 ビビは悩んだ。ビビにとって一味はかけがえの無い仲間だ。出来る事ならこのまま彼らと旅を続けていたかった。だが、ビビは王女だ。海賊達と共に行けば二度と祖国に戻れないかもしれない。
 一味は悩むビビに対して、一つ提案を持ちかける。
 明日の昼12時に東の港に一度だけ船を寄せる。もし、ビビが一緒に旅を続けたいならばその一瞬が船に乗り込む最期のチャンスとなる。
 猶予は今から約12時間。ゆっくりと考えて答えをだしてほしい一味の心遣いだった。
 ビビはその提案に感謝し、頷いた。
 一味はビビにそれぞれに言葉をかけて誰にも見つからないように窓から外に出て船へと向かった。
 ビビの選択次第ではそれが、彼らと顔を合わせる最後の瞬間であった。

 
 
 回想を終え、電気を消し、ビビはカル―を呼んで添い寝をし、ゆっくりと目を閉じた。
 そこにはもう誰もいない。
 冷蔵庫荒らしの船長と狙撃手と船医も、冷蔵庫を守るコックも、夜な夜な起きだしてトレーニングを始める剣士も、寝ぼけて枕を投げてくる航海士も、誰もいない。
 こんなに静かな夜は本当に久しぶりだった。


「自分が海賊になるなんてこと……考えた事もなかった」


 ビビはカル―の羽毛をそっと撫でた。
 カル―もまた一味の仲間だ。


「ねェ、カル― ……どうしたらいいと思う? あなたはどうしたい?」


 ひっそりと夜の闇が辺りを包み込む。
 王女の悩みを見守るように穏やかな満月が夜空には浮かんでいた。
 ビビはそんな中で、選択を下した。

                                




 翌朝。
 日は沈み、いつものようにまた昇る。
 今日はコブラのはからいにより、ビビが14歳の時におこなう筈だった立志式が昼からおこなわれ、そこでビビは国民に向けてスピーチをおこなうこととなっていた。
 王女の言葉は民たちの希望となるだろう。広場には成長した王女の姿を一目見ようと、大勢の人達が集まっていた。


「入るぞ、ビビ」

「ええ、どうぞ」


 コブラとイガラムは、式に臨むため着替え済ませたビビのもとへと足を運んだ。
 扉を開け、その先にあった美しい王女の姿に二人は感嘆の息を漏らした。
 

「なんと驚いた……」

「これは……往年の王妃様と見紛いましたぞ、ビビ様」


 王家のみが纏うことを許された清楚ながらも優美なドレスに身を包んだビビ。
 その姿は息をのむほど美しかった。
 いつもは後ろでまとめている水色の髪も侍女たちによって丁寧に梳かれ、艶やかに白いドレスの上を流れている。
 海賊達と共に旅をしていた時にはつけなかった装飾品と薄く施された化粧は共に彼女を彩り、見事に調和している。
 その姿はまさに、砂漠に咲いた一輪の花。民たちは美しく成長したビビを称え、喜びの声を上げるだろう。
 窓から差し込んだ朝日に照らされ、ビビは大人びた顔で微笑んだ。


「座って、パパ……いえ、お父様、イガラム」


 ビビは真剣な表情でコブラとイガラムに向き合った。


「大切な話があるの」


 それは決意の言葉だった。






◆ ◆ ◆






 東の港を目指して進む船。
 掲げられたのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。麦わらの一味の船『ゴーイングメリー号』だ。
 その傍にはもう一隻、白鳥の船首をした船があった。ボンクレーの『スワンダ号』である。
 一味が東の港に向かおうと船を勧めていた途中、同じくアラバスタからの脱出を目論んでいたボンクレー達とはち合わせた。 
 一時は友達となったボンクレーとルフィ達だがボンクレーはバロックワークスの一員だ。一瞬緊張が流れたものの、ボンクレーが一つ提案を持ちかけた。
 それはアラバスタを脱出するまで共闘をおこなうというものだ。一瞬悩んだ一味だったが、サンジの証言をもとにその条件に同意し、ルフィ達はボンクレーと再び友情を結び直した。
 両者は船に傷ついた第三者がいる事を知らない。それは悲しいすれ違いでもあった。
 順調に進んでいた両船だったが、途中で海軍の包囲に掴まってしまっていた。
 

「くっそ~~~!! 砲弾で来い!!」


 苛立たしげにルフィが歯がみした。
 メリー号とスワン号は8隻の戦艦に取り囲まれていた。
 サンディ諸島一帯を縄張りとする、海軍本部大佐<黒檻のヒナ>の艦隊だ。
 軍艦から放たれるのは砲弾では無く<黒ヤリ>。四方を固められ、船は思うように逃げられない。
 

「黒檻部隊名物<黒檻の陣>!!」

「てめェらごときに敗れるかァ!! アホ────!! ア~~~~ホ~~~~っ!!」


 黒檻部隊の南を固める軍艦二隻の上から勝ち誇る人物が二人。
 三等兵<寝返りのジャンゴ>、同じく<両鉄拳のフルボディ>。一味の記憶には薄いが、一味に因縁深い二人だ。
 二人は忌々しい一味をここで会ったが百年目と撃破しようと意気込んだ直後────突然、ジャンゴが乗っていた方の船が爆発した。 


「兄弟(ブラザー)!! って、ぎゃああああああ!!」


 爆発が起こった軍艦はそのまま隣のフルボディの乗る軍艦へと崩れかかり共倒れとなった。


「あーあー」

「ウソップ!! お前か、スゲェな!!」


 下手人はウソップだった。
 当たると思っていなかったのか、本人も驚いていた。


「ハナちゃんすごいわ!! やったわねい!! 南の陣営が崩れたわ!! あそこを一気に突破ようっ!!」

「ダメだ」

「は? 何言ってんのよ麦ちゃん!! 崩れた南の一点を抜ければ最小限の被害で逃げ出せるのよう!!」

「行きたきゃ、行けよ。おれ達はダメだ」

「ダメって何が!?」


 千載一遇のチャンスを掴もうとしない一味にボンクレーが困惑の声を上げた。
 ボンクレーの部下達は、急かすように逃げる事を提案し続けている。


「東の港に12時。約束があるのよ。回りこんでる時間はないわ。突っ切らなきゃ」


 ナミが理由を説明する。それは一味全員の総意だった。
 意見を曲げようとしない一味に、危機を脱する為に協力を提案したボンクレーは吐き捨てるように言う。 
 

「バカバカしい!! 命張るほど宝でも転がってるっての? そこまで言うなら勝手に死になサイ!!」


 そう、命を賭けるほどの宝だった。
 一味にとってそれは、世界中の財宝よりも大切な宝だ。


「仲間を迎えに行くんだ」


 迷いなく言い放ったルフィの言葉は、ボンクレーに雷のような衝撃をもたらした。


「仲間(ダチ)の為……!?」
 
「ああ、おれ達は約束したんだ」


 そして、迷うことも無くルフィは前を見据えた。
 ボンクレーは僅かの間立ちつくす。
 彼の頭に巡るのは己に打ち立てた矜持。思い浮かんだのは二人の友達(ダチ)。ルフィの言葉は彼を突き動かした。


「……ここで逃げるは、オカマに非ず」

「ボンクレー様……?」


 困惑する部下達に向けて、ボンクレーは背中のマントを広げた。


「命を賭けて友達(ダチ)を迎えに行く友達(ダチ)を見捨てて、おめェら明日食うメシが美味ェかよ!!」


 そこに書かれた入魂の『オカマ道』。その文字に部下達は息を飲んだ。
 ボンクレーの部下達はバロックワークス内においては珍しく心から上司のボンクレーに薫陶を受けていた。
 彼らが胸に抱くのはボンクレーと同じく『オカマ道』。友(ダチ)との友情に全てを捧げた険しくも尊い道だ。


「いいか野郎共及び麦ちゃんチーム。あちしの言うことをよォく聞きなさい」

 
 覚悟を決めたボンクレー。
 その眼に光るのは魂の輝きだった。






◆ ◆ ◆






「船を横につけたらあなた達は下がってなさい。足手まといになるから……ヒナ迷惑」


 潮風に長い髪と煙草の煙を靡かせながら、きりりとした女海兵が部下達に言い放った。
 海軍本部大佐<黒檻のヒナ>。サンディ諸島一帯を縄張りとする海軍屈指の女傑である。
 

「ヒナ嬢!! 奴ら二手に分かれた模様です。『あひる船』が南下!!」

「あひる船はどうせ囮でしょう?」

「いえそれが!! 麦わらの一味は全員あひる船の方に乗っています!! ヒナ嬢、囮は羊船の方です!!」


 ヒナは部下からの報告を受け、双眼鏡で猛スピードで逃げ去ろうとするあひる船を覗きこんだ。
 そこに映るのは記憶にある手配書通りの顔をした<麦わらのルフィ>だった。


「直ぐに、追いなさい!! もう一度陣を組むのよ!!」


 ヒナの指示に従い、海兵達は陣を立て直すために逃げ去ろうとするあひる船を追った。
 猛スピードで走るあひる船はどんどん羊船から離れていく。
 そして、逃走から三分が経った時、陣を組み直され観念したのかその進行が止まった。
 あひる船からは白兵戦を覚悟したのかぞろぞろと船員が集まって来る。だが、その表情に悲壮感は無い。むしろ笑みを浮かべていた。楽しそうな、まるで悪戯を成功させた子供の笑みだ。
 

「が────っはっはっはっはっは!! アンタ達のお探しの<麦わらのルフィ>ってあちし達のことかしら!!」


 麦わらがヒナ達の前に現れると同時に愉快な笑い声を上げた。
 それと同時に、船員たちも大笑し、追って来た海兵達を笑い飛ばした。


「な~~んてねいっ!!」


 麦わらと思しき男が左頬に触れた。
 その瞬間、その姿が大柄のオカマへと変わり、海兵達の目が見開かれる。


「ヒナ嬢!! 羊船が東へと抜けました!!」


 泡を食ったように海兵が叫びを上げた。
 その報告通り、羊船は誰にも阻まれる事無く東へと抜けていった。
 ボンクレーが率いる部下達は変装のエキスパートたちが集っていた。ボンクレーのように完璧では無いものの、僅かな時間さえあれば海兵達の目を欺く事はやたすい。
 作戦が上手く行ったことに満足しながらボンクレーが言葉をなした


「引っ掛かったわねい。あちし達は変装のエキスパート。────そして、麦ちゃん達の友達……!!」


 ボンクレーは釘づけのの視線の中、舞踊のように静かに腕を持ち上げ、歌舞伎の見得のように停止した。
 仰ぐは晴天。揺れるは水面。
 海風にはためくは穢れ無き純白のマント。そしてそこに掲げられた『オカマ道』。



   男の道をそれるとも
   女の道をそれるとも
   踏み外せぬは人の道

   散らば諸共
   真の空に
    
   咲かせて見せよう 
   オカマ道     
          Mr.二・盆暮 


 
「かかって来いや」

「ヒナ屈辱」


 それを合図に激しい戦闘が開始される。
 幾弾もの黒ヤリが放たれ、スワンダ号を破壊し、お返しとばかりにボンクレーの部下達が銃で応戦した。
 ボンクレー達は無理やりにスワンダ号を軍艦にぶつけ、船を捨て敵船へと乗り込んだ。海兵達もまた武器をとり、双方は白兵戦へと突入した。
 躍るように戦うボンクレー。その強さはまさにステージ舞う主役(プリマ)。ボンクレーは同じ舞台で躍る事を許さない。次々と海兵達を打倒して次の船へと跳びかかる。
 その様子に<黒檻のヒナ>が動いた。ヒナは能力によって次々とボンクレーの部下達を拘束してゆく。
 崩れゆく舞台で、ボンクレーとヒナは睨み合った。ボンクレーが口元に笑みを浮かべながらヒナに対して躍りかかろうとした時、



────ごめんなさい。ありがとう



 フワリと、花の匂いと共に友達(ダチ)の声が聞こえた気がした。
 その瞬間、ボンクレーは笑みを深めた。


「気にすんじゃないわよう!! また、会いましょうねい。仲良くやんなさい!!」 


 見返りを気にしない彼らしい言葉で答えた。
 体がどうしようもなく熱い。友達(ダチ)の声援に心が猛った。
 彼らがそこに至る経緯はわからなかったが、何も気にすることなど無いのだ。
 それを知っていたとしてもベンサムは友達(ダチ)の為に命を投げ出した筈だから。






◆ ◆ ◆




 

────始まりはあの日。

 
 遠くで大気が震える音を聞いた。
 ビビは目を閉じ、緊張をほぐすように一度大きく息を吸う。
 涼やかな風がビビの体を通り抜けた。
 思い出すのは過去の記憶。正体不明の秘密組織に戦いを挑んだその瞬間全ては始まった。
 意を決し、ビビは愛する祖国の光を受け入れ、一歩を踏み出した。



 アラバスタ王家の衣装をまとった者が赤絨毯を踏みしめた。
 一歩一歩と、赤絨毯に沿うように整列する兵士達の間を進んでいく。
 宮殿の上から望む空は青々と広がっていた。歩を進めればやがて立ち並んでいた兵士たちの列は途絶え、その最後にアラバスタの守護神の双璧をなすぺルとチャカが屹然と起立する。
 王家の衣装をまとった者がその前を通った瞬間、二人は同時に、理想的な姿勢で傅いた。
 宮殿正面の、広場一面を見渡せる壇上にはスピーチの為の拡声器が置かれ、国中の民がそこに一人の少女が現れる事を望んでいた。
 そして、その壇上に、王家の衣装を纏った者は立ち、広場を見渡した。
 広場には多くの人々が埋めつくように集っていた。正確な数は分からないが、おそらく十万人はいるだろう。
 王家の衣装を纏った者が壇上に上がった瞬間、その時を待ち望んでいた者たちは一斉に歓声を上げた。



 ビビは澄んだ心で言葉を紡いだ。 

 
『────少しだけ冒険をしました』 


 国中に設置されたスピーカーから涼やかな王女の声が響き渡った。
 その瞬間を待ち望んでいた民たちは一斉に静まりかえり、その声に耳を澄ませた。
 同じ時、ユバのオアシスにいるトトも、始まったビビのスピーチにソファの上で寛ぐ息子を急かすように告げた。


「コーザ!! こら、コーザ!! 来い、始まったぞ!!」

「拡声器の音量は最大なんだ、町中に聞こえてるよ」
 

 コーザは響き渡る幼なじみの声に耳を傾け、頭の後ろに手を組んだ。






『────それは暗い海を渡る“絶望”を探す旅でした。
     国を離れて見る海はとても大きく、そこにあるのは信じ難く力強い島々。
     見た事もない生物……夢とたがわぬ風景。
     波の奏でる音楽は時に静かに小さな悩みを包み込むようにやさしく流れ、時に激しく弱い気持ちを引き裂くように笑います。
     暗い暗い嵐の中で一隻の小さな船に会いました。船は私の背中を押して、こう言います。

     「お前にはあの光が見えないのか?」

     闇にあって決して進路を見失わない不思議な船は、躍るように大きな波を越えて行きます。
     海に逆らわず、しかし船首は真っ直ぐに……たとえ逆風だろうとも────そして指を差します。

     「見ろ光があった」

     歴史はやがてこれを幻と呼ぶけれど、私にはそれだけが真実────』






 それは人知れず戦った海軍の話。
 王女が重ねるのは、海に夢を見た海賊達の物語。
 そして自身が彼らと一緒に乗り越えた旅路。
 ────ビビの冒険。





 
◆ ◆ ◆






 東の港、タマリスク。
 スピーチは追ってくる海兵達を蹴散らして、約束通りに東の港で待つ海賊達にも届いた。


「聞こえただろ。今のスピーチ、間違いなくビビの声だ」

「ビビの声に似てただけだ」

「アルバーナの式典の放送だぞ、ビビちゃんは王女だ。もう来ねェと決めたのさ」

「ルフィ……もう行きましょう。十二時を回ったわ」

「来てねェワケねェだろ!! 降りて探そう!! いるから!!」


 ビビを待ちたいのは皆同じだ。だが、海賊達はわかっていた。
 ビビは王女だ。アラバスタにとってとても大切な立場にある。ビビは国と言うものを背負っているのだ。全てを投げ捨てて海賊になるということは普通は考えられるものではない。
 彼らにそれを強制することなど出来はしなかった。


「オイ!! マズいぞ、海軍がまた追って来た!!」


 慌てた様子のウソップが告げる。
 引き離したと思っていたのに、何処までも海軍達は追って来ていた。
 ビビがこないのならば、もうこれ以上この国に止まり続ける訳にもいかなかった。
 そんな時だった。

 





◆ ◆ ◆






 王女の放送が始まってから静まり返っていた広場であったが、今はざわめき立っていた。
 ヤジと共に様々なモノが壇上の人物に対して投げつけられる。
 民達がこうして騒ぎ出したのも無理はない。
 広場に立っていたのは王女では無く女装した護衛隊長のイガラムだったのだ。
 周りの兵士達も、さすがに苦笑し、騒ぎ立てる民たちを見守っていた。
 王は自室で微笑みながら、ビビの選択を尊重し、いつの間にか大きくなったその姿を思い描いた。






◆ ◆ ◆
 

 



「────みんなァ!!」

「ビビ!!」


 海兵達がやって来ているにもかかわらず、一味は一斉にメリー号の後ろ甲板に集まった。
 そして、カル―と共にやって来たビビに喜びの声を上げる。
 一味は急いで船を引き戻し、ビビを乗せようとしたが、


「お別れを言いに来たの!!」
 

 続くビビの言葉に停止を余儀なくされる。
 ビビはカル―に載せた拡声器を持ち、声を張り上げた。


『私……一緒には行けません!! 今まで本当にありがとう!!』


 国中にビビの別れの言葉が響き渡った。
 ビビは仲間たちに向けてありったけの感謝と、己の選択を告げた。


『冒険はまだしたいけど、やっぱり私はこの国を────』



『────愛しているから!!』



 ルフィ達が救ってくれた愛する祖国を、この国に住む人たちと守り抜いていきたい。
 それがビビの選択だった。


『私は────』


 言葉を続けようとして、ビビの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 ぽろぽろと次から次に涙は溢れ続けた。
 ビビの選択は同時に仲間との別れを意味していた。
 王女として生きる事となればもう会うことが出来なくなってしまう。ビビの胸が痛いほどにしめつけられた。


『私は……ここに残るけど!!』


 ビビは波に運ばれ去りゆく仲間たちに精一杯の願いを叫んだ。


『いつかまた会えたら!! もう一度、仲間と呼んでくれますか!!?』


 さざ波の音が響いた。
 一味からの返事は無かった。
 ルフィはビビに何か言おうとしたが、ナミに止められた。
 一味の後ろには海軍がやって来ていた。ここで一味がビビに答えれば海賊との関わりを海軍に嗅ぎつけられ、ビビは罪人となってしまう。
 別れの言葉は送れない。ただ静かに、一味はかけがえのない仲間と別れるしかなかった。
 ゾロ、チョッパー、ウソップ、ルフィ、ナミ、サンジ。ビビのかけがえのない仲間たち。
 背を向けた一味は、一斉に左腕を突き出した。
 











  『──── × × × × × × ────』 












 決して消えない絆。
 それがそこにはあった。


────何があっても、左腕のこれが!!
 

 左腕を掲げた大切な仲間達の声なき言葉に、ビビとカル―もまた誇らしげに左腕を掲げた。

  
 
────仲間のしるしだ!!



 刻まれた思いは共にあり、何よりも強い絆で繋がっている。
 渇いた島風がビビの頬を撫で、一味の追い風となって吹き付けた。
 

「出港ォ!!」


 ルフィの声が高らかに響き渡る。
 ビビは腕を掲げながら、麦わら帽子の海賊船を見送った。
 海賊船は島風に帆を膨らませ、次の冒険を目指し旅立っていく。
 友との別れ経て、新たな出会いを待ち望み、喜びと悲しみを抱えながら、夢の船は水平線の彼方へと消えて行った。












第三部 完結
























「────さて、続きを始めよう」











ネクストプロローグ 「電伝虫」













 アラバスタで引き起こされた歴史に刻まれる騒動から数日。
 偉大なる航路(グランドライン)を指針が示すとおりに進んでいた海軍船の上で、電伝虫が鳴り響いた。
 海軍船に取り付けられた電伝虫が鳴り響く時、それは大きく分けて二つ。通常の連絡か緊急の連絡だ。
 今回もの回線は通常のモノ。だが、連絡先は本部からだった。
 通信兵は小さくため息をついた。ここ数日こうして本部からの通信回線のなんと多いことか。
 その理由は全て上司のせいだ。上司は尊敬に値し、命を預ける事に異存はないのだが、その型破りな性格にはいつまでもなれなかった。
 現在、この船は絶賛独断行動中である。帰還命令が下っている状況なのだが、上司がそれを拒否した。
 また、お叱りの通信かと、少しブルーな気持ちで通信兵は電伝虫の受話器を取った。
 そして、受話器越しに得た情報に一瞬身体が硬直し、危うく受話器を落としかけた。
 


「スモーカー大佐ァ!!」


 軍曹が上司のスモーカーに慌てたように駆け寄った。
 その額にはうっすらと汗が流れていて、微妙に息も荒い。
 

「どうした?」


 いつものように葉巻をくわえたスモーカーが駆け込んできた軍曹に問いかける。


「本部からの通信です!!」

「……またか。面倒な奴らだ。本部に戻る気はない。引き続き<麦わら>の足取りを追う。そう伝えておけ」


 昨日までと同じ命令。
 本部からの命令に対して自身の意見を押し付ける。海兵としては無茶といってもよかったが、スモーカーは押し通すだけの実力を持っていた。

 
「で、ですが……」


 だが、軍曹の反応は鈍い。
 それはスモーカーをいさめると言うよりも、それ以上の何かに突き動かされているような感じだ。


「軍曹さん、どうかしたんですか?」


 今は休憩時間なのかスモーカーの傍で刀の手入れをしていた、たしぎが軍曹に問いかける。
 

「それが……今回ばかりはそうはいかないかと」


 冷や汗を流す軍曹に、スモーカーはため息と共に煙を吐いた。
 アラバスタの一件が解決したものの、政府は真実を隠蔽するつもりであった。
 世界政府加盟国のアラバスタを襲った七武海クロコダイル率いる犯罪組織から海賊が国を守った。彼らの掲げる正義にそんな事実はあってはならない。
 事実を捻じ曲げ、クロコダイルを打ち取ったのはスモーカーが率いる部隊だとし、偽りの手柄でスモーカーとたしぎの二人を昇格させようとしていた。
 スモーカーは知っている。国の行く末を見定めろと命令を出した部下のたしぎは、力が及ばずに目の前の光景を見ているしかなかった。その事に打ちひしがれ、悔しさで泣いた。
 そんな部下に、虚構の手柄で昇格しろとは侮辱以外のなにものでもなかった。故に本部に帰還し勲章の授与を受けろという命令を無視し続け、目的の<麦わら>を追い続けていた。


「わかった……ここに繋げ」


 スモーカーの命令は軍曹を不安にさせるに十分だった。
 軍曹がスモーカーの下に付いて短くはない。それゆえに彼がこれから取ろうとしている行動が予測できた。
 どうしようかと視線を彷徨わせるも、この空間にスモーカーを止められる人間など存在しない。それが出来ていればそもそもこの『偉大なる航路』までやって来てはいなかった。
 それはたしぎも同じだったのか、刀の手入れをしていた手を止め、心配そうにスモーカーへと視線を向けた。


「おれだ」


 スモーカーはいつものように媚びる事のない態度で口を開いた。


『おおっ!! その声は間違いなくスモーカー君だ。いや、懐かしい。息災かね?』

「なっ!?」


 そして、電伝虫から響いた声に表情を歪めた。
 たしぎと軍曹は虚を突かれたような表情を見せたスモーカーに驚いた。それは彼女たちが見る初めての表情だった。
 

「何で、てめェが……!!」


 スモーカーが苛立ちを隠そうともせずに電伝虫の向うの人物に吐き捨てる。


『これは……随分と嫌われたものだ。ヒナ君にかけた時とは大違いだよ。君の噂はかねがね。「クソ喰らえ」とは、なかなか痛快だったよ』


 電伝虫の向うからは愉快げな声が帰って来た。
 その声にみるみるうちにスモーカの表情が歪んでいく。


「チッ……言っておくが戻るつもりはない。上層部のジジイ共にはそう言っておけ」

『いやはや、そのあり方は素晴らしいとは思うが、君はもう少しうまく立ち回る方法を学んだ方がいい。何も服従をしろと言っている訳ではない。妥協点を見つけるのもまた力だよ』

「オイ、いつまで、おれの教官でいるつもりだ。てめェの指図は受けるつもりはねェ」

『悲しいことだ。あの頃の君は……』

「黙れ。それに、いつもまでも昇格するつもりのねェ、てめェには言われたくねェんだよ。用は済んだだろ、切るぞ」

『まぁ、待ちたまえ。今回の連絡はそれとは無関係だ』

「何?」


 スモーカーの声が険を帯びた。
 その普段とは違う上司の様子に、たしぎが小声で事情を知っている軍曹へと問いかける。


「……軍曹さん、スモーカーさんの通信の相手って誰なんですか? 私、スモーカーさんがこんなになるの初めて見たんですけど」

「それが、おそらく……」


 軍曹は畏敬を込めその名を呼んだ。


「え、えぇッ!!」


 その名が現す人物に思わずたしぎが声を上げたが、スモーカーに睨みつけられ慌てて口を閉じた。
 そして、声を限りなく小さくして軍曹に言う。


「……今のって、本当ですか?」

「ええ、間違いないと思います。……本部からの回線ですし。先程、本人もそう名乗っていました」

「……それじゃあ、“あの”……」

「はい────」


 軍曹が声色を憧れに染めて言葉を紡いだ。


「────大海賊時代の幕が開ける前。
 白ひげ、金獅子、そしてかの海賊王ゴールド・ロジャー。今や伝説と化した海賊達が跋扈していた海において、戦いぬいて来た猛将」


 それはまるで幼き頃見た冒険譚を語るかのように、


「その圧倒的な強さから、<武帝>と恐れられた人物。その名は……」

 
 軍曹がたしぎに語っていた時、スモーカーは電伝虫越しの人に再び問いかける。


「で、何の用でわざわざ連絡してきやがった?」

『いやなに、二つほど気になることがあったのでね。少々、私情を優先したまでだよ。聞けば、君たちはアラバスタにいたそうじゃないか』

「おかげで、面倒なことになってるがな」

『そういうな。苛立つ気持ちは十分にあるだろうが、政府の意向は覆らんよ。おっと、話がそれた。それで現場の状況を聞きたいのだ』

「状況なら報告書の通りだ。それはもう目を通してあるんじゃねェのか?」

『ああ。だが、どうしても現場の声を聞きたくなった』

「フン……いいだろう。好きにしろ」


 そしてスモーカーはかつての教官に嫌味を込めて言葉を紡いだ。


「海軍本部少将 <武帝> アウグスト・リベル」


 スモーカーの言葉に、武帝と呼ばれた男は電伝虫の向うで微笑えんだ。


『そう邪険に扱わんでくれたまえ。────では、一つ目の質問だ。君の部隊は戦場で巻き上がった“霧”を見たらしいね。……まずその状況を聞いてみたい』






◆ ◆ ◆






 同刻。
 電伝虫の秘密回線にて。


『おっ!! 旦那じゃねェか!! 久しぶりだな!! 悪ィ、もしかして待たせちまってたか?』


 向うから楽しげな男の声が聞こえて来た。
 電伝虫を用いての業務報告であったが、この回線が繋がらなければ放っておくつもりだったので、とりあえずは行幸だ。


「いや、気にするな。何も問題はないか?」

『あ~~、いや、特にはねェな。まぁ、暇すぎてその辺の海賊をブッ潰したぐれェで特には何もしてェよ』

「……あんまり、頭が痛くなるようなことはしてくれるなよ」

『わかってるって。問題はねェよ。こう見えても、引き際ってのは心得てるから安心してくれや。それよりもそっちはどうなったんだよ? まだ戦ってんのか? それなら超特急で行くからよ』


 得物に喰らいつくことを期待するかのように話を振って来た。
 その様子に、ため息をつく。


「……お前を連れて行かなくて本当に正解だったと思ってるよ。戦いは終息した。この国は我々が気安く手を出していいものではない」

『なんだ、終わっちまったのかよ。つまらねェ。────ま、終わっちまったならしゃあねェか。まァ、聞く限りじゃあんまり気の進む戦いでもなさそうだったしな』

「ともかく、オレの任務は終わった。こっちは帰還するつもりだが、お前はどうする?」

『ん~~じゃあ、暫くは自由にさせて貰おうかね。おもしれェもんも手に入ったし、少し遊びてェ気分だ』

「そうか。まぁ、いいだろう。用があればこちらから連絡を入れる」

『期待してんぜ、旦那』


 自身が部下としてスカウトした男。
 初めは、使い捨ての駒のつもりで誘いをかけたが、十分に役割をこなしていた。
 相手もバカではない。自分が使い捨てられる可能性をも踏んでいただろうが、それでも斡旋した任務を嬉々とこなした。
 向こうとしては、戦いの場を提供するこちらはいい取引相手でもあったのだろう。
 男は戦闘狂とも取れる異常な性質だが、しっかりと筋の通った人物でもあった。
 裏切りの可能性も考慮して初めのころは碌な情報は教えていなかったが、今では信頼を勝ち取り、幹部の一員となっていた。


『────ところでよ、旦那』


 興味ありげに相手が聞いてくる。
 なんとなく予測はついた。


『どうだったんだ? 見たんだろ? あいつらを』

「あの子達か……」


 それは己が過去に置き去って来た罪そのものでもある。
 あがらうために嘘をついて、それが罪を一層重くさせた。


「清くも正しくもなく捻くれていたが、どうやら信念を持って育ってくれたようだよ。彼女も綺麗になっていた。……やはり、よく似ていたよ」

『なんだ、その言い草だと、会った訳じゃねェのかよ。まったく、あのいけすかねェクソ野郎とは早ェとこケリをつけェんだけどな』

「…………」

『わーてるって。我慢だろ、我慢。まだ、その時期じゃねェんだろ。それよりも良かったのか?』

「……あの子達はあの子達の道を進んでいた。それを止める事は出来ない。……オレは遅すぎた」

『たっく、面倒なこった。まぁ、なんだかんだで上手くやってるだろうしな』

「……その話はココまでだ。他に何かあるか?」

『いや、特にはねェよ』

「そうか、ならば通信はココまでだ」

『了ー解。じゃあな────』


 そして相手はこちらの名前を呼んだ。


『────亡霊の旦那』

「ああ。ハリス、また連絡する」


 通信は切れた。











 To Be Continued……












あとがき
今回でアラバスタ編の第三部は終了です。
こうして振り返ってみると長いようで短いように思えました。
途中でかなり暴走して、皆様にご迷惑をおかけしたので申し訳ございませんでした。
少しでも、今回の経験を糧にして精進していきたいと思います。

色々考えましたが、二人は一味の船に潜り込むこととなりました。
オリジナルも考えましたが、やはり一味に入れてあげたいという思いがありました。
空島編は今構想を練っている段階でもう少し時間がかかるかもしれません。アラバスタ編は私も正直やり過ぎたと感じていたので、考えどころです。

ラストのネクストプロローグは微妙な伏線です。
裏話をすれば、実はハリスをアラバスタに登場させようかなぁと考えていたのですが、色々と無茶苦茶になりそうな気もしたので止めたという経緯があります。
……今にして思えば、ハリスはアラバスタで出さなくて正解だったとも思えますが。
オリキャラ陣はそのうち登場させるつもりです。原作の濃いメンバーたちに負けないように気合を入れて行きたいです。

また頑張ります。
ありがとうございました。
 


 


 



[11290] 第四部 プロローグ 「密航者二人」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/03 00:18



『世界は、……そうだ!!
 自由を求め、選ぶべき世界が目の前に広々と横たわっている。
 終わらぬ夢がお前たちの導き手ならば、───越えて行け。己が信念の旗の下に』

                                   <海賊王>ゴールド・ロジャー




 大海賊時代。
 <海賊王>ゴールド・ロジャーが残した、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を巡って幾多もの海賊達が鎬を削った時代。
 各々に抱いた誇りを胸に、海に夢を見た者たちは戦う。
 夢と力。ゆるぎない意志が進むべき道を決めた、そんな時代。












第四部 プロローグ 「密航者二人」













 偉大なる航路(グランドライン)のとある海域に二本のマストからなるキャラベル船があった。
 メインマストに描かれたのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。海賊<麦わらのルフィ>の船だ。
 緩やかな海風が船の帆を膨らませる。
 天候は快晴。風向きは北西。気温から予測するに季節は夏。
 波も小さく穏やかで澄んだ海上を流れゆく雲と共にゆったりと進んでいた。


「もう追ってこねェな……海軍の奴ら」


 後方を確認しながら、緑の髪をした剣士が問いかける。
 腰元に下げられた刀は三本。かつて『東の海』でその名を轟かせた賞金稼ぎであり、現在は麦わらの一味のメンバーの<海賊狩り>ロロノア・ゾロ。


「んー」


 問いかけたゾロに気の無い返事が帰った。
 覇気の欠片も感じられないぐずついた声だった。


「……突き放したんだな?」

「んー」

「おい、進路はこっちであってんのか?」

「んー」

「船の損傷具合はどうなんだよ?」

「んー」

「……あのな」


 ゾロがややイラついた様子で、


「何だよその気のねェ返事は」

「だって……」


 ゾロ以外の船員は全員船の欄干にふにゃりと突っ伏していた。皆一様にやる気が感じられない。
 

「「「「「さみしー……」」」」」


 ぐずつきながら拗ねるように声を合わせた。
 一味はアラバスタでかけがえのない仲間だったビビと別れた。
 海兵に追われ、悲しむ暇もなかったのだが、海兵達を突き放して一段落したときに忘れていた寂しさがよみがえった。
 「ビビ」と、名前を呼んでも返ることのない返事。その事が一味に現実感を与える。胸にぽっかりと空いてしまった悲しみに一味は沈み込んでいた。


「めそめそすんな!! そんなに別れたくなけりゃ力づくで連れてこればよかったんだ」


 ゾロはへこたれる一味に強引な物言いで喝を入れる。


「うわあ、野蛮人」 と、喋る青鼻トナカイ。船医のトニートニー・チョッパー。

「最低」 と、オレンジの髪の女。航海士のナミ。

「マリモ」 と、何故かクルリと丸まった眉毛の男。コックのサンジ。

「三刀流」 と、麦わら帽子を被った男。船長のモンキー・D・ルフィ。

「待てルフィ。三刀流は悪口じゃねェ」 と、長い鼻が特徴的な男。狙撃手のウソップ。
 

 野蛮なゾロのもの言いは一味の大ブーイングを呼んだ。
 いじけた一味は一様に武骨な剣士を白眼視する。


「わかったよ、好きなだけ泣いてろ」


 ため息をつきながらゾロはマストに手を突いた。
 ゾロとて寂しさを感じていない訳ではない。だが、それを他の一味と同じように外に出していないだけだ。
 この様子では一味が立ち直るまでもう少し時間がかかりそうだった。


