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[18783] 亡霊と海と時々キャル(Phantom~Requiem for the Phantom × Black Lagoon)
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:c48745e1
Date: 2010/05/24 05:10
どうもはじめまして、こんにちは、こんばんはそしておはようございました

この作品は友人の家でファントムを見ていて思いつきで出来上がった作品なので過度の期待はしないでください。一応プロットは最後まで完成しているので完結させるつもりですが更新速度に期待はしないでください。

ちなみに作者は声ネタがすきなのでネタ注意です。そしてちょっとキャラ崩壊もあるのでそれでも良い方は御覧ください。

それでは・・・・

御覧の通り貴様らが挑むのは無限の厨二、妄想の極致恐れずして読んでくださいww。



[18783] プロローグ
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:c48745e1
Date: 2010/05/13 15:01
「「バカルディ!店にあるだけ持ってこい!!」」

喧騒に包まれるイエローフラッグの中で一際大きな声にツヴァイは、琥珀色をした液体の入ったグラスを傾けながらテーブルを囲む雇い主とその護衛の二人の女に視線を流した。

「まったく・・・・野蛮な所ね」

 鬱陶し気に金糸の前髪をかき上げながら、ツヴァイの雇用主・クロウディア・マッキェネンは苦笑交じりに隣の褐色の筋肉質な相方に視線を向けた。

「あんたは初めてだから知らないだろうけど、ここじゃこんなの日常茶飯事さ」

 リズィ・ガーランドは、テーブルの上に転がる何個目か数えるのも面倒になった空のジョッキの群れに新たな空ジョッキを加えながら豪快に笑った。

「あれが噂のラグーン商会の二挺拳銃(トゥーハンド)だ」

 空のグラスをテーブルに置きながら、ツヴァイは横目にロアナプラでも名うての女ガンマンに視線を向けるがすでに噂の女ガンマンは、この店どころかこの背徳の街に不釣り合いなホワイトカラーの男との飲み比べに興じていた。

「あの刺青女がねぇ・・・・あなたとどっちが強いかしらね?」

 男を魅惑する為だけに生まれてきた様な蟲惑的な笑みを浮かべ、クロウディアは店で一番高い酒を煽った。

「どうかな・・・こればかりはやりあってみないと分からないな・・・・・待て」

 独白を切り上げ、ツヴァイは店の外に蠢く影に意識を向ける。

 それは、懐かしささえ覚える感覚であった。抑え込もうとしても滲み出る殺気、引き金に掛けた指が脳からの信号を今か今かと待ち構える期待感、どれもがツヴァイ自身が幾度となく経験し、また自身に幾度となく向けられた感情だった。

「リズィ・・・」

「分かってるよ・・・・」

 ツヴァイには後れをとるが、リズィもそれなりの修羅場を潜ってきた歴戦の兵である。ツヴァイと同様に店の外の影に気付いており、肉食獣の様な殺気を纏わせた視線を店外に向けていた。

 そんな二人の様子に長年同行していたクロウディアも尋常ならざる空気を察し、いつでも動けるよう身構えていた。

瞬間。

喧騒渦巻くイエローフラッグにこぶし大の鉄塊が放り込まれる。

 それが、手榴弾と理解する前に三人は動いていた。

ツヴァイは、テーブルを盾として爆風を遮り、リズィは以前からの護衛対象であり親友のクロウディアを背後に回り込ませる。

 炸裂した手榴弾の爆風が収まるより早く、今度は窓が叩き割られそこから無数の銃口が突き出される。

 銃口から吐き出される鉛の塊に店にいた客達が次々と風通りの良い体に改造されていき、物言わぬ屍へとその存在を変えていった。

「リズィ!!」

「分かってるよ!!」

 ツヴァイが叫ぶよりも早く、リズィはクロウディアを連れカウンターに走っていた。

「逃げる奴にはケツ穴余計にこさえてやれ!!終わるときには酒場には死人しか残らねぇ!!」

 銃声の奥からは狂気と歓喜に満ちた男の声が聞こえてくる。

クロウディアがカウンターの裏に逃げ込むのを確認したツヴァイは、己の存在を闇に紛らせ事の成り行きを見届けることにした。

幸いなことに、この酒場の店主はカウンターに装甲板を仕掛けておりよほどの重火器でない限りはクロウディアの安全は保障されている。

「死んでる・・・!死んでるよ!せっかく国立出ていいとこ就職したのに!これじゃぁあんまりだぁ!!」

今にも泣き出しそうな声も聞こえたが、それもすぐに銃声の狂乱の中に消えていった。

 男の言葉通り、酒場に数人を除き死人しか残らなくなった頃、死体確認の為にゾロゾロと招かれざる男達が無遠慮に侵入してくる。

「チェックしろ、まだ声が聞こえた。俺は生きてる奴が大嫌いなんだ」

 最後に店に入ってきた襲撃者のリーダーと思しきサングラスの白人が、部下に命令を出す。

 人数は軽く二十人を超えており、誰を狙ったかは知らないが随分と用心深い奴らだなと、ツヴァイは心の中で苦笑し、同時にそれら全員を始末する算段を頭の中で組み立てながら、懐に忍ばせたベレッタに手を伸ばす。

だが、それよりも早く動く影がカウンターから飛び出した。

 影の両手に握るのは差し込んだ月明かりを跳ね返し、凶暴な光を纏う白銀の銃。

 それを自分の一部の如く操り、無駄のない動きから繰り出される銃の演武により鍛え抜かれた屈強な男達を瞬く間に屠り去っていく。

 だが、ツヴァイの注目を引いたのは影の動きではなく、その表情にあった。

 影は嗤っていた。

 人間と言う己と同じ型を持つ存在を彼女、二挺拳銃は、心底楽しみながら壊していた。

 自分の様に殺人に心をすり減らす事もなく、ただ純粋に殺人という行為を楽しんでいた。

「あれはお前らの客か?」

 闇夜に紛れ、ツヴァイはカウンターのさらに奥、裏口の前で二挺拳銃を援護する大柄の黒人に話し掛ける。

「あんなおっかねぇ連中に知り合いはいねぇよ!」

「でも心当たりはあるんだろ?」

 その言葉に男はバツの悪そうに舌打ちをし、

「あいつらエクストラ・オーダーって傭兵会社の奴らでな、俺達の持ってるモンに興味津々のご様子だ」

「あら・・・そんな物騒な物ってなにかしらね。私も興味あるわね」

 待っていたとばかりにクロウディアが口を挟む。

「・・・・なんだこの上の娼館にいそうな姉ちゃんは?」

 男の物言いにクロウディアが噛みつく。

「失礼ね!!それはゲーム版の時だけよ!!」

「落ち着きなよリンディ、いいじゃないさそんなことぐらいで・・・・・」

「そんなことって何よ!あんたなんてゲーム版じゃアマゾネスの戦士みたいな姿だったくせに!!アニメ版でワイルドになったからって調子に乗ってんじゃないわよ!!」

「なっ!!それは言わない約束だったろ!」

 理解不能な言い合いを始める二人をよそにツヴァイは男に視線を移す。

「・・・・・色々すまん」

「なに、気にするな。この街じゃよくあることだ」

「よくあるのか!?」

「くだらねぇお喋りはここまでだ、俺達がここから逃げれば奴らも俺達を追ってくるだろ。迷惑掛けたワビはいずれするってことで今日のところは失礼させてもらうぜ」

 そう言うと男は豪快に握っていたS&Wを撃ち放ち、死のダンスを踊り続ける二挺拳銃に叫び掛ける。

「レヴィ!出るぞ!!」

「あいよ」

「ちょっと待てぇ!俺はどうなるんだ!?」

 それまで膝を抱えて震えていたホワイトカラーが噛みつくように男に迫る。

「元々ない話だしよ、ここで別れるってのはどう?」

「それはないだろ!?死んじゃうよ連れてけ!!」

 本気で泣きの入ってきたホワイトカラーに男はやれやれというように肩をすくめると、

「しょうがねぇな、足だけは引っ張るなよ?」

まるで嵐のように男たちは去って行った。

 残されたのは、傭兵たちによって作られた死体が十数体にレヴィと呼ばれた女ガンマンが作り上げた傭兵達の死体が十数体、生き残りの店主とツヴァイ達三人。そして・・・・


 傭兵部隊の隊長が忌々し気に吐き捨てるも、未だ無傷のツヴァイ達を確認するなりその蛇のような顔つきをより醜悪な笑みに歪ませる。

「まぁ奴らはすぐに始末するとして、生き残りがいたとあっちゃ後々めんどくせぇ事になりかねねぇからな。悪ぃが運がなかったと思って死んでくれや」

その言葉を合図に、外で待機していた部下達が一斉に銃を構える。

 ある程度予想できたこととはいえ、実際に起きるとやはりうんざりする。深くため息を漏らすツヴァイに更なる追いうちの言葉がクロウディアにより掛けられる。

「よろしくね・・・・ツヴァイ」

 もう何度となく言われた台詞にツヴァイは再び肺が空になるほど深いため息を吐き出す。

 瞬間、十五発分の銃声と共に同じ数の傭兵達が頭や心臓など即死の痕跡を体に刻み込み物言わぬ死体となって酒場中に転がる者達の仲間入りを果たした。

「なっ!?」

 傭兵部隊の隊長が驚愕の声を上げるより早く、マガジンを交換したツヴァイが更なる死体を作り上げていく。

「何だお前・・・・・ま、まさかカシムか!?」

「大尉落ち着いてください!!」

取り乱す隊長を抑えながら撤退していく傭兵達をしり目に満足げな表情を浮かべるクロウディアが悪魔の様だったと、イエローフラッグの店主・バオは後々まで語り継ぐこととなる。




[18783] 1話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:c48745e1
Date: 2010/05/12 03:29
ここは、ロアナプラの繁華街から少し離れた港町の二階建て建物の一室。

ツヴァイ達が住居兼事務所として借りているのは3LDKの間取りに事務所として使っている部屋からは海が一望でき、物件的にはかなり良好のはずなのだがいかんせん潮風にあてられて所々錆びついており、かつてアメリカの裏社会で限りなくトップに近づいた組織の大幹部の部屋とは思えない程寂れた一室にツヴァイ達三人は難しい顔を突き合わせていた。

「クロウ・・・悪いけどもう一回言ってくれるかい?」

 頭痛を堪えるかのようにこめかみを抑えながらリズィは隣に座る親友であり護衛対象であり、雇用主のクロウディアに問いかける。

「お金がないのよ!!」

 リズィよりもさらに激しい頭痛を感じているのか、クロウディアは誰から見ても美人と言える顔の眉間に深い皺を刻んでいた。

「ロアナプラにきて数ヶ月、何の後ろ盾もない私達に仕事なんてあると思う?今まではインフェルノ時代に蓄えたお金で何とか生活してきたけどそれもそろそろ限界よ」

「ちょっと待て、それにしたって早すぎないか?アメリカならともかくここはタイだぞ、物価だって全然・・・・・」

「あんた達が毎晩毎晩飲みに行ってお金を湯水の如く使っているからでしょうが!!」

 テーブルを挟んでソファに座るツヴァイが口を挟もうとするが、怒鳴り声に一蹴される。

「そんなに行ったか?」

「あたしの記憶ではそんなに・・・」

 訝しの視線を交わらせるツヴァイとリズィの前に、一冊のノートが叩きつけられる。

 そのノートには几帳面な字で「家計簿」と書かれていた。

「「か、家計簿ぉ!?」」

 驚愕の表情を浮かべ、素っ頓狂な声を上げる二人になぜか得意気なクロウディア。

「これでも出来の悪い弟がいた身ですからね。これぐらいは当然よ」

「お、お前・・・・意外に家庭的だったんだな」

「一応、親友を自称しているあたしでもこれは予想外だったよ・・・・」

「お黙り!それよりもこの家計簿を見てみなさい!!」

 破れんばかりの勢いでノートを開き、これまた几帳面の字で描かれた数字の羅列を二人に突きつける。

「「・・・・・・・」」

 その内容にさすがに閉口せざるをえない。

 ほぼ毎日の様に酒代の項目があり、その額は平均数万ドル、酷い時には一晩で数十万ドルの金が酒代に消えていた。

「これで分かったでしょ!?うちの経済状況はあんたら二人のアル中によって切迫しているのよ!!」

「い、いや、そんなに飲んだ記憶がないんだが・・・・」

「あんたら記憶無くなるまで飲んでいるからでしょうが!!何度ゴミ捨て場で寝ていたあんたを担いで帰ってきたと思っているの!?」

「そ、そんなこともあったのか・・・?」

 自分の酒癖の悪さを認識すると共に、そこまで酒に溺れてしまうほど摩耗している自分にうんざりする。

「一人でシリアス入っているんじゃないわよ!!そんな暇があるならバイトでもして来なさい!!この駄犬!!」

 容赦のない罵倒と共に強烈な平手打ちをくらわせられ、ツヴァイは肩を落として沈黙する。

 その時、クロウディアのデスクに備え付けられていた電話が鳴り響く。

「はい、御電話ありがとうございます。こちら万屋アースラです♪」

 女の変わり身というものはいつ見ても、殺し屋のそれよりも卓越した技術だとつくづく思う。

何の訓練もなくそれを生まれつき持っている女というものは何より恐ろしいとツヴァイは改めて感じた。

「はい、ご依頼内容はどのような物でしょうか?当社は殺し屋から戦艦の艦長、マダオ(まるで駄目なオウギの略)の嫁等と幅広い人材を揃えております!!・・・・・え?」

 それまで上機嫌だったクロウディアの声色が一気にクールダウンする。

「・・・・はい・・・・はい・・・いえ、喜んでお請けさせていただきます。はい、これを機に今後も当社を御贔屓に・・・・はい、では失礼させていただきます」

 電話を切るなり、引き攣った笑みをクロウディアはツヴァイに向けた。

「あら?意外と仕事が早いのね」

 依頼主のバラライカと呼ばれるロシアンマフィアの頭目の事務所に着いたのは正午になりかけの時だった。

 ホテル・モスクワ。ロアナプラでも三合会に次ぐ勢力を誇る組織の頭目からバイトの依頼が来たのは一時間程前のことであった。

「で、依頼内容は?」

「あら?聞いてないの?」

 意外そうに顔をしかめるバラライカ。

 バイト内容はクロウディアから頑なに教えられずにいたため、直接聞くしかなかったのだが、

「なん・・・・・・・・・だと」

 その内容を聞きながら案内されたビデオ機材が並ぶ一室を前にツヴァイは愕然とした。

「聞こえなかったの?ポルノビデオの編集のバイトよ」

「・・・・・・」

 閉口するツヴァイの表情がよほどお気に召したのか、バラライカは上機嫌に続けた。

「さすがのファントムも雇用主の命令に逆らえないってわけね」

「知っていたのか?」

「仕事柄ね。この街の新参者を一通り調べるのは当然のことよ」

 考えてみれば当然のことであった、素性を知らぬ者にバイトとはいえホテル・モスクワが仕事を依頼することなどありえない。

 別に隠していたわけではないが、自分のあずかり知らぬところで自分の過去を探られるのはいい気分ではない。

 だが、ここでへそを曲げるほど子供ではないしせっかくのバイトを不意にすればクロウディアに何をされるか分からない。

「で、何本やればいいんだ?」

 極力顔に出さないように努めたが、バラライカはそのツヴァイの一連の行動に歪んだ笑みを浮かべ、機材の説明を始めた。

「船便の遅れるって?」

 葉巻を加えたバラライカがけだるそうに、来訪者の言葉を復唱する。

「電話ですむようなことをわざわざ言いに来たの?」

「ダッチに言ってくれよンな事」

 めんどくさそうに吐き捨てるのは、ラグーン商会の二挺拳銃レヴィ。

 同行しているのは先日の酒場の一件以来ラグーンに籍を置くことになったホワイトカラーの東洋人のロックと呼ばれる男はツヴァイが編集するポルノビデオの映像に気まずそうに視線を逸らしていた。

 逆にレヴィは興味津々といった様子で画面を覗き込んでくる。

「ま、なんでもいいわぁ、今日中にこれを十五本片付けなきゃいけないのよ」

「やっているのは俺だがな・・・・」

 さも、自分一人で仕事をしているかのような口調のバラライカにツヴァイは、こめかみを引き攣らせながら呟く。

「まぁ、バイトが見つかってよかったわ、あたしがやってたら頭がおかしくなりそうよ」

(バイト代の為だ、バイト代の為だ、バイト代の為だ)

 自分に言い聞かせることで目の前の機材を撃ち抜きたくなる衝動を抑えるツヴァイに、ロックだけは同情の視線を向けていた。

「夜には会合もあるのよもう・・・・・勝手にヤクを撒いてるどっかのバカの話。大迷惑よまったく」

 今にも死にそうな声を上げるロシアンマフィアの頭目を尻目にツヴァイは黙々と作業に没頭する。

「なぁ兄ちゃん、あれケツに入れてんのか?」

「・・・ケツだ」

 レヴィの問いに律儀に答えてしまう自分の性格が恨めしかった。

一通りの世間話を済ませ、ラグーンの二人が部屋を後にする。

「じゃあな兄ちゃん、続き頑張れなぁ」

「死にたくなる・・・・・」

 去り際のレヴィの言葉に、ツヴァイは誰にも聞こえない声で呟いた。

 バイトが終わったのは日が傾き始め、ロアナプラに夜の世界が訪れる手前の刻限だった。

僅かに出たバイト代を握りしめツヴァイが訪れたのは、繁華街の食堂市場。

 朝から何も食しておらず、昼食もあのようなバイト内容では喉を通らず、少し早いが夕食をとることにした。

 器に注がれたフォーを持ち、テーブルに着く。

 特に食に拘りはないが、ここのフォーは不思議とツヴァイの味覚を心地よく刺激してくれるので暇さえあれば食していた。

 半分も食べ終えたころ。市場が喧騒に包まれる雰囲気を感じ、箸を止め辺りに視線を飛ばすと、逃げ惑う人々の奥に銃を構えた見知ったポニーテールを見つける。

「またあいつか・・・・」

 うんざりしながらフォーをかき込み直すツヴァイ。

 言わずもがな、先刻会ったラグーンの二人組であった。

 トラブルメーカーと呼ばれる人種にはこれまでに何人も出会ってきたが、行く先々で面倒事を引き起こすラグーンの二人組はトラブルメーカーというよりもトラブルそのものと言ったほうが正しいのだろう。

 今回もどのような経緯でトラブルを巻き起こしたのか知らないが、レヴィがロックに銃口を向けているところを見る限り、痴話喧嘩の類であると予想がつく。

 そんなことにいちいち光りものを持ち出すあたりが、この街が常識から外れた存在であると改めて思い知らされる。

瞬間、銃声が轟く。

「ほんとに撃つのかよ・・・・」

スープも残らず飲み干し、ツヴァイはゆっくりと席を立つ。

背後からはロックとレヴィが言い争う声が聞こえてくるが、すでにツヴァイは満腹感から来る眠気を堪えるほうが重要であった。

遠くからパトカーのサイレンの音も聞こえてきたがそれもツヴァイにはどうでもいいことであった。

「よう、またあったな兄ちゃん」

 御馴染のイエローフラッグのカウンターでグラスを傾けていると、そこにレヴィがやってきた。

後ろには、顔を腫らし左のこめかみに銃痕を付けたロックがついて来ていた。

「バイトはどうだったよ?」

「・・・・・・」

それを忘れるために飲んでいるのに、一瞬にしてアルコールが体から抜けていくのがわかってしまい。

忌々し気に表情を歪めるが、レヴィは構わずツヴァイの隣に陣取る。

「そういや自己紹介がまだだったな。あたしは・・・・・」

「知っているよ、ラグーン商会の二挺拳銃だろ?そっちは最近入ったロック」

「え?俺の事も知ってるの?」

「耳は早いほうなんでね・・・・」

意外そうな表情を浮かべるロックに一瞥もくれずにグラスの中身を飲み干すツヴァイ。

「まぁ、ロックのことなんざどうでもいいさ。あんたは最近来たモンだろ?どこで仕事とってたんだい?」

「俺か?・・・・・・」

 少し考えて、ツヴァイは皮肉気に口元を歪ませ、

「俺は、殺し屋から戦艦の艦長、マダオ(まるで駄目なオウギの略)の嫁等と幅広い人材を揃えている万屋アースラの玲二だ。」

「あん?」

「あんた日本人なのか?」

 それぞれ思うところが違う疑問を浮かべる二人をよそに、ツヴァイは店主のバオにおかわりを要求した。

 後に、バイト代を使い込んだとクロウディアにこっ酷い制裁を受けることなど露知らず、ツヴァイはこの妙な街の住む、妙な二人組との出会いをどこか楽しんでいた。




[18783] 2話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:d2bcaddb
Date: 2010/05/14 17:16
焼けるような日差しの中、エアコンの効いた事務所でクロウディアはキンキンに冷えたシャンパンに舌鼓を打っていた。

誰もいないことをいいことにバスローブ一枚と言う格好に注意する者もなく、クロウディアはつかの間の幸福を堪能していた。

最近の万屋アースラの経営状態は、思いのほか良好であった。

この背徳の町ロアナプラを牛耳るマフィアへのパイプ作りもクロウディア自信が持つ交渉スキル、信じられる友人。そして、かつてファントムとまで呼ばれた伝説の殺し屋がいればこの街での成功も難しい話でないと思っていた。

しかし、思い描くシナリオが現実のものとなるのに喜びを感じない人間はいない。

今日のこのささやかな贅沢も、自分へのご褒美と見れば決して高いものでない。

ちょうど、ツヴァイもリズィも出払っており事務所にはクロウディアしかいない。この街に来てからほとんど、どちらかが自分を警護の為に付いていた。

それは、雇用主として当然と思う反面、少しでも一人になりたいという欲求がたまって来ていたのも事実である。

決して二人が煩わしいなどと思ったことはない。むしろ感謝の念を絶えず持っていた。アメリカですべてを失い、それでも自分について来てくれた二人にはこの世の全ての言語を尽くして礼を述べても足りない程である。

それでも心のどこかにはそのような欲求が溜まっていたことに僅かに嫌悪感を覚えると同時に、自分の様な者にもそのような人間らしい感情があったのだと皮肉に感じたものだ。

そんなクロウディアの幸福を木端微塵に吹き飛ばす人物がロアナプラに降り立ったことなど、当のクロウディア本人はもちろんのこと、ロアナプラに住む誰一人として知ることはなかった。




「あん?コロンビア人に会いたい?」

街中で呼び止られたリズィは、不信感たっぷりに眉をひそめる。

この街で自分に声をかける連中など片手あれば事足りる。基本的にこの街は他人に無関心なのだ。

毎日のように銃撃戦や爆破が起こる場所で自分と仲間以外に気を配る余裕など持ち合わせてはいられないからだ。

ロアナプラに来て数カ月、ようやく常識の外にあるこの街のルールにもなじみ始めたリズィに前に現れたのは、これまた常識の外にある格好をした女であった。

一言で表すならば、それはメイドだった。否、それ以外の言葉が当てはまらない。

黒を基調とした服に黒のロングスカート、それにコントラストを加えるのはシミ一つない純白のエプロン。

まさに映画の中から出てきたメイドそのものだった。

メイドは、腰まであろうかと言う長い黒髪を三つ網に結び二本の尻尾の様にうなじから垂れ下げ、顔の半分は覆う丸眼鏡をかけていた。

「はい、私本日この街に来たばかりでした右も左も分からぬ身の上、コロンビアの同国人の集まりそうな場所を御教えいただけないでしょうか?」

まるで、感情をなくした人形のようにメイドは先ほどと同じ言葉を送り返す。

「コロンビア人ねぇ・・・・・」

人種差別の概念なども持ち合わせてはいないが、コロンビア人だけは話が違う。

かつて、リズィ、クロウディア、ツヴァイが所属していた組織インフェルノ。

その大頭目はコロンビアの麻薬市場を牛耳っていたレイモンド・マグワイア。リズィは彼にあろうことか親友であるクロウディアの抹殺を命じられていた。

組織の忠義と友情の間で大いに揺れたが結局彼女は友情をとり、クロウディアと当時インフェルノ最強の殺し屋、ファントムの称号得ていたツヴァイと共にインフェルノを脱走した。

自分の選択に後悔は微塵もないが、組織を裏切ったことには変わりない。

自分はろくな死に方をしないであろうと覚悟も決めている、仮にこのメイドがインフェルノから刺客だったとしてもさしたる抵抗もしないであろう。

だがそれは、あくまで自分一人の場合のみである。今も昔も自分よりも大事な存在がある。

クロウディア・マッキェネン。自分の全てを賭けて護ると誓った親友に危害が及ぶのは何としても阻止しなくてはならない。

改めてメイドに視線を向ける。

相変わらず人形の様に無表情のメイドは時が止まったかのように身じろぎ一つせずにリズィの言葉を待っていた。

「・・・・・」

リズィは迷っていた。このメイドがインフェルノの刺客だとはどうしても思えなかった。

インフェルノの刺客ならば、自分を見つけた瞬間に発砲しているだろう。まれに自分の趣味の為に自ら名乗り決闘を申し込む馬鹿もいるが、そんな命知らずがインフェルノに所属できるはずがない。

コロンビア人を探しているのは仲間を集めて自分達を襲うのかとも思ったが、わざわざそれを自分にばらすような不手際はしないだろ。

だが、それが全て罠であったなら?

そこまで考えてリズィは思考を停止した。考えるのは自分の仕事ではない、今自分ができるのは出来るだけこの正体不明のメイドから目を離さないことだ。

「場所は知らねぇが、あたしもこの街に来たばかりでね。これも何かの縁だ、とりあえず家に来ないか?」

我ながら下心が見え見えの誘いだったが、メイドしばらくの沈黙の後、

「では、御言葉に甘えまして」

などと言って、リズィの後に付いて行った。


「悪いな・・・・・」
 
事務所に着くなり、リズィはメイドの頭に愛銃であるATMハードボーラ―を突き付ける。

事の一部始終を聞き及んでいたクロウディアはその光景を無表情で眺めていた。

「・・・・・・」

相変わらず無表情のメイドだが、リズィにはメイドの筋肉が僅かに硬直したのを見逃さなかった。

(こいつ、やはり・・・・・)

その反応にリズィの自分の中にあった疑念が確信へと変わる。

メイドの反応は修羅場を潜った者にしかできない反応であった。表情と体の反応を区別することは意図的な訓練を行わなければそうそうできることではない。

「あんた・・・・一体何モンなんだ?」

「私本日この街に来たばかりでした右も左も分からぬ身の上、コロンビアの同国人の集まりそうな場所を御教えいただけないでしょうか?と、お願いしたはずですが?」

「それはこっちの質問に答えてからよ」

心の内を読めせぬよう余裕たっぷりの笑みを作り、クロウディアはメイドに命令を下す。

「別にあたし達はあなたをどうこうしようとは思ってないわ・・・・今のところはね」

「それはどういう意味でございましょうか?」

「そのままの意味よ」

「・・・・・・」

「あんたがあたし達を狙っている奴らじゃないってわかったらすぐにでもコロンビア人の所に連れていく」

今日会ったばかりの人間とは言え、騙したことに後ろめたさの苦痛に表情を曇らせるリズィ。

「私、南米ラブレス家のメイド、ロべルタと申します・・・・これでよろしいでしょうか?」

「そうね・・・・じゃもう一つ質問。どうしてこの街に来たの?」

「・・・・・私用でございます」

「あっそ、じゃ質問を変えるわ。レイモンド・マグワイアって知ってる?」

「コロンビアの麻薬王と言うことぐらいは・・・・」

表情から内心が読めない為、クロウディアはこれまで培ってきた経験則と情報を総動員して、目の前のメイドの正体にある程度の予測を付ける。

「そう・・・・どうやらあなたは違うみたいね。ごめんなさいね」

リズィに目配せをし、ロべルタと名乗ったメイドの頭に向けられた銃口を下させる。

「・・・・・・いえ、それではおいとまさせていただきます」

そう言って、ロべルタはやうやうしくスカートの裾を広げ礼をとる。

「いやね、怒らないで。お詫びと言っては何だけど協力させてもらうから」

無理な事とは分かっているが、出来るだけ優しい声色でロべルタに語りかける。

が、次の瞬間二人の表情が凍りつく。

ロべルタのスカートの裾から零れ落ちたのは、こぶし大の黒光りする球体。

「手榴・・・・!」

気付いた時には、クロウディアはリズィに抱えられ窓から飛び出ていた。

数瞬の後、爆風と共にかつて事務所と呼ばれた建物が木端微塵に吹き飛んだ。

「あ・・・・・あ・・・・あ・・・・」

燃え盛る事務所の前にクロウディアは放心状態で立ち尽くしていた。

親友のあまりの痛々しさにリズィは思わず顔を背けてしまう、このような光景をリズィは過去に見たことがある。

それは、数年前クロウディアの抹殺指令をインフェルノから受け、それを実行しようとした光景であった。

 その時にもクロウディアはそれまで自分で築き上げた物全てを失っていた。

「あ・・・・・あ・・・」

「クロウ・・・・」

何と声を掛けてよいものか迷い、恐る恐るクロウディアに手を伸ばす。

「あンのくそメイドぉぉぉぉぉぉ!!」

「は?」

何が起こったのか理解できず、リズィは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あたしの事務所を見事なまでに木端微塵にしてくれちゃってまぁ!!この落とし前はどうしてくれようかしら!!」

絶望ではなく怒りで震える拳を握り締め、クロウディアは振り返るなりリズィに叫び掛ける。

「車出して!!あのなんちゃって火星の戦士を本当に火星まで吹き飛ばしてやるわ!!」

「イ、イエス。マイロード!!」



[18783] 3話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:4b5f93b9
Date: 2010/05/13 01:35
事務所が半壊したことそれにより雇用主が怒り狂っていることを露知らず、ツヴァイはいつも通りイエローフラッグのカウンターでグラスを傾けていた。

「あんたトコの会社随分景気がいいみてぇだな。」

そう言って店の店主バオは新聞に目を落としながら語りかけてきた。

「おかげさまで。」

あいさつ程度の口調でツヴァイはグラスに新しい酒を注ぎながらぶっきらぼうに答えた。

考えてみれば酒代を稼ぐために働くなどアメリカ時代には考えられないことではあったが、そうやって飲む酒は不思議と旨いと感じるようになってきた。

この変化が自分にとっていいことなのか悪いことなのか分からないが、少なくとも悪い気はしなかった。

そんなことを考えていると、いつの間にか隣に奇怪な格好をした女が座っていた。
一言で言い表すならメイドだった。

まるで映画の中でしか見たことがない本物のメイドがそこにいた。

 店どころか、この街そのものに不釣り合いなメイドをバオも一瞬驚愕の表情を浮かべるが、この手の相手には関わらない方が身のためだと瞬時に理解したのだろう。

 再び新聞に視線を落とし、

「ミルクはねぇよ」

 と、ぶっきらぼうにメイドに吐き捨てるように言った。

「では、お水を・・・・・」
 
 幽霊のような消え入りそうなか細い声で、メイドは淡々と続ける。

「この街には今日着いたばかりでして、右も左も分かりませんのコロンビア人の・・・・」

 そこまで言って、メイドの台詞は強制的に終了を余儀なくされる。

 中身が零れるのも構わず、バオがビールの入ったジョッキをメイドの前に叩きつけるように置いたのだ。

「ここは酒場だ・・・・・酒を頼め、アホタレめ」

 あからさまに「とっとと帰れ」と態度に表すバオにツヴァイは興味なさげにグラスを傾ける。

 このメイドに興味がないわけではないが、下手なことに首を突っ込めば命が危ないのはこの街の摂理ともなっているのでバオの態度も分からなくはない。

しかし、

「この街には今日着いたばかりでして、右も左も分かりませんのコロンビア人の友人を頼って来たのですが、事務所はどちらにございましょう、ご存じありませんか?」

 メイドは、何事もなかったかのように律儀に先ほど言いかけた台詞を最初から言い直す。

「姉ちゃん!ここが観光案内所や職業斡旋所に見えんのか!?」

 遂に怒鳴り声を上げるバオにメイドは眉一つ動かさず静かに、「いえ」と、呟いた。

 酒瓶を一つ空けたころ、店の外からこちらに向かってくる無数の殺気を感じ、ツヴァイは意図的にアルコールを体内の奥底に押し込める。

 それと同時に隣の座るメイドからも肉食獣の様な殺気が立ち込めていた、それはあまりにも強烈でありツヴァイの闘争本能を無自覚に刺激する。

 思わず懐のベレッタに手を伸ばしかけるが、それを遮るようにメイドに握られたジョッキが盛大な音を立てて砕け散った。

 申し合わせたように、店の入り口の扉が開き店内に数人のガラの悪い男達がズカズカと侵入してくる。

 それを見たほかの客は危険を瞬時に嗅ぎ取り、逃げるように店を後にする。

 顔つきから予測するに、男達達はメイドの探していたコロンビア人のようであったが、乗り込んできた雰囲気から察するに、メイドを歓迎する為に来店したのではないのだということは、子供でも察しがついた。

 いつの間にか店の中には、バオ、ツヴァイ、メイド、そして乗り込んできたコロンビア人の男達しか残っていなかった。

 バオとツヴァイは無関係だが、この状況で店を後にできるほど空気が読めないほどバカではない。

 願わくば、穏便に事が済めばよいのだが・・・・・。

「女、テメーに用がある。」

 男達の先頭に立つ髭面の男が掛けていたサングラスを外しながら低いドスの利いた声でメイドに詰問を口火を切る。

「おかしなメイド姿の女が一人、コロンビアマフィアの居場所を嗅ぎ回ってると聞いたんでな。
ハリウッドの時代劇でしかお目にかかれねぇイカレたナリだ。そんな服で街中を歩いてりゃあどんな馬鹿の記憶にも残らぁ・・・・・。俺達をここに呼び寄せたのは何が目的だ!!貴様何者だ!!」

 ツヴァイの予想通り男達はコロンビア人であることには間違いないようである。

 しかも、メイドが探していたコロンビアマフィアの者達であることは男の台詞から容易に想像できる。

 この背徳の街で人を探す言うこと自体常識的に考えられない、表社会からはみ出した者で作られた街にまっとうな人間などいるはずがない。

しかも、それが探し人の個人名であるならいざ知らず、コロンビア人などと酷く曖昧なものであったならばそれはマフィアの警戒心を煽るに理由には十分すぎる。

 しばしの沈黙の後、メイドは椅子の脇に置いてあった大きなカバンの取っ手と桃色の日傘を握り、立ち上がると警戒心で殺気立つコロンビアマフィア達と対峙する。

「見つけていただくのがこちらの本意でございます。マニサレラカルテルの方々でございますね。私めはラブレス家の使用人にございます。聞きたいことが幾つか」

 マフィアを前にしてもメイドの口調は変わらず淡々としたものであった。しかも、自分を見つけてもらうことを目的としていたなど狂気の沙汰としか思えないが、それでもツヴァイはこのメイドの底知れぬ威圧感ならば例えこのまま撃ち合いを始めたとしても納得してしまうだろう。

 そして、メイドはさらに信じられない事を口にした。

「失礼ながら・・・・少々御無礼を働くことになろうかとも」

 その言葉の理解するまでに数秒、その後に店内はコロンビア人の豪快な嘲笑に包まれる。

 その中でも、ツヴァイはこれから起こり得るであろう銃撃の嵐に内心うんざりしながらもそれに巻き込まれないよう僅かに体を強張らせていた。

「ぎゃははははは!おい、聞いたかよ?御無礼を働くとよぉ、このアマぁ!!」

「お笑いだぜ!はははははは」

「どうするってんだよぉ~姉ちゃん!!」

 下品な笑いを撒き上げながらカルテルの連中は、メイドに腹を抱える。

 無理もない、あくまで丁寧な口調で自分達に危害を加えると宣言するメイドなど酔っ払いの冗談にも出てこない珍事であり、それが目の前で現実に起こったとあれば笑い転げるのが当然の結果だ。

