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天声人語

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2010年6月22日(火)付

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 海辺で遊んだ名残の砂が、脱いだ靴からこぼれ出る。さらさらした感触と共に、灼(や)けるビーチでのあれこれがよみがえる。砂はその地に立った証し。旅先の思い出を、世界に一つの砂時計に仕立てるのもいい▼さて、小惑星イトカワの「思い出」を期待された探査機はやぶさである。カプセルをX線で調べたところ、1ミリ以上の砂粒はないと分かったそうだ。ホコリ状の微粒子が入っている可能性はなお残るという▼砂がこぼれ出ずとも、はやぶさの功績が減じることはない。小惑星に降りたのも、戻ってきたのも初めてだ。イトカワ表面に黒く映った特徴的な影、南十字が輝く天の川で燃え砕け、カプセルだけが光の尾を引いて地上に向かう絵は、私たちの胸に熱く残るだろう▼ピーナツ形のイトカワは長さ約500メートル。パリのカフェに豆粒が転がっているとして、東京からそれにようじを命中させる離れ業だった。数々のピンチを切り抜けての7年、60億キロの旅は、国民を大いに元気づけた。手柄はすでに大きい▼これで、日本の宇宙開発を取り巻く空気は一変した。科学予算を削り倒すかにみえた事業仕分け人、蓮舫さんも「全国民が誇るべき偉業。世界に向けた大きな発信」とたたえる。科学者たちにすれば、この上ない孝行者であろう▼カプセルがイトカワの物質をわずかでも持ち帰っていれば、太陽系の起源を探るのに貴重な資料になる。大きな誇りに小さなホコリが花を添え……いや、それは問うまい。どんな旅も、つつがなく帰ってくるのが何よりの土産なのだから。

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