「まったく……」

「……大変そうだな」

「ああ」

「無事に島からは出たのね。御苦労さま」

「ああ……あ?」


 感じた違和感。
 聞きなれない声。
 ゾロが視線を向け、他の一味もまた同じように声の主へと目を向け、絶句する。

 現れたのは、二人。
 干し草のようにパサついた髪で機械のような細身の男。
 艶やかな黒髪で、妖艶な色気を放つスラリとした長身の女。


「久しぶりだな」

「ふふふ……お邪魔してるわ」


 その男女は驚く一味を気にした様子も無く言葉を為した。
 時間が止まったかのように停止していた一味がそれぞれに反応する。


「組織の仇打ちか!? 相手になるぞ!!」 


 ゾロが素早く刀に手をかける。


「何であんた達がココに居んのよ!!」


 ナミは頭を抱えた。


「キレーなお姉様~~~~っ!!」


 サンジは男を視界から消して、現れた美女に熱烈な視線を送る。


「敵襲!! 敵襲~~~~~!!」


 ウソップは錯乱し、柱に隠れながら、取り出した拡声器で叫びまくった。


「ああああああっ!! ……誰? ってああああああああああああああああ!!」


 チョッパーは女を見て疑問符を浮かべたが、男を見て叫び声を上げた。


「あ!! ……なんだ、おめェらか」


 ルフィは思い出したようにポンと手を打った。
 一味の視線を釘づけにした二人は微笑し、直後、フワリと花の香りと共に武器を構えたゾロとナミに腕が咲いた。腕は素早くゾロとナミが構えた武器を叩き落とす。


「うわっ!! 手!?」

「───そういう物騒なモノ私たちに向けないでって、前にも言ったわよね」


 混乱する船内を二人は慣れた様子で進み、立てかけてあった折り畳み式の椅子をそれぞれに手にすると組み立てた。
 レディファーストなのか男が椅子を引き女に席を譲る。女は柔らかく微笑んだ。そして男も腰かける。


「あんた達いつからこの船に!? Mr.ジョーカー!! ミス・オールサンデー!!」

「ずっとよ。下の部屋で読書したり、シャワー浴びたり。これあなたの服でしょ? 借りてるわ」

「後、オレ達はもうバロックワークスの社員じゃないよ。だからそのコードネーム(呼び方)は止めてくれ。ちなみにオレの名前はクレスで、こっちはロビンだ」

「聞いてないわよ!! 何のつもりよ!!」


 ナミが叫び声を上げたが二人は気にすることなく船長へと向き合った。


「モンキー・D・ルフィ」


 澄んだ声でロビンが名前を呼び、


「さて、確認をしたいんだがいいか?」


 クレスが続けた。


「確認?」


 ルフィは首をひねった。


「忘れたとは言わせねェぞ」

「葬祭殿で私たちに言ったこと覚えてるかしら? ……あの時は少し驚いたわ」


 首をひねり続けるルフィに怒りの炎を燃やしたサンジが掴みかかった。


「おいルフィ!! パサ毛野郎はともかくあのキレーなお姉さまに何を言ったんだ!?」

「……酷い言い草だなオイ」


 ルフィは首をひねり続け、


「ああ!!」


 得心がいったのか大きな声を上げた。
 クレスは椅子の背もたれに寄りかかり、ロビンは足を組んだ。


「あの時の確認をしに来た。───オレ達には行くあても帰る場所ない」

「だから、この船に乗り込んだ。あなたのせいよ。……麦わらの船長さん」

「あ~そりゃしょうがねェな」


 ルフィはクルリと今だ混乱する一味に向き直り宣言する。


「コイツ等仲間にするから」


 一味はルフィが言っている意味がわからなかったのか一瞬停止し、


「「「「「何ィいいいいいいいいいいいいいいい!!?」」」」」


 困惑の叫びを上げた。







◆ ◆ ◆






 仲間として一味に加わることを取り合えず船長のルフィから了承を得たクレスとロビン。
 だが、いくらルフィの決定だといっても、他の面々が納得した訳ではない。
 現在、甲板にはデスクライトを乗せた四角いテーブルが置かれ、ウソップがクレスとロビンと対面するように座っている。
 テーブルの上には要点をまとめるためのレポート用紙。先程からウソップによる取り調べがおこなわれていた。


「八歳で考古学者……そしてクレスと二人で賞金首に」

「考古学者?」

「そういう家系なの」

「まぁ、家系で言えばオレも当てはまるんだろうが、コイツは特別だよ」

「その後20年、ずっと政府から姿を隠して生きてきたわ。いろんな"悪党"の庇護下に入ったり、無人島で暫くサバイバルしたり。後の方は遺跡の捜索も兼ねていたけれど」

「フンフン……なるほどな。……『意外と苦労人』と」


 カリカリと隠すつもりはないのか、二人の前でウソップが用紙に要点と本人の感想を書き込んでいく。
 クレスの見立てでは案外好感触のようだ。


「いろんな経験を積んできたから、裏で働くのは得意だよ。役に立つ筈だ」

「ほほう……自身満々だな。何が得意だ?」


 ペンを耳にはさんでウソップが見定めるように顎に手を置いた。
 ウソップの質問に、クレスとロビンは顔を見合わせ、同時に頬笑み、ウソップに向き合って、


「「暗殺」」


 少し洒落にならない特技を口にした。
 冗談なのだが、嘘では無いので質が悪い。


「ルフィ!! 取り調べの結果、危険過ぎると判明!!」


 案の定ウソップは涙目でのけぞった。
 その様子にロビンはクスクスと笑みを漏らして、クレスはやり過ぎたかもと苦笑した。
 そして、クレスは視線を甲板に座り込むルフィをチョッパーへと向けた。
 そこには甲板に咲いたロビンの腕を不思議そうに見つめる二人。ロビンはその様子に悪戯心が湧いたのか、二人の後ろにそっと腕を咲かせて、くすぐった。


「あはははははは!! くすぐった……はははは!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 見ろよウソップおもしれェぞ!!」 

「聞いてんのかお前らァ!!」


 楽しげにロビンに遊ばれるルフィとチョッパーにウソップが叫ぶ。だが、まったく効果は無い。
 ロビンはやさしげな笑みを浮かべ、クレスはそれを嬉しそうに見ていた。


「───まったく、軽くあしらわれちゃって情けない。
 どうかしてるわ。今の今までそいつらは犯罪組織でクロコダイルの右腕として働いていたのよ。
 ルフィの目はごまかせても私は騙されない。……妙な真似したら叩きだすからね!!」


 船長の様子に、階段の上で脚と組んだナミが二人に忠告する。
 だが、それでもクレスとロビンを船員として迎え入れる事を前程として話をしているあたり、彼女もまたお人よしだ。


「ふふふ……ええ、肝に銘じておくわ」

「ああ、オレも心に刻もう」


 クレスもロビンもその事に気づいていて、穏やかに首肯した。


「ああ、そういえばロビン」

「何かしらクレス?」


 わざとらしくクレスが問いかけ、ロビンが答えた。


「クロコダイルから頂戴してきたアレって何処に置いたっけ?」


 その瞬間、ピクリとナミの耳が反応する。
 

「アレ? ふふ……宝石のこと? それならココに。売れば確実に100万ベリー以上になるわね」

「───いやん、大好きよお姉さまっ!!」


 風よりも早く一瞬で宝石を取り出したロビンにナミがすり寄った。今にもごまをすりそうな様子である。
 二人は船内に潜んでいた時、女部屋に慎重に保管された財宝類を見つけた。
 定期的に手入れをしていたようで相当品質が良いそれらから察するに、間違いなく金の亡者がいると確信する。
 結果、それは見事に的中した。
 今のナミは完全に宝石を持つ二人の味方だった。


「何て奴らだ。ナミがやられた……!!」

「悪の手口だ」


 ナミをも虜にしたその手際の良さに、ウソップとゾロが慄いた。


「ああ……恋よ。
 漂う恋よ。
 僕はただ漆黒に焦げた身体をその身に横たえる流木。
 雷というあなたの美貌に打たれ、激流へと崩れ落ちる僕は流木……」


 上機嫌な鼻歌と共に今にも躍り出しそうな様子でサンジがやって来る。
 そして、ほれぼれするような給仕としての鮮やかな動作をもってロビンの前にスッとティーセットを置いた。


「おやつです」

「まぁ、ありがとう」

「いえいえ、あなたの為に厳選した極上の紅茶です。スイーツは生チョコのケーキとなっております」


 サンジは極上の接客スマイルをロビンに送る。
 そして表情を一変させ、


「てめェは茶でも飲んでろ」 


 唾ででも吐き捨てそうな表情でクレスの前にぞんざいに湯呑を置いた。


「オイコラ、さすがに露骨すぎんだろ」

「うるせェ!! 聞けばてめェこの美女とずっと二人旅をしてただと? そんな羨ま……不審な奴を信用できるかァ!!」

「下心透いてんだよ。……てめェ、次、ロビンに色目使ったら海に沈めるぞ」

「ああ? 恋はハリケーンなんだよ。オロして叩きにすんぞ、パサ毛野郎」

 
 クレスは舌打ち交じりに湯呑を口に運ぶ。そして僅かに眉を動かした。
 粗茶といってもサンジが料理人として抜かりなく淹れたもので、ぞんざいに湯呑をテーブルに置いてはいたが余り水面は揺れていない。このあたりはサンジが一流たる所以だろう。


「まぁ……いい。
 オイ、クルマユ。頼みがある」

「あ? なんだ」


 何かムカムカするものがあるのか煙草をふかしていたサンジにクレスは、


「砂糖くれ」

「砂糖って何に使うんだ?」

「お茶に入れる以外何があんだよ」

「蟻かてめェはァ!! 入れたら彼方まで吹き飛ばすぞ!!」

「入れるだろ普通?」

「入れねェよ普通!!」


 軽く常識を砕かれ、キレるサンジ。


「……ダメよ、クレス。コックさんの言う通りよ」

「いや、だって、最近甘いもん食ってないし」

「それなら、ほら。少しケーキ上げるから」


 ケーキを一口サイズに分けてフォークに突き刺しクレスの方へと伸ばした。
 クレスは少し迷ってから口を開けて、


「フザケんなァ!!」

「うおッ!!」


 いまだかつてないほどに怒り狂ったサンジの蹴りが飛んできた。
 もう何もかも蹴り砕くんじゃないかという嫉妬の蹴りに、クレスは一瞬で“鉄塊”をかけ防御する。サンジの蹴りはかろうじて止められた。


「あぶねェだろコラ!! ケーキ食えなかっただろうが!!」

「誰がてめェに食わせるかァ!! むしろおれが食いた……じゃなくて、それはロビンちゃんのもんだ!!」


 睨み合い火花を飛ばす二人。
 その様子に、サンジがまったく役に立たないんじゃないかと思っていたウソップとゾロが唸る。以外にいい感じの警戒感(クレス限定)だ。
 

「ごめんなさい、コックさん。少しはしたなかったかしら」


 その時、ロビンが目を伏せた。
 サンジに物凄い罪悪感が駆け巡る。


「い、いや、全然そんなことは無いんだぜロビンちゃん」

「……そうかしら」

「いや、ほら、今のはこのパサ毛がむかついたというか羨ましいというか何というか……」

「そう? やさしいのね、コックさん」

「いやそんな……それほどでもないです」

 
 でれりとだらしない表情になるサンジ。
 

「それなら、もう一つデザートを頼んでもいいかしら? このままクレスにお預けをするのは可哀相だから」

「もちろんだぜ、ロビンちゃん!!」


 そして、ついさっきまで睨み合っていたクレスのケーキを取りにそそくさと厨房に戻るサンジ。完璧に骨抜きにされていた。
 傍観していたゾロとウソップは戦慄した。恐ろしいまでの人身掌握術だった。


「まったく、世話の焼ける一味だぜ」

「おれ達が砦ってわけだ」


 そう簡単には騙されないと、ゾロとウソップが鋭い視線でクレスとロビンを監視する。
 能天気な一味だからこそ、誰かがしっかりとしなければいけない。
 ゾロは腕を組み、ウソップは任せろとばかりに親指で自分を差した。


「おい、ウソップ───!!」

「あァ?」


 楽しげに呼びかけたルフィに、ウソップはギロリと視線を向ける。
 そこにいたのは、


「おれ、チョッパー」


 頭から腕を生やしてトナカイの角に見立てたルフィ。


「ぷぷ───っ!!!」


 ツボだった。ウソップもまた他と同じく籠絡される。
 そんな一味にゾロが青筋を浮かべた。
 

「……やっぱり、怪しいか?」

「あ?」


 腕を組むゾロに、ロビンに遊ばれる一味を見ながらクレスが話しかける。


「まぁ、当然だな。オレ達も直ぐに受け入れてもらえるなんて考えてはないさ。
 ……だが、この一味に害を与えようなんて考えてる訳じゃない事はわかってくれ」

「……フン」
 
「信用はそのうち勝ち取るさ」


 鼻をならしたゾロにクレスは言った。


 うららかな天気。
 穏やかな水面。
 だがその時、海が大きく揺れた。


「お、おい!! アレ!!」


 ウソップが指さす。その先に大きな水音と上げた巨大な姿があった。
 全長10メートル以上の巨体。その巨体には鱗と羽毛に包まれ、覗かせた顔には黄色い嘴と赤い鶏冠がある。
 海の王者。海王類の一種だ。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」


 餌を求めやってきたであろう海王類に叫び声が上がった。


「チッ、海王類か!?」

「ん? なんだ、チキンフィッシュじゃねェか」

「知ってんのか?」

「まぁな」


 ゾロの問いに、クレスが現れた海王類を見上げながら答える。
 怯えたウソップ、チョッパー、ナミは逃げ回り、それと同時にルフィがニッと笑い拳を握った。


「ゴムゴムの銃(ピストル)!!」


 唸りを上げ伸びるルフィの拳。
 ゴムの拳は海王類を捉え、船を襲おうと大口を開けたその横っ面を思いっきり吹き飛ばす。
 海王類は仰向けに海に倒れ、怯えたように海の中へと潜って行った。
 

「あ、逃げんな!! メシ!!」


 海の中に逃げ込まれれば、いくらルフィが強くても追いかけられない。
 

「あ~……麦わら。アレ、食いたいか?」

「食えんのか!?」

「そうか……」


 クレスは軽く肩をまわして上着を脱ぎ、靴を脱ぎ軽く屈伸する。
 そして、サイドバックから鉄線とサバイバルナイフを取り出した。
 

「わかった。獲って来てやるよ」


 一味が驚く中、クレスは一足飛びで海に向け理想的なフォームで飛び込んだ。
 クレスの姿は直ぐに青く透き通った海の中に消えて行った。


「うわああっ!! 飛び込んだぞアイツ!!」


 迷うことなく海の中に飛び込んだクレスに、チョッパーが驚愕した。
 

「おい!! 大丈夫なのか!?」


 ウソップが慌てたようにロビンに問いかける。
 

「ふふ……心配ないわ。クレスは強いから」

「いや、それは知ってるけどよ。海ん中だぜ? ルフィが殴ったとはいえ海王類相手じゃやべェだろ!?」

「大丈夫よ。クレスは海の中で魚人とでも戦える位強いから」

「は? 魚人……?」


 ウソップが茫然とした瞬間、背後で轟音と共に大きな水飛沫が上がった。
 打ち上げられたのは先程の海王類。そして、拳を突き上げたクレス。
 宙に舞った海王類はその巨体を水面に叩きつけられ、力無くその巨体を水の上に浮かべた。
 それと同時に“月歩”で空中を蹴ってクレスが船上へと帰ってきた。


「お疲れ様」

「道具を使うまでも無かったな。あ~……タオルあるか?」


 クレスは濡れた髪を水気を飛ばすようにかき上げる。
 水中というのは人間の動きを阻害する。息は続かず、水の抵抗に遭い身体は重くなる。
 だが、異常な体力と六式を扱う超人的な肉体を持つクレスにとってそれはあまり問題ではなく、後は海の様子を見定めれば、海中での狩りもそう難しいことでは無かった。
 クレスは唖然としている一味に対して、


「こう見えても結構サバイバルとかもやってきたから、狩りも出来る。
 完璧とは言わないが、海に潜って魚を獲る事も出来るし、無人島でも道を切り開いて食料を確保する自信もある。
 オレがいればこの先、食料の確保で困ることはない筈だ。それに、ロビンがいれば情報において困ることはない。どうだ? 仲間にして損はさせない」


 クレスの言葉に一味の間に衝撃が走る。
 食料。情報。特に食料。それは一味が喉から手が出るほど欲するものだった。


「「「「「「ま、マジでよろしくお願いします」」」」」」


 先程まで難色を示していたゾロを含めて、全員に土下座張りの勢いで頭を下げられた。


「お、おお……まかせとけ」


 その勢いにクレスは少し引いた。
 こうして、クレスとロビンは一味と打ち解ける事に成功し、仲間として船に迎え入れられる事となった。






◆ ◆ ◆



 


 海は相変わらず穏やかで、ポカポカとした穏やかな気候が続いている。
 船の上にはクレスが獲ったチキンフィッシュをサンジが調理した香ばしい残り香が漂っていた。
 巨大なチキンフィッシュを食べ、一味は大満足だった。


「航海士さん、ところで記録(ログ)は大丈夫?」

「西北西に真っ直ぐ。平気よロビンお姉さまっ!!」

「……お前絶対宝石貰っただろ」

「おい、サンジ!! さっきの魚まだあるか? アレかなり美味かったぞ!!」

「ちょっと待ってろ!!」

「まぁ、チキンフィッシュは高級魚だからな。その辺の魚よりも美味いだろうよ」

「へ~すごいんだな、クレス」

「フッ……チョッパー、おれだって本気出せばあれくらい余裕なんだぜ」

「ホントかウソップ!?」


 船は風に乗って進んでいく。
 静かな海に空。流れる雲は白く、空は広くて青い。

 その時、コツンと硬質な何かが船の上に落ちて来た。
 雹かと思いクレスは頭上を見上げた。グランドラインの気候は複雑怪奇だ。海は一瞬で表情を変える。
 一味もそれぞれに空を見上げる。
 そして、全員の顔が驚愕で染まる。
 落ちて来たものは想像を絶するものだった。





  
───人が空想出来る全ての出来事は、起こりうる現実である。
                        
                         物理学者 ウィリー=ガロン






 ふと昔読んだ本の格言がよみがえった。
 だが、それでも余りにもそれは衝撃的過ぎた。
 何も無い空から落ちて来たもの、それは巨大なガレオン船だった。


「うわあああああああああああああ!!」

「掴まれ!! 船にしがみつけ!!」

「舵取って!! 舵!!」

「きくかよこの波で!!」

「まだなんか降ってくんぞ!! 気をつけろ!!」

「チッ……船を守れ!! 風穴が空くぞ!! あと、ロビンは絶対守れ!! 命をかけろ!! オレはかけた!!」

「よしわかった……ってオイ!!」


 混乱に陥るも、一味は何とか危機を乗り越える。
 どういう訳かわからないが、降り注いだガレオン船とその木片は海を荒らし今は難破船としてかろうじて海に浮かんでいる。だが、相当古い船の様で沈むのも時間の問題だろう。


「ああッ!!」


 その時ナミが大きな声を上げた。
 一味は皆、方位指針(ログポース)を見つめうろたえるナミに目を向けた。


「方位指針(ログポース)が壊れちゃった……!! 上を向いて動かない!!」


 ナミの腕に付けられた方位指針はぴったりと何も無い空を差し続けていた。
 方位指針は偉大なる航路を進む唯一の光だ。それが正しい方位を示さないならば、船旅はたちまち暗礁に乗り上げる。


「……違うわ。より強い磁力をもつ島によって、新しい記録(ログ)に書き換えられたのよ。指針が上に向いたなら空に島がある」


 ロビンは航海士の狼狽を否定し、空を見上げ新しい可能性を示した。


「……“空島”に記録(ログ)を奪われたという事」


 その一言が全てを決めた。
 一味は皆、空を見上げ、クレスもまた空を見上げた。

 空の上に島。
 誰もが一度は夢見たようなそんな幻想。
 『空島』を追う冒険が今、始まった。












あとがき
第四部スタートです。始めは仲間入りからですね。クレスが少し暴走を始めました。
第四部からは基本的に視点を絞って話を勧めて行こうと思います。
アラバスタ編より内容を省略すると思います。難しいですが何とか工夫して進めて行きたいです。
これからもがんばりたいです。よろしくお願いいたします。
 

 



[11290] 第一話 「サルベージ」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/10 23:34
「……ん、クレス、そんなとこ触っちゃダメ」

「いいだろ、少しくらいなら……ほらこっちも」

「ダメ……焦らないで」

「いや、別に焦ってる訳じゃないけどよ……ほら、そろそろだろ?」

「もう、強引なんだから。もっとやさしくして」

「わかってるって、やさしく……丁寧にだろ? ほら、そろそろ入るぞ」

「あっ!! ……ダメ」


 海の上。
 波に揺れる船。
 その甲板でクレスとロビンが向かい合っていた。
 繊細な指先で肌をなぞるようにやさしくそれを触っていく。
 時折漏れる声はさざ波の音に消えた。


「あんた達……何してるの?」


 見兼ねたナミが恐る恐る問いかける。
 戸惑いながら、互いに集中する二人に話しかけた。


「何って……」

「見ればわかんだろ?」
 

 クレスとロビンは首をかしげ、






「「頭蓋骨の復元」」

「怖いわッ!!」












第一話 「サルベージ」













 突如、空から落ちて来た巨大なガレオン船。
 それにより、記録(ログ)を空に奪われた一味は、空にあると思われる島『空島』を目指す事となった。
 記録が空を差しているとはいえ、船が空を飛べる訳ではない。途方に暮れる事となった一味はひとまず空島の情報を集める事にした。


「何かわかったのか?」

「ええ、少しは」


 棺桶を暴き、中に納められた人骨の前に座り込むロビンの周りに一味は集まった。
 ロビンは先程復元した頭蓋骨に手を触れる。


「ここに空いている穴は人為的なもの。
 頭蓋を薄く削るように丁寧に開けられた穴……“穿頭術”……そうでしょ? 船医さん」

「……うん。昔は脳腫瘍を抑える時、頭蓋骨に穴を開けたんだ。でもずっと昔の医術だぞ?」


 チョッパーは頭蓋骨に怯え、柱に隠れながら答えた。


「死者と美女ってのも乙なもんだな~~~~!!」

「……黙って聞いてろクルマユ」


 メロメロのサンジにクレスが苛立たしげに言った。
 ロビンは物言わぬ屍から過去の情報を次々と見出していく。


「“彼”が死んでから既に200年は経過しているわ。年は30代前半。航海中病に倒れ死亡。
 他の骨い比べて歯がしっかりしているのはタールが塗り込んであるせいね。この風習は"南の海"の一部の地域特有のものだから、歴史的な流れから考えてあの船は過去の探検隊の船」


 ロビンは古びた歴史書を取り出してパラパラとページをめくっていく。
 

「……あった。
 “南の海”の王国ブリスの船。『セントブリス号』……208年前に出港してる」


 ナミとゾロが歴史書のページを覗きこみ、


「さっきと落ちて来たのと同じだわ!!」

「……そういやこんなマークついてたな」

「少なくとも200年、この船は空をさまよってたのね」


 一味は感心したように目を見張った。
 一流の考古学者による解析。それは過去の予測を確実な現実にしてみせた。


「骨だけでそんなことまで割り出せるなんて……」

「遺体は話さないだけで情報は持っているのよ」

「なるほどね、空島か……本当にあるのかしら? もっと証拠が欲しいとこだけど、さっきの船ならもうほとんど沈んじゃったし」

「ああ……それなら」

「え?」


 クレスは船の片隅に置いてあった袋を広げ、その中にあった古びた本と用紙をナミに手渡した。
 そこにあったのは沈んだ船にあった海図や紀行文らしき文献だった。


「船が沈みきる前に測量室らしきとこに行って取って来ておいた。もう少し探せばまだ何か見つかったかもしれないが、こればっかりは水にぬれるとダメになるからな」

「あんた……ルフィ達と難破船で遊んでるのかと思ったら、そんなことしていたの!?」

「まぁ、オレは一応、ロビンの助手だしな」


 クレスは今にも沈みそうな船の上を探検するルフィをウソップに目を移す。
 海につかりながら「ルフィ!! しっかりしろ!! コッチに掴まれ!!」 「ぶわっぱっばぷぺべ!!」などとはしゃいでいる姿を見て、


「……というか、あいつ等と同レベルで見られてたのは少しショックだぞ」

「あんた達は何やってんのよ!!」


 ナミが溺れるルフィとそれを助けようとしているウソップに向けて叫ぶ。
 クレスは取り合えずルフィとウソップを意識から切り離して続けた。


「かなり古いし、損傷も酷いから、読み解くのは難しいと思うけど、これでだいぶ空島の手がかりが増えたと思うぞ。足りなかったら後はサルベージでもするしかないんだけどな」

「あんた達……うぅ……私初めてこんなに感動したかも。いっつも他の奴らは役に立たないもん」

「……苦労してるのね」


 感動したナミをロビンが労った。


「おい、みんな!! これを見ろ!!」


 沈んだ船から帰って来たルフィがナミが持った海図の一つを見て、上機嫌で歓声を上げた。
 その古びた地図にはその地名と大まかな形が記されている。
 

「『空島』の地図!! やっぱり空に島はあるんだよ!!」


 航海士のナミが古びた海図を見渡した。


「『スカイピア』……!! 本当に空に島があるっていうの!?」


 ルフィはご機嫌で声を張り上げる。


「よ~~~し!! 野郎共!! 上舵いっぱいだ!! 行くぞ空島!!」

「うおお!! 空島!! 夢の島だ!!」

「夢の島!? ホントかウソップ!!」


 騒ぐ三バカにナミがため息をつく。


「……騒ぎ過ぎよ。これはただの可能性に過ぎないわ。世の中には嘘の海図なんていっぱいあるんだから」


 騒いでいたところにナミに冷や水をぶっかけられ、ルフィ、ウソップ、チョッパーはどよーんと幽鬼のような表情になった。


「あ……ごめんごめん。あるあるある……きっとあるんだろうけど……」


 ナミは言葉を区切り、


「行き方がわかんないって話をしてんのよッ!!」

「航海士だろ、何とかしろ!! 飛ばせ、船!!」

「出来るかァ!!」


 ドスンとキレたナミがマストを殴りつける。
 ウソップが「あ、ナミ……船を大事にしてくれ……」と恐る恐る言うがナミに睨みつけられ尻すぼみになる。
 サンジは「怒ってるナミさんもカワイイなあ……」と意味も無くメロメロになっていた。


「……落ちつけ航海士。とりあえずは現状で出来る事を探すしか無い。記録(ログ)は相変わらず上を差してんだろ?」


 クレスがナミを促す。
 記録(ログ)が上を差している限り今は船を進めようがない。


「そうなんだけど……あんな大きい船が空に行ってんならこの船も空に行く方法は必ずある筈だし……」

「何よりも今重要なのは情報ね。取り合えずクレスが持ち帰って来たものを読み解くところから始めたら?」

「……そうね。確かに今はそれが確実か。後はあの沈んだ船から出来る限りの情報を引き出せればいいんだけど」


 ウソップがナミに殴られたマストの損傷具合を確かめながら、


「でもよ、情報ったって肝心の船は完全に沈んじまったぞ」


 ウソップの言う通り落ちて来たガレオン船は海の底に沈んでしまった。
 そうなれば探索は困難を極める。


「なんなら探して来てやろうか?」

「えっ!? 出来んのか!!」


 さらりと言ったクレスにウソップが驚く。


「ああ、どちらかと言うとオレの本職は遺跡とかの捜索だからな」

「クレスは30分くらいは潜ってられるから、頼りになるわよ」

「スゲェええええええええええ!!」


 一味からどよめきが起こる。
 

「よし。私とロビンは資料を読み解くから、邪魔になるあんた達は沈没船の捜索をお願い」

「まてまて、クレスは別としておれ達はムリだろ!?」

「なんとかしなさいっ!! 沈んだならサルベージよ!!」

「よっしゃああああ!!」

「出来るかァ!!」
 





◆ ◆ ◆






 取り合えず大まかな方針は決まった。
 ロビンとナミは船室のテーブルに資料を広げ、男衆は甲板に集合する。


「安心しろ。おれの設計に無理はない……たぶん」

「いや、それ大丈夫なのか?」

「大丈夫だ!! ……たぶん」


 泳ぎやすいように上着と靴を脱いで軽装となったクレスが樽を改造した即席の潜水服を差して言う。
 それを被るのはルフィ、ゾロ、サンジ。ルフィは能力者で泳げないため樽を二つ重ねることにするそうだ。止めとけばいいのにと思ったが、口にしてもあまり意味は無さそうだ。


「それよりもお前はそれで大丈夫なのかよ? 良かったらコレまだあるぞ」


 ウソップが素潜りをする予定のクレスを心配してか問いかける。


「いや、問題ない。おれの場合そういうのは邪魔になるだけだから。まぁ、問題は通話法が無い事だな」

「それなら心配すんな。おれがさっき作ったこのホースを使え。一応、空気も吸えるようになってる」


 ウソップが長いホースの先に受話器のようなものがついたものをクレスに渡した。
 

「ああ、わかった」


 クレスは多少訝しみながらもそれを受け取り、これから潜る予定の海を見渡した。
 海の様子は比較的穏やかで暫くは荒れる心配はなさそうだった。
 いつ天候が変わるか心配ではあったが、取り合えずは海に入るにはいい陽気だといっていいだろう。後は海の様子が変わらない事を祈るしかない。


「取り合えずオレは先に行くけど、さっきの船についてはあんまり財宝とかは期待すんな。沈む前に入ったけど内乱かなんかで相当荒らされてたからな」


 軽く準備運動をしながらクレスが一味に言う。

 
「あ~……まぁ、アドバイスとしては危ないと思ったら速攻で逃げる事だな。ヤバいと思ったら直ぐに船に戻れ」

「よしわかった。宝を探そう」

「取り合えず潜ればいいんだろ? 簡単だ」

「宝を持ち帰るのはおれだ!! 待ってってくれ、ナミさん、ロビンちゃん!!」

「話を聞け。そしてクルマユ、お前は沈め」


 不毛な会話を経て、クレスは船の側壁に立つ。
 一味は樽で作った潜水服の装着を始めた。


「んじゃ、行くわ」


 そして、クレスは先行して海の中に飛び込んだ。
 重力に身を任せ、海の中に矢のように一気に潜り込む。
 水温はそれほど低い訳ではないが、海上との温度差は心地よい刺激としてクレスを覆った。
 海の中は何処までも透き通る青。陽光が海中まで入り込み、光は風にそよぐカーテンのように揺れている。
 空気を蹴りつけ空を駆けるクレスの脚が爆発的な力強さで海水をかきだし、まるで魚のようにクレスの身体を前へと進める。
 悠々と一団となって泳ぐ小魚達の傍をすり抜け、更に下へ。
 海の底までの水深はおそらく500メートル以上。想像を絶する距離だが、強靭な肉体を持つクレスにとってはあまり問題では無い。
 深海に進めば進むほど海はその姿を変える。徐々に光は薄くなり、水が重くなる。だが、グランドラインの水質故か抵抗はそこまで感じなかった。
 全身を包む柔らかな海水をかき分け更に下へ。海は徐々に青みを増した。
 そして、クレスは目の前に見えた物陰に目を細め、ウソップから託された通信機を手に取った。


「……こちらクレス。海中に巨大ウツボを発見。来るなら十分に気をつけろ。下手したら食われる。まぁ、たぶん大丈夫だろ」

『おい!! 大丈夫じゃねェだろソレ!!』


 通信機の向うからの声を聞き流し、クレスはウツボに気づかれないようにそっと沈没船目指して進んだ。






◆ ◆ ◆






 換わって船室。
 テーブルの上に広げられたのはクレスが持ち帰った古めかしい海図と文献。
 それを手もとの資料と格闘するように見比べるのはロビンとナミ。


「やっぱり損傷が酷い。……保存状態が悪かったのね。風化していて断片的なものしか読み取れないわ」

「こっちもダメ。字も構図もボロボロで全然わかんない」 


 風化した海図を覗きこんでいたナミがうんざりした様子で背筋を伸ばした。


「唯一原型を留めてたのはルフィが広げた地図だけか……。ロビン、アンタ専門家なんでしょ? 何とかなんないの?」

「……こればかりは。いくつか情報は得られたけど、それが確実な情報だという証拠にはならないわ。……航海日誌らしき一文もあったんだけど」

「何て書いてあったの?」


 ナミの問いにロビンは紙片の一つを差して、


「文字が滲むように霞んで読めないから予測も入るけど、『遥か西の島から、世にも珍しき雲の河を越え、我々はついに辿り着いた。夢のようなこの地に。それはまるで天の国のように美しい空の島』」

「ホントに!?」

「でも、残念だけどこれが真実の記述だという証拠はないわ。
 あの船が空から落ちて来たのも確かだけど、もしかしたら、もともと沈んでいた昔の船が何らかの原因でたまたま打ち上げられただけかもしれないの。『空島』に行けたかどうかはわからないわ」

「……決定的な証拠にはならないのね。でも、あんたが言う通り記録(ログ)は上を差してんのよ?」

「ええ。でも、あの船が『空島』を求めて海に出たのは確か。空に島がある可能性が無くなった訳じゃないわ。
 他にも『空島』に関する文献があった。でも、私たちが今必要な“空に行く方法”については不鮮明なものばかりなの」

「結局は手詰まりか。はぁ、記録(ログ)が上を指してる限り身動きも取れないし……後は男共が船から情報を引張り出してくるのを待つしかないか」
 
「……そのようね」


 ロビンもまた資料から手を離し、椅子の背に身体を預けた。そして不審に思われない程度にナミに視線を向ける。
 クレスと二人船に忍び込み、とりあえずは一味に上手く溶け込めた。それは、“クレスとロビンが”というよりも一味の持つ雰囲気のせいというのもある。何とか上手くやれそうだった。
 ロビンがぼんやりとそんな事を考えていた時、部屋の外から騒がしい笛の音が聞こえて来た。後、サルベージがしたそうな歌も聞こえて来た。


「何かしら? 今、笛の音が」

「……なんかいやな感じの歌い声も聞こえるし」


 ロビンがゆっくりと目を閉じ<ハナハナの実>の能力を発動させる。
 船外に咲いたロビンの“目”は接近する船の姿を捉えた。


「……海賊船みたい。外に出てみましょう」

「またなんか来たの!! こんな時に……」


 ロビンがナミを促し、いやそうな顔でナミが続いた。






 船外ではメリー号に接舷するように一回りも大きな船がやって来ていた。
 何やらクレーンのような大きな装置の付いた、タンバリンを持った猿が船首の船。雰囲気から見れば探索船のような船だった。
 その船上から、ゴリラとチンパンジーを足して割ったような大男がこちらに向けて声を張り上げた。