「手加減は出来かねますので、一つ御容赦を・・・・・」

 だが、それでもメイドは表情一つ変えず、静かに右手に持った傘の先を持ち上げた。

「では、ご堪能くださいまし」

瞬間、傘の先端から火花と轟音が飛び散り、その延長線上に立っていた屈強な男の体を穴だらけにしながら吹き飛ばす。

「なっ・・・・・・?」

 数秒前まで笑い転げていた男達も含め、流石にこの展開までは予測できなかったツヴァイも驚愕に目を丸める。

誰が信じられよう。屋敷で主人にお茶を汲むだけに存在するメイドがあろうことか傘の先端から銃弾を放ち人一人を穴だらけにしたのだ。

 あっけに取られる男達をよそにすでに冷静さを取り戻したツヴァイは、次に起こり得るであろう鉄火場の襲来に備え、一足でカウンターのテーブルを飛び越え身を隠す。

「や、野郎ぉぉぉぉ!!」

 ツヴァイの行動に遅れること数秒、ようやく事態を理解した男達が動揺を隠しもせずに次々と持っていた銃を握る。

「このクソッたれぇ!!てめぇら!!構うことねえ!!ぶっ殺せぇ!!」

 震える銃を片手にリーダーと思しき男が部下達に号令をかける。

 だが、それでもメイドは何も変わることはなく、淡々とした口調で言葉を紡ぎだす。

「いかようにも・・・・・お出来になるのならば」

「ほざくなぁぁ!!」

 十数個の銃口から無数の銃弾が吐き出される店内のカウンターの裏では、ツヴァイとバオが顔を合わせていた。

「俺の店は射撃場じゃねぇってんだよ・・・・」

「それは気付かなかったな、よくこの店で世界大戦が行われているのは店の小粋なイベントかと思ったよ」

「んなわけあるかぁ!!こっちだって毎回毎回迷惑してんだよ!!あいつらだってお前のダチじゃねぇのか?」

「言葉は悪いが二挺拳銃の台詞を借りるなら、ダチじゃねぇ!知らねぇよこのタコ。かな?」

 このような会話の間にもメイドの豪快な銃声がすでに数人の男達を吹っ飛ばす音が聞こえる。

「駄目だ兄貴!!どうなってやがんだ!?防弾繊維か畜生!!」

 銃声と共に聞こえる泣き出しそうな声が空しく響き、ある程度の状況を教えてくれる。

 恐らく、あの傘の布部分は防弾繊維によって編み込まれているのだろう、それにショットガンを組み合わせるなど、冗談の様にしか聞こえないが事実それがあるのだから認めるしかない。

 狙いも定めず引き金を絞れた銃口から吐き出される鉛玉が、カウンターの酒瓶を見事に打ち砕いていき、その破片が真下で身を隠していたバオとツヴァイに降り注ぐ。

「畜生!!弁償しやがれってんだ!!」

護身用のショットガンを抱えながら、バオは撃った相手も分からず吐き捨てる。

「慰めにもならんと思うが・・・・ご愁傷様バオ君とでも言っておこうか?」

「同情するなら金をくれってんだ畜生め!!」

 悪態を吐きながらバオはポケットから煙草を取り出し、おもむろに火をつける。

「ち、酒瓶の弁償一万ドル・・・調度品が同じく一万五千ドル・・・・プラス建物の修理費二万ドル・・・その他。問題は請求書の送り先だ・・・・あ、レヴィ!」

 気だるげに大まかな被害総額を検証するバオの口調が、ある人物を捕らえるなり怒りの色を帯びる。

 バオの視線の先には流れ弾に当たらぬよう姿勢を低くして裏口からでようとカウンターから顔を出したラグーンのレヴィだった。

「また、お前か・・・・」

 トラブルが生まれ変わったと言っても過言ではない女を確認すると、ツヴァイは誰に言うでもなくため息を漏らす。

だが、それツヴァイ以上に過去から被害を被っているバオは、顔を引き攣らせ、咥えていた煙草を床に落とした事すら気付かずに、レヴィを怒鳴りつける。

「てめぇ・・・レヴィ!!またテメェの仕業か!テメェのダチは何回俺の店をぶっ壊しゃ・・・・!!」

 この惨劇の原因がレヴィであるという確証はどこにもなく、むしろ良く考えなくとも原因はメイドなのだが、頭に血の上ったバオにとってはレヴィがトラブルを持って来たと考えるのが手っ取り早いのだろう。完全に八当たりに他ならないが。

「ダチじゃねぇ!知らねぇよこのタコ!!」

 当然、レヴィは苛立ち相変わらずの口汚い言葉をバオに吐き捨てる。

「ほらな?」

「・・・・・ちぃ!!」

 先ほどツヴァイがレヴィの言葉を借りたままの台詞を投げかけられ、バオは忌々し気に舌打ちをする。

「ち、静まり返るんじゃねぇよこのバカ・・・」

 レヴィの言葉通り、先ほどまでの銃声や怒号が嘘の様に収まり、店内には、むせ返る様な血と硝煙の匂いが立ち込めていた。

バオとレヴィの言い争いにあれほど銃撃の喧騒に満ちていた空間が突如静寂に包まれた。

それほど、この場には居ないはずの人物の声音は音波の波長が違っていたらしい。

「ラグーン商会!お前ら何でここにいる!!うちが頼んだ荷物の運搬はどうした!?」

 まだ生き残っていたリーダーの男がラグーンに詰問する。

それに答えたのは、レヴィの後ろに続いていたラグーンのボス、ダッチだった。

「まぁ待て!結論に飛びつくなアブレーゴ!」

 直後、幽霊の様に立ち上がったこれまたこの街には不釣り合いなほど仕立ての良い服装をした少年を確認したアブレーゴと呼ばれた男が声を張り上げる。

「あぁぁ!!?なんで荷物が何でここにいる!?テメェら契約の仕事を!!」

「だから、話を急くんじゃねぇ!!料金の件はゆっくり話を・・・!」

 荷物、契約、少年、メイド。

 これまでの話の流れとこれまでの事態の流れにキーワード当てはめ、ツヴァイはおおよその事態を掴む。

「そういうことか・・・・・まったく、やはりラグーンに絡むとろくな事がない」

 ため息混じりに呟くツヴァイの耳に、今度は意外な人物の意外な声が鼓膜を震わせた。

「若・・・様・・・・」

 それまで無機質な口調でしか言葉を発して来なかったメイドが初めて感情の籠った声をあげていた。

「ロべルタ・・・・」

 荷物と呼ばれた少年がメイドの名を呟く。

「こんな所にいらしたのですね若様、ご当主様も心配なさっております。さぁ」

 そう言って、メイドは少年に一歩踏み出そうとするが、少年の表情は強張りメイドの進んだ分だけ後退する。

 メイドの戦闘力は目の当たりにしたのは初めてなのだろう、明らかに少年は怯えていた。

それを、メイドも感じ取ったのか、僅かに悲しみの色が見える口調になり、

「怖がられるのも仕方ありませんね・・・・理由はいずれ、ご説明申し上げます」

 そこまで話したメイドの視界に、少年の後ろにしゃがむロックを捕らえる。

「そちらの方々は・・・?」

 少年に向ける慈愛の視線とは明らかに異なる気配を放ちメイドは、ロック他ラグーン商会の面子のメガネのレンズ越しに睨みつける。

「やばい・・・・目が合った」

 ダッチが強張った口調で呟いた。

「・・・・・・」

 ゆっくりとショットガン仕込みの傘(それはすでに傘ではないが、便宜上傘と呼ぶことにする)の銃口を持ち上げる。

「待って!ロべルタ、駄目だ!!」

 どういった理由なのかは知らないが、少年は銃口とロックの間に身を躍らせ、ロべルタと呼ばれる殺人メイドを制止した。

 だが、そこに余計な人物の余計な行動で事態は余計にややこしくなる。

 レヴィが少年の細首に腕を撒きつけ、銃口を突き付けた。

 当然、メイドの銃口を上げる腕が止まる。

「下がりなよ、メイド。ここにいる全員が死んでるよか、生きてる方が好きなはずだぜ。テメェだってそうだろ?」

「バカよせ!それじゃぁ悪役だ!!」

「まったくだ・・・」

レヴィを嗜めようとするロックの言葉に、ツヴァイも賛同するが、何事も力ずくで解決しようとするレヴィの辞書には「話し合い」と言う単語すら存在しないようである。

もしくは、存在しても「話し合い」と書いて「脅迫」と読むのかもしれない。

「うっせぇ!!」

二人を睨みつけ、レヴィはさらに少年の首を締めあげながらメイドに視線を移す。

「無理な撃ち合いをしなけりゃ、お前の若は五体満足で家に帰れる。床にオミソをぶちまけずにな。分かるか!?」

「・・・・・考えております」

 完全に悪役となり下がったレヴィの台詞に意外にもメイドは激昂することなく、静かに答えた。

 少なくとも、レヴィ以外の人間はメイドと一戦交える気もないようであるし、旨く事が運べばこれ以上無駄な争いも回避できるかもしれない。

ところが、

「勝手に話進めてんじゃねぇぇぇぇ!!」

 カルテルの残党の一人が背後からメイドに銃口を向け突進してきた。

「空気を読め!」

 これ以上話をややこしくされるのは面倒にも程があるので、ツヴァイはカウンターから立ち上がるなり、正確に男のこめかみをベレッタで撃ち抜く。

「・・・・・・」

「邪魔したか?」

「いえ・・・手間が省けましたわ」

 ツヴァイの軽口にメイドは律儀に返答しながらも、少年とレヴィから片時も視線を外そうとはしなかった。

 そして、沈黙。

 一秒が数時間にも感じられる重苦しい空気の中、誰一人として身じろぎ一つしようとはしなかった。

 どれくらい時間がたったのか、ようやく口を開いたのはやはりメイドだった。

「考え終わりました・・・・」

 映画の中でしか見たことはないが、もし、殺人ロボットっと言うものがこの世に存在するならば、このメイドではないだろうか・・・・。

 そんな気持ちすら起こさせる無機質な声に紡がれる次の言葉を誰もが固唾を飲んで待ち構える。

「Una vandicion por los vivos.(生者のために施しを)
Una rama de flor por los muertos.(死者のためには花束を)
Con una espode por la justicla,(正義のために剣を持ち)
Un castigo de muerta para los malwados.(悪漢共には死の制裁を)
Acl llegarmos――――(しかして我ら――――)
en elatar de los santos.(聖者の列に加わらん)」

 スペイン語で詩の様な言葉を囁くメイドに誰もが眉をひそめるが、その言葉の意味を理解している少年はどこか懐かしそうに顔を綻ばせる。

そして、

「ご威光には添いかねます。若様には五体満足でお戻りいただきますが、この家訓通り仕事をさせていただきます・・・・・サンタマリアの名に誓い」

 言いながらメイドは左手に持っていたカバンを突き出す。

「あの言葉・・・・!?」

 アブレーゴが反応するのをツヴァイは目ざとく見逃さなかった。

「すべての不義に鉄槌を!!」

 人質の意味が無くなったガルシアを小突いて離すと、そのままレヴィは当面の遮蔽物になるであろうカウンターを目指して走りながらロベルタに銃弾を浴びせた。

ロベルタもトランクに仕込んだ短機関銃をレヴィに浴びせ攻撃する。

 だが、それでもこの破壊神(メイド)はそれに夢中になり周囲への警戒を怠ることは無かった。

狙いをつけるアブレーゴにも銃弾を浴びせる。

 その僅かな隙にダッチ達は脱出を図った。

「今だ!行くぞ!!」

レヴィも駆ける。

「おい来るなぁ!来るなぁ!!」

あからさまに来る事を拒絶するパオの悲鳴に近い声にも耳を貸さず、そこに放たれたロベルタのトランクからのグレネード弾。

「あのグレネードはカバンに仕込むもんじゃないんだがなぁ」

もはや、呆れを通り越して感心の念すら覚えたツヴァイが呟くと同時に爆風がカウンターを襲う。

「おっと・・・」

 頭上から落ちてきたレヴィを受け止めるツヴァイだが、当の二挺拳銃は、その衝撃で脳震盪を起こしレヴィは床にだらしなく伸びていた。
 
手応えを感じたメイドだが、それに止めを刺すことは叶わなかった。

「くたばりやがれぇ!この、この、フローレンシアの猟犬めぇ!!」

負傷しながらもアブレーゴが激しい射撃を浴びせてきたからだ。

「フローレンシアの猟犬?」

 どこかで聞き覚えのある単語に、ツヴァイは眉を一瞬ひそめるが、今はそれどころではない。自分の腕の中で気絶する女ガンマンをどうにかしなくてはならない。

 よほど、猟犬の名が気に食わないのだろう。メイドはレヴィの止めよりもアブレーゴ達の殲滅を優先させていた。

「クソ!畜生無茶な女だ!ケサンの攻防戦がピクニックに思えるぜ!!おい、大丈夫なのかレヴィは!?」


「傷自体は大したことないが、脳震盪で気を失ってるな。しばらくは目を覚まさないだろう」
 
 一応、頬を何度か叩いてはみるがレヴィに反応はない。

「お互いここで会ったのも何かの縁だ、俺がこの女を担いで行くからお宅らの車に乗せてくれないか?」

「・・・・仕方ねぇ、足だけは引っ張るなよ?」

 ツヴァイの言葉に僅かに逡巡したダッチだったが、事は火急を要する。

 ツヴァイの同行を許可し、ラグーン商会のメンバープラス二人が裏口からイエローフラッグを飛び出した。




[18783] 4話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:a02e544c
Date: 2010/05/14 14:30
それはイエローフラッグを走り出て数秒もたたずにツヴァイ達の背後を追いかけるように噴出された。

立て続けに起きた大音響と溢れ出る炎。

辛うじて脱出したラグーン一同の背後でイエローフラッグは盛大な荼毘にふされていた。

「くそ!こいつは馬鹿にみたいに徹底してやがる!!」

 先に車の助手席に乗り込んでいたダッチが、燃え盛る酒場を見て悪夢でも見ているかのように吐き捨てた。

 ツヴァイも後部座席に乗り込んだところで、気付いた。

 本来ならば、ここにいるべきではない人物に。

「ロック、てめぇ!ガキは中に置いていけと言っただろうが!!」

 ツヴァイよりも早く、ダッチがメイドの目的である少年を連れてきたロックを怒鳴りつける。

「仕方ないだろ! 置いとけないよ、あんな中に!」

 怒るダッチにそう言い返すや、ロックは燃え盛る建物を振り返った。

「あいつ・・・今ので死んだと思うかい?」

「車に乗れ!」

 せかすダッチにロックは構わず続ける。

「聞こえるはずはないんだけど・・・・何か感じるんだ・・・・彼女の足跡が近づいてくるのが・・・・もう少しで真っ黒なメイド姿が、あの戸口に現われる・・・・」

「だったら早く車に乗れ!!」

急かすダッチの言葉に背後を気にしながらロックは車に乗り込んだ。

少々スピード狂の感があるベニーの運転で車は急発車した。

「それは同感だな・・・・・」

 ものすごい勢いで小さくなるイエローフラッグをリアウィンドから眺めながらツヴァイは誰にも聞こえない声で呟いた。

「どこへ向かえばいい?」

「問題は逃げ場があるかだ」

逃走中の車中でのダッチのその言葉にベニーが信じられないように「まさか」と否定した。

既に彼の思考は、これからのマニサレラ・カルテルとの交渉事に移っている。

スチームポットのように沸騰した頭を相手が冷やすまでの期間身を隠す程度の事だと思っている。

幾ら強いメイドとはいえ多勢に無勢、それにあの爆発で生きているとは思えない。

よしんば生きていたとしてもどうやって追いつけるのか。

「信じるよ・・・あれは未来から来た殺人ロボットだ!映画と違うのはシュワルツネッガーが演じていないことだけだ!」

だが、ロックはダッチの懸念を肯定した。

「面白くもねェし、笑えねぇよ!!」

そんなロックの下らない冗談にダッチは苛立った様に答える。

ツヴァイとしては、どちらも言い分もあながち間違いではないと思っているが、ここでは自分はあくまで部外者である。

余計な口を挟んで車を下されることだけは避けなければならない。

とにかく、こちらはロックのせいでメイドの大事な若様という爆弾を抱えている。

「とにかく港だ!ラグーン号まで突っ走れ!!」

ダッチの言う通り、とりあえずラグーン号に辿り着くしかない。

海の上なら奴も追っては来れまい。

追ってくるにしてもそれまでに時間は掛かるであろう。

問題は、ラグーン号に着くまでに充分に彼女を引き離せるれるかだが。

「映画ならここで追いつかれるのがセオリーだがな・・・・・」

「なんか言ったか?」

「いや・・・・忘れてくれ・・・・」

ロアナプラの街の明かりがこれほどまで恋しいと感じたのはこれが初めてだった。


「あ!ほんとに来た!!」

ドアーミラーに目をやったベニーがダッチの言が正しかった事に軽い驚きの声を上げる。

後方からその尋常でないスピード故にぶれながら追尾してくるのベンツがあったのだ。

そんなイカレタ運転をするのは状況から見てあのメイドだとベニーも悟っていた。
 
「ロック! レヴィを起こせ! そこでスヤスヤ健康的に寝むっている場合じゃねえ!」

ボスの命令にロックは、未だ夢の世界にいる彼女の肩を掴み揺らす。

その間にも思い切りアクセルを踏まれたベンツは一気に加速し、早くもラグーン商会の車に並んだ。

 ベンツが寄せられ、ぶつかって来る。

「畜生!!」

それに助手席のダッチが窓から銃弾で応じた。

「運賃は払わないとな」

 そう言って、ツヴァイも愛銃のベレッタを握り、ベンツとは反対側の窓から身を乗り出し引き金を絞った。

 思いがけない反撃にベンツは一旦距離を置くために離れるが、それが命取りであった。

 ダッチのマグナム弾とツヴァイの正確無比な射撃により、やがてボンネットに多数の銃弾を喰らったベンツが煙を噴き上げた。

ラジエターをやられたらしい。

「へっ!くたばりやがれ!!」

 危機を切り抜けた想いで罵るダッチ。

「まだだ!!」

ツヴァイの言葉通り、安心するには些か早すぎた。

未だスピードを損ねずベンツは再びラグーン商会と並んだ。その壊れた窓からメイドの左腕が不気味に突き出されていた。

そのままその腕は銃を握ったダッチの右腕を捕まえる。

そればかりではない。右腕はハンドルを握ったままの状態で、左腕一本で巨漢であるダッチの上半身を窓から強引に引きずり出したのだ。

「うぉぉぉぉ!離せこの野郎ぉぉぉぉ!!」

ダッチは自由の利く左腕の拳をメイドの左腕に浴びせるが、無理な姿勢で力は入らない。

尤もそれを言うならば、ハンドルを右手で握った状態でダッチを左腕で引きずり出したメイドの豪腕は賞賛されて然るべきものであろう。

だが、危機のダッチの視野に一際激しくベンツのボンネットから噴出した煙が飛び込んで来た。

失速するベンツ。その隙にメイドの手を振り解いた、ダッチを見送るように後方に流れていくベンツ。

「よし、今だ!ダッチ捕まって!!」

市街に車は入った瞬間。ベニーの判断でかなり荒っぽく車は裏道に回る。

「このまま裏道伝いに港へ向かおう。海の上に出てしまえば、相手が何者だってもう……」

 だが、そのベニーの判断にダッチが意を唱えた。

「駄目だ!この方法ではではスピードが落ちる!」

事実、裏道の狭い通路では路駐の車に道を阻まれ、何度か進路を変更せざるを得なかった。

「向こうはラジエターをやられていた。もう走れない!」

そういうベニーに対してもダッチは判断を揺るがせない。

「さっきのロックのジョークにはもう少し耳を傾けるべきだったぞベニーボーイ。奴を不死身の殺人ロボットか何かだと思え!」

追いつかれる事すら想定して、ダッチはロックにレヴィを何とか起こすように命じ、そしてベニーには大通りに出ればフルスピードで走りぬくように指示した。

ベニーはアクセルを踏み込み、車は考える限りの飛翔染みた走りをする。
 
だが、遅かった。そしてダッチの予測は正しかった。
 
瓦を撒き散らしながら住宅の屋根を動く物がある。それは迷わず空を跳躍し飛び降りた。

それも今しもそこを通り抜けようとするラグーン商会の車の鼻先に。

言わずと知れたメイドの駆るベンツ。

目の前に突如現れたベンツにベニーが悲鳴をあげた。そのままベンツはラグーン商会の車にぶつかり更にバウンドした。

その僅かな瞬間にロベルタは正確な銃弾を浴びせてきた。前輪の周辺で兆弾する銃弾が星のように輝く。

だが、それがタイヤに命中し、パンクする事態に陥らなかったのは幸いだった。
 
勢い良くバウンドしたロベルタの乗るベンツはそのまま商店街のアーケードへと逆さまの状態で激突した。

一方のラグーン側も無傷ではない。ぶつかった衝撃で飛ばされ建物の角に激突してボンネットから煙が溢れ出す。

「大丈夫かベニー!?起きろ!!」

車内で倒れていないのは巨漢のダッチのみ。その彼がベニーを必死で起こす。

一方。アーケードに激突したベンツに通行人が寄るのをツヴァイは霞む視界で確認した。

普通なら運転していた人間は確実に天に召されている。そんな想像が実に妥当な事故ぶりだ。

だが、ツヴァイの予想は当然の様に覆された。

後部のガラスが割られ、そこから現れたメイドの白い手袋をはめた手がまるで怒りのやり場に困るように拳を作る。

「来るぞ!!急げ!!」

ツヴァイの言葉にふらふらしながらも何とか気がついたベニーは急いでキーを回す。

だが、エンジンがかからない。

焦燥感に包まれながらアーケードに視線を向けたダッチの瞳に、それが当然とばかりに悠然と信じられない不死身ぶりでメイドは地に降り立っていた。

その圧倒的な威圧感を阻むものは何処にも居ない。やがて、標的を認めた彼女は駆け始めた。不気味な黒い破壊神が迫る。

額から汗を流しながらキーを回し続けるベニー。

「急げベニー!」

と、悲鳴交じりのダッチの声も更に彼の気持ちを焦らせる。
 
「やっ!!」

危機一髪ながらもエンジンは掛かり、手負いのプリマスは蘇生した。煙を吐きながら車は走り始める。

だが、メイドの疾走は化け物染みていた。

しかし、いかなる人間と言えども所詮は人間。次第に機械の前に距離は開き始める。
 
次の瞬間、ぶっそうな形をしたナイフを取り出したメイドが跳躍した。

そのまま辛うじて右手に握ったナイフはラグーン商会の車のトランクに突き刺さった。

それを支点としてメイドはトランク上に這い上がって来る。空恐ろしい超人ぶりだった。

「「伏せろ!!」」

助手席から振り返ったダッチと後部のツヴァイがガラス越しに破壊神に対して銃を向ける。

幸いトランクの面積はさほど広くは無い。その上に高速で動いている物体の上だ。彼女が避けれる範囲は少ない。

「若様……」

「ロベルタ……」

 その様子にツヴァイは動揺した。
 
 振り向いたガラスの向こう。そこに居る彼女の蒼い瞳が少年の瞳の中で映えた。

 鮮烈なまでの真っ赤な血に染まり汚れきったその中に浮かぶ一点の穢れ無き蒼玉。そこに宿る少年への誠実な想い。

何者も汚すことのできない眩しいほど純粋な意思を宿したこの瞳をツヴァイはよく知っている。

「アイン・・・・」

「伏せて!!」

呆然とするツヴァイの独白をかき消すように、慌ててロックが少年を抱えるようにして共に伏せる。

放たれる銃弾。後部ガラスの割れる音。

「駄目だ! ロベルタを撃たないで!」

 その喧騒の中で少年は夢中で叫んでいた。

「これくらいでくたばるようなら苦労しねえんだよ坊主!」

 射撃を続けながらダッチが叫ぶ。

 その視野の中でトランクから屋根に移るメイドの姿が見えた。

「おい!兄ちゃん!ボーっとしてねぇでお前も撃て!!レヴィが使えねぇ今はお前の銃も必要なんだからよ!!」

「っ!!ああ!!分かってる!!」

ダッチの言葉に我に返るツヴァイは、脳裏に浮かぶ少女の幻影をかき消し、応戦の為に銃を構える。

屋根に取り付きしゃがみ込んだメイドは両手から拳銃を取り出した。

そのまま躊躇することなく屋根越しにラグーン商会の車の運転席と助手席に銃弾を叩き込む。

尤も主である少年の事を考慮してか、それとも高速で動く車の屋根からという不安定な状態での射撃ゆえかその銃弾は幸いにもベニーに届くことは無い。

だが、撃たれる側にしてはたまったものではない。

ダッチとツヴァイの援護を受けながらではあるが、それでも自分の責務を全うし、地獄のような車中でハンドルを捌き続けるベニーだが、それもいつまでもつか・・・・・・。

その時、

「見つけたぁぁぁぁ!!このド腐れメイドぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 闇夜を切り裂く様な叫び声と共に、ツヴァイ達が乗る車を後方から追い掛けてくる一台の無骨な4WD。

 そのハンドルを握るのは、ツヴァイがよく見知った人物であった。

「クロウディア!!?・・・・・か?」

「知り合いか!?」

「ああ・・・多分・・・」 

少々自信がないのは、ハンドルを握る彼女の顔が今までツヴァイが見たどれにも当てはまらない恐ろしいものだったからである。

 一瞬別人かとも思ったが、助手席には見紛う事ないリズィの姿があり、彼女と行動を共にするのは自分を除いて、クロウディアしかありえない。

「よくもあたしの事務所を見事なまでに吹っ飛ばしてくれたわね!!どうしてくれんのよ!!」

 なにやら聞きたくない内容の様に思えるが、ツヴァイは構わず屋根にいるであろうメイドに引き金を絞る。

「ちょっと!止まりなさいよそこの車!!」

「無茶言うなよ!この状況見て分からないのか!!」

「分かってても知ったこっちゃないわよ!!ささっと止めないさい!!このエロコック!!エロガッパ!!」

 きっかりプリマスの横に車を並行に走らせ、クロウディアは運転席のベニーによくわからない罵倒を繰り返す。

頭上からは銃弾、横からは容赦のない罵倒。

先ほどより苦痛が増した車内のベニーのその視野に、右側からトラックが横腹を見せてきた。

「チキショウ!チキショウ!!」

直進コースでなく、トラックと同行する形で十字路を左折する。逃走手段であるラグーン号は遠のいた。

「ダッチ!道が逸れちまった、この先は海だ!行き止まり・・・・・デッドエンドだ!!」

ベニーの叫び声の間にも車上のメイドは射撃を続けていた。

車が何かにぶつかり横腹から火花を散らしながら進む。

その衝動に前を見るや、迫るコンテナの不気味な巨大な姿がある。

同時に車中のベニーも「ヤバい!」と悲鳴をあげていた。

コンテナと激突し、その勢いで一瞬逆立ちをして後、再び車は倒れ、そして止まった。

煙がもうもうと噴出し、周辺に広がっていく。ラグーン商会の面々はその軽くは無い衝撃を受けたが車内の中だ。

それに比べて屋根のメイドは勢い良く慣性の法則に従い前へと吹き飛ばされ、そのままコンテナに体全体を叩きつけられて逆さまに張り付く形でぶら下がった。

「信心深ぇ甲斐があるってもんだ、生きてる奴は返事しろ!」

 フロントにしたたかに頭をぶつけながらも無事だったダッチが呼びかける。

「こっちは何とか無事だ・・・・」

「レヴィは?」

「まだ気を失ってるよ・・・・安らかに・・・・」

 ロックとガルシアは無事。レヴィは未だ健康的に夢の中。

そして、ベニーはぶつけた頭を振って気をしっかりさせるかのようにして起き上がる。
 
「兄ちゃんも無事見てぇだな」

「おかげ様で」

ツヴァイは車がコンテナと衝突する瞬間に身を屈めていたので、大したダメージもなくすでに辺りに視線を飛ばし、状況確認を行っていた。

間一髪でプリマスから離れたツヴァイの雇用主の乗る車も到着し、中からクロウディアとリズィが降りてくる。

「あの女、一体何で出来てるんだ!」

ベニーの言葉の先に視線を向け、一同は唖然とした。

あの黒い服のメイドが銃を持ち、舞い降りていたのだ。驚嘆に値する不死身ぶりだった。

既に逃走の足は潰えた。遂に 目の前の猟犬は獲物を捕捉したのだ。



[18783] 5話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:0049e867
Date: 2010/05/15 19:25
「う・・・・」

その時、長い夢の中にまどろむラグーン商会の狂犬ともいうべき彼女の指が動いた。

「クソ!・・・・おい、どうなったあの女は?くたばったのか?えぇ!?」

コンテナとの激突はどうやらレヴィの夢の扉を打ち破るには足りたようだ。

頭を抑え、髪を飾るガラス片を振り落としながらレヴィが尋ねてきたのはロベルタの安否だった。

勿論、相手の身の上を心配してのことではない。自分をグレネードで吹き飛ばした屈辱を直接返すこと以外に彼女が何も考えていないことは明白だった。
 
ともあれ、今のラグーン商会の面々にとっては有難い存在である事には間違いない。

「喜べ、かっちり生きてる」
 
ダッチの喜びの混じった勢いある回答を聞いてレヴィは凄惨な笑みを浮かべて喜んだ。

「それは喜ばしいこった・・・・何よりもなぁ!!」

そのままドアを手で開ける回りくどいことはせずに足で勢いよく蹴り開ける。

「レヴィ!待て!!」

「そうだ、二挺拳銃、これ以上騒ぎを大きくして何になる!?」

ロックとツヴァイは制止しようと声をかける。

あの強靭なメイドと戦えばレヴィも危険だと言うこともある。

だが、この恐怖の逃走劇の間でもロックは特に恐ろしいとは思わなかった。それよりも傍らに居る少年を救うために遥々ロアナプラまで来たメイドにある種の畏敬すら覚えていた。

そして少年のメイドとの絆を前に、彼女に危害を加えるべきではないとの思いすら抱いていた。少年を返したからと言ってこちらの安全が決して保障はされないであろう黒いメイドに対して。

だが、それに対してのレヴィは何よりも雄弁な力を持って二人に、

「あたしはな、今、テールライト並みに真っ赤っかになる寸前なんだ。そいつが灯ったら最後、お前らのケツ穴増やす時も警告してやれねえ」

通り名通りの二挺拳銃をロックとツヴァイに銃口を突き付け、怒りで震える声でレヴィは答えた。

「「・・・・・・・・・・・」」

ロックはともかく、付き合いの極めて短いツヴァイでも理解した。

『これ以上何を言っても無駄だ』、と。

夜の波止場に狂犬と猟犬が対峙した。

「何勝手に話進めてんのよ!!」

「クロウディア!!」

怒り心頭に対峙するクロウディアにツヴァイは偽名すら忘れ制止の言葉をかける。

何にそんなに怒り狂っているかは知らないが、今のレヴィの邪魔をすれば怒り心頭の頭自体を吹き飛ばされるのは目に見えている。

「ツヴァイ!?あなたこんな所で何してるの?」

クロウディアもツヴァイの偽名を忘れ、目を丸くしていた。

説明するのは後回しに、ツヴァイは狂犬と猟犬の喰い合いに視線を注いだ。

「抜けよセニョリータ。それともぶるっちまってるのかい?」

長い沈黙の対峙の後、始めに口を開き、挑発したのはレヴィだった。

だが、ロベルタも負けてはいない。最後は嘲笑と憎悪を込めて言い返す。

「柄の悪い言葉を並べて、怯えずとも宜しゅうございますわよ。腕でかなわず、若様の頭に銃を向けて人質に取った、卑怯者」
 
舌戦はメイドの勝利だった。

腕で敵わず、で導火線に飛び火が移り、人質、と言う言葉でそれが爆発した。
 
弱いは兎も角、まるっきり悪党だ、という表現でロックは少年を人質にとった彼女に警告していたはずなのだが、レヴィには卑怯者もしくは悪役と言う言葉は己のした行為とは遠く離れた存在のようであった。

挑発にあっさりと彼女は下った。

テールランプの灯ったレヴィの拳銃が続けざまに二度吼え、メイドはその二倍の銃弾で返した。

流れ弾を少しでも避ける為に車に残ったダッチとベニーと違い、ロックは車内から出て二人の対決を見守っていた。

やがて二人は併走を始め、共に両手に拳銃を持ち、撃ち合いながら遠ざかっていく。

やがて対決を示すものは銃声と時折生じる発射光だけとなり、次第にそれすらも消えた。

静かな夜の一時を穴だらけのスクラップに近い車の中で過ごす者達が居た。

勿論、言わずと知れたラグーン商会の半分の会社員、及び今回の騒動の引き金となった少年とそれに完全に煽りをくらった万屋アースラのメンバーである。

辺りは静まりかえっている。

「さてと・・・どうするか?いい加減この車から降りるか俺達も?」

ダッチのその言葉にいままで銃声に聞き入っていたベニーが我を取り戻したかのようにその言葉に賛同してドアを開けようとした。

その時だった。

再び銃声が始まった。心なしか前のよりも騒々しい気がし、大地の揺れを感じる。

どのような原理か知らないが、放電が空を走りクレーンが豪快な音を立てて倒壊していく。

「無理だ」

ベニーはそう即座に結論を出すとそのまま開けたばかりの車のドアを閉めた。

「ああ、ありゃ無理だ。命が幾つあっても足りやしねえ。あんな中に出て行くのは御免だぞ」

ダッチは助手席から僅かにも動く事無くベニーの意見に同意した。

「始まりあるものには必ず終わりがある。いずれ決着もつくだろう」

そう言って煙草を咥えるダッチの言葉に焦燥感はなく、逆に落ち着いたものすら感じる。ならば彼の決着の勝者はすでに彼の中で決まっているのだろう。

その信頼こそがダッチなりのラグーン商会の雇用主としての従業員に対する責務なのかも知れなかった。

だが、扉が開く音がした。勿論それはベニーの居る運転席の扉ではない。後部の左のドアだった。

少年だ。

「おい、小僧!ちょっと待て!!」

ダッチの制止も聞かず少年は進み出た。

両手を筒状にして口に付け、拡声器の要領で声を出す。

「ロベルタ!頑張れ!ロベルタ!そんな女なんかに負けるな!」

まるでその声に呼び寄せられたかのように銃声が近づく。

何やら爆発の煙すらその後を追うかのように生じている。

少し白みがかってきた夜空の下、少年とロック、そしてツヴァイの前にレヴィが左から、ロベルタと呼ばれたはメイドは右から銃を撃ちながら互いに相手に向かい走りこむ。

お互い有効弾を与えないまま両者が交錯した。

その衝突の勢いでの軍配はレヴィにあがった。

吹き飛ばされたロベルタが低い姿勢で立ち直す間もなく、同時にレヴィがそのまま滑り込んできた。

結果、両者は横たわる形で互いに至近距離で銃を向け合う。

訪れた僅かな静寂・・・・。

「んちゃ!!・・・・・・じゃなかった・・・・動くな!!」

眩いばかりの照明が突如として微動だにしない二人を照らした。

ロシア語が空に響く。それも女性の声。どうやら「動くな!」と言っている様だ。

逆光の中、コートを風にたなびかせ現れた人影。

紛れも無くホテルモスクワの女傑、バラライカその人だった。

現れたのはバラライカだけではなかった。

彼女の背後にも、そしてレヴィとロベルタが死闘を演じた波止場にあるコンテナの上からも幾人もの軍服姿の男達がいずれも銃を構えて照明の先にある二人を狙っている。

ツヴァイ以外には、それはまるで突如として現れた幽鬼のように感じられたであろう。

少なくともそれほど大規模な人数の展開する動きや気配すら今までロックは感じていと驚愕に目を丸めていた。

「その辺で止めといたらお二人さん」

再びバラライカの声が響く。

「それ以上争っても一文の徳にもならないわよ。労力は惜しみなさい二挺拳銃」

「・・・・・・るせぇ、こいつはぶっ殺す!!」

だが、その言葉にも既にテールランプ状態のレヴィには届かない。

バラライカが静かに二人に歩み寄る。

彼女が次に声をかけたのはロベルタだった。どうやら彼女をレヴィよりも大人と見込んでの事らしい。

「いいことを教えてあげる、メイドさん。私達ホテルモスクワはマニサレラ・カルテルと戦争をする予定だったの、この土地での受け持ちは私だったけど、あなたのお陰で手間が省けたわ。
それに今頃はヴェネズエラの本拠地も壊滅しているはずよ。全てはノープロブレム。
ガルシア君がさらわれた件も全部チャラ。
戦う理由はなくてよ?」

