消費者ローンへの規制を強める改正貸金業法が完全施行され、思わぬ余波が広がっている。貸金業者の活動を規制すれば多重債務に苦しむ人は減る……。借り手の保護を訴え、6月の完全施行を主導した亀井静香・前金融担当相の思惑とは裏腹に、中小・零細企業の経営者や個人事業主らを窮地に追い込んでいる。
東京・銀座の法律事務所、ホームワンには、資金繰りに苦しむ人からの相談が次々と舞い込む。完全施行の足音が聞こえ始めた昨年秋ごろからじわじわと相談が増え、債務整理などの手続きに入る案件が積み上がっている。公務員、教員、タクシー運転手、主婦らに混じって、個人事業主の姿が目立つようになった。個人事業主が抱える負債は多額になりがち。債務整理では済まず、破産・免責を申請する事例が多い、と同事務所の中原俊明代表弁護士は言う。
消費者ローンで事業資金を調達
業績悪化で銀行などから融資をストップされた中小・零細企業の経営者や個人事業主らにとって消費者ローンは最後の頼みの綱。日本貸金業協会が昨年実施した調査によると、消費者ローンを利用した経営者や個人事業主のうち約35%が、事業資金以外の名目で個人として借りた資金を事業資金に転用した経験があると答えた。
経営者の分だけでは足りず、従業員や親族らにも消費者ローンを借りさせ、事業資金を調達してきた中小・零細企業も珍しくない。賃金の未払いや解雇を恐れ、従業員たちは経営者の要請に応じてきた。
改正貸金業法では、個人への融資額を年収の3分の1以下に抑える総量規制を導入。上限金利を29.2%から20%に引き下げた。企業向け融資は総量規制の対象外。個人事業主が事業資金を借りる場合も、決算書や事業計画などを提出すれば総量規制の例外扱いとされる。しかし、事業者向け融資から腰を引く貸金業者が目立ち、個人事業主の前に立ちふさがるハードルは高い。
かつては事業者向け融資を専門にする貸金業者(商工ローン)が短期のつなぎ資金を供給してきた。ところが、取り立て規制の強化など商工ローンへの風当たりは強まる一方。貸金業協会に加盟している業者による事業者向け無担保融資の残高は昨年3月末時点で約4200億円。10兆円を上回る消費者向け無担保ローンとは大きく差が開いている。
総量規制の導入は、消費者ローンで事業資金の不足分を補ってきた事業者を追い込む。貸金業者の間で借り手情報の共有も進み、従業員らに消費者ローンを借りさせる抜け道はふさがれる。万策尽きて弁護士のもとを訪れる経営者らが事業再生のシナリオを描くのは極めて難しい。
中小・零細の資金繰り難で経済に悪影響も
中小・零細企業や個人事業主への影響はどこまで広がるのか。信用調査会社の帝国データバンクが5月に貸金業法改正による資金繰りへの影響を企業に聞いたところ、「影響がある」「やや影響がある」との回答が全体の3%。従業員数5人以下の卸売り・小売業などを対象にした「小規模企業」に限ると5%に達した。調査を担当した産業調査部の窪田剛士氏は「企業は業法改正をにらんで資金繰り対策をしてきたはず。この時点で3%という数字は大きく、調査対象に入らない個人事業主はさらに深刻だ」と経済への悪影響を警戒する。
総量規制に触れそうな借り手は全国で約500万人とされている。NTTデータ経営研究所・金融コンサルティング本部アソシエイトパートナーの佐藤哲士氏は「総量規制の影響を受ける人全体で1兆~2兆円の資金が足りなくなる。そのうち約1割は個人事業主向けで、一般の利用者以上に資金繰りは厳しい」と推計する。
貸金業法改正の原動力となったのは多重債務問題だ。多額の借金を抱えて自殺する人が急増するなど社会問題となり、貸金業者への規制強化を求める声が急速に高まった。貸金業界の抵抗を押し切り、06年末に国会の全会一致で改正貸金業法が成立した。
改正法成立の推進役となった金融庁の幹部(当時は参事官)は自著で「今回の改革は、新たな多重債務者の発生を抑制するため、返済能力に応じた貸し付けという、市場メカニズムが健全に機能すれば一般化するであろうビジネスを直接、制度によって実現しようとする性格を強く持っている」と指摘。「(貸金業界を)信用を供与する仕事を心底誇れるような業界に再構築するための土台にする」と理想を掲げている。
金融商品取引法を意識し検討した貸金業法改正
同幹部が法改正の骨格を固めるにあたって強く意識したのは金融商品取引法。06年6月に成立、翌年に施行された金融商品取引法は利用者の保護を目指す法律。金融商品を販売する際に金融機関に商品内容の十分な説明を求めるなど投資家の保護を前面に出す。「投資商品を販売するにせよ、お金を貸すにせよ、顧客のリテラシー(能力)に応じた勧誘が必要な点は同じだ」という。
多重債務者を生む大きな原因とされるのはパチンコ依存症だ。同幹部は「パチンコ依存症と借金が組み合わさると一層深刻である。パチンコをやめ、債務を整理して人生をやり直すためには、情熱を持った導き手が必要だ」と強調している。「金融に関する知識が乏しい『弱い個人』を守る」という発想が根底にあり、金策に走る中小経営者らの姿はもともと視界から抜け落ちているのだ。
業法改正が多重債務問題の解決に一役買っているのは間違いない。無担保・無保証の借入金がある人の借入件数をみると、借入先が5件以上は今年3月末で約83万人となり、3年間で約52%減少した。
半面、短期のつなぎ資金を求める事業者のパイプを細くする副作用は広がっている。中原弁護士は「一般の消費者向けローンと事業者向けローンで上限金利に差をつけるなど規制の内容を分ける措置も必要」と主張する。
完全施行の延期求める声を封じ込めた亀井氏
中小・零細企業などへの悪影響が金融庁の耳に入らなかったわけではない。改正貸金業法には完全施行までに問題があれば内容を修正するとする「見直し条項」が盛り込まれていた。金融庁は昨年秋に完全施行に際しての運用上の問題を検討するプロジェクトチームを発足。貸金業者からは完全施行の延期や総量規制の見直しを求める声も飛び出したが、「法律そのものを変える状況ではない」と貸金業界を封じ込めたのは亀井氏だ。
亀井氏は「(貸金業者が)今まで通りもうからなくなったと言っても耳を貸すつもりはない」と一貫して完全施行を主張。連立与党内に浮上した慎重論も退け、政府は今年4月に6月の完全施行を閣議決定した。
昨年末には、中小企業や個人向け融資の条件緩和を金融機関に促す中小企業金融円滑化法(通称モラトリアム法)の成立を主導した亀井氏。金融業界への監視や規制を強化してきた立場からすれば貸金業界への規制強化は同じレールの上を走っている感覚だったのだろう。
足りなくなった資金の穴を埋めるのは誰か。亀井氏は「メガバンクを含めた金融業界がきっちりと小口融資をすべきだ」と主張してきたが、金融機関側は「消費者金融とは融資審査などの手法が異なる」と慎重な構えを崩さない。
貸し手と借り手は多種多様。貸し手側への規制強化一本やりでは経済活動をゆがめ、想定外の事態を招く可能性がある。改正貸金業法に追い詰められた借り手たちは、規制万能論に傾きがちな連立与党の足元を揺さぶっている。
(電子報道部 前田裕之)
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