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第二話 遊撃士試験、失敗!?
<リベール王国 ロレント市>

朝食を終え、家を出たエステルとヨシュアはエリーズ街道を通ってロレント市へ向かう。
ブライト家からロレント市までの距離はわずか50セルジュ足らず。
二人は慌てることなくのんびりとした足取りで歩いていたが、エステルが何かに気が付いたように大声を上げた。

「ああっ!」
「な、何?エステル」
「大事なもの忘れてた!」
「えっ?」

そういってヨシュアは自分の荷物を探る。遊撃士の七つ道具として携帯するように言われたアイテムをチェックするが漏れは無い。

「アイテムは全部そろっているみたいだけど?」
「お弁当よ!母さんに作ってもらうの忘れてた!」

ヨシュアはそれを聞いてガックリと肩を落とす。

「そう言う時のために非常食があるじゃないか」
「だって、パサパサしていて美味しくないんだもん」

むくれるエステルを言い聞かせるようにヨシュアはエステルの肩に手を置いた。

「試験の最中にお弁当を広げてのんきに食べる暇はないよ」
「じゃあさ、休み時間を作ってもらえば……」

その後説得に多少時間はかかったが、エステルとヨシュアはロレント市の入口までたどり着くことができた。

「何とか、ちょうどいい時間に着くことができたね。早すぎもせず、遅すぎもしないってところかな」

穏やかに話すヨシュアに対してエステルは不機嫌そうだった。

「うう、教会の日曜学校を卒業したばっかりなのに……遊撃士になるためにこんなに勉強させられるなんて夢にも思わなかったよ~……」
「それも今日で最後じゃないか。好きで志望したんだからこのくらいは苦労して当然だよ」
「それもそっか。ヨシュアも本ばかり読んでいた頃はへばっていたもんね。今はなかなか体力が付いて来たじゃない♪」
「まあ、君に無理やり連れまわされたからでもあるんだけどね……」

ため息交じりにヨシュアがそう呟くと、エステルは拳を握りしめて大声を出した。

「よしっ!最後ぐらい気合を入れて、シェラ姉のシゴキに耐えるぞっ!」
「気合、入ったみたいだね。それじゃあ遊撃士ギルドに向かおうか」

エステルとヨシュアが遊撃士ギルドのドアを開いて中に入ると、受付のカウンターに居るアイナが笑顔で迎えてくれた。

「あら、おはよう。エステル、ヨシュア」
「アイナさん、おはよう」
「お、おはようございます」

とびっきり笑顔であいさつを返すエステルに比べてヨシュアは少し身構えている。
原因は以前ヨシュアがアイナとシェラザードに誘われた事件がきっかけなのだが……。
エステルに冷たく接するヨシュアにシェラザードは怒り、

『暗い、暗すぎる……その暗い性格、あたしが直したる』

と言われて町の居酒屋アーベントに連れていかれてアイナを交えて恐怖の体験をしたわけで。

「シェラ姉、もう来てる?」
「ええ、二階で待ってるわ。今日の研修が終われば晴れてブレイサーの仲間入りね。二人とも頑張って」
「うん、ありがとう!」
「頑張ります」

元気に返事をして元気に階段をかけあげるエステルの後ろをヨシュアは穏やかにゆっくりとついて行った。
二階の部屋ではシェラザードがタロットカードを前に真剣な顔で何やら悩んでいた。

「……このカードは……なるほど……ふむ……これは面白い事が起こりそうね。おーっほっほっほ」

真剣な顔が一転、崩れた笑顔に変わった。

「シェラ姉、おっはよー!」

階下から元気なエステルの声が響き渡り、エステルとヨシュアが部屋に姿を現した。
シェラザードは机に広げていたタロットを慌てて片付ける。

「あら、エステル、ヨシュア。珍しいわね、こんな早い時間に来るなんて」
「えへへ、最後の研修ぐらいはね。とっとと終わらせてブレイサーになってやるんだから!」
「はあ、いつも意気込みだけはいいんだけど……ま、その心意気に応えて今日のまとめは厳しく行くからね。覚悟しときなさい」
「え~っ、そんなあ」

眉をあげてエステルは抗議をする。
シェラザードは鞭を取り出すと、机に向かって振り下ろした。鞭の音が部屋に鋭く響く。

「お・だ・ま・り。毎回毎回、教えたことを次々と忘れてくれちゃって……そのザルみたいな脳みそから、こぼれ落ちないようにするから」

脅かされたエステルは、冗談混じりにヨシュアに泣きついた。

「え~ん、ヨシュアぁ!シェラ姉がいぢめるよ~!」
「大丈夫ですよ、シェラ姉さん。エステルって、勉強が嫌いで予習復習もめったにやらないけど……ついでに無闇とお人好しで余計なお節介が好きだけど……」