「地球上で一番おっかない女の上位三人だ」

「グラウンドゼロって気分だぜ」

「いや、もう一人忘れてるな・・・」

賞賛とも畏怖ともつかないベニーとダッチの言葉に、ツヴァイは睨みあう女戦士の輪に猛然と歩み寄る影を見つめながら呟く。

「何がノープロブレムよ!!ふざけんじゃないわ!!こちとら事務所が分子レベルで崩壊させられたのよ!」

 クロウディアが両肩を震わせながら怒鳴り込む。

「あら?あなたもバオと一緒の被害者なの?」

 困ったものね、と。バラライカは溜息まじりに呟く。だが、バラライカの期待は外れた。
 
「関係ねぇだろ・・・・」

「ですわ・・・・」

ロベルタまでもがレヴィの言葉に同意したのだ。
 
「あら、そう」

その言葉は柔らかく、そして行動は苛烈だった。
 
返答を聞いたバラライカが右手を軽く上げるや、それを合図として狙撃手の正確無比な銃弾が二人の手から拳銃を弾き飛ばした。それを見届けるや、バラライカが取り出した銃を二人に向ける。

「勘違いしないでね・・・・お願いしてるんじゃないの、命令」

 凍てついた声が響き、上体を起こしたロベルタはその言葉に屈辱で身を震わせた。

 一方、ツヴァイは現れたバラライカ率いる精鋭の遊撃隊に違和感を覚えていた。

そして彼のその感覚は正しい。今まで見てきたのロシアンマフィアとは違う、まるで軍隊のような、というそれは。

その時、凍てついた空気を解きほぐすかのように声が響いた。

「ロベルタ!もう良いんだよロベルタ!僕はこの通り怪我もしてないよ!ねえ、もう帰ろう!」
 
だが、その言葉にロベルタは顔を俯かせただけだった。

「僕はもう銃を持ってるロベルタなんて見たくないんだよ・・・・」

そのガルシアと呼ばれた少年の言葉にもロベルタからの返事は無かった。答えたのはバラライカの方だった。

「同感だわ坊や、でも猟犬の方は如何かしら?」

不思議そうな表情で「猟犬?」とその謎の言葉を口にするガルシアと対照的に憎悪の視線をロベルタはバラライカに向けた。

だが、動じる事無く彼女は言葉を続ける。まるでメイドをいたぶるかのように。
 
「おや? 坊やはご存じないのね。こいつは・・・・」

「黙れぇぇぇぇ!」

 血を吐くような声でバラライカの発言を遮ろうとロベルタが絶叫した。

その額に無情にも銃が突きつけられる。

「静かにしていろ雌犬」

 冷たく鋼のような言葉がロベルタを突き放した。

「こいつはね、ワンちゃんとのお散歩が似合うあなたの家の使用人なんかじゃないの。フローレンシアの猟犬。ロザリタ・チスネロス。
キューバで暗殺訓練を受けたFARCの元ゲリラ。誘拐と殺人の多重容疑で国際指名手配を受け、テグシガルパのアメリカ大使館爆破にも関与を疑われている筋金入りのテロリストよ」

 ロベルタはうずくまり深々と頭を垂れていた。そこにはあのレヴィにすら互角以上の戦いぶりを見せた怪物染みた姿は見当たらない。あまりにも弱々しい彼女の姿だった。

「なるほど・・・・あの猟犬か」

 ツヴァイはバラライカの言葉により、過去に聞いたことのある殺人鬼の名を思い出す。

「ロべルタ・・・・本当なの?」

 彼の短い人生の中でももっとも信じがたい事に、ガルシアは呆然と言葉を紡ぐ。

「若様を、・・・・若様を欺くつもりは御座いませんでした」
 
弱々しくロベルタは言葉を辛うじて紡ぎだし始めた。

「しかし、若様・・・世の中には、知らずともよろしいことと言うものも御座います。
真実なのですよ若様・・・・私は・・・私は信じていたのですよ。
この世にある正義。
いつか来る、革命の朝のことを。
その為に私は・・・・兵士になりました。
理想の後を追おうとした私は、ありとあらゆるところで殺しました。
政治家、企業家、反革命思想の教員、選挙管理委員。女や子供もです。
幾つもの夜を血に染め、幾つもの冷酷な朝を迎え、一番最後に分かった事は、自分は革命家どころかマフィアとコカイン畑を守る為のただの番犬だったという事だけでした」

朝日が昇ったロアナプラで、闇の住人であったメイドたるロベルタは自嘲するかのように寂しく笑った。

「お笑いじゃありませんか・・・・革命軍はね、カルテルと手を組んだのですよ。理想だけでは革命など達成できない、とそう言いながら彼等はその魂を売り渡したのです」

 そこまで聞いて、ツヴァイは目の前のメイドの姿がいつぞやの自分に重なって見えて仕方なかった。

 知らず知らずのうちに握りしめていた拳から血が滴り落ちていることも気付かず、ツヴァイはロべルタの言葉に耳を傾ける。

「私は軍を抜けました。その時、私を匿って下さったのが亡き父の親友、そして若様のお父様であるディエゴ・ラブレス様、その人だったのです。
若様・・・若様の誘拐を許してしまったのは私の不覚。私に一度棄てた鋼の自分に立ち返る事、それ以外に若様をお救いする手立てはありませんでした。
猟犬。番犬。犬と呼ばれたこの私が命を懸けて行える唯一つの恩返しがそれだったのでございますよ」

「い、犬だなんて言うなよロベルタ!」

ガルシアの声が響いた。

「僕の家族だろ!僕達は家族じゃないか!犬だなんてそんな言い方するなよ!駄目だよ!猟犬なんて知らないよ!きっと何処かで死んだんだ!
ロザリタなんとかいう女も、僕の知らない遠い何処かで自分の罪を背負って・・・だからロベルタとはもう何の関係も無いんだよ!此処には僕のロベルタがいるだけなんだ!だから!だから・・・・ね、僕等の家へ帰ろう・・・」

奔流のように言葉を吐き出し、ガルシアは涙を流しながら握りしめた小さな手でロベルタの胸を打つ。

その衝撃、そして言葉も彼女の胸を打っていた。

ガルシアの頬をハンカチの感触が撫でた。

「若様。男の子は簡単に泣くものではありませんよ」

微笑んでしゃがみ込みガルシアの涙を取り出したハンカチで拭くロベルタ。そこにはフローレンシアの猟犬の姿は無かった。

「まぁこれで、一件落着ってところかしらね」

 バラライカの締めに入ろうとする台詞を二人の女傑が割ってはいる。

「ざけんじゃねぇよ・・・・こいつらお涙頂戴ハッピーエンドでそりゃあいいわなぁ。でもよ、あたしの肩に空いたトンネルはどこの誰が埋め合わせしてくるんだ、えぇ!?」

「ざけんじゃないわよ・・・・このバラ組の先生と死んでも心臓だけで物語に関わって来るようなコンビが幸せになったとしても、あたしの事務所の修理費は誰が払ってくれるのよ、えぇ!?」

「我慢したら?」

大人の対応を提案するバラライカだが、当然レヴィとクロウディアは受け入れない。

「姐御よぉ、そりゃあ臭えだろ。私らの世界じゃ落としどころってのが大事だろ。姐御だって百も承知だろうが」

「あたしらに野宿しろって言うわけ!?」

受けた借りを返さずに引っ込め、舐められっぱなしで済む世界ではないこのロアナプラの法則を持ち出す二人に、彼女達以上にそれを行ってきたバラライカもその言葉に頷かざるを得ない。

「ん~それもそうかもねぇ・・・」

「そんなん簡単じゃねえか。納得がいくまでどつき合いでもすりゃあ良い。得物なし。そんなら死ぬこともねえだろう。」

再び微かに険悪なムードの漂い始めた波止場で、ダッチがそれを解消するかのように解決策を簡単明瞭にした。

「上等!!」

やる気満々のレヴィ。

ガルシアから

「あんな女に負けるんじゃないぞ!」

と、エールを受けたロベルタ。

「で・・・どっちから行く?言っとくがあたしは譲る気はねぇぜ、おばさん」

レヴィがクロウディアにけんか腰に話し掛ける。

「お、おば・・・・・、いいわ、あなたがボロ負けしたあとにゆっくりあのメイドをいたぶってあげるから」

こめかみを引き攣らせ、クロウディアは先手をレヴィに譲る。

「じゃあ決まりね。好きなだけどうぞ」

バラライカのその言葉を合図に再び対峙した両者。

「おら、ちゃっちゃと掛かって来いよ。」

そう挑発するレヴィにロベルタは静かに語りかけた。

「靴紐が・・・・解けていますわよ」

(そんな子供騙しのような手に誰が引っ掛かるかよ)

 そう内心で呟き、睨み付ける相手から目を離さないレヴィだが、やはり気になるのか僅かに一瞬、視線を足元に向けた。

「ファイヤーソォォォォォウル!!」

その僅かな隙に踏み込んできたロベルタは火星の戦士よろしく、アッパーカットをレヴィに喰らわせていた。

まともに入ったそのパンチに唖然とするロックを他所にダッチ、ベニーは失笑する。バラライカに至っては「若いって良いわね」とはしゃいでいる。

それだけに留まらず、ますます灼熱する二人の殴り合いを見ながら、ダッチ達は今度は賭けを始める。

「どっちに賭ける?」

と、バラライカ。

「俺はレヴィに2を」

と、先程の決闘の終わりを待つ折に見せた覚悟の表情に比べれば随分と気軽そうにダッチは彼の社員に賭ける。

「だったら僕はロベルタに3を賭ける、ロックとお兄さんはどっちに?」

と、ベニーはあまつさえ、ロックとツヴァイにもどちらに賭けるのかを聞いてきた。。

「いやいや!止めようよ!!」

至極まともな意見を述べたつもりのロックだが、ラグーン商会でもっとも自分と近い人種と思っていたベニーは心底不思議そうな顔で「どうして?」とロックに尋ねてくる始末。

その言葉にこの場にまともな思考をした可能性のある人間に視線を向けるが、

「俺は、クロウディアに5だな」

「あんたもかよ!!」

最後頼みのツヴァイですら賭け始め、ロックは愕然としたものに近い思いに駆られる。

「ありゃ野蛮過ぎるし、あんた達はイカレテルよ! 幾らなんだって女の子同士でこんな・・・」

「じゃあ止めてくれば?」

「――え?」

そんなロックの悲痛の叫びもバラライカの冷徹な一言で凍結した。

「だってやなんでしょ?」

「あ、いや……」

「じゃあ止めてきなさいよ。私達は構わないわよ」

ようやく理解した。彼等は止めようとしないのでなく、止めても無駄だから、そんな事に労力を使うよりは楽しんだほうがマシだ、と踏んだのだ。

だが、それに異を唱えた手前、ロックにはそれに従う事は出来ない。彼は自分が凶暴極まりない猛獣へ鈴をつけるというドデカ地雷を踏んだ事を悟った。
 
バラライカに急かされる様にして、ロベルタに対してマウントポジションをとったレヴィという体勢での壮絶な殴り合いという暴風雨の仲裁に入るロック。

「えっと、二人とも、ほらさ、もう良いんじゃないかなぁ。あとは、ほら、朝日を眺めて互いの闘志を称えあうとか色々・・・・」

「「すっこんでろ!」」

異口同音で見るも恐ろしい形相で提案を撥ね付ける二人の女性を前に、ロックのモラルから発した言葉は跡形も無く消し飛んだ。

「・・・・・わかりました、そうします」

 肩を落としてダッチ達の元へ戻るロックに、ダッチから

「ほら見ろ」

と、呆れた声が投げられる。

ロックという脆い抑制力を失った決闘は果てる事無く続いた。

バラライカの足元には葉巻の吸殻が多数散乱し、彼女自身が、

「粘るわねぇ。飽きてきちゃった」

と、いう程までにレヴィとロベルタの決闘は泥仕合へと変わっていた。
 
「いい加減にくたばれ・・・・クソメガネ・・・・」

「お前こそ・・・早く・・・倒れろ・・・」

当事者自身、依然として倒れようとしない相手に嫌気がさしているようだ。

「クソ・・・・ぬかせぇぇぇ!!」

「うぁぁぁぁぁ!!」

最後に両者は残された渾身の力をもって、レヴィは右、ロベルタは左のストレートを互いに放った。

それは同時に相手に命中し、そして同時に彼女たちは倒れた。

「はい、ドロー」

さして面白くもなさそうにバラライカから試合の審判結果が呟かれた。

 倒れた二人に誰よりも早く駆け寄ったのは、ガルシアでもロックでもない意外な人物だった。

「誰がおばさんよこの小娘!!あんたなんて所詮、幼馴染に鋼の義手作って尽くしても弟にいいとこ持っていかれる残念な役回りがお似合いよ!!そこのメイドも火星の戦士みたいな技使ってパンチくらわしてる暇があったら神社で祈祷でもしてなさいよ!!」

 容赦のない罵倒と共に、倒れる二人の女戦士にさらに容赦のない踏みつけをするのは、万屋アースラの女社長・クロウディア・マッキェネンだった。

「賭けは俺の勝ちだな」

 そういって、バラライカ達に賭け金をもらう為に手を差し出したツヴァイにロックは渾身の溜息をもらしたのは言うまでもない。

倒れ、さらに過剰なまでの攻撃を受けたロベルタにガルシアが駆け寄った。

そのまま彼女を膝に乗せ、ハンカチでその顔を拭う。

「若様・・・申し訳ございません・・・・」

引き分けの試合内容を詫びるロベルタに

「最後まで立っていたのはロベルタだ、だから・・・・大丈夫だよ」

と、慰めるガルシア。

確かに既に意識の遠のいたレヴィに比べれば彼女の方がダメージも少なく勝者ともいえる。

傍らでは、気絶したレヴィを笑うロック以外のラグーンの面々。

「立てる?」

 そうロベルタを気遣いながらガルシアが彼女の右腕を取るや肩にかけて立ち上がった。

「手伝おうか坊ちゃん?」

というダッチの申し出をガルシアは

「ほっといてくれ」

と、きっぱりと拒否する。

「ロベルタは僕のうちのメイドだ。だから人の手なんか借りないよ。必ず僕が連れて帰る」

「流石、次期当主様」

その少年らしからぬ毅然とした言葉に、口の端に微笑を漂わせバラライカは感服したようだった。

「あら、じゃぁメイドの不始末はご主人様が償わなければねぇ・・・・・」

「え?」

 そう言って、クロウディアは凄まじい笑顔でガルシアの肩を掴む。

バラライカは、副官であるボリス軍曹に手当てをすれば空港まで送る事。カルテルの残党の襲撃があれば任意に排除せよ、と命令を下す。

その命を受けたボリス軍曹も、賞賛に値する少年への上官の思いやりある配慮に笑みを浮かべた。

車に乗り込んだロベルタはガルシアに乞う。
 
眼鏡を拾って欲しい、と。それが伊達眼鏡であり、既に両方のガラスは砕けていると言うのに。
 
訝るガルシアにロベルタは言葉を足した。
 
「いえ、あれは私が若様のロベルタでいる為に必要な物ですから」

かくしてラグーン商会と万屋アースラの最も長き夜は終わりを告げた。

その原因たる二人はホテルモスクワの車と共にラグーン商会の面々の前から姿を消した。

バラライカ率いる遊撃隊と共に。

 残された彼等は未だにのびているレヴィを起こしにかかる。

「お~い、朝だよレヴィ! 起きろ!」

 ロックのモーニングコール。

 ダッチによるバケツでの水浴び。

 だが、さしもののレヴィもロベルタとのへヴィーな決闘からかぴくりともしない。

「こりゃ暫く後を引くなぁ・・・まったく」

と、ベニーも呟く。

どこか微笑ましい光景に頬を緩ませるツヴァイの後ろでは、ガルシアからロべルタにより破壊された事務所の修理を約束され上機嫌なクロウディア、それに呆れ顔のリズィがいる。

「しかし、バラライカの飼い犬には随分やっかいな連中がいるもんだな」

 ツヴァイは、先ほどから抱いていた疑念を口にする。

「そうね、いろいろ調べてみたけど、奴ら軍人崩れらしいわよ」

「やはりな・・・・」

クロウディアの言葉に、ツヴァイはある程度予測の着いていた軍人と言う単語に溜息をつく。

あの統率された動きはマフィアのものでは決してなかった。

「降下部隊(パラ)だったか特殊部隊(スペシャル・フォース)だったかは知らないけど、バラライカを頭脳として一つの殺戮マシーンとして機能する連中は、第三次世界大戦に臨めるほどに訓練され実践を積んだアフガン帰還兵。
熱砂の地獄から帰還したバラライカをはじめとする彼等は、祖国崩壊後、このロアナプラにその生き方を選んだ・・・・・ま、よくある話よね」

興味なさげに答えるクロウディアだが、内心ではホテル・モスクワの警戒レベルを三つは引き上げているだろう。

油断ならない女だとは思っていたが、話せば教養もある人物でお茶目な面もあるあの女傑にそんな過去があった。

それは目の前でのびているレヴィにも当てはまる。いや、ダッチもベニーも多かれ少なかれそんな溝泥に足を浸してきたに違いない。

そして、自分にも。

「誰もが足元を溝の泥に浸かっている……」

同じように溝泥に浸りながらも、彷徨の果てに安住の地を見つけたロベルタという女性に、彼は幸運以上のものを見出す想いだった。




[18783] 6話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:ecbb18d3
Date: 2010/05/22 17:51
背徳の街ロアナプラ。

そこに轟音と共に一条の黒煙が立ち昇った。

つけっぱなしのTVからは爆破されたアメリカ大使館の惨状を興奮した様子でレポーターが捲くし立てている。

「物騒な世の中ねぇ~」

 ソファに寝ころび、バスローブ一枚でシャンパンを煽るクロウディア。

「そうだな・・・・・」

 なんとも言えない表情でリズィは親友のだらけきった姿を見て答えた。

「この街にも大分慣れてきたと思ったが・・・・慣れすぎだろ」

 外回りから帰って来たツヴァイも、雇用主の姿を見て溜息をつく。

「なによぉ・・・・別に私達の事務所が吹っ飛んだわけでもあるまいし、むしろアメリカの大使館なんて全部吹っ飛んでくれたって構わないっての」

 猫の様にソファの上を転がりながらクロウディアは不謹慎な事を吐き捨てる。

 ロアナプラに居を構えて早数ヶ月、一度どこぞのメイドによって事務所は全壊したが、メイドの主人に修理費以上の金額を受け取る事ができ、見事に事務所引っ越しまで行い今ではロアナプラでも名うての運送屋「ラグーン商会」の向かい側に「万屋アースラ」の事務所がある。

その時、

「すいませーん、ラグーンのロックですけど」

 気の抜けた声と共に、事務所の扉が開きそこから見事にクリーニングされたワイシャツに簡単な色のネクタイを締めた日本人が現れた。

  しかし、

「あ・・・・」

 クロウディアの扇情的な格好に顔を真っ赤にし、ロックは物凄い勢いで扉を閉める。

 「相変わらず純な子ねぇ・・・・・」

 やれやれと言ったようにクロウディアは微塵の反省もなく、グラスに注いだシャンパンを飲み干す。

「「服着ろよ!!」」

二人の突っ込みに渋々着替えるために事務所を後にする。

「悪かったな・・・・もう入ってきてもいいぞ。何か用か?」

 扉の向こうで今の光景を忘れようと辟易しているロックを呼び戻し、用件を聞く。

「あ・・・いや、レヴィここに来てないかと思って」

 ようやく頭に昇った血が下がり、紅潮した顔色が日本人特有の黄色い肌色に戻っていく。

「いや・・・・来てないが?いないのか?」

「いえ、多分下宿先だと思うんですけど、最近よくここに来ているみたいでしたから」

ここに引っ越して以来、レヴィはここを飲み屋か何かと勘違いしているのか、クロウディアのお気に入りの酒をたかりに頻繁に顔を出していた。

先日もイエローフラッグでツヴァイと飲み明かした後、二次会と称し朝までドンチャン騒ぎを巻き起こしていた。

それらの行動からロックが相方のレヴィがここにいると考えるのはある意味自然なことなのかもしれないが、ツヴァイ達からすれば迷惑以外の何物でもない。

「ねぇ!あたしのブラ知らない?」

 羽織ったバスローブすら脱ぎ捨て、パンツ一枚のクロウディアが事務所の隣の私室から出てくる。

「~~~~~~~っ!」

 せっかく下がった血がより刺激が強い物を見せつけられ、先ほどよりも凄まじい勢いで再び血が上って来る。

 遂には、盛大な鼻血を吹き出しながら事務所を飛び出していった。

「「服を着ろ!!」」

 再び二人の突っ込みが響くと同時に、事務所の電話が鳴り響く。

「はい、こちら万屋アースラです」

電話に出たのはクロウディアだった。パンツ一枚で。

「あぁ、ミスター張。お久しぶりです。えぇ、それはニュースで聞いておりますが(パンツ一枚で)。はい・・・依頼ですか?はいもちろん承ります(パンツ一枚で)。」

しばらくの会話の後、電話を切りクロウディアは悠然とツヴァイに宣言する。

「仕事よ!三合会の張からの依頼!何としても成功させなさい!!」

「その前に服を着ろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 三度二人の突っ込みが事務所に鳴り響いた。


「オタクか?張の旦那に頼まれたてチンピラは?」

 依頼主の張に指定された場所に着くなり、ツヴァイは訛りのひどい英語でチンピラ呼ばわりされた。

「・・・・・あぁ」

 バシュラン島のジャングルの奥が同じ依頼を受けた逃がし屋(ゲット・アウェイ・ドライバー)との合流場所だった。

 ツヴァイより先に来ていたのは、白いチャイナドレスに身を包んだ中国人の細目の女と、無精髭のイギリス人であった。

 イギリス人の方はすでに大麻によるリラックスモードに入っており、乗り合わせたジープ・チェロキーの運転席で焦点の定まらない視線を泳がせていた。

「・・・・・・・・・・・・お前も逃がし屋なのか?」

「へぁ~?俺がアナウンサーにでも見えんのかこの野郎~?」

 呂律の回らない口調でイギリス人の男は煙草状にした大麻の煙を吐き出していた。

「・・・・大丈夫なのか?」

「こいつそこら辺は大丈夫ですだよ。頭、火星に飛んでっても不思議と運転ミスる無いね」

 何がおかしいのか、中国人の女はにゃははっと陽気に笑いながら答えた。

一抹の不安を抱きながらも、三合会が用意したこの者達を信用する以外にツヴァイに選択肢はない。

「とにかく・・・・肝心な時に使いもんにならないようにしろよ、ファッキン・アイリッシュ」

 最近合う機会が増えた為か、どこぞの二挺拳銃の口振りが移ったらしい。

 ツヴァイは頭痛すら覚えるこめかみを押さえ、狐女の中国人とジャンキーのイギリス人の車に乗り込んだ。

 依頼内容は、ここバシュランに来るはずの荷物を持った運送屋を地元軍基地まで護衛する事。

「また、あいつらと一緒か・・・・」

 運送屋の社名を聞いた時からこの依頼が一騒動も二騒動も起こる確信にも近い予感がツヴァイにはあった。



[18783] 7話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:7ce4f6b6
Date: 2010/05/24 05:07
「銃声始またよ」

 その車内の助手席で血の様に真っ赤な口紅を唇に塗りながらその女性は言った。

「ああ、俺ぁやだぜ。」

 だが運転席でハンドルに突っ伏した金髪の男はやる気は甚だ無さそうだった。

「ガンファイアが収まるまで動きたくねえよ」

「死ぬされたりするとペイ無しね」

 やる気の無い男に対して、言葉遣いも怪しい口調でその助手席のチャイナドレス姿の長髪の東洋系女性・・・・シェンホアは男を窘める。

だが、返答は「面倒くせえや」と変わらぬやる気のなさ。
 
「ノー、仕事大事よ」

「・・・・・」

 こんな二人のやり取りを後部座席で眺めながら、ツヴァイは今回の依頼の完遂は本気で無理であろうと深い溜息をもらした。


その頃、レヴィは銃火に脇道へと追い込まれていた。

「くそ!きりがねえ!!ロックの阿呆のボンクラ!クソったれめ!」

拉致された相棒を罵りながら、レヴィは脇道をかける。その彼女に止めを刺そうというのか一台の車が脇道に横付けされる。

応戦しようとしたレヴィの背後の通りをエンジン音、

そして、

「姉ちゃん。頭下げるよ」

と、いう女性の片言英語の言葉と共にツヴァイは銃を構える。

仰け反るようにして身を低めるレヴィの頭上を刃と銃弾の一閃がに走り去る。

それはまさにレヴィを射撃しようとしていたテロリスト達に深々と突き刺さり血を撒き散らした。

「ゲットアウェイドライバーか?!・・・・・ってお前!?」
 
 後部座席に座るツヴァイに目を丸くするレヴィ。

「弁護士にでも見えるってかこの野郎!失礼、このアマ!」

そう言い放つや、ゲット・ウェイ・ドライバーであり、先程のやる気なしの様子を見せていた金髪の男性レガーチはレヴィを待つ事無く車を発車させた。

急いで開いている後部ドアにしがみつくようにして乗り込むレヴィ。

だが追っ手は来ない。

既に彼らには政府軍がキャンプを出たとの情報が入っている。大事の前の些細な事で全体の計画を水泡に帰すわけにはいかないのだろう。

テロリスト達は撤収を開始した。

「最近よく会うなぁ、こんな廃れた島に飛ばされるたぁ遂に事務所追ン出されたか?」

「・・・・・飛び込みの仕事だよ。それに、事務所を追い出される理由があるとすればお前のドンチャン騒ぎが原因だ」
 
「何カ?オタクら知り合いだたのか?」

 軽口を交える二人にシェンホアは訝しの声を上げるが、それに答えるよりも早く、レガーチの問いが投げかけられる。

「ミスター張からは四人組って聞いたぜ。残りの三人は何処行った?」

「予定が変わって二人になった。一人はドジって攫われた」

その言葉に、ツヴァイの表情が僅かに硬くなる。

 このような世界に関わっている以上、自分の生き死にの責任は自分で取らなくてはならない。

 だが、感情では分かっていても本能に近い部分ではすでに他人の域を越えているロックの安否が気になるのは、ロアナプラで生じたツヴァイの変化なのかもしれなかった。

 だが、煙草を取り出しながら苦虫を潰したような表情で呟くレヴィに「お話にならない」と至極当然の反応をシェンフォアがみせる。

「真っ直ぐベースに向かうぜ。とっとと仕事終わらせて帰りてえぇ」
 
そうのたまうレガーチに煙草を吸いながらレヴィが問うた。
 
「連中のアジトは?」
 
「ヴィレッジの北6マイル。森の中ですだよ」
 
淀み事無くシェンホアが答える。

なんともふざけたゲット・ウェイ・ドライバーと用心棒だが、流石は張が雇っただけあってテロリストの動向は調べ上げているらしい。

「政府軍基地には向かわねえ。先にそっちを片付ける」

その言葉の意味を、つまりは攫われた仲間を救う、というそのプロらしからぬ意味を悟り、まずシェンホアが甲高い声で笑い声を上げた。

彼女の相棒も

「ふん。ケツなら手前の手で拭きやがれ。もしくは騎兵隊に頼みなメアリー・リードさんよ!」

と、すげなく、そしてシェンホアは、

「仕事はおたくら基地に運ぶだけ。ギャラもらい、他はノーよ」

と、もっともな意見で反対表明を締めくくる。
 
だが、レヴィは当然ながら沈黙はしない。
 
「書類は相方が持ってんだよ。分かりましたか? アンダースタンド・ドゥ・ユー・イエス? ですだよ姉ちゃん」

「・・・・・」

 元々口が悪い女だとは分かっていたが、仲間をさらわれた苛立ちがそれに拍車を掛けているのであろう。

 明らかに無意味な挑発の言葉にシェンホアの持つ刃が酷薄な光を煌かせた。
 
車が止まる。

「シートを汚すなよシェンホア・・・・やるなら外でやれ」

 こと車を汚すような行為は嫌うのか、先程までのお茶ら気振りが嘘のように真顔でレガーチが言う。

その傍らでは後部から伸ばされたレヴィの首筋にシェンホアの刃が付けられていた。

「英語が上手い無いのは本省人だからよ。首と胴、泣き別れても大変無いか?」

だが、そんなシェンホアにレヴィは些かの怯みも見せない。

それどころか、

「旦那がてめぇらみたいなのを雇っているのは何のためだ?
書類だろ?そいつが全部揃っていなけりゃ、アホ面さげて旦那の前でツイスト踊らされんのはこの車にいる馬鹿4人ってことになるんだよ」

と、彼女らしい言葉ではあるが、十分な説得力のある台詞にシェンホアとレガーチの異なる色素を持った瞳の中に灯った自分達と同じ世界を生きる住人の気配をツヴァイは感じた。

 「そんなに死にてぇとは驚きだ!!この自殺志願者共め!!」

 ヤクが切れたのか、それとも吹っ切れたのか、レガーチは愛車のアクセルを思い切り踏み込み車を急発進させる。

 目的地は、ヴィレッジの北6マイル先にある敵のアジト。

 囚われの王子を助けに危険な、四人組が爪を砥ぎ始めた。


「ここからは徒歩で行く」

テロリストの基地から離れた地点で下車したレヴィはそう言って、愛銃のカトラスのマガジンを確認する。

「車でも良いないか?」

 すでにツヴァイと共に車から降りていたシェンホアが問いかけるが、レヴィの答えは至極簡単なものだった。

「ポンコツにジャンキー運ちゃんじゃ、突入はごめんだよ」

「ざけんじゃねぇよ!こいつは世界最高の四駆だぜ!?このアマ!!」

 甲高い声を張り上げ、運転席のレガーチは左手でハンドルを叩き、中指を立てた右手をレヴィに突き出す。

「酔いどれだけでも釣りが来るよ・・・・いいか、ファッキンアイリッシュ。合図があるまで此処で待ってろ。逃げ出したりしたら追っかけてって殺すぞ!」

レヴィはそう言ってレガーチに釘を刺した。

もっと近くまで車で行ってもいいが、麻薬中毒のドライバーであるレガーチを信用しきってない彼女の言葉だった。

「おー! 良い事を言います。激しく同意ね!」

 ――化粧に余念の無い相棒のシェンフォアにまでそう言われてレガーチは立つ瀬が無い。

 哀れなレガーチのフォローをしたいところだが、ツヴァイの考えもレヴィ達と同じなので何も言えなかった。

「とにかくやり過ぎんなよ。逃げる時にべろべろになられてちゃたまんねえ」

 文句を言うレガーチをそうあしらうレヴィだが、

「こいつそこら辺は大丈夫ですだよ。ねぇ、ニイチャン?」

と、シェンホアがレガーチの運転の保証の同意をツヴァイに求める。

「脳みそが火星に飛んでっても不思議と運転をミスる事はないそうだ」

 自信もその言葉を聞いた時は半信半疑だったが、レガーチの運転の腕はレヴィよりも僅かに見ている時間は長い。

 事実レガーチの、極めて運転のしづらいジャングルのなかでも安定した走りをしていたのだ。

ロックの件にせよ、レガーチの件にせよ、言葉使いの変なシェンホアの件にせよ、頭痛の種が多すぎるレヴィは舌打ちして、シェンホアとツヴァイに声を掛ける。

「行こうぜ、ですだよ姉ちゃん、兄ちゃん」

「そうだな」

「ケツを四つに割られるの好きか? 馬鹿にする良くないね。このクサレアマ!」


「西ゲートに三人。東ゲートに六人……」

「それほど多い人数じゃないな・・・・・ここからでは全部で何人いるかは知らないが」

夕暮れが辺りを赤く染め上げている。

双眼鏡を覗きツヴァイとレヴィはキャンプの森の木の上からチャイニーズドレスの女性と共にゲリラキャンプを偵察していた。

「地雷は?」

 あまり警備はそれほど厳重ではない事を確認しながら、レヴィはもっとも懸念する事をシェンホアに問う。
 
「ノー、キャンプ何時も移動してる。手間はかける。それ無いね」

 其れに対する答えはレヴィを安堵させるものだった。

そこには強気の面ばかりが目立つレヴィの姿は無く、逆に悪魔のように繊細なそれがある。

だから日中から相手の根拠地に殴りこむ事も流石にしない。夜の帳が降りるのを待って行動を開始するつもりなのだ。

それを待つ間、相手の事を知る事に意義を挟む素人はいない。
 
「急ぐですだよ。ボンクラに吐かれると商売あがるね」

「心配すんな。ありゃ口が固いんだ。審判のラッパを吹かれても吐かないほどだ」

シェンフォアの危惧にそう答えながら、レヴィは木から飛び降りた。

「陽が落ちたら行こうぜ。スタンバイは万全か?ですだよ姉ちゃん」

「万全よ、それより片付きましたらケツの肉削いでやりますだよ、このアバズレ!」

「・・・・・なんだよ?」

 つい無意識のうちに視線を送っていたのだろう、それに気付いたレヴィはツヴァイに問いかける。

「いや・・・・・随分とあいつの事を信用してると思って」

 いつもいがみ合っているか、ロックがレヴィを宥める光景しか見ていないツヴァイにはレヴィのロックに対する評価は意外なものだった。

 あわよくば、これでレヴィをからかえるのでないかと悪戯心も働いたがレヴィの答えは意外なほどあっさりしていた。

「ふん・・・・それぐらいしてもらわなきゃ助けに行く甲斐がねぇ。日は浅いとはいえあいつらはあたいの仲間だ。こんな所で死なれちゃダッチやベニーに合わせる顔がねぇよ」

 淡々と答えながらも、レヴィの瞳には静かなる炎は灯っていた。

「それに、余計な手間こさえたバカにはあたしが直接ぶん殴ってやらねぇと気がすまねぇ」

 テロリストの基地を包もうとする暗闇よりの濃い邪悪な笑みを浮かべ、レヴィは付け加える。

 ツヴァイにはこれから助け出されるロックの安否よりも、助け出された後の安否の方が心配になってきていた。

「どうした? 気持ちよすぎて引き金が落ちねえか?」

気配を悟られる事無く背後から忍び寄り歩哨をその特異な刃で貫いたシェンホアを見ながら、レヴィは嗜虐染みた声音で瀕死の歩哨に声をかける。

「刺した事はあっても、刺された事はそうないね。男ってのは!」

 レヴィに応じてシェンホアも戯言を返す。引き抜いた刃からは事切れる呻き声と大量の血が糸のように彼女の刃を追う。

これで歩哨は片付けた。

これまではその無音声の武器の特性からやむなくシェンホアの刃にテロリスト共の始末は任せてきた。

だが、それも此処までだ。ロックが閉じ込められていると思しき部屋までは後僅か。

「こっちも行くぜ!」
 
ようやく我慢していた暴力を開放する気持ちをその手の拳銃で表現する。

立ちはだかるテロリストの兵士は悉く屍と変えさせた。

そんな死神の疾走は止まらない。

速度を落す事無くそのままロックの監禁されている部屋へと駆ける。

その後を煌きと敵の鮮血を撒き散らしながら刃を振るうシェンフォアが続く。
 
その異変にロックも気付いた。
 
突如鳴り響く銃声。それはこちらに近づきつつある。
 
「レヴィ! 俺は此処だレヴィ!」

神頼みでも希望的観測でもなく、その銃声の騒動の主をレヴィだとロックは受け止めた。

相手に自分の位置を知らせようと鍵のかかった扉を内側から精一杯叩く。

次の瞬間、扉ごとロックは蹴りを喰らっていた。

吹き飛ばされたロックに誰かが覆いかぶさる。

それが死亡したテロリストと知り、それを持ち上げようとするロックの視野にラグーン商会の相棒の姿が映る。

「ベイビー。ベイビー。良い子にしてたか? もう少し良い子にしてたらな、スイートパイ、ニコリス飴を買ってやるからよ。さ、ずらかろうぜ」

それはこの地獄での血塗れの凶暴な天使の姿だった。

それでもかっての彼女よりは遥かに清廉な。
 
「ほう、これが例のボンクラか?」
 
天使の陰から東洋人特有の切れ長の瞳を持つ女性が、そう言いながら刃の血糊を拭いながら牧歌的にその姿を現した。

「誰、この人?」




[18783] 8話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:a0a06efa
Date: 2010/05/25 22:29
逃げ道確保の為、レヴィとシェンホアとは別行動を取っていたツヴァイも持ち場の掃除をあらかた終わらせた事を確認すると、ベレッタのマガジンを交換しながらレヴィ、シェンホア、そして助け出されたロックに並走しながら合流する。

走りながらレヴィが言う。

「ロック!戦略を立てろ!」

同じく走るロックとツヴァイは当惑する。どういう選択肢があるんだ?まさか、撃ち合いでもしたいと言い出すのだろうか。
 
「何言ってんだよ!!逃げるだけだ!」
 
レヴィの発言に訝りながらもツヴァイの予想通り、ロックは至極まともな回答を発した。

「ようし、それで良い」

 結局、レヴィが何故あのような質問をしたのかは分からなかった。ロックが冷静か確かめようとしたのか、それとも自分の冷静さを確認する為にロックに聞いたのか、あるいはその両方か。

激しい勢いでロックを押し込めるようにしてレガーチの待つ四駆の後部座席に乗り込ませ、レヴィもその隣に座る。後方に警戒を発していたツヴァイも最後に車に乗り込む。

シェンフォアは既に助手席の自分の定位置に座っていた。

「「出せ!」」

レヴィとツヴァイは運転席のレガーチに向かって叫んだ。ここまでは順調だ。

あとはこのレヴィ曰く、「ファッキンアイリッシュ」が、これまたレヴィ曰く、「ですだよ姉ちゃん」の言葉だけの実力を持っている事を期待するだけ・・・・。

「え~?出すもんなんて何もねえぞ~」

振り返ってきたそれは、視線を泳がせ、既に頭は火星にすっ飛んだゲッタウェイドライバーの顔だった。

間髪入れずにレヴィの蹴りがその後頭部に飛ぶ。


「手前の仕事に変わったんだよ。とっとと出せっつうーの、こら!」

「あ、忘れてた!」
 
蹴りを喰らったレガーチが素っ頓狂な声を上げた。
 
苛立ちを隠そうともしないレヴィ、何とか苛立ちを隠すツヴァイ。

だが、それでも相手が正気を取り戻した事に幸運を感じた二人の耳に信じられない言葉を聞かされた。
 
「リヴァプール行かなきゃ!」

殺してやろうか、と眉間に皺を寄せるレヴィと、今度ばかりはレヴィに同調せざるをえないと引き金に指を掛けるツヴァイとは対照的に、長年の付き合いからか、化粧をしながらシェンホアは冷静だった。

「もう駄目よ。スーパーリラックスね」

「ジミ・ヘンドリックスが俺を、俺を呼んでいる!クリンゴン星人を倒してくれと!ピ、ピカード艦長ぉぉぉぉぉ!」

(もう一度取りあえずどついておくか?)

