現在位置:
  1. asahi.com
  2. 社説

社説

Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

地域主権大綱―「政治主導」はどうした

 「分権とは明治以来百数十年、特に戦後強化された集権システムと、それを支える政官業の『鉄のトライアングル』を突き崩そうとするもの……」

 「地方の時代」を唱えた神奈川県の長洲一二知事(当時)が本紙「論壇」にこう書いたのは1994年、政府の地方分権大綱ができたときだ。

 あれから16年。菅内閣が地域主権戦略大綱を決めた。「地方分権」から「地域主権」に表題を変えたが、その冒頭にも「明治以来の中央集権体質からの脱却」をめざすとある。

 なんとも歩みののろい改革なのだ。

 今回の大綱も「国の出先機関の原則廃止」の方針が盛り込まれたことは評価できるが、まだ抽象論の域を出ていない。より具体的な内容に目を向けると、自治体の仕事のやり方を法律でしばる「義務づけ」の廃止などは、いかにも物足りない。自治体側の要望が大きい改革の核心部分だけに、たいへん残念な内容だ。

 改革に対する民主党政権の意気込みを、私たちは3月の社説で「大風呂敷を歓迎する」と評したが、あの頃の意欲はしぼんでしまったように見える。

 とくに、民主党の目玉政策の「一括交付金化」は原点から揺らいだ。

 各省が差配する補助金が国と地方の省庁縦割りの上下関係を固定化させてきた。だから補助金をやめて、住民が使い道を考えられる交付金にする。「省庁の枠を超えた」「地域が自己決定できる財源」にするはずだった。

 原口一博総務相はこの考え方を全面支持しつつ、「大綱の内容を決めるのは首相と一部閣僚、学者、知事らによる地域主権戦略会議だ」と言い続けてきた。確実に予想された各省の抵抗を首相らの政治判断で突破するという宣言である。傍らで菅直人首相も仙谷由人官房長官もうなずいていた。

 それなのに、戦略会議でいったん了承した「一括交付金化」の内容が土壇場で、国が深く関与するものに変質した。自治体の裁量枠が大きくなれば、各省は権限も影響力も失う。それを恐れた役所側の巻き返しを認めてしまった格好だ。これでは霞が関と二人三脚だった自民党政権時代の分権改革と変わらない。

 地域主権改革は日に日に各省のペースになりつつある。副大臣や政務官らが各省の省益をそのまま代弁するような光景が増えている。まるで官僚に振り付けされた、官僚のいいなりの「政治主導」を見せられているようだ。

 大綱を決めた戦略会議で、菅首相は「分権改革のさきがけ」である政治学者の松下圭一氏の名を挙げて、改革への意欲を語った。そして最後には「もしかしたら、これからが本勝負になるのかな」と締めくくった。

 本来の政治主導にかじを戻す覚悟の言葉なら、実行あるのみだ。

困窮者対策―新しい「世話焼き」を育む

 「きずなの社会、すべての人が居場所を見いだせる社会をつくる」。民主党は昨夏そうマニフェストで訴え、政権に就いた。菅直人首相に代わって臨む参院選。あの約束はどうなったのか。

 ハローワークには長い列ができている。行く当てがなく、ネットカフェで寝泊まりする人は減らない。自殺者数は12年連続で3万人を超えた。ひとり親家庭の貧困率は54%。周囲が気づかぬ中、深刻な児童虐待が相次ぐ。

 困難を抱えながら、孤立する人や家族。社会の裂け目は繕われていない。

 「年越し派遣村」村長から内閣府参与となった湯浅誠さんは、行政の内側でその限界を痛感してきた。

 各省庁は種々の貧困対策を繰り出しはした。だが制度や分野ごとに縦割りになっていて、とても複雑だ。ハローワーク職員や福祉事務所のケースワーカーのがんばりにも限りがある。

 役所は、不親切なショッピングセンターのような所だという。たくさんのサービスが用意されているけれど、店員は自分の売り場のことしかわからない。慣れないお客は求める物を探すのにくたびれ、やがて足が遠のく。

 若者の就労支援などに取り組む各地のNPOも壁にぶち当たっていた。相談に来る中にはいくつもの問題を抱えた人がいる。コミュニケーションがとれない、病気だ、家族とうまくいかない……。しんどくて、どこで何を頼めばいいのかさえわからない。どうしても支援からこぼれ落ちてしまう。

 湯浅さんを中心に情報を交換し合って生まれたのが、「パーソナル・サポーター」のアイデアだった。

 一人の困窮者に幅広い知識を持つサポーターが継続的に寄り添い、相談に乗り、住まい、医療、就労といった支援をコーディネートする。役所の枠を超え、時に役所の権限を代行する。息の長い伴走型支援の仕組みを、NPOと行政の協働でつくれないか――。

 本来、そうした「世話焼き」をしてきたのは、家族や親類や地域の顔見知りだった。北九州でホームレス支援に当たる奥田知志(ともし)さんは「今の貧困の特徴は人間関係の困窮。きずなの制度化が必要な時代だ」と訴える。

 横浜では今秋から、複数の団体が共同でパーソナル・サポーター事業に取り組む。職業紹介や生活保護行政の規制緩和を求め、構造改革特区の提案もしている。政府の新成長戦略にも、アイデアは盛り込まれた。

 人材をどう育てるか。持続的な資金をどう確保するか。制度化に課題は多いが、まずは「パーソナル・サポーター」の考え方を広めてゆきたい。

 菅首相は所信表明演説でこの構想に触れ、「一人ひとりを包摂する社会」を目指すと述べた。壊れたきずなをどうたて直すか。強い財政・経済と並んで、選挙でも論じてほしい課題だ。

PR情報