背けていた顔を、菊花へと向ける。
おぞましい妖魔の亡骸を見たくなくて、瞳を閉じた。
「菊…花ぁ……」
大きく口を開く。
舌を伸ばして、菊花へと差し出す。
「いい子ね、桜花……」
私の舌に上に、コロンとした塊が乗せられた。
「うっ、ぐぅっ!」
強烈な悪臭に、顔が歪む。
(こんなに臭いモノを、菊花はずっと口に入れていたの?)
私の疑問に答えるように、ふふっと菊花は笑った。
「物凄い悪臭でしょう?でもね、すぐに蕩けるような甘い匂いに変わるわ」
「………うっ」
菊花の言う事なのに、信じられなかった。
飲み込もうとするけれど、喉や胃が拒否して、なかなか飲めない。
(あんなに臭いモノが、いい匂いだと思えるぐらい……私は変わってしまうの?)
子宮を失ったお腹の中が、気持ちの悪い。
けれど気のせいだろうか。
これを口に入れた時から、少しずつ、気持ち悪さが減ってきている気がした。
(これが、妖魔になるという…事……)
見た目にはなんの変化がなくても
私の肉体は、感覚は、思考は、生きてきた歴史さえも
すべて汚く澱んだモノへと変貌させる。
(私は、何千何万と殺してきた妖魔と、同じモノになるの!?)
いくら嫌だと思っても、もう止められない。
「桜花、手伝ってあげるから……」
「んっ、んぐっ!?」
菊花の熱い舌が、ヌルリと口腔に入り込んできた。
「ぴちゃ、ちゅぷっ、ふふっ、んぅぅ……んむ、はぁ、くちゅ、ちゅう」
菊花の舌と、私の舌との間で、妖魔の亡骸が転がされる。
そのたびに小さな塊は熱くなり、なぜか甘い芳香を放った。
(あ、あんなに、臭いと…思ってた、の…に……)
「桜花……んふぅ、ちゅぷっ、ぴちゃぴちゃっ、れろっ。
ああ、可愛い、桜花……くちゅうっ、ちゅっ、んんっ、ぺろぺろ」
歯茎の裏側を舐められ、頬の内側を何度も突付かれた。
「ちゅ、あぅ、ああ、うう、き…きくか、あっ、ちゅくっ、ちゅる……」
目眩がする。
視界がぼやけてきた。
濃密な妖気が、菊花と、妖魔の亡骸から溢れ出して私を汚す。
「さぁ、飲んで……」
コップの水を含んだ時のように、口の中は唾液でいっぱいだ。
「私と同じモノになるのよ、桜花……」
菊花の言葉は、催眠術のようだ。
「………ん」
私はただ、いつものように。
「こくん」
菊花の言う事に従うだけ。
(だって……菊花の言う事は、いつも正しい)
蕩けそうな肉体の中心で、心臓がドクンと大きく痙攣した。
「あ、ああ……アアアアアアッ!」
心臓が燃える。
肉体が作り変えられていく。
血が熱い。
目の裏が熱い。
脳が……融ける!
「んああああぁああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
私の絶叫を聞きながら、菊花が瞳を細めて笑う。
「いい子ね、桜花。とっても、いい子……私の可愛い桜花」
髪を撫でる手も、私に囁く声も優しいのに
菊花が私を見る瞳は、草食獣を前にした肉食獣のそれだ。
「桜花が妖魔になったご褒美よ。
たっぷり愛し合いましょう……この躰の境界がなくなるぐらい!」
菊花の声に、空間が割れた。
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