(ここで始末した方が早くないか?)

と、過激な思案するを視線で交錯させる二人の前で、再びレガーチはこの場では意味不明な言葉を大声で紡ぎ出した。

勢い良くキーを回し、自動車を発車させる。とにかくこの場から立ち去る事は・・・・・・。

「な、おい、てめぇ!そっちじゃねえ!」

出来なかった。

発進したは良い。だが車が進むのはレヴィ達が今しがた逃げてきた方角だ。

勢い良く土嚢と鉄条網と材木からなるバリケードを突破して、レガーチの駆る四駆は再びレヴィ達をテロリストのキャンプ地へと誘った。

「アホ!ここは敵のど真ん中じゃねえか!」

 噛み付くようにレガーチに吼えるレヴィだが、返ってきたのは相手のけたたましい馬鹿笑いだけ。

その間にも四駆はキャンプ内を蹂躙する。
 
こうなるとレヴィもツヴァイも腹を括らざるをえない。敵を混乱させ、少しでもこちらの追撃の準備を遅らせる為に、窓から上体を出して激しい銃火を手の先の銃口から吐き出す。

「くっそ!こうなったら行き掛けの駄賃だ!!」

「とんだ相方を用意してくれたもんだな!!張も!!」

 ヤケクソ気味に銃を撃ち放つ二人の銃弾は応戦するテロリストを撃ち倒して行く。


何とかベースへ続く道へ入った四駆の中ではレヴィが余裕綽々で喋っていた。

「とにかく、このロックが逆ギレてねえからには、大した敵じゃねえってことだ。」

「そうなのか?」

かつて、ガンシップによって絶体絶命の状態に追い詰められたラグーン号を救った折のロックを思い出しながらの彼女の発言だったが、事情を知らないツヴァイは空になったマガジンを交換しながら訝し気に呟いた。

「いや・・・・・」

そのレヴィにロックは否定の意味で言葉を洩らした。
 
「見ろ!見ろ!阿呆が束になって来やがった!」

「おー!最高ね!」

その言葉は、後方から迫りくる追手のジープ群の襲来を楽しんでいるような二人の女傑の鼓膜を震わせるには至らなかったらしい。

「あん?なんか思ったより数が少なくねェか?」

「そだね、もとウヨウヨ来る思ったけど・・・」

 眉を潜ませる二人の疑問はもっともだった。

 アジト襲撃前の下調べで確認したジープの数と、現在自分たちを追ってくるジープの数が合わない。

 連中が求めている荷物の重要性から考えても、アジトに残る全戦力を投入してくるのは素人でもわかるはずだ。

「少し数を減らしておいた、追手は少ない方がいいだろう?」

 短時間で数十人を始末した功績をさも当然の様に告げるツヴァイに浴びせられたのは、賞賛ではなく、女傑達からの罵倒だった。

「何勝手なことしてんだこの馬鹿!!追手は多い方が面白いに決まってんだろうが!!このタコ!!」

「アバズレの言う通りね!ちょっと顔がいいからって何いい気なてるか!?」

「・・・・・・・」

「クソ、クソ、クソ・・・・」

そんな中、ぶつぶつと悪態をついているロックに

「何だこいつ?」

と、レヴィは不審そうな冷たいとも言って良い視線をやる。

だが、それは短時間の事だった。

銃弾が空気を割く音が響き、それを知るとレヴィは瞳を輝かせ

「来やがった!」

と、拳銃を持つ手に力を込めた。

「レヴィ・・・・俺さあ、あの日本人と話したんだ。そんで・・・・」

「じゃ~んけ~んポイ!ああ!負けた!クソ!後攻めだ!」

そう悔しがるレヴィを尻目に「お先に失礼」とあのチャイナドレス姿の長髪の中国人女性は車上へと姿を消した。

そんな彼女の背後に「二台仕留めたら交代な!」と叫ぶレヴィ。

「何か言ったか?」

 ようやくロックに気付いたかのようにレヴィが尋ねてきた。
 
「・・・・・いや、いいっす」
 
(今のこのブルーな気持ちを、人殺しをピクニックか何かのように楽しんでいらっしゃる貴女達に理解して貰おうと思った俺が馬鹿でした)

 そんな気持ちで肩を下ろすロックの肩に乗せられるのはツヴァイの力なき手だった。

「何も言うな・・・・・。お前の気持ちはよく分かる。またイエローフラッグで飲もう・・・・・」

「そうですね・・・・・奢らせてください・・・・」

 泣き出しそうな男二人の間に奇妙な友情が芽生えた瞬間だった。

 そんなことはお構いなしに車の屋根では不敵とも妖艶ともいうべき表情でシェンホアが立ち上がった。迫り来るテロリストの車両を眺めるその姿に怯えは僅かにも見当たらない。

「躍らせてあげるわ!」

手にしたロープの先に繋げた例の刃を振り回し、シェンホアはそれを投げつけた。

月明かりに死人の表情のような蒼い光が煌き、激しい射撃を浴びせてくるジープ車上に身を出していた兵士の身体を切り裂き、もしくは首を刎ねた。

だが、それで刃は動きを止めたわけではない。まるで生き物のようにロープの先端の刃は鮮血を吸うのを止めなかった。

甚大な犠牲にコントロールを失ったジープが近くの友軍車両と玉突き状態となり盛大な爆発音と火焔を生じさせた。

殺し屋たるシェンホアの面目躍如である。

「あ~! 馬鹿! 手前全部やんなっっただろ! 左! あたし左のやっから、お前、右だ!」

「やめるね! 狭い!」

 ゲーム感覚で殺戮を行う二人の女傑に、既にロックとツヴァイは月までの距離を置いてけぼりにされた気分だ。

 だが、そこに背後から一台のジープが距離を詰めてくるのをツヴァイだけが気付いた。

「ちぃ!!」

 窓から上半身を出すと同時に、持ち前の正確な射撃で運転席に乗るテロリストの額を撃ち抜く。

 不安定な車内でも決して鈍ることのない射撃に浴びせられたのは、またしても女傑達の罵倒だった。

「何勝手なことしてやがんだ!?あぁ!?順番守れや兄ちゃん!!」

「一度言われたこと守れないの、クソガキ以下ね!」

「な!?ちょっと待て!今、俺が撃たなかったら危なかった・・・・・がっ!?」

 抗議の声を上げるツヴァイの顔面に、レヴィの握り締めた拳とシェンホアの美脚から繰り出される蹴りが突き刺さる。

「口答えしてんじゃねぇよこのボンクラが!!」

「お前も、そこのボンクラと一緒に大人しくしてるヨロシ!!」

車内の会話に置いて行かれた孤独なロックに女傑達の怒声とツヴァイの悲鳴とは違う声が聞こえた。

「おい見ろ!」

と、運転手のレガーチからだ。
 
「なんだ?」
 
その声に運転席に目をやったロックだが、取り立てて目立つ変化はこちらから見る限りではフロントガラスからは窺えない。

訝しがるロックに更にレガーチの言葉が突き刺さる。

「楽園の上をジェーン・フォンダが徒競走している!」

「・・・・・あっ、そう」

 屋根では女性二人は陣取り合戦で再び揉めており、ロックの隣ではツヴァイが整われた顔を見事に腫らして拗ねたように沈黙している。

レガーチは、再び

「畜生!一体俺を何処に誘おうと言うんだ?ひょっとして伝説のヌーディストビーチ?!」

と脳天が飛んだ発言で吼える。

イカレタこの空間で、真面目に落ち込んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなりそうなロックだった。

運び屋達うちの二人は未だに揉めていた。

「仕切り直すね。もっぺん、じゃんけんどうか?」

 だが、レヴィはその提案を跳ね除けた。
 
「そんな暇はねえ。来るぜ!」

先程は取るものも取りあえず追ってきた感のある敵はどうやら冷静さを取り戻したらしい。密集する事無く十二分に車両間隔を取り散開して追撃してくる。

「奴らぶっ殺す!だが、お前の武器じゃ間合いが広すぎる、下がってな!」

レガーチが相変わらず意味不明な言葉をわめき散らす車内に一旦銃弾を避ける為に避難したレヴィとシェンホア。

そのシェンホアにレヴィはそう彼女より自分の出番である事を説明した。それにはシェンホアも折れざるを得ない。

「仕方ないね。お手並み拝見よ」

 そう言って手を出してきたシェンホアに対して景気づけに手を叩いて、勇躍、レヴィは車上の屋根に躍り出た。

「しゃらくせえ! 目ん玉引っくり返してやる!」

二丁の拳銃は悪鬼のように死を噴出した。

次々と被弾して脱落していくジープ。

 爆発の閃光花が闇夜に咲き乱れた。得意げなレヴィにシェンホアも、

「おー! 口だけ達者じゃない。イカスね!」

と賞賛せざるを得ない。

「EMZね! もうすぐキャンプが見えてくるね!」
 
既に鼻っ面を叩きのめした追っ手はもう見えない。

これで仕事は無事終わりだろう。

それに安堵してレヴィは先程煙草を勧めたロックに

「どうだロック、楽しくなってきたか?」

と、陽気に尋ねる。

「あ~何ていうかもう、そうやって逃げていると駄目になってくるんだよな・・・。
幼稚園の頃からそうやって逃げて来たような気がするんだよなぁ・・・・・
もう駄目だ・・・・」

「おぅ?悪い方入ったね」

「アイヤ、ミスッたぁ・・・・ポジティブな奴だから大丈夫だと思ってたけどよぉ」

「駄目よぉ、セッティングはとても大事よ?・・・・・このボンクラにもやったらどうか?」

 まだ根に持っているのか、シェンホアはロックとは逆方向で落ち込んでいる座っているツヴァイに冷たい視線を向けるが、

「やめとけやめとけ、こいつ見るからに根暗じゃねぇか。キメた瞬間、舌噛んで死んじまられても困るぜ」

「・・・・・」

 レヴィの容赦ない言葉にもはやツヴァイは言い返す気力も沸いてこなかった。

「おっさんと話した時もついつい偉そうなこと言っちゃった・・・・。良く考えたら俺、言うだけ言って言い逃ればっかだよな……」。

どうやらレヴィが与えた麻薬煙草はレガーチのようにロックの気分をハイにさせなかったらしい。
 
その一方でジャンキー運転手はロックに分けてやりたいぐらいに脳天は飛んでいる。

「プレイメイツだ!90年からのプレイメイツが100人いるぞ!プレイメイツ軍の襲撃だ!」


ベースに突入した穴だらけの四駆に基地の兵士たちは狼狽と緊迫した空気の中、配置についていた。

「指揮所へ!所属不明車が進入!射撃許可を!」

と、いう無線も飛ぶ。
 
だが、指揮所からの反応は兵士達には予想外のものだった。

「第三バンカーへ!それは客だ!撃つな!全バンカー警護へ!それは敵に非ず!」

「洗濯屋の使いは到着しているか!」

 ローターの轟音に掻き消されない様に声を張り上げながら、降下するヘリから男ががなり立てた。

サングラスと白いスーツを纏った金髪の白人男性だ。

「遅いぜ!ラングレーの旦那!」

 ヘリを見上げるレヴィも負けじと大声で返す。尤もその口調はCIA職員のような焦燥感はなく、どことなく楽しげだった。

「ラングレーは忙しいんだ! 自由と正義にクソをたれる野郎が多いもんでな!」

 そう言いながら男は着地したヘリから降りてきた。

緑のスーツに、サングラスをかけた黒人の男もそれに続く。

「それで! 俺たちをエレクトさせる物っていうのは何処にある?!」

 黒人男性の質問に薬で意識を泳がせていたロックの正気が戻る。

「しまった! ブリーフケースが無い!」

「へ!?」

「なにぃ!?」

 だが狼狽するロック達に対して彼女は冷静だった。

「慌てんなよ・・・ハリー・フーリニンが魔法の壷をちょいと振れば、ほれ、この通り!」

 タンクトップの内側から文書を取り出した彼女にロックもシェンホアも唖然とした。

最初から文書は彼女が持っていたのだ。

「じゃあ、何の為にこのボンクラ助けに行ったか?」

と、いうシェンホアの抗議に

「そうでも言わなきゃ、お前等がのったかよ」

と、さらっと切り返すレヴィ。

一方、文書を受け取った黒人男性は露骨に嫌な顔を相棒に向けた。

「ち、汗でふやけてやがる。それじゃあお疲れさん。次はもう少しましな形で届けてくれ。ボスが怒る」

事は急を要す。長居は無用とばかり、ローターを回転させ続けるヘリに二人のCIA職員は戻った。

「えーと、そうミス・レヴェッカ!バッファローヒルの署長と、NYPD27分署の連中があんたの今を知ったら腰を抜かすかも知れないな!」

その黒人職員の言葉にレヴィの顔が一変する。封印していた傷口を抉る言葉だった。その表情は憎悪に醜く歪む。

「勘違いしなさんな!俺達の仕事は、合衆国の敵を殲滅する事であって、重罪人の逮捕はペイの中に入っていない! いずれ仕事を頼む時の挨拶代わりだよ!じゃあな!」

 去り行くヘリを見送るレヴィの背後からロックが言葉をかけてきた。

「あのさ・・・レヴィ。まだ御礼を言ってなかった・・・・・その・・・ありがとう」

気心の知れた仲間にこそ礼を言うものを言う時には照れるものである。僅かに顔を紅潮させたロックにレヴィはにこやかに振り向く。

「なんだいロック。水臭い話は抜きにしようや」

 次の瞬間、レヴィの拳骨がロックの頭上に振り落とされていた。
 
「寝言ぶっこいてんじゃねえぞ!金輪際こんな温情はかけねえからな、阿呆野郎!掛かった救出費は手前のペイから天引きだ!助けて欲しけりゃ、次は神様にでも頼みやがれ!」

頭を抑えながらロックはそれでも微笑んだ。


「うぅ・・・・・」

 事務所に戻ったツヴァイを迎えたのは、テレビの前で涙を拭うクロウディアだった。

「・・・・・・・」

 状況が掴めずツヴァイは一瞬言葉を失う。

「うぅ・・・・・・あ、お帰りツヴァイ。お疲れ様」

 入口に立つツヴァイに気付き、労いの言葉を掛けるクロウディアにツヴァイは、

「・・・・・なにやってるんだ?」

 と、返すのが精一杯だった。

 誰が想像できよう、理不尽な理由で顔面を殴打され、精根尽き果てやっと帰宅した人間を迎えたのは、出発する時と変わらずパンツ一丁の女がテレビの前で泣いていたのだ。

「日本のアニメーションって素晴らしいわ・・・・・」

「アニメーション?」

「この「空気」って作品・・・芸術ね。特にこの晴子さんに共感できるわ・・・・なんか他人に思えなくて・・・・」

「そうか・・・まず服を着ろ」

「うるさいわね!!・・・・あんたはうちのお母さんやない!!」

「当たり前だ!」

「って、どうしたのその顔?まさか、失敗したの!?」

 腫れあがったツヴァイの顔面を確認するなり、心配どころかさらに顔面を腫らしかねない声色で告げる。

「・・・・・・なんでもない、仕事はきっちり済ませてきた」

 腫れ上がった頬をさすると負ったばかりのトラウマが疼き、ツヴァイの声色は自然と低くなる。

「そ、そう・・・・ならいいんだけど」

「なぁクロウディア・・・・・俺って根暗か?」

「何言ってるの?自分が今まで明るい人間だと思ってたの!?」

 突如投げかけられた質問に、クロウディアは迷いなく答える。

「そうか・・・・ちょっと出てくる」

 気のせいだろうか、瞳に涙を溜めたように見えたツヴァイが踵を返す。

「また出るの?」

「イエローフラッグには俺の痛みを分かってくれる奴がいるんだ・・・・・」




[18783] 9話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:1fbce34c
Date: 2010/05/27 00:26
「しばらく俺の護衛を頼みたい」

 万屋アースラのソファに座るなり、三合会の張はそんなことを口にした。

「それは構いませんが、なぜ私たちに?」

張の対面に座るのはアースラの社長であり、ツヴァイ、リズィの雇用主でもあるクロウディア・マッキェネン。

触れば絹の様な感触であろう金糸のロングヘアーを靡かせた彼女は、蟲惑的な唇の端を僅かに吊上げながら問うた。

三合会と言えばロアナプラでも屈指の勢力を誇る香港マフィア。そこからの仕事をこなせば自然と三合会の後ろ盾が付き、この街での仕事もやり易くなる。

ある程度この街での事業がうまくいっているとは言え、未だ駆け出しのアースラに取ってこの依頼は、喉から手が出るほど欲しかった物であるはずであった。

だが、クロウディアはすぐに飛びつく様な浅ましい真似などせずに歯に挟まった異物の様に残った質問を口にした。

この街で起こっているおおよその事は把握している。情報不足は死活問題だということは理解しているからだ。

だが、それでも三合会などの大物組織には敵わない。

事実、自分達が把握している情報の中に張がここに来なければならない事態に陥っているというものはなく、寧ろ三合会はこの一件には無関係に近い。

それでも張はここに来た。それは、自分達の知らない情報を持っているという無言の証明に他ならない。

「特に深い意味はないさ、以前お宅らに頼んだ仕事の手際に感心してね。また力を貸してもらおうって思っただけさ」

煙草に火をつけながら張はおどけた様に告げる。

「それは、光栄ですわ。しかし、それほど私達を買って下さっているのなら腹を割ってのお話合いをしたいものですわね」

余裕たっぷりに答えるクロウディアに張の背後に立つ黒服の部下達は不機嫌そうに眉をひそめるが、逆に張は満足げな笑みを口元に浮かべていた。

「なるほど・・・・・なかなか食えない女だな。いいだろう、互いの相互利益の為だ」

そう言って張は、煙は吐き出しながら言葉を紡ぎ出した。

「ここ一月でホテル・モスクワ絡みの死体が6つも出来上がっているのは知っているな?バラライカの女狐はもうカンカンさ」

「えぇ、ですがそれと三合会にどのような関係が?」

ホテル・モスクワと三合会が友好関係を築いていることは周知に事実であり、それによりこの街は仮初の平和を保っていると言っても過言ではない。

だが、それはあくまでビジネスの間の話だけある。

元々は三合会がロアナプラの全権を握っていた所に戦争を仕掛けてきたのはホテル・モスクワであり、目の上のコブとも言える者がいくら死んだところで三合会にとっては寧ろ喜ばしいことであるはずだった。

「話を急くなよ、お嬢さん」

張の言葉にクロウディアは眉をひそませるが、張は構わず続けた。

「別にイワンが何人死のうが俺達には関係ないが、その被害がうちにまで広がってきたってんなら話は別だ」

「三合会にも?」

自分の知らない情報をチラつかせられクロウディアは先ほどとは違った意味合いで眉をひそめる。

「ああ、手口から見てイワンに喧嘩を吹っ掛けてる奴の仕業に十中八九間違いないんだが、残念なことに手掛かりはなし。
こんな街じゃ誰一人信用なんて出来やしないからな。
だから、この街に来たばかりのお宅らに俺の警護を頼もうかと思ってね」

「・・・・・・なるほど、監視の意味を込めて・・・・・という意味ですね」

「話が早くて助かるよ、ミス・リンディ」

 ホテル・モスクワと三合会に同時に戦争を仕掛けようなどと思う者などこの街には存在しえない、この二つの組織の力は場末のチンピラまでも知っている。

だとすれば、そんなイカれた者は自然と限られてくる。

真っ先に挙げられるのは、この背徳の街で名を上げようと躍起になっている新参者。つまり、万屋アースラの様な者たちのことである。

それらを監視の意味合いを込めて張はここに来たのだ、手元に疑いの元を置くと言う一見危険極まりない行動だが、自分の力を信じて疑わない張ならではの大胆な方法でもあった。

「勘違いしないでほしいんだが、俺はお宅らに無駄な疑いを掛けたくないって思ってるんだよ」

「ええ、それは感謝しておりますわ」

いくら自分の力を信じ切っているとはいえ、ある程度の保険を掛けておくのは当然のことである。張はある程度の犯人を絞っているのだろう。

それには当て嵌まらないが、僅かにでも疑念が残るアースラ、特にアメリカ時代にファントムと呼ばれ、恐れられたツヴァイを監視したいと言っているのだ。

痛くもない腹を探られるのは面白くないが、悔しいことにアースラと三合会の力の差は火を見るより明らかであり、主導権を握られるのはやむを得ない。

むしろ、結果的に自分達の無実を証明してくれる張に感謝すらしなければなるまい。

「お話は分かりました。玲二、ミスター・張の護衛をお願い」

クロウディアは背後に控えるツヴァイに声を掛ける。

「ああ」

ツヴァイの返事に張は、暗黒界を生き抜いた者特有の凄惨な笑みを浮かべた。

「よろしく頼む。ミスター・玲二。
いや、それともツヴァイか?・・・・・・ファントムって呼んだ方がいいかな?」

「・・・・・・好きに呼べ」



錆と埃の匂いに満ち、湿気と熱気のある暗闇の地下室。

そこでは、電球の灯の下でぼんやりと此処ロアナプラの裏の世界を支配する四つの組織の四人の男女が浮かび上がっていた。

「また一人殺されたわ。今度は会計士よ、此処はベイルート?それともモガディッシュ?」

 右半分に火傷の跡が残る金髪の女性が刺々しく皮肉交じりの挑発的な言葉を放った。ここに入ってきて当初からの殺気混じりの彼女の気配が急に濃くなる。

「よせよ・・・・バラライカ」

相手を嗜めるようにサングラスをして口髭を生やした男が神経質そうに彼女を宥めた。

白いジャケットから紅を基調とした派手なシャツを覗かせる彼、マニサレラ・カルテルのロアナプラの責任者であるアブレーゴの顔色は先程から冴えない。

連絡会に来るまで三合会の張も同じ状態だと思っていた事態が、つい先程、例外は既に彼の陣営だけとなった事を張に教えられたのだ。

消去的に考えれば、真っ先にバラライカに疑われるのは自分達だと言う事にアブレーゴは憂鬱な想いだったに違いない。

ホテル・モスクワ。否、目の前のこの顔に火傷をした元ソ連軍の大尉だという女を怒らせた場合に何が起こるかを彼は身をもって理解していた。

それは彼女が此処に初めて姿を見せた時の容赦のない他陣営への攻撃ぶりは勿論、先日のマニサレラ・カルテルへのホテル・モスクワの全世界的奇襲作戦のなかで、彼もバラライカの子飼いの連中に、歯をへし折られ、顔をパイナップルのように腫らされたのだ。

もし本部がホテル・モスクワに譲歩して手打ちを済ませなければ、もしくは勢力の均衡が崩れる事を嫌う三合会とシチリアン・マフィアが紛争の調停に介入しなければ、今頃彼は、この街と本土を結ぶ橋の上に吊るされるか、鮫の餌食とされていたであろう。

心当たりが無い事とは言え、相手に余計な疑いを掛けられ、差し歯をしたばかりの歯を再び失うような事態になることは避けたい。

「だからこうして連絡会を持っている」

そう冷静な声が響いた。

サングラスを掛け、スーツと外套を黒で統一し、唯一マフラーだけは白とした三合会のロアナプラでの長である張だった。

安堵した表情を浮かべるアブレーゴの前で、張が彼の言葉を引き継いだ。

「共存の時代だ。流血と銃弾の果てに手にした均衡は大事にしたいね、ミス・バラライカ」

彼女を前にしても張の言葉の調子は普段の彼と変わらない。

思えば、ロシアン・マフィアのこの地での殲滅戦から始まった登場に、以前はこの地で幅を利かせていた中国系マフィアが駆逐される中、歯止めとなった希少な男がこいつだった、と雇用主から伝えられた情報を頭の中で反芻しながらツヴァイは、護衛対象である男の背中に視線を向けた。

「おや、ミスター・チャン。私が何時言ったのかしら?共存を求めているなど」

再び皮肉交じりに笑みすら浮かべながらロシアンマフィアの女傑は噛み付いてきた。

それも過去の対立の折は除き、アブレーゴのマニサレラ・カルテルやヴェロッキオのシチリアン・マフィアと比べどちらかと言えば友好的な三合会の張に対してだ。その事実が彼女の怒りを伝え、そしてそれを被る恐れのあるアブレーゴをぞっとさせた。

「ふん!吹くじゃねえかフライフェイス。田舎もんのイワンが女王気取りとは笑わせるぜ。ソホーズに帰って芋でも掘ってやがれ!」

その発言にアブレーゴとツヴァイは内心で苦々しく眉を顰めた。

金髪に浅黒い肌をしたヴェロッキオ。

緑のスーツ淡いピンクのシャツに紅いネクタイ。その上に白いコートを羽織った彼は張と同様に煙草を加えているが、知性が服を着た印象を与える張に対して、無知と粗暴が服を着た印象を与えるものだった。

兎も角、火傷女をこの場で怒らせて、それぞれの勢力の均衡を崩す事態になることは避けたいのはこの街に住む者たちの総意である。

特に状況証拠で火傷女に戦争の口実を与えそうな条件を持つ事態に至っているマニサレラ・カルテルはその思いは強いだろう。

張と違う意味でバラライカを恐れないシチリアン・マフィアのこの地でのボスの無知とも無鉄砲とも言い難い態度に苦々しい思いに駆られアブレーゴはサングラスの奥の瞳を細くした。

気になってバラライカに恐々と視線を向けると、彼女の背後に控えている顔に傷痕のある黒髪の男の顔が怒りに歪んでいた。だが、当の本人は唇の両端を大きく引き上げた。

「イタ公の腸ってのは豚と同じ匂いがするそうね。本当かしらヴェロッキオ?」

「てめぇ!」

自分で挑発しておいて、相手にコケにされて怒ってる様ではボスとしての資質は疑わしい。

ヴェロッキオの単細胞ぶりに表情にはおくびにも出さず、胸のうちだけでツヴァイは冷静な評価を下した。

「二人とも口を慎め」

張の言葉に二人は沈黙した。

彼は連絡会の議事長的な役割を果たしている。

それなりに彼等も張には一目置いているようだ。もっとも純粋に張を評価しているバラライカとは違い、ヴェロッキオは旧勢力の手練れとして彼に一目を置いているという多分に感情的なものであろう。

新興勢力のバラライカを毛嫌いするのはともかく、その恐るべき実力を嫌悪こそすれ、彼は評価しようとはしていないのだから。

「何の為の連絡会だ?確かに我々には忘れられない遺恨がある。だが、現在は相互利益の為に協力し合う時代だ。それぞれの商売の足しになれば何でも良い。下らん面子など犬に喰わせろ」

張の毅然とした言葉にツヴァイは、この男の底知れない人間性能に賛辞を送った。

抗争などより相互協力の時代だ。特に複数の勢力が微妙な均衡を保っている此処ではそれが必要だ。

「ミス・バラライカ。こいつは初耳だろうが、こっちの手の者もやられている」

「如何いうことだ張」

火傷女の表情が曇った。

「天秤を動かそうとしている者がある!アブレーゴ!私を見ろ!」

予期はしていたとはいえ、遂に自分に火傷女の怒りの矛先が向けられた事に、アブレーゴは首をすくめたが表情には色濃く恐怖が張り付いていた。

ほんの最近のホテル・モスクワの攻撃ぶりが脳裏に蘇ったのだろう。

「冗談は止してくれバラライカ。確かにあんたん所と揉めた事はあるが、手打ちは済んでるはずじゃねえか!」

何とか常套文句のような言を吐き出した。

当然、バラライカはこれっぽっちも納得した様子は見せず、アブレーゴを横目で睨みつけたままだ。

「ではアブレーゴ。真犯人についてヴェロッキオに質問を」

その言葉に、完全に自分達が疑われている事をアブレーゴは悟った。

確かに他の三陣営と違い身内に犠牲者を出しておらず、尚且つ最近ホテルモスクワと抗争したばかりで条件は揃いすぎている。

バラライカの悪意ある視線を感じながら、アブレーゴは返答の言葉に詰まった。

だが、胸に剣先を突きつけれて、瞬時に相手の納得しうる質問を考え出す程の器量はアブレーゴには無い。

(こいつもこの程度か・・・・)

今にもちびりそうなアブレーゴにツヴァイはヴェロッキオと同等の評価を下す。

「ざけんじゃねえよフライフェイス。うちだって手配士が一人やられてるんだ!」

当のヴェロッキオが質問をはぐらかすかのようにアブレーゴが何の問いも発しないうちに勝手に自己弁護をしたのだ。

「これで死体が九つ……」

ほっとするアブレーゴとは違い、そう呟くバラライカは納得したようではなかった。だが、ヴェロッキオはそれを無視するかのように張に向かって彼の結論を唱えた。

「張。こいつは街のもんの殺しじゃねえ。流れもんの仕業だよ。この街の仕組みを知らねえ奴だ」

その言葉に張が納得したのかどうかは分からないが、議事長的な役割を果たしている身として、この場の剣呑な空気を考慮したらしい。

「ではこの件は外部勢力の仕業と断定して、連絡会は連携して犯人を狩り出そう。共同で布告も出す。誤解による流血を防ぐ為だ。異存は?」

当たり障りの無い結論だった。勿論、ここで問題をこじらせて、微妙な均衡をぶち壊したいと望む者はいない筈。ならば、今日はこれにて解散と行きたいのだろう。

「下らないな。茶番だわ」

バラライカの回答に、あくまでも例外がいる事をアブレーゴは思い知っただろう。

「何だとてめぇ!」

「軽率は控えてくれ、バラライカ。この街ごと吹っ飛ばすのは君の本意では無いはずだ」

ヴェロッキオが例によって吼えるが、直ぐに張が場を取り持つかのようにバラライカに取り成す。

「ふ!親睦会のつもりか?ミスター張。お次はジンラミーでもやるのかね?」

激烈な態度だった。

この女帝こそがこの街の仕組みを理解していないのでないか、とツヴァイは内心で呟いた。

「私が今日ここに来たのはな、我々の立場を明確にしておく為だ。ホテル・モスクワは行く手を遮るすべてを容赦しない。
それを排撃し、そして撃滅する。親兄弟、必要ならば飼い犬でも殺す」

そう言い捨てると、コートを羽織り、バラライカは顔に傷のある男を従えて部屋を出て行った。

「やれやれ……」

火傷顔の女帝の背中を見送りながら、そうぼやく張の声が薄暗い部屋に空しく響いた。



[18783] 10話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:24c66fbd
Date: 2010/05/31 21:11
「見ろよ・・・・・みんな銃をぶら下げている、まるでクリントン・イーストウッドの世界にでも迷い込んだみたいだ」

