右翼団体の妨害で上映が危ぶまれている映画「ザ・コーブ」について、民間の出版社が試写会とシンポジウムを開催したと、11日の東京新聞が報道している;
和歌山県太地町のイルカ漁を扱った米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」(ルイ・シホヨス監督)の上映中止が相次ぐ中、東京都中野区の「なかのZEROホール」で開かれた上映会とシンポジウム(9日夜、創出版主催)には多くの人が詰め掛けた。550人収容のホールに入りきれなかった人がロビーに座り込み、ホールの様子を中継するモニターを見つめるなど、作品への関心の高さをうかがわせた。 (石原真樹)
全国26館での公開が決まっていたが、東京と大阪の映画館計3館が相次いで上映中止を決めたことで注目が集まり、チケットは完売。当日は午後6時20分の開場を前に、ホールの入った建物を囲むように長蛇の列が延びていた。その人群れに、上映中止に追い込んだ団体関係者が自分たちの主張を印刷したビラを渡し、一方でテレビ局のスタッフが番組用アンケート用紙を配布する光景も。不測の事態に備え警備にあたる警察官の姿も目立ち、さまざまな立場の人間が入り交じる異様な雰囲気に包まれていた。
創出版によると、当日券を買えなかった人が100人以上いたという。そのうち約40人はロビーにあるモニターをぐるりと囲むように床やいすに座り、中継映像を通して「ザ・コーヴ」を鑑賞した。
イルカ漁を隠し撮りして批判的に描いた作品。板橋区の30代女性は「伊豆出身の友人から、イルカは魚をたくさん食べるからイルカ漁は仕方ないと聞いて、納得していた。でも作品を見て、どうしても殺さなければいけないのかと疑問を持った。外国人に『ザ・コーヴ、見たよ』と言われて、知らないのは恥ずかしい。公開すべきだ」と話した。
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「映画館は表現活動の場であり、上映中止に反対する」
上映後のシンポジウムでは、ジャーナリストや映画監督ら61人の賛同者を集めた緊急アピールを読み上げ、映画監督の森達也氏ら5人が上映中止騒動や表現の自由について発言した。
東京、大阪だけでなく、今後も上映中止の連鎖が危ぶまれることについて、森氏は「一部の活動家や映画館を批判して済む話ではなく、日本社会の構造の中に歪曲(わいきょく)した部分があるのだと思う。それを考えなければ、この騒動はあまりにも不毛」と指摘。「見て、聞いて、読んで、それから議論すればいい」と、まず上映することの意義を訴えた。民族派団体「一水会」顧問の鈴木邦男氏は「反日映画だから日本人に見せるべきでないというのは国民をばかにしている。その方がよほど反日だ」と批判し、会場の笑いを誘った。
作品に登場した元イルカ調教師のリック・オバリー氏も登壇、「表現の自由」を保障した日本国憲法21条に触れて「日本人の観客は見る権利がある」と主張した。
これに対し、ジャーナリストの細井健陽氏は「表現の自由は国や権力に対する盾ではないか。太地町の漁師に対して『表現の自由』を言うのは、表現する側の暴力ではないか」と見解を述べ、「太地町の人々の生活と言い分は保障されるべき」と話した。
作品に対して「残虐なイルカ漁」というイメージが先行している面もあるが、シンポ終了間際、司会でメディア批評誌「創」編集長の篠田博之氏が「作品を見て『思っていたのと違った』と感じた人」と客席に問い掛けると、多くの人が手を挙げた。篠田氏は「見ないうちにイメージだけで作り上げてしまう、これが問題だ」と強調した。
主催者が配布した作品に対するアンケートでは、「(水族館で)イルカがストレスを感じていることなどを知って良かった」という賛成意見もあれば、「描き方が一方的」といった批判も多く、内容に関しては賛否分かれた。上映中止を支持する意見はほとんどなかったという。
2010年6月11日 東京新聞朝刊 15ページ「『表現の自由』めぐり活発な議論」から引用
映画「ザ・コーブ」については、盗み撮りした映像だからけしからんという議論があるが、
菅内閣が発足して間もない9日の東京新聞コラム「言いたい放談」に、放送作家の石井彰氏は、小沢幹事長と同時に辞任した鳩山前首相について、次のように論評している;
私がディレクターをしているTBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」で、永さんが道歌(どうか)を紹介したところ、聴取者から多くの反響があった。道歌は、道徳や人生訓をわかりやすく詠みこんだ歌のこと。
山国生まれの私は、いかに世間知らずかを自覚せよと「井の中の蛙(かわず)、大海を知らず」という道歌を散々聞かされて育った。
ただこの歌に「されど天の深さを知る」という下の句があることは知らなかった。永さんから下の句と、入船亭扇橋師匠が「井の中の蛙、大海を知らずとも、花も散り込む月もさす」という下の句を創作していたことも教わり、人生観が変わった。
番組で紹介した道歌にはこんな歌もあった。「今日褒めて明日悪く言う人の口、泣くも笑うも嘘(うそ)の世の中」
さて鳩山首相に「辞めろ、辞めろ」と批判しながら、いざ辞任すると「政権投げ出しは無責任」と批判するのはおかしくないか。辞めろと言った人たちは「よくぞ辞めた」とその決断を褒めるべきではないだろうか。
まさに自民党的な金と力による小沢流の政治手法を、いったんは止めた鳩山前首相の「差し違え辞任」を高く評価したい。
また村山富市氏以来、なんと十四年ぶりに世襲議員ではない菅首相の誕生に拍手を贈(おく)る。どこの党であれ世襲議員はご遠慮願いたい。と菅新政権を「今日褒めて明日は・・・」。(放送作家)
2010年6月10日 東京新聞朝刊 15ページ「言いたい放談-『差し違え辞任』よくやった」から引用
私も鳩山前首相の行政手腕には疑問を感じていたが、小沢氏と一緒に辞任した引き際は評価できると思います。任期は短かったものの、自民党政権末期の短命政権と同列に置いて「政権投げ出しは無責任」と批判する声は、私の周りでは、あまり聞きません。
新たに発足した管内閣について、ルポライターの鎌田慧氏は次のように忠告している;
社民党が閣外に去って、ブレーキ役がいなくなった不安はあるが、その分だけ菅新内閣にたいし、市民運動が声を大きくしていくしかない。
「日米合意」は尊重する、と菅さんは米大統領に言ったが、「普天間」は依然としてダモクレスの剣(王座の頭上からぶら下がった刃(やいば))である。
菅さんに思い出してほしいのだが、「普天間全面返還」が、1996年4月、橋本首相とモンデール駐日大使の間で合意された3日あと、いきなり持ちだされた「辺野古移設案」は、その後14年間にわたって、地元住民に阻止されつづけ、全沖縄の世論にまで高まったことである。
いままで、どんな地域の強制執行でも、県知事や地元首長、議会の「賛成」を口実にしておこなわれてきた。ところが、辺野古移設には県議会、市議会が反対、反対集会には県知事以下、沖縄全首長が参加している。
「日米合意」というが、当事者の沖縄とは合意せず、その意志を踏みにじって建設強行するなら、強権国家である。
ダモクレスの剣を意識せよ。解決策は沖縄への差別政策を変え、沖縄に屈服を迫るのではなく、沖縄の声を背景にして「日米対等」の外交に転換、粘り強く米国を説得するしかない。
「普天間返還」が、当初無条件で合意されたのは、「海兵隊」の沖縄駐留など重大ではないからだ。 (ルポライター)
2010年6月8日 東京新聞朝刊 11版 29ページ「本音のコラム-平和へ向かう外交へ」から引用
やはり、「海兵隊抑止力」論はとって付けただけの後知恵だ。そうでなければ、橋本内閣のときに普天間返還が無条件で合意されるはずがないからである。
金に汚い日本のマスコミを、4日の東京新聞投書は次のように批判している;
マスコミの社会的責任。それは公正中立的報道にあるのではないだろうか。それが根底から覆されるような問題が週刊誌等で報道されている。その基となった野中広務元官房長官の官房機密費発言。ジャーナリストや記者クラブに籍を置くマスコミ関係者がそのカネで自民党時代に金品や接待を受けていたとい
う。
税金を原資とする機密費が、権力の不正をチェックすべき側のメディアに渡るという衝撃的内容。事実とすれば国民を愚弄(ぐろう)し、民主主義国家の完全否定につながる話である。なぜ政治とカネの問題や普天間飛行場移設問題でマスコミが執拗(しつよう)に民主党を追い詰めたか。
その謎が解ける一方、国益を損ねても自らの保身のため情報操作を行うマスコミの醜態に暗澹(あんたん)たる気持ちにさせられる。