「園長(ボス)!? つまりそいつァおれの事さ!! 
 引き上げ準備~~!! 沈んだ船はおれのもんだ!! てめェら手を出してねェだろうな? ココはおれの縄張りだ!!」


 その男は<サルベージ王>マシラ。懸賞金2300万ベリーの海賊だ。
 マシラが声を張り上げると彼の部下達から「ウッキッキィ~~~~!!」と勢いよく声が上がる。


「また妙なのが出て来たわ……なんなのあいつは?」

「わ、わかんねェ。……だが、サルベージをするみたいだ」


 ナミが甲板にいたウソップに問いかけ、ウソップがマシラにビビりながら答えた。


「船医さん、クレスや他の人たちは?」

「ルフィ達なら海に潜ったぞ」


 ロビンは能力で<人型>の大男に姿を変え、潜水装置の操作をしているチョッパーにこの場にいない者達の確認をおこなった。
 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねェーっ!! おれ様の質問に答えやがれ!! ウキッ~~~っ!!」


 無視された形のマシラが怒声を上げる。


「すいません、質問していいですか?」

「お前がすんのか!?」


 ナミが交渉しようと逆にマシラに問いかけ、「いいだろう。聞いてみろ」とマシラは寛大な態度で頷いた。
 クレーンのような装置を指してナミが、


「これからサルベージをなさるんですか?」

「───な“サル”!?」


 マシラは妙なところに感激したように食いついた。
 何でもサルみたいなサル上がりのサルのような男前のマシラはサルに似たサルっぽいサル上がりであるらしい。どうでもいい。
 勝手におだてられたマシラと交渉はトントン拍子で進み、サルベージの見学をさせて貰う事となった。
 一味はこれで取り合えず様子を見て、事態の推移を見守ることにした。既に深海に潜って探索をおこなっている四人は折を見て回収するのが望ましいだろう。
 野生動物みたいに縄張りを荒らされるのが嫌いなそうなので、後は見つからない事を願い、荒事が起きない事を祈るだけだった。


(大丈夫かしら……クレス達)


 ロビンはクレス達の事を別の意味で心配した。
 海に潜る四人は海上の事など分からない。マシラ達も縄張り意識が強いようだから、おそらく先に誰かが沈没船に手を出せば攻撃を仕掛ける可能性は高い。
 そうなれば間違いなくクレスは反撃するし、ルフィ達も性格から考えると大人しくしている事は無さそうだ。最悪の時は目の前の海賊団と戦うハメになってしまうだろう。
 そんなロビンの懸念は的中する。


「ぼ、園長(ボス)!! 大変です!! 海底に“ゆりかご”を仕掛けに行った船員が!?」

「海王類か!?」

「いえ、それが何者かに殴られたような跡が!!」

「何ィ……誰か海底にいるってのか……!! じゃあ……!!」


 部下がやられたことに激怒したマシラが、鋭い目を一味に向けた。


「オイお前らァ!!」

「ひィ!?」


 ウソップが思わず小さな悲鳴を上げた。
 ナミが何とか言い訳を紡ごうとするが、それよりも早くマシラが、


「海底に誰かいるぞ気をつけろ!!」

「ハーイ(……バカでよかった)」


 ほっと二人は胸をなでおろした。
 とりあえずはこのままで良さそうだった。後は潜った四人が何もしない事を祈るばかりだった。






◆ ◆ ◆
 





 深海。
 一面の群青。
 海の生物たちの世界。


(何だったんだ、さっきの奴らは? 戻った方がいいか? ……どうするべきか)


 クレスは沈没船の中を他の三人と共に探索していた。
 さっきの奴らとは、突如現れた本格的な潜水服を着た者達だ。取り合えず隠れてやり過ごそうと思ったのだがルフィ達が見つかり、襲いかかられたので反撃していた。
 海上では間違いなく何かが起きているだろう。先程から連絡はなく、こちらの連絡にも応じない。問題が起こってこちらに状況を伝えられないのか、それとも経過を見守っているのか。
 ロビンならばあの程度ならば何も問題は無いだろうが、余裕のある状況ではなさそうだ。


(それにしても……酷いモンだな)


 ロビンの事を心配しつつも、クレスは沈没船の中を見回りながらそう思った。
 空から落ちてきて直ぐに入った時も感じたことだが、襲撃かそれとも内乱か、船内は酷い荒れようだった。
 金品の類はほとんど奪い取られて、船のあちこちに争った跡と、白骨化した死体が転がっている。
 空島に至る情報を探すにしても、余り状況は思わしくない。過去の経験からおそらく情報を得る事は出来ないだろうと思えた。


(……こりゃ、ロビンと航海士に期待するしか無いかもな)


 クレスは水圧で開くことが困難となった扉を蹴り破り、更に奥の部屋へと進んだ。
 そこで、何か乗り物のようなものを眺めているルフィを見つけた。
 近づいて、コンコンとルフィの樽を叩いた。
 ルフィは振り向いて乗り物らしきものを指し、クレスに向けて何かを言ったが、海中の為聞こえる事はなかった。
 取り合えずクレスは、乗り物を指してからルフィが持つ回収用の袋を指し、気になったなら持ちかえるように指示した。
 言いたいことは伝わったようで、ルフィはそれを袋に納めた。
 
 ルフィと合流したクレスは取り合えず共に前に進むことにした。
 進むうちにクレスとルフィは同じく合流していたゾロとサンジに出会った。
 全員が合流した部屋で、ルフィが宝箱を見つけた。喜びの表情を見せる三人だが、クレスは首を横に振った。
 宝箱の中身は空洞。入っていたのは白い羽一枚。三人はその事に落胆した。


(……これ以上は無駄か)


 クレスは身ぶりでこれ以上の探索の打ち切りを伝えた。
 先行し、空島への手がかりを探して目ぼしいところは全て回った。船の中にある備品も骨董品としては二流のものばかり。これ以上海の中にいる事は無意味だった。そして上の状況も気になる。
 クレスの意向は三人に伝わったようで、三人とも頷き、沈没船で拾った荷物をまとめ船に戻ろうとして、船が地震でも起こったかのように揺れた。


「!!」


 突如、船の壁を突き破って釣針のような“かえり”がついた鉄杭が現れる。
 四人は警戒を募らせる。クレスは舌を打ち、空気がその口元から洩れた。


『何かあったのか!? ロビンは無事か!!』


 ウソップから託された通信機に叫んだ。
 だが、返事は無かった。

 クレスはルフィ達に先に上に戻る事を告げ、海中を爆発的に蹴り放って、魚雷のような速度で海上へと戻る。
 沈没船から出れば、何やら巨大な装置が取り付けられ、その端から大量の空気が漏れており、見上げればメリー号の隣に大きな船が接舷しているのが見えた。
 その時、高速で海上へと向かうクレスの前に鉄製の潜水服を着た男が現れる。


(……邪魔だ)


 ルフィ達が撃退した奴らの一員だとあたりをつけ、驚いた様子のその男を、クレスは容赦なく殴り飛ばした。
 
 
 



◆ ◆ ◆






『ボ、園長(ボス)!! 何者かがこちらに猛スピードで近づいて……ガッ!!』

『こちら船内。園長!! 何者かが……ギャアああああああああああああ!!』

『船の中に何者かが!! ああァ~~~~ッ!!』

「どうした!? 何があった子分共!!」


 通信機から響く悲鳴。その悲鳴にマシラの船の船員はざわめいた。
 悲鳴は一つだけでは無い。"ゆりかご"を仕掛けに行った船員達の回線からも次々と響いた。


「えッ!? えッ!!」

「……お、オイ……今のって」

「間違いないわね」

「……これって物凄く不味くない?」


 それが何者の仕業かを知る一味はひたすらにばれない事を祈るだけだった。
 子分達の悲鳴にマシラが怒りを爆発させ、両腕に力を込める。


「おのれ、よくもおれの子分達を!! 何奴だァ!!」


 ぐおおお!! と意気込んで一時停止。
 一味に向けてチラリとカメラ目線。


「……いえ、別に撮影とかはしてないので」

「何!?」

(シャッターチャンスを作ったのか……)


 微妙な空気が流れた時に再び部下からの悲鳴が響く。
 その事にハッとしたマシラは今度こそ海に飛び込んだ。


「やべェ!! アイツ、海に入っちまったぞ!?」

「よし、ウソップ!!」

「何だ、ナミ!? 妙案か!!」

「安全が確認できるまでシラを切り通すわよ!!」

「よし……って、オイ!!」


 ナミが取り合えず現状維持する。ウソップが反射的に反応するも、荒事は起こしたくないので少し考えて賛成した。
 チョッパーはよくわからない様子で推移を見守った。


「…………」


 そんな中、ロビンは妙な胸騒ぎを感じ、遥か向こうから接近するその影に目を移した。
 雲では無いその徐々に大きくなっていく影を見つめ、


「確かに……不味いわね」


 そう呟いた。

 




◆ ◆ ◆






(何だ……?)


 浮上しようとしていたクレス。
 その視線の先に侵入者を打ちのめす為、猛スピードで沈没船目指して潜水するマシラが現れた。
 咄嗟にクレスは身を隠そうとする。クレスにとってはロビンの安全確認が一番だ。突如現れた男の相手をしている場合ではない。だが、遮るもののない海中で隠れることは不可能だった。
 その懸念通り、マシラはクレスの姿を見つける。そして、縄張りを荒らす侵入者だと確信し、怒りをあらわにして襲いかかった。


(……!!)

「──、───、────!!」
 
 
 怒声を上げ、言葉の変わりに口元から大きな空気の塊を吐き出しながら、マシラはその太い腕を腕を大きく回してクレスに振るう。

 ────猿殴り!!

 怪力をそのまま叩きつけた攻撃を、クレスは海水を的確に掴み、“月歩”の要領で前方を蹴って避けた。
 だがマシラの力は凄まじい。怪力で殴りつけた海水が衝撃波となってクレスに叩きつけられる。
 クレスは叩きつけられた海水を腕を交差させて防ぐも、海水に煽られクレスは一瞬動きが鈍った。マシラはその隙を見逃さない。
 バタ足をしながらクレスに接近。腕を回し、無防備に見えた腹部に向けてすくい上げるような拳を繰り出した。
 マシラの強烈な拳はクレスに直撃する。だが、目を見開いたのはマシラの方だ。
 攻撃を受ける瞬間、クレスは“鉄塊”によって全身を硬化し、マシラの攻撃を防いでいだ。


(邪魔だ……消えろ)


 隙の出来たマシラに、クレスは交差さてていた腕を振り上げ、指を組み、鉄槌のように振り落とす。
 クレスの両拳はマシラの頭部を捉え、マシラが水中で縦回転する。
 回る視界に混乱するマシラ。クレスは手を開き、回転し元の位置に戻ってきたマシラの顔を尋常ではない握力で掴んだ。
 そして大きく振りかぶり、適当なところに投げつけようとして、

 
(……オイオイ、マジか)


 視界に飛び込んできたその巨大な影に目を奪われた。
 マシラはクレスの力が緩んだその隙をついて、がむしゃらにそれこそゴリラのように暴れた。
 クレスはたまらず適当なところに投げつける。マシラはボールのように放たれた。


(しまった……そっちは!!)


 クレスに投げられたマシラは真っ直ぐに、浮上してきた沈没船に向けて飛んでいく。
 咄嗟の事で碌に確認をせず適当に投げたのが仇となった。沈没船の方向にはまだホースが伸びていて、中にルフィ達がいる事が確認できた。
 クレスは助けに行くか一瞬悩んだが、それでも浮上する事を選択する。
 ルフィ達ならば大丈夫だろうという思いもあったし、それ以上に悠々と海中を進んでくるその巨大な影が問題だった。
 その影が現れ、それまで海を占拠していた巨大ウツボ達が泡を食ったように逃げて行く。
 その影はあまりに大き過ぎた。


(今まで見た中で……一番でかい爬虫類だ)


 それは小島程の大きさの甲羅を持つひたすらに大きいカメだった。






「大丈夫か!?」

「お帰りなさい、クレス」

「ああ、ただいま。───ってそれも重要だが、それよりもカメは!?」


 海から上がったクレスは急いでメリー号の甲板へと戻った。
 そこには、余り動じた様子も無く普段通りのロビンと、戦慄くナミ、ウソップ、チョッパー。
 隣のサルベージ船の船員たちも皆震えながらその影へと目を向けていた。


「海の中に……なんかいる」

「……ああ、それはカメだ」

「カメ!?」

「ヤバいぞ、早く他の奴らに戻るように伝えろ。急がないと……」


 クレスがそこまで言った時に、ザッパンとまるで滝のような勢いで大量の水を振り落としながら問題の巨大カメが姿を見せた。
 膨大な質量が水上へと浮上したあおりを受けて、まるで時化にあった時のように船が揺れる。


「何よコレ!! これ何!? 大陸!?」

「知らねェ!! おれには何も見えねェ!! なんも見てねェ!! これは夢なんだ!!」

「夢? ホント!?」


 ナミ、ウソップ、チョッパーの三人は大波に揺られながら、


「「「あー夢でよかった」」」 

「おいコラ、現実逃避すんな!!」


 暫く時間が経過すれば、カメによって起こされた波も納まり、海は静けさを取り戻した。
 問題のカメは暢気に口元をもごもごと動かしている。どうやらゆっくりと食事をしているらしい。
 カメの口からぼとぼとと零れた木片が落ちて行く。


「お、おい……アレってまさか」

 
 ウソップがカメの口元を指差した。
 カメは沈没船を餌と間違えて歯んでいた。


「あら、あの子達全員───食べられちゃったの?」

「みなまで言うなァ~~~~ッ!!」
 

 ロビンは追い打ちをかけるように、


「給気ホースが口の中へ続いているから決定的ね」

「ぎゃあああああああああ!! や~~~~め~~~~ろ~~~~!!」


 ウソップがロビンの言葉を打ち消すように叫んだ。
 だが、現実は変わらない。カメの口の中には高い確率で三人がいると思われた。


「うわああああ!! ルフィ達はやっぱり食われたんだ!!」


 チョッパーが慌てふためき船内を走りまわる。
 その時、ガクンと大きく船がカメの方向へと無理やり引張られた。


「当然ね。カメとこの船は繋がってる。ホースを断ち切らない限り、船ごと深海に引きずりこまれるわ」

「いやああああああああああああ!!」

「おい!! クレス!! ロビン!! おめェら強いんだろ!? 何とかしてくれ!!」

「あれはムリよ……おっきいもの」

「オレも無理だ。倒せたとしても、あの巨体だ。時間がかかり過ぎる」


 慌てふためく一味とは対照的に、隣のマシラの船では園長(ボス)のピンチに部下達が奮い立っていた。
 ウソップはその姿に今やるべき事を見出した。


「そうだ……こんな時だからこそ団結力が試される」

「ウソップ!!」


 ナミからの声にウソップが勇み応じる。
 仲間の思いは一つの筈だ。 


「ホースを切り離し安全確保!!」

「悪魔かてめェは!!」

「悪魔だ~~~~!!」


 ウソップがずっこけ、チョッパーが逃げ回る。
 それと同時にプツン、プツンと張りつめた糸が切れるような音と共にホースが切断される。
 見ればクレスが迅速かつ的確にサバイバルナイフでホースを断ち切っていた。


「お前は何しとんじゃァ!!」

「航海士の言う通りだ。ココは(ロビンの)安全確保が最優先!!」

「あいつらはどうすんだよ!!」

「非常に残念だが、(ロビンの)安全には必要な処置だ。むしろ当然だ」


 三本ともホースを切って、クレスはナミにサムズアップ。ナミはよくやったと大きく頷いた。
 ウソップ非情な船員たちに涙目になった。チョッパーは相変わらず無駄に走りまわっている。
 そんな中、その変異はその場にいる全ての者たちを襲った。


「何が起きた……?」


 クレスが困惑の声を上げる。
 辺りは闇に包まれていた。いきなり光が遮られ、まるで夜のような暗闇が世界を覆った。


「夜になった!?」

「ウソよ……まだそんな時間じゃ」

「じゃあ何なんだ!! ルフィ~~~~!! ゾロ~~~~!! サンジ~~~!!」

「ロビン……“これ”わかるか?」

「ごめんなさい。私にもさっぱり」


 次々と襲いかかる変異に一味は混乱の極みにあった。
 隣のマシラの船では何か知っているのか、突然、夜になったことに恐怖していた。
 何かの言い伝えか、『怪物』という恐ろしげな単語まで聞こえて来ていた。


「フン!!」


 その時、気合と共にメリー号の上に海の中から大きな袋を背負った何者かが投げ込まれ、気絶しているのか力無く甲板の上に落ちた。
 

「ルフィ!!」


 気付いたナミが名前を呼び、頬を打ち強制的に意識を覚醒させる。
 それから、ゾロとサンジが自力で船の上に這い上がって来た。カメに食べられたと思っていたが上手く脱出出来たようだ。


「オイコラパサ毛野郎!! てめェよくも勝手に逃げやがったな!!」

「先に行くって言っただろうが」

「聞こえるかァ!!」


 サンジが背負った袋を船の上に置くと同時に先に海上へと向かったクレスに文句を垂れた。


「そんな事よりも早く船を出せ!! さっきの奴が追ってくるぞ!!」

「おめェらが無事でよかったぜ!! そうだな早くあのカメから逃げよう!!」

「カメ? いや、猿だ。
 船の中が空気でいっぱいになったと思った急に壁を突き破ってきやがって、何事かと思って眺めててら、目を覚ますと同時に殴りかかってきやがった」

「すまん……それたぶんオレのせいだ」

「てめェかァ!!」

「今は喧嘩してる場合じゃねだろ!? 早くココから逃げようぜ!! なんだかヤバいって!!」

「ヤバいって何が……ウオオ!? なんじゃあのカメはァ!?」

「……気付けよ」


 一味は取り合えず逃げる事で一致し、錨を上げ、帆を張り、船を動かす準備を始めた。
 

「ぷは───!! あり? 何で夜なんだ?」


 覚醒したルフィが麦わら帽子があるのを確かめながら辺り不思議そうに見渡した。


「ルフィ!! 起きたなら手伝え!! 船を出すぞ!!」


 ウソップが疑問符を浮かべるルフィに叫んだ。
 その時、ウソップの後からゴリラのような雄叫びが響いた。


「ん待てェ!! お前らァ!!」


 海の中から、海水を巻き上げ怒り心頭といった様子のマシラが飛び出してきた。
 マシラはドスンとボロボロで下手くそな修繕が為された船の側壁に着地する。


「お前ら……このマシラ様の縄張りで……財宝盗んで逃げきれると思うなよ!!」


 力のこもった腕を振り上げマシラが怒声を響かせた。
 今にも船上で暴れ出しそうなマシラに一味が警戒を募らせる。
 クレスもまた速攻で船の床を蹴りマシラに肉迫しようとした。だが、マシラの更に後ろに現れた影を見て───全身の筋肉が硬直した。
 

「お……おい……ウソ……だろ?」


 その場にいる全ての生物が茫然と息をのんだ。
 あるものは恐怖で震え、あるものはその場にへたり込み、またあるものは声を失った。
 夜は全てを覆い尽くしていた。ちっぽけな人も、人を乗せた船も、その近くでたむろう小島程ある巨大なカメも。
 その中に一際濃い闇があった。
 その影を見て確信した。みな平等に等しく、ちっぽけなものだったのだ。現れた“彼ら”に比べて、それ以外の生物は余りに小さい。


「……怪物」


 その声は誰のものか。
 だが、その言葉はこの場にいるもの全ての心情を現していた。

 それは巨大な人影。
 巨人族さえも石ころに思える程の、影に包まれた怪物達。 
 天をも貫くその人影には羽があり、手には何か槍のようなものを持っていた。
 その怪物の一人がゆったりと腕に持った槍を小魚でも取るかのように振り上げ……
 

『怪物だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ───ァッ!!!』


 誰もが逃げる事だけを考えた。
 クレスもその後の事はあまり覚えてはいなかった。






◆ ◆ ◆




 
 
 気がつけば夜を抜け、辺りは昼となっていた。
 周りを見渡しても異変は無く、青い海と空、そして白い雲が浮かんでいるだけだった。


「ありえねェ……」

「ああ、あのデカさはありえねェ……」

「確かに……もう会いたくはないな」


 一味は皆茫然と船の甲板に座り込んでいた。
 今日は何かがおかしい。
 空から船が降って来て、ログを奪われ、サルベージをして、サルが来て、カメが来て、夜が来て、そして影の怪物が来た。嵐のように次々と様々な事が一味を襲った。
 一味はいつの間にか馴染んでいたマシラを蹴り飛ばして退散させ、これからの事を考える事となった。
 だが、海底に潜って入手したものは空に関する情報はもってはおらず、クレスの持ち帰った文献からも思うように情報を引きだせなかったので、船の指針について再び頭を悩ませることになった。


「はい。───さっきのおサルさんの船から奪っておいたの」


 丁度憂さ晴らしに能天気なルフィを殴りつけたナミに、クレスの隣に座ったロビンが永久指針(エターナルポース)を差し出した。


「私の味方はあなた達だけ!!」

「……相当苦労してるのね」

「その……なんだ。がんばれ?」


 ナミは感激のままに永久指針を覗きこむ。
 砂時計のような形の永久指針には『ジャヤ』と書かれていた。


「ジャヤ?」

「きっと彼らの本拠地ね」


 永久指針を覗きこむナミに復活したルフィが、


「お!! そこ行くのか?」
 
「あんたが決めんのよ!!」


 機嫌が直ってないのかナミが叫ぶ。
 他に行くあてもないので、とりあえず一味はジャヤに向かうことにした。
 別の島に向かおうとすればログを書き換えられ、空島に行けなくなる可能性もあったのだが、書き換える前に島を出るという事で合意した。
 

「よォし!! 野郎共行くぞ!! ジャヤへ!!」


 一味は『空島』の手がかりを追い謎の島『ジャヤ』を目指す。













あとがき
今回は少し暴走しました。
一味と合流して思ったのですがやはりボケとツッコミって重要ですね。ひしひしと感じております。
何とか上手く、一味にクレスをなじませたいところです。
最近忙しくなってきて更新が遅れそうです。申し訳ないです。
次もがんばります。ありがとうございました。



[11290] 第二話 「嘲りの町」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/20 21:07
 
 『ジャヤ』という島の西。
 そこは夢を見ない無法者たちが集まる政府介さぬ無法地帯。
 人が傷つけ合い笑う、夢に破れた落伍者とリアリスト達の楽園。
 ───夢を語る事無かれ。そこは嘲りの町『モックタウン』  

                             ジュー=ウォールの航海日誌
                                                 











第二話 「嘲りの町」











 
 永久指針(エターナルポース)の示すとおりにメリー号を進め、一味は『ジャヤ』と呼ばれる島に辿り着いた。
 西側の港町へと入り、競い合うように立ち並ぶ船を横目に抜け、比較的人目につかない位置に停泊する。
 島の外からはリゾートのような雰囲気に見えた島であったが、町に近付くにつれその空気は消えた。
 一味を迎えたのは殺伐とした怒声。町中では誰かが殺し合っていた。だが、周りを見渡してもそれを咎める様子は無く、むしろ手を打ち囃し立てている。


「……や、ヤバそうな町だな」

「おれ、今日は船にいるんだ」

「そうね、賛成」


 無法者の町。
 ウソップ、チョッパー、ナミは速攻で町に入るのをためらった。
 

「何だかいろんな奴がいそうだなこの町は」

「楽しそうな町だ」


 逆にルフィとゾロは意気揚々と町へと歩を進める。その様子にナミ達は泡を食った。
 この町に寄ったのは空島への情報を得るためだ。だが、あの二人ならばこの無法者たちが集まるこの町で問題を起こさないわけがない。三人の中では限りなく不可能に近いと答えが出ている。そうなれば情報を得られず、空を指し続けるだけの方位指針に一味は立ち往生するしかないだろう。


「それじゃダメなのよ」

「あっ、ナミ」


 ナミが意を決したように立ち上がり、船から降りて先に行くルフィとゾロを追い掛ける。
 ウソップとチョッパーは心配ではあったが、ルフィとゾロがいるため大丈夫だろうとその後ろ姿を見送ることにした。


「何だよ、ナミさんが行くならおれも行くぞ」


 突然落ちて来たカモメを調理していたサンジがキッチンから顔を出した。
 ナミを追うように船を出ようとするサンジにウソップとチョッパーが全力でしがみ付く。


「お前は行くなァ!! お前まで行っちまったら……も、もし、この船が襲われたら……ど、どうすんだ!!」

「行かないでくれよォ!! サンジ~~~!!」

「……わ、分かったよ……離せ!!」


 涙目で迫って来た男二人をサンジが引きはがす。確かに二人が言っている事も的を射ている。サンジまで町に出れば船に残る戦力は激減するだろう。


「ん? そういや……」


 サンジは船の中を見渡した。そして、新たに仲間となった二人を探す。
 

「ロビンちゃんとパサ毛は?」

「ホントだ……いねェ」

「二人なら町に行くって、クレスが言ってた」

「何ィ~~!? 二人でだァ~~~ッ? フザケんなァ!! やっぱりおれも行くぜ!!」

「ぎゃあああああああああ!! 止めてくれェ!! 行くなァ!! 行くなァ!!」






◆ ◆ ◆






 モックタウン 町中。
 ガヤガヤと騒がしい町中をクレスとロビンは進んでいく。


「モックタウン……嘲りの町」

「碌でもない場所だ」


 クレスはため息交じりに町を眺めた。
 強烈な酒気の漂う、枯れた木板の敷かれた道路の退廃的な町だ。
 町には、酒におぼれ道中で平気でいびきをかく者、殴り合う者、女を巡ってのトラブルで殺し合う者、それを囃し立て賭けまで始める者、そんな碌でなし達がそこら中にいた。
 町を歩く二人の前に酔っ払いらしき男が現れる。
 クレスは正面から肩にぶつかるように歩いて来た男を避け、懐に伸ばされていた男の腕をとった。男の方を向く事も無く、腕を捻り上げ、男が苦悶の表情を作った瞬間にクレスの裏拳がその顔にめり込んだ。一瞬で意識を飛ばして男は倒れ込んだ。


「まったく……碌でもない」


 ロビンの方に手を伸ばしていたら今の百倍は痛い目を見ただろう。


「取り合えず服の調達をしたいんだけど」

「そうだな、オレも買っとくか。後は……まぁ、『空島』の話でも聞いてやろうか」

「空に浮かぶ島。……ふふふ、ロマンね」

「しかし、空島か……。与太話にしかならないレベルだけどな」

「ダメよ、そんな事言っちゃ。あの子達は本当に空に行くつもりなんだから」

「わかってるって、そういうのは無粋だしな。それにしても……あるのかねぇ、『空島』」

「もう、クレス嬉しそう」

「そうか?」

「そう」


 クレスは手ごろな店がないか辺りを見渡しながら歩いた。
 リゾート地として開発されたこの島は意外にも店は多い。集まる人間が海賊達でなければもっと違った街並みとなっただろう。
 暫く歩き、クレスが思い出すように口元をほころばせた。 


「まったく……面白い奴らだよな」

「あの子達の事?」

「ああ、普通はコンパスが上を指したら、指針を戻すように考える。空に島があったとしても、そこに行く手立てが未知数じゃ行きようがないからな」

「そうね。現にこうやってこの島についても空に行く事だけを考えてる。安全に前に進もうとするならこの島のログに変更したらいいのに、あの子達はそうはしない」

「あいつらみたいなのを世間では"バカ"って言うんだろうが……」


 クレスは隣を歩くロビンを見た。


「オレは嫌いじゃない」

「私もよ」


 ロビンはやさしく笑って同意した。



 二人は当初の予定通り、服を始めとした必要用品を買い込んだ。
 ロビンの服はナミの借りものだったため、買ったものに着替え、現在は白地のシャツと落ち着いた色のレザーのジャケットとパンツに同系色のテンガロンハットを被っている。
 クレスもまた痛んでいた上着を取り換え、ラフなジャケットを羽織った。

 その後、二人はこれからの事を考え情報収集のために目に着いた酒場に立ち寄った。
 店内はわりとマメに清掃されているのかそれなりに清潔なのだが、昼間だというのに酒を求める大勢の客でごった返していた。
 クレスとロビンが店内に入った時の反応も酔っている為か露骨で、ロビンを見て口笛などで囃し立てる者、隣のクレスを見て聞こえるように舌打ちする者もあらわれた。
 酒場などではそれなりによくある反応なのでロビンは淡く笑って受け流し、クレスはピンポイントで殺気を飛ばし黙らせた。
 二人はカウンター席に着き、適当に注文して時間を潰す。店主とそれなりに会話を交わして打ち解けた時に、ふとロビンが切り出した。


「この辺りで『空島』について何か知っている人っているかしら?」


 ロビンの問いに店主は眉根を寄せ、盛大にため息を吐いた。


「やめときな、ねぇちゃん。ここいらでそんな与太話持ちだすもんじゃねェよ。下手したら町中の笑いもんになるぞ」

「ふふ……そうね、気をつけるわ。でもね店主さん、そんな話でも少し興味があるの」

「興味……? もしかして『金塊』のことか?」

「どうかしら? でも、面白そうな話ね。よかったら話していただけるかしら?」


 店主の問いに、ロビンは意味ありげに笑った。
 情報を得る際は相手に想像させる事も重要だ。そうすれば相手はこちら側の立場を推測して自分たちが知らない情報を話してくれる。
 店主の言った事は初耳だったが、なかなか興味深い内容だった。


「飲みに来た客が何人か言ってたんがな、何でもこの一帯の深海で『金』が採れるらしいんだとよ。
 過去の文明がどうだかとか言ってたが、たまたま聞いた話しだからな詳しくは知らん。だけど、探すのは止めた方が良い。この辺は<大猿兄弟>の縄張りだからな」

「なるほどね、興味深いわ」


 ロビンが得た情報から憶測を立て、次に必要な情報を得ようと問いかけようとした時。


「その話ならオレが知ってるぜ」


 ドカリと客の一人が乱暴にロビンの隣の席に腰かけ、卑下た視線でロビンを舐めるように見回した。
 クレスは速攻で男を殴り飛ばしたくなる衝動を抑え、男の周り探った。
 テーブル席には仲間と思われる者達が座っており、同様に卑しい視線をロビンに向けている。海賊か何かなのか、店の半分以上をこの男のグループが占めていた。


「そう? よかったら話していただける?」


 特に気にした様子も無くロビンが男に問いかける。


「いいぜ。だが、タダってわけにはいかねェだろ?」


 ───あ~ヤベ、コイツ殺してぇ。 
 だが、クレスは何とか今は自制した。今は情報収集中だ。
 

「あら、おいくらかしら?」

「う~ん……そうだなぁ……そっちの兄ちゃんをほっといて、オレらに少し付き合ってくれたら考えてもいいぜ」


 男の仲間と思われる者達が数人立ち上がり、クレスをロビンから遮るように取り囲んだ。
 クレスのこめかみがヒクついた。青筋が浮かび上がる。
 ───よし、殺そう。
 だが、無理やりに無表情を張り付けて、クレスはロビンの判断を待った。


「そうね……なら、先に何か情報を頂ける?」

「いいぜ!! じゃあ、まず一つ。モンブラン・クリケットという男がいくつかの情報を持っている」

「その先は?」

「この先はねェちゃん次第だってことだな。ぎゃはははは!! よーく考えた方が良いぜ?」

「そう……どうやら少しは知っているようね」


 ロビンは薄い笑みを浮かべた。
 魔性とで言うべきか、その笑みは神秘的でありながらもどこか酷薄であった。
 その意味を男達は直ぐに理解することになる。


「クレスを置いてあなた達に少し付き合うんだったかしら?」

「そうだ!! なに、直ぐに終わるって。どうだ? どうするんだ?」


 ロビンは足を組み、告げた。


「いやよ。ありえないわ」

「は……?」


 男が疑問符を浮かべた瞬間、クレスを囲っていた者達が一斉に吹き飛んだ。
 その者達はそれぞれが的確に男の仲間と思しき者にブチ当たり、重なるように壁や床に叩きつけられた。
 クレスは呆然とする店内の中でゆっくりと立ち上がる。今のクレスは戒めのとれた狂犬だった。


「さて、何から始めようか。取り合えず喋れたらいいか?」


 言うなり、クレスは男に一瞬で詰め寄って男の足を払った。そして、男が宙に浮いたと同時に万力のような力で男の頭部を握りカウンターに叩きつけた。その威力にカウンターが陥没する。
 己を襲った事態が理解できず、男はただ訪れた壮絶な痛みに苦悶の声を上げるしかない。通常ならば意識を飛ばしてもおかしくは無い攻撃だったが、クレスの力加減は巧みで男は意識を残されていた。


「ダメよ、クレス、あんまり乱暴しちゃ。その人にはいろいろと聞きたいことがあるんだから」

「了ー解」 


 茫然としていた男の仲間たちだったが、目の前の事態に一斉に浮足立った。
 それぞれに武器を取り出し、クレスとロビンに襲いかかろうとしたした瞬間───その者達にいくつもの腕が咲いた。
 腕は的確に首の骨を極め、一瞬でその者達の意識を落とした。
 

「邪魔しないで」


 ロビンが倒れ伏した者達を一瞥し、冷たい目でクレスに拘束された男に問いかける。


「そのクリケットという男の居場所を教えなさい」

「早く吐いた方がいいぞ。引き延ばしたところで意味は無い」

 
 冷たい視線を向けるロビンとクレスに、男は口内がやたら渇いていくのを感じた。






 男から情報を絞り出して、クレスとロビンは店内を後にした。
 店主には後腐れがないようにある程度の金を握らせたが、どうやら店が壊されるのは日常茶飯事のようであまり気にはしていなかった。
 情報をもとに島の地図を購入し、対岸の東に印を付ける。そこにクリケットがいるらしい。
 二人は用事を済ませたので船に戻った。だが、少し中の様子がおかしい。ルフィとゾロがボロボロでナミが怒り狂っていた。


「ずいぶん荒れて、どうしたの?」

「何かあったのか?」


 帰って来たクレスとロビンに尻尾を踏まれた猛獣のように怒り狂っていたナミが矛先を向けた。


「ロビン!! クレス!! あんた達が『空島』がどうとか言いだすからこんなことになったのよ!! もし在りもしなかったら海の藻屑にしてやるわ!!」

「いや、理不尽すぎるだろ」

「あ……今はそっとしといてやってくれ、って言うより近づかねェ方がいいぞ」


 喧嘩かと思ったが、この島にいる海賊のレベルでルフィとゾロをココまで傷つけられる人間がいるとも思えなかった。
 ルフィとゾロは過去の事と割り切っているのか特に気にした様子もないが、居合わせたナミだけが傷ついた本人たち以上に激怒しているといった状況らしい。