イエローフラッグのカウンターでグラスを傾けながら、店内の他の客達の殺気だった様子にうんざりしたように呟いた。

「当然だな。パニッシャー気取りのイカレ野郎がうろついてるんだからよ」

愛飲のラムを煽りながらロックの相方であるレヴィは眼光鋭い視線を向ける、心なしかいつもよりも眼光が鋭い気がしたのは気のせいではないだろう。

「パニッシャ―・・・・罰を与える者。何に対する罰なんだ?」

「さぁな、今のロアナプラはポップコーンだ。十分に火が通って破裂するタイミングを待ってるのさ」

「聞いたかレヴィ?賞金が出たってよ」

カウンターの向こうの側から顔を出したのは、イエローフラッグの店主、バオだった。

「いくら?」

「5万だってよ、ここの金じゃねぇ。米ドルでだ」

「へぇ、いよいよ本腰だな。ウチらも狙うかい?」

金にうるさい彼女が十分満足する金額にレヴィは目を輝かせていた。

「それだけ、マフィアも本気ってことね」

もっともな意見を口にしたのはロックの隣に座るクロウディアであった。ツヴァイが張の護衛に付いているので稼ぎ頭がいない為、暇を持て余して飲みに来ていた。

「当然だろ、身内が何人も殺されてんだ、それで動かない奴らはクズだよ」

その隣では、リズィが数本目のボトルを開けている最中であった。

「へぇ、随分仲間思いなんだなアンタ」

「ふん、別にそういうわけじゃない。仁義を守らない奴が許せないだけさ」

レヴィの言葉にリズィは興味なさげに答えるが、その言葉がレヴィにはお気に召さなかったらしい。

「はん、笑えるぜその台詞。ジャパニーズギャングムービーの見すぎだな、姉ちゃん」

「ああ!?なんか言ったか刺青娘!!」

自分の信じる正義をバカにされたリズィの眉がつり上がる。

「言ってくれんじゃねぇか、ゴリラ女。喧嘩ならタダでも買うぜ?」

「やめろよレヴィ、こんな所で喧嘩するなって!」

「やめさないヴィレッタ」

安い挑発に乗るレヴィに応えようと立ち上がるリズィにそれぞれのブレーキ役の二人が声を上げる。

「・・・・チィ」

「・・・・クソが!」

抜きかけた刃の出鼻を挫かれた二人は忌々し気に舌打ちしながら席に戻る。

「・・・で、見当はついてんのかい?」

絶妙のタイミングでバオが話題を切り替える。

バオに言葉にレヴィは肩をすくめながら答えた。

「いんや、余所者なら分かるはずなんだけどね」

グラスを傾け直し、レヴィは肩を竦めるながら答える。

「そう・・・・余所者がいたらすぐにわかる。そんなにでかい街じゃない。ラブレスのメイドの時がそうだった」

その言葉に賛同したのはロックであった。

「・・・・・・・・」

嫌な過去を思い出したのか、クロウディアの表情が曇るがその時のキレ具合を知る者達は、あえてその話題を掘り下げようとはしなかった。

「そいつが見当つかないってことは、誰かが囲ってるってことだ。しかし、誰かは分からねぇ、おかげでみんな疑心暗鬼だ」

「まぁ何でも構わねぇけどよぉ、とばっちりだけはごめんだぜ」

レヴィの言葉にバオはうんざりしたようのグラスを磨きながら呟く、事あるごとに店が半壊又は全壊の被害を被っている店主としては当然の台詞だった。

「心配性だぜバオ、ここは中立地帯なんだ。誰も手を出さねぇよ」

「あなたが言う台詞じゃないわね・・・・」

もっともだと皆、クロウディアの言葉に頷く。

「な、何だよ?」

うろたえるレヴィにメンバー全員の冷たい視線が突き刺さる。

「中立地帯とか言って、一番この店ぶっ壊してる奴が何言ってやがる」

「あ、あたしじゃねぇよ!!」

「どうだかな、ここの修理代の大半はお前さんがぶっ壊したもんだからなぁ」

「バ、バオまで何言ってやがる!?ロック!なんか言ってやれ!!」

「あはは・・・・」

レヴィの救援に流石のロックも乾いた笑みを浮かべるしかなく、それが大いにレヴィの怒りを増長させる引き金をなった。

脇に引き下げた愛銃に手を掛け掛けたその時、場の空気を見事にぶち壊すに相応しい陽気さだった。

「よぉ~~、二挺拳銃にアースラのご一行さん。相っ変わらずシケタ酒飲んでんなぁ、どうよ景気は?」

ミニスカートにホットパンツという露出が高い服装にも関わらず、豪快に足を広げながらレヴィの横に座るのは、金髪にサングラスの女であった。

「エダ!?て、てめぇ」

「あら、お久しぶりね」

「え?誰?」

瞬時に女の正体を察したレヴィとクロウディアとは違い、ロックは数瞬記憶の中にある人物と目の前の人物が合致しなかったが、

「あ!暴力教会のシスター!?」

この街で唯一の教会。同時に武器の販売を認められている組織に所属するシスターの名を口に出す。

「なぁによ~色男も一緒じゃん、ハァ~イ元気ぃ?こんなイノシシ女と飲んでないであたしと遊ばなぁい?」

「日でってるからって男漁りに来てんじゃねぇよ、殺すぞ!?」

「お~怖~い、聞いた色男?こいつってば万年生理不順なのよ」

相方にちょっかいを出されたのが気に食わないのか、レヴィはエダに噛みつくように威圧するが、エダはそれを飄々と軽口で返す。

「おぉ?エダ、表出ろ!言いから表出ろ!」

「活きんじゃねぇよ二挺拳銃、喧嘩しに来たんじゃねぇよ、いい話がんあんのよ。金になる話」

完全にレヴィを弄ぶようにエダは軽薄な笑みを浮かべ、次の話に移る。

「犯人狩りの話だろ?」

「ありゃ?」

予想外のレヴィの反応にエダは素っ頓狂な声を上げる。

「レヴィとその話をしてたところだ。この街で知らねぇ奴はもういねぇよ」

「あっりゃぁ、そうなの?なんだぁつまんねぇ」

だが、それならば話は早い。エダはそれまでの気配を一変し、この街に相応しい肉食獣の様な殺伐とした声色で語りかける。

「気の早いのはもう動いてるよ。マフィアは当然として、フリーの殺し屋も集まってきてる、聞いた所じゃユン兄弟、“ビッグワン”・エミリオ、ロニーCK」

「すげーな、殺し屋の見本市だ」

錚々たる殺し屋の名前にバオは顔を顰める。また厄介な者達でこの街が騒がしくなりそうだ。

「他の連中もだ、味噌っ歯ジョニーなんて傑作だぜぇ、うちに象撃ち用のライフル注文しに気やがった。何考えてんだかな」

「相手が恐竜とだとでも思ってんじゃねぇの?あんなんで人撃ったら粉になっちまうよ」

呆れ果て様に吐き捨てるレヴィに、同様の笑みを浮かべるエダ。どうやら味噌っ歯ジョニーと言うのは、おつむの足りない方面で有名の様だ。

「で、それがどうしたの?」

そんな与太話をしに来たのではないだろう。クロウディアの言葉にエダは女豹を思わせる獰猛な笑みを浮かべる。

「ぼやぼやしてると持って行かれちまうぜぇ?5万は惜しいよレヴィ?」

「まったくだ、他に新ネタはねぇのかよ?エダ?」

同様の笑みを浮かべるレヴィが新たな情報を求めるが、それにエダの表情が僅かに曇る。

「・・・・・・一つあるぜ。今朝早くブラウンストリートのカリビアン・バーが潰された。ホテル・モスクワは臨戦態勢に入ってる。」

「!?」

その言葉に、一同の表情が驚愕に歪む。

犯人の行動は明らかに挑発の域を超えていた。まさに宣戦布告である。

「部下をやられた火傷顔はカンカンだとさ」

店の外では空を覆う雨雲がロアナプラを侵食しようとしていた。






「やれやれ・・・・厄介事ってのはこっちの都合を考えてくれないもんだな」

三合会の事務所の一室で張は部下の報告にうんざりした様に煙草に火を付けた。

護衛を任されているツヴァイは、常に飄々とした態度である彼が珍しく疲れを隠さない様子に部下からの報告内容が余程のものであったのだろうと予測した。

「どうかしたのか?」

「バラライカの大切なお仲間が例のイカレ野郎にバラバラにされたらしい。バラライカのお嬢さんは片手で地球を真っ二つにするロボットよろしく、怒り狂ってる」

日にちは短いが四六時中行動を共にしていると、彼の理念がおのずと理解できた。

「一つ聞いてもいいか?」

意を決してツヴァイは心の内に秘めていた疑問を張に投げかける。

「なんだ改まって?雇われの身とは言え短い付き合いじゃない遠慮せず言えよ」

いつもの飄々とした態度に戻り、張はツヴァイに質問を促す。

「なぜ、そこまでバラライカに肩入れする?」

彼の基本的にロアナプラの平穏を求めていた。

些細な争いごとならこの街の日常茶飯事の光景だが、今のバラライカはそれ以上の厄災をこの街に齎しかねない。

そこまでの危険人物を共同歩調とる必要性がツヴァイには感じられなかった。

「・・・・・・・」

不躾な質問だったのか、それとも張も質問の意味を噛み締めているのか判断がつきにくい表情で張は短くなった煙草を灰皿に押し付け、新たな煙草に火をつける。

「お前、この街に来てどのくらいたつ?」

僅かな沈黙の後、張は静かに口を開く。

「もうすぐ一年になるが・・・・それが?」

「この街は悪党共が年中、角を突き合わせているこの世の果てだ。そんな街が正義の味方気取ってる奴にどう写ってるか知らない訳じゃないだろ?」

「それは・・・・まぁ・・・」

あまりにも今更な事を言う張の言葉の真意がつかめずツヴァイは曖昧な返事を返す。

この街の正義の味方ですら賄賂で大抵のことには目をつぶる悪徳警察官ばかりであり、マフィアのマンハントにも参加するなど、実際そこらのアウトローと何ら変わりはない。

それはともかくとして、張が言っているのは世界的に見ての話であろう。この背徳で作られた街を世界の平和を願っていると口では大仰な事をほざいている大国の事であろう。

「そいつらは俺達が弱るのを手ぐすね引いて待ってるのさ。
ツヴァイ・・・・俺達が今ここにいられるのはな。この街が砥がれた刃の上でダンスを踊るみたいな微妙なバランスのお蔭なのさ」

「・・・・・・・」

「俺は出来るだけそのバランスを崩したくない。その為だったらイカレた戦争屋とも仲良くランチパーティでもなんでも開いてやるさ」

煙を吐きながら張は、笑った。

個人的な感情よりも第一に考えるのは自分の身の安全だとこの男は、平然と言ってのけた。

この男はこれまでにツヴァイが見てきた誰よりも狡猾で油断のならない人物である、三国志に出てくる軍師にも匹敵しよう。

その時、部屋のドアがノックされ黒服の部下が入って来た。

その表情は険しく、手には電話が握られていた。

「張大哥、お電話です」

電話を受け取る張の表情は、電話の向こう側にいる人物の見当は大方付いているようであった。

「俺だ。やぁミス・バラライカ、話は聞いたよ。まずは誇り高きソ連軍兵士に哀悼を・・・・あぁ、別にそんなつもりはないさ。サハロフは何度か顔は合わせてたからな・・・・」

当たり障りのない会話の後に張の声色が僅かに硬くなるのをツヴァイは見逃さなかった。

「分かった・・・・場所は?・・・・あぁ、人払いは済ませておくよ。それじゃ・・・」

電話を切るなり張は掛けてあった愛用のコートに袖を通す。

「さて、出かけようかツヴァイ」

「どこに?」

「なぁに、ちょっとしたデートだよ」



[18783] 11話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:24c66fbd
Date: 2010/05/30 19:13
「人払いは済ませた、張?」

雨の降りしきる港の倉庫街の中心に三人の人影があった。

三合会の張維新、ホテル・モスクワのバラライカ。そして、アースラのツヴァイ。

「あぁ・・・デリケートな会合だ。これがデートだったら歓迎するがね」

本来なら二人だけの会合の話だったが、張の意向でツヴァイも同席を許されていた。

「血の匂いをさせながらマチネと洒落込むわけにはいかないでしょ?張。連中の正体が割れたわ。」

予想はしていたが、バラライカの台詞にツヴァイは表情と共に、張は内心のみで驚愕した。

「なるほど・・・・興味の沸く話だ。どうやって割り出した?」

内心とは裏腹に張はいつもの飄々とした声で先を促し、いつもの葉巻でなく細身の煙草を取り出しバラライカは続ける。

「最終的にはローワンの扱商品から・・・・」

「オピンク屋のローワンか・・・・奴を君のオフィスに呼んだのか?奴は死ぬほど怯えていただろう」

「パンツの中にでかいやつを生みださんばかりに」

「不幸な男だ・・・・」

その点に関してはツヴァイも同感だった、バラライカの事務所に連れ込まれるなど考えただけで恐ろしい。

「彼に求めた内容はルーマニア人の双子が出演しているキッズビデオ、又はスナッフビデオ。彼に用意できたのは250本」

「ふん・・・・それもまた不幸」

これは本心であろう、張の苦痛の表情がそれをマジマジと語っていた。

「変態御用達の250本に丸一晩と半日かけて格闘し、そしてビンゴを引いたのよ」

煙を吐きながらバラライカは淡々と語るが、ツヴァイにはその内面までは察することはできない。

軍人ならではの感情制御なのか、本心から何も感じていないのか、それすらもツヴァイには読み取ることはできなかった。

「ヘンゼルとグレーテル、ビデオの中でガキどもはそう呼ばれていた。ルーマニアの政変以降維持できなくなった施設から闇に売られた多くのガキども、死んだ独裁者の落とし児達」

「ド変態共の玩具にされ、果ては豚の餌になる。本来そうなる運命のガキどもがなぜ逃れた?」

「ふん。バカどもが余興のつもりで始末の肩棒を担がせたのよ。自分達と大して違わぬいけにえ達の後始末の。ガキどもは生き伸びるために変態共の喜ぶ殺し方を必死になって覚え、夜を一つずつ越えて行き、そして、いつしか全てを受け入れた。青空の世界を去り、暗黒の闇へと落ちて行った」

「ふふ、ビデオの見世物曲芸犬か・・・・ふ、酷い話だなぁ」

胸糞の悪くなる話だが、これが現実でありそれが自分達の生きる世界である。

「俺達の世界にこそ相応しい。
俺は時々ドでかいクソの上を歩いている気分になるよ。俺には道徳やら正義やらは肌に合わん。背のテの言葉はケツから出る奴に驚くほど似てやがるそのガキ共に同情するのはミサイル売りながら平和を訴えてる奴とどっこいだ」

「知ってることを話したまでよ。私達に正義はいらないわ、いるのは利益と信頼だけ」

何時もの冷静に合理的に物事を判断する女帝は、興味なさげに呟き煙を吐きながら張に茶封筒を差し出す。

「ローワンから先は簡単だったわ」

「なるほど・・・こいつが卸元か、身内から死人が出てりゃ立派なアリバイだな」

中の書類に目を通し、張はうんざりした様に呟く。

「所詮は見世物・・・・躾が出来ているわけないわ、周りに迷惑を振り撒いてはクソをこしらえる。お宅の組員は煽りをくらってやられたのよ。」

「理由はどうあれ・・・・ケジメはつけてもらうさ」

バラライカには及ばないにしろ、張にも部下を殺されて思うところがあるのだろう、サングラスの奥にある瞳には私怨の炎が灯っていた。

「そろそろ街の色合いを変えるころ合いだと思わない・・・張?」

その炎を嗅ぎ取ったのか、バラライカはどこか嬉しそうに煙草の先端を光らせる。

だが、張の心にはすでに別の心配ごとに向いていた。

「連絡会の意味がなくなるな・・・・もう一度戦争を呼び込むのか?」

「調律された戦争だと言ってほしいわね。理由も動機も成り立つわ」

「正しい戦争と言う訳かい?奇麗事を言うタイプじゃないと思ってたがな」

張の皮肉にバラライカは以前張の口にした台詞をそのまま返す。

「口実として正しいかどうかよ、正義かどうかは犬に食わせれば?・・・・組むか忘れるか、あとはあなた次第」

その言葉に腹が決まったのか、張の表情と口調がいつもの飄々としたものに変っていた。

「まぁな、本国に申し奉るまでもないか、この世に信奉すべきは剛力のみ、ただ一つ」

その張の姿をさも頼もしそうにバラライカは、

「久しぶりにガンマン姿が見られるかしら?期待してるわ・・・・ベイヴ」

と、聞きなれない単語を口にする。

「鉄火場に立つのは嫌いじゃないがね。今の俺には立場がある。面倒なもんさ・・・・・」

煙草を咥えニヒルな笑みを浮かべる張は踵を返しながら続けた。

「あぁそれと、俺のことをベイヴと呼ぶな。嫌いなんだその渾名は」

控えさせていた車に乗り込み、張は隣に乗り込むツヴァイに、

「これで犯人の面は割れた。お前達の疑いも晴れたわけだ、もう護衛を頼む必要もないもないわけだ」

忘れかけていたが張にツヴァイが付いているのは、この一件の犯人ではないかと疑いを掛けられておりその監視対象としてツヴァイが護衛という名目で行動を共にしていた。

だが、

「いや・・・・・ここまで首を突っ込んだんだ。最後まで見届けさせてもらうさ」

そのツヴァイの言葉を読んでいたのか、張は満足げに頷き、

「それならもう一仕事頼むとするかな」


闇が支配しているロアナプラこそ本来の姿である。

立ち込める硝煙の匂い、広がる血痕から立ち込める錆にも似た血の匂い、事切れる刹那の匂い。

夜の闇はそんな人間の醜い部分も塗り潰してくれる。

そして、日に背を向けた者達の末路が最も似合うのは夜である。

ヴェロッキオ・ファミリーの事務所を見上げる張の横顔を見ながらベレッタのマガジンを確認するのは、成り行きとは言え三合会と共闘関係を結んだツヴァイだった。

目的はヴェロッキ・オファミリーの壊滅。

このロアナプラを恐怖に陥れた張本人を招き入れた事は双子にホテル・モスクワへの襲撃を命じていたのはヴェロッキオ・ファミリーである事はバラライカから貰った情報により明らかだった。

本来ならこの襲撃もホテル・モスクワが請け負うはずなのだろうが、三合会も少なからず被害を被っており、その落とし前をつけるのにバラライカの承諾を取り付ける必要はない。

張を筆頭に三合会から派遣された人数は十数人。皆思い思いの銃を肩から下げ、張の突撃命令を今か今かと待ち構えている。

訓練のされていないのは多少気になるが、それは向こうも同じ条件であると同時にある程度の訓練不足もマフィア特有の神風精神で何とかなるであろう。

「張大哥、ビルの周りは完全に固めました、あとは大哥が号令を」

部下の一人が痺れを切らしたかのように張に報告をするが、肝心の張は気のない返事を返すだけで未だ見上げたヴェロッキオ・ファミリーの事務所の窓から零れる光を見つめていた。

「・・・・・?」

その不自然さにツヴァイは愛銃から視線を張と同じものに移す。

「・・・・・」

見た所何も変ったところの無い平凡な事務所であったが、あまりにも静かすぎた。

ローワンがバラライカの事務所に連行された情報はすでにヴェロッキオにも届いているはずだ。

それなのにこの静さはあり得ない。いくらヴェロッキオが自信家であろうがホテル・モスクワの襲撃を警戒しないのは自信でも何でもない、ただの馬鹿である。

そんな者がこのロアナプラどころか仮にもマフィアの支部長を任されるはずはない。

「周」

名前を呼ばれた部下が返事をするのが早いか、張はすでに次の言葉を紡いでいた。

「頭を低くしてた方がいいぞ」

瞬間、張とツヴァイが見上げていた事務所の窓が盛大に割れ、それと同時に大柄な影がそれまで張が乗っていた車の上に加減なしで落ちてきた。

「ヴェロッキオ・・・・」

落ちてきたのは事務所の主でもあるヴェロッキオであった、確認するまでもなくすでに事切れていた。

それ合図と言わんばかりに次々と悲鳴と銃声が事務所から轟き始める。

「ホテル・モスクワに連絡しろ。奴には恩を売っておきたい」

落ち着き払った声で張は慌てふためく部下達に命令を下す。手間が省けたとは言え頭上で銃撃戦が繰り広げられているのにも関わらずこの男は三合会の利益を忘れてはいなかった。

「張大哥、ホテル・モスクワより連絡が、状況は危険退避しろ。と」

仕事の早い部下にツヴァイは感心したが、張はつまらなそうに咥えた煙草を燻らせ

「ふん、賢いやつだな」

と、吐き捨てた。

「どの道もう遅いがな・・・・周、伏せろ」

その言葉の直後、事務所の出入り口であるドアが音もなく開いたのをツヴァイは確認した。

「「伏せろ!!」」

ツヴァイの右手のベレッタと張の愛銃の競技用ハンドガンであるベレッタM76カスタム(には象牙のグリップに龍と『天帝』の刻印が施されている)天帝双龍(ティンダイションロン)が火を噴くと同時に叫ぶが、それの意味を把握する前に部下達は入り口から吐き出される銃弾により蜂の巣にされた。

応戦する二人を嘲笑うかのように入り口から飛び出してきたのは、まだ年端も行かぬ子供の男女であった。

見れば喪服のような黒い時代がかった服を着た双子なのであろう、そっくりの顔を持つプラチナブロンドの髪の少年、特に少女はその体に見合わぬ大柄な銃BARを軽々と振り回しその銃口から凶悪な銃弾を撒き散らしていた。

いくらこちらの射撃精度が相手を上回っていたとしても、機関銃からの毎分300発と言う銃撃を無差別に受けては狙いの付けようがない。

子供ならではの身のこなしも相まって、二人の銃から吐き出される弾は全て事務所のコンクリーで作られた壁に空しく食い込むだけであった。

遂に銃の弾も切れ、反撃手段の無くなった二人は背後の車の陰に滑り込むように身を隠した。

「あは、やるぅ~♪なかなかよ」

姿は見えないがそれまでBARを乱射していた女子の声であろう未だ幼さの残る可愛らしい声が投げかけられる。

話には聞いていたが、この二人がロアナプラを震撼させた殺人鬼であるとは実際に目にしたツヴァイでも信じ難かった。

「ありがとよ、お譲ちゃん」

忌々し気に張は返すが、三合会の二丁拳銃使いたるベイブの名が形無しであった。

「残念だけど、いまは関わってられないの・・・・また今度ね!!」

まるで家から友達の家に遊びに行くような浮かれた声を残し、双子は夜の闇の中へ消えて行った。

「まったくホッとする」

それは、双子の戦力に「ぞっとする」と言い間違えたのか、双子が去って「ホッとした」のかツヴァイには張の言葉の判断が付かなかったが、それよりもあの双子を追うことが優先である。

飛び出しかけるツヴァイに張の言葉がそれを止める。

「もういい、追うな」

「なに?」

意外な言葉を理解するに数瞬の間を必要としたツヴァイに張は平然と返す。

「あとはバラライカに任せるさ、俺達の仕事はあくまでヴェロッキオの始末だけだ。それはさっきのガキ共がしてくれたんだ」

そう言って張は短くなった煙草を踏み消した。

いつものイエローフラッグのカウンターに見慣れた背中を見つけ、ツヴァイはロックの隣に腰を据えいつもの酒をバオに注文した。

「どうした?」

「・・・・・」

ツヴァイの言葉にロックは無言で答えた。その瞳には絶望の色が色濃く、ほっておけば今にもナイフで自分の首を掻き切らんばかりであった。

ロックがそのようになった原因の大方の予想は付いている。

例の双子。

男の方はバラライカの手によって射殺され、ラグーンの手によって難を逃れたと思った女の方も逃亡先を手配する手配人によって殺されたと聞いている。

いくら殺人鬼と言え、年端もいかぬ子供が目の前で殺されたのだ。

悪党見習いと言えるロックには些かショックが強すぎたようである。

掛ける言葉も思いつかず、酒の注がれたグラスを傾けること数度、消え入りそうな声でロックが口を開いた。

「・・・・・世界は本当は君を幸せにする為にあるんだよ・・・・血と闇なんか世界のほんの欠片でしかないんだ・・・・総てなんかじゃないんだ」

「・・・・・」

「なんて俺・・・・あの子に言ったんです。偉そうに・・・・」

「そうか」

「そしたらあの子・・・・・俺に・・・・御礼って」

泣き出しそうなロックを横目にツヴァイはグラスを傾ける。

自分の信じていた物と真逆の価値観を持つ世界に放り込まれた絶望はツヴァイには分からない。

記憶を取り戻した時に過去は過去と割り切った自分だが、誰もがそう割り切れるわけではない。

寧ろロックの反応が当然なのだろう。

「ったく、いつまでウジウジ悩んでやがんだこの馬鹿が!」

どこから現れたのかレヴィが呆れたように現れ、ロックの背中を盛大に叩くが当のロックの反応はなかった。

「よう!兄ちゃんこのヘタレ野郎になんか言ってやってくれよ。あのガキの一件以来ずっとこの調子なんだ」

ツヴァイの反対側にロックの隣に座りレヴィは煙草に火をつける。

「俺が言えることなんて何もない」

にべもないツヴァイの返事にレヴィは忌々し気に舌打ちを返す。どのような反応を返されてもないものはない。

自分が望む望まないに関わらず、この街で生きていくと決めた時から彼は闇の住人となったのだ。

その世界のルールが納得いかないならばその世界から逃げ出すしかない。無論、それは死と言う対価を払ってからの話だが。

「約束したんだ・・・・・」

「約束?」

「ランチバスケットを持って・・・・」

ランチバスケットの下りは分からないが、約束と言う単語にはツヴァイの中に引っかかるものがあった。

過去に自分も一つの約束を果たせなかった。

思えばあの双子ぐらいの年齢だった。

無邪気に笑い、自分に尽くそうと懸命だったツインテールの少女。

『帰ってきてね・・・・・約束だよ』

そう言って自分を見送りそれ以来合うことの無くなった少女。

「キャル・・・・・・・・」

「え?」

「なんか言ったか兄ちゃん?」

自分でも意識せずに口に出してしまっていたらしい、怪訝そうに眉をひそめる二人。

「いや・・・・」

この二人に話す事でもないし、自分も記憶の奥深くに押し込めていたことだ。呟くと同時にツヴァイは席を立つ。

今日の酒は良くない。

「ロック、お前が何を苦しんでいるのかは俺には分からないが・・・・・」

振り返ることなく告げるツヴァイにロックは視線だけを向けている。

「その子のことを忘れるな、それが生きてる俺達が死んだ者に出来る唯一の事だ」

それだけ言ってツヴァイはイエローフラッグを後にする。それは果たしてロックに言ったのか自分に対して言ったのか、今のツヴァイには判断がつかなかった。



[18783] 12話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:6dd49653
Date: 2010/06/02 01:17
背徳の街ロアナプラ。

ここには悪党の中の悪党により作られ、悪党のルールで支配され、悪党しかいないこの世の果て。

そんな街でも地球上にあることには変わりない、それも熱帯性のタイにあるロアナプラの気温は年間を通して高い。

それでも今日の気候は異常である。世間ではエルニーニョがどうこう、オゾン層がどうこう言っているが原因なんてどうでもいい、とにかく暑いのだ。

クロウディア・マッキェネンは万屋アースラの事務所のソファにパンツ一丁で寝そべっていた。

本来ならこんな恰好で事務所にいれば相方であるツヴァイやリズィの小言が飛ぶが、そんな二人もこの暑さにうなだれていた。

「まったく、あの女のせいで~!!」

余計に部屋の温度を上げそうな怒声を上げ、投げ出した長い脚をテーブルに乗せジタバタと暴れさせていた。

本来なら備え付けのエアコンがこういう時にこそ役立つ時なのだが、生憎その神器は昨夜訪れた野蛮な女の銃弾によって穴だらけにされていた。

その女は今頃、こことは違い空調の利いた部屋ですやすやと心地よい寝息を立てているだろうがそれを目の当たりにしたら機関砲で粉微塵にされても文句は言わせない。

そんな中、事務所のドアが乱暴に叩かれた。

「お~い開けてくれ~!ラグーン商会のレヴェッカだ。入れてくれや~部屋のエアコンぶっ壊れっちまって死にそうなんだ!!」

その声を聞くなりクロウディアの怒りは瞬時に臨界点を超えたのをツヴァイは感じ、持ち前の瞬発力を全開にして扉を開くと向こう側で叫んでいる野蛮な女の手を引いて走り出していた。

「羊飼いの獲物は何だ~?」

「あ~?」

イエス・キリストの石膏像がつるされた礼拝堂で気の抜けた質問が響き、それに答える声もまた気の抜け具合が半端ではなかった。

暴力教会、この街で唯一武器の扱う商いを認められている組織がこの教会であった。

他の街でこの教会のことを言ったら、熱心な信者は卒倒するかまるで信じないかのどちらかであろう。

それだけ現実離れした話であるが、このロアナプラではその現実離れが常識として扱われる。

元々神など信じないツヴァイであるが、仮にもシスターを名乗る人物が昼間から礼拝堂で酒を煽っている姿を見れば神に多少の同情を禁じ得ない。

ここに来たのはほんの一時間前、アースラを訪れたレヴィが他に涼む場所はここしかないと連れられた場所。

だが、二人を出迎えたのはエアコンが壊れ、只でさえ暑そうなシスター服に身を包んだエダだった。

他に涼む場所も思いつかず、一番日の当らない礼拝堂で一杯やろうと言う話になり三人はグラスを傾けていた。

だが、神の威光も暑さの前には役に立たず、用意した氷もすでにその形を水へと変えていた。

エダとレヴィは先ほどの問答からいつの間にか罵り合いへと発展していたが、ツヴァイにそれを止めるような元気も質問の内容を聞き返す余裕もなかった。

すでに酒瓶数本を開けているにも関わらず、アルコールは暑さで吹き出す汗となって体内には少しも溜まらない。

「あ~!あっちいな!!くそ!」

神の前でも平気で汚い言葉を吐き出すレヴィは、昨夜酔ってアースラに現れなぜか忘れたが癇癪を起して自慢の愛銃を惜しげもなくぶっ放し事務所のエアコンを破壊しただけでは飽き足らず、自分の部屋で飲み直しそこでもエアコンをスクラップにしたらしい。

天罰と言うものが本当にあるのならばこの女にこそ相応しい。

ツヴァイはわりと本気でそう思いながら新しい空瓶を作り上げるべくグラスに注がれ、すでに生温くなった琥珀色の液体を飲み干した。

「ハロー!ハロー!追われてるの!助けて!」

思いっきり礼拝堂のドアを叩かれる音が響いたのはそこから数分後の事であった。

困ったことがあれば教会に逃げ込むなどそんな甘い考えを持つ者はこの街にはいない、この街の者ではないことは明らかだが、残念なことにそんな者に優しく手を差し出すシスターは生憎この街には存在しない。

「呼んでるぜ?」

声からしてかなり切迫しているのは分かるが、レヴィの反応は「めんどくさい」の一言で表せられた。

「営業時間外だよー!」

扉に叫ぶエダも同様である。いや、レヴィよりも声が大きいだけ幾分ましだろう。

ツヴァイに関しては無反応に酒を煽り続けている。

そういう街でそういう教会だ。

だが、そんな三人の反応空しく扉の向こう側では扉を叩く騒がしい音とヒステリックな声の協奏曲が奏でられており、収まる気配はなかった。

誰ともなく自然とじゃんけんをする三人。

結果はツヴァイ、レヴィがグー。

エダはチョキ。

「開けて!開けて!お願い此処を開けて!」

その途端、扉が勢いよく開かれて、先ほどまで騒いでいたであろう女ははその勢いにひっくり返って扉の前の草の上を一回転しかけた。

「ヨハネ伝第五章でイエスが言ったの知ってっか? 厄介ごとを持ち込むな、このアマ、だよ」

「え、ここ、教会でしょ?」

起き上がった女はとても教会関係者とは思えない発言をしたエダを放心した表情で見上げていた、一般的な常識を持っているなら当然の反応なのだろう。

一応、紫のサングラスを掛けたシスターなど聞いたこともない。

「だから?」

そう言って冷たくエダは踵を返した。

「神は留守だよ。休暇とってベガスに行ってる」

「お願いよ、追われてるの!この街じゃ誰も当てにならないし、私はこの街の人間じゃないし、教会なら何とかしてくれるはずって・・・・」

いったいどこの誰がこの教会を勧めたのだろうか。

恐らくは教会を探すこの女が暴力教会の一員だとでも思ったのだろうが、そんなことは関係ない。

彼女の必死の思いの哀願も目の前のサングラスをしたシスターには微塵も影響を与えた様子は感じられなかった。

「信じられない!あなたそれでもシスター!」

彼女は遂に怒鳴り散らした。

しかし、エダの回答はシスターとしては勿論、人間としての温度さえ感じさせなかった。

「審判の日にでも来るんだね。そうすりゃ・・・」

エダの言葉を遮ったのは女の声ではなく、一発の銃声と銃弾、そしてドアの一部を抉りレヴィの持っていたグラスが割れる音だった。

「ジェーン。手間を取らすな。さ、おうちに帰る時間だ」

女の背後から男の声が聞こえる、この教会に銃弾を撃ちこんだ命知らずの者だと疑いの余地もない。

「ミスター・エルヴィス!銃はやめてくれ!ここはあんたの知るような街じゃないと何度・・・・」

あの男の名はエルヴィスと言うらしい、どこのロックスターかと思ったがこの男からはワイルドさよりも気品の無さしか見えない。

それよりもエルビスを嗜めた初老の男が、この街のルールをわきまえているロボスであることの方が関心が大きい。

「尼さん。その女に話がある。少しばかり・・・・・」

「エダ!!」

エルビスの言葉を遮り、レヴィは走り出していた。片手にはテーブルに置かれていたはずのエダのグロッグを握りしめて。

レヴィからバックホームの様に投げられた銃を振り向くことなく受け取り、ホルスターから引き抜く。

「おっしゃぁぁ!!」

グロックとソードカトラスが火を噴きエルビスとその部下達が乗り合わせた車を穴あきチーズにするのに数秒とかからなかった。

「元気な奴らだなぁ・・・・」

呟くツヴァイをよそに怒り狂った二匹の女豹は、盛大に銃の狂乱を作り出していた。

「あたいらに手を出した馬鹿たれにゃ!」

「それなりの覚悟をしてもらうぜ!」

「テメェら撃ち返せ!!」

エルヴィスが部下に号令を出すが、ロボスは「野郎ども撃つな!絶対に撃つな!!絶対に撃ち返すな」と、命令を撃ち消していた。

仕掛けてきたのはあちらなのでこの街のルールに従えば殺されても文句は言えない。

相手はこの街でも名うて暴力教会。

この街ならば真っ先に相手にするの避けるべき筆頭に挙げるべき名前なのだが、この連中はそれすらも理解していない。

「姉さん!!加勢に来ました!!」

騒ぎを聞きつけたのか、奥の扉からM60機関銃を担いだ若い男が扉に向かって走って行った。

「シスターって呼びな!このボケぇ!!」

グロックから銃弾を吐き出し怒鳴りがらもエダは男の参を認めた。

「見ねぇ顔だな?新入りか?」

カトラスのマガジンを交換しながら詰問するレヴィに男は、どこかあどけなさの残る笑顔を向け、M60に弾を込める。

「神父見習いのリカルドっす!レヴェッカさんのことは姉さんから聞いてます。俺のことはリコと・・・・」

のんきに自己紹介を始めるリコに再びエダの怒鳴り声が響く。

「リコ!!姉さんって呼ぶなって言ってんだろ!!」

姉さんと呼ばれるのが余程嫌なのか、エダの表情にはエルヴィス達に向けられる物よりも強烈な怒りが込められていた。

「レヴィ!!聞こえるか!?ロボスだ!!」

たまらずロボスが声を上げる。

それなりに名が知られている男の声に、レヴィとエダも思うところがあったのかそれまで引き金に食いこんでいた指から力を抜いた。

「銃を収めてくれ、手違いなんだ!頼む。こりゃちょっとした行き違いで・・・・」

隠れていた車から両手を上げ降参の意を表し、弁解するロボス。

だが、

「ザケンジャネぇぞぉぉぉぉ!!事故もヘッタクレもあるかぁぁぁ!!」

「当ったり前だぁぁ!!小便野郎!!教会にブリット撃ちこんで五体満足で帰ろうなんてムシが良すぎンだよ!!」

すでに理性など月の彼方に吹き飛んでいる二人には意味の無いものであった。

再び銃弾を撒き散らす三人を眺めるツヴァイの横に音もなく立っていたのは、この暴力教会のボスである、シスター・ヨランダだった。

「おやおや、これはなんだい?・・・・やれやれ」

エダと同じシスター服に身を包む隻眼の老婆だが、百戦錬磨の風格を漂わせる人物。

真意の読めない笑みを浮かべ、ツヴァイの手に握られていたグラスを取り上げると反論の許さない声色でツヴァイに語りかけた。

「ここで、こいつをやるなと言っておいたんだがねぇ・・・・」

「初耳なんだが・・・・」

自分はエダに誘われて飲んでいただけであるが、なぜか自分が悪いことをしたような気分にさせられた。

「まぁいいさ・・・・その前に」

まだ中身の入ったグラスを放り投げ、ヨランダは懐からエングレーブ(彫刻)入りゴールドメタリックのデザートイーグルを取り出した。

どんな趣味だと突っ込みたくなるが、今は黙っておいた方がいいだろう。

「こいつらをベテシメシの連中と同じ目に合わせてやらなくちゃね・・・・」

旧約聖書サムエル記に記されている街の名で、神様の箱を覗いた70人の村人が神罰で死んだ話を引きあい合いにしヨランダは愛銃の引き金を引いた。

撃ちだされたマグナム弾は、見事に車のタンクを撃ち抜き盛大な炎の柱を作り出した。

銃弾の饗宴が終わったのはそこから数分もしない時間だった。

ロボスがエルヴィスを引きずりながら引き上げて行ったのだ、去り際のエルビスは、「覚えてやがれ!!」などと、三流以下の捨て台詞を残して行った。

「やれやれ、修理代は誰持ちだい?弾代もだ。金ばっか出て行くねぇ・・・・冗談じゃない」

扉に開けられた穴をさすりながらヨランダはうんざりした様に吐き捨て、これらすべての元凶であり、自分の足元で頭を抱えて震えているこの教会に逃げ込んだ女を見下ろした。

「さて、きっちり話を聞かせてもらおうかね、お嬢ちゃん」



[18783] 13話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:5e7838b6
Date: 2010/06/03 00:48
長ったらしい女の説明を要約すると、彼女の名前はジャネット・バーイー。