新政権は官房機密費の透明化とともに、この問題を徹底的に調査し膿(うみ)を出し切ってほしい。
2010年6月4日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-マスコミの醜態に落胆」から引用
さすがの私も、新聞が小沢前幹事長の政治資金届出用紙の記入ミス程度の問題を大騒ぎして幹事長辞任に追い込んだのが、自民党から金をもらった新聞記者たちの仕業であるとは、にわかには信じがたいが、確かに日本の新聞業界ではあり得ない話ではないかもしれない。紙面には「民主主義」などと立派そうなことを書いていても、現場は言いたいことも言えない、民主主義のみの字もないのが実態のようであるから。去年だったかその前の年に、日中報道関係者会議のような催しがあって、日本と中国の新聞記者の会合の話し合いの一部が紙面に紹介されて、日本の新聞記者が「一党独裁の中国に言論の自由はあるのか」などと質問していたが、自民党から金をもらって民主党を攻撃する記事を書いているのでは、とても中国の新聞記者を批判できる立場ではない。
軍備が無ければ平和を守れないと言う人をよく見かけますが、そういう狭量な発想を批判する投書が、5月19日の朝日新聞に掲載されました;
基地問題で「米抑止力か自衛力強化か」(14日)とする意見には、重大な誤りがあると思う。
第一に、旧来の概念の軍事力では国の安全を守ることはできない。巨大な軍事力を擁する米国でも、ブッシュ前大統領をして「これは戦争だ」と言わしめた連続自爆テロを抑止することはできなかった。
第二に、軍隊は必ずしも国民を保護してくれるものではない。沖縄戦で地元民が日本軍にどう処遇されたかを想起しても、そのことは言える。
第三に、憲法9条は「武力の行使は国際紛争解決の手段としては永久に放棄する」と、非暴力による解決を宣言したものであり、軍事力で安全を図る思想とは相いれない。
非武装立国は現実的でないとする人に聞きたい。世界環視の中で日本を武力侵攻するとして、得られるかもしれないものに比べ、失うものの大きさを相手の立場に立って考えれば、その可能性は限りなくゼロに近い。「0%でない限り備えねばならない」と危機感をあおり、商売に励む死の商人の姿が浮かび上がってくるのではないか。
2010年5月19日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-軍事力では平和は守れない」から引用
いまだかつて、他の国を武力で侵略して大成功し、繁栄した国はありません。今現在、世界で最強の軍事力を誇示するアメリカでさえ、貧乏なアフガニスタンやイラクを、侵略はできたかも知れませんが、コントロールできずに悩んでいます。と言うことは、この先どの国も、強大な軍事力を持ったとしても、それを使って他の国を服従させることは不可能であるということです。わが国憲法は、世の中がそういう方向に進むことを予見して歴史を先取りしたとも言えるものですので、わが国政府は自信をもって平和外交を進めていってほしいと思います。
鳩山前首相の安全保障に対する及び腰を批判し、これからの日本はどのように進むべきかを提言する投書が、5月17日の朝日新聞に掲載された;
そもそも、被爆国に「抑止力」とは何と滑稽(こっけい)で惨めな言葉でしょう。親を武士に無礼打ちされた農民が、武士の刀で身を守ってもらうような発想です。
鳩山由紀夫首相は沖縄訪問でも、米軍基地の撤去縮小を求める県民の悲願に耳を貸すどころか、核の傘を想起させる「抑止力」を錦の御旗に掲げるだけでした。「私を信じてください」と中身の伴わない、きれいごとだけを繰り返してきた首相の認識と、県民が直面する切実な現実とは天と地ほど開きがあります。
米国の戦略に奉仕して抑止力を訴えるのではなく、日本としての独自の戦略を考え、まずは「安保の壁」を突き破り、掛け値なしの互恵平等の日米関係を築くことが先決と考えます。そこで初めて「米軍基地の国外移設」が現実味を帯び、有言実行できるでしょう。
政権交代を機に一刻も早く、独立国としての気概を取り戻し、米国は元より、中国、北朝鮮などとも平和外交を展開する。それが日本の道ではないでしょうか。