 二人は取り合えず理由を聞いた。






◆ ◆ ◆






───数十分前。


 クレスとロビンと同じく町に出たルフィ達は海賊に喧嘩を吹っ掛けられた。
 彼らは『空島』を求めるルフィ達を笑い、嘲り、侮辱した。
 空島など夢物語だ。追いかけるなどくだらない。この世にある幻想の全てがバカらしい。海賊が夢を見る時代は終わったのだと。
 自身の夢を一方的に貶されたルフィはその喧嘩を───買わなかった。
 それは狂気の沙汰といってもいい。罵倒され、殴られ、酒をかけられ、唾を吐かれた。だが、ルフィとそれに付き合ったゾロは無防備に立ち続け何もすることは無かった。
 相手の気が済むまで殴られ続け、店中の嘲りの中を後にした。そんなルフィ達に声をかける者がいた。


「空島はあるぜ」


 黒い髪と黒いひげの巨漢。
 買い込んだチェリーパイにかぶりつく歯はいくつも欠け、服の間からのぞく無駄毛如が何にも無精ったらしい。
 一件浮浪者見えそうな男だが、野獣のような瞳が黒い炎のように鈍く燃えている。底知れない闇のように、どこか不吉な雰囲気の男だった。


「今の喧嘩はそいつらの勝ちだぜ。お前の啖呵も大したもんだったぞ、肝っ玉の座った女だ!! ゼハハハハハハ!!」


 男は体中を血と酒で汚し道端に倒れ込んだルフィとゾロを『勝者』として称賛する。
 ルフィとゾロが汚れを払いながら立ち上がる。ルフィは麦わら帽子をかぶり直し、ゾロは男に視線を投げかけた。
 男は酒瓶を傾けて酒をあおり、ルフィ達に向けて口角を釣り上げた。
 

「アイツ等の言う“新時代”ってのはクソだ」


 そして男は両腕を広げて語る。


「海賊が夢を見る時代は終わったって? えェ!? オイ!!」


 それは誰に対しての言葉か、男の言葉は意志を持ち、世界に対し宣戦するかのように高らかに響く。
 それは欲望の肯定だった。夢というのは誰もが一度は見る己が掴もうと願う野心。男はそれを歓喜し歓迎する。
 男は酒を呷り、また大笑。
 そして、島全体を振るわせるような勢いで手に持った酒瓶の底を地面に叩きつけた。












「─── 人の夢は終わらねェ!!! ───」












 男が叫んだ瞬間、世界は男とルフィ達を残して停止したかのように感じられた。


「そうだろ!!」


 ルフィとゾロは何も言わなかった。
 突然叫び出した男に一瞬唖然となった町中だったが、直ぐに元の喧騒を取り戻す。通行人はすれ違いざまに次々と男を嘲笑する。
 だが男はその嘲笑の中でなお語り続ける。


「人を凌ぐのも楽じゃねェ!! 
 笑われて行こうじゃねェか。"高み"を目指せば出す拳の見つからねェ喧嘩もあるもんだ!! ゼハハハハハハハ!!」


 正面から真っ直ぐに男はルフィ達を覗きこむ。男にとってはそうやって正面から語り合う資格があったのかもしれない。
 ゾロは「行くぞ」と二人を促し、ルフィは静かに男と視線を交差させる。


「オオ、邪魔したみてェだな。先急ぐのか?」


 座り込んでいた地面から男が立ち上がる。
 そしてルフィ達に背を向けた。


「行けるといいな、『空島』へよ」


 振り向きざまにそう言って男は喧騒の中に消えて行った。
 ルフィもまた男の行き先を追う事なく歩き出した。


「ねェ……あいつ『空島』について何か知っていたのかも……何者かしら?」

「さァ……それに"あいつ"じゃねェよ」

「あいつじゃない? じゃあ何?」


 ルフィの言葉の意味が分からず、ナミは問い返す。
 そんなナミに前を歩いていたゾロが額から流れる血を拭う事も無く答えた。


「“あいつら”だ。……たぶんな」


 それきりルフィとゾロはさっきの男に着いて口を閉ざした。
 次に会うときは敵同士。そんな気がしていた。






◆ ◆ ◆






「なるほどな……喧嘩を買わなかったのか。バカだなお前らも」

「フン……もう過去の事だ」

「やっぱり“バカ”だよ、お前ら」

「うるせェ」


 ゾロからある程度の事情を聴きだし、クレスは納得し笑みを作った。
 それは誇り高い喧嘩だったのだろう。相手の海賊とルフィ達では戦うべき理由がなかった。
 相手は自分たちの前に立ち塞がった訳でもなく、ただ横から笑っただけ。そんな相手を倒したところで仕方なかった。


「で? そのクリケットとか言う奴はそこにいるんだな?」

「ああ、夢を語り町を追われた男らしい。このまま進めばその内つくだろうよ」


 メリー号はクリケットという男に会いに行くために東の対岸へと進んでいる。
 モンブラン・クリケット。その人物の事をクレスはどこかで聞いた事がある気がしていた。
 当然、クレスはクリケットという男に会った記憶は無い。だが、頭のどこかでその名に似た人物の事が引っ掛かっていた。
 そんな時、双眼鏡を覗きこんでいたウソップが声を上げた。
 前方には船がやって来た。オラウータンの顔をした船首の中央に大きな樹が生えた船だ。


「何だァ? ありゃ?」

「そう言えばこの辺は<大猿兄弟>の縄張りだとかって言ってたな」


 クレスはめんどくさそうに息をついた。
 目をつけられたのかオラウータン顔の船はメリー号の前までやって来ていて、船の上からオラウータンに似たやたら髪の長い男が専用の椅子に腰かけながらこちらを観察している。
 ショウジョウ海賊団大船長<海底探索王ショウジョウ>。懸賞金3600万ベリーの賞金首だ。


「フン……まったく、何処の誰かと思ってハラハラしたぜ」

「思い切った顔してんなぁ……何類だ?」

「人類だバカヤロー」


 ルフィは気楽に、無意味にハラハラしていたショウジョウに話しかけている。


「何やってんだあいつ?」

「知るか、ほっとけ」


 その後、ルフィとショウジョウとの間で意味のない話がしばらく続き、ショウジョウがルフィに『ココはおれの縄張りだから通行料を払え』という事となった。
 縄張りという言葉に、ルフィがマシラを思い出し、ついでに蹴り飛ばした事を告げると、マシラの兄弟だったショウジョウは怒り狂った。


「マシラの敵だァ!! 音波!! 破壊の雄叫び(ハボック・ソナー)!!」


 ショウジョウはマイクを握り締め熱唱する。
 その声は破壊のノイズ。超音波のように物体に浸透し、破壊する。
 だが、その攻撃は近いものから順に効果を表すようで、ショウジョウは自身の船を盛大に壊していた。部下が止めるように懇願しても自身の声が大きすぎて聞いていない。
 一味は怒りを発散しきり元に戻ったナミの指示によりショウジョウの船から離れることにした。
 迅速にショウジョウの船から離れる一味。だが、声はやがてメリー号まで破壊をもたらし始めた。もともと険しい船旅で満身創痍に近いメリー号は修理個所から壊れて行く。


「ヤバいな……このままだと沈むぞこの船」

「オイ!! クレス、ぼさっとしてねェでそっちの帆を引っ張れ!!」

「ああ、わかった」


 “嵐脚”を飛ばしての妨害する案も浮かんだが、今は逃げる方が賢明だろう。
 一味はショウジョウの声から逃れるために一目散に逃げ出した。












あとがき
結構さらりと進めましたが、黒ひげの部分だけ書かせていただきました。
次の話でおそらく空島まで行きます。
次もがんばりたいです。




[11290] 第三話 「幻想」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/28 21:31
「あのオラウータンめっ!! 船を更に破壊してくれやがってよ」

「気がつきゃいつの間にかボロボロだなこの船も……かえ時か?」

「勝手な事いってんじゃねェ!!」


 ジャヤの東海岸。
 ショウジョウに破壊されたメリー号を修理しつつ、一味は目的の場所に辿り着いた。
 東海岸は町のある西海岸とは違い、岸沿いに深い森が広がる密林地帯となっている。
 そんな中にただ一つだけ、ポツリと波が打ち寄せる岸に建てられた“家”があった。


「ココが例の場所?」

「モンブラン・クリケット」

「夢を語り町を追われた男か……」


 クレスは船の正面に見えた“家”を見つめた。
 正面から見たそれは、絵本などで出てくるファンシーお城に見えた。
 ルフィ、ウソップ、チョッパーは嬉しそうに歓声を上げたが、それは正面から見た限りの話だ。


「バーカ、よく見てみろ」

「少なくとも、見栄っ張りではあるようだな」

「へ? 何が?」


 メリー号を岸に着けるとおのずとその家の姿が見て取れた。
 正面の“お城”はベニヤ板に描かれた張りぼてで、家に当たる部分はその後ろに岸に"切り断つように"建てられた、石造りの古めかしい家だった。
 夢を語り町を追われた男。いかにも胡散臭い様子の家であった。
 

「一体どんな夢を語って町を追われたの?」

「詳しくはわからないけど、このジャヤという町には莫大な黄金が眠っていると言っているらしいわ」

「黄金!!」

「どっかの海賊の埋蔵金かしら!?」

「さぁ……どうかしら」


 黄金という言葉につられ、一味は次々と島に降り立った。
 それぞれ思い思いに周辺を探索していた時に、ナミが切り株の上に置かれた一冊の絵本を見つけた。
 

「ずいぶん……年季の入った本ね」


 ナミはその絵本を手に取り、タイトルを読み上げた。


「『うそつきノーランド』」













第三話 「幻想」












「何やってんだあいつ等?」


 ロビンと共に船番を請け負ったクレスは、メリー号の上から島で見つけた絵本を囲む一味を見下ろした。
 

「どうしたのクレス?」

「どうやら航海士が絵本を見つけたみたいでな」

「絵本?」

「『うそつきノーランド』」


 普通は見えるような距離ではないが、クレスは絵本のタイトルを読み取った。
 

「あら、懐かしいわね」

「そうだな。……結構好きだった話だ」


 『うそつきノーランド』
 北の海に伝わる有名な童話だ。
 クレスとロビンの故郷は西の海なのだが、島に世界最大最古の図書館があったため、読めない本は無かった。
 

「うそつきのノーランドに騙された王様が黄金郷を探しに行くんだけど、やっぱり見つからなくて、王様を騙したノーランドはうそつきの罪で死刑になってしましました。
 過去の実話をもとにした“うそをついてはいけません”っていう教訓の話ね」

「オレも話の内容は今でも覚えてるよ。
 『うそつきのノーランドは死ぬまでウソをつくのをやめませんでした』って奴か」


 クレスは船の欄干にもたれかかる。
 そして、幼いころロビンと二人、シルファーに絵本を読んでもらったことを思い出し、小さく微笑んだ。だが、その表情はどこか寂しげでもあった。
 ロビンはそんなクレスの表情の変化に気づいていたが、何も言わなかった。 


「そう言えば、ノーランドの本名って確か……モンブラン・ノーランドだったけ」

「ええ、そうね」


 クレスは情報を引きだしてから、どこか引っ掛かるような気がしていたその訳に辿り着いた。
 ロビンもまた、その可能性に気がついた。
 この話のモンブラン・ノーランドという冒険家は400年前に実在した人物なのだ。


「モンブラン・クリケット……同じ名字」

「なるほどね……じゃあ、これから会おうと思っている人物は───」


 ロビンが言葉を紡ごうとしたその時、


「うわあああああああああ!!」


 クレスとロビンはルフィの悲鳴を聞き、直ぐに島へと視線を向けた。
 海から上がって来る気泡を眺めていたルフィは、突如現れた腕に掴まれ海に落とされ、それと同時に一人の男が海から飛び上がった。
 鍛え抜かれた肉体に、頭に栗のような何かを乗せた男だ。 


「誰だてめェら? 人の家に勝手に上がり込むとはいい度胸。ここらはおれの縄張りだ。狙いは金か? 死ぬがいい」


 <海賊「猿山連合軍」最終園長(ラストボス)>モンブラン・クリケット。
 クリケットは一味をジロリと見回すと、有無を言わさず一味に向けて殴りかかった。
 襲いかかるクリケットにサンジが応戦する。
 クリケットの攻撃は鋭く抉りこむようだった。潜水によって身体が衰弱している状況であろうにも関わらず、恐ろしいまでの身体能力を発揮する。
 鋭い攻撃を受け、さすがのサンジも本気にならざるをえない。


「やるな、あのくり頭のおっさん」

「彼がモンブラン・クリケットかしら?」

「そうみたいだな」

 
 クリケットはサンジに猛攻を浴びせかけるも、体術で相手をするのは面倒と感じたのか懐から銃を取り出して発砲した。
 間合いの違いに苦戦するサンジ。その様子を見ていたゾロは、参戦しようと刀を握り、獣のような速度でクリケットに抜刀しようと駆けだした。
 だがその時、何故かクリケットが苦しげに息を切らして倒れ込んだ。


「なるほど……当然か、潜った直後にあれだけ暴れれば倒れるわな」


 様子を見ていたクレスが倒れ込んだクリケットを眺めながら呟いた。
 クリケットが倒れたのはおそらく潜水病だろう。クレスもたまに潜水の直後にめまいや立眩みを覚えた経験がある。
 一味は取り合えず、クリケットを介抱することにした。一味はチョッパーの指示の下、クリケットを部屋の中に運び込んだ。






◆ ◆ ◆






 日も更けて夜となった。
 一味は事情を説明し、誤解も解け、『空島』に関する情報を聞き出し、紆余曲折あって一味はクリケット、ショウジョウ、マシラの協力を取りつけることに成功する。
 クリケット達も空島を目指す一味を気に入ったのか、家に招き宴を開くこととなった。
 

「───で、つまりはそういうことだ」

「なるほどな」


 船番をしていたクレスとロビンは宴の中で、ウソップからだいたいの話の流れを聞いた。
 クリケットは先祖であるノーランドが見たという黄金都市を探しているらしい。
 ショウジョウとマシラは絵本のファンで、勝手にクリケットの部下となってクリケットに協力しているそうだ。
 “勇敢なる海の戦士”を目指すウソップは、なにか心に響くところがあったのか、しきりに感動したように二人に語った。


「じゃあ、空島に行くには、その“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”に乗って、“積帝雲”を目指すのね」

「で、下手すれば死ぬと」

「お、おうよ!! た、だぶん、だ、ダイジョウブだ。おっさんたちを信じろ」

「……そこは怖いんだな。声震えてんぞ」


 海底爆発によって巻き起こる“災害”の中心に船を進める。
 命を捨てるに等しい行為だが、クレスは一味に入り込んだ以上、その事に口を出すつもりは無かった。
 最悪の場合でも“月歩”を使ってロビンを助け出せばいいと思っているせいでもあったのだが。


「いや、今日は何て酒がうめェ日だ!!」

「さァ、食え、食え!! まだまだ続くぞサンマのフルコースは!!」

「あっひゃひゃひゃひゃ!! おもしれェなサル!!」

「そんなホメんなって!! ウッキ―!!」

「いける口だなおめェー」

「まだ、量のうちじゃねェよ」


 一味はすっかりクリケット達と打ち解け、共に宴を楽しんでいる。
 好きなだけ、食べ、飲み、笑う。
 開かれた直後から宴は最高潮だった。



「それにしてもこの航海日誌は興味深いわね」


 騒ぐ一味を視界に入れながら、ロビンはノーランド本人の航海日誌を膝にのせ呟いた。


「なんかわかったのか?」

「そうね、空島がある確率が高くなったかしら」

「ははっ、そうか」


 ロビンが傷をつけないようにやさしくページをめくる。
 クレスはロビンが開いたページを覗きこんだ。それは最期のページのようで、滲んだ文字でこう書かれていた。
 

「『髑髏の右目に黄金を見た』」

「……顔が近ェよ、おっさん、殴るぞ?」


 いつの間にか真正面にいたクリケットが二人に顔を近づけその一文を読み上げる。
 酔いが回っているのか、迷惑そうな二人を特に気にした様子も無く、立ち上がり皆の視線を自分に集めた。
 そしてノーランドが残した謎を語る。


「涙で滲んだその文がノーランドの書いた最期の文章……その日ノーランドは処刑された。
 このジャヤに来てもその意味はまったくわからねェ。
 髑髏の右目だァ!? コイツが示すのはかつてあった都市の名か、それとも己への暗示か……。続く空白のページは何も語らねェ。
 だから、おれ達ァ潜るのさ!! 夢を見るのさ海底に!!」

「そうだぜ、ウキッキー!!」

「ウォーホ―!!」

「おれ達ァ飛ぶぞ───ッ!! 空へ飛ぶぞ!!」

「おお!!」


 心地よい酔いに任せ、クリケットは語る。
 ノーランドの残した謎を、無念を、寂寞を。
 そして、その幻想に立ち向かう自身の情熱を。
 同情されるつもりはない。ただ、共に夢を追う海賊達には語らずにはいられなかった。


「ジャヤ到着の日!! 1122年5月21日のノーランドの日記!!」


 酒をあおり、クリケットはおそらく暗唱するまで何度も読み返したであろうノーランドの日記を読み上げる。
 冒険家ノーランドの話に周りから歓声が上がった。


「───その島に着き、我々が耳にしたのは、森の中から聞こえる奇妙な鳥の鳴き声と、大きな、それは大きな、鐘の音だ。
 巨大な黄金からなる鐘の音はどこまでもどこまでも鳴り響き、あたかも過去の都市の繁栄を誇示する様でもあった。
 広い海の長い時間に咲く文明の儚きによせて、たかだか数十年生きて全てを知る風な我らにはそれはあまりにも重く言葉をつまらせる!! 我々はしばしその鐘の音に立ちつくした───!!」

「おっさん、何だよ、やっぱノーランド好きなんじゃねェかっ!!」

「あ───!! イカスぜノーランド!!」

「素敵、黄金の鐘だって」
 
 
 まるで散文詩のような一節に、皆酔いしれる。
 気分が乗って来たのかクリケットは隠し金庫から大きな袋を取り出した。


「これを見ろ」


 クリケットは包みの一つを広げた。


「うわっ!! “黄金の鐘”!!」

「へェ……こりゃ、大したもんだな」


 クレスはクリケットが取り出した黄金に感心し、目を見張った。
 許可をもらい、光に当てながら全体を見渡した。
 光沢、重さ、純度。どれをとっても一級品の金塊だった。


「でも、これのどこが巨大なんだ?」

「ちげェよ長鼻。……こりゃ“インゴット”だ」

「おっ、よく知ってんじゃねェか。
 別にコイツが鐘って訳じゃねェ、鐘の形をしたインゴットだ。これを三つ海底で見つけた」
 
「やるなァ、おっさん。このレベルはそうそう出るもんじゃねェぞ」

「ハハハ……!! 大したこたねェよこの程度」


 口ではそう言っても、クリケットは誇らしげだった。
 クレスはロビンと共に世界中の遺跡を見て回ったが、このレベルの財宝に巡り合うことはそうそう無かった。
 無理やりに、それこそ遺跡荒らしのように探せば話は別だったのかもしれないが、実行すればロビンに殺されていただろう。
 

「何だよ、あるじゃん、黄金都市」

「そーいう証拠にゃならねェだろ。この量なら何でもねェー遺跡から出てくる事もある」

「───だけど、この辺りに文明があった証拠にはなるわね。
 “インゴット”は金をグラム分けするために加工されたもの。それで取引がされていたことになるわ」


 ロビンが専門家としての意見を上げた。
 黄金のインゴットが作られたという事は相当栄えた文明だったのだろう。
 

「そう、それに前文にあった奇妙な鳥の鳴き声。おい、マシラ」

「オウ」


 マシラが新たな包みを広げる。


「うわっ!! まだあんのか?」

「こっちのはでけェな」

「綺麗……」


 包みから現れたのは、鐘を持った大きなくちばしと特徴的な鶏冠を持つユーモラスな鳥の黄金像だった。


「変な鳥だな……ペンギンか?」

「いや待て……どっかで見た事あるぞ、この鳥」


 特徴的な鳥の姿にクレスは眉根を寄せた。
 

「黄金の鐘に鳥……それが昔のジャヤの象徴だったのかねェ」

「わからんがこれは……何かの造形物の一部だと思うんだ」


 共にサンジとクリケットは煙草をふかす。
 過去に潜む謎と言うのは多くの人々を魅了してきた。


「コイツは“サウスバード”っていってちゃんと実在する鳥だ」

「鳴き声が変な鳥か?」

「ああ、日誌にある通りさ」


 サウスバード。
 クリケットの言葉にクレスは引っ掛かっていた鳥の事を思い出した。


「そうか、思い出した“サウスバード”か。
 そう言えばコイツは便利な鳥だって聞いたことがある」

「便利ってなんだ、クレス?」


 チョッパーの問いにクレスは答える。


「この鳥は面白い習性があってな、昔から船乗りの間じゃあ……」


 クレスが言葉を為そうとした時、






「「───しまったァ!!!」」






 同じような話をしていたマシラとショウジョウが、愕然としたように声を張り上げた。


「こりゃマズイ!! おい、お前ら森へ行け!! 南の森だ!!」


 クリケットもまた焦ったように一味に告げる。


「オイ……まさか、この島からどこかの方角を指した永久指針があるワケじゃないのか?」

「ああ。しまったぜ、おれとした事が……」

「は? クレス、おっさん、何言ってんだ?」


 意味がわからない一味は突如焦り出したクリケット達に困惑する。


「この像と同じ鳥を連れて来るんだ!! 今すぐに!!」

「この鳥がなんなんだ?」

「いいか、よく聞け。
 お前らが明日向かう“打ち上げる海流(ノックアップストリーム)”はこの島から真っ直ぐ南に位置している。そこへどうやって行く?」

「船で真っ直ぐ進めばいいだろ?」

「ココは“偉大なる航路”だぞ!? 一度海に出ちまえば方角なんてわかりゃしねェ!!」


 航海士のナミはクリケットの言いたいことに気がついた。


「そうか……目指す対象が“島”じゃなくて“海”だから頼る指針がないんだわ。じゃ……どうすれば真っ直ぐ南に進めるの?」

「その為に、鳥の習性を利用する。ある種の動物は体内に正確な磁石を持ちそれによって己の位置を知ると言うが、サウスバードはその最たるものだ」

「じゃあゾロは動物以下だな」

「てめェは人の事言えんのかよ!!」


 クレスが呆れたように口を開いた。


「サウスバードはどんなに広大な土地に放り出されても、その体に正確な方角を示し続ける。この習性から船乗りに方位磁石代わりに飼われて来たんだ」

「へ~そりゃすごいな」


 暢気なルフィにクリケットが声を張り上げる。


「感心してる場合か!! 
 とにかくこの鳥がいなけりゃ何も始まらねェ!! 空島どころかそこに向かうチャンスにすら立ち会う事も出来んぞ!!」

「え───っ!!」

「何で今頃そんなこと言うんだよ!!」

「もう真夜中だぞ!! 今から森に入れだって!?」

「夜の森は危険ね。獰猛な動物は夜行性が多いもの」

「特に密林は月の光も届かないから、危険を察知しにくいし、崖とかからも落ちる可能性もあるな」

「ぎゃあああああああああ!!」
 
「ガタガタ言うな、時間がねェんだ!! おれ達はこれからお前らの船の強化にあたる!! 考えてみりゃ宴会やってる場合じゃなかったぜ!!」

「だから今更言うなって!!」
 




◆ ◆ ◆






───南の森。


「うわっ……真っ暗」


 夜の密林は暗い。
 月の光は深く茂った緑に遮られ、影が折り重なり澱のように光無き闇が沈滞する。
 深い闇は人々に恐怖を呼び覚ます。風に揺らめく木々は疑心を抱かせ、葉音はそこに潜む何かを連想させる。
 

「何でいきなりこんな事になんの!?」

「うえっ……おれ、腹いっぱいで苦しい」

「さっさと捕まえて飲みなおそうぜ」
 
「まったくこう言う事は先に言えよなぁ……」


 口々に文句を垂れる一味。
 さっきまで宴を楽しんでいたのを打ち切って、こうやって来たくもない夜の森にやって来ているのだからそれも当然だ。


「おい、鳥は?」

「どこにいるか分かってたら全員で探しにこねェだろ」

「おい、クレス、お前なんか知ってんだろ?」

「いや、オレも実際に見たわけじゃないから何とも言えないな」

「チッ……使えない野郎だぜ」

「うるさいぞクルマユ、吊るすぞコラ」


 クレスはサンジにガンを飛ばした後に、一味にとりあえずの情報を伝えることにした。


「手がかりはクリケットが言って通りの鳴き声だけだ。姿は黄金像で見た通り」

「あんなフザケた形の鳥ホントにいんのか?」

「そこを疑っちまえば始まらねェだろ。心配すんな。姿はあの通りだ」

「それにしても……変な鳴き声って曖昧すぎんだろ」

「そういや、それも森に入ればわかるって言ってたぞ、あのおっさん」


 鳴き声でわかる。
 そう言われてもそれはあまりにも曖昧だ。
 鳴き声など動物によって様々で、聞きようによればどの動物も特徴的に聞こえるだろう。
 広く深いこの森で特定の動物を見つけるのは非常に困難に思われたが、



『ジョ~~~~~~』
 
「「「うわっ、変な鳴き声」」」


 案外、簡単に標的が絞れそうだった。


「……アホそうな鳥だな」

「楽そうでよかったぜ」


 間抜けな鳴き声に気の緩む一味。
 そんな一味にクレスはかつて図鑑や人に聞いた知識で警告する。


「いや、あんまり気を抜くな。 
 サウスバードってのは常に南を指し続ける便利な鳥だ。だが、余り広まってないのは何でだと思う?」

「なんだよいきなり……な、なんかあんのか?」

「数が少ねェとかか?」

「それもあるが、それ以上に言われてるのは“捕まえる事が難しい”ってことだ。
 幾人ものハンターが捕獲に向かったんだが、そのことごとくが返り討ちにされたと聞いた」

「は? どういう事だ?」

「詳しくは知らないが、サウスバードは“森の司令塔”って言われているらしい。捕まえるなら気をつけた方がいい」


 クレスが伝えた不穏な単語にウソップ、チョッパー、ナミが一気に不安になる。
 そんな中、ルフィがいつものように声を上げた。
 

「よし、……こうなったらとにかくやるしかねェ。
 じゃ、行くか!! 変な鳥を……ブッ飛ばすぞ!!」

「いや、捕獲だろっ!!」






 一味はサウスバードを探すために三手に分かれた。
 メンバー構成はロビンを巡りクレスとサンジの間で荒れに荒れたが、ナミの一喝によって納まった。
 現在クレスはゾロとロビンとの三人で密林の探索をおこなっている。
 

「まったく……無計画すぎるだろ」

「もう、ぼやかないの」


 夜の密林とはいえ、遺跡を巡り様々なところを旅してきたクレスとロビンの足取りは軽い。


「それにしても……」


 クレスがため息をついて後ろに振り返る。


「そっちじゃねェよ、ロロノア!! 何回目だ!!」

「おっ、なんだそっちか」

「何が起こったらこの距離で見失えるんだよ。魔法か」


 対照的に独特の方向センスを持つゾロは幾度も勝手に森を進もうとする。
 クレスも始めは酒にでも酔ってるためかと思ったが、どうやら素面でこの状態らしい。


「……首輪でもつければ治るかしら」

「待てロビン、その思考はいろいろとヤバいから」


 少しダークなロビンの思考。
 クレスは時々幼なじみの事がわからなくなる瞬間がある。ちなみに今のはゾロには聞こえていない。


「ん?」


 そんな時、遠くからガサガサと何かが移動する音が聞こえてきた。
 クレスは澄ませ、その音がこちらに向かってこようとしているのを感じ取った。


「右か」

「何だコイツ?」

「さァ……縄張りでも荒らされて怒ったのかもな」

「へェ……」


 ゾロもまたその気配を感じ取り刀に手をかけた。
 そして、茂みの中から音の主は姿を見せた。


「ムカデ?」

「やけにでかいな、まぁ、どうでもいい」


 そう言うとゾロはこちらの様子をうかがっていた巨大ムカデに向かい走り込み、抜刀。
 強烈な峰打ちによって、一撃で昏倒させた。
 クレスはゾロに討ち取られ倒れ伏したムカデを思案顔で見つめた。


「どうもおかしいなこの森は。さっきからやたらと虫が出てくる」

「そうね……さっき、悲鳴も聞こえたし」

「放っとけ。鳥を捕まえればいいんだろ? 先に進むぞ」


 不穏な空気を感じ取ったクレスとロビンを置いて、ゾロは先に進もうとする。


「待て、ロロノア」


 一人森の中を進んでいくゾロはクレスの声にうっとおしげに振り返る。


「おれに意見するな。
 だいたい……いいか。まだ、尻尾は出さねェ様だが、おれはお前たちを信用してんェんだ。それを忘れんな」


 そして、先に一人で進んでいく。
 クレスもロビンも一味に対し何かをしようという気は無かったが、少なくともゾロの中ではまだ不信感はぬぐえていないようだ。
 もともとは敵同士だった関係だ。それも仕方ないのであろう。信用はこれから勝ち取っていくしかない。


「……だけど」

「何だよ」


 二人を置いて先に進もうとするゾロにロビンが声をかけた。
 ゾロは今度は振り返らない。


「そっちは今来た道」


 ゾロの全身が硬直した。
 クレスはため息を吐き、半ばゾロを無視しながら辺りを探る。
 そしてサウスバードの独特な鳴き声を聞き取り、ゾロとは真反対の方向へと進んだ。


「こっちだな」
  
「剣士さん、そこのぬかるみには気をつけてね」

「はまんなよ、たぶん底なしだ」


 固まっていたゾロはしばし取り残されるが、暫くするとクレスとロビンの後を追った。
 

「オイ……待てって……うわっ!!」


 そして見事に指摘されたぬかるみにはまった。
 ぬかるみにはまったゾロの身体はズボボボ……とだんだん沈んでいく。
 クレスはぬかるみから抜け出そうとするゾロの手前までやって来て、めんどくさそうに頭をかいた。


「一応聞いてやろう。……助けてほしいか?」

「うるせェ!!」


 数分の格闘の後、ゾロは何とか意地で脱出した。
 





 その後、三人は鳴き声を頼りに森の中を進んで行った。
 いきなりこの鳥を探して来いと言われても、とりあえずは森を散策しなければ始まらない。過去の生活から狩りに精通したクレスもそれは同じだ。
 今回は鳴き声である程度の居場所がわかるので、本格的に動くのはある程度の居場所を掴んでからのつもりだった。
 暫く森の中を歩いていたその時、クレスは違和感に気がついた。
 

「……待て」

「どうした?」


 やけに自身の足音が大きく響いていた。
 口に出した言葉も、まるで洞窟内のように吸い込まれていく。


「───音が消えた」


 その瞬間、どこかでサウスバードの特徴的な鳴き声が上がった。
 静寂な夜の森に鳴り響いたそれは、まるで魔笛のようでもあった。



 ───この森を荒らす奴は、殺してやる。



 森が震える。
 クレス達は統制された軍靴のごとき足音を聞いた。


「なんだ?」

「近づいてくる」

「……多いな」


 暗闇の向うには、黒く硬質な目が光っていた。
 数も尋常ではない。
 そして大きさもまた相当デカイ。立ち上がった体長は一メートル以上ある。
 それらが隊列を為し森の暗闇からクレス達に立ち塞がるかのように姿を見せた。


「お、オケラ?」


 それは大量のオケラ軍団だった。
 二本脚で立ち上がりファイティングポーズを取ったオケラ達は警告するようにクレス達に向けて羽を震わせる。
 ジー……ジー……と初夏に聞く事もあるその羽音は、クレスとゾロを無性にイラつかせた。


「「何なんだこの森はァ!!」」
 

 他の二か所に分かれた一味と同じように叫びが上がった。
 それを合図にしてかオケラ達が襲いかかって来る。
 一斉に飛びかかって来る体長一メートル近くのオケラ達。虫嫌いの人間がいたら怖気を覚えそうな光景だった。
 クレスは飛びかかって来たオケラを"鉄塊"で固めた拳で容赦なく殴り飛ばす。
 ゾロもまた刀を走らせオケラ達を圧倒する。
 ロビンは今回は戦う気は無いのか、男二人がオケラ軍団をなぎ倒すのを眺めているだけだった。
 オケラ達は数が取り柄なのか個々の力はそう高くなかった。
 

「何なんだコイツ等……」

「ウザってェ……」


 早くもクレスとゾロはオケラを相手するのに辟易してきていた。
 オケラ軍団は二人の強さに怯え始めたのか、腰が引けている。だが、それでも立ち向かってくるのだ。しかも涙目で。
 クレスとしてはそういう諦めの悪い姿勢は嫌いではないのだが、別にそれをオケラには求めていない。
 

「キリがねェ!! 何でかかって来るんだよオケラ軍団!! 邪魔だぞ!!」


 ゾロが苛立ちの限界が来たのかオケラ達に向けて叫んだ。
 オケラ達はそれでも涙目でファイティングポーズを取っている。
 クレスもだんだんイライラしてきた。
 

『ジョ~~~~、ジョ~~~~~!!』

「……今鳥の声が」


 ロビンが鳴き声が聞こえて来た方向に目を向ける。


「なるほど……“森の司令塔”か」


 クレスはその意味を理解した。
 こうやって虫たちが集団で襲ってくる事はまず無い。先程から断続的におこなわれて来た虫たちの攻撃はおそらくサウスバードによるものだろう。
 サウスバードの声はどこか小馬鹿にしているようにクレスには聞こえた。
 クレスは自制ができるタイプの人間だったが、今回はその気は起きなかった。


「……ナメやがって、焼き鳥にしてやる」


 ギラついた目で森を睨めつけた。





 
◆ ◆ ◆ 






『ジョ~~ジョ~~~~』

『ジョ~~、ジョ~、ジョ~~~~』

『ジョ~~~、ジョ~~~』


 サウスバート達が南を向きながら楽しげに鳴いている。
 人間の言葉で表せば、「や~~い、ば~か、ば~~~か」「お前らなんかに捕まるかアホ~~」「マヌケ~~~」と言ったところだ。
 昔から行われて来た、虫たちを使っての侵入者退治は今日も順調だった。
 虫たちを統率し、侵入者を痛めつける。そして自分達は安全な位置からの見物。
 蜂、殺人カマキリ、巨大テントウムシ、オケラ軍団、ゴキブリ、ブタ(?)。森中の虫たちが自分たちの鳴き声一つで敵を追う。
 必死で逃げ回る侵入者たちを見ていると、たまらなくおもしろく、最近これが癖になっている。
 今日の侵入者たちもまた一段と面白い。
 目的はどうやら自分たちを捕まえに来たようだが、はっきり言って捕まる気がしない。
 二度と来ないように徹底的に痛めつけて、追い返してやるつもりだ。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』


 仲間たちに連絡。
 次はどの虫を使って追い込むか。蜘蛛なんかがいいかもしれない。
 長年住み慣れたこの森は自分たちのフィールドだ。どこにいようと手に取るようにわかる。
 だが、その時ふとした違和感に気がついた。
 

『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』

 
 最初の内は声が小さいだけだと思った。
 もしくは、向うが侵入者を追いまわすのに夢中で気づいていないだけ。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』