エルヴィスの依頼で偽札を製作していたが、その出来に満足が出来ずに延々彼らを待たせた結果痺れを切らされてしまい仲間が射殺され、身の危険を感じエルヴィスたちの元を逃走。

エダたちの元に逃げ込んできた。

と、言うことらしい。

自己顕示欲が強いのか、いちいち説明が長い。

その説明もマニアックすぎ、ツヴァイ達には偽札を作る技術を事細かに説明されても興味も関心も一切ない。

だが腕は確かしく、レヴィ達に本物と偽札の区別をさせたところ見事にハズレを引かせてみせた。

だが、いくら腕が確かであろうと、

「そりゃお前が悪い」

「あぁ、まぁそうだよなぁ。決まりは決まりだ」

もっともなレヴィとエダの意見に一同が頷く。

期限以内に仕事を終わらせるのがプロと言うものだ。出来が納得いかないなどと理由を付けてもそれは言い訳でしかない。

むしろプロであるならば、期限以内に自分の納得できる物を作るのが当然である。

相手はマフィアである以上それは何よりも厳守しなければならないところであろう。それが法に触れることならばなおさらである。

「ええ、理解なんてされないでしょうよ!!朝から銃いじくってるか、NYPDブルー見て暇つぶしてる様な人間にはね!!」

自分のしていることを多少は理解しているのか、ジェーンはバツの悪そうに叫ぶがそこにはさりげなく命の恩人に対する罵倒も込められていた。

「オプラ・ウィンフリー・ショーを見てるって言っても信じねぇだろ?正解は銃声の後で・・・・だ」

カトラスの銃口をジェーンに向け、レヴィは苛立ちも隠さずに言った。

自己中心的な性格もここまでくれば見事である。

そんな険悪な雰囲気を壊したのは、それまで煙草をふかしていたヨランダだった。

「神のお導きだ、実に運がいい、あんたに銃を突き付けている娘は逃がし屋だ。料金はその原版で手を打ってもいいんだがね」

そう言ってヨランダは、ジェーンの足元に置かれたカバンに目を配る。

そこには偽札を製作するのに絶対不可欠な原版が入っているであろうことは、子供でも分かる。

だが、ジェーンの返事は相変わらずだった。

「不完全な物は渡したくないわ・・・・」

こんなときにまで張らなくてもいい意地を張るのは、偽札造りのプロとしてのプライドか。

「でも・・・・」

それを何とか抑えつけようと苦悶の表情で妥協案を提案する。

「火急の時だし、確かに贅沢言えないけど・・・・・逃走費用とは別に三万ドルで買い取ってよ」

あろうことか、助けを求めてきた相手に商売の交渉を始めるジェーンだが、ヨランダの返事は取りつく島もなかった。

「じゃあ仕方ない、別の神様に頼むんだね」

「な!?神様に仕えてるんでしょあなた達!?」

それならば神様に仕えている物を買収しようとする自分はどうなのかと、突っ込みは野暮なので控えるがやはりこの女は、自分の置かれている立場やこの街の本質も何一つ理解していない。

「ルカ曰く、不誠実な金を使ってでも友人は作るべし。だ」

「構わねぇよ、エダ。勝手におっ死にな、姉チャン」

レヴィとエダの言葉こそがこの街の真実である。

人に何かを求めるのならそれなりの対価を払わなければならない。その相場が一般常識から外れていたとしてもそれがこの街の常識なのだから。

かつてツヴァイが住んでいた日本にこんな諺がある。

郷に入っては郷に従え。

それが彼女、ジェーンの噛み締めるべき言葉である。

だが、そんなことを彼女に言う義理もない、冷たい視線をむけるツヴァイの横をジェーンは足元に置いてあった自分のバックを掴み、肩をいからして通り過ぎる。

「あんたなんかの助けなんていらないわよ!窮地を助けてくれたことだけ感謝するわ」

「へーい、ちょっとお待ち。今夜のねぐらは?」

だが、意外な事にエダは彼女を呼び止めた。

「適当に探すわよ!」

自分を狙うマフィアがうろつく街に戻るなど死に行くようなものなのだが、彼女にはそんな考えは持っていないらしい。

「そこらのモーテルじゃ靴下脱ぐ前に新しいケツの穴こさえる事になるよ?」

もっともな意見にジェーンはようやく足を止める。

だが、他にどうすればよいのか分からず困った顔で振り返る彼女にエダは普段の彼女から考えられないことを口にした。

「さぁって、そこでだ。チャルクアンの市場を抜けたところに、ランサップインって安宿がある。教会から来たと言えば空き部屋に通してくれるはずさ」

「気持ち悪いわね・・・・」

訝しむ彼女の反応はもっともであった、それまで散々自分に冷たく接してきた人間が急に手のひらを返したように困っている自分の世話をしてくれるというのだ。

怪しまない方がおかしい。

「もち、ただとは言わなねぇよ?そこの盆に300ドルほど布施していきな」

その言葉になぜか得意気にジェーンは口元を笑みに変える。

「なるほど、腐っても教会だわ。それで手を打ちましょう」

エダの言葉通り、100ドル札三枚を盆に放り投げ悠々と教会を後にする。

「おいおいおい、どういうつもりだエダ?」

「あん?何が?」

レヴィの言葉はもっともだ、エダにまっとうな人助けの心などあるはずがない、それなりの見返りがなければ教会の名を語らせてまで彼女を助ける必要はエダにはない。

だが、ヨランダだけは違っていた。

「上々だシスター・エダ。金のなる木さ。見失わないように気を配りな!」

満足げに煙草をくわえた口元歪ませ、激励とも指示とも言えない言葉を吐き出す。

「イエス。シスター。田舎モンは扱いやすくていいわねぇ」

その言葉にエダも同様の笑みを浮かべ、懐から携帯電話を取り出す。

「あ!!お前!?」

エダが何を考えているのかは知らないが、あの顔は何かロクでもないことを企んでいる顔だ。付き合いの長いレヴィはすぐに見抜き抜け駆けされたことを悟った。

「よぉ~!リロイ久しぶり~!今チョロス共が追っかけてる女いるだろ?そうインド系の。あいつの居場所の相場どれっくらいだぁ?」

「テメェ汚ぇぞ!!」

自分が教えた場所を目指す人間の居場所を教えることで金が入るなら、これほど簡単な仕事はない。

エダならさらにせこいやり方で何らかの金を手に入れるであろう。

ツヴァイは彼女に初めて同情した。

腐っても教会と言ったが、彼女の言葉間違っている。腐っているがそれでも教会なのだ。



[18783] 14話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:4d47ff7c
Date: 2010/06/23 13:12
イエローフラッグのいつものカウンター席で肩を並べるのは右からツヴァイ、エダ、レヴィ。

「ん」

「ん」

「ん?」

左右から差し出される手にエダはグラスを傾けながら眉をひそめる。

「とげでも刺さったか?」

「ざけんな!あこぎな商売しやがって半分よこせ!!」

「同感だな、俺も金がない身の上だ。酒代分ぐらいは貰っても罰は当たらないと思うが」

恐喝犯の様なレヴィとは対照的に交渉人の様にツヴァイは金銭を要求する。

「お前教会で何にもやってねぇだろうが!!それで金貰おうなんて厚かましいにもほどがあるぜ!!」

自分の分け前が減ることに危機感を覚えたレヴィがツヴァイに噛みつくように叫ぶが、ツヴァイはその言葉にこめかみを引き攣らせた。

「誰のせいで俺が金欠だと思ってる!?」

「あん?」

今まで見たことないツヴァイの表情にレヴィは眉をひそめる。

「お前が昨日何をしたか言ってみろ!!」

「昨日?」

「おいおいレヴィ、お前何したんだ?この色男がこんなロブスターみたくなってるなんてよっぽどだぜ?」

エダもツヴァイの反応に辟易した様にレヴィに原因を思い出させる。

「昨日って・・・・昼は仕事で二、三人ぶっ殺して・・・・文句言ってきたロックに二、三発ぶん殴って・・・・夜は憂さ晴らしにイエローフラッグで飲んで・・・・」

「お前ロクなことしてねぇな・・・」

エダの言葉にレヴィは面白くないといった顔をするが、ツヴァイの表情を窺えば問題はその後の様であった。

「えと・・・・そのあとって・・・なんかあったか?」

どう頑張ってもそれ以降の記憶がひどく曖昧だった。

「覚えてないようだから教えてやるがな!お前はあの時ベロンベロンに酔っぱらってうちの事務所で大暴れしやがったんだ!!」

「え!?」

素っ頓狂な声を上げるレヴィにツヴァイの糾弾は続く、

「おかげで事務所を穴だらけにしてくれてな!エアコンも冷蔵庫も見事にオジャンだ!それによって俺の今月の小遣いもなしだ!!」

「え・・・・・!?」

呆気にとられるレヴィをよそにツヴァイは浴びるように酒を煽った。

「ま、まぁ、酒代ぐらい出してやるさ。レヴィ、ロックに車回してもらってんだろ?行こうぜ?」

「おい、エダ!?」

数枚の札をバオに渡し、エダは席を立つ。

内心ホッとしたのだろう、レヴィはそれまでの険しい表情から幾分柔らかい口調でエダを追いかける。

「その分の働きはさせてもらうさ・・・・」

ツヴァイも席を立ちエダ達の後を追う。

帰り際に妙に殺気立った連中と出入り口ですれ違ったカウボーイ気取りの格好をした男の事もしっかりと記憶していた。

「なぁ・・・俺たちはいったい何を待ってるんだい?」

細い裏道に止めた車の中の運転席でロックは眠そうな眼を半開きで呟いた。

助手席には未だエダの目的を教えられずいらつくレヴィ、後部座席にはツヴァイとこれら全員に依頼を頼んだエダがニヤニヤと締りのない顔でふんぞり返っていた。

「時価総額でざっと100万ドルってとこかねぇ?」

すでにこの場所に車を止めて小一時間。通る者といえば酔っ払いに娼婦を連れた締まらない表情の男、たまに残飯を探してうろつく犬ぐらいである。

余裕綽々のエダに他の者達の反応は冷たい、レヴィは忌々し気に振り向きながら舌打ちし、ロックに関しては振り向きもせずに、

「そんなうまい話があるもんか・・・・また撃ち合い。撃ち合いがやって来るんだな」

と、心底げんなりして肩を落としていた。

「撃ち合いになるんなら御の字だぜ、そこのクサレ尼が金に目がくらんでるだけでよ。誰が来るか・・・誰も来ねぇよ」

「退屈しのぎにイキッてんじゃねぇよレヴィ、全てノープロブレムなんだよ。ねぇ~色男?」

身を乗り出して運転席のロックに絡むエダにロックは辟易し、そんなロックをレヴィは面白くなさそうに表情を渋らせていた。

「でも撃ち合いなんだろ?」

「いいじゃないのよ~別にあんたの体に穴が開く訳じゃないんだし~」

心配そうなロックに猫なで声で耳に息を吹きかけるエダに、

「ようエダ・・・・アゴ割っていいか?」

と、レヴィは握った拳を震わせていた。

そんなレヴィの反応がお気に召したのか、エダの表情が悪ガキの様に歪む。

「あ~ら、ジェラシーなんてアンタらしくもない」

「ふん」

ツヴァイにはよく分からないが、レヴィは俗に言うツンデレと言うやつなのではないのだろうか。

「そんなことよりも、いい加減に依頼内容を教えてくれてもいいじゃないのか?」

多少は嘯いているとしても100万ドルは言いすぎである。第一そんないい話をエダが一人占めしないはずはない。

「ま、時間もいい頃合いだ。そろそろこのロアナプラのとある場所でたった今起こってる事を教えてやるとしようかい」

ツヴァイの言葉にようやく、エダは自分がジェーンに仕掛けたトリックの種明かしを始める。

要約すれば、

エダに紹介されたホテルに泊る彼女の部屋とは一つ隣の部屋に悪漢共を押し入れらせる。

すでに情報屋には彼女の部屋の隣の部屋番号を教えているので抜かりはない。

騒音に気付いた彼女は、ベットの上の天上に貼られてある案内板に従って今エダ達がいる道を通るというものだった。

「・・・・・分かりやすすぎるだろ。それ便所の落書きだ」

「上見て、下見て、大間抜けってやつじゃねぇか」

「本気でそれが成功すると思っているのか?」

三人の冷ややかな反応にエダは拗ねたように口をとがらせる。

「いいんだよぉ、それくらいわかりやすい方が」

最初から期待はしていなかったが、あまりにも手口が雑でお粗末すぎる。

この世すべての「IF」を集めても、そうそうエダの思い通りにはならないだろう。加えてジェーンは壊滅的と言っていいほど防衛本能が欠落している。

最初の襲撃で、悪漢共の銃声に震えて動けなくなっているのが関の山だろう。

「やっぱりテメェなんぞに付き合うんじゃなかったぜ」

「同感だな」

レヴィの言葉にツヴァイも同意する。

「帰ろうぜロック。キー回せ」

「ああ」

これ以上、エダの妄想に付き合っているのはうんざりだとロックはエンジンを始動する。

小遣い稼ぎのつもりで参加した仕事は何もすることなくお流れになりそうだ。

隣ではエダが未だ諦めずに、過去7回中4回は成功したなど微妙な成功率でレヴィを懐柔しようとしていた。

静かに後進する車の横を、息を切らしたジェーンが通り過ぎて行ったのはその瞬間だった。

「「えぇ~~~~~~!?」」

まるでUMAでも見つけたかのように車内にレヴィとツヴァイの絶叫がこだまする。それくらいショッキングな光景だった。

この街では信じられないことが頻繁に起きるが、それは間違いなくトップ3にランクインされるであろう。

「見ろ、見ろ、見ろ、見ろビンゴだ!ロック!追っかけろ!」

得意気なエダと呆けるレヴィ、ツヴァイをよそにロックはアクセルを踏み込む。諦めかけていた仕事が蘇ったのだ。

ジェーンと並走する車の後部座席からエダは陽気に顔を出し、

「よ~姉ちゃん!こんな夜中にジョギングとは精が出るねえ!」

「あんた!騙したわね!」

言いたい事は間違いなくそれ以上あるだろうが、ジェーンは取りあえずお決まりの文句を口にした。

体力がないと思っていたが、それなりの運動神経は持ち合わせているようだ。走り方がしっかりとしている。

「人聞き悪い、守護天使様に何て言い草だ」

「何よ!死ぬかと思ったわよ!」

「とんだ守護天使がいたもんだ・・・・ハウ!?」

ツヴァイの呟きにエダのひじ打ちが飛んでくる、それでもしっかりジェーンから目を離さないのは流石だ。

「へー、あっそう。まあいいや。どう?助けて欲しい? よーく考えな。どうしても原版渡すのが嫌っていうなら仕方ない。今度はモスクにでも逃げ込むんだねえ。どうだい?」

「ど汚く出来てんなあ、お前」

レヴィの言葉は皆の総意だった。このシスターは天使どころか悪魔の使いでもない、悪魔そのものだ。

「三万ドル!」

足が悲鳴を上げ始めたのだろう。若干、走るスピードが落ちながらも彼女も意固地にも原版の売値を言い張る。

「ロック。おねむの時間になってきたから教会に帰るわぁ」

「こんの人でなし!一万!」

「ただにしな」

その時、走る車のエンジン音とは違う音が聞こえてきた。視線を上げれば煌々とヘッドライトを照らしながら二台のバイクが迫って来る。

「ほ~ら、追っ手だよ~」

その光景、その言葉がジェーンの最後の抵抗を打ち破った。

「分かったわよ!あんたの条件で!」

ようやく観念した彼女と共に車が停車した。

助手席のレヴィがドアを開けると、悪魔のシスターも降り彼女に告げる。

「オーライ!契約成立だ」

すでにジェーンは地に両手をつけ、全身で荒い呼吸を繰り返していた。

「本当に助けてくれなきゃ、化けて出るわよ」

「これ以上、あこぎをやると客離れしちゃうからね」

まだまだ本気を出しちゃいないが仕方ない、と言わんばかりのエダにツヴァイは何があろうともこの女にだけは頼みごとをしないと心に誓う。

「ヘイ!エダ!何やってんだ、んな所で!」

追い掛けてきたバイクのヘッドライトの向こうで誰かががなりたてている。追手の一人だろうが、誰であろうとは関係ない、すでに彼は死地に足を踏み込ませているのだから。

ジェーンを車の後部座席へと放り込ませ、エダは相変わらずの人を食った物言いで告げる。

「おう!どした?お前らも深夜のお散歩か?」

「そこの女に用があるんだ。一人頭千ドルの野暮仕事でよ!」

先程からがなりたてているのは虎柄の上着を着た男だ。いかにも街のチンピラと思われがちなが雰囲気が漂っている。

「そりゃ、丁度良い小遣い稼ぎだね」

「如何だエダ。お前も一つ……」

そこまで男が言った時、銃声が雷鳴の如く響いた。エダが抜き放ったグロックから吐き出される銃弾が虎柄の男の胸を正確に撃ち抜いたのだ。

「て、てめぇ!!!」

後続の車に乗った連中の銃口がツヴァイ達の乗る車に向けられる。だがデビルシスターは些かも怯えてた様子を見せず、

「なーにが手前だよ馬鹿野郎!こっちはな、ミリオンダラーの大仕事なのさ」

そう不敵に言ってのけた。

「こっから先はうちの仕事だな」

「やれやれ・・・」

助手席のレヴィとジェーンの隣に座るツヴァイが銃を構える。

ようやく仕事らしい仕事ができそうだ。

「ヤー!即金で雇ったゲッタウェイドライバーと護衛さ!」

そう言うや、サングラスのシスターは後部座席に乗り込こむ。それを合図にしたかのように構えている追っ手の連中が銃を撃ち始める。

「レヴィ!色男!!食っちまいな!」

「おう!」

合計で四つの銃口が反撃を開始する。追いかけてくる数人を喰い殺したが、追手そのものの数に限りは見えなかった。

「大通りに抜ける!」

「うちの仕事だ。ロック!海に向かえ!」

運転席のロックが目先の、助手席のレヴィがその後の目的地を指示し車を走らせる。

やがて車は裏路地を抜け、文明の街灯の灯る道路を走り抜けた。

「何処?今度は何処に連れてくつもり?また何かの罠?これ以上、条件つけようたってもう……」

不安にかられても、それでも自分を弱く見せない為にふてぶてしく皮肉げに問いかけるジェーン。

「条件つけようたって、原版ですら今の私には自由にならない状況なんだから!

「そんな回りくどい事はしねえよ」
 
今まで散々してきたことを思い出せ。と、突っ込みは心の中だけにとどめるツヴァイ。

「今度こそ逃し屋の脱出カプセルにご案内だ!そこへ乗り込みゃ、たちまちこの素晴らしきロアナプラともおさらばだ」

そう言って、少しからかうとも悪戯っぽい笑みとも言えるものを微かに顔に浮かべて、シスターはジェーンを眺めた。

「お願いだから一刻も早くね」
 
そう何とか強がりでエダに返答を返したものの、彼女の不安は増大していくのは手に取るように分かる。

車は繁華街を抜けて人通りの寂しい方角へと向かっている。

「エダ。即金の約束だ」

「同じく」

「おう。準備なら万端だよ」

助手席からと依頼主を挟んでもう一人の人物からの催促に取り出した札束を渡しながら、シスターはそう答えて請け負った。

窓の外には夜の闇に染まった海が見えてきた。

「海・・・港・・・。船ね!早いの?その船?」

「そこのネクタイのハンサムに聞いてみな?」

彼女の問いにシスターがにやりと笑って、推測を肯定する。

だが、

「エダ・・・・残念だが、船は見えてこない・・・」

「「へ!?」」

あまりにも想定外なロックの台詞にこれまで噛み合うことのなかった二人の声が初めて合わさる。

「お~い、おい!おいおい!話がまたくそ違うじゃないのさあ!これじゃ肝心の物が居ないじゃないのよお!」

船のないドッグの中にシスターの喚く声が響いた。



[18783] 15話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:4d47ff7c
Date: 2010/06/23 12:59
「少し前に飛び込みで仕事が入ったんだよ。何か飲むかい?」

そう言ってロックはラグーン事務所の冷蔵庫を開ける。中にはびっしりとビールが詰まっているが、レヴィ同様ビール嫌いのエダは表情を曇らせた。

代わりに見つけた高級酒であるアードベクブロヴナンスを要求するが、ここのボスであり今は不在のダッチの私物だとレヴィに口汚く断られる。

なんてことを今頃行っているであろうラグーン商会事務所から零れる光を背に、その向かいにある自分の仕事場であるアースラの事務所の扉を開けた。

「何やってるんだ今度は・・・・・?」

数時間ぶりに戻った事務所に入るなり、強烈な寒気とそれに震える二人の女。

「お・・・・おか・・・・おかえり」

毛布にくるまりガチガチと奥歯を鳴らすクロウディアの唇は、口紅ではなく本当に紫色に染まっていた。

室内の温度は真冬並みであった、タイではあり得ない。

「今日・・・・・壊された・・・・エアコン」

途切れ途切れのクロウディアの言葉をまとめると、レヴィによって壊されたエアコンを買い替えたのはいいが、見事に欠陥品を掴まされた。

エアコンどころか冷凍庫の類だったらしい、スイッチのオンオフすら出来ない悪魔の兵器にアースラは氷河期を迎えさせられていた。

「外出ろよ・・・・」

「え・・・?」

もっともなツヴァイの意見にクロウディアは眼を瞬かせる。

なぜそんな簡単な事に気がつかないのか、この街に来てクロウディアも頭のネジが二、三本吹っ飛んだのだろうか?

「し・・・仕方ないじゃない!!芸術は目を離せないのよ!!」

苦し紛れでも何でもない言い訳に、ツヴァイはクロウディアの見ていたテレビ画面に視線をむける。

『もうゴール・・・していいよね?』

『観鈴!!』

「・・・・・・・これが芸術か?」

「当然よ!!」

なぜか自信満々に告げるクロウディアを無視し、ツヴァイはもう一人の相方であるリズィを探す。

リズィは簡単に見つかった。

「この馬鹿女!!なんでこんな奴に惚れるのかね!!記憶所喪失になったからって男の分別もつかねぇわけねぇだろ!!」

私室でアニメに怒っていた。

「あ~もう腹立つ!!マダオ(まるで駄目な扇の略)が日本の首相!?こいつはなんの冗談だ!?サクラダイト喰い物にされるだけだろうが!!」

「・・・・・・」

どこで間違えたのだろうか、リズィもクロウディア色に染まってきている。

「こんな情けない男のついて行く女の気持なんて分からねぇよ!!」

「俺はお前の気持がわからないが・・・・リズィ、仕事だ」

そう言ったツヴァイの言葉の直後、向かいのラグーン事務所からけたたましい銃声が響いた。

「やれやれ・・・・久々の仕事だと思ったらまた派手な所に連れて来てくれたね」

愚痴るリズィを横目にツヴァイは、すでに数十人の武装した襲撃者達の銃弾に晒されるラグーンの事務所を見上げる。

正面には無暗に突入したのだろう、数名の男達が体に大穴を開けて事切れていた。

ラグーンにはレヴィとエダがいる、二人とも街でも名うての銃使いだ。心配はしていないが、この人数では旗色が悪いだろう。

現在は道を挟んだビルの屋上から数人の男達がマシンガンから弾を吐き出し、逃げ道を封じていた。

「俺は上の蝿共を始末する。お前は正面から中に入ってレヴィ達の援護に」

「はいよ」

淡々とリズィに指示を出すツヴァイは、懐から愛銃のベレッタを取り出す。

ドックからはすでに火の手が上がっており、中からは何故かエンジン音まで響いている、中の状況は分からないがロクな事にはなっていないだろう。

ツヴァイは忘れかけていた感覚を思い出す。かつてファントムと呼ばれた殺し屋の思考、自分を一つの武器として捉え、その為だけの装置に自分を変える。

可能な限り呼吸を殺し、屋上へと足を勧める。当然、足音を消す事も忘れない。

影のように屋上で派手に弾をばら撒く男達の背後に立つと、何の感情も感傷もなく引き金を引く。

「なっ!?なんだてめぇ!?」

突如現れたツヴァイに驚きの声を上げる男達に己の二つ名を告げながら引き金を引く。

「・・・・・亡霊だ、うぉ!?」

そんな決まったシーンのはずなのに、ラグーン事務所からエダがグレネードで屋上を砲撃してきた。

ここにツヴァイがいるとは言っていないのでやむを得ないが、それにしても派手すぎるのでないだろうか。


「バカ野郎!!味方まで吹っ飛ばす気か!!」

ラグーン事務所に乗り込むなり、リズィは景気良くランチャーをぶっ放すエダに罵声を浴びせる。

「お前!?アースラの!?」

「説明は後回しだ!外の連中は玲二が片付けてる!今のうちに逃げる――――――!?」

研ぎ澄まされた危機本能により、リズィは己の言葉を閉ざし身を屈める。瞬間、リズィの頭上を白銀の閃光が走り抜ける。

標的であったリズィの首を刈り損ねた閃光は、行き掛けの駄賃と言わんばかりに隣のソファの背もたれ部分をごっそりと切り取っていく。

閃光の正体は柄を紐で結ばれたククリ刀であった。蛇の様な鋭い動きで放たれた持ち主の元に戻っていく無骨な刃を握ったのは、窓の外から壁伝いに設置されたダクトの上に立つ深いスリットのチャイナドレスを着た女だった。

「シェンホア!!」

「おう、よくわかったね♪」

中国訛りの強い英語を話す襲撃者と顔見知りなのか、レヴィの表情にますます余裕が消え失せる。この女がこれほどまでに顔を強張らせる相手なら余程の強者なのだろう。

そんな相手とやり合うのはガンマン冥利に尽きるというものだが、今は仕事中だ、誇りよりも利益を選ぶのがプロだ。

滑り込むようにソファの陰に身を隠し、三人は額を突き合わせる。

「おいレヴィ!なんだあいつは、あんたの知り合いか?」

「ああ、タチ悪いのが出てきたな。「ですだよ」!相方は来てんのか!?」

エダの質問に答えつつ、外で構えるシェンホアに対しての挑発を忘れない辺りがレヴィらしい。

「ああ、レガーチね。ヤクのやりすぎで火星から帰れないなったよ、今はお脳の医者と暮らしてるね」

「そりゃ難儀だな!よろしく伝えといてくれ!!」

状況は極めて不利。

ドッグにつながる出口はすでに火の海と化しており降りることはできない、正面の方もツヴァイが担当しているがいくらファントムと言えど、あの人数を相手にしては援護にも時間が掛かるだろう。

「ロックは?」

ここに来る前に大方の事情はツヴァイから説明済みだが、肝心のエダの目的である偽札の原版を持った女の姿が見当たらない。

「あたしの依頼人と一緒に上に逃げてる」

リズィの質問にエダが答える。

「お前ら聞け」

新たなマガジンをカトラスにセットし、レヴィは作戦を二人に伝える。

「シェンホアはダクトを足場にしてる、ドッグの火も冗談じゃなくなってきやがったし正面入口もまだ兄ちゃんの掃除が終わってねぇ・・・・非常口はあの女が居座ってやがる」

「二人のお守もある上しかねぇな」

リズィの合いの手にエダも乗っかる。

「だが、ちんたらハシゴを昇ってたら連中は大喜びでケツを刻みにやって来る」

そこからのレヴィの判断は早かった。

「エダ、この壁は薄い、カトラスでも十分抜ける。あたしゃ根比べ大嫌いだ、ダクトの女狐を追い出してやる、仕とめられるか?その間にヴィレッタは上に昇って役立たずの援護だ、できるな?」

「ッたりめェだトンチキ女。あんたがうまく出口に追い立ててくれりゃ仕とめるなんざ朝目飯前だ」

「誰にモノ言ってやがる?あんたらがヘマしなけりゃ二人のベビーシッタなんてそこらのガキでもできるぜ」

「上等だ」

そう言って笑い合う三人の女帝は銃のグリップ底を噛み合わせる。

「そんじゃぁ・・・・・行くぜぇぇぇ!!」

カトラスを両手にソファを飛び出す女海賊は遠慮なしに引き金を引き、獲物である女狐を襲撃ポイントに追い立てる。

同時にリズィは、天上から降りているハシゴに向けて走り出す。

「来るぞ!!」

瞬間、シスターの構える先に黒髪を翼のように煌めかせシェンホアが姿を現し、エダの銃が火を噴いた。

シェンホアの体が何もない空中に投げ出され、視界から消え失せた。

しばらくの沈黙の後、エダが静かに腰を上げる

「落ちたか?」

「分からねぇ、用心しろ」

窓の向こう側からなんの反応はない、仕とめたと見て間違いないだろう。

だが、

「捕まえた、ですだよ」

聞き間違えるはずの無い訛りの強い英語と共に、窓から顔を出したエダの首に紐が巻きつくなり容赦なくその首を締め上げる。

「エダ!!」

窓の外へと導かれるエダのホルスターを掴みレヴィは無理やりエダの体を引きとめる。抵抗した分引っ張られる紐がエダの首を締め上げるが、下に控えるチェーンソーにナマス切りにされるより幾分かマシだろう。

「おう、首落とせるかと思いましたが。声からすると、かかったのは尼さんの方ね」

紐の先では容赦なく全体重を掛けてぶら下がるシェンホアが、さらに下で構える解体屋のソーヤーに指示を出す。

けたたましいエンジン音と共にソーヤーが獲物のチェーンソーを手に事務所に突入する。

レヴィはエダを抑えるのに手一杯で、半ばヤケクソ気味にカトラスをソーヤーに撃ち放つが、まともに狙いの定まっていない銃弾はソーヤーの攻防一体のチェーンソーによって全段弾かれる。

「くそ!レヴィ、本星は向こうだ、行け!!」

喉を締め付けられしゃがれた声でエダはレヴィに指示を出す。

「当たり前だ!てめぇ助けても一文の得にもなんねぇよ!」

そう叫ぶレヴィをよそに、シェンホアはそのしなやか肢体をバネに再びダクトに舞い降りる。その動きだけでこの女が伊達や酔狂でこの世界を生き残っていないことがありありと伝わってくる。

「別に命取る必要もないですけれど、あとに面倒残さないのは大切ね」

そう言ったシェンホアの右手にはエダの首に絡みつく紐の先にあるものと同じ無骨なククリ刀が月光を反射し血を求めてぎらついていた。

「――――エダ。どの道ハシゴはあのゴス女が上げちまってる、まぁ上にはあの黒女が行ってるから心配はいらねぇだろうが、ロック達を追いかけるのはその後だ。命乞いでも漫談でもいい、とにかくあいつの注意を引け!」

身を低くしながらレヴィは落ちていたエダの愛銃であるグロックを渡し、照明の消えた事務所の闇へと溶け込む。

すでにシェンホアには並大抵の奇襲は通用しないだろう、ならば捕食者が否応なく作り出す獲物仕とめる瞬間を狙うしかない。

「おーい、聞いてるますか、アバズレ。何も難しい話ない銃投げていいよろしいか。尼さん見殺すと、地獄に堕ちるます、よくないね」

エダの首筋にククリ刀の刃をあてがいシェンホアは中のレヴィに投降を促すが、レヴィは無言を貫いた、ここで投降しても殺されるのは目に見えている。ならば、ここに自分はいないと思わせる事の方が後の奇襲には効果的だ。

「レヴィ!かまうこたねぇ気にせずやっちまえ!!」

エダの助け船にレヴィはほくそ笑む、自分の窮地を敵への襲撃に変えるために、あえて未だ事務所で機を窺っていると思わせる絶妙な一言を言ってのけた。

「三文芝居よ、尼さん。アバズレ中にいないよ?」

思惑通り細目の女狐はレヴィの居場所を誤認していた。だがそれをバラすのにはまだ早い。

「ヘイヘイヘイ!チョイ待ち!チョイ待ち!そのとおりだが少し待て!急ぎ働きは三文の損さ、ちょっとだけあたしの話を聞く気ない?オーケイ?いいか?あれだ、えーとその、合衆国の国歌な元を正せばヨッパライの歌で――――――」

