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こころを救う:患者の力、信じ見守る 処方薬依存、事実伝え治療の道示す

 「私が診た患者も何人も命を絶った。失敗を繰り返してここまで来た」。医療機関で大量に処方された向精神薬で自殺や自傷する人が増えている問題で、京都市の精神科診療所院長が毎日新聞に体験を語った。多くの精神科医が患者の自殺に直面してきたが、その「教訓」を伝える人は少ない。一人の患者が立ち直ったことが医師の今を支えている。【堀智行】

 ◇精神科医師が見つけた答え

 奥井滋彦院長(50)が京都市内の精神科病院に勤務していた駆け出しのころのことだ。自殺をほのめかす電話があれば、深夜でも自宅まで駆け付けた。だが深くかかわり過ぎると患者は医師に寄りかかり、つながりを求めて自傷を繰り返す。薬を大量に出せば、薬に依存し症状は悪化する。重篤な患者の何人かが過量服薬などで命を絶った。自分を責め、悩んだ。

 見つけた答えが「薬を減らし、患者の力を信じ見守る」こと。向精神薬を長年処方され、薬物依存症になっている患者にはその事実を伝え、治療の道筋を説明した。

 そのころ出会ったのが患者の加藤武士さん(45)。加藤さんは薬物依存症のため精神科病院の入退院を繰り返していた。奥井医師は、こうした人を支えるNPO「ダルク」に通うよう勧めた。加藤さんは薬を断った。だがこころの穴は埋まらない。失望し大量の処方薬を飲んで自殺を図った。一命を取りとめ、頼ったのも奥井医師だった。

 奥井医師は当直の晩になると、部屋に呼んだ。毎回2時間、生い立ちに耳を傾けた。実母と育ての母の2人がいたこと。育ての母に感謝する一方、生い立ちから学校でいじめられ、非行に走ったこと。寂しさを紛らわしたのが覚せい剤や処方薬だった。2カ月かけ、話し終えた時に奥井医師は言った。「よう今日まで生きてきたな」。理解してくれる人がそばにいる。それが回復への第一歩だった。

 自殺を図る患者の対応が難しいと多くの精神科医は口をそろえる。奥井医師は後輩から相談を受けるたび「いっぺん患者に巻き込まれてみろ」と助言する。遠くから見ていても分からない。巻き込まれて見えるものがあると思うからだ。

  ◇  ◇

 加藤さんは今「京都ダルク」の施設長として、薬物を断とうと格闘する仲間の支援を続ける。奥井医師と出会って18年。患者を亡くし、苦しむ姿も見てきた。加藤さんは言う。「医者は患者の前では無力になれない。だから薬に頼ってしまう。だけど、無力な時もあると受け入れれば、本当の医者と患者の距離が見えてくるんじゃないでしょうか」

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 情報やご意見をメール(t.shakaibu@mainichi.co.jp)、ファクス(03・3212・0635)、手紙(〒100-8051毎日新聞社会部「こころを救う」係)でお寄せください。

毎日新聞 2010年6月25日 東京朝刊

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