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愛する者の曇り顔を想像し、漠然とした将来への不安が像を結ぶことがある。〈君が年ごろといはれる頃には/も少しいい日本だったらいいが/なにしろいまの日本といったら/あんぽんたんとくるまばかりだ〉▼詩人の金子光晴が孫娘に詠んだ「森の若葉」の一節である。交通戦争という言葉が使われていた1967(昭和42)年の作で、車が悪者になっているが、「あんぽんたんとくるま」の部分をいじれば今も通用する▼2010年の祖父の嘆きは、「天下りと無駄づかい」か「バラマキと増税論」か。「公約破りに短命首相」「世襲やタレント候補」……。いくらでも浮かぶのが悲しい。政治への冷笑や無関心の誘惑に逆らい、有権者は「も少しいい日本」への踏ん張りどころだ。参院選がきょう公示される▼多くの国民は、国債の乱発で次世代の、かわいい子孫の稼ぎを先食いするのは忍びないと考え始めている。そこを読んで、民主党は自民党の消費税引き上げ案に数字ごと乗った。強い財政で先々の憂いを払い、お金を使わせ、景気をよくするという▼政権は投票で代えられるという民主主義のイロハを、遅まきながら体感して10カ月。こんどはその政権に、衆院に続く多数を与えるか否かの選択となる。否であれば、不満と不安をどの党に託すか▼再生への歩みは、みじめな未来がひとごとでないと思い改めて始まる。各党が説く道筋を吟味し、ほかならぬ当事者として賢い判断を下したい。焼け跡をこれだけの国にした日本人である。あんぽんたん、のはずがない。