 だが、どれだけ鳴いても帰ってこない。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』

 
 帰ってこない。
 

『ジョ~~~ジョ~~~ジョ~~~!!』
 

 仲間たちの声が帰ってこない。
 

『ジョ~~~~~?』


 いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
 サウスバードに底知れない不安がよぎる。何故、返事が返ってこないのだ。
 侵入者を撃退するのに夢中になっているのか? だが、それにしても先程まで何羽かとは連絡が取れていたのだ。
 サウスバードはついつい南を向いていしまう顔を回して、辺りを探る。
 だが、誰もいない。余りに静かすぎる。
 そうだ、虫たちに聞こう。
 従順な配下の虫たちは森中にいる。直ぐに仲間たちの事もわかるだろう。
 そう思い、サウスバードが鳴き声を上げようとする。


『ジョ~~~』
 

 サウスバード達は気付けなかった。
 慢心していたと言っていい。
 彼らは森の支配者で絶対者だった。
 虫たちを統率し、狩りのように侵入者たちを追い払って来た。
 虫の大軍の力は強力だ。今まで負けた事など一度も無い。その成果として、リゾート地としてジャヤが開発された時も、虫たちを使って森を守り抜いた。
 故に、考えもしなかった。
 狩るものと、狩られるもの。


 その立場が、逆転する瞬間が来る事を。



『ジョ~~~~』




───音は無かった。



『ジョォォォォォォォォォッッッ!!』


 袋のようなものを被せられ、視界は闇に覆われ、声は外に届かない。
 必死に、羽をバタつかせるも、身体に強い衝撃が走った瞬間動けなくなった。
 身体の自由が利かなくなり、そしてだんだん眠くなった。






◆ ◆ ◆
 
 




「ダメだ……姿すら一羽も確認できなかった」

「おれ達は見たんだけど、虫だらけでそれどころじゃなかったぞ」

「走ってばっかだ」

「私、もうこれ以上走れない」

「ところでクレスはどうした?」

「知るか。『絶対守れ、傷一つつけるな、ついてたら殺す』とか訳わかんねェ事言ってこの女を押しつけて、どっか行きやがった」

「クレスならサウスバードを探しに行ったわ。狩りだったら一人の方がやりやすいと思うし」

「ハァ……じゃあ、クレスを待つしかねェか。
 まいったな、七人いてゼロだと? しっかりしろおめェら!!」

「てめェもだよ、ウソップ」


 スタート地点に再集合し一味は確保数の確認をおこなうが、現状の数はゼロだった。
 まだ帰って来ていないクレスに期待しようとも思うが、一味の惨状から考えるとそう期待も出来ない。
 このままだと空島に行くチャンスそのものを失ってしまいかねない。
 ため息と共に一味の肩が下がった。


『ジョ~~ジョ~~~』


 そんな時、一味の目の前の樹に目的のサウスバードが止まった。
 そして樹の上から見下し、心底バカにするような声で鳴いた。


「『お前らなんかに捕まるか、バ――カ』って……」

「何をォ!! わざわざそれを言いに来たのか!! 撃ち落としてやる!!」


 ウソップがサウスバードの挑発に乗り激怒する。
 森の中を逃げ回り、散々苦汁を飲まされた身からしてみれば当然だ。
 だが、サウスバードの行動はあまりに軽率だった。
 サウスバードからすればどんな事をされても逃げ出せると思っているのだろうが、そうではなかった。
 ロビンが微笑む。ロビンの<ハナハナの実>の能力は、如何なるところにでも身体の一部を咲かせることが出来るのだ。
 故に、目で見えてさえいれば、サウスバードを捕獲するのはそう難しくは無い。
 ロビンはサウスバードを捕まえるために腕を咲かせようとして、


「あら……」


 狩人は音も無く現れた。
 闇に紛れ、油断していたサウスバードの背後から腕が伸び、重力に任せ降下し、一味を見下すサウスバードに麻生袋を被せかかった。
 サウスバードからしてみれば何が起こったか分からなかっただろう。いきなり視界が闇に覆われ、無理やりに浮遊感を味わい、羽をバタつかせようにも何かが邪魔で動かない。


「!?」


 一味も突然降り立った男にさすがに仰天する。
 男は麻袋の入り口を縛り、暴れるサウスバードに手刀を叩きこむ、するとサウスバードは静かになった。
 その男は軽く息を吐くと、ロビンに向けて麻袋を掲げた。
 見れば背中に同じような麻袋を三つほど背負っている。


「すまん、遅くなった。待ったか?」

「お帰りなさい、クレス」


 呆然とする一味の下にクレスは戦利品と共に帰還した。






「いや、悪い。一羽だけでいいとわかってたんだが、コイツ等の声がイラついてな、ついつい乱獲してしまった」

「もう、ダメじゃない、クレス」


 一味は目的のサウスバードを捕まえ、クリケット達の家へと戻っていた。
 クレスが捕まえたサウスバードは4羽。だが、必要なのは一羽だけだったので始めに捕まえた三羽は逃がした。
 逃がしたと言っても、麻袋に詰め込まれ、気絶はしていたがクレスの高速移動に付き合わされたため、相当グロッキーな状況だったので“捨てた”に近い。
 始めは食用にでもしてやろうかと思っていたが、クレスも袋の中のあまりの惨状を見て、考えを取りやめた。


「あれだけ苦しめられたけど、私、あの鳥に同情するわ」


 ナミはサウスバード達の惨状に引きまくり、半死半生のサウスバード達の苦悶の声を聞いたチョッパーはクレスに怯えまくっている。
 

「よーし!! 後は、おっさんたちを待って空に出発だな!!」

「よっしゃァ!!」


 待ち遠しいのかルフィ、ウソップが早くも目を輝かせた。


「めくるめく、美女二人と行く天上の旅。あぁ!! 待ち遠しいぜ!!」

「アホかてめェ」

「んだとマリモ!!」

「同感だ、頭冷やして来い」

「んだとパサ毛!!」






 一味はそれぞれに空島に思いを馳せ、森を抜け、クリケットの家まで戻った。


「なっ!!」


 そして、目に飛び込んできた惨状に目を見開いた。
 クリケットの家は見るも無残に破壊されていた。壁は砕かれ、部屋中荒らされ、張りぼての板には大穴が空いている。
 

「ひし形のおっさん!!」

「マシラ!! ショウジョウ!!」


 クリケット、マシラは血を流しながら地面に横たわり、ショウジョウは海まで吹き飛ばされたのか力無く浮かんでいた。
 息はあるものの相当なダメージを負っている事が一目見てわかった。
 一味は急いで三人を介抱する。


「見ろ!! ゴーイングメリー号が!! なんてこった!! 誰だこんな事しやがったのは!! 畜生!!」


 破壊はメリー号にまで及んでいた。
 船の前方部が無理やりに叩き崩され、メインマストも修理個所を支点としてへし折られている。
 ウソップはその姿に怒りを通り越し蒼白となった。


「……すまん」

「あ!! おっさん気がついたか」


 ボロボロの身体でクリケットがルフィに対して口にしたのは謝罪であった。
 そして血を吐きながらうわごとのように言葉を並べる。 


「ほんとに……すまん……おれ達がついていながら情けねェ……。だがよ、ちゃんと……まだ朝まで時間はあんだ……ちゃんと船を強化してよ……」

「待てっておっさん!! 何があったか話せ!!」

「いや……いいんだ、気にするな……もう、何でもねェ。それよりも……よくサウスバードを捕まえて来れたな……それでいい」


 気にするなと、クリケットはその一点張りで一味に接する。
 そして動かない身体を無理やりに動かして、その場に座り込んだ。


「ルフィ!! 金塊が……取られてる!!」

「!!」


 もしやと思い、荒らされた部屋の中へと入ったナミが、そこにあるべきモノがない事に気づいた。
 

「金塊狙いか……」


 クレスが険しい顔で呟いた。
 奪い去った者はどこかで噂を聞き、始めからクリケット達から金塊を奪い取る事を目的にやってきたのだろう。


「……いいんだ、そんなのはよ……忘れろ、これは。それよりもお前ら……」

「“そんなのは”ってなんだよ!! おっさん、10年も体がイカれるまで海に潜り続けてやっと見つけたんだろ!?」

「黙れ。いいんだ……これァ、おれ達の問題だ。
 聞け。猿山連合軍総出でかかりゃ、あんな船の修繕・強化なんざわけはねェ……。朝までには間に合わせる。お前らの出航に支障は出さねェ。
 ……いいか、お前らは必ず!! おれ達が空に送ってやる!!」


 クリケットの覚悟は本物だった。
 同じ空想を追う同士として、一味達を今持つ最大の力で、命をかけて、空島まで送ろうとしていた。
 今まで彼が10年にも渡る年月において積み上げた成果さえ、捨ておいてだ。


「おい、ルフィ」

「?」


 ゾロが壊された家に塗りつけられたマークを指差した。
 円形に斜線の入った、どこか不気味な笑いを浮かべた髑髏マーク。
 ルフィ達が昼間喧嘩を吹っ掛けられた<ハイエナのベラミー>が掲げていたマーク。金塊は昼間に出会った不愉快な海賊達に奪われたのだ。


「手伝おうか?」

「いいよ、一人で」

「ダメよ、ルフィ!! バカなこと考えちゃ!! 出航までもう時間はないんだから!!」


 ナミが金塊を取り返しに行こうとするルフィを止める。
 ルフィを行かせてしまえば空島へと向かうチャンスを逃してしまうだろう。
 だが、ルフィは大人しくしているつもりはなかった。


「ロビン、海岸に沿ってたら、昼間の町に着くかな?」

「ええ、着くわよ」

「行くつもりか? 麦わら」

「ああ」

「そうか。……航海士の言う通り、時間は無い。
 空島に行こうと思うなら……」


 クレスは静かな怒りを燃やし始めたルフィに向けて告げる。


「瞬殺してこい」

「わかった」


 だが、金塊を奪い返そうとするルフィをクリケットは止めようとした。
 金塊を奪われたのは自分たちの責任だ。そんなつまらないことでルフィ達をチャンスを潰すわけにはいかなかった。
 しかも、相手はクリケットたち三人がかりでさえ無様にやられたほどの相手なのだ。ルフィが行って、無事に帰ってこれるかも心配だった。


「待て小僧!! 余計なマネすんじゃねェぞ!! 相手が誰がわかって……」

「止めたきゃ、これ使えよ」

「………!!」


 そんなクリケットにゾロが自らの刀を差し出した。
 そこまでされれば、クリケットは押し黙るしかない。


「朝までには戻る」


 麦わら帽子を深くかぶり直し、ルフィは拳を握りしめた。












あとがき
空島まで行かせるつもりでしたが、長くなったので切りの良いところで切らせていただきました。申し訳ございません。
クレス、サウスバードを狩るの回です。狩られたサウスバードには結構同情しますね。
次こそ空島へ行きます。頑張りたいです。








[11290] 第四話 「ロマン」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/05/31 18:03

「ハッハッハッハ!! 今日は最高だぜ!!」 

「あの時の大猿達にゃ笑ったよ!! あの図体で、『おやっさ~~~ん!!』だ!! ハハハハハハ!!」

「アハハハハハハ!! ダッサ~~イ!!」

「そう言ってやるなよ。相手がお前やベラミーじゃしょうがねェ。
 なんたってうちの船長は賞金額は5500万ベリーの大型ルーキーだ」


 嘲りの町、モックタウン。
 昼間に臆病者達をなぶりものにした酒場で<ベラミー海賊団>は戦果を祝い、祝杯をあげていた。
 食い散らかした料理と特上の酒が散乱するテーブルの中心には奪い取った戦利品が並べられている。
 夢追いのジジイ達が持っていた一級品の金塊。売りさばけば時価数千万以上の代物だ。
 酒の肴として頼んだありったけの店の料理も、この金塊に比べれば全てが圧倒的に劣る。この金塊を奪った時の武勇もまたしかりだ。
 今日は最高の一日だ。
 なぜならば、夢見がちのバカどもに圧倒的な実力差と現実を見せ付けてやったのだから。


「大変だァ!!」


 そんな時、息を切らしながら一人の男が手配書の束を握りしめながら店に駆けこんできた。


「昼間この店にいた奴らはすぐ逃げた方がいい!!」

 
 カウンター席で酒をあおっていたベラミーはその男に顔を向ける。
 男はベラミーの姿を見つけると、更に泡を食ったようにまくし立てた。


「ベラミー!! アンタまだここにいたのか!? すぐ逃げた方がいい、アンタ一番やべェ……殺されるぞ!!」

「何の話しだよ? おれが? 誰に殺されるって?」


 ベラミーがカウンターの椅子を回転させ、カウンターにもたれかかりながら男に向き直る。
 男は手配書の束を店中に見えるように広げた。
 近くにいた者が手配書を読み上げた。


「<海賊狩りのゾロ>懸賞金……六千万。
 <麦わらのルフィ>懸賞金……一億……い、一億!!?」


 誰もが声を失った。
 先程までの喧騒は一瞬で吹き飛んだ。
 重い沈黙の中で、誰かが滑り落としたグラスが割れ、甲高い音を響かせる。


「一億……?」

「……六千万」

「そうさ!! 昼間のあいつら二人とも、アンタより懸賞金が上なんだよ!! ベラミー!!」


 男のもたらした情報に店内は浮足立ち、ざわめき始めた。
 一億の賞金首など想像もつかないレベルだ。昼間の海賊達はとんでもない者達だったのだ。


「ハッハッハッ……ハッハッハッハ!!」


 そんな中で、渦中のベラミーの笑い声が響いた。
 その声に誰もが困惑する。
 ベラミーは小心者たちにバカらしげに告げた。


「馬鹿共が!! こんな紙切れに怯えやがって、てめェ等の目は節穴か? 昼間の張本人を見だろうが!!
 過去にこんな海賊がいたのを知ってるか? てめェの手配書をてめェで偽装して“ハッタリ”だけで名を上げた海賊。
 相手はその額に縮みあがり、何もせず、ただ降伏するわけさ。戦えば本来勝てるものをな。まさに、今のお前らだ!! 当人の弱さを目の当たりにしながらこのザマだ。情けねェ!!」


 ベラミーの言葉に店内は落ち着きを取り戻し始めた。
 考えればその通りだ。昼間の海賊達は喧嘩にも関わらず戦おうともしなかった腰ぬけどもだ。
 あんなひ弱そうな小僧どもに何を怯える必要があったのだ。第一“麦わら”などという名前も聞いたことがない。
 昼間の海賊達が何か凶悪な事件を起こしたというよりも、賞金額を自分で上げるトリックの方が幾分にも納得できる。


「何だ……脅かしやがって」

「ぎゃははははは!! 騙されてやんのば~か」

「うるせェ!! てめェもだろうが!!」

「何だ、心配して損したぜ」


 そして皆、再び酒を注ぎ飲み直す。
 ジョッキに注がれた酒を、先程の失態と共に飲み干そうとして、






「ベラミィ~~~~~!! どこだァアア~~!!!」






 昼間の海賊の怒声に、含んだ酒を噴き出した。


「ご指名とはな」


 再び重い沈黙が漂う店内で、一人、ベラミーが余裕の笑みと共に立ち上がり、外へと向かった。
 

「おい」


 欠けた月が空に浮かぶのを背に、その男は町中に声を響き渡らせるためか、背の高い円筒状の建物の屋上に立っていた。
 外は風があり、首にかけている麦わら帽子が揺れている。
 <麦わらのルフィ>手配書で見た通りの男だ。


「今、お前の噂をしてたトコさ。おれに用か?」

「そうだ。ひし形のおっさんの金塊を返せ」

「金塊? ああ、クリケットのジジイが持ってたやつか」


 ベラミーはルフィを見上げ、足に力を込めた。
 すると、ベラミーの足が渦巻くスプリングと変化し、収縮して、バネの持つ爆発的なエネルギーと共に解放される。
 <バネバネの実>これがベラミーの能力だ。
 収縮させたバネは圧倒的なパワーとスピードを生む。ベラミーは一足飛びで数十メートル上の麦わらの下まで飛び上がり、その正面に降り立った。


「返すも何も、アレはおれが海賊として奪ったんだ。海賊のお前にとやかく言われるつもりはねェ筈だ」

「あるさ」

「?」

「おっさん達は友達だ。だからおれが奪い返すんだ」


 昼間とは打って変わって、強気な様子の麦わらにベラミーは吹き出した。


「ハハハハハハ!! 聞くがお前、戦闘が出来るのか? パンチの打ち方を知ってんのか!? 
 てめェみたいな腰ぬけに何ができる!! 昼間みたいにつっ立ってても、おれからは何も奪えやしねェんだぜ、臆病者!!」

「昼間の事は話は別だ」

「そうか、一体何が違うんだ? じゃあ今度は……」


 ベラミーの脚がバネに変わる。


「もう二度とその生意気な口がきけねェようにしてやるッ!!」


 ベラミーは軽業師のように屋根を蹴って、バク転し後ろに跳んだ。
 収縮されたバネのエネルギーはいとも簡単に二人が立っていた屋根を崩した。
 ベラミーはそのまま近くの壁に張り付くように着地し、屋根と共に中に投げ出された麦わらに向けて拳を構える。


「スプリング狙撃(スナイプ)!!」


 バネの力を解き放ち、狙いすました一撃を麦わらに向けて繰り出した。
 麦わらは接近するベラミーの気配を察し、宙に舞う屋根の一部を蹴って、下に向けて飛んだ。
 間一髪で避け、その後ろでベラミーが屋根を粉々に粉砕する。麦わらはそのままの速度で地面に突っ込んだ。


「まさかそれで死なねェよな?」


 新たな壁に着地したベラミーの視線の先で麦わらは立ち上がった。
 ベラミーが口角を釣り上げる。


「スプリング跳人(ホッパー)!!」


 ベラミーが壁を蹴り放った瞬間、その姿が消えた。
 一瞬の後に、予想だにしなかった位置で爆発のようなモノが起こり、その位置が蹴り砕かれる。
 バネの力は跳び回る程に加速する。収縮と膨張を繰り返し、その身に宿る力を高めて行く。
 騒ぎに集まった者たちは一様にどよめいた。
 彼らから見えるのは次々と壊れゆく街並みと、その中心で背を向けて立つ麦わら。加速したベラミーの姿を捉えられたものは一人としていなかった。


「友達だって!? ハハッハハハハ!! そういや、あのジジイも大猿共もてめェらと同類だったな!! 400年前の先祖のホラを信じ続ける生粋のバカ一族だ!!」


 ベラミーは麦わらをせせら笑う。
 麦わらは爆撃のような破壊の中心で何もできずその嘲りを聞くしかない。


「何が“黄金郷”!! 何が“空島”!! 夢見る時代は終わったんだ、海賊の恥さらし共!!」


 気狂いのピエロのように、バネ足の男は跳び回る。
 最高潮まで高められた力は、どこまでも猛威を振るう。ベラミーが跳び回るテリトリーはまるで戦場跡のように崩れ去って行く。
 ベラミーはあざ笑う。
 時代は変わった。これからの時代を生き抜くのは、夢などという幻想にとらわれない、強い力を持つ者だけだ。
 夢におぼれる愚か者に生きる資格は無い。
 これは制裁だ。夢追いの愚か者に下す、今を生きる海賊としての制裁だ。
 さァ、挫けろ、どうしようもない力に挫け、現実に打ちのめされろ。
 夢は、幻想は! 絶対に叶わない!!


「パンチの打ち方を知ってるかって?」

「あばよ!! 麦わらァ!!」


 麦わらは静かに拳を握った。
 跳び回るベラミーに動じた様子も無い。
 無防備に立っているように見える麦わらに向け、不気味な音と共に、風を切り裂き、勝利を確信したベラミーが突っ込んでくる。
 誰もが、ベラミーの勝利を疑わなかった。同時に麦わらの敗北を疑わなかった。
 ルフィの身体が軽く沈んだ。脚が大地を力強く踏みしめる。
 そして、硬く握りしめられた拳は、ゆるぎない意志は、その胸に抱いた夢は、幻想は、全ての雑音と嘲りと障害を───
 

 
 

 
─── 一撃の下に、叩き潰した。












第四話 「ロマン」
 











「あんたは行かないでよかったの?」


 現在、ジャヤの東海岸では猿山連合総出によるメリー号の修繕・強化が行われている。
 一味と猿山連合が慌ただしく動き回る中で、ナミがゾロに問いかけた。


「あ? 何なんだおめェ……喧嘩すんなつったり、しろっつたり、行けっつたり、行くなつったり」

「違うわよ。あんただってやられたじゃない?」


 昼間の喧嘩の事だ。
 ゾロはルフィと同じく、相手に手を出すことなく殴られ続けた。


「やられた? ……別にあいつ等はおれ達の前に立ち塞がった訳じゃねェだろ。同情しか残らねェ喧嘩は、辛いだけだ」

「何ソレ? アンタばか?」


 ゾロとしてはしっかりとした理念があったのだが、その辺りの機微はナミには伝わらなかったらしい。


「うるせェ!! どっか行け!! 邪魔だ!!」

「コラコラコラ、マリモマン!! てめェ今ナミさんになんつった?」

「あァ?」

「おい、ニーチャン達こっちに板!!」

「ヘイ」

「お、気がきくな、タヌキ」

「トナカイだ!!」


 一味はルフィが一人でモックタウンに向かったにも関わらず、余り心配した様子を見せなかった。
 怪我の手当てを終え安静の為に座りこんでいたクリケットは近くにいたクレスに問いかける。


「おめェ等……あの小僧が心配じゃねェのか?」

「いや、少なくともオレは心配はしていない」

「理由を聞いてもいいか?」

「……理由か」


 クレスは船の補強に使う木材を抱え直しながら、軽く首を傾げる。


「特に浮かばないな」

「なに?」

「いや、言葉が悪いか……何ていうかな、あの男ならば大丈夫、そんな気がするだけだ」


 クレスの答えに、クリケットはくわえていた煙草をもみ潰した。


「大した理由だな」

「だろ? オレも不思議なんだよ。ただ……」

「ただ、何だ?」

「その理由がわからないからこそ、オレ達はあの男について行こうと思ったのかもしれない」

「そうか……邪魔したな」

「いや」


 クリケットは新たな煙草を取り出し火を灯した。
 夜の澄んだ空気をを吸い込み、煙と共に吐き出した。


「程々にしとけよ、おっさん。麦わらが帰って来るまでまだ時間はかかる」

「余計な御世話だ」

「そうかい」


 積み上がって行く煙草の吸殻に目を向け、クレスは作業を再開した。






 日は昇る。
 ベラミー達によって中破したメリー号だったが、一味と猿山連合の奮闘により無事、修繕と強化を終えた。
 メリー号は空島仕様に生まれ変わった。
 その名も、<ゴーイングメリー号 フライングモデル>
 基本は元のメリー号のままだが、鶏を模した両翼と尾羽が取りつけられ、船首にも赤い鶏冠がついている。


「私、これを見ると不安になるんだけど」

「鶏って飛べたっけ?」

「一瞬」

「それって落ちてねぇか?」

「まぁ……鶏よりは鳩の方がまだ飛べそうだな」

「それ以前の問題でしょうがァ!!」


 外見はともかく、修繕と強化は終わり、以前よりもメリー号は丈夫になった。
 計算では“打ち上げる海流”にも耐えられる仕様となっている。


「それにしても……何やってんのよ!! ルフィは!!
 約束の時間から46分オーバー。海流に乗れなくなっちゃうわよ!?
 だいたい、帰りは金塊持ってるんだから重くて遅くなるでしょ!? そういう計算出来てないのよあいつの頭では!!」

「いや……最初っから時間の計算なんてしてねェと思うぞ」

「ああ、100%な」 


 準備は完了し、後は空島に向かうだけなのだが、金塊を取り返しに行ったルフィがまだ帰って来ていなかった。
 海はデリケートだ。些細な違いが変化を生む。時間には余裕に持つべきなのだ。
 そろそろナミの苛立ちの限界が来ている。もう少しで爆発しそうだった。


「お───い!!」


 そんな時、岸沿いからうれしそうな声のルフィの声がきこた。
 

「あいつだ!! よかった、帰ってきた!!」

「ハラハラさせやがるぜ」


 マシラとショウジョウがルフィの帰還に安堵する。
 ルフィは嬉々とした笑顔で、腕を掲げながらこちらに向かって来ている。


「ルフィ、急げ!! 出航時間はとっくに過ぎたぞ!!」

「やったぞ~~~~~!! これ見てみろ!!」


 ルフィは本当に嬉しそうに掲げた手に持ったモノを突き上げた。


「ヘラクレス~~~~!!」

「「「何しとったんじゃ───!!」」」


 カブト虫の王者「ヘラクレス」
 ルフィのテンションはだだあがりだである。
 

「…………」


 この時、クレスがルフィの事を尊敬のまなざしで見つめていたのは誰も知らない。
 なんだかんだで、ヘラクレスは男の憧れだった。
 

「おっさんこれ」


 一味と猿山連合はルフィの帰還により急いで出航の準備を始める。
 その中で、ルフィはクリケットの前に奪い返した金塊が入った包みを置いた。
 クリケットは加えていた煙草をもみ潰し、灰皿の上で山のように積み上がった中に加える。
 

「さっさと船に乗れ、時間がねェ。空に行くチャンスを棒に振る気か、バカ野郎が」

「うん、ありがとう、船」

「礼ならあいつ等に言え」

「ありがとなおめェら!! ヘラクレスやるよ!!」

「いいのかよ!! メチャクチャいい奴じゃねェかお前!!」


 ルフィもまた出航準備の整った船に乗り込んだ。
 クリケットはその背中を見送りなりがら、ルフィが奪い返した金塊に目を移した。そして、その包みを握りしめる。
 この金塊はクリケット達が見た幻想を形にしたものだ。ルフィはクリケット達の幻想に共感し、金塊を奪われた事に怒り、そして奪い返した。この恩は大きい。


「猿山連合軍!!」


 クリケットは声を張り上げた。


「ヘマやらかすんじゃねェぞ!! たとえ何が起きようがコイツ等の為に全力を尽くせ!!」

「ウォ~~ホ~~~~!!」

「ウッキッキ―!!」

「小僧!! おれァココでお別れだ!!」


 クリケットは立ち上がり、空を目指す一味に向け、幻想を追い続ける同士として、たむけの言葉を贈る。


「一つだけ、これだけは間違いねェ事だ!! 
 “黄金郷”も“空島”も!! 過去誰一人、“無い”と証明できた奴はいねェ!! 
 バカげた理屈だと人は笑うだろうが、結構じゃねェか!!」
 
 
 あるわけがないものを探す。
 たとえ誰かに後ろ指を指されようとも、その存在を信じて、疑いながらも、迷いながらも、ただひたすらに愚直なまでに。
 夢を忘れた者に何がわかる。くだらない常識に負けた者に何がわかる。小賢しい理屈を吐くな。ありえない? そんな現実誰が決めた!!
 幻想を追う者は誇り、叫ぶ。



「それでこそ、ロマンだ!!」



 ルフィは船尾からクリケットに向け、にっこりと笑みを作る。


「ロマンか」

「そうだ!!」


 クリケットもまたルフィに向け笑みを作る。
 幻想に挑む男の笑みだ。


「金をありがとよ。おめェら空から落ちてくんじゃねェぞ」 

「ししし!! じゃあな、おっさん!!」


 風向きは良好。
 快晴の下、朝日に照らされながら船は南の海を目指し旅立った。
 




 空への入り口はジャヤから南の海流で発生する“打ち上げる海流”という災害だ。
 発生位置は毎回変わるため、それに乗るためにはそれ以前に付近に到着し、発生する正しい位置を読み取り為に“探索(サーチ)”しておく必要がある。
 その際に重要なのは、“打ち上げる海流”が立ち上る先に、"積帝雲"があるかどうかだ。
 この条件がそろわなければ、空島を見る事無く、一味は海の藻屑と成り果てるだろう。
 だが、この前提は“積帝雲”が空島だと仮定してのものである。もし、間違いであったならば、同じく海の藻屑だった。
 

「園長(ボス)不味いです!!」


 一味と猿山連合軍が海に出て三時間が経った。
 その時、双眼鏡を覗きこんでいたマシラの部下が焦り声を上げた。


「南西より“夜”が来ています!! "帝積雲"です!!」

「本当か!? 今何時だ?」

「10時です。予定よりずっと早い!!」

「マズイな、……ショウジョウ!! 行けるか!?」

「ウータンダイバーズ!! 直ぐに海に入れ!! 海流を探る!!」


 前方からは巨大な雲が接近していた。
 一味も一度遭遇した突如発生する“夜”の正体。
 雲の化石とも呼ばれる、辺り一面を飲み込むような、遠く離れた船からも雲の全容すらうかがわせない程の巨大で分厚い雲。


「アレが、“積帝雲”」

「……何て大きな雲だ」


 予想よりも早い展開に、徐々に船の上が慌ただしくなっていく。
 ショウジョウの探索音(ソナー)が響き渡り、次々とウータンダイバーズが情報を告げた。
 

「反射音確認!! 12時の方角に巨大海流を発見!!」

「9時の方角、巨大生物を探知!! 海王類と思われます!!」

「10時の方角に海流に逆らう波を確認!! 巨大な渦潮ではないかと思われます!!」


 その瞬間マシラが鋭く叫んだ。


「それだ!! 船を10時の方角に向けろ!! 爆発の兆候だ!! 渦潮を捉えろ、退くんじゃないぞ!!」


 海が変わった。
 今までは青空が広がり、波も比較的穏やかであったのだが、急激に波が高くなった。
 キャラベルのメリー号は翻る波の飛沫に煽られ、大量の海水が降り注いだ。


「航海士さん!! 記録指針はどう?」


 ロビンの言葉に波は空を指す記録指針を覗きこんだ。
 

「ずっとあの雲を指してる!! 風の向きもバッチリ!! “積帝雲”は渦潮の中心に向かってるわ!!」

「なるほど……“当たり”か」


 クレスは船の帆を引張りながらナミの言葉を聞いた。
 記録指針の先には島がある。
 どんなに不可解な現象があったとしても、“偉大なる航路”においてこれだけは絶対の真理。
 ならば、後は波に乗りその先の島を目指すのみだ。


「おい兄弟!! 今回は当たりのようだ!!」

「ああ!! 威力も申し分なさそうだ!!」

「行けるのか!?」

「ああ、行ける!!」


 マシラは部下達に指示を飛ばす。
 すると、マシラの船からメリー号に向けて二本のアームが伸び、メリー号を掴んだ。
 

「帆を畳め!! 渦の軌道に連れて行く!!」

「そしたらどうしたらいいの!?」

「流れに乗れ!! 逆らわず中心まで行きゃなるようになる!!」


 マシラの船に引き連れられ、メリー号は渦の中心へと向かう。
 荒れる波の向うに、目的地の大渦はあった。
 それはサイクロンのように恐ろしい程のうねりで回る大渦だった。
 メリー号が渦の流れに乗った瞬間、マシラの船は素早く離脱する。メリー号は一瞬で渦の流れにのみ込まれた。戻ろうとしても、もはや舵は効かないだろう。


「飲み込まれるなんて聞いてないわよォ!!」

「船、飛ぶのかな?」

「大丈夫だ!! ナミさんとロビンちゃんはおれが守る!!」

「こんな大渦初めて見たわ」

「覚悟を決めた方がよさそうだ」

「やめだァ!! やめやめ!! 引き返そう、帰らせてくれェ~~~!!」

「観念しろウソップ。手遅れだ」

「行くぞ~~~!! “空島”~~~~!!」


 渦に乗り、メリー号は海底に通じるであろうその中心へと進んでいく。
 一味の前方に大渦に飲み込まれた大型の海王類が現れるも、渦の力凄まじく、まともに身動きできずに悲鳴上げながら沈んで行った。


「じゃあなお前ら!! 後は自力でがんばれよ!!」

「ああ!! 送ってくれてありがとう!!」

「待てェ~~~っ!!」


 暢気に手を振るルフィにウソップが全力でつっこむ。
 メリー号は渦を回り回って、あっという間にマシラとショウジョウの船から離れて行った。
 ウソップ、ナミ、チョッパーは猛威を振るう大渦に本気でうろたえる。
 メリー号は順調に渦の中心へと向かい、辺りもいつの間にか“夜”になってる。


「引き返そう、ルフィ!! 今ならまだ間にあうかもしれねェ!!」

「そうよ、ルフィ!! やっぱり私も無理だと思うわ」

「空島なんて“夢のまた夢”だろ!?」


 渦を眺めていたルフィは、必死に説得しようとするナミとウソップに向き直る。
 

「“夢のまた夢の島”!! こんな大冒険、逃がしたら一生後悔すんぞ!!」


 物凄くいい笑顔で言い切った。


((た、楽しそ………………!!))