そこまで言ったところでヨシュアはエステルに殴られた。

「全然フォローになってない!」
「これから言おうとしたんだけど……」
「はぁ、勘だけは鋭いから、実戦に期待するしかないわね……」

エステルはシェラザードの方に向きなおる。

「あ、ところでシェラ姉。タロットで何を占っていたの?何だか笑って居たみたいだけど」
「げ、聞かれてたか。ちょっと恋占いをね……。ま、まあ結果は良くわからなかったわ」
「恋占い?」
「いいかげんにカップルにちょっかいを出すのはやめてくださいよ……」

ヨシュアが厳しい目でシェラザードをにらむと、シェラザードは雲行きの怪しさを感じたのか、話題をそらす。

「まあ、それはいいじゃない。最後の研修を始めるわよ」

そう言ってシェラザードは黒板の前に立ち、エステルとヨシュアは席に着いた。

「今まで習ったことを一通りおさらいするわよ。ブレイサーとして活躍するのに必要な最低限の常識だからね。特にエステル。ちゃんと聞いておきなさい」
「うぃ~っす」

その後の授業の内容はオーブメント、遊撃士、リベール王国についてのものだった。

「さてと……復習はこのぐらいで勘弁してあげるか。今日はやることが山ほどあるんだからとっとと実地研修に進むわよ」
「ねえシェラ姉。実地研修って今までの研修と何が違うの?」
「実地って言うのは現場を体験してもらうってことよ。これから二人には遊撃士の仕事に必要な事を一通りやってもらうわ」
「……それってつまり、机でお勉強、じゃないってこと?」
「ええ、もちろん違うわよ。あちこち歩き回って体を動かしてもらうわ。たっぷり汗かいてもらうつもりだから楽しみにしてなさい」

それを聞いたエステルは笑顔で部屋を飛び回った。

「ひゃっほう!体を動かせるんなら今までの研修よりずーっとラクよ!もう、心配して損しちゃった」
「ああ、またやっちゃった」
「今回も、カシウス先生宛てに請求させてもらうわよ……」

エステルの座っていた椅子は思いっきり蹴られた衝撃で脚が折れ曲がり、しかもギルドの備品の一部を傷つけていた。
机も思いっきり踏みつけられ、応急修理をしたばかりの脚が外れてしまった。

「まあ、エステルの元気が最後まで続くかしらね……さてと、最初の実地試験に行きましょうか」
「おう!」

シェラザードは荒れた室内をそのままにして、エステルとヨシュアと共に部屋を後にした。
部屋を掃除して備品を修理するのは……同じロレント支部に所属するシェラザードの後輩に当たる遊撃士、リッジの仕事だった。
彼はこの日も昼御飯の時間返上で必死に部屋を掃除したと言う。

「最初の研修は仕事内容の確認よ。……その前に、まず二人に渡すものがあるわ」

一階に着いた三人はロビーで向き合っている。

「アイナ。もう用意できてる?」
「ええ、いいわよ」

シェラザードの呼びかけに、受付のカウンターに居たアイナが応える。

「じゃ、二人とももらってきなさい」
「きっとお弁当ね!そろそろお昼だし」

思わぬ一言にヨシュアはずっこけた。

「ヨシュア、あんたもすっかりブライト家にすっかり染まったね……」

シェラザードは感慨深げに目を細めた。

「大切なものだから、なくさないようにね」

アイナはそう言ってエステルとヨシュアにブレイサー手帳を手渡す。

「エステル、落書きしちゃダメだからね」
「わ、わかってるわよ」
「公的な書類も兼ねているから、丁寧に書いてね」

手帳を受け取った二人は再びシェラザードの方に体を向ける。

「それはブレイサー手帳といって仕事の記録を残すための公式な手帳よ。どんな話を聞いたのか、どこで何をみつけたのか……些細な出来事が手掛かりになる事も多いわ。細かい事でも必ず記録を残すようにね」
「わかりました」
「げっ、ちょっと面倒かも」
「あら、気のせいかしら?返事が一つしか聞こえなかったようだけど?」

そういってシェラザードは笑顔で鞭を床に向かって振るう。

「あ、あははは……わかりました」
「記録を残す事はブレイサーの大事な義務よ。面倒くさがらず、しっかりやりなさい。……じゃ、実際にやってもらうわよ。出口の方を見て。掲示板があるでしょ?掲示板を見て仕事の内容を確認しなさい」