時間稼ぎ見え見えの小話を始めるエダにシェンホアは当然の如く言葉を遮る。

「映画だとその手の命乞い聞いてて死ぬアホが多いね。そこで質問よ、私はアホか?そう見えるか!」

シェンホアの言葉にそれまでの陽気さが消え殺気が滲み始める。時間稼ぎもそろそろ限界であった。

「―――――――尼を殺すと地獄に落ちるんじゃねぇのか?」

「私、道教よ、お前の宗教とは関係ないね。再見了、修女(さよなら、尼さん)」

差し出された首を刈ろうとククリ刀を振り上げるシェンホア。だが時間は十分稼いでいる。

「アホめ。地獄の直行便は足が早ぇんだ、後ろを見てみな?」

エダの不敵な笑みの真意を瞬時に嗅ぎ取ったシェンホアは、振り向き様に太ももに巻きつけてあった苦無を数本掴み投擲する。

その先には窓から上半身を投げ出しカトラスを構えるレヴィ。

「ちぃ!!」

苦無の進行方向は額、心臓、喉と人体の急所を悉く定めていた。かわす事など不可能。

レヴィは足と片腕を犠牲にし苦無から急所を守るが反撃のタイミングは完全に外された。

「――――狙いはいいが詰めが甘いなシェンホア」

聞き覚えのある声と共に自信に走る衝撃を感じたシェンホアは、驚愕の表情のまま空中に身を投げ出されていた。

撃たれた?――――どこから?―――――誰が?――――

閃光のように浮かんでは消える思考の嵐の中、シェンホアの視界に一人の死神が写る。

右手には銃口から白煙を上げるベレッタ、その顔にある双眸は何も写していない、強いて言えば「死」そのもの。

地面に叩きつけられ意識が脳内から弾きだされるのはその直後だった。

「あー!エダッ、くそっ、このエセ尼のくそ売女ッ!!痛ぇ!見ろ!ヘイ!」

「悪かったよ、うるせぇな!!文句ならこのインポ野郎に言えよ!!」

シェンホアの気配が消えたのを確認するとレヴィは肢体に突き刺さった苦無を引き抜きながらいつもの汚い口調でエダを罵る。

「助けてやったのにその言い草はないだろ?」

ベレッタを下ろし、ツヴァイは愚痴るがレヴィの怒りは収まらない。

「来るのが遅ぇんだよクソッタレ!!」

握った苦無で突き刺さんばかりにツヴァイに詰め寄る。レヴィの考えではエダにシェンホアを片付けさせる筈だったが思いがけないツヴァイの援護に内心安堵していたが、生来の性格ゆえ素直に喜べない。

「そんなことより、うちの相方はどうした?」

ツヴァイはレヴィの怒りを柳の様にかわし、さっそく本題に入る。



「これ以上上はないわ。何かプランは?」

ラグーン事務所の屋根の上でこの騒動の引き金となったジェーンが肩で息をしながらロックに問いかける。

隠しハシゴでここまで逃げおおせたのはいいが、逃げ切ったとは言えない。逆にこれ以上逃げ道がない所まで来てしまったようにしか思えない。

まさにその通りなのだが、ロックとしてはこれ以上最善の方法は思いつかなかった。下では未だに銃声が鳴り止む気配はなく、戦力として全く役に立たない二人がここに逃げ込むしか鉄火場で生き残る道はない。

「考え中だ」

それしかロックに与えられた答えはなかったが、依頼人のジェーンは当然ながら納得がいかない。

「”俺がプランだ“、て言うわけね頼もしい。そうね、祈って祈って祈りまくって金の鎖でも降らせてみせる?」

「黙れ・・・・考えてるんだ」

「・・・・・」

これまでに見せた気の弱い男の雰囲気から一変、生き残るための策を模索するロックの声色にジェーンは口を閉ざされる。

その時、

「おいおい、女の子はもっと丁寧に扱うもんだぜ?」

この場にそぐわない声に、二人は振り返る。

「あんた、アースラの!?」

愛銃のハードボーラーを片手にそこにいたのは短く刈られた黒髪に黒豹を思わせる獰猛な双眸。浅黒い肌が印象的なリズィだった。

「玲二の頼みで来てみりゃ何やら大騒ぎじゃねぇか。その上こんな所で依頼人とデートなんてあんたも随分出世したんだね」

リズィの軽口にロックは苦笑を洩らし、ジェーンは突如現れた来訪者に目を瞬かせていた。

「なんであんたが!?」

「言ったろ?玲二に頼まれたって、テンパるのもいいが少しは人の話―――――!?」

小言を途中で切り上げ、リズィは背後から迫る気配に視線と銃口を向ける。

リズィが通って来た出入り口から一人の小柄な女が現れていた。

ぼさぼさの黒髪の女。

低い身長の身を包むのは黒を基調とした古めかしさすら漂う服。

そして喉はフランケンシュタインのように継ぎ足したような傷痕が見え、何よりその蒼い瞳は死んだ魚のようだった。

両手にはチェーンソー。見紛うことなく敵だ。

リズィは知らないがこの女こそロアナプラで解体屋として名高いソーヤー。

どのような経緯でこの仕事に参加したのかは分からないが厄介な物には変わりない。

「さァ・・・・ツかまエた」

咽に発声器を押しつけたフランケンシュタイン女から発せられた声だった。

あの首の傷では、それがあの女のコミュニケーションの大きな手段なのだろう。

「来た!来た!!来た!!あれを何とかして!!」

ジェーンは怯えながらロックに詰め寄るが、相手を間違えている。

「まぁまぁお譲ちゃん・・・・慌てるなって」

ロックの代わりに答えたリズィに今度こそ頼るべき相手に間違えずにジェーンは相変わらずの自己的な台詞を投げかける。

「慌てるなですって、アンタ馬鹿じゃないの!?」

ツヴァイから話は聞いていたが、やはり癇に障る女だったが今は目の前の障害を排除することが先決だ。

「偽札でマフィアカモろうって馬鹿女に言われたくねェな!!」

瞬間ハードボーラ―が火を噴く。狙いは頭部と心臓。

だが、優秀ゆえ狙いも絞られやすい、ソーヤーの体の前に立ち塞がるチェーンソーに銃弾が見事に弾かれる。

「ちぃ!!」

「あンた・・・・・だレ?」

銃口を前にしてもソーヤーの死んだような表情には変わりはない、流石は天下のロアナプラだ、と唾を吐きたくなるが堪えるリズィにソーヤーはしゃがれた声で続ける。

「マぁ・・・ダレでもいイわ。いつモならカイタイして・・・おワリダけド・・・タまにはこンな仕事も・・・・いイモんだわ・・・きョうはこロしはしない」

「どうすんのよ、悦に入って喋り出しちゃったじゃない!!」

「あたしに言うな!!」

何故かご機嫌なソーヤーの対応を測りかねているリズィにジェーンが声を潜めて喚き立てる。

「たダ・・・テ足のイチにほンは・・・ちョうダイしちゃうかも・・・アたしハそうじや・・・・いツもあとシまつばかり・・・きょウはチガう・・・ミんナはあタシの・・・フミだい・・・あタシがフぉわード・・・じャ・・・はじめマしょうか」

そう言ってソーヤーは静かにリズィ達に歩を進める。

「責任取りなさいよ」

「黙れっての!!」

「ダイじょうぶ・・・・あタしだッて・・・のドクびかきキラれたけど・・・・イキてる」

瞬間、リズィの放った銃弾がソーヤーの人口声帯を吹き飛ばす。

「生憎あたしはフランケンシュタインになるつもりはねぇンだよ!!」

「・・・・・・・」

これ以上聞き取りずらい会話を続ける気もない。そういう警告も兼ねての発砲だったが・・・・

「・・・・・・なに?」

最初にソーヤーの異変に気付いたのはジェーンだった。

滝のように汗を流し、余裕で彩られていた表情が見る影もなく凍りついていた。

「~~~~~~~~~~~!!」

突如地団駄踏んだかと思えば、獲物である筈のチェーンソーを放り投げるソーヤー。

「な、なんだぁ!?」

飛んできたチェーンソーを避け、リズィは素っ頓狂な声を上げる。

それを合図と言わんばかりにドックに保管してあったガソリンに引火した炎が爆発となって事務所の屋根を半分ほど吹き飛ばしたのはその瞬間だった。




「・・・・状況がよく分からねぇが、お前らいったい何やったんだ?」

「いや・・・特に身に覚えが」

呆れかえったレヴィに問われたロックもしどろもどろで答える。

ロック達を助けに梁を使って屋根によじ登って来たレヴィとエダ、そしてツヴァイが見た物は、膝を抱え蹲っているソーヤーを囲んでいたロック達であったのだからその問いも表情も納得せざるを得ない。

「本当よ、何がどうしたのかこっちにだって分からないけど・・・人口声帯が壊れた途端これよ」

「まぁ・・そんなとこだろうな、まったく訳分かんねぇよ」

ジェーンの推測にリズィも同意する、まさか軽い警告のつもりで撃った一撃で相手が戦闘不能になるとは流石のリズィも予想だにしていなかった。

「あれだな、鬱の気がひどいんじゃねぇか、こういうやつ見たことあるぞ」

「おいゴス女、聞いてるか?慣れないことするからだ、アホめ」

「・・・難儀だなぁ」

レヴィ同様に呆れかえるエダにそれに輪を掛けてレヴィに罵倒されるソーヤーにロックは流石に同情の念を隠しきれなかったが、それよりも隣に立つレヴィの左腕に乱暴に巻かれた包帯に目を奪われた。

「・・・・・レヴィ、その怪我は?」

「ああ?オーライだ、見た目より傷は浅い」

多くの修羅場を潜りぬけてきた身である以上、多少の怪我の程度は見ただけで分かるようンあったロックだが、やはり仲間が傷つくのにはまだ慣れていないのだろう、レヴィの台詞とは裏腹にロックの表情が暗くなる。

だが、そんなことよりも大事な事が一同の前に振りかかろうとしていた。

「ヘイ・・・・ヘイ!ヘイ!!ヘイ!!崩れてねぇか、この建物」

「あ?」

エダの言葉に右を見る一同の視線の先にはドック方面から崩壊して行く屋根が、何かの冗談のように迫ってきている最中だった。

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

とっさに反対側へと走り出す一同だが、すぐにその逃走も打ち止めとなる。

「一番端だ!レヴィ!雨樋でもなんでもいい、下へは!?」

「あるかよそんなの・・・・!!!」

レヴィの台詞のそこそこに支柱を失った事務所は重力に引かれその形を留め切れずにを瓦礫へと変え、崩壊していった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

唯一幸いだったのは事務所の屋根が三角形の形をしていたことだろう、滑り台の要領で何とかバランスをとり地面へと滑り落ちることが出来るが、実際に崩れ落ちる屋根から滑るなどまともな体勢で行えるはずはない。

皆一様に屋根の破片にしがみつくように地面へと「落下」していくだけだった。

「・・・・待ちくたびれたぞ。仔細あってこの狩りにさ馳せ参じた。お前達に恨みはないが――――」

バランスを取ることで精一杯は一同の耳に、この場にまったくそぐわないやけに芝居がかった台詞が崩れる事務所の轟音に紛れて鼓膜を刺激してきた。

「なんだあいつ・・・?」

何とか声のした方向にツヴァイが視線を向けると、それは、ラグーン事務所の向かい側のビル、その屋上に立っていた。

「俺の名はキョン―――じゃなくて、“ウィザード”。ロットン・“ザ・ウィザード”だ」

金髪に黒のロングコート、高そうなサングラスに過度に装飾された指輪。一目見ただけではどこかのビジュアルバンドのメンバーかと見紛う優男が立っていた。

それが、自分達に送り込まれた刺客だと確信を抱くのが、両手に握ったその独特のグリップから「箒の柄」とあだ名されたモーゼルのみであった。

だが、その男の登場から降板までが驚くべき早さだった。

滑り落ちながらもカトラスの引き金を絞ったレヴィの銃弾が、ロットンと名乗った男の胸に命中した。

「あ・・・」

情けない声と共にロットンはビルの屋上から転落していった。わざわざ名乗りを上げ、この上なく目立つ所にいれば当然の結果であった。

瞬間、体が地面に叩きつけられる。

豪快な土煙と轟音を轟かせラグーン商会の事務所は無残にもこの世から崩壊して消え失せた。

せき込みながらも立ち上がり、仲間に視線を配らせると、叩きつけられた衝撃で痛む腰や額を抑えながらも大した外傷もなく立ちあがっていた。

「くそ・・・・ん?・・・・船だ!!」

先頭に立つレヴィは、目の前に広がる海から飛沫を撒き上げながらこちらへ向かってくる一艘の見慣れた魚雷艇の姿を確認した。

「お早いお着きだよ」

皮肉たっぷりのエダの台詞。ツヴァイとリズィには知らされていなかったがここにいないダッチとベニーが乗っているのだろう。

事務所のオーナーであるダッチがこの崩壊した建物を見たときの落胆には同情するが、ラグーン号の登場はツヴァイ達にとってはノアの箱舟にも匹敵する。

「よし、いいぞ!突っ込んでくる!!桟橋に走れ!!」

レヴィの号令に一斉に走り出す一同の後には、生き残った追手が金切り声を上げて迫って来ていた。

桟橋の直前でラグーン号は見事な転回を見せ、同時に甲板に出ていたダッチが逃げるツヴァイ達の援護にランチャーを打ち放つ。

飛び込み参加ながらもこちらの呼吸に完璧なまでに慌ててくるあたりがラグーンメンバーの実力なのだろう。

ランチャーの爆風にいくらかのタイムを稼がれ、ロックを先頭に次々と甲板に飛び乗り、最後のレヴィが備え付けの魚雷管にしがみつきながら、

「タッチ・ダウンだ!ダッチ!!」

と、出航を促す。

「出せベニー!!」

耳に付けた小型無線機に指示を飛ばすダッチの命令通り、ラグーン号は海洋へと奔り出す。

「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

振り返れば桟橋にはイエローフラッグですれ違ったカウボーイかぶれの男が絶叫と共にラグーン号の後部に飛び乗る瞬間であった。

それに続き、何人かもラグーン号に無断乗車を決行するが、その多くは夜の海へとダイヴしていった。



[18783] 16話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:9bfb5410
Date: 2010/06/23 12:37
「クソッタレ!何人か船に取りつきやがった!」

忌々し気に叫ぶダッチをよそに、ツヴァイ達戦闘班は銃を抜き、襲撃者達を迎え撃つ。

「ロック!女を連れて船内へ!!」

お世辞にも広いとは言えないラグーン号ではお荷物を抱えては、勝てるものも勝てない。

それを自覚しているのか、ロックの行動は早かった。船内に続くハッチを開けジェーンと共に船内へと消えて行った。

「ヴィレッタ!ロックに付いていけ!」

ツヴァイの指示にリズィは頷き、ロック達の後に続く。襲撃者達の狙いはジェーンである以上護衛は必要である。

「トーチ!俺は下に降りる、てめぇは銃使いを片付けろ!!」

案の定カウボーイもどきが部下に命令を下していた。トーチと呼ばれた肥満体の男が前に出るなり背負っていたタンクから伸びる射出口から炎を吹き出す。

火炎放射器など殺し屋の武器としては二流だが、吹き出される炎が視界を遮り照準が定まらない。その隙に他に乗り込んだ悪漢達が銃を打ち放しており厄介なことこの上ない。

「レヴィ!俺は操縦席に戻る!!」

甲板で愛銃のS&Wを撃ちながらダッチは自ら戦線を降りると宣言した。

「手が足りねぇぞダッチ!!」

だが、次のダッチの台詞にレヴィの口元には凶悪な笑みが張り付くことになる。闇の世界でしか生きられない「人でなし」の顔だ。

「連中をロデオに乗せてやる。タフ・ヒドマンもびっくりの暴れ牛だぜ」

「それはご機嫌だ、ダッチ。暴れるときは合図をくれ」

ロデオでも屈指の実力を持つタフ・ヒドマンをも手こずらせる暴れ牛。想像するだけで酔いそうだが、この如何ともしがたい状況を打破できるのなら天の雄牛でも何でも構わない。

サングラスの奥にある瞳をぎらつかせ、ダッチは操縦席に続くハッチを開きその巨体を船内へと滑らせていった。

「大丈夫かい?慌てさせて悪かった」

ラグーン号のキャビンで額を抑えるジェーンにロックが話し掛ける。甲板から降りてきたときにハシゴから足を滑らせたのはジェーンなのだが、

「えぇ、おかげ様で顔から落ちたわよ」

と、何故かロックに非があるようにいらついて返事を返す。

「あれだけ追われて、鉛玉ぶち込まれてないだけでもマシだと思いなよ」

リズィの至極真っ当な意見にもジェーンはお気に召さないのか、

「フン、それがあんた達の仕事でしょ!?あんた達のおかげで一生分のエキサイティングを経験したわ」

元を正せば、彼女が妙なプライドに拘ったことが今回の騒動の発端なのだが、それは完全に彼女にとってはすでに過去のことらしい。そもそも、自分が原因と認識すらしていないかもしれないが。

「そりゃそうさ、あたしらはそれで飯食ってんだ」

「そう、毎日銃磨いて、体に穴開けたり開けられたりしながら人の生き死に楽しんでる人間の思考なんてあたしには到底―――――」

饒舌に毒を吐くジェーンの口が強制的に閉じられる。我慢の限界を迎えたリズィが彼女の額に銃口を突き付けたのだ。

「勘違いすんじゃねぇよ、あたしに頼まれた仕事はあんたの護衛だけだ。自分の立場も弁えないわがまま女の愚痴を聞いてやるほど暇でもねぇし、そこまで人間できてもねぇんだよ。」

「ご、護衛が護衛対象に銃向けてどうすんのよ!!」

「仕事を受けはしたが遂行するのはあたし。依頼は成功しなかったら違約金でカタがつく話だ」

本来ならばそんな簡単な話ではないが、この際そんなことはどうでもいい。これ以上ジェーンの身勝手な言い分に付き合う気にはなれない。

「ま、まぁまぁ。落ち着いて――――」

「さてと操縦はダッチに引き継いだ。そちらがお客さんかい?」

割って入ろうとするロックとほぼ同時にキャビンの扉が開き、ラグーン商会最後のメンバーであるベニーが飄々とした口調で入室してきた。

「ん?どうかしたのかい?」

「・・・・なんでもねぇよ」

ベニーの登場に毒気を抜かれ、リズィは愛銃を脇のホルスターに収める。目配せでロックに問いかけるベニーだが、状況を説明している時間も惜しいのでロックの苦笑いで答えをごまかした。

「まぁいいか、ようこそラグーン号へ、僕のことはベニーで結構」

他人の事に興味がないのかベニーはあっさりと興味をリズィから依頼人であるジェーンに移し、にこやかに右手を差し出す。

「ジャネット・バーイー。ジェーンでいいわ」

ラグーンの中ではロックと同等の常識人と見られるベニーにジェーンは、頬を染めて差し出された手を握り返す。

「実はこの船には招かれざる客も乗り合わせている、そこで取りあえず僕の部屋で休んでいてくれ、防衛ラインの縮小版だ。」

そう言ってベニーは自分の部屋にリズィ達を案内する。ベニーの部屋と呼ばれた一室は思った通りと言うべきか、大量のパソコンによって埋め尽くされていた。

「ああそれと、部屋にあるハードウエアには手を触れないでくれよ。何一つ、一切だ」




「レヴィ!ラフ・ストックを始めるぜ、用意はいいか!!」

操縦席のダッチは自ら起こすブル・ライドに備え普段ならば決してしないシートベルトをしっかりと締めながら、無線の先のレヴィに問いかける。

耳に付けた無線からダッチの問いを受けたレヴィは甲板のいたるところにある突起にロープを巻きつける。これから始まるご機嫌なショウに欠かせない一品だ。

「エダ、兄ちゃん。こいつを握れ」

結んだロープの先をエダとツヴァイに握らせ、準備は完了した。

「何だいったい?」

「さぁ」

事態が飲み込めない二人には悪いが、説明している時間はない。

「オーライ!牛を躍らせろ!!」

無線機に叫んだ瞬間。ラグーン号は鋼鉄の暴れ牛へと姿を変える。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

右へ左へ船体がしぶきを上げて蛇行を繰り返し、何の対策もしていない不法侵入者を容赦なく海へと振り落としていく。

「どうだエダ、兄ちゃん!ハッピーかぁ!?」

「ふざけんなぁぁぁ!!」

「先に言えぇ!!」

必死にロープにしがみつく二人に、レヴィの心底浮かれた声が掛けられる。重力の縛りを遠心力によって強制解除されロープだけが船との唯一のつながりである三人の脇を同じく激しい揺れに体を震わせるチンピラ達の照準も定めず撃ち放った銃弾がすり抜けて行く。

粗方の侵入者を振り落としたラグーン号はようやく通常の運転に切り替わり、レヴィ達は甲板へと乱暴に着地させられる。

「死ねやぁぁ!!」

威勢はいいが、まったくあさっての方向に銃弾を放つのは味噌っ歯ジョニーと呼ばれるチンピラに毛の生えた程度の男。

そんな彼がロアナプラでもそこそこ名が通っているのかはツヴァイには興味もなかった。

「てめぇ!味噌っ歯ジョニーにくせに調子に乗ってるんじゃねぇ!!」

「今その台詞は人権侵害だぞ」

ツヴァイの言葉をよそにレヴィはジョニーに景気良くカトラスから鉛玉を吐き出していたが、揺れる船体の上では狙いは定めにくく不毛な撃ち合いとなっていた。

「お?」

遂に弾切れを起こしたのはレヴィのカトラスだった。

「迂闊だぜレヴィ!テメェを片付ければ俺にもハクがつくってもんだ!さぁ―――――」

瞬間、突進しかけた味噌っ歯ジョニーの体がのけぞり、後方の海へと吹き飛ばされた。

銃口から白煙を昇らせツヴァイはベレッタを下ろす。

「お前・・・」

「余計な事だったか?」

「あッたりめェだボケナス!魚雷管の近くで銃ぶっ放す奴がいるかってんだこのバカ!!」

「散々撃ちまくってた奴が何言って―――――うおっ!?」

飛んできたハンマーを身を屈めてかわすツヴァイだが、レヴィの理不尽な怒りは収まらない。

「あたしはなぁ!自分の獲物を横取りされんのが一番嫌いなんだよ!」

「だったら最初から当ててればいいだろう!!」

「こんな揺れてる船の上でそうそう当たる訳ねぇだろ!!」

「俺は当てたぞ?」

「口答えしてんじゃねぇよ!!」

船上で言い合いを始めるツヴァイとレヴィを止めたのはエダではなく無線の向こうのダッチだった。

「レヴィ!言い合いもいいが、今のロデオはお気に召したか?」

「ちっ・・・・ああ、ご機嫌さ」

渋々ながら怒りの矛先を収めるレヴィの視界に、見事なまでの中年太りの男が入り込んできた。

先ほどまで火炎放射器で視界を奪っていた男であった。

火炎放射器のタンクを背中に担いでなお、あのブル・ライドを耐え抜いたのはまぐれではないだろう。

ようやく役者が揃ったというべきだろうか。

「こいつはあたしが片付ける、今度邪魔しやがったらてめぇからぶっ殺すぞ」

ツヴァイを睨み付け、レヴィが前に出る。よほど獲物を横取りされたのが気に入らないのだろう、一言でも反論すれば、その瞬間に頭が吹き飛ばされかねないほどの殺気に満ちた瞳にツヴァイは無言で頷くしかなかった。

「エンジンルームにもう一匹紛れ込んでやがる」

「エダ、お前はそっちの方を頼む、そこの兄ちゃんも連れてけ」

ダッチからの無線を受け、エダに侵入者の始末を任せさりげなくツヴァイの面倒も押し付ける。

「あいよ、相棒」

「仕方ないな」

再び銃を片手にエダとツヴァイはハッチから船内へと降りていった。



[18783] 17話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:098c4470
Date: 2010/06/23 12:27
「ひとつ質問・・・・この船はいつもこんな運転をしてるわけ?」

「いや、今日はたまたまさ」

「こうやって客を殺すのが仕事かとおもったわよ」

ブル・ライドの影響をモロに受け、珍妙な格好で床に転がりながらもジェーンの毒舌は相変わらずだった。

ロック同様ジェーンの様な無様な転倒は避けたものの、何の説明も受けていなかったリズィは壁にぶつけた額を抑えながら立ち上がった。

それに引き換え、ダッチと運転を交代したベニーは器用に周りのパソコン機器を抑えながら割と平然に笑っていた。

「せめて一言あってほしいもんだ」

「まったく・・・・」

リズィの言葉にロックも同意する。やはりロックもベニーほど図太くはない様だ。

「目的の港に着くにはどれくらい?」

「ざっと8時間かな」

ジェーンの問いにベニーが答える。

「オーライ、十分な時間だわ。日本人さん、あたしの鞄からパソコン出して」

「え?そんなものないけど・・・?」

ロックの言葉にジェーンは一瞬顔面から表情がなくなる。

「なんで、どうして!?あなたバカじゃないの!?どういうことよいったい――――!?」

「知らないよ!そんなに大事なら自分で管理しろ!!」

「そりゃそうだな、パソコンごときでウジウジ言うな」

「暴れないでくれよ、機械が壊れる」

理不尽なジェーンにまっとうな答えを返すロックとリズィ。そして我関せずのベニーは視線をパソコン画面から離さずに喧嘩を止める気があるのかないのかよくわからない発言をしている。

「あれがないとどうしょうもないのよ!?パソコンもない、ネットにも繋がらないじゃ――――」

不意にベニー以外の視線がベニーに集中する。正確には振り返るベニーの背後にある煌々と光る画面。

「パソコン・・・・だよな?」

「なに?」

スナックを齧りながら能天気な返事を返したのはベニーだった。





「ジェェェェェェェェェン!どこにいやがるクソッ!出てきやがれ!!」

エンジンルームの扉を蹴破りカウボウーイもどき・・・ジェーンを追ってきたヌエヴォ・ラルドカルテルのトラブルバスター、“グルーヴィ・ガイ”ラッセルはイラつきを抑えずに盛大に叫んでいた。

ボスであるミスタ・エルヴィスの命を受けジェーンの捕縛に駆り出された彼だが、何もかもがうまくいっていなかった。

偽札の原版を持って逃げだした小娘一人を連れ帰るなど、そこらのガキにでも出来るお使いの様な簡単な仕事のはずであった。

だが、そんな簡単な仕事もこのロアナプラでは大統領を暗殺することよりも難しいことではないのかと錯覚させられる。

手駒として一人1000ドルで雇ったチンピラ共はラグーン商会と暴力教会が関係していると知るや否や一人3万ドルにしろと法外な要求を突きつけ。

渋々それを承諾しラグーンの事務所に乗り込んだ途端、目的を焼き殺すと言わんばかりの火を放つ始末。

何とか目標が生きていることを確認したかを思えば、今度はジェーンを匿う連中の援軍に駆け付けた船に飛び乗り、最後にはその訳のわからない船の中を彷徨っている。

「これ以上道がねぇ!バカにしやがって!!」

行き止まりの壁を叩きながらラッセルは、自分でも意味の分からない文句を苦々しく吐き捨てた。

何もかもが気に食わない、なぜこんな簡単な仕事がこれほど自分を苛立たせるのか考えるのも億劫になるほど彼の思考は苛立ちに飲み込まれていた。

「これが終わったら浴びるほど酒くらってやる!「ローハイド」かけながら金玉が痛くなるほど高い女となぁ!!」

手近にあった巨大なスパナでエンジンのパイプを叩きながら叫ぶラッセルの背後から妙にテンションの高い声がかけられる。

「ははは!流石カウボーイ種牛ってわけかい、ただその前に「金玉が天までぶっ飛ぶ」ほうを心配するべきか、神様に電話で聞いてみな?」

振り返ると、そこには右手でグロックを弄ぶ金髪の尼僧とその横でつまらなそうに佇む東洋系の男が一人づつ。

忘れようにも忘れられない人物だった。彼の仕事をここまで大掛かりな物にしてくれた張本人なのだから。

「うおおおおおお!!」

振り向きざまに銃を抜き放ち、引き金を引く。

連れてきたチンピラ達はすでに海の中へと旅立っており戦える者は自分しかいない、なによりこの者達には自分が直接鉛玉をぶち込まなければ気が済まないというのがラッセルの本音であった。

応戦してくる尼僧と男もラッセル同様エンジンの陰に身を躍らせた。

「邪魔すんじゃねぇこのクソ尼!テメェらの相手はもうウンザリだ!」

「うるせぇ知るかよこの田舎モン!!」

神に仕える者とは思えない言葉を平然と吐きながら尼僧はグロックをぶっ放してきた。

ミスタ・エルヴィスが言っていた台詞を思い出す。

“いいかラッセル、この街に住んでる連中ときたらとんだ野蛮人だ。洋服着て「エアロ・スミス」を聴いてるだけで中身はモロ族と大差ねぇ!!信じられるか、教会の尼までもが銃をぶっ放してくるんだぞ!イカレポンチを煮詰めて作った神のクソ溜めだ、この街は!!”

まったくその通りだ、その時の言葉をまともに聞いていたらもう少し用心が出来ていたかもしれない。

だが、そんなこと反省は後でいくらでもできる。そんなことよりも

「「原版はこっちのもんだクソッタレーー!!」」

エンジンルームに二人の欲望がこだまする。







「「「原版がない!?」」」

偽札製造の為には欠かせないものがないとジェーンの口から言われた瞬間、一同は声を揃えて吹き出した。

「・・・・原版はネットの海の中よ。世界中に散らばってる設計者のデータを統合して、射出形成機に打ち込むだけだったんだけど――――データ管理者が死んだおかげで取り出しができなくなっちゃったの」

機械関係には疎いリズィにはなんのことかさっぱりだが、とりあえず原版が手元にないことだけは理解できた。

「暗証コードは毎日自動変換されるから、オペレーターが死んだ段階でもうお手上げよ。時間の許す限りサルベージしようとしてきたんだけど――――」

もじもじと指をからませて言い訳のように呟くジェーンだが、そんなことを言ってもないものはないのだ。

「うちは暴力教会から支払いが済んでるからいいとして」

「あたしが頼まれたのはあんたの護衛だけだし・・・」

原版についてどうこうすると言うのはエダだけに関係することであり、ラグーンもアースラも原版があろうが無かろうが関係ない。

「うん、問題はエダだな。君が原版を持っていないことを知ったらキリストも驚く様な新しい磔象を発明しかねない」

淡々と恐ろしいことを言うベニーにジェーンの表情がみるみる青ざめて行く

「冗談でしょ?」

「あらゆる暴力的な冗談が本当になる場所さ、ロアナプラは」

「そうそう」

その点に関してもリズィはロック達と同意見だった。この街に来てからそんな光景を嫌と言うほど見てきたのだ。

「だからお願い、ほんの少しでいいの、貴方のマシンを―――――」

「嫌だ」

ジェーンの懇願も空しくベニーはあっさりと拒否の返事を返す。

「どーしてよ!このけちけちケチ!」

「何を言われても貸さない。マシンを他人にマシンを弄られるくらいなら、ヒマシ油を1パインドも飲んだ方がまだマシなんだ、僕は」

「そこまで嫌なのか・・・」

マシンを操る者としてもプライドなのか、ベニーの拒絶は想像以上のものであった。

が、

「ただし、自分でいじるなら話は別だ」

その言葉にジェーンの表情が明るくなる。

「君のオペレーターが何を仕掛けているのか少しだけ興味が沸いた」

何の意味があるのか分からないが、ディスクを片手にベニーはパソコンに向かった。

「がっかりさせないでくれよ。もし中学生でも組める程度の代物なら、別に手間賃をもらうからね」

再びラグーン号が激しく揺れ、何かの爆発音が船外から驚いたのはその直後だった。

「――――わかったわ、やっぱり私を殺す気ね。この船は」

「今回ばかりはあたしもその意見に賛成だな」

「いや・・・たまたまだよ」

御馴染の珍妙な格好で呟くジェーンの言葉にリズィは額を抑えながら賛同する。こう何度もブル・ライドをかまされてはわざととしか思えなくなってくる。

本当に慣れているのか、ベニーは相変わらずパソコンのキーボードを物凄い勢いで叩いていた。

「IFSRのコード改変じゃないな・・・勘で言えばGOST系がくさいな。手っ取り早くバッファ・オーバーフローを利用して権限を奪うって手もあるんだが――――押し込み強盗は品がない」

「品なんてどうでもいいわ」

自分の命が危ないとようやく理解したのかジェーンは噛みつかんばかりにベニーに詰め寄るが、当のベニーはのらりくらりとキーボードを叩いている。

「慌てない慌てない。GOSTに対応する解析ツールを6つ並列で走らせてる。画面に並ぶインジケーターのうち、どれかが当りならダウンロードを始めるよ」

もはや何語を話しているのかも理解の外になったリズィとロックはこれ以上することはないと確信し床に足を延ばしていた。






「っ・・・ったく、俺達が乗ってるの忘れてるだろ、絶対」

ブル・ライドでエンジンルームから弾きだされたツヴァイは、額を抑えながら操縦しているであろうダッチに恨み事をもらしながら立ち上がった。

軽快に銃に咆哮させていたエンジンルームからは嘘のように静まり返っていた。

エダがやられたとは到底思わないが、心配な事には変わらない。

「さっきの音、あのデブを相棒が片付けた。残ってるのはあんた一人だけさカウボーイ。抵抗するなら頭ぶっ飛ばして海へ投げ込むまでだ」

再びエンジンルームに戻ろうとノブに手を伸ばしかけたツヴァイに聞きなれた声が鼓膜を刺激した。

「分かった、わかった、クソ面白くもねェ・・・・どの面下げてボスん所に戻れってんだ」

「必要ねぇだろ、あとはロボスがうまくやるさ、あいつはこの街の流儀が分かってる」

「ロボスの野郎がミスタ・エルヴィスを片付けるだって?そんなことでき―――――」

声だけ察するに勝負はすでに付いたようだ。ノブを捻ろうと手に力を込めた瞬間、不自然なタイミングで言葉を遮ったラッセルの言葉にツヴァイは手を止めた。

「なんだよ?」

それはエダも同じだったのだろう、訝しの声を上げたようだ。

「ちょっと待ってくれ、俺はあんたを見た事がある、フロリダ――――いいや違う、そうだD・Cでだ!ワシントンDCだ・・・間違いねぇ」

「そうかい?こっちはあんたなんて知らないよ。それにあたしはアラバマの出だ。DCなんざ行ったこともねぇ」

「じゃぁあんたにクリソツな女と言い換えてもいい。サングラスに尼僧服だったから今の今まで気が付かなかったんだ。くそ!いつだったか―――ドン・ジェローラモがDC入りした時だったから――――あいつだ、あの男!」

「ヘイ、やめときなカウボーイ。どうせあんたの思い違いさ」

記憶が蘇り、上機嫌になりかけているラッセルの言葉を遮るエダ。

まるで余計な事を喋ろうとする者への警告とも言わんばかりなエダの声色にツヴァイは違和感を覚えたが、ラッセルは追憶の彼方に遇った情報を見つけ出し、憑き物が落ちたかのように饒舌に語り出す。