 もはや手遅れだと二人は悟った。


「ホラ……お前らが無駄な抵抗をしている間に」

「間に……なんだ?」

「大渦にのみ込まれる」


 メリー号の船体が浮いた。
 その先にあるのはどこまで続くのかわからない、海に空いた穴。
 落ちれば大渦にのまれ、もみくちゃにされながら海底に引きずり込まれるだろう。


「うわっ!! 落ちる!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!」


 響くウソップの悲鳴。
 船は大渦の中心に落ち、浮遊感が一味を襲うが、なぜか直ぐに消えた。
 メリー号は静かな水面に着地する。
 そこにあった筈のもの、大渦が消え、海が凪いでいた。


「え?」

「何!? 消えた、何で!?」

「あんなでっけェ大渦の穴が!? どういう事だ!」


 ナミは海の変化に海面を覗きこんだ。


「……違う。もう、始まってるのよ。渦は海底からかき消されただけ……!!」

「まさか……」


 海が不気味な音を立て始めた。
 静かに、だが確実に異変は起きている。
 そんな時だった。



「待ァてェ~~~!!」



 遠方から三つの髑髏を掲げたイカダのような海賊船がメリー号に向けて近づいて来た。
 

「おい、ゾロ」

「あ?」
 
「あれ」


 ルフィとゾロは海賊船へと目を向けた。
 海賊船の上には腕を組み仁王立ちする男がいる。二人がモックタウンで出会った無精ったらしい男だ。


「ゼハハハハハハハ!! 追い付いたぞ、麦わらのルフィ!! てめェの一億の首を貰いに来た!! 観念しろやァ!!」

「おれの首? “一億”ってなんだ!?」

「やはり知らねェのか……」


 男は二枚の手配書を広げた。
 一枚はルフィのもの。 
 もう一枚はゾロのものだ。


「本当だ!! 新しい手配書だ!! ゾロ!! 賞金首になってんぞ!!」


 ウソップが双眼鏡で覗き込み確認する。
 

「何ィ!? おい待て、おれは? おれのもあるだろ!?」

「ねェ」


 残念ながらサンジの分は無い。


「一億と六千万か、……まァ、妥当だな」

「そうね、あの子達なら当然」


 男が提示したルフィとゾロの賞金額にクレスとロビンは納得する。
 ルフィはアラバスタにおいて、あのクロコダイルを下し、ゾロはMr.1を倒したのだ。その金額は当然だ。
 ただ、表沙汰になっていないのは、世界政府の介入があったからだろう。
 だが、今はそれどころではない。クレスは一味に促す。


「お前ら、喜ぶのは後にしとけ!! 海の様子がヤバい!!」

「来る。……これが“打ち上げる海流”」


 一味は懸賞金が跳ね上がった事に浮かれていたが、海の異変に再び気を引き締め直した。
 まるでそこから巨大な何かが這い上がって来るかのように、突如、海面が隆起し始める。


「船にしがみつくか、船室へ!!」

「ぎゃあああああああ!! 海が吹き飛ぶぞ!!」


 海の一角がメリー号と一味を追って来た海賊船を悠々取り込んで盛り上がり、地響きと共に内包された圧倒的なエネルギーを噴出させる。
 巻き上がる巨大な水柱。それはまるで天を貫く閃光のように、“積帝雲”に向けて一直線に放たれた。
 
  

「うわあああああああああああああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」



 大自然の猛威に二艘の船がのまれた。
 メリー号は位置が良かったのか水柱に乗ったまま上空まで舞い上がり、イカダ船は弾き飛ばされ大破した。






◆ ◆ ◆






 その水柱はどこまでも大きく、遠く離れたジャヤからも確認できた。
 クリケットは煙草をくわえ、無言のまま、天に昇る水柱を見つめ続ける。
 そして、一味を空へと送り出した大猿兄弟は大波に煽られながらその幸運を祈った。

「「行けよ、空島!!」」






◆ ◆ ◆






 巻き上がる水柱をメリー号は垂直に突き進む。
 重力によって位置関係が変わり、一味は皆マストや壁を床にして立っていた。
 

「うほ~~~~っ!! おもしれェ!! よーし!! これで空まで行けるぞ!! 行けェ!! メリ~~~!!」

「ちょっと待った……そうウマい話ではなさそうだぞ」

「どうした?」

「船体が浮き始めてる……!!」

「なんだって!?」


 辺りを見渡せば、“打ち上げる海流”にのみ込まれていたモノが次々と下へと落ちて行く。
 メリー号もこのまま海流から弾かれれば同じ運命をたどる事となるだろう。しかもそれは時間の問題かと思われた。


「やっぱただの“災害”なのか!? 
 爆発の勢いで登っちまってんだから、今更自力じゃ……!!」

「うわっ!! いろんなものが降って来るぞ!! “突き上げる海流”の犠牲者だ!!」

「あァ……おれ達ももうお終いだ。このまま落ちて全員……!! ッてそうだ!! クレス!! おめェ確か空を飛んで無かったか?」

「それがどうした?」

「うおおおおお!! 助けてくれ!!」

「アホか。オレは有事の時はロビン以外助けん。自力で何とかしろ」

「そこを何とか!!」

「知らん」

「ぎゃあああああああ!! 死ぬ~~~~!!」



「───帆を張って!! 今すぐ!!」



 混乱の最中、航海士のナミが強い口調で一味に指示する。


「これは“海”よ!! ただの水柱なんかじゃない、立ち上る“海流”なの!!
 そして下から吹く風は地熱と蒸気の爆発によって生まれた“上昇気流”!!」


 ナミは海流と風、そして肌に感じる空気から情報を推察し、そして活路を見出した。


「相手が風と海なら航海してみせる。この船の航海士は誰?」

 
 ナミは不敵にほほ笑んだ。
 この船の航海士は最高の人材がただ一人。
 一味はナミを信頼し一斉に動き出した。


「右舷から風を受けて、舵は取り舵!! 船体を海流に合わせて!!」

「野郎共!! ナミの言う通りに!!」

「オォ!!」

「急げェ!!」


 一味は速やかに帆を張り、二本のマストで船はめいいっぱいに上昇気流を受け止める。
 だが、船は徐々に水柱から離れて行く。
 

「うわっ!! ヤバいぞ、船から離れそうだ!!」

「落ちる───っ!! 落ちるぞナミ!! 何とかしてくれ!!」

「ううん、行ける!!」


 風と海流を掌握し、航海士は確信する。
 メリー号は水柱から完全に離れ、───空を飛んだ。


「えッ!? 飛んだァ~~~!!」


 メリー号は帆で風を受け、取りつけた両翼に風を絡ませながら飛翔する。
 まさに夢の船。誰が想像できようか、船は風と波を掴んで空を航海しているのだ。


「スゲェ!! 船が飛んだ!!」

「マジか!?」

「へェ……」

「やった」

「ナミさん素敵だ!! そして好きだァ!!」

「ウオオオオオ!!」

「ふふ……」

「これは、……なかなか」


 船は飛翔し真っ直ぐに“積帝雲”を目指す。
 立ち上る水柱は真っ直ぐに雲を貫いている。


「この風と海流さえつかめば、どこまでも昇って行けるわ!!」

「おいナミ!! もう着くのか“空島”!!」

「あるとすればあの雲の向こう側よ」

「雲の上か」


 一味は空の先に思いを馳せる。
 この先にはどんな世界が広がっているのか、見果てぬ冒険に心が躍る。
 空に広がるのは天国か、それとも地獄か。
 船が向かうのは“積帝雲”を抜けたその先。


 その答えは全てこの雲の先にある。

 










あとがき
次回から空島ですね。
今回は前回の話の差分にあたるのですが、どうしようかと思って、書いて消してを繰り返して、結局今回も蛇足的に書いてしまいました。申し訳ないです。
空島編は何パターンか考えているのですが、どれにしようか迷っています。
次も頑張りたいと思います。


 



[11290] 第五話 「雲の上」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/06/05 10:08
 波と風を手繰り、メリー号は“積帝雲”の中へと入り込んだ。
 雲とは一般的には水蒸気の塊だとされている。
 だが、“積帝雲”の雲はまるで海中のように身体が濡れ、当然のように息が出来なかった。
 必死に船にしがみつき、宣告もなしに突然襲った窒息感と戦う。
 気が遠のきそうになったその時、目の前に光が差し込んだ。
 空を飛んだ勢いと船の持つ浮力によってメリー号は雲を抜ける。そして、その上に浮かび上がった。


「くッ……ロビン!!」


 身体を包む倦怠感からほぼノータイムで立ち直ったクレスは、真っ先にロビンの下へと駆け寄った。
 クレスの勘が告げている。今抜けた雲は間違いなく“海”だった。
 ならば能力者のロビンにどんな影響を残すかは未知数だ。
 ロビンはぐったりと欄干にもたれかかりながら、他の一味と同じようにあらい息を吐いている。


「ハァ……ハァ……大丈夫よ……クレス」

「苦しいんだったら無理すんな。ゆっくり息を整えろ」

「フフ……もう、心配性ね」


 心配するクレスにロビンは無事を告げる。息は荒いがどうやら、大事は無かったようだ。
 一味もそれは同じようで(ウソップは何故か頭を打って気絶していたが)暫くすると、いつものように元気に立ち上がった。
 クレスは一安心し、辺りを見渡した。


「ここは……雲の上……か?」


 雲を抜けた先は一面の白だった。
 液体状の雲が、まるで海のように広がり、波打っている。
 前方には山のように盛り上がった雲の塊があり、その合間から滝のように雲が流れ落ちていた。


 空の世界は見渡す全てが雲で出来ていた。












第五話 「雲の上」












「何だココは!! 真っっっっ白!!」


 興奮したルフィが叫ぶ。
 一味は辺りを見渡し、果てしなく続く雲の世界に息をのんだ。


「雲!? 雲の上!? 何で乗ってんの!!」

「そりゃ乗るだろ、雲だもん」

「「「イヤ、乗れねェよ」」」

 
 クレスはメリー号が浮かんでいる雲に目を向ける。
 この雲を突っ切った時の感覚は、海水にしては軽いように感じたが、それでも"海"であった。
 僅かにのみ込んだ雲が塩の味がした事からもそう予測できる。
 原理などはさっぱりわからないが、さしずめ今浮かんでいる雲は、“空の海”なのだろう。
 

「そう言えば航海士、ログはどこを指してんだ?」

「ログ? ……ちょっと待って」


 ナミは方位指針を覗きこんだ。


「……まだ、上を指してる。これより上があるってこと?」

「どうやらココは“積帝雲”の中層みたいね」

「まだ上があんのか。……次はどうやって行くんだろうな」

「それは分からないわね」


 ナミ、ロビン、クレスはログの指す位置に頭を悩ませる。
 だが、現状では手段は未知数だ。結局のところはどこかに進んで見るしかないのだろう。


「第一のコ~~~ス!! キャプテン・ウソップ!! 泳ぎま~~~す!!」

「おう!! やれやれ!!」

「ウソップ、スゲェ!!」


 対照的にウソップ、ルフィ、チョッパーは浮かれまくっている。
 「やめとけ」とサンジが呆れながら言うが、ウソップは気にせず海に飛び込んだ。


「おいおい……よくも臆せず堂々と。危機感ゼロだな」

「……あいつ等ときたら」

「でも、とっても楽しそう」

「そりゃ、楽しいだろうよ。なんたって“空の海”だ」


 呆れ顔でクレスは立ち上がり、靴を脱ぎ、上着を脱ぎ捨て、サイドバックを外す。
 軽装となったクレスは軽く腕を回す。そして僅かに口元をほころばせた。


「って、あんたも行く気満々じゃない!!」

「ま、一応は得意分野だしな。どっちにしろ調べるなら実際に潜るのが一番だろ? ついでに長鼻の様子も見て来てやるから」

「ただ口実が欲しいだけに聞こえんだけど」

「偶然だろ」


 クレスはサイドバックからナイフと鉄線を取り出して腰元に下げた。
 

「お! クレスも行くのか!?」

「まぁな。なんか食料になりそうなものがあったらついでに取って来てやるよ」

「うひょ~~~! マジか!」

「パサ毛! 取って来るなら食えそうなのにしろ。とりあえずコイツ等に毒見させる」

「ああ、適当に準備して待ってろ」


 空の海。
 どんな場所かは潜れば分かるが、やはり心躍った。


「クレスも楽しそうね」

「そりゃそうだろ、なんたって空の海だ」


 クレスは側壁の上に立ち、軽く飛び上がって、身体を弓のように撓らせる。
 そして矢のように伸びあがり、一気に海に飛び込んだ。






 水を掴み、一気にかき出す。すると面白いほどに身体が前に進んだ。
 初めて泳いだのはいつだったが、“六式”の訓練によって幼いころから身体能力が高く、泳ぐ事も得意だった。
 浮き輪で浮かんだロビンを遠くへ連れて行こうと引張って、ロビンに怖がられたのも懐かしい。


(それにしても……やっぱり軽い水だな。抵抗を殆ど感じない)


 視界は雲だからか真っ白だ。
 だが、前方がまったく見えないと言う事は無く、慣れてくれば薄い靄のように感じられた。
 軽く、柔らかく、白い。不思議な感触だが、これが"空の海"を泳ぐと言う事なのだろう。
 ぼんやりとそんな事を考えながら泳いでいると、下方に先に潜ったウソップの姿が見えた。ウソップは下へ下へと進んでいく。
 その軽さ故か、空の海は潜る事にほとんど抵抗を感じない。
 ウソップも一通り泳いでそれを感じたのだろう。
 だが、潜る事に抵抗がないと言う事は、逆に浮力が小さいと言う事だ。
 沈みやすく、浮かびにくい。この事を失念していると痛い目を見る事になるだろう。
 クレスはその事の警告を伝えておこうと、とりあえずウソップに近づいていく。
 だが、クレスの目の前から突然ウソップの姿が消えた。


(……ちょっと待て、ドアホかあいつはッ!!)


 クレスは爆発的に海を蹴り放って、ウソップに向けて一気に加速する。
 抵抗のない白い海を進んで暫くすると、目の前の景色が一気に開けた。


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁあああ!!」


 その先には真っ逆さまで絶叫と共に涙と鼻水を垂れ流しにしたウソップの姿。
 ウソップは空の海の底を抜け、何も無い“ただの空”で存分に自由落下を味わっていた。
 少し考えれば分かる事だ。メリー号は雲の底を突っ切って空までやって来た。空の海に行き着く“底”など無いのだ。


「長鼻ァ!!」

「クレス!? だ、だずげでぐれええぇええええぇぇぇぇえええええええ!!」


 ウソップはクレスの姿に全力で助けを求める。
 自業自得にも程があるのだが、見捨てるわけにもいかないので、クレスは“月歩”でウソップに駆け寄り、逆さに落ちるその脚を掴んだ。
 それと同時に雲から綺麗な二重の目を咲かせたゴムの腕が伸びて来た。ロビン達も心配して助けようとしたのだろう。
 クレスはロビンにウソップを掴んだ腕を上げて無事を告げる。ゴムの腕に咲いたロビンの目は安心したような笑みを作ると、スッと消えた。傍目から見るとホラーだが、クレスは特に気にしない。


「余計な心配させんな……コラ」


 ウソップは失神してしまっていた。
 クレスは片足の“月歩”で飛びながら、ウソップの頭をもう片方の足で軽く蹴った。


「……ん、ココは……ひゃあああああああ!!」

「うるさいぞ」

「ぐおッ!!」

「帰るぞ長鼻。大人しくしてろ。暴れたら餌にすんぞ」

「は、はーい」


 クレスは大人しくなったウソップを連れて再び、雲の中へと入った。







「おもっしれーなココの魚」


 ウソップを助け出してからクレスは何度か海に潜り、空の海に生物がいる事を突き止めた。
 空の魚に関してはノーランドの日誌にもある記述で、日誌内では“奇妙な魚”と表現されている。
 浮力が小さく底のない海で、生き残るために独自の進化を遂げた結果でろうと予測できる。


「しかもうめェ!!」

「ソテーにしてみた」


 現在、船ではクレスが取って来た魚の試食会という名の毒見が行われている。
 毒がないのはクレスとサンジが一応確認済みだが、それでも万が一という事もある。
 よって、とりあえず先に胃袋も丈夫そうな男共に振る舞う事にした。


「おお……なかなかうまいな。やっぱ料理人がいると違う」


 クレスも“空魚その1のソテー”を口に運んだ。
 口に入れた空魚は弾力があるのに柔らかく、口の中でとろけるように消えていく。新食感だ。つけ合せのソースも絶妙だった。
 クレスも調理は一通りこなせるのだが、なかなかサンジのようにはいかない。


「ロビンも食べるか?」

「ええ、頂くわ」

「ロビンちゅわァ~~~んッ! どう? おいしい?」

「ええ、とても」

「いや~~照れるなァ! 腕によりをかけました、レディ」

「……オレの取って来た魚だしな」

「あァ!? おれの料理にケチつけるつもりか」

「あ? 事実だろ」

「アホが二人」

「「てめェには言われたくねェよロロノア(マリモ)!!」」


 方位指針はまだ上を指しているものの、船をどう進めていいのか分からないため、一味は取り合えず前方の壁のように立ち上る雲の塊へと船を進めている。
 船の見張りはチョッパー。双眼鏡を覗きこみ、辺りを見渡していた。


「おーい! みんな!! 船と……人? えッ!?」

「どうしたチョッパー?」

「船があったのか?」

「いや……うん、いたんだけど、もういなくて!! そこから牛が四角く雲を走ってこっちに来るから、大変だァ~~~!!」

「わかんねェ、落ちつけ!」


 とりあえず何かがいたのだろうと、警戒のためにクレスはチョッパーが指を指して騒いでいる方向に目を向ける。
 

「何だ……人?」

「人だ!! 雲の上を走ってくんぞ!!」

「おい止まれ、何の用だ!!」


 角の生えた四角い仮面を被り、背中に天使のような羽を生やした男がコチラに向かって雲の上を滑走してくる。
 肩には物々しいバズーカ―砲を担ぎ、手には細長い盾を持っている。明らかな敵意を感じた。


「排除する」

 
 仮面の向うで男の双眸が鋭い光を放った。


「やる気らしい」

「上等だ」

「何だ? 何だ?」
 

 飛びかかって来る男にサンジ、ゾロ、ルフィが立ち向かう。
 仮面の男は足のスケート靴のような装置から烈風を噴射させ、加速した蹴りで3人を一瞬で吹き飛ばした。
 三人とも身体が思うように動いていなかった。だがそれも仕方がないだろう。今は空に昇って来たばかりだ。急激な気圧の変化にさすがの三人も着いていけなかったのだ。
 男は船の甲板を蹴って恐ろしい程の跳躍を見せながらメリー号から離脱し、肩に担いだバズーカ砲の照準を一味に向けて定めた。
 

「排除」


 男の引き金が引かれる瞬間、


「物騒なもん向けんじゃねェよ」


 “月歩”によって接近したクレスが砲身を踏みつけ、強制的に照準を下げた。気圧の変化もクレスは例外だった。
 メリー号を外れた砲弾は雲の海に大きな水柱を上げる。
 同時にクレスは砲身の上を駆け、男を蹴りつける。鎌のような半円を描いた鋭い蹴りに、男は足の装置から烈風を噴射させた。
 噴射を受け、男の体制がクレスの蹴りの軌道から僅かに逸れる。クレスの蹴りは男の顔面に直撃するも男の仮面を砕くだけにとどまった。


「チッ……」


 男の素顔が露わになる。
 何かの風習か、剃り込んだ長髪を後ろに束ね、顔の左側に毒々しい刺青を入れた男だ。
 男は舌打ちするクレスに向け、脚の装置の噴射によって身体を捻りながら、勢いに乗った回し蹴りを放った。
 クレスは咄嗟に“鉄塊”で硬めた腕で防御する。鋼鉄のような硬度持つクレスの腕を素足で蹴りつけたにも関わらず男は眉ひとつ動かさない。
 それどころか、クレスに受け止められた脚を噴射装置によって更に加速させ、中に浮いたクレスをなぎ払った。
 だが、男の脚は空を切る。クレスは“月歩”によって直前で後ろへと引き避けていた。
 一瞬にも満たない攻防の末、男は雲の上へと着地する。その着地の瞬間、空を駆けるクレスが男に向け指を突き出した。


「指銃ッ!!」

「……ッ!!」


 六式が一つ、指銃。
 高速で打ち出される鉄指の弾丸。
 クレスの指銃は男の胸の中心を射抜くように突き出されて、男が咄嗟に突き出した細長い盾を貫いた。
 だが、クレスの攻撃は男の身体を削り傷を与えるも、決定打には至らなかった。男は貫かれた盾の合間からクレスの懐に身体を滑り込ませるように密着する。
 そして掌をクレスの腹部に押し当てた。


「───衝撃(インパクト)!!」


 瞬間、クレスの身体に衝撃が駆け抜けた。
 咄嗟に鉄塊で防御したにも関わらず、男の掌から生まれた衝撃はクレスの“髄”を破壊する。
 だだの打撃では無い。いうならば打撃が生まれる過程を省いて、威力のみを直接叩きこまれたような衝撃だ。


「……ガッ!!」


 内臓を痛めたのかクレスの口元から血が漏れ、体制を崩し、雲の中へと投げ出される。
 男は後ろに飛びながら担いでいたバズーカ砲をクレスに向けた。
 速やかに引き金が引かれ、砲弾が発射される。砲弾は容赦なくクレスに迫った。


「嵐脚!!」


 クレスは雲に沈んだ状態で足を一線させ、斬撃を放つ。
 放たれた斬撃は砲弾と相殺し砲弾が炸裂する。爆音が轟き、男との間に黒煙が漂った。


「効いたぞ……今のは……」


 クレスは月歩で飛び上がりながら、黒煙の向うにいる男を睨めつける。
 口の中に溜まっていた不快な血を吐き出し、手の甲で口元を拭った。


「なめんな」

「……しぶとい野郎だ」


 クレスの両足に力がこもる。
 男もまた盾とバズーカ砲を構えなおした。



「そこまでだァ!!」



 その時、水玉模様の巨大な鳥に乗り、甲冑を身を包んだ老騎士が飛来する。
 老騎士はクレスと睨み合う男に向けて、手に持ったランスで体重の乗った鋭い突きを繰り出した。
 男は老騎士のランスを盾で受けるも、後ろへと弾き飛ばされる。
 弾き飛ばされた男はクレスと老騎士を見比べ、舌を打ち、背を向け退いた。


「去ったか」


 老騎士は鳥から飛び降り、メリー号へと降り立った。
 そして、しばし呆然としていた一味に向け、


「ウ~~~ム、我輩、空の騎……グべッ!!」


 老騎士の頭にクレスの踵が食い込んだ。


「誰だコイツ?」

「それを今聞いてんだよ!!」


 怒られた。






「ウ~~ム、いきなり踵落としとはヒドいのである」

「悪い、怪しいから敵だと思った」  

 
 クレスはチョッパーに処置を受けながら“空の騎士”と名乗った老騎士に頭を下げた。
 

「ウム……まぁ、それもしたがななかろう。それよりもビジネスの話をしようじゃないか。おぬしら青海人であろう?」

「ビジネス……? それに青海人って何?」


 ナミが空の騎士に問いかける。


「青海人とは雲下に住む者の総称だ。つまりは青い海から昇って来たのか? という事だ」

「うん、そうだぞ」


 先程の男にやられた状態で寝っ転がっていたルフィが答える。
 空気が薄いため、上がった息がなかなか整わない。
 どうやらまだ気圧の変化に戸惑っているようだ。それは座り込んだサンジとゾロも同じなのだろう。


「ならば今の状態も仕方あるまい。
 ここは“青海”より7000m上空の“白海”。更にこの上層の“白々海”に至っては一万mにも及んでいる。通常の青海人では身体が持つまい……」


 ルフィは空の騎士の言葉を聞きながら背中のバネで起きあがった。
 そしてドンと胸を叩く。
 座り込んでいたゾロとサンジも長い息を吐いた。


「おっし! だんだん慣れて来た!!」

「そうだな……だんだん慣れて来た」

「イヤイヤありえん」

「早いうちに全力を出せるようにしとけよ。オレも一撃貰っといて言えた義理じゃないが、動けるようにしといたほうがいい」

「いきなり動けるおぬしが一番ありえん」
 

 空の騎士は気を取り直し、話を進める。


「我輩フリーの傭兵である。
 ココは危険の多い海だ。空の戦いを知らぬ者なら、さっきのようなゲリラに追われ、空魚の餌になるのがオチであろう。
 そこでだ。───1ホイッスル、500万エクストルで助けてやろう」


 空の騎士の言葉に一味は首を捻り、


「何言ってんだおっさん?」


 素直な疑問を上げた。


「バカな! 格安であろううが!! これ以上は1エクストルもまからんぞ!! 我輩とて生活があるのだから」

「だからその“エクストル”だとか“ホイッスル”ってのがわかんねェんだよ」


 サンジの言葉に空の騎士は目を唖然と見開いた。


「ハイウエストの頂かがココに来たんじゃないのか? ならば島を一つ二つ通ったであろう?」

「ちょっと待って!! 他にもこの“空島”に来る方法があったの!? それに一つ二つって、空島っていくつもあるもんなの?」

「……何と!! おぬしらまさかあの“バケモノ海流”に乗ってココへ!? ……まだそんな度胸の持ち主がおったとは」

「……普通のルートじゃないんだ、やっぱり」


 ナミが自分たちが一か八かの勝負をした事に気づきおよおよと泣き崩れる。


「いーじゃん、着いたんだから」

「死ぬ思いだったじゃないのよ!! じっくり情報を集めていればもっと簡単にッ!!」


 ルフィの胸倉をナミが暴力的に揺さぶる。
 

「そう言えば……クレスが取って来た航海日誌にもそんな事書いてあったわね」

「なるほど……そっちが正規ルートだったか」

「納得してんじゃないわよッ!!」


 恐慌するナミ。
 だが、空の騎士は諭すように言葉を紡いだ。


「一人でも船員を欠いたか?」

「いや、全員で来た」

「他のルートではそうはいかん。100人で空を目指し、何人かが到達する。誰かが生き残る。そういう賭けだ。
 ───だが、“突き上げる海流”は全員死ぬか、全員到達するかだ。
 0か100の賭けが出来る者はそうはおらん。近年では特にな。度胸と実力を備えるなかなかの航海者達とみうけた」


 空の騎士は一味に向かい小さな笛を投げた。


「1ホイッスルとは一度この笛を吹き鳴らす事。さすれば我輩、天よりおぬしたちを助ける為に参上する。
 本来はそれで空の通貨500万エクストル頂戴するが、1ホイッスルおぬしらにプレゼントしよう。その笛でいつでも我輩を呼ぶがよい」

 
 空の騎士はそう言い、背を向け立ち去ろうとする。


「待って! 名前もまだ……」

「我輩は“空の騎士”ガン・フォール!!」

「ピエ───ッ!!」


 すると主の名乗りに応じ、控えていた水玉の鳥が大きく鳴いた。


「そして相棒、ピエール!!」


 空の騎士は名乗りを終え、颯爽と相棒のピエールに飛び乗った。


「言い忘れたが、我が相棒ピエール、鳥にして<ウマウマの実>の能力者!!」

「鳥が!?」


 巨大な鳥の姿が変化する。
 掻き爪は力強い蹄に、嘴は消え、口からはエンジンにも似たうねりを吐いた。
 鳥の肉体は悪魔の力により馬へと変化する。
 だが、唯一。背中にはためく翼だけはそのままだ。


「つまり!! 翼をもった馬になる!! 即ち……」

「うそ……!! 素敵!! ペガサス!!」


 ペガサス。神話のみに語られる伝説の天馬。
 老騎士を背に、荒ぶるように後脚で立つ。鋭い嘶きが響いた。


「そう、ペガサス!!」

「ピエ~~~~~ッ!!」


 ただ全身水玉模様だった。
 

(((いやァ、微妙……)))


 ブサイクな馬だった。


「勇者たちに幸運あれ!!」


 宣託を告げる神官のように空の騎士は一味に言葉を贈り、ブサイクな天馬で去って行った。


「……結局なにも教えてくれなかったわね」

「そうだな。……何だったんだあの爺さん」






 結局手がかりも無く、一味はひとまずは予定通りに、前方の滝のように流れ落ちる雲に向けて舵を取った。
 メリー号は雲の海を進み、やがてその前に大きな雲の塊が立ち塞がる。
 ためしにルフィが手を伸ばしてみると弾力を持って弾かれた。触ってみると干したての布団のように柔らかく温かい。
 今度は固形の雲。それはつまり、この雲の上を船は通れないと言う事だ。
 一味は固形の雲と雲の間に出来た迷路のような隙間を辿って、前に進む。空の騎士を呼ぶ案も上がったが、緊急事態用として残しておく事にした。
 苦労しながらも雲の迷路抜ける。
 すると前方に巨大な門が現れた。


「『HEAVEN'S GATE』……“天国の門”だとよ」

「縁起でもねェ。死にに行くみてじゃねェかよ!!」

「いーや、案外もうおれ達ァ死んでんじゃねェのか?」

「そうか、その方がこんなおかしな世界にも納得できるな」

「死んだのかおれ達!?」

「天国か~~~楽しみだァ!! こっから行けるんだ!!」


 門の向こうには一味が目標として目指した巨大な雲の滝がある。
 滝は更に上の天空へと繋がっていた。どうやらココが入り口で正解のようだ。後はあの滝をどうやって昇るかだった。


「見ろ!! あそこから誰か出てくる!!」
 

 ウソップが指を差す。
 門は短いトンネルのようになっていて、両側に歩行用の陸地スペースがある。
 そこに繋がる個人用の扉からカメラを持った老婆が出て来た。


「観光かい? それとも……戦争かい?」


 シャッターを切りながら老婆は一味に問いかける。


「どっちでも構わないけど、上層へ行くんなら入国料一人10億エクストルおいて行きなさい。それが法律」


 どうやら入国管理の人間らしい。
 特に珍しい事ではないが、どうやら空島にもそういう制度があるらしい。
 以外に発達した社会を形成している島なのかもしれない。


「天使だ……梅干し見てェな天使だ」

「10億エクストルってベリーでいくらなんだ?」
 
「……あの、もしお金がなかったら?」


 ナミの問いかけに老婆は無表情で、


「通っていいよ」

「いいのかよッ!!」

「───それに、“通らなくてもいい”。
 私は門番でも憲兵でもない。お前たちの意志を聞くだけ」


 老婆は不気味な笑みを浮かべた。
 

「ん! じゃあ、おれ達は空島に行くぞ!! 金はねェけどな」

「そうかい。8人でいいんだね」


 特に考える事も無くルフィは即答した。


「いいのか? 払っとけば面倒事に巻き込まれずに済むかもしれないぞ」

「いいんじゃねェのか? 払わなくていいって言ってんだし」

「そうね、タダで済むならそれに越したことはないわ」


 こういうケースは後で法外な“違反金”や“滞在料”や“出国料”をブンどられる事がある。払えなければ強制的に過酷な労働に回されるだろう。
 クレスはそれを指摘したがルフィは意見を変える事は無かった。
 ナミも頭を悩ませ、結局をお金を取った。


「でもよ、どうやって上に行くんだ?」


 そんな疑問が上がった時、メリー号に取り付けられ、空に昇る際に折れてしまった両翼を巨大なハサミが掴んだ。


「白海名物、“特急エビ”」


 驚く一味をよそに、メリー号を掴んだ巨大なエビは雲の滝に向けて進み始めた。
 ジョットコースターのように高速でメリー号は雲で出来た滝を昇っていく。滝はずっと上まで続いてる。
 歓声を上げる一味。この上に一味の目指す“白々海”の空島があるのだろう。


「……供物は8人」


 メリー号がその姿を消した時、老婆が口元を歪める。背中に生えた白い羽とは真逆の笑みだ。






 ───「天国の門」監視間アマゾンより、全能なる“神”及び神官各位。
 ───神の国「スカイピア」への不法入国者8名。







 ───“天の裁き”にかけられたし───












あとがき
空島編開始です。
今回はクレスVSワイパーですね。
ワイパーのインパクトダイアルに関してはオリ設定ですが、リジェクトダイアルを使っていた事から、普段はインパクトの方を使用しているのだと想像しました。
クレスがインパクトで一撃を貰う。以外にこれが重要だったりします。






[11290] 第六話 「神の国 スカイピア」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/06/15 17:29
  
 “特急エビ”に連れられ、一味は帯のように空中に敷かれた雲の河を抜けて最高層の“白々海”へ突き進んだ。
 胸を燻る期待と、僅かな不安。風を切りながら駆け昇るメリー号の一味の気持ちは一つだ。
 やがて長い雲のトンネルの向こうに光が差し、メリー号は光差す雲の向うへと抜けた。
 そしてそこにあった風景に一味は喜びの声を上げる。


「島だ! 島があった!! 空島だ~~~~ッ!!」


───神の国 スカイピア

 そこはまさに人々が描く“天国”のような島だった。
 太陽に恵まれた陽気な気候。
 雲で出来たビーチには緩やかなさざ波がうちよせる。
 その奥には南国風の植物が並び、中央には舗装された白石の階段が島の中心街に向かって続いていた。
 白石の階段は島中に敷かれ、雲による起伏の上には白で統一された家々が立ち並び、中には宙に浮かんでいる雲の上にも家が建てられている。
 島の北東には、絡み合う巨大な二対のツタの中心を帯状の雲の河がアーチを描くよう流れ、通る船は無かったがどこか別の場所へと繋がっていた。
 一味は意気揚々とメリー号をビーチに向けて進めた。


「うほー! この島、地面がフカフカだ!!」

「うおおお!! こりゃスゲェ!!」

「空島ぁ~~~~!!」


 ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人は待ち切れずにビーチへと走っていく。


「おい、錨はどうすんだ? 底がないんじゃないのかこの海?」

「いいんじゃねェのか、降ろしたら。あいつ等を見てるとどうやら足がつくみたいだからな」

「なるほど。……しかし、たまげた光景だな、まるで夢のようだ」

「確かに……言えてるな」


 錨を降ろしながら会話を交わすゾロとクレスに、ズボンのすそを折っていたサンジが、


「全く、あいつ等のはしゃぎ様と言ったら……ひゃっほ~~~う!!」

「おめェもだよ」


 バク転しながら島へと降り立ったサンジ。


「痛い、痛いっ! ごめん、ごめんって!!」


 甲板ではナミが暴れるサウスバードを逃がしている。
 上の服を水着に替えたナミに、サウスバードがささやかな仕返しをしていた。


「……空島か」


 クレスは空島を見渡して、頬が緩むのを自覚した。
 雲に囲まれた島。子供にペンを持たせ、空に浮かぶ島を描かせたら同じような情景が浮かぶかもしれない。そんな夢のような島だ。
 

「ねぇ……スカイピアって」

「ええ、ルフィが持ってきた地図の中にあった名前よ。 
 空から落ちて来たガレオン船は本当に雲の上を200年も漂っていたのね。あの時は、正直こんな空の世界なんて想像できなかったけど……」


 ナミは笑み浮かべ、メリー号から空島に向かって飛び降りた。
 雲の地面に降り立ち、雲の水が緩やかに跳ねる。


「ほら!! 体感しちゃったもの!! 疑いようがないわ!!」


 ナミは晴れ晴れとした表情で、騒いでいるルフィ達の下へと向かって行った。


「そうね……昔は航海や上陸が冒険だったわね」


 その様子を眺めていたロビンが誰に言うでもなく呟く。


「何言ってんだ。そんなもん気持ちの持ち方一つで変わるもんだよ」

「……大人になると少しずつ薄れていくものなのかしら?」

「どうだろうな……今はどんな気分だ?」

「どうかしら?」

「そうか……なら……」


 クレスはロビンに向け手を差し出した。


「行けば分かるさ」

「そうね」


 腕を引き、クレスはロビンと共に空島に降り立った。
 雲の地面は柔らかく、雲の水は陽気な気候との対比で冷たく心地よい。
 クレスはロビンに問いかける。


「どうだ?」

「さぁ……どうかしら?」


 ロビンは穏やかに微笑んだ。


「ロロノア! お前は行かないのか?」

「お前……そりゃ行くけどな。ハァ……あーもういい、先行ってろ」


 ゾロはめんどくさそうに頭をかく。
 クレスは首をかしげながらもロビンを促した。


「そうか、じゃあ行くか」

「ええ」


 クレスはロビンと共に雲の感触を楽しみながらビーチへと向かう。
 向かう途中で、ロビンと手をつないでいるのを見つかりサンジとの乱闘が勃発したが、一味的には特に問題は無かった。
 空島はどうやら地上とは全く異なった世界を形成しているようだ。植物なども種子が風船状だったりと特殊であり、ナミとチョッパーは雲を加工して作った椅子を見つけた。


「クレス~!! これどうやって食うんだ?」

「ん、どうした?」


 カボチャのような果実を抱えたルフィが食べ方が分からないのかクレスに問いかけた。
 クレスはルフィからその果実を受け取り調べていく。ヤシのような木に生っていたもので、軽く振ってみると中で液体が揺れる音がした。
 ココナッツの様なものかとクレスは判断し、とりあえずナイフで比較的軟らかかった裏面に『コ』の字の切り込みを入れ、ふたを開けるように固い皮を開けた。
 そして中に入っていた透明な液体に指をつけ、舐めとった。