エステルとヨシュアが見ると掲示板には実地研修・宝物の回収とタイトルがふられた張り紙がされていた。
内容は、地下水路を探索し、宝箱に収められているものを回収してくること。詳しくはシェラザードまで。と書かれている。

「うん、いいわね。ちゃんとメモは取れたみたいね。掲示板のチェックはブレイサーにとって基本中の基本。緊急の仕事が無いか常に確認しとくのも大事な義務よ」
「うー、義務ばかりで聞いてるだけでも息苦しいわね」
「確かに規則は多いけど、それだけやりがいのある仕事だからね」
「……うん、あたしたち前からブレイサーになりたかったんだもんね」

シェラザードは腕を組んでため息をついた。

「ヨシュアもエステルに付き合わされて大変ね。ブレイサーの研修まで受けさせられて」
「違いますよ、僕もレーヴェ兄さんみたいなブレイサーになりたかったんですよ」
「ああ、レーヴェね。結構いい男じゃない♪」
「手を出しちゃダメよ。レーヴェさんにはカリンさんが居るんだから」
「ええ、分かってるわ。カリンさんのあの冷たい目……からかうこともできやしない」

シェラザードはそう言うと体を身震いさせた。

「じゃあ、次の研修に進むわよ」
「今度はどんな内容ですか?」
「お向かいにあるメルダース工房に行って工房の利用法について勉強するわ。わざわざ営業時間中に許可を取ってあるんだから失礼のないようにね。……特にエステル!」
「はい?」
「今度あんたがオーバル製品をいじって壊したら、カシウス先生の借金、また増えるわよ」

シェラザードに注意を受けたエステルが先頭になって、メルダース工房に向かう姿が見えると、工房の中に居た二人は慌てた。

「おい、あの栗毛の元気なお嬢ちゃんが来るぞ!フライディ、早く高価な製品を倉庫にしまえ!」
「はいっ、メルダース親方!」

何度も被害を受けたメルダース工房のエステル対策の腕は年々上がっている。
その後メルダース工房の親方とシェラザードから戦術オーブメントの使い方を学ぶエステルとヨシュア。
ちなみにフライディは倉庫と店の間を往復して居た。

「これで一通り工房での研修は終わりよ。さあて、次はいよいよお待ちかねの認定試験ね」
「え?試験?」 

今朝と同じボケをかましたエステルに驚いたヨシュアはカウンターに置かれていたオーバル時計をずっこける時に引っかけて落としてしまった。
派手な音を立てて壊れる時計。親方のメルダースは黙って首を横に振った。

「今朝も話したじゃないか……」
「そういえば、聞いたような、聞いていないような……」
「ほんと、期待を裏切らないわね……」

シェラザードはそう言ってしみじみとため息をつく。

「じゃあ、さっそく試験場にいこうよ!」
「ちょ、ちょっとエステル!あなた行き先がわからないでしょう!」

シェラザードを引っ張って工房の外に出ていくエステル。

「メルダースさん、フライディさん。色々とご迷惑おかけしました」
「ヨシュア、今回の時計の代金はいいぞ。さして高いものでもないし、いつもカシウスさんに世話になってるしな……」
「こら~ヨシュア、エステルをなんとかして~」

エステルの力は今でもシェラザードより強く、なかなか引き離せないようだ。
ヨシュアは苦笑して、工房の外で悲鳴を上げるシェラザードの所へ向かった。

「ふう。やっとこれで研修も大詰めね。これから二人に認定試験を受けてもらうわ。今までの研修の成果が発揮されることを期待しているからね」
「はい」
「………………」

返事をするヨシュアに対してエステルはあんぐりと口を開けている。

「どうしたの?」
「……ねえシェラ姉、もしかして、試験ってペーパーテストじゃないの?」
「はあ?」

今度はシェラザードが驚いてずっこけそうになった。

「エステル、あんたさっき掲示板を見たでしょ」
「うん、見たけど」
「メモまでとらせたのに覚えてないの?地下水路の捜索をするって書いてあったと思うんだけど。あれが最終試験よ」
「……はああ~っ、良かったあ~~」

エステルはほっと息を吐き出すと笑顔で空を見上げる。

「ああ、空の女神エイドスさま……地下水路を作ってくださった情け深いお心に感謝を捧げます」
「ねえ、地下水路が無かったら遺跡とか山の洞窟とかになってると思うけど」
「ふっ、細かい事は拘らない主義なのよ」

エステルは胸を張ってそうのたまう。

「はあ、本当に僕たちちゃんと卒業できるのかな……」
「まっかせなさい」
「あんたたち、試験前なんだからもうちょっと緊張感を持ちなさい。試験に落第したらキツイ補習を受けてもらうわよ」
「エヘヘ、大丈夫だって」