「思い出したぜ!あのクソッたれの上院議員ジャック・ボウナムだ!!」

その名をラッセルが口にした瞬間、扉の向こう側からでもはっきりとわかる殺気がエダから放たれる。

「その女、紺のスーツを着てたでしょ。そして幾人かの男とともに上院議員と会食をしていた「フォーデンヌ・ヴロウ」て名前のフレンチレストランで」

「そうだ、「フォーデンヌ・ヴロウ」だ・・・!しかし、どうしてお前があの野郎と?」

「その時、彼女とその上司たちが話していたのは、EAEC内に存在する、北米型自由貿易に非協力的姿勢を持つ行政府への干渉及び不安定化工作」

「まさか、お前?」

「貴方の思い違いよ、その女は他人。私はね「暴力教会のクソ尼」だもの―――――でも一つだけ本当のことを教えてあげる。私はアラバマの生まれじゃない、私の故郷は―――――ヴァージニア州ラングレーよ」

「てめぇCI―――――」

二人の会話はそこまでだった。叫び掛けたラッセルの声をエダのグロックが強制的に封じた。






「タリホー!」

パソコンに新たなウインドウは表示され、ベニーは子供の様な声を上げる。

「やっぱりGOST系だった!君のところのデータ管理者は優秀だが詰めが甘い!やっぱり僕はケヴィン・ミトニック級の腕前だな、ヤ!ヤ!さすがだ僕」

自画自賛に大喜びするベニーには悪いが、何が何だか分からないリズィとロック、とりあえずデータの権限とやらは死んだジェーンのデータ管理者からベニーに移ったようであった。

どの程度の技術だったのかも分からないが、これでエダに原版がわたる事も確定した。

「さて、賭けは僕の勝ちだ。報酬は―――」

振り返るベニーの顔をジェーンは両手で固定した。

「は?」

「え?」

リズィとロックが声を上げる間もなく、ジェーンとベニーの顔が見る見る近づき次の瞬間には熱烈なキスを始める。

「ん~~~~~♡」

長いキスの後にようやく唇を離したジェーンは子猫の様な愛くるしい笑顔を浮かべていた。

「ねぇあなた、あなたすっごくセクシーでキュートだわよ」

それだけ言って再びキスを始めるジェーンにベニーもそれに答え始め、ジェーンの後頭部に手を回す。

「・・・・・」

「アホらし・・・・ほら行くよ」

今にもラブシーンを始めかねない二人に呆然とするロックの襟首を掴み、リズィは部屋を後にする。

なにはともあれ、これで全員の欲しい物が全て揃ったわけである。形はどうあれ、めでたしめでたしである。





「めでたしめでたしで終ってればよかったのにねぇ・・・・・兄ちゃん、今の聞いてただろ?」

扉を開け、エダがツヴァイに銃口を突き付けながらいつもより低い声色で語りかけた。

「まぁ・・・大方はな」

ここまで来て嘘でごまかせるほど甘い相手ではないと理解したツヴァイは、特に動揺したそぶりも見せず平然と答えた。

「・・・・で、どうしようかねこの状況」

「あんたはどうしたいんだ?」

「そうさね・・・・とりあえず聞かれちまった事が事だけに――――」

「あんたがCIAって事か?」

飾らずに確信を突くツヴァイにエダの表情が僅かに歪んだ。

命乞いをするわけでもなく、淡々と言葉を連ねるツヴァイはこれまでにエダが相手をしてきたどれにもあてに当て嵌まらないものであった。

「あんたがCIAだろうがエイリアンだろうが俺にはどうでもいいことだ」

「あん?」

「人間一つや二つ知られたくない秘密があるもんさ」

「・・・・・そりゃ、あんたが昔ファントムって言われてた事かい?」

「・・・・・・まぁな」

今度はツヴァイの方が表情を曇らせる番であった。かつてツヴァイ達が所属していたインフェルノは想像以上に巨大な組織である、CIAにパイプがあっても何ら不思議はない。

「心配しなさんな、色男。別にあんたの事をインフェルノにチクろうって話じゃない――――あんたが変なことうたわなければね」

「・・・・だろうな」

そう言って、ツヴァイは降参の意味を兼ね両手を軽く上げる。その意味を汲んだエダも形の良い唇を吊りあげる。

「オーライ、それなら交渉成立だ」

グロックをホルスターに収め、エダは踵を返す。

「さて、帰ろうかね」

甲板に昇るとレヴィがいた。

「よう、随分手間取ったじゃねぇか、しっかり地獄に送ったか?」

「おう」

そう答えたエダは、持っていたカウボーイハットを差し出す。それは見紛うことなくラッセルの身につけていた物だった。

「じき港だ、帰りはのんびりしていこうや」

「おうよ、神は天にいまし、世はこともなしだ。なぁ兄ちゃん?」

「まったくだな」

薄い微笑を返し、ツヴァイは目の前に広がる海に視線を向けた。



[18783] 18話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:b903f936
Date: 2010/06/23 11:55
「お?」

「ん?」

いつものイエローフラッグのいつものカウンター席で、いつものようにレヴィ、ロック、ツヴァイ、リズィが顔を合わせるのはもはや珍しいことではなくなっていた。

ただ今回は一人、いつもとは異なる人物がツヴァイ達と共に来店を果たしていた。

「珍しいじゃねぇか、今日は社長さんも一緒かよ」

煙草を咥えたままレヴィは、すでにほろ酔い気分で赤くなった顔を綻ばせながら言った。

「別に、たまには安いお酒でもいいかなって思っただけよ」

万屋アースラの社長であり、ツヴァイ、リズィの雇用主であるクロウディアはそっけなく答えレヴィの二つ隣の席に着く。

彼女はアメリカ時代の癖が抜けないのか酒を嗜む時は、いつも事務所にストックしてある高級酒を主に飲んでおり、「飲めれば何でもいい」と、いう嗜好のツヴァイ達とは趣味が合わずにいたため、あまりこのような場所に顔を出すようなことなかったのだ。

「悪かったな、安い酒しかなくてよ」

不機嫌さを隠すことなく呟くのは、店の主であるバオだった。

「悪いな、事務所のストックが切れて機嫌が悪いんだ」

苦笑まじりにレヴィの隣に腰を下ろし、ツヴァイは適当な酒を注文する。

「けっ、レヴィよぉ。相変わらずお前のダチにはロクな奴がいねぇな」

「あたしに絡むんじゃねぇよバオ、ロクな酒置いてないのは本当のことだろうが、タコ」

酔っていてもレヴィの口の悪さは相変わらずであったが、それでもツヴァイ達を「ダチ」と言われても否定しない辺りが彼女らしい。

「でも、本当に珍しいですねリンディさんがイエローフラッグに顔出すなんて」

お決まりのワイシャツ姿のロックがグラスを傾けながら問うてくる。リンディとはロアナプラでのクロウディアの偽名である。因みに、ツヴァイは玲二、リズィはヴィレッタとそれぞれ偽名を使っている。

ツヴァイにとっては本名なのだが、適当な偽名が思いつかずそのまま偽名として使用している。

それに答えたのは、ツヴァイとクロウディアの間に座るリズィ。

「どっかの誰かが事務所の酒を丸ごと飲み干しちまったんだよ」

ぶっきらぼうに答えるリズィの視線の先でレヴィが訝しげに形の良い眉をひそめた。

「あん?誰だよ、んなことしたの?」

「「お前だレヴィ」」

間髪いれずにツヴァイとリズィの見事なまでに合致した声がレヴィに突き刺さるが、当のレヴィにはまったく見覚えのない話だった。

「あたしが!?ヘイ!ヘイ!言い掛かりはよせってんだ」

「何が言い掛かりだ。三日前に夜中うちの事務所に来て「酒を出せ!!」って大暴れしただろう」

「三日前・・・・・?あ・・・・」

心当たりがあるのかレヴィの顔が気まずげに歪んでいった。

「あ~あれは・・・・その・・・・エダのクソ尼にカードでボロ負けしてよ。憂さ晴らしに飲もうにも金がなくて仕方なく・・・・」

「何が仕方なくよ!!あたしの大事にしてたコニャック・フェランを水の様に飲んどいて仕方ないですって!?」

遂に怒りに堪え切れなくなったクロウディアが席を立ちあがり、レヴィに噛みつかんばかりに吼え立てる。

「だから謝ってるだろうが!あんな小便みてぇな酒ぐれぇでガタガタ言ってんじゃねぇよ!!」

「「「いや、一回も謝ってないぞ?」」」

今度はレヴィの味方であるはずのロックも交えて三人の声が見事に重なる。

「なんだい、なんだい?今日も相変わらず騒がしい野郎だなレヴィ?」

その時ロックとレヴィの間に顔を出したのは、三日前にレヴィにカードで大勝したエダであった。

いつもの尼僧服とは違い、その大きな胸を強調したタンクトップにミニスカートとラフすぎる恰好であった。

「うるせぇクソ売女!誰のせいであたしが責められてると思ってやがる!!殺すぞ」

「あ~ん?なに怒ってんだ?それに責められるってお前、遂にロックとやったんか!?やったねロック~♡今度はあたしとどぉ?」

ロックの首に絡みつくように腕を巻きつかせ、耳に息を吹きかけるエダ。人をからかうことに関してはロアナプラでも彼女に右に出る者はそうそうお目にかかれない。
そんな彼女が標的として狙いを定めたレヴィの弱点であるロックを何の躊躇なく攻め立てる。

「うわわ・・・」

突然の色仕掛け攻撃に慌てふためくロックの様子に、レヴィはこめかみにぶっとい青筋を浮かび上がらせ、その原因である女狐を睨みつける。

「おうエダ、喧嘩売ってんのか、そうなんだろ?」

特に男女の仲ではないのだが、レヴィはことのほかロックに他の女が近づくのを嫌っている節があり、エダの挑発に安々と嵌っていた。

「おいレヴィ、落ち着けって・・・・・・!?」

短気のレヴィが爆発するのも時間の問題と悟ったロックが止めに入るが、すでに遅かった。

彼女は、脇の下のホルスターから愛銃であるソードカトラスを抜き放っていた。

「エダ・・・・今のあたしは冗談が通じるほど愉快な気分じゃねんだ、今すぐあたしの前から消えるか、頭に新しいケツの穴開けられるか、好きな方を選びな」

「お~怖、聞いたロックぅ?この女ジェラシーでストロンボリ火山みたくなってんぜぇ、こんな危ない女よりやっぱりあたしにしない?」

「ケツの穴がお望みみてぇだな・・・・」

ゆっくりと右手のカトラスを上げかけるレヴィの腕が止めたのはバオだった。

「おいテメ―ラ、これ以上俺の店で暴れるんじゃねぇよ!!」

そう言ってバオはバカルディの酒瓶を勢いよくテーブルに叩きつけるように置いた。

「ここは酒場だ、勝負事ならこれで決めな!!」

「・・・・」

「どうするよレヴィ?」

硬直するレヴィに挑発的な笑みを浮かべ、エダはロックの膝にわざとらしく座り込む。

「・・・上等だ」

カトラスをホルスターに収め、レヴィも席に着く。言いたいことは多々あろうが、それよりもなによりもこの女狐の鼻を明かしてやりたい。

それしかレヴィの思考を支配するものはなかった。

なみなみとバカルディが注がれたグラスは3つ。

「あん?」

「一個多くねェか?」

眉をひそめる一同をよそにグラスの一つを掴む手が延ばされる。

「あたしもやるわよ!!飲み比べでも何でもやってやろうじゃない」

「リンディ!?」

「なんでお前まで!?」

ここに来てまったく関係のないクロウディアの参戦にアースラの二人は度肝を抜かれる。

「あたしが勝ったら、レヴィ!あんたに飲まれた酒代全部払ってもらうからね!!」

「え!?ちょ・・・・」

「そりゃいい!そんじゃあ、あたしが勝ったらロックをいただこうかねぇ」

「なっ!?お前っ!?」

エダとクロウディアの身勝手な要求にレヴィは声を張り上げ掛けるが、すでに二人はグラスを持ち上げていた。

「ったく!!勝ちゃいいんだろうが勝ちゃ!!クソッタレ!!」

どうにでもなれとレヴィもグラスを持ち上げる。ここにレヴィが勝っても何の益もない不毛な飲み比べが始まった。


「・・・・なぁベニーボーイ、俺にはどうしても分からないことがあるんだが」

ラグーン商会のボスであるダッチは、口に咥えた馴染の煙草、アメリカンスピリットに火をつけながら隣に座るベニーに語りかける。

いつも冷静沈着なダッチには珍しく、全身から不機嫌なオーラを隠そうともしていない。

「奇遇だねダッチ、僕も同じ疑問を抱いてたところだよ」

ボサボサの金髪を掻きながらベニーは同情を込めてベニーはすでに生温くなってしまった缶ビールの飲み口に口を付ける。

「悪いな、いきなり大勢で押し掛けて」

視線を上げると、ツヴァイが申し訳なさそうな顔で立っていた。

先ほどまで散々エダに絡まれ憔悴しきっていた彼だが、エダの相手をロックに任せ何とか離脱してきたようだ。

今ダッチ達がいる場所は、自分達の拠点であるラグーン商会の事務所、そのオフィスであった。

最近はまとまった仕事もなく、軽い開店休業状態であったがそれでもあくまでここは仕事をする場所であって、決して酔っ払いのたまり場なのではない。

だが、現実はラグーン商会の向かいに事務所を構えるアースラのメンバーと暴力教会のエダを交えての酒乱の会合場と化していた。

ダッチが事務所に来た時にはすでにこの惨状は出来上がっており、レヴィに説明を求めても呂律の回らない口調でがなるだけで、何一つ状況が分からなかった。

数十分の舌戦の末、ダッチが下した採決は「もう、どうにでもしてくれ」。

後に現れたベニーの同じような状況で、大人しく空いたソファに並んで座っていたところであった。

「オーライだ兄ちゃん、大方うちのレヴィとエダがイエローフラッグでバカな飲み比べでもおっぱじめて決着が着かずにバオに店追い出されてここに来た、ってところだろ?お宅らもその煽りをくらった被害者ってわけだ」

煙を吐きながらダッチは推論を口にし、苦笑を浮かべる。

「まぁ・・・大方間違ってはいないが」

口ごもりながらツヴァイは事の顛末を語り始める。

三人の飲み比べは想像以上に激しく、一時間も経たずに店のバカルディを全て消費してしまった。

その時点で限界を迎えたエダがカウンターに突っ伏したおかげで、ロックの貞操は守られたわけだが、残り二匹のうわばみはさらに強い酒で勝負を続け始めた。

だが、その勝負は閉店時間を過ぎてもなお飲み続ける二人に堪忍袋の緒が切れたバオからの中止命令により、皆イエローフラッグから追い出された。

「ちっ、バオのアホタレ。ロクな稼ぎもねぇくせに時間だけはキッチリしやがって!!」

「まぁまぁ」

アルコールで紅潮したレヴィを宥めるロックの背後で、復活したエダが挑発的な笑みを浮かべる。

「で、これからどうするんだいレヴィ?」

「あ?どうするもこうするも、イエローフラッグが閉まっちまったんだから帰るしかねェだろ」

煙草に火を付けレヴィは吐き捨てるが、エダの次の言葉に唖然とする。

「そんじゃあこの勝負は、アースラの女社長の勝ちって事だな」

「はぁ!?なんでそうなんだよ、酒と一緒にヤクでもキメやがったのか?この色情魔」

レヴィの罵倒もどこ吹く風と受け流し、エダは饒舌に語る。

「理屈こねてんじゃねぇよ二挺拳銃。勝負はまだ着いちゃいねぇンだ、店が閉まったぐれぇで逃げんじゃねぇよ。まぁ、あんたがどうしてもって言うんなら仕方ない女社長に賭けの賞品払いな」

途中で勝負を降りたエダが言う台詞では決してないが、アルコールと生来の短気な性格が災いし一気に頭に血が上るレヴィを止める手段などありはしなかった。

「上等だこのクソ尼。こうなったらトコトン白黒はっきりさせてやろうじゃねぇか!!おい、ロック。今から違う酒場に行くぞ!!」

「無理だってレヴィ、こんな時間じゃどこも閉まってるに決まってるよ」

「ちぃ、使えねぇ街だな、ったく。おい兄ちゃん、お前んとこに酒のストックあったろ!?あれで勝負だ!!」

話を振られたツヴァイは呆れ顔で、答える。

「お前が全部飲んだだろうが、そもそも賭けの景品がその酒代の請求だろ?」

何もかもがうまくいかないレヴィは唇から煙草が落ちるのも構わず誰に向かっての物なのかも分からない怒声を張り上げる。

「だったらうちの事務所でやりゃいいじゃねぇか!!こうなりゃ小便臭ぇビールでも何でもかまわねぇ!!いいな、姉ちゃん!?」

「望むところよ!!」

「あんたもそこで乗るな!!」

威勢よく延長戦を承諾するクロウディアにリズィの突っ込みがすかさず入るが、時すでに遅し。

レヴィとクロウディアは肩を並べながらラグーン事務所へと歩を進めていた。



[18783] 19話
Name: ストゼロ◆b70a9ebd ID:e1435ac3
Date: 2010/06/24 03:37
「・・・・・ファッキンワンダフルとはこの事だぜ」

「・・・・悪い」

こめかみを押さえるダッチには、ツヴァイの謝罪も焼け石に水もいいところだった。

「ヘイ!ダッチ!飲んでるかぁ!?」

酒臭い息を撒き散らしながらクロウディアの肩に腕を回し陽気な声を上げているのは、この騒動の張本人と言えるレヴィ。

冷蔵庫の缶ビールとストックしていたジン・ビームを飲み尽くしたところで、ついに理性のタガが外れた二人は飲み比べ勝負など記憶の彼方に吹き飛び、今では互いに肩を組み合ってロックに買いに行かせた追加の酒を煽っていた。

「ああ、そっちはどうだレヴィ?」

「ヤー、最高だぜ!今ならどっかの貴族のレイピアにでもなれらぁ!」

意味の分からない返しに乗ったのはクロウディアだった。

「あら、じゃぁ私はクレイモアでも手に入れて勝負しましょうか?」

「やめとくぜ、そりゃあたしが殺されそうだ」

「そう?あなたなら剣道部の部長でもやれそうだと―――あら?もうないお酒ないわね」

言葉を遮り空瓶を振るクロウディアの視線が次に捉えた者はツヴァイであった。

「ちょっとツヴァイ!あんたひとっ走りいってお酒買って来なさい!!」

「だが断る」

案の定の命令にツヴァイははっきりと拒否した。

玲二と言う偽名を使わなかったクロウディアを咎めても無駄だろう。

「光速のランニングバックと呼ばれた貴方ならすぐ行ってこれるでしょ!?」

「そんな呼び名で呼ばれたことは一度もないが・・・・」

「じゃあ、ちょっと龍になって魔法使いからハンコ盗んできてよ」

「お前は何を言ってるんだ?」

「ちっ、めんどくせー兄ちゃんだな!おいロック、もう一回行ってきな!!」

拉致の明かない応酬に、苛立ったレヴィの矛先は再びロックに向けられる。

「え、また俺!?」

「悪いわね、寄り道してターミネーターとか拾ってこないでよ?」

「え、あのメイドをですか?」

「違うわよ、本物の方よ。あ、もし拾うようなことがあったら人類の平和は任せたわ」

「は・・・・はぁ」

相変わらず何を言っているのか分からないクロウディアともかく、レヴィに逆らったら後が怖い。

しぶしぶ買い出しに出かけるロックをツヴァイは同情の眼差しで見送った。

「不思議な男だろ、ロックって」

視線を声の方に向けると、ベニーがいつもの悪戯好きな笑みを浮かべていた。

「雰囲気も、貌も、価値観も、これまでの生き方だってこの街にまったくそぐわない。それなのに、今やレヴィはもちろんのこと、三合会の張やモスクワのバラライカのお気に入りさ」

「それを言うならアンタだってそうだろ、ベニー」

ダッチとベニーが並んで座るソファのその向かい側、今までロックが座っていた場所に腰をおろしながらツヴァイは珍しく微笑を浮かべた。

「よしてくれよ、僕はロックの様に物事をまっすぐに見ることはできない、それがロックの長所でもあり、最大の弱点だ」

「弱点?」

「そう弱点だ。双子の時にそれがはっきりと分かったよ、彼はこっちの世界にもあっちの世界にも行けない半端者である以上、この弱点からは逃れられないだろうね」

「双子か・・・」

双子の件でのロックの落ち込み様はツヴァイも知っている。まるでこの世の終わりの様な表情をしていたのはまだ記憶に新しい。

「今日は随分と饒舌に唄うじゃねぇかベニーボーイ」

短くなった煙草を灰皿に押しつけながらダッチは会話に参戦してきた。

「確かにお前の言うことには一理ある。ロックが銃を持たねぇのは俺達にとって最大の幸運なのさ。だがな、ベニーボーイ。それはお前さんにも言える事なんだぜ」

「そうなのかい?」

「そうだろ?俺からすりゃロックもお前もこっち側に染まりきってないひよっ子もいい所だ」

「それは仕方ないだろ、僕だってロックと同じように自ら望んでこの世界に足を踏みいれたわけじゃない」

ベニーは不機嫌そうに眉をひそめるがダッチはその表情が気に行った様であり、口元に不敵な笑みを浮かべる。

「懐かしいぜ、トランクの重し代わりにさせられそうになってる所をレヴィに助けられたのがきっかけだったな」

「そうだったのか?」

「・・・・・フロリダの大学でね。火遊びが元でFBIとマフィアを怒らせちゃってね」

ツヴァイの問いにベニーは心底面白くなさそうに視線をそらし、ぶっきらぼうに吐き捨てるとその視線を問いを投げかけたツヴァイに向ける。

「そういう君はどうなんだい、どうしてこの街に?」

「俺はまぁ・・・・あいつの付き添いって感じだな」

ツヴァイの指した指の先には未だにレヴィと肩を組んで大笑いしているクロウディアがいる。

「彼女の為のわざわざこんな危険な街に?」

「だから俺とヴィレッタがいるんだ」

ベニーの訝しげな問いにツヴァイは毅然として答える。

見栄を張っているわけでも強がっているわけでもない、ツヴァイとリズィはクロウディアを護る為にこの街に来たのだ。

「へぇ~姫を護るナイトってわけかい、立派なもんだ」

ダッチやベニーの勘ぐる様な視線を受けてもツヴァイにはないも感じ入るものはなかった、ツヴァイとクロウディアは愛情や友情などと言う陳腐な言葉で括られるほど安易な関係ではないのだ。

「ただいまぁ~」

ツヴァイが言葉に詰まった瞬間に事務所の扉が開き、大袋を抱えたロックが買い出しから戻って来た。

「遅ぇぞロック、何チンタラしてやがんだバカ!」

「そうよ、そんな事だから女の子に興味を持った瞬間に砂になっちゃうのよ!」

「はい!?」

罵倒する二人にロックは引き攣った笑みを浮かべるが、ベニーによるさらなる追撃が待っていた。

「え、な、何?」

困惑するロックの表情がお気に召したのか、ベニーとダッチは皮肉気な笑みを浮かべていた。

「何の話ですか?」

「ロック、お前さんがこの素晴らしきロアナプラに似合わないって話をしてたところだ」

ツヴァイに対しての問いにダッチが代わりに答えるが、ロックの反応は冷ややかな物だった。

「またのその話かい、そんなことは俺が一番分かってるんだ。ほっといてくれ」

空いたソファに腰を落ち着け、ロックはうんざりした様に溜息をついた。どうやらこの手の話題は言われ慣れているようであった。

「俺は俺が立っている所にいるんだよ、それ以外のどこでもない」

煙草に火を着けながら呟くように告げるロックの表情は、ツヴァイがかつていた世界、今いる世界の全てが混濁した様な例えようもないものであった。

「それは何処だ?」

ツヴァイの問いにもロックの表情は微動だにせず、はっきりと答える。

「ここが夜の世界で、俺が今までいた世界が昼の世界だとしたら・・・・・俺は夕闇に立っているんですよ」

「夕闇か・・・・」

ロックの言葉を復唱するツヴァイの瞳にどこか羨望に近い感情を写したのは、遠目からツヴァイの様子を見ていたクロウディアとリズィだけであった。

夕闇の世界。

それは、ツヴァイでなくとも誰もが望んでいた世界。

その世界に誰もがかつて立ち、去って行った世界。

ある意味この世の理想郷とも呼べる世界の名。

そこに立っているとロックは言った。

「その世界にお前はいつまでいるつもりなんだ?」

「いつまで?」

「ああ、ロアナプラにいる以上、夕闇の中なんて世界にはいつまでもいられない。この街自体が「夜」なんだからな」

「・・・・・」

ツヴァイの言葉はロックにどのように受け止めたのだろうか、自分の甘さを指摘される非難に聞こえただろうか、はたまた夕闇の世界に羨望を抱く者の負け惜しみに聞こえただろうか。

その答えは、ロックが紫煙をゆっくりと吐き出してから紡ぎ出された。

「それは俺にも分かりませんよ・・・・・・今日かもしれないし、死ぬまでかもしれない。でもね、それでも俺はここにいたいんですよ」

それは夕闇の世界の事を指しているのか、このロアナプラを指しているのかは誰も分からない、ロック自身も分からないのだろう。その疑問に口を出すものは誰ひとりとしていなかった。

その答えはロック自身が見つけ出すものだ。

「はは、すまない。なんだかおかしな空気になっちゃったな」

煙草を咥える口元を気まずそうに歪ませロックは頭を掻き、詫びを入れるように近くにいたクロウディアのグラスに新たな酒を注いだ。

「・・・・あなたのその甘い所嫌いじゃないかもね」

大分酒が抜けてきたのか、クロウディアの瞳には男を魅了する熱が帯びられており、視線の先のロックは思わず顔面が紅潮する。

「あ、ありがとうございますミス・リンディ・・・・・でも、貴女はどうしてこんな街へ?」

「そんな面白いもんじゃないわよ・・・・・」

照れ隠しのつもりで発したロックの問いだったが、それはアースラの三人の間にある、忘れたいが決して忘れてはいけない過去を否応なく思い出させる。

そのわずかな表情の変化を嗅ぎ取ったのはレヴィだった。

「ヘイ、ロック。詮索屋は嫌われるって言ったろ?」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」

「いいわよ。ホント・・・・・・つまらない話しだから」

どこか自虐的な笑みを浮かべるクロウディアの次の言葉を誰もが固唾を飲んで身構える。

「弟がね・・・・いたの」

クロウディアはグラスの酒を一気に飲み干し、それとは対照的にゆっくりと言葉を紡いだ。

「出来の悪い弟でね、マフィアを率いたあげく抗争で殺されちゃったわ。まぁ、私も所属していたから偉そうなことは言えないんだけど」

「じゃあ弟さんの敵討ちかい?」

ベニーが答えを早急に出そうとするが、クロウディアは小さく微笑み首を横に振る。

「そんなきれいな人間じゃないわ、私は。弟を殺した組織に入ってそこの幹部になったんだから」

その言葉に一人を除いた者達の表情は変わらなかった。

唯一、驚愕に表情を歪めたロックだったがクロウディアのその先の言葉を待つ。

「ヴィレッタとはその時からの付き合いでね、まぁそこから色々あって玲二も仲間にしたまでは良かったんだけど・・・・そこの組織に気に喰わない奴がいてね。そいつを嵌めようとしたんだけど逆に嵌められちゃって、尻尾巻いて逃げて来たってわけ」

やれやれと言ったように肩をすくめるクロウディアの表情は実にあっけらかんとしたものだった、まるで笑い話でもするかのように。

「まぁ、嵌められてそのままってのも面白くないし。この世界中の悪党が集まるロアナプラで力を蓄えようって思ってたんだけど、なかなか上手くいかないのよねぇ」

「へぇ、姉ちゃんここの連中まとめて里帰りでもしようってのかい?そんときゃよ、うちの教会で武器の注文してくれよ」

「そうするわ」

それまで黙っていたエダが、ようやく口を開きクロウディアはそれを心底楽しそうに受けた。

ラグーンの電話が盛大になったのは、その時だった。

「はいラグーン商会。あ、こりゃどうも。え、ロックですか?ええ、いますよ」

電話を取ったベニーがロックへ取り次ぐ。心なしかその表情は強張っているように思えた。

「はい、代わりました。あ、どうもバラライカさん・・・・・はい・・・・え、日本に?ええ、俺は・・・・・大丈夫ですけど・・・・はい、ダッチに確認してみます」

電話を切ったロックの表情はベニーとは違い完全に強張っていた。

「どうした、ロック。バラライカからか?」

新しい煙草に火を着けたダッチが、怪訝そうに尋ねる。

「ああ、今度日本で仕事があるから通訳として一緒に来てくれって・・・・」

「あん?日本なんて田舎臭ぇとこに何の用だよ?姐御の奴」

「さぁ・・・・そこまでは聞いてないけど、ダッチ行ってきてもいいかな?」

ダッチとは違い、何故か不機嫌なレヴィをかわしロックラグーンのボスであるダッチに依頼を受けるか成否を問うが、ダッチの答えは実に簡潔な物だったが、意外な人物が異議を唱えた。

「行ってくりゃいいだろ。別の俺は止めねぇぜ?」

「おい、ダッチ、本気かよ!?」

噛みつくようにダッチに詰め寄るレヴィだが、その行動はあまりに不自然であった。

「どうしたよレヴィ、なにが気にいらねぇんだ?」

「こいつは日本から逃げたんだぞ、そんな所に戻ってみやがれ!ポリ公に捕まるのがオチじゃねぇか!!」

「何言ってんだレヴィ、ロックは別に郷に帰れねぇってわけじゃねだろ?ただ会社に見捨てられてここに来ただけじゃねぇか」

「そうなのか?」

「ええ、まぁ」

ダッチの言葉はもっともだった。日本で勤めていた会社に見捨てられラグーン商会に参加したロックであったが、別段日本で重罪を犯して国外逃亡をしてきたわけではない。

そうとは言え、あまり触れられたくない過去なのだろう、ツヴァイの問いにロックは苦笑で返す。

「だ、だけどよ!」

「なんだいなんだい二挺拳銃ぅ?旦那が日本に帰るのがそんなに嫌なのかい?」

喰い下がるレヴィにエダは、新しい玩具を見つけた子供の様に満面の笑みを浮かべて茶化し始める。この手の話しには見境なく喰いつくのが彼女だ。

「うるせぇエダ、ぶっ殺すぞ!!」

「お~怖、どうすんだい色男。嫁さんが離れてほしくないってさ~」

新たな喧嘩に発展しそうな二人の間に、ツヴァイからの声が割り込む。

「ロック、俺も日本に連れて行ってくれないか?」

「え、玲二さんもですか!?」

意外すぎる人物からの意外すぎる提案に一同は呆気にとられるが、ツヴァイはいたって本気だった。

「日本は俺の故郷でもあるし、たまの里帰りも悪くない。それにあのバラライカ絡みの仕事ならボディガードの一人ぐらい必要だろう、いいだろリンディ?」

「別にあたしは構わないけど・・・・」

ツヴァイの意図がまったく読めず流石のクロウディアの返事も尻すぼみに小さくなっていくが、ツヴァイは構わず話を進める。

「それじゃぁ決まりだな。ロック、バラライカに話をしておいてくれないか?旅費はこちらで持つ」

「えぇ、分かりましたけど・・・・急にどうしたんですか?」

「昼の世界を覗くのも悪くはないだろ?」

口元にわずかな微笑を浮かべながら答えるツヴァイにそれ以上何も聞くことはできなかった。

「冗談じゃねぇ、なんで兄ちゃんにロックのガードを任せなきゃいけねぇんだ!!おい、ロック。あたしも連れてけ!!」

ツヴァイの事よりも厄介な女帝が怒り狂っていたのだ。

「レヴィも!?」

「あったりめぇよ、お前みたいなインポ野郎を一人で出掛けさせられるかってんだ!」

「そんな、郷に帰るだけだって」

「あぁ!?口答えしてんじゃねぇよ!!」

なぜレヴィが着いてくるのか分からず戸惑うロックにレヴィはがなり立てる。そんな痴話喧嘩をエダが見逃すはずはない。

「連れてってやんなよロック~、レヴィはあんたに日本で悪い虫が着かないか心配なんだってよぉ~」

「てめぇ!エダ、少し黙ってろ!!」

拳を震わせるレヴィにエダはますます気分が乗ったのか、例の如くロックの首に絡みつき彼の耳元に生温かい息を吹きかける。

「それともロック、日本の女なんかじゃ満足できないようにあたしと少しばかりしていこうかぁ~?」

「うわわわ」

純なロックはたちまち顔を紅潮させるが、それがレヴィのただでさえ小さな堪忍袋の緒を盛大に引き千切る要因となった。

「けっ!!クソ面白くもねぇ、テメェなんざ日本でもハリウッドでも勝手に行きやがれ!!」

飲みかけの缶ビールを握り潰し、ロックの額に命中させるとレヴィは地響きがなろうかと言う足取りで事務所から出て行った。

「あ~りゃりゃ、怒っちまった」

「おい、エダ少しやり過ぎじゃねぇのか、あいつの機嫌が悪いとトバッチリを喰らうのは俺達なんだ」

悪戯っぽく舌を出すエダに、ダッチが苦言を呈す。あの様子ではちょっとやそっとではレヴィの機嫌は直らないだろう。

「何してるのロック、さっさと追いかけなさいよ」

額を抑えるロックにクロウディアからのレヴィ追跡命令が発令するが、案の定ロックは訳が分からないとその眼を瞬かせていただけであった。

「ほら早く。このままだとあの子、ミサイルランチャー背負って戻って来るわよ?」

「え!?は、はい」

なぜ自分が急かされているのか分からないが、とにかくレヴィを追いかけるのが先決だと理解し、ロックはいそいそと事務所を後にする。

意外にも目的の人物はすぐ近くにいた。事務所の入り口へ続く階段の下で煙草をふかしているのは、見慣れた右肩のトライバル調の刺青が特徴的なレヴィだった。

「レヴィ・・・・」

「・・・・・・」

なんとなく隣に並び名前を呼ぶが、返事はない。雰囲気から察するに以前の様に考え方の違いからくる苛立ちのようではなく、たんなる拗ねているように思えた。

「あの・・・・さ。レヴィ、よかったら一緒に日本に行かないか?」

「・・・・・・兄ちゃんと行くんだろが、ボケナス」

たっぷりの沈黙の後に返って来た台詞には棘しかなかったが、ここで諦めて会話を打ち切ったら元も子もない。

「やっぱり、久しぶりの日本だし・・・・・バラライカさんの仕事だと何があるか分からないし・・・・・ここは気のおける仲間がいてくれた方が心強いっていうか・・・」

「・・・・・・・」

今度は返事すらなかったが、心なしかレヴィから発せられる怒気が若干和らいだように感じられた。

「レヴィにも俺の生まれた国を見てもらいたいって言うか・・・・」

徐々に追い詰められていくロックだったが、先に根を上げたのは意外にもレヴィの方だった。一つ大きく紫煙を吐き出すと短くなった煙草を踏み消し、めんどくさそうに頭を掻きながらロックに視線を向ける。

「最初っからそう言ってればいいんだよ、このアンポンタン」

いつもよりか幾分力加減のされた拳骨をロックの脳天に叩き下ろし、レヴィは満足そうに笑った。

「ほぉら、言った通りでしょ?」

「マジかよ、レヴィ。お前どこの純情娘だぁ?」

不意に頭上から掛けられる声に視線を上げると、事務所の窓から顔を出すクロウディアとエダがニヤニヤと締りのない笑顔を浮かべていた。

「て、てめぇら!!いつから見てやがった!!」

顔を真っ赤にしたレヴィが両脇のホルスターからカトラスを引き抜き、階段を駆け上がって行くのをロックは痛む頭を抑えながら見送った。


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