「ただ、この肉体はもう、妖魔となったけれどね」 
 
大きく開かれた口の中。 
そこに、妖魔の亡骸が乗せられていた。 
 
「ひぃっ!」 
 
まるで傷物になり、膿んでしまった果実のようだ。 
その亡骸は。 
 
気持ち悪い、緑色のカビの生えたオレンジの塊。 
脳まで響く腐臭。 
羽化寸前の蝶のサナギに似た、妖魔の死体。 
(……吐いてしまい…そう……) 
気持ち悪さとおぞましさに、腰が引けた。 
 
「なぁに、嫌なの?桜花」 
それを楽しむように、菊花は私の躰を捕まえる。 
「い、いやっ」 
振りほどこうとしたけど、菊花の手は私の躰を掴んで離してくれない。 
それどころか、肉床から飛び出した触手が私達の躰をキツく拘束した。 
「平気よ……へ・い・き」 
低くした声が、耳元で囁いてくる。 
「き…菊花、おかしい。こんなの、変。何を……」 
 
『何をされたの?』 
 
聞きかけて、口を閉ざして顔を逸らした。 
(何をされたかなんて、菊花に聞かなくても、分かる) 
ボーッとしている私の代わりに、菊花はなんでもしてくれた。 
だから私は、何も考えなくて良かった。 
傷付かなくて、良かった。 
(私と同じ事を……ううん、きっと) 
菊花の服装は、私と別れた時と同じ。 
(私よりもずっと、酷い事をされた) 
履きかけのスクール水着に、かろうじて肩にかかっているセーラー服。 
(だって菊花が私を傷付けるなんて、そんなの在り得ないのに!) 
 
菊花がおかしくなるぐらい酷い事を、妖魔が…… 
妖魔を飼い慣らす人間達が、行ったのだ。 
 
(……菊花……) 
 
お腹の奥で、切除された子宮が痛み、疼く。 
まるで男の手が私の子宮を掻き回しているような、気持ち悪さ。 
それは私の中の怒りや悔しさ、悲しさを倍増させた。 
 
「ねぇ、桜花。口を開けて?」 
「菊花……」 
その妖魔の亡骸を口にしたら、私はどうなるんだろう。 
菊花と同じように、妖魔になってしまうのだろうか。 
 
(もう、菊花と一緒にいられなくなる……?) 
 
それこそ、在り得ない。 
菊花がいないのに私だけ生きているなんて、そんな現実はいらない。 
 
「桜花がコレを飲み込んでくれないと、一緒にいられないのよ」 
私は、退魔師。 
菊花は、妖魔。 
血を分けた姉妹なのに、一緒にはいられない。 
 
(そんな……そんなの) 
 
「嫌……菊花と、一緒にいる」 
「桜花」 
嬉しそうに菊花が瞳を細める。 
 
菊花がいない世界なんて、いらない。 
今まで菊花がいたから、私は生きてこられたのに 
菊花がいなくなってしまったら、どうやって生きていけばいいか分からない。 
 
「じゃあ、コレを飲んでくれるのね?」 
「……………」 
顔は背けたままで、小さく頷いた。 
「私と同じ、妖魔になってくれるのね?」 
「………………………なる」 
菊花が妖魔になったのなら……私も妖魔になるのだ。 
それが、誰とも知れない卑怯な人間の仕組んだ事であっても……。 
 
「菊花がいないと、生きていけない」 
 
 
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