満面の笑みでエステルはあっけらかんとそう答える。

「さっ、早く試験しちゃいましょ!」
「ま、自信があるなら実戦で証明してもらいましょ。……さて、掲示板にあった通り試験の課題は地下水路内の捜索よ。捜索対象はどこかにある宝箱の中身でそれを回収することが目的になるわ」
「水路の構造は単純そうですけど、魔獣とかがうろついていて危険そうですね」
「魔獣なんかひとひねりよ!」
「危なくなったらこれを使いなさい」

シェラザードはエステルとヨシュアに一個ずつティアの薬を渡した。これはHPが回復する傷薬だ。

「サンキュー、シェラ姉!ところでお弁当は?」

がっかりしたシェラザードは、その後怒りがこみ上げて来たのか肩を震わせる。

「そんなもんあるか!さっさと行ってこーい!」

シェラザードの鞭乱打に驚いたエステルとヨシュアは慌てて地下水路へのはしごを下りて行った。
最初に遭遇した魔獣はあっさりと撃破。
次に遭遇したのは蛾の群れのような魔獣だった。

「エステル、敵によっては武器が当たりにくいのも居るよ。積極的にアーツを使っていこう」
「アーツって戦術オーブメントを使った魔法みたいなものだよね?面倒だから、ヨシュアに任せた!」

そういってエステルは棒を振り回す。すると魔獣はあっさりと息の根が止まった。

「ヨシュアの嘘つきー。武器で叩いても倒せるじゃない」
「え、まあそんなはずは……」
「やっぱり本ばかり読んで、本物を見ないとそう言う事になるのよ!」
「ここに来て虫取りを正当化しないでよ……」

三回目の戦闘で両手を素早く動かして攻撃を叩きこむヨシュアの技にエステルは驚いた。

「ヨシュア、いつの間にそんな技が出来るようになったのよ」
「エステルに負けないようにこっそりと練習していたんだけどね。長期戦は不利だから」
「そうね、体力勝負ならヨシュアに負けない自信があるし……」
「あ、宝箱がある!」

エステルは右に折れまがった通路の突き当たりに古びた木箱があるのを見つけた。

「セラスの薬だね」
「じゃあさっそくシェラ姉の所に戻ろう!もうお腹ペコペコだよ……」

エステルたちは自信満々に持ち帰ったセラスの薬をシェラザードに見せたが、シェラザードはため息をついた。

「エステル、これは目的の物とは違うわ」
「えー!だって地下水路にある箱の中に入っていたんだもん!」
「そうですよ、シェラ姉さん」

シェラザードは頭を抱えてエステルとヨシュアに背を向けた。

「何よ~誰が地下水路にそんな箱を置いたのよ。思いっきり想定外じゃない。せっかく劇的な準遊撃士の紋章の渡し方を思いついたのに……よしっ」

シェラザードは何かを思いついたように振り返った。

「二人とも~ブレイサー手帳を出して」

エステルとヨシュアが手帳を出すと、シェラザードは先ほどの依頼のページが書かれたページを開いて『宝箱』の前に言葉を書き足して『一番奥の赤い』と書き加えた。

「さあ、また行ってらっしゃい」
「そんな、さっきまで書いてなかったのに」
「そんな過去のことは忘れたわ」
「シェラ姉の卑怯者!」
「うるさーい!さっさと行きなさい!」

再び地下水路に潜るエステルとヨシュア。
余計な時間は食うし、お腹もさらに減った。
次に出会った魔獣にはエステルの必殺技とも言える『列波無双撃』の餌食となった。
棒で連打してタコ殴りにした後、最後に反動力を加えた棒の一撃を放つ強力な技である。
暴れた後、エステルのイライラも多少発散されたようだ。
そして二人は水路の一番奥で赤い宝箱を発見した。

「あれが目的の宝箱かー。ここまでくればもう楽勝って感じね」

しかし、宝箱は魔獣の住処の近くに置かれているらしく、魔獣の数が多くてエステルたちは結構ダメージを受けてしまった。
ヨシュアのアーツ、ティアで傷を回復しながらなんとか倒す事が出来た。
そして、エステルは赤い宝箱に手を伸ばして、ゆっくりと開けた……。
エステルが赤い宝箱を開けると、中には小箱が2つ入っていた。