「お、甘くて美味い。
 ココナッツジュースみたいなもんか……特に問題もなさそうだし、これでいいだろ。クルマユにストローでも貰ってこい」

 
 クレスはルフィに果実を手渡した。


「んんんめェええええ!!」

「クレス! おれのも開けてくれ!!」

「いいぞ。……オレも後で取ってこよう。甘いし、かなり気に入った。シロップでも混ぜよっかな」

「……おれのには入れんなよ」


 そんな時、雲のビーチにハープの美しい旋律が響き渡った。
 一味は音の方向へと目を向ける。サンジがハープを持った人物を指差した。
 背中に天使のような白い羽のある女性だ。透き通るような金髪は後ろで編まれ、髪を触角のように二つ立たせてその先を丸くまとめていた。
 女性は一味に振り返り、くすりと微笑んだ。


「へそ」


 女性は一味に向けそう言った。












第六話 「神の国 スカイピア」












 にこやかな笑みを浮かべながら女性は一味へと歩み寄った。
 するとゾロが見つけた狐のような白い毛の小動物が彼女の下へと駆けよっていく。
 女性は白狐をやさしく抱きとめ、一味に向け口を開いた。


「青海からいらしたんですか?」

「うん、下から飛んできたんだ。お前ココに住んでんのか?」

「はい、住人です。ココはスカイピアの『エンジェルビーチ』。
 私の事はコニスとお呼び下さい。そしてこっちは雲ギツネのスーです」


 コニスと名乗った女性はルフィ達が持っている果実に目を向けた。


「コナッシュを飲まれているのですね。もしかしてココへは何度か来られた事が?」

「いや、初めて来た」

「そうでしたか。ココナッシュの飲み方を知っていらっしゃるからてっきり」

「いや、あんた達が言う"青海"ってとこにも、似たような果実があんだよ」

「そうでしたか。初めてでしたら、何かとお困りでしょう。よければ何か力にならせて下さい」

「あ……それじゃ、君の視線に心が火傷をおおおおおッ……ナミさん痛い」

「邪魔」


 耳を捻りサンジをどけるナミ。
 コニスの口ぶりからすると観光目的の人間も多いのだろう。


「助かったわ。知りたい事がたくさんあるのよ。とにかくここは私たちにとって不思議だらけで」

「はい、何でも聞いてください」


 ナミはいくつか気になった事コニスに問いかける。
 コニスはナミの質問に丁寧に答えて行った。


「おい、海からなんか来たぞ?」

「ナメクジか?」


 そんな時、海から猛スピードで乗り物に乗った男がやって向かって来た。


「あ、父です」

「コニスさん、へそ」

「ええ、へそ、父上!」

「いや、何言ってんだおめェら」


 男はコニスの父でパガヤといった。
 パガヤはコニス達に手を振りながら、バイクにも似た帆のない船を操っている。
 コニスの説明によると、"ウェイバー"という空島独自の乗り物らしい。


「はい、すいません。止まりますよ」


 そう言ったものの、操作を誤ったのか、バガヤは盛大にビーチに向けて突っ込んだ。
 近くの樹木に頭から激突し、よれよれの状態で、


「みなさんお怪我は無いですか……」

「おめェがどうだよッ!!」


 コニスから一味の事を聞き、取れたての空の幸をごちそうすると言って、パガヤは一味を家へと招待した。
 一味は喜んで了承し、ナミはウェイバーの事が気になったのかその仕組みをパガヤに問いかけた。
 

「まぁ……“ダイアル”をご存じないのですか?」

「何だそれ?」


 ダイアル。
 クレスとロビンは過去にそんな言葉を聞いた事を思い出した。


「なあ……もしかして“ダイアル”って貝みたいな何かか?」

「ええ、そうです。貝の死骸を使ったものですね」

「えっ!? クレス知ってんのか?」

「昔、ロビンとグランドラインからの品を横流ししている店に行った時に見つけたんだ。
 あの時は確か、スイッチみたいな殻長を押した時に風が吹いてびっくりしたんだが、もしかして同じ原理か?」

「その通りです。“風貝(ブレスダイアル)”といって、ウェイバーはコレを動力にしているんです」


 ルフィはウェイバーが気になったのか、早速乗ってみる事にした。
 だが、ウェイバーは風貝(ブレスダイアル)の動力を生かすために船体が軽く作られていて、僅かな波にも舵をとられる。
 動かすには、波を予測できるくらい海を知っている必要があり、なおかつ繊細な操作技術が求められる。
 ルフィには乗りこなせる乗りものでは無かった。波に弾かれ、海に投げ出され、沈んで行く。
 空の海でも能力者はカナヅチのままのようで、下に突き抜ける寸前でサンジとゾロに助けられた。
 対照的に海を知りつくしたナミは、ウェイバーを完璧に乗りこなしていた。ルフィが嫉妬して「沈め」と毒づいたが、サンジに殴られて舌を噛んでいた。
 ナミはもう少しウェイバーに乗って遊ぶらしく、一味はナミを置いてパガヤの家へと向かった。
 





「みなさんは空島は初めてなのですね」


 パガヤとコニスは家に着くまでの間に空島に関する説明をおこない、一味の質問に答えた。
 空の生活は『雲』と『貝(ダイアル)』を基盤とした文化だ。

 雲に関しては、普通の雲とは異なり、凝結核に海楼石に含まれる成分“パイロブロイン”と呼ばれるものが関係している。
 雲で出来た地面と海をパガヤは“島雲”と“海雲”と呼んだ。角質の粒子であるパイロブロインが水分を得た時、その密度の差によって二つの性質に分かれるらしい。
 また、雲はある程度人工的にも加工する事が可能で、一味も通った雲の道“ミルキーロード”や雲の椅子などはその一種であった。

 貝(ダイアル)に関しては、パガヤの家で実物を見せてもらい、説明を聞いた。
 空で取れる貝の死骸はそれぞれに特徴があって、光、火、風、音、映像など様々なのもを“蓄える”事が出来る。
 空の人間はその性質を“ダイアルエネルギー”として利用し、生活をおこなっていた。

 雲と貝(ダイアル)どちらも地上に比べて資源に乏しい空の生活には切り離せないものであった。


「さァ出来たぞ!! “空島特産フルーツ添えスカイシーフード満腹コース”だ!!」

「んまほ~~~~!!」
 

 パガヤの家で一味はサンジが腕をふるった空島料理を心から堪能する。


「おい、ナミさんはどこへ行ったんだ?」


 サンジは一人ウェイバーで遊んでいるナミを呼ぼうとしたのだが、エンジェルビーチにナミの姿は無かった。


「いるだろ、海に」

「いや、いねェ」

「じゃ、ちょっと遠出でもしてんだよ。ほっとけって」

 
 楽観的に構えるゾロ。
 だが、コニスとパガヤの顔には焦燥が生まれていた。


「父上……大丈夫でしょうか?」

「ええ、コニスさん。私も悪い予感が……」

「なんだ? どうした?」


 スカイロブスターを頬張りながら二人に問いかけるルフィ。
 コニスは目を伏せながら口を開いた。


「このスカイピアには何があっても絶対に足を踏み入れてはならない場所があるのです。
 その土地はこの島と隣接しているので、ウェイバーだと直ぐに行けてしまう場所で……」

「絶対に足を踏み入れちゃならない場所って何だ?」

「聖域です。───神が住む土地『アッパーヤード』」


 コニスの言葉に一味は皆箸を止めた。


「“神”がいるのか!? 絶対に足を踏み入れちゃいけない場所に?」 

「はい、ここは“神の国”ですから、全能の神<神(ゴッド)・エネル>によって治められているのです」

「へェ~」

「ちょっと待てルフィ!! お前今何を考えた!! 
 絶対に足を踏み入れちゃならない場所ってのは、絶対に入っちゃなんねェ場所って意味なんだぞ!!」

「そうか……絶対に入っちゃなんねェ場所かぁ……」

(((……絶対に入る気だ)))


 上機嫌なルフィ。
 ロビンのグラスにコナッシュのワインを注いでいたクレスが口を開く。


「それにしても……自称か名称か知らないが、“神”称号を持つとは、とんでもない野郎だな」

「あ、あの! くれぐれも神への冒涜はおやめ下さい。……神は全能なる力をお持ちなのです」

「ああ、すまん。別にアンタ達の神にケチをつけようってワケじゃないんだ」


 本気で焦った様子のコニスにクレスは発言を訂正する。
 だが、コニスの様子にクレスはただならぬ想いを感じていた。
 コニスとパガヤが言う“神”がどれだけの力を持つかは知らないが、碌な人間ではなさそうだ。
 口ぶりからすると“神”というのは統治者の称号に聞こえるが、コニス達がその者に抱いているのは尊敬などでは無く、間違いなく恐怖だ。
 

(……案外、まともな国じゃないのかもな)


 いろんな国を旅して回ったが、統治者の名前に恐怖を思い浮かべた国がまともな国だったためしがない。
 クレスは空島に潜んだきな臭さを感じ始めていた。






◆ ◆ ◆






───同時刻 アッパーヤード


 ウェイバーでの水上ドライブを楽しんでいたナミは巨大な植物が生え茂る密林の、雲では無く土で出来た島にやって来ていた。
 そびえ立つ樹木はどれも樹齢は1000年は超えているだろうと予測できるほど巨大で、地面にまで現れた根が小山のように盛り起っている。
 『リトルガーデン』の太古の密林にも入った事のあるナミだが、その景観にはしばし圧倒された。
 その時だった。


「な、なに!?」


 森の奥からミシミシと言った何かが軋む音と、悲鳴が聞こえてくる。
 その音はウェイバーに乗り島を眺めるナミのすぐ傍までやって来ていた。
 森では一人の男が追われていた。
 追手は三人。それは凄惨な狩りであった。
 一人は、サングラスにスキンヘッドの男。指笛を鳴らすと巨大な犬が追手に襲いかかった。
 二人目は、火を吹く怪鳥に乗ったヘルメットとゴーグルの男。怪鳥を駆り、獲物に食らいつこうとしていた犬を蹴り飛ばした。
 三人目は、玉のように丸い胴をした男。二人目が得物にランスを突きたてようとしたのを、ボールのように軽快に跳ねながら邪魔をする。
 

「え……っ」


 茫然と立ち尽くすナミ。
 その背後で不気味な装填音がした。
 バッと後ろを振り返る。そこには一味を襲ったゲリラがバズーカ砲を構えている。
 引き金が引かれ、轟音と共に三人の中心に破壊の花が咲いた。
 わけのわからない状況にうろたえるナミ。そんなナミの前に追われていた男が息も絶え絶えに這いつくばりながら助けを求めた。
 ナミが混乱した頭で何かを言おうとした時、急に空が輝き眩しいくらいに明るくなった。
 そして逃げる男に向けて、圧倒的な熱量と光が轟音と共に、大地を砕く鉄槌となって叩きつけられた。
 思わず目を覆うほどの閃光が消えた時、そこに男の姿は無かった。あるのは真っ二つに裂かれた大木と削り取られたれた大地。そして雲に空いた奈落のような穴であった。


(なにコイツ等……ヤバい……)


 咄嗟にナミは島の影に隠れた。
 肩で荒い息を制しながら、見つからないように息をひそめる。
 島では四人目の男が姿を現した。蜘蛛の足のような髪の奇妙な男だ。
 男は腕を組みながら何故か白目で他の三人に向けて口を開いた。ナミはそっと聞き耳を立てる。


「───次の"不法入国者"がすでにこの国に侵入している。青海人8人を乗せた船だとアマゾンのばあさんから連絡が入った」

(うそ……青海人8人って私たちの事?)


 一味は神の国において犯罪者となっていたのだ。






◆ ◆ ◆






 行方不明のナミを探すために一味は早めに食事を切り上げてメリー号へと戻っていた。
 ルフィだけはビーチで、エンジニアだったパガヤに沈没船で拾ったウェイバーを手渡している。パガヤの好意で修理を引き受けてくれるそうだ。
 そんな彼らにほふく前進で近付く白いベレー帽を被った集団があった。
 <ホワイトベレー部隊>隊長のマッキンリー率いるスカイピア警察の一団だ。彼らは機敏に立ち上がり、敬礼。そして一味に向けて毅然と声を張り上げた。


「あなた達ですね!! “青海”から来られた不法入国者8名というのは!!」


 こう言われて戸惑うのは一味の方だ。
 

「なんだよ不法入国って?」

「入国料10億エクストルだったかしら……確かに払ってないものね」

「でも、それでも『通っていい』って、あのバアさん!!」

「確かに言ってたが、……実際、通っちまったからな。この国で正しいのは向う側だ」


 なんとなくそんな気はしていたが、面倒な事になったものだ。


「言い訳はお止め下さいまし」


 マッキンリーは一味に向け、『天の裁き』の第11級犯罪にあたる不法入国の説明をおこない、罰として入国料の10倍の値段を支払う事を求めた。
 ベリーでの値段を聞いた所、一味全員で800万ベリー。とても払える額では無かった。
 ホワイトベレーは一味が沈没船で拾ったウェイバーにも難癖をつけ始めた。とても相手にする気になれず、一味は立ち去ろうとする。


「ちょっと待って!! その人たちに逆らっちゃダメよ!!」

「ああっ! ナミさん無事だったんだね!!」


 探しに行こうとしていたナミがウェイバーに乗って猛スピードで走って来る。







「逆らうなって、……じゃあ800万ベリーの不法入国料を払えんのか?」

「……よかった、罰金で済むのね。……800万ベリー」


 ナミはホッと息を吐いて、アクセルを全力で踏み込み、


「───高すぎるわよ!!」


 そのままウェイバーでマッキンリーを轢き飛ばした。
 マッキンリーは錐揉みしながら雲のビーチを転がって、後方の石壁に叩きつけられた。


「はっ! しまった、理不尽な多額請求につい……」

「オイ」


 ナミはウェイバーをパガヤに返し、手短に礼を言ってルフィの腕を引いてメリー号まで逃げる。
 マッキンリーは怒りに震え立ち上がる。ナミの行為は公務執行妨害の第5級犯罪。島流しの極刑に相当した。
 島流しとは、身動きのできない小さな雲の上で永遠と空を漂い続ける罰。つまるところ死刑だ。空から突如船が落ちて来たのもこれが原因だった。


「ひっ捕えろ!!」


 マッキンリーの号令の下、部下達が一斉に弓を構える。
 ルフィはナミを先にメリー号に行かせ、ゾロ、サンジ、クレスは甲板を蹴った。


「雲の矢(ミルキーアロー)!!」


 引き絞られた弓から一斉に矢が放たれる。
 だが、ただの矢では無い。矢の先端には“雲貝(ミルキーダイアル)”が取り付けれており、矢の通った軌道に雲の道を生んだ。
 ホワイトベレーの隊員達はその上をスケート靴型のウェイバーに乗って滑走。取り出したナイフでルフィに襲いかかった。
 だが、ルフィはゴムの腕を伸ばし易々と隊員達のナイフを避け、目を見開く隊員達を“ゴムゴムの花火”によって一斉に殴りつける。
 ルフィが打ち洩らした隊員達はゾロ、サンジ、クレスの三人が的確に片付けた。


「ところでナミ……ウチの船の経済状況は?」

「……残金8万ベリー。クレスが時々食料を調達してるから、マシにはなったんだっけど」

「8万? そんなにねェのか?」

「そうよ、もって二日三日」

「何でそんなに貧乏なんだ!! 船長として一言言わしてもらうけどな、もうちょっと金の使い方ってもんを……」

「お前の食費だよ」


 ホワイトベレーは全員倒され立ち上がる者はいない。
 倒れ伏したマッキンリーはくぐもった笑いを上げた。マッキンリーは一味に指を差し宣告する。


「バカどもが……大人しくしていればいいものの……。
 貴様等はこれで第2級犯罪者……!! 泣こうがわめこうが、“神の島”の神官たちによってお前達は裁かれるのだ!! へそ!!」


 呪いのように言い残し、マッキンリーは意識を飛ばした。
 

「これで立派な2級犯罪者だな」

「ハッ、中途半端なこった。いっその事、第1級になっちまうか」

「空でも追われる身か、それにしても“神の裁き”か……気になるな」


 追われる身になった一味はとりあえず身を隠すことにした。
 “雲の果て(クラウド・エンド)”と呼ばれる東の果てに青海へと戻る道はあるらしく、ナミはそこを目指すことを提案する。
 しかし、肝心のルフィが"神の島"に行こうとウズウズしていて、冒険する気満々だった。
 ナミはむくれたが、ルフィ、サンジ、ウソップの3人は準備のため一端パガヤの家によるらしい。残りのメンバーはメリー号の出発準備を進めた。

 一味が第2級犯罪者となって僅か数分。
 この時既に“裁き”は始まっていた。






「アイツ……!! もう、本気で行く気でいるわ」

「お前だって知ってるだろ、ああなりゃ止まらねェよ」

「ホントに怖いのよ!!」

「おれはどっちでもいい……おれに当たるな」

「チョッパー、アンタは私の味方よ……ね゛ェ?」

「え?」ビビるチョッパー。

「……脅すな」

「ロビン、……二人でルフィを倒さない?」

「何がしたいんだ航海士」


 船に乗り込み、クレス達は三人の帰りを待っていた。
 そんな時、メリー号が浮かぶ雲の海に黒い影が差す。不意にメリー号を激震が襲った。


「なに!?」

「船の下だ!!」


 現れたのは“白海”で見たのと同じ“特急エビ”。だが、その大きさは段違いだ。
 “白々海”名物“超特急エビ”。供物を運ぶ神の使いであった。
 メリー号はその巨体の上に持ち上げられる。そして後ろ向きに進み始めた。


「どこかへ連れて行く気だ!! おい、全員船から飛び降りろ!! まだ間に合う!!」

「だって船は!?」

「心配すんな、おれが残る」

「……いいえ、そんな事も出来ないようにしてあるみたい。大型の空魚達がほら……口を開けて追って来るわ」

「あの群れじゃ……戦うのは無理か」


 高速で進む超特急エビの後ろには大型の空魚達がついて来ていた。
 海に飛び込めば間違いなく襲いかかって来るだろう。
 ロビンとチョッパー、能力者を二人抱えた状況ではクレスも戦えない。ロビン達を“月歩”で運んだとしても、どちらにしろ何か手を打たれる可能性がある。


「エビをやっつけたらどうだ?」

「無駄だ。見たところ船の両端に大穴を空けられてる。……エビを倒せばこの船は沈む。たぶん何をしても手遅れだ」

「……おそらくもう始まってるのよ」
 
「『天の裁き』か、……追手を出すんじゃなく、おれ達を直接呼びよせようってわけだな。横着な野郎だ」

「じゃあ、またあの島へ!?」


 神の使いによって、メリー号は禁断の聖地『アッパーヤード』へと誘われる。
 彼らは“供物”。試練を受ける者達にとっての人質であった。











あとがき
神の裁きスタートですね。クレスは人質ルートです。
次もがんばります。ありがとうございました。



[11290] 第七話 「序曲(オーバーチュア)」
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2010/06/24 20:49

───ノーランドの最期の言葉はこうです。

「そうだ! 山のような黄金は海に沈んだんだ!!」

 王様たちはあきれてしまいました。
 もう誰もノーランドをしんじたりはしません。
 ノーランドは死ぬときまでウソをつくことをやめなかったのです。

                         北界民話「うそつきノーランド」












第七話 「序曲(オーバーチュア)」












「ぐあッ!!」


 ゾロが水の中でカッと目を見開いた。
 前方には今まさにその鋭い牙を突きたてようとしている空サメ。ゾロは咄嗟の判断で三本の刀で大口を開けた空サメを受け止める。
 だが、もともと水中は魚たちの領域。踏ん張りの効かない状態では剛腕のゾロといえど空サメに押し負ける。
 ゾロは空サメに連れられ、一度だけ水中に飛び出て再び水の中へと引きずりこまれた。


「ゾロ!!」

「ゾロが空サメに負けてる!!」

「だから止めとけって言ったんだ、アホめ」

「あ、上がってこない……食べられちゃったのかな?」

「ぎゃああああ!! ゾロが食われた!!」

「……食べられたんなら雲が赤く染まるはず」

「なに怖い事言ってんのロビン!?」

「いや、あの大きさじゃ丸飲みかもしんねェぞ」

「やめんかァ!!」

「うわあああああああああああ!! ゾロ!!」


 静かな雲の水面。
 ゾロが引きずり込まれて、荒れる事も無い。
 空サメと戦いではさすがのゾロももしかして……と、そんな不安がナミとチョッパーを襲った時だった。


「あァ!! ウザってェ!!」


 空サメを殴り飛し、ゾロが顔を出した。
 ゾロは剣士の筈だったが、見事な一撃だった。






 獰猛な空サメが生息する水域の中心に、底面より上面にかけて滑らかな角度の付いた苔毟る四角柱の祭壇。その上に、両側に穴の開けられたメリー号の姿がある。 
 空島において一味は犯罪者となり、“神の裁き”にかけられ、その一環かクレス達は五人はメリー号と共にアッパーヤードの『生贄の祭壇』まで連れてこられていた。


「エライとこに連れて来てくれたもんだ」

「周りは空サメだらけか。こんなとこに連れてきて神とやらは何がしたいんだ?」
 
「ここで飢えさせる事が“神の裁き”なのかしら」

「そんな地味なことするもんなのか、神って?」

「さぁ……会った事ないもの」


 逃げ道を塞がれた状態で超特急エビによって連れられて来たものの、祭壇に供えられた後は何が起こる訳でもなかった。
 どういう訳かわからないが、おそらくはこの場で待つことがクレス達に課せられた“裁き”なのだろう。


「船底がこのあり様じゃ船も降ろせねェ。チョッパー! とにかくなんとか船を直しとけ」

「え、おれ? わかった」

「直しとけって……あんたなんかする気?」

「どうにかして森に入る。ここは拠点にした方がいいと思うんだ。きっとルフィ達がおれ達を探しにここに来る。言うだろ? 迷ったらそこを動くなって」

「あんたが一番動くな」

「いや、オレもロロノアに賛成だ」

「クレスも!?」


 暫くは大人しくしていたものの、クレスもまたこのままでは埒が明かないと考えた。


「どうせココにいるしかないんだ。
 別にわざわざ大人しくしている義理も無い。神とやらも別に『動くな』とは言ってないだろ?」


 そろっているのは状況だけだ。
 クレス達は別に命令を受けた訳ではない。へ理屈だがそれでも言い分は通っていた。


「この島には“神”がいるんだろ? ちょっと会って来る」


 軽いノリで言うゾロに、


「なかなか面白そうだな」


 クレスが同調する。

  
「やめなさいよあんた達ッ!! あんな恐ろしい奴にあってどうすんのよ!?」

「さァな……そいつの答え次第だ」

「いい機会じゃねェか。このまま何もしないよりはいいだろ。少なくとも何らかのアクションがある。それに、いずれは争う事になるんだろうしな」


 不敵に笑う二人。


「神官だってこの島にはいるのよ!! とにかく神は怒らせちゃいけないもんなの!! 世の中の常識でしょう!?」

「悪ィがおれは神に祈った事はねェ」

「右に同じ。そもそも神なんて奴がいたら真っ先にぶん殴ってやるよ」


 “神”と“神官”の恐ろしさをその眼でみたナミが必死に説得するが二人は耳を貸さない。
 ゾロとクレス。方向性は違えど二人とも己の力を信じて生き抜いて来た人間だ。
 油断も慢心もなく、そこにあるのは自己の力への自信。二人からしてみれば、まだ見ぬ相手に始めから恐れを抱く事の方こそが間違っている。


「ああ、神様、私はコイツ等とは何の関係もありません」


 ナミはもう諦めた。せめて自分は無関係で巻き込まれません様にと祈りながら手を合わせた。
 どこか通じるところがあるのかクレスとゾロは神に会った時の対応を検討し始める。
 「とりあえず脅すか?」「いや、一発殴るとこから始めよう」などと、聞きたくない不届きな言葉が聞こえてくるのでナミは耳を塞いだ。


「そう言えば、ロビンはどうすんだ? ロビンが行かないならオレも止めとくけど」

「私も行くつもりよ」

「ロビンもなの!?」

「足手まといになんなよ」


 何気ないゾロの一言にクレスがカチンとなる。


「お前今何つった……ロビンに向かって何て言い草だ、あァ? てめェの方がミジンコ並に足手まといだろうが」

「あ?」

「何でいきなり喧嘩してんの!! あんた達今まで意気投合してなかったっけ!?」


 何故かガンを飛ばし合う二人。 
 ちなみに言葉は悪かったがクレスの意見は的を得ている。
 探索に関してはロビンの方がゾロより何枚も上手だ。むしろ超絶的な方向音痴のゾロの方が足手まといであった。 
 睨み合うクレスとゾロの間にピリピリとした空気が流れる。
 しかし、二人の間に流れる険悪ムードを特に気にした様子も無くロビンはクレスを呼んだ。


「クレス、これ見て」

「ん、どうした?」


 クレスが発していた険悪な空気が消し飛んだ。一瞬でロビンの方を向くクレスにゾロが肩をすかしを喰らう。クレスの半分以上はロビンで出来ていた。
 ゾロの存在消し去ってクレスはロビンが差した祭壇に目を向けた。石で造られた祭壇には霊妙な紋様が刻まれている。


「この祭壇、作られてから軽く1000年を経過しているわ」

「1000年前ってじゃあ……」

「ふふ……こういう歴史のあるものって身体がうずくの」


 ロビンは探究心に好奇心という火を灯した。
 その炎は怜悧なロビンの胸の奥で熱く燃える。それはロビンの考古学者としての性なのだろう。
 

「宝石のかけらでも見つけてくればこの船の助けになるかしら?」

「私も行きます!!」


 それまで猛反対していたナミが勢いよく手を上げる。
 信じられないとチョッパーが、


「ええっ!? あんなに怖がってたのに……」

「歴史☆探索よっ!!」


 目がベリー。


「まぁいい……とりあえず決まりだな」


 方針が決定した。






「……ウン! アア……ウウン!!」


 ゾロは喉の調子を整える。
 太い樹の枝から垂れ下がる縄のように丈夫なツタを引いて、不備のない事を確認する。
 精神統一。薄く目を開け、息を吸い込み、解き放つ。


「ア―──アア──―~~……」

「それはなに言う決まりなの?」


 ゾロはターザンのようにツタを使って祭壇から離れたアッパーヤードの大地に降り立った。


「……………」

「クレスもやりたいの?」

「い、いや、そ、そんな事は、な、なないぞ。ホントだぞ」


 クレスは残念そうな顔で垂れ下がるツタから目を離し、気を取り直してロビンを抱えた。
 そして散歩にでも出かけるように地面のない空中に踏み出し、同時に空中を蹴りつける。
 六式が一つ“月歩”。クレスは子供の頃からロビンを抱えながら空中を移動する事もあったため、今となっては二人分の体重で空をかける事も手慣れたものだ。
 別に二人ともツタを使って移動することも出来たが、わざわざツタを使う必要も無かった。
 

「よっと」

「ありがと」


 軽やかに着地し、クレスとロビンも島へと降り立つ。
 

「……さすがに高いかも」


 祭壇の上では余りの高さにナミが尻込みしていた。
 

「50メートルくらいよ。失敗しないようにね」

「落ちたら死ぬな」

「怖い事言わないでッ!!」 


 高所というのは人間に根源的な恐怖を植え付ける。
 財宝が絡んでいるとはいえさすがのナミもなかなか一歩を踏み出せないでいた。


「く、クレス!! お願い、私も空飛んで運んで!!」

「ダメだ」

「う、うぅ……あんた達の事はなんとなく分かってるけど、お願いっ!!」

「おい、運んでやれよ。とっとと行こうぜ」


 ゾロが面倒くさそうにクレスを促す。
 クレスは専門家としての意見をナミに告げた。


「いや、ダメだ。ロビン以外運ぶつもりはないのもあるが……たぶん、ここを飛べないとついてこれないと思うぞ」

「え……どういう事?」

「周り見てみろ、どの植物も巨大過ぎる。地形もそれに伴って変化する。わかるな?」

「うん……まぁ」

「つまりは、尋常じゃないくらい進むのが難しいかもしれないってことだ。ある程度は覚悟できないと……あ~……なんだ……下手したら死ぬぞ?」

「うっ」

「別に無理して来る事も無いだろ。何ならロロノアでも置いとけ、たぶん邪魔だから」

「おいコラ、勝手に決めんな」


 確かにクレスの言う事にも一理ある。
 クレスの言葉にナミは、


「わかったわよっ!! 飛べばいいんでしょ! 飛べば!! その代わり失敗したらあんた達絶対に受け止めなさいよ!!」


 やけくそのようにツタに掴まり地面を蹴った。見事な逆切れだった。
 そして目をぎゅっと瞑り、必死にツタを握りしめて耐え忍ぶ。振り子の要領で位置エネルギーを変換しナミはどんどんスピードに乗った。


「わあああっ!! 速すぎ!! 止まれなぁ~~~いっ!!」


 目の前に現れる大木。
 このままだとぶつかる。ナミがそう思った時、フワリと花の匂いと共に幾本ものロビンの腕がナミを受け止めていた。


「度胸あるのね」

「ハァ……ハァ……ご迷惑おかけします」

「いいえ」

「……来ちまったならしょうがないな。それなりに安全な道を見つけてやるよ」


 クレスはサイドバックの道具を再確認する。
 クレスは六式を使い、ロビンは能力者のため道具など殆ど必要ない事が多いのだが、それでもある事に越したことは無い。
 今回の場合はゾロはともかくナミにはある程度のサポートが必要に思えた。


「じゃあチョッパー! 船番頼むぞ!!」

「よろしくね」

「直ぐ戻るから」

「がんばれよ、トナカイ」

「おう!! みんな気をつけて行けよ!! 無事に帰ってこいよ!!」


 チョッパーを一人船に残してクレス達はアッパーヤードへと入り込んだ。






 アッパーヤードの森はあまりに巨大だった。
 そびえ立つ樹木はどれも樹齢1000年は軽く超えるだろうと予測できるほど雄大で、絡みつくツタと苔と一体化している。
 樹の根と根が競うようにぶつかり、大地に向かい隆起する。進むにはいちいちこの根を乗り越える必要があり、それに加えて、空島独自の雲の河が島中をながれていて、行く道々を塞いでいた。
 想像を超えた自然に辟易しながら進む。
 暫くするとクレス、ロビン、ナミの三人は気になることができ、調査の為立ち止った。


「井戸がそんなにおかしいか?」


 ゾロが問いかける。
 巨大な樹木にのみ込まれた井戸の傍にしゃがみ、ロビンは井戸の様子を調べていた。


「ええ……樹の下敷きになるなんて考えられない。自然と文明のバランスがとれていないのよ」


 文明とはもともとある自然を下に作られるものだ。それがのみ込まれるとは通常考えられない。
 

「文明はこの樹の成長を予測できなかった。……こんなケース初めて見たわ」


 周りを見てみれば、うっすらではあるがかつての文明の名残が見て取れる。
 だが、どれもこの地に住んでいた人々の予測を越えた自然にのみ込まれたのだ。



「…………」

「さっきから黙り込んでるけど、何が見えたんだ航海士?」


 双眼鏡を覗きこみ茫然と固まったナミと島の植物を見てどこか引っ掛かりを覚えたクレス。
 二人は巨大な樹の枝の上から島を見渡していた。


「ねぇ……あんたこの島の植物に見覚えがあるって言ったわよね?」

「……ああ、大きさなんかは全然違うんだが、同じようなものをどこかで見た記憶がある」

「神の住む島……アッパーヤード……もしかして……いや、でも……」

「どうした? 何がわかった」


 ナミはその予測に息をのんだ。


「この島……まさか……!!」



 双眼鏡を覗きこみ何かを確信したナミは、クレス達を促し突き動かされるように島の海岸へと進んだ。


「おい、ナミ! ちゃんと話せ、何を見たんだ?」

「いいから黙ってついて来て!! 何とか海岸へ出るのよ。───ていうか、手を貸して!! どこが進みやすい道よ、クレス!!」

「比較的進みやすいと思うが?」

「誰があんたら基準で考えろって言ったのよっ!!」


 ナミだけでは森を進むのは難しく三人に比べ遅れを取っていた。
 四人は現在、太い枝の上を進んでいる。地上は隆起が激しく、おまけに雲の河があるためいちいち足を取られ進みづらい。多少は危険だがこちらの方が遥かに効率的だった。 
 しかし、余裕で立てる程太いとはいえ、樹の枝から枝に飛び移るのはなかなか出来るものではない。一応クレスがロープを使って補助をしているが怖い事には変わりない。


「海岸に行けばわかるのね?」

「……ええ、とにかく近くで確かめなきゃ。私だってまだ自分目を疑ってるのよ」


 四人はそのまま森を進み、やがて海岸まで辿り着く。
 そして、そこにあったものに愕然と言葉をつまらせた。
 目の前には見覚えのある建物がある。ナミはその苔むしり樹の根が張りついたその建物に手を触れた。


「これ見て……見覚えがあるでしょ?」

「こりゃ、何で地上にあったもんが何でここに……同じもんだろコレ?」

「なるほど……そういうことか。
 たまげたもんだ……道理で見たことのある種類の植物があったのか……」

「つまりはもともと地上にあった島。
 文明は空の環境について行けずに飲み込まれたのかしら? そもそもこの島は“島雲”で出来ていないことが不思議だった」

「……おかしな家だと思ったのよ。
 あの家には二階があるのに二階へと繋がる階段がなかったから。あんな絶壁に家を建てる理由も無い。あの海岸は“島の裂け目”だったんだ……!!」


 目の前にある綺麗に半分に裂けた石造りの家。
 それは一味が空島を目指す過程で立ち寄ったクリケットの家と全く同じもの。正確にはその片割れ。
 このアッパーヤードに生い茂る植物もそうだ。大きさは違えど島にあったものと同じ、空の環境ゆえに文明を飲み込むほどに急激に成長したもの。
 それは果たして奇跡なのか、確率の上での可能性を問うよりも、今目の前にある事こそが事実なのだろう。

 「うそつきノーランド」の舞台だったジャヤ。
 ノーランドが見たと言う黄金郷は泡沫のように消えた。彼は海底沈没を主張し、そこで出会った者達の存在を叫び続けたが虚しくも命を散らす。
 その子孫のクリケットは先祖の言葉を下に海底に黄金郷があると潜水を続けた。
 しかし、そうでは無かった。かつての消えた島の片割れは地上にある筈がないのだ。
 それは突然の事だったのだろう。“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”は突如襲いかかり、島ごと大地を空へと舞い上げた。 



「ここは引き裂かれた島の片割れ、この島は───ジャヤなのよ」



 かつて地上にありその存在を誇った黄金郷は海に沈んだのではない。
 400年もの間、ジャヤはずっと空を飛んでいたのだ。






◆ ◆ ◆






「うお~~~~っ!! ありがとう神様~~っ!!」


 ナミが歓声をを上げる。両手を天に掲げ今にも躍り出しそうだ。
 苦労の末行き着いた空島がかつての“黄金郷”だったのだ。
 もしかしたらまだ大量の黄金が残っている可能性も高い。一攫千金の大チャンス。掴んでで売りさばけば大金持ちだ。