2010年5月17日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-被爆国に『抑止力』発想の惨めさ」から引用
戦後の60余年間、米国の言いなりでやってきた結果の沖縄米軍基地を、民主党政権が8ヶ月で転換するというのは、あまりにも無理な話だった。日本政府は、アメリカに対して、いきなり普天間を海外になどと言う前に、新政権になったことを前提にした信頼関係の構築が、先ず必要だったのである。その上で、日本政府はこちらの事情をアメリカに理解させ、沖縄の負担軽減の実効性のある施策をどう築くか、話し合うべきであった。わが国は、名実ともに平和国家として、中国や朝鮮と平和外交を展開できれば、やがては米軍基地が無くても安全は保障されるのであって、そのような国際関係の構築を、わが国の為政者にわが国憲法が要請しているのである。
韓国の哨戒艦沈没事件について、韓国政府は朝鮮の仕業であると発表したが、これについて、1日の東京新聞は次のような中国人の見解を紹介している;
韓国は46人の犠牲を出した今年3月の哨戒艦沈没事件を北朝鮮の魚電攻撃が原因と断定し、国連安全保障理事会の討議を求めている。
米国は韓国に同調し、対北朝鮮制裁の強化や軍事的圧力を高めることを決めた。
情勢の緊迫で北朝鮮に強い影響力を持つ中国の対応が注目の的だ。外交に詳しい中国の友人に意見を聞いた。
■計算し尽くした作戦
-北朝鮮はなぜ哨戒艦を攻撃したのか。核兵器やミサイル発射の実験では実害の出る事態を避け外交カードにした。金正日総書記は健康悪化で判断力を損なったのか。
「とんでもない。計算し尽くされた作戦だ。北朝鮮は米国との2国間交渉を実現し、体制安定の保証を得ることを目標にしてきた。ところがオバマ政権は6カ国協議など多国間の枠組みを重視し、米朝協議に応じようとしない。
焦った北朝鮮は韓国軍艦を隠密作戦で攻撃し、米国が韓国との同盟から北朝鮮との対決の前面に出るほかない事態をつくった。軍事的緊張は朝鮮半島が戦争状態にあるという北朝鮮の主張を現実化し、米国も平和協定に向けた交渉を考えざるを得なくなる」
■黄海銃撃戦への報復
-大勢の死者を出せば国際的な非難を浴びる。
「だから自らの攻撃と認めてはいない。もし、認めることに追い込まれても、昨年11月に黄海で起きた韓国軍艦艇と北朝鮮警備艇の銃撃戦で北側に4人の死傷者が出たことへの報復と主張できる」
-中国は北朝鮮のやり方を受け入れるのか。
「朝鮮半島情勢を複雑にする行動を喜んでいるはずがない。ただ、北朝鮮が関与を否定している以上、韓国の調査を、すぐに認めるわけにはいかない。中国には死傷者を出した黄海銃撃戦への報復として同情的な見方もある」
-朝鮮半島で軍事衝突が起きる可能性は高いか。
「北朝鮮が望むのは米朝交渉で体制危機を招く戦争ではない。しかし、米韓合同軍事演習を北朝鮮近海で展開すれば軍事トラブルの可能性はある。北朝鮮は限定的な紛争は米朝交渉の実現につながると判断するかもしれない」
-中国の立場は。
「中国は経済建設に有利な平和的環境を損なう軍事紛争の発生を望まない。北朝鮮の6カ国協議復帰を求め、そのための米朝協議も歓迎だ」
-北朝鮮は中国主導の6カ国協議は中国の支配を強めると不信感を隠さない。
「朝鮮民族は自尊心が高く、そう考えるかもしれない。しかし、米日韓と対立を強める北朝鮮が生き残るには、6カ国協議で核放棄の見返りに支援を得るしかない」
■朝鮮戦争参戦を賛美
-中国指導部は金総書記の訪中を「熱烈に」歓迎した。国防相も最近、朝鮮戦争に参戦した中国人民志願軍の「偉大な勝利」をたたえた。北朝鮮の側に立つという意志の表明ではないか。
「北朝鮮のやり方をすべて容認するつもりはない。極端な行動には多くの中国人が強い反感を抱いている」
そう言って彼は私に手を差し伸べた。 (論説副主幹)
2010年6月1日 東京新聞朝刊 17ページ「清水美和のアジア観望-米朝交渉狙い韓国攻撃」から引用
韓国政府は朝鮮がやったと主張しているが、朝鮮はそれを否定しており、実際はどうであったかは依然として藪の中である。仮に韓国政府の発表が真実であったとしても、それでも朝鮮側には戦争を始める意図は無く、単にアメリカと交渉を再開したいだけであるということのようだ。それもそのはずである。現在の朝鮮に、他の国と戦争を始められるほどの国力があるはずは無いのだから。