「ふ~ん、宝箱の中にまた箱がしまってあるなんて変ね。二つってことも気になるし、中に何が入ってるんだろう」
「エステル、今回の任務は……」
「え~い☆」

ヨシュアの嫌な予感は的中してしまう。エステルは何のためらいもなく箱を開けてしまった。

「うわあ、遊撃士のバッジだ♪」

笑顔で地下水路に響き渡るような大声を出してはしゃぐエステルを見てヨシュアは今日最大のため息をついた。

「対象の調査は任務に入っていなかったと思うよ……」
「もう、ヨシュアって本当にお堅いんだから。仕事じゃなく、純粋な好奇心の問題よ」
「これで落第確定だね、エステルは……」
「ら、落第ぃ?」
「もし、これが本当の仕事だったらそれは依頼者の持ち物だからね。非合法の物でもない限り中身を確認する権利は無いよ」
「そ、そうなの?」

エステルの顔はこれ以上にないほど青ざめている。冷静な顔でそう話すヨシュアが気に入らなかったのか、エステルは暗い笑みを浮かべる。

「えい☆」
「うわあ!」

エステルはついにもう片方の箱も開けてしまった。

「ひどいよ、エステル……」
「これであたしとヨシュアは一蓮托生よ!」
「とりあえず、バッジを中に戻そう。そして素知らぬふりをするんだ」

ヨシュアも腹をくくったようだ。

「それじゃあ、帰ったらシェラ姉さんの前でバレないように気をつけよう」
「オッケー!」

二人が地上へのはしごを上がると、シェラザードが出口の側で立っていた。

「二人とも、お疲れ。一応、規則があるんで捜索対象を確認させてちょうだい」

ヨシュアは震える手で二つの小箱を渡した。

「……確かに本物ね。だけど……あんたたち、途中で開けたわね!」

エステルとヨシュアは首を横に振る。

「どうしても白を切ると言うのなら……バッジを触った跡が浮かび上がるパウダーでも使って確かめようかしらね」
「げげっ、そんなのがあるの?」
「……すいません、開けてしまいました」

シェラザードは怒った表情になり、鞭をしならせた。

「エステルの喜ぶ声がここまで聞こえたわよ!……開けた事をごまかそうとするなんて言語道断!あんたたち二人とも補習よ!」
「ひええっ!家に帰るのが真っ暗になっちゃう!」

地下水路とギルドを一回余計に往復したので時間がかかりすぎてしまったのか、辺りは夕焼けの光景に包まれていた。

「とりあえず、補習は後回しにして、研修を続けるわよ」
「もう終わりじゃないの?」
「まだ報告についての研修が残っているの!」

怒っているシェラザードを先頭にうなだれるエステルとヨシュアは遊撃士ギルドへと入って行った。

「最後の研修は報告の仕方についてね。どんな仕事でも達成したら報告しないとダメよ。どう解決したのか、その経過を報告するのもブレイサーの仕事なんだから。ここのギルドではアイナが担当窓口になっているわ」
「二人とも、よろしくね」

受付カウンターのアイナがそう言ってエステルとヨシュアに軽く微笑みかける。

「さあ、自分たちで報告してきなさい」

シェラザードにうながされ、エステルとヨシュアは受付のカウンターで手帳を見せながら認定試験への報告をした。ただし、箱を開けてしまったので失敗と判定されてしまった。

「残念だったわね。仕事中の手際によっては報酬が増減することがあるから注意してね。失敗してしまった場合には報酬は支払われないわ。そう言う厳しい面もあるのよ」
「さあて、二階でお説教の続きね。アイナ、迷惑掛けたわね」
「ううん、気にしないで。大切な戦力を育てるためだもの。」

二階に着くとシェラザードは二つの箱を机に置いた。

「残念ながら、この箱の中身はお預けね」

エステルとヨシュアの二人は二の句も告げずに沈み込んでいる。
すると、一階からアイナが息を切らして上がって来た。

「エステル、ヨシュア!まだ居てくれて助かったわ!」
「どうしたんですか?慌ててますけど」
「少し面倒な事になったの」
「ねえ……何かあったの?」
「ルックとパット、知ってるわよね?ユニちゃんが教えてくれたんだけど、二人して北の郊外にある《翡翠の塔》に行ったらしいのよ」

アイナの言葉にエステルたち三人は驚いた。

「《翡翠の塔》!?あそこって確か魔獣の住処になっていなかったっけ!?」
「ええ、その可能性が高いわ」
「今すぐ追いかければ、追いつけるかもしれないわね。エステル、ヨシュア、二人で連れ戻して来なさい」

シェラザードがそう言うと、アイナは気まずそうな表情になる。

「でも、あなたたちはまだ見習いにもなってないし……」
「これを補習の代わりにするわ。二人を説得して連れ戻すことができたら、認定試験は合格にしてあげる」