「お前この島の“神”が怖かったんじゃないのかよ?」

「神? ……ああ、ナンボのもんよ? 金より値打ちあんの?」

「あなたさっき『ありがとう神様』って」

「……無神論者よりよっぽど不届き者だろコイツ」

「言ってる事ムチャクチャだな」


 重要な朗報を掴んだ四人は船へと戻ることにした。黄金郷がある事を知り、特にナミの足取りは軽い。
 ふと気になることがあったクレスが口を開いた。


「───ところで、船に残してきたトナカイは大丈夫なのか?」

「どういうことだ?」

「いや、船を出てから結構時間が立つからな……“神”とやらが何らかのアクションを起こしていても不思議じゃない。
 こっちに追手が来なかったから、狙われてるとしたら残こしてきた船だと思ってな。そうなると相手すんのはトナカイ一人だぞ」

「そうだ……船にはチョッパーだけだった」


 四人の間に沈黙が降りた。
 探索はちょっとだけの予定だったのだが、予想以上の手がかりに思わぬ時間をくってしまった。
 自分達は“生贄”なのだ。何をされても不思議ではない。


「急いだ方がよさそうだな」

「……そうね」







 四人は急いで船へと戻った。
 そして悪い予想は当たり、残してきたメリー号は無残に破壊されていた。
 船の中心にある筈のメインマストがない。そして船のあちこちが燃やされたように炭化していた。


「チョッパーどこ!? 何があったの!?」

「メインマストがねェ……どんな奇抜な改造を施したんだあいつ」

「んなわけあるかァ!!」

「八つ裂きにされたのかしら」

「毛皮になってるかも」

「コワイ想像やめてよ!!」

「おい、チョッパー!! いねェのか!? 何かあったのか!!」


 四人の間に嫌な予感が流れたが、船の上に小さな人影が出てきてこっそりとこちらを見つめている。
 人影は四人の正体を確認するとホッとしたように姿を見せた。


「べ……別に何もゴワイ事ながっだぞ」


 傷だらけで涙を堪えているチョッパー。
 四人はチョッパーの無事に一安心する。


「おォ! 見ろ!! ゴーイングメリー号だ!! あれが祭壇だ!!」


 すると雲の河の向うからカラスの船首をした小舟に乗ってルフィ達もやって来た。
 怪我をしているが騒いでいる様子を見ると問題は無いようだ。
 
 三手に分かれていた一味だったが無事に合流する事に成功したのだった。






◆ ◆ ◆






 合流した一味はそれぞれに置かれた状況の報告をおこなった。

 聞けば、ルフィ達は“神の裁き”において“試練”を受ける事となり、『沼』『玉』『紐』『鉄』の四つの試練うち、『玉の試練』を選択しそこで神官の一人のサトリという男と戦ったらしい。
 “心綱(マントラ)”と呼ばれる相手の先を予知する不思議な術と、“衝撃貝(インパクトダイアル)”、“玉雲”に苦戦するもからくも勝利を収めた。
 その後は白海で出会ったゲリラとまた遭遇し、立ち去るように警告を受けたものの、その後は何事も無くミルキーロードを辿ってここまで辿り着いたそうだ。
 推測するにゲリラは“神”と敵対関係にあるようだ。しかし、敵の敵は味方という訳でもなく、出会えば敵対行動を取られる事となるだろう。

 船に残ったチョッパーは『紐の試練』の神官シュラに襲われた。
 咄嗟に空の騎士に貰ったホイッスルを吹き鳴らし、空の騎士を呼んだ。
 必死に防戦するも敵わず、メインマスト燃やされ、燃え広がらないように処理するのが精一杯。
 空の騎士が助けに現れ善戦するも、シュラの謎の技によって敗北を喫し、相棒のピエールと共に海雲に落とされた。チョッパーは思わず海雲に飛び込んでしまった。
 だが、その後チョッパー達は助けられる。助けたのは巨大化したサウスバード。サウスバード達は空の騎士を“神”と呼んだ。
 空の騎士はチョッパーがケガの手当てをおこない、今は眠っている。
 空島の事情はどうやら想像以上に複雑らしい。空の騎士が目が覚めた時にはいろいろ聞かなければならないだろう。

 そして最も懸念すべきは、メリー号の状態だろう。
 長旅の疲労の蓄積に加え、幸い修理は可能なのだが、マストのない船では航海はままならない。今日中にエンジェルビーチに戻る事は不可能だ。

 その為、一味はもし襲われた際には船の上では危険だと判断し、島に上がり四本の大樹が緩衝して生んだ丁度いい窪地にキャンプを張る事にした。
 





「それにしても……どんだけ食う気だ麦わらは」

「ふふ……でも、ちゃんとたくさん取ってきてあげてるじゃない」


 キャンプを張る事となり、一味はその準備に追われた。
 火をくべ、テント(女性のみ)を張り、飲み水と食料を確保する。
 水と食料に関しては船にまだストックはあったものの、現地で調達出来るならそれにこしたことは無い。
 クレスとロビンは『生贄の祭壇』の周りの海雲に向かった。
 そこでクレスは一味の強い要望により魚を取る事となり、ロビンは興味が湧いたのか祭壇を調べ直した。
 二人はそれぞれに確保した食料を抱えている。
 クレスは海雲で取った空サメと魚介類。ロビンは塩の結晶だ。


「それにしても、慣れたもんだな8人分獲るのも」


 クレスは背負うと言うより引きずるに近い形で背に持った今日の得物に目を移す。
 今まではクレスとロビンの二人分さえ確保すればよかったのだが、それが一気に6人も増えた。しかもその内の一人は底なしの大食らいだ。
 クレスもロビンも人並み程度にしか食べないので、この量は過去と比べて激増と言ってもいいだろう。二人ならちゃんと保存処理をすれば一週間以上は余裕で持つ。
 

「でも悪い事ではなさそうね」

「……かもな。そっちはどうだ?」

「そうね、賑やかなのも悪くわないかしら」


 ロビンは自然な笑みを浮かべた。
 その笑みは沈みかけた太陽の中で穏やかな光を放つ。クレスはその笑みに思わず見とれた。
 

「どうしたの?」

「いや、何でも無い。ただ……」


 クレスが言葉を紡ごうとした時、


「ロビンちゅわ~ん!! ……あとその一。おかえりなさ~~い!!」

「ロビン、手に持ってるのなに!? 宝石?」

「おっしゃぁ!! 今日は大漁だァ!! サンキュ、クレス!!」


 いつの間にかキャンプまで戻っていて、一味の歓迎に思わず言葉を遮られた。
 クレスとしては別に思った事を口にしようとしただけなので、……まァいいかと気を取り直す。
 とりあえず、ムカつくコックに嫌がらせのような量の魚介類を押しつける事にした。



 キャンプの準備が完了し、一味はサンジが作ったシーフードシチューを囲って明日の行動方針を立てる事にした。
 焼き石でじっくりと長時間煮込んだシチューは、中に入った食材が互いを引きたてながら絡み合い、濃厚なうまみを引き出していた。
 おいしくて、栄養たっぷり。サバイバルにはもってこいの料理だ。
 シチューを頬張りながら、それぞれに今まで得た情報の再確認をおこない、黄金郷に関するピースをパズルのようにはめていく。
 すると一つの事が浮かび上がった。

「髑髏の右目に黄金を見た」

 クリケットの家で見たノーランドの航海日誌の最後に書いてあった一文だ。
 謎かけのようなこの言葉の意味は始めは分からなかったが、ジャヤの海図とアッパーヤードの合わせればおのずと意味が導ける。
 二つの地図を合わせたもともと地上にあったジャヤの地形は、まるで髑髏のようであったのだ。髑髏の右目とは場所を指していたのだ。
 その場所に莫大な黄金が眠っている。一味は海賊だ。これを狙わない手は無い。
 明日は海と陸、二手に分かれての黄金探しとなった。
 





 腹を満たし、明日の方針も決まった。
 後は明日に備えて眠るだけ、だが、一味にそんな常識は通じない。
 

「夜も更けたわ。用のない火は消さなくちゃ。敵に位置を知らせてしまうだけよ」


 ロビンはセオリー通りキャンプの鎮火を促した。
 今一味がいる場所は敵地のど真ん中なのだ。


「バカな事を……聞いたかウソップ? あんなこと言ってらァ……火を消すってよ」

「おいおいどうなってんだよ。……クレス、お前って奴がいるにも関わらずよ」


 わかっていないとルフィとウソップは頭を振り、クレスにどういう事だと視線を送る。


「……すまない。お前たちの言いたい事は分かる。
 昔はそうじゃなかったんだ。そんな時期もあった。でも、追われる立場じゃそうじゃなくなっちまったんだ」


 沈痛な面持ちのクレスにウソップが同情し、肩に手を置いた。


「そうか……仕方ねェさ、おめェらは闇に生きて来たんだもんな。辛かったんだろ……」

「わかってくれるか」

「立場は違うが、痛みは分かるってもんだ」


 変な方向に空気が流れ始めた。
 正しい事を言ったロビンとしては意味がわからない。
 一味の中でサバイバルに関しては一番の専門家である筈のクレスには何か別の考えがあるのだろうか?


「どういうこと……?」


 困惑するロビンにクレスは、


「なにも心配する事は無い。
 もうしばらくになるのか、……空島に来た今日ぐらいは許される筈だ。面倒があったら全力で退ける。だから……」


 やけに嬉しそうに言った。


「キャンプフャイヤーだ」

「……?」


 首をかしげるロビン。
 いまいちわかっていないようなロビンにルフィとウソップが業を煮やす。


「キャンプファイヤーするだろうがよ普通ッ!!」

「キャンプの夜はたとえこの命着き果てようともキャンプファイヤーだけはしたいのが人道ッ!!」

「バカはあんたらだ」


 この楽しみを理解できない人間がいる事に膝をつき悔しさで地面をバンバン叩く。
 ナミの鋭いダメ出しが入るが今回ばかりは二人は引かない。


「おい、ルフィ!」


 ゾロがルフィを呼び、珍しくサンジと共に作り上げた成果を見せた。


「───組み木はこんなもんか?」

「あんたらもやる気満々かッ!!」 


 組み木を見てクレスは、


「あ、待て待て、外郭はそれでいいが中の枝はもう少し少なくていい。それじゃ密度が高すぎる。湿ってるのは無いだろうな? あと、油を垂らしとけ、よく燃えるようになる」

「アドバイスしてんじゃないわよッ!! っていうかクレス! あんた専門家でしょうが、止めなさいよ!!」

「航海士……お前の言う事は分かる。 
 火の基本は大きすぎず、小さすぎず。必要な分だけ焚いて、不要なら消す。ロビンは正しい。だが、何事にも例外は存在する!!」

「バカかァ!!」

「まぁ、そう目くじら立てんなよ。
 どうせさっきからここで騒いでんだ。位置なんてとっくに割れてるに決まってる。船からも遠くないしな。見つかって襲われた時に明るい方が戦いやすいだろ?」

「それでも危険を冒す必要ないでしょうがァ!!」


 クレスとナミがもめている間にもゾロとサンジは組み木の準備進めていく。
 途中からクレスも参加し、規則付いた組み方に変える。明るく、炎は大きく、だが煙は少なく。キャンプファイヤーの基本だ。
 講釈を垂れながら組み木を組むクレスに男衆は感心する。チョッパーもキャンプファイヤーは初めてだったのだろうが周りの雰囲気に感化されていた。
 

「大丈夫さナミさん。猛獣とかは火を怖がるもんだって」


 火を灯した松明に手にサンジは言う。
 かなり凝った組み木が完成し、後は火を灯すだけだ。火付け役の栄誉は壮絶なじゃんけんによってサンジが勝ちとった。
 だが、その後ろに既にシチューの匂いにつられてやって来たのかギラリと光る無数の目があった。


「後ろ後ろ!! もう何かいるわよ!!」

「野郎共点火だァ!!」

「おお───ッ!!」

「聞けェ!!」






 夜は更ける。
 夕闇は月夜へと変わる。
 だが、燃え上がる炎は天高く昇り、夜空を明るく染めた。
 そして炎を囲み、歓声と共に宴の夜は始まった。


「ノッテ来い、ノッテ来い!! 黄金前夜祭だ~~~~!!」

「おウォウォウォウォウォ~~~~~!!」

「ウオウオ~~~~!!」

「アッハッハッハッハッハ!!」


 火を囲み騒ぎ、歌い、踊る。
 やって来た雲ウルフも手なずけた。
 反対していたナミもやけ飲みしている内に酔いが回り、楽しいのでどうでもよくなっていた。


「いいの? クレスは加わらなくて」

「祭りは見ている分にも楽しいもんだろ。ワインがまだあんだけど飲むか?」

「……いただくわ」


 夜の闇の中で赤みがかった幻想的な色で炎は燃える。
 とある神話では炎とは神から人への贈り物であるらしい。
 気ままに揺らめくその姿に、神や精霊の存在を感じ取った太古の人々の気持ちをクレスは理解できた。
 揺らめく炎を眺めながら、ロビンと杯を合わせる。語る言葉は今は必要なかった。


「……雲ウルフも手なずけたか。エネルの住む土地でこんなバカ騒ぎをするものは他におらんぞ」


 怪我のため眠っていた空の騎士が騒ぐ一味に目を覚ましたらしい。
 怪我が尾を引いているのか、ゆったりと歩くその後ろに、相棒のピエールが心配そうにつき従っている。


「あら、お目覚めね。動いてもいいの?」

「迷惑をかけた……。助けるつもりが……」

「気にすんな爺さん。充分だ、ありがとよ」


 空の騎士は地面の上に座り込む。


「シチューがまだあるみたい。いかが?」

「いやいや、せっかくだが……今は無理である」

「……トナカイからは刺し傷と火傷だって聞いたが、水かなんか飲むか?」

「うむ……では、そちらをもらおうか」


 クレスは水筒から水を注ぎ空の騎士へと手渡した。
 水を飲み、空の騎士は火を囲みながらはしゃくルフィ達を視界に納める。
 

「……さっきのおぬしらの話を聞いておった。
 この島の元の名をジャヤと言うそうだが、何ゆえ今、ここが“聖域”と呼ばれているか分かるか?」
 

 空の騎士は愛おしむように大地を撫で、集めてすくい上げた。


「おぬしらにとって、ここにある地面は当然のものだろうな……」

「まぁ……そうなるな。オレらにとっちゃ、島雲の方が珍しい」

「だが、空には……もともとこれは存在し得ぬものだ。島雲は植物を育てるが生む事は無い。緑も土も本来空にはないのだよ」


 空の騎士はすくい上げた土を見てにっこりと笑い、ゆっくりと地面に返していく。


「我々はこれを“大地(ヴァ―ス)”とそう呼ぶ。空に生きる者にとって永遠の憧れそのものだ」 


 だが、それゆえに過去の悲劇は引き起こされた。
 そしてそれは現在もなお続いている。
 空に生まれ大地に憧れる空の人間と、この地に住みこの地を守り続けた“シャンディア”との戦いが。

 空島の夜は深みを増していく。
 この時、空島の二か所で二つの勢力が明日の決戦に臨もうとしていた。
 二つの勢力は命と願いをかけてぶつかり、鎬を削るだろう。
 一味はまだ知らない。明日の戦いが生き残りをかけた壮絶なサバイバルゲームに発展する事を……。






◆ ◆ ◆






「見ろ、言った通りだろ!! 
 昨日ここに誰かがいたんだ!! やっぱり夢じゃなかったんだ!!」


 夜が明け、一味は昨夜“オバケ”を見たと言うウソップの証言にメリー号の下へと集まった。
 ウソップがメリー号を指して声を張り上げる。一味は破壊され修繕の済んでいない筈のメリー号を見て、唖然と言葉を漏らす。
 

「ゴーイング・メリー号が……修繕されてる」


 メリー号は昨日シュラの手によって破壊された筈であった。
 誰も手をつけていない筈なのに一晩経った今日はこのまま海に出せるほどに修繕されていた。
 しかし、修繕自体は相当下手くそで、直された姿は空島に来た時の“フライングモデル”では無く、元の姿だった。
 すると問題となるのは船を直した人物である。直した人物は空に来る前のメリー号の姿を知っている筈なのだ。
 

「なぁ、メリー。誰だったんだありゃあ……」


 ウソップはメリーに語りかえるが、当然のごとく返事が返る事は無かった。
 





 船を直す手間が省けた一味は、早速、昨日決めた予定通り二手に分かれての黄金探索をおこなう事にした。

 「探索組」のメンバーは、ルフィ、ゾロ、チョッパー、ロビン、クレス。
 「脱出組」のメンバーは、ナミ、ウソップ、サンジ。
 
 一味の作戦はこうだ。
 まず、探索組が黄金郷を探し出し、見つけた黄金を確保する。
 その後、メリー号に乗って海路を行く脱出組と近場の海岸で合流。そのままアッパーヤードを脱出する。
 神官にゲリラ。昨日の事を考えればどちらのルートも危険だが、成功すれば黄金を手に入れ大金持ちだ。

 雲の上だからか、今日は見事なまでの快晴だ。
 冒険には最適の気候。
 それぞれに準備を済ませ、一味は気合を入れる。


「そんじゃ行くかァ!!」


 ルフィの掛け声に一味は答え、神の島のサバイバルが始まった。













あとがき
今回は中継ぎの回ですね。次回からサバイバル開始です。

 



[11290] オリキャラ紹介 《更新》
Name: くろくま◆31fad6cc E-MAIL ID:4d8eb88c
Date: 2010/05/31 17:47

名前 エル・クレス

性別 男

年齢 二十三歳(第二部) ⇒ 二十八歳(第三部)

誕生日 九月四日

身長 189センチ

体重 77キロ

異名 オハラの悪魔達  Mr.ジョーカー(バロックワークス)

懸賞金 六千二百万ベリー

出身 西の海 オハラ

ナンバー 00

イメージー 素早い亀

ニオイ 草のにおい

カラー 若草色

好きなもの 甘いコーヒー(ミルクは50%以上)
      甘いケーキ

嫌いなもの 苦いコーヒー 
      甘くないケーキ
      甘さ控えめと名のつくもの全て


性格 大人に成りきれない大人 
   理性的な挑戦者

作者イメージ 矛盾






クレスの六式について。

クレスの六式は基礎こそ習得したものの、逃亡生活において自らが最適化した為に本家とは性質が異なる。
特徴としては、

"瞬発力""爆発力"に優れ、"持久力""持続性"に欠ける。
そのために一瞬における効果については抜きんでるが、長続きしづらい。

特徴が顕著に表れるものは"鉄塊""剃"の二つ。
鉄塊は攻撃のインパクトの瞬間だけに部分的にかけることが出来ると応用性は高いが、効果は長くは続かない。

剃は驚くスピードを発揮するが、直線移動を基本とする。

なお、紙絵に関しては苦手とする。






・オリキャラ紹介



 エル・シルファー

 クレスの母親でオハラの考古学者。
 クレスの異常性を知るも変わらぬ愛で接し、クレスとロビンを共に育てた。
 第一部では炎に包まれる世界樹に最後までとどまり、本を守り続けた。



 エル・タイラー

 クレスの父親。
 元・海軍本部大佐。<亡霊>の異名を持つ。
 クレスが生まれる前、革命軍との戦闘で命を落としたとされている。
 クレスが持つ海楼石の手袋は彼が過去に使用していたものである。


 
 ハリス

 通称<串刺しのハリス>、西の海の賞金稼ぎ。
 背中に背負った筒の中に幾本もの“鉄串”隠し持ち、それを自在に操り戦う。
 情に厚いが戦闘狂なのが玉に傷である。
 第二部でクレスと出会い、“とある理由”によって戦いを挑んだ。
 現在は革命軍に所属している。



 アウグスト・リベル

 海軍本部少将。<武帝>の異名を持つ。
 “ロジャー”“白ひげ”“金獅子”などの大海賊との戦闘経験を持ち、今もなお多くの海賊達に恐れられる海軍きっての老戦士。
 幼少時のクレスに『六式』を叩きこんだ男でもある。教導の腕は凄まじく、幾人もの優秀な海兵を育て上げた。
 クレスが思い描く“最強”とは彼の事である。
 

 




[11290] 番外編 「クリスマスな話」
Name: くろくま◆036b4b79 E-MAIL ID:be9c7873
Date: 2009/12/24 12:02
 むかし、むかし、のお話。
 

 それはまだ、二人が“オハラの悪魔達”という忌名で呼ばれる前のお話。
 それはまだ、地図の上に “オハラ” と呼ばれる島があった時のお話。
 それはまだ、穏やかで当たり前の温かい日常を過ごしていた頃のお話。


 ……それは、たわいないクリスマスのお話。













番外編 「クリスマスな話」













 その日は珍しく、考古学の聖地と呼ばれる土地オハラは息が白く染まるほどに冷え込んでいた。
 ちょっとした用事で外に出るのもためらわれるような冷え込み。
 外出にはマフラーなどの防寒具が手放せない冬の一幕。 


「サンタさんっているのかな?」


 海軍本部の少将であるリベルによって行われる “六式” の訓練を終え、一休みをしていたクレスに幼なじみのロビンが不安そうな表情で問いかけた。
 そんなロビンの問いかけにクレスは即答した。

 
「いるに決まってる。当たり前だろ?」


 きっぱりと、自信満々にクレスは言い切った。
 むしろ、疑問を持つ方がおかしいとでも言いたげな物言いだ。


「そうなのかな?」

「じゃあ、どうしていないって思うんだ?」


 クレスがそう言うとロビンは俯き僅かに迷うように答えた。


「……町の子達が『いない』って言ってた」


 ロビンの答えにクレスはため息をついた。
 

「……ったく、あのクソガキ共。一度シメたぐらいじゃ効かないらしいな」

 
 そうロビンには聞こえないように呟いて、そっとロビンの頭に手を置いた。


「人の意見なんか気にすんな。自分が正しいと思ったものだけ信じたらいい」

「……でも」


 不安そうなロビンを諭すようにクレスは言葉を重ねた。


「いいか、サンタってのは何もプレゼントを持ってくるだけのじーさんじゃ無い。
 クリスマスっていう特別な日に “幸せ” を運ぶ為にプレゼントを配る、そういうじーさんだ」

「…………」

「つまりだ………クリスマスに幸せになるのはサンタさんのおかげなんだ。
 姿は見えなくても、ロビンにサンタさんは絶対にやってくる。それはオレが保証する」


 ロビンはコクリと頷いた。
 そんなロビンをクレスは優しく撫でる。
 

「さ、帰るぞ。母さんが待ってる」






 クレスと共にシルファーの待つ家へと帰る。
 帰り道はクリスマス前ということもあって、色鮮やかに輝いている。
 道行く人々は皆笑いとても楽しそうだ。
 
 歩くうちに日も沈み、冷え込みが増した。
 今のロビンの服装は冬着に子供用のコートに手袋。
 今日はマフラーを持っていくのを忘れてしまった。これは小さくも大きな失敗だ。
 はぁ……とロビンの小さな口から漏れる息が白い。
 そして、冷たい風が吹き込みロビンが身体を震わせた。


 その時、ふわりと首元に温かな毛糸の感触を感じた。
 少し乱暴に巻かれた見覚えのあるマフラー。
 これはクレスのものだ。
 

「風邪引くぞ」


 クレスが同じく白い息を吐きながらそう言った。


「でも……これ、クレスの」

「気にすんな」

「クレスが風邪ひいちゃう」

「大丈夫。訓練で動いた後だから少し暑いくらいだ」

「……ほんと?」

「ホント、ホント」


 クレスはそう言うが、クレスが訓練をおこなってからだいぶ時間が経っていた。
 ならば今は汗が引きちょうど身体が冷える頃あいの筈だ。
 クレスの表情は変わらないがひょっとしたら我慢しているのかもしれない。

 ロビンは首元に巻かれたクレスのマフラーに顔を埋める。


(……温かい)


 通常ならクレスにマフラーを返すところだろう。
 自分だけがこの温かさを感じるのは不公平だ。
 でも、マフラーから感じるクレスの温もりは手放したくない。
 これがいじわるな事だと言う自覚はあった。いけない事だ。でも、このわがままは通したかった。

 だから、こんな考えが浮かんだ。

 ロビンは少し考えて、クレスに自分が付けていた手袋を差し出した。


「……交換。付けて、クレス」


 クレスはロビンから手袋を受け取ると、ロビンの考えを吹き飛ばすほどに嬉しそうに笑った。


「ありがとう。手だけは寒かったんだ」


 そして、クレスはロビンの手を取った。
 手袋越しにクレスの温もりを感じた。
 クレスはロビンの手を引き歩きだす。
 そのスピードはロビンの歩幅に合わせゆっくりだ。
 
 
 小さな二人は煌めく街角を抜け家路を急ぐ。












◆ ◆ ◆











「二人ともお帰りなさい」


 ドアを開け、暖かな部屋へと入る。
 家にはシルファーが図書館から帰って来ていて、冷えた身体のクレスとロビンを出迎えた。


「ただいま」

「ただいま帰りました」

「ふふふ……二人とも温かそうね」


 シルファーがクレスとロビンの姿を見て穏やかに笑った。
 

「さぁ、外は冷えたでしょう? お風呂に先に入っちゃいなさい。もちろん風邪をひかないように“二人で”よ。……逃げないでねクレス」


 シルファーが僅かに後退していたクレスを牽制する。
 クレスの肩が僅かに震えた。


「か、母さん……実は、オレ今からランニングにでも行こうと思ってたんだよ」

「あらそう。なら予定変更ね」

「いや、だから……」

「行きなさい」

「だから、ラン……」

「行きなさい」

「……はい」


 良い笑顔のシルファーに肩を落とすクレス。
 
 ロビンにはどういう訳か分からなかったが、クレスはどうやらシルファーと一緒にお風呂に入るのが苦手のようだ。
 逆にシルファーは “家族みんな” でお風呂に入る事が好きだった。


 (みんなで入った方が楽しいのに……どうしてだろう?)


 クレスの心内をロビンは知らない。 






 その後、肩を落とすクレスと一緒にお風呂に入り、いつものようにシルファーがやって来て、クレスが固まった。
 そして、夕食を皆で取って、シルファーに考古学について少し教えて貰って、ロビンはベットに入った。


「じゃあ、明かりを消すわね」

「はい。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 ロビンの寝室はクレスとシルファーと同じ部屋だ。
 八畳程の部屋にはダブルサイズのベットとシングルサイズのベットがぴったりとひっつくように並べられていた。
 その上に、シルファー、ロビン、クレスの順で並び同じ寝床に入る。
 三人の寝室となっているこの部屋はもともとはシルファーと夫のタイラーの寝室だった。
 部屋の大半をベットが占めるこの部屋はシルファーの希望によってベットがもう一つ運び込まれた結果だ。

 それは、ロビンを預かる事となったシルファーが初めに行った事だ。
 シルファーは部屋に置かれたベットを奥へと押し込み、もう一つベットを置いた。
 そして、困惑するロビンを寝室へと招き入れた。


「今日から私達は家族。だから寝る時も一緒よ」


 シルファーは温かくロビンを迎え入れる。
 その日、母が遠くへいってしまい、寂しくて泣くロビンをシルファーは何も言わず、泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けていた。


「二人とも……おやすみなさい」


 明かりが消え、月明かりだけが照らす優しい空間にシルファーの声が響いた。












◆ ◆ ◆











「ロビンちゃん、そう言えばまだ言って無かったわね」


 日が昇り翌朝となった。
 ロビンはいつものように、起床し、歯を磨き、冷たい水で顔を洗い目を覚まして、クレスと一緒にシルファーが作った朝食を食べていた。
 

「なんですか?」

「今日、図書館でクリスマスパーティをすることになったのよ」

「えっ?」

「ふふふ……ほら、今日はクリスマスじゃない。
 だから、図書館がそれに連動してイベントをおこなうことになったの」

「そうなんですか? でも、去年まではそんな事無かったのに……」

「今年はやることになったの。
 それでね、図書館をお休みにして皆でクリスマスを祝うの」

「へぇ~」

「そこでね、今日はその準備を手伝ってほしいの。いいかしら?」

「はい!!」


 頼むシルファーにロビンは嬉しそうに即答した。

 朝食が終わり、コーヒーに砂糖を大量投下しようとしていたクレスから砂糖を没収し、シルファーは後片付けを始めた。
 そしてそれをクレスとロビンが手伝う。
 初めはシルファーがしていたのだが、仕事に向かうシルファーを気遣い、今では三人の仕事となっていた。

 洗い場にシルファーとクレスとロビンの三人が並ぶ。
 三人で手分けして、片づけをおこなう。
 シルファーが食器を洗い、クレスが水気をタオルで拭き取り、ロビンが能力を使い棚に納める。
 三人でおこなえば直ぐに終わった。


 図書館までの道のりを三人で歩く。
 ロビンを真ん中にクレスとシルファーが手をつなぎ歩いた。
 二人から伝わる熱が温かい。
 ロビンは満面の笑みで肌寒い道を歩く。
 
 そんな時、クレスが聞き覚えのある曲を口ずさむ。
 おなじみのクリスマスソングだった。


「楽しそうねクレス」

「ん、あ、いや、これは……」

「なに、恥ずかしがってるのよ」


 どうやら、クレスとしては知らず知らずのうちに口づさんでいたらしい。
 シルファーに言われ、恥ずかしそうに誤魔化した。
 
 クレスは案外ロマンチストだった。なので、クリスマスなどのイベントは嬉しいのだろう。
 
 ロビンはクレスの口ずさんだ歌を声に出して歌った。
 すると、ロビンのかわいらしい声にシルファーの声が重なった。
 そうしたら、クレスも声を出して歌った。


 



 考古学の聖地で知られるオハラの図書館には、 “世界樹” と呼ばれる巨大な樹木があった。
 見る者を圧倒するその姿は、クリスマスということもあってか、少し形を変えていた。
 巨大な樹木を覆うように色とりどりの飾り付けが為されている。
 

「おお!! シルファー殿にクレス君にロビン君。三人一緒で何よりだ。楽しそうだね」


 そう声をかけたのは、クレスの “六式” の師であるリベルだ。
 リベルは、自身の倍はある巨大な飾りを軽々といくつも持ち上げながら、空中に “立って” いた。


「おはようございます。リベルさん」

「おはようございます!!」

「おはよう。……というか、あんたは朝から当然のように超然としてるな」


 ロビンにはおぼろげにしか分からなかったが、クレスが呆れているのはリベルの状態だろう。
 海軍に伝わる “六式” と呼ばれる体技。リベルはこれを極限まで極めた達人だった。
 リベルの状態はクレスから見れば異常に映る。
 リベルがおこっているのは “月歩” と呼ばれる空中を蹴り跳び上がる技だ。
 この技で空中に対空しようと思えば技の性質上、空中で何度もせわしなく跳ねなければならないのだが、リベルのそれは鮮やか過ぎて空中に立っているように見える。


「はっはっはっは!! それにしても、世界樹をクリスマス用にコーディネイトするとは、なかなか面白い事を考える」

「そういえば、おっさん、アンタ仕事は? 『明日は仕事なのだ嘆かわしい』っていってなかったか?」

「なに、少しばかり私情を優先したまでの事だ。市民に協力して作業する、これも仕事の内だよ」

「つまりはサボりか……」


 挨拶もそこそこに、リベルは世界樹を飾り付ける作業に戻った。
 そのスピードは異常に早い。リベル姿が速過ぎて時々消えては、気がつけば一区画の飾り付けが終わっていた。

 
 三人は図書館の中に入った。
 想像もつかない程の本が納められる図書館内にはいつもと違う光景が広がっていた。


「すごい……」


 ロビンが感嘆の声を上げる。
 それは、大きなクリスマスツリーだった。
 町中にあるものより一際大きい。
 ロビンが今までに見た中で一番大きなツリーだ。


「おぉ!!! ロビンにシルファー!!! ……ついでにクレス」

「おい。誰がついでだじーさん」

「貴様なんぞついでで十分じゃ」


 巨大なツリーの飾り付けをしていたクローバーがやって来た。
 クローバーは三人の前に立つと、ツリーを誇るように両手を広げた。


「どうじゃ!! この見事までのクリスマスツリー!!! 職員総出で確保した選りすぐりの逸品じゃ!!」

「すごいです博士!!」

「そうじゃろ。そうじゃろ」


 ロビンの反応に、クローバーは嬉しそうに笑った。
 

「今日は手伝いに来てくれたんじゃな。それなら、ツリーの飾り付けを手伝ってくれ。高いとこは、わしらがやるからの、手の届く範囲で頼む」

「はい!!」


 ロビンはクレスと共にツリーの飾り付けを楽しんだ。
 青々と茂るもみの木が時間がたつごとに色煌びやかに輝いていく。
 宝石のように輝く、色とりどりの飾り。
 可愛いサンタやトナカイの飾り。
 靴下や、おなじみの赤い長靴。
 ドキドキワクワクしながら、完成までの瞬間を時を忘れて楽しんだ。
 外を見れば雪。幻想的に世界を染める。
 
 ロビンは楽しげに、行き先で歌ったクリスマスソングを歌う。

 歌声は暖かな図書館内に響き、一人、また一人、とその歌声を口ずさむ。

 ロビン一人だけのかわいらしい歌は。徐々に歌い手が増え、最終的には図書館内の人間全員の大合唱となった。
 
 









 


走れそりよ 風のように
雪の中を 軽く早く
笑い声を 雪にまけば
明るいひかりの 花になるよ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
森に林に 響きながら



走れそりよ 丘の上は
雪も白く 風も白く
歌う声は 飛んで行くよ
輝きはじめた 星の空へ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う













 そして……



「「「「「メリークリスマス!!!」」」」」



 皆の楽しそうな声が調和する中で聖夜の幕が上がった。

 

 


 


 

 














「なぁ、ロビン」

「なに、クレス?」

「サンタっていると思うか?」


 昨日ロビンがクレスに問いかけた質問。

 ロビンは周りを見渡した。

 
 パティーを楽しむ図書館の職員達。
 サンタの格好でプレゼントをくれたクローバー。
 ウワバミのように酒を飲んでいたところを、同僚の海兵に見つかり快活に笑うリベル。
 クレスとロビンのそばで、優しく二人を見守るシルファー。
 そして、隣で笑う幼なじみのクレス。

 皆、幸せそうに笑っていた。
 ロビンはそれがたまらなく嬉しかった。
 

 クレスの問いにロビンは満面の笑みで答えた。
 


「うん!! きっといる!! サンタさんは幸せを届けてくれるもの!!」












あとがき
クリスマスということで、無性にテンションの上がった状態で書いてしまいました。
本編はもう少し時間を下さい。
著作権云々で不味いところがあれば知らせてくれればありがたいです。
直ぐに修正いたします。
番外編なんていらねーと言う方には申し訳ないです。
今回はオハラでの幸せなひと時ですね。
もしかしたら、こんな感じでぽつぽつと番外編が出るかもしれません。



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